WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第13話.10)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-10 ****


 表示範囲を広げると、読み取った情報をブリジットが口述する。

「あ、黄色の三角表示が、幾つか重なってる。画面、左上。対馬の右上辺り。」

 そのブリジットの報告に、茜が解説を加えるのだ。

「その黄色い三角のシンボルが、敵機。つまり、エイリアン・ドローンよ。その三角の中心辺りから、右斜め上向きにバーが表示されてるでしょ? そのバーの向きが目標の移動方向。それから、カーソルをシンボルに合わせると、速度とか高度とかの情報も表示されるわ。」

「三角マークなのは、エイリアン・ドローンが『トライアングル』だから?茜。」

 予想の斜め上なブリジットの質問に、茜はくすりと笑って言葉を返す。

「そう言う意味じゃないけど、敵機と判明してる対象は全部、表示は三角なのよ。因(ちな)みに、友軍機、味方が青い丸で、敵機じゃない民間機は緑の四角。敵味方の判明してない所属不明機は、白の逆三角ね。」

 民間機の多くは交通管制に飛行計画(フライトプラン)が提出されており、離陸時以降から交通管制に追跡されているので、その機体に軍用の IFF(Identification, Friend or Foe:敵味方識別装置)が搭載されていなくても、交通管制のデータと突き合わせる事で、それが敵性機でない事が判別出来るのだ。この様に、防衛軍の陸海空及び衛星からのレーダー情報以外にも民間の各種レーダー情報や飛行計画から目撃情報まで、複数のデータが統合されて戦術情報は表示されている。

「成る程、わたしの表示の隣の青い丸が茜で、あとの四角二つが部長と、金子先輩か。」

「そう、わたし達は今、南向きに進んでいるから、進行方向を示すバーがマップ上で下向きになってるでしょ。あ、『MAP(マップ)』モードだと、上が常に北になってるの。」

 その説明を聞いて、ブリジットはもう一度、表示のスケールを小さくして、広範囲の情報を読み取る。

「西から東向きに、エイリアン・ドローンが六機、日本海上空を高度一万六千で飛行中、と。あれ?右上にも、味方のシンボルが出てる。左…西向きに移動中。」

 ブリジットの報告に、茜が補足説明をする。

「それは空防の迎撃機ね。小松基地から二機、発進したみたい。」

 その茜の発言を、緒美が確認するのだった。

「迎撃機はもう上がってるのね?天野さん。」

「はい、部長。F-9 が二機、ですね。この位置で、この速度だと、十五分…十七分位で中射程 AAM の攻撃圏でしょうか。」

 『AAM』とは、Air to Air Missile:空対空ミサイルの事である。『中射程 AAM』は、射程距離が大凡(おおよそ)百キロメートル程度の空対空ミサイルで、エイリアン・ドローンとの接近戦を避けたい航空防衛軍は、この中射程空対空ミサイルを迎撃戦に於いて主用していた。
 F-9 戦闘機は、この中射程空対空ミサイルを胴体内に四発、主翼下に四発の、合計八発を搭載可能で、その他に射程が四十キロメートル程度の短射程空対空ミサイルを機内に四発搭載しているのが、エイリアン・ドローン迎撃行動時の標準的な装備である。
 因(ちな)みに、航空防衛軍の主力戦闘機である F-9 戦闘機は、天野重工が主契約会社として生産されている。

「トライアングル六機に、F-9 が二機じゃ、ちょっと少なくないかな…大丈夫かしら?」

「この二機が先行してるだけで、後続が上がって来るんじゃないですか?」

「だといいけど。兎に角、天野さんとボードレールさん、二人は防衛軍の戦術情報で、エイリアン・ドローンの動向を監視しておいて。何か動きが有ったら、直ぐに教えてね。」

「HDG01、了解。」

 茜に続いて、ブリジットも応える。

「HDG02、了解。」

 そこに、金子が状況を訊(き)いて来るのだった。

「TGZ01 より、HDG01。ちょっと状況を教えて。捕捉されてるエイリアン・ドローンは、その六機だけ?」

「そうですね、今は、そうみたいです。どんな経緯で、この六機が残って、こっちに向かっているのか、その辺り迄(まで)は流石に分かりませんけど。」

 茜に、ブリジットが問い掛ける。

「情報画面には、九州上空にも何機か友軍機が飛んでるみたいだけど。こっちのは、追い掛けないのかな?」

 その問いには、緒美が答えるのだった。

「多分、九州上空のは CAP(キャップ) の機体じゃないかしら。」

「キャップ?」

 聞き返すブリジットに、説明をするのは金子である。

「CAP(キャップ) ってのは、コンバット・エア・パトロールの頭文字だよ。直訳すると戦闘空中哨戒、戦闘が行われた空域に留まって、敵機が入って来ない様に見張ってるのが役割。だから、逃げてく敵は追い掛けないんだ。敵を追って行って、その間に、隠れてた敵に侵入されたらマズいだろ?」

「成る程。」

 ブリジットは一言、納得した旨の声を返した。

 ここで、一般には報道される事の無い、この日の防衛軍の奮闘振りを紹介しておこう。
 この日、日本列島へと襲来したエイリアン・ドローンは、防衛軍が捕捉したのが、総数で四十八機である。これらは午後三時頃に東シナ海上空を、西から日本領空へと接近して来るのが探知され、午後三時半頃に日本領空への侵入が確認された。防衛軍は、これらの侵犯行為に直ちに対処する為、航空防衛軍が迎撃機二機編隊を三組、九州北部上空に待機させていたのである。更に対馬の南側と五島列島の西側には、海上防衛軍所属のイージス艦各一隻が配置されており、これら二隻が侵入して来るエイリアン・ドローンへの、第一撃を加えたのだった。二隻のイージス艦より発射された艦対空ミサイルは計四十八発であり、これに因りエイリアン・ドローン十一機が撃墜された。次いで空中の戦闘機隊から中射程空対空ミサイルが順次発射され、計四十八発の空対空ミサイルで、七機のエイリアン・ドローンが撃墜されたのである。
 そこでエイリアン・ドローン残存三十機は、一度、西方向へ転進して日本領空から脱出したのちに北上、朝鮮半島上空を経由して対馬の北方から再度、日本領空へと侵入して来たのだった。この第二波に対し、対馬南方沖のイージス艦が艦対空ミサイル三十発を発射、これに因りエイリアン・ドローン六機を撃墜した。
 ここ迄(まで)の経緯から、半島上空をエイリアン・ドローンが素通りしている事を不審に思う向きも有るかも知れないが、高度一万メートル以上を飛行するエイリアン・ドローンに対して、この半島の国家は迎撃行動などの対処を行わないのが通例なのだ。勿論、エイリアン・ドローンが自国領土内に降下して来ると判断された場合は必要な迎撃措置を取るのだが、それらが日本へと向かう見込みが有る場合、彼(か)の半島の国家は何もしないのである。この点に就いては、大陸側の『中連』も、同じ態度なのだった。
 半島と大陸側の両国家と日本とは、軍事的な協力関係は疎(おろ)か、正式な国交すら現在は無い。それは、どちらもが国内の主導権争いが続く準内戦状態であり、国内の結束を計る目的で日本への敵視政策が継続されている為である。

 話を、この日の迎撃戦に戻そう。
 イージス艦の攻撃を躱(かわ)したエイリアン・ドローン残存二十四機に対し、航空防衛軍の戦闘機隊の第二波は合計四十八発の中射程空対空ミサイルを発射し、八機を撃墜する。
 ここで、航空防衛軍が装備する F-9 戦闘機は、先述の通り中射程空対空ミサイル計八発を搭載している。従って、二機編隊でミサイルの合計数は十六発、その編隊が三隊で総計四十八発と言う計算なのだが、これらが全て同時に発射される訳(わけ)ではない。
 海上防衛軍のイージス艦の場合、捕捉した目標全てにミサイルを同時に、或いは連続して発射するので、目標数と発射数とが一致している。しかし、戦闘機隊の場合は各機が接近して来る目標を順番に選択して攻撃する為、結果的に目標数よりも多くのミサイルを消費しているのである。それは勿論、全てのミサイルが命中する訳(わけ)ではないからだ。
 戦闘機隊の攻撃を受け、エイリアン・ドローンの侵攻第二波は残存数が十六機に減じた時点で進路を北西に変え、黄海方向へと日本領空から退去した。しかし、それらは第三波として再度、五島列島の西側から侵入を開始するのである。
 それに対して、五島列島西方沖のイージス艦が艦対空ミサイル十六発で迎撃を実施。それに因りエイリアン・ドローン三機を撃墜する。残存数十三機のエイリアン・ドローンを、航空防衛軍の第三波迎撃部隊六機が中距離空対空ミサイル計四十八発で迎え撃ち、七機の撃墜を果たしたのである。
 これにて残存数が六機となったエイリアン・ドローン編隊は進路を北東へと変え、九州北部と対馬の間を通って日本海上空を能登半島方向へと進んだのだ。この時、対馬南方沖のイージス艦が上空を通過する六機に対して、艦対空ミサイル六発を発射したのだが、これは全てが回避されてしまい、そうして現在に至った訳(わけ)である。
 結局、二隻のイージス艦からは合計百発、延べ十八機の戦闘機からは合計百四十四発のミサイルが発射され、それらに因って四十二機のエイリアン・ドローンが撃墜されたのだった。単純計算でミサイルの命中率は 17.2%となるが、イージス艦の艦対空ミサイルのみで集計すれば 20%、戦闘機の中射程空対空ミサイルは 15.3%となる。
 今回は戦闘機隊が陸地上空にエイリアン・ドローン編隊を寄せ付けなかったので、結果的に陸上配備の地対空ミサイルは発射される事は無かった。これは西方からの侵攻に対して、防衛軍の対処する態勢が整ってきた事を意味しているのだ。とは言え、エイリアン・ドローンに因る侵攻の度(たび)、それこそ湯水の様にミサイルを消費している現状は、財政上、頭の痛い問題なのだった。五年前に比べれば、量産効果でミサイルの取得単価は低下していると云われているのだが、幾ら生産数を増やしたとしても、それでミサイルの取得費用が只になる事は有り得ない。防衛軍や政府に取って、ミサイルの命中率改善は喫緊(きっきん)の課題なのである。
 因(ちな)みに、この日に発射されたミサイル取得費用の総額だけで、凡(およ)そ二百五十億円程が、文字通り『吹っ飛んだ』のだった。

 そして、ブリジットの返事に続いて、茜が金子に提案するのである。

「HDG01 より、TGZ01。金子さん、何でしたら先に学校へ戻ってくださっても。部長やブリジットの機体なら、十五分程で帰れる筈(はず)ですし、金子さんの機でも、わたしよりは速く飛べますよね?」

 現状で他の三機は、最も機速の遅い、茜の HDG-A01 に速度を合わせて飛行しているのだった。金子の返事は、直ぐに返って来る。

「あはは、バカ言ってるんじゃないよ~。一年生を置き去りにして、先に帰れますか。」

 続いて、緒美の声が聞こえる。

「そう言う事よ。それに、わたし達が引っ張った方が、あなたの方もスピードが稼げるんだし。」

 そして、ブリジットが言うのだった。

「いざとなったら、先輩達を先に帰して、わたしと茜でディフェンスを張るのよ。大体、航空戦用のB号機が、先に帰るなんて有り得ないでしょ。寧(むし)ろ、わたしが残って茜のA号機を先に帰すのが、普通ってもんでしょ?ねぇ、部長。」

「まぁ、そうだけど。でも、ボードレールさんも、模擬戦を一回やっただけで、空中戦が出来るとは思わないでね。そう言うのは、学校に帰ってシミュレーターで経験を積んでからよ。」

 その緒美の返しに反応したのは、金子である。

「シミュレーターなんて、有るの?鬼塚。」

「シミュレーターって言っても、飛行ユニット用のリグでB号機を吊り上げて、ヘッド・ギアのスクリーンに外界とか敵の映像を投影する方式だから、ボードレールさんにしか使えないわよ。金子ちゃんには、残念なお知らせだけど。」

「何だ、それは残念。」

 どこ迄(まで)も、好奇心旺盛な金子なのであった。
 そんな金子の返事に、くすりと笑って、緒美は茜に尋(たず)ねる。

「天野さん、エイリアン・ドローンの様子は、どう?」

「変化は無いですね、高度も速度も変化無しで、真っ直ぐ東北東へ飛んでます。防衛軍の F-9 二機も、凄いスピードで近付いて来てますね。目標が中射程 AAM の射程に入る迄(まで)、あと十分位でしょうか。」

「F-9 は超音速巡航(スーパークルーズ)が出来るからね。スピードだけなら、エイリアン・ドローンには負けてないんだけど。」

 その緒美の言葉を聞いて、ブリジットは茜に問い掛ける。

「『スーパークルーズ』って?茜。」

「超音速で巡航…飛び続けられる事よ、ブリジット。」

「凄いの?それ。」

「う~ん、今時の戦闘機なら普通の事だけど。それが一般化したのは、五十年くらい前の事だし。」

「音速で飛べる飛行機なんて、百年前から有ったんでしょ?」

 そこで、その会話に金子が参加する。

「あはは、スペック上の最高速度が超音速でも、実際にそれが使い物になるかどうかは別の話よ。」

「どう言う事です?金子先輩。」

「最高速度に到達するには、何分も掛けて加速を続けなくちゃいけないし、最高速度に達しても、その速度を維持し続けるのが大変なのよ。昔の戦闘機は、最大出力を維持するのに大量の燃料が消費されるだとか、それを長時間続けるとエンジン自体が耐熱限界を超えて壊れるだとか、色々と制限が有ったの。」

「それじゃ、意味無いじゃないですか。」

「いや、そうでもなくて。それだけの加速が必要に応じて出来るって言う、パワーの余裕が重要だって話。超音速じゃ、所謂(いわゆる)『ドッグファイト』、空中戦はやらないしね。」

「成る程。」

 ブリジットの返事のあと、続いて緒美が発言する。

「今は、大量に燃料を消費しなくても、超音速を維持出来るエンジンが開発されたから、今回みたいに戦闘空域に駆け付けるのが早くなったけど。それでも、空中戦は相変わらず音速以下で行わてる筈(はず)だわ。まあ、格闘戦になる前に、ミサイル戦で勝負を付けるべきなんだけどね。特に、エイリアン・ドローンに対しては、極力、格闘戦は避けてる筈(はず)よ。」

「音速を超えるのって、そんなに大変なんですか?部長。」

「そうね~、空気の、流体としての性質が、音速を境にして、ガラッと変わっちゃうから。」

 そこに、金子が口を出すのだった。

「機械工学科は、授業に流体力学が有るのよね?」

「そうね。二年生になったら。楽しみにしてるといいわ、二人共。あ、天野さんは、もう大体、知ってそうだけど。」

「はい、概論だけは。」

 茜の返事を聞いて、ブリジットが尋(たず)ねる。

「何でそんな事、茜は知ってるのよ?」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.09)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-09 ****


「あ、来た。 TGZ01 より、TGZ02。其方(そちら)を目視した。」

 その返事は、直ぐに返って来た。

「TGZ02 より、TGZ01。了解、此方(こちら)も視認。」

 それから間も無く、レプリカ零式戦と HDG-B01 の二機は、金子達の左側方に十分(じゅうぶん)な距離を取って、猛スピードで後方へと向かって飛び去って行ったのである。
 レプリカ零式戦と HDG-B01 の飛行速度が凡(およ)そ時速 300 キロメートル、金子機の速度は時速 186 キロメートルなので、時速 486 キロメートルの相対速度で交差した事になる。

「HDG02、もう一度、左旋回を開始しました。」

 樹里がデータ・リンクから得られる情報を告げると、立花先生は身体を右に捻(ねじ)って、後方を確認するのだった。すると、金子機の背後に回り込む様に旋回している、緑色の迷彩柄で塗装されたレプリカ零式戦の機影が見えたのである。
 その機影はどんどんと離れて、小さくなっていったのだが、或る程度、旋回が進んで金子機の右後方へ位置した辺りから、少しずつ接近して来ているのが分かった。そしてそのレプリカ零式戦の左隣には、白く輝くブリジットの HDG-B01 も確認出来たのだ。

「TGZ02 より、TGZ01。其方(そちら)の右側を通過して、高速飛行試験を続行します。」

 緒美からの通信が、聞こえて来る。

「TGZ01 了解。 HDG02、ブリジット、調子はどう?」

 金子がブリジットに声を掛けると、その返事は直ぐに戻って来る。

「HDG02、問題ありません。順調です。」

「オーケー、気を付けてね。」

「はい、ありがとうございます。」

 そうブリジットが応えて間も無く、ブリジットの HDG-B01 と緒美のレプリカ零式戦が並んで、金子機の右側方を追い抜いていったのである。その時点でブリジット達は時速 120 キロメートル以上も優速であり、高速飛行試験を続行して前方へと突き進んで行く二機は、更に加速していた。

「おー、速い、速い。」

 金子は前方へ小さくなっていく、二つの機影見送り乍(なが)ら言った。

「しかし、ブリジットは、ホント、好(い)い度胸してるね~。ほぼ身体、剥(む)き出しで、あのスピードでカッ飛んで行くのは、流石に怖いだろうに。」

 すると隣の席の立花先生が、金子に言うのだった。

「あら、金子さんでも、怖い?」

「ええ、遠慮したいですね、わたしは。こうやって操縦席に座って、操縦する方が、わたしはいいです。」

「あら、そう。 そう言えば、緒美…鬼塚さんの操縦の方(ほう)、金子さん的には、どう?」

「え? ああ、そうですね。流石にもう、危(あぶ)な気(げ)は無いですよ。去年の免許取得以降、毎月二回は、あの零式戦で飛行訓練してますから。それは新島も、ですけど。」

「そう。 ま、これから暫(しばら)く、飛行装備の試験が続く予定だから。その為に、二人には操縦免許を取って貰った訳(わけ)だけど。」

「まぁ、飛行機部(うち)も協力はしますので、必要が有ったら、声を掛けてください、立花先生。 とは言え、スピード的に付いて行けるのは、うちの学校に有るのは、あの零式戦位(ぐらい)ですけど。アレより速いのは、理事長が使ってる社用機、かな。」

「まあ、チェイス機がB号機と同じ最高速度が出る必要は無い、とは思うけど。場合によっては、理事長と加納さんにも協力して貰う事になるのかな。」

 そう言って、立花先生は「ふふ」っと笑うのだった。その後席から、樹里が提案する。

「それよりも、今回は計測機材積んで付いて来てますけど、次回からは何時(いつ)ものコンソールの方に部隊間通信仕様のアンテナを付けて、遠隔でデータ取得とかモニターする事になるんですかね?立花先生。」

「今回には機材が間に合わなかったし、念の為、何かトラブルが有っても成(な)る可(べ)く早く対応が出来る様に、って付いて来たんだけど。 手配は掛けて有るから、機材が届いたら、そうなるわね、樹里ちゃん。」

 立花先生の回答を聞いて、金子が冗談めかして言う。

「あはは、どうせ機材を積み込むなら、社用機の方が広くて、快適だよね。」

 その発言を受けて、樹里が金子に問い掛けるのだった。

「飛行機部の人達は、社用機に乗った事、有るんですか?」

「ああ、うん。流石に操縦はさせて貰えないどね。毎年、飛行機部の一年生が、体験搭乗させて貰ってるのよ。基本、うちに入部して来るのは、飛行機に興味を持ってる人だからね。」

 飛行機の操縦資格は、機種毎(ごと)に取得する必要が有るので、その機種の資格を持たない飛行機部部員が社用機の操縦をさせて貰えないのは当然である。
 それは兎も角、そんな金子の発言内容を意外に思ったのは、立花先生だった。

「あ、そんな特典が有ったんだ、飛行機部。」

「それで、新入部員を釣ってる訳(わけ)じゃ無いですよ。」

 苦笑いで、金子は答えた。
 その後、金子は思い出した様に、操縦桿のトークボタンを押し、茜に呼び掛ける。

「TGZ01 より HDG01。ほったらかしでゴメンね~天野さん。異常無い?退屈だったでしょ。」

「HDG01、異常無し、です。お気遣い無く、金子さん。」

 ここで、HDG の通信機能について、少し解説をしておく。
 HDG 間の通信・通話はデータ・リンクを利用して行っているので、所謂(いわゆる)、無線機の様に発信の際にトークボタンを押す必要が無く、電話の様に常に双方向での会話が可能なのだ。これは HDG には身体的な操縦系統が存在しないので、通話の為にトークボタンを設定しても、それを一一(いちいち)操作する事が困難であるからだ。その為、茜やブリジットが発話した音声は、全て通信に乗って相手側に聞こえている。これは、緒美がコマンド用に使用しているヘッド・セットが接続された携帯型無線機も同様で、それは HDG の個体間データ・リンクに参加して通信が出来る、特製の代物なのである。普段、樹里が必要に応じて使用している、もう一台の同仕様の携帯型無線機は、今回は金子が装着しているヘッド・セットに接続され、緒美達の会話を聞くのに使われている。
 HDG にはデータ・リンクを利用しない、通常の無線機能も装備されていて、其方(そちら)からの発信は、発話に因る音声入力で自動的に発信される機能が存在するのだが、今回はその機能は使用されていない。金子機からの発信を、受信する事のみに、HDG 側の無線機能は使用されているのだ。
 金子機内で緒美達の通信音声のモニターが行われているのは、部隊間通信仕様のデータ・リンク経由で通信データが取得され、日比野が操作している記録器機の方で音声がスピーカーから出力されている。こちら側のデータの流れは、各 HDG 間は個体間通信仕様のデータ・リンクなのだが、HDG-B01 に接続されている飛行ユニットには部隊間通信仕様のアンテナが装備されており、それと金子機機内の記録器機とがデータ・リンクを確立しているのである。茜や緒美が発話した音声データは、個体間通信仕様のデータ・リンクでブリジットの HDG-B01 が取得し、そこから飛行ユニットの部隊間通信仕様のデータ・リンクで金子機の記録器機へと渡って、モニター出力がされているのである。
 少々、説明が錯綜したので整理すると、茜とブリジット、そして緒美の間での会話は全て、金子と金子機内の三名に聞こえているが、金子機機内での会話は茜達には聞こえていない。金子からの通話が茜達に聞こえるのは、金子が操縦桿のトークボタンを押した時だけ、と言う事である。
 そして、茜の発話が続く。

「飛行中のシールドの使い方を研究してたんですが、こう、身体の下に展開しておくと、抵抗が減るって言うか、揚力が稼げるみたいなんです。」

 その発言を受けて、金子と日比野が左側後方の HDG-A01 を確認する。すると、茜は左腕に接続されているディフェンス・フィールド・シールドを腹部の下へ配置して飛行していた。その姿は、サーフボードの上に腹這(はらばい)になっている様にも、金子には見えた。
 金子は、茜に言うのだった。

「あー、リフティングボディ…にしちゃ低速過ぎるから、凧の原理、かな?」

「はい。だと、思います。模擬戦の空域に着く迄(まで)、もう少し試してみます。」

「TGZ01、了解。」

 通信を終えた金子は、隣席の立花先生に声を掛けた。

「成る程、聞いてはいましたけど、研究熱心な子ですね、天野さん。」

「あはは、でしょう?…所で、金子さん。」

「何(なん)です?立花先生。」

「ちょっと思ったのだけれど。どうして天野さんには、『さん』付け? 緒美ちゃんでさえ、『鬼塚』なのに。」

「あー、鬼塚と新島は、去年の合宿で仲良くなったから、それ以来だけど…あれ?そう言えば、『城ノ内』、『ブリジット』って呼んでたっけ。ゴメンね、ノリで呼んでたわ。」

 そう金子が言うので、後席から樹里が言うのだった。

「わたしは別に、呼び捨てで構いませんけど。金子先輩、案外、天野さんみたいなタイプ、苦手なんじゃないですか?」

 その樹里の指摘に、一度、目を丸くした金子だったが、直ぐに笑って言葉を返した。

「あはは、かも、知んない。」

 そんな具合で三十分程が過ぎて、四機は海岸線から五十キロ程の日本海沖合上空に達したのだった。

 模擬戦実施予定の空域に到達したのは午後五時二十分を回ろうかと言う頃で、太陽の高度も西へ可成り低くなっていた。この日の日没は午後六時十五分頃の見込みなので、復路の飛行時間を三十五分程度と見積もると、日没までに学校へ帰還する為には二十分程で帰路に就かねばならなかった。
 HDG-A01 と HDG-B01 との模擬空戦は、空戦機動を行い乍(なが)ら、お互いの荷電粒子ビーム・ランチャーでロックオンをする、と言う方式で行われたのである。勿論、発砲はしない。
 色々な速度域で機動する相手を捕捉する感覚を、茜とブリジットの双方が体験、確認するだけで、三回戦分の十五分が、あっと言う間に過ぎ去ったのである。四機は再び集合して編隊を組むと、南へ向かう帰路に就いたのである。
 そもそもが HDG-B01 の、長距離飛行での挙動や、連続運転その物の確認が主目的であるので、模擬空戦それ自体は『オマケ』みたいな物である。HDG-A01 が随伴(ずいはん)して来たのも、模擬空戦の相手としての役割よりも、HDG-B01 にトラブルが発生した際の対応を考えての事であり、それはつまり、三度の実戦を熟(こな)して来た茜の HDG-A01 は、それだけの信頼を得ていたと言う事なのだ。
 そして四機が帰路に就いて間も無く、唐突に事態は訪れた。

「TGZ01 より全機へ。今、交通管制から連絡が入ったんだけど…。」

 金子が、通信で全機に呼び掛ける。

「…エイリアン・ドローンの編隊が、対馬の北東辺りから能登半島の方へ向かって、高度一万六千メートル、分速 13.4 キロで接近中だそうよ。真っ直ぐ来ると、今、わたし達が居る空域の上を大体、三十分後に通過する見込みだって事で、退避指示が来たわ。 ま、わたし達は該当空域を離脱してる最中だから、この儘(まま)、学校に向かって飛行を続ける以外に無いけどね。」

 その通信に対して、緒美が応じる。

「分速 13.4 キロで三十分って事は…。」

 緒美の独白の様な通信に、金子が答える。

「エイリアン・ドローン編隊の現在位置は、ざっと四百キロ西ね。ここを通過する三十分後には、わたし達は学校に着いてる頃だから、わたし達には影響は無いわ。高度も違うし、ね。」

 続いて、茜が発言する。

「九州北部のエイリアン・ドローン防空戦、まだ続いてたんですね。」

 そして緒美が、ブリジットに指示を出すのだった。

ボードレールさん、防衛軍の戦術情報、データ・リンクから取得出来る筈(はず)よ。念の為、確認してみてちょうだい。」

「はい、やってみます。」

 ブリジットの返答を聞いて、金子機の機内では、金子が隣席の立花先生に訊(き)くのだった。

「あんな事、言ってますけど。いいんですか?立花先生。」

「大丈夫よ、正式に許可は貰ってるから。」

 立花先生は微笑んで、そう答えたのだが、それを聞いた金子は、苦笑いを浮かべて言うのだった。

「ええ~、そうなんだ。」

 それから間も無く、ブリジットの声が返って来る。

「えーっと、何か表示は出ましたけど…すみません、どう見たらいいのか…。」

 ブリジットは、所謂(いわゆる)『兵器オタク』でも『軍事オタク』でもない、普通の十代女子である。だから行き成り「防衛軍の戦術情報を見ろ」と言われても、容易に理解が出来ないのは当然だった。困惑気味のブリジットの声に、緒美は指示を茜に振り直すのだった。茜と緒美とは『その辺り』の知識レベルが、同等だったからだ。

「天野さん、あなたの方でも、戦術情報が見られるわよね?」

 戦術情報は、部隊間通信仕様のデータ・リンクで情報共有がされているのだが、部隊間通信に参加出来る機体が編隊内に存在すれば、その機体をハブとして個体間通信のデータ・リンクでも戦術情報を利用可能である。
 緒美に言われる迄(まで)もなく、戦術情報をチェックしていた茜は、ブリジットに声を掛ける。

「ブリジット、表示は戦術情報画面、TIS よね?」

 茜の言う『TIS』とは『Tactical Information Screen』の頭文字で、訳すると『戦術情報画面』である。ブリジットは答えた。

「そう、TIS 表示。」

「モードは、HSI? それとも、MAP(マップ)?」

 『HSI』とは『Horizontal Situation Indicator:水平状況表示器』で、『MAP(マップ)』は文字通り『地図』の事だ。

「えーと、HSI モード。」

「HSI だと、表示の中心が自分で、自分が向いてる方向が上になるわ。今、わたし達は南向きに飛んでるから、画面表示の上が南で、下が北になるの。表示の右上に、倍率のスライダーが有るから、それで情報を見られる範囲が調節出来るけど…位置関係を確認するなら、『MAP(マップ)』モードの方が理解し易いから、モードを変えて。」

 ブリジットは茜のアドバイスに従って、ヘッド・ギアのスクリーンに表示されている TIS のモードを、『MAP(マップ)』へと変更する。

「『MAP(マップ)』へ変更したわ、茜。」

「オーケー、先(ま)ず、画面の中央付近に赤い丸のシンボルがあるでしょ?それが自分よ。HSI モードと同じで、右上にスケール調整スライダーが有るから、倍率を下げて広い範囲が見える様に、対馬の辺り迄(まで)、表示される様に調整してみて。」

 ブリジットは、茜の指示通りに、表示を調整してみる。因(ちな)みに、視線に因るカーソルのコントロールと、思考制御での選択決定の組合せで、操作は行われている。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.08)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-08 ****


 茜の目標は、先(ま)ずは高度千五百メートルである。スラスター・ユニットが発生させる推力のみで上昇して行く茜の HDG-A01 では、その高度に到達するのに凡(およ)そ三分を要した。一番最初に離陸した金子機は、パイロットである金子自身を含めて四人を乗せているが、既に目標高度に達して学校の敷地上空を旋回していた。緒美のレプリカ零式戦は、原設計が旧式であるとは言え流石に戦闘機である。単座であるレプリカ零式戦のレシプロ・エンジンは、四人を乗せた金子機のターボプロップ・エンジンに比して凡(およ)そ倍の出力を発する能力を持ち、悠悠(ゆうゆう)と金子機に追い付いていた。
 ブリジットの HDG-B01 は、茜より一足先に目標高度に達し、編隊へと合流している。緒美の零式戦は金子機の左斜め後方に位置し、その左斜め後方にブリジットが着いていた。地上では翼を後方へ折り畳んだ飛行ユニットを背負っている様な HDG-B01 だが、その飛行中の姿は、飛行ユニットの展開した翼の下に、HDG-B01 が吊り下げられている様に見える。
 茜はブリジットの左斜め後方へと自(みずか)らの位置を定めた。
 これは昨日の打ち合わせの通りで、右前方から金子-緒美-ブリジット-茜の順に、斜めに並んだ編隊を形成したのである。
 茜の HDG-A01 が一番後方なのは、その位置が編隊の中で、先導機が気流を掻き分ける影響を受けて、抵抗が最も小さくなるからだ。HDG-A01 は編隊の中で飛行性能が最も低いのだが、それは勿論、飛行する事を前提に設計された訳(わけ)ではないから当然なのである。

「TGZ01 より全機へ。皆(みんな)、揃(そろ)ったわね。」

 四機は編隊を維持した儘(まま)、編隊長機である先頭の金子機に従って、緩やかな左旋回を続けている。金子からの通信が続く。

「皆(みんな)、上手よ、編隊を組むの。 この儘(まま)、左旋回を維持して、北へ向いたら直進よ。」

 間も無く、四機は北向きの直線飛行に移行した。

「TGZ01 より全機へ。じゃ、速度上げるわね。スピードを 3.1 にセット。」

 長らく、航空業界では高度の単位に『フィート』を、速度の単位に『ノット』を用いて来たのだが、この時代には、航空業界も国際単位に移行している。その為、高度は『メートル』、速度は『毎分キロメートル』で表すので、金子が言う『スピード 3.1』とは分速 3.1 キロメートルの事であり、それは時速 186 キロメートルである。ここで速度が『時速』ではなく、『分速』で表されているのは何故か?と、言うと。ジェット機等(など)の高速機では、時速だと数値が大きくなるので通信で伝え辛い、と言うのが第一の理由。第二に、余裕の少ない局面では時間単位よりも、分単位での移動距離を考える場合の方が多いので、これは特に交通の混雑する空港周辺空域に於いて顕著なのだが、分速での情報を共有している方が未来位置の見当が付け易い、との理由からなのだ。
 航空業界での単位移行に関しては、当然、米国が強力に抵抗したのだが、それに対して欧州諸国が単位変更を強行したと言うのが大きな経緯である。それから十年間程、欧州では『メートル』と『毎分キロメートル』が、米国では従来通り『フィート』と『ノット』が、それぞれの地域で主に用いられ、必要に応じて二つの単位系が併用されたのである。民間航空の国際線では幾度となく、それを原因として事故に至る一歩手前の状況が発生する等、混乱も引き起こされた。
 因(ちな)みに、欧州が単位変更を強行したのは、米国と欧州との航空機メーカー間のシェア争いが、そもそもの原因である。欧州側の立前としては、業界に依って旧単位から国際単位への転換が一向に進まない状況に業を煮やして、と言う事だったのだが、実情としては欧州側が航空業界の単位を転換する事で、それに対応しない米国製の航空機や関連施設機材を欧州地域から閉め出そうと企図したのだ。一方で米国側は、当初は単位移行に抵抗をしていたものの、米国の航空機メーカーも欧州向けの製品に就いては国際単位に対応せざるを得ず、そうなると自国内の為だけに旧単位を維持しているコストが馬鹿にならなくなり、最終的には米国航空業界も国際単位への全面移行を余儀なくされた、と言うのが事の顛末である。
 この件、当時の日本の対応は、と言うと。当初の五年程は米国に付き合って、『フィート』と『ノット』の旧単位を維持していたものの、様々な負担と不都合との兼ね合いで、結局は米国よりも先に単位移行に舵を切ったのだった。
 実の所、日常生活での単位として『メートル』や『時速キロメートル』を使用している国々としては、航空業界だけが『フィート』や『ノット』を使用し続ける事を問題視していたのだ。丁度(ちょうど)、『空飛ぶ自動車』的な乗り物を次世代産業として普及させようと推進していた事情も有り、航空行政に用いられる単位が国民一般に馴染みの無い『フィート』や『ノット』で規定されているのが、航空業界を除く産業界としては不都合だったのである。
 ともあれ、米国が国際単位の使用に移行して二十年以上が経過した現在では、単位に関する大きな混乱は、既に落ち着いている。

「TGZ01 より、HDG01 と HDG02。何か、正面付近が発光してるけど、大丈夫?」

 速度が、金子が設定した分速 3.1 キロメートルに達して直ぐ、金子が通信で尋ねて来た。茜とブリジットの飛行する前方の空間に、青白い薄膜状の、ぼんやりとした光が浮かんで見えるのだった。
 茜が、回答する。

「ああ、大丈夫です。ディフェンス・フィールドのエフェクト光です。」

「ディフェンス・フィールド?」

 聞き返す金子に、緒美が説明するのだった。

「荷電粒子を利用した、バリアみたいな物よ。今、見えてるのは、飛行中にぶつかって来る空気に反応して、防御効果が発生してるの。フィールドは滑らかな球形だから、これを使ってると空気抵抗が減るのよ。」

「大体、時速 120 キロ…分速だと 2 キロ辺りから、薄(うっす)らと光り出すんですよね。」

 飛行中にディフェンス・フィールドを有効にすると空気抵抗が減るのは、茜が HDG-A01 での飛行テスト時に偶然発見した事柄で、元々から意図されていた物ではない。この発見から、飛行中のディフェンス・フィールドの形状は、単純な球形から砲弾型やライフル弾型へと、速度に応じて変化させる等の対応が行われているのだ。又この時、フィールドの内側では風速や風圧が可成りの程度減じられるので、高速飛行時の HDG の装着者(ドライバー)の呼吸のし易さ等の各種負担が、相当に軽減されるのだ。

「オーケー、問題無いのなら、いいわ。取り敢えず、わたしと HDG01 は現在の速度を維持。この儘(まま)、五十キロ北上すれば日本海に出られるから、そこから更に五十キロ海上を北に進むわよ。時間的には、ざっと三十二分ね。」

 金子の通信を受け、茜が応える。

「HDG01、了解です。」

 茜の返事を聞いて、金子が通信を続ける。

「TGZ02 と HDG02 は、ここから高速飛行試験の予定だけど、問題は無い?」

 緒美とブリジットが、金子に応える。

「TGZ02、問題無し。」

「HDG02、わたしも大丈夫です。」

「HDG02、ブリジットは、こんな風に飛行するのは初めての筈(はず)だけど、大丈夫? 怖くない?」

 金子の問い掛けに、ブリジットは笑って答えるのだった。

「あはは、そうですね、この高度だと、もう現実感が無くって。もっと地面が近い方が、怖い感じがしますね。」

「あははは。あなた、なかなか好(い)い度胸してるわ、ブリジット。あなたも操縦士免許、取ってみない?」

「それは、遠慮しておきます。」

 金子の誘いを、即答で断るブリジットだった。

「そおか~それは残念。 さて、それじゃ鬼塚、高速飛行試験の方は任せるわね。」

「TGZ02、了解。これより編隊を離脱して、高速飛行試験を開始します。ボードレールさん、わたしの横に、付いて来てね。」

「HDG02、了解。」

 緒美が操縦するレプリカ零式戦がエンジンの出力を上げ、すうっと前方へ、編隊から抜け出して行く。ブリジットの HDG-B01 も飛行ユニットの出力を上げて、それを追い掛ける。

「打ち合わせでも言ったけど、この機体の最高速度は分速 8.5 キロ位だから、今日の確認はそこ迄(まで)よ。少しずつ加速していくから、わたしの横から離れないように。 時々、此方(こちら)の速度を読み上げるから、その後、ボードレールさんの方の速度を確認の為に読み上げてね。」

「HDG02、了解。TGZ02 に併走します。」

 分速 8.5 キロメートルは、時速 510 キロメートルである。HDG-B01 の飛行ユニットでの最高速度は、時速 800 キロメートル辺りが設計上の仕様値なのだが、実際に出せる最高速度を確認する前に、速度を上げていって振動や操作上の不具合が発生しないかを、時速 500 キロメートル付近迄(まで)で加速して確認するのが、今日の高速飛行試験の目的である。
 所で、HDG-B01 の最高速度の目標が時速 800 キロメートルなのは、エイリアン・ドローンの大気圏内で観測されている最高飛行速度が、大凡(おおよそ)その位であるからだ。
 因(ちな)みに、金子が操縦する軽飛行機の最高速度は凡(およ)そ時速 250 キロメートル、茜の HDG-A01 の最高飛行速度は時速 200 キロメートル程度である。そもそもが、そんな速度で飛翔する予定ではなかった HDG-A01 の為に、時速 200 キロメートル迄(まで)の加速が出来る様なスラスター・ユニットを敢えて設計した天野重工本社の設計陣は、或る意味、鬼であると言えよう。

「おー、離される、離される。」

 操縦席で、金子は同高度で水平に加速して前方へと離れて行く緒美のレプリカ零式戦と、ブリジットの HDG-B01 を見送り乍(なが)ら言うのだった。

「TGZ01 より、HDG01。天野さん、二人が居なくなったから、わたしとの距離を詰めなさい。気流の安定してる所を探してね。」

「HDG01、了解です。」

 茜からの返事を聞いて、一度、斜め後方の茜の挙動を確認し、金子は再び前を向いて、隣の席に座っている立花先生に話し掛けた。

「しかし、立花先生。初飛行の翌日に、行き成り長距離飛行に放り込むなんて。 新規開発の機体なら尚更、ちょっとずつ距離を伸ばしていった方がいいんじゃないです?」

 その問い掛けに、立花先生は普通の調子で答えるのだった。

「まぁ、HDG 本体は、天野さんのと大差は無いから。 飛行ユニットの方は、本社で十分(じゅうぶん)、ランニング・テストを実施して確認済みだし。」

 その時、緒美がブリジットに対して、現在速度を読み上げる声が、機内で聞こえるのだ。

「TGZ02、現在速度 3.5。」

 すると、それに応えてブリジットも速度表示を読み上げる声も又、聞こえて来る。

「HDG02、現在速度 3.5。」

 自分に対しての通信ではないので、金子は二人の声を無視して、立花先生に言葉を返すのだ。

「いやいや、幾ら地上のテスト・リグでランニングさせてても、実際に飛ばすと思わぬトラブルが出たりしないか、心配ですよ。」

 そう言って不安がる金子に、その後席から、記録器機の端末を操作している日比野が声を掛ける。

「外見は随分(ずいぶん)と違うけど、B号機の飛行ユニットと、A号機のスラスター・ユニットの制御系、内容は、ほぼ同じだから。A号機の方で十分(じゅうぶん)にデータが取れてるから、信頼して呉れていいわ。」

「そう言うもんですか~。まぁ、信頼はしてますけど。 勿論、本社の方(ほう)でも自信が有るから、今日、こうやって試験している訳(わけ)ですよね?」

 少し引き攣(つ)った様に笑いつつ、金子は尋(たず)ねる。その問い掛けには、立花先生が答えた。

「まぁ、そう言う事ね。 所で、樹里ちゃん、ログはちゃんと取れてる?」

 立花先生は少し身体を捻(ひね)って、後席の樹里に問い掛けた。そこで再び、緒美とブリジットの通信音声が機内に響く。

「TGZ01、現在速度 3.8。」

「HDG02、現在速度 3.8。」

 緒美とブリジットの、互いの速度を確認する通信は、その後も定期的に機内で聞かれるのだった。
 その一方で、樹里は膝の上に乗せたモバイル PC のディスプレイを注視した儘(まま)、立花先生に答えた。

「はい、大丈夫ですよ。現在、B号機の速度は順調に加速中です。返って来てるログの方に、異常値は無いですね。」

「城ノ内~そのログ、だけどさ。」

 金子が前を向いた儘(まま)、樹里に問い掛ける。樹里は相変わらず、ディスプレイから目を離す事無く応える。

「何(なん)ですか?金子先輩。」

「昨日、訊(き)き忘れたんだけどさ。どうやって、受信してるの?」

「ああ、防衛軍仕様のデータ・リンクですよ。昨日、臨時にアンテナを、この機体に付けさせて貰ったじゃないですか、アレです。」

「防衛軍のデータ・リンク?」

 聞き返す金子に、樹里は何でも無い事の様に説明を返す。

「はい。普段は、個体間通信のを使ってるんですが、それだと半径十キロから二十キロ位迄(まで)しか届かないので。昨日、この機体に取り付けたのは部隊間通信が出来る仕様のヤツです。これだと、防衛軍のネットワークが利用出来るので、日本国内でなら、どこででもデータ・リンクが確立出来るんです。」

「何(なん)か、凄い事、さらっと言われた気がするけど。 防衛軍のネットワークなんか勝手に使って、大丈夫なんです?立花先生。」

 そう問い掛けられた立花先生も、何でも無い様に答えるのだった。

「勝手に、じゃないわよ。ちゃんと許可は取ってあるから、大丈夫。」

 その後席から、日比野が補足するのだ。

「防衛装備の開発試験用に、天野重工に割り当てられてる領域が有るのよ。細かい事は、社外秘なんだけど。」

 日比野の説明を聞いた金子は、呆(あき)れた様に言うのだった。

「改めて、兵器開発部って、とんでもない活動(こと)やってるのね~。鬼塚が前に言ってた、本社からの業務委託って意味が、やっと理解出来た気がするわ。」

 そこで緒美から、金子への通信が入るのだ。

「TGZ02 より TGZ01。現在速度、分速 5 キロにて、機首方位 0 へ飛行中。予定通り、左旋回して、其方(そちら)の左側を通過します。」

「TGZ01、了解。」

 緒美達からの通信音声は、機内でモニターが可能な様に設定してあるので、先程来、立花先生や日比野、そして樹里にも聞こえている。但し、通信を送る事が出来るのは、金子のみである。一方で、編隊から離れている HDG-B01 の様子を把握出来るのは、後席でデータを監視している樹里と日比野の二人だった。

「はい、HDG02、ブリジット機が速度を維持した儘(まま)、大きく左旋回を始めました。」

 樹里が、HDG-B01 の状態を報告する。続いて、日比野が HDG-B01 の機首方位を読み上げる。

「HDG02 の機首方位、現在 350…320…290…。」

 機首方位とは、文字通り機首が向いている方向の事で、機首方位 0 が機首が磁北へ向いている姿勢を表す。機首方位 350 は磁北に対して時計回りに 350°、つまり機首が西側に 10°向いている状態を意味している。北向き(機首方位 0)に飛行していた HDG-B01 の機首方位の値が段々と小さくなっているのは、西側へ機首の向きが変わっているからで、つまり左旋回をしているのだ。最終的に、機首方位が 180 になれば、機首の向きが南側に向いた事であり、180°旋回の完了を意味する。
 ブリジットの HDG-B01 は三十秒足らずで 180°の旋回を終え、金子機達とは進路が対向する状態となった。HDG-B01 は緒美の操縦するレプリカ零式戦と併行(へいこう)している筈(はず)なので、当然、レプリカ零式戦の進路も金子機達と対向しているのだ。
 そして、約一分程の後、左前方から接近する二機の機影を、金子は発見した。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第13話.07)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-07 ****


「それじゃ、わたしと、さやと、同じ様な感じか。何と無く、分かったわ。」

 金子は、『武東 さやか』を、名前の上二文字のみで『さや』と呼ぶのである。

「そうなの?」

 緒美の短い問い掛けに、金子は答える。

「そうよ~。さやと同じ学校に行きたくて、わたしはここを選んだんだし。飛行機部に関しては、さやの方が付き合って呉れてるんだけどね。ねぇ、さや。」

「まぁね。わたし達も、中学からの付き合いなのよ。」

 金子に応えて、そう語った武東は、微笑んで恵に問い掛ける。

「あなたも、鬼塚さんとは中学からの付き合いだって聞いてるけど?森村さん。」

「そうね。」

 取り敢えず、同意する返答をした恵だったが、武東が『付き合い』と言う言葉に込めたニュアンスを理解した恵は、言葉を続けた。

「でも、事情は同じ様に見えても、三者三様で、関係の質は随分(ずいぶん)と違うみたいよ、武東さん。」

「そうなの?」

「ええ。」

 そこで金子が、恵と武東の遣り取りに参加して来る。

「あ、何(なん)か、二人で難しい話してない? わたしも、混ぜてよ。」

 一方で、その様な機微に触れる会話には無頓着な緒美が、少し困惑気味に、恵に尋(たず)ねるのだった。

「どう言う事?」

 その問いに対して、少し許(ばか)り答えに窮(きゅう)する恵よりも先に、笑顔で金子が言うのだ。

「あ、その手の話は分からない方が、鬼塚らしくっていいって。」

「そう言う話?」

 と、金子にではなく、緒美は恵に問い掛ける。恵は力(ちから)無く笑って、答えるのだった。

「そうね。大して意味の無い話よ。」

「そう? なら、いいけど。」

「あはは、そうそう。わたしは、細かい事を気にしない鬼塚が好きよ~。」

 笑って、そんな事を言う金子へ、少し睨(にら)む様な視線を向けて緒美は言い返す。

「それは、わたしが無神経だって言いたい訳(わけ)?金子ちゃん。」

「そんな事は言ってないでしょ。わたしは、友達と、言葉の裏を読み合う神経戦なんか、したくないだけよ。」

「それは同感、だけど。」

「でしょ?」

 そんな会話をしていると、武東が金子に声を掛けるのだった。

「所で、部長。 そろそろ、戻りませんか?」

「ん?ああ、そうね。部活の途中で抜け出して来てたんだった。余り、ほったらかしにも出来ないよね。」

 金子は武東の傍(かたわ)らへと移動すると、くるりと身体の向きを緒美の方へと変え、言った。

「長居しちゃったわね。じゃ、また。」

 緒美は頷(うなず)いて、応える。

「ええ、明明後日(しあさって)のフライトの方、宜しくね、金子ちゃん。」

「うん、任せといて。わたしも楽しみにしてる。また、フライトの前日にでも、最終打ち合わせ(ブリーフィング)しましょう。じゃあね~。」

 二人は手を振ると、格納庫の外に止めてある、自転車へと向かったのだ。
 金子と武東の二人を見送り、その姿が見えなくなった頃、緒美は恵に尋(たず)ねた。

「森村ちゃんは、あの二人とは、余り馬が合わないかな。」

「今迄(いままで)、余り話した事は無かったけど。大丈夫、仲良くなれそうよ。」

「そう、なら良かった。」

 恵が微笑んで答えるのを見て、緒美も笑顔を返したのである。

 その後、第三格納庫内では、HDG-B01 の点検終了に続いて、飛行ユニットの接続と取り外しを実施、確認をして、その日の作業は終了となったのである。終了の時刻は、午後七時の少し前だった。


 翌日、2072年9月6日・火曜日。天野重工の試作工場から来ていたスタッフ達は、大型のトランスポーター二輌に分乗して、午前中に天神ヶ崎高校を出発したのである。二日目以降、学校に残ったのは、本社から来ている実松課長と日比野、そして試作工場から来ている畑中と大塚の四名である。この四人は、四日目の長距離飛行試験までの立ち会いを済ませて、それぞれが会社へ戻る予定となっている。残された中型のトランスポーターには整備用の工具や機材が積まれており、畑中と大塚は試運転に於ける、トラブル対応要員なのである。又、残されたトランスポーターは、山梨県に在る試作工場へ戻る足でもあるのだ。その帰路には、畑中と大塚の二人が、交代で運転をする事になる。
 一方で、東京の本社へと戻る、実松課長と日比野の二人は、四日目の作業終了後に、会長である天野理事長と共に社用機で移動する段取りとなっていた。

 さて、二日目のメニューは、と言うと。ブリジットの HDG-B01 は予備のバッテリーに交換して、茜の HDG-A01 と地上での模擬戦を中心に、機動動作と消費電力量の確認が行われたのだ。
 模擬戦は、主としてブリジットの慣熟を目的に行われたもので、接近戦用武装の取り回しを確認する事が同時に行われた。これに関して、HDG-A01 側には特に制限は無く、ホバー機動や低空飛行からの斬撃による攻撃等(など)、エイリアン・ドローンからの攻撃を模しての、一時間程の模擬戦が行われたのだった。
 因(ちな)みに、この日はカレンダー的には祝日で、世間は休日である。当然、学校の授業は無いので、テスト・ドライバーである茜とブリジットの、部活動への参加は昼から、となった。一方、出張で来ている畑中達、天野重工のスタッフには休日も関係の無いスケジュールだったので、午前中から飛行ユニットの試運転や点検、整備を行ったのだ。それには緒美達三年生と瑠菜達二年生が、立ち会いや、作業補助として参加したのである。
 ともあれ、二日目のメニューは、特に問題も無く消化されたのだった。


 三日目、2072年9月7日・水曜日。この日は日中に、畑中達の作業で HDG-B01 には、再度、飛行ユニットが接続された。日比野も参加して、その機能点検やソフトウェアのチェックが実施され、放課後からはブリジットが HDG-B01 を装着しての運転試験が開始されたのだ。
 ブリジットは、飛行ユニットが接続された状態でメンテナンス・リグから格納庫の床上に降ろされ、歩行、駆け足からの走行、ジャンプ等での取り回しを、順次確認していった。一通りの確認を終え、地上での行動に慣熟した後、飛行ユニットのエンジン出力を上げて、ホバリングやホバー機動のテストが実行された。
 最初は、主に駐機場(エプロン)でのホバー機動にて、加速や減速、浮揚しての方向転換等の慣熟を実施したのである。その後、滑走路に場所を移して高速ホバー機動の試験を実施している最中(さなか)、高度五メートル程に機体が浮き上がる事態が発生したのだ。それを以(もっ)て、HDG-B01 の飛行ユニットでの、揚力に因る初飛行が記録されたのだった。因(ちな)みに、その際の飛行距離は凡(およ)そ百メートルである。
 その後、滑走路上空での上昇、降下、旋回等の機動を確認し、低空にてエンジン出力を絞っての滑空からの着陸を反復して実施した。高度は最初、三メートルから、五メートル、十メートルと、段階的に増やしていき、最終的には三十メートルからの滑空と着陸迄(まで)を行い、その日の試験は終了となったのである。

 試験の結果としては、確認の出来た低空での飛行性能や操作性は、設計仕様に合致しており、航空機の操縦経験の無いブリジットにも、身体感覚の延長上で十分(じゅうぶん)、コントロールが可能である事が確認されたのだ。
 試験運転の終了後には、当然、畑中達に因って点検がされ、その一方で緒美達は飛行機部の金子を加えて、翌日の長距離飛行試験の打ち合わせを行ったのである。
 又、緒美のみは単独で、飛行機部が所有する、PC 利用のフライト・シミュレーターにて、翌日のチェイス機操縦の予習として、離着陸操作の確認を行ったのだった。


 そして四日目、2072年9月8日・木曜日である。緒美や茜達、特別課程の生徒は七時限目の授業を終えてから、部活動へと集まって来ていた。
 この日は当初の予定通り、HDG-B01 の長距離飛行試験を実施するので、茜とブリジットは早早(そうそう)にインナー・スーツへと着替え、それぞれが HDG を装着したのだ。通信の設定を確認し、茜とブリジットの二人が格納庫の外へと出ると、第三格納庫前には二機の飛行機がエンジンを始動させて、既に待機していた。一機は飛行機部の部長、金子が操縦する四人乗りの軽飛行機で、もう一機は天神ヶ崎高校の実習授業で製作された零式戦闘機のレプリカである。普段は第二格納庫に格納されているそのレプリカ機は、管理や整備は飛行機部が行っており、年に数回は飛行機部に因って飛行も実施されているのだ。
 その零式戦の傍(そば)には、茜とブリジットの同級生である村上の姿も在った。村上は零式戦の操縦席に収まった緒美に書類が挟まれたボードを渡し、二言三言を交わした後に、胴体から突き出ていた搭乗用のグリップやステップを格納し、車輪止めを外して機体の後方へと離れて行った。そして、茜とブリジットに向かって手を振っているので、茜とブリジットも右手を挙げて応えたのだ。
 金子が操縦する軽飛行機の方には、前席へは立花先生が、後席には記録用の機材と PC を持って日比野と樹里の二人が乗り込むのが見える。その左隣では、緒美が零式戦の各舵を動かして、操縦系統のチェックを行っていた。
 そして通信にて、金子の声が聞こえて来る。

「TGZ01 より全機へ。それじゃ、昨日のブリーフィングの通り、16時45分テイク・オフで。TGZ02 は、わたしに続いて離陸してね。あとの二人は、滑走路は使わないみたいだから、TGZ02 が離陸したら各個で上がって来てちょうだい。 一応、わたしが編隊長として交通管制とは遣り取りするから、皆(みんな)、わたしの指示には従ってね。」

「TGZ02、了解。」

 金子の通信のあと、緒美の声が聞こて来た。『TGZ02』とは、このフライトでの緒美のコールサインである。
 続いて、ブリジットが応える。

「HDG02、了解。」

 少し慌てて、茜も応えるのだった。

「HDG01、了解です。」

 今迄(いままで)、『了解』と返事をする文化の無かった兵器開発部のメンバー達だったが、今日の試験での通信ではその様に応えると取り決めたのは、昨日の打ち合わせでの事である。
 三人の少々ぎこちない返答に、少し笑った様な金子の声が、もう一度、聞こえて来た。

「オーケー、じゃ、出発するわよ。忘れ物は無いわね~。」

 間も無く、金子機のエンジン音が一段、甲高くなると、その機体はゆっくりと滑走路へと向かって前進を始めた。金子機が誘導路へと入ると、続いて緒美の操縦する零式戦もエンジンの出力を上げ、誘導路へ向けて前進を始めるのだった。
 金子の操縦する機体と緒美の機体は、同じく単発のプロペラ機だったが、そのエンジン音は可成りに異質だった。何方(どちら)も現代風に水素を燃料として稼働していたが、緒美の零式戦はシリンダーとピストンによる往復機関(レシプロ)エンジンで、金子の操る機体はターボプロップ・エンジンを搭載しているのだ。
 茜とブリジットが、誘導路から滑走路へと移動する二機を見送っていると、飛行機部部員達の一列から離れた村上が、茜達の元へと駆け寄って来た。

「凄いね、二人のそれ。近くで見たのは、初めてだけど。」

 そう言って、村上は二人の周囲をぐるりと回って話し掛けて来る。

「あ、敦(あっ)ちゃん、わたし達の後側、注意してね。スラスターのエンジン、稼働してるから。排気で火傷すると、いけないから。」

「うん、気を付ける。ありがとう、茜ちゃん。」

 そして二人の前側に戻って来た村上は、ブリジットに問い掛けるのだ。

「ブリジットの方、飛行ユニットが重そうだけど。それで、立っていられるの平気?」

「ああ、これ。バランスだけ気を付けてれば、重量は HDG が支えて呉れてるのよ。」

「へえ~。 茜ちゃんの方も装備が凄いって言うか、少し物騒よね。」

 そう言われた茜の HDG-A01 の装備は、右腰の兵装ジョイントに荷電粒子ビーム・ランチャー、左腰側にビーム・エッジ・ソード、そして左腕にはディフェンス・フィールド・シールド、更に、スラスター・ユニットには長時間飛行用の増加燃料タンクを装着と言う具合に、ほぼフル装備の状態だったのだ。

「一応、ブリジットのB号機と、空中での模擬戦も予定されてるからね。」

 その茜の答えは事実だったが、模擬戦で使用する予定の無いビーム・エッジ・ソードの携行に就いては、以前の陸上防衛軍との模擬戦の際の経験を鑑(かんが)みた結果である。
 実はこの時、一時間程前から九州の北西空域で、航空防衛軍とエイリアン・ドローンが交戦状態であると報じられていたのだ。天神ヶ崎高校が所在する地域では避難指示の発令や、警戒情報等は発表されていなかったが、用心に越した事は無いと誰もが思っていた。勿論、自ら戦闘に飛び込んでいく気は、茜にも無かったが、此方(こちら)側の意に反して襲撃される可能性は否定出来なかったのだ。
 村上と、そんな会話をしている内、最大出力にセットした金子機が西向きに滑走を始め、滑走路の真ん中付近で、ふわりと空中に浮き上がるのだった。その儘(まま)上昇を続けた後、滑走路の西端を飛び越えた辺りで着陸脚を収納しつつ左旋回を始め、更に上昇して行った。続いて、緒美が操縦するレプリカ零式戦が滑走を開始する。此方(こちら)も、あっという間に軽々と地面を離れると、着陸脚を収納し乍(なが)ら、金子機を追う様に左旋回をしつつ、上昇して行った。

「それじゃ、わたし達も追い掛けますか、ブリジット。」

「うん。 HDG02 より TGZ01。これより離陸します。」

 そう通信で通告するブリジットに、金子の返事が聞こえる。

「TGZ01 了解。此方(こちら)は、上空で合流まで待機します。」

 その通信は、勿論、茜にも聞こえていて、茜はブリジットから西側へ少し離れ、村上に声を掛けた。

「敦(あっ)ちゃん、ジャンプするから、わたし達から離れててね。」

「うん、行ってらっしゃい。気を付けてね。」

 村上は胸の前へ突き出した両の掌(てのひら)を、左右に振り乍(なが)ら後退(あとずさ)りして行く。

「うん、また後でね。」

 茜は右手を挙げて振り乍(なが)ら、村上が十分(じゅうぶん)に離れたのを確認して、南側に向き直った。

「HDG01 離陸します。」

 そう、通信で通告して少し身を屈(かが)めると、茜は地面を思いっきり蹴って、直上にジャンプした。そして、スラスター・ユニットの出力を上げ、更に上昇して行くのだった。

「HDG02 離陸します。」

 茜のヘッド・ギアに、ブリジットの声が聞こえる。
 ブリジットの HDG-B01 は、飛行ユニットに因るホバリングで地表から離れると、低空での水平飛行へと遷移し、滑走路上空を西向きに進み乍(なが)ら加速して、金子機と同じ様に左旋回と上昇を始めるのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第13話.06)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-06 ****


 そうして、緒美と恵、直美、金子と武東の五名はB号機用の飛行ユニットが吊り下げられた、メンテナンス・リグの前へと立ったのである。

「大きさ的には、ハンググライダー位(くらい)かしら、形状的にも。」

 武東の第一声である。続いて、金子は飛行ユニットの周囲を、機体を見上げ乍(なが)らぐるりと一周しつつコメントする。

「そうね。でも、エンジンが付いてるし、エルロンやフラップらしき機構も見えるね。」

 緒美の立つ場所へ戻って、金子は緒美に話し掛ける。

「空力的に飛びそうな形よね、鬼塚。 あの赤いヤツのよりは、わたし達には馴染み深い感じで、いいわ。」

「ああ、A号機のは、完全に推力だけで飛んでるから。B号機用のは、機動にも空力を利用するから、燃費もいい筈(はず)なのよ。」

「でしょうね。これで、どの位、飛べるの?」

「燃料はA号機の倍、積むんだけど。仕様上は、それで二時間位(ぐらい)。因(ちな)みに、A号機の航続時間は三十分程度ね。」

「三十分? それじゃ、大して役に立たないじゃん。」

 その金子のコメントに、直美が反応する。

「いやいや、A号機は、そもそも飛行する仕様じゃなかったから。地表をホバー走行したり、ジャンプの補助程度にスラスター・ユニットを使う構想だったの。」

 続いて、緒美が説明する。

「基本的に、A号機のジェット・エンジンは、電源としての役割がメインだった筈(はず)なのよ。」

「それにしては、派手に飛び回ってたじゃない?」

 その金子の問いに、緒美は苦笑いで答えるのだった。

「これの基礎データを集める為に、敢えてA号機のスラスター・ユニットを、オーバー・スペックで設計したらしいのよね、本社の人が。 これは、あとで聞いた話だけど。」

「うっわぁ~予算、大丈夫だったのかな?」

「さあ、当初の予算の枠からは出てない、って実松課長からは聞いてるけど、実際の所は知らないわ。 まあ、でも、A号機の飛行性能のお陰で、実際に助かった局面も有るのは事実だし。その意味では、本社の設計課の人には、先見の明が有ったって事よね。」

「へぇ~。」

 感心気(げ)に声を漏らす金子の一方で、武東が緒美に尋(たず)ねる。

「所で、これ、どうやって操縦するの?」

「ああ、ドッキングした HDG 側から、思考制御で、ね。」

 緒美の、その答えに、金子が聞き返す。

「思考制御って、スロットル何パーセント、エルロン何度、って操縦系統の動作を頭の中で考える訳(わけ)?」

 緒美はくすりと笑って、答える。

「まさか、そんな煩雑(はんざつ)な事はしないわよ。 装着者(ドライバー)が考えるのは、例えばスピードなら、加速とか減速。高度なら、上昇とか下降。あとは姿勢とか、飛行経路とか、そんな要素を HDG の AI が読み取って、直接の必要な操縦制御は AI が自律的に実行するの。」

「そんなので、上手くいくの?」

 訝(いぶか)し気(げ)に尋(たず)ねる武東に、直美が答える。

「実際に、A号機はその制御方法で、空中機動が出来てるよ。」

「本社の開発じゃ、軽飛行機の操縦系統を改造して、思考制御と AI の組合せで操縦が出来るかに就いて、検証済みだそうよ。こっちの機体での実機検証は、明後日(あさって)から、だけど。先(ま)ずは低空や滑空で試験し乍(なが)ら、段々と高度を上げていく予定なの。」

 緒美の補足説明を聞いて、不審気(げ)に金子は呟(つぶや)く。

「AI の自律制御かぁ~。」

「心配は要らないわ、HDG 本体の手足を動かしてるのだって、或る意味、AI に因る自律制御なんだし。」

 その緒美の発言に、意外そうに武東が聞き返す。

「え? あれは、人が動かしてるんじゃないの?」

 武東の問いに、直美が笑って答える。

「あはは、人の力(ちから)じゃ FSU を動かすのは無理だよ。」

「FSU?」

「フレキシブル・ストラクチャー・ユニット。 ほら、あの手足や腰の部分を繋げてる、リボン状のパーツ。」

 直美は、メンテナンス・リグに接続され、茜やブリジットが接続を解除しようとしている HDG を指差して、武東と金子に説明する。

「あのパーツが曲がったり、伸びたりして、全体として人の動きを再現する訳(わけ)なんだけど…。」

 続いて、緒美が発言する。

「要するに、AI が装着者(ドライバー)の動きたい様に、FSU を動かしてる、って事ね。」

「ちょっと待って…。」

 金子が、声を上げる。

「…その話の流れじゃ、中に人が入ってる必要が無いんじゃないの? 動きの指示なんて、遠隔操作でも出来る訳(わけ)でしょ?」

 その意見には、緒美は苦笑いで答えるのだった。

「う~ん、通信の届く距離とか、それに因るディレイとかが無視出来れば、それも有りよね。実際には、それが無視出来ないんだけど。」

 緒美に続いて、今迄(いままで)黙っていた恵が発言する。

「それに、状況判断とか意志決定とか、今の AI じゃ、まだ人間には敵(かな)わないみたいよね。」

「ああ~、夏休み中に、AI に戦闘シミュレーションをやらせてたんだけど、最初は全然ダメだったのよね。」

 恵の発言を受けての、直美のコメントに、金子は呆(あき)れた様に言うのだった。

「あんた達、そんな事やってたの?夏休み中。」

「ええ~、話したじゃん、寮で、夕食の時。」

 直美に、そう言われて、金子は武東に確認する。

「そうだっけ?」

「うん、聞いた覚えは有るわ。わたしも、忘れてたけど。」

 微笑んで緒美が、話を纏(まと)めるのだった。

「歩いたり走ったり、飛んだり跳ねたりは出来ても、瞬間的に複合的な判断をさせるには、よっぽど高度な AI が必要って事よね。だから、技術的には可能でも、自動車や飛行機の完全自動運転は、未(いま)だに普及してないんだし。」

「まあ、確かに。パイロットを機械に置き換えて、それで事故は減るかも知れないけど、ゼロにはならないよね。器機の故障で、事故が起きる場合だって有る訳(わけ)だし。結局は、その時の責任の所在とか、保険の問題が解決しないから、完全自動運転の技術は採用されてないのよね。」

 溜息混じりに金子が言うと、それに武東が問い掛ける。

「仮に事故を起こした AI の責任を問える、となったら、航空業界はパイロットを解雇して、完全自動操縦を採用するかしら?」

「どうかしら? そんな飛行機に、乗客が乗りたいと思うか、よね。まあ、値段次第かも知れないけど。」

 そう答える金子に、恵が言うのだった。

「事故が起きた時に、責任が AI に有ると判断されて、誰も処罰されなかったら? そんなのは、多分、世の中の人は誰も納得しないでしょ。」

「だろうね~。」

 その遣り取りを聞いて、直美が苦笑いしつつ評するのである。

「結局、責任を取る為に、人間が必要な訳(わけ)か~。」

「あら、人格や判断力が、人間と同等か、それ以上だと客観的に証明されたら、責任を取る人間も必要なくなるかもよ?」

「うわぁ、怖い事言うなよ、鬼塚~。」

 緒美のコメントに、金子は身体を仰(の)け反(ぞ)る様にして反応を返す。そして武東が、言うのだ。

「そんな時代になったら、人間は何の為に存在すればいいのかしらね?」

 その問いには、真面目な顔で、恵が答えるのだった。

「そんなの、その時代の人達が考えればいい事だわ。」

 くすりと笑って、金子が言葉を返す。

「森村さんの、そう言う所、わたしは好きだわ。」

「あら、ありがとう、金子さん。」

 恵は、金子に対して微笑んで見せる。
 そんな折、HDG から離れた茜とブリジットの二人が、格納庫の西側、緒美達から見て奥の方へと歩いて行くのが見えた。それに気が付いた直美が、緒美達から離れて、茜達の方へと歩き出し、二人に声を掛けるのだ。

「今日も、稽古(けいこ)、やるの~?」

 その問い掛けに、茜が声を返した。茜は手に竹刀(しない)を、ブリジットは先端にクッションを巻き付けた、長い木製の棒を肩に担ぐ様に携(たずさ)えている。

「はーい、基礎練は反復しておかないと。」

「そうね~、わたしも付き合うわ~。」

 そう言って、直美は駆け足で、茜とブリジットの方へと向かった。
 そして、茜とブリジットは、交互に相手側への『打ち込み』を始めるのだ。但し、『打ち込み』とは言っても、茜もブリジットも防具を着けている訳(わけ)ではないので、身体を打たれないように、それぞれが手にしている竹刀(しない)や槍(やり)を模した棒で、打ち込まれる攻撃を受け、払い除けるのだ。
 この稽古(けいこ)は、主にブリジットの為に行われているので、ブリジットの相手は茜と直美が、交代で務(つと)めるのである。
 そんな様子を、遠目に眺(なが)め乍(なが)ら、金子が言うのだった。

「兵器開発部って、あんな事もやってるの?」

「テスト・ドライバーには、接近戦用の、武装の取り扱いも出来ないとね。その為の練習なのよ。 ここ一週間位、毎日、一、二時間はやってるわね。」

 その緒美の説明に続き、恵が冗談めかして言う。

「あの三人は、兵器開発部(うち)では貴重な体育会系のメンバーなの。」

 その言葉を受け、真面目な表情で金子が応える。

「その様ね。でも、あの天野さん、だっけ? 理事長のお孫さんだって言う。 彼女が体育会系ってのは、ちょっと意外だわ。 彼女でしょ?前期中間試験、ほぼ満点で、一年生トップだったの。」

「あら、金子ちゃん、良く知ってるわね。」

 笑顔で言葉を返す緒美に、金子は微笑んで言った。

「その位の情報は、わたしにだって、入って来るわよ。 そう言えば、あの背の高い子でしょ?バスケ部から引き抜いた、っての。 バスケ部の田中さんが、嘆(なげ)いてたよ~。」

「人聞きの悪い事、言わないで。ボードレールさんは、本人の意志で、バスケ部の方を休部してるだけだから。 って言うか、学科違うのに、田中さんと面識有ったの?金子ちゃん。」

「ああ、毎月、部長会議で顔を合わせるから。飛行機部(うち)は、運動部の括(くく)りだからさ、文化部じゃなくて。 まぁ、その件で彼女がぼやいてたのは、寮で夕食の時だけど。」

 そう言って、溜息を吐(つ)く金子の一方で、緒美と恵の二人は時を揃(そろ)えて「成る程。」と、声を漏らしたのだった。
 因(ちな)みに、『部長会議』とは、グラウンドや体育館等(など)の学校施設を練習で使用するのに、各部活間で使用時間や期間を如何(いか)に融通し合うかの打ち合わせが目的で、生徒会の主催で毎月開催されていた。
 飛行機部としては、パイロットを務める部員の基礎体力トレーニングで利用する、校内のスポーツジムを予約する為に、『部長会議』には毎回参加していたのだ。
 その一方で、文化部の場合は、運動部程、学校施設を取り合う状況が発生しないので、『部長会議』の様な定例の会議は開かれていないのである。

「そう言えば、あの子はどうしてバスケ部を休んで迄(まで)、こっちの活動に参加してるのよ?鬼塚。」

 金子が無邪気に、そう訊(き)いて来るのだが、それには一瞬、緒美は言葉を詰まらせる。

「…そうね。簡単に説明は出来ないんだけど。 矢っ張り、一番の理由は天野さん、よね。ボードレールさんは、天野さんと一緒に居たいのよ。不本意だけど、先日みたいな危険な局面に、遭遇した事が有るから。 彼女達は、中学からの親友?…そんな関係だそうだから。」

「ふうん…。」

 そう応えたあと、緒美には意外な程の笑顔で、金子は言うのだった。

 

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STORY of HDG(第13話.05)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-05 ****


 その、自転車で第三格納庫へとやって来たのは、飛行機部の部長である金子と、同じく会計担当の武東、その二人だった。飛行機部の部員は、部活中は『つなぎ』の飛行服を着用している場合が多いのだが、今日は二人共が制服姿である。二人は大扉の前に自転車を止めると、大扉の内側付近に陣取って戸外での HDG の様子を観察している一同、その前列に居た緒美に向かって、金子が声を掛ける。

「鬼塚~、今日届いたヤツ、順調そうじゃない。」

「ええ、まあね。」

 緒美はヘッド・セットのマイク部を指で押さえ、微笑んで応える。すると、緒美の隣に立っている実松課長や畑中に向かって、武東が挨拶をする。

「本社の方ですよね?ご苦労様です。」

 武東が会釈をすると、続いて金子も頭を下げるのだった。
 畑中が、緒美に尋(たず)ねる。

「鬼塚君、此方(こちら)は?」

「あ、飛行機部、部長の金子さんと、会計の武東さん。二人共、電子工学科で、学年はわたしと同じです。明明後日(しあさって)の飛行試験では金子さんに、チェイス機の操縦をお願いして有るんです。」

 続いて、緒美の背後に居た恵が、金子と武東に本社側二人の紹介をする。

「で、此方(こちら)が、本社開発部、設計一課の実松課長。此方(こちら)が試作部製作三課の畑中先輩。」

「あ、あの畑中先輩ですか。お噂は、予予(かねがね)。」

 そう言ってニヤリと笑う金子に、畑中がコメントを返す。

「あんまり、いい噂じゃなさそうだなぁ。」

 すると、武東がくすりと笑って言うのだった。

「いえいえ、倉森先輩からも、色々と伺(うかが)いましたよ。」

「倉森君から? って、それ、何時(いつ)の話?」

 少し慌てて畑中が問い掛けると、それには金子が答える。

「何時(いつ)ぞや、模擬戦の準備か何かで、倉森先輩達が寮に泊まったじゃないですか。七月だったかな。」

 それは陸上防衛軍の、戦車隊との模擬戦が行われた時の事である。天野重工からのスタッフは男女に分かれて、それぞれが男子寮と女子寮に、都合二泊していたのだ。金子達、現在の電子工学科の女子寮生が、同科の卒業生である倉森と懇親会を開いていたのは、二日目の夜の事である。
 そして武東が、事情を知らずに口を滑らすのだった。

「そう言えば、婚約、されたそうで~倉森先輩から聞いてますよ。」

「あー。」

 畑中は両手で額を押さえ、声を上げて俯(うつむ)くのだった。
 一方で、その周囲に居た実松課長や立花先生、前園先生、そして恵と直美が揃(そろ)って「え?」と、声を上げるのだった。
 その様子を見て、恐縮気味に武東は言うのだった。

「あれ~この話は、しちゃいけなかった…ですか?」

 すると、実松課長が「あはは」と笑い、畑中の背中をバンと叩いて、言った。

「そう言う、めでたい話なら、教えて呉れたら良かったのに、畑中君。」

「ああ、スミマセン。こっちの子達に伝わると、絶対に冷やかされると思ったものですから。 でも、君達に、何でそんな話になったのかな?」

 そう訊(き)かれて、武東が金子に問い掛ける様に言う。

「何でだっけ? 女子社員の婚期の話とか、一緒に来てた新田さん?が始めて…。」

「そうそう、それで倉森先輩が婚約した、って話になって~お相手はどんな人ですか~って流れだっけ?」

 その二人の話を聞いて、苦笑いしつつ畑中が言う。

「成る程、バラしたのは、新田さんの方か…。」

 それを金子が肯定するのだった。

「そう言えば、そうだったかも、です。」

 それに対して、立花先生が言うのだった。

「まぁ、いいじゃない、畑中君。 何(いず)れは皆(みんな)に知れる事なんだから。」

「はぁ、まぁ、それはそうですけど。」

 納得がいかない顔付きの畑中に、次は恵が問い掛ける。

「でも、どうして婚約なんです?結婚とか、入籍とかじゃなくて。」

「準備って有るだろ?色々と。 今は暫(しばら)く、HDG 関連の業務で試作部も忙しいからさ。式とか諸諸(もろもろ)は、来年になってからの予定なんだ。」

「へぇ~。」

 そう声を上げた直美の顔が、『如何(いか)にして、冷やかしてやろうか』と思案を巡らせている様に見えて、畑中は声を張る。

「兎に角、その件は俺の超個人的な事柄だから。この話は、お仕舞い、いいかな。」

 そこで蒸し返す様に、金子が周囲を見回し乍(なが)ら言うのである。

「そう言えば、今日は倉森先輩、いらっしゃってないんですか?」

「来てないよ!」

 即答する、畑中であった。
 そんな折(おり)、格納庫の奥から二人掛かりでB号機用の武装を運んで来た、佳奈と瑠菜が声を上げる。

「すいませーん、ちょっと、通してくださ~い。」

 瑠菜が先頭になって運んでいるのは、長さが二メートル程の、金属製の棒状のデバイスである。瑠菜が脇に抱える様にしている方向が後端で、後方で抱えている佳奈の背後側に、つまりデバイスの先端側には、ビーム・エッジを発生させる複数のブレードと、荷電粒子ビームを撃ち出す砲身が取り付けられている。
 大扉付近に並んでいた一同が二人に道を空けると、瑠菜と佳奈は十五メートル程離れた所で待っているブリジットの元へと、そのデバイスを運んで行くのだった。

「ああ、本社(うち)のスタッフに運ばせりゃ、良かったのに。」

 二人を見送り乍(なが)ら、実松課長がそう言うと、畑中も謝意を述べる。

「あ、気が付かなくてゴメン、鬼塚君。」

「いえ、大丈夫ですよ。御心配無く。」

 緒美は微笑んで、応えた。その緒美に、金子が尋(たず)ねる。

「何よ、あれ。」

「あれ? B号機用の武装よ。」

「B号機?」

 そう聞き返す金子に、武東が言うのだった。

「あの白い方、でしょ?」

「ああ、明明後日(しあさって)、飛行テストするんだよね? 飛行ユニットは、まだ未装備なんだ。」

 そこに直美が、口を挟(はさ)む。

「今日、明日は地上でのテストで、明後日(あさって)は、低空での飛行確認の予定。そっちは? 今日は飛ばない日?」

「うん、今日は明日のフライトに向けて、機体のチェックとか、フライトプランなんかの提出書類を作ったり、準備の日なんだ。」

 そんな話をしていると、装備をブリジットに渡した瑠菜と佳奈が、緒美達の方へと戻って来るのが見える。緒美はブリジットに、通信で指示を出すのだ。

ボードレールさん、最初はゆっくりでいいからね。初めから飛ばすと、筋肉とか痛めるから、少しずつ慣らしていって。」

「分かりました~。」

 ブリジットは空いた左手を挙げて、緒美に応える。
 瑠菜と佳奈が、二人掛かりで運んだB号機用の武装だったが、ブリジットの HDG-B01 は右手だけで軽々と持っているのだった。
 緒美が思い出した様に、付け加えてブリジットに言う。

「あ、それから、荷電粒子ビームの安全設定は解除しない様に、ね。気を付けて。」

 ブリジットは挙げていた左手を大きく三度振って、降ろした。そして、装備の柄(え)の部分を左右のマニピュレータで掴(つか)むと、ゆっくりと振り下ろしたり、『突き』や『払い』の動作を次々と実施していく。
 その様子を観察して、実松課長が言うのだった。

「うん、マニピュレータの動きは、大丈夫そうだね。安心した。」

 それに続いて、畑中が緒美に尋(たず)ねる。

「彼女、槍(やり)とか薙刀(まぎなた)とか、心得が有るの?」

 その問いに緒美が黙って首を横に振ると、後ろから恵が説明を加える。

「ここ一週間位(ぐらい)、天野さんが調べて、動画とか参考にして練習してたんですよ。」

「付け焼き刃にしちゃ、様になってるでしょ?先輩。」

 そう付け加えて、直美は笑った。それに、微笑んで恵も応じる。

「武道系ではないにしても、ボードレールさんは、スポーツは得意だもんね。」

 そうこうする内、ブリジットの装備を振る勢いが段々と強く、早くなって行く。最終的には、装備が空気を切る音が、緒美達の所まで聞こえて来そうな勢いとなっていた。
 緒美は制服のポケットから自分の携帯端末を取り出すと、時刻を確認する。時刻は十六時半を、少し回っていた。

「オーケー、ボードレールさん。今日は、ここ迄(まで)にしましょう。こっち、戻って来て。」

 ブリジットは装備を上段の構えから振り下ろした所で動きを止めると、上体を起こした。そして緒美達の方へと身体を向けると、装備を肩に担(かつ)ぐ様にして、茜と共に格納庫へ向かって歩き出す。
 緒美の傍(そば)から離れた畑中は、東側へ引かれた大扉の前付近に座り込み、休息がてらに HDG の動きを見ていた他のスタッフ達へ、号令を掛けるのだった。

「それじゃ、B号機がリグに接続したら、点検を始めまーす。準備、お願いします。」

 前回の模擬戦の時も来ていた大塚を含め、六名の試作部スタッフ達は銘銘(めいめい)が立ち上がると、格納庫内のメンテナンス・リグへと向かう。緒美達も、畑中達を追って格納庫の奥へと進んで行く。すると、瑠菜と佳奈が畑中の元へと駆け寄り、話し掛けるのだった。

「畑中先輩、B号機の点検作業、項目とか教えて貰っていいですか?今後のメンテ作業の、参考にするので。」

 瑠菜の申し出に、畑中は答える。

「ああ、いいよ。点検の方が終わったら、飛行ユニットの接続と切り離し、実際にやって確認するから、君達も手順の確認しておいて。」

 それには佳奈が、問い掛けるのだ。

「A号機のとは、何か違いが有りますか?」

「う~ん、手順的には大きな違いは無いんだけど。見ての通り、B号機のは大きくて重いからさ。取り扱い上の注意事項が、幾つか有ってね。うっかり、リグから落としちゃうと、大惨事だから。」

 一方で、緒美達の一団と一緒に歩いている、飛行機部の二人に直美が問い掛ける。

「で? どうして金子と武東は、付いて来るのかな。」

「え~いいじゃん、近くで見せてよ。今日、届いた、飛行ユニット。」

「飛行機部の人としては、気になるのよね~。」

 と、金子に続いて武東も答えるので、恵は緒美に「いいの?」と訊(き)くのだった。緒美は、微笑んで答える。

「いいんじゃない? 飛行機部には、お世話になってるんだし。」

 すると、金子が恵に向かって言うのだ。

「あはは、秘密保持の件なら、心配しないで。ちゃんと、分かってるから、森村さん。」

「その点に就いては、わたしは初めから心配してませんよ、金子さん。」

 そう答えて、恵は「うふふ」と笑ったのだった。

 

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STORY of HDG(第13話.04)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-04 ****


「それじゃ、ボードレールさん。先(ま)ずは、垂直跳びからやってみましょうか。 最初は、余り力(ちから)を入れないで、膝(ひざ)だけで跳(と)んでみて。」

 緒美の指示に続いて、茜が助言をする。

「最初は軽く、ね。自分で思っている以上の力(ちから)が出るから、その感覚の差を確かめる感じで。」

「解った、軽く、ね。 じゃ、行きま~す。」

 ブリジットは膝(ひざ)を軽く曲げると、躊躇(ちゅうちょ)無くスッと伸ばして身体を持ち上げる。

「おぉっ…。」

 思いの外(ほか)、高く跳(と)び上がった事に驚いたブリジットは、思わず声を漏らした。爪先が地面から五十センチ程は浮き上がっただろうか。そして間も無く、ブリジットが装着した HDG-B01 は万有引力の法則に逆らう事無く着地するのだが、その瞬間に膝(ひざ)で衝撃を吸収する動作をしなかった所為(せい)か、コンクリートで固められた地面と HDG の脚部が衝突する音が、割と大きく「ガツン」と響いた。

ボードレールさん、足腰に衝撃は無い?」

 ブリジットのレシーバーには、衝突音を聞いて心配した、緒美の声が届いていた。ブリジットは振り向き、格納庫内の緒美の方に手を振って答える。

「大丈夫です、部長。衝撃は、HDG が吸収して呉れたみたいですから。」

「そう。 感覚は掴(つか)めそう?」

「流石に、一回では…もう何度か、跳(と)んでみていいですか?部長。」

「どうぞ。」

 ブリジットは南側に向き直ると、一度、背後で見て居るであろう緒美達に対して右手を挙げて見せる。そして、先程よりは膝(ひざ)を深く曲げ、そして地面を蹴った。今度は一メートル程、跳び上がったブリジットは、着地の瞬間に膝(ひざ)や腰を使って衝撃を吸収する動作を加え、その屈(かが)んだ姿勢から、続けて次のジャンプを行うのだった。
 そうやって、三度、四度とジャンプを繰り返し、ブリジットは少しずつ加える力(ちから)を増していく。最終的には、腕の振りをも加える事で、跳躍は爪先が地面から五メートル程の高さにまで到達し、そしてブリジットは地面へと降りたのだった。流石に、その高度からは、膝(ひざ)を深く曲げ、腰を屈(かが)めてブリジットは着地したのだが、脚部が接地するのに少し遅れて、側面と後側に装着されている、スカート状のデフェンス・フィールド・ジェネレータが地面を叩いて音を立てるのだった。

「ふぅ~。」

 ブリジットは一息を吐(は)いて、立ち上がった。そこに、茜が声を掛ける。

「流石に、バスケでジャンプには慣れてるみたいだけど、あんなに高く跳(と)んで、怖くはなかった?ブリジット。」

「いやあ、面白いよ。トランポリンって、やった事は無いけど、さっきみたいな感じかな? これ使ってバスケやったら、ダンクシュートとか、やり放題じゃない?」

 そう答えて、ブリジットはニヤリと笑うのだった。茜も微笑んで、言葉を返す。

「生身でやらなくちゃ、反則でしょ。」

「勿論。冗談よ。」

 そこで、緒美からの指示が入る。

「それじゃ、今度は前方への跳躍、やってみましょうか。天野さん、軽くやってみせてあげて。」

「助走無しで、片脚で踏み切る感じでしょうか?」

「そうね、最初はそんな感じかしら。」

「じゃ、やってみます。 見ててね、ブリジット。」

 茜は数歩前へ出ると身体を西側へと向け、少し上体を前へ倒すと、右脚を前へ振り出すと同時に左脚で地面を蹴った。すると茜の身体は前方へと押し出され、最高高度が一メートル弱程の緩(ゆる)やかな放物線を描いて、二メートル程先の地面へ着地した。茜は身体の向きをブリジットの方へと変えて、通信で話し掛ける。

「こんな感じ。踏切よりも、着地の方を注意してね。前側に転ぶと怪我するから、着地のタイミングで重心は後ろ目にした方が安全よ。 念の為、マニピュレータは展開しておいた方がいいかも。前側に転倒した時に素手で手を突いたら、手首が持たないから、多分。」

「分かった。」

 ブリジットは、茜の提案に従い、両腕の前腕中程辺りを回転軸に後方へ折り畳まれているマニピュレータを、前方へと展開させた。この、HDG-B01 のマニピュレータの格納方式は、HDG-A01 のそれとは、仕様の大きく異なる点である。HDG-A01 の伸縮格納方式は狭い空間での出し入れが可能だが、装着者(ドライバー)の手に対するマニピュレータのオフセット量が大きくは取れない。他方の、HDG-B01 の回転格納方式では、オフセット量が大きく出来るのだが、出し入れの際に広い空間を必要とするのだ。
 格闘戦に際してはリーチの長い方が、有利、若しくは、より安全を確保出来るので、其方(そちら)を採用したい所ではあるのだが、HDG-A01 は地上戦を主眼にしている為、狭い空間でもマニピュレータの出し入れが可能な伸縮式が採用されているのだ。一方で HDG-B01 は、空中戦を主体に運用されるので、空間の広さに留意する必要が無いと言う訳(わけ)である。

「それじゃ、行きま~す。」

 ブリジットが右手を挙げ、声を出すと、茜が話し掛けるのだった。

「あ、ブリジット。最初からここ迄(まで)、跳(と)ぼうとしなくてもいいからね。初めは、軽く一歩踏み出す位(くらい)の感じで。多分、自分で思ってる以上に前に進むから、その感覚の違いも確かめて。」

「オーケー、やってみる。」

 ブリジットは右手を降ろすと、小さな水溜まりでも飛び越える程度の感覚で、左脚で地面を蹴ったのだが、茜の立つ場所まで、半分程の位置に着地したのだった。

「ふ~ん、成る程。」

 そう呟(つぶや)くと、ブリジットは、今度は右脚で踏み切り、茜の隣付近へと到達する。

「どう? 感覚は掴(つか)めそう?」

「何と無く。」

「流石ね。 それじゃ、付いて来て。」

 茜はくるりと身体の向きを西側へ向けると、再び二メートル程度の跳躍を行う。それを追って、ブリジットも同じ様に、跳躍する。続いて、茜は三メートル、四メートルと、跳躍の距離を伸ばしていくが、ブリジットはそれに完全に追従して見せたのだ。

「いいわね、跳躍と着地が問題無く出来る様なら、次は走ってみましょうか。」

 茜は立ち止まると、身体の向きを東側へと変える。

「駆け足から始めて、少しずつスピードを上げていくけど、途中で身体の進み具合と足の回転が合わなくなって来るから、転ばない様に気を付けてね。」

 そう注意を促(うなが)すと、ブリジットの返事も待たず、茜は東向きに駆け足で進み出す。ブリジットは、茜を追って駆け出す。そして茜は、先に言った通り、少しずつ走る速度を上げていくのだが、それに従って歩幅(ストライド)が大きくなっていくのだ。走り始めて五十メートル程進んだ辺りで、歩幅(ストライド)が一メートル程度になり、茜はブリジットに声を掛け、減速した。

「走り出しよりも、止まる方が難しいから、気を付けてね、ブリジット。」

 スムーズに減速した茜の HDG-A01 を、前のめりになる様にブリジットは追い抜き、数メートル先まで進んで、何とか行き足を止めるのだった。そこから茜の元へと歩き乍(なが)ら、ブリジットは言うのだった。

「確かに、急に減速しようとすると、前方へ転びそうになるわね。」

「FSU のお陰で意識し辛いけど、重量が装備の分だけ増えてるんだから、当然、慣性は大きくなるでしょ。だから、減速する時は重心を低目、後ろ目にしておかないと。 生身の感覚でいると、つんのめって前転しちゃうわ。」

「成る程。 それにしても、茜は走ったり止まったり、良く平然とやってられるわね。今迄(いままで)は、何とも思わずに見てたけど、自分でやってみると、結構大変だわ。」

 ブリジットの、溜息(ためいき)混じりのコメントを受け、微笑んで茜は言葉を返す。

「大丈夫よ、ブリジットも直ぐに慣れるわ。 もう二、三本、加速減速やってみましょう。」

「オーケー。」

 茜とブリジットは、今度は西側に身体を向け、揃(そろ)って駆け足から始めるのだった。今回も茜が主導して、距離にして二十メートル程で加速した後、五メートル程で減速するのを四回繰り返し、凡(およ)そ百メートル程度を走った所で、二人は立ち止まった。そして東向きに進路を変えると、先程と同じ様に加減速を繰り返して、第三格納庫の前へと戻って来る。
 第三格納庫の開けられた南側大扉の前付近で立ち止まって、二人が呼吸を整えていると、そこへ緒美が、ブリジットに通信で声を掛けるのだった。

「どう?ボードレールさん。感覚は掴(つか)めそう?」

 続いて、樹里の声が届く。

「こっちに返って来てる数値を見てる限りだと、可成り自由に動ける様になったと思うんだけど。どうかな?ボードレールさん。」

 ブリジットは一度、深呼吸をして、答えた。

「そうですね、もう、跳(と)んだり走ったりで、大きな違和感は無い感じです、樹里さん。 減速の方は、大体、感触が分かって来ました、部長。」

「そう、それじゃ、マニピュレータの動作を見たいって、実松課長が。 B号機用の武装、持って行って貰うから、ちょっと振り回してみて。」

 その緒美の提案に対して、茜が割り込んで言うのだった。

「部長、その前に一度、全力でのダッシュと、そこからの停止まで。ブリジットにやってみて貰いたいんですが。」

 茜の提案に対する緒美の返答は、早かった。

「いいわよ。その間に、B号機の武装を用意するわね。」

 そしてブリジットが、茜に尋(たず)ねるのだ。

「全力ダッシュ?」

「ちょっと、見てて。」

 そう言って西向きに身体の方向を変えた茜は、少し前傾姿勢を取ると、右脚で強く地面を蹴った。茜の身体は一気に前方へ飛び出し、二メートル程の先に着地した左脚で、再び強く地面を蹴る。最終的には八メートル程のストライドでの十数回の跳躍を繰り返し、第二格納庫の前を通過する前に両脚で着地すると、重心を低くしてコンクリートの面上を数メートル、スライドした後に HDG-A01 は停止したのだ。
 茜は腰を伸ばして振り返ると、両手を振ってブリジットに通信で呼び掛けた。

「こんな感じ~ブリジット。」

「それを、行き成り、わたしにやれ、と?」

 苦笑いしつつブリジットが言葉を返すと、茜が返事をするのだった。

「別に最後のブレーキ動作、スライド迄(まで)はやらなくてもいいけど。何回かに跳躍を分けて減速してもいいわよ。 要は、安全に止まれたらいいんだから。」

 そう言われると、無意味に対抗意識が刺激されるブリジットである。

「まぁ、いいわ。やってみる。」

 ブリジットは茜がやった様に、前傾姿勢でダッシュの構えを整える。そこに、緒美からの通信である。

ボードレールさん、無理はしないようにね。」

「大丈夫です、部長。 多分。」

 そう答えて、ブリジットは右脚で地面を蹴った。思った以上の加速に、つい「うっわ…。」と呟(つぶや)く様に声を漏らす。茜の HDG-A01 に比べて背部の装備が無い分、ブリジットの HDG-B01 は総重量が軽いので、最初から三メートル程の跳躍となったのだが、ブリジットはその儘(まま)、次の跳躍を続けた。跳躍を繰り返す程に、当初、百五十メートル程の先に居た茜の姿が、ブリジットには段々と大きく見えて来るのだ。
 ブリジットは、茜までの距離が十メートル程になった跳躍の空中で、両脚での着地体勢を取り、着地の瞬間には衝撃を膝で吸収し、更に重心を落とした上で両足の間隔を広げて、横向きにコンクリート上をスライドし乍(なが)ら減速したのだった。

「ふう…。」

 一息を吐(つ)いて、足腰を伸ばしたブリジットは、開けられている第一格納庫の大扉付近で、数人の生徒らしき人影が、自分達の方を見ているのに気が付いた。

「茜、第一格納庫の方…。」

「ああ、飛行機部の人達よね。村上さんも、見てるかな?」

 茜は飛行機部の面々に見られている事には、余り気を取られてはいない様子で、続けてブリジットに話し掛けた。

「それより、流石ね、ブリジット。全力でダッシュと、停止迄(まで)が出来れば、地上での移動には困らないわ。」

「合格?」

「文句無し。」

 茜は、右腕を突き出し、サムズアップをして見せるのだった。それに対して、ブリジットは微笑みを返すのである。

「それじゃ、軽く流して第三格納庫の前まで戻りましょうか。」

 そう言って茜は、身体の向きを東側に変えると、二メートル程の跳躍を繰り返して、第三格納庫前へと帰って行く。ブリジットも茜に続いたのだが、その端緒に、第一格納庫から東向きに自転車で移動する二人の女子生徒の姿を、視界の端に認めていたのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第13話.03)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-03 ****


 それから少し経って、インナー・スーツに着替えた茜とブリジットが、階段を降りて来る。

「お待たせしました~。」

 茜は普段通りだったが、ブリジットの方は聊(いささ)か緊張した面持ちである。
 メンテナンス・リグに接続された両機へと歩いて来る二人に、緒美が声を掛ける。

「準備が出来てるなら、早速、起動させましょうか。」

 並べられた HDG-A01 と、HDG-B01 の前には搭乗用のステップラダーが既に置かれている。茜とブリジットは、両機の前に立ち、暫(しば)し新しい機体を見上げる。
 そしてブリジットが、ふと、感想を口にするのだ。

「塗装は、白ベースなんですね。」

 HDG-B01 の機体は大部分が白色に塗装されており、一部にライトブルーのラインが入れられている。
 茜が、畑中に向かって尋(たず)ねる。

「このデザインも、飯島さん?ですか。」

「そうだよ~。ぱっと見でA号機と、見分けが付く方がいいだろうってのと、画像で見たブリジット君のイメージ、だってさ。」

「成る程。」

 そう、納得する茜に、ブリジットは訊(き)くのだった。

「成る程、なの?」

「スマートで、スッキリしたイメージ、なんじゃないの?白って。」

「わたしのイメージ…って言われても、ねぇ。」

 ブリジットは、苦笑いである。そして畑中が、微笑んで言うのだった。

「まぁ、飽くまでも、画像を見た飯島さんのイメージだから、ね。」

「あはは、ま、取り敢えず接続してみましょうよ、ブリジット。」

 そう言って、茜は HDG-A01 へのステップラダーを登って行く。ブリジットも、HDG-B01 の前に置かれた、ステップラダーへ向かった。

「接続の手順は、分かる?ブリジット。」

 ステップラダーの頂部に立って、茜はブリジットに問い掛けた。ステップラダーの頂部へと登って来たブリジットが、答える。

「大丈夫。」

 ブリジットが入部して以来、茜が行う HDG 装着のサポートを何度も繰り返して来たのは、この日を見据えての事である。それは勿論、茜も理解していたので、微笑んで声を返した。

「オーケー。」

 茜とブリジットは、それぞれのステップ面に腰を下ろすと、両脚を HDG の腰部リングへと差し込む。その儘(まま)、腰の位置を前方へとずらし、脚部ブロックの上部に足が届くと、一度そこに立ち上がり、身体の向きを変えて、足を左右の脚部ブロックへと嵌(は)め込んだ。そして上体を起こして、インナー・スーツの背部パワー・ユニットを、HDG の背部ブロックへと接続するのだ。

「HDG-A01 接続します。」

「HDG-B01 接続します。」

 二人がそれぞれのインナー・スーツ左手首のスイッチを右手で操作すると、背部パワー・ユニットがロックされ、続いて、腰部リングや脚部ブロック、上部フレームが、それぞれ固定位置へと作動するのだった。
 最後に、茜には佳奈が、ブリジットには瑠菜が、それぞれのヘッド・ギアを装着させ、二人の HDG への接続作業は完了した。茜とブリジットは、それぞれのヘッド・ギアの、ゴーグル型スクリーンを降ろして、機体のステータス情報を確認している。その間に、HDG の前に置かれていたステップラダーは、瑠菜と佳奈、そして恵と直美の手で HDG 前から撤去される。それを終えると、佳奈が HDG-A01 の、瑠菜が HDG-B01 の、それぞれのメンテナンス・リグのコンソールへと移動する。
 そして両機は格納庫の床面へと降ろされ、腰部後方の接続ロックが解放されるのだ。二人は隣に立つお互いの顔を見合わせ、微笑んだ。そして茜が、ブリジットに問い掛ける。

「どう、大丈夫?」

 茜は、それ程大きな声を出した訳(わけ)ではなかったが、その声はブリッジが装着するヘッド・ギアのレシーバーから聞こえたのだ。ブリジットも、声量には注意して答えた。

「うん、大丈夫。でも、立ってるのに浮かんでる様な、変な感じ。」

「ああ、それは、FSU が装備の重量を支えてるから、自分の足腰には負荷が掛かってないのよ。」

「理屈では分かってるんだけど、体感すると、又、印象が違うわね。」

 そう言って、ブリジットは「うふふ」と笑うのだった。
 丁度(ちょうど)その頃、立花先生が格納庫フロアへと戻って来て、緒美達に声を掛けるのである。

「もう起動してるんだ。」

 緒美は振り向いて、立花先生に言葉を返す。

「お戻りですか。 何方(どちら)へ?立花先生。」

「え?ああ、総務の方へね。今日、搬入された物品の、管理関係の書類仕事よ。HDG とか、一応、管理上は本社の資産扱いだからね、学校のじゃなくて。 だから本社からの資産貸し出し扱いの事務手続きとか、こっちでの管理書類の作成とか、色々、やっておかなきゃいけない事が有るのよ。」

 倉庫での検品作業から戻っていた恵が、その説明を聞いて含みの有りそうな笑顔で言う。

「へぇ~それは、ご苦労様です。」

 恵は、立花先生の言う『事務手続き』が嘘だとは思わなかったが、それが今日中に済まさなければならない事だとも思わなかったのだ。同じ事を考えていた直美も、クスクスと笑っている。
 立花先生は怪訝(けげん)な顔付きで、恵に言葉を返す。

「何よ恵ちゃん、引っ掛かる言い方ね。」

「いいえ、深い意味なんて、別に有りませんよ。」

「まあ、いいわ。そういう事にして置いてあげる。」

 立花先生は、視線を茜達、HDG の方へと戻した。
 実際、立花先生の行動にも、恵の言動にも、何方(どちら)にも深い意図などは無かったのだ。唯(ただ)、そんな遣り取りを傍(そば)で聞いていた緒美も、くすりと笑って居たのだった。

「樹里さん、B号機とのデータ・リンクは大丈夫ですか?」

 茜が、デバッグ用コンソールに就く樹里に呼び掛ける。樹里は、装着しているヘッド・セットを介して答えた。

「大丈夫よ、ログは取れてる。 それじゃボードレールさん、動作範囲の設定からやっていきましょうか。」

「ああ、それじゃ…。」

 茜はブリジットの前側へと回り、正面に向かい合って立つのだった。

「わたしの動きに合わせて、動いてみて、ブリジット。最初は真っ直ぐ、しゃがんでみて。」

 ゆっくりと、茜は両膝(ひざ)を曲げ、腰を落としていく。ブリジットは、それを真似てしゃがみ込むのだった。

「こう?」

「そうそう、ゆっくりでいいからね。」

「意外と、動かすのが硬いって言うか、重いのね、これ。」

「最初の内だけよ。HDG が動き方を覚えたら、段々と動作は軽くなって来るわ。」

「しゃがむのは、この辺りが限界、かな。」

「無理はしないで、ブリジット。じゃ、真っ直ぐ立ち上がって。」

 二人は、しゃがむ時に比べて、幾分早く立ち上がった。

「じゃ、次は右脚を上げて、左脚で片脚立ち…。」

 茜の指示で、ブリジットは順番に各間接の動作範囲を確認し、設定していく。
 そんな様子を眺(なが)め乍(なが)ら、畑中は緒美に尋(たず)ねるのだった

「鬼塚君、A号機の動作データを変換すれば、B号機の初期設定とか省略出来るんじゃないの?」

 その問い掛けに緒美が答えるより早く、コンソールを操作する樹里を見ていた日比野が答えるのだった。

「それね、仕様的にはその通りなんだけど。そのデータ変換自体が正しく出来るかが、未検証なのよ、畑中君。もしも変換プログラムにバグでも有ったら、それこそ洒落にならないから。 だから、B号機も普通にセットアップを行って、出来上がった双方のデータを変換して、それぞれお互いの生成データと比較して、変換プログラムの検証をする予定なの。」

「成る程、そう言う訳(わけ)ですか。」

 日比野の説明に、畑中が納得する一方で、直美が樹里に問い掛ける。

「それよりも、バッテリー駆動だと、A号機の最初の時みたいにならないか、そっちの方が心配だけど。大丈夫よね?城ノ内。」

 茜の HDG-A01 は背部にスラスター・ユニットを装備していて、それを電源としているのだが、ブリジットの HDG-B01 は、まだ HDG-A01 のスラスター・ユニットに該当する装備を接続していなかった。だから直美は、四月の末(すえ)に HDG-A01 を初起動した際の、電源系統の不具合で動作が止まってしまった事例を思い出していたのだ。
 この時点で、HDG-B01 がバッテリー駆動だったのは、HDG-B01 用の該当ユニットが、HDG-A01 用のスラスター・ユニットに比べて著しく大型であるからだ。空中を飛行する事を主眼として開発される HDG-B01 用の飛行ユニットは、搭載されているエンジンも大型で、飛行や空中機動には空力も利用する為に翼も装備していた。その為、地上での動作テストを実施するのに当たっては、はっきり言って邪魔だったのだ。因(ちな)みに、HDG-B01 用の飛行ユニットは、専用のメンテナンス・リグに搭載されて、第三格納庫には搬入済みである。

「大丈夫ですよ、新島先輩。あの件は、ちゃんと原因が特定されて、対策も済んでますから。」

 樹里は微笑んで、直美に答えた。それに対して、日比野が声を掛ける。

「その時は、Ruby の機転で、LMF を使ってA号機を回収したんだっけ?」

「そうですよ。」

 日比野に答える樹里に、直美が言うのである。

「それよ。今は LMF が無いからさ、もしもあの時みたいにB号機が固まっちゃったら、どうやって回収するか、って話よ。」

 その直美の懸念には、恵が答える。

「その心配は要らないんじゃない? 今日は本社の方々もいらっしゃるし、天野さんのA号機も動いてるし。まさか、両方とも止まっちゃう事は無いでしょう。」

「まあ、そうなんだけどさ。」

 直美が苦笑いしつつ、そう言葉を返すと、緒美が振り向いて言うのだった。

「ま、試運転なんだから何が起きるか分からないって事は、覚悟しておきましょう。寧(むし)ろ、何が起きてもいい様に、しっかり監視してて。少しでもおかしな兆候が有ったら、直ぐに声を上げてね、皆(みんな)。」

 先輩達が、そんな会話をしている内に、茜とブリジットは HDG-B01 の動作範囲設定に於ける一連の動作を終えるのだった。そこで、樹里が二人に声を掛ける。

「オーケー、B号機は今の所、異常無しよ。リターン値は、全て正常範囲。」

 続いて緒美が、装着しているヘッド・セットを介して指示を出すのだ。

「それじゃ二人共、歩いて格納庫の外へ行ってみましょうか。」

「分かりました。」

 茜とブリジットは声を揃(そろ)えて返事をすると、搬入の為に開けられた儘(まま)だった南側大扉へ向かって歩き出す。
 歩き始めは、外部から見る限り、茜の HDG-A01 に比べてブリジットの HDG-B01 は、聊(いささ)か歩き方がぎこちない様に見えたが、二人が大扉を潜(くぐ)る頃には、それも解消されていた。それは、HDG-B01 に搭載されている AI が、ブリジットの動きに合わせて、動作の出力やタイミングを調整し、学習した結果なのである。
 茜とブリジットが格納庫の外へ出ると、その日も快晴で、夏は終わりに向かっているとは言え、まだ日差しは強かった。時刻は、もうそろそろ午後四時になろうかと言う所で、茜が西側の空を見ると、太陽が視野に入る高さだった。
 外気温は、この時刻ではまだ 28℃を下回っていなかったが、幸い、インナー・スーツの温度調整機能のお陰で、暑さは感じなかった。

「ブリジットは大丈夫?暑くはない?」

 茜が尋(たず)ねると、ブリジットは微笑んで答える。

「大丈夫よ。インナー・スーツがちゃんと機能してる。」

 そこに、ヘッド・ギアのレシーバーから、緒美の声が聞こえて来るのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第13話.02)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-02 ****


Ruby …と言いますか、三社による開発中の AI に、シミュレーターを実行させる事は、既に他社も行っていますが。 HDG を利用して、直接、教示(ティーチング)を行うのは他社には出来ませんし、わたし達も思い付きもしませんでした。その手法で彼女達は、既に大きな成果を上げています。」

「ああ、アレは上手くいった様だな。お陰で、陸防に納入する量産仕様の LMF 改、アレのソフト開発も、何とか間に合いそうですからな。」

 そう、大沼部長が飯田部長に話し掛けると、飯田部長は一度頷(うなず)いて、井上主任に尋(たず)ねる。

「つまり、彼女達にはシミュレーターを利用して、Ruby の戦闘経験を積ませよう、と?」

「はい。それであれば、彼女達の身の安全も確保出来ますし、『作戦』に投入する前に Ruby を戦闘によって失ってしまうリスクも回避出来ます。Ruby に取っては、実戦もシミュレーションも、何ら差は無いですから。 勿論、最終的には防衛軍に移管して、能力の確認が必要でしょうけど。それ迄(まで)は、Ruby は彼女達に任せて置くのが適当かと。」

 飯田部長は井上主任の発言が終わるのを待って、天野会長の方へ向き、尋(たず)ねる。

「如何(いかが)でしょうか?」

 それには頷(うなず)いて応え、天野会長は井上主任に言うのだった。

「状況に大きな変化が無い限り、井上君の言う線で、いいのではないかな。 ともあれ、『作戦』実行まで、当初の計画に従えば、あと三年だ。このタイミングで『デバイス』のキーになる Ruby に、完成の目処(めど)が付いたのは喜ばしい事だな。あとは、機体の方の完成と試験を、如何(いか)にスケジュールに合わせていくか、だが。『作戦』に投入するのに、必要な数を揃(そろ)えなければならない事を考えると、開発に掛けられる時間はギリギリだ。」

「会長、念の為に申し上げておきますが。Ruby が完成したかどうかは、現時点では断言致し兼ねます。 最終的な判断は、Ruby 本体の解析をしてみない事には。」

 真面目な顔付きで井上主任が、そう訴えると、天野会長は微笑んで答える。

「勿論、それは分かっているよ、井上君。」

 そして、天野会長は飯田部長の方へ向いて、確認する。

Ruby 本体がこっちに届くのに、どの位(くらい)、掛かる? 飯田君。一週間、位(ぐらい)かな?」

「そうですね、その位(くらい)は必要ですね。」

 今度は井上主任の方へ向き直り、天野会長は尋(たず)ねた。

Ruby の解析には、どの位(くらい)が必要かね?井上君。」

「開けてみないと分からないですが、二週間…三週間程かと。」

「合わせて、一ヶ月か。分かった、それで進めて呉れ。 今日は忙しい所、済まなかったね、井上君。 他に、井上主任に確認しておきたい事が、誰か有るかな?」

 飯田部長、大沼部長は共に、首を横に振る。それを確認して、天野会長は提案する。

「この際だから、井上君の方から何か、言っておきたい事が有れば。」

 天野会長からの申し出に、井上主任は躊躇(ためら)わずに答える。

「では、二つ程、会長にお聞きしたい事が。」

「何だい?」

「兵器開発部の城ノ内さん、彼女を正社員として、わたしの所へ頂けないでしょうか?なるべく早い内に。 彼女は、即戦力として十分、使える人材ですので。」

 真面目な顔で要望を伝える井上主任に、苦笑いしつつ天野会長は答える。

「ああ~その件か。同じ様な要望をね、兵器開発部のメンバー全員について、各部署から聞いてはいるが。それらに就いては、校長にね、きっぱりと拒否されたよ。それに、個別の人事に就いては、わたしも口出しは出来ないし、したくはないのでね。彼女達が卒業する迄(まで)、待ってやって呉れ。徒(ただ)、その間(あいだ)に、部活の範囲内でなら、彼女達に協力を求めるのは構わないよ。」

「分かりました。」

「うん、済まないね。それで、もう一つは?」

「これは、私的な事ですが。 維月…妹は元気にやっていますでしょうか?」

 天野会長は、微笑んで答える。

「ああ、心配は要らないよ、いい友人も居る様子だし。此方(こちら)で依頼している『危険人物』の監督役も、卒無(そつな)く熟(こな)して呉れている。」

 そこで飯田部長がニヤリと笑って、天野会長に問い掛ける。

「ああ、例の、ハッカーの?」

「そうだ。昨日(さくじつ)も、その能力を役立てて貰ったと言えば、そうなんだがね。」

 そう解説する天野会長は、苦笑いである。井上主任は、微笑んで言葉を返す。

「そうですか。取り敢えず、安心しました。」

「そうか。」

 天野会長は、小さく頷(うなず)いて見せた。

「では、わたしはこれで。業務へ戻ります。」

 井上主任は、そう言って天野会長に一礼した後、部課長へ向かってもう一度、一礼をして会議室を後にしたのだった。


 2072年9月5日・月曜日、場所は変わって、LMF が大破した襲撃事件から三週間が経過した天神ヶ崎高校である。
 夏期休暇の期間も終わり、授業が再開して五日目。兵器開発部一同の部活動も、再開されていた。部活動は夏休みが終わる前から再開されていたのだが、Ruby の存在を欠いた部活動には、一同が違和感を覚えていたのだ。しかし、嘆(なげ)いてばかりも居られず、それぞれの帰省先から学校へ戻って来て約一週間が経過した今、彼女達は Ruby の不在にも少しずつ慣れ始めていた。
 この日は、天野重工の試作工場からのトランスポーターが三台、朝早くから到着し、第三格納庫へと積み荷を降ろしていた。そう、予定の延期が続いていた、HDG のB号機の搬入である。
 兵器開発部のメンバー達は授業に出席しなければならないので、B号機の搬入作業には立ち会えなかったのだが、それは天野重工のスタッフ達に因って行われ、現地での最終セットアップも、彼等の手で行われたのである。
 そうして放課後になると、兵器開発部のメンバー達がと次々と第三格納庫へとやって来るのだ。

 最初に格納庫フロアに降りて来たのは、緒美達、三年生の三人である。

「ご苦労様です。」

 搬入からセットアップ迄(まで)の作業を一通り終え、念の為の最終チェックをしているスタッフ達に声を掛け乍(なが)ら、緒美達は HDG-A01 が接続されたメンテナンス・リグの隣に置かれた、HDG-B01 のメンテナンス・リグを目指して進んで行った。三人の姿に気が付いた畑中が、緒美に声を掛ける。

「授業は、終わったのかい?」

「はい。」

 微笑んで緒美が声を返すと、畑中は書類を手に、彼女達の方へ歩み寄って来る。

「今回、搬入分のリスト。倉庫の方へ、メンテ用の交換パーツとか、A号機の追加分も入れてあるから、後で確認しておいて。」

 畑中が差し出す書類の束を、恵が受け取ると、直ぐにその記載内容に目を通すのだった。その一方で、緒美が畑中に尋(たず)ねる。

「受け取りの書類とかは? サインの必要な物が有れば。」

「ああ、その手の物は、昼休みに、立花先生が処理してくれたから。大丈夫だよ。」

「そうですか。」

 そう応える緒美の後ろで、直美が格納庫内を見回して、畑中に問い掛ける。

「そう言えば、立花先生は? 今日は『特許法』の授業は、無い日の筈(はず)だけど。」

「さあ、そう言えば、暫(しばら)く前から、姿を見てないな。お昼以降も立ち会って呉れていたんだけど。」

 畑中も、周囲を見回す。そこで、少し控え目な声で、恵が言うのだった。

「一時避難されたんじゃ、ないですか? ほら、あの方々がいらっしゃるし。」

 恵が視線を向けた方向に緒美と直美が目を遣ると、少し離れた場所で談笑する、実松(サネマツ)課長と天野理事長、そして前園先生の姿が有った。

「ああ、成る程。」

 緒美と直美は、声を揃(そろ)えて納得するのだった。それには苦笑して、畑中が言葉を返す。

「そりゃ、無いだろう。」

 そんな折、北側の階段側から、瑠菜と佳奈の声が聞こえて来る。

「あ、師匠。ご苦労様で~す。」

「わぁ~師匠だ~。」

 緒美達が振り向くと、瑠菜と佳奈、そして樹里と維月とクラウディアが二階通路から、階段を降りて来ていた。瑠菜と佳奈の二人は階段を降りると、その儘(まま)、実松課長の方へと歩いて行く。残りの三名は、緒美達の方へと進んでいた。
 緒美は、その三名の内、先頭の樹里に声を掛ける。

「天野さんとボードレールさんは、まだ?」

「いえ、今は上で、インナー・スーツへ着替えを。」

 樹里が、そう答えると、今度はデバッグ用コンソールのチェックを行っていた天野重工の女性スタッフが、樹里に声を掛ける。

「樹里ちゃん。ちょっといいかな?」

「あ、日比野先輩、ご苦労様です。」

 日比野は、畑中達、試作部の所属ではなく、維月の姉・井上主任や安藤達と同じ、開発部設計三課の所属であるが、井上主任が率(ひき)いる Ruby 開発チームのメンバーではない。日比野は HDG のソフト開発チームの一員で、今回はソフト回りの対応の為、搬入に同行して来ているのだった。因(ちな)みに、日比野も天神ヶ崎高校情報処理科の卒業生で、畑中とは同期である。

「コンソールのバージョン、B号機対応のに入れ替えてあるから。」

「あ、はい。一応、説明、聞かせてください。」

 樹里と維月、そしてクラウディアは、日比野の方へと向かった。

「そう言えば、Ruby、今はどんな状況なのか、日比野先輩は御存知ですか?」

 日比野に、樹里は屈託(くったく)無く尋(たず)ねた。その回答には緒美達も傾聴したのだが、日比野は何の躊躇(ちゅうちょ)も無い様に、樹里に答えるのだった。

「ああ、安藤さんと五島さんが中心になって、ログとか中間ファイルの解析と復元を進めてるわ。電源を入れられる迄(まで)には、もう暫(しばら)く掛かりそうね。」

 その返事に、維月が言葉を返す。

「あれから、もう三週間は経ちますよ?日比野先輩。」

「いやいやいや、本社に Ruby のコア・ブロックが送られて来る迄(まで)に、一週間掛かってるから。うちからすれば、まだ二週間なのよ。兎に角、処理しなくちゃいけない中間ファイルの量が膨大だから、課の皆(みんな)で手分けしてチェッカーに掛けたりしてるんだけどね。 五島さんなんか、四日に一度位(くらい)しか家(うち)に帰ってないみたいで、又、奥さんが怒り出すんじゃないかって、周りの方(ほう)が心配してる位(ぐらい)。」

「うわぁ。」

 樹里と維月は揃(そろ)って、そう声を上げた。一人、クラウディアのみは、訝(いぶか)し気(げ)な顔付きである。

「じゃ、コンソールの方、説明するから聞いててね。」

 日比野は、コンソールのソフトの、変更点の説明を操作を交え乍(なが)ら始めた。
 その一方で、恵が緒美に告げる。

「それじゃ部長、わたしは倉庫の方、リストの記載と合ってるか、検品して来ます。」

 それに緒美が応えるより早く、畑中が反応するのだった。

「検品は、こっちの方で済ませてあるけど?」

「ダブル・チェックですよ。それに検品は、受け取り側がする物でしょ?畑中先輩。」

 恵は微笑んで、そう畑中に言葉を返した。続いて、緒美が言う。

「そうね、お願い。」

「うん。じゃあ、ささっと済ませて来ます。」

 そう言って恵が倉庫へ向かうと、その後を直美が追って行く。

「森村~、手伝うよ。」

「あら、助かるわ、副部長。」

 二人は格納庫東側、部室階下の倉庫へと歩いて行った。


- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第13話.01)

第13話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)とブリジット・ボードレール

**** 13-01 ****


 2072年8月11日・木曜日、エイリアン・ドローンとの交戦に因り LMF が大破した、その翌日である。
 時刻は午前十時を少し回った頃、維月の姉である井上主任が、天野重工本社、開発部設計三課のオフィスへと入って来る。
 その姿を認めた安藤が、井上主任に声を掛けた。

「あ、おはようございます、主任。 昨日の定例会議、如何(いかが)でした?」

「如何(いかが)も何も、全く進展無し。もう、出席するのを止めにしたいわ。時間の無駄だもの。」

 安藤に、そう答え乍(なが)ら、井上主任は安藤の向かい側のデスクへと到着する。三課のオフィスの中に、今、居るのは安藤と井上主任の二人だけだった。他のメンバーが『ラボ』の方で作業中なのは、井上主任には直ぐに見当が付いた。

「三ツ橋も JED も、自分の所の進捗、隠してるんじゃないですか? 天野重工(うち)だって、Ruby の事は全部報告してはいないんですし。」

「まぁ、その可能性は有るけど…彼方(あちら)の担当者の口振りじゃ、それは無さそうよね。」

 持って来ていた小さ目のバッグをデスクの引き出しの中に仕舞うと、井上主任は不在にしていた一日の間に、デスク上に積まれた書類のチェックを始める。本来はペーパーレス化が進んでいる筈(はず)のオフィスなのではあるが、デスクに不在勝ちな井上主任に対しては、目に付き易い様に敢えてプリント・アウトしてデスク上に置いて行くのが、いつの間にか習慣化しているのだ。
 一通り、デスク上の紙片を捲(め)り終えた井上主任が、顔を上げて安藤に問い掛ける。

「それで、連絡の有ったレポートはどこかしら?」

「あ、それなら此方(こちら)に。」

 安藤は腰を上げ、正面のパーティション越しにプリント・アウトされた紙の束を差し出す。

「ありがと。」

 井上主任はプリント・アウトされているのが当然であるかの様に、それを受け取って表紙を確認する。

「ホントに会長が書いたのかしらね?」

 表紙には報告者として、天野重工会長である『天野 総一』の名前が記載されていた。

「らしいですよ、現場にいらっしゃったそうですから。」

「ふうん…で、読んだ?これ。」

 井上主任は表紙を捲(めく)り、記載を目で追い始める。その様子を眺(なが)め乍(なが)ら、安藤は答える。

「はい。読んでおけ、との仰(おお)せ付けでしたので。」

「そう、じゃ、要約して聞かせて。」

 そう安藤にリクエストする一方で、目ではレポートの記述を追い続けている井上主任である。安藤は、少しの間、考えてから話し始める。

「そうですね…戦闘に至る経緯は、余り重要では無いのでバッサリ、カットしますけど。状況としては LMF に HDG をドッキングした状態で、トライアングル六機との交戦状態になります。」

「HDG のドライバーは、会長のお孫さんなのよね?」

 相変わらず、レポートの記述を目で追いつつ、井上主任は尋(たず)ねて来る。安藤は、即答する。

「はい、そうですよ。」

「続けて。」

「はい。それで、三機のトライアングルを撃破した後、LMF のホバー・ユニットが損傷します。その為に機動力の落ちた LMF がトライアングルに捕捉され、Ruby の判断で HDG を切り離し、LMF が囮(おとり)になって、残った三機のトライアングルを、分離した HDG で撃破した、と、そんな流れですね。」

「その作戦、発案は部長の鬼塚さん、って事になってるわね。」

「はい、先に LMF を囮(おとり)にする事に言及してたらしいですね。徒(ただ)、最終局面でそれを提言したのは Ruby 自身で、緒美ちゃ…鬼塚さんは追認って感じみたいです。」

「それで、緊急シャットダウンか…それをやる必要は有ったのかしら?…ああ、電源、第一メイン・エンジンが損傷…か。成る程。」

 安藤が再び席に腰を下ろすと、大きく息を吐(は)いた後、井上主任が訊(き)いて来る。

「所で、課長は?」

「第四会議室です。そのレポートを読んだら、来てくださいって。大沼部長と飯田部長が、主任の見解をお聞きになりたいそうなので。」

「あらま。」

 一言だけ安藤に返すと、井上主任は椅子の背凭(せもた)れに掛けていたジャケットのポケットから携帯端末を取り出し、パネルを操作して耳元へ当てる。

「あ、井上です…はい、今し方。…はい、では、今から伺(うかが)います。」

 通話を終え、携帯端末をジャケットへ仕舞った井上主任に、安藤は尋(たず)ねた。

「課長、ですか?」

「ええ。今から行って来るわね、会議室。」

「ご苦労様です。」

 その場を去ろうとした井上主任は、三歩進んだ所で思い出した様にデスクに引き返し、引き出しの中に仕舞っていたバッグの中からメモリー・デバイスを一つ取り出すと、安藤に差し出して言った。

「これ、昨日の会議の議事録。皆(みんな)と共有出来るようにしておいて、ゼットちゃん。」

「了解です。」

 安藤にメモリー・デバイスを渡すと、ジャケットを羽織りつつ、井上主任は早足でオフィスから出て行ったのだった。


 井上主任は第四会議室に入ると、先(ま)ず出席者を確認した。安藤が言っていた通り、直属の上司である開発部設計三課の赤坂課長と、その上司である大沼部長、そして事業統括部の飯田部長が既に着席していた。更に、天野会長の姿も有ったことには、井上主任は少なからず驚いていた。
 Ruby の開発責任者に任命されて以降、打ち合わせや進捗の説明の為に、何度も会議に呼び出されていたので、井上主任は天野会長とは面識が有ったのだ。
 因(ちな)みに、天野会長はこの日の朝一番に、天神ヶ崎高校から本社へと移動して来ていた。その移動に社用機が使われたことは、言う迄(まで)も無い。

「井上主任、こっちへ。」

 赤坂課長が、入り口で一礼している井上主任に声を掛ける。井上主任は指示に従って、赤坂課長の隣の席に着いた。

「そう言えば、昨日は三社の連絡会議だったそうだね。彼方(あちら)側の様子は、どうだった?井上君。」

 そう話し掛けて来たのは、飯田部長である。井上主任は、一息を吸い込んで、答える。

「まぁ、相変わらず、と言った所でしょうか。三ツ橋も JED も、色々と条件を変えてシミュレーションを繰り返しているそうですが、芳(かんば)しい結果は出てない、との報告でした。」

「そうか。それで、今日、この会議に出向いて貰ったのは、Ruby に就いてなのだが。昨日の一件に関して、キミの意見を聞きたいと思ってね。状況だけを見ると、Ruby が茜君を庇(かば)って、所謂(いわゆる)『自己犠牲』的な行動を起こした様に見えるのだが、その辺り、開発責任者としては、どう見る?井上君。」

「そうですね…最終的には Ruby のログやライブラリを分析してみないことには、判断は為兼(しか)ねますが。」

 井上主任の慎重な回答を受けて、大沼部長が発言する。

「仮に…ですが、Ruby の育成が企図したレベルに達したと判断された場合、本社へ引き上げさせますか?会長。」

「それは、どうだろう? 井上君は、どう考えるかね?」

 天野会長の問い掛けに、井上主任は間を置かずに答えた。

「その判断は、拙速であるかと。Ruby はギリギリ迄(まで)、あの子達の側(そば)に置いておくべきです。」

「ほう、それは何故かな?」

 そう訊(き)いて来たのは、飯田部長である。井上主任の答えは、早い。

Ruby が対人関係を築いて来た対象が、あの子達だからです。Ruby が今回見せた反応が『自己犠牲』であると仮定するなら、それは対象があの子達、特に天野さんだったからこそ、ではないかと。 現状でのログの解析結果でも、Ruby が得ている好感度は、兵器開発部の中でも、特に三名に対してのスコアが、ずば抜けて高いので。」

「無理に引き離すと、逆効果になると?」

「はい。又、一から対人関係を構築することになれば、次も Ruby が相手に好感を抱くかどうかは、正直、分かりません。」

 そこで、大沼部長が口を挟(はさ)むのだった。

「しかし、AI に好かれようと気を遣わなければならんと言うのも、難儀な話だな。」

 それは、半分は冗談として口を衝(つ)いて出た言葉だったが、井上主任は冷静な口調で反論する。

「その位(くらい)、繊細で高度な思考能力が、『作戦』の遂行には要求されているんです、部長。それに、今、言われた様な発想が有る時点で、Ruby の、その人に対する好感度は上がりません。残念乍(なが)ら、その様に考える方(かた)が大半で、それが社内で Ruby の育成が進まなかった原因だと、分析しています。」

 その発言に、執(と)り成す様に飯田部長が、声を掛けるのだった。

「まあまあ、井上君。その辺りは、大沼部長も理解してるよ。」

「そうですね。失礼しました。」

 井上主任は、座った儘(まま)で、正面の席に着いている大沼部長に、小さく頭を下げる。その隣では、赤坂課長が苦笑いしてした。
 大沼部長は、微笑んで応える。

「いや、構わんよ。」

 そこで、天野会長が井上主任に尋(たず)ねるのだった。

「所で、井上君。先程の、Ruby の好感度が高い三名と言うのだが。差し支えなければ、名前を挙げて貰えるか。」

「あ、はい。三年で部長の鬼塚さん、二年でソフト担当の城ノ内さん、そして、一年生ですがテスト・ドライバーの天野さん。以上の三名です。」

「何故、その三名なのか? その辺りの分析は…キミの私見でもいい。有れば、聞かせて呉れ。」

「そうですね、ログの解析からの、現段階では私見ですが。三名に共通して、人と分け隔て無く接する態度、と言う要素は有りますが。 その上で、三年生の鬼塚さんは、矢張り、Ruby との接触時間が一番長いので。 二年生の城ノ内さんは、ソフト担当という役割上の関わりも有りますし、わたしのアシスタントとの交流も深い様子なので。 不思議なのは一年生の天野さんですね、彼女は Ruby との接触期間は半年に満たないのに、鬼塚さんに次ぐ好感度のスコアを記録しています。この三名のスコアは社内の誰よりも、わたしよりも数値的には高いスコアを記録しています。」

「ほう、うちの孫娘は、そんなにか。」

 驚いたと言うより、嬉しそうな表情で、天野会長は言った。それに井上主任は、笑顔で答える。

「はい。天野さんの場合は HDG と LMF とがドッキングした際の、思考制御での遣り取りだとか、実際の戦闘の経験を共有しているだとかの要素も考えられますが。でも、それよりも、矢張り、天野さんは Ruby の事を、AI の『疑似人格』だとは思っていないと言いますか、普通の人と同じ様に Ruby と接しているのが、大きな要因ではないかと。」

「それは単に、茜が幼いだけではないのかな? ペットを擬人化している様な。」

「いえ、所有物の擬人化でしたら、もっと『上から目線』的な接し方になると思いますが、少なくとも、Ruby のログからは、Ruby がその様に扱われた、乃至(ないし)は、そう Ruby が受け取った様な記録は有りません。」

「そうか。成る程な。」

 続いて、飯田部長が井上主任に問い掛ける。

「それでは、Ruby を彼女達に預けるのを継続するとして、だ。『作戦』への投入を見据えた場合、Ruby には実戦経験をもっと積んで貰う必要が有るが、これは当初からの計画でもあるが、それはどうする? この儘(まま)、彼女達を実戦に参加させ続ける訳(わけ)にもいくまい。」

「それに就いては、あの子達が既に解決策を見付けて呉れています。」

 そう答えた井上主任に、大沼部長が言うのだった。

「シミュレーターか。」

「はい。」

 井上主任は、頷(うなず)いて答えた。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.22)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-22 ****


「取り敢えず、Ruby の終了作業は、正常に完了してる筈(はず)だから、安心して、天野さん。まあ、破損してる可能性も無くはないんだけど。こればっかりは、再起動掛けてみないと、分からないと思うのよね。」

 続いて、維月が発言する。

「最悪、今日一日分の記憶が、飛んじゃってるかもだけど、ライブラリ間の整合性が取れてないと。それも、再起動前にログや中間ファイルをチェックすれば、修正出来る仕様だから。 Ruby の稼働中に突然電源が切れた、みたいな状況でない限りは、復元して再起動は出来る仕掛けは、用意されてるの。」

 そして、再び樹里が説明するのだった。

「唯(ただ)ね、緊急シャットダウンなんて、実際に実行したのは、多分、初めてだから。目論見(もくろみ)通りに機能してるかは、ね、やってみないと。この辺りの事は、本社のラボで、安藤さんや五島さんに、お任せするしかないよね。」

 発言の最後の方は、樹里は維月に向かって、同意を求めたのである。そして維月は、それには頷(うなず)いて応えた。
 そこで、恵が手を挙げ、樹里に尋(たず)ねる。

「そもそも、『緊急シャットダウン』って?」

 その質問に、樹里は直ぐに答える。

「ああ、恵先輩。それは、Ruby も普通の PC とかと基本的には同じで、計算とかの処理をメモリ上に展開して実行して、計算結果を不揮発性の記憶装置に書き込むんですが。計算の途中で終了したら、当然、メモリ上に展開してた状態が消えちゃう訳(わけ)です。 それで、消えちゃマズい計算の途中経過とかを、復帰用ファイルに書き出したり、ライブラリへの計算結果の登録情報なんかの整理するのが、所謂(いわゆる)、終了作業なんですが。 正規の終了作業だと、それに三十分位(ぐらい)掛かっちゃうので、復帰用ファイルへの書き出し方法を変更したりとか、書き出すデータのレベルを最低限に絞ったりして、終了に掛かる時間を一分程に圧縮したのが『緊急シャットダウン』なんです。」

 その説明を受けて、今度は直美が尋(たず)ねる。

「時々やってた『スリープ』とは、違うの? まあ、『スリープ』の処理には五分から十分程度、掛かってたと思うけど。」

「基本的な考え方は同じですよ。徒(ただ)、演算中の状態を書き出す方法とか、内容が違うだけで。『スリープ』の方は安全に稼働を中断する為の配慮が色々されてる分、時間が掛かりますけど。『緊急シャットダウン』の方は、兎に角、早く終了するのが目的なので。 だから或る意味、再起動時の安全への配慮を端折(はしょ)ってる訳(わけ)で、その辺り、『緊急シャットダウン』には危険(リスク)が有る、って事です。」

 樹里の説明を聞き終え、茜が問い掛ける。

「と、言う事は。Ruby は無事だと、思っていいんでしょうか?」

「そうね。大きな損傷(ダメージ)は無いと、思っていいわ。さっき維月ちゃんが言ってたみたいに、最悪の場合、今日、一日分の記憶が無くなってる、それ位の覚悟はしておく必要は有るけど。」

 そこで、維月が私見を加える。

「うん、でも。さっきコンソールの方に返って来てる、ログを見せて貰ったけど。データ・リンクからのログアウトとかまで、きっちり遣り取りしてる記録が残ってるから、ちゃんと終了作業が完了してる筈(はず)よ。 だから、多分、大丈夫。本社の方で、綺麗に復元して、再起動、掛けてくれると思う。 ま、時間は掛かる、とは思うけどね。」

「そうですか。」

 茜は一度、大きく息を吐(は)き、漸(ようや)く、その表情が少し緩(ゆる)むのだった。
 微笑んで、維月が言う。

Ruby も言ってたでしょ。開発の人達が居るから、心配するなって。」

「ああ…マリさんとエリカさん、って。マリさんって、維月さんのお姉さんの事ですよね?」

「そうね、多分。」

 茜に問われて、維月が答えた直後、今度は維月が樹里に尋(たず)ねるのだった。。

「…あれ?エリカって誰?」

「言われてみれば…Ruby からは、初めて聞く名前よね。でも多分、開発スタッフの誰か、でしょう? きっと。」

 そこで、クラウディアが声を上げる。

「エリカって、安藤さんの事でしょう?」

 そう言われて、樹里も思い出したのである。

「ああ、そう言えば。安藤さんの名前、『江利佳』だった。普段、『安藤さん』としか呼ばないから、すっかり忘れてたね、維月ちゃん。」

「そうね~、でも、Ruby が安藤さんを名前で呼ぶのって、珍しいよね。」

 維月に、そう言われても、樹里は、Ruby には安藤を名前で呼ばないように『謎のプロテクト』が掛けられていると言われていた件を、思い出す事が無かった。それは、彼女達の、その事に対する印象が薄かった、と言う事情も有ったのだが、それ以上に、彼女達が、その日の事の成り行きに、実は少なからず動揺していた所為(せい)なのである。

Ruby も、少し動揺していたのかもね。」

 樹里は冗談半分に、そうコメントを維月に返したが、そこで、その話題は終わってしまったのである。
 そして緒美が、茜に声を掛ける。

「取り敢えず、天野さん。装備を降ろして、着替えていらっしゃい。お疲れ様。」

「はい。」

 茜が右のマニピュレータで保持した儘(まま)の荷電粒子ビーム・ランチャーを武装格納コンテナへ戻す為、格納庫の奥へ歩き出すと、ブリジットが声を上げ、駆け寄って行く。

「あ、手伝うわ~茜。」

 一方で、瑠菜が隣に居る、佳奈に言う。

「佳奈、リグの操作、やってあげて。観測機の方は、わたしの方でやっとく。」

「うん、分かった。お願いね、瑠菜リン。」

 佳奈は、そう答えて立ち上がると、HDG 用のメンテナンス・リグへと向かう。そして瑠菜は、緒美に尋(たず)ねるのだった。

「部長、観測機は回収しますけど?」

「ああ、そうね。 お願い、瑠菜さん。」

「了解しました~。」

 瑠菜は二台のコントローラーを交互に、操作を始める。

「それじゃ、こっちも片付け、始めますか~手伝って、クラウディア。いいですよね?鬼塚先輩、こっちのモニターとか片付けちゃっても。」

 維月に訊(き)かれ、緒美は頷(うなず)いて答える。

「お願い、井上さん。」

 すると、直美と恵は、維月達に合流するのだった。

「わたし達も手伝うよ~井上。」

「指示してちょうだいね。」

「ああ、すいません。樹里ちゃんの方で、モニターの終了作業が終わったら、配線とか外して行ってください。」

 格納庫内の作業が『片付けモード』に移行したのを見計らって、天野理事長は緒美と立花先生に、声を掛けるのだった。

「では、我々はそろそろ引き上げるかな。本社や、防衛軍の方(ほう)とも連絡を取らなければならんし。 立花先生、後の事は、宜しく頼むよ。」

「あ、はい、理事長。」

 立花先生が返事をし、天野理事長と秘書の加納が南側大扉の方へ向き直った時、緒美が二人に駆け寄り、呼び止めるのだった。

「あの、理事長。」

「何かね?鬼塚君。」

 立ち止まり、振り向いた天野理事長に、緒美は少し声のトーンを抑え気味に話し掛ける。

「お願いしたい事が有ります、個人的に。その…『会長』に。 後程、少し、お時間を頂けませんでしょうか?」

「後程?ここでは、マズい話かな。」

「そう、ですね。」

「そうか…まあ、いい。理事長室に居るから、此方(こちら)が片付いたら、連絡して呉れ。立花先生も同席してもいいのなら、話を聞こう。」

「分かりました、お願いします。」

 緒美は、小さく頭を下げる。

「うん、それじゃ、また後でな、鬼塚君。 では、行こうか~、加納君。」

 踵(きびす)を返すと、天野理事長と加納は、格納庫の外に止めてある自動車へと向かった。

「緒美ちゃん、どうしたの?」

 緒美の背後から、立花先生が問い掛けて来るので、緒美は振り向いて答えた。

「理事長にお願いしたい事が有るので、後で時間を頂きました。先生も同席してください。」

 そう言われると、立花先生は緒美の傍(そば)まで行き、小声で尋(たず)ねた。

「何?ヤバイ話だったら嫌よ。」

「当面、皆(みんな)には内緒にしておきたいので、詳しい内容は後程。」

 緒美は、そう言うと、ふっと笑うのだった。その表情を見て、立花先生は言った。

「あんまりドキドキさせないでね、緒美ちゃん。寿命が縮んじゃうわ。」

 苦笑いで、そう言った立花先生の表情を見て、緒美はくすりと笑ったのだった。
 そんな遣り取りの後、二人は樹里の操作するコンソールへと向かう。そして緒美が、樹里に声を掛ける。

「城ノ内さん、今日のログ、本社の方へ送れそう?」

「はい、それに就いては問題無く。 所で、部長。さっき天野さんに言ってた、エイリアン・ドローンが逃走した理由って、『当たり』ですかね?」

「さあ、どうかしらね。でも、わざわざ襲撃しに来ておいて、その対象をほっぽって逃走したんだから、それなりの理由は有ったのでしょうね。」

 冗談っぽく答える緒美に、立花先生が問い掛ける。

「又、襲撃して来るかしら?」

 その問いに、緒美は即答する。

「もう、来ないでしょうね。少なくとも、HDG を狙っては。」

「どうしてです? 一度は逃げたけど、結局、又、攻撃して来たじゃないですか。現に、それで LMF は壊されちゃった訳(わけ)ですし。」

 樹里の反論に、微笑んで緒美は答えた。

「それは、こっちが追撃をしたから、向こうは反撃をした迄(まで)の事よ。もう、向こうからは、仕掛けては来ないと思うわ。その辺り、彼方(あちら)側は、物凄く合理的だから。今日だって、結果的にエイリアン・ドローンは、全滅した訳(わけ)だし。」

「HDG との交戦を避けた方が、エイリアン・ドローン側は損害が少ない?」

「そう、判断したでしょうね。 勿論、ここから遠い場所への襲撃は、継続される思うけど。」

「成る程。」

 樹里と立花先生の二人は、緒美の考えに納得したのだった。


 こうして、兵器開発部一同の夏期休暇期間中、帰省前に発生した一件は、収束したのである。
 事後の対外的な折衝や後始末に関しては、天野理事長曰(いわ)く「大人の役割だ」と言う事で、彼女達の帰省の予定は、当初の通りとされた。LMF が損壊し、Ruby の安否も正確には分からない中、「呑気に帰省なんかしていられない」と言う意見も有ったのだが、なればこそ「親元に帰って、気分を変えて来なさい」とは、立花先生の弁である。緒美が茜に言っていた通り、例え学校に残っていたとしても、彼女達に出来る事は『何も無い』のである。

 事後処理として、二日間を掛けて防衛軍の部隊がエイリアン・ドローンの残骸を回収し、同時に進められた天野重工による LMF の回収作業には、三日を要した。
 腕部や脚部が分解され、搬送車へ積み込まれた LMF は、一日掛けて山梨県に所在する試作工場へ運び込まれ、そこで Ruby のコア・ブロックが、LMF の胴体部より分離された。その作業には、更に三日が費やされ、最終的に Ruby のコア・ブロックが、天野重工本社のラボへと搬入されたのは、Ruby が停止した日から九日目となる、8月19日、金曜日だったのである。

 兵器開発部一同の努力と Ruby の犠牲的行動に因って、市街地からは可成り離れた場所でエイリアン・ドローンの進行を食い止める事が出来たのは、不幸中の幸いだったと言えるだろう。結果的に、この一件に因る市民への被害は発生しておらず、又、一般市民や報道関係者が映像等を撮影する機会が皆無だったのも、事後処理を進めるのには好都合だった。
 更に、エイリアン・ドローンが通過したのが、天神ヶ崎高校の敷地内と天野重工が所有する土地の範囲に収まっていたと言う幸運も重なって、全てが天野重工と防衛軍及び、防衛省との合意に基づいて、円滑に処理されたのである。
 最終的な対外発表としては、全てに於いて防衛軍が対処した事になっており、川岸で損壊した LMF に就いては陸上防衛軍所属の試作戦車として、その存在のみが公表された。だが、静止画像や動画等の映像資料は、その一切が非公開とされたのである。「新型、試作兵器の詳細に就いては、諸外国との軍事バランス的な兼ね合いも有り、一切を秘密事項とします。」とは、防衛軍側の公式コメントであるが、これに対し『新型、秘密兵器に関するスクープ』を狙う報道関係者側は、激しく抵抗していた。その一方で、大きな被害が発生した訳(わけ)でもないこの襲撃事件その物に就いては、最終的には地方都市の小規模な襲撃事件の一つとして、程無く、マスコミからは忘れ去られたのである。
 実の所、防衛軍としては『前の襲撃事件の折に、六機のエイリアン・ドローンを見失っていた失態』に就いてマスコミから責められる事の方が、大きな問題となるのを危惧(きぐ)していた。しかし、『新型、試作兵器の詳細は非公表』とした対応への批判報道が過熱して呉れたお陰で、結果的に『そもそもの失態』の方が霞(かす)んでしまったのだ。
 それが偶然なのか、誰かが意図した事なのか。その真相に関しては、永久に闇の中なのである。

 

- 第12話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第12話.21)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-21 ****


「ありがとう、緒美。自律行動を開始します。」

 Ruby が緒美に謝意を述べると、茜の背中にはグイッと、上半身が正面へ向く様に力(ちから)が掛かる。その力(ちから)は、茜には逆らえない程、強い。それは、HDG の背部へスラスター・ユニットを再接続する為に、LMF 側から Ruby が HDG を強制的に正面に向かせているのだと、茜には直ぐに理解出来た。茜は、緒美に訴える。

「部長、HDG を切り離しても、わたし、Ruby に向けてなんて撃てませんよ? Ruby に当たったら、どうするんですか!」

 その問い掛けには、Ruby が答える。

「大丈夫です、茜。HDG の照準補正は正確です。それに、例え間違って射撃が逸(そ)れたとしても、わたしのコア・ブロックに当たりさえしなければ問題はありません。遠慮無く、エイリアン・ドローンを狙撃してください。」

Ruby…。」

 茜の背部には、LMF に格納されていた HDG のスラスター・ユニットが接続され、スラスター・ユニットに組み込まれている四基の小型ジェット・エンジンが順番に起動する。上半身を固定する制御が解除され、茜が自由に動ける様になると、Ruby が告げるのだった。

「それでは、HDG との接続を解除します。LMF が動かなくなったら、出来るだけ早くエイリアン・ドローンを狙撃してくださいね、茜。 わたしの事に就いては、心配は不要です。麻里と江利佳が、必ず再起動させて呉れますから。 あとの事は、お任せします、茜。では、HDG 接続解放。」

 LMF 側の制御で、HDG の背部スラスター・ユニットの出力が上げられていくのが、ジェット・エンジンの回転音で茜には分かった。

Ruby!」

 接続部のロックが解放される小さな震動に続いて、茜の装着するヘッド・ギアのスクリーンには、制御と電源が HDG 側に完全復帰した事が表示された。そして茜は、自身の身体が落下する様な感覚を得る。HDG と LMF が完全に分離したのだ。
 茜は、スラスター・ユニットの最大出力で真上へ上昇して、眼下の LMF の様子を確認した。
 高度が上がるに連れ、段段と小さく見える LMF は、人型に近い『起立モード』へと移行し、正面からの攻撃を続けているトライアングルの一機と対峙している。

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STORY of HDG 12-21A

 LMF は加えられる斬撃をディフェンス・フィールドで弾いた後、右のロボット・アームでトライアングルの左腕を、左のロボット・アームでトライアングルの頭部を掴(つか)み、相手の動きを封じようとしていた。掴(つか)まれたトライアングルは、ジタバタと暴れている。

「プラズマ砲に暴発の恐れが有るので、砲身(バレル)をパージします。」

 データ・リンクは維持されているので、茜達には LMF を制御し続ける Ruby の発する合成音声が聞こえた。そして、Ruby が宣言した通り、左右のプラズマ砲が砲塔の接続部から外れ、落下する。

「プラズマ砲発射用の電力を、キャパシタより解放。」

 次の瞬間、機体表面から地面に向かってスパークが走った。LMF に取り付いてるトライアングルとの間にも火花が散るが、トライアングル達が LMF から離れる事は無い。しかし、尚も攻撃を続けるトライアングルに因って、LMF の頭部の様に見える複合センサー・ユニットや、左側ロボット・アームが切り落とされてしまう。それでも、右のロボット・アームで掴(つか)んだ儘(まま)だったトライアングルの腕を、LMF が離す事は無く、Ruby は淡々と LMF の制御を続行していた。

「LMF 作動停止後の燃料漏洩を防止する為、水素燃料供給ラインの全バルブを閉鎖。GPAI-012(ゼロ・トゥエルブ)、緊急シャットダウン、シークエンスを開始。」

 燃料の供給を自ら遮断した LMF は、間も無く第二メイン・エンジンと APU が停止し、それらに因る発電が不可能になると、LMF は固まった様に動きを止めた。その後も続行される、制御部である Ruby 自身の終了作業は、バッテリーから供給される電力で賄(まかな)われているのだ。そして、全ての制御が終了すると、LMF は膝を折って、垂直に落ちる様に姿勢を崩した。

「わあああああっ!」

 茜は言葉にならない叫び声を上げ、HDG を降下させる。そして遺骸に集(たか)る虫の様に、LMF の機体に群がる三機のトライアングルへと、荷電粒子ビーム・ランチャーの照準を合わせた。続け様(ざま)に、荷電粒子ビームを撃ち込み乍(なが)ら、茜は降下して行った。
 頭部、胸部、そして腹部、尾部へと、荷電粒子ビームを次々に撃ち込まれたトライアングル達は、間も無く動作を停止し、そして沈黙するのだった。
 茜は地上に降りると、静止している LMF へと駆け寄る。

Ruby! Ruby!」

 茜が呼び掛けても、Ruby が返事をする事は無い。
 LMF は西向きに両膝を突き、右腕で前傾した上体を支えている。右のマニピュレータは、正面に居たトライアングルの腕を、掴(つか)んだ儘(まま)だった。トライアングルに切断されてしまった左腕と複合センサー・ユニットが、LMF の足元周辺に落下している。投棄されたプラズマ砲の砲身も、LMF の足元からは少し離れて転がっていたが、右側の砲身は水際(みずぎわ)に落下しており、砲口部を岸側にして基部側は水没していた。
 LMF からは、何の作動音もしない。LMF の、機体の一部に重なる様に擱座(かくざ)している三機のトライアングルも、完全に沈黙していた。
 HDG 自身の作動音と、LMF の向こうに流れる川の水音の他に、聞こえて来る音は無い。LMF から漏れ出した潤滑油の臭いや、電線の焼けた臭いが、微(かす)かに漂うのに、茜は気が付いた。しかし、その臭いも、川面(かわも)に吹いた風が、吹き飛ばしていくのだった。
 茜は、HDG の左側マニピュレータを格納すると、自身の手で LMF の脚部に触れてみる。涙がポロポロと、不意に零(こぼ)れた。だが、茜は、声を上げなかった。
 それから間も無く、複数のヘリが飛ぶ音が、茜の耳に聞こえて来た。それは、次第に近く、低く聞こえて来る。
 茜は音のする方向、東側の空を見上げた。すると、六機の陸上防衛軍所属の攻撃ヘリが、高速で近付いて来ているのが見えたのだ。
 その攻撃ヘリ達は二機ずつの三隊に分かれると、その内の二隊が南北に分かれ、残りの一隊が低空に降り乍(なが)ら接近して来る。その儘(まま)、直進を続けると、茜の頭上を五十メートル程の高さで通過して行った。

「遅いよ。」

 攻撃ヘリの編隊を見送って、ポツリと茜が翻(こぼ)した。視界の先で、攻撃ヘリの一隊は旋回し乍(なが)ら上昇し、先程分かれた二隊と合流している様子だった。
 そこへ、緒美からの指示が入る。

「天野さん、防衛軍が到着したみたいだから、あなたは戻って。現場の保全は、防衛軍に任せましょう。防衛軍の回収隊が到着する迄(まで)は、警察とかが先に来ると思うけど。」

Ruby はこの儘(まま)に、ですか?」

「わたし達には、どうにも出来ないでしょう? 今、理事長が本社の方(ほう)へ、LMF と Ruby の回収を手配をしてるけど。取り敢えず、天野さんは学校に戻って来てちょうだい。」

「分かりました、今から戻ります。」

 茜は、そう答えると、もう一度、LMF の脚部に左手の指先で触れてから、LMF の方を向いた儘(まま)で、後ろ向きに無言で五歩、離れるのだった。そして、背部のスラスター・ユニットの出力を上げると、両脚で地面を蹴って直上へジャンプする。茜は高度を上げ、学校へと向かったのだ。
 学校へと飛行する途中、茜の視界、左側に先程の攻撃ヘリの編隊が見える。その内の二機が、茜の HDG の方へ進路を変えたのに、彼女は気が付いた。
 茜は、緒美に報告する。

「部長、防衛軍の攻撃ヘリが、わたしを追って来てるみたいです。」

 第三格納庫内部では、その報告を受けた緒美が、視線を天野理事長へと向ける。茜からの通信は、相変わらず樹里のコンソールから音声が出力されていたので、当然、天野理事長にも聞こえていた。天野理事長は、緒美に言うのだった。

「防衛軍の上の方(ほう)とは、話は付いてる。心配はしなくても、いいと思うよ。」

 緒美は、それを茜に伝える。

「天野さん、理事長が心配無いって言ってるわ。その儘(まま)、真っ直ぐ返って来て。」

「分かりました。」

 茜の返事が聞こえると、防衛軍の動向を監視していたクラウディアが声を上げる。

「今、ヘリのパイロットが、司令部に確認してるみたいですね。」

「そんな事まで分かるの?」

 クラウディアの傍(そば)で様子を見ていた維月が、問い掛ける。

「防衛軍の指揮ネットワークに、情報が上がって来ればね。まぁ、大概の情報はここに集まって来るけど。」

「指揮ネット…って、暗号化とかされてないのかしら?」

 クラウディアの回答に、呆(あき)れた様にコメントする維月である。クラウディアは、微笑んで言葉を返す。

「暗号化? してない訳(わけ)、無いでしょ。普通の人には見られないわ、こんなの。わたしが見られてるのは、暗号を解読したからに決まってるじゃない。」

「それ、自慢にはならないからね、クラウディア。」

 溜息混じりに維月が言うと、クラウディアは唇を尖らせて応えるのだった。そして、次に上がってきた情報を読み上げる。

「部長さん、司令部からヘリの方(ほう)へ指示が。『当該機は、天野重工が開発中の試作機。追跡の必要は無し、周囲の警戒に当たれ』だ、そうです。 あと、接近中だった空防の戦闘機隊には、先程、引き返すように指示が出ました。」

 緒美は視線をクラウディアの方へ向けると、微笑んで応えた。

「ありがとう、カルテッリエリさん。もうそろそろ、防衛軍の状況監視は終わっていいわ。足が付かない内に、ログアウトしておいてね。」

「わかりました~。」

 クラウディアが、モバイル PC の終了作業を始める一方で、緒美は茜に呼び掛ける。

「天野さん、追跡して来てるヘリには、司令部から追跡の必要なしって、指示が出たらしいわ。」

「それ、クラウディアからの情報ですか?…あ、確かに。引き返して行くみたいです。」

 その茜からの報告を受け、緒美は格納庫の外の空に目を遣る。現場の上空を飛行する攻撃ヘリの動きには、注意を払っていなかった緒美だったが、それから間も無く、茜の、HDG の姿を目視で確認したのだった。

「天野さん、あなたの姿が目視出来たわ。」

 緒美の、その発言を聞いて、その場に居た殆(ほとん)どのメンバーが、格納庫の外へ視線を向けた。
 茜は、滑走路の路面に対して十メートル程の高度で南側から飛来すると、滑走路上空を横切って、第三格納庫大扉の前に降り立った。そして、格納庫の中へと、歩いて入って来る。

「茜!お帰り。」

 真っ先に、ブリジットが立ち上がって声を掛けた。茜はブリジットに視線を送って、力(ちから)無く笑うと緒美達の五メートル程度前で立ち止まり、天野理事長の方へ向き直って、深々と頭を下げ、言うのだった。

「申し訳有りませんでした。Ruby と LMF を、失ってしまいました。」

 天野理事長が複雑そうな表情で溜息を吐(つ)くと、彼が口を開く前に、緒美が声を上げる。

「あなたの所為(せい)じゃないわ、天野さん。今回の損失は、わたしの判断ミスが原因です。天野さん、あなたは良くやって呉れたわ、ご苦労様。」

 緒美の発言を聞いて苦笑いし、天野理事長が口を開くのだった。

「一人で六機もエイリアン・ドローンを撃破しておいて、何を言ってるんだかな、二人揃(そろ)って。鬼塚君、天野君も、胸を張り給(たま)え。」

 そして、視線を緒美へと移し、天野理事長は尋(たず)ねる。

「参考までに、鬼塚君? キミはどこで判断ミスをしたと、思うのかね?」

 緒美は落ち着いた表情を崩さず、直ぐに答えた。

「はい。逃走したトライングルの追撃を、指示した時点です。あの時点で、HDG と LMF を分離させるべきでした。山を下って行くのに、木立等の障害物が有る事で、移動に制限が掛かる状態のトライアングルを、上空から HDG に攻撃させた方が効果的だったかと。その間に、LMF を自律行動で川向こうへ移動させて、撃ち漏らしの対処とするべきでした。」

「成る程な。しかし、それは今回の経験から得た、キミなりの解決策だ。であれば、経験をするより以前の時点で、その解決策を思い付ける筈(はず)は無い。つまり、それはキミのミスでは無く、その時点での必然だ。だから判断ミスを悔やむ必要は無い。但し、今回の経験と、そこから得た教訓は、今後も大切にしなさい、いいかな?鬼塚君。」

「はい。」

 緒美が返事をすると、一度、頷(うなず)いて、天野理事長は視線を茜に向ける。

「天野君は、先程、Ruby を失ったと言ったが…。」

 そこで視線を樹里の方へ切り替え、天野理事長は尋(たず)ねるのだった。

「城ノ内君、キミは Ruby が失われたと思うかね? 意見を聞かせて呉れ。」

「はい…。」

 樹里は何時(いつ)もの笑顔で、話し始める。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.20)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-20 ****


 一方、坂道を下って行く、茜の状況である。
 天神ヶ崎高校へと繋(つな)がる、その坂道は、片側一車線の対面通行で、道幅が六メートル程度の、中央分離帯の無い一般道である。それは学校の設立に併せて整備された市道で、基本的に生徒達の通学や職員達の通勤、学校への各種資材の運搬等、学校関係者のみが利用していた。舗装や街路灯等、各種設備の程度は良好に維持されているが、山道であるが故(ゆえ)にカーブが多く、更に一方の路側帯の外側は崖や急勾配の斜面になっている箇所が数多く在り、通行には注意が必要とされるのである。勿論、要所毎(ごと)に、転落防止の為のガードレールは設置されていた。
 そんな坂道を、LMF は滑る様に下っていたのだ。『滑る様に』、そう、正(まさ)に LMF のホバー走行で坂道を下って行くのは、『凍結した坂道を、滑り落ちて行く様な感覚』なのである。
 茜は、この坂道を自転車で下った経験は幾度も有ったが、タイヤの転がる抵抗感や、ブレーキを掛けた時のグリップ感、そう言った諸諸(もろもろ)の感覚が、スピードに対する安心感をもたらしていた。しかし、路面から浮上して走行するホバー走行の場合、それらの安心を得る為の材料が皆無(かいむ)なのだ。実際には推進エンジンで大した加速をしていなくても、自重だけで際限なく加速して行く事に、茜は恐怖感を覚えずには居られなかったのである。
 そんな LMF に設けられている減速方法であるが、機体後部側面に装備されている大型のディフェンス・フィールド・ジェネレーターを展開する事で、それがエア・ブレーキとして機能する。しかしこれは、時速 80km 以下では大した減速効果が得られない。もう一つの減速方法としては、推進エンジンの二次元ノズル、その上下のパドルを閉鎖して逆噴射を行うと言う手段が有る。しかし逆噴射には、高熱排気の一部が機体に当たってしまう事で、機体側にダメージを与える恐れが有り、その使用は緊急時に限られていた。そうでない場合の逆噴射の運用には、連続運転時間に一分程度迄(まで)との制限が設けられていて、小刻みで有っても頻繁に使用する訳(わけ)にはいかないのだ。
 そんな都合で、Ruby は滑走速度を抑える為に、ホバー・ユニット前後の接地ブロックを降ろした儘(まま)の、着陸モードで走行を行い、ホバー・ユニットの出力を調節し乍(なが)ら、時折、接地ブロックを路面に接触させて、減速を行っていた。接地ブロックが路面に接触する度(たび)に、ブロックから火花が飛んだり、アスファルトと金属の擦(こす)れる「ガーッ」と言う騒音や振動が発生し、茜に取っては、お世辞にも快適と言える状況ではなかったのである。
 そうやって、幾つものカーブを曲がりつつ麓(ふもと)まで、残り三分の一程度の辺りへ降りて来た頃、茜のヘッド・ギアに、緒美からの連絡が入る。

「天野さん、もう直ぐ、トライアングルの進路と交錯するわ、気を付けて。」

 その時、茜は山腹の斜面を、西向きに下る道路上を走行中だった。右手側が山側の法面(のりめん)で、左側は崖状の斜面になってるが、其方(そちら)にも背の高い樹木が、立ち並んでいる。

「分かりました。」

 茜が、そう答えた、その瞬間。右側の法面(のりめん)上の木立の間から、トライアングルが一機、二機と、道路上に飛び出して来る。トライアングル達は、LMF を無視するかの様に、立ち止まる事無く左側の木立の間へと突入して行く。飛び出して来たトライアングルがへし折った複数の木の枝が宙を舞い、茜の方へと飛来するが、勿論、大きな枝はディフェンス・フィールドに因って弾き飛ばされ、木の葉や小枝と共に茜の後方へと流れ去った。LMF が通過した後方にも、あと二機のトライアングルが道路を横切り、麓(ふもと)を目指して木立の中へ入って行くのが分かった。

「部長、今、トライアングルの集団と交差しました。此方(こちら)、被害はありません。」

「オーケー、その儘(まま)、進んでちょうだい、天野さん。トライアングルの動きは、観測機で追ってるから。兎に角、橋を渡って川向こうへ。そこを、防衛線に設定します。」

 緒美の説明に、茜が聞き返す。

「川を、ですか?」

「そうよ。理由は解らないけど、エイリアン・ドローンは水に近付くのを嫌がるわ。だから、陸上を移動しているなら、川を渡るのは躊躇(ちゅうちょ)する筈(はず)。そこで時間稼ぎが出来るし、川を越える為に、もしも飛び上がって呉れれば、その方が撃ち落とし易いでしょ。」

「成る程。 所で部長、トライアングル達、どうして急に逃走したんでしょう?数では向こうの方が、優位だったのに。」

 LMF の走行制御は Ruby に任せているので、茜は先程から気になっていた事を、緒美に訊(き)いてみた。緒美は何時(いつ)も通りの答えのあと、その理由を推測するのだった。

「エイリアンの考えてる事なんて、解らないけわ。でも、そうね、HDG や LMF の脅威度判定が襲撃の理由だったのなら、その必要が無くなったって事でしょうね。」

「データの収集や、分析が終わった、と?」

「そうとは限らないけど。例えば、HDG が一機だけなのに、気が付いたのかも知れないわね。」

「成る程、そう言う事ですか。」

 緒美の説明に、すんなりと茜は納得したのだったが、その遣り取りを聞いていた、格納庫に残っている他の部員達は、そうでもなかったのである。例えば、恵は「どう言う事です?」と、立花先生に尋(たず)ねた。それに対して立花先生は、微笑んで答える。

「HDG が脅威だとしても、一機だけなら相手をしなければいいのよ。」

 その答えを聞いて、直美が言う。

「そうか、確かに。わざわざ HDG の相手をして味方の消耗を増やす位(くらい)なら、無視した方が合理的って事ですか。」

「ああ、成る程。HDG の数が一機や二機なら、確かにその通りだわ。」

 続いて、恵も納得したのである。

 それから暫(しばら)くして、LMF は坂道を下り切り、橋を渡って川沿いの土手になっている道路に入り東向きに少し走って、緒美の指示で停止した。

「その辺りで待機して、天野さん。そろそろ、トライアングル達が出て来るわ。」

「分かりました、待機します。」

 茜は LMF の向きを、道路に対して斜めに、自身が川の方向へ向く様に変える。
 目の前に流れている川は、それ程、大きな河川ではない。ここ数日、晴天が続いていた所為(せい)も有って、水量は多くなく、川幅は五メートル程だろうか。水深は最大でも、一メートルも無いだろう。夏草の茂った河原の幅は、両岸に五メートル程度が在り、川幅を合わせて対岸迄(まで)の距離は凡(およ)そ十五メートルである。因(ちな)みに、LMF が現在停止している土手の高さは、川面(かわも)から概(おおむ)ね四メートルだった。
 茜から見える対岸に道路は無く、山の裾野がその儘(まま)河原へと繋(つな)がっており、背の高い樹木が夏草の向こうに立っている。その木々が、不規則に揺れ始めると、茜はヘッド・ギアのスクリーンに熱分布画像(サーモグラフィ)を重ねて表示させた。スクリーンには、木立を縫う様に進んで来るトライアングルの姿が、浮かび上がるのだ。
 茜は荷電粒子ビーム・ランチャーを構え、照準を合わせると、二発、荷電粒子ビームを撃ち込んだ。その直後、ビームを撃ち込んだ場所、その周囲の木木が激しく揺れ、木立を薙(な)ぎ倒す様な勢いで、三機のトライアングルが飛び出し来る。

「あと三機!」

 咄嗟(とっさ)に、茜は射撃した一機を仕留めた事を確信し、次の目標に照準を定めようとするが、木立を抜け出たトライアングル達は、河原に茂った背の高い夏草を掻き分ける様に、ジグザグに突き進んで来る。その勢いには、水辺を回避する様な、躊躇(ちゅうちょ)する気配は感じられなかった。
 そこへ、緒美からの指示が入る。

「天野さん、足を止めているとマズいわ!直ぐに動いて。」

「えっ!?」

 前方からはトライアングルが三機、猛然と水飛沫(みずしぶき)を上げ、川を渡って来ている。そして、その内の正面に居た一機がジャンプして、茜に向かって飛び掛かって来たのだ。
 茜はランチャーの銃口を向けようとしたが、それよりもトライアングルの斬撃の方が素早かった。目の前に、ディフェンス・フィールドの青白いエフェクト光が発生し、衝撃音と共にトライアングルの振り下ろしたブレードを弾き返した。

Ruby、ホバー起動!」

「ハイ、ホバー・ユニット起動します。」

 Ruby の返事が聞こえるのとほぼ同時に、機体に発生した鋭い衝撃と震動が伝わって来る。茜の視界の左下側では、爆発的なスパークが発生していた。そして右側のホバー・ユニットが起動すると、唐突に左へと機体が傾き始める。

「左側ホバー・ユニットが破損。バランスを回復します。」

 傾いた機体が左回りに信地旋回を始めるので、右側のホバー・ユニットが緊急停止させられたが、その時には右側の接地ブロックが道路の路肩から既に外れており、今度は右へと傾いた LMF は、土手の斜面を河原へと滑り落ちるのだった。
 茜は滑り落ち乍(なが)らも、そこにトライアングルの存在を確認して、状況を理解した。ジャンプした一機に気を取られている内に、川を渡って来た内の一機に、道路の下側から左側のホバー・ユニットを攻撃されたのだ。
 実は、ディフェンス・フィールドには、大きな穴が存在する。それは、地面に対してフィールドの効果が発生しないように、半球のドーム状にフィールドが形成されている事に起因するのだ。
 HDG の場合、跳躍したり空中機動をする際には、全周をカバー出来る球状にフィールドが形成されているのだが、地上を走行するのみである LMF の場合、地表面より下をフィールドでカバーする必要が無い。つまり、常に半球状のフィールドが維持されるので、今回の様に高い場所に停止していると、フィールドの下を潜(くぐ)って、その内側へ入られてしまうのである。

Ruby、中間モードへ。格闘戦で、何とか撃退するわよ。」

「ハイ、中間モードへ移行します。」

 腕部と脚部を展開し、斜めになっていた機体を起こして、LMF は格闘戦を準備する。ホバーは使えなくても、脚部を駆動させて歩行や走行により移動する事は可能なので、まだ絶体絶命と言う状況ではない。しかし、先日まで繰り返していたシミュレーションでは、ホバー走行が可能なのが前提条件だったので、格段に移動能力が落ちた現状で、三機のトライアングルの相手をするのは、矢張り、可成りの不利な状況と言える。
 しかも、南北方向には川と土手に挟(はさ)まれて、移動出来るのは狭い河川敷内の東西方向に限られ、間合いの調節が困難である事に、茜は頭を悩ませていた。
 この儘(まま)、時間を稼いでいれば、防衛軍の到着を期待出来たが、その一方で、移動力の低い現状の LMF では、その対地攻撃に巻き込まれてしまう危険性も高く、兎に角、状況の打開には、一機ずつ相手の数を減らしていくより、他は無いと思われた。
 トライアングルは二機が交代で、LMF の正面から連続して斬撃を加えて来るが、それはディフェンス・フィールドに因って防御が可能だった。その間、残ったもう一機が LMF の後方に回り、じりじりと近付いて来る。勿論、それは Ruby に因って検知されるので、茜は LMF を振り向かせて牽制するのだった。
 茜の側から、シールド先端のブレードでの斬撃を仕掛けてみるも、相手の動きは素早く、矢張り、ホバーの使えない LMF では、有利な位置取りからの攻撃は加えられそうになかった。これは、先日迄(まで)のシミュレーションで、ロボット・アームの動作に着目し過ぎ、移動はホバー機動を前提にしていた、その弊害でもあった。Ruby には、LMF の脚を使った、戦闘での足運びの経験が、不足していたのだ。
 お互いに決定打に欠ける攻防が、幾度となく繰り返され、何度目の攻撃かも分からなくなったトライアングルの斬撃を、LMF が躱(かわ)した時だった。LMF の右脚を降ろした水際(みずぎわ)の地面が崩れ、川へと崩れ落ちたのだ。LMF の機体が右へと傾き、茜と Ruby が体勢を立て直そうとしている間に、トライアングルが一機、左後方から、するりと近付いて来る。
 Ruby が、警告を発した。

「茜。左後方より、ディフェンス・フィールドの内側に入られます。」

 接近する相手が、衝突する様なスピードでなければ、ディフェンス・フィールドは反応しない。その事に、トライアングルや、それをコントロールしているであろうエイリアン達が気付いたのかは分からないが、偶然であれ、その事態は起きてしまったのだ。
 茜は LMF を左へ旋回させるイメージを思い描くが、泥濘(ぬかるみ)に脚を取られている LMF は、思い通りに反応しない。次に、茜自信の上半身を捻(ひね)って、右側マニピュレータに保持しているランチャーを、左後方へ向けようとするが、LMF の機体が邪魔で射線が確保出来ない。それから間も無く、機体後方から振動が伝わって来る。トライアングルに、取り付かれたのだ。
 LMF は漸(ようや)く水際(みずぎわ)の川底から右脚を引き上げると、取り付いた一機のトライアングルを振り落とそうと、走り出してみたり、機体を揺らしてみたりと、様様(さまざま)に動いたのだが、トライアングルは離れなかった。その間、トライアングルは左腕で LMF の機体をホールドし、右腕のブレードを振り下ろすのを繰り返していた。
 「ガン、ガン」と、トライアングルのブレードが装甲に打ち付けられる音が不規則に響く中、もう一機のトライアングルは、執拗に正面からの斬撃を繰り返して来る。それはディフェンス・フィールドに因って阻まれるのだが、それが更にもう一機のトライアングルが LMF の後方から接近する為の、陽動である事は明らかだった。それが分かっていても、一機のトライアングルを引き摺(ず)り乍(なが)らでは、機体の制御は思うに任せず、遂に、右後方からもトライアングルに取り付かれてしまうのだった。
 左右から LMF の機体後部に繰り返し斬撃を受け続ける内、左側の第一エンジンにダメージが発生する。それにより起こされた、小さな爆発が振動として、茜には伝わった。Ruby が状況と、その対処に就いて、続けて報告をする。

「第一メイン・エンジンが損傷。第一メイン・エンジンへの、燃料供給を遮断します。第一メイン・エンジンの停止により、電力が低下しますが、バッテリーにて三十分程度の補助が可能です。APU を起動、電力を確保します。」

 茜は、Ruby の報告を聞き乍(なが)ら、状況を打開する方策を考えていたのだが、妙案は思い付かない。兎に角、目の前の一機を、一機ずつ片付けていくしかない、そう思った時、Ruby が茜に提案を、するのである。

「茜、これより、HDG を切り離します。自律行動で LMF の終了処理した後、わたしが緊急シャットダウンしたら、上空からエイリアン・ドローンを狙撃して処理してください。」

「何を言ってるの!Ruby。」

 驚いて声を返す茜だったが、Ruby は意に介する様子は無い。

「緒美、自律行動の承認を、お願いします。」

「ダメです、部長!わたしが、何とかしますから。」

 Ruby に続いて、茜も緒美に呼び掛けるのだった。そして、それ迄(まで)、暫(しばら)くの間、指示を伝えて来ていなかった、緒美の声が聞こえる。

Ruby、自律行動を承認します。」

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第12話.19)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-19 ****


「瑠菜さん、古寺さん、トライアングルを追って。」

 緒美は、モニターの前へと移動し乍(なが)ら、瑠菜と佳奈に指示を出す。天野理事長と秘書の加納も、モニターの方へと移動し、俯瞰(ふかん)で映される山腹の木木の様子に目を凝らした。トライアングルが山腹を降りて行くのが、樹木の揺れで見て取れる。
 間を置かず茜の声が、樹里のコンソールから聞こえて来た。

「部長、わたしもトライアングルを追います。」

 緒美は咄嗟(とっさ)に、隣に居た立花先生の方へ視線を向ける。すると、激しく首を横に振って、立花先生は言うのだった。

「ダメよ、エイリアン・ドローンが逃げたのなら、追って迄(まで)、戦う必要は無いわ、緒美ちゃん。」

 一呼吸して、緒美は茜に伝える。

「ちょっと待って、天野さん。立花先生は、追うなって言ってるけど。」

「部長も、それに同意されるんですか?」

 透(す)かさず返って来る茜の問いに、緒美は少し間を置いてから答えた。

「わたしは、どちらとも言えないわ。先生の意見も解るの。HDG や LMF が、向こうの襲撃対象から外れたのなら、天野さんが、これ以上、対応する必要は、確かに無いもの。」

 それには、少し強い口調で、茜が反論して来る。

「何、言ってるんですか。この儘(まま)、放置してたら、街の方へ行っちゃいますよ。防衛軍は、まだ来ないんでしょう?」

 樹里のコンソールから聞こえる茜の声に続いて、クラウディアが声を上げる。

「部長さん、今、防衛軍に出動命令が出ました。陸防の攻撃ヘリ部隊と、空防の戦闘機部隊、両方ですね。」

「ありがとう、カルテッリエリさん。続報が有ったら、教えて。」

 クラウディアに一言を返して、緒美は背筋を伸ばし、滑走路上に姿が見える LMF に向いて、茜に話し掛ける。

「今、防衛軍が動き出したらしいわ。陸防の戦闘ヘリ部隊と、空防の戦闘機隊だそうよ。徒(ただ)、今からって事になると、どこから来るにしても到着には二、三十分は掛かるかしらね。」

「そんなに待ってられません、トライアングルが街まで行っちゃうじゃないですか。街の方には、普通科の子とか、先生達も住んでるんですよ。」

「それは解ってるけど、関係のある人をって言ってたら、それこそ限(きり)が無いのよ。学校、市、県、国、みんな繋(つな)がってるんだから。だから、どこかで、線を引かないと。」

「そんな理屈で、被害や犠牲者が出たら、どう責任を取るんですか?」

「責任? そんな責任は、貴方(あなた)も、わたし達も、学校も会社も、そもそも負ってないのよ。貴方(あなた)は貴方(あなた)自身を守る以外の理由で、戦う必要なんて無いの。少し、落ち着いて、天野さん。」

「わたしは冷静です。部長は、それでいいんですか? この儘(まま)、放って置いたら、防衛軍が市街地への対地攻撃を始めちゃいます。わたし達には、まだ、出来る事が有るんですよ?」

「解ってる。だから、わたしには判断、出来ないのよ。わたしが天野さんの立場なら、貴方(あなた)と同じ判断をするけど、でも、それを下級生に指示する事は出来ないの。ごめんなさいね、天野さん。」

「もう、いいです。でしたら、勝手にさせて貰いますから。Ruby、ホバー起動、トライアングルを追うわ。」

 続いて、茜と緒美達に聞こえて来たのは、Ruby の意外な返事だった。

「申し訳ありませんが、茜。LMF の稼働には、智子か緒美の了承が必要です。現状では、どちらの了承も得られていないと判断されますので、LMF 稼働の指示は実行出来ません。」

「だったら、HDG とのドッキングを解除して、Ruby。」

「HDG とのドッキングを解除しても、宜しいですか?緒美。」

 茜の指示実行に就いての可否を、Ruby は緒美に尋(たず)ねるのだが、緒美は直ぐに答える事は出来ずに居た。右手の人差し指を眉間に当て、目を閉じて、緒美は何かを考えている。そんな彼女に、周囲に居たメンバー達は、誰も声を掛けられなかった。
 そんな様子を見兼ねてか、天野理事長が緒美の右横へと進み出ると、左手を緒美の肩に置いて尋(たず)ねるのだ。

「この儘(まま)、茜に LMF を使わせるとして、何か、考えは有るかね?鬼塚君。」

 緒美は目を開くと、前を向いた儘(まま)、ヘッド・セットのマイク部を指で塞(ふさ)いで、天野理事長に聞き返す。

「宜しいんですか?お孫さんの安全を、保証は出来ませんよ。」

「構わない…とは言わないが、被害が広がるのを看過するのも忍びない。そうなって悔やむのは、あの子だろうしな。」

 緒美が苦笑いで顔を向けると、天野理事長も同じ様な苦笑いを返すのだった。

「LMF を外へ出すとしたら、資材搬入門から、かな?」

 真面目な顔で問い掛ける天野理事長に、緒美も神妙な顔付きで答える。

「そうですね。」

「解った、あとの指揮は任せるよ。」

 天野理事長は一度、緒美の肩を軽く叩くと、振り向いて加納に指示を告げる。

「加納君、済まんが一っ走り、搬入門を開けに行って呉れないか。」

「承知しました。」

 そう答えると加納は、格納庫の外に止めてあった自動車へと走る。大型車輌を通す為には、鋼鉄製門扉を開けておかなければならないのだ。その門扉は高さが二メートル程も有り、LMF でも、乗り越えるのには手間取りそうな代物だったのである。

「理事長…。」

 立花先生が心配そうに声を掛けると、天野理事長は右の掌(てのひら)を見せて言葉を遮(さえぎ)る。

「いいんだ、言わなくてもいいよ。立花君。」

 一方で、深く一呼吸してから、緒美は茜と Ruby に呼び掛ける。

「天野さん、Ruby、理事長が許可して呉れたわ。エイリアン・ドローンを追撃して。」

 茜の返事は、直ぐに返って来る。

「分かりました。Ruby、ホバー起動。」

「ハイ、ホバー・ユニット起動します。」

「それで部長、何か作戦は?」

「有るわよ。先(ま)ず、資材搬入門から外に出て。さっき、加納さんが搬入門を開けに、先回りして呉れたから。道路に出たら、その儘(まま)、道を下って行ってちょうだい。坂を下り切った所に、川が有るでしょう? トライアングルよりも先に、橋を渡って向こう側、土手の上の、広い道で待機して。取り敢えず、出発して、天野さん。」

「分かりました、行きます。」

 LMF は東側の資材搬入門へ向かって、移動を開始する。
 その時、緒美は、自分の方をじっと見詰めている、立花先生の視線に気が付いた。

「何か?立花先生。」

 緒美は、真面目な顔で立花先生に尋(たず)ねた。すると、立花先生は首を横に振って「いいえ。」とだけ、答えた。
 それには恵が、微笑んでコメントするのである。

「そのお顔は、『道路交通法違反』って仰(おっしゃ)りたいお顔ですよね?」

 立花先生は苦笑いして、恵に言葉を返す。

「言ってないでしょー、そんな事。」

 それに続いて、直美が言う。

「あはは、立花先生はホント、真面目だな~。」

「だから、何も言ってないでしょ、もう。」

 立花先生は溜息を一度、吐(つ)き、モニターの方へ視線を移した。それから間も無く、茜からの報告が聞こえる。

「部長、今、資材搬入門を出ました。これから道路を下って行きます。トライアングルの現在位置は?」

「今、半分位(くらい)まで降りて行ってるわ。障害物が多いから、時間が掛かってる。道路を通っている、天野さん達の方が速い筈(はず)よ。」

「又、飛び上がったら?そっちの方が速い筈(はず)ですよね?」

「大丈夫よ、今、飛び上がったら、LMF に狙い撃ちされると警戒してる筈(はず)だから、エイリアン・ドローン側は。」

「でも、さっきは飛ぼうとしましたよ?」

「だから、よ。多分、あれは囮(おより)ね、他の四機を逃がす為の。勿論、あの一機を打ち落とせてなかったら、残りの四機も飛び上がっていたでしょうけど。あの一機を打ち落としたから、当面、トライアングルは飛び上がらない筈(はず)よ。だから、咄嗟(とっさ)にアレを打ち落とした判断は Good job よ、天野さんと Ruby。」

「それは、どう…も…わっ、………わぁ~~~~~。」

 突然、コンソールから聞こえる茜の声が、悲鳴の様な絶叫に変わる。

「…RubyRuby、スピード、スピード…。」

「更に加速しますか?茜。」

「違う!ブレーキ、ブレーキ~~~~。」

 コンソールから聞こえて来る茜の声に、一同が顔を見合わせるのだが、絶叫が落ち着いた頃に、緒美が尋(たず)ねるのだった。

「どうしたの?大丈夫?天野さん。」

 少し荒い息遣いと共に、茜の返事が聞こえる。

「すいません、ちょっとスピードが…ホバーで坂道を下るのは、結構、怖いですね。道幅もギリギリだし、これで対向車が来たら…。」

「そうね…Ruby、道路から飛び出さないよう、スピードには気を付けてね。それから、天野さん、対向車が来てないかは、観測機で確認させるわ。」

 緒美は、佳奈の方へ向いて指示を出す。

「古寺さん、一機、観測機を LMF の方へ。坂を登って来る対向車が来てないか、確認してちょうだい。」

「分かりました~B号機を、坂道へ向かわせま~す。」

 その一方で、茜からの報告である。

「取り敢えず、再出発します。行きましょう、Ruby。」

「ハイ、茜。ホバー・ユニット起動します。スピードは時速、50km程度を上限に設定しましょうか?」

「お願い。そうして呉れると、助かる。」

 そんな茜と Ruby の遣り取りに対し、緒美が言うのだった。

「兎に角、気を付けてね。因(ちな)みに、その坂道の制限速度、標識は時速 40km だったと思ったけど。」

「そうですか。無免許運転なんて、やるものじゃないですね。」

「まぁ、緊急時だから。勘弁して貰いましょう。」

 そんな会話の中で、モニターを監視していたブリジットが、何かを思い出した様に「あ。」と、小さな声を上げた。それに反応して、直美が尋(たず)ねる。

「何よ?ブリジット。」

「ああ~いえ。そう言えば茜、絶叫系のライドは、苦手だったなぁ、と。」

「え?エイリアン・ドローンと斬り合って、悲鳴一つ上げないのに?」

 半(なか)ば呆(あき)れた様に、そう言った直美に対し、恵が微笑んで言うのだった。

「それと、これとは、話が違うんでしょう?」

「ですね。」

 ブリジットは頷(うなず)く。それには、直美は納得が行かない様子で、「そう言うものかしら?」と呟(つぶや)くのだった。
 その時、その場に居た幾人かの携帯端末から、『避難指示発令』を知らせる緊急メッセージの着信音が鳴り始める。直美は携帯端末を取り出し、画面を確認してから言ったのである。

「今頃?」

 天神ヶ崎高校の校内で避難指示の放送がされたのは、茜がエイリアン・ドローンの最初の一機を仕留めた、その少し前である。その時点で、既に自治体行政、要するに市役所は、校長から状況の連絡を受けていた筈(はず)で、結局、市当局は防衛軍が出動したとの連絡を受ける迄(まで)、避難指示の発令を見合わせていたのだ。これには、避難用の施設が十分でない、と言う事情も有るのだが、それは又、別の話である。
 もし、天野理事長が防衛軍への働き掛けをしていなかったら、県からの要請が有るまで防衛軍の出動は無く、避難指示の発令は更に遅れていたか、或いは無かったであろう。それは、市街地での被害が発生し、その確認がされ、それから防衛軍の出動を県に要請し、然(しか)る後(のち)、避難指示の発令、と言う流れが予想されるからである。それ位、この地域の行政当局は、エイリアン・ドローンの襲撃に対する危機意識が希薄だったのだ。
 但しこれは、この地域特有の問題ではない。エイリアン・ドローンの襲撃を受けた経験の無い地方都市には、程度の差は有れ、これが概(おおむ)ね共通した傾向なのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第12話.18)

第12話・天野 茜(アマノ アカネ)とRuby(ルビィ)

**** 12-18 ****


「あと、手の空いてる人は、モニターを監視して。何か気が付いた事が有ったら、遠慮無く言ってね。」

 緒美の指示に従い、恵と直美、そしてブリジットと立花先生が、観測機が撮影している状況を映しているモニターの前へと進む。モニターには、滑走路を往復する様に移動する高機動モードの LMF と、それに繰り返し攻撃を加えるトライアングルの姿が映されていた。

「副部長、『アイロン』にオプションのガン・ポッドを付けて、茜の援護に出る訳(わけ)にはいきませんか?」

 ブリジットが、悔し気(げ)に、直美に提案すると、直美は即答する。

「ダメ。 気持ちは分かるけど、流石にそれは無茶よ。」

 続いて、立花先生もブリジットに言うのだった。

「大体、軸線の調整も、射撃訓練もしてないのに、役に立つ訳(わけ)ないでしょ。却って、天野さんの足を引っ張るのがオチよ。ここは堪(こら)えなさい。」

 そして、恵が気休めを言うのである。

「取り敢えず、ディフェンス・フィールドが有効に働いているみたいだし。防衛軍が来る迄(まで)、十分(じゅうぶん)、時間は稼げるんじゃないかしら。」

 確かに、トライアングルが仕掛ける斬撃は、その全てがディフェンス・フィールドの効果に因って、青白い閃光に弾き返されていた。トライアングル達は、LMF の三メートル圏内に近付く事すら不可能な状況である。

「井上君、ちょっといいかい?」

 少し離れた場所で防衛省と連絡を取っていた天野理事長と秘書の加納が、クラウディアと維月に近寄り、声を掛けて来る。維月は、振り向いて応えた。

「あ、はい。何でしょうか?理事長。」

「済まないんだが、防衛省の役人に、あのモニター映像を見せてやる事は出来ないかな?」

 その問い掛けに、モニターを監視していた立花先生が、横から口を挟(はさ)む。

「どうされたんです?」

「いや、ここにエイリアン・ドローンが居る事を、どうにも信じて呉れてない様子でね。手続きやら、確認がどうのと言うばかりで、話にならんのだ。」

 それには、維月が聞き返す。

「携帯で動画でも撮って、送って差し上げたら如何(いかが)ですか?」

「それは不味(まず)い、HDG も一緒に写っている画像データが流出でもしたら、色色と後(あと)が面倒だ。成(な)る丈(だけ)、そう言う物を外部に残したくない。」

「そう言う事でしたら…どこかの適当なサーバーに、観測機の画像データをストリーミングでアップして、そこを見て貰う?って、感じかしら。ねぇ、クラウディア。」

 その維月の思い付きに、クラウディアが顔を上げ、コメントを返す。

「そうね、データ・リンク上の撮影動画をストリーミングのデータへ変換するのに、少々、ディレイが起きるけど、それで良ければ。ディレイって言っても、コンマ何秒って程度だと思うけど。」

 維月に向けられた、そのコメントに、天野理事長は素早く反応する。

「ああ、その程度の遅延なら構わないよ。兎に角、こちらの状況が、伝わればいいんだ。」

「でしたら、適当な変換モジュールを持ってますから、ささっと、仕掛けを作っちゃいましょう。」

 クラウディアが愛用のモバイル PC の、キーボードへ向かおうとするので維月が呼び止める。

「ちょっと待ちなさいよ、サーバーはどうするの?クラウディア。」

「そんなの、学校のサーバーでいいでしょ? 構いませんよね?理事長。」

 振り向いて、クラウディアは天野理事長に問い掛ける。それに、天野理事長は即答した。

「ああ、構わないよ。サーバーの管理責任者に連絡を…。」

 そう言い掛けた天野理事長に、クラウディアは笑って断るのだった。

「ああーいいです、学校のサーバーになら、侵入(アクセス)した事が有りますから。許可を頂ければ、此方(こちら)で適当にやっちゃいます。用が済んだら、あとで、ちゃんと消しておきますから。」

 クラウディは、そう言い乍(なが)ら、猛然とキーをタイプし始める。一方で、維月は苦笑いで、それを見ていたのだった。その様子を「ハハハ」と笑って、天野理事長はクラウディアに声を掛けた。

「では、頼んだよ。」

 クラウディアは、PC を操作し乍(なが)ら応える。

「はい。五分、いえ、三分ください。」

 複数のウィンドウを開いて、盛んに PC を操作しているクラウディアの背後に近付き、天野理事長は問い掛けた。

「所で、カルテッリエリ君。学校(うち)のサーバーは、そんなにセキュリティが脆弱だったかね?」

 クラウディアはキーを打つ手を止め、視線を宙に向けて数秒考えて、答えた。

「常識的には、問題の無いレベルだと思いますが。唯(ただ)、常識的なレベルのセキュリティなら、わたし、突破しちゃいますので。」

「そうか、今度、うちのサーバーの管理責任者に、対策をアドバイスしてやって貰えるかな?」

「そう言う御依頼を頂ければ、わたしは構いませんけど。」

 そう答えて、クラウディアは再び、キーボードを叩き始める。

「じゃあ、後日、此方(こちら)の調整が済んだら、又、声を掛けさせて貰うよ。その時は、宜しく頼む。」

「はい、承知しました。」

 その返事をして、一分程の後。クラウディアは顔を上げると、前方のデバッグ用コンソールに就いている樹里の背中に向けて、呼び掛けた。

「城ノ内先輩、そっちのテンポラリ・フォルダに送った実行ファイル、起動してみて貰えますか? アール・ビー・ティー・アール・エス・エグゼ。」

「RB_TRS.exe…ね、有った。じゃ、実行するよ。」

 樹里はコンソールのディスプレイを見詰めた儘(まま)、振り返る事無く応えた。
 クラウディアが樹里へ送った実行ファイルは、樹里のコンソールが HDG や LMF とのデータ・リンク経由で受け取っている球形観測機からの撮影動画データを、ストリーミング・データとして学校のサーバーへ転送する働きをするプログラムである。クラウディアは、このプログラムを短時間で、ゼロから作った訳(わけ)ではない。少し前に自身が言っていた様に、動画を変換して転送するモジュールを、予(あらかじ)め持っていたので、その入出力部分の形式を整える作業をしただけなのだ。何故その様なモジュールを用意していたのか?と、問われるならば、それは勿論、ハッキングの為なのだった。
 それは兎も角、クラウディアは学校のサーバー側にアクセスし、転送されて来た動画が正しく再生されるのかをチェックする。続いて、加納に声を掛けた。

「動画の準備は出来ました。先方へアドレスを送るので、携帯端末を貸してください。あ、メッセージアプリ、開いてくださいね。」

 加納は目配(めくば)せで天野理事長に了承を得てから、メッセージアプリを開いて、携帯端末をクラウディアに手渡した。クラウディアは受け取った携帯端末を手早く操作して、メッセージアプリの本文に転送動画を閲覧する為のアクセス先アドレスを打ち込み、携帯端末を加納の手に返す。

「メッセージの前後に付ける、挨拶とか説明は、其方(そちら)で適当に追加してください。わたしが打ち込んだアドレスにアクセスすれば、観測機一号が撮影した動画が閲覧出来ます。動画データは、先方には残りません。」

「分かりました、ありがとう。」

 一言、礼を述べると、加納氏は猛烈な勢いで、前後の記述を打ち込んでメッセージの体裁を整えた。出来上がった文面を一度、天野理事長に見せ、確認を取った後に送信をしたのだった。そして再度、緒美達からは少し離れると、天野理事長は先程のメッセージを何処(いずこ)かへ送信しては通話連絡をするのを、何度か繰り返したのだ。防衛省や防衛軍の知己(ちき)に状況を説明して、少しでも早く防衛軍を動かそうと画策していたのである。
 その一方で、緒美は振り向いて、クラウディアに問い掛ける。

「と、言う事は、現時点で防衛軍の動きは、まだ、無いのね?カルテッリエリさん。」

「はい。全く、動いてません。エイリアン・ドローンがここに居る事も、把握してない様子ですね。」

「分かった、防衛軍が動き始めたら、教えてね。」

「承知しました。監視を続行します。」

 その頃、茜の方は、と言うと。入れ替わり立ち替わり、斬撃を加えて来る六機のトライアングルを捌(さば)き乍(なが)ら、反撃の機会を窺(うかが)っていたのだ。
 例え、ディフェンス・フィールドに因る防御が万全だったとしても、機械である以上、何時(いつ)、故障が起きるかは分からない。その時に致命傷を負わないよう、茜は出来る限りの回避機動を、行っていたのだ。その為、反撃の態勢を取ろうとすると、別のトライアングルが斬り掛かって来て、それを避(よ)けて反撃の態勢を…と言う終わりの見えない状況が、繰り返されていたのだった。

「いいわ、天野さん。その調子で、絶対に足を止めないで。相対速度が有る限り、向こうの攻撃はディフェンス・フィールドを越えては来られないわ。」

 気休めなのか激励なのか、どちらなのか良く分からない緒美のコメントが、ヘッド・ギアのレシーバーから聞こえて来る。

「それでも、この儘(まま)じゃ、埒(らち)が明きませんよ。」

 茜の翻(こぼ)す愚痴に、緒美が応える。

「ここは我慢して、きっと反撃のチャンスは有るから。」

「そう、願います。」

 目前に滑走路の西端が迫って来たので、茜は LMF の進路を東向きへと変え、再び加速を始める。視界には六機のトライアングルが、ジグザグに走り乍(なが)ら接近して来るのが見えた。茜は自身も LMF の機体を左右に振りつつ、一番遠くに居るトライアングルに、右手に保持しているランチャーで狙いを定める。
 勿論、狙いを付けたトライアングルも進路を左右に振り乍(なが)ら移動しているので、引き金を引くタイミングが掴めはしない。斬り掛かって来る手前の五機を、縫う様なスラローム機動で躱(かわ)し乍(なが)ら、茜は、六機目のトライアングルに向かって LMF を走らせた。
 そして LMF がトライアングルの攻撃距離にまで接近すると、当然の様に、そのトライアングルは右腕を振り上げる様にして、向かって左側から茜に斬り掛かって来たのだ。擦れ違う瞬間、トライアングルの繰り出すブレードが LMF のディフェンス・フィールドに接触し青白い閃光が発生した、そのタイミングに合わせて、茜は LMF の進路を左側へ寄せるようにイメージをした。思考制御に因って LMF の進路がトライアングルの方向へと変わっても、直様(すぐさま)、衝突する訳(わけ)ではない。しかし、トライアングルはブレードだけではなく、その全身が LMF のディフェンス・フィールドに弾かれ、青白い閃光の残像を残しつつ、茜の視界から左後方へと消えていった。
 茜は左回りにスピンターンの様に機体の向きを変えて LMF を止めると、ディフェンス・フィールドに弾き飛ばされた後、立ち上がろうとしている六機目のトライアングルに向けて、ランチャーのトリガーを引いたのだった。
 連続して二射の荷電粒子ビームを撃ち込まれたトライアングルは、その場で崩れる様に活動を停止した。
 一度、深呼吸をして、茜は残りの五機へと、目を向ける。
 足の止まった LMF へと、一斉に飛び掛かって来るかと思いきや、トライアングル達は奇妙な行動を見せるのだった。LMF の方を向いた儘(まま)、ジグザグに後退(あとずさ)りを始めたのだ。茜の LMF は滑走路のほぼ東端に位置していたが、トライアングル達は滑走路の中央辺り迄(まで)、一気に後退した為、その距離は凡(およ)そ八百メートルには成っただろうか。集まったり、離れたり、それぞれのトライアングルが右往左往している様子が、遠目にであるが観察される。

「何?」

 茜は呆気(あっけ)に取られて、ポツリと、そう一言発したのだ。そこに、緒美からの指示が入る。

「天野さん、向こうが攻撃して来ないのなら、今がチャンスよ!」

「あ、はい。Ruby、前進。」

「ハイ、茜。」

 LMF がホバー・ユニットを再び起動して、トライアングルの集団へ向けて加速を始めると、それに気付いたトライアングル達は、一斉に南側のフェンスへと向かって移動を開始するのだった。
 茜は回避機動を行い乍(なが)ら疾走するトライアングルに向けて、距離を詰めつつ二射、三射とランチャーから荷電粒子ビームを発射する。しかし、地上をジグザグに走るトライアングルには、なかなか命中しないのだ。躱(かわ)された荷電粒子が地面に当たり、土煙やコンクリートの破片を散らす。
 そうこうする内、トライアングルの一機がジャンプし、十メートル程の高さで飛行形態へと変形を始めるのだった。その変形行程には、数秒と掛からないのだが、咄嗟(とっさ)に茜は Ruby に指示をするのだ。

Ruby、ターゲット、ロック!」

 茜は視線で、ジャンプした一機のトライアングルに、照準の追尾を指定した。透(す)かさず、Ruby が応える。

「ターゲット、ロック・オン。」

「プラズマ砲、発射!」

「プラズマ砲、発射。」

 地上では地面を脚で蹴って、右へ左へと素早く機動するトライアングルだったが、空中では地上の様なジグザグ機動は出来ない。どうしても直線的な、或いは放物線的な軌跡を描いて運動する事になるので、自動追尾や照準の未来位置が予測しやすいのだ。
 続けて二度の、落雷の様な轟音が響くと、次の瞬間、空中のトライアングルは粉砕され、その残骸と破片が学校の敷地外の山腹斜面へと散らばる様に落下していった。
 しかし、その間に、残り四機のトライアングルは、滑走路南側のフェンスを乗り越え、或いは破壊して、学校敷地の外、南側斜面の木立の中へと姿を消したのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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