STORY of HDG(第18話.13)
第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)
**** 18-13 ****
その後、実証試験終了後のデブリーフィングは恙無(つつがな)く進行し、併行(へいこう)して第三格納庫の片付けも実施されて、それら全ての作業が終了したのが、午後七時の少し前だった。
部活を終えた兵器開発部のメンバー達は全員が女子寮へと戻り、食堂で夕食となったのである。但し、HDG のドライバー三名、乃(すなわ)ち茜、ブリジット、そしてクラウディアは、夕食の前に入浴を済ませるとして、上級生の部員達とは別行動なのだった。
HDG の装着にはインナー・スーツの着用が必須なのだが、これには通気性というものが一切(いっさい)無く、ドライバーの汗や皮脂はアンダー・ウェアが吸収するのだ。だが、インナー・スーツに通気性が無いが故(ゆえ)、アンダー・ウェアは、ほぼ乾かないのである。インナー・スーツには温度調整機能が有るのでドライバーが極端に発汗する事は少ないが、それでも二時間も活動すればアンダー・ウェアは、それなりに『しっとり』として来るのだ。これは、余り気持ちのいい物ではない。幾ら着替えたとしても、その儘(まま)では食欲も湧かない、と言うものなのである。
さて、クラウディアと同室と言う事もあって維月も入浴組に同行し、村上と九堂も、茜とブリジットに付き合って、食事前の入浴組と相成ったのだった。
維月がクラウディアに同行するのは、四月当時ではクラウディアが他の生徒達と余計な摩擦を起こさないように維月が付き添っていたのであるが、流石に此(こ)の時期に於(お)いては其(そ)の必要も無くなっていた。だから此(こ)の時に維月が同行したのは、単純に同室であるが故(ゆえ)の生活時間を合わせる意味と、兵器開発部と其(そ)の協力者である一年生組としての親睦を深める意味からなのだ。
そんな訳(わけ)で、七時台に食堂に集まった兵器開発部関連のメンバーは三年生と二年生、そして立花先生、加えて飛行機部の金子と武東の、合計九人である。
彼女達は隣り合った二つのテーブルに別れ、一方のテーブルには三年生組五名、その隣のテーブルには二年生組と立花先生の四名が、席を取ったのだ。
夕食自体は、それぞれに談笑しつつ和(なご)やかに進んでいたのだが、その終わり頃に突然、立花先生が声を上げたのである。
「ちょっと、テレビのリモコン取って呉れない?」
立花先生は食堂の壁側、天井から傾斜を付けて設置されている大型テレビの画面を見詰めている。
テレビが設置されている直下の壁にはホルダーがネジ止めされていて、そこにリモコンが掛けられているのだ。恵が率先して席を立つと其(そ)のリモコンを取って来て、立花先生に渡すのだった。
「どうぞ。」
「ありがと、恵ちゃん。」
リモコンを受け取った立花先生は、音量を上げていくのだ。
食堂のテレビは、チャンネルは固定されているので、そのリモコンで操作出来るのは電源の入り切りと音量の操作程度である。その画面の中では、アナウンサーが緊迫した口調で原稿を読んでいた。
「何かニュースですか?」
直美が茶化す様な口調で立花先生に問い掛けるが、立花先生は何も答えずに、そこで報じられていく内容を聞いているのだ。
それは、ロシアの首都、モスクワがエイリアン・ドローンの襲撃を受けていると言うニュースだった。
報じる側も正確な情報は掴(つか)んでいない様子だったが、ロシア軍との攻防は現在も継続中であり、収束までには、まだ時間が掛かりそうだ、との消息筋の見立てだと云う。
又、ロシア当局からの正式な発表が今の所は無く、襲撃や被害の規模は、正確には不明である、とも語られていた。
一方でモスクワ市民が被害の様子を撮影した動画等が、ネットワークには既にアップロードされていて、テレビ放送でも其(そ)れら動画の幾つかが取り上げられていたのだ。
動画には倒壊した建造物や、火災を起こした街の一角の様子が記録されており、それらの映像が繰り返して流されているのである。
そのニュース番組には『軍事評論家』なる解説者が登場し、以降、彼の『予測』が語られるのだが、彼の見立ては、次の通りである。
この日、軌道上から降下したエイリアン・ドローンは総数九十六機で、『中連』上空から降下して一方は東へ、もう一方が西へと進んだ。
東へ、つまり日本へと飛来したのが五十四機で、残り四十二機が西へと向かった。
四十二機のエイリアン・ドローンはロシア領空内へと侵入し、当然、ロシア側は迎撃を行った筈(はず)だが、エイリアン・ドローン隊がモスクワに到達する迄(まで)に撃墜出来たのは、凡(およ)そ半数。
従って、二十機前後のエイリアン・ドローンがモスクワに侵入したとみられる。
立花先生が音量を上げた事で、食事時(どき)の為もあって、ほぼ満席状態だった食堂には一時、ざわめきが広がったのだ。とは言え、皆が皆、そう言った情勢に関心が有る訳(わけ)ではない。そうでなくてもここ数年、世界中で発生するエイリアン・ドローンに因る被害のニュースが日常的に報じられているのだ。
そんな訳(わけ)で兵器開発部の面々を除くと、このニュースに関心を持ったのは、その時の食堂に居合わせた女子生徒達の、多くても一割程度だったのである。
緒美達の周囲のテーブルでは、そのニュースには特に関心を示さず食事や雑談を続ける者(もの)や、食事を終えて席を離れる者(もの)など、其其(それぞれ)だったのだ。
そんな中、直美が普通の声量で、唐突に恵に訊(き)くのである。
「モスクワって、今、何時なの?」
すると、向かい側の席から緒美が答える。
「日本時間との時差が六時間だから、今、十四時の少し前、ね。」
「って事は、あっちは、まだ昼間なんだ。」
納得顔の直美に続いて、恵が所感を述べる。
「今、見た映像じゃ、被害は相当に深刻みたいよね。」
それには緒美が、異を唱えるのだ。
「それはどうかしら?映像は被害の有った所をアップで撮影(うつ)してるから、街全体が被害を受けている様な印象になるけど。一口にモスクワって言っても、それなりに広いのだろうし。 まあ、実際に被害が広がるかはどうかは、ロシア軍次第よね。」
「どう言う事?」
緒美に聞き返したのは、緒美の斜め前に座って居る金子である。
「どうも何も、市街地に侵入したエイリアン・ドローンを排除する為に、ロシア軍が地上から戦車で砲撃しても、上空からミサイル攻撃しても、副次的に街が壊れるのよ。相当に上手にやらないと。 砲撃にしてもミサイルにしても、百発百中じゃないし。」
「それじゃ、さっきの映像の、倒壊したビルとか火災も、ロシア軍の攻撃の結果?」
驚いて聞き返す恵に、緒美は苦笑いで答える。
「かもね。確証は無いけど。 そもそも、エイリアン・ドローン、『トライアングル』には、それ程、破壊力の有る兵装は無いんだし。」
今度は、武東が問い掛ける。
「それじゃ、放置していた方が街は壊れないの?」
「時間の、スケールの問題よね。短期的に見ればエイリアン・ドローンよりも、地球の軍隊の方が破壊するスピードが速いの。仮に『トライアングル』を放置しておいたら、建物に齧(かじ)り付いて一棟ずつ、地道に解体していくらしいから。まあ、その過程でガス管や電線も無差別に囓(かじ)るから、二次的に火災が起きる場合が多いみたいだけど。 結局、最終的には、放って置いたら街は火の海、瓦礫の山になるのよ。」
「何(なん)の嫌がらせだよ、まったく…。」
呆(あき)れた様に言って、金子は溜息を吐(つ)くのだった。
追い打ちを掛ける様に、緒美は別の見解を述べるのだ。
「或いは、人類の軍隊を、地上の建造物を破壊するのに、意図的に利用してるのかも。人類側としてはエイリアン・ドローンを放置は出来ない訳(わけ)だから、自分達を狙わせた上で軍隊の攻撃を躱(かわ)していけば、地上は流れ弾の二次被害で、どんどん破壊されていくでしょう? それはエイリアン側の目的に重なる訳(わけ)だし。」
「うわ、ひっどい。」
緒美の見解を聞いて、思わず声を上げたのは、武東である。
続いて隣のテーブルからは瑠菜が、緒美に問い掛けるのだ。
「結局、エイリアンが地球を攻撃しに来る理由って、何なんでしょうか?」
「さあ? 向こうが何も声明を発表しないんだから、こっちには解らないわよね。そもそも、話し合いをする気は無さそうだし。」
そこで瑠菜の向かい側の席から、立花先生が意外な事を言い出すのだ。
「彼方(あちら)側からすれば、別に攻撃してる積もりは無いかもよ?」
「どうしてです? 軍隊と交戦して、地上に在る街を壊してる、これは攻撃じゃないんですか?」
瑠菜の質問に、立花先生は真顔で答える。
「エイリアン・ドローンが各国の軍隊と交戦してるのは、地球の軍の方がちょっかいを出して来るから応戦してるだけだし、建物を破壊するのは利用したい土地の区画整理でもしてる積もりかも知れないでしょ。」
「そう言う、考え方ですか~。」
立花先生の見解には、苦笑いし乍(なが)ら隣席の樹里が感心気(げ)に声を上げたのだ。続いて恵が、隣テーブルの立花先生に確認するのだ。
「何時だったかに伺(うかが)った、『人類なんか気に留めてない説』ですね。」
小さく頷(うなず)いた立花先生は、続けて言ったのだ。
「そうよ。 最近、益々、そう思えて来たのよね。」
立花先生の言葉を受けて、武東が正面の金子に向かって言うのだ。
「もしも然(そ)うなら、人類にコンタクトを取って来ない事も納得よね。」
しかし一方で金子は、納得が行かないのだ。
「でもさ、それなら五年も無駄な努力続けてる事にならない? 結局、エイリアン達が占領出来た土地って、無いんでしょ、今の所。向こうも結構な損害を出してる筈(はず)だし、もう好(い)い加減、諦(あきら)めて欲しいよね。」
その意見には恵が、間に直美を挟(はさ)んで、笑顔で金子にコメントするのである。
「先生の見解に拠れば、時間の感覚がエイリアン達とわたし達とでは違うから、地球での五年とか意に介さないらしいし、あのエイリアン・ドローンは遠征用の使い捨て兵器だから、幾ら損耗しても、痛くも痒くも無いらしいわよ、金子さん。」
「え~、マジか~。」
立花先生の見解を少々盛って話す恵に対し、少し大袈裟(おおげさ)に絶望的な声を返す金子である。
一方で、直美は真面目な表情で緒美に尋(たず)ねるのだ。
「鬼塚は、どう思う?その辺り。」
「さあ?正直、解らないけど。でも、否定する材料も無いわね。 実際、段々と飛来するエイリアン・ドローンの規模は増えて来てるし、余力はまだまだ有りそうよね。それは間違いないと思う。」
緒美の意見を聞いて、今度は立花先生に直美は問い掛ける。
「立花先生、エイリアンと時間の感覚が違うって考えてるのは、何故ですか?」
「最初に考えたのは、向こうが戦力を小出しにし過ぎるから、だけど。でも、よく考えてみて。 エイリアンの母船は、多分、何万光年も遠い所から来た筈(はず)なのよ、彼方(あちら)の本星の所在は不明だけど。仮に一万光年離れた所から来たとしましょう、だとしても光の速度でも一万年掛かるのよ?実際はもっと遠くから来てるかも知れないし。 それを考えたら、地球での五年や十年、何でもないでしょ。 多分、地球上の領土開発とか、百年とか千年の単位で計画してるんじゃないかしら。」
向かい側の席から瑠菜が、立花先生に問う。
「SF に良く出て来る『ワープ』とか『空間転移』とか、そんな技術は無いんですかね?」
「有るかも知れないけど、それを使用した様子は観測されてないの。エイリアン母船が地球方向に接近して来るのを発見して以降、最初の三年間は、普通の天体だと思って観測してた位だし。少なくとも、その三年間には『ワープ』とか『ジャンプ』とかは、してないらしいわ。」
「へえ…。」
瑠菜は感心して声を上げた後、今度は隣テーブルの緒美に尋(たず)ねるのだ。
「所で部長、今回のモスクワのケースが大きく取り上げられているのは、ロシアの首都だから、でしょうか?」
「それも有るとは思うけど、一つの都市へ十機以上のエイリアン・ドローンが侵攻するのは、世界的には珍しいから、じゃないかしら?」
緒美の見解に、立花先生が冗談の様に補足をする。
「日本には、最近は二十機以上が、当たり前の様に来てるけどね。」
微笑んで、緒美は反論するのだ。
「それは本土領空に入る前に、纏(まと)めて迎撃してるからで。エイリアン的には日本国内の複数の都市を狙っているんじゃないですか?実際、最初の頃は然(そ)うでしたし。島国ならではの、特殊なケースですよ、日本は。」
「まあ、それは然(そ)うなんだけど。徒(ただ)、貴方(あなた)達が介入する様になって、余計に飛来数が増えた気はするのよね。勿論、そうだったとしても、それは貴方(あなた)達の所為(せい)ではないけど。」
その立花先生の見解に、緒美は少し間を置いて、言うのである。
「それで、少し思ったんですけど。ひょっとしたら今回のモスクワのケース、東西地域での迎撃能力の比較実験なんじゃないかな、って。多分、エイリアン側は国家の枠組みみたいな、人類側の都合とか理解してない気がするんですよね。」
「成る程、同じ程度の戦力を投入して、迎撃能力の地域差を計ってるって解釈ね。面白い発想ね。」
今度は恵が、緒美に問い掛ける。
「それじゃ、迎撃能力の高いこっち側への攻撃は、今後、控(ひか)えて貰えるのかしら?」
「さあ、それはどうかしら? エイリアンの判定基準が解らないし、比較実験が一回だけって事も無いでしょうし。当面は今迄(いままで)と変わらないんじゃない?」
「あ、矢っ張り。」
緒美の返事に、恵は苦笑いで一言を返すのみだった。それに続いて、苦苦(にがにが)しそうに瑠菜が言うのだ。
「そんな実験の為だとしても、こっち側では人が死ぬんですよ。好(い)い加減にして欲しいですよね、まったく。」
その瑠菜の発言を最後に、一同は黙ってしまい、再度、彼女達の横方向に設置されているテレビ画面を眺(なが)めるのである。
番組ではロシア情勢の予測を終えると、その日の日本側の迎撃作戦に就いて、簡潔に触れるのだ。勿論、天野重工が行った実証試験の事が発表される訳(わけ)もなく、防衛軍が発表した迎撃の事実のみが淡々と報告されるのである。そこには賛美の言葉も批判の意図も無く、何時も通りに中立的な数字の羅列が読み上げられるのみだった。
それはマスコミの業界として、防衛・軍事に対する距離の取り方を工夫した結果ではあるのだが、防衛の現場を垣間見た彼女達にしてみれば、それは少し複雑な感情にさせるのだ。
そんな時、それ迄(まで)黙って周囲の話を聞いていた佳奈が、ポツリと言うのである。
「何だかんだ、日本の防衛軍って、良くやっていますよね。」
その佳奈の見解は、兵器開発部の一同をくすりとさせたのだった。
すると、佳奈の向かい側に座る樹里が応じる。
「そうね。前は漠然と、外国に比べて、何(なん)だか頼りない印象だったけど。」
続いて立花先生が、言う。
「確かに、ここ一年ぐらいは、さっき見たみたいな大きな被害は、日本の都市部には起きてないし。ここ半年に限って言えば、それに対する貴方(あなた)達の貢献も、小さくはないわ。 こんな事、茜ちゃん達には、言えないけどね。」
その発言に対して、緒美は微笑んで言うのである。
「大丈夫ですよ、褒めてあげても。それで天狗になる様な子達じゃないですよ、三人とも。ねえ、森村ちゃん。」
「そうですよ、先生。」
恵は緒美に同意して、視線を立花先生へと向ける。
「そうかしら。」
立花先生は視線を天井へと向け、湯飲みを口元へと運ぶのだ。
その様子を見て、一同はクスクスと笑ったのである。
さて、モスクワ襲撃の一件は、結局、解決までに一晩を必要としたのであるが、その最中からロシア当局は厳しい報道規制を敷き、国外メディアからの取材依頼も、国際機関からの調査協力や復旧支援の申し出も、完全に拒否する徹底振りだったのだ。
そして、襲撃発生の事実や被害の規模を正式に発表したのが状況終了から三日後の事で、しかも其(そ)の発表が、被害面積で十分の一、人的被害で三分の一にと、過小に発表されていた事が三年の後に発覚する事になるのである。それは体面を保つ為だったのか、迎撃能力を秘匿する為だったのか、事実は関わった政府当局者にしか解らない事なのだが、この件に関する問題はそこではない。
「我が国の首都を攻撃した者(もの)へ、我々は必ず報復する!」
この時に発表された声明の最後で、ロシア大統領が、そう断言したのである。
一部では、『弱腰だと批判されない為の、国内向けメッセージである』と分析されたのだが、一方では国際的な協調関係を離れて単独でエイリアンに対して何か行動を起こすのではないか、と心配もされたのだ。
そして現実に、この一件を発端として、後に、大きく事態が動く事となるのである。
- 第18話・了 -
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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