第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ
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2072年9月12日・月曜日。防衛省での会合の翌日だが、天神ヶ﨑高校では普段通りの月曜日である。
何か違う事が有るかと言えば、この翌日が前期期末試験期間初日の一週間前に当たるので、全ての部活が一旦(いったん)、この日迄(まで)の活動となる事である。翌日から期末試験終了日迄(まで)は、全ての部活動が休止となるのは中間試験の折(おり)と同様なのだ。勿論、それは兵器開発部も例外ではない。
兵器開発部に就いては、もう一つ普段と違う事に、本社試作工場から飛来した大型輸送ヘリが HDG-A01 をメンテナンス・リグごと積み込んで、試作工場へと搬送して行ったのである。
それは二週間程の先に予定されている、HDG-A01 用の拡張装備である AMF(Aerial Mobile Frame:空中機動フレーム)に、HDG-A01 のハード側対応改修を実施する為の移送だった。
HDG の開発計画に於いての AMF は、単体で飛行能力を付与されている HDG-B01 に比べて更に大型の機材となっており、LMF(Land Mobile Frame:陸上機動フレーム)の規模が戦車程であった様に、AMF は戦闘機程の大きさを有する拡張装備なのである。HDG を核とする航空戦装備の形態として、B号機の様な小型軽量な機体と AMF の様な大型の機体とでは何方(どちら)が有利な形態のなのか、その比較検証を行うのが AMF 試作機の役割なのである。
そんな訳(わけ)で、当面の間、HDG を装備出来なくなってしまった茜はと言うと、この日は引き続き、九堂と共にブリジットの稽古(けいこ)相手を務めていたのだった。
この日は九堂に因る基礎動作の講習、その三日目だったが、流石にブリジットの運動に関する勘(かん)は鋭く、茜と九堂が交互に連続して仕掛ける打ち込みを、ブリジットが一人で捌(さば)ける程度には達していた。そして、その日の稽古(けいこ)が一区切りの付いた所で、九堂はブリジットに言ったのである。
「凄いわね、もう基礎動作は大体、身体に入った感じね。あとはもう少し、腰を落とした方がいいのかな。ブリジットは背が高いし。まあ、それは空中戦じゃ、余り関係無いかもだけど。」
「うん、次からは、もう少し意識してみる。」
「それから、これは茜も、だけど。 こう、相手の打ち込みを正面で受けるのは、止めた方がいいと思うの。」
九堂は手にしていた木製の薙刀(なぎなた)を正面頭上へ横向きに掲げ、打ち込みを受け止める動作をして見せる。
「実戦でこうやって相手の刃物を受けるとさ、相手側の切れ味にも依るけど、こっち側の武器が切られたり、折られたりする可能性が有るでしょ。」
九堂の説明を聞き、茜は頷(うなず)いて言うのだ。
「成る程、そうね。竹刀(しない)や木刀なら、気にする必要も無かったけど、確かにそうだわ。」
「でね、茜、ちょっと、前から打ち込んで来てみて。ブリジットは見ててね。」
九堂は腰を落とし、薙刀の木刀を下段に構える。それに対して、茜は竹刀(しない)を中段に構え、九堂に対峙(たいじ)する。そして茜に、九堂が声を掛けるのだ。
「どうぞ、茜。」
「それじゃ、行くよ、要(カナメ)ちゃん。」
茜は竹刀(しない)を振り上げると、九堂に向かって踏み込み、面(メン)を狙って振り下ろした。その瞬間、九堂は薙刀(なぎなた)の切っ先を床面から振り上げ、茜の振り下ろす竹刀(しない)を向かって右側へ払い除け、同時に左へと身体を進めて、茜の突進を躱(かわ)したのだ。
足を止めると九堂は、ブリジットに向かって言った。
「こんな感じ。解る?ブリジット。」
「受け止めないで、払えって事?」
ブリジットの回答に、微笑んで九堂は声を返す。
「そうそう。払って躱(かわ)す、これをワンステップでね。ここで、相手側の刃を防ごうとして受け止めると、こっちの武器が損傷するかも知れないし、こっちの動きも止まっちゃうでしょ。だから相手の刃物の側面を打って軌道を逸(そ)らすの。同時に自分の身体は、その反対方向へ逃がして、そこで相手に隙(すき)が出来てれば、反撃を打ち込んでもいいけど、まあ、それは飽く迄(まで)もオプションよね。」
続いて、茜が確認するのだ。
「払うのに、相手の刃物の、側面を狙うのがミソなのね?」
「剣道でも有るでしょ?竹刀(しない)で漫然と打ち合ってるとさ、本来は刃物だって忘れちゃうのって。」
九堂の言葉に、茜は苦笑いで応じる。
「まあ、竹刀(しない)を使った『競技』に特化していくと、刃物での斬り合いって感覚からは離れて行っちゃうよね。『居合い』とかやってる人は、又、別なんでしょうけど。 あ、一応、竹刀(しない)にも、真剣で言う『刃』と『峰』の区別は有るんだけどね。」
「うん。でも、貴方(あなた)達が相手してるエイリアンのってさ、金物でも切断しちゃう大鎌を持ってるって謂(い)うし。だから竹刀(しない)や木刀みたいな感覚で受け止める癖(くせ)が付いてるの、危険だと思うのよ。」
その、九堂の見解に、ブリジットが茜に確認する。
「取り敢えず、エイリアン・ドローンからの攻撃って、ディフェンス・フィールドで弾いてたよね?茜。」
「今迄(いままで)は、幸運にも、って事よ。フィールドの内側に入られたら効果は無いんだから、アレも万能じゃないし。過信しちゃダメよ、ブリジット。」
「それは、解ってる。」
ブリジットの返事を聞いて、茜は微笑み、九堂に声を掛けた。
「取り敢えず、ここ迄(まで)にしましょうか。今日は六時迄(まで)の予定だから。」
「そう言えば、そんな事、言ってたわよね。試験前だから、時間制限?」
九堂は床に置いていた、ジャージの上着とタオルを拾い上げ、茜に尋(たず)ねた。茜は竹刀(しない)を専用のケースに収めつつ、笑って九堂に応える。
「あはは、まあ、そんな感じ。」
格納庫の奥側から、二階通路へと上(のぼ)る階段へと茜とブリジット、そして九堂の三人は進んで行く。LMF が居なくなり、HDG-A01 もが搬出されてしまった今日の第三格納庫は、茜には妙に広く感じられるのだ。格納庫内に残されたのは、メンテナンス・リグに接続された HDG-B01 と、分離状態で保管されている B号機用の飛行ユニット、その二機である。その点検作業をしていた二人に、茜は声を掛けた。
「瑠菜さ~ん、佳奈さ~ん。時間です、上がりましょう。」
声を掛けられた二人はそれぞれに、茜に向かって手を振り、『了解』の意を伝えて来たのだった。歩き乍(なが)ら、ふと気が付いた九堂が、茜に問い掛ける。
「そう言えば、今日、新島先輩は? 何時(いつ)も稽古(けいこ)に参加して来てたのに。」
「あ~、今日は、ちょっと用事。」
そう答えて、茜は二階通路へと続く階段を上(のぼ)って行った。ブリジットと九堂は、茜にと続く。
三人が二階通路を経て部室へと入ると、室内に居た直美が、茜に声を掛けて来た。
「二人に、声掛けて来て呉れた?天野。」
「はい。瑠菜さんも心得ていると思いますから、大丈夫ですよ。」
「そう、ありがと。」
部屋の隅に、竹刀(しない)の入ったケースを立て掛けると、茜はジャージの上着を着込んで、九堂の手から薙刀(なぎなた)の木刀を預かり、同じ場所に立て掛けるのだった。その九堂は、部室中央の長机の上に並べられたお菓子類に目を留め、ブリジットに小声で尋(たず)ねる。
「ねぇ、このあと、打ち上げでもやるの?わたし、先に帰った方がいい?」
ブリジットは微笑んで「大丈夫よ。」と九堂に答え、一年生組の席へと案内するのだ。
そうする内に、二年生の二人、瑠菜と佳奈が二階通路側から部室へと入って来る。先に入室して来た瑠菜が、「もう、準備、いいですか。」と誰にともなしに問い掛けるので、二人の正面付近、シンクの傍(そば)に立っていた恵が「いいよ~。」と答えたのだ。
そして、室内に居た一同が拍手と共に、佳奈に向かって口々に「お誕生日、おめでとう。」と声を掛けるのだった。それに、佳奈の隣に立っていた瑠菜が、最後に一言を付け加える。
「一日、早いけどね。」
その言葉に、一同がクスクスと笑っていると、佳奈がお辞儀をしたあと、微笑んで言葉を返すのである。
「えと、ありがとう、御座います? 一日早いけど~。」
佳奈の言葉に、笑いと、もう一度拍手が送られる中、九堂は隣の席のブリジットに小声で言うのだ。
「矢っ張りわたし、帰った方が良くない?」
「大丈夫、大丈夫。」
そう答えるブリジットの隣で、茜が右手を挙げ、それから発言する。
「えー、此方(こちら)の要(カナメ)ちゃん、九堂さんも、来週が、お誕生日なんです。」
茜の発言に続いて、席の近かった樹里が、九堂に向かって声を掛ける。
「来週の何日?九堂さん。」
「えっ、あっ、はい。二十二日です。」
慌て気味に答える九堂に向かって、佳奈が素っ頓狂な事を唐突に言い出すのだった。
「九月生まれだから、九堂さん?」
「えっ?…いや、そんな訳(わけ)では…。」
流石に反応に困る九堂だったが、佳奈の隣に座る瑠菜は、透(す)かさず突っ込みを入れる。
「九堂は名字でしょ。だったら、一族皆(みんな)、九月生まれになっちゃうじゃない。」
「そうか~そうだよね~。」
瑠菜の言葉に、大きく頷(うなず)き乍(なが)ら、佳奈は笑って納得しているのだ。そんな様子の佳奈に就いて、瑠菜は九堂にフォローとして伝える。
「この子は普段、こんな感じでポンコツっぽいけど、気にしないでね。これでも、何かに集中してる時は凄いんだけどね。」
「ああ、いえ。大丈夫です。」
上級生に言われて九堂は、恐縮気味に応えた。一方で、佳奈は瑠菜に抗議している。
「え~ポンコツは酷(ひど)いなぁ、瑠菜リン。」
瑠菜が笑いつつ「ゴメン、ゴメン」と謝っているのを横目に、直美が声を上げる。
「それにしても、誕生日が試験期間中ってのも、何(なん)だか切ないよね。それじゃ、序(つい)でで悪いけど、おめでとー。」
それに続いて、他のメンバーも口々に「おめでとう」だったり、拍手だったりを送るのだった。
「いいんですか?わたし、部外者なのに。」
照れ乍(なが)ら、そう問い掛ける九堂に、緒美が語り掛けるのだ。
「いいんじゃない? 九堂さんには、特殊技能で協力して貰ってるんだし。」
続いて、笑って直美が言うのである。
「あはは、既に秘密を共有する共犯関係なんだから、口止め料にケーキでも食ってけ―。」
「はい、それじゃ。九堂さんのケーキには、蝋燭(ろうそく)、立てておくわね。」
そう言って、恵がカット済みのケーキが乗せられた皿を、九堂の前に置くのだった。
そして、佳奈と九堂、それぞれのケーキに立てられた蝋燭(ろうそく)に火が付けられると、一同でバースデーソングを歌い、佳奈と九堂が揃(そろ)って、蝋燭(ろうそく)の火を吹き消すのだ。そうすると、皆(みな)が拍手をし、又、口々に「おめでとう。」と繰り返すのである。
そんな『お約束』の流れが一巡すると、楽し気(げ)に佳奈が言うのである。
「でも、何だか、毎月、誰かのお誕生日だよね~。」
「あと、やってないのは誰だっけ?来月は、誰も居なかったよね、確か。あ、十一月は樹里だよね。」
瑠菜に、そう言われて樹里が声を上げる。
「立花先生も十一月ですよね?」
「わたしのは、しなくていいから。もう特段、めでたくもないんだから。」
苦笑いで、そう言った後で、立花先生は一片(ひとかけ)のケーキを口へと運んだ。その周囲からは「え~。」と、声が上がるが、それには立花先生は取り合わない。
その一方で、緒美が微笑んで言うのである。
「森村ちゃんは、十二月よね。」
「は~い。十二月で~す。他に十二月の人~居るかしら?」
恵が右手を挙げつつ、そう言うと、クラウディアが怖ず怖ずと左手を挙げる。そんなクラウディアに、恵が問い掛ける。
「カルテッリエリさんは、何日?わたしは十日だけど。」
「わたしは、二十八日です。」
そう答えるクラウディアに、隣に座って居る維月が声を掛ける。
「ああ~年末だね~。二十八日だと、クリスマスと一緒にされたりしない?」
「まぁ、時々。」
そう、苦笑いで答えた、クラウディアである。
他方、何やら指折り数えている瑠菜が、突然、声を上げる。
「あれ?新島先輩が出て来てない。新島先輩って何月生まれなんです?」
「あ~遂に気が付かれたかぁ。」
直美は、何故かニヤニヤと笑っているのだった。そこで、恵が言うのである。
「実はね、副部長のお誕生日は、四月だったのよ。」
すると間を置かず、佳奈が声を上げるのだ。
「じゃ、次は来年じゃないですか。」
「古寺、来年の四月、お祝いして呉れる?」
敢えて佳奈に直美が尋(たず)ねるので、佳奈は意気込んで「勿論です!」と答えたのだ。それを聞いた瑠菜が、慌てて佳奈に言うのだった。
「何言ってんの、佳奈。来年の四月じゃ、先輩達、卒業しちゃってるでしょ。」
「ああ、本当だ!どうしよう、瑠菜リン。」
真面目に焦っている佳奈に、樹里が微笑んで声を掛ける。
「まあ、落ち着いて、佳奈ちゃん。どうするかは、あとで相談しましょ。」
「うん、瑠菜リンも、お願いね。」
佳奈が瑠菜に向かって、そう言うので、瑠菜は頷(うなず)いて「分かってる、分かってる。」と応えるのだ。
この時点で瑠菜と樹里は、来年の三月に先輩達の送別会と、直美の誕生日祝いとを兼ねて実施する辺りが現実的かなと、漠然と考えていたのだった。
それを察知していたのかどうかは兎も角、直美は笑って言うのである。
「あはは、それじゃ、楽しみにしてるわ~。」
そんな折(お)り、部室のドアがノックされるので、ドア側に近かった茜が席を立ち、ドアを開いて来客を確認する。そこには、飛行機部の金子と武東、そして同じく飛行機部の所属であり友人でもある村上が居たのだ。
- to be continued …-
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