STORY of HDG(第13話.16)
第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール
**** 13-16 ****
「安藤さ~ん、今、大丈夫です?」
「ああ、日比野さん。出張、お疲れ様でした。どうぞ。」
日比野は、社内に在る売店の紙袋を抱えて、部屋の中へと入って来る。天神ヶ﨑高校出身の日比野は、一般大卒の安藤の方が二歳年上なので、安藤を『さん』付けで呼ぶのだが、会社的には日比野の方が安藤の二年先輩なのである。なので、安藤も日比野を『さん』付けで呼ぶのだった。
「あ、五島さんも、お疲れ様です。安藤さん、これ、差し入れです。」
そう言って、幾種かのお菓子が入った紙袋を安藤に差し出す日比野に、五島が尋(たず)ねる。
「日比野君、天神ヶ﨑に行ってたんだよね? 今日、大変だったらしいじゃないの。」
「いやぁ、なかなか、貴重な体験をさせて貰いました~。」
笑顔で、そう応える日比野に、安藤が問い掛ける。
「それで、どうしてこっちに? お疲れでしょう?帰って休んだ方が…。」
「それが、あとで又、事情聴取が有るかもなので、暫(しばら)く社内で待機してるよう、言われちゃいまして。 三課のオフィスには、もう誰も居ないし。ここなら、安藤さん達、まだ居るかな~って思って。Ruby の様子も見たかったですしね。もう、再起動掛けてるんですね。」
「あら、誰も居なかったですか? 井上主任も?」
「ええ、姿は見えませんでしたけど。もう、帰宅されたんじゃ?」
「まさか。あの主任が、五島さんは兎も角、わたしよりも先に帰る、何(なん)て事は有り得ませんから。絶対。」
安藤のコメントを聞いて、苦笑いしつつ五島が言う。
「それじゃ、誰かに呼び出されたのかな? 飯田部長とか。」
「あ~かも、ですね。」
そう言い乍(なが)ら、日比野は持って来た紙袋の中から、ポテトチップスの袋を取り出すと、封を切って手近な机の上に広げたのだ。
「お二人とも、どうぞ。遠慮なさらずに食べてくださいね。」
言った傍(そば)から、日比野は一枚を摘(つ)まんで口へと運ぶ。
「俺は、いいや。さっき夕食、食べた許(ばか)りだから。」
五島は、そう言って手に持っていたカップのコーヒーを、一口飲んだ。その一方で、安藤は手を伸ばして言う。
「わたしは、少し頂きます。」
「どうぞ、どうぞ。」
安藤は二枚程をポリポリと食べたあと、日比野に問い掛ける。
「そう言えば。 貴重な体験って言ってましたけど、日比野さん、現場に?」
「え?ああ、いえ。 そもそもは、B号機の長距離飛行テストで、わたしは随伴機に乗ってログの受信、してたんですけどね。戦闘になった時には、わたし達の機は学校へ先に帰されまして。唯(ただ)、あの子達の通信は、全部モニターしてたんですけどね。防衛軍との遣り取りも。」
「何か、問題発言でも?」
「いや~『其方(そちら)の失策は明らかです。』とかって、鬼塚さんが、可成り強気で。ビックリしちゃいました。」
苦笑いで、「凄いな、それは…」と五島がコメントを漏らすと、安藤は日比野に聞き返す。
「何(なん)で、そんな展開に?」
「それがね。その前に天野さんが、鬼塚さんに『部長』って呼び掛けてたから、防衛軍の管制官が、鬼塚さんの事、会社の取締役部長だと勘違いしてたみたいで。まあ、女の子の声ばっかりが聞こえて来るものだから、向こうは可成り困惑してた様子でしたけど。」
「まあ、無理も無いわな…。」
そう言うと、力(ちから)無く笑って、五島は息を吐(は)いた。
日比野の方は、笑いを堪(こら)え乍(なが)ら、話を続ける。
「それで、最後には『声がお若いですね』って云うんですよ、鬼塚さんに。」
「防衛軍の管制官が?」
安藤の問い掛けに、大きく頷(うなず)き乍(なが)ら、日比野は答えた。
「ええ。で、鬼塚さんの、その返しが傑作で。 もう、落ち着き払った声で、『よく言われます。』って。 もう、通信をモニターしてたわたし達、機内で、皆(みんな)、吹き出しちゃって。」
安藤はクスクスと笑って、「緒美ちゃんらしいわ。」と、コメントするのだった。そして五島も、ニヤリと笑って言うのだ。
「噂には色々聞いてるけど、ホントに肝(きも)の据(す)わった子だねぇ、その、鬼塚って子は。」
「皆(みんな)って、その随伴機には、他には誰が?」
そう安藤に訊(き)かれ、日比野が答える。
「ああ、立花先生と、樹里ちゃん。あと、パイロットは金子さんって、飛行機部の部長さん、だったかな。」
その答えを聞いて、「フッ」と吹き出す様に笑い、安藤が言った。
「もう、本当に『立花先生』で定着しちゃってますね。」
「そりゃ、もう三年目?だもんな。出向して。」
五島のコメントを聞いて、今更(いまさら)乍(なが)らに立花先生が天野重工から出向している社員だった事を思い出し、日比野が釈明するのだ。
「あ~、だって、畑中君も『立花先生』って呼んでたし、実松課長だって時々。」
「ああ、日比野さん、試作部の畑中さんとは同期でしたっけ? 学生時代からの、お知り合いですか?」
安藤の問い掛けに、日比野は即答する。
「いいえ。学科が違いましたから、在学中に直接の交流は無かったんですけど…。」
「けど?」
五島に問われると、日比野は「フフッ」と笑ってから答える。
「彼、同期の女子の間では、割と有名人だったんですよ。『爽(さわ)やか系、朴念仁』って。」
「何、何?どう言う事です?」
安藤が、凄い勢いで食い付いて来るのだった。
「当時、女子の間では割と人気が有ったらしくて。それで、アタックした子も何人か居るらしいんですが、皆(みんな)、玉砕したって聞いてます。そんな風(ふう)だから、女子の間では『畑中 BL 説』が流れた時期も有った位(ぐらい)で。 特課の生徒は皆(みんな)、寮生活ですから、付き合ってるカップルが居れば直ぐに解るんですけど、結局三年間、畑中君の浮いた噂は、遂に聞かなかったですね。」
「何(なん)だ~つまらない展開~。」
大袈裟(おおげさ)に肩を落として見せる安藤に、笑って日比野が言う。
「あはは、でも、畑中君、婚約したみたいですよ。同じ試作部の天神ヶ﨑卒の子で、一年後輩だそうで。」
「へぇ~、実は学生時代から、こっそり付き合ってた、とか?」
「いいえ、学科が違ったから、畑中君の方は全く知らなかった、って云ってました。彼女の方は、『憧れの先輩』だったらしいですけど。」
「へぇ~、よし。今度会ったら、そのネタで冷やかしてやろう。」
そう言う安藤に、日比野は微笑んで応える。
「是非、そうしてやってください。」
そんな女性二人の遣り取りを黙って聞いていた五島には、畑中との面識は全く無かったのだが、他人事(ひとごと)乍(なが)ら(彼も難儀な事だなぁ…)と惻隠(そくいん)の情を抱くのであった。勿論、苦笑いはしても、それを口には出さないのである。
そんな時、安藤が見ていた PC のディスプレイの表示が切り替わる。安藤は、思わず声を上げ、PC の方へと身体を向ける。
「自己診断、終了しました。Ruby が再起動しますよ。」
「おぉ、やっと来たか。」
五島が身を乗り出す様にして、そう言うと、日比野も嬉しそうに言うのだ。
「あぁ、様子見に来た甲斐(かい)が有った。」
それから数回、数種類の電子音が短く鳴らされた後、Ruby が再起動すると滑らかな合成音声が室内に響いたのである。
「おはようございます。天野重工製 GPAI-012(ゼロ・トゥエルブ)プロトタイプ、Ruby です。 接続されている画像センサーと音声センサーを起動、データの取得を開始します。」
Ruby の声を確認して、安藤は早速、スタンドの複合センサーへ向かって話し掛ける。
「おはよう、Ruby。気分は如何(いかが)?」
「ハイ、気分は良好ですよ、江利佳。 社内ネットワークに接続しました。 現在の時刻と位置データを取得しました。 内蔵時計(インターナル・クロック)の時刻を修正しました。」
「ここがどこか、解る?」
その安藤の問い掛けに、Ruby は即答する。
「天野重工本社のラボですね。わたしが、最初に起動した所です。」
続いて五島が、そして日比野も声を掛けるのだ。
「Ruby、俺の事、解るかい?」
「わたし、わたしの事も解る? Ruby~。」
日比野は、スタンドに取り付けられている複合センサーに向かって、手を振って見せている。
「ハイ、聡(サトシ)、そして杏華(キョウカ)ですね。お久し振りです。こんな時間まで、お仕事ですか?」
Ruby の返事を聞いて、五島と日比野は顔を見合わせて、笑顔で互いに頷(うなず)くのだった。そして安藤が、会話を続ける。
「あなたの再起動作業、ライブラリが破損してないか、三課の皆(みんな)がチェック作業を手伝って呉れたのよ。」
「それは申し訳ありません。それでは、江利佳もわたしのメンテナンスを?」
「そうよ~。 あ、画像で、個人の識別は出来てる? Ruby。」
「はい。以前、接続されていた画像センサーよりも、若干、解像度が低いですが、識別に支障はありません。」
素直に、安藤の問い掛けに返事をする Ruby だったが、そこで五島が、少し慌てた様子で安藤を呼び止めるのだった。
「お、おい。安藤君」
「どうしたんですか?五島さん。」
「Rubyが、キミの名前、呼んでる。 さっきから。」
「え?…あ。」
Ruby が再起動した嬉しさに、安藤はうっかり忘れていたのだが、Ruby には安藤の事を『ゼットちゃん』と呼ぶように、『謎のプロテクト』が掛けられていた筈(はず)なのだ。
その事の重大さを知らない日比野は、怪訝(けげん)な顔付きで五島に尋(たず)ねる。
「それが、どうかしたんですか?五島さん。」
日比野は Ruby の開発チーム所属ではないので、その『謎のプロテクト』の件に就いては一切(いっさい)認識が無いのである。だから五島は、返事を濁(にご)す様に「ああ…うん、ちょっとね。」とだけ言った。
一方で安藤は、「大変…。」と呟(つぶ)いて立ち上がる。
そんな各人の様子を画像センサーからの情報で感知した Ruby だったが、しかし Ruby 自身も『謎のプロテクト』の事を意識はしていないので、その状況に就いて安藤に尋(たず)ねるのだ。
「何か異常が有りましたか?江利佳。」
安藤は Ruby の問い掛けに、直ぐには応えず、ポケットから携帯端末を取り出して、パネルを操作している。
「ちょっと、待ってね Ruby。先に、主任に連絡を…。」
携帯端末で井上主任を呼び出している安藤に、Ruby が言うのだ。
「では一つだけ、成(な)る可(べ)く早く確認しておきたい事が有るのですが、江利佳。」
安藤は、井上主任が呼び出しに応じるのを待ち乍(なが)ら、Ruby に応えた。
「何?」
すると、Ruby は安藤が思ってもみない事を訊(き)いて来たのだ。
「茜は無事ですか?」
- to be continued …-
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