STORY of HDG(第11話.05)
第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール
**** 11-05 ****
「他に、質問は有るか?」
大久保一尉は、隊員達からの質問が無い事を確認して、号令を掛ける。
「よし、では全員乗車。エンジンを始動し、通信チャンネル1で指示を待て。
隊員一同は指示を受け、一斉に各自の乗機へと駆け上り、ハッチを開いて中へと入るのだった。
大久保一尉は吾妻一佐の方へ向き直ると、声を掛けた。
「では、吾妻一佐。我々は指揮所へ。」
「ああ、行こうか。」
二人は格納庫の入り口付近に設営された、指揮所とされるテーブルへ向かって歩き出す。その途上、吾妻一佐が大久保一尉に尋(たず)ねるのだった。
「今日、来ている人員は、若手ばかりの様子だが…。」
「能力に、不足はありません。」
「今日の対戦相手に就いて、情報を与えていないのかね?」
「必要ありませんので。相手が学生や素人(しろうと)と聞いて、なめて掛かる様では評価支援の任務は果たせません。ですので、全ての先入観を捨てろと、指示しました。」
「成る程。一尉は、彼女達が先日の襲撃事件の際、アレを実戦に持ち出した件、聞いているな?」
「一応。ですが、詳しい状況は非公開(クローズド)なので、その件に関しては評価出来ません。資料として頂いた、火力運用試験の映像を見た限りでは、なかなかに手強(てごわ)そうです。まぁ、うちの連中も、今日はいい経験が出来るのではないかと、期待しております。」
「そうか。楽しみだな。」
「はい。」
吾妻一佐と大久保一尉は、互いにニヤリと笑うのだった。
一方、天神ヶ崎高校側の指揮所とされるテーブルである。此方(こちら)では、何時(いつ)ものデバッグ用コンソールが立ち上がり、HDG と LMF、Ruby とのデータ・リンクが確立して、模擬戦の準備が整った所である。
「鬼塚~彼方(あちら)も、エンジンが掛かったみたいよ。」
格納庫入り口の外側、茜の隣で陸上防衛軍の動向を眺(なが)めていた直美が、振り向いて緒美に声を掛けた。
「オーケー。新島ちゃんは、こっちで観測機のモニターをお願い。」
「はいよ~。」
直美が数メートル前方の格納庫入り口前から、指揮所のテーブルへと戻って来るのを見乍(なが)ら、緒美はヘッド・セットのマイクを口元に引き上げ、声のトーンを少し下げて言うのだった。
「天野さん、最初の内は暫(しばら)く、スラスター・ユニットの使用は、ジャンプの補助程度に抑えてみましょうか。彼方(あちら)側は、飛行は出来ない訳(わけ)だし。」
緒美達の通信は、チャンネル2に割り当てられた周波数を使用している為、防衛軍側には聞こえていない。同様に、防衛軍側の指揮通信も、天神ヶ崎高校側には聞こえないのである。
「そうですね。常時、空中に逃げちゃったら、勝負になりませんからね。解りました。」
緒美のヘッド・セットに、茜の返事か聞こえる。緒美は答えた。
「取り敢えず、そう言う事でやってみましょう。」
そこに、右手側へ二十メートル程離れた、防衛軍側の指揮所から大久保一尉の声が聞こえて来る。
「其方(そちら)の準備は、宜しいでしょうかー。」
「はーい。」
緒美が、不慣れ乍(なが)らも出来るだけ大きな声で返事をし、右手を上げて見せる。
すると緒美の背後から、飯田部長が大きな声でアシストするのである。
「何時(いつ)でもどうぞー。」
緒美はヘッド・セットのマイクに向かって、少し離れて前方の、格納庫の外に立っている茜に、指示を伝える。
「じゃ、天野さん、模擬戦開始位置へ。気を付けて、無理はしないでね。」
「はい、行ってきます。」
茜は、そう返事をするとフィールドの中央へ向かって、駆け足で進み出した。
フィールドの中央付近には、二本の旗が立てられている。格納庫の前から遠い方、東側の赤い旗が防衛軍側のスタートライン、西側の白い旗が天神ヶ崎高校側のスタートラインで、それぞれの旗の間隔が五百メートルとなっている。双方が旗の後方に位置して正対した所から、模擬戦が開始されるのだ。
「あれ?ちょっと、緒美ちゃん…。」
茜がスラスターを使わずに、駆け足で旗へと向かっているのに違和感を覚えた立花先生が、背後から歩み寄って、緒美に問い掛けて来た。立花先生は、先程の茜と緒美の遣り取りを聞いていないのである。
「…天野さん、スラスターを使ってないけど?」
「あぁ~まぁ、ハンデ、みたいな?」
そう言うと、緒美はくすりと笑うのだった。そして、続けて言う。
「まぁ、見ててください。」
「トラブル…とかじゃないのね?」
「勿論。」
「分かった。」
立花先生は、再び緒美の後列へ、飯田部長達が控える席に戻った。
飯田部長や桜井一佐達が居る席の前にはモニターが二台、設置されており、そこには球形観測機からの画像が映し出されている。観測機から送られて来る映像は、当初はコントローラーのディスプレイでしか見られない仕様だったのだが、HDG や LMF のデータ・リンクでも撮影した画像を利用出来るよう、観測機のソフトウェアが改造されていた。ここで使用しているモニターには、そのデータ・リンクを利用するデバッグ用コンソールを介して、映像が表示されているのである。
因(ちな)みに、観測機のソフトウェアの改造作業を担当したのが、クラウディアである。昨日の昼間、彼女が新しいモバイル PC で作業していたのが、このプログラム改造だったのだ。とは言え、プログラムの改造が前日で、翌日のぶっつけ本番となってしまった都合から、改造したプログラムがインストールされたのは、四機中の二機に留められたのである。従来のプログラムの儘(まま)の残り二機は、改造プログラムに不具合が有った場合の予備用として、待機状態とされていた。
当然の事だが、同じデータ・リンクを使用する LMF のコックピットでも、観測機からの画像を見る事が出来る。その画像を見つつブリジットは、格納庫の前方東側に駐機している LMF のコックピットの中で待機していた。
そして、その LMF の前を、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)三輌が、次々とフィールド内の赤い旗へ向かって、砂煙を巻き上げて疾走して行くのだった。
そんな様子を格納庫の中、緒美の背中越しに眺(なが)めていた恵が、振り向いて、立花先生に尋(たず)ねる。
「あの浮上戦車(ホバー・タンク)、天野重工で作ってるヤツですよね?」
「そうね、改造してある、みたいだけど。」
すると、立花先生の右隣の席から、飯田部長が解説を加える。
「砲塔からプラズマ砲を撤去してある分、軽くなってるから、機動性は可成り上がってると思うよ。」
「それは、エイリアン・ドローンの動作を模擬する為、でしょうか?」
立花先生が問い掛けると、飯田部長は微笑んで答えた。
「だろうね。しかし、重量バランスが設計の状態から可成り変わってる筈(はず)だけど、ソフトの補正はやってあるのかな?陸上防衛軍(あちら)の技術部で、手当はして有るんだろうけど。」
そこで、恵は飯田部長に問い掛ける。
「あの、車体の横側、何か取り付けてあるのは…。」
「あぁ、硬質ゴム製のブレード、エイリアン・ドローンの『鎌』を模擬した物だね。戦車同士の訓練の時は、アレが相手方にぶつかる迄(まで)、接近させるそうだ。」
「はぁ…成る程。そう言う事ですか。」
恵は、少し呆(あき)れた様に、納得するのだった。
そんな会話をしている内に、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)は、赤い旗の位置まで到達し、方向を西向きに向けて待機状態となる。
そこで、飯田部長の右隣に座る、桜井一佐が飯田部長に声を掛ける。
「飯田さん?最初から、三対一ですか?」
「ああ、はい。実際、エイリアン・ドローンは基本、三機一組で行動するパターンが多いですから。一対一で勝てても、余り意味は無いので。」
「成る程、自信がお有りの様ね。」
微笑んで、そう尋(たず)ねる桜井一佐に対し、飯田部長もニヤリと笑い返す。
「まぁ、ご覧になっててください。」
HDG と対峙するべく待機する、浮上戦車(ホバー・タンク)一番車の車内では、運転席の松下二曹が、前方を駆け足で模擬戦開始位置へと向かう茜の HDG の様子を見乍(なが)ら、車内後方の砲塔下の車長、藤田三尉にインカムで伝えるのだった。
「あんな、トロトロとしか移動できないようで、わたし達と勝負になるんでしょうか?」
「隊長が、先入観は捨てろって言ってたでしょ。こっちは全力で、お相手するだけよ。」
「了解。全力でぶちのめしてやりましょう。」
「あはは、今日は随分と、言う事が過激じゃない、智里(トモリ)ちゃん。」
藤田三尉は、車内のインカムでは松下二曹を名字ではなく、名前で呼ぶのだった。
「そうですか?何時(いつ)も通りですよ。」
平静を装って、そう答えた松下二曹だったが、実際は茜達、天神ヶ崎高校の面面への対抗意識で胸が一杯だったのだ。実は、松下二曹は曾(かつ)て、高校受験当時に天神ヶ崎高校を受験しており、結果、不合格だったと言う過去を持っていたのである。
その頃は技術者志望だった松下二曹は、天神ヶ﨑高校の特別課程を受験し、筆記試験の自己採点では充分に解答できた感触も得ていたし、面接でも大きなミスをした覚えは無かったのだが、それでも結果は彼女の意には沿わない物だったのである。当然、不合格の理由は本人には通知されないのだが、その一件は彼女の経歴(キャリア)の中で、唯一と言っていい汚点であり、苦い経験なのだった。
その後は、一般高校から工学系の大学と進学する間に紆余曲折が有って、高校受験当時志望した技術者としてではなく防衛軍へと進み、何らかの縁も有ったのか、適性が有ると判断されて戦車部隊に所属している訳(わけ)なのである。勿論、そんな経緯は現在所属する隊の人達は、誰一人として知らないし、打ち明ける気も無い。
徒(ただ)、曾(かつ)ての自分を否定した天神ヶ崎高校に、一泡吹かせてやる事が出来れば、嫌な思い出を乗り越える事が出来る、そんな気持ちが有った事には間違いないのである。
そんな一方で、浮上戦車(ホバー・タンク)二番車の車内では、車長の二宮一曹が、運転席の江藤三曹に注意を促(うなが)していた。
「江藤、間違ってもぶつけるなよ。ゴム製のブレードでも、こいつのスピードで引っ掛けたら、相手は大怪我だからな。」
「分かってます。」
江藤三曹は、HMD(ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ)を顔面へと降ろし、ディスプレイ表示の輝度を微調整する。
- to be continued …-
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。