第15話・ブリジット・ボードレールと天野 茜(アマノ アカネ)
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その後 AMF は、引き続き予定された試験メニューである、時速 800 キロメートル程度までの高速飛行テストと、超音速までの加速テストを実施しつつ、直美と金子が操縦する先行していた二機に追い付いたのだった。
テスト空域に到着した AMF は低速での空中機動テスト、負荷 3G迄(まで)に制限した高速機動テストを実施し、それらの様子が計画通りに、飛行機部の軽飛行機とレプリカ零式戦から撮影されたのである。
その時点で、茜達の離陸から一時間半程が経過していた。
そうしていよいよ、この日の試験メニューの内、メインと目(もく)されていた AMF 背部に装備されたレーザー砲と、HDG-B01 に追加されたレールガンの、試射が行われるのだった。
「試射って言っても、唯(ただ)、撃つだけなんですよね?」
第三格納庫のテスト・ベースで、瑠菜が唐突(とうとつ)に、そう畑中に尋(たず)ねたのだった。それに、畑中が答える。
「ああ、標的機の準備とか、防衛軍との調整が付かなかったみたいでね。もしも、それをやるんだったら太平洋側にテスト空域を設定していた筈(はず)だけど。」
「それって、やる意味有るんですか~。」
そう訊(き)いて来たのは、佳奈である。畑中は、微笑んで聞き返す。
「え。意味って、太平洋側でやる事に?」
「そうじゃなくって。標的無しでやる事に、って聞いてるんですよ。ねえ、佳奈。」
佳奈の質問意図を、瑠菜が解説する。佳奈は「そうで~す。」と瑠菜に同意して、笑った。
畑中は佳奈に釣られて笑い、答えたのだ。
「ははは、同(おんな)じ事を、ブリジット君にも訊(き)かれたよ。打ち合わせの時に。 ま、意味は有るさ、勿論。 地上でも試射はやってあるけど、空中、飛行中では作動条件が、矢っ張り違うからね。気圧、気温、振動、加速度、そう言う要因が、トラブルに繋(つな)がらないか。後は、レーザー砲やレールガンの作動ノイズとか、発生させた電磁場が AMF や HDG 側に影響を与えないか。その辺りの検証も、必要だからね。」
そんな会話をしていると、テスト空域の状況をモニターしていたクラウディアが、突然、声を上げたのだ。
「立花先生、防衛軍の戦術情報に、エイリアン・ドローンの情報が出てます。」
「どこ?」
短く問い返す立花先生に、クラウディアが言葉を返す。
「北、ですね。ウラジオストク上空の辺りを通過…、アカネかボードレールにも確認させてください。」
「分かった。でも変ね、北からって…。」
立花先生が通話をするべく、マイクを手に取った瞬間、ベース側でモニターしている通話音声から、社有機の機長、沢渡の声が聞こえて来るのだ。
「交通管制からの通達です、現空域からの退避指示です。」
それは機内通話での、操縦席の沢渡から客室側の飯田部長や緒美に向けての報告だった。続いて、立花先生が声を上げるのだ。
「テスト・ベースより、立花です。此方(こちら)で防衛軍の戦術情報をモニターしていたクラウディアちゃんが、ウラジオストク上空に、エイリアン・ドローンの情報が出てるって言ってるけど。茜ちゃんか、ブリジットちゃん、其方(そちら)でも確認してみて。」
「HDG01、了解。確認します。」
「HDG02 も了解です。確認します。」
立花先生の問い合わせに、茜とブリジットが相次いで返事をする。
「九州の方から、ぐるっと回り込んで来たのかしら?」
そう立花先生が独り言の様に言うと、それに対してクラウディアが言うのだった。
「いえ、そうは見えませんでしたけど。九州上空の方は、今回、防衛軍がほぼ完璧に抑えていたと思いますよ。」
「別働隊?」
クラウディアの発言に、維月が問い掛ける。勿論、その答えをクラウディアが持っている訳(わけ)はなく、維月も答えを期待していた訳(わけ)ではない。
そして茜とブリジットの確認報告が、モニタースピーカーから聞こえて来るのだ。
「HDG01 です。戦術情報を確認。確かに、北からエイリアン・ドローンが南下してます。」
「HDG02 です。此方(こちら)でも確認しました。防衛軍のデータ・リンクの情報ですよね?これ。」
一方、社有機の機内では、飯田部長と緒美が会話が通信に乗らない様に配慮しつつ、今後の方針を相談していた。
「何にしても、もう少し情報が欲しいね。その防衛軍の戦術情報、こっちでは見られないのかな? ベースの方では、覗(のぞ)いてるみたいだけど。」
飯田部長が、そう緒美に尋ねると、苦笑いで樹里が答えるのだ。
「ベースの方には、カルテッリエリさんが居ますから。彼女は、その、特別ですからね。」
「まさか、又、ハッキング?」
半笑いで訊(き)いて来る日比野に、首を横に振って樹里が答える。
「不正アクセスはしてませんよ。今回は正式に部隊間通信仕様でデータ・リンクしてますからね、ベースに有るデバック用のコンソールも。徒(ただ)、自分の PC をコンソロールに繋(つな)いで、そっちで戦術情報のモニターが出来るプログラムを作っちゃった『だけ』です。」
「流石、クラウディアちゃん。」
半(なか)ば呆(あき)れつつも、そのクラウディアの技能(スキル)に感心する、日比野である。
一方で緒美は、ヘッド・セットのマイクを口元に引き寄せ、茜に呼び掛けるのだ。
「天野さん、鬼塚です。戦術情報でエイリアン・ドローンの数とか飛行方位とか、解る?」
直ぐに、茜の声が返って来る。
「現状で、機数は十二機。方位(ベクター) 150 へ、速度(スピード) 10.0 で飛行中。大雑把にですが、一時間とちょっとで能登半島沿岸に到達するコースです。現在高度は凡(およ)そ一万八千メートル、ちょっとずつ降下はしてます。」
その茜の報告を聞いて、飯田部長は発言が通信に乗らない様にした儘(まま)、所感を漏らすのだ。
「これはちょっと、九州に居た奴だとは思えないね。」
それには頷(うなず)いてマイクを口元から外し、緒美も応じるのだった。
「これは別働隊ですね、多分。ひょっとしたら、九州方面のは陽動で、北極ルートから降下して来た、こっちのが本隊かも。」
「北極ルートは、この半年、使ってなかったのにな。こう言う『搦手(からめて)』みたいな作戦、珍しいんじゃないかな?」
「わたしの知る限りでは、初めてかも。向こうも、色々と考えているんでしょう。」
そう言って、緒美は一度、溜息を吐(つ)いたのだ。そして飯田部長は、緒美に尋(たず)ねる。
「で、鬼塚君。どうする?」
「どうするも何も、テストは中断するしかないでしょう。前回みたいな面倒事(めんどうごと)に巻き込まれる前に、学校に帰投します。 幸い、前回と違ってエイリアン・ドローンの針路は、わたし達の方へは向いてませんし、領空に到達する迄(まで)一時間も有るのなら、防衛軍が何とかして呉れるでしょう?」
「そうだな、了解した。」
苦笑いで飯田部長が緒美の意見を了承すると、緒美はヘッド・セットのマイクを再度、口元へ引き寄せ指示を出すのである。
「TGZ01、鬼塚より全機へ。本日の試験メニューは、ここで中断します。全機、ベースへ帰投。繰り返します、これより全機、テスト・ベースへ帰投。」
そう緒美が発信するのとほぼ同時に、防衛軍からの通話要請が入るのだ。
「TGZ01、聞こえるか? 此方(こちら)は防衛軍、統合作戦指揮管制だ、応答されたし。繰り返す、応答されたし。」
それを聞いた緒美は「ほら、来た。」と翻(こぼ)し、続いて樹里に声を掛ける。
「城ノ内さん、通話設定を、お願い。」
「はい、部長。」
樹里は右手側に有る、データ・リンクの制御パネルを操作し、通話相手として統合作戦指揮管制を追加するのだ。
「はい、繋(つな)がりました。部長、どうぞ。」
「ありがとう。」
樹里に一礼を述べてから、緒美は少しだけ声色(こわいろ)を作り、統合作戦指揮管制へ返事をするのだ。
「此方(こちら) TGZ01、天野重工所属の試験随伴機です。えー、我々は交通管制の指示に従い、唯今(ただいま)より現空域から退避しますが、何か御用でしょうか?」
その様子に、緒美の前列では日比野と樹里が、クスクスと声を殺して笑っていた。その一方で飯田部長は、何やら渋い表情である。
その緒美の返信に声を返して来た管制官の声は、そう言えば聞き覚えの有る声だったのだ。
「ああ、何時(いつ)ぞやの、声のお若い部長さんですね。ちょっとお話が有るので、通信、代わりますので。 一佐、どうぞ。」
偶然なのか当然なのか、その声は前回に応対した管制官だったのだ。そして続いて聞こえてきた声も、緒美達には聞き覚えの有る声だった。その音声は最初、傍(そば)に居るであろう、その管制官に向けて話し掛けた声から始まった。
「『声が若い』って、失礼ですよ。実際にお若い、お嬢さんなんですから。」
それは少し笑っている様なニュアンスの声だったのだが、その声の主は流石に相手が高校生だと迄(まで)は、管制官に明かしはしなかった。続いて、緒美に向けて話し掛けて来る。
「鬼塚さん?空防の桜井です。 天野重工さんに、お願いしたい件が有るので、ちょっと聞いて頂けます?」
そう切り出した桜井一佐に、先(ま)ず飯田部長が声を返すのだ。
「ご苦労様です桜井一佐、飯田です。」
「ああ、飯田さんもご一緒でしたか。でしたら、話が早くていいわ。」
顔見知りである二人の会話に、緒美が声を掛ける。
「それで桜井さん、どう言ったお話でしょうか?」
「そうね、手短に済ませましょう。北からエイリアン・ドローンが接近して来ているのは、其方(そちら)でも認識はされているわね?」
「はい。ですので、これから現空域より退避しますが。」
「それなんだけど。今日の試験メニュー、長射程兵装の試射だと伺(うかが)ってますけれど、それでエイリアン・ドローンの迎撃をやって頂きたい、と言う依頼なんだけど。如何(いかが)かしら?」
「試験中の装備で、実戦に参加せよ、と。」
そうは言ってみた緒美だったのだが、自分達自身が何度も『試験中の装備で、実戦に参加して来た』のを考えれば、(言えた義理ではないな。)とは思ったのだ。だから緒美は、一瞬、苦い顔をしたのだった。勿論、兵器開発部が HDG を実戦に持ち込んだのは、自分達の危険を回避する為の『緊急回避的な措置』だったのだが。
桜井一佐は、そう言った『嫌なツッコミ』はしないで、素直な反応を示した。
「まあ、そう言う事になるけど。誤解しないでね、これは飽く迄(まで)、依頼であって、命令ではありませんから。」
そこで、飯田部長が会話に割り込んで来る。
「ちょっと宜しいですか?桜井一佐。今日、其方(そちら)に詰めて頂いて居たのは、そう言う状況を回避して頂く為だったのですが?」
「それは承知してます。詳しい事情は申し上げる事が出来ませんが、防衛軍(うち)の台所事情も苦しいものでしてね。取り敢えず『編成の都合』とだけ言っておきますが、兎に角、時間を稼ぐか、接近して来るコースを東へ誘導したいのです。」
桜井一佐の回答に苦笑いしている飯田部長を横目に、緒美が間を置かずに言うのだ。
「申し訳ありませんが、検証中の装備ですので、効果の程は保証致し兼ねます。」
「構いません。何の効果が無くても、責任を取れなんて言いませんから、御心配無く。 これは今回、防衛軍から標的機の提供が出来なかったので、その代わりと考えて頂けたらいいです。」
その桜井一佐の言い分に、直様(すぐさま)、緒美は反論するのだ。
「標的機は攻撃しては来ませんよ、桜井さん。」
「彼方(あちら)は飛び道具は持ってないのは解っているんですから、必要以上に接近しなければ同じ事でしょう? 今回、其方(そちら)の試験機は、適切に距離を取っていれば速度的に逃げ切れる能力が有ると思いますが、如何(いかが)です?」
緒美は目を閉じ、右手の人差し指を額の中央に当て、桜井一佐の発言を聞いていた。そして、その姿勢の儘(まま)、尋(たず)ねる。
「具体的なプランを、お聞かせ願えますか?」
「其方(そちら)側は速度(スピード) 10.0 以上で、方位(ベクター) 10 へ飛行すれば、三十分後に敵編隊が最大射程に入る筈(はず)です。そこからの攻撃の結果、エイリアン・ドローンの針路が其方(そちら)へ向く様なら、攻撃を中止して即座に撤退して頂いて構いません。 此方(こちら)としては、一機でも敵の数を削って頂ければ、或いは其方(そちら)からの攻撃が牽制(けんせい)になって敵機の進行方向が変われば、言う事はありません。勿論、何の戦果も無くても、責任を問うものでもありません。 其方(そちら)側としては、火器管制のデータも取得出来て、損は無いと思いますが?」
そこに飯田部長が、苦笑いし乍(なが)ら言うのである。
「防衛軍としても、標的機を提供する予算が浮きますしね。」
「その通りです。 念の為、申し上げておきますが、防衛軍が標的機を提供する際は、幾らかの費用請求は天野重工さんへ回りますからね。今回のは完全無料ですから、お得でしょ?」
「全くですな。」
大人達が笑えない冗談を言っているのは無視して、緒美は茜に問い掛ける。
「TGZ01 より HDG01。聞いてたと思うけど、防衛軍側のプラン、どう思う?出来そう?」
「HDG01 です、そうですね。無理は無いプランだと思います。」
即座に答える茜に、緒美は続けて尋(たず)ねる。
「燃料は大丈夫?」
「あと二時間は飛べますので。元々、余裕を見て積んでましたからね。HDG02 はどう?燃料。」
茜がブリジットに問い掛けると、此方(こちら)も直ぐに回答が有るのだった。
「HDG02 です。燃料は大丈夫です。HDG01 と同じく、あと二時間は行けます。」
「了解、HDG02。」
そして一呼吸置いて、緒美は飯田部長に尋(たず)ねるのだ。
「さて、どうしましょうか?飯田部長。」
飯田部長は真面目な顔で、答えた。
「この件に関しては、キミに判断を任せるよ。わたしよりも鬼塚君の方が、この手の判断は的確だ。」
- to be continued …-
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