第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)
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その翌日、2072年8月8日、月曜日。
前日迄(まで)と同じ様に、この日も朝から LMF のシミュレーターに因る、格闘戦動作データの集積が続けられていた。そんな中で午後二時を過ぎた頃に報じられた情報に、兵器開発部のメンバー達は緊張するのだった。九州北部でのエイリアン・ドローンの襲撃、その報道である。
報道を受け、緒美達はシミュレーターの実行を中断し、それ以降の情報の推移に注目した。幸いにも、天神ヶ崎高校の地域に迄(まで)で、エイリアン・ドローンが到達する事は無く、午後四時を前にして事態は収拾されたと報じられたのである。
「流石に、防衛軍の迎撃態勢が、追い付いたって所かしら?」
防衛省からの事態収拾の発表を受けて、安堵(あんど)した様に、そう、立花先生が言った。続けて、直美が尋(たず)ねる。
「これで暫(しばら)くは、安心していいんですかね?先生。」
「そりゃ、防衛軍だって遊んでる訳(わけ)じゃないでしょうから。安心させて貰えないと、困っちゃうわよね。」
続いて、恵が立花先生に話し掛ける。
「襲撃が有っても、今回みたいに防衛軍が水際で撃退して呉れるなら、わたし達が出て行く心配をしなくてもいいんですけどね。」
「まあ、そこの所は、防衛軍を信頼するしかないでしょう?」
その一方で、クラウディアが何やら不穏な事を言い出す。
「でも、撃墜した数が合ってないって、そんな話も出てますね、ネットでは。 こんなのは珍しい、みたいですけど。」
「どう言う事?クラウディアちゃん。」
立花先生に聞き返されて、クラウディアは自分の PC を操作しつつ、答える。
「何人か、この手の事件の推移を追い掛けてるウォッチャーが居るんですけど、最初に発表したエイリアン・ドローンの数と、撃墜数の最新値に十機前後の誤差が有るって…まあ今の所は、集計の間違いかも、ですけど。」
「珍しいの?そう言う事。」
クラウディアの説明を聞いて、立花先生は緒美に尋(たず)ねた。緒美は小さく頷(うなず)くと、答える。
「そうですね、余り…聞いた事が無いですね、そんな事例は。防衛軍は、発表する数字には気を遣ってると、思ってましたけど。」
「…あ、防衛軍も数が合わない事に関しては、認めてますね。五、乃至(ないし)は八機の行方が不明。記録を照合中、だそうです。」
クラウディアが操作する PC のディスプレイを彼女の背後から覗(のぞ)き込み、維月が言う。
「あなた、まさかハッキングしてないよね?」
「してません。ご覧の通り、普通に、公式発表されてるでしょ。」
「あ、ホントだ。」
左後方に立っている緒美の方へ首を回し、クラウディアは訊(き)いてみる。
「何でしたら、防衛省にアクセスして、もうちょっと探ってみましょうか?部長さん。」
緒美はニッコリと笑い、答えた。
「それには及ばないわ、カルテッリエリさん。」
緒美の答えに被せる様に、維月が釘を刺す。
「やっちゃダメ、って意味だからね。解ってる?クラウディア。」
「説明して呉れなくても、解ってます、イツキ。」
その後は、直美とブリジットがそれぞれ一時間ずつ、LMF のシミュレーターを実行して、その日の部活は終了となった。勿論、夜間の Ruby に因る自律制御でのシミュレーター実行は、前日迄(まで)と同じ様に続けられたのである。
一日置いて、2072年8月10日、水曜日。
兵器開発部の部員達が帰省の為に学校を離れるのは、明後日の12日からの予定だったが、LMF の格闘戦用動作データ取りが順調に進んだ事もあり、事実上この日が夏休み期間中の部活最終日となっていた。活動休止期間は一日繰り上げて明日から、との扱いになり、部員達それぞれは、翌日を帰省の準備に充てる積もりでいた。
そして、この日のメニューは、LMF を実際に稼働しての、ロボット・アームの動作確認である。
前日迄(まで)、シミュレーターに因ってロボット・アーム動作の制御経験を積み上げて来た Ruby だったが、それが実際の運用でも活かす事が出来るのか、それを確認しておく必要が有るのだ。とは言え、最初から完全に Ruby の制御に因る操作では、何らかの不具合が有った際に危険なので、最初は HDG を接続しての『連動モード』から、動作確認を行う計画が立てられたのである。
「どうして、俺はこんな所に居るんだろう?」
場違いな雰囲気に飲まれつつ、自警部の三年生、長谷川 健治はポツリと言った。
見回せば、概(おおむ)ね夏の私服姿の女子達が、例えば浮上戦車(ホバー・タンク)の操縦席部分を切り離す作業をしていたり、唯一人、制服を着ている同学年の緒美は何かのコンソールの前で下級生の女子二人と難し気(げ)な打ち合わせをしていたり、或いは、少し離れた場所には男子生徒達の間で密かに人気の立花先生が居て、そして何より、ほぼ目の前には、男子生徒達の間で一番人気の女子である森村 恵が、もう一人の下級生女子と、長谷川が自警部から運んで来たマルチコプターに、鉄板を吊り下げる為の処置をやっているのだった。健康な十代の男子高校生である長谷川に取ってみれば、それは身の置き場と、目の遣(や)り場に困る状況であり、それが一時間程前から継続中だったのである。
そんな事を考えていた長谷川の、ほぼ無意識に出た先程の発言に、恵が答える。
「それは、長谷川君が、前にアレを見ちゃったから、よ~。」
向かい側にしゃがみ込んでいる恵は左手の親指で、向かって右側の LMF を指している。
「アレ、って?」
「HDG と LMF。 本社が開発中の、言わば秘密兵器。偶然とは言え、マルチコプターの操縦資格保有者が長谷川君で、助かったわ。」
「何だって、あんな物騒な物にキミ達が関わって…。」
「それを知っちゃったら、秘匿するべき事項が増えるだけよ。それでも聞きたい?」
恵は遠慮無く、長谷川の目をじっと見詰めて来るので、彼は視線を上に外して答えた。
「いや、止めとく。」
その答えに、恵はニッコリと笑って言った。
「賢明な判断、だと思うわ。」
そこで、その場に居たもう一人の下級生、佳奈が作業を終え、声を上げた。
「終わりました~。 外しちゃったカメラ・ユニットは、あとで元通りに付け直してお返ししますからね、先輩。」
佳奈が言った通り、元元、マルチコプターに取り付けられていた撮影用機材一式は、その取り付け用のパーツやネジ類が、小さなトレイや、ケースに分類されて、一つのパーツ・ボックスに収められている。佳奈は、そのパーツボックスを、長谷川がマルチコプターを積んで運んで来た、手押し台車に乗せる。
マルチコプターの方には、2メートル程のワイヤーの一端がマルチコプター下部のフレームに、もう一端が50センチ角の鉄板に取り付けられていた。
「この鉄板も秘密?」
そう長谷川に訊(き)かれ、恵はくすりと笑って答えた。
「これは昨日、重徳(シゲノリ)先生の所で貰って来た端材ね。」
そこへ、歩み寄って来る緒美が、声を掛けて来る。
「そっちの準備は終わった?」
「は~い、部長。終わりです~。」
キュロットパンツにノースリーブのシャツを着た佳奈が、そう答えて立ち上がると、続いて、丈の長いワンピース姿の恵も立ち上がるので、長谷川もそれに続いた。
因(ちな)みに、長谷川の服装はと言うと、プリント柄のTシャツに、膝丈(ひざたけ)のハーフパンツと言う組合せである。
「それじゃ、長谷川君。その状態で飛べるか、確認してみてちょうだい。」
緒美はマルチコプターの傍(そば)まで来ると、そう長谷川に依頼する。続いて、恵が補足を加える。
「鉄板の重量は4キロ位(ぐらい)の筈(はず)だけど…。」
「なら、大丈夫じゃないかな。このモデルの可搬重量は、6キロだから。」
そう答え乍(なが)ら、長谷川は手押し台車へと向かい、乗せてあったコントローラーを手に取る。コントローラーの電源源を入れると、今度はマルチコプターへと近寄り、本体側のスイッチを入れる。
「じゃあ、皆(みんな)、ちょっと下がってね。」
マルチコプターの周囲から離れるように、長谷川が手を振ってみせると、緒美達は数メートル離れた位置に移動し、それぞれが機体に注目するのだった。間も無く、搭載されている六つのローターが回転を始める。
「それじゃ、行くよ。」
モーターの回転音と、ローターが風を切る音が格納庫内に響くので、長谷川は少し大きな声を出した。LMF のコックピット・ブロックを切り離していた直美達も、その作業を終えて長谷川が操作するマルチコプターを注視していた。
マルチコプターは、するすると垂直に上昇を始め、数秒後には、その機体下部に取り付けられたワイヤーが鉄板を吊り下げて1メートル程の高さまで持ち上げた。
緒美は長谷川に近寄って、要望を伝える。
「ちょっと、前後左右に動かしてみて。」
「こんな感じ?」
長谷川は緒美の要求に従い、マルチコプターを前後や左右に、高度を変えずに動かしてみせる。すると、吊り下げられた鉄板が慣性や空気抵抗で、加速するのとは逆方向へと揺れるのだった。緒美は、それを見て長谷川に訊(き)いた。
「コントロールに問題は無い?」
「この位(くらい)のスピードならね。今以上、速く動かすと、向きを変えた瞬間に、慣性で鉄板に引っ張られてバランスを崩すかも知れないけど。」
「解ったわ。取り敢えず、降ろしていいわよ。 それじゃ、午後からが、テストの本番だから、よろしくね。」
長谷川は、ゆっくりとマルチコプターを着地させると、緒美に問い掛けるのだった。
「で、具体的には何をどうすればいいのかな? 昨日、マルチコプターを兵器開発部に持って行って、実験か何かに協力してやって呉れ、って、俺はそれだけしか自警部(うち)の部長からは、聞いてないんだけど。」
「それに就いては、これからお昼でも食べ乍(なが)ら説明したいと思うけど。お昼は、誰かと約束でも有るのかしら?」
「いや、それは無いけど。」
その返事を聞いて、緒美は右手を挙げて部員達に声を掛ける。
「それじゃ、お昼にしましょう、皆(みんな)。」
周囲から「は~い」との返事の後、部員達が集まって来るのだった。
長谷川も含めて、一同は東側一階の出入り口へ向かって歩き出す。何と無く、近くに居た恵に、長谷川は尋(たず)ねてみる。
「そう言えば、あのマルチコプターにワイヤーを繋(つな)げてたブラケットはさ、アレ、こっちで作ったの?」
「ああ、あれは昨日、鉄板を貰いに行った時に、一緒に。ね、古寺さん。」
「はい。図面を持って行ったら、重徳先生が加工して呉れました。凄いんですよ~三十分掛からずに、余ってる材料からパパッと。」
「へえ~、あの重徳先生が、ねぇ…。」
長谷川が意外に思ったのも、無理はない。男子生徒の間では、重徳先生は厳しいので有名なのである。
そして、瑠菜が続いて言うのだった。
「実習工場の機械を借りて、わたし達で加工はする積もりだったんですけどね。佳奈が描いた、図面の出来が良かったそうで。『満点だ』って、ノリノリで加工して呉れましたよ。」
「うえ~俺なんか、あの先生に褒められた事なんか、一度も無いよ。」
「佳奈は、重徳先生からの評価が高いんですよ。実習の授業でも、一目置かれてる感じだもんね。」
「あははは~。」
照れ笑いする佳奈に、恵が言う。
「古寺さんは、素直だしね~。」
そこに、樹里が参加して来る。
「佳奈ちゃんは、お父さんと一緒に、昔から機械弄りとかやってたのよね。」
それを聞いて、長谷川が尋(たず)ねる。
「お父さんのお仕事は、そっち系?」
佳奈は即答する。
「いいえ~保険の会社です、家(うち)のお父さんの勤め先。古い機械とかのレストアは、お父さんの趣味ですよ~。」
「佳奈ちゃんに、そんな才能が有るなんて、中学の時はわたしも知らなかったな。」
そう言って、樹里は佳奈に微笑みかけると、佳奈は「えへへ」と、又、照れ笑いをするのだった。
そんな会話をし乍(なが)ら、一行は学食へと向かったのである。
この後、打ち合わせを兼ねて緒美達と、うっかり昼食を共にしてしまった為、長谷川はその姿を目撃した他の男子生徒達から散散(さんざん)、冷やかされる事になる。その席に立花先生や、恵もが同席していたからなのだが、実は入学以来、常に学年トップの成績を維持していた緒美も亦(また)、結構な有名人であり、それなりに彼女のファンが存在していたのだ。
更に後(のち)、長谷川とは割と頻繁にコンビを組む事の有る二年生の田宮が、その時の噂話を伝え聞いた事に因り、態度が急に冷たくなったりして、長谷川は少なからず困惑したりするのだが~それは、本筋とは全く関係の無い話である。
- to be continued …-
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