WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第12話.17)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-17 ****


「先(ま)ず、先生方に避難して貰う時間を稼ぎたいから、向こうが仕掛けて来たら応戦して、滑走路の方へ引っ張って行ってちょうだい。細かい判断は任せるけど、プラズマ砲を撃つ時は、水平には撃たないでね。必ず、そうね、仰角が 10°以上で、トライアングルが飛び上がった所を狙って。」

「分かりました。ランチャーは?」

「LMF のウェポン・ベイに入ってるのが使える筈(はず)だけど、こっちも校舎や格納庫の方へ向けては、撃たないように。注意して。」

「オーケーです。」

 そこで、塚元校長が緒美に向かって言うのだった。

「鬼塚さん、無茶よ。多勢に無勢でしょ、ここは逃げる方法を考えるべきよ。」

「校長先生、エイリアン・ドローンは自分より大きくない相手には、同士討ちを避ける為に、一機ずつしか仕掛けて来ません。だから、六機居ても、実質は一対一なんですよ。」

 この説明の内容は概(おおむ)ね事実なのだが、最後の結論部分は気休めである。実際に飛び掛かって来るのは一機ずつだとしても、交代して連続で攻撃を仕掛けて来るので、実質は一対一とは言えないのだ。とは言え、LMF のディフェンス・フィールドは HDG のそれよりもジェネレーターが高出力の仕様なので、トライアングルの攻撃は十分、無効化が出来ると緒美は踏んだのである。その点に関しては、茜も同意見だった。
 そして天野理事長が、校長に言う。

「ここは、鬼塚君の判断に従おう、校長。今迄(いままで)の経緯から見ても、鬼塚君の判断は的確だ。」

 塚元校長は落ち着いた口調で、天野理事長に反論する。

「しかし理事長、生徒を危険な目に遭わせる訳(わけ)には。そもそも、あれに乗っているのは、貴方(あなた)のお孫さんじゃないですか。」

 天野理事長は一瞬、眉間に皺(しわ)を寄せるのだが、一呼吸して、言葉を返した。

「そんな事は分かっている。今は、被害の拡大を防ぐ事が最優先だ。その為に、鬼塚君の判断に、わたしは乗る。但し、この場には、わたしも残るぞ。勿論、孫娘の事は心配だが、防衛軍に話を付けねばならんからな。いいかな?鬼塚君。キミの指揮には、口は出さない。」

「駄目って言っても、聞いては頂けないでしょうから。ですけど、安全の保証は致し兼ねますよ。」

「構わんよ、それは本来、わたしがキミ達にしてやるべき事だからな。」

 天野理事長はニヤリと笑うが、彼は緒美の後方に居たので、緒美には、その表情は見えていなかった。だが、緒美には天野理事長の発した言葉の語感から、その表情が見えた気がして微笑んだのだった。
 すると、塚元校長が言うのだ。

「理事長がここに残ると仰(おっしゃ)るなら、わたしも避難する訳(わけ)には…。」

 天野理事長は、塚元校長が言い終わらない内に、穏(おだ)やかに声を上げた。

「校長、貴方(あなた)は学校の、実務の責任者だ。自治体への連絡、生徒と教職員の安全確保、避難誘導、やるべき事は沢山有ります。 前園君、タイミングが来たら、校長を連れて行って呉れ。」

 黙って様子を見ていた前園先生に、天野理事長は塚元校長の身柄を託すのだった。前園先生は「分かりました。」と、簡潔に答える。
 それに続いて、緒美は前を向いた儘(まま)、背後に居る飛行機部の金子に声を掛ける。

「金子ちゃん、第一格納庫に居る、飛行機部の部員は何人?」

 金子は、ハッとした様に、少し慌てて答えた。

「四…いや、五人居る筈(はず)。」

「それじゃ、合図したら後ろ、一階東側の出口から出て、格納庫の北側を通って第一格納庫へ。格納庫の陰を移動すれば、トライアングルの目に付く事は無い筈(はず)だから。飛行機部の人と合流して、シェルターへ避難してね。長谷川君、あなたが誘導してあげて。」

 急に話を振られ、マルチコプターのコントローラーを持った儘(まま)、緒美の前に立っていた長谷川が声を返す。

「俺?」

「あなた、自警部でしょ。自警部の仕事をしてちょうだい。」

 緒美は、長谷川や自警部を非難している訳(わけ)ではない。緒美の口調は、極めて冷静で事務的だった。一方で、皮肉を込めて金子が、自警部を茶化すのである。

「自警部って言ったって、肝心な時に、役に立たないのね。」

素手や、丸腰で、どうしろって言うんだよ。」

 大きな声は上げなかったが、長谷川は思わず、身体を金子の方へ向けて言ったのだ。その瞬間、格納庫の前で様子を窺(うかが)っているトライアングル達の頭部が、一斉に長谷川の動きを追う様に動いた。

「長谷川君、動かないで。」

 静かな口調で、緒美が注意する。

「あ、ごめん。」

 そんな遣り取りを黙って見ていた立花先生だったが、長谷川の言った『丸腰』との言葉から、格納庫の二階北端の部屋に収納されている、資料名目の銃器類の存在を思い出していた。勿論、今、その話を出すと、却って状況がややこしくなりそうだったので、黙って居たのだ。

「取り敢えず、第一格納庫の方(ほう)に、連絡しておくね。」

 そう言ったのは、金子の左後方に立っていた武東である。

「携帯、使える?」

 その緒美の問い掛けに、武東は微笑んで答える。

「わたしの位置だと、エイリアン・ドローンからは見えないと思う。わたしの方からは、よく見えないから。」

 武東の立っている左前方には、塚元校長や前園先生、立花先生や理事長秘書の加納達が立っており、武東からは格納庫の外の様子は、良く見えなかったのだ。実際、ポケットから携帯端末を取り出して操作しても、先程の長谷川の様にトライアングル達が反応する事は無かった。

「もしもし、武東よ…。」

 第一格納庫の飛行機部員と通話している武東の声が聞こえる中、緒美に茜が呼び掛けて来る。

「部長。この儘(まま)、睨(にら)み合ってても埒(らち)が明かないので、此方(こちら)から鎌を掛けて見ます。じっとしてても、LMF の燃料は消費してますので。 其方(そちら)の方は、話は付きましたか?」

「いいわ、其方(そちら)のタイミングで動いてちょうだい。わたしも好(い)い加減、『だるまさんが転んだ』状態には、飽きて来た。」

 通信から、茜の「ふふっ」と笑った息が聞こえると、茜は Ruby に対して指示を出すのだった。

「それじゃ、Ruby、ホバー起動。それから、右のウェポン・ベイからランチャーを出してちょうだい。」

「ホバー・ユニットを起動。右ウェポン・ベイから CPBL をお渡しします。」

 LMF 脚部のホバー・ユニットが起動すると、その空気の噴出音と、機体の浮き上がる動作に、トライアングルはピクリと反応した。そして、LMF 胴体部上部のウェポン・ベイが開き、内部からランチャーを保持したアームが前端部を軸に半回転する、茜の右前方へランチャーを搬出する動作が始まると、西側に向いていた LMF の、ほぼ正面に位置して居たトライアングルが一機、二対の脚部を高速で動かして LMF へと突進して来たのだ。
 茜が右前方のランチャーに手を伸ばし、HDG のマニピュレーターでランチャーのグリップ部を掴(つか)もうとした時、突進して来たトライアングルが、向かって右から、左へと振り抜いた鎌状のブレードが、LMF のディフェンス・フィールドに接触し、青白い閃光が弾ける。
 茜はランチャーを受け取り乍(なが)ら LMF の向きを南へと向け、機体を加速させて滑走路に繋(つな)がる誘導路へ向かった。進路上に居た別のトライアングルの脇を擦り抜けると、六機のトライアングルは一斉に向きを変え、LMF を追って動き出したのだった。
 その様子を見て、緒美は振り向き、声を上げる。

「校長先生、前園先生、今の内に避難してください。奥、東側出口へ、急いで。」

 そして、前方に居た長谷川にも声を掛けた。

「長谷川君も、金子ちゃんと武東ちゃんを。」

「了解! 行こう、金子さん、武東さん。」

 すると、金子と武東は口口(くちぐち)に、緒美に声を掛けるのだった。

「鬼塚、気を付けて。」

「鬼塚さん、また、後でね。」

 緒美は微笑んで、応えた。

「ええ、また、後で。」

 長谷川と金子、武東の三名は格納庫の奥へと向かって走り出す。一方で、先に奥へと向かっていた塚元校長は、一旦(いったん)立ち止まり、振り返って声を上げた。

「立花先生、加納さん、お二人は?」

 立花先生は、透(す)かさず答える。

「わたしは、顧問ですので。兵器開発部の。」

 次いで、秘書の加納が声を上げた。

「わたしは、理事長の警護も兼務しておりますので、お構いなく。」

 二人の返事を聞いて、前園先生が塚元校長の肩を叩き、言った。

「皆(みんな)、それぞれの仕事をやってる。わたし達も、やらないと。」

「分かりました。」

 そう答えて、塚元校長と前園先生の二人も、格納庫の奥へと向かったのだった。

「立花先生も、避難して頂いて構わなかったんですよ?」

 恵が少し意地悪気(げ)に、立花先生に言った。すると立花先生は微笑んで、恵に言葉を返す。

「わたしを、仲間外れにしないでって、前にも言ったでしょう?」

「でしたっけ。」

 恵も微笑んで、応えるのだった。
 一方で天野理事長は、加納を伴って格納庫の奥へと進み、緒美達とは少し距離を取るのである。

「加納君、取り敢えず、防衛省、平野さんに連絡を。」

防衛省から、ですか?」

「多分、その方が話が早い。急いで呉れ。」

「承知しました。」

 そんな遣り取りの後、加納が携帯端末を操作している。
 それと、ほぼ同時に緒美は、瑠菜と佳奈に指示を出すのだった。

「瑠菜さん、古寺さん、観測機、残り二機も出してちょうだい。余り、エイリアン・ドローンには近付けない様に、注意してね。」

「分かりました。」

 コンテナに格納されていた、残り二機の球形観測機がふわりと浮き上がると、瑠菜と佳奈の操作で格納庫の外へと出て行く。それを見送る間も無く、緒美はクラウディアに声を掛けた。

「カルテッリエリさん。」

 急に呼び掛けられ、クラウディアは少し驚いて返事をする。

「Oh、はい。」

「防衛軍の動き、出来るだけ情報を集めてちょうだい。手段は問わないわ。」

 緒美のリクエストを聞いた、クラウディアの後ろに居た維月が声を上げる。

「ちょっと、鬼塚先輩、いいんですか?」

「構わないわ、非常事態よ。」

 緒美の答えを聞いて、維月は立花先生に訴え掛ける。

「先生~…。」

「わたしは、何も聞かなかった事にするわ。」

 そう応えた立花先生は、苦笑いである。

「それじゃ、お願いね。カルテッリエリさん。」

「Jawohl!(ヤヴォール)」

 緒美に対して、珍しくドイツ語で「はい。」と答えたクラウディアは、愛用のモバイル PC を取り出し、猛然と操作を始める。

「井上さんは、カルテッリエリさんのサポート、宜しく。」

「はいはい、おかしな事をやらないか、監視役ですね。了解しました。」

 諦(あきら)め顔で、そう緒美に返事をする維月に、クラウディアは言う。

「しないわよ。おかしな事なんて。」

「あー、そうですか。」

 そう維月が、聊(いささ)かぶっきら棒に答えたあとで、二人は、くすりと笑い合うのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.16)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-16 ****


 その間に、長谷川の方ではマルチコプターの準備が整い、緒美達の前を鉄板を吊り下げたマルチコプターが通過して行く。長谷川が操るマルチコプターは、懸下(けんか)している鉄板を大きく揺らさない様に注意しつつ、LMF の前方へと回り込んだ。

「鬼塚さん、こっちも準備オーケーだよ。」

「ターゲットの高さは、二、三メートルを維持してね、長谷川君。」

「分かってる。」

「それじゃ、始めましょうか。長谷川君、お昼に説明した感じで、マルチコプターの機動、お願い。」

「了解~。」

 LMF の前方でホバリングしていたマルチコプターは、一旦(いったん)、LMF から十メートルほど離れると、大きく旋回する様に向きを変え、再び、LMF へと接近を始める。
 マルチコプターが進行方向を変えるのに、本来は旋回をする必要は無い。しかし、今回の場合は凡(およ)そ 4kg の鉄板を吊り下げている為、急激な進路の変更を行うと吊られている鉄板の揺れが大きくなり、空中でのバランスを崩してしまうのだ。それを避ける為、長谷川は飛び方に気を遣っているのだった。

Ruby、シールドのブレードを展開。但し、ビーム・エッジは、オフの儘(まま)でね。」

「ハイ、茜。DFS のブレードを展開します。ビーム・エッジは、無効(ディスエーブル)。」

 樹里のコンソールから、茜と Ruby の遣り取りが聞こえる。LMF の左右のアームでは、ナックル・ガードが前進し、そこに取り付けられた DFS(ディフェンス・フィールド・シールド)の下端が前方へ向く様に回転し、格納されていた二枚のブレードが左右から回転して中央で一枚の、両刃のブレードになる。
 茜は、左肩を前に出す様に身構え、接近して来る、マルチコプターから吊り下げられた鉄板に、狙いを定めた。
 マルチコプターは LMF の左前方から右後方へと向かって、少し斜めに通過するが、茜は距離と角度を見極めて、吊り下げられた鉄板に向かって、右のアームを繰り出す。すると、右腕シールドのブレード先端が、鉄板の中央付近を突くのだった。「ガン」と言う、鈍い衝突音と共に鉄板は後方へと跳ね飛ばされ、少し遅れて鉄板に繋がれたワイヤーが機体を引っ張る形で、マルチコプターはバランスを崩す。

「うおっと、と…。」

 長谷川が慌てて、マルチコプターが墜落しないよう、上昇させる。マルチコプターの機体の揺れは、自動的に抑制されるように制御されているので、操縦担当者としては時間を稼ぐ為に、上昇させる以外に手段が無いのだ。

「鬼塚さん、余り強く叩かないように、伝えて貰えるかな。」

 長谷川が緒美へ、そう言うのと、ほぼ同時に、茜も訊(き)いて来るのだった。

「寸止めにでもした方が、いいでしょうか?部長。」

「そうね、出来るだけそうしてあげて。それで、狙った所に、当たってる感じかしら?」

「そうですね。特に違和感は、無いです。まあ、Ruby が補正して呉れてるんだと、思いますけど。」

「そうなの? Ruby。」

「ハイ、微調整を。余計でしたか?」

「そんな事は無いわ。その調子で続けてちょうだい。 あ、但し、今後は、ブレードの先端がターゲットに当たる所で、動きを止めるように補正してね、Ruby。」

「それが『寸止め』、ですか?」

「そう言う事。」

 続いて、緒美は視線を長谷川の方へ変え、声を掛ける。

「それじゃ、長谷川君。続きを、お願い。」

「了~解。」

 マルチコプターは再び、LMF の前方へと飛行し、先程と同じ様に旋回して向きを変えると、LMF への接近を開始する。茜も先程と同じ様に構えて、LMF が通過するタイミングで、今度は左のアームを前進させるのだった。しかし、今度は前回とは違い、宣言通りの『寸止め』でブレード先端が鉄板には触れる程度に制御されたのである。マルチコプターは吊り下げた鉄板を小さく揺らし乍(なが)らも、飛び去って行く。この様な、通過するターゲットを狙うテストを更に三回繰り返し、そして、その全てを成功させて、茜は緒美に、次の試験項目へ移る宣言をした。

「それじゃ、今度はこっちの脚を動かしますね。 Ruby、ホバー起動。」

「ハイ、茜。ホバー・ユニットを起動します。」

 LMF は左右脚部のホバー・ユニットを起動して浮上すると、ゆっくりと前進を始めた。

「長谷川君。」

「分かってるよ~。」

 緒美に声を掛けられ、長谷川はマルチコプターの移動を止め、吊り下げられた鉄板の揺れが収まる様に、機体を前後左右に微調整させ乍(なが)ら、ホバリングをするのだった。次は静止したターゲットを、移動する LMF が狙う試験なのである。
 進路を変えて戻って来る LMF の速度は、時速 30km 程度だろうか、東向きにマルチコプターの前を通過する際に、LMF は右のアームをターゲットへと伸ばし、シールドのブレード先端で、吊り下げられた鉄板を小さく揺らしたのだった。
 マルチコプターの前を通過した LMF は数十メートル進んで旋回すると、再び、ホバリングを続けるマルチコプターへと向かう。そして、今度は左側のアームで、擦れ違い様にターゲットの鉄板を小さく揺らす。茜は、これを五往復、繰り返したのだった。

「へえ~、上手い具合に当てられる物ね。」

 そう、感嘆の声を漏らしたのは、設置されたモニターで LMF の様子を観察している金子である。金子の右隣に居た、直美が微笑んで、言葉を返す。

「そりゃそうよ。この二週間、LMF のアーム制御の精度を上げる為に、シミュレーションを繰り返して来たんだから。」

 すると再び、緒美が長谷川に声を掛ける。長谷川は「オーケー。」と答えると、ホバリングしていたマルチコプターを、今度は五メートル程の幅で蛇行させるのだった。
 それを見て、武東が直美に訊(き)いた。

「今度は、両方が動いている訳(わけ)ね。」

「そ。」

 直美は、極短く答えた。
 マルチコプターが吊り下げるターゲットの鉄板は、マルチコプター本体の左右移動とは少し遅れて、右へ左へと揺れている。それにタイミングを合わせて、LMF は進路を調整し、擦れ違う際に右のアームを小さく振った。「カッ」と、短い金属音と同時に、ターゲットの鉄板が弾ける様に揺れ、LMF の攻撃がヒットした事が分かるのだった。
 その直ぐ後、LMF は急激に進行方向を変えると、今度はマルチコプターの追跡を始める。蛇行を続けるマルチコプターに追い付くと、左のアームで追い抜き乍(なが)ら、再度、ターゲットを揺らしたのだった。
 そんな一連の動作を五度ほど繰り返し、LMF は第三格納庫の前で、西向きに停止した。茜の声が聞こえる。

「部長、次はアーム、Ruby の単独制御でいきたいと思いますが。」

「いいわ。Ruby も、準備はいい?」

「ハイ、問題はありません。腕が鳴るかも知れませんよ。」

 Ruby の緒美への返事を聞いて、茜が笑いつつ突っ込みを入れる。

「あはは、Ruby、そこは『腕が鳴ります』でいいのよ。」

「そうですか?しかし茜、実際にロボット・アームが音を発するかどうかは、動かしてみないと分かりません。サーボ機構の作動音は、発生していると思いますが。」

「『腕が鳴る』って、そう言う意味じゃないから。」

 そこで、緒美が割って入るのだった。

「慣用句の説明は後にしてね。テスト、続行するわよ。」

「あ、はい。Ruby、アーム制御の連動モード、解除。」

「ハイ、連動モードを解除します。以降、ターゲットの指定と、攻撃タイミングの指示をお願いします、茜。」

「分かったわ、Ruby。」

 茜の返事が聞こえると、緒美の前方に立つ長谷川が、振り向いて緒美に尋(たず)ねる。

「鬼塚さん、それじゃ、始めるよ。」

「どうぞ。 お願い。」

 長谷川の操るマルチコプターは、LMF の前方へと回り込み、ターゲットの鉄板を LMF の正面へと接近させていく。茜は視線でターゲットを指示しつつ、Ruby に言うのだった。

Ruby、ターゲット、ロック。」

「ターゲット、ロックオン。」

Ruby、攻撃は、さっきみたいに、寸止めでね。」

「ハイ、分かっています。所で、攻撃は左右、どちらのアームで行いますか?」

「それも、あなたの判断に任せるわ。」

「分かりました。」

 そんな遣り取りをしていると、ターゲットが攻撃が可能な距離まで接近して来る。茜は、攻撃の音声コマンドを発する。

「アタック!」

「アタック。」

 茜の指示に対し、普段と変わらない調子で Ruby は復唱し、右のロボット・アームを前方へと繰り出した。そのアームに取り付けられたシールド先端のブレードは、正確にターゲットの中央付近を叩き、そしてピタリと動きを止めて、マルチコプターの飛行には影響を与えなかった。

「いい感じよ、Ruby。」

「ありがとうございます、茜。」

 LMF の後方へ飛び去って行ったマルチコプターは、再び LMF の前方へと回り、再度、LMF へと向かって来る。

「ターゲット、ロック。」

「ターゲット、ロックオン。」

 その後、マルチコプターは飛行経路を変え乍(なが)ら LMF へと接近し、その都度、ターゲットの鉄板を的確に叩いたのだ。それは、LMF 側が動いての場合でも変わらなかった。

「この様子なら、LMF の動作データ、本社に提供しても良さそうですね。」

 樹里が、微笑んで緒美に言うのだった。そして「そうね。」と、緒美が言葉を返した時である。
 格納庫の外から「シュルシュルシュル」と、空気の噴出する様な、聞き覚えの有る音が聞こえて来たのだ。
 茜は LMF を第三格納庫の前で南側に向けて機体の動きを止め、続いて、西側へと向きを変える。

「部長…。」

 茜が、そう呼び掛けて来た瞬間、LMF とは二十メートル程の距離を取りつつ、扇状に取り囲む様に、格闘戦形態に変形したエイリアン・ドローン、トライアングルが六機、着地したのだった。
 余りにも突然なエイリアン・ドローンの出現に、格納庫内に居た一同は声を出す事を忘れたかの様に驚いていた。茜を除いて、動いているトライアングルを、画像ではなく直に目撃するのは、皆、初めてだったのだから無理も無かった。
 そして、緒美が静かに、一同に声を掛ける。

「皆(みんな)、取り敢えず動かないで。先生方も。 アレは動く物に、強く反応しますから。」

 それを聞いた一同は、それぞれに息を呑んで、緒美の指示に従う。
 格納庫の外では、トライアングルも様子を窺(うかが)っているのか、距離を詰めては来ない。そんな折(おり)、長谷川が特に操作した訳ではなかったが、風に煽られたのかホバリングを続けていたマルチコプターが、揺れる様に東向きに移動したのである。恐らく、風の影響を受けたのは吊り下げられている鉄板で、その荷重に本体が引っ張られバランスを微妙に崩したのを、マルチコプターの自律制御で姿勢を建て直したのだと思われたが、そんな理屈はエイリアン・ドローンには関係が無かった。
 マルチコプターの位置に近かったトライアングルの一機が、揺れる様に動作したそれに飛び掛かると、右腕の鎌状のブレードを振り下ろしたのである。
 両断されたマルチコプターは虚しく落下し、乾いた音を響かせた。

「ああ~くそっ。」

 呻(うめ)く様に、長谷川が声を上げると、前園先生が声を掛ける。

「気にするな、長谷川君。あれ位(くらい)の被害で済めば、安いもんだ。」

 マルチコプターに反応したトライアングルは、LMF に十メートル程の距離まで接近していたが、事が済むと他の機体と同じ位の距離まで下がるのだった。
 天野理事長が、緒美に問い掛ける。

「鬼塚君、奴らの目的は、前にキミが言っていた…。」

「はい。恐らく、HDG と LMF の脅威度判定だと思います。」

「何故、襲って来ない?」

「LMF とドッキングした状態の HDG を見るのは、奴らは初めての筈(はず)なので、取り敢えず今は、様子を見ているのではないかと。」

「成る程な。」

 続いて、塚元校長が緒美に尋(たず)ねる。

「この儘(まま)、動かないで居たら、飛んで行って呉れるかしら?」

「それは無いでしょうね。何(いず)れ、攻撃して来ると思います。」

 緒美は冷静な表情を崩さず、答えたのだった。更に、塚元校長が言う。

「天野さんの装備が目標なら、何とか、天野さんを逃がす訳(わけ)にはいかない?」

 今度は少し苦笑いして、緒美は言葉を返す。

「逃げて、どうします? 天野さんが逃げる前に、HDG を解除してる所を襲われるのがオチですよ。 LMF を囮(おとり)として切り離して、HDG が離脱するって手も考えられますけど。でも、向こうの数が多いですから、何機かは離脱した HDG を追うでしょう。やるなら或る程度、相手の数を減らしてから、じゃないと。」

 緒美はヘッド・セットのマイク部分を右手で摘(つま)まむと、茜に呼び掛けた。

「天野さん、取り敢えずディフェンス・フィールドをオンにしておいて。」

 その指示には直ぐに、返事が返って来る。

「もう、してあります。」

 緒美は口元に笑みを浮かべると、「流石ね。」と声を掛け、続いて茜に指示を伝える。

「この状況では、対処をしない訳(わけ)にはいかないわ。指示を伝えるから、良く聞いてね。」

「はい。でも、さっき聞こえた Ruby を囮(おとり)に、って指示だったら聞きませんよ。」

「そんな事は言わないから、安心して聞いて。」

 緒美は一呼吸して、話し始める。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第12話.15)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-15 ****


 そんな折(おり)、インナー・スーツへの着替えを終えて格納庫に降りて来た茜が、緒美達に声を掛ける。

「お待たせしました~直ぐ、HDG を起動しますね。」

 緒美達は開かれてる大扉に近い側に居た為、茜が居る二階通路から降りて来る階段、つまり格納庫の奥側からは二十メートル程の距離が有った。その為、緒美と共に居た一団が誰なのか、茜には直ぐには解らなかったのだが、その人数から兵器開発部のメンバー以外の人が居る事は明白だったのだ。そして間も無く、その中に祖父である天野理事長が混じっている事に、茜は気が付いた。

「おじ…理事長!こんな所で、何してるんですか。」

 十メートル程、大扉側へと進んで、HDG の接続されたメンテナンス・リグの前辺りから、思わず上擦った声を上げる茜だった。天野理事長は、落ち着いて答える。

「お~う、校長達と一緒に、ちょっと見物、いや、見学させて貰うよ。」

 茜は、緒美に呼び掛ける。

「宜しいんですか?部長。」

「構わないわよ~別に。天野さんは、何時(いつ)も通りにやってね。」

 一瞬、返事に詰まる茜だったが、一息を吐(つ)いて声を返す。

「分かりました~。」

 すると、傍(そば)にやって来た瑠菜が、茜に声を掛ける。

「こっちの準備は、出来てるよ。」

「はい。」

 そう返事をすると茜は、ステップラダーを駆け上がり、その頂部で腰を下ろす。そこへ、瑠菜が声を掛けるのだった。

「何時(いつ)も通りにね、天野。」

 声の方へ視線を向けると、瑠菜とブリジットが微笑んで茜を見上げていた。茜も微笑んで、答える。

「分かってま~す。」

 そして茜は、何時(いつ)も通りの手順で、HDG に自身を接続していった。
 装着が終わると、メンテナンス・リグの前からステップラダーが退(ど)かされ、茜の HDG が床面へと降ろされると、接続が解放された。茜はメンテナンス・リグから離れると、LMF の前へと歩いて移動するのだった。
 その、一連の様子を眺(なが)めていた塚元校長が、ポツリと言う。

「ああ、動いた。歩いてる。」

 それに釣られる様に、天野理事長も言うのだ。

「そう言えば、動いている所を直に見るのは初めてだな。レポートに添付されていた動画なら、何度か見たが。」

 立花先生が、天野理事長に問い掛ける。

「如何(いかが)ですか?直接、ご覧になって。」

「そうだね。キミと鬼塚君のレポートから丸二年、それで、ここ迄(まで)進んだかと思うと、なかなか感慨深い物が有るね。」

 天野理事長は、立花先生の方へ視線を送ると、ニヤリと笑う。一方で、背後での、その遣り取りを聞いた緒美は振り返って、天野理事長に言った。

「これも、本社の皆さんの、努力の賜(たまもの)かと。」

「いや、キミのアイデアが有ってこそだよ、鬼塚君。」

 天野理事長は、直ぐに緒美へ言葉を返した。緒美は微笑んで「恐縮です。」と答え、LMF の方へと視線を戻す。
 LMF の側では、HDG の接続作業が瑠菜とブリジットの補助の元、着々と進んでいる。緒美はもう一度、振り向いて言った。

「先生方、此方(こちら)へ。ここに居ますと、外へ出る LMF の進路上になりますので。」

 そう言って、東側へと緒美は歩き出す。立花先生を始め、天野理事長や塚元校長、そして前園先生が後に続いて移動を始める。長谷川、金子、武東の三名も、先生達のあとに付いて歩き出すが、緒美の背後から金子が声を掛けるのだった。

「わたし達も、この儘(まま)、見ててもいい?鬼塚。」

 緒美は声の方へ振り向いて、答えた。

「いいけど、秘密は厳守でお願いね。」

 そう言った緒美の表情は、笑顔である。金子も微笑んで、声を返す。

「分かってる~。」

 緒美は安全と思われる、東側の一階倉庫扉前付近へ移動を終えると、HDG のメンテナンス・リグの向こう側に居る樹里に向かって、手招きをしつつ声を掛ける。

「城ノ内さ~ん、コンソールをこっちへ。」

「は~い、部長。」

 樹里はデバッグ用のコンソールを押して、緒美の居る方向へと移動を始める。そのあとを、コンソールに繋がるケーブルを捌(さば)き乍(なが)ら、クラウディアと維月が付いて来るのだった。

「部長、これを。」

 緒美の元まで到達した樹里は、早速、緒美に Ruby のコマンド用ヘッド・セットを渡すのだ。それを受け取り、自(みずか)らに装着した緒美は、樹里に指示を出すのだった。

「通信の音声、そのコンソールで先生方にも聞かせてあげて。」

Ruby の声も、出ますけど?」

「まぁ、構わないわ。一一(いちいち)解説するのも面倒でしょう?」

「わっかりました~。」

 樹里は、緒美のリクエスト通りに設定変更の操作を始める。緒美は口元へマイクを寄せ、茜と Ruby に呼び掛ける。

「天野さん、Ruby、聞こえる?鬼塚です。」

 両者からの返事は、直ぐに返って来る。

「はい、聞こえてます。何でしょうか?部長。」

「ハイ、此方(こちら)も良く聞こえます、緒美。」

 その返事は、既に樹里のコンソールから出力されている。

「この通信、城ノ内さんのコンソールから、音声出力される設定になっているから、了解しておいて。今日は、見物人(ギャラリー)が多いから。」

「ええ~、取り敢えず了解しました。以後、発言には注意します~。」

 茜が、そう返事をして来るので、緒美は笑いつつ「そうして。」と返すのだった。そして、続いて Ruby が訊(き)いて来る。

「緒美、ギャラリーの中には、まだ、ご挨拶をしていない方が数名見受けられますが、如何(いかが)致しましょう?」

 因(ちな)みに、この時点で Ruby と面識の無いメンバーは、塚元校長と会長秘書の加納、自警部の長谷川、飛行機部の金子と武東、以上の五名である。LMF の頭部、複合センサー・ユニットが、緒美達の方へ向いているのが見て取れるが、緒美は真面目な顔で言った。

「悪いけど、挨拶は後(あと)にして、Ruby。HDG のドッキングが終わったら、メイン・エンジン・スタートよ。」

「分かりました。それでは、初対面の皆様とのご挨拶は後程。ドッキング・シークエンスを続行します。」

 天野理事長とは本社のラボで、前園先生に就いては昨年来、CAD の講習等で度度(たびたび)、部室を訪(おとず)れていたので、Ruby は、その二人には面識が有ったのである。
 一方で、金子が近くに居た恵に、声を掛ける。

「さっきの、挨拶がどうとか、言ってた女の人は誰?」

Ruby の事? あの LMF に搭載されている AI よ。」

 そう言って、恵は LMF を指差す。すると、続いて武東が所感を述べる。

「へぇ、戦車の制御 AI にしては、挨拶だとか、らしからぬ事を言うのね。」

「元元が汎用 AI として開発されていた物らしいから。詳しい事は、わたし達も知らないんだけど。」

 そこで、長谷川が金子と武東に尋(たず)ねるのだった。

「キミらは、あれが動いてる所、見た事が有るの?」

 金子は、短く答える。

「有るよ。」

 それに補足する様に、武東が言うのだった。

「飛行機部は、第一格納庫で部活やってるから。兵器開発部が試運転で、滑走路やエプロンを使ってれば、自然と見えちゃうのよね。他の部活や、一般の生徒は、こっち側には滅多に来ないから知らないでしょうけど。」

「って言うか、自警部はアレの存在とか、知らなかったの? 一年前からここに有ったのに。」

 金子は横目で長谷川の方を見乍(なが)ら、ニヤリと笑って言った。長谷川は、苦笑いで答える。

「知らなかったよ、先月の騒動で、ここに立ち入る迄(まで)はさ。そのあとも、ここに有る物は本社が管理する資産だから、自警部や学校が関与する必要は無いって言われてるしさ。」

「ふうん、そうなんだ。 ちょっと意外ね。てっきり、自警部も一枚噛んでる物だと思ってたわ。」

 金子と長谷川の会話に、割り込む様に恵が一言。

「あ、Ruby…あの AI に関しては、国家機密級のプロジェクトだそうだから、絶対に他言はしないでね。」

「え?マジ?」

 驚いて言葉を返したのは、金子である。続いて、長谷川がポツリと言う。

「道理で、追い出される訳(わけ)だ。」

 そこで LMF の、メイン・エンジンの起動する音が、聞こえて来たのである。茜と Ruby からの報告に対して、てきぱきと状況を確認し、進めていく緒美の様子を、その背後から眺(なが)めて、武東は左隣に居た恵に耳打する。

「鬼塚さん、カッコいいわね。」

 恵が怪訝な顔付きで、武東の方へ視線を動かすと、当の武東は、くすりと笑って見せた。
 丁度(ちょうど)その時、LMF のホバー・ユニットが唸(うな)りを上げ、噴出した気流が床面に沿って四方へ広がる。格納庫内に風を巻き起こし乍(なが)ら、LMF はゆっくりと前進を始めたのだった。そして、瑠菜と佳奈が操作する、球形観測機が二機、LMF を追い抜いて外へと飛び出して行った。
 振り向いて、長谷川に緒美が言う。

「それじゃ、長谷川君。其方(そちら)の方も、準備をお願い。」

「了解。」

 長谷川は、マルチコプターのコントローラーを取りに向かった。
 LMF は格納庫を出て十メートル程進むと、西向きに姿勢を変えて停止する。続いて、腕部と脚部を展開し、『中間モード』へと、LMF は移行したのだった。

Ruby、アームの制御は、連動モードで。」

 茜の Ruby への指示が、樹里のコンソールから聞こえる。
 LMF の方へ目を遣ると、その前面にセットされている茜の HDG と同じ様に、LMF のロボット・アームが構えるのが見て取れた。続いて、茜はシャドー・ボクシングの様に何度か腕を振って、その連動感覚を確かめるのだった。

「部長、此方(こちら)は、準備完了です。」

「オーケー。ちょっと、その儘(まま)。待機しててね、天野さん。」

 緒美は横を向き、隣のコンソールをモニターしている樹里の傍(そば)に控えているクラウディアと維月に、問い掛ける。

「この間みたいに、観測機からの映像をモニターに映すのは、大変かしら?」

「いえ、モニターを持って来て、コンソールと繋げばいいだけですから。表示用のソフトは、コンソールに入ってますよね?城ノ内先輩。」

 クラウディアに尋(たず)ねられ、樹里は即答する。

「勿論。寧(むし)ろ、それを消す理由も無いしね。」

「それじゃ、準備をお願い。お客さん達にも。テストの様子が見易い様に。」

 緒美の指示を受け、「分かりました。」と維月が答えると、クラウディアと二人、シミュレーターの状況を表示するのに使用していた二台のディスプレイと、それを乗せていた長机を取りに向かった。それには、手の空いていた直美や恵、ブリジットも参加して、ディスプレイの設置と配線接続が手早く進められたのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.14)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-14 ****


 そして、昼休みを挟(はさ)んで、緒美達が LMF の稼働試験準備を進めていると、何故か次々と第三格納庫への来客があるのだった。
 最初にやって来たのが、塚元校長と天野理事長、そして理事長の秘書である加納だった。三人は加納の運転する自動車を格納庫の南側に止めると、開かれていた大扉の方から中へと入って来た。その応対を立花先生がしていると、今度はそこに自転車に乗った前園先生が登場するのである。
 LMF の稼働試験の機材としてマルチコプターと、その操作担当者の借用に就いて、自警部に依頼するのを塚元校長経由で相談した事から、理事長と前園先生には話が伝わったらしい。

「わたし達、外野の事は気にしないで、準備を進めて呉れ。」

 そう天野理事長が言うので、緒美は言われた通りに、気にしないで準備を進める事にした。すると、今度は聞き覚えのある女子生徒の声が、大扉の方から呼び掛けて来るのである。

「鬼塚~、兵器開発部に男子、居たっけ?」

 緒美が声の方へ目をやると、その声の主は飛行機部の部長、金子 博美だった。その後ろには会計担当の武東(ムトウ) さやかの姿も在った。金子と武東の二人とは、昨年の『自家用操縦士免許』取得の為の合宿以来、友人関係が続いていたのである。
 緒美が、声を返す。

「どうしたの?金子ちゃん。 武東ちゃんも。」

「うん?ああ~次の飛行訓練の日取り、予定通りでいいのか、聞いとこうと思ってさ。」

「そんなの、携帯のメールででもいいのに、わざわざ?」

 緒美が金子に、そう聞き返すと、金子の背後から武東が答える。

「いやぁ、ほら、久し振りにこっちの格納庫の大扉が開いてたから。又、試運転とかやるのかなって、思って。」

 そこに、直美が参加して来る。

「あはは、何だよ、野次馬かよ~金子。」

「うん、まぁ、そんな所~。」

 そこで、少し離れた場所に居る塚元校長や天野理事長達に気付いた金子が、声を上げる。

「あ、校長に理事長、それに前園先生、ご苦労様で~す。」

 金子と武東の二人が一礼すると、塚元校長が手を振って応えるのだった。

「それで、飛行訓練の日取りだけど。この前の予定通りでいいよね?新島ちゃんも。」

 緒美が直美に確認を取ると、直美も即答して、金子に聞き返す。

「ああ~いいよ。でも、何で?」

「だって、昨日聞いた予定だと、二人共、帰省からこっちに戻って来る翌日になるじゃない。大丈夫かな?って、思って。」

 続いて、武東が言う。

「さっきスケジュール確認してたら、その事に気が付いて。それで、聞いておこうと思って来たの。」

「大丈夫よ。予定してあれば、それに合わせるように調整するから。ねぇ、新島ちゃん。」

「うん、そうそう。それに、天気次第じゃ、実際にフライト出来ない場合も有るしさ。」

「そう。 じゃぁ、予定しとくね~。」

 金子は、そう言って微笑むのだった。

 ここで緒美達が話している『飛行訓練』とは、取得した『自家用操縦士免許』の技量維持の為に、月に二回程度、緒美と直美が飛行機部の機材を借りて、それぞれが一時間程の飛行と、離着陸の訓練を実施するものである。安全の為、先に PC のフライト・シミュレーターで操作手順や操縦感覚の確認を行い、然(しか)る後(のち)、実機でのフライトを行うのだ。

 因(ちな)みに、この時代に『自家用操縦士免許』の取得が容易になるような環境整備が行われたのは、四~五十年前に『空飛ぶ自動車』を次世代の産業の柱にしようと、政府や産業界が画策した事の名残なのである。
 技術的に、そう言った機材の実用化が可能になりつつあった事が時代背景として有るのだが、無免許の者に無闇な飛行を許すべきではない、との見解が所管の省庁から提起され、関連する法整備が行われたのだ。これに拠り、『空飛ぶ自動車』で飛行を実施するには、航空機用の『自家用操縦士免許』が必要と言う事が定められ、それに合わせて免許取得の為の教育機関等の拡充が計られたのである。
 所が、実際には『空飛ぶ自動車』、法的には『特定軽航空機』と呼ばれるが、それは殆(ほとん)ど普及する事が無かったのだった。『特定軽航空機』の飛行は、雨や風など天候の影響を受け易く、加えて、飛行高度も通常の航空機よりも低空を飛行する規定が設けられた為に、一度(ひとたび)トラブルが発生すると、回復の手を尽くす間も無く墜落する危険性が高いのである。しかも、低空からの墜落の場合、滑空で移動が出来る距離も限られ、更に言うと『特定軽航空機』は、その形態によっては殆(ほとん)ど滑空が不可能な機体も存在する為、住宅地や市街地の上を飛行していると、民家や各種施設を避けて不時着する事が難しいのだった。実際に、その様な事故も数件が発生し、結果、『特定軽航空機』は民家や市街地の上空は飛行禁止とされたのである。
 辛うじて、幅の広い道路の上空は飛行可、と言う事にはなった物の、都市部地上交通の渋滞解消だとか、自由な移動手段とする等、当初に期待された導入の意味やメリットが、ほぼ無くなってしまったのだった。結局は、郊外や地方での、『高価な趣味』としての利用が精精(せいぜい)となっているのが現状なのである。

「所でさ、彼は?新入部員?」

 金子は、少し離れた場所でマルチコプターの点検をしている長谷川を指差して、緒美に尋(たず)ねた。同じ学年でも、学科の違う男子生徒である長谷川とは、金子も武東も面識が無かったのである。

「ああ、長谷川君? 自警部からの応援よ。今日の試験でね、マルチコプターが必要だったから。」

「自警部から? あぁ、そうか。それで、どこかで見掛けた様な気がしてたのね。」

 緒美の回答に対する、武東のコメントである。そこへ、塚元校長と立花先生が、緒美達の所へと歩み寄って来るのだった。天野理事長と秘書の加納氏、前園先生の三名は、長谷川の所でマルチコプターに就いて談義している様子である。

「金子さんと武東さんは、今日はどうされたの?」

 塚元校長が、そう声を掛けて来るので、金子は少し笑って答えた。

「あはは、徒(ただ)の野次馬です。」

「お二人は、兵器開発部の活動内容に就いては、御存知なの?」

 塚元校長の、丁寧な言葉遣いの問い掛けには、武東が答える。

「あ、はい。大雑把には聞いています、校長先生。」

「秘密に関する個別の事柄に就いては、詳しくは知りませんけど、秘密保持の件は心得ていますので、ご心配無く。」

 続いて金子も、笑顔で声を揃(そろ)えるのだった。それには少しだけ苦笑しつつ、塚元校長は言うのだ。

「会社の方針とは言え、あなた達にも迷惑、掛けるわね。」

「いいえ、迷惑、なんて事は無いですよ。」

 少し慌てて、武東が声を上げると、金子も続いた。

「そうですよ。去年の合宿で、大まかな話を聞いてから、わたし達も出来る範囲で協力したいって思ってたんですから。」

「合宿って?」

 塚元校長の、その問い掛けには、緒美が答えた。

「去年の、ちょうど今頃、飛行機の『自家用操縦士免許』の取得に、この四人も参加してたんですよ。それ以来、飛行機部には色々と、協力して貰っています。」

「そうだったの。」

 塚元校長は、大きく頷(うなず)いて見せるのだった。

「しかし、校長にわたし達の名前も、覚えて貰ってるとは思わなかったな~、ねぇ、さや。」

「ホントね、ちょっとビックリした。わたし達は鬼塚さん程、有名人じゃないもんね~。」

 金子と武東がそう言って、クスクスと笑っていると、塚元校長は真面目な顔で言うのだった。

「あら、二年生と三年生の顔と名前位(ぐらい)、大体、把握してますよ。一年生のは、まだ、ちょっと怪しいけど。」

 そんな話をしていると、緒美の背後、格納庫の奥側から、瑠菜の呼び掛ける声が聞こえる。

「部長ー。観測機のカメラテストに、一度、外へ出します。」

 緒美は直ぐに振り向いて、答える。

「いいわ、やってちょうだい。」

「は~い。」

 緒美に返事をしたのは、瑠菜の隣に居る佳奈である。
 瑠菜と佳奈が操作するコントローラーの前に置かれた、二つのコンテナから、それぞれ二機ずつの球形観測機が浮き上がる様に飛び立つと、人の背丈程の高さで大扉の外へと出て行くのだった。
 金子が、緒美に尋(たず)ねる。

「何?アレ。」

「ああ、記録用の機材よ。リモコン・ヘリみたいな物で、球形のボディに、二重反転ローターと、下側に撮影用の機材が入ってるの。」

 感心気(げ)に、武東も言うのだった。

「へえ~、面白い。あんなの有ったんだ。」

「有ったって言うか、先月の始め頃に、本社の開発から試験の映像記録用にって、預かったのよ。」

 直美が、補足説明をする。すると、長谷川が緒美達の方へと歩き乍(なが)ら、言うのだった。

「あんなの有ったのなら、自警部(うち)のマルチコプターは要らなかったんじゃないの?」

 直美が透(す)かさず、反論する。

「だから、アレは本社からの預かり物だってば。勝手に改造とか、出来ないでしょ。」

「それに観測機には、4キロの鉄板を吊り上げる程の能力が無いのよ。」

 緒美が補足すると、「あ、そうなんだ。」と、長谷川も納得するのだった。そんな長谷川に、塚元校長が声を掛ける。

「そちらのドローンも、準備は出来たの?長谷川君。」

 それには一瞬、戸惑って、長谷川は答える。

「え?…あ、はい。大丈夫です。」

 すると長谷川の背後から、前園先生が苦笑いしつつ、塚元校長に言うのである。

「校長、今は、あの手の物を『ドローン』とは言わないんですよ。」

 塚元校長は一瞬、何かを思い出した様な表情になり、言った。

「そうね、今は『マルチ、コプター』だったかしら…昔はね、こう言う物を一括(ひとくく)りにして『ドローン』って呼んでたのよ。」

 すると、金子が聞き返す様に言う。

「『ドローン』って。 徒(ただ)のリモコン機ですよ?あれ。」

 その問い掛けには、それ迄(まで)、黙って様子を見ていた立花先生が答える。

「う~ん、それはそうなんだけど。 2000年代に『ドローン』って言われてたのは、もっと以前から有った、ホビー用途のにせよ産業用のにせよ、それらのリモコン機と比べて、格段に操作が簡単になったのと、特にマルチコプターは、それ以前のリモコン・ヘリとは随分と形状が違うから、別の物として新しい名前で、世間一般では呼びたかったらしいのよね。それで、マルチコプターとかが一般化した頃には、みんな纏(まと)めて『ドローン』って呼んでたらしいのよ。 一方で『ドローン』って言う名称に就いては、マルチコプターが登場するよりも、もっと前から、そう呼ばれていた物は有ったんだけど、そっちは一般的には、余り知られていなかったみたいなのよね。」

 今度は、武東が立花先生に尋(たず)ねる。

「それは、どんな物だったんですか? その、2000年代より前の『ドローン』って。」

「形式は色々と有った筈(はず)だけど。一番多かったのは、本物の旧式戦闘機を遠隔操作出来るようにした、無人標的ドローン、かしら?」

 その立花先生の答えを聞いて、天野理事長が笑って言うのだった。

「あはは、立花先生はお若いのに、良く御存知ですな。」

「ああ、いえ。入社してから、防衛装備に就いて色色と調べている内に見付けた情報ですけど。間違ってたら、修正をお願いします。」

「今の所、大丈夫だと思うよ。」

 天野理事長は、笑顔で答えた。一方で、今度は直美が、立花先生に問い掛ける。

「標的?ですか。」

「そう、地上発射の迎撃ミサイルや、空中戦用の空対空ミサイルの標的にしてたの。そんな物だから、一般の人には、『ドローン』って言葉には、余り馴染みが無かったらしいのよね、その当時、2000年代以前は。」

 続いて、金子が質問する。

「ふうん、それで、マルチコプターを『ドローン』って言わなくなったのは、どうしてですか?」

「それは、軍事用の攻撃型ドローンが、各国の軍隊で一般化したからよ。」

 塚元校長が答えると、天野理事長が続く。

「それ以前は、立花先生の説明の通り『ドローン』って言えば試験用の標的か、でなければ、戦場での偵察用機材だったから、兵器オタク位(ぐらい)じゃないと知らなかったんだけどね。」

 そして再び、塚元校長が解説する。

「戦闘用になって、それが紛争なんかで使用されたってニュースが多くなると、一気に『ドローン』って名称の、一般人のイメージが悪化したわよね、それが二十年、三十年位(くらい)前の事かしら。」

 その話を聞いて、少し呆(あき)れた様に武東が声を上げる。

「それで、言い換えたんですか。」

 それには、天野理事長がコメントを返す。

「そりゃ、そうさ。一度(ひとたび)『ドローン』って呼び名に兵器のイメージが付いちゃったら、民生向けの製品にはその名前は使い辛いからね。企業活動の方針としては、まぁ、当然の対処だな。」

「それに、最近じゃ『ドローン』って言うと、『エイリアン・ドローン』の方を連想しちゃいますしね。」

 そう補足した立花先生は、少し苦笑いだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.13)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-13 ****


 その翌日、2072年8月8日、月曜日。
 前日迄(まで)と同じ様に、この日も朝から LMF のシミュレーターに因る、格闘戦動作データの集積が続けられていた。そんな中で午後二時を過ぎた頃に報じられた情報に、兵器開発部のメンバー達は緊張するのだった。九州北部でのエイリアン・ドローンの襲撃、その報道である。
 報道を受け、緒美達はシミュレーターの実行を中断し、それ以降の情報の推移に注目した。幸いにも、天神ヶ崎高校の地域に迄(まで)で、エイリアン・ドローンが到達する事は無く、午後四時を前にして事態は収拾されたと報じられたのである。

「流石に、防衛軍の迎撃態勢が、追い付いたって所かしら?」

 防衛省からの事態収拾の発表を受けて、安堵(あんど)した様に、そう、立花先生が言った。続けて、直美が尋(たず)ねる。

「これで暫(しばら)くは、安心していいんですかね?先生。」

「そりゃ、防衛軍だって遊んでる訳(わけ)じゃないでしょうから。安心させて貰えないと、困っちゃうわよね。」

 続いて、恵が立花先生に話し掛ける。

「襲撃が有っても、今回みたいに防衛軍が水際で撃退して呉れるなら、わたし達が出て行く心配をしなくてもいいんですけどね。」

「まあ、そこの所は、防衛軍を信頼するしかないでしょう?」

 その一方で、クラウディアが何やら不穏な事を言い出す。

「でも、撃墜した数が合ってないって、そんな話も出てますね、ネットでは。 こんなのは珍しい、みたいですけど。」

「どう言う事?クラウディアちゃん。」

 立花先生に聞き返されて、クラウディアは自分の PC を操作しつつ、答える。

「何人か、この手の事件の推移を追い掛けてるウォッチャーが居るんですけど、最初に発表したエイリアン・ドローンの数と、撃墜数の最新値に十機前後の誤差が有るって…まあ今の所は、集計の間違いかも、ですけど。」

「珍しいの?そう言う事。」

 クラウディアの説明を聞いて、立花先生は緒美に尋(たず)ねた。緒美は小さく頷(うなず)くと、答える。

「そうですね、余り…聞いた事が無いですね、そんな事例は。防衛軍は、発表する数字には気を遣ってると、思ってましたけど。」

「…あ、防衛軍も数が合わない事に関しては、認めてますね。五、乃至(ないし)は八機の行方が不明。記録を照合中、だそうです。」

 クラウディアが操作する PC のディスプレイを彼女の背後から覗(のぞ)き込み、維月が言う。

「あなた、まさかハッキングしてないよね?」

「してません。ご覧の通り、普通に、公式発表されてるでしょ。」

「あ、ホントだ。」

 左後方に立っている緒美の方へ首を回し、クラウディアは訊(き)いてみる。

「何でしたら、防衛省にアクセスして、もうちょっと探ってみましょうか?部長さん。」

 緒美はニッコリと笑い、答えた。

「それには及ばないわ、カルテッリエリさん。」

 緒美の答えに被せる様に、維月が釘を刺す。

「やっちゃダメ、って意味だからね。解ってる?クラウディア。」

「説明して呉れなくても、解ってます、イツキ。」

 その後は、直美とブリジットがそれぞれ一時間ずつ、LMF のシミュレーターを実行して、その日の部活は終了となった。勿論、夜間の Ruby に因る自律制御でのシミュレーター実行は、前日迄(まで)と同じ様に続けられたのである。


 一日置いて、2072年8月10日、水曜日。
 兵器開発部の部員達が帰省の為に学校を離れるのは、明後日の12日からの予定だったが、LMF の格闘戦用動作データ取りが順調に進んだ事もあり、事実上この日が夏休み期間中の部活最終日となっていた。活動休止期間は一日繰り上げて明日から、との扱いになり、部員達それぞれは、翌日を帰省の準備に充てる積もりでいた。
 そして、この日のメニューは、LMF を実際に稼働しての、ロボット・アームの動作確認である。
 前日迄(まで)、シミュレーターに因ってロボット・アーム動作の制御経験を積み上げて来た Ruby だったが、それが実際の運用でも活かす事が出来るのか、それを確認しておく必要が有るのだ。とは言え、最初から完全に Ruby の制御に因る操作では、何らかの不具合が有った際に危険なので、最初は HDG を接続しての『連動モード』から、動作確認を行う計画が立てられたのである。

「どうして、俺はこんな所に居るんだろう?」

 場違いな雰囲気に飲まれつつ、自警部の三年生、長谷川 健治はポツリと言った。
 見回せば、概(おおむ)ね夏の私服姿の女子達が、例えば浮上戦車(ホバー・タンク)の操縦席部分を切り離す作業をしていたり、唯一人、制服を着ている同学年の緒美は何かのコンソールの前で下級生の女子二人と難し気(げ)な打ち合わせをしていたり、或いは、少し離れた場所には男子生徒達の間で密かに人気の立花先生が居て、そして何より、ほぼ目の前には、男子生徒達の間で一番人気の女子である森村 恵が、もう一人の下級生女子と、長谷川が自警部から運んで来たマルチコプターに、鉄板を吊り下げる為の処置をやっているのだった。健康な十代の男子高校生である長谷川に取ってみれば、それは身の置き場と、目の遣(や)り場に困る状況であり、それが一時間程前から継続中だったのである。
 そんな事を考えていた長谷川の、ほぼ無意識に出た先程の発言に、恵が答える。

「それは、長谷川君が、前にアレを見ちゃったから、よ~。」

 向かい側にしゃがみ込んでいる恵は左手の親指で、向かって右側の LMF を指している。

「アレ、って?」

「HDG と LMF。 本社が開発中の、言わば秘密兵器。偶然とは言え、マルチコプターの操縦資格保有者が長谷川君で、助かったわ。」

「何だって、あんな物騒な物にキミ達が関わって…。」

「それを知っちゃったら、秘匿するべき事項が増えるだけよ。それでも聞きたい?」

 恵は遠慮無く、長谷川の目をじっと見詰めて来るので、彼は視線を上に外して答えた。

「いや、止めとく。」

 その答えに、恵はニッコリと笑って言った。

「賢明な判断、だと思うわ。」

 そこで、その場に居たもう一人の下級生、佳奈が作業を終え、声を上げた。

「終わりました~。 外しちゃったカメラ・ユニットは、あとで元通りに付け直してお返ししますからね、先輩。」

 佳奈が言った通り、元元、マルチコプターに取り付けられていた撮影用機材一式は、その取り付け用のパーツやネジ類が、小さなトレイや、ケースに分類されて、一つのパーツ・ボックスに収められている。佳奈は、そのパーツボックスを、長谷川がマルチコプターを積んで運んで来た、手押し台車に乗せる。
 マルチコプターの方には、2メートル程のワイヤーの一端がマルチコプター下部のフレームに、もう一端が50センチ角の鉄板に取り付けられていた。

「この鉄板も秘密?」

 そう長谷川に訊(き)かれ、恵はくすりと笑って答えた。

「これは昨日、重徳(シゲノリ)先生の所で貰って来た端材ね。」

 そこへ、歩み寄って来る緒美が、声を掛けて来る。

「そっちの準備は終わった?」

「は~い、部長。終わりです~。」

 キュロットパンツにノースリーブのシャツを着た佳奈が、そう答えて立ち上がると、続いて、丈の長いワンピース姿の恵も立ち上がるので、長谷川もそれに続いた。
 因(ちな)みに、長谷川の服装はと言うと、プリント柄のTシャツに、膝丈(ひざたけ)のハーフパンツと言う組合せである。

「それじゃ、長谷川君。その状態で飛べるか、確認してみてちょうだい。」

 緒美はマルチコプターの傍(そば)まで来ると、そう長谷川に依頼する。続いて、恵が補足を加える。

「鉄板の重量は4キロ位(ぐらい)の筈(はず)だけど…。」

「なら、大丈夫じゃないかな。このモデルの可搬重量は、6キロだから。」

 そう答え乍(なが)ら、長谷川は手押し台車へと向かい、乗せてあったコントローラーを手に取る。コントローラーの電源源を入れると、今度はマルチコプターへと近寄り、本体側のスイッチを入れる。

「じゃあ、皆(みんな)、ちょっと下がってね。」

 マルチコプターの周囲から離れるように、長谷川が手を振ってみせると、緒美達は数メートル離れた位置に移動し、それぞれが機体に注目するのだった。間も無く、搭載されている六つのローターが回転を始める。

「それじゃ、行くよ。」

 モーターの回転音と、ローターが風を切る音が格納庫内に響くので、長谷川は少し大きな声を出した。LMF のコックピット・ブロックを切り離していた直美達も、その作業を終えて長谷川が操作するマルチコプターを注視していた。
 マルチコプターは、するすると垂直に上昇を始め、数秒後には、その機体下部に取り付けられたワイヤーが鉄板を吊り下げて1メートル程の高さまで持ち上げた。
 緒美は長谷川に近寄って、要望を伝える。

「ちょっと、前後左右に動かしてみて。」

「こんな感じ?」

 長谷川は緒美の要求に従い、マルチコプターを前後や左右に、高度を変えずに動かしてみせる。すると、吊り下げられた鉄板が慣性や空気抵抗で、加速するのとは逆方向へと揺れるのだった。緒美は、それを見て長谷川に訊(き)いた。

「コントロールに問題は無い?」

「この位(くらい)のスピードならね。今以上、速く動かすと、向きを変えた瞬間に、慣性で鉄板に引っ張られてバランスを崩すかも知れないけど。」

「解ったわ。取り敢えず、降ろしていいわよ。 それじゃ、午後からが、テストの本番だから、よろしくね。」

 長谷川は、ゆっくりとマルチコプターを着地させると、緒美に問い掛けるのだった。

「で、具体的には何をどうすればいいのかな? 昨日、マルチコプターを兵器開発部に持って行って、実験か何かに協力してやって呉れ、って、俺はそれだけしか自警部(うち)の部長からは、聞いてないんだけど。」

「それに就いては、これからお昼でも食べ乍(なが)ら説明したいと思うけど。お昼は、誰かと約束でも有るのかしら?」

「いや、それは無いけど。」

 その返事を聞いて、緒美は右手を挙げて部員達に声を掛ける。

「それじゃ、お昼にしましょう、皆(みんな)。」

 周囲から「は~い」との返事の後、部員達が集まって来るのだった。
 長谷川も含めて、一同は東側一階の出入り口へ向かって歩き出す。何と無く、近くに居た恵に、長谷川は尋(たず)ねてみる。

「そう言えば、あのマルチコプターにワイヤーを繋(つな)げてたブラケットはさ、アレ、こっちで作ったの?」

「ああ、あれは昨日、鉄板を貰いに行った時に、一緒に。ね、古寺さん。」

「はい。図面を持って行ったら、重徳先生が加工して呉れました。凄いんですよ~三十分掛からずに、余ってる材料からパパッと。」

「へえ~、あの重徳先生が、ねぇ…。」

 長谷川が意外に思ったのも、無理はない。男子生徒の間では、重徳先生は厳しいので有名なのである。
 そして、瑠菜が続いて言うのだった。

「実習工場の機械を借りて、わたし達で加工はする積もりだったんですけどね。佳奈が描いた、図面の出来が良かったそうで。『満点だ』って、ノリノリで加工して呉れましたよ。」

「うえ~俺なんか、あの先生に褒められた事なんか、一度も無いよ。」

「佳奈は、重徳先生からの評価が高いんですよ。実習の授業でも、一目置かれてる感じだもんね。」

「あははは~。」

 照れ笑いする佳奈に、恵が言う。

「古寺さんは、素直だしね~。」

 そこに、樹里が参加して来る。

「佳奈ちゃんは、お父さんと一緒に、昔から機械弄りとかやってたのよね。」

 それを聞いて、長谷川が尋(たず)ねる。

「お父さんのお仕事は、そっち系?」

 佳奈は即答する。

「いいえ~保険の会社です、家(うち)のお父さんの勤め先。古い機械とかのレストアは、お父さんの趣味ですよ~。」

「佳奈ちゃんに、そんな才能が有るなんて、中学の時はわたしも知らなかったな。」

 そう言って、樹里は佳奈に微笑みかけると、佳奈は「えへへ」と、又、照れ笑いをするのだった。

 そんな会話をし乍(なが)ら、一行は学食へと向かったのである。
 この後、打ち合わせを兼ねて緒美達と、うっかり昼食を共にしてしまった為、長谷川はその姿を目撃した他の男子生徒達から散散(さんざん)、冷やかされる事になる。その席に立花先生や、恵もが同席していたからなのだが、実は入学以来、常に学年トップの成績を維持していた緒美も亦(また)、結構な有名人であり、それなりに彼女のファンが存在していたのだ。
 更に後(のち)、長谷川とは割と頻繁にコンビを組む事の有る二年生の田宮が、その時の噂話を伝え聞いた事に因り、態度が急に冷たくなったりして、長谷川は少なからず困惑したりするのだが~それは、本筋とは全く関係の無い話である。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第12話.12)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-12 ****


「♪ハッピーバースデー、ディア、茜~♪ハッピーバースデー、トゥーユー♪」

 二巡目のバースデーソングは、茜に向けての物だったのだ。瑠菜は、茜の耳元で尋(たず)ねる。

「あなたも、今日だったの?誕生日。」

 茜は、瑠菜の耳元へ顔を寄せて答えた。

「いいえ、17日ですけど。十日後ですね。」

 そんな茜と瑠菜の遣り取りを余所(よそ)に、間を置かず三巡目のバースデーソングが始まっていた。流石に、それが誰に向けてなのか、茜には直ぐに見当が付いたので、茜はブリジットに向けて、皆と声を揃(そろ)える。

「♪ハッピーバースデー、ディア、ブリジット~♪ハッピーバースデー、トゥーユー♪」

 皆が歌い終わると、一同が拍手をする中、恵が三本の蝋燭(ろうそく)が立てられたケーキを、三人の前へと差し出す。

「三人兼用なんだけど、一緒に吹き消して~。」

 瑠菜を挟(はさ)んで、茜とブリジットの三人が、ケーキに顔を近付けると、維月と直美がカウントダウンを始めるので、それに合わせて三人は蝋燭(ろうそく)に息を吹きかける。

「3、2、1!」

 蝋燭(ろうそく)の火が消えると、再び一同が拍手をし、口口(くちぐち)に「お誕生日、おめでとう」と声を掛けるのだった。
 瑠菜はブリジットにも、尋(たず)ねる。

ボードレールも、八月生まれだったの?」

「はい、24日、茜の一週間あとです。」

 すると、維月が瑠菜に声を掛けて来る。

「どう?驚いた?」

「どっちかって言うと、天野とボードレールが八月生まれだったのに、ビックリした。」

 続けて、恵が言うのである。

「流石に、三人にバレない様に準備を進めるのは、大変だったわ~。」

「わたし達のは、まだ先なのに。一緒にして貰えて、ありがとうございます。」

 茜が、そう言葉を返すので、直美が声を上げた。

「いいのよ~、あなた達のは、部活のお休み期間に重なっちゃってるしね。因(ちな)みに、今回の企画は、井上だよ~。」

「あははは、まあ、先月はわたしのお祝い、して貰ったし。それに、瑠菜ちゃん、前に言ってたじゃない?」

 咄嗟(とっさ)に、それが何の事かが分からず、瑠菜は聞き返す。

「え?…わたし、何か言ったっけ?」

「ほら、八月生まれだと、誕生日が夏休み中だから、学校の友達には忘れられ勝ちだってさ。」

「え~っと、ごめん、覚えてない。そんな話してた?」

 すると、樹里が声を上げる。

「言ってたよ~、わたしも覚えてるもの。」

「ああ、そうなんだ。」

 瑠菜は苦笑いで、樹里に答えるのだった。一方で、恵が茜に問い掛ける。

「天野さんも、矢っ張り、そう言う経験があるの?」

「あはは、まぁ、無くは無いですね。ねぇ、ブリジット。」

「まぁ、そうね。でも、家(うち)のは両親が張り切っちゃうので、誕生日の事で友達関係が気になった事は無いですけど。」

「そう言えば、去年は、家(うち)の母と妹まで御招待頂いて、何だか申し訳無かったわね。」

「いいのよ~家(うち)のママとパパが、茜のお母さんとのお喋(しゃべ)りが大好きなんだから。茜のお母さんとは、母国語で普通に話せるから。」

「ああ~、でも、最後の方は英語とフランス語が、日本語とゴッチャになってて。端(はた)で聞いてると、可成りのカオスっぷりだったよね、アレ。」

 茜は当時の様子を思い出して、苦笑いするのだった。

「あははは、何だかんだで、日本語が大好きだからね、家(うち)の両親。」

 その発言を聞いて、恵がブリジットに尋(たず)ねる。

ボードレールさんの、御両親って…。」

「はい、パパはフランスで、ママがアメリカの出身ですよ。」

「それじゃ、天野さんのお母様は、フランス語と英語が?」

「ええ、って言うか、ヨーロッパの言語は大体、網羅(もうら)してるみたいですよ。イタリア語、ドイツ語、スペイン語ポルトガル語…あと、何(なん)だっけ?」

 茜の返答に、複雑な表情を浮かべつつ恵は訊(き)いた。

「何(なん)だって、そんなに?」

「祖母から聞いた話ですと、母は学生時代からヨーロッパ方面への旅行が好きだったらしくて、それが高じて言語マニアみたいになった、らしいです。そんな人なので、父が仕事でヨーロッパ方面へ海外出張に行く時には、通訳として母を連れて行く程でして。」

 そこで、立花先生が会話に参加して来る。

「良く、お父様の勤(つと)める会社が認めたわね、それ。」

「ああ、最初は父が自腹で母の交通費や宿泊費を出してたみたいなんですけど、それで商談が纏(まと)まるならって。その内、母の交通費と宿泊代が経費で認められる様になって。専門の通訳の業者と契約して人件費払う事を考えたら、交通費と宿代だけで済めば、その方が割安だって。」

「成る程。」

「そんなだから、一時期、ヨーロッパ方面の商談が殆(ほとん)ど父に回される様になって、まぁ、父は大変だったらしいです。母の方は、会社のお金で好きな海外旅行を夫婦で出来て、随分と楽しかったみたいですけど。」

「あはは、なかなかに凄い話ね…。」

 立花先生と恵は、苦笑いしつつ、お互いの顔を見合わせるのだった。続いて、直美がブリジットに話し掛ける。

「そう言えばさ、ブリジットの家では、普段、何語で話してるの?」

「家(うち)で、ですか? 一応、公用語は日本語です。特に、ママはフランス語がほぼ、分からないので。わたしも、聞く方は兎も角、話すのが苦手で。」

「へぇ。」

「でも、両親は感情的になると、お互いが母国語になるので。だから、両親が喧嘩(けんか)になると、ママは英語で捲(まく)し立てるし、パパはフランス語で嘆(なげ)き始めるし。で、お互いが何を言ってるのか分からなくなって、冷静になる、って言う。」

 そこで、瑠菜が参加して来るのだった。

「へぇ~、ボードレールの家(うち)はそんな感じなんだ。家(うち)のは父親がアメリカの出身なんだけど、家(うち)でお父さんが英語で喋(しゃべ)ってるのを、見た事が無かったよな~。わたしが学校で、英語の授業が始まってからは、両親相手に英語の練習とかはやったけど。」

「ああ、瑠菜さんのお母さんは、英語、話せる人なんですか?」

「そうよ~。元元、日本語が話せない家(うち)のお父さんの、仕事や生活のサポート業務をしてたのが、家(うち)のお母さんだったそうだからね。」

「それは又、興味深そうなお話ね。」

 恵が瑠菜に、そう話し掛けた時、突然、「あっ」と、茜が声を上げた。その声に少し驚いて、緒美が尋(たず)ねる。

「どうかした?天野さん。」

 茜は右の掌(てのひら)を緒美に向けて、その問い掛けには答えず、振り向いて部室奥の窓枠に取り付けられている、Ruby の複合センサーに向かって呼び掛けるのだった。

Ruby、前にあなたの名前は、誕生石が由来だって言ってたわよね? あ、シミュレーターを実行中か。」

 茜の懸念を余所(よそ)に、Ruby は直ぐに返事をする。

「大丈夫です、茜。 此方(こちら)と会話する程度の、リソースの余裕は有ります。」

「そう、良かった。」

「お問い合わせの件ですが、茜の記憶している通りです。わたしの呼び名の由来は、天野重工のラボで、わたしが最初に起動したのが七月だったので、七月の誕生石に因(ちな)んで、Ruby と言う名前を頂きました。正確には、2069年の7月12日の事で、それがわたしのログに残っている、最も古いタイムスタンプの日付です。」

 その Ruby の返事を聞き、今度は樹里が声を上げる。

「ああ、それじゃ、Ruby は七月生まれだったんだ。先月、維月ちゃんと一緒に、お祝いしてあげれば良かったね~ごめんね、Ruby。」

「イイエ、樹里。そもそも、わたしに誕生日の概念が、皆さんと同じ様に当て嵌(は)められる物でしょうか?」

 その、Ruby の問い掛けには、維月が答えた。

「いいんじゃない? 麻里姉(ねえ)達、開発の人も、その日が Ruby の誕生日だと思ったから、誕生石に因(ちな)んで呼び名を付けた訳(わけ)でしょ? でも、Ruby の誕生日なんて発想自体、わたしには無かったなぁ。 グッ・ジョブ、天野さん。」

 維月は茜に向けて、勢い良く右腕を突き出し、サムズアップのサインを送る。茜はそれに、照れ笑いを返すのだった。

「それじゃ…。」

 樹里は維月に視線で合図を送ると、二人で声を合わせて歌い始める。

「♪ハッピーバースデー、トゥーユー♪」

 そして、その場に居た一同が声を合わせて、バースデーソングを歌うのだった。

「♪ハッピーバースデー、ディア、Ruby~♪ハッピーバースデー、トゥーユー♪」

 歌い終えると、樹里が Ruby に声を掛ける。

「一ヶ月遅れだけど、Ruby も、お誕生日、おめでと~。」

 続いて、維月が言った。

「あなたにあげられるプレゼントが、これ位(くらい)しか無くって、ごめんね、Ruby。」

「イイエ、皆さんからは沢山の経験を頂いていますので、それが、何よりのプレゼントです。」

 Ruby の返事を聞いて、恵は笑って言った。

「あはは、Ruby は相変わらず、いい子だね~。」

 続いて、ジュースの入ったコップを持って立ち上がった緒美が、声を上げるのだった。

「それじゃ、瑠菜さんと天野さん、ボードレールさん、そして Ruby の健康と成長を祝して、乾杯。」

 一同が、それぞれにコップを掲げて「乾杯」を唱和し、飲み物に口を付ける。
 そして、それからは暫(しばら)く、Ruby も交えての談笑が続いたのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第12話.11)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-11 ****


「どうしたんです?それ。」

 続いて、瑠菜が問い掛けて来るので、恵が答える。

「立花先生が手配して呉れてたのよ、リースとか、本社工場の余剰品だって。」

「へえ~、今日も昼前から暑くなりそうだし、助かりますね。」

 そう言って、維月は笑っている。そこで茜が、ふと思った疑問に就いて、恵に訊(き)いてみるのだった。

「そう言えば、恵さん。去年迄(まで)は、どうされてたんです?夏の間。」

「ああー、去年迄(まで)はね、図面と仕様書の作業が中心だったから、格納庫(こっち)での作業は殆(ほとん)ど無かったのよ。特に夏の間には。」

 恵の説明を受けて、直美が口を挟(はさ)む。

「LMF がここに運ばれて来たのが、去年の前期中間試験のあとだっけ? それから、Ruby を LMF に搭載する作業が有ったけど、あの時は、六月の終わり頃だったけど、そんなに暑かった記憶は無いものね。」

 直美の発言を受けて、瑠菜が思い出した様に言った。

「どっちかって言うと、今年の二月に HDG や LMF のプラズマ砲を搬入した時とかの、寒かった印象の方が強いですよね、格納庫(ここ)には。」

「そうね。LMF の動作確認とか、副部長が試運転とかしてたのは、去年の夏休みに入ってからだったけど。あれは格納庫の外での作業だったから、ここの中での記憶って言うか、印象じゃないのよね。」

 何やら染み染みと語る恵に「へぇ~」と感心している茜だったが、その一方で維月が樹里に尋(たず)ねる。

「所で樹里ちゃん、昨夜の Ruby の成績は?」

「ああ、凄い急成長よ。最後の最後に二連勝してるの。」

 樹里の返事を聞き、維月と瑠菜は「おぉ」と感心の声を発し、佳奈は拍手をして声を上げた。

Ruby、おめでと~。」

「ありがとうございます、佳奈。」

 Ruby が、素直に返事をすると、続いて、今度は直美が声を上げる。

「よ~し、Ruby。今日の午前中の分、始めるわよ。キャノピー開けて。」

「分かりました、直美。 キャノピーを開きます。」

 ブリジットと同じく、学校指定のジャージを着ていた直美は、腕まくりしていたジャージのジャケットを脱ぐと、モニターが設定されている長机の上に置き、駆け足で LMF のコックピット・ブロックへと向かった。

「副部長、やる気満満ね~。」

 そう言い乍(なが)ら、恵は直美が脱いで行ったジャージのジャケットを、手早く折り畳むのである。その一方で、緒美や樹里達はシミュレーターのモニター器機の準備を始めた。佳奈と瑠菜、そして茜とブリジットは、立花先生が手配したスポット・クーラーと大型扇風機を配置して、電源配線の接続、動作確認を行ったのである。

 その後、午前中に直美とブリジットが交代で、それぞれが一時間、昼休憩を挟(はさ)んで午後からは、それぞれが二時間の仮想戦を行い、直美の操縦で LMF が六勝、ブリジットが五勝と言うのが、その日の成績である。因(ちな)みに、仮想戦の回数は、午前午後合わせて直美が三十二回、ブリジットが二十九回だった。
 残念乍(なが)ら、直美の目指した、二人それぞれが十勝ずつとの目標には、結果としては届かなかったのだが。それでも、Ruby に因るロボット・アームの制御や、攻撃時の位置取りなどが明らかに改善されていたのは、直美が午前中に行った、その日最初の仮想戦で既に、誰の目にも明らかだったのである。
 午前中に前園先生に釘を刺された事も有り、その日の活動は午後五時過ぎには切り上げ、緒美達は格納庫から引き上げる事にした。勿論、Ruby が前日と同様に、自律制御モードで翌朝まで仮想戦を繰り返したのは、言う迄(まで)もない。
 こうして、暦(こよみ)は八月に突入しても、直美とブリジット、そして Ruby はシミュレーターでの仮想戦を繰り返し、格闘戦の動作データを積み上げていったのである。
 当初の単純な状況設定での勝率が八割に達する迄(まで)に、三日が経過した。そのあとは仮想敵の数を増やしたり、フィールドに起伏や障害物を追加したりと、条件設定を変更して、更に仮想戦を繰り返したのである。


 そして、更に四日が過ぎて、2072年8月7日、日曜日。それは以前、緒美がエイリアン・ドローンに因る襲撃を予測した、その日である。
 「三日位(くらい)、前後するかも。」と、緒美が言っていた事も有り、この二日前から、兵器開発部の一同は避難指示の発令や、一般の報道等にも注意を傾けつつ格納庫内での LMF 仮想戦を続けていた。だが結局、予想当日の夕方、午後六時を回っても、エイリアン・ドローンに因る襲撃が報じられる事は無かった。

「この時間になっても、特に報道が無いって事は、今日も、もう来そうにないね。」

 そう口にしたのは、維月である。その発言に、デバッグ用コンソールのディスプレイを眺(なが)め乍(なが)ら、樹里が応える。

「まぁ、来ないに越した事は無いんだけどね。」

「何か、情報は上がってる?」

 維月は、長机の右端、樹里の隣の席で、自分のモバイル PC を開いているクラウディアの後ろから、ディスプレイを覗(のぞ)き込みつつ、クラウディアに声を掛けた。そのクラウディアは、PC を操作する手を止めず、答える。

「いいえ~平和な物です。」

 クラウディアは勿論、ハッキングではなく、普通にネットに上がって来るニュースを検索している。
 そんな情報処理科組の遣り取りを聞いて、直美は緒美に言うのだった。

「流石の鬼塚の読みも、今回は外れたかな~。」

 緒美は微笑んで、言葉を返す。

「こう言う予想は、外れて呉れた方が嬉しいわ。」

 その言葉に対して、樹里がコメントする。

「でも、三日位(ぐらい)は前後するんでしょう?部長。 まだ、油断は出来ないのではないかと。」

「まぁ、そうだけど。取り敢えず、今日でなくて、良かったじゃない?ねぇ、井上さん。」

「あはは、まあ、そうですね~。」

 維月は緒美に話を振られると、明るく笑って答えた。コンソールに向かっている樹里も、クスクスと笑っている。
 それから間も無く、ブリジットが行っていた仮想戦が LMF の勝利判定で終了した。四機の仮想敵からの攻撃を、障害物や地形の起伏を利用し乍(なが)ら回避しつつ、一機ずつ格闘戦で倒していくと言う、当初に比べれば可成り複雑なシミュレーションとなっていたが、それでも何とかクリアーする事が出来る様になっていたのである。

「お疲れ様、ボードレールさん。今日はここ迄(まで)にしましょう。降りてらっしゃい。」

「はい、部長。」

 緒美がヘッド・セットのマイクに向かって、今日の活動の終了を伝えると、ブリジットからの返事は、直ぐに返って来た。
 コックピット・ブロックのキャノピーが開き、ブリジットが降りて来ると、茜が声を掛けるのだ。

「お疲れ~ブリジット。」

「最後の、どうだった?茜。」

「わたしからは、もう、特に言う事は無いわ~。」

「じゃ、免許皆伝って所かしら?」

「あはは、かもね。」

 そう言って茜が笑っていると、直美が口を挟(はさ)んで来る。

「甘いよ、天野。ブリジットは、もうちょっと手早く、相手を倒せる様になった方がいいんじゃない?」

 それには、茜が意見するのだった。

「いいえ、副部長のは、突っ込みが強引過ぎます。」

「ええ~っ、そうかななぁ…。躱(かわ)せてるんだから、いいんじゃない?」

「三回に一回位(ぐらい)は、躱(かわ)せてないじゃないですか。リスキー過ぎですよ、アレ。」

 そこに、樹里が参加して来る。

「まぁ、新島先輩のそのリスキーな戦法も、Ruby には貴重な行動データになってるから、シミュレーターでやってる分には、いいんじゃない?天野さん。」

「そうそう、敢えて、なのよ。」

 樹里の弁護を受けて、直美が弁明すると、透(す)かさず緒美が楽し気(げ)に声を上げた。

「嘘(うっそ)だ~。」

 苦笑いする直美を余所(よそ)に、緒美は正面を見た儘(まま)、Ruby に指示を出す。

Ruby、昨日と同じで、明日の朝八時迄(まで)、自律制御でのシミュレーター実行を許可します。今夜も頑張ってね。」

「ハイ、ありがとうございます、緒美。自律制御モードにて、シミュレーターを起動します。」

 Ruby が、そう返事をすると、コンソールの操作を終えた樹里が、Ruby に声を掛ける。

「こっち側で勝手にロガーを走らせてるけど、もしも途中でロガーが止まっても気にしないでいいからね、Ruby。」

「ハイ、承知しています、樹里。」

 そして、緒美がその場に居た、全員に声を掛けるのだった。

「それじゃ、片付けが済んだら、皆(みんな)、上がりましょうか。」

 そこで、ふと、ブリジットが気付き、茜に尋(たず)ねる。

「あれ?そう言えば、恵先輩と立花先生…あと佳奈さんも、姿が見えないけど。」

「ああ…そう言えば。」

 二人の遣り取りを聞いて、瑠菜も不審気(げ)に言う。

「わたしも気が付いたのは一時間ほど前だけど、どこ行ったのかしら?」

 一同は二階通路へ上がる階段に向かって歩いていたが、瑠菜の発言を聞いた維月がぎこちなく笑って言うのだった。

「あ~ははは、大丈夫、大丈夫。心配無い、無い。」

「何よ、維月。あなた、何か知ってそうな態度ね。」

「え?あ~うん、まぁ、直ぐに解るから~。」

 そんな遣り取りを聞いて、緒美と樹里はクスクスと笑っている。一方で、直美とクラウディアの二人は、過度に無関心を装っている様子に見えて、茜とブリジットは無言で顔を見合わせるのだった。
 そして、一同が部室に戻ると、そこに立花先生と恵、そして佳奈の三人が居た。部室中央の長机には、ケーキや飲み物、軽食類が並べられており、それを見た瑠菜は直ちに、その状況を察したのである。そう、その日は、瑠菜の誕生日だったのだ。

「♪ハッピーバースデー、トゥーユー♪」

 維月がバースデーソングを歌い出すと、他の者達も声を合わせて歌い出すのだが、瑠菜と同様に、事前にこの事を知らされていなかった茜とブリジットの二人は、戸惑いつつも、皆と調子を合わせるのだった。

「♪ハッピーバースデー、ディア、瑠菜~♪ハッピーバースデー、トゥーユー♪」

 瑠菜へ向けてのバースデーソングが終わると、直様(すぐさま)、「ハッピーバース、トゥーユー♪」と、バースデーソングの二巡目が始まる。状況が飲み込めない、瑠菜と茜、そしてブリジットの三人は、唯(ただ)、戸惑っていた。


 

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STORY of HDG(第12話.10)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-10 ****


「自律制御だと、反撃する態勢に迄(まで)も行けないのね。改めて、人が乗ってる凄さが分かるって言うか…。」

 恵の、その素直な感想に対し、緒美が言う。

「人が乗ってたって、完全な素人(しろうと)だったら、あんな物よ。新島ちゃんやボードレールさんは出来る方(ほう)の人だし、天野さんみたいな規格外の人を見慣れてるから、森村ちゃんだけじゃなくて、多分、わたし達は皆(みんな)、その辺りの感覚が麻痺してると思うわ。」

 緒美は、視線を恵に向けて微笑む。恵は少しの間、視線を上に向けて、呆(あき)れ気味に言うのだった。

「そう言われれば、そうかしら。」

「まぁ、そうかもね。」

 直美は恵の後ろから肩に手を回し、笑って、そう言うのだった。一方で、緒美は視線を正面に戻し、Ruby に声を掛ける。

Ruby、どんどん続けて行きなさい。」

「ハイ、シミュレーション第三回戦、開始します。」

 その後、三回戦、四回戦と、Ruby は少しずつ対応を変え乍(なが)ら、シミュレーションを繰り返したが、結局、兵器開発部の一同は、Ruby が勝利する兆(きざ)しすら見出す事は無かったのである。
 Ruby の申し出通りに、自律制御でシミュレーションを一晩中繰り返す事にして、その日は午後八時を前に、一同は格納庫を後にした。


 その翌日、2072年7月31日、日曜日。茜とブリジットの二人が、部室に到着したのは、午前九時の少し前である。
 二人が部室に入ると、既に換気窓が開けられており、誰かが先に来ている様子だった。茜が換気の為に開けられている、奥側の窓から格納庫を見下ろすと、デバッグ用のコンソールの周囲に四人の姿が見られた。緒美と樹里、そして恵と直美である。

「部長~、おはよーございまーす。」

 茜が窓から声を掛けると、四人は振り向き、声は出さずにそれぞれが手を挙げて見せる。茜とブリジットは二階通路へと出ると、駆け足で先輩達四人の元へ向かったのである。

「おはよう。もう少し遅くても、良かったのよ。日曜なんだし。」

 そう、最初に声を掛けて来たのは恵である。

Ruby の様子が、気になったもので。 今、見てるの、昨晩の結果ですよね?」

 茜は恵に声を返すと、続いて樹里に尋(たず)ねた。すると樹里は、躊躇(ちゅうちょ)無く答える。

「そうよ~最終的に、今朝の八時迄(まで)に、百八十三回、シミュレーションを実行したみたい。」

 その樹里の答えに、ブリジットが聞き返す。

「え?昨日の夕方は、一晩で百回位(ぐらい)って言ってたじゃないですか。随分と多いですよね。」

「あはは、だと思うでしょ? ほら、昨日、最初の方は殆(ほとん)ど瞬殺だったじゃない。自律制御で仮想戦を始めて以降、八時間目辺り迄(まで)は、あの調子だったみたいなのよね。」

 樹里に続いて、緒美が一言を添える。

「つまり、一回のシミュレーション時間が短い。」

「ああ、そうか。その分、回した回数が増えたんですか。」

 ブリジットの回答に、微笑んで樹里が言う。

「そう言う事。 で、八時間目以降から、やっと反撃が出来る態勢が取れて来て~最後の最後に、二勝してるわ、LMF が。」

 その発言に対して、少し悔し気(げ)に、直美がブリジットに言うのだった。

「わたしら、Ruby に先を越されちゃったよ、ブリジット。」

「ええ~…。」

 ブリジットが返事に困っていると、茜が直美に言うのだった。

「でも副部長、Ruby が自律制御でロボット・アームを使って勝てる位(ぐらい)になってないと、コックピット・ブロックからの操縦で勝つのは無理ですよ。アームの操作は、コックピット・ブロックが接続されてても、最終的には Ruby の担当ですから。」

「それは解ってるけどさ、天野。 でも何(なん)か、悔しいじゃない?」

 そこで、ブリジットが苦笑いしつつ、直美に言うのである。

「まぁ、副部長。ほら、今日はわたし達も、勝てる確率が上がってるって事ですから。」

「そうそう、そう言う事~頑張ってね、新島ちゃん。」

「あー、その言い方、何(なに)かちょっと癪(しゃく)に障るわね、鬼塚。」

「何よ、応援してるのよ?」

 緒美はニヤリと笑って、言い返すのだった。直美は少しムッとした表情を見せたあと、ブリジットの肩に手を回して言った。

「何(なん)だか悔しいから、今日は十勝、目指すわよ、ブリジット。」

「二人で、ですか?」

「二人、それぞれで、よ。」

「え~、頑張りマス。」

 そこで直美とブリジットの、遣り取りを見ていた恵が、微笑んで声を掛ける。

「頑張ってね~二人共。」

「うん、ありがと、森村。」

 その素直な反応に、緒美が一言。

「あ、森村ちゃんのは、癪(しゃく)に障らないんだ。」

「森村はいいのよ。」

 直美は緒美に、ニヤリと笑い返して見せる。緒美は、それに対しては微笑むだけで、言葉は返さなかった。
 その時、携帯端末の着信音が聞こえて来る。それは、恵の持つ携帯端末からだった。恵は、着ている薄い黄色のワンピースのポケットから携帯端末を取り出すと、そのパネルを操作し応答する。

「はい。…今ですか? 格納庫に居ますけど…あーはい…はい。分かりました~。」

 恵は受け答えをし乍(なが)ら、南側の大扉の方へと歩いて行く。緒美は、恵に声を掛ける。

「どうしたのー?」

 通話を終えた携帯端末をポケットに仕舞い、振り向いて恵は答えた。

「立花先生が、大扉開けてって~。」

「ああ、手伝うよー。」

 直美が駆け足で、恵を追った。茜とブリジットも、そのあとに続く。
 すると、自動車のクラクションが、扉の外から短く響いたのである。

「あー、はいはい。直ぐ開けま~す。」

 直美が外へ向かって、大きな声で答える。
 恵が正面左脇側の壁面パネルで扉の解錠操作を行うと、直美とブリジット、そして茜が大扉の中央を左右へ押し開いていく。大扉の外には、軽トラックが一台、止まっていた。軽トラックが通り抜けられる程に大扉が開かれると、その軽トラックは格納庫の中へゆっくりと進み、LMF の前辺りで停車して、エンジンを止めたのである。ドアが開き、その軽トラックから降りて来たのは、立花先生と前園先生の二人だった。
 先(ま)ず、緒美が前園先生に声を掛ける。

「おはようございます。どうされたんですか?日曜日なのに、前園先生。」

 苦笑いで、前園先生が答える。

「そりゃ、こっちの台詞だ、鬼塚君。キミらこそ、日曜日の朝から、こんな所で何やってるの。」

 その問い掛けには、大扉の方から歩いて来る、直美が答えるのだった。

「あはは、ご覧の通り、部活動ですよー前園先生。」

「それは結構だけどね、幾ら本社からの依頼だからって、日曜日位(くらい)は休みなさいよ。折角の夏休みなんだからさ。」

 そんな苦言を呈する前園先生ではあったが、その表情や語感には、それ程の厳しさは無かった。それは、念の為に釘を刺しておく、その程度の意図からの発言だった。
 そして、緒美がもう一度、前園先生に問い掛ける。

「それで、先生はどうされたんです?今日。」

「ん?ああ、二年生に十名程、補習の必要な奴らがいてな、明日から一週間。今日は、その準備でね。それで、学校に来てみたら、ちょうど、立花先生に捕まって。で、荷物運びの手伝いだよ。」

「朝一番で、荷物が届いたのはいいんですけど。ここ迄(まで)、どうやって運ぼうかと考えていた所に、前園先生がいらっしゃって。本当に助かりました。」

 立花先生は、深深と前園先生に頭を下げる。

「何(なん)です?荷物って…。」

 緒美は軽トラックの荷台の方へ回り、積み荷を確認する。軽トラックの荷台には屋外用の大型扇風機と、中型のスポット・クーラーが、それぞれ三台、既に梱包が解かれた状態で置かれていた。
 大扉の方から戻って来た恵が、立花先生に問い掛ける。

「買ったんですか?これ。」

「まさか、リースよ。あと、本社工場の余剰品。本社の方(ほう)に、手配を依頼してたの。」

 そう立花先生が答える一方で前園先生は、クッション代わりに品物の下に敷かれている潰された段ボール箱を引っ張り、軽トラックの荷台後方へと積み荷を寄せている。茜とブリジットは駆け寄り、荷下ろし作業に手を貸すのだった。

「前園先生、お手伝いします。」

「ああ、すまんね。意外と重いから、気を付けて呉れよ。」

 茜とブリジットは二人掛かりで、段ボールが敷かれた荷台の縁(ふち)を支点に、スポット・クーラー本体を起こすと、ゆっくりと滑らせる様に降ろしていく。荷台から降ろしてしまえば、スポット・クーラーにはキャスターが付いているので、移動は簡単である。
 比較的軽い屋外用扇風機は、直美と恵が軽トラックの荷台側方から持ち上げ、床面へと降ろした。

「よし、扇風機は北側に置いた方がいいだろう。あっち側の方が、幾分気温が低いから。 延長ケーブルのドラム迄(まで)、手配されているのは、流石、抜かりないですな、立花先生。」

「あー、いえいえ。恐れ入ります。」

 立花先生は照れ笑いしつつ、小さく頭を下げた。そして前園先生は、荷台後部のゲートを閉めてロックを掛けると、軽トラックの運転席に乗り込む。

「それじゃ立花先生、わたしはこれ、戻して来るから。」

「はい、ありがとうございました、前園先生。 助かりました。」

 立花先生がもう一度、お辞儀をすると、その周囲に居た一同も頭を下げるのである。前園先生は緒美達を見渡して、言った。

「キミら、若いから元気が有るのは分かるが、余り無理をするんじゃないぞ。」

 そう言ってエンジンを掛けると、「まあ、頑張り過ぎるなよ~。」と言い残して、前園先生は軽トラックを格納庫の外へと向かわせたのだった。
 それと入れ替わる様に、二階通路の階段の方から、佳奈の声が聞こえて来る。

「あ~大きな扇風機だ~。」

 一同が声の方向に目をやると、佳奈を先頭に、瑠菜と維月、そしてクラウディアの姿が有った。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.09)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-09 ****


 仮想 LMF は、百八十度、向きを変えると、再び、仮想トライアングルと正対する。右のブレードを失った仮想トライアングルは、今度は向かって右へと回り込むべく動き続けている。

「外れですか?茜。標的(ターゲット)にダメージを与えましたが?」

 Ruby の問い掛けに、茜は苦笑いで答える。

「胸部を狙ったんだけど。機体のサイズ感とか、距離感がまだ入ってない所為(せい)ね。慣れる迄(まで)、暫(しばら)く掛かりそう。」

「成る程。続けましょう、茜。」

「勿論。」

 茜と Ruby が、そんな会話をしていると、右前方から再度、仮想トライアングルが突進して来る。振り下ろされるブレードを、仮想 LMF の機体を左へと滑らせて躱(かわ)すと、茜はその儘(まま)、機体を右に旋回させつつ左腕を前方へと突き出し、側面から仮想トライアングルの胸部に、突きを入れようとするのだが、その攻撃は空振りに終わるのだった。茜は、もう一度、仮想敵との距離を取る為に LMF を加速させる。
 再び、五十メートル程の距離を取って仮想トライアングルと正対すると、茜は左右の腕を交互に上下左右に振って、自分の腕と、仮想 LMF のロボット・アームとの連動具合と、その距離感を確かめてみる。

「よし、今度こそ。」

 茜は肩の高さに上げた左腕を肘を曲げて前方へ向け、右腕は左下段に構えて、シミュレーションをモニターしている筈(はず)の樹里に尋(たず)ねる。

「樹里さん、このシミュレーター、ビーム・エッジのオーバー・ドライブ・モード、対応してましたっけ?」

「いけるよ~対応してる。」

 樹里の即答を受け、茜は音声コマンドを出す。

Ruby、ビーム・エッジ・ブレード、オーバー・ドライブ。」

 左右のロボット・アームに接続されたシールドの、その先端に展開しているブレードから、荷電粒子ビームで構成される刃(やいば)が、物理刀身の倍程に青白く伸びる。そして、仮想 LMF との間合いを計る様に右へ右へと移動して行く仮想トライアングルの、更に右側へと向けて、茜は仮想 LMF を加速させた。
 一気に間合いを詰めると、迫り来るそれを迎(むか)え撃(う)つべく、仮想トライアングルは左のブレードを振り下ろして来るのだった。仮想 LMF は、そのブレードが描く軌道を回避すると、擦れ違い様(ざま)に右腕を前方へ振り抜く。そして、仮想トライアングルの胸部は両断されたのだった。
 結果は、当然、仮想 LMF の勝利判定である。
 仮想 LMF の行き足を止めた茜は、両腕を降ろし、背筋を伸ばして、大きく息を吐いたのだった。

「オーケー、おめでとう天野さん。このシミュレーターで百五十二戦目にして、LMF の初勝利よ。お疲れ様、第一回戦終了~。」

 樹里の明るい声が、聞こえて来た。続いて、真面目な声色で直美が話し掛けて来る。

「天野、新島だけど。さっきの相手の攻撃を躱(かわ)す動作はさ、どう操縦してるの?」

 茜はヘッド・ギアのフェイス・シールドとゴーグル式スクリーンを上げて、直美の方へ顔を向けて答える。但し、その声は、直美達には LMF の外部スピーカーから聞こえて来る。

「操縦って、手や足で操作は出来ませんので、思考制御ですよ。咄嗟(とっさ)に回避する動作をイメージしたのを、Ruby が拾って、そう言う風(ふう)にコントロールして呉れたんです。」

「イメージって、具体的にはどうすればいいの?」

「そうですね…正直、ほぼ無意識にやってる事なので、説明は難しいんですけど。どっち向きにどう動いて、どこで攻撃を掛けるか、そんな風(ふう)な事に意識が集中しているんだとは思います。」

「う~ん、雑念が多いのかしら?わたしの場合。」

「って言うより、手足で操縦操作が出来ますからね、コックピット・ブロックの場合。そっちに気を取られてるんじゃないですか? 極端な話、Ruby と思考制御が有ったら、何も手を触れなくても LMF は動かせる様に出来てますから。ペダルやコントロール・グリップからの入力は、補正程度の積もりでいいんですよ、思考制御に慣れたら、ですけど。あ、但し、攻撃のキューを出すのに、トリガーを引く必要だけは有りますよね。」

「分かった。今度、やってみるわ。」

 そう言ったあと、直美は茜に向かって手を振り、ヘッド・セットを緒美に返している姿が、茜からは見えた。続いて緒美がヘッド・セットを装着し、茜に問い掛ける。

「機体の感覚は掴(つか)めた?天野さん。」

「どうでしょうか?まだ少し、怪しいですね。」

「この儘(まま)、続けても大丈夫そう?」

「それは、問題無いです。いけます。」

「それじゃ、もう二、三回、さっきと同じ条件でやってみましょうか。」

「はい、お願いします。」

 茜が前を向き、再びフェイス・シールドを思考制御で眼前に降ろすと、第一回戦と同じ条件で、仮想戦の二回目が始まったのである。


 それから五時間程が経過して、時刻は午後六時を回り、その日の部活は終了と言う運びとなった。
 茜も一時間置きに休憩を挟(はさ)み、合計で約四時間、対戦回数にして二十二回のシミュレーションを行ったのである。結果として、茜は一敗もする事無く、勿論それはシミュレーションの設定が単純であった所為(せい)でもあるが、ともあれ貴重な『勝ちデータ』の積み上げとなったのだ。
 茜の HDG は LMF から切り離され、茜は何時(いつ)も通りに、メンテナンス・リグへ HDG を接続して、その装着を解除した。因(ちな)みに、シミュレーションの合間の休憩時は、メンテナンス・リグでの乗り降り用ステップラダーを LMF の前に持って行き、LMF に HDG を接続した状態で HDG の装着を解除していたのである。
 一方で、LMF の方には明日のシミュレーション実行用に、再びコックピット・ブロックが接続された。
 それら、一通りの片付け作業が終わる午後七時の少し前、Ruby が緒美に提案をするのである。

「緒美、提案したい事が有るのですが、宜しいでしょうか?」

「なあに?Ruby。」

 コマンド用のヘッド・セットは片付けてしまったので、緒美の返事は通常の会話モードで、Ruby に処理されている。

「ハイ、皆さんが帰ったあと、自律制御モードでシミュレーションの実行を継続してもいいでしょうか?」

 Ruby の提案内容を聞いて、緒美は樹里の方へ向き、尋(たず)ねる。

「出来るの?」

 樹里は何時(いつ)もの微笑みで、即答した。

「はい。シミュレーターのソフトを持ってるのは、Ruby ですから。実際(リアル)のロボット・アームを振り回す訳(わけ)でもありませんし、立花先生か部長に自律制御の許可を出してさえ頂ければ。」

 続いて、Ruby が補足説明をする。

「今日、茜にアームの動かし方の正解例を、幾つも直接教示(ダイレクト・ティーチング)して貰いましたので、それを参考に自律制御で更に動作の最適化を試(こころ)みたいと考えます。シミュレーション一回の平均時間を七分と仮定すると、夜間の十二時間で百回程度のシミュレーションが実行可能になります。わたしだけなら、休憩は必要ありませんので。」

 立花先生が、樹里に尋(たず)ねる。

「シミュレーションの設定とか、実行の操作に、誰か着いて無くてもいいの?」

「はい、シミュレーターのインターフェースには、Ruby からもアクセス出来る仕様になってましたから。本社の方(ほう)でも、そう言う使い方は想定していたみたいですね。あとで、安藤さんには確認してみますけど。」

「そう。まあ、それなら、問題は無いんじゃない?」

 樹里の説明に納得した様子で、立花先生は緒美に、賛意を告げるのだった。その一方で、苦笑いしつつ直美が言った。、

「でもさ、この間、井上が言ってたみたいに、万単位の動作データを集める必要が有るなら、一晩に百回で実行出来ても百日以上必要になるのよね? やらないよりは優(まし)だけど、先は長そうよね。」

「ああ~、副部長。すみません、語弊の有る言い方でしたね、それ。」

 直美の発言を受け、慌てて、維月が声を上げるのだった。

「シミュレーション一回が、データ一つって訳(わけ)じゃありませんので。」

「え、そうなの?」

 続いて、樹里が解説を加える。

「はい。実行した動作にも因りますけど、大体、シミュレーション一回で五件から十五件位(くらい)の間で、データが取れている筈(はず)ですよ。間を取って一シミュレーションで十件とすれば、現状で約百八十回のシミュレーションを実行済みですから、データ件数で千八百件って事になります。まぁ、超単純計算ですけどね。」

 そう言って、樹里が笑っていると、恵が参加して来る。

「それじゃ、その単純計算でいくと、一晩に百回、シミュレーションが出来れば、データ的には約千件が上積みされるのね。十日続ければ、それだけで一万件に届くじゃない。」

「あはは、まぁ、データの件数が増えればいいって物じゃない、とは思いますけどね。データの内容にも依りますから。」

 その、樹里の返事を聞いて、緒美は声を上げた。

「分かった。Ruby、コマンド用の回線からじゃないけど、わたしの声、認証出来る?」

「ハイ、緒美の発言の識別、認証は可能です。」

「オーケー。それじゃ、現時刻で、自律制御でのシミュレーター実行を許可します。自律制御の許可は明日の朝、八時迄(まで)ね。 それで、自律制御でのシミュレーション、どんな具合になるのか、今からちょっと見せて貰うわ。」

「ハイ、分かりました。自律制御モードにて、シミュレーターを起動します。」

「あ、ちょっと待って、Ruby。」

 突然、樹里が声を上げる。

「コンソール立ち上げ直すから。維月ちゃん、モニターの方、もう一回、電源入れて。」

「あー、はいはい。」

 今日の作業は終了だと言う事で、既に電源が落とされていた観測用の器機に就いて、樹里と維月、そしてクラウディアが、手分けをして再度セットアップを始める。配線は接続された儘(まま)だったので、再セットアップとは言っても作業自体は大した事はなく、五分程の待ち時間の大半は、樹里が使うデバッグ用コンソールの起動時間である。

「はい、オーケー。初めていいよ~Ruby。こっちの方で勝手にログは取ってるけど、気にしないでね。」

「ハイ、樹里。それでは、シミュレーターを起動します。条件は今日迄(まで)の、茜達と同じで実行します。」

 Ruby の確認発言に、緒美が即答する。

「そうね。いいわ、それで。」

 長机上に設置されたモニターには、コックピット・ブロックに表示されている正面状況が表示されており、そこに、仮想トライアングルの姿が一機、映し出された。

「お、始まる。」

 思わず、直美が声を上げる。その場に居た一同は、モニターに注目するのだった。
 仮想戦が開始されて間も無く、仮想トライアングルが突撃を仕掛けて来ると、仮想 LMF は回避する事無く連続してダメージを受け、敗北判定となったのである。その間、開始から三分と経過していなかった。

「あらら…。」

 そう、声を漏らしたのは恵である。直美は苦笑いしつつ、声を上げる。

「そこからか~、何(なん)とも凄いポンコツ感だなぁ。」

 一方で緒美は、冷静に声を掛ける。

Ruby、続けて。」

「ハイ、同じ条件で、シミュレーション第二回戦を開始します。」

 モニターの表示はリセットされ、先程と同じ様に仮想トライアングルが表示された。
 そして突進して来る仮想トライアングルに対し、今度は回避機動を始める仮想 LMF だったが、程無くして、再び仮想トライアングルに捕らえられ、敢え無く撃破されてしまうのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第12話.08)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-08 ****


「アイデア?」

 少し怪訝(けげん)な表情で、緒美は聞き返した。茜は相変わらずの、笑顔で答える。

「はい。シミュレーションを、HDG をドッキングした状態でやるんです。HDG との連動モードでアームを動作させたら、ブレードを使う攻撃動作を直接、Ruby に教示(ティーチング)出来ると思うんです。」

「ああ、成る程。」

 緒美の表情から疑念の色が消える一方で、茜は表情を少し引き締め、言葉を続けた。

「但し、HDG をドッキングした状態でシミュレーターのソフトが実行出来る必要が有りますが。 それは、可能でしょうか?樹里さん。」

 問い掛けられて、樹里は和(にこ)やかに答えた。

「改造は必要だと思うけど、基本的には可能だと思う。ねぇ、維月ちゃん。」

「そうね、LMF への入力がコックピット・ブロックからだろうと、HDG からだろうと、シミュレーションのソフトには関係無いものね。入力の処理をするのは、Ruby だから。 あとは、コックピット・ブロックのキャノピーに表示してる画像を、HDG のヘッド・ギアに表示出来るように、変換さえ出来ればいい筈(はず)だよね。」

 樹里と維月の回答に、茜が付け加える。

「元元、HDG のヘッド・ギアは、浮上戦車(ホバー・タンク)の HMD(ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ)がベースになっているって聞いてますから、そんなに難しくはないですよね。」

 その、茜の発言を、立花先生が補足するのだった。

「HDG のヘッド・ギアのベースは、現用型の浮上戦車(ホバー・タンク)用の HMD だけど。今度の、LMF 改用の HMD は、HDG のヘッド・ギアがベースになってるって、聞いてるわ。」

 立花先生の発言を受けて、樹里はニヤリと笑って言った。

「なら、尚更、ハードルは低いですね。このシミュレーターのソフトは、元元が LMF 改用のだから。ひょっとすると、コックピット・ブロックのキャノピーへの表示を変換するモジュールを、バイパス出来るようにするだけで済んじゃうかも。 まあ、多少ハードルが高目(たかめ)だったとしても、本社は受けて呉れると思いますけどね、ソフトの改造。ちょっと、安藤さんに問い合わせてみます。」

 LMF のロボット・アームに関して、格闘戦動作用のデータが欲しいのは本社の開発も同様であるのならば、シミュレーター・ソフトの改造位(ぐらい)、二つ返事で引き受けて呉れるだろう、と言うのが樹里の読みだった。

「城ノ内、ちょっと訊(き)きたいんだけど。」

 ポケットから携帯端末を取り出そうとしている樹里に、声を掛けて来たのは直美である。樹里は安藤への通話要請を送る操作の手を止め、直美に声を返す。

「何ですか、副部長。」

「負けデータが積み上がり過ぎるのってさ、何か弊害とか有るの?負け癖(ぐせ)が付くみたいな。」

「あーいえいえ、そんな事は無いです。寧(むし)ろ、負けに至るデータも或る程度は持ってないと、土壇場で不適当な動作を Ruby が選んじゃう可能性が残るので。」

 そして維月が、補足説明を付け加える。

「同じ様な条件で失敗した経験を持っていれば、その次に動作を選択するの時、失敗した動作は避けて選びますから。だから、遠回りですが、経験した失敗動作を避け続けていけば、最終的に成功が残る、とも言える訳(わけ)で。」

「じゃあ、ここでの負けデータには、意味が有るのね?」

「はい、そう言う事です。」

 樹里は笑顔で、そう答えたのだった。直美は視線をブリジットへ移し、言った。

「ヘッド・ギア、貸して、ブリジット。一時間毎(ごと)に交代で、やりましょう。」

 直美の、突然の申し出にブリジットが驚いていると、直美が重ねて言う。

「一回でも多く回した方が、Ruby の経験値が上がるなら、交代でやった方が効率がいいでしょう?」

 真面目にブリジットに語り掛ける直美を、横から恵が茶化すのだった。

「そんな事言って、副部長が Ruby と遊びたいだけじゃないの~。」

「あはは、まぁね。それも有る。」

 笑顔で恵に言葉を返す直美に、ブリジットは手に持っていたタオルで、ヘッド・ギアの内側をさっと拭(ぬぐ)ってから差し出すのだった。

「汗、付いてますよ?」

「ああ、気にしない、気にしない。」

 直美は嫌な顔をする事も無く、ブリジットからヘッド・ギアを受け取ると、直ぐに自(みずか)らに装着した。ヘッド・ギアは通信の為以外にも、LMF への思考制御の入力装置として必要な装備なのだ。
 直美はコックピット・ブロックへと向かいつつ、Ruby に話し掛けた。

Ruby、今日は久し振りに、わたしが乗るからね。」

 Ruby の返事は、外部スピーカーに出力される設定の儘(まま)だったので、そこに居た全員に聞こえた。

「ハイ、直美。あなたが LMF の操縦をするのは、八ヶ月振りですね。」

「あはは、そうだっけ?」

 デニム生地のショートパンツに、プリント柄のTシャツを着ていた直美は、ホバーユニット先端を足掛かりに、器用に LMF の機体へ駆け上がると、コックピット・ブロックに飛び移った。
 そんな様子を眺(なが)め乍(なが)ら、ブリジットは隣に立つ茜に言うのだった。

「この前、LMF で無理に、外に出なくて良かったわ。茜の言った通り、あの状況で格闘戦に突入してたら、勝ち目なんか無かったし、もしも出ていたら、茜の足を引っ張るだけだった。今日、それが良く解ったわ。」

 茜は、一呼吸置いてから、ブリジットに言葉を返す。

「でも、最後に助けてくれたのは、ブリジットよ。」

「そう言えば、わたしが保険だって、言ってたよね。茜は、最後まで読んでたの? LMF で狙撃する展開。」

「まさか。作戦は部長が考えて呉れるって、あの時、言った通りよ。わたしは、捕まっちゃった戦車をどう救出するか、それを考えるので一杯一杯だったわ。」

「そう。」

「どうであれ、LMF で格闘戦に突っ込んでいくのは、余り勧められる方法じゃ無いわ。LMF が腕を持っているのは、いざと言う時に反撃出来る手段が必要だ、ってだけで。でも、その時の為に、こうやってシミュレーターで経験を積んでおくのは、理に適(かな)ってると思うし、必要な事なのよ。」

 そんな話をし乍(なが)ら、二人が見詰めるモニターでは、直美が操縦する仮想の LMF が、仮想のエイリアン・ドローンと斬撃戦を始めていた。操縦者が代わっても、実質的な操縦を行っているのが Ruby なのに変わりはないので、矢張り、LMF の方が旗色が悪い状況が、モニターに映し出されていたのだった。
 最終的には、その後、直美が二時間、その間にブリジットが一時間、合計で三時間のシミュレーションが行われ、最初の一時間を加えて、回数で二十四回の仮想戦が実行された。結果として、LMF は遂に勝利する事は無かったのである。
 一方で、本社開発部の安藤とは夕方頃に連絡が付き、茜の提案に就いては、樹里の読み通り、あっさりと承諾された。HDG 対応の為のプログラム改造と確認には三日が必要と言うのが安藤の回答で、だから HDG 対応のソフトが完成する迄(まで)、兵器開発部では初日と同じシミュレーターの運用を繰り返す事となったのである。
 そんな訳(わけ)で、その後三日間に渡り、直美とブリジットは交代で、Ruby の為に負けデータを積み上げ続けたのだった。


 2072年7月30日、土曜日。もう梅雨は明けて暫(しばら)く経つと言うのに、水曜日以降、雨降りと曇り空が続き、この日も朝から雨が降っている。とは言え、部室と違って空調の無い格納庫で、連日の作業が続く一同に取っては、気温の上がり過ぎない雨天は、正(まさ)に恵みの雨であった。勿論、寮や、学食の在る校舎から離れた場所に在る格納庫への行き来が、雨の降る中では億劫(おっくう)になってしまうのには、彼女達も少少閉口させられたのだが。
 さて、その日の作業としては、予定通りに本社から HDG 対応版 LMF のシミュレーター・ソフトが、Ruby へとネット経由でインストールされた。樹里が使用するデバッグ用コンソールへも、追加のソフトがインストールされ、それらの動作確認と、LMF からコックピット・ブロックを切り離す作業で、兵器開発部の一同は午前中の活動時間を終えたのである。
 そして、昼休みを挟(はさ)んで、午後の活動時間が始まる。
 茜は HDG 用のインナー・スーツに着替えた後、HDG を装着すると LMF の前へと歩いて行き、LMF の左右ホバー・ユニットの間を後ろ向きに歩み寄って、LMF とのドッキング位置へと向かった。当然、HDG の背後は茜には見えないので、ブリジットや瑠菜の誘導で、一歩ずつ確認し乍(なが)ら、ドッキング位置を目指すのである。程無く、HDG 腰部後方に突き出している接続ボルトが LMF のドッキング・アームに捕らえられ、ロックされる。そして、HDG は LMF の正面位置へと引き上げられ、HDG 背部のスラスター・ユニットが LMF へ渡されると、接続作業は完了となるのだった。
 茜はヘッド・ギアのゴーグル式スクリーンとフェイス・シールドを、顔の前面に降ろす。当然、視界にはヘッド・ギアに装備された画像センサーからの映像が表示されているので、茜は思考制御で設定項目を表示させた。丁度(ちょうど)そこで、レシーバーに樹里の声が聞こえて来る。

「天野さん、ヘッド・ギアの設定画面で画像入力を、外部入力に切り替えてね。」

「はい、切り替えました。樹里さん、視界が真っ青です。」

「ちょっと、その儘(まま)、待っててね。 Ruby、LMF シミュレーター・モード起動。」

 樹里の、Ruby への指示が、茜の耳にも聞こえた。Ruby は直ぐに答える。

「ハイ、LMF シミュレーター・モード、起動します。」

 間も無く、真っ青だった茜の視界は一度、暗いグレーになり、次いで、シミュレーター・ソフトの初期画面に切り替わる。
 茜はそれを、声に出して伝える。

「はい、シミュレーター・モードの初期画面、来ました。」

「オーケー。今、Ruby の方でシミュレーター・ソフトが、HDG の接続を検出。シミュレーター用に HDG の初期設定を自動実行してるから…あと、三十秒、待ってね。」

 樹里に言われて気が付いたが、茜の視界右端には『初期設定中』の文字と共に、プログレス・バーが右へと伸びていた。そして、初期設定が終了すると、シミュレーションの設定確認画面に切り替わる。

「樹里さん、設定確認画面になりました。」

「は~い、こっちのモニターにも表示されてる。早速、一番簡単な設定で、一戦、やってみようか。」

 ステージの選択、仮想的の数、開始時の位置と距離等の設定が、樹里によって入力され、それが茜の視界正面にも表示されていった。その設定条件は、ブリジットと直美が、この三日間に散散(さんざん)行って来た、その設定である。

「よし、天野さん。準備はいい?」

「どうぞ、始めてください。」

「じゃ、スタート。」

 樹里の合図と共に、正面の視界には仮想の、障害物が何も無い戦闘ステージが表示され、正面に五十メートル離れて仮想のエイリアン・ドローン、格闘戦形態のトライアングルが一機、此方(こちら)に向いて佇(たたず)んで居る。そしてそれは、直ぐに茜の左手方向から回り込む様に接近を始めた。

Ruby、中間モードへ移行。アームを展開したら、アーム連動モードへ。左右シールドのブレードを展開。」

「中間モードへ移行します。」

 Ruby の返事と共に、視界の画像は縦に動き、視線位置が高くなった事が分かる。同時に、折り畳まれていた腕部が展開され、ロボット・アームの先端が茜の視界に入って来るのだった。勿論、現実の LMF は微動だにしていない。
 シミュレーターのプログラムを実行している Ruby が、茜に確認を求めて来る。

「アーム連動モードへ。左右シールドのブレードを展開します。ビーム・エッジはアクティブに?」

「勿論。ビーム・エッジ、アクティブ。」

 仮想 LMF は中間モードに移行した後、接続されている茜と同じ様に、両腕を下へ向けた状態で待機していた。左方向へと回り込む様に移動する仮想トライアングルに正対する、茜の動作イメージを検出した Ruby は、仮想 LMF のホバー・ユニットを起動し、機体の向きを左方向へと向ける。茜が両腕を胸の高さ程に上げて身構えると、連動モードを実行する仮想 LMF のロボット・アームは、茜の腕と同じポーズを再現するのだった。

 

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 仮想トライアングルは、左へ左へと回り込みつつ、徐徐(じょじょ)に距離を詰めて来るので、茜はそれを正面から逃がさない様に考えていると、Ruby がそのイメージに LMF を追従させる。仮想トライアングルを追って、LMF が初期の位置から左に九十度程、回転した所で突然、仮想トライアグルは左前方から急加速で突進して来た。
 茜は右肩を前に出す様な姿勢で右腕を左腰の方へ下げて身構え、LMF を仮想トライアングルへ向かって加速させる。LMF を前進させるのに、操作やコマンド発声は必要無い。茜が前進するイメージを思い描けば、それを読み取った Ruby が LMF を適切に操縦して呉れるのである。
 前方からは、右腕の鎌状のブレードを振り上げて仮想トライアングルが斬り掛かって来るが、その下方に潜り込む様に LMF の機体を持ち込むと、茜は右腕を斜め上に向かって振り上げた。
 LMF のロボット・アームが茜の腕に連動して弧を描くと、仮想トライアングルの右前腕が切断され、そのブレードは宙を舞い、放物線を描いて落下する。仮想 LMF と仮想トライアングルは、その儘(まま)擦れ違って、一旦、離れるのだった。
 茜が声を上げる。

「ごめん、Ruby。外した!」

 

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STORY of HDG(第12話.07)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-07 ****


 その後、兵器開発部の面面は昼食を済ませ、昼休みのあと、午後の部活を始めた。
 茜とブリジット、そして直美の三名は、それぞれが体育の授業用ジャージに着替え、午前中の打ち合わせ通り、格納庫にて剣道の稽古(けいこ)を開始したのである。
 とは言え、防具は何も揃(そろ)えていないので、最初は竹刀(しない)の素振りや、足の運び等(など)基本的な動作の反復練習からのスタートであった。勿論、剣道それ自体を習得する事が目的ではないので、防具を身に着けての本格的な打ち合いとかはしなかったのだが、現実問題として、七月の暑い最中に冷房の無い格納庫内では、剣道の防具一式が例え揃(そろ)っていたとしても、それを使うのは躊躇(ためら)われると言うものである。そんな都合も有って、茜は工夫をし乍(なが)ら、ブリジットに接近戦の要点を伝えて行った。それには直美も協力をして、時には茜と直美の二人が、打ち合いの動作を再現する事で、攻撃の仕掛け方や躱(かわ)し方を、ブリジットに見せたりもした。
 そうして、この日を含めての三日間を、三人は剣道の稽古(けいこ)に費やしたのである。


 2072年7月26日、火曜日。その午後三時を過ぎた頃、LMF のシミュレーター・ソフトのインストールとセットアップは、予定通りに終了した。
 早速、ブリジットは格闘戦シミュレーターと化した、LMF のコックピット・ブロックへと乗り込み、仮想のエイリアン・ドローンとの対戦に挑戦する事となった。
 先(ま)ずは小手調べ、と言う事で、仮想敵の数は一機のみとし、障害物が何も無い荒野の様なステージを選択して、仮想の格闘戦を開始したのである。因(ちな)みに、シミュレーションの状況設定や変更、及び調整は、樹里が何時(いつ)も使用しているデバッグ用コンソールから行われている。LMF、その機体の脇には長机が置かれ、その上に設置された二台のディスプレイにて、ブリジットから見えている正面の状況画像と、仮想戦場を真上から見下ろした視点での位置関係や動作を、外野からも確認出来るように準備がされていた。兵器開発部の一同は、緒美の背後から、その二台の状況モニターを注視していた。
 コックピット・ブロックのキャノピーが閉鎖されると、いよいよ格闘戦シミュレーションが開始されるのだが、当然、LMF 本体は微動だにしない。一方で、二台の状況モニターでは、表示されている画像が目紛(めまぐる)しく動き、確かに LMF が仮想的に格闘戦を行っているのが解るのだった。
 LMF は中間モード形態を取り、両腕に装備された HDG 用の DFS(ディフェンス・フィールド・シールド)下端の小型ビーム・エッジ・ソードを展開して、斬撃戦を挑んでいる。しかし戦局は終始、有利と言える状況ではなかった。LMF が繰り出す攻撃は相手側へ届かないか、或いは悉(ことごと)く躱(かわ)されていたのだ。
 結局、格闘戦シミュレーション第一回戦は、十分程で LMF 側の敗北となって終了した。仮想エイリアン・ドローンの斬撃で、先(ま)ずホバー・ユニットをやられ、次いで推進エンジンにダメージを受けて、行動不能に陥(おちい)ったと言う判定だった。

「流石に、最初から上手くはいかないわね。」

 立花先生が、隣に立つ緒美に静かに話し掛けた。緒美は一度、頷(うなず)いてヘッド・セットのマイクに向かって言う。

「どう?ボードレールさん。第一回戦の感想は。あ、外部スピーカー、使っていいわよ。」

「あ、はい。音量、大丈夫ですか?」

 ブリジットの声が、格納庫内に響く。音量は Ruby が喋(しゃべ)っているのと、同じ程度に調整されていた。

「大丈夫。」

 そう、緒美が答えると、続いてブリジットの声が聞こえて来る。

「感想ですけど…難しいですね、想像以上に。」

「戦闘機動に関しては、実質的に操縦してる Ruby が、まだ素人(しろうと)だから、無理も無いわ。その Ruby に経験を積んで貰うのが目的だから、負けても腐らずに続けてちょうだいね。」

「分かってま~す。」

「あ、そうだ。天野さん、何かアドバイスは有る?」

 緒美に声を掛けられ、茜が一歩前に踏み出すと、デバッグ用コンソールに就いていた樹里が、通信用のヘッド・セットを差し出す。茜はそれを受け取って、自(みずか)らに装着すると、マイクを口元に寄せて話し掛けた。

「茜です、聞こえる?ブリジット。」

「うん、聞こえるよ。アドバイス、有ればちょうだい。」

「う~ん、とね。先(ま)ず、間合いが遠くて届いてない事が多いから、突っ込む時は思い切って、一気に。あと、攻撃が躱(かわ)されたら何時(いつ)迄(まで)も付き合っちゃ駄目よ。直ぐに離れないと、さっきみたいにダメージを貰っちゃうから。このシミュレーターだと、ディフェンス・フィールドの効果は再現されてないみたいだけど、自分の攻撃が届く範囲だったらフィールドの効果範囲の内側だから、どの道、フィールドは当てに出来ないから、その積もりで。」

「うん、分かった。」

「それから、攻撃時の接近の時は、余り操縦しようと思わない方がいいんじゃないかな。どう言うラインで近付いて、どっちへ抜けるか。動きをイメージして、思考制御に任せるの。LMF と違って、HDG のホバー機動には操縦桿が無いから、B号機を装着する様になったら、嫌でも分かると思うけど。 操縦桿の有る LMF でも、同じ様に思考制御で動かせる筈(はず)だから、成(な)る可(べ)く、そう心掛けてやってみて。急には、難しいとは思うけど。」

「分かった~やってみる。」

 ブリジットが答えると、続いて Ruby が訊(き)いて来るのだった。

「わたしには、アドバイスはありませんか?茜。」

 茜はちょっと微笑んで、答える。

「あなたには、特に無いわね、Ruby。 稼働データが溜まって来れば、腕の振り方とかは最適化される筈(はず)だから、地道に経験(データ)を積み上げてちょうだい。」

「分かりました。」

 Ruby の素直な返事に、くすりと笑って緒美が声を上げる。

「それじゃ、第二回戦、さっきと同じ条件でもう一回やってみましょうか。」

「はい。樹里さん、お願いします。」

 ブリジットの返事を聞いて、茜が、樹里にヘッド・セットを返そうとすると、樹里は微笑んでそれを断り、茜に言うのだった。

「あなたが使ってて、天野さん。 じゃ、スタート掛けるから、伝えてあげてね。レディ、スタート。」

 茜は、樹里に言われた通り「スタート」と、仮想戦の開始をブリジットに告げた。


 その後、一時間程が経過し、その間に五回の仮想戦が繰り返された。条件は全て、第一回戦と同じで、結果もほぼ同様だったのである。つまり、LMF 側の六連敗である。
 緒美は、ブリジットへ伝える。

「取り敢えず、一度休憩にしましょう。ボードレールさん、降りてらっしゃい。」

「分かりました~。」

 コックピット・ブロックのキャノピー部が解放され、ジャージ姿で LMF 用のヘッド・ギアを装着しているブリジットが、両腕を振り上げ、背伸びをして腰を伸ばす。
 モニターの前では、立花先生が緒美に話し掛けるのだった。

「プラズマ砲を使わないと、こんなにも勝てない物だとは、正直、思わなかったわね。天野さんの活躍具合を見ていた所為(せい)かな、三回に一回位(くらい)は勝てる物かと、漠然と思ってたんだけど。」

 緒美は苦笑いしつつ、答えた。

「いいえ、こんな物だと思いますよ?」

「そうよね。考えてみれば、あのサイズのロボット・アームを振り回す兵器なんか、今迄(いままで)無かったんだから、運用の経験が皆無なんだし。まぁ、無理も無い、か。」

 立花先生が溜息を吐(つ)いている一方で、LMF のコックピット・ブロックから降りて来たブリジットに向かって、茜が声を掛ける。

「お疲れ様~ブリジット、どうだった?仮想戦、やってみて。」

 ブリジットはヘッド・ギアを外すと、力(ちから)無く笑って答える。

「全然、ダメね。矢っ張り、動いてる相手は、突っ立っているだけのポールとは訳(わけ)が違うわ。それから、飛び掛かって来られると、矢っ張り、怖(こわ)い。本物じゃないって、頭では解ってても。 茜は、良く本物の相手が出来たわね。」

「怖(こわ)さを言えば、剣を持ってる人間の方が、わたしは怖(こわ)いけど。」

 そう言って、苦笑いする茜だった。そして、ブリジットに緒美が尋(たず)ねる。

「実際に操作をやってみて、何か改善した方がいい所とか、気が付いた事は有る?ボードレールさん。」

「そうですね…攻撃の指示方法が、単純化され過ぎてませんか? 攻撃を加えたい箇所を視線で指定して、コントロール・グリップのトリガーを引くだけ、って。 腕の振り方だって、何種類か有ると思いますし、その辺り、明示的に選択出来た方がいいのかも、って思いましたけど。あぁ、でも、実際に選択したり考えたりしてる余裕は無いのかなぁ…難しいですね。」

 ブリジットの意見を聞いて、立花先生が聞き返す。

「腕の振り方、って?」

 その問いには、茜が答えた。

「まぁ、単純に言えば、上から下へ、或いはその逆。それから右から左へ、それとその逆。あとは、突き、ですね。あ、突いてから払うって動きも有りますか。」

 茜は説明し乍(なが)ら、右手を上下左右、そして前後へと振って見せる。それを見て、直美が言うのだった。

「ゲームみたいに、Aボタン、Bボタンで、攻撃方法を分ける、とか?」

「う~ん、LMF の両腕は中間モードとかでは、姿勢のバランスを取るのにも使ってるから、だから、腕の振りは、その時の状況に合わせて、Ruby が選択する仕様になっているんだけど。」

 緒美の説明に対して、茜が見解を示す。

「その仕様は、それでいいと思いますけど。現時点での問題は、そう言った攻撃の動作が有る事を、Ruby がまだ知らない事ですよね。」

 そして、樹里が口を添える。

「その辺りの動作は、思考制御のセンサーで操縦者の動作イメージを読み取って、それが LMF の動きに反映されるのを期待していたんですが。 なかなか、思う様には伝わらない物ですね。」

 すると、樹里の隣で成り行きを眺(なが)めていた維月が、樹里に向かって言う。

「そんなの、十回や二十回位(くらい)じゃ、Ruby も拾い上げた動作パターンを、体系化も出来ないよ。少なくても、四桁位(ぐらい)の単位でデータが集まらないと。」

「まぁ、先は長い、って事よね。」

 そう言って樹里は、維月に微笑んで見せる。その一方で、茜は立花先生に尋(たず)ねるのだ。

「あの、立花先生。LMF の防衛軍仕様の改良型が、もう直(じき)、納入されるんですよね?」

「ええ、先行量産型、って事になってるけど。それが?」

「いえ、其方(そちら)の方は、格闘戦用の動作データって、どうされているのかな?と、思った物で。」

「ああ~…。」

 立花先生はその件に関しては情報を持ち合わせてはいなかったのだが、そこで声を上げたのは樹里だった。

「流石、天野さん。いい所に、気が付いたわね。」

「城ノ内さん、何か知ってるの?」

 緒美に、そう問い掛けられ、樹里は満面の笑みで答えた。

「先日の通信会議で聞いたんですけど。本社も、同じ所で苦慮してるみたいで、目下、うちと同じ様にシミュレーターを利用して、アーム動作の基礎データを作ってるそうです。それで、うちの方で上手くいったら、そのデータが欲しい、と、言われてます。」

「何よ、それ。」

 樹里の説明に、思わず声を上げたのは、恵である。続いて、直美が少し呆(あき)れた様に言った。

「道理で、シミュレーターのソフトの件とか、本社が協力的だった訳(わけ)だわ。」

 すると、ニッコリと笑って茜が言うのだった。

「成る程、そう言う事でしたら、ちょっと、アイデアが有るんですけど、部長。」

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.06)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-06 ****


「まぁ、天野さんは、そう言う心配をすると思ってたわ。正直言って、わたしもその心配には、同感。昨日は明らかに HDG を探していたし、彼方(あちら)の目的が HDG の脅威度判定なら、先(ま)ず間違いなく、もう一度来るでしょう。寧(むし)ろ、来ない理由の方が思い付かない位(くらい)だわ。」

「ちょっと、緒美ちゃん。」

 眉を顰(ひそ)めて抗議の声を上げる立花先生に、右の掌(てのひら)を向けてそれを制し、緒美は続ける。

「まぁ立花先生、最後まで聞いてください。 それで、皆(みんな)にも、覚悟はしておいて貰いたいんだけど。襲撃が有るとしたら、来月7日の前後三日位(くらい)になると思うの。」

 その日付を聞いて、樹里と維月が揃(そろ)って「えっ?」と声を上げ、二人共が視線を瑠菜の方へ向ける。当の瑠菜は、怪訝(けげん)な顔付きで、樹里と維月を順に見返し、訊(き)いた。

「何?どうしたの?」

「あ、いや。ごめん。」

 そう言って維月は反射的に視線を外し、樹里は笑顔を作って言うのだった。

「何でも無い、無い。あ、部長、続けてください。すみません。」

 瑠菜も視線を緒美に戻して、問い掛ける。

「部長、どうして来月の7日って、日付が特定出来るんですか?」

「ああ、それはね。今迄(いままで)の傾向から言って、エイリアン・ドローンが同じ地域を連続して襲撃するのは、可成り希(まれ)なのよ。理由は解らないけど、同じ地域に繰り返して襲撃を仕掛ける場合は、ほぼ等間隔でやって来る事が殆(ほとん)どなの。」

 その説明を聞いて、直美が問う。

「前回が7月6日で、昨日が22日。間が十五日だから、次は8月7日って事?」

「単純計算だとね。あとは天候の具合とかで、三日位(ぐらい)は前後するだろうって予想。」

 そこで、ブリジットが茜と同じ様に右手を挙げ、緒美に問い掛けた。

「それじゃ部長、もしもその期間を過ぎても襲撃が無かったら、もう、暫(しばら)くは、来ないだろうって事になりますか?」

 緒美は、微笑んで答える。

「そうね。昨日の襲撃で脅威判定に必要なデータが、エイリアン側に揃(そろ)っていれば、暫(しばら)くは HDG を狙って来る事は無くなる、その可能性は有るでしょうね。」

「どちらにしても、二週間後以降なら安心して休めるって事かあ…。」

 苦笑いしつつ、恵が独り言の様にそう言うと、茜がもう一度、緒美に問い掛けた。

「でも、二週間後に又、襲撃が有ったとして、その二週後にも又、襲撃が有るんじゃ…。」

「勿論、その可能性も有るわ。どの位(くらい)データを取ったら満足するのか、それはエイリアンの都合次第だから、ね。ともあれ、余り先の事ばかり気にしていても仕方が無いから、取り敢えずは、この二週間後辺りを注意して過ごしましょう。差し当たって、これからの二週間は HDG も LMF も表には出さないで、作業を進めたいと思うの。」

 その提案には、早速、樹里が賛同する。

「そうですね、予定通りに LMF のシミュレーター・ソフトが使える様になれば、LMF 本体を起動しなくても Ruby が経験値を稼げる筈(はず)ですし。」

「それじゃ、そう言う方向で。さっきは覚悟してって言ったけど、向こうがこっちに気が付かず、素通りする様な状況なら、わたし達は手を出さない方針だから、それは覚えておいてね、天野さん。」

 緒美は、茜を名指しして、微笑んで見せる。茜も微笑みを返して、言った。

「別に、何(なに)が何(なん)でも戦いたい訳(わけ)じゃ有りませんから、わたしだって。」

「そう、良かった。」

 そして、緒美は立花先生へ視線を移し、尋(たず)ねる。

「と言う事で、いいでしょうか?先生。」

「うん、そうね。 一つ、付け加えさせて貰うと~折角の夏休みなんだから、皆(みんな)、ちゃんと帰省しなさいね。親御さんも、心配してるだろうから。 あ、但し、HDG 絡みの事は、御家族であっても社外秘の事は、喋(しゃべ)っちゃ駄目よ。特に、天野さん、実戦とかの事は、御家族には、当面は内緒にしておいてね。」

「そう言えば、おじい…理事長の方(ほう)から、両親には説明をって、前に言われてましたけど。あれ、どうなったのかしら? 先生、何か聞いてますか?」

「その件はね、理事長が大変お困りの様子でしたから。 天野さんには、御家族にはお話にならない旨、釘を刺しておいてと、先程に、仰(おお)せ付かって参りました。」

「ああ、そうでしたか、矢っ張り。」

 立花先生が敢えて大仰な言葉遣いをするので、茜は呆気(あっけ)に取られて、そう返すのが精一杯だった。緒美達、三年生はクスクスと笑っている。樹里達、二年生と維月は、苦笑いの様な複雑な表情だったが、佳奈だけは普段通りのぼんやりとした微笑みである。茜以外の一年生、ブリジットとクラウディアの二人は、単純に困惑の表情を浮かべていた。
 そんな空気の中、恵が思い付いた様に、クラウディアに問い掛けるのだ。

「ああ、そう言えば。わたし達はそれぞれ帰省するにしても、カルテッリエリさんは、どうする?」

 それに、クラウディアは、落ち着いた表情で答える。

「ああ…そうですね。」

 そして、少し考えてから、立花先生に尋(たず)ねるのだった。

「その間、寮に残っていても、構わないですよね?わたし。」

「そうね、別に、寮が閉鎖される訳(わけ)じゃないから、大丈夫よ、残ってても。」

 事情は解っているので、「あなたは帰国しないの?」と無神経な返しはしない立花先生である。
 すると、樹里と維月が同じタイミングで「それなら…」と、声を揃(そろ)えて言い出し、瞬間、二人は視線を合わせる。その一瞬の、視線だけの遣り取りで、発言の順番を譲り合った結果、先(ま)ず、樹里がクラウディアに提案をするのだった。

「だったら、観光も兼ねて、家(うち)に来ない?カルテッリエリさん。」

 続いて、維月も提案する。

「あはは、考える事は同じだね。わたしも家(うち)に誘おうかと思ってた。」

 クラウディアは、少し身体を引く様な仕草で、問い返す。

「そんな、迷惑じゃない?」

 樹里は透(す)かさず、答えるのだった。

「大丈夫、大丈夫。家(うち)の両親は、お客さん大歓迎の人だから。」

 続いて、維月。

「家(うち)は一家揃(そろ)ってソフト屋だからね、話は合うと思うんだ、クラウディアと。」

「あ、だったら、一週間ずつ、でどう?順番はどっちからでもいいけど。わたしも、維月ちゃんち、行ってみたいし。」

「あ~、おいで、おいで。家(うち)の両親も、樹里ちゃんとは会ってみたいって言ってたし、ちょうどいい機会よね。」

 そこに、佳奈が参戦する。

「わたしも樹里リンち、久し振りに行きたい~。」

「ああ、そう言えば。あなた達、中学が同じだったのよね?」

 瑠菜が、隣の席から少し呆(あき)れ気味に、そう確認すると、佳奈が満面の笑みで言葉を返して来るのである。

「うん、樹里リンの妹ちゃんが可愛いんだ~。瑠菜リンもおいでよ。」

「おいでよって、あなたの家(うち)じゃないでしょ。」

 苦笑いで佳奈へ言葉を返す瑠菜を、樹里は微笑んで誘うのである。

「瑠菜ちゃん、静岡でしょ。近いんだから、おいでよ。維月ちゃん含めて、二年生組で集合するのも、面白そうだし。」

「ええ~近いかなぁ。まぁ、二日位(ぐらい)なら都合が付くと思うから、お邪魔してもいいかな。」

「じゃ、そう言う事で、皆(みんな)、あとで日程の調整とかしましょう。カルテッリエリさんも、いいよね?」

 樹里が向ける笑顔の圧力に、クラウディアは困惑しつつも首を縦に振る。

「え…と、城ノ内先輩とイツキの御家族に、迷惑でなければ。」

 勿論、内心は嫌ではなく、先輩達の厚意が嬉しいクラウディアだった。

「迷惑だとか、心配要らないから。遊びにおいで~クラウディア。」

 維月はクラウディアの頭の上に乗せようとしていた右手を、思い直して肩へと置いた。樹里は、立花先生に了承を取り付ける。

「そんな訳(わけ)で、宜しいでしょうか?先生。」

「まぁ、いいんじゃない? カルテッリエリさんの事は、樹里ちゃんと井上さんに任せるわ。あ、但し、皆(みんな)そうだけど、帰省する前に寮の外泊届とか、手続きを忘れないで済ませておいてね。」

 一同が声を揃(そろ)えて「はい」と答えると、一呼吸置いて緒美が口を開く。

「それじゃ、お昼には少し早いけど、午前中はここ迄(まで)にしましょうか。城ノ内さんの方は、午後からの作業予定は決まってる?」

「あ、はい。LMF のシミュレーター・ソフトの件、こちらで準備しておく作業を、依頼されてますので。」

「そう、じゃあ、其方(そちら)の方は、任せるわね。」

「はい、部長。」

「メカの方は~考えておくわね。取り敢えず、天野さんとボードレールさんは、さっき言ってた通り、で。」

 緒美から話を振られて、茜は「はい」と答えるが、その時に不在だったブリジットには、それが何の話かが解らなかったので、茜に尋(たず)ねるのである。

「さっきのって、何?」

「ああ、LMF の格闘戦動作教示の前に、ブリジットには接近戦の感覚を掴(つか)んで貰おうと思って。わたしが教えられるのは剣道しか無いから、竹刀(しない)を持って来たのよ。 あ、別に、剣道の技を覚える必要は無いから。攻防の切り替えのタイミングとか、間合いの取り方とか、そんな感じがイメージ出来るようになれば。」

「イメージ…ねぇ。いいわ、取り敢えず、やってみましょう。どうせ、身体を動かさないと分からない類(たぐい)の事なんでしょ?」

「そうね。まぁ、ブリジットは運動神経がいいんだから、大丈夫よ。バスケに通じる部分も、きっと有ると思うし。」

 そこで、直美が声を上げるのである。

「その教習、わたしも混ざっていい?天野。」

「それは、構いませんけど…。」

 不審気(げ)に茜が声を返すと、恵が微笑んで言うのだった。

「去年、体育の授業で、一応、わたし達も剣道やったのよ。副部長はその時、結構、強かったのよね。」

「まぁ、剣道部の人には敵わなかったけどね。あ、二年生は十一月頃に、授業で剣道が有るから、楽しみにしてるといいよ~。まぁ、言っても、授業でやるのは基礎だけ、なんだけどね。」

 そう直美が、何やら楽し気(げ)に言うと、苦笑いで瑠菜が言葉を返す。

「ええ、噂は聞いてますよ。防具の匂(にお)いが凄いだとか、色々。」

 それに対しては、茜が所見を述べるのだった。

「匂(にお)い何(なん)て、今は、いい消臭剤が色々と有るのに。」

「それが、消臭剤は使わせて貰えないんだって。」

 そう樹里が言うので、再び茜が発言する。

「家庭用のを持って来るから、じゃないですか? 成分によっては、防具を傷めるから、家庭用のは駄目ですよ。専用のじゃないと。」

「ああ、そうなんだ。流石、経験者だね、天野。」

 感心気(げ)に瑠菜が言うので、直美が昨年の経験談を語るのだった。

「そうそう、剣道部の人がさ、その専用の消臭スプレー持って来ててさ。正(まさ)に、救世主って感じだったわ~あれは。」

「あはは、ともあれ、副部長にも多少、心得が有るのでしたら、ご一緒するのは構いませんよ。」

 笑顔で茜が了承するので、直美は緒美にも確認を求める。

「いいでしょ、鬼塚。天野の方に、参加しても。」

「まぁ、いいでしょう。余り、燥(はしゃ)ぎ過ぎないでね、新島ちゃん。」

 緒美はくすりと笑って、そう答えたのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第12話.05)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-05 ****


 すると、Ruby が樹里に問い掛ける。

「樹里、シミュレーター・ソフトのインストール作業の為に、『ゼットちゃん』は学校へ来る予定なのでしょうか?」

「ああ、安藤さん? 残念だけど、インストールの操作は本社からネット経由で出来るそうだから、本人はいらっしゃらないって。あとで、スケジュールの連絡とか、Ruby の方にも有ると思うけど。」

「そうですか。分かりました。」

 そこで、佳奈が何やら楽し気(げ)に言うのである。

Ruby は相変わらず、安藤さんの事は『ゼットちゃん』なのね~。」

「ハイ、『ゼットちゃん』に関しては、そう呼ぶようにプロテクトが掛かっていますので、わたしには変更する事が出来ません。」

 Ruby の答えを聞いて、恵が維月に尋(たず)ねる。

「でも、何(なん)だって、そんな意味の分からないプロテクトが掛かっているのかしら? 井上さんのお姉さんが、仕掛けたのよね?それ。」

「それは、わたしに訊(き)かれましても。企業秘密らしいですから、わたしは理由、知りませんよ。」

 苦笑いで、維月は答えた。すると、意外な発言を Ruby がするのである。

「わたしも麻里からは、その意図を知らされてはいませんが、わたしの疑似人格が、設定された段階にまで成長すると、このプロテクトは自動的に解除されるそうです。」

「あはは、それは秘密じゃないんだ。」

 今度は明るく笑って維月が言うと、緒美が Ruby に尋(たず)ねる。

「段階、って? その具体的な条件とかは、分かるの?Ruby。」

「イイエ。条件等(など)、詳しい事は知りません。その判定プログラムはシステムの基底部分で動作しているそうなので、わたしの疑似意識からは不可視なのです。それに、わたしには自分の疑似人格が成長しているのか、そもそも定量的な測定が出来ません。 わたしは、成長しているでしょうか?緒美。」

 緒美はくすりと笑って、答えた。

「そうね、随分と成長したとは思うわ。具体的には説明が難しいけど。ねぇ、森村ちゃん。」

「うん、最初にお話しした時は、難しい言葉を知ってる小学生みたいだったもの、Ruby。」

「今は中学生位(ぐらい)には、なったでしょうか?恵。」

「いやいや、もう十分、わたし達と同じレベルになったと思うわよ。安心していいわ、Ruby。」

「そうですか。では、安心します。」

 Ruby の返事を聞いて、瑠菜と佳奈が笑って言うのである。

「あはは、Ruby のそう言うとこ、わたしは好きよ。」

「わたしも~。」

 そんな話をしている折(おり)である。部室の入り口ドアが開き、入って来たのは直美と、ブリジットの二人だった。

「ただいま~。」

「ああ、ご苦労様、新島ちゃん。話は付いた?バスケ部。」

 緒美に問い掛けられ、直美は少し不器用に笑顔を作って答える。

「うん、仕方が無いから、田中には HDG の事とかちょっと詳しく説明して、あ、勿論、秘密保持の件は了承済みよ。それで、ブリジットは暫(しばら)く、バスケ部は休部って事で、身柄を引き取って来たわ。」

 直美は説明し乍(なが)ら、部室の奥へと進み、瑠菜や茜の後ろを通って、恵の向かい側の席に座った。バスケ部での練習用にジャージ姿の儘(まま)のブリジットは、入り口ドアを背に、黙って立っていたが、直美が席に着くのを見計らって、小さく頭を下げ、言った。

「お騒がせして、すみません。」

 それには、先(ま)ず緒美が言葉を返す。

「別に、こっちの方は大して騒いでないから、心配は要らないけど…。」

 緒美は、ちらりと茜の表情を窺(うかが)う。すると、少し困惑した表情で、茜は緒美に訊(き)くのだった。

「何か有ったんですか?部長。」

 茜の問い掛けには答えず、緒美はブリジットに向かって言う。

「天野さんには、言ってなかったの?」

「はい、あとで話そうかと…。」

 ブリジットが気まずそうに答えると、今度は、茜はブリジットに問い掛ける。

「何(なん)の話?ブリジット。」

 その返事を、ブリジットが躊躇(ちゅうちょ)していると、直美が声を上げるのだった。

「天野の力(ちから)になりたくて、バスケ部を辞めるってね。そう言う話だから、怒らないであげてね、天野。」

「別に、怒りはしませんけど…。」

 直美に向かって、そう茜は言うと、一息吐(つ)いてから、ブリジットに向かって言う。

「あなたが勘違いしてたらいけないから、念の為に言うけど。わたしは、この部活は好きで、楽しんでやってるのよ? そりゃ、昨日みたいな事も有ったけど、それだって正義感とか義務感とかで、無理してやってる訳(わけ)じゃないし。そう言う事も含めて、やりたくてやってるの。 だから、あなたもやりたい事を、やっていいのよ、ブリジット。 わたしに、無理して付き合う必要は無いの。」

 顔を上げ、一息を吸い込んで、ブリジットも言うのだった。

「それは、分かってる。…でも、昨日みたいな事が有って、わたしは呑気にバスケをやってられる気分に、なれなくなったの。勿論、バスケ部の皆(みんな)は、本気で大会を目指しているけど。でも、わたしはそうは、なれなくなったから…。」

 そこに直美が、補足説明を付け加える。

「それに、次の大会に向けて、レギュラーに選ばれそうになった、てね。」

「それが、プレッシャー?」

 茜の質問に、ブリジットは首を横に振る。

「でも、わたしは他の人の半分も、練習に出られてないから。」

 緒美は溜息を吐(つ)き、直美に視線を送って問い掛ける。

「運動部って、そう言う所、有るわよね。本来、実力だけが問題でしょ?」

「わたしに言わないでよ。 とは言え、ろくに練習にも参加しないのにレギュラーなんて、ってやっかむ人が居るのも、まぁ、有り勝ちな話だけどね。それが下級生なら、上級生の中には面白くない者も居るでしょうし。」

 恵も深い息を吐(は)き、目を伏せて言った。

「厄介よねぇ…。」

「まぁ、それで。 うちの方もこんな状況が、何時(いつ)迄(まで)も続く訳(わけ)じゃないだろうし、バスケ部の方も、特に部長の田中はブリジットには期待してるし、で、取り敢えずは休部って事で。ブリジットの気持ちが変われば、何時(いつ)でも復帰して呉れて構わないってさ。」

 直美の説明に対し、ブリジットが問い掛ける。

「でも、そんな身勝手と言うか、虫の好い話で、良かったんでしょうか?」

 その問いには、恵が先に答える。

「いいんじゃない?先方が、それでいいって言ってるんでしょ。」

「そう言う事~。」

 直美はニヤリと笑って、恵に応じる。一方で、茜はブリジットに向かって、問い質(ただ)すのである。

「ブリジット、あなたはそれで、本当に良かったの?」

「いいの。わたしは茜と一緒の活動が出来る方が、今は楽しいし。」

「そう。なら、わたしが兎や角、言う事じゃないわ。 何時(いつ)迄(まで)もそこに立ってないで、こっち、いらっしゃい。」

 茜は微笑んで、手招きをしてみせる。ブリジットは茜の方へと進み、茜の隣の席に腰を下ろした。その時、もう一度、小さな声で言ったのだった。

「ごめんね。」

 茜は微笑んで、言葉を返す。

「あなたが、あなたの事を、自分で決めたんだから、わたしに謝る必要は無いでしょ。ブリジットが無理をしてるんじゃないのなら、わたしには何(なん)の文句も無いし。」

「うん。」

「それに。わたしも、あなたと一緒に、何か出来るのは嬉しいわ、ブリジット。」

「うん。」

 そして、硬かったブリジットの表情が、漸(ようや)く緩(ゆる)んだのである。
 一方で、緒美が直美に向かって言うのだった。

「でも、結果的に田中さんには、悪い事しちゃったかしらね。」

「まぁ、端(はた)から見たら、バスケ部の部員を一人、引き抜いたみたいに見えるもんね。」

 その直美の意見に対して、恵が見解を示す。

「仕方無いでしょ、本人がやる気を無くしちゃったんだから。それに、集中を欠いた人が居てもチームにはいい影響は無いだろうし、第一、それって事故や怪我の元でしょ。」

「あはは、違い無い。」

 笑って直美が同意すると、立花先生が真面目な顔で言うのだった。

「冗談抜きで、今、恵ちゃんの言った事は、スポーツに限った話じゃ無いから、皆(みんな)も頭に入れておいてね。」

 緒美はくすりと笑って正面に向き直り、背筋を伸ばす様にして声を上げた。

「さて、皆(みんな)が揃(そろ)った所で、当面の予定に就いて、ちょっと話しておきたいと思います。」

 一同が、緒美に注目する。緒美は一呼吸置いて、話を続けた。

「当面の大きな動きとしては、夏休みが明けた頃に HDG の B号機が搬入される予定だけれど、今の所、最終的な日程はまだ、未確定です。それ迄(まで)の間、LMF の格闘戦シミュレーションを行いますが、これは、昨日の打ち合わせの通り。それで、八月の二週目辺りから二週間程、部活の方は、お休みにしようかと思います。8月12日、金曜日から25日、木曜日迄(まで)、でどうかな? 部活の方で休止期間を決めた方が、皆(みんな)も帰省の予定とか、立て易いと思うし。」

 緒美の発言が終わるのを待って、茜が肩口程の高さに右手を挙げ、発言の機会を求めるのだった。

「どうぞ、天野さん。」

「はい、部長。その、お休みの件は決定ですか?それとも提案、でしょうか?」

「わたしとしては決定の積もりで話しているけど、何か不都合が有るかしら?」

「わたしは、又、エイリアン・ドローンの襲撃が有るんじゃないかと、それが心配です。」

 すると透(す)かさず、立花先生が口を挟(はさ)む。

「その心配は、あなた達がする事じゃ無いのよ。対処は、防衛軍に任せるべきで…。」

 立花先生の発言に重ねる様に、緒美も言うのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.04)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-04 ****


「接近戦の手段を封じる事で、彼女達がそれを避ける意志を示していた、と言う事です。そうすれば、わたし達、大人側が余計な心配は無いだろう、と。 でも、それは彼女達、特に天野さんに取っては、リスクを余計に大きくする行為だったのですが、その時点で、わたしも飯田部長も、天野さんに接近戦用の装備を持つように薦める事は、思い付きもしませんでした。」

「まぁ、その辺り、余り気に病む必要は無いよ。キミにせよ飯田君にせよ、軍事作戦や戦闘指揮に関しては素人(しろうと)なんだ。それに、茜は兎も角だが、鬼塚君の方は、そのリスクを回避する作戦を、ちゃんと考えていた様子だしな。」

「申し訳ありません、監督者として、本当に力不足(ちからぶそく)で。」

 座った儘(まま)で、立花先生は深深と頭を下げるのだった。すると、天野理事長は透(す)かさず、言葉を返した。

「だから、気にしなくてもいいよ、立花先生。結果的に全員無事だったし、損害も出ていない。キミは十分に、監督者としての責任は果たした。」

「そう言って頂けると、幾分、気は楽ですが。」

 顔を上げた立花先生は、苦笑いである。一方で、溜息を吐(つ)いて、塚元校長は言うのだった。

「しかし…又、こんな事が起きるのでしょうか?理事長。 幾ら自発的な行動とは言え、戦闘に巻き込まれる危険性が分かっていて、生徒達にこの儘(まま)、活動を続けさせると言うのはどうかと。 例え、彼女達にそれに対応する能力が有るにしても、ですよ?」

「又、同じ様な事が、と問われれば、その可能性は低くはないな。一般には報道されてはいないが、前回の襲撃の際、広島の防空レーダーが被害を受けていたそうだ。此方(こちら)側のは、うちの子達が守って呉れたが。」

 その天野理事長の発言を聞いて、立花先生は気が付いたのである。

「それじゃ、今回、エイリアン・ドローンが接近していたのに、気が付くのが遅れたのは…。」

「ああ、防空監視網の穴を突かれた格好だ。無論、防衛軍が対策をするだろうが、それなりに時間は必要だろうな。」

「…そうでしたか。」

 そして、身を乗り出す様にして、塚元校長が提案する。

「でしたら、少なくとも、その対策が出来る迄(まで)、兵器開発部の活動を休止させては? 今は、夏休み期間中でもありますし。」

 その提案に、先に異を唱えたのは、立花先生だったのである。

「校長、エイリアン・ドローンの襲撃は、段段と規模と頻度が増して来ています。先に送れば、送る程、危険度は増す事になるのではないかと。」

 次いで、天野理事長が発言する。

「今のスケジュールだと、年内一杯で、予定している開発項目に、一通りの目処(めど)が付く。そこ迄(まで)は、彼女達の協力を得たい所だな。」

「会社として、お金儲(かねもう)けが大事なのは分かりますが、それに生徒達を、危ない目に遭わせて迄(まで)と言うのには、賛同、致し兼ねます。」

 そう、語気を強めて塚元校長が言うので、天野理事長も厳しい表情で、しかし落ち着いて言い返すのだった。

「この開発案件に、利益なぞ殆(ほとん)ど有りはしませんよ。国家や人類の存続危機に繋がらない様、対抗手段を得る為の開発です。無論、社員に只働きをさせる訳(わけ)にはいかないので、相応の報酬が得られる様に考えてはいるが。その辺り、誤解はしないで頂きたい。」

 一息置いて、天野理事長は続けた。

「勿論、校長の懸念は理解しています。だから、防衛軍の協力も得て、彼女達に護衛を付ける事も考えている所だが…態勢が整うまで、或(あ)る程度、時間が掛かるのは仕方が無い。で、立花先生?」

「あ、はい。何(なん)でしょうか?」

「在り来たりの事しか言えなくて、心苦しいのだが。護衛の態勢が整う迄(まで)、あの子達が無茶をしない様、気を付けてやって欲しい。」

「それは、勿論、その積もりですが…昨日の様な突発的な状況で、目の前で被害が出るであろう場合に、天野さん達を制するのは、難しいかと。」

「そうなったら、それで仕方が無い。その時は、後方の部員達の安全確保を考えてやって呉れ。」

 その言葉に、塚元校長は睨(にら)む様な視線を送り、天野理事長に訊(き)いた。

「宜しいんですの?それで。」

「茜も、前に出て行く以上、それ位(くらい)の覚悟をしているだろう。まぁ、もしもの事態になったら、娘…あの子の両親には、恨まれるだろうがな。しかし仮に、そんな状況で茜が何もしなかったら、恐らく、もっと多くの犠牲が出て、その方が茜に取っては辛い事も有るだろうし…まぁ、難しい判断だな。兎に角、我我は我我で、出来る事を探して、一つずつ手を打っていくしかない。」

 天野理事長は、そう言ってソファーに凭(もた)れ掛かると、目を閉じて、深く息を吐(は)いた。


 再び、兵器開発部の部室である。
 茜が部室へ到着したのは、時刻が午前十一時になろうかと言う頃だった。ドアを開けて部室へと入った茜は、真っ先に、ブリジットの姿が無い事に気が付いた。時刻的に、バスケ部の朝練からは、もう戻っている筈(はず)だったのだ。そう思えば、寮の部屋には着替えに戻った気配も無かった。

「あれ?ブリジットは、今日は一日、バスケ部でしたっけ?」

 茜に、そう問われて、緒美と恵は一度、顔を見合わせる。そして、恵が答えた。

「もう直(じき)、戻って来ると思うけど。」

「そうですか、そう言えば副部長の姿も見えませんね。」

 そう言いつつ、茜は右肩の背中側へ縦に担いでいた、長さが1.5メートル程の黒い合成皮革製ケースを床面へと降ろすと、背後の書類棚へ立て掛け、空いていた席に着いた。

「新島ちゃんも、ちょっと用事でね。直ぐ戻ると思うけど。」

 今度は緒美が、微笑んで答えた。すると、続いて瑠菜が茜に問い掛ける。

「天野、何よ?その黒いケース。」

「ああ、これですか?竹刀(しない)ですよ。」

 即答する茜に、佳奈が聞き返す。

「シナイって、剣道に使う?」

「はい。」

 再び、瑠菜が尋(たず)ねる。

「何(なん)で又、そんな物。」

「偶(たま)には、素振り位(くらい)しようかと思って、こっちに持って来てはいたんですけど。流石に、寮で夜中に竹刀(しない)を振り回してると、危険人物っぽいので。この三ヶ月、ほぼ封印状態で…。」

 さらりと説明する茜に被せる様に、瑠菜は言うのだった。

「あ~いやいや、何(なん)で部室に持って来たかって事。」

「え?…ああ、ブリジットに、ちょっと稽古(けいこ)をして貰おうと思いまして。」

「剣道の?」

 そう訊(き)いて来たのは、恵である。

「はい。」

 そこで、Ruby が茜に尋(たず)ねるのだった。

「LMF の、腕を使った戦闘に就いて、練習が必要なのは、ブリジットではなく、わたしなのでは? 茜。」

「勿論そうだけど、LMF の動作制御にも、HDG と同じで操縦者(ドライバー)、この場合はブリジットの、動作イメージとかが反映されるでしょ。だからブリジットにも、格闘戦の基礎的な動作のイメージが、出来てる方がいいと思うの。」

「成る程、わたしも経験の無い事なので、それは試してみたいと思います。」

「うん、やってみて、上手くいかない様だったら、又、考えましょう、Ruby。」

「ハイ、茜。」

 Ruby の返事を聞いて、茜は緒美の方へ視線を変え、言うのだった。

「と、言う事で、やってみたいんですけど。如何(いかが)でしょうか?部長。」

「うん、まぁ、やってみても損は無さそうね。いいんじゃない? でも、怪我とかしない様に、気を付けてね。」

「はい。それは、勿論。」

 そして、複数人が外階段を登ってくる足音が、戸外から聞こえて来る。間も無く、ドアを開けて入って来たのは、樹里を先頭にソフト担当の三名と、立花先生だった。

「唯今、戻りました~。」

 先頭に立っていた樹里が、そう声を掛けつつ中央の長机へと歩み寄って来るので、恵が尋(たず)ねるのだった。

「立花先生もご一緒でしたか。」

「ええ。理事長室からの帰りに、通信会議室の方へ寄ってみたら、ちょうど終わった所だったのよ。本社との打ち合わせ。」

 立花先生が恵の隣の席に座ると、樹里と維月、そしてクラウディアも、それぞれが空いていた席に着いた。そして、緒美が樹里に訊(き)くのだった。

「話は付いたの?城ノ内さん。」

「はい。昨日聞いていた通り、防衛軍仕様の LMF 改型用に用意してあった、訓練用シミュレーターのソフトが転用出来るそうなので、その方向で。」

 続いて、維月が補足を加える。

「唯(ただ)、LMF 改のは HMD(ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ)に映像を表示する仕様なので、それをこっちの、LMF のコックピット・ブロック用へ変換するモジュールを追加する必要が有るので、ソフトの改造に三日欲しいそうです。」

「え?三日で出来るんだ、そう言うの。」

 そう、感想を漏らしたのは瑠菜である。それに対し、樹里が微笑んで解説を付け加える。

「うん、基本的には表示画像の座標変換をすれば済む話、だそうだから。ソフト改造作業に二日、チェックに一日、だって。」

「三日って事は、月曜日から、火、水、木曜日には使える様になるって計算でいいのかしら?」

 樹里の説明に、指折り数え乍(なが)ら恵が日程を確認する。すると、クラウディアが半ば呆(あき)れた様に言うのだった。

「それが、今日から取り掛かるから、火曜日にはインストール出来るだろうって、五島さんが。」

「え?火曜日って…土日もビッシリ、作業するって事?」

 恵が聞き返すのを、苦笑いしつつ維月が答えた。

「土日にやる方が、邪魔が入らなくて進みが、いいんだそうですよ。」

 それに、涼しい顔で立花先生が付け加えるのだった。

「まぁ、開発、設計三課の五島さんって言えば、会社に住んでるって言われてるらしい人だから。どこかで、代休は取ってる筈(はず)だけど。 皆(みんな)は、卒業して本社採用になっても、真似しちゃ駄目よ。」

「あはは、うちの姉も、似た様な様子らしいですよ。まぁ、うちのは両親からして、そんな感じなんですけどね。」

 そう維月が言うので、隣の席の樹里が尋(たず)ねるのだった。

「安藤さんも、そうなのかな?」

「いや~安藤さんは、割と、ちゃんと休みを取ってる方だって聞いたけど? まぁ、ソフト部隊が長時間勤務になり勝ちなのは、業界的な傾向じゃない? うちの親とか見てると、マジでそう思うよ~。」

 維月の返事に対し、立花先生が言うのだった。

「う~ん、ソフト部隊に限らずね、メカでは設計の人達も、結構な長時間勤務になるみたいよ。職種に限らず、頭脳労働的な業務は、乗った時には、どこ迄(まで)でも続けたくなっちゃうのよね。脳内麻薬とか出てるんじゃ無いか、って位(ぐらい)。」

 それに、茜も問い掛ける。

「企画部も、そうだったんですか?」

「そうね~乗りが悪い時は、さっさと切り上げて頭を冷やした方がいいけど、乗ってる時はね、兎に角楽しいのよ、これが。まぁ、あとで冷静になって見直すと、出来てた書類がとんでもない内容だったりするんだけどね。」

 そして、瑠菜も立花先生に訊(き)くのだった。

「深夜テンションって奴ですか?」

「あはは、そんな感じ。」

 立花先生は笑って、そう答えるのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第12話.03)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-03 ****


 さて一方で、少しだけ時間を戻して、茜と緒美が退室した後の理事長室である。何時(いつ)ぞやの様に、天野理事長と塚元校長、そして立花先生の三名が、理事長室中央に置かれた応接セットのソファーに座って、話を始めていた。
 会話の口火を切ったのは、塚元校長である。

「そう言えば、理事長。前回の事とか、奥様や天野さんの御両親には?」

「う~ん、実はまだ、な。流石に、どう伝えた物か、考えあぐねているんだ。」

「あら。先に送れば送る程、言い辛くなりはしません?」

「それはその通りなんだが。妻も娘も、どう言ったって、怒るのは目に見えてるからなぁ。いっそ、事が収まる迄(まで)、しらばっくれていようかと思っている所だよ。」

 そう言って天野理事長は笑うのだが、冷めた視線を送りつつ塚元校長は問い質(ただ)す。

「事が収まるって、どうなったら収まった事になるんですの?理事長。」

「それは勿論、茜があんな事をしなくても良くなったら、だな。」

 その発言に就いては、立花先生が尋(たず)ねるのである。

「それは、この儘(まま) HDG の開発が完了するまで待つか、或いは天野さんを HDG の開発から外す、とかでしょうか?」

「うむ、まぁ、それも方法ではあるな。あとは、HDG の開発業務を全面的に本社の方へ移してしまう、とかだな。」

 溜息を一つ吐(つ)き、塚元校長が訊(き)く。

「あの子達、納得して呉れるでしょうか?それで。」

「納得しようが、しまいが、あの子の達の安全を図る為なら、その位(ぐらい)やらねばならんのだがね、本来なら。」

「本来なら?…と、言われると、そうするお積もりは無い?」

「それが…難しい所だな。」

 仰(の)け反(ぞ)る様にソファーに身体を預けると、天野理事長は右手で顔面を押さえ、深く息を吐(は)いた。そして、身体を起こし話を続ける。

「前回、立花先生に言われて、飯田君に色々と資料を回して貰ったんだが…。」

「わたしが、何か申し上げたでしょうか?理事長。」

 立花先生は、咄嗟(とっさ)に、『言った事』に就いて思い当たらなかったので、天野理事長に尋(たず)ねてみたのだ。すると、天野理事長はニッコリと笑って、答えた。

「茜が優秀だ、と。 キミが、そう云って呉れただろう?」

 そう言われて、立花先生は前回の遣り取りを直ぐに思い出したので、慌てて返事をする。

「ああ、はい、確かに。でも、それが?」

「どの位(くらい)、優秀なのかと思ってね、飯田君に言って資料を集めて貰ったのだが。ああ、確かに、優秀だったよ、驚いた。 我が孫乍(なが)らと言うべきか、ね。」

 そこで、塚元校長が口を挟(はさ)む。

「ごめんなさい、ちょっとお話が見えないのですけれど?」

「ん?ああ、実はね。HDG の開発案件は、部長の鬼塚君がキーパーソンだと思っていたんだよ。勿論、他の子達も、それぞれに優秀なんだが、HDG に関しては鬼塚君が居なければ始まらない。そうだろう?立花先生。」

「はい、異論はありません。」

「うん、だから来年、鬼塚君がここを卒業して、会社の方へ正式に配属となれば、HDG の開発案件は全て、本社の方で引き取ろうかと考えていたんだ。ちょうど…と言うか、昨年の後半辺りから、HDG の開発作業が停滞気味ではあったからね。」

 そこで塚元校長は、隣に座る立花先生に問い掛ける。

「そうなんですか?立花先生。」

「はい、まぁ、そう、でしたね。今年の四月迄(まで)は、形状の決まらない重要なパーツが有ったり、テスト・ドライバーの選定も難航してましたし。」

 立花先生の言う『形状の決まらない重要なパーツ』とは、HDG の外装、ディフェンス・フィールド・ジェネレーターの事である。その説明に、天野理事長は大きく頷(うなず)いて、話を続ける。

「そう、四月だ。四月に茜が入学してからの三ヶ月間で、半年近く停滞していた開発作業がスケジュールに追い付き、更に半年分、進展したそうなんだよ。」

「そんなに、ですか?」

 塚元校長が尋(たず)ねるのに、天野理事長は再び大きく頷(うなず)き、言った。

「ああ、調整は茜専用だとは言え、実際に、実戦に耐えて見せたのが、その証拠だろう。」

 立花先生は、天野理事長の最初の話との繋がりが分かった気がしたので、確認の為に訊(き)いてみる。

「そうすると、つまり、天野さんを開発作業から外すのは、会社的に惜しい、と言うお話でしょうか?理事長。」

「まあ、そうなるな。今や茜は、鬼塚君に並ぶ、HDG 開発のキーパーソンと言う事だ。 そこでだ、校長。来年、鬼塚君と一緒に、茜も卒業させる訳(わけ)にはいくまいか?」

 冗談なのか本気なのか、判断が付かない天野理事長の提案に、少し苛立(いらだ)つ様に、塚元校長は鋭い視線を送りつつ言い返す。

「無茶、仰(おっしゃ)らないでください。冗談が過ぎますよ、理事長。 大体、同級生とは別に、一人だけ卒業だなんて、天野さんが可哀想でしょ。」

「そうだよな。」

「そうだよな、じゃありません。大体、鬼塚さんにせよ、天野さんにせよ、会社の方で代役を立てれば済む話じゃありませんか。」

「わたしも、初めはそう思っていたんだ。特定の個人の能力に過度に依存して仕事を進めるってのは、余り勧められた事ではないしな。」

 申し訳無さ気(げ)に、立花先生は口を挟(はさ)む。

「あの、理事長。HDG の開発案件に就いては、流石に、それは無理ではないかと。」

 その意見には、塚元校長が切り返して来る。

「どうしてかしら?立花先生。」

 だが、その問い掛けには、天野理事長が答える。

「いや、立花先生の言う通りなんだ。例えば、鬼塚君の場合だが。そもそも、鬼塚君の代わりが務まる人間が居れば、HDG の開発案件をこちらに委託なぞ、端(はな)からしていない。 水素分離膜の開発が塚元にしか出来なかった様に、HDG の開発は鬼塚君が中心にならないと進まない。アイデアを出す仕事は、アイデアを持っている人間に頼らざるを得ない、これは仕方が無い。だろう?校長。」

「そう、ですね…。」

 ここで天野理事長が言う『水素分離膜』とは、天野製作所設立当初の最初の主力製品であり、天野製作所を天野重工に迄(まで)押し上げる原動力となった技術である。その研究をしていたのが、塚元校長の夫で、天野理事長の友人だった故・塚元相談役なのである。天野製作所は、その『水素分離膜』を製品化する為に、天野理事長達が設立した会社だったのだ。
 天野理事長は話を続ける。

「茜の場合は、主にテスト・ドライバーとして開発に貢献している訳(わけ)だが、大きな事故も無くデータの取得を続けて、調整や改良を重ねて行けているのは、茜が HDG の仕様を、鬼塚君レベルで、完全に把握しているからだ。」

「その辺り事は、門外漢なのでわたしには良く分かりませんけど。難しい事ですの?」

 その問いには、立花先生が答えるのだった。

「天野さんの場合は、仕様書を読み込むだけでは無くて。現時点で存在していない、兵器としてのパワード・スーツについてのヴィジョンを、発案者である鬼塚さんと、ほぼ共有出来ている所が凄いんです。その上で、剣道で培(つちか)った…何(なん)て言うのか、身の熟(こな)しとか、間合いの取り方とか、そう言った運動能力?ですね、そんな要素を併せて持っている所が、存在として貴重なんです。」

「その、パワード・スーツ?と言うのがね、わたしにはピンと来ないのよ。」

 塚元校長は苦笑いで、立花先生に言った。

「現在、実用化されているのは介護用とか、それから工場なんかで、足腰の負担を軽減させるタイプの物ですね、あと、医療用途で歩行のリハビリに使われている物とか。腰から下に、脚の側面に取り付ける補助具としての物が有りますけど…。」

「ああ、そう言う物でしたら、見た事は有ります。」

 次いで、天野理事長が言う。

「軍事用としては、そう言った物を強化、転用して、歩兵が重量物を担いで、長距離や山道を歩ける様にする装備が有るな。」

「はい。徒(ただ)、鬼塚さんの考えているパワード・スーツは、今、有る様な物よりも、もっと大幅に身体能力を強化、拡張する物でして。その手の物は昔から SF 小説や、映画なんかに良く登場していたのですが。その辺りの知識が、天野さんも共通している様子ですね。その事が兵器としてのパワード・スーツの運用方法に就いての明確なヴィジョンを、二人に与えているみたいで。」

「SF ですか…。」

 塚元校長は溜息を吐(つ)いて、考え込む様な仕草をする。向かい側に座っている天野理事長は、笑って言うのだった。

「まぁ、普通の大人なら、マンガみたいな絵空事だと笑い飛ばす所だがな。だが実際に、マンガみたいな機動兵器が現れると、我々の保有する従来の兵器では、全(まった)く通用しない訳(わけ)でも無いが、帯に短し襷(たすき)に長し、でな。現用兵器で対抗すると、周辺への被害が大きくなり過ぎる、それが、どうにもな…。」

「それで、鬼塚さん流に言えば、先(ま)ずは同じレベルで殴り合える様になるのが先決、だそうです。」

「殴り合い?ですか。」

 立花先生の補足説明に、驚いた様に塚元校長は聞き返すのだった。再び、天野理事長が笑って言った。

「だから、エイリアンの機動兵器に対抗するには、腕や脚が要るんだよ。」

「殴り合いって、比喩ではないんですの?」

「それに就いては、昨日の一件で、わたしも反省しました。」

 立花先生は力(ちから)無く笑い、座った儘(まま)で一度、天野理事長に向かって頭を下げる。当惑気味に、塚元校長は立花先生に、尋(たず)ねる。

「どう言う事?立花先生。」

「はい。 HDG の仕様書を読んで、頭では理解していた積もりなんですが、殴り合いも必要な局面もあると。でも、極端な接近戦は、矢張り危険なので、出来れば銃撃戦で対処して欲しいと、思っていたんです。」

「それは、そうでしょうね。」

「わたしがそう思っている事は、鬼塚さんも分かっていた様で、昨日の、天野さんが外へ出る準備をしている段階で、鬼塚さんは接近戦用の装備を携行するように、天野さんに指示しなかったんです。天野さんも、接近戦用の装備を要求しませんでした。でも、結果的に、三機目に対処する段階で接近戦用の装備が無い為に、天野さんは手詰まりになり、却って危険な状況になってしまったんです。」

「それは、飯田君のレポートにも、記載が有った件だね。」

「はい。それは後で気が付いたんですけど、恐らく、鬼塚さんも天野さんも、BES(ベス)…あ、接近戦用の刀の様な装備なんですが、それを持って出るべきだった事は、初めから分かっていたと思うんです。それを敢えて持たなかったのは、わたし達、大人への配慮だったのかな、と。」

「配慮?」

 塚元校長が聞き返すと、立花先生は一度、頷(うなず)き話を続ける。

 

- to be continued …-

 

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