WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

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STORY of HDG(第17話.11)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-11 ****


 引き続き、日比野が発言する。

「制御上の、もう少し細(こま)かい話ですが。HDG であってもロックオン状態で制御 AI が常に、目標を射撃の弾道上に捕らえ続けていられる訳(わけ)ではありません。例えば、目標が地上の固定目標だったとしても、自機が飛行している以上、刻々と目標との位置関係は変化している訳(わけ)ですから、ミリ秒単位では弾道に目標が重なったり、外れたりを繰り返しています。ですから、発射のタイミングは弾道と目標とが重なるタイミングに合わせ込む必要が有ります。 発射の指示(キュー)はドライバーが出していますが、HDG の制御 AI は、その瞬間に発射命令を実行している訳ではなく、発射指示以降に目標と弾道が重なった瞬間に発射命令を実行しているんです。 だから、ドライバーの発令から実際の発射までは、コンマ何秒かの制御的な遅れが有ります。」

「え、そうなんですか?」

 日比野の説明に思わず声を上げたのは、ブリジットである。そんなブリジットに隣席の茜が、静かに突っ込むのだ。

「そうよ? 仕様書に書いて有ったでしょ?」

「そんな細(こま)かい所まで読んでないし、読んでても覚えてないよ。」

 ブリジットは苦笑いで、茜に言い返すのだった。
 その一方では、飯田部長が桜井一佐に話し掛けるのだ。

「AI と火器管制を統合すると、この様な効果が有るって事ですが…防衛軍の方針は、操縦や射撃とかの最終段階での AI の関与とか、極度な自動化には反対ですよね?」

「防衛軍と言うよりは、防衛省、ですわね。 問題無く制御がされているのなら、AI に因る自動化を根本的に否定するものではありませんよ、現場の人間としては。」

 そう語る桜井一佐は、複雑な笑みを浮かべているのだ。
 そんな桜井一佐に、緒美が尋(たず)ねる。

「桜井さん、防衛省が自動化を嫌う理由は何でしょう? その、差し支えなければ。」

「ああ、理由は単純なの。誤操作や誤射がシステムの誤作動で起きた場合、誰が責任を取るかが問題になるからよ。自動車の完全自動運転が、未(いま)だに許可されていないのと理由は同じ。それが、防衛軍の装備品ともなれば、政府、と言うか関係省庁は、より神経質にならざるを得ないわ。」

 呆(あき)れ顔で説明する桜井一佐に、苦笑いで立花先生がコメントするのだ。

「なかなかに根深いですよね、お役所の『事なかれ主義』は。」

「慎重なのは、悪い事ではないですけれど。 考えが古い事と、頭が固い事は褒(ほ)められた話ではありませんわね。」

 そう言って、桜井一佐は溜息を吐(つ)くのだった。すると、横道に逸(そ)れた話題を、緒美が軌道修正するのである。

「ともあれ、B号機のレールガンの命中率が高いのは、当たらない条件での発射を、そもそもしていないからです。それは搭載 AI が最終制御をしているからでもありますし、ドライバーを務(つと)めるボードレールさんが発射条件を的確に選択しているからでもあります。 そして、それを成立させているのが、長距離での狙撃であると言う条件です。」

「狙撃、ですか。長距離と言うのは着弾迄(まで)に時間が掛かる分、条件を難しくしていませんか?」

「勿論、仰(おっしゃ)る様な側面は有りますけど、狙撃と言うのは一種の奇襲ですから。相手が此方(こちら)に気付いていない、若しくは脅威と認識していないのであれば、目標は直線飛行を続けて呉れます。それは目標が軌道を変えないと言う事ですから、命中する確率は格段に向上します。 逆に、目標が旋回や回避機動を始めたら、それはどんなに距離が近くても、先(ま)ず命中は望めません。 実際、近距離での射撃戦では、HDG でも命中率は其(そ)れ程、高くはありませんから。ねえ、天野さん。」

 最後に同意を求められたので、茜は慌てて声を上げるのだ。

「あー、はい。 そう言えば、七月の陸防戦車部隊との模擬戦。あの時のエイリアン・ドローン、最後の一機は射撃戦では仕留められませんでしたね、全然、当たらなくて。あの時、現場には、桜井一佐も、いらっしゃいましたよね。」

「ああ、成る程、そうでしたわね。 良く解りました。」

 桜井一佐は一度、大きく頷(うなず)くと、満面の笑みを浮かべるのである。
 だがブリジットは、ふと思った疑問を日比野に質(ただ)してみるのだ。

「あの、日比野先輩。AI が勝手に射撃のタイミングを変更するのって、マズい場合も有りはしませんか?」

「『変更』って云われると語弊(ごへい)があるよね。どっちかと言えば『補正』よ。ドライバーに命中させる意図が有る場合に、射撃タイミングが適正になるように補助しているんだから。勿論、威嚇(いかく)とかで命中させたくない場合も有るだろうから、そんな時には照準点をシフトする設定も有るでしょ? 実際に今回、C号機からデータリンクで送られて来る目標座標に、上へ六メートル、プラスして照準してた訳(わけ)だし。」

 そこに、緒美が参加して来るのだ。

「確かに、旋回中の射撃だとか、熟練した人間の勘(かん)が AI の照準計算を凌駕(りょうが)するケースも有るでしょうけど。AI が自身の計算結果と、人間からの入力の何方(どちら)を優先させるかは、判断処理が難しいですよね。」

 緒美の発言に、桜井一佐が問い掛ける。

「それを判断、していますの?」

 そして日比野は、ニヤリと笑って答えるのである。

「してますよ。基本的には AI の計算結果が優先されますけど、照準計算の弾道と発射時の予想弾道との乖離(かいり)が大きな場合には、ドライバー側が命中させる事を意図していないと判断して、入力を優先させます。ま、一番確実なのは、思考制御か音声入力で『威嚇(いかく)』だとか『牽制(けんせい)』だとか、或いは照準計算に頼らない『見当』での射撃だとか、AI に対して明示して貰えると AI 側が判断に迷わなくて済みます。」

「そんな所まで、音声コマンドを覚えないといけないとなると、人間側の負担も相当ですね。」

 愛想笑いの様な表情で桜井一佐が言うので、日比野は慌てて言葉を返す。

「いえいえ、別に特定のコマンドが存在する訳(わけ)ではありません。ドライバーからの入力を優先して欲しい事が AI に伝わればいいので。だから、特定の単語で指示しなくても、話した言葉の文脈からドライバーの要望を理解して呉れますから。」

「えっ? Betty って、わたしの言ってる事を理解してるんですか?」

 日比野の説明を受けて、ブリジットは意外そうに声を上げたのだ。それには茜が言葉を返すのである。

「何、言ってるの。理解してなかったら、音声入力が成り立たないでしょ?」

 そこで日比野が、説明を始めるのだ。

「ああ、桜井さんとブリジットさん、お二人がイメージしている音声入力は、天野さんのイメージしてるのとは、多分、違うんだ。お二人の考えているのは、登録されている特定の言葉がコマンドとして機能する方式でしょう? この方式の場合は、機能とコマンドが一対一で対応してるから、コマンド…言葉が違うと機能が発動しないとか、極端な話、登録さえしておけばコマンド、言葉の意味が実行する機能とは無関係でも構わないって奴。」

「違いますの?」

 桜井一佐が確認して来るので、日比野はくすりと笑い、答える。

「それだと、先程、桜井さんが仰(おっしゃ)った通りで、ドライバーはコマンドを一字一句、間違えずに発声しないといけませんから、そんなのが設定や機能の数だけ有ったら、それは大変です。 でも、HDG 搭載の AI は、ドライバーや通信の会話を聞いて、文脈から状況や要求を理解しますから、コマンドは特定の言葉でなくてもいいんです。」

「あれ?Betty 達には、疑似人格は無いんでしたよね?日比野先輩。」

「そう。だから会話…って言うか、発話が出来ないんだけど、ドライバーや通話で話されている内容は理解はしてるの。その御陰で、膨大な設定やコマンドの中から、その時に必要な機能を呼び出して実行するか確認して来たり、選択肢を表示したりしてるのよ。 ドライバーの言動が、矛盾してたり、辻褄が合わなかったら、確認のメッセージが出て来るでしょ?」

 そう問い掛けられて、ブリジットは暫(しば)し考えてから答える。

「いえ、それは見た覚えが、無いですね。」

「そうなんだ。それは AI が判断に困った事が無いって証拠だから、ブリジットさんのオペレーションが適切だったのね。」

 微笑んで日比野が然(そ)う言うので、ブリジットは少し照れつつ茜に尋(たず)ねる。

「茜も、確認メッセージとか見た事無いでしょ?」

「そうね、わたしも其(そ)の確認メッセージは見た事無いけど。 日比野先輩、って言うか開発した人は Angela や Betty とは会話は出来ないって言うかもですけど、思考制御のコマンド選択や音声入力のあと、右下のステータス表示に『COPY.』って表示して呉れてるの、わたしは会話してる気分になるんですよ。わたしの勝手な思い込みですけど。」

 ここで茜の言う『COPY』の意味は、『複写、複製』ではなく、軍隊等の無線通話で用いられている『了解』の意味である。

「ありがとう、天野さん。そう言って貰えると、開発チームとして嬉しいわ。」

 日比野は満面の笑みで、謝辞を茜に送るのだった。片や、ブリジットが茜に問い掛けるのだ。

「そんな表示、有ったっけ?」

 ブリジットは、ステータス表示に AI からの返事が上がっている事自体に気付いていなかったのである。それはブリジットが特別に不注意だとか、集中力が散漫だとか、そう言う事ではない。茜と比較してブリジットには、オペレーション実行中の、心理的な余裕の程度が小さかったのである。

「一秒位で消えちゃうから、意識してないと見逃すかもね。」

「そうなんだ、次回からは注意してみよう。」

 ブリジットの返事に、「ふふっ」と笑った茜は、悪戯(いたずら)っぽく言うのだった。

「今度、態(わざ)と矛盾した事、言ってみようかしら?」

 それには苦笑いで、日比野がコメントするのだ。

「余り、虐(いじ)めないであげてね、天野さん。」

 続いて、樹里が言うのである。

「それに AMF とドッキングした状態で其(そ)れをやったら、Ruby が黙ってないよね、きっと。」

「それは興味深いですね。」

 突然、部室内に Ruby の合成音が響くのだ。桜井一佐が、それに反応して飯田部長に尋(たず)ねるのである。

「今の声が、Ruby ですの?」

 飯田部長はニヤリと笑い、頷(うなず)いて答えた。

「ええ、そうですよ。桜井一佐は Ruby の声を聞くのは初めてでしたか?」

「いえ、通信通話の音声では、何度か。でも、この様な環境で聞くと、ちょっと印象が違いますね。 Ruby の端末が、この部屋にも?」

 その質問には、緒美が答える。

「其方(そちら)に有るのが、Ruby の端末です。」

 緒美は部室奥側の窓部中央に設置されているモニターと、その上の複合センサーである端末カメラを指差すのだった。
 指差された方へと桜井一佐が身体を向けると、Ruby が話し掛けて来るのだ。

「初めてお目に掛かります。天野重工製 GPAI-012(ゼロ・トゥエルブ)プロトタイプ、Ruby です。宜しくお願いします、桜井一佐。」

「はい、宜しくね、Ruby。」

 桜井一佐が和(にこ)やかに返事をする一方で、樹里が驚いた様に声を上げる。

Ruby が名前(パーソナルネーム)じゃなくて名字(ファミリーネーム)で呼び掛けるなんて、珍しいですね。」

「ああ、それはね…。」

 日比野が言い掛けた所で、Ruby が自(みずか)ら其(そ)の訳(わけ)を解説するのだった。

「社外の人に就いては、ファミリーネームで呼ぶ方が失礼が無い、そう教えられていますので。」

 それを聞いて、問い返したのは直美である。

「誰に教わったのよ?それ。」

「ハイ、麻里です。」

「あはは、成る程。」

 笑って直美が納得する一方で、桜井一佐が飯田部長に尋(たず)ねる。

「マリさん、って?」

「ああ、Ruby 開発チームのリーダーですよ。Ruby にしてみれば、母親の様な存在です。」

「成る程。」

 桜井一佐は飯田部長の説明で納得したのだが、飯田部長は自身に就いての或る事実が、唐突に引っ掛かったのである。

「おい、ちょっと待てよ。 Ruby、『社外の人は』って、それじゃ何(なん)で、わたしの事は名前で呼んで呉れない?」

 Ruby は何時(いつ)も通りの冷静な口調で、その問い掛けに回答する。

「飯田部長の呼び方には、プロテクトが掛かっていますので変更は出来ません。社内でも上司の方々の呼び方は、ファミリーネームに役職を加えた呼び方で、一律に固定されています。」

「誰だよ、そんなプロテクト掛けたのは。」

 そう言って、飯田部長が日比野の方を見るので、慌てて日比野は答える。

「そんなの、井上主任に決まってるじゃないですか。 大体、社内で部課長の事を名前で呼ぶ人なんて、居る訳(わけ)ないんですから、Ruby だって同じですよ。」

 そんな遣り取りを聞いて、天野理事長は声上げて笑うのである。

「あははは、そりゃあ然(そ)うだよな。なあ、Ruby。」

「ハイ、総一。」

 Ruby が天野理事長を名前で呼んだ事には、事情に明るくない桜井一佐を除いて、皆が驚いたのであるが、取り分け飯田部長にはショックだった様子なのだ。

「あれ?会長の事は、名前で呼んでるの? Ruby。」

 その問い掛けには Ruby よりも先に、天野理事長が答える。

「ああ、Ruby が本社の研究室で起動して間も無く、井上君に Ruby と会わせて貰ったからな。その時に。 それ位の特典は、有ってもいいだろう?飯田君。」

「あー…そーですかー…。」

 飯田部長には、それ以上、返す言葉は無かったのである。
 実の所、本社で天野会長と Ruby が初めてコンタクトした時に、Ruby が当初の設定通りに相手のパーソナルネームで呼び掛けるのを見て、井上主任は『これではマズい』と思ったのが、この件の発端だった。天野会長は名前で呼ばれる事を、普通に受け入れてしまったのだが、他の部課長に関しても同様な対応をして、それで無用な反感を買うのを開発スタッフ達は危惧(きぐ)したのである。それ以上に、Ruby が上司達の事を名前(パーソナルネーム)で呼ぶのを、井上主任自身だけでなく他の開発スタッフも聞きたいとは思わなかったのだ。
 勿論、Ruby が本社開発部の研究室に置かれていた時点でも、会社の部課長達と Ruby とが日常的に接触する状況ではなかったのだが、であれば猶更(なおさら)、Ruby には部課長達に対して『フランク過ぎる』呼び掛けをさせない方が、角は立たないと言うものである。
 そんな経緯で、Ruby の部課長への呼び掛けに関するプロテクトが設けられたのだった。
 因(ちな)みに、天野理事長への呼び掛けがパーソナルネームの儘(まま)なのは、天野理事長自身が「それでいい。」と言ったからである。
 そして、咳払(せきばら)いを一つして、緒美が言うのだ。

「飯田部長、そろそろ本題に戻って、いいでしょうか?」

 飯田部長は椅子に座る姿勢を正して、余り間を置かずに答える。

「ああ、いいよ、いいよ。 進めて呉れ、立花君。」

 議事の進行を託された立花先生はくすりと笑い、そして声を上げるのだ。

「はい、では…何(なん)の話でしたっけ?…ああ、そうだ。桜井一佐、ご質問の件、宜しいでしょうか?」

「はい。命中率の件、良く理解出来ました。」

 桜井一佐は穏(おだ)やかな笑顔で、そう答えたのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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