STORY of HDG(第5話.12)
第5話・ブリジット・ボードレール
**** 5-12 ****
「どうして止めちゃったんですか?」
「アキレス腱をやっちゃってね。治ったけど、それ以来、全力で走るのが怖くなっちゃって。」
「あぁ…。それで、技術系に転向、ですか?」
くすりと笑って、直美はブリジットの方へ向いた。
「元元、アスリートを目指してた訳(わけ)じゃないわ。徒(ただ)、他の面倒な事を忘れて、部活に逃げ込んでいただけだって、走れなくなった時に気が付いたのよ。」
ブリジットの表情が曇ったのを見て、直美は言葉を続けた。
「うちは…父が小さいけど、製作所を経営してるんだけどね、陸上を休んでいる間、暇潰しに家(うち)の仕事を見学したりしてね、少しは自分の将来を考えた訳(わけ)。それで、中学を卒業したら、お父さんに弟子入りして、出来たら跡を継ぎたい、って言ってみたのよね。 そしたら『最低でも高校は出て、他の会社で十年は経験を積んでこい、そうしたら考えてやる。それ迄(まで)は、会社を潰さない様に頑張っといてやる』ってね、そう言われたの。 それから、勉強の方も頑張って、この学校に入れる位(ぐらい)にはなったのよ。そのお陰で、今は、中々に得難い経験が出来ていると思うわ。 あなたは?ブリジット。どうして、この学校に?」
「わたしは…勿論、技術系に興味が無い訳(わけ)じゃなかったんですけど。それよりも何より、茜と同じ学校に行きたかったんです。徒(ただ)…わたしの場合は、成績が全然届いていなかったので、夏休みと冬休み、茜の家に泊まり込みで補習をして貰いました。」
「あの子も、面倒見がいいわねぇ…。」
「はい。自分も試験を受ける迄(まで)の復習になるからって、言ってましたけど。」
その時、直美は、ある事に気が付いた。
「あれ?ちょっと待って。天野って成績、良かったのよね?中学時代から。」
「はい、そうですよ。多分、学年でトップだったと思います。」
「うちの学校、推薦枠だったら筆記試験免除で、面接だけの筈だけど。受験勉強、あなたと一緒に?」
「そうですよ。茜は、推薦枠は辞退したんです。お祖父さんが理事の学校だから、コネで入学するみたいなのは、嫌だって。それで、わたしと一緒に、一般枠で受験したんですよ。」
その話を聞いて、直美は苦笑いをし乍(なが)ら言ったのだった。
「そこ迄(まで)来ると、バカ正直も嫌味だわね。」
「中一の時の事が有ったから、あとで付け込まれる様な隙を作りたくない、みたいな事を言ってましたけど、茜は。」
「あぁ、あと…ひょっとしたら、あなたと一緒に受験したかったのかもね。」
「え?…それは…考えてませんでした…。」
「天野なら、そう言う事も考えそうじゃない? あなたが独りで受験するより、自分と一緒の方があなたがリラックスできるだろう、とか。」
「…そうですね、確かに。わたしは、自分の事で手一杯だったので…そこ迄(まで)、考えが回りませんでした、けど…。」
「まぁ、その事は本当かどうか、本人に聞いたりしない事ね。そう言う事は、聞いてみても、どうせ本当の事は言わないだろうから。」
「はい…。」
直美に返事をして、前を向いたブリジットは、その時、茜の装着した HDG が、宙に舞い上がる姿を目撃して声を上げる。
「ちょっと、先輩!あれ、飛んじゃってますけど!」
「あぁ、背中の翼みたいなの、あの中に小型のジェット・エンジンが入ってるの。昨日から、ホバー能力の検証をやってるのよ。昨日は高度を一メートルに制限してたけど、今日は最大十メートル位(ぐらい)まで確認する予定。」
「…大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうか、をテストしてるんだけど。まぁ、大丈夫な様に、安全を確認し乍(なが)らやってるわ。昨日は、ちょっと事故ったけどねぇ~。」
「大丈夫、なん、です、か?」
ブリジットは、直美に顔を近づけ、語気を強めて繰り返し問い質(ただ)した。直美はブリジットの方へ顔を向けず、前を見た儘(まま)はぐらかす様に答えるのだった。
「まぁ、天野を信じて、見守ってやりなさい。」
茜の赤い HDG は、五メートル程の高度で、最初は直立した姿勢の儘(まま)で、ゆらゆらと左右に移動していたが、段々と姿勢を前傾させていき、最終的には地面に対して、身体をほぼ平行にして滑走路上を西から東へ、そして東から西へと、水平飛行を始めたのだった。
それを見た直美は、慌てた様に緒美の元へと駆け出した。ブリジットも、直美に続いて格納庫の大扉の方へと走った。
「ちょっと、鬼塚。 あんな飛び方、予定に有ったの?」
背後からの直美の声に、ちょっと驚いた様に振り向いた緒美は、静かに微笑み乍(なが)ら答える。
「予定…と言うより、想定外ね。スラスター・ユニットは地表面でのホバー走行か、ジャンプを補助する位(ぐらい)の能力しか考えてなかったんだけど。ちょっと、オーバー・スペックだったみたい。」
「よね。飛行能力はB型に付与する計画だったでしょ。」
「この調子だと、B型の飛行能力は、とんでもない事になってるかもなぁ。」
そう言って、傍(かたわ)らに居た実松課長が笑った。
そして、その遣り取りを聞いていたブリジットは、改めて「この人達は、一体、何だろう…」と思っていたのだった。
- to be continued …-
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。