WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第15話.03)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-03 ****


 茜が返事をすると、レシーバーから聞こえて来る声の主が再び樹里に代わり、シミュレーションの設定を読み上げる。

「天野さん、主発地点の飛行場は、学校(ここ)に設定しておくね。離陸したら一度、高度千メートル迄(まで)上昇して、それから降下、ここの滑走路に着陸って事で、戦闘とかは無しの設定で。オーケー?」

「了解です、始めてください。」

「それじゃ、実行。」

 シミュレーション開始を告げる樹里の声が聞こえると、茜の視界が設定確認画面からシミュレーションの仮想視界に切り替わるのだ。その視界は、天神ヶ﨑高校の滑走路東端から西向きに眺(なが)めた景色である。右手側には、第三格納庫も見える。

「何だか、随分、作り込んであるなぁ…。」

 そう、茜が呟(つぶや)くと、今度はレシーバーから日比野の声が聞こえるのだ。

「あはは、地上の風景は基本、衛星写真から起こしたデータだけどね。学校周辺のデータは、担当だったウチの卒業生がノリで手を入れたみたいなのよね~。まあ、楽しんでちょうだいな。」

 続いて、Ruby の合成音声が告げる。

「それでは、自律制御で飛行シミュレーションを開始しますが、宜しいですか?茜。」

「どうぞ、やってちょうだい、Ruby。」

「それでは、スロットルをアイドルからミリタリーへ。」

 茜には、ジェット・エンジンの出力が上昇するのを模した効果音が聞こえて来る。視界の左下付近に表示されている、エンジンの回転数を示すゲージは、その数値が跳ね上がるのだった。だが、まだ視界は動かない。

「ブレーキ・リリース。滑走を開始します。」

 Ruby が、そう告げると、車輪のブレーキが解除された瞬間に視界が一度、上下に揺れ、そして景色が後方へと流れ出すのだ。

「フラップ、ハーフ・ポジションにセット。」

 後方に流れ去る景色の勢いは、段々と増していき、表示される機速の表示値も跳ね上がっていくのだ。そして、あっと言う間に滑走路の中間付近に差し掛かった。

「V1(ブイ・ワン)。」

 Ruby の告げたその意味は『離陸決定速度』と謂(い)われる『この速度に達したら、トラブルが発生しても離陸を中断出来ない速度』の宣言なのだと、茜は昨日、金子から、そう教わっていた。ここで減速しても滑走路内での停止は無理なので、何が何でも一旦(いったん)は離陸を強行しなければならない。寧(むし)ろ、その方がより安全なのだ。

Vr(ブイ・アール)。」

 その通告と同時に、茜の視界は今度は縦に動き始めた。仮想 AMF が、機首を上げたのだ。視界正面に映された機体の角度を表示する目盛(スケール)が縦に流れ、その動きが 12°付近で止まると、今度は高度インジケーターの数値も段々と大きくなっていた。仮想 AMF は地面を離れ、上昇を始めたのだ。
 茜が周囲の景色は段々と下へと離れて行き、周囲の山頂が何時(いつ)の間にか、視線よりも下になっているのだった。

「ギア・アップ。フラップ、ゼロ・ポジションへ。以上で離陸操作は完了です。引き続き、高度一千メートル迄(まで)、上昇します。」

 そこで、加納の指示が割り込んで来るのだ。

Ruby、フル・パワーでバーティカル・クライム、行ってみようか。」

「了解、実行します。」

 加納の指示に対して即答する Ruby に、茜は「え?」と一言を発するのが精一杯だった。茜の視界は一気に天頂へと向き、仮想 AMF はアフターバーナーに点火して、ほぼ垂直に上昇を開始したのだ。
 現実の AMF 本体は、シミュレーション内の動きに対して一切、動作はしていない。しかし、HDG を吊り上げている接続アームには、HDG の角度に就いて三軸それぞれ、つまりピッチ、ヨー、ロールの各軸にプラス・マイナスそれぞれに 40°程の可動域が設けられていて、その動作とキャノピー内部に表示される仮想視界とを組み合わせて、HDG の装着者(ドライバー)に対しての姿勢変化や加速度変化を再現している。
 十秒足らずで高度一千メートルに達した仮想 AMF は、垂直に立ち上がった姿勢から宙返りの姿勢になり、その背面飛行状態から機体をロールさせて水平飛行に移ったのである。

「高度一千メートルで、飛行場方向へ水平飛行中。スロットルは、50%にセット。速度は 10.5 です。」

 Ruby の報告を聞いて、茜は取り敢えず、大きく息を吐(つ)いたのだ。すると、加納が呼び掛けて来る。

「天野さん、ちょっとした軽い機動(マニューバ)でしたが、大丈夫でしたか?」

「ああ、はい。大丈夫です、ちょっとビックリはしましたけど。」

「実機だと、もっとGが掛かりますが、シミュレーターなので視界がグルグル回るだけで。それでも目が回ってたり、気持ち悪くなったりは、してませんか?」

「あれ位なら、全然平気ですよ。御心配無く、加納さん。」

「了解。さっきので駄目な様なら、この先の空中戦闘機動や、実機での飛行は無理ですので。少しずつ、領域の確認をしていきましょう。では、取り敢えず一度、着陸の視界を体験してみてください。ここの滑走路に降りるのは、山の斜面に向かって降下して行く事になるので、視覚的には、結構、怖いと思いますが。そこは覚悟しておいてください。」

「分かりました。覚悟しておきます。」

 茜と加納が、そんな遣り取りをしている間に、仮想 AMF は飛行場の上空を通過していたのだ。そして Ruby が通告する。

「旋回、降下してランディング・アプローチを開始します。宜しいですか?茜。」

「どうぞ、やってちょうだい、Ruby。」

 茜が応えると、視界が左へ傾き、仮想 AMF が左旋回し乍(なが)らの降下を開始した。降下する事で加速してしまうのを防ぐ為、旋回する事で運動エネルギーを消費し、一周半の旋回で Ruby は高度と速度を、そして滑走路への進入経路にと、仮想 AMF の機体をピタリと合わせ込むのだ。
 天神ヶ﨑高校の滑走路には、それ程高度な計器着陸装置が設置されている訳(わけ)ではない。地形的にも山が近く、施設自体も天野重工の所有である為に一般への開放はされておらず、所謂(いわゆる)『空港』や『飛行場』ではないからだ。勿論、近隣を飛行中の航空機にトラブルが発生した場合、ここに緊急着陸する事は可能だが、管制塔も無く、常駐する管制官も居ないので、天野重工の社有機と天神ヶ﨑高校飛行機部以外の機体が、この滑走路を利用する事は、先(ま)ず有り得ない。そんな訳(わけ)で、この時代に普及している自動着陸機能に対応する様な、高度な計器着陸装置は設置されていないのだ。
 Ruby は飛行場の位置データと、その周辺地形データ、それに自機の位置情報を組み合わせて、着陸アプローチの経路を自力で割り出しているのであって、滑走路側の誘導装置を利用している訳(わけ)ではない。勿論、飛行場側に何らかの誘導装置が設置されてあれば、それを利用する事も可能で、その為の装備が AMF には用意されているのである。
 仮想 AMF は滑走路に向かって、東側から接近しているので茜の右手側には、山の斜面が迫って見える。茜自信は、HDG-A01 単体で何度もこの滑走路上空は飛行していたのだが、AMF での着陸進入速度は HDG-A01 での飛行よりも三倍以上高速なので、景色の迫って来る感覚には明らかに差異が有るのだった。
 普通の旅客機に乗った経験も何度かは有る茜だったが、その時に窓から見た着陸時の風景とも、印象は異なっていた。普通に開けた場所に在る空港に降下して行くのとは違い、起伏の有る山地に向かって降りて行くのは、地面の迫って来る感覚に、何と言うか『迫力』が感じられたのだ。

「ギア・ダウン。フラップ、フル・ポジションにセット。」

 Ruby が着陸脚の展開を宣言し、その操作が実行されると、同時に実行されたフラップの展開も相俟(あいま)って、抵抗の増加で機速が一気にダウンする。Ruby は機体の迎え角とスロットルとを微妙に調整しつつ、滑走路の東端へと接近を続行した。
 茜は表示されている対気速度と降下率が、事前に聞いていた範囲に収まっているのを確認しつつ、流れる仮想視界を見詰めていた。それは昨日、飛行機部のフライト・シミュレーターで体験した着陸時の景色とは、スピード感が倍以上も違っていたのだ。飛行機部のフライト・シミュレーターは軽飛行機がモデルであり、今、茜が体験しているのはジェット戦闘機と同等の機体がモデルなので、そもそもが着陸速度が全然違うのだ。勿論、その事は、茜も理解はしている。
 滑走路への接近を継続する Ruby が、目指す滑走路への対地高度を十メートル置きに読み上げる中、間も無く、仮想 AMF が滑走路東端を通過すると、機首を持ち上げた状態でスッと機体が沈み、主脚輪(メイン・ギア)が滑走路に接地するのだ。そして直ぐに機首が下がって首脚輪(ノーズ・ギア)が接地すると、逆噴射装置(スラスト・リバーサー)が作動し、仮想 AMF は一気に速度を失うのである。程無く、機体は滑走路の中程で停止したのだった。

「着陸操作を終了。スロットルをアイドル・ポジションへセット。以上でシミュレーションを終了しますか?」

 その Ruby の問い掛けに、直ぐに答えたのは緒美だった。

「取り敢えず、一旦(いったん)、終了。 天野さん、感覚は掴(つか)めそう?」

「はい、何度か繰り返せば、大丈夫だと思いますけど。」

「そう。 加納さんから、何か、有りますか?」

 緒美の問い掛けに、レシーバーへ返って来る声が加納に代わる。

「山に向かって降下して行くのに、恐怖感とか無かったですか?天野さん。」

「いえ、特に。あ、スピードは速いな、とは思いましたけど。HDG-A01 単独での飛行に比べて。」

「恐怖感が無かったのなら、結構。では、最初は離着陸、特に着陸操作を、お昼まで重点的にやってみましょうか。」

 そんな訳(わけ)で引き続き、茜は仮想 AMF に因る離着陸を、シミュレーターで反復する事になったのだ。今度は茜の思考制御で、離陸から着陸迄(まで)の操作を繰り返すのだ。
 離陸に就いては、操作自体はそれ程、難しくはない。横風とかが吹いていなければ、滑走路を真っ直ぐ走って、離陸速度に達したら機首を上げればいいのである。離陸では、滑走中にトラブルが発生した際に、離陸を中断するのか続行するのか、続行する場合に離陸後にどう対処するのか、そう言った判断やトラブルへの対応の方が難しいのだと言えるだろう。
 着陸に関しては、降下角度や速度の感覚を把握する為、滑走路上空での低空飛行から始まり、主脚輪(メイン・ギア)や首脚輪(ノーズ・ギア)をも滑走路に接地した後、再度離陸する『タッチ・アンド・ゴー』のシミュレーションを何度も繰り返し実施したのである。
 そんな様子が映し出されたモニターの画面を眺(なが)め乍(なが)ら、金子が緒美に話し掛ける。

「そう言えば、わたし達も同じ様な事やったやったよね、去年。合宿の時。」

「スピードとか、エンジンのパワーとか、段違いだけどね。」

 緒美は、微笑んで応えた。そして続けて、金子に言う。

「金子ちゃんには、折角(せっかく)来て貰ってけど、出番は無さそうね。」

「まあ、加納さんが居たらね。わたしの出る幕なんて、そりゃ、無いわ~。でも、加納さんが教官役なら、それ、見てるだけでも、わたしも勉強になるから、来た甲斐(かい)は有ったってものよ。」

 そう言って、金子はニヤリと笑うのだ。
 そして時刻は十二時を過ぎ、午前中の活動は終了となったのである。


「茜、お昼、どうする?」

 HDG から降りて来た茜に、タオルを渡しつつブリジットが、そう声を掛けた。茜は受け取ったタオルで顔の汗を拭(ぬぐ)いつつ、応える。

「午後からもシミュレーションやるんだし、インナー・スーツをもう一度、着直すのも面倒(めんどう)よね~。」

「じゃ、何か買って来ようか?パンとか、サンドイッチとか。」

 そうブリジットが提案した時、彼女のデニム生地のハーフパンツ、そのポケットの中の携帯端末にメッセージが届くのだ。確認すると、それは村上と九堂からの、昼食の誘いだった。彼女達はこの日、午後からの兵器開発部の活動に合流する予定だったのだ。

「敦実(アツミ)と要(カナメ)、お昼、一緒に食べようって。」

「ああ、それじゃ、着替えて来るかな、矢っ張り。」

 そう言う茜の傍(かたわ)らで、ブリジットは携帯端末を操作して、九堂へと通話要請を送る。九堂は、直ぐに通話に応じた。

「ああ、要? うん、見たんだけど…いや、茜がさ。インナー・スーツ着替えるの、結構大変なのよ…そう、午後からも引き続きシミュレーターやる予定だし。…え?…あーそうそう。うん。…うん。 あー、そう?だったら助かる。…あ、一応、茜にも聞いてみる。ちょっと待ってて。」

 ブリジットの通話の様子を、不審気(げ)に聞いていた茜が、ブリジットに尋ねる。

「要ちゃん、何て?」

「ああ、敦実と二人で、売店でお弁当買って、こっちに来ようかって。」

「それは助かるけど、何だか悪いわね。」

「いいじゃない、借りはまた、何かの機会に返せば。あの二人だって、午後からこっちの活動に合流する都合で、来るんだしさ。」

「じゃあ、そう言う事で。ありがとうって、言っておいて、ブリジット。」

「了~解。」

 ブリジットは携帯端末を耳に当て直し、通話先の九堂に話し掛ける。

「あ、要? それじゃ、お願いするわ、待ってる。 …え?あー何でもいい、お任せするから…うん、お願いね。それじゃ、また、あとで。は~い。」

 そんな具合で、ブリジットが通話を終えた頃合いに、茜とブリジットの二人に、恵が声を掛けて来る。

「天野さん、ボードレールさん、お昼に行きましょう。待ってるから、着替えていらっしゃい。」

 それには透(す)かさず、ブリジットが声を返した。

「ああ、恵さん。村上さんと九堂さんが、何か買って来て呉れるって事で、今し方、話が付いた所です。」

「午後の活動の前に、又、着替えるのも結構な手間なので。」

 ブリジットに続いて茜の発言した補足で、事情を察した恵は尋ねるのだ。

「じゃ、部室で食べるのね? お茶とか、用意しましょうか?」

「あ、御構(おかま)い無く。飲み物とかも、買って来て呉れますので。」

 そうブリジットが答えると、今度は緒美が言うのだ。

「それじゃ、わたし達は学食の方へ行って来るけど。序(つい)でだから、ここの留守番もお願い出来るかしら?」

 実は緒美達、三年生組は、売店でパンでも買って来て、午後の活動までの間、部室で過ごす積もりでいたのだ。何が起きると言う心配が有る訳(わけ)でもなかったのだが、それでも昼休みの間、第三格納庫を無人にする訳(わけ)にもいかないだろう、と、そう考えていたのである。
 緒美の問い掛けには、茜が即答した。

「わたし達は構いませんよ。先輩達は、ごゆっくりどうぞ。」

「そう? それじゃ、何か有ったら連絡してね。」

 そんな遣り取りをし乍(なが)ら茜達は、二階へと上がる階段へと向かって歩いていた。
 そして、立花先生が言うのだ。

「考えてなかったけど、そう言う事なら、明日以降のお昼も、天野さん達の分は、こっちで食べられる様に準備しておいた方がいいかしら?」

「そうですね。」

 恵が応えると、続いて直美が提案するのだ。

「それじゃ、こっちで昼食を済ませたい希望者の分、人数確認しておいて、お弁当でも発注しときます?」

「あ、いいですねぇ、それ。」

 直美の提案に、即座に乗ったのは瑠菜だった。透(す)かさず、立花先生が言葉を返す。

「言っておくけど、只じゃないわよ。それに、それ程、豪華なものにはならないでしょうし。」

「あはは、分かってますよぉ、それ位。」

 笑って返す瑠菜に続いて、微笑んで樹里が言うのだ。

「学食や寮の食事は、何時(いつ)でも食べられるものね。」

「そうそう、偶(たま)には目先の変わったものが食べたいじゃない。」

 そんな会話をしていると、茜達は階段の上(のぼ)り口に到着したのである。そこで、緒美が茜とブリジットに声を掛ける。

「それじゃ、わたし達は下の出口から出るから。午後は一時半からスタートだけど、予定通り、B号機もシミュレーションに参加するから、ボードレールさんはインナー・スーツに着替えておいてね。」

「はい、分かってま~す。」

 ブリジットの返事を聞いて微笑んだ緒美は、「それじゃ、留守の間、宜しく。」と言い残して、他のメンバーと一緒に階段の下を通って手洗い場区画脇の奥に有る、東側一階出口へと向かったのだ。
 茜とブリジットの二人は階段を上がり、一度部室を通過して南側の支度室へ入ると、茜の着ているインナー・スーツのパワー・ユニットと背部及び腰部のフレームを取り外し、インナー・スーツを少し緩めてから部室に戻って、村上と九堂の到着を待ったのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.02)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-02 ****


 その声を聞いて、思わず緒美は「あはは。」と笑い、続けて「ああ、矢っ張り?」と瑠菜に返したのである。一方で、三年生以外の兵器開発部メンバー達は一斉(いっせい)に AMF へと駆け寄り、その不格好に大きな機首の前へと回って、口口(くちぐち)に Ruby に話し掛けたのだ。
 そんな様子を眺(なが)め乍(なが)ら、恵は緒美に問い掛ける。

「知ってたの?緒美ちゃん。」

「いいえ。でも、多分、そうなるんだろうな、とは、見当が付いていたって言うのか。」

 その特別な感慨も無さそうな口振りを聞いて、直美は不満気(げ)に、緒美に言うのだ。

「だったら、言っといてよ。」

「だって、個人的な徒(ただ)の予想だし、確証は何も無いし。それに、本社からは事前の通達が何も無いって事だから、サプライズにしたいのかなぁって。 ねぇ、立花先生。」

 急に話を振られて、慌てて立花先生は声を上げる。

「誤解しないで、わたしも聞いてないから。 貴方(あなた)達は、知ってたんでしょ?畑中君。」

 そう立花先生に声を掛けられて、今度は畑中が慌てて答えるのだ。

「そりゃ、実装作業やってましたから、一月(ひとつき)位(くらい)前から、当然、知ってはいましたけど。この件に関しては、箝口(かんこう)令が出てましたからね、試作部には。」

 その畑中の弁明に続いて安藤が、そして日比野が発言する。

「箝口令(それ)に関しては、開発部(うち)も同(おんな)じよね。」

「隠しててゴメンね~。」

「いえいえ、社命と有らば、仕方無いですよね~。」

 そう、恵が笑顔で言葉を返すので、飯田部長がポツリと言うのだ。

「あれ? 箝口(かんこう)令を敷いた、俺達が悪者って流れなのかな?」

「やだなぁ、そんな事、思ってませんって。」

 透(す)かさずフォローする、直美だった。すると、実松課長がニヤリと笑って言うのだ。

「まあ、少なくとも。流石の鬼塚君には、このサプライズは不発だったみたいだな。」

「確かに、驚きはしませんでしたけど…でも、皆(みんな)と同じ位、喜んではいますよ。」

 そう言って満面の笑みを見せた緒美は、歩速を早めて AMF へと向かったのだ。勿論、恵と直美、そして金子もが、緒美を追って AMF の前へと向かったのである。

「皆(みんな)との挨拶は済んだ? Ruby。」

 緒美は AMF の機首、右側方に立つと、そう声を掛けたのだ。間を置かず、Ruby が応える。

「ハイ、その声は緒美ですね。」

「声って…画像センサーは働いていないの?」

「イイエ、センサーは作動していますが、LMF と比較すると、この機体は至近距離に死角が多いのです。」

「ああ、そうね。AMF は LMF 程、接近戦は重視してないから…。」

 そこで瑠菜が、緒美に説明するのだ。

「それで今、樹里がセキュリティ・システムの再起動を。」

「ああ、成る程。」

 丁度(ちょうど)、そのタイミングで CAD 室から二階廊下へ出て来た樹里が、格納庫フロアに向かって声を掛けて来た。

Ruby、格納庫のセキュリティ・システム、再起動したから。ネットワークにアクセスしてみて。」

「ハイ、樹里。 セキュリティ・システムのネットワークを確認、アクセスを完了しました。続いて、サブ・コントローラーへの接続を開始…認証を完了。各所センサーのステータスを確認、環境設定を再実行。センサーからの、データ取得を開始します。取得したデータで周囲状況の補足を実行、周辺マップ・データを更新します。」

 樹里は、二階廊下から駆け足で階段を降り、緒美の隣まで来て Ruby に問い掛けるのだ。

「どう? Ruby。」

「ハイ、樹里。ありがとうございます、格納庫側のセンサーからの情報で、漸(ようや)く周囲の状況が詳しく分かる様になりました。皆さんの元気そうな姿を確認出来て、わたしも安心しました。第三格納庫も変わりが無くて、ここに帰って来た事が嬉しいです。」

「それは良かった。何よりね。」

 Ruby の返事を聞いて、樹里は安堵(あんど)の溜息を一つ吐(つ)くのだった。そして、Ruby は言葉を続ける。

「徒(ただ)…。」

「何よ? Ruby。」

「ハイ。各出入り口の、施錠に関するステータスが不明の儘(まま)です。」

「ああ~それね。貴方(あなた)が不在の間、セキュリティ・システムが使えなくなってたから、ドアの施錠に関しては別の独立したモジュールに交換したの。元に戻すかは、先生と相談してみるね。」

「そうでしたか、わたしが留守の間、ご不便をお掛けしてしまったのですね。」

 そんな会話を樹里と Ruby が続けている所に、ゆっくりと歩いて来ていた大人組の一団が到着し、立花先生が「どうかしたの?」と訪ねて来るのである。それには、緒美が応えるのだ。

「ああ、先生。いえ、Ruby が格納庫のセキュリティに就いて、ドアの鍵が変わってるのを、どうしましょうか、って。確かに、以前のシステムの方が、色々と便利ではあったんですけど。」

 立花先生は苦笑いして、言うのだ。

「又、工事するの? まあ、校長に掛け合ってはみるけど…今日、明日って訳にはいかないわよね。」

「ああ、いえ。わたし達は別に、今の儘(まま)でも何とかなってますし、何方(どちら)でも構わないんですが。予算の都合とかも、有るでしょうし。」

「予算も、だけど。それよりも、セキュリティに関する話だからね。どうするのがいいか、学校側で協議します。再工事をするにせよ、しないにせよ、検討する時間は必要でしょう?」

 立花先生の言葉に頷(うなず)いて、緒美は AMF の方へ向き直り言った。

「だそうよ、Ruby。そう言う事で、いいかしら?」

「ハイ、分かりました。お手数をお掛けします。」

 Ruby の返事に、立花先生も言葉を返すのだ。

「いいのよ。それが、わたしの仕事だから。」

 そして緒美は周囲のメンバーを一度見回し、「パン」と手を打ってから言うのだ。

「それじゃ、無事に AMF も到着した事だし。予定通り、午前中に一度、飛行シミュレーションを実行するわよ。天野さん、インナー・スーツに着替えて来て、ボードレールさんは手伝ってあげてね。 城ノ内さんと井上さん、カルテッリエリさんは、デバッグ用コンソールの準備。日比野さんも、其方(そちら)、お願いします。 残りのメンバーで、モニター用の機材とか机とか、設営をやりましょう。」

 緒美の指示を受け、兵器開発部のメンバー達は、それぞれの担当作業へと散ったのである。

 この日から数日の兵器開発部の活動は、来週月曜日の AMF の飛行試験へ向けての、その準備期間である。
 AMF 自身に就いて言えば、天野重工の試作工場で既に五日間の飛行試験が完了しており、Ruby の制御に因る一通りの飛行能力は確認済みなのだった。その際、試作工場に於いて Ruby に対して離着陸や、空中機動の教示(ティーチング)を行ったのは理事長秘書の加納である。彼の元戦闘機パイロットとしてのスキルが遺憾なく発揮された結果、AMF は自律制御に因る飛行で、既に大きな不安も無く飛行が可能となっていた。因(ちな)みに、先程の AMF の着陸操作が「加納っぽい」と言う金子の感想は、大正解だったのだ。
 さて、AMF は操縦系統の構成からして純然たる『航空機』なのだが、そこで問題になるのがドライバーである茜に、航空機の操縦経験が全く無い事なのである。勿論、操縦桿やスロットル・レバー、フットバー等の両手両足を使っての操縦操作を行う通常の航空機とは違って、HDG を介して思考制御で姿勢や進路を決定し、機体に搭載された AI が具体的な操縦操作を代行する仕組みは LMF と変わりはない。しかし AMF が LMF とは決定的に違うのは、その航空機の特性上、『立ち止まる事が出来ない』と言う事なのである。
 LMF のホバー走行や、或いは HDG-A01 単体での飛行では、例え空中での姿勢が崩れたとしても、その場に留まって体勢を立て直したり軟着陸が可能で、それはホバリングが出来るからである。その点に関して言えばは、ブリジットの HDG-B01 も同様で、航空機基準で設計された HDG-B01 の飛行ユニットにも、『推力モード』と呼ばれるホバリングが可能な飛行モードが存在し、空中で立ち止まる事が可能なのだ。
 だが、AMF にはホバリングを行う能力が無く、飛行を継続する為には、常に一定以上の速度と適切な迎え角を維持して、揚力を獲得し続けなければならない。勿論、飛行を継続する為に必要な姿勢の制御は、AMF に搭載された AI、つまり Ruby が常に適切な補正をして呉れる仕組みなのだが、ドライバーである茜自身にも、その基礎的な感覚が必要なのは言う迄(まで)も無いだろう。
 そこで、茜には前日の夕方から、飛行機部所有のフライト・シミュレーターで三時間程、金子の指導を受けて航空機の操縦感覚や飛行感覚を先(ま)ず、学習したのだった。これは、操縦の操作手順を習得するのが目的ではなく、飽く迄(まで)、飛行感覚の体験が目的なのである。
 そして今日からは AMF に HDG を接続して、AMF をシミュレーターにしての飛行感覚習得を行うの計画なのだった。これは勿論、HDG からの思考制御入力による、AMF 側の操縦操作の最適化と、その確認をも兼ねてはいるのだ。以前は、LMF の格闘戦機動の教示(ティーチング)を、HDG を接続して茜が行ったのだが、今回は目的の主客が逆転してしまってはいるものの、行う事柄自体は LMF の時と同様なのである。
 そこで、茜の思考入力や、それに因る Ruby の操縦制御が適切であるかの監督・指導役として加納と、飛行機部部長である金子が呼ばれていたのだ。別に金子はこの日、徒(ただ)、ふらりと遊びに来ただけでは無かったのだ。
 加えて、本社から来ているソフト部隊の二人、日比野は AMF 本体の制御系の確認を、安藤は Ruby の確認をと、それぞれが動作確認を担当して、HDG と AMF の飛行シミュレーションが実施されるのだ。

 シミュレーション開始の為の準備には、小一時間程の時間を要した。
 以前の LMF での時と同様に、シミュレーションの状況を監視する為に複数のディスプレイが、状況のモニター用にずらりと、AMF の右舷側に設置されていた。今回は、天野理事長に飯田部長、実松課長に前園先生と、観客(ギャラリー)が多いのだ。
 樹里が何時(いつ)も扱っているデバッグ用コンソールには、AMF に因るシミュレーターに対応したアプリケーションが日比野の手に因ってインストールされ、接続や初期設定など、細細(こまごま)とした作業も滞(とどこお)りなく進められたのである。

「それじゃ、取り敢えず一度、やってみましょうか。 Ruby、機首を解放して。」

 緒美がコマンド用のヘッド・セットを通じて指示すると、AMF の機首部分が先(ま)ず、左右とキャノピー部分の三つに分かれ、そのあと複雑にスライドして、機首内部に格納されている HDG が露出される。AMF も、LMF と同様に、機体の前面部に HDG を接続した状態で運用されるのだ。徒(ただ)、空中を高速で飛行する為には、極力、空気抵抗を減らしたいので、通常は機首構造の中に HDG が格納されるのだ。勿論、空中戦時には飛行中でも機首部を解放して HDG を露出する事は可能だが、その場合は飛行速度に制限が掛かる事になる。
 設計上、諸諸(もろもろ)の諸元や部品を F-9 戦闘機から流用している AMF なのだが、その機首部が F-9 に比べて、不格好な程に肥大化してしまったのは、直立した姿勢の HDG を内部に収める為なのだった。又、格闘戦用の格納式ロボット・アームや、固定武装としてのレーザー砲、外装へのディフェンス・フィールド・ジェネレーターの追加も有って、その胴体は F-9 戦闘機よりも一回り大きくなっていた。それでも、エンジンと航空電子装備(アビオニクス)、主翼カナード翼、そして降着装置一式は F-9 戦闘機と同じパーツを流用して仕上げられており、その設計手腕は見事と言っていいだろう。それは勿論、開発期間を圧縮する為に、既存のパーツや技術で、流用出来る物は流用した結果でもあるのだが。

「何とも形容し難い開き方をするのね。」

 AMF の機首が解放されるのを見て、そう所感を漏らしたのは立花先生である。緒美は微笑んで、それに応じる。

「飛行中でも開(ひら)けるように考えてありますからね。 Ruby、HDG を降ろしたら、天野さんが接続する為に開放状態に。」

 解放された機首の内部には、無人状態の HDG-A01 が接続格納されていた。それは以前の形態とは違う事が、一目で分かる改造が施されている。
 初期型、或いは『地上型』と言った方が適当だろうか、兎も角、当初は露出した装着者(ドライバー)の頭部にヘッド・ギアを装着する仕様だったのだが、この『航空型』では頭部を覆うバブル型の『キャノピー』が追加されており、所謂(いわゆる)『宇宙服』の様になっていた。
 これは、HDG に接続された AMF が戦闘機並みの高速で飛行出来る事への対応策であり、これに因り戦闘機並みの高空への上昇も可能となるのだ。従来の『地上型』ヘッド・ギアでは、酸素の薄い高空では活動が制限されるし、低空であっても高速飛行の際には気流の影響で装着者(ドライバー)が首を痛める恐れが有り、『キャノピー』の無い HDG では AMF の能力を十分に活用する事は期待出来ない。

「茜君、今回からは、このヘッド・ギアを使ってね。」

 そう言って畑中が、茜に新しい、簡易型のヘッド・ギアを手渡すのだった。『地上型』のヘッド・ギアには光学系各種センサーや複合アンテナ、ディスプレイ等が取り付けられていたのだが、この新しい簡易型には通信機能と、思考制御の為のセンサーが装備されているだけである。

「あ、ありがとうございます、畑中先輩。」

 インナー・スーツに着替えた茜は、手渡された簡易型ヘッド・ギアを受け取ると自(みずか)らの頭部に装着し、格納庫のフロアへと降ろされた HDG-A01 の、スカート型ディフェンス・フィールド・ジェネレーターのヒンジ部に足を掛けると腰部リングへと上がって腰を下ろし、HDG の左右腕ブロックに両手を掛けて身体を支えると、自らの両脚を HDG 腰部リングの中へと差し込んだ。茜は一旦(いったん) HDG の脚ブロックの上に立つと、それから身体の向きを変え、左右の足を HDG の脚ブロックへと差し込み、続いて背中のパワー・ユニットを HDG へと接続するのだ。
 茜には全て、もう手慣れた工程である。装着の為に解放されていた各パーツが閉鎖すると、腰部リングから後方へと突き出た接続ボルトを掴(つか)んでいる、AMF 側の接続アームが引き上げられて HDG は AMF の定位置にセットされるのだった。

「此方(こちら)は、準備完了です。」

 茜は空中に吊り上げられた状態で、HDG に接続した儘(まま)の右手を上げて見せた。ヘッド・ギアのレシーバーからは、樹里の声が聞こえて来る。

「オーケー、それじゃ、ディスプレイの画像入力設定を外部入力に切り替えてね。」

「はい、設定変更します。」

 前方へ突き出る様な長球状のキャノピー前面内部は、全体がディスプレイになっており、樹里に指示された通りに設定を変更すると、茜の視界は青色に染まるのだった。キャノピーは透明な強化樹脂に挟(はさ)まれた表示素子に因ってディスプレイの機能を持ち、その外側に配された透過膜に因って視界を遮断出来るのだった。通常は必要な表示の背景に外界を視認出来るのだが、光線の具合に因って内側の表示が読み取り難い場合に透明度を調節したり、外部で閃光が発生した際に視界を瞬時に遮断する事が、透過膜に因って可能なのだ。今回の場合は、HDG を接続した AMF をフライト・シミュレーターとして使用する都合から、HDG の装着者(ドライバー)に外界が見える必要は無く、AMF 側でシミュレーター・モードが起動した時点で HDG の視界は遮断されたのだった。因(ちな)みに、透過膜が不透明になった際、HDG-A01 のキャノピー部は外部からはグレーに見えるのである。

「樹里さん、設定確認画面、来ました。」

「は~い、こっちでもモニター出来てる。じゃ早速、一度、試(トライ)してみましょうか。」

 そこで、レシーバーから聞こえて来る声が、樹里の声から加納の声に代わる。

「えー、天野さん、加納です。 取り敢えず、最初の一回目は Ruby の自律制御で、離陸から着陸迄(まで)の視界を体験してみてください。特に何も、しなくていいです。」

「分かりました。設定の方、宜しくお願いします。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第15話.01)

第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)

**** 15-01 ****


 2072年9月30日・金曜日。前期期末試験の最終日、その翌日である。
 試験期間中は休止していた各部活動も、試験期間が終了した前日の放課後より、それぞれの活動が再開されていた。一方で各学年の昼間の授業は『試験休み』の扱いとなり、本来は土日を挟んで平日の三日間、つまり 9月29日の木曜日から 10月1日の月曜日までの間が『試験休み』の予定だったのだ。だが、試験の最終日が一日ずれた事に因り、この 30日からが『試験休み』の扱いとなったのである。しかし 10月2日の火曜日から授業が再開される予定が変わる事はなく、『試験休み』の期間が一日減じてしまった、その皺寄(しわよ)せは教職員へと向かい、土日の何方(どちら)かで休日出勤をして試験の採点などの事務処理をする事で日程の変更は吸収されたのだった。
 因(ちな)みに、学校側のカレンダーとしては、後期の開始は 10月6日の木曜日とされており、制服の冬服への切り替えも、その日に合わせて行われるのが通例なのだった。但し、前期の終業式とか、後期の始業式の様な学校側の式典は、何も無いのが天神ヶ﨑高校の流儀なのである。『試験休み』が終わると、通常通りに淡々と授業が実施されるのだ。

 この日の兵器開発部の活動としては、HDG-A01 用航空戦闘能力拡張装備である AMF(Aerial Mobile Frame:空中機動フレーム)の搬入作業が、いよいよ実施される予定だった。これは元々が、この日に予定されていたもので、試験の最終日が一日ずれ込んだ影響で、この日に順延された訳(わけ)ではない。
 天野重工からは AMF の受け入れ準備の為に、例によって畑中達、試作部の人員が工具や資材を積載したトランスポーターで、前日の夕方に天神ヶ﨑高校へと移動して来ていた。その陸路移動組の荷物の中には、HDG-B01 用の拡張装備である『レールガン』が含まれており、試作工場から空路で移動して来る HDG-A01 と AMF が到着する迄(まで)の午前中の間に、畑中達は HDG-B01 の飛行ユニットへの『レールガン』取り付け作業を開始していたのである。
 AMF の飛行試験は月曜日、10月3日に予定されているのだが、その映像記録の為にチェイス機として使用する天神ヶ﨑高校のレプリカ零式戦や、飛行機部所属の軽飛行機に、それぞれ撮影用の器材を取り付ける作業や、当の AMF のセットアップ調整等、出張で来校している畑中達には土曜日も日曜日も関係の無いスケジュールが組まれていた。勿論、この出張が終われば、代休が取得出来るのではあるが。
 この時、兵器開発部のメンバーは、と言うと。受け取る器材に関する取り扱いに就いてのレクチャー受けたり、畑中達の『レールガン』取り付け作業の補助をして注意点の説明を受けたり、実際の物品と受領品目録とを突き合わせて確認をしたりと、分担して朝から忙しく動き回っていたのだった。

「折角(せっかく)の試験休みなのに、ゆっくり朝寝坊も出来ないなんて、運動部みたいよね。」

 そう、ぼやいていたのは瑠菜だったのだが、それには直美が「動いた分は手当が付くんだから、運動部よりは優(まし)でしょ。」と、そう言って笑うのだった。

 第三格納庫で朝八時から、それぞれが作業を始めて二時間程が経過し、受領品目録の現物チェックを終えた緒美が腰を伸ばし乍(なが)ら、同じく作業をしていた恵に声を掛けた。

「そろそろ、AMF が到着する時間よね。」

「予定通りなら。」

「遅れるって情報は来て無いっぽいから、予定通りじゃないかしら。」

 緒美と恵の二人は、解放されている南側の大扉の方へと歩き出す。二人が向かった方向では、天野理事長と前園先生、そして実松(サネマツ)課長の三人が、毎度の如く何やら立ち話をしているのだった。
 緒美が近寄って来るのに気付いた前園先生が、彼女に声を掛けて来る。

「鬼塚君、検品は終わりかい?」

「はい、前園先生。」

 笑顔で応えた緒美は、実松課長に問い掛けるのだ。

「実松課長、AMF の到着、遅延の情報は無いですよね?」

「ああ、聞いとらんよ。そう言えば、そろそろ、か。」

 五人は格納庫の外へと歩いて出ると、良く晴れた空を見上げる。そして間も無く、東の空からジェット機のエンジン音が聞こえて来るのだった。天野理事長が、声を上げる。

「おう、来たみたいだぞ。定刻だな。」

 暫(しばら)くは音が聞こえるのみで、機影は見えなかったのだが、一分もしない内に二機のジェット機が目視できる様になる。並んで飛んでいる二機は、東側から学校の上空へと接近して来るのだが、向かって左側の、F-9戦闘機と同様の前進翼の機影が AMF である。その右隣の機体は随伴機として飛来した天野重工所有の社用機で、天野理事長が移動に使用しているのと同型機である。
 天野重工は同型の社用機を四機、保有しており、その内の二機が天神ヶ﨑高校に、残りの二機が東京の飛行場に配置され、本社総務部に所属する飛行課に依って運用されている。天神ヶ﨑高校と東京の飛行場と、何方(どちら)も一機は予備機の扱いだが、各機体の飛行時間が極端に偏らないよう、定期的に機体を入れ替えて運用されているのだ。天神ヶ﨑高校に配置されている機体が、主に天野理事長の移動に使用されているのは周知の通りだが、必要に応じて航空機事業の業務での、試験飛行の随伴機を務めたりもするのだ。
 AMF と随伴機の二機は、滑走路の上空を五百メートル程の高度で西へと通過し、南へと旋回し乍(なが)ら更に高度を落としていった。ここで『滑走路の上空五百メートル』とは、海抜高度や、開けた市街地に対する高度ではない事に注意をされたい。それは天神ヶ﨑高校の敷地が、山の中腹に所在するからだ。
 高度と速度を落とし乍(なが)ら、滑走路の南側上空を東向きに通過する AMF は着陸脚を展開する。そして滑走路の東端方向へ回り込む様に、大きく旋回して AMF は着陸態勢に入るのだった。随伴機は AMF の左後方、つまり南側を少し上に位置して、速度を合わせて AMF を追跡し、監視を続けている。

「あれ、自動操縦で飛んでるのよね?」

 恵が、不思議そうに緒美に問い掛けた。緒美は微笑んで、恵に応える。

「大丈夫よ。いざとなったら、チェイス機の方から操縦出来る仕掛けだそうだから。」

 その会話を聞いて、実松課長が振り向いて言うのだ。

「試作工場の方で、何度も離着陸の試験はやって有るから。心配は要らないよ。」

「それは聞いてますけど、この目で見る迄(まで)は実感が持てなくて。」

 申し訳無さそうに恵が言葉を返すと、「ははは、そりゃあ仕方無いな。」と笑って、実松課長は前を向くのだった。
 そして、その時、格納庫中に居た筈(はず)の全員が大扉の方に出て来ていた事に、緒美は気付いたのだ。
 一方で、AMF は順調に高度を落とし、滑走路の東端に接近して来る。時折、機体を『ゆらり』と揺らすのだが、概(おおむ)ねはスムーズにアプローチを続けるのだった。機首を持ち上げた姿勢で滑走路の東端上空を通過すると、間も無く着陸脚が路面に接地し、バウンドする事無く機首を降ろすと直ぐに AMF は逆噴射(スラスト・リバーサー)を作動させた。滑走路上で急減速する AMF を上空の随伴機が追い越して飛び去ると、AMF は滑走路の中央を過ぎた辺りで、ほぼ停止したのだった。
 それは、そこで完全に静止した訳(わけ)ではない。再び推力を上げて滑走路の南端まで進むと、右折して誘導路へと入り、随伴機の為に滑走路を空けて、AMF 自身は格納庫前の駐機場へと誘導路を自力で進んで行くのだ。

「完璧な着陸だったんじゃない? あれで自動操縦?」

 何時(いつ)の間にか緒美の右隣に来て居たのは、飛行機部部長の金子である。その声に驚いたのは、声を掛けられた緒美ではなく、緒美の左隣に立っていた恵の方だった。

「金子さん、何時(いつ)から居たの?」

「んふふ~わたしがこんな面白そうなイベント、見逃す筈(はず)ないじゃない?」

 無邪気に答える金子に、緒美が冷静に言葉を返す。

「ないじゃない?って云われても知らないわ、そんなの。」

「相変わらず、鬼塚はつれないよなぁ~。」

 そう言って苦笑いする金子は、今度は前方に立っている前園先生に声を掛けるのだ。

「前園先生、飛行機(うちの)部にもジェット機、何とかなりませんか? F-9 とか。」

「無茶言うんじゃないよ、金子君。」

 振り向いた前園先生は、半笑いで応えるのだった。そこで天野理事長が振り向き、金子に向かって言うのだ。

「飛行機部に F-9 を渡すのは無理だが、それに近い事が先先(さきざき)、起きるかもしれんから。まぁ、楽しみにておくと良いよ、金子君。」

 その言葉に反応したのは、緒美の方が早かった。

「どう言う事でしょうか?理事長。」

 天野理事長は無邪気に笑って、言った。

「あははは、今は、まだ秘密だ。鬼塚君も楽しみにしてて呉れ。」

「何だか良く分からないですけど、信じちゃいますよ、理事長!」

 弾んだ声で金子がそう言うと、天野理事長はもう一度「ははは。」と笑うのだった。
 そんな折(おり)、先程、滑走路上空を通過した随伴機が旋回して東側へと戻り、今度は着陸態勢を取って滑走路へと降りて来る。随伴機も特に危な気(げ)の無いスムーズな着陸を披露すると、AMF を追う様に誘導路から駐機場へと移動して行くのだった。
 そこで前園先生が振り向き、金子に尋ねるのだ。

「金子君、今の随伴機の方、着陸はどうだった?」

「今のですか?悪くはないですけど…何時(いつ)も見てる加納さんのに比べると、見劣りはしますよね。」

 その金子のコメントには、驚いて天野理事長が聞き返す。

「ほう、分かるのかい?」

「勿論、風の具合とかにも因りますけど。加納さんの場合、アプローチでもう少し、ギリギリまで減速してますし、だからもっと手前で接地して、制動距離も短いですよね。 先に降りて来た、自動操縦って云われてた機体の方が、加納さんっぽかった気がします。」

「そうか。成る程な。」

 満面の笑顔で天野理事長が応えると、前園先生も笑って「流石、飛行機部部長だな、金子君。」と声を掛けて来るのだった。そこで透(す)かさず、金子は卒業後の配属先に就いてアピールをするのだ。

「わたし、卒業後には、総務部飛行課配属を希望してますので、宜しくお願いします!理事長。」

 それには苦笑いで、天野理事長は言葉を返すのだった。

「わたしの一存で、人事がどうこうは、ならないがね。ま、キミなら心配しなくても、希望通りにいくんじゃないかな。」

 続いて、前園先生。

「学校として、推薦状は書いてやるから。だから、ちゃんと卒業できるように、単位だけは絶対に落とすんじゃないぞ、金子君。」

「はい。それは、勿論。」

 ニヤリと笑って、金子は答えた。
 そんな遣り取りをしている間に、AMF と随伴機は誘導路を通過して格納庫前の駐機エリアへと移動して来るのだ。
 随伴機は第二格納庫の前で停止して胴体のドアを開き、機内から数人の乗客が降りているのが、少し遠くに見える。
 一方で、AMF は第三格納庫の前へと、ゆっくりと進んで来るのだ。緒美達の背後では、南側の大扉が更に大きく開けられる音が響き、畑中が AMF 到着の見物人達に声を掛けるのである。

「すいませーん、AMF は、その儘(まま)、格納庫(ハンガー)に入りますから、道を空けてくださーい。エンジンが稼働してますから、AMF の前に立つと吸い込まれますのでー。」

 目の前では、AMF が機首の向きを第三格納庫の方へと向けつつある。

「おお、マズイ、マズイ。皆(みんな)、あっちへ行こう。」

 そう実松課長が声を掛けると、一同は揃(そろ)って西側へと向かって移動を開始する。その一団に向かって、畑中が声を上げるのだ。

「瑠菜君、LMF 用に使ってた地上電源ケーブル、準備しといてー。」

「ああ、はい、畑中先輩。」

 見物人の一団の中から畑中に声を返すと、瑠菜は一団を離れて駆け足で格納庫の中へと向かった。「わたしも手伝う~。」と声を上げ、佳奈が瑠菜の後を追うのだ。
 西側へと向かう、その一団の先頭部では、先に随伴機から降りて来た五名が、天野理事長達と挨拶を交わしている。その五名とは、飯田部長と担当秘書の蒲田、理事長秘書の加納、そして開発部設計三課からの出張組である安藤と日比野の二人である。因みに、秘書の加納は珍しく飛行服を着用しているのだが、それは誰の目にも普段のスーツ姿よりは似合って見えたのだ。

「いや、ご苦労さん。AMF は道中、どうだった?」

 天野理事長に問い掛けられ、飯田部長が答える。

「離陸から、着陸まで、何の問題も無く。非常時の為に、加納さんには、ずっと待機して貰ってましたが。結局、何も手を出さずじまいでしたよ。」

「そうか、順調だったのなら、何よりだ。加納君も、ご苦労だったね。引き続き、面倒を見てやって呉れ。」

「はい。わたしが不在の間、問題は有りませんでしたか?」

「秘書業務の方は、心配しないでいい。こっちにも代わりの人員は居るんだし、秘書課の皆(みんな)は、それぞれ優秀だからな。なあ、蒲田君。」

「恐縮です、会長。」

 大人達がそんな会話をしていると、飯田部長が緒美と恵を見付け、声を掛けるのだ。

「ああ、鬼塚君、森村君、暫(しばら)くの間(あいだ)、見学させて貰うよ。宜しく頼むね、立花君も。」

 立花先生の姿も見付け、最後に付け加える様に飯田部長は言ったのだ。緒美は黙って会釈をしただけだったが、恵は「先日は、お世話になりました。」と言って微笑むのだった。『先日』とは、勿論、防衛軍との会合の時の事である。
 そして、立花先生は飯田部長の方へと歩み寄って、言った。

「しかし、ここに飯田部長がいらっしゃるのは、何か不思議な感じがしますね。」

「ははは、まあ、ここに来たのは初めてだからなぁ。」

 飯田部長が笑って応じると、前園先生が声を掛けるのだ。

「ああ、飯田君は、天神ヶ﨑に来るのは初めてだったのか。月曜日の飛行試験まで、見ていくんだろう?」

「はい、その予定です。」

 続いて、天野理事長が言うのだった。

「キミは本社(あっち)に居ると、あれやこれやと忙しいだろう? 土、日と、こっちで少し、のんびりして行くといい。蒲田君も、な。」

 そんな会話の背後を AMF が低速で通過し、格納庫の中へと入って行く。そして格納庫の中央付近まで進むと、そこで停止するのだ。AMF が自律制御でエンジンの出力をアイドル状態まで絞ったのを確認して、畑中は地上電源のケーブルを持って待機している瑠菜に声を掛ける。

「オーケー、瑠菜君、地上電源の接続を頼む。プラグはこっちだから~。」

 畑中は AMF の後方から左主翼の付け根付近の下へと駆け寄ると、手際良くアクセス・パネルを開いて見せる。

「あ、まだエンジン、回ってるから。インテークの前は通らないでね。」

「は~い。」

 瑠菜と佳奈は、電源ケーブルを引き摺(ず)って、機体の側方から畑中の居る位置へと近付くと、開かれたアクセス・パネルの中を確認して、そこに設置されたソケットに電源ケーブル先端のプラグを接続し、ロックした。

「地上電源、接続しました~。」

 瑠菜が確認の声を上げると、それに AMF に搭載された AI が応えるのだ。

「外部電源、接続確認。制御電源を外部入力に移行し、メイン・エンジンを停止します。」

 その合成音声を聞いて、瑠菜と佳奈は一瞬、顔を見合わせるのだった。それは、その声に聞き覚えが有ったからで、だから次の瞬間、瑠菜と佳奈の二人は声を揃えて、その声の主に問い掛けたのだ。

Ruby!?」

「ハイ、その声は、瑠菜と佳奈、ですね。お久し振りです。」

 そう応じると間も無く、AMF の左右のエンジンが相次いで停止され、格納庫内は一転して静かになったのだった。そこに再び、Ruby の合成音声が響く。

「先程から、第三格納庫のセキュリティ・システムにアクセスしているのですが、ネットワークに接続が出来ません。建屋側のサブ・コントローラーがダウンしていませんか?」

「ちょっと待って、Ruby。」

 そう答えた瑠菜は AMF の主翼下面から機体後方へと出て、大扉の方から中へと歩いて来る一団の中の、緒美に向かって声を上げたのだ。

「部長ー。これ、Ruby ですー。」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第14話.12)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-12 ****


 翌日、2072年9月29日・木曜日。本来は、この日から10月3日・月曜日迄(まで)が試験休みの予定だったのだが、先日のエイリアン・ドローン襲撃事件の発生に因り、前期期末試験の最終日が順延となってしまったのだ。
 その試験も無事に終わり、茜とブリジットが部室の在る第三格納庫へとやって来たのは、午前十一時半頃の事である。
 二人が二階に有る部室の入り口へと上がる外階段に足を掛けた時、視界の先、階段を上(のぼ)り切った踊り場に、二人の人影が有るのに気が付いたのだ。その二人が維月とクラウディアである事が判明する迄(まで)、然程(さほど)、時間は要しなかった。そして、先方も茜とブリジットが階段を上がって来る事に、直ぐに気が付いたのである。
 踊り場の手摺りに寄り掛かる様に立っている維月が、先に声を掛けて来る。

「天野さん。どうだった?手応えの程は。」

 同じペースで階段を上(のぼ)り乍(なが)ら、茜は微笑んで聞き返す。

「試験の、ですか?」

「勿論。」

「まあ大体、解答は書けたと思いますけど。維月さんは?」

「そうね。去年よりは、出来たと思うの。」

 茜は階段をほぼ上(のぼ)り切り、クラウディアにも訊(き)いてみる。

「クラウディは? どうだった?」

 部室のドア側へ背中を向け、手摺(てす)りの支柱を掴(つか)んで立っているクラウディアは、一瞬、視線を茜に向けたあと、視線を空へと向け直し、少しぶっきら棒に答える。

「アカネやイツキに、勝てたとは思えない出来ね。今回は。」

「まあ、邪魔も入ったし、さ。今回は。」

 少しだけ苦笑いで維月が、そう声を掛けると、大きな溜息を吐(つ)いて、クラウディアが言うのだ。

「気休めはいいわ、イツキ。それに、邪魔が入ったのは、最後の一教科だけじゃない。」

「まあ、そうだね~。」

 『気休め』である事を取り繕(つくろ)う事無く、素直に認める維月である。そこでブリジットが、話題を変えるべく、維月に問い掛けるのだった。

「所で、維月さん。開いてないんですか?部室。」

「そうなの。早く来過ぎちゃったね~。」

 第三格納庫のセキュリティを一手に担(にな)っていた Ruby が居なくなって以降、各ドアやシャッターの施錠制御は、旧式のカードリーダー型モジュールに交換されていたのだ。そのカードキーは、三年生達が管理しているのだが、普段なら緒美か恵が真っ先に来て居て、部室の解錠をして呉れていたのである。
 茜は二段ほど階段を降りると、踊り場に腰を下ろし、鞄を足元に置いて言った。

「取り敢えず、部長達が来るの、待ちましょうか。」

 その言葉に、一度は「そうね。」と応えた維月だったが、その直ぐあと、「あ。」と声を上げ、続けて言うのだ。

「ひょっとしたら鬼塚先輩達、お昼食べてから、こっちに来るのかも。」

 茜が足を置いているのと同じ段に、手摺(てす)りに背を向けて、それに寄り掛かる様に立っているブリジットが、維月の発言を受けて言う。

「ああー、時間的にそうかも、ですね。」

 そう言ったあと、ブリジットは視線を茜に移し、声を掛ける。

「そんな所に座ってると、汚れるよ、制服。」

「大丈夫よ、乾いてるから。それに、もう直(じき)、衣替えだしね。」

 その茜の返事を聞いて、維月が声を上げるのだ。

「そうか~もう、冬服か~。あと一月(ひとつき)は夏服でもいい感じだよね。」

「そうですか?これから段々、朝は冷えて来るんじゃないです? 昼間は、まだ暫(しばら)くジャケットは要らないでしょうけど。」

 ブリジットが維月に言葉を返すと、今度は茜がブリジットに向かって言うのだ。

「まあ、その辺りの感じ方は、個人差も有るでしょ、ブリジット。」

「そうだけどさ~。」

 そんな話をしていると、突然、クラウディアが日本語の「あ。」の様な、ドイツ語の「Ah.」の様な、何方(どちら)とも付かない発音で、声を上げたのだ。

「どうしたの?クラウディア。」

 維月が問い掛けると、クラウディアは答える。

「部長さん達。来たわよ。」

 維月とブリジットは振り向き、茜は立ち上がってブリジットの下の段へ降りて手摺(てすり)り側に移動し、眼下の歩道へと、それぞれが視線を移すのだった。クラウディアの言った通り、緒美と恵、そして直美の三名に加えて立花先生が、歩いて来るのが見える。そして、外階段に居る茜達に気付いた恵が、右手を振って見せたのである。
 そうして間も無く、外階段を上がってきた四名の内、先頭の恵が声を掛けて来るのだ。

「一年生の方が、早く終わったのかしらね、試験。」

 言い乍(なが)ら、恵はカードキーを取り出し、壁面のキーパネルにカードを翳(かざ)し、ドアを解錠した。
 続いて、立花先生が問い掛けて来た。

「貴方(あなた)達、お昼は?」

「いえ、まだですけど~。」

 そう維月が答えた時に、部室へと入って行く緒美達がそれぞれに、鞄の他に売店の紙袋を持っている事に、茜は気付いたのだ。

「先輩方は、お昼、それですか?」

 部室に入ると、中央長机の上に置かれた紙袋を指差し、茜は尋(たず)ねた。この時点で、紙袋の中身はパンとかサンドイッチの類(たぐい)であろうとは、維月を含む一年生達には見当が付いたのだ。
 茜の問い掛けには恵が、お茶の用意をし乍(なが)ら答える。

「そうよ~。」

「瑠菜達は、学食へ行ったみたいだけど。貴方達も、先に済ませて来なさい。」

 恵の返事に続いて、こちらは席に着いた直美が、紙袋を開きつつ言ったのだ。因(ちな)みに、直美が紙袋から取り出したのは、ハンバーガーである。そして、直美に続いて緒美が言うのである。

「部活の方は、お昼を済ませてからにしましょう。食事に行くなら、鞄とか、部室(ここ)に置いて行くといいわ。」

 そう言われて、維月がクラウディアに問い掛ける。

「どうする?クラウディア。」

「学食まで行くの?管理棟よ。」

 学食が遠い事に難色を示すクラウディアの声を聞いて、ブリジットは茜に言うのだ。

「だったら、売店の方が近いよね。」

「わたし達もパンとか、買って来る?」

 そんな遣り取りに、立花先生は言うのだった。

「その辺りは、お好きになさい。時間は有るんだから。」

「パン、買って来るのなら、紅茶を用意しておいてあげるわよ。」

 緒美達の紅茶を淹(い)れ乍(なが)ら、茜達に恵が提案するのだった。そんな恵に、直美が声を掛ける。

「あ、わたし、コーヒーの方がいいな。」

「だったら、自分で淹(い)れなさい。」

 透(す)かさず緒美が、直美へ声を返す。それが特段に厳しい語感ではなかったので、緒美の言を恵は気に留めず、立花先生に尋(たず)ねるのだ。

「先生も、コーヒーがいいですか?」

「うん。 あ、自分でやるよ?」

「いいです、いいです。任せてください。好きでやってるんですから~。」

 不思議と楽し気(げ)に動き回る恵へ、直美が声を掛けるのだった。

「何時(いつ)も、すまないねぇ。」

「あはは、何言ってるの。」

 笑い飛ばす恵の様子には緒美も、くすりと笑うのだった。
 一方で茜は、ブリジットに提案するのだ。

「それじゃ、わたし達は、学食へ行こうか。」

「そうね、急がなくていいなら。」

 そして茜とブリジットは、それぞれの鞄を部室の隅へと置くのだった。
 そんな二人に、恵は声を掛けるのだ。

「部長の言った事は、気にしなくていいのよ、茜ちゃん。」

 恵は、緒美が直美に対して言った事で、一年生達が自分に遠慮したのでは?と、受け取ったのである。
 慌てて茜は、それを否定する。

「ああ、そう言う事じゃないです。自由意志による決定ですから。時間が有るなら、学食で落ち着いて食べたいな、って。」

「そう? なら、いいけど。」

「クラウディアと維月さんは、どうします?」

 茜は、ダメ元でクラウディアも誘ってみたのだ。それに対して、維月は敢えて、判断をクラウディアに委(ゆだ)ねるのだった。

「どうする?わたしは、どっちでもいいけど。」

「それじゃ、わたし達も行きましょうか。学食。」

 ほぼ即答だったクラウディアの返事を聞いて、維月は微笑んで視線を茜へと送るのだった。それに対して、茜は口角を引き上げて見せ、返事としたのである。頭上で交わされる、そんな遣り取りの気配を察知したクラウディアは、維月に向かって言うのだ。

「何よ、イツキ。文句でも有る?」

「無い、無い。何も、言ってないでしょ? さあ、学食へ行こう、行こう。」

 維月は笑顔を崩さず、クラウディアの背中を優しく叩いたのだ。
 そうして一年生達四名は、クラウディア、維月、ブリジットの順で部室から出て行き、最後に茜が部室内の緒美に声を掛ける。

「それでは部長、昼食、行って来ます。」

「はい、ごゆっくり。部活は、午後一時からって事でいいから。 瑠菜さん達に会えたら、伝えておいて。」

「分かりました。」

 緒美に返事をして、茜は静かにドアを閉めた。それから間も無く、四人が外階段を降りて行く足音が聞こえ、それも段々と小さくなっていく。そして最初に口を開いたのは、直美だった。

「何か、気を遣わせちゃったかな?」

「大丈夫でしょ、気にする程の事じゃないわ。」

 そう言って、立花先生はサンドイッチを口へと運ぶ。
 立花先生と直美にコーヒーを出し終えた恵が、緒美の隣の席に着き、緒美に話し掛けるのだ。

「それよりも、カルテッリエリさんが、天野さんと一緒に昼食へ行ったのは、進歩じゃない?」

「それは井上さんが一緒だからじゃないの?」

 そう言い乍(なが)ら、緒美は紙袋から小振りなメロンパンを一つ、取り出すのだった。その一方で、ハンバーガーをほぼ食べ終えたていた直美が緒美に対して反論する。

「いやいや、以前だったら、それでも一緒には行かなかったんじゃない?」

「まあ、何にしても、色々と落ち着いて呉れたのなら、いい事だわ。」

 そう言って、緒美はメロンパンを一囓(かじ)りする。緒美の発言に対して、恵は野菜サラダが挟まれたコッペパンを紙袋から取り出しつつ、コメントするのだ。

「前の、理事長室の時の様子には、ビックリだったものね。」

「それを言ったら、天野の方の話もさ。予(あらかじ)めブリジットから事情は聞いていたけど…何て言うか、あんな裏事情なんて、想像もしないじゃない?」

 ハンバーガーの包み紙を丸めて紙袋へ入れると、直美はコーヒーのカップへと手を伸ばした。
 そして、直美に続いて、立花先生が言うのだ。

「何方(どちら)にしても、あの子達に非が有った訳(わけ)じゃなくて。単に、巻き込まれただけなんだから、二人共、何て言うか、いい方向へ向かって貰いたいわよね。」

「その点、天野は心配無いんじゃないですか?そもそも、気にしてなかった様子ですし。」

 コーヒーを一口飲んで直美が言うと、紅茶に口を付けていた緒美が一言、疑問を呈する。

「そうかしら?」

「そうよね~普通なら、人間不信にでもなりそうな事件だものね。」

 緒美に続いて恵が所感を述べると、それに対して立花先生が応えるのだ。

「そりゃ勿論、天野さんだって傷付いたでしょうけど。 理事長や校長の見解に拠ると、天野さんが剣道をやっていたのがプラスに働いたんだろうって。でも、幾らスポーツやってても、グレる人はグレるんだから。最終的には、本人の資質次第な気はするわよね。 あとは、ブリジットちゃんの存在が大きいのかしら?茜ちゃんの場合。」

「何方(どちら)かと言うと、そっちの方が影響は大きかったんじゃないですか? 何か有った時、大事ですよ。友達の存在って。」

 緒美は、そう言って恵へと視線を送る。それに気付いた恵は、黙って微笑みを返すのだった。
 緒美の過去に就いての事情を恵から聞かされていた立花先生には、その言葉が自身の体験から出た言葉なのだと直感した。だが、その事情を知らない直美には、発せられた言葉以上の意味は届かなかったのである。
 そして直美が、言うのだ。

「それじゃ、その友達を亡くしちゃった、クラウディアの方が悲惨って事?」

「だからこその、彼女の、あの時の取り乱し様(よう)、でしょ?」

 緒美に指摘されて、直美は返す言葉が見付けられず、唯(ただ)、溜息を吐(つ)いたのである。
 そして、恵が言ったのだ。

「まあ、今は大丈夫でしょ。井上さんや、城ノ内さんが居るから、カルテッリエリさんには。」

「そうね。しかし、井上さんをクラウディアちゃんと同室にした采配は、見事としか言えないわね。誰が決めたのかは知らないけど。」

 コーヒーを一口飲んで、そう言った立花先生に、直美が言うのだ。

「それだって、もしも去年、井上が病気になってなかったら、井上とクラウディアは学年が違った訳(わけ)だからさ。四月の頃のクラウディアを、他の一年生がコントロール出来たとは思えないし。 偶然ってのは、なかなかに怖いものだよね。」

「そう言う話なら、例えば、もしも講師役に派遣されて来たのが立花先生じゃなかったら、緒美ちゃんの個人的な研究が本社に取り上げられる事は無かったでしょうし、もしも今年の一年生に天野さんが居なかったら、今頃、わたし達は生きてないかもよ?」

 直美の発言を受けて、恵は『もしも』の可能性を列挙するのだった。それには、何時(いつ)も冷静な緒美も苦笑いを浮かべ、所感を漏らすのだ。

「怖いわね、確かに。」

 そんな遣り取りを、立花先生が評して言うのだった

「過去に向かって『もしも』を使うのは、大して意味の有る事じゃないわ。『もしも』は、未来に向かって使うものよ。」

 それは何気無く、立花先生の口を衝(つ)いて出た言葉だったのだが、緒美達三人の記憶には、深く残る言葉となったのである。

 

- 第14話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.11)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-11 ****


 そんな一方で、防衛省の記事の他に、幾つか別のサイトをチェックした緒美は、モバイル PC をクラウディアに返すのだった。

「ありがとう、カルテッリエリさん。」

「Bitte schön.(どういたしまして。)」

 その様子に気付き、立花先生は緒美に問い掛けたのだ。

「何か、解った?緒美ちゃん。」

「いえ、防衛省の方(ほう)は、相変わらず情報の出し方が抑制的で。他にも、防衛軍ウォッチャーのサイトを三つ程、回ってみましたけど。まだ、詳しい情報は上がってませんね。 あ、例のレールガンとレーザー砲の搭載艦、試験目的で偶然、下関辺りに来てたみたいですけど。それで急遽(きゅうきょ)、北九州上空や山陰の日本海側を狙撃する事になった、って事らしいですね。」

「使い物になるのかしら? まあ、初の実戦試験なら、余り期待するのも酷、ってものかな。」

「防衛軍も、徒(ただ)、手を拱(こまね)いている訳(わけ)じゃないって事ですよ。」

 そう言って、緒美が微笑むと、立花先生は苦笑いで言うのだ。

「緒美ちゃんは、防衛軍に好意的よね。」

「まあ、伯父が現役の陸防士官ですから。」

「あー、そうだったわね。ごめんなさい、忘れてたわ。」

「いえ、構いませんよ、先生。」

 先日の一件で、防衛軍に対する印象がすっかり悪化していた、立花先生なのであった。緒美としては、その心情を否定するものでもなく、唯(ただ)、それも仕方無いと、そう思う他は無かったのである。

「それで、部長。わたし達は、どうするんですか?」

 そう茜が尋(たず)ねて来るので、緒美は少し困った顔で応じる。

「どう、って。どうにも出来ないでしょ? 今日の事は、防衛軍に任せるしか。」

 すると、恵が「そうね。」と緒美に同意し、直美も「だよね。」と続くのだった。

「しかし、こんなに早く、次の襲撃が来るとは、思ってなかったですね。 ねぇ、立花先生。」

 深刻な表情で緒美が言うと、又、立花先生は苦笑いを返すのだった。そこで、クラウディアが問い掛けるのだ。

「所で、先生。今日、中断してしまった試験は、どうなるんでしょうか? 別の日に、再試験を?」

「申し訳(わけ)無いけど、今は分からないわね。日程的には、予備日の設定は有るらしいけど、同じ問題で再試験していい物かどうか。その辺りの判断じゃないかしら。 何(いず)れにしても、学校側からの発表を待ってちょうだい。」

 少しがっかりした様子で「そうですか。」とだけ、クラウディアが声を発するので、茜は気休めの積もりで言ってみるのだ。

「一年生の機械工学科は『材力』で、ノート持ち込み可の試験でしたから、同じ問題で再試験でも、別に問題は無い気がしますけど。学科や学年に因って違いが有るんでしょうか、その辺り。」

 茜の発言に、直ぐに反応したのは直美である。

「いや、そんなに違わないんじゃない?。因(ちな)みに、三年の機械工学科は『熱力』で、うちらもノート持ち込み可だったわね。二年は?」

 直美に話を振られて、瑠菜が答える。

「わたし達は『流体力学』でした。同じく、ノート可。情報は?樹里。」

 瑠菜に訊(き)かれ、樹里が答える。

「うちのは『情報Ⅱ』。同じく、ノート可。 一年は多分『情報Ⅰ』だったでしょ?維月ちゃん。」

「そうだよ。試験日程後半にはノート持ち込み可の、解答書くのが面倒臭(めんどうくさ)い専門教科が集中してるから、どの学科の、どの学年も同じ様な状況じゃない?」

 維月が応えると、ちょうどそこに通り掛かった金子が声を掛けて来るのだ。彼女達が集合しているのは、空間に多少の余裕が有るとは言え、シェルター入り口前の通路なのである。

「何、集(つど)ってんの、兵器開発部。又、何か、悪巧(わるだく)み?」

 その言葉には、直美が噛み付く。

「人聞きの悪い事、言うんじゃないよ、金子。」

「だって、貴方(あなた)達、前科、有るじゃん。天野さんも居るし。」

 金子は、そう言ってニヤリと笑うのだった。直美が苦笑いを返す一方で、恵が金子に問い掛ける。

「それは兎も角、電子工学科は、中断した試験科目は何だったの?」

「ん?『電工Ⅲ』だったけど、どうして?」

 素直に答える金子に、今度は直美が訊(き)くのだった。

「それって、ノートとか持ち込み可の奴?」

「うん、そうそう。何、何、試験の話してたの?」

 少しがっかりした様子の金子に、微笑んで緒美が説明する。

「まあ、そんな所よ。今日、中断した試験は、どうなるのかってのが、目下(もっか)の話題。」

「ああー、それなら。 試験問題と答案用紙、全部回収出来てるから、多分、今日の途中から再開だろうってさ。試験問題と答案用紙を全部、同じ人に再配布して。」

 それを聞いた直美が、金子に問い掛ける。

「何(なん)で、貴方(あなた)が、そんな事知ってるのよ?」

「そりゃあ勿論、先生に聞いたからよ。学年主任の福岡先生が言ってたんだから、多分、間違いないでしょ。」

「それ、話しちゃって良かったの?」

 恵が心配気(げ)に確認するので、金子は満面の笑みで答えるのだった。

「ああ、大丈夫、大丈夫。秘密にする必要も特に無いから、リークしても構わないって、そう言われてるからさ。再試験の日程が、明日なのか明後日なのか、それとも、もっと先なのかは、これから協議するらしいけどね。それも、今日中には発表が有るでしょ。」

「そりゃ、明日だったら、今日中に言って貰わないと。」

 呆(あき)れた様に言う、直美だった。そんな直美の様子には御構(おかま)い無しに、目を輝かせて金子は訊(き)いて来るのだ。

「それでさ、兵器開発部なら外の様子、何か情報が有るんじゃないの?」

「無いよ。」

 うざったそうに、直美は間を置かずに一言で返したのだ。それをフォローする様に、緒美が続ける。

「今の所、公式発表以上の情報は、わたし達も持ってないのよ。」

「そうかー、立花先生まで居るからさ、又、何かやろうとしてるのかと思っちゃったよ。」

 残念そうに言う金子の発言を受けて、険(けわ)しい顔付きで立花先生が言葉を返す。

「わたしは、又、貴方(あなた)達が変な事を考えているんじゃないかと心配で、様子を確認しに来たんです。」

 そう立花先生に言われて、緒美は苦笑いしつつ、「パン、パン」と二度、手を打って言うのだ。

「はい、そう言う訳(わけ)だから、この場は解散。皆(みんな)、各自のシェルターに戻ってね。」

 そう言い残し、緒美は自分の居たシェルターへと向かう。恵と直美は、その後を追うのだが、その場を離れた金子が通路の奥の方へと向かうのに気付いて、直美が声を掛けたのだ。

「金子、どこへ行くのよ?」

 金子は歩みを止め、振り向いて言った。

「ちょっと、トイレ~、一緒に行く?新島。」

「あはは、遠慮しとく。ごゆっくり、どうぞ~。」

 金子は右手を挙げて一往復、手を振ると、通路の奥側へと小走りで向かったのだった。
 他の兵器開発部メンバーも、その場を離れて各自のシェルターへと向かったのだが、その道中でブリジットはクラウディアに訊(き)いたのである。

「そう言えば、クラウディア。何(なん)で、PC、持ち込んでるのよ?」

「わたしは、どこへ行くにも必ず持ってるし、別に、止められなかったわよ? 貴方(あなた)達だって、PT、持ってるんでしょ?それと同じよ。」

 クラウディアが言う『PT』とは『Personal Terminal』の略で、彼女達が所持している『携帯端末』の事である。日本では一般に『携帯』若(も)しくは、『ケータイ』と呼ばれているが、海外では『PT』が一般的な呼称なのだ。
 茜は、クラウディアに言われて「それも、そうか。」と呟(つぶや)いたが、一緒に歩いていた樹里が捕捉説明をして呉れた。

「その手の情報器機は、何か有った時の為に、持ち込み制限はしてないのよ。」

「何かって、何(なん)です?」

 ブリジットが問い返すと、今度は瑠菜が応じるのだ。

「何か、は、何か、よ。何が起きるか何(なん)て、誰にも予想は出来ないんだから。その為の用心でしょ?」

「例えば、シェルターに避難している内に、地上が焼け野原になってたりしてたら、シェルターから出たあとの通信手段が必要になるでしょ? 情報も集めなきゃいけないだろうし。 当然、学校側でも、その為の準備はしてるのでしょうけど、機材の故障とか不測の事態が起きれば、生徒の手持ちの器材がバックアップに使えるかも知れないし。その時に、選択肢が多いのに越した事はないじゃない。」

 瑠菜に続いて維月が、少々物騒な例え話をするので、ブリジットは苦笑いで応えた。

「あはは、怖い事、言わないでくださいよ、維月さん。」

「飽く迄(まで)も、可能性の話よね、維月ちゃん。 じゃあね。」

 そう言って樹里が一団から離れ、彼女のクラスが入っているシェルターへと、戻って行った。
 そして、その隣のシェルターへ瑠菜と佳奈が、その次のシェルターには維月とクラウディアが、それぞれ入って行ったのである。
 茜とブリジットが、元のシェルターへ帰ると、九堂と村上が声を掛けて来るのだ。

「お帰り~。」

「何か、情報は有った?茜ちゃん。」

 茜は力(ちから)無く笑って、答える。

「ううん。取り敢えず、ガンバレ防衛軍、って感じかな。」

「それよりも、おなか、空(す)いたよね」

 そう言ってブリジットが、村上の隣に座った茜の、その隣に座るのだった。
 ブリジットの発言には、九堂が賛同して言うのだ。

「そうだね~もう十二時半になるもんね。」

 それから間も無く、それぞれのシェルターに放送がされたのである。
 それは教職員による聊(いささ)か長い放送だったのだが、大まかに内容は、次の通りだった。
 先ず、今暫(いましばら)く避難指示の解除は見込めないだろうと言う、見通しが語られた。その為、現時点で空腹を感じている者(もの)はシェルター各部屋に備蓄されている、飲料水や保存食を食べても良い、との事だった。医療品や保存食、飲料水はシェルター毎(ごと)に備え付けられている、茜達が腰掛けているシートの中に、入れられているのだ。
 但し、学食での昼食に向けての調理や準備は既に終わっていたので、その食材が無駄にならない様、避難解除後一時間程経過したら学食を開けるので、其方(そちら)の利用に就いても生徒達には依頼がされたのである。尚、その際の学食の利用料は、通常の半額だとアナウンスされたのだ。
 更に、調理スタッフが生徒達と同様に避難している為、寮での夕食に関しても準備開始が遅れるのは確実視されるので、当然、寮での夕食提供開始時間もずれ込むのだと説明がされ、それらの事情も総合的に勘案して、シェルター内での飲食に就いては、各自で調節して欲しい、との事だった。
 最後に、この日、中断された試験科目に就いては、翌日の午前十時から、この日の残り時間分、中断した続きから再開すると発表がされたのである。

 結局、避難指示が解除され、生徒達や学校の教職員達がシェルターから出られたのは、その放送から三時間程が経過した後の事だった。
 生徒達は避難の為に残した儘(まま)だった私物を取りに教室へと戻り、それぞれが一時間程の時間を潰して、夕方を前に遅い昼食を取る事になったのである。それは遅い昼食と言うよりは、早目の夕食の様でもあったのだが、寮での夕食の支度は、その頃から始まる事になっており、夕食の提供は午後九時頃からになりそうだと、改めて周知されたのだった。

 さて、この日のエイリアン・ドローンによる襲撃の方であるが。今回は領土上空への侵入を許す事無く、防衛軍は全機の撃墜を完了したのだった。
 急遽(きゅうきょ)、試験的に投入されたレールガン搭載護衛艦と、レーザー砲搭載護衛艦に就いては、それぞれに三機と四機の撃墜を果たした事が発表された。しかし、レールガンに就いては百六十四発が発射され、レーザー砲に就いては七十八回の照射が繰り返された事は、公式に発表される事は無かったのである。それぞれに撃墜率は凡(およ)そ 2%と 5%程度であり、余り高いとは言えない結果ではあった。
 レールガンに於いては、砲弾を命中させるのが兎に角、困難であり、照準システムの更なる改良が必要だった。とは言え、イージス艦から大量の艦対空ミサイルを打ち上げる事を考えれば、レールガンで砲弾をばら撒(ま)く程度なら、コスト的には十分(じゅうぶん)見合うのである。今後、検証の課題となるのは連射速度と、レールガン用砲弾の搭載量であろうか。
 一方で、『音速』の数倍程度で飛翔するレールガンの砲弾に対して、『光速』で目標へとビームが到達するレーザー砲は、命中させる事自体はレールガン程の困難さは無かったのだが、此方(こちら)は、その威力の低さがネックだった。一度の照射でエイリアン・ドローンの機体に小さな穴を開けた所で、それは、なかなか致命傷には至らず、破壊的な効果を得る迄(まで)、十数回は照射を繰り返す必要が、レーザー砲には有ったのだ。これは、砲台の目標に対する追従速度が比較的遅い事に起因していて、光線を確実に命中させ、且つ、照射態勢を維持し続ける為には、攻撃対象に対して十分(じゅうぶん)な距離が必要となっていたのだ。何しろ、元は弾道ミサイル迎撃用のシステムなのである。自由に機動する目標に追従して照射を続けられる様な、砲台の設計ではなかったのだ。
 原理的には、レーザー光の強さは、距離の二乗に反比例する。目標との照射距離が近付けば、それだけ照射されるレーザー光の威力も増すのだが、そうすると今度は、砲台が目標の動きを追跡出来なくなるのだ。しかし一方では、目標に接近し過ぎればレーザー砲搭載艦自体が反撃を受ける可能性が高くなり、その辺りのバランスが今後の検証課題なのである。
 勿論、この様な細かい技術的な情報が、公式に発表される事は無いのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第14話.10)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-10 ****


 2072年9月20日・火曜日。天神ヶ﨑高校では、予定通りに前期期末試験が開始された。
 一日に実施される試験の科目は、二教科、若(も)しくは三教科で、一教科当たりの試験時間は五十分だが、一部には試験時間が百分の科目も存在するのだ。何(いず)れにせよ、一日の試験は午前中に終わるので、生徒達は午後から、翌日の試験に向けて準備を開始するのだ。
 一年生の前期中間試験は、特課の生徒に就いては専門教科の試験科目が少なくて、合計で十教科だったが、期末試験からは合計で十四教科に増えている。これは学年が進むに連(つ)れて、試験の教科数は増えていき、二年生では合計十六教科、三年生では合計十八教科の試験を熟(こな)さなければならない。
 そして、試験日程の最初の三日間は普通課程と特別課程の共通科目の試験を、それぞれの教室で受けるのだが、後半の三日間は特別課程の生徒は、それぞれの教室で専門教科の試験を受け、普通課程の生徒はA組からD組、四クラスが合同で別の大教室に集合して、普通課程向け教科の試験を受けるのだ。それでも普通課程は特別課程に比べて、試験対象となる技術系の専門教科が無いので、試験日程は五日間で終了し一日早く試験休みへと入るのである。
 そんな訳(わけ)で、普通課程と特別課程の試験教科数が、内容は違えども十教科で数が揃(そろ)っているのは、実は一年生の前期中間試験のみで、それ以降は特別課程の方が常に教科数が多いのだ。だから、例のランキングに就いても普通課程と特別課程の生徒を混ぜて発表するのは一年生の前期中間試験の結果のみなのである。単純に全試験教科の合計得点で決めている総合ランキングでは、前期期末試験以降では試験対象教科数の少ない普通課程の生徒は、当然、不利になるのだ。従って前期期末試験以降のランキングは、普通課程と特別課程とで別枠にされたり、共通科目の合計得点だけで普通と特課での合同ランキングを発表したりと、学校側も集計に工夫をするのだった。
 勿論、茜が何時(いつ)も言っている通り、特に特別課程のランキングに関しては、違う学科の試験結果をも合計得点という尺度だけでゴチャ混ぜにして順位を決めている性質上、それ自体に大した意味は無いのだが。それでもランキングとして発表されてしまうと、それに注目してしまうのは、人間の悲しい性(さが)かも知れない。

 前期期末試験の日程は順調に消化され、休日を含めて、八日間が経過した。
 そして訪(おとず)れた、2072年9月28日・水曜日。試験の最終日に、事件は起きたのだ。それは二教科目の試験開始から、三十分程が経過した時である。突然、避難指示を告げる校内放送が、全校に流されたのだった。
 その日は試験最終日なので普通課程の生徒達は登校はして来ておらず、全学年共に教室に居た生徒の数は、凡(およ)そ半分なのである。
 試験の教科も、全学年の各学科が、それぞれの専門教科で、試験時間が百分の試験が二教科だったので、避難指示の放送が有ったのは、時刻にすれば午前十一時半頃の事である。
 試験監督を担当していた教師は、直ぐに試験の中断を宣言し、何時(いつ)もの訓練手順に従って、教室の前後に男女で分かれてグループを作るようにと、指示を出した。因(ちな)みに、試験中だった答案用紙は机の上に裏返して置くようにと言い渡され、避難誘導役の自警部が来る迄(まで)の間に、教師によって全ての答案用紙が回収されたのである。そして、途中だった試験の扱いについては、「後日、決定して発表される。」と伝えられたのだった。これらの対応に就いては、試験中に避難指示が発令される場合を見越して、予(あらかじ)め、学校側が取り決めてあった措置である。
 一方で、大変だったのは自警部である。自警部に所属している生徒も、当然、試験を受けていたのであり、しかも、普通課程の自警部部員が居ないので、自警部自体が人手不足だったのだ。勿論、誘導対象である生徒の数も半分になっているので、誘導するグループの編成を工夫する事で、取り敢えずは難を逃れたのである。
 そもそもが避難指示自体が余裕を持って行政側から発令されているので、一分一秒を争って避難する必要は無く、その日、全校に居た生徒や職員、全員が無事に地下のシェルターへと避難が完了したのは、避難指示の校内放送から三十分程経った頃だった。
 勿論、避難指示が発令されたからと言って、必ずエイリアン・ドローンの襲撃が有るとも限らないのだ。

 茜とブリジットは、B組の女子生徒達と一緒に、地下のシェルターに居た。二人がここに入ったのは、六月の避難訓練の時、以来である。八月の、LMF を失った襲撃事件の際にも、兵器開発部以外の生徒達、とは言っても夏休み中の出来事だったので、当時、寮に残っていた生徒達と、部活で登校していた生徒達に限定されるが、兎も角、その時にも地下シェルターは使用されていたのだ。
 六月の際には、普通科の女子生徒達も同じシェルターに入っていたので、それなりに満員感が有ったのだが、流石に今日は特課の生徒達しか居ないので、空間が目立つのだった。
 シェルターへ移動後、人数確認が終わり一息吐(つ)いた頃、例に因って四人のグループで居た茜は、状況を確認する為に席を立って、緒美の元へと向かうのだった。当然、ブリジットも茜の後を追ったのである。

 茜とブリジットが通路へと出て、三年生女子達が入っているシェルターの方へと歩いて行くと、直ぐに何人かの女子生徒がシェルターの入り口の前に集合しているのに気が付いた。その集団が兵器開発部のメンバーだと判明するのに、それ程時間は必要なかったのだ。
 そして、近付いて来る茜に気が付いた緒美は、先に声を掛けるのである。

「天野さん、貴方(あなた)の HDG は今、無いんだから出撃は無しよ。」

 微笑んで言う緒美に、茜も笑顔で言葉を返す。

「解ってますよ、部長。皆さん、お揃(そろ)いですけど、何か、状況に関して情報が有りますか?」

「何でしたら、わたしがB号機で出る、準備をしておきます?」

 茜に続いてブリジットが、そう言うので、少し困った顔で緒美が応える。

「そう言う事に不慣れなボードレールさんを一人で出すなんて、考えてないから。貴方(あなた)も考えないでね、ボードレールさん。」

 続いて立花先生も、少し怖い顔で言うのだ。

「茜ちゃんの場合は、止めても出て行っちゃうから止(や)むなく、だったけど。本来なら、誰にも出て行って欲しくはない訳(わけ)。 ブリジットちゃんの場合は、茜ちゃんが出て行っちゃうから、止めても出て行っちゃってた訳(わけ)でしょ? 今回は、茜ちゃんが出られないんだから、ブリジットちゃんも出る理由が無いって事で、オーケー?」

「いや、先生。わたしだって、学校を守る為なら、一人ででも出ますよ?」

 反論するブリジットの肩に背後から手を回し、抱き寄せる様にして直美が言うのだった。

「だから、ブリジット一人だけ出すのは、天野一人だけ出すのとは、話が違うんだって。アレをどう扱って、どう戦うのか、その辺りのビジョンなんて、一朝一夕(いっちょういっせき)じゃ追いつけないんだからさ。」

「ええ~っ。」

 ブリジットが抗議の声を上げる一方で、手持ちの小型モバイル PC を操作していたクラウディアが発言するのだ。

「それで、今の状況ですけど。例に因って、西側から九州北部、対馬を抜けて日本海側って言う感じで、前回のパターンに似てますね。それで、この地域の避難指示を早めに出した様子ですよ。」

 そこ迄(まで)を聞いて、恵が茶化す様に言った。

「当局も、少しは学習してるみたいですね、先生。」

 その言葉に、立花先生は苦笑いだけを返すのだった。クラウディアは、状況報告を続ける。

「それで、今回は海上防衛軍のレールガン搭載艦と、レーザー砲搭載艦が投入されてるみたいです。戦果の方は、まだ、情報が上がってきてませんけど。」

「ちょっとクラウディアちゃん、それ、どこの情報?」

 少し慌てて立花先生が尋(たず)ねると、クラウディアの隣に立っていた維月が、笑顔で答えるのだ。

「御心配無く、先生。防衛省の公式発表ですよ。」

「そう、なら良かった。」

 情報源がハッキングではない事に安堵(あんど)する立花先生に、瑠菜が問い掛ける。

「何ですか?海上防衛軍のレールガンとか、レーザー砲とか。」

「ああ、レーザー砲は解るでしょ? SF とかに出て来る、光線兵器。」

「実在するんですか?あれ。」

 目を丸くして瑠菜が聞き返すので、苦笑いで立花先生は応じる。

「まあ、怪獣映画とかに出て来るのと本物は、随分(ずいぶん)と感じが違うけど、原理的には、アレよね。」

 そこで茜が、口を挟(はさ)むのだ。

「レールガンは、火薬を使わないで、電磁気で砲弾を加速して撃ち出す大砲の事ですよね。」

「それを海上防衛軍が?」

 今度はブリジットが、問い掛けるのだった。その一方で、緒美はクラウディアからモバイル PC を借り受け、情報源の発表記事に目をの通すのである。
 その間に立花先生は、瑠菜やブリジット達の疑問に答えるのだ。

「別に、レーザー砲でもレールガンでも、設置するの場所は陸地でも良かったんだけど。基地を新しく作るのは、建設する地元が嫌がるから。攻撃目標にされるって。 それで、海防の護衛艦搭載にすれば、まあ、陸上の基地と違って移動出来る分、攻撃目標には、なり難いだろうって事でね。 元々は弾道ミサイルの迎撃用に開発されたのよ、どっちも。」

 再び、瑠菜が尋(たず)ねる。

弾道ミサイルの迎撃には、イージス艦?ってのを使うんじゃ。」

イージス艦はね、ミサイルが高価なのよ。物凄く。それも、使わなくても定期的にメンテナンスや更新しなきゃいけないし、何せ精密機械だから。あと、ミサイルは撃ち尽くしたら、お仕舞いだしね。」

 茜が続いて、説明を補足する。

「レーザー砲だと、電源さえ有れば弾切れは心配しなくてもいいですし、レールガンは火薬を使わないから砲弾だけ積めばいいので、その分、沢山、搭載出来ます。あと、断然、ミサイルよりも安いですから。」

 兵器の類(たぐい)に詳しくはない、恵、直美、瑠菜、佳奈、維月、そしてブリジットとクラウディアは、この辺りで漸(ようや)く、話の筋が見えて来たのである。そこで、今度は佳奈が立花先生に問い掛ける。

「そんなのが有ったのなら、どうして今迄(いままで)、使わなかったんですか?」

「使わなかったんじゃなくて、使えなかったのよ。弾道ミサイルなら落ちて来る軌道が解れば、狙いを定めやすいでしょ? それから、成(な)る可(べ)く、高い所で撃ち落とす仕様で構成されていたんだけど。 それを、弾道ミサイル迎撃に比べたら低い高度を、自由に飛び回るエイリアン・ドローンを撃ち落とすのに転用しようって言う話だから、まあ、改修や試験には時間が掛かる訳(わけ)よ。 かれこれ一年以上は、やってたんじゃないかしら? それで漸(ようや)く、実戦試験に投入って感じかしらね。」

 そこ迄(まで)、説明を聞いて、直美が訊(き)く。

「因(ちな)みに先生、その高価だって言うイージス艦のミサイルって、幾ら位する物なんですか?」

 立花先生は、ニヤリと笑って答える。

「対航空機迎撃に使ってるのは、弾道ミサイル迎撃に使う奴よりは安いわよ。それでも戦闘機が積んでる、中射程の空対空ミサイルの値段の、三倍位かしらね? 取得する時の条件、数とかオプションとかで予算が変わるから、一般化して一発が幾ら、とは言えないんだけど。まあ、ざっくり、一発 1.5億円、位?」

「それ、前回は百発程、打ち上げたんですよね?」

 恵が、呆(あき)れた様に言うと、瑠菜も声を上げる。

「それだけで百五十億かぁ…全部、税金なんですよね?」

「そうよ~でも、その百五十億を使わなくて済むようにって、レーザー砲なり、レールガンなりを改修するのに、幾ら予算を注(つ)ぎ込んだのかしらね? 三ツ橋電機が、システム改修を受注してた筈(はず)だけど、一年以上、音沙汰無しだったんだから、相当に難航した様子よね。掛かった予算も、計画からは相当に超過してると思うわよ。」

「先生、笑顔が怖いです。」

 にたりと笑っている立花先生の黒い笑顔に周囲の生徒が引く中、愛想笑いを作って茜が忠言するのだった。

「あら、ごめんなさい。」

 そう言って、立花先生は眼鏡を掛け直す。そんな立花先生に、直美が素直な感想を言うのだ。

「でも、矢っ張り。兵器、防衛産業って儲かるんですね~。」

「何言ってるの、直美ちゃん。そんな訳(わけ)、無いでしょ。 余所(よそ)の国じゃ、どうか知らないけど、少なくとも日本じゃ、大して儲かる業界じゃないわよ。発表される予算額が大きいから、そんな風(ふう)に見えるかも知れないけど、素材は高い、加工や工作は難しい、人件費は高い、生産数は少ないじゃ、どうしたって原価が割高になるんだから。その上、発注元の政府や防衛省が、予算は決まってるからって、ガンガン値切って来るのよ? 受け身でやってたら、儲けが出る余地なんて、殆(ほとん)ど無いんだから。」

「そうなんですか?」

 意外そうに直美が聞き返すので、茜も参戦する。

「そうなんじゃ、ないですか? 例えば、アメリカだって。昔…百年位前は、戦闘機を生産してた航空機メーカーは十社近く有ったのに、最後には海軍や空軍の主力戦闘機を受注してたメーカー迄(まで)、旅客機のメーカーに買収されちゃったんですから。アメリカは戦闘機を、世界中に売ってたのに、ですよ。」

「あら、茜ちゃん、良く知ってるわね。そんな昔の事迄(まで)。」

 そこで恵が感心気(げ)に、言うのだった。

「わたしも中一の時、部長と一緒に色々と調べたけど、兵器関連に就いて。 流石に、その辺り迄(まで)、見聞は広まらなかったわね。立花先生は、天野重工(かいしゃ)に入ってから、ですよね?」

「わたしの場合は、仕事だからね。そっち方面の研修も受けたし、そのあとは独学で、だけど。かれこれ十年位になるのよね。」

「仕事、だったんですか?」

 直美が少し茶化す様に訊(き)いて来るので、立花先生は敢えて真面目な顔で答える。

「そうよ。企画部三課は、防衛装備関連事業が担当業務だからね。」

「あれ? でも、立花先生、確かお、兄さんと、弟さんがいらっしゃるって、言ってましたよね? 男性の御兄弟が、そっち方面、興味持ってたりとかは…。」

 直美に続いて、恵が問い掛けて来るので、立花先生は即答する。

「あー、ウチの兄弟は軍事(ミリタリー)系には、興味なかったわね~。クルマとかバイクとかは、普通に好きだったみたいだけど。だから、入社する迄(まで)、そっち方面には触れる機会が無かったから、今やってる事は、自分でも不思議なのよ。」

 苦笑いで言う立花先生に釣られたかの様に、恵も苦笑いで言うのだ。

「でも、しっかり熟(こな)してるんだから、適性は有った、って事ですよね。 そう思うと、先生の配置を決めた人事部、恐るべし、ですね。」

「あはは、かもね。確かに。」

 立花先生は、少し照(て)れた様に笑った。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.09)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-09 ****


 一方で、特別課程の生徒に取っては『情報処理科』であるD組の、クラウディアの様子である。
 『機械工学科』であるA組とB組では、茜が補習の臨時講師宛(さなが)らの扱いになっていたのだが、此方(こちら)のD組では、その役目を担(にな)っていたのが維月なのだった。そして維月は大概、クラウディアの傍(そば)に居るので、自動的に講師的な役回りにクラウディアも巻き込まれるのだ。
 維月の、人当たりの柔らかさと、面倒見(めんどうみ)の良さは、茜のそれに匹敵していた。だから維月は、彼女の現在の同級生達からは、頼りにされ勝ちなのである。勿論、実年齢では維月が一つ年上である事や、現在の二年生トップである樹里とはライバル状態だった昨年前半の実績が、一年生達には頼り甲斐(がい)を感じさせていたのである。
 他方でクラウディアは、他人の勉強を手伝うと言った、面倒(めんどう)な事柄には積極的に参加する気は無かったのだが、それでも維月が持ち込まれる問題を、直ぐ傍(そば)で解いて見せたり、解法の解説をしたりしていると、つい、口を出してしまうのだ。
 そもそもが、クラウディアの性質は、社交的な方ではない。少なくともクラウディア自身は、その様に自己分析をしていたのである。それは、クラウディアが地元に居た頃、殆(ほとん)ど友達が居なかったからだ。クラウディアに取っての友人らしい友人とは、空軍の攻撃に巻き込まれて命を落とした『安奈(アンナ)』だけだったのである。

 維月とクラウディア、この二人の生育環境は、似ていたと言えば、言えなくはない。
 維月の両親は、共にソフトウェアの技術者(エンジニア)、つまりプログラマーである。クラウディアの場合は、彼女の父親がそうだった。だから二人は共通して、幼少の頃から PC に触れ得る環境が有り、親も積極的にその機会を作ったのだ。
 違いが有ったのは、維月には四人の姉が居た事で、クラウディアには弟が一人、居た事である。或いは、クラウディアの母親が技術者(エンジニア)ではなかった、その事を相違点として挙げた方が適当だろうか。
 維月の育った家庭では、四人の姉を含めて家族全員が PC やプログラミングに関わり、その興味を共有していた。一方でクラウディアの家庭では、母親には技術者(エンジニア)的な方面への理解が全く無く、クラウディアの弟はスポーツマンに育てるのだと、母親は弟と外出する事が多かったのだ。そんな状況に、父親は仕事の都合で家には不在勝ちだった時期が重なり、一人、家に残されたクラウディアは、その興味の向く儘(まま)に、ネットの世界へと深く入って行ったのだ。それが、クラウディアが七歳の頃の事である。
 そして、クラウディアは九歳の頃に、ネットの中で『ハッカー』達に出会ったのだ。彼等は偶然知り合った『子供』(クラウディア)の才能に気付き、面白半分ではあったが、その『子供』(クラウディア)にハッキングの技術を伝授したのである。それを入り口に、クラウディアは更に自力で、その能力を開発していったのだ。ここで幸いだったのは、クラウディアがドイツ語で『Lehrer』(先生)と呼んでいた彼等が『ホワイト・ハッカー』だった事で、だからクラウディアがハッキングを悪用した犯罪行為に巻き込まれる事は無かったのだ。勿論、『不正アクセス』自体が犯罪ではあるのだが、それは『ハッカー』に対して言った所で無駄である。因(ちな)みに、クラウディアの言動が、親しい人以外に対して少々攻撃的になったのは、この頃からである。

 クラウディアが PC の他に興味を持っていたのが、小説やコミックである。彼女が好きだった作品の多くが、ドイツ語に翻訳された日本の作品だった事から、それらの作品を原語で読む事をクラウディアは希望する様になる。そして彼女が九歳の頃には、ネット上の教材だけを使っての日本語習得をほぼ終えており、マンガや小説を十分(じゅうぶん)に、読み熟(こな)せる程になっていたのである。
 そんな具合に、幼い頃から天才的な学習能力を発揮していたクラウディアだったので、当然の様に周囲に居た同世代の子供達とはレベルが合わなかったのだ。学校での初等教育の内容は、クラウディアには取るに足らないものばかりだったので、自分で勝手に先へ先へと学習を進めていたし、学校の成績は意識して努力しなくても常に一番を維持出来たのだった。
 一方で、クラウディアの身体の方は成長が著(いちじる)しく遅く、その事が彼女には一番の劣等感(コンプレックス)であり、実際、その事を同級生にからかわれる事も少なくはなかった。だから同年代の子供達と、子供らしい『外遊び』をする事も無いので、クラウディアは運動(スポーツ)に関しては、からっきり駄目だった。
 そうして優越感と劣等感の間を行ったり来たりし乍(なが)ら、クラウディアは周囲の子供達との関係を、月日が経つ中で徐徐(じょじょよ)に断絶していったのである。それでも、唯一、クラウディアに残った友人関係が『安奈(アンナ)』だったのだ。

 クラウディアと安奈との出会いは、六歳の頃の事である。安奈の父親は、クラウディアの父親とは仕事上の仲間で、安奈の父親の転社に際して、近所に越して来たのが、クラウディアと安奈の出会いの切っ掛けだった。
 それ以前、安奈の父親は日本の企業で働いていたのだが、彼が関わっていたプロジェクトの終了を機に母国へと帰って来たのだ。それが、安奈が三歳の時の事で、その三年後にクラウディアの父親と同じ会社へと移って来たのである。
 偶然にも、クラウディアと安奈は同い年であり、同時期に読んでいた小説やコミック等の趣味も共通していたので、直ぐに仲良くなったのだった。クラウディアが日本の小説やマンガを原語で読みたいと思う様になった事に、安奈の存在が与えた影響が小さくはないのは、言う迄(まで)もないだろう。
 クラウディアと安奈が交流の年月を重ねていく内に、クラウディアがネットに深くのめり込んだり、学力や成績に大きな差が付いたりと、外見的には状況の変化は有ったのだが、二人の関係性には大きな変化は無かった。それは安奈が、クラウディアの成績を羨(うらや)んだり妬(ねた)んだり、クラウディアの身体的特徴をからかったりは、絶対にしなかったからだ。
 安奈は安奈で、自身の半分が日本人である母親の遺伝子を受け継いでいる事を、他の同級生とは違う存在として意識していて、成長にするに連(つ)れアジア系の特徴が瞭然として来る自身の容姿を気にしていたのだった。勿論、人種や民族的な風習による差異について、あからさまな差別は表面的には無かったのだが、周囲の皆との『違い』を抱えた側は、一方的に疎外感や孤立感を抱き勝ちなのだ。だから安奈は、受け入れられようとして常に周囲の同級生達に気を遣い、誰にでも優しかった。そんな安奈の為に、クラウディアは安奈が主張し辛いことを代弁して、挙げ句に周囲から嫌われたり、安奈はクラウディアの為に、断絶へと向かい勝ちなクラウディアと周囲との仲立(なかだて)を務めたりする様になっていったのである。それは少数派(マイノリティ)同士の共助関係だったのかも知れないが、二人に取っては間違いなく友情の発露ではあった。とは言え、そんな事は二人の関係に於いて、それ程重要な事柄ではなかったのだ。そんな煩(わずら)わしい世間の柵(しがらみ)とは無関係に、時間を忘れて趣味の小説やマンガの話をしている事の方が、クラウディアと安奈の二人の関係には重要で、それが唯(ただ)、楽しい時間だったのである。
 そんな時、安奈は「大人になったら何時(いつ)か、クラウディアと二人で、日本へ旅行をしたい。」と希望を語っていた。三歳迄(まで)は日本で暮らしていた筈(はず)の安奈だったが、その頃の明瞭な記憶は既に無く、母親の実家の在る日本へは、家族で年に一度、行けるか行けないかだったのである。
 クラウディアは観光旅行なんかには、全く興味が無かったのだが、安奈と一緒なら日本へ行くのも楽しそうだと思ったので「何時(いつ)か。」と、安奈の希望を叶(かな)える約束を交わしていたのだった。
 だが結局、その約束が果たされる機会は遂に訪(おとず)れず、安奈は突然、この世を去ってしまったのだ。

 安奈を失ってしまった事は、クラウディアの人生に於いて最大級のショックな出来事だったが、それに追い打ちを掛ける出来事が、安奈の葬儀の場で起きたのである。
 安奈の棺の傍(そば)で泣き崩れた母親が、クラウディアの目の前で呻(うめ)く様に言ったのだ。

「安奈は死んでしまったのに、どうして『あの子』は生きてるの?」

 安奈の母親は、それを日本語で言ったので、周囲にそれを理解する者(もの)は居なかったのだ。唯(ただ)一人、クラウディアを除いては。或いは、傍(かたわ)らに居た安奈の父親も聞いて、理解していたかも知れないが、それはクラウディアに取っては、はどうでも良かった。
 勿論、彼女は「代わりに、クラウディアが死ねば良かった。」と言った訳(わけ)ではなかったのだが、クラウディアに取って、それは同じ事だったのだ。居(い)た堪(たま)れなくなったクラウディアは、その場から立ち去り、その儘(まま)、家へと戻り、そしてそれから、家から出られなくなったのである。翌日から一切の外出はせず、自室に引き籠(こ)もる様になったのだ。その頃のクラウディアは、悲しみと憤(いきどお)りを、どこへ向ければいいのか解らず、唯(ただ)、泣く事しか出来なかった。それ以来、クラウディアは安奈の家族とは、誰とも、一度も顔を合わせた事は無い。
 葬儀の途中で起きたの『その事』は、クラウディアの両親は一切、知らなかったし、クラウディアも両親には何も語らなかった。それでも友人を失って傷付いたであろう、その心情を察して、クラウディアの家族は彼女には優しく接し、見守ったのである。
 クラウディアが自室に引き籠(こ)もる様になり一ヶ月程が経った頃の事である。「気分転換に」と家族揃(そろ)ってクラウディアを家の外へと連れ出したのだが、それが全くの逆効果となったのだ。クラウディアは安奈と一緒に歩いた道に通り掛かっただけで、涙が止まらなくなり、呼吸さえ出来なくなってその場で倒れたのだ。結果、病院へと救急搬送されたクラウディアは、検査も兼ねて一週間程度の入院をする事になったのである。
 病院での検査の結果、身体的には特に疾患は無く、「呼吸困難は心因性のものだろう。」と言う事で、その時の担当医からはカウンセリングを受ける事を勧められ、クラウディアは退院したのだった。それ以降、クラウディアに取って外出する事は、完全に恐怖となった。クラウディアには自宅の周辺や、地元の至る所に、安奈との思い出の場所が存在したからである。そして、勧められたカウンセリングも、それを受けられる気分になる迄(まで)に、凡(およ)そ半年を要したのだった。

 クラウディアが自室に引き籠(こ)もる様になって、その間、唯(ただ)、泣き続けていた訳(わけ)ではない。彼女は安奈を死に追いやった責任が誰に有るのか、その事を考え続け、調査をしていたのだ。クラウディアの手元には PC が有り、ネット環境が有り、そしてハッキングと言う武器が有ったのだ。
 最初に『エイリアン・ドローン』や『エイリアン』の正体に就いて、ネットに上がっている情報を追い掛け続けた。
 巷(ちまた)には「政府はエイリアン達と密約を交わしている」とか「秘密裏に、停戦に就いて交渉が進んでいる」の様な『陰謀論』が、少なからず有ったのだが、クラウディアが、どう調査をしても、そんな陰謀の証拠は見付からなかったのだ。
 クラウディアはハッキングの技術を駆使し、ドイツ政府やドイツ軍のネットワークに侵入しては情報を探り、果てはアメリカや他の主要国政府機関にも侵入を繰り返して情報を得ようとしたのだった。だが結局、世界中の何(ど)の機関にも『エイリアン』の正体に関する情報は無く、エイリアン達と人類が接触を果たした証拠になる情報は欠片(かけら)も見付からなかった。
 それと並行して、安奈が死んでしまった『あの事件』の、空軍の指揮系統や対地ミサイルを発射したパイロットの素性(すじょう)、そんな事も調べていたのだが、調べれば調べる程に誰に責任が有るのか、クラウディアには解らなくなるのだった。ハッキングに因って、公にはされていない指揮系統での伝達ミスや、当該パイロットの確認ミス、そんな情報迄(まで)がクラウディアには入手が出来たのだが、それは事件発生迄(まで)の経緯が解っただけで、結局、関係者の誰一人をも、彼女の心中ですら断罪する事は叶(かな)わず、唯(ただ)、徒労感や無力感だけが、クラウディアに残ったのである。
 それでも、何も知らずにモヤモヤしているのに比べれば幾らかは増しで、そうして漸(ようや)くクラウディアは、自宅でのカウンセリングを受ける気持ちになったのだった。
 カウンセリングを受け入れる事で、クラウディアは少しずつ前向きになってはいったのだが、それでも外出をする事は難しかった。安奈との思い出が有る場所を通り掛かると、どうしても思考がそこで止まってしまい、動けなくなってしまうのだ。以前の様な身体的に危険な状態に迄(まで)は至らないにしても、精神的な動揺が抑えられず、快復には長い時間が必要なのは明らかだった。
 そこでカウンセラーが提案したのが、クラウディアの転地療養、若しくは留学だったのである。一年から三年程の期間、地元を離れる事を両親と協議したのだが、主に経済的な理由で、その実現は難しい見通しだった。そんな中で、クラウディアが見付けたのが天神ヶ﨑高校の、しかも特別課程への受験だったのである。
 天神ヶ﨑高校は民間企業が運営する学校なので、学力と契約条件さえ折り合えば生徒の国籍に就いては不問だったし、特別課程での入学は天野重工への就職と同義であり、在学期間中から学費や生活費の心配をしなくて済むのが、クラウディアに取っては好都合だったのだ。クラウディアの両親側が問題視したのが、卒業後、本社採用になって最低五年間は天野重工を退職出来ない契約条件である。在学期間と合わせれば八年間は、日本在住を続けなければならない事に、当初、クラウディアの両親は反対したのだ。
 しかし、当のクラウディア自身は、十年程度は地元を離れる覚悟を決めていたし、何よりも、安奈との約束だった日本へ行く事を果たしたかったのである。クラウディアは両親を説得し、カウンセラーを通じて天神ヶ﨑高校へ事情の説明をして貰った上で、受験に必要な手続き等を自(みずか)らで行ったのだ。受験勉強に必要な日本の教材を取り寄せて、受験勉強も自宅で行った。そして入学試験の日程に合わせて、クラウディアは父親と二人で来日し、一般の受験生と同じ様に試験を受けたのである。
 そうやって入試に合格し、現在、クラウディアは天神ヶ﨑高校に居るのだ。

 聊(いささ)か長い、クラウディアに就いての半生の振り返りになってしまったが、母国でのクラウディアの状況はそんな風(ふう)だったので、彼女自身でも現在の周囲の様子には、不思議に思う時が有るのだ。
 第一に、以前の様に嫌われたり、妬(ねた)まれたり、されなくなったのである。四月の時点で、言動が少々攻撃的だった頃には同級生達から遠巻きにされていたのは事実だが、その癖(くせ)は維月に因って少しずつ矯正が為(な)され、又、曾(かつ)ての安奈の様に、維月が周囲との仲立(なかだて)をして呉れたからだ。
 第二に、同級生達と『話が通じる』のが、或る種、新鮮な体験だったのだ。それは、言語的な意味ではなく、話題レベルでの事である。以前は知識や学力の差が有り過ぎて、それ故(ゆえ)に同世代の子達とは話が通じていなかったのだが、天神ヶ﨑高校ではレベルの近い生徒が集まっているので『話が噛み合う』のだと、クラウディア自身は四月から暫(しばら)くして気付いたのだった。安奈以外の同世代の誰かと、そんな風(ふう)に会話が成立したのは、クラウディアに取っては初めての経験だったと言っていいだろう。『ハッキング』の話題は、する訳(わけ)にいかないので兎も角、PC に関してや、プログラミングの話題であっても、同じレベルで会話が出来るなんて事は、彼女の地元では有り得なかったのである。

 教室や女子寮の自室で、同じクラスの女子達が持って来た問題を、維月と一緒に解いたり、解説したりすると、彼女達は去り際に、必ずと言っていい程、「天野さんに負けないでね。」の様な意味の言葉を残して去って行くのだった。
 D組の生徒達の大多数も、茜に勝つ事は諦(あきら)めているのだが、同じクラスの維月やクラウディアには勝って欲しいと思っていたのだ。そこには学科間の対抗意識や、同じ学科である生徒同士の仲間意識が存在しているのである。
 クラウディアも、激励される事で特別に悪い気はしないので、その都度(つど)、素直に謝辞を述べるのだった。

 期末試験初日の前日は、2072年9月19日で月曜日なのだが『敬老の日』と言う事で、授業は休みだった。特課の生徒には土曜日にも授業が有るのだが、土曜日に授業の無い普通課の生徒には、期末試験開始直前の貴重な三連休である。因(ちな)みに、この年の『秋分の日』は9月22日木曜日で、期末試験は火曜日・水曜日と二日間実施されて木曜日が休みとなり、試験三日目の金曜日の後、土曜日・日曜日で再び休みとなるスケジュールだった。そして週が明けて月・火・水と後半の三日間で試験日程が終了する予定なのである。
 19日の月曜日、女子寮では試験に向けてそれぞれの生徒達が最後の追い込みに精を出していたが、この日も朝から維月とクラウディアの所にやって来る女子生徒が後を絶たなかったのだ。
 そしてその夜、維月とクラウディアの自室を訪(おとず)れていた最後の級友が帰ったあとで、維月がクラウディアに言ったのだ。

「大分(だいぶ)、皆(みんな)と仲良くなったじゃない、クラウディア。」

「何よ、急に。」

 照(て)れて、クラウディアは態(わざ)と突(つ)っ慳貪(けんどん)に言い返すのだった。維月はニヤニヤとし乍(なが)ら、向かい側でテーブルに両の肘を突き、組んだ手の上に顎(あご)を乗せて言う。

「四月頃の刺々しい態度が嘘みたいだよね~あの頃はどうなる事かと思ったけど。」

「そんなに違う?」

 勿論、そうなのだろう、との自覚が無くはないが、クラウディア自身が意識して態度を変えている訳(わけ)でもないので、自分では変わったのかどうか、量りようが無いのである。
 維月は、微笑んで応えた。

「成長してる証拠だから、いい事よ。きっと。」

 クラウディアは急に顔が熱くなった様な気がして、スッと立ち上がり、維月に言ったのだ。

「さあ、明日から試験本番なんだから。今日は、早く休みましょ。」

「はい、はい。」

 ニコニコと笑って応えた維月が、正面に立ったクラウディアを見て、ふと、何かに気付いた。維月は組んだ手の上から顎(あご)を上げ、背中を伸ばしてクラウディアに言う。

「クラウディア、ちょっと、そこに立ってて。」

「え?」

 困惑するクラウディアを余所(よそ)に、維月も立ち上がるとテーブルの縁を回ってクラウディアの横へと移動する。クラウディアの両肩に手を掛けた維月が「こっちに向いて。」と言い、クラウディアの身体を自分の方へと九十度回転させるのだった。次に、クラウディアの顔を自分の胸の下辺りに押し付ける様に左手で引き寄せ、右手をクラウディアの頭頂部へと乗せるのだ。

「何やってるのよ?イツキ。」

 静かに抗議するクラウディアに、維月は何か考え乍(なが)ら「う~ん。」と唸(うな)って返したのみだった。
 クラウディアの身体を解放した維月は、自分の机の引き出しから、メジャーとビニールテープとマーカーを取り出し、クラウディアに指示する。

「ちょっと、クラウディア。クローゼットの前に、背中を着けて立ってみて。」

「何よ?」

「いいから、いいから。」

 維月は戸惑うクラウディアの手を引き、自分が使っているクローゼットの扉の前にクラウディアを誘導する。

「はい、背中を着けて~足を揃(そろ)えて~はい、顎(あご)を引く!」

 流石に、そこ迄(まで)来れば、維月が何をしようとしているのか、クラウディアにも見当が付いたのだ。

「何?身長? どうして、急に?」

「いいから、いいから。じっとしてて~。」

 維月は、クラウディアの頭の高さ程に、クローゼットの扉面にビニールテープを貼り付けると、机の上に有った定規を手に取ると、それをクラウディアの頭頂部に当てて、テープ表面にマーカーで印を付けたのだ。

「はい、オーケー。離れていいよ~。」

 クラウディアがクローゼットの前から移動すると、メジャーで床面から先程マーキングした所迄(まで)の高さを、維月は測定するのだ。

「百…二十…、五、五…うん、125.5センチ、かな。」

「嘘。」

 測定結果を聞いて驚いているクラウディアに、維月が尋(たず)ねる。

「前に測った時は、何センチだった?クラウディア。」

「こっちに来る前に測った時は、124.3センチ。」

「それじゃ、1センチ程、伸びたのね。」

 まだ測定結果が信じられず、クラウディアが言う。

「嘘よ。だって、前は五年で1センチしか伸びなかったのよ?」

「さあ、わたしは医者じゃないから、理由までは解らないけど。こっちに来て、水とか、食べ物が合ってたんじゃない? あとはストレスだとか、適度な運動だとか、理由は複合的なんでしょうけど。まあ、今度、試験が終わったら? 保健室の身長計で、正確に測ってみましょう。 何(なん)にしても、伸びたんなら、良かったじゃない。」

 維月は、そう言い乍(なが)ら、クローゼットに貼り付けたテープを剥がし、手に持っていたメジャーやマーカーを、元の引き出しの中へと戻した。
 そんな維月に、クラウディアが問い掛ける。

「でも、1センチ程度の違いに、良く気が付いたわね、イツキ。」

「ああ、これでもわたし、身長には敏感なのよ~わたしも悩んでたからね。アナタとは、ベクトルが逆だけど。」

 応えつつ、維月は自分のベッドに腰を下ろした。クラウディアも維月の向かい側で、自分のベッドに腰を下ろす。

「昔から、背が高かったの?」

「別に、この図体(ずうたい)で産まれて来た訳(わけ)じゃないけど。 まあ、物心が付いた時には、同年代の男子よりも背は高かったよね。」

「アナタとわたしは、両極端なのよね。」

 そう言ってクラウディアが溜息を吐(つ)くので、敢えて維月は、笑って言うのだ。

「あはは、足して二で割れたら、ちょうどいいのにね。」

 それから維月は少し考え、クラウディアに語る。

「半年…いや、こっちに来て直ぐに伸び始めたとは思えないから、伸びたのは、ここ三ヶ月程度と仮定しましょうか。三ヶ月で1センチ伸びたとすると、同じ成長率が継続したら、卒業する頃迄(まで)には何センチ伸びる?」

「その仮定だと一年に4センチだから、二年で8センチ。今年の残りが四ヶ月と、二年後の年が明けて卒業まで三ヶ月有るから、その分でプラス2センチ。合計で10センチかあ…大して伸びないわね。」

 物足りない計算結果に、苦笑いするクラウディアである。一方で維月は笑みを浮かべて、明るい声で言うのだ。

「成長が直線的(リニア)だったら、そうなるけど。案外、伸びる時は、一気に伸びるかもよ。 伸びるとしたら、どの位がいい?クラウディア。」

「仮定の話に期待したって、虚しいだけじゃない。」

 そうクラウディアは、不機嫌そうに応えた。

「まあ、いいじゃん。希望くらい語っても、罰(ばち)は当たらないでしょう?」

 何やら楽し気(げ)に維月が訊(き)いて来る態度が、クラウディアには釈然としなかった。
 そしてクラウディアは、少し考えてから維月に答える。

「…そうね。最低でもアカネは、抜きたいかな。」

「ブリジットには、追い付かなくてもいいの?」

「あんな、無駄に大きくなる必要なんて無いわ。」

「ええ~傷付くなぁ~。」

 笑顔で、そう言った維月の身長は、ブリジットと殆(ほとん)ど変わらないのである。クラウディアはニヤリと笑って、維月に「ゴメン、ゴメン。」と声を掛けたのだ。
 維月はテーブルの上に広げられていた教科書やノートの類(たぐい)を片付け、言った。

「ま、『寝る子は育つ』って謂(い)うから、しっかり食べて、しっかり寝る、それが一番よ。と言う訳(わけ)で、今日は、もう休みましょうか。」

「もう『休む』のには賛成だけど。取り敢えず、目先の問題は『身長』よりも『期末試験』の方よ。」

「明日は英語と数学か~アナタは英語は得意だから羨(うらや)ましいわ、クラウディア。」

「英会話なら普通に出来るけど、試験の方は英文法が中心だから、そう安心もしてられないのよ。」

 クラウディアもテーブルの上を手早く片付けると、ベッドへ潜り込むのだった。

「それじゃ、お休み。」

「Gute Nacht.」

 維月に返事をしたクラウディアだったが、彼女は『オヤスミ。』だけは、何時(いつ)も必ずドイツ語で言うのである。
 そして部屋の灯りが消され、二人が寝入ったのは、午後十一時になるよりも少し早かったのだった。

 

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STORY of HDG(第14話.08)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-08 ****


 そこで、今度は九堂が、茜に声を掛けるのだ。

「茜、又、試験に向けて、勉強、教えてね。」

「又、お菓子、持って行くから~。」

 九堂に続く村上の発言を聞いて、突然、ブリジットが声を上げる。

「それよ。」

「え、何?ブリジット。」

 村上は、少し驚いて声を返した。そして、ブリジットは言う。

「中間の時に、茜に教えて貰ったの、他の人に話したでしょう?」

「ああ、うん…。何か、マズかった?」

「先週位(くらい)から、クラスの子がね、次々と部屋に来るのよ。試験対策で茜目当てにさ、B組の子まで。」

 茜達の所属はA組なのだが、B組も学科としてはA組と同じく『機械工学科』なので、専門教科に就いてはA組とB組の特別課程の生徒が合同で授業を受けるのである。だから当然、B組の生徒とは面識が有るのだ。
 そして、ブリジットの言に、九堂が苦笑いで所感を漏らす。

「あ~、広まっちゃった、感じ?」

 その言葉に対しては笑顔で、今度は茜が言う。

「それ自体は、別に構わないんだけど。唯(ただ)、皆(みんな)が、お菓子持参なのよね。 成(な)る可(べ)く、その場で食べてしまおうと、袋は開けるんだけど。 何故か皆(みんな)、その場で食べ切れない数を持って来るし、置いて行くし、で、未開封のが部屋に溜まっていく一方で。 今日の、このお菓子も一部、その中から提供したんだけど。」

「あはは、直ぐに腐る様な物でなけりゃ、貰っておけばいいじゃん、茜。 言っておくけど、茜に教えて貰うなら必ずお菓子持って行け、みたいに話した覚えは無いからね、わたし。」

 九堂は笑って、そう茜に言うのだった。続いて、村上も言う。

「皆(みんな)も、教えて貰うのに、手ぶらでは行き難いのよ。」

「そうそう。それに御要望と有らば、消費するの、幾らでも手伝うよ~。」

 村上に続いて、そう九堂が笑顔で言うと、そこで立花先生が割って入るのだ。

「お菓子の件は兎も角、茜ちゃんは自分の勉強をする時間は、ちゃんと取れてる?」

「ああ、それなら御心配無く。それに、人に教えるのって、自分の理解度の確認になるので。」

「そう。なら、いいけど。まあ、程々にね。」

 微笑んで応える茜に、立花先生は安堵(あんど)の表情を浮かべるのである。
 そこで、唐突(とうとつ)に樹里が手を打って、「あ、そうそう。」と声を上げた。続いて、右手を挙げて発言する。

「皆(みんな)に、連絡事項が有ります。もう発表していいですか?部長。」

 一応、緒美に許可を求めるので、緒美は頷(うなず)いて「どうぞ。」とだけ返したのだ。
 そして樹里は、嬉しそうに発言した。

「え~、四日ほど前になりますが、本社のラボで無事、Ruby が再起動したそうです。今日のお昼過ぎ、安藤さんから知らせのメールが有りました。」

 そう樹里が発表すると、飛行機部の三名と九堂を除いて、それぞれが歓声を上げたり、拍手をしたりするのである。詳しい事情が分からない九堂や金子達ではあったが、周囲のリアクションを見れば、それが吉報であった事は容易に想像が付いた。
 そして茜が、樹里に尋(たず)ねる。

「無事って事は、Ruby に損傷(ダメージ)は無かったんですか?樹里さん。」

「うん。再起動して以降、検査やテストをしてるそうなんだけど、今の所、不具合は見付かってないって。緊急シャットダウンした当日の記憶も、ほぼ完全に保持してるって書いてあったの。」

 茜へと応える樹里に、苦笑いの維月が言う。

「四日も前に再起動してたのなら、速報で、もっと早く教えて呉れたらいいのにね。」

「不具合や障害が見付かって、糠喜(ぬかよろこ)びにならない様に、チェックが終わる迄(まで)って思ったんでしょ?」

「それは、解るけど~。」

 そんな会話をしている樹里に、茜はもう一度、問い掛ける。

「それで樹里さん、Ruby は学校(こっち)へは戻って来られるんですか?」

「もう暫(しばら)くは、開発の方でテストとか、色々やる予定らしいけど…部長か先生は、何か聞いてます?」

 樹里は、緒美と立花先生に問い掛けるのだが、二人は首を横に振って答えた。

「わたしの所には、何も連絡は来てないけど。先生は聞いてらっしゃいます?」

「いいえ、何も。」

 立花先生の返事を聞いて、一拍置いてから緒美は言った。

「まあ、Ruby の開発目的が、わたしの想像通りなら、このあとも HDG と、わたし達に絡めて来る筈(はず)だから、その内、ここへ戻って来る事になるでしょう。心配は要らないわ。」

 その緒美の発言は、彼女の確信に基づくもので、気休めの出任(でまか)せではない。それは緒美の落ち着いた、何時(いつ)もの表情が物語っていた。だから立花先生が慌てて、注意をするのである。

「緒美ちゃん、開発目的とか…。」

 緒美は立花先生の声を、遮(さえぎ)る様に声を重ねる。

「解ってますよ、先生。物騒な事は、言いやしませんから。御心配無く。」

「物騒って…そうなの? わたしは、知らないわよ。ホントに。」

「そうなんですか? まあ、それならそれでいいです。何(ど)の道、話せない事ですから。」

 緒美と立花先生は、軽く腹の探り合いをしているのだが、Ruby の開発目的に関して立花先生が知らされていないのは本当の事だったのである。
 すると、直美が敢えて緒美に言うのだ。

「何(なん)だよ、そんな風(ふう)に言われると、その『目的』ってのが何か、気になるじゃない。」

 緒美はニヤリと笑って、直美に応えた。

「だから、言わないわよ。飽く迄(まで)も、わたしの想像だけど、当たってたらマズいから。って言うか、十中八九、当たってるから尚更、本社が秘密にしてる間は、話す訳(わけ)にはいかないの。」

 そこに、金子が参加して来るのだ。

「その『ルビー』ってのは、そんなにヤバい代物(しろもの)なの?」

「別に、Ruby 自体は、そんなにヤバくはないと思うけど…。」

 そう緒美が応えると、その横から恵が言うのだ。

「その開発計画自体が、国家機密レベルの案件らしいの。」

「ああー、そう言う話かー。」

 金子が大袈裟(おおげさ)に声を上げると、誰もが思う疑問を、武東が口にするのだった。

「どうして、そんな物がここに?」

 恵は、苦笑いして応える。

「それ、話すと長くなるけど?」

「あと、秘密の事項も増えるよ~。」

 恵に続いて直美にも言われ、武東は身体を引いて応えた。

「あ、いいわ。止めとく、ありがとう。」

 そして緒美が、ポツリと言ったのだ。

「賢明ね。」

 武東と金子は顔を見合わせ、互いに苦笑いを交わすのだった。それから金子が、何か染(し)み染(じ)みと言うのだ。

「しかしさあ…さっきから全般的に、話題が硬いよね。何時(いつ)も、こうなの?」

「こんなものよ、ねえ?」

 緒美が恵に同意を求めると、恵が応える。

「う~ん、何方(どちら)かと言えば、今日の話題は柔らかい方じゃないかしら?」

 すると、直美が声を上げる。

「だよね。普段は HDG のメカ仕様の検討だとか、図面のチェックだとか、テストのスケジュールとか、の話だもの。ソフト部隊は、もっと訳(わけ)の分からない話、してるし。」

 その発言を聞いて、樹里が抗議するのだ。

「あ~新島先輩、『訳(わけ)の分からない』は酷(ひど)いなぁ。ソフト仕様やデータ解析の話ですよ、こっちの部隊が普段してるのは。」

「あー、ゴメン、ゴメン。そっちの専門分野の事には、全(まった)く縁が無かったからさ、わたし。」

 そんな直美の言い訳(わけ)を、フォローするのは維月である。

「まー、わたしらがメカ図面見ても、さっぱり理解出来ないのと同じだからさ、樹里ちゃん。」

「それは、解るけどさ。」

 樹里が不満を残しつつも、維月には笑顔で応じる一方で、金子が声を上げるのだった。

「いや、だからさ。もうちょっと、乙女っぽいと言うか、青春的な? 何か、そんな話題は無いのかって。」

 その金子の発言に、笑って直美が言葉を返す。

「あはは、貴方(あなた)、『兵器開発部』に何を期待してるのよ?」

「飛行機部では、そう言う話をしてるの?」

 真面目な顔で、そう恵が問い返して来るので、武東も又、真面目に答える。

「飛行機部(あっち)は、男子も居るから。あんまり。」

「こっちは折角(せっかく)、女子だけなんだからさ、十代らしい女子トークってのが、有る筈(はず)じゃない? ねぇ、先生。」

 金子が立花先生に迄(まで)、話を振って来るので、当の立花先生は迷惑そうに応える。

「そんなの、わたしに言われてもね。」

 すると、恵が金子に言うのだ。

「立花先生に色っぽいお話を期待しても無駄よ、金子さん。先生は本社じゃ、仕事の鬼だったんだから。」

「えー? 森村さんが酷(ひど)い事、言ってますよ、先生。」

 金子の訴えに、苦笑いを返して立花先生は言うのだった。

「まあ、事実、そうなのよね。御期待に添えられなくって悪いけど。」

「え~。」

 少し過剰にリアクションをして見せる金子は、勿論、その場の雰囲気を盛り上げようと、自(みずか)らが楽しんでいるだけである。その事は周囲の者(もの)も、ちゃんと理解はしていて、そしてそんな具合で歓談は進行し、そのあとも一時間程、続いたのだった。


 全ての部活動が一旦停止となった翌日から、校内の雰囲気は完全に試験期間モードへと突入した。
 天神ヶ﨑高校には、基本的に全国から優秀な生徒が集(つど)っている事もあり、試験直前になって慌てる様な生徒は居ないのだが、それでも試験範囲の復習は当然の様に、各自が自発的に行っているのだ。
 特別課程の生徒の中には飛行機部部長の金子の様に、試験成績には拘泥(こうでい)しない者(もの)も僅(わず)かに存在したが、それは例外的な少数派である。彼等は『落第さえしなければ天野重工への採用が確約されている』と、そう考えているからこその試験成績軽視の姿勢なのだが、学習その物を怠(おこた)っている訳(わけ)ではない。
 例えば、金子の場合は、正式採用後に希望する配属先は『総務部飛行課』であり、テストパイロット職を目指しているのである。唯(ただ)、定期試験の科目には、その目標に直接合致する教科、航空関係であれば『航空法規』や『航法』、『航空力学』と言った科目が無いだけの話なのだ。勿論、数学、物理、英語、等の様に、パイロットとして必要とされるであろう科目に対しては、幾ら金子でも手は抜かないのである。
 寧(むし)ろ、間違って全ての教科で優秀な成績を残してしまうと、設計や研究等の『意に沿わない職種』へ配置されてしまう危険さえ有るのだから、金子にしてみれば自(みずか)らの将来を賭けての戦略的な手抜きを断行していると言えるのだ。
 同様に、設計製図に打ち込む者(もの)、プログラミングに打ち込む者(もの)、そんな風(ふう)に将来に向けて一芸を磨きたい者(もの)が、少数派だが存在しているのも、一つの現実なのである。
 とは言え、大多数の生徒は試験成績を重視し、それに因って採用後には希望する配置となる様にと願っているし、普通課程の生徒であれば希望の大学へ進学する為にと、それぞれが努力しているである。
 そんな事情も手伝って、茜の身辺は中間試験の時とは一転して、随分(ずいぶん)と賑(にぎ)やかになっていた。

 中間試験が実施された六月初旬頃は、何方(どちら)かと言えば、茜の処遇は級友達からは遠巻きにされている感じだったのだ。その当時に既に仲良くなっていた村上、九堂の両名からでさえも「天野さん」と呼ばれていたのが、その証左である。
 それは入学して早早(そうそう)に校内を駆け巡った、『入試の成績がトップだった』と『理事長の孫娘』の二つの噂話…その内容は事実なのであるが、兎も角、その言説が茜から、ブリジットを除く級友達を遠ざけていたのだ。その上で『兵器開発部』と言う、一年生にしてみれば何か得体の知れない、物騒な響きを持つ名称の部活動に参加した事が、追い打ちを掛けていた。
 そもそもが一年生達は、それぞれの地元でトップクラスの成績を誇っていた生徒達である。それぞれに大なり小なり、自信やプライドを持っていたであろう彼等・彼女等が、『入試の成績がトップ』だった生徒に、ライバル心を抱かない方が少数派だろう。
 そして茜が入学式で『新入生代表挨拶』の役目を任された事も、一年生達への心証に影響を与えていたのだ。学校側からすれば、単純に五十音順で姓名が一番最初の生徒が茜だっただけなのだが、そんな事情で『新入生代表挨拶』の役割が決まっている事を、その役を振られた当人以外の新入生達は知らなかったのである。
 そこに『理事長の孫娘』と言う情報である。この情報が決定打となって、多くの生徒に取って、茜には近寄り難い印象が確定してしまったのだった。つまり『新入生代表を任されたのは七光りで、ひょっとしたら入試の成績も、そうなのかも知れない。だとすれば、彼女は我が儘(まま)で世間知らずな、大企業の御令嬢、なのではないか?』と言った、マンガの様な人物像(キャラクター)が漠然とだが、しかし尤(もっと)もらしく構築され、多くの一年生の間で共有されてしまったのである。
 そうなると当然、そんな面倒臭(めんどうくさ)い人物とは関わり合いたくはないのが人情で、あからさまに敵対する事は無くても、遠巻きにしてしまうのも致し方の無い所なのだった。

 そんな状況に対する、当の茜本人は、と言うと。 悪意からクラス全体(但し、ブリジットは除く)から明確に無視されていた中一の時の経験に比べれば、「どうと言う事は無い。」と思っていたのである。
 遠巻きにされているとは言っても、無視されている訳(わけ)ではないから、話し掛ければコミュニケーションは可能だし、何か危害を加えられるのを心配する必要も無かったのだから、茜は気長に関係を構築していけばいいのだと、そう考えていたのである。勿論、同じクラスにブリジットが居た事も、十分(じゅうぶん)に心強かったのだ。
 そもそも他の同級生達に就いては、天神ヶ﨑高校に合格している時点で、人格的、能力的に一定のレベル以上の生徒だと保証されている様なものなので、だから茜は一切の心配をしていなかったのである。

 中学時代、それが公立校であったが故(ゆえ)に、唯(ただ)、同じ学区に住んでいただけと言う理由で集められていた生徒達の中には、生活の常識や考え方の差異が激しい者(もの)が居(お)り、時には『言葉は通じても、話が通じない』者(もの)も存在していたのである。なので、中学時代の生徒達は、それぞれが『話が通じる』者(もの)同士でグループを作り、他のグループとは衝突しない様にし乍(なが)ら、その中で学校生活を送っていたのだ。そのグループとグループとの間から弾き出されてしまったのが、中一の時に自分の身に起こった事件なのだと、茜は、そんな風(ふう)に当時の体験を理解していた。

 中一当時の茜にはクラスの中に所属出来る『グループ』は存在しなかったが、唯一、友人としてブリジットが存在していたし、当時入部していた中学校の剣道部は、学校内で茜が所属出来得る唯一の『グループ』だったのだ。実際、剣道部の先輩達は、茜のクラスでの状況を知って、『無視』以上の危害が加えられない様にと、色々と行動して呉れたのである。例えば、部活の連絡と称して度度(たびたび)、先輩達が茜の教室に訪(おとず)れて呉れたり、休憩時間のトイレだとか、昼食だとかの折(お)りにはブリジットと共に、『偶然』通り掛かった先輩達が同行して呉れたりしたのだった。それは、茜が『あの』一年間を乗り切る事が出来た、原動力の一つであったと言って良い。
 そんな具合だから、当時の茜と同じクラスに剣道部の部員が居なかったのは、偶然ではあるが幸いだった。もしも同じクラスに剣道部所属の者(もの)が居れば、その生徒は剣道部の先輩達と、自分のクラスとの板挟みになって、酷(ひど)く立場を難しくした事だろう。勿論、そんな事は、茜の知った事では無いのだが。

 茜に取ってみれば、そうした過去が有っての、現在の状況である。
 元来、人当(ひとあ)たりが柔らかく、面倒見(めんどうみ)の良い茜が、他人から嫌われる事は、余り無い。小学生の頃から剣道の道場に通っていた所為(せい)も有って、礼儀の面で大きな問題は無かったし、道場には年上の門下生も大勢(おおぜい)居たから、大人や年上の子供達とも男女を問わず接する術(すべ)を身に付けていた。だから、遠巻きにしている同級生達とも、一度(ひとたび)言葉を交わせば、茜が彼等・彼女等が思っている様な人物では無い事が、相手側には伝わるのだ。茜はそうやって、時間を掛けて地道に、同級生達の誤解や思い込みを、上書きしていったのだった。
 その上での、中間試験の順位発表なのである。その圧倒的な成績は、茜をライバル視する事が無駄である事を、殆(ほとん)どの生徒に対して印象付ける結果になったのだ。実際、中間試験での茜の順位を上回る為には、全ての教科の試験で満点を取る以外に方法が無く、だから大多数の生徒は茜の成績に対抗する事を放棄したのだった。それを諦めていないのを公言しているのは唯一、クラウディアだけなのである。
 そんな訳(わけ)で、大半の同級生は、茜を自分の学習強化に利用する方向へと、方針を転換したのだった。学校での授業の合間には、男女を問わず同級生達が入れ替わり立ち替わり、教科書や問題集を手に茜の元を訪(おとず)れては、質問を投げ掛けていた。放課後には女子寮の自室に、女子生徒達が頻繁に訪(たず)ねて来るのが続き、例によって茜とブリジットの部屋には未開封のお菓子が堆積(たいせき)していったのだった。
 とは言え、寮の自室への訪問者は、複数のグループが搗(か)ち合(あ)ったり、午後十時以降まで居座ったりする事は無く、どうやら利用者の間では何らかのルールが取り決められていた様子ではある。勿論、そのルールの存在や詳細に就いて、茜もブリジットも把握はしてないのだが。
 ともあれ試験前の一週間に、同級生達から提示された全ての問題に対して茜は解法を解説し、出題者達には「先生に聞くよりも、分かり易い。」と、好評を得たのだった。
 茜にしてみれば、複数教科の、複数の問題集をランダムに解いていた様なもので、それはそれで十分(じゅぶん)、試験に向けての勉強としては機能していたのである。
 そんな茜の事をブリジットは、「お人好(よ)しが過ぎる」と呆(あき)れて言ったのだが、茜はそれを意に留める事が無かったのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.07)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-07 ****


「確かに、解ってない様に間違った解答を考えるのって、大変ですよね~。」

 その発言を聞いて笑ったのは、樹里と瑠菜、そして維月の三名だけで、他の者(もの)は唖然としていたのである。特に、奇妙な共感を向けられた金子は、困惑しつつ佳奈に聞き返したのだ。

「え~と…どう言う事かな?それは。」

「え~。何か、間違ってたかな?瑠菜リン。」

 佳奈は隣の瑠菜に、金子の反応が意外だった理由を尋(たず)ねている。問い掛けられた瑠菜は、クスクスと笑い乍(なが)ら「みたいよねぇ。」とだけ答えたのだ。
 そして金子には、樹里が説明を試みる。

「彼女、中学卒業まで、試験の解答で自分の成績を操作してたんですよ。」

「どう言う事?」

「簡単に言うと、自分の成績がいいと嫌われるって言う、変な思い込みが有ったらしくて。」

 その樹里の説明に、武東が「被害妄想的な?」と聞いて来るので、樹里は首を横に振り、説明を続ける。

「小学生の早い時期に、実際に酷い嫌味を言われたのが、相当にショックだったらしいんですよ。佳奈ちゃんはあの通り、独特のペースなものですから、そんな人が自分よりも成績がいいのが許せないって言うか、妬(ねた)ましく思われたらしくて。」

「ああ、子供の考えそうな事だね。何と無く分かった。」

 樹里の説明に納得している金子だったが、その肩を掴(つか)むと武東は、佳奈に向かって言ったのだ。

「この人の場合はね、そんな手間を掛けた偽装じゃなくて、テストの三分の二位(くらい)にしか解答を書かないのよ。要するに、徒(ただ)の手抜き。」

「いーじゃん、書いてる解答は、大体、合ってるんだから。」

 そう反論する金子に、武東が作り笑顔で言い返す。

「だったら、全問に解答なさいよ。」

 金子は苦笑いして、視線を逸(そ)らすのである。そこに、恵が笑って声を掛けるのだった。

「あはは、夫婦喧嘩なら、余所(よそ)でやってね~。」

 その、恵のコメントに一同が笑って、一先(ひとま)ずは落ちが付いたのである。そして、樹里が佳奈に向かって言った。

「佳奈ちゃんは、もう中学の時みたいな事やっちゃダメだよ。」

 すると、佳奈は笑って応えるのだ。

「あははは、もうしないよ~。あんな、面倒(めんどう)な事~。」

 その佳奈の返事を聞いて、武東は金子への提案を試みる。

「ほら、面倒(めんどう)な事だって。貴方(あなた)も彼女を見習って、手を抜くの、もう止めにしたら?」

「煩(うるさ)いなぁ。全部解答するのが面倒(めんどう)だから手を抜いてるんでしょ。」

 即座に笑顔で言い返す金子に、武東は口を尖(とが)らせて表情だけで抗議した。そんな二人に向けて、笑顔を作って恵が再(ふたた)び言うのだ。

「だから、夫婦漫才(めおとまんざい)も余所(よそ)でやってね。」

 恵は金子と武東の関係を冗談めかして『夫婦』と例えているのだが、この場で当人達を除けば、その二人の関係を正確に認識しているのは恵だけなのである。
 恵に冷やかされて、一度、顔を見合わせた金子と武東だったが、今度は武東が緒美に、話題を変えて話し掛ける。

「試験と言えばさ、神原(カンバラ)君、『今回こそ、打倒鬼塚』って燃えてるわよ~。」

「あら、そうなの?」

 緒美は言われた事には、全く意に介さない様子で、恵が淹(い)れた紅茶を口元へと運ぶ。そして呆(あき)れた様に、直美が言うのだ。

「彼も懲(こ)りないよね。」

 恵は何も言わずに苦笑いしているのだが、直美の言葉には、笑って金子が応えるのだった。

「あはは、神原君、生徒会長になっちゃったからね。引くに引けないんでしょ?」

「前の会長には、随分(ずいぶん)と発破、掛けられてたらしいから。」

 金子に続いての、武東の発言に、直美が問い掛ける。

「どうして、そんな事、知ってるのよ?武東は。」

「同じ学科(クラス)なんだから、それ位(くらい)、伝わって来るわよ。」

 そこで、一年生達の表情に気が付いた恵が、説明を始めるのだ。

「一年生達には、解らない話だったよね。今の生徒会長の神原君って、例の試験での順位が、部長に次いで毎回二位なのよ。それで、一年生の頃から部長に挑戦し続けてる、って話なのね。」

 その説明に対して、茜が尋(たず)ねる。

「それで、その事と『生徒会長になったから』って言うのとは、どこで繋(つな)がるんですか?」

「ああ。生徒会の役員選挙は毎年二月なんだけど、その時点でだから、直近では後期中間試験の結果で一位の二年生が翌年度の会長候補に、一位の一年生が副会長候補に推されるのね、伝統的に。 要するに、成績一位の翌年度の三年生が会長に、二年生が副会長にって事で、二年生は一年間副会長を務めたら、更に翌年の会長候補になる訳(わけ)よ。」

 そこでブリジットが、恵に問い掛ける。

「あれ? でも、学年の途中で成績が下がっちゃったら、どうなるんです?」

「会長は、卒業する迄(まで)、一応、立場は安泰ではあるんだけど。副会長の方は、翌年の役員選挙で、その時の一位の生徒が次期会長の対立候補になる、らしいわ。」

「うわ、容赦無いですね。」

 ブリジットは苦笑いで、恵の解説にコメントを返したのだ。そして直ぐに、茜が気が付いて声を上げる。

「あれ?でも、部長も樹里さんも、生徒会、やってませんよね?」

 その疑問には、緒美が即座に応える。

「生徒会には興味も無いし、そんな活動に割いてる時間も無いもの。」

 そして苦笑いしつつ、恵が説明を追加する。

「実は、去年も今年も、次期役員候補に推薦するって、生徒会から言っては来てたのよね。去年の一月は部長を副会長候補に、今年は部長が会長候補で、城ノ内さんが副会長候補に、って。 生徒会長の最後の仕事が、その年のトップの生徒を次期会長候補に口説き落とす事だそうでね、それは、しつこかったんだけど…。」

 そこで一回、恵は深い溜息を吐(つ)いた。その続きは、直美が話した。

「最終的に、その説得工作に就いては、学校…と言うよりは、会社の方からストップが掛かったんだよね。」

 茜とブリジットは、声を揃(そろ)えて「あー…。」と発したのである。勿論、会社がストップを掛けた理由が、HDG の開発が止まっては困るからである事は、言う迄(まで)もない。
 そして、金子が発言する。

「去年、鬼塚が生徒会からの副会長推薦を断ったから、順位で二番手だった神原君が、副会長になった訳(わけ)なんだけど。その時点で、当時の会長には在任期間中に鬼塚の成績を追い抜けって、ね、そう言われてたらしくて。」

 続いて、武東が発言する。

「今年も鬼塚さんには、生徒会は袖にされちゃった訳(わけ)だから、神原君的には今度の任期中に鬼塚さんに勝って、生徒会長の面目を保ちたい所なのよね。」

 緒美は、困惑気味に言うのだった。

「そんな風(ふう)に、勝手に対立構造を作られても、わたしには何も出来ないわよ。生徒会長に頑張って貰うしか、方法はない訳(わけ)だし。」

「そりゃ、鬼塚が手心を加えるってのも、筋が違う話だよね。今になってみれば、鬼塚が生徒会活動とかやってられないのも、良く解るし。鬼塚にしてみたら、神原君の一方的な敵愾心(てきがいしん)も、理不尽だよなぁ。」

 同情する金子に、緒美は「でしょう?」と、同意を求めるのだった。
 そこに、ブリジットが質問する。

「生徒会役員と部活って、両立は、矢っ張り難しいンでしょうか?」

 その問い掛けには、恵が答えたのである。

「生徒会役員でも部活動に所属は出来るとは思うけど、部長を続けるのは問題が有るわよね。 生徒会長は部長会議で議長を務める訳(わけ)だし、第一、各部活の予算を最終的に決裁するは生徒会長だから。その人が、どこかの部活の部長だったりするのは、色々とマズいでしょう?」

「あー、成る程。確かに。」

 納得するブリジットに続いて、直美が言うのだ。

「この部活は、鬼塚が部長じゃないと回らないしね。」

 一同はそれぞれに、静かに頷(うなず)くのである。しかし、そこで武東が不穏な事を言うのだ。

「それでも、来年になったら、城ノ内さんと、今度は天野さんが、生徒会から推薦されるんじゃない? 今の所、二年生のトップは城ノ内さんで、一年生は天野さん、でしょ?」

「ははは、どっちも、生徒会には渡さないよ~。」

 即座に、直美が声を上げるのだが、自身が生徒会へと云われた事に関して、茜は懐疑的に感じて発言をするのだ。

「わたしが生徒会に関わるのって、マズくはないでしょうか?」

 その疑義に就いて、最初に応じたのは恵である。

「それは、天野さんが理事長の身内だから?」

「はい。明らかに『七光り』的、ですよね?」

 すると、茜の感慨に対して、金子が見解を述べるのだ。

「でも、理事長の娘とか孫が生徒会長って、マンガやドラマとかじゃ、良く有る展開じゃない?」

「ああ謂(い)う登場人物(キャラクター)って、七光り的な事を気にしない『お嬢様』気質の人じゃないですか? わたしは、別に『お嬢様』じゃないですし。」

 その茜の発言を聞いて、意外に感じたのは飛行機部の二人、金子と武東だけで、兵器開発部のメンバーと、茜の友人である村上と九堂は、その辺りの事情に就いては既知だったのである。だから、茜に問い返したのは、武東なのであった。

「え? 天野さんは、天野重工のお嬢様じゃなかったの?」

 武東の問い掛けには、その隣に座って居た村上が応じるのだ。

「あ、先輩。天野さんの御実家は、天野重工とは無関係なんだそうです。」

「どう言う事?」

 武東の疑問には、茜が改めて解説をするのだ。

「わたしの母の父が、理事長、天野重工の会長なので、わたしが理事長の孫なのは間違いないんですが。私の父方の天野家は、天野重工とは全くの無関係なんです。紛(まぎ)らわしいですけど、そもそもはウチの父と母が大学時代に、偶然、同じ名字だからって意気投合して付き合い出したのが発端(ほったん)で、お互い名前が変わらなくていいって、その儘(まま)、結婚しちゃったんだそうです。後になって、何代か遡(さかのぼ)ったら親戚だったってのが、解ったらしいんですが。」

 茜の説明を聞いて、今度は金子が問い掛ける様に言う。

「へぇ、それじゃ、天野さんのお父さんが、今の社長じゃないんだ?」

「今の社長は、片山社長ですよ? 因(ちな)みに、その片山社長と結婚したのが、わたしの叔母…わたしの母の妹で、あ、叔母が結婚した当時は、まだ片山の叔父様は社長じゃ無かった筈(はず)ですけど。兎に角、だから天野重工の社長令嬢は、私の従姉妹(いとこ)の方なんですけど、この名字の所為(せい)で、昔からわたしが社長令嬢だと誤解され勝ちで。 因(ちな)みに、わたしの父は天野重工とは全く関係の無い商社の、徒(ただ)の営業課長ですから。」

 今度は武東が「ああ、そうなんだ。」と相槌(あいづち)を打つので、茜は更に説明を続けた。

「勿論、小さい頃から母方の実家とは、行き来が有りましたから、全くの他人みたいに育った訳(わけ)じゃありませんけど、祖父…理事長の家だって、豪邸って訳(わけ)でもない普通の家でしたし、わたしのウチだってそうです。現社長の、片山の叔父様の所だって、普通の家で、わたしも従姉妹(いとこ)の子も、『令嬢』なんて感じに育った訳(わけ)じゃないですよ。」

 そこで立花先生が、付け加えて発言するのだった。

「天野重工も、今でこそ大企業の一つに数えられてるけど、百年を超えてる様な同業他社に比べたら、急成長した比較的新しい会社でしょ。だから、経営陣である重役の人達も、庶民的な人ばかりなのよね。一社員としては、そう言う所は、この先も変わって欲しくはないかなぁって。まぁ、その辺りは、色んな意見の人が居るとは思うけど。」

 そして金子が、茜に向かって言うのだ。

「取り敢えず、天野さんの立場に関しては、良く解ったわ。それにしても、それを一々、説明して回るのも面倒(めんどう)だよね。」

「あはは、そんな面倒(めんどう)な事、してませんよ。誤解されてると都合の悪い相手にだけ、説明してるんです。一応、個人情報ですし。場合に因っては、誤解されてる方が便利な事も有りますからね。」

「ああ、成る程。」

 そう応えて金子がニヤリと笑うと、茜は思い出した様に言うのだ。

「あ、そうそう。成績の話で言えば、来年まで、わたしがトップで居られるとは、限りませんよ? なかなかに強力なライバルが居ますので。」

 茜は掌(てのひら)を上にして、維月とクラウディアを順番に指し示す。すると、維月は茜にウインクを送り、一方でクラウディアは卓上のチョコマフィンへと伸ばしていた手を止めるのだった。そこへ、佳奈が声を掛ける。

「あはは、クラリン。期末は、茜ンに勝てそう?」

 クラウディアは、目当てのチョコマフィンを拾い上げると、席から浮かしていた腰を下ろし、目を閉じて澄ました声で佳奈に言葉を返す。

「クラリンって、呼ばないでください。」

 佳奈は「え~。」と、不服そうに声を上げるのだが、クラウディアは、それ以上その事には取り合わない。すると今度はブリジットが、からかう様に言うのだ。

「試験の順位で勝つって、そう言えば、そんな設定も有ったわよね。」

 クラウディアは、横目で睨(にら)む様にして、ブリジットに声を返す。

「『設定』って、言わないで。」

 その様子にクスッと笑い、続いて維月がクラウディアに声を掛ける。

「で、どうなのよ?クラリン。」

「もう、イツキまで。」

 クラウディアは一度、息を吐(つ)いて、そして言った。

「勿論、アカネには勝つ積もりで準備はしてるわ。目標なのはアナタも同じなんだからね、イツキ。」

「あ~はいはい。そうだったよね~。」

 そう応えた維月は、ニコニコと笑顔を崩す事が無いのである。その表情を見たクラウディアは、視線を茜の方へと向けると、言うのだ。

「アカネも、手を抜いたりしないでよね。」

 挑戦的に言われた茜だったが、維月と同じ様な笑顔で応えるのだった。

「勝負なんか、する気は更更(さらさら)無いけど、手を抜く気も無いから、それは御心配無く、クラウディア。」

 茜の返事を聞いて、視線を前に戻したクラウディアは、手に持った儘(まま)だったチョコマフィンを一気に頬張(ほおば)るのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第14話.06)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-06 ****


「ああ、金子さん。どうぞ。」

 茜が三人を迎え入れると、開口一番、金子が室内へ向かって声を掛けたのだ。

「ハッピー・ニュー・イヤー!」

 即座に、部室の奥側から直美が声を返して来る。

「ハッピー・バースデー、でしょ?金子~。」

「あはは、ツッコミありがとー新島。」

 捨て身の『滑りネタ』を無事に回収した金子が嬉しそうに応じると、周囲からクスクスと笑い声が聞こえて来る。直美と金子の二人は、こう言った部分で波長が合うのだった。そんな金子の背後から彼女の後頭部をポンと武東が軽く左手で叩いて前へ進み出ると、武東は右手で胸元に抱えていた箱を長机の上へと静かに置き、そして言ったのだ。

「お招き頂いて、手ぶらで参加するのも何なので、これ、差し入れです。フライドチキンですけど、どうぞ。」

 武東は早速、皆(みな)が手に取れる様にと梱包を解くのだった。

「ああ、気を遣わせて、何(なん)だか申し訳無いわね、武東さん。」

 そう恵が言うと、武東は和(にこ)やかに「いえ、いえ。」と応じるのである。一方で、立花先生が懸念を一言、表するのだ。

「寮で夕食も有るんだから、食べ過ぎないのよ。」

 その立花先生の言に対して、軽口が維月の口から衝(つ)いて出たのだ。

「あはは、お母さんみたいな事、言わないでくださいよ~先生~。」

「誰が、お母さんですか。」

 苦笑いで抗議する立花先生には、金子が言うのだった。

「まあ、先生も含めて皆(みんな)、若いんだし。この人数なら、これ位(くらい)、問題無いですよ、先生。」

「慰(なぐさ)めて呉れなくても結構です、金子さん。」

「やだなぁ、本心ですよぉ、立花先生。」

 金子と立花先生は、互いに微妙な笑顔を送り合っているのだった。その傍(かたわ)らで、恵が立ち上がって言う。

「流石に椅子が足りないわね。CAD 室から、持って来ましょう。」

「あ、手伝います。恵先輩。」

 部屋の奥側、二階通路へ出るドアへと向かう恵を追って、其方(そちら)に近い席の瑠菜も席を立った。そして、その瑠菜を追って佳奈も席を立とうとするので、瑠菜が佳奈に向かって言うのだ。

「貴方(あなた)は今日の主役なんだから、座ってなさい。」

 そうして、瑠菜も部室を出て行ったのである。
 一方で、茜は金子に尋(たず)ねるのだった。

「所で、金子さん。村上さんも一緒なのは、どうしてですか?」

「どうしてですか?部長。」

 茜に続いて、連れて来られた村上自身も、金子に問い掛けるのだった。

「どうしてって、友達のバースデーに、村上一人、仲間外れじゃ可哀想かなって思って。」

 そう言って、ニヤリと笑う金子である。実は、佳奈の誕生日祝いに九堂の事も混ぜる提案は、茜の発案で恵から緒美へ、そして金子へと伝わっていたのだ。そして金子の隣で、武東が付け加える。

「それだけじゃ無いけど、まぁ、あとで正式発表が有る筈(はず)だから。ちょっと、待っててね、敦実ちゃん。」

 そうしている内に、隣の CAD 室からキャスター付きの椅子を三脚、恵と瑠菜が転がして運んで来るのだった。

「向こうへ、この椅子を運ぶのは面倒だから。こっち側の人がこの椅子を使って、今座ってるのを順に向こうへ送ってちょうだい。」

 その恵の声掛けに従い、部室の奥側席の瑠菜と佳奈、そして緒美の三名が CAD 室から運んで来た椅子に座り直し、他のメンバーも立ち上がると座って居た椅子を部室の入口側へと一つか二つずらし、そして座り直したのだ。空けられた椅子へと金子達、飛行機部の三名が着席するのを確認して、緒美が話し始める。

「それじゃ、金子ちゃん達、飛行機部の人にも参加して貰った理由に就いて、説明しておくわね。 皆(みんな)も知っての通り、今月末に AMF が、天神ヶ﨑高校(こちら)に搬入となります。その次に、C号機とか、その他にも色々と検証対象になる試作装備が、順次、搬入される予定なんだけど。それらの検証をするにしても、準備とか整備とか、流石に人手が足りなくなるの。今でも、瑠菜さんと古寺さんの二人だけじゃ、手一杯でしょ?」

「まあ、そうですね。今は樹里達にも、手伝っては貰ってますけど。」

 緒美の発言に瑠菜が同意すると、微笑んで緒美は発言を続ける。

「そこで、飛行機部から若干名、応援をして貰う事で話が付きました。今度、運び込まれて来る AMF は航空機基準で造られているから、飛行機整備の経験者が居れば心強いし、村上さんなら天野さんやボードレールさんとも仲が良いから、ちょうど良い人材かな、と言う事で。先(ま)ずは村上さん、お願い出来るかしら?」

 緒美の説明は、最後が村上への参加意思の確認になったので、村上は姿勢を正して答えたのだ。

「分かりました、飛行機部(うち)の部長が了解済みの事でしたら、わたしに異存は無いです。」

 村上の発言に、間髪を入れず金子が「了解してるよー。」と声を上げたのだった。村上はクスッと笑い、「では、宜しくお願いします。」と頭を下げて見せたのである。
 そして、緒美が発言を続ける。

「それで、補充が一人だけって言うのも心許(こころもと)無いので、九堂さん、貴方(あなた)にも、応援をお願いしたいの。」

 急に話を振られて、少し慌てて九堂は答えた。

「いいんですか?わたし、部外者ですけど。」

 その発言には、維月が言葉を返すのだ。

「部外者ってのが、兵器開発部に入部してないって意味なら、わたしも同じだし。秘密保持誓約の意味が分かってる人で、既に『ここ』の仕事に関わった者(もの)なら、引き続き協力して貰えると、助かるって事。ですよね?鬼塚先輩。」

「そう言う事。」

 微笑んで、緒美は小さく頷(うなず)いた。続いて直美が、九堂に声を掛ける。

「要(カナメ)、どこの部活にも入ってないんでしょ?」

「はあ、そうですけど。 まあ、敦実もこっちの活動に参加して、わたし一人、仲間外れってのも嫌なので…。でも、わたし、飛行機とか、詳しくないですよ?」

 その九堂の憂慮には、恵がフォローを入れる。

「AMF や、その他の装備に就いても、搬入されたら、最初に本社の人が技術指導はやって呉れる約束だから。余り心配しなくてもいいわ。」

「そう言う事でしたら。お世話になろうかと、思います。」

 九堂の承諾を得て、緒美は笑顔で言うのだ。

「それじゃ、ボードレールさんへの教習のあとも、引き続き宜しくね。九堂さん。」

 そんな緒美に対して、直美が問い掛ける。

「それで機械(メカ)の担当者は補強出来たけど、電気(エレキ)の方も必要って話だったでしょ? そっちのは、当てが有るの?鬼塚。」

 その直美の問い掛けに、金子が応える。

「あ、電気(エレキ)担当の方の助(すけ)っ人(と)には、わたし達が入ろうかと思ってるの。幸い、わたし達は電子工学科(そっち)だから、心得も有るしさ。」

 そう言って、金子と武東が、スッと右手を肩口程に挙げたのだった。直美は、金子に聞き返す。

「それは有り難いけど、三年生が二人も。飛行機部の方はいいの?」

「三年だから、いいのよ。あとの事は、二年の副部長に任せてあるから。来年は、あいつが部長やるんだし。」

 そう、笑顔で金子が言うと、武東が続いた。

「大丈夫よ。前島君、優秀だから。 会計の方も、引き継ぎの二年生は、もう準備してあるから、飛行機部(うち)の方の事は、御心配には及びませんわ。」

「それに、手伝うなら事情の分かってる者(もの)の方がいいでしょ。無闇に事情を知ってる者(もの)を増やす訳(わけ)にもいかないんだし。」

 金子のフォローに、緒美は静かに頷(うなず)いて応える。

「申し訳無いけど、正直(しょうじき)、助かるわ。ありがとう、金子ちゃん。武東ちゃんも。」

「いいのよ。友達の手助けが出来るのなら、それだけで嬉しいんだから。ね、村上。」

 最後に、自分に話を振られた村上は、「あ、はい。部長。」と、慌てて答えたのである。

「それじゃ、わたしの方から連絡しておく事は、以上です。先生の方からは、何か有りますか?」

 緒美が、そう言って立花先生に水を向けるが、立花先生は顔の前で右手を振って言ったのである。

「あー、無いわね、特に。今日の所は。」

 すると、茜が立花先生に問い掛けるのだ。

「昨日の会議の件とか、何か無いんですか?先生。」

「無いわねー。昨日の件に就いては、貴方(あなた)達に聞かせる様な、有意義な議論は何も無かったし。ねぇ、恵ちゃん。」

 話を振られた恵は、くすりと笑い応える。

「ええ、ホントに。画に描いたのを額に入れて見えない場所に飾った様な、不毛な会議でしたから。」

「どう言う例えですか、それ。」

 そう不審気(げ)に尋(たず)ねたのは、樹里である。それに対し、恵は笑顔で応える。

「言葉通りの意味よ。体裁は整えてあるけど、役に立っているのかどうか分からないって事。」

 恵の説明を聞いて、維月が笑って言うのだった。

「あはは、見えない所に飾ってあるんじゃ、そりゃ、役に立ってるかどうか分からないですね。」

「いや、そう言う話じゃなくて…。」

 樹里が、維月に向かって反論しようとするので、緒美が声を上げる。

「まあ、わたしが森村ちゃんから聞いた話を纏(まと)めると。 わたし達が防衛軍の作戦行動に割り込んだのが、彼方(あちら)方の自尊心(プライド)を痛く傷付けていたそうで、それで頭に来た司令部の方々が、天野重工(かいしゃ)と天神ヶ﨑高校(がっこう)に対して、嫌がらせをしたかった、と言うのが昨日の会議の主な趣旨だった、と。誤解を恐れずに言うと、そう言う事らしいわ。ま、文句はわたしか、天野さんに直接言いたかったみたいなんだけど。 それに、どうやら会議に出席していた司令部の方(かた)には、わたしと天野さんの事、男子生徒だと思われていたらしいわよ。」

 そう話した緒美の表情は、後半の辺りは薄笑いであった。緒美と直美の二人は、恵から昨夜の内に、昨日の会合の様子を一通り、聞き取り済みだったのである。そんな緒美に対して、茜が尋(たず)ねる。

「でも、この間。わたしと部長は、防衛軍の指揮管制の人と通信で話しましたよね? それでどうして、男子生徒だと…。」

 その茜の疑問には、立花先生が答えた。

「それは多分だけど、現場の人の話を司令部の方(ほう)では、詳しく聞き取りをしてないんでしょう。事が起きて、中(なか)二日(ふつか)での会合だったから、彼方(あちら)側で情報を整理してる時間は、余り無かった筈(はず)よ。」

 それに関しては、飯田部長と桜井一佐の思惑通りだったのである。しかし、その事が立花先生に知らされてはいなかったのは、勿論である。
 そして立花先生の発言を受けて、直美が呆(あき)れた様に言うのだ。

「それにしたって、大人気(おとなげ)無いよね。」

 直美は別段、憤慨(ふんがい)していた訳(わけ)ではなかったのだが、緒美は直美を宥(なだ)める様に言うのだった。

「まあ、それだけ頭に来てたって事らしいけど。 何(なん)にしても、わたし達は、別に防衛軍と敵対したい訳(わけ)ではないから、皆(みんな)も、その辺り、勘違(かんちが)いしないようにしてね。基本的に、防衛軍は味方なんだから。」

 続いて、立花先生も発言する。

「防衛軍からしてみれば、民間の未成年者が、面白半分、遊び感覚で余計な真似をするのは止めて呉れ、って言いたかったみたいだけど。 一応、それは彼方(あちら)側の誤解や思い込みで、わたし達は被害の拡大を防ぐ為に、緊急回避的に自己防衛をしていたと、それは或(あ)る意味、防衛軍に協力していたんだって事を、少なくとも防衛省側には理解して貰えたとは思うの。徒(ただ)、こっちの開発計画も大っぴらには出来ない都合も有るから、防衛軍の部隊レベル迄(まで)、此方(こちら)の認識が伝わるかと言うと、それは望み薄なのよね。だから、幾ら必要な事をやっていたとしても、わたし達が現場に居ると嫌われる事になりそうなのは、今後も変わらないと思うの。そう言う訳(わけ)だから、今後も極力、戦闘への参加は回避するように。いいわね、皆(みんな)。」

 立花先生が話し終えると、部室は静まり返り、全員が真面目な顔で席に着いていた。立花先生は深く溜息を吐(つ)くと、声を上げたのである。

「ほらぁ、こう言う雰囲気になるでしょ。だから、昨日の話はしたくなかったのに~。」

「まあまあ、立花先生。皆(みんな)も、昨日の事は気に掛かっていたんですよ。何も教えて貰えないって言うのも、又、それはそれでストレスですから。」

 今度は、立花先生を宥(なだ)める緒美なのである。そして立花先生が、もう一度、口を開く。

「兎に角、以上で昨日の件に就いては、お仕舞い。今は一応、お祝いの席なんだから、あとは皆(みんな)で賑(にぎ)やかにやってちょうだい。期末試験も、目前でもあるしね。」

「ああ~試験の話はしないで~。」

 間を置かずに声を上げたのは、金子である。その戯(おど)けた調子の声を聞いて、一同からはクスクスと笑いが溢(こぼ)れるのだった。

「何?金子ちゃん。試験に心配事?」

 真面目な顔で問い掛ける緒美に、ニヤリと笑って金子が言うのだ。

「毎回学年トップの鬼塚に言われると、何か癪(しゃく)だよね。」

「どうしてよ?」

 釈然としない表情で問い返す緒美だったが、そこで武東が金子に向かって言うのだった。

「鬼塚さんに言われるのが悔(くや)しいのなら、貴方(あなた)も、真面目に試験勉強すればいいのに。博美だったら、本気でやれば上位、十位くらいには入れるでしょ?」

「ヤだよ、面倒臭(めんどくさ)い。学校の定期試験なんて、落第しない程度に点を取っておけばいいの。」

 即座に、そう言い返す金子だったが、今度は直美が笑って声を掛ける。

「あはは、それ、先生の前で言っちゃダメでしょ~金子。」

「あ…。」

 直美に言われて気付いた金子は、慌てて立花先生の顔色を窺(うかが)うのだった。その立花先生は、微笑んでコメントをする。

「先生って言っても、わたしは講師ですから。他の先生達とは立場が違いますので、さっきのは、まぁ、聞かなかった事にしておきましょう、金子さん。」

「あははは~だから、好きなんだ~立花先生。」

「うふふ、あら、ありがと、金子さん。」

 金子と立花先生が、そんな遣り取りをしている最中(さなか)、唐突(とうとつ)に佳奈が奇妙な事を言い出すのだ。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.05)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-05 ****


 2072年9月12日・月曜日。防衛省での会合の翌日だが、天神ヶ﨑高校では普段通りの月曜日である。
 何か違う事が有るかと言えば、この翌日が前期期末試験期間初日の一週間前に当たるので、全ての部活が一旦(いったん)、この日迄(まで)の活動となる事である。翌日から期末試験終了日迄(まで)は、全ての部活動が休止となるのは中間試験の折(おり)と同様なのだ。勿論、それは兵器開発部も例外ではない。
 兵器開発部に就いては、もう一つ普段と違う事に、本社試作工場から飛来した大型輸送ヘリが HDG-A01 をメンテナンス・リグごと積み込んで、試作工場へと搬送して行ったのである。
 それは二週間程の先に予定されている、HDG-A01 用の拡張装備である AMF(Aerial Mobile Frame:空中機動フレーム)に、HDG-A01 のハード側対応改修を実施する為の移送だった。
 HDG の開発計画に於いての AMF は、単体で飛行能力を付与されている HDG-B01 に比べて更に大型の機材となっており、LMF(Land Mobile Frame:陸上機動フレーム)の規模が戦車程であった様に、AMF は戦闘機程の大きさを有する拡張装備なのである。HDG を核とする航空戦装備の形態として、B号機の様な小型軽量な機体と AMF の様な大型の機体とでは何方(どちら)が有利な形態のなのか、その比較検証を行うのが AMF 試作機の役割なのである。
 そんな訳(わけ)で、当面の間、HDG を装備出来なくなってしまった茜はと言うと、この日は引き続き、九堂と共にブリジットの稽古(けいこ)相手を務めていたのだった。
 この日は九堂に因る基礎動作の講習、その三日目だったが、流石にブリジットの運動に関する勘(かん)は鋭く、茜と九堂が交互に連続して仕掛ける打ち込みを、ブリジットが一人で捌(さば)ける程度には達していた。そして、その日の稽古(けいこ)が一区切りの付いた所で、九堂はブリジットに言ったのである。

「凄いわね、もう基礎動作は大体、身体に入った感じね。あとはもう少し、腰を落とした方がいいのかな。ブリジットは背が高いし。まあ、それは空中戦じゃ、余り関係無いかもだけど。」

「うん、次からは、もう少し意識してみる。」

「それから、これは茜も、だけど。 こう、相手の打ち込みを正面で受けるのは、止めた方がいいと思うの。」

 九堂は手にしていた木製の薙刀なぎなた)を正面頭上へ横向きに掲げ、打ち込みを受け止める動作をして見せる。

「実戦でこうやって相手の刃物を受けるとさ、相手側の切れ味にも依るけど、こっち側の武器が切られたり、折られたりする可能性が有るでしょ。」

 九堂の説明を聞き、茜は頷(うなず)いて言うのだ。

「成る程、そうね。竹刀(しない)や木刀なら、気にする必要も無かったけど、確かにそうだわ。」

「でね、茜、ちょっと、前から打ち込んで来てみて。ブリジットは見ててね。」

 九堂は腰を落とし、薙刀の木刀を下段に構える。それに対して、茜は竹刀(しない)を中段に構え、九堂に対峙(たいじ)する。そして茜に、九堂が声を掛けるのだ。

「どうぞ、茜。」

「それじゃ、行くよ、要(カナメ)ちゃん。」

 茜は竹刀(しない)を振り上げると、九堂に向かって踏み込み、面(メン)を狙って振り下ろした。その瞬間、九堂は薙刀なぎなた)の切っ先を床面から振り上げ、茜の振り下ろす竹刀(しない)を向かって右側へ払い除け、同時に左へと身体を進めて、茜の突進を躱(かわ)したのだ。
 足を止めると九堂は、ブリジットに向かって言った。

「こんな感じ。解る?ブリジット。」

「受け止めないで、払えって事?」

 ブリジットの回答に、微笑んで九堂は声を返す。

「そうそう。払って躱(かわ)す、これをワンステップでね。ここで、相手側の刃を防ごうとして受け止めると、こっちの武器が損傷するかも知れないし、こっちの動きも止まっちゃうでしょ。だから相手の刃物の側面を打って軌道を逸(そ)らすの。同時に自分の身体は、その反対方向へ逃がして、そこで相手に隙(すき)が出来てれば、反撃を打ち込んでもいいけど、まあ、それは飽く迄(まで)もオプションよね。」

 続いて、茜が確認するのだ。

「払うのに、相手の刃物の、側面を狙うのがミソなのね?」

「剣道でも有るでしょ?竹刀(しない)で漫然と打ち合ってるとさ、本来は刃物だって忘れちゃうのって。」

 九堂の言葉に、茜は苦笑いで応じる。

「まあ、竹刀(しない)を使った『競技』に特化していくと、刃物での斬り合いって感覚からは離れて行っちゃうよね。『居合い』とかやってる人は、又、別なんでしょうけど。 あ、一応、竹刀(しない)にも、真剣で言う『刃』と『峰』の区別は有るんだけどね。」

「うん。でも、貴方(あなた)達が相手してるエイリアンのってさ、金物でも切断しちゃう大鎌を持ってるって謂(い)うし。だから竹刀(しない)や木刀みたいな感覚で受け止める癖(くせ)が付いてるの、危険だと思うのよ。」

 その、九堂の見解に、ブリジットが茜に確認する。

「取り敢えず、エイリアン・ドローンからの攻撃って、ディフェンス・フィールドで弾いてたよね?茜。」

「今迄(いままで)は、幸運にも、って事よ。フィールドの内側に入られたら効果は無いんだから、アレも万能じゃないし。過信しちゃダメよ、ブリジット。」

「それは、解ってる。」

 ブリジットの返事を聞いて、茜は微笑み、九堂に声を掛けた。

「取り敢えず、ここ迄(まで)にしましょうか。今日は六時迄(まで)の予定だから。」

「そう言えば、そんな事、言ってたわよね。試験前だから、時間制限?」

 九堂は床に置いていた、ジャージの上着とタオルを拾い上げ、茜に尋(たず)ねた。茜は竹刀(しない)を専用のケースに収めつつ、笑って九堂に応える。

「あはは、まあ、そんな感じ。」

 格納庫の奥側から、二階通路へと上(のぼ)る階段へと茜とブリジット、そして九堂の三人は進んで行く。LMF が居なくなり、HDG-A01 もが搬出されてしまった今日の第三格納庫は、茜には妙に広く感じられるのだ。格納庫内に残されたのは、メンテナンス・リグに接続された HDG-B01 と、分離状態で保管されている B号機用の飛行ユニット、その二機である。その点検作業をしていた二人に、茜は声を掛けた。

「瑠菜さ~ん、佳奈さ~ん。時間です、上がりましょう。」

 声を掛けられた二人はそれぞれに、茜に向かって手を振り、『了解』の意を伝えて来たのだった。歩き乍(なが)ら、ふと気が付いた九堂が、茜に問い掛ける。

「そう言えば、今日、新島先輩は? 何時(いつ)も稽古(けいこ)に参加して来てたのに。」

「あ~、今日は、ちょっと用事。」

 そう答えて、茜は二階通路へと続く階段を上(のぼ)って行った。ブリジットと九堂は、茜にと続く。
 三人が二階通路を経て部室へと入ると、室内に居た直美が、茜に声を掛けて来た。

「二人に、声掛けて来て呉れた?天野。」

「はい。瑠菜さんも心得ていると思いますから、大丈夫ですよ。」

「そう、ありがと。」

 部屋の隅に、竹刀(しない)の入ったケースを立て掛けると、茜はジャージの上着を着込んで、九堂の手から薙刀なぎなた)の木刀を預かり、同じ場所に立て掛けるのだった。その九堂は、部室中央の長机の上に並べられたお菓子類に目を留め、ブリジットに小声で尋(たず)ねる。

「ねぇ、このあと、打ち上げでもやるの?わたし、先に帰った方がいい?」

 ブリジットは微笑んで「大丈夫よ。」と九堂に答え、一年生組の席へと案内するのだ。
 そうする内に、二年生の二人、瑠菜と佳奈が二階通路側から部室へと入って来る。先に入室して来た瑠菜が、「もう、準備、いいですか。」と誰にともなしに問い掛けるので、二人の正面付近、シンクの傍(そば)に立っていた恵が「いいよ~。」と答えたのだ。
 そして、室内に居た一同が拍手と共に、佳奈に向かって口々に「お誕生日、おめでとう。」と声を掛けるのだった。それに、佳奈の隣に立っていた瑠菜が、最後に一言を付け加える。

「一日、早いけどね。」

 その言葉に、一同がクスクスと笑っていると、佳奈がお辞儀をしたあと、微笑んで言葉を返すのである。

「えと、ありがとう、御座います? 一日早いけど~。」

 佳奈の言葉に、笑いと、もう一度拍手が送られる中、九堂は隣の席のブリジットに小声で言うのだ。

「矢っ張りわたし、帰った方が良くない?」

「大丈夫、大丈夫。」

 そう答えるブリジットの隣で、茜が右手を挙げ、それから発言する。

「えー、此方(こちら)の要(カナメ)ちゃん、九堂さんも、来週が、お誕生日なんです。」

 茜の発言に続いて、席の近かった樹里が、九堂に向かって声を掛ける。

「来週の何日?九堂さん。」

「えっ、あっ、はい。二十二日です。」

 慌て気味に答える九堂に向かって、佳奈が素っ頓狂な事を唐突に言い出すのだった。

「九月生まれだから、九堂さん?」

「えっ?…いや、そんな訳(わけ)では…。」

 流石に反応に困る九堂だったが、佳奈の隣に座る瑠菜は、透(す)かさず突っ込みを入れる。

「九堂は名字でしょ。だったら、一族皆(みんな)、九月生まれになっちゃうじゃない。」

「そうか~そうだよね~。」

 瑠菜の言葉に、大きく頷(うなず)き乍(なが)ら、佳奈は笑って納得しているのだ。そんな様子の佳奈に就いて、瑠菜は九堂にフォローとして伝える。

「この子は普段、こんな感じでポンコツっぽいけど、気にしないでね。これでも、何かに集中してる時は凄いんだけどね。」

「ああ、いえ。大丈夫です。」

 上級生に言われて九堂は、恐縮気味に応えた。一方で、佳奈は瑠菜に抗議している。

「え~ポンコツは酷(ひど)いなぁ、瑠菜リン。」

 瑠菜が笑いつつ「ゴメン、ゴメン」と謝っているのを横目に、直美が声を上げる。

「それにしても、誕生日が試験期間中ってのも、何(なん)だか切ないよね。それじゃ、序(つい)でで悪いけど、おめでとー。」

 それに続いて、他のメンバーも口々に「おめでとう」だったり、拍手だったりを送るのだった。

「いいんですか?わたし、部外者なのに。」

 照れ乍(なが)ら、そう問い掛ける九堂に、緒美が語り掛けるのだ。

「いいんじゃない? 九堂さんには、特殊技能で協力して貰ってるんだし。」

 続いて、笑って直美が言うのである。

「あはは、既に秘密を共有する共犯関係なんだから、口止め料にケーキでも食ってけ―。」

「はい、それじゃ。九堂さんのケーキには、蝋燭(ろうそく)、立てておくわね。」

 そう言って、恵がカット済みのケーキが乗せられた皿を、九堂の前に置くのだった。
 そして、佳奈と九堂、それぞれのケーキに立てられた蝋燭(ろうそく)に火が付けられると、一同でバースデーソングを歌い、佳奈と九堂が揃(そろ)って、蝋燭(ろうそく)の火を吹き消すのだ。そうすると、皆(みな)が拍手をし、又、口々に「おめでとう。」と繰り返すのである。
 そんな『お約束』の流れが一巡すると、楽し気(げ)に佳奈が言うのである。

「でも、何だか、毎月、誰かのお誕生日だよね~。」

「あと、やってないのは誰だっけ?来月は、誰も居なかったよね、確か。あ、十一月は樹里だよね。」

 瑠菜に、そう言われて樹里が声を上げる。

「立花先生も十一月ですよね?」

「わたしのは、しなくていいから。もう特段、めでたくもないんだから。」

 苦笑いで、そう言った後で、立花先生は一片(ひとかけ)のケーキを口へと運んだ。その周囲からは「え~。」と、声が上がるが、それには立花先生は取り合わない。
 その一方で、緒美が微笑んで言うのである。

「森村ちゃんは、十二月よね。」

「は~い。十二月で~す。他に十二月の人~居るかしら?」

 恵が右手を挙げつつ、そう言うと、クラウディアが怖ず怖ずと左手を挙げる。そんなクラウディアに、恵が問い掛ける。

「カルテッリエリさんは、何日?わたしは十日だけど。」

「わたしは、二十八日です。」

 そう答えるクラウディアに、隣に座って居る維月が声を掛ける。

「ああ~年末だね~。二十八日だと、クリスマスと一緒にされたりしない?」

「まぁ、時々。」

 そう、苦笑いで答えた、クラウディアである。
 他方、何やら指折り数えている瑠菜が、突然、声を上げる。

「あれ?新島先輩が出て来てない。新島先輩って何月生まれなんです?」

「あ~遂に気が付かれたかぁ。」

 直美は、何故かニヤニヤと笑っているのだった。そこで、恵が言うのである。

「実はね、副部長のお誕生日は、四月だったのよ。」

 すると間を置かず、佳奈が声を上げるのだ。

「じゃ、次は来年じゃないですか。」

「古寺、来年の四月、お祝いして呉れる?」

 敢えて佳奈に直美が尋(たず)ねるので、佳奈は意気込んで「勿論です!」と答えたのだ。それを聞いた瑠菜が、慌てて佳奈に言うのだった。

「何言ってんの、佳奈。来年の四月じゃ、先輩達、卒業しちゃってるでしょ。」

「ああ、本当だ!どうしよう、瑠菜リン。」

 真面目に焦っている佳奈に、樹里が微笑んで声を掛ける。

「まあ、落ち着いて、佳奈ちゃん。どうするかは、あとで相談しましょ。」

「うん、瑠菜リンも、お願いね。」

 佳奈が瑠菜に向かって、そう言うので、瑠菜は頷(うなず)いて「分かってる、分かってる。」と応えるのだ。
 この時点で瑠菜と樹里は、来年の三月に先輩達の送別会と、直美の誕生日祝いとを兼ねて実施する辺りが現実的かなと、漠然と考えていたのだった。
 それを察知していたのかどうかは兎も角、直美は笑って言うのである。

「あはは、それじゃ、楽しみにしてるわ~。」

 そんな折(お)り、部室のドアがノックされるので、ドア側に近かった茜が席を立ち、ドアを開いて来客を確認する。そこには、飛行機部の金子と武東、そして同じく飛行機部の所属であり友人でもある村上が居たのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第14話.04)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-04 ****


「防衛軍(そちら)は任務遂行の邪魔をされたとお怒りの御様子ですが…成り行きとは言え、自身と周囲の友人達、それに学校とその所在する地域、そう言った諸諸(もろもろ)の物を守る為に、彼女は自身を危険に曝(さら)したんですよ。本来なら、民間人を守るのが、防衛軍の任務ではないですか。それなのに当社の、将来の幹部社員とするべく育成中の若者が、過度なリスクを背負って事態に対処せざるを得なかったのです。その上、この様な場に呼び出されて、理不尽な物言いをされる。怒りたいのは、此方(こちら)の方です。」

 その言葉を聞いて、伊沢三佐は、苦々しく反論する。

「ですから、我々は民間の方(かた)の戦闘への参加は望んでいない。余計な事はしないで呉れ、と言っているんです。」

「何ですか、余計な事って!」

 透(す)かさず声を上げたのは、立花先生である。その剣幕に驚いている伊沢三佐を向こうに、立花先生は発言を続ける。

「彼女達が行動した四回は全て、そうしなければ被害が出ていた状況なんですよ。二度目の時、現場には四十人近い防衛軍の方々が居ましたが、その時だって彼女達の行動が無ければ、何人の犠牲が出ていたか。」

 その発言に対して、釈明する様に藤牧一尉が声を発したのである。

「防衛軍所属の者(もの)なら、何時(いつ)だって覚悟は出来ています。」

 立花先生は顔を顰(しか)めて、言葉を返すのだ。

「あの時、現場に居た陸防のお偉い方も、同じ事を仰(おっしゃ)ってましたけど。彼女が心配したのは、防衛軍の方々の、御家族の気持ちです。だからこそ鬼塚さんも、最終的に応戦の指揮を執ったんですよ。鬼塚さんには、防衛軍で殉職した身内が居ますから。」

 防衛軍と防衛省、正面に座って居る四人の表情が曇ったのが解ったが、立花先生は構わず発言を続ける。

「それに、エイリアン・ドローンへの対地攻撃に巻き込まれて友人を失った者(もの)も、兵器開発部のメンバーには居(お)ります。そう言った周辺被害を最小化出来る装備として、HDG の開発には意義と可能性が有るんです。勿論、子細に就いてを秘密にしている都合上、防衛軍の方々が、それをご存じないのは仕方が無い事と理解はします。ですが、情報を伏せているのには、相応の理由が有っての事です。それ位の事は、機密事項を扱う事も有る防衛軍の、増してや司令部の方なら、お解りになるでしょう?」

 一瞬、言葉に詰まった藤牧一尉は悔(くや)し紛(まぎ)れに、最後で精一杯の嫌味を捻(ひね)り出して、そしてそれを口にしたのだ。

「随分と御立派な事を仰(おっしゃ)っている様子ですが、余所(よそ)様から預かっている御子息に危険な事をさせて、何だかんだと正当化されていらっしゃる。その態度は学校とか企業として、如何(いかが)なものですかね。」

 流石に、その物言いには飯田部長もカッとなって、右の掌(てのひら)でテーブルを叩き、声を上げた。

「テスト・ドライバーを務めている子は、天野重工会長のお孫さんですよ、何か文句が有りますか!」

 正面に並ぶ四名が、その剣幕に唖然としているのだが、飯田部長は言葉を続けるのだ。

「会長は、矢面(やおもて)に立っているのが、御自分の孫娘であるから、現状を容認しているんですよ。そうでなかったら、一回目の戦闘が起きた時点で、開発業務を本社に戻してます。もし、そうなっていたら、どうなるとお思いですか? その場合、政府から依頼されている開発作業がスケジュールに乗らなくなりますよ。その影響で、一番最初に皺寄(しわよ)せが行くのは、一線に立っている防衛軍部隊になるの位、想像がお付きになるでしょう? 勿論、未成年者に頼らざるを得ない現状が、大人として情け無い状況なのは百も承知です。が、今は彼女達の能力を活用して、円滑に開発を進めるしかない、そう言う時期なんですよ。下らないプライドや言い掛かりで、此方(こちら)の業務の邪魔をしないで頂きたい。」

 そこで再び、防衛省のお役人が仲裁に入るのだった。

「まあまあ、飯田さん。天野重工さんには、一方(ひとかた)ならぬ御協力を頂いている事をですね、我々も十二分(じゅうにぶん)に理解してますから。 防衛軍部隊の方(ほう)も、現場で身体を張っている事には、後方の我々も敬意を抱いていますが…だが、わたし達事務方や、民間企業さんの協力も無くしては、現場での戦いを維持出来ないのが現代戦ですから。その辺り、忘れないで居て欲しいものですな。」

「それは、勿論。」

 お役人の言葉を受けて、渋い顔で伊沢三佐は応えた。藤牧一尉も姿勢を正して「失礼しました。」と、防衛省に向けてなのか、天野重工に向けてなのか、何方(どちら)とも付かない一言を発したのである。
 それを受けて、防衛省のお役人は飯田部長に向かって言うのだ。

「お互い、開示出来ない情報は有りますから、まぁ、感情が行き違う場面も有りますが。天野重工さんには、今後も変わらず御協力を頂けると、防衛省としても大いに助かります。」

 そう言って向けられる作り笑顔に、飯田部長も表情の緊張を少し緩(ゆる)めて応じるのだ。

「勿論、取り交わした契約は、可能な限り履行するべく努力するのが民間企業の矜持(きょうじ)ですから。そこに個人的な感情が入る余地は御座いませんので、御心配無く。とは言え、契約の条件や状況が変われば、それはその都度(つど)、御相談させてください、と言う事で宜しいですか。」

「ええ、それは、もう。 防衛軍部隊の方(ほう)からは、他に何か有りますか?」

 防衛省のお役人が敢えて、伊沢三佐に水を向けるのだが、「いえ、もう結構。」と言葉少なに答えるのみだった。それ以降、防衛軍の二人は、完全に戦意を喪失してしまった様子である。
 その後は防衛省のお役人が主導して、先日の報告書の読み合わせが形式的に行われたのだが、要所毎(ごと)に「防衛軍部隊の方(ほう)は、宜しいですか?」と問われても、伊沢三佐か藤牧一尉は、徒(ただ)、「了解した。」と応えるのみだった。
 そうして結局、恵は特に発言を求められる事も無い儘(まま)、会合は終了してしまったのである。

 午後二時を過ぎた頃には一行は防衛省を出て、遅めのランチへと蒲田の運転する社有車で、飯田部長ら重役達の馴染みの寿司屋へと向かっていた。

「会長と合流する事になりましたので、大将が特別に店を開けて呉れるそうで。普段なら、午後の仕込みで店を閉めてる時間なんですけどね。」

「そうか、それなら他の客は居ないだろうから、今日の報告も済ませてしまえるな。」

 蒲田と飯田部長が、そんな会話をしているので立花先生が蒲田に尋(たず)ねる。

「会長と合流って事は、プランB発動ですか?」

「そう言う事になりますね。」

 その遣り取りに、後席から恵が問い掛けるのだ。

「何ですか?プランBって。」

 立花先生は後席へと振り向いて、説明をする。

「ほら、帰りのチケット、買ってないでしょ。会長、理事長の予定が合えば、帰りは社用機でって事だったのよ。」

「ああ、それがプランBですか。」

 そう納得して声を返す恵に、飯田部長が話し掛けるのだった。

「食事が済んだら、我々とは、お別れだな。今日はご苦労だったね、森村君。立花君も。」

「いえ、結局、わたしは殆(ほとん)ど、座ってただけでしたけど。」

 微笑んで恵は、飯田部長に応えた。そして、ふと思った事を飯田部長に訊(き)いてみる。

「そう言えば、防衛軍の人達は結局、天神ヶ﨑の生徒を呼んで、何を訊(き)きたかったのでしょうか?」

 そう問い掛けられた飯田部長は苦笑いのあと、答えたのである。

「鬼塚君か天野君が来ていたら、直接、何か言う積もりだったのか。或いは呼び付けておいて放置する、徒(ただ)の嫌がらせだったのか。」

「何方(どちら)にしても、随分(ずいぶん)と大人気(おとなげ)無いですね。」

「全くだ。まぁ、それだけ頭に来ていたんだろうがな。」

「確かに、会議室に入った時から、あの制服のお二人からは、怒りのオーラみたいのが立ち上(のぼ)ってましたからね。飯田部長と立花先生が怒って見せたので、漸(ようや)く正気に戻った感じでしたけど。根っからの真面目な方(かた)達なんでしょう、きっと。」

 恵の人物評を聞いて、飯田部長はニヤリと笑い、応えたのだ。

「あれも善し悪しでね。こっちが怒ると、相手も更に激高(げきこう)する場合も有るから、交渉や会談の場で感情的になるのは、成(な)る可(べ)くなら避けた方がいいんだが。」

「それはそうですけど、相手次第ではありませんか? 少なくとも、今日のお二人には有効だと、そう思われたのでは。」

「まあ、ね。それじゃ森村君、防衛省からの出席者に就いては、どう見たのかな?」

「正面に座って居たお二人は、初めから味方だった様に思います。 まぁ、如何(いか)にもお役人らしい感じの掴(つか)めなさは感じましたけど、わたし達に向けての悪意みたいなのは無かったので、話は通じる相手かと。徒(ただ)…」

 言葉に詰まった、恵の表情が曇る。飯田部長は、言葉の続きを待って尋(たず)ねた。

「徒(ただ)、何(なん)だい?」

 恵は、少し逡巡(しゅんじゅん)して、言葉を選び声を発したのである。

「…あの、和多田さん?でしたか、あの人は…何と言うか、久し振りに、あの手の『ヤバい』人を見ました。天神ヶ﨑に来て以来この二年間、あの手の人種に遭う事が無かったので、感覚的に忘れてましたけど、世の中には、あんな人も居るって事。」

「『ヤバイ』人?和多田さんが。」

 飯田部長に聞き直され、恵は頷(うなず)いて語る。

「はい。自分の利益や目的の為なら、手段を選ばないとか、平気で嘘が吐(つ)けるとか、そう言った類(たぐい)の、誠実さとは対極にある感じの『ヤバさ』ですね。飯田部長は、あの方(かた)とは以前から?」

「ああ、あの人は前の防衛省事務次官で、わたしも防衛省との関わりは長いから、全くの知らない人ではないが…確かに、以前から良くない噂も聞いてはいたが。」

 そこで、助手席から振り向いて、立花先生が問い掛けて来る。

「それって、どんな噂なんですか?部長。」

「ああ、賄賂(わいろ)とか汚職とか、その手の話さ。天野重工(うち)は、その手の話とは縁が無いから、詳しい事例は知らないよ。」

 微笑んで恵が「無いんですか?」と訊(き)いて来るので、飯田部長は笑って答える。

「無いよ。天野重工は会長が社長の頃からの方針で、技術力で勝負して馬鹿正直な商売しかしてないからね。それで、同業他社からは『商売が下手クソだ』とか『儲ける気が無いのか』って、からかわれてる位(ぐらい)だ。」

 再び、立花先生が問い掛ける。

「そう言えば、選挙がどうとか、云われてましたけど。」

「ああ、次の衆院選で、与党から出馬するってのが、ウチの業界じゃ専(もっぱ)らの噂だ。その為に、今、防衛大臣の補佐官とかやってるんだろうから。まぁ、最年少位(くらい)で事務次官にまで出世したエリートで、防衛省には顔が利くから、与党としても利用価値は有るって事なんだろうけどね。」

 その説明を聞いて、恵は心底から嫌そうな表情で言った。

衆院選って。多分、一番、政治家にしちゃいけないタイプの人ですよ、あの人。その、汚職の噂って、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 その懸念に対し、飯田部長は事も無げに答えるのだ。

「さあ、大丈夫だから、未だに捕まってないんじゃないかな。噂自体は何年も前から有るんだから、それが本当だったのなら、疾(と)っくに逮捕とか起訴されてるだろう?」

「なら、いいんですけど。でも、あの方(かた)と関わるのは、部長もお気を付けになってください。恵ちゃんの人を見る目は、確かですから。」

 そう、真面目な顔で飯田部長に忠言する立花先生に、恵が抗議するのだった。

「もう、立花先生まで。緒美ちゃんの言う事、真に受けないでください。」

 そんな恵に、飯田部長が意外な事を言い出すのだ。

「あはは、そうでもないさ、森村君。 実はね、今回キミに出席して貰ったのは、その『目』に就いて、どんな感じなのか、確認させて貰う意図も有ってね。人事部の方から、依頼されていたんだ。」

「どう言う事です?それは。」

 怪訝(けげん)な顔付きで尋(たず)ねる恵に、笑顔で飯田部長は答える。

「その鬼塚君の、キミに対する評価も、勿論、此方(こちら)には伝わって来ては居るんだが、それ以前にね、入試の面接の時点で、森村君の特性に就いては人事部が目を付けていたそうでね。」

「人事部が、ですか?」

 恵は苦笑いで、言葉を返した。飯田部長は、話を続ける。

「森村君がさっき云っていた様にね、天野重工(ほんしゃ)や天神ヶ﨑(がっこう)に『質(たち)の悪い』人物が居ないのは、人事部が採用時に人柄を見極めているからなんだ。問題を起こしそうな人間は、採用しないのに限るからね。だから会社としては、そう言った目の利く人材は、一人でも多く確保したいんだよね。」

「あの、そう言うのは、心理学とかを勉強した方(かた)の方(ほう)が、宜しいんじゃないでしょうか? その辺り、わたしは素人(しろうと)ですよ。」

「それじゃ、キミはさっきみたいな判断を、どうやって付けているんだい?」

「表情や口調、身振りとか仕草とか、そう言った全体の雰囲気から、何と無くそう感じる程度の話です。言ってしまえば、徒(ただ)の『勘(かん)』ですよ。何か体系的な、判断基準が有る訳(わけ)じゃありません。それに…折角、天神ヶ﨑で学んだ技術系の専門教科が、無駄になってしまうじゃないですか?」

「天野重工は技術者が中心の会社だからね、人事部も技術音痴じゃ色々と困るから、技術系の解る人材も必要なんだよ。まぁ、天神ヶ﨑の特課卒業生が人事部に行った事例は、流石に、まだ無いんだけどね。普通課の卒業生なら、一般大経由で人事部に入ったのは何人か居るらしいが。」

 飯田部長の説明を聞いて、恵は愛想笑いで「はあ。」とだけ応えた。

「まあ、今直(います)ぐ、どうこうって話じゃないから。来年になったら、配属先の希望とか聞き取りも有るだろうし、スカウトしたい部署からの面談の要請とかも来るだろうから。その時迄(まで)に、考えておいて呉れたらいいよ。 とは言え、皆(みんな)が皆(みんな)、希望の配属先に行ける訳(わけ)でも無いし、本人の希望と適性が一致するとも限らないからね。その辺りの摺(す)り合わせをするのも、人事部の仕事だ。」

 云われてみれば、去年も一昨年も、当時の三年生の先輩達が、今の時期辺りから卒業後の配属先に就いて話題にしていた事を、恵は思い出していた。一年生の頃から学年毎(ごと)にトップの成績を維持し、兵器開発部でも成果を上げている、緒美の様な生徒ならば早い時期から、そう言った話も来るだろうとは恵も思っていたのだが。まさか自分の様な目立たない生徒に、そんな話が舞い込んで来るとは、恵は想像だにしていなかったのである。
 徒(ただ)、目立っていないと思っているのは、実際は恵本人だけで、天野重工本社から見れば兵器開発部のメンバーだと言うだけで十分(じゅぶん)に注目に値する存在であるし、学校の方では十数人の男子生徒を袖にした件も有り、本人の知らない所で彼女は勇名を馳せていたのである。勿論、学年トップの成績を維持し続けている『鬼塚 緒美』の一番近い友人としても知られていたし、人を寄せ付けない雰囲気である緒美の、唯一と言っていい窓口としても有名だった。因(ちな)みに、もう一人の、緒美の窓口とされていたのが直美ではなく、立花先生なのである。それは兎も角、その様な学校内の有名人であっても、彼女の独特の人当たりの良さも手伝って、恵を嫌う人間は、ほぼ皆無だった。それは、彼女に振られた男子生徒でさえも、そうだったのだ。

「そう言えば、恵ちゃん…。」

 助手席から振り向く様にして、立花先生が恵に声を掛けて来る。

「…緒美ちゃんが、恵ちゃんの事『人を見る目が有る』って言い出したのって、どんな切っ掛けが?」

 それには恵が、困り顔で答えるのだった。

「そんなの、こっちが聞きたいです。緒美ちゃんは中二の頃から、そんな風(ふう)に言う様になってましたけど。何が切っ掛けなのか、少なくとも、わたしには心当たりは有りません。気になるなら、緒美ちゃんに聞いてみてください。」

「あははは、案外、当人はそんなものだろうかな。」

 隣の席で、飯田部長が笑うので、何故か急に恥ずかしくなる恵だった。

「そう、じゃぁ今度、緒美ちゃんに聞いてみるわ。」

 そう、立花先生が言うので、恵は慌てて声を返すのだ。

「いえ、止めてください、先生。何だか恥ずかしいですから。」

 疾走する車内で、そんな遣り取りが有りつつ、一行は天野理事長との合流先の店へと向かったのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第14話.03)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-03 ****


「飯田さん、そもそも学校側からの出席者が、何故、其方(そちら)のお嬢さんなのでしょうか?」

 飯田部長は眉間に皺(しわ)を寄せ、聞き返す。

「と、言われますと?」

「学校側からは、その開発を主導している鬼塚と言う生徒か、戦闘に介入したパイロットの生徒を出席させるのが道理でしょう? 女子生徒を連れて来れば、我々の追及が甘くなるとでも思われましたか?」

「おかしな事を仰(おっしゃ)いますね。ここに同席している森村君は天神ヶ﨑高校の兵器開発部で、HDG の開発を始めた初期からのメンバーですし、しかも発案者である鬼塚君が中学生の頃から、その研究に協力していた人物です。HDG の開発に関して、最も客観的に推移を見て来た人物として、今回の聞き取りには最適だと判断して参加して貰っている。 それとも、女子が参加している事が、お気に召しませんでしたか?」

 少し挑発気味に話す飯田部長に、藤牧一尉が噛み付く。

「何ですか貴方(あなた)、その言い様(よう)は。防衛軍を愚弄(ぐろう)する気ですか!」

「一尉、少し落ち着きなさい。」

 眉を顰(しか)めて桜井一佐が藤牧一尉を諫(いさ)めると、一息吐(つ)いてから桜井一佐は口を開く。

「何か誤解が有る様子ですが、天神ヶ﨑高校の兵器開発部、メンバーは全員、女子生徒ですよ。」

「はあ?」

 伊沢三佐と藤牧一尉が、揃(そろ)って声を上げたのだった。苦笑いしつつ、桜井一佐が言葉を続ける。

「嘘ではありません、わたしは七月下旬の模擬戦の際、現地視察をしてますから。その時に兵器開発部のメンバー全員と会いましたし、その活躍振りも、しかと見て来ました。 それとも、開発作業や戦闘は、女子には出来ないと、そう、お思いでしたか?」

「あ、いや…けして、そうではありませんが。 しかし、報告書には、その様な記載は、何も有りませんでしたので。」

 藤牧一尉が、あたふたと弁明をすると、それに対して飯田部長が補足するのだ。

「状況の報告に性別とかは無関係な事項ですし、しかも個人情報ですから、報告書に一々記載なぞしませんよ。」

「まあまあ、皆さん。ここは一度、頭を冷やしましょう…。」

 そう言って割り込んで来たのは、和多田補佐官である。彼は場を和(なご)まそうと思ったのか、ニヤニヤと笑みを浮かべつつ、言葉を続ける。

「…冷静に考えれば、ですよ、矢張り、未成年者に過度なリスクを負わせると言うのは、如何(いかが)なものか、と思う訳(わけ)ですよ。どうでしょう?飯田さん、ここは一つ、運用試験だけでも、防衛軍の方へ移管されては。」

 この発言を聞いて、飯田部長と桜井一佐は、今回の会合に和多田補佐官が参加して来た理由に見当が付いたのだ。飯田部長は、敢えて微笑んで聞き返す。

「和多田さん、そのご提案は大臣から、でしょうか?」

 飯田部長の知る限り、以前の和多田補佐官と同様に、現防衛大臣も HDG その物には、興味は無かった筈(はず)である。HDG の所謂(いわゆる)『戦果』を見て大臣が考えを変えた、とは飯田部長にも、桜井一佐にも思えなかった。何故なら、HDG が得意とする市街戦でのエイリアン・ドローンの個別撃破と言う特性は、政府防衛政策の大方針とは相容(あいい)れないからだ。防衛政策の基本は、飽くまで『洋上での迎撃』であり、『市街地には侵入させない』である。
 そして和多田補佐官が、飯田部長の問い掛けに答える。

「今の所、そう言う訳(わけ)ではありませんが。然(しか)し乍(なが)ら、今の状況が続いて、今後、もし、人的被害が発生した場合ですよ、それは、天野重工さんもお困りになるでしょう? そうならない為に、ご提案申し上げている訳(わけ)ですよ。」

 要するに、民間の、しかも未成年者が政府が絡む開発計画で犠牲にでもなれば、それこそマスコミには格好の餌食(えじき)である。犠牲にならなくても、その様な事実が発覚するだけでアウトかもしれない。そんな火種は、今の内に消しておこう、と言うのが和多田補佐官の考えである、そう飯田部長は判断したのだ。更に、あわよくば HDG 開発の主導権を、防衛省側が握る事まで考えているのかも知れない。
 正直な事を言えば飯田部長の考えには、その和多田補佐官の意見には賛同出来る側面も有ったのだ。だが、現時点で会社としての方針は、HDG は防衛軍には『売り込まない』、『引き渡さない』である。それは、防衛軍や政府が HDG を、どの様に運用するのかに就いて、天野会長が非常に懐疑的な見方をしていたからであり、その考えも又、飯田部長には理解出来るのだった。
 現状で HDG の開発は、そこから派生し確認された技術を、『R作戦』に投入するデバイス開発に活かす為に行われているのだ。その事は、『R作戦』の存在を知る防衛大臣を初めとする政府の極一部や、桜井一佐、和多田補佐官もが了解している事である。

「そのお気遣いには感謝致しますが、現状で開発スケジュールがギリギリですので。少なくとも、年内一杯は、開発の体制を弄(いじ)る訳(わけ)にはいきませんな。」

 その飯田部長の返答に、鼻で笑う様に和多田補佐官が言うのだった。

「そうですか? 高校生の女の子でも扱える様な物でしたら、防衛軍に移管するのに、大した時間は要しないと思いますが。」

 和多田補佐官の、その発言に真っ先に切れたのは、それ迄(まで)、議事の推移を黙って見守っていた立花先生である。

「どう言った意味でしょうか?それは。」

 そう、語気を強めて言うと、立花先生は和多田補佐官を睨(にら)み付けている。その気迫に押され、和多田補佐官は少し上擦(うわず)った声で、言葉を返したのだ。

「どう?と云われましても、言った儘(まま)の意味ですが…。」

「貴方(あなた)が、どの様な高校生を基準に、お話になっているのかは存じませんけど。HDG のテスト・ドライバーを担当している生徒は、一年生であり乍(なが)ら、複雑で膨大な HDG の仕様を発案者の鬼塚さんと同等に理解し、その上で運用試験を熟(こな)して改善の提案の行い、更に、HDG を運用するビジョンを発案者とほぼ完璧に共有出来ていると言う、奇跡の様な存在なんです。 四度の戦闘で、襲撃して来るエイリアン・ドローンを全て撃破して、無事に生還出来たのも彼女だからこそ、ですよ。停滞気味だった HDG の開発スケジュールが進展する様になったのも、彼女の能力に負う所が多いのです。」

 立花先生に続いて、桜井一佐も和多田補佐官に苦言を呈するのだ。

「和多田さんはご存じないのかも知れませんが、天野重工さんが運営する天神ヶ﨑高校と云うのは、国内の高校の中でも超難関校で有名ですよ。そこの生徒さんであるだけでも、その能力や素養は、一般的に考えられるのとはレベルが違いますからね。 それから、『女の子でも』って仰(おっしゃ)り方、女性差別的に聞こえますので、次の選挙に出馬されるお積もりでしたら、お気を付けになった方が宜しいかと思いますよ。」

「何ですか選挙って、藪(やぶ)から棒に。桜井一佐、そんな根も葉も無い噂が、出回ってるんですか?」

 苦笑いしつつ、そう言葉を返した和多田補佐官に、桜井一佐は微笑んで応じる。

「さあ。わたしの所にまで聞こえて来る様な噂に、どの様な根や葉が有るのか、或いは無いのかは存じませんけど。まぁ、関係の無いお話は、この位にしておきましょう、和多田さん。」

「そう願います。」

 和多田補佐官は身体を少し引いて、一つ、咳払(せきばら)いをした。それに続いて、飯田部長が発言する。

「では、話を戻しますが。先程、ウチの立花が申し上げた通り、現状で HDG が発揮している性能は、テスト・ドライバー個人の能力に負う部分が非常に大きい。そう言った意味で、装備としての完成度は、防衛軍に引き渡せるレベルには達しておりませんので、その点はご了解、願いたい。」

「解りました。わたしの方からは、これ以上は申し上げません。」

 割とあっさり、和多田補佐官が引き下がると、今度は伊沢三佐が割って入って来るのだ。

「いやいやいや、ちょっと待ってください、和多田さん。そんな、簡単に引いてしまって良いのですか?」

 そうは言われても、HDG の開発に遅延が出て、その結果として、肝心の『R計画』用のデバイス開発に遅れが出ては困るのは、和多田補佐官も同様なのだ。だから彼は、ここで天野重工側の意向に逆らうのは、得策ではないと判断したのである。勿論、そんな都合は、防衛軍の統合作戦司令部側が知る所では無い。
 そんな和多田補佐官の内心の葛藤を余所(よそ)に、引き続いて藤牧一尉が発言する。

「民間が、その様なの武力を装備、行使すると言うのは、流石に、法的に問題が有るのではないですか?」

 その問い掛けに、飯田部長が答える。

「エイリアン・ドローンには人が乗っている訳でも、アレがどこかの国家の財産でもない。言ってみれば、庭先に迷い込んで来た蠅を叩き落としている、その程度の事です。どこが違法になりますか?」

 その詭弁(きべん)の様な理屈に、伊沢三佐が声を上げる。

「だから、装備している事自体が問題なのでは?」

「装備、と言われると語弊(ごへい)が有りますな。所有しているのです。政府や防衛省の許可を得て、研究、開発をする過程で所有してしまうのは仕方が無い事ですし、今回の事案にしても緊急回避的、自己防衛の為の止むを得ない使用ですので、その点はご理解を頂きたい。」

 飯田部長に釈明に、藤牧一尉が食い下がる。

「そうは言われるが、少なくとも今回の件では、該当空域へ我々の迎撃機が向かっていました。民間の方(かた)が、戦闘に参加される必要は無かった筈(はず)だ。」

 その藤牧一尉の追求には、立花先生が説明を試みる。

「報告書にも記載が有りますが、迎撃機が戦闘空域へ到達する迄(まで)に、五分の時間差が有ると、当方で指揮を執っていた鬼塚は判断したのです。当時、わたしは随伴機に搭乗しておりましたので、鬼塚からの通信は全て聞いていましたから、間違いはありません。」

「その判断が、妥当かどうか、なのだがね。」

 立花先生の説明に対して、伊沢三佐が嫌味たっぷりの言い方をするので、今度は飯田部長が言葉を返す。

「それは、事後の分析でどうなのかは、私共(わたくしども)は軍事の専門家ではありませんので何とも言えませんが。唯(ただ)、あの時点で取得出来る情報からは、鬼塚君の判断は仕方が無かったものと、我々は考えております。」

 伊沢三佐が苦笑いして視線を上に向ける一方で、今度は藤牧一尉が詰め寄る様に問い掛ける。

「その、五分が待てなかった、と?」

 立花先生は微笑み、余裕の表情で答えた。

「はい。五分有れば、低速の随伴機はエイリアン・ドローンに捕捉されていた可能性が高いですし、戦闘空域も山岳部上空から市街地上空へと接近し、防衛軍の迎撃による周辺被害が、より発生し易くなるのは明らかでしたから。」

「貴方(あなた)方は、統合作戦司令部の作戦指揮を批判されるお積もりか?」

 そう、悔し気(げ)に藤牧一尉が言うと、飯田部長が眉間に皺(しわ)を寄せ、睨(にら)む様な視線を向けて言葉を返す。

「その様な積もりは御座いませんが、本州上空に侵入された時点で、作戦の、少なくとも一部が失敗していた事は明白じゃありませんか。好(い)い加減、お認めになっては如何(いかが)ですか?」

「何ですと!?」

 声を荒(あら)らげて立ち上がる藤牧一尉を、伊沢三佐が一声で制止し、藤牧一尉は椅子に座り直した。
 そして、伊沢三佐が口を開く。

「御社は、防衛軍が信頼出来ないと仰(おっしゃ)る?飯田さん。」

「その様な事は申し上げていないでしょう? 人のやる事ですから、不手際や失敗は有るでしょう。それを前向きに認めて、一つずつ改善していく他、無いじゃないですか。」

 飯田部長の言葉を聞いて、一度、溜息を吐(つ)き、伊沢三佐は言うのだ。

「民間の方(かた)は、そう言う考えで宜しいのでしょうが。我々は国民の生命と財産を守る、そう言った職責を担っておりますので、間違いや失敗など許されないのですよ。」

「その心構えはご立派だと存じますが、だからと言って、現実に有る失敗を無かった事にしていいと言う話じゃないでしょう。」

 すると、伊沢三佐は薄ら笑いを浮かべて、言った。

「どうやら御社は、防衛軍の立場という物を、ご理解頂けていない様子だ。そう言った企業さんとは、今後お付き合いを続けるのは難しいですなぁ。」

「ほう。と、仰(おっしゃ)いますと?」

「装備品の取得先は、御社だけではありません、と、そう言う事ですよ。」

 何時(いつ)の時代になっても、この様に『客の方が偉い』と勘違いする人間は後を絶たないのである。しかし流石に、この伊沢三佐の発言には、防衛省の二人が透(す)かさず苦言を呈するのだ。

「三佐、装備品の選定は貴方(あなた)の権限の範疇(はんちゅう)ではないでしょう?」

「勢いで、不穏な発言をしないで頂きたい。」

 一方で飯田部長は、あからさまに大きな溜息を吐(つ)き、言葉を返すのだ。

「そうですか?でしたら、弊社からの供給を明日からでも、全てストップしても構いませんよ。」

 陸上防衛軍の主力戦車や、航空防衛軍の装備する主力戦闘機は、天野重工が主契約の企業である。それらの生産のみに留まらず、機体の定期点検整備や改良開発、定期交換に必要な消耗部品の供給から、果ては、この時代の主燃料である水素の供給すら、その五割から六割を天野重工が担っているである。だから防衛省のお役人は、例え冗談でも飯田部長の発言に青ざめるのだったが、防衛軍の二人は、それはハッタリに過ぎないと高を括(くく)っていた。

「そんな事、出来る物なら…」

 伊沢三佐の言葉に被せる様に、飯田部長は発言する。

「出来ないとお思いで? 誤解されている方(かた)が多い様ですが、防衛装備事業による利益なぞ、弊社の全利益の、ほんの一部です。弊社の活動が国防に資する物でないと仰(おっしゃ)るなら、我々は何時(いつ)でも手を引きますよ。」

 続いて藤牧一尉が虚勢を張って飯田部長の言を否定するが、それを最後まで言わせない様に飯田部長は応えるのだ。

「そんな事、貴方(あなた)の一存で…。」

「出来ますよ。わたしは防衛装備事業に関する、最終決定権を持つ役員の一人ですので。」

 それは勿論、半分はハッタリなのである。しかし、それをそうとは思わせない迫力が、飯田部長の表情には有った。
 実際、飯田部長の意見なら、社長を始め他の重役達も、天野会長でさえも聞く耳を持つのだから、彼がその気になれば、それが実行される可能性はゼロではなかったのである。
 そんな天野重工社内での、飯田部長の影響力を理解などしていない伊沢三佐は、負けじと対抗する。

「飯田さん、貴方(あなた)、防衛軍の足元を見るお積もりですか?」

「先に足元を見たのは、其方(そちら)じゃないですか。」

 流石に、ここで防衛省のお役人が仲裁に入るのである。

「まあまあ、飯田さん、もう、その辺りで。三佐も、言葉が過ぎましたな。」

 その言葉を聞いて、伊沢三佐は勢い良く鼻から息を吐(は)き、乗り出す様に身構えていた上体を後ろへと引いた。
 一方で飯田部長は、座り直す様にして姿勢を正し、そして言ったのである。

「天野重工は、防衛軍とはイコールパートナーとして、国防のお役に立ちたいと、御協力させて頂いているのです。その辺り、お忘れなきよう、お願い致します。」

 矛(ほこ)を収める意向での飯田部長の発言だったが、それには防衛軍の二人は応えず、未(いま)だ、何かを言いた気(げ)な表情である。それを察して飯田部長は、更に言葉を続けたのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第14話.02)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-02 ****


 その声の主は、防衛大臣補佐官の和多田である。その横には桜井一佐の姿も在り、会議室のドアの前で立ち止まっている和多田とは違って、桜井一佐は飯田部長の方へと歩いて来ていた。
 そして、先刻の、声の主の姿を認めた有賀は「げっ、和多田…。」と小さく呟(つぶや)くと、慌てる様に床面に積んであったファイルの山を抱え上げ、そして立花先生に訊(き)くのだった。

「今度、又、連絡するから。アドレス、変わってる?」

「いいえ。」

「良かった、それじゃ。」

 有賀が何故か逃げる様に、天野重工の一行が歩いて来た方向へと向かうと、ほぼ同じタイミングで三つ先のドアが開き、中から出て来た彼の同僚らしき女性が、有賀の姿に気付いて声を掛けるのである。

「有賀センパーイ、手伝いましょうかー。」

「あー、すまん。頼む。」

 有賀が応えると、その女性職員は小走りで彼に近寄り、積み上げられたファイルの半分程を引き取って、彼女が出て来た会議室へと、二人共が入って行ったのである。
 そんな一連の流れを、立花先生は何と無く、視線で追い掛けていた。
 恵は耳打ちする様に顔を近付けると、立花先生に小さな声で尋(たず)ねる。

「ひょっとして、以前(まえ)に言ってた『元彼』さん、ですか?先生。」

 立花先生は何も答えず、唯(ただ)、苦笑いを返す。恵は、耳打を続けた。

「法律云云(うんぬん)って言ってましたけど、何か怪しいですね。」

「どうして?」

 立花先生は不審に思って小声で聞き返すと、顔を近付けた儘(まま)で、恵も小声で答える。

「さっきのファイル、わたしが見たページは、予算とか帳簿みたいでした。数字ばっかりで、迚(とて)も法律の条文の様には見えませんでしたけど。」

「どう言う事かしら?」

 恵は「さあ。」とだけ答えて、頭を小さく横に振って見せたのである。
 その一方で、飯田部長に近寄って来た桜井一佐が、問い掛けるのだ。

「何か有りまして?」

「いや、ちょっと、知り合いに会ったものでね。」

 ニヤリと笑って飯田部長が答えると、それに立花先生が続くのだった。

「すみません、わたしの大学時代の知り合いです。」

 立花先生は、軽く頭を下げて見せた。桜井一佐は然(さ)して気にする風(ふう)でも無く「あら、そう。」とだけ応じるのだが、そんな桜井一佐に飯田部長が声のトーンを下げて尋(たず)ねるのだ。

「和多田さん、いらっしゃるとは聞いていませんでしたが?」

 桜井一佐は苦笑いして、答える。

「ええ。今日になって、急に参加すると仰(おっしゃ)って。 何を言い出すか解りません、お互い、注意致しましょう。」

「承知しました。 では、参りましょうか。」

 飯田部長と桜井一佐は、ドアの前で和多田が待ち構える会議室へと向かって、並んで歩き出す。その後ろを担当秘書の蒲田、そして立花先生と恵の三人が付いて行く形である。そこ迄(まで)、天野重工の一行を案内していた桜井一佐の部下は、控え室となっている会議室の隣室へと、先に入って行った。
 廊下を進んでいる間、恵が小さな声で隣を歩く立花先生にポツリと言ったのである。

「何(なん)だか、あのお二人が『黒幕』って感じですよね。」

 それを聞いて、立花先生はくすりと笑い、恵と立花先生の前を歩いていた蒲田が「ぷっ。」と吹き出すのだった。すると、飯田部長は前を向いた儘(まま)、「蒲田君。」とだけ言うのだ。

「すみません、部長。」

 慌てて言葉を返す蒲田の様子を見て、又、恵と立花先生はクスクスと笑ったのである。

 そうして天野重工の一行が会議室に入ると、中には既に四名の男性がテーブルの一方側、入り口から見て右手側に着いていた。部屋の奥側から航空防衛軍の制服を着用した男性が二人に、防衛省の役人でスーツ姿の男性が二人である。和多田補佐官は、これは敢えてであろうが、一番下手の席に着いたのだった。防衛省のお役人二人が、和多田補佐官に席順を譲ろうとした一幕も有ったが、和多田補佐官は「わたしはオブザーバー的な立場だから。」と断ったのだ。
 飯田部長には防衛省の二人とは面識が有り、この会合の参加者で飯田部長と面識の無いのは防衛軍の二人だけである。実際、防衛省の二人は天野重工と防衛軍の意見が対立した際の仲裁役として、桜井一佐が手配した人物なのである。この会合の場は、作戦行動を邪魔されたと怒っている、防衛軍統合作戦司令部側のガス抜きの為に桜井一佐が用意したと思って良い。
 だからこそ、そこに何故、防衛大臣補佐官の和多田が急に参加して来たのか、それが桜井一佐と飯田部長には解(げ)せなかったのだ。
 『コ』の字型に並べられたテーブルの一番奥に、議長役として桜井一佐が席に着くと、防衛軍と防衛省各人の向かい側の席を指定されて、天野重工側メンバーは着席したのだった。

「では、定刻になりましたので、始めたいと思います。」

 そう桜井一佐が切り出すと、隣の控え室から入場の案内をしていた桜井一佐の部下が入室して来て、彼女の斜め後ろに用意されていた席に着いた。彼が防衛軍側の、記録係である。
 続いて会合の参加者が桜井一佐から紹介され、防衛軍側の出席者が統合作戦司令部に出向している航空防衛軍の伊沢三佐と藤牧一尉であると判明する。この時点で飯田部長は、この会合は八割方無難に終わるものと予想した。但し、防衛大臣補佐官・和多田の存在が不確定要素であるのは、前述の通りだ。
 防衛省のお役人二人も心得たもので、防衛軍側の出席者二人に『出来レース』だと思われないように、飯田部長とは特に面識の有る風(ふう)には振る舞わなかった。だから勿論、飯田部長も彼等に対して、敢えて馴れ馴れしく声を掛けなかったのだ。

 ここで、防衛軍統合作戦司令部に就いて説明しておこう。
 その役割は名称の通りで、陸海空、三つの防衛軍部隊を統合して作戦の指揮を行う組織である。海上防衛軍所属のイージス艦と航空防衛軍所属の迎撃機が連携して領空への侵入機に対処を実施したり、陸上防衛軍所属の地上配備迎撃ミサイルと航空防衛軍所属の戦闘機部隊が連携する、等の様に、本来は所属や指揮系統の異なる複数の部隊を連携させて円滑に運用を行うのが、その役割である。
 陸海空の各防衛軍から指揮官級の人員が派遣されて統合作戦司令部が構成されており、基本的には各部隊の司令部に対して指揮を行うのであるが、場合によっては統合作戦指揮管制官が直接、実働部隊に指揮を行う権限も有しているのだ。

 天野重工側は会議室の奥側から、飯田部長、立花先生、恵の順で席に着き、秘書の蒲田は議事には参加しないので飯田部長の後方に席を置いて、そこに座って居る。彼は桜井一佐の部下と同じ様に、天野重工側の記録係を務めているのだ。
 そして飯田部長は、蒲田の紹介をする際に、付言したのである。

「書面の議事録の代わりに、議事の音声を録音させて頂きますので、宜しくお願いします。」

 すると、桜井一佐の方も、直ぐに応じて言うのだ。

「此方(こちら)側でも録音はさせて頂きますので、議事の終了後に録音のコピーを交換致しましょう。」

「承知しました。では、ここから録音を。蒲田君、頼む。」

 飯田部長は桜井一佐の提案に頷(うなず)いて了承し、それから振り向いて蒲田に、録音開始の指示を出した。
 録音の複製交換は、録音した音声を事後に編集や改竄(かいざん)して、一方に都合の良い証拠としないようにする為の措置である。
 公式の会合での議事の録音それ自体は、今時(いまどき)、珍しい事ではなかったが、今回は特に、未成年者が議事に参加している事もあって、防衛軍側の出席者が怒りに任せて暴言を吐かないよう、彼等を牽制する意味で飯田部長と桜井一佐との間で、予(あらかじ)め申し合わせていたのだ。案(あん)の定(じょう)、航空防衛軍の二人は、互いの顔を見合わせて不服そうな顔色だったのだが、階級的に上官である桜井一佐が了解している手前、抗議はしなかった。

「では、議事を進行したいと思いますが。天野重工側から提出されている報告書、これを、ご出席の皆さんは既にお読みになっているものとして、開始します。」

「それでは、宜しいですか?」

 開始早々に右手を挙げ、伊沢三佐が発言を求めると、「どうぞ。」と桜井一佐が許可する。伊沢三佐は一呼吸して、発言する。

「その報告書には、件(くだん)の HDG なる開発機の型式や仕様等、何も記載が無いのですが?」

 続いて、藤牧一尉が発言する。

「エイリアン・ドローンを撃破した、と記載されているのみで、どの様な装備で、それを実行したのか。是非とも、お聞きしたい。」

 相次ぐ質問に、飯田部長が咳払(せきばら)いを一つして、答える。

「HDG に就いての詳細は、開発中の案件ですので、申し訳無いが社外秘となっております。ですので、お答えする訳(わけ)には参りません。」

「そんな巫山戯(ふざけ)た話が有るものか。聞けば、防衛軍のデータ・リンクに参加して、戦術情報を共有していたそうじゃないですか。それで、其方(そちら)の諸元を明かさないなんて、それでは此方(こちら)は満足に指揮管制も出来ない。」

 そう反論する藤牧一尉に、飯田部長が釈明する。

「いや、そもそも HDG は現時点で、防衛軍の作戦行動に参加する段階(ステージ)ではありません。データ・リンクに参加していたのは、通信器材の能力確認の為であり、戦術情報を取得していたのは、いざと言う時の自衛策を講じる為の措置です。」

「自衛策とは? 応戦する事ですか?」

 嫌味気(げ)に、そう聞き返して来る伊沢三佐に、飯田部長は苦笑いを浮かべつつ答える。

「応戦も選択肢に含みはしますが、第一義的には退避する為です。」

 飯田部長に続いて、桜井一佐が発言する。

「データ・リンクに関しては、わたしが所管する責任で許可を与えています。これは、以前に三度、HDG はエイリアン・ドローンの襲撃に、既に巻き込まれていますから。その対応として、と言う事です。」

「ちょっと待ってください、一佐。三度ですか?これ迄(まで)、三度も作戦に介入を?」

 藤牧一尉が、少し上擦(うわず)った様な声で聞き返す一方で、伊沢三佐は両手で頭を抱えていた。どうやらこの二人、と言うよりは、統合作戦司令部には、これ迄(まで)の HDG の件は何も伝わっていなかった様子である。
 顔を上げた伊沢三佐が、絞り出す様な声で飯田部長に問い掛ける。

「では飯田さん、その三度も併せて状況を、お伺(うかが)いしたい。宜しいか?」

「当方は構いませんが。」

 飯田部長は目配せで発言の許可を求めると、桜井一佐は頷(うなず)いて見せるのだった。そして飯田部長は説明を始めるのだ。

「では。先(ま)ず、最初の一度目は、今年の七月初旬。当社が運営する天神ヶ崎高校の所在地近傍に、防衛軍のレーダー基地(サイト)が在りますが、そこを目標として六機のエイリアン・ドローンが接近して来ました。その内二機は、レーダー基地(サイト)に配備されていた対空ミサイルで撃墜。残り四機を、HDG が迎撃し処理しました。」

「七月、と言うと、奴らの降下ルートが『大陸ルート』に変わった時か。 あ、続けて呉れ、飯田さん。」

 一度、口を挟(はさ)んだ伊沢三佐だったが、直ぐに飯田部長に発言の続行を促(うなが)した。飯田部長は小さく頷(うなず)いて、発言を再開する。

「二度目は、同じく七月の下旬、これは陸上防衛軍との模擬戦の最中に、エイリアン・ドローン三機の襲撃を受け、これを撃破。三度目が八月の上旬、天神ヶ﨑高校での試運転中にエイリアン・ドローン六機の襲撃を受け、これも全機撃破、と言った具合ですね。」

 飯田部長が発言を終えると、間を置かず藤牧一尉が口を開く。

「と言う事は、四、三、六と、今回のが四機だから、合計で十七機も撃破を? 本省はこの件を?」

 藤牧一尉に問い掛けられると、お役人の二人は揃(そろ)って頷(うなず)き、左手側の一人が答えた。

「当然、連絡は受けておりますし、把握はしておりますよ。撃破したエイリアン・ドローンの残骸の回収も、防衛軍部隊が行っておりますし。」

 そこで、和多田が発言を始めるのだった。

「斯様(かよう)に、度度(たびたび)民間の、しかも未成年者を矢面(やおもて)に立たる様な状況になって、それに就いては大臣も憂慮しているんですよ。それで、天野重工さんのお考えも、良く聞き取ってくるようにと、わたしが今回、参上した次第でして。」

 今度は、伊沢三佐が声を上げる。

「そうそう、そもそもが、だ。どうして、そんな強力な装備の開発を高校で、しかも未成年者が行う様な事態になっているのか。その辺り、納得の行く説明お聞かせ願いたい。」

 顔色一つ変えず、冷静に飯田部長は答える。

「それは、HDG のシステムを考案した者(もの)が、天神ヶ崎高校に在籍する生徒だったから、ですよ。極めて単純な話です。 勿論、我々としても生徒達に実戦までを強要する積もりは、毛頭有りはしません。ですから、防衛大臣防衛省には、予(かね)てより学校立地地域の警戒や、有事に際して迅速な対応をお願いしておりますが、今の所、対応頂いておりませんよね?」

 その発言には、防衛省の上司らしき右手側のお役人が、少し慌てる様に弁明するのだった。

「いやいやいやいや、飯田さん。その件は我々の方でも対応したいのは山々なんですが、部隊の割り振りだとか、日常的な警戒をするにしても、色々と段取りがですね…。」

「ええ、其方(そちら)にも調整に時間が掛かるとか、御都合が有るのは、当方としても十分(じゅうぶん)理解はしておりますよ。しかし、現実問題として襲撃を受けた際に、それを撃退する能力が有る以上、自衛の為に能力(それ)を行使せざるを得ないのは、其方(そちら)にも理解して頂きたい。 重ねて申し上げますが、我々も我が社の将来を担う優秀な生徒達に、命に関わる様な危険な対応をさせるのは、全く本意ではないのです。」

「でしたら。その様な開発は、即刻お止めになったらどうか!」

 痺(しび)れを切らした様に、伊沢三佐が少し大きな声を上げたのである。それに続いて、藤牧一尉が発言する。

「HDG の開発案件、防衛軍の発注に拠るものではないのでしょう? 詳しい経緯は存じ上げませんが、営利目的で活動されている民間企業の我が儘(まま)に付き合っていられる程、防衛軍は暇ではないのです。」

 その発言を受けて声を発したのが、桜井一佐である。

「開発の中断など、有り得ません。必要が有って、政府・防衛省が天野重工さんに開発を依頼している案件です。しかも、公式には予算化もされていない中で、現状で開発費は天野重工さんの負担ですから、我が儘(まま)を言っているのは、我々の方だと認識してください。」

 強い口調で桜井一佐に言われ、伊沢三佐と藤牧一尉は驚いて互いの顔を見合わせ、防衛省お役人の二人は揃(そろ)って大きな溜息を吐(つ)いたのである。この場で『R作戦』に就いて知っているのは、和多田補佐官と桜井一佐、そして飯田部長の三人だけなのだから、彼等が困惑するのも無理からぬ事だったのだ。伊沢三佐は食い下がる様に、桜井一佐に問い掛ける。

「であるなら、せめて、どの様な必要が有っての開発なのか、お教え頂きたい。」

「機密になっているのは、それだけ重要な事項だからです。防衛軍に所属していて、それがお解りにならない筈(はず)はないでしょう?三佐。それこそ、訊(き)くだけ野暮というものですよ。」

 静かな、しかし強い調子で切り返す桜井一佐に、今度は藤牧一尉が訴える。

「しかし、ですね一佐。云われる様に重要な機密であるなら尚更、それに関係する案件を、民間の、しかも未成年者に任せていて良いのですか?」

「民間だの、未成年者だの、仰(おっしゃ)いますけど。それなら貴方(あなた)が、彼女達の代わりを務められるとでも、お思いですか?一尉。それが出来るのなら、天野重工さんだって学生さん達に任せたりは、してはいませんよ?」

 藤牧一尉が二の句が継げずにいると、恵が右手を挙げて発言の許可を求め、それに桜井一佐は「どうぞ。」と応じた。そして、恵が発言する。

「あの、今、云われている様な『機密』に関する事に就いては、わたし達は一切関知しておりませんので、それは、明言しておきます。わたし達は、エイリアン・ドローンに対向出来る装備、その開発をしているだけなんです。」

 恵の発言を聞き終えて、伊沢三佐は一呼吸置いて、飯田部長に話し掛けるのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第14話.01)

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ

**** 14-01 ****


 先(ま)ずは前回の後日談から、お話を始めよう。
 先日の、天神ヶ崎高校の兵器開発部がエイリアン・ドローンを撃退した一件は、矢張り簡単には収(おさ)まらず、天野重工は防衛軍との会合を持つ運びとなったのである。防衛軍側は直接に状況の説明を受けたいと、会合への天神ヶ崎高校兵器開発部からの出席を求め、それならばと天野重工側は会合の開催を日曜日に指定したのだった。それは勿論、その会合に出席させる為に平日の授業を欠席させない為の学校側への配慮であり、同時に『お役所』への嫌がらせなのである。防衛軍や防衛省が、お役所であるが故に休日の会合開催を嫌がって、兵器開発部メンバーの出席を開催条件から外して来る事を淡く期待したのであるが、流石にそれは叶わなかった。
 そこで、天神ヶ﨑高校では9月20日から前期期末試験が実施されるのを理由に、防衛軍側より打診の有った9月9日・金曜日の時点で『会合の開催に就いては一週間後を目安』としていたのを、「生徒を出席させるのなら、早い方が良い。」との理屈を『ごり押し』して、会合の開催は結局、9月11日・日曜日と決定したのである。
 この日程交渉に関しては、天野重工の飯田部長が防衛軍の桜井一佐に手回しを依頼したのだが、防衛軍側で『R作戦』を所管する桜井一佐と天野重工とは、事案発生当日深夜に提出した報告書以上の情報を表に出す気が無い事で意見が一致しており、事情を知らない防衛軍部隊側に会合に向けて余計な準備をさせないのが、この日程を強行した目的だったのだ。

 そんな訳(わけ)で、2072年9月11日・日曜日。当日の午前十一時過ぎ、天野重工本社のエントランスホールに到着して居たのが、会合への出席を指名された三年生の会計担当である恵と、立花先生の二人だった。午前中に本社へ到着していなければならないとの都合で、立花先生と恵の二人は前日の夜に学校を出立(しゅったつ)して大阪で一泊し、中央リニアから在来線を乗り継いで本社へと辿り着いたのである。
 その日は日曜日ではあるが、本社は閉鎖されてはいない。開発や設計等、技術部門では締め切りの有る業務であれば休日出勤も珍しくはないからだ。勿論、休日出勤をすれば、その分は代休を取らなければならない規定なのだが、それは兎も角、土日でも、それなりに人の出入りは有るので、正面玄関(エントランス)が閉鎖される事は、一年を通じて基本的に無いのだ。休日は寧(むし)ろ、平日に社員が出入りする通用口の方が閉鎖され、休日出勤の社員も正面玄関(エントランス)からの出入りを余儀なくされるのだが、それは休日時の社屋への人の出入りを一元管理する為の、警備上の都合に拠るのである。
 因(ちな)みに、この日は再起動した Ruby の検査作業の最終日で、夕方からは Ruby をスリープ処理にした上で、試作工場への移送の為、配線の取り外しや梱包等の作業が予定されていた。それに関連する部署の人員、例えば維月の姉である井上主任や、そのアシスタントである安藤達が出社して来ていたのだが、勿論、そんな事は立花先生や恵の知る所ではない。
 エントランスホールには、天野重工の製品サンプルや、取扱品目の模型等が来客用に幾つも展示されており、静かな BGM が流されている。平日なら企業の PR 映像が繰り返し映し出されているであろう複数の大型ディスプレイは、休日なので電源が切られていた。その所為(せい)で、平日と違って人気(ひとけ)の無いエントランスホールが余計に閑散としている様に立花先生には感じられたのだが、それは彼女に取っては何も珍しい事ではなかったし、又、そんな休日出勤の雰囲気を彼女は嫌いではなかったのである。
 スーツ姿の立花先生と天神ヶ崎高校の制服を着た恵は、正面奥側の受付カウンターへと進む。休日なので警備保障会社から派遣されている警備員が一人、受付カウンターに着いている。平日であれば、そこでは男女の社員が二人一組で受付業務をしている筈(はず)である。
 立花先生は受付カウンターの警備員に社員証を見せ、「ご苦労様。」と声を掛けた。
 すると警備員は提示された社員証を確認して、「ご苦労様です。」と声を返した。実は、来社した二人が正面玄関(エントランス)を潜(くぐ)った時点で、立花先生の社員証は本社側のセンサーと通信を行って社員証の照合が実行されており、二人の訪問が予定に有るのかは、受付カウンター下に設置されている端末に、予定の照合結果が表示されているのだ。もしも、予定の登録が無ければ、警備員は二人に来社の目的を訊(き)いたり、警備室の同僚や会社側の管理責任者に連絡を入れたりする所であるが、二人の訪問は予定のリストに登録が有ったので、警備員はそれ以上、二人に声を掛ける事は無かった。
 その一方で立花先生は、受付に設置されている内線電話で到着の連絡を済ませると、恵と共に手近なロビーチェアへと移動し、腰を下ろしたのである。

「そう言えば。 本社に来てみて、感想は如何(いかが)かしら、恵ちゃん。」

「はい、そうですね。思ってたよりも静かなのは、多分、日曜日だから、ですよね?」

「平日はもっと、活気が有るんだけどね。まぁ、来年から毎日、通う事になるでしょうから、平日の様子に就いては楽しみにしてるといいわ。」

「必ず本社勤務、とも限らないんじゃないですか?」

「天神ヶ崎の卒業生は、基本的に本社勤務でしょ? まぁ、工場や支社への配属を希望してたりすれば別かも、だけど。それでも、最初の何ヶ月かは、本社で研修するんじゃなかったっけ。」

「へぇ~。」

 そんな会話を二人がしていると、エントランスホール奥に設置されているエレベーターの扉が開き、飯田部長が姿を現したのである。
 それに気付いた恵と立花先生は、ほぼ同時に立ち上がり、真っ先に恵が、深々とではないが頭を下げ、静かに言ったのだ。

「飯田部長、この度(たび)はご迷惑をお掛け致しました。」

 その恵の行動には少し面食らった様子の立花先生だったが、恵の前に立った飯田部長は、和(にこ)やかに言葉を返した。

「ああ、頭を下げる必要は無いよ、森村君。今回の件では、誰も怒ってはいないから。 寧(むし)ろ、又、君達を戦闘に巻き込む事になってしまって、謝らなければいけないのは、此方(こちら)の方だ。」

「そう云って頂けると、助かります。」

 恵は顔を上げ、微笑んで応えたのだ。隣でその様子を見ていた立花先生は、安堵(あんど)して小さく息を吐(は)いたのだった。

 その後、一同は飯田部長の担当秘書である蒲田が運転する社有車に乗り込み、会合の開催場所である防衛省へと向かったのである。
 その移動中の車内では、後部座席には飯田部長と恵が座り、立花先生は助手席に着いていた。そして、出発して暫(しばら)くの後、恵は隣に座って居る飯田部長に尋(たず)ねたのだ。

「飯田部長、今日の会合、どうして、わたしが指名されたのでしょうか?」

「気になるかね?」

「はい。普通なら緒美ちゃ…鬼塚部長が呼ばれる所ではないかと。」

 飯田部長は一度頷(うなず)いて、それから口を開く。

「そうだね。しかし、鬼塚君は色々と知り過ぎてるからね。今回は、余り HDG に関する情報を出したくはないんだ。そうすると、キミがちょうどいいかな、と思ってね。副部長の新島君は、こう言った会議の類(たぐい)は苦手そうだし。」

「成る程。では、技術的な事や仕様に関する内容は、余り喋(しゃべ)らない方が?」

「まあ、余り気負わなくても大丈夫だよ。基本的に受け答えは、わたし達がやるから。キミらを責めて、吊し上げようって会合じゃないから、気楽に聞いてて呉れたらいい。こう言うのは、一種の儀式(セレモニー)だからね。」

「それは、所謂(いわゆる)『根回し』は、済んでるって事ですか?」

 そう真面目な顔で恵に問われて、飯田部長はニヤリと笑い、言った。

「この手の会合は、事前に結論は大体、決まってるものさ。それを確認して、承認したって事実が大事でね。寧(むし)ろ、結論が決まってないのに集まって、延々と話し合ってる方が時間の無駄だからね。」

「はあ。」

 少し呆(あき)れた様に、恵は気の抜けた相槌(あいづち)を返す。すると、飯田部長は苦笑いし乍(なが)ら言葉を続けるのだ。

「…とは言え、安心し切っていると、足を掬(すく)われる事も有るからね。自分の知らない所で別の話が動いていて、当日に行き成り承知してない話の流れになって面食らう、何(なん)て事も有るんだ。 そんな流れになるのかどうか、最初にどうやって見分けたらいいと思う?森村君。」

 恵は、少し考えてから答える。

「そうですね。参加者?ですか。」

 その答えに、飯田部長は笑顔で応じる。

「鋭いね、その通り。自分が事前に話を付けた相手よりも上役が出て来たら、要警戒だ。あと、利害の対立する相手の方が数が多い時、とかね。 今回の件では、キミらも以前会ったと思うが、空防の桜井一佐とは話が済んでいる。」

 そこで助手席に座っている立花先生が身体を捻(ひね)って、後席の飯田部長に向かって声を掛けるのだ。

「部長、ウチの生徒に、その手の焦臭(きなくさ)いお話は、程々にお願いします。」

「あはは、スマン、スマン。」

 そう、笑って応えたあとで、飯田部長は立花先生に向かって言った。

「あ、そうそう、立花君。会合の場では、キミの立場はウチの企画部って事で宜しくね。学校の方の立場じゃなくて。」

「それは構いませんけど、何故でしょうか?」

「深い意味は無いけど、事の責任は天野重工の方に有るからね。森村君以外に学校の代表者が居ても、余り意味が無いし、話がややこしくなるだけだろう。」

「そう、ですね。承知しました。」

 納得して、立花先生は身体の向きを前へと戻す。すると、飯田部長は恵に問い掛けるのだった。

「そう言えば、キミ達、昼食は?」

「いえ、まだ、ですけど。」

 時刻的には、まだ十二時前である。飯田部長は腕時計で時刻を確認して、運転席の蒲田に話し掛ける。

「蒲田君、どこかで食事してる余裕は無いよな?」

「そうですね、一時前には防衛省の方へ入ってないとマズいですので。」

「じゃあ、途中で、ハンバーガーでも買って行くか。」

 その飯田部長の提案を受け、蒲田は助手席の立花先生に確認するのだ。

「立花さんは、それで構いませんか?」

「わたしは構いませんよ。恵ちゃんも、いいわよね?」

 立花先生に訊(き)かれて、恵も「はい。」と簡潔に答えたのである。飯田部長は苦笑いし乍(なが)ら、言ったのだ。

「多分、会合自体は一時間程で終わるだろうから、帰りに寿司でも食べに行くかな? ランチにしては、少し遅くなるけど。何か食べたいものが有れば、蒲田君にリクエストしておいて呉れ、何でもいいよ。イタリアンでもフレンチでも。会社の経費だから、遠慮しなくていいから。」

 すると、運転し乍(なが)ら蒲田が言うのである。

「お店によっては、予約無しでは難しい所も有るでしょうけど。まぁ、探してみますよ。」

 続いて立花先生が、恵に意見を求めるのだった。

「恵ちゃんは、何がいい?」

 恵は、困惑気味に声を返す。

「わたしは何でも。って言うか、いいんですか?会社の経費って。」

 それには飯田部長は暫(しば)し笑って、そして応えたのである。

「あははは、若い人が細かい事を気にするな。大体、折角(せっかく)の日曜日に、こんな面倒事に付き合って貰ってるんだ。少し位の役得でも無きゃ、割に合わないだろう?」

 そう言って、又、飯田部長は笑うのだった。

 それから一時間程が経過して、天野重工の一行は防衛省の庁舎に到着していた。出迎えの桜井一佐の部下に案内され、幾つかのセキュリティを通過し、会議室へと一行が廊下を進んでいた時の事である。
 天野重工の一行が歩いて行くのと交差する廊下側から、大量のファイルを積み上げて運んで来た一人の男が、一行に道を譲ろうと立ち止まったのだ。だが彼が急に立ち止まった為、積み上げていたファイルが前方へと崩れ落ちたのである。
 そのファイル達は偶然、前方を通り掛かった立花先生へと降り掛かって来たが、咄嗟(とっさ)に彼女は、ひらりとそれらを躱(かわ)したのだった。バタバタと大きな音を立てて、廊下にファイルが散らばると、それを運んでいた男は、慌ててしゃがみ込み、ファイルを拾い集める。

「わぁ、すいません。すいません。」

 立花先生には、その男の風貌(ふうぼう)や声に、確かな覚えが有ったのである。
 一方で恵は、自分の足元に落ちて来たファイルを二つ、三つと拾い上げ、開かれた状態で床に落ちている四つ目のファイルへと目を遣っていた。それに気付いた男は、声を上げる。

「ああ、それ、部外者は見ちゃ駄目なヤツだから。」

 男は慌てて、その開いていたファイルを回収する。因(ちな)みに、彼が恵を『部外者』だと言ったのは、首から提(さ)げている外来者用の入場証を確認する迄(まで)もなく、恵が学校の制服を着用していたからである。

「あ、ごめんなさい。」

 そう言って恵が手に持っていたファイルを差し出すと、男はファイルを受け取り、ばつが悪そうに言った。

「あー、いやいや。書類の一枚や二枚、見られた所で解らないと思うから、いいんだ。ありがとう、拾って呉れて。」

 立花先生は自分の足元に落ちている、一冊のファイルを拾う為にしゃがみ込む。そして、そのファイルを男に渡そうとした時、互いの視線が交差したのだ。そして立花先生は、漸(ようや)く、その男に声を掛けた。

「有賀君?」

 男の方は少なからず驚いて、声を返した。

「智(とも)…立花、君?」

「貴方(あなた)、法務省じゃなかったの?何(なん)で防衛省(こんなところ)に居るのよ?」

「そう言うキミだって、天野重工…あ、あそこは防衛装備の事業もやってるのか。」

 しゃがんだ儘(まま)で言葉を交わす二人に、飯田部長が声を掛ける。

「キミ達は、知り合いだったのかな?」

 そう言われて、立花先生が先に立ち上がり、飯田部長に答える。

「はい、部長。同期生です、大学の。」

 有賀は廊下の隅にファイルを積み上げてから立ち上がり、スラックスのポケットから名刺入れを取り出すと、飯田部長に名刺を一枚差し出して言った。

「立花君の上司の方(かた)ですか。有賀と申します。」

「天野重工の飯田です。」

 殆(ほとん)ど反射的に、飯田部長も名刺を上着(ジャケット)の内ポケットから取り出し、差し出された名刺と交換する。そして有賀の名刺を確認して、尋(たず)ねるのだ。

法務省の方(かた)が、どうして防衛省に?」

「あ、いや、出向でして。行動基準の策定や研究をですね、市街地での作戦行動関係で法令違反にならない様に。防衛軍も法律は守らないといけませんからね。」

 そんな具合に、大雑把な説明をする有賀に、立花先生は問い掛けるのだ。

「それにしたって、日曜日に?」

「平日には借りられない資料とかも有ってね。」

 取り繕(つくろ)う様な有賀の答えに納得は出来なかった立花先生だったが、そこで何時(いつ)迄(まで)も立ち話をしても居られず、話を切り上げようと思った矢先に、廊下の先方から飯田部長に声が掛かったのだ。

「飯田さーん、どうかされましたか?」

 

- to be continued …-

 

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