WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第16話.10)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-10 ****


 その様子に、緒美が優しく声を掛ける。

「大丈夫?カルテッリエリさん。」

 クラウディアは目頭と目尻に溜まっていた涙を、人差し指で押さえる様に拭(ぬぐ)うと、敢えて笑顔で応えるのだ。

「大丈夫です。これ位の事で涙が出るなんて、どうかしてますね。」

「そうじゃなくてね…。」

 クラウディアに向かい、微笑んで樹里が言うのだ。

「…多分、貴方(あなた)の心が快復に近付いているのよ。ねえ、維月ちゃん。」

 樹里に同意を求められ、維月は直ぐに応える。

「そうかもね。それは、いい傾向だと思うよ、クラウディア。」

 続いて、緒美が提案するのだ。

「取り敢えず、さっきの話題は御仕舞(おしまい)にしましょうか。」

 すると、維月が樹里に尋(たず)ねるのだ。

「え~と、そもそも何の話だったっけ?」

「それを、貴方(あなた)が訊(き)く?」

 少し大袈裟(おおげさ)に呆(あき)れた体(てい)で樹里が言葉を返すと、クラウディアが維月に向かって問うのだ。

「それで、貴方(あなた)は結局、どうするの?イツキ。HDG の開発に関わるのは、もう止めにする?」

「手伝うわよ、今迄(いままで)通り。クラウディアを放っては、おけないからね。」

 維月はクラウディアの問い掛けに対して、食い気味に答えを返したのだった。
 それには笑顔で、クラウディアは言うのだ。

「そう。それは取り敢えず、助かるわ。」

 そしてクラウディアは、キーボードのタイピングを再開するのだ。
 丁度(ちょうど)その頃、インナー・スーツ姿の茜とブリジットが部室へと戻って来るのだが、二人は部室奥側の北側ドアから入って来ると緒美達に声を掛けつつ、その儘(まま)、向かい合ったドアから南側の二階通路へと出て行くのだ。北側の階段で上がって来ると、部室を通過しなければ南側のインナー・スーツ用の準備室として使用している部屋へ行けないのだ。
 そのあと、立花先生や恵、直美、瑠菜、佳奈、飛行機部の村上や、九堂と言った面々が部室へ次々と戻って来るのだった。
 それから三十分程が経過して、その日の部活は終了となったのである。

 その翌日からも前日と同じ様に、茜とブリジットは Sapphire を含めての空戦シミュレーションを続行し、クラウディアと維月は協力してエイリアン・ドローンの通信電波を特定する為の『マーク』解析を継続していったのだ。
 その努力の甲斐(かい)は有って、三日目である 2072年10月19日、水曜日の部活中に、エイリアン・ドローンの暗号化通信の先頭マークと思われる共通信号の波形パターンを、遂にクラウディアは見つけ出したのである。
 それはクラウディアの予想通り、共通信号のパターンは一つだけではなく、防衛軍が記録したサンプルからは六種類の共通信号のパターンが見付かったのである。勿論、それぞれのパターンが存在する理由や、使い分けの意味、そう言った具体的な事項は一切が不明なのだ。徒(ただ)それは、一つ目の共通パターンに続いて、そのあと任意の波形が現れ、そして二つ目の共通パターンが登場し、もう一度、先のとは別の任意パターンが現れる迄(まで)が一括(ひとくく)りである、と推定されたのだ。
 クラウディアによると、『共通信号A+送信側識別コード+共通信号B+宛先識別コード』と言う型式ではないかとの推測だったが、それを確認する手立ては、現時点では何も無い。それでも取り敢えず、この解析で判明した六種類の『共通信号』の内、二種類が先述のパターンで登場する通信電波は、エイリアン・ドローン達の通信を特定するのに利用出来る、と言う事なのである。
 因(ちな)みに、その分析結果から、防衛軍が記録したサンプルの内、凡(およ)そ三分の一がエイリアン・ドローンの通信ではないと分類されたのだった。それは、それらの中に共通したパターンが、含まれていなかったからである。
 ともあれ、この分析結果は天野重工本社を通じて防衛軍側にも伝えられ、それはつまり、次のエイリアン・ドローンによる襲撃が発生した際の、HDG の迎撃作戦参加に因るC号機の電子戦能力試験の実施条件が整ったと言う事なのである。

 クラウディアの解析が一定の成果を出した、その翌日。2072年10月20日、木曜日には、予(かね)てより予報されていた台風16号が、九州から四国、本州へと上陸し、日本海へと通過して行ったのである。
 幸い、その進路は天神ヶ﨑高校の所在地域には近くはなく、学校の周辺地域に大きな被害が発生する事は無かったのだが、その日、学校の授業は全て中止となり、通学して来る普通科の生徒達は自宅待機となったのである。兵器開発部のメンバー達は全員が特別課程の生徒であり、特課の生徒は学校敷地内の寮で生活しているので、彼女達は当然、学校の寮内で台風の通過を待ったのである。当然、その日は全ての部活動も中止であり、寮生達は全員が一日、寮で待機となった訳(わけ)である。
 周辺に大きな被害は無かったとは言え、それなりに勢いの強い風雨が長時間継続したので、取り分けクラウディアは、来日して初めての台風を存分に堪能(たんのう)したのだった。

 台風一過から一日を空けての、2072年10月22日、土曜日。
 その日、兵器開発部メンバー達は、午前中から山口県に所在する海上防衛軍岩国基地に居た。地球周辺軌道の観測結果から、この日にエイリアン・ドローンが降下して来る事が予測されたからである。勿論、降下して来たエイリアン・ドローンが、必ずしも日本領空へと侵入して来るとは限らないのだが、当然、防衛軍は迎撃を準備するのである。
 地球周辺軌道の監視は、国際的な協力体制の下に実施されている。月から地球への軌道であれ、地球の衛星軌道であれ、エイリアン・ドローンが取り得る軌道は或(あ)る程度の幅の中に収まるので、それを観測する事自体は不可能ではない。そして観測が出来れば、地球への降下時期や降下地点の絞り込みも可能になるのだ。
 エイリアン・ドローンの降下ルートは、以前は『北極ルート』が多用されていたのだが、それが現在は『アジアルート』、『北ヨーロッパルート』、そして『南米ルート』の三つに分散したのである。日本への影響が有るのは、当然『アジアルート』であり、今回も其(そ)のルートでの降下が予測されたので、それに備えているのである。
 その予測が防衛省で採用されたのが昨日の事で、天神ヶ﨑高校には天野重工本社から作戦への参加協力が昨日の内に通達されたのだった。
 日本の防衛線は九州北西海上に設定され、天神ヶ﨑高校兵器開発部の面々は岩国基地から発進して、前線からは離れて電子戦支援の実験を実施するのである。

 この時代、日本に駐留する在日米軍は大幅に整理されており、北海道、神奈川県、沖縄県の一道二県に在日米軍は集約されているのだった。従って、この時代の岩国基地に、米軍は駐留していない。
 天神ヶ﨑高校と天野重工には、岩国基地の一角が囲い付きで提供され、そこには基地の人員の出入りも制限される等の配慮がされていた。これは、特に天神ヶ﨑高校の生徒が作戦に参加している事を防衛軍内部、主に現場部隊に対して秘匿する為の施策で、そして同時に、民間人である生徒達に、勝手に基地内を移動させない為の対策でもあるのだ。
 岩国基地には天野重工から、畑中等と言った兵器開発部メンバーとは顔馴染みである人員が派遣され、HDG の展開運用を支援していたが、それも、兵器開発部のメンバー達が現地の基地人員と顔を合わせない様にする為の方策だったのである。基地側が天神ヶ﨑高校と天野重工に提供していたのは場所と電力と燃料だけで、それ以外の資材は全て、天野重工が持ち込んでいた物資なのだった。
 作戦の打ち合わせに関しても、HDG の護衛に飛ぶパイロット達と直接に顔を合わせる事はせず、借用した部屋と小松基地のブリーフィング・ルームとをオンラインで結んで、リモートでブリーフィングを行ったのだ。茜達の護衛を行う戦闘機二機は、石川県の小松基地から派遣されるのである。
 ブリーフィングに於(お)いては当然、茜達の姿は映されなかったのだが、流石に声の加工まではしなかったので、茜達の声を聞いた防衛軍側のパイロットは、当初、聊(いささ)か動揺していたのだった。ここで声の加工をしなかったのは、HDG と戦闘機との間で通信通話を行う際に、声の加工をしないからだ。打ち合わせの時だけ加工をしてみた所で意味が無いし、通信の音声まで加工した場合、肝心の通話内容が聞き取り難くなっては、それは又、都合が悪いのである。
 パイロット達には打ち合わせの前に、「試作機ドライバーの身元については詮索しない様に。」と厳命されていたので、それに類する質問等は一切がされなかった。彼等には茜達の身分は「若い、天野重工の社員である。」とだけ、説明がされていたのである。それは事実の一面であり、嘘ではない。

 天野重工からの人員は前日中に岩国基地に入り、天神ヶ﨑高校兵器開発部の受け入れ準備を、基地側の担当者と協議しつつ進めていたのである。
 そして当日の午前九時には、HDG 各機が岩国基地へ空路での自力展開を実施し、到着していた。
 HDG のドライバー以外の兵器開発部メンバーは、天野重工の社有機が移送を担当し、今回は兵器開発部の正式な部員ではない維月も、展開メンバーに含まれていたのである。
 所で、この日、土曜日は平日なので、学校では特課の生徒達には授業が行われていたのであるが、緒美を始めとして作戦に参加した兵器開発部のメンバー達に就いては、社用での授業不参加であると言う事で、後日に補習を受ける条件で、授業には出席扱いとされていたのである。
 岩国基地に到着した HDG 各機は、目隠しのされたエリア内で点検と燃料補給が行われ、その間、茜達ドライバー三名と、指揮役の緒美、監督者の立場である立花先生の五名は、リモートでのブリーフィングに参加したのだった。
 その後は、エイリアン・ドローンの動向を待って、防衛軍統合作戦指揮管制からの出動指示が有る迄(まで)、待機となっているのである。

 そして午前十一時の少し前、東シナ海を東進するエイリアン・ドローンの編隊が探知されると、迎撃の為に待機している全ての部隊に出動の命令が下されたのである。
 兵器開発部の HDG 三機の作戦空域は対馬から五島列島を結ぶ直線上で、この空域を往復し乍(なが)ら、防空識別圏から領空に向かって接近して来るエイリアン・ドローンの通信を探知し、電波妨害を実施するのだ。直掩機を務める小松基地の F-9 戦闘機二機とは作戦空域で合流する予定で、実際に茜達が現場に到着すると間も無く、彼等(かれら)は接近して来たのである。

コマツ01 より、HDG01。其方(そちら)を視認した。一度、上空を通過する。」

 小松基地の F-9 戦闘機からの通信、第一声である。茜は、直ぐに返事をするのだ。

「此方(こちら)、HDG01。戦術情報にて、其方(そちら)の接近を確認。護衛の任務、ご苦労様です。」

 茜達はクラウディアのC号機を中央に、右側に AMF、左側にB号機と、三機が横並びで南向きに五島列島方向へと、高度二千五百メートルを飛行していた。因みに、五十キロ程東側には随伴機である天野重工の社有機が飛行している。随伴機の機長は加納が務めており、機内には飯田部長と立花先生、緒美と樹里、そして本社開発部から日比野が参加し、搭乗していた。当然、日比野と樹里は機内で HDG 各機のデータを受信し記録しているのである。
 同時に岩国基地では、維月がデバッグ用コンソールの操作を担当して、HDG 各機の状態をモニターしつつ、受信データの記録を並行して行っているのだ。点検、整備を支援していた畑中や倉森、新田、大塚、そして兵器開発部の恵、直美、瑠菜、そして佳奈の八名には、各機を送り出してしまって以降は、もう、無事の帰りを待つ事以外に出来る事は無いのだった。
 一方で、天野重工の待機場所には三台のディスプレイが置かれ、A号機からC号機のメインセンサーが捕らえた映像と機体の状態を表す各種諸元の数値が映し出されており、その画像から異常が発生していないかを監視するのも、実は待機組の重要な仕事なのだ。監視の目は、多いに越した事は無いのである。
 因(ちな)みに今回、兵器開発部のメンバー達は学校の制服ではなく、本社から借用した天野重工の女性社員用作業服を着用している。流石に、高校の制服姿が展開先である基地内で目撃されるのは、回避する必要が有ったのだ。

 茜達の上空を通過した二機の F-9 戦闘機は、大きく旋回して茜達の前方を横切り、東方向へと移動して行く。

コマツ01 より、HDG01。それでは、打ち合わせ通りの位置へ着きます。脅威の接近が有れば、直ぐに対処しますので、安心してください。実験の成功を。」

「此方(こちら)、HDG01。ありがとう、御協力に感謝します。」

 茜が応えると、随伴機からの飯田部長の通信が聞こえるのだ。

「此方(こちら)、随伴機、AHI01 より、コマツ01 へ。天野重工を代表して、防衛軍の協力に感謝する。頼りにしてるよ、宜しく。」

「此方(こちら)、コマツ01。打ち合わせ通り、当方は HDG01 編隊と、AHI01 の中間位置にて待機する。宜しく。」

 直掩機とは言っても、速度に余裕の有るジェット戦闘機なので、護衛対象機にピッタリとくっついて飛行する必要は無い。作戦空域は空中と地上の両方から、或いは海上からもレーダーで空域全体が監視されているので、敵機の接近が有れば直ぐに捕捉が可能なのである。加えて、F-9 戦闘機はエイリアン・ドローンとは、機銃を用いた空中戦(ドッグファイト)は極力避ける方針なので、主用兵装はミサイルなのだ。だから、レーダー監視を掻(か)い潜(くぐ)って、突然、護衛対象機の近傍(きんぼう)にエイリアン・ドローンが出現した場合、その近くに F-9 戦闘機が居てもミサイルの使用出来る距離まで離れなければならず、それでは却(かえ)って対処に時間が掛かってしまうのである。無論、その儘(まま)、機銃に頼った空中戦(ドッグファイト)に突入するのは無謀でしかなく、その場合、一気に距離を詰められた F-9 戦闘機はエイリアン・ドローンの斬撃を受ける事になるのだ。そうなったら、F-9 戦闘機に反撃する術(すべ)は、何一つ無いのである。
 そう言った訳(わけ)で、茜達の前方で迎撃の為に待機している、他の F-9 戦闘機も密集した編隊で飛行している訳(わけ)ではない。数百メートルの間隔を取った二機編隊が一組となり、それぞれの編隊が数十キロメートルの間隔を空けてポツリ、ポツリと作戦空域に分散しているのだ。それら編隊の間隔など、中射程ミサイルで迎撃を実施するのであれば無きに等しいし、寧(むし)ろ密集していた場合は何か有った際に、被害が拡大する可能性が高くなるだけで、一つの利も無いのである。
 唯(ただ)、十数機が横並びになった戦闘機から一斉にミサイルが発射されると言った、映画の様に勇壮な場面が見られない事が一部関係者の間で残念がられていたのではあるが、そんな事は防衛作戦上は『どうでもいい事』なのだった。

「AHI01 より、HDG03。それじゃ、エイリアン・ドローンの通信、走査(スキャン)開始して。」

 緒美から、クラウディアへ向けての指示である。ここで、HDG01~03、AHI01、そしてコマツ01、02、合計六機の通話は全てが各機に聞こえており、加えて防衛軍統合作戦指揮管制と、岩国基地でモニターしている維月達にも聞こえていた。これらは全てが、防衛軍のデータ・リンクで接続されているのだ。
 そう言った都合で、今回の作戦行動中、兵器開発部の各自は、名前で呼び掛けないようにと、前日から何度も、緒美や立花先生から注意を受けているのである。

「HDG03、了解。走査(スキャン)、開始します。」

 クラウディアから返事が有って十数秒後、再(ふたた)び、クラウディアが声を上げる。

「HDG03 です。エイリアン・ドローンの通信を傍受(キャッチ)、現在の周波数を特定しました。ロックして、攻撃対象の追跡を開始します。」

「AHI01、了解。思ったよりも、早かったわね。戦術情報と、通信から検出した座標は合いそう?HDG03。」

「はい。大きなズレは、無さそうですね。それよりも、想像以上に相互に通信しているみたいです。もっと静かにしてるのかと、思ってましたけど。」

「そう。記録出来る物は、記録しておいてね、HDG03。」

「勿論です、AHI01。 データは多い方が、検出の精度が上がりますから。」

「オーケー、HDG03。 その儘(まま)、防衛軍の攻撃が始まる迄(まで)、待機しててね。」

「HDG03、了解。」

 これは天野重工、或いは天神ヶ﨑高校兵器開発部にとっては実験だが、防衛軍には実戦なのである。だから、電子攻撃に於(お)いても、最大の効果を狙わなければならないのだ。そこで、C号機による電波妨害攻撃はイージス艦による迎撃第一波の、着弾のタイミングを狙って開始する計画が採用されたのだ。
 電波妨害の効果が有るのか無いのか、有るとして何(ど)れ程の時間持続するのか、そう言った事柄が不明な中で最初だけでも効果を得ようとするなら、最初の攻撃タイミングは敵の行動が一番、慌ただしくなる時間帯に仕掛けるのが効果的だろう、と考えられたのである。
 イージス艦から発射されたミサイルが敵編隊に到達する際に、それを回避する為にエイリアン・ドローン側は各機体間や、その上位との間で、膨大な通信を行うのではないか? であれば、それを妨害する事が出来れば、ミサイルの命中率が改善されるのではないか? そんな緒美の仮説を検証する実験であり、実際の戦果が期待される作戦なのである。

「HDG01 より各機へ。戦術情報より、イージス艦がミサイルを発射した模様です。」

「此方(こちら)、AHI01。情報を確認。HDG03、電子攻撃、準備。」

「HDG03、攻撃準備します。攻撃開始の合図(キュー)をください、AHI01。」

「了解、HDG03。待機してて。」

 クラウディアの要請に対し、緒美の冷静な声が返って来るのだ。
 作戦では、ミサイルが敵編隊に到達する十秒前に、電波妨害を開始する計画である。
 社有機の機内で緒美は、樹里が操作するディスプレイに映し出された戦術情報画面を見詰め、画面上の各目標に向かって縮んでいく線の長さで、電子攻撃開始のタイミングを計っているのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第16話.09)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-09 ****


 そして維月が真っ先に、緒美に声を掛けるのだ。

「あ、鬼塚先輩。今日の飛行訓練は終わりですか?」

「ええ、もう四時になるのよ。今日は日曜日だから、ここも五時には閉めるからね。」

 そう言われて、維月は部室の壁に掛かっている時計で時刻を確認し、「あ、ホントだ。」と思わず声を漏らすのだ。クラウディアと二人で、解析プログラムの作業に没頭していたので、維月は、すっかり時間を忘れていたのである。
 そんな維月に、樹里が尋(たず)ねる。

「それで、進捗はどう?」

 維月は「う~ん。」と唸(うな)ると、苦笑いしてクラウディアに話を振るのだ。

「…どうかな?クラウディア。」

 クラウディアはキーボードを叩く手を止め、樹里の方へと顔を向けて報告する。

「まだ、『海の物とも、山の物とも』って感じですね。取り敢えず、今、改造しているプログラムで六本目ですけど。」

「まあ、初日から、結果なんか出ないよね。慌てる必要は無いから、じっくりとやってちょうだい。」

 樹里は笑顔で、そう返すのだった。それに続いて、緒美が付け加える。

「じっくりやって貰っても構わないけど、今日は、あと一時間位で切り上げてね。」

「は~い。」

「分かりました。」

 維月、クラウディアの順に、それぞれが返事をすると、維月が樹里に問い掛ける。

「…と言う事は、下の方は、もう終了作業中?」

「そうよ~天野さんとボードレールさんは、そろそろ上がって来るんじゃないかな。今日は三機で空戦シミュレーションをやってただけだから、片付けも早く終わると思うけど。」

「そう。じゃあ、あと三十分で、これだけ、やってしまおう。」

 維月は、自分の PC へと向き直ると、キーボードを叩き始めるのだ。樹里は維月の背後へと回り、その作業を眺(なが)めつつ問い掛ける。

「維月ちゃんは、何やってるの?」

「サンプル・データの抽出(サンプリング)モジュールのね、アルゴリズムの変更。ちょっと、思い付いたのが有って。」

「ふうん…。」

 樹里は顔を上げ、正面の席に居るクラウディアにも尋(たず)ねるのだ。

「…カルテッリエリさんの方は?」

「はい。比較検出の処理を、トリプル・トラックにする改造を。」

「三本、並列処理? 目的は高速化?」

「いえ、暗号化通信の先頭マークが、一つだけとは限らないので。二、三種類が存在するのなら、それを同時に引っ掛けてみようかと。」

「成る程…解った。進めてちょうだい。」

「はい。」

 返事をするとクラウディアも、猛然とキーボードをタイプし始めるのだ。
 そんな三人の様子を、笑顔で眺(なが)めている緒美に気付き、樹里が声を掛けるのである。

「部長の方から、何か?」

 緒美は笑顔を崩す事無く、言葉を返すのだ。

「いいえ。其方(そちら)の作業に就いては、統括は城ノ内さんに任せるわ。それが一番、間違いが無さそうだから。」

「それは構いませんけど、御意見が有ったら、遠慮無く言ってくださいね、部長。」

「あはは、実務の具体的な内容になったら、わたしの知識じゃ丸で追い付かないから。仕様書の方向性に沿って、進めて呉れてると信じてるわ。」

 樹里は、微笑んで応える。

「それは、御心配無く。」

 その言葉に、緒美も微笑みを返すのである。
 そこで、不意に維月が、緒美に問い掛けるのだ。

「そう言えば鬼塚先輩、さっきも話してたんですけど、クラウディアみたいな特殊技能(スキル)持ちが、今年、入学して来てなかったら、どうされるお積もりだったんですか?」

「どうするも何も、その時の条件で出来る様にやっただろうって、それだけの事よ。今年の一年生達が、別格に特殊だったから、開発作業は異常に進展しているけど、これは想定外の事態よね。わたしの感覚だと、今年に入って二年分位、一気に作業が進んだ様に思うわ。 本社の方(ほう)の思惑は、知らないれけどね。」

「例えば、クラウディアがこの学校に来たのは偶然じゃなくて、学校や本社の側が、人材を確保する為に何かしら手を回した、とか。そんな事は、無いですよね?」

 それは維月の、聊(いささ)か陰謀論めいた思い付きだったのだが、実際、疑問を口にした当の維月も、半笑いでなのである。それには、苦笑いして樹里が言うのだ。

「HDG の、開発作業の為に?」

 その苦笑いは緒美にも伝染し、そして言うのだった。

「さあ、少なくとも、わたしは知らないわね。」

 するとクラウディアが、声を上げるのだ。

「それは、無いわね、イツキ。 この学校に入学する事は、誰かに勧められた訳(わけ)ではないから。わたしに関しては、全くの偶然よ。 アカネの場合は、どうだか知らないけどね。」

 今度は緒美が、微笑んで維月に問い掛ける。

「井上さんは、どうして、そんな風(ふう)に思ったのかしら?」

 維月は視線を上に向けて暫(しば)し考え、そして答えた。

「そうですね。余りにも都合の良い人材が揃(そろ)っている様な気がして、誰かの意図が反映されている…のではないか?と、言った所でしょうか。」

 維月の意見を聞いて、緒美はくすりと笑い、そして言うのだ。

「井上さん、それは考え方が逆なのよ。今、居る人材の能力に合わせて、開発作業の内容が決まっているのが事実なの。今の開発作業が予(あらかじ)め決まっていたと考えるから、人材の能力がそれに合わせて揃(そろ)えられた様に思えるだけで。 さっきも言った通り、揃(そろ)っている人材の能力が今よりも低かったなら、その場合は、その時の能力の総量に見合った開発作業の内容になっただけの事だわ。」

 続いて、樹里が補足する。

「どうして、それだけの能力の人材が、貴方(あなた)を含めて、ここに揃(そろ)ったのか、って言うなら、それは、この学校がそう言う学校だから、って以外に無いですよね。ねえ、部長?」

「まあ、そう言う事でしょうね。」

 緒美は、微笑んで頷(うなず)くのだ。
 そして維月は、一呼吸置いて緒美に問い掛ける。

「あの、鬼塚先輩。この前、クラウディアに訊(き)いてた、防衛軍に協力する件、あれ、本当にやるんですか?」

「その話を、訊(き)きたかったの?井上さん。」

 数秒、維月は応えなかった。すると、クラウディアがキーを叩く指を止めるのだ。
 そして、維月は口を開いた。

「…まあ、そうですね。正直(しょうじき)、クラウディアを戦闘が起きるかも知れない現場に出すと言うのは、賛成出来ません。」

「天野さんと、ボードレールさんなら、構わないの?」

 その、少し意地の悪い緒美の問い掛けに、維月は軽くイラッとして言葉を返す。

「そんな事、言ってませんし、本来なら天野さん達が出るのだって良くないって、鬼塚先輩も思ってるんじゃないですか?」

 緒美は、微笑んで維月の問いに答える。

「そうね。その通りよ。」

 維月は、言葉を続ける。

「今迄(いままで)のは、緊急回避的な防御行動だった筈(はず)ですけど、今度のは違いますよね? わたし達が、そこ迄(まで)付き合う必要性は、無い筈(はず)です。 だったらここで、もう、わたし達は手を離す可(べ)きなんじゃないですか? 部外者のわたしが言う事じゃ、ないかも知れませんけど。」

「成る程。」

 緒美が一言を返すと、今度は樹里が、維月に向かって宥(なだ)める様に言うのである。

「取り敢えず、今、貴方(あなた)達がやってる作業、『マーク』の分析が出来る事が、次の実験…実戦? その、参加条件なんだけどね。エイリアン・ドローンの通信電波が特定出来ないと、照射する妨害電波の周波数を確定出来ない訳(わけ)だし。」

 樹里に続いて、緒美が維月に問い掛ける。

「協力を継続して貰うのは、難しいかしら?井上さん。」

「心情としては、迷う所ですね。」

「だったら貴方(あなた)は、ここで降りても構わないのよ? 此方(こちら)としては、無理強(むりじ)いは、する積もりは無いから。」

「鬼塚先輩は、どうあっても手を引く気は無い、と?」

「そうね。今、この案件を手放す事は出来ないの。」

 それは、先日の会合に参加した三人が話し合った通りで、緒美は将来的に Ruby の救出を実現する為には、HDG 開発計画への関与は止められないのだ。徒(ただ)、その事情を知っている者(もの)は、この場に居るのは樹里だけなのである。

「それが何故なのか、教えては頂けないんですよね?鬼塚先輩。」

 維月は、少し寂し気(げ)な表情で、緒美に確認するのだった。そして緒美は、ゆっくりと頷(うなず)いて、維月に言ったのだ。

「そうね。今は話せる段階ではないわね、申し訳無いけど。」

 それは緒美と樹里に因る、維月への配慮である。現時点では何の確証も無いにせよ、Ruby をミサイルの誘導装置として使用する計画が緒美の予想した通りなら、維月の姉である井上主任は、その計画を主導する側の人間であるのだ。
 Ruby の開発チームのリーダーである井上主任が『その計画』を知らない筈(はず)はなく、その上で敢えて参画しているからには、それなりの理由が有るのだろう、そう緒美と樹里は考えていた。であれば、その理由が判明する迄(まで)は、維月に対して『その計画』に就いては、伏せておきたいのである。
 勿論、井上主任が『その計画』に参加している理由が、単に『社命だから』と言う、ドライな理由である可能性も有ったが、樹里や緒美がそうだとは思っていないのは、安藤達から聞き及んでいた井上主任の人物像が影響していたし、何よりも維月自身の人柄が、その『維月の姉』を『そんな人物』ではないと想像させたからである。

「少なくとも、カルテッリエリさんは危険を承知で、試験への参加を承諾して呉れてる。彼女の意思も尊重してあげて、維月ちゃん。」

 その樹里の発言に、少なからず驚いて維月は言葉を返すのだ。

「樹里ちゃんが、そんな事、云うなんて思わなかった。」

「そう?」

 短く応え、力(ちから)無く笑う樹里の表情に、或る程度の事情を樹里は知っているのだと、その時、維月は推測したのだ。当然、樹里を問い詰めてみた所で、緒美の様に話しては呉れない事は維月にも容易に想像が付いたし、樹里を困らせる事は維月の望む所では無いのだ。
 そして、続いて声を上げたのは、それ迄(まで)、黙って状況を見ていたクラウディアである。

「イツキ、心配して呉れるのは嬉しいけど、だからって邪魔はしないでね。」

 その言葉を聞いて維月は、冷めた表情のクラウディアに、真面目に問い掛けるのだ。

「クラウディア、貴方(あなた)、まさか敵討(かたきうち)をしたいの?」

 クラウディアは表情を変える事無く、答える。

「それを全く考えてないって言ったら、嘘になるけど。でも、今は冷静だから、安心して呉れていいわ、イツキ。 大体(だいたい)、何をした所で、アンナが帰って来る訳(わけ)じゃないし。」

「そうね。」

 クラウディアの発言を短い言葉で肯定したのは、緒美である。それを聞いて、クラウディアの表情は、ふっと緩むのだった。そして少し笑って、クラウディアは告白するのである。

「…敵討(かたきうち)って話なら…実は、その当時、わたしが考えていたのは、ドイツ空軍への復讐でしたけどね。エイリアンに、ではなくて。」

「どうして?…」

 その意外な発言に、真意を質(ただ)したのは維月だった。クラウディアは間髪を入れず、答える。

「だって、アンナを死なせたのは、直接的には空軍の爆撃よ? だから、色々と調べたわ。」

「非合法な手段で?」

 樹里の問う『非合法な手段』とは、勿論、『ハッキング』の事である。
 クラウディはくすりと笑い、樹里に向かって頷(うなず)くと言うのだ。

「空軍のシステムに侵入して、クラッキングする事も出来ただろうし、あの日、爆撃した戦闘機のパイロットを突き止めて、そっちを攻撃する事も考えました。」

「でも、やらなかったのよね?」

「はい。冷静に考えれば、空軍がアンナを殺したかった訳(わけ)では無いだろうし、ミサイルを発射したパイロットだって命令に従ってただけだろうし。じゃあ、命令を下した上官に責任が有るのか…誰に責任が有るのかなんて、結局、判りませんでした。それで仮に、本当に空軍のシステムを破壊してたら、防空の任務が果たされず、エイリアン・ドローンの襲撃が有った時に、別の、もっと多くの被害が出てたでしょうし。そんな事は、誰も、わたしも望んでいませんから。 それに、結局…直ぐに、わたしが手を下す必要も無くなりましたから。」

 樹里の確認に答えた最後、クラウディアの顔から、表情が消えたのである。だから緒美は、クラウディアに尋(たず)ねたのだ。

「何か有ったの?」

 緒美の方へ視線を移し、クラウディアは感情の籠(こ)もっていない口調で答えたのである。

「そのパイロットが、自殺したんですよ。自分が発射したミサイルの標的、わたし達が埋まったビルには、彼の奥さんと娘が来ていて…。」

「その人達も、助からなかったのね。」

 緒美は、クラウディアが最後までを云う前に、話の結末を確認をしたのである。クラウディアは、静かに唯(ただ)、頷(うなず)いて答えたのだった。そして、緒美はクラウディアに問い掛けるのだ。

「その事件、どんな展開だったのか、聞いてもいいかしら?カルテッリエリさん。 話すのが嫌だったら、言わなくてもいいけれど。」

 クラウディアは力(ちから)無く笑って「いいですよ。」と答え、それから語り始める。

「わたしが住んでいた町に、エイリアン・ドローンの襲撃が有った、あの日は土曜日でした。あとで聞いた当局の発表だと、降下してきたのは三機で、空軍の迎撃を擦り抜けて来た一機が、街の中まで入って来ました。わたし達は行政からの避難指示を聞いて、その時に居たショップが入っていたビルの地下へ避難しましたから、直接、状況の推移を目撃した訳(わけ)じゃありません。」

「あとで、その、『調査』して仕入れた情報なのね?」

 樹里が敢えて『調査』と云ったのは、当然、『ハッキング』を意味している。クラウディアは素直に「はい。」と答えると、語りを続けるのだ。

「それで、街の中に侵入して来たエイリアン・ドローンは、地上に降りて商業ビルの一つ、地上階に天井の高い展示スペースが有るビルの中に入ってしまったんです。だから、その現場に到着した空軍機からは、エイリアン・ドローンの姿は視認が出来ず、目標のビルは司令部の管制官が指示しました。その時点で、指示されたビルが通り一つ間違っていましたが、パイロットは目標の確認をしないで対地ミサイルを発射したんです。それで、わたし達が避難して居たビルが倒壊した、そんな流れです。」

 緒美は溜息を一つ吐(つ)き、呟(つぶや)く様に言うのだ。

「成る程…そもそもは管制官の指示ミスが原因だけど、パイロットが注意深く確認をしていれば、誤射は回避出来たかも知れない、って事よね。その誤射で自分の家族も死んでいたとなると、ホント、悲劇よね…。」

「悲劇…ですか。当時、その報道を聞いた時、わたしは一人で笑っちゃいましたけど。でも…今、改めて考えると、確かに、酷(ひど)い偶然で…悲劇的ですよね。」

 そう、独り言の様に言ったクラウディアの目からは、一筋の涙が零(こぼ)れたのだった。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第16話.08)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-08 ****


 とは言え、この試験自体には、特にドラマティックな要素は無い。唯(ただ)、事務的に淡々と、試験項目が消化されていくのみなのだ。
 その内容に就いて、大まかに次に記そう。

 ここで確認が計画されているのは、C号機に搭載された電子戦器材の内、電波妨害等の発信能力と、敵側の電波発信源を探知する能力なのである。そこで、AMFとレプリカ零式戦のそれぞれに、C号機が発信する妨害電波の受信器と、敵側の電波源を模擬する発信器とが取り付けられ、それらと送受信する事でC号機に於ける該当機能の確認を行うのだ。
 先(ま)ず、C号機から発信される妨害電波が、設定された周波数や波形、出力であるかを、AMF とレプリカ零式戦の側で受信して、その信号を記録、解析する。その解析自体は、AMF やレプリカ零式戦の機上ではリアルタイムに処理は出来ないので、受信データはデータ・リンクでテスト・ベースへと送られ、そこで暫定的な解析が行われる。詳細な解析は後日、データが送られる本社にて、同時に記録されたC号機の複数のログと照合がされて、その能力が仕様に合致しているかの判断がされる事になるのだ。
 エイリアン・ドローンが機体間の通信に使用している電波の周波数帯は、防衛軍の地道な記録と解析に拠り判明しているので、今回もその範囲から試験で使用される周波数が選定され、検証がされる。
 C号機は妨害電波を妨害対象へ指向して発信する仕様なので、今回は AMF とレプリカ零式戦の二方向へ向けて、設定通りに発信されるかが確認され、更に、二方向で別々に機動する二機それぞれに対し、妨害電波の照射を続けられるかも確認される。因(ちな)みにC号機は、二百五十六機を同時に追跡し電波妨害を実行する能力が、仕様上は予定されている。
 C号機による妨害対象の追跡は、基本的には防衛軍データ・リンクの戦術情報を基礎情報として照射方位の指定が行われているのだが、妨害対象から発信された電波を受信した場合は、それを分析し、その位置を特定する。その能力を確認するのが、AMF とレプリカ零式戦に取り付けられた発信器からの電波を、C号機で受信して解析する試験項目なのである。
 これも、任意に機動する AMF とレプリカ零式戦の、防衛軍が捕捉した戦術情報上の位置データと、各目標機から発信される電波をC号機で受信して特定した位置データとを照合し、その精度を確認する。
 AMF とレプリカ零式戦に取り付けられた発信器には二種類の周波数が設定されており、データ・リンクに因ってベース側から周波数の切り替えが行われる。電波の周波数二種を仮にA、Bと呼ぶならば、二機での、その発信パターンは四種類が考えられ、則(すなわ)ち、AA、AB、BA、BBの組合せとなるが、C号機は全ての組合せで、発信源である二機の位置を特定出来る能力が要求されているのだ。これも、仕様上では十六種の周波数を同時に識別して、位置特定の処理が可能である事になっている。

 これらの試験は順調に消化されていき、ブリジットが心配した様なイレギュラーな事態は起きない儘(まま)、日没前には全機が無事に学校へと帰投したのだった。
 C号機の電子戦能力についての最終的な判定は、本社での詳細なデータの解析を待たなければならないのだが、この日に確認した範囲では大きな問題の発生は無く、クラウディアの実機での飛行慣熟と言う、もう一つの目的も達成され、試験飛行自体は当初の目的を達したと言って良い結果であろう。
 そして、この日の試験飛行を以(もっ)て、C号機の納入に付随する作業の全てが終了したである。
 安藤と日比野は、この日の夜に、社有機で本社へと戻り、畑中達試作部の人員は何時(いつ)も通りに、陸路移動での試作工場へと、翌朝に出立(しゅったつ)したのだった。


 そして翌日、2072年10月16日、日曜日。
 土曜日の試験飛行に於いて、クラウディアに対するC号機への慣熟と言う段階(ステージ)は終了し、翌日からは Sapphire に因る、エイリアン・ドローンの通信電波を解析する為の準備作業へと、クラウディアの作業は移行したのである。
 その一方で、C号機は格納庫内でメンテナンス・リグに接続された儘(まま)となっている訳(わけ)だが、Sapphire はその状態で AMF と B号機とのデータ・リンクを利用した空中戦シミュレーションを続行するのだ。C号機の戦闘機動はドライバーであるクラウディアの存在とは関係無しに機上 AI である Sapphire が制御しているので、実際に機体を動作させないシミュレーションであれば完全自律行動が可能なのである。これは、以前に LMF の格闘戦シミュレーションを Ruby が一晩中実行していたのと同じ事である。今回は、茜とブリジットとの連携を Sapphire に習得させる目的で、これら空戦シミュレーションには茜とブリジットが参加して実施されるのだった。
 C号機の飛行ユニットには、AMF の様な攻撃用の兵装は一切搭載されてはいなかったが、唯一(ゆいいつ)、C号機本体の両腕には、格納式のビーム・エッジ・ソードが用意されていた。これは、超接近戦時の反撃用の装備であり、この装備の為には、LMF で Ruby が学習したロボット・アームを用いた攻撃動作のデータが、Sapphire には移植されていたのである。
 C号機が実戦に投入された際は、可能な限りA号機とB号機でC号機を護衛する方針なのだが、万が一、茜とブリジットの防御ラインを突破された場合を想定して、Sapphire にはクラウディアを守る為に、その装備の使い方を習得させておく必要が有るのだ。シミュレーションのシナリオには、その様な状況も設定されて、二人と一基は空戦シミュレーションを繰り返していったのである。

 それと同時に、部室ではクラウディアと維月の二人が、Sapphire との回線を接続して、電波解析の為のアプリケーション開発を進めていたのである。
 先(ま)ず最初の段階として、受信した電波がエイリアン・ドローンから発信されたものであると言う、証拠になる『マーク』を見付けなければならない。本社を介して防衛軍から提供されていた、エイリアン・ドローンからとされる数十時間分に及ぶ受信データの波形を分析して、特徴的な波形の組合せが存在するかを探し出すプログラムを、クラウディアと維月は開発しているのだ。そのプログラムを試作しては Sapphire に実行させ、防衛軍提供のデータから『マーク』が取り出せるか、そんな作業を二人は、当面の間、繰り返して行くのである。

 これら作業の必要性は、エイリアン・ドローン達が通信に使用しているらしい電波の周波数が、状況に応じて柔軟に変更されて運用がされている事に由来するのだ。もしも、エイリアン・ドローンが使用している電波の周波数が固定、若しくは狭い範囲の帯域であれば、その周波数に対して傍受や妨害を行えば話は済むのである。だが、エイリアン・ドローンは人類が既に使用している電波の周波数は避けて、その場で空いている周波数を使用して互いの通信に利用している事が観測の結果から、推測されているのだ。
 エイリアン・ドローンの襲撃が始まって二年程の間、各国の軍隊はエイリアン・ドローンの通信周波数を突き止めて ECM を行おうとしたのだ。だが、その都度(つど)、エイリアン・ドローン側は使用周波数を『その場で』変更してしまうので、人類側は電子戦攻撃を効果的に行えないのだった。それならば『エイリアン・ドローン側が使用する可能性が有る全ての帯域に対して、電波妨害を実施すれば』と言う、極端なアイデアも出されたが、それを行うには器材(ハードウェア)的な制約と、それ以上に、それを実行すると人類側も通信が出来なくなるのが明白なのである。過去の記録から、エイリアン・ドローンが使用している通信電波の帯域はマイクロ波からミリ波、周波数にして 20GHz から 50GHz と判明しており、その周波数帯は軍民を問わず人類も、既に盛んに使用しているのである。
 各国の軍組織や防衛産業関連企業も、それぞれが対策の研究はしていたが、エイリアン・ドローンに対する ECM に関しては、現状で『諦(あきら)めムード』が支配的なのだったのだ。

「それじゃ、今度は、この条件で走らせてみましょうか。 はい、実行。お願いね、Sapphire。」

 クラウディアが、そう言って愛用の PC のエンター・キーを叩くと、クラウディアのモバイル PC から Sapphire の声が響くのだ。

「ハイ、解析プログラム No.5 を実行します。」

「それじゃ、暫(しばら)くは結果待ちね。お茶にしましょうか?クラウディア。」

 維月は席を立つと、部室の奥側へカップを取りに行く。

「紅茶でいい?クラウディア。」

「ああ、ありがとう、イツキ。いいわ、紅茶で。でも、勝手に使って、大丈夫? 森村先輩のじゃないの?」

「大丈夫よ~許可は貰ってる。」

 維月は手際(てぎわ)良く、紅茶を淹(い)れる支度を進める。そして、ティーポットにお湯を注ぐと、カップと共に部室中央の長机へと運んで来るのだ。

「そう言えば、下の空戦シミュレーションも同時に処理してるんでしょ? 大変ね、Sapphire。」

 カップを並べつつ、クラウディアの PC へ向かって、維月は語り掛ける。

「問題ありません、維月。この程度の並列処理であれば、十分(じゅうぶん)に実行可能なように設計されていますから。」

 Sapphire の返事を聞いて、クラウディアは微笑んで言うのだ。

「それはそうよね。実際に飛行ユニットの操縦をし乍(なが)ら、ECM の処理をやらないといけない仕様なんだから。」

「ハイ、クラウディア。その通りです。」

 維月はカップに紅茶を注ぐと、クラウディアの前へと置いた。

「はい、どうぞ。」

「Dank.」

 クラウディアは敢えてドイツ語で維月に礼を言うと、カップを取り口元に運んで息を吹くのだ。

「まだ熱いから、気を付けてね。」

「解ってる。」

 くすりと笑い、クラウディアは更に三回、息を吹き掛けて、それから口を付けた。
 維月も紅茶に口を付け、そしてクラウディアに問い掛ける。

「これで、十分(じゅっぷん)程待って、様子見?」

「そうね。 まあ、そう簡単にお目当てのパターンが見付かるとは思えないから、地道に、気長に進めましょう。まだ、始めたばかりじゃない。」

「それでも、今ので五つ目のプログラムでしょ? このあとの、解析プログラムを改造するアイデア、まだ当てが有るの?」

「勿論。あと十や二十は、試してみるだけのネタは持ってるわ。」

 そう答えたクラウディアは、維月に向かってニヤリと笑ってみせるのだった。それには呆(あき)れた様に苦笑いを返して、維月は尋(たず)ねるのだ。

「それって、ハッカー的な引き出しなの?」

「まあ、そうね。やってる事は、暗号解読(デコード)の手法(テクニック)の応用よ。」

「エイリアン・ドローンの通信が解読出来るの?」

「まさか、それは無理。時間を掛ければ、信号的には暗号化前の信号へ変換までは出来るだろうけど、向こうの使ってる文字コードとか想像も付かないからテキストには出来ないし、辞書が無いから翻訳も不可能だわ。」

「だよね。だから鬼塚先輩の云う通り、信号の共通したパターンを見付ける程度までしか出来ない。」

「そう。徒(ただ)、暗号解読(デコード)を進めるには、共通した信号のパターンを見付けるのが第一歩なのよ。だからその方法が、今回の解析に利用出来る、ってだけ。」

「ふうん、ま、『餅は餅屋』って事か。凄いよね、わたしには無理な芸当だな。」

 そう言って、維月はカラカラと笑うのだ。
 すると、真面目な顔でクラウディアが言うのである。

「凄いのは、部長さんの方(ほう)よ。 通信波形の解析をベースにして、ECM へ応用する仕掛けを、これだけ思い付くんだから。世界中の大人達は、何をやってるんだって話よ?」

「あはは、立花先生辺りが聞いたら、『耳が痛い』って言いそうな台詞よね、それ。 まあ、鬼塚先輩のアイデアは確かに凄いんだけど、それも、クラウディアが入学して来てなかったら、どうなってたかって事だよね。」

「その時は、本社か防衛軍の、その筋の人の所へ、この作業が回ってただけでしょう。 わたしだって、この作業を遣り切れるか、まだ判らない訳(わけ)だし。」

「クラウディア的には、ミッション達成の可能性は何パーセント位だと思ってるの?」

「五十パーセント?かな。 でも、『ストローブ信号』的なものは、必ず存在する筈(はず)なのよ。通信が暗号化されてるなら、その先頭が判らないと解読(デコード)のやり様が無いから。」

「そうよね。データの遣り取りやってるのに、信号を垂れ流しってのは、ちょっと考えられないよね。何なら、『ストローブ信号』を受け取ったら『ACK(アック)信号』返して、ハンドシェイクが確立してからデータ受信開始って位、念入りにやってるかもだし。」

「幾らエイリアンの技術が進んでいるからって、その手の原理的な手続きを無視して、それで効率的なデータの送受信が出来てるとは考えられないよね。『ACK(アック)信号』が存在するかは判らないけど、最低でも暗号通信の始めと終わりには、何かしらのマークが無いと。 まあ、そのマークが一種類だけ、とは限らないかな。」

 そこで、クラウディアの PC から、Sapphire の合成音声が聞こえて来るのだ。それは、実行していた解析プログラムの、途中経過の報告である。

「クラウディア、解析プログラム No.5 のプレビューが終わりましたので、結果を表示します。全体スキャンに移りますか?」

「あー、ちょっと待って。確認するから。」

「ハイ、待機します。」

 クラウディアがモバイル PC のスクリーンを覗き込むと、向かい側の席に着いていた維月は席を立ち、クラウディアの背後へと回って、クラウディアの頭越しに PC のスクリーンに注目するのだ。

「Oh! 今度は三十八件、ヒット判定が出てる。五つ目で、やっと当たりかな~ああ、でも、一致率が四十二パーセントかぁ…まだまだ、改善の余地有りね。」

「プレビューって、サンプル・データからランダムに百箇所抽出(サンプリング)して、共通パターンの検出を掛けてるのよね?」

「そうだけど、抽出(サンプリング)した百箇所に、必ず通信の始まりと終わりが入っているとは限らないから。問題はヒット判定パターンの、一致率の方よね。 もう少し比較の精度を上げて、抽出(サンプリング)箇所の時間を延ばしてみようかな。」

「今は、何秒?」

「三秒。 五秒位まで、延長してみようか?」

「それよりもさ、クラウディア。切り出す時間を固定してやるよりも、信号の切れ目を検出して、切れ目から切れ目迄(まで)を抽出(サンプリング)した方が良くない?」

「アイデアは解るけど、イツキ。その条件組むのは、可成り面倒(めんどう)よ。」

「サンプリングのモジュール、わたしが弄(いじ)ってみてもいい?クラウディア。」

 維月は元居た席へ戻ると、机の上に置いてあった自分のモバイル PC を開くのである。
 クラウディアは、少し遠慮気味に維月に応える。

「それは、構わないけど。」

「じゃ、こっちに送ってちょうだい。」

 維月は両手の指を組んで、解(ほぐ)す様に左右に動かしている。

「それじゃ、お願い。こっちは比較検出のトラックを複数化してみるわ。」

「了~解。」

 二人がプログラムの修正を始めて間も無く、部室の奥側、二階通路に繋(つな)がるドアが開き、緒美と樹里が入って来たのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第16話.07

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-07 ****


 翌日、2072年10月12日、水曜日。その日からの三日間、放課後の兵器開発部では HDG-C01 を飛行ユニットに接続しての、飛行シミュレーションが行われる予定である。
 それは AMF の納入時に茜が実施したのと基本的には同じ事で、初日はクラウディアに対する、飛行への慣熟を目的として実施されるのだ。

 ここで、C号機用の飛行ユニットに就いて解説をしておく。
 C号機用の飛行ユニットの基本的なシステムは、A号機用の AMF が基礎となっており、HDG 本体の大きさが違うとは言え、飛行ユニットの機首部に HDG を接続して運用する方式は AMF と同仕様である。機体の設計や使用部品等、共通となっている項目は多いのだが、外見的には HDG 本体を格納する機首部外殻構造が存在しない事が AMF との大きな差異となっている。それ故(ゆえ)に、同じ型式のエンジンを同数搭載しているので出力は同等であっても、AMF の様な超音速飛行は出来ない。その他の機体の特徴としては、AMF の様なロボット・アームやレーザー砲等の武装は、一切(いっさい)が搭載されていない。但し、主翼下のハードポイントに就いては、AMF と同じく、F-9 戦闘機と同仕様で残されている。
 AMF の場合は操縦制御を担当する AI ユニット『Ruby』が、AMF の機体側に搭載されているのだが、C号機用の飛行ユニットの場合は、接続される HDG 側に搭載されている AI ユニット『Sapphire』の方が飛行ユニットの操縦制御を担当する仕様が、AMF とのシステム上の大きな違いである。
 単純に考えるならば、武装が施されていないのに AMF と同じ規模の飛行ユニットは不要な様に思えるが、そうではない。C号機が満足に電子戦を実施する為には、巨大な電源が必要なのである。つまり、C号機の飛行ユニットは空中での移動能力を付与する事以上に、電子戦能力を維持する為の電源としての意味合いが、より大きいのだ。
 飛翔体としてのシステムや機構の設計的・技術的な意味では、HDG-A01 と AMF の組合せで確認済みの技術を水平展開したものであると言えるので、C号機と飛行ユニットの飛行能力自体に関しては、試作工場の方での Sapphire 制御下に於(お)ける無人飛行にて、殆(ほとん)どが検証済みなのであった。だからこその、天神ヶ﨑高校への無人での自力移動の実施であった、と言う事である。勿論、その際も AMF の時と同様に、念の為に外部からの操縦操作が可能な随伴機が同行して来ていたのだ。但し、C号機の移動完了を見届けた後、随伴機は点検及び燃料補給を受けて、当日の午後には試作工場へと帰投したのだ。

 クラウディアに対する飛行シミュレーションに拠る慣熟の目的は、茜の時とは、少し意味合いが違っている。
 A号機の場合は実施する空中戦機動を積極的に思考しなければならないので、直接的な操縦操作を Ruby に任せるにしても、飛行自体の主導権は茜が持っているのだ。一方でC号機の場合、クラウディアは電子戦オペレーションの管理を遂行するのが主任務であり、飛行に関する操作は Sapphire に一任されるのだ。勿論、飛行に関する各種諸元の指定や変更の権限はクラウディアに有るのだが、その飛行の実施は、ほぼ全般的に自動操縦となるのだ。
 だから、飛行シミュレーションによる慣熟は、クラウディアの場合は受動的な経験を積む事に重きが置かれているのである。
 実際に、初日に行われた飛行シミュレーションでは、観光施設に設置されている『ライド型アトラクション』の様に、離着陸、上昇や降下、旋回等の基本的な空中機動をドライバーであるクラウディアが体験して終わったのだった。

 二日目の飛行シミュレーションには、茜とブリジットの HDG も参加して三機での編隊飛行をシミュレートし、加減速に因る編隊を維持する感覚や、距離感の把握、散開や集合等の体験を実施したのである。これは同時に、各機に搭載された四基の AI が連携する試験でもあり、特に Ruby と Sapphire の二基の連携が、本社開発部からは注目されていたのだ。今回、安藤が来校していたのは、この二機の連携に関連するデータの取得が目的なのである。

 三日目の飛行シミュレーションでは三機の HDG の連携に加えて、仮想エイリアン・ドローンを登場させ、A、B両機に因る敵機撃退と、C号機の安全な退避行動の体験を目的として実施がされたのである。これは、仮想エイリアン・ドローンの数や位置、或いは HDG 側のフォーメイション等を変更して、何度も繰り返し行われたのだ。

 そうして四日目、2072年10月15日、土曜日。
 この日は土曜日なので兵器開発部のメンバー達が出席する授業は、午前中のみである。昼休み後から二時間程度の準備時間を経て、午後三時より、C号機の実機に因る飛行試験が実施されたのだ。
 因(ちな)みに、この日は元々が緒美と直美の飛行訓練が予定されていた日だったので、その為に準備されていたレプリカ零式戦は、C号機の飛行試験に随伴機として投入されたのだ。今回の操縦士は直美で、緒美は格納庫に残って試験状況の監視と指揮を担当する事になったのだ。その為、緒美の飛行訓練は翌日の日曜日へと、順延されたのである。

 この日の、天神ヶ﨑高校周辺の天気は、問題無く晴れていたのだが、遙(はる)か南の海上には、台風16号の接近が予報されていた。
 この台風16号は、この年、初めて本州方向へと進路を取った台風なのであった。これ迄(まで)に発生した台風は、春から夏に掛けては南の海上から太平洋の東方向へと遠ざかり、夏以降はインドネシアからベトナム方向へと進む物が多かったのである。それらの内、日本に直接的な影響が有ったのは、小笠原諸島を通過したものが三つ、沖縄諸島を通過して大陸方向へと進んだものが四つで、合計七つだけだったのだ。
 この時点での台風16号の予想進路は、九州から本州の南端を抜けて日本海へ、と予測されていたのだが、その進路予測には当然、まだ幅が有るのだ。これが予測コースの東側を進行した場合、天神ヶ﨑高校の所在する中国地方を直撃する恐れも有ったのである。とは言え、本州に最接近するのは五日後の木曜日と目(もく)されており、あと二、三日は本州上空に台風の影響は無いとされていたのだ。


「TGZ01 よりテスト・ベース。それじゃ、離陸します。」

 直美の声が、データリンクの通信に因って聞こえて来ると、試験の指揮を執る緒美が答える。

「テスト・ベースです。離陸、開始してください。気を付けて。」

「TGZ01、了~解。」

 滑走路の東端から動き出したレプリカ零式戦は、エンジン音を響かせて滑走を開始すると、間も無くふわりと浮き上がり、着陸脚を収納すると一気に上昇して行くのである。

「HDG01、続いて離陸します。」

 次に控えているのは、茜の AMF である。

「はい、どうぞ天野さん。貴方(あなた)も気を付けてね。」

「了解です。」

 茜は短く答えると、AMF を一気に加速させ、あっと言う間に上空へと駆け上がって行くのだ。徒(ただ)、先に離陸した直美のレプリカ零式戦とは違い、AMF はそれ程高度を上げる事無く、東方向へと旋回を開始するのだった

「HDG03 よりテスト・ベース。離陸開始します。」

 続いて聞こえて来るのは、クラウディアの声である。それに、緒美が言葉を返す。

「カルテッリエリさん。初飛行だけど、リラックスしてね。」

「大丈夫ですよ。操縦するのは、わたしじゃなくて、Sapphire ですから。」

 そうクラウディアが言葉を返して来るので、樹里がコンソールのマイクを取って伝えるのだ。

「宜しくね、Sapphire。」

「ハイ。プログラムとシミュレーションの通りに、実行します。」

 Sapphire の合成音声に続いて、クラウディアが発信の指示を出す。

「それじゃ、出発よ、Sapphire。」

「ハイ、離陸操作を実行します。クラウディア。」

 そしてC号機の飛行ユニットが離陸滑走開始に向けてエンジンの出力を上げると、ブリジットからの通信が入るのだ。

「HDG02、HDG03 の離陸滑走を追跡しま~す。」

「はい。お願いね、ボードレールさん。」

 緒美が返事をすると、滑走路上でC号機が動き出し、AMF の時と同じ様にC号機の後方をブリジットのB号機が、距離を取り追走するのである。滑走路の南側には茜の AMF が西向きに滑走路と並行に飛行しており、茜もC号機の離陸の状況を併走し乍(なが)ら監視しているである。
 問題無くエアボーンしたC号機は、上昇し乍(なが)ら予定通りに北へと針路を向ける。

「テスト・ベースより HDG01、02、03。それじゃ、予定通りに高度二千メートルで、先行している副部長と合流してね。」

「HDG01、了解。」

 AMF はC号機の左側五十メートルに、B号機はC号機の右側五十メートルに位置を取り、三機が並んで高度を上げて行くのだ。その間に、茜がクラウディアに声を掛ける。

「大丈夫?クラウディア。 怖くない?」

「それ程、怖くはないけど…シムと違って、風が凄いわね。機首が密閉されてる AMF が、羨(うらや)ましいわ。」

 ここでクラウディアの云う『シム』とは、『シミュレーター』の略語である。
 C号機のドライバー正面には情報表示用のスクリーンが風防(ウィンド・シールド)も兼ねて取り付けられているのだが、操縦席として密閉されている訳(わけ)ではないので、少なからぬ風が吹き込んで来るのだ。
 そこで、茜が問い掛ける。

「ディフェンス・フィールドは有効になってる?クラウディア。」

「Ah! そうだ、忘れてた。 Sapphire、ディフェンス・フィールドを有効(イネーブル)に。」

「ハイ、ディフェンス・フィールドを有効にします。」

 するとC号機の前方に、薄(うっす)らとディフェンス・フィールドのエフェクト光が浮かぶのだ。

「どう?クラウディア。」

 そう茜が訊(き)いて来るので、クラウディアは答えるのだ。

「そうね、確かに随分と優(まし)になったわ。」

「あとは、C01 が直立した状態だけど、少し前傾姿勢にした方が風の流れ方が良くなるかもよ? まあ、その辺りは、自分で落ち着くポジションを探して、工夫してみて。」

「一応、助言(アドバイス)には感謝しておくわ、アカネ。」

「どういたしまして。」

 そう返事をして、茜は少し笑うのだった。そうこうする内、先行していたレプリカ零式戦の姿を、茜は前方右手上空に確認したのである。

「HDG01 より、テスト・ベース。TGZ01 を視認しました。これより合流します。」

「テスト・ベース、了解。」

 緒美の返事が聞こえると、次に直美の声が通信に乗って来るのだ。

「此方(こちら)TGZ01。もう、追い付かれた? やっぱ、ジェットは速いわ~。」

 そうして彼女達は、四機で編隊を組み直し、日本海上空へと向かったのである。
 そんな折(おり)、ブリジットが冗談なのか本気なのか、判断に迷う様なトーンで言うのだ。

「今日は大丈夫かな? 何だか、初物の試験飛行の時は、エイリアン・ドローンに出会(でくわ)すのが、ジンクスみたいになってるけど。」

 その発言に、真っ先に反応したのが直美である。直美は敢えて、茶化す様に言ったのだ。

「そんなジンクス、有って堪(たま)るか~。」

 直美の反応に「あはは。」と笑い、そして茜がブリジットに言うのだ。

「この前の二回は、元々、九州方面で襲撃が起きている時に、こっち側で飛行試験を強行したから、だから。今日は、どこにもエイリアン・ドローンは来てないから大丈夫よ、ブリジット。」

 続いて、クラウディアも発言するのだった。

「そうよ。そう言う事、言ってると却(かえ)って、フラグが立っちゃうから。止めてよね、ボードレール。」

「何よ?フラグって。」

 クラウディアに云われた意味が解らず、ブリジットは聞き返したのだが、当のクラウディアは説明するのが面倒(めんどう)なので、誤魔化す様に言葉を返すのだ。

「フラグは、フラグよ。解らないなら、別にいいわ、気にしないで。」

 クラウディアが逃げる様に、そう言うものだから、ブリジットは敢えて食い下がってみるのだ。

「ええ~何よ、気になるじゃない。教えてよ、クラウディア。」

 勿論、ブリジットは『フラグ』の意味が解っていて絡んでいるのではない。
 すると、『フラグ』の説明を、茜が始めるのだ。

「ブリジット、『フラグ』は『フラッグ』、『旗』の事よ。プログラムとかで、条件が揃(そろ)った事を示すのに『旗を上げる』代わりに、変数に数値を格納したり、信号をオンにしたりするらしいんだけど。その変数や信号の事を『旗』、つまり『フラグ』って謂(い)うのよね。 つまり『旗が立った』、『フラグが立った』って事は、条件が揃(そろ)ったって意味で、そこから派生して、何かが起きる条件が揃(そろ)ったり、何かが起きる前触れが確認されると、『フラグが立った』って言う様になったのよ。」

「いいから、アカネ、そんな説明しなくても。恥ずかしいから。」

 そうクラウディアが声を上げるので、茜は通信で樹里に尋(たず)ねるのだった。

「え~。 樹里さん、何か説明、間違ってました?」

「いいえ、由来の説明としては、大体、合ってると思う。」

 樹里が答えると、ブリジットが聞き返すのだ。

「それだと、『ジンクス』と同じ様な意味じゃないの?茜。」

 そのブリジット発言に反応したのは、クラウディアである。

「違うわよ! 貴方(あなた)、漫画(コミック)や小説(ノベル)で、『死亡フラグ』とかって言葉、見た事、有るでしょ?」

 そうクラウディアに云われて、漸(ようや)くブリジットは合点(がてん)が行ったのである。ブリジットは、小説の類(たぐい)は好きで、良く読んでいるのだった。

「ああ~あの『フラグ』って、語源はコンピューターとかの用語だったんだ。」

 納得したブリジットに続いて、茜も言うのである。

「あはは。クラウディアの事だから、わたしはてっきり、プログラム用語の意味で云ってるんだと思ってたわ。」

 実は茜も、勘違(かんちが)いをしていたのだった。
 そこで、通信から緒美の声が、聞こえて来るのだ。

「はーい、それは兎も角、そろそろテストを初めて貰ってもいいかしら?」

 緒美の声を聞いて、茜は少し慌てて声を返す。

「あ、はい、部長。HDG01、テスト位置、西へ一キロ迄(まで)、移動します。」

 茜の AMF は左旋回し、編隊から離れて行く。

「はい、お願いね、天野さん。副部長も、宜しく。」

「TGZ01、了解。東へ一キロ、移動します。」

 直美のレプリカ零式戦は、右旋回で編隊を離脱するのだ。

「HDG02 も予定通りに。HDG03 から離れないでね、ボードレールさん。」

「HDG02、了解です。」

 斯(か)くして、HDG-C01 電子戦器材の、能力確認試験が開始されるのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第16話.06)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-06 ****


「そもそも、そんな予定は無かったの。天野さんが HDG を持ち出す迄(まで)は。 ですよね、部長。」

「飯田部長辺りが、そこ迄(まで)読んで、Ruby を兵器開発部(うち)へ寄越(よこ)したのだとしたら凄い話だけど、それは、まあ、有り得ないわよね。」

 そこで、黙って議事の推移を見守っていた立花先生が、声を上げる。

「ちょっと、緒美ちゃん。いいかしら?」

「何でしょう?先生。」

 立花先生は上半身を乗り出す様に前方へ動かし、緒美に尋(たず)ねる。

「さっき迄(まで)の話に、コメントはしないけど。 緒美ちゃんは、いつ頃から、そんな事を考えてたの?」

 緒美は少しの間、立花先生の目を見詰め、そして答える。

「一昨年(おととし)の夏でしたよね、兵器開発部(こちら)に Ruby が来たのは。そのあと、年末頃に掛けて航空拡張装備の仕様を決めていくのに当たって、本社からはA、B両案について、一番最初に提出したレポートの内容に対しての御要望が色々と有りましたので。その辺りのあれこれを総合して、本社や政府が Ruby を何に使おうとしているのか、漠然と見当は付きました。」

「そう言えば…。」

 思い出した様に、突然、樹里が声を上げたのである。

「…わたしが入部する時の面接で、部長がそんな感じの事を仰(おっしゃ)ってましたよね、確か。 その時、立花先生も部室に居ましたけど、覚えてませんか?」

 少しの時間、考えてから立花先生は返事をする。

「ゴメン、ちょっと覚えてないわ。緒美ちゃんは、覚えてる?」

「いえ、わたしも、はっきりと記憶しては…。」

「そうですか。その時、その話で、ちょっと重い空気になったので、わたしは覚えてますよ。まあ、今迄(いままで)、忘れてましたけど。」

 そう言って、樹里は微笑むのだった。そして、緒美が発言を続ける。

「徒(ただ)、見当は付いていましたけど、確信と言える程ではなかったし、Ruby が目論見(もくろみ)通りに使える様になるのかも、その時点では、まだ、判(わか)りませんでしたから。 でも、今年になって試作機のテストを重ねて行く内に、能力的には問題が無い事が見えて来ましたし、何より、LMF が損壊した、あの一件のあとでも此方(こちら)に Ruby が帰って来た事で、推測は確信に変わりました。 あれが別の国家プロジェクト級案件の為に開発されているのであれば、あんな風(ふう)に破損する危険の有る開発案件に貸し出して呉れる筈(はず)がありませんから。」

「そう、分かったわ。 コメントはしないけど、いいかしら?」

「構いませんよ。先生の立場は、理解している積もりです。」

 緒美と立花先生は、互いの顔を見合わせて、ニヤリと笑い合う。そして、立花先生が言うのだ。

「今日のミーティング、後半の話は、わたしは聞かないで退室した方が良かったかしらね?」

「いいえ、聞いて頂いた上で、今日のここでのお話、本社へ報告するかどうか、先生に判断して頂ければ。」

「そうやって、わたしに本社へ事実関係を確認させる積もり? 鎌を掛けてるのなら、その手には乗らないわよ。」

 そんな事を笑顔で言う、立花先生の方が鎌を掛けているのである。
 くすりと笑い、緒美は弁明する。

「そんな積もりは無いですけど。」

「貴方(あなた)達が開発作業の放棄や妨害を考えてないのなら、本社へ連絡する様な事は何も無いわ。想像や推理は自由にして貰って構わないけど、理由や秘密に就いての余計な詮索は止めておきなさい。 本社が理由を伏せたり、秘密に指定したりするのは、大概の場合、意地悪や陰謀じゃなくて、わたしや貴方(あなた)達に、余計な責任を負わせない為だから。そこの所は、勘違いしないで欲しいの。」

 そう語る立花先生に、珍しく強い口調で茜が言うのだ。

「だからって、Ruby を死なせるのが前提の計画なんて、見過ごせる訳(わけ)、無いじゃないですか!」

 それには困った顔で、立花先生は反論する。

「死なせるって…Ruby は人じゃないのよ、茜ちゃん。」

「人でなければ、何やってもいいんですか? やってる事は、昔の戦争の『犬爆弾』とかと、発想は変わりないじゃないですか。」

 すると茜の発言に就いて、樹里が緒美に尋(たず)ねるのである。

「何です?『犬爆弾』って。」

「ああ、訓練した軍用犬に地雷や爆弾を括(くく)り付けて、敵の中へ走り込ませてドカン、って作戦が有ったらしいのよね。」

「うわぁ、酷い…。」

 緒美の説明を聞いて顔を顰(しか)める樹里に、立花先生が声を掛ける。

「ちょっと、ちょっと。Ruby は動物でもないのよ、機械なんだからね。」

「でも、先生。言葉が通じる分、動物なんかよりも人に近い感じがしてますから、わたし達には。」

 そう言葉を返す樹里に続いて、緒美が発言するのである。

「こう言う反応が出るのが分かっていたから、本社は Ruby に関する計画を秘密にしているんだと思いますけどね、わたしは。」

 その緒美のコメントに対しては、立花先生は『イエス』とも『ノー』とも言えないので黙っている。立場上、立花先生が秘密に関する事には『ノーコメント』を貫くしか無い事は、緒美達、三人も理解している。そして彼女達は、この場で立花先生に本社や政府の秘密に就いて、知っている事を聞き出そうと目論(もくろ)んでいる訳(わけ)でもないのである。
 だから緒美達は、自分の見立てを表明する一方で、立花先生に対する追究はしないのだ。
 そして茜は、今度は緒美に向かって意見を投げ掛ける。

「正直言って、部長の案でも、Ruby を助ける事になるのか疑問です。『コピーが残せれば、それでいい』って話じゃない、そんな気がしますけど。」

 緒美は真面目な顔で、茜に応えるのだ。

「それは、勿論よ。一番いいのは、Ruby をそんな計画に投入しない事だけど。でも、その計画は Ruby の能力が無いと実行は出来ないだろうし、その計画自体の代替案は、多分、無いわ。 だとすれば、Ruby のコピーを残すのは『次善の策』として、最後の妥協点なのよ。幸か不幸か、立花先生の言う通り Ruby は人間じゃないから、だからこそ選択可能な救出方法でもあるの。」

「それは理解出来ますけど…何か、納得したくありません。」

 苦々しい表情の茜に、樹里が声を掛ける。

「まあ、天野さん。まだ、そうと決まった訳(わけ)じゃないんだから。」

「でも、多分。決まってから、いえ、既に決まっているんでしょうけど。それが判明してからじゃ、遅いんですよね?部長。」

 緒美は小さく息を吐(は)いて、そして言った。

「そうね。でも、それは仕方無い事よ。わたし達は、その意思決定に関われる立場じゃないんだから。 わたし達は、わたし達に出来る範囲で出来る事を考える以外に無いの。」

「出来る事が有るんでしょうか?わたし達に。」

 不安気(げ)な表情で訊(き)いて来る茜に、微笑んで緒美は言うのだ。

「普通に考えたら、出来る事は殆(ほとん)ど無いけど。でも、色んな成り行きで、普通ならやっていない筈(はず)の事を、今はやっているわ。今、出来ている事を地道に続けていれば、何かが出来得る局面が訪(おとず)れるかも知れない。だから、今の状況を安易に放り出しては駄目なのよ。この儘(まま)、HDG の開発に関わっていけば、本社の思惑は兎も角だけど、何時(いつ)かは Ruby を救うのに関わる事になるかも知れない。」

「その『計画』が部長の予想通り、二年先、いえ三年先の実行なら、部長も樹里さんも、卒業して本社採用になってますものね。」

 その茜の発言には、苦笑いで緒美が応える。

「まあ、正式に本社採用になって一年や二年じゃ、そんな発言権は無いでしょうけど。でも、城ノ内さんは多分、井上主任の所に呼ばれるだろうから、案外、Ruby に直接関与出来る可能性は高いかもね。」

 そう言われた樹里はニヤリと笑い、緒美に言うのだ。

「部長だって、引く手数多(あまた)じゃないんですか? まあ、部長の配属先は、わたしには見当が付きませんけど、それでも、在学中の経緯から考えて、引き続き HDG や Ruby に関われる可能性は高いでしょう?」

 そして視線を茜に移し、樹里は言う。

「…それに、立場って言えば、天野さんは理事長…会長の身内なんだから。 説得出来るだけの材料さえ見付けられたら、会社の判断を一気に変える可能性を一番持ってるのは、実は天野さんでしょ?」

「そんな風(ふう)に考えた事は無かったですけど…でも、祖父を動かすのは難しそうだなぁ…『可哀想だから』なんて感情論だけじゃ、絶対に納得しては呉れないだろうし。」

 「う~ん。」と上を向く茜に、微笑んで緒美が言うのだ。

「それはそうよ。これ迄(まで)に相当の費用と時間と人手が掛かってるだろうし、エイリアン・ドローン襲撃の大本(おおもと)を断とうって計画なら、人類や地球の命運も掛かっていると言っても過言じゃないでしょう? だとすれば、天野重工一社の判断で、どうにかなるとも思えないわね。旗を振ってるのは政府で、防衛軍以外にも他に幾つもの企業が関わっているんだろうから。」

 今度はガクンと下を向いた茜は、「は~。」と息を吐(は)き、顔を上げると言った。

「わたし達、そんな重大な計画に絡んでいたんですか?」

「何よ。今頃、自覚したの?天野さん。」

 呆(あき)れた様に言葉を返す緒美に、茜は反論する。

「だって今迄(いままで)、そんな説明、して呉れなかったじゃないですか。 樹里さんは、知ってました?」

 急に茜に問い掛けられ、樹里は力(ちから)無く笑って答える。

「いえ、わたしも聞いてはいなかったけど。 でも、今日の話みたいに超具体的ではないにしても、漠然とは『そう言う事』なんだろうな、位には思ってたよ。」

「因みに、他の二年生は、貴方(あなた)の目から見て、その辺り、どうかしら?城ノ内さん。」

 ニッコリと笑って、緒美が樹里に問い掛ける。樹里は、少し考えてから答えるのだ。

「そう…ですね。瑠菜ちゃんと佳奈ちゃんは、多分、そう言う事は何も考えていないと思います。あの二人は、目の前の作業に集中する方を優先している、って言うか。でも多分、維月ちゃんは、薄(うっす)らとですけど、考えていると思いますよ。 今思えば、Ruby の事も薄々、感付いていたかもですね。兵器開発部の事と井上主任、お姉さんとは一定の距離を取ろうとしてたのは、その所為(せい)かも知れません。これは、考え過ぎかも知れませんけど。」

「そう…。」

 一度、頷(うなず)いた緒美は、その笑顔を保った儘(まま)、言ったのだ。

「…矢っ張り、次期部長は城ノ内さんにお願いしたいわね。で、副部長は天野さん。天野さんには再来年の部長を、お願いって事で。」

「え?」

 二の句が継げない茜の一方で、樹里は落ち着いて言葉を返す。

「今ここで、そのお話ですか?」

 緒美は直ぐに、言葉を続ける。

「返事は急がないから、考えておいて。又、来年になったら、全員揃(そろ)った所で、正式に決めましょうか。いいかしら?それで。 その時迄(まで)に、二年生、一年生の間で相談しておいて呉れてもいいわよ。」

「いいえ、それも面倒臭(めんどうくさ)いので。部長が発議する迄(まで)、黙っている事にします。 天野さんも、それでいいよね?」

 樹里に同意を求められ、慌てて茜は答える。

「え? あ、はい。はい、いいです、それで。」

「何、動揺してるの?天野さん。」

 そう樹里に訊(き)かれ、茜は素直に答えるのだ。

「いえ、あの…『長』の付く様な役職って、そう言えば、やった事が無いなぁ、って。」

 その発言に緒美は、心底意外だという風(ふう)に言うのである。

「天野さんなら、学級委員なんか、何度も経験してそうだけど。」

 続いて、樹里が茜に尋(たず)ねる。

「成績とか、良かったんでしょ?天野さん。」

「え~と…。」

 そう声を上げ、少し間を置いて、茜は答えるのだ。

「…その成績の所為(せい)で、極一部から凄い反感を買っていた様子でして。そう言った役回りは、もっと人気(にんき)の有った子の方へ回ってましたね、幸か不幸か。」

 その茜のコメントに、立花先生を含めて三名が、同時「ああ~。」と声を上げるのである。

「別に、そう言った事を進んでやりたいと思うタイプでもないので、気にした事は無かったんですが。…こう言うと、負け惜しみみたいで、嫌なんですけど。」

「天野さん、貴方(あなた)って、割と理不尽な目に遭ってるのね…。」

 樹里のコメントを受け、真面目な顔で茜は言う。

「結局、要領が悪いんでしょうね。」

 すると、立花先生が心配そうに訊(き)いて来るのだ。

「この学校では、大丈夫?茜ちゃん。」

「ああ、それは、もう。皆(みんな)、常識が通じるし、おかしな反感とか、向けられた事は無いです。あ、唯一(ゆいいつ)、例外と言えばクラウディアですけど。まあ、クラウディアも、今は大丈夫ですね。 ともあれ、そう言った意味でも、この学校に来て、良かったと思ってます。」

 笑顔で答える茜に、立花先生も微笑んで「そう、なら、良かった。」と、安心のコメントを返すのだ。
 続いて、緒美が茜に対して言うのである。

「そう言う事なら、部活の部長も、経験しておくといいんじゃない? その、将来を見据えて。」

 その含みの有る言い方に、茜は聞き返すのだ。

「何(なん)です?将来って。」

 それには樹里が、半分、茶化す様に言うのである。

「日比野先輩から、本社の方で噂になってるって聞いたよ。天野さんが将来、社長になるの、期待されてる、って。」

「何年先の話ですか、それ。 大体、おじ…会長が、世襲みたいなのは認めてないですし。」

 反論する茜に、立花先生が別の見解を提示する。

「まあ、三十年か四十年先の事だろうから、その頃には色々と状況も変わってるでしょ。それに、創業家出身の者(もの)が、社内に居たらね、何(いず)れ『そう言う時』に担ぎ上げられる事になるは、覚悟しておいた方がいいわよ。」

「ええ~、家(うち)は天野重工の天野家とは、別の天野家なんですけど…。」

 再(ふたた)び反論を試みる茜だったが、それに被せる様に樹里がコメントを加えるのだ。

「名字よりも、血縁の方でしょ?大事なのは。」

「わたしも、期待してるからね。天野さん。」

 樹里に続いて緒美が、嫌味ではない無邪気な笑顔でそう言うので、茜は思わず声を上げるのだった。

「もう、妙なプレッシャー、掛けないでください!」

 それから間も無く、この会合は終了したのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第16話.05)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-05 ****


「『普通の』って、それじゃ『普通じゃない』ミサイルって?」

「例えば、長射程攻撃用にレーザー砲、中射程用にレールガン、短射程用に荷電粒子ビーム砲、近接格闘戦用にロボット・アームとビーム・エッジ・ソード、更に防御用にディフェンス・フィールドを持っていて、それらを AI が統合制御する、そんなミサイルですよ。」

「何、言ってるの、天野さん。そんなミサイル……あ。」

 呆(あき)れた様に樹里は言葉を茜に返そうとしたのだったが、何かを思い出し、そして続けて言うのだ。

「…それって、HDG の航空拡張装備、B案の事? 来月、試作機が来る予定の。」

 樹里が視線を緒美の方へ向けると、緒美は大きく頷(うなず)いて見せる。
 因(ちな)みに、HDG の仕様書に記載されている『航空拡張装備A案』が、『AMF』なのである。

「B案、『空中撃破装備』は圧倒的多数のエイリアン・ドローンに対処する状況を考慮したものだけど、HDG の代わりに弾頭を接続すれば、確かにミサイルになるのよね。」

「ちょっと、待ってください…えーと…。」

 樹里は困惑して、思考を整理し乍(なが)ら、発話するのだ。

「…つまり、『空中撃破装備』にミサイルの弾頭を取り付けて打ち上げ、迎撃に飛来するエイリアン・ドローンを撃破し乍(なが)ら月軌道まで飛んで、エイリアンのマザー・シップに突入させる、そう言う事ですか。」

「そう言う事になるわね。」

 笑顔で答える緒美に、茜が問い掛ける。

「つまり、部長が書いた仕様書のアイデアを、そう言う風(ふう)に転用しようと、本社が考えている、と?」

「時系列的に考えて、わたしの書いた仕様書が元になったって事は無いと思うわ。Ruby の開発は、わたしが仕様書を書き上げるよりも、遙(はる)か前にスタートしてた筈(はず)だから。 わたしとは別に、エイリアン・ドローンの防御網を突破してマザー・シップへ到達する方法を、同じ様に考えていた人が居たのよ。それが本社の人か、政府の人なのかは、知らないけど。」

「偶然、同じアイデアだった、と?」

「そうね。地球から月軌道までの間、隠れられる様な場所は無いし、選択し得る軌道にも、それ程幅が有る訳(わけ)でもない。それだけ条件が限定されしまえば、同じ様なアイデアに帰結するのは、寧(むし)ろ必然でしょ。 そもそもがB案は、数百機のエイリアン・ドローンを突破して、エイリアン・シップに到達する想定で考えていたの。わたしの場合は飽く迄(まで)、有人で考えていたから、余り現実感(リアリティ)が無かったんだけど。まあ、地球から打ち上げて月まで行こうとなると、無人でって考えるのが普通よね。」

「道理で。あの案だけ他のと微妙にベクトルが違うって言うか、矢鱈(やたら)と仕様が攻撃的なのは、そう言う事でしたか。」

 茜は少し呆(あき)れる様に言って、納得するのだった。その様子に微笑む緒美へ、今度は樹里が問い掛ける。

「要するに、本社が欲しかったのは『B案』の機体、って事ですか?」

 それには、緒美は補足する様に答えるのだ。

「『B案』の試作機その物、ではないわ。そこ迄(まで)の開発作業で検証された技術と、それから、完成した Ruby よね。本番で使用する機体は、又、別途、本社の方(ほう)で設計が進んでいるんでしょう。」

「それにしたって、Ruby のユニットは一基しか無いんですよ? ミサイル一発で、どれだけの効果が有るんでしょう?」

 樹里の、その問いに対して、緒美は微笑んで言うのだ。

「その特殊なミサイルが、一機だけの筈(はず)は無いでしょう。目標がとんでもなく大きいんだから、二十や三十は打ち上げる計画なんじゃない?」

「ああ、そうか。だから最初に、部長は二年か三年先って仰(おっしゃ)ったんですね?」

 茜に、そう言われて、緒美は頷(うなず)いて付け加える。

「必要な数を揃(そろ)えるのに、或る程度の時間は必要な筈(はず)だから。」

 すると、樹里が訊(き)いて来るのだ。

「じゃあ、Ruby もミサイルの数だけって事に? それはちょっと、流石に無理な気がしますけど。」

「全部が Ruby と同じスペックである必要は無いでしょ? 多分、他のは Sapphire と同じクラスのユニットになるんじゃないかしら。」

 その緒美の見解を聞いて、樹里は唐突(とうとつ)に合点(がてん)が行ったのである。

「そうか、それで Ruby が上位に設定されていて、Sapphire を制御出来る仕様だったんだ。成る程。」

 樹里が何やら納得する事頻(しき)りである一方で、茜は神妙な面持(おもも)ちで、緒美に声を掛ける。

「あの…部長。」

「何かしら?天野さん。」」

「…部長は、その…HDG が評価されていない事に就いては、それでいいんですか?」

 その問い掛けに、緒美は一度、少し驚いたのだが、敢えて笑顔を作って茜に答える。

「評価…されていない訳(わけ)ではないと思うの。採用される見込みが無いのは、唯(ただ)、仕様が政策に合致していないから、だから。」

「政策?ですか。」

「そうよ。HDG の仕様はエイリアン・ドローンを迎撃する事に主眼を置いていて、特に現用兵器では手薄な接近戦を重視しているわ。拡張装備で、中距離から長距離まで、対応範囲を広げているけど、その領域は既に存在する兵器でも代用が可能だし。 政府の防衛政策は、中、長距離での洋上迎撃が基本だから、元々 HDG が見向きもされないのは、解っていた事なのよ。実際に HDG を数百機、揃(そろ)えたとしても、エイリアン・ドローンの襲撃自体が無くなる訳(わけ)ではないしね。」

「それは、そうですけど。」

「勿論、現実の現場で接近戦になった時、防衛軍側が不利になる状況は何とかしたいし、HDG は、その為の回答ではあったけど。わたしの考えていた HDG では、結局、対処療法的な効果しか期待出来ないの。 だから、本社や政府の大人達が、根本的な問題の解決を考えているのなら、その事に就いては、わたしは嬉しいと思っているのよ。 そして、その計画に HDG で開発された事が一部でも利用されて、それが役に立つのなら HDG に関わった事は無駄ではなかったと思うの。」

 そこで、今度は樹里が問い掛けるのだ。

「でも、部長。本当に、その計画で根本的な解決に繋(つな)がるんでしょうか?」

 その問いに、緒美は一度、頭を横に振り、そして答える。

「それは、判(わか)らないわね。やってみないと。 でも、それ位の事はやらないと、状況は変わらないんだわ、多分。」

「それじゃ取り敢えず、部長は、その『計画』に就いては、賛成なんですね?」

 茜の問い掛けに、真面目な顔で頷(うなず)いた緒美は言うのである。

「そうね。但し、Ruby の事は、何とかして助けたいの。」

「そうですね。 例えば、わたし達がこれ以降の検証作業を放棄したとしても、それは無駄なんでしょうね?多分。」

 その茜の提案に、緒美は小さく頷(うなず)いてコメントする。

「無駄でしょうね。時間は掛かっても、残りの作業を本社と防衛軍とで進めるだけ、でしょうから。それに、その計画自体を妨害したい訳(わけ)じゃないのよ、わたしは。」

「そうですよね。そうすると、突入する際に弾頭だけを切り離すか、逆に Ruby のユニットを切り離すか、そう言う設計に変えて貰いますか?」

 続いてアイデアを出す茜に、頭を横に振って緒美は言うのだ。

「本社や政府は、仕掛けが複雑化するのを嫌うでしょう? それに、上手く切り離しが出来るとしても、Ruby を地球へ帰還する軌道へ乗せないといけないし、回収する方法も考えないといけない。そう言う手間やコストを掛けない為の、言わば使い捨てにする為の AI 制御の筈(はず)なんだから。」

「ですよね。多分、相当に進んでいる筈(はず)の計画や機構の設計を、今から大幅に変更して呉れる事は有り得ないですよね。」

 そう言って、茜は両腕を組んで考え込むのだった。そして緒美は、樹里に問い掛けるのだ。

「城ノ内さん、例えば、Ruby を丸ごとコピーとかって出来ないのかしら?」

「え~…。」

 樹里は少しの間、考えてから緒美に答えた。

「…安藤さんに、以前聞いた話だと、丸ごとって言うのは無理らしいです。Ruby を完全に停止させれば、可能かも知れませんけど。」

 その答えを聞いて、茜が尋(たず)ねるのだ。

「でも、樹里さん。Sapphire がライブラリの移植受けた~みたいな事、云ってたじゃないですか。」

「テキストや数値で格納してある情報は、コピーも出来るし、他のマシンでも利用出来るの。でも、『疑似人格』を構築している『記憶』は、そうはいかないらしいのよね。詳しい事は、わたしにも解らないけど。」

「『記憶』と『情報』って、意味が違うんですか?」

 そう茜に問い掛けられ、樹里は腕組みをして「う~ん。」と唸(うな)り乍(なが)ら、天井へ視線を遣るのだ。そして視線を茜に戻すと、説明を始める。

「例えば、青色に塗られた壁を見たとしましょう。その経験を日記に、『今日、青い壁を見た。』と記録します。その日記の記載が『情報』で、それを他の人が読めば『ああ、青い壁を見たんだな。』って情報が共有出来るよね?」

「ああ、はい。そうですね。」

「日記に、もっと詳しい情報、場所とか時刻とか、壁の大きさとか、記載を詳しくすれば、それだけ共有出来る情報が多くなるのは、解るよね?」

「はい。」

「でも、『記憶』って謂(い)うのは、もっと幅が広くて、他の情報と関連付いているの。例えば『青』って色から連想する印象、冷たいだとか、爽やかだとか、清潔、空気、空、水、海、そんな風(ふう)に色だけでも沢山の他の情報と関連していて、その『青い壁』を見た瞬間の印象なんかは、色んな方向へ広がっているの。その印象だとか連想だとか迄(まで)、日記に、つまり『情報』として書き出すのは、流石に無理だよね。 それ以外にも、その経験をした時の状況、光の具合だとか温度、湿度、聞こえていた音や、その壁に触れていれば、その感触、あと、臭(にお)いとかも、そう言った五感全部が経験と関連付けされて情報と情報との関連の重み付けが変わって行く、そんな処理をやっている訳(わけ)。」

「えーと、樹里さん。そのお話は、Ruby のシステムの話ですか? それとも、人間の脳の事ですか?」

 困った様に訊(き)いて来る茜に、樹里は微笑んで答えるのだ。

「どっちも、よ。Ruby の記憶処理は、人間の脳活動をソフト的に再現したものだそうだから。 そうやって、色んな情報の関連付けと、その重み付けがされた『記憶』を積み上げて、Ruby の『疑似人格』が出来上がっているんだって。 わたしはこんな説明を聞いたんだけど、解って貰えたかな?」

「まあ、何と無く。はい。」

 苦笑いで、茜は返事をするのだった。
 それに続いて、緒美が訊(き)く。

Ruby って、定期的にシステムのバックアップとか、取ってないのかしら?」

「書き出せるライブラリのバックアップは、リモートで定期的に開発の方で保存してる筈(はず)ですけど。明日にでも、安藤さんに詳しく訊(き)いてみましょうか。」

「そうね、どこまで教えて呉れるかは判(わか)らないけど。」

「まあ、トライしてみますよ。」

 すると、茜が疑問を口にするのだ。

「でも、部長。Ruby のシステムがコピー出来たとしても、ハードのユニットが無くなっちゃったら、お仕舞いなんじゃないですか?」

 それには、樹里が見解を提示する。

「いえ、天野さん。Ruby の役割がそれ程に重要だとすれば、絶対にハードのバックアップ・ユニットも用意されてる筈(はず)よ。」

「バックアップ・ユニットが用意されているなら、システムをコピーする方法だって、何かしら用意されているんじゃありませんか?」

 茜の意見を聞いて、緒美と樹里は互いに顔を見合わせるのだ。そして、緒美が言う。

「普通に考えれば、そうよね。」

「その辺り、井上主任に直接、訊(き)いてみたいですよね。」

 その、樹里の所感に頷(うなず)いて、そして緒美は微笑んで言うのだ。

「取り敢えず、少しは希望が有るみたいだわ。矢っ張り、貴方(あなた)達と話して良かった。 まあ、その計画が実行される迄(まで)、あと一年や二年は猶予が有る筈(はず)だから。ここでの話は、申し訳無いけど誰にも言わないで、頭の中に入れておいて欲しいの。直ぐに、わたし達でどうにか出来る問題でもないし。」

「それはいいですけど。」

 そう前置きをして、茜が懸念を述べるのである。

「…部長の予想が当たっているとして、Ruby がそう言う用途なのを、安藤さんや、Ruby 自身は知ってるんでしょうか?」

 それには、樹里が即答するのだ。

「安藤さんは、先(ま)ず間違いなく知ってるでしょうね。何せ、井上主任のアシスタントなんだから。日比野さんは、多分、知らないでしょうけど、Ruby は…どうでしょう? ちょっと、判(わか)らないな。」

「ああ、それで。このお話は談話室(ここ)で、だったんですか?部長。」

 そう茜に問われて、緒美は答える。

「まあね。第三格納庫だと、間違いなく Ruby に聞かれるから。」

「成る程、そうですね。」

 茜が納得している一方で、樹里が緒美に話し掛けるのだ。

「しかし、部長。ここ迄(まで)のお話、部長の推理で辻褄は合っていると思いますけど。一つだけ、誘導装置に使う筈(はず)の Ruby が、どうして『疑似人格』なんて、或る意味厄介な仕様なのか。それが理解出来ないんですが。 戦闘用途に特化するなら、A号機やB号機に組み込んである、名前も付けられていない様な制御用 AI でいいのではないでしょうか? 人と会話する汎用 AI である必要性って、何でしょう?」

「それに関しては専門外だから、わたしにも解らないわ。寧(むし)ろ、その理由を城ノ内さん、貴方(あなた)に教えて貰いたい位よ。」

 真面目に言葉を返して来る緒美に、苦笑いで樹里は言うのだった。

「ひょっとしたら、Ruby は動作データの集積に使用されてるだけで、本番では『疑似人格』とかが無い、制御用の AI が使われるのかも知れませんよ。 そもそも、どうして Ruby が兵器開発部(うち)に預けられているのか、その意図が今(いま)だに理解出来ません。」

「それは、HDG での実戦データを収集する為じゃないんですか?」

 事も無げに、そう言い放つ茜に、樹里は呆(あき)れ顔で言葉を返すのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第16話.04)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-04 ****


「まあ、結論から言うと。次にエイリアン・ドローンの襲撃が発生したら、わたし達も実戦に参加して、そこでC号機の能力を検証してはどうか、と。防衛軍側の許可とか協力とか、話は通してあるってね。 勿論、命令でも強制でもないから、必ずしも従う必要は無いんだけれど。」

「先週の一件で、防衛軍側のハードルが下がっちゃった感じでしょうか? 以前なら、民間が~って云われてたでしょうけど。」

 茜の意見に、立花先生がコメントを返す。

「まあ、その可能性も有るけど。この件に関しては桜井一佐が、防衛軍(あちら)側で可成り動いて呉れたみたいなのよ。」

 続いて樹里が、少し具体的な問題を提起するのだ。

「仮に参加するとして、ですよ。次の襲撃が何時(いつ)なのか、予定は立たないですよね? 平日の授業中だったりしたら、どうなるんでしょうか。放課後とか、休日に発生した襲撃のケースを選んで、わたし達が参加する、とか?」

 その疑問には苦笑いで、立花先生が答える。

「飯田部長が云うには、その時はこの地域に避難指示を発令させて、学校の方は授業を中断させることも出来るだろう、だって。」

「無茶、云うな~飯田部長。 大体、襲撃されるのは九州の西側からなのに。ここの辺りに避難指示を出させるなんて、そんな事、可能なんでしょうか?」

 茜も苦笑いで問い掛けるので、今度は緒美が真面目な顔で答えるのだ。

「いえ、無理な話じゃないわ。自治体の危険度判定は、結局は防衛軍の発表に左右されるから。だから防衛軍が『危ない』って云えば、自治体の側は、それを無視出来ないわね。 それに、学校の周辺が避難態勢になって呉れていれば、HDG が学校から出て行くのが、人目に付き難いって効果も期待出来るし。」

「あと、前回みたいに、日本海側からこっちに向かって飛んで来るケースも、まだ可能性としては有るからね。」

 立花先生の補足コメントに続いて、再(ふたた)び緒美が説明する。

「器機の性能や機能が、仕様に合致しているかだけで良ければ、まあ、設定した電波が、仕様通りの出力で発信されているかを測定すればいい話なんだけど。徒(ただ)、それは相手に対して効果が有るかどうかの判定にはならないのよね。その判定を、わたし達がやらないといけないのか、と言うのは、又、話が違うのかも知れないんだけど。」

 そこで樹里が、ソフト担当者としての見解を表明するのだ。

「でも、例えば ECM 機能だけにしても、エイリアン・ドローンが使っている周波数帯を割り出して、それに追従して妨害電波を出すのを Sapphire に自動化させる部分、机上設計だけで完成とはいきませんから。現場で使ってみないと、どこに手を入れたらいいのかも解りませんし。その辺りのプログラム修正や調整の為に、カルテッリエリさんにC号機のドライバーになって貰った訳(わけ)ですし。 勿論、わたしだって、一年生達に実戦参加しろなんて、言いたくはありませんけど。何か、いい方法は無いものでしょうか?」

「開発を進めている内に、何かいい評価方法を考えるつもりでいたのだけれど。そこの所は、わたしの見通しが甘かった、としか言えないわね。 矢っ張り、C号機の電子戦機能は器機の能力が設計仕様に合致しているか確認する迄(まで)を、此方(こちら)で行って、最終的には防衛軍に試験運用を移管してから、最後の仕上げは防衛軍と遣り取りし乍(なが)ら、時間を掛けて本社の方で進めるて貰うしかないかしらね。」

 そう言って、緒美は溜息を吐(つ)くのだった。それには、茜が声を上げるのだ。

「ちょっと待ってください、部長。何も、C号機を単機で前線に放り込もうって、そんな話じゃないんでしょ?」

「勿論、空防が護衛の戦闘機を付けて呉れるとは云ってるし、A号機やB号機を参加させるのも、防衛軍側は拒否はしないそうだけど。」

「でしょう? 基本的に電子戦機は、攻撃や格闘戦には直接参加しないんですから、それ程心配しなくても。向こうは、飛び道具を持ってないんだし、距離に気を付けてさえいれば大丈夫ではないでしょうか。」

「そうは言うけど、天野さん。ECM に効果が有った場合は、妨害電波の発信源が、真っ先に狙われる可能性が有るわ。そう言う危険性は、過小評価しては駄目よ。」

ECM に効果が有るのなら、向こうの能力(パフォーマンス)は相当に落ちてる筈(はず)です。勿論、敵の数にも拠りますけど、対処が出来ないとは限りません。 試験参加中の危険度判定に就いては此方(こちら)の判断で、退避や撤退が出来る条件にして貰えるなら、受けてもいいと思います。当然、わたしも護衛に出ますよ。ブリジットは、訊(き)いてみないと解りませんけど。」

 すると、樹里が笑って言うのだ。

「あはは、そんなの訊(き)かなくったって。 天野さんが参加するって聞いた時点で、ボードレールさんが黙ってる訳(わけ)がないでしょ。ねぇ、部長。」

「事の善し悪しは兎も角、そうでしょうね。」

 そう、緒美も微笑んで応えるのだ。「ええ~。」と声を上げる茜を置いて、緒美は樹里に問い掛ける。

「仮に、だけど。実戦の後方にC号機を参加させて評価試験を行う方針として、カルテッリエリさんは引き受けて呉れるかしら? 彼女が嫌だって云ったら、勿論、やらない訳(わけ)だけど。」

 樹里はくすりと笑い、答える。

「まあ、二つ返事で『オーケー』ですよね。」

「それは、あの…『恨み』的な動機でしょうか?クラウディアの友達の。」

 心配気(げ)な顔で問い掛ける茜に、樹里は頭を横に振って、応える。

「まあ、それも有るだろうけど。今は、貴方(あなた)への対抗意識の方が強いでしょ。 何時(いつ)だったか、『自分も役に立ちたい』って云ってたし、ね。」

 続いて、立花先生が真面目な顔で言うのだ。

「茜ちゃんやブリジットちゃんと違って、クラウディアちゃんの場合、戦闘とか不慣れだと思うし、そう言う事に向いた子じゃないでしょう? 大丈夫かしら。」

 その懸念に対して、気休めにもならない見解を示すのが緒美である。

「そもそもが、C号機は格闘戦には向かない機体ですから。カルテッリエリさんも、それは理解してるでしょう?」

 そして、茜が続く。

「仕様的には、アレが人型(ひとがた)をしている必要も、余り無いんですよね。戦闘機とかに AI のユニットと、電子戦用の機材を積み込んだ形式でも良かった様に思うんですが。」

 その茜の疑問には、微笑んで緒美が答えるのだ。

「まあ、そこはね。自力で最低限の反撃が出来る様にして、生存性を向上させようって意図ではあるんだけど。最終的には格闘戦の能力は Sapphire 次第ではあるから、当面は LMF の時みたいに Sapphire に格闘戦のシミュレーションをやらせて、経験値を上げておく可(べ)きよね。」

「取り敢えず、C号機に物理攻撃の装備が無い事に、わたしとしては安心してるんですけどね。攻撃能力が有ると、流石のカルテッリエリさんでも、余計な事を考えてしまうかも知れないので。」

 緒美に続いて発言した樹里に、立花先生が怪訝(けげん)な顔付きで尋(たず)ねる。

「エイリアン・ドローンに対する復讐、的な?」

「仲の良かった幼馴染みを亡くした事、二年や三年で消化できる訳(わけ)、無いじゃないですか。能力や機会が有ったら、誰だって『復讐』や『敵討(かたきうち)』は考えるでしょう?」

 そう話す樹里に、緒美が問い掛ける。

「カルテッリエリさんと、そんな話を? 城ノ内さん。」

「いえ。その手の話題に就いて直接的な話は、した事は無いですけど。でも内心に、そんな『怒り』を、カルテッリエリさんが抱えた儘(まま)なのは、多分、間違いないですよ。それは、見てれば解ります。」

 答えた樹里の表情は、少し遣(や)る瀬(せ)無(な)いのだった。そして同じ様な顔で緒美は、「そう。」とだけ返したのである。
 そこで、議事を進める為に立花先生が提案するのだ。

「取り敢えず、樹里ちゃん。一応、クラウディアちゃんの意思を確認して呉れる? 実戦でのC号機の評価試験をやるかどうか。その答えを聞いてから、さっきの茜ちゃんの条件も入れて、本社と交渉してみるから。

「わたし、何か提案しましたっけ?」

 唐突(とうとつ)に立花先生に引き合いに出され、何(なん)の事か咄嗟(とっさ)に思い当たらなかった茜は、立花先生に聞き返す。
 すると、立花先生は微笑んで答えるのだ。

「言ってたじゃない。退避や撤退の判断は此方(こちら)で、って。重要な提言よ。」

「あ~、それですか。思い出しました、はい。 拾って頂いて、ありがとうございます、先生。」

 そんな二人の遣り取りに、くすりと笑って、緒美が声を上げる。

「それでは、C号機の能力検証の方針に就いては、その様にしたいと思います。 じゃ、次の件ね。実は、今日、集まって貰ったのは、こっちが本題なのだけれど…。先に言っておきますけど、立場上、立花先生は一切コメントしてくださらなくて結構ですから。」

「何(なん)の話かしら、怖いわね。」

 眉を顰(しか)めて立花先生が返した言葉に、一瞬、苦笑いを浮かべた緒美は、話を続けるのだ。

「何(なん)の話かと言うと、本社、或いは政府が、HDG の開発を容認している理由と、Ruby の開発目的、使用用途に就いて、そんな話です。」

「ちょっと、緒美ちゃん!…」

 勢いで少し大きな声を出す立花先生を、緒美も少し大きな声で制するのだ。

「以降は全部、わたしの個人的な予想ですから。先生はコメントしないでくださいね。」

 そう緒美に釘を刺され、立花先生は上半身を引いてソファーへと預け、胸の前で腕組みをした右手の指先を唇に当てる様にして口を噤(つぐ)み、それ以降は口を出さずに聞き取る事にしたのだ。
 その一方で、茜が緒美に問い掛ける。

「予想、なんですか?部長。」

 緒美は、微笑んで簡潔に答える。

「そうよ。全部、状況証拠から積み上げた、徒(ただ)の仮説。一切(いっさい)、確証は無いわ。」

 今度は樹里が、緒美に尋(たず)ねるのだ。

「それを、どうしてわたし達に?」

「最初はわたしも、この思い付きを誰にも話すつもりは無かったのだけど。貴方(あなた)達なら、冷静に聞いて呉れるだろうと思ったのよ。もしかしたら、何か解決策も、アイデアが得られるかも知れないし。」

「解決しないといけない、何かそんな用件が有るんですか?」

 茜が、そう問い掛けると、緒美の表情から笑みが消え、そして緒美は答えたのだ。

「この儘(まま)、計画が進行すると、二年か三年先に、Ruby はミサイルの誘導装置として消費されてしまうわ。」

「誘導装置? Ruby が?」

 驚いて聞き返す茜に、緒美は黙って、唯(ただ)、頷(うなず)く。
 次に声を上げたのは、樹里である。

「え~と…どうして、そう言う話になるんでしょうか?部長。」

「そうね。順を追って話さないと、理解出来ないでしょうね。」

 緒美は一度、深く息を吐(は)き、再(ふたた)び話し始める。

「先(ま)ず、HDG に就いてだけど。 政府は HDG を将来的に採用する積もりは無いし、本社も売り込む気は無い。それなのに本社は開発を続けてるし、防衛軍は協力をして呉れてる。何故だと思う?天野さん。」

「それは、完成すれば利用価値がって言うか、採用される可能性が少しでも有るから、では?」

「それは無いわね。HDG の生産コストが物凄く安くなれば、可能性が有るのかも知れないけど。実際には、それは有り得ない話だわ。」

 そこで、樹里が口を挟(はさ)む。

「でも、何かしらメリットが有るから、開発が進められているんですよね?部長。」

「勿論よ。だからその『メリット』は完成した HDG その物じゃなくて、そこで開発された技術の方、それが、本社も防衛軍も政府も、欲しいのだと思うの。」

 茜が、緒美に確認する。

「例えば、ディフェンス・フィールドとか、ビーム・エッジ・ソードとか、ですか?」

「そう言った、個別の技術は HDG とは関係無く、元から有ったものだから。価値が有るとすれば、そう言ったものが統合(インテグレート)されたシステムの方でしょうね、この場合。 この間の、AMF 搭載のレーザー砲みたいに、Ruby から火器管制を作動させる事で、命中精度が格段に向上してたでしょう? そう言う話よ。」

「そう言う事ですか。 そこで Ruby の話に繋(つな)がる訳(わけ)なんですか?」

「そう、単純な話ではないわね。HDG のシステムにしても、結局は襲撃して来るエイリアン・ドローンを撃退する為の仕様だから、それ自体を本社や政府が欲しがっているのではない筈(はず)なの。」

 今度は樹里が、緒美に尋(たず)ねる。

「結局、本社や政府は、何を計画しているんです?」

 その質問に、緒美は一息を吐(つ)いてから、答えたのである。

「多分、エイリアンのマザー・シップ、そこへの直接攻撃。」

 緒美の発言を聞いて、茜と樹里は顔を見合わせ、一瞬、息を呑んだ。
 そして最初に、樹里が声を上げたのである。

「直接って、月の裏側ですよ?」

「そうよ。」

 冷静に言葉を返す緒美に、何か気付いた様に茜が問い掛けるのだ。

「それで Ruby 搭載のミサイルって話、ですか?」

「流石、天野さんは見当が付いたみたいね。」

 緒美は一瞬、「ふっ」と笑ってみせる。だが、まだ納得のいかない樹里が、緒美に訊(き)くのだ。

「いや、待ってください。地球からミサイル打ち上げたって、月の裏側に到達する前に、撃墜されるんじゃないですか?」

「そうね。普通のミサイルなら、地球から月軌道に到達する迄(まで)に、エイリアン側に対処する時間は十分(じゅうぶん)有るわ。だから、誰もそんな事は考えなかったんだけど。」

「ですよね。ミサイルの軌道計算が出来たら、そこへ何か障害物を運んで来れば、飛んで来るミサイルの処分は出来ますよね。」

「別に態態(わざわざ)、障害物を運んで来なくたって、エイリアン・ドローンをミサイルの軌道上に配置しておけば、それで済むでしょう?」

「え? そうなるんですか?」

 意外そうに聞き返す樹里に、微笑んで緒美は言う。

「立花先生の分析に拠れば、エイリアン・ドローンは遠征用の使い捨て兵器だそうですから。マザー・シップを守る為なら、惜しくも何ともないでしょう?多分。」

「成る程。 それにしたって、そのお話だと、ミサイル攻撃では満足な効果は得られない、そう言う事では?」

 そこで樹里に、茜が助言するのだ。

「ですから、普通のミサイルでは、って事ですよ、樹里さん。」

 

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STORY of HDG(第16話.03)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-03 ****


 コンソールのマイクに向かって、維月が問い掛ける。

「クラウディア、今のサムズアップは?」

 すると直ぐに、クラウディアの声が返って来る。

「一瞬、想像(イメージ)したのかも知れない。無意識よ、ホントに。」

 今度は安藤が、Sapphire に尋(たず)ねるのだ。

「Sapphire、さっきのマニピュレータの動きは、何か入力が有ったの?」

「ハイ、江利佳。 思考制御からの入力に従いましたが、不適切でしたか?クラウディア。」

「あー、まあ、いいけど。ちょっと敏感過ぎるかも?」

 Sapphire の問いに対するクラウディアの答えを聞いて、樹里が提案する。

「思考制御の検出レベル、閾値(しきいち)の設定をこっちで少し上げてみるわ。」

「お願いします、城ノ内先輩。」

 クラウディアが樹里に返事をすると、続いて Sapphire も言うのだ。

「お手数を、お掛けします、樹里。」

 樹里はコンソールを操作し乍(なが)ら、Sapphire に話し掛ける。

「あら、自己紹介は、まだだった筈(はず)だけど、わたしの事、解るの?Sapphire。」

「ハイ。皆さんの個人識別に就いては、Ruby のライブラリからデータ移植を受けていますので。改めて、自己紹介をして頂く必要は、ありません。」

「成る程、それは便利ね…はい、設定変更完了。これで様子を見ましょうか。」

 そうこうする内、C号機は大扉の前に到達し、ロボット・アームが届く程度の距離で立ち止まるのだ。

「それじゃ、開けますね。」

 そうクラウディアが宣言すると、C号機は一旦(いったん)、左膝(ひざ)を突く形で姿勢を低くすると、左側のマニピュレータを前方へ差し出して大扉のハンドルに指を掛ける。そして大扉の一枚を少し左へと動かすと今度は立ち上がり、正面に出来た扉の隙間に両側のマニピュレータを差し入れ、ロボット・アームを左右に広げる様に動かして、大扉を押し開いたのだ。
 その一連の動作を眺(なが)めていたブリジットは、誰に言うでもなく呟(つぶや)くのだった。

「ああ、同じ動作、LMF でもやった事、有ったなぁ…。」

 それが染(し)み染(じ)みとした語感に思えて、隣に立っていた茜はブリジットに言うのだ。

「ごめんなさいね、LMF、壊しちゃって。」

「茜が壊した訳(わけ)じゃないでしょ。」

 間を置かずに言葉を返すと、ブリジットは微笑んで続けて言うのだ。

「それに LMF のデータが、あれで活かされているなら、無駄になってないって事だし。」

「そうね。」

 短く同意して、茜も微笑んだのだ。
 C号機は、押し開けた扉を通って、駐機場へと歩みを進めるのだった。

 十月も半ばともなると夕方の日暮れは早く、格納庫の外へ出ると太陽は既に西側の山陰(やまかげ)に入っていた。空はまだ、明るさを保ってはいたのだが、周囲が明るい時間は、このあと一時間も持たないのだ。
 その一時間で、C号機は歩行から駆け足、移動し乍(なが)らの加速や減速、制動、跳躍と言った具合に、C号機の脚部を使った動きと全体のバランス制御に関して、安全を確保しつつ丁寧に動作領域の確認と、搭乗するクラウディアに対する慣熟が行われていったのである。
 外が薄暗くなるとC号機は格納庫へと戻され、クラウディアは接続を解除した。以降は畑中や日比野達が、稼働後の点検やデータの吸い出しを行い、瑠菜や佳奈達メンテ担当のメンバーには取り扱いに関するレクチャーが実施されると言う流れは何時(いつ)も通りなのだ。その取り扱いレクチャーには、遅れて到着した応援の人員である金子、武東、村上、そして九堂らも参加したのである。
 約一時間、C号機に搭乗していたクラウディアは、と言うと。初めての事に緊張も有ったのか、流石に疲労感が隠せず、又、C号機の試運転で相当に揺られた所為(せい)も有って、聊(いささ)かぐったりとしていたのだった。
 一方で茜とブリジットの二人は、今日はインナー・スーツに着替える事も無く、HDG 装着者(ドライバー)として外部からC号機の様子を監視し、必要が有れば思考制御での入力方法や操作に就いて助言をする役割を振られていたのだが、C号機の仕上がりが思いの外(ほか)良かったのか、それともクラウディアが上手に Sapphire を扱ったからなのか、兎に角、茜もブリジットも出番は全く無くて、唯(ただ)、始終見学をしているだけだったのだ。
 そんな訳(わけ)でブリジットと二人、新装備の整備レクチャーが行われている傍(かたわ)らで現場の片付け作業をしていた茜の所に、緒美がやって来て声を掛けるのである。

「天野さん、ちょっといいかしら。」

「あ、はい。何でしょうか?部長。」

「このあと、夕食後…九時位から一時間程、時間取れるかしら。この先の試験内容に就いて、少しお話ししたいの。」

 茜は箒(ほうき)を手にした儘(まま)、緒美の方へ向き直り問い返す。

「それじゃ、ブリジットと二人で?」

「あ、いえ。今回は、天野さんだけ。連絡じゃなくて、相談しておきたい事が有るの。」

「わたしだけ、って珍しいですね。」

「ああ、あと城ノ内さんと、立花先生にも声を掛けるから、ミーティングに参加するのは四人ね。」

「そうですか、分かりました。それで、場所は…。」

「寮の談話室、第二の方を予約してあるから、九時に来てね。」

「はい。 それで、どう言った内容なんです?」

「内容は…まだ決定事項じゃないから、ここでは言わないわ。 じゃ、あとで、宜しくね。」

 そう言って踵(きびす)を返した緒美は、その足でデバッグ用コンソールへと向かうのだ。そこでは安藤と日比野に、樹里が新装備のソフト関連に就いてのレクチャーを受けているのだ。
 茜とブリジットが緒美の動きを視線で追い掛けていると、緒美は樹里に声を掛け、茜と同じ様な遣り取りをしている様子なのである。
 そんな状況を目にしたブリジットが、訝(いぶか)し気(げ)にポツリと言った。

「何だか、妙よね。」

「わたしと樹里さん、って言う取り合わせは、珍しいよね。議題はソフト仕様の絡みかしら? まあ、行ってみるわ。」

 そう言って微笑み、茜は床面を掃くのを再開するのだった。


 その日の部活が終わったのは午後七時を大幅に過ぎた頃で、それから兵器開発部のメンバー達は寮に帰り、夕食を取ったのである。
 そして茜は緒美に言われた通り、午後九時に女子寮二階の、ほぼ中央に在る第二談話室へと向かった。
 第二談話室は個室になっており、主に込み入った話をする際に利用されるのだが、それは使用者と使用理由を届け出た上での完全予約制で、生徒が使用する場合は教師の許可か同伴が条件となっている。これは周囲の目が届かない個室内で飲酒や喫煙、或いは『いじめ』等の、非行行為が行われる事を防止する為に設けられている条件なのであるが、この天神ヶ﨑高校の女子寮に於いて、過去にその様な事例が実際に起きたと云う訳(わけ)ではない。
 第二談話室の入り口脇に設置されている小型のホワイトボードには、午後九時からの使用者として『兵器開発部・鬼塚、城ノ内、天野』との記入が有り、使用理由の欄には『部活ミーティング』、許可・同伴者の欄には『特許法講師・立花』と、それぞれ緒美の筆跡らしき文字で書かれていたのだ。それを確認して、茜はドアをノックする。
 暫(しばら)く反応を待っていると、ドアが内側へと開かれる。

「どうぞ~。」

 ドアを開けて呉れたのは、樹里だった。

「あ、すいません、樹里さん。中から声を掛けて頂ければ…。」

「取り敢えず、入って~天野さん。」

 茜が室内に入り、入り口のドアが閉められると、廊下側から聞こえていた音が、ふっと静かになるのだ。
 樹里が茜に尋(たず)ねる。

「天野さんは、第二談話室は初めて?」

「はい。防音、なんですか?ここ。」

 室内には既に緒美と、立花先生も来ており、それぞれがソファーに座っている。ソファーは三人掛け程度の大きさのものが四脚、二脚ずつ対面にボックス状に並べられている。入口側から正面に見えるソファーに緒美が、入り口から見て向かって右手側のソファーには立花先生が既に座っており、向かって左側のソファーに樹里が座ると、茜は入り口を背にしたソファーに腰掛けるのだった。
 茜が座ったのを見計らって、緒美が口を開く。

「ここは、先生が寮生を個人指導する時に、周りに聞かれると不味(まず)い様な『お話』をする為に使うお部屋だから、音が漏れない様になってるのよ。まあ、そう言った本来の目的で使用される事は、滅多に無いけど。」

 微笑んで、立花先生が補足する。

「何せ、この学校の生徒は優等生ばっかりだから。」

「はあ。」

 何と無く、呆(あき)れた様な相槌(あいづち)を打つ茜である。
 続いて、樹里が説明するのだ。

「そんな訳(わけ)だから、大抵はこうやって部活のミーティングとかに使われてるんだけど。一番多い利用目的って、何だと思う?天野さん。」

「さあ、何でしょう。試験勉強、とか?」

「あー、それも有るけど。一番多いのはね、楽器の練習よ。」

「ああ、成る程。音楽(そっち)方面は興味が薄かったので、気が付きませんでした。」

 すると、立花先生が茜に問い掛けるのだ。

「天野さんは、ピアノとか、習い事はやらなかったの?」

「そうですね、わたしは剣道の道場に通ってたので。他にやらされたのは、書道位(くらい)ですね、小学生の最初の頃、三年程。 音楽関係は、普通に聴くのは好きですけど、自分で演奏しようなんて、考えた事も無かったです。あ、妹の方(ほう)はやってましたよ、ピアノ。」

 そこで、樹里が提案する。

「そうだ、その内、部の皆(みんな)でカラオケとか行ってみるのも、面白いかもですね。」

「いいですね、楽しそう。」

 普通に乗り気な茜に対し、緒美は特に表情も変えず、普通に言うのである。

「そうね、皆(みんな)で行って来るといいわ。」

「部長は、お嫌いですか?カラオケ。」

 そう問い掛ける樹里に、少し困惑気味に緒美は答えた。

「う~ん…行った事が無いから、よく分からないわね。今、流行ってる歌とかも知らないし。」

 緒美の答えを聞いて、微笑んで立花先生が言うのである。

「そう言う所、緒美ちゃんは浮世離れしてるのよね。わたしは、嫌いじゃないけど。」

「浮世離れ、ですか。まあ、自覚はしてますけど。 実際、その手の『遊び』とか、やってる時間が無かったものですから、ずっと。」

 緒美は小学校を卒業する頃から、エイリアン・ドローンと兵器や軍事に関する情報収集と研究に、自由時間の殆(ほとん)どを注(つ)ぎ込んで来たのである。勿論、学校の勉強や宿題も抜かりなくやっていたからこその、現在の成績なのであるが。寧(むし)ろ、定まった答えの無いエイリアン・ドローン対策の研究に比べれば、答えの定まっている学校の勉強や宿題は、緒美にとっては『いい息抜き』だったと言っても過言ではなかったのである。
 そんな緒美に、茜も尋(たず)ねてみる。

「部長は、音楽とか、どんなのを聴くんですか?」

「だから、聴かないんだってば。家(うち)の両親は二人共、研究一本の人だったから、ネットやテレビの放送でだってニュース程度しか見ないし、両親が家に居る時はクラッシクの音楽が良く掛かってたけど、ロックとかポップスとかをしっかりと聴いた事は無いのよね。両親は、映画とかも観ない人達だったからなあ。あの二人の唯一の娯楽は、研究だったのよね。」

「なかなかに凄い御家庭ね。」

 流石に立花先生も、苦笑いである。
 そこで思い出し笑いをし乍(なが)ら、緒美が言うのだ。

「そう言えば、パワード・スーツの参考資料として、SF 映画やロボットもののアニメとか観てたら、そんなわたしを見た両親が、『ウチの子が普通の子みたいに、映画を観てる』って喜んでたのよね。普通の女の子は、そんなテーマの映画は普通、観ないでしょって、その辺りからズレてるのよ、わたしの両親。」

 その緒美が語るエピソードに、緒美の正面に座っている茜はクスクスと笑っているのだが、樹里と立花先生は互いの顔を見合わせての、どう反応したものかと困り顔だった。そんな事には構わず、緒美は茜に尋(たず)ねるのである。

「そう言えば、天野さんも同じ様な映画とかアニメとか、一通り観てるのよね。 御両親は何も言わなかった?」

「家(うち)ですか? うちの母は、そう言ったものに全く興味が無いので、反応は何も無かったですね。父の方は、SF とかアクション系の作品は、結構、好きだったみたいで、わたしと一緒に観て、楽しんでましたよ。寧(むし)ろ、妹の方が何か言いた気(げ)でしたけどね。」

 そして茜は「あははは。」と笑うのだが、左右の二人は、矢張り困り顔なのである。
 それから緒美は座り直して姿勢を整え、口を開くのだ。

「それじゃ、そろそろ本題に入りましょうか。」

 その宣言を受けて、他の三名も座り直す。そして、改めて立花先生が問うのだ。

「それで、本題って何かしら?緒美ちゃん。」

「大きく分けて二つ、有るんですけど。先(ま)ずは、C号機の能力確認、試験方法に就いて。」

 真面目な顔で緒美が言うと、立花先生の表情が少し曇るのだ。

「ああ、今朝、打診が有った件ね。」

「はい。その件です。」

 二人が深刻な表情なので、樹里がその理由を尋(たず)ねるのだ。

「打診、と言うのは…本社から、ですか? その、『連絡』ではなく。」

「そう。今の所は『打診』なのよ。 C号機の電子戦…最初は ECM、電波妨害の能力検証なんだけど。いえ、電子戦の能力は何(ど)れにしても、シミュレーターとか模擬的な方法では確認が出来ないって言うか、意味が無いって言うか。」

 そこで茜が、コメントを挟(はさ)む。

「それで、検証方法に就いては保留(ペンディング)になってたんですよね?」

「本社は、何(なん)て云って来たんですか?部長。」

 続いて樹里が尋(たず)ねると、一息を置いて緒美は答えるのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第16話.02)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-02 ****


 安藤も微笑んで、それに応じる。

「構わないわよ~始めてちょうだい。」

「それじゃ、搭乗します。」

 そう言って、クラウディアはC号機の前に置かれたステップラダーを上(のぼ)って行く。そのステップラダー頂部の位置は、標準的な人の背丈よりも更に高い。
 C号機はA号機やB号機とは違って、ドライバーの腕や脚を HDG へ接続して制御をするのではない。だから形状としてはパワード・スーツと言うよりは、搭乗型のロボットに、より近いのだ。ドライバーは音声コマンドや思考制御で、移動する速度や方向、マニピュレータでの作業内容、それらを搭載 AI である Sapphire に伝達し、機体の動作制御それ自体は Sapphire が完全に担当する。これには LMF の設計試作と試験運用で集積されたデータと技術が、惜しみ無く投入されているのである。
 ドライバー用のシートは、C号機の正面側腹部に設置されている。『シート』とは言っても、一般的に想起される様な座席ではなく、ドライバーは半分立った様な状態で背中のパワー・ユニットを機体側に接続するのだ。そしてドライバーの腰部を機体に固定するのは、他の HDG と共通した仕様となっている。
 腰掛け部から前方には斜め下方へと下肢部を支えるクッション付きプレートが突き出しているが、それには操縦用のペダルやフットバーの類(たぐい)は、一切装備されていない。つまり、ドライバーが操縦の為に脚を使う必要は無いのだ。
 ドライバーが腕を置く肘掛けの先端には、複数のスイッチが取り付けられたコントロール・グリップが設けられてはいるが、現状ではそれに何の機能も割り振られてはいない。それはドライバーが必要に応じて、機能を付与出来るオプション扱いの入力制御装備なのだ。それとは別にプログラミング用のキーパッドが、左右の掌(てのひら)の位置に用意されているのだが、ドライバーは肘掛けの外側に設置されているバーを身体を支える為に握るのが通常状態である。
 そうやって『装着』すると言うよりは、『乗り込む』と形容出来る機体であるC号機の、外見的なもう一つの特徴が、人体に例えれば『頭部』とも言える複合センサー・ユニットの後部に装備された、弧状を描く一対の巨大な複合アンテナ・ユニットだろう。
 そのアンテナの大きさは機体全高の半分程度に達するので、長さで二メートル程の長さを有しているのだ。
 この装備こそが、C号機が電子戦を目的に開発された事を雄弁に語っており、又、C号機の機体規模が大型化した理由なのである。その巨大な複合アンテナを取り付けるプラットフォームとして、或る程度の大きさが必要であり、且つ、電子戦用の制御器機と Sapphire の AI ユニットを積み込むのには、普通の人間サイズでは無理だったのだ。

 クラウディアがステップラダーを上がって、C号機に乗り込んでいる間に、茜は安藤に尋(たず)ねるのだった。

「安藤さん、ちょっといいですか?さっきのお話ですけど…」

「なあに?天野さん。」

 安藤が今(いま)だに茜を『天野さん』と呼ぶのは、矢張り会長の孫娘だからである。加えて、緒美や樹里が『天野さん』と呼んでいるのも、多分に影響しているのだ。その事に茜は、少し引っ掛かりを感じつつも、問い掛けを続ける。

「いえ、さっきのお話からすると、Sapphire には Ruby みたいに成長する余地は無いんでしょうか?」

「ああ、全く成長しないって訳(わけ)じゃないのよ。それだったら、会話の為に『疑似人格』を乗っけてる意味が無いから。スムーズに意思疎通が取れる程度には、皆(みんな)に慣れていく筈(はず)だから安心して。徒(ただ)、感情的なニュアンスが、会話には乗って来ないとは思うけど。」

 その答えを聞いて、ブリジットが安藤に問い掛ける。

「AI に感情なんて有るんですか? Ruby だって、それ程、感情的じゃないですよ。」

「そりゃ、そうよ。AI が感情的に泣いたり怒ったりしてたら、危なくって使えないでしょ。だから、そう言ったマイナス方向へ感情が動くのは、意図的に制限してあるのよ。徒(ただ)、感情の振り幅がプラス方向だけって言うのも不自然だし、喜びの余り興奮状態になるのも危険でしょ。だから、自(おの)ずと振り幅全体を抑える方向にならざるを得ないのよね。」

「成る程、そう言うものですか。じゃあ…。」

 続けて質問しようとしたブリジットを、安藤が制して言うのだ。

「あ、ゴメン。この手のお話、詳しい事は企業秘密なんだ。あと、Ruby の聞いてる所で、する話しでもないしね。」

 ブリジットは話し掛けた言葉を、息と一緒に飲み込み、そして納得してから息を吐(は)いた。そんなブリジットの代わりに、茜が安藤に声を返すのだ。

「あー、ですよね。」

 そこで Ruby が、安藤に向かって言うのだった。

「江利佳、わたしは『不愉快』になる事はありませんから、お気遣いは無用ですよ。」

 その Ruby の発言には、日比野が言葉を返すのだ。

「そうだとしてもね、Ruby。相手が怒らないなら、何を言ってもいいって話じゃないでしょ?」

「成る程、そうですね。わたしも今後、注意したいと思います。」

 素直に納得する Ruby に感心して、樹里が声を上げる。

「今の遣り取りで、直ぐに納得出来るって言うのは、ホントに成長を感じますよね、安藤さん。」

「でしょう?樹里ちゃん。」

 そう応じた安藤は、満面の笑みである。それを見て、日比野がからかう様に言うのだ。

「出た~親バカ反応~。」

 安藤は、微笑んで言葉を返す。

「うふふふ、放(ほ)っといてちょうだい。」

 そんな折(おり)、ステップラダーから降りて来た瑠菜が、声を上げるのだ。

「カルテッリエリの接続確認、終わりました。ステップラダー、退(ど)かしますから、C号機の前から移動してください。」

 続いて、緒美が指示を出す。

「皆(みんな)、C号機から離れて。安藤さん、日比野さん、彼方(あちら)へ。」

 兵器開発部のメンバー達が移動を始めると、瑠菜と佳奈がC号機前の搭乗用ステップラダーを押して行く。
 樹里と維月はデバッグ用コンソールの前へと移動し、安藤と日比野を呼ぶのだ。

「安藤さん、日比野さん、此方(こちら)へ~。」

「は~い。安藤さん、行きましょう。」

「はい、はい。」

 C号機の前から人が消えると、瑠菜がメンテナンス・リグの操作パネルに着き、声を上げる。

「じゃ、C号機、降ろしま~す。」

 瑠菜がパネルを操作すると、メンテナンス・リグに因って三十センチ程、リフトアップされていたC号機が床面へと降ろされるのだ。脚部が床面に届いて、一瞬、更に沈む様に機体が動いて見えたのは、脚部に荷重が掛かって腰部や膝(ひざ)部の間接で自身の機体重量を支えたからだ。徒(ただ)、スカート状のディフェンス・フィールド・ジェネレーターに覆われている為、腰部や膝(ひざ)部関節の動き自体は、外部からは見えない。

「接続ロック解放します。」

 瑠菜の操作でC号機背部に接続されている、メンテナンス・リグのアームから解放されると、一度前方へC号機は上半身を揺らすのだ。しかし直ぐにバランスを取って、機体は直立を維持するのである。
 その様子をコンソール側で確認し、樹里が声を上げる。

「HDG-C01、機体バランス制御は良好。カルテッリエリさん、乗り心地はどう?」

 通信経由で樹里に尋(たず)ねられ、クラウディアは答える。その声は、コンソールのスピーカーから出力されるのだ。

「取り敢えず、大丈夫です。それ程、揺れてません。」

 続いて、緒美がコマンド用のヘッドセットで、クラウディアへ指示を伝えるのだ。

「オーケー。それじゃ、その場で屈伸、膝(ひざ)の曲げ伸ばし、やってみようか。」

「操縦は、思考制御、なんですよね?部長。」

 そのクラウディアの問い掛けには、樹里が答える。

「そうよ。屈伸運動するイメージを、頭の中で想像してみて。Sapphire が読み取って、機体を動かして呉れるから。」

「やってみます。」

 そう返事をしたあと、クラウディアは暫(しばら)く黙(だま)り、機体の制御に集中する。数秒経って、C号機は上半身を少し前方へ倒すと同時に、肘を軽く曲げた腕を少し後方へ振り上げてバランスを取り乍(なが)ら、ゆっくりと膝(ひざ)を折って身体を沈めていくのだ。
 或る程度、C号機がしゃがんだ状態になると、緒美が声を掛ける。

「オーケー、そこ迄(まで)。そこから、立って。」

 C号機は、一度、動きを止めると、今度は身体を持ち上げる方向へと、ゆっくりと動き出す。
 結局、一往復の動作に合計三十秒程を掛けて、C号機は元の直立姿勢へと復帰したのだ。

「城ノ内さん、バランス値に異常は無い?」

 緒美に問い掛けられた樹里は、コンソールのディスプレイから目を離さず即答するのだ。

「ありませんね。リターン値は全て、許容値の範囲内。綺麗なものです。」

 樹里の背後からコンソールを覗き込んでいた安藤が、顔を上げ緒美に向かって言う。

「HDG-A01 と B01、それから LMF の動作データの蓄積が有るから、C01 は最初から、可成り動ける筈(はず)よ、緒美ちゃん。」

 それに対して、樹里がコメントするのだ。

「それよりも、カルテッリエリさんのイメージを、Sapphire がどれだけ読み取れるかの方が課題ですよ。そこはお互いに、経験を積んでいくしか。」

「まあ、それはそうなのよね。」

 苦笑いする安藤に、微笑んで緒美が言うのである。

「地道に、少しずつ確認していきましょう、安藤さん。」

 そしてC号機の方へ向き直って、緒美はクラウディアに声を掛ける。

「そう言う訳(わけ)だから、もう三往復、今の屈伸を繰り返してみて、カルテッリエリさん。」

「解りました。」

 クラウディアは返事をすると、再(ふたた)び屈伸運動のイメージに集中する。今度は、直ぐに Sapphire が反応し、先刻よりも少し速く機体が屈伸運動を行うのだ。

「あ、さっきより少し早い。」

 そう、小さく声を上げたのは緒美の背後に居た、直美である。
 C号機の屈伸運動は、二回目が一回目よりも更に早く、スムーズになる。三回目は更に素早く、一往復を五秒程で完了したのだった。

「どうですか?城ノ内先輩。」

 通信でクラウディアが問い掛けて来るので、樹里は一度視線を緒美の方へと向けるのだ。それに気付いた緒美が頷(うなず)いて見せるので、樹里も緒美に対して小さく頷(うなず)いてからクラウディアに答えるのである。

「いい感じよ、カルテッリエリさん。同じ動作を繰り返すと、ちゃんと学習効果も出ているみたいだし。 貴方(あなた)の方(ほう)は、気持ち悪くなったりしてない?」

「あはは、今の上下運動は、動きが速くなると、ちょっと嫌な感じですね、今の所は、まだ大丈夫ですけど。これを繰り返してると、酔うかも知れません。」

 クラウディアの返事を聞いて、緒美は次の指示を出すのだ。

「それじゃ、今度は歩いてみましょうか。」

「歩くのは、自分が歩く動作をイメージすればいいんですか?」

 クラウディアの問い掛けには、安藤がコンソールのマイクから答えるのだった。

「あー、クラウディアさん。脚や腕の動きレベルでイメージする必要は、無いわ。基本的な動作パターンに関しては、基礎データが入ってるから。移動方向と、移動速度、そっちの方に集中してみて。」

「あー、はい。やってみます。」

 クラウディアが答えて間も無く、C号機が右脚から一歩前へと踏み出すのである。その動作にぎこちなさは特に無く、C号機は二歩、三歩と前へと進んで行く。
 そこで、緒美が声を掛けるのだ。

「はい、一旦(いったん)停止。」

 指示通りにC号機が立ち止まると、緒美が次の指示を出すのである。

「じゃあ、向きを変えて南側へ、格納庫の外へ出てみましょうか、カルテッリエリさん。」

「解りました。行きます。」

 クラウディアが返事をすると、再(ふたた)び、C号機は動き出し、直ぐに南側大扉の方向へと機体の向きを変え、一歩ずつ歩いて行く。

「あー、それじゃ大扉開けて来ま~す。」

 そう、声を上げて佳奈が駆け出そうとする所を、緒美が呼び止めるのだ。

「古寺さん、ちょっと待って。 カルテッリエリさん、大扉をC号機で開けられる?」

 大扉へと向かって歩いて行くC号機からの、クラウディアの返事が聞こえて来る。

「どうでしょう?挑戦してみます、部長。」

「やってみて、ゆっくりでいいから。」

 緒美が、そう声を掛けると、クラウディアは「解りました。」と答えたのだ。それと同時に、C号機は左側ロボット・アームを横へと上げ、マニピュレータがサムズアップのサインを形成するのだった。

「あれも基礎データの中に?」

 C号機の仕草を見た樹里が、安藤に尋(たず)ねると、安藤は両の掌(てのひら)を上に向け、苦笑いして「さあ?」とだけ答えたのだ。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

 

STORY of HDG(第16話.01)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-01 ****


 AMF の試験飛行が終了した翌日から、学校の方は試験休み期間も終わり、平日となって昼間の授業が再開されたのである。
 カレンダー上では、2072年10月5日・水曜日迄(まで)が前期の扱いで、前期期末試験の解答解説をみっちりと行う授業も有れば、さっさと後期の範囲へと突入する授業も有り、その辺りの対応は教科や教師に因って、まちまちなのだった。
 生徒達の制服も、まだ夏服の者(もの)も居れば、一足先に冬服を着込んだ者(もの)も居て、試験休み明けの二日間は後期開始へ向けての移行期間と言った感じである。
 そんな中途半端な空気は、10月6日・木曜日の後期開始と共に一掃され、十一月の学祭や十二月の後期中間試験などのイベントへ向けて、学校内の雰囲気は動いて行くのだ。そんな後期の、一番最初の校内イベントとなるのが、前期期末試験結果の順位発表である。
 それは、10月7日・金曜日の午後三時に、校内ネットワークにて発表されるのだった。数年前までは午前中や昼休みに発表されていた定期試験成績順位であるが、その当時は発表後の授業に身が入らない生徒が、毎回一定数、発生したのである。そんな彼等の『授業に身が入らなくなる理由』は、それぞれで様様(さまざま)なのだが、学校側としては『その様な』状況を最小化する可(べ)く、試験成績順位の発表を、その日の最後の授業が終わる時間帯に設定して現在に至る訳(わけ)である。
 そんな順位発表の瞬間であるが、例えば、緒美達の居る三年A組の様子は、と言うと。六時限目の授業が終わり、教師が教室から出て行くと、クラスの半数程が一斉(いっせい)に、それぞれの携帯端末で校内ネットワークを確認するのだった。そして、ほぼ同時に教室内の複数箇所から「おおー」と云った歓声が沸き起こるのだ。それから数人の女子生徒が緒美の元へと近づき、発表された順位を教えて呉れるのである。
 それは発表された順位は緒美がトップで、次席が生徒会長の神原(カンバラ)であり、点差は六十点程だったと云う内容だった。

「あら、そう。ありがとう、教えて呉れて。」

 成績順位を気にしていないし、自身で確認もしない緒美は、愛想笑いでお礼を述べると、恵や直美と合流して教室を出て、何時(いつ)も通りに部活へと向かうのだ。
 この様に同級生達が他人の成績で勝手に盛り上がっている理由は、緒美が一年生の時点から連続で定期試験の成績で学年一位を維持し続けているのが記録的であるからで、今回の結果で更に記録を重ねたからである。クラスメイト達は残り二回の定期試験でも、緒美が学年一位を獲得して、三年間連続学年一位と言うパーフェクトな記録が打ち立てられるのを期待しているのだ。

「ザマーミロ、神原~。」

 そんな男子生徒の声も聞こえたが、それは生徒会長である神原が一般生徒から嫌われている、そう云った事柄を表しているのではない。機械工学科と電子工学科、そんな学科の違いから緒美には仲間意識を、神原生徒会長には対抗意識を、と、その様な心情の発露なのである。
 何(いず)れにしても、そんな盛り上がりには付き合い切れないので、緒美は早早(そうそう)に教室から退場するのである。
 この辺りの事情は、樹里の居る二年D組や、茜の一年A組も似た様なもので、本人よりも周囲の方が盛り上がるのには付いて行けず、彼女達も第三格納庫を目指して教室を後にするのだった。
 それはつまり、今回も二年生の学年一位が樹里で、一年生は茜が学年一位だったと言う事なのである。

 茜とブリジットが兵器開発部の部室に到着したのは、メンバーの中では最後だった様子で、他のメンバーは既に揃(そろ)っていた。それは緒美や樹里よりも、茜の方が同級生達に丁寧に対応していたから、かも知れない。
 茜が到着した時点で、その場では茜よりも先に来ていた樹里の話題が中心だった。樹里は二位の生徒とは百二十点もの点差を付けての独走状態での一位であり、維月が同学年に居ない事が幸運なのか不運なのか、それは複雑な心境であると語っていた所だったのだ。
 そして、部室に入って来た茜に、維月が声を掛ける。

「矢っ張り、天野さんには勝てそうもないね~。」

 続いて、恵が尋(たず)ねるのだ。

「十四教科の合計が千三百四十八点って、平均で一教科当たり九十六点でしょ。満点の教科、幾つ有ったの?天野さん。」

「いえ、流石に満点は、一教科も取れてませんよ。難しかったです。」

 その茜の応えを受けて、瑠菜がコメントする。

「それ、逆に凄くない?何(ど)の教科も、一、二問しか間違わなかったって事じゃない。天野に勝とうと思ったら、三つか四つ、満点取らないと、もう無理だよね。」

 そして瑠菜に続いて、佳奈が言うのだ。

「維月ンとクラリンも、茜ンとは二十点位しか違わないんだから、凄いよね。もう、三人が一位でも、いいんじゃないかしら?」

 学校側の発表によると、維月とクラウディアの合計得点は千三百二十四点で、二人が同点二位だったのだ。
 そして維月は、クラウディアに向かって笑顔で言うのである。

「まあ、あと一歩だったと言えば、残念だったよね、クラウディア。 わたしは今回ので、貴方(あなた)達と張り合う気は完全に失(う)せたわ~。わたし、去年の前期末よりも、今回のはいい点取ったのに。流石に、これ以上は、もう無理。」

 そんな維月に、クラウディアが言葉を返す。

「わたしは、まだ諦(あきら)めないわよ。必要なら、全教科満点でも狙ってやるわ。」

 そう言ってニヤリと笑う、クラウディアなのである。それを微笑ましく眺(なが)めている茜に、ブリジットが言うのだ。

「あんな事、云ってるよ?茜。」

「いいんじゃない?全教科満点とかってレベルになったら、挑(いど)んでいる相手は、わたしじゃなくて自分自身でしょ。或いは、先生達に、かな? どっちにしても、それなら気の済む迄(まで)やればいいのよ。寧(むし)ろ、応援したい位。」

 そう言って、クスクスと茜は笑うのである。
 そこで「パンパン」と、緒美が手を打ち鳴らし、声を上げるのだ。

「それじゃ、そろそろ部活、始めましょうか。天野さん、ボードレールさん、着替えて来て。今日も引き続き、空中戦シミュレーションやるわよ。」

「はい、部長。 行きましょ、ブリジット。」

「了~解。」

 鞄を部室の定位置に置いた茜とブリジットは、インナー・スーツへ着替える為、部室の奥、南側のドアから二階廊下へと出て更衣室へと向かうのだ。他のメンバーも格納庫フロアへ降りる為に、茜達とは反対側のドアから二階通路へと出て行く。
 そんな様子を見ていた立花先生が、染(し)み染(じ)みと緒美に言うのである。

「平和っていいわね~。」

 それはクラウディアの茜とブリジットに対する態度が、最初の頃に比べて随分(ずいぶん)とマイルドになった事に対する、立花先生の素直な所感だった。それに加えて、四日前の試験飛行で結局、戦闘に参加してしまった事に関して、防衛軍から兎や角言われていない事も、立花先生の『平和感』に含まれていた。
 その辺りの心情を理解していた緒美だったが、敢えて呆(あき)れた様に言葉を返したのだ。

「何、云ってるんですか、先生。」

 そして、緒美はくすりと笑うのだった。
 この日もこうして、兵器開発部は何時(いつ)も通りに、活動を続けたのである。


 翌日、2072年10月8日は土曜日で、兵器開発部のメンバー達は特課の生徒なので、午前中は授業である。従って部活は午後からと言う事なのだが、前日の夜に本社の開発から AMF のロボット・アーム使用に対応したバージョンのシミュレーター・ソフトが届いており、この日はそのセットアップから作業が始められた。
 そして夕方には茜によるシミュレーションの実行が開始され、エイリアン・ドローンとの接近戦を想定した AMF の動作制御データの集積を始めたのである。
 それは、翌日と翌々日も同様に継続されたのだ。土曜日の夜から、翌日、日曜日の昼過ぎ迄(まで)は、LMF の時と同様に Ruby の自律制御での無人シミュレーションを連続実行し、日曜日の午後から夕方までが茜に因る有人シミュレーションである。そして再(ふたた)び、夜間に無人シミュレーションを実施し、祝日で学校は休日である10月10日、月曜日も茜達は午後から夕方まで部活動を行ったのである。


 2072年10月11日、火曜日。この日は平日なので、生徒達は朝から通常通り、授業である。
 一方で第三格納庫では、予定されていた HDG-C01 の搬入作業が行われていたのだった。
 例によって、試作工場からは畑中達が陸路を移動して早朝には学校に到着しており、午前十時頃に飛行に因る自力移動で到着した HDG-C01 とその飛行ユニットを受領する、と言う手筈(てはず)である。
 HDG-C01 の到着時刻は学校での授業時間中に設定され、無関係の生徒の目には触れない様に配慮されたのであるが、元々、理事長が移動に使用する社有機が日常的に発着しているので、殆(ほとん)どの生徒は学校の滑走路方面から航空機のエンジン音が聞こえて来ても、特に関心を持つ事は無かったのだ。『そう言う物』に興味を持っているのは飛行機部に所属している生徒位なのだが、彼等、彼女等は間接的に事情を知っているし、秘密保持の意味や必要性も理解していた。
 興味の無い者(もの)が、滑走路へと降下して行く『見慣れない飛行機』を教室の窓から遠目に目撃した所で、それは大した話題にはなり得なかったし、学校の敷地では南端である滑走路まで興味も無いのに態態(わざわざ)見物に行く物好きな生徒は居ないのだ。仮に授業が終わってから滑走路の方まで出向いたとしても、機体は早早(そうそう)に格納庫へと引き込まれるので、矢張り無駄なのだった。そして、格納庫の中に入る事が出来るのは、兵器開発部と飛行機部に所属している生徒に限られているのである。
 さて、畑中達が態態(わざわざ)陸路で移動して来たのは、勿論、工具等を持って来る都合も有るのだが、今回の場合は HDG-C01 用のメンテナンス・リグの運搬が一番の目的なのだった。合わせて、C号機搭乗用のステップラダーや、メンテナンス用のパーツや備品等、それなりに搬入する可(べ)き荷物は多いのだ。
 兵器開発部のメンバー達は、昼休みの昼食後に第三格納庫へ搬入の様子を見に行ったのだが、午後からの授業も有るので、滞在時間は十分程度で格納庫から引き上げざるを得なかったのだった。
 茜達が授業を受けている間、第三格納庫では畑中達が HDG-C01 と、その飛行ユニットの、現地でのセットアップや点検を実施していた。そして今回は、本社の開発部からソフト担当として、日比野に加えて安藤も出張して来ていたのだった。
 安藤は、HDG-C01 に搭載されている AI、『Sapphire(サファイア)』の稼働状態を確認するのが今回の目的である。

 学校側で七時限目が終わり、十六時を過ぎると、兵器開発部のメンバー達が続々と第三格納庫へと、やって来るのである。
 一番乗りは矢張り緒美達、三年生組であり、これは殆(ほとん)どの場合、授業が終わると緒美と恵が問答無用で第三格納庫へ直行するからだ。恵は時折、クラスメイトに呼び止められる事が有るのだが、その場合、緒美だけが一足先に第三格納庫へと向かうのである。その恵が呼び止められた用事が、実は緒美に対する用事だったりする事も有るが、緒美の窓口が恵であると言う少々奇妙な状況も、恵には既に慣れたものなのだった。

 茜とブリジットが第三格納庫に到着したのは二年生達とほぼ同時刻で、クラウディアと維月の二人は、まだ来ていない様子だった。彼女達は鞄を部室に置くと、それぞれに格納庫フロアへと降りて行った。
 そして、一番に目に入って来るのが巨大なC号機なのである。
 深い緑色を基本に塗装されたその機体は、A号機やB号機の倍程の身長を有している事からも解る様に、根本的にA号機やB号機の HDG とは仕様が異なるのだ。

「想像以上に大きいよね、実物を見ると。」

 そんな第一声を発したのは、瑠菜である。

「おう、来たな。」

 そう言って畑中が、笑って声を掛けて来るので、茜が言葉を返すのだ。

「ご苦労様です。畑中先輩も、毎週の様に出張、大変ですよね。」

「まあ、仕事だからね、出張手当も付くし。それに学校(ここ)なら『勝手知ったる、何とやら』だからね、気楽なもんさ。」

 笑顔で畑中が応えると、ブリジットが言うのだ。

「でも、こんな調子が続く様じゃ、確かに結婚所じゃ無いですよね~。」

 そのコメントには、瑠菜が反応するのだ。

「あはは、それでも、倉森先輩も一緒に来てるんだから、実質、同じじゃない?」

「いいから、キミ達はそんな心配、しなくても!」

 間髪を入れず、畑中が声を上げるのだった。
 そんな具合で彼女達は先に来ていた緒美達や立花先生と合流し、C号機の前へと進むのだ。そこへ、インナー・スーツに着替えたクラウディアが、維月と一緒に階段を降りて来るのである。クラウディアと維月は茜達よりも先に来ていて、着替えをしていたのだった。
 クラウディアのインナー・スーツは、彼女が正式に入部して直ぐに体型を測定して、七月頃には製作されていたのである。
 階段を降りて、C号機の方へと進んで来るクラウディアの姿を見付けて、安藤が声を上げる。

「お、ドライバーが来たわね。」

「お待たせしました。」

 クラウディアが声を返すと、C号機の前に居た一同がドライバーであるクラウディアの為に道を空けるのだ。クラウディアはそのスペースを通過して、C号機の正面へと進む。
 そして、待ち受けていた様に安藤が、C号機に声を掛けるのだ。

「Sapphire、貴方(あなた)の相棒(パートナー)になるクラウディアさんよ、ご挨拶なさい。」

 すると、Ruby とは違う女性の合成音声が格納庫内に響く。

「こんにちは、クラウディア。Sapphire です、宜しくお願いします。」

 その合成音声は Ruby に比べれば発音が機械的で、情感の欠片(かけら)も感じられなかったのだ。
 クラウディアは微笑んで、言葉を返す。

「宜しく、Sapphire。」

 すると、直美が安藤に、感じた儘(まま)のコメントをぶつけるのだ。

Ruby とは随分(ずいぶん)、印象が違いますね。機械っぽいって言うか、可愛気(かわいげ)が無いって言うか。」

 安藤は少し笑って、応える。

「まあ、そうかもね。Sapphire は Ruby の妹みたいなものだけど、『疑似人格』の味付けは極薄なのよ。何方(どちら)かと言うとA号機やB号機の AI に、会話機能を追加した様な仕様だから。Sapphire の『疑似人格』は会話が出来る、最低限の活動レベルに絞ってあるのよね。」

 その解説に、樹里が付け加える。

「C号機は電子戦の方で、大きな負荷を処理しないといけないですしね。」

「うん。それに『疑似人格』の活動レベルを上げるには、もっと大きなライブラリ用のストレージや、冷却システムを乗せないといけないし。流石に、このC号機のフレーム・サイズでも、それは無理なんだわ。」

 安藤のコメントに、今度は維月が言うのである。

「そりゃ、Ruby のユニットがドラム缶サイズなんだから。HDG にアレが乗せられる訳(わけ)が無いですよ。」

「ま、そう言う事よ、維月ちゃん。」

 安藤は、そう答えて微笑むのだ。すると、クラウディアが安藤に向かって言うのである。

「でも、安藤さん。一緒に仕事をするのなら、わたしは Sapphire 位の方が好きですよ。」

「そう言って貰えると、助かるわ、クラウディアさん。」

 すると、Ruby がクラウディアに尋(たず)ねるのだ。

「クラウディアは、わたしと仕事をするのは好きではないのですか?」

 少し笑って、クラウディアは即答する。

「ほら、そんな子供みたいな事を云うから、Ruby(あなた)は面倒臭(めんどうくさ)いのよ。」

「成る程。これは一本、取られました。」

 クラウディアに対する Ruby の返しを聞いて、直美が思わず声を上げるのだ。

「誰だよ、Ruby に変な言い回しを覚えさせたの。」

 すると日比野と安藤が声を上げて笑い出し、そして安藤が言うのだ。

「いいんじゃない? いや~ Ruby、貴方(あなた)、本当に成長したわ。ねえ、日比野さん。」

「はい。このレベルで楽しく会話出来る AI なんて、ホントに貴重ですよね。」

「お褒め頂いて嬉しいです、江利佳、杏華(キョウカ)。」

 Ruby が二人に謝辞を伝えると、それ迄(まで)、黙って成り行きを見ていた緒美が口を開くのだった。

「盛り上がっている所で、申し訳無いのですけど。そろそろ、C号機のテストを始めたいんですが、宜しいでしょうか?安藤さん。」

 そして、緒美は笑顔を見せるのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第15話.15)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-15 ****


 AMF と HDG から解放された茜はブリジットと共に、B号機の飛行ユニットからレールガンが取り外される作業を眺(なが)めていた。二人は共に、必要が有れば、作業を手伝おうかと思っていたのだが、畑中と大塚の手際(てぎわ)は流石であり、彼女達が手を出す隙(すき)は無かったのである。
 その取り外し作業も可成り進行した頃、格納庫南側の大扉の方から中へと入って来た飯田部長や緒美達の一団を見付けると、畑中が其方(そちら)へ向かって声を掛けるのだ。

「おーい、日比野さーん。ちょっと、いいでしょうか。」

 畑中は、取り外したレールガンを大塚と二人掛かりで木枠の台座に降ろした所だったので、あとの作業を大塚や倉森達に任せて、日比野の方へと歩を進める。

「あ、はい。何でしょうか?」

 日比野の方も、駆け足で畑中の方へと向かった。

「レールガン、持ち帰りですか?」

 日比野は、作業の様子を見て、そう畑中に尋(たず)ねたのだ。

「ええ、はい。それで、ですね。ジャムの原因解析をやりたいので、B号機のログ、エラー発生前の三分間程、頂きたいんですが。姿勢三軸の角度、速度、加速度…取り敢えず、記録に残ってる数字は全種。」

「ああ、はい。分かりました。急ぎます?」

「あ、いえ。どうせ試作工場へ戻ってからじゃないと、解析には掛かれないので。明日中にでも、試作工場のアドレスへ送って頂ければ。」

「了解しました。」

「それじゃ、お願いします。」

 そう言って日比野と別れた畑中は、早足で大塚の元へと戻り、指示を伝えるのだ。

「大塚さんと新田さん、引き続きレールガンの梱包、お願いします。倉森君は、学校(ここ)の機体に取り付けた記録機材、引き取りに行くから付いて来て。もう、藤元さん達が、外して呉れてる筈(はず)だから。」

 それから間も無く、畑中と倉森はそれぞれが手押しの台車を押して、南側の大扉を出て第二格納庫へと向かったのだった。
 そんな様子を見ていた茜は、隣に立つブリジットに言うのだ。

「畑中先輩達も、忙しいよね。」

「ホント。」

 茜の漏らす所感に、徒(ただ)、苦笑いで同意するブリジットだった。
 そこへ緒美達、三年生組がやって来て、茜達へ声を掛けるのである。

「天野さん、ボードレールさん、お疲れ様。」

「あれ、レールガン、外しちゃったの?」

 状況を知らない直美が、ブリジットに見た儘(まま)を尋(たず)ねる。

「はい。試作工場へ持ち帰って、トラブルの原因を解析するんだそうです。」

 ブリジットの答えに、恵が所感を述べるのだ。

「あらら、結構な大事(おおごと)になってるのね。」

 今度は金子が、茜に問い掛ける。

「畑中先輩、台車押して出て行ったけど。 何か有ったの?」

「ああ、いえ。学校の機体に取り付けた、記録器材の回収だそうですよ。」

 武東が、苦笑いして言うのだった。

「そう言えば、そんな予定だったけど。今日中に器材や工具、全部片付けて、明日の朝には試作工場へ発(た)つんでしょ? 大変よね、試作部の人達も。」

「飯田部長や日比野さんとか、本社の人達は、今日の二十一時離陸だって言ってたよね。理事長も。」

 そう金子が言うので、緒美が指示を出すのだ。

「それじゃ、飯田部長が帰っちゃう前に、打ち合わせ、やっておきましょうか。取り敢えず、天野さん、ボードレールさん、着替えて来て。二人の着替えが済んだら、打ち合わせ、始めましょう。」

「分かりました。じゃ、行こうか、ブリジット。」

「そうね、茜。」

 茜とブリジットは、並んで二階通路へと上がる階段へと向かって歩き出す。
 そんな姿を暫(しばら)く見送った金子が、緒美に向かって言うのだ。

「あんな事に巻き込まれても、あの二人は何時(いつ)も通りね。」

 その言葉に対して、少しも表情を変える事無く、緒美は言葉を返す。

「今日のは、今迄(いままで)のに比べたら、接近戦をしないで済んだだけ、優(まし)だと思うわ。」

「まあ、それでも、ブリジットは良く付き合ってると思うよ、天野に、さ。ブリジットは兵器とか軍事とか、そう言うのに特別明るい訳(わけ)じゃないのに。」

 緒美に続いて、直美が真面目な顔でコメントすると、恵も言うのだ。

ボードレールさんはね、天野さんになら、どこ迄(まで)でも付いて行っちゃうんじゃない? 天野さんは天野さんで、ボードレールさんが付き合って呉れてるのは、きっと心強いんだとは思うけど。」

 そして溜息を一つ吐(つ)き、金子が緒美に言うのである。

「天野さんが、特殊って言うか、特別なのは、ここ暫(しばら)く観察してて納得はしたけどさ。 まあ、何(なん)にしても、あの二人に、あんまり無理させるんじゃないよ、鬼塚。」

「そんな事、貴方(あなた)に言われる迄(まで)もないわ。」

 そう言葉を返して、緒美は力(ちから)無く笑って見せる。同時に、恵も直美も表情を曇らせるのだ。

「ごめん。余計な事を言ったわ。」

 雰囲気を察して、金子は咄嗟(とっさ)に謝罪するのだった。それには、緒美は微笑んで「いいのよ。」と、一言だけを返したのである。
 すると、金子の傍(そば)に立っていた武東が、真顔で言うのだ。

「そんな気にしてるのなら、さっさと手放してしまえばいいのに。」

 その武東の提案を、真っ先に否定したのが金子だった。

「いや、それが出来るなら、疾(と)っくにやってる。 でしょう?鬼塚。」

 緒美は目を伏せて頷(うなず)き、顔を上げてから言った。

「元々は、わたしが個人的に始めた事なのに、今では天野さんとボードレールさんだけじゃなくて、こんなに大勢の人を巻き込んで…責任は感じているのよ。どうしたら責任が取れるかは、良く分からないけど…。」

 そこ迄(まで)、緒美が発言した所で、緒美達の背後から飯田部長が声を掛けるのだ。

「キミが責任を感じる事じゃないさ、鬼塚君。」

 その声に驚いて、緒美や恵が振り向くと、飯田部長と立花先生が立って居るのである。その二人へ少し意地悪そうに、直美が問い掛ける。

「何時(いつ)から聞いてたんです?」

「『二人に無理させるんじゃない』辺りから。」

 微笑んで即答したのは、立花先生である。

「わたしのか~。」

 考え無しに発した言葉を恥じて、武東の肩に掛けた肘に顔を埋(うず)め、金子は声を上げたのだ。勿論、金子が殊更(ことさら)、大袈裟(おおげさ)に反応して見せるのは、半分は照れ隠しであると同時に、その場の空気を軽くする為のサービス精神でもある。武東は自身の左肩に乗せられている金子の頭を、右手で優しく一撫(ひとな)でするのだった。
 そして飯田部長が、緒美に言うのだ。

「会社の業務として行っている以上、この開発計画の責任は最終的に会社の方に有るのは明白だ。個々人が負い切れない様な、大きな責任を保証する為に組織って物が有るんだからね。そして、大きな問題が起きない様に方針を立て、チェックをする事で責任を分散、分担するのが、組織として活動する事の意義だ。だから組織で仕事を回している以上、誰か個人が一人で全ての責任を負う必要なんて無い。 それに、一度(ひとたび)事故が起きてしまえば、本当の意味で責任を取れる人間なんて誰も居ないんだから、正しい責任の取り方は『事故を起こさない』事、それに尽きる。」

 飯田部長に、直美が真面目に尋(たず)ねる。

「では、事故を起こさない為には、どうするのが一番でしょうか?」

「それは、『判断を誤らない』事だね。 勿論、状況の方が人の判断や想定を超えてしまう場合も有り得(う)るが、その時は不可抗力だと観念するしかない。」

 飯田部長の言葉に、恵がポツリと言うのだ。

「不可抗力、ですか。」

「そうだよ。どう頑張っても、人間は神様には、なれないからね。 ま、そう言った危機的な状況に陥(おちい)らない為にも、その前段階で判断を誤らない事が大事(だいじ)だって話さ。」

 そう言うと、飯田部長は「ははは。」と笑うのだ。
 恵は、立花先生に問い掛ける。

「わたし達は、判断を誤らずに、ここ迄(まで)来られたでしょうか?先生。」

「さあ、どうかしらね? 今の所は、間違っていないって信じてるけど。残念な事に、判断が正しかったかどうか、は、最後になってみないと分からないのよね。」

 立花先生の回答を聞いて、直美が嘆(なげ)く様に言った。

「それじゃ、判断する時点では間違いかどうか、分からないじゃないですか。」

 ニヤリと笑って、飯田部長は応える。

「そりゃ、そうさ。出来るのは、正しいと信じて判断する事だけでね。重要なのは、理性的に熟考したとしても、直感を信じたとしても、その判断を正しいと信じられるか、あとで悔(く)やまない判断が出来るか、そう言う事だよ。」

「最終的には精神論ですか?『努力と根性』みたいな。」

 金子が茶化す様に、そう言うので、飯田部長は笑顔で反論する。

「それはちょっと違うな。必要なのは『知恵と勇気』だよ。 まあ、『努力と根性』も、否定はしないけどね。」

 その飯田部長の発言に、その場に居た三年生達は黙り込んでしまうのだった。
 数秒経ったのかどうかと言う頃、緒美は着替えを終えた茜とブリジットが、インナー・スーツの更衣室から二階通路へと出て来たのに気付く。茜とブリジットの方も、緒美の視線に気が付き、二人は小さく頭を下げるのだ。

「では、飯田部長、立花先生、天野さん達の着替えが終わったみたいなので、デブリーフィングを始めたいと思いますが。」

 緒美は、二人に打ち合わせの開始を提案するのだ。因(ちな)みに、『デブリーフィング』とは事後の報告や打ち合わせの事で、対として事前に行われる指示の伝達や打ち合わせは『ブリーフィング』と謂(い)われる。

「分かった。二階に行けば、いいね?」

「はい、お願いします。」

 飯田部長と立花先生が二階通路へと上がる階段へ向かうと、緒美は少し離れたデバッグ用コンソールの所に居る、樹里達に呼び掛けるのだ。

「城ノ内さん、日比野先輩、打ち合わせを始めたいと思いますので。」

「はーい、今、行きまーす。」

 緒美の呼び掛けには、代表して樹里が声を返して来るのだった。
 そして階段へと向かおうとする緒美に、直美が声を掛ける。

「それじゃ、わたし達は格納庫(ここ)の終了作業、進めてるから。」

「うん、お願い。 あ、畑中先輩と実松課長に、打ち合わせを始めるって声を掛けておいて。」

 その緒美の依頼には、恵の方が応えるのだった。

「分かったわ~任せて。」

「それじゃ、現場の方はお願いね。」

 そう言い残した緒美は、先程、呼び掛けた樹里と日比野と合流し、階段を上(のぼ)って行ったのである。

 斯(か)くして、この日に予定されていた飛行試験は、全てが無事に終了したのだ。
 今回搬入された AMF は、概(おおむ)ね企図した通りに機能し、その能力も仕様に沿ったものである事が確認されたのは、この日に記録されたデータの解析が終了した、数日後の事である。AMF 搭載のレーザー砲と、HDG-B01 に装備されたレールガン、それらに因るエイリアン・ドローンの撃墜記録は、それは予定されていた事ではなかったのだが、当然、マイナス評価となり得る事項ではなかった。
 飛行試験最終日のデブリーフィングに於(お)いては、当面の方針として AMF と HDG-B01 は空中戦シミュレーションを継続して空中機動の機体制御を、各機に搭載されている AI に学習させる事で合意がされたのだった。それは勿論、天神ヶ﨑高校の生徒達が、事故や戦闘に巻き込まれる危険(リスク)を回避する為の方策ではあったのだが、その一方で、本社側が本当に欲していたのが空中戦機動や空中射撃を学習した AI や、その経験データの方であると言う都合からでもあるのだ。
 その本社の意図に、この時期の緒美は既に薄々は感付いてはいたのだが、茜とブリジットの二人を無闇に戦闘に参加させない為には、シミュレーションを積極的に活用していく方針が妥当な案だと納得はしていた。それに、間接的にであれ HDG の開発が本社側に必要とされ、何らかの役に立つのならば、それは意義の有る事なのだと理解していたのである。
 それだけに、この日から一週間後に搬入が予定されている、クラウディアが扱う予定であるC号機の、その真の能力確認を何(ど)の様に実施する可(べ)きなのか、その事は緒美を大いに悩ませてたのだが、それに就いてのお話は、又、次回なのである。

 

- 第15話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.14)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-14 ****


 それから一時間程の後、その日の飛行試験に参加した全機は、無事に天神ヶ﨑高校の飛行場へと帰投したのである。
 着陸は、茜の AMF、ブリジットの HDG-B01、そして最後が天野重工の社有機の順で、最後に社有機が着陸した時には、時刻は十七時になっていたのだ。
 着陸に滑走路を必要としない HDG-B01 は、直接、駐機場(エプロン)へと降りるので、滑走路から誘導路を通って格納庫へと向かう AMF よりも、先に第三格納庫へと入ったのだった。
 ブリジットは先(ま)ず、飛行ユニット用のメンテナンス・リグへと向かい、そこで飛行ユニットとの接続を解除し、続いてB号機用のメンテナンス・リグに向かう。
 ブリジットが HDG-B01 をメンテナンス・リグに接続し、瑠菜と佳奈がリグを操作してブリジットと HDG との接続を解除していると、隣の飛行ユニットのリグの操作を畑中が始めるのだ。目的は、例のレールガンに起きたトラブルの調査である。

「おーい、畑中君。ジャムを解除する前に、画像、残しておいて呉よ。」

 飛行ユニットをフロア・レベルまで降ろして、飛行ユニット背部のレールガンに手を伸ばそうとしている畑中へ、歩いて来る実松課長が声を掛けるのだ。

「承知してますよー、実松課長。」

 畑中は首から提(さ)げている、試作部備品の小型カメラで、角度を変えては何枚かの画像を記録し、一方で大塚がメンテナンス用のカバーを外していく。そんな折(おり)、畑中が声を上げるのだ。

「あー、何(なん)でこうなったかな~。」

 その声を聞いて、HDG から解放されたブリジットと瑠菜達は、隣の飛行ユニット用メンテナンス・リグへと向かった。

「どんな感じですかー、畑中先輩。」

 ブリジットが声を掛けると、トラブルの状況画像をカメラに収めた畑中は、「思ったより、酷いよ、こりゃ。」と声を返し、リグから少し離れるのである。

「大塚さん、タブレット貸してください。」

「はい、どうぞ。」

 図面確認用の大判タブレットを、傍(そば)に居た大塚から受け取ると、畑中は小型カメラをタブレットにケーブルで接続し、先刻に収めた画像をタブレットに表示し、画像を選択する。
 そして畑中が実松課長の方へと差し出したタブレットに、その場に居た他の者(もの)も、実松課長の背後へ回って覗(のぞ)き込むのである。

「ああーこりゃ、見事に支(つっか)えてるな。弾体の後側は、どこに填(は)まってるのか、良く解らんが…弾倉(マガジン)のリップが変形してるのかな?」

「それは外してみないと、判りませんが。何(なん)にしても、再装填の操作はしなくて正解でしたね。」

 実松課長に続いて所見を語る畑中に、ブリジットが問い掛ける。

「どうしてです?」

 それには、実松課長が答えるのだ。

「この状態だと、ボルトが後退してもチャンバー手前に有る弾体が排出されない。下手すると、二発目がチャンバーに入ろうとして、更に詰まる。」

 そこへ、AMF がエンジン音を響かせ、第三格納庫の中へと入って来るのだ。AMF は第三格納庫の中央まで進むと、停止して機首ブロックを解放するのだった。
 畑中は、瑠菜と佳奈に声を掛ける。

「瑠菜君、古寺君、悪いけど AMF に地上電源を繋(つな)いでやって呉れ。」

「承知してます、畑中先輩。 行こう、佳奈。」

「は~い。」

 瑠菜と佳奈は、AMF 正面側の壁際へと走ると、地上電源のケーブルを引っ張って、AMF の機体下面へと向かう。AMF の方では、茜の HDG-A01 へ AMF に格納されていたスラスター・ユニットが再接続され、格納庫の床面へと HDG が降ろされつつあった。そして、地上電源が AMF に接続されると間も無く、二基のメイン・エンジンが相次いで停止され、格納庫内は静けさを取り戻すのである。
 それを待って、HDG-B01 の飛行ユニット側では、畑中が実松課長に相談を持ち掛けるのだ。

「これ、この儘(まま)持ち帰って、試作工場で詳細に調査した方が良くありませんかね?実松課長。」

「そうだな~調査したら、データ、開発部(こっち)にも送って呉れるかい? 設計の方でも、揉(も)んでみるよ。」

「助かります。ああ、持って帰るとなると…大塚さん、帰りのクルマ、これ、積み込むスペース、有りましたっけ?」

「大丈夫でしょう?そもそも、こいつの梱包材を積んで帰る予定でしたから。 梱包材、念の為に、こっちに残しておいて正解でしたね。」

 そこまで様子を窺(うかが)っていた倉森が、畑中に声を掛ける。

「でも、先輩。持って帰るなら、課長に一言、断っておいた方が良くありません?」

「あーそうだよなぁ。予定外だもんなー。」

 畑中が渋い顔をしていると、実松課長が微笑んで言うのだった。

「それじゃ、宮村課長には、わたしから事情を話しておくよ。今、まだ五時過ぎだ、オフィスに居るだろう。」

 実松課長は作業着の上着の懐(ふところ)から携帯端末を取り出すと、通話要請を送り乍(なが)ら、その場を離れて行く。その背中に、畑中は「ああ、すいません。助かります、実松課長。」と、声を掛けたのだ。
 それには、実松課長は振り向かず、左手を挙げて見せるのだった。

「よーし、それじゃ、レールガンを飛行ユニットから外すぞー。あ、倉森君と新田さん、倉庫に仮置きしてある、コイツの輸送用の木枠とか梱包材、出して来て呉れるかな。」

「分かりました。行きましょう、朋美さん。」

「了~解。」

 試作部からの出張組は二手に別れ、畑中と大塚はレールガンの取り外し作業を開始し、倉森と新田は格納庫東側、部室階下の倉庫へ仮置きしていた梱包材を取りに向かったのである。


 その頃、第三格納庫の外では、最後に着陸した社有機が駐機場(エプロン)に到着し、乗員達が降機していた。
 飯田部長、加納、日比野、樹里、緒美の順で機体から降りて行き、客室側の全員が降りたのを副操縦士の榎本が確認すると、社有機は再び動き出し、第二格納庫の前へと向かったのだ。
 第三格納庫の前で社有機の乗員達を出迎えたのは、天野理事長、立花先生、恵、そして先に帰投していた直美と金子、そして武東と言った面々である。

「いやあ、大変だったね。ご苦労さん。」

 真っ先に天野理事長から、そう声を掛けられ、飯田部長は「お出迎え、恐縮です。」と応えたのだが、他の四名は何と無く一礼をするのだった。
 続いて声を上げたのは、加納だった。

「取り敢えず、わたしはこれで『御役御免』ですので、秘書課の業務に戻ります、理事長。」

「そうか、もういいのかね?」

「はい。この件に関しては、もう、わたしの出る幕は無いでしょう。ですよね、飯田部長。」

 そう笑顔で確認する加納に、飯田部長も笑顔で応じるのだ。

「いや、御協力には感謝してますよ、加納さん。」

「又、必要が有れば、声を掛けて頂ければ。その折(おり)には、業務の方、調整致しますので。」

「はい。その時は宜しく。」

「では、理事長。ちょっと着替えて参ります。」

 加納が天野理事長に一礼して、そう言うと、天野理事長が言葉を返すのだ。

「ああ、試験飛行が予定より一時間延びたから、今日、このあとのフライトも一時間遅らせようか、加納君。それ迄(まで)、一休みするといい。」

「では、二十一時離陸、と言う事で。飯田部長も、それで宜しいですか?」

「わたしは、今日中に本社へ戻れるなら、何時(いつ)でも大丈夫ですよ。」

「では、それで準備を致しますので。」

 もう一度、天野理事長に一礼をして、加納は第二格納庫へと向かった。
 二十一時離陸のフライトとは、本社から出張で来ている飯田部長、実松課長、蒲田、日比野の四名と、天野理事長を本社へと送って行くフライトの事である。つまり天野『会長』は、明日は本社で執務、と言う事で、彼が移動するのだから社有機の機長は加納が務めるのだ。因(ちな)みに副操縦士は、昼間の試験飛行でも副操縦士を務めた榎本が担当し、使用する機体は昼間の随伴機に使用した機体ではなく、客室内が通常配置の予備機の方である。試験の随伴機を務めた機体は、試験用機材解除の為、後日、試作工場へ移動する予定なのだ。

「鬼塚君達も、大変だったね。ご苦労様。」

 理事長達が遣り取りする様子を窺(うかが)っていた緒美達三名にも、天野理事長が声を掛ける。すると、立花先生が飯田部長に尋(たず)ねるのだ。

「所で、流石に今回の件で、防衛軍から『お問い合わせ』が本社へ行く事は無いですよね?」

 立花先生が言う『お問い合わせ』とは、要するに『苦情(クレーム)』の事である。
 それには、飯田部長は笑って答えた。

「ハハハ、今回は流石に無いだろう。何(なに)せ、防衛軍(あちら)からの『御依頼』だからね。」

「まあ、上の方(ほう)とは、話は事前に付けて有るしな。心配無いよ、立花先生。」

 天野理事長も、余裕の笑顔である。
 一方で、少し不安気(げ)な顔で、緒美が言うのだ。

「しかし、余計な成果を出してしまったので、変に当てにされたりしないか、わたしは少し心配です。」

「邪険にされるにせよ、頼りにされるにせよ、この間みたいな面倒事(めんどうごと)に巻き込まれるのは、遠慮したいものですよね、部長。」

 緒美の傍(そば)に移動していた、恵も苦笑いで緒美に話し掛けるのだった。
 それに対しては、真面目な顔で飯田部長がコメントする。

「試作機が偶然、一度くらい結果を出したからってね。それ程、単純な組織じゃないだろう、流石に防衛軍だって。まあ、その辺りのマネジメントは、本社の方でキッチリやっておくから。心配はしなくていいよ、鬼塚君。」

「宜しくお願いします。」

 緒美の表情は、極めて真面目な儘(まま)である。

「まあ、ここで立ち話を続けるのも何(なん)だ。中へ入ろう。」

 話題を変える可(べ)くなのか、天野理事長は第三格納庫へと歩き出す。一同が、それに続いて歩き出すのだが、歩き乍(なが)ら、立花先生が飯田部長に尋(たず)ねるのだ。

「そう言えば、飯田部長。防衛軍の上と話が付いているって、いつの間にそんな話を?」

 その立花先生の質問に答えたのは、天野理事長である。

「ああ、つい先日、一昨日(いっさくじつ)の事だな。予(かね)てから大臣に面会の申し込みをしていたんだが、先日、急にアポが取れてね。飯田君と行って来たんだが、その時、彼方(あちら)側には、桜井一佐も居たかな。」

 天野理事長の発言に、緒美が問い掛ける。

「大臣って、伊藤防衛大臣、ですか?」

 それに答えたのは、飯田部長である。

「そうだよ。この間みたいなゴタゴタが今後起きないよう、防衛省と防衛軍の方に HDG の試験運用に就いて、配慮が頂けるように依頼しておいた。 今後予定している試作装備の試験には、空防の協力が欠かせないしね。」

「それって、HDG が防衛軍に採用される、目処(めど)が立ったって事なんでしょうか?飯田部長。」

 唐突に直美が、そう尋(たず)ねた。だが、飯田部長は、それを笑って否定する。

「ははは、そう言う話じゃないよ。防衛軍は HDG その物に、今の所、興味は無いし、うちも HDG を売り込む積もりは、今は無い。」

「そんなので、良く防衛軍の協力が得られますよね?」

 今度は金子が、素直な疑問を口にするのだ。透(す)かさず飯田部長が、それに答える。

「そりゃ先先(さきざき)、双方に利益(メリット)が有るからさ。」

「そのメリットって言うのが何か、は、教えて貰えないんですよね?」

 そう言葉を返すのは、金子の傍(かたわ)らを歩く武東である。

「そりゃそうさ、それこそ『企業秘密』や『国家機密』だからね。キミ達には悪いけど。」

 飯田部長の回答を受けて、恵は立花先生に尋(たず)ねるのだ。

「先生は、御存知(ごぞんじ)ないんですよね?」

「御存知(ごぞんじ)ないわよ、わたしなんて下っ端ですからね~。」

 苦笑いで立花先生が答えるので、直美は空を仰(あお)いで、態(わざ)と少し大きな声を出すのだった。

「何(なん)て言うか、世知辛いよな~。」

「ま、世の中ってのは、こんなものよ、直美ちゃん。」

 「ふん」と鼻を鳴らしたあとで、立花先生は達観したかの様に直美に言ったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.13)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-13 ****


 茜は AMF に装備された前方監視カメラの最大望遠で、エイリアン・ドローン編隊の様子を監視してる。V字型編隊を組み直したエイリアン・ドローン編隊は、高度は下がったものの元のコースを直進しているのだ。
 間も無く、それは画面上での機影は小さいのだが、V字型編隊の先頭を飛ぶエイリアン・ドローンが、斜め前方から飛来した弾体の直撃を受けて弾(はじ)ける様に横転する様子が、AMF の前方監視カメラに因って捉えられていた。そして破片を撒き散らし乍(なが)ら、直撃を受けたエイリアン・ドローンは画面の下へと消えて行く。
 その他の機体は先程と同様に、先頭の機体が被弾するのとほぼ同時に、上下左右へと編隊を解いて散らばって行ったのである。

「レールガン弾体の命中を確認。HDG01、射撃を開始します。」

 茜は、そう宣言すると Ruby に指示を出した。

Ruby、手近な目標からロックオン。レーザー砲で、連続射撃するわよ。」

「分かりました。射撃管制モード、最短距離の敵機をロックオンします。」

 指示された通り、AMF に対して一番近いエイリアン・ドローンを捕捉した Ruby は、その機体に照準追跡を固定する。茜は射撃管制画面上の十字シンボルへ向かって機体の向きを微調整するが、先程よりも反応がいい事に気が付く。先程の射撃時の経験を元に、Ruby の操縦補正が、より最適化されているのだと、茜は直ぐに気が付いた。そして数秒も掛からず、十字シンボルは射線軸を表す四角シンボルの中央に収まるのだった。

「照射時間五秒、発射!」

 茜の音声コマンドでレーザー砲は発射され、AMF の機内ではレーザー照射中を知らせる「ビー」と言う電子音が、五秒間鳴り響く。正面の射撃管制画面にオーバーラップして表示されている前方監視カメラの最大望遠画像では、画面中央に捉えられているエイリアン・ドローンがレーザー攻撃を受けて煙を引いて落下を始める。

Ruby、次の目標を選択。」

「最短距離の敵機を選択します。」

「ロックオン。」

 茜の指示で照準追跡を固定すると、もう殆(ほとん)ど自動で次の標的をレーザー砲の射線軸へと、Ruby が機体を操縦していく。あとは茜が『発射の指示(キュー)』を出すだけ、となっていた。

「発射!」

 AMF の前方監視カメラが捉えているエイリアン・ドローンの小さな機影が、再(ふたた)びレーザーに焼かれて火を噴くのが見て取れる。勿論、最大望遠でも細部、詳細な様子は解らない。画面上では 13 ~ 18 ピクセル程の、陰の様な、染みの様な機影から、機体の破片であろう 1 ピクセル程度の点が飛び散ったり、細長い煙であろうラインを引いたり、或いは機体と同じか、それ以上の大きさの光点が点滅したり、時には機体が不規則に回転したりするのが、観測されるのである。その様子は、毎回が違った様相を呈するのだった。

Ruby、次の目標を選択。」

「最短距離の敵機を選択します。」

「ロックオン。」

 傍目(はため)からは AMF は殆(ほとん)ど姿勢を変えてない様に見えるが、実際は上下左右に機首を微妙に振って、約百五十キロメートル先を飛び回るエイリアン・ドローンにレーザー砲の射撃軸線を合わせているのだ。

「発射!」

 こうして、三機目の射撃を実施し、無事に目標の撃破を確認した所で、緒美が時間切れを告げるのである。

「HDG01、もういいわ。そろそろ、帰る時間よ。」

 続いて、Ruby が茜に報告する。

「連続発射の影響でしょうか、バレルの温度が、更に 80℃上昇しました。発射用キャパシタが、六つ全て空です。充電に、暫(しばら)く時間が必要です。」

「了解、Ruby。 レーザー砲の連射は三回までって、仕様通りですよね?部長。」

 茜の呼び掛けに、緒美が答える。

「そうね。 防衛軍側に帰投の報告、しておくから。ちょっとの間、皆(みんな)、余計な事、言わないでね。城ノ内さん、お願い。」

 そうして緒美が、樹里に通信設定を依頼すると、そのタイミングで桜井一佐の方(ほう)から呼び掛けて来るのである。

「此方(こちら)、統合作戦指揮管制、桜井です。TGZ01、応答願います。」

 声のトーンが、少し慌てている様子にも聞こえたので、緒美は敢えて平静に声を返すのだ。

「TGZ01、鬼塚です。どうかされましたか?桜井さん。」

「さっきから、エイリアン・ドローンの反応が三機、四機と続けて消失したんだけど、其方(そちら)で何かやったの? 此方(こちら)で、ちょっと騒ぎになってるのよ。」

 思わず緒美と飯田部長が顔を見合わせ、そして緒美はくすりと笑い、飯田部長は小さく失笑したのである。

「え~と、信じて頂かなくても結構ですけど、御依頼の通り此方(こちら)で射撃試験の標的にした結果ですので、御心配無く。」

「七機全部?」

 そう聞き返して来た桜井一佐の声は、笑いを堪(こら)えている様だった。

「はい。何分(なにぶん)、標的までの距離が遠いもので少々不鮮明ですが、画像も残っていますので。後日、飯田部長の方(ほう)から報告書が提出されると思いますが…。」

 そう言い乍(なが)ら、緒美が飯田部長の方へ目を遣ると、苦笑いしつつ飯田部長が頷(うなず)いているのだった。緒美は言葉を続ける。

「…それで、宜しいでしょうか?」

「了解しました。報告書、楽しみにしておりますわ。飯田さん、聞いてらっしゃるのでしょ?」

 桜井一佐に呼び掛けられ、漸(ようや)く飯田部長が声を出す。

「あー、はい、はい。後日、ですね。成(な)る可(べ)く、火急(かきゅう)に提出出来るよう努力致します。」

「お願いします。 あ、一つだけ先に教えて頂けます? レーザーとレールガンの、撃墜数(スコア)の内訳。」

 緒美は、慌てて聞き返すのだ。

「この通信で、話しても大丈夫なんでしょうか?」

 桜井一切の返答は、明快だった。

「大丈夫ですよ。今、この回線の此方(こちら)からの通信先設定は其方(そちら)だけですし、其方(そちら)の通信先設定は此方(こちら)だけでしょ? 今、この管制室に居る者(もの)は、皆(みな)、信用出来る者(もの)ばかりですから、御心配無く。」

 緒美が飯田部長へ視線を送ると、飯田部長は再(ふたた)び頷(うなず)いて見せるのだった。
 それを確認して、緒美は発言する。

「そう言う事でしたら。 七機撃墜の内訳は、レールガンが二機、レーザーが五機です。但し、レールガンは送弾系でメカ的なトラブルが発生したので、その時点で試射を中止しました。」

「そう。分かったわ、ありがとう。何(なん)にしても、助かったわ。 此方(こちら)も漸(ようや)く編成の都合が付いて、さっき迎撃が上がった所なの。えー、現時点で、敵機は引き返す積もりみたいね。間に合えば、残りは此方(こちら)で処分する事になると思うわ。」

「そうですか。此方(こちら)は、そろそろ燃料が心許(こころもと)無いので、ベースへ帰投します。」

「そうね、ご苦労様。帰り道、気を付けてね。」

「ありがとうございます。以上、通信終了します。」

「了解。通信終了。」

 桜井一佐の返事を聞いて、緒美は右手を樹里の左肩へ置いた。それが、統合作戦指揮管制への通信設定解除の合図である。樹里は無言でパネルを操作し、設定を変更した。

「はい、防衛軍管制への通信設定、解除しました。」

「ありがとう、城ノ内さん。」

 続けて緒美は、茜に呼び掛けるのだ。

「HDG01、天野さん。さっき桜井さんが、エイリアン・ドローン編隊が引き返してるって言ってたけど。戦術情報で確認してちょうだい。」

 茜の返事は、直ぐに返って来た。

「はい、HDG01 です。先程からチェックしてますけど、高度を上げ乍(なが)ら、方位(ベクター) 330 へ。元来(もとき)た方向へ、針路を変えてます。」

「そう。 アウト・レンジからの狙撃は、意外と効果が有ったのかもね。 兎も角、全機、帰投するわよ。 沢渡さん、お願いします。」

 緒美が呼び掛けに応じて、操縦席の機長、沢渡が声を上げる。

「了解。針路、方位(ベクター) 183 へ、高度は少し上げて千八百メートルへ、速度(スピード)は 10.0 にセットします。HDG01 及び、HDG02、続いてください。」

「此方(こちら) HDG01、マスターアーム、オフ。レーザー砲を格納して、TGZ01 を追います。」

「HDG02、了解。TGZ01 を追います。」

 そこで飯田部長が、通信に乗っている事を承知で、緒美に尋(たず)ねるのだ。

「しかし、鬼塚君。蓋を開けてみれば、レーザーもレールガンも全弾命中。驚異的な命中率の様に見えるが、どう思う?」

 緒美は一瞬、飯田部長の表情を確認し、そのニヤリと笑っている表情が期待していそうな答えを、敢えて言うのだ。

「当たる様に撃ったから、当たっただけですよ。勿論、HDG 搭載 AI の火器管制が優秀だからこそ、ですが。」

 緒美の見解は彼の期待通りだったのか、飯田部長は大きく頷(うなず)いていた。そして緒美は、発言を続ける。

「海防の艦艇搭載型に比べて、航空機搭載型の方が、そもそも素性がいいとは思いますよ。艦艇搭載だと、どうしても波の不規則な動きが、照準に影響を与えますから。偶然とは言え、今日ぐらい気流が安定していて呉れたら、航空機搭載の方が精度は求め易いと言えます。一方で航空機搭載のデメリットは、艦艇程の電源が得られない事と、それに加えてレールガンの場合は弾体の搭載量が少なくなる事ですね。」

「いやあ、流石の慧眼(けいがん)振りだね。」

 上機嫌そうに飯田部長が言うので、緒美は少し困惑気味に尋(たず)ねるのだ。

「それで飯田部長は、わたしにそんな推察を言わせて、どうされるお積もりですか?」

「いやあ、先程の『大戦果』を見て、何か勘違いをする者(もの)が居たらいけないから、釘を刺して貰おうかと思ってね。防衛軍の連中にも、聞かせてやりたい位だったよ。」

 その飯田部長の答えを聞いて、緒美は溜息を一つ、吐(つ)いたのだ。
 そこに、ブリジットが問い掛けて来る。

「HDG02 ですけど、あのー、今の、お二人のお話は、どう言う意味なんでしょうか? 『勘違い』って言うのは…。」

 ブリジットが言い終わらない内に、茜が口を挟(はさ)む。

「HDG の性能がいいとは言っても、どんな状況で撃っても百発百中じゃない、って事ですよね、部長。」

 茜のコメントを聞いて微笑んだ緒美は、言うのである。

「そうね。要するに、天野さんとボードレールさんが、HDG を上手に使ったから当たった、って話よ。特にボードレールさん、命中させるのはレールガンの方が格段に難しいんだから、当たらない条件で無駄弾を撃たずに、当たる条件の時だけ発射したのは、判断が的確だったわ。」

「あはは、何だ~褒(ほ)めて呉れてるのなら、そんな風(ふう)にストレートに言ってくださいよ~。」

 笑ってブリジットが、そう言うので、緒美も笑顔で言葉を返すのだ。

「そうね、これからは、そう心掛けるわね。」

「いやあ、正直、今日も茜に比べると、イマイチだったなーって、ちょっと、がっかりしてたんですよ。」

 緒美に続いてブリジットが、そんな事を言い出すので、透(す)かさず茜が声を上げる。

「ちょっと、ブリジット、何言ってるのよ?」

「そうだよ、がっかりなのは、こっちだよ!」

 茜に続いて通信から聞こえてきた声は、直美である。金子も、それに続くのだ。

「全(まった)くね、途中で帰されるしさ。帰り道はそっちの邪魔はしたくないから、黙って、黙々と飛んでるだけだもんな。」

「ブリジットは、正面(まとも)に出番が有っただけ優(まし)なんだからね。」

 金子と直美に続けて、そう言われると、流石にブリジットも申し訳無い気がして来るのである。

「それは何だか、申し訳無いです。」

 ブリジットが謝辞を述べると、今度は緒美が言うのだ。

「別に、ボードレールさんが謝る事じゃないでしょう? 金子ちゃん、今、どの辺り?」

「えーと、学校まで、あと十分位。」

「了解。 天野さん、戦術情報、何か変化は無い?」

「あ、はい。学校迄(まで)の空域はクリアーです。因(ちな)みに、撤退中のエイリアン・ドローン編隊ですが、防衛軍の戦闘機が、関東と北海道から追撃に向かってるみたいですね。」

 茜の報告に、緒美が問い返す。

「追い付けそう?防衛軍。」

「どうでしょう? 超音速巡航(スパークルーズ)で、文字通り『飛んで行って』ますけど、目標が防空識別圏を出る迄(まで)にミサイルの射程に入るか、ギリギリの所ですね。」

 そこで飯田部長が、見解を述べるのだった。

「まあ、最終的に撃墜は出来なくてもね。エイリアン・ドローン編隊が引き返して、再度、こっちに来なければ、それでいいのさ。 それよりも問題なのは、防衛軍の防空態勢が、この半年で西向きにシフトし過ぎた事だな。」

 飯田部長に、緒美が尋(たず)ねる。

「そこを衝かれた感じでしょうか? でも、その割には、差し向けてきた機数が、中途半端な気もしますし。まあ、その御陰で、今回、此方(こちら)側は助かりましたけど。」

「全(まった)く、連中の考える事は、良く解らないよ。」

 苦笑いで、そう言う飯田部長に、真面目な顔で緒美は言うのだ。

「寧(むし)ろ、エイリアンの考える事が理解出来るって言う方(ほう)が、どうかしてるとは思いますけどね。」

 その緒美の言葉に対して飯田部長は、唯(ただ)、渋い顔をして見せるのみだったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.12)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-12 ****


 そうして約三十分の飛行の後、茜達は作戦ポイントへと、到達したのだった。
 防衛軍の戦術情報から、茜はエイリアン・ドローンの動向を確認、報告する。

「HDG01 です。エイリアン・ドローン、機数、針路、共に変化無し。現在高度は一万二千メートル。距離は、約百五十キロ、ギリギリ、最大射程です。」

 それを受け、緒美が指示を伝えるのだ。

「オーケー、全機、速度(スピード)を 6.0 迄(まで)、減速。目標と一気に接近しない様に、相対速度を抑(おさ)えるわ。」

 ここで『速度 6.0』とは、分速 6 キロメートルの事で、時速に換算すると時速 360 キロメートルである。
 エイリアン・ドローンは分速 10 キロメートルで飛行しているので、百五十キロメートルの距離は十五分で翔破してしまうのだ。仮に茜達が同じ速度で向かい合って飛んでいると仮定すると相対速度は倍になるので、最接近する迄(まで)の時間は半分、つまり七分三十秒となってしまう。だから、茜達の側が速度を落として、その時間を稼ぐ意図なのだ。
 ここでは茜達が分速 6 キロメートルまで減速するので、相対速度は分速 16 キロメートルとなり、百五十キロメートルの距離から最接近するのに、九分二十二秒が必要となる計算である。実際は、現時点でエイリアン・ドローンと茜達は向かい合って飛んでいる訳(わけ)ではないので、エイリアン・ドローンが現在のコースを進む限り、茜達とは針路が交錯する事は無い筈(はず)なのだが、勿論、エイリアン・ドローンが何時(いつ)、進路を変えて向かって来るのかは誰にも分からないのだ。

「それじゃ、先手はボードレールさんね。レールガンの第一撃が目標に到達してから、天野さんは射撃を開始して。」

 そんな緒美の指示に、ブリジットは問い返すのだった。

「え、どうしてですか?部長。」

「百五十キロも離れてると、レールガンの弾体が目標に到達するのに、一分程度掛かるのよ。レーザーなら一瞬で届くけど。天野さんとボードレールさんとが同時に発射したら、先にレーザー攻撃を受けたエイリアン・ドローン編隊は回避行動を取るでしょ。そうしたら、一分後に到達するレールガンの弾体は絶対に当たらないでしょ。」

「あー、成る程。確かに。こっちの弾(タマ)を当てるには、奇襲しかないって事ですか。」

「まあ、そう言う事ね。ボードレールさんは、目標が一分以上、直線飛行をするのを見込んで発射してね。火器管制装置が目標の未来位置を計算して照準を補正して呉れる筈(はず)だけど、旋回中の目標を狙っても、先(ま)ず百パーセント当たらないから、気を付けてね。」

「HDG02 了解。マスターアーム、オン。発射準備開始します。 弾体を薬室(チャンバー)へ装填。」

 ブリジットに続いて、茜も発射準備を開始する。

「HDG01、マスターアーム、オン。レーザー砲、射撃準備します。」

 そして、緒美が指示を伝える。

「準備が出来たら、其方(そちら)のタイミングで射撃を開始して。此方(こちら)で時間を計って三分経過したら合図するから、その時は一度、針路を反転して、目標との距離を取り直しましょう。」

「HDG01、了解。」

「HDG02、了解。それでは射撃照準、開始します。」

 ブリジットは戦術情報から、V字型編隊で飛行するエイリアン・ドローンの先頭の一機を選択し、射撃管制モードに切り替えて追跡する目標を指定した。

「目標(ターゲット)、ロックオン。」

 正面の視界には目標の位置を示す十字のシンボルが表示されるが、当然、百五十キロメートル彼方(かなた)のエイリアン・ドローンの姿が目視出来る訳(わけ)ではない。それとは別に、発射後の弾道を示す四角のシンボルも表示され、この二つのシンボルが重なる様に操縦すれば、計算上は発射された弾体が目標に命中するのだ。
 照準上の十字シンボルは、単純に目標の現在位置を表示しているのではなく、現時点での発射機側と目標の相対位置関係と相対運動関係を勘案した、目標の未来位置を予測して表示されている。
 四角シンボルは、発射機側と発射後の弾体の軌道を、双方の運動量や重力、空気抵抗などを考慮して計算し、目標の未来位置までの距離で弾体の通過する座標が表示されているのだ。だから例えば、HDG-B01 自体が水平姿勢を保って右へ旋回すれば、四角シンボルは照準画面上で左へと流れて行く、と言った具合になる。
 現時点でエイリアン・ドローン編隊とブリジットと茜とは、一万メートル以上の高度差が有るので、この状態からの攻撃は、ブリジットはレールガンの弾体を下から打ち上げる格好となる。とは言え、距離も十分(じゅうぶん)離れているので、必要な仰角は四度程で、実際にはレールガンの弾体は目標へ向かっての飛翔中に、重力に引かれて幾分かは落下するので、その落下を考慮して仰角を追加しなければならないが、それは火器管制装置が自動的に計算して照準上の四角シンボル表示に反映されるのだ。
 ブリジットは十字シンボルが四角シンボルの、成(な)る可(べ)く中央になるよう機体をコントロールし、HDG-B01 に搭載された AI も、それを補助するのである。そして、照準が定まった瞬間、音声コマンドを発するのだ。

「発射!」

 閃光と共に、レールガンの砲口から弾体が撃ち出されるのだが、勿論、音速の七倍程の速度で飛び出して行く弾体が見える筈(はず)もなく、飛翔中の弾体は戦術情報画面にも映らないので、あとは命中を祈る他ない。
 一方で、茜は AMF に装備されている前方監視カメラの最大望遠で、エイリアン・ドローン編隊の動向を監視している。とは言っても、百五十キロメートル彼方(かなた)のエイリアン・ドローン一機の大きさは、画面上では十三ピクセル程にしか表示されないのだが、それでもV字型編隊で飛行する様子は確認出来たのだ。その編隊は、まだレールガンが発射された事を関知した様子はなく、直線飛行を継続しているのだ。
 茜はその編隊の中の一機、ブリジットが狙った先頭の機体の、向かって右側の機体を視線で選択し、自機による射撃の目標として指定した。

「目標(ターゲット)、ロックオン。」

 そしてその儘(まま)、茜はブリジットがレールガンを発射してからの経過秒数を数える。

「…三十秒…四十秒…五十秒…六十秒…!」

 突然、小さな点の様に表示されていた編隊中央先頭のエイリアン・ドローンが不自然に揺れ、破片が飛び散っているのか、画面上で更に小さな点が後方へ流れる様に映されたのだ。次の瞬間、編隊が解かれてエイリアン・ドローン達はバラバラの方向へと動き出し、先頭だった一機は不規則に回転し乍(なが)ら落下して行く様に見えた。

「レールガン初弾、命中の模様。HDG01、攻撃に入ります。HDG02 は、右へ展開した目標を。」

 茜は、そう通信で伝えると、先にロックオンしておいた機体を追って、照準を合わせる可(べ)く、AMF の姿勢を制御しようと思考制御へ『イメージ』を入力するのだ。Ruby の操縦補助も有って、間も無くレーザー砲の軸線が標的を捉える。

「発射!」

 透(す)かさず茜は、レーザー砲の発射を指示する。AMF 機内ではレーザー照射中を知らせる電子音が「ビー」と鳴っている。レーザー光はレールガンの弾体と違って、一瞬で目標へ到達するのだが、最大望遠で捉えた敵機の画像では、レーザー攻撃が効果を発揮した様には見受けられない。

Ruby、照射時間を五秒に再設定。」

「照射時間を再設定しました。」

「発射!」

 レーザーを照射してしている間、目標を軸線から外さないように AMF の側は機体を制御し続けなければならないのだが、それは Ruby が操縦を補助している事で実現していた。しかしそれは目標との距離が遠いからこそ可能なのであり、その距離が近ければ目標の移動に対して自機側が動かなければならない角度が大きくなるので、その制御を維持し続けるのは目標との距離が縮まるに連(つ)れて次第に困難になるのだ。
 ともあれ、照射時間を増やしてのレーザー攻撃は効果が有った様子で、目標が煙を引いて落下して行くのが、望遠画像での表示は小さい乍(なが)らも確認出来たのだ。
 茜は戦術情報から、最も近いと思われるエイリアン・ドローンの一機を次の目標として選択し、照準の追跡を指定する。

「目標(ターゲット)、ロックオン。」

 ロックオンしたエイリアン・ドローンは四千メートル程、一気に降下して元の飛行コースへ復帰しようと旋回している様子だった。茜は目標を示す十字シンボルを、射線軸を示す四角シンボルへ合わせ込むように姿勢をコントロールしていく。射線軸を示す四角シンボルは、ブリジットの操る HDG-B01 に装備されたレールガンの照準の様に、表示が正面中央から大きく動く事はない。それは、レーザー光が光速で目標に到達するからで、発射機側の運動が弾道には殆(ほとん)ど影響を与えないからである。レーザー光の伝播に影響を与える可能性を有するものとしては、大気の揺らぎと、強力な電磁場が考えられる。原理的には重力もレーザー光の伝播に影響を与え得るが、地球上に存在出来る程度の重力場なら、その影響は無視していいだろう。
 大気の揺らぎは、気圧や温度、湿度などの気象情報で或る程度は補正が可能で、実際、火器管制装置にはその為の補正機能が備わっていた。電磁場に就いては、レーザー光の伝播に影響を与える程の強力な電磁場が、自然現象として地球上で発生する可能性は無いので、これは重力の影響と同様に無視されているのだ。

「発射!」

 茜は照準に目標を捉え、「ビー」と言う電子音を聞き乍(なが)らレーザーの照射を三秒、四秒と続ける。そして最大望遠の画面上で十五ピクセル程に表示されたエイリアン・ドローンが発火し、破片を散らせ乍(なが)らガクンと姿勢を崩すのを確認したのだ。
 そこで、緒美からの通信である。

「三分経過。HDG01、HDG02、反転して随伴機の左右に集合。 沢渡さん、方位(ベクター) 190 へ向けてください。一分間程、南下しましょう。」

「TGZ01、沢渡。了解です、方位(ベクター) 190 へ。」

 沢渡機長の声に続いて、茜とブリジットの声が聞こえて来る。

「HDG01、了解。随伴機の右側へ付きます。マスターアーム、オフ。レーザー砲、格納。」

「HDG02、了解。それじゃ、わたしは左側だね。針路反転します。マスターアーム、オフ。」

「TGZ01、鬼塚より、HDG01。エイリアン・ドローンの様子はどう?状況を教えて。」

 緒美のリクエストに従い、茜は戦術情報から読み取れる、エイリアン・ドローン編隊の動きを報告するのだ。

「取り敢えず、HDG02 の初弾で一機、HDG01 の射撃で二機、合計三機が撃墜。残りは九機ですが、此方(こちら)に向かって来る様子はありませんね。向こうは、飽く迄(まで)も能登半島を目指すみたいです。高度八千メートル程で、元のコースに復帰しつつあります。」

「了解、HDG01。 もう一回位(ぐらい)は仕掛けられそうね。 HDG02、ボードレールさん。」

「はい、HDG02 です。何でしょうか?部長。」

「目標が自由に機動してると、やっぱり難しい?」

「そうですね。B号機の画像センサーだと、最大望遠でも相手が『点』にしか見えませんから、目標の姿勢が判別出来ません。直進が続くのか判断出来ないと、射撃のタイミングが、どうにも掴(つか)めないですね。 茜の方は、向こうの様子が、もう少し大きく見えてるの?」

 ブリジットに問い掛けられ、茜が答える。

「ギリギリ、外形とか姿勢の判別が付く程度だけどね。此方(こちら)で見えてる最大望遠の画像は、随伴機の方でも見えてますよね?部長。」

「そうね、データ・リンクで送られて来てるから。最低でも、AMF の前方監視カメラ程度の能力が無いと、B01 のレールガンで長射程攻撃は、使いようが無いって事よね。」

 その緒美の意見に、ブリジットがコメントを返すのだ。

「そうですね、最大射程だと最初の一回、奇襲なら使えそうですけど、そのあとは、ちょっと無理そうですね。今の五分の一、三十キロ辺りまで接近すれば、B号機のカメラでも最大望遠で、そこそこの大きさに捉えられる筈(はず)ですし、弾体の到達時間も短くなりますから、それなら使い道は有ると思いますけど。」

 ブリジットに続いて、茜が意見を述べる。

「そうね、レールガンは中距離の方が使い勝手がいいでしょうね。逆に、レーザー砲は中距離だと、多分、照射時間が稼げなくなるケースが増えそうですから、中射程では使い難(にく)そうですね。まあ、近付けば長射程の時よりも照射時間が短くても効果が出るのかも知れませんけど。 取り敢えず、現在の距離では五秒程度は照射を続けないと、効果が得られない様子です。」

「流石に、何方(どちら)も一長一短、有るわね。」

 苦笑いで緒美が、そう感想を漏らしていると、社有機の左右に五十メートル程の距離を取って、AMF と HDG-B01 が並ぶのだった。
 そこで、社有機操縦席の沢渡が言うのだ。

「TGZ01、沢渡です。南下開始して一分は経過してますが、どうしますか。」

 緒美はくすりと笑い、指示を伝える。

「TGZ01、鬼塚より全機へ。それでは、三機揃(そろ)ったので、第二撃を実施します。時間的に、これが今日は最後の攻撃になりますから、その積もりで。 三機揃(そろ)って方位(ベクター) 10 まで左旋回したら、先程と同じ様に HDG02 が、先にレールガンを発射。HDG02 はタイミングが掴(つか)めたら第二射をする積もりで、弾体を装填して待機してください。HDG02 の第一射が目標に到達したら、HDG01 が射撃を開始。HDG01 と HDG02 とで一機ずつ処理出来れば、第一撃の三機と合わせて五機ですから、残りは七機になりますが、まあ、それで良しとしましょう。そこで、わたし達は帰投します。天野さん、深追いはしなくていいから、いいわね。」

「HDG01、了解。」

「HDG02、了解。」

「それでは、方位(ベクター) 10 へ、左旋回開始。」

 緒美が指示を出すと、社有機は少し機体を左に傾けて旋回を始める。AMF と HDG-B01 も、社有機に合わせて旋回を開始するのだ。茜とブリジットは旋回し乍(なが)ら、戦術情報を確認してエイリアン・ドローン編隊の様子を確認する。エイリアン・ドローン編隊は再(ふたた)び、V字型編隊を組み直して能登半島へ向かって飛行を続けていた。

「HDG02、マスターアーム、オン。目標(ターゲット)を先頭の一機に設定します。」

 ブリジットは旋回中に、射撃の準備を開始する。弾体は前回の発射後に、再装填済みである。そして旋回が終了すると、直ぐに照準を合わせるのだ。

「目標(ターゲット)、ロックオン。」

 射撃管制画面で十字シンボルを四角シンボルの中央へと合わせ、ブリジットは音声コマンドを発した。

「発射!」

 再び HDG-B01 のレールガンが閃光を放つが、弾体の目標到達には矢張り、一分程度が必要なのだ。
 その一方で、茜はレーザー砲の発射準備を始め、ブリジットは第二射の可能性に備えるのだった。

「第二射、発射準備。 弾体、薬室(チャンバー)へ装填。」

 ブリジットが次弾の装填を音声コマンドで指示するのだが、間も無く、エラーコードが返って来るのだ。

「え、何?…チャンバー閉鎖不良!? えっと、HDG02 よりテスト・ベース、レールガンのエラーで『コード 409、チャンバー閉鎖不良』って出ているんですけど。これは、再装填命令を掛ければ、クリアー出来ますか?畑中先輩。」

 その呼び掛けに、慌てて畑中が声を返して来る。

「ちょっと待って、ちょっと待って、ブリジット君! その儘(まま)、その儘(まま)で帰って来て呉れないかな。多分、ジャムってる…弾体がチャンバーに入り切らずに、ボルトが途中で止まってるんだと思うけど。どんな風(ふう)に引っ掛かってるのか確認したいんだ。」

「え~、でも、この儘(まま)じゃ、次が撃てませんよ。部長~どうしましょうか?」

 ブリジットが緒美に指示を求めると、畑中は緒美に向かって言うのだ。

「頼むよ、鬼塚君。ジャムなんて地上での試験じゃ、二千回連続でやっても発生しなかったんだ。これがもしも、一万回に一回の低頻度トラブルだったら、トラブル解消の貴重な事例(サンプル)になるんだよ。」

 緒美は直ぐに、判断を下す。

「了解です、畑中先輩。 HDG02 は、その儘(まま)で待機して。HDG02 は攻撃への参加を終了。あとは HDG01 に任せて。」

「え~。 HDG02、了解しました。」

 一言、拒否的な反応を示したブリジットだったが、最終的には畑中と緒美の意を汲(く)んで承諾(しょうだく)するのだった。そして続いて、茜が声を上げる。

「HDG01 です。間も無く、レールガンの弾体が目標へ到達します。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.11)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-11 ****


「そうですか。 沢渡さん、この機の燃料は大丈夫でしょうか?」

 社有機の機長である沢渡に問い掛けると、答えは直ぐに返って来た。

「大丈夫ですよ。此方(こちら)は、あと三時間は飛べます。」

「分かりました。」

 もう一度、緒美は大きく息を吐(は)いて、ヘッド・セットのマイクへ向かって言うのだ。

「TGZ01 より、統合作戦指揮管制。桜井一佐、取り敢えず御依頼の件、承(うけたまわ)りました。但し、此方(こちら)の行動をレーダーやデータ・リンクの情報で監視されるのは構いませんが、通信は遮断させて頂きます。此方(こちら)での通話内容に、企業秘密が多分に含まれる事になると思われますので、ご了承ください。必要の有る際は呼び掛けて頂ければ、その都度(つど)、対応はさせて頂きます。宜しいでしょうか?」

 その緒美の要望に対しては、彼女が拍子抜けする程あっさりと、桜井一佐は了承するのだった。

「通信の件、了解しました。防衛軍を代表して、御社の御協力に感謝します。」

「それでは…。」

 緒美が通信を終わろうと声を出した瞬間、茜の声が割り込んで来るのだ。

「あの、すいません。HDG01 ですが、桜井一佐に確認したい事が。」

「何かしら?」

 桜井一佐が返した声は、極めて穏(おだ)やかだった。続いて、茜は尋(たず)ねる。

「迎撃ポイントは日本領空の外になりますが、それは大丈夫なんですよね? その、法的な意味で。」

「ああ、それなら御心配無く。防空識別圏の内側であれば、目標(ターゲット)がエイリアン・ドローンだと確認出来ていれば、撃墜してもいい事になってますから、国際的に。」

 今度はブリジットが、桜井一佐に質問するのだ。

「すいません、HDG02 です。桜井一佐、その、エイリアン・ドローンだって言う確認は、どうやってるんですか?」

「それは軍事機密ですから、民間の方に詳しく説明は出来ませんが。まあ、映像で確認している、とだけ言っておきます。戦術情報で『敵機』認定されているものは、防衛軍側で確認済みの目標(ターゲット)だから、安心して撃ち落としていいですよ。宜しい?」

「分かりました、ありがとうございます。」

 防衛軍の目標確認は、主に空中早期警戒機で位置を特定し、警戒機に搭載された超望遠カメラで画像を取得して、確認と判定を実施しているのだ。空中早期警戒機で画像が取得出来ない距離の場合、別途、偵察機や観測機を飛ばして、兎に角、画像での確認を行っているのである。その位置特定能力や、画像取得能力、目標判定能力や、それら装備の性能に関する具体的な情報は、重要な軍事上の機密情報であるが故(ゆえ)、明確に明かされる事は無い。
 桜井一佐へブリジットが一礼を述べると、緒美が続いて言うのだ。

「それでは、以上で通信を終了して、行動に移ります。」

「はい、宜しく。」

 緒美は桜井一佐の返事を聞いて、前の席に着いている樹里の右肩に、左手を置いた。
 樹里はパネルを操作して、防衛軍の統合作戦指揮管制を通信相手リストから削除する。これで以降の緒美達の通話が、防衛軍側に聞かれる事は無い。

「通信設定、防衛軍の管制を設定から解除しました、部長。」

「ありがとう、城ノ内さん。」

 そして緒美は視線を飯田部長に向け、問い掛ける。

「飯田部長、桜井さんに『詰めて貰って居た』って、部長から依頼を?」

 緒美は、先刻に飯田部長が桜井一佐に言った言葉を、聞き逃してはいなかった。
 少し苦(にが)そうに口元を動かし、飯田部長は答える。

「さっき言った通り、こう言った事態が起きた場合に、彼方(あちら)側でフォローして貰おうと思って、頼んで置いたんだけどね。今回はどうやら、それが裏目に出た様だ。彼方(あちら)側で、何か有ったのかもしれんね。」

「まあ、有ったんでしょうね。」

 そう返した後で緒美は、又一度、大きく息を吐(は)き、窓の外へ視線を移すとヘッド・セットのマイクへ向かって言うのだ。

「それじゃ、行動を始めましょう。取り敢えず、天野さん、ボードレールさん、この儘(まま)飛行を続けて、一度、試射をしておきましょう。本番で機能しなかったら意味が無いから。日比野さん、撮影機の位置は問題無いですか?」

「ええ、AMF も B01 も、画角に入ってる。大丈夫。」

 日比野の回答を受けて、緒美は直美と金子に声を掛ける。

「TGZ01、鬼塚より、TGZ02、及び TGZ03。現在の位置をキープしててね。それで、試射の撮影が終わったら、両機は現空域を離脱して、ベースへ先に帰投してください。」

 すると、間を置かずに、直美が声を返してくるのだ。

「TGZ02 です。わたし達は、もう用済み?」

「嫌な言い方しないでよ、新島ちゃん。」

 少し困り顔で、そう言葉を緒美が返すと、今度は金子の声が聞こえる。

「まあ、わたし達の機は、エイリアン・ドローンに追い掛けられたら、逃げ切れないものね。」

「それは、解ってるけどさー。」

 不満気(げ)な声を返す直美の発言は無視して、緒美は茜達へ指示を出す。

「それじゃ、天野さん、ボードレールさん、発射準備。」

「HDG01、了解。」

「HDG02、了解。」

 二人の返事を聞いて、緒美は日比野に声を掛ける。

「日比野さん、映像の記録、宜しくお願いします。」

「任せてー。」

 AMF の背部ドアが開くと、レーザー砲が上昇し、砲身が露出する。このレーザー砲には旋回する機構は無く、仰角の微調整が出来るだけである。基本的に AMF 本体の姿勢で照準を合わせなければならないので、近距離の目標を射撃する事は、そもそもが考慮されていないのだ。
 HDG-B01 に追加装備されたレールガンは、飛行ユニットの背面に取り付けられているのだが、これは一門のみが機体中心から右へオフセットして取り付けられており、つまり、最大で二門のレールガンが取り付け可能なのだ。レールガンから撃ち出される弾体は、一門に付き二十四発の装填が可能なのだが、今回は十発のみが弾倉に装填されている。

「HDG01、マスターアーム、オン。発射用キャパシタの、電圧確認。照射時間を二秒に設定。」

「HDG02、マスターアーム、オン。弾体を薬室(チャンバー)へ装填します。」

 二人からの報告が、通信から聞こえて来る。緒美は社有機の窓から AMF を眺(なが)め乍(なが)ら、指示を伝える。ブリジットの HDG-B01 は AMF から百メートル程向こう側を飛行しているので、肉眼では可成り見え辛(づら)い。社有機と AMF との間隔も約百メートルである。

「天野さん、ボードレールさん、二人同時に、無照準で発射します。発射準備が出来たら、教えてね。」

 その返事は、直ぐに返って来た。

「HDG01、準備完了。発射の合図を、お願いします。」

「HDG02 も、準備完了。合図を待ちます。」

「TGZ01、了解。記録の準備は、いい?」

 緒美が機内の日比野と樹里に問い掛けると、二人は「はい。」と短く答えるのだ。

「それじゃ、カウントダウン、スタートします。5…4…3…2…1…0、発射。」

 緒美の合図に合わせて、茜とブリジットは「発射!」と、音声コマンドで発射の指示を出すのが、通信から聞こえた。
 ブリジットの HDG-B01 が装備するレールガンは、砲口から火花の様な閃光が発生するのだが、茜の AMF ではレーザー砲には何らの反応も見られない。それは発射の操作を実行した茜自身も同様で、閃光も、爆音も、衝撃も、反動も、振動も、何一つ反応らしい反応が無いのだった。
 レーザーは荷電粒子ビームとは違って、射線上にレーザー光を反射する粒子的な物質が無いと、レーザー光自体は見えないのである。それも、レーザーの波長が可視光範囲である場合の話で、レーザーの波長が赤外線や紫外線、X線等の可視光範囲外だと、レーザー光を反射する粒子状の物質が射線上に存在していても外部から肉眼で観測する事は不可能なのだ。因(ちな)みに、AMF に装備されているレーザー砲は、赤外線レーザーを利用している。

「HDG01 より TGZ01。レーザーの発射は観測されました? 此方(こちら)では、何の反応も無かったので。」

「天野さん、発射時にブザーは鳴らなかった?」

 緒美の問い掛けに、茜は直ぐに答える。

「それは鳴ってましたけど。」

 レーザーの照射中に、それを知らせるブザーが鳴らされる仕様なのは、茜の言う通り、レーザー砲の発射に就いては機内では何も検知が出来ないからである。
 そこで、Ruby が茜に報告する音声が聞こえるのだ。

「バレルの温度は、10℃程、上昇しましたよ、茜。」

「寧(むし)ろ、10℃しか上がらなかったの? Ruby。」

「ハイ。バレルの冷却が、正常に機能しているので。」

「あ、成る程。」

 今度は日比野が、緒美に報告する。

「AMF のレーザー発射は、赤外線カメラの画像で確認出来てます。」

 それを聞いて、緒美は通信で茜に伝える。

「天野さん、日比野さんの方でレーザーの発射は確認出来ているそうよ、赤外線画像で。」

「あ、そうですか。了解です。 では HDG01、マスターアーム、オフにします。バレル、格納。」

 それに続いて、ブリジットも報告して来る。

「HDG02、こちらもマスターアーム、オフにします。」

 間も無く、樹里が両機のステータスを確認し、緒美へ報告する。

「はい。AMF、HDG-B01 両機のマスターアーム・オフを、データ・リンクで確認しました。」

「オーケー、それでは、わたし達は作戦ポイントへ向かいましょう。TGZ02、TGZ03、ここ迄(まで)、ご苦労様でした。ベースへ帰投してください。」

「TGZ02、了解。それじゃ皆(みんな)、気を付けてね。」

「TGZ03、了解。これより帰投します、グッドラック。」

 直美と金子の返事に、緒美も言葉を返すのだ。

「ありがとう、二人も帰り道、気を付けて。」

 続いて、緒美が指示を出す。

「TGZ01 より、HDG01、HDG02。それでは方位(ベクター) 10 へ針路変更。各機の位置(ポジション)は現状を維持で、速度(スピード)を 10.0 へ。天野さん、ボードレールさん、戦術情報で目標の様子に変化が有ったら教えてね。」

「HDG01、了解。」

「HDG02 も了解しました。」

 天野重工の社有機と AMF、HDG-B01 の三機は、それぞれが百メートルの間隔を空けて横並びの儘(まま)、日本海を北上して行くのだった。
 そんな折(おり)、加納が茜とブリジットに呼び掛けるのだ。

「TGZ01、加納より、HDG01、及び HDG02。両機共、燃料の残量を出来るだけ正確に計算して、報告してください。残量が二時間分だとすると、余裕が無さ過ぎです。」

 その通信に、茜が問い返す。

「ここから三十分で作戦ポイント、そこから帰投するのに一時間と見積もれば、作戦ポイントで三十分の余裕が有るんじゃないですか?加納さん。」

「いえ、それだと、ベースに辿り着いた所で燃料不足になる恐れが有ります。ベース上空で三十分程度は燃料が残ってないと安心出来ませんが、そうすると作戦ポイントでの滞空時間がゼロになってしまいます。」

 元々の計画では、テスト空域への進出に三十分、テスト空域での飛行確認に一時間、ベースへの帰投に三十分と言うのが、大凡(おおよそ)の飛行プランで、想定される合計二時間の飛行に対して、安全を見て倍の四時間分の燃料を用意していたのだ。
 この四時間と言うのは、標準状態で飛行を続けて四時間の飛行が出来る、と言う目安である。大気の状態、つまり気温や気圧の条件が変われば、エンジンが同じパワーを得るのに必要な燃料の消費量は変わるし、加速や減速を繰り返したり、飛行経路が向かい風だったり、AMF の様にロボット・アームを展開するなどして空気抵抗の大きな状態であるなど、燃料の消費量が増える要因は幾らでも有るのだった。それ故(ゆえ)に、燃料は計画に対して多目に積み込んであるのだ。しかも、AMF も HDG-B01 も、共に試作機なのである。想定外の原因で燃料を余分に消費してしまう可能性も否定は出来ず、だからこそ計算値に対して倍の燃料を搭載して来たのだ。

「えー、ちょっと待ってください。」

 茜は燃料管理の画面を開き、残燃料の確認を始めるのだ。Ruby の計算に拠れば、実際に消費した燃料は、これはエンジンへの燃料の流量を積算して計測されているのだが、それは、ほぼ飛行計画通りの値だった。つまり、消費した燃料は実際の飛行時間と同じ、一時間半の分量だったのである。
 それを画面で確認した茜は、通信で答える。

「HDG01 です。燃料の残量は二時間半、ですね。」

 続いて、ブリジットの声が聞こえる。

「此方(こちら) HDG02。 此方(こちら)は正確には残量、二時間四十分、です。」

 二人の報告を踏まえ、加納が言うのだった。

「了解、HDG01、HDG02。 そうすると、作戦ポイントでの滞空時間は十分程度が妥当でしょうか。」

「え? 三十分は余裕が有る計算には、ならないんですか?」

 驚いて茜が聞き返すと、冷静な声で加納が答えるのだ。

「いえ、帰途も一時間きっかりで飛べるとは限りません。十分や二十分の余裕は残しておく可(べ)きです。」

 そこに、緒美が発言するのである。

「TGZ01、鬼塚です。加納さんの進言通り、現地滞空時間は十分を限度としましょう。防衛軍からの依頼とは言え、それに長々と付き合って、エイリアン・ドローンとの距離が詰まってしまったら、又、近接格闘戦にもなり兼ねません。そうなったら、本当に帰投する燃料が足りなくなりますから。いいですね、天野さん、ボードレールさん。」

 その緒美の意見には、茜もブリジットも、何の異論も無かったのだ。

「HDG01、了解です。」

「HDG02、了解しました~。」

 そして二人の返事に続いて、緒美は加納に謝意を伝える。

「加納さん、アドバイス、ありがとうございます。助かりました。」

「いいえ、お気遣い無く。これが、わたしの仕事ですので。」

 そう言葉を返す加納の方へ、緒美は視線を向ける。加納は AMF の外部操縦装置用シートに着き、彼の正面に備えられたディスプレイから視線を外す事無く、AMF のモニターを続けていた。

 

- to be continued …-

 

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