STORY of HDG(第11話.12)
第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール
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一番車は右側面のホバー・ユニット先端を地面に接地させると、その駆動輪を回転させて、前進や後退を試みる。その度(たび)に車体はトライアングルによる拘束から逃れようと、捻(ねじ)る様に揺れるのだった。
「コレなら、どうよ。」
松下二曹は、ホバー時の推進用エンジンも同時に吹かし、推力を継ぎ足して脱出を試みる。すると間も無く、先程よりも少し大きな爆発音と振動が、車体を揺らすのだった。再び、警報音が鳴り響き、それと共に HMD の視界に大量のエラー表示が現れた。
「今度は何?」
藤田三尉が直様(すぐさま)、インカムで問い掛けて来る。
「第一推進エンジン、やられました。燃料ライン、カットします。電力、低下します。」
「APU で電力を維持して。」
「APU、起動します。クソッ、こうなったら燃料のベント弁を開いて、水素爆発で吹き飛ばしてやりますか?」
「それは最後の手段よ。落ち着いて、もう少し悪足掻(わるあが)きを続けましょう。兎に角、時間を稼がないと。」
藤田三尉からは見えなかったが、松下二曹は引き攣(つ)った笑みを浮かべつつ、手短に答えた。
「了解。」
松下二曹の提案は一種の自爆攻撃を意味していたが、これは浮上戦車(ホバー・タンク)車内の搭乗員には被害が及ばないと言う共通認識が有った上での提案なのである。勿論、100パーセント安全と迄(まで)は言えないのだが、正常に密閉されている限りは、爆発の衝撃が車内に居る乗員に影響を及ぼす事は無い設計とされていた。但し、トライアングルによる攻撃の影響が、乗員室周囲の装甲に、どれ程のダメージを与えているのか。その程度に因っては、設計通りの耐衝撃性能が発揮されない恐れも有り、その一点に就いては賭だったのだ。
格納庫の内部では、一番車がトライアングルに捕らえられてしまった事は、観測機をコントロールしている瑠菜と佳奈の二人を除いて、天神ヶ﨑高校や天野重工側の人達には、直ぐには伝わっていなかった。だが一人、観測機からの映像をデータ・リンク経由で見ていたのが、茜である。
茜には防衛軍が交わしている無線通信の内容は聞こえていなかったが、観測機の映像で一番機の推進エンジンが爆発したのを目撃するに及び、遂に声を上げた。
「部長、わたし、救援に出ます!」
茜の言葉に、緒美よりも先に反応したのは、立花先生である。
「天野さん!」
立花先生は慌てて茜の目の前に進み出て、茜の行く手を塞ぐのだった。
「ダメよ、外に出るのは許可出来ません。」
「天野さん、外で何か有ったの?」
冷静な口調で、そう訊(き)いたのは緒美である。茜は頭だけを緒美の方へ向け、答えた。
「ちょっと前から、浮上戦車(ホバー・タンク)が一台、トライアングルに捕まってます。そろそろ、放置出来ないレベルかと。」
その言葉を聞いて、緒美はモニターの方へと歩を進める。その後を追う様に、飯田部長や恵、直美がモニターの方へと移動するが、立花先生だけは茜の前から動こうとはしなかった。
茜は身体の向きを緒美達の向かった方へ変えると、天神ヶ崎高校の指揮所へ向かって歩き出す。ブリジットと立花先生が茜の後を追うと、その途上、モニターに映された外の様子を見た、直美の声が聞こえて来る。
「防衛軍は、捕まってる戦車の救出には動かないんですか?」
それは飯田部長に向かって発された質問だったのだが、飯田部長を含めて誰も答えない。しかし、その問い掛けは、大久保一尉と吾妻一佐の表情を少しだけ、苦苦しくさせたのだった。茜は、大久保一尉に向かって、言った。
「一対一でトライアングルを引き付けて、時間稼ぎをしなければいけないから、救出行動は出来ない。もし他の一台が救出に動くと、フリーになったトライアングルが、こっちに向かって来る恐れが有る、そう言う事ですよね。」
大久保一尉はモニターの方を見た儘(まま)、茜の発言に応える。
「そうだ、キミの言う通りだ。」
茜は語気を強め、言葉を返す。
「でも、放って置いたら、あの人達、死んじゃいますよ。」
そこで、茜の背後から立花先生が声を上げるのだった。
「あの人達は、軍の人達なの。民間人じゃないのよ。」
次いで、吾妻一佐が茜の方へ向き、言う。
「そうだ、皆、最悪の事態は覚悟している。民間の方は、心配しなくても良い。余計なことは考えず、我々の指示に従って呉れ。」
茜は視線を吾妻一佐へと向け、言葉を返した。
「ここに居る皆さんには、覚悟がお有りなんでしょうけど。でも、軍の人にだって、御家族はいらっしゃるでしょう?」
その言葉に反論する者が居ない中、最初に声を上げたのは緒美だった。
「解ったわ、天野さん。気の済む様に、やりなさい。わたし達は、ここから、バックアップするから。 城ノ内さん、ヘッド・セット、借りられる?」
「どうぞ、部長。」
樹里は躊躇(ちゅうちょ)無く自らのヘッド・セットを外すと、歩み寄って来た緒美に携帯型無線機と共に手渡す。
そこで、吾妻一佐が声を上げるのだった。
「キミらは、何をする積もりなのか?余計な事は…。」
言葉を途中で遮(さえぎ)る様に、緒美が問い掛ける。
「お言葉ですが。現状で、捕捉された一輌がトライアングルを引き付けていられるのは、辛うじて抵抗しているからです。車輌の損傷が深刻になり、動作が出来なくなったら、あのトライアングルは此方(こちら)に向かって来ますよ。 そうなったら二対三、二輌の浮上戦車(ホバー・タンク)で三機のトライアングルは抑えられません。そうなってからでは、手遅れです。」
吾妻一佐が反論に窮(きゅう)していると、立花先生は茜の背後から緒美達の正面へと回り、諭(さと)す様に言うのだった。
「落ち着いて、鬼塚さん。この場は、防衛軍の人に任せて。この間の様な事はもうしないって、理事長とも約束したでしょう?」
しかし、その言葉に応えたのは、茜だった。
「約束を守っても、それで誰かが死んじゃったら、意味が無いです! 応戦します。」
「茜ちゃん…。」
途方に暮れる、そんな表情の立花先生へ、微笑んで茜は言うのだった。
「先生が、わたし達が危険な目に遭わない様に考えて呉れてるのは、解ります。でも、出来る事をやらないで、被害が出るのを黙って見てるのは、わたしは嫌です。」
「茜が出るのなら、わたしも出るわよ。」
そう声を上げたのは、茜の背後に立つ、ブリジットである。
「ダメよ。LMF はプラズマ砲の、再装備作業中でしょ。」
「プラズマ砲が無くっても、LMF でも、格闘戦が出来るんでしょ?」
茜は振り向いて、応える。
「Ruby に、腕を使った格闘戦の、経験の蓄積が少な過ぎるわ。今回は、プラズマ砲の再装備を待って。」
「でも…LMF のプラズマ砲が使える様になっても、至近距離での戦闘になったら、役に立たないんでしょ?」
「やり様は幾らでも有るわ、その辺りは、部長が考えて呉れる。 ですよね、部長。」
茜は視線を緒美に向け、同意を求めるのだった。それに応える様に、緒美は頷(うなず)いた。
しかし、ブリジットは納得しない。
「でも…。」
「それに、ブリジットがここに残って呉れた方が、わたしが安心して前に出られるの。あなたは、わたしが失敗した時の、最後の保険なのよ。」
「でも!」
「ブリジット、お願い。」
ブリジットは俯(うつむ)き、渋渋と言った体(てい)で答える。
「分かった…。」
そんな二人の遣り取りに次いで、大久保一尉が彼の背後に立つ飯田部長に、振り向いて訊(き)くのだった。
「御社の装備が実戦レベルにあるのならば、我々に貸与してはいただけませんか?」
「あ~、流石にそれは…。」
飯田部長の濁(にご)す様な返事を遮(さえぎ)って、緒美が発言する。
「現段階で HDG は個人の身体に合わせて、細かい設定や調整が必要なので、今、HDG を扱えるのは彼女だけです。」
説明が煩雑になるので緒美は言及しなかったが、身体と HDG とのインターフェースであるインナー・スーツが茜にしか着用出来ない時点で、他の誰かが HDG を使用出来ないのは明らかなのである。大久保一尉は、そう言った細かい点までは追求せず、次の提案をする。
「そうか。では、あの浮上戦車(ホバー・タンク)では?」
大久保一尉は、今度は緒美に問い掛ける。
「操縦方法が独特なので、習熟するのに時間が掛かるかと。」
そう緒美が答える一方で、飯田部長は桜井一佐の方へ視線を向ける。彼は LMF ならば、操作の大半を Ruby が行っているから、緒美の言う様な習熟の度合いは関係ないだろうと、一瞬、思ったのだ。しかし、桜井一佐は静かに、首を横に振る。
実は、Ruby の開発計画に就いて、詳細は陸上防衛軍には明かされてはいなかった。この場で、その詳細を把握しているのは飯田部長と航空防衛軍の所属である桜井一佐、この二名のみだった。今回、Ruby が外部スピーカーで発話しない設定になっているのも、その秘密保持を理由とする措置なのである。陸上防衛軍側は吾妻一佐でさえ、Ruby の様に会話でコミュニケーションが取れるレベルの AI が LMF に搭載されている事を把握していなかった。
「まぁ、そう言った訳(わけ)ですので、この場でお貸しするのは適当ではないかと。」
愛想笑いしつつ、飯田部長は大久保一尉に断りを入れる。すると、大久保一尉は困惑気味に言うのだった。
「しかし、民間の…それも未成年者を、この状況で現場に出す訳(わけ)には…。」
その発言に重ねる様に、茜が声を上げる。
「もう、そんな事言ってる場合ですか!」
正面の大扉へ向かって、茜が歩き出すと、再び立花先生が茜に前に立ち、両腕を広げて言った。
「ダメよ、茜ちゃん。出てはダメ。 わたしは、力尽(ちからず)くでも止めるわよ。」
「立花君!落ち着きなさい。」
少し大きな声で、飯田部長が声を掛ける。その方向に立花先生が視線を向けると、飯田部長は首を左右に振ってみせるのだった。
「部長…。」
愕然としている立花先生に、緒美が微笑んで言う。
「今、この場で天野さんに力(ちから)で対抗出来るのは、LMF 位(くらい)ですよ、先生。」
茜は、立ち尽くす立花先生の横を通り過ぎる際、小さな声で伝えるのだった。
「ごめんなさい、先生。」
そして前を向き、大扉に向かって歩き乍(なが)ら、茜は緒美に問い掛ける。
「部長、何か指示は有りますか?」
緒美はヘッド・セットのマイクを口元に寄せ、立て続けに指示を出すのだった。
- to be continued …-
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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