STORY of HDG(第11話.19)
第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール
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そして緒美は、運転席の直ぐ後ろの席に着いている、立花先生の隣に腰を下ろす。
「あら、どうかした?緒美ちゃん。」
立花先生は右肘を窓枠に掛け、首元を右手で支える様に、少し窓に寄り掛かる様に座っていたが、視線だけを左側へ送って、隣に座った緒美に尋(たず)ねた。
緒美は少し、視線を落として、静かに答える。
「先生には、謝っておかなければいけない事が有ります。」
「今日の事?」
「いえ、先生は仕事の為なら、常識とか法律とか、犠牲を厭(いと)わない人だと思っていたので。今日みたいに、わたし達の安全を最優先に考えて頂けるとは、正直、思っていませんでした。」
「あぁ、それなら、あなたの思ってた通りだから、別に謝る必要は無いわ。まぁそれでも、確かに常識なんかは気にしないけど、流石に法令違反はやらないわよ。これでも、法学を学んだ者の端くれですからね。」
そう言って、立花先生はクスクスと笑う。そして微笑んで、緒美に尋(たず)ねる。
「それでも、今日の場合は、あなたや茜ちゃんの判断の方が、正しかったのよね?」
「はい。」
緒美は立花先生と視線を合わせ、躊躇(ちゅうちょ)無く断言した。
「だとすると、ちょっと、みっともなかったかな~わたし。」
立花先生は視線を上に向け、息を吐(は)く。緒美は立花先生の方へ向いた儘(まま)、言うのだった。
「そんな事は無いですよ。先生のお気持ちは、嬉しかったですし、先生の様に思うのが、普通だと思いますから。」
「そう? でも、飯田部長は違った様よね。」
「多分、飯田部長は、防衛軍の救出作戦に乗ってしまった場合、此方(こちら)の機材を現場に残しての避難にしかならないので、それで損害が出るのを危惧されたのではないかと。」
「そう言う、計算?」
「はい。まぁ、防衛軍の救出作戦を待っていたら、その前に、格納庫にエイリアン・ドローンが到達して、人的被害が出てたと思いますけどね、あの状況では。」
「ふうん…そう言う所、わたしは読めないのよねぇ…。」
再び、立花先生は溜息を吐(つ)き、天井を見上げる様に上を向く。すると、シートのヘッド・レストの上から、顔を覗(のぞ)かせている直美と視線がぶつかるのだった。直美は、微笑んで言った。
「それが普通ですって、先生。」
「そうそう。」
直美の隣では、同じ様に緒美の席の上から顔を出している恵が、相槌(あいづち)を打つのだった。
「あなた達に慰められてるってのも、大人として、どうかと思うわ~。」
立花先生が自虐的に、そう言うので、直美は笑って、言葉を返す。
「あはは、それはそうかもですけど。でも、まぁ、学校の先生としては、正しい対応だったんじゃないです?」
直美に同意して、恵も言うのだった。
「そうそう。この二年で、随分と先生らしくなったんじゃないですか?立花先生。」
「じゃあ、最初はどんな風(ふう)に見えてたのよ?」
その問い掛けには、透(す)かさず直美が答えた。
「そりゃ、仕事中毒の胡散臭(うさんくさ)い感じのビジネスウーマン…的な?」
立花先生は顔を顰(しか)め、一言を返す。
「酷(ひど)いわね。」
「まぁ、その手の人種を、わたし達が見慣れてなかったから~かもですね。」
恵は、直美の言を否定するでもなく、立花先生へのフォローも忘れないのであった。
「まぁ、そもそも『教師』なんて柄(がら)じゃないんだけど、それは兎も角。あなた達はどうだったのよ? 矢っ張り、緒美ちゃん張(ば)りに、状況を読んでいた訳(わけ)?」
その問いには、笑って、直美が答えた。
「あはは、まさか。あんな読みが出来るのは、鬼塚位(くらい)ですよ? わたし達は、前回の時の天野の様子とか、見てたし…。」
続いて、直美に対して恵が言う。
「それに中学の時の、ボードレールさんとの件とか、聞いちゃったから。まぁ、天野さんは、ああ言う状況だと、言っても聞かないだろう、とは思ったよね。」
「どう言う事?」
立花先生は、直美と恵の言わんとする意味が、直ぐには解らなかった。そして、恵が答える。
「天野さんは、出来る筈(はず)だった事をやらないで、あとで後悔するのが嫌なんですよ。その時、出来る事は、その時にやる、って言うのかな。そう言う、タイプ。」
「正義感とか、自己犠牲とか、ではなくて?」
「違うと思いますね。勿論、人の不幸とか、見たくはないんでしょうけど。」
恵の回答を聞いて、緒美は思い出した様に言った。
「そう言えば、さっきは『自己満足の為』だって、言ってたわね。」
「そんな話、してたの?」
緒美の発言に、少し驚く立花先生に対し、恵は天啓を得たかの様に嬉しそうに言った。
「『自己満足』!そう、その言葉がピッタリよね。天野さんの行動原理には。」
恵の隣で、直美が眉を顰(ひそ)めて聞き返す。
「そうなの?」
「そうよ。例えば、天野さんが勉強してるの、成績の順位とか、テストの点数とかが目的じゃないもの。彼女は自分の知識欲とか、理解欲とかを満たす為にやってる様子だし。向いてないって言われてても、一度も勝てなかったのに、剣道を八年間も続けてたのも、自分が納得の出来る鍛練を積むのが目的なら、不思議は無いでしょ? 他人(ひと)の評価よりも、自己評価とか自分で満足出来るかどうかの方が、優先度が高いんじゃないかしら? 多分、天野さんは競技としての勝負とかには、殆(ほとん)ど興味は無かったのよ。」
「一度位(ぐらい)は、一本取ってみたかった、とは言ってたけどね。」
「そりゃ、その位(くらい)の欲は出て来るでしょうけど。でも、八年もやってて、たった一勝でいいって、矢っ張り、勝ち負けはどうでも良かった、って事じゃない?」
「そう言う、取り方も出来るか~。」
少し呆(あき)れ気味に直美が声を上げると、そこに立花先生が割って入るのだった。
「ちょっと待って、恵ちゃん。天野さんが、剣道で一勝も、って?」
その問いに、直美が答える。
「ああ、この前の、理事長室に呼ばれた時の帰り道で、そんな話が出まして。わたし達も、それを聞いて驚いたんですけどね。」
「それって、茜ちゃんが謙遜(けんそん)して言ってるんじゃなくって?」
「それは無いかと。元は、ブリジットがバラした事ですし、ねぇ。」
直美は、隣の恵に同意を求める。すると、恵は真面目な顔で頷(うなず)く。
その時、立花先生は先刻の恵の様子を思い出して、言った。
「あ、それじゃ、あの時、恵ちゃんが笑ってたのって?」
恵はにこりとして、答える。
「はい。だって、真面目な顔で『手練(てだれ)』だとか、『全国レベル』だとか言い出すんですもの。」
「そう言う事…。」
納得顔の立花先生に、恵は付け加えて言う。
「でも、あの隊長さんが、どれ程のレベルなのかは知りませんけど、まぁ、防衛軍の人だし、それなりに心得は有るのだろうとは思いますけど、そんな人から見ても、それなりのレベルに見えるって事は、天野さんは真面目に剣道の練習をやっていた筈(はず)だし、ちゃんと身に付いてもいるって事だと思うんですよね。」
「そうね。でも、それで一勝も出来なかったって言うのは、どう言う訳(わけ)なのかしら?」
「本人談に因ると、対戦相手の『気合い』だとか『殺気』だとか、そう言うのに最後まで慣れなかった、って事らしいですけど。まぁ、彼女も『完璧超人』ではないって事ですよね。」
「そう言うものかしらね。わたしはスポーツの事とか、良くは解らないけど。」
立花先生は正面に向き直り、ヘッド・レストに後頭部を押し付ける様にして、息を吐(は)いた。
丁度(ちょうど)その時、トイレに行っていた二年生組の三人が、バスへと乗り込んで来る。先頭は、樹里である。
「お待たせしました~。あ、カルテッリエリさん、PC ありがとうね~。」
そう言って、樹里はクラウディアの隣の席に座る。
「あれ?天野とボードレールは?先生。」
次に乗り込んで来た瑠菜が、立花先生に尋(たず)ねる。
「あぁ、昼食をね、天野重工(かいしゃ)の人達の所へ、届けに行って貰ってるわ。」
立花先生が答えると、瑠菜の後ろで佳奈が声を上げる。
「二人共、戻って来たよ~倉森先輩も一緒だ。」
暫(しばら)くして、茜とブリジット、そして倉森がバスの中へと入って来る。茜とブリジットは後部座席へと向かい、倉森は運転席へと向かった。
「あら、倉森さんが運転?」
立花先生が声を掛けると、倉森は微笑んで答えた。
「はい。矢っ張り、卒業生の方が、学校の周り、運転し易いだろうって事になりまして。 あ、キーは誰が持ってます?」
「わたしで~す。」
恵が声を上げ、席を立って、キーを倉森に渡した。
「じゃ、お願いします。」
「はい。任せて~。」
そこで、立花先生が尋(たず)ねるのだった。
「倉森さんは、学校に着いたら、そのあとはどうするの? こっちへ、蜻蛉(とんぼ)返り?」
「ああ、いえ。現場へ戻る足が無いので。こっちの撤収組と合流する迄(まで)、学校で待機です。」
「そう、じゃあ、少し遅いけど、帰ったら皆(みんな)と一緒にお昼にしましょう。」
「はい、いいですね。」
そう答えて、倉森は運転席へと着いたのだった。一方で緒美は、ふと気付いた事を立花先生に尋(たず)ねる。
「そう言えば、避難指示って、解除されてるんですか?先生。」
「うん、大丈夫よ。ちょっと前に解除されてるみたい。」
立花先生が答えると、後ろの座席から恵が自分の携帯端末を、緒美の前へと降ろして見せ乍(なが)ら言う。
「ほら、もうネットのニュースには速報が出てるのよ。」
緒美は恵の携帯端末を受け取り、表示されているニュース記事を、部分的に声に出して読んでみる。
「え~と…九州北部方面から山陰方向へ…エイリアン・ドローン十二機は、日本海海上で全機が撃墜されたと発表。これに因り、各府県で発令されていた、全ての避難指示は解除され…か。ふ~ん。」
直美が再び、シートのヘッド・レストの上から顔を出して、話し掛けて来る。
「ね、こっちに来た三機に就いては、触れられてないでしょ?」
「全部、日本海側で撃墜した事になってるらしいのよね。」
直美と同じ様に、シートのヘッド・レストの上で、恵も言うのだった。緒美は携帯端末を自分の頭上へ上げ、恵に渡しつつ言った。
「まぁ、その記事のソースは防衛軍発表なんだから、無理も無いわね。今回の件も、他言無用って事じゃない?」
「そう言う事。」
そう言って、立花先生は「うふふ」と笑った。すると、マイクロバスのエンジンが起動し、車内にも振動が伝わって来るのだった。
倉森は運転席のシートから身を乗り出す様に振り向いて、一同に声を掛ける。
「それじゃ、出発しますけど~欠員や忘れ物は無いわね?」
恵が一度、席を立ち、全員の顔をチェックしたのち、倉森に伝える。
「ありませ~ん。」
「オッケー、念の為、皆(みんな)、シート・ベルトはしておいてね~。あ、エアコン、点けたから窓は閉めていいよ。」
その呼び掛けに、生徒達一同は「は~い」と、答えたのだった。
バスはゆっくりと右旋回を始め、Uターンを終えると暫(しばら)く直進し、LMF を乗せたトランスポーター二号車の手前で左折して、演習場の出口へと向かう。
バスに揺られ乍(なが)ら、その最後部の座席では、それ迄(まで)、黙って座っていた茜が、呟(つぶや)く様に言った。
「取り敢えず、皆(みんな)、無事で良かった。」
「そうね。」
ブリジットは、微笑んで答えた。視線をブリジットへ向け、茜が言う。
「そう言えば、最後の。助かったわ、ブリジット。」
「何よ、急に。」
「うん、言ってなかったなぁって。ありがとう、って。」
「いいわよ。今回は、あんまり役に立たなかったし、わたし。」
「そんな事は無いわ。言ったでしょ、あなたは最後の保険だって。保険が有ったから、落ち着いて、わたしは、わたしのやるべき事が出来たの。」
「その保険役も、心配し乍(なが)ら我慢して見てるだけって、余(あま)り心臓に良くないのよね。」
そう言って、ブリジットは苦笑いして見せる。
「じゃあ、ブリジット。明日から、LMF での格闘戦のデータ取り、やりましょうか。」
茜は、悪戯(いたずら)っぽい笑顔を作って言った。
ブリジットは、少し驚いて言葉を返す。
「あ、そう言う話になるの?」
「そうよ。」
そして二人は、声を上げて笑ったのだった。
- 第11話・了 -
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