WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第10話.09)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-09 ****


 それに対し、一呼吸置いて、塚元校長は話し掛ける。

「所で、立花先生。兵器開発部の活動の方は順調?」

 頭を上げた立花先生は、訝(いぶか)し気(げ)に答えた。

「はぁ、順調…そうですね、当初想定の三倍ぐらい順調で、正直、恐い程です。」

「そんなに?」

「はい、わたしも、鬼塚さん達が在学中に、試作機の完成に目処(めど)が付く所迄(まで)、作業が進むとは思っていませんでしたから。」

「そう。会社の方が随分と急いでいる様にも見えるのだけれど、生徒達に無理はさせてない?」

「生徒達は、楽しそうにやってますので、御心配は不要かと。わたしには寧(むし)ろ、会社の方が無理をしているんじゃないかと、心配な位(ぐらい)で。」

「そうですか…。」

 塚元校長はソファーに身を沈めて、一息を吐(つ)くのだった。立花先生は塚元校長に、素直に問い掛ける。

「あの…何か、有りましたでしょうか?」

「いいえ。そう言う訳(わけ)では無いのよ。徒(ただ)、お昼に、彼女達の様子を目にしたのでね…。」

「はい。」

「…夏休みなのに、帰省もしないで部活を続けているのは、どうかしら、と、そう思ったものだから。例えば、開発が遅れ気味で、会社の方から、何かプレッシャーを掛けられているのかしら?と、勘繰(かんぐ)ってもみたりしてね。」

 塚元校長は、眉間に皺を寄せて目を細め、苦笑いの様な、複雑な笑みを浮かべる。

「今日は理事長達と、会食されていらっしゃった様でしたけど。その辺りの事は、話題には?」

「正直、兵器開発部の活動に就いては、余り教えては貰えないのよ。勿論、会社の方で秘密になっている事項も有るのでしょうから、此方(こちら)からは、敢えて聞かない、と言う事情も有るのだけれど。まぁ、会社の方(ほう)の計画だとか、技術的な内容に就いては、聞いてみた所で、わたしが理解出来るかどうか、怪しいものですけどね。」

「そう、ですね…開示出来ない内容を避けて、十分に説明するのは、なかなかに難しいですけど…。」

「いいのよ、立花先生。年寄りの愚痴だと思って、聞き流してちょうだい。」

 立花先生は座り直す様に姿勢を正し、両手を膝の上に乗せ、身を乗り出す様にして言うのだった。

「何(いず)れにせよ、あの子達は会社から指示されているからではなく、主体的に活動していますので、御心配は不要かと思います。それに、あの年頃になれば、親元に帰るよりも、友達と一緒に過ごす方が楽しいものですし。」

「ええ、それも十分承知しているんですよ。学校に残っているのは、あの子達だけではないですし、ね。」

「校長は、本社から委託されている開発の内容に就いては、どの程度御存知なのでしょう?」

「そうね…技術的な細かい事は、勿論、良くは…殆(ほとん)ど知らないわね。でも、社会的に意義のある物だ、と言う事は理解していますよ。前園先生や重徳先生みたいな技術系の先生達は、わたしよりは把握してらっしゃるとは思いますけど。」

「社会的に…ですか。何だかんだ言っても、結局は兵器ですから。先生方(がた)から、理解を得られているのは、幸いと言うべきか、意外と言うべきか…。」

 すると、塚元校長は微笑んで言うのだった。

「普通の学校なら、理解されないかも知れませんね。正直、わたしも、塚元達が興した会社が、兵器に迄(まで)手を出すと聞いた時は、穏やかな気持ちではなかったですけど。でも、そんな物も必要なのが、世の中って言う物ですからね。特に、今、わたし達が相手にしているのは、話の通じない相手の様ですから。」

「はい。」

 立花先生は、短く返事をして、微笑み返すのだった。

「あぁ、そうそう、立花先生。」

 塚元校長は急に、身を乗り出す様に話し掛けて来る。

「この後、もう暫(しばら)く、一時間位(ぐらい)、大丈夫かしら?」

「はぁ、まぁ。 何(なん)でしょうか?」

「実はね、今日は珍しく、丸一日、予定がぽっかり空いてしまって。以前から、立花先生とはじっくり、お話をしてみたかったの。宜しいかしら?」

「わたしは、構いませんけど。」

 幸か不幸か、立花先生にも急ぎの用事は無かったので、塚元校長の申し出を受ける事にしたのである。

「そう、良かった。あ、それなら、お茶でも淹(い)れましょうか。お菓子も有るのよ。」

 ソファーから立って、塚元校長はお茶の準備を始める。立花先生も立ち上がり、言うのだった。

「あぁ、あの、お構い無く…。」

「いいから、いいから。座っててちょうだい。」

 この後、二人の茶飲話は学校に関する四方山話(よもやまばなし)に始まり、天野重工の話題を経て、世界情勢へと広がり、立花先生が解放される迄(まで)に、結局、三時間を要したのだった。
 過ぎ去った時間に気が付いた時には、流石に立花先生も驚愕したのだが、それ程、苦痛に感じる時間でもなかったし、それなりに有意義に感じられた様でもあり、そう思えるのは塚元校長の人徳なのだろうかと、校長室を出て自分の居室へ向かう道すがら、立花先生は考えたのである。


 その日の夜、時刻にして午後十時を過ぎた頃。同室の直美が居ないので、普段よりも早めに入浴を済ませ、恵は自室へと戻って来た。ふと、机の上に置いてあった携帯端末に目をやると、通話着信の履歴が残されているのに、恵は気が付いた。携帯端末を手に取り、履歴の詳細を確認すると、発信者として表示されたのは緒美の名前だった。履歴に残された時刻は、十五分程前である。そこで、緒美にコールを送ろうかと恵が考えていた時、再び、手に持っていた携帯端末への通話着信が、メロディと表示とで通知されるのだった。
 表示されている発信元は、緒美である。恵は慌てて、通話の操作をする。

「はい、緒美ちゃん?」

「あ、今度は繋がった。」

 携帯端末から、緒美の声が聞こえて来た。恵は直ぐに、話し掛ける。

「さっき、連絡して呉れたみたいね。」

「うん、忙しかった?今、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。さっきはお風呂に行ってたの。緒美ちゃんは?」

「わたし達はこれから。さっき、漸(ようや)く夕食を済ませて一息吐(つ)いた所。」

「そんな遅く迄(まで)、講習?」

「まぁね~。思ってたよりも、ハードだわ。兎に角、早く飛行の講習に入らなくちゃいけないから、最初の三日で相当詰め込むみたい。飛行時間が規定に届かないと、免許が出ないそうなのよ。取り敢えず、合宿前に一週間、飛行機部の先輩達に、予習でレクチャー受けておいて良かったわ。」

「大変ねぇ。」

「それで、そっちの方はどう?何か、問題とか無い?」

「うん。瑠菜さん達の方は、実松課長と前園先生にお任せ、だからね~。特訓は順調に進んでる見たい。」

「そう。先生達に任せて、森村ちゃんは帰省しても良かったのに。」

「でも、上級生が居なくなる訳(わけ)にも、いかないじゃない?緒美ちゃんの代役は、ちゃんと務めますよ。任せて。」

「うん、ありがとう。」

「緒美ちゃんの方は、直ちゃんや、飛行機部の人達とは、上手くやれてる?」

「あぁ、ご心配無く。大丈夫よ。まぁ、新島ちゃんとはね、森村ちゃんが仲良くやってる理由が、解った様な気がするわ。新島ちゃんと一対一で話したりしたのは、考えてみたら、今回が初めてだものね。何時(いつ)も、森村ちゃんが間に入って呉れてたじゃない?」

 そこで、直美の声が、少し遠くから聞こえて来るのだった。

「わたしが、どうかした~?」

「別に、悪口は言ってないでしょ。」

 緒美が携帯端末を少し離し、直美に返事をしている声が聞こえて来る。
 恵はクスクスと笑いつつ、机の前から自分のベッドの方へと移動する。そして、ベッドに腰掛け、緒美に尋ねる。

「直ちゃん、傍(そば)に居るの?」

「そうよ、飛行機部の二人とで、四人部屋なの。替わろうか?新島ちゃんと。」

 飛行機部の二人とは、合宿講習に参加している飛行機部員の二年生女子である。二人共、学科が電子工学科であった為、緒美達とは同学年でも余り面識は無かったのだ。余談だが、その二人の名前は、金子さんと、武東さんである。

「そうね、ちょっとだけお願い。」

「新島ちゃん、替わってって。」

 再び、緒美が携帯端末を離して、直美に呼び掛ける声が聞こえ、次に直美の声が聞こえた。

「…あ~、もしもし?」

「お疲れ様。順調?直ちゃん。」

「ん~順調なのかなぁ。まぁ、座学の講習が退屈なのは、確かね。明日からは、シミュレーター使うそうだから、それは楽しみにしてるんだけど。そっちの方は、瑠菜と佳奈、ちゃんとやってる?まぁ、前園先生も居るから、心配はしてないけどね。」

「こっちは、大丈夫よ。取り敢えず、直ちゃんの声が元気そうで、安心した。」

「元気そうって、まだ三日目よ。そっちこそ、わたしが居なくて寂しいとか、思ってないでしょうね?」

「え~ちょっと寂しいよ。一年、一緒に居た人が居ないんだもん。其方(そちら)は賑やかそうで、羨(うらや)ましいわ。」

「森村は、再来週には帰省するんでしょ?それまでの辛抱よ。」

「それに関しては、申し訳(わけ)無いわね。直ちゃん達は、帰省してる余裕も無いのに。」

「前に言ったでしょ、うちは問題無いって。わたしも、あとであなたに連絡しようかと思ってたんだけど、これでその手間も省けたわ~じゃ、鬼塚に替わるね。」

「あ、うん…。」

 そして、向こう側では携帯端末が緒美の手に戻り、緒美の声が聞こえて来る。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第10話.08)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-08 ****


「そう言う事。どうせ集まるのなら、どこか、料亭とかレストランにでも、行けばいいのにね。重役クラスの顔触(かおぶれ)なんだから。」

 と、呆(あき)れ顔れで立花先生が言うと、隣に座る恵が微笑んで言葉を返す。

「この辺りじゃ、気の利いたお店も無いからじゃないですか?」

「街の方へ行けば、それなりに有るんじゃない? まぁ、本社でも、社長とか部長とか、普通に社食でお昼食べてたりするんだけどね…うちの会社って。」

 その言葉を受けて、今度は斜向(はすむ)かいの席の樹里が、微笑んで言うのだった。

「上役が庶民感覚って言うのは、素敵じゃないですか。」

「う~ん…要は『考えよう』なんだけど。上層部には『それなり』の振る舞いをして欲しいって、思う人も居るのよね。」

 今度は、正面に座っている瑠菜が、立花先生に尋ねる。

「先生も、ですか?」

「わたし? わたしは、別に、本人の好きにすればいいって思うけど。でも、偉い人達との食事は嫌よね、気を遣うから。」

「それはそれで、納得です。」

 隣で、恵が深く頷(うなず)くのだった。

「だから…そこに付き合わされてる、鈴木さんと川崎さんには、同情するわ~。」

 立花先生の感想に、再び瑠菜が質問を挟(さしはさ)む。

「あれ?立花先生、重徳先生の助手のお二人と、面識が有ったんですか?」

「あぁ、あなた達は知らないわよね。去年の四月、わたしも、あのお二人と、こっちに講師として派遣されて来たのよ。だから去年の三月迄(まで)、赴任前の三ヶ月程、一緒に研修とか受けてたの。こっちに来てからは、殆(ほとん)ど顔を合わせなくなったけどね。」

 そこで、疑問を口にしたのは、佳奈である。

「でも、そう言った意味の会合なら、理事長の秘書さん迄(まで)一緒なのは、ちょっと不思議ですね。」

「お、鋭いね、佳奈。」

「でしょ~。えへへ。」

 囃(はや)す様に瑠菜が声を掛けると、佳奈は素直に笑って答えた。そして、立花先生が佳奈の疑問に答える。

「あぁ、加納さんはね、理事長の用心棒的な人だから。大体、一緒に行動してるみたいよ。歳の差は有るけど、馬は合うらしくて、随分と仲はいいみたいよね。」

「ヨージンボー?」

 『用心棒』と言う言葉の意味を知らない佳奈が聞き返すと、彼女の右隣に座っている樹里が答える。

「ボディーガードの事よ、佳奈ちゃん。」

「あぁ~前に、映画で見た。でも、そんな風(ふう)には見えないですよね。」

 感心する佳奈に、立花先生は追加の解説をするのだった。

「まぁ、基本的には可成り優秀な秘書さんだそうだけど、理事長が使ってる社用機の専属パイロットも兼任しててね。元は航空防衛軍の戦闘機パイロットだったそうだから、それで護衛役も兼ねてるらしいの。」

 それを聞いて今度は瑠菜が、意外そうに言うのだった。

「ふぅん。わたしにも、普通のオジサンにしか見えませんけど。」

「ちょっと、失礼よ、瑠菜ちゃん。」

 苦笑いしつつ、樹里は瑠菜に苦言を呈するのだが、立花先生も笑って、瑠菜に同意する。

「あはは、わたしも最初聞いた時は、そう思ったわ。瑠菜ちゃん。」

「先生まで…。」

 苦笑いの儘(まま)、そう言い掛けた時に、樹里は向かい側の席の、維月の様子がおかしい事に気が付き、声を掛ける。

「…維月ちゃん、大丈夫?」

 維月は右手の指先を額に当て、俯(うつむ)いていた顔を上げて答える。

「あぁ、ゴメン。大丈夫、大丈夫。」

 隣に座る恵も、声を掛ける。

「どうしたの?頭痛?」

「えぇ、ちょっと。風邪でも引いたのかな…。」

 すると、向かいの席から手を伸ばし、樹里が右の掌(てのひら)を維月の額に当てる。

「熱は…無い様よね。」

「そんな大袈裟(おおげさ)にする程の事じゃ無いよ。咳(せき)とか、悪寒(おかん)とかは無いし、食欲も有るから、まぁ、大丈夫。それに、お昼迄(まで)は、何とも無かったんだし。」

 立花先生も、心配気(げ)に尋ねる。

「酷(ひど)く痛むの?」

「いえ、それ程でも。」

「なら、いいけど。何日も続く様だったり、周期的に痛む様なら、一度、検査して貰った方がいいわよ。井上さん、普段から頭痛持ちって訳(わけ)では無いんでしょ?」

「そうですね。取り敢えず今日は、頭痛薬飲んで、寮で安静にしてます。」

 そう言って、維月が席を立つと、樹里も席を立つのだった。

「じゃ、部屋迄(まで)、送ってく。」

「いいよ、一人で大丈夫だから。」

「いいの。わたしも、もう、食べ終わったし。気の済む様にさせて。 じゃ、みんな、お先に~。」

 樹里はてきぱきと、維月の食べ終わった食器と、自分の食器を重ね、二人分のトレイを一つに纏(まと)めて、食器の返却口へと向かう。そんな樹里を追う様に、維月も歩き出すのだった。

「そこまでしなくても、いいのに~。大した事、無いんだから。」

「いいから、いいから。」

 そんな二人を席に残った四人が、口々に「お大事に」と言って、送り出すのだった。


 それから暫(しばら)くして、午後一時半、約束の時刻きっかりに立花先生は、校長室のドアを叩くのだった。

「どうぞ。」

 室内からの声を確認して、立花先生はドアを押し開ける。

「失礼します。」

「時間通りですね、立花先生。」

「恐縮です。」

「あぁ、どうぞ。座ってくださいな。」

 塚元校長は窓側の執務席を立ち、その前に置かれている応接用のソファーを指し示す。立花先生が案内されたソファーへと向かうと、その対面位置のソファーへと、塚元校長も移動して来るのだった。

「どうぞ、座ってちょうだい。」

 言い乍(なが)ら、塚元校長がソファーへと腰を下ろすのに続いて、立花先生も一礼して腰を下ろす。
 そして、先に声を掛けたのは、塚元校長だった。

「では、早速ですが。 随分と早く、調査が出来た様ですね。」

「はい。本人が素直に、聴取(ちょうしゅ)に応じて呉れましたので。」

「それとなく聞いてくださいね、ってお願いしたのに。」

「そう言うのは、苦手です、と、わたしも申し上げましたよ?」

 塚元校長は小さな溜息を一つ吐(つ)いて、眼鏡を掛け直し、言った。

「そうでしたね。それでは、報告を伺(うかが)いましょうか。」

「結論としては、先日、わたしが申し上げた通りで、森村さんに男性と交際している様な事実はありません。噂の根拠となったらしいのは、彼女が交際の申し入れを断る際に『他に好きな人がいるので、交際出来ません』と言った言葉に、尾鰭(おひれ)が付いたのだと、推測されます。」

「彼女が、そう言ったの?その『他に好きな人が』って。」

「森村さんの主張では。 断られた方にも、確認を取ってみましょうか?」

「流石に、それは止めておきましょう。袖にされた男子が、気の毒だわ。」

「取り敢えず、誰かとの交際の事実が無い事は、放課後、寮に帰る迄(まで)の殆(ほとん)どの時間、部活動でわたしが森村さんとは一緒に過ごしていますので、間違いは無いです。寮に戻ってから、夜中に出掛けたりしていない事は、寮のセキュリティの記録が証拠になりますし。そんな事が、もしも有れば、それこそ大問題ですけど。実際は、その様な報告は今の所、何も有りません。」

「そうですね。それで、『他に好きな人』って言うのは…。」

 塚元校長が、そう言い掛けた所で、遮(さえぎ)る様に立花先生は声を上げる。

「ブラフ…って言うと、ちょっと違いますけど、まぁ、上手く断る為の方便(ほうべん)だそうです。仮にそれが彼女の嘘だったとしても、それは内心の問題ですので。 実際の行動に問題が無ければ、わたし達が口出しする事では無いのかな、と。如何(いかが)でしょうか?」

 塚元校長は、少し間を置いて、言った。

「解りました。立花先生、この件は、これでお仕舞い、と言う事にしましょう。 聞き辛(づら)い事だったでしょうけれど、良く確かめてくださいましたね。ご苦労様でした。」

「いえ、実の所、本人的には、あの噂は寧(むし)ろ好都合だったみたいで。昨年から、彼女にはその気も無いのに、男子達に相次いで交際を申し込まれるのが、それなりに負担に感じていた様子でしたから。」

「…そう。だとすると、学校側としては、特に何もしないで静観していた方がいいのかしらね。」

「はい、当面は。噂の内容に、今以上の尾鰭(おひれ)が付かなければ、放置しておいても問題は無いかと。」

「そうですね。矢張り、立花先生に調査をお願いして良かったわ。」

「そうでしょうか?」

「ええ、立花先生でなかったら、森村さんが素直に話したかどうか分かりませんし、彼女が素直に話したとして、先程の結論を他の先生から聞いたら、わたしが素直に納得出来たかどうか、怪しいわ。」

「それは…恐縮です。」

 立花先生は一度、背筋を伸ばし、座った儘(まま)で深々と頭を下げるのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第10話.07)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-07 ****


「それで、話は戻りますけど。学校の方へは、わたしの事、どこ迄(まで)報告されるお積もりでしょうか?先生。」

 恵は真顔になって、立花先生に問い掛ける。一方で、立花先生は笑顔を残した儘(まま)、答えた。

「さっきの話の通りよ。恵ちゃ…森村さんに男女交際の事実はありません。そう、校長には言っておくわ。出回ってる噂話には就いては、本人が断る為に『他に好きな人が居る』って言ったのに、尾鰭(おひれ)が付いた物ですって事で。」

「わたしが好きなのは女子だって、そう言ってしまった方が安心して貰えるでしょうか?校長先生に…。」

「う~ん…。」

 立花先生は、天井を見上げ、少し考えてから、視線を恵へと戻し、答える。

「それは当面、伏せておきましょう。校長は信頼出来る人だけけど、超プライベートで敏感な事柄だから。うっかり、周囲に漏れたりすると、面倒臭いし。 それとも、好(い)い加減、隠しておくのは負担?」

 恵は力(ちから)無く笑い、答えるのだった。

「そう言う事では無いですけど、タブー視されるのも、どうなかぁ…と。」

「二十年…三十年も前に比べれば、そう言う事も社会的には普通になって来たとは思うけど。それでも、あなた達の年頃だと、興味本位的な対応になり勝ちだし、それを知った周囲の方が変に気を遣ったり…そう言うの、嫌じゃない? それとも、敢えて公表して、緒美ちゃんにアタックしてみる?」

「それは…恐いですね。嫌です。」

「そう…わたしは、個人的には、周囲に公表するとか、タブー視するとか、そんな事はどうだっていいと思うのよ。唯(ただ)、緒美ちゃんに伝えるかどうか、それだけは、しっかりと考えた方がいいわ。」

「隠し事は良くない、ですか。」

「う~ん、そうじゃなくてね。要は、あなたが自分の選択を納得しているか、どうかなのよ。 多分、緒美ちゃんはあなたが納得して選択した事なら、全面的に支持して呉れると思うわ。彼女、あなたの事は、多分、他の誰よりも信頼してる筈(はず)だから。」

「難しいですね。…その、納得出来る選択って。」

 恵は、一言こう答えると、微笑むのだった。

「だから、わたしは恋愛事(ごと)が苦手なのよ。」

 そう言って、立花先生も微笑む。そして、言葉を付け加えるのだった。

「まぁ、恋愛関係では無いにしても、恵ちゃんと緒美ちゃんは、既に信頼関係で結ばれている訳(わけ)よ。それはそれで、得難い関係なのは確かね。」

「だから、わたしは緒美ちゃんを傷付けたくはないし。友達の儘(まま)、わたしは、わたしのこの気持ちが小さくなるのを待ってます。」

「何だ、答えは出てるんじゃないの。」

「はい。今の気持ちが小さくなったら、次は、わたしの事を恋して呉れる人に、恋がしたいなぁ~。」

 恵は、両腕を振り上げ、椅子に座った儘(まま)で、背筋を伸ばす。その様子を、右手で頬杖を突いた姿勢で、立花先生は眺(なが)めつつ、笑顔で言う。

「きっとそうなるわ、何て、無責任な事は言わないけど。あなた達は、まだまだ若いんだから、まぁ、頑張りなさい。」

「先生にだって、これから、いい出会いが有るかも、ですよ?」

「だから、わたしの事はいいの。」

 二人は、声を上げて笑った。
 そして、立花先生は呼吸を整えてから、恵に声を掛ける。

「あぁ、そう言えば。こんなにしっかり、恵ちゃんとお話ししたのは、初めてかしらね。」

「そう…でしょうか?」

「そうよ。あなた達が部活に参加する様になって丸一年だけど、恵ちゃんが居る時は必ず、緒美ちゃんが居たもの。」

「そうですね。わたしが居ても、緒美ちゃんは先生とお話ししてる事の方が、多いですから。わたしとしては、実はちょっと、妬(や)けてました。」

「あら、ごめんなさい。わたしの方は、別に下心は無いから、許してね。」

「勿論、分かってます。先生は開発とか、お仕事の事しか、話題にしてませんでしたから。」

そして再び、二人は、声を上げて笑うのだった。


 それから暫(しばら)くして、時刻が正午になると、立花先生と恵は、一年生組三人と、更に維月が学食で合流し、共に昼食を取る事となった。
 夏期休暇期間中ではあったが、学校の職員は平日であれば普通に勤務していたし、帰省せずに学生寮に残っている生徒や、部活で登校している生徒達も居る為、普段よりも幾らかメニューの種類が減らされてはいるものの、お昼の学食は開かれていた。但し、土日に就いては、学校の職員は休日なので学食も休みとなり、寮生達には寮の食堂で昼食が用意されるのである。

 恵達に立花先生を加えた、兵器開発部の一同が歓談し乍(なが)ら昼食を取っていると、ランチセットのトレイを両手で持った塚元校長が、通りすがりに声を掛けて来る。

「夏休み中なのに、みんなご苦労様ね。立花先生も。」

 テーブルの一同、食べる手を止め、座ったまま会釈する。すると、塚元校長は慌てて言葉を繋げる。

「あ、気にしないで、お食事、続けてね。ごめんなさいね、気を遣わせちゃって。」

 そのテーブルで、最上級生である恵が、代表して声を返す。

「いえ、大丈夫です。校長先生は、何時(いつ)も学食(ここ)をご利用でしたか?」

「そうよ。時間が何時(いつ)も遅めだから、生徒の皆さんと顔を合わせる事は、少ないのよね、残念な事に。 あ、ルーカスさん、CAD 講習の方は順調かしら?」

 ちょっと緊張気味に、瑠菜が答える。

「え、あ、はい。あの、順調です。先生がいいので。」

「そう。熱心なのはいい事だけど、折角の夏休みなのだから、帰省して、御両親に元気なお顔、見せてあげてね。」

 その言葉に、佳奈がマイペースに返事をする。

「わたし達は、来週、帰省の予定です。校長先生。」

「そう…。」

 そこで、立花先生と恵が並ぶ席の背後側から、塚元校長を呼ぶ、男性の声が聞こえて来た。

「おーい、校長先生ー。こっち、こっち。」

「あら、お呼びだわ。」

 塚元校長が、そう言うのと同じタイミングで、立花先生は振り向いて、声を掛けて来た方向を確認してみる。その三つ向こうのテーブルに集っていた顔触(かおぶ)れに気付いた立花先生は、慌てて前に向き直った。
 その様子に気が付いた塚元校長が、声を掛ける。

「どうかされました?立花先生。」

「あ、いえ。何でもないです、はい。」

「そう?それじゃ、皆さんはごゆっくりどうぞ。お邪魔しました。」

 そう言って、立ち去ろうとした塚元校長を、立花先生が呼び止めるのだった。

「あ、校長。このあと、少しお時間、よろしいでしょうか?」

「このあと?そうね、一時半から、なら。何かしら?」

「先日依頼された、調べ事の件で。」

「あら、流石、仕事が早いわね、立花先生。」

「恐縮です。」

「それじゃ、一時半、校長室でいいかしら?」

「分かりました、その時間に伺(うかが)いますので。」

「はい。お待ちしてますよ。では。」

 塚元校長は、呼ばれたテーブルへと歩いて行ったのだった。
 恵は、塚元校長が離れるのを待って、右隣の席の立花先生に尋(たず)ねた。

「どうされたんですか?さっき。向こうのテーブルには、どなたが…。」

 そして、恵も振り返って、ちらと三つ向こうのテーブルの顔触(かおぶ)れを確認するのだった。

「あ、成る程…。」

「取り敢えず、関わらない方が良さそうでしょ?」

 立花先生は、声を抑え気味に、恵に言った。
 その様子を不審に思った瑠菜が、正面に座っている立花先生と恵の肩越しに、向かい側の、三つ向こうのテーブルの顔触(かおぶ)れを確認するのだった。

「あぁ、校長先生を呼んでたの前園先生じゃないですか。それと、師匠…あとは重徳先生に、助手の二人と…あと二人は…理事長?それと…。」

 最後の一人が誰か分からない瑠菜に、立花先生が答えを提示する。

「最後の一人は、理事長秘書の加納さんね。」

「そこに校長先生が加わると、うちの学校じゃ、ほぼ最強のメンバー構成ですね。」

 恵が解説を加え、クスクスと笑うのだった。その意味が、今一つ理解出来ず、樹里は立花先生に尋(たず)ねる。

「あの集まりは、どう言う繋(つな)がりになるんですか?立花先生。」

「あぁ、わたしも詳しい事は知らないけど。理事長が天野重工の創業者の一人だって事は、みんな知ってるわよね?」

「はい。」

 立花先生と向かい合って座っている、一年生組の三人、樹里、佳奈、瑠菜は、揃って頷(うなず)く。

「で、天野重工の創業者のもう一人が、既に亡くなった塚元相談役で、その方の奥様が校長先生。その塚元相談役と天野会長は大学時代からの友人で、重徳先生は、その大学時代の後輩だそうよ。」

 立花先生の解説を聞いて、恵が声を上げる。

「あぁ、それで。重徳先生と理事長が仲良しなのは、そう言う事だったんですね。」

「そうらしいわ。それから前園先生は、天野重工が浜崎重工の航空機事業を吸収合併した時に、浜崎から移ってきた方(かた)で、その後、航空機の設計とか技術的な事を前園先生から教わったのが、実松課長ですって。」

 今度は、瑠菜が声を上げる。

「え、師匠の先生だったんですか?前園先生。」

「飽くまで、航空機関連に就いて、よ。それ以前から実松課長は、どんな装置の設計も熟(こな)す、立派な設計技術者だったそうだから。」

 そこ迄(まで)の解説を聞いて、納得した様に、樹里が言うのだった。

「成る程、じゃあ、彼処(あそこ)は今、ちょっとした同窓会みたいな感じな訳(わけ)ですね。」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第10話.06)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-06 ****


「もう一つ、残ってますか?先生。」

「さっき、恵ちゃんは地下資源と一緒の括(くく)りにしちゃったから、考えから漏れたのよ。」

「あ、領土…ですか?」

 立花先生は、静かに頷(うなず)いた。それに対して恵は、釈然としない点を表明する。

「領土、土地が欲しいなら、人が住んでいない場所が幾らでも有るじゃないですか。砂漠とか、森林地帯とか。まぁ、エイリアンに勝手に住み着かれても、それは困りますけど。」

「エイリアン側が、どう言った判断基準なのかは解らないけど。人間は自分達が住み易い環境の所に、街を作ってるわよね。環境という意味では、エイリアンも人類と同じ様な環境の場所が欲しいんでしょうね。砂漠とか、極地とかじゃなくて。」

「その土地を、利用したくて建物を壊してる、と?」

「そうね、人間が畑を作る為に、蟻塚とか動物の巣を壊してる感覚? そんな時、人間は塚や巣を作った昆虫や動物の都合を、特に意識はしないでしょう? 多分、エイリアン側からすれば、そういう感じなんじゃないかな。 蜂なんかは、巣を壊されたら必死で反撃して来るけど、わたし達の迎撃も、エイリアン側にしてみれば、人間から見た蜂程度の認識かも知れないわね。」

「そんなに、文明や科学に落差が有りますか…。」

「有るでしょうね。彼方(あちら)は、恒星間の移動が出来る位(くらい)だもの。そう考えれば、向こうがコミュニケーションを取ろうとして来ないのも、或(あ)る意味、納得出来るしね。」

「どうしてですか?」

「だって…じゃあ、恵ちゃんが、新しい家に引っ越したとしましょう。その家の中に居た、ネズミとかゴキブリやハエに、出て行ってくださいとか、共存しましょうとか、交渉しようと考える?」

「いえ、それは流石に…。」

「でしょう? 大概の人は、有無を言わさず、殺虫剤とか使って、駆除するわよね。」

「人類の事を余り意識してないって、そう言う意味ですか…。」

「まぁ、飽くまでも想像だけどね。緒美ちゃんの言う通り、エイリアンの考える事なんて解らないし、証拠も無ければ、確認の方法も無い事だし。」

 一連の会話の結果、今迄(まで)、余り考えていなかったエイリアンと人類との、その文明の格差の様な物を初めて意識した恵は、恐怖に近い不安を覚え、立花先生に問い質(ただ)す。

「先生、人類は勝てるんでしょうか?」

 立花先生は腕組みをして少し考え、答えた。

「勝つ、の定義にも依るけど。さっきの蜂の例えだと、人間と蜂程、文明に格差が有っても、人は蜂に殺される事は有るわ。だから、文明に差が有っても、反撃は無駄では無い、とは言えるわね。」

「でも、蜂が人間から、巣を守り切る事は出来ませんよね。」

「そうね。でも、わたし達は、蜂ではないのよ。」

「そうですね。じゃあ、どうしたら勝てるんでしょう?」

「だから、『勝つ』の定義次第よ。例えば、敵の母星の所在を突き止めて、そこを破壊出来れば完全勝利よね。」

「そこ迄(まで)、する必要は無いと思いますし、今の人類の技術では不可能では?」

「うん。じゃぁ、月の裏側に居る、エイリアン・シップを破壊、若しくは追っ払えれば、勝ち?」

「出来るのなら、その辺りが理想的でしょうけど、矢っ張り、技術的に難しい様に思います。」

「そうすると、地球に近付いて来るエイリアン・ドローンを、全部、撃ち落とし続ける?」

「技術的には、その辺りが精一杯な気がします。」

「ロケットにせよ、ミサイルにせよ、大気圏外まで飛ばそうと思ったら、結構な費用よ。それに、エイリアン・ドローンを幾ら撃ち落としたって、一円にもならないし。勿論、放置してたら、撃ち落とすのに掛かる費用以上の損害が出る訳(わけ)だけど。」

 立花先生は、少し意地の悪い笑顔をして見せる。恵は、一度、溜息を吐(つ)き、言うのだった。

「それじゃ、結局、今と同じで、大気圏内に降りて来たのを、各国が水際で撃ち落とし続けるしかないじゃないですか。」

「まぁ、今の所、それが一番、費用対効果(コスト・パフォーマンス)がいいって事よね。それでも、あと十年、これを続けられるかは分からないわ。以前にも話したと思うけど。」

「幸い、エイリアン・ドローンの襲撃は散発的で、世界中に分散してるから、今は経済活動が回ってる~って言う、事ですよね。」

「五年前の、最初の一年間に比べれば、昨年の一年間は、頻度で三倍、規模…一度に降下して来るエイリアン・ドローンの数で倍になってる。同じペースで増え続けて、その上で、襲撃されるエリアを絞り込まれでもしたら、十年所(どころ)か、あと五年、持たないかも知れない。もし、経済が回らなくなったら、あっと言う間に人類は窮地(きゅうち)に追い込まれるわよ。」

「確かに、生身や素手で戦える相手じゃないですからねぇ…。」

「そう言う事。」

 二人は揃(そろ)って腕組みをし、同じタイミング、深く溜息を吐(つ)くのだった。

「わたし達が今、作っている物…HDG って、本当に役に立つんでしょうか?」

 それは、立花先生にしか訊(き)けない、恵の素直な疑問だった。

「不安? 努力が、無駄になるのが。」

「いえ、きっと、今は危機的な状況になるかどうかの、分岐点の様な気がしているんです、実感は無いですけど。でも…例えば、HDG が緒美ちゃんの考え通りに完成したとしても、起死回生と言うか、逆転ホームランみたいにはならない気がして。」

 立花先生は力(ちから)無く笑って、恵の所感に対して同意するのだった。

「それは、まぁ、そうでしょうね。例え、HDG を百機揃(そろ)えて見た所で、それで、戦局が大きく変わると言う様な期待は出来ないわ。あれは、局地戦…迎撃戦での、個人用の強化装備だから。」

「ですよね。」

「局面に影響を与える可能性が有ると期待しているのは、仕様書後半の航空装備と、C号機の電子戦装備よね。そこ迄(まで)開発が進められれば、現有の防衛装備と連携する事で、防衛軍の能力底上げが期待出来るの。」

「だったら、遠回りしないで、その部分だけ開発したらいいんじゃないですか?」

「まぁ、そう言う意見も有るでしょうけど。 でも、そう言う装備であっても、向こうは問答無用で殴り掛かって来る訳(わけ)よ。そもそもが、そう言う戦法に、わたし達の装備が対応出来ないから、HDG を開発してる訳(わけ)だし。」

「先(ま)ずは、同じレベルで殴り合える様になるのが先決、って言う事ですか…。」

 恵は、少し呆(あき)れた様に、そう言って息を吐(は)いた。

「流石、恵ちゃん。理解が早い。」

「一応、わたしも仕様書に、目は通してますから。」

「それで、恵ちゃんの最初の疑問に戻る訳(わけ)だけど。」

「何故、一気に攻めて来ないか?」

「そう、それ。早い話が、分からない、っていうのが答えなんだけど。でも、そのお陰で、こちら側としては、対処や反撃の準備が出来てる、って側面は有るのよね。」

「はい。」

「分からないって前提の上で、一気に攻めて来ない理由として、考えられている事は、幾つか有るわ。一つ目は、最終的に攻略する場所を絞り込む為の、現地調査説。」

「成る程、有りそうな話ですね。何だかんだで、地球は広いですし。」

「二つ目は、人類の戦力や反撃の程度を見極めようとしている、威力偵察説。」

「それは、どうでしょう? その為に、五年も必要でしょうか。」

「そうね。じゃ、三つ目。戦闘による環境破壊を避ける為の、限定戦闘説。」

「そうか、地球上の土地を自分達が利用するのが目的だったら、戦闘で汚染する訳(わけ)にはいかないですからね。」

「だから、地上のエネルギー関連施設や、工場とかを積極的に狙って来ない、と言うのは考えられるでしょ。そして、反撃の度合いを確かめつつ、最初の占拠目標をどこに定めるか探している、と。」

「結局、さっきの三つ、全部じゃないですか。」

「理由が一つだけとは限らないでしょ。寧(むし)ろ、複数の理由が有る方が自然だわ。」

「それは、そうですけど…でも、その為に彼方此方(あちらこちら)の地域にちょっかい出して回るって、随分と気の長い話ですよね。」

「時間の感覚が、違うのよ、多分、わたし達とは。 それだけ、無駄とも思える様な、時間と資材を掛けても構わないだけの存在である、とも言えるわね、エイリアン達って。 その上で、地球上での戦闘に使われているのが全部、ドローンだもの。エイリアンの側は、今迄(まで)、唯(ただ)の一人?も、死んではいない筈(はず)だわ。」

「そう聞くと、理不尽さにムカつきますよね。この五年間で、人類(こっち)側の犠牲者は、百人や二百人じゃありませんから。正確な数字は知らないですけれど。」

「日本政府の統計だけで、民間と防衛軍合わせて、五年間の犠牲者数は五百人を超えてた筈(はず)よ。それでも日本は被害が少ない方だから、世界中の犠牲者数を合計したら、一万人や二万人は超えるんじゃないかしら。まぁ、中連みたいに、被害情報が出て来ない地域も、他にも幾つか有るから、全世界での正確な統計は無いだろうけど。」

 立花先生が言う『中連』とは、以前にも記した通り、『中華連合』の事である。準内戦状態と言える国内状況である為、一般的には内情の不明な地域なのである。

「そうやって数字を聞くと、緒美ちゃんじゃなくても、出来る事なら復讐って言うか、エイリアン達に思い知らせてやりたくなりますよね。」

 恵は怒りとも、悲しみとも付かない表情で、そう言うのだった。そんな恵に対し、慰(なぐさ)める様に、立花先生が語り掛ける。

「気持ちは分からないではないけど、そう言う事は考えない方がいいわ。少なくとも、あなた達が考える様な事ではないのよ。」

「そうですね…すみません、頭を冷やします。」

 力(ちから)無く笑う恵に、立花先生も微笑みで返す。
 そこで、ふと、立花先生は時刻を確認すると、既に一時間以上が経過していたのだった。

「もうすぐ、お昼ね。この辺りで、切り上げましょうか。」

「そうですね。わたしへの事情聴取(ちょうしゅ)の方は、もう宜しいですか?先生。」

「そう言う、嫌な言い方はしないでよ。意地が悪いなぁ、もう。」

「すみません、先生。」

 そして、二人はクスクスと笑うのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第10話.05)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-05 ****


 立花先生の問い掛けに、恵は困った様な表情を返す。

「今の所は、何とも。瑠菜さん達にも考えて貰ってますけど、参考になりそうな物も特に無いので。いいアイデアが出る迄(まで)、もう暫(しばら)く掛かりそうですよね。今は、緒美ちゃんも不在だし。」

「そうよね~、まぁ、ここ迄(まで)が順調過ぎた感も有るし。ここは我慢の為所(しどころ)って事かもね。」

 そう言って、微笑んでいる立花先生に対し、身を乗り出す様にして、恵が話し掛ける。

「所で、立花先生。わたしの方だけ、恥ずかしい話も含めて、色々と一方的に話してるのって不公平じゃありません?」

「何よ、急に。」

 立花先生はコーヒーカップを持ち上げようとするが、それが既に空だったのに気が付く。恵は、構わずに声を掛ける。

「先生のお話も、聞かせてくださいよ。ギブ・アンド・テイクって事で~。」

「何が聞きたいの?恵ちゃん。」

「先生は付き合ってる人とか、いないんですか?」

 恵は興味津々と言った表情で、目を輝かせている。一方で、立花先生は鼻から息を吐(は)いて、少し険(けわ)しい表情で言う。

「そう言う話…。」

「そう言う話です。で、どうなんですか?」

 立花先生は一度、視線を天井に向け小首を傾(かし)げる。その後、恵の方へ向き直って、言った。

「あなたと同じで、毎日殆(ほとん)ど、この学校に居るのに、誰かと付き合ってる様に見える?」

「見えません。」

「でしょ。そう言う事よ。」

「本社に居た時は、どうだったんですか?」

「忙しかったからね~仕事。そんな暇、全く無かったわね。」

「入社してから、ずっと?」

「そう、ずっと。」

 恵は少し落胆した様に、身体を引き、息を吐(つ)いた。

「そうなんですか。」

「悪いわね、面白そうな話題を提供出来なくて。」

「本社の方(かた)って、皆さんそんな感じなんですか?」

 恵が、何か心配そうに聞いて来るので、立花先生は一寸(ちょっと)吹き出す様に、少し笑って、答える。

「そんな訳(わけ)、無いでしょう。大半が既婚の人だし、若い人で、社内で付き合ってる人達だって居るわよ。わたしの場合、その辺り、淡泊って言うか、そっち方面の感覚が薄いのよねぇ。」

「そう言う物ですか…。」

「そうよ。恋愛事(ごと)には縁遠いって言うか、そう言う感性が希薄な人って、割と居るのよ、実際。」

「それじゃ、先生は誰かとお付き合いした事は、無いんですか?」

「学生時代は、人並みに居たわよ、彼氏位(ぐらい)。そんな、取っ替え引っ替え何人も、とかって訳(わけ)じゃなかったけどね。」

「へぇ~その方(かた)とは、卒業したら結婚、とか、考えなかったんですか?」

「考えなかったわね~どう言う訳(わけ)か、二人共。」

「その方(かた)、今はどうされているんでしょうか?」

「さぁ、卒業後の進路が違っちゃったから。向こうは、法務省に入ってお役人やってる筈(はず)だけど、今はどうしているのかしらね。」

「連絡とかは、取ってないんですか?」

「卒業して間も無い頃はね~時々、メッセージ交換したりして、それぞれ近況報告とか、してたんだけど。お互い、研修やら仕事やらで忙しくなって、自然消滅したって感じよね。」

 一連の質疑応答が終わり、恵は深い溜息のあと、言うのだった。

「何だか、先生のお話を聞いてると、大人になるのが恐くなって来ます。」

「大人って、詰まらなそう?」

「少なくとも、わたしが想像してたのとは、違いますね。」

「あははは、それは申し訳(わけ)無かったわね~。まぁ、こんな風(ふう)でも、本人は結構楽しく大人をやってるし、こんな大人ばっかりじゃないから。わたしの事は、反面教師にして、あなたは、あなたの思い描く大人になればいいわ。」

 恵は観念した様に、身体を引き、目を閉じて言う。

「先生から、恋愛関係のお話を聞こうと思ったのが、間違いでした。」

「そうね。解れば宜しい。」

 再び、立花先生は「あははは」と笑った。

「それじゃ、立花先生。別のお話を伺(うかが)いたいんですけど。」

「今度は何かしら?」

 真面目な表情の恵に釣られ、立花先生も表情を引き締める。

「これは二年生組で、時々、話題になるんですけど。エイリアンの目的って、何だと思われます?」

「あら、方向性が一気に変わったわね。」

「はい。緒美ちゃんなんかは、『エイリアンの考える事なんか解らない』って切り捨てちゃうから、直ちゃんと二人では、話が先に進まないんですけどね。先生はどう考えてらっしゃるのか、一度、聞いてみたかったんです。」

「そうねぇ…。」

 立花先生は、再び視線を天井に向け、暫(しばら)く考えてから、話し出すのだった。

「一般的には、エイリアンの目的は地球侵略、って事になってるけど。そうじゃない、って恵ちゃんには思えるのかな?」

「いえ、気になるのは、その進め方って言うか。余りにも、効率が悪すぎません?やり方が。」

「と、言うと?」

「科学技術のレベルは、間違いなく、彼方(あちら)の方が上、ですよね?」

「そうね。」

「投入出来る物量も、今迄(まで)の経緯からすると、底無しみたいですし。」

 そこで立花先生は、恵の言わんとする所が、推測出来た。

「あぁ、何故、小出しにせずに、一気に攻めて来ないのか、って事?」

「はい。丸で、此方(こちら)に反撃の余地を、わざと残しているかの様にも、見えませんか?」

「そう言う論調は、確かに有るわね。エイリアンの侵攻の進め方は、戦術的にも、戦略的にも素人同然だって評論する、軍事評論家も居るし。 例えば、恵ちゃんだったら、どんな風(ふう)に地球を攻めるかしら?」

「そうですね…先(ま)ずは、発電所とか、エネルギー関連施設や、あとは軍の基地とか工場、でしょうか?攻撃目標は。 人類側の抵抗力を削(そ)いでしまえば、地球征服はもっと捗(はかど)るんじゃないですか?」

「まぁ、普通なら、そう考えるでしょうけれど。でも、それって、エイリアンが征服しようとしている対象が、人類になっていないかしら?」

「違うんですか?」

「うん、エイリアン達は地球人類の事は、余り意識してない、って言う分析も有ってね、わたしにも、その様に思えるのよ。」

「でも、現に、人類の市街地が襲撃されて、防衛軍と交戦してますよね?」

「そうね。そこで、恵ちゃんが言っていた、エイリアンの目的が問題になるのよ。」

「何の為に、侵略するのか?ですか。」

「そう。エイリアン達が欲しいのは、地球の何なのか?とも、言えるかしら。」

「エイリアン達が欲しがりそうな物…。」

「例えば、人類同士の戦争で考えてみましょう。人間が有史以来、戦争して来た原因は何だと思う?」

 立花先生の問いに、恵は思い浮かぶ幾つかの事柄を挙げる。

「金(きん)とか財宝とか、資産?あと、領土とか、そこに埋蔵された鉱物資源や、石油とか石炭とかのエネルギー、奴隷とか労働力、それから食料…あとは宗教?でしょうか。」

「そんな所ね。例えば、そう言った理由が、あのエイリアン達の事情に当て嵌(は)まるかしら?」

「そうですね、先(ま)ず、宗教は違いますよね。」

「そうね。資産とか資源も違うでしょうね。何せ、彼方(あちら)の物量は底無しの様子だから。」

「それじゃ、エネルギーって事ですか?」

「どうかなぁ?エイリアン達の母星がどこかは知らないけど、何光年か、ひょっとしたら何万光年か、もっと遠い恒星系から、地球まで飛んで来てるのよ。それって膨大なエネルギーが有ってこそじゃない? 多分あっちには、人類から見れば、それこそ、無限に近いエネルギー源が有る筈(はず)よ。」

「そうすると、あと残ってるのは、労働力って事になりますけど…。」

「それも無いでしょうね。無限に近いエネルギーと資源が有って、戦闘用ドローンを量産出来る技術も有る。だったら、こんな遠く迄(まで)、人間狩りになんて来なくても、労働用のドローンを作れば、その方が手っ取り早いし、合理的でしょう。」

「そうですよね。そう言えば、人間が、あのエイリアン達に誘拐されたって話は、聞いた事が無いですものね。あ、そうすると、食料って線も無いですよね。農作物に限らず、エイリアン・ドローンが地球上から、何かしらの物資を大量に持ち去った、なんて報告、聞いた事がありません。」

「そうね。」

「そうすると、先生。エイリアンが地球を侵略する目的自体が、無い事になっちゃいますけど?」

「そんな事は無いわ。恵ちゃん、あなたが挙げた項目が、もう一つ、残ってる。」

「え?」

 恵は指折り数え乍(なが)ら、頭の中で先程挙げた項目を反芻(はんすう)してみる。しかし、もう一つの項目には、思い当たらないのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第10話.04)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-04 ****


 一息吐(つ)いて、立花先生が問い掛ける。

「それで、緒美ちゃんは、その頃から研究を?」

「研究…って言う程のレベルで無かったとは思いますけど、考え始めては、いましたね。中一の四月、直ぐに、わたしは緒美ちゃんに接近して、取り敢えず、資料集めとか手伝う様になったんです。」

「資料…例えば、どんな?」

「最初は米軍の、公表されてるエイリアン・ドローンとの戦闘レポートを、自動翻訳に打ち込んで日本語にしたり。まぁ、当時でも半分位(くらい)は、緒美ちゃんは原文で読めてたんですけど。あと、その中に出て来る、米軍が使ってる武器に就いての解説みたいなのを探したり。もう、専門用語が、どんどん出て来るので、一つ一つ、その意味を調べたり。お陰で、一年で、すっかり兵器オタクみたいになりました。」

「あぁ~天野重工(かいしゃ)に入って、似た様な経験を、わたしもしたから、何と無く解るわ。」

 新入社員当時の苦労が頭を過(よ)ぎり、一人、苦笑いする立花先生である。

「それで、調べている内に気が付いたんです。一般の報道では、防衛軍がエイリアン・ドローンを撃退している所を強調してましたけど、実際はそう単純な物では無いんだなって。その時点で緒美ちゃんは、今の兵器では効率が悪いから、新しい形の兵器が必要じゃないかって言ってました。で、二年目頃からは、映画とかアニメとか小説とか、アイデアになりそうな SF 系の作品を二人で、探して来ては観てましたね。」

「恵ちゃんも、良く付き合ったわね。」

「わたしは緒美ちゃんと二人っきりになれるから、何やってても、唯(ただ)、楽しかったんですけど。」

「あら、そう…って、二人っきり?その調査とか、どこでやってたの?」

「主に、緒美ちゃんの家です。」

「親御さんは?」

「あぁ、緒美ちゃんの御両親は、ホントに忙しかったんですよね。週に二、三度帰って来るか来ないか、みたいな感じでしたから。わたしも中学の三年間で、緒美ちゃんの御両親に会ったのは、四、五回位(くらい)です。ほぼ、毎日の様に緒美ちゃん家(ち)に行ってたのに、ですよ。」

「そんな様子で、緒美ちゃんは、どうやって生活してたのかしら?」

「以前は緒美ちゃんの伯母さんが、家事とか、しに来ていたそうなんですが、あの『黒沢事件』以降は心労が有ったり、メディアの取材だとかで追い回されたりで、体調を崩していたそうで。」

「そう…あれ?それじゃぁ、緒美ちゃんは、ひょっとして、御両親からネグレクトを?」

「そうじゃ、ないです。その緒美ちゃんの伯母様から聞いた話ですけど、緒美ちゃんのお母さんは、小さい頃は身体が弱かったらしくて。それで、やりたい事も殆(ほとん)ど出来なかったから、大人になって、元気で仕事に打ち込みたいなら、家の事はお姉さんである、伯母様がやってあげるって…そんな流れ、みたいです。」

「成る程…。」

「伯母様は伯母様で、女の子も欲しかったんだけど、息子さんを産んだあとで、子宮だったか、卵巣だったかな、兎に角、病気が見付かって摘出してしまったそうで。それで、緒美ちゃんを自分の娘みたいに、可愛がって、面倒を見ていたそうなんですよ。」

「何とも、お気の毒と言うか…それで、息子さんを亡くされて…寝込んじゃうのも、まぁ、無理も無いわね。」

「はい。だから、中一の、わたしが出会った頃は、緒美ちゃんの御両親の何方(どちら)かが、仕事のスケジュールを調整して、夜遅くにでも帰って来たり、家事代行の業者さんを頼んだりしてました。まぁ、緒美ちゃんも、家事の事はある程度は教わっていたので、自分でもやってましたけど。 中二になって暫(しばら)くした頃には、伯母様が回復されて。それ以降は、家事とかは伯母様が来て呉れる、以前の形に戻ってました。」

「あぁ、じゃあ、さっきのお話は、復帰されて以降に、その伯母さんから聞いた訳(わけ)ね。」

「はい。あ、勢いで、緒美ちゃんのプライベートな事、随分喋(しゃべ)っちゃいましたけど…不味(まず)かったかなぁ。」

 恵は今更乍(なが)ら、口元に右手を当てて焦るのだった。

「大丈夫よ、他の人に勝手に喋(しゃべ)ったりしないから。そんなに、際どい話でもなかったし。まぁ、緒美ちゃんの家庭の事情が少しは分かって良かったわ。家族関係の話をしたがらない訳(わけ)が、何と無く、分かった気がする。」

 立花先生のコメントを聞いて、慌てる様に恵が声を上げる。

「あぁっ、別に、緒美ちゃんの所、親子仲が悪いって事は無いんですよ。さっきの話だけ聞くと、そう取られちゃいそうなんですけど。」

「大丈夫、それは解ってる積もり。」

「実際に会ってみて、緒美ちゃんの御両親は、凄く優しい人達だったし、家族仲も、とってもいいんです。伯母様が、以前から緒美ちゃんの世話をしていたのは、それが病気をした伯母様自身の癒しになるだろうから、って言う事だそうで。それに、緒美ちゃんも『わたしには、お母さんが二人居る』って言ってた位(ぐらい)ですから。」

「大丈夫よ、恵ちゃん。 緒美ちゃんにしてみれば、自分の家庭環境が一般的ではないけど、伯母さんの御病気の事とか、御両親の仕事、研究の都合とか、説明するのが諸諸(もろもろ)面倒臭いから黙って居るんだろうなって、理解したから。」

「はい。なら、良かったです。」

 恵は素直に、安堵の表情を見せるのだった。そこに、立花先生が恵に、一言、問い掛ける。

「それで?」

「はい?」

 問われた恵は、その問い掛けの意味が咄嗟(とっさ)に解らず、立花先生に聞き返すのだった。

「緒美ちゃんの話に入る前に、『協力』がどうのって、言ってたでしょ?それは、どういう事かしら。」

「あぁっ、すみません。緒美ちゃんの事お話ししてる内に、方向を見失ってましたね。」

 恵は一度背筋を伸ばし、少し考えてから、話し始める。

「先程申し上げた通り、緒美ちゃんの『動機』は『復讐』なので…。」

 立花先生は、その『復讐』と言う言葉には、相変わらず引っ掛かる感触を拭(ぬぐ)えずにいたのだが、この場では、それに対する反論はせず、恵の発言を聞き続ける事にした。恵は、言葉を続ける。

「…今後、開発作業が進んでいくと、緒美ちゃんが自分でテストをやるって言い出すと思うんです。実際、去年の内にインナー・スーツの試作開発は、緒美ちゃんの身体に合わせて、進めちゃった訳(わけ)ですし。」

「そうね、わたしも、今の勢いで開発が進んでいる状況は、正直、意外なのよね。ひょっとすると、今年の年末には HDG の試作機が、テスト可能になりそうな勢いだものね。」

「はい。緒美ちゃんも、『大人の本気って恐い』って言ってましたけど…。」

「それで、恵ちゃんは、緒美ちゃんが HDG のテストとか、緒美ちゃんが自分でやるのは反対なのね?」

「そうですね。そもそも、緒美ちゃんは運動とか、余り得意じゃないですし。それに、動機が動機だけに、テストだけでは、済まなくなる様な気がして。」

「成る程…。」

「中学の時も、エイリアン・ドローンに対抗する方法として、思い余った挙げ句に、爆弾を抱えて突撃、みたいな方向に向かわない様、気を付けてはいたんです。」

「それは、ちょっと、想像出来ないけど。」

 立花先生は、再び苦笑いをして見せる。

「それで、取り敢えず、試作機のテストやデータ取りには、スポーツの得意な人を当てる、と言う方針を提案しようかと。先生には、そのアイデアに賛成して欲しいんです。」

「協力って、そう言う事。」

「はい。如何(いかが)でしょうか?」

 立花先生は、少し考えて、答えた。

「まぁ、理屈としては間違ってないから、そのアイデアには賛成ね。まだ先の話ではあるけど、その人材に、当ては有るの?」

「いえ、今の所は。LMF のドライバーは取り敢えず、直ちゃんにやって貰いましたけど。流石に、HDG はそうも行かないと思うんですよね。」

「どうして?直美ちゃんは運動、得意そうじゃない。」

「そっちはいいんですけど…いや、良くないか。直ちゃんは、足の怪我で陸上を止めた人ですから。今は治ってるそうなんですけど、激しい運動は、矢っ張り、余り、したくないそうなので。」

「えっ?…その話は、初耳だわ。」

「あ。」

 再び、恵は口元に右手を当てて焦るのだった。

「流石、恵ちゃんは、色々と事情通なのね。」

「あぁ~…自分の事、話しちゃったから、言っていい事と、そうじゃない事の切り分けが…箍(たが)が弛(ゆる)んでいるんだわ。」

 恵は頭を抱える様に、一度、机に突っ伏してそう言うと、再び、頭を上げて言うのだった。

「先生、今の話は聞かなかった事にしてください。」

 立花先生はコーヒーカップに口を着け、一口飲んでから、カップをテーブルへと戻し、答えた。

「まぁ、いいでしょう。直美ちゃんは、その事には余り触れられたくは無いのね?」

「もう、そんなに気にしてはいない様子ですけど。と言って、自分から積極的に、話題にしたい内容でも無さそうな事なので。」

「そう。 で?さっきは『そっちはいい』って言ってたけど、恵ちゃん。 その事以外に、直美ちゃんでは、駄目な理由が有るのかしら。」

「あぁ、はい。 HDG は LMF に比べて、制御系の仕様が複雑ですから。LMF は操作の大半を Ruby がやってくれますし、Ruby とは会話でコミュニケーションが取れます。HDG も制御の大半は搭載の AI が自動で行う仕様ですけど、会話でのコミュニケーションは出来ませんし、AI が、どう言う制御をやる予定なのか、とか、その辺り、わたしも直ちゃんも、ちょっと理解が付いていけてません。」

 恵は身体を引いて、椅子の背凭(せもた)れに寄り掛かる。逆に、立花先生は両肘をテーブルに突き、顔の前で両手の指を組んで、言った。

「成る程ねぇ…でも、そのレベルで理解が出来てるのって、今の所、緒美ちゃんと樹里ちゃん位(ぐらい)じゃない?」

「取り敢えず、来年の新入生に期待したいかと。」

「緒美ちゃんか樹里ちゃんレベルの理解力が有って、スポーツも出来る子? 流石に、それはちょっと、ハードルが高過ぎない?」

「ですよね。でも、この学校なら、そんな怪物みたいな子も、入って来るかも知れませんよ?」

 恵は、そう言って陽気に笑うのだった。立花先生は、一息吐(つ)いて、答える。

「まぁ、稼働テストの人選に就いては、実機が完成してから、でも、問題無いでしょう。恵ちゃんの提案に就いては、頭に入れておきます。」

「お願いします。」

「それよりも、目下の所は、外装…ディフェンス・フィールド・ジェネレータの配置デザインの方が、問題じゃない?目処(めど)は付きそう?」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第10話.03)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-03 ****


 恵の『カミングアウト』を聞いた瞬間、立花先生は、それ迄(まで)、頭の中にバラバラに存在していた、幾つかの記憶が、一気に繋(つな)がって意味を持った様な感覚がしたのである。そして、立花先生は訊(き)くのだった。

「ひょっとして、恵ちゃんが好きな人って…緒美ちゃん?」

 恵は顔を紅潮させ、静かに頷(うなず)く。立花先生は、恵がそんな風(ふう)に照れて顔を赤らめるのを見たのは、多分、初めてだった。それは、立花先生に取っても予期しない反応で、正直、意外に感じられたのである。そして、立花先生は念の為、確認の質問を投げ掛ける。

「それは、あなたは将来的には男性になりたい、と言う事かしら?」

「そっちじゃ、ないです。自分が女性である事に、違和感は有りませんから。」

「そう…でも、まぁ、何と無く、納得は出来るわね。あぁ、そうか、って感じ、恵ちゃんなら。」

「矢っ張り、変?ですよね。」

「そんな事は無いわ。わたしには、『解る』とは言えないけど、大学時代の友人に、一人だけそう言う娘(こ)がいたから、そう言う人がいる事は知ってるの。恵ちゃんが、その事を自覚したのは、いつ頃?」

「う~ん…小さい頃から、憧れたりする対象が女の人ばかりだったんですけど、小学生…三年生位(ぐらい)の時、女の子が女の子に恋する様な、そんな内容の小説を読んで、それから、そう言う方向の事を調べ初めて、あぁ、自分も『こう』だな、って確信?したのが、小五の頃です。」

「読書家だったのね、恵ちゃん。」

「それで、この眼鏡ですよ。」

 恵は笑って、掛けている眼鏡のブリッジ部分を、右の中指で少し、押し上げて見せた。

「御両親や御家族には、その事は?」

「言ってませんよ。十年、二十年経って、ひょっとしたら、男の人を好きになるかも知れないし。その辺り、自分でも良くは解らないので。」

「じゃあ、男性に対して、恐いとか、嫌悪感とかは無いのね?」

「はい。幸い、トラウマになる様な体験が有った訳(わけ)ではないので。父や弟の事は、家族として、普通に好きですよ。徒(ただ)、一般の男性や男子には、異性として興味を持てないだけで。」

「道理で、男子に対して『壁』が無い訳(わけ)だわ。恵ちゃん、折角(せっかく)、男子のファンが多いのに。こうなると、ちょっと、男子達が不憫(ふびん)だわねぇ。」

「それを言ったら、立花先生だって。 立花先生、男子達の間で、結構人気(にんき)、有るんですよ。」

「生憎(あいにく)、年下には興味無いのよね~って、だから。わたしの事はいいの。」

 二人は顔を見合わせると、揃(そろ)って、声を上げて笑った。
 一頻(ひとしき)り笑うと、立花先生は席から立ち、コーヒーカップを手に、ポットの方へと向かう。カップにインスタント・コーヒーの粉末を一掬(ひとすく)い入れると、ポットからお湯を注ぐ。そして、顔を上げ、恵に声を掛ける。

「恵ちゃん、紅茶のお代わり、淹(い)れましょうか?」

「あ、いただきます。」

 恵はお皿に置いてあったティーバッグをカップへと戻し、そのティーカップをお皿に乗せて、立花先生の元へと運んだ。
 お皿ごと受け取った立花先生は、ティーカップへお湯を注ぎ、恵にそのティーカップを乗せたお皿を返し、そして恵に尋ねる。

「それで、その事、緒美ちゃんは知ってるの?」

「いいえ。言えませんよ、そんなこと。」

 恵は受け取ったお皿を持って、元の席へと戻り、そう答えて座った。一方で、立花先生もコーヒーカップを持って元の席に戻り、今度は砂糖をスティック式の包み一本分、カップへと流し込む。恵は、先程の残り半分の砂糖を、ティーカップに注いだ。

「どうして?緒美ちゃんなら、案外、あなたの気持ちに応えてくれるかもよ。」

 コーヒーを掻き混ぜ乍(なが)ら、立花先生は無責任な言動だと自覚しつつ、そう言った。何と無く、恵を励ましたかったのだ。
 それに対して、恵は力(ちから)無く笑い、言葉を返す。

「緒美ちゃんの恋愛対象は、普通に男性ですよ。わたしは、基本的に何時(いつ)も片思いですから、初めから諦(あきら)めてます。」

「う~ん、まぁ、わたしの友人も、同じ様な事を言ってたけど。でも、普通に男女の場合だって、最終的に相手が自分を好きになって呉れるか、それは相手次第だしね。徒(ただ)、男女の場合は、お互いの打算で付き合えちゃう場合が多いだけで。」

「打算?ですか。」

「そうよ。例えば、お金とか、地位とか、仕事とか…将来とか。」

 立花先生は列挙した例えに、もう一つ「性的な事」を加えようとして、直前で思い止まった。それは、未成年の恵を相手に、話す内容では無いと配慮したからだ。しかし、恵はその事に気が付いていて、そして言葉を選んで返す。

「成る程、気持ちよりも欲望、な訳(わけ)ですね。」

「あら、欲望も気持ちの内よ。まぁ、打算で始まった関係でも、付き合っている内に気持ちの方が付いて来る事も有るから、それ程、馬鹿にした物じゃないけどね。どっちかって言うと、そう言うカップルの方が、多いのかも知れないし。」

 立花先生は言い終わると、コーヒーカップを口元へと運ぶ。

「そう言う物でしょうか。」

 恵も、ティーカップに口を付ける。

「あはは、こんな夢も希望も無い事、あなた達にする様な話じゃ、無かったかもね。ごめんなさい。」

「厳しいですね、現実って。」

 二人は顔を見合わせ、微笑むのだった。

「あ、そう言えば。緒美ちゃんの恋愛対象が男性だって、あなた達でも、そう言うお話、するんだ。ちょっと、意外だったわ。」

「いえ、そんな具体的なお話は、した事、無いんですけど…あれ?」

 恵が何かに気が付いて、不思議そうな表情で立花先生を見詰めている。その視線に気が付き、立花先生は問い掛ける。

「どうかした?恵ちゃん。」

「いえ、先生は、緒美ちゃんがパワード・スーツの研究を始めた動機を、知っているんだと思っていたので…。」

 立花先生は、どうしてここで、緒美が研究を始めた動機が話題になるのか、見当が付かなかった。だから困惑気味に、恵に問い掛ける。

「緒美ちゃんの親戚に被害者がいて…そう言う、事じゃなかったの?」

「そう、ですけど。…じゃ、緒美ちゃんから、聞いてはいないんですね。」

「ええ、緒美ちゃんから、直接聞いた事は無いわね。親族の御不幸に関わる事だから、敢えて聞かなかったんだけど。」

「そうでしたか…。」

 恵は視線を逸(そ)らし、少し黙り込む。

「…何よ、気になるじゃない、恵ちゃん。」

 更に少し考えて、恵は立花先生の方へ視線を戻すと、言った。

「緒美ちゃんのプライベートな事だから、わたしが勝手に打ち明けるのはどうかなって思ったんですけど。先生には協力を頂きたいので、特別にお話しします。」

「そんなに、重大な事?」

「それは、受け取りよう、でしょうけれど。わたしが言ったって事は、緒美ちゃんには内緒にしてくださいね。」

「…うん、解った。」

「緒美ちゃんが、研究を始めた動機なんですけど。『復讐』なんですよ、初恋の人の。」

 恵の語った事柄は、立花先生が抱く緒美の印象からは最も遠いと言っていい内容だったので、それは俄(にわか)には信じられなかった。

「復讐?…初恋の人って?」

「緒美ちゃんの親戚の方(かた)が、犠牲になった事は御存知なんですよね?」

「ええ、緒美ちゃんのお母さんの、お姉さんの息子さん、って聞いたと思うけど、確か。防衛軍の人だったのよね。」

「はい。先生は『黒沢事件』って御存知です?」

「あぁ、避難が遅れた民間人を救出するのに、陸上防衛軍の黒沢三尉が犠牲になった、って事件ね。エイリアン・ドローン戦で、陸上防衛軍の最初の殉職者が黒沢三尉だったのよね。当時、メディアが随分と騒いでいたのを、覚えてるわ。」

「あと、地上でエイリアン・ドローンの注意を引くのには、動いたり止まったり、動きの向きを変えるのが有効だって、最初に気が付いたのが黒沢三尉…あ、殉職で特進して、今は一尉って呼ばれてますけど、その黒沢一尉が、緒美ちゃんの従兄弟なんです。」

「その黒沢…一尉が、緒美ちゃんの初恋の人って事? それは、緒美ちゃんが、そう言ったの?」

「いえ、直接的に、緒美ちゃんが明言した訳(わけ)じゃないんですけど。でも、緒美ちゃんから聞いたお話を、総合すると、そう言う事になるんです。」

「それで、復讐を? でも、当時だと、あなた達は小六よね? 黒沢一尉とだと、緒美ちゃんは年齢的に合わないでしょう?」

「女の子は小学生にもなれば、恋位(くらい)するでしょう? そう言う時の恋って、大人の人に憧れたりする物じゃないですか。」

「それは、分からなくはないけど…。」

「それに、緒美ちゃんの場合、御両親が仕事で、物凄く忙しい人みたいでしたから、小さい頃から、良く伯母さんの家でお世話になっていたそうなんです。」

 立花先生は、もう一度、コーヒーを一口飲み、恵に尋ねる。

「あなた達は中学から、一緒だったのよね?」

「はい。中一の時から同じクラスで、わたしの方は、完全に『一目惚れ』でした。『黒沢事件』は、わたしと緒美ちゃんとが出会う半年前の事だったので、出会った頃の緒美ちゃんは沈んでいるって言うか、何か思い詰めている様な感じだったんです。」

「それは、去年の四月頃も、そんな印象だったけど。」

「いいえ、中一の頃は、もっと重い感じでした。」

 立花先生は、眉を顰(ひそ)め、言った。

「それは、ちょっと、想像出来ないわね…。」

「それで、緒美ちゃんと小学校が同じだった子に聞いたら、以前(まえ)はそんな感じじゃなかったって、もっと明るい子だった、って言うんですよ。」

「ごめん、そっちの緒美ちゃんも、ちょっと想像出来ないわ。」

「そうですか? 例えば、今だと Ruby を相手に、冗談言ってる時とか、瑠菜さんと話してる時なんかが、多分、素の緒美ちゃんに近いんだと思いますよ。」

「そう…今度、注意して、見ておく事にするわ。あぁ、それだと、多分、あなたとお話ししてる時も、そうなんじゃない?」

「それは…自分では分かりません、けど。でも、そうだったら、嬉しいな。」

 そう言って、立花先生に見せた恵の表情は、今日一番の笑顔の様に、立花先生には感じられた。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第10話.02)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-02 ****


「実はね…校長から、直直(じきじき)に依頼されたのよね。」

「校長先生…から、ですか。何ですか?その、依頼って。」

 立花先生は一度口籠(くちご)もると、視線を横に外し、暫(しばら)く言葉を探した。しかし、諦(あきら)めた様に目を閉じると、又、一度、息を吐(は)き、視線を恵に戻して、言うのだった。

「あなたの、異性交友関係に就いて、『それとなく』確認して欲しい、って。」

「何ですか?それ…って言うか、この時点でもう、『それとなく』じゃ無くなってますよ、先生。」

「いいのよ、もう。そう言うの、苦手だもの。校長にも、そう言ったんだけど。」

 立花先生はテーブル上のカップに手を伸ばし、コーヒーをもう一口、飲む。
 その様子を見乍(なが)ら、今度は恵が発言する。

「そもそも、わたしに、その『異性交友関係』が有る様に見えます?先生。」

「見えないわよ。授業が終わったら、殆(ほとん)どの時間、兵器開発部の部室に居て、そのあとは女子寮に居るんだし。夜中に、寮を抜け出してる様な気配も無いし。まぁ、そんな事が有ったら、大問題だけど。」

「女子寮のセキュリティは、ちゃんとしてますからね。それを、誰にも気付かれずに突破する様なスキル、わたしは持ち合わせてません。」

「知ってる。でも、噂では、あなたには『付き合ってる人がいる』って、あなたが言った事になってるんだけど?」

「はい?…どこで、そんな話が…。」

 そこ迄(まで)言った所で、恵は心当たりが有る事に、気が付いた。その時の、微(かす)かな表情の変化を見逃さなかった立花先生が、問い掛ける。

「心当たりは有るでしょう?恵ちゃん。」

 恵は視線を上に向け、白々しいとは思いつつ、考える振りをする。正面から立花先生に見詰められている視線の圧力に負け、恵は真面目な顔を作って、立花先生に聞いてみる。

「その事が、先生達の間で問題になっているんですか?」

 その問い掛けに、立花先生は間を置かずに答える。

「問題、と言うのではないわね。校長の談に依れば、学校としては生徒の恋愛とかに就いては、禁止も推奨もしない、と言う事だから。生徒のプライベートな事には、学校は関知しません、と。 但し、学生として、年相応(としそうおう)な行動から逸脱する様なら、注意なり、指導なりはしますよ、と言うのが方針だそうだけど。 今の所、あなたに、そんな逸脱した行動とかは見られてないし、その様な報告も無いから、学校側からは注意とか指導とか、特に有りません。ここ迄(まで)は、O.K.?」

「はい。」

「あなた、夏休みに入る前に、三年生の斉藤君から交際を申し込まれてたでしょ?」

「あぁ~良く御存知で。先生方(がた)にも、伝わってるんですね。」

 特に照れるでも無く、さらりと言葉を返した恵に、少し苦い顔をして立花先生は言う。

「伝わってるわよ、こういう噂は。あなたが袖にした男子が、斉藤君で十人目だっ、てのもね。」

「どうして、わたしなんでしょうか。訳(わけ)が分かりません。 あ、ひょっとして、先生方(がた)は、わたしが、その、男子を誘惑して廻ってると…。」

 恵が、そう途中まで言った所で、立花先生は慌てて、その言を否定する。

「違う違う、そう言うのじゃないわよ。そんな誤解はしてないから、安心して。」

「…なら、良かったですけど。では、先生方(がた)は何を気にされているんでしょうか?」

「さっきも言ったでしょ、断った相手に『付き合ってる人がいる』って、あなたが言った事になってるんだけど、その辺りの事実関係をね、確認したいのよ。恵ちゃんの事だから、断る為に敢えてそう言ってるんじゃないかって、わたしは校長に言ったんだけど。そこの所も含めてね、確認しておいて欲しいってさ。」

「あの、『付き合ってる人がいる』なんて言ってません。わたしは『好きな人がいるので、お付き合いは出来ません』って言ったんです。」

「え?」

 きっぱりと恵に断言され、一瞬、固まる立花先生。

「本当?…十人、みんなに、そう言ったの?」

「去年の分迄(まで)は、ハッキリ覚えてませんけど。でも、そんなに違う言い方は、してない筈(はず)です。」

「そう…と言う事は、噂話が伝わる内に、どこかで内容が変わったのかしらね。良く有る話だけど。」

「それとも、元から間違ってたのかも。噂の出所自体が特定出来ないから、確認の仕様が無いですけど。」

 そして二人は揃(そろ)って、大きな溜息を吐(つ)くのだった。
 気を取り直し、立花先生は恵に確認する。

「それじゃ、誰かと付き合ってるとか、そう言う事実は無いのね?」

「先程も言いましたけど、そんな暇は有りませんし、それは先生も御存知でしょう?」

「まぁ、そうよね。解った。校長には、その様に報告しておくわ。」

「大体、どうして立花先生が、そんな聞き取りをする事になったんですか? 普通、こう言う事は担任の先生の役目じゃ…。」

「あなたの担任、男性の先生じゃあね、こんな話、下手しなくてもセクハラ案件でしょ。校長は、わたしなら話し易いだろうと思われたのよ。まぁ、わたしはこの手の恋愛ネタとかが、凄く苦手なんだけど。」

「ですよね。先生がそんなお話(はなし)してる所、見た事無いですし。まぁ、うちの部じゃ、先(ま)ず、こんな事、話題にもならないですけど。」

 そう言って、恵はクスクスと笑った。
 立花先生は、カップに残っていたコーヒーを飲み干し、テーブルにカップを置くと、静かに言う。

「…しかし、入学してから一年ちょっとで十人から告られるって言うのも、考えてみれば大概な話よね。」

「十人って言っても、その内の半分位(くらい)は、卒業間際に『ダメ元』の『恥は掻き捨て』的なノリでしたからね。」

「それは又、失礼な話ねぇ…。そう言えば、この間の斉藤君なんかとは、どの辺りで接点が有ったの?」

「斉藤先輩とは、生徒会の予算委員会で顔を合わせてましたね。二月(ふたつき)に一回、会計報告の会合が文化系部活と体育系部活と別々に開かれてるので。先輩は美術部の会計で、文化系の予算委員会に出席されてましたから。兵器開発部(うち)も、一応、文化系部活の括(くく)りですので。」

「あぁ、そうか。それで、顔を合わせてただけ?」

「去年、十月の会計報告会で、美術部の会計に集計ミスが見付かって、その時、再計算のお手伝いをした事が有ったかと。接点って言うか、そう言うのは、覚えている限りは、それ位(くらい)で。」

「あぁ~きっと、それだわ。恵ちゃんみたいな娘(こ)に、窮地(きゅうち)でテンパってる時に優しくされたら、男子はクラッと来ちゃうわよね。この学校の男子、真面目な子が多いし。」

 溜息を一つ吐(つ)いたあと、恵は神妙な面持ちで、立花先生に問い掛ける。

「わたし、何がいけないんでしょうか?先生。」

「いけない事は、無いんじゃない?人から好かれる事は、悪い事じゃないわ。誰に対しても、無闇に人当たりがいいのも、恵ちゃんのいい所だから、無理して変える必要も無いと思うし。 まぁ、男子があなたの事を好きになる理由も、解らないではない、かな。」

「理由って、何ですか?」

 恵は両手をテーブルの縁に着き、身を乗り出す様にして聞き返した。すると立花先生は、右手の人差し指を恵の胸元に向けて、言う。

「先(ま)ずは、それ、よね。」

 立花先生の指が指し示す恵の胸は、テーブルに掛けた彼女の左右の指先の間で、テーブルの上に乗っかる様な状態になっている。その事に気が付いて、恵は身体を引くのだった。

「胸…ですか。」

「制服着てても、そんな、ハッキリ分かる位(くらい)だもの。まぁ、男子は好きよね、そう言うのが。あなた達の年頃なら、尚更。」

「そう言う理由なのは…余り、嬉しくないですね。」

「まぁ、男子なんて、そんな物よ。でも、それだけで、その相手を好きになる程、即物的ではないとは思うけど。恵ちゃんの場合、外見的に目立つ魅力が有って、その上で、その当たりの柔らかい態度って言うか、壁の無さって言うのかな、それが加わって男子を勘違いさせてるんじゃないかな。」

「壁?…ですか。」

「思春期の男女なんだから、お互いに興味が有るが故の精神的な壁が有るのが普通よね。近寄り難かったり、話し掛けられても冷たい態度で返したり…そう言うのが、恵ちゃんの場合、殆(ほとん)ど感じられないのよ。それで、男子の方が『好意を持たれてる』とか『行ける』って、勘違いするんでしょうね。」

「直ちゃんなんかは、考えも無しに人に優しくする物じゃない、って言うんですけど。別に、わたしは特別、優しくしてる積もりは無いんですけどね。」

「そうよね~、まぁ、恵ちゃんには『お姉さん気質』みたいのを、感じるけど…そう言えば、今まで聞いた事、無かったけど。恵ちゃん、兄弟はいるの?」

「あ、はい。弟と妹が、一人ずつ。」

「あぁ、矢っ張り、リアルで『お姉ちゃん』だったんだ。道理でね。」

「わたし、先生にも『お姉さんオーラ』を感じるんですけど?先生の方は、ご兄弟は?」

「わたし? わたしの所は、兄と弟なのよ。」

「あぁ、上下(うえした)、男性ですか。あ、それで先生は、さばさばした感じ?なんでしょうか。」

「そう?まぁ、わたしの事は、この際、どうでもいいの。」

 一息吐(つ)く立花先生の一方で、恵はティーカップに残っていた紅茶を飲み干す。そして、改めて立花先生に、問い掛ける。

「わたしは、男子との接し方を変えた方が、矢っ張り、いいんでしょうか?」

 その問いに、立花先生は即答する。

「いいんじゃない?無理に変えなくても。さっきも言ったけど、それは、あなたの長所でもあるし。最終的に、ちゃんと断る事も出来てるなら、問題無いわ。 わたしの大学の時の知り合いに、あなたみたいな娘(こ)がいたんだけど、その娘(こ)の場合は、もの凄く押しに弱い娘(こ)でね。断り切れないで結局、複数の男の子と付き合う事になってて、アレは最後が修羅場で大変だったみたいだけど。恵ちゃんなら、まぁ、そんな事になる心配も無さそうだし。」

「修羅場…ですか。」

「男の方がね~真面目な内は、まだ、良かったのよ。女の方が押しに弱いって分かると、目的が別の、変な奴が寄って来るから、気を付けないとね。世の中に出て、男女関係で安易に流されると、大抵、最後は碌(ろく)な事にならないから。まぁ、この学校や会社の人には、そんな変な人(の)は殆(ほとん)どいないと思うから、あなた達は安心してても大丈夫よ。」

「それはそれで、純粋培養とか温室栽培的な感じで、駄目じゃないですか?先生。」

「あんな経験なんか、しないに越した事はないわ。心が拗(ねじ)くれるだけだから。そう言うのは、小説とかドラマとかで知識だけ頭に入れておいて、そんな事態に巻き込まれない様に、想像力を働かせて回避するの。」

「成る程…でも、まぁ、わたしの場合、恋愛沙汰で男の人に騙される様な事は、多分、無いと思いますけど。」

「どうして?」

「…先生は大人だから。 先生には思い切って、カミングアウト?しちゃいますけど…。」

「え…。」

 立花先生は恵が、『カミングアウト』と言う言葉を選択した事で、恵が言わんとしている事に、ある程度の見当が付いてしまったのである。そして、その見当は、外れていなかった。

「わたし、女の子が好き…なんです。」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第10話.01)

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)

**** 10-01 ****


 2071年7月、今回は時間軸を一年ほど遡(さかのぼ)った時点から、お話を始めよう。
 この日は、天神ヶ崎高校が夏期休暇に入り、一週間が経過していた。

 この日より更に一ヶ月程前、前期中間試験が終わって間も無く、天神ヶ崎高校兵器開発部には、本社試作工場から LMF が搬入されていた。そして LMF には Ruby が搭載される事になるのだが、その作業要員五名に加えて、作業監督とシステム・オペレーションの指南役として、本社の開発部設計三課からは安藤と、他一名が派遣されて来ていた。
 他一名は LMF のシステム担当者で、此方(こちら)は LMF への Ruby 搭載作業の LMF 側監督者として、搭載作業の監督を含め、一週間滞在する間に LMF のソフトウェア構成に就いて、樹里と維月にレクチャーを終え、帰社した。
 一方、安藤は天神ヶ崎高校に一ヶ月間滞在し、搭載作業の Ruby 側の作業監督の後、HDG のソフトウェア系システム全般のレクチャー役を務めたのだった。樹里と維月が、安藤と顔馴染みになったのは、この時の事が契機である。勿論、安藤が帰社して以降も、樹里と維月の二人は、ソフトウェア関連に就いての本社側フォロー役の安藤とは必要に応じて連絡を取り合っており、業務以外での親交も深めていったのは言う迄(まで)もない。

 7月16日火曜日に、天神ヶ崎高校が夏期休暇期間に突入し、その週末に派遣期間を終えた安藤が天神ヶ崎高校を離れると、それと入れ替わる様に、今度は本社から開発部設計一課の実松(サネマツ)課長が来校したのである。目的は、以前に記した通り、佳奈と瑠菜に対する CAD 製図の特訓の為だった。実は、この特訓には、学科外ではあるが、情報処理科の樹里も参加していた。
 本社から移設された CAD の端末は三台有ったので、製図作業の応援が出来る様にと、樹里が自ら申し出ての参加だった。当然、設計計算等は門外漢である樹里には出来ないのだが、紙に書かれた原案図を CAD データ化する程度の、トレースや清書作業なら、CAD の操作を習得すれば樹里にも可能だったのである。

 実松課長が来校したのが7月27日月曜日で、丁度(ちょうど)その日から、緒美と直美の二人が『自家用航空操縦士免許』を取得する為、同学年の飛行機部部員達と共に三週間の合宿講習に出掛けていた。その為、残った二年生である会計担当の恵が、部長と副部長が不在の間は、兵器開発部の責任者と言う立場になっていたのである。緒美達が居ないと、恵自身には特にやるべき作業は発生しないのだが、管理責任者としての立場が有るので、恵は夏休み中でも帰省せず、部活動に参加していたのだった。

 実の所、夏期休暇中に部活や研究の為に、帰省をしないで寮に留まる生徒は、半数以上にも上(のぼ)り、これには帰省させるよりも天神ヶ崎高校に留まった方が、エイリアン・ドローンの襲撃事件に巻き込まれる危険性が低いと言う、保護者側の判断が、その居住地域に依っては有ったのだ。そんな訳(わけ)で、子供を帰省させるのではなく、親の方が会いにやって来ると言う者も、少なからず存在したのだった。

 兵器開発部の面々は、と言うと。先(ま)ず、緒美と直美に就いては、『自家用航空操縦士免許』取得の合宿から戻るのが8月22日土曜日の予定だったのだが、25日火曜日には防衛軍立ち会いでの LMF の試験が予定されていたので、結局、帰省は出来ないスケジュールになっていた。
 一年生組の三人、瑠菜、佳奈、そして樹里は、CAD 製図の特訓を終えた翌日の8月10日には帰省で学校を離れる予定で、恵はその翌日に、一応、帰省を予定していた。この四人も、25日の LMF 試験の準備で、緒美と直美が学校に戻る日の前日には、学校へ戻って来る予定である。

 そんな夏休み期間中の、その日は、2071年7月29日水曜日。
 戸外は天気も良く、朝から日差しが強い日だったが、兵器開発の部室は冷房が効いており、恵は自分一人が部室に居るのが勿体無(もったいな)いなと感じつつも、特段する事も無かったので、何と無く部室の PC でネットのニュースサイトを眺(なが)めていた。一年生達は隣の CAD 室で、実松課長と前園先生に因る CAD 製図の特訓を受けているが、CAD の機材が設置されているその部屋も、当然、空調は効いている。
 時刻が午前十時を少し過ぎた頃、突然、制服のポケットに入れていた恵の携帯端末が振動した。
 恵は携帯端末を取り出し、着信を確認すると、それは立花先生からのメッセージだった。

「恵ちゃんへ、わたしの居室まで来てください。」

 恵は折り返し、立花先生への通話をリクエストすると、立花先生は直ぐに通話に応じた。

「先生、何か問題(トラブル)でも?」

 先に、恵がそう問い掛けると、立花先生は否定して歯切れの悪い返事をするのだった。

「問題(トラブル)…ではないけど、ちょっと、お話ししたい事が有るのよ。悪いけど、こっちに来て貰えるかな?」

「部長が居ないので、わたしは責任者として、ここを離れない方が、と思うのですけど。」

「う~ん、一時間位(くらい)。そっち、前園先生いらっしゃるでしょ。暫(しばら)く、監督役は前園先生にお願いして。」

「通話では、駄目なお話しなんですか?」

「そうね。」

 普段から、ハッキリと物を言う立花先生が、今回は珍しく言葉を濁しているのが不可解な恵だったが、会社の秘密関連のお話しかも知れないなと思い直し、恵は答えた。

「分かりました。今から、伺(うかが)います。」

「悪いわね。待ってるわ。」

 通話の切れた携帯端末を元通り、制服のポケットへ押し込み、恵は席を立った。一度、隣の CAD 室に顔を出し、前園先生に一言断って、恵は再び部室へと戻って来る。先程まで見ていた PC のニュースサイトを閉じ、恵は部室から外へと出て行った。

「それにしても、立花先生がわたしに、秘密に関係する様なお話しって何だろう?」

 そんな事を考え乍(なが)ら、恵は強い日差しの中を、立花先生の居室が在る事務棟へと向かって歩いた。
 グラウンド横の歩道に差し掛かると、運動部が練習している様子が目に入る。「暑いのに、みんな、良くやるなぁ…。」と、そんな事を思い乍(なが)ら歩いていると、サッカー部だろうか、歩道の方へとランニングをしている男子生徒数人が恵を見付けて手を振っているので、特に考えも無く、恵は手を振り返すのだった。

「森村は、何も考えずに、そう言う事をするから。」

 そんな事を、以前、直美に言われたのを思い出し、「いけない、いけない。」と呟(つぶや)いて手を降ろした恵は、道を急いだのだった。

 暫(しばら)くの後、立花先生の居室である。ドアがノックされたのに対し、立花先生が返事をする。

「どうぞ。」

 ドアを開けて入って来たのは、立花先生が予想した通り、恵である。

「失礼します。」

「呼び付けちゃって、ごめんね。暑かったでしょう?外。」

「グラウンドで練習してる運動部に比べたら、まだ優(まし)ですけどね~。」

 そう言い乍(なが)ら、恵はポケットからハンカチを取り出し、額に当てた。

「まぁ、取り敢えず、座ってちょうだい。」

「はぁ…。」

 今日の立花先生は、矢張り、様子がおかしい、そう恵が思ったのは、立花先生が何故か、作り笑いをしている様に感じられたからだ。勿論、思った事を直ぐには口には出さず、恵は、もう暫(しばら)く様子を見る事にした。

「込み入ったお話しなんでしょうか?」

「う~ん…そうね。そうかも知れないから、お茶でも用意しましょうか?恵ちゃんは、紅茶の方が良かったわよね。」

「あ、はい。あの、お構いなく…。」

「いいのよ~気にしないで~。ティーバッグの、だけど、ごめんね。」

 立花先生は恵のカップには紅茶のティーバッグを、自分のカップにはインスタント・コーヒーの粉末を、それぞれ入れると、お湯を注ぐ。

「先生はコーヒー、お好きですよね。」

「えっ?あ、あぁ~そうね。」

 ぎこちない受け答えに恵の不審は益益(ますます)募(つの)り、「その位(くらい)の事で、動揺しなくても…」との内心だったのだが、取り敢えず微笑んで、気にしていない振りをした。立花先生は、両手にカップを持ち、テーブルへと歩み寄って来る。紅茶の入ったティーカップを恵の前に置き、立花先生は恵と向かい合った席に着いた。

「どうそ。あ、ミルクは無かったけど、いい?それと、お砂糖はこれを使ってね。」

 テーブルの脇に置いてあった、スティック包装のティーシュガーを立ててある容器を、立花先生がテーブルの中央へと滑らす。

「先生は、コーヒーは何時(いつ)もブラックでしたっけ?」

「ミルクは入れないけど、砂糖は気分で入れたり、入れなかったりね。」

 そう言って、砂糖を入れてないインスタント・コーヒーのカップに、立花先生は口を付ける。それを眺(なが)めつつ、恵はスティック式の包みの先端を破ると、その中から半分程の砂糖をティーカップに注ぎ、五回、スプーンを回(まわ)して、既にティーバックを引き上げてあるお皿へ、スプーンを置いた。

「そう言えば、実松課長と前園先生の様子はどう? 瑠菜ちゃん達とは、上手くいってる?」

「大丈夫ですよ。実松課長の事は、『師匠』と呼ぶ事になったみたいです。」

 恵はティーカップを持った儘(まま)、「うふふ」と笑った。立花先生も微笑んで、聞き返す。

「師匠?」

「はい。『先生』だと、前園先生と紛(まぎ)らわしいんだそうです。」

「佳奈ちゃん?」

「はい。」

「まぁ、『リン』付けで呼ぶよりは、良い選択かもね。」

「あれは、古寺さん流の、『親愛の情』の表し方ですから。それでも、先輩や目上の人に対しては、しない様にしてるみたいですよ。」

 恵は、立花先生が居ない所では、佳奈が立花先生の事を『智リン』と呼んでいる事を、敢えて伏せておく事にした。

「実松課長の方は何て?」

「初めの内は『擽(くすぐ)ったい』って言ってましたけど。流石に、もう諦(あきら)めたみたいです。瑠菜さんも、『師匠』って呼び始めたので。」

「あらま。」

 そこで、立花先生はカップを再び口元に寄せ、一口、コーヒーを飲んで、一息吐(つ)く。
 その様子を黙って見ていた恵が、声を掛ける。

「先生?」

「何?恵ちゃん。」

 立花先生は微笑んで、聞き返した。それに対して、恵も笑顔を作って、問い掛ける。

「そろそろ、本題に入りませんか?」

「あぁ…そうね。」

 再び、立花先生の挙動が、不審な様子に戻るのだった。流石に、付き合い切れないと思った恵は、ストレートに思った事を言ってみる。

「先生? 先生らしくないですよ?」

「う~ん、そうね。わたしも、そう思うわ。全然、わたしらしくは、ないのよ。」

「どうされたんです?」

 立花先生はコーヒーの入ったカップをテーブルに置き、椅子の背凭(せもた)れに身を預けて、腕組みをして考え込んでいる。
 恵はティーカップを唇に寄せて、一口、紅茶を飲んで、立花先生の返事を待った。
 数秒経って、溜息を一つ吐(つ)くと、一度、小さく頷(うなず)いて立花先生は話し始めた。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

「STORY of HDG」Pixiv向け・まとめ版 更新・180909

五月末頃より、「小説家になろう」と言うサイトに「STORY of HDG」を順次投稿しておりますが、それに併せて、文中の句読点の見直しとか、表現の修正、説明不足と思われる箇所への文章追加、誤字脱字の修正、漢字表記等の表記統一、の様な作業を続けております。
 先日の時点で、第6話まで「なろう」への投稿が終わり、アクセス数もトータルで 2000PV を数えましたが、これが多いのか、少ないのかは、正直よく解りません(笑)。2000PV を投下した部数:80 で割れば、一部当たりが 25PV となりますので、矢張り多分、少ないのだろうな、とは思います。まぁ、小説として売りたい訳でもないので、その辺りは余り気にしてはいませんが。
 感触としては、追いかけてくれている読者数は十名程度かな、と言う所ですが、それでも「十人もいるのか」と言うのが当方の所感でして、今後も、掲載は継続していきたいか、と。
 
 bLog:「WebLog for HDG」の方では、「なろう」に追加したイラストも含め、内容の改訂に合わせて同期を取っていたのですが、Pixiv版の方はほぼ放置状態だったので、今回、第0話~第2話迄、「なろう」版との同期を取った物に改訂しました。
 
 もっと、随所にイラストを入れたいのが本来の希望ではありますが、モデリングとかが全く追いついていないので、長い目で見て、お付き合い頂けると嬉しいです。
 
 取り敢えず、今はこんな感じ。本作を未読で、興味の有る方は、下記のリンクよりどうぞ。
 
 「なろう」版 URL> https://ncode.syosetu.com/n1354eu/
 「Pixiv」版 URL> https://www.pixiv.net/series.php?id=655230
 
 あ、あと現在、第10話の打ち込みを進めていますが~今回は、一通り纏まるまで公開を開始しない方針ですので、もう暫くお待ちください。現時点で第4回部分を打ち込み中ですが~第10話をどう纏めるか、まだ迷ってます。
 簡単に予告すると、第10話は、立花先生と森村 恵が、ひたすら二人が会話している回です(笑)。「STORY of HDG」は基本、会話劇なので、ある意味、真骨頂と言えるお話です。

HDG-LMF01 コックピット・ブロック運搬ドリー・180716

「STORY of HDG」本編、第3話第10回の挿絵用に製作を始めた、この「運搬ドリー」。
 大体、三日位で作る積もりだったのですが~結果、約十日。とは言え、毎日フルでこの作業だけをやれた訳ではないので、一日当たり八~十時間作業で換算すれば、実働で三日。まぁ、妥当な所だったのか。
 で、以下、サンプル画像。

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 構成としては、フレームに車輪を付ければオッケー的なノリで始めた筈だったのですが。「アレ?コレ、ロック機構要るんじゃね?」と思ってしまった為、前後にロック・アームの機構を考え始め、「アレ?カナードとかスタビとか、引っ張ってる時にぶつけそうじゃね?」と思ってしまい…以下略。結果、見ての通りとなりました。
 パーツ的には、一応、全て UV 展開はしてありますが、テクスチャは一枚も描いてません(笑)。
 ロック機構はハンドルの回転と固定ピンが連動して、ロック・アームが倒れる所まで、モーション・ダイアル一つで連動する仕掛けは作ってありますが~今後再利用するかは未定(笑)
 まぁ、格納庫内背景の置物的位には利用できるかな、と。
 さぁ、挿絵画像を作らねば。

STORY of HDG(第9話.16)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-16 ****


 一方、理事長室を出た後の兵器開発部一同は、取り敢えず部室へと向かって歩いていた。既に校舎から出ていた彼女達は、陸上部やサッカー部が練習中のグラウンドを横目に、青々と葉の茂った桜並木の歩道を進んでいる。先頭は緒美達三年生、その後ろに維月とクラウディア、樹里と佳奈、そして瑠菜、最後尾が茜とブリジットと言う順番が、何と無く出来上がっていた。
 そんな中、暫(しばら)く黙って歩いていた維月が、唐突にクラウディアに声を掛ける。

「クラウディア、ちょっと聞いておきたい事が有るんだけど?」

「何?」

 クラウディアの返事は、極めてフラットだった。

「以前(まえ)の事件の時は、ハッキングとか、してなかったのかなぁ、と。」

「あぁ、今のイツキと同じで、アンナにも『そう言う事は止めて』って、何時(いつ)も言われてたから。彼女の前では、やらない様にしてたの。あの時も、モバイルは持ってたし、通信環境も有ったから、やろうと思えば出来たんだけど。」

「あぁ、矢っ張り。そうだったんだ…」

「でも、今はやらなかった事を後悔してる。あの時、正しい情報を知ってたら、アンナが死ぬ事は無かったかも知れない。」

 そんな二人の会話が聞こえた緒美が、振り向いてクラウディアに言うのだった。

「その気持ちは解らないではないけど、あなたのお友達の事は、あなたの所為(せい)ではないでしょう? あなたが責任を感じる事ではないわ、カルテッリエリさん。」

「それは、同じ事をカウンセラーにも言われましたけど…」

 そう、クラウディアが言葉を返すと、恵が緒美に言う。

「まぁ、そんな簡単に気持ちが変えられるなら、誰も苦労しないよね。ねぇ、部長。」

「そうれもそうね。」

 緒美は左隣の恵へは視線を向けず、前へ向き直った。その直後、緒美は急に何かを思い出した風(ふう)に「あぁ」と声を上げると、もう一度振り向いて、最後列の茜に向かって声を掛ける。

「そう言えば、天野さん。」

「あ、はい。何でしょう?」

 急に呼び掛けられ、慌てて茜は返事をした。茜とは少し距離が有ったので緒美が立ち止まると、それに釣られて全員が立ち止まったので、茜も又、立ち止まるのだった。結果、茜と緒美の距離は殆(ほとん)ど変わらなかったが、緒美はその儘(まま)の距離で、言葉を続ける。

「昨日、あの後(あと)、副部長達三人と話していたんだけど。天野さん、あなた、本当は、剣道部に入りたかったのかしら?」

 唐突に、思いもしない事を問い掛けられ、茜は困惑し、聞き返す。

「え~っと、どう言う流れで、そんなお話になったのでしょうか?」

 その、茜の問い掛けに答えたのは、直美である。

「いや、昨日のあなたの動作を見ててさ、剣道の方、相当の実力者だったのかなって思ってね。それで。」

 直美の答えを聞いて、茜は目を丸くする一方で、隣に立つブリジットが声を上げて笑い出す。そのリアクションに、今度は、三年生一同が困惑するのだった。

「もう、笑わないでよ。ブリジット。」

 茜は、左手でブリジットの腰の辺りを、後ろから軽く叩く。ブリジットは「ゴメン、ゴメン」と茜に謝ると、笑いを堪(こら)え乍(なが)ら、緒美達に向かって言う。

「茜は、剣道で勝った事は、一度も無いですよ。ねぇ。」

 ブリジットが最後に、茜に向かって同意を求めて来るので、茜もブリジットの発言を補足する。

「練習試合も含めて、一勝もしてませんから、実力者だなんて、とんでもないですよ。」

「どう言う事?」

 それが、困惑した緒美が、漸(ようや)く絞り出した言葉だった。

「どう、と言われましても…。」

 茜は苦笑いして、答えた。その一方で、ブリジットが真面目な顔で言う。

「茜が優しいからですよ。」

「いや、優しいとか、そう言う事じゃなくって。そりゃ、勝てる物なら、勝ちたかったですよ?わたしだって。努力や工夫はしましたけど、結果は、全敗って言う事でして。」

 茜の補足を聞いて、直美が問い掛ける。

「それじゃ、真面目にはやってたんだよね?」

「勿論。徒(ただ)、小学生の時に通ってた道場の師範から、『向いてない』とは言われてまして。まぁ、その通りだったのかな、と。」

 今度は、恵が問い掛ける。

「向いてない?」

「あの~アレです。剣道って、打ち込む時に『メ~ン』とか声を出して打ち込むんですけど…」

 茜は、発声のレベルは普通に押さえて、打ち込む動作を再現して見せつつ語った。

「…あの声、『気合い』って言うか、『気迫』とか『殺気』みたいなのが、どうにも苦手で。」

 その続きを、ブリジットが説明するのだった。

「中学の時、剣道部の顧問の先生から聞いたんですけど。茜は相手の『気合い』を受けると、どうしても踏み込みが甘くなって、一本取られちゃうって、優し過ぎるんだろうなって。」

「優しいってのは違う様な…単に、ビビリなだけよ。」

「ビビリって。もしそうなら、昨日みたいに、咄嗟(とっさ)に反撃は出来てないでしょう?」

 自虐的な茜の自己分析に対して、恵は客観的な見解を示す。それに次いで、直美が問い掛ける。

「天野は、結局、何年やってたの?剣道。」

「小学生の頃からですから~八年位(くらい)ですね。」

「向いてないって言われたのは、何年目の時?」

「いえ、三ヶ月目…位(くらい)でした。」

 茜は照れ臭そうに、笑って言った。その答えを聞いた直美の方が唖然としていたので、今度は緒美が尋ねる。

「天野さんは、その時、止めようとは思わなかったの?剣道。」

「あぁ~その時、師範から言われたんです。『この儘(まま)続けても剣道は強くはならないだろうけど、それでも腐らずに練習を続けられたら、心は強くなる筈(はず)だから、三年は続けなさい』って。」

「尤(もっと)もらしく聞こえるけど、それ、絶対、月謝目当てだよね。」

 呆(あき)れた様に直美は、恵に、そう語り掛けた。恵は、困り顔で愛想笑いを返すが、茜は笑って言うのだった。

「今考えると、そうかも知れないですけど。不思議と、その時は剣道の練習が特に嫌でもなかったし、道具一式をおじい…祖父に揃(そろ)えて貰ってたりしてたので。結局、中学に上がるまでは、その道場に通ったんです。それで、まぁ、続けていればそれなりに、欲も出て来るじゃないですか。一度位(くらい)、一本取ってみたくて、それで中学では剣道部に入ったんですが…まぁ、結果は、前に師範に言われた通りでした。」

「成る程。それでも、得る物は有ったのよね?」

 緒美が微笑んで、茜に尋ねると、茜も笑顔で答える。

「勿論です。結局一度も勝てなかったですけど、人や自分との向き合い方は学べたと思いますし、部活で先輩や友人も出来ましたから。頑張っても、出来ない事は有るって知れたのは、大事な事だと思ってます。それに、そもそも、剣道家になろうと思っていた訳(わけ)じゃありませんし。」

 そこ迄(まで)、黙って聞いた瑠菜が、突然、茜に問い掛ける。

「そう言えば、あの時。トライアングルが突っ込んで来たのは、恐くは無かったの?天野。」

「そうですね。『気迫』とか『殺気』みたいなのを感じなかったので、それで、多分。ビックリはしましたけど。」

「ずっと真面目にやっていたから、身には付いていたのよね、剣道が。」

 瑠菜への答えを聞いて、ブリジットがそう、茜に言うのだが、それに対して、茜は反論する。

「だから~BES(ベス)の扱いは、剣道の動作とは違うからね、何度も言うけど。アレは、居合いとかの動作を参考して、事前に HDG に動きを学習させて有ったから、咄嗟(とっさ)にあのスピードで再現出来たんだし。それに、左手にランチャーを持ち替えたから、右手一本で振り下ろしたけど、あんな事が出来たのも HDG だったからこそよ。」

「解った、解った。」

 ブリジットは笑って、そう言葉を返すのだった。
 そんな折、南の空から一機の大型ヘリが、爆音を響かせて学校の上空を通過し、山頂方向へと飛行して行く。その様子を、一同が何と無く見上げていると、直美が言うのだった。

「今日は昼過ぎから、矢鱈(やたら)と防衛軍のヘリが飛んで来るよね。」

 その疑問に、緒美が答える。

「あぁ、山頂の、レーダー・サイトの点検とか、あと、エイリアン・ドローンの残骸を回収しているんじゃない?多分。」

「そう言えば、三時頃だったかな。シートに包まれてたけど、何かの塊みたいなのを、大型のヘリが吊り下げて飛んでるのを見ましたよ。」

 樹里が目撃情報を語ると、佳奈と瑠菜がそれに反応する。

「あぁ、それ、わたしも見た~。」

「アレは、シートの形状からして、中身は飛行形態のトライアングルだったよね、多分。」

「さて、それじゃ。ここで立ち話してても何だし、部室へ行きましょうか。昨日のデータ整理、今日中に終わらせたいし。」

 緒美がそう言って歩き出すと、他のメンバーも再び、歩き出すのだった。


 兵器開発部の面々は、この時、全く意識してはいなかったのだが、この日、天神ヶ﨑高校の周辺で回収されたエイリアン・ドローンの残骸は、回収に当たった防衛軍の担当者が、その目を疑う程の綺麗な残骸だったのである。
 エイリアン・ドローンを数多く迎撃して来た防衛軍ではあったが、その撃破は殆(ほとん)どが誘導弾に因る成果であり、結果として、その残骸は主要部が爆散していた。20mm機銃や30mm機関砲に因って撃破した残骸も、主要部は大きく破損していたり、内部が粉々に粉砕されている物が殆(ほとん)どで、その後に出火した場合は熱効果で変形していたり、組成が変質していたりするので、回収出来た残骸から何かしらの、有意な技術情報が引き出せた事は皆無だった。
 唯一判明していたのは、『エイリアン・ドローンに使われている素材は、地球上に有る物質と大差が無い』と、その程度である。
 しかし、今回、回収された残骸は、荷電粒子砲やプラズマ砲で主要部が吹き飛ばされている以外は大きな破損が無く、何よりも、茜が切り倒した最後の一機は、胴体が分断されている以外は何の欠損も無い、完璧なサンプルであった。
 防衛軍の回収担当者が「これほど綺麗な残骸は、米軍だって持ってない」と発言したとかしないとか、それは定かではないのだが、この時、重要な資料の入手が為されたのは、間違いの無い事実だったのである。

 

- 第9話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第9話.15)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-15 ****


「それは又、どう言う?」

 思わず、聞き返したのは立花先生である。

「うん?あぁ、直接の原因は SF 映画を観ての事らしいが、自分が剣道で防具を着けている体験と、何か妙なイメージ的なリンクが有ったらしくてね。そこから結果的に、他の SF 作品から工学とか、兵器関係に迄(まで)、興味が広がったらしい。何年か前には、天野重工ではパワード・スーツの開発とか研究はしてないのかって、聞かれた事も有ったなぁ。」

 合いの手を入れる様に、塚元校長が問い掛ける。

「それで、この学校に?」

「まぁ、そう言う事だ。」

 次に、立花先生が問い掛ける。

「兵器開発部で鬼塚さん達が、HDG の開発をやっている事は、入学前に天野さんには知らせてなかったんですよね?」

「そんな、余計な事は言わんよ。実際に入学する迄(まで)は、飽くまで部外者だからね。」

「天野さんが入部した時、緒美…鬼塚さんが天野さんの事を『パワード・スーツに造詣(ぞうけい)が深い、希有(けう)な人材』って評していたんですが。…成る程、そう言う流れなんですね。 実際、天野さんが、どうしてあんな風にパワード・スーツに興味を持ったのかは、疑問に思っていました。」

 立花先生は、テーブルに置かれたコーヒー・カップに手を伸ばす。
 そして、塚元校長は微笑んで、天野理事長に言うのだった。

パワード・スーツ?その事に就いては、わたしは良く分かりませんけど。天野さんが、中学時代の理不尽に負けなかったのも、今回、学校を救って呉れたのも、剣道で心を鍛えていたお陰ではないですか。 わたしは、そう思いますけれど。だから、間違いだった、何て仰(おっしゃ)ったら、天野さんが可哀想ですよ。」

「そう言って貰えると、幾分、気は楽だが。その所為(せい)で危ない真似をされるのは、身内としては、どうもね。」

 その天野理事長の答えを聞いて、立花先生が一言。

「天野さんは、祖父は身内だからって特別扱いはしない、って言ってましたよ。」

「そんなのは、立前(たてまえ)だよ。わたしの、ね。」

「でしょうね。」

 透(す)かさず塚元校長に同意されて、天野理事長は「ふふっ」と、少し笑った。そして、言葉を続ける。

「でも、まぁ。今回の件では、茜で良かったのかも知れん。立場上、余所(よそ)様のお嬢さんを、矢面に立たせる訳(わけ)にもゆかん…と、こんな事を言ったら、今度は娘…茜の母親が怒るだろうがね。」

「所で理事長。そんな世間話の為に、立花先生に残って貰った訳(わけ)では無いのでしょう?」

 話題が本筋から外れて行くのを、塚元校長が軌道修正する。天野理事長は、コーヒーをもう一口飲んで、話題を変えるのだった。

「では、本題に入ろうか。立花先生に聞いておきたいのは、今後の見通しと言うか、進め方に就いてだな。」

「と、言われますと?」

「あの子達に、どこまでやらせるべきか、と言う事だよ。我々としても、実戦データの取得迄(まで)、学生にやらせる事は考えていない。早早に、本社か防衛軍に運用試験を移管したい所だが、その見通しに関して、どう思う?」

「先程のお話だと、理事長は軍への移管は慎重に、とのお考えでは?」

「そう考えてはいるが、生徒の身の安全には代えられんだろう。」

「そうですか。まぁ、軍であれ、本社であれ、HDG の試験を移管するには、早くて三ヶ月、長ければ半年位(ぐらい)は、移行に時間を取られるのは覚悟しないと。」

「そんなにか?」

「はい。先程、鬼塚さんが言っていた様に、現在の HDG が動かせるのは、天野さんの能力に負う所が大きいので。パワード・スーツの運用に就いてのビジョンが有って、正確にシステムの仕様を理解し、しかも、人並み以上に身体も動かせる、そんな人材は本社にも防衛軍にも、そうはいないと思いますので。」

「茜は、そんなに優秀かね?」

「優秀ですよ。この学校の、学年トップの成績は、伊達ではないでしょう。ですよね?校長先生。」

 立花先生に話を振られた塚元校長は、胸を張って答える。

「勿論。記憶力のコンテストみたいな、そんな教え方は、当校はしておりませんので。天野さんの中間試験での成績は、それは立派な物でしたよ。」

 塚元校長のコメントを聞いて、天野理事長は腕組みをし、顎(あご)を引く様にして言う。

「う~む、そう言う事になると、当面はあの子達に頼らざるを得ない、と言う事か。大人としては、聊(いささ)か情け無い話しだが…とは言え、スケジュールには、余り余裕が無いしなぁ。」

「スケジュール?」

 塚元校長が、天野理事長に聞き返す。ここで天野理事長が口走ったのは、『R作戦』用のデバイス開発のスケジュールの意味だったのだが、そうであろう事に立花先生は気が付いていた。一方の塚元校長は『R作戦』の事自体を、知らされてはいなかった。勿論、無闇に口外は出来ない事柄なので、天野理事長は歯切れの悪い返事しか出来ない。

「あぁ、それはだな。申し訳(わけ)無いが…。」

 その様子を見て、塚元校長も直ぐに事情を察するのだった。

「あら、会社の方(ほう)の秘密事項でしたら、深くは追求いたしません。聞かなかった事にしますけど、立花先生は御存じの件?」

「いえ、わたしも詳しい事は…。」

「そう。なら、わたしだけ仲間外れではないのね、良かった。」

 塚元校長は、そう言うと「うふふ」と笑うのだった。

「済まないね、校長。」

「いいえ、今に始まった事じゃ、ありませんから。」

「ともあれ、もう少し、状況を見乍(なが)ら考える事にしよう。しかし、場合に依っては、我々の方が覚悟を決めねばならん時が、来るかも知れん。成(な)る可(べ)く、そうはならん様に手は打って行く積もりだが。」

 立花先生は、少し身を乗り出す様にして天野理事長に問い掛ける。

「昨日みたいな事が、そう度度(たびたび)起きる物でしょうか?」

「これは今朝、防衛省と昨日の件で話した際に聞いた事なんだが。 どうやら、連中はここに来て、襲撃の降下ルートを変えた様なんだ。今までは所謂(いわゆる)『北極ルート』だったのだが、この四月にロシアの防空レーダーが稼働を始めただろう? あれの運用が軌道に乗って来て以降、迎撃の効率が可成り上昇していたからな。それに対応して、何(いず)れは降下ルートを変えて来るんじゃないか、と予測はされていたんだが。」

「それが、実際に? 確かに、『太平洋ルート』に、って噂は耳にしてましたけど。」

「いや、『アジア大陸ルート』、『中連』上空から降りて来たらしい。連中は余っ程、海は嫌いと見えるな。」

 ここで、天野理事長が言う『中連』とは、『中華連合』の事である。四十年程前に共産党政権の経済政策の失敗が原因で『中華人民共和国』が崩壊し、十年程の混乱の時期を経た結果、四つの地域に分裂してそれぞれが自治政府を樹立していた。以来、四つの政府は再統一を目指しつつも、主導権争いと足の引っ張り合いを繰り返しており、辛うじて内戦への発展だけは回避している様な状況が現在まで続いている。一方で対外的には一つの国家であると主張はしている物の、連邦政府の成立さえ儘(まま)ならない状況故に、『連邦』ではなく『連合』と呼ばれているのだった。実の所、それぞれの地方自治政府内部でも、「再統一派」と「民族自立派」の意見が対立している上に、周辺各国が曾(かつ)ての様な大国化を恐れて、表に裏に干渉を繰り返すので、一向に情勢が安定しない儘(まま)、時間だけが経過していたのである。
 そんな状況なので、四つの自治政府が連携した防空体制など築ける筈(はず)も無く、そこをエイリアン・ドローンに付け込まれた格好になったのだ。

「それで、西側、九州の方から襲撃して来た訳(わけ)ですか。」

「ああ。従来通りなら北側、ルートを変えて来るなら東南側からと踏んでいた防衛軍は、予想外の西側からの襲撃に慌てたらしい。それで、昨日は対応が後手後手になった様子だ。」

「と、言う事は。今後はこの辺りも、襲撃事件が増えるのでしょうか?」

「今迄(まで)はロシア側からの情報提供も有って、日本海上空で迎撃出来ていたが、東シナ海側だと『中連』の協力は期待出来ないし、それで日本領空に入られたら、九州迄(まで)はあっという間だ。そうなれば、この辺りも、安心は出来んな。」

 天野理事長と立花先生の遣り取りを聞いていた塚元校長が、一言、漏らす。

「それは物騒なお話ですね。」

「そこで、今朝、防衛省に、Ruby がここに有る事を知らせておいた。今迄(まで)は、特に明かしてはいなかったんだがな。 取り敢えず、これで、この周辺の対処については、優先して呉れると思う。」

「防衛軍が守ってくれるのは、Ruby なんですか?学校ではなくて。」

 立花先生は眉間に皺を寄せて、聞き返した。

「以前も言ったと思うが、Ruby は国家機密級のプロジェクトだからね。今朝の報告で、それが被害を受けそうになっていたと知って、彼方(あちら)側のお役人も泡を食っていた様子だったよ。防衛軍の現場の指揮官は、勿論、そんな事は知らないから、昨日は、この辺りの対処を後回しにしたのだろうがね。」

「今後は、防衛軍も対応が変わってくるだろう、と?」

「そう、願いたいがね。」

「そもそも、Ruby って、どう言ったプロジェクトなんでしょうか?…と、お聞きしても、教えては頂けないんでしょうね、理事長。」

 駄目で元元とばかりに、諦め顔で聞いてみる立花先生である。それに対する天野理事長の返答は、予想通りの答えだった。

「生憎(あいにく)と、それはまだ明かせないな。何(いず)れは、話す事になるとは思うが。済まないね、立花先生。」

「いえ。 唯(ただ)、そんな大事な物を、今回は実戦に使ってしまいましたし、あの子達が預かっていて、本当に Ruby の教育になっているのかどうか。」

「それに関しては、問題は無い。Ruby は何(いず)れ、実戦に投入される予定の物だし、Ruby の育成状況については、井上主任からも順調だとの報告を受けている。」

「実戦に、ですか? Ruby を?」

 意外な天野理事長の発言を聞いて、立花先生は身を乗り出して聞き返した。

「何を驚く事が有る。現に、LMF に搭載しているんだから、至極当然の事だろう。まぁ、勿論、LMF に搭載する為に、開発している訳(わけ)ではないが。」

「そう言われれば、その通りですが。わたしもあの子達も、Ruby を兵器として認識しては、いなかったですね。」

 立花先生は上体を引いて、虚脱気味に言うのだった。一方で天野理事長も、少し考えてから、言った。

「そう言えば、先刻も茜が、Ruby の身を案じて、の様な事を言っていたな。Ruby の事を、過剰に人(ひと)扱いする傾向が出る事には留意すべきと、井上主任も言っていたが。あの子達を無用に煩悶(はんもん)させる事も無いだろうから、さっきの事は聞かなかった事にしておいてくれ、立花先生。」

「それは、構いませんが…。」

 表情を曇らせる立花先生の隣で、黙って聞いていた塚元校長が溜息を一つ吐(つ)いて、言った。

「政治だか軍事だか、そう言う物と関わると、何でも秘密、秘密。息苦しいったら、ありませんわね。」

 塚元校長の正面に座る天野理事長は、唯(ただ)、渋い顔をするのみだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第9話.14)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-14 ****


「さて、校長。そちらから、何か言っておく事は有るかね?」

「理事長の方(ほう)は、もう宜しいんですの?」

「まぁ、そうだな。大体の、事の流れは掴(つか)めた。校長の方から、話す事が無ければ、そろそろお開きにしようかと思うが。」

「では、一つだけ…。」

 そう言って、塚元校長は視線を兵器開発部一同の方へと移した。

「城ノ内さん?」

 突然、名前を呼ばれ、樹里は慌てて返事をする。

「あ、はい。何でしょうか?校長先生。」

「あなたからは、何も発言が無かったけれど、何か言っておきたい事は有りませんか?」

「いえ…特には、無いですけど。どうしてですか?」

 塚元校長は微笑んで、答える。

「黙って、お話を聞いてるだけでは、退屈したでしょう?」

「いえ、色々と興味深いお話だったので、大変有意義だったかと。わたしが退屈している様に、見えましたでしょうか?」

「そんな事は、ありませんでしたよ。 ルーカスさん、古寺さん、あなた達も発言の機会が少なかったわよね。何か、言っておきたい事は有る?」

 塚元校長の問い掛けに、瑠菜と佳奈は、姿勢を正して答えるのだった。

「いいえ、有りません。」

「わたしも、特には無いです。」

「そう。では、わたしからも、付け加える事は特には有りません。 理事長。」

 視線を天野理事長へと戻し、塚元校長は頷(うなず)く様に頭を下げた。天野理事長も一度頷(うなず)いて、話し始める。

「では、最後にもう一度、釘を刺しておくが。今回は、結果的に、幸いにも上手く事が運んだが、幸運は二度、三度と続く物では無い。今後は呉呉(くれぐれ)も、危険な真似はしない様に。大人を信じて、指示に従って欲しい。良いかな?」

 天野理事長の言葉に、兵器開発部一同は声を揃(そろ)えて「はい。」と、答えたのだった。その返事を聞いて、不意に、天野理事長が立ち上がる。

「…とは言え、だ。実際問題として、今回、諸君の行動は、この学校の生徒達と施設が危険に曝(さら)されるのを防いで呉れた。その事実には、学校を代表して、諸君には礼を言わねばならない。 ありがとう。」

 両手を執務机に着き、天野理事長は頭を下げるのだった。その様子に兵器開発部の一同が戸惑う中、天野理事長は頭を上げると、言葉を続けた。

「話を聞かせて貰って、今回のキミ達の行動が面白半分の暴走や、妙な功名心からの物で無い事は理解出来た。純粋に、級友の安全を願う思いや、愛校心からの行動であったと思う。それ故に、感謝を表明する物であるが、だからと言って褒める訳(わけ)にもゆかん。もう一度言うが、二度とこの様な事はしない様に。約束して呉れるな?」

 兵器開発部一同、もう一度、声を揃(そろ)えて「はい。」と、答えるのだった。

「よろしい。では、ご苦労だったね。今日は、以上だ。」

 天野理事長と塚元校長に向かって一礼すると、部長である緒美を残して、ドアに近い者から順番に退室して行く。そこで、天野理事長が、茜を呼び止めるのだった。

「あ~天野君。」

 天野理事長は、右手を前に出して、小さく手招きをして見せる。茜は不審に思いつつ、室内に戻り、中央の応接テーブルの前まで進むのだった。

「何でしょうか?」

「薫…お母さんには、昨日の事は伝えたりしたのかな?」

「いえ…まだ、です、けど?」

「そうか。昨日の件は折を見て、わたしの方から伝えておくから、暫(しばら)く、黙っておいて呉れ。心配させるといけないし、アレは母親に似て、怒ると怖いからな。」

 くすりと笑って、茜は答える。

「解りました。他には?」

「いや、それだけだ。」

「では、失礼します。」

 茜はもう一度、礼をしてドアへと向かう。
 全員が廊下に出たのを確認して、緒美と共に立花先生がドアへと向かおうとした時、天野理事長が立花先生を呼び止めるのだった。

「あ、立花先生は、ちょっと残って貰えるかな。」

 理事長室から廊下へと出た茜達の視線が、一斉に室内に向けられたのに気が付いた塚元校長が、宥(なだ)める様に声を掛ける。

「大丈夫よ、昨日の件で立花先生だけを、虐(いじ)めたりしないから。」

 天野理事長も、言葉を続ける。

「別件で、少し打ち合わせをしたい事が有るだけだから、キミ達は心配しなくても良い。」

 立花先生は、兵器開発部一同に視線を送ると、微笑んで頷(うなず)いて見せる。そして、緒美が室内へ向かった皆の視線を身体で断ち切る様に、開かれているドアの前まで進むと、くるりと室内方向へと身体を翻(ひるがえ)した。

「では、失礼します。」

 最後に、緒美がもう一度、一礼し、ドアを閉じるのだった。
 一斉に十人もの生徒達が出て行った為、理事長室は急にがらんとした様に感じられる。
 天野理事長は、執務机から離れると、塚元校長と対面位置のソファーへと移動した。

「立花先生も、座って呉れ。」

「こっちへ、いらっしゃい。」

 塚元校長が自らの隣、ソファーの座面を、ポンポンと叩いた。

「では、失礼します。」

「加納君、立花先生にお茶を。」

 塚元校長の左隣に一度は座った立花先生が、又、立ち上がって言った。

「あぁ、お構い無く…。」

「遠慮は不要だよ、立花先生。」

「立花先生は、コーヒーの方が宜しいですかね?」

 天野理事長の背後に立つ加納が、問い掛けて来る。

「あぁ、はい。では、お言葉に甘えて、コーヒーで。」

「あはは、いいから座って、立花先生。 あ、加納君、わたしにもコーヒー、頼むよ。」

「はい、承知しました。塚元校長は、如何(いかが)ですか?」

「わたしは、もう結構。」

「では。」

 オーダーを聞き終えた加納は、早速と隣の秘書室へと姿を消すのだった。

「立花先生は、あの子達に好かれてますね。良い事ですよ。」

 と、塚元校長が、先ず、話し始める。

「恐縮です。」

「それで、さっきの一連の話を聞いていて、どうだい?昨日、立花先生が聴取した内容とは、可成りニュアンスが違っていただろう?」

 天野理事長はニヤリと笑い、立花先生に問い掛けた。

「そう、ですね。冷静に考えてみれば、あの鬼塚さんが、一年生に迎撃を指示するだなんて。『やるなら、自分でやる』位(くらい)は言いそうな子なのに。鬼塚さんから話を聞いていてた、自分が冷静でなかったんだな、と、思います。」

「鬼塚さんは責任を全部被(かぶ)る積もりで、立花先生の聴取に答えていたんでしょうね。」

「ああ言う、お互いを庇(かば)い合っているチームの事情聴取は、個別にやっては駄目なんだ。誰が事実を言っているのか解らなくなる。一堂に集めて聴取をすれば、それぞれが自分から事実を話し出す、先刻の様にな。」

「はい。」

 立花先生は、徒(ただ)、頷(うなず)くばかりである。

「逆に、責任を押しつけ合っている様なチームの場合、纏(まと)めて聴取をやっては駄目だ。その中で力の有る者の顔色を窺(うかが)って、誰も事実を言わなくなる。後で報復されるのを、恐れるからね。そう言う場合は、関係者全員から個別に事情を聞いて、これは大変な作業になるが、全部の内容を付き合わせて、聴取した内容のどの部分が本当で、どの部分が嘘か、割り出すしか無い。立花先生もこれから先の仕事で、そう言う局面に出会うかも知れないから、頭に入れておくと良い。まぁ、相手が大人になると、先程のあの子達の様に、素直にはいかないだろうがな。」

「理事長は、今朝の、わたしの報告を聞いて、鬼塚さんが他のメンバーを庇(かば)っていると?」

「今朝の報告の内容は、以前(まえ)に何度か会った時の、鬼塚君の印象では信じられなかったからね。まぁ、それ以上に、迎撃に至った動機に就いては、聞いておかねばならなかった。自分らが開発した技術や装置が機能するか試したかった、とかの浮ついた動機であれば、これは叱ってやらないと、とは思ったがね。」

「想像以上に、真っ当な動機だったので、少し驚きましたが、安心もしましたね。」

 そう、塚元校長が言うと、「同感だ」と言って天野理事長は、声を上げて笑った。そこへ、コーヒーの入ったカップを二つトレイに乗せて、加納が理事長室に入って来る。そして加納は、カップをテーブルの上に、静かに置いた。

「しかし、女子ばかりのあの兵器開発部で、こんな事態(こと)になるとは思ってもみなかったよ。」

「そんな風(ふう)に、思ってらしたの?理事長。」

「あぁ、それで、立花先生は女子ばかり集めた物だとばかり。」

「いいえ。女子ばかりになったのは偶然の結果で、敢えて狙った訳(わけ)では。成績上位者が集まってしまったのも、『類友』と言う事ですから。」

「成る程な。」

「大体、護る対象が明確なら、女子だって戦いますわよ。それも、母性の一部ですからね。」

「母性か…そうだな。」

 カップを手に取った天野理事長は、口元へとカップを運ぶ。一口、コーヒーを飲んで、天野理事長の発言は続く。

「茜に、剣道をやらせたのは、間違いだったかな。」

「あら、天野さんに剣道を勧めたのは、理事長でしたの?」

「うん。あの子は小さな頃から、一人で本を読んでいるのが好きな、内気と言うか、人見知りと言うか。そんな具合だったから、小学校に上がってから、友達関係で苦労していると、娘…茜の母親から相談されてね。それで、武道系のスポーツでもやらせてみれば、人付き合いの面でプラスになるかなと考えて。荒療治になるかも知れんが、まぁ、向かない様なら直ぐにでも止めさせる積もりで、知り合いの道場、柔道と剣道のに、連れて行ったんだが。柔道の方は相手と取っ組み合いするのを見ただけで怖がっていたんだが、剣道の方は防具を着けるし、直接組み合わないから、それ程、抵抗は無かった様子でね。それでも実際、中学を卒業する迄(まで)、続けるとは思って無かったよ。」

「先程のお話から察するに、天野さんが剣道をやっていたからこそ、中学校での孤立を免(まぬが)れたのでしょう?」

「それは、その通りなんだがね。あの子がパワード・スーツに興味を持った遠因が、剣道に有ってだね。」

 塚元校長の所感に、そう答えた天野理事長は、苦笑いを浮かべるのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第9話.13)

第9話・天野 茜(アマノ アカネ)と鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)

**** 9-13 ****


「いえ、謝罪は結構です、加納さん。 クラスにはブリジットが居ましたし、わたしを無視する人達の事は、わたしの方が無視していた位(くらい)ですから。 それより、一年生の時の担任が、二年に上がった時に異動して行ったのは、そう言う訳(わけ)だったんですね?」

 茜達には『異動』だと周知されていた当の担任教師であるが、実際は件(くだん)の首謀者である女子生徒との『不適切な関係』が発覚しての懲戒免職だったである。勿論、その様な理由は生徒達には知らせられないので、学校や教育委員会が発表を誤魔化したのだ。その後、その元担任教師が暴漢に襲われて大怪我をした事件の事等(など)、茜達が知る由(よし)も無い。

「はい。年度が変わって、協力する教師がいなくなった事で、首謀者の女子生徒は校内での扇動が思う様に行かなくなり、それで余計に、学校外での襲撃を画策する様になった、と言うのが事の流れです。お話し出来る顛末としては、大体、以上の様な経緯となります。」

 加納が話を終えると、立花先生が真面目な顔で、天野理事長に問い掛ける。

「理事長、二人に三年間も警護を付けるのって、費用として相当の負担額ではないかと思いますが、相手方や学校に費用の一部でも請求とかされたら如何(いかが)でしょうか?今のお話ですと、証拠も揃(そろ)っている様ですし。」

 この時、天野理事長も、秘書の加納も、敢えて訂正はしなかったのだが、実は、警護を付けていたのは、茜とブリジットの二人だけではなかったのである。一時期は最多で、茜の両親と妹、更にブリジットの両親と彼女の弟を加えて、計六名にも危害が及ぶ可能性が有り、密かに警護を付けていたのだ。勿論、ここで、その事を明かしても、話がややこしくなるだけなので、天野理事長はその事を口にしなかったのである。
 そして、天野理事長は少し笑って、答えた。

「証拠と言っても、裁判にでもなれば、命綱にするには、可成り頼りないね。何せ、その女子生徒は人に指示したり教唆(きょうさ)しただけで、自分では一切、手を下してはいない。だから、直接的な物証は何も無い。集められた証言にしても、同じ内容を裁判で証人として証言をして貰えるか、その辺りが怪しい人物が可成りの数、含まれているし。そんな状況で被害の発生を防ぐのに掛かった費用を、相手方に請求するのは、まぁ、現実的ではないだろう。立花先生は法務を専攻されたから、こう言った都合に就いては、詳しいのではないかな?」

「法務とは言っても、刑事の方は専門外ですので。」

「そうか。まぁ、結果的に二人の身の安全は確保出来たし、会社への被害も未然に防げた。仮に、強請(ゆすり)に応じる様な事態になれば、社の財務にも歪みが生じる。警備・警護の費用なら必要経費にでも出来るが、強請(ゆすり)の支払いは、そうは行かないからね。まぁ、相手に強請(ゆすり)のネタが出来た時点で、何らかの被害が既に発生している訳(わけ)だから、それ自体が有ってはならん事態だからな。」

 そう言って、天野理事長は笑うのだった。

「だからと言って、そこ迄(まで)解ってて無罪放免と言うのは、納得が行きません。」

 直美が、語気を強めて少し大きな声を上げると、天野理事長は真面目な顔で答えた。

「勿論だ。元元は相手方の家庭の問題だからね。こちらで集めた資料を纏(まと)めた上で、弁護士を通じて相手方の親御さんへ送ったよ。彼女たちが中学を卒業してからね。それで、先方の更生の切っ掛けにでもなれば、と思っていたんだが。」

 そこで、天野理事長が発言を止めたので、数秒待って、茜が尋ねた。

「何か、有ったんですか?」

「うむ…。」

 唸(うな)る様な声を出して、天野理事長は椅子の背凭(せもた)れに身を預ける。その様子を見て、加納がアイコンタクトの後、発言するのだった。

「では、わたしから。 実は、その首謀者の女子生徒なんですが、この四月に、違法薬物の急性中毒で入院したそうです。聞いた所に依れば、植物状態で回復の見込みは無い、とか。それから、わたしが『碌(ろく)でもない大人』と言った、彼女に付いていた男なんですが、解雇された後に、何らかの喧嘩に巻き込まれたとかで、死亡しております。」

「…何が有ったんでしょうか?」

 茜は眉間に皺を寄せ、加納に問い掛ける。しかし、加納は表情を変えず、事務的に答えるのみだった。

「さぁ、そこ迄(まで)は解りませんし、我々の関知するべき所でもありません。一方は違法薬物…平たく言えば『麻薬』が絡んでおりますし、もう一方は過失であったとしても殺人事件、何方(どちら)も、立派な刑事事件ですので、当然、警察の方(ほう)で捜査がされております。」

「新島さん。」

 塚元校長が、突然、直美を名指しで声を掛ける。直美は少し驚いて、返事をするのだった。

「あ、はい。何でしょう?校長先生。」

「あなたは事情の一部を、予(あらかじ)め聞いていた様子ですけど、先程の一連の顛末を聞いて、このお話からは、どんな教訓を引き出しますか?」

 そう問い掛けると、塚元校長は静かに微笑む。直美は一度、天井に視線をやる様にし、数秒考えて、答えた。

「因果応報…でしょうか。」

「分かり易くて良いですね。そう言うお話だったと、受け取る人も多いでしょう。けど、わたしは『付き合う人は、選びなさい』と、言いたいですね。碌(ろく)でもない人と関わると、自分も碌(ろく)でもない目に遭う、と。そう言った意味で、天野さんも、ボードレールさんも、一時的に嫌な思いはしたでしょうけれど、お互いが選んだ相手は、友人として適切だったと思っていいでしょう。 あの時に、嫌な思いをしたくなくて、天野さんもボードレールさんも、彼方(あちら)側を選ぶ事だって出来たのに、それをしなかった。それは、二人とも誇りに思って良いと、わたしは思いますよ。」

「はい、ありがとうございます。」

 茜とブリジットが、揃(そろ)って返事をする一方で、ニヤリと笑って天野校長が言うのだった。

「『人を選べ』等(など)と、教育者が言っても良い物ですかね?校長。」

「皆さんがもっと、幼い子供だったら『みんなと仲良くしなさい』と、立場上、言う所かも知れませんが。残念乍(なが)ら、実際の世の中は『みんなが仲良く』出来る様な社会ではないですからね。危険な人や、危険な事からは、出来る限り距離を取る。そう言う賢明さは、生きていく上で必要だと。それは大人として、皆さんに伝えておかなければなりません。そして、皆さんは『人を見る目』を、養っていかなければなりませんよ。」

 塚元校長は、天野理事長の突っ込みを、平然と切り返すのだった。そして、思い出した様に、今度はブリジットに対して、塚元校長は尋ねた。

「そう言えば、ボードレールさん。進路を、この学校に決めたのは、その事件の影響も有るのかしら?」

「いいえ。単純に、茜と同じ進路に行きたかっただけ、なんですが…今のお話を聞いて、会社の方へは、正式に入社したら、幾らかでも、わたしに出来る事で、お返しをしなければ、と。今は、そう思っています。」

 その返事を聞いて、天野理事長は幾分、困った様に言うのだった。

「だから、その様な事は考えなくても良い、と、先刻も言ったと思うのだが?ボードレール君。」

「あ、あぁ~…スミマセン。」

 恐縮するブリジットを見て、微笑んで天野理事長は言った。

「まぁ、これからも茜と仲良くしてやってくれたら、茜の祖父としても嬉しいよ。」

「はい。」

 ブリジットは、運動部の所属らしい、はっきりとした返事を返す。天野理事長は一度頷(うなず)いて、再び話し始めるのだった。

「さて、大幅に話が逸(そ)れたので、昨日の件に戻すが。鬼塚君、キミが迎撃を行うと考えを切り替えて、その時点で成功の確率はどの位(くらい)と見込んでいたのか、教えて呉れるかな?」

「明確に、何パーセント、とは答えられませんが…段階毎に、色々と可能性は考えていました。先(ま)ず、第一段階として、レーダー施設の防空用ミサイルを、防衛軍が作動させるだろうと。これで、向かって来るエイリアン・ドローン六機が、一乃至(ないし)は三機の範囲で処理されるだろう、と見込みました。実際に撃墜されたのは、二機だったので、わたし達が迎撃するべきは、残り四機となりました。 エイリアン・ドローンが初めて遭遇する兵器を警戒しないのは、過去の事例で解っていましたので、HDG と LMF は警戒されずに第一撃を加えられるのは確実でした。この第二段階では、HDG と LMF が同時に攻撃を加える事で、確実に二機は処理出来るだろうと。実際はその通りになりましたが、出来れば、と期待した、更に複数機の処理上積みは、それは叶いませんでした。 そして、残ったのは二機となりました、が。その動きを事前に予想は出来ないので、この第三段階については天野さんとボードレールさん、二人の機転と運に任せるしか無く。そこで、外部から状況を監視して、出来るだけのバックアップが行える様、無人観測機を出しておいて、最初から複数人で状況の監視をしていました。ですが、実際は最後の一機を見失ってしまい、監視もバックアップも、成功したとは言い難(がた)いのが結果です。 最終的に、最後の一機を無事に処理出来たのは、HDG を扱う天野さんの能力に負う所が大きかった、と思っています。」

「加納君、今の鬼塚君の話を聞いて、元防衛軍所属の者としてはどう思う?」

 話を振られた加納は、一呼吸置いて、答えた。

「わたしは戦闘機乗りでしたから、戦術の質が違いますので、一概に評価は難しいのですが。しかし、基本的な考え方は、外れてはいないかと。鬼塚さんは、良く研究されていると思いますが。」

「そうか。 結果的に、HDG と LMF、その有効性の一端を示した、とは言えるのだろうな。 実は、防衛軍の方(ほう)からは、完成しているのなら、早急に引き渡せ、と言われたのだ、が。それに就いては、どう思う?鬼塚君。」

 緒美は落ち着いて、天野理事長に聞き返す。

「理事長は、了解されたのですか?」

「いや。わたしの認識では、あれは未(いま)だ、未完成で検証中の装置(デバイス)だ。未完成の物を引き渡す訳(わけ)には、いかん。」

「同感です。今、引き渡しても、防衛軍が天野さんと同じレベルで扱えるのか、保証は出来ませんし。それに、B型の試験を行って、パラメータとか稼働ライブラリのデータを比較しない事には、異なるドライバー間での互換性が想定通りに出来るかどうかが確認出来ませんので、もう暫(しばら)くは手放す訳(わけ)には行きません。」

「そうか、解った。」

 天野理事長は、一度、背中を椅子の方へ寄せ、一息置いて話し出す。

「これは、会社としての決定事項では無いが、わたしが個人的に懸念していると言う事で、話しておきたい。」

「はい。」

 緒美は、少しだけ両の眉を引き寄せ、返事をした。天野理事長は、少し目を細める様にし、話し始める。

「昨日の一件で、君達の様な戦闘の訓練を受けていない者でも、HDG を扱う事が出来れば『エイリアン・ドローン』を撃退可能である、と、事実として証明されてしまった。これは、鬼塚君が考えたコンセプトが正しかったのだと、わたしも思う。HDG が完成して汎用化すれば、対エイリアン・ドローン用の兵器として、有効なのは間違い無いだろう。 だが、HDG が対人兵器として使用されてしまう可能性について、鬼塚君は考えた事は有るかね?」

「いいえ、ありません。」

「そうか。日本の防衛軍があれを侵略戦争に使用する事は考え難(にく)いが、我々が装備した事を他国が知れば、同じ様な物が開発され、使用されるのは避けられない様に思う。だから、新しいコンセプトの兵器の開発や、提案には慎重さが必要なのだと、わたしは考えている。」

「HDG の開発を止めるべきだと?」

 天野理事長への、緒美の問い掛けを聞いて、兵器開発部一同が、一瞬、ざわめく。天野理事長は顔の前で、二度、右手を振って否定した。

「そうではない、結論を急ぐな。我々が思い付いた事なら、他の誰かも思い付いて、同じ様な開発をやっている可能性だって有り得る。であれば、開発は続けて、技術は保持しておくべきだ。問題は、軍に引き渡すかどうか、だよ。」

 そこで、立花先生が声を上げた。

「しかし、会長…いえ、理事長。防衛軍の契約が取れなければ、今まで掛かった開発費が回収出来ませんが。」

「そんな事は、解っておる。徒(ただ)、防衛装備事業が天野重工(うち)の本業では無いのでな。それは、立花先生もご存じだろう? 予算や費用の手当を考えるのが、我々、経営陣の仕事だ。その辺りは、どうにでもなるし、出来るようにやるだけだよ。」

 天野理事長の言う通り、現状で天野重工の収益の柱は、水素ガス製造プラントと水素燃料動力機関の二つである。防衛装備事業での収益は、決算毎(ごと)に赤字と黒字の間を行ったり来たりしているのが現実だった。

「戦闘機や戦車の様なサイズの兵器であれば、維持や運用には或(あ)る程度以上の組織力が必要だ。だが、HDG 程のサイズになれば、小規模な組織でも運用出来る可能性が有る。今回、キミ達がやって見せた様にね。まぁ、現実には技術的な問題や補給等(など)、ハードルはそれなりに高い物だと思うが。」

 天野理事長の発言を受け、緒美が問い掛ける。

「理事長は、HDG が完成しても、防衛軍には引き渡さないお積もりですか?」

「…そう、決めた訳(わけ)ではない。先刻の立花先生の意見の様に、財務上の問題も勿論有るし、対『エイリアン・ドローン』用の装備として有効なのであれば、防衛に協力しない訳(わけ)にもいかん。だが、費用対効果という面から防衛軍が採用しない可能性も、十分に有る。現状で、HDG 一機が主力戦闘機一機よりも高価になる見込みと聞いているが、そうであれば、防衛軍仕様の『LMF 改』の方が、防衛軍には魅力的だろう。 その辺りは、今後の状況推移と交渉によって、結論は変わる物だ。」

「では、当面、わたし達のやるべき事は変わらない、そう思って良いでしょうか?」

「そうだな。わたしの言った事は、頭の隅にでも入れておいてくれたら良いよ。」

「解りました。」

 緒美の返事を聞いて、天野理事長は一度頷(うなず)くと、大きく息を吐(は)いた。

 

- to be continued …-

 

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