STORY of HDG(第19話.04)
第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)
**** 19-04 ****
続いて、維月が確認する様に言うのだ。
「その、配属のお話ですけど。わたしとクラウディアは二年先ですけど、特にわたしに就いては、姉と同じ職場って人事、有り得るんでしょうか?」
「やり辛いと思う?維月ちゃん。」
そう、心配そうに安藤が訊(き)いて来るので、維月は少しだけ考えて、答える。
「正直、分かりません。寧(むし)ろ姉の方(ほう)が、やり辛くはないんでしょうか?」
「主任? 主任は、楽しみにしてるみたいだけどね。」
そこに、笑顔で日比野が見解を述べるのだ。
「大丈夫じゃない? 流石に、兄弟や姉妹で同じ部署って、聞いた事は無いけどさ。でも、夫婦で同じ部署で勤めてる人は知ってるし、大体、井上主任は身内だからって依怙贔屓(えこひいき)とか、しそうもないでしょ。」
「まあ、大事なのは実力とか能力、だから。風間でも務(つと)まってるのは、そう言う事だから。」
すると、風間が声を上げるのである。
「聞こえてますよー。」
「褒(ほ)めてるんだから、いいでしょ?」
「そんな風(ふう)には、聞こえませんでしたけどー。」
「それは、申し訳無かったわね。」
そう言って、安藤は風間の背後へと移動する。
「どう、終わった?」
「はい、今、全行程が終了しました。エラーは無し、です。」
今度は風間がモバイル PC を床面に置いて、腰を上げるのだ。腰に手を当て、背中を伸ばしている風間に、安藤が言う。
「それじゃ、ちょっと休憩にしますか。」
「賛成です。 そう言えば、鬼塚さんとか天野さんって、今は何方(どちら)なんです?」
風間の問い掛けに、辺りを見回してから日比野が答えるのだ。
「格納庫(こっち)には降りて来てない、みたいね。」
「ああ、今日も部室で取説とか仕様書の読み込みやってますよ、二人共。」
樹里の説明を聞いて、思い出した様に日比野は樹里に尋(たず)ねるのである。
「そうそう、取説、大丈夫そうだった? 超特急で作った奴だからさ、心配で。」
樹里と維月は一度、顔を見合わせ、維月が答えたのだ。
「今の所、苦情は聞いてませんけど、二人から。」
「そう。不明な点とか有ったら、遠慮せずに何でも聞いてって言っておいて。責任持って回答するから。」
日比野の所属するチームが機体側の制御ソフトを開発しているので、取扱説明書の編集作業も担当しているのである。今回、日比野が派遣されて来ているのも、機体側制御ソフトの面倒を見る為なのだ。
「それで、貴方(あなた)が緒美ちゃんや天野さんに、何(なん)の話が?」
不審気(げ)に、安藤が風間を問い質(ただ)す。風間は悪怯(わるび)れる様子も無く、答えるのだ。
「いえ、話す事は特に無いのですけど、一目見たいって言うか、出来れば画像でも、と。」
「あははは、有名人だからね~特に、あの二人は。」
日比野は笑って然(そ)う言うのだが、安藤は睨(にら)む様に風間を見詰めて静かに言うのである。
「その手の巫山戯(ふざけ)た理由で、二人の仕事、邪魔なんかしたら承知しないからね。」
「勿論、邪魔なんかしませんよ。目を付けられでもしたら、将来的に怖い事になりそうですし。」
風間は苦笑いして、安藤に答えるのだった。
そこで樹里が、日比野に尋(たず)ねるのだ。
「あの、日比野先輩。ウチの部長と天野さん、そんなに社内で有名になってるんですか?」
続いて、維月が付け加える。
「樹里ちゃんの事も、有名になってるんじゃない?」
日比野は、微笑んで答えるのだ。
「樹里ちゃんが有名なのは、ウチの課、限定だよね。鬼塚さんは、開発部と試作部。天野さんは、HDG に関わってる部署全般って感じかな?」
「そりゃ、会長のお孫さんだって言うし。創業家の御令嬢ともなれば、注目度は上がりますよね。」
調子に乗って喋(しゃべ)る風間の、後頭部を再び叩(はた)くと安藤は風間に注意するのである。
「だから、そんな風(ふう)な事、言うんじゃないって言ったでしょ。」
「えー、じゃあ、どんな風(ふう)に言えばいいんですか?安藤さん。」
「解らないなら、黙ってなさい。」
安藤は、呆(あき)れた様に言ったのである。日比野が「まあ、まあ…。」と宥(なだ)める様に、安藤に声を掛けるのだが、一方で維月が日比野に問い掛けるのだ。
「あの、天野さんの事は、そんな風(ふう)に広まってるんですか?」
溜息を一つ吐(つ)いて、日比野は答える。
「まあ、事情を知らなければ、普通、そう思うよね、って事で。」
続いて安藤が、風間に忠告するのだ。
「いい? もしも天野さんに会っても、『お嬢様』とか『御令嬢』とか言うんじゃないよ。」
「え?違うんですか。」
その説明を、樹里がするのである。
「いえ、半分正解で、半分間違いなんです。 天野さんが理事長…会長の孫なのは、本当です。でも、『創業家の御令嬢』ではないんですよ。」
「でも、『天野』って…。」
「会長のお嬢さん、つまり天野さんのお母さんが、結婚した相手が偶然『天野』姓だった、と言う事だそうで。だから、天野さんの天野家は、天野重工の天野家とは別の家系なんです。まあ、数代、遡(さかのぼ)れば親戚だったらしいんですけどね。」
真面目に語る樹里に続いて、維月が微笑んで言うのだ。
「天野さんの話だと、お母さんが大学時代に、同じ名字だって意気投合した相手とその儘(まま)、結婚したって言うから、『偶然』って言うのは、ちょっと違う気がするけどね。」
「はー、そう言う事…。でも、社内には天野さんの事、社長の娘だと思ってる人、居るよ?」
その風間の見解に対して、再び呆(あき)れた様に安藤が言うのである。
「だから、今の社長は片山社長でしょ? どうして、天野さんが片山社長の娘だと思うかな。」
「片山社長の奥様は会長の娘さんだって聞いてるから、婿入りしたけど社長は会社的には旧姓を使ってるって。」
今度は日比野が、その認識の間違いを正すのだ。
「あー違う、違う。片山社長の奥様は会長の次女、天野さんのお母さんの妹さん。昔、天野重工の秘書課に、勤めてたそうなの。 まあ、片山社長が社長に就任したのが、十年くらい前だから。風間さんとか、知らなくても無理は無いけど。」
「寧(むし)ろ、日比野さんは良く御存知ですね。」
安藤に然(そ)う言われて、日比野は微笑んで言葉を返す。
「わたしが入社した頃は、その辺りの事情を知ってる人が身近に多く居たから、新人の頃に世間話として聞いてたの。近頃は、そんなのは話題にならないからね~。」
「そう言う事なら、会社の広報とかで周知すればいいのに。」
その様な思い付きを、直ぐに口にするから風間は安藤に叱られるのである。
「個人情報(プライバシー)なんだから、そんな訳(わけ)にはいかないでしょ。」
「それも然(そ)うですね。 それで、その辺りの事、天野さんは気にしてる、と。」
そんな風間の発言に、樹里と維月は一度、顔を見合わせ、そして樹里は風間に言った。
「いえ、天野さんは気にしてないって云ってるんですが。 でも、一々、説明して回る訳(わけ)にもいかないので。」
すると苦笑いしつつ、日比野が所感を漏らすのである。
「この様子じゃ天野さん、正式に入社したら、色々と大変そうよね~。」
「案外、ここで一度、徹底的に有名になって、地均(じなら)ししておいた方が、いいのかも知れませんね。本人は嫌がりそうだけど。」
その樹里の提案を、維月は笑うのである。
「あははは、酷い提案~。」
「何、笑ってるの維月ちゃん。貴方(あなた)だって、立場的には天野さんと似たようなものじゃない?」
安藤に言われ、維月は意外そうに聞き返すのだ。
「え、何(なん)でです?」
「社内的な有名人の身内、って意味じゃ、井上主任の妹って事で、維月ちゃんも、なかなかのものよ?」
「いやいや、有名って言っても会長と主任じゃ、天と地ほど違いますって。それに、わたしの場合、そんな複雑な背景なんか無いですし、大丈夫ですよ。」
「そう? なら、いいけど。」
そう言って、安藤はニッコリと意味深な笑顔を見せたのである。
この時、維月は姉である井上主任の、開発部部内に於(お)ける、特にソフト開発部隊に対する影響力の大きさを、全(まった)く理解していなかったのだ。それに就いては三年先に、身を以(もっ)て思い知るの事になるのだが、それは又、別の話である。
そして、安藤は右手で風間の背中をバンと叩き、言ったのだ。
「兎に角、二年先、三年先にはここに居る三人が、貴方(あなた)の後輩になるんだから、もっとしっかりしてよね。」
「大丈夫ですよー。安藤さんが卒業したあと、大学じゃ、ちゃんと先輩らしくやって卒業して来たんですから。職場でも後輩が出来れば、ちゃんと先輩らしくなりますって。 知ってます?人を成長させるのは、立場なんですよ?」
「全(まった)く、言う事だけは立派なんだけど。 こう言う奴なんだけど、皆(みんな)、宜しくしてやってね。」
安藤が樹里達、三名に向かって然(そ)う言うので、樹里は慌てて言葉を返すのだ。
「安藤さん、逆、逆。宜しくして頂くのは、此方(こちら)の方。」
「あははは、何(なん)だ彼(か)んだで、安藤さん、後輩ちゃんを気に掛けてるのね。」
そう、日比野が茶化すので、安藤は言葉を返すのである。
「もう、何(なん)とでも言って。」
「えー、さっきのが気に掛けてる人の言う事ですかー日比野さん。」
風間が日比野に抗議するので、安藤は再度、呆(あき)れた様に言うのだ。
「風間ー、そう言う所よ。」
「えー。」
そんな二人の遣り取りを、樹里と維月はクスクスと笑い乍(なが)ら見ていたのだ。
一方で黙って様子を見ていたクラウディアが、唐突に口を開くのである。
「あの、所で。今日搬入予定だった、新しい AI ユニットって、どうなっているんですか?」
- to be continued …-
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