第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール
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演習場は山腹の北側斜面を造成して整備されているのであるが、その大部分は緩(ゆる)やかな斜面である。その敷地の北端部は、ほぼ水平に整地されていて、そこに管理棟と、その西側に八十メートル程の間隔を空けて、間口が三十メートル程の、蒲鉾(かまぼこ)形の屋根を持った格納庫が四棟、並べて建てられている。
この格納庫の中には、常に何かが収められている訳(わけ)ではなく、演習が行われる度(たび)に、必要に応じて演習で使用される資材が運び込まれたり、雨天時の機材整備や資材保管を行う際に使用されるのだった。
その一番東側の第一格納庫の東側前方に、天野重工のトランスポーター等の車輌が駐車されており、陸上防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)が三輌、第二格納庫の前に並べられている。
第一格納庫の南側大扉は開放され、入り口付近の東側端に天野重工の指揮所が、間隔を空けて西側端には陸上防衛軍の指揮所が設置されていた。その為、前回の火力運用試験の時の様な天幕が、今回は張られていないのである。
取り敢えず、茜とブリジットはトイレに行った後、学校のマイクロバスへと乗り込み、車内の前後左右のカーテンを閉めて、インナー・スーツへと着替えていた。
緒美と樹里は、トランスポーター荷台上、LMF 後方下部のメンテナンス・ハッチへと向かい、Ruby の再起動作業である。前回は電源車を持ち込んで LMF の起動時電源を確保していたのだが、今回はトランスポーターの電源系統を改造して、そこから LMF への起動電源が賄(まかな)える用意がされていた。
直美を含む残りの五名は大塚や倉森、新田と言った天野重工試作部のメンバーと共に、小型コンテナ車からデバッグ用コンソールや球形観測機等、試験を観測する為の機材を順番に降ろし、機材のセットアップ準備を進めていった。
そんな様子を、支度のほぼ終わった陸上防衛軍、戦技研究隊の面面は遠目に眺(なが)めていたのである。
一番車の前に藤田三尉が立ち、天野重工側の様子を見ていると、二番車車長の二宮一曹が近寄り、話し掛けて来る。
「藤田三尉は、今日の対戦相手が、あのお嬢さん達だって、御存知だったんですか?」
「いいえ、その事に関しては聞かされてはいなかったわね。わたしもビックリよ。」
そこに、三番車車長の元木一曹が加わる。
「自分は、今日の相手は開発中の新兵器だって、聞いていたんですが。」
「それは、全員がそうでしょ。」
「でも、それがどんな兵器なのかは、隊長の他は誰も聞いてないんですよね。」
二宮一曹が呆(あき)れ気味に、そう翻(こぼ)すと、操縦員の三名も集まって来るのだった。その操縦員の中では一番年上の女性隊員、松下が揶揄(やゆ)する様に言った。
「新兵器って言ったって、あんな子供が相手では。ですよね、藤田三尉。」
そう話を振られた藤田三尉は、微笑んで言うのだった。
「そうでも無いかもよ。何たって、天野重工が自社の技術者養成の為に運営してる、天神ヶ崎の生徒さんらしいから。」
「有名な学校なんですか?その、天神ヶ﨑って。」
聞き返したのは、二宮一曹である。それに藤田三尉が、答える。
「ええ。天神ヶ崎ってのは高校なんだけど、下手すると、東大よりも難関だって言う人もいるそうだから。」
「へえ、よく御存知ですね、藤田三尉。」
感心気(げ)に、そう言ったのは元木一曹だった。
「まぁね。実は、うちの子が再来年、天神ヶ崎を受験するって、頑張ってるんだけど。先生の話だと、なかなか、難しいらしくって。」
「雄大君、優秀なのに?」
「今の成績じゃあ、五分五分だって言われてるのよねぇ。」
藤田三尉と元木一曹が、そんな会話をしている所で、二宮一曹が声を上げるのだった。
「あぁ、思い出した。天神ヶ崎って、社員待遇で学校通って、給料まで貰えるって、聞いた事が有る。その学校ですか?」
「その言い方には、語弊(ごへい)が有るけど。まぁ、そう言う事らしいわね。」
と、藤田三尉が答えた時、日下部三曹が頓狂(とんきょう)な事を言い出すのだった。
「って事は、あの子達、女子高生ですか? 女子高生って、もっとこう、スカートが短かったり、髪の毛染めてたり、変な略語、喋(しゃべ)ったりするんじゃないですか?」
「まぁ、確かに、金髪に赤毛の子も居たけどねぇ。」
日下部三曹に付き合って、冗談を言うのは元木一曹である。
「アレは、留学生か何かでしょう?元木一曹。」
日下部三曹が的外れな突っ込みをする一方で、藤田三尉は呆(あき)れる様に言葉を返すのだった。
「何時(いつ)の時代の女子高生よ、それ。そんなのが流行ってたのは、あなたのお婆ちゃんが高校生だった頃じゃない?」
「えぇ~知りませんよ。自分、高校は男子校でしたから。」
そこで、松下二曹が苦笑いしつつ、言うのだった。
「いや、まぁ、今でも学校に依っては、そんなタイプの女子生徒も居ますけどね。主流では、ないでしょうけど。」
「そうなの?一周回って、又、流行ったりするのかしら。わたし達の時代(ころ)は、そんなのは徹底的に馬鹿にしてたんだけど。」
女性二人の反応とは別に、元木一曹は下世話な話題を日下部三曹に振るのだった。
「日下部は、好みの子とかいたかい?あの位(くらい)の歳のアイドルとか、好きだったろ。」
「いい学校の生徒さんなんでしょう? 頭の良過ぎる女の子は、自分、苦手ですよ~元木一曹。」
「そうかい? 俺は、あの先生とか、タイプだけどね~。」
そんな二人の会話に、笑って、二宮一曹が突っ込むのだった。
「元木は、相変わらず年上が好きだねぇ。」
「ほっといてください、二宮一曹。」
そんな折り、黙って天野重工側の動向を眺(なが)めていた江藤三曹が、突然声を上げた。
「あ、彼方(あちら)の浮上戦車(ホバー・タンク)、動くみたいですよ。」
陸上防衛軍、戦技研究隊一同にも、LMF のメイン・エンジンが起動する音が、聞こえて来ていた。江藤三曹の発言を機に、一同が、其方(そちら)に視線を向ける。
そして、二宮一曹が江藤三曹に尋(たず)ねるのだった。
「江藤、アレ、何時(いつ)の間に、ドライバーが乗車したんだ?」
「ずっと見てましたけど、誰かが乗り込んだ様子は無かったですね。あれ、前部分が操縦席の様なんですが、ハッチはずっと、閉まった儘(まま)でしたから。」
訝(いぶか)し気(げ)に、藤田三尉が聞き返す。
「どう言う事?」
「どう、と言われましても。今は無人で動いているのか、でなければ、ずっと前から誰かが乗っていたのか。」
「ドライバーは、あの赤毛の子だったよね。ほら、あの黒いスーツの…。」
元木一曹が、LMF が乗せられたトランスポーターの方へ歩いて来る、インナー・スーツに着替えたブリッジとを指差して言うのだった。そして、一同の視線の先では、インナー・スーツに着替えた茜が、HDG 専用のコンテナ車の解放された後部ランプを上がって行くのが見て取れた。
その一方で、トランスポーターの荷台上で、LMF が立ち上がる様に、中間モードへと移行する。
「うわぁ、変形しましたよ。昔のアニメみたいだなぁ。」
真っ先に声を上げたのが、江藤三曹だった。一同の視線の先では、LMF がトランスポーターの荷台上から、歩行に因って降りる光景が展開している。
「マジかよ、歩いてるぜ…アレ、腕が有るって事は、エイリアン・ドローンと殴り合いでもさせる気かな?天野重工は。」
呆(あき)れ気味に、そう言ったのは、元木一曹である。それに、松下二曹が続いた。
「まさか。しっかし、プラズマ砲二連装って。市街戦じゃ強力過ぎて、使い物になるのかしら…。」
「あ、元に戻った。」
江藤三曹が声に出した通り、LMF は地上に降りた後、直ぐに通常の高速機動モードに移行したのだった。そして、コックピット・ブロックのキャノピーが開く。
「あ、ほら、ハッチが開きますよ、二宮一曹。」
「あぁ…あ、矢っ張り、無人だったんだな。あれもドローンなのか?」
「そうでもないみたい、ですね。ほら、ドライバーが…。」
キャノピーが開くと、ブリジットが器用に LMF の機体を駆け上り、バイク形式の操縦席に着くのだが、その様子を見て、元木一曹が声を上げる。
「何だ?あの姿勢で操縦するの?」
「何だか、天野重工は変な物を持ち込んで来たね~。」
二宮一曹は苦笑いしつつ、そう感想を漏らすのだった。
そして、茜が装着した HDG が、専用コンテナから歩いて出て来ると、江藤三曹が又、声を上げる。
「あ~、何だ?あれは…。」
「そう言えば、隊長が『パワード・スーツ』がどうとか、言ってたよなぁ、さっき。」
二宮一曹に続いて、元木一曹が藤田三尉に問い掛ける。
「あの人形みたいのが、今日の相手なんですか?藤田三尉。」
「でしょうね。わたしも聞いてないけど。」
そこへ、大久保一尉と吾妻一佐が歩み寄って来るのに一同は気付き、整列し姿勢を正すのだった。
大久保一尉は、隊員の前に立ち、声を上げる。
「よし、楽にして呉れ。天野重工側も準備が出来た様子なので、本日の模擬戦に就いて詳細を伝達する。と、言っても、皆がやるべき事は何時(いつ)もと変わらん。全ての先入観を捨てて、訓練通りにエイリアン・ドローンの機動を再現し、相手方の評価作業の支援を行うのが、我々の任務だ。形式上、模擬戦ではあるが、勝ち負けに拘(こだわ)る必要は無い。 模擬戦は最初に、試作パワード・スーツと十回戦、その後、試作浮上戦車(ホバー・タンク)と十回戦を行う。先方と此方(こちら)、両者の間隔を五百メートル以上空けて正対した状態から開始し、何方(どちら)か一方が撃破判定となった時点で、一回戦が終了。速やかに両者の間隔を五百メートル以上空けて再度正対し、次回戦を開始する。使用する兵装は、先方は荷電粒子ランチャー及び、プラズマ砲であるが、どちらも、実射はせず、彼方(あちら)側に装着された発信器と、此方(こちら)側の受信機に因って命中の判定を行う、通常の運用だ。これに因り、命中判定が出れば、此方(こちら)側が撃破判定。 我々の側は、相手の五メートル圏内迄(まで)接近すれば、相手側が撃破判定となる。相手は試作機であるから、接触はしない様に気を付けろ。特に、試作パワード・スーツに就いては、絶対にぶつけるなよ。 以上、何か質問は有るか?」
藤田三尉が手を挙げ、発言する。
「模擬戦は一対一で、ですか?」
「先方は一機、此方(こちら)は何時(いつ)も通り三機の編成、だ。」
回答を聞いて一同の表情が曇るのを見て、大久保一尉は言葉を続けた。
「これは、性能評価の為、先方が指定して来た条件だ。天野重工側は、相当の自信が有る物と見られる。油断はするなよ。」
一同は声を揃(そろ)え、「はい。」と答えたのだった。
- to be continued …-
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