WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第15話.09)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-09 ****


Ruby、ロボット・アーム展開。」

 音声コマンドで、茜が指示を出す。その指示を Ruby が復唱すると、機体の後方からロボット・アームを格納するドアが開く、軽い振動が伝わって来るのだ。同時に、AMF の機速が空気抵抗の増加に因って、グングンと低下していく様が、数値としても表示されていた。それに対し失速してしまわないように Ruby は、エンジンの出力を増やして機速の維持を計るのだ。
 機体背面前方の端側を起点にアームが起き上がり、ロボット・アーム全体が格納部から露出すると、アームは前方へ向かってスイングしていく。
 同時に機体下面でも背面側と同様に、もう一対のロボット・アームが展開していく。AMF には、機体背面と下面に一対ずつ、合計四本のロボット・アームが装備されているのだ。
 二対のアームが展開を完了すると、機体側の格納部ドアは閉鎖される。
 それら一連の動作が実行される間、当然、機体上下の気流は乱され、機体には不規則な振動や機軸の揺れが発生するのだが、それらを補正する操舵を Ruby が瞬時に行う事で、機体は大きく姿勢を崩す事無く水平飛行を維持しているのだ。これをパイロットが手動操縦で代替するのは、恐らく非常に困難な作業であろう。
 その AMF の様子は、速度を合わせて並んで飛行している社有機の機内から、観測がされていた。

「あの下側のアームって、必要なのかしら?」

 AMF の様子をモニターしている日比野が、ポツリと言ったのだ。因(ちな)みに、日比野と樹里の両名は機内通話用のヘッド・セットを装着していないので、発言が通信に乗る事は無い。これは機内の通話回線をデータ・リンクの通話回線に接続している一方で、発話者を成(な)る可(べ)く制限する為の措置である。但し、モニター用の器材から音声が出力されているので、日比野と樹里の両名にも、通話自体は聞こえている。
 ここで、社有機の機内配置を紹介しておこう。
 社有機客室の通常の配置は、中央の通路を挟んで左右に一席ずつ、八列の座席が設置されており、最大で十六名の搭乗が可能になっている。勿論、重要な乗客を迎える場合等、乗客が少人数で座席間隔に余裕が欲しい場合は、必要に応じて座席数を少なく設定する事が可能だし、逆に座席間隔を詰めれば更に二列の座席の追加も可能である。
 今回の試験飛行の随伴ミッションの場合は、通常の座席は前側の五列が降ろされて、先(ま)ず、先頭部右列に AMF の外部操縦装置一式が設置されているのだ。AMF の操縦装置正面には AMF から送信されて来る画像を表示するディスプレイが設置されており、操縦要員はそのディスプレイに表示される画像や各種作動データを参照し乍(なが)ら、同装置に装備された操縦桿やスロットル・レバー、フットペダルを操作するのだが、社有機が AMF と並行して飛行する際は右側の窓から AMF の挙動を確認し乍(なが)ら操縦する場合も有るのだ。加納は非常事態が起きた際に何時(いつ)でも外部から AMF の操縦が出来る様に、その席に着いて AMF の挙動と作動データの値を監視している。
 その操縦装置の背後側には、右側の壁に沿って測定・記録関連の器機を固定した机が設置されており、観測・記録要員である日比野と樹里の二人が、その右舷側窓の方へ向いた席に着いている。座席自体は通常のリクライニングシートではなく、もっと簡素な物が取り付けられているのだが、シートベルトで身体の固定は可能となっている。座席の向きは進行方向へ変える事は出来、離着陸の際はシートの向きを進行方向へ変えるか、日比野と樹里が後部に残された通常の座席へと移動するのだ。
 試験の監督者役である飯田部長と緒美は当然、離着陸の際には後部の通常座席へ、と言う事になるのだが、上空での水平飛行中は観測机の前後両端に設置されているポールやハンドルを掴(つか)んで立っているか、左舷側の壁部に設置された簡易的な座席に腰を下ろす事になる。それは『座席』と言うよりは『腰掛け』と呼んだ方が適切な代物(しろもの)で、勿論、シートベルトなど無い。
 試験飛行観測中の座背の順番は前から、加納、日比野、樹里の順であり、加納と日比野の間に飯田部長が立ち、樹里の背後か右手側に緒美が立って、飯田部長と緒美は観測机上のディスプレイや窓の外の様子を眺(なが)め乍(なが)ら試験飛行の監督を行うのだ。
 少々長い説明となったが、先刻の日比野の所感に対して、緒美がヘッド・セットのマイクを口元から外して、日比野に答えるのだ。

「空中に浮いた状態で、上側だけのアームを振り回すと、発生したモーメントで機体のバランスが保てないんですよ。」

「物理的に?」

 苦笑いで聞き返す日比野に、今度は横から飯田部長が補足するのだ。飯田部長も緒美と同様に、発声がマイクに拾われないように配慮している。

「あのアーム、長さが十メートル位、あるからね。そのモーメントを補正する為に、下部にもアームが有るんだよ。」

 飯田部長の説明に続いて、緒美も言うのだ。

「元々のアイデアでは、下側のは脚だったんですよ。徒(ただ)、空中に浮いてるから脚は不要なので、それで腕になった、って言う経緯でして。」

「成る程。」

 一先(ひとま)ず日比野が納得すると、そこに茜からの報告が入る。

「ロボット・アーム、標準位置へ展開完了。現状で、飛行に支障は有りません。」

 緒美は窓の外へと視線を移すと、ヘッド・セットのマイクを口元へと戻し、茜に問い掛ける。

「天野さん、外観的にも問題は無かった様に見えたけど、振動とか揺れは酷くなかった?」

「はい、大丈夫でしたね。勿論、多少の揺れは有りましたけど、その都度(つど)、Ruby が上手に補正して呉れました。」

「オーケー。それじゃ、アームを格納して、次のメニューへ行きましょうか。」

 そこで、茜が予定外の事を言い出すのだ。

「あの。さっき気が付いたんですけど、アームを展開した状態での機首部の解放って、無人飛行時の確認項目に入ってましたでしょうか? アームを自由に振り回すのには機首部が邪魔になるので、アームを使う様な接近戦をするなら、機首部は解放した状態になる気がするんですけど。」

 茜の発言を聞いて、緒美は視線を飯田部長へと向け、それを受けて飯田部長は加納に声を掛けるのだ。

「加納さん?」

 加納は、直ぐに声を返す。

「わたしは『航空機モード』に限定しての検証と教示(ティーチング)を担当していましたので、空中での機首部の解放は確認項目に無かったですね。」

 続いて、緒美が何時(いつ)もの、優しい声色(こわいろ)で茜に言うのだ。

「天野さん、そう言う事は事前に、打ち合わせの時に言ってね。」

「すみません。打ち合わせの時には、気が付かなかったもので。」

 素直に謝る茜に、飯田部長が言う。

「なに、謝る事はないさ。茜君、ちょっと、待ってて呉れ。 TGZ01 飯田より、ベース。実松課長、ちょっと宜しいですか?」

 飯田部長がテスト・ベースに控えている実松課長を呼び出すと、少し間を置いて実松課長が応じるのだ。

「あーもしもし、実松です。何でしょうか?飯田部長。」

「先程の遣り取り、聞こえていたと思いますが、アームを展開した状態で飛行中に機首部を解放するのは、設計の方(ほう)での検証は、如何(いかが)な具合です?」

「あーはい、はい。一応、気流解析シミュレーションでの演算結果は、問題無しって事になってます。支障が無ければ、実機での検証をお願いしたい。勿論、やる、やらないの判断は、現場にお任せします。どうぞ。」

「分かりました。此方(こちら)で検討します。」

 そう返事をして飯田部長は、緒美の方へ視線を向ける。

「さて、どうするかな?鬼塚君。」

 緒美は少し困った顔で、窓の外の AMF を眺(なが)めつつ答えた。

「う~ん、どうしましょうか。ちょっと、うっかりしてました、ねぇ…。」

 そこに、今度はベースに居る立花先生からの呼び掛けが聞こえて来るのだ。

「鬼塚さん、思い付きで試験メニューを追加するのは、賛成出来ないわ。しっかり事前の検証をして掛からないと、事故の元よ。」

 その発言に苦笑いをして、緒美は言葉を返す。

「あー、いえ、立花先生。その事故が発生した時の為に、飛行中に設計通り機首が開(ひら)けるか、確認しておく必要が有るんですよ。」

「どう言う事?」

 そう声を返して来た立花先生の生真面目(きまじめ)な表情が思い浮かんで、くすりと笑ってから緒美は応えた。

「最悪のケースですけど、飛行中のトラブルで AMF から HDG を切り離さざるを得なくなった場合に、機首部の解放が出来ないと HDG が外へ出られません。勿論、内側から HDG が AMF を破壊する事も可能でしょうけど、そんな余裕すら無い場合も有り得ますから。 徒(ただ)、漠然と飛行中の機首部解放の確認は後回しでいいと思っていたもので、それは、わたしのうっかりミスです。安全に関わる項目なので、早めに確認しておいた方がいいですよね。飯田部長、御意見は?」

 緒美に意見を求められ、飯田部長は一度「う~ん。」と唸(うな)った後で、言ったのだ。

「まあ、立花君の懸念も理解は出来る。事前に検討すべき事が、何か漏れてる事も有り得るから、もう少し慎重になってもいいかも知れないな。大体、AMF が Ruby ごと放棄される様な状況は、会社としては考えたくないし、そう言う事態が起きないのなら、その検証は後回しでもいい理屈にはなる。 ベース、畑中君、試作部の代表としてはどうだろう?」

 飯田部長に指名され、今度は畑中が答えるのだった。

「えー、畑中です。機首部の解放機構に就いては、地上では何度も設計通りに機能する事は確認済みです。空中で条件が違うとすれば、気圧、風圧、温度、加速度って所でしょうけど、その辺りは設計段階で見込んである筈(はず)ですので、我々としては設計を信頼する、としか言えません。」

「分かった、ありがとう畑中君。 副部長、新島君、キミの意見はどうかな?」

 畑中に続いて、飯田部長は直美を指名するのだった。直美は金子と共に、後の試験空域へと先行していて、この場には不在だったのだが、データ・リンクの御陰(おかげ)でこれ迄(まで)の通話の内容は聞こえているのだ。
 少し慌てて、直美は声を返す。

「えっ、わたしですか?」

「ここ迄(まで)の遣り取りは聞いていただろう? 兵器開発部副部長としての意見を聞かせて呉。」

「あー、そうですね。自分としては、鬼塚の意見に乗ります。実松課長が仰(おっしゃ)った様に設計の方(ほう)で検討済みなのでしたら、実機で確認する以外に手段は無いかと。」

「そうか、分かった。 飛行機部部長、金子君、キミの意見は?」

「わたしも、ですか?」

 言葉とは裏腹に、待ってました言わん許(ばか)りに、少し食い気味に金子は声を返して来た。

「飛行機部部長としての見解も、参考迄(まで)に聞いておきたい。」

「そうですか。では、わたしも鬼塚の意見に賛成です。安全に関する確認は、先に済ませておくに限ります。それで問題が起きたなら、それはそれでいいじゃないですか。どうせ、後に送ったって、出るトラブルは出るんだし。だったら、先に出しておいた方が、いいと思いますが。」

「分かった、ありがとう金子君。 HDG02、ボードレール君、キミはどう思う?」

 成り行きを見守っていたブリジットが、急に意見を求められ、驚いて声を返す。

「えっ、わたしも?ですか。」

「キミも飛行試験の現場に参加してるんだから、見解を聞かせて呉れ。」

「えー…そうですね。個人的には茜に危険が及ぶなら、避けて欲しい所なんですが。スミマセン、双方の意見が解るので、何方(どちら)とも言えません。」

 そのブリジットの意見には、流石に茜が一言、口を出したくなるのである。

「ちょっと、ブリジット。わたしの心配は、この際いいから。」

「心配するなって言われても、それは無理よ~茜。打ち合わせに無かったテスト項目なんて、危険なのか安全なのか判断付かないもの。判断の付かないものには、不安になるのが人情ってものでしょ。」

「いやいやいや、それを言ったら試作機のテスト飛行自体が、或る程度の危険を含んだものなんだから…。」

 そこに、飯田部長が割って入るのだ。

「あー、ちょっと待って、二人共。それじゃ、ボードレール君は判断保留って事でいいのかな?」

「あ、はい。そう…ですね。それでいいです。」

「分かった。 HDG01、茜君は鬼塚君に賛成でいいのかな?」

 飯田部長の問い掛けに、茜は「はい。」と即答するのだった。そして、飯田部長が意見を纏(まと)めるのだ。

「と言う事は、賛成が五名、反対が二名、判断保留が二名。多数決なら、機首部解放を実行って事になるが…。」

 そこで、今度は立花先生の声が通信に入って来る。

「それ、多数決で決めていい問題ですか?飯田部長。 大体、賛成は四名では?」

「いや、鬼塚君、新島君、金子君、茜君に、実松課長を加えて五名だ。因(ちな)みに、反対はキミ、立花君とわたし。判断保留は畑中君とボードレール君、と言う集計だが。」

 そう、立花先生に飯田部長が説明をしていると、今度は茜が声を上げるのだった。

「あのー、HDG01 より提案が有ります。」

「どうぞ、天野さん。」

 即座に茜へ発言の許可を出すのは、緒美である。それを受け、茜が提案内容を語るのだ。

「はい、ディフェンス・フィールドを有効にすれば、機首部正面の気流は流速が半減する筈(はず)ですし、機首周りの気流は大半がフィールドに沿って流れるので、皆さんが心配されている様な悪影響は、殆(ほとん)ど無いと思うのですが。」

「あー…。」

 そう、思わず緒美が声を漏らすのだった。

「流石ね、天野さん。ディフェンス・フィールドの事は、すっかり忘れてたわ。オーケー、その線でやってみましょう。」

 緒美は茜に言葉を返すと、続いて視線を飯田部長へ向け、微笑んで問い掛ける。

「宜しいですね?飯田部長。」

「いいだろう、やってみようか。」

 飯田部長は、頷(うなず)いて答えたのである。
 一方、第三格納庫内部の一角、テスト・ベースの一席で天野理事長は、上機嫌そうに笑顔を浮かべ、黙って状況を見守っていた。そんな天野理事長に近寄ると、実松課長が抑え気味の声量で、声を掛けるのだ。

「先程、鬼塚君も言ってましたが、流石ですなぁ、茜君。」

「この開発案件で、あの子が果たして来た役割の一端を見た気がするよ。」

 そんな会話をしつつ、二人が眺(なが)めるモニター画面の中で、AMF は機首部の解放を実行していた。その映像は、社有機の機内から撮影された画像である。その様子を観察して、実松課長が小さな声だったが、嬉しそうに声を上げるのだ。

「よし、よし、ちゃんと動いてるじゃないか。」

「設計一課の仕事振りも流石だね、実松課長。」

「いやー、彼処(あそこ)の機構は、ちょっと苦労したんですよ。」

 そう天野理事長に応える実松課長は、実に満面の笑みなのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.08)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-08 ****


 それから間を置く事無く、スピーカーからは金子と直美の声が相次いで流れて来るのだ。

「TGZ03 より、テスト・ベース。時間ですので、出発します。」

「此方(こちら) TGZ02、TGZ03 に続きます。」

 『TGZ03』が金子の搭乗する軽飛行機のコールサインで、『TGZ02』が直美が操縦するレプリカ零式戦である。
 二機はエンジンの出力を増すと、爆音を響かせ乍(なが)ら滑走路へと繋(つな)がる誘導路へと進んで行く。
 スピーカーからは、社有機に乗っている緒美の声が聞こえた。

「TGZ01、鬼塚です。TGZ02、TGZ03、了解です。テスト空域で会いましょう。気を付けて。」

「了解。また後でね、鬼塚。」

「先に行ってるよ~。」

 緒美の声のあと、金子と直美が続けて返事をするのだった。
 そして滑走路へと入った二機は、軽飛行機、レプリカ零式戦の順で次々と西向きに離陸した後、北へ針路を変えて上昇して行くのだ。
 このプロペラ機、二機が先に出発したのは、他の機に比べて単純に速度が遅いからだ。前回の HDG-B01 の長距離飛行試験の時は、茜の HDG-A01 が最低速機だったのだが、今回は AMF とドッキングする事で HDG-A01 は、F-9 戦闘機並みに超音速巡航(スーパークルーズ)までが可能になっていた。巡航可能な最高速度の順番に並べると、HDG-A01+AMF、HDG-B01、天野重工社有機、レプリカ零式戦、飛行機部軽飛行機、の順となる。そんな訳(わけ)で、レプリカ零式戦と軽飛行機は先に出発して、テスト空域へ直行し、あとから試験メニューを実施しつつ追い掛ける三機と、テスト空域で合流する計画なのだ。

「TGZ01 よりテスト・ベース、此方(こちら)も出発します。」

 社有機の機長である沢渡の声が聞こえて来ると、駐機場のエンジン音が大きくなり、機体が誘導路へと進んで行く。ここで社有機の機長を務める沢渡は、加納の同僚に当たる天野重工総務部飛行課所属のパイロットで、天神ヶ﨑高校に常駐するパイロット、三名の内の一人だ。因(ちな)みに、副操縦士を務めているのが榎本で、沢渡と榎本の年齢は、共に三十代後半である。二人共に加納とは、親子程の歳の差が有るのだった。

「HDG01、出発準備します。」

 続いて茜の声が聞こえると、駐機場で待機している AMF の開放状態だった機首が閉鎖され、その形状が航空機らしく整えられる。そうなると外部からは、茜の HDG-A01 の姿は、もう見えない。
 AMF は社有機とは距離を取って、滑走路へと向かって移動を開始するのだ。

「HDG02 は、暫(しばら)くここで待機してま~す。」

 離陸に滑走の必要が無いブリジットは、一人、駐機場に取り残された状態で、そう報告して来たのだった。
 間も無く、滑走路の東端に達した社有機は、更にエンジンの出力を上げて離陸滑走を開始すると、あっと言う間に上空へと舞い上がって行った。しかし社有機は、その儘(まま)、飛び去っては行かず滑走路上空で旋回を始めるのだ。
 続いて、離陸開始位置に AMF が着くと、茜にブリジットが声を掛ける。

「HDG02 より HDG01。後ろへ行くから、ちょっと待っててね。」

「了解。TGZ01 は監視位置、いいですか?」

「TGZ01 より、HDG01。唯今(ただいま)、旋回中。あと一分程。」

「HDG01 了解。スタートの合図、ください。」

「TGZ01、了解。」

 茜と沢渡機長が遣り取りをしている間に、ブリジットの HDG-B01 は地上をホバー滑走して、AMF の右後方へと到着した。

「HDG02 より HDG01。茜、此方(こちら)も監視位置に着いた。何時(いつ)でも、どうぞ。」

「HDG01 了解。今、TGZ01 のスタート合図待ちです。」

 そして、それから直ぐに社有機からの通信が入るのだ。

「TGZ01 より HDG01。此方(こちら)も位置に着いた。滑走、始めてください。」

 社有機は滑走路の東側から、滑走路の十五メートル程の高度差で、南側へ百メートル程の距離を取って接近して来ている。AMF の離陸滑走の様子を横から監視する為に、速度をギリギリまで抑えて、滑走路と平行に飛んでいるのだ。
 AMF の右後方に位置を取ったブリジットの HDG-B01 は、後ろから AMF の離陸滑走に異常が無いか監視する。

「車輪ブレーキ、オンで、エンジン出力、ミリタリー。フラップ、ハーフへ。」

「ブレーキ、オン。スロットル、ミリタリーへ。フラップをハーフ・ポジションへセット。」

 茜の指示を Ruby が復唱し、実行する。茜の背後で、エンジンの回転音が一際(ひときわ)大きくなる。

「ブレーキ、解除(リリース)。離陸滑走開始。」

「ブレーキ、リリース。」

 Ruby が車輪ブレーキの解放を実行すると、茜を収容した機首が一度、ガクンと上下に揺れ、微(かす)かな振動と共に視界が後方へと動き出すのだ。AMF の閉鎖された機首からは、外界は目視出来ない。スクリーンに映されている画像は、AMF に搭載されているカメラが撮影したもので、Ruby に因って処理が加えられてもいる。
 その景色はシミュレーターで経験したものと大差は無かったのだが、それよりも茜は、加速により感じる、前方から押し付けられる様な、或いは後方へ引っ張られる様な、『G』の大きさに驚いていた。
 AMF が離陸に必要な速度は、HDG-A01 が単体で飛行出来る最大速度と同程度なのだが、AMF と HDG-A01 とでは、その質量が十数倍違うのだ。つまり、質量の小さな物体と同じ速度に、質量の大きな物体を加速しなければならないのだから、それだけ大きな加速度が必要であり、その物体の中に茜は組み込まれているのだった。巨大な推力に因って押し出される AMF の中で、茜は加速に対する慣性力を、その一身で受け止めていた。勿論、離陸加速中のGなど、空中機動での急旋回に比べれば、まだまだ大したものではない。

「V1(ブイ・ワン)。」

 Ruby の声が聞こえる。AMF は滑走路の中央付近を、既に通過している。そして、それから間も無く、Ruby の次の通告が聞こえて来る。

Vr(ブイ・アール)。」

 AMF が、機首上げを行う速度に達した通告である。茜は「テイク・オフ。」と声を上げ、機首上げのイメージを思考制御で Ruby に伝達するのだ。
 機首を持ち上げた AMF は、その儘(まま)、ふわりと浮き上がり、直ぐに着陸脚も地面を離れた。滑走路の路面を着陸脚のタイヤが転がる、その独特な小さな振動が伝わって来なくなると、離陸加速中のGを味わい乍(なが)らも機体が宙に浮いている感覚を得るのだ。

「ギア・アップ。フラップ、ゼロ。」

「ギア・アップ。フラップをゼロ・ポジションへ。」

 茜の指示を Ruby が復唱し、着陸脚とフラップが格納されると、空気抵抗が一気に減る事で機速がグングンと上昇していくのが、視界に表示されている速度表示の値の更新具合から読み取れる。エンジンの出力は、未(いま)だミリタリーの儘(まま)なのだ。
 茜は、機首上げの角度、エンジンの出力、上昇率、向かうべき針路、機体の速度、そんなイメージを次々と頭の中で構築していく。それを Ruby は適宜(てきぎ)に解釈し、AMF の飛行が破綻しない様に補正して制御していくのだ。結果として、AMF は 20°程の角度で上昇し乍(なが)ら西向きから北へと旋回を始める。

「えーと、離陸したら最初は北向きに、高度二千メートルで合流と…。」

 初めての実機での離陸に緊張気味の茜が、そう、呟(つぶや)いていると、レシーバーには加納の声が響くのだ。

「TGZ01 より HDG01。天野さん、周囲の確認を忘れないでください。」

「あ、はい、はい。すいません、加納さん。」

 少し慌てて、茜が左右を確認すると、左側に社有機が、右側にはブリジットの HDG-B01 が飛行していた。
 社有機は離陸滑走する AMF の左側を、速度を合わせて併走して来ており、ブリジットも滑走路上の AMF 後方をホバー状態で追い掛け、AMF の離陸に合わせて上昇して来ていた。何方(どちら)も、離陸滑走中の AMF に何かしらの不具合が生じていないか、外部から監視していたのである。

「それでは、天野さん、ブリジットさん。各機、現在の位置関係(ポジション)をキープして、高度を上げていきます。針路(コース)は、この儘(まま)で。」

 加納の指示に二人共が「了解。」と応えると、加納は茜に話し掛けて来る。

「天野さん、取り敢えず実機で離陸した感想は、如何(いかが)です?」

「加納さんがシミュレーターの時に仰(おっしゃ)っていた『G』を、実感したって所でしょうか。HDG 単体の機動でも『G』は感じていた筈(はず)なんですが、流石に音速まで加速出来る AMF になると、エンジンのパワーが凄いですね。」

 茜は苦笑いし乍(なが)ら、答えた。勿論、その表情までは伝わらないのだが。
 それに、加納は笑って言葉を返す。

「ハハハ、離陸の加速なんて、空中戦機動の『G』に比べれば、可愛いものです。今日は、そう言う予定ではないですから、余り振り回さないでくださいよ。『G』に就いては、時間を掛けて、少しずつ身体と感覚を慣らしていってください。」

「分かりました、気を付けます。」

 茜が返事をすると、続いて緒美の声が聞こえて来るのだ。

「天野さん、鬼塚です。速度と高度がいい感じになって来たから、予定通り、ロボット・アームの展開・格納試験を始めます。いいかしら?」

 AMF に装備されたロボット・アームの展開条件に、高度は兎も角、速度が関係するのは、それはロボット・アームの展開と使用には速度制限が有るからだ。機構の構造上、時速 250 キロメートル以下での使用が想定されており、それ以上の速度での使用となると、気流に逆らって稼働させる負荷にロボット・アームの駆動系が耐えられないのである。
 これはエイリアン・ドローンが格闘戦形態で飛行出来るのは、最大で時速 250 キロメートル辺りが限界だろうとの、観測結果から逆算された仕様なのである。つまり、エイリアン・ドローンとの近接格闘戦は大凡(おおよそ)、時速 200 キロメートル以下の飛行速度域で行われる、と言うのが設計上の想定なのだ。
 単純に接近格闘戦は時速 200 キロメートル以下、と言っても、AMF と エイリアン・ドローンとでは、その飛行に関する速度領域が余りにも違う事に、注意しなければならない。エイリアン・ドローンは格闘戦形態時にはホバリングも可能なので、その速度領域は時速 0~250 キロメートルである。一方で、航空機である AMF は極端な低速域では失速してしまうので、格闘戦で応戦可能な速度領域は時速 180~250 キロメートルと言った所だ。つまり、AMF の側が相手に合わせて減速し過ぎると、自身が飛行状態を維持出来なくなるのだ。
 その様な都合から AMF の側からすれば、組み合って殴り合う様な真似は余り現実的だとは言えず、精精(せいぜい)が擦れ違い様(ざま)に斬撃を加える程度の戦法しか採り様が無いと考えられるのだった。その為に、AMF に搭載されたロボット・アームには先端部にビーム・エッジ・ブレードが装備されており、加えて短射程仕様の荷電粒子ビーム砲も取り付けられていた。申し訳程度に取り付けられているマニピュレータは、三本指で丸太を掴(つか)める程度の簡素な物なのである。
 『同じレベルで殴り合える様になるのが先決』とは、緒美自身が立てた HDG 開発のコンセプトなのだが、流石に、この AMF のロボット・アームに関しては発案者である緒美ですら、実用性、或いは実効性に小さくない疑念を抱いていた。「航空機の形態を取るのなら、現在の防衛軍と同様に、速度の優位性を活かして相手とは距離を取り、スタンド・オフ兵器を活用する方が、コスト的にも技術的にも真っ当なのではないか?」そう、仕様決定の段階で緒美が本社開発部へ意見を出した事も有ったのだ。ここで言う『スタンド・オフ兵器』とは、『相手の攻撃出来ない距離から攻撃が出来る兵器』の事で、一般的には長射程のミサイルを指すのだが、『飛び道具』を保有しないエイリアン・ドローンに対しては、戦闘機の固定機銃ですら『スタンド・オフ兵器』だと言えなくもない。それは兎も角、実際の話、AMF がロボット・アームを機内に格納する為に、機体の大きさが設計の基礎となった F-9 よりも一回り大きくなってしまったし、F-9 の様なウェポン・ベイを設けるスペースも無くなってしまったのだ。
 それでも AMF へのロボット・アーム装備に拘(こだわ)ったのは本社開発部の方で、当初、緒美にはその意図を測る事が出来なかった。それも、他の拡張装備の仕様が固まり、開発が進んで行く事で、緒美には本社側が考えている事に見当が付く様になっていったのである。それは Ruby の開発目的、或いはその用途に就いても同様なのだが、幾ら見当が付いたとは言っても、それはおいそれと『答え合わせ』が出来るものでもなく、迂闊(うかつ)に誰かに喋(しゃべ)ってしまう訳(わけ)にもいかない類(たぐい)の話である事は、緒美も良く理解していたのだ。そして、その本社側の思惑に、どこまで追従して行っていいものか、その辺りの判断に就いて緒美は、この時点でもまだ決め兼ねていたのだった。
 だから、緒美は茜に向かって言ったのだ。

「天野さん、ロボット・アームの本格的な動作確認は後日、シミュレーターでの確認が終わってからだから、今日は予定通り、出し入れの確認だけよ。余り、アームを振り回したりしないでね。」

「分かってます。空力的に、どんな影響が出るのか、怖いですし。」

 茜は純粋に技術的な制約として受け止めていたので、緒美の葛藤とは無関係に明快な返事をしたのである。
 一方で飯田部長が、茜に声を掛ける。

「試作工場での試験飛行で、飛行中のアーム出し入れは動作確認済みだから、安心していいよ、茜君。」

 試作工場では、Ruby と加納に因る外部からの操縦で、無人状態で飛行試験を行っていたのだ。但し、初期の LMF と同様にロボット・アームの稼働データ不足の為、複雑な動作に就いては未検証なのだった。それに就いては今後、LMF の時と同様にシミュレーター・ソフトを利用して稼働データを集積し、実機での検証へと繋(つな)げる予定なのである。勿論、シミュレーターではロボット・アームの動作に因る気流の影響も、或る程度は計算されてシミュレーションに反映される計画なのだが、そのシミュレーター・ソフトは、まだ開発中なのであった。
 そして声を掛けられた茜は、飯田部長に即、言葉を返したのだ。

「あはは、そうじゃなかったら、怖くて出来ませんよ、飯田部長。」

 それから一呼吸置いて、茜は声を上げる。

「それでは、唯今(ただいま)より、AMF のロボット・アーム展開及び、格納の飛行中作動試験を始めます。記録の準備は、宜しいでしょうか?」

「HDG02 より、TGZ01。こっちの映像、リンクに乗ってます?」

 ブリジットの問い合わせが、唐突に割り込んで来る。HDG-B01 の視界画像も、社有機側で記録保存が出来るのだ。
 緒美が機内で視線を樹里と日比野の方へと向けると、「オーケーです。」との、樹里の声が返って来る。それを受けて、緒美が通話に声を乗せる。

「HDG01、HDG02。此方(こちら)の準備は出来てる。天野さん、始めてちょうだい。」

「HDG01、了解です。」

 そう返事をすると、茜は Ruby にロボット・アーム展開を指示するのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.07)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-07 ****


 翌日、2072年10月1日・土曜日。
 機材の搬入とセットアップが予定通りに終了した為、試作部から出張して来ていた人員の半数程が、この日の午前中に撤収となった。天神ヶ﨑高校に残ったのは、試作部の人員としてはメカ担当の畑中と大塚、そしてエレキ担当の倉森と新田と、兵器開発部のメンバーには顔馴染みの面々である。開発部設計三課の安藤と日比野も勿論、最終日である月曜日の飛行試験までの滞在予定だった。飯田部長と開発部設計一課の実松課長も、AMF の飛行試験に立ち会う予定である。
 天野理事長と飯田部長、そして実松課長の三名は、この日は兵器開発部の視察は行わず、塚元校長を交えての会議が開かれていた。その会議には前園先生や立花先生も呼び出されたのだが、勿論、その議題や会議の内容が兵器開発部のメンバー達に知らされる事はない。
 そして午後になると、天野理事長と飯田部長、その担当秘書である蒲田の三名が、本社から飛来した社用機で何処(いずこ)かへと飛び立っていったのである。細かい話になるのだが、その社用機のパイロットは加納ではない。加納は、この日も実施される茜とブリジットの空中戦シミュレーションに立ち会う予定なので、それ故(ゆえ)に、社用機が本社から飛来した訳(わけ)でもある。
 因(ちな)みに、前日に飛来した AMF の操縦装置を搭載した社用機は天神ヶ﨑高校に留め置かれており、その機体を操縦して来たパイロットは、天神ヶ﨑高校に配置されていた社有機で昨日の午後一番に東京の飛行場へと戻っていた。
 この日に天野理事長らを迎えに来た機体は、昨日に天神ヶ﨑高校から東京へと向かったその機体であり、夕方頃に三名を天神ヶ﨑高校に連れ帰った後、最低限の点検を実施して蜻蛉(とんぼ)返りで、又、東京の飛行場へと飛び立ったのだ。
 一方、天神ヶ﨑高校に残された AMF の操縦装置を搭載した社用機は、月曜日に予定されている AMF の飛行試験が完了後に加納の操縦で山梨の試作工場へと移動し、そこで AMF 操縦装置の撤去作業に入る予定である。そして加納は、試作工場で東京の飛行場から移送されて来る予定の天神ヶ﨑高校から移動した社有機で天神ヶ﨑高校へと戻って来る、そんな計画が立てられていた。

 兵器開発部の、この日の活動予定は前日に引き続き、茜とブリジットによる AMF と HDG-B01 の空中戦シミュレーションがメインである。
 この日のシミュレーションから、前日はオフにされていた『ブラック・アウト』と『レッド・アウト』を視覚的に再現する機能が有効化された。
 『ブラック・アウト』とは、各種の空中機動に因ってパイロットに長時間の下向きの加速度が掛かった際に、頭部への血液の流れが阻害される事で、一時的に貧血の様な症状で視界が真っ暗になる状態の呼称である。『レッド・アウト』は『ブラック・アウト』とは逆の状態で、上向きの加速度(マイナスのG)に因って頭部に血液が集中し、その結果、視界が真っ赤に見える状態の呼称だが、何方(どちら)にしても、その状態が継続するとパイロットが意識を失うなど非常に危険なのだ。
 シミュレーターの表示映像がどれだけ高度に発達しても、搭乗者に掛かるGの再現は不可能なので、シミュレーターでは仮想視界の表示範囲を狭めたり、暗くしたりで『ブラック・アウト』状態を疑似再現するのだ。
 Gに対する耐性は、訓練を積んだ所で劇的に向上する事は期待出来ず、それは人体に於ける生理上の限界なので、戦闘機のパイロット達は、Gが掛かった際に太股部を締め付けて血液が脚に集中するのを防ぐ、伝統的な『耐Gスーツ』を着用して対処している。しかし、HDG のインナー・スーツには『耐Gスーツ』に準じた機能は無く、だから茜達は高G状態が継続する様な機動は避けなければならない事になっているのだった。それが可能なのかどうか、その検証が、この日以降のシミュレーションの目的の一つでもあるのだ。勿論、Ruby と AMF の飛行制御関連ソフトウェアの動作確認が、第一の目的である事は言う迄(まで)もない。

 そしてこの日は、偶然ではあるが緒美の訓練飛行の日でもあった。HDG の航空装備試験に備え、昨年の夏に自家用機操縦士免許を取得した緒美と直美の二人であるが、その技量維持の為、月に二回、飛行機部の協力も得て一回に付き二時間程度の訓練飛行を続けているのだ。
 午前中に、飛行機部が所有する PC 利用のフライト・シミュレーターで離着陸操作の手順を確認し、午後からフライトを行うのが、標準的なスケジュールである。そのフライトには、飛行機部が管理していはいるが余剰資材扱いだったレプリカ零式戦を使用し、飛行機部からは金子か武東が軽飛行機で随伴するのが定例となっていた。勿論、レプリカ零式戦を使用するのは、飛行機部所有の軽飛行機では HDG のチェイス機としての能力が不足するからで、緒美と直美が操縦士免許を取得した理由からすれば、二人が HDG 飛行試験に使用可能なレプリカ零式戦で訓練飛行をするのは当然である。
 因みに、飛行機部がレプリカ零式戦を余剰資材扱いせざるを得なかったのは単純に稼働コストの問題が理由で、飛行機部単独の予算では定期的にレプリカ零式戦を飛行させる余裕は無かったのだ。従来は年に数回の、主に学祭での展示飛行の為に維持整備するのが、飛行機部の予算では精一杯だったのである。それが昨年から定期的に飛行が出来ているのは、当然、本社から必要な予算の補填が行われているからに他ならない。
 そんな状況だったので、飛行機部の部員達にも『あの』レプリカ零式戦を飛ばした経験を有する者は殆(ほとん)ど居なく、「乗ってはみたいが、うっかり事故を起こして破損でもさせたら大変だ。」と、尻込みする者(もの)が大抵なのだった。実際の所、現在の飛行機部でレプリカ零式戦での飛行経験が有るのは、部長の金子だけなのだ。だから、レプリカ零式戦に定期的に搭乗している兵器開発部の二人の事は、羨(うらや)ましい様な、悔(くや)しい様な、聊(いささ)か複雑な心境で飛行機部の部員達から見られていたのだった。
 勿論、それで緒美と直美が嫌味を言われたり、嫌がらせ受ける様な事は無い。何故なら、兵器開発部の関与で常時稼働状態になったレプリカ零式戦には、飛行機部の部員も搭乗しても良い事になっていたからである。

「フライト・シムで飛ばせる自信が付いた者は、何時(いつ)でも搭乗希望を出しな。」

 そう、部長の金子が、飛行機部の部員達に明言していたのだ。つまり、兵器開発部の二人だけが特別扱いでレプリカ零式戦を使用している訳(わけ)ではなく、あとは飛行機部部員各自の『自信と度胸』の問題となっているのである。

 語りの筋が少々逸(そ)れたので、軌道を戻そう。
 普段なら、緒美と直美が同日に交代で訓練飛行を行うのだったが、この日の予定は緒美のみとなっていた。
 この日の訓練飛行を直美が行わないのは、明後日(みょうごにち)の月曜日に予定されている AMF の飛行試験で、チェイス機として参加するレプリカ零式戦の操縦を、直美が担当するからだ。
 緒美と直美の総飛行時間は、この時点で共に九十八時間で、緒美はこの日の訓練飛行で百時間に、直美も明後日(みょうごにち)の AMF 飛行試験に参加する事で百時間に達する見込みである。因みに、この二人の総飛行時間、百時間には、免許取得の為の合宿訓練での飛行時間である六十時間も含まれている。

 この日の兵器開発部の活動は、茜とブリジットによる空中戦シミュレーションが午前十時から開始されたのだが、それら諸諸(もろもろ)の準備は午前九時頃から始められていた。
 午前十時頃には現場の監督を副部長である直美と、会計の恵の二人に任せ、緒美は訓練飛行の打ち合わせと、手順確認の為の PC フライト・シミュレーター実施の為に、飛行機部が本拠とする第一格納庫へと向かったのだ。
 HDG の空中戦シミュレーションは、前日の打ち合わせ通りに条件や設定を変更しつつ、休憩を挟(はさ)み乍(なが)ら夕方まで、繰り返し実施された。
 緒美の方は、レプリカ零式戦での訓練飛行を何時(いつ)も通りに熟(こな)し、終了後の点検や手続きを終えて器材を飛行機部へと引き渡し、午後四時前には第三格納庫へと戻って来たのである。

 そうして、この日は特に問題も無く、予定通りに一日を終えたのだった。


 更に翌日、2072年10月2日・日曜日。
 本来なら休日の筈(はず)ではあるが、何時(いつ)も兵器開発部は当たり前の様に部活をしているので、当然この日も活動は行われるのだ。内容は、引き続き前日の同じく HDG の空中戦シミュレーションだが、翌日の AMF 飛行試験の準備も有るので、この日のシミュレーションは午後三時まで、となっていた。
 出張で来校している本社試作部の四名は、当然の様に休日出勤のスケジュールで、後日に代休を取得する予定だった。その彼等(かれら)の、この日の作業は、レプリカ零式戦と飛行機部の軽飛行機への撮影機材及び、通信機材の取り付けと、それらの動作確認である。
 レプリカ零式戦へは、右主翼下の爆弾架取り付け部に専用アダプターを介して、撮影機材を収めた棒状の構造体をセットする。棒状構造体は前方部に砲弾型に膨らんだ収納部を持っており、その先端部透明カバーの中にカメラが仕込まれているのだ。
 機体にセットされた撮影機材は、先端のバルジ部が主翼前縁部より凡(およ)そ二メートル突き出した状態となり、前方から右側方が撮影範囲となっている。これは、AMF の左手側にレプリカ零式戦を飛行させ、飛行中の AMF の状態を撮影する計画なのだ。
 飛行機部の軽飛行機には同形状の撮影機材を左翼翼端に取り付け、飛行中の AMF を右側から撮影する。
 そして追加搭載される通信機材は、音声通話の機能は勿論なのだが、それ以上に撮影した画像データを送信する為の物なのだ。送信された撮影画像は、AMF の操縦装置が搭載された社有機で受信し、記録される計画である。レプリカ零式戦と軽飛行機、双方の撮影機材のコントロール、つまり画角やズームなどの調整も、全て社有機の側から行うので、撮影機自体は一定の間隔を保って、ひたすら真っ直ぐ飛ばなければならないのだ。
 斯様(かよう)に、翌日の飛行試験には AMF と HDG-B01 の他に、三機が随伴する計画なのだった。因(ちな)みに、その飛行試験の際に社有機に搭乗する予定の加納は、非常時に AMF を外部から操縦する為に待機していなければならないので、社有機の操縦は別のパイロット二名が担当する。
 天神ヶ﨑高校に配置されている、天野重工総務部飛行課所属のパイロットは三名で、その内の一人が加納である。加納は秘書課の仕事も兼務している都合上、天神ヶ﨑高校に常駐するパイロットとしての事務仕事は、残りの二人が肩代わりしている格好ではあるのだ。
 彼等(かれら)は通常、整備担当の三名と共に第二格納庫で業務に当たっているのだが、天野理事長が移動の際には、機長を加納が務めるので、残り二人の内一人が交代で副操縦士を務めるのだ。それ以外のフライトでは、加納以外の二名が正・副操縦士として飛行業務を実施する場合も当然有るし、滑走路管理の様な雑用的な業務から、予備機の点検飛行とか、果ては飛行機部部員達への操縦技術指導までと、彼等(かれら)の業務は意外に幅が広いのだった。

 そんな訳(わけ)で、この日の活動は大きく二つのグループに分かれて行われたのである。
 一つは、HDG の空中戦シミュレーションのグループで、当然、其方(そちら)には茜とブリジットが、監督者として直美と恵、空中戦のアドバイザーとして加納、シミュレーターの設定操作と各種記録を樹里とクラウディア、そして Ruby の作動モニターとしての安藤、と言うメンバーである。
 もう一方のグループは、レプリカ零式戦と飛行機部の軽飛行機へ撮影機材の取り付けと、その動作確認のグループで、その作業は第二格納庫で行われた。メンバーは本社試作部から畑中、大塚、倉森、新田、兵器開発部からは瑠菜と佳奈、通信やデータ・リンクの確認作業を日比野と維月が担当したのだ。そしてそれらが第二格納庫での作業だけに、そこに常駐している整備担当の藤元、並木、片平の三名も、兵器開発部達の作業に協力したのだった。勿論、彼等も休日出勤での対応である。
 こうして、AMF の飛行試験準備は、着々と進行していったのだった。


 そして、AMF の飛行試験が実施される、2072年10月3日・月曜日である。
 学校のカレンダー的には、この日が試験休み期間の最終日で、生徒達には授業が無い。
 兵器開発部の活動として、AMF の飛行試験は午後からの予定だったが、彼女達は当然、午前中から試験の準備に追われていた。
 午前九時開始で試験手順の最終打ち合わせの後、機体や各種器材の点検及び、設定確認等が実施される。そして天野重工社有機へは計測・記録器材の積み込みが行われたのである。当然、積み込まれた機材が正常に作動するかは地上で動作確認が行われ、通信機等に不具合が無い事も確認がされる。
 全ての事前点検が終わると第二格納庫の藤元等に因って、AMF の他、試験に参加する機体が格納庫から駐機場へと引き出され、そこで飛行可能にする為の安全ピンの撤去や、燃料の注入が行われるのだ。
 その間、兵器開発部のメンバーでは一人、直美だけが飛行機部で PC フライト・シミュレーターでレプリカ零式戦の離着陸の手順確認を行い、午後からのフライトに向けて準備をしていた。
 フライトは午後一時開始の予定なので、AMF 飛行試験の参加スタッフは少し早めの昼休みに入り、特にフライトに臨(のぞ)む茜とブリジット、そして直美と飛行機部の金子は、手配されていた弁当で第三格納庫にて、午前十一時半頃には昼食を済ませたのである。
 そして昼休みの後、午後十二時過ぎには茜とブリジットはインナー・スーツへと着替え、それぞれが HDG を起動、装着したのである。そして、ブリジットの HDG-B01 が飛行ユニットを接続し、茜が AMF へ HDG-A01 をドッキングさせて準備を終えた頃には、時刻は午後一時迄(まで)あと十分程度に迫っていた。
 HDG 各機と平行して、随伴機のエンジンもそれぞれが起動し、レプリカ零式戦には直美が、飛行機部の軽飛行機には金子が搭乗していた。天野重工の社有機にも二名のパイロットが既に乗り込んでおり、計測員役として日比野と樹里が、試験の監督役として緒美と飯田部長が、そして AMF の非常時外部操縦員として加納が社有機へと乗り込んでいく。
 そんな折り、操縦席の機長、沢渡が客室の飯田部長に呼び掛けるのだ。

「飯田部長、交通管制からの注意情報ですが、九州北部上空にエイリアン・ドローンの接近を観測。防衛軍が迎撃行動を開始したそうです。場合に依っては、これから向かう空域が閉鎖(クローズド)になるかも、と言う事です。」

「今は、飛行禁止じゃないのだね?」

「はい、今の所は。」

 今度は、通信の最終チェックを行っていた日比野が飯田部長に声を掛ける。

「飯田部長、ベースの方(ほう)からも同じ様な事、言って来てます。」

 ここで言う『ベース』とは第三格納庫内に設置された、試験状況の観測基地の事で、防衛軍のデータ・リンクを利用して社有機機内で得られる情報が、全て観測基地でもモニターが可能になっているのだ。ベース側各種器材のコントロールは、安藤と維月、そしてクラウディアが担当している。天野理事長や実松課長、立花先生や兵器開発部のメンバー達はベースのモニターで試験の状況を確認する予定なのだ。当然、データ・リンクを利用して、通話も可成り自由に出来る様になっていた。

 ベースの側ではエイリアン・ドローン襲撃の報道を受けて、兵器開発部やその他の生徒達が口口(くちぐち)に話している。

「どうしてこう、試験の日程とかち合うかな。」

 そう、瑠菜が言うと、維月が冗談半分に言うのだ。

「案外、ウチの試験日程に合わせて来てたりして?」

 それを真に受けたのか、飛行機部の武東が問い掛ける。

「情報が漏れてるって事?」

 それには真面目な顔で、恵が言葉を返すのだ。

「まさか。 偶然、襲撃のサイクルと合っちゃっただけでしょ。エイリアンが、ウチの試験日程なんか、気にしてる訳(わけ)が無いわ。」

 そこに、社有機機内の飯田部長の声が、ベースの方へと届くのだ。

「エイリアン・ドローンの件、此方(こちら)のパイロットの方(ほう)にも、交通管制から注意情報が来たそうだ。報道のは、先程、携帯で確認した。」

 そのスピーカーからの声を聞いて、透(す)かさず通話用のマイクを奪い取った立花先生は、飯田部長に問い掛ける。

「どうします?飯田部長。 今日は中止にしますか?」

「いや、試験予定の空域が飛行禁止になってないから、今の内に済ませてしまおう。此方(こちら)にも、予定ってものが有る。」

 その返事を聞いて、立花先生は黙って座って居る天野理事長へと、視線を移すのだ。それに気付いた天野理事長は、落ち着いた口調で言った。

「実務の判断は、キミ達に任せるよ。」

 この日の、HDG をドッキングさせての AMF 飛行試験に至る為の準備期間は、この三日間程度の事ではない。それに、今日ここに集まっているメンバー達が担当している業務は、AMF 関連だけではないのだ。例えば畑中、日比野、安藤、それぞれが元の職場に戻れば、それぞれに別の、次の仕事が待っているのだ。今日の試験を延期にした場合、同じ様に、このメンバーを再(ふたた)び集める為に、どれだけのスケジュール調整をしなければならないのか。その作業量は立花先生には想像も付かなかったが、その仕事が大変なのだろうと言う想像だけは付いたのだ。

「分かりました。状況を確認しつつ、試験を続行しましょう。」

 立花先生は、そうマイクに向かって言うと、そのあとで一度、大きく息を吐(は)いたのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.06)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-06 ****


 休憩の時間が終わると、茜とブリジットは再(ふたた)び、HDG を各自に接続してシミュレーションの再開である。
 ここからは HDG 同士での模擬空戦ではなく、仮想エイリアン・ドローンとの空中戦シミュレーションの予定となっていた。それはシミュレーター上で仮想の武装を用いての、射撃戦を想定したシミュレーションである。『射撃戦』とは言っても、エイリアン・ドローンには『飛び道具』の武装が無いので、向こうから撃って来る事は無い。だからエイリアン・ドローンの斬撃を受けないように距離を取りつつの、HDG 側からの一方的な攻撃とならなければならないのだ。
 HDG 側の制限としては、『航空機モード』の儘(まま)で応戦する、と言う制限が条件で、つまり HDG が手持ちの武装を使用しないので、射撃軸線は前方への固定となる。
 茜の AMF には胴体の固定武装として、左インテーク側面に荷電粒子ビーム砲が一門と、胴体背部に格納されたレーザー砲が一門、装備されている。AMF の背部レーザー砲は長射程用の武装なので、今回の空中戦シミュレーションで使用されるのは荷電粒子ビーム砲の一択なのだ。
 ブリジットの HDG-B01 が使用するのは本来は手持ち用の武装なのだが、それは飛行ユニットの武装用ジョイントに固定した状態でも『射撃モード』での荷電粒子ビームが発射可能で、これが固定武装として使用されるのだ。

「それじゃ、二人共。準備はいい?」

 ブリジットと茜がそれぞれ、樹里の呼び掛けに答えると、樹里は説明を続ける。

「オーケー。今回も離陸の部分は省略して、高度は千五百メートルからスタートします。エイリアン・ドローンは三機、出現するから、全機、やっつけてね。 それじゃ、シミュレーション、スタート。」

 樹里の『スタート』の声と共に、ブリジットの視界は空中の仮想視界に切り替わる。右、左と視界を確認すると、左側に茜の AMF を発見する。今度は距離が可成り近く、AMF と HDG-B01 との機体間隔は三十メートル程だろうか、AMF のその機体は相応に大きく見えるのだ。

「B01 より、左側に AMF を視認。」

 ブリジットが報告すると、直ぐに茜の声が返って来る。

「A01 より、右側の B01 を視認しました。暫(しばら)く、この編隊を維持しましょう、ブリジット。」

 続いて、茜に報告する Ruby の合成音声が聞こえる。

「前方、方位 0 に敵機を捕捉。機数、三。現在の相対速度で一分の距離です。」

「聞こえた?ブリジット。」

 茜が問い掛けて来るので、ブリジットは即答する。

「聞こえてる。早速、来たわね。真っ正面で、同高度、と。」

 そうブリジットが言うと、樹里の声が割り込んで来るのだ。

「ま、最初だから。一番、シンプルな設定よ。」

 そんな樹里の言葉に、茜が突っ込む。

「シンプル過ぎません?樹里さん。 それに、AMF には F-9 みたいに、機首に捜索レーダーは無いのに、行き成り捕捉って…あ、データ・リンクって事ですか。」

 その茜の自問自答に答えたのは、緒美である。

「そう言う事。防衛軍が捕捉した情報が、データ・リンクで回って来てると思ってちょうだい。」

 緒美は説明を省略したが、防衛軍の戦闘機や空中警戒機、或いは地上防空レーダーが捕捉した戦術情報は統合され、防衛軍のデータ・リンクで共有されるのだ。

「分かりました。 じゃ、ブリジット、AMF の方が先制を掛けるわ。荷電粒子ビーム砲の射程、こっちの方が長いから。」

「了解。一撃したら、エイリアン・ドローンは多分、左右に散開(ブレイク)するだろうから、向かって右へ逃げる奴を、わたしが追うわね。」

 ブリジットの提案に、茜が応える。

「じゃ、その線で。先頭、中央のから狙うね。もう直(す)ぐ、こっちの射程に入る。…5…4…3…。」

 茜がカウントダウンを始めると、ブリジットもズームで拡大した敵編隊の、向かって右端の一機を射程外ではあるが、ロックオンする。

「…2…1…発射。」

 瞬間、前方へ向かって青白い閃光が走ると、三機編隊の中央の一機がガクンと姿勢を崩し、そして落下して行く。間を置かず、両脇の機体は左右へと別れ、逃走を始めるのだ。
 仮想エイリアン・ドローンの反応は二人の予想通りだったが、射軸が固定された武装では自身の側方へと逃走する目標を狙う事は出来ない。HDG であれば、腕を振り、上半身を捻(ねじ)れば、真横の目標にでも追従が可能なのだが、今回は『航空機モード』で、との制限事項が存在するのだ。
 ブリジットが向かって右へと離脱した仮想エイリアン・ドローン追おうか、一瞬の間を逡巡(しゅんじゅん)していると、茜から声が掛かる。

「ブリジット、取り敢えず一度、離れるわよ。」

「え、この儘(まま)、追い掛けた方が良くない?」

「彼方(あちら)は直ぐに反転して、斬撃を仕掛けて来る筈(はず)だから。こっちとしては一度距離を置いて、目標の側面から後方に位置を取った方が、射撃はやり易いわ。此方(こちら)は接近戦をしない条件だから、わざわざ相手の間合いに入る事はないのよ。」

「了解。」

「それじゃ、速度を 12 迄(まで)加速して、十秒後に左右に分かれましょう。そのあとは各個に追撃、目標の側面から後方に回り込む感じで。 行きましょう。」

 ブリジットの左側方に位置して居た AMF は加速すると、スッと前方へと出て行く。ブリジットは先行しようとする AMF に並ぼうと、思考制御で自身も加速を指示した。
 直進し乍(なが)らもブリジットは、TIS(Tactical Information Screen :戦術情報画面)を開いて、仮想エイリアン・ドローンの動向をチェックする。茜の予想通り、自機の後方へと回った仮想エイリアン・ドローン達は、反転してブリジットと茜の編隊を追い掛けて来ていた。しかし、速度的には AMF も HDG-B01 も、エイリアン・ドローンとは能力差は無く、寧(むし)ろ、AMF の最高速度はエイリアン・ドローンのそれを凌駕(りょうが)しているので、何(いず)れにせよ両機がエイリアン・ドローンに追い付かれる心配は無かった。
 十秒後、予定通りに茜とブリジットは二手に別れ、仮想エイリアン・ドローンの側面から後方へと、大きく回り込む様に旋回を続ける。上空から見下ろして、AMF は反時計回りに、HDG-B01 は時計回りに旋回をしているのだが、仮想エイリアン・ドローンも漫然と直進を続けている訳(わけ)も無く、右へ左へと進路を変えて形勢の逆転を狙うのだ。
 何度目かの進路変更を経て、二機の仮想エイリアン・ドローンは互いに交差するように、その進路を定める。その儘(まま)、仮想エイリアン・ドローンの飛行経路が交差していれば茜が追っていた仮想エイリアン・ドローンがブリジットの後方へ、ブリジットの追っていた仮想エイリアン・ドローンが茜の後方へと達した筈(はず)だったのだが、そうなるよりも一足早く AMF が追跡していた仮想エイリアン・ドローンを、その荷電粒子ビーム砲の射程に捉えたのだった。

「追い付いた。」

 一言、呟(つぶや)いた茜は直様(すぐさま)、目標をロックオンすると荷電粒子ビームを発射する。
 仮想視界の中で射撃を受けた仮想エイリアン・ドローンが砕け散ると、ブリジットが追って来たもう一機が、鋭角に進路を変えるのだ。茜は咄嗟(とっさ)に、その残存一機に照準を合わせようとするのだが、相対速度が速過ぎた為、AMF は一旦(いったん)、残存エイリアン・ドローンの飛行経路後方を通過するのだった。茜の右方向へと飛び去ったエイリアン・ドローンは格闘戦形態へと変形する事で一気に減速し、ブリジットの HDG-B01 へと急接近を企図する。

「ブリジット!」

 レシーバーからの、茜の呼び掛けを聞く迄(まで)もなく、ブリジットは状況を把握している。まだ少し射程には遠かった目標が、その急減速に因って射程へと飛び込んで来たのだ。

「ロックオン!」

 咄嗟(とっさ)にブリジットは自機を減速させて、目標との相対速度を低く抑えつつ、荷電粒子ビームを二連射した。それは見事に命中し、仮想エイリアン・ドローンは火を噴き乍(なが)ら、ブリジットの視界の左側を通過し、そして落下して行った。
 撃破した仮想エイリアン・ドローンの行方(ゆくえ)を見送ったブリジットは、自機の姿勢を水平飛行に戻し、AMF と合流して進行方向を北へと向けたのである。

「オーケー、第一回戦終了。シミュレーションは続行しておくけど、その儘(まま)で聞いててね。 加納さん、何かコメントは有りますでしょうか?」

 緒美に続いて、加納の声が聞こえて来る。

「それでは、一点。残存二機を追うのに二手に別れたのは、対処の方法としては余りお薦め出来ません。極力、二機一組での行動を心掛けてください。」

 その言葉に、茜が問い返す。

「そうすると、敵の一機がフリーになっちゃいますけど、いいんでしょうか?」

「構いません。二機編隊の一機は攻撃に集中し、もう一機が周囲の見張りに徹すれば、フリーの敵機が接近して来ても対処出来ます。 今回は二対二になりましたが、これが二対三、二対四と敵の方が数が多かったらどうしますか? 此方(こちら)が二機編隊であれば、敵機の方が数が多くても対処は可能です。勿論、難易度は違いますけどね。」

 続いて、ブリジットが尋(たず)ねる。

「編隊って、どう位置を取ればいいんですか?加納さん。」

「リーダー、一番機に対してウィングマン、二番機は一番機の左右どちらかに百メートル程、後方にも百メートル程。高度差も十メートル程下に付けて、兎に角、二番機は一番機が自由に機動してもぶつからない位置をキープしてください。そこで、周囲の見張りを行います。リーダーは、ウィングマンと機体の性能差が有る場合、ウィングマンを引き離してしまわないように加速や機動に注意を払わなければなりません。それから、攻撃と見張りの分担は、リーダーとウィングマンとで固定されている必要はありません。状況に合わせて、柔軟に役割をスイッチして構いませんので。肝心なのは、一方が攻撃している時に、もう一方が見張りを怠(おこた)らない事ですから。」

 加納の説明が終わると、茜がポツリと言ったのである。

「常に、二対一になるように、と…。」

 その言葉に対して、加納は少し語気を強めて語ったのだ。

「お二人は共に競技者でしたから、一対一でないのは『卑怯』に感じられるかもしれませんが、『戦闘』は『試合』ではありませんので、『イコール・コンディション』である必要は微塵(みじん)も有りはしません。寧(むし)ろ自身と仲間の安全を確保する為に、可能な限り自分達が有利になるよう、状況を作るべきです。 それに、生身(なまみ)で命を賭けて対処している此方(こちら)に対して、ドローンを投入しているエイリアンの方が、そもそも百倍『卑怯』だと言えますよ。」

 今度はブリジットが、問い掛ける。

「あの、単純に疑問なんですが。エイリアン・ドローンは編隊で飛んで来ますが、一撃を加えると単機にばらけますよね。彼方(あちら)は、どうして二機一組とか、そう言う事をしないんでしょうか?」

「向こうサイドの戦術については、わたしは不勉強なので、正直(しょうじき)、お答え出来ません。その件に関しては鬼塚部長か、立花先生が研究されているのでは? 鬼塚部長に代わりますね。」

 そうして少しの間を置いて、レシーバーの声が緒美に代わったのだ。

「…あ、立花先生に代わるから、ちょっと待ってね。」

 そのあと、「え?何…。」との立花先生の声が遠くに聞こえ、「お願いします。」と言う緒美と少々の遣り取りが有ったあと、立花先生が話し出す。

「えーと? ブリジットちゃんにはエイリアン・ドローンが連係攻撃をしない印象みたいだけど、それは誤解です。エイリアン・ドローンも一体の敵に複数で反復攻撃を仕掛けますから、徒(ただ)、バラバラに位置取りをするだけです。その辺りの挙動の違いは、もう、単純に武装の違いが原因だと思います。」

 そこに茜が口を挟(はさ)む。

「飛び道具を持っているか、いないか?」

「そうです。エイリアン・ドローンは接近しての斬撃が攻撃、戦法の基本ですから、編隊を組んで同一方向から襲いかかるよりは、色んな方向から斬り掛かった方が成功率は高そうでしょ。 逆に、わたし達のように射撃が攻撃の基本となると、色んな方向から敵機を狙い撃ちすると、流れ弾が味方に当たって『同士討ち』になりかねません。だから、編隊を組んで同一方向から射撃するスタイルの方が安全、って事です。」

 再び、ブリジットの質問である。

「それじゃ、エイリアン・ドローンが飛び道具を持っていないのは何故なんでしょう? 彼方(あちら)側に、その技術が無い筈(はず)はないですよね。」

「そうね。本当の所はエイリアン達に聞いてみないと分からないんだけど、此方(こちら)の勝手な分析としては、ね。先(ま)ず、飛び道具の使用を維持するには、大量の補給が必要なのよ。弾丸やら火薬やらは当然だけど、発射装置自体にもメンテナンスや消耗部品の交換も必要だから。発射するのが火薬を使う実体弾でなくてエネルギー弾だったとしても、消耗品の品目が変わるだけで、何かしらの消耗品は必要になる筈(はず)なの。だから、そう言った手間の掛かる装備は、エイリアン・ドローンには無いのだと思うの。多分、エイリアン達に取って、アレは遠征用の、使い捨ての兵器だから。」

「使い捨て?ですか…あんな複雑そうな物が。」

 驚いて聞き返すブリジットに、半(なか)ば呆(あき)れた様に立花先生は言うのだ。

「その辺りは、わたし達とは感覚が違うのでしょう、としか言えないわよね。勿論、真相は分からないわよ。 取り敢えず、こんな所でいい?緒美ちゃん。」

 立花先生が緒美に話し掛けた部分はヘッド・セットを途中で外したのか、ブリジットと茜のレシーバーには声が遠く聞こえたのだが、直ぐに緒美の声が返って来た。

「それじゃ取り敢えず、さっきの加納さんのアドバイスも頭に入れて、第二回戦、やってみましょうか。最初は天野さんがリーダー役って事で。 城ノ内さん、今度は敵の数を倍にして。」

「分かりました、部長。 敵機の数を、六機に設定します。位置と方位は、どうしましょうか?」

「そうね。出現位置は天野さん達の十キロ前方、高度差はプラス千メートル、飛行方向は東向きって事で。」

 そんな緒美と樹里の遣り取りのあと、少しの間を置いて、再び樹里の声が聞こえて来る。

「設定完了、それじゃ、実行するけど、いい?二人共。」

「A01、了解。」

 透(す)かさず茜の返事が聞こえて来るので、ブリジットも慌てて声を上げるのだ。

「B01 も了解。」

「それじゃ、設定を実行します。頑張ってね。」

 間も無く、ブリジットと茜、それぞれの HDG にデータ・リンクに敵機の情報が表示されるのだった。

 それから一時間強が経過し、第五回戦のシミュレーションを終えて、この日の茜とブリジットのシミュレーター運転は終了したのである。二人は HDG を、それぞれ AMF と飛行ユニットから切り離して、各各(おのおの)のメンテナンス・リグへと HDG を戻し、装備を解除した。時刻は午後四時半を、少し経過していた。
 これでこの日の活動が全て終了、と言う訳(わけ)ではない。
 二階の部室でメンテナンスのレクチャーを受けていたメンバー達が格納庫フロアに降りて来ると、その儘(まま)、実機を使ってのメンテナンス講習が開始されたのである。
 安藤と日比野のソフト担当組は、AMF と Ruby、HDG 各機の AI からのログの吸い出しと、機能確認の作業を開始し、維月とクラウディアは、その作業の補助を担当したのだ。
 インナー・スーツから着替えた茜とブリジットは、緒美と立花先生、樹里、それに加納を加えて、部室にて翌日のシミュレーションに関する打ち合わせである。
 更にその後、格納庫内の片付けなどを終えて、この日の第三格納庫での活動が終了したのは、午後七時頃の事だった。
 こうして、Ruby が天神ヶ﨑高校に帰還した AMF 受領一日目は、無事に終了したのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.05)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-05 ****


「それじゃ、此方(こちら)も午後のメニューを始めましょうか。天野さん、ボードレールさん、準備、お願いね。城ノ内さん達は、モニターと記録の方を。」

 緒美の指示で、各自が、それぞれの担当器材へと向かう。AMF は第三格納庫の、ほぼ中央に駐機されており、部室の在る東端側から見て、AMF の手前側に HDG-B01 用の飛行ユニットが AMF とは逆の南向きに、更にその手前側に HDG-B01 がメンテナンス・リグに接続されて東向きに置かれている。
 AMF と HDG-B01 用の飛行ユニットとの間に長机が置かれ、その上にシミュレーションの状況をモニターする為の器材が設置されていた。
 HDG-B01 へと向かうブリジットに、そのあとを追った直美が声を掛ける。

「それじゃ、B号機のメンテナンス・リグは、わたしが操作するわ、ブリジット。」

「お願いします、副部長。」

 HDG への接続は、装着者(ドライバー)が一人では完結しない。装着完了後にメンテナンス・リグから、HDG を解放する操作がリグの側からしか出来ない仕様だからだ。普段は、その操作を瑠菜か佳奈が行っているのだが、今回は二人共が AMF のメンテナンスに関するレクチャーを受けに行って、現場に不在なのである。
 一方で茜の方は、HDG が AMF に接続された儘(まま)にしてあるので、リグからの開放操作は不要なのだ。

 HDG-B01 を装着したブリジットは、メンテナンス・リグから解放されると、飛行ユニットが接続されたリグへと歩いて移動し、自身の HDG を飛行ユニットに接続する。それらの作業も、飛行ユニットのリグを直美が操作して、行われたのである。
 定位置に立ったブリジットの HDG-B01 に対し、メンテナンス・リグに吊された飛行ユニットが降ろされ、HDG-B01 の飛行ユニット専用の背部ジョイントに飛行ユニットが接続されると、再び飛行ユニットはリグに因って吊り上げられて、シミュレーターとしての運転準備が完了する。
 HDG-B01 には、A01 と同様に Ruby とコアを同一とする AI が搭載されており、B号機の飛行ユニットにも同仕様の AI が搭載されている。何(いず)れも Ruby の様に会話する機能は有していないが、飛行ユニットに搭載された AI がB号機に対する飛行シミュレーションの機能を提供するのだ。但し、シミュレーター・ソフトの起動や細かい設定は、外部から行う必要が有る。

ボードレールさん、B01 のシミュレーター・モード起動するね。」

 ブリジットが装着しているヘッド・ギアのレシーバーから、樹里の声が聞こえて来る。

「はい。どうぞ、お願いします。」

 ブリジットが声を返すと、飛行ユニット本体へ HDG-B01 が引き上げられ、ブリジットの頭部に飛行ユニットの機体の一部が被せられる。その内側はスクリーンになっており、シミュレーションの仮想視界は、そこに投影されるのだ。現在はシミュレーター・ソフトの初期画面が表示されている。

Ruby も、AMF のシミュレーター・モード、起動して。」

「ハイ、AMF シミュレーター・モード、起動します。」

 レシーバーから、樹里と Ruby との遣り取りが、ブリジットにも聞こえて来る。ブリジットは確認の為、声を上げた。

「B01 より、通話の確認です。茜、聞こえてる?」

「此方(こちら) A01、聞こえてます。樹里さんの方は、大丈夫ですよね?」

「大丈夫、聞こえてる。 取り敢えず、設定の説明するね。離陸の部分は省略して、高度千メートルでの飛行状態から開始。A01 と B01 が二百メートルの間隔で、北向きに並んで飛行中の状態です。じゃ、実行。」

 樹里が宣言すると、ブリジットの視界がシミュレーターの設定確認画面から、空中の仮想視界に切り替わる。ブリジットは右から左へと見回して、左手側に小さく見える AMF の機影を目視したのだ。仮想 AMF は、現実の AMF とは違って、機首部分を閉鎖した航空機らしい形態で飛行をしている。
 AMF のシミュレーション情報はデータ・リンクにて HDG-B01 の飛行ユニットに送られ、同時に HDG-B01 のシミュレーション情報も Ruby に送られているので、個別に演算を実行している二機の AI が、お互いの状況を参照し乍(なが)らのシミュレーションが可能になっているのだ。

「B01、左側に A01、AMF を視認しました。」

 すると、続いて茜の声が聞こえる。

「A01、右側に B01 を視認。」

「はい、連携シミュレーションが正常に進行しているのを確認しました。引き続き、モニターを続行します。それじゃ、部長。」

 樹里に続いて、緒美の声。

「鬼塚です。予定通り、A号機、AMF とB号機とで、模擬空戦をやって貰います。合図をしたら、A号機は機首方位 270、B号機は機首方位 90 で、お互い逆方向へ十秒間飛行。それ以降は自由に機動して、先に相手の背後を取って五秒間、射程距離でロックオン状態を維持した方が勝ち、ってルールは昨日の打ち合わせの通り。いいかしら? シミュレーションだから高度とか速度とか、特に制限は設定しないわ。二人共、先(ま)ずは好きにやってみて。」

「A01、了解です。」

「B01、了解。」

 二人の返事を確認し、緒美は一呼吸置いて、模擬空戦の開始を宣言する。

「では、模擬空戦、スタート。」

 緒美の合図を受けて、シミュレーション状況を表示しているモニター上では、AMF と HDG-B01 が左右に分かれて飛んで行く様子が映し出されている。緒美は二機が逆方向へと飛行する十秒間を、カウントダウンしていく。

「10…9…8…7…。」

 逆方向、仮想空間内では AMF は西へ、HDG-B01 は東へと直進する互いの機体は、速度も高度も変える事無く飛行を続けている。

「…6…5…4…。」

 ブリジットと茜には、緒美が続けるカウントダウンが聞こえている。

「…3…2…1…0、交戦開始(エンゲージ)。」

 AMF は左へ、HDG-B01 は右へと、それぞれが旋回を始め、大きな旋回を続け乍(なが)ら、双方が接近していく。相手の背後に着く為には、取り敢えず一度、進路が交錯しなければならない。
 互いの位置はデータ・リンクで把握出来るのだが、茜からは HDG-B01 は機体が小さい為、目視では捉え辛(づら)い。HDG-B01 の飛行ユニットは全長や翼幅が、AMF に比べて四分の一程度のサイズなのだ。
 逆に、機体の大きな AMF はブリジットには視認がし易く、HDG-B01 の方が小回りが利くので、何方(どちら)かと言えば、ブリジットは自分の方が有利に思えたのだ。一方で、AMF の方が最大出力や最高速度等のスペックが上であり、加えて Ruby が周囲の状況を音声で報告して呉れるので、先程から度度(たびたび)、茜に HDG-B01 の位置を報告する Ruby の声が通信でブリジットにも聞こえていた。

(これじゃ、丸で二対一だわ…。)

 そんな風(ふう)にブリジットが思っている内、互いの進路が或る程度の距離を保った儘(まま)で交差すると、そこから AMF が一足先に機体を横転(ロール)させ、左旋回の儘(まま)で一気に、HDG-B01 の後方へと回り込んで来るのだ。
 ブリジットは自身を右へと傾け、右旋回で振り切ろうとするのだが、AMF はそれに追随しつつ距離を詰めて来るのだった。
 そこで、更に横転(ロール)させて背面飛行の状態から、ブリジットは下向きの宙返り(ループ)へと機動を移し、AMF の下側を通過して後方へと駆け上がる。AMF の後方上空で宙返り(ループ)の頂点に達した HDG-B01 は背面飛行の体勢の儘(まま)、AMF を捕捉したのだ。

「ロックオン!」

 ブリジットは音声コマンドを発して目標のロックオンを指示すると、回避機動で右へ左へと蛇行する AMF をバレル・ロールを打ち乍(なが)ら追跡する。その間、緒美が経過時間をカウントするのだ。

「…3…4…5、はい、そこ迄(まで)。第一回戦終了。」

 緒美の宣言を以(もっ)て AMF は逃走を止めると、AMF と HDG-B01 は並んで北向きへ飛行の進路を定める。

「加納さん、何かコメントは有りますか?」

 緒美が問い掛けると、茜とブリジットのレシーバーから聞こえる声が、加納に代わった。

「えー。ブリジットさん、最後の、縦機動に切り替えたのは、いい判断だと思います。」

「あ、アレはですね。前回、エイリアン・ドローンがやってたのを、真似てみたんですけど。」

 咄嗟(とっさ)に、ブリジットが言葉を返す。

「そうですか。敵の機動でも何でも、使えるものは柔軟に取り入れていっていいです。下側から後方は死角になり易いですから、そこへ簡単に潜り込まれないよう、注意が必要です。 所で、お二人共、高度は意識されてますか? 茜さん、現在の高度は?」

「えっと、現在高度は八百六十四メートル、ですね。 言われてみれば、高度は意識してなかったですね。」

 茜に続いて、ブリジットも答える。

「わたしも、意識してなかったですが…。」

「模擬空戦の開始時、高度は千メートルでしたから、約百三十メートル、高度を失ってしまいましたが。どこで高度を失ったのかは、分かりますか?」

 その加納の問い掛けに、少し考えて、茜が答えるのだ。

「…旋回?ですか。旋回する度(たび)に、少しずつ。」

「そうです。飛行機は重力と揚力、推力と抗力、それぞれのバランスで空中での挙動が決まりますから、旋回する為に単純にバンクすれば揚力の重力に対する成分が減りますから、その分、高度が下がります。旋回が始まれば抵抗も増えますから、速度も落ちます。だから飛行機の場合は、旋回中の高度を維持する意味で揚力を増やす為に、迎え角を大きくしたり、推力を上げたりとか操作するんですが、HDG の思考制御では、直接、そう言った細かい操作の指定は出来ないので、多分、高度を維持して旋回するには、水平面での旋回を意識する必要が有るのではないかと思います。」

 そこで、ブリジットが問い掛けるのだ。

「あのー加納さん。高度は維持しないといけないものなんですか?」

「ああ、はい、基本的には。高度ってのは要するに位置エネルギーで、速度は運動エネルギーです。で、この二つは相互に変換が可能なのは、ジェットコースターを考えれば分かりますよね?ブリジットさん。」

「え?あー…。」

 ブリジットが返事に詰まっていると、透(す)かさず茜が発言するのだ。

「高い位置から降りて加速し、スピードが出たら、その勢いで高い所へ上(のぼ)れる、って事ですよね。」

「あー、はいはい、分かりました。」

 茜の助言で、加納の説明の意図を理解したブリジットである。加納は説明を続ける。

「そう言う事です。ですから安易に高度を失う事は、自分の持っているエネルギーを失う事ですから、不利にしか働きません。そして失った高度を回復する為には、燃料と時間が余計に必要になりますから、そう言う事も頭に入れておいてください。 勿論、何が何でも高度を維持しなければならないと言う事ではありませんよ。加速する為に意図して下降したり、減速する為に敢えて上昇したり、そんな事は普通に有りますので。 兎に角、意味も無く高度や速度を失うと、自分自身が不利になりますから、気を付けてください。今の所、わたしからは、こんな所です。」

 そしてレシーバーからの声が、緒美の声に代わり、二回目の模擬空戦開始を告げる。

「それじゃ、加納さんのアドバイスを頭に入れつつ、第二回戦、さっきと同じ要領でやってみましょうか。いい?二人共。」

「A01、了解です。」

「B01 も了解です。」

「じゃ、第二回戦、スタート。」

 緒美の合図で、先程と同じ様に、茜とブリジットは東西に分かれて、飛行を開始する。十秒後、ブリジットは回り込む様に大きく右旋回を始めるのだが、最小半径での 180°旋回を終えた茜の AMF は、ブリジットの HDG-B01 を目掛けて加速をするのだった。
 ブリジットは対進(ヘッド・オン)を避(さ)けるように、AMF を右側に見乍(なが)ら大きな旋回を続けるが、AMF は HDG-B01 に合わせて進行方向を調整しつつ、加速し乍(なが)らの接近を続けるのだ。両機の位置関係は刻々と変化を続け、最終的には HDG-B01 の四時方向から AMF が接近する状態となったのだが、AMF の方は明らかに速度超過状態であり、あと三秒程で互いの進路が交錯するタイミングで、AMF は急上昇から宙返り(ループ)へと機動を変えたのだ。
 AMF は宙返り(ループ)で高度を上げる事で減速し、HDG-B01 の後方に占位(せんい)した。そして AMF は宙返り(ループ)の頂点位置で機体を横転(ロール)させ、HDG-B01 へ向かって降下しつつ、目標を捕捉する。

「ロックオン。」

 茜の宣言を聞いた時には、ブリジットには既に為(な)す術(すべ)は無くなっていた。後方上空から降下して来る相手には、何方(どちら)へ旋回しても五秒以内に逃げ切る事は出来そうもなかったのだ。
 間も無く、五秒間がカウントアップし、第二回戦は茜の勝利で終了した。

「これで一勝一敗よ、ブリジット。」

 ブリジットのレシーバーに、そんな茜の声が聞こえて来るので、ブリジットもニヤリと笑って言葉を返す。

「お、やる気だね。茜。」

 続いて、落ち着いた声で緒美が言うのだ。

「余り熱くなり過ぎないでね、二人共。じゃ、第三回戦目、準備して。」

 茜とブリジットは、再び高度を合わせて左右に並ぶと、進路を北へと向ける。

 そんな調子で、第十回戦迄(まで)の模擬空戦が実施され、結果は AMF と HDG-B01 とは五対五で、この模擬戦の条件では、AMF と HDG-B01 の能力は互角の様に思われたのである。
 シミュレーターでの模擬空戦開始から第十回戦目が終わった頃には、時間的には一時間強が経過していた。茜とブリジットは、それぞれが一旦(いったん) HDG を解除して、三十分間の休憩となったのだ。
 装着者(ドライバー)二人が休憩中は、ソフト担当の安藤と日比野、そして樹里や維月、クラウディアの五名が、Ruby を始め各機の AI をチェックするなど、忙しく動き回る事になるのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.04)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-04 ****


 徒歩で学食の在る管理棟へと向かった兵器開発部メンバーと立花先生とは別に、天野理事長や本社からの出張組は南側の大扉から外へ出て、自動車で管理棟へと向かったのだった。これは、作業服姿の大人が大勢、校内をゾロゾロと移動するのはどうか、と言う懸念への対策であり、それ以上の理由は無い。
 そんな訳(わけ)で、一足先に学食に到着した本社出張組一同は、成(な)る可(べ)く端のテーブルに着いたのだ。
 一番奥のテーブルの、一番奥の席に天野理事長が座り、その隣に前園先生、そして実松課長が、天野理事長の向かい側に飯田部長が、その隣に理事長秘書の加納、そして現場リーダーの畑中と言う席順である。これは正直言って、二十六歳の畑中に取っては貧乏籤(くじ)だった。会長とその担当秘書、事業統括部部長に、学生時代の恩師、そして伝説的な設計課長、そんな面々と同席しての食事では、何を食べても味なんか分からなかったのだ。
 畑中の背後の席には、飯田部長の担当秘書である蒲田に、開発部設計三課の安藤や日比野、同じく試作部の大塚に、婚約者である倉森らが居たので、出来れば其方(そちら)のテーブルの方が、どんなに気楽だったろうか。兎に角、早く食事を済ませ、早早(そうそう)に席を立って第三格納庫に戻ろうかと考えもしたが、実際にはなかなか、そうもいかないのである。
 そんな中、天野理事長が加納に尋ねるのだ。

「それで、茜は見込みが有りそうかね?加納君。」

 加納は食事の手を止め、答える。

「茜さんが直接、AMF の操縦をする訳(わけ)でもありませんので、恐怖感が強くないのなら、問題は無いかと。正直、もう少し怖がるものかと、最初は思っていたのですが。想像以上に肝(きも)の据(す)わった、と言いますか度胸が有ると言いますか。何とも、凄いお嬢さんですね、としか。はい。」

 すると、飯田部長が笑って言うのだ。

「あははは、そりゃそうだ。幾ら HDG を装備してるからって、単身でエイリアン・ドローンに斬り掛かって行くんだから、度胸が無い訳(わけ)がないですな。」

 これは飯田部長の思い違いで、厳密には茜から斬り掛かって行った事は、実戦の中では無い。茜が BES(ベス)でエイリアン・ドローンを斬り伏せたのは、全て向こうが斬り掛かって来たのを返り討ちにしたケースなのである。緒美がこの席に居れば、そんな細かい突っ込みもしただろうが、幸か不幸か、この席には、そんな切り返しの出来る者(もの)は居なかった。
 そして、今度は前園先生が加納に尋(たず)ねる。

「ここへの着陸は、そんなに度胸が要るものですか?加納さん。」

「ええ、それは、もう。大人のパイロットだって、初めてここに降りるとなったら、可成り怖いですよ。ウチの飛行課の者(もの)にだって、ここに来るのを嫌がる者(もの)は居ますからね。兎に角、回数降りて、慣らさないと。」

 そんな加納の答えに、心配になった天野理事長が言うのだ。

「それじゃ、三十分や一時間程度のシミュレーションじゃ、安心出来ないんじゃないかね?加納君。」

「ああ、いえ。AMF に限って言えば、問題無いと思います。アレの操縦を実際にやってるのは、Ruby の方ですから。寧(むし)ろ、HDG の方からは、細かい操作自体が不可能な仕様ですからね。」

「どう言う事です?それは。」

 前園先生の問い掛けに、加納は振り向いて、背後の席に居る安藤に声を掛けるのだ。

「安藤さん、ちょっと伺(うかが)いたいのですが、宜しいですか?」

「あ、はい、はい。 何でしょう。」

 安藤は不意に呼び掛けられ、慌てて応じる。

Ruby の現在の仕様で、仮にですよ。 HDG の装着者(ドライバー)が、例えば山に激突する、自殺的な飛行コースを思考制御で入力したら、AMF の飛行制御はどうなります?」

「あー…。」

 安藤は暫(しばら)く考えて、答える。

「…その場合、Ruby は山に衝突しない飛行経路に、補正して制御する筈(はず)ですね、はい。」

「意図的に、制御不能な姿勢を取る様に思考したら?」

「それも、Ruby が制御出来る範囲に収まる様、補正します。」

「それでは、故障や破損で Ruby でも機体の制御が不可能になったら?」

「その時は、HDG に飛行ユニットを接続し直して切り離し、HDG の単独飛行に切り替えます。その為に、AMF には HDG の飛行ユニットが格納出来る仕様になってますから。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 小さく頭を下げると、加納は向き直り、前園先生に向かって言うのだ。

「そんな訳(わけ)ですので、HDG の装着者(ドライバー)は AMF の操縦に慣熟する必要は有りませんし、意図的に墜落させる事すら出来ません。」

「何ともはや、そうなるともう、人が乗ってる意味が分かりませんな。」

 その前園先生の所感に、加納はニヤリと笑って言う。

「そんな事はありません。装着者(ドライバー)は操縦操作から解放されて、もっと戦術的な、或いは戦略的な思考に専念出来るんですよ。どんな速度や高度で、どんなルートを取って、敵に対してどの位置に自(みずか)らを置いて、どう仕掛けるか、どう躱(かわ)すか、そんな事を、ですね。」

 そして実松課長が発言する。

Ruby を上手(じょうず)に使えば、今は実現してない航空機の完全自動操縦、可能になるんじゃないの?飯田部長。」

 続いて、前園先生である。

「あははは、そうなったら、飛行機の操縦士は、皆(みんな)失業してしまうな。」

 それには加納は何も答えず、静かに笑ったのみだった。その一方で、飯田部長が言うのだ。

「いや、今のコストじゃ、人を雇った方が安いんですよ。割に合いません。」

「そうなんですか?理事長。」

 問い掛ける前園先生に、苦笑いで天野理事長は答える。

「そうなんだよ。 まあ、そう言った事の為に、開発をしている訳(わけ)でもないのでね。」

「アレを何に使う積もりなのか、それは聞いてはいけないのでしたね。」

 残念そうに前園先生が言うと、天野理事長は大きく頷(うなず)いて、言うのだ。

「済まんね。まだ当面は、機密指定の事項なんだ。 まあ、立花先生の話に因ると、鬼塚君辺りは薄々、感付いてるらしいそうなんだが。」

 その発言を聞いて、怪訝(けげん)な顔付きで飯田部長が天野理事長に尋(たず)ねる。

「会長の方から、立花君には既にお話を?」

「いいや。キミが話してないなら、立花先生が知っている筈(はず)はないさ。鬼塚君の方に就いて言えば、真っ当に理屈を積み上げていけば、我々と同じ結論に辿(たど)り着くのは、まあ『当然の帰結』だからね。鬼塚君がそれに気付いたって言うのが本当なら、それは彼女の考え方の正当性を証明している、とも言えるかな。」

「全(まった)く、末恐ろしいお嬢さんですな。」

 そう言って、飯田部長がニヤリと笑うと、前園先生が畑中に向かって笑って言うのだ。

「あははは、しっかりしないと、鬼塚君が入社したら、あっと言う間に追い抜かれるぞ、畑中君。」

 食後のお茶を飲み乍(なが)ら話を聞いていた畑中は、苦笑いを浮かべて言った。

「突然、何ですか、前園先生。 鬼塚君も茜君も、どちらも優秀ですからね、もう、覚悟してますよ。寧(むし)ろ、三十年後とか四十年後、どっちが社長になってるのか、それを楽しみにしてる位です。」

「あははは、そりゃあ、何とも気の長い話だなぁ。残念なのは、我々は、それを見届けられない事ですな、会長。」

 畑中の前に座って居る実松課長が、笑って天野理事長に言うと、彼は微笑んで応える。

「わたし等(ら)がこの世から居なくなったあとの事だ、なる様になればいいさ。まあ、もしも、そんな事になってたらの話だが、その時はキミ達の世代が、あの子達を支えてやって呉れたら嬉しいかな、畑中君。ま、先の事だ、どうなるかなんて、誰にも分からんよ。」

 畑中の前に座って居る高齢者三名は、発言者である天野理事長も含めて穏(おだ)やかに笑っているのだが、迂闊(うかつ)な事を言ってしまったと反省する畑中としては返す言葉も無く、唯(ただ)、恐縮する他無かったのである。


 一方で、第三格納庫の茜達の様子である。
 村上と九堂の両名と合流して部室で昼食を済ませた茜とブリジットだが、その折(おり)に村上と九堂には Ruby を紹介したのだ。二人共に、Ruby の概要に就いては茜から聞かされていたのだが、言葉を交わしたのは、勿論、この日が初めてだった。
 その後、四人は支度室に場所を移して茜はインナー・スーツを着直し、ブリジットも午後のシミュレーションに備えてインナー・スーツに着替え、村上と九堂も、それに立ち会ったのだ。その後、四人は揃(そろ)って格納庫フロアへと降り、村上は AMF との待望の対面を果たしたのである。
 そもそもが『戦闘機オタク』な村上である。その彼女が現用の主力戦闘機 F-9 の設計や部品を流用して創られた AMF を目にして、興奮しない訳(わけ)が無い。村上は AMF の諸元に就いて、茜と Ruby に質問を繰り返すのだが、ブリジットと九堂の二人は、そんな光景を少し離れて、微笑ましく眺(なが)めていたのである。
 それから間も無く、三年生と二年生達の兵器開発部のメンバーが、本社からの出張組の内、天神ヶ﨑高校卒業生の三名、つまり畑中、倉森、日比野と共に第三格納庫へと戻って来たのだ。その一団には勿論、一年生であるクラウディアと維月、そして立花先生も含まれている。時刻は丁度(ちょうど)、午後一時位である。

「九堂さん、村上さん、ご苦労様。お休みなのに、悪いわね。」

 外部協力者である二人に、先(ま)ずは緒美が声を掛けたのだ。
 それには、村上は振り向いて頭を下げて応じ、距離的に近かった九堂は声を返した。

「あ、いえ。楽しみにしてましたから~特に敦実が。」

 笑顔で応えた九堂の言葉に、微笑みで返す緒美である。
 一方、その一団の後方から、飛行機部会計の武東が金子と共に前へと出て、そして村上に呼び掛ける。武東は、学食で金子達と合流したのだ。

「敦実ちゃん、メンテナンスのレクチャー、始めて貰うから、こっちいらっしゃい。」

「あ、はい、先輩。それじゃ、又、あとでね、茜ちゃん。」

 村上は、武東の方へと駆け寄る。そして金子は、畑中と倉森に向かって言うのだ。

「それじゃ先輩、レクチャー始めましょうか、お願いします。」

「えーと、金子君と武東君は電気(エレキ)の方だったよね?」

 そう確認されて、武東は聞き返すのだ。

「機械(メカ)と電気(エレキ)で、グループ分けてやります?」

「ああ、いや。マニュアルが機械(メカ)と電気(エレキ)で分かれてないから。それに、お互いが何やってるか、分かった方がいいだろうし、一緒に聞いてて貰えるかな。倉森君は、それでいいかな?」

 畑中は隣に立つ、電気(エレキ)担当の倉森に聞いてみる。倉森は頷(うなず)くと、言った。

「構いませんよ。わたしもその方がいいと思います。」

「それじゃ、そう言う事で。で、機械(メカ)の方の参加者は…。」

「はい。九堂です、宜しくお願いします。」

「村上です。あの、もうマニュアルが出来てるんですか?」

 目を輝かせて訊(き)いて来る村上の迫力に、少し引き気味に畑中は答えた。

「あーいや、マニュアルって言っても、F-9 のを手直しした程度の物だけどね。通常の点検作業に関しては、共通の項目が多いから。」

「成る程。」

 少し大袈裟(おおげさ)に頷(うなず)いてみせると、村上は眼鏡のブリッジ部を右手の人差し指で押し上げ、眼鏡の位置を直した。それとほぼ同時に、瑠菜が声を上げるのだ。

「あの、わたし達も一応、参加させてください、畑中先輩。」

「おー、はいはい。瑠菜君と古寺君…とすると、合計で六名、って事かな。」

 そこへ、南側の大扉の方から、畑中に呼び掛ける声が聞こえて来るのだった。

「おーい、畑中君。」

 その場の一同が、声の方へと視線を向けると、繋ぎの作業服姿の男性が三名、歩いて来ていた。真っ先に反応したのは、飛行機部部長の金子である。

「ああ、藤元さん。ご苦労様です。並木さん、片平さんも。」

「何か、ご用ですか?藤元さん。」

 畑中は、三人の中で一番年配の藤元に尋(たず)ねる。因(ちな)みに、藤元は四十代前半、並木は三十代後半、片平は二十代後半で、畑中と同年代なのは片平のみである。
 彼等(ら)は学校の職員ではなく、学校に常駐している天野重工の社員なのだが、社有機の整備と管理が主たる業務なのだ。彼等の職場は社有機が保管されている第二格納庫なのだが、飛行機整備の専門職なので、第一格納庫の飛行機部が管理する機体の管理補助や、飛行機部部員に対する整備技術の指導や支援も行っており、飛行機部とは馴染みが深いのだ。
 加えて、滑走路の維持管理も一手に引き受けているので、実際の業務では整備作業よりも草刈りの時間の方が長いのだ、と言ったり言われたりする始末ではある。そんな訳(わけ)で、毎日の FOD(Foreign Object Debris)作業や、定期の草刈り作業については、飛行機部の部員達が当番を決めて応援として参加してもいた。
 FOD 作業とは、滑走路上に小石やネジ等の落下物が有ると、それらが機体に当たったり、ジェット・エンジンが吸い込む等して、損傷を引き起こす恐れが有るので、人が滑走路の端から端までを歩いて落下物の有無をチェックし、異物が落ちていれば回収する作業の事だ。当然、時間も人手も掛かるのだが、同時に、滑走路の路面状態も確認し、舗装の劣化や損傷が有れば、その補修や、或いは工事依頼等も行っているのだ。天神ヶ﨑高校での社有機運航の安全は、彼等(ら)によって支えられているのである。
 因(ちな)みに、飛行機部とは仲の良い現在の兵器開発部だったのだが、第二格納庫の面々とは、これ迄(まで)、殆(ほとん)ど面識が無かった。
 そして、藤元が畑中に答える。

「ああ、加納さんがね、午後からの AMF のメンテナンスのレクチャー、受けておいて呉ってさ。大丈夫かい?」

「あー、生徒さんと一緒で良ければ、わたしは構いませんけど。 あ、マニュアルはデータで渡しますんで、PC かタブレット端末、有ります?」

「有るよー、それも加納さんから、用意するように言われてたからね。」

「じゃ、問題無いです。…って事は合計で九名か。あはは、結構な人数になったな。」

 そこで、緒美が発言するのだった。

「それじゃ、ウチの部室、使ってください。あそこなら空調も効いてますし、一緒に Ruby もお話を聞けますし。」

 緒美の発言受けて、透(す)かさず Ruby が言葉を発するのだ。

「わたしも参加して、いいのですか?秀一。」

 『秀一』とは、畑中の事である。

「いいよ、興味が有るなら。 しかし、名前で呼ばれるのは、相変わらず、何だか『こそばゆい』な。」

「何、照(て)れてるんですか、先輩。Ruby 相手に。」

 そう微笑んで突っ込んだのは、畑中の隣に立っている婚約者の倉森である。

「だって、俺の事、名前で呼ぶのって、親位(くらい)だぜ。」

 婚約者である倉森でさえ、畑中の事は『先輩』が常なのだった。

「じゃ、今度から先輩の事、名前で呼んで差し上げましょうか?」

 微笑んでそう言った倉森に、苦笑いを返し、畑中は言うのだ。

「それこそ照(て)れるから止めて。」

「あーもう、あっついなー今日もー。」

 そう、敢えて大声を上げたのは、整備担当の片平である。この日は九月の末日(まつじつ)とは言え、まだまだ残暑が厳しかったのだが、彼が言ったのは勿論、そう言った意味ではない。畑中と同年代の片平は、妻帯者である他の先輩二名、つまり藤元と並木と違い、独身者である。
 透(す)かさず、片平の隣に居た並木が、笑って片平の背中を『バン、バン』と叩いて言うのだ。

「僻(ひが)むな、僻(ひが)むな。片平も早く、いい相手、見付けるんだな。」

 片平の発言は聞かなかった事にして、畑中は言った。

「時間が勿体無(もったいな)いんで、そろそろ始めようかと思います。それじゃ鬼塚君、部室借りるね。」

「はい、どうぞ。」

「では、参加者は上へ。」

 そう言って畑中と倉森が二階へと上がる階段へ向かうと、恵が駆け足で先回りして言うのだ。

「それじゃ、お茶位は用意しましょうか~。」

「あ、恵ちゃん。御構い無く。」

 咄嗟(とっさ)に倉森が言葉を返すのだが、恵は「大丈夫ですよ。任せてください。」と言い残し、一人で先に階段を駆け上っていったのだ。
 丁度(ちょうど)その頃、格納庫南側大扉の前に自動車が止まり、天野理事長達、偉い人組が第三格納庫に戻って来たのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.03)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-03 ****


 茜が返事をすると、レシーバーから聞こえて来る声の主が再び樹里に代わり、シミュレーションの設定を読み上げる。

「天野さん、主発地点の飛行場は、学校(ここ)に設定しておくね。離陸したら一度、高度千メートル迄(まで)上昇して、それから降下、ここの滑走路に着陸って事で、戦闘とかは無しの設定で。オーケー?」

「了解です、始めてください。」

「それじゃ、実行。」

 シミュレーション開始を告げる樹里の声が聞こえると、茜の視界が設定確認画面からシミュレーションの仮想視界に切り替わるのだ。その視界は、天神ヶ﨑高校の滑走路東端から西向きに眺(なが)めた景色である。右手側には、第三格納庫も見える。

「何だか、随分、作り込んであるなぁ…。」

 そう、茜が呟(つぶや)くと、今度はレシーバーから日比野の声が聞こえるのだ。

「あはは、地上の風景は基本、衛星写真から起こしたデータだけどね。学校周辺のデータは、担当だったウチの卒業生がノリで手を入れたみたいなのよね~。まあ、楽しんでちょうだいな。」

 続いて、Ruby の合成音声が告げる。

「それでは、自律制御で飛行シミュレーションを開始しますが、宜しいですか?茜。」

「どうぞ、やってちょうだい、Ruby。」

「それでは、スロットルをアイドルからミリタリーへ。」

 茜には、ジェット・エンジンの出力が上昇するのを模した効果音が聞こえて来る。視界の左下付近に表示されている、エンジンの回転数を示すゲージは、その数値が跳ね上がるのだった。だが、まだ視界は動かない。

「ブレーキ・リリース。滑走を開始します。」

 Ruby が、そう告げると、車輪のブレーキが解除された瞬間に視界が一度、上下に揺れ、そして景色が後方へと流れ出すのだ。

「フラップ、ハーフ・ポジションにセット。」

 後方に流れ去る景色の勢いは、段々と増していき、表示される機速の表示値も跳ね上がっていくのだ。そして、あっと言う間に滑走路の中間付近に差し掛かった。

「V1(ブイ・ワン)。」

 Ruby の告げたその意味は『離陸決定速度』と謂(い)われる『この速度に達したら、トラブルが発生しても離陸を中断出来ない速度』の宣言なのだと、茜は昨日、金子から、そう教わっていた。ここで減速しても滑走路内での停止は無理なので、何が何でも一旦(いったん)は離陸を強行しなければならない。寧(むし)ろ、その方がより安全なのだ。

Vr(ブイ・アール)。」

 その通告と同時に、茜の視界は今度は縦に動き始めた。仮想 AMF が、機首を上げたのだ。視界正面に映された機体の角度を表示する目盛(スケール)が縦に流れ、その動きが 12°付近で止まると、今度は高度インジケーターの数値も段々と大きくなっていた。仮想 AMF は地面を離れ、上昇を始めたのだ。
 茜が周囲の景色は段々と下へと離れて行き、周囲の山頂が何時(いつ)の間にか、視線よりも下になっているのだった。

「ギア・アップ。フラップ、ゼロ・ポジションへ。以上で離陸操作は完了です。引き続き、高度一千メートル迄(まで)、上昇します。」

 そこで、加納の指示が割り込んで来るのだ。

Ruby、フル・パワーでバーティカル・クライム、行ってみようか。」

「了解、実行します。」

 加納の指示に対して即答する Ruby に、茜は「え?」と一言を発するのが精一杯だった。茜の視界は一気に天頂へと向き、仮想 AMF はアフターバーナーに点火して、ほぼ垂直に上昇を開始したのだ。
 現実の AMF 本体は、シミュレーション内の動きに対して一切、動作はしていない。しかし、HDG を吊り上げている接続アームには、HDG の角度に就いて三軸それぞれ、つまりピッチ、ヨー、ロールの各軸にプラス・マイナスそれぞれに 40°程の可動域が設けられていて、その動作とキャノピー内部に表示される仮想視界とを組み合わせて、HDG の装着者(ドライバー)に対しての姿勢変化や加速度変化を再現している。
 十秒足らずで高度一千メートルに達した仮想 AMF は、垂直に立ち上がった姿勢から宙返りの姿勢になり、その背面飛行状態から機体をロールさせて水平飛行に移ったのである。

「高度一千メートルで、飛行場方向へ水平飛行中。スロットルは、50%にセット。速度は 10.5 です。」

 Ruby の報告を聞いて、茜は取り敢えず、大きく息を吐(つ)いたのだ。すると、加納が呼び掛けて来る。

「天野さん、ちょっとした軽い機動(マニューバ)でしたが、大丈夫でしたか?」

「ああ、はい。大丈夫です、ちょっとビックリはしましたけど。」

「実機だと、もっとGが掛かりますが、シミュレーターなので視界がグルグル回るだけで。それでも目が回ってたり、気持ち悪くなったりは、してませんか?」

「あれ位なら、全然平気ですよ。御心配無く、加納さん。」

「了解。さっきので駄目な様なら、この先の空中戦闘機動や、実機での飛行は無理ですので。少しずつ、領域の確認をしていきましょう。では、取り敢えず一度、着陸の視界を体験してみてください。ここの滑走路に降りるのは、山の斜面に向かって降下して行く事になるので、視覚的には、結構、怖いと思いますが。そこは覚悟しておいてください。」

「分かりました。覚悟しておきます。」

 茜と加納が、そんな遣り取りをしている間に、仮想 AMF は飛行場の上空を通過していたのだ。そして Ruby が通告する。

「旋回、降下してランディング・アプローチを開始します。宜しいですか?茜。」

「どうぞ、やってちょうだい、Ruby。」

 茜が応えると、視界が左へ傾き、仮想 AMF が左旋回し乍(なが)らの降下を開始した。降下する事で加速してしまうのを防ぐ為、旋回する事で運動エネルギーを消費し、一周半の旋回で Ruby は高度と速度を、そして滑走路への進入経路にと、仮想 AMF の機体をピタリと合わせ込むのだ。
 天神ヶ﨑高校の滑走路には、それ程高度な計器着陸装置が設置されている訳(わけ)ではない。地形的にも山が近く、施設自体も天野重工の所有である為に一般への開放はされておらず、所謂(いわゆる)『空港』や『飛行場』ではないからだ。勿論、近隣を飛行中の航空機にトラブルが発生した場合、ここに緊急着陸する事は可能だが、管制塔も無く、常駐する管制官も居ないので、天野重工の社有機と天神ヶ﨑高校飛行機部以外の機体が、この滑走路を利用する事は、先(ま)ず有り得ない。そんな訳(わけ)で、この時代に普及している自動着陸機能に対応する様な、高度な計器着陸装置は設置されていないのだ。
 Ruby は飛行場の位置データと、その周辺地形データ、それに自機の位置情報を組み合わせて、着陸アプローチの経路を自力で割り出しているのであって、滑走路側の誘導装置を利用している訳(わけ)ではない。勿論、飛行場側に何らかの誘導装置が設置されてあれば、それを利用する事も可能で、その為の装備が AMF には用意されているのである。
 仮想 AMF は滑走路に向かって、東側から接近しているので茜の右手側には、山の斜面が迫って見える。茜自信は、HDG-A01 単体で何度もこの滑走路上空は飛行していたのだが、AMF での着陸進入速度は HDG-A01 での飛行よりも三倍以上高速なので、景色の迫って来る感覚には明らかに差異が有るのだった。
 普通の旅客機に乗った経験も何度かは有る茜だったが、その時に窓から見た着陸時の風景とも、印象は異なっていた。普通に開けた場所に在る空港に降下して行くのとは違い、起伏の有る山地に向かって降りて行くのは、地面の迫って来る感覚に、何と言うか『迫力』が感じられたのだ。

「ギア・ダウン。フラップ、フル・ポジションにセット。」

 Ruby が着陸脚の展開を宣言し、その操作が実行されると、同時に実行されたフラップの展開も相俟(あいま)って、抵抗の増加で機速が一気にダウンする。Ruby は機体の迎え角とスロットルとを微妙に調整しつつ、滑走路の東端へと接近を続行した。
 茜は表示されている対気速度と降下率が、事前に聞いていた範囲に収まっているのを確認しつつ、流れる仮想視界を見詰めていた。それは昨日、飛行機部のフライト・シミュレーターで体験した着陸時の景色とは、スピード感が倍以上も違っていたのだ。飛行機部のフライト・シミュレーターは軽飛行機がモデルであり、今、茜が体験しているのはジェット戦闘機と同等の機体がモデルなので、そもそもが着陸速度が全然違うのだ。勿論、その事は、茜も理解はしている。
 滑走路への接近を継続する Ruby が、目指す滑走路への対地高度を十メートル置きに読み上げる中、間も無く、仮想 AMF が滑走路東端を通過すると、機首を持ち上げた状態でスッと機体が沈み、主脚輪(メイン・ギア)が滑走路に接地するのだ。そして直ぐに機首が下がって首脚輪(ノーズ・ギア)が接地すると、逆噴射装置(スラスト・リバーサー)が作動し、仮想 AMF は一気に速度を失うのである。程無く、機体は滑走路の中程で停止したのだった。

「着陸操作を終了。スロットルをアイドル・ポジションへセット。以上でシミュレーションを終了しますか?」

 その Ruby の問い掛けに、直ぐに答えたのは緒美だった。

「取り敢えず、一旦(いったん)、終了。 天野さん、感覚は掴(つか)めそう?」

「はい、何度か繰り返せば、大丈夫だと思いますけど。」

「そう。 加納さんから、何か、有りますか?」

 緒美の問い掛けに、レシーバーへ返って来る声が加納に代わる。

「山に向かって降下して行くのに、恐怖感とか無かったですか?天野さん。」

「いえ、特に。あ、スピードは速いな、とは思いましたけど。HDG-A01 単独での飛行に比べて。」

「恐怖感が無かったのなら、結構。では、最初は離着陸、特に着陸操作を、お昼まで重点的にやってみましょうか。」

 そんな訳(わけ)で引き続き、茜は仮想 AMF に因る離着陸を、シミュレーターで反復する事になったのだ。今度は茜の思考制御で、離陸から着陸迄(まで)の操作を繰り返すのだ。
 離陸に就いては、操作自体はそれ程、難しくはない。横風とかが吹いていなければ、滑走路を真っ直ぐ走って、離陸速度に達したら機首を上げればいいのである。離陸では、滑走中にトラブルが発生した際に、離陸を中断するのか続行するのか、続行する場合に離陸後にどう対処するのか、そう言った判断やトラブルへの対応の方が難しいのだと言えるだろう。
 着陸に関しては、降下角度や速度の感覚を把握する為、滑走路上空での低空飛行から始まり、主脚輪(メイン・ギア)や首脚輪(ノーズ・ギア)をも滑走路に接地した後、再度離陸する『タッチ・アンド・ゴー』のシミュレーションを何度も繰り返し実施したのである。
 そんな様子が映し出されたモニターの画面を眺(なが)め乍(なが)ら、金子が緒美に話し掛ける。

「そう言えば、わたし達も同じ様な事やったやったよね、去年。合宿の時。」

「スピードとか、エンジンのパワーとか、段違いだけどね。」

 緒美は、微笑んで応えた。そして続けて、金子に言う。

「金子ちゃんには、折角(せっかく)来て貰ってけど、出番は無さそうね。」

「まあ、加納さんが居たらね。わたしの出る幕なんて、そりゃ、無いわ~。でも、加納さんが教官役なら、それ、見てるだけでも、わたしも勉強になるから、来た甲斐(かい)は有ったってものよ。」

 そう言って、金子はニヤリと笑うのだ。
 そして時刻は十二時を過ぎ、午前中の活動は終了となったのである。


「茜、お昼、どうする?」

 HDG から降りて来た茜に、タオルを渡しつつブリジットが、そう声を掛けた。茜は受け取ったタオルで顔の汗を拭(ぬぐ)いつつ、応える。

「午後からもシミュレーションやるんだし、インナー・スーツをもう一度、着直すのも面倒(めんどう)よね~。」

「じゃ、何か買って来ようか?パンとか、サンドイッチとか。」

 そうブリジットが提案した時、彼女のデニム生地のハーフパンツ、そのポケットの中の携帯端末にメッセージが届くのだ。確認すると、それは村上と九堂からの、昼食の誘いだった。彼女達はこの日、午後からの兵器開発部の活動に合流する予定だったのだ。

「敦実(アツミ)と要(カナメ)、お昼、一緒に食べようって。」

「ああ、それじゃ、着替えて来るかな、矢っ張り。」

 そう言う茜の傍(かたわ)らで、ブリジットは携帯端末を操作して、九堂へと通話要請を送る。九堂は、直ぐに通話に応じた。

「ああ、要? うん、見たんだけど…いや、茜がさ。インナー・スーツ着替えるの、結構大変なのよ…そう、午後からも引き続きシミュレーターやる予定だし。…え?…あーそうそう。うん。…うん。 あー、そう?だったら助かる。…あ、一応、茜にも聞いてみる。ちょっと待ってて。」

 ブリジットの通話の様子を、不審気(げ)に聞いていた茜が、ブリジットに尋ねる。

「要ちゃん、何て?」

「ああ、敦実と二人で、売店でお弁当買って、こっちに来ようかって。」

「それは助かるけど、何だか悪いわね。」

「いいじゃない、借りはまた、何かの機会に返せば。あの二人だって、午後からこっちの活動に合流する都合で、来るんだしさ。」

「じゃあ、そう言う事で。ありがとうって、言っておいて、ブリジット。」

「了~解。」

 ブリジットは携帯端末を耳に当て直し、通話先の九堂に話し掛ける。

「あ、要? それじゃ、お願いするわ、待ってる。 …え?あー何でもいい、お任せするから…うん、お願いね。それじゃ、また、あとで。は~い。」

 そんな具合で、ブリジットが通話を終えた頃合いに、茜とブリジットの二人に、恵が声を掛けて来る。

「天野さん、ボードレールさん、お昼に行きましょう。待ってるから、着替えていらっしゃい。」

 それには透(す)かさず、ブリジットが声を返した。

「ああ、恵さん。村上さんと九堂さんが、何か買って来て呉れるって事で、今し方、話が付いた所です。」

「午後の活動の前に、又、着替えるのも結構な手間なので。」

 ブリジットに続いて茜の発言した補足で、事情を察した恵は尋ねるのだ。

「じゃ、部室で食べるのね? お茶とか、用意しましょうか?」

「あ、御構(おかま)い無く。飲み物とかも、買って来て呉れますので。」

 そうブリジットが答えると、今度は緒美が言うのだ。

「それじゃ、わたし達は学食の方へ行って来るけど。序(つい)でだから、ここの留守番もお願い出来るかしら?」

 実は緒美達、三年生組は、売店でパンでも買って来て、午後の活動までの間、部室で過ごす積もりでいたのだ。何が起きると言う心配が有る訳(わけ)でもなかったのだが、それでも昼休みの間、第三格納庫を無人にする訳(わけ)にもいかないだろう、と、そう考えていたのである。
 緒美の問い掛けには、茜が即答した。

「わたし達は構いませんよ。先輩達は、ごゆっくりどうぞ。」

「そう? それじゃ、何か有ったら連絡してね。」

 そんな遣り取りをし乍(なが)ら茜達は、二階へと上がる階段へと向かって歩いていた。
 そして、立花先生が言うのだ。

「考えてなかったけど、そう言う事なら、明日以降のお昼も、天野さん達の分は、こっちで食べられる様に準備しておいた方がいいかしら?」

「そうですね。」

 恵が応えると、続いて直美が提案するのだ。

「それじゃ、こっちで昼食を済ませたい希望者の分、人数確認しておいて、お弁当でも発注しときます?」

「あ、いいですねぇ、それ。」

 直美の提案に、即座に乗ったのは瑠菜だった。透(す)かさず、立花先生が言葉を返す。

「言っておくけど、只じゃないわよ。それに、それ程、豪華なものにはならないでしょうし。」

「あはは、分かってますよぉ、それ位。」

 笑って返す瑠菜に続いて、微笑んで樹里が言うのだ。

「学食や寮の食事は、何時(いつ)でも食べられるものね。」

「そうそう、偶(たま)には目先の変わったものが食べたいじゃない。」

 そんな会話をしていると、茜達は階段の上(のぼ)り口に到着したのである。そこで、緒美が茜とブリジットに声を掛ける。

「それじゃ、わたし達は下の出口から出るから。午後は一時半からスタートだけど、予定通り、B号機もシミュレーションに参加するから、ボードレールさんはインナー・スーツに着替えておいてね。」

「はい、分かってま~す。」

 ブリジットの返事を聞いて微笑んだ緒美は、「それじゃ、留守の間、宜しく。」と言い残して、他のメンバーと一緒に階段の下を通って手洗い場区画脇の奥に有る、東側一階出口へと向かったのだ。
 茜とブリジットの二人は階段を上がり、一度部室を通過して南側の支度室へ入ると、茜の着ているインナー・スーツのパワー・ユニットと背部及び腰部のフレームを取り外し、インナー・スーツを少し緩めてから部室に戻って、村上と九堂の到着を待ったのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.02)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-02 ****


 その声を聞いて、思わず緒美は「あはは。」と笑い、続けて「ああ、矢っ張り?」と瑠菜に返したのである。一方で、三年生以外の兵器開発部メンバー達は一斉(いっせい)に AMF へと駆け寄り、その不格好に大きな機首の前へと回って、口口(くちぐち)に Ruby に話し掛けたのだ。
 そんな様子を眺(なが)め乍(なが)ら、恵は緒美に問い掛ける。

「知ってたの?緒美ちゃん。」

「いいえ。でも、多分、そうなるんだろうな、とは、見当が付いていたって言うのか。」

 その特別な感慨も無さそうな口振りを聞いて、直美は不満気(げ)に、緒美に言うのだ。

「だったら、言っといてよ。」

「だって、個人的な徒(ただ)の予想だし、確証は何も無いし。それに、本社からは事前の通達が何も無いって事だから、サプライズにしたいのかなぁって。 ねぇ、立花先生。」

 急に話を振られて、慌てて立花先生は声を上げる。

「誤解しないで、わたしも聞いてないから。 貴方(あなた)達は、知ってたんでしょ?畑中君。」

 そう立花先生に声を掛けられて、今度は畑中が慌てて答えるのだ。

「そりゃ、実装作業やってましたから、一月(ひとつき)位(くらい)前から、当然、知ってはいましたけど。この件に関しては、箝口(かんこう)令が出てましたからね、試作部には。」

 その畑中の弁明に続いて安藤が、そして日比野が発言する。

「箝口令(それ)に関しては、開発部(うち)も同(おんな)じよね。」

「隠しててゴメンね~。」

「いえいえ、社命と有らば、仕方無いですよね~。」

 そう、恵が笑顔で言葉を返すので、飯田部長がポツリと言うのだ。

「あれ? 箝口(かんこう)令を敷いた、俺達が悪者って流れなのかな?」

「やだなぁ、そんな事、思ってませんって。」

 透(す)かさずフォローする、直美だった。すると、実松課長がニヤリと笑って言うのだ。

「まあ、少なくとも。流石の鬼塚君には、このサプライズは不発だったみたいだな。」

「確かに、驚きはしませんでしたけど…でも、皆(みんな)と同じ位、喜んではいますよ。」

 そう言って満面の笑みを見せた緒美は、歩速を早めて AMF へと向かったのだ。勿論、恵と直美、そして金子もが、緒美を追って AMF の前へと向かったのである。

「皆(みんな)との挨拶は済んだ? Ruby。」

 緒美は AMF の機首、右側方に立つと、そう声を掛けたのだ。間を置かず、Ruby が応える。

「ハイ、その声は緒美ですね。」

「声って…画像センサーは働いていないの?」

「イイエ、センサーは作動していますが、LMF と比較すると、この機体は至近距離に死角が多いのです。」

「ああ、そうね。AMF は LMF 程、接近戦は重視してないから…。」

 そこで瑠菜が、緒美に説明するのだ。

「それで今、樹里がセキュリティ・システムの再起動を。」

「ああ、成る程。」

 丁度(ちょうど)、そのタイミングで CAD 室から二階廊下へ出て来た樹里が、格納庫フロアに向かって声を掛けて来た。

Ruby、格納庫のセキュリティ・システム、再起動したから。ネットワークにアクセスしてみて。」

「ハイ、樹里。 セキュリティ・システムのネットワークを確認、アクセスを完了しました。続いて、サブ・コントローラーへの接続を開始…認証を完了。各所センサーのステータスを確認、環境設定を再実行。センサーからの、データ取得を開始します。取得したデータで周囲状況の補足を実行、周辺マップ・データを更新します。」

 樹里は、二階廊下から駆け足で階段を降り、緒美の隣まで来て Ruby に問い掛けるのだ。

「どう? Ruby。」

「ハイ、樹里。ありがとうございます、格納庫側のセンサーからの情報で、漸(ようや)く周囲の状況が詳しく分かる様になりました。皆さんの元気そうな姿を確認出来て、わたしも安心しました。第三格納庫も変わりが無くて、ここに帰って来た事が嬉しいです。」

「それは良かった。何よりね。」

 Ruby の返事を聞いて、樹里は安堵(あんど)の溜息を一つ吐(つ)くのだった。そして、Ruby は言葉を続ける。

「徒(ただ)…。」

「何よ? Ruby。」

「ハイ。各出入り口の、施錠に関するステータスが不明の儘(まま)です。」

「ああ~それね。貴方(あなた)が不在の間、セキュリティ・システムが使えなくなってたから、ドアの施錠に関しては別の独立したモジュールに交換したの。元に戻すかは、先生と相談してみるね。」

「そうでしたか、わたしが留守の間、ご不便をお掛けしてしまったのですね。」

 そんな会話を樹里と Ruby が続けている所に、ゆっくりと歩いて来ていた大人組の一団が到着し、立花先生が「どうかしたの?」と訪ねて来るのである。それには、緒美が応えるのだ。

「ああ、先生。いえ、Ruby が格納庫のセキュリティに就いて、ドアの鍵が変わってるのを、どうしましょうか、って。確かに、以前のシステムの方が、色々と便利ではあったんですけど。」

 立花先生は苦笑いして、言うのだ。

「又、工事するの? まあ、校長に掛け合ってはみるけど…今日、明日って訳にはいかないわよね。」

「ああ、いえ。わたし達は別に、今の儘(まま)でも何とかなってますし、何方(どちら)でも構わないんですが。予算の都合とかも、有るでしょうし。」

「予算も、だけど。それよりも、セキュリティに関する話だからね。どうするのがいいか、学校側で協議します。再工事をするにせよ、しないにせよ、検討する時間は必要でしょう?」

 立花先生の言葉に頷(うなず)いて、緒美は AMF の方へ向き直り言った。

「だそうよ、Ruby。そう言う事で、いいかしら?」

「ハイ、分かりました。お手数をお掛けします。」

 Ruby の返事に、立花先生も言葉を返すのだ。

「いいのよ。それが、わたしの仕事だから。」

 そして緒美は周囲のメンバーを一度見回し、「パン」と手を打ってから言うのだ。

「それじゃ、無事に AMF も到着した事だし。予定通り、午前中に一度、飛行シミュレーションを実行するわよ。天野さん、インナー・スーツに着替えて来て、ボードレールさんは手伝ってあげてね。 城ノ内さんと井上さん、カルテッリエリさんは、デバッグ用コンソールの準備。日比野さんも、其方(そちら)、お願いします。 残りのメンバーで、モニター用の機材とか机とか、設営をやりましょう。」

 緒美の指示を受け、兵器開発部のメンバー達は、それぞれの担当作業へと散ったのである。

 この日から数日の兵器開発部の活動は、来週月曜日の AMF の飛行試験へ向けての、その準備期間である。
 AMF 自身に就いて言えば、天野重工の試作工場で既に五日間の飛行試験が完了しており、Ruby の制御に因る一通りの飛行能力は確認済みなのだった。その際、試作工場に於いて Ruby に対して離着陸や、空中機動の教示(ティーチング)を行ったのは理事長秘書の加納である。彼の元戦闘機パイロットとしてのスキルが遺憾なく発揮された結果、AMF は自律制御に因る飛行で、既に大きな不安も無く飛行が可能となっていた。因(ちな)みに、先程の AMF の着陸操作が「加納っぽい」と言う金子の感想は、大正解だったのだ。
 さて、AMF は操縦系統の構成からして純然たる『航空機』なのだが、そこで問題になるのがドライバーである茜に、航空機の操縦経験が全(まった)く無い事なのである。勿論、操縦桿やスロットル・レバー、フットバー等の両手両足を使っての操縦操作を行う通常の航空機とは違って、HDG を介して思考制御で姿勢や進路を決定し、機体に搭載された AI が具体的な操縦操作を代行する仕組みは LMF と変わりはない。しかし AMF が LMF とは決定的に違うのは、その航空機の特性上、『立ち止まる事が出来ない』と言う事なのである。
 LMF のホバー走行や、或いは HDG-A01 単体での飛行では、例え空中での姿勢が崩れたとしても、その場に留まって体勢を立て直したり軟着陸が可能で、それはホバリングが出来るからである。その点に関して言えばは、ブリジットの HDG-B01 も同様で、航空機基準で設計された HDG-B01 の飛行ユニットにも、『推力モード』と呼ばれるホバリングが可能な飛行モードが存在し、空中で立ち止まる事が可能なのだ。
 だが、AMF にはホバリングを行う能力が無く、飛行を継続する為には、常に一定以上の速度と適切な迎え角を維持して、揚力を獲得し続けなければならない。勿論、飛行を継続する為に必要な姿勢の制御は、AMF に搭載された AI、つまり Ruby が常に適切な補正をして呉れる仕組みなのだが、ドライバーである茜自身にも、その基礎的な感覚が必要なのは言う迄(まで)も無いだろう。
 そこで、茜には前日の夕方から、飛行機部所有のフライト・シミュレーターで三時間程、金子の指導を受けて航空機の操縦感覚や飛行感覚を先(ま)ず、学習したのだった。これは、操縦の操作手順を習得するのが目的ではなく、飽く迄(まで)、飛行感覚の体験が目的なのである。
 そして今日からは AMF に HDG を接続して、AMF をシミュレーターにしての飛行感覚習得を行うの計画なのだった。これは勿論、HDG からの思考制御入力による、AMF 側の操縦操作の最適化と、その確認をも兼ねてはいるのだ。以前は、LMF の格闘戦機動の教示(ティーチング)を、HDG を接続して茜が行ったのだが、今回は目的の主客が逆転してしまってはいるものの、行う事柄自体は LMF の時と同様なのである。
 そこで、茜の思考入力や、それに因る Ruby の操縦制御が適切であるかの監督・指導役として加納と、飛行機部部長である金子が呼ばれていたのだ。別に金子はこの日、徒(ただ)、ふらりと遊びに来ただけではなかったのだ
 加えて、本社から来ているソフト部隊の二人、日比野は AMF 本体の制御系の確認を、安藤は Ruby の確認をと、それぞれが動作確認を担当して、HDG と AMF の飛行シミュレーションが実施されるのだ。

 シミュレーション開始の為の準備には、小一時間程の時間を要した。
 以前の LMF での時と同様に、シミュレーションの状況を監視する為に複数のディスプレイが、状況のモニター用にずらりと、AMF の右舷側に設置されていた。今回は、天野理事長に飯田部長、実松課長に前園先生と、観客(ギャラリー)が多いのだ。
 樹里が何時(いつ)も扱っているデバッグ用コンソールには、AMF に因るシミュレーターに対応したアプリケーションが日比野の手に因ってインストールされ、接続や初期設定など、細細(こまごま)とした作業も滞(とどこお)りなく進められたのである。

「それじゃ、取り敢えず一度、やってみましょうか。 Ruby、機首を解放して。」

 緒美がコマンド用のヘッド・セットを通じて指示すると、AMF の機首部分が先(ま)ず、左右とキャノピー部分の三つに分かれ、そのあと複雑にスライドして、機首内部に格納されている HDG が露出される。AMF も、LMF と同様に、機体の前面部に HDG を接続した状態で運用されるのだ。徒(ただ)、空中を高速で飛行する為には、極力、空気抵抗を減らしたいので、通常は機首構造の中に HDG が格納されるのだ。勿論、空中戦時には飛行中でも機首部を解放して HDG を露出する事は可能だが、その場合は飛行速度に制限が掛かる事になる。
 設計上、諸諸(もろもろ)の諸元や部品を F-9 戦闘機から流用している AMF なのだが、その機首部が F-9 に比べて、不格好な程に肥大化してしまったのは、直立した姿勢の HDG を内部に収める為なのだった。又、格闘戦用の格納式ロボット・アームや、固定武装としてのレーザー砲、外装へのディフェンス・フィールド・ジェネレーターの追加も有って、その胴体は F-9 戦闘機よりも一回り大きくなっていた。それでも、エンジンと航空電子装備(アビオニクス)、主翼カナード翼、そして降着装置一式は F-9 戦闘機と同じパーツを流用して仕上げられており、その設計手腕は見事と言っていいだろう。それは勿論、開発期間を圧縮する為に、既存のパーツや技術で、流用出来る物は流用した結果でもあるのだが。

「何とも形容し難い開き方をするのね。」

 AMF の機首が解放されるのを見て、そう所感を漏らしたのは立花先生である。緒美は微笑んで、それに応じる。

「飛行中でも開(ひら)けるように考えてありますからね。 Ruby、HDG を降ろしたら、天野さんが接続する為に開放状態に。」

 解放された機首の内部には、無人状態の HDG-A01 が接続格納されていた。それは以前の形態とは違う事が、一目で分かる改造が施されている。
 初期型、或いは『地上型』と言った方が適当だろうか、兎も角、当初は露出した装着者(ドライバー)の頭部にヘッド・ギアを装着する仕様だったのだが、この『航空型』では頭部を覆うバブル型の『キャノピー』が追加されており、所謂(いわゆる)『宇宙服』の様になっていた。
 これは、HDG に接続された AMF が戦闘機並みの高速で飛行出来る事への対応策であり、これに因り戦闘機並みの高空への上昇も可能となるのだ。従来の『地上型』ヘッド・ギアでは、酸素の薄い高空では活動が制限されるし、低空であっても高速飛行の際には気流の影響で装着者(ドライバー)が首を痛める恐れが有り、『キャノピー』の無い HDG では AMF の能力を十分に活用する事は期待出来ない。

「茜君、今回からは、このヘッド・ギアを使ってね。」

 そう言って畑中が、茜に新しい、簡易型のヘッド・ギアを手渡すのだった。『地上型』のヘッド・ギアには光学系各種センサーや複合アンテナ、ディスプレイ等が取り付けられていたのだが、この新しい簡易型には通信機能と、思考制御の為のセンサーが装備されているだけである。

「あ、ありがとうございます、畑中先輩。」

 インナー・スーツに着替えた茜は、手渡された簡易型ヘッド・ギアを受け取ると自(みずか)らの頭部に装着し、格納庫のフロアへと降ろされた HDG-A01 の、スカート型ディフェンス・フィールド・ジェネレーターのヒンジ部に足を掛けると腰部リングへと上がって腰を下ろし、HDG の左右腕ブロックに両手を掛けて身体を支えると、自らの両脚を HDG 腰部リングの中へと差し込んだ。茜は一旦(いったん) HDG の脚ブロックの上に立つと、それから身体の向きを変え、左右の足を HDG の脚ブロックへと差し込み、続いて背中のパワー・ユニットを HDG へと接続するのだ。
 茜には全て、もう手慣れた工程である。装着の為に解放されていた各パーツが閉鎖すると、腰部リングから後方へと突き出た接続ボルトを掴(つか)んでいる、AMF 側の接続アームが引き上げられて HDG は AMF の定位置にセットされるのだった。

「此方(こちら)は、準備完了です。」

 茜は空中に吊り上げられた状態で、HDG に接続した儘(まま)の右手を上げて見せた。ヘッド・ギアのレシーバーからは、樹里の声が聞こえて来る。

「オーケー、それじゃ、ディスプレイの画像入力設定を外部入力に切り替えてね。」

「はい、設定変更します。」

 前方へ突き出る様な長球状のキャノピー前面内部は、全体がディスプレイになっており、樹里に指示された通りに設定を変更すると、茜の視界は青色に染まるのだった。キャノピーは透明な強化樹脂に挟(はさ)まれた表示素子に因ってディスプレイの機能を持ち、その外側に配された透過膜に因って視界を遮断出来るのだった。通常は必要な表示の背景に外界を視認出来るのだが、光線の具合に因って内側の表示が読み取り難い場合に透明度を調節したり、外部で閃光が発生した際に視界を瞬時に遮断する事が、透過膜に因って可能なのだ。今回の場合は、HDG を接続した AMF をフライト・シミュレーターとして使用する都合から、HDG の装着者(ドライバー)に外界が見える必要は無く、AMF 側でシミュレーター・モードが起動した時点で HDG の視界は遮断されたのだった。因(ちな)みに、透過膜が不透明になった際、HDG-A01 のキャノピー部は外部からはグレーに見えるのである。

「樹里さん、設定確認画面、来ました。」

「は~い、こっちでもモニター出来てる。じゃ早速、一度、試(トライ)してみましょうか。」

 そこで、レシーバーから聞こえて来る声が、樹里の声から加納の声に代わる。

「えー、天野さん、加納です。 取り敢えず、最初の一回目は Ruby の自律制御で、離陸から着陸迄(まで)の視界を体験してみてください。特に何も、しなくていいです。」

「分かりました。設定の方、宜しくお願いします。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.01)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-01 ****


 2072年9月30日・金曜日。前期期末試験の最終日、その翌日である。
 試験期間中は休止していた各部活動も、試験期間が終了した前日の放課後より、それぞれの活動が再開されていた。一方で各学年の昼間の授業は『試験休み』の扱いとなり、本来は土日を挟んで平日の三日間、つまり 9月29日の木曜日から 10月1日の月曜日までの間が『試験休み』の予定だったのだ。だが、試験の最終日が一日ずれた事に因り、この 30日からが『試験休み』の扱いとなったのである。しかし 10月2日の火曜日から授業が再開される予定が変わる事はなく、『試験休み』の期間が一日減じてしまった、その皺寄(しわよ)せは教職員へと向かい、土日の何方(どちら)かで休日出勤をして試験の採点などの事務処理をする事で日程の変更は吸収されたのだった。
 因(ちな)みに、学校側のカレンダーとしては、後期の開始は 10月6日の木曜日とされており、制服の冬服への切り替えも、その日に合わせて行われるのが通例なのだった。但し、前期の終業式とか、後期の始業式の様な学校側の式典は、何も無いのが天神ヶ﨑高校の流儀なのである。『試験休み』が終わると、通常通りに淡々と授業が実施されるのだ。

 この日の兵器開発部の活動としては、HDG-A01 用航空戦闘能力拡張装備である AMF(Aerial Mobile Frame:空中機動フレーム)の搬入作業が、いよいよ実施される予定だった。これは元々が、この日に予定されていたもので、試験の最終日が一日ずれ込んだ影響で、この日に順延された訳(わけ)ではない。
 天野重工からは AMF の受け入れ準備の為に、例によって畑中達、試作部の人員が工具や資材を積載したトランスポーターで、前日の夕方に天神ヶ﨑高校へと移動して来ていた。その陸路移動組の荷物の中には、HDG-B01 用の拡張装備である『レールガン』が含まれており、試作工場から空路で移動して来る HDG-A01 と AMF が到着する迄(まで)の午前中の間に、畑中達は HDG-B01 の飛行ユニットへの『レールガン』取り付け作業を開始していたのである。
 AMF の飛行試験は月曜日、10月3日に予定されているのだが、その映像記録の為にチェイス機として使用する天神ヶ﨑高校のレプリカ零式戦や、飛行機部所属の軽飛行機に、それぞれ撮影用の器材を取り付ける作業や、当の AMF のセットアップ調整等、出張で来校している畑中達には土曜日も日曜日も関係の無いスケジュールが組まれていた。勿論、この出張が終われば、代休が取得出来るのではあるが。
 この時、兵器開発部のメンバーは、と言うと。受け取る器材に関する取り扱いに就いてのレクチャー受けたり、畑中達の『レールガン』取り付け作業の補助をして注意点の説明を受けたり、実際の物品と受領品目録とを突き合わせて確認をしたりと、分担して朝から忙しく動き回っていたのだった。

「折角(せっかく)の試験休みなのに、ゆっくり朝寝坊も出来ないなんて、運動部みたいよね。」

 そう、ぼやいていたのは瑠菜だったのだが、それには直美が「動いた分は手当が付くんだから、運動部よりは優(まし)でしょ。」と、そう言って笑うのだった。

 第三格納庫で朝八時から、それぞれが作業を始めて二時間程が経過し、受領品目録の現物チェックを終えた緒美が腰を伸ばし乍(なが)ら、同じく作業をしていた恵に声を掛けた。

「そろそろ、AMF が到着する時間よね。」

「予定通りなら。」

「遅れるって情報は来て無いっぽいから、予定通りじゃないかしら。」

 緒美と恵の二人は、解放されている南側の大扉の方へと歩き出す。二人が向かった方向では、天野理事長と前園先生、そして実松(サネマツ)課長の三人が、毎度の如く何やら立ち話をしているのだった。
 緒美が近寄って来るのに気付いた前園先生が、彼女に声を掛けて来る。

「鬼塚君、検品は終わりかい?」

「はい、前園先生。」

 笑顔で応えた緒美は、実松課長に問い掛けるのだ。

「実松課長、AMF の到着、遅延の情報は無いですよね?」

「ああ、聞いとらんよ。そう言えば、そろそろ、か。」

 五人は格納庫の外へと歩いて出ると、良く晴れた空を見上げる。そして間も無く、東の空からジェット機のエンジン音が聞こえて来るのだった。天野理事長が、声を上げる。

「おう、来たみたいだぞ。定刻だな。」

 暫(しばら)くは音が聞こえるのみで、機影は見えなかったのだが、一分もしない内に二機のジェット機が目視できる様になる。並んで飛んでいる二機は、東側から学校の上空へと接近して来るのだが、向かって左側の、F-9戦闘機と同様の前進翼の機影が AMF である。その右隣の機体は随伴機として飛来した天野重工所有の社用機で、天野理事長が移動に使用しているのと同型機である。
 天野重工は同型の社用機を四機、保有しており、その内の二機が天神ヶ﨑高校に、残りの二機が東京の飛行場に配置され、本社総務部に所属する飛行課に依って運用されている。天神ヶ﨑高校と東京の飛行場と、何方(どちら)も一機は予備機の扱いだが、各機体の飛行時間が極端に偏らないよう、定期的に機体を入れ替えて運用されているのだ。天神ヶ﨑高校に配置されている機体が、主に天野理事長の移動に使用されているのは周知の通りだが、必要に応じて航空機事業の業務での、試験飛行の随伴機を務めたりもするのだ。
 AMF と随伴機の二機は、滑走路の上空を五百メートル程の高度で西へと通過し、南へと旋回し乍(なが)ら更に高度を落としていった。ここで『滑走路の上空五百メートル』とは、海抜高度や、開けた市街地に対する高度ではない事に注意をされたい。それは天神ヶ﨑高校の敷地が、山の中腹に所在するからだ。
 高度と速度を落とし乍(なが)ら、滑走路の南側上空を東向きに通過する AMF は着陸脚を展開する。そして滑走路の東端方向へ回り込む様に、大きく旋回して AMF は着陸態勢に入るのだった。随伴機は AMF の左後方、つまり南側を少し上に位置して、速度を合わせて AMF を追跡し、監視を続けている。

「あれ、自動操縦で飛んでるのよね?」

 恵が、不思議そうに緒美に問い掛けた。緒美は微笑んで、恵に応える。

「大丈夫よ。いざとなったら、チェイス機の方から操縦出来る仕掛けだそうだから。」

 その会話を聞いて、実松課長が振り向いて言うのだ。

「試作工場の方で、何度も離着陸の試験はやって有るから。心配は要らないよ。」

「それは聞いてますけど、この目で見る迄(まで)は実感が持てなくて。」

 申し訳無さそうに恵が言葉を返すと、「ははは、そりゃあ仕方無いな。」と笑って、実松課長は前を向くのだった。
 そして、その時、格納庫中に居た筈(はず)の全員が大扉の方に出て来ていた事に、緒美は気付いたのだ。
 一方で、AMF は順調に高度を落とし、滑走路の東端に接近して来る。時折、機体を『ゆらり』と揺らすのだが、概(おおむ)ねはスムーズにアプローチを続けるのだった。機首を持ち上げた姿勢で滑走路の東端上空を通過すると、間も無く着陸脚が路面に接地し、バウンドする事無く機首を降ろすと直ぐに AMF は逆噴射(スラスト・リバーサー)を作動させた。滑走路上で急減速する AMF を上空の随伴機が追い越して飛び去ると、AMF は滑走路の中央を過ぎた辺りで、ほぼ停止したのだった。
 それは、そこで完全に静止した訳(わけ)ではない。再び推力を上げて滑走路の南端まで進むと、右折して誘導路へと入り、随伴機の為に滑走路を空けて、AMF 自身は格納庫前の駐機場へと誘導路を自力で進んで行くのだ。

「完璧な着陸だったんじゃない? あれで自動操縦?」

 何時(いつ)の間にか緒美の右隣に来て居たのは、飛行機部部長の金子である。その声に驚いたのは、声を掛けられた緒美ではなく、緒美の左隣に立っていた恵の方だった。

「金子さん、何時(いつ)から居たの?」

「んふふ~わたしがこんな面白そうなイベント、見逃す筈(はず)ないじゃない?」

 無邪気に答える金子に、緒美が冷静に言葉を返す。

「ないじゃない?って云われても知らないわ、そんなの。」

「相変わらず、鬼塚はつれないよなぁ~。」

 そう言って苦笑いする金子は、今度は前方に立っている前園先生に声を掛けるのだ。

「前園先生、飛行機(うちの)部にもジェット機、何とかなりませんか? F-9 とか。」

「無茶言うんじゃないよ、金子君。」

 振り向いた前園先生は、半笑いで応えるのだった。そこで天野理事長が振り向き、金子に向かって言うのだ。

「飛行機部に F-9 を渡すのは無理だが、それに近い事が先先(さきざき)、起きるかもしれんから。まぁ、楽しみにておくと良いよ、金子君。」

 その言葉に反応したのは、緒美の方が早かった。

「どう言う事でしょうか?理事長。」

 天野理事長は無邪気に笑って、言った。

「あははは、今は、まだ秘密だ。鬼塚君も楽しみにしてて呉れ。」

「何だか良く分からないですけど、信じちゃいますよ、理事長!」

 弾んだ声で金子がそう言うと、天野理事長はもう一度「ははは。」と笑うのだった。
 そんな折(おり)、先程、滑走路上空を通過した随伴機が旋回して東側へと戻り、今度は着陸態勢を取って滑走路へと降りて来る。随伴機も特に危な気(げ)の無いスムーズな着陸を披露すると、AMF を追う様に誘導路から駐機場へと移動して行くのだった。
 そこで前園先生が振り向き、金子に尋ねるのだ。

「金子君、今の随伴機の方、着陸はどうだった?」

「今のですか?悪くはないですけど…何時(いつ)も見てる加納さんのに比べると、見劣りはしますよね。」

 その金子のコメントには、驚いて天野理事長が聞き返す。

「ほう、分かるのかい?」

「勿論、風の具合とかにも因りますけど。加納さんの場合、アプローチでもう少し、ギリギリまで減速してますし、だからもっと手前で接地して、制動距離も短いですよね。 先に降りて来た、自動操縦って云われてた機体の方が、加納さんっぽかった気がします。」

「そうか。成る程な。」

 満面の笑顔で天野理事長が応えると、前園先生も笑って「流石、飛行機部部長だな、金子君。」と声を掛けて来るのだった。そこで透(す)かさず、金子は卒業後の配属先に就いてアピールをするのだ。

「わたし、卒業後には、総務部飛行課配属を希望してますので、宜しくお願いします!理事長。」

 それには苦笑いで、天野理事長は言葉を返すのだった。

「わたしの一存で、人事がどうこうは、ならないがね。ま、キミなら心配しなくても、希望通りにいくんじゃないかな。」

 続いて、前園先生。

「学校として、推薦状は書いてやるから。だから、ちゃんと卒業できるように、単位だけは絶対に落とすんじゃないぞ、金子君。」

「はい。それは、勿論。」

 ニヤリと笑って、金子は答えた。
 そんな遣り取りをしている間に、AMF と随伴機は誘導路を通過して格納庫前の駐機エリアへと移動して来るのだ。
 随伴機は第二格納庫の前で停止して胴体のドアを開き、機内から数人の乗客が降りているのが、少し遠くに見える。
 一方で、AMF は第三格納庫の前へと、ゆっくりと進んで来るのだ。緒美達の背後では、南側の大扉が更に大きく開けられる音が響き、畑中が AMF 到着の見物人達に声を掛けるのである。

「すいませーん、AMF は、その儘(まま)、格納庫(ハンガー)に入りますから、道を空けてくださーい。エンジンが稼働してますから、AMF の前に立つと吸い込まれますのでー。」

 目の前では、AMF が機首の向きを第三格納庫の方へと向けつつある。

「おお、マズイ、マズイ。皆(みんな)、あっちへ行こう。」

 そう実松課長が声を掛けると、一同は揃(そろ)って西側へと向かって移動を開始する。その一団に向かって、畑中が声を上げるのだ。

「瑠菜君、LMF 用に使ってた地上電源ケーブル、準備しといてー。」

「ああ、はい、畑中先輩。」

 見物人の一団の中から畑中に声を返すと、瑠菜は一団を離れて駆け足で格納庫の中へと向かった。「わたしも手伝う~。」と声を上げ、佳奈が瑠菜の後を追うのだ。
 西側へと向かう、その一団の先頭部では、先に随伴機から降りて来た五名が、天野理事長達と挨拶を交わしている。その五名とは、飯田部長と担当秘書の蒲田、理事長秘書の加納、そして開発部設計三課からの出張組である安藤と日比野の二人である。因みに、秘書の加納は珍しく飛行服を着用しているのだが、それは誰の目にも普段のスーツ姿よりは似合って見えたのだ。

「いや、ご苦労さん。AMF は道中、どうだった?」

 天野理事長に問い掛けられ、飯田部長が答える。

「離陸から、着陸まで、何の問題も無く。非常時の為に、加納さんには、ずっと待機して貰ってましたが。結局、何も手を出さずじまいでしたよ。」

「そうか、順調だったのなら、何よりだ。加納君も、ご苦労だったね。引き続き、面倒を見てやって呉れ。」

「はい。わたしが不在の間、問題は有りませんでしたか?」

「秘書業務の方は、心配しないでいい。こっちにも代わりの人員は居るんだし、秘書課の皆(みんな)は、それぞれ優秀だからな。なあ、蒲田君。」

「恐縮です、会長。」

 大人達がそんな会話をしていると、飯田部長が緒美と恵を見付け、声を掛けるのだ。

「ああ、鬼塚君、森村君、暫(しばら)くの間(あいだ)、見学させて貰うよ。宜しく頼むね、立花君も。」

 立花先生の姿も見付け、最後に付け加える様に飯田部長は言ったのだ。緒美は黙って会釈をしただけだったが、恵は「先日は、お世話になりました。」と言って微笑むのだった。『先日』とは、勿論、防衛軍との会合の時の事である。
 そして、立花先生は飯田部長の方へと歩み寄って、言った。

「しかし、ここに飯田部長がいらっしゃるのは、何か不思議な感じがしますね。」

「ははは、まあ、ここに来たのは初めてだからなぁ。」

 飯田部長が笑って応じると、前園先生が声を掛けるのだ。

「ああ、飯田君は、天神ヶ﨑に来るのは初めてだったのか。月曜日の飛行試験まで、見ていくんだろう?」

「はい、その予定です。」

 続いて、天野理事長が言うのだった。

「キミは本社(あっち)に居ると、あれやこれやと忙しいだろう? 土、日と、こっちで少し、のんびりして行くといい。蒲田君も、な。」

 そんな会話の背後を AMF が低速で通過し、格納庫の中へと入って行く。そして格納庫の中央付近まで進むと、そこで停止するのだ。AMF が自律制御でエンジンの出力をアイドル状態まで絞ったのを確認して、畑中は地上電源のケーブルを持って待機している瑠菜に声を掛ける。

「オーケー、瑠菜君、地上電源の接続を頼む。プラグはこっちだから~。」

 畑中は AMF の後方から左主翼の付け根付近の下へと駆け寄ると、手際良くアクセス・パネルを開いて見せる。

「あ、まだエンジン、回ってるから。インテークの前は通らないでね。」

「は~い。」

 瑠菜と佳奈は、電源ケーブルを引き摺(ず)って、機体の側方から畑中の居る位置へと近付くと、開かれたアクセス・パネルの中を確認して、そこに設置されたソケットに電源ケーブル先端のプラグを接続し、ロックした。

「地上電源、接続しました~。」

 瑠菜が確認の声を上げると、それに AMF に搭載された AI が応えるのだ。

「外部電源、接続確認。制御電源を外部入力に移行し、メイン・エンジンを停止します。」

 その合成音声を聞いて、瑠菜と佳奈は一瞬、顔を見合わせるのだった。それは、その声に聞き覚えが有ったからで、だから次の瞬間、瑠菜と佳奈の二人は声を揃えて、その声の主に問い掛けたのだ。

Ruby!?」

「ハイ、その声は、瑠菜と佳奈、ですね。お久し振りです。」

 そう応じると間も無く、AMF の左右のエンジンが相次いで停止され、格納庫内は一転して静かになったのだった。そこに再び、Ruby の合成音声が響く。

「先程から、第三格納庫のセキュリティ・システムにアクセスしているのですが、ネットワークに接続が出来ません。建屋側のサブ・コントローラーがダウンしていませんか?」

「ちょっと待って、Ruby。」

 そう答えた瑠菜は AMF の主翼下面から機体後方へと出て、大扉の方から中へと歩いて来る一団の中の、緒美に向かって声を上げたのだ。

「部長ー。これ、Ruby ですー。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.12)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-12 ****


 翌日、2072年9月29日・木曜日。本来は、この日から10月3日・月曜日迄(まで)が試験休みの予定だったのだが、先日のエイリアン・ドローン襲撃事件の発生に因り、前期期末試験の最終日が順延となってしまったのだ。
 その試験も無事に終わり、茜とブリジットが部室の在る第三格納庫へとやって来たのは、午前十一時半頃の事である。
 二人が二階に有る部室の入り口へと上がる外階段に足を掛けた時、視界の先、階段を上(のぼ)り切った踊り場に、二人の人影が有るのに気が付いたのだ。その二人が維月とクラウディアである事が判明する迄(まで)、然程(さほど)、時間は要しなかった。そして、先方も茜とブリジットが階段を上がって来る事に、直ぐに気が付いたのである。
 踊り場の手摺りに寄り掛かる様に立っている維月が、先に声を掛けて来る。

「天野さん。どうだった?手応えの程は。」

 同じペースで階段を上(のぼ)り乍(なが)ら、茜は微笑んで聞き返す。

「試験の、ですか?」

「勿論。」

「まあ大体、解答は書けたと思いますけど。維月さんは?」

「そうね。去年よりは、出来たと思うの。」

 茜は階段をほぼ上(のぼ)り切り、クラウディアにも訊(き)いてみる。

「クラウディは? どうだった?」

 部室のドア側へ背中を向け、手摺(てす)りの支柱を掴(つか)んで立っているクラウディアは、一瞬、視線を茜に向けたあと、視線を空へと向け直し、少しぶっきら棒に答える。

「アカネやイツキに、勝てたとは思えない出来ね。今回は。」

「まあ、邪魔も入ったし、さ。今回は。」

 少しだけ苦笑いで維月が、そう声を掛けると、大きな溜息を吐(つ)いて、クラウディアが言うのだ。

「気休めはいいわ、イツキ。それに、邪魔が入ったのは、最後の一教科だけじゃない。」

「まあ、そうだね~。」

 『気休め』である事を取り繕(つくろ)う事無く、素直に認める維月である。そこでブリジットが、話題を変えるべく、維月に問い掛けるのだった。

「所で、維月さん。開いてないんですか?部室。」

「そうなの。早く来過ぎちゃったね~。」

 第三格納庫のセキュリティを一手に担(にな)っていた Ruby が居なくなって以降、各ドアやシャッターの施錠制御は、旧式のカードリーダー型モジュールに交換されていたのだ。そのカードキーは、三年生達が管理しているのだが、普段なら緒美か恵が真っ先に来て居て、部室の解錠をして呉れていたのである。
 茜は二段ほど階段を降りると、踊り場に腰を下ろし、鞄を足元に置いて言った。

「取り敢えず、部長達が来るの、待ちましょうか。」

 その言葉に、一度は「そうね。」と応えた維月だったが、その直ぐあと、「あ。」と声を上げ、続けて言うのだ。

「ひょっとしたら鬼塚先輩達、お昼食べてから、こっちに来るのかも。」

 茜が足を置いているのと同じ段に、手摺(てす)りに背を向けて、それに寄り掛かる様に立っているブリジットが、維月の発言を受けて言う。

「ああー、時間的にそうかも、ですね。」

 そう言ったあと、ブリジットは視線を茜に移し、声を掛ける。

「そんな所に座ってると、汚れるよ、制服。」

「大丈夫よ、乾いてるから。それに、もう直(じき)、衣替えだしね。」

 その茜の返事を聞いて、維月が声を上げるのだ。

「そうか~もう、冬服か~。あと一月(ひとつき)は夏服でもいい感じだよね。」

「そうですか?これから段々、朝は冷えて来るんじゃないです? 昼間は、まだ暫(しばら)くジャケットは要らないでしょうけど。」

 ブリジットが維月に言葉を返すと、今度は茜がブリジットに向かって言うのだ。

「まあ、その辺りの感じ方は、個人差も有るでしょ、ブリジット。」

「そうだけどさ~。」

 そんな話をしていると、突然、クラウディアが日本語の「あ。」の様な、ドイツ語の「Ah.」の様な、何方(どちら)とも付かない発音で、声を上げたのだ。

「どうしたの?クラウディア。」

 維月が問い掛けると、クラウディアは答える。

「部長さん達。来たわよ。」

 維月とブリジットは振り向き、茜は立ち上がってブリジットの下の段へ降りて手摺(てすり)り側に移動し、眼下の歩道へと、それぞれが視線を移すのだった。クラウディアの言った通り、緒美と恵、そして直美の三名に加えて立花先生が、歩いて来るのが見える。そして、外階段に居る茜達に気付いた恵が、右手を振って見せたのである。
 そうして間も無く、外階段を上がってきた四名の内、先頭の恵が声を掛けて来るのだ。

「一年生の方が、早く終わったのかしらね、試験。」

 言い乍(なが)ら、恵はカードキーを取り出し、壁面のキーパネルにカードを翳(かざ)し、ドアを解錠した。
 続いて、立花先生が問い掛けて来た。

「貴方(あなた)達、お昼は?」

「いえ、まだですけど~。」

 そう維月が答えた時に、部室へと入って行く緒美達がそれぞれに、鞄の他に売店の紙袋を持っている事に、茜は気付いたのだ。

「先輩方は、お昼、それですか?」

 部室に入ると、中央長机の上に置かれた紙袋を指差し、茜は尋(たず)ねた。この時点で、紙袋の中身はパンとかサンドイッチの類(たぐい)であろうとは、維月を含む一年生達には見当が付いたのだ。
 茜の問い掛けには恵が、お茶の用意をし乍(なが)ら答える。

「そうよ~。」

「瑠菜達は、学食へ行ったみたいだけど。貴方達も、先に済ませて来なさい。」

 恵の返事に続いて、こちらは席に着いた直美が、紙袋を開きつつ言ったのだ。因(ちな)みに、直美が紙袋から取り出したのは、ハンバーガーである。そして、直美に続いて緒美が言うのである。

「部活の方は、お昼を済ませてからにしましょう。食事に行くなら、鞄とか、部室(ここ)に置いて行くといいわ。」

 そう言われて、維月がクラウディアに問い掛ける。

「どうする?クラウディア。」

「学食まで行くの?管理棟よ。」

 学食が遠い事に難色を示すクラウディアの声を聞いて、ブリジットは茜に言うのだ。

「だったら、売店の方が近いよね。」

「わたし達もパンとか、買って来る?」

 そんな遣り取りに、立花先生は言うのだった。

「その辺りは、お好きになさい。時間は有るんだから。」

「パン、買って来るのなら、紅茶を用意しておいてあげるわよ。」

 緒美達の紅茶を淹(い)れ乍(なが)ら、茜達に恵が提案するのだった。そんな恵に、直美が声を掛ける。

「あ、わたし、コーヒーの方がいいな。」

「だったら、自分で淹(い)れなさい。」

 透(す)かさず緒美が、直美へ声を返す。それが特段に厳しい語感ではなかったので、緒美の言を恵は気に留めず、立花先生に尋(たず)ねるのだ。

「先生も、コーヒーがいいですか?」

「うん。 あ、自分でやるよ?」

「いいです、いいです。任せてください。好きでやってるんですから~。」

 不思議と楽し気(げ)に動き回る恵へ、直美が声を掛けるのだった。

「何時(いつ)も、すまないねぇ。」

「あはは、何言ってるの。」

 笑い飛ばす恵の様子には緒美も、くすりと笑うのだった。
 一方で茜は、ブリジットに提案するのだ。

「それじゃ、わたし達は、学食へ行こうか。」

「そうね、急がなくていいなら。」

 そして茜とブリジットは、それぞれの鞄を部室の隅へと置くのだった。
 そんな二人に、恵は声を掛けるのだ。

「部長の言った事は、気にしなくていいのよ、茜ちゃん。」

 恵は、緒美が直美に対して言った事で、一年生達が自分に遠慮したのでは?と、受け取ったのである。
 慌てて茜は、それを否定する。

「ああ、そう言う事じゃないです。自由意志による決定ですから。時間が有るなら、学食で落ち着いて食べたいな、って。」

「そう? なら、いいけど。」

「クラウディアと維月さんは、どうします?」

 茜は、ダメ元でクラウディアも誘ってみたのだ。それに対して、維月は敢えて、判断をクラウディアに委(ゆだ)ねるのだった。

「どうする?わたしは、どっちでもいいけど。」

「それじゃ、わたし達も行きましょうか。学食。」

 ほぼ即答だったクラウディアの返事を聞いて、維月は微笑んで視線を茜へと送るのだった。それに対して、茜は口角を引き上げて見せ、返事としたのである。頭上で交わされる、そんな遣り取りの気配を察知したクラウディアは、維月に向かって言うのだ。

「何よ、イツキ。文句でも有る?」

「無い、無い。何も、言ってないでしょ? さあ、学食へ行こう、行こう。」

 維月は笑顔を崩さず、クラウディアの背中を優しく叩いたのだ。
 そうして一年生達四名は、クラウディア、維月、ブリジットの順で部室から出て行き、最後に茜が部室内の緒美に声を掛ける。

「それでは部長、昼食、行って来ます。」

「はい、ごゆっくり。部活は、午後一時からって事でいいから。 瑠菜さん達に会えたら、伝えておいて。」

「分かりました。」

 緒美に返事をして、茜は静かにドアを閉めた。それから間も無く、四人が外階段を降りて行く足音が聞こえ、それも段々と小さくなっていく。そして最初に口を開いたのは、直美だった。

「何か、気を遣わせちゃったかな?」

「大丈夫でしょ、気にする程の事じゃないわ。」

 そう言って、立花先生はサンドイッチを口へと運ぶ。
 立花先生と直美にコーヒーを出し終えた恵が、緒美の隣の席に着き、緒美に話し掛けるのだ。

「それよりも、カルテッリエリさんが、天野さんと一緒に昼食へ行ったのは、進歩じゃない?」

「それは井上さんが一緒だからじゃないの?」

 そう言い乍(なが)ら、緒美は紙袋から小振りなメロンパンを一つ、取り出すのだった。その一方で、ハンバーガーをほぼ食べ終えたていた直美が緒美に対して反論する。

「いやいや、以前だったら、それでも一緒には行かなかったんじゃない?」

「まあ、何にしても、色々と落ち着いて呉れたのなら、いい事だわ。」

 そう言って、緒美はメロンパンを一囓(かじ)りする。緒美の発言に対して、恵は野菜サラダが挟まれたコッペパンを紙袋から取り出しつつ、コメントするのだ。

「前の、理事長室の時の様子には、ビックリだったものね。」

「それを言ったら、天野の方の話もさ。予(あらかじ)めブリジットから事情は聞いていたけど…何て言うか、あんな裏事情なんて、想像もしないじゃない?」

 ハンバーガーの包み紙を丸めて紙袋へ入れると、直美はコーヒーのカップへと手を伸ばした。
 そして、直美に続いて、立花先生が言うのだ。

「何方(どちら)にしても、あの子達に非が有った訳(わけ)じゃなくて。単に、巻き込まれただけなんだから、二人共、何て言うか、いい方向へ向かって貰いたいわよね。」

「その点、天野は心配無いんじゃないですか?そもそも、気にしてなかった様子ですし。」

 コーヒーを一口飲んで直美が言うと、紅茶に口を付けていた緒美が一言、疑問を呈する。

「そうかしら?」

「そうよね~普通なら、人間不信にでもなりそうな事件だものね。」

 緒美に続いて恵が所感を述べると、それに対して立花先生が応えるのだ。

「そりゃ勿論、天野さんだって傷付いたでしょうけど。 理事長や校長の見解に拠ると、天野さんが剣道をやっていたのがプラスに働いたんだろうって。でも、幾らスポーツやってても、グレる人はグレるんだから。最終的には、本人の資質次第な気はするわよね。 あとは、ブリジットちゃんの存在が大きいのかしら?茜ちゃんの場合。」

「何方(どちら)かと言うと、そっちの方が影響は大きかったんじゃないですか? 何か有った時、大事ですよ。友達の存在って。」

 緒美は、そう言って恵へと視線を送る。それに気付いた恵は、黙って微笑みを返すのだった。
 緒美の過去に就いての事情を恵から聞かされていた立花先生には、その言葉が自身の体験から出た言葉なのだと直感した。だが、その事情を知らない直美には、発せられた言葉以上の意味は届かなかったのである。
 そして直美が、言うのだ。

「それじゃ、その友達を亡くしちゃった、クラウディアの方が悲惨って事?」

「だからこその、彼女の、あの時の取り乱し様(よう)、でしょ?」

 緒美に指摘されて、直美は返す言葉が見付けられず、唯(ただ)、溜息を吐(つ)いたのである。
 そして、恵が言ったのだ。

「まあ、今は大丈夫でしょ。井上さんや、城ノ内さんが居るから、カルテッリエリさんには。」

「そうね。しかし、井上さんをクラウディアちゃんと同室にした采配は、見事としか言えないわね。誰が決めたのかは知らないけど。」

 コーヒーを一口飲んで、そう言った立花先生に、直美が言うのだ。

「それだって、もしも去年、井上が病気になってなかったら、井上とクラウディアは学年が違った訳(わけ)だからさ。四月の頃のクラウディアを、他の一年生がコントロール出来たとは思えないし。 偶然ってのは、なかなかに怖いものだよね。」

「そう言う話なら、例えば、もしも講師役に派遣されて来たのが立花先生じゃなかったら、緒美ちゃんの個人的な研究が本社に取り上げられる事は無かったでしょうし、もしも今年の一年生に天野さんが居なかったら、今頃、わたし達は生きてないかもよ?」

 直美の発言を受けて、恵は『もしも』の可能性を列挙するのだった。それには、何時(いつ)も冷静な緒美も苦笑いを浮かべ、所感を漏らすのだ。

「怖いわね、確かに。」

 そんな遣り取りを、立花先生が評して言うのだった

「過去に向かって『もしも』を使うのは、大して意味の有る事じゃないわ。『もしも』は、未来に向かって使うものよ。」

 それは何気無く、立花先生の口を衝(つ)いて出た言葉だったのだが、緒美達三人の記憶には、深く残る言葉となったのである。

 

- 第14話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.11)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-11 ****


 そんな一方で、防衛省の記事の他に、幾つか別のサイトをチェックした緒美は、モバイル PC をクラウディアに返すのだった。

「ありがとう、カルテッリエリさん。」

「Bitte schön.(どういたしまして。)」

 その様子に気付き、立花先生は緒美に問い掛けたのだ。

「何か、解った?緒美ちゃん。」

「いえ、防衛省の方(ほう)は、相変わらず情報の出し方が抑制的で。他にも、防衛軍ウォッチャーのサイトを三つ程、回ってみましたけど。まだ、詳しい情報は上がってませんね。 あ、例のレールガンとレーザー砲の搭載艦、試験目的で偶然、下関辺りに来てたみたいですけど。それで急遽(きゅうきょ)、北九州上空や山陰の日本海側を狙撃する事になった、って事らしいですね。」

「使い物になるのかしら? まあ、初の実戦試験なら、余り期待するのも酷、ってものかな。」

「防衛軍も、徒(ただ)、手を拱(こまね)いている訳(わけ)じゃないって事ですよ。」

 そう言って、緒美が微笑むと、立花先生は苦笑いで言うのだ。

「緒美ちゃんは、防衛軍に好意的よね。」

「まあ、伯父が現役の陸防士官ですから。」

「あー、そうだったわね。ごめんなさい、忘れてたわ。」

「いえ、構いませんよ、先生。」

 先日の一件で、防衛軍に対する印象がすっかり悪化していた、立花先生なのであった。緒美としては、その心情を否定するものでもなく、唯(ただ)、それも仕方無いと、そう思う他は無かったのである。

「それで、部長。わたし達は、どうするんですか?」

 そう茜が尋(たず)ねて来るので、緒美は少し困った顔で応じる。

「どう、って。どうにも出来ないでしょ? 今日の事は、防衛軍に任せるしか。」

 すると、恵が「そうね。」と緒美に同意し、直美も「だよね。」と続くのだった。

「しかし、こんなに早く、次の襲撃が来るとは、思ってなかったですね。 ねぇ、立花先生。」

 深刻な表情で緒美が言うと、又、立花先生は苦笑いを返すのだった。そこで、クラウディアが問い掛けるのだ。

「所で、先生。今日、中断してしまった試験は、どうなるんでしょうか? 別の日に、再試験を?」

「申し訳(わけ)無いけど、今は分からないわね。日程的には、予備日の設定は有るらしいけど、同じ問題で再試験していい物かどうか。その辺りの判断じゃないかしら。 何(いず)れにしても、学校側からの発表を待ってちょうだい。」

 少しがっかりした様子で「そうですか。」とだけ、クラウディアが声を発するので、茜は気休めの積もりで言ってみるのだ。

「一年生の機械工学科は『材力』で、ノート持ち込み可の試験でしたから、同じ問題で再試験でも、別に問題は無い気がしますけど。学科や学年に因って違いが有るんでしょうか、その辺り。」

 茜の発言に、直ぐに反応したのは直美である。

「いや、そんなに違わないんじゃない?。因(ちな)みに、三年の機械工学科は『熱力』で、うちらもノート持ち込み可だったわね。二年は?」

 直美に話を振られて、瑠菜が答える。

「わたし達は『流体力学』でした。同じく、ノート可。情報は?樹里。」

 瑠菜に訊(き)かれ、樹里が答える。

「うちのは『情報Ⅱ』。同じく、ノート可。 一年は多分『情報Ⅰ』だったでしょ?維月ちゃん。」

「そうだよ。試験日程後半にはノート持ち込み可の、解答書くのが面倒臭(めんどうくさ)い専門教科が集中してるから、どの学科の、どの学年も同じ様な状況じゃない?」

 維月が応えると、ちょうどそこに通り掛かった金子が声を掛けて来るのだ。彼女達が集合しているのは、空間に多少の余裕が有るとは言え、シェルター入り口前の通路なのである。

「何、集(つど)ってんの、兵器開発部。又、何か、悪巧(わるだく)み?」

 その言葉には、直美が噛み付く。

「人聞きの悪い事、言うんじゃないよ、金子。」

「だって、貴方(あなた)達、前科、有るじゃん。天野さんも居るし。」

 金子は、そう言ってニヤリと笑うのだった。直美が苦笑いを返す一方で、恵が金子に問い掛ける。

「それは兎も角、電子工学科は、中断した試験科目は何だったの?」

「ん?『電工Ⅲ』だったけど、どうして?」

 素直に答える金子に、今度は直美が訊(き)くのだった。

「それって、ノートとか持ち込み可の奴?」

「うん、そうそう。何、何、試験の話してたの?」

 少しがっかりした様子の金子に、微笑んで緒美が説明する。

「まあ、そんな所よ。今日、中断した試験は、どうなるのかってのが、目下(もっか)の話題。」

「ああー、それなら。 試験問題と答案用紙、全部回収出来てるから、多分、今日の途中から再開だろうってさ。試験問題と答案用紙を全部、同じ人に再配布して。」

 それを聞いた直美が、金子に問い掛ける。

「何(なん)で、貴方(あなた)が、そんな事知ってるのよ?」

「そりゃあ勿論、先生に聞いたからよ。学年主任の福岡先生が言ってたんだから、多分、間違いないでしょ。」

「それ、話しちゃって良かったの?」

 恵が心配気(げ)に確認するので、金子は満面の笑みで答えるのだった。

「ああ、大丈夫、大丈夫。秘密にする必要も特に無いから、リークしても構わないって、そう言われてるからさ。再試験の日程が、明日なのか明後日なのか、それとも、もっと先なのかは、これから協議するらしいけどね。それも、今日中には発表が有るでしょ。」

「そりゃ、明日だったら、今日中に言って貰わないと。」

 呆(あき)れた様に言う、直美だった。そんな直美の様子には御構(おかま)い無しに、目を輝かせて金子は訊(き)いて来るのだ。

「それでさ、兵器開発部なら外の様子、何か情報が有るんじゃないの?」

「無いよ。」

 うざったそうに、直美は間を置かずに一言で返したのだ。それをフォローする様に、緒美が続ける。

「今の所、公式発表以上の情報は、わたし達も持ってないのよ。」

「そうかー、立花先生まで居るからさ、又、何かやろうとしてるのかと思っちゃったよ。」

 残念そうに言う金子の発言を受けて、険(けわ)しい顔付きで立花先生が言葉を返す。

「わたしは、又、貴方(あなた)達が変な事を考えているんじゃないかと心配で、様子を確認しに来たんです。」

 そう立花先生に言われて、緒美は苦笑いしつつ、「パン、パン」と二度、手を打って言うのだ。

「はい、そう言う訳(わけ)だから、この場は解散。皆(みんな)、各自のシェルターに戻ってね。」

 そう言い残し、緒美は自分の居たシェルターへと向かう。恵と直美は、その後を追うのだが、その場を離れた金子が通路の奥の方へと向かうのに気付いて、直美が声を掛けたのだ。

「金子、どこへ行くのよ?」

 金子は歩みを止め、振り向いて言った。

「ちょっと、トイレ~、一緒に行く?新島。」

「あはは、遠慮しとく。ごゆっくり、どうぞ~。」

 金子は右手を挙げて一往復、手を振ると、通路の奥側へと小走りで向かったのだった。
 他の兵器開発部メンバーも、その場を離れて各自のシェルターへと向かったのだが、その道中でブリジットはクラウディアに訊(き)いたのである。

「そう言えば、クラウディア。何(なん)で、PC、持ち込んでるのよ?」

「わたしは、どこへ行くにも必ず持ってるし、別に、止められなかったわよ? 貴方(あなた)達だって、PT、持ってるんでしょ?それと同じよ。」

 クラウディアが言う『PT』とは『Personal Terminal』の略で、彼女達が所持している『携帯端末』の事である。日本では一般に『携帯』若(も)しくは、『ケータイ』と呼ばれているが、海外では『PT』が一般的な呼称なのだ。
 茜は、クラウディアに言われて「それも、そうか。」と呟(つぶや)いたが、一緒に歩いていた樹里が捕捉説明をして呉れた。

「その手の情報器機は、何か有った時の為に、持ち込み制限はしてないのよ。」

「何かって、何(なん)です?」

 ブリジットが問い返すと、今度は瑠菜が応じるのだ。

「何か、は、何か、よ。何が起きるか何(なん)て、誰にも予想は出来ないんだから。その為の用心でしょ?」

「例えば、シェルターに避難している内に、地上が焼け野原になってたりしてたら、シェルターから出たあとの通信手段が必要になるでしょ? 情報も集めなきゃいけないだろうし。 当然、学校側でも、その為の準備はしてるのでしょうけど、機材の故障とか不測の事態が起きれば、生徒の手持ちの器材がバックアップに使えるかも知れないし。その時に、選択肢が多いのに越した事はないじゃない。」

 瑠菜に続いて維月が、少々物騒な例え話をするので、ブリジットは苦笑いで応えた。

「あはは、怖い事、言わないでくださいよ、維月さん。」

「飽く迄(まで)も、可能性の話よね、維月ちゃん。 じゃあね。」

 そう言って樹里が一団から離れ、彼女のクラスが入っているシェルターへと、戻って行った。
 そして、その隣のシェルターへ瑠菜と佳奈が、その次のシェルターには維月とクラウディアが、それぞれ入って行ったのである。
 茜とブリジットが、元のシェルターへ帰ると、九堂と村上が声を掛けて来るのだ。

「お帰り~。」

「何か、情報は有った?茜ちゃん。」

 茜は力(ちから)無く笑って、答える。

「ううん。取り敢えず、ガンバレ防衛軍、って感じかな。」

「それよりも、おなか、空(す)いたよね」

 そう言ってブリジットが、村上の隣に座った茜の、その隣に座るのだった。
 ブリジットの発言には、九堂が賛同して言うのだ。

「そうだね~もう十二時半になるもんね。」

 それから間も無く、それぞれのシェルターに放送がされたのである。
 それは教職員による聊(いささ)か長い放送だったのだが、大まかに内容は、次の通りだった。
 先ず、今暫(いましばら)く避難指示の解除は見込めないだろうと言う、見通しが語られた。その為、現時点で空腹を感じている者(もの)はシェルター各部屋に備蓄されている、飲料水や保存食を食べても良い、との事だった。医療品や保存食、飲料水はシェルター毎(ごと)に備え付けられている、茜達が腰掛けているシートの中に、入れられているのだ。
 但し、学食での昼食に向けての調理や準備は既に終わっていたので、その食材が無駄にならない様、避難解除後一時間程経過したら学食を開けるので、其方(そちら)の利用に就いても生徒達には依頼がされたのである。尚、その際の学食の利用料は、通常の半額だとアナウンスされたのだ。
 更に、調理スタッフが生徒達と同様に避難している為、寮での夕食に関しても準備開始が遅れるのは確実視されるので、当然、寮での夕食提供開始時間もずれ込むのだと説明がされ、それらの事情も総合的に勘案して、シェルター内での飲食に就いては、各自で調節して欲しい、との事だった。
 最後に、この日、中断された試験科目に就いては、翌日の午前十時から、この日の残り時間分、中断した続きから再開すると発表がされたのである。

 結局、避難指示が解除され、生徒達や学校の教職員達がシェルターから出られたのは、その放送から三時間程が経過した後の事だった。
 生徒達は避難の為に残した儘(まま)だった私物を取りに教室へと戻り、それぞれが一時間程の時間を潰して、夕方を前に遅い昼食を取る事になったのである。それは遅い昼食と言うよりは、早目の夕食の様でもあったのだが、寮での夕食の支度は、その頃から始まる事になっており、夕食の提供は午後九時頃からになりそうだと、改めて周知されたのだった。

 さて、この日のエイリアン・ドローンによる襲撃の方であるが。今回は領土上空への侵入を許す事無く、防衛軍は全機の撃墜を完了したのだった。
 急遽(きゅうきょ)、試験的に投入されたレールガン搭載護衛艦と、レーザー砲搭載護衛艦に就いては、それぞれに三機と四機の撃墜を果たした事が発表された。しかし、レールガンに就いては百六十四発が発射され、レーザー砲に就いては七十八回の照射が繰り返された事は、公式に発表される事は無かったのである。それぞれに撃墜率は凡(およ)そ 2%と 5%程度であり、余り高いとは言えない結果ではあった。
 レールガンに於いては、砲弾を命中させるのが兎に角、困難であり、照準システムの更なる改良が必要だった。とは言え、イージス艦から大量の艦対空ミサイルを打ち上げる事を考えれば、レールガンで砲弾をばら撒(ま)く程度なら、コスト的には十分(じゅうぶん)見合うのである。今後、検証の課題となるのは連射速度と、レールガン用砲弾の搭載量であろうか。
 一方で、『音速』の数倍程度で飛翔するレールガンの砲弾に対して、『光速』で目標へとビームが到達するレーザー砲は、命中させる事自体はレールガン程の困難さは無かったのだが、此方(こちら)は、その威力の低さがネックだった。一度の照射でエイリアン・ドローンの機体に小さな穴を開けた所で、それは、なかなか致命傷には至らず、破壊的な効果を得る迄(まで)、十数回は照射を繰り返す必要が、レーザー砲には有ったのだ。これは、砲台の目標に対する追従速度が比較的遅い事に起因していて、光線を確実に命中させ、且つ、照射態勢を維持し続ける為には、攻撃対象に対して十分(じゅうぶん)な距離が必要となっていたのだ。何しろ、元は弾道ミサイル迎撃用のシステムなのである。自由に機動する目標に追従して照射を続けられる様な、砲台の設計ではなかったのだ。
 一般的に光の強度は、距離の二乗に反比例すると言われるが、光源から四方へ放射するのではなく、加えて波長が揃(そろ)えられたレーザー光は其(そ)の限りではない。とは言え、長距離を進む内に、特に大気中では散乱したり減衰したりする事は避けられないのだ。逆説的に、目標との照射距離が近付くならば、それだけ照射されるレーザー光の威力も増す事になる。しかし、そうすると今度は、砲台が目標の動きを追跡出来なくなり、目標に接近し過ぎればレーザー砲搭載艦自体が反撃を受ける可能性が高くなる訳(わけ)で、その辺りのバランスが今後の検証課題なのである。
 勿論、この様な細かい技術的な情報が、公式に発表される事は無いのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.10)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-10 ****


 2072年9月20日・火曜日。天神ヶ﨑高校では、予定通りに前期期末試験が開始された。
 一日に実施される試験の科目は、二教科、若(も)しくは三教科で、一教科当たりの試験時間は五十分だが、一部には試験時間が百分の科目も存在するのだ。何(いず)れにせよ、一日の試験は午前中に終わるので、生徒達は午後から、翌日の試験に向けて準備を開始するのだ。
 一年生の前期中間試験は、特課の生徒に就いては専門教科の試験科目が少なくて、合計で十教科だったが、期末試験からは合計で十四教科に増えている。これは学年が進むに連(つ)れて、試験の教科数は増えていき、二年生では合計十六教科、三年生では合計十八教科の試験を熟(こな)さなければならない。
 そして、試験日程の最初の三日間は普通課程と特別課程の共通科目の試験を、それぞれの教室で受けるのだが、後半の三日間は特別課程の生徒は、それぞれの教室で専門教科の試験を受け、普通課程の生徒はA組からD組、四クラスが合同で別の大教室に集合して、普通課程向け教科の試験を受けるのだ。それでも普通課程は特別課程に比べて、試験対象となる技術系の専門教科が無いので、試験日程は五日間で終了し一日早く試験休みへと入るのである。
 そんな訳(わけ)で、普通課程と特別課程の試験教科数が、内容は違えども十教科で数が揃(そろ)っているのは、実は一年生の前期中間試験のみで、それ以降は特別課程の方が常に教科数が多いのだ。だから、例のランキングに就いても普通課程と特別課程の生徒を混ぜて発表するのは一年生の前期中間試験の結果のみなのである。単純に全試験教科の合計得点で決めている総合ランキングでは、前期期末試験以降では試験対象教科数の少ない普通課程の生徒は、当然、不利になるのだ。従って前期期末試験以降のランキングは、普通課程と特別課程とで別枠にされたり、共通科目の合計得点だけで普通と特課での合同ランキングを発表したりと、学校側も集計に工夫をするのだった。
 勿論、茜が何時(いつ)も言っている通り、特に特別課程のランキングに関しては、違う学科の試験結果をも合計得点という尺度だけでゴチャ混ぜにして順位を決めている性質上、それ自体に大した意味は無いのだが。それでもランキングとして発表されてしまうと、それに注目してしまうのは、人間の悲しい性(さが)かも知れない。

 前期期末試験の日程は順調に消化され、休日を含めて、八日間が経過した。
 そして訪(おとず)れた、2072年9月28日・水曜日。試験の最終日に、事件は起きたのだ。それは二教科目の試験開始から、三十分程が経過した時である。突然、避難指示を告げる校内放送が、全校に流されたのだった。
 その日は試験最終日なので普通課程の生徒達は登校はして来ておらず、全学年共に教室に居た生徒の数は、凡(およ)そ半分なのである。
 試験の教科も、全学年の各学科が、それぞれの専門教科で、試験時間が百分の試験が二教科だったので、避難指示の放送が有ったのは、時刻にすれば午前十一時半頃の事である。
 試験監督を担当していた教師は、直ぐに試験の中断を宣言し、何時(いつ)もの訓練手順に従って、教室の前後に男女で分かれてグループを作るようにと、指示を出した。因(ちな)みに、試験中だった答案用紙は机の上に裏返して置くようにと言い渡され、避難誘導役の自警部が来る迄(まで)の間に、教師によって全ての答案用紙が回収されたのである。そして、途中だった試験の扱いについては、「後日、決定して発表される。」と伝えられたのだった。これらの対応に就いては、試験中に避難指示が発令される場合を見越して、予(あらかじ)め、学校側が取り決めてあった措置である。
 一方で、大変だったのは自警部である。自警部に所属している生徒も、当然、試験を受けていたのであり、しかも、普通課程の自警部部員が居ないので、自警部自体が人手不足だったのだ。勿論、誘導対象である生徒の数も半分になっているので、誘導するグループの編成を工夫する事で、取り敢えずは難を逃れたのである。
 そもそもが避難指示自体が余裕を持って行政側から発令されているので、一分一秒を争って避難する必要は無く、その日、全校に居た生徒や職員、全員が無事に地下のシェルターへと避難が完了したのは、避難指示の校内放送から三十分程経った頃だった。
 勿論、避難指示が発令されたからと言って、必ずエイリアン・ドローンの襲撃が有るとも限らないのだ。

 茜とブリジットは、B組の女子生徒達と一緒に、地下のシェルターに居た。二人がここに入ったのは、六月の避難訓練の時、以来である。八月の、LMF を失った襲撃事件の際にも、兵器開発部以外の生徒達、とは言っても夏休み中の出来事だったので、当時、寮に残っていた生徒達と、部活で登校していた生徒達に限定されるが、兎も角、その時にも地下シェルターは使用されていたのだ。
 六月の際には、普通科の女子生徒達も同じシェルターに入っていたので、それなりに満員感が有ったのだが、流石に今日は特課の生徒達しか居ないので、空間が目立つのだった。
 シェルターへ移動後、人数確認が終わり一息吐(つ)いた頃、例に因って四人のグループで居た茜は、状況を確認する為に席を立って、緒美の元へと向かうのだった。当然、ブリジットも茜の後を追ったのである。

 茜とブリジットが通路へと出て、三年生女子達が入っているシェルターの方へと歩いて行くと、直ぐに何人かの女子生徒がシェルターの入り口の前に集合しているのに気が付いた。その集団が兵器開発部のメンバーだと判明するのに、それ程時間は必要なかったのだ。
 そして、近付いて来る茜に気が付いた緒美は、先に声を掛けるのである。

「天野さん、貴方(あなた)の HDG は今、無いんだから出撃は無しよ。」

 微笑んで言う緒美に、茜も笑顔で言葉を返す。

「解ってますよ、部長。皆さん、お揃(そろ)いですけど、何か、状況に関して情報が有りますか?」

「何でしたら、わたしがB号機で出る、準備をしておきます?」

 茜に続いてブリジットが、そう言うので、少し困った顔で緒美が応える。

「そう言う事に不慣れなボードレールさんを一人で出すなんて、考えてないから。貴方(あなた)も考えないでね、ボードレールさん。」

 続いて立花先生も、少し怖い顔で言うのだ。

「茜ちゃんの場合は、止めても出て行っちゃうから止(や)むなく、だったけど。本来なら、誰にも出て行って欲しくはない訳(わけ)。 ブリジットちゃんの場合は、茜ちゃんが出て行っちゃうから、止めても出て行っちゃってた訳(わけ)でしょ? 今回は、茜ちゃんが出られないんだから、ブリジットちゃんも出る理由が無いって事で、オーケー?」

「いや、先生。わたしだって、学校を守る為なら、一人ででも出ますよ?」

 反論するブリジットの肩に背後から手を回し、抱き寄せる様にして直美が言うのだった。

「だから、ブリジット一人だけ出すのは、天野一人だけ出すのとは、話が違うんだって。アレをどう扱って、どう戦うのか、その辺りのビジョンなんて、一朝一夕(いっちょういっせき)じゃ追いつけないんだからさ。」

「ええ~っ。」

 ブリジットが抗議の声を上げる一方で、手持ちの小型モバイル PC を操作していたクラウディアが発言するのだ。

「それで、今の状況ですけど。例に因って、西側から九州北部、対馬を抜けて日本海側って言う感じで、前回のパターンに似てますね。それで、この地域の避難指示を早めに出した様子ですよ。」

 そこ迄(まで)を聞いて、恵が茶化す様に言った。

「当局も、少しは学習してるみたいですね、先生。」

 その言葉に、立花先生は苦笑いだけを返すのだった。クラウディアは、状況報告を続ける。

「それで、今回は海上防衛軍のレールガン搭載艦と、レーザー砲搭載艦が投入されてるみたいです。戦果の方は、まだ、情報が上がってきてませんけど。」

「ちょっとクラウディアちゃん、それ、どこの情報?」

 少し慌てて立花先生が尋(たず)ねると、クラウディアの隣に立っていた維月が、笑顔で答えるのだ。

「御心配無く、先生。防衛省の公式発表ですよ。」

「そう、なら良かった。」

 情報源がハッキングではない事に安堵(あんど)する立花先生に、瑠菜が問い掛ける。

「何ですか?海上防衛軍のレールガンとか、レーザー砲とか。」

「ああ、レーザー砲は解るでしょ? SF とかに出て来る、光線兵器。」

「実在するんですか?あれ。」

 目を丸くして瑠菜が聞き返すので、苦笑いで立花先生は応じる。

「まあ、怪獣映画とかに出て来るのと本物は、随分(ずいぶん)と感じが違うけど、原理的には、アレよね。」

 そこで茜が、口を挟(はさ)むのだ。

「レールガンは、火薬を使わないで、電磁気で砲弾を加速して撃ち出す大砲の事ですよね。」

「それを海上防衛軍が?」

 今度はブリジットが、問い掛けるのだった。その一方で、緒美はクラウディアからモバイル PC を借り受け、情報源の発表記事に目をの通すのである。
 その間に立花先生は、瑠菜やブリジット達の疑問に答えるのだ。

「別に、レーザー砲でもレールガンでも、設置するの場所は陸地でも良かったんだけど。基地を新しく作るのは、建設する地元が嫌がるから。攻撃目標にされるって。 それで、海防の護衛艦搭載にすれば、まあ、陸上の基地と違って移動出来る分、攻撃目標には、なり難いだろうって事でね。 元々は弾道ミサイルの迎撃用に開発されたのよ、どっちも。」

 再び、瑠菜が尋(たず)ねる。

弾道ミサイルの迎撃には、イージス艦?ってのを使うんじゃ。」

イージス艦はね、ミサイルが高価なのよ。物凄く。それも、使わなくても定期的にメンテナンスや更新しなきゃいけないし、何せ精密機械だから。あと、ミサイルは撃ち尽くしたら、お仕舞いだしね。」

 茜が続いて、説明を補足する。

「レーザー砲だと、電源さえ有れば弾切れは心配しなくてもいいですし、レールガンは火薬を使わないから砲弾だけ積めばいいので、その分、沢山、搭載出来ます。あと、断然、ミサイルよりも安いですから。」

 兵器の類(たぐい)に詳しくはない、恵、直美、瑠菜、佳奈、維月、そしてブリジットとクラウディアは、この辺りで漸(ようや)く、話の筋が見えて来たのである。そこで、今度は佳奈が立花先生に問い掛ける。

「そんなのが有ったのなら、どうして今迄(いままで)、使わなかったんですか?」

「使わなかったんじゃなくて、使えなかったのよ。弾道ミサイルなら落ちて来る軌道が解れば、狙いを定めやすいでしょ? それから、成(な)る可(べ)く、高い所で撃ち落とす仕様で構成されていたんだけど。 それを、弾道ミサイル迎撃に比べたら低い高度を、自由に飛び回るエイリアン・ドローンを撃ち落とすのに転用しようって言う話だから、まあ、改修や試験には時間が掛かる訳(わけ)よ。 かれこれ一年以上は、やってたんじゃないかしら? それで漸(ようや)く、実戦試験に投入って感じかしらね。」

 そこ迄(まで)、説明を聞いて、直美が訊(き)く。

「因(ちな)みに先生、その高価だって言うイージス艦のミサイルって、幾ら位する物なんですか?」

 立花先生は、ニヤリと笑って答える。

「対航空機迎撃に使ってるのは、弾道ミサイル迎撃に使う奴よりは安いわよ。それでも戦闘機が積んでる、中射程の空対空ミサイルの値段の、三倍位かしらね? 取得する時の条件、数とかオプションとかで予算が変わるから、一般化して一発が幾ら、とは言えないんだけど。まあ、ざっくり、一発 1.5億円、位?」

「それ、前回は百発程、打ち上げたんですよね?」

 恵が、呆(あき)れた様に言うと、瑠菜も声を上げる。

「それだけで百五十億かぁ…全部、税金なんですよね?」

「そうよ~でも、その百五十億を使わなくて済むようにって、レーザー砲なり、レールガンなりを改修するのに、幾ら予算を注(つ)ぎ込んだのかしらね? 三ツ橋電機が、システム改修を受注してた筈(はず)だけど、一年以上、音沙汰無しだったんだから、相当に難航した様子よね。掛かった予算も、計画からは相当に超過してると思うわよ。」

「先生、笑顔が怖いです。」

 にたりと笑っている立花先生の黒い笑顔に周囲の生徒が引く中、愛想笑いを作って茜が忠言するのだった。

「あら、ごめんなさい。」

 そう言って、立花先生は眼鏡を掛け直す。そんな立花先生に、直美が素直な感想を言うのだ。

「でも、矢っ張り。兵器、防衛産業って儲かるんですね~。」

「何言ってるの、直美ちゃん。そんな訳(わけ)、無いでしょ。 余所(よそ)の国じゃ、どうか知らないけど、少なくとも日本じゃ、大して儲かる業界じゃないわよ。発表される予算額が大きいから、そんな風(ふう)に見えるかも知れないけど、素材は高い、加工や工作は難しい、人件費は高い、生産数は少ないじゃ、どうしたって原価が割高になるんだから。その上、発注元の政府や防衛省が、予算は決まってるからって、ガンガン値切って来るのよ? 受け身でやってたら、儲けが出る余地なんて、殆(ほとん)ど無いんだから。」

「そうなんですか?」

 意外そうに直美が聞き返すので、茜も参戦する。

「そうなんじゃ、ないですか? 例えば、アメリカだって。昔…百年位前は、戦闘機を生産してた航空機メーカーは十社近く有ったのに、最後には海軍や空軍の主力戦闘機を受注してたメーカー迄(まで)、旅客機のメーカーに買収されちゃったんですから。アメリカは戦闘機を、世界中に売ってたのに、ですよ。」

「あら、茜ちゃん、良く知ってるわね。そんな昔の事迄(まで)。」

 そこで恵が感心気(げ)に、言うのだった。

「わたしも中一の時、部長と一緒に色々と調べたけど、兵器関連に就いて。 流石に、その辺り迄(まで)、見聞は広まらなかったわね。立花先生は、天野重工(かいしゃ)に入ってから、ですよね?」

「わたしの場合は、仕事だからね。そっち方面の研修も受けたし、そのあとは独学で、だけど。かれこれ十年位になるのよね。」

「仕事、だったんですか?」

 直美が少し茶化す様に訊(き)いて来るので、立花先生は敢えて真面目な顔で答える。

「そうよ。企画部三課は、防衛装備関連事業が担当業務だからね。」

「あれ? でも、立花先生、確かお、兄さんと、弟さんがいらっしゃるって、言ってましたよね? 男性の御兄弟が、そっち方面、興味持ってたりとかは…。」

 直美に続いて、恵が問い掛けて来るので、立花先生は即答する。

「あー、ウチの兄弟は軍事(ミリタリー)系には、興味なかったわね~。クルマとかバイクとかは、普通に好きだったみたいだけど。だから、入社する迄(まで)、そっち方面には触れる機会が無かったから、今やってる事は、自分でも不思議なのよ。」

 苦笑いで言う立花先生に釣られたかの様に、恵も苦笑いで言うのだ。

「でも、しっかり熟(こな)してるんだから、適性は有った、って事ですよね。 そう思うと、先生の配置を決めた人事部、恐るべし、ですね。」

「あはは、かもね。確かに。」

 立花先生は、少し照(て)れた様に笑った。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.09)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-09 ****


 一方で、特別課程の生徒に取っては『情報処理科』であるD組の、クラウディアの様子である。
 『機械工学科』であるA組とB組では、茜が補習の臨時講師宛(さなが)らの扱いになっていたのだが、此方(こちら)のD組では、その役目を担(にな)っていたのが維月なのだった。そして維月は大概、クラウディアの傍(そば)に居るので、自動的に講師的な役回りにクラウディアも巻き込まれるのだ。
 維月の、人当たりの柔らかさと、面倒見(めんどうみ)の良さは、茜のそれに匹敵していた。だから維月は、彼女の現在の同級生達からは、頼りにされ勝ちなのである。勿論、実年齢では維月が一つ年上である事や、現在の二年生トップである樹里とはライバル状態だった昨年前半の実績が、一年生達には頼り甲斐(がい)を感じさせていたのである。
 他方でクラウディアは、他人の勉強を手伝うと言った、面倒(めんどう)な事柄には積極的に参加する気は無かったのだが、それでも維月が持ち込まれる問題を、直ぐ傍(そば)で解いて見せたり、解法の解説をしたりしていると、つい、口を出してしまうのだ。
 そもそもが、クラウディアの性質は、社交的な方ではない。少なくともクラウディア自身は、その様に自己分析をしていたのである。それは、クラウディアが地元に居た頃、殆(ほとん)ど友達が居なかったからだ。クラウディアに取っての友人らしい友人とは、空軍の攻撃に巻き込まれて命を落とした『安奈(アンナ)』だけだったのである。

 維月とクラウディア、この二人の生育環境は、似ていたと言えば、言えなくはない。
 維月の両親は、共にソフトウェアの技術者(エンジニア)、つまりプログラマーである。クラウディアの場合は、彼女の父親がそうだった。だから二人は共通して、幼少の頃から PC に触れ得る環境が有り、親も積極的にその機会を作ったのだ。
 違いが有ったのは、維月には四人の姉が居た事で、クラウディアには弟が一人、居た事である。或いは、クラウディアの母親が技術者(エンジニア)ではなかった、その事を相違点として挙げた方が適当だろうか。
 維月の育った家庭では、四人の姉を含めて家族全員が PC やプログラミングに関わり、その興味を共有していた。一方でクラウディアの家庭では、母親には技術者(エンジニア)的な方面への理解が全く無く、クラウディアの弟はスポーツマンに育てるのだと、母親は弟と外出する事が多かったのだ。そんな状況に、父親は仕事の都合で家には不在勝ちだった時期が重なり、一人、家に残されたクラウディアは、その興味の向く儘(まま)に、ネットの世界へと深く入って行ったのだ。それが、クラウディアが七歳の頃の事である。
 そして、クラウディアは九歳の頃に、ネットの中で『ハッカー』達に出会ったのだ。彼等は偶然知り合った『子供』(クラウディア)の才能に気付き、面白半分ではあったが、その『子供』(クラウディア)にハッキングの技術を伝授したのである。それを入り口に、クラウディアは更に自力で、その能力を開発していったのだ。ここで幸いだったのは、クラウディアがドイツ語で『Lehrer』(先生)と呼んでいた彼等が『ホワイト・ハッカー』だった事で、だからクラウディアがハッキングを悪用した犯罪行為に巻き込まれる事は無かったのだ。勿論、『不正アクセス』自体が犯罪ではあるのだが、それは『ハッカー』に対して言った所で無駄である。因(ちな)みに、クラウディアの言動が、親しい人以外に対して少々攻撃的になったのは、この頃からである。

 クラウディアが PC の他に興味を持っていたのが、小説やコミックである。彼女が好きだった作品の多くが、ドイツ語に翻訳された日本の作品だった事から、それらの作品を原語で読む事をクラウディアは希望する様になる。そして彼女が九歳の頃には、ネット上の教材だけを使っての日本語習得をほぼ終えており、マンガや小説を十分(じゅうぶん)に、読み熟(こな)せる程になっていたのである。
 そんな具合に、幼い頃から天才的な学習能力を発揮していたクラウディアだったので、当然の様に周囲に居た同世代の子供達とはレベルが合わなかったのだ。学校での初等教育の内容は、クラウディアには取るに足らないものばかりだったので、自分で勝手に先へ先へと学習を進めていたし、学校の成績は意識して努力しなくても常に一番を維持出来たのだった。
 一方で、クラウディアの身体の方は成長が著(いちじる)しく遅く、その事が彼女には一番の劣等感(コンプレックス)であり、実際、その事を同級生にからかわれる事も少なくはなかった。だから同年代の子供達と、子供らしい『外遊び』をする事も無いので、クラウディアは運動(スポーツ)に関しては、からっきり駄目だった。
 そうして優越感と劣等感の間を行ったり来たりし乍(なが)ら、クラウディアは周囲の子供達との関係を、月日が経つ中で徐徐(じょじょよ)に断絶していったのである。それでも、唯一、クラウディアに残った友人関係が『安奈(アンナ)』だったのだ。

 クラウディアと安奈との出会いは、六歳の頃の事である。安奈の父親は、クラウディアの父親とは仕事上の仲間で、安奈の父親の転社に際して、近所に越して来たのが、クラウディアと安奈の出会いの切っ掛けだった。
 それ以前、安奈の父親は日本の企業で働いていたのだが、彼が関わっていたプロジェクトの終了を機に母国へと帰って来たのだ。それが、安奈が三歳の時の事で、その三年後にクラウディアの父親と同じ会社へと移って来たのである。
 偶然にも、クラウディアと安奈は同い年であり、同時期に読んでいた小説やコミック等の趣味も共通していたので、直ぐに仲良くなったのだった。クラウディアが日本の小説やマンガを原語で読みたいと思う様になった事に、安奈の存在が与えた影響が小さくはないのは、言う迄(まで)もないだろう。
 クラウディアと安奈が交流の年月を重ねていく内に、クラウディアがネットに深くのめり込んだり、学力や成績に大きな差が付いたりと、外見的には状況の変化は有ったのだが、二人の関係性には大きな変化は無かった。それは安奈が、クラウディアの成績を羨(うらや)んだり妬(ねた)んだり、クラウディアの身体的特徴をからかったりは、絶対にしなかったからだ。
 安奈は安奈で、自身の半分が日本人である母親の遺伝子を受け継いでいる事を、他の同級生とは違う存在として意識していて、成長にするに連(つ)れアジア系の特徴が瞭然として来る自身の容姿を気にしていたのだった。勿論、人種や民族的な風習による差異について、あからさまな差別は表面的には無かったのだが、周囲の皆との『違い』を抱えた側は、一方的に疎外感や孤立感を抱き勝ちなのだ。だから安奈は、受け入れられようとして常に周囲の同級生達に気を遣い、誰にでも優しかった。そんな安奈の為に、クラウディアは安奈が主張し辛いことを代弁して、挙げ句に周囲から嫌われたり、安奈はクラウディアの為に、断絶へと向かい勝ちなクラウディアと周囲との仲立(なかだて)を務めたりする様になっていったのである。それは少数派(マイノリティ)同士の共助関係だったのかも知れないが、二人に取っては間違いなく友情の発露ではあった。とは言え、そんな事は二人の関係に於いて、それ程重要な事柄ではなかったのだ。そんな煩(わずら)わしい世間の柵(しがらみ)とは無関係に、時間を忘れて趣味の小説やマンガの話をしている事の方が、クラウディアと安奈の二人の関係には重要で、それが唯(ただ)、楽しい時間だったのである。
 そんな時、安奈は「大人になったら何時(いつ)か、クラウディアと二人で、日本へ旅行をしたい。」と希望を語っていた。三歳迄(まで)は日本で暮らしていた筈(はず)の安奈だったが、その頃の明瞭な記憶は既に無く、母親の実家の在る日本へは、家族で年に一度、行けるか行けないかだったのである。
 クラウディアは観光旅行なんかには、全く興味が無かったのだが、安奈と一緒なら日本へ行くのも楽しそうだと思ったので「何時(いつ)か。」と、安奈の希望を叶(かな)える約束を交わしていたのだった。
 だが結局、その約束が果たされる機会は遂に訪(おとず)れず、安奈は突然、この世を去ってしまったのだ。

 安奈を失ってしまった事は、クラウディアの人生に於いて最大級のショックな出来事だったが、それに追い打ちを掛ける出来事が、安奈の葬儀の場で起きたのである。
 安奈の棺の傍(そば)で泣き崩れた母親が、クラウディアの目の前で呻(うめ)く様に言ったのだ。

「安奈は死んでしまったのに、どうして『あの子』は生きてるの?」

 安奈の母親は、それを日本語で言ったので、周囲にそれを理解する者(もの)は居なかったのだ。唯(ただ)一人、クラウディアを除いては。或いは、傍(かたわ)らに居た安奈の父親も聞いて、理解していたかも知れないが、それはクラウディアに取っては、はどうでも良かった。
 勿論、彼女は「代わりに、クラウディアが死ねば良かった。」と言った訳(わけ)ではなかったのだが、クラウディアに取って、それは同じ事だったのだ。居(い)た堪(たま)れなくなったクラウディアは、その場から立ち去り、その儘(まま)、家へと戻り、そしてそれから、家から出られなくなったのである。翌日から一切の外出はせず、自室に引き籠(こ)もる様になったのだ。その頃のクラウディアは、悲しみと憤(いきどお)りを、どこへ向ければいいのか解らず、唯(ただ)、泣く事しか出来なかった。それ以来、クラウディアは安奈の家族とは、誰とも、一度も顔を合わせた事は無い。
 葬儀の途中で起きたの『その事』は、クラウディアの両親は一切、知らなかったし、クラウディアも両親には何も語らなかった。それでも友人を失って傷付いたであろう、その心情を察して、クラウディアの家族は彼女には優しく接し、見守ったのである。
 クラウディアが自室に引き籠(こ)もる様になり一ヶ月程が経った頃の事である。「気分転換に」と家族揃(そろ)ってクラウディアを家の外へと連れ出したのだが、それが全くの逆効果となったのだ。クラウディアは安奈と一緒に歩いた道に通り掛かっただけで、涙が止まらなくなり、呼吸さえ出来なくなってその場で倒れたのだ。結果、病院へと救急搬送されたクラウディアは、検査も兼ねて一週間程度の入院をする事になったのである。
 病院での検査の結果、身体的には特に疾患は無く、「呼吸困難は心因性のものだろう。」と言う事で、その時の担当医からはカウンセリングを受ける事を勧められ、クラウディアは退院したのだった。それ以降、クラウディアに取って外出する事は、完全に恐怖となった。クラウディアには自宅の周辺や、地元の至る所に、安奈との思い出の場所が存在したからである。そして、勧められたカウンセリングも、それを受けられる気分になる迄(まで)に、凡(およ)そ半年を要したのだった。

 クラウディアが自室に引き籠(こ)もる様になって、その間、唯(ただ)、泣き続けていた訳(わけ)ではない。彼女は安奈を死に追いやった責任が誰に有るのか、その事を考え続け、調査をしていたのだ。クラウディアの手元には PC が有り、ネット環境が有り、そしてハッキングと言う武器が有ったのだ。
 最初に『エイリアン・ドローン』や『エイリアン』の正体に就いて、ネットに上がっている情報を追い掛け続けた。
 巷(ちまた)には「政府はエイリアン達と密約を交わしている」とか「秘密裏に、停戦に就いて交渉が進んでいる」の様な『陰謀論』が、少なからず有ったのだが、クラウディアが、どう調査をしても、そんな陰謀の証拠は見付からなかったのだ。
 クラウディアはハッキングの技術を駆使し、ドイツ政府やドイツ軍のネットワークに侵入しては情報を探り、果てはアメリカや他の主要国政府機関にも侵入を繰り返して情報を得ようとしたのだった。だが結局、世界中の何(ど)の機関にも『エイリアン』の正体に関する情報は無く、エイリアン達と人類が接触を果たした証拠になる情報は欠片(かけら)も見付からなかった。
 それと並行して、安奈が死んでしまった『あの事件』の、空軍の指揮系統や対地ミサイルを発射したパイロットの素性(すじょう)、そんな事も調べていたのだが、調べれば調べる程に誰に責任が有るのか、クラウディアには解らなくなるのだった。ハッキングに因って、公にはされていない指揮系統での伝達ミスや、当該パイロットの確認ミス、そんな情報迄(まで)がクラウディアには入手が出来たのだが、それは事件発生迄(まで)の経緯が解っただけで、結局、関係者の誰一人をも、彼女の心中ですら断罪する事は叶(かな)わず、唯(ただ)、徒労感や無力感だけが、クラウディアに残ったのである。
 それでも、何も知らずにモヤモヤしているのに比べれば幾らかは増しで、そうして漸(ようや)くクラウディアは、自宅でのカウンセリングを受ける気持ちになったのだった。
 カウンセリングを受け入れる事で、クラウディアは少しずつ前向きになってはいったのだが、それでも外出をする事は難しかった。安奈との思い出が有る場所を通り掛かると、どうしても思考がそこで止まってしまい、動けなくなってしまうのだ。以前の様な身体的に危険な状態に迄(まで)は至らないにしても、精神的な動揺が抑えられず、快復には長い時間が必要なのは明らかだった。
 そこでカウンセラーが提案したのが、クラウディアの転地療養、若しくは留学だったのである。一年から三年程の期間、地元を離れる事を両親と協議したのだが、主に経済的な理由で、その実現は難しい見通しだった。そんな中で、クラウディアが見付けたのが天神ヶ﨑高校の、しかも特別課程への受験だったのである。
 天神ヶ﨑高校は民間企業が運営する学校なので、学力と契約条件さえ折り合えば生徒の国籍に就いては不問だったし、特別課程での入学は天野重工への就職と同義であり、在学期間中から学費や生活費の心配をしなくて済むのが、クラウディアに取っては好都合だったのだ。クラウディアの両親側が問題視したのが、卒業後、本社採用になって最低五年間は天野重工を退職出来ない契約条件である。在学期間と合わせれば八年間は、日本在住を続けなければならない事に、当初、クラウディアの両親は反対したのだ。
 しかし、当のクラウディア自身は、十年程度は地元を離れる覚悟を決めていたし、何よりも、安奈との約束だった日本へ行く事を果たしたかったのである。クラウディアは両親を説得し、カウンセラーを通じて天神ヶ﨑高校へ事情の説明をして貰った上で、受験に必要な手続き等を自(みずか)らで行ったのだ。受験勉強に必要な日本の教材を取り寄せて、受験勉強も自宅で行った。そして入学試験の日程に合わせて、クラウディアは父親と二人で来日し、一般の受験生と同じ様に試験を受けたのである。
 そうやって入試に合格し、現在、クラウディアは天神ヶ﨑高校に居るのだ。

 聊(いささ)か長い、クラウディアに就いての半生の振り返りになってしまったが、母国でのクラウディアの状況はそんな風(ふう)だったので、彼女自身でも現在の周囲の様子には、不思議に思う時が有るのだ。
 第一に、以前の様に嫌われたり、妬(ねた)まれたり、されなくなったのである。四月の時点で、言動が少々攻撃的だった頃には同級生達から遠巻きにされていたのは事実だが、その癖(くせ)は維月に因って少しずつ矯正が為(な)され、又、曾(かつ)ての安奈の様に、維月が周囲との仲立(なかだて)をして呉れたからだ。
 第二に、同級生達と『話が通じる』のが、或る種、新鮮な体験だったのだ。それは、言語的な意味ではなく、話題レベルでの事である。以前は知識や学力の差が有り過ぎて、それ故(ゆえ)に同世代の子達とは話が通じていなかったのだが、天神ヶ﨑高校ではレベルの近い生徒が集まっているので『話が噛み合う』のだと、クラウディア自身は四月から暫(しばら)くして気付いたのだった。安奈以外の同世代の誰かと、そんな風(ふう)に会話が成立したのは、クラウディアに取っては初めての経験だったと言っていいだろう。『ハッキング』の話題は、する訳(わけ)にいかないので兎も角、PC に関してや、プログラミングの話題であっても、同じレベルで会話が出来るなんて事は、彼女の地元では有り得なかったのである。

 教室や女子寮の自室で、同じクラスの女子達が持って来た問題を、維月と一緒に解いたり、解説したりすると、彼女達は去り際に、必ずと言っていい程、「天野さんに負けないでね。」の様な意味の言葉を残して去って行くのだった。
 D組の生徒達の大多数も、茜に勝つ事は諦(あきら)めているのだが、同じクラスの維月やクラウディアには勝って欲しいと思っていたのだ。そこには学科間の対抗意識や、同じ学科である生徒同士の仲間意識が存在しているのである。
 クラウディアも、激励される事で特別に悪い気はしないので、その都度(つど)、素直に謝辞を述べるのだった。

 期末試験初日の前日は、2072年9月19日で月曜日なのだが『敬老の日』と言う事で、授業は休みだった。特課の生徒には土曜日にも授業が有るのだが、土曜日に授業の無い普通課の生徒には、期末試験開始直前の貴重な三連休である。因(ちな)みに、この年の『秋分の日』は9月22日木曜日で、期末試験は火曜日・水曜日と二日間実施されて木曜日が休みとなり、試験三日目の金曜日の後、土曜日・日曜日で再び休みとなるスケジュールだった。そして週が明けて月・火・水と後半の三日間で試験日程が終了する予定なのである。
 19日の月曜日、女子寮では試験に向けてそれぞれの生徒達が最後の追い込みに精を出していたが、この日も朝から維月とクラウディアの所にやって来る女子生徒が後を絶たなかったのだ。
 そしてその夜、維月とクラウディアの自室を訪(おとず)れていた最後の級友が帰ったあとで、維月がクラウディアに言ったのだ。

「大分(だいぶ)、皆(みんな)と仲良くなったじゃない、クラウディア。」

「何よ、急に。」

 照(て)れて、クラウディアは態(わざ)と突(つ)っ慳貪(けんどん)に言い返すのだった。維月はニヤニヤとし乍(なが)ら、向かい側でテーブルに両の肘を突き、組んだ手の上に顎(あご)を乗せて言う。

「四月頃の刺々しい態度が嘘みたいだよね~あの頃はどうなる事かと思ったけど。」

「そんなに違う?」

 勿論、そうなのだろう、との自覚が無くはないが、クラウディア自身が意識して態度を変えている訳(わけ)でもないので、自分では変わったのかどうか、量りようが無いのである。
 維月は、微笑んで応えた。

「成長してる証拠だから、いい事よ。きっと。」

 クラウディアは急に顔が熱くなった様な気がして、スッと立ち上がり、維月に言ったのだ。

「さあ、明日から試験本番なんだから。今日は、早く休みましょ。」

「はい、はい。」

 ニコニコと笑って応えた維月が、正面に立ったクラウディアを見て、ふと、何かに気付いた。維月は組んだ手の上から顎(あご)を上げ、背中を伸ばしてクラウディアに言う。

「クラウディア、ちょっと、そこに立ってて。」

「え?」

 困惑するクラウディアを余所(よそ)に、維月も立ち上がるとテーブルの縁を回ってクラウディアの横へと移動する。クラウディアの両肩に手を掛けた維月が「こっちに向いて。」と言い、クラウディアの身体を自分の方へと九十度回転させるのだった。次に、クラウディアの顔を自分の胸の下辺りに押し付ける様に左手で引き寄せ、右手をクラウディアの頭頂部へと乗せるのだ。

「何やってるのよ?イツキ。」

 静かに抗議するクラウディアに、維月は何か考え乍(なが)ら「う~ん。」と唸(うな)って返したのみだった。
 クラウディアの身体を解放した維月は、自分の机の引き出しから、メジャーとビニールテープとマーカーを取り出し、クラウディアに指示する。

「ちょっと、クラウディア。クローゼットの前に、背中を着けて立ってみて。」

「何よ?」

「いいから、いいから。」

 維月は戸惑うクラウディアの手を引き、自分が使っているクローゼットの扉の前にクラウディアを誘導する。

「はい、背中を着けて~足を揃(そろ)えて~はい、顎(あご)を引く!」

 流石に、そこ迄(まで)来れば、維月が何をしようとしているのか、クラウディアにも見当が付いたのだ。

「何?身長? どうして、急に?」

「いいから、いいから。じっとしてて~。」

 維月は、クラウディアの頭の高さ程に、クローゼットの扉面にビニールテープを貼り付けると、机の上に有った定規を手に取ると、それをクラウディアの頭頂部に当てて、テープ表面にマーカーで印を付けたのだ。

「はい、オーケー。離れていいよ~。」

 クラウディアがクローゼットの前から移動すると、メジャーで床面から先程マーキングした所迄(まで)の高さを、維月は測定するのだ。

「百…二十…、五、五…うん、125.5センチ、かな。」

「嘘。」

 測定結果を聞いて驚いているクラウディアに、維月が尋(たず)ねる。

「前に測った時は、何センチだった?クラウディア。」

「こっちに来る前に測った時は、124.3センチ。」

「それじゃ、1センチ程、伸びたのね。」

 まだ測定結果が信じられず、クラウディアが言う。

「嘘よ。だって、前は五年で1センチしか伸びなかったのよ?」

「さあ、わたしは医者じゃないから、理由までは解らないけど。こっちに来て、水とか、食べ物が合ってたんじゃない? あとはストレスだとか、適度な運動だとか、理由は複合的なんでしょうけど。まあ、今度、試験が終わったら? 保健室の身長計で、正確に測ってみましょう。 何(なん)にしても、伸びたんなら、良かったじゃない。」

 維月は、そう言い乍(なが)ら、クローゼットに貼り付けたテープを剥がし、手に持っていたメジャーやマーカーを、元の引き出しの中へと戻した。
 そんな維月に、クラウディアが問い掛ける。

「でも、1センチ程度の違いに、良く気が付いたわね、イツキ。」

「ああ、これでもわたし、身長には敏感なのよ~わたしも悩んでたからね。アナタとは、ベクトルが逆だけど。」

 応えつつ、維月は自分のベッドに腰を下ろした。クラウディアも維月の向かい側で、自分のベッドに腰を下ろす。

「昔から、背が高かったの?」

「別に、この図体(ずうたい)で産まれて来た訳(わけ)じゃないけど。 まあ、物心が付いた時には、同年代の男子よりも背は高かったよね。」

「アナタとわたしは、両極端なのよね。」

 そう言ってクラウディアが溜息を吐(つ)くので、敢えて維月は、笑って言うのだ。

「あはは、足して二で割れたら、ちょうどいいのにね。」

 それから維月は少し考え、クラウディアに語る。

「半年…いや、こっちに来て直ぐに伸び始めたとは思えないから、伸びたのは、ここ三ヶ月程度と仮定しましょうか。三ヶ月で1センチ伸びたとすると、同じ成長率が継続したら、卒業する頃迄(まで)には何センチ伸びる?」

「その仮定だと一年に4センチだから、二年で8センチ。今年の残りが四ヶ月と、二年後の年が明けて卒業まで三ヶ月有るから、その分でプラス2センチ。合計で10センチかあ…大して伸びないわね。」

 物足りない計算結果に、苦笑いするクラウディアである。一方で維月は笑みを浮かべて、明るい声で言うのだ。

「成長が直線的(リニア)だったら、そうなるけど。案外、伸びる時は、一気に伸びるかもよ。 伸びるとしたら、どの位がいい?クラウディア。」

「仮定の話に期待したって、虚しいだけじゃない。」

 そうクラウディアは、不機嫌そうに応えた。

「まあ、いいじゃん。希望くらい語っても、罰(ばち)は当たらないでしょう?」

 何やら楽し気(げ)に維月が訊(き)いて来る態度が、クラウディアには釈然としなかった。
 そしてクラウディアは、少し考えてから維月に答える。

「…そうね。最低でもアカネは、抜きたいかな。」

「ブリジットには、追い付かなくてもいいの?」

「あんな、無駄に大きくなる必要なんて無いわ。」

「ええ~傷付くなぁ~。」

 笑顔で、そう言った維月の身長は、ブリジットと殆(ほとん)ど変わらないのである。クラウディアはニヤリと笑って、維月に「ゴメン、ゴメン。」と声を掛けたのだ。
 維月はテーブルの上に広げられていた教科書やノートの類(たぐい)を片付け、言った。

「ま、『寝る子は育つ』って謂(い)うから、しっかり食べて、しっかり寝る、それが一番よ。と言う訳(わけ)で、今日は、もう休みましょうか。」

「もう『休む』のには賛成だけど。取り敢えず、目先の問題は『身長』よりも『期末試験』の方よ。」

「明日は英語と数学か~アナタは英語は得意だから羨(うらや)ましいわ、クラウディア。」

「英会話なら普通に出来るけど、試験の方は英文法が中心だから、そう安心もしてられないのよ。」

 クラウディアもテーブルの上を手早く片付けると、ベッドへ潜り込むのだった。

「それじゃ、お休み。」

「Gute Nacht.」

 維月に返事をしたクラウディアだったが、彼女は『オヤスミ。』だけは、何時(いつ)も必ずドイツ語で言うのである。
 そして部屋の灯りが消され、二人が寝入ったのは、午後十一時になるよりも少し早かったのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.08)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-08 ****


 そこで、今度は九堂が、茜に声を掛けるのだ。

「茜、又、試験に向けて、勉強、教えてね。」

「又、お菓子、持って行くから~。」

 九堂に続く村上の発言を聞いて、突然、ブリジットが声を上げる。

「それよ。」

「え、何?ブリジット。」

 村上は、少し驚いて声を返した。そして、ブリジットは言う。

「中間の時に、茜に教えて貰ったの、他の人に話したでしょう?」

「ああ、うん…。何か、マズかった?」

「先週位(くらい)から、クラスの子がね、次々と部屋に来るのよ。試験対策で茜目当てにさ、B組の子まで。」

 茜達の所属はA組なのだが、B組も学科としてはA組と同じく『機械工学科』なので、専門教科に就いてはA組とB組の特別課程の生徒が合同で授業を受けるのである。だから当然、B組の生徒とは面識が有るのだ。
 そして、ブリジットの言に、九堂が苦笑いで所感を漏らす。

「あ~、広まっちゃった、感じ?」

 その言葉に対しては笑顔で、今度は茜が言う。

「それ自体は、別に構わないんだけど。唯(ただ)、皆(みんな)が、お菓子持参なのよね。 成(な)る可(べ)く、その場で食べてしまおうと、袋は開けるんだけど。 何故か皆(みんな)、その場で食べ切れない数を持って来るし、置いて行くし、で、未開封のが部屋に溜まっていく一方で。 今日の、このお菓子も一部、その中から提供したんだけど。」

「あはは、直ぐに腐る様な物でなけりゃ、貰っておけばいいじゃん、茜。 言っておくけど、茜に教えて貰うなら必ずお菓子持って行け、みたいに話した覚えは無いからね、わたし。」

 九堂は笑って、そう茜に言うのだった。続いて、村上も言う。

「皆(みんな)も、教えて貰うのに、手ぶらでは行き難いのよ。」

「そうそう。それに御要望と有らば、消費するの、幾らでも手伝うよ~。」

 村上に続いて、そう九堂が笑顔で言うと、そこで立花先生が割って入るのだ。

「お菓子の件は兎も角、茜ちゃんは自分の勉強をする時間は、ちゃんと取れてる?」

「ああ、それなら御心配無く。それに、人に教えるのって、自分の理解度の確認になるので。」

「そう。なら、いいけど。まあ、程々にね。」

 微笑んで応える茜に、立花先生は安堵(あんど)の表情を浮かべるのである。
 そこで、唐突(とうとつ)に樹里が手を打って、「あ、そうそう。」と声を上げた。続いて、右手を挙げて発言する。

「皆(みんな)に、連絡事項が有ります。もう発表していいですか?部長。」

 一応、緒美に許可を求めるので、緒美は頷(うなず)いて「どうぞ。」とだけ返したのだ。
 そして樹里は、嬉しそうに発言した。

「え~、四日ほど前になりますが、本社のラボで無事、Ruby が再起動したそうです。今日のお昼過ぎ、安藤さんから知らせのメールが有りました。」

 そう樹里が発表すると、飛行機部の三名と九堂を除いて、それぞれが歓声を上げたり、拍手をしたりするのである。詳しい事情が分からない九堂や金子達ではあったが、周囲のリアクションを見れば、それが吉報であった事は容易に想像が付いた。
 そして茜が、樹里に尋(たず)ねる。

「無事って事は、Ruby に損傷(ダメージ)は無かったんですか?樹里さん。」

「うん。再起動して以降、検査やテストをしてるそうなんだけど、今の所、不具合は見付かってないって。緊急シャットダウンした当日の記憶も、ほぼ完全に保持してるって書いてあったの。」

 茜へと応える樹里に、苦笑いの維月が言う。

「四日も前に再起動してたのなら、速報で、もっと早く教えて呉れたらいいのにね。」

「不具合や障害が見付かって、糠喜(ぬかよろこ)びにならない様に、チェックが終わる迄(まで)って思ったんでしょ?」

「それは、解るけど~。」

 そんな会話をしている樹里に、茜はもう一度、問い掛ける。

「それで樹里さん、Ruby は学校(こっち)へは戻って来られるんですか?」

「もう暫(しばら)くは、開発の方でテストとか、色々やる予定らしいけど…部長か先生は、何か聞いてます?」

 樹里は、緒美と立花先生に問い掛けるのだが、二人は首を横に振って答えた。

「わたしの所には、何も連絡は来てないけど。先生は聞いてらっしゃいます?」

「いいえ、何も。」

 立花先生の返事を聞いて、一拍置いてから緒美は言った。

「まあ、Ruby の開発目的が、わたしの想像通りなら、このあとも HDG と、わたし達に絡めて来る筈(はず)だから、その内、ここへ戻って来る事になるでしょう。心配は要らないわ。」

 その緒美の発言は、彼女の確信に基づくもので、気休めの出任(でまか)せではない。それは緒美の落ち着いた、何時(いつ)もの表情が物語っていた。だから立花先生が慌てて、注意をするのである。

「緒美ちゃん、開発目的とか…。」

 緒美は立花先生の声を、遮(さえぎ)る様に声を重ねる。

「解ってますよ、先生。物騒な事は、言いやしませんから。御心配無く。」

「物騒って…そうなの? わたしは、知らないわよ。ホントに。」

「そうなんですか? まあ、それならそれでいいです。何(ど)の道、話せない事ですから。」

 緒美と立花先生は、軽く腹の探り合いをしているのだが、Ruby の開発目的に関して立花先生が知らされていないのは本当の事だったのである。
 すると、直美が敢えて緒美に言うのだ。

「何(なん)だよ、そんな風(ふう)に言われると、その『目的』ってのが何か、気になるじゃない。」

 緒美はニヤリと笑って、直美に応えた。

「だから、言わないわよ。飽く迄(まで)も、わたしの想像だけど、当たってたらマズいから。って言うか、十中八九、当たってるから尚更、本社が秘密にしてる間は、話す訳(わけ)にはいかないの。」

 そこに、金子が参加して来るのだ。

「その『ルビー』ってのは、そんなにヤバい代物(しろもの)なの?」

「別に、Ruby 自体は、そんなにヤバくはないと思うけど…。」

 そう緒美が応えると、その横から恵が言うのだ。

「その開発計画自体が、国家機密レベルの案件らしいの。」

「ああー、そう言う話かー。」

 金子が大袈裟(おおげさ)に声を上げると、誰もが思う疑問を、武東が口にするのだった。

「どうして、そんな物がここに?」

 恵は、苦笑いして応える。

「それ、話すと長くなるけど?」

「あと、秘密の事項も増えるよ~。」

 恵に続いて直美にも言われ、武東は身体を引いて応えた。

「あ、いいわ。止めとく、ありがとう。」

 そして緒美が、ポツリと言ったのだ。

「賢明ね。」

 武東と金子は顔を見合わせ、互いに苦笑いを交わすのだった。それから金子が、何か染(し)み染(じ)みと言うのだ。

「しかしさあ…さっきから全般的に、話題が硬いよね。何時(いつ)も、こうなの?」

「こんなものよ、ねえ?」

 緒美が恵に同意を求めると、恵が応える。

「う~ん、何方(どちら)かと言えば、今日の話題は柔らかい方じゃないかしら?」

 すると、直美が声を上げる。

「だよね。普段は HDG のメカ仕様の検討だとか、図面のチェックだとか、テストのスケジュールとか、の話だもの。ソフト部隊は、もっと訳(わけ)の分からない話、してるし。」

 その発言を聞いて、樹里が抗議するのだ。

「あ~新島先輩、『訳(わけ)の分からない』は酷(ひど)いなぁ。ソフト仕様やデータ解析の話ですよ、こっちの部隊が普段してるのは。」

「あー、ゴメン、ゴメン。そっちの専門分野の事には、全(まった)く縁が無かったからさ、わたし。」

 そんな直美の言い訳(わけ)を、フォローするのは維月である。

「まー、わたしらがメカ図面見ても、さっぱり理解出来ないのと同じだからさ、樹里ちゃん。」

「それは、解るけどさ。」

 樹里が不満を残しつつも、維月には笑顔で応じる一方で、金子が声を上げるのだった。

「いや、だからさ。もうちょっと、乙女っぽいと言うか、青春的な? 何か、そんな話題は無いのかって。」

 その金子の発言に、笑って直美が言葉を返す。

「あはは、貴方(あなた)、『兵器開発部』に何を期待してるのよ?」

「飛行機部では、そう言う話をしてるの?」

 真面目な顔で、そう恵が問い返して来るので、武東も又、真面目に答える。

「飛行機部(あっち)は、男子も居るから。あんまり。」

「こっちは折角(せっかく)、女子だけなんだからさ、十代らしい女子トークってのが、有る筈(はず)じゃない? ねぇ、先生。」

 金子が立花先生に迄(まで)、話を振って来るので、当の立花先生は迷惑そうに応える。

「そんなの、わたしに言われてもね。」

 すると、恵が金子に言うのだ。

「立花先生に色っぽいお話を期待しても無駄よ、金子さん。先生は本社じゃ、仕事の鬼だったんだから。」

「えー? 森村さんが酷(ひど)い事、言ってますよ、先生。」

 金子の訴えに、苦笑いを返して立花先生は言うのだった。

「まあ、事実、そうなのよね。御期待に添えられなくって悪いけど。」

「え~。」

 少し過剰にリアクションをして見せる金子は、勿論、その場の雰囲気を盛り上げようと、自(みずか)らが楽しんでいるだけである。その事は周囲の者(もの)も、ちゃんと理解はしていて、そしてそんな具合で歓談は進行し、そのあとも一時間程、続いたのだった。


 全ての部活動が一旦停止となった翌日から、校内の雰囲気は完全に試験期間モードへと突入した。
 天神ヶ﨑高校には、基本的に全国から優秀な生徒が集(つど)っている事もあり、試験直前になって慌てる様な生徒は居ないのだが、それでも試験範囲の復習は当然の様に、各自が自発的に行っているのだ。
 特別課程の生徒の中には飛行機部部長の金子の様に、試験成績には拘泥(こうでい)しない者(もの)も僅(わず)かに存在したが、それは例外的な少数派である。彼等は『落第さえしなければ天野重工への採用が確約されている』と、そう考えているからこその試験成績軽視の姿勢なのだが、学習その物を怠(おこた)っている訳(わけ)ではない。
 例えば、金子の場合は、正式採用後に希望する配属先は『総務部飛行課』であり、テストパイロット職を目指しているのである。唯(ただ)、定期試験の科目には、その目標に直接合致する教科、航空関係であれば『航空法規』や『航法』、『航空力学』と言った科目が無いだけの話なのだ。勿論、数学、物理、英語、等の様に、パイロットとして必要とされるであろう科目に対しては、幾ら金子でも手は抜かないのである。
 寧(むし)ろ、間違って全ての教科で優秀な成績を残してしまうと、設計や研究等の『意に沿わない職種』へ配置されてしまう危険さえ有るのだから、金子にしてみれば自(みずか)らの将来を賭けての戦略的な手抜きを断行していると言えるのだ。
 同様に、設計製図に打ち込む者(もの)、プログラミングに打ち込む者(もの)、そんな風(ふう)に将来に向けて一芸を磨きたい者(もの)が、少数派だが存在しているのも、一つの現実なのである。
 とは言え、大多数の生徒は試験成績を重視し、それに因って採用後には希望する配置となる様にと願っているし、普通課程の生徒であれば希望の大学へ進学する為にと、それぞれが努力しているである。
 そんな事情も手伝って、茜の身辺は中間試験の時とは一転して、随分(ずいぶん)と賑(にぎ)やかになっていた。

 中間試験が実施された六月初旬頃は、何方(どちら)かと言えば、茜の処遇は級友達からは遠巻きにされている感じだったのだ。その当時に既に仲良くなっていた村上、九堂の両名からでさえも「天野さん」と呼ばれていたのが、その証左である。
 それは入学して早早(そうそう)に校内を駆け巡った、『入試の成績がトップだった』と『理事長の孫娘』の二つの噂話…その内容は事実なのであるが、兎も角、その言説が茜から、ブリジットを除く級友達を遠ざけていたのだ。その上で『兵器開発部』と言う、一年生にしてみれば何か得体の知れない、物騒な響きを持つ名称の部活動に参加した事が、追い打ちを掛けていた。
 そもそもが一年生達は、それぞれの地元でトップクラスの成績を誇っていた生徒達である。それぞれに大なり小なり、自信やプライドを持っていたであろう彼等・彼女等が、『入試の成績がトップ』だった生徒に、ライバル心を抱かない方が少数派だろう。
 そして茜が入学式で『新入生代表挨拶』の役目を任された事も、一年生達への心証に影響を与えていたのだ。学校側からすれば、単純に五十音順で姓名が一番最初の生徒が茜だっただけなのだが、そんな事情で『新入生代表挨拶』の役割が決まっている事を、その役を振られた当人以外の新入生達は知らなかったのである。
 そこに『理事長の孫娘』と言う情報である。この情報が決定打となって、多くの生徒に取って、茜には近寄り難い印象が確定してしまったのだった。つまり『新入生代表を任されたのは七光りで、ひょっとしたら入試の成績も、そうなのかも知れない。だとすれば、彼女は我が儘(まま)で世間知らずな、大企業の御令嬢、なのではないか?』と言った、マンガの様な人物像(キャラクター)が漠然とだが、しかし尤(もっと)もらしく構築され、多くの一年生の間で共有されてしまったのである。
 そうなると当然、そんな面倒臭(めんどうくさ)い人物とは関わり合いたくはないのが人情で、あからさまに敵対する事は無くても、遠巻きにしてしまうのも致し方の無い所なのだった。

 そんな状況に対する、当の茜本人は、と言うと。 悪意からクラス全体(但し、ブリジットは除く)から明確に無視されていた中一の時の経験に比べれば、「どうと言う事は無い。」と思っていたのである。
 遠巻きにされているとは言っても、無視されている訳(わけ)ではないから、話し掛ければコミュニケーションは可能だし、何か危害を加えられるのを心配する必要も無かったのだから、茜は気長に関係を構築していけばいいのだと、そう考えていたのである。勿論、同じクラスにブリジットが居た事も、十分(じゅうぶん)に心強かったのだ。
 そもそも他の同級生達に就いては、天神ヶ﨑高校に合格している時点で、人格的、能力的に一定のレベル以上の生徒だと保証されている様なものなので、だから茜は一切の心配をしていなかったのである。

 中学時代、それが公立校であったが故(ゆえ)に、唯(ただ)、同じ学区に住んでいただけと言う理由で集められていた生徒達の中には、生活の常識や考え方の差異が激しい者(もの)が居(お)り、時には『言葉は通じても、話が通じない』者(もの)も存在していたのである。なので、中学時代の生徒達は、それぞれが『話が通じる』者(もの)同士でグループを作り、他のグループとは衝突しない様にし乍(なが)ら、その中で学校生活を送っていたのだ。そのグループとグループとの間から弾き出されてしまったのが、中一の時に自分の身に起こった事件なのだと、茜は、そんな風(ふう)に当時の体験を理解していた。

 中一当時の茜にはクラスの中に所属出来る『グループ』は存在しなかったが、唯一、友人としてブリジットが存在していたし、当時入部していた中学校の剣道部は、学校内で茜が所属出来得る唯一の『グループ』だったのだ。実際、剣道部の先輩達は、茜のクラスでの状況を知って、『無視』以上の危害が加えられない様にと、色々と行動して呉れたのである。例えば、部活の連絡と称して度度(たびたび)、先輩達が茜の教室に訪(おとず)れて呉れたり、休憩時間のトイレだとか、昼食だとかの折(お)りにはブリジットと共に、『偶然』通り掛かった先輩達が同行して呉れたりしたのだった。それは、茜が『あの』一年間を乗り切る事が出来た、原動力の一つであったと言って良い。
 そんな具合だから、当時の茜と同じクラスに剣道部の部員が居なかったのは、偶然ではあるが幸いだった。もしも同じクラスに剣道部所属の者(もの)が居れば、その生徒は剣道部の先輩達と、自分のクラスとの板挟みになって、酷(ひど)く立場を難しくした事だろう。勿論、そんな事は、茜の知った事では無いのだが。

 茜に取ってみれば、そうした過去が有っての、現在の状況である。
 元来、人当(ひとあ)たりが柔らかく、面倒見(めんどうみ)の良い茜が、他人から嫌われる事は、余り無い。小学生の頃から剣道の道場に通っていた所為(せい)も有って、礼儀の面で大きな問題は無かったし、道場には年上の門下生も大勢(おおぜい)居たから、大人や年上の子供達とも男女を問わず接する術(すべ)を身に付けていた。だから、遠巻きにしている同級生達とも、一度(ひとたび)言葉を交わせば、茜が彼等・彼女等が思っている様な人物では無い事が、相手側には伝わるのだ。茜はそうやって、時間を掛けて地道に、同級生達の誤解や思い込みを、上書きしていったのだった。
 その上での、中間試験の順位発表なのである。その圧倒的な成績は、茜をライバル視する事が無駄である事を、殆(ほとん)どの生徒に対して印象付ける結果になったのだ。実際、中間試験での茜の順位を上回る為には、全ての教科の試験で満点を取る以外に方法が無く、だから大多数の生徒は茜の成績に対抗する事を放棄したのだった。それを諦めていないのを公言しているのは唯一、クラウディアだけなのである。
 そんな訳(わけ)で、大半の同級生は、茜を自分の学習強化に利用する方向へと、方針を転換したのだった。学校での授業の合間には、男女を問わず同級生達が入れ替わり立ち替わり、教科書や問題集を手に茜の元を訪(おとず)れては、質問を投げ掛けていた。放課後には女子寮の自室に、女子生徒達が頻繁に訪(たず)ねて来るのが続き、例によって茜とブリジットの部屋には未開封のお菓子が堆積(たいせき)していったのだった。
 とは言え、寮の自室への訪問者は、複数のグループが搗(か)ち合(あ)ったり、午後十時以降まで居座ったりする事は無く、どうやら利用者の間では何らかのルールが取り決められていた様子ではある。勿論、そのルールの存在や詳細に就いて、茜もブリジットも把握はしてないのだが。
 ともあれ試験前の一週間に、同級生達から提示された全ての問題に対して茜は解法を解説し、出題者達には「先生に聞くよりも、分かり易い。」と、好評を得たのだった。
 茜にしてみれば、複数教科の、複数の問題集をランダムに解いていた様なもので、それはそれで十分(じゅぶん)、試験に向けての勉強としては機能していたのである。
 そんな茜の事をブリジットは、「お人好(よ)しが過ぎる」と呆(あき)れて言ったのだが、茜はそれを意に留める事が無かったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.07)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-07 ****


「確かに、解ってない様に間違った解答を考えるのって、大変ですよね~。」

 その発言を聞いて笑ったのは、樹里と瑠菜、そして維月の三名だけで、他の者(もの)は唖然としていたのである。特に、奇妙な共感を向けられた金子は、困惑しつつ佳奈に聞き返したのだ。

「え~と…どう言う事かな?それは。」

「え~。何か、間違ってたかな?瑠菜リン。」

 佳奈は隣の瑠菜に、金子の反応が意外だった理由を尋(たず)ねている。問い掛けられた瑠菜は、クスクスと笑い乍(なが)ら「みたいよねぇ。」とだけ答えたのだ。
 そして金子には、樹里が説明を試みる。

「彼女、中学卒業まで、試験の解答で自分の成績を操作してたんですよ。」

「どう言う事?」

「簡単に言うと、自分の成績がいいと嫌われるって言う、変な思い込みが有ったらしくて。」

 その樹里の説明に、武東が「被害妄想的な?」と聞いて来るので、樹里は首を横に振り、説明を続ける。

「小学生の早い時期に、実際に酷い嫌味を言われたのが、相当にショックだったらしいんですよ。佳奈ちゃんはあの通り、独特のペースなものですから、そんな人が自分よりも成績がいいのが許せないって言うか、妬(ねた)ましく思われたらしくて。」

「ああ、子供の考えそうな事だね。何と無く分かった。」

 樹里の説明に納得している金子だったが、その肩を掴(つか)むと武東は、佳奈に向かって言ったのだ。

「この人の場合はね、そんな手間を掛けた偽装じゃなくて、テストの三分の二位(くらい)にしか解答を書かないのよ。要するに、徒(ただ)の手抜き。」

「いーじゃん、書いてる解答は、大体、合ってるんだから。」

 そう反論する金子に、武東が作り笑顔で言い返す。

「だったら、全問に解答なさいよ。」

 金子は苦笑いして、視線を逸(そ)らすのである。そこに、恵が笑って声を掛けるのだった。

「あはは、夫婦喧嘩なら、余所(よそ)でやってね~。」

 その、恵のコメントに一同が笑って、一先(ひとま)ずは落ちが付いたのである。そして、樹里が佳奈に向かって言った。

「佳奈ちゃんは、もう中学の時みたいな事やっちゃダメだよ。」

 すると、佳奈は笑って応えるのだ。

「あははは、もうしないよ~。あんな、面倒(めんどう)な事~。」

 その佳奈の返事を聞いて、武東は金子への提案を試みる。

「ほら、面倒(めんどう)な事だって。貴方(あなた)も彼女を見習って、手を抜くの、もう止めにしたら?」

「煩(うるさ)いなぁ。全部解答するのが面倒(めんどう)だから手を抜いてるんでしょ。」

 即座に笑顔で言い返す金子に、武東は口を尖(とが)らせて表情だけで抗議した。そんな二人に向けて、笑顔を作って恵が再(ふたた)び言うのだ。

「だから、夫婦漫才(めおとまんざい)も余所(よそ)でやってね。」

 恵は金子と武東の関係を冗談めかして『夫婦』と例えているのだが、この場で当人達を除けば、その二人の関係を正確に認識しているのは恵だけなのである。
 恵に冷やかされて、一度、顔を見合わせた金子と武東だったが、今度は武東が緒美に、話題を変えて話し掛ける。

「試験と言えばさ、神原(カンバラ)君、『今回こそ、打倒鬼塚』って燃えてるわよ~。」

「あら、そうなの?」

 緒美は言われた事には、全く意に介さない様子で、恵が淹(い)れた紅茶を口元へと運ぶ。そして呆(あき)れた様に、直美が言うのだ。

「彼も懲(こ)りないよね。」

 恵は何も言わずに苦笑いしているのだが、直美の言葉には、笑って金子が応えるのだった。

「あはは、神原君、生徒会長になっちゃったからね。引くに引けないんでしょ?」

「前の会長には、随分(ずいぶん)と発破、掛けられてたらしいから。」

 金子に続いての、武東の発言に、直美が問い掛ける。

「どうして、そんな事、知ってるのよ?武東は。」

「同じ学科(クラス)なんだから、それ位(くらい)、伝わって来るわよ。」

 そこで、一年生達の表情に気が付いた恵が、説明を始めるのだ。

「一年生達には、解らない話だったよね。今の生徒会長の神原君って、例の試験での順位が、部長に次いで毎回二位なのよ。それで、一年生の頃から部長に挑戦し続けてる、って話なのね。」

 その説明に対して、茜が尋(たず)ねる。

「それで、その事と『生徒会長になったから』って言うのとは、どこで繋(つな)がるんですか?」

「ああ。生徒会の役員選挙は毎年二月なんだけど、その時点でだから、直近では後期中間試験の結果で一位の二年生が翌年度の会長候補に、一位の一年生が副会長候補に推されるのね、伝統的に。 要するに、成績一位の翌年度の三年生が会長に、二年生が副会長にって事で、二年生は一年間副会長を務めたら、更に翌年の会長候補になる訳(わけ)よ。」

 そこでブリジットが、恵に問い掛ける。

「あれ? でも、学年の途中で成績が下がっちゃったら、どうなるんです?」

「会長は、卒業する迄(まで)、一応、立場は安泰ではあるんだけど。副会長の方は、翌年の役員選挙で、その時の一位の生徒が次期会長の対立候補になる、らしいわ。」

「うわ、容赦無いですね。」

 ブリジットは苦笑いで、恵の解説にコメントを返したのだ。そして直ぐに、茜が気が付いて声を上げる。

「あれ?でも、部長も樹里さんも、生徒会、やってませんよね?」

 その疑問には、緒美が即座に応える。

「生徒会には興味も無いし、そんな活動に割いてる時間も無いもの。」

 そして苦笑いしつつ、恵が説明を追加する。

「実は、去年も今年も、次期役員候補に推薦するって、生徒会から言っては来てたのよね。去年の一月は部長を副会長候補に、今年は部長が会長候補で、城ノ内さんが副会長候補に、って。 生徒会長の最後の仕事が、その年のトップの生徒を次期会長候補に口説き落とす事だそうでね、それは、しつこかったんだけど…。」

 そこで一回、恵は深い溜息を吐(つ)いた。その続きは、直美が話した。

「最終的に、その説得工作に就いては、学校…と言うよりは、会社の方からストップが掛かったんだよね。」

 茜とブリジットは、声を揃(そろ)えて「あー…。」と発したのである。勿論、会社がストップを掛けた理由が、HDG の開発が止まっては困るからである事は、言う迄(まで)もない。
 そして、金子が発言する。

「去年、鬼塚が生徒会からの副会長推薦を断ったから、順位で二番手だった神原君が、副会長になった訳(わけ)なんだけど。その時点で、当時の会長には在任期間中に鬼塚の成績を追い抜けって、ね、そう言われてたらしくて。」

 続いて、武東が発言する。

「今年も鬼塚さんには、生徒会は袖にされちゃった訳(わけ)だから、神原君的には今度の任期中に鬼塚さんに勝って、生徒会長の面目を保ちたい所なのよね。」

 緒美は、困惑気味に言うのだった。

「そんな風(ふう)に、勝手に対立構造を作られても、わたしには何も出来ないわよ。生徒会長に頑張って貰うしか、方法はない訳(わけ)だし。」

「そりゃ、鬼塚が手心を加えるってのも、筋が違う話だよね。今になってみれば、鬼塚が生徒会活動とかやってられないのも、良く解るし。鬼塚にしてみたら、神原君の一方的な敵愾心(てきがいしん)も、理不尽だよなぁ。」

 同情する金子に、緒美は「でしょう?」と、同意を求めるのだった。
 そこに、ブリジットが質問する。

「生徒会役員と部活って、両立は、矢っ張り難しいンでしょうか?」

 その問い掛けには、恵が答えたのである。

「生徒会役員でも部活動に所属は出来るとは思うけど、部長を続けるのは問題が有るわよね。 生徒会長は部長会議で議長を務める訳(わけ)だし、第一、各部活の予算を最終的に決裁するは生徒会長だから。その人が、どこかの部活の部長だったりするのは、色々とマズいでしょう?」

「あー、成る程。確かに。」

 納得するブリジットに続いて、直美が言うのだ。

「この部活は、鬼塚が部長じゃないと回らないしね。」

 一同はそれぞれに、静かに頷(うなず)くのである。しかし、そこで武東が不穏な事を言うのだ。

「それでも、来年になったら、城ノ内さんと、今度は天野さんが、生徒会から推薦されるんじゃない? 今の所、二年生のトップは城ノ内さんで、一年生は天野さん、でしょ?」

「ははは、どっちも、生徒会には渡さないよ~。」

 即座に、直美が声を上げるのだが、自身が生徒会へと云われた事に関して、茜は懐疑的に感じて発言をするのだ。

「わたしが生徒会に関わるのって、マズくはないでしょうか?」

 その疑義に就いて、最初に応じたのは恵である。

「それは、天野さんが理事長の身内だから?」

「はい。明らかに『七光り』的、ですよね?」

 すると、茜の感慨に対して、金子が見解を述べるのだ。

「でも、理事長の娘とか孫が生徒会長って、マンガやドラマとかじゃ、良く有る展開じゃない?」

「ああ謂(い)う登場人物(キャラクター)って、七光り的な事を気にしない『お嬢様』気質の人じゃないですか? わたしは、別に『お嬢様』じゃないですし。」

 その茜の発言を聞いて、意外に感じたのは飛行機部の二人、金子と武東だけで、兵器開発部のメンバーと、茜の友人である村上と九堂は、その辺りの事情に就いては既知だったのである。だから、茜に問い返したのは、武東なのであった。

「え? 天野さんは、天野重工のお嬢様じゃなかったの?」

 武東の問い掛けには、その隣に座って居た村上が応じるのだ。

「あ、先輩。天野さんの御実家は、天野重工とは無関係なんだそうです。」

「どう言う事?」

 武東の疑問には、茜が改めて解説をするのだ。

「わたしの母の父が、理事長、天野重工の会長なので、わたしが理事長の孫なのは間違いないんですが。私の父方の天野家は、天野重工とは全くの無関係なんです。紛(まぎ)らわしいですけど、そもそもはウチの父と母が大学時代に、偶然、同じ名字だからって意気投合して付き合い出したのが発端(ほったん)で、お互い名前が変わらなくていいって、その儘(まま)、結婚しちゃったんだそうです。後になって、何代か遡(さかのぼ)ったら親戚だったってのが、解ったらしいんですが。」

 茜の説明を聞いて、今度は金子が問い掛ける様に言う。

「へぇ、それじゃ、天野さんのお父さんが、今の社長じゃないんだ?」

「今の社長は、片山社長ですよ? 因(ちな)みに、その片山社長と結婚したのが、わたしの叔母…わたしの母の妹で、あ、叔母が結婚した当時は、まだ片山の叔父様は社長じゃ無かった筈(はず)ですけど。兎に角、だから天野重工の社長令嬢は、私の従姉妹(いとこ)の方なんですけど、この名字の所為(せい)で、昔からわたしが社長令嬢だと誤解され勝ちで。 因(ちな)みに、わたしの父は天野重工とは全く関係の無い商社の、徒(ただ)の営業課長ですから。」

 今度は武東が「ああ、そうなんだ。」と相槌(あいづち)を打つので、茜は更に説明を続けた。

「勿論、小さい頃から母方の実家とは、行き来が有りましたから、全くの他人みたいに育った訳(わけ)じゃありませんけど、祖父…理事長の家だって、豪邸って訳(わけ)でもない普通の家でしたし、わたしのウチだってそうです。現社長の、片山の叔父様の所だって、普通の家で、わたしも従姉妹(いとこ)の子も、『令嬢』なんて感じに育った訳(わけ)じゃないですよ。」

 そこで立花先生が、付け加えて発言するのだった。

「天野重工も、今でこそ大企業の一つに数えられてるけど、百年を超えてる様な同業他社に比べたら、急成長した比較的新しい会社でしょ。だから、経営陣である重役の人達も、庶民的な人ばかりなのよね。一社員としては、そう言う所は、この先も変わって欲しくはないかなぁって。まぁ、その辺りは、色んな意見の人が居るとは思うけど。」

 そして金子が、茜に向かって言うのだ。

「取り敢えず、天野さんの立場に関しては、良く解ったわ。それにしても、それを一々、説明して回るのも面倒(めんどう)だよね。」

「あはは、そんな面倒(めんどう)な事、してませんよ。誤解されてると都合の悪い相手にだけ、説明してるんです。一応、個人情報ですし。場合に因っては、誤解されてる方が便利な事も有りますからね。」

「ああ、成る程。」

 そう応えて金子がニヤリと笑うと、茜は思い出した様に言うのだ。

「あ、そうそう。成績の話で言えば、来年まで、わたしがトップで居られるとは、限りませんよ? なかなかに強力なライバルが居ますので。」

 茜は掌(てのひら)を上にして、維月とクラウディアを順番に指し示す。すると、維月は茜にウインクを送り、一方でクラウディアは卓上のチョコマフィンへと伸ばしていた手を止めるのだった。そこへ、佳奈が声を掛ける。

「あはは、クラリン。期末は、茜ンに勝てそう?」

 クラウディアは、目当てのチョコマフィンを拾い上げると、席から浮かしていた腰を下ろし、目を閉じて澄ました声で佳奈に言葉を返す。

「クラリンって、呼ばないでください。」

 佳奈は「え~。」と、不服そうに声を上げるのだが、クラウディアは、それ以上その事には取り合わない。すると今度はブリジットが、からかう様に言うのだ。

「試験の順位で勝つって、そう言えば、そんな設定も有ったわよね。」

 クラウディアは、横目で睨(にら)む様にして、ブリジットに声を返す。

「『設定』って、言わないで。」

 その様子にクスッと笑い、続いて維月がクラウディアに声を掛ける。

「で、どうなのよ?クラリン。」

「もう、イツキまで。」

 クラウディアは一度、息を吐(つ)いて、そして言った。

「勿論、アカネには勝つ積もりで準備はしてるわ。目標なのはアナタも同じなんだからね、イツキ。」

「あ~はいはい。そうだったよね~。」

 そう応えた維月は、ニコニコと笑顔を崩す事が無いのである。その表情を見たクラウディアは、視線を茜の方へと向けると、言うのだ。

「アカネも、手を抜いたりしないでよね。」

 挑戦的に言われた茜だったが、維月と同じ様な笑顔で応えるのだった。

「勝負なんか、する気は更更(さらさら)無いけど、手を抜く気も無いから、それは御心配無く、クラウディア。」

 茜の返事を聞いて、視線を前に戻したクラウディアは、手に持った儘(まま)だったチョコマフィンを一気に頬張(ほおば)るのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。