第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール
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「何でって…そうね、兵器…戦闘機とかロケットとか、その手の物に興味を持って、子供向きのでも専門的な書籍とか読んでると、自然と入って来る知識よね。小学生の頃には、その手の本を幾つも読んでたから、大まかな理屈だけは知ってたの。」
「部長や金子先輩も、そんな感じなんですか?」
「わたしは…中一の時に、エイリアン・ドローンへの対抗兵器を考える為に、現用兵器の事を色々と調べた一環で知ったわね。」
ブリジットの問い掛けに、素直に答える緒美だった。そして、金子が続く。
「わたしは、昔から飛行機に興味が有ったから、天野さんと同じ感じかな。うちの父が買ってた専門の雑誌とか読んで、それで、だね、小学生の頃だったと思う。」
「そう言うもんですか~成る程…。」
「あはは、一般的には、わたし達見たいのが少数派の筈(はず)だから、気にする事は無いよ~ブリジット。」
そうフォローする金子だったが、それを台無しにする茜の発言がこれだ。
「でも、うちの学校の、機械工(うちの)学科だと、その手の物が好きな人は多そうだから、半分位は、わたしや部長のタイプじゃないかしら?」
その茜の発言に反応したのは、緒美である。
「そうは言っても、普通科の人は違うでしょうから、半分って事は無いと思うわ。クラスの四分の一を超える事はないでしょう?天野さん。」
「あーまあ、そうですか、ね。」
そんな茜と緒美の会話は、ブリジットは「あははは」と笑って流す他、無かったのである。
そうして帰路の飛行を続ける一行であったが、それから数分の後、防衛軍の戦術情報を監視していた茜が、情勢の変化を報じる。
「HDG01 より全機へ、エイリアン・ドローン編隊が進路を、東北東から東へと変えました。速度、高度は変わらず…いえ、高度はちょっとずつ、降りて来てますね。」
その報告に、緒美が聞き返す。
「天野さん、空防の迎撃機とエイリアン・ドローンとの、距離はどの位?」
「えー、直線距離で大凡(おおよそ)二百…百八十キロですね。」
続いて、金子が尋(たず)ねる。
「わたし達とは?」
「わたし達とは、西へ二百キロの距離が有りますけど。この儘(まま)で、真っ直ぐ飛んで来られると、十五分後にわたし達の飛行コースの五分後ろを通過する計算になりますね。高度は、分かりませんけど。」
茜の報告に対し、緒美が所感を述べる。
「多分、迎撃機を回避する積もりで進路を変えたんでしょうね。 エイリアン・ドローン、今はまだ、海上? 天野さん。」
「はい、ですけど真東へ飛んで行くと、直(じき)に島根県の上空ですよ。地図的には、三瓶山?の辺り。」
「その辺りだと、地対空ミサイルの配備が手薄だったかしら?どうだっけ…。」
そこで、今度はブリジットが声を上げた。
「防衛軍の戦闘機隊も向きを変えました。南西方向へ。」
「多分、陸地の上空へ来る前に、ミサイル攻撃を仕掛ける積もりでしょうね。」
透かさず分析する、緒美だった。その緒美に、金子が問い掛ける。
「鬼塚、防衛軍にエイリアン・ドローン全機、墜とせると思う?」
「どうかしらね。エイリアン・ドローン六機に対して、戦闘機二機の中射程 AAM が合計十六発。防衛軍側は二回、三回は攻撃出来るけど、二機か三機を処理出来たらいい所じゃないかしら。」
「そう言う予測、防衛軍はしないのかな?」
「してると思うけど、後続の迎撃機が上がって来ないのは、何かのトラブルか、機材不足かしら? 今日の九州迎撃戦に、小松からも機体を出してたのかも。何かしら、手を回してるとは思うんだけど。」
「成る程ね。」
溜息と共に、金子はそう言ったのだった。
実の所、大陸の上空三万メートルには、更に十二機のエイリアン・ドローンが待機している事を、防衛軍は掴(つか)んでいた。この様な情報は、後になっても報道される事は無いのだが、防衛当局としては、それらが日本領空へと向かって来る事態も考慮に入れておく必要が有り、九州上空の警戒と確保済みの対処能力を、緩(ゆる)める訳(わけ)には行かなかったのである。
一方で、既に領空内に侵入した残存六機に就いても当然、対処が必要となるのだが、その対応に全力を傾けて、それが陽動にされる状況は避けねばならなかった。残存六機がどこを目標として飛行しているのかも正確には不明で、その為、それらの動向を慎重に見極めていたのである。しかし、エイリアン・ドローンが海上から陸地方向へと向きを変えた時点で、それ以上は悠長に構えている事も出来ず、小松基地には追加の迎撃機二機の発進が発令されていた。その事は間も無く、戦術情報にて茜達の知る所となるのだった。
その頃、茜達一行は海側から海岸線を越えて、陸地の上空を飛行していた。金子が、緒美に呼び掛ける。
「TGZ01 より、TGZ02。鬼塚、ここからなら、鳥取空港が近いけど。予定を変えて、そっちへ緊急着陸するって選択肢も有るけど、どう?」
「エイリアン・ドローン達の進路が変わったから、その方が安全ではあるけど…現時点で HDG を人目に晒(さら)すのは、どうかしら? 立花先生に聞いてみて、金子ちゃん。」
金子は、隣の席に座っている立花先生に、問い掛ける。
「…って、鬼塚は云ってますけど。どうでしょうか、立花先生。」
勿論、それら機内での会話は、緒美達には伝わらない。
立花先生は、少し困った顔で静かに答えた。
「難しい所ね。あなた達の安全を考えたら、先生としては緊急着陸を選択したい所だけど。会社的には、秘密保全の出来ない民間の空港へ HDG を降ろすのは、賛成出来ないわ。緒美ちゃんの言う通りよ。」
少し考えて、立花先生が提案する。
「どうせなら、防衛軍の美保基地はどうかしら?」
「美保基地って言っても、半分は民間の米子空港ですよ。大体、距離的には学校へ戻るのと、殆(ほとん)ど変わりないですし。」
そこへ、茜からの提案である。
「HDG01 より、TGZ01。あの、提案なんですが。部長と金子さん達は空港に退避して、わたしとブリジットで学校へ向かう、と言うのはどうでしょうか?」
機内でモニターしている茜の声を聞いて、苦笑いしつつ立花先生は言うのだった。
「天野さんらしい発想だわ。」
続いて、金子が操縦桿のトークボタンを押して、応答する。
「却下!一年生を置いて行ったりしないし、一年生に置いて行かれて堪(たま)るもんですか。」
その金子の発言を聞いて、後席の二人、樹里と日比野はくすりと笑うのだった。
そして立花先生が、言うのだ。
「エイリアン・ドローンは、防衛軍が対処して呉れるのを信じましょう。必ず、戦闘に巻き込まれるとは、限らないでしょうし。学校まで、あと十五分位よね。」
「そうですね…TGZ01 より各機。この儘(まま)、学校へ向かいます。場合によっては高度を下げるかも、だけど、その辺り覚悟はしておいてね。」
金子の通信に緒美達は、それぞれが「了解。」と返事をするのだった。
それから間も無く、茜から情勢の報告が入るのだ。
「エイリアン・ドローン、ロックオンされました。防衛軍の戦闘機隊が、攻撃準備を始めたみたいです。」
それは茜とブリジットが装着するヘッド・ギアのスクリーンに投影されている戦術情報画面の表示で、敵機を示す黄色の三角シンボルが、菱形のシンボルに変化する事で示されている。これが自機によるロックオンの場合、菱形の色は赤色である。
そして、攻撃機と標的機の間が一本ずつのラインで結ばれ、次いで、そのラインが攻撃機側から標的機側へ向かって短くなっていく様に、刻々と表示が更新されるのだ。
それを茜が、通信で報告する。
「防衛軍、ミサイルを発射しました。エイリアン・ドローン、回避機動を開始。編隊を解いて、バラバラに機動してますね。」
それまで整然と並んでいたシンボルが、四方へと散らばり、進行方向を示すバーも機体によっては、グルグルと向きを変えて表示されている。しかし、ミサイルの接近を示す、一方の端に丸いドットの付いたラインは、容赦無く短くなっていくのだ。一端の丸いドットが、ミサイルの位置を表しているのは、言う迄(まで)も無いだろう。
「あと、十…八…六…四、三、二、一! 起爆しました。」
戦術情報画面には、ミサイルが起爆した位置に『×』シンボルが表示されていた。中射程空対空ミサイルは、標的に命中しなくても、その近傍を通過する際に爆発する。それは、その飛散する破片で、敵機が損傷するのを期待しているのだ。しかし、この近接信管による爆破効果では、それ程大きなダメージをエイリアン・ドローンに与えられないのは、既に明らかな事実だった。何故なら、エイリアン・ドローンの外皮が『装甲』であるからだ。
地球製の航空機は、軽量化の都合上その外皮は薄く、陸上兵器の装甲に比すれば、防弾効果など無いに等しい。一方でエイリアン・ドローンは陸上での格闘戦も視野に入れた構造である故、その外殻も十分(じゅうぶん)な装甲性能を有しているのである。
そして、もう一つ、空対空ミサイルが爆発する事に因る破片の飛散は、それらがジェットエンジンに吸い込まれて、エンジンに損傷を与える効果をも期待している。だが、エイリアン・ドローンの推進機関は、吸気口と噴出口を有してはいるものの、その構造は、ほぼ徒(ただ)の筒であり、内部にタービン等の構造物が存在しないのである。作動原理は未(いま)だ不明なのだが、兎に角、破片の吸引で推進機関に損傷を与える効果は期待出来ない。例え吸い込まれたとしても、破片は徒(ただ)、素通りするだけなのである。
戦術情報画面では、五秒程『×』シンボルが表示されたあと、再びエイリアン・ドローンが黄色の三角シンボルで再表示された。その結果を、茜が報告するのだった。
「撃墜は一機、ですね。残存五機が、元の飛行コースへ再集合してます。防衛軍の戦闘機隊は、再度コース変更。南向きに飛んで、エイリアン・ドローン隊の後方へ回り込むコース取りの様です。」
そこで、金子が緒美に尋(たず)ねるのだ。
「鬼塚、防衛軍側はミサイルの残り、何発?」
「さっきの攻撃で六発発射した筈(はず)だから、残りは十発ね。」
「残存五機なら、あと二回、攻撃出来るのか。」
「そう言う事。」
茜は、金子と緒美の間で交わされる通信の音声を聞き乍(なが)ら、黙って戦術情報の画面を監視していた。そして間も無く、再び、敵機表示が黄色の菱形へ変化するのだった。
「目標、再度ロックオン。 発射されました。今度はさっきの半分位の距離、ですね。」
今度も戦術情報画面の中では、刻々とミサイルが接近する中、エイリアン・ドローン達は無様(ぶざま)に右往左往している様に見える。しかし、衝突の最終局面で、エイリアン・ドローン達はミサイルが飛来する軌道から、自身の位置を微妙にずらし、ミサイルの回避しているのだ。勿論、そんな細かい動き迄(まで)は、戦術情報の画面から読み取る事は出来ないのだが。
戦術情報画面には、再度『×』シンボルが並び、全てのミサイルの信管が起爆した事を知らせるが、期待した程の戦果は得られない。茜は、声を上げた。
「全弾起爆しましたが、今度も撃墜は一機だけです。残存、四機。」
すると、誰に言うのでもなくポツリと翻(こぼ)した金子の声が聞こえて来る。
「当たらない物ね…。」
しかし、状況は止まらない。茜は引き続き、戦術情報画面から読み取れる情報を声に出す。
「防衛軍、再度、全標的をロックオン。 発射。今度はエイリアン・ドローンが編隊に集合する前に、仕掛けましたね。距離は、前回とほぼ同じ位です。標的へ到達まで、凡(およ)そ三十秒。」
そして間も無く、絶望的な結果が表示されるのだった。それでも茜は、冷静に状況を伝える。
「全弾、回避されました。残存は四機の儘(まま)です。あ、一機のみ再度ロックオン…発射されました。」
その茜の声を聞いて、緒美が言うのだ。
「最後の一発ね。」
茜は読み取った情報を、その儘(まま)、声に出す。
「防衛軍の戦闘機隊、離脱して行きます。ミサイルは目標まで、あと十五秒。…ダメです、回避されました。残存は四機の儘(まま)。」
「天野さん、エイリアン・ドローンの進路は?」
緒美の問い掛けに、茜は直ぐに答える。
「元の東向きコースに復帰してます。高度は、三千メートルまで降りて来てます。」
次いで、金子が問い掛けて来た。
「天野さん、防衛軍は逃げちゃったの?」
「こっちに向かってる、後続の迎撃機と交代するんだと思いますが。」
そして緒美が、説明を追加するのだった。
「迎撃機には自衛用の短射程 AAM も積んである筈(はず)だけど、それが使える距離まで近付くと、トライアングルに反撃される恐れが有るから、極力、それは避けてるのよ。彼方(あちら)は、斬撃を実行する為に、体当たりでもやる勢いで突っ込んで来るから、あっと言う間に間合いが詰まっちゃうの。そうなったら、防衛軍の戦闘機の方が不利。」
「ふうん…厄介ね。 それで、天野さん、後続の迎撃機の到着まで、あと何分?」
「大体、あと八分位(ぐらい)ですか。」
「こっちは、あと五分ぐらいで学校上空に到着ね。」
そこで、何か言い難そうに話すブリジットの声が、聞こえて来るのだった。
「ねぇ、茜…エイリアン・ドローンの進路、こっちに向かって来てない? あと五分位で、わたし達と進路が…。」
「交差するわね。高度も更に下げて来てるし…これは、HDG-A01(わたし)が狙われてるのかなぁ。」
そう答えて、茜は溜息を一つ、吐(つ)くのだった。
その時である。通信から、聞き慣れない、男性の声が聞こえて来たのだ。
「HDG01、及び HDG02、聞こえるか? 此方(こちら)は防衛軍、統合作戦指揮管制だ。其方(そちら)は、天野重工所属の試験機で間違いないか?」
- to be continued …-
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