第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール
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その、自転車で第三格納庫へとやって来たのは、飛行機部の部長である金子と、同じく会計担当の武東、その二人だった。飛行機部の部員は、部活中は『つなぎ』の飛行服を着用している場合が多いのだが、今日は二人共が制服姿である。二人は大扉の前に自転車を止めると、大扉の内側付近に陣取って戸外での HDG の様子を観察している一同、その前列に居た緒美に向かって、金子が声を掛ける。
「鬼塚~、今日届いたヤツ、順調そうじゃない。」
「ええ、まあね。」
緒美はヘッド・セットのマイク部を指で押さえ、微笑んで応える。すると、緒美の隣に立っている実松課長や畑中に向かって、武東が挨拶をする。
「本社の方ですよね?ご苦労様です。」
武東が会釈をすると、続いて金子も頭を下げるのだった。
畑中が、緒美に尋(たず)ねる。
「鬼塚君、此方(こちら)は?」
「あ、飛行機部、部長の金子さんと、会計の武東さん。二人共、電子工学科で、学年はわたしと同じです。明明後日(しあさって)の飛行試験では金子さんに、チェイス機の操縦をお願いして有るんです。」
続いて、緒美の背後に居た恵が、金子と武東に本社側二人の紹介をする。
「で、此方(こちら)が、本社開発部、設計一課の実松課長。此方(こちら)が試作部製作三課の畑中先輩。」
「あ、あの畑中先輩ですか。お噂は、予予(かねがね)。」
そう言ってニヤリと笑う金子に、畑中がコメントを返す。
「あんまり、いい噂じゃなさそうだなぁ。」
すると、武東がくすりと笑って言うのだった。
「いえいえ、倉森先輩からも、色々と伺(うかが)いましたよ。」
「倉森君から? って、それ、何時(いつ)の話?」
少し慌てて畑中が問い掛けると、それには金子が答える。
「何時(いつ)ぞや、模擬戦の準備か何かで、倉森先輩達が寮に泊まったじゃないですか。七月だったかな。」
それは陸上防衛軍の、戦車隊との模擬戦が行われた時の事である。天野重工からのスタッフは男女に分かれて、それぞれが男子寮と女子寮に、都合二泊していたのだ。金子達、現在の電子工学科の女子寮生が、同科の卒業生である倉森と懇親会を開いていたのは、二日目の夜の事である。
そして武東が、事情を知らずに口を滑らすのだった。
「そう言えば、婚約、されたそうで~倉森先輩から聞いてますよ。」
「あー。」
畑中は両手で額を押さえ、声を上げて俯(うつむ)くのだった。
一方で、その周囲に居た実松課長や立花先生、前園先生、そして恵と直美が揃(そろ)って「え?」と、声を上げるのだった。
その様子を見て、恐縮気味に武東は言うのだった。
「あれ~この話は、しちゃいけなかった…ですか?」
すると、実松課長が「あはは」と笑い、畑中の背中をバンと叩いて、言った。
「そう言う、めでたい話なら、教えて呉れたら良かったのに、畑中君。」
「ああ、スミマセン。こっちの子達に伝わると、絶対に冷やかされると思ったものですから。 でも、君達に、何でそんな話になったのかな?」
そう訊(き)かれて、武東が金子に問い掛ける様に言う。
「何でだっけ? 女子社員の婚期の話とか、一緒に来てた新田さん?が始めて…。」
「そうそう、それで倉森先輩が婚約した、って話になって~お相手はどんな人ですか~って流れだっけ?」
その二人の話を聞いて、苦笑いしつつ畑中が言う。
「成る程、バラしたのは、新田さんの方か…。」
それを金子が肯定するのだった。
「そう言えば、そうだったかも、です。」
それに対して、立花先生が言うのだった。
「まぁ、いいじゃない、畑中君。 何(いず)れは皆(みんな)に知れる事なんだから。」
「はぁ、まぁ、それはそうですけど。」
納得がいかない顔付きの畑中に、次は恵が問い掛ける。
「でも、どうして婚約なんです?結婚とか、入籍とかじゃなくて。」
「準備って有るだろ?色々と。 今は暫(しばら)く、HDG 関連の業務で試作部も忙しいからさ。式とか諸諸(もろもろ)は、来年になってからの予定なんだ。」
「へぇ~。」
そう声を上げた直美の顔が、『如何(いか)にして、冷やかしてやろうか』と思案を巡らせている様に見えて、畑中は声を張る。
「兎に角、その件は俺の超個人的な事柄だから。この話は、お仕舞い、いいかな。」
そこで蒸し返す様に、金子が周囲を見回し乍(なが)ら言うのである。
「そう言えば、今日は倉森先輩、いらっしゃってないんですか?」
「来てないよ!」
即答する、畑中であった。
そんな折(おり)、格納庫の奥から二人掛かりでB号機用の武装を運んで来た、佳奈と瑠菜が声を上げる。
「すいませーん、ちょっと、通してくださ~い。」
瑠菜が先頭になって運んでいるのは、長さが二メートル程の、金属製の棒状のデバイスである。瑠菜が脇に抱える様にしている方向が後端で、後方で抱えている佳奈の背後側に、つまりデバイスの先端側には、ビーム・エッジを発生させる複数のブレードと、荷電粒子ビームを撃ち出す砲身が取り付けられている。
大扉付近に並んでいた一同が二人に道を空けると、瑠菜と佳奈は十五メートル程離れた所で待っているブリジットの元へと、そのデバイスを運んで行くのだった。
「ああ、本社(うち)のスタッフに運ばせりゃ、良かったのに。」
二人を見送り乍(なが)ら、実松課長がそう言うと、畑中も謝意を述べる。
「あ、気が付かなくてゴメン、鬼塚君。」
「いえ、大丈夫ですよ。御心配無く。」
緒美は微笑んで、応えた。その緒美に、金子が尋(たず)ねる。
「何よ、あれ。」
「あれ? B号機用の武装よ。」
「B号機?」
そう聞き返す金子に、武東が言うのだった。
「あの白い方、でしょ?」
「ああ、明明後日(しあさって)、飛行テストするんだよね? 飛行ユニットは、まだ未装備なんだ。」
そこに直美が、口を挟(はさ)む。
「今日、明日は地上でのテストで、明後日(あさって)は、低空での飛行確認の予定。そっちは? 今日は飛ばない日?」
「うん、今日は明日のフライトに向けて、機体のチェックとか、フライトプランなんかの提出書類を作ったり、準備の日なんだ。」
そんな話をしていると、装備をブリジットに渡した瑠菜と佳奈が、緒美達の方へと戻って来るのが見える。緒美はブリジットに、通信で指示を出すのだ。
「ボードレールさん、最初はゆっくりでいいからね。初めから飛ばすと、筋肉とか痛めるから、少しずつ慣らしていって。」
「分かりました~。」
ブリジットは空いた左手を挙げて、緒美に応える。
瑠菜と佳奈が、二人掛かりで運んだB号機用の武装だったが、ブリジットの HDG-B01 は右手だけで軽々と持っているのだった。
緒美が思い出した様に、付け加えてブリジットに言う。
「あ、それから、荷電粒子ビームの安全設定は解除しない様に、ね。気を付けて。」
ブリジットは挙げていた左手を大きく三度振って、降ろした。そして、装備の柄(え)の部分を左右のマニピュレータで掴(つか)むと、ゆっくりと振り下ろしたり、『突き』や『払い』の動作を次々と実施していく。
その様子を観察して、実松課長が言うのだった。
「うん、マニピュレータの動きは、大丈夫そうだね。安心した。」
それに続いて、畑中が緒美に尋(たず)ねる。
「彼女、槍(やり)とか薙刀(まぎなた)とか、心得が有るの?」
その問いに緒美が黙って首を横に振ると、後ろから恵が説明を加える。
「ここ一週間位(ぐらい)、天野さんが調べて、動画とか参考にして練習してたんですよ。」
「付け焼き刃にしちゃ、様になってるでしょ?先輩。」
そう付け加えて、直美は笑った。それに、微笑んで恵も応じる。
「武道系ではないにしても、ボードレールさんは、スポーツは得意だもんね。」
そうこうする内、ブリジットの装備を振る勢いが段々と強く、早くなって行く。最終的には、装備が空気を切る音が、緒美達の所まで聞こえて来そうな勢いとなっていた。
緒美は制服のポケットから自分の携帯端末を取り出すと、時刻を確認する。時刻は十六時半を、少し回っていた。
「オーケー、ボードレールさん。今日は、ここ迄(まで)にしましょう。こっち、戻って来て。」
ブリジットは装備を上段の構えから振り下ろした所で動きを止めると、上体を起こした。そして緒美達の方へと身体を向けると、装備を肩に担(かつ)ぐ様にして、茜と共に格納庫へ向かって歩き出す。
緒美の傍(そば)から離れた畑中は、東側へ引かれた大扉の前付近に座り込み、休息がてらに HDG の動きを見ていた他のスタッフ達へ、号令を掛けるのだった。
「それじゃ、B号機がリグに接続したら、点検を始めまーす。準備、お願いします。」
前回の模擬戦の時も来ていた大塚を含め、六名の試作部スタッフ達は銘銘(めいめい)が立ち上がると、格納庫内のメンテナンス・リグへと向かう。緒美達も、畑中達を追って格納庫の奥へと進んで行く。すると、瑠菜と佳奈が畑中の元へと駆け寄り、話し掛けるのだった。
「畑中先輩、B号機の点検作業、項目とか教えて貰っていいですか?今後のメンテ作業の、参考にするので。」
瑠菜の申し出に、畑中は答える。
「ああ、いいよ。点検の方が終わったら、飛行ユニットの接続と切り離し、実際にやって確認するから、君達も手順の確認しておいて。」
それには佳奈が、問い掛けるのだ。
「A号機のとは、何か違いが有りますか?」
「う~ん、手順的には大きな違いは無いんだけど。見ての通り、B号機のは大きくて重いからさ。取り扱い上の注意事項が、幾つか有ってね。うっかり、リグから落としちゃうと、大惨事だから。」
一方で、緒美達の一団と一緒に歩いている、飛行機部の二人に直美が問い掛ける。
「で? どうして金子と武東は、付いて来るのかな。」
「え~いいじゃん、近くで見せてよ。今日、届いた、飛行ユニット。」
「飛行機部の人としては、気になるのよね~。」
と、金子に続いて武東も答えるので、恵は緒美に「いいの?」と訊(き)くのだった。緒美は、微笑んで答える。
「いいんじゃない? 飛行機部には、お世話になってるんだし。」
すると、金子が恵に向かって言うのだ。
「あはは、秘密保持の件なら、心配しないで。ちゃんと、分かってるから、森村さん。」
「その点に就いては、わたしは初めから心配してませんよ、金子さん。」
そう答えて、恵は「うふふ」と笑ったのだった。
- to be continued …-
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