STORY of HDG(第13話.01)
第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール
**** 13-01 ****
2072年8月11日・木曜日、エイリアン・ドローンとの交戦に因り LMF が大破した、その翌日である。
時刻は午前十時を少し回った頃、維月の姉である井上主任が、天野重工本社、開発部設計三課のオフィスへと入って来る。
その姿を認めた安藤が、井上主任に声を掛けた。
「あ、おはようございます、主任。 昨日の定例会議、如何(いかが)でした?」
「如何(いかが)も何も、全く進展無し。もう、出席するのを止めにしたいわ。時間の無駄だもの。」
安藤に、そう答え乍(なが)ら、井上主任は安藤の向かい側のデスクへと到着する。三課のオフィスの中に、今、居るのは安藤と井上主任の二人だけだった。他のメンバーが『ラボ』の方で作業中なのは、井上主任には直ぐに見当が付いた。
「三ツ橋も JED も、自分の所の進捗、隠してるんじゃないですか? 天野重工(うち)だって、Ruby の事は全部報告してはいないんですし。」
「まぁ、その可能性は有るけど…彼方(あちら)の担当者の口振りじゃ、それは無さそうよね。」
持って来ていた小さ目のバッグをデスクの引き出しの中に仕舞うと、井上主任は不在にしていた一日の間に、デスク上に積まれた書類のチェックを始める。本来はペーパーレス化が進んでいる筈(はず)のオフィスなのではあるが、デスクに不在勝ちな井上主任に対しては、目に付き易い様に敢えてプリント・アウトしてデスク上に置いて行くのが、いつの間にか習慣化しているのだ。
一通り、デスク上の紙片を捲(め)り終えた井上主任が、顔を上げて安藤に問い掛ける。
「それで、連絡の有ったレポートはどこかしら?」
「あ、それなら此方(こちら)に。」
安藤は腰を上げ、正面のパーティション越しにプリント・アウトされた紙の束を差し出す。
「ありがと。」
井上主任はプリント・アウトされているのが当然であるかの様に、それを受け取って表紙を確認する。
「ホントに会長が書いたのかしらね?」
表紙には報告者として、天野重工会長である『天野 総一』の名前が記載されていた。
「らしいですよ、現場にいらっしゃったそうですから。」
「ふうん…で、読んだ?これ。」
井上主任は表紙を捲(めく)り、記載を目で追い始める。その様子を眺(なが)め乍(なが)ら、安藤は答える。
「はい。読んでおけ、との仰(おお)せ付けでしたので。」
「そう、じゃ、要約して聞かせて。」
そう安藤にリクエストする一方で、目ではレポートの記述を追い続けている井上主任である。安藤は、少しの間、考えてから話し始める。
「そうですね…戦闘に至る経緯は、余り重要では無いのでバッサリ、カットしますけど。状況としては LMF に HDG をドッキングした状態で、トライアングル六機との交戦状態になります。」
「HDG のドライバーは、会長のお孫さんなのよね?」
相変わらず、レポートの記述を目で追いつつ、井上主任は尋(たず)ねて来る。安藤は、即答する。
「はい、そうですよ。」
「続けて。」
「はい。それで、三機のトライアングルを撃破した後、LMF のホバー・ユニットが損傷します。その為に機動力の落ちた LMF がトライアングルに捕捉され、Ruby の判断で HDG を切り離し、LMF が囮(おとり)になって、残った三機のトライアングルを、分離した HDG で撃破した、と、そんな流れですね。」
「その作戦、発案は部長の鬼塚さん、って事になってるわね。」
「はい、先に LMF を囮(おとり)にする事に言及してたらしいですね。徒(ただ)、最終局面でそれを提言したのは Ruby 自身で、緒美ちゃ…鬼塚さんは追認って感じみたいです。」
「それで、緊急シャットダウンか…それをやる必要は有ったのかしら?…ああ、電源、第一メイン・エンジンが損傷…か。成る程。」
安藤が再び席に腰を下ろすと、大きく息を吐(は)いた後、井上主任が訊(き)いて来る。
「所で、課長は?」
「第四会議室です。そのレポートを読んだら、来てくださいって。大沼部長と飯田部長が、主任の見解をお聞きになりたいそうなので。」
「あらま。」
一言だけ安藤に返すと、井上主任は椅子の背凭(せもた)れに掛けていたジャケットのポケットから携帯端末を取り出し、パネルを操作して耳元へ当てる。
「あ、井上です…はい、今し方。…はい、では、今から伺(うかが)います。」
通話を終え、携帯端末をジャケットへ仕舞った井上主任に、安藤は尋(たず)ねた。
「課長、ですか?」
「ええ。今から行って来るわね、会議室。」
「ご苦労様です。」
その場を去ろうとした井上主任は、三歩進んだ所で思い出した様にデスクに引き返し、引き出しの中に仕舞っていたバッグの中からメモリー・デバイスを一つ取り出すと、安藤に差し出して言った。
「これ、昨日の会議の議事録。皆(みんな)と共有出来るようにしておいて、ゼットちゃん。」
「了解です。」
安藤にメモリー・デバイスを渡すと、ジャケットを羽織りつつ、井上主任は早足でオフィスから出て行ったのだった。
井上主任は第四会議室に入ると、先(ま)ず出席者を確認した。安藤が言っていた通り、直属の上司である開発部設計三課の赤坂課長と、その上司である大沼部長、そして事業統括部の飯田部長が既に着席していた。更に、天野会長の姿も有ったことには、井上主任は少なからず驚いていた。
Ruby の開発責任者に任命されて以降、打ち合わせや進捗の説明の為に、何度も会議に呼び出されていたので、井上主任は天野会長とは面識が有ったのだ。
因(ちな)みに、天野会長はこの日の朝一番に、天神ヶ崎高校から本社へと移動して来ていた。その移動に社用機が使われたことは、言う迄(まで)も無い。
「井上主任、こっちへ。」
赤坂課長が、入り口で一礼している井上主任に声を掛ける。井上主任は指示に従って、赤坂課長の隣の席に着いた。
「そう言えば、昨日は三社の連絡会議だったそうだね。彼方(あちら)側の様子は、どうだった?井上君。」
そう話し掛けて来たのは、飯田部長である。井上主任は、一息を吸い込んで、答える。
「まぁ、相変わらず、と言った所でしょうか。三ツ橋も JED も、色々と条件を変えてシミュレーションを繰り返しているそうですが、芳(かんば)しい結果は出てない、との報告でした。」
「そうか。それで、今日、この会議に出向いて貰ったのは、Ruby に就いてなのだが。昨日の一件に関して、キミの意見を聞きたいと思ってね。状況だけを見ると、Ruby が茜君を庇(かば)って、所謂(いわゆる)『自己犠牲』的な行動を起こした様に見えるのだが、その辺り、開発責任者としては、どう見る?井上君。」
「そうですね…最終的には Ruby のログやライブラリを分析してみないことには、判断は為兼(しか)ねますが。」
井上主任の慎重な回答を受けて、大沼部長が発言する。
「仮に…ですが、Ruby の育成が企図したレベルに達したと判断された場合、本社へ引き上げさせますか?会長。」
「それは、どうだろう? 井上君は、どう考えるかね?」
天野会長の問い掛けに、井上主任は間を置かずに答えた。
「その判断は、拙速であるかと。Ruby はギリギリ迄(まで)、あの子達の側(そば)に置いておくべきです。」
「ほう、それは何故かな?」
そう訊(き)いて来たのは、飯田部長である。井上主任の答えは、早い。
「Ruby が対人関係を築いて来た対象が、あの子達だからです。Ruby が今回見せた反応が『自己犠牲』であると仮定するなら、それは対象があの子達、特に天野さんだったからこそ、ではないかと。 現状でのログの解析結果でも、Ruby が得ている好感度は、兵器開発部の中でも、特に三名に対してのスコアが、ずば抜けて高いので。」
「無理に引き離すと、逆効果になると?」
「はい。又、一から対人関係を構築することになれば、次も Ruby が相手に好感を抱くかどうかは、正直、分かりません。」
そこで、大沼部長が口を挟(はさ)むのだった。
「しかし、AI に好かれようと気を遣わなければならんと言うのも、難儀な話だな。」
それは、半分は冗談として口を衝(つ)いて出た言葉だったが、井上主任は冷静な口調で反論する。
「その位(くらい)、繊細で高度な思考能力が、『作戦』の遂行には要求されているんです、部長。それに、今、言われた様な発想が有る時点で、Ruby の、その人に対する好感度は上がりません。残念乍(なが)ら、その様に考える方(かた)が大半で、それが社内で Ruby の育成が進まなかった原因だと、分析しています。」
その発言に、執(と)り成す様に飯田部長が、声を掛けるのだった。
「まあまあ、井上君。その辺りは、大沼部長も理解してるよ。」
「そうですね。失礼しました。」
井上主任は、座った儘(まま)で、正面の席に着いている大沼部長に、小さく頭を下げる。その隣では、赤坂課長が苦笑いしてした。
大沼部長は、微笑んで応える。
「いや、構わんよ。」
そこで、天野会長が井上主任に尋(たず)ねるのだった。
「所で、井上君。先程の、Ruby の好感度が高い三名と言うのだが。差し支えなければ、名前を挙げて貰えるか。」
「あ、はい。三年で部長の鬼塚さん、二年でソフト担当の城ノ内さん、そして、一年生ですがテスト・ドライバーの天野さん。以上の三名です。」
「何故、その三名なのか? その辺りの分析は…キミの私見でもいい。有れば、聞かせて呉れ。」
「そうですね、ログの解析からの、現段階では私見ですが。三名に共通して、人と分け隔て無く接する態度、と言う要素は有りますが。 その上で、三年生の鬼塚さんは、矢張り、Ruby との接触時間が一番長いので。 二年生の城ノ内さんは、ソフト担当という役割上の関わりも有りますし、わたしのアシスタントとの交流も深い様子なので。 不思議なのは一年生の天野さんですね、彼女は Ruby との接触期間は半年に満たないのに、鬼塚さんに次ぐ好感度のスコアを記録しています。この三名のスコアは社内の誰よりも、わたしよりも数値的には高いスコアを記録しています。」
「ほう、うちの孫娘は、そんなにか。」
驚いたと言うより、嬉しそうな表情で、天野会長は言った。それに井上主任は、笑顔で答える。
「はい。天野さんの場合は HDG と LMF とがドッキングした際の、思考制御での遣り取りだとか、実際の戦闘の経験を共有しているだとかの要素も考えられますが。でも、それよりも、矢張り、天野さんは Ruby の事を、AI の『疑似人格』だとは思っていないと言いますか、普通の人と同じ様に Ruby と接しているのが、大きな要因ではないかと。」
「それは単に、茜が幼いだけではないのかな? ペットを擬人化している様な。」
「いえ、所有物の擬人化でしたら、もっと『上から目線』的な接し方になると思いますが、少なくとも、Ruby のログからは、Ruby がその様に扱われた、乃至(ないし)は、そう Ruby が受け取った様な記録は有りません。」
「そうか。成る程な。」
続いて、飯田部長が井上主任に問い掛ける。
「それでは、Ruby を彼女達に預けるのを継続するとして、だ。『作戦』への投入を見据えた場合、Ruby には実戦経験をもっと積んで貰う必要が有るが、これは当初からの計画でもあるが、それはどうする? この儘(まま)、彼女達を実戦に参加させ続ける訳(わけ)にもいくまい。」
「それに就いては、あの子達が既に解決策を見付けて呉れています。」
そう答えた井上主任に、大沼部長が言うのだった。
「シミュレーターか。」
「はい。」
井上主任は、頷(うなず)いて答えた。
- to be continued …-
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