WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第9話.16)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-16 ****


 一方、理事長室を出た後の兵器開発部一同は、取り敢えず部室へと向かって歩いていた。既に校舎から出ていた彼女達は、陸上部やサッカー部が練習中のグラウンドを横目に、青々と葉の茂った桜並木の歩道を進んでいる。先頭は緒美達三年生、その後ろに維月とクラウディア、樹里と佳奈、そして瑠菜、最後尾が茜とブリジットと言う順番が、何と無く出来上がっていた。
 そんな中、暫(しばら)く黙って歩いていた維月が、唐突にクラウディアに声を掛ける。

「クラウディア、ちょっと聞いておきたい事が有るんだけど?」

「何?」

 クラウディアの返事は、極めてフラットだった。

「以前(まえ)の事件の時は、ハッキングとか、してなかったのかなぁ、と。」

「あぁ、今のイツキと同じで、アンナにも『そう言う事は止めて』って、何時(いつ)も言われてたから。彼女の前では、やらない様にしてたの。あの時も、モバイルは持ってたし、通信環境も有ったから、やろうと思えば出来たんだけど。」

「あぁ、矢っ張り。そうだったんだ…」

「でも、今はやらなかった事を後悔してる。あの時、正しい情報を知ってたら、アンナが死ぬ事は無かったかも知れない。」

 そんな二人の会話が聞こえた緒美が、振り向いてクラウディアに言うのだった。

「その気持ちは解らないではないけど、あなたのお友達の事は、あなたの所為(せい)ではないでしょう? あなたが責任を感じる事ではないわ、カルテッリエリさん。」

「それは、同じ事をカウンセラーにも言われましたけど…」

 そう、クラウディアが言葉を返すと、恵が緒美に言う。

「まぁ、そんな簡単に気持ちが変えられるなら、誰も苦労しないよね。ねぇ、部長。」

「そうれもそうね。」

 緒美は左隣の恵へは視線を向けず、前へ向き直った。その直後、緒美は急に何かを思い出した風(ふう)に「あぁ」と声を上げると、もう一度振り向いて、最後列の茜に向かって声を掛ける。

「そう言えば、天野さん。」

「あ、はい。何でしょう?」

 急に呼び掛けられ、慌てて茜は返事をした。茜とは少し距離が有ったので緒美が立ち止まると、それに釣られて全員が立ち止まったので、茜も又、立ち止まるのだった。結果、茜と緒美の距離は殆(ほとん)ど変わらなかったが、緒美はその儘(まま)の距離で、言葉を続ける。

「昨日、あの後(あと)、副部長達三人と話していたんだけど。天野さん、あなた、本当は、剣道部に入りたかったのかしら?」

 唐突に、思いもしない事を問い掛けられ、茜は困惑し、聞き返す。

「え~っと、どう言う流れで、そんなお話になったのでしょうか?」

 その、茜の問い掛けに答えたのは、直美である。

「いや、昨日のあなたの動作を見ててさ、剣道の方、相当の実力者だったのかなって思ってね。それで。」

 直美の答えを聞いて、茜は目を丸くする一方で、隣に立つブリジットが声を上げて笑い出す。そのリアクションに、今度は、三年生一同が困惑するのだった。

「もう、笑わないでよ。ブリジット。」

 茜は、左手でブリジットの腰の辺りを、後ろから軽く叩く。ブリジットは「ゴメン、ゴメン」と茜に謝ると、笑いを堪(こら)え乍(なが)ら、緒美達に向かって言う。

「茜は、剣道で勝った事は、一度も無いですよ。ねぇ。」

 ブリジットが最後に、茜に向かって同意を求めて来るので、茜もブリジットの発言を補足する。

「練習試合も含めて、一勝もしてませんから、実力者だなんて、とんでもないですよ。」

「どう言う事?」

 それが、困惑した緒美が、漸(ようや)く絞り出した言葉だった。

「どう、と言われましても…。」

 茜は苦笑いして、答えた。その一方で、ブリジットが真面目な顔で言う。

「茜が優しいからですよ。」

「いや、優しいとか、そう言う事じゃなくって。そりゃ、勝てる物なら、勝ちたかったですよ?わたしだって。努力や工夫はしましたけど、結果は、全敗って言う事でして。」

 茜の補足を聞いて、直美が問い掛ける。

「それじゃ、真面目にはやってたんだよね?」

「勿論。徒(ただ)、小学生の時に通ってた道場の師範から、『向いてない』とは言われてまして。まぁ、その通りだったのかな、と。」

 今度は、恵が問い掛ける。

「向いてない?」

「あの~アレです。剣道って、打ち込む時に『メ~ン』とか声を出して打ち込むんですけど…」

 茜は、発声のレベルは普通に押さえて、打ち込む動作を再現して見せつつ語った。

「…あの声、『気合い』って言うか、『気迫』とか『殺気』みたいなのが、どうにも苦手で。」

 その続きを、ブリジットが説明するのだった。

「中学の時、剣道部の顧問の先生から聞いたんですけど。茜は相手の『気合い』を受けると、どうしても踏み込みが甘くなって、一本取られちゃうって、優し過ぎるんだろうなって。」

「優しいってのは違う様な…単に、ビビリなだけよ。」

「ビビリって。もしそうなら、昨日みたいに、咄嗟(とっさ)に反撃は出来てないでしょう?」

 自虐的な茜の自己分析に対して、恵は客観的な見解を示す。それに次いで、直美が問い掛ける。

「天野は、結局、何年やってたの?剣道。」

「小学生の頃からですから~八年位(くらい)ですね。」

「向いてないって言われたのは、何年目の時?」

「いえ、三ヶ月目…位(くらい)でした。」

 茜は照れ臭そうに、笑って言った。その答えを聞いた直美の方が唖然としていたので、今度は緒美が尋ねる。

「天野さんは、その時、止めようとは思わなかったの?剣道。」

「あぁ~その時、師範から言われたんです。『この儘(まま)続けても剣道は強くはならないだろうけど、それでも腐らずに練習を続けられたら、心は強くなる筈(はず)だから、三年は続けなさい』って。」

「尤(もっと)もらしく聞こえるけど、それ、絶対、月謝目当てだよね。」

 呆(あき)れた様に直美は、恵に、そう語り掛けた。恵は、困り顔で愛想笑いを返すが、茜は笑って言うのだった。

「今考えると、そうかも知れないですけど。不思議と、その時は剣道の練習が特に嫌でもなかったし、道具一式をおじい…祖父に揃(そろ)えて貰ってたりしてたので。結局、中学に上がるまでは、その道場に通ったんです。それで、まぁ、続けていればそれなりに、欲も出て来るじゃないですか。一度位(くらい)、一本取ってみたくて、それで中学では剣道部に入ったんですが…まぁ、結果は、前に師範に言われた通りでした。」

「成る程。それでも、得る物は有ったのよね?」

 緒美が微笑んで、茜に尋ねると、茜も笑顔で答える。

「勿論です。結局一度も勝てなかったですけど、人や自分との向き合い方は学べたと思いますし、部活で先輩や友人も出来ましたから。頑張っても、出来ない事は有るって知れたのは、大事な事だと思ってます。それに、そもそも、剣道家になろうと思っていた訳(わけ)じゃありませんし。」

 そこ迄(まで)、黙って聞いた瑠菜が、突然、茜に問い掛ける。

「そう言えば、あの時。トライアングルが突っ込んで来たのは、恐くは無かったの?天野。」

「そうですね。『気迫』とか『殺気』みたいなのを感じなかったので、それで、多分。ビックリはしましたけど。」

「ずっと真面目にやっていたから、身には付いていたのよね、剣道が。」

 瑠菜への答えを聞いて、ブリジットがそう、茜に言うのだが、それに対して、茜は反論する。

「だから~BES(ベス)の扱いは、剣道の動作とは違うからね、何度も言うけど。アレは、居合いとかの動作を参考して、事前に HDG に動きを学習させて有ったから、咄嗟(とっさ)にあのスピードで再現出来たんだし。それに、左手にランチャーを持ち替えたから、右手一本で振り下ろしたけど、あんな事が出来たのも HDG だったからこそよ。」

「解った、解った。」

 ブリジットは笑って、そう言葉を返すのだった。
 そんな折、南の空から一機の大型ヘリが、爆音を響かせて学校の上空を通過し、山頂方向へと飛行して行く。その様子を、一同が何と無く見上げていると、直美が言うのだった。

「今日は昼過ぎから、矢鱈(やたら)と防衛軍のヘリが飛んで来るよね。」

 その疑問に、緒美が答える。

「あぁ、山頂の、レーダー・サイトの点検とか、あと、エイリアン・ドローンの残骸を回収しているんじゃない?多分。」

「そう言えば、三時頃だったかな。シートに包まれてたけど、何かの塊みたいなのを、大型のヘリが吊り下げて飛んでるのを見ましたよ。」

 樹里が目撃情報を語ると、佳奈と瑠菜がそれに反応する。

「あぁ、それ、わたしも見た~。」

「アレは、シートの形状からして、中身は飛行形態のトライアングルだったよね、多分。」

「さて、それじゃ。ここで立ち話してても何だし、部室へ行きましょうか。昨日のデータ整理、今日中に終わらせたいし。」

 緒美がそう言って歩き出すと、他のメンバーも再び、歩き出すのだった。


 兵器開発部の面々は、この時、全く意識してはいなかったのだが、この日、天神ヶ﨑高校の周辺で回収されたエイリアン・ドローンの残骸は、回収に当たった防衛軍の担当者が、その目を疑う程の綺麗な残骸だったのである。
 エイリアン・ドローンを数多く迎撃して来た防衛軍ではあったが、その撃破は殆(ほとん)どが誘導弾に因る成果であり、結果として、その残骸は主要部が爆散していた。20mm機銃や30mm機関砲に因って撃破した残骸も、主要部は大きく破損していたり、内部が粉々に粉砕されている物が殆(ほとん)どで、その後に出火した場合は熱効果で変形していたり、組成が変質していたりするので、回収出来た残骸から何かしらの、有意な技術情報が引き出せた事は皆無だった。
 唯一判明していたのは、『エイリアン・ドローンに使われている素材は、地球上に有る物質と大差が無い』と、その程度である。
 しかし、今回、回収された残骸は、荷電粒子砲やプラズマ砲で主要部が吹き飛ばされている以外は大きな破損が無く、何よりも、茜が切り倒した最後の一機は、胴体が分断されている以外は何の欠損も無い、完璧なサンプルであった。
 防衛軍の回収担当者が「これほど綺麗な残骸は、米軍だって持ってない」と発言したとかしないとか、それは定かではないのだが、この時、重要な資料の入手が為されたのは、間違いの無い事実だったのである。

 

- 第9話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第9話.15)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-15 ****


「それは又、どう言う?」

 思わず、聞き返したのは立花先生である。

「うん?あぁ、直接の原因は SF 映画を観ての事らしいが、自分が剣道で防具を着けている体験と、何か妙なイメージ的なリンクが有ったらしくてね。そこから結果的に、他の SF 作品から工学とか、兵器関係に迄(まで)、興味が広がったらしい。何年か前には、天野重工ではパワード・スーツの開発とか研究はしてないのかって、聞かれた事も有ったなぁ。」

 合いの手を入れる様に、塚元校長が問い掛ける。

「それで、この学校に?」

「まぁ、そう言う事だ。」

 次に、立花先生が問い掛ける。

「兵器開発部で鬼塚さん達が、HDG の開発をやっている事は、入学前に天野さんには知らせてなかったんですよね?」

「そんな、余計な事は言わんよ。実際に入学する迄(まで)は、飽くまで部外者だからね。」

「天野さんが入部した時、緒美…鬼塚さんが天野さんの事を『パワード・スーツに造詣(ぞうけい)が深い、希有(けう)な人材』って評していたんですが。…成る程、そう言う流れなんですね。 実際、天野さんが、どうしてあんな風にパワード・スーツに興味を持ったのかは、疑問に思っていました。」

 立花先生は、テーブルに置かれたコーヒー・カップに手を伸ばす。
 そして、塚元校長は微笑んで、天野理事長に言うのだった。

パワード・スーツ?その事に就いては、わたしは良く分かりませんけど。天野さんが、中学時代の理不尽に負けなかったのも、今回、学校を救って呉れたのも、剣道で心を鍛えていたお陰ではないですか。 わたしは、そう思いますけれど。だから、間違いだった、何て仰(おっしゃ)ったら、天野さんが可哀想ですよ。」

「そう言って貰えると、幾分、気は楽だが。その所為(せい)で危ない真似をされるのは、身内としては、どうもね。」

 その天野理事長の答えを聞いて、立花先生が一言。

「天野さんは、祖父は身内だからって特別扱いはしない、って言ってましたよ。」

「そんなのは、立前(たてまえ)だよ。わたしの、ね。」

「でしょうね。」

 透(す)かさず塚元校長に同意されて、天野理事長は「ふふっ」と、少し笑った。そして、言葉を続ける。

「でも、まぁ。今回の件では、茜で良かったのかも知れん。立場上、余所(よそ)様のお嬢さんを、矢面に立たせる訳(わけ)にもゆかん…と、こんな事を言ったら、今度は娘…茜の母親が怒るだろうがね。」

「所で理事長。そんな世間話の為に、立花先生に残って貰った訳(わけ)では無いのでしょう?」

 話題が本筋から外れて行くのを、塚元校長が軌道修正する。天野理事長は、コーヒーをもう一口飲んで、話題を変えるのだった。

「では、本題に入ろうか。立花先生に聞いておきたいのは、今後の見通しと言うか、進め方に就いてだな。」

「と、言われますと?」

「あの子達に、どこまでやらせるべきか、と言う事だよ。我々としても、実戦データの取得迄(まで)、学生にやらせる事は考えていない。早早に、本社か防衛軍に運用試験を移管したい所だが、その見通しに関して、どう思う?」

「先程のお話だと、理事長は軍への移管は慎重に、とのお考えでは?」

「そう考えてはいるが、生徒の身の安全には代えられんだろう。」

「そうですか。まぁ、軍であれ、本社であれ、HDG の試験を移管するには、早くて三ヶ月、長ければ半年位(ぐらい)は、移行に時間を取られるのは覚悟しないと。」

「そんなにか?」

「はい。先程、鬼塚さんが言っていた様に、現在の HDG が動かせるのは、天野さんの能力に負う所が大きいので。パワード・スーツの運用に就いてのビジョンが有って、正確にシステムの仕様を理解し、しかも、人並み以上に身体も動かせる、そんな人材は本社にも防衛軍にも、そうはいないと思いますので。」

「茜は、そんなに優秀かね?」

「優秀ですよ。この学校の、学年トップの成績は、伊達ではないでしょう。ですよね?校長先生。」

 立花先生に話を振られた塚元校長は、胸を張って答える。

「勿論。記憶力のコンテストみたいな、そんな教え方は、当校はしておりませんので。天野さんの中間試験での成績は、それは立派な物でしたよ。」

 塚元校長のコメントを聞いて、天野理事長は腕組みをし、顎(あご)を引く様にして言う。

「う~む、そう言う事になると、当面はあの子達に頼らざるを得ない、と言う事か。大人としては、聊(いささ)か情け無い話しだが…とは言え、スケジュールには、余り余裕が無いしなぁ。」

「スケジュール?」

 塚元校長が、天野理事長に聞き返す。ここで天野理事長が口走ったのは、『R作戦』用のデバイス開発のスケジュールの意味だったのだが、そうであろう事に立花先生は気が付いていた。一方の塚元校長は『R作戦』の事自体を、知らされてはいなかった。勿論、無闇に口外は出来ない事柄なので、天野理事長は歯切れの悪い返事しか出来ない。

「あぁ、それはだな。申し訳(わけ)無いが…。」

 その様子を見て、塚元校長も直ぐに事情を察するのだった。

「あら、会社の方(ほう)の秘密事項でしたら、深くは追求いたしません。聞かなかった事にしますけど、立花先生は御存じの件?」

「いえ、わたしも詳しい事は…。」

「そう。なら、わたしだけ仲間外れではないのね、良かった。」

 塚元校長は、そう言うと「うふふ」と笑うのだった。

「済まないね、校長。」

「いいえ、今に始まった事じゃ、ありませんから。」

「ともあれ、もう少し、状況を見乍(なが)ら考える事にしよう。しかし、場合に依っては、我々の方が覚悟を決めねばならん時が、来るかも知れん。成(な)る可(べ)く、そうはならん様に手は打って行く積もりだが。」

 立花先生は、少し身を乗り出す様にして天野理事長に問い掛ける。

「昨日みたいな事が、そう度度(たびたび)起きる物でしょうか?」

「これは今朝、防衛省と昨日の件で話した際に聞いた事なんだが。 どうやら、連中はここに来て、襲撃の降下ルートを変えた様なんだ。今までは所謂(いわゆる)『北極ルート』だったのだが、この四月にロシアの防空レーダーが稼働を始めただろう? あれの運用が軌道に乗って来て以降、迎撃の効率が可成り上昇していたからな。それに対応して、何(いず)れは降下ルートを変えて来るんじゃないか、と予測はされていたんだが。」

「それが、実際に? 確かに、『太平洋ルート』に、って噂は耳にしてましたけど。」

「いや、『アジア大陸ルート』、『中連』上空から降りて来たらしい。連中は余っ程、海は嫌いと見えるな。」

 ここで、天野理事長が言う『中連』とは、『中華連合』の事である。四十年程前に共産党政権の経済政策の失敗が原因で『中華人民共和国』が崩壊し、十年程の混乱の時期を経た結果、四つの地域に分裂してそれぞれが自治政府を樹立していた。以来、四つの政府は再統一を目指しつつも、主導権争いと足の引っ張り合いを繰り返しており、辛うじて内戦への発展だけは回避している様な状況が現在まで続いている。一方で対外的には一つの国家であると主張はしている物の、連邦政府の成立さえ儘(まま)ならない状況故に、『連邦』ではなく『連合』と呼ばれているのだった。実の所、それぞれの地方自治政府内部でも、「再統一派」と「民族自立派」の意見が対立している上に、周辺各国が曾(かつ)ての様な大国化を恐れて、表に裏に干渉を繰り返すので、一向に情勢が安定しない儘(まま)、時間だけが経過していたのである。
 そんな状況なので、四つの自治政府が連携した防空体制など築ける筈(はず)も無く、そこをエイリアン・ドローンに付け込まれた格好になったのだ。

「それで、西側、九州の方から襲撃して来た訳(わけ)ですか。」

「ああ。従来通りなら北側、ルートを変えて来るなら東南側からと踏んでいた防衛軍は、予想外の西側からの襲撃に慌てたらしい。それで、昨日は対応が後手後手になった様子だ。」

「と、言う事は。今後はこの辺りも、襲撃事件が増えるのでしょうか?」

「今迄(まで)はロシア側からの情報提供も有って、日本海上空で迎撃出来ていたが、東シナ海側だと『中連』の協力は期待出来ないし、それで日本領空に入られたら、九州迄(まで)はあっという間だ。そうなれば、この辺りも、安心は出来んな。」

 天野理事長と立花先生の遣り取りを聞いていた塚元校長が、一言、漏らす。

「それは物騒なお話ですね。」

「そこで、今朝、防衛省に、Ruby がここに有る事を知らせておいた。今迄(まで)は、特に明かしてはいなかったんだがな。 取り敢えず、これで、この周辺の対処については、優先して呉れると思う。」

「防衛軍が守ってくれるのは、Ruby なんですか?学校ではなくて。」

 立花先生は眉間に皺を寄せて、聞き返した。

「以前も言ったと思うが、Ruby は国家機密級のプロジェクトだからね。今朝の報告で、それが被害を受けそうになっていたと知って、彼方(あちら)側のお役人も泡を食っていた様子だったよ。防衛軍の現場の指揮官は、勿論、そんな事は知らないから、昨日は、この辺りの対処を後回しにしたのだろうがね。」

「今後は、防衛軍も対応が変わってくるだろう、と?」

「そう、願いたいがね。」

「そもそも、Ruby って、どう言ったプロジェクトなんでしょうか?…と、お聞きしても、教えては頂けないんでしょうね、理事長。」

 駄目で元元とばかりに、諦め顔で聞いてみる立花先生である。それに対する天野理事長の返答は、予想通りの答えだった。

「生憎(あいにく)と、それはまだ明かせないな。何(いず)れは、話す事になるとは思うが。済まないね、立花先生。」

「いえ。 唯(ただ)、そんな大事な物を、今回は実戦に使ってしまいましたし、あの子達が預かっていて、本当に Ruby の教育になっているのかどうか。」

「それに関しては、問題は無い。Ruby は何(いず)れ、実戦に投入される予定の物だし、Ruby の育成状況については、井上主任からも順調だとの報告を受けている。」

「実戦に、ですか? Ruby を?」

 意外な天野理事長の発言を聞いて、立花先生は身を乗り出して聞き返した。

「何を驚く事が有る。現に、LMF に搭載しているんだから、至極当然の事だろう。まぁ、勿論、LMF に搭載する為に、開発している訳(わけ)ではないが。」

「そう言われれば、その通りですが。わたしもあの子達も、Ruby を兵器として認識しては、いなかったですね。」

 立花先生は上体を引いて、虚脱気味に言うのだった。一方で天野理事長も、少し考えてから、言った。

「そう言えば、先刻も茜が、Ruby の身を案じて、の様な事を言っていたな。Ruby の事を、過剰に人(ひと)扱いする傾向が出る事には留意すべきと、井上主任も言っていたが。あの子達を無用に煩悶(はんもん)させる事も無いだろうから、さっきの事は聞かなかった事にしておいてくれ、立花先生。」

「それは、構いませんが…。」

 表情を曇らせる立花先生の隣で、黙って聞いていた塚元校長が溜息を一つ吐(つ)いて、言った。

「政治だか軍事だか、そう言う物と関わると、何でも秘密、秘密。息苦しいったら、ありませんわね。」

 塚元校長の正面に座る天野理事長は、唯(ただ)、渋い顔をするのみだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第9話.14)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-14 ****


「さて、校長。そちらから、何か言っておく事は有るかね?」

「理事長の方(ほう)は、もう宜しいんですの?」

「まぁ、そうだな。大体の、事の流れは掴(つか)めた。校長の方から、話す事が無ければ、そろそろお開きにしようかと思うが。」

「では、一つだけ…。」

 そう言って、塚元校長は視線を兵器開発部一同の方へと移した。

「城ノ内さん?」

 突然、名前を呼ばれ、樹里は慌てて返事をする。

「あ、はい。何でしょうか?校長先生。」

「あなたからは、何も発言が無かったけれど、何か言っておきたい事は有りませんか?」

「いえ…特には、無いですけど。どうしてですか?」

 塚元校長は微笑んで、答える。

「黙って、お話を聞いてるだけでは、退屈したでしょう?」

「いえ、色々と興味深いお話だったので、大変有意義だったかと。わたしが退屈している様に、見えましたでしょうか?」

「そんな事は、ありませんでしたよ。 ルーカスさん、古寺さん、あなた達も発言の機会が少なかったわよね。何か、言っておきたい事は有る?」

 塚元校長の問い掛けに、瑠菜と佳奈は、姿勢を正して答えるのだった。

「いいえ、有りません。」

「わたしも、特には無いです。」

「そう。では、わたしからも、付け加える事は特には有りません。 理事長。」

 視線を天野理事長へと戻し、塚元校長は頷(うなず)く様に頭を下げた。天野理事長も一度頷(うなず)いて、話し始める。

「では、最後にもう一度、釘を刺しておくが。今回は、結果的に、幸いにも上手く事が運んだが、幸運は二度、三度と続く物では無い。今後は呉呉(くれぐれ)も、危険な真似はしない様に。大人を信じて、指示に従って欲しい。良いかな?」

 天野理事長の言葉に、兵器開発部一同は声を揃(そろ)えて「はい。」と、答えたのだった。その返事を聞いて、不意に、天野理事長が立ち上がる。

「…とは言え、だ。実際問題として、今回、諸君の行動は、この学校の生徒達と施設が危険に曝(さら)されるのを防いで呉れた。その事実には、学校を代表して、諸君には礼を言わねばならない。 ありがとう。」

 両手を執務机に着き、天野理事長は頭を下げるのだった。その様子に兵器開発部の一同が戸惑う中、天野理事長は頭を上げると、言葉を続けた。

「話を聞かせて貰って、今回のキミ達の行動が面白半分の暴走や、妙な功名心からの物で無い事は理解出来た。純粋に、級友の安全を願う思いや、愛校心からの行動であったと思う。それ故に、感謝を表明する物であるが、だからと言って褒める訳(わけ)にもゆかん。もう一度言うが、二度とこの様な事はしない様に。約束して呉れるな?」

 兵器開発部一同、もう一度、声を揃(そろ)えて「はい。」と、答えるのだった。

「よろしい。では、ご苦労だったね。今日は、以上だ。」

 天野理事長と塚元校長に向かって一礼すると、部長である緒美を残して、ドアに近い者から順番に退室して行く。そこで、天野理事長が、茜を呼び止めるのだった。

「あ~天野君。」

 天野理事長は、右手を前に出して、小さく手招きをして見せる。茜は不審に思いつつ、室内に戻り、中央の応接テーブルの前まで進むのだった。

「何でしょうか?」

「薫…お母さんには、昨日の事は伝えたりしたのかな?」

「いえ…まだ、です、けど?」

「そうか。昨日の件は折を見て、わたしの方から伝えておくから、暫(しばら)く、黙っておいて呉れ。心配させるといけないし、アレは母親に似て、怒ると怖いからな。」

 くすりと笑って、茜は答える。

「解りました。他には?」

「いや、それだけだ。」

「では、失礼します。」

 茜はもう一度、礼をしてドアへと向かう。
 全員が廊下に出たのを確認して、緒美と共に立花先生がドアへと向かおうとした時、天野理事長が立花先生を呼び止めるのだった。

「あ、立花先生は、ちょっと残って貰えるかな。」

 理事長室から廊下へと出た茜達の視線が、一斉に室内に向けられたのに気が付いた塚元校長が、宥(なだ)める様に声を掛ける。

「大丈夫よ、昨日の件で立花先生だけを、虐(いじ)めたりしないから。」

 天野理事長も、言葉を続ける。

「別件で、少し打ち合わせをしたい事が有るだけだから、キミ達は心配しなくても良い。」

 立花先生は、兵器開発部一同に視線を送ると、微笑んで頷(うなず)いて見せる。そして、緒美が室内へ向かった皆の視線を身体で断ち切る様に、開かれているドアの前まで進むと、くるりと室内方向へと身体を翻(ひるがえ)した。

「では、失礼します。」

 最後に、緒美がもう一度、一礼し、ドアを閉じるのだった。
 一斉に十人もの生徒達が出て行った為、理事長室は急にがらんとした様に感じられる。
 天野理事長は、執務机から離れると、塚元校長と対面位置のソファーへと移動した。

「立花先生も、座って呉れ。」

「こっちへ、いらっしゃい。」

 塚元校長が自らの隣、ソファーの座面を、ポンポンと叩いた。

「では、失礼します。」

「加納君、立花先生にお茶を。」

 塚元校長の左隣に一度は座った立花先生が、又、立ち上がって言った。

「あぁ、お構い無く…。」

「遠慮は不要だよ、立花先生。」

「立花先生は、コーヒーの方が宜しいですかね?」

 天野理事長の背後に立つ加納が、問い掛けて来る。

「あぁ、はい。では、お言葉に甘えて、コーヒーで。」

「あはは、いいから座って、立花先生。 あ、加納君、わたしにもコーヒー、頼むよ。」

「はい、承知しました。塚元校長は、如何(いかが)ですか?」

「わたしは、もう結構。」

「では。」

 オーダーを聞き終えた加納は、早速と隣の秘書室へと姿を消すのだった。

「立花先生は、あの子達に好かれてますね。良い事ですよ。」

 と、塚元校長が、先ず、話し始める。

「恐縮です。」

「それで、さっきの一連の話を聞いていて、どうだい?昨日、立花先生が聴取した内容とは、可成りニュアンスが違っていただろう?」

 天野理事長はニヤリと笑い、立花先生に問い掛けた。

「そう、ですね。冷静に考えてみれば、あの鬼塚さんが、一年生に迎撃を指示するだなんて。『やるなら、自分でやる』位(くらい)は言いそうな子なのに。鬼塚さんから話を聞いていてた、自分が冷静でなかったんだな、と、思います。」

「鬼塚さんは責任を全部被(かぶ)る積もりで、立花先生の聴取に答えていたんでしょうね。」

「ああ言う、お互いを庇(かば)い合っているチームの事情聴取は、個別にやっては駄目なんだ。誰が事実を言っているのか解らなくなる。一堂に集めて聴取をすれば、それぞれが自分から事実を話し出す、先刻の様にな。」

「はい。」

 立花先生は、徒(ただ)、頷(うなず)くばかりである。

「逆に、責任を押しつけ合っている様なチームの場合、纏(まと)めて聴取をやっては駄目だ。その中で力の有る者の顔色を窺(うかが)って、誰も事実を言わなくなる。後で報復されるのを、恐れるからね。そう言う場合は、関係者全員から個別に事情を聞いて、これは大変な作業になるが、全部の内容を付き合わせて、聴取した内容のどの部分が本当で、どの部分が嘘か、割り出すしか無い。立花先生もこれから先の仕事で、そう言う局面に出会うかも知れないから、頭に入れておくと良い。まぁ、相手が大人になると、先程のあの子達の様に、素直にはいかないだろうがな。」

「理事長は、今朝の、わたしの報告を聞いて、鬼塚さんが他のメンバーを庇(かば)っていると?」

「今朝の報告の内容は、以前(まえ)に何度か会った時の、鬼塚君の印象では信じられなかったからね。まぁ、それ以上に、迎撃に至った動機に就いては、聞いておかねばならなかった。自分らが開発した技術や装置が機能するか試したかった、とかの浮ついた動機であれば、これは叱ってやらないと、とは思ったがね。」

「想像以上に、真っ当な動機だったので、少し驚きましたが、安心もしましたね。」

 そう、塚元校長が言うと、「同感だ」と言って天野理事長は、声を上げて笑った。そこへ、コーヒーの入ったカップを二つトレイに乗せて、加納が理事長室に入って来る。そして加納は、カップをテーブルの上に、静かに置いた。

「しかし、女子ばかりのあの兵器開発部で、こんな事態(こと)になるとは思ってもみなかったよ。」

「そんな風(ふう)に、思ってらしたの?理事長。」

「あぁ、それで、立花先生は女子ばかり集めた物だとばかり。」

「いいえ。女子ばかりになったのは偶然の結果で、敢えて狙った訳(わけ)では。成績上位者が集まってしまったのも、『類友』と言う事ですから。」

「成る程な。」

「大体、護る対象が明確なら、女子だって戦いますわよ。それも、母性の一部ですからね。」

「母性か…そうだな。」

 カップを手に取った天野理事長は、口元へとカップを運ぶ。一口、コーヒーを飲んで、天野理事長の発言は続く。

「茜に、剣道をやらせたのは、間違いだったかな。」

「あら、天野さんに剣道を勧めたのは、理事長でしたの?」

「うん。あの子は小さな頃から、一人で本を読んでいるのが好きな、内気と言うか、人見知りと言うか。そんな具合だったから、小学校に上がってから、友達関係で苦労していると、娘…茜の母親から相談されてね。それで、武道系のスポーツでもやらせてみれば、人付き合いの面でプラスになるかなと考えて。荒療治になるかも知れんが、まぁ、向かない様なら直ぐにでも止めさせる積もりで、知り合いの道場、柔道と剣道のに、連れて行ったんだが。柔道の方は相手と取っ組み合いするのを見ただけで怖がっていたんだが、剣道の方は防具を着けるし、直接組み合わないから、それ程、抵抗は無かった様子でね。それでも実際、中学を卒業する迄(まで)、続けるとは思って無かったよ。」

「先程のお話から察するに、天野さんが剣道をやっていたからこそ、中学校での孤立を免(まぬが)れたのでしょう?」

「それは、その通りなんだがね。あの子がパワード・スーツに興味を持った遠因が、剣道に有ってだね。」

 塚元校長の所感に、そう答えた天野理事長は、苦笑いを浮かべるのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第9話.13)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-13 ****


「いえ、謝罪は結構です、加納さん。 クラスにはブリジットが居ましたし、わたしを無視する人達の事は、わたしの方が無視していた位(くらい)ですから。 それより、一年生の時の担任が、二年に上がった時に異動して行ったのは、そう言う訳(わけ)だったんですね?」

 茜達には『異動』だと周知されていた当の担任教師であるが、実際は件(くだん)の首謀者である女子生徒との『不適切な関係』が発覚しての懲戒免職だったである。勿論、その様な理由は生徒達には知らせられないので、学校や教育委員会が発表を誤魔化したのだ。その後、その元担任教師が暴漢に襲われて大怪我をした事件の事等(など)、茜達が知る由(よし)も無い。

「はい。年度が変わって、協力する教師がいなくなった事で、首謀者の女子生徒は校内での扇動が思う様に行かなくなり、それで余計に、学校外での襲撃を画策する様になった、と言うのが事の流れです。お話し出来る顛末としては、大体、以上の様な経緯となります。」

 加納が話を終えると、立花先生が真面目な顔で、天野理事長に問い掛ける。

「理事長、二人に三年間も警護を付けるのって、費用として相当の負担額ではないかと思いますが、相手方や学校に費用の一部でも請求とかされたら如何(いかが)でしょうか?今のお話ですと、証拠も揃(そろ)っている様ですし。」

 この時、天野理事長も、秘書の加納も、敢えて訂正はしなかったのだが、実は、警護を付けていたのは、茜とブリジットの二人だけではなかったのである。一時期は最多で、茜の両親と妹、更にブリジットの両親と彼女の弟を加えて、計六名にも危害が及ぶ可能性が有り、密かに警護を付けていたのだ。勿論、ここで、その事を明かしても、話がややこしくなるだけなので、天野理事長はその事を口にしなかったのである。
 そして、天野理事長は少し笑って、答えた。

「証拠と言っても、裁判にでもなれば、命綱にするには、可成り頼りないね。何せ、その女子生徒は人に指示したり教唆(きょうさ)しただけで、自分では一切、手を下してはいない。だから、直接的な物証は何も無い。集められた証言にしても、同じ内容を裁判で証人として証言をして貰えるか、その辺りが怪しい人物が可成りの数、含まれているし。そんな状況で被害の発生を防ぐのに掛かった費用を、相手方に請求するのは、まぁ、現実的ではないだろう。立花先生は法務を専攻されたから、こう言った都合に就いては、詳しいのではないかな?」

「法務とは言っても、刑事の方は専門外ですので。」

「そうか。まぁ、結果的に二人の身の安全は確保出来たし、会社への被害も未然に防げた。仮に、強請(ゆすり)に応じる様な事態になれば、社の財務にも歪みが生じる。警備・警護の費用なら必要経費にでも出来るが、強請(ゆすり)の支払いは、そうは行かないからね。まぁ、相手に強請(ゆすり)のネタが出来た時点で、何らかの被害が既に発生している訳(わけ)だから、それ自体が有ってはならん事態だからな。」

 そう言って、天野理事長は笑うのだった。

「だからと言って、そこ迄(まで)解ってて無罪放免と言うのは、納得が行きません。」

 直美が、語気を強めて少し大きな声を上げると、天野理事長は真面目な顔で答えた。

「勿論だ。元元は相手方の家庭の問題だからね。こちらで集めた資料を纏(まと)めた上で、弁護士を通じて相手方の親御さんへ送ったよ。彼女たちが中学を卒業してからね。それで、先方の更生の切っ掛けにでもなれば、と思っていたんだが。」

 そこで、天野理事長が発言を止めたので、数秒待って、茜が尋ねた。

「何か、有ったんですか?」

「うむ…。」

 唸(うな)る様な声を出して、天野理事長は椅子の背凭(せもた)れに身を預ける。その様子を見て、加納がアイコンタクトの後、発言するのだった。

「では、わたしから。 実は、その首謀者の女子生徒なんですが、この四月に、違法薬物の急性中毒で入院したそうです。聞いた所に依れば、植物状態で回復の見込みは無い、とか。それから、わたしが『碌(ろく)でもない大人』と言った、彼女に付いていた男なんですが、解雇された後に、何らかの喧嘩に巻き込まれたとかで、死亡しております。」

「…何が有ったんでしょうか?」

 茜は眉間に皺を寄せ、加納に問い掛ける。しかし、加納は表情を変えず、事務的に答えるのみだった。

「さぁ、そこ迄(まで)は解りませんし、我々の関知するべき所でもありません。一方は違法薬物…平たく言えば『麻薬』が絡んでおりますし、もう一方は過失であったとしても殺人事件、何方(どちら)も、立派な刑事事件ですので、当然、警察の方(ほう)で捜査がされております。」

「新島さん。」

 塚元校長が、突然、直美を名指しで声を掛ける。直美は少し驚いて、返事をするのだった。

「あ、はい。何でしょう?校長先生。」

「あなたは事情の一部を、予(あらかじ)め聞いていた様子ですけど、先程の一連の顛末を聞いて、このお話からは、どんな教訓を引き出しますか?」

 そう問い掛けると、塚元校長は静かに微笑む。直美は一度、天井に視線をやる様にし、数秒考えて、答えた。

「因果応報…でしょうか。」

「分かり易くて良いですね。そう言うお話だったと、受け取る人も多いでしょう。けど、わたしは『付き合う人は、選びなさい』と、言いたいですね。碌(ろく)でもない人と関わると、自分も碌(ろく)でもない目に遭う、と。そう言った意味で、天野さんも、ボードレールさんも、一時的に嫌な思いはしたでしょうけれど、お互いが選んだ相手は、友人として適切だったと思っていいでしょう。 あの時に、嫌な思いをしたくなくて、天野さんもボードレールさんも、彼方(あちら)側を選ぶ事だって出来たのに、それをしなかった。それは、二人とも誇りに思って良いと、わたしは思いますよ。」

「はい、ありがとうございます。」

 茜とブリジットが、揃(そろ)って返事をする一方で、ニヤリと笑って天野校長が言うのだった。

「『人を選べ』等(など)と、教育者が言っても良い物ですかね?校長。」

「皆さんがもっと、幼い子供だったら『みんなと仲良くしなさい』と、立場上、言う所かも知れませんが。残念乍(なが)ら、実際の世の中は『みんなが仲良く』出来る様な社会ではないですからね。危険な人や、危険な事からは、出来る限り距離を取る。そう言う賢明さは、生きていく上で必要だと。それは大人として、皆さんに伝えておかなければなりません。そして、皆さんは『人を見る目』を、養っていかなければなりませんよ。」

 塚元校長は、天野理事長の突っ込みを、平然と切り返すのだった。そして、思い出した様に、今度はブリジットに対して、塚元校長は尋ねた。

「そう言えば、ボードレールさん。進路を、この学校に決めたのは、その事件の影響も有るのかしら?」

「いいえ。単純に、茜と同じ進路に行きたかっただけ、なんですが…今のお話を聞いて、会社の方へは、正式に入社したら、幾らかでも、わたしに出来る事で、お返しをしなければ、と。今は、そう思っています。」

 その返事を聞いて、天野理事長は幾分、困った様に言うのだった。

「だから、その様な事は考えなくても良い、と、先刻も言ったと思うのだが?ボードレール君。」

「あ、あぁ~…スミマセン。」

 恐縮するブリジットを見て、微笑んで天野理事長は言った。

「まぁ、これからも茜と仲良くしてやってくれたら、茜の祖父としても嬉しいよ。」

「はい。」

 ブリジットは、運動部の所属らしい、はっきりとした返事を返す。天野理事長は一度頷(うなず)いて、再び話し始めるのだった。

「さて、大幅に話が逸(そ)れたので、昨日の件に戻すが。鬼塚君、キミが迎撃を行うと考えを切り替えて、その時点で成功の確率はどの位(くらい)と見込んでいたのか、教えて呉れるかな?」

「明確に、何パーセント、とは答えられませんが…段階毎に、色々と可能性は考えていました。先(ま)ず、第一段階として、レーダー施設の防空用ミサイルを、防衛軍が作動させるだろうと。これで、向かって来るエイリアン・ドローン六機が、一乃至(ないし)は三機の範囲で処理されるだろう、と見込みました。実際に撃墜されたのは、二機だったので、わたし達が迎撃するべきは、残り四機となりました。 エイリアン・ドローンが初めて遭遇する兵器を警戒しないのは、過去の事例で解っていましたので、HDG と LMF は警戒されずに第一撃を加えられるのは確実でした。この第二段階では、HDG と LMF が同時に攻撃を加える事で、確実に二機は処理出来るだろうと。実際はその通りになりましたが、出来れば、と期待した、更に複数機の処理上積みは、それは叶いませんでした。 そして、残ったのは二機となりました、が。その動きを事前に予想は出来ないので、この第三段階については天野さんとボードレールさん、二人の機転と運に任せるしか無く。そこで、外部から状況を監視して、出来るだけのバックアップが行える様、無人観測機を出しておいて、最初から複数人で状況の監視をしていました。ですが、実際は最後の一機を見失ってしまい、監視もバックアップも、成功したとは言い難(がた)いのが結果です。 最終的に、最後の一機を無事に処理出来たのは、HDG を扱う天野さんの能力に負う所が大きかった、と思っています。」

「加納君、今の鬼塚君の話を聞いて、元防衛軍所属の者としてはどう思う?」

 話を振られた加納は、一呼吸置いて、答えた。

「わたしは戦闘機乗りでしたから、戦術の質が違いますので、一概に評価は難しいのですが。しかし、基本的な考え方は、外れてはいないかと。鬼塚さんは、良く研究されていると思いますが。」

「そうか。 結果的に、HDG と LMF、その有効性の一端を示した、とは言えるのだろうな。 実は、防衛軍の方(ほう)からは、完成しているのなら、早急に引き渡せ、と言われたのだ、が。それに就いては、どう思う?鬼塚君。」

 緒美は落ち着いて、天野理事長に聞き返す。

「理事長は、了解されたのですか?」

「いや。わたしの認識では、あれは未(いま)だ、未完成で検証中の装置(デバイス)だ。未完成の物を引き渡す訳(わけ)には、いかん。」

「同感です。今、引き渡しても、防衛軍が天野さんと同じレベルで扱えるのか、保証は出来ませんし。それに、B型の試験を行って、パラメータとか稼働ライブラリのデータを比較しない事には、異なるドライバー間での互換性が想定通りに出来るかどうかが確認出来ませんので、もう暫(しばら)くは手放す訳(わけ)には行きません。」

「そうか、解った。」

 天野理事長は、一度、背中を椅子の方へ寄せ、一息置いて話し出す。

「これは、会社としての決定事項では無いが、わたしが個人的に懸念していると言う事で、話しておきたい。」

「はい。」

 緒美は、少しだけ両の眉を引き寄せ、返事をした。天野理事長は、少し目を細める様にし、話し始める。

「昨日の一件で、君達の様な戦闘の訓練を受けていない者でも、HDG を扱う事が出来れば『エイリアン・ドローン』を撃退可能である、と、事実として証明されてしまった。これは、鬼塚君が考えたコンセプトが正しかったのだと、わたしも思う。HDG が完成して汎用化すれば、対エイリアン・ドローン用の兵器として、有効なのは間違い無いだろう。 だが、HDG が対人兵器として使用されてしまう可能性について、鬼塚君は考えた事は有るかね?」

「いいえ、ありません。」

「そうか。日本の防衛軍があれを侵略戦争に使用する事は考え難(にく)いが、我々が装備した事を他国が知れば、同じ様な物が開発され、使用されるのは避けられない様に思う。だから、新しいコンセプトの兵器の開発や、提案には慎重さが必要なのだと、わたしは考えている。」

「HDG の開発を止めるべきだと?」

 天野理事長への、緒美の問い掛けを聞いて、兵器開発部一同が、一瞬、ざわめく。天野理事長は顔の前で、二度、右手を振って否定した。

「そうではない、結論を急ぐな。我々が思い付いた事なら、他の誰かも思い付いて、同じ様な開発をやっている可能性だって有り得る。であれば、開発は続けて、技術は保持しておくべきだ。問題は、軍に引き渡すかどうか、だよ。」

 そこで、立花先生が声を上げた。

「しかし、会長…いえ、理事長。防衛軍の契約が取れなければ、今まで掛かった開発費が回収出来ませんが。」

「そんな事は、解っておる。徒(ただ)、防衛装備事業が天野重工(うち)の本業では無いのでな。それは、立花先生もご存じだろう? 予算や費用の手当を考えるのが、我々、経営陣の仕事だ。その辺りは、どうにでもなるし、出来るようにやるだけだよ。」

 天野理事長の言う通り、現状で天野重工の収益の柱は、水素ガス製造プラントと水素燃料動力機関の二つである。防衛装備事業での収益は、決算毎(ごと)に赤字と黒字の間を行ったり来たりしているのが現実だった。

「戦闘機や戦車の様なサイズの兵器であれば、維持や運用には或(あ)る程度以上の組織力が必要だ。だが、HDG 程のサイズになれば、小規模な組織でも運用出来る可能性が有る。今回、キミ達がやって見せた様にね。まぁ、現実には技術的な問題や補給等(など)、ハードルはそれなりに高い物だと思うが。」

 天野理事長の発言を受け、緒美が問い掛ける。

「理事長は、HDG が完成しても、防衛軍には引き渡さないお積もりですか?」

「…そう、決めた訳(わけ)ではない。先刻の立花先生の意見の様に、財務上の問題も勿論有るし、対『エイリアン・ドローン』用の装備として有効なのであれば、防衛に協力しない訳(わけ)にもいかん。だが、費用対効果という面から防衛軍が採用しない可能性も、十分に有る。現状で、HDG 一機が主力戦闘機一機よりも高価になる見込みと聞いているが、そうであれば、防衛軍仕様の『LMF 改』の方が、防衛軍には魅力的だろう。 その辺りは、今後の状況推移と交渉によって、結論は変わる物だ。」

「では、当面、わたし達のやるべき事は変わらない、そう思って良いでしょうか?」

「そうだな。わたしの言った事は、頭の隅にでも入れておいてくれたら良いよ。」

「解りました。」

 緒美の返事を聞いて、天野理事長は一度頷(うなず)くと、大きく息を吐(は)いた。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第9話.12)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-12 ****


「その調査に依れば、『イジメ』の首謀者は同じクラスの女子生徒だったのだが、その父親と言うのが、天野重工(うち)の、まぁ、簡単に言えば競合の系列メーカーの重役だとかでね、企業名はこの件とは無関係だから伏せるが…当初は、容姿や態度が気に入らない、と、ボードレール君を標的にし、それに参加しなかったから天野君をターゲットに加えた訳(わけ)だが、後になって、天野君がその首謀者の父親の競合企業関係者だと気付いて、妙な敵愾心(てきがいしん)を持ったらしい、と言う事だった。まぁ、どう言う訳(わけ)か、最後迄(まで)、天野君が天野重工の社長の娘だと勘違いしていたらしいが、その所為(せい)も有って、その女子生徒からは中学を卒業する迄(まで)の三年間、付け狙われていたんだよ。」

 天野重工の創業家と、茜の父親とが同じ『天野』姓である為、この『茜が天野重工の社長令嬢である』と言う誤解に遭遇する事を、時折だったが茜は経験していた。実際、天野重工の創業者である会長の孫ではあるので、社長令嬢では無いにせよ、血縁者である事には間違いは無く、茜自身は、そう言った誤解を受ける事は、余り気にしてはいなかったのだが。
 現在の三代目社長である片山の妻が、茜の叔母、茜の母である薫の妹、天野 総一の次女である洸(ヒカル)で、その娘、つまり、茜の従姉妹(いとこ)である陽菜(ヒナ)が実際の社長令嬢なのだが、『片山』姓であるが故、ほぼ、世間から社長令嬢だと思われた事が無いと言う『捻(ねじ)れ現象』が起きていたのだが、それは、取り敢えず、本筋とは関係の無い話である。

「三年間って、二年生でクラスが変わって以降は、特に何もありませんでしたけど。」

 茜が、当事者としての所感を述べる。すると、秘書の加納が言うのだった。

「会長、あとは、わたしから説明しますが?」

「そうだな、頼むよ。」

「では。 実はわたし、その警備保障会社に以前、三年程、勤めておりまして。その絡みも有って、茜さんの件、主にわたしが、遣り取りをしておりました。」

 加納は茜達に向かって一礼した後、話し出す。

「調査報告に依りますと、当初、首謀者である女子生徒は、複数の取り巻きを通じて、クラス全体に因る対象者への無視を徹底させていた訳(わけ)ですが、当然、時間が経つに連(つ)れて、更に対象者を追い詰める為に行為をエスカレートさせようとしていました。一昔前でしたら、行動が、所持品の棄損(きそん)とか、金品供与の強要、身体的攻撃へと段階が進んで行った所ですが、昨今では学校内に記録装置等(など)が整備されていますので、流石に、そう言った行為に協力する者は、今時、そうは居(お)りません。」

 そこで、塚元校長が口を挟(はさ)む。

「みんなも知っている通り、教室や廊下とか、二十四時間、映像を記録しているから、校内で暴力行為や器物破損とかすれば、証拠が残りますからね。」

 因(ちな)みに、記録されるのは映像のみで、普段の学校生活でのプライバシーを考慮し、音声は記録されない。学校側も、記録された映像に就いては、これを簡単に見る事は出来ず、事件や問題が起きた場合に限り、教育委員会と警察に因って、映像の内容が確認、調査される。これは、学校側に因る事実の隠蔽(いんぺい)や改竄(かいざん)を防ぐ為の方策である。もしも、記録装置の整備不良等に因る記録の欠落や、記録の隠蔽(いんぺい)、或いは改竄(かいざん)等が発覚すれば、記録装置の管理責任を負う学校側が厳しく責任を追及される事は言う迄(まで)もない。映像の記録期間は最短でも一ヶ月間で、事件や問題が起きなければ記録メディアは交換されず、古い映像から自動で消去されると言う仕組みである。これらは、教育機関内での犯罪的事象の発生抑制や摘発の為に、法的にも整備された、全国的な取り組みであり、これらの法的及び、機器的なシステムの整備は、開始がされて既に三十数年が経過し、全国的に定着している。
 塚元校長の言葉を受け、加納が説明を続けた。

「はい。勿論、死角になる場所も有りますので、記録装置が有るとは言っても、完璧ではありませんが。 茜さんと、ブリジットさんのケースでは、そう言う事に協力しそうな上級生等(など)の生徒に予(あらかじ)め釘を刺したり、映像記録装置の死角になる場所の監視強化等(など)に、お二人の所属部活…剣道部とバスケ部の上級生や先生等(ら)の協力が有りました。そんな訳(わけ)で、学校内部では、クラス内での無視以上の行為に進展しなかったのですが、それに業を煮やしたと言いますか、首謀者側は学校外での襲撃を計画していました。」

 そこで、恵がポツリと言った。

「あの…中学生、ですよね?」

 加納は、ニッコリと笑って答える。

「はい、そうですよ。首謀者である女子生徒は、親から或(あ)る程度、自由になるお金と、教育係と言うか、お世話係と言うか、そんな立場の大人が小学生の頃から付けられていた様なんですが、どうやら、その大人が碌(ろく)でもない者だったらしく。」

「あぁ…何と無く、解りました。すみません、続けて下さい。」

 恵は、小さく頭を下げる。加納は、話を続ける。

「…では、え~、探りを入れている中で、襲撃計画なる話が浮かび上がって来まして、夏を過ぎた頃でしたが。 我々も当初は半信半疑だったのですが、念の為、お二人には警護を兼ねて、監視を付ける事になりました。」

「二人?ブリジットも狙われてたんですか?」

 今度は、茜が反応する。

「そうですよ。」

「だって、夏を過ぎた頃には、ブリジットは無視される対象から、外れてたのに。」

「ですが、茜さんへの無視に、ブリジットさんは参加してなかったでしょう?それが首謀者側は、気に入らなかったんですよ。」

 そして、ブリジットが、茜に向かって言うのだった。

「実際、わたしは襲われたのよ、二回。まぁ、どっちも未遂で済んだけど。」

「え?」

 右隣に立つブリジットの方を見て、茜は言葉を失うのだった。ブリジットは、微笑んで言った。

「街に一人で出掛けた時にね、行き成り路地に引っ張り込まれて。逃げようと揉み合ってる所を、加納さん達に助けて貰った事が有るの。あなたには黙ってたけど、ゴメンね。」

 茜はブリジットを見詰めた儘(まま)、声を出せずにいた。そして、加納が説明を付け加える。

「あの時、わたしが現場に居たのは、まぁ、本当に偶然でしたが。監視役の警備保障会社の担当者が、昔の同僚でしたので、連絡事項の伝達がてら会いに行ったら、ブリジットさんの最初の襲撃現場に出会(でくわ)してしまいまして。その後(あと)、二度目の襲撃を許してしまったのは、救出が出来たとは言え、警備の態勢を整える側としましては、誠に不手際だったと言わざるを得ません。ブリジットさんには改めて、お詫び申し上げます。」

 そう言って、加納はブリジットに対し、深々と頭を下げるのだった。

「あぁ、いえ。助けていただいたのに。それに、悪いのは相手の方ですから。」

 加納に向かって恐縮して言葉を返すブリジットだったが、その横で、理事長室に入って来た時の事を思い出して、茜はブリジットに言うのだった。

「あぁ、それじゃ、さっき、加納さんと面識が有ったって…。」

「そう、助けて貰った時。その後(あと)で、会社の方(ほう)での調査だとか、警護だとかの、事情を聞いたの。茜は、その時はまだ、その事態の真っ直中(ただなか)だったから、余計な心配をさせたくなくて、みんな、黙ってたのよ。」

 そして、下げていた頭を上げた加納が言う。

「はい。茜さんは一方の当事者ではありましたが、事態の首謀者の心情が相当に捻(ねじ)れている事が予想されましたので、茜さんに事情をお話しした所で、当事者間での解決は無理だったでしょう。であれば、この場合、お知らせしない方が得策と、勝手乍(なが)ら、此方(こちら)で判断致しました。ご容赦下さい。」

 加納は、再び、頭を下げる。

「あ、いえ。大丈夫ですよ、今なら理解出来ますから。加納さんが、謝る事じゃ…。」

「あの、ちょっと良いですか?」

 茜が言い終わらない内に、肩の高さ程に左手を挙げ、直美が声を上げる。加納は頭を上げると、それに応えた。

「はい、何でしょう?」

「色々と物騒なお話だった訳(わけ)ですけど、そう言う事態であれば、警察に届け出る案件だったのでは無いかと。」

「警察は、基本的に事件が起きないと、動いて呉れません。公(おおやけ)の捜査機関でもない民間の情報調査部門が掴(つか)んだ、証拠能力の怪しい情報だけでは、事件が起きる前に逮捕は出来ません。だからと言って、事件が起きるのを待つ訳(わけ)にも参りませんので。事件が起きると言う事は、被害者が出る、と言う事ですから。 警備保障、特に警護と言うのは、警察の様に発生した事件を解決するのではなく、事件の発生その物を未然に防ぐのが目的になりますので、茜さんとブリジットさんのケースに就いても、その様に実施されました。因(ちな)みに、三年間で、茜さんについては十件、ブリジットさんについては先の二件の後(のち)、三件の襲撃計画の実行を阻止しております。」

「天野は、それ、知らなかったんだ。」

 直美が、茜の方を向いて尋ねる。

「はい、全然。ブリジットは知ってたのね?」

「いや、後(あと)の三件ってのは、今、初めて聞いた。」

 ブリジットは、苦笑いである。そして、恵が呆(あき)れた様に、所感を口にするのだった。

「しかし、『イジメ』の延長で、そこまでやるって言うのも…。」

「いえ、先方の動機は『イジメ』の延長だけではありません。先程も言いましたが、首謀者の側(そば)に付いていた碌(ろく)でもない大人、その者が、茜さんを事件に巻き込んで、それをネタに天野重工を強請(ゆす)ろうとしていたのですよ。時間を置いて、繰り返し襲撃を画策していたのは、時間が経って警護が外れるのを待っていた、と言う面も有るのです。」

「あぁ、成る程、そう言う事ですか。」

「あれ?でも、わたしを襲っても、天野重工には関係ありませんよね?」

 恵が納得する一方で、ブリジットが疑問を口にした。

「ブリジットさんのケースは、基本的に首謀者である女子生徒の腹癒(はらいせ)による物と思われますが、ブリジットさんへの襲撃が成功すれば、茜さんに心理的にダメージを負わせられますし、襲撃の予告としても使えます。『次はお前だ、友達みたいな目に遭いたく無かったら、金を用意しろ』の様な脅迫も出来ますから。」

「ホントに、碌(ろく)でもないですね。」

 茜は、心底うんざりしたと言う表情で、そう言うのみだった。

「あ、もう一つ。良いですか?」

 再び、直美が手を挙げて、加納に質問する。

「はい、どうぞ。」

「クラス内での無視が一年間続いたと、これは以前、ブリジットから聞いていたんですけど。学校の方も、事態を把握していた様なのに、状態が改善されなかったのは、何故なんでしょう?」

「あ、それはですね。冬頃になって、これは警備保障側の調査で判明したのですが。実は、クラスの担任教師が、首謀者側に協力してたんですね。」

 事も無げに答える加納の言葉を聞いた一同は、徒(ただ)、唖然とするしかなかった。そして加納は説明を続ける。

「首謀者の女子生徒は入学早々に、その担任教師の弱みを握ったらしく。元々は、自分の成績を改竄(かいざん)させるのに利用する腹積もりだった様ですが、その様な事態に至って、『イジメ』の扇動にも担任教師を利用していた様です。徒(ただ)、何分、その情報を掴(つか)むのが遅かったので。年度末も近かった事も有り、学校側はとしては直ぐに担任の交代、とは行かなかったと言う事情でして。そしてもう一つ、首謀者の女子生徒が茜さんに執着している内は、他の生徒が標的にならないで済むと言う事も、学校側は考慮していました。」

「天野さんを人身御供(スケープゴート)に、と?」

 そこ迄(まで)黙って話を聞いていた緒美が、加納へ、睨み付ける様な視線を送り、言った。しかし、加納は平然と答える。

「はい。既に学校内では茜さんに、おいそれと手出しが出来ない状況でしたし、学校外では天野重工(わたしたち)が手配した警護が付いておりました。クラス内の状況は正常ではないにしても常態化していた様子でしたので、茜さんには、一年生の年度末まで耐えて頂こう、と言う事になりました。茜さんには、この事も、重ねてお詫びしなければなりません。」

 もう一度、頭を下げようとした加納を、茜は押し止め、言うのだった。

 

- to be continued …-

 

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第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-11 ****


 そして、クラウディアが答える。

「はい、構いません。情報を確認して、避難指示が予防的な措置で、ここに直接的な被害が及ばない様なら、わたしも避難指示に従う積もりでした。」

「しかし、エイリアン・ドローンが此方(こちら)に向かっている事を、知ってしまった、と。」

「はい。勿論、その儘(まま)通過してしまう可能性も有るとは、思いました。でも、学校(ここ)が襲撃対象になる可能性に就いて、鬼塚部長とわたしの意見は同じでした。」

「それで、間違いは無いかな?鬼塚君。」

 天野理事長が尋ねると、緒美は極短く、即答した。

「はい。」

「そこで、その危険性が、つまり、学校が襲撃される事は無い、と、キミが説明すれば、皆は避難指示に従った、とは思わなかったかね?」

「嘘を吐(つ)け、と?」

「方便だよ。皆の安全を計る為なら、それも一つの方法だと思うのだが?」

「その時は、そう言う考えは浮かびませんでしたが…覚えておきます。」

 そこで緒美に対して、塚元校長が意外な言葉を掛けるのだった。

「良いのよ、鬼塚さん。そんな事は、もっと歳を取ってから覚えれば。」

「校長~…。」

 天野理事長が苦笑いをして、抗議しようとするのだが、塚元校長が、今度は天野理事長に向けて言葉を続ける。

「いい事じゃありませんか、年相応(としそうおう)に正直なのは。理事長も立花先生も、会社の方方(かたがた)は鬼塚さんの態度が大人びているからって、何か勘違いされて居るんじゃないかと思う時が有りますよ、わたしには。鬼塚さんを始め、彼女達は、まだ高校生なんですから、会社側の皆さんには、その辺り、お忘れ無きよう、お願いしたいですね。」

 そう言い終わると、塚元校長はテーブル上のティーカップへ手を伸ばそうとするが、カップが既に空だったのに気付く。

「加納さん、もう一杯いただけるかしら?お茶。」

「はい、御用意しますので、少々お待ちを。」

「ありがとう。」

 塚元校長の前に置かれていたティーカップを回収して、秘書の加納が隣の秘書室へと姿を消すと、咳払いを一つして、天野理事長が話し出す。

「まぁ、校長の言われる事も尤(もっと)もだ、と言う事で、話を続けるが…いいかな?」

「はい。」

 緒美は真面目な顔を崩さず返事をすると、続けて話し出すのだった。

「先程、カルテッリエリさんから『誘導した』、との発言が有りましたが。彼女に誘導される迄(まで)もなく、元元、ほぼ全員の意識は迎撃する方向に傾いていたと思います。」

「ほう、それは?」

「避難指示の放送を聞いて以降、誰も避難に動こうとしてませんでしたから。但し、迎撃を積極的に主張出来なかったのは、現時点で HDG を扱えるのが天野さんだけだと、みんなが理解していたからです。上級生は誰も、一年生に危険な行動を指示する事は出来ないと、そう思っていたので、であれば避難するべき、と、考えて居た筈(はず)です。」

 緒美の左側に並ぶ、直美と恵、そして右側の二年生一同も、それぞれが緒美の言葉に頷(うなず)いていた。
 その様子を確認して、天野理事長は緒美に問い掛ける。

「先刻の天野君の発言に依れば、彼女が一人の判断で HDG を持ち出した、と言ったが。キミはその時点で、迎撃に賛同する側に回ったのだろうか?」

「いえ、その時点では、先に他のみんなを避難させて、その後、どうやって天野さんを説得しようかと考えていました。HDG を扱えるのは天野さんだけ…それは間違いないのですが、非稼働時の HDG はメンテナンス・リグに接続してありますが、HDG 側からその接続を解除は出来ない仕組みです。つまり、誰かが接続の解除操作をしない限り、天野さんは外へ出て行く事は出来ないので、説得をする機会はまだ有るかと。」

 そこで、瑠菜が無言で右手を胸の高さ程に挙げ、発言の許可を求める。

「ルーカス君だったね、どうぞ。」

「部長が、そう言う考えだったのを知らず、わたしがメンテナンス・リグの接続解除操作をしました。」

 瑠菜の発言に続いて、瑠菜の右側に立つ佳奈も、瑠菜と同じ様に右手を挙げ、発言する。

「わたしも、それを手伝いました。」

「ルーカス君は、それが迎撃に繋がる行動と解っていて、どうして?」

 天野理事長の問い掛けに、瑠菜は即答する。

「カルテッリエリがあの時言った様に、わたしもこの学校が壊されるのは嫌だ、と、その気持ちは同じでしたが、それ以上に…。天野さんが言ったんです。『お爺ちゃんが作った、この学校が壊されるは嫌だ』って。それを聞いて、天野さんの、この学校への愛着は、わたし達とは一段、レベルが違うんだろうなと、そう思いました。」

「それで、天野君に協力しようと?」

「はい。」

 そこで、茜が怖ず怖ずと、左手側に立つ瑠菜に問い掛けるのだった。

「あの~すいません、瑠菜さん。わたし、そんな事、言ったんですか?」

「覚えてないの?」

 少し驚いて、瑠菜は問い返す。茜は、真剣な顔付きで答えるのだった。

「はい。あの時は、いろんな事を考えてて、頭の中がグルグルしてましたから…何をどう言ったか、細かい所迄(まで)は…良く…。」

 困惑気味の茜に対して、緒美は微笑んで言う。

「確かに、あなた、言ったのよ、天野さん。そんな状況だったからこそ、本心が口を衝いて出たんでしょう。」

「そう…ですか。」

 茜は少し顔を赤らめて、緒美の言葉に納得するのだった。

「それでは、鬼塚君。LMF の起動を許したのは、どういう判断に基づいてなのか、教えてくれないか。あれは、キミか立花先生の承認が無いと Ruby にも動かせない筈(はず)だが。」

 再び、天野理事長が緒美に問い掛けると、其方(そちら)側に向き直り、緒美は即答する。

「はい。瑠菜さん達がメンテナンス・リグを操作してしまう以上、HDG、天野さんの出撃は避けられないと判断しました。そうなった以上、少しでも天野さんの、生還の確率を上げる方向で考えるべきだ、と。それに、天野さんが出て行く以上、ボードレールさんも、天野さんの行動に協力しない事には、彼女の気持ちに収まりが付きそうもなかった、ので。」

 天野理事長は右手を額に当て、『困った』と言う表情で、ブリジットに問い掛ける。

「鬼塚君は、ああ言っているが、そうなのかな?ボードレール君。」

 ブリジットは両手を後ろで組んで、背筋を伸ばし、即答する。

「勿論です。茜だけに、危ない真似はさせられません!」

 ブリジットの言葉に、天野理事長は執務机に両肘を付き、両手で頭を抱える様な仕草で俯(うつむ)くのだが、それを見て塚元校長はくすくすと笑うのだった。思い直した様に顔を上げ、天野理事長はブリジットに対して言うのだった。

「三年前の事で、キミがそんなに、恩義に感じる必要は無いんだよ、ボードレール君。」

「恩だとか、そう言うのではなくても、茜は大切な友人ですから。」

 ブリジットは、そう言うとニッコリと笑ってみせる。その遣り取りを見ていた茜が、思わず声を上げた。

「お爺ちゃん!三年前の事、知ってたの?」

 天野理事長は一瞬、『しまった』と言う表情をしたが、咳払いをして横を向く。すると、塚元校長に紅茶のお代わりを出し終えて、再び執務席の横に立っていた秘書の加納と視線がぶつかるのだった。加納は、ばつが悪そうな、或いは怪訝な顔付きをして、小さく首を傾(かし)げる。

「理事長。」

 塚元校長に、聊(いささ)か唐突に呼び掛けられ、少し上擦(うわず)った声で天野理事長は答えるのだった。

「なんですか、校長。」

「折角ですから、全部、お話になったら? 天野さんにも内緒にしてる事、有るのでしょ。」

 椅子の背凭(せもた)れに身を預け、目を閉じて、執務机の上に置いた左手の人差し指で、トントントンと三回、机を叩いてから、天野理事長は大きく息を吐(は)いた。

「先刻はカルテッリエリ君に、昔の事を話して貰ったしな。天野君のケースに就いても、ここに居る皆に知っておいて貰っても良いだろう。」

 天野理事長は身体を正面に向け、話し始める。

「天野君とボードレール君が、中学一年生の時の事だが、発端は、ボードレール君がその容姿から、教室内での無視…まぁ、平たく言えば『イジメ』を受け、それを庇(かば)った天野君が次の標的になった、と、まぁ、そう言う事件だったのだが。間も無く、学校側もそれを察知して、保護者に連絡が行き、わたしは祖父として天野君の母親からその件を聞いた訳(わけ)だ。」

 ここで、天野理事長は少し考えを整理する為か、一息吐(つ)いて、そして再び話し始める。

「天野重工は、とある大手の警備保障会社と契約をしていてね、そこには社員やその家族、親族がトラブルに遭った場合、色々と調べて呉れる、情報調査部門…これも平たく言えば『探偵』、だな。まぁ、そう言う業務部門もあってだな。そこに、天野君の件に就いての、調査を依頼した訳(わけ)だ。 会社が大きくなるに連(つ)れてね、社員やその家族の個人的なトラブルであっても、対処を誤ると、会社に取って大きな損害が出る…これは、過去に幾つか事例が有ってね。それで、社員に対する福利厚生の一環としても、会社全体のリスク・マネージメントとしても、両方の意味で、トラブルの調査や処理等を行っている。」

 そこで、今迄(まで)、塚元校長の座るソファー後ろで、黙って立っていた立花先生が、補足を加えるのだった。

「みんなも正式に入社したら、研修で教わると思うけど。社員やその家族を、事件や犯罪に巻き込んで、それをネタに会社を強請(ゆす)ろうとする、そんな人達も実際にいるから。もしも、トラブルに遭遇したら、自分だけで対処しようとしないで、会社に相談してね。」

 緒美の後列一同は、少し驚いて、隣の者と顔を見合わせたりしているが、天野理事長は話を続けた。

「立花先生、補足、ありがとう。それで、まぁ、調査してみて、徒(ただ)の子供の喧嘩程度の事と解れば、学校に対処を任せてしまえばいいと、初めは、そう思っていたんだが。直(じき)に上がって来た調査結果が、だな、まぁ、その内容が看過出来る様な物ではなかったのだ。」

 三年前に当事者だった筈(はず)の自分自身も知らない話の展開に、茜は困惑の表情を浮かべるのだったが、天野理事長は話を続ける。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第9話.10)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-10 ****


「今日の朝、一番に、昨日の事に就いては、立花先生から報告を受けた。その後、防衛軍の方(ほう)と話をして、こちらは、まぁ、人的、物的に被害を被(こうむ)らない為の緊急回避的行動だった、と言う事で理解をして貰えたよ。まぁ、二度と今回の様な事の無いように、呉呉(くれぐれ)も自重(じちょう)して呉れ、と言われはしたのだが、それに就いては、わたしも同感だ。諸君がやった事に対しては、昨日の時点で立花先生から叱られただろうから、わたしの方から、それに就いて言を重ねる事はしないが、事情に関しては諸君から、直接、聞いておきたい。そう言う訳(わけ)で、ここに来て貰ったのだが、ここ迄(まで)は良いかな?」

「はい。」

 全員を代表して、緒美が返事をする。

「では、鬼塚君。キミが迎撃行動を取ると、判断した理由を聞かせて呉れ。」

 天野理事長が、真顔で緒美に問い掛けると、緒美が発言するより先に、茜が手を挙げ、発言の許可を求める。

「宜しいでしょうか?理事長。」

「何かね? 天野君。」

 表情を変えず、天野理事長は茜に発言を許した。

「部長は、最後まで避難するように、と、言っていたんです。責任は、HDG を勝手に持ち出した、わたしに有ります。」

「いいのよ、天野さん。」

 緒美は、前を向いた儘(まま)、茜の発言を制する様に声を上げた。そして、横に並んだ列から一歩前に進み出ると、天野理事長に向かって発言を続ける。

「最終的に、下級生に危険な行動をさせた事に変わりはありません。責任者として、停学でも退学でも、どんな処分でも受ける覚悟は出来ています。ですので、他のみんなには寛大な判断を、お願いします。」

 言い終わると、緒美は深く、頭を下げるのだった。

「おいおい、話を急ぐな、鬼塚君。処分がどうこうと言う話はしていない。わたしは事情を聞きたい、と、最初に言った筈(はず)だが?」

 一同に取っては、少々意外な天野理事長の発言だったが、それに続いて塚元校長が断言する。

「先に言っておきますけれど、今回の件で、皆さんに、何らかの処分を科する決定は、学校としてはありません。」

「では、話を続けるが。天野君、キミが、鬼塚君の指示を無視した、と言う理解で良いのかな?」

 天野理事長が、茜に聞き返す。それに対して、茜は即答した。

「はい、そうです。」

 そこで突然、クラウディアが手を挙げ、発言を求める。

「理事長、発言して良いでしょうか?」

「キミは、カルテッリエリ君だったね。何かな?」

「昨日、当初は、わたしを除いて他は皆、鬼塚部長に従って避難しようとしていました。それを、わたしが、迎撃するべきと言う方向に、みんなの意見を意図的に誘導しました。」

「ほう、それは立花先生の報告には無かった話だが、興味深い発言だね。 天野君、キミはカルテッリエリ君に誘導されたと言う自覚は有るかね?」

 茜は、少し間を置いて返事をする。

「確かに、当初は避難指示に従う積もりでしたから。誘導されたと言う面は、否定出来ませんが、でも、迎撃を行うべきとは、自分で判断した積もりです。」

「キミが迎撃の必要が有ると判断したのは、どんな理由から、なのだろうか?」

「クラウディア…さん、と鬼塚部長の遣り取りから、防衛軍の攻撃に因って、シェルターに避難していても人的被害が出る可能性が有ると、理解しました。それから、Ruby を放置しておくと、これも、防衛軍の攻撃に巻き込まれて破壊される恐れが有る、とも。この二つは、どうしても回避する必要が有ると考えました。」

Ruby に被害が及ぶ事は、人的被害が発生する事と同列なのかな?キミに取っては。」

「会社からすれば、徒(ただ)の装置かも知れませんけど、少なくとも、わたしには、そうは思えません。」

「そうか。解った。」

 天野理事長は椅子の背凭(せもた)れに一度、身体を預けて息を吐(つ)き、次の質問をクラウディアへと向ける。

「カルテッリエリ君、先刻、キミは意図的に誘導した、と言ったが。そもそも、あの時、防衛軍のネットワークに侵入して情報を…」

 天野理事長がそこ迄(まで)言った所で、突然、クラウディアの隣、列の一番右端に立っていた維月が、声を上げる。

「それに関しては、わたしの監督が行き届かなくて、申し訳(わけ)ありませんでした。」

 今度は維月が、深々と頭を下げる。それに対しては、塚元校長がフォローを入れるのだった。

「井上さん、いいのよ。確かに、あなたにカルテッリエリさんの監督をお願いはしたけれど、完全に彼女の行動を制御するなんて出来ないんだから。そこ迄(まで)、責任を感じなくても、良いんですよ。」

「あぁ、キミは井上主任の妹さんだったね。そう言えば、昨年は大変だったね。元気になって、本当に良かったよ。キミが大変な時に、お姉さんには重要な案件とは言え、仕事を押し付けた儘(まま)になってしまって、キミにも御家族にも、会社として申し訳(わけ)無かった、そう思っているんだ。」

「いえ、姉は自分の責任を果たす事を優先したのだと思いますから。お気遣い無く。」

 維月はもう一度、小さく頭を下げるのだった。

「話が逸(そ)れたので、元に戻すが。カルテッリエリ君が、あの時、防衛軍から情報を取得しようと思ったのは、キミが母国で遭遇した事件が影響しているのだろうか?」

 クラウディアは、天野理事長の質問を聞いて、一度、目を閉じ、深く息を吸ってから答えた。

「そう、ですね。あの事件の影響は、否定しません。」

「そうか。では、その事件の所為(せい)で、キミが他のメンバーを危険な方向に誘導したと言う事なら、巻き込まれたみんなには、その理由を知る権利が有ると思うが、どうかね?」

「そうですね。わたしは、別段、あの事件の事を隠しておきたい訳(わけ)ではありませんので、みんなが知りたいと言う事なら、別に構いません。」

 そこで、塚元校長が提案するのだった。

「あなた達はどうかしら?事件の事、聞いてもいいと思う人は、手を挙げてみて。」

 すると、クラウディアと緒美を除くメンバー達が、掌(てのひら)を前に、肩の高さ位に挙げるのだった。あの時、クラウディアが迎撃を強硬に主張した理由に就いては、あの場に居た者は皆が、何か引っ掛かりを感じていたのである。ここで手を挙げなかった緒美にしても、それは同様だった。緒美が手を挙げなかったのは、徒(ただ)、クラウディアのプライバシーに踏み込む事が適切だと思えなかった、それだけが理由である。
 そして、維月が隣に立つクラウディアに語り掛ける。

「あなたが話して呉れるなら、ちゃんと聞くけど、言いたくない事なら、無理に言わなくてもいいのよ、クラウディア。」

「ありがとう、イツキ。大丈夫。」

 塚元校長は一度頷(うなず)いて、クラウディアに言うのだった。

「わたしもね、ここに居るみんなには、あなたの事を、もう少し知って貰っておいた方が、良いと思うのよ、カルテッリエリさん。」

「はい。では…。」

 クラウディアは一度、話し始めようとするが、直ぐに、少し黙り込む。そして、再び、話し始めた。

「どう、話せばいいのか、直ぐに纏(まと)まらないのだけれど。 まぁ、簡単に言えば。 エイリアン・ドローンへの空軍の攻撃で、出掛けた先で避難したシェルター…わたしの場合はビルの地下室だったけど。 そこが崩落して、生き埋めになった事が有る…そんな事件、です。」

 そのクラウディアの説明に、塚元校長が捕捉を加える。

「その時、一緒に居たお友達が、犠牲になったのよね。」

「はい。幼馴染みで、一番仲の良かった友人でした。」

 クラウディアは淡々と、言葉を続ける。

「わたしは、見ての通り、普通の人よりも身体が小さいので、崩れて来た瓦礫の隙間に偶然、入って。」

 クラウディアは、一度、大きく息を吸った。

「わたしは無傷でしたが、彼女は即死だった、と聞いています。」

 クラウディアは、もう一度、大きく呼吸をする。

「遺体の損傷が激しいので、お別れする時も、姿は見せては貰えませんでした…。」

 最後の方(ほう)、クラウディアの声は涙声に変わっていた。維月は左隣のクラウディアを抱き寄せて、言った。

「もういいよ、解ったから。それ以上はいいよ、クラウディア。」

 正面から背中の方へ両腕を回し、顔を維月の胸の下辺りに押し付ける様にして、クラウディアは涙が落ちるのを堪(こらえ)えている様だった。その様子を見兼ねてか、塚元校長が話を補足する。

「まぁ、そんな事が有ったのが二年ほど前の事で。それから、一年間位(くらい)、カウンセリングを受けたりしていたそうなんだけど。地元に居ると、色々と思い出す事が多くて、精神的に不安定になったりもしたそうでね。カウンセラーの見解でも、生活の環境を変えた方が良いだろうと言う事も有って、日本(こちら)に来る事になったのよ。」

 塚元校長が話し終わる頃、クラウディアは一度、深呼吸をしてから、前へ向き直った。

「すみません。途中で何を言ってるのか、自分でも解らなくなりました。」

 クラウディアは涙を拭(ぬぐ)って、塚元校長に一礼する。

「矢っ張り、あなたにはまだ、辛(つら)い事だったわね。ごめんなさい。」

「いえ、此方(こちら)に来てから暫(しばら)く思い出す事の無かった記憶が、急に、いっぱい…フラッシュ・バックしたので。ちょっと、感情を抑えられなくなりました、けど、もう大丈夫です。」

 クラウディアの様子が落ち着いたのを見て、茜は塚元校長の話の中で、一つだけ疑問に思った事を聞いてみる。

「ねぇ、クラウディア。環境を変えるって言うのは解るんだけど、それが、どうして日本だったの?」

「アンナのママはね、日本人だったの。」

 クラウディアは充血した目でブリジット越しに茜を見詰めて、即答した。そして、その答えを聞いて、茜は、何故、クラウディアが流暢に日本語を話すのか、その理由が分かった気がして、思わず呟(つぶや)くのだった。

「あ、成る程。そうか。」

 そこ迄(まで)黙って聞いていた天野理事長が、クラウディアに問い掛ける。

「それでは、その事件の様な状況が、この学校でも起きる事を危惧して、避難指示を聞いた際にエイリアン・ドローンの動向を確認する為に、キミは防衛軍のネットワークに侵入した、と言う理解で良いかな?カルテッリエリ君。」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第9話.09)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-09 ****


 翌日、2072年7月7日、木曜日。
 お昼休みの終わる頃、兵器開発部のメンバーは、それぞれが持つ携帯端末に、立花先生からのメッセージを受信していた。その文面は、次の通り。

『全員、放課後にわたしの居室まで、出頭するように。 立花 智子』

 兵器開発部の面々には、それが昨日の件に就いての呼び出しであろう事は、当然、見当が付いた。
 そして、放課後。立花先生の居室の前に、最初に到着したのは、茜とブリジットの二人だった。
 たまたま、その時は他に通り掛かる人も無く、教職員の居室が並ぶ校舎の一角は静まり返っていたので、茜とブリジットはドアに対面した廊下の窓際に並び、他に誰か来ない物かと待っていた。昨日の事で、何(ど)の様な話になるのか、その内容に迄(まで)は想像が及ばなかったので、二人とも何と無く入り辛(づら)く感じていたのである。
 そうして、入室を逡巡(しゅんじゅん)している内、ひょっとっしたら自分達が最後で、他のメンバーは既に先生の居室の中で待っているのではないか、そんな不安を感じ始めた頃に、廊下の奥から歩いて来る三年生三人組の姿が見えて、茜とブリジットは一安心したのだった。

「何やってんのよ、二人共。」

 二人の姿を見付け、直美が声を掛けて来る。

「いやぁ、何と無く、入り辛(づら)くって。」

 ブリジットが、後頭部に右手を当てて、そう答えると、くすっと笑い、恵が言うのだった。

「大丈夫よ、立花先生はもう、怒ってないから。」

「だと、良いんですけど。」

 茜は、そう言って息を吐(は)く。

「先生は大人だから、何時(いつ)迄(まで)も根に持ったりしないって。」

 直美が、そうフォローする一方で、緒美がドアの前に立つと、躊躇(ちゅうちょ)無くノックをする。

「どうぞ。」

 室内からは、立花先生の落ち着いた声が聞こえた。

「鬼塚と他四名、入ります。」

 緒美はドアを押し開け乍(なが)ら、室内に声を掛けた。室内からは、立花先生が答える。

「どうぞ、取り敢えずお入りなさい。」

「失礼します。」

 先(ま)ず、緒美が室内に入り、次に直美が、恵は茜とブリジットの後ろに回り、二人の背中を押すのだった。
 部屋に入ると、最初に直美が、立花先生に言うのだった。

「先生、『出頭』なんて書くから、一年生が怯(おび)えちゃってるよ~。」

「あら?ごめんなさい。脅かす積もりは無かったんだけど~何て書いたら良かったかしら?」

「普通なら、居室まで来て下さい~とか、集合して下さい、位(くらい)じゃないですか?」

 直美に言われて目を丸くする立花先生に、恵が何時(いつ)もの笑顔でフォローを入れる。
 そこに、再びドアがノックされる。立花先生の許可を得て、入って来たのは、二年生組の三人、瑠菜、佳奈、樹里である。

「え~と、これで揃(そろ)ったかしら?」

「先生、クラウディアが、まだ来てません。」

 集合した人数を確認する立花先生に、茜が補足をするのだった。
 そして間も無く、三度(みたび)、ドアがノックされ、クラウディアが入室して来るのだが、その後ろには維月の姿も有った。

「あら井上さん、あなたにもメッセージ、送ってたかしら?」

「あぁ、いえ。クラウディアに、メッセージの件を聞いたので。一応、昨日の現場には、わたしも居ましたから。 お呼びでは無かったでしょうか?」

「うぅ~ん…まぁ、いいかな。それじゃ、井上さんにも付き合って貰いましょうか。」

「良かった。仲間外れは、悲しいですよ。」

「あぁ、ごめんなさいね、そう言う積もりじゃ無かったんだけれど。」

 維月と立花先生が遣り取りしてる所に、それ程、広くはない居室内での人数が増え、そろそろ窮屈(きゅうくつ)さを感じ始めていた直美が割って入る。

「それで、先生。どう言った、御用向きでしょうか?」

「あぁ、そうね。これから、理事長室へ移動します。昨日の件に就いて、みんなから直接、理事長が事情をお聞きになりたいそうなの。」

 立花先生の回答を聞いて、緒美が尋ねるのだった。

「それでしたら、始めから理事長室に集合で良かったのでは?」

「緒美ちゃん、あなたや、茜ちゃんなら、それでもいいでしょうけど。他のみんなは、三三五五、理事長室に入室出来るかしら?」

「わたしは嫌で~す。」

 直美が即答すると、続いて、茜も声を上げるのだった。

「わたしだって、平気で理事長室には入れませんよ。」

「あら、茜ちゃんでも? なら、一旦(いったん)、ここに集合してから、揃(そろ)って理事長室に向かうので正解だったでしょ?矢っ張り。これでも、一応、気を遣ったのよ。」

「成る程。お気遣い、感謝します。」

 恵が、少し大袈裟(おおげさ)に頭を下げると、透(す)かさず立花先生が言い返すのだった。

「恵ちゃん。そう言うのを『慇懃無礼(いんぎんぶれい)』って言うのよ。」

 頭を上げた恵は、微笑んで言葉を返す。

「はい。存じております。」

「なら、宜しい。」

 立花先生も、恵に微笑み返すのだった。そして、一同に向かって言う。

「さて、それじゃ、行きましょうか。」

 立花先生の言葉を受けて、茜達はドアに近い者から、順番に廊下へと出て行った。
 その後、立花先生を先頭に、一同は理事長室へと向かって歩き出したのである。
 そうして暫(しばら)く廊下を進んで、理事長室へと向かう途中、ふと、立花先生は茜に尋ねるのだった。

「そう言えば、茜ちゃん。入学してから、理事長とは会ったりしてるの?」

 茜は、歩き乍(なが)ら答える。

「いいえ。大体(だいたい)、学校(こちら)に何時(いつ)居るのか、居ないのか、スケジュールとか全然知りませんし。」

「あぁ、日に依って学校と本社を往復してるらしいから、ねぇ。それ以外でも、打ち合わせとか、会合とかで、お出掛けになるそうだし。昨日も、幸か不幸か、学校にはいらっしゃらなかったのよね。」

「それに、身内だからって、ちょくちょく顔を合わせてて、それを理由にコネだの何だのって言われるのも癪(しゃく)なので。」

「う~ん、それは解るけど、それはそれで、ちょっと寂しい話よねぇ…。」

 当然の様に答える茜に、徒(ただ)、苦笑する立花先生であった。


 暫(しばら)くして、一同が理事長室の前に到着すると、立花先生がドアをノックする。すると間も無く、ドアが内側へと開かれた。ドアを引いていたのは、理事長秘書の加納である。

「どうぞ、お入り下さい。」

「失礼します。」

 一礼して、立花先生が入室すると、振り向いて緒美達に声を掛ける。

「あなた達も、お入りなさい。」

「失礼します。」

 緒美を先頭に、学年順に各自が一礼しつつ、一同は理事長室へと入って行った。
 室内には、奥の窓側、執務机の席に、理事長であり茜の祖父、天野 総一の姿が有った。執務机の前に並べられている応接セットのソファーには、ティーカップとソーサーそれぞれを手に、恰幅(かっぷく)の良い、品の有る初老の婦人、塚元校長が座っている。そして、秘書の加納が天野理事長の執務机の横へと移動する一方、緒美達、十名は入り口側の壁を背に、横一列に並んで立つのだった。
 一列に並んだ際、その存在に気が付いたブリジットが、加納に向かって会釈をすると、彼も静かに会釈をして返した。その行動に気が付いた茜が、右隣に立つブリジットに小声で尋ねる。

「ブリジット、加納さんと面識有ったの?」

「あ、うん。前に、ちょっとね。」

「ふぅん。」

 腑に落ちない物を感じつつも、その事を深く追求している場合ではない事は解っていたので、茜は前を向く。

「そんな所に立ってないで、こっちにいらっしゃい。」

 塚元校長が自らの隣の、ソファーの座面をポンポンと叩いて、緒美に話し掛ける。

「あぁ、でも、ちょっと足らないわね。」

 テーブルを挟(はさ)んで、塚元校長が掛けている長椅子で片側四名、テーブル短辺の両側に置かれた一人掛けの1セットも合わせても、あと九名しか座れない。

「加納君、足りない分の、椅子を用意して呉れるか。」

「いえ、理事長。わたし達はこの儘(まま)で結構です。」

 天野理事長が加納に指示を出したのに間を置かず、はっきりと、少し大きな声で、緒美は、そう言った。

「そうか…まぁ、いいだろう。それでは、始めようか。」

 天野理事長は一度、肘掛けに両手を掛けて椅子から腰を浮かせ、座り直してから、話し始めた。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第9話.08)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-08 ****


「天野~、装備を先に、コンテナへ戻して来な~。」

「あぁ、うっかり。」

 駆け寄って来た瑠菜に指摘され、武装を装備した儘(まま)では、メンテナンス・リグに接続するのに難が有る事を思い出した茜は、武装コンテナが配置されている格納庫の奥へと向かった。その間に、瑠菜はメンテナンス・リグ側の、接続準備を始める。
 第三格納庫の南側大扉の側では、LMF がゆっくりと庫内へと進入して来ており、LMF が進むに連(つ)れて、左右のホバー・ユニットが床面に吹き付ける気流と騒音が、格納庫の内部に充満するのだった。
 LMF は低速で格納庫内の定位置まで進むと、その場で百八十度の回頭をし、ホバー・ユニットの出力を絞って着地する。ホバー・ユニットが停止すると、彼女たちの制服のスカートや髪を乱す、床面から吹き上げる様な風が止むのだった。耳を塞ぎたくなる様だった騒音も、暖機(アイドル)運転状態のメイン・エンジンだけなら、それ程の物でもない。

Ruby、外部電源、接続するよ~。」

 LMF の後部に回り込んだ直美が、電源ケーブルの接続プラグを手に、声を上げた。

「ハイ、お願いします。」

 外部スピーカーで答える Ruby の合成音声を聞いて、直美はケーブルを引っ張りつつ、LMF の機体後方下部へと入って行く。
 その横を、武装をコンテナに収め終えた茜が、HDG を装着した儘(まま)で歩いて通り過ぎ、メンテナンス・リグへと向かうのだった。

「接続完了~、古寺~ブレーカー、上げて~。」

 LMF の下から直美は、ケーブルの接続元である北側壁際の配電盤に向かって、佳奈に指示を出す。

「は~い、電源、投入しま~す。」

 佳奈は直美に向かって返事をすると、ブレーカーのトグル・スイッチを押し上げた。

「外部電源の接続を確認しました。LMF のエンジンを停止し、機体制御の終了作業に移ります。」

 Ruby が宣言すると間も無く、LMF のメイン・エンジンが停止し、格納庫の内部は再び静かになる。
 LMF のコックピットからは LMF の機体伝(づた)いにブリジットが降りて来る。その一方で、HDG のメンテナンス・リグでは、茜がインナー・スーツと HDG との接続を解除し、メンテナンス・リグの前に恵が用意したステップラダーへと、一旦、上がるのだった。

「茜~。」

 LMF の方から、ブリジットが駆け寄って来る。

「お疲れ様~。」

 ステップラダーから床面に降りた茜が、そう言いつつ肩の高さ程に右手を挙げると、ブリジットがその右の掌(てのひら)に自分の右の掌(てのひら)を「パン」と打ち合わせる。

「お疲れ~。」

 そう言葉を返して、ブリジットは微笑む。

「天野さん、ボードレールさん、ご苦労様。兎に角、無事に終わって良かったわ。」

 茜とブリジットの二人に、そう声を掛けて緒美が迎えた。

「はい。」

「上手く行きましたね、部長。」

「そうね。 Ruby も、ご苦労様。」

 二人の返事を聞き、緒美は LMF に向かって、Ruby に声を掛けた。

「ハイ。お役に立てたのなら、わたしも嬉しいです、緒美。」

「お役にって、わたしの方は、半分以上、Ruby のお陰よ。」

 Ruby の返事に、ブリジットは、そうコメントを返す。

「ありがとう、ブリジット。」

 Ruby がブリジットのコメントに謝辞を返した、その瞬間、東側二階部分の部室内から何やら物音が聞こえたかと思うと、部室から二階通路に出る扉を勢い良く開いた時の金属同士の衝突音が、「ガンッ!」と格納庫に内に大きく響いた。二階通路に出る扉にはドア・ダンパーが取り付けられていないので、勢い良く扉を押し開けると、外側に開いた扉のドア・ノブが、二階通路の転落防止柵にぶつかるのだ。

「何やってるの!あなた達はっ!」

 二階通路に出てくるなり、突然、そう叫んだのは立花先生だった。その後、二階通路の転落防止柵の上に両手を掛けて肩で息をし乍(なが)ら、一度、柵の手摺(てす)り部分に額を着ける様に項垂(うなだ)れて、立花先生は息を整えていた。
 その様子を見て、避難していたシェルターで自警部部員の長谷川から緒美の伝言を聞き、慌てて走って来たのだろうなと、そこに居た一同には見当が付いたのである。
 数秒間、立花先生にどう声を掛けた物かと一同が逡巡(しゅんじゅん)していると、顔を上げた立花先生は小走りで格納庫へと降りる階段へと向かい、階段を一気に駆け下りると、茜とブリジットに向かって駆け寄って来る。

「茜ちゃん!怪我は無い?」

 茜の目の前で立ち止まった立花先生は、茜の両側の肩より少し下の上腕部を鷲掴(わしづか)みにする様に両手を掛けると、本人に直接、安否を尋ねる。茜はその勢いに、驚きつつ、極短く答えた。

「あ、はい。」

 茜の返事を聞いた立花先生は、茜の両腕を掴(つか)んだ儘(まま)、茜の左隣に立つブリジットに視線を移して問い掛ける。

「ブリジットちゃんもっ!大丈夫?」

 ブリジットは両方の掌(てのひら)を上に向けて肘の高さ迄(まで)前方に上げ、微笑んで答える。

「ご覧の通りです。」

「はあ~、良かった~…。」

 立花先生は茜の両腕を掴(つか)んだ儘(まま)、一度、首を項垂(うなだ)れ、大きく息を吐(は)いて、そう言ったのである。

「あの、立花先生? ご心配をお掛けしたみたいで…。」

「心配ですって?しない訳(わけ)、無いでしょ!無茶な事してっ。」

 茜が言い終わらない内に、立花先生は顔を上げて声を荒らげる。立花先生の眼鏡の奥、両目からは、ぽろぽろと大粒の涙が零(こぼ)れていた。それを見て茜とブリジットは、言葉を失うのだったが、茜とブリジット以外のメンバーは立花先生の背後に居た為、立花先生の、その様子には気が付いていなかったのである。
 そして、LMF の後方側から歩いて来た直美が、不用意に声を掛けてしまう。

「先生、まだ避難指示、解除されてないのに、シェルターから出て来ちゃったら、不味(まず)いんじゃないんですか?」

 直美に取って、それは普段通りの軽口だったのだが、茜は複雑な表情を作って、声を上げずに『副部長、やめて~』と唇を動かし、直美を制しようとしていた。勿論、それが直美に伝わる事は無かったのだが。
 立花先生は茜の両腕を掴(つか)んだ儘(まま)、振り向いて声を上げた。

「こんな無茶な事をする、あなた達に言われたくはありません!」

 ここで漸(ようや)く、緒美達も立花先生が泣いている事に、気が付いたのである。

「大体、緒美ちゃん!あなたが付いていて、どうしてこんな事になってるの!」

 立花先生は茜の両腕を掴(つか)んだ儘(まま)、今度は、矛先を緒美へと向ける。
 緒美は、徒(ただ)、「申し訳(わけ)ありません」と言う他、無かったのだが、この後、立花先生は茜の両腕を掴(つか)んだ儘(まま)、『もしもの事が有ったら』と言う仮定の下、『誰にも、如何(いか)に責任が取れないか』と言う事に就いて、泣き乍(なが)ら怒りつつ、延延と捲(まく)し立てるのだった。
 普段は常に冷静な立花先生の泣き顔など、兵器開発部のメンバーは誰一人として、想像すらした事は無かっただけに、立花先生のそんな様子は、緒美達には少なからず意外だったし、或(あ)る意味、ショックだった。そして一同は、立花先生に心配を掛けた事に就いては、心の底から大いに反省したのである。

 結局、立花先生の涙から始まった佳奈の『貰い泣き』が、最終的に号泣へと至るに及び、漸(ようや)く立花先生も落ち着きを取り戻し、先生の両手に掴(つか)まれた儘(まま)だった茜の両腕は、やっと解放されたのである。
 丁度(ちょうど)その頃、避難指示解除の放送が流れ、一同は現場の片付けをして、その日は解散という事になったのだが、緒美だけは報告の為の事情聴取と言う事で、その後も暫(しばら)く、立花先生に身柄を拘束される事となったのだった。

 こうして、茜と HDG の初出撃が果たされたのだが、この話は、これで終わりではない。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第9話.07)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-07 ****


「それが…こっちは、見つかりませんね。移動してるんでしょうか?」

「もう少し、撮影範囲を広げてみようか。」

 瑠菜と共にディスプレイを見詰めている直美が、提案する。

「分かった、捜索を続けて。」

 緒美は屈(かが)めていた腰を伸ばし、ヘッド・セットのマイクを口元へ引き上げて、茜に話し掛ける。

「天野さん、南側のトライアングルの位置はデータ・リンクで、そちらでも解るわね?」

「はい。Ruby が捕捉してますから。」

「じゃあ、そこから狙える?」

「もうちょっと、近付けば。でも、木が邪魔で直撃が出来るか、分かりません。」

「当てなくてもいいわ。火事にならない様に、出力を落として、トライアングルの周囲に二、三発撃ち込んでみましょうか。それで、トライアングルが飛び上がったら、そこを LMF で狙撃出来るでしょう。出来そう?ボードレールさん。」

「出来ると思います。ねぇ、Ruby。」

「ハイ。照準は、お任せください。」

「北側のトライアングルは引き続き捜索してるから、先(ま)ずは南側のを、先に片付けておきましょう。」

 茜は、緒美の指示を聞いて、銃口を下げていた CPBL を再び正面に構え直す。

「では、100メートル程、前に出ます。」

 レーダー施設の上空でホバリングを続けていた茜だったが、重心を少し前に倒して、西へ向かって暫(しば)し移動すると、再び空中に静止する。そして、CPBL銃口をトライアングルが潜んで居る、木々が繁茂(はんも)する斜面へと向ける。

「荷電粒子ビーム出力は、10パーセントに設定します…ブリジット、そっちの準備はいい?」

「いいよー、何時(いつ)でも。」

 茜はブリジットの返事を聞いて、CPBL のトリガーに、マニピュレータの指を掛けた。

「じゃ、行くよ…発射!」

 乾いた破裂音と共に青白い閃光が三度、木立に向かって走ると、着弾点の木の枝が揺れ、木の葉が散り、土煙が立ち上がる。が、トライアングルに命中したかどうかは解らない。
 その時、LMF のコックピットでは、Ruby がブリジットに注意を促(うなが)していた。

「トライアングルが動きますよ、ブリジット。」

「オーケー。」

 正面のスクリーンに画像処理されて映し出されているトライアングルが、一度、身を屈(かが)める様に機体を沈めると、四本の足を素早く伸ばし、直上へジャンプした。しかし、LMF のプラズマ砲はその軸線を、トライアングルから外す事は無い。
 スクリーンの表示は自動的に、何度か切り替えられたが、ターゲットのロックオン状態を表すシンボルは変わらない。ブリジットは落ち着いて、右側コントロール・グリップのトリガーを引く。
 トライアングルは木々の上へと、その姿を現した瞬間、青白い閃光にその機体の中心部を吹き飛ばされ、残った機体後部と頭部が、飛び立った元の場所へと落下したのだった。

「…あと、一機。」

 その様子を、佳奈の操作するコントローラーのディスプレイで確認していた緒美は、呟(つぶや)く。それとほぼ同時に、直美が瑠菜に話し掛けるのだった。

「もう、北側の斜面には居ないんじゃない?移動してるのよ。カメラの向きをレーダーの方に向けて。動いてるなら、熱分布画像(サーモグラフィ)よりも、普通のカメラ映像の方が解り易いわ、木の揺れで解る筈(はず)。」

「切り替えます。」

 瑠菜は直美の意見に従って、球形観測機のコントローラーを操作する。ディスプレイには、山頂付近の木立が映し出され、画面は北側斜面から山頂方向へと向かって流れていく。その時、画像に異変を感じた直美が、声を上げた。

「画面、右上!揺れてる、木。」

 瑠菜は、慌ててその部分を画面の中央へと持って来る様に操作した。画角を調整する為に、ズーム率を減らした瞬間、画面に茜の HDG が映り込んだのに気が付いて、直美が再び声を上げる。

「鬼塚!もう一機の現在位置、天野の真下辺りかも。」

 瑠菜が操作するコントローラーのディスプレイには、HDG の下方付近の木立が不規則に揺れているのが、映像から見て取れた。
 それを確認した緒美が、慌てて茜に注意を促(うなが)す。

「天野さん!あなたの下にトライアングルが居るかも。注意して!」

 そう言い終わるよりも早く、トライアングルは茜を目掛けて、飛び上がっていた。

「えっ!?」

 右腕の鎌状のブレードを振り翳(かざ)して上昇して来るトライアングルの姿が、視線を下へ向けた茜の目に飛び込んで来た。
 茜は咄嗟(とっさ)に、右側のマニピュレータで握っていた CPBL を、機関部上部のブリッジ状になっているキャリング・ハンドル部分を左側マニピュレータで掴んで引き取り、空いた右マニピュレータで BES の柄(つか)を握ると、スリング・ジョイントから外して振り上げた。
 間も無く、下から掬(すく)い上げる様なトライアングルの斬撃が HDG の足元に達するが、それはディフェンス・フィールドに因る防御エフェクトの、青白い光の壁に弾かれる。

「オーバー・ドライブ!」

 茜の発した音声コマンドに因って、BES の刀身が前後に二つに割れると、その間から放出された荷電粒子が、物理刀身の凡(およ)そ二倍の刃(やいば)を形成する。
 一方、第一撃を弾かれたトライアングルは、体勢を立て直すべく、その儘(まま)通過しようと上昇を続ける。が、その左腕の付け根付近に、振り下ろした BES の荷電粒子の刀身を食い込ませると、茜はその儘(まま)、自身の身体全体が前転する勢いで右腕を振り抜いて、トライアングルを袈裟切(けさぎ)りにしたのだった。

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 二つに分断されたトライアングルは、動きを止め、その儘(まま)落下して行った。

「ふぅ、危ないなぁ…。」

 茜は落下して行くトライアングルを見送り乍(なが)ら、息を吐(つ)いて、そう呟(つぶや)いた。
 BES を待機モードに戻して、背中を伸ばし、一度、周囲を見回して、茜は緒美に尋ねた。

「これで、終わり、でしょうか?」

 緒美は、一呼吸置いて、言った。

「確認するわ。」

 クラウディアへ視線を向けると、緒美は尋ねた。

「状況は?」

「あ~はい。防衛軍の情報では、この周辺に他のエイリアン・ドローンは探知されていませんし、こちらに向かっている物も、現時点ではありませんね。」

 そう答えた後で、茜の行動をモニターしていなかったクラウディアと維月は、緒美に聞くのだった。

「四機目、仕留めたんですか?」

「天野さんが?」

 緒美は微笑んで、一言で答える。

「そうよ。」

 一度、顔を見合わせたクラウディアと維月だったが、クラウディアが慌てて緒美の方に向き直り、声を上げる。

「あ、部長さん。防衛軍の戦闘機が近付いて来てます。時間にして、あと六分位(ぐらい)の位置。」

「そう、分かった。 天野さん、ボードレールさん、ご苦労様。あなた達は直ぐに戻って来て、防衛軍の戦闘機が接近してるそうだから。」

 緒美のヘッド・セットには、茜とブリジットの返事が聞こえていたが、それは他の一同には解らない。しかし、南側大扉越しの正面辺りに見える LMF は、間も無く向きを変えて第三格納庫へ向かって動き出し、その LMF が格納庫に到着するよりも早く、茜の HDG が格納庫の前、駐機場に降り立つのだった。
 茜は一度振り向き、接近して来る LMF のコックピットに向けて手を振る。キャノピーを持ち上げて有視界モードで操縦していたブリジットはそれに答えて、手を振り返した。それを見届けて、茜は格納庫の中へ向けて歩き出す。

「観測機も、戻しますね、部長。」

 振り向いて、瑠菜がそう聞いて来る。その隣にしゃがみ込んでいた直美は立ち上がり、背中を伸ばすのだった。

「いいわ。古寺さんの方も、観測機を戻しておいてね。」

「は~い。」

 佳奈が素直に返事をすると、その隣に陣取っていた恵も腰を伸ばす。そんな時、緒美に取っては不意に、直美が声を掛けるのだった。

「ねぇ、鬼塚。天野ってさぁ、ひょっとして、本当は剣道部に行きたかったんじゃないのかな?」

「どうしたの?急に。」

 緒美は問い掛けられた言葉の真意を測り兼ねて、聞き返した。

「いや、さっきのみたいに動けるって事はさ、結構な実力者って事なんじゃないのかなって思えてさ。」

「あぁ、成る程…そう言う事。」

 言われてみれば、と思い、緒美が少し複雑な表情を浮かべると、そこに恵がコメントを挟(はさ)む。

「でも、天野さんは有段者ではない、とか、大会に出る様な選手にはなれなかった~みたいに言ってたけどね。」

「そうなの?」

 恵の語った情報は、直美の持った印象からは意外だった。

「それは又、今度、本人に確認してみましょうか。」

 緒美がそう提案した所で、メンテナンス・リグの前に辿り着いた茜が、呼び掛けて来るのだった。

「すいませ~ん、HDG を降ろすので、リグの操作お願いしま~す。」

「はいよ~。 佳奈、こっちのコントローラー、終了作業お願いね。」

「は~い。」

 瑠菜が立ち上がり、メンテナンス・リグへと駆け寄って行く。それと入れ替わる様に、球形観測機が次々と格納庫内へと戻って来ると、それぞれが自律制御で元のコンテナへと納(おさ)まるのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第9話.06)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-06 ****


「茜、こっちのプラズマ砲は射程が長いから、射撃のタイミングは、あなたに合わせる。指示して。」

 茜のヘッド・ギアのレシーバーから、ブリジットの声が聞こえて来る。

「分かった。こっちは最大出力でも、もう少し引き付けないと。一キロぐらい迄(まで)、近付いて来るのを待つわよ。」

「今の速度、分速六キロだと、十秒の距離よ。近過ぎない?」

「ここが敵の目標なら、接近して来たら、もっと減速する筈(はず)よ。」

「そうか、そうね。成る程。」

 一方、第三格納庫内部では、緒美が佳奈と瑠菜に指示を出していた。

「観測機、残り三機も出しておいてちょうだい。」

「はい、じゃぁ、こっちのコントローラーは、わたしが操作しますね。」

 瑠菜は佳奈の隣に座り込んで、もう一機のコントローラーの操作を始める。

「古寺さんの操作する観測機の一番機は、天野さんの南側へ、瑠菜さんの一番機は天野さんの北側へ、天野さんからそれぞれ500メートル位(くらい)離れた位置に配置して。天野さん達の第一撃の後の、敵の動きを追える様にしておいて。それと、森村ちゃん、新島ちゃん。二人も、観測機のディスプレイに付いて。現場を監視する目は、多いに越した事は無いから。」

 緒美に指示され、恵は佳奈の背後に、直美は瑠菜の横へと移動し、コントローラーのディスプレイを監視する態勢を整える。

「鬼塚先輩、わたしは何をすればいいです?」

 クラウディアの後ろに立っていた維月が、緒美に尋ねる。緒美は微笑んで、答えた。

「井上さんは、カルテッリエリさんのサポート…じゃない、監視を、引き続きお願いね。」

「部長、言い直すの、逆です。」

 恵が振り向いて、緒美に突っ込むのだが、維月は笑って、答える。

「あははは、どっちにせよ、了解です。」

 間も無く、三機の球形観測機が格納庫から、外へと出て行った。

「古寺さん、二番機の方は LMF の様子を記録を。瑠菜さんの二番機は天野さんの HDG の動作を追い掛けて記録しておいてね。」

「はーい。」

「分かりました。」

 佳奈と瑠菜は、緒美の指示に従って、それぞれコントローラーを操作する。

「よし、これで、二番機は追跡モードで HDG を撮影記録開始っと。」

「こっちも、LMF の追跡撮影記録を始めておきます。」

 それぞれのコントローラーのディスプレイには、小さなウインドウ表示で茜の HDG と、ブリジットが乗る LMF の様子が映されている。それを確認して、瑠菜の横にしゃがみ込んでいる直美が尋ねた。

「一番機の方で、エイリアン・ドローンの姿、捕らえられる?」

「やってみます。」

 瑠菜は一番機からの映像表示ウインドウを拡大し、カメラの向きや倍率を切り替え乍(なが)ら、接近して来るエイリアン・ドローンを捜した。間も無く、山間(やまあい)を背景に、横に四機並んでいる三角形の小さな機影がディスプレイに映し出された。

「見付けました。…ホントに三角形なんですね。」

 瑠菜が素直な感想を漏らすが、その画面を見詰める直美と緒美は無言だった。

「こっちも、見付けました~。」

 同様に、佳奈も自身が操作する観測機一号で、向かって来るエイリアン・ドローンを映像で捕らえていた。佳奈と瑠菜、双方のコントローラーに表示された画像を見比べて、緒美が指示を出す。

「二人共、余りアップにしないでおいてね。カメラの画角から外れたら、追えなくなるから。あ、一号機の映像も記録を始めて。」

 その頃、茜は、防衛軍の監視レーダー施設上空100メートル程に HDG の高度を止(とど)めて、CPBL を正面に構え、目標との距離を測り乍(なが)ら狙撃の機を窺(うかが)っていた。目標との距離は、CPBL に搭載された照準センサーに含まれているレーザー式測距ユニットからの情報が、眼前のゴーグル型スクリーンに表示されている。
 時刻的に太陽は西へ傾き、太陽が真正面では無いにしても、逆光気味ではスクリーンの表示が見辛(づら)く感じられたので、茜はフェイス・シールドを下ろして視界を確保した。スクリーンの表示は、ヘッド・ギアに装備された光学センサーからの映像に切り替わる。

「ブリジット、そろそろ、仕掛けるよ。準備はいい?」

 茜がブリジットに呼び掛けると、ブリジットは直ぐに返事をした。

「オーケー、何時でも。」

 唾液を飲み込み、茜はカウント・ダウンを始めた。

「5、4、3…。」

 エイリアン・ドローンは進路を変える事無く、真っ直ぐ向かって来る。緒美の言った通り、HDG や LMF を警戒している様子は全く無い。

「…2、1、発射!」

 茜の構えた CPBL が破裂音を立てて、青白い荷電粒子を撃ち出す。カウント・ダウンに合わせて、LMF からも青白い閃光が走り、向かって来るエイリアン・ドローンの内、先頭の一機が LMF のプラズマ砲に因って機体の凡(およ)そ半分を吹き飛ばされ、茜が狙っていたもう一機は正面から荷電粒子の束に機体の中央部を貫かれ、それぞれが山中へと薄い煙を引いて落ちて行く。
 ブリジットは第一撃の直後に、予めロック・オンしていたもう一機にプラズマ砲の軸線を合わせ直し、透(す)かさず第二撃を発射したのだが、それよりも早く、エイリアン・ドローンの残り二機が回避機動を開始していた為、命中はしなかった。
 トライアングルの回避機動は第一撃の命中と、ほぼ同時に開始されており、茜も、第二撃を撃とうと試みたが、北向きに進路を変えたもう一機に照準を合わせる事すら出来なかったのである。狙撃を免(まぬが)れたエイリアン・ドローンの残り二機は、急減速して格闘戦形態に変形しつつ、それぞれが別の場所、背の高い樹木が林立する山腹へと降下して行った。

「すいません、見失いました。右手の一機は、尾根の北側に降りたと思うんですけど。ブリジット、南側のもう一機は?行方(ゆくえ)、分かる?」

「山の中に降りたのは見えたけど、正確な位置は分からない。」

「慌てないで、二人共。木立が密集してる所だと、エイリアン・ドローンも動きは制限されるから。向こうから仕掛けて来るには必ず、飛び上がる筈(はず)だから、そこを狙い撃ちして。敵の位置は、こっちでも捜してみるわ。」

「捜すって、どうやるんです?」

 ブリジットが緒美に聞き返す。

「観測機よ。降りた場所は、両方共、大体の見当は付いてるから。天野さんも、今の位置からは無闇に動かないでね。」

 緒美の声がレシーバーから聞こえて間も無く、レーダー施設上空の茜の視界には、左右から球形観測機が前方へと飛んで行くのが見えた。トライアングルが降下したと思われるエリアを、上空から撮影している様子が見て取れる。

「木が邪魔で、エイリアン・ドローンの姿は見え辛(づら)いですね。」

 格納庫内部では、瑠菜が観測機をし乍(なが)ら、そう感想を漏らす。

「熱分布画像(サーモグラフィ)か、赤外線画像で見えないかしら?」

「やってみます~。」

 緒美の提案を受けて、佳奈は熱分布画像(サーモグラフィ)に切り替え、瑠菜は赤外線画像で、それぞれが尾根の南側と北側の捜索を始める。間も無く、佳奈が声を上げた。

「見付けました、部長。 瑠菜リン、熱分布画像(サーモグラフィ)だと分かり易いよ。」

「オーケー、こっちも熱分布画像(サーモグラフィ)に切り替える。」

「古寺さん、座標は解る?」

「う~ん、トライアングルの座標は解りませんけど、観測機一号のなら。観測機は、トライアングルの、ほぼ真上にいますけど。」

ボードレールさん、あなたのほぼ正面、観測機が飛んでるの、見える?」

 緒美からの通知を受けて、ブリジットは LMF の、メイン・センサーで球形観測機を捜す。

「えぇっと…はい、見えます。」

「トライアングルは、その下よ。LMF のセンサー、熱分布モードでトライアングルが確認出来る?」

Ruby、熱分布モードで捜索して。球形観測機の、下辺りの範囲。」

「分かりました。少々お待ち下さい。」

 LMF のコックピット内部、ブリジット正面の表示画像に熱分布画像がオーバーラップされ、熱分布が周囲よりも高い場所がスクリーンの中央になる様に視界が調整される。

「中央部分を光学処理して再表示します。」

 熱分布画像の表示が薄くなり、木の幹の隙間の陰影が画像処理で強調されると、それが昆虫のカマキリにも似た、トライアングルの格闘戦形態である事が浮かび上がって来るのだった。

「確認しました。エイリアン・ドローン、トライアングルです。」

 Ruby の報告を聞いて、ブリジットは緒美に問い掛けるのだった。

「今、動きが止まってます。ここから砲撃しましょうか?」

「いえ、照準を付けた儘(まま)、待機して。LMF のプラズマ砲を撃ち込んで、山火事とか起きても困るから。そうなったら、熱分布モードでの捜索も出来なくなるし。飛び上がった所を狙いましょう。」

「分かりました、待機します。」

 ブリジットの返事を聞いて、緒美は瑠菜に尋ねる。

「北側のもう一機は、見つかりそう?」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第9話.05)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-05 ****


 その時、佳奈が歓声を上げるかの様に、言った。

「部長、動きましたよ!」

 間を置かずに、クラウディアも声を上げる。

「こちらも迎撃コマンド、確認しました。ランチャーのステータス、モニター出来るか、やってみます。」

 クラウディアは嬉々として、愛機のキーボードを叩いている。
 緒美が、佳奈の操作しているコントローラーを覗(のぞ)き込むと、そこには北向きだったランチャーが反時計回りに旋回している様子が映し出されていた。
 直美と瑠菜も、緒美の後ろからコントローラーのディスプレイを覗(のぞ)き込む。

「あれ、無人で動いてるの?」

 直美が、緒美の背後から尋ねる。ディスプレイの中で、ミサイル・ランチャーは回転を止め、仰角を微調整している。

「ええ、どこかの基地から遠隔操作されている筈(はず)。」

 そう、緒美が答えた瞬間、ディスプレイに映っているランチャーから、最初のミサイルが発射された。それを見て、佳奈が「わぁっ」と声を上げるが、間も無く、次々と、全てのミサイルがランチャーから発射されるのだった。

「カルテッリエリさん、ミサイルの状況、追える?」

「やってみます。」

「多分、ミサイルは一分足らずで目標に到達する筈(はず)だけど。」

 緒美とクラウディアが、そんな遣り取りをしている一方、佳奈は球形観測機でミサイルを追跡しようと、飛翔方向へカメラを向ける操作を試みるが、直ぐにそれは徒労と終わった。

「あぁ~あっと言う間に見え無くなっちゃった。」

 結局、そこに居た一同の視線は、クラウディアへと向けられ、彼女からの情報を待つのだった。
 そして三十秒ほど沈黙が続いた後、クラウディアが口を開く。

「エイリアン・ドローンのレーダー反応、二機が消えたみたいですね。」

 クラウディアはモバイルPC を数回操作して、別の情報に画面を切り替え、補足する。

「防衛軍は…二機撃墜と判定した様です。」

「何だよ、確率通りかよ!」

「統計って偉大ね。」

 直美が漏らした素直な感想に、恵がコメントを加える。そして緒美は冷静に、一言、返すのだった。

「偶然よ。」

 そこで、防衛軍の動向を探っていたクラウディアが報告する。

「確認しました、こちらに向かって来ているのは、あと四機。時間にして、約五分の位置。防衛軍の戦闘機部隊に、先に西向きへ分かれた一隊と併せて、対処するように命令が出てますね。四国上空を通過していた敵の本隊らしき四十五機は、高度三万メートル程度を保った儘(まま)、東向きに進行中。防衛軍は敵の目標は名古屋だと想定して、対抗策を準備中みたいです。」

「此方(こちら)側を戦闘機部隊が対処って、今からだと到着する迄(まで)、三十分は掛かるわね。」

 その緒美の発言を聞いて、今迄(まで)黙って様子を見ていた茜が、南側大扉へと向かって歩き出す。

「天野さん。」

 緒美に声を掛けられ、一度、茜は立ち止まり、緒美の方へ顔を向ける。

「行きます。何か、指示が有ればお願いします、部長。」

「分かった。気を付けてね、無理はしないで。」

「はい。」

 茜は再び、歩き出す。すると、LMF のホバー・ユニットが唸りを上げ、コックピットからブリジットの大きな声が聞こえて来る。

「わたしも、LMF 出しまーす。」

 LMF のホバー・ユニットから床面に打ち付けられた空気が四方に流れ、それが一同の髪や制服のスカートを揺らす。LMF がゆっくりと前進を始めると、瑠菜と直美が駆け出し、先回りして LMF が通れる様に大扉を押し開けるのだった。

「天野さん、ボードレールさん。」

 緒美は、ヘッド・セットのマイクを口元に引き上げ、出て行こうとする二人に呼び掛けた。

「あなた達は軍人じゃないんだから、命を懸ける必要は無いのよ。怖いと思ったり、危険だと思ったら、直ぐに逃げなさい。だれも、責めたりしないから。いいわね。」

「大丈夫ですよ、多分。 ブリジットは、無理してわたしに付き合わなくてもいいのよ。」

「冗談、茜に付き合う為だったら、わたしはどんな無理だってするの。」

 緒美のヘッド・セットには、二人の笑い声が聞こえていた。

「いいわ。それじゃ、天野さん。外に出たら、あなたは山頂のレーダー上空で待機して。そこからエイリアン・ドローンに、最初の一撃を加えます。」

「分かりました。」

 茜はスラスター・ユニットを軽く噴かし、勢いを付けて大扉から外へ出ると、上空へとジャンプした。

「それから、ボードレールさん。あなたは格納庫を出たら真っ直ぐ、滑走路の南側へ移動して西向きに停止。LMF のプラズマ砲は威力が強過ぎるから、間違っても町の方へ向かって撃たないように。必ず、山の上空へ向かって撃ってね。第一撃は、天野さんと同じタイミングで。」

「分かりました~。」

 ブリジットが操縦する LMF は、格納庫から外へ出るとその儘(まま)直進し、緒美の指示通り、滑走路を横切ると南側の舗装されたエリアで機体の向きを変えて停止する。
 天神ヶ﨑高校は南側から北に向かって登る、山腹の斜面に平地を造成して建設されているが、滑走路は当然、山の斜面から一番離れた南側に造られている。滑走路の基礎は、山腹の斜面を切り崩した土砂による盛土で整地されているが、斜面に建てられた支柱の上に建造された平面構造物の上に敷設されている部分が、滑走路面積の凡(およ)そ半分を占めている。
 現在、その平面構造物の上に、LMF は位置しているのだった。LMF はプラズマ砲ターレット上のメイン・センサーを旋回させ、目標を捜索している。

Ruby、光学センサーで目標を捕捉出来る?」

 ブリジットはコックピット・ブロックのキャノピーを閉鎖して、砲撃に備える。キャノピーの内側はスクリーンになっており、外部の様子が映し出されている。

「最大望遠で西南西方向を捜索中です。」

 コックピット内にスクリーンには、メイン・カメラの画像を正面の山間(やまあい)から空の間辺り迄(まで)、上下に右から左へと映し出して、接近して来ている筈(はず)のエイリアン・ドローンを捜している。そこに、緒美の声が聞こえて来る。

「現在、接近中のエイリアン・ドローンは減速しつつ、高度は400メートルから降下中だそうよ。わたし達の場所からだと、高さ的には、ほぼ正面になる筈(はず)。距離的にはあと、約三分の位置。」

「部長、向こうは撃って来ないんですよね?」

 思わず、ブリジットが問い掛ける。

「トライアングルは飛び道具を持ってないから、安心して。それから、彼方(あちら)側は初めて見る兵器に対しては警戒をしないから、初手に就いてはこっちが断然有利。出来れば、最初の一撃で、四機全部、撃破したい所ね。」

 そんな緒美の希望に対して、茜が所感を伝える。

「HDG で別々の目標を、二連射で狙撃するのは、ちょっと厳しいですよ。」

「分かってる。先(ま)ずは、最初の一撃で確実に一機、仕留めてちょうだい。」

 茜のヘッド・ギア、レシーバーには緒美の返事に続いて、Ruby の合成音声が聞こえた。

「目標を捕捉。照準をロックします。」

 その時点で、まだ目標を発見出来ていなかった茜が、Ruby に声を掛ける。

Ruby、データ・リンクで目標の情報をちょうだい。」

「茜、データ・リンクは既に確立済みです。」

 即座に返ってきた Ruby の言葉を聞いて、そう言えば、今日の試験項目が HDG と LMF とのデータ・リンクの検証だった事を、茜は思い出した。
 茜は胸元に装備されているスクリーンを立ち上げて、表示を戦術情報画面に切り替え、Ruby からのデータ・リンクに因る目標の位置情報を確かめる。表示では、エイリアン・ドローンは『へ』の字を上下逆さにした形の編隊で、高度360メートルを西南西方向から接近して来ている。先頭の一機と、画面上で左手後方の一機を LMF がロックオン状態なのが、戦術情報画面の表示で読み取れた。
 茜が画面上で先頭の機体に対して右手後方の機体を指定すると、ヘッド・ギアの射撃照準モードになっているスクリーンに、標的の位置が表示されるのだった。
 茜は右腰部のジョイントから CPBL を外して、両手で正面に構えて銃口を目標の方向へと向ける。すると、標的の表示がロックオン状態のシンボルへと変わり、以降、照準の微調整は HDG のアーム・ユニットが補正を行っている事を示すのだった。
 同時に、ヘッド・ギア両サイドに取り付けられた光学センサー・ユニットが目標の画像を望遠モードで撮影し、標的シンボルに重ね合わせて表示するのだった。そこには、小さく、少々不鮮明乍(なが)らも『トライアングル』の名前の通り、三角形のシルエットが映し出されていた。
 茜がエイリアン・ドローンと対峙(たいじ)するのは、勿論、初めてだったが、スクリーンに映ったそれは、以前、ネット等で見掛けた画像の通りだったので、恐怖とか緊張とか、何か特別な感慨をもたらす事は無かった。
 それは、LMF のコックピット内で、同じ様にスクリーンに映ったエイリアン・ドローンを見詰める、ブリジットも同じだったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第9話.04)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-04 ****


「部長、準備は終わりました。皆さんは、早く避難して下さい。」

 茜は、まだメンテナンス・リグに接続された儘(まま)だったが、階段を降りて来る緒美に向かって、そう声を掛けた。すると、メンテナンス・リグの後方に居た瑠菜が茜の前側に歩み出て、HDG のスカート状の DFG(Defense Field Generator:ディフェンス・フィールド・ジェネレーター)を握った右手で軽く叩いて、言うのだった。

「馬鹿な事、言ってるんじゃないの。一年生に危ない真似させておいて、上級生だけ逃げられる訳(わけ)、無いでしょ。」

 瑠菜は、微笑んで言葉を続ける。

「それに、誰かが操作しないと、あなたは、このリグからも降りられないんだから。」

 その瑠菜の言葉を受けて、傍(そば)までやって来た緒美が言うのだった。

「そう言う事。あなたがやるって言うなら、わたし達はあなた達が無事に戻って来られる様に、最大限のサポートをするのよ。 城ノ内さん、HDG のデバッグ用コンソール、起動しておいてちょうだい。」

「やってま~す。貴重な実戦データを記録するんですよね?部長。」

 樹里は、既にデバック用コンソールの前に立っており、機材の起動作業を始めていた。そして、コマンド用のヘッド・セットを手に取ると、緒美に渡す。

「勿論、記録もして貰うけど、HDG と LMF 、Ruby が、正常に稼働しているかどうかモニターしてて。少しでも異常が有ったら直ぐに報告してね、城ノ内さん。」

「はい。心得てます。」

 緒美は渡されたヘッド・セットを装着し、話し始める。

Ruby、それからボードレールさんも、聞こえる?」

 少し離れた、LMF のコックピットに居るブリジットは身体を起こし、緒美に左手を上げて答えるのだった。緒美の耳には、ブリジットと Ruby の返事が音声でも聞こえていた。それは、ヘッド・ギアを装着した茜にも同様だった。
 ここで、Ruby が外部スピーカーを使用して返事をしなかったのは、二階通路へ出て来た自警部の長谷川と田宮の姿を認めていたからである。

「カルテッリエリさん、現在の敵の状況は?」

 作業台の上に愛用のモバイル PC を置いて、そのディスプレイを覗き込み、クラウディアが答える。

「今は、ちょっと進路を変えたみたいです。ここからだと南西方向を、西寄りに北上していますね。ここが目標じゃ無かったんでしょうか。時間的には、今の速度で十分位(ぐらい)の距離、です。」

「高度を下げると、対空迎撃を警戒して、目標でない市街地の上空は、飛行ルートとしては避けるはずよ。多分、山の上に来たら、又、こちら向きにコースを変えるんじゃないかしら。まぁ、遠ざかって行って呉れるのなら、それに越した事は無いけど。」

 状況の変化に対しても、緒美は冷静に最悪のケースを想定していた。

「確かに、高度は下がって来てますね…あ、コース、変わりました。矢っ張り、こっちに向かって来てます。大体、西南西方向から向かって来てますね。」

「分かった、引き続き、カルテッリエリさんは、防衛軍の動きも合わせて監視をお願い。 佳奈さん、この前、本社から受け取った観測装備、月曜に追加で届いた1セットも含めて、四機全部出せる?」

「はい、準備しま~す。」

 佳奈は直様(すぐさま)、観測装備の本体とコントローラーの一式が納められたコンテナを取りに、倉庫へと向かった。そして、瑠菜と直美が佳奈を手伝う為に、その後を追う。
 そんな折り、緒美の背後で樹里が、突然、声を上げるのだった。

「あぁ、田宮さん。あなたは、ダメ。ここに有る物は、見ない方がいいわ。」

 緒美が振り返ると、長谷川と田宮、自警部の二人が階段を降りて来ていたのだった。
 田宮が『普通科』の生徒なのを知っていたので、樹里が警告を発したのだ。
 田宮は階段の途中で立ち止まり、困惑気味に樹里に問い掛ける。

「どういう事?」

 それには、緒美が答えるのだった。

「ごめんなさいね、今、細かい説明をしている時間は無いんだけど。ここに有る物は、本社から業務委託の体裁(ていさい)で開発中の物件だから、企業秘密とかの都合で、秘密保持誓約の無い人は、知らない方がいい物なのよ。誓約が有っても、知らないのに越した事は無いから、長谷川君も引き上げて貰えるかしら?」

 緒美の説明では、田宮は直ぐには納得は出来なかったのだが、『特課』の生徒である長谷川には、直ぐに説明の意味に見当が付いたのだった。

「分かったよ、鬼塚さん。それで、さっき言ってた、立花先生への伝言って?」

 長谷川は田宮と共に立ち止まった階段の途中から、緒美に尋ねるのだった。

「あぁ、うん。先生には、『ごめんなさい』って、『みんなを止められませんでした』って伝えておいて。 あなた達は、早くシェルターへ。」

「分かったよ。 行こう、田宮君。」

 長谷川は田宮の肩を叩き、引き返す事を促(うなが)す。二人は階段を上がり、部室を経由して外階段へと向かった。

「部長、すみません。わたしの所為(せい)で…。」

 茜は、立花先生への伝言内容を聞き、何と無く申し訳(わけ)無い気持ちになって、緒美に詫(わ)びるのだった。

「いいのよ。わたしだって、この学校を壊されるのは嫌だもの。」

「怒るでしょうか?立花先生。」

「怒るでしょうね。」

 茜に聞かれて、そう答えた緒美は、ふっと笑うと、そこに居る一同に向かって、少し大きな声で言った。

「あとで、先生には謝りに行くわよ。全員揃(そろ)ってね。」

 緒美の、その言葉に「はい。」とは、誰も答えなかったが、その代わりに、一同はクスクスと笑うのだった。
 直美と佳奈が、手押しの台車に乗せて運んで来た観測装備一式を床に降ろし、その起動準備を始める一方で、瑠菜は HDG のメンテナンス・リグの操作パネルへと向かい、HDG との接続アームを降ろして接続を解除する一連の操作を行う。
 メンテナンス・リグから自由になった茜は、歩いて北側の壁際に置かれている、HDG の武装が納められたコンテナへと向かった。コンテナの扉を開くと、CPBL(Charge Particle Beam Launcher:荷電粒子ビームランチャー)を取り出し、腰部右側のジョイントに接続する。次に BES(Beam Edge Sword:ビーム・エッジ・ソード) をコンテナから引き抜き、腰部左側のジョイントに納めると、緒美の声がレシーバーから聞こえて来た。

「天野さん、向こうは斬撃を仕掛けて来るけど、相手に付き合って斬り合う必要は無いからね。基本は、距離を保ってランチャーで。」

「解ってます。」

 茜は短く答えると、左腕に DFS(Defense Field Shield:ディフェンス・フィールド・シールド)を接続した。左腕を前に構えて、茜はスライドする形で格納されている DFS の下半分を展開させ、もう一度、短縮状態に戻して、DFS の動作を確認するのだった。

「部長、準備出来ました。」

 観測装備のコントローラを二台並べて、佳奈が声を掛けて来る。緒美は直ぐに、指示を出した。

「じゃぁ、早速一機、飛ばしてちょうだい。レーダー基地に在る、ミサイル・ランチャーの様子を確認したいの。」

「は~い。行きま~す。」

 佳奈がコントローラを操作すると、上半分が開かれたコンテナに二つ並んで収められている球形観測機の一機が、すぅっと浮き上がる。球形観測機が南側へ向かってゆっくりと移動を始めると、それに先回りして、瑠菜が格納庫の大扉を、扉一枚分、押し開くのだった。

「瑠菜リン、ありがと~。」

 球形観測機は勢い良く外へと飛び出し、視界から消えた。

「ミサイルなんて有ったの?あそこ。」

 佳奈の後ろで操作の様子を見ていた直美が、振り向いて緒美に尋ねるのだった。

「ええ、レーダー基地自体は遠隔操作で無人なんだけど、防空用の発射機(ランチャー)が一機、設置されてるの。ある程度、エイリアン・ドローンが近付いて来れば、防衛軍は先ず、ミサイル・ランチャーを起動する筈(はず)だわ。だから、わたし達が動くのは、その後。」

「それじゃ、そのミサイル・ランチャーのコマンド状況を監視します。」

 緒美の発言を受けて、クラウディアが猛烈な勢いで、モバイル PC のキーをタイプし始める。その様子を後ろから覗(のぞ)き込んで、維月が聞くのだった。

「出来るの?そんな事迄(まで)。」

「まぁ、多分。」

 その一方で、球形観測機の操作を行っている佳奈が声を上げる。

「そのランチャーって、この、箱見たいのですか?」

 コントローラーに写される球形観測機からの映像を指差し、佳奈が振り向いて緒美に確認を求めた。緒美は画像を確認して、答える。

「そうよ、余り接近しないで。そのランチャーが動いたら教えてね、古寺さん。」

「は~い。」

「じゃぁ、部長。ひょっとしたら、そのミサイルで全部、方が付く可能性も?」

 大扉の方から戻って来た瑠菜が、緒美に尋ねた。

「そうね。可能性は有るけど、望み薄、かな。」

 瑠菜の問いに対する緒美の返事を聞いて、今度は、直美が尋ねる。

「ミサイル、あのタイプの命中率って?」

「さぁ、エイリアン・ドローンに対してだったら、30%位(くらい)だったかしら? 何かの資料で、そう読んだ記憶が有るけど。」

「ランチャーには何発、入ってるの?」

 そう聞いてきたのは、恵だった。

「六発。」

「こっちに向かって来てるのが六機で、撃ち落とすミサイルが六発。全部当たれば、それでいいけど、命中率を30%とすると、六掛ける 0.3 で 1.8 って事になるから、確率的には、命中するのは一機、良くて二機って事ね。」

「残りの方が、多いって事か。」

 恵の計算に、呆(あき)れ声を上げる直美だった。緒美は「気休めにもならない」と、そう思いつつも言うのだった。

「確率は確率よ。全弾命中する奇跡でも祈ってて。」

「生憎(あいにく)、わたしは神サマは信用してない。」

 直美が真面目な顔で言い返すので、緒美は微笑んで言葉を返した。

「奇遇ね、わたしもよ。」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第9話.03)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-03 ****


「あ、ヤバイ、自警部の見回り。」

 思わず、直美がそう呟(つぶや)いた。
 自警部は避難指示が出された後、校内に残っている者が居ないか、全ての教室や部室等、学校の施設を全てチェックして回るのだ。当然、兵器開発部の部室や、第三格納庫も例外ではない。
 恵は声を潜めて、緒美に問い掛ける。

「どうする?緒美ちゃん。」

 その問いに緒美が答える前に、直美が小声で言うのだった。

「取り敢えず、ドアはロックされてるから、居留守で乗り切る?」

「ダメよ。非常時なら校内のどこのドアでも開けられる、緊急パスコード持ってるんだから、自警部は。」

 直美の提案を恵が一蹴した直後、自警部部員がドアを叩く。

「おーい、誰か残ってるのか?開けるぞー。」

 それから間も無く、ドアが開かれると、ヘルメットを被り、プロテクト・アーマーを着用した男女二人組の自警部部員が部室内に入って来た。そして、男子自警部部員が部長である緒美に向かって声を掛ける。

「何やってんの、鬼塚さん!避難指示の放送、聞こえてただろ。」

「あぁ、何だ、長谷川君か。見回りご苦労様。」

 声を掛けてきた自警部員は緒美達と同じクラスの男子生徒だったので、緒美は何事も無いかの様に返事をした。
 一方で、樹里がもう一人の、女子自警部部員に声を掛ける。

「あれ?田宮さん、今日は当番の日だったの?」

 彼女は、樹里の級友だった。田宮は、困った様に愛想笑いを浮かべる。

「ご苦労様、じゃないだろ。ここに居るので全員?避難して!直ぐに。」

 長谷川はその時点で部室に居る人数を確認して、避難するよう、緒美に促(うなが)す。

「いやぁ、下にあと四人ほど居るんだけどね。」

 少し戯(おど)けた調子で直美がそう言うと、困惑した表情で長谷川が言葉を返した。

「冗談じゃないよ。今回のは訓練じゃないんだから。」

「直ぐに避難が必要です。下に居る人を呼んでください。」

 長谷川に続いて、田宮も声を上げた。
 それとほぼ同時に、長谷川の腰に装備されていた携帯型の無線機から声が聞こえて来る。

「こちら本部、B3班、状況を報告して下さい、どうぞ。」

 長谷川が慌てて無線機をベルトから取り外すと、彼の正面に立っていた直美が、さっと手を伸ばし、長谷川の手元から無線機を奪い取った。

「あ~こちらは異常無し、です。」

 直美が勝手に本部への返事をするが、それには当然、相手側も黙っては居ない。

「誰だ?今の声、長谷川じゃないだろっ!長谷川はどうした?」

「あ~うるさいっ。」

 直美は無線機の電源スイッチ・ノブを、オフへと回す。

「ちょっと、新島さん、返して。」

 長谷川は無線機を取り返そうと右腕を伸ばすが、直美はそれをさっと躱(かわ)し、三歩ほど後ろに下がると真面目な顔で言う。

「今、わたし達は、あなた達と遊んでいる場合じゃないの。」

「それはこっちの台詞(せりふ)だ。兎に角、無線機を返して。」

 女子に飛び掛かるのは躊躇(ちゅうちょ)し、長谷川は立ち止まって直美に向かって手を伸ばす。その横、長谷川とスチール書庫との間を抜けて、田宮が前へ出ると、直美と田宮が睨み合う状況となる。田宮は少しずつ、直美との間合いを詰めて行った。

「ここで押し問答してる時間は無いわ。新島ちゃん、返してあげて。 長谷川君には二つ、お願いが有るの。一つ目は、暫(しばら)くわたし達の事は見逃して欲しいの。それと、二つ目は、多分、シェルターに避難してる立花先生を捜して、先生に伝えて欲しい事が有るの。」

「何をやる気なんだよ?鬼塚さん。」

「こっちに向かっているエイリアン・ドローンを、わたし達で迎撃します。」

「何を言って…」

「細かい説明をしている暇は無いの。カルテッリエリさん、今、敵の状況は解る?」

 長谷川が何か言い返そうとしたのを、途中で遮(さえぎ)り、緒美はクラウディアに状況の確認を求める。

「さっき、こっち向きに飛んで来てた十二機は二手に分かれました。半分の六機は西向きに進路を変えてます。あとの六機は相変わらず、こっちに向かってますが、随分と減速したので、今の速度で約十五分の位置ですね。」

 クラウディアは愛用のモバイル PC を覗(のぞ)き込んで、状況を説明する。その背後には、既に諦(あきら)め顔の維月が、黙って立っていた。

「減速したって事は、ここを通過する気は無いって事ね。みんな、下に降りて。わたし達は、天野さん達を全力でサポートするわよ。」

 そう言い残すと、緒美は部室奥の出口へと向かって歩き出した。

「はい。そう言う訳(わけ)だから、暫(しばら)く報告は待って貰えるかな?」

 直美は微笑んで、田宮に無線機を渡すのだった。そして、緒美を追って部室を出て行く。
 同じ様に、恵と樹里、クラウディア、そして維月が、緒美を追って部室奥の北側出口から出て行った。その場に取り残された、長谷川と田宮の二人は、困惑して顔を見合わせるのだった。

「どうします?先輩。」

 直美に渡された無線機を、長谷川に手渡しつつ、田宮は聞いた。

「どうしたものかな…。」

 長谷川は無線機の電源を入れ直し、自警部の本部へコールを送る。

「あ~、こちらB3班、本部どうぞ。」

「こちら本部、長谷川、無事か?どうぞ。」

「はい、長谷川、田宮、両名とも異常無し。それでちょっと、もう少し、状況確認の必要な事案有り。確認が取れ次第、又、連絡します。あ、それから、シェルターの方に特許法の立花先生が避難されていると思うんですけど、所在を確認しておいて貰えますか?どうぞ。」

「何かトラブルか?応援が必要か?どうぞ。」

「いえ、応援は必要はありません。どうぞ。」

「逃げ遅れた生徒が居なければ、君らも早く戻って呉れよ。どうぞ。」

「了解。確認が済み次第、戻ります。以上、報告終わり。」

 通話を終えて、長谷川は大きく息を吐(は)いた。

「いいんでしょうか?」

 田宮が問い掛けると、少し考えてから長谷川は答えた。

「取り敢えず、嘘は言ってない。 兎に角、もう少し様子を見て、立花先生への伝言の内容とか聞いてから引き上げるかな。連中は何を言っても聞いて呉れそうにないし。」

「迎撃って言ってましたけど、出来るんですか? そもそも、エイリアン・ドローンがこっちに来てるって情報自体…。」

「知らないよ。でも、実際に避難指示が出てるんだから、こっち方面が危険になってるのは本当なんだろうな。」

 長谷川は緒美達が出て行った部室の奥へと歩き出す。田宮も、その後に続いた。


 一方、その頃の格納庫内では、メンテナンス・リグの起動が終わり、茜が HDG に自身を接続していた。その背後では、LMF がメイン・エンジンの起動を終え、コックピットに収まったブリジットが、Ruby と共にシステム・チェックを進めている。

「あぁ、そう言えば、先生の許可、取らなくて大丈夫だったでしょうか?」

 唐突にそう言って、茜は HDG の各パーツをロックする。

「茜ンは真面目さんだなぁ。」

 正面に立っていた佳奈が笑い乍(なが)ら、茜にヘッド・ギアを渡した。

「大体、あの先生が許可して呉れる訳(わけ)、無いでしょ。」

 当然という面持ちで、瑠菜がそう言うと、それには笑みを浮かべて佳奈が付け加える。

「智リンも真面目さんだからね~。」

「成る程。確かに。」

 茜は、ヘッド・ギアを装着すると、スクリーンを降ろして機体のステータスを確認する。

「じゃぁ、スラスター・ユニット、起動します。」

「どうぞ~。」

 茜の宣言に、メンテナンス・リグの後方、操作パネルへと回った瑠菜が答えた。
 そこで、階段を降りて来る緒美達の姿に、茜は気が付いたのだった。

 

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STORY of HDG(第9話.02)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-02 ****


「わたし達で、迎撃するべきです。防衛軍の戦闘機が来る前に。」

「ダメよ。許可出来ません。」

 緒美は即座に、クラウディアの提案を拒否した。
 それに間を置かず、ブリジットはクラウディアを睨み付けて、声を上げる。

「大体、何が『わたし達で、』よ。HDG が使えるのは、今は茜だけじゃない! あなた、茜に嫌がらせがしたいだけなんじゃないの?」

 真っ直ぐクラウディアを見詰めて、緒美は微笑み乍(なが)ら言った。

「天野さんやボードレールさん、それにカルテッリエリさん、あなたにも、実戦をさせる為にテスト・ドライバーに選んだ訳(わけ)じゃないの。もしも、実戦をする必要が有るのなら、その時はわたしがやります。」

 すると、緒美の、その発言に対して、樹里が口を挟むのだった。

「残念ですが部長、HDG のパラメータは、天野さんに合わせて調整してあるので、部長が使うのは、直ぐには無理です。」

「解ってます、城ノ内さん。だから、今回は全員、避難します。もう、時間が無いわね。天野さん、ボードレールさんはその格好の儘(まま)で移動しましょう。」

「あの、Ruby は? Ruby はどうするんですか?部長。」

 茜にそう尋(たず)ねられ、初めて緒美の表情が強張(こわば)った。

Ruby は…仕方が無いわ。ここに置いて行くしか。」

「せめて、コアだけでも外して、一緒に避難出来ませんか?樹里さん。」

「無理よ、正規の手続きを踏んで Ruby を停止させるだけで三十分は掛かるのに、LMF からコアを外すなんて、三時間は必要よ。」

「そう…ですか。」

 がっくりと肩を落とす茜を、ブリジットは慰める様に後ろから肩に手を回して引き寄せる。そして、何か閃(ひらめ)いた様に、ブリジットは提案する。

「あの、Ruby には自律行動を許可しておけば、危険な状態になれば逃げるなり、反撃するなり出来るんじゃないですか?部長。」

 ブリジットの、その提案には、Ruby 自身が回答する。

「ブリジット、それは無理です。自律行動で回避機動は実行可能ですが、ドライバーに因る操作が無い場合、緒美か智子の許可が無ければ反撃は行えません。わたしだけの判断では、攻撃的な行動は行えない様に規定されています。 わたしの事はお気になさらず、皆さんは早く避難して下さい。」

「そんな…。」

 茜とブリジットは揃って、視線を緒美の方へ向ける。緒美は真面目な顔で、言うのだった。

「格納庫に入っていれば、LMF はエイリアン・ドローンに見付からないかも知れないし、防衛軍の攻撃に巻き込まれたとしても、LMF の中に格納されていれば、Ruby の本体は、そう簡単に壊れる物じゃ無い筈(はず)よ。」

 緒美の気休めとも取れる説明に、クラウディアが語気を強めて反論する。

Ruby のコアは無事かも知れませんけど、コアの外側に有るライブラリのメモリーやデータが破損したら、Ruby の疑似人格を構成する大半の情報が失われます。ですよね?城ノ内先輩。」

「そうね。」

 樹里は目を閉じて、短い言葉でクラウディアの意見に同意すると、大きく息を吐(は)いた。それ迄(まで)、クラウディアの背後に立って様子を見ていた維月が、樹里が敢えて言わなかったであろう内容を、説明する。

「もしも、そうなったら、Ruby を再構成しても、今の Ruby とは違う人格になるでしょうね。Ruby の人格は経験の蓄積に因って構成されてるから。理屈上は、Ruby が起動して以降と同じ出来事を、同じ順番で経験させれば、同じ人格が出来上がる筈(はず)だけど、そんなの現実には無理だから。」

「イツキ…頭を撫でないで。」

 席に座った儘(まま)だったクラウディアの背後から、彼女の頭の上に乗せられた維月の手を、クラウディアは払い除けてそう言うと、維月は微笑んで詫びるのだった。

「あぁ、ゴメン、ゴメン。」

 すると、再び、Ruby の合成音声が響く。

「わたしの処遇に就いて、議論は必要ありません。わたしは飽くまで製造物であって、この人格も擬似的な物です。それよりも、皆さんの安全の方が優先されます。早急に避難される事を、強くお薦めします。」

「兎に角…。」

 Ruby に次いで、緒美が少し大きな声を上げると、そこで一息を吐(つ)き、そして言った。

「…今は、避難しましょう。Ruby も自分の為に、みんなに危険な目に遭って欲しくは無いのよ。」

 その言葉を聞いて、座っていたクラウディアが両手を机に突いて立ち上がり、声を上げるのだった。

「先輩方は!この学校が壊されてもいいんですか?…わたしは、ここに来て、まだ三ヶ月だけど、ここが好きですよ。だから、嫌です。一部でもここが壊されるのは、嫌なんです。」

「それは、わたしも嫌だけど。だからといって、下級生に危険な行動をさせると言う選択肢は、ここの責任者としては有り得ません。全員、シェルターへ避難するのよ、急ぎましょう。」

 クラウディアが言い終わると直ぐに、緒美は決然と言葉を返すのだった。しかし、緒美に避難を指示されても尚(なお)、誰もがその場に足を止(とど)めた儘(まま)だった。沈黙の儘(まま)、そこに居た誰に取っても異様に長く感じられた数秒が経過し、最初に動いたのは、茜だった。
 茜はブリジットと共に、インナー・スーツから着替える為に隣室へ行く途中で、部室の奥、南側の二階通路出口の前に立っていたが、踵(きびす)を返して北側の二階通路への出口へと歩いて行き、ドアノブに手を掛ける。

「天野さん。」

 緒美が呼び止めると、茜はドアノブに手を掛けた儘(まま)、振り向いて言った。

「部長の立場は、解ります。でも、わたしは、お爺ちゃんが作った、この学校が壊されるのは、矢っ張り嫌です。わたしに出来る事が有るなら、やります。」

 そう言い終わると、茜はドアを開き、何時(いつ)も格納庫へと降りるのに使う階段に通じる、二階通路へと出て行った。

「しょうがないなぁ~。メンテナンス・リグ、起動しないと。」

 茜の後を追って、瑠菜が部室奥、北側の出口へと向かう。そして、佳奈が瑠菜の後を追うのだった。

「瑠菜さん、古寺さん…。」

 緒美の呼び掛けに一度、立ち止まった瑠菜は振り向かずに言った。

「わたしも、この学校が壊されるのは嫌です。」

 佳奈は振り向いて、にっこりと笑い、言う。

「部長、ごめんなさい~。」

 そして、二人は茜を追って部室を出て行った。
 次いでブリジットが、部室奥側の窓中央上部に取り付けられた Ruby の端末である、小型カメラに向かって声を掛ける。

Ruby、LMF を起動して。わたしが乗れば、茜の援護射撃ぐらい出来るんでしょう?」

  Ruby は、即座にブリジットの呼び掛けに答える。

「ブリジット、LMF を起動するには緒美か智子の承認が必要です。 LMF を起動しても宜しいですか?緒美。」

 Ruby に LMF の起動承認を確認されるも、緒美は目を閉じて黙っていた。

「部長!お願いします。茜だけに、危ない事をさせられません。」

 ブリジットに声を掛けられても、緒美は少し俯(うつむ)き、右手の人差し指を額に当てて、何かを考えているのか、黙った儘(まま)だった。恵はそんな緒美に寄り添う様に近づき、緒美の背中にそっと左手を当てた。

「緒美ちゃん。」

 緒美は一度、大きく息を吐(は)くと、顔を上げて言った。

「いいわ、Ruby、LMF を起動して。」

「ハイ。LMF を起動します。」

「ありがとうございます!部長。」

 ブリジットは、そう言い残すと、二階通路へと飛び出して行った。
 その様子を見て、くすりと笑った直美が、緒美に問い掛けるのだった。

「いいの?本当に。」

 そう聞かれて、緒美は直美の顔を見詰めて言葉を返す。

「あなたも、こうしなさいって、言うんでしょ、新島ちゃん。」

「わたしは、何も言ってないでしょ。」

「言わなくても、顔に書いてある。」

 怒るでもなく、笑うでもなく、真顔で言い返した直美に、緒美は満面の笑みで答えた。
 その時、部室の入り口側の外階段を、勢い良く駆け上がって来る、複数の足音が聞こえて来たのだった。

 

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