第5話・ブリジット・ボードレール
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茜に因る HDG-A01 初起動でのトラブルは、樹里の解析と対処に因って、取り敢えず解消された。それは、五月の連休中にも関わらず、本社・開発部のサポートが有った事も要因ではあるが、ともあれ HDG-A01 の茜に因る装着運用テストは再開され、茜の HDG 装着に対する慣熟が進むのと同時に、仮設定だったパラメータ値が順次整理されていった。
そんな折、本社への HDG-A01 の返送が決定される。予てより設計、試作が行われていた HDG-A01 の外部装甲である、ディフェンス・フィールド・ジェネレータ一式の製作が終了したのだ。
追加パーツ一式を天神ヶ崎高校へ送り、現地での改造工事を行う方法も考えられたのだが、その工事内容が配線の追加所(どころ)ではなく、一部基礎フレーム交換の必要も有った為、本社試作工場へ送り返してのオーバーホールを実施する事になったのである。そして、2072年5月9日月曜日、HDG-A01 はメンテナンス・リグに接続された状態で本社が手配したトランスポーターに積載され、本社試作工場へと送り出されたのだった。
それから凡(およ)そ一週間後、2072年5月17日火曜日。朝から降り続いていた雨が、昼過ぎに漸(ようや)く上がった、そんな日の放課後。部室へと一人向かっていた茜は、その途中で緒美と恵、そして直美の三人と出会(でくわ)したのだった。そして、茜は三年生達と共に、部室へと向かった。
第三格納庫東側の外階段を登り、入り口前の踊り場に立つと、既に誰かが部室内に居る気配が有るので、「立花先生だろう」と見当を付けて緒美がドアを開いた。すると、室内では予想通りの立花先生が、天野重工の作業着を着た年配の男性と、同じく作業着姿の若い男性と談笑中だった。
「あら、実松(サネマツ)課長。今日は、どうされたんですか?畑中先輩も。」
二人の姿を認めた緒美が、先(ま)ず、声を掛けた。
「おぅ、部長さん。邪魔してるよ~。」
年配の男性、実松課長が、被っていた作業帽を右手で持ち上げ、一振りして又、白髪頭へと戻した。
「HDG-A01 のフル・バージョン、搬入しておいたから。試作部代表で、試運転に立ち会わせて貰うよ。」
若い方の男性、畑中は右手を振りつつ、そう言った。因みに、彼が「先輩」と呼ばれるのは、天神ヶ﨑高校の卒業生だからであるが、緒美達と在校期間が重なっていた時期が有る訳(わけ)ではない。
「わたしは開発部、設計課代表という訳(わけ)だ。」
畑中に続いて、実松課長が付け加えた。
すると、緒美の後ろから、恵がニコニコ顔で言う。
「わざわざ、課長がいらっしゃらなくても良いでしょうに。」
「ハハハ、こんな面白い仕事、他の奴に任せられるかい。」
笑い乍(なが)ら、実松課長が恵に答えた。そして、黙って様子を窺(うかが)っていた茜に気が付いた実松課長は、彼女に声を掛ける。
「あぁ、あなたが会長のお孫さんか。ハハハ、確かに、薫ちゃんにそっくりだな。」
「薫ちゃん?」
唐突に出た、知らない名前に、緒美は実松課長へ聞き返した。が、それには茜が答える。
「あ、母の名前です。…実松、課長さんは、母をご存じなんですか?」
「あぁ、知っとるよ~。と言っても、わたしが知ってるのは、小学生位(ぐらい)の頃だけどね。よく、工場(こうば)の方へ遊びに来てたんだよ。」
唐突な話の展開に、立花先生が向かいに座っている実松課長に問い掛ける。
「それって、何時(いつ)頃の話ですか?」
「何年前になるのかな。なにせ、天野製作所時代の話だから。」
「実松課長はその頃から、この会社に?」
「あぁ、わたしは天野製作所、創業当時からのメンバーだからね。」
実松課長と立花先生の遣り取りを聞いていた直美が、思わず口を挟む。
「だったら、今頃、重役になってる筈じゃ…。」
「ハハハ、わたしはデスクでスケジュールの管理や、金の計算ばっかりやってるのは好かん。現場で図面描きを、ずっとやらせてくれって、社長に頼み込んだもんだから、出世も定年もしないで課長止まりなのさ。」
「そんなお話、初耳ですよ、実松課長。畑中君は知ってた?」
意外な話を聞いて慌てたのは立花先生である。実松課長の隣に座っていた、畑中にも確認をする立花先生だった。
「いえ、わたしも初耳です。」
「そうりゃ、そうさ。こんな話、滅多にしないもの。この事を知ってるのは、今の若い部長さん達でも少ないだろうな。」
そう言って、実松課長は又、大きな声で笑うのだった。
そうこうする内、茜たちの背後で部室のドアが開くと、瑠菜達、二年生組が部室に入って来たのだが、実松課長の姿を見つけた佳奈が、そして瑠菜が声を上げた。
「師匠~。お久し振りです。」
「師匠、今日はどうされたんですか?」
佳奈と瑠菜の二人は、茜の脇を擦り抜けて、実松課長の傍(そば)へと駆け寄るのだった。
「師匠?」
茜は緒美に、小声で問い掛けた。緒美は茜に、耳打ちをする様に答えた。
「あの二人に CAD 製図の特訓をしてくれたのが、実松課長なのよ。去年の夏休み。」
「あぁ、成る程。」
実松課長は駆け寄って来た瑠菜と佳奈の二人に、声を掛ける。
「おぅ、HDG-A01 のフル・バージョンの納入と運転試験の立ち会いに来たんだが、二人共、元気そうだ。最近の図面も見せて貰ってるけど、腕、上げたなぁ。すぐにでも、うちの課に欲しい位(ぐらい)だ。」
そして又、機嫌良さ気(げ)に笑う実松課長であった。
- to be continued …-
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