WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第16話.02)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-02 ****


 安藤も微笑んで、それに応じる。

「構わないわよ~始めてちょうだい。」

「それじゃ、搭乗します。」

 そう言って、クラウディアはC号機の前に置かれたステップラダーを上(のぼ)って行く。そのステップラダー頂部の位置は、標準的な人の背丈よりも更に高い。
 C号機はA号機やB号機とは違って、ドライバーの腕や脚を HDG へ接続して制御をするのではない。だから形状としてはパワード・スーツと言うよりは、搭乗型のロボットに、より近いのだ。ドライバーは音声コマンドや思考制御で、移動する速度や方向、マニピュレータでの作業内容、それらを搭載 AI である Sapphire に伝達し、機体の動作制御それ自体は Sapphire が完全に担当する。これには LMF の設計試作と試験運用で集積されたデータと技術が、惜しみ無く投入されているのである。
 ドライバー用のシートは、C号機の正面側腹部に設置されている。『シート』とは言っても、一般的に想起される様な座席ではなく、ドライバーは半分立った様な状態で背中のパワー・ユニットを機体側に接続するのだ。そしてドライバーの腰部を機体に固定するのは、他の HDG と共通した仕様となっている。
 腰掛け部から前方には斜め下方へと下肢部を支えるクッション付きプレートが突き出しているが、それには操縦用のペダルやフットバーの類(たぐい)は、一切装備されていない。つまり、ドライバーが操縦の為に脚を使う必要は無いのだ。
 ドライバーが腕を置く肘掛けの先端には、複数のスイッチが取り付けられたコントロール・グリップが設けられてはいるが、現状ではそれに何の機能も割り振られてはいない。それはドライバーが必要に応じて、機能を付与出来るオプション扱いの入力制御装備なのだ。それとは別にプログラミング用のキーパッドが、左右の掌(てのひら)の位置に用意されているのだが、ドライバーは肘掛けの外側に設置されているバーを身体を支える為に握るのが通常状態である。
 そうやって『装着』すると言うよりは、『乗り込む』と形容出来る機体であるC号機の、外見的なもう一つの特徴が、人体に例えれば『頭部』とも言える複合センサー・ユニットの後部に装備された、弧状を描く一対の巨大な複合アンテナ・ユニットだろう。
 そのアンテナの大きさは機体全高の半分程度に達するので、長さで二メートル程の長さを有しているのだ。
 この装備こそが、C号機が電子戦を目的に開発された事を雄弁に語っており、又、C号機の機体規模が大型化した理由なのである。その巨大な複合アンテナを取り付けるプラットフォームとして、或る程度の大きさが必要であり、且つ、電子戦用の制御器機と Sapphire の AI ユニットを積み込むのには、普通の人間サイズでは無理だったのだ。

 クラウディアがステップラダーを上がって、C号機に乗り込んでいる間に、茜は安藤に尋(たず)ねるのだった。

「安藤さん、ちょっといいですか?さっきのお話ですけど…」

「なあに?天野さん。」

 安藤が今(いま)だに茜を『天野さん』と呼ぶのは、矢張り会長の孫娘だからである。加えて、緒美や樹里が『天野さん』と呼んでいるのも、多分に影響しているのだ。その事に茜は、少し引っ掛かりを感じつつも、問い掛けを続ける。

「いえ、さっきのお話からすると、Sapphire には Ruby みたいに成長する余地は無いんでしょうか?」

「ああ、全く成長しないって訳(わけ)じゃないのよ。それだったら、会話の為に『疑似人格』を乗っけてる意味が無いから。スムーズに意思疎通が取れる程度には、皆(みんな)に慣れていく筈(はず)だから安心して。徒(ただ)、感情的なニュアンスが、会話には乗って来ないとは思うけど。」

 その答えを聞いて、ブリジットが安藤に問い掛ける。

「AI に感情なんて有るんですか? Ruby だって、それ程、感情的じゃないですよ。」

「そりゃ、そうよ。AI が感情的に泣いたり怒ったりしてたら、危なくって使えないでしょ。だから、そう言ったマイナス方向へ感情が動くのは、意図的に制限してあるのよ。徒(ただ)、感情の振り幅がプラス方向だけって言うのも不自然だし、喜びの余り興奮状態になるのも危険でしょ。だから、自(おの)ずと振り幅全体を抑える方向にならざるを得ないのよね。」

「成る程、そう言うものですか。じゃあ…。」

 続けて質問しようとしたブリジットを、安藤が制して言うのだ。

「あ、ゴメン。この手のお話、詳しい事は企業秘密なんだ。あと、Ruby の聞いてる所で、する話しでもないしね。」

 ブリジットは話し掛けた言葉を、息と一緒に飲み込み、そして納得してから息を吐(は)いた。そんなブリジットの代わりに、茜が安藤に声を返すのだ。

「あー、ですよね。」

 そこで Ruby が、安藤に向かって言うのだった。

「江利佳、わたしは『不愉快』になる事はありませんから、お気遣いは無用ですよ。」

 その Ruby の発言には、日比野が言葉を返すのだ。

「そうだとしてもね、Ruby。相手が怒らないなら、何を言ってもいいって話じゃないでしょ?」

「成る程、そうですね。わたしも今後、注意したいと思います。」

 素直に納得する Ruby に感心して、樹里が声を上げる。

「今の遣り取りで、直ぐに納得出来るって言うのは、ホントに成長を感じますよね、安藤さん。」

「でしょう?樹里ちゃん。」

 そう応じた安藤は、満面の笑みである。それを見て、日比野がからかう様に言うのだ。

「出た~親バカ反応~。」

 安藤は、微笑んで言葉を返す。

「うふふふ、放(ほ)っといてちょうだい。」

 そんな折(おり)、ステップラダーから降りて来た瑠菜が、声を上げるのだ。

「カルテッリエリの接続確認、終わりました。ステップラダー、退(ど)かしますから、C号機の前から移動してください。」

 続いて、緒美が指示を出す。

「皆(みんな)、C号機から離れて。安藤さん、日比野さん、彼方(あちら)へ。」

 兵器開発部のメンバー達が移動を始めると、瑠菜と佳奈がC号機前の搭乗用スタップラダーを押して行く。
 樹里と維月はデバッグ用コンソールの前へと移動し、安藤と日比野を呼ぶのだ。

「安藤さん、日比野さん、此方(こちら)へ~。」

「は~い。安藤さん、行きましょう。」

「はい、はい。」

 C号機の前から人が消えると、瑠菜がメンテナンス・リグの操作パネルに着き、声を上げる。

「じゃ、C号機、降ろしま~す。」

 瑠菜がパネルを操作すると、メンテナンス・リグに因って三十センチ程、リフトアップされていたC号機が床面へと降ろされるのだ。脚部が床面に届いて、一瞬、更に沈む様に機体が動いて見えたのは、脚部に荷重が掛かって腰部や膝(ひざ)部の間接で自身の機体重量を支えたからだ。徒(ただ)、スカート状のディフェンス・フィールド・ジェネレーターに覆われている為、腰部や膝(ひざ)部関節の動き自体は、外部からは見えない。

「接続ロック解放します。」

 瑠菜の操作でC号機背部に接続されている、メンテナンス・リグのアームから解放されると、一度前方へC号機は上半身を揺らすのだ。しかし直ぐにバランスを取って、機体は直立を維持するのである。
 その様子をコンソール側で確認し、樹里が声を上げる。

「HDG-C01、機体バランス制御は良好。カルテッリエリさん、乗り心地はどう?」

 通信経由で樹里に尋(たず)ねられ、クラウディアは答える。その声は、コンソールのスピーカーから出力されるのだ。

「取り敢えず、大丈夫です。それ程、揺れてません。」

 続いて、緒美がコマンド用のヘッドセットで、クラウディアへ指示を伝えるのだ。

「オーケー。それじゃ、その場で屈伸、膝(ひざ)の曲げ伸ばし、やってみようか。」

「操縦は、思考制御、なんですよね?部長。」

 そのクラウディアの問い掛けには、樹里が答える。

「そうよ。屈伸運動するイメージを、頭の中で想像してみて。Sapphire が読み取って、機体を動かして呉れるから。」

「やってみます。」

 そう返事をしたあと、クラウディアは暫(しばら)く黙(だま)り、機体の制御に集中する。数秒経って、C号機は上半身を少し前方へ倒すと同時に、肘を軽く曲げた腕を少し後方へ振り上げてバランスを取り乍(なが)ら、ゆっくりと膝(ひざ)を折って身体を沈めていくのだ。
 或る程度、C号機がしゃがんだ状態になると、緒美が声を掛ける。

「オーケー、そこ迄(まで)。そこから、立って。」

 C号機は、一度、動きを止めると、今度は身体を持ち上げる方向へと、ゆっくりと動き出す。
 結局、一往復の動作に合計三十秒程を掛けて、C号機は元の直立姿勢へと復帰したのだ。

「城ノ内さん、バランス値に異常は無い?」

 緒美に問い掛けられた樹里は、コンソールのディスプレイから目を離さず即答するのだ。

「ありませんね。リターン値は全て、許容値の範囲内。綺麗なものです。」

 樹里の背後からコンソールを覗き込んでいた安藤が、顔を上げ緒美に向かって言う。

「HDG-A01 と B01、それから LMF の動作データの蓄積が有るから、C01 は最初から、可成り動ける筈(はず)よ、緒美ちゃん。」

 それに対して、樹里がコメントするのだ。

「それよりも、カルテッリエリさんのイメージを、Sapphire がどれだけ読み取れるかの方が課題ですよ。そこはお互いに、経験を積んでいくしか。」

「まあ、それはそうなのよね。」

 苦笑いする安藤に、微笑んで緒美が言うのである。

「地道に、少しずつ確認していきましょう、安藤さん。」

 そしてC号機の方へ向き直って、緒美はクラウディアに声を掛ける。

「そう言う訳(わけ)だから、もう三往復、今の屈伸を繰り返してみて、カルテッリエリさん。」

「解りました。」

 クラウディアは返事をすると、再(ふたた)び屈伸運動のイメージに集中する。今度は、直ぐに Sapphire が反応し、先刻よりも少し速く機体が屈伸運動を行うのだ。

「あ、さっきより少し早い。」

 そう、小さく声を上げたのは緒美の背後に居た、直美である。
 C号機の屈伸運動は、二回目が一回目よりも更に早く、スムーズになる。三回目は更に素早く、一往復を五秒程で完了したのだった。

「どうですか?城ノ内先輩。」

 通信でクラウディアが問い掛けて来るので、樹里は一度視線を緒美の方へと向けるのだ。それに気付いた緒美が頷(うなず)いて見せるので、樹里も緒美に対して小さく頷(うなず)いてからクラウディアに答えるのである。

「いい感じよ、カルテッリエリさん。同じ動作を繰り返すと、ちゃんと学習効果も出ているみたいだし。 貴方(あなた)の方(ほう)は、気持ち悪くなったりしてない?」

「あはは、今の上下運動は、動きが速くなると、ちょっと嫌な感じですね、今の所は、まだ大丈夫ですけど。これを繰り返してると、酔うかも知れません。」

 クラウディアの返事を聞いて、緒美は次の指示を出すのだ。

「それじゃ、今度は歩いてみましょうか。」

「歩くのは、自分が歩く動作をイメージすればいいんですか?」

 クラウディアの問い掛けには、安藤がコンソールのマイクから答えるのだった。

「あー、クラウディアさん。脚や腕の動きレベルでイメージする必要は、無いわ。基本的な動作パターンに関しては、基礎データが入ってるから。移動方向と、移動速度、そっちの方に集中してみて。」

「あー、はい。やってみます。」

 クラウディアが答えて間も無く、C号機が右脚から一歩前へと踏み出すのである。その動作にぎこちなさは特に無く、C号機は二歩、三歩と前へと進んで行く。
 そこで、緒美が声を掛けるのだ。

「はい、一旦(いったん)停止。」

 指示通りにC号機が立ち止まると、緒美が次の指示を出すのである。

「じゃあ、向きを変えて南側へ、格納庫の外へ出てみましょうか、カルテッリエリさん。」

「解りました。行きます。」

 クラウディアが返事をすると、再(ふたた)び、C号機は動き出し、直ぐに南側大扉の方向へと機体の向きを変え、一歩ずつ歩いて行く。

「あー、それじゃ大扉開けて来ま~す。」

 そう、声を上げて佳奈が駆け出そうとする所を、緒美が呼び止めるのだ。

「古寺さん、ちょっと待って。 カルテッリエリさん、大扉をC号機で開けられる?」

 大扉へと向かって歩いて行くC号機からの、クラウディアの返事が聞こえて来る。

「どうでしょう?挑戦してみます、部長。」

「やってみて、ゆっくりでいいから。」

 緒美が、そう声を掛けると、クラウディアは「解りました。」と答えたのだ。それと同時に、C号機は左側ロボット・アームを横へと上げ、マニピュレータがサムズアップのサインを形成するのだった。

「あれも基礎データの中に?」

 C号機の仕草を見た樹里が、安藤に尋(たず)ねると、安藤は両の掌(てのひら)を上に向け、苦笑いして「さあ?」とだけ答えたのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

 

STORY of HDG(第16話.01)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-01 ****


 AMF の試験飛行が終了した翌日から、学校の方は試験休み期間も終わり、平日となって昼間の授業が再開されたのである。
 カレンダー上では、2072年10月5日・水曜日迄(まで)が前期の扱いで、前期期末試験の解答解説をみっちりと行う授業も有れば、さっさと後期の範囲へと突入する授業も有り、その辺りの対応は教科や教師に因って、まちまちなのだった。
 生徒達の制服も、まだ夏服の者(もの)も居れば、一足先に冬服を着込んだ者(もの)も居て、試験休み明けの二日間は後期開始へ向けての移行期間と言った感じである。
 そんな中途半端な空気は、10月6日・木曜日の後期開始と共に一掃され、十一月の学祭や十二月の後期中間試験などのイベントへ向けて、学校内の雰囲気は動いて行くのだ。そんな後期の、一番最初の校内イベントとなるのが、前期期末試験結果の順位発表である。
 それは、10月7日・金曜日の午後三時に、校内ネットワークにて発表されるのだった。数年前までは午前中や昼休みに発表されていた定期試験成績順位であるが、その当時は発表後の授業に身が入らない生徒が、毎回一定数、発生したのである。そんな彼等の『授業に身が入らなくなる理由』は、それぞれで様様(さまざま)なのだが、学校側としては『その様な』状況を最小化する可(べ)く、試験成績順位の発表を、その日の最後の授業が終わる時間帯に設定して現在に至る訳(わけ)である。
 そんな順位発表の瞬間であるが、例えば、緒美達の居る三年A組の様子は、と言うと。六時限目の授業が終わり、教師が教室から出て行くと、クラスの半数程が一斉(いっせい)に、それぞれの携帯端末で校内ネットワークを確認するのだった。そして、ほぼ同時に教室内の複数箇所から「おおー」と云った歓声が沸き起こるのだ。それから数人の女子生徒が緒美の元へと近づき、発表された順位を教えて呉れるのである。
 それは発表された順位は緒美がトップで、次席が生徒会長の神原(カンバラ)であり、点差は六十点程だったと云う内容だった。

「あら、そう。ありがとう、教えて呉れて。」

 成績順位を気にしていないし、自身で確認もしない緒美は、愛想笑いでお礼を述べると、恵や直美と合流して教室を出て、何時(いつ)も通りに部活へと向かうのだ。
 この様に同級生達が他人の成績で勝手に盛り上がっている理由は、緒美が一年生の時点から連続で定期試験の成績で学年一位を維持し続けているのが記録的であるからで、今回の結果で更に記録を重ねたからである。クラスメイト達は残り二回の定期試験でも、緒美が学年一位を獲得して、三年間連続学年一位と言うパーフェクトな記録が打ち立てられるのを期待しているのだ。

「ザマーミロ、神原~。」

 そんな男子生徒の声も聞こえたが、それは生徒会長である神原が一般生徒から嫌われている、そう云った事柄を表しているのではない。機械工学科と電子工学科、そんな学科の違いから緒美には仲間意識を、神原生徒会長には対抗意識を、と、その様な心情の発露なのである。
 何(いず)れにしても、そんな盛り上がりには付き合い切れないので、緒美は早早(そうそう)に教室から退場するのである。
 この辺りの事情は、樹里の居る二年D組や、茜の一年A組も似た様なもので、本人よりも周囲の方が盛り上がるのには付いて行けず、彼女達も第三格納庫を目指して教室を後にするのだった。
 それはつまり、今回も二年生の学年一位が樹里で、一年生は茜が学年一位だったと言う事なのである。

 茜とブリジットが兵器開発部の部室に到着したのは、メンバーの中では最後だった様子で、他のメンバーは既に揃(そろ)っていた。それは緒美や樹里よりも、茜の方が同級生達に丁寧に対応していたから、かも知れない。
 茜が到着した時点で、その場では茜よりも先に来ていた樹里の話題が中心だった。樹里は二位の生徒とは百二十点もの点差を付けての独走状態での一位であり、維月が同学年に居ない事が幸運なのか不運なのか、それは複雑な心境であると語っていた所だったのだ。
 そして、部室に入って来た茜に、維月が声を掛ける。

「矢っ張り、天野さんには勝てそうもないね~。」

 続いて、恵が尋(たず)ねるのだ。

「十四教科の合計が千三百四十八点って、平均で一教科当たり九十六点でしょ。満点の教科、幾つ有ったの?天野さん。」

「いえ、流石に満点は、一教科も取れてませんよ。難しかったです。」

 その茜の応えを受けて、瑠菜がコメントする。

「それ、逆に凄くない?何(ど)の教科も、一、二問しか間違わなかったって事じゃない。天野に勝とうと思ったら、三つか四つ、満点取らないと、もう無理だよね。」

 そして瑠菜に続いて、佳奈が言うのだ。

「維月ンとクラリンも、茜ンとは二十点位しか違わないんだから、凄いよね。もう、三人が一位でも、いいんじゃないかしら?」

 学校側の発表によると、維月とクラウディアの合計得点は千三百二十四点で、二人が同点二位だったのだ。
 そして維月は、クラウディアに向かって笑顔で言うのである。

「まあ、あと一歩だったと言えば、残念だったよね、クラウディア。 わたしは今回ので、貴方(あなた)達と張り合う気は完全に失(う)せたわ~。わたし、去年の前期末よりも、今回のはいい点取ったのに。流石に、これ以上は、もう無理。」

 そんな維月に、クラウディアが言葉を返す。

「わたしは、まだ諦(あきら)めないわよ。必要なら、全教科満点でも狙ってやるわ。」

 そう言ってニヤリと笑う、クラウディアなのである。それを微笑ましく眺(なが)めている茜に、ブリジットが言うのだ。

「あんな事、云ってるよ?茜。」

「いいんじゃない?全教科満点とかってレベルになったら、挑(いど)んでいる相手は、わたしじゃなくて自分自身でしょ。或いは、先生達に、かな? どっちにしても、それなら気の済む迄(まで)やればいいのよ。寧(むし)ろ、応援したい位。」

 そう言って、クスクスと茜は笑うのである。
 そこで「パンパン」と、緒美が手を打ち鳴らし、声を上げるのだ。

「それじゃ、そろそろ部活、始めましょうか。天野さん、ボードレールさん、着替えて来て。今日も引き続き、空中戦シミュレーションやるわよ。」

「はい、部長。 行きましょ、ブリジット。」

「了~解。」

 鞄を部室の定位置に置いた茜とブリジットは、インナー・スーツへ着替える為、部室の奥、南側のドアから二階廊下へと出て更衣室へと向かうのだ。他のメンバーも格納庫フロアへ降りる為に、茜達とは反対側のドアから二階通路へと出て行く。
 そんな様子を見ていた立花先生が、染(し)み染(じ)みと緒美に言うのである。

「平和っていいわね~。」

 それはクラウディアの茜とブリジットに対する態度が、最初の頃に比べて随分(ずいぶん)とマイルドになった事に対する、立花先生の素直な所感だった。それに加えて、四日前の試験飛行で結局、戦闘に参加してしまった事に関して、防衛軍から兎や角言われていない事も、立花先生の『平和感』に含まれていた。
 その辺りの心情を理解していた緒美だったが、敢えて呆(あき)れた様に言葉を返したのだ。

「何、云ってるんですか、先生。」

 そして、緒美はくすりと笑うのだった。
 この日もこうして、兵器開発部は何時(いつ)も通りに、活動を続けたのである。


 翌日、2072年10月8日は土曜日で、兵器開発部のメンバー達は特課の生徒なので、午前中は授業である。従って部活は午後からと言う事なのだが、前日の夜に本社の開発から AMF のロボット・アーム使用に対応したバージョンのシミュレーター・ソフトが届いており、この日はそのセットアップから作業が始められた。
 そして夕方には茜によるシミュレーションの実行が開始され、エイリアン・ドローンとの接近戦を想定した AMF の動作制御データの集積を始めたのである。
 それは、翌日と翌々日も同様に継続されたのだ。土曜日の夜から、翌日、日曜日の昼過ぎ迄(まで)は、LMF の時と同様に Ruby の自律制御での無人シミュレーションを連続実行し、日曜日の午後から夕方までが茜に因る有人シミュレーションである。そして再(ふたた)び、夜間に無人シミュレーションを実施し、祝日で学校は休日である10月10日、月曜日も茜達は午後から夕方まで部活動を行ったのである。


 2072年10月11日、火曜日。この日は平日なので、生徒達は朝から通常通り、授業である。
 一方で第三格納庫では、予定されていた HDG-C01 の搬入作業が行われていたのだった。
 例によって、試作工場からは畑中達が陸路を移動して早朝には学校に到着しており、午前十時頃に飛行に因る自力移動で到着した HDG-C01 とその飛行ユニットを受領する、と言う手筈(てはず)である。
 HDG-C01 の到着時刻は学校での授業時間中に設定され、無関係の生徒の目には触れない様に配慮されたのであるが、元々、理事長が移動に使用する社有機が日常的に発着しているので、殆(ほとん)どの生徒は学校の滑走路方面から航空機のエンジン音が聞こえて来ても、特に関心を持つ事は無かったのだ。『そう言う物』に興味を持っているのは飛行機部に所属している生徒位なのだが、彼等、彼女等は間接的に事情を知っているし、秘密保持の意味や必要性も理解していた。
 興味の無い者(もの)が、滑走路へと降下して行く『見慣れない飛行機』を教室の窓から遠目に目撃した所で、それは大した話題にはなり得なかったし、学校の敷地では南端である滑走路まで興味も無いのに態態(わざわざ)見物に行く物好きな生徒は居ないのだ。仮に授業が終わってから滑走路の方まで出向いたとしても、機体は早早(そうそう)に格納庫へと引き込まれるので、矢張り無駄なのだった。そして、格納庫の中に入る事が出来るのは、兵器開発部と飛行機部に所属している生徒に限られているのである。
 さて、畑中達が態態(わざわざ)陸路で移動して来たのは、勿論、工具等を持って来る都合も有るのだが、今回の場合は HDG-C01 用のメンテナンス・リグの運搬が一番の目的なのだった。合わせて、C号機搭乗用のステップラダーや、メンテナンス用のパーツや備品等、それなりに搬入する可(べ)き荷物は多いのだ。
 兵器開発部のメンバー達は、昼休みの昼食後に第三格納庫へ搬入の様子を見に行ったのだが、午後からの授業も有るので、滞在時間は十分程度で格納庫から引き上げざるを得なかったのだった。
 茜達が授業を受けている間、第三格納庫では畑中達が HDG-C01 と、その飛行ユニットの、現地でのセットアップや点検を実施していた。そして今回は、本社の開発部からソフト担当として、日比野に加えて安藤も出張して来ていたのだった。
 安藤は、HDG-C01 に搭載されている AI、『Sapphire(サファイア)』の稼働状態を確認するのが今回の目的である。

 学校側で七時限目が終わり、十六時を過ぎると、兵器開発部のメンバー達が続々と第三格納庫へと、やって来るのである。
 一番乗りは矢張り緒美達、三年生組であり、これは殆(ほとん)どの場合、授業が終わると緒美と恵が問答無用で第三格納庫へ直行するからだ。恵は時折、クラスメイトに呼び止められる事が有るのだが、その場合、緒美だけが一足先に第三格納庫へと向かうのである。その恵が呼び止められた用事が、実は緒美に対する用事だったりする事も有るが、緒美の窓口が恵であると言う少々奇妙な状況も、恵には既に慣れたものなのだった。

 茜とブリジットが第三格納庫に到着したのは二年生達とほぼ同時刻で、クラウディアと維月の二人は、まだ来ていない様子だった。彼女達は鞄を部室に置くと、それぞれに格納庫フロアへと降りて行った。
 そして、一番に目に入って来るのが巨大なC号機なのである。
 深い緑色を基本に塗装されたその機体は、A号機やB号機の倍程の身長を有している事からも解る様に、根本的にA号機やB号機の HDG とは仕様が異なるのだ。

「想像以上に大きいよね、実物を見ると。」

 そんな第一声を発したのは、瑠菜である。

「おう、来たな。」

 そう言って畑中が、笑って声を掛けて来るので、茜が言葉を返すのだ。

「ご苦労様です。畑中先輩も、毎週の様に出張、大変ですよね。」

「まあ、仕事だからね、出張手当も付くし。それに学校(ここ)なら『勝手知ったる、何とやら』だからね、気楽なもんさ。」

 笑顔で畑中が応えると、ブリジットが言うのだ。

「でも、こんな調子が続く様じゃ、確かに結婚所じゃ無いですよね~。」

 そのコメントには、瑠菜が反応するのだ。

「あはは、それでも、倉森先輩も一緒に来てるんだから、実質、同じじゃない?」

「いいから、キミ達はそんな心配、しなくても!」

 間髪を入れず、畑中が声を上げるのだった。
 そんな具合で彼女達は先に来ていた緒美達や立花先生と合流し、C号機の前へと進むのだ。そこへ、インナー・スーツに着替えたクラウディアが、維月と一緒に階段を降りて来るのである。クラウディアと維月は茜達よりも先に来ていて、着替えをしていたのだった。
 クラウディアのインナー・スーツは、彼女が正式に入部して直ぐに体型を測定して、七月頃には製作されていたのである。
 階段を降りて、C号機の方へと進んで来るクラウディアの姿を見付けて、安藤が声を上げる。

「お、ドライバーが来たわね。」

「お待たせしました。」

 クラウディアが声を返すと、C号機の前に居た一同がドライバーであるクラウディアの為に道を空けるのだ。クラウディアはそのスペースを通過して、C号機の正面へと進む。
 そして、待ち受けていた様に安藤が、C号機に声を掛けるのだ。

「Sapphire、貴方(あなた)の相棒(パートナー)になるクラウディアさんよ、ご挨拶なさい。」

 すると、Ruby とは違う女性の合成音声が格納庫内に響く。

「こんにちは、クラウディア。Sapphire です、宜しくお願いします。」

 その合成音声は Ruby に比べれば発音が機械的で、情感の欠片(かけら)も感じられなかったのだ。
 クラウディアは微笑んで、言葉を返す。

「宜しく、Sapphire。」

 すると、直美が安藤に、感じた儘(まま)のコメントをぶつけるのだ。

Ruby とは随分(ずいぶん)、印象が違いますね。機械っぽいって言うか、可愛気(かわいげ)が無いって言うか。」

 安藤は少し笑って、応える。

「まあ、そうかもね。Sapphire は Ruby の妹みたいなものだけど、『疑似人格』の味付けは極薄なのよ。何方(どちら)かと言うとA号機やB号機の AI に、会話機能を追加した様な仕様だから。Sapphire の『疑似人格』は会話が出来る、最低限の活動レベルに絞ってあるのよね。」

 その解説に、樹里が付け加える。

「C号機は電子戦の方で、大きな負荷を処理しないといけないですしね。」

「うん。それに『疑似人格』の活動レベルを上げるには、もっと大きなライブラリ用のストレージや、冷却システムを乗せないといけないし。流石に、このC号機のフレーム・サイズでも、それは無理なんだわ。」

 安藤のコメントに、今度は維月が言うのである。

「そりゃ、Ruby のユニットがドラム缶サイズなんだから。HDG にアレが乗せられる訳(わけ)が無いですよ。」

「ま、そう言う事よ、維月ちゃん。」

 安藤は、そう答えて微笑むのだ。すると、クラウディアが安藤に向かって言うのである。

「でも、安藤さん。一緒に仕事をするのなら、わたしは Sapphire 位の方が好きですよ。」

「そう言って貰えると、助かるわ、クラウディアさん。」

 すると、Ruby がクラウディアに尋(たず)ねるのだ。

「クラウディアは、わたしと仕事をするのは好きではないのですか?」

 少し笑って、クラウディアは即答する。

「ほら、そんな子供みたいな事を云うから、Ruby(あなた)は面倒臭(めんどうくさ)いのよ。」

「成る程。これは一本、取られました。」

 クラウディアに対する Ruby の返しを聞いて、直美が思わず声を上げるのだ。

「誰だよ、Ruby に変な言い回しを覚えさせたの。」

 すると日比野と安藤が声を上げて笑い出し、そして安藤が言うのだ。

「いいんじゃない? いや~ Ruby、貴方(あなた)、本当に成長したわ。ねえ、日比野さん。」

「はい。このレベルで楽しく会話出来る AI なんて、ホントに貴重ですよね。」

「お褒め頂いて嬉しいです、江利佳、杏華(キョウカ)。」

 Ruby が二人に謝辞を伝えると、それ迄(まで)、黙って成り行きを見ていた緒美が口を開くのだった。

「盛り上がっている所で、申し訳無いのですけど。そろそろ、C号機のテストを始めたいんですが、宜しいでしょうか?安藤さん。」

 そして、緒美は笑顔を見せるのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第15話.15)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-15 ****


 AMF と HDG から解放された茜はブリジットと共に、B号機の飛行ユニットからレールガンが取り外される作業を眺(なが)めていた。二人は共に、必要が有れば、作業を手伝おうかと思っていたのだが、畑中と大塚の手際(てぎわ)は流石であり、彼女達が手を出す隙(すき)は無かったのである。
 その取り外し作業も可成り進行した頃、格納庫南側の大扉の方から中へと入って来た飯田部長や緒美達の一団を見付けると、畑中が其方(そちら)へ向かって声を掛けるのだ。

「おーい、日比野さーん。ちょっと、いいでしょうか。」

 畑中は、取り外したレールガンを大塚と二人掛かりで木枠の台座に降ろした所だったので、あとの作業を大塚や倉森達に任せて、日比野の方へと歩を進める。

「あ、はい。何でしょうか?」

 日比野の方も、駆け足で畑中の方へと向かった。

「レールガン、持ち帰りですか?」

 日比野は、作業の様子を見て、そう畑中に尋(たず)ねたのだ。

「ええ、はい。それで、ですね。ジャムの原因解析をやりたいので、B号機のログ、エラー発生前の三分間程、頂きたいんですが。姿勢三軸の角度、速度、加速度…取り敢えず、記録に残ってる数字は全種。」

「ああ、はい。分かりました。急ぎます?」

「あ、いえ。どうせ試作工場へ戻ってからじゃないと、解析には掛かれないので。明日中にでも、試作工場のアドレスへ送って頂ければ。」

「了解しました。」

「それじゃ、お願いします。」

 そう言って日比野と別れた畑中は、早足で大塚の元へと戻り、指示を伝えるのだ。

「大塚さんと新田さん、引き続きレールガンの梱包、お願いします。倉森君は、学校(ここ)の機体に取り付けた記録機材、引き取りに行くから付いて来て。もう、藤元さん達が、外して呉れてる筈(はず)だから。」

 それから間も無く、畑中と倉森はそれぞれが手押しの台車を押して、南側の大扉を出て第二格納庫へと向かったのだった。
 そんな様子を見ていた茜は、隣に立つブリジットに言うのだ。

「畑中先輩達も、忙しいよね。」

「ホント。」

 茜の漏らす所感に、徒(ただ)、苦笑いで同意するブリジットだった。
 そこへ緒美達、三年生組がやって来て、茜達へ声を掛けるのである。

「天野さん、ボードレールさん、お疲れ様。」

「あれ、レールガン、外しちゃったの?」

 状況を知らない直美が、ブリジットに見た儘(まま)を尋(たず)ねる。

「はい。試作工場へ持ち帰って、トラブルの原因を解析するんだそうです。」

 ブリジットの答えに、恵が所感を述べるのだ。

「あらら、結構な大事(おおごと)になってるのね。」

 今度は金子が、茜に問い掛ける。

「畑中先輩、台車押して出て行ったけど。 何か有ったの?」

「ああ、いえ。学校の機体に取り付けた、記録器材の回収だそうですよ。」

 武東が、苦笑いして言うのだった。

「そう言えば、そんな予定だったけど。今日中に器材や工具、全部片付けて、明日の朝には試作工場へ発(た)つんでしょ? 大変よね、試作部の人達も。」

「飯田部長や日比野さんとか、本社の人達は、今日の二十一時離陸だって言ってたよね。理事長も。」

 そう金子が言うので、緒美が指示を出すのだ。

「それじゃ、飯田部長が帰っちゃう前に、打ち合わせ、やっておきましょうか。取り敢えず、天野さん、ボードレールさん、着替えて来て。二人の着替えが済んだら、打ち合わせ、始めましょう。」

「分かりました。じゃ、行こうか、ブリジット。」

「そうね、茜。」

 茜とブリジットは、並んで二階通路へと上がる階段へと向かって歩き出す。
 そんな姿を暫(しばら)く見送った金子が、緒美に向かって言うのだ。

「あんな事に巻き込まれても、あの二人は何時(いつ)も通りね。」

 その言葉に対して、少しも表情を変える事無く、緒美は言葉を返す。

「今日のは、今迄(いままで)のに比べたら、接近戦をしないで済んだだけ、優(まし)だと思うわ。」

「まあ、それでも、ブリジットは良く付き合ってると思うよ、天野に、さ。ブリジットは兵器とか軍事とか、そう言うのに特別明るい訳(わけ)じゃないのに。」

 緒美に続いて、直美が真面目な顔でコメントすると、恵も言うのだ。

ボードレールさんはね、天野さんになら、どこ迄(まで)でも付いて行っちゃうんじゃない? 天野さんは天野さんで、ボードレールさんが付き合って呉れてるのは、きっと心強いんだとは思うけど。」

 そして溜息を一つ吐(つ)き、金子が緒美に言うのである。

「天野さんが、特殊って言うか、特別なのは、ここ暫(しばら)く観察してて納得はしたけどさ。 まあ、何(なん)にしても、あの二人に、あんまり無理させるんじゃないよ、鬼塚。」

「そんな事、貴方(あなた)に言われる迄(まで)もないわ。」

 そう言葉を返して、緒美は力(ちから)無く笑って見せる。同時に、恵も直美も表情を曇らせるのだ。

「ごめん。余計な事を言ったわ。」

 雰囲気を察して、金子は咄嗟(とっさ)に謝罪するのだった。それには、緒美は微笑んで「いいのよ。」と、一言だけを返したのである。
 すると、金子の傍(そば)に立っていた武東が、真顔で言うのだ。

「そんな気にしてるのなら、さっさと手放してしまえばいいのに。」

 その武東の提案を、真っ先に否定したのが金子だった。

「いや、それが出来るなら、疾(と)っくにやってる。 でしょう?鬼塚。」

 緒美は目を伏せて頷(うなず)き、顔を上げてから言った。

「元々は、わたしが個人的に始めた事なのに、今では天野さんとボードレールさんだけじゃなくて、こんなに大勢の人を巻き込んで…責任は感じているのよ。どうしたら責任が取れるかは、良く分からないけど…。」

 そこ迄(まで)、緒美が発言した所で、緒美達の背後から飯田部長が声を掛けるのだ。

「キミが責任を感じる事じゃないさ、鬼塚君。」

 その声に驚いて、緒美や恵が振り向くと、飯田部長と立花先生が立って居るのである。その二人へ少し意地悪そうに、直美が問い掛ける。

「何時(いつ)から聞いてたんです?」

「『二人に無理させるんじゃない』辺りから。」

 微笑んで即答したのは、立花先生である。

「わたしのか~。」

 考え無しに発した言葉を恥じて、武東の肩に掛けた肘に顔を埋(うず)め、金子は声を上げたのだ。勿論、金子が殊更(ことさら)、大袈裟(おおげさ)に反応して見せるのは、半分は照れ隠しであると同時に、その場の空気を軽くする為のサービス精神でもある。武東は自身の左肩に乗せられている金子の頭を、右手で優しく一撫(ひとな)でするのだった。
 そして飯田部長が、緒美に言うのだ。

「会社の業務として行っている以上、この開発計画の責任は最終的に会社の方に有るのは明白だ。個々人が負い切れない様な、大きな責任を保証する為に組織って物が有るんだからね。そして、大きな問題が起きない様に方針を立て、チェックをする事で責任を分散、分担するのが、組織として活動する事の意義だ。だから組織で仕事を回している以上、誰か個人が一人で全ての責任を負う必要なんて無い。 それに、一度(ひとたび)事故が起きてしまえば、本当の意味で責任を取れる人間なんて誰も居ないんだから、正しい責任の取り方は『事故を起こさない』事、それに尽きる。」

 飯田部長に、直美が真面目に尋(たず)ねる。

「では、事故を起こさない為には、どうするのが一番でしょうか?」

「それは、『判断を誤らない』事だね。 勿論、状況の方が人の判断や想定を超えてしまう場合も有り得(う)るが、その時は不可抗力だと観念するしかない。」

 飯田部長の言葉に、恵がポツリと言うのだ。

「不可抗力、ですか。」

「そうだよ。どう頑張っても、人間は神様には、なれないからね。 ま、そう言った危機的な状況に陥(おちい)らない為にも、その前段階で判断を誤らない事が大事(だいじ)だって話さ。」

 そう言うと、飯田部長は「ははは。」と笑うのだ。
 恵は、立花先生に問い掛ける。

「わたし達は、判断を誤らずに、ここ迄(まで)来られたでしょうか?先生。」

「さあ、どうかしらね? 今の所は、間違っていないって信じてるけど。残念な事に、判断が正しかったかどうか、は、最後になってみないと分からないのよね。」

 立花先生の回答を聞いて、直美が嘆(なげ)く様に言った。

「それじゃ、判断する時点では間違いかどうか、分からないじゃないですか。」

 ニヤリと笑って、飯田部長は応える。

「そりゃ、そうさ。出来るのは、正しいと信じて判断する事だけでね。重要なのは、理性的に熟考したとしても、直感を信じたとしても、その判断を正しいと信じられるか、あとで悔(く)やまない判断が出来るか、そう言う事だよ。」

「最終的には精神論ですか?『努力と根性』みたいな。」

 金子が茶化す様に、そう言うので、飯田部長は笑顔で反論する。

「それはちょっと違うな。必要なのは『知恵と勇気』だよ。 まあ、『努力と根性』も、否定はしないけどね。」

 その飯田部長の発言に、その場に居た三年生達は黙り込んでしまうのだった。
 数秒経ったのかどうかと言う頃、緒美は着替えを終えた茜とブリジットが、インナー・スーツの更衣室から二階通路へと出て来たのに気付く。茜とブリジットの方も、緒美の視線に気が付き、二人は小さく頭を下げるのだ。

「では、飯田部長、立花先生、天野さん達の着替えが終わったみたいなので、デブリーフィングを始めたいと思いますが。」

 緒美は、二人に打ち合わせの開始を提案するのだ。因(ちな)みに、『デブリーフィング』とは事後の報告や打ち合わせの事で、対として事前に行われる指示の伝達や打ち合わせは『ブリーフィング』と謂(い)われる。

「分かった。二階に行けば、いいね?」

「はい、お願いします。」

 飯田部長と立花先生が二階通路へと上がる階段へ向かうと、緒美は少し離れたデバッグ用コンソールの所に居る、樹里達に呼び掛けるのだ。

「城ノ内さん、日比野先輩、打ち合わせを始めたいと思いますので。」

「はーい、今、行きまーす。」

 緒美の呼び掛けには、代表して樹里が声を返して来るのだった。
 そして階段へと向かおうとする緒美に、直美が声を掛ける。

「それじゃ、わたし達は格納庫(ここ)の終了作業、進めてるから。」

「うん、お願い。 あ、畑中先輩と実松課長に、打ち合わせを始めるって声を掛けておいて。」

 その緒美の依頼には、恵の方が応えるのだった。

「分かったわ~任せて。」

「それじゃ、現場の方はお願いね。」

 そう言い残した緒美は、先程、呼び掛けた樹里と日比野と合流し、階段を上(のぼ)って行ったのである。

 斯(か)くして、この日に予定されていた飛行試験は、全てが無事に終了したのだ。
 今回搬入された AMF は、概(おおむ)ね企図した通りに機能し、その能力も仕様に沿ったものである事が確認されたのは、この日に記録されたデータの解析が終了した、数日後の事である。AMF 搭載のレーザー砲と、HDG-B01 に装備されたレールガン、それらに因るエイリアン・ドローンの撃墜記録は、それは予定されていた事ではなかったのだが、当然、マイナス評価となり得る事項ではなかった。
 飛行試験最終日のデブリーフィングに於(お)いては、当面の方針として AMF と HDG-B01 は空中戦シミュレーションを継続して空中機動の機体制御を、各機に搭載されている AI に学習させる事で合意がされたのだった。それは勿論、天神ヶ﨑高校の生徒達が、事故や戦闘に巻き込まれる危険(リスク)を回避する為の方策ではあったのだが、その一方で、本社側が本当に欲していたのが空中戦機動や空中射撃を学習した AI や、その経験データの方であると言う都合からでもあるのだ。
 その本社の意図に、この時期の緒美は既に薄々は感付いてはいたのだが、茜とブリジットの二人を無闇に戦闘に参加させない為には、シミュレーションを積極的に活用していく方針が妥当な案だと納得はしていた。それに、間接的にであれ HDG の開発が本社側に必要とされ、何らかの役に立つのならば、それは意義の有る事なのだと理解していたのである。
 それだけに、この日から一週間後に搬入が予定されている、クラウディアが扱う予定であるC号機の、その真の能力確認を何(ど)の様に実施する可(べ)きなのか、その事は緒美を大いに悩ませてたのだが、それに就いてのお話は、又、次回なのである。

 

- 第15話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.14)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-14 ****


 それから一時間程の後、その日の飛行試験に参加した全機は、無事に天神ヶ﨑高校の飛行場へと帰投したのである。
 着陸は、茜の AMF、ブリジットの HDG-B01、そして最後が天野重工の社有機の順で、最後に社有機が着陸した時には、時刻は十七時になっていたのだ。
 着陸に滑走路を必要としない HDG-B01 は、直接、駐機場(エプロン)へと降りるので、滑走路から誘導路を通って格納庫へと向かう AMF よりも、先に第三格納庫へと入ったのだった。
 ブリジットは先(ま)ず、飛行ユニット用のメンテナンス・リグへと向かい、そこで飛行ユニットとの接続を解除し、続いてB号機用のメンテナンス・リグに向かう。
 ブリジットが HDG-B01 をメンテナンス・リグに接続し、瑠菜と佳奈がリグを操作してブリジットと HDG との接続を解除していると、隣の飛行ユニットのリグの操作を畑中が始めるのだ。目的は、例のレールガンに起きたトラブルの調査である。

「おーい、畑中君。ジャムを解除する前に、画像、残しておいて呉よ。」

 飛行ユニットをフロア・レベルまで降ろして、飛行ユニット背部のレールガンに手を伸ばそうとしている畑中へ、歩いて来る実松課長が声を掛けるのだ。

「承知してますよー、実松課長。」

 畑中は首から提(さ)げている、試作部備品の小型カメラで、角度を変えては何枚かの画像を記録し、一方で大塚がメンテナンス用のカバーを外していく。そんな折(おり)、畑中が声を上げるのだ。

「あー、何(なん)でこうなったかな~。」

 その声を聞いて、HDG から解放されたブリジットと瑠菜達は、隣の飛行ユニット用メンテナンス・リグへと向かった。

「どんな感じですかー、畑中先輩。」

 ブリジットが声を掛けると、トラブルの状況画像をカメラに収めた畑中は、「思ったより、酷いよ、こりゃ。」と声を返し、リグから少し離れるのである。

「大塚さん、タブレット貸してください。」

「はい、どうぞ。」

 図面確認用の大判タブレットを、傍(そば)に居た大塚から受け取ると、畑中は小型カメラをタブレットにケーブルで接続し、先刻に収めた画像をタブレットに表示し、画像を選択する。
 そして畑中が実松課長の方へと差し出したタブレットに、その場に居た他の者(もの)も、実松課長の背後へ回って覗(のぞ)き込むのである。

「ああーこりゃ、見事に支(つっか)えてるな。弾体の後側は、どこに填(は)まってるのか、良く解らんが…弾倉(マガジン)のリップが変形してるのかな?」

「それは外してみないと、判りませんが。何(なん)にしても、再装填の操作はしなくて正解でしたね。」

 実松課長に続いて所見を語る畑中に、ブリジットが問い掛ける。

「どうしてです?」

 それには、実松課長が答えるのだ。

「この状態だと、ボルトが後退してもチャンバー手前に有る弾体が排出されない。下手すると、二発目がチャンバーに入ろうとして、更に詰まる。」

 そこへ、AMF がエンジン音を響かせ、第三格納庫の中へと入って来るのだ。AMF は第三格納庫の中央まで進むと、停止して機首ブロックを解放するのだった。
 畑中は、瑠菜と佳奈に声を掛ける。

「瑠菜君、古寺君、悪いけど AMF に地上電源を繋(つな)いでやって呉れ。」

「承知してます、畑中先輩。 行こう、佳奈。」

「は~い。」

 瑠菜と佳奈は、AMF 正面側の壁際へと走ると、地上電源のケーブルを引っ張って、AMF の機体下面へと向かう。AMF の方では、茜の HDG-A01 へ AMF に格納されていたスラスター・ユニットが再接続され、格納庫の床面へと HDG が降ろされつつあった。そして、地上電源が AMF に接続されると間も無く、二基のメイン・エンジンが相次いで停止され、格納庫内は静けさを取り戻すのである。
 それを待って、HDG-B01 の飛行ユニット側では、畑中が実松課長に相談を持ち掛けるのだ。

「これ、この儘(まま)持ち帰って、試作工場で詳細に調査した方が良くありませんかね?実松課長。」

「そうだな~調査したら、データ、開発部(こっち)にも送って呉れるかい? 設計の方でも、揉(も)んでみるよ。」

「助かります。ああ、持って帰るとなると…大塚さん、帰りのクルマ、これ、積み込むスペース、有りましたっけ?」

「大丈夫でしょう?そもそも、こいつの梱包材を積んで帰る予定でしたから。 梱包材、念の為に、こっちに残しておいて正解でしたね。」

 そこまで様子を窺(うかが)っていた倉森が、畑中に声を掛ける。

「でも、先輩。持って帰るなら、課長に一言、断っておいた方が良くありません?」

「あーそうだよなぁ。予定外だもんなー。」

 畑中が渋い顔をしていると、実松課長が微笑んで言うのだった。

「それじゃ、宮村課長には、わたしから事情を話しておくよ。今、まだ五時過ぎだ、オフィスに居るだろう。」

 実松課長は作業着の上着の懐(ふところ)から携帯端末を取り出すと、通話要請を送り乍(なが)ら、その場を離れて行く。その背中に、畑中は「ああ、すいません。助かります、実松課長。」と、声を掛けたのだ。
 それには、実松課長は振り向かず、左手を挙げて見せるのだった。

「よーし、それじゃ、レールガンを飛行ユニットから外すぞー。あ、倉森君と新田さん、倉庫に仮置きしてある、コイツの輸送用の木枠とか梱包材、出して来て呉れるかな。」

「分かりました。行きましょう、朋美さん。」

「了~解。」

 試作部からの出張組は二手に別れ、畑中と大塚はレールガンの取り外し作業を開始し、倉森と新田は格納庫東側、部室階下の倉庫へ仮置きしていた梱包材を取りに向かったのである。


 その頃、第三格納庫の外では、最後に着陸した社有機が駐機場(エプロン)に到着し、乗員達が降機していた。
 飯田部長、加納、日比野、樹里、緒美の順で機体から降りて行き、客室側の全員が降りたのを副操縦士の榎本が確認すると、社有機は再び動き出し、第二格納庫の前へと向かったのだ。
 第三格納庫の前で社有機の乗員達を出迎えたのは、天野理事長、立花先生、恵、そして先に帰投していた直美と金子、そして武東と言った面々である。

「いやあ、大変だったね。ご苦労さん。」

 真っ先に天野理事長から、そう声を掛けられ、飯田部長は「お出迎え、恐縮です。」と応えたのだが、他の四名は何と無く一礼をするのだった。
 続いて声を上げたのは、加納だった。

「取り敢えず、わたしはこれで『御役御免』ですので、秘書課の業務に戻ります、理事長。」

「そうか、もういいのかね?」

「はい。この件に関しては、もう、わたしの出る幕は無いでしょう。ですよね、飯田部長。」

 そう笑顔で確認する加納に、飯田部長も笑顔で応じるのだ。

「いや、御協力には感謝してますよ、加納さん。」

「又、必要が有れば、声を掛けて頂ければ。その折(おり)には、業務の方、調整致しますので。」

「はい。その時は宜しく。」

「では、理事長。ちょっと着替えて参ります。」

 加納が天野理事長に一礼して、そう言うと、天野理事長が言葉を返すのだ。

「ああ、試験飛行が予定より一時間延びたから、今日、このあとのフライトも一時間遅らせようか、加納君。それ迄(まで)、一休みするといい。」

「では、二十一時離陸、と言う事で。飯田部長も、それで宜しいですか?」

「わたしは、今日中に本社へ戻れるなら、何時(いつ)でも大丈夫ですよ。」

「では、それで準備を致しますので。」

 もう一度、天野理事長に一礼をして、加納は第二格納庫へと向かった。
 二十一時離陸のフライトとは、本社から出張で来ている飯田部長、実松課長、蒲田、日比野の四名と、天野理事長を本社へと送って行くフライトの事である。つまり天野『会長』は、明日は本社で執務、と言う事で、彼が移動するのだから社有機の機長は加納が務めるのだ。因(ちな)みに副操縦士は、昼間の試験飛行でも副操縦士を務めた榎本が担当し、使用する機体は昼間の随伴機に使用した機体ではなく、客室内が通常配置の予備機の方である。試験の随伴機を務めた機体は、試験用機材解除の為、後日、試作工場へ移動する予定なのだ。

「鬼塚君達も、大変だったね。ご苦労様。」

 理事長達が遣り取りする様子を窺(うかが)っていた緒美達三名にも、天野理事長が声を掛ける。すると、立花先生が飯田部長に尋(たず)ねるのだ。

「所で、流石に今回の件で、防衛軍から『お問い合わせ』が本社へ行く事は無いですよね?」

 立花先生が言う『お問い合わせ』とは、要するに『苦情(クレーム)』の事である。
 それには、飯田部長は笑って答えた。

「ハハハ、今回は流石に無いだろう。何(なに)せ、防衛軍(あちら)からの『御依頼』だからね。」

「まあ、上の方(ほう)とは、話は事前に付けて有るしな。心配無いよ、立花先生。」

 天野理事長も、余裕の笑顔である。
 一方で、少し不安気(げ)な顔で、緒美が言うのだ。

「しかし、余計な成果を出してしまったので、変に当てにされたりしないか、わたしは少し心配です。」

「邪険にされるにせよ、頼りにされるにせよ、この間みたいな面倒事(めんどうごと)に巻き込まれるのは、遠慮したいものですよね、部長。」

 緒美の傍(そば)に移動していた、恵も苦笑いで緒美に話し掛けるのだった。
 それに対しては、真面目な顔で飯田部長がコメントする。

「試作機が偶然、一度くらい結果を出したからってね。それ程、単純な組織じゃないだろう、流石に防衛軍だって。まあ、その辺りのマネジメントは、本社の方でキッチリやっておくから。心配はしなくていいよ、鬼塚君。」

「宜しくお願いします。」

 緒美の表情は、極めて真面目な儘(まま)である。

「まあ、ここで立ち話を続けるのも何(なん)だ。中へ入ろう。」

 話題を変える可(べ)くなのか、天野理事長は第三格納庫へと歩き出す。一同が、それに続いて歩き出すのだが、歩き乍(なが)ら、立花先生が飯田部長に尋(たず)ねるのだ。

「そう言えば、飯田部長。防衛軍の上と話が付いているって、いつの間にそんな話を?」

 その立花先生の質問に答えたのは、天野理事長である。

「ああ、つい先日、一昨日(いっさくじつ)の事だな。予(かね)てから大臣に面会の申し込みをしていたんだが、先日、急にアポが取れてね。飯田君と行って来たんだが、その時、彼方(あちら)側には、桜井一佐も居たかな。」

 天野理事長の発言に、緒美が問い掛ける。

「大臣って、伊藤防衛大臣、ですか?」

 それに答えたのは、飯田部長である。

「そうだよ。この間みたいなゴタゴタが今後起きないよう、防衛省と防衛軍の方に HDG の試験運用に就いて、配慮が頂けるように依頼しておいた。 今後予定している試作装備の試験には、空防の協力が欠かせないしね。」

「それって、HDG が防衛軍に採用される、目処(めど)が立ったって事なんでしょうか?飯田部長。」

 唐突に直美が、そう尋(たず)ねた。だが、飯田部長は、それを笑って否定する。

「ははは、そう言う話じゃないよ。防衛軍は HDG その物に、今の所、興味は無いし、うちも HDG を売り込む積もりは、今は無い。」

「そんなので、良く防衛軍の協力が得られますよね?」

 今度は金子が、素直な疑問を口にするのだ。透(す)かさず飯田部長が、それに答える。

「そりゃ先先(さきざき)、双方に利益(メリット)が有るからさ。」

「そのメリットって言うのが何か、は、教えて貰えないんですよね?」

 そう言葉を返すのは、金子の傍(かたわ)らを歩く武東である。

「そりゃそうさ、それこそ『企業秘密』や『国家機密』だからね。キミ達には悪いけど。」

 飯田部長の回答を受けて、恵は立花先生に尋(たず)ねるのだ。

「先生は、御存知(ごぞんじ)ないんですよね?」

「御存知(ごぞんじ)ないわよ、わたしなんて下っ端ですからね~。」

 苦笑いで立花先生が答えるので、直美は空を仰(あお)いで、態(わざ)と少し大きな声を出すのだった。

「何(なん)て言うか、世知辛いよな~。」

「ま、世の中ってのは、こんなものよ、直美ちゃん。」

 「ふん」と鼻を鳴らしたあとで、立花先生は達観したかの様に直美に言ったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第15話.13)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-13 ****


 茜は AMF に装備された前方監視カメラの最大望遠で、エイリアン・ドローン編隊の様子を監視してる。V字型編隊を組み直したエイリアン・ドローン編隊は、高度は下がったものの元のコースを直進しているのだ。
 間も無く、それは画面上での機影は小さいのだが、V字型編隊の先頭を飛ぶエイリアン・ドローンが、斜め前方から飛来した弾体の直撃を受けて弾(はじ)ける様に横転する様子が、AMF の前方監視カメラに因って捉えられていた。そして破片を撒き散らし乍(なが)ら、直撃を受けたエイリアン・ドローンは画面の下へと消えて行く。
 その他の機体は先程と同様に、先頭の機体が被弾するのとほぼ同時に、上下左右へと編隊を解いて散らばって行ったのである。

「レールガン弾体の命中を確認。HDG01、射撃を開始します。」

 茜は、そう宣言すると Ruby に指示を出した。

Ruby、手近な目標からロックオン。レーザー砲で、連続射撃するわよ。」

「分かりました。射撃管制モード、最短距離の敵機をロックオンします。」

 指示された通り、AMF に対して一番近いエイリアン・ドローンを捕捉した Ruby は、その機体に照準追跡を固定する。茜は射撃管制画面上の十字シンボルへ向かって機体の向きを微調整するが、先程よりも反応がいい事に気が付く。先程の射撃時の経験を元に、Ruby の操縦補正が、より最適化されているのだと、茜は直ぐに気が付いた。そして数秒も掛からず、十字シンボルは射線軸を表す四角シンボルの中央に収まるのだった。

「照射時間五秒、発射!」

 茜の音声コマンドでレーザー砲は発射され、AMF の機内ではレーザー照射中を知らせる「ビー」と言う電子音が、五秒間鳴り響く。正面の射撃管制画面にオーバーラップして表示されている前方監視カメラの最大望遠画像では、画面中央に捉えられているエイリアン・ドローンがレーザー攻撃を受けて煙を引いて落下を始める。

Ruby、次の目標を選択。」

「最短距離の敵機を選択します。」

「ロックオン。」

 茜の指示で照準追跡を固定すると、もう殆(ほとん)ど自動で次の標的をレーザー砲の射線軸へと、Ruby が機体を操縦していく。あとは茜が『発射の指示(キュー)』を出すだけ、となっていた。

「発射!」

 AMF の前方監視カメラが捉えているエイリアン・ドローンの小さな機影が、再(ふたた)びレーザーに焼かれて火を噴くのが見て取れる。勿論、最大望遠でも細部、詳細な様子は解らない。画面上では 13 ~ 18 ピクセル程の、陰の様な、染みの様な機影から、機体の破片であろう 1 ピクセル程度の点が飛び散ったり、細長い煙であろうラインを引いたり、或いは機体と同じか、それ以上の大きさの光点が点滅したり、時には機体が不規則に回転したりするのが、観測されるのである。その様子は、毎回が違った様相を呈するのだった。

Ruby、次の目標を選択。」

「最短距離の敵機を選択します。」

「ロックオン。」

 傍目(はため)からは AMF は殆(ほとん)ど姿勢を変えてない様に見えるが、実際は上下左右に機首を微妙に振って、約百五十キロメートル先を飛び回るエイリアン・ドローンにレーザー砲の射撃軸線を合わせているのだ。

「発射!」

 こうして、三機目の射撃を実施し、無事に目標の撃破を確認した所で、緒美が時間切れを告げるのである。

「HDG01、もういいわ。そろそろ、帰る時間よ。」

 続いて、Ruby が茜に報告する。

「連続発射の影響でしょうか、バレルの温度が、更に 80℃上昇しました。発射用キャパシタが、六つ全て空です。充電に、暫(しばら)く時間が必要です。」

「了解、Ruby。 レーザー砲の連射は三回までって、仕様通りですよね?部長。」

 茜の呼び掛けに、緒美が答える。

「そうね。 防衛軍側に帰投の報告、しておくから。ちょっとの間、皆(みんな)、余計な事、言わないでね。城ノ内さん、お願い。」

 そうして緒美が、樹里に通信設定を依頼すると、そのタイミングで桜井一佐の方(ほう)から呼び掛けて来るのである。

「此方(こちら)、統合作戦指揮管制、桜井です。TGZ01、応答願います。」

 声のトーンが、少し慌てている様子にも聞こえたので、緒美は敢えて平静に声を返すのだ。

「TGZ01、鬼塚です。どうかされましたか?桜井さん。」

「さっきから、エイリアン・ドローンの反応が三機、四機と続けて消失したんだけど、其方(そちら)で何かやったの? 此方(こちら)で、ちょっと騒ぎになってるのよ。」

 思わず緒美と飯田部長が顔を見合わせ、そして緒美はくすりと笑い、飯田部長は小さく失笑したのである。

「え~と、信じて頂かなくても結構ですけど、御依頼の通り此方(こちら)で射撃試験の標的にした結果ですので、御心配無く。」

「七機全部?」

 そう聞き返して来た桜井一佐の声は、笑いを堪(こら)えている様だった。

「はい。何分(なにぶん)、標的までの距離が遠いもので少々不鮮明ですが、画像も残っていますので。後日、飯田部長の方(ほう)から報告書が提出されると思いますが…。」

 そう言い乍(なが)ら、緒美が飯田部長の方へ目を遣ると、苦笑いしつつ飯田部長が頷(うなず)いているのだった。緒美は言葉を続ける。

「…それで、宜しいでしょうか?」

「了解しました。報告書、楽しみにしておりますわ。飯田さん、聞いてらっしゃるのでしょ?」

 桜井一佐に呼び掛けられ、漸(ようや)く飯田部長が声を出す。

「あー、はい、はい。後日、ですね。成(な)る可(べ)く、火急(かきゅう)に提出出来るよう努力致します。」

「お願いします。 あ、一つだけ先に教えて頂けます? レーザーとレールガンの、撃墜数(スコア)の内訳。」

 緒美は、慌てて聞き返すのだ。

「この通信で、話しても大丈夫なんでしょうか?」

 桜井一切の返答は、明快だった。

「大丈夫ですよ。今、この回線の此方(こちら)からの通信先設定は其方(そちら)だけですし、其方(そちら)の通信先設定は此方(こちら)だけでしょ? 今、この管制室に居る者(もの)は、皆(みな)、信用出来る者(もの)ばかりですから、御心配無く。」

 緒美が飯田部長へ視線を送ると、飯田部長は再(ふたた)び頷(うなず)いて見せるのだった。
 それを確認して、緒美は発言する。

「そう言う事でしたら。 七機撃墜の内訳は、レールガンが二機、レーザーが五機です。但し、レールガンは送弾系でメカ的なトラブルが発生したので、その時点で試射を中止しました。」

「そう。分かったわ、ありがとう。何(なん)にしても、助かったわ。 此方(こちら)も漸(ようや)く編成の都合が付いて、さっき迎撃が上がった所なの。えー、現時点で、敵機は引き返す積もりみたいね。間に合えば、残りは此方(こちら)で処分する事になると思うわ。」

「そうですか。此方(こちら)は、そろそろ燃料が心許(こころもと)無いので、ベースへ帰投します。」

「そうね、ご苦労様。帰り道、気を付けてね。」

「ありがとうございます。以上、通信終了します。」

「了解。通信終了。」

 桜井一佐の返事を聞いて、緒美は右手を樹里の左肩へ置いた。それが、統合作戦指揮管制への通信設定解除の合図である。樹里は無言でパネルを操作し、設定を変更した。

「はい、防衛軍管制への通信設定、解除しました。」

「ありがとう、城ノ内さん。」

 続けて緒美は、茜に呼び掛けるのだ。

「HDG01、天野さん。さっき桜井さんが、エイリアン・ドローン編隊が引き返してるって言ってたけど。戦術情報で確認してちょうだい。」

 茜の返事は、直ぐに返って来た。

「はい、HDG01 です。先程からチェックしてますけど、高度を上げ乍(なが)ら、方位(ベクター) 330 へ。元来(もとき)た方向へ、針路を変えてます。」

「そう。 アウト・レンジからの狙撃は、意外と効果が有ったのかもね。 兎も角、全機、帰投するわよ。 沢渡さん、お願いします。」

 緒美が呼び掛けに応じて、操縦席の機長、沢渡が声を上げる。

「了解。針路、方位(ベクター) 183 へ、高度は少し上げて千八百メートルへ、速度(スピード)は 10.0 にセットします。HDG01 及び、HDG02、続いてください。」

「此方(こちら) HDG01、マスターアーム、オフ。レーザー砲を格納して、TGZ01 を追います。」

「HDG02、了解。TGZ01 を追います。」

 そこで飯田部長が、通信に乗っている事を承知で、緒美に尋(たず)ねるのだ。

「しかし、鬼塚君。蓋を開けてみれば、レーザーもレールガンも全弾命中。驚異的な命中率の様に見えるが、どう思う?」

 緒美は一瞬、飯田部長の表情を確認し、そのニヤリと笑っている表情が期待していそうな答えを、敢えて言うのだ。

「当たる様に撃ったから、当たっただけですよ。勿論、HDG 搭載 AI の火器管制が優秀だからこそ、ですが。」

 緒美の見解は彼の期待通りだったのか、飯田部長は大きく頷(うなず)いていた。そして緒美は、発言を続ける。

「海防の艦艇搭載型に比べて、航空機搭載型の方が、そもそも素性がいいとは思いますよ。艦艇搭載だと、どうしても波の不規則な動きが、照準に影響を与えますから。偶然とは言え、今日ぐらい気流が安定していて呉れたら、航空機搭載の方が精度は求め易いと言えます。一方で航空機搭載のデメリットは、艦艇程の電源が得られない事と、それに加えてレールガンの場合は弾体の搭載量が少なくなる事ですね。」

「いやあ、流石の慧眼(けいがん)振りだね。」

 上機嫌そうに飯田部長が言うので、緒美は少し困惑気味に尋(たず)ねるのだ。

「それで飯田部長は、わたしにそんな推察を言わせて、どうされるお積もりですか?」

「いやあ、先程の『大戦果』を見て、何か勘違いをする者(もの)が居たらいけないから、釘を刺して貰おうかと思ってね。防衛軍の連中にも、聞かせてやりたい位だったよ。」

 その飯田部長の答えを聞いて、緒美は溜息を一つ、吐(つ)いたのだ。
 そこに、ブリジットが問い掛けて来る。

「HDG02 ですけど、あのー、今の、お二人のお話は、どう言う意味なんでしょうか? 『勘違い』って言うのは…。」

 ブリジットが言い終わらない内に、茜が口を挟(はさ)む。

「HDG の性能がいいとは言っても、どんな状況で撃っても百発百中じゃない、って事ですよね、部長。」

 茜のコメントを聞いて微笑んだ緒美は、言うのである。

「そうね。要するに、天野さんとボードレールさんが、HDG を上手に使ったから当たった、って話よ。特にボードレールさん、命中させるのはレールガンの方が格段に難しいんだから、当たらない条件で無駄弾を撃たずに、当たる条件の時だけ発射したのは、判断が的確だったわ。」

「あはは、何だ~褒(ほ)めて呉れてるのなら、そんな風(ふう)にストレートに言ってくださいよ~。」

 笑ってブリジットが、そう言うので、緒美も笑顔で言葉を返すのだ。

「そうね、これからは、そう心掛けるわね。」

「いやあ、正直、今日も茜に比べると、イマイチだったなーって、ちょっと、がっかりしてたんですよ。」

 緒美に続いてブリジットが、そんな事を言い出すので、透(す)かさず茜が声を上げる。

「ちょっと、ブリジット、何言ってるのよ?」

「そうだよ、がっかりなのは、こっちだよ!」

 茜に続いて通信から聞こえてきた声は、直美である。金子も、それに続くのだ。

「全(まった)くね、途中で帰されるしさ。帰り道はそっちの邪魔はしたくないから、黙って、黙々と飛んでるだけだもんな。」

「ブリジットは、正面(まとも)に出番が有っただけ優(まし)なんだからね。」

 金子と直美に続けて、そう言われると、流石にブリジットも申し訳無い気がして来るのである。

「それは何だか、申し訳無いです。」

 ブリジットが謝辞を述べると、今度は緒美が言うのだ。

「別に、ボードレールさんが謝る事じゃないでしょう? 金子ちゃん、今、どの辺り?」

「えーと、学校まで、あと十分位。」

「了解。 天野さん、戦術情報、何か変化は無い?」

「あ、はい。学校迄(まで)の空域はクリアーです。因(ちな)みに、撤退中のエイリアン・ドローン編隊ですが、防衛軍の戦闘機が、関東と北海道から追撃に向かってるみたいですね。」

 茜の報告に、緒美が問い返す。

「追い付けそう?防衛軍。」

「どうでしょう? 超音速巡航(スパークルーズ)で、文字通り『飛んで行って』ますけど、目標が防空識別圏を出る迄(まで)にミサイルの射程に入るか、ギリギリの所ですね。」

 そこで飯田部長が、見解を述べるのだった。

「まあ、最終的に撃墜は出来なくてもね。エイリアン・ドローン編隊が引き返して、再度、こっちに来なければ、それでいいのさ。 それよりも問題なのは、防衛軍の防空態勢が、この半年で西向きにシフトし過ぎた事だな。」

 飯田部長に、緒美が尋(たず)ねる。

「そこを衝かれた感じでしょうか? でも、その割には、差し向けてきた機数が、中途半端な気もしますし。まあ、その御陰で、今回、此方(こちら)側は助かりましたけど。」

「全(まった)く、連中の考える事は、良く解らないよ。」

 苦笑いで、そう言う飯田部長に、真面目な顔で緒美は言うのだ。

「寧(むし)ろ、エイリアンの考える事が理解出来るって言う方(ほう)が、どうかしてるとは思いますけどね。」

 その緒美の言葉に対して飯田部長は、唯(ただ)、渋い顔をして見せるのみだったのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.12)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-12 ****


 そうして約三十分の飛行の後、茜達は作戦ポイントへと、到達したのだった。
 防衛軍の戦術情報から、茜はエイリアン・ドローンの動向を確認、報告する。

「HDG01 です。エイリアン・ドローン、機数、針路、共に変化無し。現在高度は一万二千メートル。距離は、約百五十キロ、ギリギリ、最大射程です。」

 それを受け、緒美が指示を伝えるのだ。

「オーケー、全機、速度(スピード)を 6.0 迄(まで)、減速。目標と一気に接近しない様に、相対速度を抑(おさ)えるわ。」

 ここで『速度 6.0』とは、分速 6 キロメートルの事で、時速に換算すると時速 360 キロメートルである。
 エイリアン・ドローンは分速 10 キロメートルで飛行しているので、百五十キロメートルの距離は十五分で翔破してしまうのだ。仮に茜達が同じ速度で向かい合って飛んでいると仮定すると相対速度は倍になるので、最接近する迄(まで)の時間は半分、つまり七分三十秒となってしまう。だから、茜達の側が速度を落として、その時間を稼ぐ意図なのだ。
 ここでは茜達が分速 6 キロメートルまで減速するので、相対速度は分速 16 キロメートルとなり、百五十キロメートルの距離から最接近するのに、九分二十二秒が必要となる計算である。実際は、現時点でエイリアン・ドローンと茜達は向かい合って飛んでいる訳(わけ)ではないので、エイリアン・ドローンが現在のコースを進む限り、茜達とは針路が交錯する事は無い筈(はず)なのだが、勿論、エイリアン・ドローンが何時(いつ)、進路を変えて向かって来るのかは誰にも分からないのだ。

「それじゃ、先手はボードレールさんね。レールガンの第一撃が目標に到達してから、天野さんは射撃を開始して。」

 そんな緒美の指示に、ブリジットは問い返すのだった。

「え、どうしてですか?部長。」

「百五十キロも離れてると、レールガンの弾体が目標に到達するのに、一分程度掛かるのよ。レーザーなら一瞬で届くけど。天野さんとボードレールさんとが同時に発射したら、先にレーザー攻撃を受けたエイリアン・ドローン編隊は回避行動を取るでしょ。そうしたら、一分後に到達するレールガンの弾体は絶対に当たらないでしょ。」

「あー、成る程。確かに。こっちの弾(タマ)を当てるには、奇襲しかないって事ですか。」

「まあ、そう言う事ね。ボードレールさんは、目標が一分以上、直線飛行をするのを見込んで発射してね。火器管制装置が目標の未来位置を計算して照準を補正して呉れる筈(はず)だけど、旋回中の目標を狙っても、先(ま)ず百パーセント当たらないから、気を付けてね。」

「HDG02 了解。マスターアーム、オン。発射準備開始します。 弾体を薬室(チャンバー)へ装填。」

 ブリジットに続いて、茜も発射準備を開始する。

「HDG01、マスターアーム、オン。レーザー砲、射撃準備します。」

 そして、緒美が指示を伝える。

「準備が出来たら、其方(そちら)のタイミングで射撃を開始して。此方(こちら)で時間を計って三分経過したら合図するから、その時は一度、針路を反転して、目標との距離を取り直しましょう。」

「HDG01、了解。」

「HDG02、了解。それでは射撃照準、開始します。」

 ブリジットは戦術情報から、V字型編隊で飛行するエイリアン・ドローンの先頭の一機を選択し、射撃管制モードに切り替えて追跡する目標を指定した。

「目標(ターゲット)、ロックオン。」

 正面の視界には目標の位置を示す十字のシンボルが表示されるが、当然、百五十キロメートル彼方(かなた)のエイリアン・ドローンの姿が目視出来る訳(わけ)ではない。それとは別に、発射後の弾道を示す四角のシンボルも表示され、この二つのシンボルが重なる様に操縦すれば、計算上は発射された弾体が目標に命中するのだ。
 照準上の十字シンボルは、単純に目標の現在位置を表示しているのではなく、現時点での発射機側と目標の相対位置関係と相対運動関係を勘案した、目標の未来位置を予測して表示されている。
 四角シンボルは、発射機側と発射後の弾体の軌道を、双方の運動量や重力、空気抵抗などを考慮して計算し、目標の未来位置までの距離で弾体の通過する座標が表示されているのだ。だから例えば、HDG-B01 自体が水平姿勢を保って右へ旋回すれば、四角シンボルは照準画面上で左へと流れて行く、と言った具合になる。
 現時点でエイリアン・ドローン編隊とブリジットと茜とは、一万メートル以上の高度差が有るので、この状態からの攻撃は、ブリジットはレールガンの弾体を下から打ち上げる格好となる。とは言え、距離も十分(じゅうぶん)離れているので、必要な仰角は四度程で、実際にはレールガンの弾体は目標へ向かっての飛翔中に、重力に引かれて幾分かは落下するので、その落下を考慮して仰角を追加しなければならないが、それは火器管制装置が自動的に計算して照準上の四角シンボル表示に反映されるのだ。
 ブリジットは十字シンボルが四角シンボルの、成(な)る可(べ)く中央になるよう機体をコントロールし、HDG-B01 に搭載された AI も、それを補助するのである。そして、照準が定まった瞬間、音声コマンドを発するのだ。

「発射!」

 閃光と共に、レールガンの砲口から弾体が撃ち出されるのだが、勿論、音速の七倍程の速度で飛び出して行く弾体が見える筈(はず)もなく、飛翔中の弾体は戦術情報画面にも映らないので、あとは命中を祈る他ない。
 一方で、茜は AMF に装備されている前方監視カメラの最大望遠で、エイリアン・ドローン編隊の動向を監視している。とは言っても、百五十キロメートル彼方(かなた)のエイリアン・ドローン一機の大きさは、画面上では十三ピクセル程にしか表示されないのだが、それでもV字型編隊で飛行する様子は確認出来たのだ。その編隊は、まだレールガンが発射された事を関知した様子はなく、直線飛行を継続しているのだ。
 茜はその編隊の中の一機、ブリジットが狙った先頭の機体の、向かって右側の機体を視線で選択し、自機による射撃の目標として指定した。

「目標(ターゲット)、ロックオン。」

 そしてその儘(まま)、茜はブリジットがレールガンを発射してからの経過秒数を数える。

「…三十秒…四十秒…五十秒…六十秒…!」

 突然、小さな点の様に表示されていた編隊中央先頭のエイリアン・ドローンが不自然に揺れ、破片が飛び散っているのか、画面上で更に小さな点が後方へ流れる様に映されたのだ。次の瞬間、編隊が解かれてエイリアン・ドローン達はバラバラの方向へと動き出し、先頭だった一機は不規則に回転し乍(なが)ら落下して行く様に見えた。

「レールガン初弾、命中の模様。HDG01、攻撃に入ります。HDG02 は、右へ展開した目標を。」

 茜は、そう通信で伝えると、先にロックオンしておいた機体を追って、照準を合わせる可(べ)く、AMF の姿勢を制御しようと思考制御へ『イメージ』を入力するのだ。Ruby の操縦補助も有って、間も無くレーザー砲の軸線が標的を捉える。

「発射!」

 透(す)かさず茜は、レーザー砲の発射を指示する。AMF 機内ではレーザー照射中を知らせる電子音が「ビー」と鳴っている。レーザー光はレールガンの弾体と違って、一瞬で目標へ到達するのだが、最大望遠で捉えた敵機の画像では、レーザー攻撃が効果を発揮した様には見受けられない。

Ruby、照射時間を五秒に再設定。」

「照射時間を再設定しました。」

「発射!」

 レーザーを照射してしている間、目標を軸線から外さないように AMF の側は機体を制御し続けなければならないのだが、それは Ruby が操縦を補助している事で実現していた。しかしそれは目標との距離が遠いからこそ可能なのであり、その距離が近ければ目標の移動に対して自機側が動かなければならない角度が大きくなるので、その制御を維持し続けるのは目標との距離が縮まるに連(つ)れて次第に困難になるのだ。
 ともあれ、照射時間を増やしてのレーザー攻撃は効果が有った様子で、目標が煙を引いて落下して行くのが、望遠画像での表示は小さい乍(なが)らも確認出来たのだ。
 茜は戦術情報から、最も近いと思われるエイリアン・ドローンの一機を次の目標として選択し、照準の追跡を指定する。

「目標(ターゲット)、ロックオン。」

 ロックオンしたエイリアン・ドローンは四千メートル程、一気に降下して元の飛行コースへ復帰しようと旋回している様子だった。茜は目標を示す十字シンボルを、射線軸を示す四角シンボルへ合わせ込むように姿勢をコントロールしていく。射線軸を示す四角シンボルは、ブリジットの操る HDG-B01 に装備されたレールガンの照準の様に、表示が正面中央から大きく動く事はない。それは、レーザー光が光速で目標に到達するからで、発射機側の運動が弾道には殆(ほとん)ど影響を与えないからである。レーザー光の伝播に影響を与える可能性を有するものとしては、大気の揺らぎと、強力な電磁場が考えられる。原理的には重力もレーザー光の伝播に影響を与え得るが、地球上に存在出来る程度の重力場なら、その影響は無視していいだろう。
 大気の揺らぎは、気圧や温度、湿度などの気象情報で或る程度は補正が可能で、実際、火器管制装置にはその為の補正機能が備わっていた。電磁場に就いては、レーザー光の伝播に影響を与える程の強力な電磁場が、自然現象として地球上で発生する可能性は無いので、これは重力の影響と同様に無視されているのだ。

「発射!」

 茜は照準に目標を捉え、「ビー」と言う電子音を聞き乍(なが)らレーザーの照射を三秒、四秒と続ける。そして最大望遠の画面上で十五ピクセル程に表示されたエイリアン・ドローンが発火し、破片を散らせ乍(なが)らガクンと姿勢を崩すのを確認したのだ。
 そこで、緒美からの通信である。

「三分経過。HDG01、HDG02、反転して随伴機の左右に集合。 沢渡さん、方位(ベクター) 190 へ向けてください。一分間程、南下しましょう。」

「TGZ01、沢渡。了解です、方位(ベクター) 190 へ。」

 沢渡機長の声に続いて、茜とブリジットの声が聞こえて来る。

「HDG01、了解。随伴機の右側へ付きます。マスターアーム、オフ。レーザー砲、格納。」

「HDG02、了解。それじゃ、わたしは左側だね。針路反転します。マスターアーム、オフ。」

「TGZ01、鬼塚より、HDG01。エイリアン・ドローンの様子はどう?状況を教えて。」

 緒美のリクエストに従い、茜は戦術情報から読み取れる、エイリアン・ドローン編隊の動きを報告するのだ。

「取り敢えず、HDG02 の初弾で一機、HDG01 の射撃で二機、合計三機が撃墜。残りは九機ですが、此方(こちら)に向かって来る様子はありませんね。向こうは、飽く迄(まで)も能登半島を目指すみたいです。高度八千メートル程で、元のコースに復帰しつつあります。」

「了解、HDG01。 もう一回位(ぐらい)は仕掛けられそうね。 HDG02、ボードレールさん。」

「はい、HDG02 です。何でしょうか?部長。」

「目標が自由に機動してると、やっぱり難しい?」

「そうですね。B号機の画像センサーだと、最大望遠でも相手が『点』にしか見えませんから、目標の姿勢が判別出来ません。直進が続くのか判断出来ないと、射撃のタイミングが、どうにも掴(つか)めないですね。 茜の方は、向こうの様子が、もう少し大きく見えてるの?」

 ブリジットに問い掛けられ、茜が答える。

「ギリギリ、外形とか姿勢の判別が付く程度だけどね。此方(こちら)で見えてる最大望遠の画像は、随伴機の方でも見えてますよね?部長。」

「そうね、データ・リンクで送られて来てるから。最低でも、AMF の前方監視カメラ程度の能力が無いと、B01 のレールガンで長射程攻撃は、使いようが無いって事よね。」

 その緒美の意見に、ブリジットがコメントを返すのだ。

「そうですね、最大射程だと最初の一回、奇襲なら使えそうですけど、そのあとは、ちょっと無理そうですね。今の五分の一、三十キロ辺りまで接近すれば、B号機のカメラでも最大望遠で、そこそこの大きさに捉えられる筈(はず)ですし、弾体の到達時間も短くなりますから、それなら使い道は有ると思いますけど。」

 ブリジットに続いて、茜が意見を述べる。

「そうね、レールガンは中距離の方が使い勝手がいいでしょうね。逆に、レーザー砲は中距離だと、多分、照射時間が稼げなくなるケースが増えそうですから、中射程では使い難(にく)そうですね。まあ、近付けば長射程の時よりも照射時間が短くても効果が出るのかも知れませんけど。 取り敢えず、現在の距離では五秒程度は照射を続けないと、効果が得られない様子です。」

「流石に、何方(どちら)も一長一短、有るわね。」

 苦笑いで緒美が、そう感想を漏らしていると、社有機の左右に五十メートル程の距離を取って、AMF と HDG-B01 が並ぶのだった。
 そこで、社有機操縦席の沢渡が言うのだ。

「TGZ01、沢渡です。南下開始して一分は経過してますが、どうしますか。」

 緒美はくすりと笑い、指示を伝える。

「TGZ01、鬼塚より全機へ。それでは、三機揃(そろ)ったので、第二撃を実施します。時間的に、これが今日は最後の攻撃になりますから、その積もりで。 三機揃(そろ)って方位(ベクター) 10 まで左旋回したら、先程と同じ様に HDG02 が、先にレールガンを発射。HDG02 はタイミングが掴(つか)めたら第二射をする積もりで、弾体を装填して待機してください。HDG02 の第一射が目標に到達したら、HDG01 が射撃を開始。HDG01 と HDG02 とで一機ずつ処理出来れば、第一撃の三機と合わせて五機ですから、残りは七機になりますが、まあ、それで良しとしましょう。そこで、わたし達は帰投します。天野さん、深追いはしなくていいから、いいわね。」

「HDG01、了解。」

「HDG02、了解。」

「それでは、方位(ベクター) 10 へ、左旋回開始。」

 緒美が指示を出すと、社有機は少し機体を左に傾けて旋回を始める。AMF と HDG-B01 も、社有機に合わせて旋回を開始するのだ。茜とブリジットは旋回し乍(なが)ら、戦術情報を確認してエイリアン・ドローン編隊の様子を確認する。エイリアン・ドローン編隊は再(ふたた)び、V字型編隊を組み直して能登半島へ向かって飛行を続けていた。

「HDG02、マスターアーム、オン。目標(ターゲット)を先頭の一機に設定します。」

 ブリジットは旋回中に、射撃の準備を開始する。弾体は前回の発射後に、再装填済みである。そして旋回が終了すると、直ぐに照準を合わせるのだ。

「目標(ターゲット)、ロックオン。」

 射撃管制画面で十字シンボルを四角シンボルの中央へと合わせ、ブリジットは音声コマンドを発した。

「発射!」

 再び HDG-B01 のレールガンが閃光を放つが、弾体の目標到達には矢張り、一分程度が必要なのだ。
 その一方で、茜はレーザー砲の発射準備を始め、ブリジットは第二射の可能性に備えるのだった。

「第二射、発射準備。 弾体、薬室(チャンバー)へ装填。」

 ブリジットが次弾の装填を音声コマンドで指示するのだが、間も無く、エラーコードが返って来るのだ。

「え、何?…チャンバー閉鎖不良!? えっと、HDG02 よりテスト・ベース、レールガンのエラーで『コード 409、チャンバー閉鎖不良』って出ているんですけど。これは、再装填命令を掛ければ、クリアー出来ますか?畑中先輩。」

 その呼び掛けに、慌てて畑中が声を返して来る。

「ちょっと待って、ちょっと待って、ブリジット君! その儘(まま)、その儘(まま)で帰って来て呉れないかな。多分、ジャムってる…弾体がチャンバーに入り切らずに、ボルトが途中で止まってるんだと思うけど。どんな風(ふう)に引っ掛かってるのか確認したいんだ。」

「え~、でも、この儘(まま)じゃ、次が撃てませんよ。部長~どうしましょうか?」

 ブリジットが緒美に指示を求めると、畑中は緒美に向かって言うのだ。

「頼むよ、鬼塚君。ジャムなんて地上での試験じゃ、二千回連続でやっても発生しなかったんだ。これがもしも、一万回に一回の低頻度トラブルだったら、トラブル解消の貴重な事例(サンプル)になるんだよ。」

 緒美は直ぐに、判断を下す。

「了解です、畑中先輩。 HDG02 は、その儘(まま)で待機して。HDG02 は攻撃への参加を終了。あとは HDG01 に任せて。」

「え~。 HDG02、了解しました。」

 一言、拒否的な反応を示したブリジットだったが、最終的には畑中と緒美の意を汲(く)んで承諾(しょうだく)するのだった。そして続いて、茜が声を上げる。

「HDG01 です。間も無く、レールガンの弾体が目標へ到達します。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.11)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-11 ****


「そうですか。 沢渡さん、この機の燃料は大丈夫でしょうか?」

 社有機の機長である沢渡に問い掛けると、答えは直ぐに返って来た。

「大丈夫ですよ。此方(こちら)は、あと三時間は飛べます。」

「分かりました。」

 もう一度、緒美は大きく息を吐(は)いて、ヘッド・セットのマイクへ向かって言うのだ。

「TGZ01 より、統合作戦指揮管制。桜井一佐、取り敢えず御依頼の件、承(うけたまわ)りました。但し、此方(こちら)の行動をレーダーやデータ・リンクの情報で監視されるのは構いませんが、通信は遮断させて頂きます。此方(こちら)での通話内容に、企業秘密が多分に含まれる事になると思われますので、ご了承ください。必要の有る際は呼び掛けて頂ければ、その都度(つど)、対応はさせて頂きます。宜しいでしょうか?」

 その緒美の要望に対しては、彼女が拍子抜けする程あっさりと、桜井一佐は了承するのだった。

「通信の件、了解しました。防衛軍を代表して、御社の御協力に感謝します。」

「それでは…。」

 緒美が通信を終わろうと声を出した瞬間、茜の声が割り込んで来るのだ。

「あの、すいません。HDG01 ですが、桜井一佐に確認したい事が。」

「何かしら?」

 桜井一佐が返した声は、極めて穏(おだ)やかだった。続いて、茜は尋(たず)ねる。

「迎撃ポイントは日本領空の外になりますが、それは大丈夫なんですよね? その、法的な意味で。」

「ああ、それなら御心配無く。防空識別圏の内側であれば、目標(ターゲット)がエイリアン・ドローンだと確認出来ていれば、撃墜してもいい事になってますから、国際的に。」

 今度はブリジットが、桜井一佐に質問するのだ。

「すいません、HDG02 です。桜井一佐、その、エイリアン・ドローンだって言う確認は、どうやってるんですか?」

「それは軍事機密ですから、民間の方に詳しく説明は出来ませんが。まあ、映像で確認している、とだけ言っておきます。戦術情報で『敵機』認定されているものは、防衛軍側で確認済みの目標(ターゲット)だから、安心して撃ち落としていいですよ。宜しい?」

「分かりました、ありがとうございます。」

 防衛軍の目標確認は、主に空中早期警戒機で位置を特定し、警戒機に搭載された超望遠カメラで画像を取得して、確認と判定を実施しているのだ。空中早期警戒機で画像が取得出来ない距離の場合、別途、偵察機や観測機を飛ばして、兎に角、画像での確認を行っているのである。その位置特定能力や、画像取得能力、目標判定能力や、それら装備の性能に関する具体的な情報は、重要な軍事上の機密情報であるが故(ゆえ)、明確に明かされる事は無い。
 桜井一佐へブリジットが一礼を述べると、緒美が続いて言うのだ。

「それでは、以上で通信を終了して、行動に移ります。」

「はい、宜しく。」

 緒美は桜井一佐の返事を聞いて、前の席に着いている樹里の右肩に、左手を置いた。
 樹里はパネルを操作して、防衛軍の統合作戦指揮管制を通信相手リストから削除する。これで以降の緒美達の通話が、防衛軍側に聞かれる事は無い。

「通信設定、防衛軍の管制を設定から解除しました、部長。」

「ありがとう、城ノ内さん。」

 そして緒美は視線を飯田部長に向け、問い掛ける。

「飯田部長、桜井さんに『詰めて貰って居た』って、部長から依頼を?」

 緒美は、先刻に飯田部長が桜井一佐に言った言葉を、聞き逃してはいなかった。
 少し苦(にが)そうに口元を動かし、飯田部長は答える。

「さっき言った通り、こう言った事態が起きた場合に、彼方(あちら)側でフォローして貰おうと思って、頼んで置いたんだけどね。今回はどうやら、それが裏目に出た様だ。彼方(あちら)側で、何か有ったのかもしれんね。」

「まあ、有ったんでしょうね。」

 そう返した後で緒美は、又一度、大きく息を吐(は)き、窓の外へ視線を移すとヘッド・セットのマイクへ向かって言うのだ。

「それじゃ、行動を始めましょう。取り敢えず、天野さん、ボードレールさん、この儘(まま)飛行を続けて、一度、試射をしておきましょう。本番で機能しなかったら意味が無いから。日比野さん、撮影機の位置は問題無いですか?」

「ええ、AMF も B01 も、画角に入ってる。大丈夫。」

 日比野の回答を受けて、緒美は直美と金子に声を掛ける。

「TGZ01、鬼塚より、TGZ02、及び TGZ03。現在の位置をキープしててね。それで、試射の撮影が終わったら、両機は現空域を離脱して、ベースへ先に帰投してください。」

 すると、間を置かずに、直美が声を返してくるのだ。

「TGZ02 です。わたし達は、もう用済み?」

「嫌な言い方しないでよ、新島ちゃん。」

 少し困り顔で、そう言葉を緒美が返すと、今度は金子の声が聞こえる。

「まあ、わたし達の機は、エイリアン・ドローンに追い掛けられたら、逃げ切れないものね。」

「それは、解ってるけどさー。」

 不満気(げ)な声を返す直美の発言は無視して、緒美は茜達へ指示を出す。

「それじゃ、天野さん、ボードレールさん、発射準備。」

「HDG01、了解。」

「HDG02、了解。」

 二人の返事を聞いて、緒美は日比野に声を掛ける。

「日比野さん、映像の記録、宜しくお願いします。」

「任せてー。」

 AMF の背部ドアが開くと、レーザー砲が上昇し、砲身が露出する。このレーザー砲には旋回する機構は無く、仰角の微調整が出来るだけである。基本的に AMF 本体の姿勢で照準を合わせなければならないので、近距離の目標を射撃する事は、そもそもが考慮されていないのだ。
 HDG-B01 に追加装備されたレールガンは、飛行ユニットの背面に取り付けられているのだが、これは一門のみが機体中心から右へオフセットして取り付けられており、つまり、最大で二門のレールガンが取り付け可能なのだ。レールガンから撃ち出される弾体は、一門に付き二十四発の装填が可能なのだが、今回は十発のみが弾倉に装填されている。

「HDG01、マスターアーム、オン。発射用キャパシタの、電圧確認。照射時間を二秒に設定。」

「HDG02、マスターアーム、オン。弾体を薬室(チャンバー)へ装填します。」

 二人からの報告が、通信から聞こえて来る。緒美は社有機の窓から AMF を眺(なが)め乍(なが)ら、指示を伝える。ブリジットの HDG-B01 は AMF から百メートル程向こう側を飛行しているので、肉眼では可成り見え辛(づら)い。社有機と AMF との間隔も約百メートルである。

「天野さん、ボードレールさん、二人同時に、無照準で発射します。発射準備が出来たら、教えてね。」

 その返事は、直ぐに返って来た。

「HDG01、準備完了。発射の合図を、お願いします。」

「HDG02 も、準備完了。合図を待ちます。」

「TGZ01、了解。記録の準備は、いい?」

 緒美が機内の日比野と樹里に問い掛けると、二人は「はい。」と短く答えるのだ。

「それじゃ、カウントダウン、スタートします。5…4…3…2…1…0、発射。」

 緒美の合図に合わせて、茜とブリジットは「発射!」と、音声コマンドで発射の指示を出すのが、通信から聞こえた。
 ブリジットの HDG-B01 が装備するレールガンは、砲口から火花の様な閃光が発生するのだが、茜の AMF ではレーザー砲には何らの反応も見られない。それは発射の操作を実行した茜自身も同様で、閃光も、爆音も、衝撃も、反動も、振動も、何一つ反応らしい反応が無いのだった。
 レーザーは荷電粒子ビームとは違って、射線上にレーザー光を反射する粒子的な物質が無いと、レーザー光自体は見えないのである。それも、レーザーの波長が可視光範囲である場合の話で、レーザーの波長が赤外線や紫外線、X線等の可視光範囲外だと、レーザー光を反射する粒子状の物質が射線上に存在していても外部から肉眼で観測する事は不可能なのだ。因(ちな)みに、AMF に装備されているレーザー砲は、赤外線レーザーを利用している。

「HDG01 より TGZ01。レーザーの発射は観測されました? 此方(こちら)では、何の反応も無かったので。」

「天野さん、発射時にブザーは鳴らなかった?」

 緒美の問い掛けに、茜は直ぐに答える。

「それは鳴ってましたけど。」

 レーザーの照射中に、それを知らせるブザーが鳴らされる仕様なのは、茜の言う通り、レーザー砲の発射に就いては機内では何も検知が出来ないからである。
 そこで、Ruby が茜に報告する音声が聞こえるのだ。

「バレルの温度は、10℃程、上昇しましたよ、茜。」

「寧(むし)ろ、10℃しか上がらなかったの? Ruby。」

「ハイ。バレルの冷却が、正常に機能しているので。」

「あ、成る程。」

 今度は日比野が、緒美に報告する。

「AMF のレーザー発射は、赤外線カメラの画像で確認出来てます。」

 それを聞いて、緒美は通信で茜に伝える。

「天野さん、日比野さんの方でレーザーの発射は確認出来ているそうよ、赤外線画像で。」

「あ、そうですか。了解です。 では HDG01、マスターアーム、オフにします。バレル、格納。」

 それに続いて、ブリジットも報告して来る。

「HDG02、こちらもマスターアーム、オフにします。」

 間も無く、樹里が両機のステータスを確認し、緒美へ報告する。

「はい。AMF、HDG-B01 両機のマスターアーム・オフを、データ・リンクで確認しました。」

「オーケー、それでは、わたし達は作戦ポイントへ向かいましょう。TGZ02、TGZ03、ここ迄(まで)、ご苦労様でした。ベースへ帰投してください。」

「TGZ02、了解。それじゃ皆(みんな)、気を付けてね。」

「TGZ03、了解。これより帰投します、グッドラック。」

 直美と金子の返事に、緒美も言葉を返すのだ。

「ありがとう、二人も帰り道、気を付けて。」

 続いて、緒美が指示を出す。

「TGZ01 より、HDG01、HDG02。それでは方位(ベクター) 10 へ針路変更。各機の位置(ポジション)は現状を維持で、速度(スピード)を 10.0 へ。天野さん、ボードレールさん、戦術情報で目標の様子に変化が有ったら教えてね。」

「HDG01、了解。」

「HDG02 も了解しました。」

 天野重工の社有機と AMF、HDG-B01 の三機は、それぞれが百メートルの間隔を空けて横並びの儘(まま)、日本海を北上して行くのだった。
 そんな折(おり)、加納が茜とブリジットに呼び掛けるのだ。

「TGZ01、加納より、HDG01、及び HDG02。両機共、燃料の残量を出来るだけ正確に計算して、報告してください。残量が二時間分だとすると、余裕が無さ過ぎです。」

 その通信に、茜が問い返す。

「ここから三十分で作戦ポイント、そこから帰投するのに一時間と見積もれば、作戦ポイントで三十分の余裕が有るんじゃないですか?加納さん。」

「いえ、それだと、ベースに辿り着いた所で燃料不足になる恐れが有ります。ベース上空で三十分程度は燃料が残ってないと安心出来ませんが、そうすると作戦ポイントでの滞空時間がゼロになってしまいます。」

 元々の計画では、テスト空域への進出に三十分、テスト空域での飛行確認に一時間、ベースへの帰投に三十分と言うのが、大凡(おおよそ)の飛行プランで、想定される合計二時間の飛行に対して、安全を見て倍の四時間分の燃料を用意していたのだ。
 この四時間と言うのは、標準状態で飛行を続けて四時間の飛行が出来る、と言う目安である。大気の状態、つまり気温や気圧の条件が変われば、エンジンが同じパワーを得るのに必要な燃料の消費量は変わるし、加速や減速を繰り返したり、飛行経路が向かい風だったり、AMF の様にロボット・アームを展開するなどして空気抵抗の大きな状態であるなど、燃料の消費量が増える要因は幾らでも有るのだった。それ故(ゆえ)に、燃料は計画に対して多目に積み込んであるのだ。しかも、AMF も HDG-B01 も、共に試作機なのである。想定外の原因で燃料を余分に消費してしまう可能性も否定は出来ず、だからこそ計算値に対して倍の燃料を搭載して来たのだ。

「えー、ちょっと待ってください。」

 茜は燃料管理の画面を開き、残燃料の確認を始めるのだ。Ruby の計算に拠れば、実際に消費した燃料は、これはエンジンへの燃料の流量を積算して計測されているのだが、それは、ほぼ飛行計画通りの値だった。つまり、消費した燃料は実際の飛行時間と同じ、一時間半の分量だったのである。
 それを画面で確認した茜は、通信で答える。

「HDG01 です。燃料の残量は二時間半、ですね。」

 続いて、ブリジットの声が聞こえる。

「此方(こちら) HDG02。 此方(こちら)は正確には残量、二時間四十分、です。」

 二人の報告を踏まえ、加納が言うのだった。

「了解、HDG01、HDG02。 そうすると、作戦ポイントでの滞空時間は十分程度が妥当でしょうか。」

「え? 三十分は余裕が有る計算には、ならないんですか?」

 驚いて茜が聞き返すと、冷静な声で加納が答えるのだ。

「いえ、帰途も一時間きっかりで飛べるとは限りません。十分や二十分の余裕は残しておく可(べ)きです。」

 そこに、緒美が発言するのである。

「TGZ01、鬼塚です。加納さんの進言通り、現地滞空時間は十分を限度としましょう。防衛軍からの依頼とは言え、それに長々と付き合って、エイリアン・ドローンとの距離が詰まってしまったら、又、近接格闘戦にもなり兼ねません。そうなったら、本当に帰投する燃料が足りなくなりますから。いいですね、天野さん、ボードレールさん。」

 その緒美の意見には、茜もブリジットも、何の異論も無かったのだ。

「HDG01、了解です。」

「HDG02、了解しました~。」

 そして二人の返事に続いて、緒美は加納に謝意を伝える。

「加納さん、アドバイス、ありがとうございます。助かりました。」

「いいえ、お気遣い無く。これが、わたしの仕事ですので。」

 そう言葉を返す加納の方へ、緒美は視線を向ける。加納は AMF の外部操縦装置用シートに着き、彼の正面に備えられたディスプレイから視線を外す事無く、AMF のモニターを続けていた。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.10)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-10 ****


 その後 AMF は、引き続き予定された試験メニューである、時速 800 キロメートル程度までの高速飛行テストと、超音速までの加速テストを実施しつつ、直美と金子が操縦する先行していた二機に追い付いたのだった。
 テスト空域に到着した AMF は低速での空中機動テスト、負荷 3G迄(まで)に制限した高速機動テストを実施し、それらの様子が計画通りに、飛行機部の軽飛行機とレプリカ零式戦から撮影されたのである。
 その時点で、茜達の離陸から一時間半程が経過していた。
 そうしていよいよ、この日の試験メニューの内、メインと目(もく)されていた AMF 背部に装備されたレーザー砲と、HDG-B01 に追加されたレールガンの、試射が行われるのだった。

「試射って言っても、唯(ただ)、撃つだけなんですよね?」

 第三格納庫のテスト・ベースで、瑠菜が唐突(とうとつ)に、そう畑中に尋(たず)ねたのだった。それに、畑中が答える。

「ああ、標的機の準備とか、防衛軍との調整が付かなかったみたいでね。もしも、それをやるんだったら太平洋側にテスト空域を設定していた筈(はず)だけど。」

「それって、やる意味有るんですか~。」

 そう訊(き)いて来たのは、佳奈である。畑中は、微笑んで聞き返す。

「え。意味って、太平洋側でやる事に?」

「そうじゃなくって。標的無しでやる事に、って聞いてるんですよ。ねえ、佳奈。」

 佳奈の質問意図を、瑠菜が解説する。佳奈は「そうで~す。」と瑠菜に同意して、笑った。
 畑中は佳奈に釣られて笑い、答えたのだ。

「ははは、同(おんな)じ事を、ブリジット君にも訊(き)かれたよ。打ち合わせの時に。 ま、意味は有るさ、勿論。 地上でも試射はやってあるけど、空中、飛行中では作動条件が、矢っ張り違うからね。気圧、気温、振動、加速度、そう言う要因が、トラブルに繋(つな)がらないか。後は、レーザー砲やレールガンの作動ノイズとか、発生させた電磁場が AMF や HDG 側に影響を与えないか。その辺りの検証も、必要だからね。」

 そんな会話をしていると、テスト空域の状況をモニターしていたクラウディアが、突然、声を上げたのだ。

「立花先生、防衛軍の戦術情報に、エイリアン・ドローンの情報が出てます。」

「どこ?」

 短く問い返す立花先生に、クラウディアが言葉を返す。

「北、ですね。ウラジオストク上空の辺りを通過…、アカネかボードレールにも確認させてください。」

「分かった。でも変ね、北からって…。」

 立花先生が通話をするべく、マイクを手に取った瞬間、ベース側でモニターしている通話音声から、社有機の機長、沢渡の声が聞こえて来るのだ。

「交通管制からの通達です、現空域からの退避指示です。」

 それは機内通話での、操縦席の沢渡から客室側の飯田部長や緒美に向けての報告だった。続いて、立花先生が声を上げるのだ。

「テスト・ベースより、立花です。此方(こちら)で防衛軍の戦術情報をモニターしていたクラウディアちゃんが、ウラジオストク上空に、エイリアン・ドローンの情報が出てるって言ってるけど。茜ちゃんか、ブリジットちゃん、其方(そちら)でも確認してみて。」

「HDG01、了解。確認します。」

「HDG02 も了解です。確認します。」

 立花先生の問い合わせに、茜とブリジットが相次いで返事をする。

「九州の方から、ぐるっと回り込んで来たのかしら?」

 そう立花先生が独り言の様に言うと、それに対してクラウディアが言うのだった。

「いえ、そうは見えませんでしたけど。九州上空の方は、今回、防衛軍がほぼ完璧に抑えていたと思いますよ。」

「別働隊?」

 クラウディアの発言に、維月が問い掛ける。勿論、その答えをクラウディアが持っている訳(わけ)はなく、維月も答えを期待していた訳(わけ)ではない。
 そして茜とブリジットの確認報告が、モニタースピーカーから聞こえて来るのだ。

「HDG01 です。戦術情報を確認。確かに、北からエイリアン・ドローンが南下してます。」

「HDG02 です。此方(こちら)でも確認しました。防衛軍のデータ・リンクの情報ですよね?これ。」

 一方、社有機の機内では、飯田部長と緒美が会話が通信に乗らない様に配慮しつつ、今後の方針を相談していた。

「何にしても、もう少し情報が欲しいね。その防衛軍の戦術情報、こっちでは見られないのかな? ベースの方では、覗(のぞ)いてるみたいだけど。」

 飯田部長が、そう緒美に尋ねると、苦笑いで樹里が答えるのだ。

「ベースの方には、カルテッリエリさんが居ますから。彼女は、その、特別ですからね。」

「まさか、又、ハッキング?」

 半笑いで訊(き)いて来る日比野に、首を横に振って樹里が答える。

不正アクセスはしてませんよ。今回は正式に部隊間通信仕様でデータ・リンクしてますからね、ベースに有るデバック用のコンソールも。徒(ただ)、自分の PC をコンソロールに繋(つな)いで、そっちで戦術情報のモニターが出来るプログラムを作っちゃった『だけ』です。」

「流石、クラウディアちゃん。」

 半(なか)ば呆(あき)れつつも、そのクラウディアの技能(スキル)に感心する、日比野である。
 一方で緒美は、ヘッド・セットのマイクを口元に引き寄せ、茜に呼び掛けるのだ。

「天野さん、鬼塚です。戦術情報でエイリアン・ドローンの数とか飛行方位とか、解る?」

 直ぐに、茜の声が返って来る。

「現状で、機数は十二機。方位(ベクター) 150 へ、速度(スピード) 10.0 で飛行中。大雑把にですが、一時間とちょっとで能登半島沿岸に到達するコースです。現在高度は凡(およ)そ一万八千メートル、ちょっとずつ降下はしてます。」

 その茜の報告を聞いて、飯田部長は発言が通信に乗らない様にした儘(まま)、所感を漏らすのだ。

「これはちょっと、九州に居た奴だとは思えないね。」

 それには頷(うなず)いてマイクを口元から外し、緒美も応じるのだった。

「これは別働隊ですね、多分。ひょっとしたら、九州方面のは陽動で、北極ルートから降下して来た、こっちのが本隊かも。」

「北極ルートは、この半年、使ってなかったのにな。こう言う『搦手(からめて)』みたいな作戦、珍しいんじゃないかな?」

「わたしの知る限りでは、初めてかも。向こうも、色々と考えているんでしょう。」

 そう言って、緒美は一度、溜息を吐(つ)いたのだ。そして飯田部長は、緒美に尋(たず)ねる。

「で、鬼塚君。どうする?」

「どうするも何も、テストは中断するしかないでしょう。前回みたいな面倒事(めんどうごと)に巻き込まれる前に、学校に帰投します。 幸い、前回と違ってエイリアン・ドローンの針路は、わたし達の方へは向いてませんし、領空に到達する迄(まで)一時間も有るのなら、防衛軍が何とかして呉れるでしょう?」

「そうだな、了解した。」

 苦笑いで飯田部長が緒美の意見を了承すると、緒美はヘッド・セットのマイクを再度、口元へ引き寄せ指示を出すのである。

「TGZ01、鬼塚より全機へ。本日の試験メニューは、ここで中断します。全機、ベースへ帰投。繰り返します、これより全機、テスト・ベースへ帰投。」

 そう緒美が発信するのとほぼ同時に、防衛軍からの通話要請が入るのだ。

「TGZ01、聞こえるか? 此方(こちら)は防衛軍、統合作戦指揮管制だ、応答されたし。繰り返す、応答されたし。」

 それを聞いた緒美は「ほら、来た。」と翻(こぼ)し、続いて樹里に声を掛ける。

「城ノ内さん、通話設定を、お願い。」

「はい、部長。」

 樹里は右手側に有る、データ・リンクの制御パネルを操作し、通話相手として統合作戦指揮管制を追加するのだ。

「はい、繋(つな)がりました。部長、どうぞ。」

「ありがとう。」

 樹里に一礼を述べてから、緒美は少しだけ声色(こわいろ)を作り、統合作戦指揮管制へ返事をするのだ。

「此方(こちら) TGZ01、天野重工所属の試験随伴機です。えー、我々は交通管制の指示に従い、唯今(ただいま)より現空域から退避しますが、何か御用でしょうか?」

 その様子に、緒美の前列では日比野と樹里が、クスクスと声を殺して笑っていた。その一方で飯田部長は、何やら渋い表情である。
 その緒美の返信に声を返して来た管制官の声は、そう言えば聞き覚えの有る声だったのだ。

「ああ、何時(いつ)ぞやの、声のお若い部長さんですね。ちょっとお話が有るので、通信、代わりますので。 一佐、どうぞ。」

 偶然なのか当然なのか、その声は前回に応対した管制官だったのだ。そして続いて聞こえてきた声も、緒美達には聞き覚えの有る声だった。その音声は最初、傍(そば)に居るであろう、その管制官に向けて話し掛けた声から始まった。

「『声が若い』って、失礼ですよ。実際にお若い、お嬢さんなんですから。」

 それは少し笑っている様なニュアンスの声だったのだが、その声の主は流石に相手が高校生だと迄(まで)は、管制官に明かしはしなかった。続いて、緒美に向けて話し掛けて来る。

「鬼塚さん?空防の桜井です。 天野重工さんに、お願いしたい件が有るので、ちょっと聞いて頂けます?」

 そう切り出した桜井一佐に、先(ま)ず飯田部長が声を返すのだ。

「ご苦労様です桜井一佐、飯田です。」

「ああ、飯田さんもご一緒でしたか。でしたら、話が早くていいわ。」

 顔見知りである二人の会話に、緒美が声を掛ける。

「それで桜井さん、どう言ったお話でしょうか?」

「そうね、手短に済ませましょう。北からエイリアン・ドローンが接近して来ているのは、其方(そちら)でも認識はされているわね?」

「はい。ですので、これから現空域より退避しますが。」

「それなんだけど。今日の試験メニュー、長射程兵装の試射だと伺(うかが)ってますけれど、それでエイリアン・ドローンの迎撃をやって頂きたい、と言う依頼なんだけど。如何(いかが)かしら?」

「試験中の装備で、実戦に参加せよ、と。」

 そうは言ってみた緒美だったのだが、自分達自身が何度も『試験中の装備で、実戦に参加して来た』のを考えれば、(言えた義理ではないな。)とは思ったのだ。だから緒美は、一瞬、苦い顔をしたのだった。勿論、兵器開発部が HDG を実戦に持ち込んだのは、自分達の危険を回避する為の『緊急回避的な措置』だったのだが。
 桜井一佐は、そう言った『嫌なツッコミ』はしないで、素直な反応を示した。

「まあ、そう言う事になるけど。誤解しないでね、これは飽く迄(まで)、依頼であって、命令ではありませんから。」

 そこで、飯田部長が会話に割り込んで来る。

「ちょっと宜しいですか?桜井一佐。今日、其方(そちら)に詰めて頂いて居たのは、そう言う状況を回避して頂く為だったのですが?」

「それは承知してます。詳しい事情は申し上げる事が出来ませんが、防衛軍(うち)の台所事情も苦しいものでしてね。取り敢えず『編成の都合』とだけ言っておきますが、兎に角、時間を稼ぐか、接近して来るコースを東へ誘導したいのです。」

 桜井一佐の回答に苦笑いしている飯田部長を横目に、緒美が間を置かずに言うのだ。

「申し訳ありませんが、検証中の装備ですので、効果の程は保証致し兼ねます。」

「構いません。何の効果が無くても、責任を取れなんて言いませんから、御心配無く。 これは今回、防衛軍から標的機の提供が出来なかったので、その代わりと考えて頂けたらいいです。」

 その桜井一佐の言い分に、直様(すぐさま)、緒美は反論するのだ。

「標的機は攻撃しては来ませんよ、桜井さん。」

「彼方(あちら)は飛び道具は持ってないのは解っているんですから、必要以上に接近しなければ同じ事でしょう? 今回、其方(そちら)の試験機は、適切に距離を取っていれば速度的に逃げ切れる能力が有ると思いますが、如何(いかが)です?」

 緒美は目を閉じ、右手の人差し指を額の中央に当て、桜井一佐の発言を聞いていた。そして、その姿勢の儘(まま)、尋(たず)ねる。

「具体的なプランを、お聞かせ願えますか?」

「其方(そちら)側は速度(スピード) 10.0 以上で、方位(ベクター) 10 へ飛行すれば、三十分後に敵編隊が最大射程に入る筈(はず)です。そこからの攻撃の結果、エイリアン・ドローンの針路が其方(そちら)へ向く様なら、攻撃を中止して即座に撤退して頂いて構いません。 此方(こちら)としては、一機でも敵の数を削って頂ければ、或いは其方(そちら)からの攻撃が牽制(けんせい)になって敵機の進行方向が変われば、言う事はありません。勿論、何の戦果も無くても、責任を問うものでもありません。 其方(そちら)側としては、火器管制のデータも取得出来て、損は無いと思いますが?」

 そこに飯田部長が、苦笑いし乍(なが)ら言うのである。

「防衛軍としても、標的機を提供する予算が浮きますしね。」

「その通りです。 念の為、申し上げておきますが、防衛軍が標的機を提供する際は、幾らかの費用請求は天野重工さんへ回りますからね。今回のは完全無料ですから、お得でしょ?」

「全くですな。」

 大人達が笑えない冗談を言っているのは無視して、緒美は茜に問い掛ける。

「TGZ01 より HDG01。聞いてたと思うけど、防衛軍側のプラン、どう思う?出来そう?」

「HDG01 です、そうですね。無理は無いプランだと思います。」

 即座に答える茜に、緒美は続けて尋(たず)ねる。

「燃料は大丈夫?」

「あと二時間は飛べますので。元々、余裕を見て積んでましたからね。HDG02 はどう?燃料。」

 茜がブリジットに問い掛けると、此方(こちら)も直ぐに回答が有るのだった。

「HDG02 です。燃料は大丈夫です。HDG01 と同じく、あと二時間は行けます。」

「了解、HDG02。」

 そして一呼吸置いて、緒美は飯田部長に尋(たず)ねるのだ。

「さて、どうしましょうか?飯田部長。」

 飯田部長は真面目な顔で、答えた。

「この件に関しては、キミに判断を任せるよ。わたしよりも鬼塚君の方が、この手の判断は的確だ。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.09)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-09 ****


Ruby、ロボット・アーム展開。」

 音声コマンドで、茜が指示を出す。その指示を Ruby が復唱すると、機体の後方からロボット・アームを格納するドアが開く、軽い振動が伝わって来るのだ。同時に、AMF の機速が空気抵抗の増加に因って、グングンと低下していく様が、数値としても表示されていた。それに対し失速してしまわないように Ruby は、エンジンの出力を増やして機速の維持を計るのだ。
 機体背面前方の端側を起点にアームが起き上がり、ロボット・アーム全体が格納部から露出すると、アームは前方へ向かってスイングしていく。
 同時に機体下面でも背面側と同様に、もう一対のロボット・アームが展開していく。AMF には、機体背面と下面に一対ずつ、合計四本のロボット・アームが装備されているのだ。
 二対のアームが展開を完了すると、機体側の格納部ドアは閉鎖される。
 それら一連の動作が実行される間、当然、機体上下の気流は乱され、機体には不規則な振動や機軸の揺れが発生するのだが、それらを補正する操舵を Ruby が瞬時に行う事で、機体は大きく姿勢を崩す事無く水平飛行を維持しているのだ。これをパイロットが手動操縦で代替するのは、恐らく非常に困難な作業であろう。
 その AMF の様子は、速度を合わせて並んで飛行している社有機の機内から、観測がされていた。

「あの下側のアームって、必要なのかしら?」

 AMF の様子をモニターしている日比野が、ポツリと言ったのだ。因(ちな)みに、日比野と樹里の両名は機内通話用のヘッド・セットを装着していないので、発言が通信に乗る事は無い。これは機内の通話回線をデータ・リンクの通話回線に接続している一方で、発話者を成(な)る可(べ)く制限する為の措置である。但し、モニター用の器材から音声が出力されているので、日比野と樹里の両名にも、通話自体は聞こえている。
 ここで、社有機の機内配置を紹介しておこう。
 社有機客室の通常の配置は、中央の通路を挟んで左右に一席ずつ、八列の座席が設置されており、最大で十六名の搭乗が可能になっている。勿論、重要な乗客を迎える場合等、乗客が少人数で座席間隔に余裕が欲しい場合は、必要に応じて座席数を少なく設定する事が可能だし、逆に座席間隔を詰めれば更に二列の座席の追加も可能である。
 今回の試験飛行の随伴ミッションの場合は、通常の座席は前側の五列が降ろされて、先(ま)ず、先頭部右列に AMF の外部操縦装置一式が設置されているのだ。AMF の操縦装置正面には AMF から送信されて来る画像を表示するディスプレイが設置されており、操縦要員はそのディスプレイに表示される画像や各種作動データを参照し乍(なが)ら、同装置に装備された操縦桿やスロットル・レバー、フットペダルを操作するのだが、社有機が AMF と並行して飛行する際は右側の窓から AMF の挙動を確認し乍(なが)ら操縦する場合も有るのだ。加納は非常事態が起きた際に何時(いつ)でも外部から AMF の操縦が出来る様に、その席に着いて AMF の挙動と作動データの値を監視している。
 その操縦装置の背後側には、右側の壁に沿って測定・記録関連の器機を固定した机が設置されており、観測・記録要員である日比野と樹里の二人が、その右舷側窓の方へ向いた席に着いている。座席自体は通常のリクライニングシートではなく、もっと簡素な物が取り付けられているのだが、シートベルトで身体の固定は可能となっている。座席の向きは進行方向へ変える事は出来、離着陸の際はシートの向きを進行方向へ変えるか、日比野と樹里が後部に残された通常の座席へと移動するのだ。
 試験の監督者役である飯田部長と緒美は当然、離着陸の際には後部の通常座席へ、と言う事になるのだが、上空での水平飛行中は観測机の前後両端に設置されているポールやハンドルを掴(つか)んで立っているか、左舷側の壁部に設置された簡易的な座席に腰を下ろす事になる。それは『座席』と言うよりは『腰掛け』と呼んだ方が適切な代物(しろもの)で、勿論、シートベルトなど無い。
 試験飛行観測中の座背の順番は前から、加納、日比野、樹里の順であり、加納と日比野の間に飯田部長が立ち、樹里の背後か右手側に緒美が立って、飯田部長と緒美は観測机上のディスプレイや窓の外の様子を眺(なが)め乍(なが)ら試験飛行の監督を行うのだ。
 少々長い説明となったが、先刻の日比野の所感に対して、緒美がヘッド・セットのマイクを口元から外して、日比野に答えるのだ。

「空中に浮いた状態で、上側だけのアームを振り回すと、発生したモーメントで機体のバランスが保てないんですよ。」

「物理的に?」

 苦笑いで聞き返す日比野に、今度は横から飯田部長が補足するのだ。飯田部長も緒美と同様に、発声がマイクに拾われないように配慮している。

「あのアーム、長さが十メートル位、あるからね。そのモーメントを補正する為に、下部にもアームが有るんだよ。」

 飯田部長の説明に続いて、緒美も言うのだ。

「元々のアイデアでは、下側のは脚だったんですよ。徒(ただ)、空中に浮いてるから脚は不要なので、それで腕になった、って言う経緯でして。」

「成る程。」

 一先(ひとま)ず日比野が納得すると、そこに茜からの報告が入る。

「ロボット・アーム、標準位置へ展開完了。現状で、飛行に支障は有りません。」

 緒美は窓の外へと視線を移すと、ヘッド・セットのマイクを口元へと戻し、茜に問い掛ける。

「天野さん、外観的にも問題は無かった様に見えたけど、振動とか揺れは酷くなかった?」

「はい、大丈夫でしたね。勿論、多少の揺れは有りましたけど、その都度(つど)、Ruby が上手に補正して呉れました。」

「オーケー。それじゃ、アームを格納して、次のメニューへ行きましょうか。」

 そこで、茜が予定外の事を言い出すのだ。

「あの。さっき気が付いたんですけど、アームを展開した状態での機首部の解放って、無人飛行時の確認項目に入ってましたでしょうか? アームを自由に振り回すのには機首部が邪魔になるので、アームを使う様な接近戦をするなら、機首部は解放した状態になる気がするんですけど。」

 茜の発言を聞いて、緒美は視線を飯田部長へと向け、それを受けて飯田部長は加納に声を掛けるのだ。

「加納さん?」

 加納は、直ぐに声を返す。

「わたしは『航空機モード』に限定しての検証と教示(ティーチング)を担当していましたので、空中での機首部の解放は確認項目に無かったですね。」

 続いて、緒美が何時(いつ)もの、優しい声色(こわいろ)で茜に言うのだ。

「天野さん、そう言う事は事前に、打ち合わせの時に言ってね。」

「すみません。打ち合わせの時には、気が付かなかったもので。」

 素直に謝る茜に、飯田部長が言う。

「なに、謝る事はないさ。茜君、ちょっと、待ってて呉れ。 TGZ01 飯田より、ベース。実松課長、ちょっと宜しいですか?」

 飯田部長がテスト・ベースに控えている実松課長を呼び出すと、少し間を置いて実松課長が応じるのだ。

「あーもしもし、実松です。何でしょうか?飯田部長。」

「先程の遣り取り、聞こえていたと思いますが、アームを展開した状態で飛行中に機首部を解放するのは、設計の方(ほう)での検証は、如何(いかが)な具合です?」

「あーはい、はい。一応、気流解析シミュレーションでの演算結果は、問題無しって事になってます。支障が無ければ、実機での検証をお願いしたい。勿論、やる、やらないの判断は、現場にお任せします。どうぞ。」

「分かりました。此方(こちら)で検討します。」

 そう返事をして飯田部長は、緒美の方へ視線を向ける。

「さて、どうするかな?鬼塚君。」

 緒美は少し困った顔で、窓の外の AMF を眺(なが)めつつ答えた。

「う~ん、どうしましょうか。ちょっと、うっかりしてました、ねぇ…。」

 そこに、今度はベースに居る立花先生からの呼び掛けが聞こえて来るのだ。

「鬼塚さん、思い付きで試験メニューを追加するのは、賛成出来ないわ。しっかり事前の検証をして掛からないと、事故の元よ。」

 その発言に苦笑いをして、緒美は言葉を返す。

「あー、いえ、立花先生。その事故が発生した時の為に、飛行中に設計通り機首が開(ひら)けるか、確認しておく必要が有るんですよ。」

「どう言う事?」

 そう声を返して来た立花先生の生真面目(きまじめ)な表情が思い浮かんで、くすりと笑ってから緒美は応えた。

「最悪のケースですけど、飛行中のトラブルで AMF から HDG を切り離さざるを得なくなった場合に、機首部の解放が出来ないと HDG が外へ出られません。勿論、内側から HDG が AMF を破壊する事も可能でしょうけど、そんな余裕すら無い場合も有り得ますから。 徒(ただ)、漠然と飛行中の機首部解放の確認は後回しでいいと思っていたもので、それは、わたしのうっかりミスです。安全に関わる項目なので、早めに確認しておいた方がいいですよね。飯田部長、御意見は?」

 緒美に意見を求められ、飯田部長は一度「う~ん。」と唸(うな)った後で、言ったのだ。

「まあ、立花君の懸念も理解は出来る。事前に検討すべき事が、何か漏れてる事も有り得るから、もう少し慎重になってもいいかも知れないな。大体、AMF が Ruby ごと放棄される様な状況は、会社としては考えたくないし、そう言う事態が起きないのなら、その検証は後回しでもいい理屈にはなる。 ベース、畑中君、試作部の代表としてはどうだろう?」

 飯田部長に指名され、今度は畑中が答えるのだった。

「えー、畑中です。機首部の解放機構に就いては、地上では何度も設計通りに機能する事は確認済みです。空中で条件が違うとすれば、気圧、風圧、温度、加速度って所でしょうけど、その辺りは設計段階で見込んである筈(はず)ですので、我々としては設計を信頼する、としか言えません。」

「分かった、ありがとう畑中君。 副部長、新島君、キミの意見はどうかな?」

 畑中に続いて、飯田部長は直美を指名するのだった。直美は金子と共に、後の試験空域へと先行していて、この場には不在だったのだが、データ・リンクの御陰(おかげ)でこれ迄(まで)の通話の内容は聞こえているのだ。
 少し慌てて、直美は声を返す。

「えっ、わたしですか?」

「ここ迄(まで)の遣り取りは聞いていただろう? 兵器開発部副部長としての意見を聞かせて呉。」

「あー、そうですね。自分としては、鬼塚の意見に乗ります。実松課長が仰(おっしゃ)った様に設計の方(ほう)で検討済みなのでしたら、実機で確認する以外に手段は無いかと。」

「そうか、分かった。 飛行機部部長、金子君、キミの意見は?」

「わたしも、ですか?」

 言葉とは裏腹に、待ってました言わん許(ばか)りに、少し食い気味に金子は声を返して来た。

「飛行機部部長としての見解も、参考迄(まで)に聞いておきたい。」

「そうですか。では、わたしも鬼塚の意見に賛成です。安全に関する確認は、先に済ませておくに限ります。それで問題が起きたなら、それはそれでいいじゃないですか。どうせ、後に送ったって、出るトラブルは出るんだし。だったら、先に出しておいた方が、いいと思いますが。」

「分かった、ありがとう金子君。 HDG02、ボードレール君、キミはどう思う?」

 成り行きを見守っていたブリジットが、急に意見を求められ、驚いて声を返す。

「えっ、わたしも?ですか。」

「キミも飛行試験の現場に参加してるんだから、見解を聞かせて呉れ。」

「えー…そうですね。個人的には茜に危険が及ぶなら、避けて欲しい所なんですが。スミマセン、双方の意見が解るので、何方(どちら)とも言えません。」

 そのブリジットの意見には、流石に茜が一言、口を出したくなるのである。

「ちょっと、ブリジット。わたしの心配は、この際いいから。」

「心配するなって言われても、それは無理よ~茜。打ち合わせに無かったテスト項目なんて、危険なのか安全なのか判断付かないもの。判断の付かないものには、不安になるのが人情ってものでしょ。」

「いやいやいや、それを言ったら試作機のテスト飛行自体が、或る程度の危険を含んだものなんだから…。」

 そこに、飯田部長が割って入るのだ。

「あー、ちょっと待って、二人共。それじゃ、ボードレール君は判断保留って事でいいのかな?」

「あ、はい。そう…ですね。それでいいです。」

「分かった。 HDG01、茜君は鬼塚君に賛成でいいのかな?」

 飯田部長の問い掛けに、茜は「はい。」と即答するのだった。そして、飯田部長が意見を纏(まと)めるのだ。

「と言う事は、賛成が五名、反対が二名、判断保留が二名。多数決なら、機首部解放を実行って事になるが…。」

 そこで、今度は立花先生の声が通信に入って来る。

「それ、多数決で決めていい問題ですか?飯田部長。 大体、賛成は四名では?」

「いや、鬼塚君、新島君、金子君、茜君に、実松課長を加えて五名だ。因(ちな)みに、反対はキミ、立花君とわたし。判断保留は畑中君とボードレール君、と言う集計だが。」

 そう、立花先生に飯田部長が説明をしていると、今度は茜が声を上げるのだった。

「あのー、HDG01 より提案が有ります。」

「どうぞ、天野さん。」

 即座に茜へ発言の許可を出すのは、緒美である。それを受け、茜が提案内容を語るのだ。

「はい、ディフェンス・フィールドを有効にすれば、機首部正面の気流は流速が半減する筈(はず)ですし、機首周りの気流は大半がフィールドに沿って流れるので、皆さんが心配されている様な悪影響は、殆(ほとん)ど無いと思うのですが。」

「あー…。」

 そう、思わず緒美が声を漏らすのだった。

「流石ね、天野さん。ディフェンス・フィールドの事は、すっかり忘れてたわ。オーケー、その線でやってみましょう。」

 緒美は茜に言葉を返すと、続いて視線を飯田部長へ向け、微笑んで問い掛ける。

「宜しいですね?飯田部長。」

「いいだろう、やってみようか。」

 飯田部長は、頷(うなず)いて答えたのである。
 一方、第三格納庫内部の一角、テスト・ベースの一席で天野理事長は、上機嫌そうに笑顔を浮かべ、黙って状況を見守っていた。そんな天野理事長に近寄ると、実松課長が抑え気味の声量で、声を掛けるのだ。

「先程、鬼塚君も言ってましたが、流石ですなぁ、茜君。」

「この開発案件で、あの子が果たして来た役割の一端を見た気がするよ。」

 そんな会話をしつつ、二人が眺(なが)めるモニター画面の中で、AMF は機首部の解放を実行していた。その映像は、社有機の機内から撮影された画像である。その様子を観察して、実松課長が小さな声だったが、嬉しそうに声を上げるのだ。

「よし、よし、ちゃんと動いてるじゃないか。」

「設計一課の仕事振りも流石だね、実松課長。」

「いやー、彼処(あそこ)の機構は、ちょっと苦労したんですよ。」

 そう天野理事長に応える実松課長は、実に満面の笑みなのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.08)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-08 ****


 それから間を置く事無く、スピーカーからは金子と直美の声が相次いで流れて来るのだ。

「TGZ03 より、テスト・ベース。時間ですので、出発します。」

「此方(こちら) TGZ02、TGZ03 に続きます。」

 『TGZ03』が金子の搭乗する軽飛行機のコールサインで、『TGZ02』が直美が操縦するレプリカ零式戦である。
 二機はエンジンの出力を増すと、爆音を響かせ乍(なが)ら滑走路へと繋(つな)がる誘導路へと進んで行く。
 スピーカーからは、社有機に乗っている緒美の声が聞こえた。

「TGZ01、鬼塚です。TGZ02、TGZ03、了解です。テスト空域で会いましょう。気を付けて。」

「了解。また後でね、鬼塚。」

「先に行ってるよ~。」

 緒美の声のあと、金子と直美が続けて返事をするのだった。
 そして滑走路へと入った二機は、軽飛行機、レプリカ零式戦の順で次々と西向きに離陸した後、北へ針路を変えて上昇して行くのだ。
 このプロペラ機、二機が先に出発したのは、他の機に比べて単純に速度が遅いからだ。前回の HDG-B01 の長距離飛行試験の時は、茜の HDG-A01 が最低速機だったのだが、今回は AMF とドッキングする事で HDG-A01 は、F-9 戦闘機並みに超音速巡航(スーパークルーズ)までが可能になっていた。巡航可能な最高速度の順番に並べると、HDG-A01+AMF、HDG-B01、天野重工社有機、レプリカ零式戦、飛行機部軽飛行機、の順となる。そんな訳(わけ)で、レプリカ零式戦と軽飛行機は先に出発して、テスト空域へ直行し、あとから試験メニューを実施しつつ追い掛ける三機と、テスト空域で合流する計画なのだ。

「TGZ01 よりテスト・ベース、此方(こちら)も出発します。」

 社有機の機長である沢渡の声が聞こえて来ると、駐機場のエンジン音が大きくなり、機体が誘導路へと進んで行く。ここで社有機の機長を務める沢渡は、加納の同僚に当たる天野重工総務部飛行課所属のパイロットで、天神ヶ﨑高校に常駐するパイロット、三名の内の一人だ。因(ちな)みに、副操縦士を務めているのが榎本で、沢渡と榎本の年齢は、共に三十代後半である。二人共に加納とは、親子程の歳の差が有るのだった。

「HDG01、出発準備します。」

 続いて茜の声が聞こえると、駐機場で待機している AMF の開放状態だった機首が閉鎖され、その形状が航空機らしく整えられる。そうなると外部からは、茜の HDG-A01 の姿は、もう見えない。
 AMF は社有機とは距離を取って、滑走路へと向かって移動を開始するのだ。

「HDG02 は、暫(しばら)くここで待機してま~す。」

 離陸に滑走の必要が無いブリジットは、一人、駐機場に取り残された状態で、そう報告して来たのだった。
 間も無く、滑走路の東端に達した社有機は、更にエンジンの出力を上げて離陸滑走を開始すると、あっと言う間に上空へと舞い上がって行った。しかし社有機は、その儘(まま)、飛び去っては行かず滑走路上空で旋回を始めるのだ。
 続いて、離陸開始位置に AMF が着くと、茜にブリジットが声を掛ける。

「HDG02 より HDG01。後ろへ行くから、ちょっと待っててね。」

「了解。TGZ01 は監視位置、いいですか?」

「TGZ01 より、HDG01。唯今(ただいま)、旋回中。あと一分程。」

「HDG01 了解。スタートの合図、ください。」

「TGZ01、了解。」

 茜と沢渡機長が遣り取りをしている間に、ブリジットの HDG-B01 は地上をホバー滑走して、AMF の右後方へと到着した。

「HDG02 より HDG01。茜、此方(こちら)も監視位置に着いた。何時(いつ)でも、どうぞ。」

「HDG01 了解。今、TGZ01 のスタート合図待ちです。」

 そして、それから直ぐに社有機からの通信が入るのだ。

「TGZ01 より HDG01。此方(こちら)も位置に着いた。滑走、始めてください。」

 社有機は滑走路の東側から、滑走路の十五メートル程の高度差で、南側へ百メートル程の距離を取って接近して来ている。AMF の離陸滑走の様子を横から監視する為に、速度をギリギリまで抑えて、滑走路と平行に飛んでいるのだ。
 AMF の右後方に位置を取ったブリジットの HDG-B01 は、後ろから AMF の離陸滑走に異常が無いか監視する。

「車輪ブレーキ、オンで、エンジン出力、ミリタリー。フラップ、ハーフへ。」

「ブレーキ、オン。スロットル、ミリタリーへ。フラップをハーフ・ポジションへセット。」

 茜の指示を Ruby が復唱し、実行する。茜の背後で、エンジンの回転音が一際(ひときわ)大きくなる。

「ブレーキ、解除(リリース)。離陸滑走開始。」

「ブレーキ、リリース。」

 Ruby が車輪ブレーキの解放を実行すると、茜を収容した機首が一度、ガクンと上下に揺れ、微(かす)かな振動と共に視界が後方へと動き出すのだ。AMF の閉鎖された機首からは、外界は目視出来ない。スクリーンに映されている画像は、AMF に搭載されているカメラが撮影したもので、Ruby に因って処理が加えられてもいる。
 その景色はシミュレーターで経験したものと大差は無かったのだが、それよりも茜は、加速により感じる、前方から押し付けられる様な、或いは後方へ引っ張られる様な、『G』の大きさに驚いていた。
 AMF が離陸に必要な速度は、HDG-A01 が単体で飛行出来る最大速度と同程度なのだが、AMF と HDG-A01 とでは、その質量が十数倍違うのだ。つまり、質量の小さな物体と同じ速度に、質量の大きな物体を加速しなければならないのだから、それだけ大きな加速度が必要であり、その物体の中に茜は組み込まれているのだった。巨大な推力に因って押し出される AMF の中で、茜は加速に対する慣性力を、その一身で受け止めていた。勿論、離陸加速中のGなど、空中機動での急旋回に比べれば、まだまだ大したものではない。

「V1(ブイ・ワン)。」

 Ruby の声が聞こえる。AMF は滑走路の中央付近を、既に通過している。そして、それから間も無く、Ruby の次の通告が聞こえて来る。

Vr(ブイ・アール)。」

 AMF が、機首上げを行う速度に達した通告である。茜は「テイク・オフ。」と声を上げ、機首上げのイメージを思考制御で Ruby に伝達するのだ。
 機首を持ち上げた AMF は、その儘(まま)、ふわりと浮き上がり、直ぐに着陸脚も地面を離れた。滑走路の路面を着陸脚のタイヤが転がる、その独特な小さな振動が伝わって来なくなると、離陸加速中のGを味わい乍(なが)らも機体が宙に浮いている感覚を得るのだ。

「ギア・アップ。フラップ、ゼロ。」

「ギア・アップ。フラップをゼロ・ポジションへ。」

 茜の指示を Ruby が復唱し、着陸脚とフラップが格納されると、空気抵抗が一気に減る事で機速がグングンと上昇していくのが、視界に表示されている速度表示の値の更新具合から読み取れる。エンジンの出力は、未(いま)だミリタリーの儘(まま)なのだ。
 茜は、機首上げの角度、エンジンの出力、上昇率、向かうべき針路、機体の速度、そんなイメージを次々と頭の中で構築していく。それを Ruby は適宜(てきぎ)に解釈し、AMF の飛行が破綻しない様に補正して制御していくのだ。結果として、AMF は 20°程の角度で上昇し乍(なが)ら西向きから北へと旋回を始める。

「えーと、離陸したら最初は北向きに、高度二千メートルで合流と…。」

 初めての実機での離陸に緊張気味の茜が、そう、呟(つぶや)いていると、レシーバーには加納の声が響くのだ。

「TGZ01 より HDG01。天野さん、周囲の確認を忘れないでください。」

「あ、はい、はい。すいません、加納さん。」

 少し慌てて、茜が左右を確認すると、左側に社有機が、右側にはブリジットの HDG-B01 が飛行していた。
 社有機は離陸滑走する AMF の左側を、速度を合わせて併走して来ており、ブリジットも滑走路上の AMF 後方をホバー状態で追い掛け、AMF の離陸に合わせて上昇して来ていた。何方(どちら)も、離陸滑走中の AMF に何かしらの不具合が生じていないか、外部から監視していたのである。

「それでは、天野さん、ブリジットさん。各機、現在の位置関係(ポジション)をキープして、高度を上げていきます。針路(コース)は、この儘(まま)で。」

 加納の指示に二人共が「了解。」と応えると、加納は茜に話し掛けて来る。

「天野さん、取り敢えず実機で離陸した感想は、如何(いかが)です?」

「加納さんがシミュレーターの時に仰(おっしゃ)っていた『G』を、実感したって所でしょうか。HDG 単体の機動でも『G』は感じていた筈(はず)なんですが、流石に音速まで加速出来る AMF になると、エンジンのパワーが凄いですね。」

 茜は苦笑いし乍(なが)ら、答えた。勿論、その表情までは伝わらないのだが。
 それに、加納は笑って言葉を返す。

「ハハハ、離陸の加速なんて、空中戦機動の『G』に比べれば、可愛いものです。今日は、そう言う予定ではないですから、余り振り回さないでくださいよ。『G』に就いては、時間を掛けて、少しずつ身体と感覚を慣らしていってください。」

「分かりました、気を付けます。」

 茜が返事をすると、続いて緒美の声が聞こえて来るのだ。

「天野さん、鬼塚です。速度と高度がいい感じになって来たから、予定通り、ロボット・アームの展開・格納試験を始めます。いいかしら?」

 AMF に装備されたロボット・アームの展開条件に、高度は兎も角、速度が関係するのは、それはロボット・アームの展開と使用には速度制限が有るからだ。機構の構造上、時速 250 キロメートル以下での使用が想定されており、それ以上の速度での使用となると、気流に逆らって稼働させる負荷にロボット・アームの駆動系が耐えられないのである。
 これはエイリアン・ドローンが格闘戦形態で飛行出来るのは、最大で時速 250 キロメートル辺りが限界だろうとの、観測結果から逆算された仕様なのである。つまり、エイリアン・ドローンとの近接格闘戦は大凡(おおよそ)、時速 200 キロメートル以下の飛行速度域で行われる、と言うのが設計上の想定なのだ。
 単純に接近格闘戦は時速 200 キロメートル以下、と言っても、AMF と エイリアン・ドローンとでは、その飛行に関する速度領域が余りにも違う事に、注意しなければならない。エイリアン・ドローンは格闘戦形態時にはホバリングも可能なので、その速度領域は時速 0~250 キロメートルである。一方で、航空機である AMF は極端な低速域では失速してしまうので、格闘戦で応戦可能な速度領域は時速 180~250 キロメートルと言った所だ。つまり、AMF の側が相手に合わせて減速し過ぎると、自身が飛行状態を維持出来なくなるのだ。
 その様な都合から AMF の側からすれば、組み合って殴り合う様な真似は余り現実的だとは言えず、精精(せいぜい)が擦れ違い様(ざま)に斬撃を加える程度の戦法しか採り様が無いと考えられるのだった。その為に、AMF に搭載されたロボット・アームには先端部にビーム・エッジ・ブレードが装備されており、加えて短射程仕様の荷電粒子ビーム砲も取り付けられていた。申し訳程度に取り付けられているマニピュレータは、三本指で丸太を掴(つか)める程度の簡素な物なのである。
 『同じレベルで殴り合える様になるのが先決』とは、緒美自身が立てた HDG 開発のコンセプトなのだが、流石に、この AMF のロボット・アームに関しては発案者である緒美ですら、実用性、或いは実効性に小さくない疑念を抱いていた。「航空機の形態を取るのなら、現在の防衛軍と同様に、速度の優位性を活かして相手とは距離を取り、スタンド・オフ兵器を活用する方が、コスト的にも技術的にも真っ当なのではないか?」そう、仕様決定の段階で緒美が本社開発部へ意見を出した事も有ったのだ。ここで言う『スタンド・オフ兵器』とは、『相手の攻撃出来ない距離から攻撃が出来る兵器』の事で、一般的には長射程のミサイルを指すのだが、『飛び道具』を保有しないエイリアン・ドローンに対しては、戦闘機の固定機銃ですら『スタンド・オフ兵器』だと言えなくもない。それは兎も角、実際の話、AMF がロボット・アームを機内に格納する為に、機体の大きさが設計の基礎となった F-9 よりも一回り大きくなってしまったし、F-9 の様なウェポン・ベイを設けるスペースも無くなってしまったのだ。
 それでも AMF へのロボット・アーム装備に拘(こだわ)ったのは本社開発部の方で、当初、緒美にはその意図を測る事が出来なかった。それも、他の拡張装備の仕様が固まり、開発が進んで行く事で、緒美には本社側が考えている事に見当が付く様になっていったのである。それは Ruby の開発目的、或いはその用途に就いても同様なのだが、幾ら見当が付いたとは言っても、それはおいそれと『答え合わせ』が出来るものでもなく、迂闊(うかつ)に誰かに喋(しゃべ)ってしまう訳(わけ)にもいかない類(たぐい)の話である事は、緒美も良く理解していたのだ。そして、その本社側の思惑に、どこまで追従して行っていいものか、その辺りの判断に就いて緒美は、この時点でもまだ決め兼ねていたのだった。
 だから、緒美は茜に向かって言ったのだ。

「天野さん、ロボット・アームの本格的な動作確認は後日、シミュレーターでの確認が終わってからだから、今日は予定通り、出し入れの確認だけよ。余り、アームを振り回したりしないでね。」

「分かってます。空力的に、どんな影響が出るのか、怖いですし。」

 茜は純粋に技術的な制約として受け止めていたので、緒美の葛藤とは無関係に明快な返事をしたのである。
 一方で飯田部長が、茜に声を掛ける。

「試作工場での試験飛行で、飛行中のアーム出し入れは動作確認済みだから、安心していいよ、茜君。」

 試作工場では、Ruby と加納に因る外部からの操縦で、無人状態で飛行試験を行っていたのだ。但し、初期の LMF と同様にロボット・アームの稼働データ不足の為、複雑な動作に就いては未検証なのだった。それに就いては今後、LMF の時と同様にシミュレーター・ソフトを利用して稼働データを集積し、実機での検証へと繋(つな)げる予定なのである。勿論、シミュレーターではロボット・アームの動作に因る気流の影響も、或る程度は計算されてシミュレーションに反映される計画なのだが、そのシミュレーター・ソフトは、まだ開発中なのであった。
 そして声を掛けられた茜は、飯田部長に即、言葉を返したのだ。

「あはは、そうじゃなかったら、怖くて出来ませんよ、飯田部長。」

 それから一呼吸置いて、茜は声を上げる。

「それでは、唯今(ただいま)より、AMF のロボット・アーム展開及び、格納の飛行中作動試験を始めます。記録の準備は、宜しいでしょうか?」

「HDG02 より、TGZ01。こっちの映像、リンクに乗ってます?」

 ブリジットの問い合わせが、唐突に割り込んで来る。HDG-B01 の視界画像も、社有機側で記録保存が出来るのだ。
 緒美が機内で視線を樹里と日比野の方へと向けると、「オーケーです。」との、樹里の声が返って来る。それを受けて、緒美が通話に声を乗せる。

「HDG01、HDG02。此方(こちら)の準備は出来てる。天野さん、始めてちょうだい。」

「HDG01、了解です。」

 そう返事をすると、茜は Ruby にロボット・アーム展開を指示するのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.07)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-07 ****


 翌日、2072年10月1日・土曜日。
 機材の搬入とセットアップが予定通りに終了した為、試作部から出張して来ていた人員の半数程が、この日の午前中に撤収となった。天神ヶ﨑高校に残ったのは、試作部の人員としてはメカ担当の畑中と大塚、そしてエレキ担当の倉森と新田と、兵器開発部のメンバーには顔馴染みの面々である。開発部設計三課の安藤と日比野も勿論、最終日である月曜日の飛行試験までの滞在予定だった。飯田部長と開発部設計一課の実松課長も、AMF の飛行試験に立ち会う予定である。
 天野理事長と飯田部長、そして実松課長の三名は、この日は兵器開発部の視察は行わず、塚元校長を交えての会議が開かれていた。その会議には前園先生や立花先生も呼び出されたのだが、勿論、その議題や会議の内容が兵器開発部のメンバー達に知らされる事はない。
 そして午後になると、天野理事長と飯田部長、その担当秘書である蒲田の三名が、本社から飛来した社用機で何処(いずこ)かへと飛び立っていったのである。細かい話になるのだが、その社用機のパイロットは加納ではない。加納は、この日も実施される茜とブリジットの空中戦シミュレーションに立ち会う予定なので、それ故(ゆえ)に、社用機が本社から飛来した訳(わけ)でもある。
 因(ちな)みに、前日に飛来した AMF の操縦装置を搭載した社用機は天神ヶ﨑高校に留め置かれており、その機体を操縦して来たパイロットは、天神ヶ﨑高校に配置されていた社有機で昨日の午後一番に東京の飛行場へと戻っていた。
 この日に天野理事長らを迎えに来た機体は、昨日に天神ヶ﨑高校から東京へと向かったその機体であり、夕方頃に三名を天神ヶ﨑高校に連れ帰った後、最低限の点検を実施して蜻蛉(とんぼ)返りで、又、東京の飛行場へと飛び立ったのだ。
 一方、天神ヶ﨑高校に残された AMF の操縦装置を搭載した社用機は、月曜日に予定されている AMF の飛行試験が完了後に加納の操縦で山梨の試作工場へと移動し、そこで AMF 操縦装置の撤去作業に入る予定である。そして加納は、試作工場で東京の飛行場から移送されて来る予定の天神ヶ﨑高校から移動した社有機で天神ヶ﨑高校へと戻って来る、そんな計画が立てられていた。

 兵器開発部の、この日の活動予定は前日に引き続き、茜とブリジットによる AMF と HDG-B01 の空中戦シミュレーションがメインである。
 この日のシミュレーションから、前日はオフにされていた『ブラック・アウト』と『レッド・アウト』を視覚的に再現する機能が有効化された。
 『ブラック・アウト』とは、各種の空中機動に因ってパイロットに長時間の下向きの加速度が掛かった際に、頭部への血液の流れが阻害される事で、一時的に貧血の様な症状で視界が真っ暗になる状態の呼称である。『レッド・アウト』は『ブラック・アウト』とは逆の状態で、上向きの加速度(マイナスのG)に因って頭部に血液が集中し、その結果、視界が真っ赤に見える状態の呼称だが、何方(どちら)にしても、その状態が継続するとパイロットが意識を失うなど非常に危険なのだ。
 シミュレーターの表示映像がどれだけ高度に発達しても、搭乗者に掛かるGの再現は不可能なので、シミュレーターでは仮想視界の表示範囲を狭めたり、暗くしたりで『ブラック・アウト』状態を疑似再現するのだ。
 Gに対する耐性は、訓練を積んだ所で劇的に向上する事は期待出来ず、それは人体に於ける生理上の限界なので、戦闘機のパイロット達は、Gが掛かった際に太股部を締め付けて血液が脚に集中するのを防ぐ、伝統的な『耐Gスーツ』を着用して対処している。しかし、HDG のインナー・スーツには『耐Gスーツ』に準じた機能は無く、だから茜達は高G状態が継続する様な機動は避けなければならない事になっているのだった。それが可能なのかどうか、その検証が、この日以降のシミュレーションの目的の一つでもあるのだ。勿論、Ruby と AMF の飛行制御関連ソフトウェアの動作確認が、第一の目的である事は言う迄(まで)もない。

 そしてこの日は、偶然ではあるが緒美の訓練飛行の日でもあった。HDG の航空装備試験に備え、昨年の夏に自家用機操縦士免許を取得した緒美と直美の二人であるが、その技量維持の為、月に二回、飛行機部の協力も得て一回に付き二時間程度の訓練飛行を続けているのだ。
 午前中に、飛行機部が所有する PC 利用のフライト・シミュレーターで離着陸操作の手順を確認し、午後からフライトを行うのが、標準的なスケジュールである。そのフライトには、飛行機部が管理していはいるが余剰資材扱いだったレプリカ零式戦を使用し、飛行機部からは金子か武東が軽飛行機で随伴するのが定例となっていた。勿論、レプリカ零式戦を使用するのは、飛行機部所有の軽飛行機では HDG のチェイス機としての能力が不足するからで、緒美と直美が操縦士免許を取得した理由からすれば、二人が HDG 飛行試験に使用可能なレプリカ零式戦で訓練飛行をするのは当然である。
 因みに、飛行機部がレプリカ零式戦を余剰資材扱いせざるを得なかったのは単純に稼働コストの問題が理由で、飛行機部単独の予算では定期的にレプリカ零式戦を飛行させる余裕は無かったのだ。従来は年に数回の、主に学祭での展示飛行の為に維持整備するのが、飛行機部の予算では精一杯だったのである。それが昨年から定期的に飛行が出来ているのは、当然、本社から必要な予算の補填が行われているからに他ならない。
 そんな状況だったので、飛行機部の部員達にも『あの』レプリカ零式戦を飛ばした経験を有する者は殆(ほとん)ど居なく、「乗ってはみたいが、うっかり事故を起こして破損でもさせたら大変だ。」と、尻込みする者(もの)が大抵なのだった。実際の所、現在の飛行機部でレプリカ零式戦での飛行経験が有るのは、部長の金子だけなのだ。だから、レプリカ零式戦に定期的に搭乗している兵器開発部の二人の事は、羨(うらや)ましい様な、悔(くや)しい様な、聊(いささ)か複雑な心境で飛行機部の部員達から見られていたのだった。
 勿論、それで緒美と直美が嫌味を言われたり、嫌がらせ受ける様な事は無い。何故なら、兵器開発部の関与で常時稼働状態になったレプリカ零式戦には、飛行機部の部員も搭乗しても良い事になっていたからである。

「フライト・シムで飛ばせる自信が付いた者は、何時(いつ)でも搭乗希望を出しな。」

 そう、部長の金子が、飛行機部の部員達に明言していたのだ。つまり、兵器開発部の二人だけが特別扱いでレプリカ零式戦を使用している訳(わけ)ではなく、あとは飛行機部部員各自の『自信と度胸』の問題となっているのである。

 語りの筋が少々逸(そ)れたので、軌道を戻そう。
 普段なら、緒美と直美が同日に交代で訓練飛行を行うのだったが、この日の予定は緒美のみとなっていた。
 この日の訓練飛行を直美が行わないのは、明後日(みょうごにち)の月曜日に予定されている AMF の飛行試験で、チェイス機として参加するレプリカ零式戦の操縦を、直美が担当するからだ。
 緒美と直美の総飛行時間は、この時点で共に九十八時間で、緒美はこの日の訓練飛行で百時間に、直美も明後日(みょうごにち)の AMF 飛行試験に参加する事で百時間に達する見込みである。因みに、この二人の総飛行時間、百時間には、免許取得の為の合宿訓練での飛行時間である六十時間も含まれている。

 この日の兵器開発部の活動は、茜とブリジットによる空中戦シミュレーションが午前十時から開始されたのだが、それら諸諸(もろもろ)の準備は午前九時頃から始められていた。
 午前十時頃には現場の監督を副部長である直美と、会計の恵の二人に任せ、緒美は訓練飛行の打ち合わせと、手順確認の為の PC フライト・シミュレーター実施の為に、飛行機部が本拠とする第一格納庫へと向かったのだ。
 HDG の空中戦シミュレーションは、前日の打ち合わせ通りに条件や設定を変更しつつ、休憩を挟(はさ)み乍(なが)ら夕方まで、繰り返し実施された。
 緒美の方は、レプリカ零式戦での訓練飛行を何時(いつ)も通りに熟(こな)し、終了後の点検や手続きを終えて器材を飛行機部へと引き渡し、午後四時前には第三格納庫へと戻って来たのである。

 そうして、この日は特に問題も無く、予定通りに一日を終えたのだった。


 更に翌日、2072年10月2日・日曜日。
 本来なら休日の筈(はず)ではあるが、何時(いつ)も兵器開発部は当たり前の様に部活をしているので、当然この日も活動は行われるのだ。内容は、引き続き前日の同じく HDG の空中戦シミュレーションだが、翌日の AMF 飛行試験の準備も有るので、この日のシミュレーションは午後三時まで、となっていた。
 出張で来校している本社試作部の四名は、当然の様に休日出勤のスケジュールで、後日に代休を取得する予定だった。その彼等(かれら)の、この日の作業は、レプリカ零式戦と飛行機部の軽飛行機への撮影機材及び、通信機材の取り付けと、それらの動作確認である。
 レプリカ零式戦へは、右主翼下の爆弾架取り付け部に専用アダプターを介して、撮影機材を収めた棒状の構造体をセットする。棒状構造体は前方部に砲弾型に膨らんだ収納部を持っており、その先端部透明カバーの中にカメラが仕込まれているのだ。
 機体にセットされた撮影機材は、先端のバルジ部が主翼前縁部より凡(およ)そ二メートル突き出した状態となり、前方から右側方が撮影範囲となっている。これは、AMF の左手側にレプリカ零式戦を飛行させ、飛行中の AMF の状態を撮影する計画なのだ。
 飛行機部の軽飛行機には同形状の撮影機材を左翼翼端に取り付け、飛行中の AMF を右側から撮影する。
 そして追加搭載される通信機材は、音声通話の機能は勿論なのだが、それ以上に撮影した画像データを送信する為の物なのだ。送信された撮影画像は、AMF の操縦装置が搭載された社有機で受信し、記録される計画である。レプリカ零式戦と軽飛行機、双方の撮影機材のコントロール、つまり画角やズームなどの調整も、全て社有機の側から行うので、撮影機自体は一定の間隔を保って、ひたすら真っ直ぐ飛ばなければならないのだ。
 斯様(かよう)に、翌日の飛行試験には AMF と HDG-B01 の他に、三機が随伴する計画なのだった。因(ちな)みに、その飛行試験の際に社有機に搭乗する予定の加納は、非常時に AMF を外部から操縦する為に待機していなければならないので、社有機の操縦は別のパイロット二名が担当する。
 天神ヶ﨑高校に配置されている、天野重工総務部飛行課所属のパイロットは三名で、その内の一人が加納である。加納は秘書課の仕事も兼務している都合上、天神ヶ﨑高校に常駐するパイロットとしての事務仕事は、残りの二人が肩代わりしている格好ではあるのだ。
 彼等(かれら)は通常、整備担当の三名と共に第二格納庫で業務に当たっているのだが、天野理事長が移動の際には、機長を加納が務めるので、残り二人の内一人が交代で副操縦士を務めるのだ。それ以外のフライトでは、加納以外の二名が正・副操縦士として飛行業務を実施する場合も当然有るし、滑走路管理の様な雑用的な業務から、予備機の点検飛行とか、果ては飛行機部部員達への操縦技術指導までと、彼等(かれら)の業務は意外に幅が広いのだった。

 そんな訳(わけ)で、この日の活動は大きく二つのグループに分かれて行われたのである。
 一つは、HDG の空中戦シミュレーションのグループで、当然、其方(そちら)には茜とブリジットが、監督者として直美と恵、空中戦のアドバイザーとして加納、シミュレーターの設定操作と各種記録を樹里とクラウディア、そして Ruby の作動モニターとしての安藤、と言うメンバーである。
 もう一方のグループは、レプリカ零式戦と飛行機部の軽飛行機へ撮影機材の取り付けと、その動作確認のグループで、その作業は第二格納庫で行われた。メンバーは本社試作部から畑中、大塚、倉森、新田、兵器開発部からは瑠菜と佳奈、通信やデータ・リンクの確認作業を日比野と維月が担当したのだ。そしてそれらが第二格納庫での作業だけに、そこに常駐している整備担当の藤元、並木、片平の三名も、兵器開発部達の作業に協力したのだった。勿論、彼等も休日出勤での対応である。
 こうして、AMF の飛行試験準備は、着々と進行していったのだった。


 そして、AMF の飛行試験が実施される、2072年10月3日・月曜日である。
 学校のカレンダー的には、この日が試験休み期間の最終日で、生徒達には授業が無い。
 兵器開発部の活動として、AMF の飛行試験は午後からの予定だったが、彼女達は当然、午前中から試験の準備に追われていた。
 午前九時開始で試験手順の最終打ち合わせの後、機体や各種器材の点検及び、設定確認等が実施される。そして天野重工社有機へは計測・記録器材の積み込みが行われたのである。当然、積み込まれた機材が正常に作動するかは地上で動作確認が行われ、通信機等に不具合が無い事も確認がされる。
 全ての事前点検が終わると第二格納庫の藤元等に因って、AMF の他、試験に参加する機体が格納庫から駐機場へと引き出され、そこで飛行可能にする為の安全ピンの撤去や、燃料の注入が行われるのだ。
 その間、兵器開発部のメンバーでは一人、直美だけが飛行機部で PC フライト・シミュレーターでレプリカ零式戦の離着陸の手順確認を行い、午後からのフライトに向けて準備をしていた。
 フライトは午後一時開始の予定なので、AMF 飛行試験の参加スタッフは少し早めの昼休みに入り、特にフライトに臨(のぞ)む茜とブリジット、そして直美と飛行機部の金子は、手配されていた弁当で第三格納庫にて、午前十一時半頃には昼食を済ませたのである。
 そして昼休みの後、午後十二時過ぎには茜とブリジットはインナー・スーツへと着替え、それぞれが HDG を起動、装着したのである。そして、ブリジットの HDG-B01 が飛行ユニットを接続し、茜が AMF へ HDG-A01 をドッキングさせて準備を終えた頃には、時刻は午後一時迄(まで)あと十分程度に迫っていた。
 HDG 各機と平行して、随伴機のエンジンもそれぞれが起動し、レプリカ零式戦には直美が、飛行機部の軽飛行機には金子が搭乗していた。天野重工の社有機にも二名のパイロットが既に乗り込んでおり、計測員役として日比野と樹里が、試験の監督役として緒美と飯田部長が、そして AMF の非常時外部操縦員として加納が社有機へと乗り込んでいく。
 そんな折り、操縦席の機長、沢渡が客室の飯田部長に呼び掛けるのだ。

「飯田部長、交通管制からの注意情報ですが、九州北部上空にエイリアン・ドローンの接近を観測。防衛軍が迎撃行動を開始したそうです。場合に依っては、これから向かう空域が閉鎖(クローズド)になるかも、と言う事です。」

「今は、飛行禁止じゃないのだね?」

「はい、今の所は。」

 今度は、通信の最終チェックを行っていた日比野が飯田部長に声を掛ける。

「飯田部長、ベースの方(ほう)からも同じ様な事、言って来てます。」

 ここで言う『ベース』とは第三格納庫内に設置された、試験状況の観測基地の事で、防衛軍のデータ・リンクを利用して社有機機内で得られる情報が、全て観測基地でもモニターが可能になっているのだ。ベース側各種器材のコントロールは、安藤と維月、そしてクラウディアが担当している。天野理事長や実松課長、立花先生や兵器開発部のメンバー達はベースのモニターで試験の状況を確認する予定なのだ。当然、データ・リンクを利用して、通話も可成り自由に出来る様になっていた。

 ベースの側ではエイリアン・ドローン襲撃の報道を受けて、兵器開発部やその他の生徒達が口口(くちぐち)に話している。

「どうしてこう、試験の日程とかち合うかな。」

 そう、瑠菜が言うと、維月が冗談半分に言うのだ。

「案外、ウチの試験日程に合わせて来てたりして?」

 それを真に受けたのか、飛行機部の武東が問い掛ける。

「情報が漏れてるって事?」

 それには真面目な顔で、恵が言葉を返すのだ。

「まさか。 偶然、襲撃のサイクルと合っちゃっただけでしょ。エイリアンが、ウチの試験日程なんか、気にしてる訳(わけ)が無いわ。」

 そこに、社有機機内の飯田部長の声が、ベースの方へと届くのだ。

「エイリアン・ドローンの件、此方(こちら)のパイロットの方(ほう)にも、交通管制から注意情報が来たそうだ。報道のは、先程、携帯で確認した。」

 そのスピーカーからの声を聞いて、透(す)かさず通話用のマイクを奪い取った立花先生は、飯田部長に問い掛ける。

「どうします?飯田部長。 今日は中止にしますか?」

「いや、試験予定の空域が飛行禁止になってないから、今の内に済ませてしまおう。此方(こちら)にも、予定ってものが有る。」

 その返事を聞いて、立花先生は黙って座って居る天野理事長へと、視線を移すのだ。それに気付いた天野理事長は、落ち着いた口調で言った。

「実務の判断は、キミ達に任せるよ。」

 この日の、HDG をドッキングさせての AMF 飛行試験に至る為の準備期間は、この三日間程度の事ではない。それに、今日ここに集まっているメンバー達が担当している業務は、AMF 関連だけではないのだ。例えば畑中、日比野、安藤、それぞれが元の職場に戻れば、それぞれに別の、次の仕事が待っているのだ。今日の試験を延期にした場合、同じ様に、このメンバーを再(ふたた)び集める為に、どれだけのスケジュール調整をしなければならないのか。その作業量は立花先生には想像も付かなかったが、その仕事が大変なのだろうと言う想像だけは付いたのだ。

「分かりました。状況を確認しつつ、試験を続行しましょう。」

 立花先生は、そうマイクに向かって言うと、そのあとで一度、大きく息を吐(は)いたのだ。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.06)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-06 ****


 休憩の時間が終わると、茜とブリジットは再(ふたた)び、HDG を各自に接続してシミュレーションの再開である。
 ここからは HDG 同士での模擬空戦ではなく、仮想エイリアン・ドローンとの空中戦シミュレーションの予定となっていた。それはシミュレーター上で仮想の武装を用いての、射撃戦を想定したシミュレーションである。『射撃戦』とは言っても、エイリアン・ドローンには『飛び道具』の武装が無いので、向こうから撃って来る事は無い。だからエイリアン・ドローンの斬撃を受けないように距離を取りつつの、HDG 側からの一方的な攻撃とならなければならないのだ。
 HDG 側の制限としては、『航空機モード』の儘(まま)で応戦する、と言う制限が条件で、つまり HDG が手持ちの武装を使用しないので、射撃軸線は前方への固定となる。
 茜の AMF には胴体の固定武装として、左インテーク側面に荷電粒子ビーム砲が一門と、胴体背部に格納されたレーザー砲が一門、装備されている。AMF の背部レーザー砲は長射程用の武装なので、今回の空中戦シミュレーションで使用されるのは荷電粒子ビーム砲の一択なのだ。
 ブリジットの HDG-B01 が使用するのは本来は手持ち用の武装なのだが、それは飛行ユニットの武装用ジョイントに固定した状態でも『射撃モード』での荷電粒子ビームが発射可能で、これが固定武装として使用されるのだ。

「それじゃ、二人共。準備はいい?」

 ブリジットと茜がそれぞれ、樹里の呼び掛けに答えると、樹里は説明を続ける。

「オーケー。今回も離陸の部分は省略して、高度は千五百メートルからスタートします。エイリアン・ドローンは三機、出現するから、全機、やっつけてね。 それじゃ、シミュレーション、スタート。」

 樹里の『スタート』の声と共に、ブリジットの視界は空中の仮想視界に切り替わる。右、左と視界を確認すると、左側に茜の AMF を発見する。今度は距離が可成り近く、AMF と HDG-B01 との機体間隔は三十メートル程だろうか、AMF のその機体は相応に大きく見えるのだ。

「B01 より、左側に AMF を視認。」

 ブリジットが報告すると、直ぐに茜の声が返って来る。

「A01 より、右側の B01 を視認しました。暫(しばら)く、この編隊を維持しましょう、ブリジット。」

 続いて、茜に報告する Ruby の合成音声が聞こえる。

「前方、方位 0 に敵機を捕捉。機数、三。現在の相対速度で一分の距離です。」

「聞こえた?ブリジット。」

 茜が問い掛けて来るので、ブリジットは即答する。

「聞こえてる。早速、来たわね。真っ正面で、同高度、と。」

 そうブリジットが言うと、樹里の声が割り込んで来るのだ。

「ま、最初だから。一番、シンプルな設定よ。」

 そんな樹里の言葉に、茜が突っ込む。

「シンプル過ぎません?樹里さん。 それに、AMF には F-9 みたいに、機首に捜索レーダーは無いのに、行き成り捕捉って…あ、データ・リンクって事ですか。」

 その茜の自問自答に答えたのは、緒美である。

「そう言う事。防衛軍が捕捉した情報が、データ・リンクで回って来てると思ってちょうだい。」

 緒美は説明を省略したが、防衛軍の戦闘機や空中警戒機、或いは地上防空レーダーが捕捉した戦術情報は統合され、防衛軍のデータ・リンクで共有されるのだ。

「分かりました。 じゃ、ブリジット、AMF の方が先制を掛けるわ。荷電粒子ビーム砲の射程、こっちの方が長いから。」

「了解。一撃したら、エイリアン・ドローンは多分、左右に散開(ブレイク)するだろうから、向かって右へ逃げる奴を、わたしが追うわね。」

 ブリジットの提案に、茜が応える。

「じゃ、その線で。先頭、中央のから狙うね。もう直(す)ぐ、こっちの射程に入る。…5…4…3…。」

 茜がカウントダウンを始めると、ブリジットもズームで拡大した敵編隊の、向かって右端の一機を射程外ではあるが、ロックオンする。

「…2…1…発射。」

 瞬間、前方へ向かって青白い閃光が走ると、三機編隊の中央の一機がガクンと姿勢を崩し、そして落下して行く。間を置かず、両脇の機体は左右へと別れ、逃走を始めるのだ。
 仮想エイリアン・ドローンの反応は二人の予想通りだったが、射軸が固定された武装では自身の側方へと逃走する目標を狙う事は出来ない。HDG であれば、腕を振り、上半身を捻(ねじ)れば、真横の目標にでも追従が可能なのだが、今回は『航空機モード』で、との制限事項が存在するのだ。
 ブリジットが向かって右へと離脱した仮想エイリアン・ドローン追おうか、一瞬の間を逡巡(しゅんじゅん)していると、茜から声が掛かる。

「ブリジット、取り敢えず一度、離れるわよ。」

「え、この儘(まま)、追い掛けた方が良くない?」

「彼方(あちら)は直ぐに反転して、斬撃を仕掛けて来る筈(はず)だから。こっちとしては一度距離を置いて、目標の側面から後方に位置を取った方が、射撃はやり易いわ。此方(こちら)は接近戦をしない条件だから、わざわざ相手の間合いに入る事はないのよ。」

「了解。」

「それじゃ、速度を 12 迄(まで)加速して、十秒後に左右に分かれましょう。そのあとは各個に追撃、目標の側面から後方に回り込む感じで。 行きましょう。」

 ブリジットの左側方に位置して居た AMF は加速すると、スッと前方へと出て行く。ブリジットは先行しようとする AMF に並ぼうと、思考制御で自身も加速を指示した。
 直進し乍(なが)らもブリジットは、TIS(Tactical Information Screen :戦術情報画面)を開いて、仮想エイリアン・ドローンの動向をチェックする。茜の予想通り、自機の後方へと回った仮想エイリアン・ドローン達は、反転してブリジットと茜の編隊を追い掛けて来ていた。しかし、速度的には AMF も HDG-B01 も、エイリアン・ドローンとは能力差は無く、寧(むし)ろ、AMF の最高速度はエイリアン・ドローンのそれを凌駕(りょうが)しているので、何(いず)れにせよ両機がエイリアン・ドローンに追い付かれる心配は無かった。
 十秒後、予定通りに茜とブリジットは二手に別れ、仮想エイリアン・ドローンの側面から後方へと、大きく回り込む様に旋回を続ける。上空から見下ろして、AMF は反時計回りに、HDG-B01 は時計回りに旋回をしているのだが、仮想エイリアン・ドローンも漫然と直進を続けている訳(わけ)も無く、右へ左へと進路を変えて形勢の逆転を狙うのだ。
 何度目かの進路変更を経て、二機の仮想エイリアン・ドローンは互いに交差するように、その進路を定める。その儘(まま)、仮想エイリアン・ドローンの飛行経路が交差していれば茜が追っていた仮想エイリアン・ドローンがブリジットの後方へ、ブリジットの追っていた仮想エイリアン・ドローンが茜の後方へと達した筈(はず)だったのだが、そうなるよりも一足早く AMF が追跡していた仮想エイリアン・ドローンを、その荷電粒子ビーム砲の射程に捉えたのだった。

「追い付いた。」

 一言、呟(つぶや)いた茜は直様(すぐさま)、目標をロックオンすると荷電粒子ビームを発射する。
 仮想視界の中で射撃を受けた仮想エイリアン・ドローンが砕け散ると、ブリジットが追って来たもう一機が、鋭角に進路を変えるのだ。茜は咄嗟(とっさ)に、その残存一機に照準を合わせようとするのだが、相対速度が速過ぎた為、AMF は一旦(いったん)、残存エイリアン・ドローンの飛行経路後方を通過するのだった。茜の右方向へと飛び去ったエイリアン・ドローンは格闘戦形態へと変形する事で一気に減速し、ブリジットの HDG-B01 へと急接近を企図する。

「ブリジット!」

 レシーバーからの、茜の呼び掛けを聞く迄(まで)もなく、ブリジットは状況を把握している。まだ少し射程には遠かった目標が、その急減速に因って射程へと飛び込んで来たのだ。

「ロックオン!」

 咄嗟(とっさ)にブリジットは自機を減速させて、目標との相対速度を低く抑えつつ、荷電粒子ビームを二連射した。それは見事に命中し、仮想エイリアン・ドローンは火を噴き乍(なが)ら、ブリジットの視界の左側を通過し、そして落下して行った。
 撃破した仮想エイリアン・ドローンの行方(ゆくえ)を見送ったブリジットは、自機の姿勢を水平飛行に戻し、AMF と合流して進行方向を北へと向けたのである。

「オーケー、第一回戦終了。シミュレーションは続行しておくけど、その儘(まま)で聞いててね。 加納さん、何かコメントは有りますでしょうか?」

 緒美に続いて、加納の声が聞こえて来る。

「それでは、一点。残存二機を追うのに二手に別れたのは、対処の方法としては余りお薦め出来ません。極力、二機一組での行動を心掛けてください。」

 その言葉に、茜が問い返す。

「そうすると、敵の一機がフリーになっちゃいますけど、いいんでしょうか?」

「構いません。二機編隊の一機は攻撃に集中し、もう一機が周囲の見張りに徹すれば、フリーの敵機が接近して来ても対処出来ます。 今回は二対二になりましたが、これが二対三、二対四と敵の方が数が多かったらどうしますか? 此方(こちら)が二機編隊であれば、敵機の方が数が多くても対処は可能です。勿論、難易度は違いますけどね。」

 続いて、ブリジットが尋(たず)ねる。

「編隊って、どう位置を取ればいいんですか?加納さん。」

「リーダー、一番機に対してウィングマン、二番機は一番機の左右どちらかに百メートル程、後方にも百メートル程。高度差も十メートル程下に付けて、兎に角、二番機は一番機が自由に機動してもぶつからない位置をキープしてください。そこで、周囲の見張りを行います。リーダーは、ウィングマンと機体の性能差が有る場合、ウィングマンを引き離してしまわないように加速や機動に注意を払わなければなりません。それから、攻撃と見張りの分担は、リーダーとウィングマンとで固定されている必要はありません。状況に合わせて、柔軟に役割をスイッチして構いませんので。肝心なのは、一方が攻撃している時に、もう一方が見張りを怠(おこた)らない事ですから。」

 加納の説明が終わると、茜がポツリと言ったのである。

「常に、二対一になるように、と…。」

 その言葉に対して、加納は少し語気を強めて語ったのだ。

「お二人は共に競技者でしたから、一対一でないのは『卑怯』に感じられるかもしれませんが、『戦闘』は『試合』ではありませんので、『イコール・コンディション』である必要は微塵(みじん)も有りはしません。寧(むし)ろ自身と仲間の安全を確保する為に、可能な限り自分達が有利になるよう、状況を作るべきです。 それに、生身(なまみ)で命を賭けて対処している此方(こちら)に対して、ドローンを投入しているエイリアンの方が、そもそも百倍『卑怯』だと言えますよ。」

 今度はブリジットが、問い掛ける。

「あの、単純に疑問なんですが。エイリアン・ドローンは編隊で飛んで来ますが、一撃を加えると単機にばらけますよね。彼方(あちら)は、どうして二機一組とか、そう言う事をしないんでしょうか?」

「向こうサイドの戦術については、わたしは不勉強なので、正直(しょうじき)、お答え出来ません。その件に関しては鬼塚部長か、立花先生が研究されているのでは? 鬼塚部長に代わりますね。」

 そうして少しの間を置いて、レシーバーの声が緒美に代わったのだ。

「…あ、立花先生に代わるから、ちょっと待ってね。」

 そのあと、「え?何…。」との立花先生の声が遠くに聞こえ、「お願いします。」と言う緒美と少々の遣り取りが有ったあと、立花先生が話し出す。

「えーと? ブリジットちゃんにはエイリアン・ドローンが連係攻撃をしない印象みたいだけど、それは誤解です。エイリアン・ドローンも一体の敵に複数で反復攻撃を仕掛けますから、徒(ただ)、バラバラに位置取りをするだけです。その辺りの挙動の違いは、もう、単純に武装の違いが原因だと思います。」

 そこに茜が口を挟(はさ)む。

「飛び道具を持っているか、いないか?」

「そうです。エイリアン・ドローンは接近しての斬撃が攻撃、戦法の基本ですから、編隊を組んで同一方向から襲いかかるよりは、色んな方向から斬り掛かった方が成功率は高そうでしょ。 逆に、わたし達のように射撃が攻撃の基本となると、色んな方向から敵機を狙い撃ちすると、流れ弾が味方に当たって『同士討ち』になりかねません。だから、編隊を組んで同一方向から射撃するスタイルの方が安全、って事です。」

 再び、ブリジットの質問である。

「それじゃ、エイリアン・ドローンが飛び道具を持っていないのは何故なんでしょう? 彼方(あちら)側に、その技術が無い筈(はず)はないですよね。」

「そうね。本当の所はエイリアン達に聞いてみないと分からないんだけど、此方(こちら)の勝手な分析としては、ね。先(ま)ず、飛び道具の使用を維持するには、大量の補給が必要なのよ。弾丸やら火薬やらは当然だけど、発射装置自体にもメンテナンスや消耗部品の交換も必要だから。発射するのが火薬を使う実体弾でなくてエネルギー弾だったとしても、消耗品の品目が変わるだけで、何かしらの消耗品は必要になる筈(はず)なの。だから、そう言った手間の掛かる装備は、エイリアン・ドローンには無いのだと思うの。多分、エイリアン達に取って、アレは遠征用の、使い捨ての兵器だから。」

「使い捨て?ですか…あんな複雑そうな物が。」

 驚いて聞き返すブリジットに、半(なか)ば呆(あき)れた様に立花先生は言うのだ。

「その辺りは、わたし達とは感覚が違うのでしょう、としか言えないわよね。勿論、真相は分からないわよ。 取り敢えず、こんな所でいい?緒美ちゃん。」

 立花先生が緒美に話し掛けた部分はヘッド・セットを途中で外したのか、ブリジットと茜のレシーバーには声が遠く聞こえたのだが、直ぐに緒美の声が返って来た。

「それじゃ取り敢えず、さっきの加納さんのアドバイスも頭に入れて、第二回戦、やってみましょうか。最初は天野さんがリーダー役って事で。 城ノ内さん、今度は敵の数を倍にして。」

「分かりました、部長。 敵機の数を、六機に設定します。位置と方位は、どうしましょうか?」

「そうね。出現位置は天野さん達の十キロ前方、高度差はプラス千メートル、飛行方向は東向きって事で。」

 そんな緒美と樹里の遣り取りのあと、少しの間を置いて、再び樹里の声が聞こえて来る。

「設定完了、それじゃ、実行するけど、いい?二人共。」

「A01、了解。」

 透(す)かさず茜の返事が聞こえて来るので、ブリジットも慌てて声を上げるのだ。

「B01 も了解。」

「それじゃ、設定を実行します。頑張ってね。」

 間も無く、ブリジットと茜、それぞれの HDG にデータ・リンクに敵機の情報が表示されるのだった。

 それから一時間強が経過し、第五回戦のシミュレーションを終えて、この日の茜とブリジットのシミュレーター運転は終了したのである。二人は HDG を、それぞれ AMF と飛行ユニットから切り離して、各各(おのおの)のメンテナンス・リグへと HDG を戻し、装備を解除した。時刻は午後四時半を、少し経過していた。
 これでこの日の活動が全て終了、と言う訳(わけ)ではない。
 二階の部室でメンテナンスのレクチャーを受けていたメンバー達が格納庫フロアに降りて来ると、その儘(まま)、実機を使ってのメンテナンス講習が開始されたのである。
 安藤と日比野のソフト担当組は、AMF と Ruby、HDG 各機の AI からのログの吸い出しと、機能確認の作業を開始し、維月とクラウディアは、その作業の補助を担当したのだ。
 インナー・スーツから着替えた茜とブリジットは、緒美と立花先生、樹里、それに加納を加えて、部室にて翌日のシミュレーションに関する打ち合わせである。
 更にその後、格納庫内の片付けなどを終えて、この日の第三格納庫での活動が終了したのは、午後七時頃の事だった。
 こうして、Ruby が天神ヶ﨑高校に帰還した AMF 受領一日目は、無事に終了したのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第15話.05)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-05 ****


「それじゃ、此方(こちら)も午後のメニューを始めましょうか。天野さん、ボードレールさん、準備、お願いね。城ノ内さん達は、モニターと記録の方を。」

 緒美の指示で、各自が、それぞれの担当器材へと向かう。AMF は第三格納庫の、ほぼ中央に駐機されており、部室の在る東端側から見て、AMF の手前側に HDG-B01 用の飛行ユニットが AMF とは逆の南向きに、更にその手前側に HDG-B01 がメンテナンス・リグに接続されて東向きに置かれている。
 AMF と HDG-B01 用の飛行ユニットとの間に長机が置かれ、その上にシミュレーションの状況をモニターする為の器材が設置されていた。
 HDG-B01 へと向かうブリジットに、そのあとを追った直美が声を掛ける。

「それじゃ、B号機のメンテナンス・リグは、わたしが操作するわ、ブリジット。」

「お願いします、副部長。」

 HDG への接続は、装着者(ドライバー)が一人では完結しない。装着完了後にメンテナンス・リグから、HDG を解放する操作がリグの側からしか出来ない仕様だからだ。普段は、その操作を瑠菜か佳奈が行っているのだが、今回は二人共が AMF のメンテナンスに関するレクチャーを受けに行って、現場に不在なのである。
 一方で茜の方は、HDG が AMF に接続された儘(まま)にしてあるので、リグからの開放操作は不要なのだ。

 HDG-B01 を装着したブリジットは、メンテナンス・リグから解放されると、飛行ユニットが接続されたリグへと歩いて移動し、自身の HDG を飛行ユニットに接続する。それらの作業も、飛行ユニットのリグを直美が操作して、行われたのである。
 定位置に立ったブリジットの HDG-B01 に対し、メンテナンス・リグに吊された飛行ユニットが降ろされ、HDG-B01 の飛行ユニット専用の背部ジョイントに飛行ユニットが接続されると、再び飛行ユニットはリグに因って吊り上げられて、シミュレーターとしての運転準備が完了する。
 HDG-B01 には、A01 と同様に Ruby とコアを同一とする AI が搭載されており、B号機の飛行ユニットにも同仕様の AI が搭載されている。何(いず)れも Ruby の様に会話する機能は有していないが、飛行ユニットに搭載された AI がB号機に対する飛行シミュレーションの機能を提供するのだ。但し、シミュレーター・ソフトの起動や細かい設定は、外部から行う必要が有る。

ボードレールさん、B01 のシミュレーター・モード起動するね。」

 ブリジットが装着しているヘッド・ギアのレシーバーから、樹里の声が聞こえて来る。

「はい。どうぞ、お願いします。」

 ブリジットが声を返すと、飛行ユニット本体へ HDG-B01 が引き上げられ、ブリジットの頭部に飛行ユニットの機体の一部が被せられる。その内側はスクリーンになっており、シミュレーションの仮想視界は、そこに投影されるのだ。現在はシミュレーター・ソフトの初期画面が表示されている。

Ruby も、AMF のシミュレーター・モード、起動して。」

「ハイ、AMF シミュレーター・モード、起動します。」

 レシーバーから、樹里と Ruby との遣り取りが、ブリジットにも聞こえて来る。ブリジットは確認の為、声を上げた。

「B01 より、通話の確認です。茜、聞こえてる?」

「此方(こちら) A01、聞こえてます。樹里さんの方は、大丈夫ですよね?」

「大丈夫、聞こえてる。 取り敢えず、設定の説明するね。離陸の部分は省略して、高度千メートルでの飛行状態から開始。A01 と B01 が二百メートルの間隔で、北向きに並んで飛行中の状態です。じゃ、実行。」

 樹里が宣言すると、ブリジットの視界がシミュレーターの設定確認画面から、空中の仮想視界に切り替わる。ブリジットは右から左へと見回して、左手側に小さく見える AMF の機影を目視したのだ。仮想 AMF は、現実の AMF とは違って、機首部分を閉鎖した航空機らしい形態で飛行をしている。
 AMF のシミュレーション情報はデータ・リンクにて HDG-B01 の飛行ユニットに送られ、同時に HDG-B01 のシミュレーション情報も Ruby に送られているので、個別に演算を実行している二機の AI が、お互いの状況を参照し乍(なが)らのシミュレーションが可能になっているのだ。

「B01、左側に A01、AMF を視認しました。」

 すると、続いて茜の声が聞こえる。

「A01、右側に B01 を視認。」

「はい、連携シミュレーションが正常に進行しているのを確認しました。引き続き、モニターを続行します。それじゃ、部長。」

 樹里に続いて、緒美の声。

「鬼塚です。予定通り、A号機、AMF とB号機とで、模擬空戦をやって貰います。合図をしたら、A号機は機首方位 270、B号機は機首方位 90 で、お互い逆方向へ十秒間飛行。それ以降は自由に機動して、先に相手の背後を取って五秒間、射程距離でロックオン状態を維持した方が勝ち、ってルールは昨日の打ち合わせの通り。いいかしら? シミュレーションだから高度とか速度とか、特に制限は設定しないわ。二人共、先(ま)ずは好きにやってみて。」

「A01、了解です。」

「B01、了解。」

 二人の返事を確認し、緒美は一呼吸置いて、模擬空戦の開始を宣言する。

「では、模擬空戦、スタート。」

 緒美の合図を受けて、シミュレーション状況を表示しているモニター上では、AMF と HDG-B01 が左右に分かれて飛んで行く様子が映し出されている。緒美は二機が逆方向へと飛行する十秒間を、カウントダウンしていく。

「10…9…8…7…。」

 逆方向、仮想空間内では AMF は西へ、HDG-B01 は東へと直進する互いの機体は、速度も高度も変える事無く飛行を続けている。

「…6…5…4…。」

 ブリジットと茜には、緒美が続けるカウントダウンが聞こえている。

「…3…2…1…0、交戦開始(エンゲージ)。」

 AMF は左へ、HDG-B01 は右へと、それぞれが旋回を始め、大きな旋回を続け乍(なが)ら、双方が接近していく。相手の背後に着く為には、取り敢えず一度、進路が交錯しなければならない。
 互いの位置はデータ・リンクで把握出来るのだが、茜からは HDG-B01 は機体が小さい為、目視では捉え辛(づら)い。HDG-B01 の飛行ユニットは全長や翼幅が、AMF に比べて四分の一程度のサイズなのだ。
 逆に、機体の大きな AMF はブリジットには視認がし易く、HDG-B01 の方が小回りが利くので、何方(どちら)かと言えば、ブリジットは自分の方が有利に思えたのだ。一方で、AMF の方が最大出力や最高速度等のスペックが上であり、加えて Ruby が周囲の状況を音声で報告して呉れるので、先程から度度(たびたび)、茜に HDG-B01 の位置を報告する Ruby の声が通信でブリジットにも聞こえていた。

(これじゃ、丸で二対一だわ…。)

 そんな風(ふう)にブリジットが思っている内、互いの進路が或る程度の距離を保った儘(まま)で交差すると、そこから AMF が一足先に機体を横転(ロール)させ、左旋回の儘(まま)で一気に、HDG-B01 の後方へと回り込んで来るのだ。
 ブリジットは自身を右へと傾け、右旋回で振り切ろうとするのだが、AMF はそれに追随しつつ距離を詰めて来るのだった。
 そこで、更に横転(ロール)させて背面飛行の状態から、ブリジットは下向きの宙返り(ループ)へと機動を移し、AMF の下側を通過して後方へと駆け上がる。AMF の後方上空で宙返り(ループ)の頂点に達した HDG-B01 は背面飛行の体勢の儘(まま)、AMF を捕捉したのだ。

「ロックオン!」

 ブリジットは音声コマンドを発して目標のロックオンを指示すると、回避機動で右へ左へと蛇行する AMF をバレル・ロールを打ち乍(なが)ら追跡する。その間、緒美が経過時間をカウントするのだ。

「…3…4…5、はい、そこ迄(まで)。第一回戦終了。」

 緒美の宣言を以(もっ)て AMF は逃走を止めると、AMF と HDG-B01 は並んで北向きへ飛行の進路を定める。

「加納さん、何かコメントは有りますか?」

 緒美が問い掛けると、茜とブリジットのレシーバーから聞こえる声が、加納に代わった。

「えー。ブリジットさん、最後の、縦機動に切り替えたのは、いい判断だと思います。」

「あ、アレはですね。前回、エイリアン・ドローンがやってたのを、真似てみたんですけど。」

 咄嗟(とっさ)に、ブリジットが言葉を返す。

「そうですか。敵の機動でも何でも、使えるものは柔軟に取り入れていっていいです。下側から後方は死角になり易いですから、そこへ簡単に潜り込まれないよう、注意が必要です。 所で、お二人共、高度は意識されてますか? 茜さん、現在の高度は?」

「えっと、現在高度は八百六十四メートル、ですね。 言われてみれば、高度は意識してなかったですね。」

 茜に続いて、ブリジットも答える。

「わたしも、意識してなかったですが…。」

「模擬空戦の開始時、高度は千メートルでしたから、約百三十メートル、高度を失ってしまいましたが。どこで高度を失ったのかは、分かりますか?」

 その加納の問い掛けに、少し考えて、茜が答えるのだ。

「…旋回?ですか。旋回する度(たび)に、少しずつ。」

「そうです。飛行機は重力と揚力、推力と抗力、それぞれのバランスで空中での挙動が決まりますから、旋回する為に単純にバンクすれば揚力の重力に対する成分が減りますから、その分、高度が下がります。旋回が始まれば抵抗も増えますから、速度も落ちます。だから飛行機の場合は、旋回中の高度を維持する意味で揚力を増やす為に、迎え角を大きくしたり、推力を上げたりとか操作するんですが、HDG の思考制御では、直接、そう言った細かい操作の指定は出来ないので、多分、高度を維持して旋回するには、水平面での旋回を意識する必要が有るのではないかと思います。」

 そこで、ブリジットが問い掛けるのだ。

「あのー加納さん。高度は維持しないといけないものなんですか?」

「ああ、はい、基本的には。高度ってのは要するに位置エネルギーで、速度は運動エネルギーです。で、この二つは相互に変換が可能なのは、ジェットコースターを考えれば分かりますよね?ブリジットさん。」

「え?あー…。」

 ブリジットが返事に詰まっていると、透(す)かさず茜が発言するのだ。

「高い位置から降りて加速し、スピードが出たら、その勢いで高い所へ上(のぼ)れる、って事ですよね。」

「あー、はいはい、分かりました。」

 茜の助言で、加納の説明の意図を理解したブリジットである。加納は説明を続ける。

「そう言う事です。ですから安易に高度を失う事は、自分の持っているエネルギーを失う事ですから、不利にしか働きません。そして失った高度を回復する為には、燃料と時間が余計に必要になりますから、そう言う事も頭に入れておいてください。 勿論、何が何でも高度を維持しなければならないと言う事ではありませんよ。加速する為に意図して下降したり、減速する為に敢えて上昇したり、そんな事は普通に有りますので。 兎に角、意味も無く高度や速度を失うと、自分自身が不利になりますから、気を付けてください。今の所、わたしからは、こんな所です。」

 そしてレシーバーからの声が、緒美の声に代わり、二回目の模擬空戦開始を告げる。

「それじゃ、加納さんのアドバイスを頭に入れつつ、第二回戦、さっきと同じ要領でやってみましょうか。いい?二人共。」

「A01、了解です。」

「B01 も了解です。」

「じゃ、第二回戦、スタート。」

 緒美の合図で、先程と同じ様に、茜とブリジットは東西に分かれて、飛行を開始する。十秒後、ブリジットは回り込む様に大きく右旋回を始めるのだが、最小半径での 180°旋回を終えた茜の AMF は、ブリジットの HDG-B01 を目掛けて加速をするのだった。
 ブリジットは対進(ヘッド・オン)を避(さ)けるように、AMF を右側に見乍(なが)ら大きな旋回を続けるが、AMF は HDG-B01 に合わせて進行方向を調整しつつ、加速し乍(なが)らの接近を続けるのだ。両機の位置関係は刻々と変化を続け、最終的には HDG-B01 の四時方向から AMF が接近する状態となったのだが、AMF の方は明らかに速度超過状態であり、あと三秒程で互いの進路が交錯するタイミングで、AMF は急上昇から宙返り(ループ)へと機動を変えたのだ。
 AMF は宙返り(ループ)で高度を上げる事で減速し、HDG-B01 の後方に占位(せんい)した。そして AMF は宙返り(ループ)の頂点位置で機体を横転(ロール)させ、HDG-B01 へ向かって降下しつつ、目標を捕捉する。

「ロックオン。」

 茜の宣言を聞いた時には、ブリジットには既に為(な)す術(すべ)は無くなっていた。後方上空から降下して来る相手には、何方(どちら)へ旋回しても五秒以内に逃げ切る事は出来そうもなかったのだ。
 間も無く、五秒間がカウントアップし、第二回戦は茜の勝利で終了した。

「これで一勝一敗よ、ブリジット。」

 ブリジットのレシーバーに、そんな茜の声が聞こえて来るので、ブリジットもニヤリと笑って言葉を返す。

「お、やる気だね。茜。」

 続いて、落ち着いた声で緒美が言うのだ。

「余り熱くなり過ぎないでね、二人共。じゃ、第三回戦目、準備して。」

 茜とブリジットは、再び高度を合わせて左右に並ぶと、進路を北へと向ける。

 そんな調子で、第十回戦迄(まで)の模擬空戦が実施され、結果は AMF と HDG-B01 とは五対五で、この模擬戦の条件では、AMF と HDG-B01 の能力は互角の様に思われたのである。
 シミュレーターでの模擬空戦開始から第十回戦目が終わった頃には、時間的には一時間強が経過していた。茜とブリジットは、それぞれが一旦(いったん) HDG を解除して、三十分間の休憩となったのだ。
 装着者(ドライバー)二人が休憩中は、ソフト担当の安藤と日比野、そして樹里や維月、クラウディアの五名が、Ruby を始め各機の AI をチェックするなど、忙しく動き回る事になるのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.04)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-04 ****


 徒歩で学食の在る管理棟へと向かった兵器開発部メンバーと立花先生とは別に、天野理事長や本社からの出張組は南側の大扉から外へ出て、自動車で管理棟へと向かったのだった。これは、作業服姿の大人が大勢、校内をゾロゾロと移動するのはどうか、と言う懸念への対策であり、それ以上の理由は無い。
 そんな訳(わけ)で、一足先に学食に到着した本社出張組一同は、成(な)る可(べ)く端のテーブルに着いたのだ。
 一番奥のテーブルの、一番奥の席に天野理事長が座り、その隣に前園先生、そして実松課長が、天野理事長の向かい側に飯田部長が、その隣に理事長秘書の加納、そして現場リーダーの畑中と言う席順である。これは正直言って、二十六歳の畑中に取っては貧乏籤(くじ)だった。会長とその担当秘書、事業統括部部長に、学生時代の恩師、そして伝説的な設計課長、そんな面々と同席しての食事では、何を食べても味なんか分からなかったのだ。
 畑中の背後の席には、飯田部長の担当秘書である蒲田に、開発部設計三課の安藤や日比野、同じく試作部の大塚に、婚約者である倉森らが居たので、出来れば其方(そちら)のテーブルの方が、どんなに気楽だったろうか。兎に角、早く食事を済ませ、早早(そうそう)に席を立って第三格納庫に戻ろうかと考えもしたが、実際にはなかなか、そうもいかないのである。
 そんな中、天野理事長が加納に尋ねるのだ。

「それで、茜は見込みが有りそうかね?加納君。」

 加納は食事の手を止め、答える。

「茜さんが直接、AMF の操縦をする訳(わけ)でもありませんので、恐怖感が強くないのなら、問題は無いかと。正直、もう少し怖がるものかと、最初は思っていたのですが。想像以上に肝(きも)の据(す)わった、と言いますか度胸が有ると言いますか。何とも、凄いお嬢さんですね、としか。はい。」

 すると、飯田部長が笑って言うのだ。

「あははは、そりゃそうだ。幾ら HDG を装備してるからって、単身でエイリアン・ドローンに斬り掛かって行くんだから、度胸が無い訳(わけ)がないですな。」

 これは飯田部長の思い違いで、厳密には茜から斬り掛かって行った事は、実戦の中では無い。茜が BES(ベス)でエイリアン・ドローンを斬り伏せたのは、全て向こうが斬り掛かって来たのを返り討ちにしたケースなのである。緒美がこの席に居れば、そんな細かい突っ込みもしただろうが、幸か不幸か、この席には、そんな切り返しの出来る者(もの)は居なかった。
 そして、今度は前園先生が加納に尋(たず)ねる。

「ここへの着陸は、そんなに度胸が要るものですか?加納さん。」

「ええ、それは、もう。大人のパイロットだって、初めてここに降りるとなったら、可成り怖いですよ。ウチの飛行課の者(もの)にだって、ここに来るのを嫌がる者(もの)は居ますからね。兎に角、回数降りて、慣らさないと。」

 そんな加納の答えに、心配になった天野理事長が言うのだ。

「それじゃ、三十分や一時間程度のシミュレーションじゃ、安心出来ないんじゃないかね?加納君。」

「ああ、いえ。AMF に限って言えば、問題無いと思います。アレの操縦を実際にやってるのは、Ruby の方ですから。寧(むし)ろ、HDG の方からは、細かい操作自体が不可能な仕様ですからね。」

「どう言う事です?それは。」

 前園先生の問い掛けに、加納は振り向いて、背後の席に居る安藤に声を掛けるのだ。

「安藤さん、ちょっと伺(うかが)いたいのですが、宜しいですか?」

「あ、はい、はい。 何でしょう。」

 安藤は不意に呼び掛けられ、慌てて応じる。

Ruby の現在の仕様で、仮にですよ。 HDG の装着者(ドライバー)が、例えば山に激突する、自殺的な飛行コースを思考制御で入力したら、AMF の飛行制御はどうなります?」

「あー…。」

 安藤は暫(しばら)く考えて、答える。

「…その場合、Ruby は山に衝突しない飛行経路に、補正して制御する筈(はず)ですね、はい。」

「意図的に、制御不能な姿勢を取る様に思考したら?」

「それも、Ruby が制御出来る範囲に収まる様、補正します。」

「それでは、故障や破損で Ruby でも機体の制御が不可能になったら?」

「その時は、HDG に飛行ユニットを接続し直して切り離し、HDG の単独飛行に切り替えます。その為に、AMF には HDG の飛行ユニットが格納出来る仕様になってますから。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 小さく頭を下げると、加納は向き直り、前園先生に向かって言うのだ。

「そんな訳(わけ)ですので、HDG の装着者(ドライバー)は AMF の操縦に慣熟する必要は有りませんし、意図的に墜落させる事すら出来ません。」

「何ともはや、そうなるともう、人が乗ってる意味が分かりませんな。」

 その前園先生の所感に、加納はニヤリと笑って言う。

「そんな事はありません。装着者(ドライバー)は操縦操作から解放されて、もっと戦術的な、或いは戦略的な思考に専念出来るんですよ。どんな速度や高度で、どんなルートを取って、敵に対してどの位置に自(みずか)らを置いて、どう仕掛けるか、どう躱(かわ)すか、そんな事を、ですね。」

 そして実松課長が発言する。

Ruby を上手(じょうず)に使えば、今は実現してない航空機の完全自動操縦、可能になるんじゃないの?飯田部長。」

 続いて、前園先生である。

「あははは、そうなったら、飛行機の操縦士は、皆(みんな)失業してしまうな。」

 それには加納は何も答えず、静かに笑ったのみだった。その一方で、飯田部長が言うのだ。

「いや、今のコストじゃ、人を雇った方が安いんですよ。割に合いません。」

「そうなんですか?理事長。」

 問い掛ける前園先生に、苦笑いで天野理事長は答える。

「そうなんだよ。 まあ、そう言った事の為に、開発をしている訳(わけ)でもないのでね。」

「アレを何に使う積もりなのか、それは聞いてはいけないのでしたね。」

 残念そうに前園先生が言うと、天野理事長は大きく頷(うなず)いて、言うのだ。

「済まんね。まだ当面は、機密指定の事項なんだ。 まあ、立花先生の話に因ると、鬼塚君辺りは薄々、感付いてるらしいそうなんだが。」

 その発言を聞いて、怪訝(けげん)な顔付きで飯田部長が天野理事長に尋(たず)ねる。

「会長の方から、立花君には既にお話を?」

「いいや。キミが話してないなら、立花先生が知っている筈(はず)はないさ。鬼塚君の方に就いて言えば、真っ当に理屈を積み上げていけば、我々と同じ結論に辿(たど)り着くのは、まあ『当然の帰結』だからね。鬼塚君がそれに気付いたって言うのが本当なら、それは彼女の考え方の正当性を証明している、とも言えるかな。」

「全(まった)く、末恐ろしいお嬢さんですな。」

 そう言って、飯田部長がニヤリと笑うと、前園先生が畑中に向かって笑って言うのだ。

「あははは、しっかりしないと、鬼塚君が入社したら、あっと言う間に追い抜かれるぞ、畑中君。」

 食後のお茶を飲み乍(なが)ら話を聞いていた畑中は、苦笑いを浮かべて言った。

「突然、何ですか、前園先生。 鬼塚君も茜君も、どちらも優秀ですからね、もう、覚悟してますよ。寧(むし)ろ、三十年後とか四十年後、どっちが社長になってるのか、それを楽しみにしてる位です。」

「あははは、そりゃあ、何とも気の長い話だなぁ。残念なのは、我々は、それを見届けられない事ですな、会長。」

 畑中の前に座って居る実松課長が、笑って天野理事長に言うと、彼は微笑んで応える。

「わたし等(ら)がこの世から居なくなったあとの事だ、なる様になればいいさ。まあ、もしも、そんな事になってたらの話だが、その時はキミ達の世代が、あの子達を支えてやって呉れたら嬉しいかな、畑中君。ま、先の事だ、どうなるかなんて、誰にも分からんよ。」

 畑中の前に座って居る高齢者三名は、発言者である天野理事長も含めて穏(おだ)やかに笑っているのだが、迂闊(うかつ)な事を言ってしまったと反省する畑中としては返す言葉も無く、唯(ただ)、恐縮する他無かったのである。


 一方で、第三格納庫の茜達の様子である。
 村上と九堂の両名と合流して部室で昼食を済ませた茜とブリジットだが、その折(おり)に村上と九堂には Ruby を紹介したのだ。二人共に、Ruby の概要に就いては茜から聞かされていたのだが、言葉を交わしたのは、勿論、この日が初めてだった。
 その後、四人は支度室に場所を移して茜はインナー・スーツを着直し、ブリジットも午後のシミュレーションに備えてインナー・スーツに着替え、村上と九堂も、それに立ち会ったのだ。その後、四人は揃(そろ)って格納庫フロアへと降り、村上は AMF との待望の対面を果たしたのである。
 そもそもが『戦闘機オタク』な村上である。その彼女が現用の主力戦闘機 F-9 の設計や部品を流用して創られた AMF を目にして、興奮しない訳(わけ)が無い。村上は AMF の諸元に就いて、茜と Ruby に質問を繰り返すのだが、ブリジットと九堂の二人は、そんな光景を少し離れて、微笑ましく眺(なが)めていたのである。
 それから間も無く、三年生と二年生達の兵器開発部のメンバーが、本社からの出張組の内、天神ヶ﨑高校卒業生の三名、つまり畑中、倉森、日比野と共に第三格納庫へと戻って来たのだ。その一団には勿論、一年生であるクラウディアと維月、そして立花先生も含まれている。時刻は丁度(ちょうど)、午後一時位である。

「九堂さん、村上さん、ご苦労様。お休みなのに、悪いわね。」

 外部協力者である二人に、先(ま)ずは緒美が声を掛けたのだ。
 それには、村上は振り向いて頭を下げて応じ、距離的に近かった九堂は声を返した。

「あ、いえ。楽しみにしてましたから~特に敦実が。」

 笑顔で応えた九堂の言葉に、微笑みで返す緒美である。
 一方、その一団の後方から、飛行機部会計の武東が金子と共に前へと出て、そして村上に呼び掛ける。武東は、学食で金子達と合流したのだ。

「敦実ちゃん、メンテナンスのレクチャー、始めて貰うから、こっちいらっしゃい。」

「あ、はい、先輩。それじゃ、又、あとでね、茜ちゃん。」

 村上は、武東の方へと駆け寄る。そして金子は、畑中と倉森に向かって言うのだ。

「それじゃ先輩、レクチャー始めましょうか、お願いします。」

「えーと、金子君と武東君は電気(エレキ)の方だったよね?」

 そう確認されて、武東は聞き返すのだ。

「機械(メカ)と電気(エレキ)で、グループ分けてやります?」

「ああ、いや。マニュアルが機械(メカ)と電気(エレキ)で分かれてないから。それに、お互いが何やってるか、分かった方がいいだろうし、一緒に聞いてて貰えるかな。倉森君は、それでいいかな?」

 畑中は隣に立つ、電気(エレキ)担当の倉森に聞いてみる。倉森は頷(うなず)くと、言った。

「構いませんよ。わたしもその方がいいと思います。」

「それじゃ、そう言う事で。で、機械(メカ)の方の参加者は…。」

「はい。九堂です、宜しくお願いします。」

「村上です。あの、もうマニュアルが出来てるんですか?」

 目を輝かせて訊(き)いて来る村上の迫力に、少し引き気味に畑中は答えた。

「あーいや、マニュアルって言っても、F-9 のを手直しした程度の物だけどね。通常の点検作業に関しては、共通の項目が多いから。」

「成る程。」

 少し大袈裟(おおげさ)に頷(うなず)いてみせると、村上は眼鏡のブリッジ部を右手の人差し指で押し上げ、眼鏡の位置を直した。それとほぼ同時に、瑠菜が声を上げるのだ。

「あの、わたし達も一応、参加させてください、畑中先輩。」

「おー、はいはい。瑠菜君と古寺君…とすると、合計で六名、って事かな。」

 そこへ、南側の大扉の方から、畑中に呼び掛ける声が聞こえて来るのだった。

「おーい、畑中君。」

 その場の一同が、声の方へと視線を向けると、繋ぎの作業服姿の男性が三名、歩いて来ていた。真っ先に反応したのは、飛行機部部長の金子である。

「ああ、藤元さん。ご苦労様です。並木さん、片平さんも。」

「何か、ご用ですか?藤元さん。」

 畑中は、三人の中で一番年配の藤元に尋(たず)ねる。因(ちな)みに、藤元は四十代前半、並木は三十代後半、片平は二十代後半で、畑中と同年代なのは片平のみである。
 彼等(ら)は学校の職員ではなく、学校に常駐している天野重工の社員なのだが、社有機の整備と管理が主たる業務なのだ。彼等の職場は社有機が保管されている第二格納庫なのだが、飛行機整備の専門職なので、第一格納庫の飛行機部が管理する機体の管理補助や、飛行機部部員に対する整備技術の指導や支援も行っており、飛行機部とは馴染みが深いのだ。
 加えて、滑走路の維持管理も一手に引き受けているので、実際の業務では整備作業よりも草刈りの時間の方が長いのだ、と言ったり言われたりする始末ではある。そんな訳(わけ)で、毎日の FOD(Foreign Object Debris)作業や、定期の草刈り作業については、飛行機部の部員達が当番を決めて応援として参加してもいた。
 FOD 作業とは、滑走路上に小石やネジ等の落下物が有ると、それらが機体に当たったり、ジェット・エンジンが吸い込む等して、損傷を引き起こす恐れが有るので、人が滑走路の端から端までを歩いて落下物の有無をチェックし、異物が落ちていれば回収する作業の事だ。当然、時間も人手も掛かるのだが、同時に、滑走路の路面状態も確認し、舗装の劣化や損傷が有れば、その補修や、或いは工事依頼等も行っているのだ。天神ヶ﨑高校での社有機運航の安全は、彼等(ら)によって支えられているのである。
 因(ちな)みに、飛行機部とは仲の良い現在の兵器開発部だったのだが、第二格納庫の面々とは、これ迄(まで)、殆(ほとん)ど面識が無かった。
 そして、藤元が畑中に答える。

「ああ、加納さんがね、午後からの AMF のメンテナンスのレクチャー、受けておいて呉ってさ。大丈夫かい?」

「あー、生徒さんと一緒で良ければ、わたしは構いませんけど。 あ、マニュアルはデータで渡しますんで、PC かタブレット端末、有ります?」

「有るよー、それも加納さんから、用意するように言われてたからね。」

「じゃ、問題無いです。…って事は合計で九名か。あはは、結構な人数になったな。」

 そこで、緒美が発言するのだった。

「それじゃ、ウチの部室、使ってください。あそこなら空調も効いてますし、一緒に Ruby もお話を聞けますし。」

 緒美の発言受けて、透(す)かさず Ruby が言葉を発するのだ。

「わたしも参加して、いいのですか?秀一。」

 『秀一』とは、畑中の事である。

「いいよ、興味が有るなら。 しかし、名前で呼ばれるのは、相変わらず、何だか『こそばゆい』な。」

「何、照(て)れてるんですか、先輩。Ruby 相手に。」

 そう微笑んで突っ込んだのは、畑中の隣に立っている婚約者の倉森である。

「だって、俺の事、名前で呼ぶのって、親位(くらい)だぜ。」

 婚約者である倉森でさえ、畑中の事は『先輩』が常なのだった。

「じゃ、今度から先輩の事、名前で呼んで差し上げましょうか?」

 微笑んでそう言った倉森に、苦笑いを返し、畑中は言うのだ。

「それこそ照(て)れるから止めて。」

「あーもう、あっついなー今日もー。」

 そう、敢えて大声を上げたのは、整備担当の片平である。この日は九月の末日(まつじつ)とは言え、まだまだ残暑が厳しかったのだが、彼が言ったのは勿論、そう言った意味ではない。畑中と同年代の片平は、妻帯者である他の先輩二名、つまり藤元と並木と違い、独身者である。
 透(す)かさず、片平の隣に居た並木が、笑って片平の背中を『バン、バン』と叩いて言うのだ。

「僻(ひが)むな、僻(ひが)むな。片平も早く、いい相手、見付けるんだな。」

 片平の発言は聞かなかった事にして、畑中は言った。

「時間が勿体無(もったいな)いんで、そろそろ始めようかと思います。それじゃ鬼塚君、部室借りるね。」

「はい、どうぞ。」

「では、参加者は上へ。」

 そう言って畑中と倉森が二階へと上がる階段へ向かうと、恵が駆け足で先回りして言うのだ。

「それじゃ、お茶位は用意しましょうか~。」

「あ、恵ちゃん。御構い無く。」

 咄嗟(とっさ)に倉森が言葉を返すのだが、恵は「大丈夫ですよ。任せてください。」と言い残し、一人で先に階段を駆け上っていったのだ。
 丁度(ちょうど)その頃、格納庫南側大扉の前に自動車が止まり、天野理事長達、偉い人組が第三格納庫に戻って来たのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第15話.03)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-03 ****


 茜が返事をすると、レシーバーから聞こえて来る声の主が再び樹里に代わり、シミュレーションの設定を読み上げる。

「天野さん、主発地点の飛行場は、学校(ここ)に設定しておくね。離陸したら一度、高度千メートル迄(まで)上昇して、それから降下、ここの滑走路に着陸って事で、戦闘とかは無しの設定で。オーケー?」

「了解です、始めてください。」

「それじゃ、実行。」

 シミュレーション開始を告げる樹里の声が聞こえると、茜の視界が設定確認画面からシミュレーションの仮想視界に切り替わるのだ。その視界は、天神ヶ﨑高校の滑走路東端から西向きに眺(なが)めた景色である。右手側には、第三格納庫も見える。

「何だか、随分、作り込んであるなぁ…。」

 そう、茜が呟(つぶや)くと、今度はレシーバーから日比野の声が聞こえるのだ。

「あはは、地上の風景は基本、衛星写真から起こしたデータだけどね。学校周辺のデータは、担当だったウチの卒業生がノリで手を入れたみたいなのよね~。まあ、楽しんでちょうだいな。」

 続いて、Ruby の合成音声が告げる。

「それでは、自律制御で飛行シミュレーションを開始しますが、宜しいですか?茜。」

「どうぞ、やってちょうだい、Ruby。」

「それでは、スロットルをアイドルからミリタリーへ。」

 茜には、ジェット・エンジンの出力が上昇するのを模した効果音が聞こえて来る。視界の左下付近に表示されている、エンジンの回転数を示すゲージは、その数値が跳ね上がるのだった。だが、まだ視界は動かない。

「ブレーキ・リリース。滑走を開始します。」

 Ruby が、そう告げると、車輪のブレーキが解除された瞬間に視界が一度、上下に揺れ、そして景色が後方へと流れ出すのだ。

「フラップ、ハーフ・ポジションにセット。」

 後方に流れ去る景色の勢いは、段々と増していき、表示される機速の表示値も跳ね上がっていくのだ。そして、あっと言う間に滑走路の中間付近に差し掛かった。

「V1(ブイ・ワン)。」

 Ruby の告げたその意味は『離陸決定速度』と謂(い)われる『この速度に達したら、トラブルが発生しても離陸を中断出来ない速度』の宣言なのだと、茜は昨日、金子から、そう教わっていた。ここで減速しても滑走路内での停止は無理なので、何が何でも一旦(いったん)は離陸を強行しなければならない。寧(むし)ろ、その方がより安全なのだ。

Vr(ブイ・アール)。」

 その通告と同時に、茜の視界は今度は縦に動き始めた。仮想 AMF が、機首を上げたのだ。視界正面に映された機体の角度を表示する目盛(スケール)が縦に流れ、その動きが 12°付近で止まると、今度は高度インジケーターの数値も段々と大きくなっていた。仮想 AMF は地面を離れ、上昇を始めたのだ。
 茜が周囲の景色は段々と下へと離れて行き、周囲の山頂が何時(いつ)の間にか、視線よりも下になっているのだった。

「ギア・アップ。フラップ、ゼロ・ポジションへ。以上で離陸操作は完了です。引き続き、高度一千メートル迄(まで)、上昇します。」

 そこで、加納の指示が割り込んで来るのだ。

Ruby、フル・パワーでバーティカル・クライム、行ってみようか。」

「了解、実行します。」

 加納の指示に対して即答する Ruby に、茜は「え?」と一言を発するのが精一杯だった。茜の視界は一気に天頂へと向き、仮想 AMF はアフターバーナーに点火して、ほぼ垂直に上昇を開始したのだ。
 現実の AMF 本体は、シミュレーション内の動きに対して一切、動作はしていない。しかし、HDG を吊り上げている接続アームには、HDG の角度に就いて三軸それぞれ、つまりピッチ、ヨー、ロールの各軸にプラス・マイナスそれぞれに 40°程の可動域が設けられていて、その動作とキャノピー内部に表示される仮想視界とを組み合わせて、HDG の装着者(ドライバー)に対しての姿勢変化や加速度変化を再現している。
 十秒足らずで高度一千メートルに達した仮想 AMF は、垂直に立ち上がった姿勢から宙返りの姿勢になり、その背面飛行状態から機体をロールさせて水平飛行に移ったのである。

「高度一千メートルで、飛行場方向へ水平飛行中。スロットルは、50%にセット。速度は 10.5 です。」

 Ruby の報告を聞いて、茜は取り敢えず、大きく息を吐(つ)いたのだ。すると、加納が呼び掛けて来る。

「天野さん、ちょっとした軽い機動(マニューバ)でしたが、大丈夫でしたか?」

「ああ、はい。大丈夫です、ちょっとビックリはしましたけど。」

「実機だと、もっとGが掛かりますが、シミュレーターなので視界がグルグル回るだけで。それでも目が回ってたり、気持ち悪くなったりは、してませんか?」

「あれ位なら、全然平気ですよ。御心配無く、加納さん。」

「了解。さっきので駄目な様なら、この先の空中戦闘機動や、実機での飛行は無理ですので。少しずつ、領域の確認をしていきましょう。では、取り敢えず一度、着陸の視界を体験してみてください。ここの滑走路に降りるのは、山の斜面に向かって降下して行く事になるので、視覚的には、結構、怖いと思いますが。そこは覚悟しておいてください。」

「分かりました。覚悟しておきます。」

 茜と加納が、そんな遣り取りをしている間に、仮想 AMF は飛行場の上空を通過していたのだ。そして Ruby が通告する。

「旋回、降下してランディング・アプローチを開始します。宜しいですか?茜。」

「どうぞ、やってちょうだい、Ruby。」

 茜が応えると、視界が左へ傾き、仮想 AMF が左旋回し乍(なが)らの降下を開始した。降下する事で加速してしまうのを防ぐ為、旋回する事で運動エネルギーを消費し、一周半の旋回で Ruby は高度と速度を、そして滑走路への進入経路にと、仮想 AMF の機体をピタリと合わせ込むのだ。
 天神ヶ﨑高校の滑走路には、それ程高度な計器着陸装置が設置されている訳(わけ)ではない。地形的にも山が近く、施設自体も天野重工の所有である為に一般への開放はされておらず、所謂(いわゆる)『空港』や『飛行場』ではないからだ。勿論、近隣を飛行中の航空機にトラブルが発生した場合、ここに緊急着陸する事は可能だが、管制塔も無く、常駐する管制官も居ないので、天野重工の社有機と天神ヶ﨑高校飛行機部以外の機体が、この滑走路を利用する事は、先(ま)ず有り得ない。そんな訳(わけ)で、この時代に普及している自動着陸機能に対応する様な、高度な計器着陸装置は設置されていないのだ。
 Ruby は飛行場の位置データと、その周辺地形データ、それに自機の位置情報を組み合わせて、着陸アプローチの経路を自力で割り出しているのであって、滑走路側の誘導装置を利用している訳(わけ)ではない。勿論、飛行場側に何らかの誘導装置が設置されてあれば、それを利用する事も可能で、その為の装備が AMF には用意されているのである。
 仮想 AMF は滑走路に向かって、東側から接近しているので茜の右手側には、山の斜面が迫って見える。茜自信は、HDG-A01 単体で何度もこの滑走路上空は飛行していたのだが、AMF での着陸進入速度は HDG-A01 での飛行よりも三倍以上高速なので、景色の迫って来る感覚には明らかに差異が有るのだった。
 普通の旅客機に乗った経験も何度かは有る茜だったが、その時に窓から見た着陸時の風景とも、印象は異なっていた。普通に開けた場所に在る空港に降下して行くのとは違い、起伏の有る山地に向かって降りて行くのは、地面の迫って来る感覚に、何と言うか『迫力』が感じられたのだ。

「ギア・ダウン。フラップ、フル・ポジションにセット。」

 Ruby が着陸脚の展開を宣言し、その操作が実行されると、同時に実行されたフラップの展開も相俟(あいま)って、抵抗の増加で機速が一気にダウンする。Ruby は機体の迎え角とスロットルとを微妙に調整しつつ、滑走路の東端へと接近を続行した。
 茜は表示されている対気速度と降下率が、事前に聞いていた範囲に収まっているのを確認しつつ、流れる仮想視界を見詰めていた。それは昨日、飛行機部のフライト・シミュレーターで体験した着陸時の景色とは、スピード感が倍以上も違っていたのだ。飛行機部のフライト・シミュレーターは軽飛行機がモデルであり、今、茜が体験しているのはジェット戦闘機と同等の機体がモデルなので、そもそもが着陸速度が全然違うのだ。勿論、その事は、茜も理解はしている。
 滑走路への接近を継続する Ruby が、目指す滑走路への対地高度を十メートル置きに読み上げる中、間も無く、仮想 AMF が滑走路東端を通過すると、機首を持ち上げた状態でスッと機体が沈み、主脚輪(メイン・ギア)が滑走路に接地するのだ。そして直ぐに機首が下がって首脚輪(ノーズ・ギア)が接地すると、逆噴射装置(スラスト・リバーサー)が作動し、仮想 AMF は一気に速度を失うのである。程無く、機体は滑走路の中程で停止したのだった。

「着陸操作を終了。スロットルをアイドル・ポジションへセット。以上でシミュレーションを終了しますか?」

 その Ruby の問い掛けに、直ぐに答えたのは緒美だった。

「取り敢えず、一旦(いったん)、終了。 天野さん、感覚は掴(つか)めそう?」

「はい、何度か繰り返せば、大丈夫だと思いますけど。」

「そう。 加納さんから、何か、有りますか?」

 緒美の問い掛けに、レシーバーへ返って来る声が加納に代わる。

「山に向かって降下して行くのに、恐怖感とか無かったですか?天野さん。」

「いえ、特に。あ、スピードは速いな、とは思いましたけど。HDG-A01 単独での飛行に比べて。」

「恐怖感が無かったのなら、結構。では、最初は離着陸、特に着陸操作を、お昼まで重点的にやってみましょうか。」

 そんな訳(わけ)で引き続き、茜は仮想 AMF に因る離着陸を、シミュレーターで反復する事になったのだ。今度は茜の思考制御で、離陸から着陸迄(まで)の操作を繰り返すのだ。
 離陸に就いては、操作自体はそれ程、難しくはない。横風とかが吹いていなければ、滑走路を真っ直ぐ走って、離陸速度に達したら機首を上げればいいのである。離陸では、滑走中にトラブルが発生した際に、離陸を中断するのか続行するのか、続行する場合に離陸後にどう対処するのか、そう言った判断やトラブルへの対応の方が難しいのだと言えるだろう。
 着陸に関しては、降下角度や速度の感覚を把握する為、滑走路上空での低空飛行から始まり、主脚輪(メイン・ギア)や首脚輪(ノーズ・ギア)をも滑走路に接地した後、再度離陸する『タッチ・アンド・ゴー』のシミュレーションを何度も繰り返し実施したのである。
 そんな様子が映し出されたモニターの画面を眺(なが)め乍(なが)ら、金子が緒美に話し掛ける。

「そう言えば、わたし達も同じ様な事やったやったよね、去年。合宿の時。」

「スピードとか、エンジンのパワーとか、段違いだけどね。」

 緒美は、微笑んで応えた。そして続けて、金子に言う。

「金子ちゃんには、折角(せっかく)来て貰ってけど、出番は無さそうね。」

「まあ、加納さんが居たらね。わたしの出る幕なんて、そりゃ、無いわ~。でも、加納さんが教官役なら、それ、見てるだけでも、わたしも勉強になるから、来た甲斐(かい)は有ったってものよ。」

 そう言って、金子はニヤリと笑うのだ。
 そして時刻は十二時を過ぎ、午前中の活動は終了となったのである。


「茜、お昼、どうする?」

 HDG から降りて来た茜に、タオルを渡しつつブリジットが、そう声を掛けた。茜は受け取ったタオルで顔の汗を拭(ぬぐ)いつつ、応える。

「午後からもシミュレーションやるんだし、インナー・スーツをもう一度、着直すのも面倒(めんどう)よね~。」

「じゃ、何か買って来ようか?パンとか、サンドイッチとか。」

 そうブリジットが提案した時、彼女のデニム生地のハーフパンツ、そのポケットの中の携帯端末にメッセージが届くのだ。確認すると、それは村上と九堂からの、昼食の誘いだった。彼女達はこの日、午後からの兵器開発部の活動に合流する予定だったのだ。

「敦実(アツミ)と要(カナメ)、お昼、一緒に食べようって。」

「ああ、それじゃ、着替えて来るかな、矢っ張り。」

 そう言う茜の傍(かたわ)らで、ブリジットは携帯端末を操作して、九堂へと通話要請を送る。九堂は、直ぐに通話に応じた。

「ああ、要? うん、見たんだけど…いや、茜がさ。インナー・スーツ着替えるの、結構大変なのよ…そう、午後からも引き続きシミュレーターやる予定だし。…え?…あーそうそう。うん。…うん。 あー、そう?だったら助かる。…あ、一応、茜にも聞いてみる。ちょっと待ってて。」

 ブリジットの通話の様子を、不審気(げ)に聞いていた茜が、ブリジットに尋ねる。

「要ちゃん、何て?」

「ああ、敦実と二人で、売店でお弁当買って、こっちに来ようかって。」

「それは助かるけど、何だか悪いわね。」

「いいじゃない、借りはまた、何かの機会に返せば。あの二人だって、午後からこっちの活動に合流する都合で、来るんだしさ。」

「じゃあ、そう言う事で。ありがとうって、言っておいて、ブリジット。」

「了~解。」

 ブリジットは携帯端末を耳に当て直し、通話先の九堂に話し掛ける。

「あ、要? それじゃ、お願いするわ、待ってる。 …え?あー何でもいい、お任せするから…うん、お願いね。それじゃ、また、あとで。は~い。」

 そんな具合で、ブリジットが通話を終えた頃合いに、茜とブリジットの二人に、恵が声を掛けて来る。

「天野さん、ボードレールさん、お昼に行きましょう。待ってるから、着替えていらっしゃい。」

 それには透(す)かさず、ブリジットが声を返した。

「ああ、恵さん。村上さんと九堂さんが、何か買って来て呉れるって事で、今し方、話が付いた所です。」

「午後の活動の前に、又、着替えるのも結構な手間なので。」

 ブリジットに続いて茜の発言した補足で、事情を察した恵は尋ねるのだ。

「じゃ、部室で食べるのね? お茶とか、用意しましょうか?」

「あ、御構(おかま)い無く。飲み物とかも、買って来て呉れますので。」

 そうブリジットが答えると、今度は緒美が言うのだ。

「それじゃ、わたし達は学食の方へ行って来るけど。序(つい)でだから、ここの留守番もお願い出来るかしら?」

 実は緒美達、三年生組は、売店でパンでも買って来て、午後の活動までの間、部室で過ごす積もりでいたのだ。何が起きると言う心配が有る訳(わけ)でもなかったのだが、それでも昼休みの間、第三格納庫を無人にする訳(わけ)にもいかないだろう、と、そう考えていたのである。
 緒美の問い掛けには、茜が即答した。

「わたし達は構いませんよ。先輩達は、ごゆっくりどうぞ。」

「そう? それじゃ、何か有ったら連絡してね。」

 そんな遣り取りをし乍(なが)ら茜達は、二階へと上がる階段へと向かって歩いていた。
 そして、立花先生が言うのだ。

「考えてなかったけど、そう言う事なら、明日以降のお昼も、天野さん達の分は、こっちで食べられる様に準備しておいた方がいいかしら?」

「そうですね。」

 恵が応えると、続いて直美が提案するのだ。

「それじゃ、こっちで昼食を済ませたい希望者の分、人数確認しておいて、お弁当でも発注しときます?」

「あ、いいですねぇ、それ。」

 直美の提案に、即座に乗ったのは瑠菜だった。透(す)かさず、立花先生が言葉を返す。

「言っておくけど、只じゃないわよ。それに、それ程、豪華なものにはならないでしょうし。」

「あはは、分かってますよぉ、それ位。」

 笑って返す瑠菜に続いて、微笑んで樹里が言うのだ。

「学食や寮の食事は、何時(いつ)でも食べられるものね。」

「そうそう、偶(たま)には目先の変わったものが食べたいじゃない。」

 そんな会話をしていると、茜達は階段の上(のぼ)り口に到着したのである。そこで、緒美が茜とブリジットに声を掛ける。

「それじゃ、わたし達は下の出口から出るから。午後は一時半からスタートだけど、予定通り、B号機もシミュレーションに参加するから、ボードレールさんはインナー・スーツに着替えておいてね。」

「はい、分かってま~す。」

 ブリジットの返事を聞いて微笑んだ緒美は、「それじゃ、留守の間、宜しく。」と言い残して、他のメンバーと一緒に階段の下を通って手洗い場区画脇の奥に有る、東側一階出口へと向かったのだ。
 茜とブリジットの二人は階段を上がり、一度部室を通過して南側の支度室へ入ると、茜の着ているインナー・スーツのパワー・ユニットと背部及び腰部のフレームを取り外し、インナー・スーツを少し緩めてから部室に戻って、村上と九堂の到着を待ったのだ。

 

- to be continued …-

 

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