WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第13話.16)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-16 ****


「安藤さ~ん、今、大丈夫です?」

「ああ、日比野さん。出張、お疲れ様でした。どうぞ。」

 日比野は、社内に在る売店の紙袋を抱えて、部屋の中へと入って来る。天神ヶ﨑高校出身の日比野は、一般大卒の安藤の方が二歳年上なので、安藤を『さん』付けで呼ぶのだが、会社的には日比野の方が安藤の二年先輩なのである。なので、安藤も日比野を『さん』付けで呼ぶのだった。

「あ、五島さんも、お疲れ様です。安藤さん、これ、差し入れです。」

 そう言って、幾種かのお菓子が入った紙袋を安藤に差し出す日比野に、五島が尋(たず)ねる。

「日比野君、天神ヶ﨑に行ってたんだよね? 今日、大変だったらしいじゃないの。」

「いやぁ、なかなか、貴重な体験をさせて貰いました~。」

 笑顔で、そう応える日比野に、安藤が問い掛ける。

「それで、どうしてこっちに? お疲れでしょう?帰って休んだ方が…。」

「それが、あとで又、事情聴取が有るかもなので、暫(しばら)く社内で待機してるよう、言われちゃいまして。 三課のオフィスには、もう誰も居ないし。ここなら、安藤さん達、まだ居るかな~って思って。Ruby の様子も見たかったですしね。もう、再起動掛けてるんですね。」

「あら、誰も居なかったですか? 井上主任も?」

「ええ、姿は見えませんでしたけど。もう、帰宅されたんじゃ?」

「まさか。あの主任が、五島さんは兎も角、わたしよりも先に帰る、何(なん)て事は有り得ませんから。絶対。」

 安藤のコメントを聞いて、苦笑いしつつ五島が言う。

「それじゃ、誰かに呼び出されたのかな? 飯田部長とか。」

「あ~かも、ですね。」

 そう言い乍(なが)ら、日比野は持って来た紙袋の中から、ポテトチップスの袋を取り出すと、封を切って手近な机の上に広げたのだ。

「お二人とも、どうぞ。遠慮なさらずに食べてくださいね。」

 言った傍(そば)から、日比野は一枚を摘(つ)まんで口へと運ぶ。

「俺は、いいや。さっき夕食、食べた許(ばか)りだから。」

 五島は、そう言って手に持っていたカップのコーヒーを、一口飲んだ。その一方で、安藤は手を伸ばして言う。

「わたしは、少し頂きます。」

「どうぞ、どうぞ。」

 安藤は二枚程をポリポリと食べたあと、日比野に問い掛ける。

「そう言えば。 貴重な体験って言ってましたけど、日比野さん、現場に?」

「え?ああ、いえ。 そもそもは、B号機の長距離飛行テストで、わたしは随伴機に乗ってログの受信、してたんですけどね。戦闘になった時には、わたし達の機は学校へ先に帰されまして。唯(ただ)、あの子達の通信は、全部モニターしてたんですけどね。防衛軍との遣り取りも。」

「何か、問題発言でも?」

「いや~『其方(そちら)の失策は明らかです。』とかって、鬼塚さんが、可成り強気で。ビックリしちゃいました。」

 苦笑いで、「凄いな、それは…」と五島がコメントを漏らすと、安藤は日比野に聞き返す。

「何(なん)で、そんな展開に?」

「それがね。その前に天野さんが、鬼塚さんに『部長』って呼び掛けてたから、防衛軍の管制官が、鬼塚さんの事、会社の取締役部長だと勘違いしてたみたいで。まあ、女の子の声ばっかりが聞こえて来るものだから、向こうは可成り困惑してた様子でしたけど。」

「まあ、無理も無いわな…。」

 そう言うと、力(ちから)無く笑って、五島は息を吐(は)いた。
 日比野の方は、笑いを堪(こら)え乍(なが)ら、話を続ける。

「それで、最後には『声がお若いですね』って云うんですよ、鬼塚さんに。」

「防衛軍の管制官が?」

 安藤の問い掛けに、大きく頷(うなず)き乍(なが)ら、日比野は答えた。

「ええ。で、鬼塚さんの、その返しが傑作で。 もう、落ち着き払った声で、『よく言われます。』って。 もう、通信をモニターしてたわたし達、機内で、皆(みんな)、吹き出しちゃって。」

 安藤はクスクスと笑って、「緒美ちゃんらしいわ。」と、コメントするのだった。そして五島も、ニヤリと笑って言うのだ。

「噂には色々聞いてるけど、ホントに肝(きも)の据(す)わった子だねぇ、その、鬼塚って子は。」

「皆(みんな)って、その随伴機には、他には誰が?」

 そう安藤に訊(き)かれ、日比野が答える。

「ああ、立花先生と、樹里ちゃん。あと、パイロットは金子さんって、飛行機部の部長さん、だったかな。」

 その答えを聞いて、「フッ」と吹き出す様に笑い、安藤が言った。

「もう、本当に『立花先生』で定着しちゃってますね。」

「そりゃ、もう三年目?だもんな。出向して。」

 五島のコメントを聞いて、今更(いまさら)乍(なが)らに立花先生が天野重工から出向している社員だった事を思い出し、日比野が釈明するのだ。

「あ~、だって、畑中君も『立花先生』って呼んでたし、実松課長だって時々。」

「ああ、日比野さん、試作部の畑中さんとは同期でしたっけ? 学生時代からの、お知り合いですか?」

 安藤の問い掛けに、日比野は即答する。

「いいえ。学科が違いましたから、在学中に直接の交流は無かったんですけど…。」

「けど?」

 五島に問われると、日比野は「フフッ」と笑ってから答える。

「彼、同期の女子の間では、割と有名人だったんですよ。『爽(さわ)やか系、朴念仁』って。」

「何、何?どう言う事です?」

 安藤が、凄い勢いで食い付いて来るのだった。

「当時、女子の間では割と人気が有ったらしくて。それで、アタックした子も何人か居るらしいんですが、皆(みんな)、玉砕したって聞いてます。そんな風(ふう)だから、女子の間では『畑中 BL 説』が流れた時期も有った位(ぐらい)で。 特課の生徒は皆(みんな)、寮生活ですから、付き合ってるカップルが居れば直ぐに解るんですけど、結局三年間、畑中君の浮いた噂は、遂に聞かなかったですね。」

「何(なん)だ~つまらない展開~。」

 大袈裟(おおげさ)に肩を落として見せる安藤に、笑って日比野が言う。

「あはは、でも、畑中君、婚約したみたいですよ。同じ試作部の天神ヶ﨑卒の子で、一年後輩だそうで。」

「へぇ~、実は学生時代から、こっそり付き合ってた、とか?」

「いいえ、学科が違ったから、畑中君の方は全く知らなかった、って云ってました。彼女の方は、『憧れの先輩』だったらしいですけど。」

「へぇ~、よし。今度会ったら、そのネタで冷やかしてやろう。」

 そう言う安藤に、日比野は微笑んで応える。

「是非、そうしてやってください。」

 そんな女性二人の遣り取りを黙って聞いていた五島には、畑中との面識は全く無かったのだが、他人事(ひとごと)乍(なが)ら(彼も難儀な事だなぁ…)と惻隠(そくいん)の情を抱くのであった。勿論、苦笑いはしても、それを口には出さないのである。
 そんな時、安藤が見ていた PC のディスプレイの表示が切り替わる。安藤は、思わず声を上げ、PC の方へと身体を向ける。

「自己診断、終了しました。Ruby が再起動しますよ。」

「おぉ、やっと来たか。」

 五島が身を乗り出す様にして、そう言うと、日比野も嬉しそうに言うのだ。

「あぁ、様子見に来た甲斐(かい)が有った。」

 それから数回、数種類の電子音が短く鳴らされた後、Ruby が再起動すると滑らかな合成音声が室内に響いたのである。

「おはようございます。天野重工製 GPAI-012(ゼロ・トゥエルブ)プロトタイプ、Ruby です。 接続されている画像センサーと音声センサーを起動、データの取得を開始します。」

 Ruby の声を確認して、安藤は早速、スタンドの複合センサーへ向かって話し掛ける。

「おはよう、Ruby。気分は如何(いかが)?」

「ハイ、気分は良好ですよ、江利佳。 社内ネットワークに接続しました。 現在の時刻と位置データを取得しました。 内蔵時計(インターナル・クロック)の時刻を修正しました。」

「ここがどこか、解る?」

 その安藤の問い掛けに、Ruby は即答する。

「天野重工本社のラボですね。わたしが、最初に起動した所です。」

 続いて五島が、そして日比野も声を掛けるのだ。

Ruby、俺の事、解るかい?」

「わたし、わたしの事も解る? Ruby~。」

 日比野は、スタンドに取り付けられている複合センサーに向かって、手を振って見せている。

「ハイ、聡(サトシ)、そして杏華(キョウカ)ですね。お久し振りです。こんな時間まで、お仕事ですか?」

 Ruby の返事を聞いて、五島と日比野は顔を見合わせて、笑顔で互いに頷(うなず)くのだった。そして安藤が、会話を続ける。

「あなたの再起動作業、ライブラリが破損してないか、三課の皆(みんな)がチェック作業を手伝って呉れたのよ。」

「それは申し訳ありません。それでは、江利佳もわたしのメンテナンスを?」

「そうよ~。 あ、画像で、個人の識別は出来てる? Ruby。」

「はい。以前、接続されていた画像センサーよりも、若干、解像度が低いですが、識別に支障はありません。」

 素直に、安藤の問い掛けに返事をする Ruby だったが、そこで五島が、少し慌てた様子で安藤を呼び止めるのだった。

「お、おい。安藤君」

「どうしたんですか?五島さん。」

Rubyが、キミの名前、呼んでる。 さっきから。」

「え?…あ。」

 Ruby が再起動した嬉しさに、安藤はうっかり忘れていたのだが、Ruby には安藤の事を『ゼットちゃん』と呼ぶように、『謎のプロテクト』が掛けられていた筈(はず)なのだ。
 その事の重大さを知らない日比野は、怪訝(けげん)な顔付きで五島に尋(たず)ねる。

「それが、どうかしたんですか?五島さん。」

 日比野は Ruby の開発チーム所属ではないので、その『謎のプロテクト』の件に就いては一切(いっさい)認識が無いのである。だから五島は、返事を濁(にご)す様に「ああ…うん、ちょっとね。」とだけ言った。
 一方で安藤は、「大変…。」と呟(つぶ)いて立ち上がる。
 そんな各人の様子を画像センサーからの情報で感知した Ruby だったが、しかし Ruby 自身も『謎のプロテクト』の事を意識はしていないので、その状況に就いて安藤に尋(たず)ねるのだ。

「何か異常が有りましたか?江利佳。」

 安藤は Ruby の問い掛けに、直ぐには応えず、ポケットから携帯端末を取り出して、パネルを操作している。

「ちょっと、待ってね Ruby。先に、主任に連絡を…。」

 携帯端末で井上主任を呼び出している安藤に、Ruby が言うのだ。

「では一つだけ、成(な)る可(べ)く早く確認しておきたい事が有るのですが、江利佳。」

 安藤は、井上主任が呼び出しに応じるのを待ち乍(なが)ら、Ruby に応えた。

「何?」

 すると、Ruby は安藤が思ってもみない事を訊(き)いて来たのだ。

「茜は無事ですか?」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.15)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-15 ****


「ああ、これ? ブリジットの、練習の参考になるかなって思って。」

 茜は携帯端末を拾い上げると、画面を九堂の方へ向ける。そこには、薙刀なぎなた)の試合の動画が映っていた。それを九堂と、その横から村上が覗(のぞ)き込む。すると九堂が、思わず声を上げたのだ。

「あら、何だか懐かしい感じの動画ね~。 そう言えばブリジット、まだ練習やってたんだ。」

「うん、とは言っても、素人(しろうと)の自己流じゃ、どう練習したらいいかも分からなくて。」

 九堂の「懐かしい感じ」と言う感想には触れない、そのブリジットのコメントを聞いて、茜とブリジットには意外な事を、村上が言うのである。

「だったら、要ちゃんに、教えて貰えばいいのに。」

「え?」

 茜とブリジットは、互いに顔を見合わせた後、揃(そろ)って九堂の方を向いた。
 その九堂は、何でも無い様に微笑んで言う。

「あ~、ご要望とあれば、コーチでも何でもやりますよ~基礎練習程度なら。」

「って、要。薙刀なぎなた)の経験、有ったの?」

 そうブリジットが九堂に問い掛けると、隣の村上が言うのだ。

「要ちゃんの実家、薙刀なぎなた)の道場なんだって。」

「うん、母方(ははかた)の方が、代々ね。そんな訳(わけ)で、昔からやらされてたんだ~。」

 九堂の発言を聞いて呆気(あっけ)に取られる様に、茜がコメントする。

「そんな話、初耳だわ…。」

「そりゃ、聞かれなかったから、話す機会(タイミング)も無かったし。 それに、茜が剣道やってたのを、わたしが知ったのも最近だもの。それを知ってたら、もっと早く話が出てたかもね~。」

「敦(あっ)ちゃんは、知ってたのね?」

 そう茜に問われて、村上は答える。

「わたしが聞いたのも、最近だよ。ブリジットが兵器開発部の関係で、『槍』とか『薙刀なぎなた)』の練習してるって聞いて。その絡みで、要ちゃんと話してて、聞いたんだっけ? 要ちゃんの実家のお話。」

「え~と、そうだっけ? その辺りは、詳しく覚えてないけど、そんな流れだったよね、多分。」

「御実家のお話って?」

 村上の問い掛けに答える九堂へ、茜は訊(き)き直すのだった。すると、九堂は素直に答える。

「ウチの実家の道場って、代々、娘が跡を継いでるのよ。で、ウチは子供が三人居て、姉、わたし、弟なんだけど。自動的に跡取り候補は姉か、わたしって事になっててね。」

 そこで、ブリジットが尋(たず)ねる。

「要のお父さんも、薙刀なぎなた)を?」

「ううん、お父さんは道場とは関係無い、普通の会社員だよ。お母さんの方が師範の資格持ってて、道場主。他に、男性の師範代も居るけどね。」

 今度は、茜が問い掛ける。

「それで、小さい頃から稽古(けいこ)させられてたの?」

「そうそう。あ、別に無理矢理って訳(わけ)じゃ、ないからね。姉妹二人共、割と好きで、やってたんだけど…。」

「そうなんだ。」

「…で、幸い、去年ね、姉がお婿さん貰って跡を継ぐのが確定したの。そんな訳(わけ)で、跡継ぎ問題からは解放されたんで、わたしは中学卒業と、こっちに来たのを機に止めちゃってたんだけど。この学校には、『薙刀なぎなた)部』なんて無いし、ね。」

 九堂の話に感心しつつ、ブリジットが尋(たず)ねる。

「へぇ~、強いの?要のお姉さん。跡を取るって言う位(ぐらい)だから。」

「いやぁ、まだまだ、お母さんや、お婆ちゃんには敵(かな)わないよねぇ。師範代の資格を取るのも、これからだし。実際に代替わりするには、まだ十年や二十年は掛かるんじゃない?」

 既に他人事(ひとごと)の様に話す、九堂だった。そして、続けて茜とブリジットに言うのだ。

「わたしも、それ程、強いって訳(わけ)じゃないけど、基礎位(ぐらい)なら教えられるよ。」

「うん、別に、どこかの大会に出て優勝しようとか、そう言うのじゃないから。でも、経験者の意見が聞けたら助かるよね、茜。」

 そうブリジットに言われ、茜は頷(うなず)く。

「部長の方には、わたしから言っておくから、明日の放課後からでも、お願い出来る?要ちゃん。」

 茜の依頼に、九堂は微笑んで答える。

「いいよ~部活に行く時に、声掛けて呉れたら。」

「うん。最初に部長から、秘密保持関係の意志確認は有ると思うから。それだけは、覚悟しておいてね。」

 そこでブリジットが、九堂に問い掛けるのだった。

「そう言えば、要って、部活、何もやってなかったよね?」

「うん。昔からずっと、放課後はさ、ウチの道場で薙刀なぎなた)の練習だったから。 だから高校に行ったら、何(なん)にもしない、ってのをやってみたかったんだ~。」

 その回答に、笑って村上が訊(き)くのだ。

「あはは、自由は満喫出来た?要ちゃん。」

「そうだね~でも、夏休みに帰省して、久し振りに道場に入ったら、ビックリするくらい身体が鈍(なま)っててさ。偶(たま)には素振り位(ぐらい)はしようかなって、練習用の木刀、実家から持っては来たんだけど…。」

 九堂の話に共感して、茜は言った。

「あはは、分かる分かる。でも、寮じゃ、なかなか練習、出来ないよね。」

「ね~、流石に物騒だもん。薙刀なぎなた)じゃあ、長さ的に、室内で振り回せる物じゃないし。」

「それは、剣道の竹刀(しない)だって、無理。」

 そんな会話で、談笑する四人だった。
 斯(か)くて、兵器開発部の活動の一部に、茜達の友人、九堂が一時的に参加する事となったのである。


 その日の同時刻頃、場所は変わって、天野重工の本社である。
 天野重工本社、開発部設計三課のラボでは、Ruby の再起動作業が、安藤と五島(ゴトウ)に因って進められていた。ドラム缶程の大きさである Ruby のコア・ブロックが中央に据えられたラボの一室は、それ程、広い部屋ではない。壁際には幾つもの PC やディスプレイ、計測器機等が並べられており、数え切れない程の配線が Ruby のコア・ブロックへと接続されている。
 五島は、Ruby には背を向けて、PC の操作を続けている。Ruby 本体を挟(はさ)んで反対側では、安藤が人の背丈程の高さのスタンドに、複合センサーを取り付ける作業をしていた。そのセンサーは、当然、Ruby に接続されている。
 円筒形の Ruby のコア・ブロックからは、カバーの類(たぐい)は外されており、基盤や配線、冷却剤が流れる配管等が露出している。一見すると大柄に思える Ruby のコア・ブロックだが、その容積の三分の一は冷却関連の器機で、更に三分の一は記憶装置(ストレージ・ユニット)なのだった。コア・ブロックに格納されていた全ての記憶装置(ストレージ・ユニット)はフレームから外されて、部屋の奥側の卓上に並べられ、延長配線で本体に接続されている。そんな具合なので、そのラボには、あと二、三人も入って来たなら、身動きが取れなくなる事は請け合いだった。
 そんな中、PC を操作する手を止め、五島が声を上げる。

「ライブラリ・ファイルは、結局、全部、無傷で残ってたね。良かった~。」

 五島は席を立つと、PC に接続されていた記憶装置(ストレージ・ユニット)の配線を外し、その記憶装置(ストレージ・ユニット)を持って奥側の机へと向かう。そして、先程の記憶装置(ストレージ・ユニット)を Ruby 本体からの延長ケーブルに接続し直す。

「よし、本体への再接続、っと。こっちの準備は終わったよ、安藤君。」

 五島から声を掛けられ、安藤は応えた。

「センサーの接続設定も完了です。じゃ、本体の起動、行きましょうか。五島さん。」

「オーケー。行ってみよう。」

 安藤は Ruby に接続された PC を操作して、モニター用のアプリケーションを立ち上げ、続いて Ruby 本体の電源スイッチを押した。電源が投入されると、低く唸(うな)る様な電源装置の作動音が聞こえ、冷却装置のポンプが起動する音、熱交換器のファンが回る音、配管の中を冷却剤が循環する音、様々な作動音が聞こえて来るのだった。そして、各種基盤やハードウェアが順番に起動していく都度(つど)、短いブザー音が「ピッ」とか「パッ」とか鳴らされるのだ。
 そんなハードウェアの起動チェックが終了すると、ソフトウェアによる環境構築と自己診断が開始される。安藤が監視している PC のディスプレイに、その進行状況が表示され、ウィンドウの一つでは物凄い勢いで診断リストの表示が上へと流れて行くのだった。

「さぁ、Ruby~朝よ~起きましょうね~…。」

 再起動の進行具合を監視し乍(なが)ら、大した意味も無く安藤は呟(つぶや)いた。それに対して五島は、笑って言うのだ。

「朝って、安藤君。夜中だよ、今。」

 因みに、その時の時刻は午後九時三十二分である。

「いいんです。こう言うのは、気分なんですから。」

 PC のディスプレイから目を離さず、微笑んで言い返す安藤だった。

「そうかい? さて、ここからが又、長いんだよね。」

「そうですね。小一時間は、掛かりますかね。」

「晩飯、食いに行って来るけど、ここ、お願いしていいかな?」

「どうぞ~何か有ったら、お呼びしますので。」

「うん。安藤君は夕食、済ませて来たんだよね?」

「そうですよ~御心配無く。」

 五島は椅子に掛けてあった上着を取ると、ドアへと向かった。ドアを開くと、振り向いて安藤に、もう一度、声を掛ける。

「じゃ、暫(しばら)く、ここは宜しく~。」

「は~い。ごゆっくり、どうぞ~。」

 安藤は一度も五島の方を見る事無く、唯(ただ)、右手を上げて見せるのみだった。


 それから四十分程が経過し、五島が Ruby の設置されているラボの一室へと戻って来る。彼が室内に入ると、安藤は彼が部屋を出た時と同じ姿勢で PC のディスプレイを見詰めている様に思えたのだ。五島は室内の時計で、思わず時刻を確認したが、確実に時間は経過していたのだった。

「安藤君、差し入れ~。」

 五島は抱えていた紙袋から蓋付きのペーパーカップを取り出し、安藤の傍(そば)の机に置いた。安藤には、それがコーヒーだと、直ぐに解ったのだ。

「あ、ありがとうございます。お代はあとで…。」

「いいよ、それ位(くらい)。」

 五島は向かい側の席に着くと、紙袋の中からもう一つのカップを取り出し、蓋を外し、コーヒーを一口、口に含む。室内に、五島の持つカップから、コーヒーの香りが広がる。
 安藤は椅子に座った儘(まま)、一度、上半身を伸ばし、五島が置いたカップを手に取り、蓋を外す。

「いただきます。」

「どうぞ。」

 まだ熱いコーヒーを、少しずつ冷まし乍(なが)ら、安藤は味わっていた。すると、五島が話し掛けて来るのだ。

「さっき、社食で聞いたんだけどさ。 今日も、天神ヶ﨑の子達、戦闘に巻き込まれたらしいぜ。」

 安藤は困惑した表情で、五島に聞き返す。

「え? 今日のって、九州北部でしたよね?襲撃されたの。」

「その一部が、天神ヶ﨑の方まで来たらしいよ。 それで防衛軍の作戦に、あの子達が割り込んだって、飯田部長の所に、防衛軍から『お問い合わせ』が来てるって。今、その対応で事業統括部とか、上の方は大変らしいってよ。」

「誰に聞いたんです?その、お話。」

「秘書課の女の子。偶偶(たまたま)、休憩に来てたの。」

「へ~ぇ、五島さん、秘書課に、お知り合いが居たんですかぁ。」

「変な言い方、しないで呉れる? 嫁さんの知り合いだよ。」

「ああ、成る程。 冗談は、兎も角。あの子達は無事だったんでしょうか?」

 冷やかしから一転して、真面目な表情で安藤は尋(たず)ねた。

「ああ。それは心配要らないそうだ。 もしも、あの子達に何か有ったら、上の方がもっと大騒ぎになってる筈(はず)だしさ。」

「それもそうですね。」

 安堵(あんど)した様に微笑んで、安藤は、もう一口、コーヒーを飲む。その一方で、苦い表情で五島が言うのだった。

「しかし上の方は、何時(いつ)まで、あの子達にテストをやらせておく気なんだろうね。」

「五島さんは、もう本社(ウチ)で引き取った方がいいと?」

「そりゃ、学校の方で被害や犠牲が出てからじゃ、遅いでしょ。」

 その時、ドアを開けて室内に声を掛けて来たのは、日比野だった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第13話.14)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-14 ****


 茜は、再び通信先の設定に防衛軍の指揮管制を加え、それからもう一度、声を作って応答をする。勿論、そんなに極端に声が変わる訳(わけ)ではない。

「はい、此方(こちら) HDG01 です。」

「画面上で其方(そちら)の位置と、エイリアン・ドローンの位置が重なっていたが、無事か? HDG02 も。」

 今迄(いままで)の経験的に、戦術情報画面上でエイリアン・ドローンの表示と戦闘機との表示が同高度で重なると言う事は、戦闘機側が被害を受ける事を意味していた。だから指揮管制官は、茜達の安否を心配して、連絡して来たのである。対して茜は、敢えてぶっきらぼうに、言葉を返した。

「うちの部長が『御心配は不要です』と、申し上げた筈(はず)ですが。」

「いや、無事ならいいのだが。 エイリアン・ドローンの反応が降下して行った様子なんだが、その付近に着陸したのか? 状況を教えて呉れ。」

 少し考えて、茜は答える。

「あ、いえ。攻撃して来たので、反撃し、当方で撃墜しました。」

「何?…。」

 暫(しばら)く沈黙した後、指揮管制官が聞き直して来る。

「…スマン、撃墜した、と云ったか?」

「はい。」

「四機全て?」

「わたし、HDG01 が二機、HDG02 が二機、ですね。」

「重ねて訊(き)くが、其方(そちら)に損害は無いか?」

「ありませんよ。HDG02 も無事です。HDG02、声を聞かせてあげて。」

 茜はブリジットに、そう呼び掛けて見る。ブリジットは、一寸(ちょっと)の間、考えて言った。

「えー、どうも、HDG02 です。御心配無く。」

 そこに、緒美からの通信が割り込んで来るのだ。

「TGZ02 より、HDG01、HDG02。そろそろ燃料が心配だわ。直(ただ)ちに帰投して。」

 すると慌てて、指揮管制官が声を上げる。

「あー、申し訳無いが、ちょっと待って呉れないか…。」

 その声に被(かぶ)る様に、緒美が発言するのだ。

「先程も申し上げましたが、私共(わたくしども)から開示出来得る情報はありません。其方(そちら)の所管責任者か、弊社の事業統括部へお問い合わせください。」

 緒美が言い終えるのを待って、茜が声を上げる。

「あの、防衛軍の方で、現在の HDG01、HDG02 の位置はマークされてるでしょうか? 大凡(おおよそ)その位置の下周辺に、エイリアン・ドローンの残骸が落下している筈(はず)ですので、後始末の方(ほう)は、宜しくお願いします。」

「えっ、あー…。」

 防衛軍側は何かを言いたそうだったが、それには構わず緒美が強制的に通信を終わりへと導くのだ。

「では、以上で通信を終わります。以降、呼んで頂いても、お応えは出来兼ねますのでご了承ください。」

 その緒美の通信が終わると、茜はフェイス・シールドの下で苦笑いを浮かべ乍(なが)ら、防衛軍の指揮管制を再度、通信先の設定から解除したのだった。
 そして、茜は言った。

「部長、防衛軍への通信、選択解除しました。」

「天野さん、ボードレールさん、ご苦労様。日が暮れるから、早く戻ってらっしゃい。」

 緒美が言う通り、既に太陽は半分程が沈みつつあり、東側の空は、もう薄暗くなっている。

「はい。HDG01、今より帰投します。ブリジット、帰りましょ。」

「了~解。」

 ホバリングを続けていた茜とブリジットは、それぞれの武装をジョイントに戻すと、学校へと向かって飛行を再開する。ブリジットは、もう一度、主翼を展開し、飛行制御を『揚力モード』へと戻した。ホバリングの出来る『推力モード』は、燃費が悪いのである。
 帰路に就き、ふと疑問に思った茜が、緒美に尋ねてみる。

「そう言えば、部長は今、何方(どちら)に?」

「ああ、もう着陸してるわよ、学校の飛行場。金子ちゃん達も、ね。 此方(こちら)は何とか、日が暮れる前に着陸出来て、良かったわ。」

「そうですか。わたし達は、あと五分位(くらい)で戻れます。」

「分かった、気を付けてね。 あ、戻って来る迄(まで)、通信はモニターしてるから。何か有ったら、呼び掛けてね。ボードレールさんも。」

「HDG01、了解。」

「HDG02 も、了解です。」

 それからは暫(しばら)く順調に飛行が続き、そんな中、ブリジットが茜に話し掛ける。

「さっきさ、茜…。」

「何?ブリジット。」

「…う~ん、茜みたいに出来るかと思ったんだけど。矢っ張り、付け焼き刃じゃダメみたいよねぇ。」

「ああ、見てたよ。ちょうど、こっちの方が片付いたあとだったから。 見事に、空振りだったわよね。」

「あはは、矢っ張りまだ、距離感、間合い?って謂うのが、イマイチ、身に付いてないのよね。」

「まあ、一週間や二週間で身に付く物でもないから、無理も無いわ。大体、相手のサイズが人間とは違うんだし。距離感は掴(つか)み難いかもね。」

「ああ、そうか~。意識してはなかったけど、それも有りそうかな。」

 それから茜は、少し間を置いて、言った。

「まあ、こんな事が本業じゃない訳(わけ)だし、敢えて慣れる必要も無いんじゃない? 取り敢えず、今回は撃退出来たんだから、それでオッケーって事で。」

「う~ん、それはそうだけど。何(なん)か癪(しゃく)だから、又、稽古(けいこ)を付けてね。」

「それは構わないけど。でも、槍とか薙刀なぎなた)は、わたしも専門じゃないからなぁ。」

「あははは、そうね~。当面は、自己流で頑張るしかないか~。」

 と、そんな会話をし乍(なが)ら、二人は学校へと帰還したのだった。

 茜とブリジットが第三格納庫前の駐機エリアに着陸した際には、二人を関係者達が出迎えて居た訳(わけ)だが、そこに天野理事長の姿は無かったのである。その事に就いて茜が尋(たず)ねると、立花先生が「防衛軍との折衝中だ」と、教えて呉れたのだった。
 防衛軍の作戦行動に介入した事に就いて、早速『事実確認』と称した苦情(クレーム)が天野重工本社へと届いていたのである。天野理事長は、その辺りの事態に対応するべく、飯田部長や桜井一佐と連絡を取っていたのだ。
 一方で、機体を地上要員(グラウンド・クルー)の飛行機部部員達へ渡した金子が、同じくレプリカ零式戦を飛行機部部員へと渡し一人で格納庫へと向かっていた緒美の元へ駆け寄って来て、話し掛けるのである。
 金子は、緒美の背後から右腕を回し、男性っぽく肩を組んで訊(き)いた。

「鬼塚は始終、落ち着いていた様だけど。矢っ張り、自分達が作ったあの装備に自信が有った訳(わけ)?」

 緒美は視線だけを隣の金子へ向けて、何時(いつ)も通りの落ち着いた口調で答える。

「いいえ、信じていたのは装備の性能じゃなくて、天野さんの能力の方よ。それから、ボードレールさんは、絶対に天野さんを裏切らないって事。 あの装備は、まだ、性能を発揮するのに、個人の能力に負う部分が大きいから。」

「ふうん…裏切らない、ね。確かに、ブリジットの天野さんに対する態度は、実は、ちょっと引っ掛かる所が有ったのよね。最初は、貴方(あなた)と森村さんの関係と、同じ様に思ってたんだけど。『類友(るいとも)』ってヤツ?そんな感じで。」

「そう? わたしと森村ちゃんが、どんな関係に見えてるのかは知らないけど。あの二人のは、普通に『友達』って言うよりは、共に困難を乗り越えた『戦友』って感じよね。」

「何か有ったの?」

「中学時代にね…詳しい話は、本人達に聞いて。わたしが話す事じゃないから。」

 そう言って、金子の方へ顔を向け、緒美はニッコリと笑ってみせる。
 金子は視線を逸(そ)らして、組んでいた右腕を解(ほど)き小さく息を吐いた。すると、遠くから武東が呼んでいる事に気付き、金子は緒美に言った。

「それじゃ、また後でね。」

 緒美は頷(うなず)いて、右手を肩程の高さに上げて応える。

「お疲れ様。」

 金子も右手を上げて応えると、武東の方へと駆けて行ったのである。

 格納庫の中では、茜とブリジットが装備を降ろすと、HDG-A01 と HDG-B01 の両機については、直ぐに点検が開始された。その作業は、畑中達が中心となり、それを瑠菜と佳奈、樹里とクラウディア、そして維月、直美、恵がサポートすると言う態勢である。
 インナー・スーツから制服へと着替えた茜とブリジットの二人は、緒美と立花先生と共に理事長室へと向かい、それから一時間程を掛けて、天野理事長への詳細な状況報告を行ったのだ。
 その報告から解放された緒美、茜、ブリジットの三名は、一旦(いったん)、第三格納庫へと戻り、他の部員達と合流して後片付けに参加した。理事長室に残った立花先生は、例によって校長を交(まじ)えての打ち合わせである。
 格納庫では、午後八時前には粗方(あらかた)の作業が終わり、それを見届けた実松課長と日比野の二名は予定通り、天野理事長と共に社用機にて、本社の在る東京へと飛び立ったのである。天野理事長には、緒美達から聞き取った内容を元に飯田部長達が製作した、防衛軍へ提出する報告書の確認作業が、本社到着後に待ち受けていたのだった。
 試作部から来校の畑中と大塚の二名は、午後八時を少し過ぎた頃、宿泊所である学校敷地内の男子寮へと引き上げたのだった。この二人は翌朝の出発で、工具や計測機材等をトランスポーターに積み込んで、試作工場の在る山梨へと陸路を移動するのである。
 兵器開発部のメンバーも、畑中達と同時刻に第三格納庫を後(あと)にし、女子寮へと帰ったのだった。
 緒美達は寮に戻ると、先ずは夕食となったのだが、茜とブリジットの二人は夕食よりも入浴を希望していたので別行動を取ったのである。そんな訳(わけ)で、茜とブリジットの二人は、午後九時を過ぎて寮の食堂へと入ったのである。
 天神ヶ﨑高校の女子寮は、学生のみでなく単身の女性教職員も生活している都合も有り、寮の食堂では午後十時迄(まで)は食事が可能なのだ。食堂自体にも寮生の全員が同時に食事が出来る程の広さは無く、自(おの)ずと寮生達は時間を区切って、入れ替わりで食事を取る事が前提となっている。夕食に関して言えば、部活などで夕食の遅くなる者も多いので、大した問題は無く、強いて言えば、時間が遅くなるとメニューの選択の幅が狭くなる事と、教職員と同席しなければいけなくなるのが、寮生達に取ってリスクであると言えば、そうだった。
 問題は、寮での朝食なのである。登校直前の時間帯が一番、食堂が混むので、下手(へた)をすると朝食を食べ損ねる事になるのだ。その為、余裕を持って朝食を食べたい者は、早起きが必然となる。朝に弱い者は、最初から食堂の利用は諦(あきら)めて校内のコンビニでパン等を購入するか、学校の学食を利用する者もいたが、これらの方法は寮の食堂とは違って、料金の支払いが必要なのだった。

 話を戻そう。
 寮の食堂の一角、壁際の席で向かい合って、茜とブリジットは食事を取っていた。この日のその時間は、食堂には人影は疎(まば)らで、閑散としている。食堂に備え付けられてるテレビは、今日のエイリアン・ドローン襲撃に対する防衛戦に就いて、何時(いつ)も通りの当たり障りの無い発表を繰り返していた。因(ちな)みに、食堂のテレビは、ニュース専門チャンネルに固定されていて、他のチャンネルに変えられる事は無い。
 談話室や娯楽室にもテレビは設置されており、其方(そちら)は利用者が自由に放送を選ぶ事が出来たのだが、そもそも、この学校の寮生達は、それ程、テレビ番組は観ないのだった。専用のサービスと契約すれば携帯端末で個々人が好きな番組や動画作品を観られる、と言う環境の所為(せい)も有るが、それよりも下らないバラエティ番組で貴重な時間を無駄にしない、そんな意識の方が、この学校の寮生の間では主流だったのだ。
 勿論、ドラマや歌謡番組が特に好きなグループも一定数は居て、そう言った人達はそれぞれに集まって、放送される番組を楽しんではいた。要するに、各人各様である。
 茜とブリジットは、と言うと、一般に放送されている当たり障りの無いテレビ番組には余り興味は無く、食堂で流されているニュースに時折、目を留める程度である。その為、同級生達と比べると、流行のドラマや芸能人などに就いては、二人共に疎(うと)い方だったのだ。但し、茜に就いて言えば、ロボットやパワード・スーツが登場する SF 物の映画やアニメに関しては、考察の参考資料として、膨大な数の作品を観ていたのである。
 そして茜が、この日の夕食の傍(かたわ)ら、携帯端末で『薙刀なぎなた)』や『槍』に関連する動画を検索し、練習の参考になるかもとブリジットに見せていたのだった。そんな夕食を終えようかとしていた頃、二人に声を掛けてきたのが、同級生であり友人である、村上 敦実(アツミ)と、九堂 要(カナメ)の二人だった。
 茜は、声を掛けてきた二人の様子を見て、尋(たず)ねる。

「二人は、今、お風呂上がり?」

 その問いには、村上が答え、聞き返して来る。

「うん、茜ちゃん達は?」

 すると、ブリジットが答える。

「わたし達も、済ませたわ。食事の前に。」

 そして九堂が、ニヤリと笑って言うのだ。

「聞いたよ~今日も、やっつけたんだって?エイリアン。」

「エイリアンじゃなくて、エイリアンのドローン、ね。」

 茜は苦笑いで、九堂の発言を訂正する。

「あはは、どっちでも同じ様なモンでしょ。」

 笑顔で細かい事は気にしない風(ふう)の九堂に、茜は確認する。

「それ、敦(あっ)ちゃんに聞いたの?」

「そうよ。」

 あっけらかんと答える、九堂である。そして茜は、村上に問い掛ける。

「敦(あっ)ちゃんは、金子さんから聞いたの?」

「うん。飛行機部も関わっちゃったから、一応、今日居た部員には経緯の説明が有ったの。色々と面倒臭い事になるから、他の生徒には言っちゃダメだ、とは言われてたけどね。」

 そう説明する村上に、ブリジットが突っ込む。

「だったら、要に話しちゃダメじゃん。」

 すると、九堂がブリジットに抗議するのだ。

「え~、わたしだけ仲間外れにしないでよ。 大体、こんな話、事情を知らない生徒が聞いても、信じて呉れないでしょ。」

「だよね~。」

 と、無邪気に村上が同意するのだった。そして、言葉を続ける。

「わたし的には、もっと茜ちゃんやブリジットの、お手伝いが出来たら嬉しいんだけどね。今は、間接的にしか協力出来ないのが、何だか歯痒(はがゆ)いのよね。」

「敦実は間接的にでも、手伝いが出来るならいいじゃない。わたしにも出来る事、何か無いかしら。」

 聊(いささ)か不満気(げ)に、そう言って溜息を吐(つ)く九堂である。
 それに対して茜は、少し困った様に言う。

「此方(こちら)としては飛行機部を巻き込んじゃって、それだけでも申し訳無いのに…。」

 すると、再び無邪気な口調で村上が言うのだ。

「それは、別に気にしなくてもいいんじゃない? 部長同士が、仲良しなんだし。 飛行機部の部員達も、本社の技術の人と交流したいって思ってる人は、案外、多いのよ。その点で、兵器開発部が羨(うらや)ましいのよね~。」

「そんな物かしら…。」

 茜が少し呆(あき)れた様に言うと、テーブル上に有った茜の携帯端末に関心を持った九堂が尋(たず)ねる。

「所で、それ、何を見てたの?」

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.13)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-13 ****


 そんな成り行きを見守っていた、金子が呟(つぶや)く様に言った。

「成る程ね、こうやって戦闘に巻き込まれていくのか。前回もそう、だけどさ。」

 その声を聞いて、立花先生は溜息を吐(つ)いたが、何もコメントはしなかった。
 金子は操縦桿のトークボタンを押し、緒美に問い掛ける。

「TGZ01 より、TGZ02。鬼塚、ホントにいいの?これで。あと三分程で、学校上空に着くのに。」

 通信からは、緒美の落ち着いた声が返って来る。

「HDG と一緒に学校まで戻ったら、学校上空にエイリアン・ドローンを引き寄せる事になるわ。そこに、防衛軍の戦闘機が攻撃して来たら、学校や町の上でミサイル戦になるのよ?」

「それで『流れ弾』の心配を?」

「『流れ弾』にならなくても。 運良くミサイルが命中したとしてもよ、残骸がどこへ落ちるかは分からないでしょう? 戦闘は、出来るだけ人が居ない所でやって貰うのに限るわ。」

 金子は一度、深呼吸をして、もう一度、操縦桿のトークボタンを押した。

「TGZ02、了解。 HDG01、天野さん、貴方(あなた)達、帰り道は分かる?」

 金子の問い掛けに、茜の返事は直ぐに返って来る。

「はい、御心配無く。」

 続いて、緒美からのフォローが入るのだ。

「大丈夫よ、天野さんのA号機にだって、わたし達の機より、立派な航法システムが組み込まれてるんだから。」

「あははは、何しろ、防衛軍の戦術機仕様ですから。」

 通信から聞こえて来る、茜の明るい声に、金子はニヤリと笑って言葉を返した。

「それはそれで、何だか癪(しゃく)な話ね。」

 本来、陸上戦闘用のA号機に戦闘機仕様の航法機能が実装されているのは、不思議な話の様にも思える。これは、最初から航空用拡張装備を、A号機にも想定していたからに他ならない。
 そして、ブリジットが金子に呼び掛けて来る。

「金子先輩、日比野さんに、ログの記録続行をお願いします、と、伝えておいてください。」

 金子は少し首を回し、後席に向かって言った。

「だ、そうですよ、日比野さん。」

 ブリジット達からの通信は機内でモニターされているので、敢えて金子が言い直す必要は無い。
 日比野は、微笑んで金子に伝言を依頼する。

「了解、って言っておいて。」

 トークボタンを押し、金子はブリジットに話し掛ける。

「了解、だって、ブリジット。」

「はい、ありがとうございます。」

「ブリジット~…。」

「何ですか?金子先輩。」

「あー、いや。気を付けてね。天野さんも。 グッド・ラック。」

 すると、直ぐに茜が返事をして来るのだった。

「はい。大丈夫ですよ。」

 金子機と緒美のレプリカ零式戦から離れ、西へと向かう茜とブリジットの二機は、横に並んで飛行していた。速度は、ブリジットの方が、茜の HDG-A01 に合わせている状態である。
 ブリジットは、彼女の右側を飛行する茜の方へ視線を向けるが、二人共にフェイス・シールドを降ろしていたので、その表情は窺(うかが)えなかった。尤(もっと)も、フェイス・シールドを上げていたとしても、表情の判別が付く距離ではなかったのだが。
 それでも、ブリジットの視線を察知したのか、茜が話し掛けて来るのだ。

「ブリジット~、怖くない?」

「う~ん…正直、分からない。緊張は、してるかな。」

「あと二分位(くらい)で、射程に入るわ。出来れば、最初の一撃で二連射して、全部片付けたいけど。ブリジットは向かって左側の二機を、お願いね。」

「了解。」

 茜は右側の腰部ジョイントから、荷電粒子ビーム・ランチャーを外すと、砲口を前方へと向ける。
 ブリジットも自(みずか)らの武装を飛行ユニットのジョイントから外し、前方へ向けて構えた。そこで、茜が呼び掛けて来る。

「ブリジット、武装の安全設定を全解除。貴方(あなた)の装備は、実射するのは初めてだから、一度、試し撃ちしておきましょうか。本番で機能しなかったらマズいから。」

 そう言って、茜は自身が持つランチャーを、前方に向けて一発、発射して見せる。特に狙いを定めてはいない、青白い閃光が前方へと走った。

「了解。わたしも、やっておく。」

 ブリジットは射撃用のグリップを起こすと、右のマニピュレータでそれを保持し、トリガーを引いた。茜の持つランチャーと同様に、青白い閃光が前方へと走る。だが、彼女が身構えたのとは裏腹に、衝撃や反動は殆(ほとん)ど無かった。

「意外に、反動って無いのね。」

「まあ、HDG が吸収しちゃうのも有るけど、火薬を爆発させてる鉄砲とは原理が違うから。それに、ショックとか反動とかは、無い方がコントロールし易いでしょ?」

「それはそうだけど。ちょっと拍子抜けって言うか、迫力が無いって言うか…。」

「そんな事よりも、ブリジット、少し進路を変えるわ。二十度ほど右へ、付いて来て。」

 ブリジットの右隣を飛行していた茜が、右へと離れて行った。ブリジットは、慌てて茜を追い掛け、再び茜の左隣に、自身の位置をキープする。

「どうして向きを変えるの?茜。」

「あの儘(まま)、西向きに飛んでると太陽が正面じゃない。それだと、こっちが不利になるわ。このコースで、一分ほど飛んで様子を見ましょう。」

「エイリアン・ドローンが、こっち向きに進路を変えるかしら?」

「かもね。」

 茜が、そう答えたあと、ブリジットは自身の武装の、接近戦用機能を確認してみる。武装の先端に取り付けられている、ビーム・エッジを発生させる三枚のブレードを『槍(スピア)モード』や『大鎌(サイズ)モード』に組み替えて、青白く発光する『アクティブ』状態の動作確認を行った。それらの指示は、思考制御に因って正常に行われたのだ。

「よし、動作確認、終了っと。」

 ブリジットは武装の形態を、『射撃モード』へと戻した。

「ブリジット、最初にエイリアン・ドローンを迎撃した時の事、覚えてる?」

「勿論。」

 不意の、茜からの問い掛けだったが、ブリジットは即答した。茜が、言葉を続ける。

「あの時、最初の一撃の直後、残りの二機が直ぐに左右へ分かれて行ったでしょう? 今回も多分、あの流れになると思う。」

「うん、又、山の中に降りるのかな?」

「今回は、その時よりも高度が有るから。例えエイリアン・ドローンが同じ様に行動するとしても、山に降りる迄(まで)は、時間が有ると思うの。だから、見失わない様に出来れば、そこで、もう一撃。」

「そうね。事前に、そう動くかもって思ってたら、対応出来るかな。」

「あと…。」

 茜は少し間を置いて、続けた。

「…回避しないで、突っ込んで来るパターンも有りそうだから、両方、想定しておいて、ブリジット。」

「茜は、何時(いつ)も、そんな風に考えていたの?」

「ブリジットだって、バスケの試合中、相手の動き位、考えてるでしょ?」

「ああ…まあ、そうか。成る程。」

「まあ、ブリジットは接近戦には慣れてないと思うから、怖いと思ったら直ぐに距離を取ってね。こっちは、飛び道具が使えるんだから。 わたしの方はスピードが出ないから、逃げようとしても直ぐに追い付かれるけど。その点、ブリジットのB号機なら、大丈夫でしょう。」

「ふふ、バスケにも結構、接触プレーとか有るからね。ま、エイリアン・ドローンの相手は、やってみないと分からないけど。」

「呉呉(くれぐれ)も、無理はしないでね、ブリジット。」

「了解。気を付ける。」

「さあ、そろそろ向きを変えるわよ。エイリアン・ドローンを、正面に。三、二、一、ターン。」

 茜の合図で、二人は左旋回を始める。茜は、スクリーンに表示された戦術情報を読み解き、状況を報告する。

「エイリアン・ドローン四機、降下し乍(なが)ら、此方(こちら)に向かって来てる。相対速度が速いから、射撃出来るタイミングは短いわ、注意してね。」

 二人は現在、南西方向へ向かって飛行していた。沈み掛けた太陽は茜達の右手側斜め前方に在り、視界正面からは外れている。最大望遠画像で捉えているエイリアン・ドローンの姿は、夕焼けに照らされて、その機体は紅い光点に見えた。
 茜とブリジットは水平飛行をしつつ、ランチャーの軸線を少し上向きに構える。

「ブリジット、さっき言った通り、左側の二機をお願い。内側の二機から、仕留めるわよ。」

「了解、茜。射撃のタイミングは、任せる。指示してね。」

「オーケー。じゃ、ロックオン。」

 二人が、それぞれに目標をロックオンしても、エイリアン・ドローン達はコースを変える事無く、茜達へ向かって直進して来るのだった。HDG での標的のロックオンは、戦闘機やミサイルの様にレーダー波のビームを相手に対して固定する方式ではない為、エイリアン・ドローン側で検知がされ難いのだ。HDG の場合、自身に強力なレーダーが搭載されていないので、目標の位置をデータ・リンクの戦術情報に拠って把握し、HDG やランチャー等武装側の光学センサーから得られる画像データで精度を補正し、レーザーセンサーで距離を測っているのである。

「あと十五秒。」

 茜は目標との間隔を距離ではなく、秒数で伝えた。この時点で、茜達とエイリアン・ドローンとの相対速度は凡(およ)そ時速 900 キロメートル、秒速に換算すると、秒速 250 メートル。つまり、一秒間に二百五十メートルの間隔が縮まっているのだ。その儘(まま)の速度だと、標的までの距離が一キロメートル辺りから射撃を始めるとして、そこから四秒後には互いが交差している計算になるのである。
 茜の装着しているヘッド・ギアのスクリーンに投影されているエイリアン・ドローン一機の大きさは、実際には約五メートル程の横幅だが、最大望遠でも画面上に機影が占める面積は二パーセント程度である。望遠を使わずに肉眼で観測したなら、伸ばした腕先の位置に置かれた、直径 0.6 ミリメートル程の点に相当する大きさにしか見えないだろう。

「ブリジット、念の為、一機に対して二発、撃ち込みましょう。」

「了解、茜。」

 スクリーン上の機影が、刻々と大きさを増し、そのディテールがはっきりと見えて来る。そしてエイリアン・ドローン達が、進路を変える気配は無かった。

「あと五、四、三、二、一、発射!」

 茜の合図に合わせて、ブリジットもトリガーを絞る。二人は、茜の言った通り、続けて二度、荷電粒子ビームを目標に向けて撃ち込んだ。
 そして直様(すぐさま)、それぞれが次の標的へと照準を合わせようとするのだが、編隊の両サイドに位置して居た二機は、それぞれが機体をロールさせて左右に分かれ、茜とブリジットの横を、距離を保って通過して行くのだ。
 一方で、機体の中央部を撃ち抜かれた編隊中央の二機は、錐揉(きりもみ)状態になって解(ほど)ける様に破片や装甲を振(ふ)り撒(ま)き乍(なが)ら、茜達の下方を落下して行った。

「ブリジット、左の、お願い!」

「オーケー!」

 茜は空中でくるりと向きを変えると、右側から背後に回り込もうとするエイリアン・ドローンに正対(せいたい)し、格闘戦形態へと移行したそれに、ランチャーの照準を合わせようとするのだ。スピードは飛行形態の時に比べて格段に遅くなっているのだが、不規則に上下左右に機動する標的には、なかなか照準が合わせられない。
 推力だけで飛行している茜のA号機とは違い、翼の揚力で空中に浮いているブリジットのB号機は、茜の様に瞬時に機体の向きを変えられない。それでも目標を視界から逃さないように、無理にでも姿勢を変えようとするので、B号機に搭載された AI は飛行制御を『揚力モード』から『推力モード』へと切り替え、主翼を後方へと折り畳むのだ。それは姿勢の変化に因って生じる空気抵抗で主翼が破壊しないようにする為の処置なのだが、その瞬間、揚力を失ったブリジットの身体は、機体を支えられる大きさまで推力が上昇するその間、暫(しば)し落下するのだった。左側へ回避したもう一機のエイリアン・ドローンも、空中で格闘戦形態へと移行し、空気抵抗も有って一気に減速するのだが、ブリジットは目標から目を逸(そ)らす事は無かった。

 茜は突進して来るエイリアン・ドローンに向けて、何発か荷電粒子ビームを発射していたのだが、目の前で上下左右に機動する目標に、命中させる事が出来ない。

(あー、近過ぎると当たらない!)

 茜は心中で、そう叫ぶと右のマニピュレータで保持してたランチャーのキャリング・ハンドル部を、左マニピュレータで掴(つか)んで引き取り、空いた右マニピュレータを BES の柄(つか)に掛ける。
 眼前に迫ったエイリアン・ドローンは鎌状の右腕を振り下ろして来るが、それはディフェンス・フィールドが青白いエフェクト光を放って、弾き返す。そして間を置かず、茜はジョイントから BES を外した。

「オーバー・ドライブ!」

 音声入力で BES の作動モードを指定すると、一気に右へと向かって振り抜く。
 斬撃をディフェンス・フィールドに阻(はば)まれた直後、体勢を立て直そうとしていたエイリアン・ドローンは、荷電粒子の刃(やいば)に因って胸部を上下に両断され、二つに分かれた機体はそれぞれが落下して行った。

 一方、空中での必要な推力を取り戻したブリジットの方へは、その足の下へ向かってエイリアン・ドローンが飛行していた。ブリジットは『射撃モード』から『槍(スピア)モード』へと武装を切り替え、足元へ潜り込もうとするエイリアン・ドローンへ向けて、ビーム・エッジ・ブレードを振り下ろす。

「オーバー・ドライブ!」

 茜と同じ様に、荷電粒子の刃(やいば)を最大化させ、擦れ違い様(ざま)の斬撃を狙ったブリジットだったが、その切っ先は僅(わず)かに届かない。空振りしたブリジットの身体は、勢い余って前転する。
 ブリジットの下方を通過したエイリアン・ドローンは、彼女の後方で急上昇し、機体をロールさせて右腕の大鎌に因る斬撃を、ブリジットに浴びせて来るのだった。
 しかし、それもB号機が生成するディフェンス・フィールドに因って、弾かれるのだ。斬撃の為に機動を止めたその機体は、格好の標的である。振り向いたブリジットは、腰の位置で構えて『射撃モード』で放った荷電粒子ビームを続けて三発、エイリアン・ドローンの胴体へと撃ち込んだのだった。

「HDG01、HDG02、大丈夫か? 応答せよ!」

 茜とブリジットが、それぞれ二機目を撃破した直後、二人を呼び出す、防衛軍の指揮管制官の通信音声が、聞こえて来たのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第13話.12)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-12 ****


 突然の、防衛軍からの呼び出しに、茜は戸惑った。直様(すぐさま)、緒美に助言を求める。

「部長、防衛軍からの呼び出しですが。どうしましょう?」

 防衛軍からの通信は、データ・リンク経由で届いているので、それは緒美達にも同様に聞こえていた。
 データ・リンク経由での通信について、ここで少し説明しておく。
 通常の電波を用いた無線通話の場合、使用する電波の周波数が同じであれば、お互いに通話が出来る。この場合、使用している周波数が判明すれば、敵であってもその傍受(ぼうじゅ)や、或いは攪乱(かくらん)などが可能となる。又、味方同士であっても、無関係な作戦の指示が聞こえてしまうと、過誤や混乱の元となり得るので、複数の周波数を用いて指揮通信の整理が行われる。一方で、緊急通信や救援・救難の要請など、共通の周波数を使用した方が便利な場合も有るので、複数の周波数を使い分ける必要が有るのだ。
 データ・リンク自体は、一定の帯域の電波がデータ通信用の周波数として確保されていて、通信・通話毎(ごと)に特別な周波数を設定している訳(わけ)ではない。それでも、通話自体は選択した相手のみと行いたい場合が殆(ほとん)どなので、技術的には送信側が通話音声のデータに通話先のアドレス・コードを付加し、受信側は自らのアドレス・コードを持っているデータのみを解読し、音声に変換して出力する、と云う処理が行われているのだ。
 この様な仕様から、先(ま)ず第一に、呼び掛けるには相手側のアドレス・コードが判明している必要が有る。そして呼び掛けに対して返事をする為には、返信先のアドレス・コードを通信先として追加する設定が必要になるのだが、その方法は勿論、使用機材に拠って操作が異なるし、機材に拠っては予(あらかじ)め設定しておいた相手にしか返信出来ない場合や、設定の変更に別途端末が必要な場合も有るのだ。又、大抵(たいてい)の場合はアドレス・コードを特定の機材のみではなくグループで使用しているのだが、その場合はグループ内の一台の機材で設定変更が可能であれば、そのグループ全てに設定が反映されるのだ。今回の HDG や緒美の携帯型無線機の場合も、このケースであり、緒美が使用している携帯型無線機の設定変更には専用の端末か PC への接続が必要だったが、HDG-A01 若しくは HDG-B01 でなら、通信先の追加設定が可能だった。又、防衛軍側が HDG 側のアドレス・コードを知っていたのは、それが事前に登録されていたからだ。立花先生が「ちゃんと許可は取ってある」と、金子に語っていた通りなのである。

「天野さん、其方(そちら)の通信設定画面に、今の防衛軍のアドレス・コードがリストアップされてる筈(はず)だから、設定を。」

 緒美に言われて、茜はスクリーンを変更しようかと思ったのだが、画面右下に『COM:DFJOCC』の文字が点滅しているのに気が付いた。『DFJOCC』は、Defense Force Joint Operations Command and Control:防衛軍統合作戦指揮管制の事で、この表示は先方から、返信要請が来ている事のサインである。茜はそこへ視線でカーソルを動かし、選択した。

「画面を変える迄(まで)もなく、通信先の選択肢が出てますので、追加しますよ。」

「そう、お願い。」

 緒美の返事を聞きつつ、茜は『COM:DFJOCC』を選択した事に因って表示された、選択肢『Accept/Cancel』から『Accept』を選んだ。
 その直後、再び、その防衛軍統合作戦指揮管制からの呼び掛けが届く。

「此方(こちら)、統合作戦指揮管制、HDG01 及び HDG02 、応答されたし。」

 少し慌てて、茜が答えるのだった。

「あ、はい。此方(こちら)、HDG01 です。聞こえてます。」

「え?何で、女の子が…そちら、天野重工の試作戦闘機で間違いないか?」

 茜の声を聞いた防衛軍の管制官は、不審気(げ)に聞き返して来た。その問い掛けを聞いて茜は、管制官が HDG や、その開発体制に就いては、詳しく理解していないと瞬時に察知したのだ。HDG の事を『試作戦闘機』と呼んだ事から、HDG がパワード・スーツである事は把握されていないし、茜の声を聞いて驚いている事から、開発やテストを天神ヶ崎高校が担当している事は知らないのだろうと判断したのである。
 実際、指揮管制側が把握していたのは、戦術情報画面に『HDG01』、及び『HDG02』と表示されているそれが『天野重工の試作機』と云う事だけであり、その詳細情報を呼び出しても、表示される項目には『匿秘(とくひ)』とのみ記載されていたのだ。付記事項として『所管・航空幕僚監部、責任者・桜井 巴(トモエ) 一佐』とも記載されてあったのだが、それは統合作戦指揮管制官の立場で、気軽に連絡の出来る問い合わせ先ではなかったのである。
 そして茜は、態(わざ)と低目の声色(こわいろ)を作って、聞き返した。

「はい、間違いありません。それで、女性のテスト『パイロット』が、珍しいですか?」

「あ、いえ。失礼…最初、声が、うちの娘位(ぐらい)に聞こえたもので。」

 取り敢えず、そう言い繕(つくろ)うと、指揮管制官は不審には思いつつも、言葉を続けたのだ。

「えー、天野重工さんの方でも、データ・リンクに参加しておられる筈(はず)ですが、戦術情報をご覧になって状況を把握されてますか? エイリアン・ドローンが其方(そちら)に接近しています。迎撃機は向かっていますが、至急、当該空域からの退避を。」

 管制官は『天野重工の試作機』が F-9 戦闘機の改良型、程度の認識で話していた。つまり、エイリアン・ドローンに追い付かれる事無く、空域からの退避が出来る筈(はず)だろうと考えていたのだ。だから、ギリギリの、このタイミング迄(まで)、『匿秘(とくひ)』扱いの機体に連絡を取らなかったのである。又、データ・リンクに参加している全員に聞こえる緊急回線や一般回線を使用せず、HDG を指定して個別に話し掛けて来たのも、空幕の指定している『匿秘(とくひ)』扱いに配慮したからだ。
 しかし、茜からの返事は、管制官に取っては意外な答えだった。

「此方(こちら)でも状況は把握していますが、残念ですが現空域からの即時退避は難しいかと。第一に、試験の随伴機が高速機でない事。第二に、試作機の内、一機は高速飛行が不可能なので。 HDG01 より、TGZ02 へ。部長、どうしましょうか?」

 茜は、或る期待を込めて、緒美に指示を仰(あお)いだ。この時、通話を聞いていた指揮管制官は『部長』と呼ばれた相手を、天野重工の取締役部長の事だと勘違いしたのだった。普通、それが高校の部活の部長だとは思わないので、寧(むし)ろ当然である。
 緒美も通話が防衛軍に聞かれている事が解っていたので、茜と同様に少し声色(こわいろ)を作って指示を伝えるのだった。

「TGZ02 より、HDG01 及び、HDG02。ここで隊を分けましょう。HDG01、02 は西向きにエイリアン・ドローン迎撃へ向かい、防衛軍到着まで、時間を稼いで。その間に、随伴機二機はベースへ着陸します。」

 編隊飛行を続ける金子機の機内では、その緒美の声を聞き乍(なが)ら、金子は隣席の立花先生に問い掛ける。

「先生、鬼塚があんな事言ってますけど。いいんですか?」

「仕方無いから、取り敢えず、合わせておいてあげて。」

 苦笑いしつつ、答える立花先生に、金子も苦笑いで返すのみである。緒美の指示に続いて、茜とブリジットの声が返って来る。

「HDG01、了解。」

「HDG02、了解。」

 続いて、金子が操縦桿のトークボタンを押して言うのだ。

「TGZ01 より、TGZ02。編隊長は、わたしの筈(はず)だけど?」

「TGZ01、非常事態なので、此方(こちら)の指示に従って。ここで対処の判断をしないと、全員が危険に曝(さら)されるわ。」

 緒美の返事を聞いて、金子は横目で立花先生の方を見る。立花先生は、金子の視線に気が付くと、黙って首を横に振るのだった。金子は、溜息のあと、緒美の指示に従う返事をする。

「オーケー、TGZ01、了解。」

 データ・リンクに乗っていない TGZ01 こと金子機からの通信を除いた、一連の通話を聞いていた指揮管制官は(何で、聞こえて来るのが、女の子の声ばっかりなんだ?)と、困惑していたが、その事は一旦置いて声を上げた。

「ちょっと待って呉れ。『部長』さんと云うのが、責任者と言う事でいいのかな?」

「はい。随伴機、TGZ02。 鬼塚と申します。」

 緒美は、落ち着き払った口調で答えた。
 指揮管制官は、どう聞いても自分の娘程の年頃の声と、その或る種の貫禄を感じさせる落ち着いた口調とに酷(ひど)い落差を感じつつ、緒美への説得を試みる。

「鬼塚さん、民間機が敵機へ対処する事は、防衛軍としては許可出来ない。此方(こちら)の作戦行動上も、民間機の存在は邪魔になるので、即刻退避して頂きたい。」

 緒美は、間を置かずに言葉を返す。

「緊急時の自衛行動ですので、防衛軍の許可を求めてはおりません。そもそもは、領空内に侵入した敵機への対処に、時間的な空白を生じさせた其方(そちら)側に、失策が有ったのは明らかではありませんか?」

 その緒美への返答を、指揮管制官は一拍置いて返して来るのである。

「自衛行動と仰(おっしゃ)るが、其方(そちら)側は武装を?」

「試作機の詳細に関しては、開示出来ません。防衛軍とは、その様な契約ですので。必要でしたら、其方(そちら)側の所管責任者へ、問い合わせをお願いします。」

 緒美の発言は勿論、半分がハッタリである。
 金子機の機内では、その遣り取りを聞き乍(なが)ら、金子は呆(あき)れた様に言うのだった。

「相変わらず、好(い)い度胸してるわ、鬼塚。」

 立花先生は、苦笑いしつつ言った。

「流石、緒美ちゃん。」

 その賛辞を聞いて、後席の二人はクスクスと笑うのである。
 緒美への返答を考えているのか、一瞬、指揮管制官が沈黙しているので、続いて緒美は茜達へ指示を出した。

「HDG01、及び HDG02。貴方(あなた)達は、敵機の撃墜まで考えなくていいわ。防衛軍の迎撃機が攻撃可能距離に達する迄(まで)、エイリアン・ドローン達を引き付けて、時間を稼いで呉れたら。 防衛軍の戦闘機がミサイルを発射したら、エイリアン・ドローンは回避機動を始める筈(はず)だから、そうしたら貴方(あなた)達は離脱して降下、山の陰にでも退避して。」

「HDG01、了解。」

「HDG02 も了解です。」

 茜とブリジットの返事を聞いて、緒美が指揮管制官に念押しをする。

「防衛軍の方も、そう言う事でよろしいですか?」

 緒美に問い掛けられ、指揮管制官は渋々と云った具合に返事をして来る。

「了解はしたが…其方(そちら)に被害が出ても、防衛軍は責任を持てないぞ。」

「御心配は不要です。こう言った事態は、これが初めてではありませんので。詳細は非公開ですけど。」

 そして、一呼吸置いて、指揮管制官が緒美に声を掛けるのだった。

「しかし、部長さんも、声がお若いですな。」

 それは彼の精一杯の嫌味、と言う訳(わけ)ではなく、冷静に遣り取りを続ける緒美に対して、立場や年齢とは無関係に、同じレベルに立った感覚から自然に出た、無邪気な感想だった。
 緒美は、それに対してさえも、冷静に言葉を返す。

「よく言われます。」

 金子機内では、その返事を聞いた金子を含む四人が、揃(そろ)って失笑していたのだった。そして、笑いを堪(こら)え乍(なが)ら、金子が言うのだ。

「防衛軍の人も、まさか、相手が高校生だとは思ってないんだろうね。」

 それを聞いて、他の三人はクスクスと笑い乍(なが)ら、金子の意見に同意するのだった。
 そして、緒美の声が聞こえた。

「では、其方(そちら)への通信は、以上で終わります。」

 緒美が態態(わざわざ)、そう宣言したのを聞いて、茜はその意図を察し、通信リストから『DFJOCC』を解除し、緒美に報告するのだ。

「部長、防衛軍への通信は、取り敢えず、一旦、選択解除しました。」

「流石、天野さん。察しがいいわね。ありがとう。」

 緒美の返事に、ブリジットが問い掛ける。

「どう言う事です?部長。」

「さっきは、防衛軍(あちら)の顔を立てて、撃墜は考えなくていいって指示したけど。出来るなら、防衛軍の戦闘機が攻撃を始める前に、出来る限り敵の数を削ってちょうだい。出来れば、全機撃墜でもいいわ。勿論、防衛軍側がミサイルを発射したら、直ぐに退避するのは変わらないんだけど。」

「えーっと、それは…。」

 緒美の指示の意味が飲み込めないブリジットに、茜がフォローを入れる。

「この辺りでミサイル戦なんか、されたら迷惑だ、って事よ、ブリジット。」

「そう言う事。ミサイルが外れても、近接信管が働いて空中で爆発して呉れればいいんだけど、完全に外れて『流れ弾』になったりすると厄介だわ。数を撃てば撃つ程、そうなる確率が上がるのよ。」

 緒美の説明を聞いて、ブリジットは更に尋(たず)ねる。

「流れ弾になると、どうなるんです?部長。」

 そのブリジットの問いには、茜が答える。

「ロケット・モーターが作動している間は、どこかに飛んで行くけど、何(いず)れは、どこかに落ちるでしょ。山にでも落ちて爆発すれば山火事になるかもだし、もしも落ちたのが町中だったら、それこそ洒落にならないでしょ?」

「成る程、解った。」

 ブリジットの返事を受けて、茜が声を上げた。

「それでは、HDG01 は、これよりエイリアン・ドローン迎撃に向かいます。」

 茜が身体を少し起こすと、HDG-A01 は空気抵抗で編隊から一気に後方へと離れ、続いて上昇して右へ旋回し、西へと向かったのだ。地球の陰に沈もうとする太陽が、茜には、ほぼ正面に見えた。完全に日が没する迄(まで)、あと五分程である。西側の空は、焼ける様な赤色が、次第に強くなって来ていた。

「HDG02、続きます。」

 ブリジットも上昇して編隊から離れ、茜を追った。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.11)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-11 ****


「何でって…そうね、兵器…戦闘機とかロケットとか、その手の物に興味を持って、子供向きのでも専門的な書籍とか読んでると、自然と入って来る知識よね。小学生の頃には、その手の本を幾つも読んでたから、大まかな理屈だけは知ってたの。」

「部長や金子先輩も、そんな感じなんですか?」

「わたしは…中一の時に、エイリアン・ドローンへの対抗兵器を考える為に、現用兵器の事を色々と調べた一環で知ったわね。」

 ブリジットの問い掛けに、素直に答える緒美だった。そして、金子が続く。

「わたしは、昔から飛行機に興味が有ったから、天野さんと同じ感じかな。うちの父が買ってた専門の雑誌とか読んで、それで、だね、小学生の頃だったと思う。」

「そう言うもんですか~成る程…。」

「あはは、一般的には、わたし達見たいのが少数派の筈(はず)だから、気にする事は無いよ~ブリジット。」

 そうフォローする金子だったが、それを台無しにする茜の発言がこれだ。

「でも、うちの学校の、機械工(うちの)学科だと、その手の物が好きな人は多そうだから、半分位は、わたしや部長のタイプじゃないかしら?」

 その茜の発言に反応したのは、緒美である。

「そうは言っても、普通科の人は違うでしょうから、半分って事は無いと思うわ。クラスの四分の一を超える事はないでしょう?天野さん。」

「あーまあ、そうですか、ね。」

 そんな茜と緒美の会話は、ブリジットは「あははは」と笑って流す他、無かったのである。
 そうして帰路の飛行を続ける一行であったが、それから数分の後、防衛軍の戦術情報を監視していた茜が、情勢の変化を報じる。

「HDG01 より全機へ、エイリアン・ドローン編隊が進路を、東北東から東へと変えました。速度、高度は変わらず…いえ、高度はちょっとずつ、降りて来てますね。」

 その報告に、緒美が聞き返す。

「天野さん、空防の迎撃機とエイリアン・ドローンとの、距離はどの位?」

「えー、直線距離で大凡(おおよそ)二百…百八十キロですね。」

 続いて、金子が尋(たず)ねる。

「わたし達とは?」

「わたし達とは、西へ二百キロの距離が有りますけど。この儘(まま)で、真っ直ぐ飛んで来られると、十五分後にわたし達の飛行コースの五分後ろを通過する計算になりますね。高度は、分かりませんけど。」

 茜の報告に対し、緒美が所感を述べる。

「多分、迎撃機を回避する積もりで進路を変えたんでしょうね。 エイリアン・ドローン、今はまだ、海上? 天野さん。」

「はい、ですけど真東へ飛んで行くと、直(じき)に島根県の上空ですよ。地図的には、三瓶山?の辺り。」

「その辺りだと、地対空ミサイルの配備が手薄だったかしら?どうだっけ…。」

 そこで、今度はブリジットが声を上げた。

「防衛軍の戦闘機隊も向きを変えました。南西方向へ。」

「多分、陸地の上空へ来る前に、ミサイル攻撃を仕掛ける積もりでしょうね。」

 透かさず分析する、緒美だった。その緒美に、金子が問い掛ける。

「鬼塚、防衛軍にエイリアン・ドローン全機、墜とせると思う?」

「どうかしらね。エイリアン・ドローン六機に対して、戦闘機二機の中射程 AAM が合計十六発。防衛軍側は二回、三回は攻撃出来るけど、二機か三機を処理出来たらいい所じゃないかしら。」

「そう言う予測、防衛軍はしないのかな?」

「してると思うけど、後続の迎撃機が上がって来ないのは、何かのトラブルか、機材不足かしら? 今日の九州迎撃戦に、小松からも機体を出してたのかも。何かしら、手を回してるとは思うんだけど。」

「成る程ね。」

 溜息と共に、金子はそう言ったのだった。
 実の所、大陸の上空三万メートルには、更に十二機のエイリアン・ドローンが待機している事を、防衛軍は掴(つか)んでいた。この様な情報は、後になっても報道される事は無いのだが、防衛当局としては、それらが日本領空へと向かって来る事態も考慮に入れておく必要が有り、九州上空の警戒と確保済みの対処能力を、緩(ゆる)める訳(わけ)には行かなかったのである。
 一方で、既に領空内に侵入した残存六機に就いても当然、対処が必要となるのだが、その対応に全力を傾けて、それが陽動にされる状況は避けねばならなかった。残存六機がどこを目標として飛行しているのかも正確には不明で、その為、それらの動向を慎重に見極めていたのである。しかし、エイリアン・ドローンが海上から陸地方向へと向きを変えた時点で、それ以上は悠長に構えている事も出来ず、小松基地には追加の迎撃機二機の発進が発令されていた。その事は間も無く、戦術情報にて茜達の知る所となるのだった。
 その頃、茜達一行は海側から海岸線を越えて、陸地の上空を飛行していた。金子が、緒美に呼び掛ける。

「TGZ01 より、TGZ02。鬼塚、ここからなら、鳥取空港が近いけど。予定を変えて、そっちへ緊急着陸するって選択肢も有るけど、どう?」

「エイリアン・ドローン達の進路が変わったから、その方が安全ではあるけど…現時点で HDG を人目に晒(さら)すのは、どうかしら? 立花先生に聞いてみて、金子ちゃん。」

 金子は、隣の席に座っている立花先生に、問い掛ける。

「…って、鬼塚は云ってますけど。どうでしょうか、立花先生。」

 勿論、それら機内での会話は、緒美達には伝わらない。
 立花先生は、少し困った顔で静かに答えた。

「難しい所ね。あなた達の安全を考えたら、先生としては緊急着陸を選択したい所だけど。会社的には、秘密保全の出来ない民間の空港へ HDG を降ろすのは、賛成出来ないわ。緒美ちゃんの言う通りよ。」

 少し考えて、立花先生が提案する。

「どうせなら、防衛軍の美保基地はどうかしら?」

美保基地って言っても、半分は民間の米子空港ですよ。大体、距離的には学校へ戻るのと、殆(ほとん)ど変わりないですし。」

 そこへ、茜からの提案である。

「HDG01 より、TGZ01。あの、提案なんですが。部長と金子さん達は空港に退避して、わたしとブリジットで学校へ向かう、と言うのはどうでしょうか?」

 機内でモニターしている茜の声を聞いて、苦笑いしつつ立花先生は言うのだった。

「天野さんらしい発想だわ。」

 続いて、金子が操縦桿のトークボタンを押して、応答する。

「却下!一年生を置いて行ったりしないし、一年生に置いて行かれて堪(たま)るもんですか。」

 その金子の発言を聞いて、後席の二人、樹里と日比野はくすりと笑うのだった。
 そして立花先生が、言うのだ。

「エイリアン・ドローンは、防衛軍が対処して呉れるのを信じましょう。必ず、戦闘に巻き込まれるとは、限らないでしょうし。学校まで、あと十五分位よね。」

「そうですね…TGZ01 より各機。この儘(まま)、学校へ向かいます。場合によっては高度を下げるかも、だけど、その辺り覚悟はしておいてね。」

 金子の通信に緒美達は、それぞれが「了解。」と返事をするのだった。
 それから間も無く、茜から情勢の報告が入るのだ。

「エイリアン・ドローン、ロックオンされました。防衛軍の戦闘機隊が、攻撃準備を始めたみたいです。」

 それは茜とブリジットが装着するヘッド・ギアのスクリーンに投影されている戦術情報画面の表示で、敵機を示す黄色の三角シンボルが、菱形のシンボルに変化する事で示されている。これが自機によるロックオンの場合、菱形の色は赤色である。
 そして、攻撃機と標的機の間が一本ずつのラインで結ばれ、次いで、そのラインが攻撃機側から標的機側へ向かって短くなっていく様に、刻々と表示が更新されるのだ。
 それを茜が、通信で報告する。

「防衛軍、ミサイルを発射しました。エイリアン・ドローン、回避機動を開始。編隊を解いて、バラバラに機動してますね。」

 それまで整然と並んでいたシンボルが、四方へと散らばり、進行方向を示すバーも機体によっては、グルグルと向きを変えて表示されている。しかし、ミサイルの接近を示す、一方の端に丸いドットの付いたラインは、容赦無く短くなっていくのだ。一端の丸いドットが、ミサイルの位置を表しているのは、言う迄(まで)も無いだろう。

「あと、十…八…六…四、三、二、一! 起爆しました。」

 戦術情報画面には、ミサイルが起爆した位置に『×』シンボルが表示されていた。中射程空対空ミサイルは、標的に命中しなくても、その近傍を通過する際に爆発する。それは、その飛散する破片で、敵機が損傷するのを期待しているのだ。しかし、この近接信管による爆破効果では、それ程大きなダメージをエイリアン・ドローンに与えられないのは、既に明らかな事実だった。何故なら、エイリアン・ドローンの外皮が『装甲』であるからだ。
 地球製の航空機は、軽量化の都合上その外皮は薄く、陸上兵器の装甲に比すれば、防弾効果など無いに等しい。一方でエイリアン・ドローンは陸上での格闘戦も視野に入れた構造である故、その外殻も十分(じゅうぶん)な装甲性能を有しているのである。
 そして、もう一つ、空対空ミサイルが爆発する事に因る破片の飛散は、それらがジェットエンジンに吸い込まれて、エンジンに損傷を与える効果をも期待している。だが、エイリアン・ドローンの推進機関は、吸気口と噴出口を有してはいるものの、その構造は、ほぼ徒(ただ)の筒であり、内部にタービン等の構造物が存在しないのである。作動原理は未(いま)だ不明なのだが、兎に角、破片の吸引で推進機関に損傷を与える効果は期待出来ない。例え吸い込まれたとしても、破片は徒(ただ)、素通りするだけなのである。
 戦術情報画面では、五秒程『×』シンボルが表示されたあと、再びエイリアン・ドローンが黄色の三角シンボルで再表示された。その結果を、茜が報告するのだった。

「撃墜は一機、ですね。残存五機が、元の飛行コースへ再集合してます。防衛軍の戦闘機隊は、再度コース変更。南向きに飛んで、エイリアン・ドローン隊の後方へ回り込むコース取りの様です。」

 そこで、金子が緒美に尋(たず)ねるのだ。

「鬼塚、防衛軍側はミサイルの残り、何発?」

「さっきの攻撃で六発発射した筈(はず)だから、残りは十発ね。」

「残存五機なら、あと二回、攻撃出来るのか。」

「そう言う事。」

 茜は、金子と緒美の間で交わされる通信の音声を聞き乍(なが)ら、黙って戦術情報の画面を監視していた。そして間も無く、再び、敵機表示が黄色の菱形へ変化するのだった。

「目標、再度ロックオン。 発射されました。今度はさっきの半分位の距離、ですね。」

 今度も戦術情報画面の中では、刻々とミサイルが接近する中、エイリアン・ドローン達は無様(ぶざま)に右往左往している様に見える。しかし、衝突の最終局面で、エイリアン・ドローン達はミサイルが飛来する軌道から、自身の位置を微妙にずらし、ミサイルの回避しているのだ。勿論、そんな細かい動き迄(まで)は、戦術情報の画面から読み取る事は出来ないのだが。
 戦術情報画面には、再度『×』シンボルが並び、全てのミサイルの信管が起爆した事を知らせるが、期待した程の戦果は得られない。茜は、声を上げた。

「全弾起爆しましたが、今度も撃墜は一機だけです。残存、四機。」

 すると、誰に言うのでもなくポツリと翻(こぼ)した金子の声が聞こえて来る。

「当たらない物ね…。」

 しかし、状況は止まらない。茜は引き続き、戦術情報画面から読み取れる情報を声に出す。

「防衛軍、再度、全標的をロックオン。 発射。今度はエイリアン・ドローンが編隊に集合する前に、仕掛けましたね。距離は、前回とほぼ同じ位です。標的へ到達まで、凡(およ)そ三十秒。」

 そして間も無く、絶望的な結果が表示されるのだった。それでも茜は、冷静に状況を伝える。

「全弾、回避されました。残存は四機の儘(まま)です。あ、一機のみ再度ロックオン…発射されました。」

 その茜の声を聞いて、緒美が言うのだ。

「最後の一発ね。」

 茜は読み取った情報を、その儘(まま)、声に出す。

「防衛軍の戦闘機隊、離脱して行きます。ミサイルは目標まで、あと十五秒。…ダメです、回避されました。残存は四機の儘(まま)。」

「天野さん、エイリアン・ドローンの進路は?」

 緒美の問い掛けに、茜は直ぐに答える。

「元の東向きコースに復帰してます。高度は、三千メートルまで降りて来てます。」

 次いで、金子が問い掛けて来た。

「天野さん、防衛軍は逃げちゃったの?」

「こっちに向かってる、後続の迎撃機と交代するんだと思いますが。」

 そして緒美が、説明を追加するのだった。

「迎撃機には自衛用の短射程 AAM も積んである筈(はず)だけど、それが使える距離まで近付くと、トライアングルに反撃される恐れが有るから、極力、それは避けてるのよ。彼方(あちら)は、斬撃を実行する為に、体当たりでもやる勢いで突っ込んで来るから、あっと言う間に間合いが詰まっちゃうの。そうなったら、防衛軍の戦闘機の方が不利。」

「ふうん…厄介ね。 それで、天野さん、後続の迎撃機の到着まで、あと何分?」

「大体、あと八分位(ぐらい)ですか。」

「こっちは、あと五分ぐらいで学校上空に到着ね。」

 そこで、何か言い難そうに話すブリジットの声が、聞こえて来るのだった。

「ねぇ、茜…エイリアン・ドローンの進路、こっちに向かって来てない? あと五分位で、わたし達と進路が…。」

「交差するわね。高度も更に下げて来てるし…これは、HDG-A01(わたし)が狙われてるのかなぁ。」

 そう答えて、茜は溜息を一つ、吐(つ)くのだった。
 その時である。通信から、聞き慣れない、男性の声が聞こえて来たのだ。

「HDG01、及び HDG02、聞こえるか? 此方(こちら)は防衛軍、統合作戦指揮管制だ。其方(そちら)は、天野重工所属の試験機で間違いないか?」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第13話.10)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-10 ****


 表示範囲を広げると、読み取った情報をブリジットが口述する。

「あ、黄色の三角表示が、幾つか重なってる。画面、左上。対馬の右上辺り。」

 そのブリジットの報告に、茜が解説を加えるのだ。

「その黄色い三角のシンボルが、敵機。つまり、エイリアン・ドローンよ。その三角の中心辺りから、右斜め上向きにバーが表示されてるでしょ? そのバーの向きが目標の移動方向。それから、カーソルをシンボルに合わせると、速度とか高度とかの情報も表示されるわ。」

「三角マークなのは、エイリアン・ドローンが『トライアングル』だから?茜。」

 予想の斜め上なブリジットの質問に、茜はくすりと笑って言葉を返す。

「そう言う意味じゃないけど、敵機と判明してる対象は全部、表示は三角なのよ。因(ちな)みに、友軍機、味方が青い丸で、敵機じゃない民間機は緑の四角。敵味方の判明してない所属不明機は、白の逆三角ね。」

 民間機の多くは交通管制に飛行計画(フライトプラン)が提出されており、離陸時以降から交通管制に追跡されているので、その機体に軍用の IFF(Identification, Friend or Foe:敵味方識別装置)が搭載されていなくても、交通管制のデータと突き合わせる事で、それが敵性機でない事が判別出来るのだ。この様に、防衛軍の陸海空及び衛星からのレーダー情報以外にも民間の各種レーダー情報や飛行計画から目撃情報まで、複数のデータが統合されて戦術情報は表示されている。

「成る程、わたしの表示の隣の青い丸が茜で、あとの四角二つが部長と、金子先輩か。」

「そう、わたし達は今、南向きに進んでいるから、進行方向を示すバーがマップ上で下向きになってるでしょ。あ、『MAP(マップ)』モードだと、上が常に北になってるの。」

 その説明を聞いて、ブリジットはもう一度、表示のスケールを小さくして、広範囲の情報を読み取る。

「西から東向きに、エイリアン・ドローンが六機、日本海上空を高度一万六千で飛行中、と。あれ?右上にも、味方のシンボルが出てる。左…西向きに移動中。」

 ブリジットの報告に、茜が補足説明をする。

「それは空防の迎撃機ね。小松基地から二機、発進したみたい。」

 その茜の発言を、緒美が確認するのだった。

「迎撃機はもう上がってるのね?天野さん。」

「はい、部長。F-9 が二機、ですね。この位置で、この速度だと、十五分…十七分位で中射程 AAM の攻撃圏でしょうか。」

 『AAM』とは、Air to Air Missile:空対空ミサイルの事である。『中射程 AAM』は、射程距離が大凡(おおよそ)百キロメートル程度の空対空ミサイルで、エイリアン・ドローンとの接近戦を避けたい航空防衛軍は、この中射程空対空ミサイルを迎撃戦に於いて主用していた。
 F-9 戦闘機は、この中射程空対空ミサイルを胴体内に四発、主翼下に四発の、合計八発を搭載可能で、その他に射程が四十キロメートル程度の短射程空対空ミサイルを機内に四発搭載しているのが、エイリアン・ドローン迎撃行動時の標準的な装備である。
 因(ちな)みに、航空防衛軍の主力戦闘機である F-9 戦闘機は、天野重工が主契約会社として生産されている。

「トライアングル六機に、F-9 が二機じゃ、ちょっと少なくないかな…大丈夫かしら?」

「この二機が先行してるだけで、後続が上がって来るんじゃないですか?」

「だといいけど。兎に角、天野さんとボードレールさん、二人は防衛軍の戦術情報で、エイリアン・ドローンの動向を監視しておいて。何か動きが有ったら、直ぐに教えてね。」

「HDG01、了解。」

 茜に続いて、ブリジットも応える。

「HDG02、了解。」

 そこに、金子が状況を訊(き)いて来るのだった。

「TGZ01 より、HDG01。ちょっと状況を教えて。捕捉されてるエイリアン・ドローンは、その六機だけ?」

「そうですね、今は、そうみたいです。どんな経緯で、この六機が残って、こっちに向かっているのか、その辺り迄(まで)は流石に分かりませんけど。」

 茜に、ブリジットが問い掛ける。

「情報画面には、九州上空にも何機か友軍機が飛んでるみたいだけど。こっちのは、追い掛けないのかな?」

 その問いには、緒美が答えるのだった。

「多分、九州上空のは CAP(キャップ) の機体じゃないかしら。」

「キャップ?」

 聞き返すブリジットに、説明をするのは金子である。

「CAP(キャップ) ってのは、コンバット・エア・パトロールの頭文字だよ。直訳すると戦闘空中哨戒、戦闘が行われた空域に留まって、敵機が入って来ない様に見張ってるのが役割。だから、逃げてく敵は追い掛けないんだ。敵を追って行って、その間に、隠れてた敵に侵入されたらマズいだろ?」

「成る程。」

 ブリジットは一言、納得した旨の声を返した。

 ここで、一般には報道される事の無い、この日の防衛軍の奮闘振りを紹介しておこう。
 この日、日本列島へと襲来したエイリアン・ドローンは、防衛軍が捕捉したのが、総数で四十八機である。これらは午後三時頃に東シナ海上空を、西から日本領空へと接近して来るのが探知され、午後三時半頃に日本領空への侵入が確認された。防衛軍は、これらの侵犯行為に直ちに対処する為、航空防衛軍が迎撃機二機編隊を三組、九州北部上空に待機させていたのである。更に対馬の南側と五島列島の西側には、海上防衛軍所属のイージス艦各一隻が配置されており、これら二隻が侵入して来るエイリアン・ドローンへの、第一撃を加えたのだった。二隻のイージス艦より発射された艦対空ミサイルは計四十八発であり、これに因りエイリアン・ドローン十一機が撃墜された。次いで空中の戦闘機隊から中射程空対空ミサイルが順次発射され、計四十八発の空対空ミサイルで、七機のエイリアン・ドローンが撃墜されたのである。
 そこでエイリアン・ドローン残存三十機は、一度、西方向へ転進して日本領空から脱出したのちに北上、朝鮮半島上空を経由して対馬の北方から再度、日本領空へと侵入して来たのだった。この第二波に対し、対馬南方沖のイージス艦が艦対空ミサイル三十発を発射、これに因りエイリアン・ドローン六機を撃墜した。
 ここ迄(まで)の経緯から、半島上空をエイリアン・ドローンが素通りしている事を不審に思う向きも有るかも知れないが、高度一万メートル以上を飛行するエイリアン・ドローンに対して、この半島の国家は迎撃行動などの対処を行わないのが通例なのだ。勿論、エイリアン・ドローンが自国領土内に降下して来ると判断された場合は必要な迎撃措置を取るのだが、それらが日本へと向かう見込みが有る場合、彼(か)の半島の国家は何もしないのである。この点に就いては、大陸側の『中連』も、同じ態度なのだった。
 半島と大陸側の両国家と日本とは、軍事的な協力関係は疎(おろ)か、正式な国交すら現在は無い。それは、どちらもが国内の主導権争いが続く準内戦状態であり、国内の結束を計る目的で日本への敵視政策が継続されている為である。

 話を、この日の迎撃戦に戻そう。
 イージス艦の攻撃を躱(かわ)したエイリアン・ドローン残存二十四機に対し、航空防衛軍の戦闘機隊の第二波は合計四十八発の中射程空対空ミサイルを発射し、八機を撃墜する。
 ここで、航空防衛軍が装備する F-9 戦闘機は、先述の通り中射程空対空ミサイル計八発を搭載している。従って、二機編隊でミサイルの合計数は十六発、その編隊が三隊で総計四十八発と言う計算なのだが、これらが全て同時に発射される訳(わけ)ではない。
 海上防衛軍のイージス艦の場合、捕捉した目標全てにミサイルを同時に、或いは連続して発射するので、目標数と発射数とが一致している。しかし、戦闘機隊の場合は各機が接近して来る目標を順番に選択して攻撃する為、結果的に目標数よりも多くのミサイルを消費しているのである。それは勿論、全てのミサイルが命中する訳(わけ)ではないからだ。
 戦闘機隊の攻撃を受け、エイリアン・ドローンの侵攻第二波は残存数が十六機に減じた時点で進路を北西に変え、黄海方向へと日本領空から退去した。しかし、それらは第三波として再度、五島列島の西側から侵入を開始するのである。
 それに対して、五島列島西方沖のイージス艦が艦対空ミサイル十六発で迎撃を実施。それに因りエイリアン・ドローン三機を撃墜する。残存数十三機のエイリアン・ドローンを、航空防衛軍の第三波迎撃部隊六機が中距離空対空ミサイル計四十八発で迎え撃ち、七機の撃墜を果たしたのである。
 これにて残存数が六機となったエイリアン・ドローン編隊は進路を北東へと変え、九州北部と対馬の間を通って日本海上空を能登半島方向へと進んだのだ。この時、対馬南方沖のイージス艦が上空を通過する六機に対して、艦対空ミサイル六発を発射したのだが、これは全てが回避されてしまい、そうして現在に至った訳(わけ)である。
 結局、二隻のイージス艦からは合計百発、延べ十八機の戦闘機からは合計百四十四発のミサイルが発射され、それらに因って四十二機のエイリアン・ドローンが撃墜されたのだった。単純計算でミサイルの命中率は 17.2%となるが、イージス艦の艦対空ミサイルのみで集計すれば 20%、戦闘機の中射程空対空ミサイルは 15.3%となる。
 今回は戦闘機隊が陸地上空にエイリアン・ドローン編隊を寄せ付けなかったので、結果的に陸上配備の地対空ミサイルは発射される事は無かった。これは西方からの侵攻に対して、防衛軍の対処する態勢が整ってきた事を意味しているのだ。とは言え、エイリアン・ドローンに因る侵攻の度(たび)、それこそ湯水の様にミサイルを消費している現状は、財政上、頭の痛い問題なのだった。五年前に比べれば、量産効果でミサイルの取得単価は低下していると云われているのだが、幾ら生産数を増やしたとしても、それでミサイルの取得費用が只になる事は有り得ない。防衛軍や政府に取って、ミサイルの命中率改善は喫緊(きっきん)の課題なのである。
 因(ちな)みに、この日に発射されたミサイル取得費用の総額だけで、凡(およ)そ二百五十億円程が、文字通り『吹っ飛んだ』のだった。

 そして、ブリジットの返事に続いて、茜が金子に提案するのである。

「HDG01 より、TGZ01。金子さん、何でしたら先に学校へ戻ってくださっても。部長やブリジットの機体なら、十五分程で帰れる筈(はず)ですし、金子さんの機でも、わたしよりは速く飛べますよね?」

 現状で他の三機は、最も機速の遅い、茜の HDG-A01 に速度を合わせて飛行しているのだった。金子の返事は、直ぐに返って来る。

「あはは、バカ言ってるんじゃないよ~。一年生を置き去りにして、先に帰れますか。」

 続いて、緒美の声が聞こえる。

「そう言う事よ。それに、わたし達が引っ張った方が、あなたの方もスピードが稼げるんだし。」

 そして、ブリジットが言うのだった。

「いざとなったら、先輩達を先に帰して、わたしと茜でディフェンスを張るのよ。大体、航空戦用のB号機が、先に帰るなんて有り得ないでしょ。寧(むし)ろ、わたしが残って茜のA号機を先に帰すのが、普通ってもんでしょ?ねぇ、部長。」

「まぁ、そうだけど。でも、ボードレールさんも、模擬戦を一回やっただけで、空中戦が出来るとは思わないでね。そう言うのは、学校に帰ってシミュレーターで経験を積んでからよ。」

 その緒美の返しに反応したのは、金子である。

「シミュレーターなんて、有るの?鬼塚。」

「シミュレーターって言っても、飛行ユニット用のリグでB号機を吊り上げて、ヘッド・ギアのスクリーンに外界とか敵の映像を投影する方式だから、ボードレールさんにしか使えないわよ。金子ちゃんには、残念なお知らせだけど。」

「何だ、それは残念。」

 どこ迄(まで)も、好奇心旺盛な金子なのであった。
 そんな金子の返事に、くすりと笑って、緒美は茜に尋(たず)ねる。

「天野さん、エイリアン・ドローンの様子は、どう?」

「変化は無いですね、高度も速度も変化無しで、真っ直ぐ東北東へ飛んでます。防衛軍の F-9 二機も、凄いスピードで近付いて来てますね。目標が中射程 AAM の射程に入る迄(まで)、あと十分位でしょうか。」

「F-9 は超音速巡航(スーパークルーズ)が出来るからね。スピードだけなら、エイリアン・ドローンには負けてないんだけど。」

 その緒美の言葉を聞いて、ブリジットは茜に問い掛ける。

「『スーパークルーズ』って?茜。」

「超音速で巡航…飛び続けられる事よ、ブリジット。」

「凄いの?それ。」

「う~ん、今時の戦闘機なら普通の事だけど。それが一般化したのは、五十年くらい前の事だし。」

「音速で飛べる飛行機なんて、百年前から有ったんでしょ?」

 そこで、その会話に金子が参加する。

「あはは、スペック上の最高速度が超音速でも、実際にそれが使い物になるかどうかは別の話よ。」

「どう言う事です?金子先輩。」

「最高速度に到達するには、何分も掛けて加速を続けなくちゃいけないし、最高速度に達しても、その速度を維持し続けるのが大変なのよ。昔の戦闘機は、最大出力を維持するのに大量の燃料が消費されるだとか、それを長時間続けるとエンジン自体が耐熱限界を超えて壊れるだとか、色々と制限が有ったの。」

「それじゃ、意味無いじゃないですか。」

「いや、そうでもなくて。それだけの加速が必要に応じて出来るって言う、パワーの余裕が重要だって話。超音速じゃ、所謂(いわゆる)『ドッグファイト』、空中戦はやらないしね。」

「成る程。」

 ブリジットの返事のあと、続いて緒美が発言する。

「今は、大量に燃料を消費しなくても、超音速を維持出来るエンジンが開発されたから、今回みたいに戦闘空域に駆け付けるのが早くなったけど。それでも、空中戦は相変わらず音速以下で行わてる筈(はず)だわ。まあ、格闘戦になる前に、ミサイル戦で勝負を付けるべきなんだけどね。特に、エイリアン・ドローンに対しては、極力、格闘戦は避けてる筈(はず)よ。」

「音速を超えるのって、そんなに大変なんですか?部長。」

「そうね~、空気の、流体としての性質が、音速を境にして、ガラッと変わっちゃうから。」

 そこに、金子が口を出すのだった。

「機械工学科は、授業に流体力学が有るのよね?」

「そうね。二年生になったら。楽しみにしてるといいわ、二人共。あ、天野さんは、もう大体、知ってそうだけど。」

「はい、概論だけは。」

 茜の返事を聞いて、ブリジットが尋(たず)ねる。

「何でそんな事、茜は知ってるのよ?」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.09)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-09 ****


「あ、来た。 TGZ01 より、TGZ02。其方(そちら)を目視した。」

 その返事は、直ぐに返って来た。

「TGZ02 より、TGZ01。了解、此方(こちら)も視認。」

 それから間も無く、レプリカ零式戦と HDG-B01 の二機は、金子達の左側方に十分(じゅうぶん)な距離を取って、猛スピードで後方へと向かって飛び去って行ったのである。
 レプリカ零式戦と HDG-B01 の飛行速度が凡(およ)そ時速 300 キロメートル、金子機の速度は時速 186 キロメートルなので、時速 486 キロメートルの相対速度で交差した事になる。

「HDG02、もう一度、左旋回を開始しました。」

 樹里がデータ・リンクから得られる情報を告げると、立花先生は身体を右に捻(ねじ)って、後方を確認するのだった。すると、金子機の背後に回り込む様に旋回している、緑色の迷彩柄で塗装されたレプリカ零式戦の機影が見えたのである。
 その機影はどんどんと離れて、小さくなっていったのだが、或る程度、旋回が進んで金子機の右後方へ位置した辺りから、少しずつ接近して来ているのが分かった。そしてそのレプリカ零式戦の左隣には、白く輝くブリジットの HDG-B01 も確認出来たのだ。

「TGZ02 より、TGZ01。其方(そちら)の右側を通過して、高速飛行試験を続行します。」

 緒美からの通信が、聞こえて来る。

「TGZ01 了解。 HDG02、ブリジット、調子はどう?」

 金子がブリジットに声を掛けると、その返事は直ぐに戻って来る。

「HDG02、問題ありません。順調です。」

「オーケー、気を付けてね。」

「はい、ありがとうございます。」

 そうブリジットが応えて間も無く、ブリジットの HDG-B01 と緒美のレプリカ零式戦が並んで、金子機の右側方を追い抜いていったのである。その時点でブリジット達は時速 120 キロメートル以上も優速であり、高速飛行試験を続行して前方へと突き進んで行く二機は、更に加速していた。

「おー、速い、速い。」

 金子は前方へ小さくなっていく、二つの機影見送り乍(なが)ら言った。

「しかし、ブリジットは、ホント、好(い)い度胸してるね~。ほぼ身体、剥(む)き出しで、あのスピードでカッ飛んで行くのは、流石に怖いだろうに。」

 すると隣の席の立花先生が、金子に言うのだった。

「あら、金子さんでも、怖い?」

「ええ、遠慮したいですね、わたしは。こうやって操縦席に座って、操縦する方が、わたしはいいです。」

「あら、そう。 そう言えば、緒美…鬼塚さんの操縦の方(ほう)、金子さん的には、どう?」

「え? ああ、そうですね。流石にもう、危(あぶ)な気(げ)は無いですよ。去年の免許取得以降、毎月二回は、あの零式戦で飛行訓練してますから。それは新島も、ですけど。」

「そう。 ま、これから暫(しばら)く、飛行装備の試験が続く予定だから。その為に、二人には操縦免許を取って貰った訳(わけ)だけど。」

「まぁ、飛行機部(うち)も協力はしますので、必要が有ったら、声を掛けてください、立花先生。 とは言え、スピード的に付いて行けるのは、うちの学校に有るのは、あの零式戦位(ぐらい)ですけど。アレより速いのは、理事長が使ってる社用機、かな。」

「まあ、チェイス機がB号機と同じ最高速度が出る必要は無い、とは思うけど。場合によっては、理事長と加納さんにも協力して貰う事になるのかな。」

 そう言って、立花先生は「ふふ」っと笑うのだった。その後席から、樹里が提案する。

「それよりも、今回は計測機材積んで付いて来てますけど、次回からは何時(いつ)ものコンソールの方に部隊間通信仕様のアンテナを付けて、遠隔でデータ取得とかモニターする事になるんですかね?立花先生。」

「今回には機材が間に合わなかったし、念の為、何かトラブルが有っても成(な)る可(べ)く早く対応が出来る様に、って付いて来たんだけど。 手配は掛けて有るから、機材が届いたら、そうなるわね、樹里ちゃん。」

 立花先生の回答を聞いて、金子が冗談めかして言う。

「あはは、どうせ機材を積み込むなら、社用機の方が広くて、快適だよね。」

 その発言を受けて、樹里が金子に問い掛けるのだった。

「飛行機部の人達は、社用機に乗った事、有るんですか?」

「ああ、うん。流石に操縦はさせて貰えないどね。毎年、飛行機部の一年生が、体験搭乗させて貰ってるのよ。基本、うちに入部して来るのは、飛行機に興味を持ってる人だからね。」

 飛行機の操縦資格は、機種毎(ごと)に取得する必要が有るので、その機種の資格を持たない飛行機部部員が社用機の操縦をさせて貰えないのは当然である。
 それは兎も角、そんな金子の発言内容を意外に思ったのは、立花先生だった。

「あ、そんな特典が有ったんだ、飛行機部。」

「それで、新入部員を釣ってる訳(わけ)じゃ無いですよ。」

 苦笑いで、金子は答えた。
 その後、金子は思い出した様に、操縦桿のトークボタンを押し、茜に呼び掛ける。

「TGZ01 より HDG01。ほったらかしでゴメンね~天野さん。異常無い?退屈だったでしょ。」

「HDG01、異常無し、です。お気遣い無く、金子さん。」

 ここで、HDG の通信機能について、少し解説をしておく。
 HDG 間の通信・通話はデータ・リンクを利用して行っているので、所謂(いわゆる)、無線機の様に発信の際にトークボタンを押す必要が無く、電話の様に常に双方向での会話が可能なのだ。これは HDG には身体的な操縦系統が存在しないので、通話の為にトークボタンを設定しても、それを一一(いちいち)操作する事が困難であるからだ。その為、茜やブリジットが発話した音声は、全て通信に乗って相手側に聞こえている。これは、緒美がコマンド用に使用しているヘッド・セットが接続された携帯型無線機も同様で、それは HDG の個体間データ・リンクに参加して通信が出来る、特製の代物なのである。普段、樹里が必要に応じて使用している、もう一台の同仕様の携帯型無線機は、今回は金子が装着しているヘッド・セットに接続され、緒美達の会話を聞くのに使われている。
 HDG にはデータ・リンクを利用しない、通常の無線機能も装備されていて、其方(そちら)からの発信は、発話に因る音声入力で自動的に発信される機能が存在するのだが、今回はその機能は使用されていない。金子機からの発信を、受信する事のみに、HDG 側の無線機能は使用されているのだ。
 金子機内で緒美達の通信音声のモニターが行われているのは、部隊間通信仕様のデータ・リンク経由で通信データが取得され、日比野が操作している記録器機の方で音声がスピーカーから出力されている。こちら側のデータの流れは、各 HDG 間は個体間通信仕様のデータ・リンクなのだが、HDG-B01 に接続されている飛行ユニットには部隊間通信仕様のアンテナが装備されており、それと金子機機内の記録器機とがデータ・リンクを確立しているのである。茜や緒美が発話した音声データは、個体間通信仕様のデータ・リンクでブリジットの HDG-B01 が取得し、そこから飛行ユニットの部隊間通信仕様のデータ・リンクで金子機の記録器機へと渡って、モニター出力がされているのである。
 少々、説明が錯綜したので整理すると、茜とブリジット、そして緒美の間での会話は全て、金子と金子機内の三名に聞こえているが、金子機機内での会話は茜達には聞こえていない。金子からの通話が茜達に聞こえるのは、金子が操縦桿のトークボタンを押した時だけ、と言う事である。
 そして、茜の発話が続く。

「飛行中のシールドの使い方を研究してたんですが、こう、身体の下に展開しておくと、抵抗が減るって言うか、揚力が稼げるみたいなんです。」

 その発言を受けて、金子と日比野が左側後方の HDG-A01 を確認する。すると、茜は左腕に接続されているディフェンス・フィールド・シールドを腹部の下へ配置して飛行していた。その姿は、サーフボードの上に腹這(はらばい)になっている様にも、金子には見えた。
 金子は、茜に言うのだった。

「あー、リフティングボディ…にしちゃ低速過ぎるから、凧の原理、かな?」

「はい。だと、思います。模擬戦の空域に着く迄(まで)、もう少し試してみます。」

「TGZ01、了解。」

 通信を終えた金子は、隣席の立花先生に声を掛けた。

「成る程、聞いてはいましたけど、研究熱心な子ですね、天野さん。」

「あはは、でしょう?…所で、金子さん。」

「何(なん)です?立花先生。」

「ちょっと思ったのだけれど。どうして天野さんには、『さん』付け? 緒美ちゃんでさえ、『鬼塚』なのに。」

「あー、鬼塚と新島は、去年の合宿で仲良くなったから、それ以来だけど…あれ?そう言えば、『城ノ内』、『ブリジット』って呼んでたっけ。ゴメンね、ノリで呼んでたわ。」

 そう金子が言うので、後席から樹里が言うのだった。

「わたしは別に、呼び捨てで構いませんけど。金子先輩、案外、天野さんみたいなタイプ、苦手なんじゃないですか?」

 その樹里の指摘に、一度、目を丸くした金子だったが、直ぐに笑って言葉を返した。

「あはは、かも、知んない。」

 そんな具合で三十分程が過ぎて、四機は海岸線から五十キロ程の日本海沖合上空に達したのだった。

 模擬戦実施予定の空域に到達したのは午後五時二十分を回ろうかと言う頃で、太陽の高度も西へ可成り低くなっていた。この日の日没は午後六時十五分頃の見込みなので、復路の飛行時間を三十五分程度と見積もると、日没までに学校へ帰還する為には二十分程で帰路に就かねばならなかった。
 HDG-A01 と HDG-B01 との模擬空戦は、空戦機動を行い乍(なが)ら、お互いの荷電粒子ビーム・ランチャーでロックオンをする、と言う方式で行われたのである。勿論、発砲はしない。
 色々な速度域で機動する相手を捕捉する感覚を、茜とブリジットの双方が体験、確認するだけで、三回戦分の十五分が、あっと言う間に過ぎ去ったのである。四機は再び集合して編隊を組むと、南へ向かう帰路に就いたのである。
 そもそもが HDG-B01 の、長距離飛行での挙動や、連続運転その物の確認が主目的であるので、模擬空戦それ自体は『オマケ』みたいな物である。HDG-A01 が随伴(ずいはん)して来たのも、模擬空戦の相手としての役割よりも、HDG-B01 にトラブルが発生した際の対応を考えての事であり、それはつまり、三度の実戦を熟(こな)して来た茜の HDG-A01 は、それだけの信頼を得ていたと言う事なのだ。
 そして四機が帰路に就いて間も無く、唐突に事態は訪れた。

「TGZ01 より全機へ。今、交通管制から連絡が入ったんだけど…。」

 金子が、通信で全機に呼び掛ける。

「…エイリアン・ドローンの編隊が、対馬の北東辺りから能登半島の方へ向かって、高度一万六千メートル、分速 13.4 キロで接近中だそうよ。真っ直ぐ来ると、今、わたし達が居る空域の上を大体、三十分後に通過する見込みだって事で、退避指示が来たわ。 ま、わたし達は該当空域を離脱してる最中だから、この儘(まま)、学校に向かって飛行を続ける以外に無いけどね。」

 その通信に対して、緒美が応じる。

「分速 13.4 キロで三十分って事は…。」

 緒美の独白の様な通信に、金子が答える。

「エイリアン・ドローン編隊の現在位置は、ざっと四百キロ西ね。ここを通過する三十分後には、わたし達は学校に着いてる頃だから、わたし達には影響は無いわ。高度も違うし、ね。」

 続いて、茜が発言する。

「九州北部のエイリアン・ドローン防空戦、まだ続いてたんですね。」

 そして緒美が、ブリジットに指示を出すのだった。

ボードレールさん、防衛軍の戦術情報、データ・リンクから取得出来る筈(はず)よ。念の為、確認してみてちょうだい。」

「はい、やってみます。」

 ブリジットの返答を聞いて、金子機の機内では、金子が隣席の立花先生に訊(き)くのだった。

「あんな事、言ってますけど。いいんですか?立花先生。」

「大丈夫よ、正式に許可は貰ってるから。」

 立花先生は微笑んで、そう答えたのだが、それを聞いた金子は、苦笑いを浮かべて言うのだった。

「ええ~、そうなんだ。」

 それから間も無く、ブリジットの声が返って来る。

「えーっと、何か表示は出ましたけど…すみません、どう見たらいいのか…。」

 ブリジットは、所謂(いわゆる)『兵器オタク』でも『軍事オタク』でもない、普通の十代女子である。だから行き成り「防衛軍の戦術情報を見ろ」と言われても、容易に理解が出来ないのは当然だった。困惑気味のブリジットの声に、緒美は指示を茜に振り直すのだった。茜と緒美とは『その辺り』の知識レベルが、同等だったからだ。

「天野さん、あなたの方でも、戦術情報が見られるわよね?」

 戦術情報は、部隊間通信仕様のデータ・リンクで情報共有がされているのだが、部隊間通信に参加出来る機体が編隊内に存在すれば、その機体をハブとして個体間通信のデータ・リンクでも戦術情報を利用可能である。
 緒美に言われる迄(まで)もなく、戦術情報をチェックしていた茜は、ブリジットに声を掛ける。

「ブリジット、表示は戦術情報画面、TIS よね?」

 茜の言う『TIS』とは『Tactical Information Screen』の頭文字で、訳すると『戦術情報画面』である。ブリジットは答えた。

「そう、TIS 表示。」

「モードは、HSI? それとも、MAP(マップ)?」

 『HSI』とは『Horizontal Situation Indicator:水平状況表示器』で、『MAP(マップ)』は文字通り『地図』の事だ。

「えーと、HSI モード。」

「HSI だと、表示の中心が自分で、自分が向いてる方向が上になるわ。今、わたし達は南向きに飛んでるから、画面表示の上が南で、下が北になるの。表示の右上に、倍率のスライダーが有るから、それで情報を見られる範囲が調節出来るけど…位置関係を確認するなら、『MAP(マップ)』モードの方が理解し易いから、モードを変えて。」

 ブリジットは茜のアドバイスに従って、ヘッド・ギアのスクリーンに表示されている TIS のモードを、『MAP(マップ)』へと変更する。

「『MAP(マップ)』へ変更したわ、茜。」

「オーケー、先(ま)ず、画面の中央付近に赤い丸のシンボルがあるでしょ?それが自分よ。HSI モードと同じで、右上にスケール調整スライダーが有るから、倍率を下げて広い範囲が見える様に、対馬の辺り迄(まで)、表示される様に調整してみて。」

 ブリジットは、茜の指示通りに、表示を調整してみる。因(ちな)みに、視線に因るカーソルのコントロールと、思考制御での選択決定の組合せで、操作は行われている。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.08)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-08 ****


 茜の目標は、先(ま)ずは高度千五百メートルである。スラスター・ユニットが発生させる推力のみで上昇して行く茜の HDG-A01 では、その高度に到達するのに凡(およ)そ三分を要した。一番最初に離陸した金子機は、パイロットである金子自身を含めて四人を乗せているが、既に目標高度に達して学校の敷地上空を旋回していた。緒美のレプリカ零式戦は、原設計が旧式であるとは言え流石に戦闘機である。単座であるレプリカ零式戦のレシプロ・エンジンは、四人を乗せた金子機のターボプロップ・エンジンに比して凡(およ)そ倍の出力を発する能力を持ち、悠悠(ゆうゆう)と金子機に追い付いていた。
 ブリジットの HDG-B01 は、茜より一足先に目標高度に達し、編隊へと合流している。緒美の零式戦は金子機の左斜め後方に位置し、その左斜め後方にブリジットが着いていた。地上では翼を後方へ折り畳んだ飛行ユニットを背負っている様な HDG-B01 だが、その飛行中の姿は、飛行ユニットの展開した翼の下に、HDG-B01 が吊り下げられている様に見える。
 茜はブリジットの左斜め後方へと自(みずか)らの位置を定めた。
 これは昨日の打ち合わせの通りで、右前方から金子-緒美-ブリジット-茜の順に、斜めに並んだ編隊を形成したのである。
 茜の HDG-A01 が一番後方なのは、その位置が編隊の中で、先導機が気流を掻き分ける影響を受けて、抵抗が最も小さくなるからだ。HDG-A01 は編隊の中で飛行性能が最も低いのだが、それは勿論、飛行する事を前提に設計された訳(わけ)ではないから当然なのである。

「TGZ01 より全機へ。皆(みんな)、揃(そろ)ったわね。」

 四機は編隊を維持した儘(まま)、編隊長機である先頭の金子機に従って、緩やかな左旋回を続けている。金子からの通信が続く。

「皆(みんな)、上手よ、編隊を組むの。 この儘(まま)、左旋回を維持して、北へ向いたら直進よ。」

 間も無く、四機は北向きの直線飛行に移行した。

「TGZ01 より全機へ。じゃ、速度上げるわね。スピードを 3.1 にセット。」

 長らく、航空業界では高度の単位に『フィート』を、速度の単位に『ノット』を用いて来たのだが、この時代には、航空業界も国際単位に移行している。その為、高度は『メートル』、速度は『毎分キロメートル』で表すので、金子が言う『スピード 3.1』とは分速 3.1 キロメートルの事であり、それは時速 186 キロメートルである。ここで速度が『時速』ではなく、『分速』で表されているのは何故か?と、言うと。ジェット機等(など)の高速機では、時速だと数値が大きくなるので通信で伝え辛い、と言うのが第一の理由。第二に、余裕の少ない局面では時間単位よりも、分単位での移動距離を考える場合の方が多いので、これは特に交通の混雑する空港周辺空域に於いて顕著なのだが、分速での情報を共有している方が未来位置の見当が付け易い、との理由からなのだ。
 航空業界での単位移行に関しては、当然、米国が強力に抵抗したのだが、それに対して欧州諸国が単位変更を強行したと言うのが大きな経緯である。それから十年間程、欧州では『メートル』と『毎分キロメートル』が、米国では従来通り『フィート』と『ノット』が、それぞれの地域で主に用いられ、必要に応じて二つの単位系が併用されたのである。民間航空の国際線では幾度となく、それを原因として事故に至る一歩手前の状況が発生する等、混乱も引き起こされた。
 因(ちな)みに、欧州が単位変更を強行したのは、米国と欧州との航空機メーカー間のシェア争いが、そもそもの原因である。欧州側の立前としては、業界に依って旧単位から国際単位への転換が一向に進まない状況に業を煮やして、と言う事だったのだが、実情としては欧州側が航空業界の単位を転換する事で、それに対応しない米国製の航空機や関連施設機材を欧州地域から閉め出そうと企図したのだ。一方で米国側は、当初は単位移行に抵抗をしていたものの、米国の航空機メーカーも欧州向けの製品に就いては国際単位に対応せざるを得ず、そうなると自国内の為だけに旧単位を維持しているコストが馬鹿にならなくなり、最終的には米国航空業界も国際単位への全面移行を余儀なくされた、と言うのが事の顛末である。
 この件、当時の日本の対応は、と言うと。当初の五年程は米国に付き合って、『フィート』と『ノット』の旧単位を維持していたものの、様々な負担と不都合との兼ね合いで、結局は米国よりも先に単位移行に舵を切ったのだった。
 実の所、日常生活での単位として『メートル』や『時速キロメートル』を使用している国々としては、航空業界だけが『フィート』や『ノット』を使用し続ける事を問題視していたのだ。丁度(ちょうど)、『空飛ぶ自動車』的な乗り物を次世代産業として普及させようと推進していた事情も有り、航空行政に用いられる単位が国民一般に馴染みの無い『フィート』や『ノット』で規定されているのが、航空業界を除く産業界としては不都合だったのである。
 ともあれ、米国が国際単位の使用に移行して二十年以上が経過した現在では、単位に関する大きな混乱は、既に落ち着いている。

「TGZ01 より、HDG01 と HDG02。何か、正面付近が発光してるけど、大丈夫?」

 速度が、金子が設定した分速 3.1 キロメートルに達して直ぐ、金子が通信で尋ねて来た。茜とブリジットの飛行する前方の空間に、青白い薄膜状の、ぼんやりとした光が浮かんで見えるのだった。
 茜が、回答する。

「ああ、大丈夫です。ディフェンス・フィールドのエフェクト光です。」

「ディフェンス・フィールド?」

 聞き返す金子に、緒美が説明するのだった。

「荷電粒子を利用した、バリアみたいな物よ。今、見えてるのは、飛行中にぶつかって来る空気に反応して、防御効果が発生してるの。フィールドは滑らかな球形だから、これを使ってると空気抵抗が減るのよ。」

「大体、時速 120 キロ…分速だと 2 キロ辺りから、薄(うっす)らと光り出すんですよね。」

 飛行中にディフェンス・フィールドを有効にすると空気抵抗が減るのは、茜が HDG-A01 での飛行テスト時に偶然発見した事柄で、元々から意図されていた物ではない。この発見から、飛行中のディフェンス・フィールドの形状は、単純な球形から砲弾型やライフル弾型へと、速度に応じて変化させる等の対応が行われているのだ。又この時、フィールドの内側では風速や風圧が可成りの程度減じられるので、高速飛行時の HDG の装着者(ドライバー)の呼吸のし易さ等の各種負担が、相当に軽減されるのだ。

「オーケー、問題無いのなら、いいわ。取り敢えず、わたしと HDG01 は現在の速度を維持。この儘(まま)、五十キロ北上すれば日本海に出られるから、そこから更に五十キロ海上を北に進むわよ。時間的には、ざっと三十二分ね。」

 金子の通信を受け、茜が応える。

「HDG01、了解です。」

 茜の返事を聞いて、金子が通信を続ける。

「TGZ02 と HDG02 は、ここから高速飛行試験の予定だけど、問題は無い?」

 緒美とブリジットが、金子に応える。

「TGZ02、問題無し。」

「HDG02、わたしも大丈夫です。」

「HDG02、ブリジットは、こんな風に飛行するのは初めての筈(はず)だけど、大丈夫? 怖くない?」

 金子の問い掛けに、ブリジットは笑って答えるのだった。

「あはは、そうですね、この高度だと、もう現実感が無くって。もっと地面が近い方が、怖い感じがしますね。」

「あははは。あなた、なかなか好(い)い度胸してるわ、ブリジット。あなたも操縦士免許、取ってみない?」

「それは、遠慮しておきます。」

 金子の誘いを、即答で断るブリジットだった。

「そおか~それは残念。 さて、それじゃ鬼塚、高速飛行試験の方は任せるわね。」

「TGZ02、了解。これより編隊を離脱して、高速飛行試験を開始します。ボードレールさん、わたしの横に、付いて来てね。」

「HDG02、了解。」

 緒美が操縦するレプリカ零式戦がエンジンの出力を上げ、すうっと前方へ、編隊から抜け出して行く。ブリジットの HDG-B01 も飛行ユニットの出力を上げて、それを追い掛ける。

「打ち合わせでも言ったけど、この機体の最高速度は分速 8.5 キロ位だから、今日の確認はそこ迄(まで)よ。少しずつ加速していくから、わたしの横から離れないように。 時々、此方(こちら)の速度を読み上げるから、その後、ボードレールさんの方の速度を確認の為に読み上げてね。」

「HDG02、了解。TGZ02 に併走します。」

 分速 8.5 キロメートルは、時速 510 キロメートルである。HDG-B01 の飛行ユニットでの最高速度は、時速 800 キロメートル辺りが設計上の仕様値なのだが、実際に出せる最高速度を確認する前に、速度を上げていって振動や操作上の不具合が発生しないかを、時速 500 キロメートル付近迄(まで)で加速して確認するのが、今日の高速飛行試験の目的である。
 所で、HDG-B01 の最高速度の目標が時速 800 キロメートルなのは、エイリアン・ドローンの大気圏内で観測されている最高飛行速度が、大凡(おおよそ)その位であるからだ。
 因(ちな)みに、金子が操縦する軽飛行機の最高速度は凡(およ)そ時速 250 キロメートル、茜の HDG-A01 の最高飛行速度は時速 200 キロメートル程度である。そもそもが、そんな速度で飛翔する予定ではなかった HDG-A01 の為に、時速 200 キロメートル迄(まで)の加速が出来る様なスラスター・ユニットを敢えて設計した天野重工本社の設計陣は、或る意味、鬼であると言えよう。

「おー、離される、離される。」

 操縦席で、金子は同高度で水平に加速して前方へと離れて行く緒美のレプリカ零式戦と、ブリジットの HDG-B01 を見送り乍(なが)ら言うのだった。

「TGZ01 より、HDG01。天野さん、二人が居なくなったから、わたしとの距離を詰めなさい。気流の安定してる所を探してね。」

「HDG01、了解です。」

 茜からの返事を聞いて、一度、斜め後方の茜の挙動を確認し、金子は再び前を向いて、隣の席に座っている立花先生に話し掛けた。

「しかし、立花先生。初飛行の翌日に、行き成り長距離飛行に放り込むなんて。 新規開発の機体なら尚更、ちょっとずつ距離を伸ばしていった方がいいんじゃないです?」

 その問い掛けに、立花先生は普通の調子で答えるのだった。

「まぁ、HDG 本体は、天野さんのと大差は無いから。 飛行ユニットの方は、本社で十分(じゅうぶん)、ランニング・テストを実施して確認済みだし。」

 その時、緒美がブリジットに対して、現在速度を読み上げる声が、機内で聞こえるのだ。

「TGZ02、現在速度 3.5。」

 すると、それに応えてブリジットも速度表示を読み上げる声も又、聞こえて来る。

「HDG02、現在速度 3.5。」

 自分に対しての通信ではないので、金子は二人の声を無視して、立花先生に言葉を返すのだ。

「いやいや、幾ら地上のテスト・リグでランニングさせてても、実際に飛ばすと思わぬトラブルが出たりしないか、心配ですよ。」

 そう言って不安がる金子に、その後席から、記録器機の端末を操作している日比野が声を掛ける。

「外見は随分(ずいぶん)と違うけど、B号機の飛行ユニットと、A号機のスラスター・ユニットの制御系、内容は、ほぼ同じだから。A号機の方で十分(じゅうぶん)にデータが取れてるから、信頼して呉れていいわ。」

「そう言うもんですか~。まぁ、信頼はしてますけど。 勿論、本社の方(ほう)でも自信が有るから、今日、こうやって試験している訳(わけ)ですよね?」

 少し引き攣(つ)った様に笑いつつ、金子は尋(たず)ねる。その問い掛けには、立花先生が答えた。

「まぁ、そう言う事ね。 所で、樹里ちゃん、ログはちゃんと取れてる?」

 立花先生は少し身体を捻(ひね)って、後席の樹里に問い掛けた。そこで再び、緒美とブリジットの通信音声が機内に響く。

「TGZ01、現在速度 3.8。」

「HDG02、現在速度 3.8。」

 緒美とブリジットの、互いの速度を確認する通信は、その後も定期的に機内で聞かれるのだった。
 その一方で、樹里は膝の上に乗せたモバイル PC のディスプレイを注視した儘(まま)、立花先生に答えた。

「はい、大丈夫ですよ。現在、B号機の速度は順調に加速中です。返って来てるログの方に、異常値は無いですね。」

「城ノ内~そのログ、だけどさ。」

 金子が前を向いた儘(まま)、樹里に問い掛ける。樹里は相変わらず、ディスプレイから目を離す事無く応える。

「何(なん)ですか?金子先輩。」

「昨日、訊(き)き忘れたんだけどさ。どうやって、受信してるの?」

「ああ、防衛軍仕様のデータ・リンクですよ。昨日、臨時にアンテナを、この機体に付けさせて貰ったじゃないですか、アレです。」

「防衛軍のデータ・リンク?」

 聞き返す金子に、樹里は何でも無い事の様に説明を返す。

「はい。普段は、個体間通信のを使ってるんですが、それだと半径十キロから二十キロ位迄(まで)しか届かないので。昨日、この機体に取り付けたのは部隊間通信が出来る仕様のヤツです。これだと、防衛軍のネットワークが利用出来るので、日本国内でなら、どこででもデータ・リンクが確立出来るんです。」

「何(なん)か、凄い事、さらっと言われた気がするけど。 防衛軍のネットワークなんか勝手に使って、大丈夫なんです?立花先生。」

 そう問い掛けられた立花先生も、何でも無い様に答えるのだった。

「勝手に、じゃないわよ。ちゃんと許可は取ってあるから、大丈夫。」

 その後席から、日比野が補足するのだ。

「防衛装備の開発試験用に、天野重工に割り当てられてる領域が有るのよ。細かい事は、社外秘なんだけど。」

 日比野の説明を聞いた金子は、呆(あき)れた様に言うのだった。

「改めて、兵器開発部って、とんでもない活動(こと)やってるのね~。鬼塚が前に言ってた、本社からの業務委託って意味が、やっと理解出来た気がするわ。」

 そこで緒美から、金子への通信が入るのだ。

「TGZ02 より TGZ01。現在速度、分速 5 キロにて、機首方位 0 へ飛行中。予定通り、左旋回して、其方(そちら)の左側を通過します。」

「TGZ01、了解。」

 緒美達からの通信音声は、機内でモニターが可能な様に設定してあるので、先程来、立花先生や日比野、そして樹里にも聞こえている。但し、通信を送る事が出来るのは、金子のみである。一方で、編隊から離れている HDG-B01 の様子を把握出来るのは、後席でデータを監視している樹里と日比野の二人だった。

「はい、HDG02、ブリジット機が速度を維持した儘(まま)、大きく左旋回を始めました。」

 樹里が、HDG-B01 の状態を報告する。続いて、日比野が HDG-B01 の機首方位を読み上げる。

「HDG02 の機首方位、現在 350…320…290…。」

 機首方位とは、文字通り機首が向いている方向の事で、機首方位 0 が機首が磁北へ向いている姿勢を表す。機首方位 350 は磁北に対して時計回りに 350°、つまり機首が西側に 10°向いている状態を意味している。北向き(機首方位 0)に飛行していた HDG-B01 の機首方位の値が段々と小さくなっているのは、西側へ機首の向きが変わっているからで、つまり左旋回をしているのだ。最終的に、機首方位が 180 になれば、機首の向きが南側に向いた事であり、180°旋回の完了を意味する。
 ブリジットの HDG-B01 は三十秒足らずで 180°の旋回を終え、金子機達とは進路が対向する状態となった。HDG-B01 は緒美の操縦するレプリカ零式戦と併行(へいこう)している筈(はず)なので、当然、レプリカ零式戦の進路も金子機達と対向しているのだ。
 そして、約一分程の後、左前方から接近する二機の機影を、金子は発見した。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.07)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-07 ****


「それじゃ、わたしと、さやと、同じ様な感じか。何と無く、分かったわ。」

 金子は、『武東 さやか』を、名前の上二文字のみで『さや』と呼ぶのである。

「そうなの?」

 緒美の短い問い掛けに、金子は答える。

「そうよ~。さやと同じ学校に行きたくて、わたしはここを選んだんだし。飛行機部に関しては、さやの方が付き合って呉れてるんだけどね。ねぇ、さや。」

「まぁね。わたし達も、中学からの付き合いなのよ。」

 金子に応えて、そう語った武東は、微笑んで恵に問い掛ける。

「あなたも、鬼塚さんとは中学からの付き合いだって聞いてるけど?森村さん。」

「そうね。」

 取り敢えず、同意する返答をした恵だったが、武東が『付き合い』と言う言葉に込めたニュアンスを理解した恵は、言葉を続けた。

「でも、事情は同じ様に見えても、三者三様で、関係の質は随分(ずいぶん)と違うみたいよ、武東さん。」

「そうなの?」

「ええ。」

 そこで金子が、恵と武東の遣り取りに参加して来る。

「あ、何(なん)か、二人で難しい話してない? わたしも、混ぜてよ。」

 一方で、その様な機微に触れる会話には無頓着な緒美が、少し困惑気味に、恵に尋(たず)ねるのだった。

「どう言う事?」

 その問いに対して、少し許(ばか)り答えに窮(きゅう)する恵よりも先に、笑顔で金子が言うのだ。

「あ、その手の話は分からない方が、鬼塚らしくっていいって。」

「そう言う話?」

 と、金子にではなく、緒美は恵に問い掛ける。恵は力(ちから)無く笑って、答えるのだった。

「そうね。大して意味の無い話よ。」

「そう? なら、いいけど。」

「あはは、そうそう。わたしは、細かい事を気にしない鬼塚が好きよ~。」

 笑って、そんな事を言う金子へ、少し睨(にら)む様な視線を向けて緒美は言い返す。

「それは、わたしが無神経だって言いたい訳(わけ)?金子ちゃん。」

「そんな事は言ってないでしょ。わたしは、友達と、言葉の裏を読み合う神経戦なんか、したくないだけよ。」

「それは同感、だけど。」

「でしょ?」

 そんな会話をしていると、武東が金子に声を掛けるのだった。

「所で、部長。 そろそろ、戻りませんか?」

「ん?ああ、そうね。部活の途中で抜け出して来てたんだった。余り、ほったらかしにも出来ないよね。」

 金子は武東の傍(かたわ)らへと移動すると、くるりと身体の向きを緒美の方へと変え、言った。

「長居しちゃったわね。じゃ、また。」

 緒美は頷(うなず)いて、応える。

「ええ、明明後日(しあさって)のフライトの方、宜しくね、金子ちゃん。」

「うん、任せといて。わたしも楽しみにしてる。また、フライトの前日にでも、最終打ち合わせ(ブリーフィング)しましょう。じゃあね~。」

 二人は手を振ると、格納庫の外に止めてある、自転車へと向かったのだ。
 金子と武東の二人を見送り、その姿が見えなくなった頃、緒美は恵に尋(たず)ねた。

「森村ちゃんは、あの二人とは、余り馬が合わないかな。」

「今迄(いままで)、余り話した事は無かったけど。大丈夫、仲良くなれそうよ。」

「そう、なら良かった。」

 恵が微笑んで答えるのを見て、緒美も笑顔を返したのである。

 その後、第三格納庫内では、HDG-B01 の点検終了に続いて、飛行ユニットの接続と取り外しを実施、確認をして、その日の作業は終了となったのである。終了の時刻は、午後七時の少し前だった。


 翌日、2072年9月6日・火曜日。天野重工の試作工場から来ていたスタッフ達は、大型のトランスポーター二輌に分乗して、午前中に天神ヶ崎高校を出発したのである。二日目以降、学校に残ったのは、本社から来ている実松課長と日比野、そして試作工場から来ている畑中と大塚の四名である。この四人は、四日目の長距離飛行試験までの立ち会いを済ませて、それぞれが会社へ戻る予定となっている。残された中型のトランスポーターには整備用の工具や機材が積まれており、畑中と大塚は試運転に於ける、トラブル対応要員なのである。又、残されたトランスポーターは、山梨県に在る試作工場へ戻る足でもあるのだ。その帰路には、畑中と大塚の二人が、交代で運転をする事になる。
 一方で、東京の本社へと戻る、実松課長と日比野の二人は、四日目の作業終了後に、会長である天野理事長と共に社用機で移動する段取りとなっていた。

 さて、二日目のメニューは、と言うと。ブリジットの HDG-B01 は予備のバッテリーに交換して、茜の HDG-A01 と地上での模擬戦を中心に、機動動作と消費電力量の確認が行われたのだ。
 模擬戦は、主としてブリジットの慣熟を目的に行われたもので、接近戦用武装の取り回しを確認する事が同時に行われた。これに関して、HDG-A01 側には特に制限は無く、ホバー機動や低空飛行からの斬撃による攻撃等(など)、エイリアン・ドローンからの攻撃を模しての、一時間程の模擬戦が行われたのだった。
 因(ちな)みに、この日はカレンダー的には祝日で、世間は休日である。当然、学校の授業は無いので、テスト・ドライバーである茜とブリジットの、部活動への参加は昼から、となった。一方、出張で来ている畑中達、天野重工のスタッフには休日も関係の無いスケジュールだったので、午前中から飛行ユニットの試運転や点検、整備を行ったのだ。それには緒美達三年生と瑠菜達二年生が、立ち会いや、作業補助として参加したのである。
 ともあれ、二日目のメニューは、特に問題も無く消化されたのだった。


 三日目、2072年9月7日・水曜日。この日は日中に、畑中達の作業で HDG-B01 には、再度、飛行ユニットが接続された。日比野も参加して、その機能点検やソフトウェアのチェックが実施され、放課後からはブリジットが HDG-B01 を装着しての運転試験が開始されたのだ。
 ブリジットは、飛行ユニットが接続された状態でメンテナンス・リグから格納庫の床上に降ろされ、歩行、駆け足からの走行、ジャンプ等での取り回しを、順次確認していった。一通りの確認を終え、地上での行動に慣熟した後、飛行ユニットのエンジン出力を上げて、ホバリングやホバー機動のテストが実行された。
 最初は、主に駐機場(エプロン)でのホバー機動にて、加速や減速、浮揚しての方向転換等の慣熟を実施したのである。その後、滑走路に場所を移して高速ホバー機動の試験を実施している最中(さなか)、高度五メートル程に機体が浮き上がる事態が発生したのだ。それを以(もっ)て、HDG-B01 の飛行ユニットでの、揚力に因る初飛行が記録されたのだった。因(ちな)みに、その際の飛行距離は凡(およ)そ百メートルである。
 その後、滑走路上空での上昇、降下、旋回等の機動を確認し、低空にてエンジン出力を絞っての滑空からの着陸を反復して実施した。高度は最初、三メートルから、五メートル、十メートルと、段階的に増やしていき、最終的には三十メートルからの滑空と着陸迄(まで)を行い、その日の試験は終了となったのである。

 試験の結果としては、確認の出来た低空での飛行性能や操作性は、設計仕様に合致しており、航空機の操縦経験の無いブリジットにも、身体感覚の延長上で十分(じゅうぶん)、コントロールが可能である事が確認されたのだ。
 試験運転の終了後には、当然、畑中達に因って点検がされ、その一方で緒美達は飛行機部の金子を加えて、翌日の長距離飛行試験の打ち合わせを行ったのである。
 又、緒美のみは単独で、飛行機部が所有する、PC 利用のフライト・シミュレーターにて、翌日のチェイス機操縦の予習として、離着陸操作の確認を行ったのだった。


 そして四日目、2072年9月8日・木曜日である。緒美や茜達、特別課程の生徒は七時限目の授業を終えてから、部活動へと集まって来ていた。
 この日は当初の予定通り、HDG-B01 の長距離飛行試験を実施するので、茜とブリジットは早早(そうそう)にインナー・スーツへと着替え、それぞれが HDG を装着したのだ。通信の設定を確認し、茜とブリジットの二人が格納庫の外へと出ると、第三格納庫前には二機の飛行機がエンジンを始動させて、既に待機していた。一機は飛行機部の部長、金子が操縦する四人乗りの軽飛行機で、もう一機は天神ヶ崎高校の実習授業で製作された零式戦闘機のレプリカである。普段は第二格納庫に格納されているそのレプリカ機は、管理や整備は飛行機部が行っており、年に数回は飛行機部に因って飛行も実施されているのだ。
 その零式戦の傍(そば)には、茜とブリジットの同級生である村上の姿も在った。村上は零式戦の操縦席に収まった緒美に書類が挟まれたボードを渡し、二言三言を交わした後に、胴体から突き出ていた搭乗用のグリップやステップを格納し、車輪止めを外して機体の後方へと離れて行った。そして、茜とブリジットに向かって手を振っているので、茜とブリジットも右手を挙げて応えたのだ。
 金子が操縦する軽飛行機の方には、前席へは立花先生が、後席には記録用の機材と PC を持って日比野と樹里の二人が乗り込むのが見える。その左隣では、緒美が零式戦の各舵を動かして、操縦系統のチェックを行っていた。
 そして通信にて、金子の声が聞こえて来る。

「TGZ01 より全機へ。それじゃ、昨日のブリーフィングの通り、16時45分テイク・オフで。TGZ02 は、わたしに続いて離陸してね。あとの二人は、滑走路は使わないみたいだから、TGZ02 が離陸したら各個で上がって来てちょうだい。 一応、わたしが編隊長として交通管制とは遣り取りするから、皆(みんな)、わたしの指示には従ってね。」

「TGZ02、了解。」

 金子の通信のあと、緒美の声が聞こて来た。『TGZ02』とは、このフライトでの緒美のコールサインである。
 続いて、ブリジットが応える。

「HDG02、了解。」

 少し慌てて、茜も応えるのだった。

「HDG01、了解です。」

 今迄(いままで)、『了解』と返事をする文化の無かった兵器開発部のメンバー達だったが、今日の試験での通信ではその様に応えると取り決めたのは、昨日の打ち合わせでの事である。
 三人の少々ぎこちない返答に、少し笑った様な金子の声が、もう一度、聞こえて来た。

「オーケー、じゃ、出発するわよ。忘れ物は無いわね~。」

 間も無く、金子機のエンジン音が一段、甲高くなると、その機体はゆっくりと滑走路へと向かって前進を始めた。金子機が誘導路へと入ると、続いて緒美の操縦する零式戦もエンジンの出力を上げ、誘導路へ向けて前進を始めるのだった。
 金子の操縦する機体と緒美の機体は、同じく単発のプロペラ機だったが、そのエンジン音は可成りに異質だった。何方(どちら)も現代風に水素を燃料として稼働していたが、緒美の零式戦はシリンダーとピストンによる往復機関(レシプロ)エンジンで、金子の操る機体はターボプロップ・エンジンを搭載しているのだ。
 茜とブリジットが、誘導路から滑走路へと移動する二機を見送っていると、飛行機部部員達の一列から離れた村上が、茜達の元へと駆け寄って来た。

「凄いね、二人のそれ。近くで見たのは、初めてだけど。」

 そう言って、村上は二人の周囲をぐるりと回って話し掛けて来る。

「あ、敦(あっ)ちゃん、わたし達の後側、注意してね。スラスターのエンジン、稼働してるから。排気で火傷すると、いけないから。」

「うん、気を付ける。ありがとう、茜ちゃん。」

 そして二人の前側に戻って来た村上は、ブリジットに問い掛けるのだ。

「ブリジットの方、飛行ユニットが重そうだけど。それで、立っていられるの平気?」

「ああ、これ。バランスだけ気を付けてれば、重量は HDG が支えて呉れてるのよ。」

「へえ~。 茜ちゃんの方も装備が凄いって言うか、少し物騒よね。」

 そう言われた茜の HDG-A01 の装備は、右腰の兵装ジョイントに荷電粒子ビーム・ランチャー、左腰側にビーム・エッジ・ソード、そして左腕にはディフェンス・フィールド・シールド、更に、スラスター・ユニットには長時間飛行用の増加燃料タンクを装着と言う具合に、ほぼフル装備の状態だったのだ。

「一応、ブリジットのB号機と、空中での模擬戦も予定されてるからね。」

 その茜の答えは事実だったが、模擬戦で使用する予定の無いビーム・エッジ・ソードの携行に就いては、以前の陸上防衛軍との模擬戦の際の経験を鑑(かんが)みた結果である。
 実はこの時、一時間程前から九州の北西空域で、航空防衛軍とエイリアン・ドローンが交戦状態であると報じられていたのだ。天神ヶ崎高校が所在する地域では避難指示の発令や、警戒情報等は発表されていなかったが、用心に越した事は無いと誰もが思っていた。勿論、自ら戦闘に飛び込んでいく気は、茜にも無かったが、此方(こちら)側の意に反して襲撃される可能性は否定出来なかったのだ。
 村上と、そんな会話をしている内、最大出力にセットした金子機が西向きに滑走を始め、滑走路の真ん中付近で、ふわりと空中に浮き上がるのだった。その儘(まま)上昇を続けた後、滑走路の西端を飛び越えた辺りで着陸脚を収納しつつ左旋回を始め、更に上昇して行った。続いて、緒美が操縦するレプリカ零式戦が滑走を開始する。此方(こちら)も、あっという間に軽々と地面を離れると、着陸脚を収納し乍(なが)ら、金子機を追う様に左旋回をしつつ、上昇して行った。

「それじゃ、わたし達も追い掛けますか、ブリジット。」

「うん。 HDG02 より TGZ01。これより離陸します。」

 そう通信で通告するブリジットに、金子の返事が聞こえる。

「TGZ01 了解。此方(こちら)は、上空で合流まで待機します。」

 その通信は、勿論、茜にも聞こえていて、茜はブリジットから西側へ少し離れ、村上に声を掛けた。

「敦(あっ)ちゃん、ジャンプするから、わたし達から離れててね。」

「うん、行ってらっしゃい。気を付けてね。」

 村上は胸の前へ突き出した両の掌(てのひら)を、左右に振り乍(なが)ら後退(あとずさ)りして行く。

「うん、また後でね。」

 茜は右手を挙げて振り乍(なが)ら、村上が十分(じゅうぶん)に離れたのを確認して、南側に向き直った。

「HDG01 離陸します。」

 そう、通信で通告して少し身を屈(かが)めると、茜は地面を思いっきり蹴って、直上にジャンプした。そして、スラスター・ユニットの出力を上げ、更に上昇して行くのだった。

「HDG02 離陸します。」

 茜のヘッド・ギアに、ブリジットの声が聞こえる。
 ブリジットの HDG-B01 は、飛行ユニットに因るホバリングで地表から離れると、低空での水平飛行へと遷移し、滑走路上空を西向きに進み乍(なが)ら加速して、金子機と同じ様に左旋回と上昇を始めるのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第13話.06)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-06 ****


 そうして、緒美と恵、直美、金子と武東の五名はB号機用の飛行ユニットが吊り下げられた、メンテナンス・リグの前へと立ったのである。

「大きさ的には、ハンググライダー位(くらい)かしら、形状的にも。」

 武東の第一声である。続いて、金子は飛行ユニットの周囲を、機体を見上げ乍(なが)らぐるりと一周しつつコメントする。

「そうね。でも、エンジンが付いてるし、エルロンやフラップらしき機構も見えるね。」

 緒美の立つ場所へ戻って、金子は緒美に話し掛ける。

「空力的に飛びそうな形よね、鬼塚。 あの赤いヤツのよりは、わたし達には馴染み深い感じで、いいわ。」

「ああ、A号機のは、完全に推力だけで飛んでるから。B号機用のは、機動にも空力を利用するから、燃費もいい筈(はず)なのよ。」

「でしょうね。これで、どの位、飛べるの?」

「燃料はA号機の倍、積むんだけど。仕様上は、それで二時間位(ぐらい)。因(ちな)みに、A号機の航続時間は三十分程度ね。」

「三十分? それじゃ、大して役に立たないじゃん。」

 その金子のコメントに、直美が反応する。

「いやいや、A号機は、そもそも飛行する仕様じゃなかったから。地表をホバー走行したり、ジャンプの補助程度にスラスター・ユニットを使う構想だったの。」

 続いて、緒美が説明する。

「基本的に、A号機のジェット・エンジンは、電源としての役割がメインだった筈(はず)なのよ。」

「それにしては、派手に飛び回ってたじゃない?」

 その金子の問いに、緒美は苦笑いで答えるのだった。

「これの基礎データを集める為に、敢えてA号機のスラスター・ユニットを、オーバー・スペックで設計したらしいのよね、本社の人が。 これは、あとで聞いた話だけど。」

「うっわぁ~予算、大丈夫だったのかな?」

「さあ、当初の予算の枠からは出てない、って実松課長からは聞いてるけど、実際の所は知らないわ。 まあ、でも、A号機の飛行性能のお陰で、実際に助かった局面も有るのは事実だし。その意味では、本社の設計課の人には、先見の明が有ったって事よね。」

「へぇ~。」

 感心気(げ)に声を漏らす金子の一方で、武東が緒美に尋(たず)ねる。

「所で、これ、どうやって操縦するの?」

「ああ、ドッキングした HDG 側から、思考制御で、ね。」

 緒美の、その答えに、金子が聞き返す。

「思考制御って、スロットル何パーセント、エルロン何度、って操縦系統の動作を頭の中で考える訳(わけ)?」

 緒美はくすりと笑って、答える。

「まさか、そんな煩雑(はんざつ)な事はしないわよ。 装着者(ドライバー)が考えるのは、例えばスピードなら、加速とか減速。高度なら、上昇とか下降。あとは姿勢とか、飛行経路とか、そんな要素を HDG の AI が読み取って、直接の必要な操縦制御は AI が自律的に実行するの。」

「そんなので、上手くいくの?」

 訝(いぶか)し気(げ)に尋(たず)ねる武東に、直美が答える。

「実際に、A号機はその制御方法で、空中機動が出来てるよ。」

「本社の開発じゃ、軽飛行機の操縦系統を改造して、思考制御と AI の組合せで操縦が出来るかに就いて、検証済みだそうよ。こっちの機体での実機検証は、明後日(あさって)から、だけど。先(ま)ずは低空や滑空で試験し乍(なが)ら、段々と高度を上げていく予定なの。」

 緒美の補足説明を聞いて、不審気(げ)に金子は呟(つぶや)く。

「AI の自律制御かぁ~。」

「心配は要らないわ、HDG 本体の手足を動かしてるのだって、或る意味、AI に因る自律制御なんだし。」

 その緒美の発言に、意外そうに武東が聞き返す。

「え? あれは、人が動かしてるんじゃないの?」

 武東の問いに、直美が笑って答える。

「あはは、人の力(ちから)じゃ FSU を動かすのは無理だよ。」

「FSU?」

「フレキシブル・ストラクチャー・ユニット。 ほら、あの手足や腰の部分を繋げてる、リボン状のパーツ。」

 直美は、メンテナンス・リグに接続され、茜やブリジットが接続を解除しようとしている HDG を指差して、武東と金子に説明する。

「あのパーツが曲がったり、伸びたりして、全体として人の動きを再現する訳(わけ)なんだけど…。」

 続いて、緒美が発言する。

「要するに、AI が装着者(ドライバー)の動きたい様に、FSU を動かしてる、って事ね。」

「ちょっと待って…。」

 金子が、声を上げる。

「…その話の流れじゃ、中に人が入ってる必要が無いんじゃないの? 動きの指示なんて、遠隔操作でも出来る訳(わけ)でしょ?」

 その意見には、緒美は苦笑いで答えるのだった。

「う~ん、通信の届く距離とか、それに因るディレイとかが無視出来れば、それも有りよね。実際には、それが無視出来ないんだけど。」

 緒美に続いて、今迄(いままで)黙っていた恵が発言する。

「それに、状況判断とか意志決定とか、今の AI じゃ、まだ人間には敵(かな)わないみたいよね。」

「ああ~、夏休み中に、AI に戦闘シミュレーションをやらせてたんだけど、最初は全然ダメだったのよね。」

 恵の発言を受けての、直美のコメントに、金子は呆(あき)れた様に言うのだった。

「あんた達、そんな事やってたの?夏休み中。」

「ええ~、話したじゃん、寮で、夕食の時。」

 直美に、そう言われて、金子は武東に確認する。

「そうだっけ?」

「うん、聞いた覚えは有るわ。わたしも、忘れてたけど。」

 微笑んで緒美が、話を纏(まと)めるのだった。

「歩いたり走ったり、飛んだり跳ねたりは出来ても、瞬間的に複合的な判断をさせるには、よっぽど高度な AI が必要って事よね。だから、技術的には可能でも、自動車や飛行機の完全自動運転は、未(いま)だに普及してないんだし。」

「まあ、確かに。パイロットを機械に置き換えて、それで事故は減るかも知れないけど、ゼロにはならないよね。器機の故障で、事故が起きる場合だって有る訳(わけ)だし。結局は、その時の責任の所在とか、保険の問題が解決しないから、完全自動運転の技術は採用されてないのよね。」

 溜息混じりに金子が言うと、それに武東が問い掛ける。

「仮に事故を起こした AI の責任を問える、となったら、航空業界はパイロットを解雇して、完全自動操縦を採用するかしら?」

「どうかしら? そんな飛行機に、乗客が乗りたいと思うか、よね。まあ、値段次第かも知れないけど。」

 そう答える金子に、恵が言うのだった。

「事故が起きた時に、責任が AI に有ると判断されて、誰も処罰されなかったら? そんなのは、多分、世の中の人は誰も納得しないでしょ。」

「だろうね~。」

 その遣り取りを聞いて、直美が苦笑いしつつ評するのである。

「結局、責任を取る為に、人間が必要な訳(わけ)か~。」

「あら、人格や判断力が、人間と同等か、それ以上だと客観的に証明されたら、責任を取る人間も必要なくなるかもよ?」

「うわぁ、怖い事言うなよ、鬼塚~。」

 緒美のコメントに、金子は身体を仰(の)け反(ぞ)る様にして反応を返す。そして武東が、言うのだ。

「そんな時代になったら、人間は何の為に存在すればいいのかしらね?」

 その問いには、真面目な顔で、恵が答えるのだった。

「そんなの、その時代の人達が考えればいい事だわ。」

 くすりと笑って、金子が言葉を返す。

「森村さんの、そう言う所、わたしは好きだわ。」

「あら、ありがとう、金子さん。」

 恵は、金子に対して微笑んで見せる。
 そんな折、HDG から離れた茜とブリジットの二人が、格納庫の西側、緒美達から見て奥の方へと歩いて行くのが見えた。それに気が付いた直美が、緒美達から離れて、茜達の方へと歩き出し、二人に声を掛けるのだ。

「今日も、稽古(けいこ)、やるの~?」

 その問い掛けに、茜が声を返した。茜は手に竹刀(しない)を、ブリジットは先端にクッションを巻き付けた、長い木製の棒を肩に担ぐ様に携(たずさ)えている。

「はーい、基礎練は反復しておかないと。」

「そうね~、わたしも付き合うわ~。」

 そう言って、直美は駆け足で、茜とブリジットの方へと向かった。
 そして、茜とブリジットは、交互に相手側への『打ち込み』を始めるのだ。但し、『打ち込み』とは言っても、茜もブリジットも防具を着けている訳(わけ)ではないので、身体を打たれないように、それぞれが手にしている竹刀(しない)や槍(やり)を模した棒で、打ち込まれる攻撃を受け、払い除けるのだ。
 この稽古(けいこ)は、主にブリジットの為に行われているので、ブリジットの相手は茜と直美が、交代で務(つと)めるのである。
 そんな様子を、遠目に眺(なが)め乍(なが)ら、金子が言うのだった。

「兵器開発部って、あんな事もやってるの?」

「テスト・ドライバーには、接近戦用の、武装の取り扱いも出来ないとね。その為の練習なのよ。 ここ一週間位、毎日、一、二時間はやってるわね。」

 その緒美の説明に続き、恵が冗談めかして言う。

「あの三人は、兵器開発部(うち)では貴重な体育会系のメンバーなの。」

 その言葉を受け、真面目な表情で金子が応える。

「その様ね。でも、あの天野さん、だっけ? 理事長のお孫さんだって言う。 彼女が体育会系ってのは、ちょっと意外だわ。 彼女でしょ?前期中間試験、ほぼ満点で、一年生トップだったの。」

「あら、金子ちゃん、良く知ってるわね。」

 笑顔で言葉を返す緒美に、金子は微笑んで言った。

「その位の情報は、わたしにだって、入って来るわよ。 そう言えば、あの背の高い子でしょ?バスケ部から引き抜いた、っての。 バスケ部の田中さんが、嘆(なげ)いてたよ~。」

「人聞きの悪い事、言わないで。ボードレールさんは、本人の意志で、バスケ部の方を休部してるだけだから。 って言うか、学科違うのに、田中さんと面識有ったの?金子ちゃん。」

「ああ、毎月、部長会議で顔を合わせるから。飛行機部(うち)は、運動部の括(くく)りだからさ、文化部じゃなくて。 まぁ、その件で彼女がぼやいてたのは、寮で夕食の時だけど。」

 そう言って、溜息を吐(つ)く金子の一方で、緒美と恵の二人は時を揃(そろ)えて「成る程。」と、声を漏らしたのだった。
 因(ちな)みに、『部長会議』とは、グラウンドや体育館等(など)の学校施設を練習で使用するのに、各部活間で使用時間や期間を如何(いか)に融通し合うかの打ち合わせが目的で、生徒会の主催で毎月開催されていた。
 飛行機部としては、パイロットを務める部員の基礎体力トレーニングで利用する、校内のスポーツジムを予約する為に、『部長会議』には毎回参加していたのだ。
 その一方で、文化部の場合は、運動部程、学校施設を取り合う状況が発生しないので、『部長会議』の様な定例の会議は開かれていないのである。

「そう言えば、あの子はどうしてバスケ部を休んで迄(まで)、こっちの活動に参加してるのよ?鬼塚。」

 金子が無邪気に、そう訊(き)いて来るのだが、それには一瞬、緒美は言葉を詰まらせる。

「…そうね。簡単に説明は出来ないんだけど。 矢っ張り、一番の理由は天野さん、よね。ボードレールさんは、天野さんと一緒に居たいのよ。不本意だけど、先日みたいな危険な局面に、遭遇した事が有るから。 彼女達は、中学からの親友?…そんな関係だそうだから。」

「ふうん…。」

 そう応えたあと、緒美には意外な程の笑顔で、金子は言うのだった。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.05)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-05 ****


 その、自転車で第三格納庫へとやって来たのは、飛行機部の部長である金子と、同じく会計担当の武東、その二人だった。飛行機部の部員は、部活中は『つなぎ』の飛行服を着用している場合が多いのだが、今日は二人共が制服姿である。二人は大扉の前に自転車を止めると、大扉の内側付近に陣取って戸外での HDG の様子を観察している一同、その前列に居た緒美に向かって、金子が声を掛ける。

「鬼塚~、今日届いたヤツ、順調そうじゃない。」

「ええ、まあね。」

 緒美はヘッド・セットのマイク部を指で押さえ、微笑んで応える。すると、緒美の隣に立っている実松課長や畑中に向かって、武東が挨拶をする。

「本社の方ですよね?ご苦労様です。」

 武東が会釈をすると、続いて金子も頭を下げるのだった。
 畑中が、緒美に尋(たず)ねる。

「鬼塚君、此方(こちら)は?」

「あ、飛行機部、部長の金子さんと、会計の武東さん。二人共、電子工学科で、学年はわたしと同じです。明明後日(しあさって)の飛行試験では金子さんに、チェイス機の操縦をお願いして有るんです。」

 続いて、緒美の背後に居た恵が、金子と武東に本社側二人の紹介をする。

「で、此方(こちら)が、本社開発部、設計一課の実松課長。此方(こちら)が試作部製作三課の畑中先輩。」

「あ、あの畑中先輩ですか。お噂は、予予(かねがね)。」

 そう言ってニヤリと笑う金子に、畑中がコメントを返す。

「あんまり、いい噂じゃなさそうだなぁ。」

 すると、武東がくすりと笑って言うのだった。

「いえいえ、倉森先輩からも、色々と伺(うかが)いましたよ。」

「倉森君から? って、それ、何時(いつ)の話?」

 少し慌てて畑中が問い掛けると、それには金子が答える。

「何時(いつ)ぞや、模擬戦の準備か何かで、倉森先輩達が寮に泊まったじゃないですか。七月だったかな。」

 それは陸上防衛軍の、戦車隊との模擬戦が行われた時の事である。天野重工からのスタッフは男女に分かれて、それぞれが男子寮と女子寮に、都合二泊していたのだ。金子達、現在の電子工学科の女子寮生が、同科の卒業生である倉森と懇親会を開いていたのは、二日目の夜の事である。
 そして武東が、事情を知らずに口を滑らすのだった。

「そう言えば、婚約、されたそうで~倉森先輩から聞いてますよ。」

「あー。」

 畑中は両手で額を押さえ、声を上げて俯(うつむ)くのだった。
 一方で、その周囲に居た実松課長や立花先生、前園先生、そして恵と直美が揃(そろ)って「え?」と、声を上げるのだった。
 その様子を見て、恐縮気味に武東は言うのだった。

「あれ~この話は、しちゃいけなかった…ですか?」

 すると、実松課長が「あはは」と笑い、畑中の背中をバンと叩いて、言った。

「そう言う、めでたい話なら、教えて呉れたら良かったのに、畑中君。」

「ああ、スミマセン。こっちの子達に伝わると、絶対に冷やかされると思ったものですから。 でも、君達に、何でそんな話になったのかな?」

 そう訊(き)かれて、武東が金子に問い掛ける様に言う。

「何でだっけ? 女子社員の婚期の話とか、一緒に来てた新田さん?が始めて…。」

「そうそう、それで倉森先輩が婚約した、って話になって~お相手はどんな人ですか~って流れだっけ?」

 その二人の話を聞いて、苦笑いしつつ畑中が言う。

「成る程、バラしたのは、新田さんの方か…。」

 それを金子が肯定するのだった。

「そう言えば、そうだったかも、です。」

 それに対して、立花先生が言うのだった。

「まぁ、いいじゃない、畑中君。 何(いず)れは皆(みんな)に知れる事なんだから。」

「はぁ、まぁ、それはそうですけど。」

 納得がいかない顔付きの畑中に、次は恵が問い掛ける。

「でも、どうして婚約なんです?結婚とか、入籍とかじゃなくて。」

「準備って有るだろ?色々と。 今は暫(しばら)く、HDG 関連の業務で試作部も忙しいからさ。式とか諸諸(もろもろ)は、来年になってからの予定なんだ。」

「へぇ~。」

 そう声を上げた直美の顔が、『如何(いか)にして、冷やかしてやろうか』と思案を巡らせている様に見えて、畑中は声を張る。

「兎に角、その件は俺の超個人的な事柄だから。この話は、お仕舞い、いいかな。」

 そこで蒸し返す様に、金子が周囲を見回し乍(なが)ら言うのである。

「そう言えば、今日は倉森先輩、いらっしゃってないんですか?」

「来てないよ!」

 即答する、畑中であった。
 そんな折(おり)、格納庫の奥から二人掛かりでB号機用の武装を運んで来た、佳奈と瑠菜が声を上げる。

「すいませーん、ちょっと、通してくださ~い。」

 瑠菜が先頭になって運んでいるのは、長さが二メートル程の、金属製の棒状のデバイスである。瑠菜が脇に抱える様にしている方向が後端で、後方で抱えている佳奈の背後側に、つまりデバイスの先端側には、ビーム・エッジを発生させる複数のブレードと、荷電粒子ビームを撃ち出す砲身が取り付けられている。
 大扉付近に並んでいた一同が二人に道を空けると、瑠菜と佳奈は十五メートル程離れた所で待っているブリジットの元へと、そのデバイスを運んで行くのだった。

「ああ、本社(うち)のスタッフに運ばせりゃ、良かったのに。」

 二人を見送り乍(なが)ら、実松課長がそう言うと、畑中も謝意を述べる。

「あ、気が付かなくてゴメン、鬼塚君。」

「いえ、大丈夫ですよ。御心配無く。」

 緒美は微笑んで、応えた。その緒美に、金子が尋(たず)ねる。

「何よ、あれ。」

「あれ? B号機用の武装よ。」

「B号機?」

 そう聞き返す金子に、武東が言うのだった。

「あの白い方、でしょ?」

「ああ、明明後日(しあさって)、飛行テストするんだよね? 飛行ユニットは、まだ未装備なんだ。」

 そこに直美が、口を挟(はさ)む。

「今日、明日は地上でのテストで、明後日(あさって)は、低空での飛行確認の予定。そっちは? 今日は飛ばない日?」

「うん、今日は明日のフライトに向けて、機体のチェックとか、フライトプランなんかの提出書類を作ったり、準備の日なんだ。」

 そんな話をしていると、装備をブリジットに渡した瑠菜と佳奈が、緒美達の方へと戻って来るのが見える。緒美はブリジットに、通信で指示を出すのだ。

ボードレールさん、最初はゆっくりでいいからね。初めから飛ばすと、筋肉とか痛めるから、少しずつ慣らしていって。」

「分かりました~。」

 ブリジットは空いた左手を挙げて、緒美に応える。
 瑠菜と佳奈が、二人掛かりで運んだB号機用の武装だったが、ブリジットの HDG-B01 は右手だけで軽々と持っているのだった。
 緒美が思い出した様に、付け加えてブリジットに言う。

「あ、それから、荷電粒子ビームの安全設定は解除しない様に、ね。気を付けて。」

 ブリジットは挙げていた左手を大きく三度振って、降ろした。そして、装備の柄(え)の部分を左右のマニピュレータで掴(つか)むと、ゆっくりと振り下ろしたり、『突き』や『払い』の動作を次々と実施していく。
 その様子を観察して、実松課長が言うのだった。

「うん、マニピュレータの動きは、大丈夫そうだね。安心した。」

 それに続いて、畑中が緒美に尋(たず)ねる。

「彼女、槍(やり)とか薙刀(まぎなた)とか、心得が有るの?」

 その問いに緒美が黙って首を横に振ると、後ろから恵が説明を加える。

「ここ一週間位(ぐらい)、天野さんが調べて、動画とか参考にして練習してたんですよ。」

「付け焼き刃にしちゃ、様になってるでしょ?先輩。」

 そう付け加えて、直美は笑った。それに、微笑んで恵も応じる。

「武道系ではないにしても、ボードレールさんは、スポーツは得意だもんね。」

 そうこうする内、ブリジットの装備を振る勢いが段々と強く、早くなって行く。最終的には、装備が空気を切る音が、緒美達の所まで聞こえて来そうな勢いとなっていた。
 緒美は制服のポケットから自分の携帯端末を取り出すと、時刻を確認する。時刻は十六時半を、少し回っていた。

「オーケー、ボードレールさん。今日は、ここ迄(まで)にしましょう。こっち、戻って来て。」

 ブリジットは装備を上段の構えから振り下ろした所で動きを止めると、上体を起こした。そして緒美達の方へと身体を向けると、装備を肩に担(かつ)ぐ様にして、茜と共に格納庫へ向かって歩き出す。
 緒美の傍(そば)から離れた畑中は、東側へ引かれた大扉の前付近に座り込み、休息がてらに HDG の動きを見ていた他のスタッフ達へ、号令を掛けるのだった。

「それじゃ、B号機がリグに接続したら、点検を始めまーす。準備、お願いします。」

 前回の模擬戦の時も来ていた大塚を含め、六名の試作部スタッフ達は銘銘(めいめい)が立ち上がると、格納庫内のメンテナンス・リグへと向かう。緒美達も、畑中達を追って格納庫の奥へと進んで行く。すると、瑠菜と佳奈が畑中の元へと駆け寄り、話し掛けるのだった。

「畑中先輩、B号機の点検作業、項目とか教えて貰っていいですか?今後のメンテ作業の、参考にするので。」

 瑠菜の申し出に、畑中は答える。

「ああ、いいよ。点検の方が終わったら、飛行ユニットの接続と切り離し、実際にやって確認するから、君達も手順の確認しておいて。」

 それには佳奈が、問い掛けるのだ。

「A号機のとは、何か違いが有りますか?」

「う~ん、手順的には大きな違いは無いんだけど。見ての通り、B号機のは大きくて重いからさ。取り扱い上の注意事項が、幾つか有ってね。うっかり、リグから落としちゃうと、大惨事だから。」

 一方で、緒美達の一団と一緒に歩いている、飛行機部の二人に直美が問い掛ける。

「で? どうして金子と武東は、付いて来るのかな。」

「え~いいじゃん、近くで見せてよ。今日、届いた、飛行ユニット。」

「飛行機部の人としては、気になるのよね~。」

 と、金子に続いて武東も答えるので、恵は緒美に「いいの?」と訊(き)くのだった。緒美は、微笑んで答える。

「いいんじゃない? 飛行機部には、お世話になってるんだし。」

 すると、金子が恵に向かって言うのだ。

「あはは、秘密保持の件なら、心配しないで。ちゃんと、分かってるから、森村さん。」

「その点に就いては、わたしは初めから心配してませんよ、金子さん。」

 そう答えて、恵は「うふふ」と笑ったのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第13話.04)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-04 ****


「それじゃ、ボードレールさん。先(ま)ずは、垂直跳びからやってみましょうか。 最初は、余り力(ちから)を入れないで、膝(ひざ)だけで跳(と)んでみて。」

 緒美の指示に続いて、茜が助言をする。

「最初は軽く、ね。自分で思っている以上の力(ちから)が出るから、その感覚の差を確かめる感じで。」

「解った、軽く、ね。 じゃ、行きま~す。」

 ブリジットは膝(ひざ)を軽く曲げると、躊躇(ちゅうちょ)無くスッと伸ばして身体を持ち上げる。

「おぉっ…。」

 思いの外(ほか)、高く跳(と)び上がった事に驚いたブリジットは、思わず声を漏らした。爪先が地面から五十センチ程は浮き上がっただろうか。そして間も無く、ブリジットが装着した HDG-B01 は万有引力の法則に逆らう事無く着地するのだが、その瞬間に膝(ひざ)で衝撃を吸収する動作をしなかった所為(せい)か、コンクリートで固められた地面と HDG の脚部が衝突する音が、割と大きく「ガツン」と響いた。

ボードレールさん、足腰に衝撃は無い?」

 ブリジットのレシーバーには、衝突音を聞いて心配した、緒美の声が届いていた。ブリジットは振り向き、格納庫内の緒美の方に手を振って答える。

「大丈夫です、部長。衝撃は、HDG が吸収して呉れたみたいですから。」

「そう。 感覚は掴(つか)めそう?」

「流石に、一回では…もう何度か、跳(と)んでみていいですか?部長。」

「どうぞ。」

 ブリジットは南側に向き直ると、一度、背後で見て居るであろう緒美達に対して右手を挙げて見せる。そして、先程よりは膝(ひざ)を深く曲げ、そして地面を蹴った。今度は一メートル程、跳び上がったブリジットは、着地の瞬間に膝(ひざ)や腰を使って衝撃を吸収する動作を加え、その屈(かが)んだ姿勢から、続けて次のジャンプを行うのだった。
 そうやって、三度、四度とジャンプを繰り返し、ブリジットは少しずつ加える力(ちから)を増していく。最終的には、腕の振りをも加える事で、跳躍は爪先が地面から五メートル程の高さにまで到達し、そしてブリジットは地面へと降りたのだった。流石に、その高度からは、膝(ひざ)を深く曲げ、腰を屈(かが)めてブリジットは着地したのだが、脚部が接地するのに少し遅れて、側面と後側に装着されている、スカート状のデフェンス・フィールド・ジェネレータが地面を叩いて音を立てるのだった。

「ふぅ~。」

 ブリジットは一息を吐(は)いて、立ち上がった。そこに、茜が声を掛ける。

「流石に、バスケでジャンプには慣れてるみたいだけど、あんなに高く跳(と)んで、怖くはなかった?ブリジット。」

「いやあ、面白いよ。トランポリンって、やった事は無いけど、さっきみたいな感じかな? これ使ってバスケやったら、ダンクシュートとか、やり放題じゃない?」

 そう答えて、ブリジットはニヤリと笑うのだった。茜も微笑んで、言葉を返す。

「生身でやらなくちゃ、反則でしょ。」

「勿論。冗談よ。」

 そこで、緒美からの指示が入る。

「それじゃ、今度は前方への跳躍、やってみましょうか。天野さん、軽くやってみせてあげて。」

「助走無しで、片脚で踏み切る感じでしょうか?」

「そうね、最初はそんな感じかしら。」

「じゃ、やってみます。 見ててね、ブリジット。」

 茜は数歩前へ出ると身体を西側へと向け、少し上体を前へ倒すと、右脚を前へ振り出すと同時に左脚で地面を蹴った。すると茜の身体は前方へと押し出され、最高高度が一メートル弱程の緩(ゆる)やかな放物線を描いて、二メートル程先の地面へ着地した。茜は身体の向きをブリジットの方へと変えて、通信で話し掛ける。

「こんな感じ。踏切よりも、着地の方を注意してね。前側に転ぶと怪我するから、着地のタイミングで重心は後ろ目にした方が安全よ。 念の為、マニピュレータは展開しておいた方がいいかも。前側に転倒した時に素手で手を突いたら、手首が持たないから、多分。」

「分かった。」

 ブリジットは、茜の提案に従い、両腕の前腕中程辺りを回転軸に後方へ折り畳まれているマニピュレータを、前方へと展開させた。この、HDG-B01 のマニピュレータの格納方式は、HDG-A01 のそれとは、仕様の大きく異なる点である。HDG-A01 の伸縮格納方式は狭い空間での出し入れが可能だが、装着者(ドライバー)の手に対するマニピュレータのオフセット量が大きくは取れない。他方の、HDG-B01 の回転格納方式では、オフセット量が大きく出来るのだが、出し入れの際に広い空間を必要とするのだ。
 格闘戦に際してはリーチの長い方が、有利、若しくは、より安全を確保出来るので、其方(そちら)を採用したい所ではあるのだが、HDG-A01 は地上戦を主眼にしている為、狭い空間でもマニピュレータの出し入れが可能な伸縮式が採用されているのだ。一方で HDG-B01 は、空中戦を主体に運用されるので、空間の広さに留意する必要が無いと言う訳(わけ)である。

「それじゃ、行きま~す。」

 ブリジットが右手を挙げ、声を出すと、茜が話し掛けるのだった。

「あ、ブリジット。最初からここ迄(まで)、跳(と)ぼうとしなくてもいいからね。初めは、軽く一歩踏み出す位(くらい)の感じで。多分、自分で思ってる以上に前に進むから、その感覚の違いも確かめて。」

「オーケー、やってみる。」

 ブリジットは右手を降ろすと、小さな水溜まりでも飛び越える程度の感覚で、左脚で地面を蹴ったのだが、茜の立つ場所まで、半分程の位置に着地したのだった。

「ふ~ん、成る程。」

 そう呟(つぶや)くと、ブリジットは、今度は右脚で踏み切り、茜の隣付近へと到達する。

「どう? 感覚は掴(つか)めそう?」

「何と無く。」

「流石ね。 それじゃ、付いて来て。」

 茜はくるりと身体の向きを西側へ向けると、再び二メートル程度の跳躍を行う。それを追って、ブリジットも同じ様に、跳躍する。続いて、茜は三メートル、四メートルと、跳躍の距離を伸ばしていくが、ブリジットはそれに完全に追従して見せたのだ。

「いいわね、跳躍と着地が問題無く出来る様なら、次は走ってみましょうか。」

 茜は立ち止まると、身体の向きを東側へと変える。

「駆け足から始めて、少しずつスピードを上げていくけど、途中で身体の進み具合と足の回転が合わなくなって来るから、転ばない様に気を付けてね。」

 そう注意を促(うなが)すと、ブリジットの返事も待たず、茜は東向きに駆け足で進み出す。ブリジットは、茜を追って駆け出す。そして茜は、先に言った通り、少しずつ走る速度を上げていくのだが、それに従って歩幅(ストライド)が大きくなっていくのだ。走り始めて五十メートル程進んだ辺りで、歩幅(ストライド)が一メートル程度になり、茜はブリジットに声を掛け、減速した。

「走り出しよりも、止まる方が難しいから、気を付けてね、ブリジット。」

 スムーズに減速した茜の HDG-A01 を、前のめりになる様にブリジットは追い抜き、数メートル先まで進んで、何とか行き足を止めるのだった。そこから茜の元へと歩き乍(なが)ら、ブリジットは言うのだった。

「確かに、急に減速しようとすると、前方へ転びそうになるわね。」

「FSU のお陰で意識し辛いけど、重量が装備の分だけ増えてるんだから、当然、慣性は大きくなるでしょ。だから、減速する時は重心を低目、後ろ目にしておかないと。 生身の感覚でいると、つんのめって前転しちゃうわ。」

「成る程。 それにしても、茜は走ったり止まったり、良く平然とやってられるわね。今迄(いままで)は、何とも思わずに見てたけど、自分でやってみると、結構大変だわ。」

 ブリジットの、溜息(ためいき)混じりのコメントを受け、微笑んで茜は言葉を返す。

「大丈夫よ、ブリジットも直ぐに慣れるわ。 もう二、三本、加速減速やってみましょう。」

「オーケー。」

 茜とブリジットは、今度は西側に身体を向け、揃(そろ)って駆け足から始めるのだった。今回も茜が主導して、距離にして二十メートル程で加速した後、五メートル程で減速するのを四回繰り返し、凡(およ)そ百メートル程度を走った所で、二人は立ち止まった。そして東向きに進路を変えると、先程と同じ様に加減速を繰り返して、第三格納庫の前へと戻って来る。
 第三格納庫の開けられた南側大扉の前付近で立ち止まって、二人が呼吸を整えていると、そこへ緒美が、ブリジットに通信で声を掛けるのだった。

「どう?ボードレールさん。感覚は掴(つか)めそう?」

 続いて、樹里の声が届く。

「こっちに返って来てる数値を見てる限りだと、可成り自由に動ける様になったと思うんだけど。どうかな?ボードレールさん。」

 ブリジットは一度、深呼吸をして、答えた。

「そうですね、もう、跳(と)んだり走ったりで、大きな違和感は無い感じです、樹里さん。 減速の方は、大体、感触が分かって来ました、部長。」

「そう、それじゃ、マニピュレータの動作を見たいって、実松課長が。 B号機用の武装、持って行って貰うから、ちょっと振り回してみて。」

 その緒美の提案に対して、茜が割り込んで言うのだった。

「部長、その前に一度、全力でのダッシュと、そこからの停止まで。ブリジットにやってみて貰いたいんですが。」

 茜の提案に対する緒美の返答は、早かった。

「いいわよ。その間に、B号機の武装を用意するわね。」

 そしてブリジットが、茜に尋(たず)ねるのだ。

「全力ダッシュ?」

「ちょっと、見てて。」

 そう言って西向きに身体の方向を変えた茜は、少し前傾姿勢を取ると、右脚で強く地面を蹴った。茜の身体は一気に前方へ飛び出し、二メートル程の先に着地した左脚で、再び強く地面を蹴る。最終的には八メートル程のストライドでの十数回の跳躍を繰り返し、第二格納庫の前を通過する前に両脚で着地すると、重心を低くしてコンクリートの面上を数メートル、スライドした後に HDG-A01 は停止したのだ。
 茜は腰を伸ばして振り返ると、両手を振ってブリジットに通信で呼び掛けた。

「こんな感じ~ブリジット。」

「それを、行き成り、わたしにやれ、と?」

 苦笑いしつつブリジットが言葉を返すと、茜が返事をするのだった。

「別に最後のブレーキ動作、スライド迄(まで)はやらなくてもいいけど。何回かに跳躍を分けて減速してもいいわよ。 要は、安全に止まれたらいいんだから。」

 そう言われると、無意味に対抗意識が刺激されるブリジットである。

「まぁ、いいわ。やってみる。」

 ブリジットは茜がやった様に、前傾姿勢でダッシュの構えを整える。そこに、緒美からの通信である。

ボードレールさん、無理はしないようにね。」

「大丈夫です、部長。 多分。」

 そう答えて、ブリジットは右脚で地面を蹴った。思った以上の加速に、つい「うっわ…。」と呟(つぶや)く様に声を漏らす。茜の HDG-A01 に比べて背部の装備が無い分、ブリジットの HDG-B01 は総重量が軽いので、最初から三メートル程の跳躍となったのだが、ブリジットはその儘(まま)、次の跳躍を続けた。跳躍を繰り返す程に、当初、百五十メートル程の先に居た茜の姿が、ブリジットには段々と大きく見えて来るのだ。
 ブリジットは、茜までの距離が十メートル程になった跳躍の空中で、両脚での着地体勢を取り、着地の瞬間には衝撃を膝で吸収し、更に重心を落とした上で両足の間隔を広げて、横向きにコンクリート上をスライドし乍(なが)ら減速したのだった。

「ふう…。」

 一息を吐(つ)いて、足腰を伸ばしたブリジットは、開けられている第一格納庫の大扉付近で、数人の生徒らしき人影が、自分達の方を見ているのに気が付いた。

「茜、第一格納庫の方…。」

「ああ、飛行機部の人達よね。村上さんも、見てるかな?」

 茜は飛行機部の面々に見られている事には、余り気を取られてはいない様子で、続けてブリジットに話し掛けた。

「それより、流石ね、ブリジット。全力でダッシュと、停止迄(まで)が出来れば、地上での移動には困らないわ。」

「合格?」

「文句無し。」

 茜は、右腕を突き出し、サムズアップをして見せるのだった。それに対して、ブリジットは微笑みを返すのである。

「それじゃ、軽く流して第三格納庫の前まで戻りましょうか。」

 そう言って茜は、身体の向きを東側に変えると、二メートル程の跳躍を繰り返して、第三格納庫前へと帰って行く。ブリジットも茜に続いたのだが、その端緒に、第一格納庫から東向きに自転車で移動する二人の女子生徒の姿を、視界の端に認めていたのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第13話.03)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-03 ****


 それから少し経って、インナー・スーツに着替えた茜とブリジットが、階段を降りて来る。

「お待たせしました~。」

 茜は普段通りだったが、ブリジットの方は聊(いささ)か緊張した面持ちである。
 メンテナンス・リグに接続された両機へと歩いて来る二人に、緒美が声を掛ける。

「準備が出来てるなら、早速、起動させましょうか。」

 並べられた HDG-A01 と、HDG-B01 の前には搭乗用のステップラダーが既に置かれている。茜とブリジットは、両機の前に立ち、暫(しば)し新しい機体を見上げる。
 そしてブリジットが、ふと、感想を口にするのだ。

「塗装は、白ベースなんですね。」

 HDG-B01 の機体は大部分が白色に塗装されており、一部にライトブルーのラインが入れられている。
 茜が、畑中に向かって尋(たず)ねる。

「このデザインも、飯島さん?ですか。」

「そうだよ~。ぱっと見でA号機と、見分けが付く方がいいだろうってのと、画像で見たブリジット君のイメージ、だってさ。」

「成る程。」

 そう、納得する茜に、ブリジットは訊(き)くのだった。

「成る程、なの?」

「スマートで、スッキリしたイメージ、なんじゃないの?白って。」

「わたしのイメージ…って言われても、ねぇ。」

 ブリジットは、苦笑いである。そして畑中が、微笑んで言うのだった。

「まぁ、飽くまでも、画像を見た飯島さんのイメージだから、ね。」

「あはは、ま、取り敢えず接続してみましょうよ、ブリジット。」

 そう言って、茜は HDG-A01 へのステップラダーを登って行く。ブリジットも、HDG-B01 の前に置かれた、ステップラダーへ向かった。

「接続の手順は、分かる?ブリジット。」

 ステップラダーの頂部に立って、茜はブリジットに問い掛けた。ステップラダーの頂部へと登って来たブリジットが、答える。

「大丈夫。」

 ブリジットが入部して以来、茜が行う HDG 装着のサポートを何度も繰り返して来たのは、この日を見据えての事である。それは勿論、茜も理解していたので、微笑んで声を返した。

「オーケー。」

 茜とブリジットは、それぞれのステップ面に腰を下ろすと、両脚を HDG の腰部リングへと差し込む。その儘(まま)、腰の位置を前方へとずらし、脚部ブロックの上部に足が届くと、一度そこに立ち上がり、身体の向きを変えて、足を左右の脚部ブロックへと嵌(は)め込んだ。そして上体を起こして、インナー・スーツの背部パワー・ユニットを、HDG の背部ブロックへと接続するのだ。

「HDG-A01 接続します。」

「HDG-B01 接続します。」

 二人がそれぞれのインナー・スーツ左手首のスイッチを右手で操作すると、背部パワー・ユニットがロックされ、続いて、腰部リングや脚部ブロック、上部フレームが、それぞれ固定位置へと作動するのだった。
 最後に、茜には佳奈が、ブリジットには瑠菜が、それぞれのヘッド・ギアを装着させ、二人の HDG への接続作業は完了した。茜とブリジットは、それぞれのヘッド・ギアの、ゴーグル型スクリーンを降ろして、機体のステータス情報を確認している。その間に、HDG の前に置かれていたステップラダーは、瑠菜と佳奈、そして恵と直美の手で HDG 前から撤去される。それを終えると、佳奈が HDG-A01 の、瑠菜が HDG-B01 の、それぞれのメンテナンス・リグのコンソールへと移動する。
 そして両機は格納庫の床面へと降ろされ、腰部後方の接続ロックが解放されるのだ。二人は隣に立つお互いの顔を見合わせ、微笑んだ。そして茜が、ブリジットに問い掛ける。

「どう、大丈夫?」

 茜は、それ程大きな声を出した訳(わけ)ではなかったが、その声はブリッジが装着するヘッド・ギアのレシーバーから聞こえたのだ。ブリジットも、声量には注意して答えた。

「うん、大丈夫。でも、立ってるのに浮かんでる様な、変な感じ。」

「ああ、それは、FSU が装備の重量を支えてるから、自分の足腰には負荷が掛かってないのよ。」

「理屈では分かってるんだけど、体感すると、又、印象が違うわね。」

 そう言って、ブリジットは「うふふ」と笑うのだった。
 丁度(ちょうど)その頃、立花先生が格納庫フロアへと戻って来て、緒美達に声を掛けるのである。

「もう起動してるんだ。」

 緒美は振り向いて、立花先生に言葉を返す。

「お戻りですか。 何方(どちら)へ?立花先生。」

「え?ああ、総務の方へね。今日、搬入された物品の、管理関係の書類仕事よ。HDG とか、一応、管理上は本社の資産扱いだからね、学校のじゃなくて。 だから本社からの資産貸し出し扱いの事務手続きとか、こっちでの管理書類の作成とか、色々、やっておかなきゃいけない事が有るのよ。」

 倉庫での検品作業から戻っていた恵が、その説明を聞いて含みの有りそうな笑顔で言う。

「へぇ~それは、ご苦労様です。」

 恵は、立花先生の言う『事務手続き』が嘘だとは思わなかったが、それが今日中に済まさなければならない事だとも思わなかったのだ。同じ事を考えていた直美も、クスクスと笑っている。
 立花先生は怪訝(けげん)な顔付きで、恵に言葉を返す。

「何よ恵ちゃん、引っ掛かる言い方ね。」

「いいえ、深い意味なんて、別に有りませんよ。」

「まあ、いいわ。そういう事にして置いてあげる。」

 立花先生は、視線を茜達、HDG の方へと戻した。
 実際、立花先生の行動にも、恵の言動にも、何方(どちら)にも深い意図などは無かったのだ。唯(ただ)、そんな遣り取りを傍(そば)で聞いていた緒美も、くすりと笑って居たのだった。

「樹里さん、B号機とのデータ・リンクは大丈夫ですか?」

 茜が、デバッグ用コンソールに就く樹里に呼び掛ける。樹里は、装着しているヘッド・セットを介して答えた。

「大丈夫よ、ログは取れてる。 それじゃボードレールさん、動作範囲の設定からやっていきましょうか。」

「ああ、それじゃ…。」

 茜はブリジットの前側へと回り、正面に向かい合って立つのだった。

「わたしの動きに合わせて、動いてみて、ブリジット。最初は真っ直ぐ、しゃがんでみて。」

 ゆっくりと、茜は両膝(ひざ)を曲げ、腰を落としていく。ブリジットは、それを真似てしゃがみ込むのだった。

「こう?」

「そうそう、ゆっくりでいいからね。」

「意外と、動かすのが硬いって言うか、重いのね、これ。」

「最初の内だけよ。HDG が動き方を覚えたら、段々と動作は軽くなって来るわ。」

「しゃがむのは、この辺りが限界、かな。」

「無理はしないで、ブリジット。じゃ、真っ直ぐ立ち上がって。」

 二人は、しゃがむ時に比べて、幾分早く立ち上がった。

「じゃ、次は右脚を上げて、左脚で片脚立ち…。」

 茜の指示で、ブリジットは順番に各間接の動作範囲を確認し、設定していく。
 そんな様子を眺(なが)め乍(なが)ら、畑中は緒美に尋(たず)ねるのだった

「鬼塚君、A号機の動作データを変換すれば、B号機の初期設定とか省略出来るんじゃないの?」

 その問い掛けに緒美が答えるより早く、コンソールを操作する樹里を見ていた日比野が答えるのだった。

「それね、仕様的にはその通りなんだけど。そのデータ変換自体が正しく出来るかが、未検証なのよ、畑中君。もしも変換プログラムにバグでも有ったら、それこそ洒落にならないから。 だから、B号機も普通にセットアップを行って、出来上がった双方のデータを変換して、それぞれお互いの生成データと比較して、変換プログラムの検証をする予定なの。」

「成る程、そう言う訳(わけ)ですか。」

 日比野の説明に、畑中が納得する一方で、直美が樹里に問い掛ける。

「それよりも、バッテリー駆動だと、A号機の最初の時みたいにならないか、そっちの方が心配だけど。大丈夫よね?城ノ内。」

 茜の HDG-A01 は背部にスラスター・ユニットを装備していて、それを電源としているのだが、ブリジットの HDG-B01 は、まだ HDG-A01 のスラスター・ユニットに該当する装備を接続していなかった。だから直美は、四月の末(すえ)に HDG-A01 を初起動した際の、電源系統の不具合で動作が止まってしまった事例を思い出していたのだ。
 この時点で、HDG-B01 がバッテリー駆動だったのは、HDG-B01 用の該当ユニットが、HDG-A01 用のスラスター・ユニットに比べて著しく大型であるからだ。空中を飛行する事を主眼として開発される HDG-B01 用の飛行ユニットは、搭載されているエンジンも大型で、飛行や空中機動には空力も利用する為に翼も装備していた。その為、地上での動作テストを実施するのに当たっては、はっきり言って邪魔だったのだ。因(ちな)みに、HDG-B01 用の飛行ユニットは、専用のメンテナンス・リグに搭載されて、第三格納庫には搬入済みである。

「大丈夫ですよ、新島先輩。あの件は、ちゃんと原因が特定されて、対策も済んでますから。」

 樹里は微笑んで、直美に答えた。それに対して、日比野が声を掛ける。

「その時は、Ruby の機転で、LMF を使ってA号機を回収したんだっけ?」

「そうですよ。」

 日比野に答える樹里に、直美が言うのである。

「それよ。今は LMF が無いからさ、もしもあの時みたいにB号機が固まっちゃったら、どうやって回収するか、って話よ。」

 その直美の懸念には、恵が答える。

「その心配は要らないんじゃない? 今日は本社の方々もいらっしゃるし、天野さんのA号機も動いてるし。まさか、両方とも止まっちゃう事は無いでしょう。」

「まあ、そうなんだけどさ。」

 直美が苦笑いしつつ、そう言葉を返すと、緒美が振り向いて言うのだった。

「ま、試運転なんだから何が起きるか分からないって事は、覚悟しておきましょう。寧(むし)ろ、何が起きてもいい様に、しっかり監視してて。少しでもおかしな兆候が有ったら、直ぐに声を上げてね、皆(みんな)。」

 先輩達が、そんな会話をしている内に、茜とブリジットは HDG-B01 の動作範囲設定に於ける一連の動作を終えるのだった。そこで、樹里が二人に声を掛ける。

「オーケー、B号機は今の所、異常無しよ。リターン値は、全て正常範囲。」

 続いて緒美が、装着しているヘッド・セットを介して指示を出すのだ。

「それじゃ二人共、歩いて格納庫の外へ行ってみましょうか。」

「分かりました。」

 茜とブリジットは声を揃(そろ)えて返事をすると、搬入の為に開けられた儘(まま)だった南側大扉へ向かって歩き出す。
 歩き始めは、外部から見る限り、茜の HDG-A01 に比べてブリジットの HDG-B01 は、聊(いささ)か歩き方がぎこちない様に見えたが、二人が大扉を潜(くぐ)る頃には、それも解消されていた。それは、HDG-B01 に搭載されている AI が、ブリジットの動きに合わせて、動作の出力やタイミングを調整し、学習した結果なのである。
 茜とブリジットが格納庫の外へ出ると、その日も快晴で、夏は終わりに向かっているとは言え、まだ日差しは強かった。時刻は、もうそろそろ午後四時になろうかと言う所で、茜が西側の空を見ると、太陽が視野に入る高さだった。
 外気温は、この時刻ではまだ 28℃を下回っていなかったが、幸い、インナー・スーツの温度調整機能のお陰で、暑さは感じなかった。

「ブリジットは大丈夫?暑くはない?」

 茜が尋(たず)ねると、ブリジットは微笑んで答える。

「大丈夫よ。インナー・スーツがちゃんと機能してる。」

 そこに、ヘッド・ギアのレシーバーから、緒美の声が聞こえて来るのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.02)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-02 ****


Ruby …と言いますか、三社による開発中の AI に、シミュレーターを実行させる事は、既に他社も行っていますが。 HDG を利用して、直接、教示(ティーチング)を行うのは他社には出来ませんし、わたし達も思い付きもしませんでした。その手法で彼女達は、既に大きな成果を上げています。」

「ああ、アレは上手くいった様だな。お陰で、陸防に納入する量産仕様の LMF 改、アレのソフト開発も、何とか間に合いそうですからな。」

 そう、大沼部長が飯田部長に話し掛けると、飯田部長は一度頷(うなず)いて、井上主任に尋(たず)ねる。

「つまり、彼女達にはシミュレーターを利用して、Ruby の戦闘経験を積ませよう、と?」

「はい。それであれば、彼女達の身の安全も確保出来ますし、『作戦』に投入する前に Ruby を戦闘によって失ってしまうリスクも回避出来ます。Ruby に取っては、実戦もシミュレーションも、何ら差は無いですから。 勿論、最終的には防衛軍に移管して、能力の確認が必要でしょうけど。それ迄(まで)は、Ruby は彼女達に任せて置くのが適当かと。」

 飯田部長は井上主任の発言が終わるのを待って、天野会長の方へ向き、尋(たず)ねる。

「如何(いかが)でしょうか?」

 それには頷(うなず)いて応え、天野会長は井上主任に言うのだった。

「状況に大きな変化が無い限り、井上君の言う線で、いいのではないかな。 ともあれ、『作戦』実行まで、当初の計画に従えば、あと三年だ。このタイミングで『デバイス』のキーになる Ruby に、完成の目処(めど)が付いたのは喜ばしい事だな。あとは、機体の方の完成と試験を、如何(いか)にスケジュールに合わせていくか、だが。『作戦』に投入するのに、必要な数を揃(そろ)えなければならない事を考えると、開発に掛けられる時間はギリギリだ。」

「会長、念の為に申し上げておきますが。Ruby が完成したかどうかは、現時点では断言致し兼ねます。 最終的な判断は、Ruby 本体の解析をしてみない事には。」

 真面目な顔付きで井上主任が、そう訴えると、天野会長は微笑んで答える。

「勿論、それは分かっているよ、井上君。」

 そして、天野会長は飯田部長の方へ向いて、確認する。

Ruby 本体がこっちに届くのに、どの位(くらい)、掛かる? 飯田君。一週間、位(ぐらい)かな?」

「そうですね、その位(くらい)は必要ですね。」

 今度は井上主任の方へ向き直り、天野会長は尋(たず)ねた。

Ruby の解析には、どの位(くらい)が必要かね?井上君。」

「開けてみないと分からないですが、二週間…三週間程かと。」

「合わせて、一ヶ月か。分かった、それで進めて呉れ。 今日は忙しい所、済まなかったね、井上君。 他に、井上主任に確認しておきたい事が、誰か有るかな?」

 飯田部長、大沼部長は共に、首を横に振る。それを確認して、天野会長は提案する。

「この際だから、井上君の方から何か、言っておきたい事が有れば。」

 天野会長からの申し出に、井上主任は躊躇(ためら)わずに答える。

「では、二つ程、会長にお聞きしたい事が。」

「何だい?」

「兵器開発部の城ノ内さん、彼女を正社員として、わたしの所へ頂けないでしょうか?なるべく早い内に。 彼女は、即戦力として十分、使える人材ですので。」

 真面目な顔で要望を伝える井上主任に、苦笑いしつつ天野会長は答える。

「ああ~その件か。同じ様な要望をね、兵器開発部のメンバー全員について、各部署から聞いてはいるが。それらに就いては、校長にね、きっぱりと拒否されたよ。それに、個別の人事に就いては、わたしも口出しは出来ないし、したくはないのでね。彼女達が卒業する迄(まで)、待ってやって呉れ。徒(ただ)、その間(あいだ)に、部活の範囲内でなら、彼女達に協力を求めるのは構わないよ。」

「分かりました。」

「うん、済まないね。それで、もう一つは?」

「これは、私的な事ですが。 維月…妹は元気にやっていますでしょうか?」

 天野会長は、微笑んで答える。

「ああ、心配は要らないよ、いい友人も居る様子だし。此方(こちら)で依頼している『危険人物』の監督役も、卒無(そつな)く熟(こな)して呉れている。」

 そこで飯田部長がニヤリと笑って、天野会長に問い掛ける。

「ああ、例の、ハッカーの?」

「そうだ。昨日(さくじつ)も、その能力を役立てて貰ったと言えば、そうなんだがね。」

 そう解説する天野会長は、苦笑いである。井上主任は、微笑んで言葉を返す。

「そうですか。取り敢えず、安心しました。」

「そうか。」

 天野会長は、小さく頷(うなず)いて見せた。

「では、わたしはこれで。業務へ戻ります。」

 井上主任は、そう言って天野会長に一礼した後、部課長へ向かってもう一度、一礼をして会議室を後にしたのだった。


 2072年9月5日・月曜日、場所は変わって、LMF が大破した襲撃事件から三週間が経過した天神ヶ崎高校である。
 夏期休暇の期間も終わり、授業が再開して五日目。兵器開発部一同の部活動も、再開されていた。部活動は夏休みが終わる前から再開されていたのだが、Ruby の存在を欠いた部活動には、一同が違和感を覚えていたのだ。しかし、嘆(なげ)いてばかりも居られず、それぞれの帰省先から学校へ戻って来て約一週間が経過した今、彼女達は Ruby の不在にも少しずつ慣れ始めていた。
 この日は、天野重工の試作工場からのトランスポーターが三台、朝早くから到着し、第三格納庫へと積み荷を降ろしていた。そう、予定の延期が続いていた、HDG のB号機の搬入である。
 兵器開発部のメンバー達は授業に出席しなければならないので、B号機の搬入作業には立ち会えなかったのだが、それは天野重工のスタッフ達に因って行われ、現地での最終セットアップも、彼等の手で行われたのである。
 そうして放課後になると、兵器開発部のメンバー達がと次々と第三格納庫へとやって来るのだ。

 最初に格納庫フロアに降りて来たのは、緒美達、三年生の三人である。

「ご苦労様です。」

 搬入からセットアップ迄(まで)の作業を一通り終え、念の為の最終チェックをしているスタッフ達に声を掛け乍(なが)ら、緒美達は HDG-A01 が接続されたメンテナンス・リグの隣に置かれた、HDG-B01 のメンテナンス・リグを目指して進んで行った。三人の姿に気が付いた畑中が、緒美に声を掛ける。

「授業は、終わったのかい?」

「はい。」

 微笑んで緒美が声を返すと、畑中は書類を手に、彼女達の方へ歩み寄って来る。

「今回、搬入分のリスト。倉庫の方へ、メンテ用の交換パーツとか、A号機の追加分も入れてあるから、後で確認しておいて。」

 畑中が差し出す書類の束を、恵が受け取ると、直ぐにその記載内容に目を通すのだった。その一方で、緒美が畑中に尋(たず)ねる。

「受け取りの書類とかは? サインの必要な物が有れば。」

「ああ、その手の物は、昼休みに、立花先生が処理してくれたから。大丈夫だよ。」

「そうですか。」

 そう応える緒美の後ろで、直美が格納庫内を見回して、畑中に問い掛ける。

「そう言えば、立花先生は? 今日は『特許法』の授業は、無い日の筈(はず)だけど。」

「さあ、そう言えば、暫(しばら)く前から、姿を見てないな。お昼以降も立ち会って呉れていたんだけど。」

 畑中も、周囲を見回す。そこで、少し控え目な声で、恵が言うのだった。

「一時避難されたんじゃ、ないですか? ほら、あの方々がいらっしゃるし。」

 恵が視線を向けた方向に緒美と直美が目を遣ると、少し離れた場所で談笑する、実松(サネマツ)課長と天野理事長、そして前園先生の姿が有った。

「ああ、成る程。」

 緒美と直美は、声を揃(そろ)えて納得するのだった。それには苦笑して、畑中が言葉を返す。

「そりゃ、無いだろう。」

 そんな折、北側の階段側から、瑠菜と佳奈の声が聞こえて来る。

「あ、師匠。ご苦労様で~す。」

「わぁ~師匠だ~。」

 緒美達が振り向くと、瑠菜と佳奈、そして樹里と維月とクラウディアが二階通路から、階段を降りて来ていた。瑠菜と佳奈の二人は階段を降りると、その儘(まま)、実松課長の方へと歩いて行く。残りの三名は、緒美達の方へと進んでいた。
 緒美は、その三名の内、先頭の樹里に声を掛ける。

「天野さんとボードレールさんは、まだ?」

「いえ、今は上で、インナー・スーツへ着替えを。」

 樹里が、そう答えると、今度はデバッグ用コンソールのチェックを行っていた天野重工の女性スタッフが、樹里に声を掛ける。

「樹里ちゃん。ちょっといいかな?」

「あ、日比野先輩、ご苦労様です。」

 日比野は、畑中達、試作部の所属ではなく、維月の姉・井上主任や安藤達と同じ、開発部設計三課の所属であるが、井上主任が率(ひき)いる Ruby 開発チームのメンバーではない。日比野は HDG のソフト開発チームの一員で、今回はソフト回りの対応の為、搬入に同行して来ているのだった。因(ちな)みに、日比野も天神ヶ崎高校情報処理科の卒業生で、畑中とは同期である。

「コンソールのバージョン、B号機対応のに入れ替えてあるから。」

「あ、はい。一応、説明、聞かせてください。」

 樹里と維月、そしてクラウディアは、日比野の方へと向かった。

「そう言えば、Ruby、今はどんな状況なのか、日比野先輩は御存知ですか?」

 日比野に、樹里は屈託(くったく)無く尋(たず)ねた。その回答には緒美達も傾聴したのだが、日比野は何の躊躇(ちゅうちょ)も無い様に、樹里に答えるのだった。

「ああ、安藤さんと五島さんが中心になって、ログとか中間ファイルの解析と復元を進めてるわ。電源を入れられる迄(まで)には、もう暫(しばら)く掛かりそうね。」

 その返事に、維月が言葉を返す。

「あれから、もう三週間は経ちますよ?日比野先輩。」

「いやいやいや、本社に Ruby のコア・ブロックが送られて来る迄(まで)に、一週間掛かってるから。うちからすれば、まだ二週間なのよ。兎に角、処理しなくちゃいけない中間ファイルの量が膨大だから、課の皆(みんな)で手分けしてチェッカーに掛けたりしてるんだけどね。 五島さんなんか、四日に一度位(くらい)しか家(うち)に帰ってないみたいで、又、奥さんが怒り出すんじゃないかって、周りの方(ほう)が心配してる位(ぐらい)。」

「うわぁ。」

 樹里と維月は揃(そろ)って、そう声を上げた。一人、クラウディアのみは、訝(いぶか)し気(げ)な顔付きである。

「じゃ、コンソールの方、説明するから聞いててね。」

 日比野は、コンソールのソフトの、変更点の説明を操作を交え乍(なが)ら始めた。
 その一方で、恵が緒美に告げる。

「それじゃ部長、わたしは倉庫の方、リストの記載と合ってるか、検品して来ます。」

 それに緒美が応えるより早く、畑中が反応するのだった。

「検品は、こっちの方で済ませてあるけど?」

「ダブル・チェックですよ。それに検品は、受け取り側がする物でしょ?畑中先輩。」

 恵は微笑んで、そう畑中に言葉を返した。続いて、緒美が言う。

「そうね、お願い。」

「うん。じゃあ、ささっと済ませて来ます。」

 そう言って恵が倉庫へ向かうと、その後を直美が追って行く。

「森村~、手伝うよ。」

「あら、助かるわ、副部長。」

 二人は格納庫東側、部室階下の倉庫へと歩いて行った。


- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。