第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
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緒美は今迄(いままで)通りに一歩引いて茜からの打ち込みを払い、茜の側は続いて二打目、三打目と打ち込みを続けるのだ。緒美の右上から打ち込まれた三打目を、右から左へと強めに打ち払うと、茜は上半身を自身の右方向へと大きく捻(ひね)り、マニピュレータに持ったパイプを後方へと振るのだった。
「はい、今!」
緒美のレシーバーに直美の声が響いたが、突然の呼び掛けに緒美は反応出来ない。その僅(わず)かな時間に茜は手首を返し、パイプの先端を四打目の軌道へと向かわせるのだ。
緒美が咄嗟(とっさ)に二歩下がり、茜との間合いを取ると、茜はそれ以上に間合いを詰める事はせず、パイプを正面中段に構え直す。
両者が向き合って動きを止めると、緒美が直美に向かって言うのだ。
「ごめん、新島ちゃん。反応出来なかった。」
「気にしないで、次へ行きましょう。」
「でも、そのタイミングで、どう動けばいいのかが、判らないのよ。」
「そんなの考えてたら、その隙(すき)に相手が切り返して来るわよ。取り敢えず考える前に一歩、踏み込みなさい。その後は身体の方が付いて来るわ、きっと。」
そこで、茜が声を掛けて来る。
「ちょっと、いいですか?部長。」
「何かしら?天野さん。」
「えーと、副部長の仰(おっしゃ)る事で、大体いいです。反撃の意思、と言うかイメージと、攻撃する箇所を意識すれば、後は HDG の方が動きを調整して呉れますから。その動きに逆らわなければオーケーですよ。」
茜はパイプを正面に構えた儘(まま)、そう説明するのだ。対する緒美も、パイプを構えた儘(まま)で茜に応じる。
「解ったわ。やってみる。」
「それじゃ、行きますよ。」
「どうぞ。」
緒美の返事を聞いて、茜は直様(すぐさま)、打ち込みを再開するのだ。今迄(いままで)と同様に一打、二打と、続けて打ち込むのを、同じ様に緒美も其(そ)れを払い続ける。
緒美の左側面から水平に入って来る四打目を、下側から上へと払い除けると、その反動で茜はパイプを上段後方へと大きく振り上げた。
「はい、今!」
再(ふたた)び、直美の声がレシーバーから聞こえて来る。今度は、緒美は右脚を軸に左脚を前へと踏み込み、茜の四打目を払う為に振り上げたパイプの軌道を頭上で修正し、茜の左脇腹辺りを目掛けて振り下ろすのだ。
反撃を受けた茜は、一歩後退しつつ頭上に有ったパイプの軌道を振り下ろされる緒美のパイプの軌道に交差させて、鋭い衝突音と火花を散らして、お互いの顔の前で攻撃を払い除けるのだった。
右方向へと打ち込みを払われた緒美は、咄嗟(とっさ)に左手を放してしまい、パイプを右側マニピュレータのみで保持した状態で後ろへと腕を振る状態となった。茜は其(そ)の間に手首を返し、水平に左から右へとパイプを走らせるのである。
緒美は慌(あわ)てて二歩、跳(と)ぶ様に後退して、体勢を立て直すのだ。
茜のパイプが横に一閃、今度は空を切った後に、茜も速(すみ)やかに正面中段に構え直し、緒美に声を掛けるのである。
「今の、いいですよ。反撃の一打目の後、攻勢が維持出来れば、もっといいです。」
「うん、何と無く解って来たわ。」
その緒美の茜への返答に、直美が尋(たず)ねるのだ。
「鬼塚、それじゃ、もうタイミングの指示はしなくても良さそう?」
「そうね、ありがとう。後は、自分で判断してみるわ。」
「了解(りょーかい)、頑張って。」
そして再開した緒美と茜の打ち合いは、三打、若(も)しくは四打目に攻守が入れ替わる展開となり、その入れ替わりが三度、四度と、回を重ねていったのである。それは段々と勢いを増し、ステンレス製パイプの衝突する様(さま)は当初とは比較にならない程、激しくなっていた。
最初はパイプ同士が打ち合わせられる音は、軽く、響く様な音だったのだが、それが段々と響かない、鈍い音へと替わっていたのだ。それは幾度も幾度も打ち合わせられただけでなく、その衝突時の力(ちから)が強くなっていた事で、パイプ自体が凹んだり変形したりして、衝突音が綺麗に響かなくなっていたのである。更に衝突の瞬間にパイプが互いに減(め)り込む程に打ち付けられると、その瞬間に発する音は、響かない鈍い音になってしまうのだ。
最終的に、茜の打ち込みを緒美が払い除けた祭に、二本のパイプは互いに食い込む様にグニャリと曲がってしまい、二人は其処(そこ)で動きを止めたのだった。
「ここ迄(まで)、ですね。」
茜は、そう緒美に声を掛けて、一度、大きく息を吐(は)いた。
「その様ね。」
緒美はくすりと笑って応え、茜の持つパイプに食い込んだ自分が持つパイプを、捻(ねじ)る様に動かして引き剥がしたのだ。すると、何だか照(て)れ臭そうに茜が言うのである。
「最後の方、ちょっと力(ちから)が入っちゃいましたね。」
「まあ、実戦的な経験にはなったわ。…でも、流石に、これはもう使えないかしら?」
緒美は折れ曲がったパイプを正面に翳(かざ)して、微笑んで言ったのだ。
茜は格納庫の方へと向き直ると、折れ曲がったパイプを右手に掲げ、声を上げた。
「瑠菜さーん。すみませーん。」
この日の試験用に、そのステンレス製パイプの準備を担当したのが、瑠菜なのである。唯(ただ)、ステンレス製のパイプを決められた長さに切断しただけの様に思われるかも知れないが、HDG のマニピュレータが握っても滑らないようにと、グリップ部にシート状のゴム材を巻き付け、それが外れてしまわないように接着した上で数カ所をネジ止めすると言う、それは、なかなかの労作だったのだ。
格納庫の外から茜の発した声は、直接に瑠菜には届かなかったが、通信を介して樹里のコンソールから出力されていたのだった。それを聞いた瑠菜は、試験の様子を見ていたメンバー達の列から前へと進み出て、右手を下から斜め上へと、一度、大きく振り上げて声を上げたのである。
「気にするなー。」
その瑠菜の声は、茜達には聞こえなはしなかったが、瑠菜の意図だけは何と無く伝わったのだった。
「取り敢えず、今日はこれで終わりにしましょう。」
「了解です。」
そして緒美と茜は、第三格納庫へと向かって歩き出した。
「それで部長、HDG を動かしてみて、如何(いかが)でした?」
「そうね…。」
茜の問いに、緒美は数秒考え、答える。
「…初めて、スポーツとか運動とかを面白いって思った、かしら? あれ位(くらい)、身体が思い通りに動かせるのなら、それは楽しいのでしょうね。」
「あ~、そう言う感想になりますか…。」
「あはは、ごめんなさいね。わたしの場合、天野さんとは違って、運動とは無縁の人生だったから。」
「まあ、興味の有り無しも含めての、向き不向きが有るって事でしょうけど。」
「そう言う事ね。」
そう言って、緒美は「うふふ。」と笑うのだった。
茜は続けて、緒美に語り掛ける。
「それで、取り敢えず部長は、矢っ張り、手持ちの武装は BES(ベス) でない方がいいと思います。あれは相手との間合いが近いですし、射撃用のランチャーと持ち替える必要も有りますし。」
茜の言う『BES(ベス)』とは、A号機が装備している刀型の武装、『ビーム・エッジ・ソード』の事である。
「そうねー、実際にエイリアン・ドローンと斬り合いをするのは、ちょっと怖いわね。」
「ブリジットの使ってるハルバードの方なら、BES(ベス)よりも間合いが取れますし、持ち替えなくても切換でランチャーとして使えますから。矢張り最初は、其方(そちら)の方が。 幸い、B号機用の予備が二基、有りますし。」
「そうね、そうすると…。」
「はい。今日からは、九堂さんに稽古(けいこ)を付けて貰う事に。」
「戻ったら、お願いしなくっちゃだわ…。」
緒美が然(そ)う応えると、レシーバーから九堂の声が聞こえて来るのである。
「聞こえてますよ、鬼塚先輩。」
「なら、話が早くて助かるわ。お手柔らかに、お願いするわね。」
「御役に立てるのなら、嬉しいです。」
緒美と茜が第三格納庫の中へ視線を移すと、ヘッド・セットを樹里から借りている九堂が手を振っているのが見える。緒美と茜は揃(そろ)って右手を上げ、九堂に応えたのだった。
緒美と茜の二人が第三格納庫に戻り、それぞれの HDG をメンテナンス・リグに接続して HDG と自身との接続を解除すると、畑中や瑠菜達は稼働していた二機の点検作業を始めるのである。
HDG から降りた緒美は、立花先生が不在である事に気付き、傍(かたわ)らに居た恵に尋(たず)ねるのだ。
「立花先生は? 森村ちゃん。」
「何だか知らないけど、呼び出しが有って、校舎の方へ戻ったわ。十分(じゅっぷん)くらい、前。」
「呼び出しって、校長? 理事長?」
その問いには、直美が言葉を返す。
「さあ、両方だったみたいだけど…ちょっと、嫌(ヤ)な感じよね。」
「防衛軍の方(ほう)から、又、何か言って来たのかしら?」
そう言って恵は、直美と顔を見合わせるのだ。直美は肩を竦(すく)めて見せる。
「そう。 まあ、必要な事なら、後で先生から、お話が有るでしょう。」
苦笑いで言う緒美に、A号機から降りて来た茜が声を掛けて来るのだ。
「部長、取り敢えず着替えて来ましょう。」
「ええ、直ぐ行くわ。 それじゃ、又、後で。」
恵と直美に声を掛け、緒美は茜とブリジットを追ったのだった。ブリジットが茜に同行しているのは、着替えのサポートをする為である。以前にも触れた通り、インナー・スーツの着脱は、独(ひと)りでは難しいのだ。
「森村、貴方(あなた)も手伝いに行ってあげな。」
直美は文字通り、恵の背中を押したのだった。
「あー、うん。」
短く答えた恵は、駆け足で三人を追ったのである。
その後、着替えを終えた緒美と茜は、インナー・スーツの使用後処理を済ませて格納庫フロアへと降り、九堂を中心として格納庫内の奥側、大扉前の空きスペースで、薙刀(なぎなた)の講習を開始したのだ。その参加者は、九堂と緒美の他に、茜、ブリジット、そして直美の、五名である。
他のメンバーは HDG の点検整備を実施し、樹里と維月、クラウディアの三人は HDG-O の稼働データを本社開発部に送る為の整理作業をしていた。そして其(そ)の作業が早早(そうそう)に終わってしまうと、手が空いた維月とクラウディアの二人は、途中から薙刀(なぎなた)講習の方を見学に行くのだった。
緒美の為の講習は、完全に基礎からのスタートである。剣道に就いては天神ヶ﨑高校の女子ならば二年生の体育の授業で全員が経験するのだが、薙刀(なぎなた)に関しては然(そ)うではないのだ。
勿論、HDG の AI にはブリジットが習得した動作データが既に蓄積されているのだが、装着者(ドライバー)の側に心得(こころえ)が皆無だと、折角のデータも有効に活用出来ないのである。だから、握り方、構え方、姿勢、足の運び、そう言った所から一つ一つ、九堂は緒美に対してレクチャーを行っていったのだった。そして兎に角、最初は基本の素振りから、なのである。
「クラウディア、貴方(あなた)も、ちょっと、やってみなさいよ。見てるだけじゃ、詰まらないでしょ。」
直美は突然、見学していたクラウディアに向かって、自分が持っていた練習用の木製の棒を放るのだ。それを、クラウディアの前で、掴(つか)んで止めたのは維月である。
クラウディアは慌(あわ)てて、胸の前で両の掌(てのひら)を振りつつ応える。
「あ、いえ。お邪魔でしょうから、部長の。」
その返答に、素振りの手を止めて緒美が声を掛けるのである。
「試しにやってみない?カルテッリエリさん。偶(たま)には運動するのも、気持ちいいわよ。 それに、初心者の仲間が増えると、わたしも心強いわ。」
続いて、九堂である。
「初心者も大歓迎だよ~。難しい事は、やってないからさ。どう?」
返事に困ったクラウディアは、練習用の棒を持った儘(まま)で隣に立って居る、維月に視線を送る。維月はニヤリと笑って、言うのだ。
「やってみれば? 運動して骨格に刺激を与えると、成長ホルモンが増えるんだってさー。」
「何よ?それ。」
「平たく言えば、背が伸びるかもよ?って話。ま、或る程度の期間、継続してやらないと、意味は無いだろうけどね。」
そして維月は「うふふ。」と笑うのだ。
「まあ、無理に、とは言わないよ、クラウディアさん。」
九堂は、そういって微笑むのだった。
「貸して。」
クラウディは維月が持っている練習用の棒に手を伸ばすと、奪う様にそれを掴(つか)んで前へと進み出たのである。
「どうすればいいの?クドー。」
「お、やる気だねー。いいよ、それじゃ最初はね…。」
九堂は文字通り『手取り足取り』と言った体(てい)で、握り方や構え方、足の置き方などの説明を始めるのだ。
そんな様子を横目に見乍(なが)ら、直美は維月に近寄って小声で話し掛けるのである。
「いい傾向じゃん。 上手い具合に教育したねもんだね、井上。」
微笑んでいる直美に、維月も笑顔で言葉を返す。
「別に、わたしは何もしてませんよ、新島先輩。 それに、元からいい子ですよ、クラウディアは。」
「そうか。」
直美は一言を返し、小さく頷(うなず)いて見せたのだった。
それから暫(しばら)くして、今度は恵が、講習組の方へと歩いて来たのである。そして、何やら深刻な表情で呼び掛けて来たのだった。
「全員、部室に集合して、って。立花先生が。」
素振りを繰り返していた緒美とクラウディアの二人は動きを止め、緒美は直美の方を見て言ったのだ。
「新島ちゃんの、嫌な予感が当たったみたいね。」
それには直美は答えずに、唯(ただ)、苦笑いを返したのである。
- to be continued …-
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