STORY of HDG(第18話.09)
第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)
**** 18-09 ****
そんな折(おり)、F-9 改二号機の操縦席である。緒美と桜井一佐との遣り取りを聞いていた樋口が、唐突に感想を語るのだ。
「しかしホント、あの鬼塚さんって子、凄いですねー沢渡さん。噂には、色々と聞いてましたけど。 今、話してた防衛軍の人、お偉い方(かた)なんでしょう?」
「えっ? ああ、偉い人、ねぇ…まあ、一佐って言えば、企業で例えれば部長とか、重役クラスと言えなくもないけど…。」
前席の沢渡と、後席の樋口は通信の『トークボタン』は押していないので、この会話は通信には乗らないインカム同士で聞こえているだけである。
「…樋口君の世代だと、桜井一佐は知らないか~。」
沢渡と樋口の年齢差は十歳程度だが、それでも十分(じゅうぶん)な世代間断絶(ジェネレーション・ギャップ)が存在するのだ。それが沢渡には、聊(いささ)かだがショックだった。
樋口に就いて言えば、彼女は沢渡の様な軍事航空に興味の有った訳(わけ)では無いのだ。そもそもは技術者(エンジニア)志望だったのだが、適性が認められて職業としての操縦士(パイロット)を選んだと言う経緯なのである。元々が『飛行機少年』だった沢渡とは、スタートラインが違うのだ。
「え?有名な人なんですか?」
「いや、いいよ。知らないなら、別に。」
沢渡は何だか急に、歳を取ってしまった様な気分になったのである。樋口が操縦士職を選んだ背景を、沢渡は知らないのだから、これは致し方がない。
そこで、今度は桜井一佐からの通信が聞こえて来るのだ。
「統合作戦指揮管制より、AHI01。一つ、悪いお知らせ。 現在の目標残存数が、此方(こちら)の対空誘導弾、命中判定の集計と合ってない事が判明したわ。此方(こちら)のカウントだと、四機の行方が不明。」
続いて、緒美の声が聞こえる。
「落下する残骸に紛(まぎ)れて、海面付近まで降下したのでしょう。前回と同じ動き、ですね。」
「恐らく、そうでしょうね。 コマツ01、低空への警戒を厳重にね。」
「コマツ01、了解。 コマツ01 より、コマツ各機。聞いていたな、レーダー反応に注意せよ。」
入江一尉の返事と指示に続いて、コマツ02 から 04 の「了解。」との返事が続くのだった。
そんな遣り取りを聞き乍(なが)ら、樋口が言うのである。
「何(なん)だか、大変そうな事になってません?沢渡さん。 エイリアン・ドローン、こっちへ向かってるんでしょうか?」
「来てるだろうね、前回と同じ流れだ。」
「前回と同じって…。」
樋口が途中まで言い掛けた所で、緒美からの指示が入るのだった。
「AHI01 より、ECM01、及び 02。制御機(コントローラー)を失った『トライアングル』が、複数の周波数を使用して『トライアングル』同士で情報補完を行う可能性が有ります。マルチ・トラック・モードでスキャンを併行(へいこう)してください。」
その指示には、間髪を入れず直美が返事をする。
「ECM01、了解。」
直美の声を聞いて、樋口は通信の『トークボタン』を押し、慌てて声を返すのだ。
「ECM02、了解。」
樋口が『トークボタン』を離すと、前席から沢渡が声を掛けて来る。
「頼むよー、樋口君。」
「大丈夫ですよー、ちゃんと操作方法は習ってますから。付け焼き刃ですけど。」
そこに統合作戦指揮管制から、今度は男性管制官の声で通信が入るのだ。それは、緊迫した声色(こわいろ)だった。
「統合作戦指揮管制より、コマツ01、02。其方(そちら)の真下から急上昇する反応有り、至急、回避されたし。」
「え?ああっ!…。」
次の瞬間、入江一尉の動顛(どうてん)した声が聞こえて来たのだ。続いて、入江一尉達からの報告である。
「コマツ01 より、指揮管制。コマツ02 がやられた!『トライアングル』二機を確認。」
「此方(こちら)コマツ02、左翼が脱落。姿勢、高度が維持出来ません。」
「コマツ02、脱出(ベイルアウト)しろ! 統合作戦指揮管制、脱出者の救助を要請。敵機二機は旋回して、此方(こちら)へ向かって来る模様。応戦します。」
そこで沢渡が、思わず「おい、おい、おい…。」と声を上げるのだ。『トークボタン』は押していない。
後席から樋口が、沢渡に問い掛ける。
「何(なん)ですか?沢渡さん。」
「F-9 で接近戦は無理だよ。ここは、距離を取る為に一旦(いったん)、離れないと。それに、コマツ01 単機じゃ…。」
そのタイミングで、コマツ03 からの報告である。因(ちな)みにコマツ01 と、コマツ03、04 編隊は三十キロメートル程度、現時点では離れている。
「此方(こちら)コマツ03、『トライアングル』二機を下方に確認。対処開始します。」
その通信を聞いて、沢渡が言うのだ。
「こりゃ、ECM機(こっち)の前に、前衛四機を潰す気だな。」
「どうします?」
後席から問い掛けて来る樋口だが、沢渡は返す言葉が無い。
「どうもこうも…。」
沢渡が言い掛けた所で、桜井一佐の声が聞こえて来るのだ。
「統合作戦指揮管制より、コマツ各機。救援機が攻撃位置に着く迄(まで)、五分程時間を稼いで。 天野重工の各機は東へ五十キロ程、退避を開始してください。」
この時点で、上空に展開している迎撃機は残存『トライアングル』に対するミサイル攻撃を各個に継続している。その為、携行している空対空ミサイルの残数が少ないのだ。桜井一佐の言う『救援機』とは、在空中の迎撃部隊と交代する為に接近中の F-9 戦闘機で、当然、此方(こちら)は対空ミサイルを満載しているのだ。
続いて、緒美からの指示である。
「AHI01 より、ECM01、02、HDG03。防衛軍の指示に従って、退避を開始してください。HDG01 及び、HDG02 は、HDG03 との合流を急いでね。」
茜とブリジットは、『ペンタゴン』狙撃の為に前進した百キロメートル先からの帰還中で、HDG03 との合流まで、あと七分程度の位置だった。ここで、HDG03 が五十キロメートル東へ移動を開始すると、合流までに必要な時間に、更に三分が加算される事になる。
「避難指示、ですね。防衛軍はコマツ01 から 04 を、盾にする気でしょうか。」
樋口が後席で然(そ)う言うと、沢渡は苦苦(にがにが)しそうに「そうだな。」と同意し、通信の『トークボタン』を押す。
「此方(こちら) ECM02、了解。」
それから少し遅れて、加納の声が聞こえたのだ。
「ECM01、了解。」
ECM01 と ECM02 は、緩(ゆる)い旋回で東へと針路を変えるのだった。
そんな ECM01 の操縦席である。
「いいんですか、加納さん。 コマツ01 は、お知り合いなんでしょう? この儘(まま)、見捨てる事になっても。」
「皆さんの安全を確保するのが、わたしの業務ですから。それに、命令には従わないと。」
そう答えた加納の表情は、後席の直美からは見えない。しかし、その落ち着いた口調が、直美をイラッとさせたのである。
「命令、ですか。前に加納さん、言ってたじゃないですか。今は民間だ、って。」
「わたしに、どうしろと?」
「何か、無いんですか?防衛軍の人を犠牲にしなくても、上手く行く方法。 合理的な提案なら、鬼塚は乗りますよ。必ず。」
「成る程。」
加納が発した其(そ)の短い言葉は、それ迄(まで)とは明らかにトーンが違っていたのだ。
加納は通信の『トークボタン』を押して、そして言ったのである。
「ECM01 より、AHI01。提案なんですが、『トライアングル』への迎撃を当機が担当し、コマツ各機を HDG02 の護衛に回すのはどうでしょう?」
極めてコンパクトに纏(まと)めて、加納は自身のアイデアを緒美に伝えたのだ。
緒美からの反応は、直ぐに返って来る。
「AHI01 です。ECM01、勝算は如何程(いかほど)?」
「そうですね、六割って所でしょうか?」
ニヤリと笑って然(そ)う言った加納だが、その数字はハッタリである。
「了承しました。ECM01 は即時、迎撃を開始してください。以降、此方(こちら)からの指示に不足が有れば、補足をお願いします。」
緒美が、あっさりと加納の提案を受け入れたのは、反論や確認をしている時間が惜しいからである。
そして緒美の決定を聞いて、直美は言うのだ。勿論、『トークボタン』は押していない。
「さっきの説明だけで、加納さんの考えが分かるなんて、流石、鬼塚。」
「案外、同じ様な事を考えていたのかも、ですね。鬼塚さんの事ですから。」
「あー、有り得る。」
加納の見解に同意して、直美はクスクスと笑うのだ。そんな直美に、加納は真面目な口調で言うのである。
「この先、危険な局面も有るかも知れませんが、巻き込んでしまって申し訳無い、新島さん。」
その言葉に、事も無げに言い返す直美なのだ。
「構いませんよ、今更(いまさら)。今迄(いままで)、散散(さんざん)、一年生達に危ない事をさせて来たんです。これ位、お付き合いします。」
直美の言葉には敢えて返事はせず、加納は左旋回で機首を目標へと向けるのだった。
「それでは、先(ま)ずはマスターアーム ON、中射程誘導弾、ロックオン。発射。 新島さん、ECM の方、宜しく。」
「了解、やってます。」
加納は素早く一連の操作を行うと、ECM01 主翼下の中射程空対空ミサイル四発を、一気に発射したのだ。続いて『トークボタン』を押し、加納はコマツ各機へ呼び掛ける。
「ECM01 より、コマツ01、03、04。其方(そちら)の目標へ向けて、中射程誘導弾を発射した。コマツ各機は現空域を離脱して、HDG02 の護衛に回って呉れ。」
直ぐにコマツ01、入江一尉から返信が入る。
「いや、しかし ECM01、統合作戦指揮管制からは、ここで応戦の指示ですので…。」
「指揮管制!宜しいか?」
加納は語気を強めて、統合作戦指揮管制を呼び出すのだ。すると、桜井一佐の声が返って来る。
「あー、状況の変遷を追認します。コマツ01、ここは AHI01 と ECM01 の指示に従って。」
「了解しました。…コマツ03、04、聞いていたな。全機離脱して、HDG02 の護衛に向かう。」
そう指示を出すコマツ01 を、加納は更に追い立てるのだ。
「コマツ01、全速で行け! HDG02 に護衛が付かないと、HDG01 が離れられない。」
今度は緒美の声が、通信に入るのである。
「AHI01 より、HDG03。もう直ぐ、接近中の『トライアングル』四機に、ECM01 が発射したミサイルが到達するわ。隠れている『ペンタゴン』が回避機動の制御通信を送って来る可能性が高いから、チャンスを逃さないようにね。」
「分かってまーす。HDG03 はスキャン継続中。」
クラウディアの声は、相変わらず落ち着いているのだ。
緒美の指示は続く。
「AHI01 より、ECM02。其方(そちら)は退避しつつ、迎撃隊への ECM 支援を継続してください。アンテナが対象方向へ向くよう、避難経路の選定は任せます。」
「ECM02、了解。」
「HDG02、貴方(あなた)は現在の位置で待機。HDG03 が目標の位置を特定するのを待って。」
「HDG02、了解です。」
「HDG01、貴方(あなた)は ECM01 の援護(カバー)に向かって。HDG02 の周辺空域は既にコマツ隊の中射程ミサイルの射程圏内だから。 コマツ01、大丈夫ですよね?」
「此方(こちら)コマツ01、大丈夫だ。三機共、中射程誘導弾は全弾、残ってる。」
「HDG01 です。これより、ECM01 の援護(カバー)に向かいます。それじゃ HDG02、また後で。」
そんな一連の遣り取りが終わる頃、ECM01 が放った四発のミサイルが『トライアングル』四機へと、それぞれ着弾するのだ。ミサイルは次々と起爆していったが、結果的に命中したのは一発のみで、『トライアングル』は三機がミサイルの命中を回避したのである。
緒美は其(そ)の結果を、防衛軍の戦術情報で確認したのだ。
「HDG03、目標は電波を出さなかった?」
『ペンタゴン』の位置特定が出来なかったのは、戦術情報に目標の位置データが上がって来なかった事で、既に判明していた。その緒美の問い掛けに、クラウディアが答える。
「いえ、スキャンには掛かったんですが、位置特定には至りませんでした。…もう一回ミサイル攻撃、出来ませんか?」
クラウディアの提案に、加納が即答するのだ。
「了解、ECM01 だ。中射程誘導弾、発射する。」
「宜しく、ECM01。」
その緒美の声を待つ迄(まで)もなく、ECM01 は胴体下のウェポン・ベイを開き、三発の中射程空対空ミサイルを発射したのだった。ECM01 はミサイルの発射を終えると、旋回して一度、機首を東方向へと向ける。『トライアングル』達との距離を詰め過ぎない為の措置である。徒(ただ)、『トライアングル』三機は先程のミサイル攻撃を受けて編隊を解き、バラバラの位置を飛行していた。ECM01 は緩(ゆる)やかに包囲されつつあったのだ。
発射されたミサイルは三方向へと飛んで行き、それぞれが『トライアングル』を捕捉している。着弾迄(まで)に要する時間は、一分足らずである。
- to be continued …-
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