第3話・Ruby(ルビィ)・1
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その緒美の様子に、逸早(いちはや)く気が付いたのは恵である。
「どうかしたの?部長。」
「…あぁ…いえ、天野さん。取り敢えず、HDG との接続を解除して。」
緒美は恵の問い掛けを左手で制し、茜に話し掛けるのだが、帰って来た言葉は意外な内容だった。
「それが、出来ないんです。腕の接続、ロックが解除出来ません。これ、思考制御で外れる筈(はず)ですよね?」
樹里の方へ振り返って、緒美は尋ねる。
「天野さんが、腕の接続が解けない、って言ってるんだけど。思考制御以外で外す方法って有ったっけ?」
「えっ?…あぁ、音声コマンドで、『腕部接続固定開放』で解除される筈(はず)ですが。」
「ありがとう…天野さん?音声コマンドを試してみて。『腕部接続固定開放』、言ってみて。」
「はい、やってみます。『腕部接続固定開放』…『腕部接続固定開放』…ダメです、外れません。」
「そう…こっちで検討してみるから、もう少し我慢してね。」
「はい…成(な)る可(べ)く早く、お願いします。」
ヘッド・セットから聞こえて来たのは、茜の落胆した声だった。
「どうしたんですか?」
樹里が心配気(げ)に、緒美に問い掛ける。
「トイレ、行きたいんだって。」
緒美の、その簡潔な返答で、その場に居た一同が、事態を理解したのだった。
「腕のロックが外れないと、HDG との接続を開放する操作が出来ませんね…動力系がダウンすると、ロックの解除が出来なくなる様な設計じゃない筈(はず)ですけど…。」
原因を探ろうと、樹里はコンソールを激しく操作している。
「原因の究明は後でじっくりやる事にして、今は、天野さんの救出が優先だわ。インナー・スーツの手首のスイッチ、別の人が外から押せるかしら? あと、それでダメなら強制開放スイッチね。」
「やってみましょう。」
緒美の発案に言葉を返し、直様(すぐさま)、茜の元へと向かったのは瑠菜だった。
歩行途中の姿勢の儘(まま)、固まってしまった HDG の元へ駆け付けると、瑠菜は茜の前に立った。一人、放置状態で心細い思いをしていた茜は、救援に来たのが誰であったとしても、その事実には大きな安堵感を覚えたのである。
「聞こえてたかもだけど、先ず、インナー・スーツのスイッチ操作をやってみるから。」
「はい、お願いします。」
瑠菜は先(ま)ず、茜の右手側へ回り、HDG 腕パーツの前側の隙間から指を差し込み、右手首のスイッチを探す。幸いな事に手首は腕パーツ端面から、それ程、深い位置ではなかったので、指が届かないと言う事はなかった。瑠菜は指先の感触でスイッチを探り、それを押した。スイッチを押した感触は確かに有ったのだが、残念ながら HDG は、それに反応はしなかった。
「反応、無いわね…。左側も試してみましょう。」
今度は左手側に位置を変えて、瑠菜は先程と同じ様に、茜のインナー・スーツの左手首のスイッチを押した。しかし、それも反応は無かった。
「ダメ…ですね。」
「じゃ、強制開放スイッチ、やるよ。」
「はい。」
瑠菜は茜の正面に位置を変え、茜の胸の前に降りているフレーム側部下面を、前側から両手で持ち上げる様に掴む。その状態でフレームの下面の窪みへ指を差し込んで、強制開放スイッチを探り当てる。
「行くよ。」
瑠菜は指先に力を入れて、強制開放スイッチを押し込んだ。
しかし、これも又、何の反応も無かったのだった。
「嘘、これもダメ?」
思わず声を上げたのは、瑠菜だった。
「部長、強制開放スイッチも機能してません。どうしましょう?」
茜にはヘッド・ギアの通信機能で、緒美へ状況を報告し、そして回答を待つ以外、為す術は無かった。
一方、茜の報告を聞いた緒美達は、直ぐに次の対策を検討し始める。
「城ノ内さん、強制開放スイッチも機能してないって。次、何か手は有る?」
「強制開放スイッチは暴発防止の意味で、システム系が生きている内は起動しない様にインターロックが掛かってますね…この仕様は、こう言う事態が起きるとなると要検討ですけど。システム系まで完全に落とすとなると、バッテリーが完全に切れるのを待つしかない、でしょうか。」
そこで、直美が声を上げる。
「いっその事、バッテリーを外しちゃえば?」
その発案に答えたのは、佳奈である。
「あ、副部長、バッテリーはリグに接続しないと、外せないんですよ。さっきは忘れてましたけど…。」
「何で、そんな仕様になってるのよ?」
直美の疑問に答えたのは、緒美だった。
「あぁ~そう言えば、加速度や衝撃とかで脱落しない様に、ロックが掛かってたわね。バッテリーのロックを解除するには、メンテナンス・リグに接続して、ロック解除コマンドを入力しないと。」
「バッテリーが切れるの待つとしたら、あと一時間位(ぐらい)?」
再びの、直美の問いに、今度は樹里が答える。
「いえ、動力系が電力を使わない状態になってますからね…あと五時間位(ぐらい)は、バッテリーが持つ筈(はず)です。」
樹里の回答を聞いて、一同は揃って深く溜息を吐(つ)いたのだった。
- to be continued …-
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