WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第11話.10)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-10 ****


 そして飯田部長が、畑中と倉森の二人に問い掛ける。

「時間は、どの位(くらい)掛かる?」

「作業自体は、十分…十五分も有れば?」

 畑中は倉森に尋(たず)ねる様に、そう答えると、倉森が応じた。

「そうですね、先(ま)ずは回路の確認をしないと。それと…」

 倉森は視線を樹里の方へ向け、言う。

「…イレギュラーな作業をする事になるから、エラーとか強制解除する必要だとか、有るかも知れないけど。」

「そう言う事なら、デバッグ用のコンソールで、ダミーのフラグ送ったり、モニターは出来ますので。」

 微笑んで、樹里は即答した。

「その時は、お願いね。城ノ内さん。」

 倉森も微笑んで、そう言葉を返す。そこへ、大判のタブレット端末を持って、新田が戻って来るのだった。

「回路図、持って来ました。」

 パネルを倉森に見せ乍(なが)ら、新田は画面を操作していく。

「プラズマ砲の電源回路は、このフォルダだったかな…。」

 新田は見当を付けたフォルダのアイコンを人差し指でタップすると、何回か図面を捲(めく)る様に画面を切り替えた。

「あ、ストップ。この図面…。」

 横から声を出して図面の切り替えを止めた倉森は、覗(のぞ)き込んだパネルを指でなぞり、回路を確認するのだった。

「ここと、ここのブレーカーを切れば…ここのコネクターがテスト回路側に繋ぎ換えてある筈(はず)だから、こっちの電源回路に戻して…。」

「それだと、トリガー側のリレー回路の方が…あぁ、大丈夫か…。」

 倉森と新田は、回路を順に追って、作業の安全性を確認していった。

「うん、大丈夫ね。」

「ですね。」

 二人が納得した様子なのを見て、畑中が確認をする。

「行けそうかい?倉森君。」

「はい。出来ます。」

 倉森の返事を聞いて、今度は飯田部長が改めて指示を出すのだった。

「よし、それじゃ早速、取り掛かって呉れ。」

「分かりました。」

 と、畑中が返事をするので、倉森が笑って言うのだった。

「これ、エレキの方の作業ですよ、先輩。」

「カバーの付け外しとか、メカでも出来る作業が有るだろ?手伝うよ。」

 そこに倉森の隣に立つ新田が、会話に割り込んで来て、言う。

「いえ、ブレーカー切る迄(まで)は、メカの人は触らないでください。危ないんで。」

「それは分かってるって、新田さん。出番が来たら、指示して。」

 苦笑いで、そう返す畑中を横目に、倉森は緒美に声を掛ける。

「鬼塚さん、Ruby とお話をしたいの。ちょっと、ヘッド・セットを借りられる?」

「あ、はい。どうぞ。」

 緒美は躊躇(ちゅうちょ)無く、ヘッド・セットを外すと、腰に着けていた携帯型無線機と一緒に、倉森に手渡した。倉森は右手でヘッド・セットを耳に当て、左手には携帯型無線機を持った儘(まま)、Ruby に話し掛ける。

Ruby、エレキ担当の倉森です。あなたの事だから、大体の話は聞いてて理解していると思うけど。」

「ハイ、みなみ。プラズマ砲の再装備作業ですね。」

 打てば響く様な Ruby の返事が、ヘッド・セットへと返ってきた。Ruby は外部スピーカーに合成音声を出力していないだけで、周囲で交わされる会話の殆(ほとん)どを聞き取って理解しているのである。倉森はくすりと笑って、言葉を続けた。

「なら、話が早いわ。作業を始めたいから、メンテナンス・モードへ移行してちょうだい。」

「メイン・エンジンが起動した状態でメンテナンス・モードへ移行する事は、一般運用規則には禁止事項として記載されています。例外的運用を行う場合は、システム管理責任者、二名以上の許可が必要となります。」

 Ruby の返事を聞いた倉森は目を閉じて、一度、息を吐(は)き、目を開いて言った。

「緊急事態なのよ。協力して。」

「申し訳無いですが、システム上の禁則事項として規定されているので、わたしにはどうする事も出来ません。システム管理責任者の許可が必要です。」

「ちょっと待ってて。」

「ハイ、待機します。」

 Ruby の返事は聞こえていなかったものの、倉森の様子から不穏な空気を感じ取った緒美が、声を掛ける。

「倉森先輩?」

「あぁ、ゴメン。システム管理責任者、二人の許可が要るって Ruby が。メイン・エンジンが起動状態でのメンテ・モードは禁則事項だって。」

 緒美は、樹里に向かって問い掛ける。

「あぁ~そうだっけ?」

「多分。」

 樹里は、静かに頷(うなず)いて答えた。続けて、倉森が樹里に問い掛ける。

「システム管理責任者って、城ノ内さん?」

 その質問に、樹里が答える前に、緒美が声を上げた。

「ヘッド・セット、貸してください。」

「あ、あぁ、うん。どうぞ。」

 緒美はヘッド・セットを受け取ると自らに装着し、マイクを口元へと合わせ、言った。

Ruby、鬼塚です。システム管理責任者として、音声認証を要求します。」

 緒美の要求に対する Ruby の返事は、直ぐに返って来た。

「音声の照合を完了。緒美をシステム管理責任者として認証しました。」

「オーケー、じゃ、メンテナンス・モードへの移行を許可します。」

「先程、みなみには説明しましたが、システム管理責任者、二名の許可が必要です。」

「分かってる。ちょっと待ってね。」

「ハイ、待機します。」

 緒美はヘッド・セットを外すと、それを立花先生の方へと差し出した。

「先生、お願いします。」

 だが、立花先生は無言で、固まってしまったかの様に動かない。意に反して進んでいく状況を、何か止める手立てが有りはしないか、考えを巡らせていたのだ。しかし、間を置かず、飯田部長も声を掛けるのだった。

「立花君。」

 立花先生は、一息吸うと、飯田部長に答えた。

「今、わたしは学校を代表する立場です。学校側としては、生徒達を戦闘に巻き込む為の準備には、賛同出来ません。」

「キミの心情も立場も、理解はするが。今は緊急時だ、冷静に判断して呉れ。」

「ダメです、部長。冷静に考えれば尚更、生徒達を戦闘に参加させる判断なんて、有り得ません。何か、他の方法を考えるべきです、大人として。」

「当然だ、わたしだって彼女達にリスクを押し付ける事はしたくない。しかし、わたしもキミも、幾ら大人だって言っても、出来ない事は出来ない。現状で、取れる選択肢は限られている。それはキミも、分かってるだろう?」

「………」

 立花先生は黙って、俯(うつむ)く他は無かった。

「部長、ヘッド・セットを。」

 そう言って、緒美の手からヘッド・セットを奪って行ったのは樹里である。樹里はヘッド・セットを装着し、Ruby に話し掛ける。

Ruby、城ノ内です。システム管理責任者、音声認証要求。」

 Ruby は、樹里の要請に直ぐに応えた。

「音声の照合を完了。樹里をシステム管理責任者として認証しました。」

 元元、Ruby や LMF のシステム管理責任者としては、立花先生と緒美、そして樹里の三名が登録されていたのだった。緒美は立花先生の意向を確認する為、敢えて立花先生に許可を求めていたのである。
 そして樹里は、Ruby に指示する。

「システム管理責任者として、例外運用を許可します。メンテナンス・モードへ移行して、Ruby。」

 Ruby は、直ぐに応えた。

「システム管理責任者、二名の許可を確認しました。LMF のシステム管理モードを、例外運用としてメンテナンス・モードへ移行します。」

 樹里は Ruby の返事を聞き届けると、ヘッド・セットを外して携帯型無線機と共に、倉森へと渡した。

「では、後をお願いします、倉森先輩。わたしは向こうのコンソールで、エラーとか、LMF の状態をモニターしてます。」

「ありがとう、城ノ内さん。モニターの方、お願いね。」

「わたしも、コンソールの方で無線が使える様にしておきますから。」

 そう言い残すと樹里は、天神ヶ﨑高校側の指揮所の方へ向かって歩き出す。その後ろを、今まで黙って状況を見ていたクラウディアが、慌てて追い掛けて行くのだった。

「あぁ、先輩。わたしも手伝います。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.09)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-09 ****


「無茶してるのは、防衛軍の方です。救援は呼んでるんでしょうけど、丸腰で出て行くなんて。」

 その茜の反論を聞いて、佳奈が聞き返す。

「『マルゴシ』って?」

 それには、樹里が答えるのだった。

「武器を持ってない、って事よ、佳奈ちゃん。」

「えっ?戦車なのに、武器が付いてないの?アレ」

 そう樹里に聞き返したのは、瑠菜である。そこで、畑中が解説を加えるのだった。

「あの車輌は特別仕様で、主砲は外しちゃってるからね。砲塔の機銃は残して有るみたいだけど。」

 その発言を受けて、飯田部長が答えた。

「機銃は残して有るだろうけど、弾は入ってないんだろう。今日は模擬戦の予定だったからね。」

 今度は、直美が尋(たず)ねる。

「ここ、防衛軍の、実弾射撃訓練の為の施設ですよね? 弾ぐらい、置いてないんですか?」

「実弾射撃が出来る演習場って言っても、駐屯地じゃないからね。部隊が常駐している訳(わけ)じゃないから、弾薬の備蓄とかは無いだろう。訓練の時に必要な分だけ持ち込んで、終わったら全部、持って帰ってる筈(はず)だよ。」

 そして、恵が飯田部長に訊(き)くのだった。

「それじゃ、防衛軍はどうやって、エイリアン・ドローンを撃退する気なんですか?」

「だから、こっちに近付かない様に注意を引いてるだけだよ。三十分位(ぐらい)で、救援が来る見込みらしい。」

 畑中が苦笑いしつつ、飯田部長に尋(たず)ねる。

「大丈夫、なんでしょうかね?」

「さあ、ね。わたし達は、大丈夫である事を祈るだけさ。」

 飯田部長も苦笑いで返す他、無かった。そして、茜がもう一度、主張する。

「防衛軍の人達を含めて、みんなが助かる確率を上げる為に、わたし達も何かするべきです。」

 それを透(す)かさず否定するのは、立花先生である。

「駄目よ。理事長とも約束したでしょう? もうあんな事はしない、って。それに、武器が無いのは、わたしも同じでしょう。模擬戦用に、発射出来ない様に改造して持って来てるんだから。」

「それなら…。」

 思わず何か言い掛けたものの、はたと気が付いた畑中は、その後の言葉を飲み込んだ。それは茜達に無茶をさせたくない立花先生の心情が、理解出来たからだ。
 そうとは知らず、鋭い視線を向けて、立花先生が畑中に問い掛ける。

「なぁに?畑中君。」

「あ、いえ、何でもないです。」

 少し狼狽(うろた)え気味に畑中が答えると、彼が言うのを躊躇(ためら)った事柄を、あっさりと瑠菜が口にしてしまうのである。

「あの、HDG の武器なら、有りますよ。」

「え? どう言う事?」

 虚をつかれた様に、立花先生は瑠菜に聞き返す。その一方で畑中は、顔面を右手で押さえる様にして、俯(うつむ)いていた。
 そんな様子には気にも留めず、瑠菜は立花先生に答える。

「LMF に、改造してないランチャーと BES(ベス)が、入ってますから。」

「どうして…。」

「こう言う事も有ろうかと…って言うのは嘘ですけど。 前回の火力試験以降、入れた儘(まま)になってました。」

 それを聞いた茜は、LMF の方を振り向いて、声を上げる。

Ruby…。」

「駄目よ、天野さん。」

 Ruby に呼び掛けた所で、透(す)かさず立花先生が茜を呼び止める。その立花先生に対して、飯田部長は言うのだった。

「まぁまぁ、立花君。防衛軍の戦車隊が突破される可能性だって有る。最悪のケースを想定したら、可能ならば反撃出来る準備位(くらい)はしておいた方がいいんじゃないか?」

「部長、でも…。」

「飽くまでも最悪の事態に備えて、だ。わたしも現時点で天野君を外に出すのには、賛成しないよ。」

 立花先生は無言で、唇を噛んでいた。茜は一度向き直って飯田部長に小さく頭を下げ、再び LMF の方向へ身体を向けて Ruby に呼び掛ける。

Ruby、左側ウェポン・ベイのランチャーを。」

「分かりました。CPBL をお渡しします。」

 Ruby は外部スピーカーを使用しないで返事をしたので、その声を聞いたのはヘッド・セットを装着している緒美と、茜とブリジットの三人だけである。
 そして、ウェポン・ベイのドアが横にスライドして開かれると、CPBL(荷電粒子ビーム・ランチャー) を保持した武装供給アームが前方へと展開される。但し、コックピット・ブロックを接続した儘(まま)の状態だと、引き出された CPBL を受け取れる位置に HDG が立てないので、Ruby は LMF の姿勢を前傾姿勢にして CPBL の位置を HDG のマニピュレータが届く範囲に制御するのだった。
 茜は、歩み寄って武装供給アームから左側のマニピュレータで CPBL を受け取ると、右のマニピュレータで保持していた、模擬戦用に改造されていた CPBL を、LMF の武装供給アームへと渡す。
 そこへ、大久保一尉の傍(かたわ)らで外の様子を監視していた吾妻一佐が、自(みずか)らの背後で LMF が動作している事に気が付いて、声を掛けて来たのだった。

「飯田さん、何をやって、おられるのかな。」

 呼び掛けられた飯田部長は、振り向いて声を返す。

「あぁ、すみません。此方(こちら)の方の、避難準備ですよ。其方(そちら)のお邪魔はしませんから、ご心配無く。」

「非常時ですので、此方(こちら)の指示には従っていただきたい。」

「分かってますよ。」

 飯田部長が笑顔で返事をすると、吾妻一佐は再び、モニターの方へと向き直った。その一方で、Ruby は茜から受け取った被改造の CPBL を格納すると、LMF の姿勢を元に戻した。そして、Ruby は茜に尋(たず)ねるのだった。勿論、その合成音声は、周囲には聞こえていない。

「ビーム・エッジ・ソードは出さなくても?」

「あぁ、BES(ベス)はいいわ。今日はスリング・ジョイントを付けて来てないから。 そうだ、左腕側のシールドも、こっちにちょうだい、Ruby。」

 その茜の発言を聞いて、再び、立花先生が小声で抗議する。

「茜ちゃん!」

「念の為、ですよ。立花先生。」

 涼しい顔で、そう言い返す茜の声を聞き、立花先生は息を呑んで飯田部長の顔を見るのだった。不意に視線がぶつかった飯田部長は、苦笑いし乍(なが)ら立花先生に首を振って見せるのである。
 Ruby は茜のリクエストに応じ、折り畳んでいた左腕を展開して床面付近へと降ろし、腕軸と直交する様に回転させた DFS(ディフェンス・フィールド・シールド)の底部を床面へと着けるのだった。そこで、Ruby がやろうとしている事を察した瑠菜と佳奈が駆け寄り、DFS を支える様に手を掛ける。間も無く、LMF 腕部側のジョイントが解放されると、瑠菜と佳奈は DFS が倒れない様に支え乍(なが)ら、くるりと向きを半回転させ、DFS の内側を茜の方へと向けた。

「あ、ありがとうございます、瑠菜さん、佳奈さん。」

 茜は DFS の方へと歩み寄ると、左腕のジョイント部を DFS のジョイントへと位置を合わせる様に腰を落とし、接続した。茜は落としていた腰を伸ばすと、腕を肩の高さ迄(まで)上げ、シールド下半部をスライドさせて格納、展開の動作を確認し、再び、格納状態へと移行させた。茜が腕を降ろすと、DFS は機体にぶつからない様に自律的にジョイント・アームを動かしてクリアランスを取り、シールド本体の角度も自動で調整されるのだった。

「接続に動作、問題無さそうね。」

「はい、異常はありません。」

 瑠菜の問い掛けに茜が応えると、瑠菜と佳奈はその場から少し離れ、LMF に向かって瑠菜が言った。

「オーケー Ruby、腕を格納していいよ。」

 LMF のターレット頂部に取り付けられているセンサー・ヘッドが茜達の方向へ向くので、佳奈が両手を頭上で振っている。Ruby は周囲の安全を確認して、通信で応える。

「周辺の安全を確認しました。左腕を格納します。」

 その返事は緒美と茜、そしてブリジットにしか聞こえていなかったが、その動作は誰の目にも明らかである。
 そんな状況を横目で眺(なが)めつつ、畑中が飯田部長と立花先生、そして緒美の三人に向けて言うのだった。

「あの、ちょっと提案なんですが…。」

 再び、立花先生は鋭い視線を向けるのだったが、飯田部長が畑中の声を拾うのだった。

「何だい?畑中君。」

「…あ、いえ。念の為、って言う事なら、LMF のプラズマ砲も使用出来る様にしておいた方が、いいのかな、と、思ったもので。」

 その発言に、疑義を投げ掛けるのは樹里だった。

「畑中先輩、プラズマ砲の回路を元に戻すには、一度、電源を切らないと。でも、それをやっちゃったら、ここでは Ruby の再起動が出来ません。予備電源が無い事には…。いえ、予備電源が有っても、Ruby の休止作業だけでも、それなりの時間が掛かりますし。」

「あぁ、それはそうなんだけどね…。」

 途中迄(まで)、畑中が言い掛けた所で、今度は倉森が割って入って来る。

「全体の電源を落とさなくても、プラズマ砲の元電源、兵装回路のブレーカーを落とせば、プラズマ砲の回路をテストモードから通常モードへ切り替える作業が出来る、って事ですよね?」

 苦笑いしつつ、畑中は倉森に向かって言う。

「ホントは、やっちゃ駄目なんだけどね。まぁ、緊急事態だし。」

「回路図、持って来ます。」

 倉森の後ろに居た新田が、回路図データが入っているタブレット端末を取りに、工具類一式が置かれた、元居た席の方向へと走った。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

 

STORY of HDG(第11話.08)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-08 ****


 そして、天神ヶ﨑高校側の指揮所へ向かって叫んだ。

「其方(そちら)も、直ぐに格納庫に入るよう、指示を出して!」

 緒美は慌てて、茜とブリジットの二人に、格納庫に入るよう通信で伝えるが、その一方で、大久保一尉はテーブル上に置いてあった双眼鏡を取り、再び庫外へと駆け出した。
 外に出て空を見上げると、三機で三角形の編隊を組んでいる『トライアングル』は、大久保一尉の頭上、ほぼ真上を通過して行った。それらからはジェットエンジンの様な、爆音は聞こえて来ない。どの様な動力機関なのか、いまだに原理は不明なのだが、空気が噴出する様な音と、風を切る様な音が混じった「シュルシュル」の様な、そんな音を立ててエイリアン・ドローンは飛行していた。

「見付かったかな?」

 吾妻一佐が、大久保一尉へと近寄り、話し掛けて来る。

「でしょうね。」

「我々の探知よりも、先行している様子だな。この上空を通過しただけ、ならいいんだが…。」

 飯田部長と桜井一佐も格納庫から出て来ると、大久保一尉の近く迄(まで)進んで、東の空を見上げていた。
 その前方を、ブリジットが操縦する LMF が通過して格納庫内部へと進み、その後、茜が到着し、格納庫の中へと入った。内部では LMF が機首を出口側へと回し、床面へと着地する。
 同時に、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)三輌も、次々と背後の第二格納庫へと入って行くのだった。

「行ってしまいました?」

 桜井一佐は空を見詰めて、誰に訊(き)くでもなく、そう言った。三機の『トライアングル』は、肉眼で見るには可成り小さくなっていた。
 大久保一尉は双眼鏡を覗(のぞ)いて、その行方(ゆくえ)を監視している。
 それから数秒か十数秒か、暫(しばら)く経って、大久保一尉が声を上げた。

「いや、旋回してます。戻って来ますね。」

 双眼鏡を降ろすと、そこに居た吾妻一佐と飯田部長、そして桜井一佐に声を掛け、歩き出す。

「皆さん、中へ。」

 そして、表に出ていた四人が格納庫内へと入ると、待機していた数名の整備要員の下士官達に向かって指示を出すのだった。

「正面扉閉鎖!急げ。」

 そして正面の大扉閉じられる中、大久保一尉は指揮所のテーブルへ戻ると、通信機のマイクを取った。

「指揮所より、全車。格納庫の扉を閉めて、命令有る迄(まで)、車内で待機。エンジンは切るな。」

「了解、待機します。」

 通信機からは一番車の車長、藤田三尉の返事が聞こえた。
 大久保一尉は指揮通信用のヘッド・セットを装着すると、天神ヶ﨑高校側の指揮所へ、つかつかと向かった。
 そして、緒美に向かって訊(き)くのだった。

「そのモニターで、外の様子が見られますか?」

「はい。古寺さん、格納庫の前からフィールドの中央方向を映して。瑠菜さんは、トライアングルの編隊を画面に入れられるか、やってみて。」

 佳奈と瑠菜の二人は「はい」と答えると、緒美の指示に従って観測機を操作する。

「ありがとう、助かります。」

 大久保一尉は一礼すると、モニターの前へと進んだ。吾妻一佐と桜井一佐、そして飯田部長は大久保一尉の背後からモニターに視線を注ぐのだった。そして、緒美は飯田部長の隣へと移動し、モニターを監視する。
 格納庫の外、上空からは、あの「シュルシュル」と言った、エイリアン・ドローンの飛行音が段段と大きく聞こえる様になっていた。

「捉えました。高度が可成り下がってますね。」

 瑠菜の言う通り、モニターには三機の、飛行形態のトライアングルが映し出されている。そして、その背景には空だけではなく、山の稜線も映っていた。トライアングルが接近しているので、ズーム撮影では直ぐに画面一杯になってしまい、瑠菜はその度(たび)にカメラのズーム設定を調節しなければならなかった。
 そして、聞こえていた飛行音が突然途切れると間も無く、小さな地響きと振動が伝わって来た。
 佳奈が操作する観測機からの画像を映したモニターには、格闘戦形態に変形したトライアングルが着陸した様子が映し出されていたのである。
 吾妻一佐が、呟(つぶや)く。

「奴ら、こんな所に何の用だ?」

 モニターに映されたトライアングル達は、周囲を見回す様に頻繁に機体の向きを変えている。その様子を見て、桜井一佐が小声で言う。

「何か、探しているのかしら? この儘(まま)、何もしないで飛んで行って呉れたらいいのだけれど…。」

 そして、三機のトライアングルは、揃(そろ)ってモニターの方向へ向いた。つまりそれは、撮影している観測機の方向であり、同時に、それは格納庫の方向である。

「瑠菜さん、古寺さん、観測機を動かさないでね。トライアングルは動く物には強く反応するから。」

 囁(ささや)く様な緒美の指示に、瑠菜と佳奈は声を返さず、頷(うなず)いて見せるのだった。
 モニターに映される映像では、一歩、二歩とトライアングル達は格納庫の方向へと、移動を始めている。
 吾妻一佐は上着の内ポケットから携帯端末を取り出すと、通話要請を送る。それが相手側に繋がると、声を低めて話し始めた。

「あぁ、わたしだ。現在のわたしの所在は分かるな? 今、エイリアン・ドローンの襲撃を受けている。至急、救援を…そうだ、頼むぞ。」

 通話が終わるのを待って、大久保一尉が尋(たず)ねた。

「どちらに?」

「総隊本部の、わたしの執務室だ。多分、この方が話が早い。」

「ですが、救援が到着するのに早くて二十分、いや、三十分は掛かりますか。」

「そうだな。」

「時間稼ぎが必要ですね。」

「手は有るか?」

「やってみましょう…。」

 大久保一尉はヘッド・セットのマイクを口元に寄せ、呼び掛けた。

「指揮所より全車。救援を要請しているが、到着迄(まで)の三十分間、奴らを引き付けて呉れ。『鬼ごっこ』だ、但し、絶対に掴まるな。三十分間逃げ切って、奴らを此方(こちら)に近付けるな。」

 ヘッド・セットには直様(すぐさま)、各車の車長から「了解」の返事が大久保一尉には聞こえていたが、それはその場に居た他の者には分からなかった。しかし間も無く、隣の格納庫の大扉が開き、浮上戦車(ホバー・タンク)が次々と発進して行った事は、その物音で誰にも明らかだったのだ。
 吾妻一佐は、再び携帯端末を取り出すと、パネルを操作して、もう一度、通信要請を送った。

「河西か?其方(そちら)に居る人員は把握しているか?」

 河西氏とは、管理棟に待機していた吾妻一佐の秘書を務める士官で、階級は三尉である。吾妻一佐は、河西三尉からの報告を聞き、指示する。

「分かった。いいか、管理棟の中心部に全員を集めて待機しろ。救援は呼んであるが、到着迄(まで)、暫(しばら)く掛かる。戦研隊が時間を稼いで呉れるが、今、外に出るのは危険だ…そうだ、其方(そちら)は任せる…よし。」

 通話を終えた吾妻一佐は、携帯端末を上着の内ポケットへと押し込む。モニター画面の中では、三機のエイリアン・ドローンを翻弄(ほんろう)する様に、三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)が縦横無尽に走っている。

「この儘(まま)、逃げ切れるかな?」

「そう願います。」

 吾妻一佐の呟(つぶや)きに、モニターを見詰め乍(なが)ら、表情を変える事なく大久保一尉は答えるのだった。

 その後方から、モニターで外の様子を見ていた緒美の耳には、ヘッド・セットを通じて茜の声が聞こえて来る。

「あの、部長。わたしも、防衛軍に協力した方が?」

 緒美は振り向いて、声を上げず、茜に首を振って見せる。

「でも…。」

 茜が続いて何か言いそうになるのを、緒美は右手を前へ挙げて押し止め、そして声を上げた。

「みんな、ちょっと LMF の前に集合して。あ、観測機、佳奈さんの方はカメラの向きその儘(まま)、固定で。瑠菜さんの方は六機を追跡モードで。」

 そう言い残して、緒美は茜が立っている格納庫の中央付近、LMF の前へと歩き出す。ブリジットは LMF のコックピットから降り、茜の傍(かたわ)らに立っていた。
 瑠菜と佳奈は、緒美の指示通りに観測機を設定すると緒美の後を追った。他のメンバーも、緒美の元へと集まって行く。すると、緒美が振り向いて、声を上げるのだった。

「立花先生。」

 声を掛けられて、立花先生が振り向くと、十メートル程離れた場所で緒美が右手を挙げているのが見えた。嫌な予感がした立花先生は、席を立つと周囲に居た天野重工のメンバー達に声を掛けるのだった。

「畑中君、あなた達も来て。それから、部長も、お願いします。」

 立花先生に声を掛けられた飯田部長は、訝(いぶか)し気(げ)に聞き返すのだった。

「どうしたんだい?」

 立花先生は、小声で答えた。

「あの子達、又何か、仕出(しで)かす気かも知れません。止めないと。」

 そう言い終わるが早いか、立花先生は緒美達の元へと急いだ。飯田部長と畑中達も、その後を追うが、その足取りには立花先生程の緊迫感は無い。
 他の面面よりも一足先に緒美達一同の元へ到着すると、開口一番、立花先生は言った。

「あなた達、又、無茶な事、考えてるんじゃないでしょうね?」

 声は抑えていたものの、立花先生のその剣幕を見た緒美は、宥(なだ)める様に答えるのだった。

「まだ、何も言って無いじゃないですか。」

「言われる迄(まで)もなく、分かるわよ。駄目よ、絶対に。」

「おいおい、立花君。一応、話くらい聞いてあげても、いいだろう?」

 苦笑いしつつ、背後から飯田部長が声を掛けて来るが、立花先生は直ぐに切り返すのだった。

「聞かなくったって分かります。天野さんが、防衛軍の応援をしたい、とか、言ってるんでしょ?」

 それを聞いたブリジットが、半(なか)ば呆(あき)れる様に、しかし声を低めて言う。

「流石、立花先生。」

 続いて、緒美が諭(さと)す様に茜に言うのだった。

「今回は、防衛軍の人達も居るのよ、前回とは状況が違うの。だから、無茶な事は考えないで、天野さん。」

 緒美が全員を集めたのは、茜を説得する為だったのだ。しかし、茜は反論する。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第11話.07)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-07 ****


「天野さん…」

 茜の装着するヘッド・ギアから、緒美の声が聞こえる。

「此方(こちら)は、一輌撃破判定が出せればいいのよ。」

「それは、解ってますけど。命中判定なのかは、わたしの方では分からないので。何発目が、命中の判定でした?」

「何発目って言うか、全弾命中の判定よ。三機瞬殺、お見事だわ。」

「お見事なのは HDG の AI の、火器管制処理ですね。Ruby みたいに会話が出来たら、全力で褒めてあげるのに。」

「あはは、そうね。さぁ、第三回戦の準備、スタートライン迄(まで)、戻って。」

「はい。」

 茜は、身体の向きを西へと変えると、目印の白旗へとジャンプした。


 その頃、天神ヶ﨑高校の指揮所、その後方では畑中達、天野重工の面面が、モニターに映される模擬戦の状況を、飯田部長達の背後から眺(なが)めていた。
 指揮所エリアの最前列、一列目のテーブル前には指揮の為、緒美が立っており、その隣にはデバッグ用のコンソールに樹里が、その補佐としてクラウディアがモバイル PC を開いて、樹里の直ぐ後ろの席に着いてる。
 次列のテーブルには飯田部長を挟んで右手側に桜井一佐が、左手側には立花先生が席に着き、その左側では瑠菜と佳奈が観測機の操作を担当している。そして直美が、二人の後ろからコントローラーのディスプレイを、モニターしていた。
 特に仕事の無い恵は最後列のテーブルに着いて、天野重工から来ているメンバー四名と、飯田部長の秘書として参加していた蒲田の相手をしていたのである。

「今回も、我々の出番は無さそうですなぁ、畑中さん。」

 にこやかに、そう小声で畑中に話し掛けたのが大塚である。最後列で様子を見ているメンバーの中では、秘書課の蒲田と同年代の四十代だったが、会社的には一番の後輩である。大塚は天野重工の協力工場に以前は勤めていたのだが、五年ほど前にその会社が諸諸(もろもろ)の事情で廃業してしまった為、そこでは一番の若手だった彼が、畑中の上司である宮村課長の推薦も有って、天野重工に中途採用になったと言うのが、大まかな経緯である。そんな訳(わけ)で、入社四年目の大塚よりも、二十六歳だが入社八年目の畑中の方が、この現場ではリーダー格なのである。

「まぁ、それだけ、製品の完成度が高いって事ですから。」

「ええ。」

 畑中の返答に、大塚は又、にこやかに頷(うなず)いた。すると、大塚の右隣に座っている蒲田が言う。

「しかし、まぁ、防衛軍側の戦車じゃ、余り相手になっていない様な…。」

 その声に、飯田部長が振り向いて答える。

「まぁ、防衛軍の名誉の為に言っておくと、彼方(あちら)はエイリアン・ドローンの機動を、敢えて模擬しているからね。普通の戦車の運用方法、戦車砲戦だったら、又違う展開になると思うよ。」

「あら、擁護して頂いて感謝します。」

 飯田部長の隣席で、苦笑いしつつ桜井一佐が言うのだった。

「いやいや。所で、陸上防衛軍(あちら)側、何か有りましたかな?」

 飯田部長は防衛軍側の指揮所に若い士官が駆け付け、何か話している様子を横目にし乍(なが)ら、桜井一佐に尋(たず)ねる。事情を知らない桜井一佐は、「さぁ。どうしたんでしょう?」と答える他は無かった。
 その一方で、畑中達の後列席では、新田が左隣の倉森に声を掛けていた。

「でも、長時間、運転して来て、唯(ただ)、見てるだけってのも、何だかな~って思いますよね、みなみさん。」

「だけど、自分達が作ってた物が、こうやって動いている所を見られるのは、結構貴重でしょ?朋美さん。」

 因(ちな)みに、新田は倉森よりも二歳年上だが、一般大学卒業の新田よりも天神ヶ﨑高校卒業の倉森の方が、入社は二年先輩だった。互いに名前で呼び合っているのは、女性同士だからである。
 そして、畑中が振り向いて、新田に話し掛けるのだった。

「試作部はこうやって、試験とかで動作を確認する機会が有るけど、製造部とかになると、殆(ほとん)どそんな機会は無いからね。まぁ、製造部でもプラント系は、又、話が違うんだけど。」

 その話に、大塚も乗って来る。

「プラント系は責任者になると、何ヶ月も現地へ行った切りになるし、動作確認や性能試験が終わる迄(まで)、帰らせて貰えないそうですからね。」

「旅行が好きだとか、ホテル暮らしが苦にならないとかじゃないと、キツイですよね~それに、そうなると御家族も大変そう。」

 苦笑いしつつ、新田はそう言葉を返すのだった。そして、倉森は隣の席の恵に訊(き)く。

「恵ちゃんは、希望してる配属先とか有るの?」

「いえ。わたしは、今の所は特に。」

「折角、飯田部長とか偉い人達とコネが出来たんだから、今の内に希望を言っておく位(ぐらい)はしておいた方がいいわよ。」

「あはは、考えておきます。」

 そこに、秘書課の蒲田が割って入るのだった。

「おいおい、学生さんに、余り変な事を吹き込まないで呉れよ。」

「でも、蒲田さん。兵器開発部の面面に就いては、各部署の部課長が人事の予約に動いてるって噂、聞いてますよ。」

 畑中にそう言われて、蒲田は苦笑いで言った。

「誰かなあ、そんな無責任な事を言うのは~ねぇ、部長。」

「さあな~誰だろうねぇ。人事に関しては、わたしは管轄外だからね。わたしからは、ノーコメントだ。」

 そこで、新田が言うのだった。

「その噂話は兎も角、三年先の話ですけど、あの天野さんが入社して来たら、配属先を決める人事部は大変でしょうね。」

「会長のお孫さん、だから?」

 倉森の問い掛けに「ええ」と新田が答えると、飯田部長は前を向いた儘(まま)、笑って言った。

「それはそうだろうねぇ、わたしは人事担当じゃなくて良かったと思ってるよ。」

 それから間も無く、茜が防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)を撃破し、緒美がヘッド・セットのマイクに語り掛ける声が聞こえて来る。

「はい、命中判定よ天野さん、第三回戦終了。第四回戦の準備…どうしたの?えっ…空?」

 その後、茜から帰って来た通信の内容に、一同は騒然となるのである。


 一方、第二回戦終了直後の、陸上防衛軍側指揮所である。

「天野…さん、と言いましたか。あの女の子は、コンバット・シューティングの達人か何かですか?」

 大久保一尉は、隣に座る吾妻一佐に、半(なか)ば呆(あき)れた様に問い掛けた。

「いや、そう言う訳(わけ)ではないだろうが…照準については、あの装備が自動で補正する仕掛けらしい。」

「そう言えば、資料で頂いた動画でも、ミス・ショットはしてませんでしたね。」

「まぁ、先日のその試験では、標的は固定だったし、移動標的の場合は射撃側が足を止めていたからね。」

「はい。ですが、これ程とは思っていませんでした、想像以上に手強(てごわ)いですね。」

 大久保一尉は無線機のマイクを握り、通話スイッチを押す。

「指揮所より各車へ。スタートライン迄(まで)戻ったら、次は三角陣で仕掛けろ。」

 その指示に、各車の車長から「了解」の声が帰って来るのだった。
 そこへ、一人の制服姿の若い下士官が、管理棟の方から格納庫へと駆け込んで来て、吾妻一佐の前で立ち止まり敬礼をする。吾妻一佐が敬礼を返し、「どうした?」と尋(たず)ねると、その下士官は周囲を気にする様に身を屈(かが)め、吾妻一佐に顔を近づけ、声を低めて言うのだった。

「中国地区司令部より、エイリアン・ドローンの一隊が九州北部を迂回して、山陰沿岸上空を飛行中との連絡です。この周辺に避難指示が発令される可能性も有るので、注意されたし、と。」

「何(なん)だと?又、西からなのか?迎撃は?」

「現在、西から東方向へ飛行中との連絡でしたが、迎撃の態勢に就いては、自分には判り兼ねます。」

「そうだな。」

 そこで、隣の大久保一尉が声を掛ける。

「模擬戦、ここで中断しますか?」

「いや、我々は戦力としては当てにはならんから、迎撃の応援が出来る訳(わけ)でもないしな。ここは市街地からも離れているから、奴らがここへ来る事もないだろう。避難指示が出る迄(まで)は、この儘(まま)、静観しても問題無かろう。」

 吾妻一佐は正面に立つ下士官の方へ視線を戻し、伝える。

「又、司令部からの続報が有ったら、知らせて呉れ。もしも避難指示が発令されたら、直ぐに駐屯地の方へ移動を開始する。管理棟に居る者は、その積もりで準備を頼む。」

「了解致しました。」

 連絡に来た若い下士官は、敬礼の手を降ろすと駆け足で管理棟へと戻って行く。
 その様子を眺(なが)めつつ、大久保一尉は吾妻一佐に訊(き)くのだった。

「お客人達には、伝えておきますか?」

 吾妻一佐は少しだけ苦い顔をして、答えた。

「いや、いいだろう。伝えた所で、不安にさせるだけだしな。」

「避難指示が出れば、嫌でも知られる事になりますが。」

「その時は、その時だ。まぁ、多分、奴らはこんな山奥には用は無いだろう?」

「そう願いたい…あぁっ!」

 大久保一尉が突然、声を上げたのは、又、浮上戦車(ホバー・タンク)が茜の HDG に因って撃破されたからだった。
 手元の中継装置が、命中判定のアラームを「ピー」と鳴らしている。大久保一尉がアラームの連続音をオフにして、フィールドの方へと目をやると、三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)が全て停車していた。その中央付近に立っている茜は、何故か西側の空を見上げていたのだった。そして、茜は左手で空の方を指差し、何か言っている様子だったが、その声は聞こえない。
 茜の声が通信で聞こえている天神ヶ﨑高校側の指揮所では、何やらざわめきが起きているのが見て取れた。
 上空からは、「シュルシュル」と空気を切り裂く様な音が、接近して来ている様に感じられる。そして、一番車の車長、藤田三尉からの通信が入るのだった。

「一番車藤田より指揮所、隊長!西の空に…。」

 大久保一尉は、通信を最後まで聞かずに席を立つと、格納庫の外へと飛び出して行った。吾妻一佐も、その後を追った。
 丁度(ちょうど)その時、そこに居た数人の携帯端末から、自治体からの『避難指示発令』を知らせる緊急メッセージの着信音が、一斉に鳴り始める。
 それぞれが自分の持つ携帯端末を確認している中、大久保一尉が格納庫の外に出て西の空を見上げると、百メートルから百五十メートル程上空を、三機の三角形の機影が東向きに飛行しているのが見えたのだった。間違い無く、エイリアン・ドローン『トライアングル』である。
 直ぐに、指揮所へと駆け戻った大久保一尉は、通信機のマイクを手に取り、指示を出す。

「全車、第二格納庫まで後退!急げ。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.06)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-06 ****


 そして浮上戦車(ホバー・タンク)三番車の車内では、車長である元木一曹が、五百メートル先に立てられた白い旗の下で対面し、横一線に並ぶ浮上戦車(ホバー・タンク)に向かって一礼する茜の HDG を装着した姿を、正面のメインパネルで見乍(なが)ら、インカムに感想を漏らすのだった。

「おぉ、可愛い事するじゃないの。礼儀正しいねぇ。」

「こっちも姿勢制御で、お辞儀、返しましょうか?元木一曹。」

「あはは、まぁ、やめとこう。こっちが浮かれてるみたいで、隊長が怒りそうだ。」

「そうですね。しかし、あっち側の通信が聴けないのは残念ですよね。」

「何(なん)でよ?」

「だって、可愛い悲鳴とか、聴けたかも知れないじゃないですか。」

「日下部~。」

「何(なん)ですか?」

「…お前、趣味悪いよ。」

「スミマセン…。」

 そこに、大久保一尉の指示が三輌の各車長へと、聞こえて来る。

「指揮所より全車へ。では、第一回戦開始。先(ま)ずは、小手調べだ。一番、二番、三番の順で単縦陣、突撃。行け。」

 元木一曹のヘッド・セットには、続いて藤田三尉の返事が聞こえる。

「了解。一番車、単縦陣先頭、行きます。」

 続いて、二番車の車長である二宮一曹の声が聞こえる。

「二番車、一番車の後ろに着きます。」

 そして、元木一曹が通信に応える。

「三番車、二番車の後方に着きます。」

 その元木一曹の通信への返事を聞いて、運転席から日下部三曹が、インカムで確認して来るのだった。

「単縦陣、ですか?」

「そうだ、出せ。」

「了解。二番車の後ろに着きます。」

 三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)は、縦一列に並んで、HDG へと向かって加速して行く。
 そして、先頭車輌の藤田三尉からの指示が飛ぶ。

「一番車より各車、目標に動き無し。目標が手持ちのランチャーを構えたら、一番は右、二番は左へ展開して注意を引くから、三番車が仕留めなさい。」

 それを聞いた、三番車車長の元木一曹は「了解。」と返事をした後、運転席の日下部三曹にインカムで伝える。

「日下部、初(しょ)っ端(ぱな)に一番美味しい役が回ってきたぞ。前、二輌が左右に展開したら、突撃だ。」

「いやっほう~。」

 日下部三曹は、低い声で呟(つぶや)く様に、そう応えるのだった。


 一方、戦車隊の正面に立つ茜には、緒美からの通信が聞こえていた。

「仮想敵戦車隊、真っ直ぐ、一列になって突っ込んで行ってるわ。」

 茜はフェイス・シールドを降ろし、CPBL(荷電粒子ビーム・ランチャー)のフォア・グリップを起こし、銃身を下げた儘(まま)で、両側のマニピュレータで保持する。
 そして、少し戯(おど)けた口調で緒美に言った。

「見えてます。ジェット・ストリーム、って?」

「あはは、知ってる、それ。でも、踏み台にしちゃ、駄目よ。」

「解ってます。五メートル圏内に入られたら、負けですもんね。何か、指示は有りますか?部長。」

「任せるわ。天野さんのセンスで動いて。」

「では。行きます。」

 茜は CPBL銃口を下げた儘(まま)、地面を蹴って、二歩、三歩と前方へ向かって跳び出す。
 対向している浮上戦車(ホバー・タンク)一番車では、砲塔内のメインパネルで、その様子を見て藤田三尉が呟(つぶや)く。

「正面、突っ込んで来るわね。」

 その言葉を受け、一番車の運転席では、松下二曹が声を上げる。

「何よ馬鹿にして。チキン・レースでも仕掛けてる積もりでしょうか? この儘(まま)、跳ね飛ばしてやりましょうか、藤田三尉。」

「冗談は、よしなさい。」

 そして、藤田三尉が通信で指示を伝えるのだった。

「目標、接近。意外に相対速度が速い。一番車、右へ転進。」

 一番車が右へと進路を変えると、それに合わせて二番車が左へと進路を変更する。茜が六歩目の地面を蹴った、その瞬間、左右に分かれた浮上戦車(ホバー・タンク)が残した土煙の中から三番車が飛び出して来るのだった。
 しかし、三番車の砲塔内では、車長である元木一曹が視界の開けたメインパネルの中に、茜の HDG の姿を見付けられず、声を上げた。

「目標、ロスト!どこ行った?」

 元木一曹は砲塔上の視察装置(ペリスコープ)を左右に旋回させ、HDG の姿を探そうとするが、間も無く、車内に模擬被弾を知らせる「ピー」と言う、アラームの連続音が聞こえて来たのだった。

「おい、嘘だろぉ…。日下部、止めろ。」

 三番車がその場に停車し、視察装置(ペリスコープ)に因って確認出来る視界が、その背後に迄(まで)回った時、漸(ようや)く、元木一曹は HDG の姿を確認したのだ。そこに、大久保一尉からの通信が入る。

「指揮所より三番車。元木、日下部、お前等(ら)は撃破されたぞ。」

「隊長、何がどうなったんですか?」

「目標は上へジャンプしたんだよ。お前等(ら)の上を飛び越して、上から射撃された。目標は縦にも動けるぞ、注意して第二回戦だ、スタートライン迄(まで)、戻れ。」

「了解。日下部、スタートラインまで後退だ、出して呉れ。」

 運転席の日下部三曹には、大久保一尉からの通信は聞こえていない。なので、指示に従って三番車を動かしつつ、元木一曹にインカムで問い掛けるのだった。

「隊長、何ですって?」

「目標がジャンプして、俺等(ら)の上から射撃したんだと。」

「えぇ~そんなの有りなんですか?」

「有り、なんだろ。縦の動きに注意しろ、だってさ。」

「そりゃ、厄介ですね。」

「だな。」

 三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)が、赤い旗の後方へ向かって走行して行くのとは逆方向に、茜の HDG は一歩が五メートル程の跳躍を繰り返し、白い旗の方へと向かっていた。
 その様子を一番車の車内から、HMD を通して見ていた松下二曹が苦苦しく言うのだった。

「さっき、最初はトボトボと駆け足だったのに。」

「引っ掛けだった訳(わけ)ね。」

 そう、インカムで藤田三尉が応えると、大久保一尉からの通信が各車の車長に聞こえて来た。

「指揮所より各車。次は円陣からの波状攻撃だ、目標の縦の機動に注意しろ。行け。」

「了解。一番車、回頭して目標の右、側方へ。囲むわよ。」

 大久保一尉の指示に、藤田三尉は透(す)かさず反応した。それに、松下二曹が応え、浮上戦車(ホバー・タンク)一番車が信地旋回で車体の向きを変えると、その儘(まま)発進する。

「円陣、反時計回りですね。」

「そ。目標も前に出て来た、進路その儘(まま)。」

 一番車に続いて、二番車、三番車が、茜の HDG とは百メートル程の距離を取って、左手側を通過しては後方へと回り込み、茜を中心にして、上から見て反時計回りに HDG を取り囲んで周回し始める。

「囲まれちゃいましたね…。」

 インカムに聞こえて来た茜の声に、指揮所から緒美が応える。

「さっきの縦一列で突撃して来るのよりも一般的な、エイリアン・ドローンの地上での襲撃機動よ。背後から斬り掛かって来るから注意してね。兎に角、円の中心に何時(いつ)までも留まってると危険だわ。」

「試してみましょうか。」

 茜は、そう声を返すと、CPBL を構えて、目の前を横切る一輌に照準を合わせる。すると直ぐに、敵機接近注意の警報音が「ピー、ピー」と繰り返し鳴るのだった。それは、HDG に搭載されたセンサーではなく、LMF に搭載されている Ruby からの情報に因る物である。戦闘域外部から状況を監察している Ruby の、敵味方の位置関係を解析処理した情報が、データ・リンクを通じて、HDG にも共有されているのだ。
 脅威警戒情報は、HDG 背後からの敵機接近を、茜に知らせていた。
 茜は、身体ごと振り向き、斜め左前方から接近して来る浮上戦車(ホバー・タンク)を確認し、右方向へ横跳びする様に地面を蹴った。
 五メートル程の跳躍から着地すると、又、敵機接近注意の警報音が鳴り始める。先程躱(かわ)した一輌とは別の一輌が、再び、斜め後ろから接近して来ていた。

「成る程。」

 茜は、再び地面を蹴って、一ステップで回避するのだが、その後は同じ事の繰り返しになるのである。

「逃げてるだけじゃ、埒(らち)が明かない訳(わけ)ね。」

 再び接近注意の警報音が鳴り始めると、茜は斜面を登る方向へと身体の向きを変え、続けて三歩、跳躍を行う。その間に、右手側を百メートル程の距離を取って斜面を登る様に進行している一輌に CPBL銃口を向ける。
 その車輌は斜面を登りつつ、距離を保った儘(まま)で茜の前方へと回り込み、囲い込みから逃さない様にと、進路を取るのだった。そこで、三歩目の着地をした茜は、身体の向きを翻(ひるがえ)し、今度は右前方へ跳躍しつつ、左前方から斜面を登り乍(なが)ら茜に迫って来ていた一輌に狙いを定め、CPBL の引き金を引いた。茜には、その射撃の判定が命中なのかどうか、直ぐには分からない。
 狙った浮上戦車(ホバー・タンク)の進路、進行方向に対して左側方へ十メートル程離れた位置に着地した茜は、右手下側から斜面を登って来る、別のもう一輌に直様(すぐさま)照準を着け直し、CPBL の引き金を引いたのだった。その一輌が射撃を回避する為に向かって左方向へ急旋回すると、茜が最初に CPBL銃口を向けた浮上戦車(ホバー・タンク)が、前方を横切る様に視界に入って来た。
 咄嗟(とっさ)に、茜は照準をその一輌に合わせ、CPBL の引き金を絞ったのだ。
 第一射から、三射目迄(まで)に要した時間は、凡(およ)そ十秒である。模擬射撃を受けた三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)は、間も無く、全車が停車したのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第11話.05)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-05 ****


「他に、質問は有るか?」

 大久保一尉は、隊員達からの質問が無い事を確認して、号令を掛ける。

「よし、では全員乗車。エンジンを始動し、通信チャンネル1で指示を待て。

 隊員一同は指示を受け、一斉に各自の乗機へと駆け上り、ハッチを開いて中へと入るのだった。
 大久保一尉は吾妻一佐の方へ向き直ると、声を掛けた。

「では、吾妻一佐。我々は指揮所へ。」

「ああ、行こうか。」

 二人は格納庫の入り口付近に設営された、指揮所とされるテーブルへ向かって歩き出す。その途上、吾妻一佐が大久保一尉に尋(たず)ねるのだった。

「今日、来ている人員は、若手ばかりの様子だが…。」

「能力に、不足はありません。」

「今日の対戦相手に就いて、情報を与えていないのかね?」

「必要ありませんので。相手が学生や素人(しろうと)と聞いて、なめて掛かる様では評価支援の任務は果たせません。ですので、全ての先入観を捨てろと、指示しました。」

「成る程。一尉は、彼女達が先日の襲撃事件の際、アレを実戦に持ち出した件、聞いているな?」

「一応。ですが、詳しい状況は非公開(クローズド)なので、その件に関しては評価出来ません。資料として頂いた、火力運用試験の映像を見た限りでは、なかなかに手強(てごわ)そうです。まぁ、うちの連中も、今日はいい経験が出来るのではないかと、期待しております。」

「そうか。楽しみだな。」

「はい。」

 吾妻一佐と大久保一尉は、互いにニヤリと笑うのだった。


 一方、天神ヶ崎高校側の指揮所とされるテーブルである。此方(こちら)では、何時(いつ)ものデバッグ用コンソールが立ち上がり、HDG と LMF、Ruby とのデータ・リンクが確立して、模擬戦の準備が整った所である。

「鬼塚~彼方(あちら)も、エンジンが掛かったみたいよ。」

 格納庫入り口の外側、茜の隣で陸上防衛軍の動向を眺(なが)めていた直美が、振り向いて緒美に声を掛けた。

「オーケー。新島ちゃんは、こっちで観測機のモニターをお願い。」

「はいよ~。」

 直美が数メートル前方の格納庫入り口前から、指揮所のテーブルへと戻って来るのを見乍(なが)ら、緒美はヘッド・セットのマイクを口元に引き上げ、声のトーンを少し下げて言うのだった。

「天野さん、最初の内は暫(しばら)く、スラスター・ユニットの使用は、ジャンプの補助程度に抑えてみましょうか。彼方(あちら)側は、飛行は出来ない訳(わけ)だし。」

 緒美達の通信は、チャンネル2に割り当てられた周波数を使用している為、防衛軍側には聞こえていない。同様に、防衛軍側の指揮通信も、天神ヶ崎高校側には聞こえないのである。

「そうですね。常時、空中に逃げちゃったら、勝負になりませんからね。解りました。」

 緒美のヘッド・セットに、茜の返事か聞こえる。緒美は答えた。

「取り敢えず、そう言う事でやってみましょう。」

 そこに、右手側へ二十メートル程離れた、防衛軍側の指揮所から大久保一尉の声が聞こえて来る。

「其方(そちら)の準備は、宜しいでしょうかー。」

「はーい。」

 緒美が、不慣れ乍(なが)らも出来るだけ大きな声で返事をし、右手を上げて見せる。
 すると緒美の背後から、飯田部長が大きな声でアシストするのである。

「何時(いつ)でもどうぞー。」

 緒美はヘッド・セットのマイクに向かって、少し離れて前方の、格納庫の外に立っている茜に、指示を伝える。

「じゃ、天野さん、模擬戦開始位置へ。気を付けて、無理はしないでね。」

「はい、行ってきます。」

 茜は、そう返事をするとフィールドの中央へ向かって、駆け足で進み出した。
 フィールドの中央付近には、二本の旗が立てられている。格納庫の前から遠い方、東側の赤い旗が防衛軍側のスタートライン、西側の白い旗が天神ヶ崎高校側のスタートラインで、それぞれの旗の間隔が五百メートルとなっている。双方が旗の後方に位置して正対した所から、模擬戦が開始されるのだ。

「あれ?ちょっと、緒美ちゃん…。」

 茜がスラスターを使わずに、駆け足で旗へと向かっているのに違和感を覚えた立花先生が、背後から歩み寄って、緒美に問い掛けて来た。立花先生は、先程の茜と緒美の遣り取りを聞いていないのである。

「…天野さん、スラスターを使ってないけど?」

「あぁ~まぁ、ハンデ、みたいな?」

 そう言うと、緒美はくすりと笑うのだった。そして、続けて言う。

「まぁ、見ててください。」

「トラブル…とかじゃないのね?」

「勿論。」

「分かった。」

 立花先生は、再び緒美の後列へ、飯田部長達が控える席に戻った。
 飯田部長や桜井一佐達が居る席の前にはモニターが二台、設置されており、そこには球形観測機からの画像が映し出されている。観測機から送られて来る映像は、当初はコントローラーのディスプレイでしか見られない仕様だったのだが、HDG や LMF のデータ・リンクでも撮影した画像を利用出来るよう、観測機のソフトウェアが改造されていた。ここで使用しているモニターには、そのデータ・リンクを利用するデバッグ用コンソールを介して、映像が表示されているのである。
 因(ちな)みに、観測機のソフトウェアの改造作業を担当したのが、クラウディアである。昨日の昼間、彼女が新しいモバイル PC で作業していたのが、このプログラム改造だったのだ。とは言え、プログラムの改造が前日で、翌日のぶっつけ本番となってしまった都合から、改造したプログラムがインストールされたのは、四機中の二機に留められたのである。従来のプログラムの儘(まま)の残り二機は、改造プログラムに不具合が有った場合の予備用として、待機状態とされていた。
 当然の事だが、同じデータ・リンクを使用する LMF のコックピットでも、観測機からの画像を見る事が出来る。その画像を見つつブリジットは、格納庫の前方東側に駐機している LMF のコックピットの中で待機していた。
 そして、その LMF の前を、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)三輌が、次々とフィールド内の赤い旗へ向かって、砂煙を巻き上げて疾走して行くのだった。
 そんな様子を格納庫の中、緒美の背中越しに眺(なが)めていた恵が、振り向いて、立花先生に尋(たず)ねる。

「あの浮上戦車(ホバー・タンク)、天野重工で作ってるヤツですよね?」

「そうね、改造してある、みたいだけど。」

 すると、立花先生の右隣の席から、飯田部長が解説を加える。

「砲塔からプラズマ砲を撤去してある分、軽くなってるから、機動性は可成り上がってると思うよ。」

「それは、エイリアン・ドローンの動作を模擬する為、でしょうか?」

 立花先生が問い掛けると、飯田部長は微笑んで答えた。

「だろうね。しかし、重量バランスが設計の状態から可成り変わってる筈(はず)だけど、ソフトの補正はやってあるのかな?陸上防衛軍(あちら)の技術部で、手当はして有るんだろうけど。」

 そこで、恵は飯田部長に問い掛ける。

「あの、車体の横側、何か取り付けてあるのは…。」

「あぁ、硬質ゴム製のブレード、エイリアン・ドローンの『鎌』を模擬した物だね。戦車同士の訓練の時は、アレが相手方にぶつかる迄(まで)、接近させるそうだ。」

「はぁ…成る程。そう言う事ですか。」

 恵は、少し呆(あき)れた様に、納得するのだった。
 そんな会話をしている内に、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)は、赤い旗の位置まで到達し、方向を西向きに向けて待機状態となる。
 そこで、飯田部長の右隣に座る、桜井一佐が飯田部長に声を掛ける。

「飯田さん?最初から、三対一ですか?」

「ああ、はい。実際、エイリアン・ドローンは基本、三機一組で行動するパターンが多いですから。一対一で勝てても、余り意味は無いので。」

「成る程、自信がお有りの様ね。」

 微笑んで、そう尋(たず)ねる桜井一佐に対し、飯田部長もニヤリと笑い返す。

「まぁ、ご覧になっててください。」


 HDG と対峙するべく待機する、浮上戦車(ホバー・タンク)一番車の車内では、運転席の松下二曹が、前方を駆け足で模擬戦開始位置へと向かう茜の HDG の様子を見乍(なが)ら、車内後方の砲塔下の車長、藤田三尉にインカムで伝えるのだった。

「あんな、トロトロとしか移動できないようで、わたし達と勝負になるんでしょうか?」

「隊長が、先入観は捨てろって言ってたでしょ。こっちは全力で、お相手するだけよ。」

「了解。全力でぶちのめしてやりましょう。」

「あはは、今日は随分と、言う事が過激じゃない、智里(トモリ)ちゃん。」

 藤田三尉は、車内のインカムでは松下二曹を名字ではなく、名前で呼ぶのだった。

「そうですか?何時(いつ)も通りですよ。」

 平静を装って、そう答えた松下二曹だったが、実際は茜達、天神ヶ崎高校の面面への対抗意識で胸が一杯だったのだ。実は、松下二曹は曾(かつ)て、高校受験当時に天神ヶ崎高校を受験しており、結果、不合格だったと言う過去を持っていたのである。
 その頃は技術者志望だった松下二曹は、天神ヶ﨑高校の特別課程を受験し、筆記試験の自己採点では充分に解答できた感触も得ていたし、面接でも大きなミスをした覚えは無かったのだが、それでも結果は彼女の意には沿わない物だったのである。当然、不合格の理由は本人には通知されないのだが、その一件は彼女の経歴(キャリア)の中で、唯一と言っていい汚点であり、苦い経験なのだった。
 その後は、一般高校から工学系の大学と進学する間に紆余曲折が有って、高校受験当時志望した技術者としてではなく防衛軍へと進み、何らかの縁も有ったのか、適性が有ると判断されて戦車部隊に所属している訳(わけ)なのである。勿論、そんな経緯は現在所属する隊の人達は、誰一人として知らないし、打ち明ける気も無い。
 徒(ただ)、曾(かつ)ての自分を否定した天神ヶ崎高校に、一泡吹かせてやる事が出来れば、嫌な思い出を乗り越える事が出来る、そんな気持ちが有った事には間違いないのである。

 そんな一方で、浮上戦車(ホバー・タンク)二番車の車内では、車長の二宮一曹が、運転席の江藤三曹に注意を促(うなが)していた。

「江藤、間違ってもぶつけるなよ。ゴム製のブレードでも、こいつのスピードで引っ掛けたら、相手は大怪我だからな。」

「分かってます。」

 江藤三曹は、HMD(ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ)を顔面へと降ろし、ディスプレイ表示の輝度を微調整する。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第11話.04)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-04 ****


 演習場は山腹の北側斜面を造成して整備されているのであるが、その大部分は緩(ゆる)やかな斜面である。その敷地の北端部は、ほぼ水平に整地されていて、そこに管理棟と、その西側に八十メートル程の間隔を空けて、間口が三十メートル程の、蒲鉾(かまぼこ)形の屋根を持った格納庫が四棟、並べて建てられている。
 この格納庫の中には、常に何かが収められている訳(わけ)ではなく、演習が行われる度(たび)に、必要に応じて演習で使用される資材が運び込まれたり、雨天時の機材整備や資材保管を行う際に使用されるのだった。
 その一番東側の第一格納庫の東側前方に、天野重工のトランスポーター等の車輌が駐車されており、陸上防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)が三輌、第二格納庫の前に並べられている。
 第一格納庫の南側大扉は開放され、入り口付近の東側端に天野重工の指揮所が、間隔を空けて西側端には陸上防衛軍の指揮所が設置されていた。その為、前回の火力運用試験の時の様な天幕が、今回は張られていないのである。
 取り敢えず、茜とブリジットはトイレに行った後、学校のマイクロバスへと乗り込み、車内の前後左右のカーテンを閉めて、インナー・スーツへと着替えていた。
 緒美と樹里は、トランスポーター荷台上、LMF 後方下部のメンテナンス・ハッチへと向かい、Ruby の再起動作業である。前回は電源車を持ち込んで LMF の起動時電源を確保していたのだが、今回はトランスポーターの電源系統を改造して、そこから LMF への起動電源が賄(まかな)える用意がされていた。
 直美を含む残りの五名は大塚や倉森、新田と言った天野重工試作部のメンバーと共に、小型コンテナ車からデバッグ用コンソールや球形観測機等、試験を観測する為の機材を順番に降ろし、機材のセットアップ準備を進めていった。
 そんな様子を、支度のほぼ終わった陸上防衛軍、戦技研究隊の面面は遠目に眺(なが)めていたのである。

 一番車の前に藤田三尉が立ち、天野重工側の様子を見ていると、二番車車長の二宮一曹が近寄り、話し掛けて来る。

「藤田三尉は、今日の対戦相手が、あのお嬢さん達だって、御存知だったんですか?」

「いいえ、その事に関しては聞かされてはいなかったわね。わたしもビックリよ。」

 そこに、三番車車長の元木一曹が加わる。

「自分は、今日の相手は開発中の新兵器だって、聞いていたんですが。」

「それは、全員がそうでしょ。」

「でも、それがどんな兵器なのかは、隊長の他は誰も聞いてないんですよね。」

 二宮一曹が呆(あき)れ気味に、そう翻(こぼ)すと、操縦員の三名も集まって来るのだった。その操縦員の中では一番年上の女性隊員、松下が揶揄(やゆ)する様に言った。

「新兵器って言ったって、あんな子供が相手では。ですよね、藤田三尉。」

 そう話を振られた藤田三尉は、微笑んで言うのだった。

「そうでも無いかもよ。何たって、天野重工が自社の技術者養成の為に運営してる、天神ヶ崎の生徒さんらしいから。」

「有名な学校なんですか?その、天神ヶ﨑って。」

 聞き返したのは、二宮一曹である。それに藤田三尉が、答える。

「ええ。天神ヶ崎ってのは高校なんだけど、下手すると、東大よりも難関だって言う人もいるそうだから。」

「へえ、よく御存知ですね、藤田三尉。」

 感心気(げ)に、そう言ったのは元木一曹だった。

「まぁね。実は、うちの子が再来年、天神ヶ崎を受験するって、頑張ってるんだけど。先生の話だと、なかなか、難しいらしくって。」

雄大君、優秀なのに?」

「今の成績じゃあ、五分五分だって言われてるのよねぇ。」

 藤田三尉と元木一曹が、そんな会話をしている所で、二宮一曹が声を上げるのだった。

「あぁ、思い出した。天神ヶ崎って、社員待遇で学校通って、給料まで貰えるって、聞いた事が有る。その学校ですか?」

「その言い方には、語弊(ごへい)が有るけど。まぁ、そう言う事らしいわね。」

 と、藤田三尉が答えた時、日下部三曹が頓狂(とんきょう)な事を言い出すのだった。

「って事は、あの子達、女子高生ですか? 女子高生って、もっとこう、スカートが短かったり、髪の毛染めてたり、変な略語、喋(しゃべ)ったりするんじゃないですか?」

「まぁ、確かに、金髪に赤毛の子も居たけどねぇ。」

 日下部三曹に付き合って、冗談を言うのは元木一曹である。

「アレは、留学生か何かでしょう?元木一曹。」

 日下部三曹が的外れな突っ込みをする一方で、藤田三尉は呆(あき)れる様に言葉を返すのだった。

「何時(いつ)の時代の女子高生よ、それ。そんなのが流行ってたのは、あなたのお婆ちゃんが高校生だった頃じゃない?」

「えぇ~知りませんよ。自分、高校は男子校でしたから。」

 そこで、松下二曹が苦笑いしつつ、言うのだった。

「いや、まぁ、今でも学校に依っては、そんなタイプの女子生徒も居ますけどね。主流では、ないでしょうけど。」

「そうなの?一周回って、又、流行ったりするのかしら。わたし達の時代(ころ)は、そんなのは徹底的に馬鹿にしてたんだけど。」

 女性二人の反応とは別に、元木一曹は下世話な話題を日下部三曹に振るのだった。

「日下部は、好みの子とかいたかい?あの位(くらい)の歳のアイドルとか、好きだったろ。」

「いい学校の生徒さんなんでしょう? 頭の良過ぎる女の子は、自分、苦手ですよ~元木一曹。」

「そうかい? 俺は、あの先生とか、タイプだけどね~。」

 そんな二人の会話に、笑って、二宮一曹が突っ込むのだった。

「元木は、相変わらず年上が好きだねぇ。」

「ほっといてください、二宮一曹。」

 そんな折り、黙って天野重工側の動向を眺(なが)めていた江藤三曹が、突然声を上げた。

「あ、彼方(あちら)の浮上戦車(ホバー・タンク)、動くみたいですよ。」

 陸上防衛軍、戦技研究隊一同にも、LMF のメイン・エンジンが起動する音が、聞こえて来ていた。江藤三曹の発言を機に、一同が、其方(そちら)に視線を向ける。
 そして、二宮一曹が江藤三曹に尋(たず)ねるのだった。

「江藤、アレ、何時(いつ)の間に、ドライバーが乗車したんだ?」

「ずっと見てましたけど、誰かが乗り込んだ様子は無かったですね。あれ、前部分が操縦席の様なんですが、ハッチはずっと、閉まった儘(まま)でしたから。」

 訝(いぶか)し気(げ)に、藤田三尉が聞き返す。

「どう言う事?」

「どう、と言われましても。今は無人で動いているのか、でなければ、ずっと前から誰かが乗っていたのか。」

「ドライバーは、あの赤毛の子だったよね。ほら、あの黒いスーツの…。」

 元木一曹が、LMF が乗せられたトランスポーターの方へ歩いて来る、インナー・スーツに着替えたブリッジとを指差して言うのだった。そして、一同の視線の先では、インナー・スーツに着替えた茜が、HDG 専用のコンテナ車の解放された後部ランプを上がって行くのが見て取れた。
 その一方で、トランスポーターの荷台上で、LMF が立ち上がる様に、中間モードへと移行する。

「うわぁ、変形しましたよ。昔のアニメみたいだなぁ。」

 真っ先に声を上げたのが、江藤三曹だった。一同の視線の先では、LMF がトランスポーターの荷台上から、歩行に因って降りる光景が展開している。

「マジかよ、歩いてるぜ…アレ、腕が有るって事は、エイリアン・ドローンと殴り合いでもさせる気かな?天野重工は。」

 呆(あき)れ気味に、そう言ったのは、元木一曹である。それに、松下二曹が続いた。

「まさか。しっかし、プラズマ砲二連装って。市街戦じゃ強力過ぎて、使い物になるのかしら…。」

「あ、元に戻った。」

 江藤三曹が声に出した通り、LMF は地上に降りた後、直ぐに通常の高速機動モードに移行したのだった。そして、コックピット・ブロックのキャノピーが開く。

「あ、ほら、ハッチが開きますよ、二宮一曹。」

「あぁ…あ、矢っ張り、無人だったんだな。あれもドローンなのか?」

「そうでもないみたい、ですね。ほら、ドライバーが…。」

 キャノピーが開くと、ブリジットが器用に LMF の機体を駆け上り、バイク形式の操縦席に着くのだが、その様子を見て、元木一曹が声を上げる。

「何だ?あの姿勢で操縦するの?」

「何だか、天野重工は変な物を持ち込んで来たね~。」

 二宮一曹は苦笑いしつつ、そう感想を漏らすのだった。
 そして、茜が装着した HDG が、専用コンテナから歩いて出て来ると、江藤三曹が又、声を上げる。

「あ~、何だ?あれは…。」

「そう言えば、隊長が『パワード・スーツ』がどうとか、言ってたよなぁ、さっき。」

 二宮一曹に続いて、元木一曹が藤田三尉に問い掛ける。

「あの人形みたいのが、今日の相手なんですか?藤田三尉。」

「でしょうね。わたしも聞いてないけど。」

 そこへ、大久保一尉と吾妻一佐が歩み寄って来るのに一同は気付き、整列し姿勢を正すのだった。
 大久保一尉は、隊員の前に立ち、声を上げる。

「よし、楽にして呉れ。天野重工側も準備が出来た様子なので、本日の模擬戦に就いて詳細を伝達する。と、言っても、皆がやるべき事は何時(いつ)もと変わらん。全ての先入観を捨てて、訓練通りにエイリアン・ドローンの機動を再現し、相手方の評価作業の支援を行うのが、我々の任務だ。形式上、模擬戦ではあるが、勝ち負けに拘(こだわ)る必要は無い。 模擬戦は最初に、試作パワード・スーツと十回戦、その後、試作浮上戦車(ホバー・タンク)と十回戦を行う。先方と此方(こちら)、両者の間隔を五百メートル以上空けて正対した状態から開始し、何方(どちら)か一方が撃破判定となった時点で、一回戦が終了。速やかに両者の間隔を五百メートル以上空けて再度正対し、次回戦を開始する。使用する兵装は、先方は荷電粒子ランチャー及び、プラズマ砲であるが、どちらも、実射はせず、彼方(あちら)側に装着された発信器と、此方(こちら)側の受信機に因って命中の判定を行う、通常の運用だ。これに因り、命中判定が出れば、此方(こちら)側が撃破判定。 我々の側は、相手の五メートル圏内迄(まで)接近すれば、相手側が撃破判定となる。相手は試作機であるから、接触はしない様に気を付けろ。特に、試作パワード・スーツに就いては、絶対にぶつけるなよ。 以上、何か質問は有るか?」

 藤田三尉が手を挙げ、発言する。

「模擬戦は一対一で、ですか?」

「先方は一機、此方(こちら)は何時(いつ)も通り三機の編成、だ。」

 回答を聞いて一同の表情が曇るのを見て、大久保一尉は言葉を続けた。

「これは、性能評価の為、先方が指定して来た条件だ。天野重工側は、相当の自信が有る物と見られる。油断はするなよ。」

 一同は声を揃(そろ)え、「はい。」と答えたのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第11話.03)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-03 ****


 翌日、2072年7月22日金曜日。天神ヶ崎高校兵器開発部の一同は、三週間ほど前に火力運用試験を行った、防衛軍の演習場に到着していた。前回と同じく、学校所有のマイクロバスでの移動で、今回の運転手は前日に準備の為に来校していた、天野重工試作部の倉森である。
 兵器開発部の一同を乗せたマイクロバスは、前回よりも演習場の奥へと進み、管理棟の前を通り過ぎて、その西側に二棟並んで建てられている格納庫の前で、Uターンする様に回頭して停車した。
 一時間程、先行して学校を出発していた LMF を運搬した大型トランスポーターや、HDG 専用トランスポーター、その他の荷物を積んだ小型コンテナ車の計三台は、当然、既に到着しており、畑中達が LMF の繋留を外す作業を進めているのが、バスの中からも見て取れたのである。

「ご苦労さん。今日も暑いね~。」

 そう言って、降りて来る兵器開発部の面面を、飯田部長が出迎えると、バスから降りて来る緒美達は、飯田部長と、その横に立っている、ブルー・グレーのスーツを着た年配の女性、桜井一佐にそれぞれが一礼するのだった。緒美は桜井一佐の服装の所為(せい)で、それが前回、挨拶だけをした航空防衛軍の桜井一佐だと気が付かなかったのだが、その点、立花先生は違った様子だった。

「先日の運用試験でお目に掛かった、航空防衛軍の…。」

「桜井よ。良かった、覚えていて頂いてて。」

 立花先生が声を掛けると、桜井一佐は微笑んで答えるのだった。

「今日は、制服ではないんですね。」

「ええ、飯田さん達と合流する迄(まで)、公共交通機関でしたので。」

「あぁ、成る程。」

 そして、緒美達の方へ向き直り、桜井一佐が声を掛ける。

「部長の鬼塚さんとは、前回、お会いしたわね。」

「はい。」

 緒美は、短く返事をした。桜井一佐は、緒美の背後に並んで立つ、兵器開発部のメンバーに、声を掛ける。

「航空防衛軍の桜井です。先先(さきざき)、航空装備の評価試験が始まったら、皆さんに協力する事になっている関係で、飯田部長のご厚意も有り、今日の模擬戦の様子も見学させて頂く事になりました。宜しくね。」

 その発言を聞いて、立花先生が飯田部長に問い掛けるのだった。

「そう言う話、なんですか?」

「うん、まぁ、そんな話だな。」

「その辺りの方針は、何時(いつ)頃、決まった事なんでしょうか?」

「B型や航空装備に就いては試作機の完成が、ずるずると延びてるからね。伝達するタイミングを、計っていた所だったんだが。」

 そこで、桜井一佐が声を上げるのだった。

「先日、少々無茶な事をした事、噂は聞いてますよ。ですので、今日の模擬戦、何(ど)の様な展開になるのか、興味深く、拝見させて頂きますね。」

 それに対して、緒美が発言する。

「御期待に添えるかどうかは、分かりませんが。わたし達は出来る事を、やるだけです。」

 桜井一佐は、微笑んで、徒(ただ)、頷(うなず)いた。
 そこへ、格納庫の方向から八名の男女が歩いて来るのに、その場の一同は気が付いた。先頭を歩いているのは、陸上防衛軍の吾妻(アガツマ)一佐である。

「おぉい、飯田さん。皆さん、ご到着だね。」

 吾妻一佐が上機嫌そうに声を掛けて来るので、緒美達はその一団の方へと向き直り、揃(そろ)って一礼をする。

「今回の模擬戦の主催者、陸上防衛軍の吾妻一佐だよ。鬼塚君は、前回、お会いしたよね。」

 飯田部長が、吾妻一佐を兵器開発部の面面に紹介すると、吾妻一佐は自(みずか)らが引き連れる一団を紹介するのだった。

「こちらが、本日、諸君等の対戦相手を務めて呉れる、戦技研究隊の搭乗員だ。で、こちらが隊長の大久保一尉。」

 紹介された大久保一尉は色黒の、背の高い男性で、その体格と引き締まった表情が、如何(いか)にも『軍人』と言う雰囲気を漂わせている。大久保一尉は、一番近くに居た飯田部長に「宜しく」と、右手を差し出した。飯田部長は握手に応じ、続いて大久保一尉に兵器開発部の紹介をするのだった。

「こちらが、顧問の立花先生。そして、こっちが部長の鬼塚君。今日は、宜しくお願いしますよ。」

 立花先生と緒美は、握手の為の手を差し出さず、それぞれがもう一度、一礼をする。
 すると、大久保一尉が右の掌(てのひら)を上にして緒美を指し示し、尋(たず)ねる。

「対戦相手の搭乗者は、あなたが?」

 透(す)かさず、緒美の後列から茜とブリジットが、一歩、進み出て、茜が声を上げる。

「いえ、お相手はわたし達が。宜しくお願いします。」

 大久保一尉は、特段、表情を変えるでもなく、茜達に尋(たず)ねる。

「お名前を、伺(うかが)っても、宜しいですか?」

「はい。わたしは天野、です。」

ボードレール、です。」

「では、パワード・スーツの方は、ボードレールさん、あなたが?」

 大久保一尉は、体格の良い、ブリジットの方が HDG の装着者(ドライバー)だと、咄嗟(とっさ)に思ったのだ。だが、それには茜が答えたのだった。

「いえ、それは、わたしが。」

 続いて、ブリジットも発言する。

「わたしは LMF のドライブを。」

 大久保一尉は、視線を動かして二人の顔を順番に見ると、表情を変える事無く、言った。

「成る程、了解しました。」

 クルリと身体を横に向け、部下の方を見て、大久保一尉は声を上げる。

「皆さんと対戦する、我が隊の搭乗員を紹介しておきます。先(ま)ず、一番車車長、藤田三尉。」

 名前を呼ばれた三十代らしき女性隊員は、両手を後ろで組み、黙って小さく一礼をする。

「二番車車長、二宮一曹。」

 藤田三尉の隣に立つ、四角い顔が印象的な男性で、見た所は三十代前半である。藤田三尉と同じ様に、両手を後側で組み、小さく一礼をした。

「三番車車長、元木一曹。」

 二宮一曹の隣に立つ、少し華奢(きゃしゃ)な印象の男性で、二十代後半と見受けられた。大久保一尉に名前を呼ばれ、前の二人と同様に一礼をするのだった。

「一番車操縦手、松下二曹。」

 目付きの鋭い、二十代後半の女性隊員だったのだが、何故か一瞬、茜とブリジットは、彼女に睨(にら)まれた様な気がしたのだった。

「二番車操縦手、江藤三曹。」

 眼鏡を掛けた、優し気(げ)な印象の二十代前半の男性で、一礼の動作にもメリハリ感が有り、それが生真面目そうな性格を窺(うかが)わせていた。

「三番車操縦手、日下部三曹。」

 隣の江藤三曹とは対照的に、茜達を舐める様にじろりと見渡した後、上目遣いでゆっくりと一礼する動作は、女子である兵器開発部の一同には、何か気持ちの悪い印象を与えたのだった。
 そして、一通りの紹介を終えて、大久保一尉が締め括る。

「以上、六名、三組が本日、皆さんの対戦相手を務めます。」

「戦車戦に於いては、陸上防衛軍が誇る精鋭達だ。模擬戦で負けたとしても、けして恥でないぞ。頑張って呉れ給え。」

 大久保一尉に続いて、吾妻一佐は、そう言って笑うのだった。

「では、一佐。自分らは準備を進めますので。」

 大久保一尉は吾妻一佐の方へ向き直り、敬礼をする。すると、その背後の六名も身体の向きを変え、吾妻一佐に敬礼をするのだった。
 吾妻一佐が敬礼を返し、その手を下げると、大久保一尉も手を降ろし、身体の向きを部下の方へ向けて声を上げた。

「では、全員、準備に掛かれ!駆け足。」

 号令の下、六名は駆け足で奥側の格納庫の前に駐められている、三台の浮上戦車(ホバー・タンク)へと向かった。

「それでは、其方(そちら)の準備が整いましたら、お知らせください。」

 大久保一尉は、そう言い残すと、吾妻一佐と共にその場を後にしたのだった。
 陸上防衛軍の一団が去ったあとで、最初に口を開いたのは飯田部長である。

「いやぁ、如何(いか)にも、な感じだったなぁ…防衛軍は、どこもあんな感じですか?桜井さん。」

「あれは、『陸上』独特じゃないかしら。少なくとも、航空(うち)はもうちょっと、スマートだと思うけれど。」

 桜井一佐は、苦笑いである。そして、直美が緒美に向かって言うのだった。

「それにしても…あの、吾妻?さんの言い方。うちが負けるの、確定みたいな。随分と、見縊(みくび)られてるみたいよね。」

 続いて、ブリジットが所感を漏らす。

「それに、あの真ん中のお姉さん。何か、睨(にら)んでたよね、こっち。 ねぇ、茜。」

「うん…気の所為(せい)、かな?」

 自信無さ気(げ)に、茜も同意すると、続いて瑠菜がげんなりとした表情で言うのである。

「わたしは、最後の男の人、目付きが気持ち悪かった~。」

「あれは、ちょっと無いよね~。」

 と、瑠菜の発言に同意するのは樹里だった。そこで、「パン、パン」と二度、掌(てのひら)を打ち合わせ、緒美が言うのである。

「取り敢えず、わたし達も準備に掛かりましょう。」

 一同は、緒美の指示に従い、既に到着していた、天野重工のトランスポーターの方へと歩き出すのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第11話.02)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-02 ****


 そして、緒美が立花先生に確認する。

「まぁ、今回は陸上防衛軍の主催で、標的とか計測器の設置とかも無いですからね。」

「そう言う事。」

「あの…倉森先輩って?」

 そこで茜が、右手を肩口程の高さ迄(まで)挙げ、問い掛けるのだった。それには、樹里が回答する。

「あぁ、畑中先輩と同じ試作部、製作三課のお姉さんよ。HDG と LMF の電気関係担当でね、天神ヶ崎(うち)の卒業生なのよ。この前、運用試験の時は来てなかったから、一年生の三人は知らないよね。電子工学科の OG で第十四期…だったかな、畑中先輩の一つ下なの。」

「わたし達が第二十三期だから、第十四期って言ったら…。」

 ブリジットが、指折り数えていると、立花先生が答える。

「六年前の卒業生よね。」

 そして丁度(ちょうど)その時、平日の昼休みである、十二時二十分を知らせる鐘の音が、室内に備えられているスピーカーから聞こえて来た。緒美は改めて、皆に向かって言うのだった。

「それじゃ、さっきも言った通り、午後からの部活はお休みと言う事で、お昼にしましょう。明日は、予定通り午前九時に、ここに集合。いいわね。」

 一同が「はい」と答えた後、銘銘(めいめい)が席を立ち、午後の予定を話し合い始めるのだった。茜は勿論、ブリジットに、午後を過ごす計画を提案する。

「折角、時間が出来たんだし、街の方迄(まで)、買い物に行かない? 夏物の服、シャツとか、あと、二つ三つ欲しいんだ。」

「いいね、付き合うわ。あぁ、それじゃお昼も、学食じゃなくて街の方にする?」

 そんな話をしていると、立花先生が茜達に言うのだった。

「茜ちゃん、街の方まで行くなら、タクシー使いなさいね。チケット、貰ってるでしょう?」

「あぁ、寮で自転車、借りようかと思ってたんですけど。」

 会社が寮生に配布しているタクシー・チケットは、勿論、無制限に使える訳(わけ)ではなく、料金の団体割引の関係で契約してあるタクシー会社に限定されるとか、出発地か行き先が学校である事が必要だとか、幾つかの制約が規定されている。だがそれ以前に、一年生達にはタクシー・チケットの使用経験が無いので、どう言った時に使用してもいいのか、が分からないのだった。その為、茜達一年生は、タクシー・チケットの使用を遠慮し勝ちなのである。

「近場なら兎も角、自転車だと街迄(まで)、ここから一時間は掛かるでしょ。これからの時間帯、まだ暑くなるんだから危険よ。お買い物なら、帰りの荷物も増えるし。女の子だけで出掛けて、何かトラブルに巻き込まれてもいけないし。その為に、タクシー・チケットを会社が渡してるんだから、遠慮しないで使いなさい。」

「は~い。」

 茜はブリジットと顔を見合わせて、苦笑しつつ、立花先生の言い付けを承諾するのだった。そこへ瑠菜が、声を掛けて来る。

「天野~、街の方、買い物行くなら、ちょっと、頼まれて呉れないかな? 小さな物だからさ。」

「いいですけど、どうせなら、ご一緒しませんか?瑠菜さん。」

 茜の提案に、瑠菜は笑って言うのだった。

「あはは、わたし、暑いのは苦手なんだ~。」

 そう言い乍(なが)ら、瑠菜は店の所在と希望の商品名を、ささっとメモに書くと、茜に差し出す。

「これ、お願い。代金分の金額、あなたのケータイに振り込んでおくから。」

 茜は、渡されたメモを確認する。

「あぁ、はい。このお店なら、知ってます。」

「そう、良かった。お願いね~。」

「何?変な物じゃないでしょうね、瑠菜ちゃん。」

 少し茶化す様に、立花先生が問い掛けると、瑠菜は笑って答えた。

「リップ・クリームですよ。お気に入りのが通販(ネット)とかで、売ってなくって。大体、そんな怪しい買い物だったら、下級生に頼んだりしませんよ、先生。」

「それもそうね。」

 立花先生も笑って納得している一方で、瑠菜は自分の携帯端末を取り出し、早速、茜に代金分を送金する操作を始める。携帯端末のパネルを、何度か操作した後、瑠菜は言う。

「はい、振込完了。金額の端数は、手数料って事で、取っておいて。」

「はい。では、遠慮無く。」

 茜も自分の携帯端末を取り出し、代金の振込を確認した。
 そこで、今度は恵が、茜に声を掛けるのだった。

「あの~天野さん。悪いんだけど、わたしも紅茶の茶葉一缶、お願い出来るかなぁ?」

 それを聞いて、直美が苦言を呈するのである。

「ちょっと、森村。そう言うの、一年をパシリに使うみたいで、感心しないよ。」

「あはは、だよね~。」

 ばつが悪そうに恵が笑っていると、茜は言うのだった。

「あぁ、いいですよ、副部長。序(つい)でですから、他の方(かた)もリストを頂ければ、買って来ますけど。大きな物でなければ。」

「もう、茜は人が好(い)いんだから。」

 茜の隣で、ブリジットが呆(あき)れる様に、そう言うのだった。
 そんな流れで、希望者間で『お買い物依頼リスト』が回っている間、何か、PC への打ち込み作業を続けているクラウディアの姿が、茜の目に留まった。茜は、クラウディアに声を掛けてみる。

「そう言えば、クラウディアは夏休み、帰省…帰国しなくていいの?」

 その問い掛けには、意外にも、素直な返事がクラウディアから返って来たのである。

「mut…お母さんは、帰って来いって言うんだけどね、飛行機のチケット代も馬鹿にならないから。」

 その返事を聞いたブリジットが、思い出した様に尋(たず)ねる。

「部活で会社から出る手当を、帰省のチケット代の足しにするとか、言ってなかったっけ?」

 すると、クラウディアの隣の席から、維月が言うのである。

「二人とも、クラウディアの手元、よ~くご覧なさ~い。」

 言われて、茜は維月の発言の意図に、直ぐに気が付いた。

「あ…モバイル PC、樹里さんのと同じモデルになってる。」

 茜の発言を受け、クラウディアが切り返す。

「同じじゃないよ。こっちの方が新しい分、プロセッサのスペックが高い!」

「使い込んだのね。」

 クラウディアの反論を、ブリジットがばっさりと切り捨てるのだった。

「いや、ちょうど良い値段だったから、つい、うっかり…」

「何が、つい、うっかり、よ。親不孝者。」

「ほっといて。」

 クラウディアは PC のディスプレイを見詰めた儘(まま)、キーを叩いている。

「あぁ、矢っ張り、このモデルはキーボードの感触が最高。」

「うふふ、でしょ~。」

 クラウディアの漏らす感想に、隣の席で、樹里が笑顔で答えた。そして、その様子を横目で眺(なが)めつつ、維月が言うのだった。

「まぁ、まだ暫(しばら)く、彼方(あちら)には帰りたくないのよね、クラウディア。」

「まぁね。それも有る。」

 クラウディアは、何でも無い事の様に、維月の言葉を肯定するのだった。
 先日の一件で、クラウディアが日本に来た事情を知ってしまっていたので、彼女の今暫(しばら)く母国に帰りたくないと言う気持ちに就いては、「そんな物かも知れない」と、そう思う茜とブリジットではあった。何せ、クラウディアが来日して、まだ四ヶ月しか経っていないのだ。だから、二人共、それ以上は、その話題に就いて、クラウディアに聞くのは止めにしたのだった。
 そして間も無く、茜に、お買い物依頼リストが、最後に記入した佳奈から渡される。
 追加の依頼品は、恵が先程の話題の通り銘柄指定の紅茶茶葉を一缶、樹里が商品名指定のカラーマーカーを三種、維月が店を指定して六個入りシュークリームを一箱、佳奈がスナック菓子を五種、である。

「え~と、取り敢えず、了解しました。」

 茜がリストを確認して、そう言うと、瑠菜が言うのだった。

「佳奈の依頼品が、一番嵩張(かさば)りそうよね。」

「え~、でも、アレ、近所じゃ売ってないのよ~。」

「まぁ、大丈夫ですよ、二人だし。ね、ブリジット。」

「そうね。まぁ、お店を回る順番を考えれば、問題無いかな。」

 そう、リストを眺(なが)め乍(なが)ら相談している二人に、恵が問い掛ける。

「そう言えば、その制服で出掛けるの?」

「いえ、一度寮に戻って、着替えてから出掛けようかと。」

 茜が恵に答えると、立花先生が言うのだった。

「だったら、早く支度しないと、時間が勿体無いわよ。」

 時刻は、十二時四十分になろうかとしていた。

「はい、では、お先に失礼させて頂きます。」

 茜は一同に軽く会釈すると、ブリジットの手を取って部室の東側ドアへと向かった。

「行こう、ブリジット。」

「あ、うん。」

 そして、ドアを開けるともう一度、室内に向かって会釈をし、茜が言った。

「では、ちょっと出掛けて来ます。」

 室内から、立花先生が全員を代表して声を掛ける。

「気を付けて。 まぁ、楽しんでいらっしゃい。」

「は~い。」

 茜は、笑顔で答えると、部室のドアを閉めたのだった。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.01)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-01 ****


「部長、積み込み準備、終わりました~。」

 部室の奥、北側のドアから室内に入って来る茜が、立花先生と樹里との打ち合わせ中だった緒美に声を掛けた。室内には、茜に続いて、ブリジットが入って来る。
 顔を上げ、二人の姿を認めた緒美は、茜に問い掛ける。

「新島ちゃん達は?」

 その問いには、茜の後ろに立つ、ブリジットが答えた。

「副部長と恵さんは、欠品が無いか、最終チェックを。瑠菜さんと佳奈さんも。」

 ブリジットは言い乍(なが)ら、ポケットから取り出したハンカチで、額の汗を押さえる様に拭(ぬぐ)っている。それは、茜も同様だった。
 そんな二人に、立花先生が労(ねぎら)いの声を掛けるのだった。

「ご苦労様、下は暑かったでしょう。取り敢えず、涼んでちょうだい。」

 この日は、2072年7月21日木曜日。幸か不幸か天気も良い為、夏の日差しも強く、そろそろ正午になろうかと言うこの時刻には、外気温は既に 30℃へ達しようとしていた。
 茜とブリジットは、部室中央に置かれている長机の北側中央辺り、立花先生の向かい側の席に腰掛ける。
 そこで、斜め前の席から、樹里が茜達に言ったのだった。

「もう夏休みなんだから、二人共、制服じゃなくても良かったのに。」

 斯(か)く言う、ソフト担当の三人、樹里と維月、そしてクラウディアは、それぞれが夏らしい私服姿だった。その一方で、部長である緒美は制服を着用していた。
 茜は、樹里に答え、次いで、緒美に問い掛ける。

「部活に出るんだから、何と無く制服、かなぁって思いまして。部長は、どうして私服じゃないんですか?」

「え?わたし?…大した意味は無いけど。強いて言えば、服を選ぶのが面倒だったから、かしら。」

「又、緒美ちゃんはそう言う事を言う…。」

 緒美の答えを聞いて、苦笑いしつつ立花先生が翻(こぼ)すのだった。
 そこへ、格納庫内での作業を終えた恵達四人が、相次いで部室へと入って来た。そして先頭の、直美が声を上げる。

「あぁ、涼しい~生き返る~。」

 汗を拭きつつ、直美の後ろで、くすりと笑う恵が緒美に報告をする。

「部長、明日(あす)持って行く機材、その他一式、積み込み準備確認完了しました。」

「はい、ご苦労様。まぁ、一服してね、みんな。」

 中央の長机、奥端の席に直美が着く一方で、恵は南側壁面シンク横の小型冷蔵庫からスポーツドリンクのボトルを取り出し、格納庫で作業していた六人分のコップへ、順番に注いでいく。茜とブリジットは席を立ち、それぞれ注ぎ終えたコップを直美や瑠菜、佳奈の元へと運んだ。
 恵は振り向いて、尋(たず)ねる。

「先生、それに部長は、如何(いかが)ですか?」

「わたしは、いいわ。森村ちゃん。」

「わたし達は冷房の効いた所に居たからね。気を遣わないで、一服して、恵ちゃん。」

「そうですか。」

 恵は自分のコップを持って、直美の向かい側、緒美と立花先生の間の席に座る。
 隣に座った恵の服装に気が付いて、立花先生は言った。

「そう言えば、あなた達も制服で来てたのね。」

 それに、恵は即答する。

「あぁ、積み込みの準備作業が有りましたから。私服で来て汚したりすると詰まらないので、制服は作業着代わりに。」

「そう、そう、そう。」

 恵の発言に後乗(あとのり)で、緒美が微笑んで同意するので、透(す)かさず立花先生は突っ込みを返すのだ。

「何が、そう、そう、よ。さっきは、服を選ぶのが面倒だとか言ってたのに。」

「あははは、部長らしくて、いいじゃないですか。 何だったら、今度、わたしが選んであげましょうか?服。」

 笑って立花先生に言葉を返した恵は、緒美にそう提案してみるのだった。それを、緒美は笑顔で直ぐに辞退する。

「いいわ、そこ迄(まで)世話を焼いて呉れなくても。」

「そう?気が向いたら、何時(いつ)でも言ってね。」

 恵も笑顔で、そう言葉を返すのだった。

「さて、冗談は置いといて…。」

 緒美は茜達の方へ向き直り、言葉を続ける。

「…今日は、朝からご苦労様でした。この後、積み込みは本社からの運搬車が到着して、午後二時からの予定だけど、そっちの方の対応はわたしと、立花先生とでやっておくから、今日の部活は午前中でお仕舞い。みんなは自由行動、と言う事で。まぁ、夏休みだし。」

「え、明日の作戦会議とか、しないんですか?」

 透(す)かさず、聞き返したのは茜である。緒美は微笑んで、答える。

「そうね、相手方の出方も分からないし、事前に決めておける事は、見当たらないわね。戦法とか対応は、明日の本番で天野さんとボードレールさんに、一任するわ。」

 緒美の答えを聞いて、ブリジットが立花先生に尋(たず)ねる。

「明日の模擬戦って、勝敗が今後の何かに影響するんでしょうか?」

「そうねぇ…。」

 立花先生は腕組みをして、少し視線を上に向け、考える。そして、視線を前に戻し、言うのだった。

「まぁ、取り敢えず、大きな影響は無いかしらね。別に、HDG の軍への採用が決まってる訳(わけ)でもないし。」

 その発言に対して、コメントを加えたのは、恵だった。

「先日の、理事長のお話だと、防衛軍への引き渡しは慎重にしたい…そう言う、意向でしたよね?」

「別に、会社としての統一見解ではなくて、飽くまで、会長…理事長の個人的見解だけどね。会社としては、有効性を防衛軍には示して、契約に結び付けたい…と、まぁ、飯田部長辺りは考えているんじゃないかしら?」

 そして、緒美が纏(まと)めの発言をする。

「契約云云(うんぬん)に就いては、防衛省や国会での予算取りの関係とか、先の長い話だし、現場で右から左に決まる様な事柄じゃないから、あなた達は細かい事は気にしなくていいわ。気負わず、手を抜かず、出来る事をやって呉れたら、それでいいのよ、ボードレールさん。天野さんも、ね。 それに、勝ち負けよりも、問題点や改善点を洗い出す方が重要だから、何かそう言う所が見付かれば、それはそれで収穫なのよ。」

 茜とブリジットは、声を揃(そろ)えて「はい」と、返事をした。
 そこで、スポーツドリンクを飲み干したコップを机に置き、緒美に対して直美が発言する。

「そう言えば、明日の模擬戦って、話が出たのは、この前の運用試験の時でしょ。暫(しばら)く、梨の礫(つぶて)だったのに、ここ一週間位(ぐらい)で急に、バタバタっと決まった感じよね?」

「あぁ~それはね…。」

 苦笑いしつつ、回答したのは立花先生だった。

「…飯田部長から聞いた話だけど。模擬戦の話を言い出したのは、陸上防衛軍(あちらがわ)のお偉方(えらがた)なんだけど、なかなか対戦相手の戦車部隊が決まらなかったらしいのよね。要するに、現場の方には、余りやる気が無くって、打診を受けても辞退したり、他の部隊を推薦したり…。」

「面倒だから、盥(たらい)回し…ですか?」

 そう質問したのは、立花先生の左隣の席の恵である。

「まぁ、そんな所だったみたいね。」

 今度は、右隣の樹里が尋(たず)ねる。

「それが、どうして急に、風向きが変わったんでしょうか?」

「あなた達が、HDG を迎撃に持ち出したからでしょ。」

 立花先生の発言を受け、一同が声を揃(そろ)える様に、「あぁ~」と発したのだった。
 そして、直美が立花先生に尋(たず)ねる。

「あの件って、陸上の部隊レベルに迄(まで)、伝わってるんです?」

「正式には秘密扱いらしいけど、噂が伝わってる所は有るみたいよね。それで、模擬戦の対戦相手として名乗りを上げた部隊が出て来たらしいわ。詳しい事情や経緯(いきさつ)は、良く知らないけど。」

「それで決まったのが、戦技研究隊ですか?」

 茜が言った「戦技研究隊」とは、エイリアン・ドローンの地上での動作や戦法を研究し、それを再現する事で、陸上防衛軍の戦車部隊等の、戦闘訓練に於いて仮想敵役を務めるのを主任務とする部隊である。勿論、エイリアン・ドローンへの地上での対抗策等を研究して、各実戦部隊に対し教育、指導を行うのが本来の目的である。
 そして、その茜の問い掛けに対しては、緒美が答える。

「まぁ、どこの部隊が相手でも、此方(こちら)はやる事は変わらない訳(わけ)だし。模擬戦のルールは打ち合わせ済みだから、その通りにやるだけよ。」

「そう言えば、緒美ちゃん。模擬戦に使う HDG のランチャー、改造は終わってるのよね?」

 立花先生の緒美への問い掛けには、改造作業を実施した瑠菜と佳奈が答える。

「改造、って程の物じゃないですよ。間違ってもビームを発射しない様に、電圧回路のコネクターをテスト・モード側に挿し替えて、模擬戦用の発信器を銃口に固定しただけですから。」

「LMF のプラズマ砲も、作業済みで~す。」

 瑠菜と佳奈に続いて、茜も説明を加える。

「昨日の内に発信器の射線軸調整と、HDG での操作と動作の確認も済ませてあります。」

「そう。なら、オッケー。じゃあ、いよいよ積み込む運搬車の到着を待つばかり、ね。」

「そう言えば、会社の方(ほう)からは、結局、何方(どなた)が来る事になったんですか?」

 恵の問い掛けに、立花先生が答える。

「今回は、飯田部長の他は、トラブル対応担当の試作部の人達ね。畑中君と、大塚さん、倉森さん、それと、新田さんだって。」

 顔触れを聞いて、樹里が尋(たず)ねる。

「あぁ、エレキの方(ほう)、倉森先輩来るんだ。安藤さんとか、ソフト関連の人は、いらっしゃらないんですか?」

「今回、設計三課の方(ほう)では、特に検証する項目も無いから、うちで記録した、何時(いつ)ものログだけ、後で送って呉れたらいい、だそうよ。」

 

- to be continued …-

 

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「STORY of HDG」第四話、Pixiv まとめ版を更新しました。

 改訂を進めつつ「なろう」に掲載をしていましたが、昨年末に、遂に bLog 連載に「なろう」版が追い付いてしまいました。と言うか、「なろう」への掲載を優先して作業していたのですが。
 で、後回しになっていた Pixiv のまとめ版、第四話の改訂作業が漸く完了。現在、Pixiv には改訂版がアップされております。
 改訂作業にて、「なろう」版作業で見逃していた誤字・脱字や表記の揺れが発見されたので、bLog 版と「なろう」版も併せて修正を行いました。あと、文章の修正や、句読点の位置調整なども実施してあります。
 まぁ、見直せば見直すだけ、間違いや修正点が出て来る、出て来る(笑)時間を置いて、第零話~第三話も見直した方がいいかも知れません。
 立花先生の Poser フィギュアが Ver.3 対応版が出来たので、表紙画像も作り直してみました。

f:id:motokami_C:20190109210925j:plain

 Pixiv の方は画像の差し替えが出来ないので、あちらはその儘、なんですけどね。
 さて、今週の土曜日からは予定通り、第十一話の掲載を bLog と「なろう」とで開始したいかと思います。打ち込みの方は第六回の途中付近までしか進んでいませんが~まぁ、掲載しつつ打ち込みを進めていきたいかと。

STORY of HDG(第10話.10)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-10 ****


「もう、替わって良かったの?」

「うん、大丈夫。あ、それでね緒美ちゃん。緒美ちゃんに、謝っておかなきゃいけない事が有るの。」

「どうしたの?急に。」

 携帯端末から返って来た緒美の問い掛けは、普段と同じトーンだった。恵は、一呼吸置いて、話し出す。

「今日、立花先生にね、中学の頃の事とか、緒美ちゃんのお家(うち)の事とか、勝手に喋っっちゃったの。ごめんなさいね。」

「何事かと思えば…別にいいわよ。秘密にしなきゃならない事とか、特に無いし。森村ちゃんが話してもいいと思ったレベルの事なら、別に構わないし。その辺り、信用してるから。だから、謝ったりする必要は無いわ。」

 緒美の声は平然としていて、携帯端末から聞こえて来る限りでは、怒っているとは恵には思えなかった。実際、緒美は怒ってなどいなかったのだが、それは立花先生が言った通り、二人の間に信頼関係が有ってこその事である。

「そう?でも、今後は気を付ける。ゴメンね。」

「いいから。それより、どうしてそんな話の流れになったのか、そっちの方が気になるわね。」

「あぁ、それが、可笑しいのよ。立花先生が校長先生から、わたしが男の人と付き合ってるって噂が有るから、それに就いて事実関係を確認する様に頼まれたんだって。」

「何よ、それ?」

「可笑しいでしょ~まぁ、それでね、わたしへの聴取(ちょうしゅ)の中で、わたしの中学時代の話になって、その頃って緒美ちゃんと一緒に行動してた事が多いから、緒美ちゃんの話も出て。あと、立花先生がね、緒美ちゃんの以前(まえ)の様子とか気にしてたの。」

「ふぅん…分かった様な、分からない様な、そんな流れね。」

「まぁね、その場の雰囲気とか、ちょっと、簡単には説明し切れない部分は有るかな。」

「それで、誰かと付き合ってる云云(うんぬん)って、誤解は解けたの?」

「勿論。そんな事してる時間が無い事は、立花先生が、一番良く知ってるもの。」

「それもそうよね。」

 携帯端末からは、緒美のクスクスと笑う声が聞こえて来る。そして、緒美が続けて言うのだった。

「しかし、あの立花先生が、どんな顔して、そんな事を尋(たず)ねたのか、それはちょっと興味が有るわね。」

「校長から直直(じきじき)に頼まれた~って、随分とお困りの様子でしたよ。ええ。」

 少し巫山戯(ふざけ)た調子で、恵がそう言うと、又、緒美が「うふふ」と笑うのが聞こえて来る。

「立花先生とは初めて一対一でお話ししたけど、緒美ちゃんが先生の事、信用した理由がちょっと分かった気がするの。」

「そう?…って言うか、森村ちゃんは、まだ先生の事、信用してなかったんだ。」

「う~ん…部活とか、お仕事関連の事に関しては、信頼出来る人だとは思ってたけど。人となりって言うか、パーソナルな部分で、何か得体の知れない感じが有って。例えば、緒美ちゃんの事とか、仕事の都合で利用してるだけなんじゃないかなって。」

「それは、その通りでしょ。それを承知で、わたしは、敢えて乗ったのよ?」

「うん、緒美ちゃんは、そうなんだと思ってた。先生の方にはね、何時(いつ)も必要以上に大人振ろうとしているって言うか、何かそんな感じが違和感として有ったんだけど。」

「そんな事、思ってたの?でも、大人振るったって、実際、大人なんだし、先生も学校と会社と、両方での立場も有るでしょう?」

「それは、そうなんだけど。それにしても、常に力(りき)み過ぎじゃない?って感じてたのよね。」

「相変わらず、森村ちゃんは人を見る目が、厳しいよね。 それで、お話ししてみて、何か分かった?」

「うん。先生は、わたし達が思いもしない程、わたし達の事を対等に見て呉れているのかなって。だからこそ、立場上、常に大人であろうとしているのかなって、そんな感じね。」

「智リンは、真面目だから~って、古寺さんが良く言ってるものね。」

「あははは、そう、そう。でも、そう言う真面目過ぎる所、緒美ちゃんは気に入ったのよね?」

「気に入ったって言うと、上から目線で、何様?って感じだけど。まぁ、そうね。最初、研究の話をした時にね、先生、嗤(わら)わなかったのよ。」

「寧(むし)ろ、先生は笑ったりしないって思えたから、緒美ちゃんは話したんでしょ?」

「森村ちゃんみたいに、確信が有った訳(わけ)じゃないけど。」

「あら、わたしだって、常に確信が有る訳(わけ)じゃないわよ。」

「そう? まぁ、あの時はね、不思議とそんな風(ふう)に思えたのよね。予感って言うのかな? でも、まさかね、こんな事になると迄(まで)は、流石に想像もしてなかったけど。」

 緒美が半ば呆(あき)れた様に、そう言うと、恵は「うふふ」と笑って同意するのだった。

「でしょうね。それに就いては先生もね、『ここ迄(まで)が順調過ぎた』って言ってたわ。」

 そこで、恵は昼間の、立花先生との歓談内容を、ふと思い出し、言葉を続ける。

「あ、そうそう。今日、立花先生から、ちょっと興味深いお話を聞いたのよ。」

「どんなお話?」

「エイリアンが、地球に侵攻して来た理由は何か?って、お話。」

「それは確かに興味深いけど、結論なんか出せそうもないテーマね。」

「それはそうなんだけど。 このお話は、全部話すと長くなるから、帰って来たら、緒美ちゃんも立花先生に聞いてみたらいいわ。わたし達とは視点の違う説が聞けて、流石、先生って言う感じだった。」

「そうなの? それじゃ、学校に戻るのを、楽しみにしてる。」

 恵は、緒美の声を聞き乍(なが)ら、ベッドの上で座り直そうと姿勢を変えるが、その時、ヘッドボードに付けられている目覚ましアラームの時刻表示に、ふと、目が留まった。時刻は午後十時半に、なろうかとしている。

「さて、そろそろ長くなって来たから…緒美ちゃんは、早目に休んでね。あ、その前に、お風呂はこれから?」

「うん、そうなの。」

「明日からも講習が続くんでしょうけど、無理はしないでね。」

「あぁ、ありがとう。それじゃ、其方(そちら)の方は、お願いね。又、連絡するから。」

「うん、それじゃ、お休み。直ちゃんにも、無理しないでって伝えておいて。」

「うん、伝えておく。お休み。」

 そして、通話は終了したのだった。
 恵は、ほんのりと暖まった携帯端末を握った儘(まま)、後ろ向きに、ベッドの上に上体を倒した。ぼんやりと、天井を見詰めつつ、予定していた夏休みの宿題の事を思い出す。
 何だか、今から宿題、数学の問題集に取り組む気分にもなれず、恵はその儘(まま)、五分程、横になっていた。数学は恵に取っては得意な教科だったが、一日の終わりに緒美と会話が出来た、そんな幸せな気分をリセットするのが勿体無(もったいな)い様な気がして、どうしても問題集を開く気持ちになれそうもなかったのだ。

 結局、恵は宿題を翌日に回して、今日は幸せな気分の儘(まま)、就寝する事に決めたのだった。
 同室の直美が居ないのにも、流石に三日目にもなると慣れて来て、簡単に身支度をすると、ベッドに潜り込み部屋の灯りを消した。
 こうして、恵の、学校で過ごす夏休みの或(ある)一日は、終わったのだ。

 

- 第10話・了 -

 

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STORY of HDG(第10話.09)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-09 ****


 それに対し、一呼吸置いて、塚元校長は話し掛ける。

「所で、立花先生。兵器開発部の活動の方は順調?」

 頭を上げた立花先生は、訝(いぶか)し気(げ)に答えた。

「はぁ、順調…そうですね、当初想定の三倍ぐらい順調で、正直、恐い程です。」

「そんなに?」

「はい、わたしも、鬼塚さん達が在学中に、試作機の完成に目処(めど)が付く所迄(まで)、作業が進むとは思っていませんでしたから。」

「そう。会社の方が随分と急いでいる様にも見えるのだけれど、生徒達に無理はさせてない?」

「生徒達は、楽しそうにやってますので、御心配は不要かと。わたしには寧(むし)ろ、会社の方が無理をしているんじゃないかと、心配な位(ぐらい)で。」

「そうですか…。」

 塚元校長はソファーに身を沈めて、一息を吐(つ)くのだった。立花先生は塚元校長に、素直に問い掛ける。

「あの…何か、有りましたでしょうか?」

「いいえ。そう言う訳(わけ)では無いのよ。徒(ただ)、お昼に、彼女達の様子を目にしたのでね…。」

「はい。」

「…夏休みなのに、帰省もしないで部活を続けているのは、どうかしら、と、そう思ったものだから。例えば、開発が遅れ気味で、会社の方から、何かプレッシャーを掛けられているのかしら?と、勘繰(かんぐ)ってもみたりしてね。」

 塚元校長は、眉間に皺を寄せて目を細め、苦笑いの様な、複雑な笑みを浮かべる。

「今日は理事長達と、会食されていらっしゃった様でしたけど。その辺りの事は、話題には?」

「正直、兵器開発部の活動に就いては、余り教えては貰えないのよ。勿論、会社の方で秘密になっている事項も有るのでしょうから、此方(こちら)からは、敢えて聞かない、と言う事情も有るのだけれど。まぁ、会社の方(ほう)の計画だとか、技術的な内容に就いては、聞いてみた所で、わたしが理解出来るかどうか、怪しいものですけどね。」

「そう、ですね…開示出来ない内容を避けて、十分に説明するのは、なかなかに難しいですけど…。」

「いいのよ、立花先生。年寄りの愚痴だと思って、聞き流してちょうだい。」

 立花先生は座り直す様に姿勢を正し、両手を膝の上に乗せ、身を乗り出す様にして言うのだった。

「何(いず)れにせよ、あの子達は会社から指示されているからではなく、主体的に活動していますので、御心配は不要かと思います。それに、あの年頃になれば、親元に帰るよりも、友達と一緒に過ごす方が楽しいものですし。」

「ええ、それも十分承知しているんですよ。学校に残っているのは、あの子達だけではないですし、ね。」

「校長は、本社から委託されている開発の内容に就いては、どの程度御存知なのでしょう?」

「そうね…技術的な細かい事は、勿論、良くは…殆(ほとん)ど知らないわね。でも、社会的に意義のある物だ、と言う事は理解していますよ。前園先生や重徳先生みたいな技術系の先生達は、わたしよりは把握してらっしゃるとは思いますけど。」

「社会的に…ですか。何だかんだ言っても、結局は兵器ですから。先生方(がた)から、理解を得られているのは、幸いと言うべきか、意外と言うべきか…。」

 すると、塚元校長は微笑んで言うのだった。

「普通の学校なら、理解されないかも知れませんね。正直、わたしも、塚元達が興した会社が、兵器に迄(まで)手を出すと聞いた時は、穏やかな気持ちではなかったですけど。でも、そんな物も必要なのが、世の中って言う物ですからね。特に、今、わたし達が相手にしているのは、話の通じない相手の様ですから。」

「はい。」

 立花先生は、短く返事をして、微笑み返すのだった。

「あぁ、そうそう、立花先生。」

 塚元校長は急に、身を乗り出す様に話し掛けて来る。

「この後、もう暫(しばら)く、一時間位(ぐらい)、大丈夫かしら?」

「はぁ、まぁ。 何(なん)でしょうか?」

「実はね、今日は珍しく、丸一日、予定がぽっかり空いてしまって。以前から、立花先生とはじっくり、お話をしてみたかったの。宜しいかしら?」

「わたしは、構いませんけど。」

 幸か不幸か、立花先生にも急ぎの用事は無かったので、塚元校長の申し出を受ける事にしたのである。

「そう、良かった。あ、それなら、お茶でも淹(い)れましょうか。お菓子も有るのよ。」

 ソファーから立って、塚元校長はお茶の準備を始める。立花先生も立ち上がり、言うのだった。

「あぁ、あの、お構い無く…。」

「いいから、いいから。座っててちょうだい。」

 この後、二人の茶飲話は学校に関する四方山話(よもやまばなし)に始まり、天野重工の話題を経て、世界情勢へと広がり、立花先生が解放される迄(まで)に、結局、三時間を要したのだった。
 過ぎ去った時間に気が付いた時には、流石に立花先生も驚愕したのだが、それ程、苦痛に感じる時間でもなかったし、それなりに有意義に感じられた様でもあり、そう思えるのは塚元校長の人徳なのだろうかと、校長室を出て自分の居室へ向かう道すがら、立花先生は考えたのである。


 その日の夜、時刻にして午後十時を過ぎた頃。同室の直美が居ないので、普段よりも早めに入浴を済ませ、恵は自室へと戻って来た。ふと、机の上に置いてあった携帯端末に目をやると、通話着信の履歴が残されているのに、恵は気が付いた。携帯端末を手に取り、履歴の詳細を確認すると、発信者として表示されたのは緒美の名前だった。履歴に残された時刻は、十五分程前である。そこで、緒美にコールを送ろうかと恵が考えていた時、再び、手に持っていた携帯端末への通話着信が、メロディと表示とで通知されるのだった。
 表示されている発信元は、緒美である。恵は慌てて、通話の操作をする。

「はい、緒美ちゃん?」

「あ、今度は繋がった。」

 携帯端末から、緒美の声が聞こえて来た。恵は直ぐに、話し掛ける。

「さっき、連絡して呉れたみたいね。」

「うん、忙しかった?今、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。さっきはお風呂に行ってたの。緒美ちゃんは?」

「わたし達はこれから。さっき、漸(ようや)く夕食を済ませて一息吐(つ)いた所。」

「そんな遅く迄(まで)、講習?」

「まぁね~。思ってたよりも、ハードだわ。兎に角、早く飛行の講習に入らなくちゃいけないから、最初の三日で相当詰め込むみたい。飛行時間が規定に届かないと、免許が出ないそうなのよ。取り敢えず、合宿前に一週間、飛行機部の先輩達に、予習でレクチャー受けておいて良かったわ。」

「大変ねぇ。」

「それで、そっちの方はどう?何か、問題とか無い?」

「うん。瑠菜さん達の方は、実松課長と前園先生にお任せ、だからね~。特訓は順調に進んでる見たい。」

「そう。先生達に任せて、森村ちゃんは帰省しても良かったのに。」

「でも、上級生が居なくなる訳(わけ)にも、いかないじゃない?緒美ちゃんの代役は、ちゃんと務めますよ。任せて。」

「うん、ありがとう。」

「緒美ちゃんの方は、直ちゃんや、飛行機部の人達とは、上手くやれてる?」

「あぁ、ご心配無く。大丈夫よ。まぁ、新島ちゃんとはね、森村ちゃんが仲良くやってる理由が、解った様な気がするわ。新島ちゃんと一対一で話したりしたのは、考えてみたら、今回が初めてだものね。何時(いつ)も、森村ちゃんが間に入って呉れてたじゃない?」

 そこで、直美の声が、少し遠くから聞こえて来るのだった。

「わたしが、どうかした~?」

「別に、悪口は言ってないでしょ。」

 緒美が携帯端末を少し離し、直美に返事をしている声が聞こえて来る。
 恵はクスクスと笑いつつ、机の前から自分のベッドの方へと移動する。そして、ベッドに腰掛け、緒美に尋ねる。

「直ちゃん、傍(そば)に居るの?」

「そうよ、飛行機部の二人とで、四人部屋なの。替わろうか?新島ちゃんと。」

 飛行機部の二人とは、合宿講習に参加している飛行機部員の二年生女子である。二人共、学科が電子工学科であった為、緒美達とは同学年でも余り面識は無かったのだ。余談だが、その二人の名前は、金子さんと、武東さんである。

「そうね、ちょっとだけお願い。」

「新島ちゃん、替わってって。」

 再び、緒美が携帯端末を離して、直美に呼び掛ける声が聞こえ、次に直美の声が聞こえた。

「…あ~、もしもし?」

「お疲れ様。順調?直ちゃん。」

「ん~順調なのかなぁ。まぁ、座学の講習が退屈なのは、確かね。明日からは、シミュレーター使うそうだから、それは楽しみにしてるんだけど。そっちの方は、瑠菜と佳奈、ちゃんとやってる?まぁ、前園先生も居るから、心配はしてないけどね。」

「こっちは、大丈夫よ。取り敢えず、直ちゃんの声が元気そうで、安心した。」

「元気そうって、まだ三日目よ。そっちこそ、わたしが居なくて寂しいとか、思ってないでしょうね?」

「え~ちょっと寂しいよ。一年、一緒に居た人が居ないんだもん。其方(そちら)は賑やかそうで、羨(うらや)ましいわ。」

「森村は、再来週には帰省するんでしょ?それまでの辛抱よ。」

「それに関しては、申し訳(わけ)無いわね。直ちゃん達は、帰省してる余裕も無いのに。」

「前に言ったでしょ、うちは問題無いって。わたしも、あとであなたに連絡しようかと思ってたんだけど、これでその手間も省けたわ~じゃ、鬼塚に替わるね。」

「あ、うん…。」

 そして、向こう側では携帯端末が緒美の手に戻り、緒美の声が聞こえて来る。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第10話.08)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-08 ****


「そう言う事。どうせ集まるのなら、どこか、料亭とかレストランにでも、行けばいいのにね。重役クラスの顔触(かおぶれ)なんだから。」

 と、呆(あき)れ顔れで立花先生が言うと、隣に座る恵が微笑んで言葉を返す。

「この辺りじゃ、気の利いたお店も無いからじゃないですか?」

「街の方へ行けば、それなりに有るんじゃない? まぁ、本社でも、社長とか部長とか、普通に社食でお昼食べてたりするんだけどね…うちの会社って。」

 その言葉を受けて、今度は斜向(はすむ)かいの席の樹里が、微笑んで言うのだった。

「上役が庶民感覚って言うのは、素敵じゃないですか。」

「う~ん…要は『考えよう』なんだけど。上層部には『それなり』の振る舞いをして欲しいって、思う人も居るのよね。」

 今度は、正面に座っている瑠菜が、立花先生に尋ねる。

「先生も、ですか?」

「わたし? わたしは、別に、本人の好きにすればいいって思うけど。でも、偉い人達との食事は嫌よね、気を遣うから。」

「それはそれで、納得です。」

 隣で、恵が深く頷(うなず)くのだった。

「だから…そこに付き合わされてる、鈴木さんと川崎さんには、同情するわ~。」

 立花先生の感想に、再び瑠菜が質問を挟(さしはさ)む。

「あれ?立花先生、重徳先生の助手のお二人と、面識が有ったんですか?」

「あぁ、あなた達は知らないわよね。去年の四月、わたしも、あのお二人と、こっちに講師として派遣されて来たのよ。だから去年の三月迄(まで)、赴任前の三ヶ月程、一緒に研修とか受けてたの。こっちに来てからは、殆(ほとん)ど顔を合わせなくなったけどね。」

 そこで、疑問を口にしたのは、佳奈である。

「でも、そう言った意味の会合なら、理事長の秘書さん迄(まで)一緒なのは、ちょっと不思議ですね。」

「お、鋭いね、佳奈。」

「でしょ~。えへへ。」

 囃(はや)す様に瑠菜が声を掛けると、佳奈は素直に笑って答えた。そして、立花先生が佳奈の疑問に答える。

「あぁ、加納さんはね、理事長の用心棒的な人だから。大体、一緒に行動してるみたいよ。歳の差は有るけど、馬は合うらしくて、随分と仲はいいみたいよね。」

「ヨージンボー?」

 『用心棒』と言う言葉の意味を知らない佳奈が聞き返すと、彼女の右隣に座っている樹里が答える。

「ボディーガードの事よ、佳奈ちゃん。」

「あぁ~前に、映画で見た。でも、そんな風(ふう)には見えないですよね。」

 感心する佳奈に、立花先生は追加の解説をするのだった。

「まぁ、基本的には可成り優秀な秘書さんだそうだけど、理事長が使ってる社用機の専属パイロットも兼任しててね。元は航空防衛軍の戦闘機パイロットだったそうだから、それで護衛役も兼ねてるらしいの。」

 それを聞いて今度は瑠菜が、意外そうに言うのだった。

「ふぅん。わたしにも、普通のオジサンにしか見えませんけど。」

「ちょっと、失礼よ、瑠菜ちゃん。」

 苦笑いしつつ、樹里は瑠菜に苦言を呈するのだが、立花先生も笑って、瑠菜に同意する。

「あはは、わたしも最初聞いた時は、そう思ったわ。瑠菜ちゃん。」

「先生まで…。」

 苦笑いの儘(まま)、そう言い掛けた時に、樹里は向かい側の席の、維月の様子がおかしい事に気が付き、声を掛ける。

「…維月ちゃん、大丈夫?」

 維月は右手の指先を額に当て、俯(うつむ)いていた顔を上げて答える。

「あぁ、ゴメン。大丈夫、大丈夫。」

 隣に座る恵も、声を掛ける。

「どうしたの?頭痛?」

「えぇ、ちょっと。風邪でも引いたのかな…。」

 すると、向かいの席から手を伸ばし、樹里が右の掌(てのひら)を維月の額に当てる。

「熱は…無い様よね。」

「そんな大袈裟(おおげさ)にする程の事じゃ無いよ。咳(せき)とか、悪寒(おかん)とかは無いし、食欲も有るから、まぁ、大丈夫。それに、お昼迄(まで)は、何とも無かったんだし。」

 立花先生も、心配気(げ)に尋ねる。

「酷(ひど)く痛むの?」

「いえ、それ程でも。」

「なら、いいけど。何日も続く様だったり、周期的に痛む様なら、一度、検査して貰った方がいいわよ。井上さん、普段から頭痛持ちって訳(わけ)では無いんでしょ?」

「そうですね。取り敢えず今日は、頭痛薬飲んで、寮で安静にしてます。」

 そう言って、維月が席を立つと、樹里も席を立つのだった。

「じゃ、部屋迄(まで)、送ってく。」

「いいよ、一人で大丈夫だから。」

「いいの。わたしも、もう、食べ終わったし。気の済む様にさせて。 じゃ、みんな、お先に~。」

 樹里はてきぱきと、維月の食べ終わった食器と、自分の食器を重ね、二人分のトレイを一つに纏(まと)めて、食器の返却口へと向かう。そんな樹里を追う様に、維月も歩き出すのだった。

「そこまでしなくても、いいのに~。大した事、無いんだから。」

「いいから、いいから。」

 そんな二人を席に残った四人が、口々に「お大事に」と言って、送り出すのだった。


 それから暫(しばら)くして、午後一時半、約束の時刻きっかりに立花先生は、校長室のドアを叩くのだった。

「どうぞ。」

 室内からの声を確認して、立花先生はドアを押し開ける。

「失礼します。」

「時間通りですね、立花先生。」

「恐縮です。」

「あぁ、どうぞ。座ってくださいな。」

 塚元校長は窓側の執務席を立ち、その前に置かれている応接用のソファーを指し示す。立花先生が案内されたソファーへと向かうと、その対面位置のソファーへと、塚元校長も移動して来るのだった。

「どうぞ、座ってちょうだい。」

 言い乍(なが)ら、塚元校長がソファーへと腰を下ろすのに続いて、立花先生も一礼して腰を下ろす。
 そして、先に声を掛けたのは、塚元校長だった。

「では、早速ですが。 随分と早く、調査が出来た様ですね。」

「はい。本人が素直に、聴取(ちょうしゅ)に応じて呉れましたので。」

「それとなく聞いてくださいね、ってお願いしたのに。」

「そう言うのは、苦手です、と、わたしも申し上げましたよ?」

 塚元校長は小さな溜息を一つ吐(つ)いて、眼鏡を掛け直し、言った。

「そうでしたね。それでは、報告を伺(うかが)いましょうか。」

「結論としては、先日、わたしが申し上げた通りで、森村さんに男性と交際している様な事実はありません。噂の根拠となったらしいのは、彼女が交際の申し入れを断る際に『他に好きな人がいるので、交際出来ません』と言った言葉に、尾鰭(おひれ)が付いたのだと、推測されます。」

「彼女が、そう言ったの?その『他に好きな人が』って。」

「森村さんの主張では。 断られた方にも、確認を取ってみましょうか?」

「流石に、それは止めておきましょう。袖にされた男子が、気の毒だわ。」

「取り敢えず、誰かとの交際の事実が無い事は、放課後、寮に帰る迄(まで)の殆(ほとん)どの時間、部活動でわたしが森村さんとは一緒に過ごしていますので、間違いは無いです。寮に戻ってから、夜中に出掛けたりしていない事は、寮のセキュリティの記録が証拠になりますし。そんな事が、もしも有れば、それこそ大問題ですけど。実際は、その様な報告は今の所、何も有りません。」

「そうですね。それで、『他に好きな人』って言うのは…。」

 塚元校長が、そう言い掛けた所で、遮(さえぎ)る様に立花先生は声を上げる。

「ブラフ…って言うと、ちょっと違いますけど、まぁ、上手く断る為の方便(ほうべん)だそうです。仮にそれが彼女の嘘だったとしても、それは内心の問題ですので。 実際の行動に問題が無ければ、わたし達が口出しする事では無いのかな、と。如何(いかが)でしょうか?」

 塚元校長は、少し間を置いて、言った。

「解りました。立花先生、この件は、これでお仕舞い、と言う事にしましょう。 聞き辛(づら)い事だったでしょうけれど、良く確かめてくださいましたね。ご苦労様でした。」

「いえ、実の所、本人的には、あの噂は寧(むし)ろ好都合だったみたいで。昨年から、彼女にはその気も無いのに、男子達に相次いで交際を申し込まれるのが、それなりに負担に感じていた様子でしたから。」

「…そう。だとすると、学校側としては、特に何もしないで静観していた方がいいのかしらね。」

「はい、当面は。噂の内容に、今以上の尾鰭(おひれ)が付かなければ、放置しておいても問題は無いかと。」

「そうですね。矢張り、立花先生に調査をお願いして良かったわ。」

「そうでしょうか?」

「ええ、立花先生でなかったら、森村さんが素直に話したかどうか分かりませんし、彼女が素直に話したとして、先程の結論を他の先生から聞いたら、わたしが素直に納得出来たかどうか、怪しいわ。」

「それは…恐縮です。」

 立花先生は一度、背筋を伸ばし、座った儘(まま)で深々と頭を下げるのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第10話.07)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-07 ****


「それで、話は戻りますけど。学校の方へは、わたしの事、どこ迄(まで)報告されるお積もりでしょうか?先生。」

 恵は真顔になって、立花先生に問い掛ける。一方で、立花先生は笑顔を残した儘(まま)、答えた。

「さっきの話の通りよ。恵ちゃ…森村さんに男女交際の事実はありません。そう、校長には言っておくわ。出回ってる噂話には就いては、本人が断る為に『他に好きな人が居る』って言ったのに、尾鰭(おひれ)が付いた物ですって事で。」

「わたしが好きなのは女子だって、そう言ってしまった方が安心して貰えるでしょうか?校長先生に…。」

「う~ん…。」

 立花先生は、天井を見上げ、少し考えてから、視線を恵へと戻し、答える。

「それは当面、伏せておきましょう。校長は信頼出来る人だけけど、超プライベートで敏感な事柄だから。うっかり、周囲に漏れたりすると、面倒臭いし。 それとも、好(い)い加減、隠しておくのは負担?」

 恵は力(ちから)無く笑い、答えるのだった。

「そう言う事では無いですけど、タブー視されるのも、どうなかぁ…と。」

「二十年…三十年も前に比べれば、そう言う事も社会的には普通になって来たとは思うけど。それでも、あなた達の年頃だと、興味本位的な対応になり勝ちだし、それを知った周囲の方が変に気を遣ったり…そう言うの、嫌じゃない? それとも、敢えて公表して、緒美ちゃんにアタックしてみる?」

「それは…恐いですね。嫌です。」

「そう…わたしは、個人的には、周囲に公表するとか、タブー視するとか、そんな事はどうだっていいと思うのよ。唯(ただ)、緒美ちゃんに伝えるかどうか、それだけは、しっかりと考えた方がいいわ。」

「隠し事は良くない、ですか。」

「う~ん、そうじゃなくてね。要は、あなたが自分の選択を納得しているか、どうかなのよ。 多分、緒美ちゃんはあなたが納得して選択した事なら、全面的に支持して呉れると思うわ。彼女、あなたの事は、多分、他の誰よりも信頼してる筈(はず)だから。」

「難しいですね。…その、納得出来る選択って。」

 恵は、一言こう答えると、微笑むのだった。

「だから、わたしは恋愛事(ごと)が苦手なのよ。」

 そう言って、立花先生も微笑む。そして、言葉を付け加えるのだった。

「まぁ、恋愛関係では無いにしても、恵ちゃんと緒美ちゃんは、既に信頼関係で結ばれている訳(わけ)よ。それはそれで、得難い関係なのは確かね。」

「だから、わたしは緒美ちゃんを傷付けたくはないし。友達の儘(まま)、わたしは、わたしのこの気持ちが小さくなるのを待ってます。」

「何だ、答えは出てるんじゃないの。」

「はい。今の気持ちが小さくなったら、次は、わたしの事を恋して呉れる人に、恋がしたいなぁ~。」

 恵は、両腕を振り上げ、椅子に座った儘(まま)で、背筋を伸ばす。その様子を、右手で頬杖を突いた姿勢で、立花先生は眺(なが)めつつ、笑顔で言う。

「きっとそうなるわ、何て、無責任な事は言わないけど。あなた達は、まだまだ若いんだから、まぁ、頑張りなさい。」

「先生にだって、これから、いい出会いが有るかも、ですよ?」

「だから、わたしの事はいいの。」

 二人は、声を上げて笑った。
 そして、立花先生は呼吸を整えてから、恵に声を掛ける。

「あぁ、そう言えば。こんなにしっかり、恵ちゃんとお話ししたのは、初めてかしらね。」

「そう…でしょうか?」

「そうよ。あなた達が部活に参加する様になって丸一年だけど、恵ちゃんが居る時は必ず、緒美ちゃんが居たもの。」

「そうですね。わたしが居ても、緒美ちゃんは先生とお話ししてる事の方が、多いですから。わたしとしては、実はちょっと、妬(や)けてました。」

「あら、ごめんなさい。わたしの方は、別に下心は無いから、許してね。」

「勿論、分かってます。先生は開発とか、お仕事の事しか、話題にしてませんでしたから。」

そして再び、二人は、声を上げて笑うのだった。


 それから暫(しばら)くして、時刻が正午になると、立花先生と恵は、一年生組三人と、更に維月が学食で合流し、共に昼食を取る事となった。
 夏期休暇期間中ではあったが、学校の職員は平日であれば普通に勤務していたし、帰省せずに学生寮に残っている生徒や、部活で登校している生徒達も居る為、普段よりも幾らかメニューの種類が減らされてはいるものの、お昼の学食は開かれていた。但し、土日に就いては、学校の職員は休日なので学食も休みとなり、寮生達には寮の食堂で昼食が用意されるのである。

 恵達に立花先生を加えた、兵器開発部の一同が歓談し乍(なが)ら昼食を取っていると、ランチセットのトレイを両手で持った塚元校長が、通りすがりに声を掛けて来る。

「夏休み中なのに、みんなご苦労様ね。立花先生も。」

 テーブルの一同、食べる手を止め、座ったまま会釈する。すると、塚元校長は慌てて言葉を繋げる。

「あ、気にしないで、お食事、続けてね。ごめんなさいね、気を遣わせちゃって。」

 そのテーブルで、最上級生である恵が、代表して声を返す。

「いえ、大丈夫です。校長先生は、何時(いつ)も学食(ここ)をご利用でしたか?」

「そうよ。時間が何時(いつ)も遅めだから、生徒の皆さんと顔を合わせる事は、少ないのよね、残念な事に。 あ、ルーカスさん、CAD 講習の方は順調かしら?」

 ちょっと緊張気味に、瑠菜が答える。

「え、あ、はい。あの、順調です。先生がいいので。」

「そう。熱心なのはいい事だけど、折角の夏休みなのだから、帰省して、御両親に元気なお顔、見せてあげてね。」

 その言葉に、佳奈がマイペースに返事をする。

「わたし達は、来週、帰省の予定です。校長先生。」

「そう…。」

 そこで、立花先生と恵が並ぶ席の背後側から、塚元校長を呼ぶ、男性の声が聞こえて来た。

「おーい、校長先生ー。こっち、こっち。」

「あら、お呼びだわ。」

 塚元校長が、そう言うのと同じタイミングで、立花先生は振り向いて、声を掛けて来た方向を確認してみる。その三つ向こうのテーブルに集っていた顔触(かおぶ)れに気付いた立花先生は、慌てて前に向き直った。
 その様子に気が付いた塚元校長が、声を掛ける。

「どうかされました?立花先生。」

「あ、いえ。何でもないです、はい。」

「そう?それじゃ、皆さんはごゆっくりどうぞ。お邪魔しました。」

 そう言って、立ち去ろうとした塚元校長を、立花先生が呼び止めるのだった。

「あ、校長。このあと、少しお時間、よろしいでしょうか?」

「このあと?そうね、一時半から、なら。何かしら?」

「先日依頼された、調べ事の件で。」

「あら、流石、仕事が早いわね、立花先生。」

「恐縮です。」

「それじゃ、一時半、校長室でいいかしら?」

「分かりました、その時間に伺(うかが)いますので。」

「はい。お待ちしてますよ。では。」

 塚元校長は、呼ばれたテーブルへと歩いて行ったのだった。
 恵は、塚元校長が離れるのを待って、右隣の席の立花先生に尋(たず)ねた。

「どうされたんですか?さっき。向こうのテーブルには、どなたが…。」

 そして、恵も振り返って、ちらと三つ向こうのテーブルの顔触(かおぶ)れを確認するのだった。

「あ、成る程…。」

「取り敢えず、関わらない方が良さそうでしょ?」

 立花先生は、声を抑え気味に、恵に言った。
 その様子を不審に思った瑠菜が、正面に座っている立花先生と恵の肩越しに、向かい側の、三つ向こうのテーブルの顔触(かおぶ)れを確認するのだった。

「あぁ、校長先生を呼んでたの前園先生じゃないですか。それと、師匠…あとは重徳先生に、助手の二人と…あと二人は…理事長?それと…。」

 最後の一人が誰か分からない瑠菜に、立花先生が答えを提示する。

「最後の一人は、理事長秘書の加納さんね。」

「そこに校長先生が加わると、うちの学校じゃ、ほぼ最強のメンバー構成ですね。」

 恵が解説を加え、クスクスと笑うのだった。その意味が、今一つ理解出来ず、樹里は立花先生に尋(たず)ねる。

「あの集まりは、どう言う繋(つな)がりになるんですか?立花先生。」

「あぁ、わたしも詳しい事は知らないけど。理事長が天野重工の創業者の一人だって事は、みんな知ってるわよね?」

「はい。」

 立花先生と向かい合って座っている、一年生組の三人、樹里、佳奈、瑠菜は、揃って頷(うなず)く。

「で、天野重工の創業者のもう一人が、既に亡くなった塚元相談役で、その方の奥様が校長先生。その塚元相談役と天野会長は大学時代からの友人で、重徳先生は、その大学時代の後輩だそうよ。」

 立花先生の解説を聞いて、恵が声を上げる。

「あぁ、それで。重徳先生と理事長が仲良しなのは、そう言う事だったんですね。」

「そうらしいわ。それから前園先生は、天野重工が浜崎重工の航空機事業を吸収合併した時に、浜崎から移ってきた方(かた)で、その後、航空機の設計とか技術的な事を前園先生から教わったのが、実松課長ですって。」

 今度は、瑠菜が声を上げる。

「え、師匠の先生だったんですか?前園先生。」

「飽くまで、航空機関連に就いて、よ。それ以前から実松課長は、どんな装置の設計も熟(こな)す、立派な設計技術者だったそうだから。」

 そこ迄(まで)の解説を聞いて、納得した様に、樹里が言うのだった。

「成る程、じゃあ、彼処(あそこ)は今、ちょっとした同窓会みたいな感じな訳(わけ)ですね。」

 

- to be continued …-

 

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