第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ
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「防衛軍(そちら)は任務遂行の邪魔をされたとお怒りの御様子ですが…成り行きとは言え、自身と周囲の友人達、それに学校とその所在する地域、そう言った諸諸(もろもろ)の物を守る為に、彼女は自身を危険に曝(さら)したんですよ。本来なら、民間人を守るのが、防衛軍の任務ではないですか。それなのに当社の、将来の幹部社員とするべく育成中の若者が、過度なリスクを背負って事態に対処せざるを得なかったのです。その上、この様な場に呼び出されて、理不尽な物言いをされる。怒りたいのは、此方(こちら)の方です。」
その言葉を聞いて、伊沢三佐は、苦々しく反論する。
「ですから、我々は民間の方(かた)の戦闘への参加は望んでいない。余計な事はしないで呉れ、と言っているんです。」
「何ですか、余計な事って!」
透(す)かさず声を上げたのは、立花先生である。その剣幕に驚いている伊沢三佐を向こうに、立花先生は発言を続ける。
「彼女達が行動した四回は全て、そうしなければ被害が出ていた状況なんですよ。二度目の時、現場には四十人近い防衛軍の方々が居ましたが、その時だって彼女達の行動が無ければ、何人の犠牲が出ていたか。」
その発言に対して、釈明する様に藤牧一尉が声を発したのである。
「防衛軍所属の者(もの)なら、何時(いつ)だって覚悟は出来ています。」
立花先生は顔を顰(しか)めて、言葉を返すのだ。
「あの時、現場に居た陸防のお偉い方も、同じ事を仰(おっしゃ)ってましたけど。彼女が心配したのは、防衛軍の方々の、御家族の気持ちです。だからこそ鬼塚さんも、最終的に応戦の指揮を執ったんですよ。鬼塚さんには、防衛軍で殉職した身内が居ますから。」
防衛軍と防衛省、正面に座って居る四人の表情が曇ったのが解ったが、立花先生は構わず発言を続ける。
「それに、エイリアン・ドローンへの対地攻撃に巻き込まれて友人を失った者(もの)も、兵器開発部のメンバーには居(お)ります。そう言った周辺被害を最小化出来る装備として、HDG の開発には意義と可能性が有るんです。勿論、子細に就いてを秘密にしている都合上、防衛軍の方々が、それをご存じないのは仕方が無い事と理解はします。ですが、情報を伏せているのには、相応の理由が有っての事です。それ位の事は、機密事項を扱う事も有る防衛軍の、増してや司令部の方なら、お解りになるでしょう?」
一瞬、言葉に詰まった藤牧一尉は悔(くや)し紛(まぎ)れに、最後で精一杯の嫌味を捻(ひね)り出して、そしてそれを口にしたのだ。
「随分と御立派な事を仰(おっしゃ)っている様子ですが、余所(よそ)様から預かっている御子息に危険な事をさせて、何だかんだと正当化されていらっしゃる。その態度は学校とか企業として、如何(いかが)なものですかね。」
流石に、その物言いには飯田部長もカッとなって、右の掌(てのひら)でテーブルを叩き、声を上げた。
「テスト・ドライバーを務めている子は、天野重工会長のお孫さんですよ、何か文句が有りますか!」
正面に並ぶ四名が、その剣幕に唖然としているのだが、飯田部長は言葉を続けるのだ。
「会長は、矢面(やおもて)に立っているのが、御自分の孫娘であるから、現状を容認しているんですよ。そうでなかったら、一回目の戦闘が起きた時点で、開発業務を本社に戻してます。もし、そうなっていたら、どうなるとお思いですか? その場合、政府から依頼されている開発作業がスケジュールに乗らなくなりますよ。その影響で、一番最初に皺寄(しわよ)せが行くのは、一線に立っている防衛軍部隊になるの位、想像がお付きになるでしょう? 勿論、未成年者に頼らざるを得ない現状が、大人として情け無い状況なのは百も承知です。が、今は彼女達の能力を活用して、円滑に開発を進めるしかない、そう言う時期なんですよ。下らないプライドや言い掛かりで、此方(こちら)の業務の邪魔をしないで頂きたい。」
そこで再び、防衛省のお役人が仲裁に入るのだった。
「まあまあ、飯田さん。天野重工さんには、一方(ひとかた)ならぬ御協力を頂いている事をですね、我々も十二分(じゅうにぶん)に理解してますから。 防衛軍部隊の方(ほう)も、現場で身体を張っている事には、後方の我々も敬意を抱いていますが…だが、わたし達事務方や、民間企業さんの協力も無くしては、現場での戦いを維持出来ないのが現代戦ですから。その辺り、忘れないで居て欲しいものですな。」
「それは、勿論。」
お役人の言葉を受けて、渋い顔で伊沢三佐は応えた。藤牧一尉も姿勢を正して「失礼しました。」と、防衛省に向けてなのか、天野重工に向けてなのか、何方(どちら)とも付かない一言を発したのである。
それを受けて、防衛省のお役人は飯田部長に向かって言うのだ。
「お互い、開示出来ない情報は有りますから、まぁ、感情が行き違う場面も有りますが。天野重工さんには、今後も変わらず御協力を頂けると、防衛省としても大いに助かります。」
そう言って向けられる作り笑顔に、飯田部長も表情の緊張を少し緩(ゆる)めて応じるのだ。
「勿論、取り交わした契約は、可能な限り履行するべく努力するのが民間企業の矜持(きょうじ)ですから。そこに個人的な感情が入る余地は御座いませんので、御心配無く。とは言え、契約の条件や状況が変われば、それはその都度(つど)、御相談させてください、と言う事で宜しいですか。」
「ええ、それは、もう。 防衛軍部隊の方(ほう)からは、他に何か有りますか?」
防衛省のお役人が敢えて、伊沢三佐に水を向けるのだが、「いえ、もう結構。」と言葉少なに答えるのみだった。それ以降、防衛軍の二人は、完全に戦意を喪失してしまった様子である。
その後は防衛省のお役人が主導して、先日の報告書の読み合わせが形式的に行われたのだが、要所毎(ごと)に「防衛軍部隊の方(ほう)は、宜しいですか?」と問われても、伊沢三佐か藤牧一尉は、徒(ただ)、「了解した。」と応えるのみだった。
そうして結局、恵は特に発言を求められる事も無い儘(まま)、会合は終了してしまったのである。
午後二時を過ぎた頃には一行は防衛省を出て、遅めのランチへと蒲田の運転する社有車で、飯田部長ら重役達の馴染みの寿司屋へと向かっていた。
「会長と合流する事になりましたので、大将が特別に店を開けて呉れるそうで。普段なら、午後の仕込みで店を閉めてる時間なんですけどね。」
「そうか、それなら他の客は居ないだろうから、今日の報告も済ませてしまえるな。」
蒲田と飯田部長が、そんな会話をしているので立花先生が蒲田に尋(たず)ねる。
「会長と合流って事は、プランB発動ですか?」
「そう言う事になりますね。」
その遣り取りに、後席から恵が問い掛けるのだ。
「何ですか?プランBって。」
立花先生は後席へと振り向いて、説明をする。
「ほら、帰りのチケット、買ってないでしょ。会長、理事長の予定が合えば、帰りは社用機でって事だったのよ。」
「ああ、それがプランBですか。」
そう納得して声を返す恵に、飯田部長が話し掛けるのだった。
「食事が済んだら、我々とは、お別れだな。今日はご苦労だったね、森村君。立花君も。」
「いえ、結局、わたしは殆(ほとん)ど、座ってただけでしたけど。」
微笑んで恵は、飯田部長に応えた。そして、ふと思った事を飯田部長に訊(き)いてみる。
「そう言えば、防衛軍の人達は結局、天神ヶ﨑の生徒を呼んで、何を訊(き)きたかったのでしょうか?」
そう問い掛けられた飯田部長は苦笑いのあと、答えたのである。
「鬼塚君か天野君が来ていたら、直接、何か言う積もりだったのか。或いは呼び付けておいて放置する、徒(ただ)の嫌がらせだったのか。」
「何方(どちら)にしても、随分(ずいぶん)と大人気(おとなげ)無いですね。」
「全くだ。まぁ、それだけ頭に来ていたんだろうがな。」
「確かに、会議室に入った時から、あの制服のお二人からは、怒りのオーラみたいのが立ち上(のぼ)ってましたからね。飯田部長と立花先生が怒って見せたので、漸(ようや)く正気に戻った感じでしたけど。根っからの真面目な方(かた)達なんでしょう、きっと。」
恵の人物評を聞いて、飯田部長はニヤリと笑い、応えたのだ。
「あれも善し悪しでね。こっちが怒ると、相手も更に激高(げきこう)する場合も有るから、交渉や会談の場で感情的になるのは、成(な)る可(べ)くなら避けた方がいいんだが。」
「それはそうですけど、相手次第ではありませんか? 少なくとも、今日のお二人には有効だと、そう思われたのでは。」
「まあ、ね。それじゃ森村君、防衛省からの出席者に就いては、どう見たのかな?」
「正面に座って居たお二人は、初めから味方だった様に思います。 まぁ、如何(いか)にもお役人らしい感じの掴(つか)めなさは感じましたけど、わたし達に向けての悪意みたいなのは無かったので、話は通じる相手かと。徒(ただ)…」
言葉に詰まった、恵の表情が曇る。飯田部長は、言葉の続きを待って尋(たず)ねた。
「徒(ただ)、何(なん)だい?」
恵は、少し逡巡(しゅんじゅん)して、言葉を選び声を発したのである。
「…あの、和多田さん?でしたか、あの人は…何と言うか、久し振りに、あの手の『ヤバい』人を見ました。天神ヶ﨑に来て以来この二年間、あの手の人種に遭う事が無かったので、感覚的に忘れてましたけど、世の中には、あんな人も居るって事。」
「『ヤバイ』人?和多田さんが。」
飯田部長に聞き直され、恵は頷(うなず)いて語る。
「はい。自分の利益や目的の為なら、手段を選ばないとか、平気で嘘が吐(つ)けるとか、そう言った類(たぐい)の、誠実さとは対極にある感じの『ヤバさ』ですね。飯田部長は、あの方(かた)とは以前から?」
「ああ、あの人は前の防衛省事務次官で、わたしも防衛省との関わりは長いから、全くの知らない人ではないが…確かに、以前から良くない噂も聞いてはいたが。」
そこで、助手席から振り向いて、立花先生が問い掛けて来る。
「それって、どんな噂なんですか?部長。」
「ああ、賄賂(わいろ)とか汚職とか、その手の話さ。天野重工(うち)は、その手の話とは縁が無いから、詳しい事例は知らないよ。」
微笑んで恵が「無いんですか?」と訊(き)いて来るので、飯田部長は笑って答える。
「無いよ。天野重工は会長が社長の頃からの方針で、技術力で勝負して馬鹿正直な商売しかしてないからね。それで、同業他社からは『商売が下手クソだ』とか『儲ける気が無いのか』って、からかわれてる位(ぐらい)だ。」
再び、立花先生が問い掛ける。
「そう言えば、選挙がどうとか、云われてましたけど。」
「ああ、次の衆院選で、与党から出馬するってのが、ウチの業界じゃ専(もっぱ)らの噂だ。その為に、今、防衛大臣の補佐官とかやってるんだろうから。まぁ、最年少位(くらい)で事務次官にまで出世したエリートで、防衛省には顔が利くから、与党としても利用価値は有るって事なんだろうけどね。」
その説明を聞いて、恵は心底から嫌そうな表情で言った。
「衆院選って。多分、一番、政治家にしちゃいけないタイプの人ですよ、あの人。その、汚職の噂って、本当に大丈夫なんでしょうか?」
その懸念に対し、飯田部長は事も無げに答えるのだ。
「さあ、大丈夫だから、未だに捕まってないんじゃないかな。噂自体は何年も前から有るんだから、それが本当だったのなら、疾(と)っくに逮捕とか起訴されてるだろう?」
「なら、いいんですけど。でも、あの方(かた)と関わるのは、部長もお気を付けになってください。恵ちゃんの人を見る目は、確かですから。」
そう、真面目な顔で飯田部長に忠言する立花先生に、恵が抗議するのだった。
「もう、立花先生まで。緒美ちゃんの言う事、真に受けないでください。」
そんな恵に、飯田部長が意外な事を言い出すのだ。
「あはは、そうでもないさ、森村君。 実はね、今回キミに出席して貰ったのは、その『目』に就いて、どんな感じなのか、確認させて貰う意図も有ってね。人事部の方から、依頼されていたんだ。」
「どう言う事です?それは。」
怪訝(けげん)な顔付きで尋(たず)ねる恵に、笑顔で飯田部長は答える。
「その鬼塚君の、キミに対する評価も、勿論、此方(こちら)には伝わって来ては居るんだが、それ以前にね、入試の面接の時点で、森村君の特性に就いては人事部が目を付けていたそうでね。」
「人事部が、ですか?」
恵は苦笑いで、言葉を返した。飯田部長は、話を続ける。
「森村君がさっき云っていた様にね、天野重工(ほんしゃ)や天神ヶ﨑(がっこう)に『質(たち)の悪い』人物が居ないのは、人事部が採用時に人柄を見極めているからなんだ。問題を起こしそうな人間は、採用しないのに限るからね。だから会社としては、そう言った目の利く人材は、一人でも多く確保したいんだよね。」
「あの、そう言うのは、心理学とかを勉強した方(かた)の方(ほう)が、宜しいんじゃないでしょうか? その辺り、わたしは素人(しろうと)ですよ。」
「それじゃ、キミはさっきみたいな判断を、どうやって付けているんだい?」
「表情や口調、身振りとか仕草とか、そう言った全体の雰囲気から、何と無くそう感じる程度の話です。言ってしまえば、徒(ただ)の『勘(かん)』ですよ。何か体系的な、判断基準が有る訳(わけ)じゃありません。それに…折角、天神ヶ﨑で学んだ技術系の専門教科が、無駄になってしまうじゃないですか?」
「天野重工は技術者が中心の会社だからね、人事部も技術音痴じゃ色々と困るから、技術系の解る人材も必要なんだよ。まぁ、天神ヶ﨑の特課卒業生が人事部に行った事例は、流石に、まだ無いんだけどね。普通課の卒業生なら、一般大経由で人事部に入ったのは何人か居るらしいが。」
飯田部長の説明を聞いて、恵は愛想笑いで「はあ。」とだけ応えた。
「まあ、今直(います)ぐ、どうこうって話じゃないから。来年になったら、配属先の希望とか聞き取りも有るだろうし、スカウトしたい部署からの面談の要請とかも来るだろうから。その時迄(まで)に、考えておいて呉れたらいいよ。 とは言え、皆(みんな)が皆(みんな)、希望の配属先に行ける訳(わけ)でも無いし、本人の希望と適性が一致するとも限らないからね。その辺りの摺(す)り合わせをするのも、人事部の仕事だ。」
云われてみれば、去年も一昨年も、当時の三年生の先輩達が、今の時期辺りから卒業後の配属先に就いて話題にしていた事を、恵は思い出していた。一年生の頃から学年毎(ごと)にトップの成績を維持し、兵器開発部でも成果を上げている、緒美の様な生徒ならば早い時期から、そう言った話も来るだろうとは恵も思っていたのだが。まさか自分の様な目立たない生徒に、そんな話が舞い込んで来るとは、恵は想像だにしていなかったのである。
徒(ただ)、目立っていないと思っているのは、実際は恵本人だけで、天野重工本社から見れば兵器開発部のメンバーだと言うだけで十分(じゅぶん)に注目に値する存在であるし、学校の方では十数人の男子生徒を袖にした件も有り、本人の知らない所で彼女は勇名を馳せていたのである。勿論、学年トップの成績を維持し続けている『鬼塚 緒美』の一番近い友人としても知られていたし、人を寄せ付けない雰囲気である緒美の、唯一と言っていい窓口としても有名だった。因(ちな)みに、もう一人の、緒美の窓口とされていたのが直美ではなく、立花先生なのである。それは兎も角、その様な学校内の有名人であっても、彼女の独特の人当たりの良さも手伝って、恵を嫌う人間は、ほぼ皆無だった。それは、彼女に振られた男子生徒でさえも、そうだったのだ。
「そう言えば、恵ちゃん…。」
助手席から振り向く様にして、立花先生が恵に声を掛けて来る。
「…緒美ちゃんが、恵ちゃんの事『人を見る目が有る』って言い出したのって、どんな切っ掛けが?」
それには恵が、困り顔で答えるのだった。
「そんなの、こっちが聞きたいです。緒美ちゃんは中二の頃から、そんな風(ふう)に言う様になってましたけど。何が切っ掛けなのか、少なくとも、わたしには心当たりは有りません。気になるなら、緒美ちゃんに聞いてみてください。」
「あははは、案外、当人はそんなものだろうかな。」
隣の席で、飯田部長が笑うので、何故か急に恥ずかしくなる恵だった。
「そう、じゃぁ今度、緒美ちゃんに聞いてみるわ。」
そう、立花先生が言うので、恵は慌てて声を返すのだ。
「いえ、止めてください、先生。何だか恥ずかしいですから。」
疾走する車内で、そんな遣り取りが有りつつ、一行は天野理事長との合流先の店へと向かったのである。
- to be continued …-
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