STORY of HDG(第20話.09)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-09 ****
そこに、緒美からの指示が入る。
「HDG02、HDG01、打ち合わせでも言ったけど、目標に向かって真っ直ぐ飛ばないでね。此方(こちら)が位置を掴(つか)んでいるのを悟(さと)られるから。」
ブリジットは直ぐに、声を返した。
「了解してます。現在、目標に対してプラス12°で進路を設定してます。射撃ラインまで、あと三分。」
「TGZ コントロール、了解。」
緒美の返事から間を置かず、今度は桜井一佐が声を掛けて来るのだ。
「Γ1(ガンマ・ワン)より、HDG02 及び、HDG01。攻撃を中止して待機ラインまで戻って、状況が変わったから。」
「何か、有ったんですか?TGZ コントロール。」
茜は、緒美に問い掛けるのだった。それに緒美が応える前に、桜井一佐が言うのだ。
「説明はするから、兎に角、引き返して、HDG02、HDG01。」
「此方(こちら)TGZ コントロール。取り敢えず、管制の指示に従って、HDG02、01。」
桜井一佐に続いて、緒美も攻撃中止の指示なのである。
「HDG02、了解。待機ラインへ戻ります。」
「HDG01、了解。」
茜とブリジットの二人は、仕方無く、減速しつつ進路を東へと向けるのだ。
「HDG01 よりΓ1(ガンマ・ワン)、それで、状況の説明をお願いします。」
「先(ま)ずは、戦術情報で目標の西側を確認して。拡大率を下げて行くと、所属不明機が居るのが判るから。」
茜が、桜井一佐に言われる通り戦術情報画面を操作すると、確かに目標の西側、詰まり画面上で左手に白い逆三角形のシンボルが数個、表示されていたのである。所属不明機の位置を地図上にプロットすれば、黄海から朝鮮半島と済州島の間を抜けて対馬海峡へと東南東に進む飛行経路で、現在位置は既に半島の端と済州島の間に入っている。
「はい、確認しました。これは?Γ1(ガンマ・ワン)。」
「分類上は所属不明(アンノウン)扱いだけど、此方(こちら)では確認が取れてる。中連の電子偵察機、それと護衛の戦闘機ね。」
「中連の?」
そう聞き返したのは、ブリジットだ。因(ちな)みに、ここで云われる『中連』とは『中華連合』の略である。
「そう、此方(こちら)の迎撃作戦の様子を窺(うかが)って記録してるのだと思う。」
今度は、緒美の声が聞こえて来る。
「すると、ここ迄(まで)の状況が覗(のぞ)かれてました?」
「いえ、さっき作戦空域に到達したみたいだから、情報の収集はこれからって所の筈(はず)よ。取り敢えず、HDG に就いてのデータは収集されたくないので、貴方(あなた)達には下がっていて欲しいの。」
HDG に関しては同盟国である米国や米軍にも其(そ)の存在を明かしてはいないので、その情報が先に中連側に流れるのは、防衛軍としては許容出来ないのだ。
「HDG01 ですが、これだと、その偵察機の飛行経路、目標へ向かってませんか?」
戦術情報で中連の電子偵察機とされるシンボルは、目標である『ペンタゴン』まで、現在の飛行速度で十五分ほどの位置に在るのを確認した茜の問い掛けに、ブリジットが先に反応する。
「中連も『ペンタゴン』の探知を?」
だが桜井一佐は、ブリジットの懸念を即座に否定するのだ。
「それは無いと思う。偶然、飛行経路が重なっているだけでしょう、高度も違うし。徒(ただ)、それが目標を攻撃すると不味(まず)い理由でもあるの。向こうは目標に気付かずに飛行しているのに、その進路に向かって発砲すると、我々が中連の偵察機を攻撃、若しくは威嚇(いかく)した様に取られる恐れがあるから。」
今度は、ブリジットが問い掛ける。
「HDG02 です。取り敢えず、目標の所在空域は此方(こちら)の ADIZ なのでは?」
「あの周辺は、中連と統鮮も、自国の ADIZ だと主張してるの。」
桜井一佐の言う『統鮮』とは、『統一朝鮮』の略である。
続いて、緒美が桜井一佐に問い掛けるのだ。
「TGZ コントロールですが、Γ1(ガンマ・ワン)、目標の北側にも所属不明機の反応が有りますが?これは、ひょっとして…。」
「そう、統鮮の電子偵察機ね、これも確認済み。 あの二国は此方(こちら)で迎撃戦が開始されると、ああやってデータを収集に来るの。毎回、ではないけど。 兎も角、そう言った理由で HDG 各機には後方に下がっていて欲しい状況だと言う事で、宜しい?」
「HDG01、了解しました。」
「HDG02 ですけど、此方(こちら)から向こうの事が判ってるって事は、向こうもこっちの事は判ってる、とはならないんでしょうか?Γ1(ガンマ・ワン)。」
「その心配は不要ね、HDG02。今の距離なら、向こう側から貴方(あなた)達の画像は撮れないし、此方(こちら)が向こうの確認が出来ているのは、此方(こちら)側が近寄って確認したから、だから。 どうやって近寄ったかは機密だけど。以上、宜しい?」
「HDG02、了解です。」
そうして茜とブリジットの二人が待機ラインへと戻った頃、ADIZ の外側を右往左往していたエイリアン・ドローン達の反応に変化が現れたのだ。全機が、北へ向けて移動を開始したのである。
直様(すぐさま)、桜井一佐が緒美に呼び掛けて来る。
「Γ1(ガンマ・ワン)より、TGZ コントロール。其方(そちら)で、戦術情報は見てる?」
「TGZ コントロールです、案(あん)の定(じょう)、北向きに動き出しましたね。」
「HDG01 です。どう言う事です?」
茜の問い掛けには、緒美が答えるのだ。
「『ペンタゴン』の在空するエリアに向かって航空機が接近して来たから、『トライアングル』が排除に向かったんだと思うわ。」
続いて、桜井一佐のコメントである。
「今迄(いままで)も、我が方へ侵入して来ていたトライアングルの集団が、急に北や西へと針路を変えるケースが何度も有ったけど、どうやら、その原因は『これ』だったのかもね。」
「有り得ますね。」
緒美は透(す)かさず、桜井一佐に同意するのだった。そこに、桜井一佐に取っては意外な問い掛けを、茜がするのだ。
「HDG01 よりΓ1(ガンマ・ワン)、中連機の救援には行かなくていいんですか? 流石に多勢に無勢って感じですけど。」
現在の戦術情報の表示に依ると、電子偵察機に護衛の戦闘機を加えて合計五機が在空する中連側の勢力であるが、それに対して五十機を超えるトライアングルが向かっているのだ。それ故(ゆえ)である茜の無邪気な発想だったのだが、それは生まれて以来、あの大陸の国家や半島の国家とは関わった経験が無いからである。
茜の発言に対して、殆(ほとん)ど間を置かずに桜井一佐は応えた。
「若い人達が知らないのは無理も無いけど、我々が向こうの主張する ADIZ に入ったら、先(ま)ず間違いなく警告無しで撃って来ますよ。彼方(あちら)の軍と政府は日米を明確に『敵』だと言ってますからね。」
「緊急時の救援であっても、ですか?」
「仮令(たとえ)、此方(こちら)からの自発的な善意であっても其(そ)れで恩義を感じて呉れるような、甘い相手ではないですね。寧(むし)ろ、此方(こちら)が思いも付かないような言い掛かりを付けて来るのまで、有り得ます。まあ、救援要請でも有れば、此方(こちら)側も対応を考えない事はありませんが、三十年、四十年以上も敵視政策や敵視教育を続けて来ているんだから、彼方(あちら)から救援要請なんて、絶対にしては来ないでしょうね。隣国であっても、国交が無いって事は、こう言う事ですよ。長年の敵視教育の成果で、今では民間交流すら不可能な状態になってますしね。」
そう桜井一佐に言われて、茜は報道で見た事のある、日本の EEZ(排他的経済水域)内での密漁事件だとか、犯罪目的での密入国事件だとかを思い出していた。あまり深く考えた事の無かった其(そ)れら報道の意味を、唐突(とうとつ)に茜は理解したのである。ともあれ、歴史的には関係が深かったであろう隣国は、数十年もの間、双方が一般人の渡航を禁止しているのが現状であるし、その上で政治的な交流もほぼ無い状態では、現在『中連』と呼ばれる隣国は一般的な日本人には未知の国なのだ。
「取り敢えず、了解しました。」
それ程の間を置かず、そう茜が返答すると桜井一佐は、今度は緒美へと声を掛ける。
「Γ1(ガンマ・ワン) より、TGZ コントロール。この後、一時間程度は目標が此方(こちら)へは来ないものと判断して、今の内に在空の迎撃隊を順次、二次隊へ交代させる方針になりました、其方(そちら)はどうしますか?」
上空で待機している空防の戦闘機達の中には、長いもので既に二時間近く飛行を続けている機体も存在していたのだ。一方で、エイリアン・ドローンの接近に気付いたらしい中連と統鮮の電子偵察機は、中連機は北西へ、統鮮機は北へと針路を変え、自国領空内へと逃走を始めていた。彼等が逃げ切れるかどうかは天のみが知る所だが、作戦司令部は三十分程度はエイリアン・ドローン達は電子偵察機の追撃を続け、従って元の位置に戻るまでに更に三十分後が必要だろうと踏んだのである。
「TGZ コントロールより、HDG03。プローブの稼働時間は、あと何(ど)の位?」
緒美の問い掛けに、クラウディアが即答する。
「HDG03 です、回収ポイントへ帰還する時間を引いたら、あと十五分から三十分、って所ですね。」
「そうよね。それじゃ、全プローブに帰還コマンドを。 HDG03 は HDG02 と一緒に帰投して補給を受けてちょうだい。それから ECM02 も、帰投して補給を。 申し訳無いけど、ECM01 と HDG01 は、念の為、あと三十分居残りでお願い。燃料は大丈夫よね? ECM01、HDG01。」
「此方(こちら)、ECM01。問題ありません。」
返事をしたのは ECM01 のパイロットを務める加納氏である。続いて、茜も応える。
「HDG01 も大丈夫です。」
「あの、TGZ コントロール。HDG02 ですけど、HDG01 が残るなら、わたしも残った方が善くありません? まだ一発も撃ってませんし。」
ブリジットの提案は、即刻、クラウディアに拒否されるのだ。
「HDG02 はわたしと一緒に行動しておかないと意味がないでしょ? わたしが目標を検知して、誰が狙撃するのよ。」
今の所、レーダーにも引っ掛からない『ペンタゴン』へはミサイルの誘導が出来ないので、HDG02 が装備するレールガンでしか対処が出来ないのである。
「そう言う事よ、HDG02。残念でしょうけど。」
通信越しに聞こえた緒美の声は、クスクスと笑っている様子だった。
「HDG02、了解。」
観念したブリジットは、短く返事をしたのだ。
「それじゃ ECM02、HDG02 と 03 を連れて帰投、お願いします。」
緒美からのリクエストに、ECM02 のパイロットである沢渡が応える。
「ECM02、了解。HDG02、03、合流して付いて来て呉れ。」
「HDG02、了解。」
「HDG03、了解。」
待機ライン上を北向きに飛行していた茜の視界から、東方向へと編隊から離脱して行く HDG-B01 と HDG-C01 が見える。続いて茜は ECM01 である F-9 改一号機の現在位置を確認し、通告するのだ。
「HDG01 より ECM01、其方(そちら)へ合流しますので、現状で待機願います。」
「ECM01、了解。」
加納の返事を聞いて、茜は進路を変更したのだった。
天野重工隊の待機ラインから前進補給基地である岩国基地までは、HDG-B01 の飛行ユニットや HDG-C01 の飛行ユニットの能力では、凡(およ)そ二十分で翔破が可能だった。従って、二十分で帰投、搭乗者が休憩している間に各機の点検整備と補給・再装備が二十分、作戦空域への再進出に二十分、合計で約一時間、と言うのが想定される大雑把なタイムテーブルである。
一方で茜の HDG-A01 は飛行ユニットである AMF の能力が F-9 戦闘機に準じているので、F-9 改と同様に超音速巡航飛行が可能なのだ。従って、岩国までの片道移動に要する時間を十五分程度に短縮出来る。往復では十分の短縮化が可能なので、単純計算だが三十分遅れで帰投しても HDG-A01 と F-9 改は、作戦空域へ HDG-B01、C01 組の二十分遅れで復帰が出来るのだ。休憩・補給時間を五分削る事が可能ならば、十五分遅れでの復帰も期待出来る訳(わけ)だ。
ともあれ、一時間後に交戦再開という作戦司令部の読みが当たっていれば、充分、間に合うタイムテーブルなのである。つまり、F-9 改二号機が交戦再開時に作戦空域へ復帰していれば、二機態勢に比べれば能力的に見劣りはするものの、空防の迎撃隊への電子戦支援は可能であり、それに加えて HDG-C01 と B01 が居ればトライアングルのコントローラーであるペンタゴンの発見と攻撃も可能だ。十五~二十分遅れで HDG-A01 が到着したら、海防、空防の撃ち漏らしに対応すればいいのである。
しかし、然(そ)う上手くは運ばないのが現実なのであった。
作戦司令部は中連と統鮮の電子偵察機が、上手く逃げ回って三十分程度の時間を稼いで呉れる事を期待していたのだが、その目論見(もくろみ)は呆気(あっけ)なく外れてしまう事になる。逃走開始から十五分後には、両国の電子偵察機はトライアングルに囲まれ、撃墜されてしまったのだ。中連側には四機の直掩(ちょくえん)機が存在していた筈(はず)だが、トライアングルの一機さえ処理して呉れる事も無く、自(みずか)らが処理されてしまうと言う為体(ていたらく)だった。
戦術情報画面のシンボルの動きで其(そ)の顛末をモニターしていた桜井一佐は、次の様に言葉を漏らしたと云う。
「まったく…役に立たないわね…。」
そして、この事態は日本の防衛軍側にも、余り有り難くはない展開となっていた。迎撃隊として二機構成の三編隊を九州上空に待機させていたのだが、この構成で上空に四十八発の中射程空対空ミサイルが発射態勢にあった訳(わけ)である。この内、二編隊(四機)が既に二次隊と交代している。
エイリアン・ドローン群は凡(およ)そ三十分後には ADIZ に到達する予測であるが、まだ交代していなかった一次隊の一編隊が、このタイミングで燃料の都合で帰投しなければならないのが既に解ってた。故(ゆえ)に、これは今の内に二次隊との交代を済ませておく必要がある。
エイリアン・ドローン群が ADIZ を超えて来た際の第一撃は海防のイージス艦に任せるとして、二次隊がその撃ち漏らしを処理する事になるのだが、早早(そうそう)にミサイルを撃ち尽くしてしまったら速(すみ)やかに三次隊と交代しなければならないので、三次隊も予(あらかじ)め発進させておく必要がある。ここ迄(まで)は事前に準備はされていたのだが、問題は四次隊の編成なのである。
本来は帰還した一次隊を再装備して出撃させる予定だったのだが、一次隊の投入を引っ張り過ぎて結局はミサイルを発射しないで持ち帰らせてしまったなど、予定外の作業も発生している所為(せい)で必要なタイミングでの再出撃が出来ない可能性が出て来たのだ。点検もせずに再度、離陸させる訳(わけ)にもいかないので、再装備が間に合わないのであれば予備機や他の任務に割り当ててあった機体を引き当てるとか、基地側では何らかの遣り繰りをしなければならない上に、そこへ二次隊の帰還が重なるとなれば、現場では相当な混乱が予想されるのだった。
エイリアン・ドローン群が、これ迄(まで)と同じ様に ADIZ を出たり入ったりを繰り返して呉れるならば、空防側は再装備の時間が稼げるの筈(はず)である。しかし、次は全機が一気に ADIZ を越えて雪崩れ込んで来たら、空防の迎撃が追い付かず、九州上空にまでエイリアン・ドローンが到達する可能性も否定は出来ない。しかも、天野重工隊の電子戦支援機が一機しか在空していない現状も、心配の種なのだ。
「Γ1(ガンマ・ワン) より、TGZ コントロール。ECM01 と HDG01 は、あと何分、作戦空域に留まれますか?」
桜井一佐は、そう緒美に尋(たず)ねて来たのだった。
- to be continued …-
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