第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール
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「部長、積み込み準備、終わりました~。」
部室の奥、北側のドアから室内に入って来る茜が、立花先生と樹里との打ち合わせ中だった緒美に声を掛けた。室内には、茜に続いて、ブリジットが入って来る。
顔を上げ、二人の姿を認めた緒美は、茜に問い掛ける。
「新島ちゃん達は?」
その問いには、茜の後ろに立つ、ブリジットが答えた。
「副部長と恵さんは、欠品が無いか、最終チェックを。瑠菜さんと佳奈さんも。」
ブリジットは言い乍(なが)ら、ポケットから取り出したハンカチで、額の汗を押さえる様に拭(ぬぐ)っている。それは、茜も同様だった。
そんな二人に、立花先生が労(ねぎら)いの声を掛けるのだった。
「ご苦労様、下は暑かったでしょう。取り敢えず、涼んでちょうだい。」
この日は、2072年7月21日木曜日。幸か不幸か天気も良い為、夏の日差しも強く、そろそろ正午になろうかと言うこの時刻には、外気温は既に 30℃へ達しようとしていた。
茜とブリジットは、部室中央に置かれている長机の北側中央辺り、立花先生の向かい側の席に腰掛ける。
そこで、斜め前の席から、樹里が茜達に言ったのだった。
「もう夏休みなんだから、二人共、制服じゃなくても良かったのに。」
斯(か)く言う、ソフト担当の三人、樹里と維月、そしてクラウディアは、それぞれが夏らしい私服姿だった。その一方で、部長である緒美は制服を着用していた。
茜は、樹里に答え、次いで、緒美に問い掛ける。
「部活に出るんだから、何と無く制服、かなぁって思いまして。部長は、どうして私服じゃないんですか?」
「え?わたし?…大した意味は無いけど。強いて言えば、服を選ぶのが面倒だったから、かしら。」
「又、緒美ちゃんはそう言う事を言う…。」
緒美の答えを聞いて、苦笑いしつつ立花先生が翻(こぼ)すのだった。
そこへ、格納庫内での作業を終えた恵達四人が、相次いで部室へと入って来た。そして先頭の、直美が声を上げる。
「あぁ、涼しい~生き返る~。」
汗を拭きつつ、直美の後ろで、くすりと笑う恵が緒美に報告をする。
「部長、明日(あす)持って行く機材、その他一式、積み込み準備確認完了しました。」
「はい、ご苦労様。まぁ、一服してね、みんな。」
中央の長机、奥端の席に直美が着く一方で、恵は南側壁面シンク横の小型冷蔵庫からスポーツドリンクのボトルを取り出し、格納庫で作業していた六人分のコップへ、順番に注いでいく。茜とブリジットは席を立ち、それぞれ注ぎ終えたコップを直美や瑠菜、佳奈の元へと運んだ。
恵は振り向いて、尋(たず)ねる。
「先生、それに部長は、如何(いかが)ですか?」
「わたしは、いいわ。森村ちゃん。」
「わたし達は冷房の効いた所に居たからね。気を遣わないで、一服して、恵ちゃん。」
「そうですか。」
恵は自分のコップを持って、直美の向かい側、緒美と立花先生の間の席に座る。
隣に座った恵の服装に気が付いて、立花先生は言った。
「そう言えば、あなた達も制服で来てたのね。」
それに、恵は即答する。
「あぁ、積み込みの準備作業が有りましたから。私服で来て汚したりすると詰まらないので、制服は作業着代わりに。」
「そう、そう、そう。」
恵の発言に後乗(あとのり)で、緒美が微笑んで同意するので、透(す)かさず立花先生は突っ込みを返すのだ。
「何が、そう、そう、よ。さっきは、服を選ぶのが面倒だとか言ってたのに。」
「あははは、部長らしくて、いいじゃないですか。 何だったら、今度、わたしが選んであげましょうか?服。」
笑って立花先生に言葉を返した恵は、緒美にそう提案してみるのだった。それを、緒美は笑顔で直ぐに辞退する。
「いいわ、そこ迄(まで)世話を焼いて呉れなくても。」
「そう?気が向いたら、何時(いつ)でも言ってね。」
恵も笑顔で、そう言葉を返すのだった。
「さて、冗談は置いといて…。」
緒美は茜達の方へ向き直り、言葉を続ける。
「…今日は、朝からご苦労様でした。この後、積み込みは本社からの運搬車が到着して、午後二時からの予定だけど、そっちの方の対応はわたしと、立花先生とでやっておくから、今日の部活は午前中でお仕舞い。みんなは自由行動、と言う事で。まぁ、夏休みだし。」
「え、明日の作戦会議とか、しないんですか?」
透(す)かさず、聞き返したのは茜である。緒美は微笑んで、答える。
「そうね、相手方の出方も分からないし、事前に決めておける事は、見当たらないわね。戦法とか対応は、明日の本番で天野さんとボードレールさんに、一任するわ。」
緒美の答えを聞いて、ブリジットが立花先生に尋(たず)ねる。
「明日の模擬戦って、勝敗が今後の何かに影響するんでしょうか?」
「そうねぇ…。」
立花先生は腕組みをして、少し視線を上に向け、考える。そして、視線を前に戻し、言うのだった。
「まぁ、取り敢えず、大きな影響は無いかしらね。別に、HDG の軍への採用が決まってる訳(わけ)でもないし。」
その発言に対して、コメントを加えたのは、恵だった。
「先日の、理事長のお話だと、防衛軍への引き渡しは慎重にしたい…そう言う、意向でしたよね?」
「別に、会社としての統一見解ではなくて、飽くまで、会長…理事長の個人的見解だけどね。会社としては、有効性を防衛軍には示して、契約に結び付けたい…と、まぁ、飯田部長辺りは考えているんじゃないかしら?」
そして、緒美が纏(まと)めの発言をする。
「契約云云(うんぬん)に就いては、防衛省や国会での予算取りの関係とか、先の長い話だし、現場で右から左に決まる様な事柄じゃないから、あなた達は細かい事は気にしなくていいわ。気負わず、手を抜かず、出来る事をやって呉れたら、それでいいのよ、ボードレールさん。天野さんも、ね。 それに、勝ち負けよりも、問題点や改善点を洗い出す方が重要だから、何かそう言う所が見付かれば、それはそれで収穫なのよ。」
茜とブリジットは、声を揃(そろ)えて「はい」と、返事をした。
そこで、スポーツドリンクを飲み干したコップを机に置き、緒美に対して直美が発言する。
「そう言えば、明日の模擬戦って、話が出たのは、この前の運用試験の時でしょ。暫(しばら)く、梨の礫(つぶて)だったのに、ここ一週間位(ぐらい)で急に、バタバタっと決まった感じよね?」
「あぁ~それはね…。」
苦笑いしつつ、回答したのは立花先生だった。
「…飯田部長から聞いた話だけど。模擬戦の話を言い出したのは、陸上防衛軍(あちらがわ)のお偉方(えらがた)なんだけど、なかなか対戦相手の戦車部隊が決まらなかったらしいのよね。要するに、現場の方には、余りやる気が無くって、打診を受けても辞退したり、他の部隊を推薦したり…。」
「面倒だから、盥(たらい)回し…ですか?」
そう質問したのは、立花先生の左隣の席の恵である。
「まぁ、そんな所だったみたいね。」
今度は、右隣の樹里が尋(たず)ねる。
「それが、どうして急に、風向きが変わったんでしょうか?」
「あなた達が、HDG を迎撃に持ち出したからでしょ。」
立花先生の発言を受け、一同が声を揃(そろ)える様に、「あぁ~」と発したのだった。
そして、直美が立花先生に尋(たず)ねる。
「あの件って、陸上の部隊レベルに迄(まで)、伝わってるんです?」
「正式には秘密扱いらしいけど、噂が伝わってる所は有るみたいよね。それで、模擬戦の対戦相手として名乗りを上げた部隊が出て来たらしいわ。詳しい事情や経緯(いきさつ)は、良く知らないけど。」
「それで決まったのが、戦技研究隊ですか?」
茜が言った「戦技研究隊」とは、エイリアン・ドローンの地上での動作や戦法を研究し、それを再現する事で、陸上防衛軍の戦車部隊等の、戦闘訓練に於いて仮想敵役を務めるのを主任務とする部隊である。勿論、エイリアン・ドローンへの地上での対抗策等を研究して、各実戦部隊に対し教育、指導を行うのが本来の目的である。
そして、その茜の問い掛けに対しては、緒美が答える。
「まぁ、どこの部隊が相手でも、此方(こちら)はやる事は変わらない訳(わけ)だし。模擬戦のルールは打ち合わせ済みだから、その通りにやるだけよ。」
「そう言えば、緒美ちゃん。模擬戦に使う HDG のランチャー、改造は終わってるのよね?」
立花先生の緒美への問い掛けには、改造作業を実施した瑠菜と佳奈が答える。
「改造、って程の物じゃないですよ。間違ってもビームを発射しない様に、電圧回路のコネクターをテスト・モード側に挿し替えて、模擬戦用の発信器を銃口に固定しただけですから。」
「LMF のプラズマ砲も、作業済みで~す。」
瑠菜と佳奈に続いて、茜も説明を加える。
「昨日の内に発信器の射線軸調整と、HDG での操作と動作の確認も済ませてあります。」
「そう。なら、オッケー。じゃあ、いよいよ積み込む運搬車の到着を待つばかり、ね。」
「そう言えば、会社の方(ほう)からは、結局、何方(どなた)が来る事になったんですか?」
恵の問い掛けに、立花先生が答える。
「今回は、飯田部長の他は、トラブル対応担当の試作部の人達ね。畑中君と、大塚さん、倉森さん、それと、新田さんだって。」
顔触れを聞いて、樹里が尋(たず)ねる。
「あぁ、エレキの方(ほう)、倉森先輩来るんだ。安藤さんとか、ソフト関連の人は、いらっしゃらないんですか?」
「今回、設計三課の方(ほう)では、特に検証する項目も無いから、うちで記録した、何時(いつ)ものログだけ、後で送って呉れたらいい、だそうよ。」
- to be continued …-
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