第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)
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さて一方で、少しだけ時間を戻して、茜と緒美が退室した後の理事長室である。何時(いつ)ぞやの様に、天野理事長と塚元校長、そして立花先生の三名が、理事長室中央に置かれた応接セットのソファーに座って、話を始めていた。
会話の口火を切ったのは、塚元校長である。
「そう言えば、理事長。前回の事とか、奥様や天野さんの御両親には?」
「う~ん、実はまだ、な。流石に、どう伝えた物か、考えあぐねているんだ。」
「あら。先に送れば送る程、言い辛くなりはしません?」
「それはその通りなんだが。妻も娘も、どう言ったって、怒るのは目に見えてるからなぁ。いっそ、事が収まる迄(まで)、しらばっくれていようかと思っている所だよ。」
そう言って天野理事長は笑うのだが、冷めた視線を送りつつ塚元校長は問い質(ただ)す。
「事が収まるって、どうなったら収まった事になるんですの?理事長。」
「それは勿論、茜があんな事をしなくても良くなったら、だな。」
その発言に就いては、立花先生が尋(たず)ねるのである。
「それは、この儘(まま) HDG の開発が完了するまで待つか、或いは天野さんを HDG の開発から外す、とかでしょうか?」
「うむ、まぁ、それも方法ではあるな。あとは、HDG の開発業務を全面的に本社の方へ移してしまう、とかだな。」
溜息を一つ吐(つ)き、塚元校長が訊(き)く。
「あの子達、納得して呉れるでしょうか?それで。」
「納得しようが、しまいが、あの子の達の安全を図る為なら、その位(ぐらい)やらねばならんのだがね、本来なら。」
「本来なら?…と、言われると、そうするお積もりは無い?」
「それが…難しい所だな。」
仰(の)け反(ぞ)る様にソファーに身体を預けると、天野理事長は右手で顔面を押さえ、深く息を吐(は)いた。そして、身体を起こし話を続ける。
「前回、立花先生に言われて、飯田君に色々と資料を回して貰ったんだが…。」
「わたしが、何か申し上げたでしょうか?理事長。」
立花先生は、咄嗟(とっさ)に、『言った事』に就いて思い当たらなかったので、天野理事長に尋(たず)ねてみたのだ。すると、天野理事長はニッコリと笑って、答えた。
「茜が優秀だ、と。 キミが、そう云って呉れただろう?」
そう言われて、立花先生は前回の遣り取りを直ぐに思い出したので、慌てて返事をする。
「ああ、はい、確かに。でも、それが?」
「どの位(くらい)、優秀なのかと思ってね、飯田君に言って資料を集めて貰ったのだが。ああ、確かに、優秀だったよ、驚いた。 我が孫乍(なが)らと言うべきか、ね。」
そこで、塚元校長が口を挟(はさ)む。
「ごめんなさい、ちょっとお話が見えないのですけれど?」
「ん?ああ、実はね。HDG の開発案件は、部長の鬼塚君がキーパーソンだと思っていたんだよ。勿論、他の子達も、それぞれに優秀なんだが、HDG に関しては鬼塚君が居なければ始まらない。そうだろう?立花先生。」
「はい、異論はありません。」
「うん、だから来年、鬼塚君がここを卒業して、会社の方へ正式に配属となれば、HDG の開発案件は全て、本社の方で引き取ろうかと考えていたんだ。ちょうど…と言うか、昨年の後半辺りから、HDG の開発作業が停滞気味ではあったからね。」
そこで塚元校長は、隣に座る立花先生に問い掛ける。
「そうなんですか?立花先生。」
「はい、まぁ、そう、でしたね。今年の四月迄(まで)は、形状の決まらない重要なパーツが有ったり、テスト・ドライバーの選定も難航してましたし。」
立花先生の言う『形状の決まらない重要なパーツ』とは、HDG の外装、ディフェンス・フィールド・ジェネレーターの事である。その説明に、天野理事長は大きく頷(うなず)いて、話を続ける。
「そう、四月だ。四月に茜が入学してからの三ヶ月間で、半年近く停滞していた開発作業がスケジュールに追い付き、更に半年分、進展したそうなんだよ。」
「そんなに、ですか?」
塚元校長が尋(たず)ねるのに、天野理事長は再び大きく頷(うなず)き、言った。
「ああ、調整は茜専用だとは言え、実際に、実戦に耐えて見せたのが、その証拠だろう。」
立花先生は、天野理事長の最初の話との繋がりが分かった気がしたので、確認の為に訊(き)いてみる。
「そうすると、つまり、天野さんを開発作業から外すのは、会社的に惜しい、と言うお話でしょうか?理事長。」
「まあ、そうなるな。今や茜は、鬼塚君に並ぶ、HDG 開発のキーパーソンと言う事だ。 そこでだ、校長。来年、鬼塚君と一緒に、茜も卒業させる訳(わけ)にはいくまいか?」
冗談なのか本気なのか、判断が付かない天野理事長の提案に、少し苛立(いらだ)つ様に、塚元校長は鋭い視線を送りつつ言い返す。
「無茶、仰(おっしゃ)らないでください。冗談が過ぎますよ、理事長。 大体、同級生とは別に、一人だけ卒業だなんて、天野さんが可哀想でしょ。」
「そうだよな。」
「そうだよな、じゃありません。大体、鬼塚さんにせよ、天野さんにせよ、会社の方で代役を立てれば済む話じゃありませんか。」
「わたしも、初めはそう思っていたんだ。特定の個人の能力に過度に依存して仕事を進めるってのは、余り勧められた事ではないしな。」
申し訳無さ気(げ)に、立花先生は口を挟(はさ)む。
「あの、理事長。HDG の開発案件に就いては、流石に、それは無理ではないかと。」
その意見には、塚元校長が切り返して来る。
「どうしてかしら?立花先生。」
だが、その問い掛けには、天野理事長が答える。
「いや、立花先生の言う通りなんだ。例えば、鬼塚君の場合だが。そもそも、鬼塚君の代わりが務まる人間が居れば、HDG の開発案件をこちらに委託なぞ、端(はな)からしていない。 水素分離膜の開発が塚元にしか出来なかった様に、HDG の開発は鬼塚君が中心にならないと進まない。アイデアを出す仕事は、アイデアを持っている人間に頼らざるを得ない、これは仕方が無い。だろう?校長。」
「そう、ですね…。」
ここで天野理事長が言う『水素分離膜』とは、天野製作所設立当初の最初の主力製品であり、天野製作所を天野重工に迄(まで)押し上げる原動力となった技術である。その研究をしていたのが、塚元校長の夫で、天野理事長の友人だった故・塚元相談役なのである。天野製作所は、その『水素分離膜』を製品化する為に、天野理事長達が設立した会社だったのだ。
天野理事長は話を続ける。
「茜の場合は、主にテスト・ドライバーとして開発に貢献している訳(わけ)だが、大きな事故も無くデータの取得を続けて、調整や改良を重ねて行けているのは、茜が HDG の仕様を、鬼塚君レベルで、完全に把握しているからだ。」
「その辺り事は、門外漢なのでわたしには良く分かりませんけど。難しい事ですの?」
その問いには、立花先生が答えるのだった。
「天野さんの場合は、仕様書を読み込むだけでは無くて。現時点で存在していない、兵器としてのパワード・スーツについてのヴィジョンを、発案者である鬼塚さんと、ほぼ共有出来ている所が凄いんです。その上で、剣道で培(つちか)った…何(なん)て言うのか、身の熟(こな)しとか、間合いの取り方とか、そう言った運動能力?ですね、そんな要素を併せて持っている所が、存在として貴重なんです。」
「その、パワード・スーツ?と言うのがね、わたしにはピンと来ないのよ。」
塚元校長は苦笑いで、立花先生に言った。
「現在、実用化されているのは介護用とか、それから工場なんかで、足腰の負担を軽減させるタイプの物ですね、あと、医療用途で歩行のリハビリに使われている物とか。腰から下に、脚の側面に取り付ける補助具としての物が有りますけど…。」
「ああ、そう言う物でしたら、見た事は有ります。」
次いで、天野理事長が言う。
「軍事用としては、そう言った物を強化、転用して、歩兵が重量物を担いで、長距離や山道を歩ける様にする装備が有るな。」
「はい。徒(ただ)、鬼塚さんの考えているパワード・スーツは、今、有る様な物よりも、もっと大幅に身体能力を強化、拡張する物でして。その手の物は昔から SF 小説や、映画なんかに良く登場していたのですが。その辺りの知識が、天野さんも共通している様子ですね。その事が兵器としてのパワード・スーツの運用方法に就いての明確なヴィジョンを、二人に与えているみたいで。」
「SF ですか…。」
塚元校長は溜息を吐(つ)いて、考え込む様な仕草をする。向かい側に座っている天野理事長は、笑って言うのだった。
「まぁ、普通の大人なら、マンガみたいな絵空事だと笑い飛ばす所だがな。だが実際に、マンガみたいな機動兵器が現れると、我々の保有する従来の兵器では、全(まった)く通用しない訳(わけ)でも無いが、帯に短し襷(たすき)に長し、でな。現用兵器で対抗すると、周辺への被害が大きくなり過ぎる、それが、どうにもな…。」
「それで、鬼塚さん流に言えば、先(ま)ずは同じレベルで殴り合える様になるのが先決、だそうです。」
「殴り合い?ですか。」
立花先生の補足説明に、驚いた様に塚元校長は聞き返すのだった。再び、天野理事長が笑って言った。
「だから、エイリアンの機動兵器に対抗するには、腕や脚が要るんだよ。」
「殴り合いって、比喩ではないんですの?」
「それに就いては、昨日の一件で、わたしも反省しました。」
立花先生は力(ちから)無く笑い、座った儘(まま)で一度、天野理事長に向かって頭を下げる。当惑気味に、塚元校長は立花先生に、尋(たず)ねる。
「どう言う事?立花先生。」
「はい。 HDG の仕様書を読んで、頭では理解していた積もりなんですが、殴り合いも必要な局面もあると。でも、極端な接近戦は、矢張り危険なので、出来れば銃撃戦で対処して欲しいと、思っていたんです。」
「それは、そうでしょうね。」
「わたしがそう思っている事は、鬼塚さんも分かっていた様で、昨日の、天野さんが外へ出る準備をしている段階で、鬼塚さんは接近戦用の装備を携行するように、天野さんに指示しなかったんです。天野さんも、接近戦用の装備を要求しませんでした。でも、結果的に、三機目に対処する段階で接近戦用の装備が無い為に、天野さんは手詰まりになり、却って危険な状況になってしまったんです。」
「それは、飯田君のレポートにも、記載が有った件だね。」
「はい。それは後で気が付いたんですけど、恐らく、鬼塚さんも天野さんも、BES(ベス)…あ、接近戦用の刀の様な装備なんですが、それを持って出るべきだった事は、初めから分かっていたと思うんです。それを敢えて持たなかったのは、わたし達、大人への配慮だったのかな、と。」
「配慮?」
塚元校長が聞き返すと、立花先生は一度、頷(うなず)き話を続ける。
- to be continued …-
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