STORY of HDG(第10話.06)
第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 10-06 ****
「もう一つ、残ってますか?先生。」
「さっき、恵ちゃんは地下資源と一緒の括(くく)りにしちゃったから、考えから漏れたのよ。」
「あ、領土…ですか?」
立花先生は、静かに頷(うなず)いた。それに対して恵は、釈然としない点を表明する。
「領土、土地が欲しいなら、人が住んでいない場所が幾らでも有るじゃないですか。砂漠とか、森林地帯とか。まぁ、エイリアンに勝手に住み着かれても、それは困りますけど。」
「エイリアン側が、どう言った判断基準なのかは解らないけど。人間は自分達が住み易い環境の所に、街を作ってるわよね。環境という意味では、エイリアンも人類と同じ様な環境の場所が欲しいんでしょうね。砂漠とか、極地とかじゃなくて。」
「その土地を、利用したくて建物を壊してる、と?」
「そうね、人間が畑を作る為に、蟻塚とか動物の巣を壊してる感覚? そんな時、人間は塚や巣を作った昆虫や動物の都合を、特に意識はしないでしょう? 多分、エイリアン側からすれば、そういう感じなんじゃないかな。 蜂なんかは、巣を壊されたら必死で反撃して来るけど、わたし達の迎撃も、エイリアン側にしてみれば、人間から見た蜂程度の認識かも知れないわね。」
「そんなに、文明や科学に落差が有りますか…。」
「有るでしょうね。彼方(あちら)は、恒星間の移動が出来る位(くらい)だもの。そう考えれば、向こうがコミュニケーションを取ろうとして来ないのも、或(あ)る意味、納得出来るしね。」
「どうしてですか?」
「だって…じゃあ、恵ちゃんが、新しい家に引っ越したとしましょう。その家の中に居た、ネズミとかゴキブリやハエに、出て行ってくださいとか、共存しましょうとか、交渉しようと考える?」
「いえ、それは流石に…。」
「でしょう? 大概の人は、有無を言わさず、殺虫剤とか使って、駆除するわよね。」
「人類の事を余り意識してないって、そう言う意味ですか…。」
「まぁ、飽くまでも想像だけどね。緒美ちゃんの言う通り、エイリアンの考える事なんて解らないし、証拠も無ければ、確認の方法も無い事だし。」
一連の会話の結果、今迄(まで)、余り考えていなかったエイリアンと人類との、その文明の格差の様な物を初めて意識した恵は、恐怖に近い不安を覚え、立花先生に問い質(ただ)す。
「先生、人類は勝てるんでしょうか?」
立花先生は腕組みをして少し考え、答えた。
「勝つ、の定義にも依るけど。さっきの蜂の例えだと、人間と蜂程、文明に格差が有っても、人は蜂に殺される事は有るわ。だから、文明に差が有っても、反撃は無駄では無い、とは言えるわね。」
「でも、蜂が人間から、巣を守り切る事は出来ませんよね。」
「そうね。でも、わたし達は、蜂ではないのよ。」
「そうですね。じゃあ、どうしたら勝てるんでしょう?」
「だから、『勝つ』の定義次第よ。例えば、敵の母星の所在を突き止めて、そこを破壊出来れば完全勝利よね。」
「そこ迄(まで)、する必要は無いと思いますし、今の人類の技術では不可能では?」
「うん。じゃぁ、月の裏側に居る、エイリアン・シップを破壊、若しくは追っ払えれば、勝ち?」
「出来るのなら、その辺りが理想的でしょうけど、矢っ張り、技術的に難しい様に思います。」
「そうすると、地球に近付いて来るエイリアン・ドローンを、全部、撃ち落とし続ける?」
「技術的には、その辺りが精一杯な気がします。」
「ロケットにせよ、ミサイルにせよ、大気圏外まで飛ばそうと思ったら、結構な費用よ。それに、エイリアン・ドローンを幾ら撃ち落としたって、一円にもならないし。勿論、放置してたら、撃ち落とすのに掛かる費用以上の損害が出る訳(わけ)だけど。」
立花先生は、少し意地の悪い笑顔をして見せる。恵は、一度、溜息を吐(つ)き、言うのだった。
「それじゃ、結局、今と同じで、大気圏内に降りて来たのを、各国が水際で撃ち落とし続けるしかないじゃないですか。」
「まぁ、今の所、それが一番、費用対効果(コスト・パフォーマンス)がいいって事よね。それでも、あと十年、これを続けられるかは分からないわ。以前にも話したと思うけど。」
「幸い、エイリアン・ドローンの襲撃は散発的で、世界中に分散してるから、今は経済活動が回ってる~って言う、事ですよね。」
「五年前の、最初の一年間に比べれば、昨年の一年間は、頻度で三倍、規模…一度に降下して来るエイリアン・ドローンの数で倍になってる。同じペースで増え続けて、その上で、襲撃されるエリアを絞り込まれでもしたら、十年所(どころ)か、あと五年、持たないかも知れない。もし、経済が回らなくなったら、あっと言う間に人類は窮地(きゅうち)に追い込まれるわよ。」
「確かに、生身や素手で戦える相手じゃないですからねぇ…。」
「そう言う事。」
二人は揃(そろ)って腕組みをし、同じタイミング、深く溜息を吐(つ)くのだった。
「わたし達が今、作っている物…HDG って、本当に役に立つんでしょうか?」
それは、立花先生にしか訊(き)けない、恵の素直な疑問だった。
「不安? 努力が、無駄になるのが。」
「いえ、きっと、今は危機的な状況になるかどうかの、分岐点の様な気がしているんです、実感は無いですけど。でも…例えば、HDG が緒美ちゃんの考え通りに完成したとしても、起死回生と言うか、逆転ホームランみたいにはならない気がして。」
立花先生は力(ちから)無く笑って、恵の所感に対して同意するのだった。
「それは、まぁ、そうでしょうね。例え、HDG を百機揃(そろ)えて見た所で、それで、戦局が大きく変わると言う様な期待は出来ないわ。あれは、局地戦…迎撃戦での、個人用の強化装備だから。」
「ですよね。」
「局面に影響を与える可能性が有ると期待しているのは、仕様書後半の航空装備と、C号機の電子戦装備よね。そこ迄(まで)開発が進められれば、現有の防衛装備と連携する事で、防衛軍の能力底上げが期待出来るの。」
「だったら、遠回りしないで、その部分だけ開発したらいいんじゃないですか?」
「まぁ、そう言う意見も有るでしょうけど。 でも、そう言う装備であっても、向こうは問答無用で殴り掛かって来る訳(わけ)よ。そもそもが、そう言う戦法に、わたし達の装備が対応出来ないから、HDG を開発してる訳(わけ)だし。」
「先(ま)ずは、同じレベルで殴り合える様になるのが先決、って言う事ですか…。」
恵は、少し呆(あき)れた様に、そう言って息を吐(は)いた。
「流石、恵ちゃん。理解が早い。」
「一応、わたしも仕様書に、目は通してますから。」
「それで、恵ちゃんの最初の疑問に戻る訳(わけ)だけど。」
「何故、一気に攻めて来ないか?」
「そう、それ。早い話が、分からない、っていうのが答えなんだけど。でも、そのお陰で、こちら側としては、対処や反撃の準備が出来てる、って側面は有るのよね。」
「はい。」
「分からないって前提の上で、一気に攻めて来ない理由として、考えられている事は、幾つか有るわ。一つ目は、最終的に攻略する場所を絞り込む為の、現地調査説。」
「成る程、有りそうな話ですね。何だかんだで、地球は広いですし。」
「二つ目は、人類の戦力や反撃の程度を見極めようとしている、威力偵察説。」
「それは、どうでしょう? その為に、五年も必要でしょうか。」
「そうね。じゃ、三つ目。戦闘による環境破壊を避ける為の、限定戦闘説。」
「そうか、地球上の土地を自分達が利用するのが目的だったら、戦闘で汚染する訳(わけ)にはいかないですからね。」
「だから、地上のエネルギー関連施設や、工場とかを積極的に狙って来ない、と言うのは考えられるでしょ。そして、反撃の度合いを確かめつつ、最初の占拠目標をどこに定めるか探している、と。」
「結局、さっきの三つ、全部じゃないですか。」
「理由が一つだけとは限らないでしょ。寧(むし)ろ、複数の理由が有る方が自然だわ。」
「それは、そうですけど…でも、その為に彼方此方(あちらこちら)の地域にちょっかい出して回るって、随分と気の長い話ですよね。」
「時間の感覚が、違うのよ、多分、わたし達とは。 それだけ、無駄とも思える様な、時間と資材を掛けても構わないだけの存在である、とも言えるわね、エイリアン達って。 その上で、地球上での戦闘に使われているのが全部、ドローンだもの。エイリアンの側は、今迄(まで)、唯(ただ)の一人?も、死んではいない筈(はず)だわ。」
「そう聞くと、理不尽さにムカつきますよね。この五年間で、人類(こっち)側の犠牲者は、百人や二百人じゃありませんから。正確な数字は知らないですけれど。」
「日本政府の統計だけで、民間と防衛軍合わせて、五年間の犠牲者数は五百人を超えてた筈(はず)よ。それでも日本は被害が少ない方だから、世界中の犠牲者数を合計したら、一万人や二万人は超えるんじゃないかしら。まぁ、中連みたいに、被害情報が出て来ない地域も、他にも幾つか有るから、全世界での正確な統計は無いだろうけど。」
立花先生が言う『中連』とは、以前にも記した通り、『中華連合』の事である。準内戦状態と言える国内状況である為、一般的には内情の不明な地域なのである。
「そうやって数字を聞くと、緒美ちゃんじゃなくても、出来る事なら復讐って言うか、エイリアン達に思い知らせてやりたくなりますよね。」
恵は怒りとも、悲しみとも付かない表情で、そう言うのだった。そんな恵に対し、慰(なぐさ)める様に、立花先生が語り掛ける。
「気持ちは分からないではないけど、そう言う事は考えない方がいいわ。少なくとも、あなた達が考える様な事ではないのよ。」
「そうですね…すみません、頭を冷やします。」
力(ちから)無く笑う恵に、立花先生も微笑みで返す。
そこで、ふと、立花先生は時刻を確認すると、既に一時間以上が経過していたのだった。
「もうすぐ、お昼ね。この辺りで、切り上げましょうか。」
「そうですね。わたしへの事情聴取(ちょうしゅ)の方は、もう宜しいですか?先生。」
「そう言う、嫌な言い方はしないでよ。意地が悪いなぁ、もう。」
「すみません、先生。」
そして、二人はクスクスと笑うのだった。
- to be continued …-
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