第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)
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一方では恵が、飯田部長の担当秘書である蒲田に尋(たず)ねるのだ。
「蒲田さんも、ご一緒だったんですか?」
「あはは、いえ、わたしは此方(こちら)に来てる秘書課のメンバーと、午後から面談の予定が有ったので。」
「秘書課の?」
そう聞き返す恵に、蒲田は説明を加えるのである。
「会長…理事長の秘書は、加納さんだけじゃないですから。元々、加納さんは飛行課との兼務と言う特殊な勤務形態ですし、そうじゃなくても休暇を取る事も有りますからね。ですのでアシスタントが二名、本社からの人員が半年、乃至(ないし)、一年の期間で派遣されて来ているんですよ。 そのアシスタントは本社からの出向扱いなので、何かしらの不都合とか要望とか、定期的に面談して確認しているんです。」
「ああ、成る程。」
恵が蒲田の説明に納得していると、飯田部長が突然の思い付きを言い出すのだ。
「そうだな、この案件に一段落(いちだんらく)付いたら、兵器開発部の皆(みんな)には、一泊二日の温泉旅行でも会社からプレゼントしようか? まあ、若い人は温泉とか興味ないかも、だが。」
「冬場なら、一泊で行けるのなら悪くないんじゃないですか? 食事が豪華なら、言う事ないですけど。」
そう言って、直美がニヤリと笑うのである。
「それで満足して貰えるなら、任せておきなさい。」
直美に安請け合いする一方で、飯田部長は笑顔で立花先生にも声を掛けるのだ。
「その時は、引率、宜しくね、立花君。」
「え~…まあ、社命とあれば仕方が無いですけど。」
露骨に嫌そうな顔で応える、立花先生である。
「そう、社命だから。キミも偶(たま)には、のんびりして来るといい。」
「この子達と一緒で、のんびり出来るかは疑問ですけど。」
飯田部長に然(そ)う切り返す立花先生なのだが、そこで恵が、立花先生に笑顔で抗議するのである。
「嫌だなー先生、そう言う所で先生に迷惑掛ける程、子供じゃないですよー。」
「あはは、そうね。ごめんなさい。 個人的に、そう言う所へは余り行かないから、『のんびり』ってのに想像が付かないのよね。」
今度は直美が、立花先生に言うのだ。
「お酒でも飲んで、ぼんやりしてたらいいんじゃないですか?」
「未成年者(あなたたち)の前で、お酒なんか飲む訳(わけ)には行かないでしょ。そもそも、わたしはお酒、飲まないし。」
苦笑いして、飯田部長が意見するのである。
「立花君は、ストレス解消の為に何か、趣味を持った方がいいと思うぞ。」
「飯田部長。仕事のストレスは、仕事で解消するのに限るんですよ、ご存じありません?」
反論する立花先生の顔は、大真面目である。飯田部長は溜息を一つ吐(つ)いて、所感を述べるのだ。
「いや。普通は、それが出来ないから、仕事とは関係ない趣味を持つんだけどね。」
その後、予定されていた一連の作業や打ち合わせを済ませ、本社へと戻る安藤達が乗った社有機を見送り、そして格納庫内の片付けを終えて、兵器開発部のメンバーは女子寮へと戻ったのである。時刻としては午後七時を少し過ぎており、寮に戻った一同は其(そ)の儘(まま)、食堂での夕食となったのだ。
そして、それぞれが談笑し乍(なが)らでの食事は進み、夕食も終盤となった頃に緒美が突然の発表を切り出したのである。
「ああ、そう言えば。 皆(みんな)に、知らせておきたい事が有るのだけど。」
立花先生を含めて全員が緒美の方に注目するのだが、緒美は特に間を置かずに、普通に続けて言葉を発するのだ。
「明後日(あさって)、今度の水曜日に、HDG が一機、追加で搬入される予定だから。」
「それ、今、言うの?」
少し呆(あき)れた様に、緒美の向かい側の席から立花先生が言うのだった。
ここで、この時の席の配置に就いて、記載しておく。
部長である緒美を中心に説明すると、緒美の右手側に恵、左手側には飛行機部の金子が座っている。その六人用テーブルの向かい側には、恵の正面が直美、金子の正面には武東が席を取っていた。
三年生組のテーブル、緒美から見て右隣のテーブルには二年生組とクラウディアが席を取っており、恵とは通路を挟(はさ)んで佳奈、樹里、クラウディアの順である。佳奈の向かい側には瑠菜、樹里の向かい側には維月が居たのだ。
一年生組は緒美から見て左側の四人用テーブルに居(お)り、金子とは通路を挟(はさ)んで茜、ブリジットの順であり、茜の向かい側が村上、ブリジットの向かい側が九堂、と言う席の配置だったのだ。
そして、緒美は澄まし顔で応える。
「ここ数日は ADF の件に集中していたので。でも、そろそろ、言っておかないと、と思いまして。」
「と言う事は、先生は御存じだったんですか?」
緒美の隣から、恵が立花先生に尋(たず)ねる。
「それは、まあ、立場上はね。」
続いて、緒美が言うのだ。
「詳しい経緯とか、今度、搬入される HDG の扱いとかに就いては、明日の部活の時間に詳しく説明するから。」
透(す)かさず、隣のテーブルから瑠菜が声を上げる。
「えー、何かモヤモヤしますー。」
瑠菜は勿論、この場で詳細を話すのが適当でない事を理解していた。徒(ただ)、その瑠菜の言い方に、二年生組がクスクスと笑うのだ。そして、今度は直美が声を上げるのだ。
「ああ、それで、畑中先輩達が残ってたのか。」
「まあ、そう言う事でしょうねー。」
直美の発言に、恵が応じるのだが、その直後、誰かの携帯端末から着信音が鳴り出すのだった。
「あ、わたしです。」
茜は然(そ)う声を上げて、背後に掛けてある制服のポケットから携帯端末を取り出した。彼女達は第三格納庫から寮に戻って、食堂へ直行したので全員が部屋着に着替えてはいなかったのだ。だから流石に制服のジャケットは、皆が同様に椅子の背凭(せもた)れに掛けていたのである。
携帯端末の画面で茜は、通話要請を送って来た相手を確認する。
「あ、碧(アオイ)からだ。」
「碧ちゃん?」
隣の席からブリジットが声を掛けて来るのに頷(うなず)き、茜は携帯端末を持って席を立つのだ。
「ちょっと、失礼します。」
通話を受ける操作をして、話し乍(なが)ら茜は、周囲に人の居ない壁際へと歩いて行くのだった。
「…もしもし、どうしたの?…今、大丈夫よー…ああ、届いたー…うん…。」
離れて行く茜を見送るブリジットに、向かい側の席から九堂が尋(たず)ねるのだ。
「アオイちゃん、って?」
「ああ、茜の妹ちゃんよ。今日は碧ちゃんの誕生日(バースデー)だから、プレゼント贈るって手配してたの、その事じゃないかな。」
「へえー、お姉ちゃんは大変だー。」
感心気(げ)に村上が所感を漏らすと、隣のテーブルから武東が、ブリジットに訊(き)いて来るのだ。
「ねえ、ボードレールさん、『アオイ』って、どう書くの? 草冠の『葵』かしら。」
「ああ、いえ、『紺碧』とか『碧眼』とかの『碧(へき)』です。茜が『赤(あか)』だから、妹が『青(あお)』だったらしいですよ。三人目が居たら、きっと『緑』だったんじゃないかって、茜のお母さんは冗談言ってましたけど。」
くすりと笑ってブリジットは言ったのだが、そのネタは武東には通じなかった様子で、不思議そうに向かいの金子に言うのだ。
「赤、青、と来たら、普通『黄色』じゃないのかしら?」
金子は、真面目な顔で応える。
「信号ならね。でも信号の『青』は、本当は『緑』だけど。それは兎も角、赤、青、緑って言ったら、光の三原色の方でしょ。」
「ああ、そっちか。でも厳密に言えば『茜色』って赤よりもオレンジに近い色の筈(はず)だし、『碧色(へきしょく)』って青と緑の中間位(くらい)の色よね、まあ、『青色』の意味でも使うみたいだけど。」
「こらこら、人の名前に文句付けちゃ駄目だよ?さや。」
「そんな積もりじゃないけどさー。」
そして武東は、お茶の入った湯飲みに口を付けるのだった。そして今度は、恵が言うのだ。
「『茜』は植物の名前でもあるから、草冠の『葵』でも有りだったかも、よね。」
「そうなの?『茜』って花?」
そう聞き返して来たのは、恵の向かい側の直美である。
「茜の花は、小さくて、草自体は地味な感じだけど、根っこが茜色の染料になるそうなのよ。植物としては葵の方が有名だし、花も綺麗かな。」
「森村ちゃんって、その手の女子っぽい知識が豊富でいいよね。」
緒美が感心して隣席の恵に言うと、恵は微笑んで言葉を返すのだ。
「一般教養でしょう、この位。」
「でも、この学校、特に特課の生徒は工学系を目指して来てる子ばっかりだから、その手の一般教養に疎(うと)い子が多い気がする。」
そう所感を語る緒美の向かい側で、直美が立花先生に尋(たず)ねるのだ。
「先生は、御存知でした?」
立花先生は、微笑んで答えたのだ。
「訊(き)かないで?直美ちゃん。」
さて、席を離れて行った茜の方であるが、その会話を追ってみよう。
「…もしもし、どうしたの?」
席を離れつつ、茜が返事をすると、携帯端末から碧の声が聞こえて来るのだ。
「今、大丈夫?」
「今、大丈夫よー。」
「プレゼント、届いた。ありがとう、お姉ちゃん。」
「ああ、届いたー。」
「うん、それで、お祖母(ばあ)ちゃんが電話しろ、って言うから。」
「うん。」
「あ、ご飯、食べてた?」
「まあ、もう食べ終わる所だったから大丈夫よ。お祖母(ばあ)ちゃん、来て呉れてるんだ。」
「うん、今年はお姉ちゃんのお祝いが出来なかったから、何か張り切ってるみたい。」
「あはは…それじゃ、何か欲しいものがあったら、今の内に『おねだり』しておきなー。」
「あははは…あ、お祖母(ばあ)ちゃんが代われって、ちょっと代わるねー…。」
そうして携帯端末からの声が、妹の碧から、祖母の妙(タエ)に交代したのである。
妙は茜の母である薫(カオル)の母親であり、祖父である天野理事長の妻である。つまり、天野重工の会長夫人でもあるのだ。夫である天野理事長が天神ヶ﨑高校へと来ていて自宅を留守にする時、妙は長女である薫の家へと泊まりに来るのが、以前から珍しい事ではなかったのだ。一方で、現在の天野重工社長夫人である次女の洸(ヒカル)の家へ行くのは、流石に遠慮している様子なのだった。
「もしもし、茜ちゃん? 元気?」
「あー、お祖母(ばあ)ちゃん。元気ですよー、お祖母(ばあ)ちゃんは?変わりない?」
「ええ、わたしは元気だけが取り柄ですからね。 夏休みの時には、都合が合わなくて、ご免ねー茜ちゃん。」
「ううん、気にしないで。」
「年末、冬休みには帰って来れるんでしょ?」
「うん、その予定。はっきり日程が決まったら、また連絡するけど。」
「碧ちゃんへのプレゼント、結構、高価そうだったけど、お金、大丈夫?」
茜が送ったのは、革製の小振りな肩掛けバッグだった。所謂(いわゆる)『ブランド』物ではなかったが、それでも仕立ての良さそうな一品だったのだ。中高生が持つには少し高価な品だったが、妹の碧が持っている服には似合いそうだと茜は思ったのである。尤(もっと)も、茜自身は其(そ)の手の『ファッション』系への関心がそもそも薄く、知識も同年代の子に比べれば乏(とぼ)しかったので、自分のセンスに自信は無かったのだが。
「大丈夫だよー、学校(こっち)に居る限り、生活費は掛からないし、会社の仕事のお手伝いで、バイト料とかも貰えてるし。」
茜は『会社の仕事のお手伝い』と表現したが、家族には『HDG』に関する開発業務の事は『社外秘』なのだ。勿論、防衛軍の作戦に協力参加している事も、当然、家族であっても秘密なのである。
「会社の人も、生徒を仕事でこき使って、どう言う積もりなのかしらねぇ、ホントに。」
「まあまあ、お祖母(ばあ)ちゃん。そんなに大した事はしてないから、資料整理のお手伝い程度の事よ。あ、お祖父(じい)ちゃんには訊(き)いたりしないでね、詳しい事は知らないと思うから。」
そう、咄嗟(とっさ)に茜は嘘を吐(つ)いたのだが、それは祖父が家庭で問い詰められない様に張った予防線なのである。
- to be continued …-
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