第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール
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「先(ま)ずは、落ち着いて射撃してね。連射し過ぎると、冷却が追い付かなくなるから、出来たら、出力調整にも気を遣って。それから、射撃する時は、この格納庫を背後でね。こっちに流れ弾が来たら、洒落にならないから。成(な)る可(べ)く間合いを取って、接近戦には付き合わない様に。 あと、出来れば、三分以内で方(かた)を付けなさい。」
茜は閉じられた大扉の前で立ち止まり、一度、大きく息を吐(は)いてから答えた。
「やってみます。」
そこに、茜のヘッド・ギアへ、大久保一尉の声が聞こえて来る。天神ヶ崎高校側が使用している、無線機の周波数に切り替えて、茜に呼び掛けて来たのだ。
「戦研隊の大久保だ。頼める義理ではない事は承知した上で、頼みたい。一番車の車長、藤田三尉には中学生の息子さんと、小学生の娘さんが居る。何とか、その子達の元に返してやりたい。」
茜は目の前の扉に、展開した左側のマニピュレータを掛け、応えた。
「安請け合いは致し兼ねますけど。全力は尽くします。」
「すまない、ありがとう。」
大久保一尉の返事を聞き終える前に、茜は大扉を左方向へ勢い良く動かした。開けた視界の正面、三百メートル程離れて、トライアングルに捕捉された儘(まま)の浮上戦車(ホバー・タンク)一番車が見える。他の二輌は、一番車とは少し距離を置いて走行していた。どちらも、トライアングルを一機ずつ引き付けている。
茜は右側のマニピュレータで保持している CPBL(荷電粒子ビーム・ランチャー)を構え、一番車を抱え込んでいるトライアングルに照準を合わせてみる。しかし、直ぐに射撃が出来ない事に気付くのだった。
「この位置からだと、浮上戦車(ホバー・タンク)を避(よ)けられません。こっちに注意を向けられるか、やってみます。」
茜は地面を蹴ると同時にスラスターを噴かし、一番車を拘束しているトライアングルへ向かって、ジャンプした。
「随分と度胸の有るお嬢さんだな。あなたも、だが。」
大久保一尉は、外の状況を映し出すモニター正面の立ち位置を緒美に譲り乍(なが)ら、そう話し掛けた。緒美は一礼してモニターの正面へ移動し、言葉を返す。
「それは、お褒めの言葉と受け取っておきます。」
「あぁ、構わんよ。」
大久保一尉はニヤリと笑ってみせたが、緒美はそちらへ視線を向ける事は無く、前の席に着いている瑠菜と佳奈に声を掛ける。
「瑠菜さん、あなたの観測機で天野さんを追って。佳奈さんはその儘(まま)、全域が見渡せる様にね。」
緒美の指示に、観測機の動作を見守る瑠菜と佳奈は「はい。」と、短く答えた。続いて、緒美はヘッド・セットのマイクに向かって、倉森に問い掛ける。
「倉森先輩、LMF の方は、どんな具合ですか?」
「あとはカバーを付け直すだけ。でも、ブレーカーを入れ直して、モードを切り替えたら、Ruby がシステムの自己チェックを始めるから、その時間が少し。トータルで、あと五分位(くらい)。」
透(す)かさず、状況の説明が返って来ると、緒美はブリジットに声を掛ける。
「ボードレールさん、もう直ぐ LMF の作業が終わるから、あなたはコックピットで待機してて。但し、指示する迄(まで)、動かしちゃ駄目よ。」
「分かりました。」
ブリジットは、駆け足で LMF のコックピット・ブロックへと向かう。
「緒美ちゃん…。」
立花先生はモニターの前へと移動して来ると、緒美の右隣から小声で話し掛けて来たのだった。
「…あなたが賛成しなければ、茜ちゃんを止められたかしら。」
緒美はヘッド・セットのマイク先端を指で摘(つま)み、立花先生の方へは向かずに答えた。
「無理ですよ、意志が強いですから、彼女。ここで、天野さんのやろうとしている事は、多分、正しいのだと、思います。それに…。」
一瞬、緒美は言い淀(よど)む。
「それに?」
聞き返して来る立花先生の方へ、今度は視線を向け、緒美は言葉を繋いだ。
「…防衛軍の方(かた)の覚悟って言うのは、よく分かりませんけど。でも、遺族の気持ちなら、分かりますから。」
立花先生は視線をモニターへと移し、呟(つぶや)く。
「そう…。あなたは、そうだったわね…。」
緒美も再び、モニターへ視線を戻し、苦苦しく言った。
「でも、下級生に、こんな事をさせるのは、わたしだって本意ではありません。今も昔も、わたしは無力で、嫌になります。」
格納庫の前からジャンプした茜の HDG は、その儘(まま)ホバー機動で、一番車を抱え込んでいるトライアングルの頭部センサーの前を通過して行った。すると、HDG を視認したトライアングルは、浮上戦車(ホバー・タンク)一番車から離れて、HDG の後を追い始めるのだった。
その一方で、突然、解放された一番車は、傾斜していた車体が落下する様に元に戻り、浮いていた左側面が地面にぶつかった衝撃に、車内の乗員二人は揺さぶられた。
「何事?」
藤田三尉が声を上げると、透(す)かさず松下二曹が答えた。
「トライアングルが離れました! あれ、天野重工の人形…。」
藤田三尉は視察装置(ペリスコープ)で周囲の動向を観察し、状況推移の把握に努める。
「何やってんの、民間の女の子を現場に出すなんて…智里ちゃん、ホバー、動かせる?」
「今、チェックしてます…大丈夫、行けます。」
「一番車、藤田より指揮所。民間機の救出に向かいます。」
茜の HDG は、他の二輌が引いていた二機も合わせて、三機のトライアングルに追われる状況になっていた。
藤田三尉からの通信を受けて、大久保一尉からの指示が返って来る。
「指揮所より全車へ。全車後退せよ。一番車は第二格納庫へ、二番、三番車は第二格納庫の前で待機だ。」
その指示に、二番車車長の二宮一曹が反論する声が、藤田三尉には聞こえた。
「一番車は兎も角、自分等(ら)は天野重工と連携した方が良くは有りませんか?隊長。」
「訓練も打ち合わせもしてないで、連携なぞ取れる物か!全車下がれ、お前等(ら)が邪魔しては、天野重工が発砲出来ん。」
大久保一尉の説明に、二宮一曹がもう一度、問い掛ける。
「アレが持っているのは、模擬戦用のランチャーでは?」
「現在のは予備の、実戦用ランチャーだそうだ。ウロウロしてたら流れ弾に当たる、全車下がれ!」
そこで、視察装置(ペリスコープ)で確認したのであろう、三番車の元木一曹の発言が聞こえて来る。
「ホントだ、ランチャーの先に発信器が着いてないよ。 三番車、了解。後退します。」
そして間も無く、二宮一曹の返事が聞こえる。
「二番車、了解しました。」
続いて藤田三尉も同意の返事をし、運転席の松下二曹へ後退の指示を出すのだった。
「一番車藤田、了解しました。 智里ちゃん、第二格納庫まで後退よ。」
しかし、無線での遣り取りが聞こえていない松下二曹には、状況が飲み込めないのである。
「えぇっ、後退って、民間人を放っておくんですか?」
「持ってるのは実戦用の装備だって、わたし達には後退命令。」
「実戦って、囮じゃなく? 素人に、撃退をやらせる気なんですか?」
「つべこべ言わない!後退命令よ、出して。」
「了解…。」
松下二曹は心情的には不承不承だったが、命令に従って一番車の向きを変えると、第二格納庫へと向かったのである。
「凄い食い付き具合だなぁ…。」
HDG を三機のトライアングルが追い掛ける様子をモニターで眺(なが)めて、そう感想を漏らしたのは飯田部長である。飯田部長は緒美の背後で、緒美と立花先生との間から画面を見詰めている。
「矢張り、HDG と LMF を探していたみたいですね。」
緒美は飯田部長の漏らした感想に、そう応えた。すると、飯田部長の隣に立つ桜井一佐が、緒美に尋(たず)ねる。
「どう言う事?」
「多分、HDG と LMF を脅威として認識したのではないかと。前回の戦闘で。」
緒美の回答に、飯田部長が補足を加える。
「上空から HDG と LMF を見掛けて、それでトライアングルがこっちに降りて来た、って感じかな。」
「恐らく。」
すると、飯田部長の背後に立っていた直美が声を上げたのだった。
「ちょっと待ってよ。この間のは、全機、撃破したでしょ?」
緒美は一度、直美の方へ振り向いて言う。
「敵だって、通信位(ぐらい)はしてるでしょ。あれがドローンなら、あれを制御してる上位と通信してるのは寧(むし)ろ、当然。」
「成る程。」
桜井一佐が納得して、そう声にすると、今度は立花先生が緒美に尋(たず)ねるのだった。
「そうすると、茜ちゃんに『三分以内で』って指示してたけど。あれって…。」
その問い掛けに、緒美が答えるより先に、大久保一尉が言うのだった。
「妥当な指示ですね。奴らも馬鹿じゃない。戦っている相手の動きは、常に分析していますから。」
次いで、モニターへ視線を戻した緒美が、言葉を続ける。
「そして、その情報は上位を通じて、直ぐに共有化されているのでしょう。」
そこ迄(まで)を聞いて、飯田部長は納得した様に言うのだった。
「成る程な、時間が掛かれば掛かる程…。」
「はい、此方(こちら)側が不利になります。 出来るだけ向こうには情報を与えない様に、全部を不意打ちで片付けられたら一番なんですけど。中中、そうもいきません。」
緒美が見詰めるモニター画面には、三機のトライアングルが反時計回りに、茜の HDG を取り囲んで移動している様子が映し出されていた。
- to be continued …-
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