第4話・立花 智子(タチバナ トモコ)
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そして、本社での会議の日。2070年5月18日、日曜日である。
智子は指定されていた時間の三十分前に、本社企画部第三課のオフィスへ到着していた。オフィスには既に小峰課長が来ており、自席でコーヒーを飲んでいる。この日は珍しく、休日出勤の同僚はいなかった。
「おぅ、立花君。ご苦労だね、日曜日なのに。」
小峰課長が、オフィスに入って来た智子に声を掛ける。
「課長こそ。ちょっと、ギリギリになってしまいましたか?」
「中央リニアで、一時間で来られるんじゃなかったの?」
「大阪から、でしたら。天神ヶ崎からだと、大阪まで行くのに四時間掛かるんですよ。」
「東京駅から、ここ迄(まで)が小一時間掛かるから、すると、乗り継ぎの時間無しで六時間か。」
「乗り継ぎの待ち時間が有るから、結局、七時間です。向こうの始発で、出て来たんですから。」
「そうか、そりゃ大変だったな。前日移動で、御実家にでも泊まって来れば良かったのに。」
「実家(うち)にも、都合が有るんです。」
智子は残されていた、以前、自分が使っていたデスクの椅子を引き、腰を下ろした。
「部長達は?」
「あぁ、別件で十時位(ぐらい)から会議を始めてるが、予定の時間迄(まで)、わたし達は待機だ。」
「そうですか。」
鞄からサンドウィッチと、ボトル缶のレモン・ティーを、智子は取り出す。
「昼飯かい?」
「移動中に食べ損なったので。課長は、お昼はもう?」
「いやぁ、この後の事を考えると、呑気に食べてる気にもならんのでね。会議が終わってからにするよ。」
小峰課長は、そう言ってコーヒーの入ったマグカップを口元へ運ぶ。一方の智子は、サンドウィッチの包装を解き、頬張(ほおば)った。
それから暫(しばら)くして、智子がサンドウィッチを食べ終わり、ボトル缶のキャップを開けた時、小峰課長のデスク上の内線電話が鳴った。
「はい、小峰です。…はい、分かりました。」
短く応答した小峰課長は、内線電話の受話器を静かに置いて、智子に声を掛ける。
「お呼びだ。」
智子はレモン・ティーを一口飲み、ボトル缶のキャップを閉めてから、答えた。
「はい。では、参りましょうか。」
小峰課長と智子は、第一会議室へと向かった。
第一会議室の下手(しもて)側ドアを小峰課長が開け、室内に入って一礼した。続いて、智子も会議室へと入り、一礼する。
「あぁ、小峰君。こっちへ。」
影山部長が二人に声を掛け、自分の隣側へと着席するように促(うなが)した。
「失礼します。」
小峰課長と智子は、影山部長が指した席へと着いた。
智子が着いた席は出入り口が有る廊下側で、会議室の大きなテーブルを挟んで向かい側には、窓を通して青空が見える。
「二人とも、被告人として呼ばれた訳(わけ)じゃないから、まぁ、リラックスして呉れ。」
笑い乍(なが)ら、小峰課長を挟んで右席の影山部長がそう言うと、同席していた面々も少し笑っていた。意外にも和(なご)やかな雰囲気だったので、小峰課長は少しほっとした面持ちだったが、智子は寧(むし)ろ「油断してはいけない」と、内心、考えていた。
席に着き、智子は参加しているメンバーを見渡して、一番の上座に着いているのが社長ではない事を意外に思ったのである。他の部長達と同様に、智子は企画会議等でのプレゼンで、社長とも面識が有ったのだが、上座にいる人物とは面識が無かったので、咄嗟(とっさ)にそれが誰だかが分からなかったのだ。だが、直ぐに、その人物が会長、天野 総一である事に気が付いた。それは勿論、会長の顔は画像等で見た事が有ったからだ。
会長の斜め後ろの入り口近くの席に、控える様に座っている人物にも見覚えは無かったが、その席位置から、彼は会長の秘書であろう事が推測された。一流企業の重役然とした他の部長達と見比べると、頭髪の薄い、黒縁眼鏡のその男は、余りにも冴えない風体(ふうてい)の中年男性の様に、智子の目には映った。例えば、着ているスーツは良い物の様だったが、それが、何とも似合っている様に見えないのだ。「秘書にするなら、もっと見栄えのいい人を使えばいいのに。」と言うのが、智子の素直な感想だった。
そんな智子の感想を知ってか知らずか、会長は穏和な表情で席に着いていた。その雰囲気は、あの前園氏にも似ている様な気がしないでもない智子だった。
「今回、議題のレポートを送って呉れた立花君と、その直属の上司が企画部三課の小峰課長だ。皆さん、小峰課長は御存じと思うが。」
影山部長が、二人を紹介するので、改めて小峰課長は着席した儘(まま)で軽く頭を下げる。智子は席を立ち、再度一礼した。
「企画部第三課、立花です。」
「あぁ、立たなくてもいいよ。座って、座って。」
慌てる様に、影山部長が智子に声を掛けた。
「あ、はい。ありがとうございます。」
智子は言われた通り、着席した。
「立花君、プレゼンを二、三度受けた事が有るから、キミの事は覚えているよ。」
突然、智子にそう話し掛けて来たのは、現社長の片山である。
「恐縮です。」
咄嗟(とっさ)に智子は着席した儘(まま)、お辞儀をする。すると、天野会長が自身の右手側の席に着く、片山社長に話し掛けるのだった。
「立花君はこの四月から、出向で天神ヶ﨑(うち)の講師として、来て呉れているんだ。」
「あぁ、成る程。」
そこで、影山部長が議事の進行を始める。
「では、先(ま)ず、立花君。例のレポートが書かれた経緯から、説明して呉れないか。」
- to be continued …-
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