WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第11話.18)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-18 ****


「じゃ、何機ぐらいなら?」

「そうね、五機…六機かしら? でも、制圧出来ればいいって話じゃないし。」

「どう言う事です?」

 続いて訊(き)いたのは、樹里だった。

「要は救出作戦だから、戦闘ヘリから無闇矢鱈とロケット弾やミサイルを撃ち込む訳(わけ)にはいかないのよ。流れ弾が格納庫や管理棟に当たったら、洒落にならないでしょ?中に避難してる人が居るんだから。」

「それはそうですね…。」

「だから、先(ま)ず、陸上戦力…戦車なんかを五、六輌投入して、トライアングルの注意を引いて。次に大型ヘリを建物の近くに着陸、避難させる人を搭乗させる。大型ヘリが離陸して安全域まで退避したら、地上戦力を後退させて航空戦力…これは陸上防衛軍の戦闘ヘリか、航空防衛軍の戦闘機か、で攻撃、って感じの流れになるでしょうね、普通。」

 そこ迄(まで)の説明を聞いて、ブリジットは苦笑いし乍(なが)ら言った。

「結構、大掛かりですね。」

「そうよ。ここに何人居ると思ってる?」

 そう緒美に問われ、ブリジットは指折り数えてみる。

「わたし達が九人、立花先生、飯田部長、畑中先輩、倉森先輩、新田さん、大塚さん…これで十五人。」

 続いて、茜が付け加える。

「あと、飯田部長の秘書の蒲田さん、飯田部長のお客さんの、桜井?さん…。」

 それに、樹里が追加する。

「その桜井さんにも、秘書の方(かた)が一人居たよね。後は陸上防衛軍の吾妻さんに、戦車隊の隊長さん。戦車乗員の方(かた)が六人。これで、合計二十六人?」

 最後に、緒美が付け加える。

「戦車隊の整備や事務の人が第二格納庫に十人位(ぐらい)、管理棟の方にも十人位(くらい)は居た筈(はず)だから、合わせて四十六人。要するに、五十人前後の人を一気に移送する必要が有るから、大型ヘリでも二機は必要になるし、誘導と警護に、十人前後の兵員も必要になるでしょうね。そうなると、その人員の輸送手段も必要になるわね。」

「うわぁ、大変だ…。」

 素直な感想を口にするブリジットだったが、その隣で茜には、ふと気が付く事が有ったのだ。

「あれ?ちょっと、待ってください、部長。その救出作戦が実行されてたら、HDG や LMF はどうなります?」

「いい所に気が付いたわね、天野さん。人命優先になるだろうから、当然、機材は置いて行け、って事になるでしょうね。」

「それで、その避難のあと、トライアングルに向けて、対地攻撃が始まる訳(わけ)ですよね?」

 その茜の確認を聞いて、ブリジットが言うのだった。

「そこに HDG や LMF を残してたら、無事では済まないんじゃ?」

「でしょうね。それでも、全員が救出されれば、まだいいけどね。」

 今度は、樹里が緒美に尋(たず)ねる。

「その救出作戦、成功率はどの位(くらい)なんでしょう?」

「さあ、五分五分じゃないかしら? 前に米軍の、似た様な状況での作戦レポートを読んだ事が有るけど。兎に角、トライアングルが動く物に反応するから、地上に引き付けておいて、救出のヘリを発着させるのが大変だったみたいよ。実際、その作戦ではヘリが一機、堕ちてるしね。」

 その緒美の答えを受けて、茜がポツリと言った。

「会社的には、賭をするには、可成り分が悪いですよね、それって。」

 そして樹里が、或る考えに思い当たるのだった。

「あぁ、それで。飯田部長は、積極的に反対しなかったのか…。」

「まぁ、全部想像だけどね。でも、飯田部長には、その計算は有ったと思うわ。」

 ブリジットは、茜に尋(たず)ねる。

「飯田部長って、軍事(そっち)方面に詳しい人だったの?」

「あぁ~以前(まえ)にお婆ちゃんから聞いた話だけど。現社長の片山…社長がプラント系の技術者出身だから、事業統括の方は、防衛装備とか、そっちの業界に詳しい飯田部長が選ばれた、とか。片山の叔父様とは、昔から仲が良かったそうだし。わたしは、この間迄(まで)、直接の面識は無かったんだけどね。」

 念の為に記しておくが、茜の母親、薫(カオル)が天野重工会長の長女で、片山社長の妻、洸(ヒカル)が天野会長の次女、つまり茜の叔母なのである。
 今度は、樹里が茜に尋(たず)ねる。

「お婆ちゃん、って、理事長…って言うか、会長夫人?」

「あぁ、はい。」

「で、片山社長が叔父様、と。」

「ええ、そうですけど。どうかしました?樹里さん。」

「いやぁ~天野さんが、理事長や社長の身内だって、忘れてたなぁ~って、思って。」

「いいです。その儘(まま)、忘れててください。」

 ニコニコとしている樹里に対し、茜は苦笑いである。そんな茜に、緒美が問い掛ける。

「その、お婆様は、天野重工の役員か何かを?」

「いいえ、直接、経営に口は出してませんけど。一応、株主って言う事で、取締役の人事とか、その辺りの情報は入って来るみたいなんですよね。あと、家(うち)の母も、株主扱いになっているので、おば…祖母が時々、家(うち)に来ては、そんな話をしてるんですよ。」

「ああ、成る程。そう言う事。」

「はい。」

 そんな事を茜達が話していると、格納庫の方向から立花先生達が、歩いて来るのだった。二組が合流すると、立花先生が緒美に尋(たず)ねる。

「こんな所で、立ち話? 何か有った?」

「あぁ~いえ。大した事では。 格納庫の方は、バラシとか終わったんですか?」

「ええ、粗方(あらかた)。防衛軍サイドは、一刻も早く、わたし達、学校の関係者は追い出したいみたいだから、梱包とか積み込みは、畑中君達に任せる事になったわ。」

「現場に未成年者が~とか、言ってましたものね。」

「そう言う訳(わけ)で、みんな、バスに乗って。トイレとか行きたい人は、出発迄(まで)に済ませておいてね。 あと、茜ちゃんとブリジットちゃん、悪いけど着替えるのは、学校に戻ってからにして。ごめんね。」

「それは、構いませんけど。ブリジットは、大丈夫?」

「うん、平気。」

 そして一同は、格納庫の東側に止めてあるマイクロバスへと向かって歩き出す。ほぼ真上から照らし付ける日差しに焼かれ、額に浮かんだ汗を、右手の甲で拭いつつ、立花先生は言う。

「しかし、暑いわね。さっき迄(まで)、緊張してた所為(せい)かな、暑さなんて忘れてたのに…。」

「もっと暑くなってますよ、バスの中は。きっと。」

「嫌な事、言わないで~恵ちゃん。」

 そこで、直美が声を上げる。

「そう言えば、誰が持ってるの?バスの鍵。」

「大丈夫、わたしが預かってます。」

「おお流石、森村。」

「それじゃ、わたし、ちょっとお手洗いに行って来ます。」

 そう言って、瑠菜がバスに向かう列から離れ、管理棟へと向かうのだった。

「あ~瑠菜リン、わたしも~。」

 そうして佳奈が瑠菜の後を追うと、樹里はクラウディアに尋(たず)ねるのだった。

「カルテッリエリさんは大丈夫?お手洗い。」

「はい。大丈夫です。」

「あぁ、じゃ、これ、バスまで持って行っておいて呉れるかな? わたしも、ちょっと行って来る。」

 樹里は手に持っていた愛用のモバイル PC を、クラウディアに託すのだった。

「分かりました。お預かりします。」

 そして、樹里は佳奈のあとを、追って行ったのである。一方で、立花先生は携帯端末で、時刻を確認して声を上げる。

「ああ、もう十二時半か~みんな、お昼はどうする?」

 その声に反応したのは、恵である。

「そもそも、HDG の模擬戦のあと、お昼休みを挟(はさ)んで、LMF の模擬戦の予定でしたよね、先生。」

「そう。食事、お弁当の用意は、してあったんだけど。帰りの、バスの中で食べる?緒美ちゃん。」

「学校に戻ってから、部室なり食堂なりで、落ち着いて食べた方が良くありません?」

「それもそうね…。」

 そこで、恵が昼食に就いて気付くのだった。

「あれ?お弁当って、畑中先輩達の分も一緒になってませんでしたっけ?先生。」

「あぁ、そうだったわ。飯田部長と蒲田さんと、お客さん達の分も含めて八食、帰る前に渡しておかないと。」

 今度は直美が、立花先生に問い掛ける。

「バスの運転は、誰がするんです?」

「新田さんか大塚さんか…多分、新田さんじゃないかしら。」

 そんな話をしていると、一同はマイクロバスの前に到着するのだった。そして恵が、鍵を開け乍(なが)ら、立花先生に問い掛ける。

「あれ? 八食分、お弁当をこっちに置いて行ったら、運転手さんの分、足りなくなりません?」

「足りなくても、学校に戻れば、食べる事は、どうにでも出来るし。あ、念の為の予備として、多目(おおめ)に発注してあった筈(はず)だから、大丈夫よ。こっちには、一食ぐらい余っても、何とでもなるでしょう。」

 恵がドアを開けると、暖められた空気が車内から流れ出して来るのだった。その中へ、最初に乗り込んだ恵は、左右の窓を開け乍(なが)ら、奥へと進んで行く。そして茜とブリジットが、恵に続いて乗り込んで行った。

「恵さ~ん、それじゃ、お弁当、格納庫の方へ届けて来ます。」

「あ、悪いね~天野さん。奥のシート下の箱、分かる?向かって右側の。」

「はい、白い箱が四つ。」

 一番奥の四列シートの足元、後方に向かって右手側に、白い断熱材製の箱が二段積みで置かれている。因(ちな)みに、左手側には茜とブリジットが着ている、インナー・スーツが収納されていた箱が積んであった。

「一箱に五食分入ってる筈(はず)だから、一食分、別の箱に移して、一箱四食で二箱、八食分届けて来て呉れるかな。」

「は~い。ブリジット、手伝って。」

「はいよ~。」

 茜とブリジットの二人は、恵の指示通りに、箱内の収納数を調整した。幸い、箱の大きさに余裕が有ったので、一箱に六食入りとなった残される箱の方も、保冷剤の入れ方を工夫する事で、蓋が閉められたのである。

「それじゃ、行ってきます。」

「はい、お願いね~。」

 茜とブリジットは、それぞれが弁当の入った箱を両手で前側に抱え、バス前方の昇降口へと向かった。立花先生と緒美、直美とクラウディアは、ドアの外で茜とブリジットが出て来るのを待っていた。
 そして、出て来た茜とブリジットに、立花先生が声を掛ける。

「じゃあ悪いけど、お願いね。茜ちゃん、ブリジットちゃん。」

 ブリジットが、微笑んで応える。

「一っ走り、行ってきます。」

 それに、直美が笑って言うのだった。

「転んだりしたら事だから、走らなくてもいいよ~ブリジット。」

「は~い。」

 くすりと笑って、茜が声を掛ける。

「行こう、ブリジット。」

「うん。」

 茜とブリジットは少し早足で、格納庫の方へと歩き出す。そんな二人を少しの間、見送ってから、立花先生は言った。

「さ、クラウディアちゃんも、乗って。」

「あ、はい。」

 クラウディアは自分のと樹里のモバイル PC を胸元に抱え、マイクロバスに乗り込むと、その中央付近の席へと進んだ。続いて、立花先生も乗り込み、緒美と直美も、そのあとに続いたのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.17)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-17 ****


 続いて藤田三尉は、今度は左手で松下二曹の胸倉を掴(つか)み、言った。

「尤(もっと)もらしい事を言った積もりでしょうけど、あなたの言ってる事は、唯(ただ)の、負け惜しみの、八つ当たりです。みっともない。頭を冷やしなさい。」

 松下二曹は、何か口を動かしているが、声になっていない。そして、藤田三尉が続ける。

「それとも、何? 彼女に何か、恨みでも有る訳(わけ)?」

「…いえ、ありません。」

 呟(つぶや)く様に、そう松下二曹が答えると、藤田三尉は深い溜息を吐(つ)いて左手を放した。そして茜の方へ向き直ると、深々と頭を下げたのである。

「部下が、失礼な事を言ったわ。上官として、お詫びします。」

「ああ、頭を上げてください。わたし、気にしてませんから、ホントに。」

 茜は慌てて、藤田三尉に声を掛けた。謝られている茜の方が、何だか申し訳無い気持ちになって来るのだった。

「本当に、申し訳無かったわね、天野さん。 ほら、松下二曹、こっちに来なさい。」

 頭を上げた藤田三尉は、くるりと身体の向きを変えると、松下二曹の右手を引っ張り元来た方向へと歩いて行く。
 二人は無言で、松下二曹は引かれる儘(まま)に歩いていたが、暫(しばら)くして藤田三尉が口を開いた。

「どう言う積もり? 何を意地になっているのかは知らないけど、そういう所、あなたの悪い癖よ。自覚しなさい。」

「申し訳ありません…でも、何だか、我々が馬鹿にされている気がして…。」

 松下二曹が弱々しく、そう口にすると、落ち着いた声で藤田三尉は言った。

「馬鹿に? わたしには、あなたの方があの子達を、馬鹿にしている様に見えたけど?」

 その言葉に、松下二曹は反論は出来なかった。
 所で、藤田三尉の言った「そう言う所」こそが、実は、松下二曹が曾(かつ)て天神ヶ崎高校に合格出来なかった要因なのである。
 天神ヶ崎高校の入試、特に『特別課程』のそれは、実質、天野重工への入社試験である。つまり高校の三年間に留まらず、その後の会社での十数年から数十年に及ぶ期間を社員として過ごす人員の選抜をしなければならないのだ。当然、天神ヶ崎高校の入試には、本社の人事部から『人を見るプロ』が派遣され、成績以上に、チームの一員として働ける素養と言った、人格面での厳しいチェックが行われているのである。勿論、そこから漏れたからと言って、その人の人格が全て否定される訳(わけ)ではないが、会社側が求める技術職への『向き、不向き』と言う視点から、時に過剰に攻撃的になる彼女の様な性格が、チームで働く技術職に向いていると判断される事は希(まれ)だ。成績や能力が同じレベルであるなら、より適性の有ると判断される者が優先的に採用となるのは、当然の事なのだ。
 そして、その様な判断基準や選考の過程が受験生個人に明かされる筈(はず)も無く、松下二曹がそう言った事情に思い当たる可能性は、このあと一生、恐らくは無い。

「どうかしたか?藤田三尉。」

 格納庫の大扉から、外へと出て来る大久保一尉が、歩いて来る二人に声を掛けた。二人は大久保一尉の前で立ち止まると、藤田三尉は、引いていた松下二曹の手を放し、答えた。

「いえ。助けて貰ったので、あちらのドライバーにお礼を、と思ったのですが。松下二曹が突っ掛かって行ってしまって。」

 大久保一尉は松下二曹へ視線を移し、左側の頬が赤くなっている事に気が付いた。

「どうした、松下二曹。模擬戦でいい様にやられて、癪(しゃく)に障ったか?」

 松下二曹は姿勢を正し、答える。

「いえ…あ、はい。申し訳ありませんでした。」

 流石に、高校受験の時の事を根に持ったとは言えず、大久保一尉の、或る意味『助け船』に乗った松下二曹である。そして、少し呆(あき)れた様に、藤田三尉は言うのだった。

「そう言えば、松下二曹。さっき、待ってれば救援が来た、みたいな事を言ってたけど。あのヘリが救援だと思ったら、大間違いだからね。」

「え?違うんですか…。」

 藤田三尉は深く息を吐(は)いて、首を振る。そして松下二曹の疑問に、大久保一尉が答える。

「まぁ、救援には違いないが、本隊ではない。さっきのは、威力偵察の為に飛来したもので、救出部隊、本隊はまだ三十分後方だ。まぁ、もう救出の必要も無くなったから、敵ドローンの残骸回収任務に、編成し直しているそうだがね。」

 声を出さず驚いている松下二曹を横目に、藤田三尉は大久保一尉に問い掛ける。

「しかし、天野重工も、さっきの状況で、よく学生を外に出しましたね。それで助かったとは言え…。」

「誰も、積極的に賛成はしなかったのだが。あのドライバーの子がね、犠牲は出したくないと、押し切ったのさ。あと、指揮官役の子は、キミらの家族の方(ほう)を、心配していた様子だったな。どうやら、身内に殉職者が居た様な口振りだったが。」

「そうでしたか…。しかし、初めての実戦で…何とも、いい度胸をしてると言いますか。」

「ああ、彼女達、実戦はこれで二度目だ。」

 藤田三尉と松下二曹は、揃(そろ)って「は?」と、声を上げた。大久保一尉はニヤリと笑って、言葉を続ける。

「まぁ前回は、敵ドローン側が、あの新兵器を脅威として認識してなくて、ほぼ不意打ちで済んだらしいがな。」

「そんな話、聞いてませんけど。」

「当たり前だ、開発中の新兵器の情報と共に、一般には非公開(クローズド)になってる事項だからな。キミらも、外で喋(しゃべ)るんじゃないぞ。」

「それは、分かってますけど。でも、どうして天野重工は、そんな事、学生達にやらせているのか…。」

 丁度(ちょうど)その時、立花先生と五名の生徒達が、格納庫から出て、大久保一尉の背後、藤田三尉達の視線の先を東向きに歩いて行く。少し距離が有ったが、立花先生が大久保一尉に声を掛けて来るのだった。

「それでは、お先に失礼させて頂きます。」

「ああ、ご苦労様。気を付けてお帰りください。」

 振り向いて、大久保一尉は声を返した。
 すると、松下二曹が問い掛ける。

「隊長、いいんですか? 帰してしまって。」

「ああ、吾妻一佐がね、何時(いつ)までも現場に…残骸回収の時に民間人や、未成年者が居るのはマズいだろうってね。上の方も、了解してるみたいだよ。」

 遠目に眺(なが)めていると、立花先生が率(ひき)いる一団は、茜と緒美達に合流し、学校のマイクロバスの方向へと移動して行った。
 そして大久保一尉は、先刻の藤田三尉の疑問に対する見解を示すのだった。

「…まぁ、実際。あの子達は、皆(みな)、優秀だよ。指揮官役の子と、少し話したが。エイリアン・ドローンに就いては、相当に研究してる様子だったな。彼女を、アドバイザーに雇いたい位(ぐらい)だよ。あの新装備は、その指揮官役の…鬼塚君、だったかな、彼女のアイデアだそうだが。天野重工の大人にも、運用方法が、良く理解されていないのかもな。」

「それで、あの子達が開発を?」

「勿論、技術的には天野重工の、大人達のサポートが有ってこその物だろうがね。とは言え、今の所、アレを扱えるのは、彼女達だけらしい。」

「あの装備、採用されるのでしょうか?今日、見た限りでは、有効そうでしたけど。」

「どうだろうな? まだ、あのドライバーの子、専用の調整で、他人には使用出来ないらしいから、設定や調整が一般化出来る迄(まで)には、それなりに時間が掛かりそうだ。あとは、まあ、御多分に漏れず、費用、価格が問題だな。それに、陸戦装備とは言い辛(づら)い面も有るし、陸防か空防か、装備するには線引きが難しいかも知れん。」

 そう言って、大久保一尉はニヤリと笑うのである。


 一方、藤田三尉達が立ち去ったあとの、茜である。

「何だかなぁ…。」

 そう呟(つぶや)いて、ばつが悪い、そんな気分でぼんやりと立っていると、トランスポーターの荷台から降りた緒美達が、歩み寄って来るのだった。

「ダメよ~天野さん。あの手の人に、挑発する様な事、言っちゃ。」

 微笑んで声を掛けて来る緒美の方へ、茜は顔を向ける。

「聞こえてましたか。」

 茜も微笑んで、言葉を返した。

「まぁ、それにしても、大層な言われ様でしたけどね。」

 そう言った樹里は、苦笑いである。そして、ブリジットも一言。

「でも、上官の人が、正面(まとも)な人だったみたいで、良かったわ。」

 茜は話題を変える積もりで、樹里に尋(たず)ねる。

Ruby のスリープ移行は、終わりですか?樹里さん。」

「ええ、あとは繋留して、シート掛けて…だから、畑中先輩達にお任せ、ね。」

 だが、続いてブリジットが、話を蒸し返すのである。

「しかし、あのお姉さんは、最初から様子が変だったよね。何(なん)だったんだろう?」

 それを受けて、緒美が疑問を呈するのだった。

「ひょっとして、天野さん、あの人と面識とか有った?何か、個人的なトラブルとか…。」

「まさか、初対面ですよ~。」

「どっちかって言うと、茜個人にって言うよりも、学校とか会社の方に、何か思う所でも有ったんじゃないです?部長。」

 そのブリジットの発言を元に、樹里は冗談を言うのである。

「あはは、案外、天神ヶ﨑を受験して、滑った人だったりして。」

 実は図星だったのだが、樹里は飽く迄(まで)、冗談として言っているのだ。だから、他の三名は「まさか~無い無い」と声を揃(そろ)えて、笑うのだった。
 そして、緒美が穏やかに言うのである。

「まぁ、それでも、あのお姉さんの言った事、後半はその通りよ、天野さん。前半のは、的外れだと思うけど。」

「後半って?」

 茜が聞き返すと、緒美は真面目な顔で答える。

「調子の乗って、こんな事を続けてたら~って所。」

「そんな事、あの人に言われなくても、分かってます。」

「知ってる。それに、調子に乗っている訳(わけ)じゃないのもね。」

 緒美は、ニッコリと笑って、そう言った。すると、ブリジットが緒美に尋ねる。

「じゃあ、部長。前半部分の的外れって?」

「それは、待ってれば救援が来た、とか言ってた所ね。」

 その答えに、樹里が疑問を呈する。

「あれ?でも、防衛軍のヘリが来たんですよね?」

 その戦闘ヘリは、既に上空を飛んではいない。緒美は、一息を吐(つ)いて、答えた。

「あれは、救出部隊を投入する為の偵察よ、情報収集。多分ね。 大体、トライアングル三機に対して、戦闘ヘリが二機じゃ、戦力的に全然足りてないもの。」

 それを聞いて、ブリジットが問い掛けるのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第11話.16)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-16 ****


「あぁ、鬼塚君…だったね。最後に、ちょっと確認しておきたいんだが。」

 緒美は立ち止まると、振り向く。

「何(なん)でしょうか?」

「最後の連係攻撃、あれは、普段から訓練を?」

 緒美は、微笑んで答える。

「まさか。ぶっつけ本番ですが…あの二人なら、上手くやって呉れるだろうと。何せ、親友ですから、あの二人。」

「そうか…随分とエイリアン・ドローンの事に就いて研究がされている様子だが、どこからどこ迄(まで)が、キミの想定の範囲内だったのだろうか?」

「…いいえ。」

 一度、首を横に振り、そして、緒美は満面の笑みで答える。

「行き当たりばったりですよ、全部。」

 そして、お辞儀をすると「それでは、失礼します。」と言い残し、踵(きびす)を返して正面の大扉へと向かって歩き出す。

「行きましょう、城ノ内さん。」

「はい、部長。」

 樹里は自分のモバイル PC を両腕で胸元に抱(かか)え、緒美の後を追った。
 暫(しばら)二人を見送ったあと、く大久保一尉は、立花先生の方へ向き、尋(たず)ねるのだった。

「本当ですか? 全部、行き当たりばったり、ってのは。」

「さあ…。」

 立花先生は不審気(げ)に首を傾(かし)げるのだが、恵は微笑んで断言するのだった。

「照れ隠しですよ。」

 その時、扉の方から緒美の声が聞こえて来る。

「瑠菜さんか、古寺さん。天野さんの方、HDG のリグの操作、やってあげて。」

「は~い。分かりました。」

 直ぐに、瑠菜が手を上げて答える。

「お願いね~。」

 そう言い残して、緒美の姿は大扉の向こうへ消えた。そして瑠菜は、隣の席の佳奈に言うのだった。

「佳奈、こっちはやっておくから、あなたは天野の方、お願い。」

「うん、分かった~。行って来るね。」

 佳奈が席を立ち、小走りで格納庫から出て行くと、入れ替わる様に二機の観測機が、人の目線程の高さで格納庫内へと入って来る。瑠菜も席を離れると、左手側の壁際に置いてある、二つの観測機格納コンテナの蓋を開いた。瑠菜が席に戻り、コントローラーを操作すると、大扉から入って直ぐ付近の空中で静止していた二機の観測機は、それぞれが自らのコンテナへと移動して行き、その中へと納まるのだった。
 そこで大久保一尉は、立花先生に尋(たず)ねる。

「あの観測機の映像は、記録を?」

 立花先生は、瑠菜に確認する。

「撮影してた画像は記録してるわよね?瑠菜ちゃん。」

 瑠菜はコントローラー終了作業の手を止め、振り向いて応えた。

「はい。」

 すると、今度は瑠菜に向かって、大久保一尉は尋(たず)ねる。

「あとで、記録した映像、頂けませんか?」

「わたしの一存では。会社の許可が…どうでしょうか?飯田部長。」

 瑠菜に話を振られて、飯田部長はニヤリと笑って大久保一尉に答えた。

「そうですね、まぁ、お安くしておきますよ。」

 そう言われて、真顔で大久保一尉は言葉を返す。

「わたしの権限で使える予算には、限度が有りますので…。」

 そこに、吾妻一佐が割って入るのだった。

「おいおい、飯田さん…」

 飯田部長は「ははは」と笑い、言う。

「冗談ですよ、HDG が映っていないので良ければ、天野重工(うち)の方で編集して、後程、無償でお譲りしますので、研究に役立ててください。」

「ありがとうございます。」

 飯田部長に向かって、大久保一尉は頭を下げるのだった。


 それから暫(しばら)くして、格納庫の東側に北向きに駐車している HDG 専用トランスポーターのコンテナ後部ハッチを、HDG をメンテナンス・リグに渡した茜が、歩いて降りて来る。茜の正面には、少し距離を置いて東向きに止められた大型トランスポーターが有り、その荷台には、既に LMF が乗っていた。LMF 後方下部では、そのメンテナンス・ハッチを開いて、緒美と樹里、そしてブリジットの三人が、Ruby のスリープ・モード移行を見守っているらしい姿が見える。茜が HDG 用のコンテナから出て来たのに気が付いたブリジットが、茜に手を振っているので、茜も手を振って応えるのだった。
 茜に続いて、コンテナから降りて来た佳奈が、茜に声を掛ける。

「こっちのリグ、終了作業、終わったから、格納庫の方、手伝って来るね~茜ン。」

「あ、はい。ありがとうございました、佳奈さん。わたしも行きます。」

「いいよ~着替えておいで~。」

 佳奈は、そう言い残して格納庫の方へと走って行く。
 その佳奈と擦れ違って、茜に近付いて来たのが藤田三尉と松下二曹の二人だった。藤田三尉はにこやかな表情だったが、その後ろを歩く松下二曹は、何やら険(けわ)しい顔付きをしていた。だから、茜は少し身構える様な心境で、二人に対峙するのだった。そして、先に声を掛けて来たのが、藤田三尉である。

「お嬢さん、もう一度、お名前を伺(うかが)ってもいいかしら?」

 正直、茜は何故にこの二人が、自分に話し掛けて来たのか見当が付かないでいた。だが取り敢えず、訊(き)かれた事には答えてみる。

「天野、です。」

 藤田三尉は相変わらず、にこやかに話し掛けて来る。実は、彼女は背後に立つ松下二曹の表情には、気が付いていないのだ。

「天野さん、ね。会社の方(ほう)と同じ名前なのは、偶然?」

 茜は、会長の身内だとかは明かさない方がいい様な気がしたので、敢えて明言は避(さ)けて答える。

「えぇ、はい。…まぁ、偶然です。」

 茜の『天野』姓は父方の『天野』であって、母方の『天野』ではない。結婚前の両親の姓が『偶然』に『天野』で同じだったのだから、茜が『偶然』だと答えたのは嘘ではない。
 ここで、茜が警戒している感触を得た藤田三尉は、少し困った顔をするが、直ぐに元のにこやかな表情に戻り、口を開く。

「あぁ、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら? わたしは藤田よ、一番車の車長。こっちは、操縦手の松下。」

 自己紹介を受けて、漸(ようや)く茜は、藤田三尉が話し掛けて来た理由に思い当たった。

「あぁ、一番車の…お怪我は有りませんでしたか?」

「ええ、ご覧の通りよ。ありがとう、助かったわ。」

 藤田三尉が握手の右手を差し出して来るので、茜も右手を出そうとするが、インナー・スーツ用のセンサー・グローブを装着した儘(まま)だった事に気が付き、慌ててグローブを外すと、汗ばんだ右の掌(てのひら)を太股に二三度、擦(こす)り付けて汗を拭き、それから藤田三尉の右手を握るのだった。

「一言、あなたにお礼が言いたかったのよ。」

「いえ。ご無事なら、何よりです。」

 和(なご)やかな雰囲気で、二人が交わした握手の手を放すと、不意に松下二曹が冷ややかに言うのだった。

「何よ、恩でも売った積もり?」

 その言葉に驚いて、藤田三尉は振り向く。松下二曹の表情は、先程の険(けわ)しい感じではなく、無表情だった。

「ちょっと、松下二曹?」

 藤田三尉に呼び掛けられても、松下二曹の表情に、特に変化は無い。
 茜は冷静に、言葉を返す。

「そんな積もりは、ありませんでしたけど。」

 松下二曹は、言葉を続ける。

「そもそも、わたし達はあなた方に『助けて』なんて、頼んでないし…。」

 出撃の際に茜は、大久保一尉から『それ』に近い事を無線で言われたのだが、それを、この二人は知らない筈(はず)だった。だから茜は、敢えて『それ』に言及する事はしなかった。
 松下二曹は、続けて言う。

「…あなたが出て来なくても、あと十分も待ってたら救援は到着したの。民間の素人(しろうと)が余計な事をして、それでも何か有ったら、防衛軍の責任にされるのよ。大体、素人(しろうと)が、こんな事に首を突っ込んで。今回は偶然、上手くいったから良かったけど。調子に乗って、こんな事、続けてたら、あなた達、その内、怪我じゃ済まなくなるわよ。」

「よしなさい、松下二曹。」

 一気に捲(まく)し立てる松下二曹の左腕を、藤田三尉は掴(つか)んで、引っ張る。松下二曹は「こんな事、続けてたら」と言ったが、彼女は茜達が前回、HDG でエイリアン・ドローンを迎撃した事実を知っていた訳(わけ)ではない。徒(ただ)、単に、今後も今回の様な事を続けていたら、と言う推測で言っただけの事である。
 一方で、感情の良く分からない顔付きで、尤(もっと)もらしい言い掛かりを付けて来る、松下二曹の表情を見詰めて、茜は「どこかで見た表情だな」と思っていた。それは、中学一年生のあの時、無視するだけでは飽き足らず、何だか良く分からない言い掛かりを付けて来た、同じクラスの女子生徒の表情と同じに見えたのだ。唯(ただ)、その表情には覚えが有ったものの、それが誰だったのか、その顔も、相手の名前も思い出せなかった。余程、その人物に関心が無かったのだろう、その時、自分に向けられた悪意を感じたと言う記憶の他は、相手が何(ど)の様な言い掛かりを付けて来たのか、自分が何(なん)と言い返したのか、茜は一切、思い出す事が出来なかったのだ。
 そんな思考が一瞬で頭の中を巡ると、茜は自分の頭の芯が冷えて行く様な、冴えて来る様な感覚を覚えた。
 そして、制止しようとする藤田三尉に向かって、松下二曹が言う。

「これ以上、増長しないように、大人が、ちゃんと言ってあげるべきなんですよ、藤田三尉。」

 茜は微笑んで、眼前の二人に向かって言うのだった。

「それは、御心配頂きまして、ありがとうございます。今回は、被害者を見殺しにするのが、我慢出来なかったので…まぁ、自己満足の為の行動ですので。防衛軍の皆さんには、気にして頂かなくて結構です。」

 松下二曹は冷たい視線を茜に向け、言い返す。

「何よそれ、ヒーロー気取り?自己満足?そう。じゃあ、満足出来たの?」

「松下二曹、止めなさい。」

 藤田三尉が声を上げるが、松下二曹の表情は変わらない。
 茜も表情を変えず、微笑んだ儘(まま)で冷静に言葉を返した。

「ええ、結果には満足してますよ。お陰様で、今夜は悪い夢を見ないで済みそうです。」

 その言葉に、松下二曹の表情には怒りの色が入り、そして声を荒らげる。

「何ですって、大人を馬鹿にして!」

「松下二曹!」

 一括した藤田三尉は、振り向き様(ざま)に、右手で松下二曹の頬を打った。瞬間に、松下二曹の表情は、明らかな狼狽(ろうばい)へと変わったのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.15)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-15 ****


「分かった!」

 茜はそう答えると、右後方から振り下ろされたトライアングルのブレードを躱(かわ)す為に、身体を捻(ひね)って右前方へジャンプし、着地すると一度深く屈(かが)んで、全身を使って縦方向へ跳躍した。同時に、スラスターを最大出力で噴射し、一気に十メートルを超える高さ迄(まで)飛び上がったのだった。
 茜が跳躍すると、トライアングルもその機体を一旦沈める様な動作をし、直ぐに茜を追って飛び上がる。茜を目掛けて、直線的な軌道で上昇するトライアングルは、狙撃手に取っては格好の標的となったのだ。

「いただき!」

 ブリジットが、右側コントロール・グリップのトリガーを引くと、雷鳴の様な破裂音が響き、それとほぼ同時に上昇中だったトライアングルの腹部胴体が青白い閃光に吹き飛ばされる。残されたトライアングルの部位は、連結部を失った胸部や尾部、四肢等が、重力に従って虚しく落下して行くのだった。
 空中で姿勢を変え、トライアングルのパーツが落下して行くのを見送ると、茜は一度、大きく息を吐(は)いた。

「ふう…。」

 茜は、模擬戦用に立てられていた紅白、二本の旗の中間地点辺りに降り立つ。

「これで、終わりかしら?」

 誰に訊(き)くでも無く、茜は言った。すると、ヘッド・ギアに Ruby の合成音が聞こえる。

「南西方向上空に、飛行物体が二機。接近中です。」

 茜は南西方向の空に視線を移し、Ruby からの情報を元に接近中の機影を探す。

Ruby、その飛行物体、機種は識別出来る?」

 緒美の、Ruby に対する問い掛けが聞こえて来る。Ruby は、それに即答した。

「ハイ、緒美。陸上防衛軍が運用している、AH-5型、戦闘ヘリコプターですね。」

 Ruby が答えて間も無く、茜も南側から降下しつつ接近して来る、戦闘ヘリの姿を認めたのだった。
 そして、緒美の指示が、茜に聞こえる。

「天野さん、あなたは取り敢えず、一度こっちに入って。他の部隊とかに、HDG は、余り見られない方がいいから。」

 すると、ブリジットが通信で緒美に問い掛ける。

「LMF は、いいんですか?」

「う~ん、LMF は、防衛軍仕様のが、近い内に引き渡される予定だから、まぁ、見られても大丈夫でしょう。隠すには大き過ぎるし。その儘(まま)、待機してて。」

「は~い。」

 その遣り取りに、くすりと笑って、茜は応えた。

「分かりました、其方(そちら)へ戻ります。」

 茜は格納庫の前に駐機している LMF に一度、手を振ると、其方(そちら)に向かってジャンプした。
 背後からは、ヘリのローター音が段段と大きく聞こえて来る。茜が格納庫に入って間も無く、二機の戦闘ヘリは相次いで、低空で演習場の上を通過して行った。


「漸(ようや)く、救援の到着か。」

 少し悔しそうに吾妻一佐が、そう呟(つぶや)く一方で、大久保一尉が使用する無線機に通信が入る。上空の戦闘ヘリが、緊急用の共通周波数で呼び掛けて来たのだ。

「此方(こちら)、戦技研究隊の大久保一尉、救援に感謝する。…ああ、そうだ、民間の協力で当面の脅威は排除した。引き続き、周辺の警戒をお願いしたい…あ、ちょっと待って呉れ。」

 吾妻一佐が大久保一尉の肩を叩くので、通話を中断して左側へ向く。すると吾妻一佐は、大久保一尉に告げるのだった。

「ドローンの残骸、回収の依頼を。」

「了解しました。」

 大久保一尉は再び正面を向き、通話を再開する。一方で吾妻一佐は懐(ふところ)から携帯端末を取り出し、パネルを操作し乍(なが)ら、格納庫の奥へと歩いて行った。

「あー、此方(こちら)、戦研隊、大久保。其方(そちら)、上空から見えると思うが、敵ドローンの残骸が三機…そうだ…あぁ、其方(そちら)から司令部に回収の連絡を…そうだ。…了解。…え?…あぁ、詳細は別途、報告する。宜しく頼む。以上。」

 大久保一尉の通信が終わると、奥の方向から吾妻一佐の話し声が聞こえて来る。

「…あぁ、吾妻ですが、和多田さん?今、大丈夫ですかな?…あぁ、そっちにも話が回ってましたか、なら、話が早い。え?…あぁ、幸い無事だよ。…あぁ、そう、そう。…いや、今回も天野重工のね…いや、詳しい事はここで話す事では無いが…そうだ、うん。…あぁ、うん。そう、そう。…それで、…あぁ、大臣の方には…そう。…いや、それ、マスコミに漏れるとマズいでしょう?…そう、他の部隊とか…そうそう…あぁ…取り敢えず、事前に話だけ回しておいて…あぁ、お願いしますよ。総体本部経由で…はい…えぇ…じゃぁ、そう言う事で。では。」

 そんな話し声が聞こえて来るので、飯田部長と桜井一佐は、連れ立って吾妻一佐の方へと向かうのだった。そして、通話の終わった吾妻一佐に、何やら話し掛けているのだが、声を抑えているのか、その話し声は聞こえて来ない。
 格納庫正面、大扉の方向では、HDG を装備したままの茜が、大扉開口部と指揮所テーブルとの中間地点辺りで、外を向いて立っている。外の様子を、警戒して監視を続けているのだ。
 LMF がトライアングルの最後の一機を撃破して、一瞬、格納庫内部の雰囲気が緩(ゆる)んだのだが、その直ぐあと、陸上防衛軍の戦闘ヘリが飛来した事に因って、不思議な緊張感が漂っていた。だから、緒美を筆頭に、天神ヶ崎の生徒達は何も言葉を発しなかった。
 そして間も無く、飯田部長の声によって、その緊張感は破られる。

「おーい、立花君、鬼塚君。わたし達は撤収の準備だー。」

 何らかの話が付いたのであろう、三人が並んで、格納庫の奥側から歩いて来る。飯田部長に続いて、吾妻一佐が大久保一尉へ声を掛ける。

「大久保一尉、今日の模擬戦、以降の予定、全てキャンセルだ。状況終了。」

「了解。」

 そう答えると、直様(すぐさま)、大久保一尉は部下に指示を伝える。

「指揮所より全車。状況終了、搭乗員は全員降車し、車輌を整備班に引き渡せ。」

 大久保一尉は指示を出し終えると、右隣に立っている緒美に話し掛ける。

「あの試作戦車とも一戦交(まじ)えてみたかったが、残念だよ。」

「それは、どうも。」

 緒美は愛想笑いをしつつ、言葉を返す。すると、大久保一尉が緒美に、意外な問い掛けをするのだった。

「キミは三年生だったか?」

「あぁ、はい。そうですけど…。」

「そうか、卒業後の進路とか、決まっているのかな?」

「え…と、どう言う事ですか?」

 緒美は困惑して、大久保一尉の質問の意図を問い返す。

「あぁ、いや、立ち入った事を訊(き)いてしまったが。進路が決まっていない様なら、防衛大学はどうだろうかと、思ってね。キミなら、いい指揮官になれるかも知れん。」

 大久保一尉は、真顔である。緒美は少し困った顔になりつつ、冷静に答える。

「そう言って頂けるのは、光栄ですけど…卒業後は天野重工へと、既に決まっていますので。」

 そこで、緒美の隣に立っていた立花先生が、補足説明を加えるのだった。

「今日、ここへ来ている子達は、みんな既に天野重工の準社員ですので。」

準社員?…ですか。」

 大久保一尉は、天野重工と天神ヶ崎高校の関係を、良くは知らなかったのである。立花先生は、説明を続ける。

「はい。卒業後には天野重工が採用する前提で、幹部技術者としての教育を受けているんです。その授業料とか生活費とかを、会社が負担する事になっているのが、天野重工が運営している天神ヶ崎高校と言う学校なんです。」

 そして、緒美が付け加える。

「もしも、卒業後やその前に、天野重工に務められない事になったら、掛かった費用を、会社に返済しなければならない契約でして。」

「成る程、そう言う仕組みでしたか。知らなかったとは言え、失礼な事を言ってしまったな。申し訳無い。」

 大久保一尉は、律儀に頭を下げて謝罪した。緒美は微笑んで、言葉を返す。

「いえ。お気になさらず。」

 そこへ、飯田部長達が近付いて来て、声を掛けて来るのだった。

「どうか、されましたかな?」

「いいえ、大した事では…。」

 緒美がそう言うと、頭を上げた大久保一尉が微笑んで、飯田部長に向かって言う。

「此方(こちら)のお嬢さんに、防衛大学への進学を勧めたのですが、見事に袖にされた所です。」

「申し訳無いが、彼女達は天野重工(うち)の大事な、将来の幹部技術者候補ですから。防衛軍にお渡しする訳(わけ)にはいきませんな。」

 飯田部長は、そう言って笑った。そこへ、立花先生が問い掛ける。

「所で部長、撤収って…。」

「ん?言葉通りの意味だが。戦研隊の車輌も損傷したし、この儘(まま)、模擬戦続行って訳(わけ)にも、いかんだろう。直(じき)に、エイリアン・ドローンの残骸を回収する部隊も到着するだろうから、その場に民間人が居合わせるのもマズいそうだ。増してや未成年、学生が居たりするのは、ね。」

「成る程、そう言う事ですか…。」

「そう言う訳(わけ)だから、天神ヶ崎の諸君は、装備を解除したら早早に、ここを出発して呉れ。此方(こちら)の片付けは、天野重工(うち)のスタッフでやっておくから。」

「分かりました。緒美ちゃん。」

 立花先生が目配せをすると、緒美は茜達に指示を伝える。

「天野さん、ボードレールさん、わたし達は撤収だそうよ。トランスポーターへ向かって、そっちの準備、やって貰うから。」

 飯田部長は振り向いて、後方で待機していた天野重工の四人に声を掛ける。

「おーい、畑中君と大塚君、彼女達の装備を降ろすから、トランスポーターの操作を頼む。」

 呼ばれた二人は返事をすると、駆け足で格納庫の外へと向かう。茜は、その二人の後を、歩いて追って行った。
 その一方で、緒美は前の席に居る、瑠菜と佳奈にも指示を出す。

「瑠菜さんと古寺さんは、観測機の回収と終了作業を。」

 前方では、トランスポーターへ積載する為に、LMF が移動を始めているのが見える。緒美はヘッド・セットと携帯型無線機を外して、スイッチを切ると、前列に置かれたデバッグ用コンソールに着いている樹里に声を掛けた。

「城ノ内さん、LMF がトランスポーターに乗るから、Ruby を寝かし付けに行きましょうか。」

「あ、はい。じゃあ、カルテッリエリさん、このコンソールのシャットダウン、やっておいて呉れるかな? あと、ここの配線とかのバラシ、倉森先輩を手伝ってあげて。」

「わかりました~。」

 クラウディアは、開いていた自分のモバイル PC を閉じて、答えた。
 そして、緒美と樹里がその場を離れようとした時、大久保一尉が緒美を呼び止めるのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第11話.14)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-14 ****


「その陣形なら、さっきの模擬戦で経験済み。」

 茜は周囲の状況を観察しつつ、そう呟(つぶや)いた。すると、緒美の声が聞こえて来る。

「天野さん、LMF が再起動する迄(まで)は、Ruby のバックアップは無いから、注意してね。」

「分かってます、部長。」

 茜が緒美の呼び掛けに応えた瞬間、茜の右手側からトライアングルが一機、その右側の鎌状のブレードを振り上げ、突進して来る。これを躱(かわ)したら、背後から別の一機が斬り掛かって来るのだろうと踏んだ茜は、身体を捻(ひね)り、左腕を振り上げて、その腕部に接続されているディフェンス・フィールド・シールドで、敢えてトライアングルの斬撃を受け止めた。
 振り下ろされたトライアングルのブレードは青白いエフェクト光に弾かれ、構えたシールドの表面にすら達する事は無い。茜は左腕を翳(かざ)した儘(まま)、右後方へ視線を向けると、案の定、その方向からもう一機のトライアングルが接近していた。咄嗟(とっさ)に、その方向へランチャーの砲口を向けると、まだ幾分距離の有るトライアングルへ向けて、続けて二発、荷電粒子ビームを撃ち込むのだった。胸部を正面から撃ち抜かれたトライアングルは、機能を停止するも茜の方へと惰性で進み乍(なが)ら、地面に崩れ落ちた。
 茜は斜面を下る方向へ地面を蹴り、最初に斬撃を加えて来たトライアングルへと向き直る。その振り上げていた二撃目のブレードは空を切るが、尚も三撃目を加えようと、そのトライアングルは間合いを詰めて来るのだった。

「ブレード、展開。オーバー・ドライブ!」

 茜は思考制御と共に口を衝いて出てしまった音声コマンドで、シールド下部に格納されている小型のビーム・エッジ・ソードを展開させ、更に『オーバー・ドライブ』モードを発動して荷電粒子で構成される刃(やいば)を延長させる。
 トライアングルは、茜が翳(かざ)したシールドの上方に頭部を覗(のぞ)かせ、再びその右腕を振り上げて、斬り掛かろうとしていた。その瞬間、シールドはその中央接続ジョイント部で、茜の側から見て時計回りに回転する。シールドが半回転し、その下端に装備されたブレードが十二時の位置を通過する際、それはトライアングルの頭部を切り落としたのだった。
 一瞬、トライアングルが動作を止めると、茜は後方へジャンプしつつランチャーを構え、動きを止めたトライアングルへ狙いを定める。動作が止まっていた時間は一秒、有るか無いかで、直ぐに茜に向かって動作を再開したトライアングルだったが、胸部に二発の電粒子ビームを撃ち込まれると、その場で沈む様に擱座(かくざ)するのだった。

「あと、一機。」

 茜は、着地する前にスラスターを噴かし、再びホバー機動で斜面を登る様に移動を始めた。当然、残った一機のトライアングルは、二対の脚を高速で動かし、猛然と茜を追走するのだった。


「二機、瞬殺とは。恐れ入ったな…彼女は、何か武術の心得が?」

 大久保一尉は半(なか)ば呆(あき)れる様に、緒美に尋(たず)ねた。その問いに緒美が答えるより先に、緒美の後側に居た恵が、声を返すのだった。

「どうして武術の話になるんです? 銃撃戦なのに。」

 その声の方へ向き、大久保一尉は恵の質問返しに答える。

「間合いの取り方が、見事だ。相当の手練(てだれ)と、見受けられるが。」

「あぁ、成る程。そう言う事になりますか。」

 恵が妙に感心して、そう言葉を返すと、緒美が大久保一尉の最初の問いに掛けに答える。

「彼女、剣道を八年…って言っていたかと。」

「ほう、すると全国レベルの有段者かな。今度、手合わせを願いたいな。」

 大真面目な大久保一尉の所感を聞いて、恵は近くに居た直美と顔を見合わせ、クスクスと笑い合うのだった。
 その様子に、大久保一尉は真顔で、緒美に尋(たず)ねる。

「何か、おかしな事を言ったかな?」

 緒美は相好(そうごう)を崩す事無く、答える。

「いえ。」

 そして、振り向いて恵に言うのだった。

「失礼よ、森村ちゃん。それに、新島ちゃんも。」

 恵は一度、真顔になって「すみません。」と謝ったのだが、その直ぐあと、後ろを向いて、再び肩を震わせていたのだった。
直美は気まずそうに苦笑いしつつ、恵の背中に右手を添える。
 そして、緒美は小さく頭を下げ、大久保一尉に言った。

「すみません、気にしないでください。」

「いいよ。キミ達の年頃は、箸が転がっても可笑しいものだからな。 それより、あのパワード・スーツ、先刻の模擬戦の時とは、随分と動きが違う様だが?」

「あぁ、はい。」

「実は、事前に、以前の火力試験での映像を見せて貰っていたのだが、今の動きは、その時の映像の方に、より近い様に思うのだが?」

 緒美は視線をモニターの方へ戻し、事も無げに答える。

「既にお気付きとは思いますが。あの背部のスラスター・ユニット、飛行が可能な程度の能力が有りますので。上空へ逃げてしまっては、浮上戦車(ホバー・タンク)とでは模擬戦が成立しません。ですので、先程はスラスター・ユニットの使用を制限していました。」

「成る程、矢張り、そうだったか。それで、模擬戦から何か得た物は有っただろうか?」

「はい。先程の戦闘機動が、その成果ではないかと。」

「そうか、なら良かった。」


 一方で、茜は最後の一機を仕留めるのに、手間取っていた。仲間の二機を失って、トライアングルは明らかに動き方を変えていたからだ。
 具体的には、常に茜の左手側に占位し、そちら側から攻撃を仕掛けて来る様になっていた。
 ランチャーを向けると、トライアングルは茜の左へ、左へと移動して行く。そして、射撃しようと茜が距離を空けると、当然、トライアングルは自らのブレードが届く距離へと、茜の左手側から詰め寄って来るのである。この、茜が距離を空けると、トライアングルが詰め寄ると言う遣り取りを、両者は既に幾度となく繰り返していた。
 茜は決め手を欠く状況に、「BES(ベス)を持って来なかったのは、失敗だった」と悔やんだが、後の祭りだった。ビーム・エッジ・ソードが有れば、詰め寄って来たトライアングルを返り討ちに出来るし、それはその為の装備なのである。ビーム・エッジ・ソードと同じく超接近戦用の装備とは言え、シールド下端のブレードでは、正面から斬り合うのは流石に危険だった。先程の様に、此方(こちら)の都合の良い位置に、そうは来て呉れないのである。
 そもそも、茜がビーム・エッジ・ソードを携行しなかったのは、立花先生や緒美が接近戦を危険視している事を知っていたからだ。だから、それを持たない事で茜が接近戦を回避する意志を示し、二人を安心させたかったと言う理由も有ったのだ。勿論、第一の理由はビーム・エッジ・ソード用のジョイントを装備していないので、常にマニピュレータで保持しておくのが不便だったからだ。右手側に持つのをランチャーにするのか、ソードにするのか、その選択も問題だった。
 ともあれ、茜が接近戦を回避する気でも、飛び道具を持たないトライアングルは、問答無用で接近戦を仕掛けて来るのである。一方の意図だけで状況が展開する筈(はず)はなく、だから茜は「次回は必ず、ソードも持って来よう」、そう思い乍(なが)ら回避の機動を続けていた。


「何だか、射撃、出来なくなったわね…。」

 モニターを見詰め、立花先生がポツリと言うと、それに、緒美が応える。

「もう、此方(こちら)の動きを、学習されてしまいましたね。トライアングルは、ランチャーの軸線を避(さ)ける様に動いてます。」

 苦苦しそうに、直美が言う。

「どうして、あんな近くなのに撃てないのよ。」

 その疑問には、大久保一尉が答えるのだった。

「近いから、撃てないのさ。百メートル先の目標なら、それが横に五メートル動いても、手首の動きだけで照準を合わせられるが、目の前の目標が横に五メートルも動いたら、撃つ方は身体ごと動かないと照準が付けられない。しかし、照準を修正している間に、目標は更に動いてしまう。だから射撃する為には、もっと距離を取る事が必要だ。」

 それに続いて、緒美が言う。

「でも、距離を取ろうとすると、相手の方から詰め寄って来る。こうなると、疲れを知らないトライアングルの方が、断然有利だけど…。」

「あと一機、って思ったのに。」

 恵が、悔しそうに呟(つぶや)くと、それを受けて緒美が解説する。

「逆よ。複数機居る内は連携して攻撃して来る時、攻撃担当をスイッチする瞬間に隙が有ったけど。残りが一機となると、一機が攻撃を継続するから、寧(むし)ろ隙が見え辛くなったの。」

 緒美が言い終わる前に、前の席でデバッグ用コンソールをモニターしている樹里が、振り向いて告げる。

「部長、LMF の再起動、完了しました。」

 その樹里の言葉と、殆(ほとん)ど間を置かず、緒美のヘッド・セットにはブリジットと Ruby の声が、相次いで聞こえて来る。

「部長、準備完了です。何時(いつ)でも、出られます。」

「緒美、お待たせしました。チェック終了です、システムに問題はありません。」

 それを受け、緒美は透(す)かさず、指示を出すのだった。

「オーケー、データ・リンクで目標の位置は解ってるわね? Ruby。」

「ハイ。ここからでもロックオンは可能ですが?」

「危ないから、この中では止めておいて。ボードレールさん、LMF を前進させて、格納庫から出たら直ぐに、目標をロックオンして。天野さんは、LMF がロックオンしたら、東方向上空へジャンプして退避よ。トライアングルが HDG を追って、飛び上がった所を LMF のプラズマ砲で狙撃、二人共、出来る?」

 緒美の指示に、直ぐに茜とブリジットの声が帰って来る。

「解りました。ブリジット、ロックオンしたら教えてね。」

「任せて。では部長、LMF 出します。」

「いいわ。気を付けてね。 あ、正面の扉、自分で開けてね。」

「は~い。」

 緒美達の右手後方に駐機していた LMF がホバー・ユニットを起動すると、噴出された大量の空気が格納庫の床面に沿って四方へ流れ、格納庫の壁に当たって巻き上がる。そして LMF は、ゆっくりと前進を始める。
 LMF は茜が HDG が通れる程に開いた儘(まま)になっていた大扉の前まで来ると、機首が接触しない様にコックピット・ブロックを機体下に格納する形態へと移行し、機体上部に格納してある左右の腕部を展開して前方へと伸ばした。マニピュレータの指先を大扉に掛けると、両腕を広げて扉を左右へ押し動かし、LMF 自身が通れる扉の開き幅を確保した。
 その様子を見ていた大久保一尉が、感心気(げ)に言うのだった。

「成る程、腕が有るってのは便利な物だな。」

 扉の開口部を機体が通過すると、直ぐに通常の高速機動モードへ戻り、同時にプラズマ砲ターレットが照準の為、動作を始める。

「目標を捕捉。現在の目標に照準を固定しますか?」

 ブリジットに対し、Ruby が目標選択の確認を要求するのだが、目標は一つしか無い。ブリジットは、迷う事無く応えた。

「オーケー、ロックオン。」

「ロックオンしました。目標の追尾を開始。現在の距離362メートル、プラズマ砲の出力を80%に設定。」

「任せるわ、Ruby。外さないでよ。」

「ハイ、ブリジット。」

 狙撃の準備を終えたブリジットは、無線を通じて茜に声を掛ける。

「茜!準備完了。あなたのタイミングで、ジャンプして。」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第11話.13)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-13 ****


「先(ま)ずは、落ち着いて射撃してね。連射し過ぎると、冷却が追い付かなくなるから、出来たら、出力調整にも気を遣って。それから、射撃する時は、この格納庫を背後でね。こっちに流れ弾が来たら、洒落にならないから。成(な)る可(べ)く間合いを取って、接近戦には付き合わない様に。 あと、出来れば、三分以内で方(かた)を付けなさい。」

 茜は閉じられた大扉の前で立ち止まり、一度、大きく息を吐(は)いてから答えた。

「やってみます。」

 そこに、茜のヘッド・ギアへ、大久保一尉の声が聞こえて来る。天神ヶ崎高校側が使用している、無線機の周波数に切り替えて、茜に呼び掛けて来たのだ。

「戦研隊の大久保だ。頼める義理ではない事は承知した上で、頼みたい。一番車の車長、藤田三尉には中学生の息子さんと、小学生の娘さんが居る。何とか、その子達の元に返してやりたい。」

 茜は目の前の扉に、展開した左側のマニピュレータを掛け、応えた。

「安請け合いは致し兼ねますけど。全力は尽くします。」

「すまない、ありがとう。」

 大久保一尉の返事を聞き終える前に、茜は大扉を左方向へ勢い良く動かした。開けた視界の正面、三百メートル程離れて、トライアングルに捕捉された儘(まま)の浮上戦車(ホバー・タンク)一番車が見える。他の二輌は、一番車とは少し距離を置いて走行していた。どちらも、トライアングルを一機ずつ引き付けている。
 茜は右側のマニピュレータで保持している CPBL(荷電粒子ビーム・ランチャー)を構え、一番車を抱え込んでいるトライアングルに照準を合わせてみる。しかし、直ぐに射撃が出来ない事に気付くのだった。

「この位置からだと、浮上戦車(ホバー・タンク)を避(よ)けられません。こっちに注意を向けられるか、やってみます。」

 茜は地面を蹴ると同時にスラスターを噴かし、一番車を拘束しているトライアングルへ向かって、ジャンプした。


「随分と度胸の有るお嬢さんだな。あなたも、だが。」

 大久保一尉は、外の状況を映し出すモニター正面の立ち位置を緒美に譲り乍(なが)ら、そう話し掛けた。緒美は一礼してモニターの正面へ移動し、言葉を返す。

「それは、お褒めの言葉と受け取っておきます。」

「あぁ、構わんよ。」

 大久保一尉はニヤリと笑ってみせたが、緒美はそちらへ視線を向ける事は無く、前の席に着いている瑠菜と佳奈に声を掛ける。

「瑠菜さん、あなたの観測機で天野さんを追って。佳奈さんはその儘(まま)、全域が見渡せる様にね。」

 緒美の指示に、観測機の動作を見守る瑠菜と佳奈は「はい。」と、短く答えた。続いて、緒美はヘッド・セットのマイクに向かって、倉森に問い掛ける。

「倉森先輩、LMF の方は、どんな具合ですか?」

「あとはカバーを付け直すだけ。でも、ブレーカーを入れ直して、モードを切り替えたら、Ruby がシステムの自己チェックを始めるから、その時間が少し。トータルで、あと五分位(くらい)。」

 透(す)かさず、状況の説明が返って来ると、緒美はブリジットに声を掛ける。

ボードレールさん、もう直ぐ LMF の作業が終わるから、あなたはコックピットで待機してて。但し、指示する迄(まで)、動かしちゃ駄目よ。」

「分かりました。」

 ブリジットは、駆け足で LMF のコックピット・ブロックへと向かう。

「緒美ちゃん…。」

 立花先生はモニターの前へと移動して来ると、緒美の右隣から小声で話し掛けて来たのだった。

「…あなたが賛成しなければ、茜ちゃんを止められたかしら。」

 緒美はヘッド・セットのマイク先端を指で摘(つま)み、立花先生の方へは向かずに答えた。

「無理ですよ、意志が強いですから、彼女。ここで、天野さんのやろうとしている事は、多分、正しいのだと、思います。それに…。」

 一瞬、緒美は言い淀(よど)む。

「それに?」

 聞き返して来る立花先生の方へ、今度は視線を向け、緒美は言葉を繋いだ。

「…防衛軍の方(かた)の覚悟って言うのは、よく分かりませんけど。でも、遺族の気持ちなら、分かりますから。」

 立花先生は視線をモニターへと移し、呟(つぶや)く。

「そう…。あなたは、そうだったわね…。」

 緒美も再び、モニターへ視線を戻し、苦苦しく言った。

「でも、下級生に、こんな事をさせるのは、わたしだって本意ではありません。今も昔も、わたしは無力で、嫌になります。」


 格納庫の前からジャンプした茜の HDG は、その儘(まま)ホバー機動で、一番車を抱え込んでいるトライアングルの頭部センサーの前を通過して行った。すると、HDG を視認したトライアングルは、浮上戦車(ホバー・タンク)一番車から離れて、HDG の後を追い始めるのだった。
 その一方で、突然、解放された一番車は、傾斜していた車体が落下する様に元に戻り、浮いていた左側面が地面にぶつかった衝撃に、車内の乗員二人は揺さぶられた。

「何事?」

 藤田三尉が声を上げると、透(す)かさず松下二曹が答えた。

「トライアングルが離れました! あれ、天野重工の人形…。」

 藤田三尉は視察装置(ペリスコープ)で周囲の動向を観察し、状況推移の把握に努める。

「何やってんの、民間の女の子を現場に出すなんて…智里ちゃん、ホバー、動かせる?」

「今、チェックしてます…大丈夫、行けます。」

「一番車、藤田より指揮所。民間機の救出に向かいます。」

 茜の HDG は、他の二輌が引いていた二機も合わせて、三機のトライアングルに追われる状況になっていた。
 藤田三尉からの通信を受けて、大久保一尉からの指示が返って来る。

「指揮所より全車へ。全車後退せよ。一番車は第二格納庫へ、二番、三番車は第二格納庫の前で待機だ。」

 その指示に、二番車車長の二宮一曹が反論する声が、藤田三尉には聞こえた。

「一番車は兎も角、自分等(ら)は天野重工と連携した方が良くは有りませんか?隊長。」

「訓練も打ち合わせもしてないで、連携なぞ取れる物か!全車下がれ、お前等(ら)が邪魔しては、天野重工が発砲出来ん。」

 大久保一尉の説明に、二宮一曹がもう一度、問い掛ける。

「アレが持っているのは、模擬戦用のランチャーでは?」

「現在のは予備の、実戦用ランチャーだそうだ。ウロウロしてたら流れ弾に当たる、全車下がれ!」

 そこで、視察装置(ペリスコープ)で確認したのであろう、三番車の元木一曹の発言が聞こえて来る。

「ホントだ、ランチャーの先に発信器が着いてないよ。 三番車、了解。後退します。」

 そして間も無く、二宮一曹の返事が聞こえる。

「二番車、了解しました。」

 続いて藤田三尉も同意の返事をし、運転席の松下二曹へ後退の指示を出すのだった。

「一番車藤田、了解しました。 智里ちゃん、第二格納庫まで後退よ。」

 しかし、無線での遣り取りが聞こえていない松下二曹には、状況が飲み込めないのである。

「えぇっ、後退って、民間人を放っておくんですか?」

「持ってるのは実戦用の装備だって、わたし達には後退命令。」

「実戦って、囮じゃなく? 素人に、撃退をやらせる気なんですか?」

「つべこべ言わない!後退命令よ、出して。」

「了解…。」

 松下二曹は心情的には不承不承だったが、命令に従って一番車の向きを変えると、第二格納庫へと向かったのである。


「凄い食い付き具合だなぁ…。」

 HDG を三機のトライアングルが追い掛ける様子をモニターで眺(なが)めて、そう感想を漏らしたのは飯田部長である。飯田部長は緒美の背後で、緒美と立花先生との間から画面を見詰めている。

「矢張り、HDG と LMF を探していたみたいですね。」

 緒美は飯田部長の漏らした感想に、そう応えた。すると、飯田部長の隣に立つ桜井一佐が、緒美に尋(たず)ねる。

「どう言う事?」

「多分、HDG と LMF を脅威として認識したのではないかと。前回の戦闘で。」

 緒美の回答に、飯田部長が補足を加える。

「上空から HDG と LMF を見掛けて、それでトライアングルがこっちに降りて来た、って感じかな。」

「恐らく。」

 すると、飯田部長の背後に立っていた直美が声を上げたのだった。

「ちょっと待ってよ。この間のは、全機、撃破したでしょ?」

 緒美は一度、直美の方へ振り向いて言う。

「敵だって、通信位(ぐらい)はしてるでしょ。あれがドローンなら、あれを制御してる上位と通信してるのは寧(むし)ろ、当然。」

「成る程。」

 桜井一佐が納得して、そう声にすると、今度は立花先生が緒美に尋(たず)ねるのだった。

「そうすると、茜ちゃんに『三分以内で』って指示してたけど。あれって…。」

 その問い掛けに、緒美が答えるより先に、大久保一尉が言うのだった。

「妥当な指示ですね。奴らも馬鹿じゃない。戦っている相手の動きは、常に分析していますから。」

 次いで、モニターへ視線を戻した緒美が、言葉を続ける。

「そして、その情報は上位を通じて、直ぐに共有化されているのでしょう。」

 そこ迄(まで)を聞いて、飯田部長は納得した様に言うのだった。

「成る程な、時間が掛かれば掛かる程…。」

「はい、此方(こちら)側が不利になります。 出来るだけ向こうには情報を与えない様に、全部を不意打ちで片付けられたら一番なんですけど。中中、そうもいきません。」

 緒美が見詰めるモニター画面には、三機のトライアングルが反時計回りに、茜の HDG を取り囲んで移動している様子が映し出されていた。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.12)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-12 ****


 一番車は右側面のホバー・ユニット先端を地面に接地させると、その駆動輪を回転させて、前進や後退を試みる。その度(たび)に車体はトライアングルによる拘束から逃れようと、捻(ねじ)る様に揺れるのだった。

「コレなら、どうよ。」

 松下二曹は、ホバー時の推進用エンジンも同時に吹かし、推力を継ぎ足して脱出を試みる。すると間も無く、先程よりも少し大きな爆発音と振動が、車体を揺らすのだった。再び、警報音が鳴り響き、それと共に HMD の視界に大量のエラー表示が現れた。

「今度は何?」

 藤田三尉が直様(すぐさま)、インカムで問い掛けて来る。

「第一推進エンジン、やられました。燃料ライン、カットします。電力、低下します。」

「APU で電力を維持して。」

「APU、起動します。クソッ、こうなったら燃料のベント弁を開いて、水素爆発で吹き飛ばしてやりますか?」

「それは最後の手段よ。落ち着いて、もう少し悪足掻(わるあが)きを続けましょう。兎に角、時間を稼がないと。」

 藤田三尉からは見えなかったが、松下二曹は引き攣(つ)った笑みを浮かべつつ、手短に答えた。

「了解。」

 松下二曹の提案は一種の自爆攻撃を意味していたが、これは浮上戦車(ホバー・タンク)車内の搭乗員には被害が及ばないと言う共通認識が有った上での提案なのである。勿論、100パーセント安全と迄(まで)は言えないのだが、正常に密閉されている限りは、爆発の衝撃が車内に居る乗員に影響を及ぼす事は無い設計とされていた。但し、トライアングルによる攻撃の影響が、乗員室周囲の装甲に、どれ程のダメージを与えているのか。その程度に因っては、設計通りの耐衝撃性能が発揮されない恐れも有り、その一点に就いては賭だったのだ。


 格納庫の内部では、一番車がトライアングルに捕らえられてしまった事は、観測機をコントロールしている瑠菜と佳奈の二人を除いて、天神ヶ﨑高校や天野重工側の人達には、直ぐには伝わっていなかった。だが一人、観測機からの映像をデータ・リンク経由で見ていたのが、茜である。
 茜には防衛軍が交わしている無線通信の内容は聞こえていなかったが、観測機の映像で一番機の推進エンジンが爆発したのを目撃するに及び、遂に声を上げた。

「部長、わたし、救援に出ます!」

 茜の言葉に、緒美よりも先に反応したのは、立花先生である。

「天野さん!」

 立花先生は慌てて茜の目の前に進み出て、茜の行く手を塞ぐのだった。

「ダメよ、外に出るのは許可出来ません。」

「天野さん、外で何か有ったの?」

 冷静な口調で、そう訊(き)いたのは緒美である。茜は頭だけを緒美の方へ向け、答えた。

「ちょっと前から、浮上戦車(ホバー・タンク)が一台、トライアングルに捕まってます。そろそろ、放置出来ないレベルかと。」

 その言葉を聞いて、緒美はモニターの方へと歩を進める。その後を追う様に、飯田部長や恵、直美がモニターの方へと移動するが、立花先生だけは茜の前から動こうとはしなかった。
 茜は身体の向きを緒美達の向かった方へ変えると、天神ヶ崎高校の指揮所へ向かって歩き出す。ブリジットと立花先生が茜の後を追うと、その途上、モニターに映された外の様子を見た、直美の声が聞こえて来る。

「防衛軍は、捕まってる戦車の救出には動かないんですか?」

 それは飯田部長に向かって発された質問だったのだが、飯田部長を含めて誰も答えない。しかし、その問い掛けは、大久保一尉と吾妻一佐の表情を少しだけ、苦苦しくさせたのだった。茜は、大久保一尉に向かって、言った。

「一対一でトライアングルを引き付けて、時間稼ぎをしなければいけないから、救出行動は出来ない。もし他の一台が救出に動くと、フリーになったトライアングルが、こっちに向かって来る恐れが有る、そう言う事ですよね。」

 大久保一尉はモニターの方を見た儘(まま)、茜の発言に応える。

「そうだ、キミの言う通りだ。」

 茜は語気を強め、言葉を返す。

「でも、放って置いたら、あの人達、死んじゃいますよ。」

 そこで、茜の背後から立花先生が声を上げるのだった。

「あの人達は、軍の人達なの。民間人じゃないのよ。」

 次いで、吾妻一佐が茜の方へ向き、言う。

「そうだ、皆、最悪の事態は覚悟している。民間の方は、心配しなくても良い。余計なことは考えず、我々の指示に従って呉れ。」

 茜は視線を吾妻一佐へと向け、言葉を返した。

「ここに居る皆さんには、覚悟がお有りなんでしょうけど。でも、軍の人にだって、御家族はいらっしゃるでしょう?」

 その言葉に反論する者が居ない中、最初に声を上げたのは緒美だった。

「解ったわ、天野さん。気の済む様に、やりなさい。わたし達は、ここから、バックアップするから。 城ノ内さん、ヘッド・セット、借りられる?」

「どうぞ、部長。」

 樹里は躊躇(ちゅうちょ)無く自らのヘッド・セットを外すと、歩み寄って来た緒美に携帯型無線機と共に手渡す。
 そこで、吾妻一佐が声を上げるのだった。

「キミらは、何をする積もりなのか?余計な事は…。」

 言葉を途中で遮(さえぎ)る様に、緒美が問い掛ける。

「お言葉ですが。現状で、捕捉された一輌がトライアングルを引き付けていられるのは、辛うじて抵抗しているからです。車輌の損傷が深刻になり、動作が出来なくなったら、あのトライアングルは此方(こちら)に向かって来ますよ。 そうなったら二対三、二輌の浮上戦車(ホバー・タンク)で三機のトライアングルは抑えられません。そうなってからでは、手遅れです。」

 吾妻一佐が反論に窮(きゅう)していると、立花先生は茜の背後から緒美達の正面へと回り、諭(さと)す様に言うのだった。

「落ち着いて、鬼塚さん。この場は、防衛軍の人に任せて。この間の様な事はもうしないって、理事長とも約束したでしょう?」

 しかし、その言葉に応えたのは、茜だった。

「約束を守っても、それで誰かが死んじゃったら、意味が無いです! 応戦します。」

「茜ちゃん…。」

 途方に暮れる、そんな表情の立花先生へ、微笑んで茜は言うのだった。

「先生が、わたし達が危険な目に遭わない様に考えて呉れてるのは、解ります。でも、出来る事をやらないで、被害が出るのを黙って見てるのは、わたしは嫌です。」

「茜が出るのなら、わたしも出るわよ。」

 そう声を上げたのは、茜の背後に立つ、ブリジットである。

「ダメよ。LMF はプラズマ砲の、再装備作業中でしょ。」

「プラズマ砲が無くっても、LMF でも、格闘戦が出来るんでしょ?」

 茜は振り向いて、応える。

Ruby に、腕を使った格闘戦の、経験の蓄積が少な過ぎるわ。今回は、プラズマ砲の再装備を待って。」

「でも…LMF のプラズマ砲が使える様になっても、至近距離での戦闘になったら、役に立たないんでしょ?」

「やり様は幾らでも有るわ、その辺りは、部長が考えて呉れる。 ですよね、部長。」

 茜は視線を緒美に向け、同意を求めるのだった。それに応える様に、緒美は頷(うなず)いた。
 しかし、ブリジットは納得しない。

「でも…。」

「それに、ブリジットがここに残って呉れた方が、わたしが安心して前に出られるの。あなたは、わたしが失敗した時の、最後の保険なのよ。」

「でも!」

「ブリジット、お願い。」

 ブリジットは俯(うつむ)き、渋渋と言った体(てい)で答える。

「分かった…。」

 そんな二人の遣り取りに次いで、大久保一尉が彼の背後に立つ飯田部長に、振り向いて訊(き)くのだった。

「御社の装備が実戦レベルにあるのならば、我々に貸与してはいただけませんか?」

「あ~、流石にそれは…。」

 飯田部長の濁(にご)す様な返事を遮(さえぎ)って、緒美が発言する。

「現段階で HDG は個人の身体に合わせて、細かい設定や調整が必要なので、今、HDG を扱えるのは彼女だけです。」

 説明が煩雑になるので緒美は言及しなかったが、身体と HDG とのインターフェースであるインナー・スーツが茜にしか着用出来ない時点で、他の誰かが HDG を使用出来ないのは明らかなのである。大久保一尉は、そう言った細かい点までは追求せず、次の提案をする。

「そうか。では、あの浮上戦車(ホバー・タンク)では?」

 大久保一尉は、今度は緒美に問い掛ける。

「操縦方法が独特なので、習熟するのに時間が掛かるかと。」

 そう緒美が答える一方で、飯田部長は桜井一佐の方へ視線を向ける。彼は LMF ならば、操作の大半を Ruby が行っているから、緒美の言う様な習熟の度合いは関係ないだろうと、一瞬、思ったのだ。しかし、桜井一佐は静かに、首を横に振る。
 実は、Ruby の開発計画に就いて、詳細は陸上防衛軍には明かされてはいなかった。この場で、その詳細を把握しているのは飯田部長と航空防衛軍の所属である桜井一佐、この二名のみだった。今回、Ruby が外部スピーカーで発話しない設定になっているのも、その秘密保持を理由とする措置なのである。陸上防衛軍側は吾妻一佐でさえ、Ruby の様に会話でコミュニケーションが取れるレベルの AI が LMF に搭載されている事を把握していなかった。

「まぁ、そう言った訳(わけ)ですので、この場でお貸しするのは適当ではないかと。」

 愛想笑いしつつ、飯田部長は大久保一尉に断りを入れる。すると、大久保一尉は困惑気味に言うのだった。

「しかし、民間の…それも未成年者を、この状況で現場に出す訳(わけ)には…。」

 その発言に重ねる様に、茜が声を上げる。

「もう、そんな事言ってる場合ですか!」

 正面の大扉へ向かって、茜が歩き出すと、再び立花先生が茜に前に立ち、両腕を広げて言った。

「ダメよ、茜ちゃん。出てはダメ。 わたしは、力尽(ちからず)くでも止めるわよ。」

「立花君!落ち着きなさい。」

 少し大きな声で、飯田部長が声を掛ける。その方向に立花先生が視線を向けると、飯田部長は首を左右に振ってみせるのだった。

「部長…。」

 愕然としている立花先生に、緒美が微笑んで言う。

「今、この場で天野さんに力(ちから)で対抗出来るのは、LMF 位(くらい)ですよ、先生。」

 茜は、立ち尽くす立花先生の横を通り過ぎる際、小さな声で伝えるのだった。

「ごめんなさい、先生。」

 そして前を向き、大扉に向かって歩き乍(なが)ら、茜は緒美に問い掛ける。

「部長、何か指示は有りますか?」

 緒美はヘッド・セットのマイクを口元に寄せ、立て続けに指示を出すのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第11話.11)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-11 ****


 早足で歩いている樹里に追い付くと、クラウディアは右手で、樹里の制服の、腰の辺りを摘(つま)んで引っ張る。樹里は足を止めて、振り向き、訊(き)いた。

「何(なぁに)?カルテッリエリさん。」

「あの…」

 クラウディアが左手を口元に添え、少し背伸びをして小声で話し掛けるので、樹里は少し腰を落とした。クラウディアは樹里の耳元で、言った。

「…今の状況、情報検索しましょうか?」

 樹里にはクラウディアの言っている事が、前回の様に防衛軍のネットワークに対するハッキングの意味だと、直ぐに理解した。だから、声を抑えて、即座に樹里は言葉を返したのだ。

「今日はよしなさい、軍の人達も居るんだし。もし見付かったりしたら、立花先生や飯田部長の立場が無いでしょ。」

「でも、情報は多い方が…。」

「ダメよ。わざわざ危ない橋を渡る事はないの。それに、多分、今回は必要無いから。大丈夫。」

 その時、クラウディアの背後から彼女の頭頂部を鷲掴(わしづか)みにする様に、誰かの掌(てのひら)が乗せられる。クラウディアが慌てて振り返ると、彼女の頭に手を掛けていたのは瑠菜だった。その隣には、佳奈が立っている。

「何か悪巧(わるだく)みしてたでしょ、ダメだよ~クラリン。」

 ニヤリと笑って、瑠菜はクラウディアに言った。

「ダメだよ~クラリン。」

 佳奈は微笑んで、瑠菜の台詞後半を繰り返す。クラウディアは頭に乗せられていた手を払い除け、言葉を返す。

「してませんよ、悪巧(わるだく)みなんて。それから、クラリンって呼ばないでください。」

 そう言って、クラウディアは茜が立っている方へと、視線を向ける。樹里と瑠菜、佳奈も何と無く、クラウディアに釣られて同じ方向へ視線を動かす。
 彼女達の視線の先で茜は、LMF の前で格納庫の正面扉へ身体を向けて、じっと立っていた。ブリジットはその隣で、茜とは反対方向に向き、LMF の再装備作業を無言で眺(なが)めている。

「アカネとボードレール、あの二人、また実戦に出るんですか?」

 クラウディアは、そう呟(つぶや)く様に言った。それに、樹里が直ぐに言葉を返す。

「最悪の場合はね。」

「だったら、わたしだって何かの役に立ちたいじゃないですか。」

 そう言って息を吐(は)くクラウディアに、瑠菜が声を掛ける。

「役に立ってるじゃない、カルテッリエリだってさ。」

「そうよ~観測機の画像が、データ・リンクに乗る様にして呉れたの、クラリンだよ。」

「あんなの、出来てるモジュールを幾つか繋いで、送信コードを何箇所か書き換えただけです。それに、アイデアの半分はイツキの、だし。」

「カルテッリエリには簡単な作業でも、わたしや佳奈には出来ないの。専門外だから。」

「そうそう、それに、そのお陰で、今、外の様子が見られてるんだしね。」

 瑠菜と佳奈は、そう言って元居た観測機のコントローラーが置かれた席の方へと歩き出す。そんな二人に、樹里が声を掛ける。

「二人は観測機の操作を?」

 掛けられた声に、瑠菜が振り向いて答えた。

「何時(いつ)迄(まで)も自動で、放っておけないでしょ。それに、観測機は今、外の様子を知る命綱なんだからね。」

 返事を聞いた樹里は、一呼吸置いてクラウディアの肩を軽く叩き、声を掛ける。

「さぁ、わたし達も行きましょう、カルテッリエリさん。」

「はい、先輩。」

 二人は、瑠菜と佳奈の後を追う様に、デバッグ用コンソールへと向かった。


 一方、格納庫の外では、陸上防衛軍戦技研究隊の浮上戦車(ホバー・タンク)三輌が、エイリアン・ドローン『トライアングル』三機に態(わざ)と追い掛けさせる状況を作って、時間稼ぎを続けている。
 浮上戦車(ホバー・タンク)はトライアングルの視界を横切る様に走行し、自身の後を一対一で追わせる事によって、トライアングルが格納庫へ近付かない状況を作り出していたのだが、暫(しばら)くするとトライアングルは追跡に対する興味を失うかの様に向きを変え、再び格納庫へと接近しようとするのだった。その都度、浮上戦車(ホバー・タンク)はトライアングルの正面を横切って、追跡を再開させていた。そんな事を既に十数回繰り返していたが、それで終わりが見えていた訳ではない。現状で反撃の術を持たない浮上戦車(ホバー・タンク)隊は、救援が到着する迄(まで)、同じ事を繰り返すより他なかったのだ。

「チクショー、こいつに付いてるのが、本物のブレードだったらな。切り刻んでやるのに。」

 浮上戦車(ホバー・タンク)三番車の車内、車長席正面のメインパネルで後方のトライアングルの様子を見乍(なが)ら元木一曹は、そう翻(こぼ)すのだった。その声に、運転席の日下部三曹がインカムを通じて、言葉を返す。因(ちな)みに、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)用の装備に、実戦用のブレードは存在しない。

「えぇ~自分は、機銃の弾が欲しいですよ。」

 日下部三曹はトライアングルが追跡の興味を失わない様に、進路をジグザグに変え乍(なが)ら、且つ、追い付かれない様に速度と距離を調整している。それは、他の車輌の操縦手も同様だった。彼等(かれら)は互いの進路が交錯しない様に、調整し乍(なが)ら捕まる事を避けつつ、トライアングルに自らを追い掛けさせているのである。それは日常的な研究と訓練の成果であり、そんな状況を維持できている事こそが戦技研究隊が浮上戦車(ホバー・タンク)による戦闘機動の精鋭である事の、紛れもない証左なのである。

「指揮所より各車へ。目標をフィールドの中央へ誘導し、円陣で動きを封じろ。」

 車長の元木一曹の耳には、大久保一尉の指示が聞こえて来る。それ続いて、一番車の藤田三尉から、指示が発せられた。

「一番車より三番車、そこから方位300(サンマルマル)へ目標を誘導して。二番車は、進路その儘(まま)で。」

「三番車元木、了解。 日下部、方位300へ転進。」

 『方位300』とは、磁北を0度として、時計回りに300度回った方向で、大凡(おおよそ)、西北西の事である。

「了解。方位300へ。」

 日下部三曹は、車長である元木一曹の指示に従い、進行方向を右へと変える。すると直ぐに、右手方向から一輌の浮上戦車(ホバー・タンク)が、接近している事に気付くのだった。

「元木一曹、この進路だと一番車と交錯しますが。」

「何だと?」

 元木一曹は視察装置(ペリスコープ)を操作して周囲の状況を確認する。日下部三曹が言う通り、確かに、右手側から接近して来る一輌が有り、進路が交錯する様子だった。そこに、一番車車長、藤田三尉からの通信が入るのだった。

「一番車より前方の二番車、進路が交錯する!左へ回避を!」

 どうやら、藤田三尉は二番車と三番車を、勘違いしている様子だった。元木一曹は、慌てて通信を返す。

「一番車へ、其方(そちら)の前方は三番車です。此方(こちら)、左へ回避します。日下部!左へ。」

「了解。」

 三番車が向きを変えた直後、何かがぶつかる様な音が後方から聞こえたので、元木一曹は再び視察装置(ペリスコープ)を操作して後方の様子を確認した。正面メイン・パネルには、後方から追い掛けて来るトライアングルが映し出されていたが、それが先程まで追い掛けて来ていたトライアングルでない事はその機体の色の違いで、直ぐに解った。トライアングルの機体色は青っぽいグレーの物が最も一般的であるが、それ以外の機体色や模様の有る物が数種類、確認されている。その違いが意味する所や理由は、未(いま)だ判明していなかったし、カラーリングの違う機体が特別な使用法や役割が有る様には見受けられない。兎に角、今現在、三番車を追い掛けているのは一般的なグレーの機体で、それは先程迄(まで)は一番車を追い掛けていた機体だった。
 そして、三番車を追い掛けていた黒いトライアングルは、一番車に飛び掛かり、衝突して双方が動きを止めていた。先刻の衝突音は、その時の音だったのだ。黒いトライアングルは一番車の左側面から車体を半ば持ち上げる様に左腕を車体下面に差し込み、右の鎌状のブレードを車体に打ち付けている。
 浮上戦車(ホバー・タンク)は車体の前後左右に装備された四つのホバー・ユニットから噴出する空気を、車体下面と地面との間に流し込む事で浮上している。車体を大きく傾けられ、必要以上に地面と車体下面の間に空間が出来るとエア・クッション効果が得られず、結果、身動きが取れないのだ。

「二番車より指揮所、一番車が捕まりました。救出に向かいます。」

 元木一曹には、二番車車長の二宮一曹の通信が聞こえた。直様(すぐさま)、大久保一尉の返事が聞こえて来る。

「ダメだ、二番車は自分が引いている目標を引き続けろ。」

「しかし、隊長…」

「大久保より藤田三尉。何とか自力で脱出するか、その儘(まま)そいつの足止めを継続して呉れ。あと、十五分で救援が到着する筈(はず)だ。」

「藤田、了解しました。」

 無線での遣り取りが聞こえる元木一曹は、「チクショウ」と呟(つぶや)く事しか出来なかったのである。

「元木一曹、一番車の救出に向かいますか?」

 無線での遣り取りを聞いていない日下部三曹が、インカムで、そう訊(き)いて来る。元木一曹は、絞り出す様な声で答えた。

「今、引いている目標を引き続けろ、隊長の指示だ。救援が来るまで、あと十五分だそうだ。」

「ホントに、来るんでしょうね、救援。」

「知らねぇよ!」

 こう言った状況で気休めを言わないのが、元木一曹の流儀なのである。


 一方、一番車の車内である。トライアングルに車体の左側を持ち上げられる様にされて傾いた車内では、ブレードが打ち付けられる「ゴン、ゴン」と言う音が、鈍く響いていた。流石に主力戦車の装甲は、航空機の様に簡単に切断されたり、ブレードが貫通したりはしない。
 運転席では松下二曹が、車体の姿勢を戻そうと、ホバー・ユニットや推進エンジンを吹かしたり、着陸脚でもあるホバー・ユニットを動かして、藻掻(もが)いていた。
 そんな折、突然、小規模な爆発音と、振動が車体を襲ったのである。同時に、車内の照明が数回点滅し、幾つかのアラームが鳴り響き、松下二曹が装着する HMDの視界にはエラー表示が映し出される。

「何?状況報告。」

 藤田三尉は落ち着いた口調で、言った。
 松下二曹はエラー表示を確認して、警報音を止める。車内には再び、「ゴン、ゴン」とブレードが打ち付けられる音が鈍く響いていた。

「左後方のホバー・ユニット、機能停止。主動力、電源には異常ありません。」

「やられたのがホバー・ユニット一基だけなら、まだ動けるわ。何とか、この拘束状態から抜けられれば、だけど。」

「右側の低速移動用の駆動輪、使ってみます。」

「いいわ、やってみて、智里ちゃん。」

 浮上戦車(ホバー・タンク)のホバー・ユニット先端には、低速移動や位置の微調整の為に、ステアリング機能付きの駆動輪が装備されている。低速では位置の微調整がホバーでは難しい事と、ホバーを使用する事に因り発生する騒音や、大量の砂煙が、隠密性を必要とする行動の場合には支障となり得るので、補助的な駆動装置が装備されているのだ。LMF に同様の駆動輪が装備されていないのは、ホバーが使えない状況では「歩行」が可能だからである。現用の浮上戦車(ホバー・タンク)では、停止時の姿勢制御の為に脚の様にホバー・ユニットの角度を変える事は出来るのだが、それで歩行する事迄(まで)は不可能なのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.10)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-10 ****


 そして飯田部長が、畑中と倉森の二人に問い掛ける。

「時間は、どの位(くらい)掛かる?」

「作業自体は、十分…十五分も有れば?」

 畑中は倉森に尋(たず)ねる様に、そう答えると、倉森が応じた。

「そうですね、先(ま)ずは回路の確認をしないと。それと…」

 倉森は視線を樹里の方へ向け、言う。

「…イレギュラーな作業をする事になるから、エラーとか強制解除する必要だとか、有るかも知れないけど。」

「そう言う事なら、デバッグ用のコンソールで、ダミーのフラグ送ったり、モニターは出来ますので。」

 微笑んで、樹里は即答した。

「その時は、お願いね。城ノ内さん。」

 倉森も微笑んで、そう言葉を返す。そこへ、大判のタブレット端末を持って、新田が戻って来るのだった。

「回路図、持って来ました。」

 パネルを倉森に見せ乍(なが)ら、新田は画面を操作していく。

「プラズマ砲の電源回路は、このフォルダだったかな…。」

 新田は見当を付けたフォルダのアイコンを人差し指でタップすると、何回か図面を捲(めく)る様に画面を切り替えた。

「あ、ストップ。この図面…。」

 横から声を出して図面の切り替えを止めた倉森は、覗(のぞ)き込んだパネルを指でなぞり、回路を確認するのだった。

「ここと、ここのブレーカーを切れば…ここのコネクターがテスト回路側に繋ぎ換えてある筈(はず)だから、こっちの電源回路に戻して…。」

「それだと、トリガー側のリレー回路の方が…あぁ、大丈夫か…。」

 倉森と新田は、回路を順に追って、作業の安全性を確認していった。

「うん、大丈夫ね。」

「ですね。」

 二人が納得した様子なのを見て、畑中が確認をする。

「行けそうかい?倉森君。」

「はい。出来ます。」

 倉森の返事を聞いて、今度は飯田部長が改めて指示を出すのだった。

「よし、それじゃ早速、取り掛かって呉れ。」

「分かりました。」

 と、畑中が返事をするので、倉森が笑って言うのだった。

「これ、エレキの方の作業ですよ、先輩。」

「カバーの付け外しとか、メカでも出来る作業が有るだろ?手伝うよ。」

 そこに倉森の隣に立つ新田が、会話に割り込んで来て、言う。

「いえ、ブレーカー切る迄(まで)は、メカの人は触らないでください。危ないんで。」

「それは分かってるって、新田さん。出番が来たら、指示して。」

 苦笑いで、そう返す畑中を横目に、倉森は緒美に声を掛ける。

「鬼塚さん、Ruby とお話をしたいの。ちょっと、ヘッド・セットを借りられる?」

「あ、はい。どうぞ。」

 緒美は躊躇(ちゅうちょ)無く、ヘッド・セットを外すと、腰に着けていた携帯型無線機と一緒に、倉森に手渡した。倉森は右手でヘッド・セットを耳に当て、左手には携帯型無線機を持った儘(まま)、Ruby に話し掛ける。

Ruby、エレキ担当の倉森です。あなたの事だから、大体の話は聞いてて理解していると思うけど。」

「ハイ、みなみ。プラズマ砲の再装備作業ですね。」

 打てば響く様な Ruby の返事が、ヘッド・セットへと返ってきた。Ruby は外部スピーカーに合成音声を出力していないだけで、周囲で交わされる会話の殆(ほとん)どを聞き取って理解しているのである。倉森はくすりと笑って、言葉を続けた。

「なら、話が早いわ。作業を始めたいから、メンテナンス・モードへ移行してちょうだい。」

「メイン・エンジンが起動した状態でメンテナンス・モードへ移行する事は、一般運用規則には禁止事項として記載されています。例外的運用を行う場合は、システム管理責任者、二名以上の許可が必要となります。」

 Ruby の返事を聞いた倉森は目を閉じて、一度、息を吐(は)き、目を開いて言った。

「緊急事態なのよ。協力して。」

「申し訳無いですが、システム上の禁則事項として規定されているので、わたしにはどうする事も出来ません。システム管理責任者の許可が必要です。」

「ちょっと待ってて。」

「ハイ、待機します。」

 Ruby の返事は聞こえていなかったものの、倉森の様子から不穏な空気を感じ取った緒美が、声を掛ける。

「倉森先輩?」

「あぁ、ゴメン。システム管理責任者、二人の許可が要るって Ruby が。メイン・エンジンが起動状態でのメンテ・モードは禁則事項だって。」

 緒美は、樹里に向かって問い掛ける。

「あぁ~そうだっけ?」

「多分。」

 樹里は、静かに頷(うなず)いて答えた。続けて、倉森が樹里に問い掛ける。

「システム管理責任者って、城ノ内さん?」

 その質問に、樹里が答える前に、緒美が声を上げた。

「ヘッド・セット、貸してください。」

「あ、あぁ、うん。どうぞ。」

 緒美はヘッド・セットを受け取ると自らに装着し、マイクを口元へと合わせ、言った。

Ruby、鬼塚です。システム管理責任者として、音声認証を要求します。」

 緒美の要求に対する Ruby の返事は、直ぐに返って来た。

「音声の照合を完了。緒美をシステム管理責任者として認証しました。」

「オーケー、じゃ、メンテナンス・モードへの移行を許可します。」

「先程、みなみには説明しましたが、システム管理責任者、二名の許可が必要です。」

「分かってる。ちょっと待ってね。」

「ハイ、待機します。」

 緒美はヘッド・セットを外すと、それを立花先生の方へと差し出した。

「先生、お願いします。」

 だが、立花先生は無言で、固まってしまったかの様に動かない。意に反して進んでいく状況を、何か止める手立てが有りはしないか、考えを巡らせていたのだ。しかし、間を置かず、飯田部長も声を掛けるのだった。

「立花君。」

 立花先生は、一息吸うと、飯田部長に答えた。

「今、わたしは学校を代表する立場です。学校側としては、生徒達を戦闘に巻き込む為の準備には、賛同出来ません。」

「キミの心情も立場も、理解はするが。今は緊急時だ、冷静に判断して呉れ。」

「ダメです、部長。冷静に考えれば尚更、生徒達を戦闘に参加させる判断なんて、有り得ません。何か、他の方法を考えるべきです、大人として。」

「当然だ、わたしだって彼女達にリスクを押し付ける事はしたくない。しかし、わたしもキミも、幾ら大人だって言っても、出来ない事は出来ない。現状で、取れる選択肢は限られている。それはキミも、分かってるだろう?」

「………」

 立花先生は黙って、俯(うつむ)く他は無かった。

「部長、ヘッド・セットを。」

 そう言って、緒美の手からヘッド・セットを奪って行ったのは樹里である。樹里はヘッド・セットを装着し、Ruby に話し掛ける。

Ruby、城ノ内です。システム管理責任者、音声認証要求。」

 Ruby は、樹里の要請に直ぐに応えた。

「音声の照合を完了。樹里をシステム管理責任者として認証しました。」

 元元、Ruby や LMF のシステム管理責任者としては、立花先生と緒美、そして樹里の三名が登録されていたのだった。緒美は立花先生の意向を確認する為、敢えて立花先生に許可を求めていたのである。
 そして樹里は、Ruby に指示する。

「システム管理責任者として、例外運用を許可します。メンテナンス・モードへ移行して、Ruby。」

 Ruby は、直ぐに応えた。

「システム管理責任者、二名の許可を確認しました。LMF のシステム管理モードを、例外運用としてメンテナンス・モードへ移行します。」

 樹里は Ruby の返事を聞き届けると、ヘッド・セットを外して携帯型無線機と共に、倉森へと渡した。

「では、後をお願いします、倉森先輩。わたしは向こうのコンソールで、エラーとか、LMF の状態をモニターしてます。」

「ありがとう、城ノ内さん。モニターの方、お願いね。」

「わたしも、コンソールの方で無線が使える様にしておきますから。」

 そう言い残すと樹里は、天神ヶ﨑高校側の指揮所の方へ向かって歩き出す。その後ろを、今まで黙って状況を見ていたクラウディアが、慌てて追い掛けて行くのだった。

「あぁ、先輩。わたしも手伝います。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.09)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-09 ****


「無茶してるのは、防衛軍の方です。救援は呼んでるんでしょうけど、丸腰で出て行くなんて。」

 その茜の反論を聞いて、佳奈が聞き返す。

「『マルゴシ』って?」

 それには、樹里が答えるのだった。

「武器を持ってない、って事よ、佳奈ちゃん。」

「えっ?戦車なのに、武器が付いてないの?アレ」

 そう樹里に聞き返したのは、瑠菜である。そこで、畑中が解説を加えるのだった。

「あの車輌は特別仕様で、主砲は外しちゃってるからね。砲塔の機銃は残して有るみたいだけど。」

 その発言を受けて、飯田部長が答えた。

「機銃は残して有るだろうけど、弾は入ってないんだろう。今日は模擬戦の予定だったからね。」

 今度は、直美が尋(たず)ねる。

「ここ、防衛軍の、実弾射撃訓練の為の施設ですよね? 弾ぐらい、置いてないんですか?」

「実弾射撃が出来る演習場って言っても、駐屯地じゃないからね。部隊が常駐している訳(わけ)じゃないから、弾薬の備蓄とかは無いだろう。訓練の時に必要な分だけ持ち込んで、終わったら全部、持って帰ってる筈(はず)だよ。」

 そして、恵が飯田部長に訊(き)くのだった。

「それじゃ、防衛軍はどうやって、エイリアン・ドローンを撃退する気なんですか?」

「だから、こっちに近付かない様に注意を引いてるだけだよ。三十分位(ぐらい)で、救援が来る見込みらしい。」

 畑中が苦笑いしつつ、飯田部長に尋(たず)ねる。

「大丈夫、なんでしょうかね?」

「さあ、ね。わたし達は、大丈夫である事を祈るだけさ。」

 飯田部長も苦笑いで返す他、無かった。そして、茜がもう一度、主張する。

「防衛軍の人達を含めて、みんなが助かる確率を上げる為に、わたし達も何かするべきです。」

 それを透(す)かさず否定するのは、立花先生である。

「駄目よ。理事長とも約束したでしょう? もうあんな事はしない、って。それに、武器が無いのは、わたしも同じでしょう。模擬戦用に、発射出来ない様に改造して持って来てるんだから。」

「それなら…。」

 思わず何か言い掛けたものの、はたと気が付いた畑中は、その後の言葉を飲み込んだ。それは茜達に無茶をさせたくない立花先生の心情が、理解出来たからだ。
 そうとは知らず、鋭い視線を向けて、立花先生が畑中に問い掛ける。

「なぁに?畑中君。」

「あ、いえ、何でもないです。」

 少し狼狽(うろた)え気味に畑中が答えると、彼が言うのを躊躇(ためら)った事柄を、あっさりと瑠菜が口にしてしまうのである。

「あの、HDG の武器なら、有りますよ。」

「え? どう言う事?」

 虚をつかれた様に、立花先生は瑠菜に聞き返す。その一方で畑中は、顔面を右手で押さえる様にして、俯(うつむ)いていた。
 そんな様子には気にも留めず、瑠菜は立花先生に答える。

「LMF に、改造してないランチャーと BES(ベス)が、入ってますから。」

「どうして…。」

「こう言う事も有ろうかと…って言うのは嘘ですけど。 前回の火力試験以降、入れた儘(まま)になってました。」

 それを聞いた茜は、LMF の方を振り向いて、声を上げる。

Ruby…。」

「駄目よ、天野さん。」

 Ruby に呼び掛けた所で、透(す)かさず立花先生が茜を呼び止める。その立花先生に対して、飯田部長は言うのだった。

「まぁまぁ、立花君。防衛軍の戦車隊が突破される可能性だって有る。最悪のケースを想定したら、可能ならば反撃出来る準備位(くらい)はしておいた方がいいんじゃないか?」

「部長、でも…。」

「飽くまでも最悪の事態に備えて、だ。わたしも現時点で天野君を外に出すのには、賛成しないよ。」

 立花先生は無言で、唇を噛んでいた。茜は一度向き直って飯田部長に小さく頭を下げ、再び LMF の方向へ身体を向けて Ruby に呼び掛ける。

Ruby、左側ウェポン・ベイのランチャーを。」

「分かりました。CPBL をお渡しします。」

 Ruby は外部スピーカーを使用しないで返事をしたので、その声を聞いたのはヘッド・セットを装着している緒美と、茜とブリジットの三人だけである。
 そして、ウェポン・ベイのドアが横にスライドして開かれると、CPBL(荷電粒子ビーム・ランチャー) を保持した武装供給アームが前方へと展開される。但し、コックピット・ブロックを接続した儘(まま)の状態だと、引き出された CPBL を受け取れる位置に HDG が立てないので、Ruby は LMF の姿勢を前傾姿勢にして CPBL の位置を HDG のマニピュレータが届く範囲に制御するのだった。
 茜は、歩み寄って武装供給アームから左側のマニピュレータで CPBL を受け取ると、右のマニピュレータで保持していた、模擬戦用に改造されていた CPBL を、LMF の武装供給アームへと渡す。
 そこへ、大久保一尉の傍(かたわ)らで外の様子を監視していた吾妻一佐が、自(みずか)らの背後で LMF が動作している事に気が付いて、声を掛けて来たのだった。

「飯田さん、何をやって、おられるのかな。」

 呼び掛けられた飯田部長は、振り向いて声を返す。

「あぁ、すみません。此方(こちら)の方の、避難準備ですよ。其方(そちら)のお邪魔はしませんから、ご心配無く。」

「非常時ですので、此方(こちら)の指示には従っていただきたい。」

「分かってますよ。」

 飯田部長が笑顔で返事をすると、吾妻一佐は再び、モニターの方へと向き直った。その一方で、Ruby は茜から受け取った被改造の CPBL を格納すると、LMF の姿勢を元に戻した。そして、Ruby は茜に尋(たず)ねるのだった。勿論、その合成音声は、周囲には聞こえていない。

「ビーム・エッジ・ソードは出さなくても?」

「あぁ、BES(ベス)はいいわ。今日はスリング・ジョイントを付けて来てないから。 そうだ、左腕側のシールドも、こっちにちょうだい、Ruby。」

 その茜の発言を聞いて、再び、立花先生が小声で抗議する。

「茜ちゃん!」

「念の為、ですよ。立花先生。」

 涼しい顔で、そう言い返す茜の声を聞き、立花先生は息を呑んで飯田部長の顔を見るのだった。不意に視線がぶつかった飯田部長は、苦笑いし乍(なが)ら立花先生に首を振って見せるのである。
 Ruby は茜のリクエストに応じ、折り畳んでいた左腕を展開して床面付近へと降ろし、腕軸と直交する様に回転させた DFS(ディフェンス・フィールド・シールド)の底部を床面へと着けるのだった。そこで、Ruby がやろうとしている事を察した瑠菜と佳奈が駆け寄り、DFS を支える様に手を掛ける。間も無く、LMF 腕部側のジョイントが解放されると、瑠菜と佳奈は DFS が倒れない様に支え乍(なが)ら、くるりと向きを半回転させ、DFS の内側を茜の方へと向けた。

「あ、ありがとうございます、瑠菜さん、佳奈さん。」

 茜は DFS の方へと歩み寄ると、左腕のジョイント部を DFS のジョイントへと位置を合わせる様に腰を落とし、接続した。茜は落としていた腰を伸ばすと、腕を肩の高さ迄(まで)上げ、シールド下半部をスライドさせて格納、展開の動作を確認し、再び、格納状態へと移行させた。茜が腕を降ろすと、DFS は機体にぶつからない様に自律的にジョイント・アームを動かしてクリアランスを取り、シールド本体の角度も自動で調整されるのだった。

「接続に動作、問題無さそうね。」

「はい、異常はありません。」

 瑠菜の問い掛けに茜が応えると、瑠菜と佳奈はその場から少し離れ、LMF に向かって瑠菜が言った。

「オーケー Ruby、腕を格納していいよ。」

 LMF のターレット頂部に取り付けられているセンサー・ヘッドが茜達の方向へ向くので、佳奈が両手を頭上で振っている。Ruby は周囲の安全を確認して、通信で応える。

「周辺の安全を確認しました。左腕を格納します。」

 その返事は緒美と茜、そしてブリジットにしか聞こえていなかったが、その動作は誰の目にも明らかである。
 そんな状況を横目で眺(なが)めつつ、畑中が飯田部長と立花先生、そして緒美の三人に向けて言うのだった。

「あの、ちょっと提案なんですが…。」

 再び、立花先生は鋭い視線を向けるのだったが、飯田部長が畑中の声を拾うのだった。

「何だい?畑中君。」

「…あ、いえ。念の為、って言う事なら、LMF のプラズマ砲も使用出来る様にしておいた方が、いいのかな、と、思ったもので。」

 その発言に、疑義を投げ掛けるのは樹里だった。

「畑中先輩、プラズマ砲の回路を元に戻すには、一度、電源を切らないと。でも、それをやっちゃったら、ここでは Ruby の再起動が出来ません。予備電源が無い事には…。いえ、予備電源が有っても、Ruby の休止作業だけでも、それなりの時間が掛かりますし。」

「あぁ、それはそうなんだけどね…。」

 途中迄(まで)、畑中が言い掛けた所で、今度は倉森が割って入って来る。

「全体の電源を落とさなくても、プラズマ砲の元電源、兵装回路のブレーカーを落とせば、プラズマ砲の回路をテストモードから通常モードへ切り替える作業が出来る、って事ですよね?」

 苦笑いしつつ、畑中は倉森に向かって言う。

「ホントは、やっちゃ駄目なんだけどね。まぁ、緊急事態だし。」

「回路図、持って来ます。」

 倉森の後ろに居た新田が、回路図データが入っているタブレット端末を取りに、工具類一式が置かれた、元居た席の方向へと走った。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第11話.08)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-08 ****


 そして、天神ヶ﨑高校側の指揮所へ向かって叫んだ。

「其方(そちら)も、直ぐに格納庫に入るよう、指示を出して!」

 緒美は慌てて、茜とブリジットの二人に、格納庫に入るよう通信で伝えるが、その一方で、大久保一尉はテーブル上に置いてあった双眼鏡を取り、再び庫外へと駆け出した。
 外に出て空を見上げると、三機で三角形の編隊を組んでいる『トライアングル』は、大久保一尉の頭上、ほぼ真上を通過して行った。それらからはジェットエンジンの様な、爆音は聞こえて来ない。どの様な動力機関なのか、いまだに原理は不明なのだが、空気が噴出する様な音と、風を切る様な音が混じった「シュルシュル」の様な、そんな音を立ててエイリアン・ドローンは飛行していた。

「見付かったかな?」

 吾妻一佐が、大久保一尉へと近寄り、話し掛けて来る。

「でしょうね。」

「我々の探知よりも、先行している様子だな。この上空を通過しただけ、ならいいんだが…。」

 飯田部長と桜井一佐も格納庫から出て来ると、大久保一尉の近く迄(まで)進んで、東の空を見上げていた。
 その前方を、ブリジットが操縦する LMF が通過して格納庫内部へと進み、その後、茜が到着し、格納庫の中へと入った。内部では LMF が機首を出口側へと回し、床面へと着地する。
 同時に、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)三輌も、次々と背後の第二格納庫へと入って行くのだった。

「行ってしまいました?」

 桜井一佐は空を見詰めて、誰に訊(き)くでもなく、そう言った。三機の『トライアングル』は、肉眼で見るには可成り小さくなっていた。
 大久保一尉は双眼鏡を覗(のぞ)いて、その行方(ゆくえ)を監視している。
 それから数秒か十数秒か、暫(しばら)く経って、大久保一尉が声を上げた。

「いや、旋回してます。戻って来ますね。」

 双眼鏡を降ろすと、そこに居た吾妻一佐と飯田部長、そして桜井一佐に声を掛け、歩き出す。

「皆さん、中へ。」

 そして、表に出ていた四人が格納庫内へと入ると、待機していた数名の整備要員の下士官達に向かって指示を出すのだった。

「正面扉閉鎖!急げ。」

 そして正面の大扉閉じられる中、大久保一尉は指揮所のテーブルへ戻ると、通信機のマイクを取った。

「指揮所より、全車。格納庫の扉を閉めて、命令有る迄(まで)、車内で待機。エンジンは切るな。」

「了解、待機します。」

 通信機からは一番車の車長、藤田三尉の返事が聞こえた。
 大久保一尉は指揮通信用のヘッド・セットを装着すると、天神ヶ﨑高校側の指揮所へ、つかつかと向かった。
 そして、緒美に向かって訊(き)くのだった。

「そのモニターで、外の様子が見られますか?」

「はい。古寺さん、格納庫の前からフィールドの中央方向を映して。瑠菜さんは、トライアングルの編隊を画面に入れられるか、やってみて。」

 佳奈と瑠菜の二人は「はい」と答えると、緒美の指示に従って観測機を操作する。

「ありがとう、助かります。」

 大久保一尉は一礼すると、モニターの前へと進んだ。吾妻一佐と桜井一佐、そして飯田部長は大久保一尉の背後からモニターに視線を注ぐのだった。そして、緒美は飯田部長の隣へと移動し、モニターを監視する。
 格納庫の外、上空からは、あの「シュルシュル」と言った、エイリアン・ドローンの飛行音が段段と大きく聞こえる様になっていた。

「捉えました。高度が可成り下がってますね。」

 瑠菜の言う通り、モニターには三機の、飛行形態のトライアングルが映し出されている。そして、その背景には空だけではなく、山の稜線も映っていた。トライアングルが接近しているので、ズーム撮影では直ぐに画面一杯になってしまい、瑠菜はその度(たび)にカメラのズーム設定を調節しなければならなかった。
 そして、聞こえていた飛行音が突然途切れると間も無く、小さな地響きと振動が伝わって来た。
 佳奈が操作する観測機からの画像を映したモニターには、格闘戦形態に変形したトライアングルが着陸した様子が映し出されていたのである。
 吾妻一佐が、呟(つぶや)く。

「奴ら、こんな所に何の用だ?」

 モニターに映されたトライアングル達は、周囲を見回す様に頻繁に機体の向きを変えている。その様子を見て、桜井一佐が小声で言う。

「何か、探しているのかしら? この儘(まま)、何もしないで飛んで行って呉れたらいいのだけれど…。」

 そして、三機のトライアングルは、揃(そろ)ってモニターの方向へ向いた。つまりそれは、撮影している観測機の方向であり、同時に、それは格納庫の方向である。

「瑠菜さん、古寺さん、観測機を動かさないでね。トライアングルは動く物には強く反応するから。」

 囁(ささや)く様な緒美の指示に、瑠菜と佳奈は声を返さず、頷(うなず)いて見せるのだった。
 モニターに映される映像では、一歩、二歩とトライアングル達は格納庫の方向へと、移動を始めている。
 吾妻一佐は上着の内ポケットから携帯端末を取り出すと、通話要請を送る。それが相手側に繋がると、声を低めて話し始めた。

「あぁ、わたしだ。現在のわたしの所在は分かるな? 今、エイリアン・ドローンの襲撃を受けている。至急、救援を…そうだ、頼むぞ。」

 通話が終わるのを待って、大久保一尉が尋(たず)ねた。

「どちらに?」

「総隊本部の、わたしの執務室だ。多分、この方が話が早い。」

「ですが、救援が到着するのに早くて二十分、いや、三十分は掛かりますか。」

「そうだな。」

「時間稼ぎが必要ですね。」

「手は有るか?」

「やってみましょう…。」

 大久保一尉はヘッド・セットのマイクを口元に寄せ、呼び掛けた。

「指揮所より全車。救援を要請しているが、到着迄(まで)の三十分間、奴らを引き付けて呉れ。『鬼ごっこ』だ、但し、絶対に掴まるな。三十分間逃げ切って、奴らを此方(こちら)に近付けるな。」

 ヘッド・セットには直様(すぐさま)、各車の車長から「了解」の返事が大久保一尉には聞こえていたが、それはその場に居た他の者には分からなかった。しかし間も無く、隣の格納庫の大扉が開き、浮上戦車(ホバー・タンク)が次々と発進して行った事は、その物音で誰にも明らかだったのだ。
 吾妻一佐は、再び携帯端末を取り出すと、パネルを操作して、もう一度、通信要請を送った。

「河西か?其方(そちら)に居る人員は把握しているか?」

 河西氏とは、管理棟に待機していた吾妻一佐の秘書を務める士官で、階級は三尉である。吾妻一佐は、河西三尉からの報告を聞き、指示する。

「分かった。いいか、管理棟の中心部に全員を集めて待機しろ。救援は呼んであるが、到着迄(まで)、暫(しばら)く掛かる。戦研隊が時間を稼いで呉れるが、今、外に出るのは危険だ…そうだ、其方(そちら)は任せる…よし。」

 通話を終えた吾妻一佐は、携帯端末を上着の内ポケットへと押し込む。モニター画面の中では、三機のエイリアン・ドローンを翻弄(ほんろう)する様に、三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)が縦横無尽に走っている。

「この儘(まま)、逃げ切れるかな?」

「そう願います。」

 吾妻一佐の呟(つぶや)きに、モニターを見詰め乍(なが)ら、表情を変える事なく大久保一尉は答えるのだった。

 その後方から、モニターで外の様子を見ていた緒美の耳には、ヘッド・セットを通じて茜の声が聞こえて来る。

「あの、部長。わたしも、防衛軍に協力した方が?」

 緒美は振り向いて、声を上げず、茜に首を振って見せる。

「でも…。」

 茜が続いて何か言いそうになるのを、緒美は右手を前へ挙げて押し止め、そして声を上げた。

「みんな、ちょっと LMF の前に集合して。あ、観測機、佳奈さんの方はカメラの向きその儘(まま)、固定で。瑠菜さんの方は六機を追跡モードで。」

 そう言い残して、緒美は茜が立っている格納庫の中央付近、LMF の前へと歩き出す。ブリジットは LMF のコックピットから降り、茜の傍(かたわ)らに立っていた。
 瑠菜と佳奈は、緒美の指示通りに観測機を設定すると緒美の後を追った。他のメンバーも、緒美の元へと集まって行く。すると、緒美が振り向いて、声を上げるのだった。

「立花先生。」

 声を掛けられて、立花先生が振り向くと、十メートル程離れた場所で緒美が右手を挙げているのが見えた。嫌な予感がした立花先生は、席を立つと周囲に居た天野重工のメンバー達に声を掛けるのだった。

「畑中君、あなた達も来て。それから、部長も、お願いします。」

 立花先生に声を掛けられた飯田部長は、訝(いぶか)し気(げ)に聞き返すのだった。

「どうしたんだい?」

 立花先生は、小声で答えた。

「あの子達、又何か、仕出(しで)かす気かも知れません。止めないと。」

 そう言い終わるが早いか、立花先生は緒美達の元へと急いだ。飯田部長と畑中達も、その後を追うが、その足取りには立花先生程の緊迫感は無い。
 他の面面よりも一足先に緒美達一同の元へ到着すると、開口一番、立花先生は言った。

「あなた達、又、無茶な事、考えてるんじゃないでしょうね?」

 声は抑えていたものの、立花先生のその剣幕を見た緒美は、宥(なだ)める様に答えるのだった。

「まだ、何も言って無いじゃないですか。」

「言われる迄(まで)もなく、分かるわよ。駄目よ、絶対に。」

「おいおい、立花君。一応、話くらい聞いてあげても、いいだろう?」

 苦笑いしつつ、背後から飯田部長が声を掛けて来るが、立花先生は直ぐに切り返すのだった。

「聞かなくったって分かります。天野さんが、防衛軍の応援をしたい、とか、言ってるんでしょ?」

 それを聞いたブリジットが、半(なか)ば呆(あき)れる様に、しかし声を低めて言う。

「流石、立花先生。」

 続いて、緒美が諭(さと)す様に茜に言うのだった。

「今回は、防衛軍の人達も居るのよ、前回とは状況が違うの。だから、無茶な事は考えないで、天野さん。」

 緒美が全員を集めたのは、茜を説得する為だったのだ。しかし、茜は反論する。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第11話.07)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-07 ****


「天野さん…」

 茜の装着するヘッド・ギアから、緒美の声が聞こえる。

「此方(こちら)は、一輌撃破判定が出せればいいのよ。」

「それは、解ってますけど。命中判定なのかは、わたしの方では分からないので。何発目が、命中の判定でした?」

「何発目って言うか、全弾命中の判定よ。三機瞬殺、お見事だわ。」

「お見事なのは HDG の AI の、火器管制処理ですね。Ruby みたいに会話が出来たら、全力で褒めてあげるのに。」

「あはは、そうね。さぁ、第三回戦の準備、スタートライン迄(まで)、戻って。」

「はい。」

 茜は、身体の向きを西へと変えると、目印の白旗へとジャンプした。


 その頃、天神ヶ﨑高校の指揮所、その後方では畑中達、天野重工の面面が、モニターに映される模擬戦の状況を、飯田部長達の背後から眺(なが)めていた。
 指揮所エリアの最前列、一列目のテーブル前には指揮の為、緒美が立っており、その隣にはデバッグ用のコンソールに樹里が、その補佐としてクラウディアがモバイル PC を開いて、樹里の直ぐ後ろの席に着いてる。
 次列のテーブルには飯田部長を挟んで右手側に桜井一佐が、左手側には立花先生が席に着き、その左側では瑠菜と佳奈が観測機の操作を担当している。そして直美が、二人の後ろからコントローラーのディスプレイを、モニターしていた。
 特に仕事の無い恵は最後列のテーブルに着いて、天野重工から来ているメンバー四名と、飯田部長の秘書として参加していた蒲田の相手をしていたのである。

「今回も、我々の出番は無さそうですなぁ、畑中さん。」

 にこやかに、そう小声で畑中に話し掛けたのが大塚である。最後列で様子を見ているメンバーの中では、秘書課の蒲田と同年代の四十代だったが、会社的には一番の後輩である。大塚は天野重工の協力工場に以前は勤めていたのだが、五年ほど前にその会社が諸諸(もろもろ)の事情で廃業してしまった為、そこでは一番の若手だった彼が、畑中の上司である宮村課長の推薦も有って、天野重工に中途採用になったと言うのが、大まかな経緯である。そんな訳(わけ)で、入社四年目の大塚よりも、二十六歳だが入社八年目の畑中の方が、この現場ではリーダー格なのである。

「まぁ、それだけ、製品の完成度が高いって事ですから。」

「ええ。」

 畑中の返答に、大塚は又、にこやかに頷(うなず)いた。すると、大塚の右隣に座っている蒲田が言う。

「しかし、まぁ、防衛軍側の戦車じゃ、余り相手になっていない様な…。」

 その声に、飯田部長が振り向いて答える。

「まぁ、防衛軍の名誉の為に言っておくと、彼方(あちら)はエイリアン・ドローンの機動を、敢えて模擬しているからね。普通の戦車の運用方法、戦車砲戦だったら、又違う展開になると思うよ。」

「あら、擁護して頂いて感謝します。」

 飯田部長の隣席で、苦笑いしつつ桜井一佐が言うのだった。

「いやいや。所で、陸上防衛軍(あちら)側、何か有りましたかな?」

 飯田部長は防衛軍側の指揮所に若い士官が駆け付け、何か話している様子を横目にし乍(なが)ら、桜井一佐に尋(たず)ねる。事情を知らない桜井一佐は、「さぁ。どうしたんでしょう?」と答える他は無かった。
 その一方で、畑中達の後列席では、新田が左隣の倉森に声を掛けていた。

「でも、長時間、運転して来て、唯(ただ)、見てるだけってのも、何だかな~って思いますよね、みなみさん。」

「だけど、自分達が作ってた物が、こうやって動いている所を見られるのは、結構貴重でしょ?朋美さん。」

 因(ちな)みに、新田は倉森よりも二歳年上だが、一般大学卒業の新田よりも天神ヶ﨑高校卒業の倉森の方が、入社は二年先輩だった。互いに名前で呼び合っているのは、女性同士だからである。
 そして、畑中が振り向いて、新田に話し掛けるのだった。

「試作部はこうやって、試験とかで動作を確認する機会が有るけど、製造部とかになると、殆(ほとん)どそんな機会は無いからね。まぁ、製造部でもプラント系は、又、話が違うんだけど。」

 その話に、大塚も乗って来る。

「プラント系は責任者になると、何ヶ月も現地へ行った切りになるし、動作確認や性能試験が終わる迄(まで)、帰らせて貰えないそうですからね。」

「旅行が好きだとか、ホテル暮らしが苦にならないとかじゃないと、キツイですよね~それに、そうなると御家族も大変そう。」

 苦笑いしつつ、新田はそう言葉を返すのだった。そして、倉森は隣の席の恵に訊(き)く。

「恵ちゃんは、希望してる配属先とか有るの?」

「いえ。わたしは、今の所は特に。」

「折角、飯田部長とか偉い人達とコネが出来たんだから、今の内に希望を言っておく位(ぐらい)はしておいた方がいいわよ。」

「あはは、考えておきます。」

 そこに、秘書課の蒲田が割って入るのだった。

「おいおい、学生さんに、余り変な事を吹き込まないで呉れよ。」

「でも、蒲田さん。兵器開発部の面面に就いては、各部署の部課長が人事の予約に動いてるって噂、聞いてますよ。」

 畑中にそう言われて、蒲田は苦笑いで言った。

「誰かなあ、そんな無責任な事を言うのは~ねぇ、部長。」

「さあな~誰だろうねぇ。人事に関しては、わたしは管轄外だからね。わたしからは、ノーコメントだ。」

 そこで、新田が言うのだった。

「その噂話は兎も角、三年先の話ですけど、あの天野さんが入社して来たら、配属先を決める人事部は大変でしょうね。」

「会長のお孫さん、だから?」

 倉森の問い掛けに「ええ」と新田が答えると、飯田部長は前を向いた儘(まま)、笑って言った。

「それはそうだろうねぇ、わたしは人事担当じゃなくて良かったと思ってるよ。」

 それから間も無く、茜が防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)を撃破し、緒美がヘッド・セットのマイクに語り掛ける声が聞こえて来る。

「はい、命中判定よ天野さん、第三回戦終了。第四回戦の準備…どうしたの?えっ…空?」

 その後、茜から帰って来た通信の内容に、一同は騒然となるのである。


 一方、第二回戦終了直後の、陸上防衛軍側指揮所である。

「天野…さん、と言いましたか。あの女の子は、コンバット・シューティングの達人か何かですか?」

 大久保一尉は、隣に座る吾妻一佐に、半(なか)ば呆(あき)れた様に問い掛けた。

「いや、そう言う訳(わけ)ではないだろうが…照準については、あの装備が自動で補正する仕掛けらしい。」

「そう言えば、資料で頂いた動画でも、ミス・ショットはしてませんでしたね。」

「まぁ、先日のその試験では、標的は固定だったし、移動標的の場合は射撃側が足を止めていたからね。」

「はい。ですが、これ程とは思っていませんでした、想像以上に手強(てごわ)いですね。」

 大久保一尉は無線機のマイクを握り、通話スイッチを押す。

「指揮所より各車へ。スタートライン迄(まで)戻ったら、次は三角陣で仕掛けろ。」

 その指示に、各車の車長から「了解」の声が帰って来るのだった。
 そこへ、一人の制服姿の若い下士官が、管理棟の方から格納庫へと駆け込んで来て、吾妻一佐の前で立ち止まり敬礼をする。吾妻一佐が敬礼を返し、「どうした?」と尋(たず)ねると、その下士官は周囲を気にする様に身を屈(かが)め、吾妻一佐に顔を近づけ、声を低めて言うのだった。

「中国地区司令部より、エイリアン・ドローンの一隊が九州北部を迂回して、山陰沿岸上空を飛行中との連絡です。この周辺に避難指示が発令される可能性も有るので、注意されたし、と。」

「何(なん)だと?又、西からなのか?迎撃は?」

「現在、西から東方向へ飛行中との連絡でしたが、迎撃の態勢に就いては、自分には判り兼ねます。」

「そうだな。」

 そこで、隣の大久保一尉が声を掛ける。

「模擬戦、ここで中断しますか?」

「いや、我々は戦力としては当てにはならんから、迎撃の応援が出来る訳(わけ)でもないしな。ここは市街地からも離れているから、奴らがここへ来る事もないだろう。避難指示が出る迄(まで)は、この儘(まま)、静観しても問題無かろう。」

 吾妻一佐は正面に立つ下士官の方へ視線を戻し、伝える。

「又、司令部からの続報が有ったら、知らせて呉れ。もしも避難指示が発令されたら、直ぐに駐屯地の方へ移動を開始する。管理棟に居る者は、その積もりで準備を頼む。」

「了解致しました。」

 連絡に来た若い下士官は、敬礼の手を降ろすと駆け足で管理棟へと戻って行く。
 その様子を眺(なが)めつつ、大久保一尉は吾妻一佐に訊(き)くのだった。

「お客人達には、伝えておきますか?」

 吾妻一佐は少しだけ苦い顔をして、答えた。

「いや、いいだろう。伝えた所で、不安にさせるだけだしな。」

「避難指示が出れば、嫌でも知られる事になりますが。」

「その時は、その時だ。まぁ、多分、奴らはこんな山奥には用は無いだろう?」

「そう願いたい…あぁっ!」

 大久保一尉が突然、声を上げたのは、又、浮上戦車(ホバー・タンク)が茜の HDG に因って撃破されたからだった。
 手元の中継装置が、命中判定のアラームを「ピー」と鳴らしている。大久保一尉がアラームの連続音をオフにして、フィールドの方へと目をやると、三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)が全て停車していた。その中央付近に立っている茜は、何故か西側の空を見上げていたのだった。そして、茜は左手で空の方を指差し、何か言っている様子だったが、その声は聞こえない。
 茜の声が通信で聞こえている天神ヶ﨑高校側の指揮所では、何やらざわめきが起きているのが見て取れた。
 上空からは、「シュルシュル」と空気を切り裂く様な音が、接近して来ている様に感じられる。そして、一番車の車長、藤田三尉からの通信が入るのだった。

「一番車藤田より指揮所、隊長!西の空に…。」

 大久保一尉は、通信を最後まで聞かずに席を立つと、格納庫の外へと飛び出して行った。吾妻一佐も、その後を追った。
 丁度(ちょうど)その時、そこに居た数人の携帯端末から、自治体からの『避難指示発令』を知らせる緊急メッセージの着信音が、一斉に鳴り始める。
 それぞれが自分の持つ携帯端末を確認している中、大久保一尉が格納庫の外に出て西の空を見上げると、百メートルから百五十メートル程上空を、三機の三角形の機影が東向きに飛行しているのが見えたのだった。間違い無く、エイリアン・ドローン『トライアングル』である。
 直ぐに、指揮所へと駆け戻った大久保一尉は、通信機のマイクを手に取り、指示を出す。

「全車、第二格納庫まで後退!急げ。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第11話.06)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-06 ****


 そして浮上戦車(ホバー・タンク)三番車の車内では、車長である元木一曹が、五百メートル先に立てられた白い旗の下で対面し、横一線に並ぶ浮上戦車(ホバー・タンク)に向かって一礼する茜の HDG を装着した姿を、正面のメインパネルで見乍(なが)ら、インカムに感想を漏らすのだった。

「おぉ、可愛い事するじゃないの。礼儀正しいねぇ。」

「こっちも姿勢制御で、お辞儀、返しましょうか?元木一曹。」

「あはは、まぁ、やめとこう。こっちが浮かれてるみたいで、隊長が怒りそうだ。」

「そうですね。しかし、あっち側の通信が聴けないのは残念ですよね。」

「何(なん)でよ?」

「だって、可愛い悲鳴とか、聴けたかも知れないじゃないですか。」

「日下部~。」

「何(なん)ですか?」

「…お前、趣味悪いよ。」

「スミマセン…。」

 そこに、大久保一尉の指示が三輌の各車長へと、聞こえて来る。

「指揮所より全車へ。では、第一回戦開始。先(ま)ずは、小手調べだ。一番、二番、三番の順で単縦陣、突撃。行け。」

 元木一曹のヘッド・セットには、続いて藤田三尉の返事が聞こえる。

「了解。一番車、単縦陣先頭、行きます。」

 続いて、二番車の車長である二宮一曹の声が聞こえる。

「二番車、一番車の後ろに着きます。」

 そして、元木一曹が通信に応える。

「三番車、二番車の後方に着きます。」

 その元木一曹の通信への返事を聞いて、運転席から日下部三曹が、インカムで確認して来るのだった。

「単縦陣、ですか?」

「そうだ、出せ。」

「了解。二番車の後ろに着きます。」

 三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)は、縦一列に並んで、HDG へと向かって加速して行く。
 そして、先頭車輌の藤田三尉からの指示が飛ぶ。

「一番車より各車、目標に動き無し。目標が手持ちのランチャーを構えたら、一番は右、二番は左へ展開して注意を引くから、三番車が仕留めなさい。」

 それを聞いた、三番車車長の元木一曹は「了解。」と返事をした後、運転席の日下部三曹にインカムで伝える。

「日下部、初(しょ)っ端(ぱな)に一番美味しい役が回ってきたぞ。前、二輌が左右に展開したら、突撃だ。」

「いやっほう~。」

 日下部三曹は、低い声で呟(つぶや)く様に、そう応えるのだった。


 一方、戦車隊の正面に立つ茜には、緒美からの通信が聞こえていた。

「仮想敵戦車隊、真っ直ぐ、一列になって突っ込んで行ってるわ。」

 茜はフェイス・シールドを降ろし、CPBL(荷電粒子ビーム・ランチャー)のフォア・グリップを起こし、銃身を下げた儘(まま)で、両側のマニピュレータで保持する。
 そして、少し戯(おど)けた口調で緒美に言った。

「見えてます。ジェット・ストリーム、って?」

「あはは、知ってる、それ。でも、踏み台にしちゃ、駄目よ。」

「解ってます。五メートル圏内に入られたら、負けですもんね。何か、指示は有りますか?部長。」

「任せるわ。天野さんのセンスで動いて。」

「では。行きます。」

 茜は CPBL銃口を下げた儘(まま)、地面を蹴って、二歩、三歩と前方へ向かって跳び出す。
 対向している浮上戦車(ホバー・タンク)一番車では、砲塔内のメインパネルで、その様子を見て藤田三尉が呟(つぶや)く。

「正面、突っ込んで来るわね。」

 その言葉を受け、一番車の運転席では、松下二曹が声を上げる。

「何よ馬鹿にして。チキン・レースでも仕掛けてる積もりでしょうか? この儘(まま)、跳ね飛ばしてやりましょうか、藤田三尉。」

「冗談は、よしなさい。」

 そして、藤田三尉が通信で指示を伝えるのだった。

「目標、接近。意外に相対速度が速い。一番車、右へ転進。」

 一番車が右へと進路を変えると、それに合わせて二番車が左へと進路を変更する。茜が六歩目の地面を蹴った、その瞬間、左右に分かれた浮上戦車(ホバー・タンク)が残した土煙の中から三番車が飛び出して来るのだった。
 しかし、三番車の砲塔内では、車長である元木一曹が視界の開けたメインパネルの中に、茜の HDG の姿を見付けられず、声を上げた。

「目標、ロスト!どこ行った?」

 元木一曹は砲塔上の視察装置(ペリスコープ)を左右に旋回させ、HDG の姿を探そうとするが、間も無く、車内に模擬被弾を知らせる「ピー」と言う、アラームの連続音が聞こえて来たのだった。

「おい、嘘だろぉ…。日下部、止めろ。」

 三番車がその場に停車し、視察装置(ペリスコープ)に因って確認出来る視界が、その背後に迄(まで)回った時、漸(ようや)く、元木一曹は HDG の姿を確認したのだ。そこに、大久保一尉からの通信が入る。

「指揮所より三番車。元木、日下部、お前等(ら)は撃破されたぞ。」

「隊長、何がどうなったんですか?」

「目標は上へジャンプしたんだよ。お前等(ら)の上を飛び越して、上から射撃された。目標は縦にも動けるぞ、注意して第二回戦だ、スタートライン迄(まで)、戻れ。」

「了解。日下部、スタートラインまで後退だ、出して呉れ。」

 運転席の日下部三曹には、大久保一尉からの通信は聞こえていない。なので、指示に従って三番車を動かしつつ、元木一曹にインカムで問い掛けるのだった。

「隊長、何ですって?」

「目標がジャンプして、俺等(ら)の上から射撃したんだと。」

「えぇ~そんなの有りなんですか?」

「有り、なんだろ。縦の動きに注意しろ、だってさ。」

「そりゃ、厄介ですね。」

「だな。」

 三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)が、赤い旗の後方へ向かって走行して行くのとは逆方向に、茜の HDG は一歩が五メートル程の跳躍を繰り返し、白い旗の方へと向かっていた。
 その様子を一番車の車内から、HMD を通して見ていた松下二曹が苦苦しく言うのだった。

「さっき、最初はトボトボと駆け足だったのに。」

「引っ掛けだった訳(わけ)ね。」

 そう、インカムで藤田三尉が応えると、大久保一尉からの通信が各車の車長に聞こえて来た。

「指揮所より各車。次は円陣からの波状攻撃だ、目標の縦の機動に注意しろ。行け。」

「了解。一番車、回頭して目標の右、側方へ。囲むわよ。」

 大久保一尉の指示に、藤田三尉は透(す)かさず反応した。それに、松下二曹が応え、浮上戦車(ホバー・タンク)一番車が信地旋回で車体の向きを変えると、その儘(まま)発進する。

「円陣、反時計回りですね。」

「そ。目標も前に出て来た、進路その儘(まま)。」

 一番車に続いて、二番車、三番車が、茜の HDG とは百メートル程の距離を取って、左手側を通過しては後方へと回り込み、茜を中心にして、上から見て反時計回りに HDG を取り囲んで周回し始める。

「囲まれちゃいましたね…。」

 インカムに聞こえて来た茜の声に、指揮所から緒美が応える。

「さっきの縦一列で突撃して来るのよりも一般的な、エイリアン・ドローンの地上での襲撃機動よ。背後から斬り掛かって来るから注意してね。兎に角、円の中心に何時(いつ)までも留まってると危険だわ。」

「試してみましょうか。」

 茜は、そう声を返すと、CPBL を構えて、目の前を横切る一輌に照準を合わせる。すると直ぐに、敵機接近注意の警報音が「ピー、ピー」と繰り返し鳴るのだった。それは、HDG に搭載されたセンサーではなく、LMF に搭載されている Ruby からの情報に因る物である。戦闘域外部から状況を監察している Ruby の、敵味方の位置関係を解析処理した情報が、データ・リンクを通じて、HDG にも共有されているのだ。
 脅威警戒情報は、HDG 背後からの敵機接近を、茜に知らせていた。
 茜は、身体ごと振り向き、斜め左前方から接近して来る浮上戦車(ホバー・タンク)を確認し、右方向へ横跳びする様に地面を蹴った。
 五メートル程の跳躍から着地すると、又、敵機接近注意の警報音が鳴り始める。先程躱(かわ)した一輌とは別の一輌が、再び、斜め後ろから接近して来ていた。

「成る程。」

 茜は、再び地面を蹴って、一ステップで回避するのだが、その後は同じ事の繰り返しになるのである。

「逃げてるだけじゃ、埒(らち)が明かない訳(わけ)ね。」

 再び接近注意の警報音が鳴り始めると、茜は斜面を登る方向へと身体の向きを変え、続けて三歩、跳躍を行う。その間に、右手側を百メートル程の距離を取って斜面を登る様に進行している一輌に CPBL銃口を向ける。
 その車輌は斜面を登りつつ、距離を保った儘(まま)で茜の前方へと回り込み、囲い込みから逃さない様にと、進路を取るのだった。そこで、三歩目の着地をした茜は、身体の向きを翻(ひるがえ)し、今度は右前方へ跳躍しつつ、左前方から斜面を登り乍(なが)ら茜に迫って来ていた一輌に狙いを定め、CPBL の引き金を引いた。茜には、その射撃の判定が命中なのかどうか、直ぐには分からない。
 狙った浮上戦車(ホバー・タンク)の進路、進行方向に対して左側方へ十メートル程離れた位置に着地した茜は、右手下側から斜面を登って来る、別のもう一輌に直様(すぐさま)照準を着け直し、CPBL の引き金を引いたのだった。その一輌が射撃を回避する為に向かって左方向へ急旋回すると、茜が最初に CPBL銃口を向けた浮上戦車(ホバー・タンク)が、前方を横切る様に視界に入って来た。
 咄嗟(とっさ)に、茜は照準をその一輌に合わせ、CPBL の引き金を絞ったのだ。
 第一射から、三射目迄(まで)に要した時間は、凡(およ)そ十秒である。模擬射撃を受けた三輌の浮上戦車(ホバー・タンク)は、間も無く、全車が停車したのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第11話.05)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-05 ****


「他に、質問は有るか?」

 大久保一尉は、隊員達からの質問が無い事を確認して、号令を掛ける。

「よし、では全員乗車。エンジンを始動し、通信チャンネル1で指示を待て。

 隊員一同は指示を受け、一斉に各自の乗機へと駆け上り、ハッチを開いて中へと入るのだった。
 大久保一尉は吾妻一佐の方へ向き直ると、声を掛けた。

「では、吾妻一佐。我々は指揮所へ。」

「ああ、行こうか。」

 二人は格納庫の入り口付近に設営された、指揮所とされるテーブルへ向かって歩き出す。その途上、吾妻一佐が大久保一尉に尋(たず)ねるのだった。

「今日、来ている人員は、若手ばかりの様子だが…。」

「能力に、不足はありません。」

「今日の対戦相手に就いて、情報を与えていないのかね?」

「必要ありませんので。相手が学生や素人(しろうと)と聞いて、なめて掛かる様では評価支援の任務は果たせません。ですので、全ての先入観を捨てろと、指示しました。」

「成る程。一尉は、彼女達が先日の襲撃事件の際、アレを実戦に持ち出した件、聞いているな?」

「一応。ですが、詳しい状況は非公開(クローズド)なので、その件に関しては評価出来ません。資料として頂いた、火力運用試験の映像を見た限りでは、なかなかに手強(てごわ)そうです。まぁ、うちの連中も、今日はいい経験が出来るのではないかと、期待しております。」

「そうか。楽しみだな。」

「はい。」

 吾妻一佐と大久保一尉は、互いにニヤリと笑うのだった。


 一方、天神ヶ崎高校側の指揮所とされるテーブルである。此方(こちら)では、何時(いつ)ものデバッグ用コンソールが立ち上がり、HDG と LMF、Ruby とのデータ・リンクが確立して、模擬戦の準備が整った所である。

「鬼塚~彼方(あちら)も、エンジンが掛かったみたいよ。」

 格納庫入り口の外側、茜の隣で陸上防衛軍の動向を眺(なが)めていた直美が、振り向いて緒美に声を掛けた。

「オーケー。新島ちゃんは、こっちで観測機のモニターをお願い。」

「はいよ~。」

 直美が数メートル前方の格納庫入り口前から、指揮所のテーブルへと戻って来るのを見乍(なが)ら、緒美はヘッド・セットのマイクを口元に引き上げ、声のトーンを少し下げて言うのだった。

「天野さん、最初の内は暫(しばら)く、スラスター・ユニットの使用は、ジャンプの補助程度に抑えてみましょうか。彼方(あちら)側は、飛行は出来ない訳(わけ)だし。」

 緒美達の通信は、チャンネル2に割り当てられた周波数を使用している為、防衛軍側には聞こえていない。同様に、防衛軍側の指揮通信も、天神ヶ崎高校側には聞こえないのである。

「そうですね。常時、空中に逃げちゃったら、勝負になりませんからね。解りました。」

 緒美のヘッド・セットに、茜の返事か聞こえる。緒美は答えた。

「取り敢えず、そう言う事でやってみましょう。」

 そこに、右手側へ二十メートル程離れた、防衛軍側の指揮所から大久保一尉の声が聞こえて来る。

「其方(そちら)の準備は、宜しいでしょうかー。」

「はーい。」

 緒美が、不慣れ乍(なが)らも出来るだけ大きな声で返事をし、右手を上げて見せる。
 すると緒美の背後から、飯田部長が大きな声でアシストするのである。

「何時(いつ)でもどうぞー。」

 緒美はヘッド・セットのマイクに向かって、少し離れて前方の、格納庫の外に立っている茜に、指示を伝える。

「じゃ、天野さん、模擬戦開始位置へ。気を付けて、無理はしないでね。」

「はい、行ってきます。」

 茜は、そう返事をするとフィールドの中央へ向かって、駆け足で進み出した。
 フィールドの中央付近には、二本の旗が立てられている。格納庫の前から遠い方、東側の赤い旗が防衛軍側のスタートライン、西側の白い旗が天神ヶ崎高校側のスタートラインで、それぞれの旗の間隔が五百メートルとなっている。双方が旗の後方に位置して正対した所から、模擬戦が開始されるのだ。

「あれ?ちょっと、緒美ちゃん…。」

 茜がスラスターを使わずに、駆け足で旗へと向かっているのに違和感を覚えた立花先生が、背後から歩み寄って、緒美に問い掛けて来た。立花先生は、先程の茜と緒美の遣り取りを聞いていないのである。

「…天野さん、スラスターを使ってないけど?」

「あぁ~まぁ、ハンデ、みたいな?」

 そう言うと、緒美はくすりと笑うのだった。そして、続けて言う。

「まぁ、見ててください。」

「トラブル…とかじゃないのね?」

「勿論。」

「分かった。」

 立花先生は、再び緒美の後列へ、飯田部長達が控える席に戻った。
 飯田部長や桜井一佐達が居る席の前にはモニターが二台、設置されており、そこには球形観測機からの画像が映し出されている。観測機から送られて来る映像は、当初はコントローラーのディスプレイでしか見られない仕様だったのだが、HDG や LMF のデータ・リンクでも撮影した画像を利用出来るよう、観測機のソフトウェアが改造されていた。ここで使用しているモニターには、そのデータ・リンクを利用するデバッグ用コンソールを介して、映像が表示されているのである。
 因(ちな)みに、観測機のソフトウェアの改造作業を担当したのが、クラウディアである。昨日の昼間、彼女が新しいモバイル PC で作業していたのが、このプログラム改造だったのだ。とは言え、プログラムの改造が前日で、翌日のぶっつけ本番となってしまった都合から、改造したプログラムがインストールされたのは、四機中の二機に留められたのである。従来のプログラムの儘(まま)の残り二機は、改造プログラムに不具合が有った場合の予備用として、待機状態とされていた。
 当然の事だが、同じデータ・リンクを使用する LMF のコックピットでも、観測機からの画像を見る事が出来る。その画像を見つつブリジットは、格納庫の前方東側に駐機している LMF のコックピットの中で待機していた。
 そして、その LMF の前を、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)三輌が、次々とフィールド内の赤い旗へ向かって、砂煙を巻き上げて疾走して行くのだった。
 そんな様子を格納庫の中、緒美の背中越しに眺(なが)めていた恵が、振り向いて、立花先生に尋(たず)ねる。

「あの浮上戦車(ホバー・タンク)、天野重工で作ってるヤツですよね?」

「そうね、改造してある、みたいだけど。」

 すると、立花先生の右隣の席から、飯田部長が解説を加える。

「砲塔からプラズマ砲を撤去してある分、軽くなってるから、機動性は可成り上がってると思うよ。」

「それは、エイリアン・ドローンの動作を模擬する為、でしょうか?」

 立花先生が問い掛けると、飯田部長は微笑んで答えた。

「だろうね。しかし、重量バランスが設計の状態から可成り変わってる筈(はず)だけど、ソフトの補正はやってあるのかな?陸上防衛軍(あちら)の技術部で、手当はして有るんだろうけど。」

 そこで、恵は飯田部長に問い掛ける。

「あの、車体の横側、何か取り付けてあるのは…。」

「あぁ、硬質ゴム製のブレード、エイリアン・ドローンの『鎌』を模擬した物だね。戦車同士の訓練の時は、アレが相手方にぶつかる迄(まで)、接近させるそうだ。」

「はぁ…成る程。そう言う事ですか。」

 恵は、少し呆(あき)れた様に、納得するのだった。
 そんな会話をしている内に、防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)は、赤い旗の位置まで到達し、方向を西向きに向けて待機状態となる。
 そこで、飯田部長の右隣に座る、桜井一佐が飯田部長に声を掛ける。

「飯田さん?最初から、三対一ですか?」

「ああ、はい。実際、エイリアン・ドローンは基本、三機一組で行動するパターンが多いですから。一対一で勝てても、余り意味は無いので。」

「成る程、自信がお有りの様ね。」

 微笑んで、そう尋(たず)ねる桜井一佐に対し、飯田部長もニヤリと笑い返す。

「まぁ、ご覧になっててください。」


 HDG と対峙するべく待機する、浮上戦車(ホバー・タンク)一番車の車内では、運転席の松下二曹が、前方を駆け足で模擬戦開始位置へと向かう茜の HDG の様子を見乍(なが)ら、車内後方の砲塔下の車長、藤田三尉にインカムで伝えるのだった。

「あんな、トロトロとしか移動できないようで、わたし達と勝負になるんでしょうか?」

「隊長が、先入観は捨てろって言ってたでしょ。こっちは全力で、お相手するだけよ。」

「了解。全力でぶちのめしてやりましょう。」

「あはは、今日は随分と、言う事が過激じゃない、智里(トモリ)ちゃん。」

 藤田三尉は、車内のインカムでは松下二曹を名字ではなく、名前で呼ぶのだった。

「そうですか?何時(いつ)も通りですよ。」

 平静を装って、そう答えた松下二曹だったが、実際は茜達、天神ヶ崎高校の面面への対抗意識で胸が一杯だったのだ。実は、松下二曹は曾(かつ)て、高校受験当時に天神ヶ崎高校を受験しており、結果、不合格だったと言う過去を持っていたのである。
 その頃は技術者志望だった松下二曹は、天神ヶ﨑高校の特別課程を受験し、筆記試験の自己採点では充分に解答できた感触も得ていたし、面接でも大きなミスをした覚えは無かったのだが、それでも結果は彼女の意には沿わない物だったのである。当然、不合格の理由は本人には通知されないのだが、その一件は彼女の経歴(キャリア)の中で、唯一と言っていい汚点であり、苦い経験なのだった。
 その後は、一般高校から工学系の大学と進学する間に紆余曲折が有って、高校受験当時志望した技術者としてではなく防衛軍へと進み、何らかの縁も有ったのか、適性が有ると判断されて戦車部隊に所属している訳(わけ)なのである。勿論、そんな経緯は現在所属する隊の人達は、誰一人として知らないし、打ち明ける気も無い。
 徒(ただ)、曾(かつ)ての自分を否定した天神ヶ崎高校に、一泡吹かせてやる事が出来れば、嫌な思い出を乗り越える事が出来る、そんな気持ちが有った事には間違いないのである。

 そんな一方で、浮上戦車(ホバー・タンク)二番車の車内では、車長の二宮一曹が、運転席の江藤三曹に注意を促(うなが)していた。

「江藤、間違ってもぶつけるなよ。ゴム製のブレードでも、こいつのスピードで引っ掛けたら、相手は大怪我だからな。」

「分かってます。」

 江藤三曹は、HMD(ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ)を顔面へと降ろし、ディスプレイ表示の輝度を微調整する。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第11話.04)

第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール

**** 11-04 ****


 演習場は山腹の北側斜面を造成して整備されているのであるが、その大部分は緩(ゆる)やかな斜面である。その敷地の北端部は、ほぼ水平に整地されていて、そこに管理棟と、その西側に八十メートル程の間隔を空けて、間口が三十メートル程の、蒲鉾(かまぼこ)形の屋根を持った格納庫が四棟、並べて建てられている。
 この格納庫の中には、常に何かが収められている訳(わけ)ではなく、演習が行われる度(たび)に、必要に応じて演習で使用される資材が運び込まれたり、雨天時の機材整備や資材保管を行う際に使用されるのだった。
 その一番東側の第一格納庫の東側前方に、天野重工のトランスポーター等の車輌が駐車されており、陸上防衛軍の浮上戦車(ホバー・タンク)が三輌、第二格納庫の前に並べられている。
 第一格納庫の南側大扉は開放され、入り口付近の東側端に天野重工の指揮所が、間隔を空けて西側端には陸上防衛軍の指揮所が設置されていた。その為、前回の火力運用試験の時の様な天幕が、今回は張られていないのである。
 取り敢えず、茜とブリジットはトイレに行った後、学校のマイクロバスへと乗り込み、車内の前後左右のカーテンを閉めて、インナー・スーツへと着替えていた。
 緒美と樹里は、トランスポーター荷台上、LMF 後方下部のメンテナンス・ハッチへと向かい、Ruby の再起動作業である。前回は電源車を持ち込んで LMF の起動時電源を確保していたのだが、今回はトランスポーターの電源系統を改造して、そこから LMF への起動電源が賄(まかな)える用意がされていた。
 直美を含む残りの五名は大塚や倉森、新田と言った天野重工試作部のメンバーと共に、小型コンテナ車からデバッグ用コンソールや球形観測機等、試験を観測する為の機材を順番に降ろし、機材のセットアップ準備を進めていった。
 そんな様子を、支度のほぼ終わった陸上防衛軍、戦技研究隊の面面は遠目に眺(なが)めていたのである。

 一番車の前に藤田三尉が立ち、天野重工側の様子を見ていると、二番車車長の二宮一曹が近寄り、話し掛けて来る。

「藤田三尉は、今日の対戦相手が、あのお嬢さん達だって、御存知だったんですか?」

「いいえ、その事に関しては聞かされてはいなかったわね。わたしもビックリよ。」

 そこに、三番車車長の元木一曹が加わる。

「自分は、今日の相手は開発中の新兵器だって、聞いていたんですが。」

「それは、全員がそうでしょ。」

「でも、それがどんな兵器なのかは、隊長の他は誰も聞いてないんですよね。」

 二宮一曹が呆(あき)れ気味に、そう翻(こぼ)すと、操縦員の三名も集まって来るのだった。その操縦員の中では一番年上の女性隊員、松下が揶揄(やゆ)する様に言った。

「新兵器って言ったって、あんな子供が相手では。ですよね、藤田三尉。」

 そう話を振られた藤田三尉は、微笑んで言うのだった。

「そうでも無いかもよ。何たって、天野重工が自社の技術者養成の為に運営してる、天神ヶ崎の生徒さんらしいから。」

「有名な学校なんですか?その、天神ヶ﨑って。」

 聞き返したのは、二宮一曹である。それに藤田三尉が、答える。

「ええ。天神ヶ崎ってのは高校なんだけど、下手すると、東大よりも難関だって言う人もいるそうだから。」

「へえ、よく御存知ですね、藤田三尉。」

 感心気(げ)に、そう言ったのは元木一曹だった。

「まぁね。実は、うちの子が再来年、天神ヶ崎を受験するって、頑張ってるんだけど。先生の話だと、なかなか、難しいらしくって。」

雄大君、優秀なのに?」

「今の成績じゃあ、五分五分だって言われてるのよねぇ。」

 藤田三尉と元木一曹が、そんな会話をしている所で、二宮一曹が声を上げるのだった。

「あぁ、思い出した。天神ヶ崎って、社員待遇で学校通って、給料まで貰えるって、聞いた事が有る。その学校ですか?」

「その言い方には、語弊(ごへい)が有るけど。まぁ、そう言う事らしいわね。」

 と、藤田三尉が答えた時、日下部三曹が頓狂(とんきょう)な事を言い出すのだった。

「って事は、あの子達、女子高生ですか? 女子高生って、もっとこう、スカートが短かったり、髪の毛染めてたり、変な略語、喋(しゃべ)ったりするんじゃないですか?」

「まぁ、確かに、金髪に赤毛の子も居たけどねぇ。」

 日下部三曹に付き合って、冗談を言うのは元木一曹である。

「アレは、留学生か何かでしょう?元木一曹。」

 日下部三曹が的外れな突っ込みをする一方で、藤田三尉は呆(あき)れる様に言葉を返すのだった。

「何時(いつ)の時代の女子高生よ、それ。そんなのが流行ってたのは、あなたのお婆ちゃんが高校生だった頃じゃない?」

「えぇ~知りませんよ。自分、高校は男子校でしたから。」

 そこで、松下二曹が苦笑いしつつ、言うのだった。

「いや、まぁ、今でも学校に依っては、そんなタイプの女子生徒も居ますけどね。主流では、ないでしょうけど。」

「そうなの?一周回って、又、流行ったりするのかしら。わたし達の時代(ころ)は、そんなのは徹底的に馬鹿にしてたんだけど。」

 女性二人の反応とは別に、元木一曹は下世話な話題を日下部三曹に振るのだった。

「日下部は、好みの子とかいたかい?あの位(くらい)の歳のアイドルとか、好きだったろ。」

「いい学校の生徒さんなんでしょう? 頭の良過ぎる女の子は、自分、苦手ですよ~元木一曹。」

「そうかい? 俺は、あの先生とか、タイプだけどね~。」

 そんな二人の会話に、笑って、二宮一曹が突っ込むのだった。

「元木は、相変わらず年上が好きだねぇ。」

「ほっといてください、二宮一曹。」

 そんな折り、黙って天野重工側の動向を眺(なが)めていた江藤三曹が、突然声を上げた。

「あ、彼方(あちら)の浮上戦車(ホバー・タンク)、動くみたいですよ。」

 陸上防衛軍、戦技研究隊一同にも、LMF のメイン・エンジンが起動する音が、聞こえて来ていた。江藤三曹の発言を機に、一同が、其方(そちら)に視線を向ける。
 そして、二宮一曹が江藤三曹に尋(たず)ねるのだった。

「江藤、アレ、何時(いつ)の間に、ドライバーが乗車したんだ?」

「ずっと見てましたけど、誰かが乗り込んだ様子は無かったですね。あれ、前部分が操縦席の様なんですが、ハッチはずっと、閉まった儘(まま)でしたから。」

 訝(いぶか)し気(げ)に、藤田三尉が聞き返す。

「どう言う事?」

「どう、と言われましても。今は無人で動いているのか、でなければ、ずっと前から誰かが乗っていたのか。」

「ドライバーは、あの赤毛の子だったよね。ほら、あの黒いスーツの…。」

 元木一曹が、LMF が乗せられたトランスポーターの方へ歩いて来る、インナー・スーツに着替えたブリッジとを指差して言うのだった。そして、一同の視線の先では、インナー・スーツに着替えた茜が、HDG 専用のコンテナ車の解放された後部ランプを上がって行くのが見て取れた。
 その一方で、トランスポーターの荷台上で、LMF が立ち上がる様に、中間モードへと移行する。

「うわぁ、変形しましたよ。昔のアニメみたいだなぁ。」

 真っ先に声を上げたのが、江藤三曹だった。一同の視線の先では、LMF がトランスポーターの荷台上から、歩行に因って降りる光景が展開している。

「マジかよ、歩いてるぜ…アレ、腕が有るって事は、エイリアン・ドローンと殴り合いでもさせる気かな?天野重工は。」

 呆(あき)れ気味に、そう言ったのは、元木一曹である。それに、松下二曹が続いた。

「まさか。しっかし、プラズマ砲二連装って。市街戦じゃ強力過ぎて、使い物になるのかしら…。」

「あ、元に戻った。」

 江藤三曹が声に出した通り、LMF は地上に降りた後、直ぐに通常の高速機動モードに移行したのだった。そして、コックピット・ブロックのキャノピーが開く。

「あ、ほら、ハッチが開きますよ、二宮一曹。」

「あぁ…あ、矢っ張り、無人だったんだな。あれもドローンなのか?」

「そうでもないみたい、ですね。ほら、ドライバーが…。」

 キャノピーが開くと、ブリジットが器用に LMF の機体を駆け上り、バイク形式の操縦席に着くのだが、その様子を見て、元木一曹が声を上げる。

「何だ?あの姿勢で操縦するの?」

「何だか、天野重工は変な物を持ち込んで来たね~。」

 二宮一曹は苦笑いしつつ、そう感想を漏らすのだった。
 そして、茜が装着した HDG が、専用コンテナから歩いて出て来ると、江藤三曹が又、声を上げる。

「あ~、何だ?あれは…。」

「そう言えば、隊長が『パワード・スーツ』がどうとか、言ってたよなぁ、さっき。」

 二宮一曹に続いて、元木一曹が藤田三尉に問い掛ける。

「あの人形みたいのが、今日の相手なんですか?藤田三尉。」

「でしょうね。わたしも聞いてないけど。」

 そこへ、大久保一尉と吾妻一佐が歩み寄って来るのに一同は気付き、整列し姿勢を正すのだった。
 大久保一尉は、隊員の前に立ち、声を上げる。

「よし、楽にして呉れ。天野重工側も準備が出来た様子なので、本日の模擬戦に就いて詳細を伝達する。と、言っても、皆がやるべき事は何時(いつ)もと変わらん。全ての先入観を捨てて、訓練通りにエイリアン・ドローンの機動を再現し、相手方の評価作業の支援を行うのが、我々の任務だ。形式上、模擬戦ではあるが、勝ち負けに拘(こだわ)る必要は無い。 模擬戦は最初に、試作パワード・スーツと十回戦、その後、試作浮上戦車(ホバー・タンク)と十回戦を行う。先方と此方(こちら)、両者の間隔を五百メートル以上空けて正対した状態から開始し、何方(どちら)か一方が撃破判定となった時点で、一回戦が終了。速やかに両者の間隔を五百メートル以上空けて再度正対し、次回戦を開始する。使用する兵装は、先方は荷電粒子ランチャー及び、プラズマ砲であるが、どちらも、実射はせず、彼方(あちら)側に装着された発信器と、此方(こちら)側の受信機に因って命中の判定を行う、通常の運用だ。これに因り、命中判定が出れば、此方(こちら)側が撃破判定。 我々の側は、相手の五メートル圏内迄(まで)接近すれば、相手側が撃破判定となる。相手は試作機であるから、接触はしない様に気を付けろ。特に、試作パワード・スーツに就いては、絶対にぶつけるなよ。 以上、何か質問は有るか?」

 藤田三尉が手を挙げ、発言する。

「模擬戦は一対一で、ですか?」

「先方は一機、此方(こちら)は何時(いつ)も通り三機の編成、だ。」

 回答を聞いて一同の表情が曇るのを見て、大久保一尉は言葉を続けた。

「これは、性能評価の為、先方が指定して来た条件だ。天野重工側は、相当の自信が有る物と見られる。油断はするなよ。」

 一同は声を揃(そろ)え、「はい。」と答えたのだった。

 

- to be continued …-

 

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