STORY of HDG(第12話.17)
第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)
**** 12-17 ****
「先(ま)ず、先生方に避難して貰う時間を稼ぎたいから、向こうが仕掛けて来たら応戦して、滑走路の方へ引っ張って行ってちょうだい。細かい判断は任せるけど、プラズマ砲を撃つ時は、水平には撃たないでね。必ず、そうね、仰角が 10°以上で、トライアングルが飛び上がった所を狙って。」
「分かりました。ランチャーは?」
「LMF のウェポン・ベイに入ってるのが使える筈(はず)だけど、こっちも校舎や格納庫の方へ向けては、撃たないように。注意して。」
「オーケーです。」
そこで、塚元校長が緒美に向かって言うのだった。
「鬼塚さん、無茶よ。多勢に無勢でしょ、ここは逃げる方法を考えるべきよ。」
「校長先生、エイリアン・ドローンは自分より大きくない相手には、同士討ちを避ける為に、一機ずつしか仕掛けて来ません。だから、六機居ても、実質は一対一なんですよ。」
この説明の内容は概(おおむ)ね事実なのだが、最後の結論部分は気休めである。実際に飛び掛かって来るのは一機ずつだとしても、交代して連続で攻撃を仕掛けて来るので、実質は一対一とは言えないのだ。とは言え、LMF のディフェンス・フィールドは HDG のそれよりもジェネレーターが高出力の仕様なので、トライアングルの攻撃は十分、無効化が出来ると緒美は踏んだのである。その点に関しては、茜も同意見だった。
そして天野理事長が、校長に言う。
「ここは、鬼塚君の判断に従おう、校長。今迄(いままで)の経緯から見ても、鬼塚君の判断は的確だ。」
塚元校長は落ち着いた口調で、天野理事長に反論する。
「しかし理事長、生徒を危険な目に遭わせる訳(わけ)には。そもそも、あれに乗っているのは、貴方(あなた)のお孫さんじゃないですか。」
天野理事長は一瞬、眉間に皺(しわ)を寄せるのだが、一呼吸して、言葉を返した。
「そんな事は分かっている。今は、被害の拡大を防ぐ事が最優先だ。その為に、鬼塚君の判断に、わたしは乗る。但し、この場には、わたしも残るぞ。勿論、孫娘の事は心配だが、防衛軍に話を付けねばならんからな。いいかな?鬼塚君。キミの指揮には、口は出さない。」
「駄目って言っても、聞いては頂けないでしょうから。ですけど、安全の保証は致し兼ねますよ。」
「構わんよ、それは本来、わたしがキミ達にしてやるべき事だからな。」
天野理事長はニヤリと笑うが、彼は緒美の後方に居たので、緒美には、その表情は見えていなかった。だが、緒美には天野理事長の発した言葉の語感から、その表情が見えた気がして微笑んだのだった。
すると、塚元校長が言うのだ。
「理事長がここに残ると仰(おっしゃ)るなら、わたしも避難する訳(わけ)には…。」
天野理事長は、塚元校長が言い終わらない内に、穏(おだ)やかに声を上げた。
「校長、貴方(あなた)は学校の、実務の責任者だ。自治体への連絡、生徒と教職員の安全確保、避難誘導、やるべき事は沢山有ります。 前園君、タイミングが来たら、校長を連れて行って呉れ。」
黙って様子を見ていた前園先生に、天野理事長は塚元校長の身柄を託すのだった。前園先生は「分かりました。」と、簡潔に答える。
それに続いて、緒美は前を向いた儘(まま)、背後に居る飛行機部の金子に声を掛ける。
「金子ちゃん、第一格納庫に居る、飛行機部の部員は何人?」
金子は、ハッとした様に、少し慌てて答えた。
「四…いや、五人居る筈(はず)。」
「それじゃ、合図したら後ろ、一階東側の出口から出て、格納庫の北側を通って第一格納庫へ。格納庫の陰を移動すれば、トライアングルの目に付く事は無い筈(はず)だから。飛行機部の人と合流して、シェルターへ避難してね。長谷川君、あなたが誘導してあげて。」
急に話を振られ、マルチコプターのコントローラーを持った儘(まま)、緒美の前に立っていた長谷川が声を返す。
「俺?」
「あなた、自警部でしょ。自警部の仕事をしてちょうだい。」
緒美は、長谷川や自警部を非難している訳(わけ)ではない。緒美の口調は、極めて冷静で事務的だった。一方で、皮肉を込めて金子が、自警部を茶化すのである。
「自警部って言ったって、肝心な時に、役に立たないのね。」
「素手や、丸腰で、どうしろって言うんだよ。」
大きな声は上げなかったが、長谷川は思わず、身体を金子の方へ向けて言ったのだ。その瞬間、格納庫の前で様子を窺(うかが)っているトライアングル達の頭部が、一斉に長谷川の動きを追う様に動いた。
「長谷川君、動かないで。」
静かな口調で、緒美が注意する。
「あ、ごめん。」
そんな遣り取りを黙って見ていた立花先生だったが、長谷川の言った『丸腰』との言葉から、格納庫の二階北端の部屋に収納されている、資料名目の銃器類の存在を思い出していた。勿論、今、その話を出すと、却って状況がややこしくなりそうだったので、黙って居たのだ。
「取り敢えず、第一格納庫の方(ほう)に、連絡しておくね。」
そう言ったのは、金子の左後方に立っていた武東である。
「携帯、使える?」
その緒美の問い掛けに、武東は微笑んで答える。
「わたしの位置だと、エイリアン・ドローンからは見えないと思う。わたしの方からは、よく見えないから。」
武東の立っている左前方には、塚元校長や前園先生、立花先生や理事長秘書の加納達が立っており、武東からは格納庫の外の様子は、良く見えなかったのだ。実際、ポケットから携帯端末を取り出して操作しても、先程の長谷川の様にトライアングル達が反応する事は無かった。
「もしもし、武東よ…。」
第一格納庫の飛行機部員と通話している武東の声が聞こえる中、緒美に茜が呼び掛けて来る。
「部長。この儘(まま)、睨(にら)み合ってても埒(らち)が明かないので、此方(こちら)から鎌を掛けて見ます。じっとしてても、LMF の燃料は消費してますので。 其方(そちら)の方は、話は付きましたか?」
「いいわ、其方(そちら)のタイミングで動いてちょうだい。わたしも好(い)い加減、『だるまさんが転んだ』状態には、飽きて来た。」
通信から、茜の「ふふっ」と笑った息が聞こえると、茜は Ruby に対して指示を出すのだった。
「それじゃ、Ruby、ホバー起動。それから、右のウェポン・ベイからランチャーを出してちょうだい。」
「ホバー・ユニットを起動。右ウェポン・ベイから CPBL をお渡しします。」
LMF 脚部のホバー・ユニットが起動すると、その空気の噴出音と、機体の浮き上がる動作に、トライアングルはピクリと反応した。そして、LMF 胴体部上部のウェポン・ベイが開き、内部からランチャーを保持したアームが前端部を軸に半回転する、茜の右前方へランチャーを搬出する動作が始まると、西側に向いていた LMF の、ほぼ正面に位置して居たトライアングルが一機、二対の脚部を高速で動かして LMF へと突進して来たのだ。
茜が右前方のランチャーに手を伸ばし、HDG のマニピュレーターでランチャーのグリップ部を掴(つか)もうとした時、突進して来たトライアングルが、向かって右から、左へと振り抜いた鎌状のブレードが、LMF のディフェンス・フィールドに接触し、青白い閃光が弾ける。
茜はランチャーを受け取り乍(なが)ら LMF の向きを南へと向け、機体を加速させて滑走路に繋(つな)がる誘導路へ向かった。進路上に居た別のトライアングルの脇を擦り抜けると、六機のトライアングルは一斉に向きを変え、LMF を追って動き出したのだった。
その様子を見て、緒美は振り向き、声を上げる。
「校長先生、前園先生、今の内に避難してください。奥、東側出口へ、急いで。」
そして、前方に居た長谷川にも声を掛けた。
「長谷川君も、金子ちゃんと武東ちゃんを。」
「了解! 行こう、金子さん、武東さん。」
すると、金子と武東は口口(くちぐち)に、緒美に声を掛けるのだった。
「鬼塚、気を付けて。」
「鬼塚さん、また、後でね。」
緒美は微笑んで、応えた。
「ええ、また、後で。」
長谷川と金子、武東の三名は格納庫の奥へと向かって走り出す。一方で、先に奥へと向かっていた塚元校長は、一旦(いったん)立ち止まり、振り返って声を上げた。
「立花先生、加納さん、お二人は?」
立花先生は、透(す)かさず答える。
「わたしは、顧問ですので。兵器開発部の。」
次いで、秘書の加納が声を上げた。
「わたしは、理事長の警護も兼務しておりますので、お構いなく。」
二人の返事を聞いて、前園先生が塚元校長の肩を叩き、言った。
「皆(みんな)、それぞれの仕事をやってる。わたし達も、やらないと。」
「分かりました。」
そう答えて、塚元校長と前園先生の二人も、格納庫の奥へと向かったのだった。
「立花先生も、避難して頂いて構わなかったんですよ?」
恵が少し意地悪気(げ)に、立花先生に言った。すると立花先生は微笑んで、恵に言葉を返す。
「わたしを、仲間外れにしないでって、前にも言ったでしょう?」
「でしたっけ。」
恵も微笑んで、応えるのだった。
一方で天野理事長は、加納を伴って格納庫の奥へと進み、緒美達とは少し距離を取るのである。
「加納君、取り敢えず、防衛省、平野さんに連絡を。」
「防衛省から、ですか?」
「多分、その方が話が早い。急いで呉れ。」
「承知しました。」
そんな遣り取りの後、加納が携帯端末を操作している。
それと、ほぼ同時に緒美は、瑠菜と佳奈に指示を出すのだった。
「瑠菜さん、古寺さん、観測機、残り二機も出してちょうだい。余り、エイリアン・ドローンには近付けない様に、注意してね。」
「分かりました。」
コンテナに格納されていた、残り二機の球形観測機がふわりと浮き上がると、瑠菜と佳奈の操作で格納庫の外へと出て行く。それを見送る間も無く、緒美はクラウディアに声を掛けた。
「カルテッリエリさん。」
急に呼び掛けられ、クラウディアは少し驚いて返事をする。
「Oh、はい。」
「防衛軍の動き、出来るだけ情報を集めてちょうだい。手段は問わないわ。」
緒美のリクエストを聞いた、クラウディアの後ろに居た維月が声を上げる。
「ちょっと、鬼塚先輩、いいんですか?」
「構わないわ、非常事態よ。」
緒美の答えを聞いて、維月は立花先生に訴え掛ける。
「先生~…。」
「わたしは、何も聞かなかった事にするわ。」
そう応えた立花先生は、苦笑いである。
「それじゃ、お願いね。カルテッリエリさん。」
「Jawohl!(ヤヴォール)」
緒美に対して、珍しくドイツ語で「はい。」と答えたクラウディアは、愛用のモバイル PC を取り出し、猛然と操作を始める。
「井上さんは、カルテッリエリさんのサポート、宜しく。」
「はいはい、おかしな事をやらないか、監視役ですね。了解しました。」
諦(あきら)め顔で、そう緒美に返事をする維月に、クラウディアは言う。
「しないわよ。おかしな事なんて。」
「あー、そうですか。」
そう維月が、聊(いささ)かぶっきら棒に答えたあとで、二人は、くすりと笑い合うのだった。
- to be continued …-
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