STORY of HDG(第1話.05)
第1話・天野 茜(アマノ アカネ)
**** 1-05 ****
「所で、天野さん…。」
鬼塚部長が、茜をじっと見詰めつつ声を掛ける。
「…あなた、スポーツか何か、やっていた?」
唐突な質問に少々面食らいつつ、茜は答える。
「あ、はい。剣道をやってましたけど…でも、有段者とかじゃないです。どうして、ですか?」
「いえ、座ってても立っても、姿勢がいいから、もしかしたらって思ったのよ…そう、剣道、いいわね。」
鬼塚部長は恵の方へ顔を向け、ニヤリと笑みを浮かべる。それを見た恵は、鬼塚部長の考えている事を理解して、同意のコメントを述べる。
「スポーツ、それも武道系なのは素敵ね。」
「えぇ~っと…どう言う事でしょうか?」
「はっきり言いましょう。天野さん、あなた、試作機のドライバーを引き受けてくれない?」
「はぁっ?…えぇっ!」
突然の展開にも驚いていたのだが、それ以上に自分の妙なリアクションに茜は驚いていた。そんな茜の心理状態に構わず、鬼塚部長は言葉を続ける。
「うちの部活は技術系の人材ばかりで、運動が得意な人がいないのよ。ある程度、運用データが溜まる迄(まで)の間は、テスト・ドライブは運動の得意な人の方(ほう)がいいかなって思ってたの。勿論、危ない事とか無い様にテスト計画は組むし、システムのレクチャーは充分するから、お願い。」
鬼塚部長は席を立って、つかつかと歩み寄って来る。茜は気迫に押されて、一歩、後退(あとずさ)りするが、背後は先程眺めていた格納庫内部が見える窓。それ以上、後ろへは下がれなかった。
鬼塚部長は茜の前に立つと両肩を掴(つか)み、更に言葉を続けた。
「今迄(まで)の感じからすると、あなたは『パワード・スーツ』に就いて、相当程度のビジョンも有りそうだし、頭も良さそうだわ。引き受けて貰えないかしら?」
「えぇっと、でも、まだ、わたしは入部した訳(わけ)じゃないですよね…」
鬼塚部長はじっと、茜の顔を見詰めている。そこへ、鬼塚部長の背後から、恵が声を掛けて来る。
「あなた、Ruby の事も自然に受け入れてたし。うちの部活に向いてると思うわ~。まぁ、滅多に出来ない体験が出来る事だけは保証するわ。ね、部長。」
「森村ちゃんも、あぁ言ってるし、どう?」
茜はこの部屋に来てからの、あれこれを今一度思い返し、どう返答した物か思案していた。この部活に興味が有るのは事実なのだが、この儘(まま)、流されてしまっていいのか? 余りにも非常識な話を聞いた様な気がするので、今直ぐに正しい判断が出来るのか、自信が無かったのだ。
「取り敢えず、今日の所は判断を保留させて、頂けない…でしょうか? それに、ほら、スポーツなら、わたしより、もっと良く出来る人がいっぱい居ますよね。」
「システムの内容とか理解出来ない、徒(ただ)の運動バカにはテスト・ドライバーは無理なのよ。あなた位(くらい)、話の通じる人じゃないと、改良点の洗い出しにも余計な時間が掛かるのは目に見えてるし。ね、どう?」
「がんばれ部長~、もう一押しよ。」
恵が、鬼塚部長の背後から声援を送って来る。
「あの、初対面で、そんなに評価して頂けるのは、大変嬉しいんですが…。」
「ここで引き受けないと、一生後悔するかもよ? 一生恨むわよ? どう?」
「えと…脅迫されてます?わたし。」
「この開発が上手く行ったら、後後(あとあと)、入社してからが絶対有利になるから! どう?」
「そんな先の事、今から考えてませんから~。」
鬼塚部長は茜の両肩を掴んだ儘(まま)、俯(うつむ)いて大きく息を吐いた。
一方で茜は、流されるのは良くないとは思いつつ、「目の前のこの人は、悪い人じゃ、ないんじゃないか?」とか「これほど、期待されるのなら…」とか、そんな気持ちに、なりつつあるのだった。
「…そうよね。無理強(むりじ)いする物じゃないわよね…幾ら興味が有るって言っても、自分がやるとなったら、話が違うわよね…」
「えぇ~っと…その辺(あた)りは自分でも曖昧(あいまい)なんですケド…。」
すると、鬼塚部長は顔を上げて語気を強めた。
「じゃぁ、やってみようよ。あなたなら絶対、大丈夫だから!」
「『大丈夫』の根拠が解りませんけど…御期待に添えられるか、保証はしませんよ。」
「引き受けてくれる!?良かった~。」
鬼塚部長は掴んでいた茜の両肩をぐいっと引き寄せ、ぎゅっと抱き締める。茜はその反応に少なからず驚いたが、それ程に喜んで貰えるならと、悪い気はしなかった。
「じゃぁ、入部決定と言う事で。よろしくね天野さん。」
「あ、はい、こちらこそ…よろしくお願いします。」
身体を離した鬼塚部長が右手を茜へ差し出すと、茜もその手を取り、二人は握手を交わしたのだった。
- to be continued …-
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