第11話・天野 茜(アマノ アカネ)とブリジット・ボードレール
**** 11-02 ****
そして、緒美が立花先生に確認する。
「まぁ、今回は陸上防衛軍の主催で、標的とか計測器の設置とかも無いですからね。」
「そう言う事。」
「あの…倉森先輩って?」
そこで茜が、右手を肩口程の高さ迄(まで)挙げ、問い掛けるのだった。それには、樹里が回答する。
「あぁ、畑中先輩と同じ試作部、製作三課のお姉さんよ。HDG と LMF の電気関係担当でね、天神ヶ崎(うち)の卒業生なのよ。この前、運用試験の時は来てなかったから、一年生の三人は知らないよね。電子工学科の OG で第十四期…だったかな、畑中先輩の一つ下なの。」
「わたし達が第二十三期だから、第十四期って言ったら…。」
ブリジットが、指折り数えていると、立花先生が答える。
「六年前の卒業生よね。」
そして丁度(ちょうど)その時、平日の昼休みである、十二時二十分を知らせる鐘の音が、室内に備えられているスピーカーから聞こえて来た。緒美は改めて、皆に向かって言うのだった。
「それじゃ、さっきも言った通り、午後からの部活はお休みと言う事で、お昼にしましょう。明日は、予定通り午前九時に、ここに集合。いいわね。」
一同が「はい」と答えた後、銘銘(めいめい)が席を立ち、午後の予定を話し合い始めるのだった。茜は勿論、ブリジットに、午後を過ごす計画を提案する。
「折角、時間が出来たんだし、街の方迄(まで)、買い物に行かない? 夏物の服、シャツとか、あと、二つ三つ欲しいんだ。」
「いいね、付き合うわ。あぁ、それじゃお昼も、学食じゃなくて街の方にする?」
そんな話をしていると、立花先生が茜達に言うのだった。
「茜ちゃん、街の方まで行くなら、タクシー使いなさいね。チケット、貰ってるでしょう?」
「あぁ、寮で自転車、借りようかと思ってたんですけど。」
会社が寮生に配布しているタクシー・チケットは、勿論、無制限に使える訳(わけ)ではなく、料金の団体割引の関係で契約してあるタクシー会社に限定されるとか、出発地か行き先が学校である事が必要だとか、幾つかの制約が規定されている。だがそれ以前に、一年生達にはタクシー・チケットの使用経験が無いので、どう言った時に使用してもいいのか、が分からないのだった。その為、茜達一年生は、タクシー・チケットの使用を遠慮し勝ちなのである。
「近場なら兎も角、自転車だと街迄(まで)、ここから一時間は掛かるでしょ。これからの時間帯、まだ暑くなるんだから危険よ。お買い物なら、帰りの荷物も増えるし。女の子だけで出掛けて、何かトラブルに巻き込まれてもいけないし。その為に、タクシー・チケットを会社が渡してるんだから、遠慮しないで使いなさい。」
「は~い。」
茜はブリジットと顔を見合わせて、苦笑しつつ、立花先生の言い付けを承諾するのだった。そこへ瑠菜が、声を掛けて来る。
「天野~、街の方、買い物行くなら、ちょっと、頼まれて呉れないかな? 小さな物だからさ。」
「いいですけど、どうせなら、ご一緒しませんか?瑠菜さん。」
茜の提案に、瑠菜は笑って言うのだった。
「あはは、わたし、暑いのは苦手なんだ~。」
そう言い乍(なが)ら、瑠菜は店の所在と希望の商品名を、ささっとメモに書くと、茜に差し出す。
「これ、お願い。代金分の金額、あなたのケータイに振り込んでおくから。」
茜は、渡されたメモを確認する。
「あぁ、はい。このお店なら、知ってます。」
「そう、良かった。お願いね~。」
「何?変な物じゃないでしょうね、瑠菜ちゃん。」
少し茶化す様に、立花先生が問い掛けると、瑠菜は笑って答えた。
「リップ・クリームですよ。お気に入りのが通販(ネット)とかで、売ってなくって。大体、そんな怪しい買い物だったら、下級生に頼んだりしませんよ、先生。」
「それもそうね。」
立花先生も笑って納得している一方で、瑠菜は自分の携帯端末を取り出し、早速、茜に代金分を送金する操作を始める。携帯端末のパネルを、何度か操作した後、瑠菜は言う。
「はい、振込完了。金額の端数は、手数料って事で、取っておいて。」
「はい。では、遠慮無く。」
茜も自分の携帯端末を取り出し、代金の振込を確認した。
そこで、今度は恵が、茜に声を掛けるのだった。
「あの~天野さん。悪いんだけど、わたしも紅茶の茶葉一缶、お願い出来るかなぁ?」
それを聞いて、直美が苦言を呈するのである。
「ちょっと、森村。そう言うの、一年をパシリに使うみたいで、感心しないよ。」
「あはは、だよね~。」
ばつが悪そうに恵が笑っていると、茜は言うのだった。
「あぁ、いいですよ、副部長。序(つい)でですから、他の方(かた)もリストを頂ければ、買って来ますけど。大きな物でなければ。」
「もう、茜は人が好(い)いんだから。」
茜の隣で、ブリジットが呆(あき)れる様に、そう言うのだった。
そんな流れで、希望者間で『お買い物依頼リスト』が回っている間、何か、PC への打ち込み作業を続けているクラウディアの姿が、茜の目に留まった。茜は、クラウディアに声を掛けてみる。
「そう言えば、クラウディアは夏休み、帰省…帰国しなくていいの?」
その問い掛けには、意外にも、素直な返事がクラウディアから返って来たのである。
「mut…お母さんは、帰って来いって言うんだけどね、飛行機のチケット代も馬鹿にならないから。」
その返事を聞いたブリジットが、思い出した様に尋(たず)ねる。
「部活で会社から出る手当を、帰省のチケット代の足しにするとか、言ってなかったっけ?」
すると、クラウディアの隣の席から、維月が言うのである。
「二人とも、クラウディアの手元、よ~くご覧なさ~い。」
言われて、茜は維月の発言の意図に、直ぐに気が付いた。
「あ…モバイル PC、樹里さんのと同じモデルになってる。」
茜の発言を受け、クラウディアが切り返す。
「同じじゃないよ。こっちの方が新しい分、プロセッサのスペックが高い!」
「使い込んだのね。」
クラウディアの反論を、ブリジットがばっさりと切り捨てるのだった。
「いや、ちょうど良い値段だったから、つい、うっかり…」
「何が、つい、うっかり、よ。親不孝者。」
「ほっといて。」
クラウディアは PC のディスプレイを見詰めた儘(まま)、キーを叩いている。
「あぁ、矢っ張り、このモデルはキーボードの感触が最高。」
「うふふ、でしょ~。」
クラウディアの漏らす感想に、隣の席で、樹里が笑顔で答えた。そして、その様子を横目で眺(なが)めつつ、維月が言うのだった。
「まぁ、まだ暫(しばら)く、彼方(あちら)には帰りたくないのよね、クラウディア。」
「まぁね。それも有る。」
クラウディアは、何でも無い事の様に、維月の言葉を肯定するのだった。
先日の一件で、クラウディアが日本に来た事情を知ってしまっていたので、彼女の今暫(しばら)く母国に帰りたくないと言う気持ちに就いては、「そんな物かも知れない」と、そう思う茜とブリジットではあった。何せ、クラウディアが来日して、まだ四ヶ月しか経っていないのだ。だから、二人共、それ以上は、その話題に就いて、クラウディアに聞くのは止めにしたのだった。
そして間も無く、茜に、お買い物依頼リストが、最後に記入した佳奈から渡される。
追加の依頼品は、恵が先程の話題の通り銘柄指定の紅茶茶葉を一缶、樹里が商品名指定のカラーマーカーを三種、維月が店を指定して六個入りシュークリームを一箱、佳奈がスナック菓子を五種、である。
「え~と、取り敢えず、了解しました。」
茜がリストを確認して、そう言うと、瑠菜が言うのだった。
「佳奈の依頼品が、一番嵩張(かさば)りそうよね。」
「え~、でも、アレ、近所じゃ売ってないのよ~。」
「まぁ、大丈夫ですよ、二人だし。ね、ブリジット。」
「そうね。まぁ、お店を回る順番を考えれば、問題無いかな。」
そう、リストを眺(なが)め乍(なが)ら相談している二人に、恵が問い掛ける。
「そう言えば、その制服で出掛けるの?」
「いえ、一度寮に戻って、着替えてから出掛けようかと。」
茜が恵に答えると、立花先生が言うのだった。
「だったら、早く支度しないと、時間が勿体無いわよ。」
時刻は、十二時四十分になろうかとしていた。
「はい、では、お先に失礼させて頂きます。」
茜は一同に軽く会釈すると、ブリジットの手を取って部室の東側ドアへと向かった。
「行こう、ブリジット。」
「あ、うん。」
そして、ドアを開けるともう一度、室内に向かって会釈をし、茜が言った。
「では、ちょっと出掛けて来ます。」
室内から、立花先生が全員を代表して声を掛ける。
「気を付けて。 まぁ、楽しんでいらっしゃい。」
「は~い。」
茜は、笑顔で答えると、部室のドアを閉めたのだった。
- to be continued …-
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。