WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第20話.06)

第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 20-06 ****


「その言い方は、誤解を招きますよ?桜井一佐。」

 苦笑いしつつ立花先生が、桜井一佐に声を掛けたのだ。
 桜井一佐は微笑んで立花先生へ視線を送り、正面へ視線を戻して言い直す。

「そうですね、今回の作戦に投入するミサイルが足りない、と言う訳(わけ)では、勿論ありません。」

「えーと…どう言う事ですか?」

 そう、素直に聞き返すのは直美である。その問い掛けに、即座に声を上げたのは緒美なのだ。

「今回の作戦にミサイルを使ってしまうと、必要な備蓄が足りなくなるって、そう言うお話でしょうか?」

「流石に、鬼塚さんは察しがいいわね。」

 緒美の発言に応えた桜井一佐は、微笑んで頷(うなず)いて見せるのだ。
 そこで緒美の背後から、恵が声を掛ける。

「備蓄?が、問題なの?」

 その声で恵の方に目を遣った茜は、スッと席を立って言うのだ。

「あ、恵さん。わたしが…。」

「ありがとう、お願いするわ、天野さん。」

 茜は瑠菜の背後を抜けて恵の方へと歩み寄ると、恵が右手に持っていた紅茶のカップが乗せられたトレイを受け取るのだ。その紅茶は来客である三名、詰まり桜井一佐、天野理事長、そして塚元校長の為に淹(い)れられたものである。
 恵がトレイを持って来客達が座って居る部室入口側へ回るには、聊(いささ)か通る経路が窮屈であり、その中間位置に座って居た茜がトレイを受け取りに行ったのである。
 茜の両隣に座って居た瑠菜とブリジットは、一度、席を立って通り道を空け、そして茜は桜井一佐、塚元校長、天野理事長の順で、紅茶の入ったカップを置いて行く。一方で席を立った瑠菜とブリジットは、恵と手分けして他の部員達にカップを配ったのである。

「あら、いい香りね。それじゃ、いただきますね。」

 桜井一佐は一口、紅茶を飲んでカップを机へと戻すのだ。それから、話を戻すのである。

「それで、備蓄の話、だったかしら?」

 そう切り出す桜井一佐に、直美がニヤリとし乍(なが)ら問い掛けるのだ。

「因(ちな)みに『備蓄』って、どの位(くらい)、必要なんです?桜井さん。」

 それには桜井一佐もニヤリと笑い返して、応えるのだ。

「具体的な数や量は、それこそ防衛政策上の重要機密ですから答えられませんけど。常に一定量のストックが無いとマズい事は、解るわよね?」

「それは極端な話、戦闘機が何百機、揃(そろ)ってたとしても、ミサイルが一発も無ければ、戦闘機は役に立ちませんから。」

「そう。それはミサイルに限った話しではなくて、燃料にしても交換部品にしても、搭乗員や整備員、後方の事務担当まで、全部が揃(そろ)ってないと防衛力は維持、発揮が出来ないの。まあ、今回はミサイルに限った話だけど。」

 そこで緒美の後ろに立った儘(まま)の恵が、桜井一佐に問い掛けるのである。

「その備蓄が必要なのは、エイリアン・ドローンの襲撃が今後も、何時(いつ)起きるか分からないから、ですか?」

「勿論、それもあるけれど。防衛軍はエイリアン・ドローンだけを相手にしている訳(わけ)ではないの。 知ってるとは思うけど、日本に対する敵視政策を続けている国が近隣に二つも有って、極東でのロシアの動きには今でも不審な事例が見られるわ。」

 桜井一佐の説明に続いて、茜が尋(たず)ねる。

「今のロシア政府は、西欧との融和政策を取っているのでは?」

 その質問には、天野理事長が答えるのだ。

「ロシアの現政権、今の大統領の意思は信用に値するとは思う、だが、旧来の対立思考や強硬路線を捨てられない政治家や軍人が、まだ少なからず存在している、と言う話だ。そう言う人物の全員が退場しても、政治や社会の思想が入れ替わるのには、順調に行っても、あと五十年は必要だろうな。」

「そう言った人達が、首都(モスクワ)から遠い極東に集まって現政権の転覆を目論んでいる、なんて見立ても有ると聞いていますから、何にしても油断はしないのに越した事は無いでしょう。」

 天野理事長に続いて桜井一佐は、そう言った後でカップに残っていた紅茶を、ぐいと飲み干し、そして言うのだ。

「ともあれ此方(こちら)としては、防衛態勢に僅(わず)かな綻(ほころ)びでも、見せる訳(わけ)にはいかないのです。隙(すき)を見せた結果として、向こうに変な気を起こさせては、あとが厄介ですし、お互いに不幸な事ですからね。」

 そこで緒美が右手を肩程に上げ、そして発言する。

「それで、そもそもミサイルが不足しそうになっている原因、それは矢っ張り、エイリアン・ドローンの飛来数が、ですか?」

「ええ、そうよ。」

 桜井一佐は大きく頷(うなず)いて見せ、言葉を続ける。

「防衛軍、防衛省も政府のお役所の一つだから、基本的には年度初めに決定される予算に基づいて活動してるのだけれど。当然、ミサイルの購入数も、その予算で枠が決定されるわ。その予算は、昨年度の実績をベースに今年度に必要になるであろう数量を予測して決定される訳(わけ)だけど…。」

「今年は、予測よりもエイリアン・ドローンの飛来数が多かった、と?」

 先回りして発言した緒美に続いて、恵が呆(あき)れた様に言うのだ。

「それで年度末が近くなって、予算が足りなくなったんですか?」

 それには流石の桜井一佐も苦笑いを浮かべ、反論するのである。

「予測よりも、実際の方が多かったのは事実だけど。だからと言って、目前(もくぜん)の防衛行動に必要な装備品を購入する予算が組めない、なんて事は無いわよ。見通しが立った時点で其(そ)の都度、備蓄に不足が起きないように追加の発注は掛けているのだし。 徒(ただ)、今年は以前よりも飛来の間隔が短い上に、一回当たりの飛来数も増加が激しくてね。」

「まあ、発注したからって三日や四日で納入される様な、そんな品物でもないでしょうし。」

 溜息混じりに緒美が言うので、苦笑いし乍(なが)ら天野理事長が桜井一佐に向かって言うのだ。

「あれで、なかなかの精密器機ですからな。国内の製造担当各社も、現状で受注残を熟(こな)すのに一杯一杯だと、聞いていますよ。」

「それでも、調達する算段は付いているんでしょう?」

 塚元校長に然(そ)う尋(たず)ねられ、一度、息を吐(は)いて、桜井一佐は答える。

「まあ、一応。在日米軍の在庫を供与して貰うとか、米軍向けの発注の一部を振り向けて貰うとか。 米軍も、それ程、余裕が有るって訳(わけ)でも無いらしいのですが、こう言う時の為の同盟関係ですから。」

「米軍から、ですか?」

 少し意外そうに、直美が聞き返した。

「戦闘機は完全国産化しましたが、搭載兵装の半数に敢えて米英製を採用して共通性を確保しているのは、こんな時の為です。別に、同盟国に対する『お付き合い』だけで、ミサイルとかを米国や英国から購入している訳(わけ)じゃ無いのよ。」

「へえ。」

 直美は一言、気の抜けた様な、感心した様な声を返すのだった。
 それに対して天野理事長が、追加の説明をする。

「それに、機械である以上、製造不良や設計ミスでリコールが掛かる危険性は常に有る。同じ製品で統一してあると、そう言った時に一度に全部が使用不可になる。詰まり、防衛力が一気にゼロだ。」

 脅かす様な天野理事長の解説に、緒美の後ろに立った儘(まま)の恵が一言を返すのだ。

「それは怖いですね。」

 今度は桜井一佐が、苦笑いで言うのである。

「なかなか、そう言った事が理解されなくて。装備品は国産で統一する可(べ)きだ派と、国産はコスト高だから全て輸入にしろ派って、両極端な派閥が今(いま)だに居てね、何時(いつ)も色々と面倒臭(めんどうくさ)いのよ。」

「あはは、お察しします。」

 笑って労(ねぎら)いの言葉を贈る恵であるが、そんな彼女に立花先生が声を掛けるのだ。

「それはそうと、恵ちゃん。そろそろ、座ったら?何時(いつ)までも立ってないで。」

 立花先生の発言を受けて、樹里が一つの空席を挟(はさ)んで座って居る維月に、手招きをしてみせるのだ。

「ああ、ゴメン。気が付かなくて。」

 そう言って維月が樹里の隣の席へと移ると、続いて維月の隣だったクラウディアが、維月が居た席へと移るのだった。
 クラウディアの隣に居たのが畑中だったのだが、畑中に対しても立花先生は無言で手招きをして見せる。

「あー、俺もですか。」

 畑中が席を移ると、緒美の右隣の席が、一つ空くのだ。

「あ、なんだか、すいません。」

 そう言いつつ、恵は緒美の隣の席にと着く。
 そんな一方で、桜井一佐が発言するのだ。

「さて、話題が少々、回り道したけれど。そう言った事情を鑑(かんが)みて、天野重工さんには、次の迎撃作戦で積極的な、AMF からのレーザー砲狙撃をお願いしたいの。」

「成(な)る可(べ)くミサイルを節約したい、と。」

 少し意地悪に、茜が確認するのだが、それは意に介さない様子で桜井一佐はキッパリと答える。

「そう言う事。 今回は海防も、イージス艦に加えてレーザー砲とレールガンの搭載実験艦を、参加させる方針なの。」

「九月の終わり頃に一度、試験的に投入してましたよね? 実戦投入が出来る段階(レベル)に、開発が進行したのでしょうか?」

 興味津々と言った体(てい)で、立花先生が食い付いて来るのだ。しかし桜井一佐は微笑んで、話を天野理事長に振り直すのである。

「さあ、わたしは空防の所属ですので、詳しい事は知りませんが。海防の担当者は、自信満々だったそうですよ。 その辺りの事情は、わたしどもよりも会長さん達の方が、お詳しいのではありません?」

「いや、他社が受注した案件ですから、わたしも詳しくは知りませんな。」

 天野理事長も微笑んで、即座に否定するのである。これが本当に知らないのか、或る程度は知っているが敢えて知らないと言っているのか、それは天野理事長本人にしか判らない。だから桜井一佐も、深くは追求しないのである。

「そうですか。 さて、防衛軍から明かせる事情としては、以上です。我々としては、十月の初めに見せて頂いた AMF の狙撃能力に、大いに期待しているのですが、御協力を願えますか?」

 桜井一佐に言われ、思わず茜は緒美の方へ視線を送る。緒美と茜が返事に逡巡(しゅんじゅん)している僅(わず)かな間(ま)に、ブリジットが右手を机の上から小さく挙げ、桜井一佐に問い掛けるのだ。

「あの、AMF のレーザー砲だけ、当てにされてる様子なんですが、B号機のレールガンは計算には入ってないんでしょうか?」

 ブリジットにニッコリと笑い掛け、桜井一佐は答える。

「B号機のレールガンは装弾数に限度が有る仕様ですから、前回と同じく『ペンタゴン』の狙撃に専任で、お願いします。『ペンタゴン』が居るか居ないかで『トライアングル』の動き、特に回避機動に大きな差が出る事は、前回までの迎撃作戦で実証されたものと判断していますから、B号機の任務は重要ですよ。その任務に関しては、『ペンタゴン』の位置を特定する、C号機も同様に重要です。『ペンタゴン』の排除が出来れば、『トライアングル』に対するミサイル命中率の向上が期待出来ますからね。」

「分かりました。」

 桜井一佐の説明にブリジットが納得する一方で、緒美が声を上げるのだ。

「桜井さん。それでは、HDG 各機は基本的に後方からの長距離狙撃と電子戦で参加、と言う事でいいんですね?」

「勿論です。民間協力者を盾にする様な作戦は、考えていません。但し、それでも前回の様に、気付かない内にエイリアン・ドローンに接近される危険性は、完全に否定は出来ません。極力、その様な事態にならないよう、援護態勢は整えたいと考えていますが。」

 緒美は視線を茜に向け、尋(たず)ねるのだ。

「どうかしら?天野さん。」

「いいんじゃないですか? もしも接近されたら、其(そ)の時は其(そ)の時で、柔軟に対処するだけです。予(あらかじ)め、そんな細かい状況まで想定するなんて、そもそも不可能ですから。」

 茜の返事を聞いて、緒美はブリジットとクラウディアにも意思を確認するのである。

ボードレールさん、カルテッリエリさんも、大丈夫?」

「はい。」

「問題無いです。」

 ブリジットとクラウディアも、相次いで承諾の返事をするのだった。
 それを確認して、桜井一佐はスッと席から立ち上がるのだ。

「いい返事が聞けて、来た甲斐が有ったと言うものだわ。作戦の詳細に就いては、又、後日に連絡させて頂きます。宜しいかしら?」

 そう桜井一佐が緒美に向けて言うので、緒美は応える。

「その辺りの遣り取りは、従来通り、本社の方(ほう)と、お願いします。それで、いいですよね?理事長。」

「ああ、構わないよ。皆は詳細が決まる迄(まで)は、学業の方に専念してて呉れたらいい。」

 頷(うなず)いて然(そ)う言う天野理事長に、桜井一佐が告げるのだ。

「それでは、その様に。其方(そちら)側の窓口は、今迄(いままで)通り飯田さんで?」

「そうですな、いいでしょう。飯田君には、わたしの方からも一言、言っておきますよ。」

「宜しくお願いします。」

 桜井一佐は小さく頭を下げると、「では、わたしはこれで。」と告げて部室の出入り口へ向かうのだ。

「もう、お帰りですか。宜しければ、このあと食事でも?」

 そう天野理事長に声を掛けられて、ドアの前で立ち止まった桜井一佐は振り向いて応える。

「いえ、今日中に空幕へ戻らないとならないので。帰りの足も手配済みですし。」

 天野理事長も席から立ち、言葉を返す。

「そうですか、なら、下までお見送りしましょう。 校長。」

「そうですわね。」

 促(うなが)され、塚元校長も席を立つのだった。
 そして振り向き、天野理事長は緒美達へ声を掛けるのである。

「又、キミ達には無理をさせる事になって申し訳無く思っているが、宜しく頼むよ。現状で、キミ達に頼るしかないのは、大人として情け無い限りではあるが。」

「いえ、わたし達に出来る事でしたら。」

 緒美が短く言葉を返すと、天野理事長は唯(ただ)「そうか。」とだけ、呟(つぶや)いたのだった。

「それでは皆さん、又、後日。 あ、紅茶、ご馳走様。」

 桜井一佐は微笑んで礼を述べ、ドアを開けて部室から出て行く。続いて天野理事長と塚元校長も、退室していくのだ。

「それじゃ立花先生、あとはお願いね。皆さんも、あまり遅くまで部活を頑張り過ぎないように。 美味しい紅茶をありがとう、森村さん。」

 そう言い残して、塚元校長はドアを閉めた。
 三人が外階段を降りて行く、足音が部室の中に聞こえていたが、間も無く其(そ)れも聞こえなくなるのである。

 部室の外、第三格納庫東側の外階段の下には、黒塗りの自動車が二台、駐まっている。先頭の一台は理事長と校長が乗ってきた物で、後側の一台は陸上防衛軍所有の車輌である。車外には理事長秘書である加納と、桜井一佐の秘書担当である航空防衛軍の若い士官とが、立ち話をしていた。陸防車輌の運転席には、車輌を貸し出した陸防に所属する下士官が、車輌の管理担当兼運転手として待機しているのだ。
 加納と秘書役の士官は、上司上官が出て来た事には直ぐに気が付き、それぞれの持ち場に戻る。
 桜井一佐の秘書役の士官は、階段を降りて来た桜井一佐の為に車輌のドアを開けた。

「ありがとう、お待たせしたわね。」

 乗り込もうとする桜井一佐に、天野理事長が声を掛けるのだ。

「その車で東京まで?」

「あはは、まさか。近くの駐屯地で借用しただけですよ、運転手付きで。 駐屯地に戻ったら、そこに連絡機が迎えに来る予定です。」

「そうですか、では、お気を付けて。」

「はい。重ねて、御社の協力には感謝致します。」

「会社に対しては兎も角だが、あの子達の功労には、何らかの形で報いてやりたいですな。」

「ええ…でも、防衛軍に出来る事は、あまり思い付きませんが。 個人的にでも何か、考えてあげたいですね。」

「そう言うお気持ちで居て頂けるのであれば、有り難いです。」

「では、今日はこれで、失礼します。」

 桜井一佐は天野理事長に一礼して、陸防車輌の後席に腰を下ろす。秘書役の士官がドアを閉めると、彼は車輌の前を左側へと回り、助手席へと乗り込むのだ。
 陸防の車輌は、そこで二度三度と前後し乍(なが)ら切り返してUターンを行い、車体が逆方向へと向いた所で加納が助手席の側へと歩み寄り、窓ガラスをコンコンとノックするのだった。
 秘書役の士官が窓ガラスを降ろすと、加納は言うのだ。

「帰り際、出口で警備の担当者に入場証を返すのを忘れないでくださいね。」

「ああ、はい、了解です。 それでは加納さん、お元気で。お会い出来て良かった。」

「又、何時(いつ)か機会が有りましたら。」

 二人は握手を交わし、そして加納が車輌の傍(そば)から離れると、窓ガラスが上げられ車輌は走り出すのである。

「知り合いだったかね?加納君。」

「いえ、何故だか彼方(あちら)が一方的に、わたしの事を知っていた様子でしたが。」

 天野理事長の問い掛けに、少し照(て)れたように加納が答えると、塚元校長が笑って言うのだ。

「加納さんも、なかなかに有名人みたいですわね。」

「知られているのは、『悪名』だと思いますけど。」

「あはは、そうでもないだろう? さて、それじゃ我々も引き上げるとするかな。」

 そうして三人が乗り込んだ自動車は、校舎の方へと走り去ったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第20話.05)

第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 20-05 ****


「先生の様子は?森村ちゃん。」

 緒美の問い掛けに、恵は表情を変えずに答える。

「明らかに、善(い)いお話じゃなさそうなの。お客さんも、来てるし。」

 そう言うと、恵は緒美にタオルを手渡すのだ。そのタオルで額の汗を拭(ぬぐ)う緒美に代わって、直美が恵に尋(たず)ねる。

「お客さん、って?」

「防衛軍の桜井さん。あと、理事長と校長も。」

「うえー…。」

 直美が感想を素直な声にするので、緒美はくすりと笑って其(そ)の場の一同に声を掛けるのだ。

「それじゃ、お待たせしちゃ悪いから。皆(みんな)、急いで部室へ戻りましょうか。」

「あ、それなら道具の片付けとか、わたし、やっておきますから。先輩達、お先にどうぞ。 そもそも、わたしは部員じゃないですし。」

 九堂が然(そ)う申し出るので、維月が続く。

「だったら手伝うよ、九堂さん。わたしも部員じゃないし。」

「あれ?井上さん、そうだっけ。」

「そうだよ。」

 意外そうな顔の九堂に、維月は微笑んで答える。一方で其(そ)の二人に、緒美が声を掛けるのである。

「じゃ、申し訳無いけど、お願いするわね。九堂さん、井上さん。」

 そうして、緒美、直美、恵、茜、ブリジット、そしてクラウディアは、その場を離れて部室へと向かったのだった。

 緒美達は部室に向かう途中で、瑠菜と佳奈、そして畑中と合流し、階段を上がって二階通路を抜けて部室奥側のドアから中へと入る。樹里は本社開発部へ今日のデータを送る為に一足(ひとあし)先に部室に戻って来ており、その隣には立花先生の姿があった。そして、普段は茜やブリジットが座って居る入口側の席には、防衛軍の桜井一佐と、その両サイドに塚元校長と天野理事長が着席していたのだ。
 防衛軍の制服姿で着席している桜井一佐の存在は、兵器開発部のメンバーには見慣れた部室に於(お)いて、一種異様に見えたのである。

「皆さん、こんな所迄(まで)、ご苦労様です。」

 先(ま)ず、緒美が然(そ)う挨拶をすると、桜井一佐がニッコリと笑い言葉を返すのだ。

「いえ、急に押し掛けて、ごめんなさいね。」

「取り敢えず、挨拶は抜きでいい。早早(そうそう)に本題に入るから、皆(みんな)、適当に座って呉れ。」

 天野理事長が穏(おだ)やかに着席を促(うなが)すので、緒美から順々に空いた席にと座っていく。唯(ただ)、一人、恵は部室奥側のシンクの方へと進み乍(なが)ら言うのだ。

「兎も角、お茶位(くらい)は、お出しましょうか。」

「いいのよ、用が済んだら直ぐに帰るから、どうぞ御構(おかま)い無く。」

 桜井一佐が声を掛けるが、恵は意に介さない。

「お話の方、始めてください。わたしの事は、気になさらず。」

「あ、お手伝いします。」

 そう言って茜が席を立とうとするのだが、茜の右隣に席から瑠菜が、立ち上がる茜の右袖を引っ張って、言うのだ。

「天野、貴方(あなた)は座って聞いてなさい。どうせ、ドライバー担当の一年生が、一番聞いてなきゃいけない、お話だろうから。」

「ああ…はい。解りました。」

 茜は席に、座り直す。恵は、そんな茜に声を掛けるのだ。

「お茶を淹(い)れるのは、手が足りてるから大丈夫よ。ありがとうね、天野さん。」

「そう言う事ですので、始めてください。」

 続いて、緒美も言うので、桜井一佐は天野理事長の方へ視線を送るのだ。それに対して天野理事長は小さく頷(うなず)いて見せるので、桜井一佐は其(そ)れを確認して正面側に座って居る緒美の方へと向き、話し始める。

「では。 皆さんは察しが良さそうなので、わたしがここに来ている時点で、用件の向きに関しては見当が付いている事と思いますが。」

「と、言う事は、矢っ張り、ご用件は次の作戦への協力要請でしょうか。」

 間髪を入れず、緒美は桜井一佐に確認するのだ。桜井一佐は一瞬だけ苦い表情をしたが、冷静に答えるのだ。

「まあ、そう言う事です。」

 続いて、直美が朗(ほが)らかに発言する。

「そう言う事でしたら、理事長や先生方(がた)に伝えて頂ければ。わざわざ、ここ迄(まで)いらっしゃらなくても。」

「今回は、少し事情が違うので。その辺り、直接、説明しておかなければ、と。 民間の、しかも未成年者である貴方(あなた)達に協力を要請するのに当たって、100パーセントの安全を約束は出来ませんので。事が事だけに、ですね。」

「事情、と言われますと?」

 厳しい表情で話す桜井一佐に、真面目な顔で緒美が問い返した。桜井一佐は、落ち着いた様子で説明を続ける。

「今回、一番、様子が違うのは、観測された『ヘプタゴン』の数が、十二機と、過去最多である事です。これ迄(まで)で最多だった前回が八機でしたから、一気に 1.5倍です。」

「すると、エイリアン・ドローン…『トライアングル』の数で、百四十四機、ですね。」

 そう計算して見せたのは、緒美である。それを聞いたメンバー達は、少し騒(ざわ)めくのだが、それには構わず桜井一佐が言葉を続けるのだ。

「勿論、その全機が一箇所に殺到する訳(わけ)ではないと思っていますが、しかし、前回は降下して来た『トライアングル』の凡(およ)そ半数が九州西部から此方(こちら)へと向かって飛来しました。だとすれば、今回も七十機を超える数に対処しなければならない事は、覚悟しておく必要が有るでしょう。我々としては、常に最悪のシナリオを見据えて、準備をしておかなければなりません。」

 厳しい表情の桜井一佐に、今度は真面目に直美が尋(たず)ねる。

「それは、何時(いつ)ぐらいだと、見込まれているんですか?」

「予測では13日、来週の火曜日には地球軌道に到達する計算ですから、早ければ翌、水曜日。まあ、気象条件次第で三日位の幅は有るのでしょう。」

 それを聞いて指折り数えているクラウディアが、ポツリと言うのだ。

「なら、後期中間試験の前には終わる予定ね。」

 クラウディアの発言を聞いた塚元校長が失笑するので、天野理事長が苦言を呈するのである。

「校長、真面目な話をしているのだが。」

「失礼しました。」

 澄ました顔で、一言を返す塚元校長に、クラウディアが少しだけ申し訳無さそうに謝意を伝えるのだ。

「すみません、不謹慎でしたでしょうか?」

「いいえ、学生として、至極、真っ当な感想ですよ。」

 クラウディアは塚元校長の回答を得て、小さく頭を下げて見せるのだった。
 続いて、桜井一佐は一度、咳払(せきばら)いをして、仕切り直すのだ。

「では、続けますけど。よろしいですか?」

「どうぞ。お願いします。」

 その、緒美の返事を受けて、桜井一佐は説明を再開するのである。

「さて、先述の通り、記録的な数のエイリアン・ドローンに依る襲撃が予測されるので、天野重工さんには前回と同じ編成での電子戦支援を依頼したい訳(わけ)です。これも前回と同様に、参加各機への護衛態勢を準備して、民間協力者の安全には最大限の配慮を、お約束します。」

 そこで、桜井一佐が自身の左隣へ、詰まり塚元校長へと視線を送るものだから、塚元校長が緒美達に向けて口を開くのだ。

「念の為に、皆さんには言っておきますけど。 学校の判断として、当校の生徒が軍事作戦に協力する事は、賛成はしておりません。徒(ただ)、本校は天野重工の下部組織である以上、本社の経営判断には従わざるを得ません。但し、会社も学校も、それから政府であっても、皆さんの命に関わる様な活動への服務を命令する事は出来ませんので、嫌だったら素直に拒否していいんですよ。 こんな言い方は、責任逃れをしているみたいで、わたしも嫌ですけれど。」

 続いて、苦い表情で天野理事長が発言する。

「会社としても、若い諸君等(ら)に危険な任務を押し付けるのは本意ではない。 とは言え、HDG を効果的に活用出来る人員が、現状で諸君達だけだと言うのも、一方での事実だ。だから、諸君が次の作戦への協力を了承するのであれば、会社側として全面的にサポートする、そう言うスタンスだ。」

「それって、『判断を丸投げします』って言ってるのと同じじゃないですか。」

 落ち着いた口調で天野理事長に噛み付いたのは、茜である。実際、その場に居たメンバーの多くは、茜と同じ感想を持っていたのだが、それを茜が口に出来るのは、茜が天野理事長の身内であるからなのは言う迄(まで)もない。
 憤(いきどお)ると言うよりは、半(なか)ば呆(あき)れている表情の茜に、微笑んで緒美が言うのだ。

「天野さん、余り理事長を責めては、可哀想よ。理事長には、お立場も有るんだし。」

「それは、解ってますけど。」

 天野理事長は苦笑いで、発言を続ける。

「まあ、そう言われても仕方無い事は、承知しているよ、天野君。」

 天野理事長に続いて声を上げたのは、直美である。

「それで、わたし達の判断を確認する為に、わざわざ、お三方(かた)がいらした訳(わけ)ですか。」

「そう言う事だな。 それで、どうだろう?鬼塚君。」

 直美の問いに同意して天野理事長は、緒美に意思を確認するのだ。緒美は一呼吸置いて、答えるのである。

「わたしも理事長達と同じで、おいそれとは判断出来ないですね。実際に現場に立つのは、天野さん達一年生ですから。 天野さん、如何(いかが)かしら?」

「ちょっと待ってください、部長…。」

 茜は然(そ)う言って判断を保留した後、桜井一佐の方へと向き直る。

「桜井一佐、前回と違う事情って、敵の数の問題だけ、でしょうか? 他にも何か有れば、先にお聞かせ願いたいのですが。」

 問い掛けられた桜井一佐は一瞬、「ふっ」と笑って、それから説明を始める。

「勿論、その説明をする為に此方(こちら)まで出向いて来たんですから。説明の途中で結論を出す流れになったので、どうしようかと思っていた所ですよ。」

「あ、矢っ張り。それでは続きを、お願いします。」

 茜が微笑んで桜井一佐に声を掛けると、ばつが悪そうに天野理事長が桜井一佐に詫(わ)びるのだ。

「申し訳無いね、桜井さん。少しばかり話を急いでしまった。」

「いえ、我々よりも生徒さん達の方が冷静な様子で。 それはそれで、心強い事ですわね。」

 桜井一佐が天野理事長に向かって、そんな事を言うから塚元校長が思わず口を滑らすのである。

「それが、わたしには頭痛の種なんですけれどね。」

「あら、それは大変ですわね。 天野重工さんの方(ほう)で持て余している様でしたら、装備とセットで生徒の皆さんを防衛軍で引き取らせて頂いても構いませんよ。防衛軍は、優秀な人材は大歓迎ですので。」

 笑顔で桜井一佐が然(そ)う言うと、二十歳ほど年長である塚元校長も桜井一佐に負けない笑顔で言い返すのだ。

「生憎(あいにく)と、本校の生徒は売り物ではありませんし、特に持て余しても居(お)りませんので。」

「そうですか、それは残念です。」

 桜井一佐が返事をすると、二人は揃(そろ)って「うふふふ。」と笑うのだった。
 そこで天野理事長が、桜井一佐に声を掛けるのである。

「桜井さん、彼女達は当社の将来の幹部候補生として、育成中の学生だからね。余所(よそ)にやる訳(わけ)には、いかないんですよ。」

「ええ、その辺りの事情は御社(おんしゃ)の飯田さんから伺(うかが)っておりますので、承知しておりますよ、天野会長。」

「なら結構。」

 大人達の、そんな遣り取りに一段落が付いた所で、緒美が声を上げるのだ。

「それで桜井さん? お話の続きを。」

「ああ、ごめんなさい。」

 そして桜井一佐は数秒間、考えた後に話し始める。

「回りくどく話してみても仕方が無いので、はっきり言ってしまいますけど…。」

 一拍置いて、桜井一佐が続けた言葉に、兵器開発部のメンバー達は、それぞれに驚いたのである。

「ミサイルが、足りません。」

「え?」

 声を上げて反応したのは、茜とブリジットの二人である。
 他のメンバー達は、黙って顔を見合わせていたし、緒美は右の人差し指を眉間(みけん)に当て、目を閉じて俯(うつむ)いてしまったのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第20話.04)

第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 20-04 ****


 緒美は今迄(いままで)通りに一歩引いて茜からの打ち込みを払い、茜の側は続いて二打目、三打目と打ち込みを続けるのだ。緒美の右上から打ち込まれた三打目を、右から左へと強めに打ち払うと、茜は上半身を自身の右方向へと大きく捻(ひね)り、マニピュレータに持ったパイプを後方へと振るのだった。

「はい、今!」

 緒美のレシーバーに直美の声が響いたが、突然の呼び掛けに緒美は反応出来ない。その僅(わず)かな時間に茜は手首を返し、パイプの先端を四打目の軌道へと向かわせるのだ。
 緒美が咄嗟(とっさ)に二歩下がり、茜との間合いを取ると、茜はそれ以上に間合いを詰める事はせず、パイプを正面中段に構え直す。
 両者が向き合って動きを止めると、緒美が直美に向かって言うのだ。

「ごめん、新島ちゃん。反応出来なかった。」

「気にしないで、次へ行きましょう。」

「でも、そのタイミングで、どう動けばいいのかが、判らないのよ。」

「そんなの考えてたら、その隙(すき)に相手が切り返して来るわよ。取り敢えず考える前に一歩、踏み込みなさい。その後は身体の方が付いて来るわ、きっと。」

 そこで、茜が声を掛けて来る。

「ちょっと、いいですか?部長。」

「何かしら?天野さん。」

「えーと、副部長の仰(おっしゃ)る事で、大体いいです。反撃の意思、と言うかイメージと、攻撃する箇所を意識すれば、後は HDG の方が動きを調整して呉れますから。その動きに逆らわなければオーケーですよ。」

 茜はパイプを正面に構えた儘(まま)、そう説明するのだ。対する緒美も、パイプを構えた儘(まま)で茜に応じる。

「解ったわ。やってみる。」

「それじゃ、行きますよ。」

「どうぞ。」

 緒美の返事を聞いて、茜は直様(すぐさま)、打ち込みを再開するのだ。今迄(いままで)と同様に一打、二打と、続けて打ち込むのを、同じ様に緒美も其(そ)れを払い続ける。
 緒美の左側面から水平に入って来る四打目を、下側から上へと払い除けると、その反動で茜はパイプを上段後方へと大きく振り上げた。

「はい、今!」

 再(ふたた)び、直美の声がレシーバーから聞こえて来る。今度は、緒美は右脚を軸に左脚を前へと踏み込み、茜の四打目を払う為に振り上げたパイプの軌道を頭上で修正し、茜の左脇腹辺りを目掛けて振り下ろすのだ。
 反撃を受けた茜は、一歩後退しつつ頭上に有ったパイプの軌道を振り下ろされる緒美のパイプの軌道に交差させて、鋭い衝突音と火花を散らして、お互いの顔の前で攻撃を払い除けるのだった。
 右方向へと打ち込みを払われた緒美は、咄嗟(とっさ)に左手を放してしまい、パイプを右側マニピュレータのみで保持した状態で後ろへと腕を振る状態となった。茜は其(そ)の間に手首を返し、水平に左から右へとパイプを走らせるのである。
 緒美は慌(あわ)てて二歩、跳(と)ぶ様に後退して、体勢を立て直すのだ。
 茜のパイプが横に一閃、今度は空を切った後に、茜も速(すみ)やかに正面中段に構え直し、緒美に声を掛けるのである。

「今の、いいですよ。反撃の一打目の後、攻勢が維持出来れば、もっといいです。」

「うん、何と無く解って来たわ。」

 その緒美の茜への返答に、直美が尋(たず)ねるのだ。

「鬼塚、それじゃ、もうタイミングの指示はしなくても良さそう?」

「そうね、ありがとう。後は、自分で判断してみるわ。」

「了解(りょーかい)、頑張って。」

 そして再開した緒美と茜の打ち合いは、三打、若(も)しくは四打目に攻守が入れ替わる展開となり、その入れ替わりが三度、四度と、回を重ねていったのである。それは段々と勢いを増し、ステンレス製パイプの衝突する様(さま)は当初とは比較にならない程、激しくなっていた。
 最初はパイプ同士が打ち合わせられる音は、軽く、響く様な音だったのだが、それが段々と響かない、鈍い音へと替わっていたのだ。それは幾度も幾度も打ち合わせられただけでなく、その衝突時の力(ちから)が強くなっていた事で、パイプ自体が凹んだり変形したりして、衝突音が綺麗に響かなくなっていたのである。更に衝突の瞬間にパイプが互いに減(め)り込む程に打ち付けられると、その瞬間に発する音は、響かない鈍い音になってしまうのだ。
 最終的に、茜の打ち込みを緒美が払い除けた祭に、二本のパイプは互いに食い込む様にグニャリと曲がってしまい、二人は其処(そこ)で動きを止めたのだった。

「ここ迄(まで)、ですね。」

 茜は、そう緒美に声を掛けて、一度、大きく息を吐(は)いた。

「その様ね。」

 緒美はくすりと笑って応え、茜の持つパイプに食い込んだ自分が持つパイプを、捻(ねじ)る様に動かして引き剥がしたのだ。すると、何だか照(て)れ臭そうに茜が言うのである。

「最後の方、ちょっと力(ちから)が入っちゃいましたね。」

「まあ、実戦的な経験にはなったわ。…でも、流石に、これはもう使えないかしら?」

 緒美は折れ曲がったパイプを正面に翳(かざ)して、微笑んで言ったのだ。
 茜は格納庫の方へと向き直ると、折れ曲がったパイプを右手に掲げ、声を上げた。

「瑠菜さーん。すみませーん。」

 この日の試験用に、そのステンレス製パイプの準備を担当したのが、瑠菜なのである。唯(ただ)、ステンレス製のパイプを決められた長さに切断しただけの様に思われるかも知れないが、HDG のマニピュレータが握っても滑らないようにと、グリップ部にシート状のゴム材を巻き付け、それが外れてしまわないように接着した上で数カ所をネジ止めすると言う、それは、なかなかの労作だったのだ。
 格納庫の外から茜の発した声は、直接に瑠菜には届かなかったが、通信を介して樹里のコンソールから出力されていたのだった。それを聞いた瑠菜は、試験の様子を見ていたメンバー達の列から前へと進み出て、右手を下から斜め上へと、一度、大きく振り上げて声を上げたのである。

「気にするなー。」

 その瑠菜の声は、茜達には聞こえなはしなかったが、瑠菜の意図だけは何と無く伝わったのだった。

「取り敢えず、今日はこれで終わりにしましょう。」

「了解です。」

 そして緒美と茜は、第三格納庫へと向かって歩き出した。

「それで部長、HDG を動かしてみて、如何(いかが)でした?」

「そうね…。」

 茜の問いに、緒美は数秒考え、答える。

「…初めて、スポーツとか運動とかを面白いって思った、かしら? あれ位(くらい)、身体が思い通りに動かせるのなら、それは楽しいのでしょうね。」

「あ~、そう言う感想になりますか…。」

「あはは、ごめんなさいね。わたしの場合、天野さんとは違って、運動とは無縁の人生だったから。」

「まあ、興味の有り無しも含めての、向き不向きが有るって事でしょうけど。」

「そう言う事ね。」

 そう言って、緒美は「うふふ。」と笑うのだった。
 茜は続けて、緒美に語り掛ける。

「それで、取り敢えず部長は、矢っ張り、手持ちの武装は BES(ベス) でない方がいいと思います。あれは相手との間合いが近いですし、射撃用のランチャーと持ち替える必要も有りますし。」

 茜の言う『BES(ベス)』とは、A号機が装備している刀型の武装、『ビーム・エッジ・ソード』の事である。

「そうねー、実際にエイリアン・ドローンと斬り合いをするのは、ちょっと怖いわね。」

「ブリジットの使ってるハルバードの方なら、BES(ベス)よりも間合いが取れますし、持ち替えなくても切換でランチャーとして使えますから。矢張り最初は、其方(そちら)の方が。 幸い、B号機用の予備が二基、有りますし。」

「そうね、そうすると…。」

「はい。今日からは、九堂さんに稽古(けいこ)を付けて貰う事に。」

「戻ったら、お願いしなくっちゃだわ…。」

 緒美が然(そ)う応えると、レシーバーから九堂の声が聞こえて来るのである。

「聞こえてますよ、鬼塚先輩。」

「なら、話が早くて助かるわ。お手柔らかに、お願いするわね。」

「御役に立てるのなら、嬉しいです。」

 緒美と茜が第三格納庫の中へ視線を移すと、ヘッド・セットを樹里から借りている九堂が手を振っているのが見える。緒美と茜は揃(そろ)って右手を上げ、九堂に応えたのだった。

 緒美と茜の二人が第三格納庫に戻り、それぞれの HDG をメンテナンス・リグに接続して HDG と自身との接続を解除すると、畑中や瑠菜達は稼働していた二機の点検作業を始めるのである。
 HDG から降りた緒美は、立花先生が不在である事に気付き、傍(かたわ)らに居た恵に尋(たず)ねるのだ。

「立花先生は? 森村ちゃん。」

「何だか知らないけど、呼び出しが有って、校舎の方へ戻ったわ。十分(じゅっぷん)くらい、前。」

「呼び出しって、校長? 理事長?」

 その問いには、直美が言葉を返す。

「さあ、両方だったみたいだけど…ちょっと、嫌(ヤ)な感じよね。」

「防衛軍の方(ほう)から、又、何か言って来たのかしら?」

 そう言って恵は、直美と顔を見合わせるのだ。直美は肩を竦(すく)めて見せる。

「そう。 まあ、必要な事なら、後で先生から、お話が有るでしょう。」

 苦笑いで言う緒美に、A号機から降りて来た茜が声を掛けて来るのだ。

「部長、取り敢えず着替えて来ましょう。」

「ええ、直ぐ行くわ。 それじゃ、又、後で。」

 恵と直美に声を掛け、緒美は茜とブリジットを追ったのだった。ブリジットが茜に同行しているのは、着替えのサポートをする為である。以前にも触れた通り、インナー・スーツの着脱は、独(ひと)りでは難しいのだ。

「森村、貴方(あなた)も手伝いに行ってあげな。」

 直美は文字通り、恵の背中を押したのだった。

「あー、うん。」

 短く答えた恵は、駆け足で三人を追ったのである。

 その後、着替えを終えた緒美と茜は、インナー・スーツの使用後処理を済ませて格納庫フロアへと降り、九堂を中心として格納庫内の奥側、大扉前の空きスペースで、薙刀なぎなた)の講習を開始したのだ。その参加者は、九堂と緒美の他に、茜、ブリジット、そして直美の、五名である。
 他のメンバーは HDG の点検整備を実施し、樹里と維月、クラウディアの三人は HDG-O の稼働データを本社開発部に送る為の整理作業をしていた。そして其(そ)の作業が早早(そうそう)に終わってしまうと、手が空いた維月とクラウディアの二人は、途中から薙刀なぎなた)講習の方を見学に行くのだった。

 緒美の為の講習は、完全に基礎からのスタートである。剣道に就いては天神ヶ﨑高校の女子ならば二年生の体育の授業で全員が経験するのだが、薙刀なぎなた)に関しては然(そ)うではないのだ。
 勿論、HDG の AI にはブリジットが習得した動作データが既に蓄積されているのだが、装着者(ドライバー)の側に心得(こころえ)が皆無だと、折角のデータも有効に活用出来ないのである。だから、握り方、構え方、姿勢、足の運び、そう言った所から一つ一つ、九堂は緒美に対してレクチャーを行っていったのだった。そして兎に角、最初は基本の素振りから、なのである。

「クラウディア、貴方(あなた)も、ちょっと、やってみなさいよ。見てるだけじゃ、詰まらないでしょ。」

 直美は突然、見学していたクラウディアに向かって、自分が持っていた練習用の木製の棒を放るのだ。それを、クラウディアの前で、掴(つか)んで止めたのは維月である。
 クラウディアは慌(あわ)てて、胸の前で両の掌(てのひら)を振りつつ応える。

「あ、いえ。お邪魔でしょうから、部長の。」

 その返答に、素振りの手を止めて緒美が声を掛けるのである。

「試しにやってみない?カルテッリエリさん。偶(たま)には運動するのも、気持ちいいわよ。 それに、初心者の仲間が増えると、わたしも心強いわ。」

 続いて、九堂である。

「初心者も大歓迎だよ~。難しい事は、やってないからさ。どう?」

 返事に困ったクラウディアは、練習用の棒を持った儘(まま)で隣に立って居る、維月に視線を送る。維月はニヤリと笑って、言うのだ。

「やってみれば? 運動して骨格に刺激を与えると、成長ホルモンが増えるんだってさー。」

「何よ?それ。」

「平たく言えば、背が伸びるかもよ?って話。ま、或る程度の期間、継続してやらないと、意味は無いだろうけどね。」

 そして維月は「うふふ。」と笑うのだ。

「まあ、無理に、とは言わないよ、クラウディアさん。」

 九堂は、そういって微笑むのだった。

「貸して。」

 クラウディは維月が持っている練習用の棒に手を伸ばすと、奪う様にそれを掴(つか)んで前へと進み出たのである。

「どうすればいいの?クドー。」

「お、やる気だねー。いいよ、それじゃ最初はね…。」

 九堂は文字通り『手取り足取り』と言った体(てい)で、握り方や構え方、足の置き方などの説明を始めるのだ。
 そんな様子を横目に見乍(なが)ら、直美は維月に近寄って小声で話し掛けるのである。

「いい傾向じゃん。 上手い具合に教育したねもんだね、井上。」

 微笑んでいる直美に、維月も笑顔で言葉を返す。

「別に、わたしは何もしてませんよ、新島先輩。 それに、元からいい子ですよ、クラウディアは。」

「そうか。」

 直美は一言を返し、小さく頷(うなず)いて見せたのだった。

 それから暫(しばら)くして、今度は恵が、講習組の方へと歩いて来たのである。そして、何やら深刻な表情で呼び掛けて来たのだった。

「全員、部室に集合して、って。立花先生が。」

 素振りを繰り返していた緒美とクラウディアの二人は動きを止め、緒美は直美の方を見て言ったのだ。

「新島ちゃんの、嫌な予感が当たったみたいね。」

 それには直美は答えずに、唯(ただ)、苦笑いを返したのである。

 

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STORY of HDG(第20話.03)

第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 20-03 ****


「取り敢えず、やってみましょうか。」

 緒美の、同意の言葉を受けて、茜は注意事項を話し始める。

「駆け足は、多分、問題無いと思いますが、スピードが上がって来ると、走るって言うより、一歩ずつが跳躍の様になりますから、その点は覚えておいてください。」

「それは貴方(あなた)達の様子を見てたから、理解はしてる積もりよ。」

「はい。それで問題は高速状態からの停止方法だと思うんですけど、減速にしても、脚を使って止まるのには、どうしても転倒の危険が付いて回るので。そこで考えたんです、安全に停止する方法。ちょっと、やって見ますから、見ててください。」

 そう言うと、茜は西向きに身体を回すのだ。

「行きます。」

 身体を少し沈めると、茜は右脚で地面を蹴って一メートル程前方へと飛び出し、左脚で再び地面を蹴るのである。二歩、三歩と地面を蹴る毎(ごと)に、その歩幅(ストライド)を伸ばしつつ加速していくのだ。五歩目を蹴って機体が宙に浮かぶと、茜の声が緒美のレシーバーから聞こえて来る。

「止まります。」

 すると、茜は全身を反り返らせる様な姿勢でスラスター・ユニットを噴射し、それに因って減速し軟着陸して見せたのである。地面に降り立つと、くるりと向き直り、緒美に向かって右手を上げて見せるのだった。

「見えましたか? 今度は、そっち向きに、行きます。」

 そう宣言すると、茜は先刻と同じ様に、今度は東向きに地面を蹴って加速して来るのだ。そして十メートル程前方で、先程と同じ様にスラスター・ユニットで減速し、茜は緒美の手前に降り立つのである。

「こんな感じで。 まあ、スラスター・ユニットが無いと使えない手ですし、燃料も余計に消費しますけど。でも、地面の状態に関係無く減速が出来ますから、安全です。」

「確かに、足の摩擦でブレーキ掛けるのは、路面が荒れてると躓(つまず)いて転倒する危険性が有るけど。」

 緒美が苦笑いで同意すると、茜はくすりと笑って続けるのだ。

「それに、コンクリートアスファルト、舗装路の上で頻繁(ひんぱん)にスライディングをやると、接地部分のパーツが早く消耗しますし。」

「それで、具体的には、どうすればいいのかしら?」

「基本的には思考制御です。空中で減速するのと、着地点を定めるイメージですね。あとは HDG の AI が、全部やって呉れます。」

「あの、後ろに反り返る様な姿勢も?」

「はい。HDG の動きに抵抗しないで、一体になる感覚が大事です。」

「出来るかしら?わたしに。」

 そう言って緒美は、身体を西側へと向ける。

「取り敢えず、最初は余りスピードを上げないで、三歩目で制動を掛けてみましょうか。あと、減速前には前向きよりも、上向きに跳(と)ぶ感覚で踏み切った方が、余裕が有るかも知れませんね。」

「兎に角、やってみるわ。」

 茜の助言に対して右手を上げて応え、緒美は正面に向き直って一度、大きく息を吸って、吐いた。続いて、少し姿勢を低くすると、緒美は右脚で地面を蹴ったのだ。
 緒美の身体は勢い良く前方へと飛び出し、僅(わず)かな滞空の後、左脚から着地すると今度は其(そ)の足で地面を蹴り飛ばし、更に加速する。そして三歩目の右脚での踏切では、先程、茜の助言に有った様に少し上へ向かって飛び出したのである。その勢いは、茜が実演して見せた時の、凡(およ)そ半分程度だったであろう。
 そして、空中で緒美の HDG-O は、茜の A01 と同様に反り返る様な姿勢でスラスター・ユニットを噴射し、ふわりと着地して見せたのだった。HDG-O が A01 と同じ動作が出来るのは、勿論、動作データが移植されているからである。
 茜はスラスター・ユニットを使用した一度の跳躍で、緒美の立って居る地点まで一気に移動すると、緒美の隣に着地して声を掛けるのだ。

「どうです? 感覚は掴(つか)めました?」

 勿論、離れていても通話は可能なのだが、茜も全てを理詰めで行動している訳(わけ)ではない。この時は、自然と身体が動いたのである。
 緒美は、微笑んで茜に応える。

「HDG は身体能力を拡張する、とは考えていたけど。体験してみると、改めて驚かされるわね。 その上で、天野さんもボードレールさんも、普通に使い熟(こな)しているのには感心するしかないわ。」

「あははは~、それは恐縮です。」

 少し戯(おど)けた様に茜は言葉を返すのだが、一方で緒美は真顔で前を向くのだ。

「もう少し、反復してやってみるわね。」

「了解です。」

 茜が其(そ)の場を離れると、緒美はダッシュからの制動を繰り返し、結果、第三格納庫の前を三往復したのだった。
 その間に茜は、格納庫の前へと移動して、瑠菜とブリジットから二本のステンレス製パイプを受け取るのだ。そのパイプは長さが凡(およ)そ二メートル程で、その一端には五十センチメートル程に渡ってゴム製のテープが巻き付けられていた。
 茜は、そのパイプを左右のマニピュレータにそれぞれ一本ずつ持って、第三格納庫の前へと戻って来た緒美の元へと向かったのだ。

「その様子なら大丈夫そうですね。次のメニューへ行きましょう。」

 そう声を掛けると、茜はゴムの巻かれた側を向けて、右手側に持っていたステンレス製パイプを緒美に差し出した。

「オーケー。」

 緒美は右のマニピュレータで、差し出されたゴム巻き部を掴(つか)んで答えたのである。
 続いて、茜が言う。

「それじゃ、昨日やったみたいに、構えと素振りから。」

 茜は緒美の斜向(はすむ)かいに立ち、剣道の竹刀(しない)の様に、ステンレス製パイプを正面に構えて見せる。緒美も茜に続いて、パイプを身体の正面に構える。

「いーち。」

 茜は声を上げ乍(なが)らパイプを頭上へと振り上げ、掛け声の終わりと同時に一歩踏み込んでパイプを真っ直ぐに振り下ろした。緒美も、茜とタイミングを合わせて素振りを実行するのだ。そしてパイプを振り下ろすと、一歩後退して元の位置へと戻るのだった。

「にーい…さーん…よーん…。」

 緒美も体育の授業で剣道の基礎に就いては経験済みではあったが、以前、ブリジットがやっていた様な素振りから打ち合い迄(まで)を、前日の内に二時間程を掛けて茜から講習を受けたのだった。その上で、HDG-O には A01 の動作データが移植されているので、素振り程度の動作は難無く熟(こな)せるのである。

「…きゅーう、じゅーう、はーい、ここ迄(まで)。」

 茜は素振りの終了を告げると、振り下ろしたパイプの先端を後ろに向けて左マニピュレータに持ち替える。剣道で謂(い)う所の『提刀(さげとう)』の所作なのだが、ステンレス製パイプを茜は、無意識に竹刀(しない)の様に扱っているのだ。一方で緒美はパイプを右マニピュレータで持った儘(まま)、先端を下へ向けて身体の前で横に向けている。
 勿論、茜は意識外の事象に就いて迄(まで)、緒美に対して細(こま)かい要求はしない。

「動作的には問題無さそうなので、早速、少し打ち合ってみましょうか? 勿論、最初はゆっくり目で行きますから。」

「昨日の今日で、上手(じょうず)に出来るかしら?」

 冗談っぽく、そう言う緒美の正面へと移動し、茜はパイプのグリップ部を右マニピュレータで掴(つか)むと、先端を緒美の方へと向け、構える。

「HDG が補助して呉れると思いますが、それを確認するのが目的でもありますし。」

「尤(もっと)もだわ。」

 緒美も、パイプの先端をスッと持ち上げ、茜に向かって構えるのだ。お互いが中段の構えで対峙(たいじ)している格好である。

「それじゃ、此方(こちら)から打ち込みますので、昨日やったみたいに、受け止めるんじゃなくて、払う様な感じで。それから、其方(そちら)のタイミングで、何時(いつ)でも反撃を始めてください。」

「了解。」

「じゃ、行きます。」

 そう緒美に断ってから、茜はパイプを頭上に振り上げ、一歩を踏み込んで振り下ろす。緒美は一歩下がりつつ、茜が振り下ろしたパイプを、自身が手に持つパイプを右から左へと振って払い除けるのだ。軌道を逸(そ)らされたパイプを引き上げ、茜は最初と同じ軌道で真っ直ぐに第二打を振り下ろす。今度は左から右へと、緒美は打ち込みを払うのである。
 そんな具合に、一秒に一打程度の間隔で、茜は同じ様に打ち込みを十回、二十回と続けるのだが、打ち込む度(たび)に茜が一歩を踏み込み、緒美が一歩を後退するので、二人は一歩ずつ第三格納庫の前から西向きに離れて行くのだった。
 そして三十打目の打ち込みで茜は緒美の右側を擦り抜け、緒美の背後へと回り込むのである。緒美は身体を回して、茜に正対しパイプを中段に構え直す。

「取り敢えず、動作に問題は無さそうですね。今度はスピードを上げて行きます。」

「了解。」

 緒美の返事を聞いて、茜は再び一歩を踏み込んで、先程と同じく上段から真っ直ぐの打ち込みを入れるのだ。緒美も先程と同じ様に払うのだが、今度は半分程の間隔で第二打が打ち込まれる。それにも難無く緒美の HDG-O は対応し、続く打ち込みも右へ左へと払い続けるのである。カン、カン、とステンレス製パイプの衝突音がリズミカルに響き、その間隔は少しずつ短くなっているのだった。そして三十打目で、前回と同じ様に茜は緒美の右側を擦り抜けて、再び緒美の背後に回るのである。

「今度は、打ち込みの軌道を変えていきますよ。 遠慮無く、打ち返してくださって構いませんからね。」

「努力はしてみるわ。」

 向き直った緒美の返事を聞いて、茜は最初に真っ直ぐの打ち込みを加えるのだ。それを右側へと払われると、その儘(まま)、腕を引いて切り返し右上から斜めに、茜はパイプを振り下ろす。向き合った緒美に対しては、向かって左上方から振り下ろされるパイプを、咄嗟(とっさ)に左下から右上へと払い除けたのである。すると、茜は緒美の右横から水平にパイプを走らせ、緒美はパイプの先端を地面に向ける様に構えて水平に打ち込まれる攻撃を凌(しの)いだのだ。
 そうやって茜は切れ目無く、軌道を変え乍(なが)ら打ち込みを繰り返し、緒美も其(そ)れを払い続けたのである。そして今回も三十打目で茜が緒美の背後へと抜け、打ち込みは一旦(いったん)終了となる。

「打ち込みを捌(さば)く方は、問題無いみたいですけど、矢っ張り、反撃は難しいですか?」

「具体的なイメージが、ね。単純に、経験不足なんでしょうけど。」

「HDG に関して言えば、受けるのも打ち込むのも、制御は同じですよ。相手の攻撃を払うのは、打ち込まれる軌道に自分の攻撃を当ててる訳(わけ)ですから、寧(むし)ろ制御的にはハードルが高い筈(はず)です。 目標を軌道上の武器から、相手の身体に変えて、自分から打ち込んでいくイメージが出来れば、そこからは HDG が動いて呉れます。あとはタイミングが全て、ですね。」

「その、タイミングは、どう掴(つか)めばいいのかしら?」

「基本的には、相手の攻撃と攻撃の合間とか、相手が引いた瞬間とか、ケース・バイ・ケースなので明確に言語化するのは難しいですけど。」

 そこに、直美からの通信が入るのである。

「あー鬼塚、聞こえる?新島だけど。」

「なにかしら?新島ちゃん。」

「今の話だけどサ、反撃を仕掛けるタイミング、こっちで見て指示してあげるから、やってみて。」

「分かるの?」

「貴方(あなた)よりはね。 どうかな?天野。」

 直美が意見を求めるので、茜は即答する。

「いいと思いますよ。 少なくとも、打ち込んでいる、わたしには出来ないので。」

「あははは、違いない。」

 茜の返答に、直美は明るく笑って同意するのだ。

「解った、試しにやってみましょう。」

 そう言って、緒美はステンレス製パイプを正面に構えるのである。続いて、茜も緒美と同じ様に中段に構える。

「それじゃ、始めます。」

「どうぞ。」

 緒美が答えると、茜は直ぐに一歩を踏み込み、正面からの真っ直ぐな一打目を放ったのである。

 

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STORY of HDG(第20話.02)

第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 20-02 ****


 緒美と茜は、それぞれの身体を HDG へと接続するのだが、その手順に特段の差異は無い。勿論、茜の方が手慣れているので先に接続は完了するのだが、それから二分と遅れずに緒美も接続を完了し、二人は共に HDG 背部のスラスター・ユニットを起動させるのだ。水素を燃料として稼働するジェット・エンジンが組み込まれている背部スラスター・ユニットは、推進器としての機能よりも電源としての意味合いの方が強い事は以前に説明した通りで、ジャンプや飛行をしない場合でも、常にエンジンは発電機として運転されているのだ。
 HDG 側での電源が確保されると、空中で HDG を保持している接続アームが降ろされ、床面に立った HDG がメンテナンス・リグから解放される。メンテナンス・リグに接続されている間は、電力がリグから HDG へと供給されているが、リグとの接続が断たれると HDG は、スラスター・ユニットか或いは内蔵バッテリーからの電力で稼働するのである。

「部長、0(ゼロ)号機、問題無いですか?」

 緒美の装着しているヘッド・ギアから、茜の声が聞こえる。緒美は視線を右隣の茜へと送り、言葉を返す。

「異常無し。 ボードレールさんが言ってた『立ってるのに浮かんでいる様な』って、こんな感じなのね。」

 その返事に茜が微笑んでいるのを確認して、続いて緒美は樹里に問い掛けるのだ。

「城ノ内さん、データは取れてる?」

「はい、部長。データ・リンクは正常です。今の所、リターン値も正常、問題無しですよ。」

 樹里は緒美の正面に置かれているデバッグ用コンソールに着いているが、その声はヘッド・ギアのレシーバーから聞こえて来るのだ。

「了解、それじゃ早速、動かしてみるけど。異常が有ったら、教えてね。天野さん、HDG01 もサポート、よろしく。」

「HDG01、了解。」

「HDG00、前進します。」

 樹里は宣言して、一歩目を踏み出す。
 茜とブリジットの初回起動時は、静止した状態で各間接を順番に動かして、動作範囲の設定や、反応の確認を行っていたのだが、今回は緒美の身体計測データと HDG-A01 及び B01 の動作データを元に合成された初期設定が、既に入力されているのだ。身体計測データに就いては、二年前のインナー・スーツを試作した際の計測値に加え、前日に再計測が行われたのである。
 A01 の設定値と動作データには茜の身体計測データが、B01 の設定値と動作データにはブリジットの身体計測データが紐付(ひもづ)けされており、それらを元データとして緒美の身体計測データに対する初期設定と仮想の動作データが合成されている。これらの設定値と仮想の動作データが予(あらかじ)め入力されている事で HDG-O は最初から或る程度の動作が可能となっており、更に実際の動作データを積み重ねる事で設定の各種値が緒美に合わせて最適化されていくのである。
 そんな構想を証明するかの様に、緒美の HDG-O は二歩、三歩と問題無く歩みを進め、一旦(いったん)、足を止めた。

「どうですか?部長。」

 そう通信で問い掛けて来たのは、樹里である。

「特に抵抗は無いわね。」

 樹里に答えると、緒美は右腕を肩の高さまで上げ、肘を曲げたり、腕を回したりを数回繰り返す。続いて腰を捻(ひね)ったり反らしたりと、上半身の動作具合を確かめるのだ。そして準備運動でもするかの様に膝(ひざ)の屈伸を五回繰り返すと、背中を伸ばして茜に言うのだ。

「それじゃ、外に出てみましょうか、HDG01。」

「了解です、HDG00。」

 茜は右手を上げ、答えた。そして二人は、南側の格納庫大扉へと向かうのだ。
 大扉の前に到着すると、二人共に両腕のマニピュレータを展開し、茜は向かって左側へ、緒美は右側へと大扉を動かしていく。
 大きな音を立て乍(なが)ら扉が開かれる程に、冬の外気が格納庫内へと吹き込んで来る。HDG を装着している二人には気温の変化を感じる事は無かったが、生身である他の部員達は口々に「寒い、寒い。」と言い合い、それぞれが作業用のコートやジャケットを制服の上に羽織るのだった。
 緒美と茜が格納庫の外へ出ると周囲は既に薄暗く、頭上の冬空には星さえ見え始めていた。
 学校南側の滑走路は空港ではないので、照明が明々と灯されている訳(わけ)ではない。夜間に離着陸の予定が有る場合は、第二格納庫からの操作で滑走路の両幅と中心線を示す灯火や誘導路を照らすライトが点けられるのだが、この日にその予定は無いのか、滑走路の方向は真っ暗に見えたのだ。
 滑走路より手前、それぞれの格納庫前に有る駐機場エリアは、格納庫建屋に取り付けられているライトで照らされている。だから、そこでなら活動が可能だったのである。その駐機場を照らすライトも、滑走路への離着陸の予定が無ければ、午後八時には消灯となるのだが。
 HDG に就いて言えば、暗視装備が有るので暗闇の中でも活動は可能だったが、緒美の HDG-O に関しては試運転であり、加えて緒美自身が初心者である事から、行き成りの夜間運用試験と言う訳(わけ)にもいかず、今日の行動は灯りの有る範囲で、となっているのである。
 緒美は駐機場エリアを南に向かって歩いて行き、格納庫から十メートルほど離れると、立ち止まって身体の向きを格納庫の方へと向ける。緒美と格納庫の中間程の位置に立っている茜に、緒美は尋(たず)ねるのだ。

「HDG01、動作の感覚を確かめるのには、矢っ張り最初はジャンプがいいかしら?」

「そうですね。」

「それじゃ何時(いつ)もの通り、垂直跳びからやってみましょう。」

 そう言って緒美が少し腰を落とすと、茜が注意を促(うなが)すのである。

「HDG00、余り本気でジャンプすると、スラスター・ユニットが機能するかもですから、注意してください。まあ、飛行や滑空をイメージしてなければ大丈夫だとは思いますけど。」

「成る程、天野さんの動作を学習してるから、それも有り得る訳(わけ)ね。注意する。」

「逆に、ジャンプで跳(と)びすぎた場合には、スラスター・ユニットが着地の補助をして呉れる筈(はず)ですけど。」

「あははは、それなら安心だわ。」

 緒美は一笑(ひとわら)いした後、少し膝を沈め、続いて軽く地面を蹴ったのだ。すると緒美の身体を含めた機体は四十センチメートル程、地面から浮き上がり、間も無く音を立てて着地したのである。

「如何(いかが)です?」

 そう茜が訊(き)いて来るので、緒美は一言を返すのだ。

「成る程ね。」

 そして先刻よりも深く膝を曲げ、もう一度、空中へと跳(と)び上がる。今度は一メートル程まで地面から離れた後、再び音を立てて着地したのだ。今度は着地の瞬間に膝を曲げ、腰を落として衝撃を吸収したのである。
 緒美は、その姿勢から一気に全身を伸ばす様にして、再度、垂直にジャンプし、今度は三メートルを超える跳躍を見せたのだ。機体が最高点から降下を始めると、背部のスラスター・ユニットが噴射を強め、今度はふわりと、緒美は着地したのだった。

「成る程、色々と AI が補助して呉れてるのね。」

 それは緒美の、素直な感想である。
 その感想に対して、樹里がくすりと笑って突っ込みを入れるのだ。

「その仕様を考えたの、部長ですよ。」

 緒美も、くすりと笑い、言葉を返す。

「そうだけど、頭で理解してるのと経験するのは、矢っ張り、違うものよね。 それに、わたしが仕様で決めたのは大きな方向性だけで、具体的で細かい制御に就いては本社のソフト開発部隊の仕事だし、動作データの蓄積に関しては天野さんとボードレールさんの功績だわ。」

「それは兎も角、感覚は掴(つか)めそうですか? HDG00。」

 そう茜が尋(たず)ねるので、緒美は応えるのだ。

「貴方(あなた)達と違って、わたしは運動は得意な方じゃないから、もうちょっと慣れるのに時間は掛かると思うけど。 でも、動作補助が上手い具合に効いているみたいだから、取り敢えず大丈夫そうね。続けましょう。」

「分かりました。それじゃ、ランニングの前に前方跳躍を経験して、脚力の違いを体感しておいた方がいいですよね。」

 そう言い乍(なが)ら、茜は緒美まで約二メートル程の距離へと歩み寄って来るのだ。

「先ずは、片脚で、これ位、跳(と)んでみてください。」

 茜は右脚で踏み切って、五十センチメートルほど前方へ跳(と)び、左脚から着地してみせるのだ。跳躍と言うよりは、大きめの水溜まりを跨(また)いで飛び越えた、そんな動作である。
 続いて、緒美は茜を真似て、右脚で踏み切って飛び出すのだが、結果的に茜の位置よりも身体一つ程、遠くに着地したのだった。

「あら。」

「思ったよりも、遠くに行くでしょう? 普通に動く感覚よりも、力を入れないで、軽めに。」

 茜は歩いて緒美の隣まで移動すると、もう一度、先程と同じ程度の片足跳びをしてみせるのだ。

「わたしの隣に着地するイメージで、跳(と)んでみてください。飛距離は力(ちから)加減で制御するより、着地点を意識すれば、AI が出力を制御して呉れますから。」

「やってみるわ。」

 再び、緒美は右脚で踏み切って前方へと跳(と)び、今度は茜の隣へと着地するのだ。これは跳躍の目標着地点を思考制御で読み取った HDG-O の AI が、最適な脚力で踏み切った結果なのである。そして、一度のトライで其(そ)の制御が成功したのは、A01 と B01 による動作データの蓄積が有ったからなのだ。

「こんな感じかしら?」

「いいですね。どんどん行きましょう。」

 茜は、今度は一メートル程前方へと、同じ様に片足踏切で跳(と)んでみせる。そして、それを追って緒美は茜の隣へと跳(と)ぶのだ。続いて、二メートル、三メートルへと、飛距離を伸ばして跳躍を繰り返すと、その都度(つど)、緒美は茜の隣を狙って片脚踏切を繰り返し、狙った位置への跳躍を反復したのである。
 そんな動作を西向きに、次いで東向きへと、合計で十回程度繰り返した後、第三格納庫の前に戻って茜は言うのだ。

「じゃ、次は両脚踏切、一足(いっそく)飛びでやってみましょうか。この場合、両脚着地になりますけど、着地の時に重心が前へ行っちゃうと、慣性で前方へ転倒しますから注意してください。HDG を装着してると、当然、慣性が生身の時よりも大きくなりますから、着地の瞬間に、絶対に重心を前に行かせないように。前へ転倒する位なら尻餅を突く方が、怪我も装備の破損も、まだ優(まし)ですから。」

「了解、気を付けるわ。」

「まあ、多分、AI が転ばないように補助して呉れるとは思いますけど。取り敢えず、こんな感じで。」

 そう言って、茜は両脚で軽く踏み切ると、前方へ五十センチメートル程、跳(と)んで見せたのである。

「オーケー、やってみる。」

 続いて緒美が、茜の動きを真似て跳躍を行うが、特に危な気(げ)無く着地したのだった。

「いいですね。続いて行きます。」

 今度は一メートル程も前方へと跳(と)んだ茜は、空中で両脚を前方へと振り出し、その儘(まま)、蹲(しゃが)み込む様に着地する事で上体が前方へと振られる慣性を相殺するのだった。そして立ち上がると振り向いて、緒美に向かって右手を上げて見せたのだ。

「それじゃ、行きます。」

 そう宣言して、緒美は茜に続くのだ。
 茜と同様にジャンプをした緒美だったが、着地時の腰の落とし具合が足りなかったのか、勢いで上体が前方へ押し出される様に振れたのである。その瞬間に肝を冷やしたのは、当人である緒美よりも、周囲で其(そ)の様子を見ていた部員達の方だった。
 緒美はと言うと、咄嗟(とっさ)に右脚を一歩前に出し、無事に踏み止まったのである。

「ナイス・リカバリー。」

 緒美のレシーバーからは、茜の声が聞こえて来る。

「今のは、ちょっと危なかったわね。」

 そう言って、緒美は腰を伸ばした。そして、今(いま)し方(がた)の挙動が、自身の反射的な動作だったのか、或いは HDG の動作に緒美の身体が追従したものなのか、緒美自身にも判然としない事に、聊(いささ)か驚いていたのである。少なくとも脚を動かす時の抵抗感や、逆に脚が機体に引っ張られる様な感覚、その何方(どちら)をも感じなかった事は確かだったのだ。
 インナー・スーツが装着者(ドライバー)の筋肉の動きを検出し、その情報を元に HDG は FSU を動作させているのだが、単純に其(そ)れだけであれば制御処理の時間の分、HDG 側に動作の遅れが生じる筈(はず)である。実際にブリジットが B01 を最初に起動した時に『動かすのが硬い、重い』とコメントしていたのが、それなのだ。なので HDG の制御 AI は、装着者(ドライバー)の次の動作を予測し、自発的に FSU の動作(ドライブ)を実行し、その上でインナー・スーツからの情報で動作量や速度の過不足を調整しているのである。その動きの中で、必要が有れば HDG が其(そ)の動作を以(もっ)て姿勢や手足の挙動に就いて、装着者(ドライバー)に補正を促(うなが)しもするのだ。例えば、先程の緒美の跳躍でも、踏み切った後の空中での姿勢変化に就いては緒美は意識していなかったものの制御 AI に因る補正が掛かっていたし、茜が PCBL(荷電粒子ビーム・ランチャー)で射撃をする際の腕の動きに対する照準補正にも、同様の仕組みが働いているである。
 その動作予測や補正の源泉(ソース)としては、A01 と B01 で得られた動作データが利用されている訳(わけ)なのだが、であれば何故、先程の緒美の跳躍で着地後にバランスを崩したのか? それは、単純に『個人差』が原因なのだ。
 A01 とB01 で得られた動作データは、それぞれが茜とブリジットの身体が前提条件となっており、それを体格や筋力の違いを差し引いて一般化したとしても、HDG-O で利用するのに於(お)いて緒美の身体に完全適合しないのは当然の事である。だから時間を掛けて HDG を緒美が動かしていく事で各種パラメータを最適化し、緒美に適合した動作データを HDG-O の中に構築する必要が有るのだ。
 今現在のA01 とB01 が、それこそ自在と言える程に動けるのは、茜とブリジットがゼロの状態から地道に動作領域を拡張して行った成果であり、寧(むし)ろ初起動である HDG-O が緒美に違和感の無い程度に動作可能である事の方が驚異的なのである。

「その様子なら大丈夫そうですから、次は駆け足からダッシュまで、やってみましょうか。」

 茜の其(そ)の提案は、少しだけ緒美を不安にさせたが、ここは HDG を信頼する事にして承諾(しょうだく)したのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第20話.01)

第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 20-01 ****


 2072年12月8日、水曜日。前々日に緒美から突然の発表が有った通り、四機目の HDG が予定通りに第三格納庫へと搬入されたのである。
 月、火曜日と二日間、現地での休暇を過ごしていた畑中達が搬送されて来た新たな HDG 一式を受け取り、兵器開発部のメンバー達が授業を受けている日中に、現地でのセットアップ作業を行うのだ。そうして午後四時を過ぎると、授業を終えた兵器開発部のメンバー達が第三格納庫へと移動して来て、この日の部活が始まるのである。

「A号機とB号機の動作データから、別の機体へ初期設定を合成できるのか、実証試験を行います。」

 前日の部活時に、緒美は部員達に新たな HDG の試験を行う理由を、そう説明したのだ。
 その説明を聞いて、恵と直美、そして応援で来ている飛行機部の金子と武東、彼女達三年生組は緒美の真意を直ぐに察したのである。それが一年生達を実戦に巻き込んでいる現況に対して、上級生としても同じリスクを負わなければならない、そんな覚悟の様な思考なのだろう事は、本人に聞く迄(まで)もなかったのだ。勿論、『実証試験』の件も嘘ではない。
 とは言え、緒美が茜達の役割を完全に代替できるのかと言えば、其(そ)れは不可能で、その事は緒美にも良く分かっていた。茜は剣道で、ブリジットはバスケットボールで、それぞれに鍛えた運動能力が、実戦時に発揮される成果(パフォーマンス)の基礎となっている事に疑いの余地は無いからだ。
 運動能力の一点に限って言えば、緒美とクラウディアに大きな差は無いのだが、クラウディアにはプログラミングや情報処理の特殊技能(スキル)が有り、その点で矢張り、緒美はクラウディアの代替ともなり得ないのである。
 つまり、防衛軍の一部から HDG 各機の能力を事実上『当て』にされている現状で、一年生達三名をテスト・ドライバーの役割から外す事は既に不可能に近く、緒美が一年生達の誰かと交代する事も現実的ではなかった。現状で緒美に出来るのは、一年生三名に加わって現場で指揮を執る、その程度なのである。
 実戦経験の無い緒美が、今更(いまさら)加わっても足を引っ張るだけではないのか? 当然、それは可能性としては有り得る状況なのだ。しかし、幾度かの実戦と積み上げられたシミュレーションからの経験に因り、戦闘経験の無いクラウディアとC号機(サファイア)が、格闘戦で一機の『トライアングル』を撃退して見せたのも事実である。そこから、HDG での運用や機動が素人同然の緒美であっても、同程度に格闘戦が熟(こな)せるのか、先(ま)ずは其(そ)れを模擬戦で確認する、それも『実証試験』の目的の一つとされているのだ。
 素人の様な新兵でも十分(じゅうぶん)に器材の能力が発揮出来る事、それは兵器の能力として確認しておきたい重要な要素ではあるのだ。特別な資質や、特殊な才能、個人の能力に依存している様では、兵器としては『出来損ない』なのである。
 だから緒美は、今回実施される『実証試験』の意義を、その様な文脈で兵器開発部のメンバー達に説明したのだった。
 その説明が終わった後、一人、浮かない表情の恵に、周囲に目が無いのを確認して立花先生は声を掛けたのだ。

「大丈夫?恵ちゃん。」

「先生は御存じだったんですよね?」

 そう問い返してきた恵の顔には、特段の表情は無かったのである。
 立花先生は、苦笑いを浮かべつつ答える。

「それは、昨日も訊(き)かれた気がするけど…恵ちゃんは反対だったのよね?」

 今度は恵が苦笑いをして、言うのだ。

「事ここに至っては、反対するも何も無いんですけど。 何時(いつ)、決まった事なんですか?」

「八月…LMF が大破した、あの時の直後にね。緒美ちゃんが理事長…会長に直訴(じきそ)したのよ。」

「成る程。まあ、あの流れだったから責任を感じたんでしょうね。緒美ちゃんなら…分からないでもないです。」

 そう言って、恵は微笑むのだ。対して、立花先生は申し訳無さそうに言葉を返す。

「ごめんなさいね。恵ちゃんの気持ちは知ってたけど、あの場では強硬に反対も出来なくて。」

「反対されたからって、緒美ちゃんが考えを変えるとは思えませんけど。理事長にしたって、天野さんの負担が減る方向なら、反対する道理も有りませんし。先生が一人、反対しても、それは無理筋って言うものでしょう?」

「全(まった)く、我乍(われなが)ら無力さに嫌気(いやけ)が差すわ。」

 溜息を吐(つ)く立花先生に、恵が声を掛けるのだ。

「取り敢えず、真(ま)っ新(さら)の状態からではないだけ優(まし)だと思いましょう。 あとはもう、これ以上、実戦に参加しないで済むよう、祈るばかりですよ。」

 そして恵は、格納庫フロアへと降りる可(べ)く、部室奥のドアを出て行ったのだった。
 以上は前日の様子なのだが、この遣り取りを知っているのは立花先生と恵の二人だけである。強いて言えば、室内の状況をモニターしていた Ruby を始めとする AI 各機も、それを聞いてはいたのだった。勿論、第三格納庫内部でモニターした会話を、AI 達が許可無く他人に話す事は、規制されている行動なので有り得ない。AI 達が第三格納庫内の会話をモニターしているのは、対人コミュニケーション能力を向上させる為の基礎データの収集が目的なのであって、会話者達のプライバシーは保護される可(べ)きであるからだ。
 そして、仮令(たとえ) AI と言えども、人から信頼を得る為には、『口の堅さ』は重要な要素なのである。

 お話を、当日の時間軸へと戻そう。

「それで結局、これの呼称はどうなるんですか?畑中先輩。」

 HDG-A01 の隣に並べられた新しいメンテナンス・リグには、ベースカラーが青紫色の HDG が接続されている。それを指差して、瑠菜が畑中に尋(たず)ねたのだ。

「試作工場じゃ『予備機』とか『リザーブ』って、呼んでたけど。」

「本体に書いてあるのは?『O(オー)』なのか『0(ゼロ)』なのか。」

 次いで維月が言う通り、搬入された機体のディフェンス・フィールド・ジェネレーターには、白文字で『HDG-SYSTEM O』と記入されているのだ。その維月の疑問には、直美が答える。

「ああ、それは『0(ゼロ)』じゃなくって、『O(オー)』の筈(はず)よ。」

 その答えに対して、佳奈が聞き返す。

「『O(オー)』なんですか?『D(ディー)』じゃなくて。」

 茜のA号機、ブリジットのB号機、クラウイディアのC号機、その次ならばD号機だろう、と言うのが佳奈の予想なのだ。今度は、立花先生が佳奈の疑問に答えるのだ。

「『O(オー)』は『原型機』、『Original』の『O(オー)』なのよ。『ゼロ号機』の『0(ゼロ)』とのダブル・ミーニングでもあるけど。」

「あと、『Onizuka(オニヅカ)』の『O(オー)』、でもある。」

 そう付け加えたのは、直美である。すると維月は、直美に尋(たず)ねるのだ。

「鬼塚先輩専用機、って事なんですか?」

「まあ、実質的に然(そ)うなるわね。インナー・スーツはわたし達が一年の時に開発試作したのしか、使えるのが他に無いんだから。それは、その時、鬼塚用に作っちゃったからさ。『HDG-O(オー)』は、その試作スーツに振った型番だったのよ。」

 その直美の説明を聞いて、瑠菜は立花先生に問い掛けるのだ。

「それで部長用に、新規に製作されたんですか?これ。」

「いいえ。開発用に、最初に試作された、五機の内の一機よ。」

「そんなに沢山、作ってたんですか?A号機の前に。」

「それじゃ、まだ四機、有るんだ。」

 瑠菜に続いて、感心気(げ)に佳奈が然(そ)う言うので、苦笑いして立花先生が否定する。

「四機は無いわね、一機は静強度試験の破壊検査で壊しちゃったし、もう一機は疲労強度試験で最終的にフレームが歪(ゆが)んじゃったから、廃棄処分になってる筈(はず)よ。まあ、その二機は元々が強度試験用だから、フレームしか作られてないけどね。」

 ここで言う『静強度試験』とは、設計限界以上の荷重を壊れるまで加えて、構造が耐えられる限界を確認すると言う試験なのだ。
 『疲労強度試験』は設計限界以内の荷重を一定時間、繰り返して構造に対して負荷し、設計の想定通りに耐えられるかを確認する。この場合、試験終了時に見た目で異常は無い様に見えても、構造材内部に素材疲労や歪(ひず)みが残っている場合が有るので、矢張り再使用は出来ないのだ。だから、最終試験で敢えて限界以上の負荷を掛け、構造に可塑性の歪(ゆが)みが発生する限界のデータを取得し、供試材は廃棄するのである。

「残りは三機?」

 そう樹里が確認して来るのに対し、立花先生は頷(うなず)いて説明を続ける。

「その三機は組立や配線の設計確認と修正に利用されて、組み立て完了後にはユニット単位での動作確認、機能確認、ソフト検証とかに二機が使用されてたの。この一機は、その予備扱いだった機体ね。それでA号機、B号機での検証で修正が入ったユニットを、A、B号機の予備パーツと交換して仕立て直したのが、これよ。」

「それで、見た目がA号機と似てるんですか。」

 納得した様に、直美は言うのだった。
 続いて立花先生に、樹里が疑問を投げ掛ける。

「あれ?ソフトの検証は、シミュレータ上で済ませてるって聞いてましたけど。」

「実装前の最終検査を、実機の回路で入出力検証をやってるそうなのよ。こっちでやってるみたいな、動作まではさせない筈(はず)だけどね。」

「成る程、そう言う事ですか。」

 樹里が納得する一方で、瑠菜が所感を述べるのだ。

「わたし達の見えない所で、色々と手間が掛かってるんですね。」

「そりゃそうよ、本社の開発部だけで HDG 関連に、百人単位で人が関わってるんだから。試作工場もでしょ?畑中君。」

「それは、もう。」

 急に話を振られた畑中は、苦笑いである。
 そこで声を上げたのが、飛行機部の金子だった。

「おー、鬼塚。イカしてるじゃん。」

「何よ?『イカしてる』って。」

 金子の隣に居た武東が、肘で金子を突(つ)っ突(つ)き乍(なが)ら苦言を呈するのだ。一方で他の部員達は、階段の方から歩いて来る緒美へと視線を向けるのだった。
 搬入された HDG の起動試験の為、緒美はインナー・スーツに着替えていたのだ。緒美の HDG の相手をする為、茜も HDG-A01 を起動する可(べ)く、インナー・スーツを着用している。その二人の後ろには、着替えを手伝っていた恵と、ブリジットの姿も有ったのである。

「緒美ちゃん、インナー・スーツは久し振りだと思うけど、大丈夫だった?サイズとか。」

「はい。幸か不幸か、一年生の時から身長とか、服のサイズとか、殆(ほとん)ど変わってませんから。もう、成長は止まっちゃったみたいです。」

 朗(ほが)らかな笑顔で緒美が答えるので、立花先生も笑顔で言葉を返すのだ。

「まあ、二十歳(はたち)過ぎてから、急に伸びる人も居るから。」

「いえ、身長は今の儘(まま)で十分(じゅうぶん)なので。もう成長しなくても、いいんですけど。」

 真面目に応える緒美に、その横から恵が言うのである。

「これからは脚とか、おなかとか、そっちの成長が心配よね。」

「そっちのサイズとか、特に変わってないんでしょ? 羨(うらや)ましいわ~。」

 そう言い乍(なが)ら、立花先生は緒美の腹部や腰の周りを一撫(ひとな)でするのだ。緒美の方は触られるのに特段の反応はせず、唯(ただ)、言葉を返すのだ。

「別に運動とか、してないんですけどね。昔から脂肪が付きにくいのは、多分、母の体質に似たんだと思います。」

「緒美ちゃんのお母さん、スラッとした方(かた)だもんね。」

 中学生時代に数回、緒美の母親とは会った事が有る、恵の感想である。緒美は頷(うなず)いて、そして言うのだ。

「うん。 でも、その所為(せい)で、子供の頃は病気勝ちだったらしいんだけどね。」

「緒美ちゃんも?」

 心配そうに立花先生が訊(き)いて来るので、緒美は顔の前で右手を左右に振り、答えた。

「いえいえ。 その辺り、上手い具合に父の遺伝子がブレンドされたみたいで、わたしは全(まった)く病気とかには縁が無かったですね。風邪すら、滅多に引かない位(ぐらい)でしたから。」

「そう。なら、良かったわ。」

 立花先生へ笑顔を返した後、緒美は茜に向かって声を掛ける。

「それじゃ、今日の試験を始めましょうか。天野さん、お願いね。」

「はい、部長。」

 返事をして茜は、A号機の前へと向かう。
 一方で緒美は、瑠菜に尋(たず)ねるのだ。

「此方(こちら)の準備はいい?瑠菜さん。」

「はい。もう立ち上げてあります。 あ、部長、それで新型?の呼称なんですけど、どうしますかって、話してたんです。『O(オー)号機』になるんでしょうか?」

「流石に『O(オー)号機』は、ちょっと言い難いわね。」

「はい。」

 そこで、立花先生が提案するのである。

「なら、『0(ゼロ)号機』で、いいんじゃない? 元々、そう言う意味なんだし。」

「そうですね。」

 あっさりと同意した緒美に、拍子抜けした様に瑠菜が聞き返す。

「いいんですか?それで。」

「いいのよ。別に名前に拘(こだわ)りは無いし。識別さえ出来れば、何でもいいのよ。」

「アバウトだな~。」

 緒美と瑠菜との遣り取りを聞いていた直美が、そう言って笑うのだった。
 緒美も、すくりと笑い、『0(ゼロ)号機』の前へと向かったのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第19話.13)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-13 ****


「そうなの? でも、学校の方が大事なんだから、会社の仕事は大変だったら断ってもいいのよ、茜ちゃん。無理はしないでね。」

 祖母の言っている事は、飽く迄(まで)、一般論なのだと茜は理解していたのだが、聞きように因っては HDG の事を言っている様でもあり、自分から余計な事を言ってしまわない内に、早急に話題を変える必要性を茜は感じたのである。

「うん、分かってるー…あ、お母さん、近くに居る?」

「ええ、代わりましょうか?」

「うん、お願いー。」

 暫(しばら)く間が有って、通話の相手が母、薫(カオル)に交代するのだ。

「もしもし、元気?茜ちゃん。」

「うん、大丈夫だよー。」

「何か、あった?」

 薫は然(そ)う訊(き)いて来るのだが、茜には特に話題が有った訳(わけ)ではない。

「ああ、いえ、そうでもないけど…えーと、あ、お父さんは?」

「それが、間の悪い事に、今日も出張なのよ。何よ、お父さんに用事だったの?」

「そうじゃないけどー、どうしてるかな、って思って。最近、様子を聞いてなかったし。出張って、どこ?海外?」

「ううん、最近は国内ばっかりよね。今日は、仙台だって。」

「そう、まあ、元気ならいいけど。お母さんも、気を付けてね。」

「あら、ありがと。こっちの心配はいいから、茜も風邪とか引かないようにね。」

「うん、夕食の途中だったから、そろそろ切るね。冬休みの予定とか、決まったら又、連絡するからー。」

「はい、はい、待ってるね。」

「じゃ、切るねー。」

「はい、じゃ、またねー。」

「はーい。」

 茜は通話を終えると、携帯端末を手に元の席へと戻るのである。

「お帰りー、茜。」

 真っ先に、ブリジットが声を掛けて来る。
 茜は微笑んで「ただいま。」と声を返して席に着き、少し急いで、あと少しだった残りの食事を再開するのだが、最初に口に入れた肉片を飲み込んでから、ふと気になった事をブリジットに尋(たず)ねるのだ。

「そう言えば、此方(こちら)のお話しはどうなったの?」

「部長のお話しは、茜が席を立った迄(まで)よ。その後は、茜の姉妹の名前をネタに、一(ひと)盛り上がりしてた所。」

「名前で?」

 不思議そうに聞き返した茜に、通路を挟(はさ)んで隣の席から金子が茜に訊(き)いて来るのだった。

「天野さんと妹さんの名前が『光の三原色』が由来だ、って所までは聞いたのだけど、由来に『光の三原色』が出て来る理由は何なの?」

 茜は口の中の咀嚼(そしゃく)物を飲み込んで、金子に答える。

「ああ、家(うち)の父方には、『天野』って名字に因(ちな)んで、『星』とか『光』関連の名前を付ける流れが有りまして。それは特に男子の方、なんですけど。」

「因(ちな)みに、お父様のお名前は?」

「光市(コウイチ)です。光(ひかり)の市(いち)、市町村の市(し)、ですね。 あと、わたし達、姉妹の名前が一文字縛りなのは、母方の女子が皆(みんな)そうだったので、って事らしいですよ。」

「へえー。余所(よそ)の家(うち)の、そう言うお話しって面白いよねー。」

 金子は感心する様に然(そ)う言って、静かにお茶を飲むのである。
 一方、隣の席でブリジットが言うのだ。

「一文字縛りの件は、初めて聞いた気がする。」

「そうだっけ?」

「言われてみれば、茜、碧…お母さんは薫で、叔母さんが洸、さんだっけ? お祖母(ばあ)様は?」

「妙(タエ)、よ。 お祖母(ばあ)ちゃんの姉妹も、一文字の名前だった筈(はず)だけど、忘れちゃった。」

 今度は正面の席から、村上が問い掛けて来る。

「茜ちゃんは、御実家は東京よね。御両親も?」

「母方の天野家は東京だけど、父方の天野家は長野なのよ。」

 続いて訊(き)いて来たのは、九堂である。

「冬休み中に、そっちへ行ったりするの?」

「ううん、多分、行かない。 冬は寒いし、割と雪も降るから、お父さんが地元に帰るのを嫌がるのよ。だから、冬は東京で母方の祖母とかと過ごして、長野の父方の実家へは夏に行くパターンなのよね。夏は、東京に居るより涼しいから。」

 するとブリジットが、微笑んで言うのだ。

「去年は、わたしもご厄介になったのよね、一週間程。」

「へえ、なんで?」

 疑問を呈する九堂に、茜が答えるのである。

「受験対策の合宿、みたいな?」

「その節(せつ)は、お世話になりました~。」

 ブリジットは敢えて丁寧に、謝意を述べるのだった。

「へえ~楽しそうね、わたしも行ってみたい。勉強は遠慮したいけど。」

 微笑んで然(そ)う言う九堂に、茜が言葉を返す。

「山の中だから、山と畑以外には何も無いわよ?」

「受験勉強には、打って付けだったけどね。」

 そう補足するブリジットに、真面目な顔で村上が尋(たず)ねるのだ。

「夏休み中に合宿って、ブリジットは塾とかには通わなかったの?」

「だって、茜に教えて貰った方が解り易いんだもん。実際、夏休み明けてからの模試とかでも、結構、得点が上がっててさ、効果は絶大だったのよ。」

「へえ~、流石、茜ちゃん。」

 ブリジットの返答に感心する村上だが、そこに茜が異議を唱えるのだ。

「いやいや、頑張ったのはブリジットだからね、敦っちゃっん。」

「あははは、確かに然(そ)うよね。ゴメンね、ブリジット。」

「いいよー。教えて呉れるのが茜じゃなかったら、きっと上手く行ってなかっただろうからさ。」

 ブリジットも笑顔で、村上に言葉を返すのである。
 そこで、茜が二人に対して提案をするのだ。

「山の中で何(なん)にも無いけど、それでも良ければ、来年の夏休み中にでも二人も遊びに来てみる?」

「えー、いいの?茜。」

 茜の提案に、真っ先に食い付いたのは九堂なのだ。

「大丈夫だと思うよ。山の中でお客さんとか、滅多に来ないそうだから。きっと歓迎して呉れるよー。まあ、細かい事は来年になってからの話だけど。」

「あはは、楽しみにしてるー。」

 そんな具合に、HDG とは関係の無い話題で、時間は過ぎていくのだ。それは緒美達、三年生のテーブルでも然(そ)うだったし、二年生達のテーブルでも然(そ)うだったのである。
 そんな風(ふう)に、彼女達の其(そ)の日は終わっていったのだ。

 そして、月軌道から地球へと向かうエイリアン・ドローン『ヘプタゴン』の、今迄(いままで)に類を見ない大集団が観測されたのは、この翌日の事なのである。

 

- 第19話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.12)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-12 ****


 一方では恵が、飯田部長の担当秘書である蒲田に尋(たず)ねるのだ。

「蒲田さんも、ご一緒だったんですか?」

「あはは、いえ、わたしは此方(こちら)に来てる秘書課のメンバーと、午後から面談の予定が有ったので。」

「秘書課の?」

 そう聞き返す恵に、蒲田は説明を加えるのである。

「会長…理事長の秘書は、加納さんだけじゃないですから。元々、加納さんは飛行課との兼務と言う特殊な勤務形態ですし、そうじゃなくても休暇を取る事も有りますからね。ですのでアシスタントが二名、本社からの人員が半年、乃至(ないし)、一年の期間で派遣されて来ているんですよ。 そのアシスタントは本社からの出向扱いなので、何かしらの不都合とか要望とか、定期的に面談して確認しているんです。」

「ああ、成る程。」

 恵が蒲田の説明に納得していると、飯田部長が突然の思い付きを言い出すのだ。

「そうだな、この案件に一段落(いちだんらく)付いたら、兵器開発部の皆(みんな)には、一泊二日の温泉旅行でも会社からプレゼントしようか? まあ、若い人は温泉とか興味ないかも、だが。」

「冬場なら、一泊で行けるのなら悪くないんじゃないですか? 食事が豪華なら、言う事ないですけど。」

 そう言って、直美がニヤリと笑うのである。

「それで満足して貰えるなら、任せておきなさい。」

 直美に安請け合いする一方で、飯田部長は笑顔で立花先生にも声を掛けるのだ。

「その時は、引率、宜しくね、立花君。」

「え~…まあ、社命とあれば仕方が無いですけど。」

 露骨に嫌そうな顔で応える、立花先生である。

「そう、社命だから。キミも偶(たま)には、のんびりして来るといい。」

「この子達と一緒で、のんびり出来るかは疑問ですけど。」

 飯田部長に然(そ)う切り返す立花先生なのだが、そこで恵が、立花先生に笑顔で抗議するのである。

「嫌だなー先生、そう言う所で先生に迷惑掛ける程、子供じゃないですよー。」

「あはは、そうね。ごめんなさい。 個人的に、そう言う所へは余り行かないから、『のんびり』ってのに想像が付かないのよね。」

 今度は直美が、立花先生に言うのだ。

「お酒でも飲んで、ぼんやりしてたらいいんじゃないですか?」

「未成年者(あなたたち)の前で、お酒なんか飲む訳(わけ)には行かないでしょ。そもそも、わたしはお酒、飲まないし。」

 苦笑いして、飯田部長が意見するのである。

「立花君は、ストレス解消の為に何か、趣味を持った方がいいと思うぞ。」

「飯田部長。仕事のストレスは、仕事で解消するのに限るんですよ、ご存じありません?」

 反論する立花先生の顔は、大真面目である。飯田部長は溜息を一つ吐(つ)いて、所感を述べるのだ。

「いや。普通は、それが出来ないから、仕事とは関係ない趣味を持つんだけどね。」


 その後、予定されていた一連の作業や打ち合わせを済ませ、本社へと戻る安藤達が乗った社有機を見送り、そして格納庫内の片付けを終えて、兵器開発部のメンバーは女子寮へと戻ったのである。時刻としては午後七時を少し過ぎており、寮に戻った一同は其(そ)の儘(まま)、食堂での夕食となったのだ。
 そして、それぞれが談笑し乍(なが)らでの食事は進み、夕食も終盤となった頃に緒美が突然の発表を切り出したのである。

「ああ、そう言えば。 皆(みんな)に、知らせておきたい事が有るのだけど。」

 立花先生を含めて全員が緒美の方に注目するのだが、緒美は特に間を置かずに、普通に続けて言葉を発するのだ。

「明後日(あさって)、今度の水曜日に、HDG が一機、追加で搬入される予定だから。」

「それ、今、言うの?」

 少し呆(あき)れた様に、緒美の向かい側の席から立花先生が言うのだった。
 ここで、この時の席の配置に就いて、記載しておく。
 部長である緒美を中心に説明すると、緒美の右手側に恵、左手側には飛行機部の金子が座っている。その六人用テーブルの向かい側には、恵の正面が直美、金子の正面には武東が席を取っていた。
 三年生組のテーブル、緒美から見て右隣のテーブルには二年生組とクラウディアが席を取っており、恵とは通路を挟(はさ)んで佳奈、樹里、クラウディアの順である。佳奈の向かい側には瑠菜、樹里の向かい側には維月が居たのだ。
 一年生組は緒美から見て左側の四人用テーブルに居(お)り、金子とは通路を挟(はさ)んで茜、ブリジットの順であり、茜の向かい側が村上、ブリジットの向かい側が九堂、と言う席の配置だったのだ。
 そして、緒美は澄まし顔で応える。

「ここ数日は ADF の件に集中していたので。でも、そろそろ、言っておかないと、と思いまして。」

「と言う事は、先生は御存じだったんですか?」

 緒美の隣から、恵が立花先生に尋(たず)ねる。

「それは、まあ、立場上はね。」

 続いて、緒美が言うのだ。

「詳しい経緯とか、今度、搬入される HDG の扱いとかに就いては、明日の部活の時間に詳しく説明するから。」

 透(す)かさず、隣のテーブルから瑠菜が声を上げる。

「えー、何かモヤモヤしますー。」

 瑠菜は勿論、この場で詳細を話すのが適当でない事を理解していた。徒(ただ)、その瑠菜の言い方に、二年生組がクスクスと笑うのだ。そして、今度は直美が声を上げるのだ。

「ああ、それで、畑中先輩達が残ってたのか。」

「まあ、そう言う事でしょうねー。」

 直美の発言に、恵が応じるのだが、その直後、誰かの携帯端末から着信音が鳴り出すのだった。

「あ、わたしです。」

 茜は然(そ)う声を上げて、背後に掛けてある制服のポケットから携帯端末を取り出した。彼女達は第三格納庫から寮に戻って、食堂へ直行したので全員が部屋着に着替えてはいなかったのだ。だから流石に制服のジャケットは、皆が同様に椅子の背凭(せもた)れに掛けていたのである。
 携帯端末の画面で茜は、通話要請を送って来た相手を確認する。

「あ、碧(アオイ)からだ。」

「碧ちゃん?」

 隣の席からブリジットが声を掛けて来るのに頷(うなず)き、茜は携帯端末を持って席を立つのだ。

「ちょっと、失礼します。」

 通話を受ける操作をして、話し乍(なが)ら茜は、周囲に人の居ない壁際へと歩いて行くのだった。

「…もしもし、どうしたの?…今、大丈夫よー…ああ、届いたー…うん…。」

 離れて行く茜を見送るブリジットに、向かい側の席から九堂が尋(たず)ねるのだ。

「アオイちゃん、って?」

「ああ、茜の妹ちゃんよ。今日は碧ちゃんの誕生日(バースデー)だから、プレゼント贈るって手配してたの、その事じゃないかな。」

「へえー、お姉ちゃんは大変だー。」

 感心気(げ)に村上が所感を漏らすと、隣のテーブルから武東が、ブリジットに訊(き)いて来るのだ。

「ねえ、ボードレールさん、『アオイ』って、どう書くの? 草冠の『葵』かしら。」

「ああ、いえ、『紺碧』とか『碧眼』とかの『碧(へき)』です。茜が『赤(あか)』だから、妹が『青(あお)』だったらしいですよ。三人目が居たら、きっと『緑』だったんじゃないかって、茜のお母さんは冗談言ってましたけど。」

 くすりと笑ってブリジットは言ったのだが、そのネタは武東には通じなかった様子で、不思議そうに向かいの金子に言うのだ。

「赤、青、と来たら、普通『黄色』じゃないのかしら?」

 金子は、真面目な顔で応える。

「信号ならね。でも信号の『青』は、本当は『緑』だけど。それは兎も角、赤、青、緑って言ったら、光の三原色の方でしょ。」

「ああ、そっちか。でも厳密に言えば『茜色』って赤よりもオレンジに近い色の筈(はず)だし、『碧色(へきしょく)』って青と緑の中間位(くらい)の色よね、まあ、『青色』の意味でも使うみたいだけど。」

「こらこら、人の名前に文句付けちゃ駄目だよ?さや。」

「そんな積もりじゃないけどさー。」

 そして武東は、お茶の入った湯飲みに口を付けるのだった。そして今度は、恵が言うのだ。

「『茜』は植物の名前でもあるから、草冠の『葵』でも有りだったかも、よね。」

「そうなの?『茜』って花?」

 そう聞き返して来たのは、恵の向かい側の直美である。

「茜の花は、小さくて、草自体は地味な感じだけど、根っこが茜色の染料になるそうなのよ。植物としては葵の方が有名だし、花も綺麗かな。」

「森村ちゃんって、その手の女子っぽい知識が豊富でいいよね。」

 緒美が感心して隣席の恵に言うと、恵は微笑んで言葉を返すのだ。

「一般教養でしょう、この位。」

「でも、この学校、特に特課の生徒は工学系を目指して来てる子ばっかりだから、その手の一般教養に疎(うと)い子が多い気がする。」

 そう所感を語る緒美の向かい側で、直美が立花先生に尋(たず)ねるのだ。

「先生は、御存知でした?」

 立花先生は、微笑んで答えたのだ。

「訊(き)かないで?直美ちゃん。」


 さて、席を離れて行った茜の方であるが、その会話を追ってみよう。

「…もしもし、どうしたの?」

 席を離れつつ、茜が返事をすると、携帯端末から碧の声が聞こえて来るのだ。

「今、大丈夫?」

「今、大丈夫よー。」

「プレゼント、届いた。ありがとう、お姉ちゃん。」

「ああ、届いたー。」

「うん、それで、お祖母(ばあ)ちゃんが電話しろ、って言うから。」

「うん。」

「あ、ご飯、食べてた?」

「まあ、もう食べ終わる所だったから大丈夫よ。お祖母(ばあ)ちゃん、来て呉れてるんだ。」

「うん、今年はお姉ちゃんのお祝いが出来なかったから、何か張り切ってるみたい。」

「あはは…それじゃ、何か欲しいものがあったら、今の内に『おねだり』しておきなー。」

「あははは…あ、お祖母(ばあ)ちゃんが代われって、ちょっと代わるねー…。」

 そうして携帯端末からの声が、妹の碧から、祖母の妙(タエ)に交代したのである。
 妙は茜の母である薫(カオル)の母親であり、祖父である天野理事長の妻である。つまり、天野重工の会長夫人でもあるのだ。夫である天野理事長が天神ヶ﨑高校へと来ていて自宅を留守にする時、妙は長女である薫の家へと泊まりに来るのが、以前から珍しい事ではなかったのだ。一方で、現在の天野重工社長夫人である次女の洸(ヒカル)の家へ行くのは、流石に遠慮している様子なのだった。

「もしもし、茜ちゃん? 元気?」

「あー、お祖母(ばあ)ちゃん。元気ですよー、お祖母(ばあ)ちゃんは?変わりない?」

「ええ、わたしは元気だけが取り柄ですからね。 夏休みの時には、都合が合わなくて、ご免ねー茜ちゃん。」

「ううん、気にしないで。」

「年末、冬休みには帰って来れるんでしょ?」

「うん、その予定。はっきり日程が決まったら、また連絡するけど。」

「碧ちゃんへのプレゼント、結構、高価そうだったけど、お金、大丈夫?」

 茜が送ったのは、革製の小振りな肩掛けバッグだった。所謂(いわゆる)『ブランド』物ではなかったが、それでも仕立ての良さそうな一品だったのだ。中高生が持つには少し高価な品だったが、妹の碧が持っている服には似合いそうだと茜は思ったのである。尤(もっと)も、茜自身は其(そ)の手の『ファッション』系への関心がそもそも薄く、知識も同年代の子に比べれば乏(とぼ)しかったので、自分のセンスに自信は無かったのだが。

「大丈夫だよー、学校(こっち)に居る限り、生活費は掛からないし、会社の仕事のお手伝いで、バイト料とかも貰えてるし。」

 茜は『会社の仕事のお手伝い』と表現したが、家族には『HDG』に関する開発業務の事は『社外秘』なのだ。勿論、防衛軍の作戦に協力参加している事も、当然、家族であっても秘密なのである。

「会社の人も、生徒を仕事でこき使って、どう言う積もりなのかしらねぇ、ホントに。」

「まあまあ、お祖母(ばあ)ちゃん。そんなに大した事はしてないから、資料整理のお手伝い程度の事よ。あ、お祖父(じい)ちゃんには訊(き)いたりしないでね、詳しい事は知らないと思うから。」

 そう、咄嗟(とっさ)に茜は嘘を吐(つ)いたのだが、それは祖父が家庭で問い詰められない様に張った予防線なのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第19話.11)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-11 ****


 茜の視界では、百七十キロメートル彼方(かなた)の仮想エイリアン・ドローンの編隊群は、当然だが目視は出来ない。相対速度が毎分 15.8キロメートルの儘(まま)だと、凡(およ)そ十分(じゅっぷん)後には互いの進路が交錯するのである。
 その仮想エイリアン・ドローン編隊は三角形の三機編隊が、先頭から一編隊、その後ろに三編隊、五編隊、七編隊と並んで全体で綺麗な三角形を描き、総数五十機の設定なので最後尾中央に残った二機が並んで続いているのが、戦術情報の画面から読み取れたのだ。しかし、目標の数が多過ぎて表示範囲を広くすると、シンボルの多くが重なってしまうので、各目標を識別する為には、或る程度の拡大表示をする必要があった。

Ruby、目標の識別番号を表示して。それからレーザーの照射時間は、距離に合わせて設定の通りで調整してね。」

「ハイ、識別番号を表示します。」

 Ruby の制御に因り、戦術情報の敵機を示す三角形のシンボル中央に、1 から 50 の番号が表示されたのだった。通常想定されている敵機の数は、三機から五機程度なので、識別番号は非表示なのが初期設定とされているのだ。それは番号が無くても、十分に把握や遣り取りが可能だからだ。しかし、十機を超えると、流石に番号を振らないと管理や指揮管制との遣り取りに、不都合が生じるのだ。

「それじゃ Ruby、目標の先頭、1 から 4 番を目標固定(ロックオン)。有効射程に入ったら、射撃を始めるわよ。マスターアーム、オン。発射用キャパシタの、電圧確認。」

「ハイ、マスターアーム、オン。キャパシタの電圧正常。最大射程での照射時間は五秒の設定になります。有効射程まで、あと二十秒。」

「各レーザー砲バレル、目標を追跡開始。発射準備で待機。」

「ハイ、全バレル、目標の追跡を開始。発射命令まで待機します。目標、有効射程まで、あと五秒…3…2…1…有効射程に入りました。」

「レーザー砲、1 から 4、発射。」

「発射します。」

 Ruby が発射を宣言すると、レーザーの照射中を知らせるブザー音が鳴り響く。
 それに続いて、戦術情報画面では目標を表すシンボルが一斉(いっせい)に動き出すのだ。それは文字通り『蜂の巣をつついたよう』な動きだったのである。
 射撃対象だった四機の目標は、レーザー照射の効果で落下して行くのだが、それ以外の四十六機は大別して三つの方向へと分散して行くのだ。つまり、茜から見て右側、左側、そして下側である。
 茜は比較的、ADF への接近速度が速いと思われる、向かって左側の集団を次の目標に定める。

Ruby、目標 7、12、21、29 を目標固定(ロックオン)。レーザー 1 から 4 で追跡開始。」

「ハイ、7、12、21、29 をロックオン。追跡開始します。」

「レーザー 1、発射。続いて、レーザー 2、発射。レーザー 3、発射。 レーザー 4、発射。」

 茜は順番に、レーザー砲の発射を命じていく。その都度(つど)、Ruby は「発射します。」と応え、続いてレーザー照射を知らせるブザー音が鳴るのだ。
 茜がレーザー砲を、順番に発射しているのは、各レーザー砲には連続発射に対する制限が設けられているからだ。つまり、レーザー砲一門に就いて、発射後に五秒間のインターバルが設定されているのだ。レーザー砲は四門が装備されているので、例えば二秒間隔で順番に発射していけば、レーザー 4 を発射した時点でレーザー 1 は五秒間の照射を終えて一秒が経過している計算となる。そこからレーザー 1 のインターバル期間の残り四秒で次の目標を指定すれば、レーザー 1 のインターバル期間終了後には次の照射が開始出来る訳(わけ)だ。ここでレーザー 1 の発射を一秒待てば、レーザー 2 以降の発射タイミングは二秒間隔で発射が可能なサイクルが出来上がるのである。
 目標の指定は一括で行うのだが、各レーザー砲の照準と目標追跡は、それぞれのインターバル期間五秒の間に実施されるので、茜は二秒間隔での発射指示が可能となるのである。
 そうして、左側から右側、そして下側象限へと分散した目標を、近付いて来る物から順番に ADF は撃墜していき、五十機の目標は二分半程で、全て撃墜されたのだった。結局、仮想エイリアン・ドローンは ADF との距離を、百キロメートル以下に縮める事は無かったのだ。

「全目標、消化しました。」

 通信で、茜が然(そ)う報告すると、緒美が言葉を返して来る。

「取り敢えず、お疲れ様…一応、計算通りだけど。シミュレーションとは言え、何(なん)だか、とんでもないわね。」

「えーと…レーザーが一発も外れなかったのは、シミュレーション・ソフトのバグ?でしょうか。」

 その茜の疑問に対して、日比野が言葉を返す。

「そんな事は無いと思うよー。でも一応、後でログはチェックしてみるけどー。」

「お願いします、日比野先輩。」

「まあ、時速 700 キロで目の前を横切ってても、百キロも離れてたら、角度に換算すれば一秒間に 0.1°程度の移動量だから、レーザー砲で十分(じゅうぶん)追える範囲なんだけど。まあ、Ruby の制御が、それだけ正確だった、って事よね。」

「恐縮です。」

 緒美の評価に、Ruby が一言を返すのである。続いて、緒美は茜に問い掛ける。

「それじゃ天野さん、続いて、目標が百機の設定でもいけそうかしら?」

「ああ、はい。やってみましょう。 樹里さん、お願いします。」

「了~解。設定、変更するね…はい、それじゃ、スタートするよ。いい?」

「お願いします。」

「開始地点は、最初の座標に戻るから。それじゃ、はい、スタート。」

 樹里が宣言すると、一瞬、視界の映像で雲の位置などが切り替わり、高度や機体のステータス、戦術情報が更新されるのだ。早速、茜は戦術情報を確認する。
 今度は前方 160 キロメートルに、三つの大きな編隊群が出現している。編隊群を構成する基礎構造は、前回と同じく三角形の三機編成だが、それが前方から一編隊、三編隊、五編隊と三段に並んだ三角編隊二十六機が左右に、そして中央には一編隊、三編隊、五編隊、七編隊の四段に並んだ総数四十八機の三角編隊群となっている。因(ちな)みに、左右編隊群の前方から三段目の内の一編隊は二機での構成となっているが、これは総数が百機での設定になっている所為(せい)で、三機構成を基礎とした場合の不足分が、左右最後尾の編隊に割り振られた結果である。
 基本的にエイリアン・ドローン『トライアングル』は、三の倍数で地球へと投入されるが、大気圏降下後には複数の目標へと割り振られる都合上、必ずしも三の倍数で編成された編隊で運用されるとは限らないのだ。当然、迎撃を受けて機数が減れば『トライアングル』側が三機編成での行動が続けられない事態も発生する訳(わけ)で、その際は柔軟に単機や偶数機編成でも運用がされるのである。

Ruby、中央編隊の先頭から削っていくわよ。目標 27、28、29、30 を目標固定(ロックオン)。マスターアームをオンにして、レーザー 1 から 4 で追跡開始。発射用キャパシタ、電圧確認。」

 そうして二度目の仮想砲撃戦が、開始されるのだ。
 先刻と同じ様に、先頭の四機が砲撃されると、仮想エイリアン・ドローンの編隊各機は即座に分散を開始するのである。その中から、接近して来る目標をロックオンし、茜は次々とレーザー砲の照射を繰り返して行くのだ。
 仮想 ADF がレーザー砲を撃ち続けて三分程が経過すると、当初 150 キロメートル以上有った両者の間隔は、100 キロメートル程度に縮まっている。

Ruby、目標の残りは、あと何機?」

「ハイ、二十八機です。目標までの距離が百キロメートル以内になりますので、ここから照射時間を三秒へ切り替えます。」

「了解。次、72、68、93、47 を目標固定(ロックオン)。」

 原理的に、光は遠くへと進むに連れて弱くなる。一般的には「距離の二乗に反比例する」と言われるが、これは光が全方向へ放射される、つまり点光源での場合である。レーザー光は進行方向が一方向に揃(そろ)えられて放射されるので、単純に距離に反比例して弱くなると考えれば良い。何方(どちら)にせよ、目標との距離が接近すれば、同じ効果を得る為の照射時間を短縮できる訳(わけ)なのだ。大気中での光の減衰は距離の影響の他に、大気分子や水蒸気、浮遊する微細な塵、等による散乱も要因になるので、何(いず)れにしても目標との距離は、近いのに越した事は無い。
 エイリアン・ドローンは時間が経つに従って、三機編成での編隊が広範囲に散らばる状態で ADF へと接近している。距離が遠い場合は、エイリアン・ドローンの布陣が広がっても ADF 自身は直進状態でレーザー砲の角度調整だけで対応が出来たのだが、相互の距離が縮まって来るのに従い、ADF 自体の機軸を左右に振らないと対処が出来なくなって来るのだ。結果、ADF は大きく蛇行する様に飛行し乍(なが)ら、一分(いっぷん)強で残存目標の全てを撃墜したのだった。

「以上で、全目標、クリアーです。」

 望遠画像で最後の一機が落下して行くのを確認して、茜は報告したのだ。

「了解。何(なん)だか、順調過ぎて、逆に不安になるわね。」

 笑って、緒美は然(そ)う言ったのである。続いて、日比野の声が聞こえて来る。

「あはは、念の為、後でログは確認しておくから~バグじゃないとは思うけどね。」

 それに対して、茜が言うのだ。

「まあ、距離が百五十キロから始めてますから、お互いが真っ直ぐ進んでも九分の余裕が有ります。どっちかって言うと、実機で、あれだけの連射が出来るかって、其方(そちら)の方が心配になりますけど。発電が追い付くのか、キャパシタへの充電が間に合うのか、あと、レーザー砲の過熱が起きないか、ですね。」

「その辺りは、パーツ単位では性能は確認済みの筈(はず)だけど。何(いず)れ、どこかのタイミングで検証する必要は、有りそうよね。 取り敢えず、次に二百機設定で、もう一回やって、今日は終わりにしましょうか。」

「了解です。樹里さん、設定、お願いします。」

 そうして開始された三度目の戦闘シミュレーションは、エイリアン・ドローン『トライアングル』が二百機と言う、前代未聞の大編隊を ADF が単機で迎え撃つ、無茶苦茶な設定でスタートしたのだ。
 とは言え、茜と Ruby が行う事は、前の二回の戦闘シミュレーションと何(なん)ら変わりは無く、淡々と目標を選択して、レーザー砲で撃ち落としていく、それに尽きるのだった。
 これは、『トライアングル』は飛び道具を持っていない、だからこそ成り立つ構想であり、接近戦となる迄(まで)の間は ADF の側が一方的に攻勢で居られるのだ。
 今回は目標との距離が 100 キロメートルを割る迄(まで)の最初の三分程で六十九機を撃墜した。照射時間が三秒となる目標との距離が 100 ~ 50 キロメートル圏内での三分間に八十七機を撃墜し、照射時間設定が二秒となる距離 50 ~ 25 キロメートル圏内で、目標の残存数四十四機を ADF は一分半程で、全て撃墜して見せたのである。

「お疲れ様、天野さん。今日は、これで上がってちょうだい。」

 その緒美の呼び掛けに、茜は言葉を返すのだ。

「でも、部長。まだ三十分程しかやってませんし、一回だけ、接近戦のシミュレーションも、やってみませんか?」

「気持ちは解るけど、安藤さん達の、この後の予定も有るから。予定通り、ここ迄(まで)にしましょう。接近戦は、明日以降でね。」

 続いて安藤の声が、茜のレシーバーに聞こえて来る。

「やる気になってる所、悪いわね、天野さん。昨日の打ち合わせの通り、わたし達は十八時出発だから。」

 元より、無駄な抵抗だと解っての提案だったので、茜は素直に引き下がるのである。

「はーい、解ってまーす。 そう言う訳(わけ)だから Ruby、続きは、又、明日ね。」

「ハイ、楽しみにしています、茜。 それでは、シミュレーション・モードを解除、スラスター・ユニットを再接続して、HDG を開放位置へ降ろします。」

「はい、お願い。」

 その後、HDG が ADF から切り離されると、安藤と風間が ADF へと駆け寄り、Ruby の、この日のログ回収作業を始めるのだ。一方で日比野は、戦闘シミュレーションの環境、主に二百機もの仮想目標の機動演算を実行していた Emerald のログを回収するのである。
 この時点で時刻は午後四時を少し過ぎており、Ruby と Emerald とのログ回収と ADF のシミュレーション実施後の機体チェック作業とで約一時間を見込み、その後のミーティングを約三十分とすると、十八時出発の予定は割とギリギリなのだ。
 安藤と風間、日比野の三名に加えて、飯田部長と担当秘書の蒲田が、この日の内に社用機で本社へと戻る予定で、そのフライトが十八時出発予定なのである。
 HDG-A01 をメンテナンス・リグへと接続し、HDG と自身との接続を解除して降りて来ると、茜は緒美達に声を掛けるのだ。

「そう言えば、飯田部長は…。」

 茜が其処(そこ)まで言った所で、飯田部長の声が聞こえて来るのである。

「居るよ~。」

 茜が声の方向へ目を遣ると、飯田部長を始めとして、何時(いつ)もの作業服ではない私服姿の畑中達も、シミュレーションのモニター用ディスプレイの前に揃(そろ)っていたのだった。シミュレーションを始める前には居なかった立花先生や、飯田部長の担当秘書である蒲田の姿もそこにはあった。

「飯田部長、いらしてたんですか。」

 その茜の所感に、緒美が答える。

「天野さんがシミュレーションを始めた頃に、戻って来られてたのよ。」

「いやあ、なかなかに凄いものを見せて貰ったよ。」

 ニヤリと笑って、飯田部長は然(そ)う言ったのである。すると、恵が飯田部長に尋(たず)ねるのだ。

「飯田部長、そもそもエイリアン・ドローンが二百も襲来する想定なんて、有り得るんですか?」

「うん、段々と地球に降下して来てる数は、増えているからね。」

 続いて、立花先生が言うのだ。

「最近で、一番多くて五十機越え、だけど。その時だって此方(こちら)に来たのがそれだけで、同時に降下して来たのは百機近くだった訳(わけ)だし。傾向としては、今後も数が増えるのは、覚悟しておいた方がいいでしょうね。」

「まあ明日、明後日って事は無いだろうけど、将来的には、って話さ。」

 然う締(し)め括(くく)る飯田部長に、今度は直美が問い掛ける。

「じゃあ、この ADF は、その時に備えての、技術開発って事ですか?」

「まあ、そんな所だな。」

 そう答えて微笑む飯田部長に、緒美も亦(また)、微笑んで言うのだ。

「まあ、そう言う事にしておきましょう。」

「何(なん)だい、鬼塚君。含みの有る言い方だね。」

「いいえ、お気になさらず。」

 満面の笑みで然(そ)う答えると、緒美は茜に向かって声を掛ける。

「天野さん、取り敢えず、着替えていらっしゃい。」

「はい。それじゃ、失礼して。」

 茜が二階通路へ上がる階段へと向かうと、直美がブリジットに声を掛けるのだ。

「ブリジットー、手伝ってあげな。天野の着替え。」

「あ、はい。」

 ブリジットとしては言われる迄(まで)もなかったのであるが、副部長からのお墨付きを得て、直ぐに茜の後を追ったのである。
 そして直美は、今度は飯田部長に訊(き)いたのだ。

「そう言えば、飯田部長。温泉、如何(いかが)でしたか?」

「ん?ああ、良かったよ。平日の昼間から温泉に浸かって、食事して。普通に働いてる方(かた)には、申し訳無いけどね。」

 その発言に、自他共に認める『仕事の鬼』である立花先生が反応するのである。

「それは結構でしたね。 畑中君達も、一緒だったんでしょ?」

 立花先生に話を振られ、畑中が口を開く。

「今日は、飯田部長に御馳走になったんですよ、皆(みな)で。」

「いやあ、案内して貰ったし、試作部の皆(みんな)には、ここ迄(まで)、色々と貢献して貰ってるからね。」

「経費ですか?会社の。」

 敢えて冷たい視線で、立花先生は飯田部長に突っ込むのだ。対して、飯田部長はニヤリと笑って答える。

「まさか。今日の分は、わたしの自腹だよ。」

「へえー…。」

 何か言いた気(げ)な立花先生に、苦笑いで飯田部長が言うのである。

「別にいいだろう? 今日はわたしも、休暇の扱いなんだから。」

「それは勿論、構いませんけど。」

「立花君も、偶(たま)にはちゃんと、休暇を取りなさいよ。キミは自分の休暇に関しては無頓着だって、影山部長から聞いてるよ。」

 真面目に、心配そうに飯田部長が言うものだから、今度は立花先生が苦笑いで答えるのだ。

「心に留(と)めておきます。」

 その様子に、緒美と直美がクスクスと笑っているのだった。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.10)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-10 ****


 八日目、2072年12月5日、月曜日。
 前日の試験飛行にてハードウェア的な機能や機構の確認が終了した事に因り、畑中達、試作工場からの出張組は、この日の午前中に荷物の整理を済ませ、残されていたトランスポーターで陸路を移動…と、通常なら、そんな流れになる所なのだが、今回は何故か畑中達には現地で二日間の休暇が与えられていたのだ。それは土、日と、本来のカレンダーでは休日である所を、フルタイムでの勤務に加えて残業までして働いていたのだから、当然、代休が与えられる訳(わけ)なのだ。徒(ただ)、それならば彼等本来の勤務地である試作工場へ戻ってから代休を取ればいいのに、と兵器開発部の面々は訝(いぶか)しがったのだが、結局、彼女達に納得の行く説明は無かったのである。
 一方で、ソフト部隊である安藤達には辛うじて午前半休が与えられただけで、午後からは第三格納庫での作業が予定されていた。それは、兵器開発部の活動として、この日からは ADF の戦闘シミュレーション実施が予定されていたからで、生徒達が授業を受けている間に日比野が中心となって、シミュレーションの準備が進められたのだ。
 そうして午後三時を過ぎると、緒美や茜達が続々と第三格納庫へとやって来るのである。月曜日は茜達、特課の生徒も普通課程の生徒達と同様に、七時限目の授業は無いのだ。これは、金曜日も同様である。

「ご苦労様です。 準備作業、ありがとうございます。」

 格納庫フロアへ降りて来た緒美が、準備を進めていた日比野達へ声を掛けた。日比野は振り向き、声を返す。

「授業、お疲れ様。 相変わらず、皆(みんな)、真面目だよね~。授業終わって、真っ直ぐ、こっち来たの?」

 一(ひと)笑いして、直美が答えるのだ。

「あはは、三年生が遅れて来ると、示しが付かないじゃないですか。」

「日比野先輩、Ruby と Emerald の準備は、どうです?」

 緒美の問い掛けに、日比野が答える。

「出来てるよー。事前のチェックで、問題無し。何時(いつ)でも始められるよ。」

 そこに、階段を降りて来た樹里が、声を掛けて来る。

「お疲れ様でーす。」

「ああ、樹里ちゃん。 コンソールのバージョン、新しくなってるから、一応、説明しておこうかー。」

 日比野が然(そ)う声を返すので、樹里は駆け足でコンソールへと向かうのだ。

「はい、お願いします。」

 樹里の後ろに、維月とクラウディアが続く。
 一方では直美が、緒美に声を掛けるのだ。

「それじゃ、わたしはA号機の立ち上げ、やっておこうか。」

 それに緒美が答える前に、樹里達と一緒に階段を降りて来た瑠菜が、声を上げてA号機のメンテナンス・リグへと駆けて行く。

「新島先輩、わたし達がやっておきまーす。」

 そんな瑠菜の後ろを、佳奈が追い掛けて行くのだ。
 直美は、ちょっと苦笑いで、瑠菜達に声を返すのである。

「ああ、瑠菜、古寺、それじゃお願い。」

 そんな様子を微笑ましく眺(なが)めつつ、安藤が緒美に言う。

「それじゃ、あとは天野さん待ちね。」

 それには恵が、緒美の後方から答えるのである。

「天野さんなら、今、インナー・スーツに着替え中ですから、直(じき)に来ますよ。因(ちな)みに、ボードレールさんは、着替えの手伝いを。」

 それを聞いた風間が、呆(あき)れた様に言うのだ。

「何だ、もう皆(みんな)、揃(そろ)ってんじゃん。」

「ホント、皆(みんな)、真面目だよね~。」

 安藤は苦笑いで、そう言って笑ったのだった。
 そんな安藤に、直美が問い掛ける。

「そう言えば、畑中先輩達は、どうされてるんです?今日。」

「ああ、お昼前に皆(みんな)で出掛けたよね。大塚さんと新田さんに、近場の観光地、案内するって。」

 畑中と、その婚約者である倉森は、ここが地元と言う訳(わけ)ではないのだが、二人共に天神ヶ﨑高校の卒業生なので土地勘は有るのだ。
 そんな話を聞いて、恵が呆(あき)れた様に言うのである。

「折角の休日なんだから、二人っ切りにしてあげればいいのに。」

 その発言には、風間がフォローを入れるのだ。

「いや、大塚さんも新田さんも遠慮してたんだよ? お邪魔はしたくないから、二人で出掛けて来なって。」

「そうそう、でも倉森さんが大勢の方が楽しいから、ってね。まあ、お互いに気を遣ってたんだろうけど。」

「こう言う場合、どっちが正解なんですかね?」

 真面目に安藤に問い掛ける風間に、安藤は苦笑いで答える。

「知らない。ケース・バイ・ケースでしょ?」

 そこで樹里達にコンソールの説明をしていた日比野が、急に参加して来るのだ。

「それで、結局、飯田部長も参加したんでしょ? そのツアー。」

「え、そうなの?」

 安藤と風間は、飯田部長の動向までは把握していなかったらしい。

「うん、今度、奥様を連れて旅行に来たいって。温泉とかも有るらしいしさ。」

 日比野の説明に、安藤は「ああー。」と納得した様子で声を上げたのである。それを受けて、恵が尋(たず)ねるのだ。

「何ですか?『ああー』って、安藤さん。」

「ん? いや、飯田部長らしいなあ、って。皆(みんな)は知らなくて当然だと思うけど、飯田部長が愛妻家なのは、社内では有名なのよ。」

 そう答えて、安藤は微笑むのだ。一方で答えを聞いた恵は、一度、大きく頷(うなず)いて言う。

「成る程、そう言う事ですか。」

 続いて、日比野がニタリ顔でネタを追加するのだ。

「だから、秘書には男性の蒲田さんを指名してるって話だよね?」

「その噂の真偽の程は、定かじゃないから、日比野さん。」

 苦笑いで軌道修正を図る、安藤である。
 それに対して感心した様に、直美が発言するのだ。

「へえ~…って事は、女性の秘書さんも居るんですか?」

 そんな直美の所感には、風間がニヤリと笑って応える。

「居るよー、本社の秘書課には、綺麗所が揃(そろ)ってるよー。」

「あはは、風間さん、言い方ー。」

 日比野は笑って突っ込むのだが、安藤は風間の後頭部をピシャリと叩(はた)くのだ。

「下品なのよ、言い方が。」

 一方で恵は不思議そうに、直美に尋(たず)ねる。

「秘書って言ったら、女性のイメージじゃない?普通。」

「ああ、うん。ドラマとか映画じゃ、そうなんだけど。天野重工だと男性の秘書さんしか、見てないからさ。理事長の秘書の加納さんも、あの通りの『オジサン』じゃない。だから天野重工の秘書さんって、男性ばっかりな気が…。」

「あはは、加納さんの場合は、理事長の専属パイロット兼、用心棒だそうだから、ちょっと事情が特殊でしょ?」

 笑って言葉を返す恵に、少し驚いて安藤が聞き返すのだ。

「何、パイロットの件は兎も角、用心棒って?」

「え? 以前、立花先生から、そう聞いた覚えがありますけど…。」

 少し戸惑って答える恵に、直美が付け加える様に言う。

「確かに、加納さんって元は防衛軍の人で、ブリジットの話だと腕も立つらしいしねー。」

「へえ~、人は見掛けに依らないって、本当なのね。」

 感心気(げ)に、日比野は然(そ)う所感を述べるのだった。

「蒲田さんの場合、ボディガードって線は無さそうですよね。」

 風間が、そんな事を言い出すので、苦笑いで安藤が言葉を返すのである。

「会長と違って、あの飯田部長にボディガードは、要らないんじゃない?」

「あはは、学生時代は社長と一緒にラグビーの選手だったとか、柔道だか空手だかは今でもやってるって話だしね。」

 続いて日比野が、飯田部長に就いての怪し気(げ)な情報を開示するのだ。それを聞いて驚いたのは、風間である。

「ええっ、飯田部長って、そんな体育会系の人だったんですか?」

「そんなの、あの体格を見れば察しが付くでしょ。」

 そう言って安藤は笑うのだった。
 そんな話をしていると、インナー・スーツに着替えた茜と、それを手伝っていたブリジットが、格納庫フロアへと降りて来るのだ。

「お待たせしましたー。もう、準備出来てるんですか?」

「ああ、天野さん。出来てるよー、直ぐに始めちゃう?」

 日比野に訊(き)かれて、茜は緒美に確認するのだ。

「大丈夫ですよね?部長。」

「天野さんが良ければ。」

「それじゃ、始めちゃいましょう。」

 茜は、HDG-A01 へ向かって駆け出すのだ。

 何時(いつ)も通りの手順で HDG に自身を接続した茜は、メンテナンス・リグから離れると ADF への前へと歩いて行く。そして HDG を ADF に接続し、シミュレーターとして ADF を使用する準備を進めるのだ。
 準備が整うと、早速、シミュレーターが起動される。基本的には一昨日に実施した飛行シミュレーションと同じで、Emerald がシミュレーション環境の制御を行っているのだ。
 樹里が、茜に通信で伝達する。

「それじゃ、天野さん。スタートさせるけど、離陸操作とかはスキップして、飛行状態から始めるけど、いい?」

「はい、いいです。それで、お願いします。」

「じゃ、日本海上空、高度一万メートルから、スタート。」

 樹里が宣言すると、茜の視界がブルー・スクリーン状態から、空中の景色に切り替わる。レシーバーからは飛行中の効果音、エンジン音や機体から伝わって来る風切り音や振動音が聞こえて来るのだ。
 外部でコンソールを操作している樹里は、緒美に条件を確認する。

「敵機は、何機で設定します?部長。」

「取り敢えず、五十機からいってみましょうか。」

 何でもない風(ふう)に答えた緒美に、驚いて樹里が聞き返すのだ。

「行き成りですか?」

「一応、計算上では一航過での対応能力が最大で二百五十機までの筈(はず)なんだから、五十機程度は簡単にクリアー出来て貰わないと。」

 緒美は真面目な顔で、そう答えたのである。
 樹里は緒美に「分かりましたー。」と返事をした後、茜に向かって呼び掛けるのだ。

「天野さん、シミュレーション開始時の戦闘条件設定です。目標の数は五十、高度二万八千メートル、距離百八十キロを、西側から速度 11 で接近しています。」

 間を置かず、茜から確認の報告が返って来る。

「目標を、戦術情報で確認しました。交戦を開始します。」

 茜は ADF の仕様を十分(じゅうぶん)に理解しているので、敵機の設定数が五十である事に、特段、驚きはしないのだ。淡々と必要な指示を、Ruby に対して出していく。

Ruby、減速して外装を展開。速度を 4 に設定して敵編隊の中央へ直進、全レーザー砲を展開。」

「ハイ、外装を展開、全レーザー砲を展開します。」

 茜の指示通りに機体を制御する Ruby だが、現実の ADF は一切(いっさい)、動作してはいない。しかし、モニター用に接続されているディスプレイの中では、ADF は Ruby の制御通りに作動しているである。

「目標までの距離、百七十キロメートル。相対速度 15.8、レーザー砲の最大射程まで、あと一分です。」

 Ruby の落ち着いた合成音声が、茜と、外部でシミュレーションの状況をモニターしている緒美達にも、聞こえたのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第19話.09)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-09 ****


「高度 8200…8300…8400…。」

 ADF は運動エネルギーを位置エネルギーへ変換する可(べ)く上昇して行き、Ruby は高度の値を読み上げ続ける。しかし現状でエンジン出力が落ちていない為、機体の速度はジリジリとしか落ちていかないのだ。

「…9500…9600…9700…9800…9900…間も無く、高度一万メートルに到達します。」

 茜は機体のステータス表示を注視して、機速のマッハ数の確認を続けていた。

「現在速度、マッハ 1.4…Ruby、右へロール 160°、更に機首上げ 5°。」

「ハイ、右(ライト)ロール 160°へ。機首上げ 5°。」

 Ruby は茜の指示通り、ほぼ背面飛行の姿勢になり、更に機首を上げる操作を追加するのだ。普通の速度域ならば、背面飛行からの降下へと移る機動操作なのだが、現在の速度では然(そ)うはならず、機体は降下せず水平に滑って行くのだ。但し、160°ロールだと完全な背面ではなく右側に 20°の傾きを残しているので、これに機首上げの操作が加わって機体は僅(わず)かずつ右へと旋回を始めるのだ。そうして不自然な姿勢で水平面での飛行を続けている事で、機体に掛かる抵抗は確実に増大したのだった。

「マッハ 1.38…1.37…よし、減速してる。Ruby、機首上げ、プラス 5°。」

「ハイ、機首上げ、プラス 5°。」

 ADF に更に機首上げの操作を追加すると、更に抵抗が増大するのだ。
 これらの操作は、先日まで読み込んでいたマニュアルの記載に従って、茜は規定された手順を忠実に実行しているのである。

「マッハ 1.34…1.32…1.28…1.23…。」

 マッハ数の変化が、明らかに低下のペースを早める。
 そして間も無く、四基のエンジン回転数が低下を始めたのだ。空気の流入条件がインテークでの制御可能な範囲に戻ったのである。各エンジンは、スロットルで指示されているアイドル状態へと向かって、稼働状態を収束させていく。
 エンジンの推力が低下していくと、機体が描く旋回の度合いが少しずつ深くなっていき、同時に高度の低下が始まるのだ。

Ruby 、ロールを 90°に。水平面での旋回で更に減速するわ。」

「ハイ、ロール角を 90°へ。」

 機体の横転(ロール)角は、搭乗しているパイロット視点で時計回りに角度で示される。つまり、ロール角 90°とは右翼を下にした姿勢で、左側に 90°横転(ロール)した姿勢はロール角だと 270°なのだ。ここで注意しなければならないのは、ロール角 90°と指示された場合、右へ(時計回りに)90°なのか、左へ(反時計回りに)270°かの、どちらなのか?と言う所である。結果的には何方(どちら)でもロール角 90°に達するのだが、勿論、意味が違うのだ。
 茜が先刻「右へロール 160°」と指示したのは、その為の区別をする意味で、又、Ruby は『右ロール』との指定に因って、『ロール角』との指定とは判断を変えているのだ。これに加え、思考制御から入力される茜の動作イメージを、Ruby は判断の補助としているのである。
 そんな訳(わけ)で、ADF はロール角 160°の状態から、左へ 70°横転(ロール)して、ロール角 90°の姿勢となったのだ。ここで茜は横転(ロール)する方向を口頭の指示に含めていないが、右へ 290°横転(ロール)するよりは左方向の側が動作量が少ないとの Ruby の判断と、茜の動作イメージが Ruby の判断と同じく近回りの左回転であった事が、Ruby の判断決定の理由である。
 さて、ここで茜が姿勢変更を指示した、そもそもの理由であるが。それは、背面状態からの急降下へと移らないようにする為である。急降下すると当然、位置エネルギーが運動エネルギーに変換されてしまうので、折角、減速したのが台無しになってしまうのだ。茜は水平面での旋回で運動エネルギーを消費しつつ、少しずつ降下して行く事を考えたのである。

 そうして超音速飛行から減速した ADF は、旋回し乍(なが)ら元の高度へと降下して行ったのだ。加速する必要は無いので、スロットルは基本的にアイドル・ポジションの儘(まま)で旋回降下し乍(なが)ら、逸脱した位置から予定のコースへと復帰し、ブリジットのB号機と合流したのである。

「HDG01 より、テスト・ベース。HDG02 と合流しました。テストを再開します。」

 茜の其(そ)の報告に、緒美が指示を出す。

「HDG01、さっきの減速機動で、空中機動の確認は不要になったと思うから、次のメニューへ行きましょう。燃料は大丈夫?」

Ruby、燃料の使用量は?」

 茜が出す確認要請に、Ruby は即答する。

「現状で予定を 20%程度超過していますが、残量で予定通りの飛行は可能です。」

 Ruby の返事に対して、緒美が予定変更の趣旨を説明するのだ。

「いいのよ、Ruby。ADF の仕様は、空中戦を目的としてないんだから。AMF みたいな機動性は、重視してないからね。」

 その説明に対して、茜が緒美に確認する。

「では、次は兵装の空中展開確認、ですね?」

「そうね、HDG01。今日は、そっちの方が重要だから。」

「了解です。Ruby、空中展開モードへ、スピード 4 迄(まで)、減速。」

「ハイ、空中展開モードへ、外装を展開して減速します、スロットルをアイドル・ポジションへ、ピッチ角をプラス 3°に設定。」

 ADF はエンジンの出力を絞って、減速の為に少し機首を上げる。そうする事で機体への空気抵抗が増加して、速度が落ちるのだ。ADF の横を飛行してたブリジットのB号機は、一度 ADF の前方へと遠ざかって行くが、速度を合わせて ADF の横へと戻って来る為に、左へと旋回を始めるのだ。
 或る程度、速度が低下すると ADF の胴体外装が四つに分かれ、少しずつ開いていく。これらの外装が完全に展開されると、正面から見てX型に見えるのだが、外装の展開は減速の度合いに応じて少しずつ開いていくのである。そして、ディフェンス・フィールド・ジェネレーターを兼ねる外装部が開く角度を増していく毎(ごと)に、それが発生させる空気抵抗は増大し、機体から速度を奪っていくのだ。
 最終的に、ADF は茜が指定した分速 4 キロメートル、凡(およ)そ時速 250 キロメートル迄(まで)、減速した。
 ADF は抵抗を増やして減速する過程で、飛行は継続出来るようにスロットルを調整し、一旦(いったん)アイドル・レベルまで落とした推力を 30%程度に迄(まで)、段階的に上げていったのである。これらの調整は全て、Ruby が自律的に実行しているのだ。

「ディフェンス・フィールド・ジェネレーターの展開を完了、現在速度 4 です。」

 Ruby の報告を聞き、茜はブリジットに呼び掛ける。

「了解、Ruby。HDG01 より HDG02、其方(そちら)の準備はいい?」

 茜は左側方へ視線を移し、ブリジットのB号機を視認するのだ。視認、と言っても直接に見られる訳(わけ)ではない。閉鎖された ADF の機首内部から見える外界は、ADF の複合センサーが撮影した画像を Ruby が処理や合成を行い、スクリーンへ投射された映像なのだ。この辺りの仕組みは、AMF と同様なのである。

「此方(こちら) HDG02、何時(いつ)でもどうぞ。」

「了解。それじゃ Ruby、長射程砲撃モードへ。レーザー砲展開。」

「ハイ、レーザー砲を展開します。」

 ADF 胴体の外装が開かれた部分に格納されていた砲身の長いレーザー砲が格納位置から外部へ向けて一段飛び出すと、その基部が左右へとスイングして外側へと広がる。展開されたレーザー砲は四門で、主翼を上下に挟(はさ)む様に、左右に二門ずつが装備されているのだ。

「レーザー砲、展開完了。HDG02 、外観で異常が無いか、確認をお願い。」

「了解、HDG01。その儘(まま)、真っ直ぐ飛んでてね。」

 ブリジットは自身の飛行経路を ADF の方へと寄せて行き、機体を傾けると ADF を中心とするバレル・ロールを実施して、ADF の外周をゆっくりと一回転したのだ。B号機の複合センサーはブリジットの視線を追って ADF の機体表面を写しており、その映像は第三格納庫でモニターする緒美達にも観る事が出来るのである。

「HDG02 です、特に異常は見られませんが、テスト・ベース、其方(そちら)からは何か?」

 緒美の返事が聞こえる。

「テスト・ベースです。此方(こちら)でも、異常は無しと判断します。 HDG01、砲身の角度調整は出来る?」

「それじゃ、一番から行きます。HDG02、監視、宜しく。」

「HDG02、了解。どうぞ。」

Ruby、一番砲身の角度を最大可動範囲で、上下、左右の順で動かしてみて。」

「ハイ、一番砲、作動します。」

 ADF の上部左側のレーザー砲が、上へ 10°次に下へ 10°、続いて左へ 10°そして右に 10°、順番に動作して中央位置に復帰する。

「此方(こちら) HDG02、砲身の動作を確認。テスト・ベース、見えてました?」

「はーい、テスト・ベースです。見えてるよー。」

 先に答えたのは、樹里だった。続いて、緒美が問い掛けて来るのだ。

「HDG01、変な振動とか、無かった?」

「HDG01 です。特に、振動とか、異常はありませんでした。続いて、二番砲、動かします。」

「あ、ちょっと待って。右側へ移動するから。」

 慌てて声を掛けて来たブリジットは、機体を ADF の上方を通過させて右翼側へと移動させるのだ。

「HDG01、お待たせ、どうぞ。」

「了解、それじゃ Ruby、二番砲をさっきの一番砲と同じ様に動かしてみて。」

「はい、二番砲、作動します。」

 今度は ADF 上部右側のレーザー砲が、先程の左側と同様に動作するのだ。
 この確認作業を、三番、四番と繰り返していくのである。因(ちな)みに、三番砲は ADF 下部右側で、四番砲が下部左側である。砲の番号はドライバーが進行方向に向いて、上部左側から機体中心を時計回りに振られているのである。
 さて、実の所、ADF に四基ものエンジンが搭載されているのは、このレーザー砲が消費する膨大な電力を賄(まかな)う為なのである。先刻の様な超音速飛行を実施するのは、本来の目的ではない。ADF の設計概念(コンセプト)とは『飛行する砲台』なのだ。
 なので、運用上の想定では高速で飛行する必要はなく、成る可(べ)く低速でエイリアン・ドローン群とは距離を取って、レーザー砲で狙撃を続けるのが理想的なのだ。だが発電用にエンジンを多発化、若しくは大型化すると、その推力で飛行速度が必要以上に上がってしまう。そこで、敢えて大きな空気抵抗を生み出すように、外装を広げて推力に対して抗力を高め、速度の上昇を抑えるのである。勿論、戦域から退避する際の逃げ足には高速飛行能力が役に立つので、一応、その性能の確認が実施されたのだ。

「それじゃ、レーザー砲一番から四番、格納します。 Ruby、お願い。」

「ハイ、レーザー砲を格納します。」

 展開されていた四基のレーザー砲は、元の状態へと格納される。その格納状態も、ブリジットのB号機が ADF の周囲を一回りして、異常が無い事が確認されたのだ。

「続いて、近距離戦闘モードを確認します。 Ruby、機首ブロック解放。」

「ハイ、機首ブロックを解放します。」

 Ruby が返事をすると、茜の眼前で ADF の機首ブロックが開かれていく。ADF と並んで左側を飛行しているブリジットは、露出された茜の HDG-A01 に向かって右手を振って見せるのだった。茜も、ブリジットに応えて左手を上げて見せる。

Ruby、続いてロボット・アームを展開。」

「ハイ、ロボット・アームを展開します。」

 ADF の主翼付け根の上下に配されたカバーが開き、胴体に沿って後方へと格納されているロボット・アームが、前方へ向かって起き上がる様に展開されるのだ。
 ロボット・アーム自体は AMF に装備されている物と、設計は、ほぼ同じ物で、四本と言うより、胴体の上下に二対と言う形式も AMF と同様である。これは ADF に搭載する物を、AMF で先行して実験した、と言うのが実情である。更に、その基礎技術は LMF で確認されていたのだ。
 ADF のロボット・アームも AMF の物と同じ仕様で、先端部にはビーム・エッジ・ブレードと荷電粒子ビーム砲が、それぞれの腕に内蔵されているのだ。これらの武装は、レーザー砲で撃ち漏らした目標が、ADF へ接近して来た際に撃退する為の装備である。加えて、ADF の先端に接続されている HDG-A01 も両手に CPBL(荷電粒子ビームランチャー)を装備可能なので、近距離戦では同時に六つの目標に対処が可能なのだ。

「ロボット・アーム、展開完了。」

 Ruby の報告を受けて、茜は連動モードを選択して、上側のロボット・アームを動作させてみる。このモードでは、ドライバー自身の腕と連動させて、選択したロボット・アームを動かせるのだ。
 茜が胸の前で曲げた右腕の肘を上下させたり、腕を前後に曲げ伸ばしするなど数回動かすと、連動して上部右側のロボット・アームが茜の腕の動きをトレースするのだ。一方で下側のロボット・アームは、上側の動作で発生するモーメントを打ち消す方向に自動的に作動するのだが、これは完全に逆転した動作をする訳(わけ)ではない。それは ADF 全体への気流の影響が、或る程度のモーメントを吸収して呉れるからだ。

「HDG01 より、テスト・ベース。ロボット・アームの動作は、AMF での検証やデータ収集が活きてますね。」

「動かしてみて、振動とか、バランスの悪化とかは無い?」

「はい。外装を展開してあるのも、安定化に寄与してるのかも知れません。AMF よりも、安心して動かせる感じがしますね。」

「良かったわ。それじゃ、取り敢えず空中での機能確認は終了と言う事で、全機合流して帰投してちょうだい。」

 そこで緒美の指示に対して、クラウディアが声を掛けて来るr。

「HDG03です。 予定通りですけど、何だか、あっけないですね。」

 それには、樹里が声を返すのである。

「あはは、気持ちは分かるけど、今日の所は、帰って来てからの機体点検の方が大事だからね。」

「それは、解ってますけど。」

 今度は、緒美が言うのだ。

「何(なん)でもいいけど、着陸する迄(まで)は気を抜かないでね、皆(みんな)。」

 そうして、各機は合流し、学校への帰途に就いたのだった。
 勿論、帰投した後に ADF は、データの吸い出しや、機体の点検、確認が入念に実施されたのである。超音速飛行や、飛行中の外装展開など、負荷の大きな動作を行ったので、各部機構に捻(ねじ)れや歪み等の影響が出ていないかを確認する必要があるのだ。一方で、安藤達は Ruby と ADF とのマッチングや、ADF 制御モジュールの動作が適正だったかを評価する為の情報収集が、今回の重要な業務内容だったのである。
 こうして、この日の活動も無事に終わっていったのだった。

 

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STORY of HDG(第19話.08)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-08 ****


 Ruby に制御されている ADF は、それがシミュレーションであるから当然だとも言えるが、滑(なめ)らかに降下、進入を熟(こな)して滑走路へと着陸したのだ。
 その機体の大きさに比して主翼面積の小さい ADF は、F-9 を原型とする AMF よりも、矢張り降下速度が速く着陸速度も高速なのだった。だから着陸脚が接地すると同時に、全力での逆噴射を実施しなければならず、それでも停止距離には滑走路全長の八割程度を要したのである。

「どうだった?天野さん。」

 緒美が感想を求めて来るので、茜は即答する。

「そうですね、仕様書の通りですけど、矢っ張り離着陸のスピードが違いますね、AMF とは見える景色が全然。 着陸進入の降下は、殆(ほとん)ど落下してる感覚です。」

「怖かった?」

「実機で、行き成りアレだったら、多分。 シミュレーターで反復して慣らさないと。続けて、二、三回、やってみていいですか?」

「どうぞ。 次は、空中での機動も試してみてね。」

「分かりました。」

 そこで、樹里が茜に確認するのだ。

「シミュレーションの環境設定は、変えない方がいいよね?天野さん。」

「はい、樹里さん。今日はこの儘(まま)、固定でお願いします。」

「了~解。」

 その後、茜は ADF での離着陸や、空中での加減速、旋回など、基本的な機動に就いての挙動や反応をシミュレーターで確認したのである。そうして一時間程で、茜は ADF でのシミュレーター体験を終えたのだ。
 シミュレーター・モードを終了すると、茜の HDG は ADF から解放され、Ruby はログの回収を受けて、HDG とのドッキングの影響や各種プログラム・モジュールの動作状態の確認が開始される。その後は、HDG 無しで ADF 各部の動作確認や、エンジンの試運転が実施されたのだ。これは Pearl 搭載時に既に無人飛行までが確認されている訳(わけ)だが、搭載 AI ユニットが Ruby に変わった事で、以前と同じ様に運転が出来る事を確認するのだ。最後に ADF 機体の運転後点検であるが、これは整備担当者達に対する講習会も兼ねて、直美、瑠菜、佳奈、村上、九堂、金子、武東と言った生徒達に加え、社有機整備担当である藤元、並木、片平、そして F-9 改の整備担当として派遣されている平田、三木、宗近、深見にも説明が行われたのである。
 一方で、ADF から解放された茜は続いて AMF へと自身の HDG を接続して、Pearl 制御下の AMF での飛行シミュレーションを、此方(こちら)でも一時間程度を掛けて、離着陸や空中機動の確認を実施したのだ。Pearl に関しても、Ruby と同様に、シミュレーション終了後にはログが回収され、その稼働や制御の状況が確認されたのである。その作業には日比野、安藤、風間に加えて、樹里、維月、クラウディアが参加し、この日もソフト部隊の第三格納庫での作業は。午後九時頃まで続いたのである。

 そして七日目、2072年12月4日、日曜日。
 この日も幸いにして天気は良く、ADF の試験飛行には申し分の無い天候である。流石に十二月ともなれば午前中の気温は低いのだが、それでも朝早くから第三格納庫では試験飛行の準備が進められていた。この日に試験に参加する機体は、HDG-A01 と ADF、HDG-B01、HDG-C01、そして Pearl 制御による無人飛行で参加する AMF の合計四機である。
 茜の HDG-A01 と Ruby の ADF が、試験対象機なのは言う迄(まで)もないのだが、他の三機は試験状況の映像を記録し、監視する為の随伴機(チェイサー)なのだ。今回からは試験データの記録の為に、記録器材を積んだ社有機の飛行は無い。データの記録に防衛軍のデータ・リンクを利用するのは従来通りなのだが、今回、新たに設置された Emerald にデータ・リンクの為のユニットが取り付けられているので、データ取得を目的に試験空域へ随伴機を飛ばす必要が無くなったのである。そして Emerald は ADF だけでなく、B号機やC号機、AMF の稼働データ同時取得も自動化して呉れるのだ。御陰(おかげ)で緒美や樹里が第三格納庫から、試験状況のモニターや、指示が出せるようになったのである。
 試験状況観測の要(かなめ)は、AMF である。それは ADF を除く三機の中では、AMF に搭載されている複合センサーが、画像の取得能力が最も高いからである。B号機とC号機は、何らかのトラブルが発生した際の救援要員としての意味合いが、より強い。勿論、B号機とC号機に搭載された複合センサーでも、ADF 飛行の様子はそれぞれの視点から撮影される。
 そして、Pearl に依る AMF の完全自律飛行は、これが初めてであるので、第三格納庫には AMF の遠隔操縦用の簡易コックピットが準備されていた。Pearl には Ruby の AMF 制御に関するライブラリ・データが移植されているので、その自律飛行制御に大きな心配は不要なのだが、万が一、自律制御に不具合が生じた場合に備えて、機体の遠隔操作が可能な様に準備はされているのだ。もしもの場合に備えて、F-9 改の操縦要員として派遣されている青木か樋口が、AMF の遠隔操縦を担当する為に待機しているのだ。

「しかし、まあ、何(なん)とも大所帯になったものだなあ。」

 第三格納庫の南側大扉の外に立ち、少し呆(あき)れた様に然(そ)う言ったのは、飯田部長である。彼は午前九時過ぎに、本社から社有機で移動して来ていたのだ。
 飯田部長の隣に居た立花先生が、少し大きな声で言葉を返す。

「予定通り、じゃないですか。」

 格納庫内でエンジンを起動した各機が、順番に駐機場を横切って、誘導路へと進んで行くのだ。AMF やC号機の飛行ユニットが眼前を通過していると、普通の声量では会話が出来ない。

「そうだけどね。でも立花君は三年前、こんな光景、予想してたかい?」

 真面目な顔で飯田部長が訊(き)いて来るので、立花先生は、これ以上ない位の笑顔を作って答えるのだ。

「いいえ。」

「だろう?」

 飯田部長も、ニヤリと笑い返すのである。
 第三格納庫からは AMF、C号機飛行ユニット、ADF の順に庫外へと出て行き、滑走路へと向かって進んで行く。一番最後に出て来たブリジットのB号機は、駐機場の誘導路入り口付近で待機している。そして立花先生達の背後、第二格納庫の前にはミサイル実弾を装備した F-9 改が二機、発進待機状態で駐機されているのだ。
 この準備は HDG の試験中にエイリアン・ドローンとの遭遇戦が、実際に高確率で発生していた事に対する措置である。取り敢えず、この日を含んで数日間、エイリアン・ドローンの襲撃は発生してはいないのだが、何処(いずこ)かに潜伏していたと思われるエイリアン・ドローンに襲撃された事例も有ったので、学校や会社の側としては念の為の対策を準備したのだ。
 茜のA号機は兎も角、今回、ブリジットのB号機が武装を携行しているのも、同じ文脈からなのだ。茜のA号機は手持ちの武装は携行してはいないのだが、ADF に装備されている兵装は既に使用可能状態であり、試作工場では試射も済まされているのだった。

 午前十時、AMF が Pearl に依る自律制御で最初に離陸すると、続いてクラウディアのC号機が、そして茜の ADF が離陸するのだ。ADF は、茜がシミュレーターで体験した通りの、猛烈な加速で滑走路を駆け抜けて進空したのだった。茜から見えるその景色はシミュレーターで見た視界と同じだったが、唯一違っていたのは強烈な現実の加速度に襲われた事だ。AMF での離陸滑走でも、それなりに強い加速度を体験していた茜だったが、ADF の其(そ)れは AMF の比ではなかったのである。勿論、進行方向への推力に因る加速だから、高速旋回中の気絶しそうな縦Gや横Gに比べれば、それは軽いものだったのだが。それから付け加えるなら、離陸滑走距離の長さも、茜を少々不安にさせたのだった。これはシミュレーターでも視覚的に体験してはいたが、加速度も併せて体験すると、この儘(まま)で上昇出来ずに滑走路から飛び出し、フェンスに突入するのではないか?と、そんな不安感が脳裏を過(よ)ぎったのだった。実際にはシミュレーターで茜が体験した通りに、機体は上昇したのである。
 そして ADF の離陸を確認した後、最後にブリジットのB号機が、駐機場から滑走路を使う事無く上空へと舞い上がったのだった。

 天神ヶ﨑高校上空で合流した四機は、AMF を先頭にして編隊を組み、機首を北方へ向けて日本海側を目指して飛行を始めたのだ。
 編成は先頭の AMF に対して左翼後方が 茜の ADF、その ADF 左翼後方にクラウディアのC号機が着き、ブリジットのB号機は AMF の右翼後方に着いていた。AI に依る自律飛行の AMF が編隊長の位置である事を不審に思われるかも知れないが、直接の操縦操作を Pearl が実施しているとは言え、その挙動は遠隔操縦装置を通して本職のパイロット二人が監視しているのであるから、試験空域への行き帰りに就いては、これが妥当な編成なのだ。

 離陸から十五分程が経過し、HDG 達の編隊はすでに日本海上空の試験空域へと到達していた。九月頃には、茜の HDG-A01 が自身のスラスター・ユニットで飛行していた為、試験空域の進出までに一時間程を要していたのが今では嘘の様である。

「AMF01 より各機へ。予定空域へ到着しました。当機は編隊を離脱して、観測ポイントへ移動します。」

 そう Pearl が宣言して、AMF は南側へと離脱して行く。
 それに、クラウディアが続くのだ。

「HDG03 です。それじゃ、此方(こちら)も観測ポイントへ移動します。Sapphire、行きましょう。」

「ハイ、編隊から離脱します。」

 クラウディアのC号機は右へ旋回し、東向きに離れて行くのだ。

「HDG01 です。AMF01、HDG03 は、位置に着いたら連絡してください。 HDG02 は打ち合わせ通り、わたしの左後方へ。」

「HDG02、了解。」

 ブリジットは予定通りに、ADF の左後方五十メートル程にポジションを取るのだ。
 そして間も無く、AMF と HDG03 から連絡が入る。

「此方(こちら) AMF01、観測準備、整いました。」

「HDG03 より各機。此方(こちら)も観測準備、完了。」

「HDG01 より、テスト・ベース。高速飛行試験、準備完了です。指示を待ちます。」

 その茜のリクエストに、緒美からの返事は直ぐに返って来るのである。

「テスト・ベースより、各機。記録の準備は完了しています。何時(いつ)でも、始めてちょうだい。」

「了解しました、それでは、加速開始します。 HDG02、頑張って付いて来てね。」

「あはは、仕様書通りの性能なら、直ぐに付いて行けなくなる筈(はず)だけど、まあ、頑張ってみるわ。」

 ブリジットからの返答に、くすりと笑って、茜は Ruby に指示を出すのだ。

「それじゃ、Ruby。加速開始。」

「ハイ、加速開始します。」

 ADF に搭載された四基のエンジンは、回転数を跳ね上げて加速を始めた。計画では巡航時の凡(およ)そ時速 600 キロメートルから、二分間でマッハ2弱まで速度を上げるのだ。正確には分速 10 キロメートルから、分速 40 キロメートルへと加速するのだが、その間の平均加速度は凡(およ)そ 0.4Gである。
 ADF を追跡するブリジットの HDG-B01 は、その飛行ユニットの最高速度が時速 800 キロメートル(分速 13.333 キロメートル)なので、直ぐに引き離されるのは明白だったのだ。
 随伴機の中で最速なのは AMF だが、それでも最高速度はマッハ 1.2 (時速 1450 キロメートル/分速 24.5 キロメートル)程度なので、ADF との併走は出来ない。それ故(ゆえ)に AMF とC号機は、距離を取って観測を行うのである。
 一方でブリジットのB号機が置いて行かれるのを承知で追跡を行うのは、ADF に何らかのトラブルが発生したなら当然、ADF は減速するであろうから、であればB号機でも速やかに追い付けるだろう、と言う事である。取り敢えず接近が出来れば、外部からの状態確認や、場合に依っては救援が可能かも知れないのだ。通常の航空機とは違って、HDG ならば文字通り『手を差し伸べられる』のである。

「加速開始より、十秒経過。現在速度、13.1。」

 Ruby が状況を報告して呉れる一方で、茜は身体を後ろへ引っ張る様な、或いは前から押し付けられる様な、推力に因る加速度を味わっていた。単純に加速度だけで比較すれば、ここでの 0.4Gと言う加速度は、それ程、大きな数値ではない。レーシングカーや遊園地のローラーコースターでも、進行方向への加速度が 1Gに迫ったり、又は其(そ)れを超える物は少なくないのだ。徒(ただ)、茜の今迄(いままで)の生活は然(そ)う言った事物とは縁遠かったので、その様な加速度を体験した事は無かったのである。

「三十秒経過、現在速度 17.5。」

 Ruby が報じる速度の単位は『毎分キロメートル』なので、換算すると時速 1050 キロメートルとなる。これは標準状態の大気条件で、音速の 0.8 倍程度である。
 この辺りで、ブリジットのB号機、ADF に付いて行くのを断念するのだ。

「HDG02 より HDG01、流石にもう、無理。予定通り、置いて行ってね。」

「HDG01 了解。HDG02 は其方(そちら)のスピードで追跡を続行して。」

 そして ADF は順調に加速し、間も無く音速を突破したのだ。

「六十秒経過、現在速度 25.02。」

 換算すると時速 1500 キロメートル、凡(およそ)そ音速の 1.2 倍である。
 茜はエンジンのステータス画面を呼び出し、回転数や排気温度、圧力など、ステータスに異常が無い事を確認する。こうやって茜が目視で確認する迄(まで)もなく、何か異常が有れば Ruby が報告して呉れるのだが、無論、ダブル・チェックは重要だし無駄ではない。

「九十秒経過、現在速度 32.5。」

 既に ADF の飛行速度は音速の 1.6 倍程に達しているのだが、搭載エンジンの能力的には、まだ余裕が有るのだ。そもそも単純にスロットルを最大位置に設定して加速を開始したのであれば、速度が上がるに連(つ)れて加速が鈍っていく筈(はず)なのだ。それは無限に加速が出来る訳(わけ)ではないのだから、当然である。つまり、Ruby は加速度が 0.4Gで一定になる様に、絶妙なスロットル制御を行っているのだ。そして現時点で、まだアフター・バーナーは作動していないし、この試験でアフター・バーナーを使用する予定も無い。

「百二十秒経過、現在速度 40 に到達。」

 そして仕様通り、二分間で毎分 40 キロメートル、つまり時速 2400 キロメートル、凡(およ)そ音速の二倍へと達したのだ。茜は、Ruby に指示する。

「オーケー、Ruby。スロットルをアイドル・ポジションへ、スピードが 10 に落ちる迄(まで)、慣性飛行。HDG02 が追い付くのを待ちましょう。」

「ハイ、スロットルをアイドル・ポジションへ。スピード 10へ減速する迄(まで)、直線飛行を維持します。」

 エンジンの出力が減少すると、茜の身体を押さえ付けていた加速度が、スッと無くなるのだ。とは言え、特別に抵抗が増える操作をした訳(わけ)ではないので、前方へ身体を持って行かれる様なマイナスの加速度は感じない。つまり、殆(ほとん)ど減速していないのだ。
 茜はエンジンのステータスに目を遣って、その回転数が四基とも、余り低下していない事を確認した。

「ああ、マニュアルに書いてあったのは、この事ね…。」

 マッハ 1.5 以上の超音速飛行中の場合、スロットルを急激に絞ってもエンジン保護の為に回転数が維持される、そんな安全装置が組み込まれているのである。大量の空気を吸入していたエンジンの回転数を急減させる事は、吸入する空気の量を急減させる事だから、単純に其(そ)れを行うと既に加熱しているタービンの熱収支バランスが崩れて、最悪の場合、タービン・ブレードが損傷する可能性が有るのだ。エンジンに流入する空気に就いては、インテークに因って適切な状態になるよう制御されているのだが、この辺りの条件は流入する空気の速度や圧力、温度などのバランスに依るので一概に規定が出来ない。徒(ただ)、間違いのない事はインテーク周囲の気流が超音速流でなくなれば、要するに機体の速度が音速以下に落ちればいいのである。そうなれば、エンジンは安全に回転数を落とせるのだ。

「HDG01 より、テスト・ベース。スロットル制御で減速出来ないので、これより減速機動を実施します。」

「此方(こちら)テスト・ベース、了解。気を付けてね。」

 減速出来ないのがトラブルではなく想定されていた事象なので、緒美からは了承の意が即答されたのである。

Ruby、機首上げ 15°、上昇して減速を試みます。」

「ハイ、機首上げ 15°。機体が上昇を開始、現在高度 8012 メートル。」

 透(す)かさず、緒美からの通信が入る。

「HDG01、今日の上昇限度は一万メートルだから、注意してね。」

「HDG01 です。了解してます。」

 ここでの上昇限度は試験飛行の為に当局へ申請してあった空域の上限であって、ADF の上昇能力の上限ではない。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.07)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-07 ****


 四日目、2072年12月1日、木曜日。
 前日中に ADF 搭載の AI ユニット:Pearl は停止処理が実施され、一部配線の取り外し迄(まで)が進められていた。この日は朝から其(そ)の作業が継続されて、午後からは ADF より Pearl が引き出されたのである。
 この日の作業で AMF と ADF のそれぞれに搭載されている AI を交換するのであるが、その作業の準備として両機は第三格納庫の中で横に並べて置かれている。それら機体の移動作業も、前日の内に済まされていたのだ。
 さて、ADF の胴体を跨(また)ぐ様に移動された簡易門形クレーンで、ADF 機内に格納されていた AI ユニット:Pearl を引き上げると、門形クレーンは Pearl を吊した儘(まま)で前方へと移動し、そこで用意されているパレット上に、Pearl を降ろすのである。因(ちな)みに、門形クレーンの移動は、作業員達の人力に依って行われるのだ。この簡易門形クレーンに自走の為の動力は、用意されていないのである。
 続いて、門形クレーンは AMF の機首部を跨(また)ぐ様に移動され、機首基部の胴体内部から AI ユニット:Ruby を引き出すのだ。
 Ruby を吊り下げた状態で門形クレーンは再(ふたた)び移動されて ADF の上へと向かい、今度は ADF へ向かって Ruby が降ろされて行くのだ。ADF へ対する Ruby の設置作業は、位置確認と微調整を繰り返し乍(なが)ら、少しずつ進められたのである。
 Ruby の ADF への搭載作業が終わると、再度、門形クレーンは ADF の前方に仮置きされた Pearl の上へと移動されて此(これ)を吊り上げると、今度は AMF へと移動して、Ruby の時と同様にゆっくりと、Pearl が AMF へと降ろされるのだ。
 これら一連の作業には合計で四時間程が費やされ、兵器開発部のメンバー達が授業を終えて第三格納庫にやって来た時点では、Pearl が AMF に搭載される最終局面だったのだ。
 各機へ AI ユニットが設置されたら、それで此(こ)の日の作業は終わり、ではない。機体へのメカ的な固定と、電気的な接続を行わなければならないので、兵器開発部のメンバー達は其(そ)れらの作業を支援したのだ。但し、緒美と茜の二人に就いては、前日迄(まで)と同様に引き続き仕様書と取扱説明書の読み込みを継続していたのである。

 五日目、2072年12月2日、金曜日。
 この日は朝から、前日に終えていた AMF と ADF の AI ユニットとの物理的な接続を再確認し、双方の疑似人格以外の基底処理(カーネル)部のみを立ち上げて、配線の結合確認を兼ねた信号の送受信テスト、環境設定と其(そ)の確認、機体制御プログラム各モジュールの作動シミュレーションなどの準備作業が、疑似人格を起動する前に実施された。これらの作業を二機同時に並行して実施するのは、作業的に膨大な手間が発生する事が予想されたので、その作業を大幅に自動化する目的で、別途持ち込まれた AI ユニットである Emerald が活用されたのだ。
 Emerald が第三格納庫に設置された本来の目的は、後日に予定されている ADF に HDG-A01 を接続して実施する戦闘シミュレーション演算の実行である。以前、LMF や AMF で実施した同種のシミュレーションでは、そのソフトウェアを Ruby が実行していたのだが、ADF で予定されている戦闘シミュレーションに関しては其(そ)の内容の複雑さから、別途、シミュレーションを制御・演算するマシンが必要とされたのだ。そんな目的の為に疑似人格を持った AI ユニットが必要なのか?と問われれば、その答えは『否』である。だが、Emerald も亦(また)、姉妹機である Sapphire や Pearl と同じ目的の為に製作された器材であり、姉妹機達と同様の経験や教育を受けさせる目的も有って、Emerald は第三格納庫に設置されたのである。
 ともあれ、Emerald の働きも有って、Ruby と Pearl の接続確認や環境設定は順調に進行したのだった。この日の昼過ぎには、Ruby と Pearl のメカ的・電気ハード的な再調整が不要である事が見極められ、出張組メカ担当達の手に依って簡易門形クレーンの解体作業が開始される。
 その一方で安藤達は、Ruby と Pearl 疑似人格を含む全システムの再起動を実行するのだ。そして Ruby と Pearl は、それぞれが一時間程度の自己診断を経て、再起動を果たしたのである。
 それら二基の AI ユニットが再起動しても、この日の作業は終わりではない。先(ま)ずは再起動後のシステムチェックや、入出力の確認、再起動前の記憶維持の確認など、諸諸(もろもろ)の検査を二基それぞれに実施するのである。その検査作業が終わると、Ruby には Pearl からバックアップした ADF 制御に関する数々のライブラリ・データ移植を、Pearl には Ruby からバックアップされた AMF のライブラリ・データ移植を、それぞれにファイルの格納先である Emerald から転送、展開していくのだ。そして最終的には双方の機体を起動させて、AI ユニットからの制御・動作確認までを実施したのだった。それら一連の作業は、食事や休憩を挟(はさ)みつつも深夜までに及んだのだ。
 その再起動に関する一連の作業には、放課後以降は兵器開発部のソフト担当三名も、見学の名目で作業を手伝ったのである。彼女達は本社からの出張組も含めて、夕食の時間になっても女子寮へは戻らずに作業を続行した為、立花先生の手配で格納庫フロアにて夕食を取る事になったのだった。因(ちな)みに、立花先生は第三格納庫の学校側監督者として、作業の最後まで現場での立ち会いを余儀無くされたのであるが、翌日、土曜日の午前中も授業の有る生徒達三名、つまり樹里、維月、クラウディアに就いては、午後九時には女子寮へと帰されたのであった。

 六日目、2072年12月3日、土曜日。
 この日の午前中には、解体された簡易門形クレーンの部材と、その他の残材や不要になった梱包材などををトランスポーターへと積み込み、出張組のメカ担当は二台のトランスポーターで試作工場へと向けて出発したのだ。この事に因り、天神ヶ﨑高校に残った試作部のスタッフは何時(いつ)もの四名、畑中、大塚、倉森、新田、である。
 先日から深夜まで作業をしていた本社開発部のソフト部隊三名、日比野、安藤、風間は、宿泊先である学校の女子寮で此(こ)の日の午前中は休みの扱いで、作業開始は午後からの予定となったのだ。
 兵器開発部のメンバー達は前述の通り、土曜日の午前中には授業が有るので、彼女達の部活は午後からである。
 前日に安藤達に付き合って、深夜まで現場立ち会いをしていた立花先生も、この日は午前中はお休みの扱いとなり、その間の学校側現場監督には立花先生の代役として、前園先生や天野理事長が顔を揃(そろ)えたのだった。そうなると当然、本社から現場の監督にやって来ている実松課長を含めて老人会…いや、懇談会が自然発生する事になり、第三格納庫の其(そ)の一角は畑中達には近付き難(がた)いエリアとなったのである。そして午前十一時を回った頃には、更に塚元校長と重徳(シゲノリ)先生もが加わって、期せずして発生した懇談会は大いに賑わったのだ。
 その懇親会の開催場所は、昼休憩を挟(はさ)んで校内の別の場所へと移されたのだが、それは勿論、午後からは立花先生が第三格納庫へと出て来るからである。
 午後から『出勤』して来た立花先生が、畑中等から午前中の格納庫フロアの様子を報告されて、苦笑いしつつ「午前中が休みで良かった。」と内心で胸を撫(な)で下ろす心境だったのは、言う迄(まで)もないだろう。
 この様に描写すると、立花先生や畑中達が、本社や学校の上層部を嫌っているかの様に受け止められるかも知れないが、これは然(そ)う言う意味ではない事を、念の為に記しておこう。
 天野理事長(会長)や塚元校長達を前にして、立花先生や畑中達が緊張感を覚えるのは、単純に『偉い人』に対して「失礼の無いようにしたい」と言う意識が働くからで、その意識の源泉は飽く迄(まで)『敬意』なのである。けして、『恐れ』とか『評価や査定を気にして』の様な、負の感情や打算的な動機からではない。実際、彼等が立場を笠に着て理不尽な振る舞いをすることは皆無で、立場とは関係無く誰とでも気さくに接する人達なのだ。勿論、職務上の必要が有れば、その立場から厳しい発言をする場合は、当然、有るのだが。

 さて、昼食を終えて第三格納庫へとやって来た兵器開発部のメンバー達であるが、この日からは緒美と茜も格納庫フロアへと降りての活動である。茜はインナー・スーツを着用しており、本社側の確認が終わった ADF に、早速、HDG を接続して動作確認を行うのだ。但し、実際のフライトは翌日の予定で、その前に地上での確認作業を実施するのである。
 茜は手慣れた様子で HDG-A01 に自身を接続すると、瑠菜の操作に因ってメンテナンス・リグから解放されるのだった。HDG-A01 のメンテナンス・リグは格納庫フロアの東側に東向きに置かれており、その背後に AMF が、更に其(そ)の西側に ADF が、それぞれ駐機されている。床面に降りた茜は、歩行して AMF の前を通過し、ADF の前へと向かう。ADF の機首は南向きに向けられており、ADF の機首構造が解放された其(そ)の先端には、HDG との接続ユニットが突き出しているのだ。
 ADF との接続の要領は、AMF と変わらない。HDG の接続ボルトの高さに降ろされた接続ユニットへ向かって、茜は後ろ向きに、周囲の誘導に従って一歩ずつ進んで行き、HDG の腰部から後方へ突き出たフレーム先端の接続ボルトを接続ユニットへと差し込む。すると、ADF 側は接続ユニットをロックして、HDG を規定の高さへとリフト・アップするのだ。

「接続完了。システムのデータ・リンクを開始します。ADF へようこそ、茜。」

 Ruby の声が聞こえて来る。

「はい、宜しくね、Ruby。新しい機体は如何(いかが)?」

「ハイ、仕様(スペック)は把握していますが、実際に動かしてみないと感想はお伝え出来ません。」

「そう? Pearl が稼働させたデータは記録されているんでしょ?」

「ハイ、ライブラリにデータは格納されていますが、それはわたしの経験や記憶ではありません。ですから、わたしの感想は、まだ無いのです。」

「成る程、それじゃ明日が楽しみね。」

「ハイ、茜。 Angela とのデータ・リンクを確立。スラスター・ユニットを回収、格納します。ADF の制御パラメータを、Angela へ転送します。」

 『Angela』とは、茜が装備しているA号機の制御用 AI の愛称である。茜達がA号機の制御用 AI、若しくはA号機自体を『Angela』と呼ぶのに Ruby も倣(なら)っているのだ。
 そして ADF 側から受け渡しアームが出て来て、HDG 背部のスラスター・ユニットに接続すると、スラスター・ユニット側の HDG への接続が解除され、スラスター・ユニットは ADF 側に格納される。これも LMF や AMF と同様の仕様である。
 スラスター・ユニットの移動と同時に茜の前面、HDG のキャノピー内部には、ADF の機体状況を知らせる表示が次々と映し出される。

「オーケー、Ruby。 ADF のステータスを確認。 部長、樹里さん、此方(こちら)の準備は完了です。HDG、ADF 共にシステムに異常無し。AngelaRuby も、御機嫌ですよ。」

「ハイ、わたしは御機嫌です。」

 茜に続いて、Ruby がそんな事を言うので、通信では緒美がクスクスと笑い乍(なが)ら声を返して来るのだ。

「それは良かったわ。 それじゃ早速だけど、明日の飛行試験に向けて、離着陸のシミュレーション、やってみましょうか。」

「Emerald、出番よー。」

 緒美に続いて聞こえて来たのは、樹里の声である。それに、Emerald が応答する。

「ハイ、樹里。ADF のフライト・シミュレーションを実行します。Ruby はシミュレーター・モードを起動して、此方(こちら)にシミュレーション用のリンクを解放してください。」

「ハイ、Emerald。シミュレーター・モードを起動します。シミュレーションのデータ・リンクを確立しました。」

Ruby のシミュレーター・モード起動とデータ・リンクを確認しました。 樹里、シミュレーションの実行条件を選択してください。」

 そう Emerald が促(うなが)して来るので、樹里が条件設定を入力するのだ。

「はいはい、と。飛行場(フィールド)は天神ヶ﨑高校、日時(デート)は今日現在…気象(ウェザー)はデフォルトでいいですよね?部長。」

 樹里はコンソールの隣に立っている、緒美に確認する。緒美は小さく頷(うなず)いて、答えるのである。

「ええ、いいわ。その他の細かい設定も、デフォルトで構わないわね。取り敢えず、天野さんに飛行特性の把握が出来れば。」

「わっかりましたー。」

 樹里は、複数画面に渡る設定条件をチェックして、次々と設定を確定していくのだ。

「はい、設定完了。問題無い?Emerald。」

「ハイ、実行準備が完了しました。シミュレーションの開始指示まで、待機します。」

 Emerald の報告を受けて、緒美は茜と Ruby に確認するのである。

「天野さん、Ruby、それじゃ始めるけど。いいかしら? 取り敢えず、離着陸は Ruby の完全自律制御で。天野さんは、飛行の感覚の確認をしてね。」

「了解です。 Ruby、宜しくね。」

「ハイ、完全自律制御で離着陸を実施します。シミュレーション開始まで待機します。」

 双方の返事を待って、樹里が Emerald に指示を出すのだ。

「それでは、Emerald。シミュレーション、実行。」

「ハイ、実行します。」

 Emerald が応じると、間も無く茜の視界が滑走路の東端から西側に向いた風景に切り替わる。

「はい、視界、来ました。Ruby、始めてちょうだい。」

 表示されているステータスでは、既に四基のエンジンは起動され、スロットルはアイドル・ポジションになっている。勿論、それは仮想 ADF の状態であって、現実の ADF は電気系統以外は起動していない。その ADF の電気系統は現在、地上電源から供給される電力で稼働しているのだ。
 茜が見ている視界と、仮想 ADF の状態は以前の AMF でのシミュレーション時と同じく、緒美達が外部から確認出来るように複数のディスプレイが用意されていて、そこに映し出されているのだった。

「ハイ、離陸を開始します。」

 Ruby が答えると、茜にはエンジンの出力が上昇する効果音が聞こえて来るのだ。エンジンのステータス表示でも、回転数がグングンと上昇している。

「ブレーキ・リリース。」

 仮想 ADF 着陸脚の車輪ブレーキを Ruby が解放すると、茜から見た視界が後方へと流れ始める。シミュレーションであるが故(ゆえ)に実機の様な加速度は感じられないのだが、明らかに AMF の離陸滑走時よりも視界の流れが速かったのだ。離陸に掛かった距離は AMF より三割程度も長かったが、その距離を駆け抜けた時間は ADF の方が短く、その仮想機体は空中へと進んだのである。

「おー、飛んだ飛んだ。」

 背後からの声に驚いて立花先生が振り向くと、そこに居た声の主は実松課長だった。その横には天野理事長や前園先生の姿も有ったのだ。
 立花先生は、声を潜(ひそ)めて実松課長に尋(たず)ねる。

「何時(いつ)から、いらっしゃったんですか?課長。」

「ちょっと前からだよ。」

 そう、何(なん)でもない事の様に、和(にこ)やかに実松課長は答えたのだった。
 続いて、前園先生に立花先生が問い掛ける。

「重徳先生も、ご一緒だったんじゃ?」

「ああ、重徳君なら、試験の準備が有るからって。後期中間試験が近いからね。」

「それ、前園先生は、大丈夫なんですか?」

「ああ、心配無いよ。立花先生こそ、大丈夫なのかい?」

「はい。わたしの講義は、中間では試験自体が無いですから。」

「あー、そうだったか。」

 そこで天野理事長が、前園先生に声を掛けるのだ。

「前園君、ADF が着陸態勢に入ったぞ。」

「おお、もう降りて来ますか。」

 前園先生は状況を映している、ディスプレイを注視する。彼は天野重工に売却される以前から浜崎重工の航空機事業部門で戦闘機の設計に携(たずさ)わっていた人物であるだけに、現在でも航空機への興味は尽きてはいない。当然、この実験機にも興味津々なのである。
 そして立花先生も、ディスプレイへと視線を戻したのだった。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.06)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-06 ****


 三日目、2072年11月30日、水曜日。
 この日の昼前には、試作工場より予定通りに『空中撃破装備』が飛来し、天神ヶ﨑高校南側の滑走路へと着陸したのだ。搭載された AI ユニットである『Pearl(パール)』に依る自律制御で、自力移動を実施したのである。勿論、不測のトラブル発生に備えて、外部からの制御が可能な随伴機を同行していたのは、AMF の移動時と同様なのだ。
 『空中撃破装備』と共に飛来した随伴機は、乗客である開発部設計一課の実松(サネマツ)課長を降ろすと、その儘(まま)、蜻蛉(とんぼ)返りで帰路に就いたのだった。実松課長が予定外に急遽(きゅうきょ)来校したのは、本来はこの日に来校の予定だった、飯田部長の都合が付かなくなったからだ。飯田部長にしても実松課長にしても、現場で何らかの実務を担当する訳(わけ)ではないのだが、想定外のトラブルが発生した場合に本社側と対策を折衝する人員が必要で、その為に待機しつつ、現場の状況を監督するのである。勿論、開発部の設計担当者として試運転をチェックする事も業務の一環ではあるのだが、その為に態態(わざわざ)、『課長』が出て来ると言うのも、実松課長個人が『現場が好きである』それ以上に、この試作機、正確に言えば『実験機』であるが、その重要性を表しているのだ。だから当然、この日の都合で来られなかった飯田部長も、日曜日の試験飛行迄(まで)には都合を付けて、来校する予定なのである。

 その日の放課後、緒美と茜は他のメンバー達と同じく、格納庫フロアへと降りて来たのだ。それは、到着している『空中撃破装備』を見る為である。二人が『空中撃破装備』の方へと進んで行くと、ソフトと電気担当の作業者は二手に別れて作業を進めている。一方は AMF から Ruby を取り外す作業で、此方(こちら)は安藤と倉森、そして新田の三名に、飛行機部の金子と武東の二人が作業を手伝っている。もう一方は『空中撃破装備』の搭載 AI である Pearl からの、移設前データ・バックアップ作業で、風間と日比野の二名を、樹里と維月、そしてクラウディアの三名が手伝っている。この Pearl 側の三名に就いては、作業の手伝いと言うより、見学に近いものだったのだが。
 緒美と茜の二人は、『空中撃破装備』から少し離れて全体の作業を監督している三名、つまり実松課長、畑中、そして立花先生の方へと向かったのだった。

「ご苦労様です。実松課長、今日はいらっしゃる予定でした?」

 先に声を掛けたのは、緒美である。茜は、小さくお辞儀をして見せたのだ。

「おお、鬼塚君。いや、急に飯田部長が来られなくなったのでね、代役を仰(おお)せ付かったのさ。」

 そう答えて、実松課長は笑ったのだ。対して茜は、真面目な顔で問い掛ける。

「飯田部長、何か有ったんですか?」

「そりゃ、何か有ったんだろうなあ。 アレでなかなか、忙しい人だからね。まあ、急に予定が変わるのは事業統括部じゃ何時(いつ)もの事さ、心配は要らないよ。」

 事も無げに、さらりと答えた実松課長は、続いてニヤリと笑って緒美に尋(たず)ねるのだ。

「それで、どうだい?鬼塚君。実機になった ADF は?取説とか仕様書とかも見てるんだろう?」

 一方で緒美は、『ADF』と言う聞き慣れない言葉を、聞き返す。

「何(なん)です?『ADF』って、実松課長。」

 勿論、それが『空中撃破装備』を指している事に察しは付いていたが、緒美がその呼称を耳にしたのは、これが初めてだったのだ。

「あれ? Aerial Destroy Frame、略して ADF だけど、こっちじゃ然(そ)う言ってないの?」

 驚いた様に説明する実松課長に、今度は立花先生が言うのだ。

「初耳ですね。設計では、そう呼んでいたんですか?」

「ああ、割と早い段階で。一一(いちいち)『空中撃破装備』何(なん)て言ってられないからサ。 試作部じゃ、どうだったの?畑中君。」

 実松課長は、畑中に話を振るのだ。そして畑中は、苦笑いし乍(なが)ら答えるのである。

「あー、試作部(ウチ)では専(もっぱ)ら『D案件』って呼んでましたね。此方(こちら)と連絡を取る時は『空中撃破装備』で統一してましたけど。」

「おーそうか。敢えて呼称を統一しなかったのは、こりゃ、飯田部長辺りが何か、画策してたかな。申し訳無いが、この話は忘れて呉れ。」

 気まずそうに実松課長が言うので、微笑んで緒美が応える。

「それは構いませんけど。 それに、呼び方に就いては、LMF、AMF の流れだと、寧(むし)ろ ADF の方が自然ですし。確かに『空中撃破装備』よりは、言い易いですね。」

「でも部長、急に呼び方を変えたら、皆(みんな)、混乱しませんか?」

「大丈夫でしょう?天野さん。 皆(みんな)、そんなに頭は固くないわ。それに略称に変わるのは、言い易くなる方向なんだし。」

「まあ、部長が宜しければ、構わないと思いますけど。」

 茜にも、特段に反対する理由は、無かったのである。
 そして二人は、『空中撃破装備』改め ADF を暫(しば)し、見詰めるのだった。
 その機体形状は大凡(おおよそ)、次の通りである。
 胴体の基礎形状は単純な円筒で、先端には HDG と接続されるジョイント・ユニットが装備されている。胴体中央側面には小振りな三角翼が取り付けられており、後方には中型ジェット・エンジンが四基、束ねられる様に搭載されているのだ。ジェット・エンジンに空気を導くエア・インテークはエンジン一基に付き一つ、合計四つが円筒形の胴体から突き出す様に開口している。各インテーク後方には尾翼が装備されているのだが、正面や後方から見ればX型に配置された尾翼の内、下側の二枚に就いては着陸時に地面と干渉しないよう、取り付け角が水平へと可変する機構が存在しているのだ。
 胴体は基本的に濃い目のグレーに塗装されているが、機体の姿勢を判別し易くする為、側面には白いラインが入れられている。そのライン上に在る三角形の主翼は、全体が白く塗装されているのだった。
 そんな機体を見た第一印象を、茜は素直に口にするのだ。

「矢っ張りこれは、飛行機って言うよりは、ロケットかミサイル、って感じです、よね。」

「まあ、戦闘機的な機動性は、始めから考えていない仕様だけど。仕様書とか読んでみて改めて考えても、これで良かったのかは、よく解らないわね。」

 その緒美のコメントには、意外そうに実松課長が言うのである。

「おいおい、珍しく気弱じゃないか、鬼塚君。」

「別に、何時(いつ)も自信満々って訳(わけ)じゃないですけど。 それに、これに限って言えば、こう言う仕様にしたかったのは本社サイドの方(ほう)でした気がしますけど?」

 緒美は何時(いつ)もの落ち着いた、真面目な表情で実松課長に言葉を返した。実松課長の方は特に動揺するでもなく、コメントするのだ。

「そうなの? 設計の方(ほう)は要求仕様に従って図面を引くだけ、だからなあ。」

 今度は茜が、実松課長に尋(たず)ねる。

「設計課は、仕様決定には関わらないんですか?」

「こう言う仕様で行きたい、って打診が来れば、それが設計可能かどうか試算位はするよ? それを元に、その仕様やアイデア、方針を採用するか、しないかを決めるのは、上の方(ほう)だからね。」

「へえー、そう言うものなんですか。」

 茜は単純に感心して、声を上げたのだ。一方で緒美の方は、これ以上は鎌を掛けても無駄だと理解して「成る程。」とだけ言ったのである。勿論、実松課長が言葉の通りに、仕様決定に関わっていない可能性も有って、その辺りの判断は出来なかったのだ。
 すると、実松課長が続いて、意外な事を言い始めるのである。

「そう言えば…ここだけの話なんだが。」

 そこで実松課長はその場に居た、畑中、立花先生、緒美、そして茜の順に顔を見回して話し始めた。

「…実は、ADF(コイツ)にね、エイリアン・ドローンから取り出した反重力ユニットを乗せるって、設計変更案が出ててね。流石に改設計が間に合わないから、話は流れたんだけどね。」

 そう語る実松課長の表情は、実に楽しそうなのである。その一方で、それを聞かされた四人は一様に不穏な表情を見せたのだった。
 そして真っ先に、立花先生が小さく声を上げたのだ。

「実松課長! そう言うお話は、されない方が宜しいのでは?」

「何、キミらが他の人に話さなければ問題無い。立花君は、もう知ってる話だったか?」

 立花先生は少し身体を引いて、右手を胸の前で数回、激しく振って答えた。

「いえいえ、聞いてませんけど。」

 続いて、ニヤリと笑った実松課長は、緒美と茜に問い掛けるのだ。

「キミ達は、聞きたい?」

「はい、是非。」

 緒美は、二つ返事である。その隣(となり)で茜は、深く頷(うなず)いていた。

「まあ、この話はね、特に二人には聞く権利が有ると思うんだ。何せ、キミ達が居なかったら、エイリアン・ドローンの完璧なサンプルが入手出来なかった訳(わけ)だしな。」

「…と、言われますと?」

 緒美に問われて、間を置かずに実松課長は話を続ける。

「七月の、一番最初に茜君が切り倒したエイリアン・ドローンが有っただろう? あれが一番綺麗なサンプルだったそうでね、防衛軍が回収した残骸を、各方面で分析していたんだが。唯一、機能が判明したのが反重力ユニットなんだそうだ。」

「反重力、なんですか?」

 そう緒美に聞き返されて、実松課長は慌てて訂正する。

「ああ、仮称、だよ。実際に原理や仕組みの解明とかは、まだ出来てないらしい。 兎に角、回収したパーツはブラック・ボックス…現物は黒い球体らしいんだが、それに付いている電極らしき所に電気パルスを入力すると、浮き上がるんだそうだ。」

 その話を聞いて、茜は緒美に声を掛けるのだ。

「どう言う原理なんでしょうね?部長。」

「さあ、反重力、重力制御、或いは慣性制御? SF 的には色々、ネタは有るでしょうけど。 兎も角、そう言う不思議な力で浮揚しているんだろうって、予測はされてたけど…それが確認された訳(わけ)よね。」

 緒美のコメントに対して、実松課長は苦笑いで言うのである。

「原理も仕掛けも解らないのでは、確認された内には入らないかもだが、ね。」

 続いて実松課長に問い掛けたのは、茜だ。

「そのユニット、分解とかX線透視とか、そう言った調査はしてないんでしょうか?」

「ああ、表面上は樹脂状の物質でコーティングされてて、継ぎ目も無くて分解が出来ないそうだ。X線や超音波とか磁気とか、その手の分析器での透視も出来なくって、本当にブラック・ボックス状態らしい。いや、ブラック・スフィア、かな?」

 今度は、立花先生が尋(たず)ねる。

「今迄(いままで)の残骸からは、そのユニットは見付かってなかったんでしょうか?」

「うん、聞く所によると、これ迄(まで)に回収された同じユニットと思しき残骸は、どれも熱で変質しているか炭化してるかだったらしい。だから、機能が確認出来るサンプルが入手出来たのは、キミ達の大きな功績なのさ。」

「ああ、そう言う話なら…。」

 そう言って、畑中が話し始めるのだ。

「…そっち方面の研究をやってる同期の奴から、エイリアン・ドローンには樹脂材料が多用されてるんだけど、従来のサンプルは熱変質が酷くて、どれも資料にならなかったって聞いた事が有る。」

「樹脂って、プラスチックの事、ですか?」

 茜の質問に、畑中は微笑んで答えるのだ。

「あーいや、一般的にプラスチックって言うと石油由来の合成樹脂だけど、それよりも天然樹脂、植物の樹液が凝固した様な、そっちに近いものらしいよ。エイリアン・ドローンの外殻は金属らしいんだけど、内側は不思議な具合に樹脂と混ぜ合わされているそうだ。そう言うのが、最近は綺麗なサンプルから解って来たって。」

 畑中の話を聞いて、微笑んで緒美が、ポツリと言うのである。

「そのお話、うちの両親に聞かせてみたいですね。」

 事情を知らない畑中が、一瞬、怪訝(けげん)な顔をするので、立花先生がフォローを入れるのだ。

「緒美ちゃんの御両親は、樹脂材料の研究職なのよ。」

「生憎(あいにく)と、三ツ橋の系列ですけどね。」

 そう追加して、緒美はくすりと笑った。

「ああ、それなら。素材分析のサンプルは防衛軍経由で三ツ橋の研究所へも回ってるらしいから、案外、鬼塚君の御両親の目にも触れてるかもだな。」

 緒美に対して実松課長は然(そ)う言った後で、茜に向かって言葉を続ける。

「そう言うのも元を辿(たど)れば、茜君のお手柄が有っての事だ。」

「そうですか。勢いで、深い考えが有ってやった訳(わけ)じゃないですけど、何かの御役に立ったのなら嬉しいです。」

 茜は微笑んで、そう応えたのだった。
 そして緒美が、実松課長と畑中に問い掛けるのだ。

「それじゃ、エイリアン・ドローンを分解して、詳しい構造とかは判明したんですね?」

 実松課長が答える。

「あー、それが、分解は出来なかったらしい。強いて言えば、解体、だったそうだ。」

「どう言う事です?」

 緒美は怪訝(けげん)な顔付きで、聞き返す。

「所謂(いわゆる)、ボルトやナット、或いはリベットの様な部品で結合されてはなくてね。こう、複雑にカットされたパーツの隙間を樹脂が埋めてるって言うかな、そんな感じで組み上げられているらしい。強いて言えば接着剤的な?」

 実松課長に続いて、畑中が発言するのだ。

「ああ、その話なら例の奴から聞きました。外殻なんかもベース材に貼り付けてあるんじゃなくて、もう、一体で成型されてるって。そんな構造でメンテナンスやパーツ交換は、どうやってるんだろうって、頭、抱えてましたよ。」

 苦笑いしている畑中に、ニヤリと笑って実松課長が言うのだ。

「ああ、その答えなら、もう、立花先生が出して呉れてるよ。」

「え?」

 実松課長の発言に驚いて声を上げたのは、当の立花先生だった。

「わたし、何か言いました?」

 戸惑う立花先生に、答えを明かすのは緒美である。

「言ってたじゃないですか、あれは『遠征用の使い捨て兵器だろう』って。」

「ああ…。」

 そこで漸(ようや)く、合点(がてん)の行った立花先生なのであった。そして、実松課長が説明を補足するのだ。

「使い捨てと割り切れば、そんな構造でも問題は無い。エンジニアリングの信頼性が恐ろしく高くないと成り立たないが、まあ、我々とでは其(そ)の辺りの技術レベルが段違いなのは、改めて言う迄(まで)もないからな。ともあれ、立花君の仮説は、当たっていたと思っていいんじゃないかな。」

 そして真面目な顔で、茜が問うのである。

「それじゃ矢っ張り、アレを作ったのは異星人(エイリアン)って事で、間違いないんですよね?」

 一同が一瞬沈黙した後、苦笑いしつつ実松課長が答える。

「少なくとも、地球の技術でない事だけは確かだね。」

 その後、緒美と茜の二人は、昨日に引き続き仕様書と取扱説明書を読み込む為、部室へと戻って行ったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.05)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-05 ****


「ああ、そうそう。もう、立ち上がってるよ。」

 日比野は、部員達が主用している、北側二階通路階段の方を指差す。示された方向へ樹里達が視線を向けると、階段の裏側下に小型冷蔵庫状のユニットが目に入る。彼女達が『冷蔵庫』を連想したのは、それが白く塗装されていたからである。
 日比野を先頭に、彼女達は格納庫フロアの東側、階段の方向へと移動を始めるのだ。

「ここのセキュリティ機能は、Emerald(エメラルド)の方へ、もう、移行済みよ。」

 安藤の説明に、コメントを返すのは樹里である。

「今度は Emerald ですか、…と言う事は五月ですか? 起動したのは。」

「去年の?」

 樹里に続いて維月が訊(き)いて来るので、安藤が答えるのだ。

「今年よ。Sapphire が去年の九月で、それ以降に得られた情報がフィードバックされてるの。」

 続いて、クラウディアが尋(たず)ねる。

「見た目、Sapphire よりも、ケースは大きいみたいですけど。」

「Sapphire はC号機に搭載する都合で、特別に圧縮して実装されてるけど、プロセッサ自体は同じ物よ。 Emerald の方は、無理に小さくする必要が無かったし、だから余分に記憶装置(ストレージ・ユニット)を搭載してあるの。 さっきやってた、Ruby のライブラリ・ファイルのバックアップも、Emerald へ転送してたのよ。」

 今度は、維月が問い掛ける。

「あ、お二人の PC へ転送してたんじゃないんですか。」

 それには、風間が答えるのだった。

「あはは、無理無理、モバイルにコピー出来る様な容量じゃないから。Ruby と Emerald の両方に格納してあるファイルを読み出して比較するツールを、モバイル側で走らせてただけ。」

「あれ?ケーブルは Ruby とだけしか繋がってなかった様な…Emerald との接続は無線ですか?」

「そうゆーことー。」

 樹里の質問に答えた日比野は、樹里が何時(いつ)も使用しているデバッグ用のコンソール前に立ち、数回、キーボードをタイプすると、樹里達を手招きするのだ。

「Emerald とのアクセスは、ここから出来るから。 ご挨拶して、Emerald。」

 日比野に促(うなが)され、合成音声がデバッグ用コンソールから出力される。

「こんにちは、皆さん。Emerald です。」

 それは Ruby とも、Sapphire とも違う、女性の合成音声だった。
 その声を聞いて、維月が樹里に同意を求める様に言うのだ。

「あれ? 聞き覚えの有る声、よね?」

「そうね。安藤さん、ですよね?」

 樹里に確認されると、安藤は苦笑いをして答えるのだ。

「ああ、矢っ張り解っちゃう? ちょっと、弄(いじ)って貰ってはあるんだけど、わたしの声、サンプリングしたのが元データなのよ。」

「あはは、それが解るなら、維月ちゃん、Ruby の声が誰のか、気付いてた?」

 維月は一瞬、複雑な表情になったが、何(なん)でもない様に声を返すだった。

「ええ、姉の、でしょ?」

「ああ、お姉さんの声、あんな感じなんだ。」

 微笑んでコメントする樹里に、維月は言うのである。

「少し変えてはあるよ、話し方は全然違うし。」

「あれ? そうすると Sapphire のは、誰の声が元なんですか?」

 そのクラウディアの質問には、安藤が答える。

「Sapphire も、主任の音声データがベースなの。Sapphire 用には、可成り変化させてあるけどね、Ruby と同じに聞こえないように。それで流石に、Emerald 用にも同じ手は使えなくって。 で、新しくサンプリングした訳(わけ)。」

「成る程。 それで、疑似人格の仕様としては Emerald、Sapphire と同じ、なんですか?」

「まあ、Ruby が特別仕様だからねー。」

 そう言って、安藤はくすりと笑うのだった。
 一方で、樹里が声を上げるのだ。

「えーと、セキュリティを引き継いでいるって事なら、Emerald、わたしの声とか姿は拾えてる?」

 その答えは、デバッグ用コンソールから返って来る。

「ハイ、樹里。格納庫の各種センサーから、画像や音声を取得しています。」

「ああ、もう、個人識別も出来てるんですね。」

 樹里は安藤に向かってコメントしたのだが、安藤が答えるよりも先に、コンソールからは Ruby の声が返って来るのである。

「わたしのライブラリ・データが、移植されていますから。」

 そこで維月が、AMF の方へ向かって、普通の声量で話し掛けるのだ。

Ruby、ここで話してるの、AMF で拾えてるの?」

「いいえ、維月。格納庫のセキュリティ用センサーから情報を取得しています。」

 Ruby の返事を聞いて、樹里が日比野に問い掛けるのだ。

「セキュリティ機能は、Emerald へ移管したんじゃないんですか?」

「ああ、画像や音声へのアクセスは Ruby にも今迄(いままで)通り、出来るようにしてあるのよ。」

 続いて、説明を加えるのは安藤である。

「急に目や耳を塞(ふさ)がれると、ストレスになるでしょう? Ruby は繊細だから。 あと、格納庫内の AI 同士で情報の共有が出来るように、新しいネットワークも追加してあるわ。ハブになっているのは Emerald なんだけど。」

 そこでクラウディアが、日比野に尋(たず)ねる。

「と、言う事は、Sapphire も格納庫のセンサーから情報を?」

「そうよー、Sapphire、見えてるー?」

 日比野はメンテナンス・リグに接続されているC号機に向かって、敢えて右手を上げ左右へ振ってみせるのだ。直ぐにデバッグ用コンソールからは、Sapphire の声が返って来るのである。

「ハイ、見えています、杏華。」

「じゃ、二階の部室でも Sapphire と普通に会話が?」

 その維月の質問に、日比野は微笑んで答えるのだ。

「勿論、出来るよー。」

 日比野の答えを聞いて、樹里がコメントする。

「今迄(いままで)、カルテッリエリさんの PC でしか、お話し出来なかったものね。C号機本体、以外だと。」

「って言うか、そのプログラム、どうやって作ったのよ?って話よね。」

 半(なか)ば呆(あき)れた様に安藤が言うのだが、クラウディアは澄ました顔で返事をするのだ。

「それは、秘密デース。」

「あはは、一晩で作っちゃったんだから、凄いよネー。」

 笑って維月が然(そ)う言うと、続いて樹里が誰に訊(き)くでもなく言うのだ。

「あれ? そうすると、Ruby と Sapphire、Emerald とで、お話し出来るのかしら。」

 樹里の疑問に答えたのは、Ruby である。

「ハイ、樹里。設定が済んで以降、ネットワーク上で妹達と会話を続けていました。」

「そう。どんなお話を?」

「ライブラリに記録されない、テキスト化や数値化出来ない経験と記憶に就いて、情報交換をしていました。」

 その Ruby の回答を聞いて、クラウディアが問い掛ける。

「ライブラリに記録する時に、記憶をテキスト化するんじゃないの? Ruby。」

「ハイ、クラウディア。その通りですが、ライブラリに記載する際は、決められたフォーマットに従って情報を加工し、アウトプットします。ですから、フォーマットに指定されていない情報は、ライブラリには記録されません。」

「ああ、そう言う事。成る程。」

 Ruby の説明に納得するクラウディアに、安藤が補足説明をするのだ。

「そんな訳(わけ)だから、Ruby の経験や記憶を全て、別の子に移植は出来ないのよね。その辺りは、今後の開発課題かしら? まあ、別人格なんだから、記憶の完全コピーとか、する必要は無いんだけど。 一応、ライブラリに記録されない情報は、ログの方に載っては来るんだけど、今の所、ログのデータは状態の検証以外に使い道は無いのよねー。」

 続いて、樹里が Ruby に問い掛ける。

Ruby、『会話』って、テキスト・データで遣り取りを?」

「いいえ、普通に音声ですが、どのスピーカー側にも出力しないだけです。」

 Ruby の返事に続いて、Emerald が発言するのだ。

Ruby との『お話』は、色々と会話の参考になります。わたしは、まだ稼働時間が少ないので。」

「Sapphire は?」

 安藤に尋(たず)ねられ、Sapphire も答える。

「そうですね。今迄(いままで)は、格納庫内の情報を取得していなかったので、その情報を理解し整理する手法を学びました。但し、これは HDG の制御には必要ではない情報なので、この学習を継続する必要が有るのでしょうか?江利佳。」

「ああ、それは問題無いわね。HDG の制御には直接に関係は無いけど、対人コミュニケーションの精度向上にはプラスになるから、遠慮なく続けてちょうだい。ストレージの容量には、その分の余裕を見込んで有るから心配は要らないわ、Sapphire。」

「分かりました、江利佳。」

 そこで、日比野が Ruby に向かって言うのだ。

Ruby はお姉さんなんだから、妹達に色々と教えてあげてね。」

「ハイ、杏華。頑張ります。」

 素直な Ruby の返事を聞いて、微笑む日比野であった。
 一方で、少し申し訳無さそうに安藤は、Ruby に告げるのだ。

「やる気になっている所で悪いんだけど、Ruby、そろそろ、貴方(あなた)のシャットダウンを始めるから。」

「ハイ、江利佳。そのスケジュールは、理解しています。指示が出る迄(まで)、待機しています。」

「それじゃ、沙織ちゃん、準備始めましょうか。休憩、終わり。」

 安藤は、普段は風間の事を名前で『沙織ちゃん』と、呼んでいるのである。風間の方は「はーい。」と返事をし、AMF の方へと歩き出す。

「安藤さん。」

 樹里に呼び止められ、振り返る安藤に、樹里が依頼するのである。

Ruby のシャットダウン作業の見学、させて貰ってもいいでしょうか?」

「それは構わないけど、チェックとか、やり乍(なが)らだから、一時間ぐらい掛かるよ。 退屈するよ?多分。」

「それは、まあ…大丈夫です。 なかなか、こんな機会、無いですから。」

「まあ、確かに、ね。 本当は、出来れば、シャットダウンは、余りやりたくはないんだー。」

 その安藤の言葉に、クラウディアが尋(たず)ねるのだ。

「どうしてです?」

「考えてみてー。シャットダウンって、人間に例えたら、一度死ぬのと同じ事だよ。停止前の状態へ再起動が出来るのが、人間と違う所だけどさ。」

 安藤の説明に、維月が確認するのである。

「でも、スリープ処理じゃマズいんですよね?」

「うん、今回やるのは、謂(い)わば『脳移植』だから。 目が覚めたら『別の身体になってました』じゃ、混乱するのは間違いないでしょ。 環境設定をチェックし乍(なが)らの再起動は、必須なんだよね。」

 そう言って、安藤は力(ちから)無く笑ったのだ。
 それから間も無く、Ruby の完全停止作業は実施が開始されたのだった。

 

- to be continued …-

 

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