STORY of HDG(第11話.17)
第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール
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続いて藤田三尉は、今度は左手で松下二曹の胸倉を掴(つか)み、言った。
「尤(もっと)もらしい事を言った積もりでしょうけど、あなたの言ってる事は、唯(ただ)の、負け惜しみの、八つ当たりです。みっともない。頭を冷やしなさい。」
松下二曹は、何か口を動かしているが、声になっていない。そして、藤田三尉が続ける。
「それとも、何? 彼女に何か、恨みでも有る訳(わけ)?」
「…いえ、ありません。」
呟(つぶや)く様に、そう松下二曹が答えると、藤田三尉は深い溜息を吐(つ)いて左手を放した。そして茜の方へ向き直ると、深々と頭を下げたのである。
「部下が、失礼な事を言ったわ。上官として、お詫びします。」
「ああ、頭を上げてください。わたし、気にしてませんから、ホントに。」
茜は慌てて、藤田三尉に声を掛けた。謝られている茜の方が、何だか申し訳無い気持ちになって来るのだった。
「本当に、申し訳無かったわね、天野さん。 ほら、松下二曹、こっちに来なさい。」
頭を上げた藤田三尉は、くるりと身体の向きを変えると、松下二曹の右手を引っ張り元来た方向へと歩いて行く。
二人は無言で、松下二曹は引かれる儘(まま)に歩いていたが、暫(しばら)くして藤田三尉が口を開いた。
「どう言う積もり? 何を意地になっているのかは知らないけど、そういう所、あなたの悪い癖よ。自覚しなさい。」
「申し訳ありません…でも、何だか、我々が馬鹿にされている気がして…。」
松下二曹が弱々しく、そう口にすると、落ち着いた声で藤田三尉は言った。
「馬鹿に? わたしには、あなたの方があの子達を、馬鹿にしている様に見えたけど?」
その言葉に、松下二曹は反論は出来なかった。
所で、藤田三尉の言った「そう言う所」こそが、実は、松下二曹が曾(かつ)て天神ヶ崎高校に合格出来なかった要因なのである。
天神ヶ崎高校の入試、特に『特別課程』のそれは、実質、天野重工への入社試験である。つまり高校の三年間に留まらず、その後の会社での十数年から数十年に及ぶ期間を社員として過ごす人員の選抜をしなければならないのだ。当然、天神ヶ崎高校の入試には、本社の人事部から『人を見るプロ』が派遣され、成績以上に、チームの一員として働ける素養と言った、人格面での厳しいチェックが行われているのである。勿論、そこから漏れたからと言って、その人の人格が全て否定される訳(わけ)ではないが、会社側が求める技術職への『向き、不向き』と言う視点から、時に過剰に攻撃的になる彼女の様な性格が、チームで働く技術職に向いていると判断される事は希(まれ)だ。成績や能力が同じレベルであるなら、より適性の有ると判断される者が優先的に採用となるのは、当然の事なのだ。
そして、その様な判断基準や選考の過程が受験生個人に明かされる筈(はず)も無く、松下二曹がそう言った事情に思い当たる可能性は、このあと一生、恐らくは無い。
「どうかしたか?藤田三尉。」
格納庫の大扉から、外へと出て来る大久保一尉が、歩いて来る二人に声を掛けた。二人は大久保一尉の前で立ち止まると、藤田三尉は、引いていた松下二曹の手を放し、答えた。
「いえ。助けて貰ったので、あちらのドライバーにお礼を、と思ったのですが。松下二曹が突っ掛かって行ってしまって。」
大久保一尉は松下二曹へ視線を移し、左側の頬が赤くなっている事に気が付いた。
「どうした、松下二曹。模擬戦でいい様にやられて、癪(しゃく)に障ったか?」
松下二曹は姿勢を正し、答える。
「いえ…あ、はい。申し訳ありませんでした。」
流石に、高校受験の時の事を根に持ったとは言えず、大久保一尉の、或る意味『助け船』に乗った松下二曹である。そして、少し呆(あき)れた様に、藤田三尉は言うのだった。
「そう言えば、松下二曹。さっき、待ってれば救援が来た、みたいな事を言ってたけど。あのヘリが救援だと思ったら、大間違いだからね。」
「え?違うんですか…。」
藤田三尉は深く息を吐(は)いて、首を振る。そして松下二曹の疑問に、大久保一尉が答える。
「まぁ、救援には違いないが、本隊ではない。さっきのは、威力偵察の為に飛来したもので、救出部隊、本隊はまだ三十分後方だ。まぁ、もう救出の必要も無くなったから、敵ドローンの残骸回収任務に、編成し直しているそうだがね。」
声を出さず驚いている松下二曹を横目に、藤田三尉は大久保一尉に問い掛ける。
「しかし、天野重工も、さっきの状況で、よく学生を外に出しましたね。それで助かったとは言え…。」
「誰も、積極的に賛成はしなかったのだが。あのドライバーの子がね、犠牲は出したくないと、押し切ったのさ。あと、指揮官役の子は、キミらの家族の方(ほう)を、心配していた様子だったな。どうやら、身内に殉職者が居た様な口振りだったが。」
「そうでしたか…。しかし、初めての実戦で…何とも、いい度胸をしてると言いますか。」
「ああ、彼女達、実戦はこれで二度目だ。」
藤田三尉と松下二曹は、揃(そろ)って「は?」と、声を上げた。大久保一尉はニヤリと笑って、言葉を続ける。
「まぁ前回は、敵ドローン側が、あの新兵器を脅威として認識してなくて、ほぼ不意打ちで済んだらしいがな。」
「そんな話、聞いてませんけど。」
「当たり前だ、開発中の新兵器の情報と共に、一般には非公開(クローズド)になってる事項だからな。キミらも、外で喋(しゃべ)るんじゃないぞ。」
「それは、分かってますけど。でも、どうして天野重工は、そんな事、学生達にやらせているのか…。」
丁度(ちょうど)その時、立花先生と五名の生徒達が、格納庫から出て、大久保一尉の背後、藤田三尉達の視線の先を東向きに歩いて行く。少し距離が有ったが、立花先生が大久保一尉に声を掛けて来るのだった。
「それでは、お先に失礼させて頂きます。」
「ああ、ご苦労様。気を付けてお帰りください。」
振り向いて、大久保一尉は声を返した。
すると、松下二曹が問い掛ける。
「隊長、いいんですか? 帰してしまって。」
「ああ、吾妻一佐がね、何時(いつ)までも現場に…残骸回収の時に民間人や、未成年者が居るのはマズいだろうってね。上の方も、了解してるみたいだよ。」
遠目に眺(なが)めていると、立花先生が率(ひき)いる一団は、茜と緒美達に合流し、学校のマイクロバスの方向へと移動して行った。
そして大久保一尉は、先刻の藤田三尉の疑問に対する見解を示すのだった。
「…まぁ、実際。あの子達は、皆(みな)、優秀だよ。指揮官役の子と、少し話したが。エイリアン・ドローンに就いては、相当に研究してる様子だったな。彼女を、アドバイザーに雇いたい位(ぐらい)だよ。あの新装備は、その指揮官役の…鬼塚君、だったかな、彼女のアイデアだそうだが。天野重工の大人にも、運用方法が、良く理解されていないのかもな。」
「それで、あの子達が開発を?」
「勿論、技術的には天野重工の、大人達のサポートが有ってこその物だろうがね。とは言え、今の所、アレを扱えるのは、彼女達だけらしい。」
「あの装備、採用されるのでしょうか?今日、見た限りでは、有効そうでしたけど。」
「どうだろうな? まだ、あのドライバーの子、専用の調整で、他人には使用出来ないらしいから、設定や調整が一般化出来る迄(まで)には、それなりに時間が掛かりそうだ。あとは、まあ、御多分に漏れず、費用、価格が問題だな。それに、陸戦装備とは言い辛(づら)い面も有るし、陸防か空防か、装備するには線引きが難しいかも知れん。」
そう言って、大久保一尉はニヤリと笑うのである。
一方、藤田三尉達が立ち去ったあとの、茜である。
「何だかなぁ…。」
そう呟(つぶや)いて、ばつが悪い、そんな気分でぼんやりと立っていると、トランスポーターの荷台から降りた緒美達が、歩み寄って来るのだった。
「ダメよ~天野さん。あの手の人に、挑発する様な事、言っちゃ。」
微笑んで声を掛けて来る緒美の方へ、茜は顔を向ける。
「聞こえてましたか。」
茜も微笑んで、言葉を返した。
「まぁ、それにしても、大層な言われ様でしたけどね。」
そう言った樹里は、苦笑いである。そして、ブリジットも一言。
「でも、上官の人が、正面(まとも)な人だったみたいで、良かったわ。」
茜は話題を変える積もりで、樹里に尋(たず)ねる。
「Ruby のスリープ移行は、終わりですか?樹里さん。」
「ええ、あとは繋留して、シート掛けて…だから、畑中先輩達にお任せ、ね。」
だが、続いてブリジットが、話を蒸し返すのである。
「しかし、あのお姉さんは、最初から様子が変だったよね。何(なん)だったんだろう?」
それを受けて、緒美が疑問を呈するのだった。
「ひょっとして、天野さん、あの人と面識とか有った?何か、個人的なトラブルとか…。」
「まさか、初対面ですよ~。」
「どっちかって言うと、茜個人にって言うよりも、学校とか会社の方に、何か思う所でも有ったんじゃないです?部長。」
そのブリジットの発言を元に、樹里は冗談を言うのである。
「あはは、案外、天神ヶ﨑を受験して、滑った人だったりして。」
実は図星だったのだが、樹里は飽く迄(まで)、冗談として言っているのだ。だから、他の三名は「まさか~無い無い」と声を揃(そろ)えて、笑うのだった。
そして、緒美が穏やかに言うのである。
「まぁ、それでも、あのお姉さんの言った事、後半はその通りよ、天野さん。前半のは、的外れだと思うけど。」
「後半って?」
茜が聞き返すと、緒美は真面目な顔で答える。
「調子の乗って、こんな事を続けてたら~って所。」
「そんな事、あの人に言われなくても、分かってます。」
「知ってる。それに、調子に乗っている訳(わけ)じゃないのもね。」
緒美は、ニッコリと笑って、そう言った。すると、ブリジットが緒美に尋ねる。
「じゃあ、部長。前半部分の的外れって?」
「それは、待ってれば救援が来た、とか言ってた所ね。」
その答えに、樹里が疑問を呈する。
「あれ?でも、防衛軍のヘリが来たんですよね?」
その戦闘ヘリは、既に上空を飛んではいない。緒美は、一息を吐(つ)いて、答えた。
「あれは、救出部隊を投入する為の偵察よ、情報収集。多分ね。 大体、トライアングル三機に対して、戦闘ヘリが二機じゃ、戦力的に全然足りてないもの。」
それを聞いて、ブリジットが問い掛けるのだった。
- to be continued …-
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