第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)
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それに対し、一呼吸置いて、塚元校長は話し掛ける。
「所で、立花先生。兵器開発部の活動の方は順調?」
頭を上げた立花先生は、訝(いぶか)し気(げ)に答えた。
「はぁ、順調…そうですね、当初想定の三倍ぐらい順調で、正直、恐い程です。」
「そんなに?」
「はい、わたしも、鬼塚さん達が在学中に、試作機の完成に目処(めど)が付く所迄(まで)、作業が進むとは思っていませんでしたから。」
「そう。会社の方が随分と急いでいる様にも見えるのだけれど、生徒達に無理はさせてない?」
「生徒達は、楽しそうにやってますので、御心配は不要かと。わたしには寧(むし)ろ、会社の方が無理をしているんじゃないかと、心配な位(ぐらい)で。」
「そうですか…。」
塚元校長はソファーに身を沈めて、一息を吐(つ)くのだった。立花先生は塚元校長に、素直に問い掛ける。
「あの…何か、有りましたでしょうか?」
「いいえ。そう言う訳(わけ)では無いのよ。徒(ただ)、お昼に、彼女達の様子を目にしたのでね…。」
「はい。」
「…夏休みなのに、帰省もしないで部活を続けているのは、どうかしら、と、そう思ったものだから。例えば、開発が遅れ気味で、会社の方から、何かプレッシャーを掛けられているのかしら?と、勘繰(かんぐ)ってもみたりしてね。」
塚元校長は、眉間に皺を寄せて目を細め、苦笑いの様な、複雑な笑みを浮かべる。
「今日は理事長達と、会食されていらっしゃった様でしたけど。その辺りの事は、話題には?」
「正直、兵器開発部の活動に就いては、余り教えては貰えないのよ。勿論、会社の方で秘密になっている事項も有るのでしょうから、此方(こちら)からは、敢えて聞かない、と言う事情も有るのだけれど。まぁ、会社の方(ほう)の計画だとか、技術的な内容に就いては、聞いてみた所で、わたしが理解出来るかどうか、怪しいものですけどね。」
「そう、ですね…開示出来ない内容を避けて、十分に説明するのは、なかなかに難しいですけど…。」
「いいのよ、立花先生。年寄りの愚痴だと思って、聞き流してちょうだい。」
立花先生は座り直す様に姿勢を正し、両手を膝の上に乗せ、身を乗り出す様にして言うのだった。
「何(いず)れにせよ、あの子達は会社から指示されているからではなく、主体的に活動していますので、御心配は不要かと思います。それに、あの年頃になれば、親元に帰るよりも、友達と一緒に過ごす方が楽しいものですし。」
「ええ、それも十分承知しているんですよ。学校に残っているのは、あの子達だけではないですし、ね。」
「校長は、本社から委託されている開発の内容に就いては、どの程度御存知なのでしょう?」
「そうね…技術的な細かい事は、勿論、良くは…殆(ほとん)ど知らないわね。でも、社会的に意義のある物だ、と言う事は理解していますよ。前園先生や重徳先生みたいな技術系の先生達は、わたしよりは把握してらっしゃるとは思いますけど。」
「社会的に…ですか。何だかんだ言っても、結局は兵器ですから。先生方(がた)から、理解を得られているのは、幸いと言うべきか、意外と言うべきか…。」
すると、塚元校長は微笑んで言うのだった。
「普通の学校なら、理解されないかも知れませんね。正直、わたしも、塚元達が興した会社が、兵器に迄(まで)手を出すと聞いた時は、穏やかな気持ちではなかったですけど。でも、そんな物も必要なのが、世の中って言う物ですからね。特に、今、わたし達が相手にしているのは、話の通じない相手の様ですから。」
「はい。」
立花先生は、短く返事をして、微笑み返すのだった。
「あぁ、そうそう、立花先生。」
塚元校長は急に、身を乗り出す様に話し掛けて来る。
「この後、もう暫(しばら)く、一時間位(ぐらい)、大丈夫かしら?」
「はぁ、まぁ。 何(なん)でしょうか?」
「実はね、今日は珍しく、丸一日、予定がぽっかり空いてしまって。以前から、立花先生とはじっくり、お話をしてみたかったの。宜しいかしら?」
「わたしは、構いませんけど。」
幸か不幸か、立花先生にも急ぎの用事は無かったので、塚元校長の申し出を受ける事にしたのである。
「そう、良かった。あ、それなら、お茶でも淹(い)れましょうか。お菓子も有るのよ。」
ソファーから立って、塚元校長はお茶の準備を始める。立花先生も立ち上がり、言うのだった。
「あぁ、あの、お構い無く…。」
「いいから、いいから。座っててちょうだい。」
この後、二人の茶飲話は学校に関する四方山話(よもやまばなし)に始まり、天野重工の話題を経て、世界情勢へと広がり、立花先生が解放される迄(まで)に、結局、三時間を要したのだった。
過ぎ去った時間に気が付いた時には、流石に立花先生も驚愕したのだが、それ程、苦痛に感じる時間でもなかったし、それなりに有意義に感じられた様でもあり、そう思えるのは塚元校長の人徳なのだろうかと、校長室を出て自分の居室へ向かう道すがら、立花先生は考えたのである。
その日の夜、時刻にして午後十時を過ぎた頃。同室の直美が居ないので、普段よりも早めに入浴を済ませ、恵は自室へと戻って来た。ふと、机の上に置いてあった携帯端末に目をやると、通話着信の履歴が残されているのに、恵は気が付いた。携帯端末を手に取り、履歴の詳細を確認すると、発信者として表示されたのは緒美の名前だった。履歴に残された時刻は、十五分程前である。そこで、緒美にコールを送ろうかと恵が考えていた時、再び、手に持っていた携帯端末への通話着信が、メロディと表示とで通知されるのだった。
表示されている発信元は、緒美である。恵は慌てて、通話の操作をする。
「はい、緒美ちゃん?」
「あ、今度は繋がった。」
携帯端末から、緒美の声が聞こえて来た。恵は直ぐに、話し掛ける。
「さっき、連絡して呉れたみたいね。」
「うん、忙しかった?今、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。さっきはお風呂に行ってたの。緒美ちゃんは?」
「わたし達はこれから。さっき、漸(ようや)く夕食を済ませて一息吐(つ)いた所。」
「そんな遅く迄(まで)、講習?」
「まぁね~。思ってたよりも、ハードだわ。兎に角、早く飛行の講習に入らなくちゃいけないから、最初の三日で相当詰め込むみたい。飛行時間が規定に届かないと、免許が出ないそうなのよ。取り敢えず、合宿前に一週間、飛行機部の先輩達に、予習でレクチャー受けておいて良かったわ。」
「大変ねぇ。」
「それで、そっちの方はどう?何か、問題とか無い?」
「うん。瑠菜さん達の方は、実松課長と前園先生にお任せ、だからね~。特訓は順調に進んでる見たい。」
「そう。先生達に任せて、森村ちゃんは帰省しても良かったのに。」
「でも、上級生が居なくなる訳(わけ)にも、いかないじゃない?緒美ちゃんの代役は、ちゃんと務めますよ。任せて。」
「うん、ありがとう。」
「緒美ちゃんの方は、直ちゃんや、飛行機部の人達とは、上手くやれてる?」
「あぁ、ご心配無く。大丈夫よ。まぁ、新島ちゃんとはね、森村ちゃんが仲良くやってる理由が、解った様な気がするわ。新島ちゃんと一対一で話したりしたのは、考えてみたら、今回が初めてだものね。何時(いつ)も、森村ちゃんが間に入って呉れてたじゃない?」
そこで、直美の声が、少し遠くから聞こえて来るのだった。
「わたしが、どうかした~?」
「別に、悪口は言ってないでしょ。」
緒美が携帯端末を少し離し、直美に返事をしている声が聞こえて来る。
恵はクスクスと笑いつつ、机の前から自分のベッドの方へと移動する。そして、ベッドに腰掛け、緒美に尋ねる。
「直ちゃん、傍(そば)に居るの?」
「そうよ、飛行機部の二人とで、四人部屋なの。替わろうか?新島ちゃんと。」
飛行機部の二人とは、合宿講習に参加している飛行機部員の二年生女子である。二人共、学科が電子工学科であった為、緒美達とは同学年でも余り面識は無かったのだ。余談だが、その二人の名前は、金子さんと、武東さんである。
「そうね、ちょっとだけお願い。」
「新島ちゃん、替わってって。」
再び、緒美が携帯端末を離して、直美に呼び掛ける声が聞こえ、次に直美の声が聞こえた。
「…あ~、もしもし?」
「お疲れ様。順調?直ちゃん。」
「ん~順調なのかなぁ。まぁ、座学の講習が退屈なのは、確かね。明日からは、シミュレーター使うそうだから、それは楽しみにしてるんだけど。そっちの方は、瑠菜と佳奈、ちゃんとやってる?まぁ、前園先生も居るから、心配はしてないけどね。」
「こっちは、大丈夫よ。取り敢えず、直ちゃんの声が元気そうで、安心した。」
「元気そうって、まだ三日目よ。そっちこそ、わたしが居なくて寂しいとか、思ってないでしょうね?」
「え~ちょっと寂しいよ。一年、一緒に居た人が居ないんだもん。其方(そちら)は賑やかそうで、羨(うらや)ましいわ。」
「森村は、再来週には帰省するんでしょ?それまでの辛抱よ。」
「それに関しては、申し訳(わけ)無いわね。直ちゃん達は、帰省してる余裕も無いのに。」
「前に言ったでしょ、うちは問題無いって。わたしも、あとであなたに連絡しようかと思ってたんだけど、これでその手間も省けたわ~じゃ、鬼塚に替わるね。」
「あ、うん…。」
そして、向こう側では携帯端末が緒美の手に戻り、緒美の声が聞こえて来る。
- to be continued …-
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