第6話・クラウディア・カルテッリエリ
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今度は、ラーメンをほぼ完食した村上さんが、コップの水を飲みつつ、クラウディアに尋ねる。
「そう言えば、先週はドイツで襲撃事件が有ったってニュースが有ったけど、クラウディアさんの実家は大丈夫だったの?」
「この前のは、家からは遠い所だったし、襲われた町も大した被害は無かったらしいわ。」
「四月に完成したロシアの監視レーダー網が、少しは効果が出て来た、って話らしいけど。」
と、維月がクラウディアの返答に、補足を加えた。
エイリアン・ドローンは、地球に降下する際、何故かは判明していないが、北極から南極へと周回する極軌道に入ることが、観測に因り知られている。大気圏へ突入するのに、北極上空を選んだ場合が「北極ルート」、南極上空から降下して来るのが「南極ルート」と呼ばれているが、人工の建造物を目当てに襲撃を仕掛けて来るエイリアン側の都合上、北半球に陸地が集中している故に、圧倒的に利用される頻度の高いのが「北極ルート」だった。
そして、これも理由は定かではないのだが、エイリアン・ドローンは大気圏内の洋上を、長距離移動する事を避ける傾向が強く、太平洋や大西洋上空で大気圏内に降下しては来ないのである。これはどうやら、襲撃を日中に限定している事と関係が有りそうで、洋上を長時間飛行して襲撃予定地に到着した時に日没になる、と言う状況を避けていると考えられている。とは言え、洋上飛行能力が無い訳(わけ)ではなく、実際、大陸から日本海を飛び越えて日本列島にやって来る事は、頻繁に行われているのだった。
「北極ルート」から降下して来たエイリアン・ドローンが北米大陸方向へ進む場合は、カナダや米国の防空レーダー網がそれらを検知して、ミサイルや戦闘機の迎撃が行われるので、エイリアン・ドローンもそれを学習した為か、最近ではその様な行動はしなくなっている。北米大陸の都市を襲撃する場合は北米大陸上空で大気圏に突入し、その儘(まま)襲撃目標へと向かう行動パターンが取られており、それに因って「北極ルート」から侵入する場合に比して、迎撃側の対処時間を短くさせているのだと考えられている。
一方、「北極ルート」からユーラシア大陸へと侵攻する場合は、北米大陸とは少々事情が違っていた。先(ま)ず真っ先に対峙する、ロシア防空網の精度がカナダや米国ほど精密ではなく、特に低高度での侵入に対する脆弱性がエイリアン・ドローンの侵攻を許してしまっていたのだ。それに因り、ロシア国内に被害も出るのだが、ロシア領内には無人地帯も少なくはなく、そこを通過してアジアやヨーロッパ各国の都市部へとエイリアン・ドローンが移動して行くので、その事の方が問題を大きくしていたのである。ロシア側にしてみれば自国の都市を防衛するので手一杯であり、国土が広大であるが故に無害通過していく物に迄(まで)、手が回らないのが実情だった。それらの発見や連絡に関するメカニズムが周辺各国間で確立されていると言える状況でもなく、その為に周辺各国では多くの損害も発生しているのだった。
そんな状況だった為、先(ま)ずは入り口となっているロシア北部の防空監視レーダー網の強化が国際的にも必要視され、関係周辺国の資金援助も有って、漸(ようや)く防空監視レーダー網の強化、改修工事がこの四月に完了した、と言うのが事の顛末だった。
勿論、機材が完成すれば直ぐに能力が発揮出来る物でもなく、装置の能力検証や再改修、運用要員の育成や慣熟、連絡網の確立や迎撃部隊との連携等々、超えなければならないハードルは幾つも有るのだ。
因(ちな)みに、日本列島へのエイリアン・ドローンの侵攻ルートは、「北極ルート」からロシア東部を通過し、日本海を飛び越えて日本各地の都市部へと至るのが常套(じょうとう)となっている。逆に、太平洋側からの襲撃は殆(ほとん)ど例が無く、これは監視するべき方角がほぼ決まっていると言う事で、日本に取っては幾分だが警戒監視がやり易くなっていたのである。
「あぁ、そう言えば、そんなニュースも有りましたね。」
茜が維月の補足を聞いて、思い出した様に頷(うなず)いた。
「茜はそんなニュース迄(まで)見てたの?」
向かいの席のブリジットが、少し驚いた様に言った。
「こっちに来たばかりの頃だったから、あんまり詳しくチェックした訳(わけ)じゃ無くて、だから今迄(まで)忘れてたけど。あなたは、その手のニュースには興味無いものね~。」
茜はブリジットを見詰め、そう言うと、くすりと笑った。
それを受けて、ブリジットの左隣、九堂さんも笑って言う。
「大丈夫よ、ブリジット。わたしも知らなかったから。敦実(アツミ)は知ってそうよね。」
「残念、要(カナメ)ちゃん。わたしも知りませんでした~。入学でバタバタしてたから、その頃のニュースは余り見てなかったの。その辺り、天野さんは余裕が有ると言うか、凄いわね。」
九堂さんから話を振られた村上さんだったが、再び茜に会話を戻す。
「別に凄くは無いわ、偶然そんなニュースを見た、ってだけの話だもん。それに、今まで忘れてたし。」
「まぁ、取り敢えず、少しはロシアが役に立ってくれるなら良いんだけど。昔からあの国は碌(ろく)でもない事ばかりするから。」
クラウディアは、そう言って椅子の背凭(せもた)れに身を預け、溜息を吐(つ)いた。その様子を見ていた維月が、笑い乍(なが)ら言った。
「しかしまぁ、女の子がする様な話題じゃないわね。」
「この御時世ですから、仕方ないんじゃないですか?維月さん。」
維月の発言に茜が答えたのだが、それを聞いた九堂さんが、透かさず言う。
「御時世って、オジサンみたい。」
クラウディアを含めて、一同がその言葉を聞いて笑うのだった。
そして、皆と一緒になって笑っている様子を見て、村上さんがクラウディアに尋ねる。
「それにしても、クラウディアさん。日本語、上手ね。ドイツで習ったの?」
「いいえ。ほぼ独学。日本のマンガや小説(ノベル)を原文で読みたくて、十年位(くらい)前に勉強を始めたの。会話はドイツに来てる日本の人を相手に練習したのよ。日本語って、文字が三種類も有る上に、文章と会話とで文体?が変わるのが面倒臭いけど、ヨーロッパの言語とは、丸で構造が違うから面白かったわ。でも、漢字を覚えるのには苦労したけど。あ、それから、話し言葉が男女で違うのも、不思議。」
「あ~…。」
クラウディアの発言に、声を上げて納得した一同であった。
- to be continued …-
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