STORY of HDG(第20話.10)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-10 ****
緒美は間を置かず、答えた。
「予備の燃料を全部使っても、あと四十五分が限界です。四十五分後には、ECM02 と HDG02、03 が再進出して来る予定ですが、その前に、三十分後には HDG01 及び ECM01 は帰投させます。」
「了解。御協力に感謝します。」
空防の迎撃隊運用が、結果的に綱渡り状態になってしまった事を桜井一佐は敢えて説明はしなかったが、当然の様に緒美は気付いていたし、元空防所属だった ECM01 である加納も事情を承知していた。そして HDG01 である茜も、何と無く状況を察していたのだ。
ここで、作戦空域に四十五分留まれるのに、三十分で帰投させると緒美が答えたのは、帰りの燃料を確保した上で更に十五分の余裕を見込んだからである。岩国基地上空で燃料切れになっては、安全に着陸が行えないのだ。
そして桜井一佐の謝意を聞いた緒美は、少し俯(うつむ)き、右手の人差し指で眉間を押さえ、目を閉じて数秒の程の間、考え込んでいた。緒美が其(そ)の仕草をするのは、深刻な思考をする時だと知っている恵は声を掛ける。
「部長、何か心配事?」
緒美は掛けていたヘッド・セットを外し、そして声を返す。
「そうね…。」
そこでくるりと振り向くと、緒美は少し離れた場所に設置されたモニターで様子を見ていた天野理事長の姿を探すのだった。監視用モニターの側に居るのは天野理事長の他には立花先生や、社有機整備担当の三名と F-9 改の整備担当として本社から派遣されて来ている三名である。
「理事長、ADF を出しますので、許可を願います。」
「緒美ちゃん…。」
そう声を上げた立花先生を左手を挙げて見せて押し止め、天野理事長は三歩ほど前へ進むと緒美に向かって問い掛けるのだ。
「先刻の、桜井さん…Γ1(ガンマ・ワン)との会話で状況の察しは付くが、どうしても ADF が必要になるのかね?」
「それは、正直(しょうじき)、分かりません。唯(ただ)、最悪のケースを想定すると。」
「最悪の場合、どうなる?」
「詳しく説明している時間はありませんが、予測の結論だけを言いますと、天野さんの AMF は三十機ほどのトライアングルに対処しなければならなくなります。防衛軍が、この後の迎撃隊の編成に失敗した場合ですけど。」
「そうなる前に、HDG01 と ECM01 は帰還させるのだろう?」
現時点ではエイリアン・ドローン群が ADIZ に到達する迄(まで)に約三十分、その頃には茜達の作戦空域での在空時間は切れる筈(はず)なのだ。その天野理事長の問い掛けに、一呼吸を置いて、緒美は答える。
「素直に帰還すると思います?そうなった時に、天野さんが。」
苦笑いの後で、大きな溜息を漏らす天野理事長だった。
エイリアン・ドローン群が ADIZ を越えて侵入して来るタイミングで、必要とされる数の迎撃機が作戦空域に揃(そろ)ってなかった場合、それは九州上空へのエイリアン・ドローン群の侵入を許す事に繋(つな)がるのである。
「ADF は無人で行かせるのかね?」
天野理事長の問いに、始終、緒美は真面目な表情で答えるのだ。
「わたしが行きます。 99%は Ruby の操縦(コントロール)になりますが、1%位(くらい)は現場での判断が必要となる局面は有るかと。 会社の御都合では Ruby と ADF を、このタイミングで出したくなのだろうとは予想してますが。」
少し厳しい表情で、天野理事長は声を返した。
「お察しの通りだが、キミの事も、この局面で送り出したくはないのだがな。」
「あまり、口論している時間は有りません。許可は頂けませんか?」
珍しく、緒美は強い口調で訴えるのだった。
天野理事長はニヤリと笑って、問い掛ける。
「わたしが許可しなかったら、諦(あきら)めて呉れるのかな?」
緒美もニヤリと笑って、答える。
「その時は、実力行使を。」
その返答に対して、天野理事長が応えないので三秒ほどして、緒美は声を上げるのだった。
「Ruby! ADF の起動準備を。」
即座に Ruby の合成音音声が格納庫内に響いた。
「わたしの権限で出来る範囲のシステム・チェックは完了しています。エンジンを起動(スタート)して宜しいですか?」
それに反応したのは、樹里と緒美の中間辺りに立って居た直美だった。慌てて、声を上げたのだ。
「ちょっと待ちなさい、Ruby。そこでエンジン噴かしたら、壁が焦げるから!」
ADF のエンジンノズルの直ぐ前には、格納庫の壁が存在するのである。
「了解。起動準備で待機します。」
そう、Ruby が素直に返事をすると、一度息を吐(つ)いてから天野理事長が言うのだ。
「分かった、分かった。取り敢えず、許可はしよう。但し、ADF の運用は狙撃に徹して、格闘戦には入らないように。それでいいかな?鬼塚君。」
緒美は小さく頭を下げて、顔を上げてから声を返す。
「結構です。そもそも、天野さん程の度胸は有りませんので。」
そう言って、くすりと笑う緒美に対して、天野理事長は苦笑いをして見せるのだった。
「いや、キミもなかなかに度胸の有る方(ほう)だと思うよ、鬼塚君?」
「そうでしょうか?」
何時(いつ)もの真面目な顔で緒美が応えるので、天野理事長は一度、頭を左右に振ってから伝えるのだ。
「ともあれ、時間が無いのだろう? 飯田君の方(ほう)へは、わたしから言っておくから。」
「お手数を、お掛けします。」
もう一度、小さく頭を下げる緒美なのだ。
「では、わたしは支度をして来ますので。」
緒美は身体の向きを変えると、手近な部員達へ指示を伝える。
「それじゃ新島ちゃん、城ノ内さん、暫(しばら)く此処(ここ)をお願い。森村ちゃんは着替えるの手伝ってね。」
そう言い残して、緒美はインナー・スーツへと着替える為に、早足で格納庫東側二階の部室へと向かって歩き出すのだ。
それを追って恵が踏み出そうとした瞬間、恵の左腕を掴(つか)んだ直美が、恵をぐいと引き寄せるのだった。
驚いて振り向いた恵に、顔を近付けて小さな声で直美は問い掛けるのだ。
「いいの?森村は。」
一瞬、顔を曇らせて、恵は言葉を返す。
「いいも悪いも、もう理事長が許可しちゃったじゃない。今更(いまさら)、何を言っても無駄でしょ?」
直美は苦い表情を見せ、息を吐(つ)いて掴(つか)んでいた手を離す。
「まあ、それもそうか。」
「気を遣って呉れた事には、感謝してるわ。」
そして恵は、駆け足で緒美の後を追ったのである。
一方で、直美は少し大きな声で部員達へ呼び掛ける。
「瑠菜、古寺、0(ゼロ)号機、起動するよー。」
「はーい。」
後方で状況を見乍(なが)ら待機していた、瑠菜と佳奈、そして維月も立ち上がり、メンテナンス・リグに接続されている HDG-O へと歩き出す。そこで、立花先生が瑠菜を呼び止めるのだ。
「そう言えば、瑠菜ちゃん。ADF に燃料って、入っているの?」
「あー…」
立ち止まった瑠菜が答えようとした時、立花先生の背後から、社有機整備担当の藤元が先に答えたのである。
「部長さんから、念の為にって補給を依頼されていたので、昨日の内に入れてありますよ。」
「です。」
瑠菜は最後の一言を添えた後、小走りで HDG-O へと向かったのだった。
そんな遣り取りを聞いていた、天野理事長が笑って言うのだ。
「はっはっは、どこまで読んでいたんだろうね、鬼塚君は。」
「まあ、読んでいたって言うよりは、可能な限りの行動オプションを用意していただけで、こうなると予測してた訳(わけ)じゃないとは思いますけれど。」
苦笑いで、立花先生はコメントを続ける。
「…しかし、司令部に桜井一佐が居て、こんな状況になるとは。もう少し、頼りになる方(かた)だと思ってましたけど。」
「桜井さんは『Γ1(ガンマ・ワン)』だろう? と言う事は、他に『Α1(アルファ・ワン)』と『Β1(ベータ・ワン)』が居る筈(はず)だ。多分、『Α1(アルファ・ワン)』が空防の迎撃隊の指揮管制担当で、『Β1(ベータ・ワン)』が海防のイージス艦や試験艦の指揮管制を担当しているんだと思う。」
「と、言う事は、今の状況は『Α1(アルファ・ワン)』の失態、と言う事でしょうか?」
「或いは、更に其(そ)の上に盆暗(ぼんくら)が居るのか、だな。まあ、防衛軍の弁護をすれば、今回はミサイルの在庫を酷(ひど)く気にしていた様子だから、その辺りの関係で運用方針が変化したのが影響したのだろう。だから許されるって話じゃないけどね。」
「全(まった)くです。」
「ともあれ、鬼塚君の現場行きが無駄足になる事を、今は願っているよ。」
天野理事長は、そう言って懐(ふところ)から携帯端末を取り出すと、パネルを操作して岩国基地に詰めている飯田部長を呼び出すのである。
その背後では、藤元らの社有機整備担当メンバー三名と、F-9 改の整備担当の三名が ADF を駐機エリアへと移動させる可(べ)く動き出していた。
それから凡(およ)そ十分程が経過すると、緒美は HDG のインナー・スーツに着替えて格納庫フロアへと降りて来たのである。
HDG-O と ADF の両機とも、既にシステムは起動して接続待機状態となっている。
臨時指揮所まで来ると、緒美は樹里と直美に問い掛けるのだ。
「状況に変化は?」
「特には。」
そう短く答えた樹里が、続ける。
「防衛軍側、Γ1(ガンマ・ワン)へは飯田部長から話が通ってます。コールサインは HDG04 で登録されいますので。」
「了解、ありがとう。」
続いて、直美が説明する。
「飛行経路とか高度とか、超特急で計画(プラン)をでっち上げたから、問題があったら飛び乍(なが)ら修正をリクエストしてって。緊急時だから大目に見て呉れるだろうってさ、Γ1(ガンマ・ワン)が。計画(プラン)の詳細は Ruby に渡してあるから、そっちで確認して。」
「了解、桜井さんには足を向けて寝られないわね。」
そう言ってくすりと笑った後、緒美は続けて言った。
「それじゃ城ノ内さん、新島ちゃん、こっちはお願いね。必要が有れば、データ・リンクで此方(こちら)からも指示は出すけど。」
「お願いします。」
真面目な顔で樹里がそう言った一方で、直美は微笑んで言うのだ。
「Ruby が付いているから心配はしてないけど、気を付けて行ってらっしゃい。 まあ、案外、防衛軍が残りを全部片付けて、現地に行っても何もする事が無いかもだけど。」
「正直(しょうじき)、それを願ってるわ。」
緒美も笑顔で、直美には然(そ)う応じて、それから振り向いて恵にも声を掛ける。
「じゃ、森村ちゃんも、こっちは任せたから。」
「任されても、わたしに出来る事は、あまり無いけど。無理はしないでね、緒美ちゃん。」
力(ちから)無く微笑む恵の頬へと右手を伸ばし、緒美は言った。
「大丈夫よ、それ程、自惚(うぬぼ)れてはいない積もりだから。」
二人は互いにくすりと笑い、そして緒美は身体の向きを変えて、天野理事長と立花先生に声を掛ける。
「それでは、行って参ります。」
天野理事長は一度、頷(うなず)いて声を返した。
「申し訳無いが、茜と加納君を、頼む。」
続いて立花先生も言うのだ。
「必ず、帰って来なさい、いいわね。」
「勿論ですよ、先生。」
緒美は笑顔で然(そ)う応えて、彼女の接続を待つ HDG-O へと向かったのである。
その後、緒美は自身を HDG-O に接続し、HDG と一体となってメンテナンス・リグから降ろされると、今度は駐機エリアに引き出されている ADF へと移動して HDG-O を接続し、ADF のエンジンを始動した。そして其(そ)の儘(まま)、Ruby の操縦(コントロール)で ADF は滑走路へと進み、一気に離陸して行ったのだった。
ADF が進空した時点で、桜井一佐から HDG01 の滞空時間を訊(き)かれてより、約二十分が経過していた。つまり、エイリアン・ドローン群が ADIZ に到達する迄(まで)の残り時間は約十分であり、それは茜の HDG01 が作戦空域に留まれる残り時間として緒美が指示した時間でもあったのだ。
単純計算ならば、天神ヶ崎高校上空から ADF の最高速度で一直線に飛行すれば、十分足らずで現地に到着する事も可能になるのだが、実際には加速と減速の時間が必要で、それらを含めると到着までには倍の二十分は見込まなければならない。
その二十分間に、状況が緒美の想定した最悪に近付くのか、或いは離れて行くのか、それを制御する術(すべ)を緒美は持ってはいない。緒美には、現地へ向かって只管(ひたすら)に飛行を続ける中で、戦術情報を監視して状況の推移を把握しておく事しか出来ないのである。
- to be continued …-
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STORY of HDG(第20話.09)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-09 ****
そこに、緒美からの指示が入る。
「HDG02、HDG01、打ち合わせでも言ったけど、目標に向かって真っ直ぐ飛ばないでね。此方(こちら)が位置を掴(つか)んでいるのを悟(さと)られるから。」
ブリジットは直ぐに、声を返した。
「了解してます。現在、目標に対してプラス12°で進路を設定してます。射撃ラインまで、あと三分。」
「TGZ コントロール、了解。」
緒美の返事から間を置かず、今度は桜井一佐が声を掛けて来るのだ。
「Γ1(ガンマ・ワン)より、HDG02 及び、HDG01。攻撃を中止して待機ラインまで戻って、状況が変わったから。」
「何か、有ったんですか?TGZ コントロール。」
茜は、緒美に問い掛けるのだった。それに緒美が応える前に、桜井一佐が言うのだ。
「説明はするから、兎に角、引き返して、HDG02、HDG01。」
「此方(こちら)TGZ コントロール。取り敢えず、管制の指示に従って、HDG02、01。」
桜井一佐に続いて、緒美も攻撃中止の指示なのである。
「HDG02、了解。待機ラインへ戻ります。」
「HDG01、了解。」
茜とブリジットの二人は、仕方無く、減速しつつ進路を東へと向けるのだ。
「HDG01 よりΓ1(ガンマ・ワン)、それで、状況の説明をお願いします。」
「先(ま)ずは、戦術情報で目標の西側を確認して。拡大率を下げて行くと、所属不明機が居るのが判るから。」
茜が、桜井一佐に言われる通り戦術情報画面を操作すると、確かに目標の西側、詰まり画面上で左手に白い逆三角形のシンボルが数個、表示されていたのである。所属不明機の位置を地図上にプロットすれば、黄海から朝鮮半島と済州島の間を抜けて対馬海峡へと東南東に進む飛行経路で、現在位置は既に半島の端と済州島の間に入っている。
「はい、確認しました。これは?Γ1(ガンマ・ワン)。」
「分類上は所属不明(アンノウン)扱いだけど、此方(こちら)では確認が取れてる。中連の電子偵察機、それと護衛の戦闘機ね。」
「中連の?」
そう聞き返したのは、ブリジットだ。因(ちな)みに、ここで云われる『中連』とは『中華連合』の略である。
「そう、此方(こちら)の迎撃作戦の様子を窺(うかが)って記録してるのだと思う。」
今度は、緒美の声が聞こえて来る。
「すると、ここ迄(まで)の状況が覗(のぞ)かれてました?」
「いえ、さっき作戦空域に到達したみたいだから、情報の収集はこれからって所の筈(はず)よ。取り敢えず、HDG に就いてのデータは収集されたくないので、貴方(あなた)達には下がっていて欲しいの。」
HDG に関しては同盟国である米国や米軍にも其(そ)の存在を明かしてはいないので、その情報が先に中連側に流れるのは、防衛軍としては許容出来ないのだ。
「HDG01 ですが、これだと、その偵察機の飛行経路、目標へ向かってませんか?」
戦術情報で中連の電子偵察機とされるシンボルは、目標である『ペンタゴン』まで、現在の飛行速度で十五分ほどの位置に在るのを確認した茜の問い掛けに、ブリジットが先に反応する。
「中連も『ペンタゴン』の探知を?」
だが桜井一佐は、ブリジットの懸念を即座に否定するのだ。
「それは無いと思う。偶然、飛行経路が重なっているだけでしょう、高度も違うし。徒(ただ)、それが目標を攻撃すると不味(まず)い理由でもあるの。向こうは目標に気付かずに飛行しているのに、その進路に向かって発砲すると、我々が中連の偵察機を攻撃、若しくは威嚇(いかく)した様に取られる恐れがあるから。」
今度は、ブリジットが問い掛ける。
「HDG02 です。取り敢えず、目標の所在空域は此方(こちら)の ADIZ なのでは?」
「あの周辺は、中連と統鮮も、自国の ADIZ だと主張してるの。」
桜井一佐の言う『統鮮』とは、『統一朝鮮』の略である。
続いて、緒美が桜井一佐に問い掛けるのだ。
「TGZ コントロールですが、Γ1(ガンマ・ワン)、目標の北側にも所属不明機の反応が有りますが?これは、ひょっとして…。」
「そう、統鮮の電子偵察機ね、これも確認済み。 あの二国は此方(こちら)で迎撃戦が開始されると、ああやってデータを収集に来るの。毎回、ではないけど。 兎も角、そう言った理由で HDG 各機には後方に下がっていて欲しい状況だと言う事で、宜しい?」
「HDG01、了解しました。」
「HDG02 ですけど、此方(こちら)から向こうの事が判ってるって事は、向こうもこっちの事は判ってる、とはならないんでしょうか?Γ1(ガンマ・ワン)。」
「その心配は不要ね、HDG02。今の距離なら、向こう側から貴方(あなた)達の画像は撮れないし、此方(こちら)が向こうの確認が出来ているのは、此方(こちら)側が近寄って確認したから、だから。 どうやって近寄ったかは機密だけど。以上、宜しい?」
「HDG02、了解です。」
そうして茜とブリジットの二人が待機ラインへと戻った頃、ADIZ の外側を右往左往していたエイリアン・ドローン達の反応に変化が現れたのだ。全機が、北へ向けて移動を開始したのである。
直様(すぐさま)、桜井一佐が緒美に呼び掛けて来る。
「Γ1(ガンマ・ワン)より、TGZ コントロール。其方(そちら)で、戦術情報は見てる?」
「TGZ コントロールです、案(あん)の定(じょう)、北向きに動き出しましたね。」
「HDG01 です。どう言う事です?」
茜の問い掛けには、緒美が答えるのだ。
「『ペンタゴン』の在空するエリアに向かって航空機が接近して来たから、『トライアングル』が排除に向かったんだと思うわ。」
続いて、桜井一佐のコメントである。
「今迄(いままで)も、我が方へ侵入して来ていたトライアングルの集団が、急に北や西へと針路を変えるケースが何度も有ったけど、どうやら、その原因は『これ』だったのかもね。」
「有り得ますね。」
緒美は透(す)かさず、桜井一佐に同意するのだった。そこに、桜井一佐に取っては意外な問い掛けを、茜がするのだ。
「HDG01 よりΓ1(ガンマ・ワン)、中連機の救援には行かなくていいんですか? 流石に多勢に無勢って感じですけど。」
現在の戦術情報の表示に依ると、電子偵察機に護衛の戦闘機を加えて合計五機が在空する中連側の勢力であるが、それに対して五十機を超えるトライアングルが向かっているのだ。それ故(ゆえ)である茜の無邪気な発想だったのだが、それは生まれて以来、あの大陸の国家や半島の国家とは関わった経験が無いからである。
茜の発言に対して、殆(ほとん)ど間を置かずに桜井一佐は応えた。
「若い人達が知らないのは無理も無いけど、我々が向こうの主張する ADIZ に入ったら、先(ま)ず間違いなく警告無しで撃って来ますよ。彼方(あちら)の軍と政府は日米を明確に『敵』だと言ってますからね。」
「緊急時の救援であっても、ですか?」
「仮令(たとえ)、此方(こちら)からの自発的な善意であっても其(そ)れで恩義を感じて呉れるような、甘い相手ではないですね。寧(むし)ろ、此方(こちら)が思いも付かないような言い掛かりを付けて来るのまで、有り得ます。まあ、救援要請でも有れば、此方(こちら)側も対応を考えない事はありませんが、三十年、四十年以上も敵視政策や敵視教育を続けて来ているんだから、彼方(あちら)から救援要請なんて、絶対にしては来ないでしょうね。隣国であっても、国交が無いって事は、こう言う事ですよ。長年の敵視教育の成果で、今では民間交流すら不可能な状態になってますしね。」
そう桜井一佐に言われて、茜は報道で見た事のある、日本の EEZ(排他的経済水域)内での密漁事件だとか、犯罪目的での密入国事件だとかを思い出していた。あまり深く考えた事の無かった其(そ)れら報道の意味を、唐突(とうとつ)に茜は理解したのである。ともあれ、歴史的には関係が深かったであろう隣国は、数十年もの間、双方が一般人の渡航を禁止しているのが現状であるし、その上で政治的な交流もほぼ無い状態では、現在『中連』と呼ばれる隣国は一般的な日本人には未知の国なのだ。
「取り敢えず、了解しました。」
それ程の間を置かず、そう茜が返答すると桜井一佐は、今度は緒美へと声を掛ける。
「Γ1(ガンマ・ワン) より、TGZ コントロール。この後、一時間程度は目標が此方(こちら)へは来ないものと判断して、今の内に在空の迎撃隊を順次、二次隊へ交代させる方針になりました、其方(そちら)はどうしますか?」
上空で待機している空防の戦闘機達の中には、長いもので既に二時間近く飛行を続けている機体も存在していたのだ。一方で、エイリアン・ドローンの接近に気付いたらしい中連と統鮮の電子偵察機は、中連機は北西へ、統鮮機は北へと針路を変え、自国領空内へと逃走を始めていた。彼等が逃げ切れるかどうかは天のみが知る所だが、作戦司令部は三十分程度はエイリアン・ドローン達は電子偵察機の追撃を続け、従って元の位置に戻るまでに更に三十分後が必要だろうと踏んだのである。
「TGZ コントロールより、HDG03。プローブの稼働時間は、あと何(ど)の位?」
緒美の問い掛けに、クラウディアが即答する。
「HDG03 です、回収ポイントへ帰還する時間を引いたら、あと十五分から三十分、って所ですね。」
「そうよね。それじゃ、全プローブに帰還コマンドを。 HDG03 は HDG02 と一緒に帰投して補給を受けてちょうだい。それから ECM02 も、帰投して補給を。 申し訳無いけど、ECM01 と HDG01 は、念の為、あと三十分居残りでお願い。燃料は大丈夫よね? ECM01、HDG01。」
「此方(こちら)、ECM01。問題ありません。」
返事をしたのは ECM01 のパイロットを務める加納氏である。続いて、茜も応える。
「HDG01 も大丈夫です。」
「あの、TGZ コントロール。HDG02 ですけど、HDG01 が残るなら、わたしも残った方が善くありません? まだ一発も撃ってませんし。」
ブリジットの提案は、即刻、クラウディアに拒否されるのだ。
「HDG02 はわたしと一緒に行動しておかないと意味がないでしょ? わたしが目標を検知して、誰が狙撃するのよ。」
今の所、レーダーにも引っ掛からない『ペンタゴン』へはミサイルの誘導が出来ないので、HDG02 が装備するレールガンでしか対処が出来ないのである。
「そう言う事よ、HDG02。残念でしょうけど。」
通信越しに聞こえた緒美の声は、クスクスと笑っている様子だった。
「HDG02、了解。」
観念したブリジットは、短く返事をしたのだ。
「それじゃ ECM02、HDG02 と 03 を連れて帰投、お願いします。」
緒美からのリクエストに、ECM02 のパイロットである沢渡が応える。
「ECM02、了解。HDG02、03、合流して付いて来て呉れ。」
「HDG02、了解。」
「HDG03、了解。」
待機ライン上を北向きに飛行していた茜の視界から、東方向へと編隊から離脱して行く HDG-B01 と HDG-C01 が見える。続いて茜は ECM01 である F-9 改一号機の現在位置を確認し、通告するのだ。
「HDG01 より ECM01、其方(そちら)へ合流しますので、現状で待機願います。」
「ECM01、了解。」
加納の返事を聞いて、茜は進路を変更したのだった。
天野重工隊の待機ラインから前進補給基地である岩国基地までは、HDG-B01 の飛行ユニットや HDG-C01 の飛行ユニットの能力では、凡(およ)そ二十分で翔破が可能だった。従って、二十分で帰投、搭乗者が休憩している間に各機の点検整備と補給・再装備が二十分、作戦空域への再進出に二十分、合計で約一時間、と言うのが想定される大雑把なタイムテーブルである。
一方で茜の HDG-A01 は飛行ユニットである AMF の能力が F-9 戦闘機に準じているので、F-9 改と同様に超音速巡航飛行が可能なのだ。従って、岩国までの片道移動に要する時間を十五分程度に短縮出来る。往復では十分の短縮化が可能なので、単純計算だが三十分遅れで帰投しても HDG-A01 と F-9 改は、作戦空域へ HDG-B01、C01 組の二十分遅れで復帰が出来るのだ。休憩・補給時間を五分削る事が可能ならば、十五分遅れでの復帰も期待出来る訳(わけ)だ。
ともあれ、一時間後に交戦再開という作戦司令部の読みが当たっていれば、充分、間に合うタイムテーブルなのである。つまり、F-9 改二号機が交戦再開時に作戦空域へ復帰していれば、二機態勢に比べれば能力的に見劣りはするものの、空防の迎撃隊への電子戦支援は可能であり、それに加えて HDG-C01 と B01 が居ればトライアングルのコントローラーであるペンタゴンの発見と攻撃も可能だ。十五~二十分遅れで HDG-A01 が到着したら、海防、空防の撃ち漏らしに対応すればいいのである。
しかし、然(そ)う上手くは運ばないのが現実なのであった。
作戦司令部は中連と統鮮の電子偵察機が、上手く逃げ回って三十分程度の時間を稼いで呉れる事を期待していたのだが、その目論見(もくろみ)は呆気(あっけ)なく外れてしまう事になる。逃走開始から十五分後には、両国の電子偵察機はトライアングルに囲まれ、撃墜されてしまったのだ。中連側には四機の直掩(ちょくえん)機が存在していた筈(はず)だが、トライアングルの一機さえ処理して呉れる事も無く、自(みずか)らが処理されてしまうと言う為体(ていたらく)だった。
戦術情報画面のシンボルの動きで其(そ)の顛末をモニターしていた桜井一佐は、次の様に言葉を漏らしたと云う。
「まったく…役に立たないわね…。」
そして、この事態は日本の防衛軍側にも、余り有り難くはない展開となっていた。迎撃隊として二機構成の三編隊を九州上空に待機させていたのだが、この構成で上空に四十八発の中射程空対空ミサイルが発射態勢にあった訳(わけ)である。この内、二編隊(四機)が既に二次隊と交代している。
エイリアン・ドローン群は凡(およ)そ三十分後には ADIZ に到達する予測であるが、まだ交代していなかった一次隊の一編隊が、このタイミングで燃料の都合で帰投しなければならないのが既に解ってた。故(ゆえ)に、これは今の内に二次隊との交代を済ませておく必要がある。
エイリアン・ドローン群が ADIZ を超えて来た際の第一撃は海防のイージス艦に任せるとして、二次隊がその撃ち漏らしを処理する事になるのだが、早早(そうそう)にミサイルを撃ち尽くしてしまったら速(すみ)やかに三次隊と交代しなければならないので、三次隊も予(あらかじ)め発進させておく必要がある。ここ迄(まで)は事前に準備はされていたのだが、問題は四次隊の編成なのである。
本来は帰還した一次隊を再装備して出撃させる予定だったのだが、一次隊の投入を引っ張り過ぎて結局はミサイルを発射しないで持ち帰らせてしまったなど、予定外の作業も発生している所為(せい)で必要なタイミングでの再出撃が出来ない可能性が出て来たのだ。点検もせずに再度、離陸させる訳(わけ)にもいかないので、再装備が間に合わないのであれば予備機や他の任務に割り当ててあった機体を引き当てるとか、基地側では何らかの遣り繰りをしなければならない上に、そこへ二次隊の帰還が重なるとなれば、現場では相当な混乱が予想されるのだった。
エイリアン・ドローン群が、これ迄(まで)と同じ様に ADIZ を出たり入ったりを繰り返して呉れるならば、空防側は再装備の時間が稼げるの筈(はず)である。しかし、次は全機が一気に ADIZ を越えて雪崩れ込んで来たら、空防の迎撃が追い付かず、九州上空にまでエイリアン・ドローンが到達する可能性も否定は出来ない。しかも、天野重工隊の電子戦支援機が一機しか在空していない現状も、心配の種なのだ。
「Γ1(ガンマ・ワン) より、TGZ コントロール。ECM01 と HDG01 は、あと何分、作戦空域に留まれますか?」
桜井一佐は、そう緒美に尋(たず)ねて来たのだった。
- to be continued …-
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STORY of HDG(第20話.08)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-08 ****
一週間後の 2072年12月15日、木曜日。午後一時を過ぎた頃には、茜達は九州北部の日本海上空、高度五千メートルを西向きに飛行していた。防衛軍の予測通り、エイリアン・ドローンの降下が開始されたのである。
先週時点での防衛軍の予測では「早ければ水曜日」だったのだが、水曜日は降下予想空域の天候が良好ではなく、『悪天候は避ける』と謂(い)われている通り、エイリアン・ドローン達は木曜日の天候回復を待って降下して来たのだ。
「Γ1(ガンマ・ワン)より、HDG01。戦術情報は見てる?」
茜を指名して指揮管制から呼び掛けて来たのは、桜井一佐だ。因(ちな)みに呼び掛けて来た『Γ1(ガンマ・ワン)』とは、本作戦に於(お)ける『統合作戦指揮管制』での桜井一佐のコールサインである。茜達、天野重工からの作戦参加者との遣り取りは、防衛軍側では桜井一佐に一任されているのだ。
「此方(こちら)、HDG01。はい、見てます。」
「そろそろ、目標が ADIZ(防空識別圏)に侵入して来るけど、打ち合わせ通りにお願いね。貴方達の担当は、識別記号『A』の目標よ。」
茜が監視している戦術情報画面は、大きく分けて三つの集団が日本領空へと接近しているのを表示していた。画面上で向かって右側、実際の位置としては北側の集団が識別記号『A』で、中央の集団が『B』、画面上で向かって左(実際の位置として南側)の集団が『C』とされていて、個別には其(そ)の識別記号に続いて三桁の連番が振られているのだ。詰まり『A001、A002、A003…』と言った具合である。
この日に大気圏下へと降下して来たエイリアン・ドローンは、観測によると『トライアングル』が百四十四機。その内、約半数の六十九機はユーラシア大陸東部上空を南下して東南アジア方面へと向かったと見られる。日本方面へと向かって来たのが残りの七十五機で、これらが九州北部(識別記号A、二十四機)、九州南部(識別記号B、二十七機)、そして沖縄本島(識別記号C、二十四機)と、三隊に分かれて其其(それぞれ)に別の進路を取っている様子だったのだ。勿論、エイリアン・ドローン達が、何時(いつ)、どこで向きを変えるかは、誰にも判らない。
この様にエイリアン・ドローン編隊が三つに分かれる事は、防衛軍側で事前に想定していた訳(わけ)ではない。事前に取り決めてあったのは、どの目標に対処するかは統合作戦司令部で決定する、参加する各部隊は事前に決められた識別記号の目標に対処する、と言う二項である。そして茜達、天野重工部隊は『識別記号A』に対処する事が決まっていたのだ。因(ちな)みに、『識別記号B』に対しては海上防衛軍のレーザー砲装備実験艦と、レールガン装備実験艦が当たる事になっており、『識別記号C』自体は事前の想定には存在しなかったのである。このC集団が現在のコースの儘(まま)、本当に沖縄本島へと向かった場合は、沖縄に駐留している在日米軍に対処が依頼される事になるだろう。これは『日本の防衛軍が其(そ)の対処能力に不足を来(きた)す場合、在日米軍が戦力を補完する』との取り決めに従うものであるが、それ以前に、在日米軍は自らの基地周辺と彼等の所管する空域に関しては、独自に自衛行動を実行するのだ。
そしてA、Bの両集団に就いては、ADIZ 境界から日本領空へと向かって五十キロメートルを侵入して来たエイリアン・ドローンに対して海上のイージス艦と、それに続いて上空で待機している戦闘機部隊が、それぞれミサイル攻撃を実施すると言う段取りとなっていたのだ。
「HDG01 より TGZ コントロール、射撃位置まで前進します。」
「此方(こちら) TGZ コントロール、了解。気を付けてね、HDG01。」
茜の呼び掛けに対して返信している声の主は、緒美である。『TGZ コントロール』とは、天神ヶ﨑高校の第三格納庫内に設置された天野重工部隊の臨時指揮所の事で、今回は随伴機を飛ばさずにデータ・リンクを通じて第三格納庫から緒美は指揮を執っているし、樹里は各機の稼働状況をモニターするのと同時に、記録の取得を進めている。
因(ちな)みに、今回の作戦に参加している天神ヶ﨑高校兵器開発部の面々は、平日昼間の授業を社用で欠席している訳(わけ)だが、例によって後日に補習を受けるとの条件で、この日の授業には出席扱いとなっていた。後期中間試験は来週の月曜日からの開始と、もう目前に迫ってはいるのだが、その試験範囲には此(こ)の週の授業は含まれていない。だから授業や試験に関しては『うるさ型』と目(もく)されているクラウディアも、今回の対応には一切(いっさい)の文句を言わなかったのだった。
茜達、作戦に直接参加する組は、器材と共に午前中には防衛軍の岩国基地へと移動しており、エイリアン・ドローンの降下と接近を確認して、其処(そこ)から作戦空域へと進出している。岩国基地側には以前と同様に天野重工がスペースを借用しており、そこでは HDG 各機への補給や整備の態勢が調えられていて、現地には畑中や飯田部長達が詰めているのだった。当然、岩国基地の天野重工スペースでもデータ・リンクに依って状況はモニターされているのだ。そのモニターのオペレーションは、本社開発部の日比野が担当していたのだが、これは AMF に搭載された AI ユニット、Pearl(パール) が実戦に初参加であるので、その確認をも兼ねての事だ。
十分程の飛行で、茜の HDG-A01 が接続されている AMF は、ADIZ まで凡(およ)そ百キロメートルの位置にまで前進した。茜は減速する為に AMF を上昇旋回させて、八千メートルまで自機の高度を上げる。旋回と減速を終えると、茜は砲撃の準備を始めるのだ。
「Pearl、レーザー砲準備。」
「ハイ、格納ドア開放、レーザー砲をリフト・アップします。」
AMF 背部のドアが開くと、レーザー砲の砲身が姿を現す。発射位置へと前進した後に減速したのは、この状態での飛行には速度制限が設定されているからだ。それと同時に、高速飛行を継続する事は、目標との距離を早く失ってしまう事でもある。
「HDG01、マスターアーム、オン。照射時間を五秒に設定。」
「マスターアーム、オン。照射時間を五秒に設定します。」
文字通り、機械的に指示を復唱する Pearl である。
「HDG01より、Γ1(ガンマ・ワン)。最終確認です、HDG01より攻撃を開始します。」
「此方(こちら)、Γ1(ガンマ・ワン)。HDG01、攻撃を許可します。」
茜の呼び掛けに、間を置かずに桜井一佐が声を返して来る。
「HDG01 了解、攻撃開始します。Pearl、目標(ターゲット)A001 から順にロックオン。」
「ハイ、戦術情報上の全目標をロックオンします。」
Pearl の宣言通りに、茜の見ている画面で全ての識別記号Aの目標が、一瞬でロックオン済みのシンボルへと更新されるのだ。
「A001 に照準、発射!」
「発射します。」
例によって反動も閃光も無く、レーザー砲は発射される。徒(ただ)、茜にはレーザー光線の照射中を知らせるブザーの音だけが聞こえたのだ。
茜は AMF 前方監視カメラの最大望遠画像を表示させ、レーザー照射の効果を確認する。間も無く、画面中央に小さく捉えられている目標が煙を噴き、そして落下するのが確認されたのだった。
「よし、次!」
「目標(ターゲット)A002 へ照準します。」
茜は視界の右下へ別に戦術情報画面を新たに開き、エイリアン・ドローン達の動きを確認する。それは案の定、攻撃を受けた直後からバラバラに不規則な回避機動を実行するエイリアン・ドローン達の様子を映していた。
「Pearl、ADIZ の外へ向かう目標(ターゲット)はスキップしていいわ。此方(こちら)へ向かって来る目標(ターゲット)を優先して。」
「ハイ、では目標(ターゲット)A002 及び A003 はスキップ。A004 へ照準します。」
AMF は、Pearl の操縦により姿勢を微調整して、次の標的へとレーザー砲の軸線を合わせるのだ。その調整に多少の時間が必要なのは、目標であるエイリアン・ドローン達が出鱈目な動きをするからである。勿論、目標までの距離が十分(じゅうぶん)あるので、大きな姿勢の変更は必要無いのだが、各目標が違う向きへ飛行していると『整然と並んでいる目標に対して連続発射』とは行かないのだった。結局、五機目を撃ち落とした所で六分程が経過し、そこで茜には緒美から声が掛かったのだ。
「TGZ コントロール より HDG01、待機ラインまで後退して。目標(ターゲット)は全機、ADIZ の外へ出たわ。」
「HDG01、了解。 Pearl、マスターアーム、オフ。レーザー砲、格納。」
「ハイ、マスターアーム、オフ。レーザー砲を格納します。」
Pearl の復唱を確認して、茜は緒美に尋(たず)ねるのだ。
「TGZ コントロール、今日の動きは、何時(いつ)もと違いますよね?」
「ADIZ を出たり入ったりするのは、珍しい動きじゃないわ。わたし達が対処したのは、真っ直ぐ突っ込んで来るケースばっかりだったけど。この調子が続く様だと、今日は長丁場(ながちょうば)になるのは覚悟しておいた方がいいかもね。」
「了解、兎に角、待機ラインまで戻ります。」
茜は AMF を旋回させ、東向きに針路を取るのだった。それから間も無く、クラウディアへのブリジットの呼び掛けが、聞こえるのだ。
「HDG02 より HDG03。目標(ターゲット)『P』の捕捉は、まだ?」
ブリジットの言う『P』とは、『Pentagon(ペンタゴン)』の頭文字である。
「位置特定の出来た反応は、まだ無いわ。待機してて、HDG02。」
「了解、HDG02 待機します。」
流石に作戦中の通話では口喧嘩(くちげんか)をしない、ブリジットとクラウディアの二人だった。そこに緒美が、クラウディアへ問い掛ける。
「TGZ コントロールより、HDG03。今回は、位置特定は無理そう?」
「そうですね、ミサイルでの同時攻撃と違って今回は個別攻撃ですから、目標(ターゲット)『T』への『P』からの発信量が少ないみたいですね。でも、何度か攻撃を反復していれば、検知の可能性は有ると思います。」
「了解、スキャンを続行して、HDG03。」
「HDG03、了解。」
そんな遣り取りを聞き乍(なが)ら茜が待機ラインに到着した頃には、エイリアン・ドローン達はバラバラだった編隊を組み直し、二度(ふたたび)、ADIZ へと向かって来ていた。
「HDG01、戻って来て早早(そうそう)で悪いんだけど、第二波、迎撃ラインへお願い。」
「此方(こちら) HDG01、了解。 今日はこのパターンですかね?TGZ コントロール。」
「多分ね。目標(ターゲット)には接近し過ぎないように、気を付けて。」
「了解、HDG01 前進します。」
茜は AMF が過度に減速しないように大きな旋回で機首を西へ向けると、射撃位置へと機体を加速させたのだ。
その後、茜は迎撃ラインと待機ラインを二往復し、九機の『トライアングル』撃墜を追加する。エイリアン・ドローンの側は、と言うと、AMF からのレーザー攻撃を受ける度(たび)に最初と同じ様に編隊を解いてバラバラに四散し、ADIZ(防空識別圏)から出ては編隊を組み直して向かって来るのだ。そうして最初の攻撃開始から三十分程が経過して、茜の攻撃、三ターン目が終了した時点での撃墜数は合計、十四機。『B』集団への対処を受け持っていた海防の実験艦二隻は、合わせて八機を撃墜していた。
単純に考えるとエイリアン・ドローン側は、当初二十四機だったA集団は半減し、B集団は三分の一を失った事になるのだが、実際はそうではない。沖縄へと向かうと見られていたC集団二十四機が針路を変え、A、B、両集団へと合流していたのだ。結果、A集団は二十四機と元の数に戻っており、B集団に至っては二十九機と最初より二機が増えていた。
「正(まさ)に『振り出しに戻る』、ね。」
戦術情報画面で状況を確認した茜がポツリと翻(こぼ)すと、透(す)かさず茜の正面スクリーン右下に『COPY.』のメッセージが表示されるのだ。それを見て茜がくすりと笑うと、Pearl が茜に報告して来るのである。
「ハイ、現在、当機は待機ライン上を飛行中です。」
「あはは、Pearl、『振り出し』って、わたし達の位置じゃなくて。目標(ターゲット)の数、状況の事よ。」
「『慣用句』としての『振り出しに戻る』ですね。しかし、目標(ターゲット)の総数は確実に減っています、茜。『振り出し』ではありません。」
「それは否定しないわ。 引き続き、地道に削っていきましょう、Pearl。」
「ハイ、茜。」
Pearl の反応が素直なのは Ruby と大差が無いのだが、その遣り取りには機械的な『硬さ』を茜は感じていた。矢張り、Ruby は特別なんだろう、そう茜は思ったのだ。
そこへ、クラウディアの声が聞こえて来る。
「HDG03 より、TGZ コントロール。目標(ターゲット)『P』一機を位置特定。座標を送ります。」
「TGZ コントロール、了解。HDG02、狙撃位置へ前進。HDG01 は HDG02 の直掩(ちょくえん)を。」
直ぐに緒美から指示が出されると、ブリジットの返事も聞こえる。
「HDG02、了解。前進します。」
茜はブリジットの HDG02 の位置を確認し、声を返した。
「HDG01、了解。HDG02 の左、百メートルに付きます。」
「進路を変更します、茜。」
透(す)かさず、Pearl が AMF の飛行経路を計算、修正して、進路を HDG02 へと向けるのだ。
「ありがとう、Pearl。」
「どういたしまして。」
間も無く、AMF は HDG-B01 の左翼側に追い付き、速度を合わせた。
お互いが自由に動けるようにと、両機の間隔を広めに取ったので、茜とブリジットは肉眼では互いの姿は小さくにしか見えない。勿論、双方の HDG には画像センサーが搭載されているので、モニターでは望遠画像で互いの姿が確認出来るのだ。
「HDG02 より HDG01。又、着弾の確認をお願い。」
「HDG01、了解。任せて。」
茜はブリジットの依頼を、二つ返事で承諾したのだった。
- to be continued …-
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STORY of HDG(第20話.07)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-07 ****
一方で、桜井一佐達が出て行ったあとの、兵器開発部の部室内である。
三人が外階段を降りて行く足音が聞こえなくなって、最初に聞こえて来たのが立花先生が吐(つ)いた溜息だった。
「どうしたんですか?先生。」
そう問い掛けたのは、恵である。
「結局、又、こう言う事になって、自分の無力さを呪ってるのよ。溜息ぐらい、吐(つ)かせてよ、恵ちゃん。」
立花先生の回答に、愛想笑いを返すしかない恵である。対して、緒美が言うのだ。
「御自分を呪うのも責めるのも溜息吐(つ)くのも、それは先生の勝手ですけれど、こう言う展開になったのは、別に先生の所為(せい)ではありませんよ。ねえ、天野さん。」
「えっ、あー…そうですね。強いて言えば、わたしの所為(せい)?ですか、ね?」
突然に話を振られた茜は慌(あわ)てた挙句(あげく)に、自虐的な発言をしてしまうのだった。それに対しては、苦笑いしつつ緒美がフォローするのだ。
「ああ、ごめんなさい。話を振る相手を間違えたわね。でも、貴方(あなた)の所為(せい)でもないわよ、天野さん。この状況の一番の原因はエイリアンだし、二番目は協力を要請して来た防衛軍なんだから。」
「えーと、そう言う解釈でいいんですか?部長。」
茜は自信無さ気(げ)に、苦笑いで言葉を返したのだ。実の所、自分の行動が部活のメンバーを巻き込んでしまったとの認識から、茜は自責の念を割と以前から抱えていたのである。
そんな茜に間髪を入れず、直美が声を掛ける。
「他に、どう解釈しろって言うのよ。」
「其(そ)れは然(そ)うですけど。」
ニヤリと笑っている直美に対して、茜は少したじろぐ様に言葉を返したのだ。
続いて、緒美も言う。
「確かに、一番最初の切っ掛けは天野さんだったけど、その時だって最終的にはわたしが許可してるし。その後も、天野さんが単独で勝手な行動を取った事は無かった筈(はず)よ、わたしの覚えている限り。 貴方(あなた)は何時(いつ)も必ず、わたしや学校か、防衛軍の許可を受けてから行動してたから、その行動の責任は学校や防衛軍に有るの。必要な手順は、何時(いつ)でもキッチリ踏んでいたんだから、天野さんが心配する事は何も無いわ。 ですよね?先生。」
同意を求められて、もう一度、深く溜息を吐(つ)き、立花先生は答える。
「まあ、そうね。緒美ちゃんの言う通りよ。 一番危険な現場仕事を押し付けておいて、その上で責任まで取れなんて、流石に恥ずかしくて言えないわよね。真面(まとも)な大人だったら。」
「あはは、大人が全部、真面(まとも)だとは限らないから心配なんだよな、天野。」
茶化す様に直美が言うので、茜は苦笑いで答えるのだ。
「そこ迄(まで)は思ってません。」
そこに、Ruby の合成音が部室内に響くのである。
「緒美、もう発言して宜しいですか?」
「ええ、いいわよ。 何かしら?Ruby。」
緒美は即座に、Ruby に発言の許可を出す。そもそも今回、部室に上がって来る前に、Ruby 達に対して来客中の発言を、緒美が禁じておいたのである。
「ハイ、桜井一佐のお話だと、次の作戦には、わたしの役割は無いと言う事でしょうか?」
Ruby の問い掛けに、緒美が即答する。
「そうね。 実戦が初めての Pearl(パール) が心配?」
茜の HDG-A01 とドッキングする AMF の搭載 AI は、現在は Pearl なのである。
「イイエ、必要なデータは、全て渡してありますので。それに、わたしには『心配』する機能は有りませんので。 単純に ADF がフライトする予定が無いのか、確認したいだけです。」
「そう、それなら其(そ)の通りよ、Ruby。 ADF の飛行予定は有りません。」
緒美が Ruby に然(そ)う告げた所で、茜が緒美に尋(たず)ねるのだ。
「そう言えば、部長。 防衛軍は ADF が学校(ここ)に有る事は、知ってるんですよね?」
「ですよね?先生。」
茜の問い掛けを、その儘(まま)、緒美は立花先生へと流すのだ。そして立花先生は、短く答える。
「だと、思うけど。」
それに口を挟(はさ)んできたのが、直美だった。
「でも先生、それにしては ADF を計算に入れて来ないのは不思議じゃないです? 何時(いつ)もなら、丁度いいから実戦で~みたいに言い出しそうな物ですけど。」
その直美の疑問は尤(もっと)もだと、『緒美の予測』を聞いていない部員達はこの時、思ったのだ。そして『緒美の予測』を聞いていた、茜と樹里、立花先生、そして当人である緒美はそれぞれが、さりげなく互いに顔を見合わせる。
『緒美の予測』を聞いた三名と予測した当人である緒美は、防衛軍が ADF を次の作戦に組み込まなかったのは、『ここでは Ruby を温存しておく方針だから』だろうと見当が付いていたのだ。勿論、そんな推測を公(おおやけ)に出来ないのは解っていたし、それを言い出すと『緒美の予測』を説明しなければならなくなる。だから咄嗟(とっさ)に、立花先生は声を上げたのである。
「まだ ADF はこっちで試験を始めて日が浅いし、そもそも防衛軍の考えなんて解らないでしょ。普通に考えたら、今迄(いままで)の方が異常なんだから。」
「あははは、其(そ)れも然(そ)うですよねー。」
直美の疑問には深入りされたくないと言う立花先生の心情を何と無く察したのか、事情は解らない乍(なが)らも恵は朗(ほが)らかに笑って同意して見せたのだ。その恵の反応で、直美が呈した疑義に就いては、取り敢えず有耶無耶にされたのだった。
それに続いて、茜が話題を変える可(べ)く立花先生に問い掛ける。
「所で先生、HDG の 0(ゼロ)号機の件は、防衛軍側には伝わってるんですか?」
「さあ? 少なくとも、わたしは飯田部長から何も聞いてないけど。多分、まだ報告はされてないんじゃない?」
答えた立花先生は、茜には予想外な程、呑気(のんき)な口振りである。
続いて笑い乍(なが)ら、直美が言うのだ。
「あはは、まあ、防衛軍の次の作戦には計算に入ってなかったんだから、そう言う事なんでしょうね。」
「0(ゼロ)号機は、今日やっと試運転したばっかりなのに。そんな行き成り戦力として当てにされても、ねえ、部長。」
恵が困った様に然(そ)う言って、緒美に同意を求めるのだった。
緒美の方は、少し申し訳無さそうに、恵に同意するのである。
「残念だけど、わたしが、まだ役に立つレベルじゃない事は、よく解ったわ。 無理をしても足を引っ張るだけだから、今度の作戦に就いては参加を見合わせるしかないわね。改めて、天野さん達の凄さが分かったって言うか…。」
そう言い掛けた所で、茜が遮(さえぎ)る様に発言するのだ。
「わたし達が凄いんじゃなくて、凄いのは HDG 搭載の AI の方ですよ、部長。 Angela(アンジェラ) と、Betty(ベティ) と、Sapphire(サファイア)、皆(みんな)、優秀です。ねえ、ブリジット。」
突然、話を振られたブリジットだったが、間髪を入れず茜に同意するのである。
「そうそう、部長も、HDG の慣熟を一週間も続ければ、 AI の方が合わせて呉れます。わたしと Betty もそんな感じでしたし。」
「そうねえ…来週の月曜から、試験前の部活休止期間に入るでしょ。取り敢えずは其(そ)の前に空中機動の体験を一度はやって置きたいのだけど。」
緒美は然(そ)う言って、宙を見詰める。それに、直美が言葉を返すのだ。
「今度の日曜日は、飛行訓練の予定、入ってるでしょ?飛行機部の。」
「それを兼ねて、新島ちゃんに随伴(チェイス)やって貰おうかしら。」
「それは構わないけど。金子達とは、打ち合わせしといた方がいいんじゃない?」
緒美と直美が話している所へ、茜が声を掛けるのである。
「部長、空中機動って単独で、ですか? それとも AMF?」
「両方、必要よねー。先ずは単独で、スラスター・ユニットの制御を体験しておかないと、AMF でのフライトした時の緊急対応が出来ないだろうし。」
ここで緒美が言う『緊急対応』とは、飛行中に致命的なトラブルが発生した際の、HDG を AMF から切り離して HDG 単独でスラスター・ユニットでの飛行で帰還するシナリオの事だ。通常の戦闘機での『緊急脱出(ベイルアウト)』に相当する対応である。この為には第一に、HDG 単独で安全に飛行と着陸が実施可能である事が必要なのだ。
「HDG 単独での飛行は、わたしとブリジットのでデータ的には揃(そろ)っていると思いますから、制御は問題無いと思いますが。部長には飛行機部の機体での飛行経験も有りますし、空中感覚も大丈夫だと思います。 単独での飛行は、土曜日の昼間に一度、わたしとブリジットと一緒に飛んで体験すれば十分(じゅうぶん)じゃないでしょうか。そのあと、AMF でシミュレーター体験をやって、日曜日に AMF 実機でフライト、って感じで、どうでしょう?」
「まあ、そんな所かしらね。」
「それじゃ、その流れで明日以降の計画、立てておきましょうか。」
茜と緒美の発言の流れで同意した直美は、そう言った直後に思い出した様に畑中に声を掛けるのだ。
「ああ、畑中先輩。先輩達は今日迄(まで)の予定でしたよね。何か、連絡事項とか有ります?」
問い掛けられた畑中は、数秒、宙を見詰めた後に答える。
「いや、特には無いかな。HDG の追加分が無事に稼働したのを確認したし。ADF のメンテ事項とかの引き継ぎは済ませてあるから、あとは現場の片付けと、持ち込んだ工具類の梱包だけだな。予定通り、明日の朝には出発するよ。」
「そうですか、ご苦労様でした。」
「いやいや…。」
緒美に声を掛けられ、席を立った畑中は部室奥の出口へ向かおうとして振り向き、言った。
「…ああ、そうだ。今日の HDG の稼働ログ、本社の開発へ送っておいて貰えるかな?」
その要望には、樹里が直ぐに反応する。
「はい、承知してますよ。日比野さん宛で、いいんですよね?」
「うん、いいと思うよー。それじゃ、下に降りて、帰り支度してるから。」
「あ、畑中先輩…。」
出口へ向かって歩き出した畑中を、今度は緒美が呼び止めたのだ。
「…下に居たら、金子さんと武東さんに、こっちへ上がって来るよう、伝えてください。」
「了解(りょーかい)。」
一度立ち止まって返事をして、畑中は部室から出て行ったのだった。
そのあと、茜が少々唐突に、緒美に提案するのである。
「所で部長、HDG 0(ゼロ)号機の AI に、名前は付けないんですか?」
「名前って、A号機やB号機みたいに? さあ、考えてなかったわね。」
困惑気味に緒美が言葉を返す一方で、恵が言うのだ。
「A号機、B号機の流れで行くと、0(ゼロ)号機の場合は『O(オー)』で始まる名前かしら? 何か、思い付くのは無いの?部長。」
「だから考えてないってば。 何(なん)だったら、貴方(あなた)達で決めて呉れても…。」
そこに、ブリジットが割り込んで来る。
「ええ~ダメですよ、ここは部長がアイデア出さないと。」
「何時(いつ)までも『0(ゼロ)号機の AI』じゃ、今後呼び辛いですからね。別に、頭文字が『O(オー)』に拘(こだわ)る事もないんじゃないですか?」
その茜の提案には、恵が抵抗するのだ。
「え~、ここは拘(こだわ)る所でしょう?天野さん。」
「そうですか?」
そこで緒美は、茜とブリジットに尋(たず)ねるのである。
「そもそも貴方(あなた)達は、どうやって決めたの?名前。」
「いえ、特に理由は無くて。強いて言えば、何と無く?」
そう言って茜がブリジットに視線を送るので、ブリジットが続けて言うのだ。
「そうです、徒(ただ)の思い付きですよ。 何か無いですか?部長。」
「そう言われてもね…う~ん…。」
緒美は暫(しば)し宙を見詰め、そしてポツリと言うのである。
「…オフィーリア…って、何だっけ?」
緒美の言葉に真っ先に反応したのは、それ迄(まで)、黙って様子を見ていた佳奈である。
「あーそう、だっけ? 昔、読んだのかな…。」
名前を出した緒美自身は、自身無さ気(げ)でなのある。そんな緒美に、佳奈は進言するのだ。
「お姫様の名前ですけど、ちょっと不吉ですよーその名前。」
「何(なん)でよ?」
隣の席から瑠菜が尋(たず)ねるので、佳奈は普段と変わらないトーンで答える。
「うん、最後に発狂して自殺しちゃうのー。」
「え。」
瑠菜が言葉を失う一方で、恵が説明を補足するのだ。
「ああ、発狂は演技だったとか、自殺じゃなくて事故だったとか、解釈は幾つか有るみたいだけどね。まあ、死んじゃうって所は変わらないわね。わたしも読んだのは随分と前だから、細かい所はよく覚えてないんだけど。」
「まあ、『シェイクスピアの四大悲劇』の一つですからね、『ハムレット』って。」
そんな蘊蓄(うんちく)らしき事をクラウディアが言い出すので、ブリジットが問い質(ただ)すのである。
「貴方(あなた)は読んだ事、有るの?『ハムレット』。」
「いいえ。タイトルと粗筋(あらすじ)を一般常識程度に知ってるってレベルだけど。そもそも、古典は趣味じゃないのよ、わたしは。」
「だと思った。」
少し呆(あき)れた様に、ブリジットは言葉を返すのだった。そんなブリジットに、茜が声を掛ける。
「ブリジットは古典…って程でも無いけど、古めの文学作品好きだもんね。シェイクスピアとかも、読んだでしょ?」
「小学生の時だから、もう覚えてないわ。『ハムレット』は難しくて何か嫌な感じがした事しか覚えてない。」
そう言って苦笑いするブリジットに、恵が尋(たず)ねるのだ。
「ボードレールさんは、最近、どんなの読んでるの?」
「ああ、最近は漱石、ですねー。」
その答えを聞いて、感心気(げ)な直美である。
「へえ、意外だねー。」
「あはは、元は、うちの親の趣味なんですけどねー。」
「ブリジットの御両親は、筋金(すじがね)入りの日本マニアですから。」
茜のフォローを受け、恵は、ふとした疑問に就いてブリジットに訊(き)くのだ。
「あれ? ボードレールさんが読んだ『ハムレット』って原語版?だよね。」
「まさか。日本語訳のですよ。 うちの親は海外の作品でも、先(ま)ず日本語版を買って来るんです。時々、後で英語版やフランス語版を買って読み比べたりしますけど、基本は日本語版なんですよね。」
「うわあ…。」
絶句する恵に対し、茜は「ね、筋金(すじがね)、入ってるでしょ?」と言って、クスクスと笑ったのだ。
そこで直美が、横道に逸(そ)れた話題の軌道を修正するのである。
「それで、結局、名前の方はどうするのよ?鬼塚。」
「そうねー…もう、最初の思い付きでいいかしら?オフィーリアで。 縁起とか気にしないし、語感は好きだわ。 いいよね?森村ちゃん。」
同意を求められ、恵は微笑んで応える。
「部長が宜しければ、いいんじゃないですか?」
「それじゃ、そう言う事で。 Ruby、貴方(あなた)もいいかしら? 今後、『Ophelia(オフィーリア)』の呼称は、HDG 0(ゼロ)号機の AI、又は 0(ゼロ)号機自体を指す場合が有ります。」
緒美の宣言を受け、Ruby の合成音声が返って来る。
「ハイ、呼称『Ophelia』を登録しました。 Sapphire、Emerald、Pearl へも呼称指定を展開します。」
「はい、お願いね。」
そんな遣り取りをしている最中、部室奥のドアから金子と武東が入って来るのだ。
「何、何? 何(なん)の話?」
早足で緒美に近付き乍(なが)ら、金子が声を掛けて来る。
「0(ゼロ)号機の呼称を、決めてたのよ。」
「へえ、何(なん)て?」
その金子の問い掛けに、いち早く答えたのは直美である。
「Ophelia、だって。」
「へー、『ハムレット』かあ、いいじゃん。鬼塚が使う機体になら、お似合いだと思うよ。」
金子の評に対して、微笑んで緒美は「どう言う意味かしら?」と問い掛ける。
一方で、直美が金子に対して言うのだ。
「金子が『ハムレット』とか知ってるとは、意外だったわー。」
「シェイクスピアだったら『ハムレット』とか『ロミ・ジュリ』辺りなら、一般常識でしょ? わたしの事、どう思ってたのよ?新島。」
「それは失礼したわ。それじゃ、読んだ事は有るのね?」
「あははは、それは無い。言ったでしょ、『一般常識』だって。」
ニヤリと笑う金子に対して、直美は呆(あき)れた様に「なんだ。」と、一言のみを返すのだった。
その事には特に反応せず、金子は緒美に問い掛ける。
「それで?わたし達が呼ばれたのは?」
「明日からの、作業予定の調整。土日で、0(ゼロ)号機の空中機動確認とかやりたいから、飛行機部の予定とか摺(す)り合わせが必要でしょ?」
「あー、了解、了解。」
そう声を上げ乍(なが)ら金子は、武東と共に空いている席へと移動するのだ。
「所で、お二人は下で何をしてたの?」
席に着く二人に、恵が問い掛ける。それに答えたのは、武東である。
「主に試作部の皆さんの、帰り支度のお手伝い。序(つい)でに、世間話的に、試作工場の様子とか聞かせて貰ってたの。卒業後の配属先希望とか出さなきゃだしねー。情報収集よ。」
「山梨の試作工場は、天野重工じゃ航空機試作開発試験の中心地だからねー。」
武東に続いて、声を上げたのは金子である。それには、感心気(げ)に直美が言うのだ。
「流石、卒業後を睨(にら)んで動いている訳(わけ)だね。わたしらも考えとかないとねー、ねえ、森村。」
「あはは、そうだねー。」
直美に同意する恵に対して、金子は言うのだ。
「貴方(あなた)達は、大丈夫でしょ? 既に十分(じゅうぶん)、会社に貢献してるんだから。二年、一年含めて、兵器開発部のメンバー達の先先(さきざき)は安泰(あんたい)でしょ。対してわたし達、一般生徒は、頑張って会社にアピールしとかないと、さ。希望の配属先、ゲットしたいじゃない?」
「大丈夫じゃない? 少なくとも金子ちゃんは、十分(じゅうぶん)、目立ってるから。」
緒美は然(そ)う金子に告げると、くすりと笑うのである。
「ええ~そうかなあ…。」
何故か照(て)れた様に反応する金子の肩をポンと叩き、武東がニヤリと笑って言うのだ。
「博美、鬼塚さんは『悪目立ちしてる』って言ってるのよ。」
「えっ、そうなの?鬼塚。」
驚いた様に聞き返す金子に、緒美は真面目な顔で、普通の調子で言葉を返す。
「そんな事は無いわ。 思ってても言わないから、安心して。」
「思ってんじゃん!」
金子のツッコミに、一笑いした緒美は真面目な顔に戻って宣言する。
「それじゃ、打ち合わせ、始めましょうか。」
その日の部活は、それから一時間ほど続いたのだった。
- to be continued …-
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STORY of HDG(第20話.06)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-06 ****
「その言い方は、誤解を招きますよ?桜井一佐。」
苦笑いしつつ立花先生が、桜井一佐に声を掛けたのだ。
桜井一佐は微笑んで立花先生へ視線を送り、正面へ視線を戻して言い直す。
「そうですね、今回の作戦に投入するミサイルが足りない、と言う訳(わけ)では、勿論ありません。」
「えーと…どう言う事ですか?」
そう、素直に聞き返すのは直美である。その問い掛けに、即座に声を上げたのは緒美なのだ。
「今回の作戦にミサイルを使ってしまうと、必要な備蓄が足りなくなるって、そう言うお話でしょうか?」
「流石に、鬼塚さんは察しがいいわね。」
緒美の発言に応えた桜井一佐は、微笑んで頷(うなず)いて見せるのだ。
そこで緒美の背後から、恵が声を掛ける。
「備蓄?が、問題なの?」
その声で恵の方に目を遣った茜は、スッと席を立って言うのだ。
「あ、恵さん。わたしが…。」
「ありがとう、お願いするわ、天野さん。」
茜は瑠菜の背後を抜けて恵の方へと歩み寄ると、恵が右手に持っていた紅茶のカップが乗せられたトレイを受け取るのだ。その紅茶は来客である三名、詰まり桜井一佐、天野理事長、そして塚元校長の為に淹(い)れられたものである。
恵がトレイを持って来客達が座って居る部室入口側へ回るには、聊(いささ)か通る経路が窮屈であり、その中間位置に座って居た茜がトレイを受け取りに行ったのである。
茜の両隣に座って居た瑠菜とブリジットは、一度、席を立って通り道を空け、そして茜は桜井一佐、塚元校長、天野理事長の順で、紅茶の入ったカップを置いて行く。一方で席を立った瑠菜とブリジットは、恵と手分けして他の部員達にカップを配ったのである。
「あら、いい香りね。それじゃ、いただきますね。」
桜井一佐は一口、紅茶を飲んでカップを机へと戻すのだ。それから、話を戻すのである。
「それで、備蓄の話、だったかしら?」
そう切り出す桜井一佐に、直美がニヤリとし乍(なが)ら問い掛けるのだ。
「因(ちな)みに『備蓄』って、どの位(くらい)、必要なんです?桜井さん。」
それには桜井一佐もニヤリと笑い返して、応えるのだ。
「具体的な数や量は、それこそ防衛政策上の重要機密ですから答えられませんけど。常に一定量のストックが無いとマズい事は、解るわよね?」
「それは極端な話、戦闘機が何百機、揃(そろ)ってたとしても、ミサイルが一発も無ければ、戦闘機は役に立ちませんから。」
「そう。それはミサイルに限った話しではなくて、燃料にしても交換部品にしても、搭乗員や整備員、後方の事務担当まで、全部が揃(そろ)ってないと防衛力は維持、発揮が出来ないの。まあ、今回はミサイルに限った話だけど。」
そこで緒美の後ろに立った儘(まま)の恵が、桜井一佐に問い掛けるのである。
「その備蓄が必要なのは、エイリアン・ドローンの襲撃が今後も、何時(いつ)起きるか分からないから、ですか?」
「勿論、それもあるけれど。防衛軍はエイリアン・ドローンだけを相手にしている訳(わけ)ではないの。 知ってるとは思うけど、日本に対する敵視政策を続けている国が近隣に二つも有って、極東でのロシアの動きには今でも不審な事例が見られるわ。」
桜井一佐の説明に続いて、茜が尋(たず)ねる。
「今のロシア政府は、西欧との融和政策を取っているのでは?」
その質問には、天野理事長が答えるのだ。
「ロシアの現政権、今の大統領の意思は信用に値するとは思う、だが、旧来の対立思考や強硬路線を捨てられない政治家や軍人が、まだ少なからず存在している、と言う話だ。そう言う人物の全員が退場しても、政治や社会の思想が入れ替わるのには、順調に行っても、あと五十年は必要だろうな。」
「そう言った人達が、首都(モスクワ)から遠い極東に集まって現政権の転覆を目論んでいる、なんて見立ても有ると聞いていますから、何にしても油断はしないのに越した事は無いでしょう。」
天野理事長に続いて桜井一佐は、そう言った後でカップに残っていた紅茶を、ぐいと飲み干し、そして言うのだ。
「ともあれ此方(こちら)としては、防衛態勢に僅(わず)かな綻(ほころ)びでも、見せる訳(わけ)にはいかないのです。隙(すき)を見せた結果として、向こうに変な気を起こさせては、あとが厄介ですし、お互いに不幸な事ですからね。」
そこで緒美が右手を肩程に上げ、そして発言する。
「それで、そもそもミサイルが不足しそうになっている原因、それは矢っ張り、エイリアン・ドローンの飛来数が、ですか?」
「ええ、そうよ。」
桜井一佐は大きく頷(うなず)いて見せ、言葉を続ける。
「防衛軍、防衛省も政府のお役所の一つだから、基本的には年度初めに決定される予算に基づいて活動してるのだけれど。当然、ミサイルの購入数も、その予算で枠が決定されるわ。その予算は、昨年度の実績をベースに今年度に必要になるであろう数量を予測して決定される訳(わけ)だけど…。」
「今年は、予測よりもエイリアン・ドローンの飛来数が多かった、と?」
先回りして発言した緒美に続いて、恵が呆(あき)れた様に言うのだ。
「それで年度末が近くなって、予算が足りなくなったんですか?」
それには流石の桜井一佐も苦笑いを浮かべ、反論するのである。
「予測よりも、実際の方が多かったのは事実だけど。だからと言って、目前(もくぜん)の防衛行動に必要な装備品を購入する予算が組めない、なんて事は無いわよ。見通しが立った時点で其(そ)の都度、備蓄に不足が起きないように追加の発注は掛けているのだし。 徒(ただ)、今年は以前よりも飛来の間隔が短い上に、一回当たりの飛来数も増加が激しくてね。」
「まあ、発注したからって三日や四日で納入される様な、そんな品物でもないでしょうし。」
溜息混じりに緒美が言うので、苦笑いし乍(なが)ら天野理事長が桜井一佐に向かって言うのだ。
「あれで、なかなかの精密器機ですからな。国内の製造担当各社も、現状で受注残を熟(こな)すのに一杯一杯だと、聞いていますよ。」
「それでも、調達する算段は付いているんでしょう?」
塚元校長に然(そ)う尋(たず)ねられ、一度、息を吐(は)いて、桜井一佐は答える。
「まあ、一応。在日米軍の在庫を供与して貰うとか、米軍向けの発注の一部を振り向けて貰うとか。 米軍も、それ程、余裕が有るって訳(わけ)でもないらしいのですが、こう言う時の為の同盟関係ですから。」
「米軍から、ですか?」
少し意外そうに、直美が聞き返した。
「戦闘機は完全国産化しましたが、搭載兵装の半数に敢えて米英製を採用して共通性を確保しているのは、こんな時の為です。別に、同盟国に対する『お付き合い』だけで、ミサイルとかを米国や英国から購入している訳(わけ)じゃ無いのよ。」
「へえ。」
直美は一言、気の抜けた様な、感心した様な声を返すのだった。
それに対して天野理事長が、追加の説明をする。
「それに、機械である以上、製造不良や設計ミスでリコールが掛かる危険性は常に有る。同じ製品で統一してあると、そう言った時に一度に全部が使用不可になる。詰まり、防衛力が一気にゼロだ。」
脅かす様な天野理事長の解説に、緒美の後ろに立った儘(まま)の恵が一言を返すのだ。
「それは怖いですね。」
今度は桜井一佐が、苦笑いで言うのである。
「なかなか、そう言った事が理解されなくて。装備品は国産で統一する可(べ)きだ派と、国産はコスト高だから全て輸入にしろ派って、両極端な派閥が今(いま)だに居てね、何時(いつ)も色々と面倒臭(めんどうくさ)いのよ。」
「あはは、お察しします。」
笑って労(ねぎら)いの言葉を贈る恵であるが、そんな彼女に立花先生が声を掛けるのだ。
「それはそうと、恵ちゃん。そろそろ、座ったら?何時(いつ)までも立ってないで。」
立花先生の発言を受けて、樹里が一つの空席を挟(はさ)んで座って居る維月に、手招きをしてみせるのだ。
「ああ、ゴメン。気が付かなくて。」
そう言って維月が樹里の隣の席へと移ると、続いて維月の隣だったクラウディアが、維月が居た席へと移るのだった。
クラウディアの隣に居たのが畑中だったのだが、畑中に対しても立花先生は無言で手招きをして見せる。
「あー、俺もですか。」
畑中が席を移ると、緒美の右隣の席が、一つ空くのだ。
「あ、なんだか、すいません。」
そう言いつつ、恵は緒美の隣の席にと着く。
そんな一方で、桜井一佐が発言するのだ。
「さて、話題が少々、回り道したけれど。そう言った事情を鑑(かんが)みて、天野重工さんには、次の迎撃作戦で積極的な、AMF からのレーザー砲狙撃をお願いしたいの。」
「成(な)る可(べ)くミサイルを節約したい、と。」
少し意地悪に、茜が確認するのだが、それは意に介さない様子で桜井一佐はキッパリと答える。
「そう言う事。 今回は海防も、イージス艦に加えてレーザー砲とレールガンの搭載実験艦を、参加させる方針なの。」
「九月の終わり頃に一度、試験的に投入してましたよね? 実戦投入が出来る段階(レベル)に、開発が進行したのでしょうか?」
興味津々と言った体(てい)で、立花先生が食い付いて来るのだ。しかし桜井一佐は微笑んで、話を天野理事長に振り直すのである。
「さあ、わたしは空防の所属ですので、詳しい事は知りませんが。海防の担当者は、自信満々だったそうですよ。 その辺りの事情は、わたしどもよりも会長さん達の方が、お詳しいのではありません?」
「いや、他社が受注した案件ですから、わたしも詳しくは知りませんな。」
天野理事長も微笑んで、即座に否定するのである。これが本当に知らないのか、或る程度は知っているが敢えて知らないと言っているのか、それは天野理事長本人にしか判らない。だから桜井一佐も、深くは追求しないのである。
「そうですか。 さて、防衛軍から明かせる事情としては、以上です。我々としては、十月の初めに見せて頂いた AMF の狙撃能力に、大いに期待しているのですが、御協力を願えますか?」
桜井一佐に言われ、思わず茜は緒美の方へ視線を送る。緒美と茜が返事に逡巡(しゅんじゅん)している僅(わず)かな間(ま)に、ブリジットが右手を机の上から小さく挙げ、桜井一佐に問い掛けるのだ。
「あの、AMF のレーザー砲だけ、当てにされてる様子なんですが、B号機のレールガンは計算には入ってないんでしょうか?」
ブリジットにニッコリと笑い掛け、桜井一佐は答える。
「B号機のレールガンは装弾数に限度が有る仕様ですから、前回と同じく『ペンタゴン』の狙撃に専任で、お願いします。『ペンタゴン』が居るか居ないかで『トライアングル』の動き、特に回避機動に大きな差が出る事は、前回までの迎撃作戦で実証されたものと判断していますから、B号機の任務は重要ですよ。その任務に関しては、『ペンタゴン』の位置を特定する、C号機も同様に重要です。『ペンタゴン』の排除が出来れば、『トライアングル』に対するミサイル命中率の向上が期待出来ますからね。」
「分かりました。」
桜井一佐の説明にブリジットが納得する一方で、緒美が声を上げるのだ。
「桜井さん。それでは、HDG 各機は基本的に後方からの長距離狙撃と電子戦で参加、と言う事でいいんですね?」
「勿論です。民間協力者を盾にする様な作戦は、考えていません。但し、それでも前回の様に、気付かない内にエイリアン・ドローンに接近される危険性は、完全に否定は出来ません。極力、その様な事態にならないよう、援護態勢は整えたいと考えていますが。」
緒美は視線を茜に向け、尋(たず)ねるのだ。
「どうかしら?天野さん。」
「いいんじゃないですか? もしも接近されたら、其(そ)の時は其(そ)の時で、柔軟に対処するだけです。予(あらかじ)め、そんな細かい状況まで想定するなんて、そもそも不可能ですから。」
茜の返事を聞いて、緒美はブリジットとクラウディアにも意思を確認するのである。
「ボードレールさん、カルテッリエリさんも、大丈夫?」
「はい。」
「問題無いです。」
ブリジットとクラウディアも、相次いで承諾の返事をするのだった。
それを確認して、桜井一佐はスッと席から立ち上がるのだ。
「いい返事が聞けて、来た甲斐が有ったと言うものだわ。作戦の詳細に就いては、又、後日に連絡させて頂きます。宜しいかしら?」
そう桜井一佐が緒美に向けて言うので、緒美は応える。
「その辺りの遣り取りは、従来通り、本社の方(ほう)と、お願いします。それで、いいですよね?理事長。」
「ああ、構わないよ。皆は詳細が決まる迄(まで)は、学業の方に専念してて呉れたらいい。」
頷(うなず)いて然(そ)う言う天野理事長に、桜井一佐が告げるのだ。
「それでは、その様に。其方(そちら)側の窓口は、今迄(いままで)通り飯田さんで?」
「そうですな、いいでしょう。飯田君には、わたしの方からも一言、言っておきますよ。」
「宜しくお願いします。」
桜井一佐は小さく頭を下げると、「では、わたしはこれで。」と告げて部室の出入り口へ向かうのだ。
「もう、お帰りですか。宜しければ、このあと食事でも?」
そう天野理事長に声を掛けられて、ドアの前で立ち止まった桜井一佐は振り向いて応える。
「いえ、今日中に空幕へ戻らないとならないので。帰りの足も手配済みですし。」
天野理事長も席から立ち、言葉を返す。
「そうですか、なら、下までお見送りしましょう。 校長。」
「そうですわね。」
促(うなが)され、塚元校長も席を立つのだった。
そして振り向き、天野理事長は緒美達へ声を掛けるのである。
「又、キミ達には無理をさせる事になって申し訳無く思っているが、宜しく頼むよ。現状で、キミ達に頼るしかないのは、大人として情け無い限りではあるが。」
「いえ、わたし達に出来る事でしたら。」
緒美が短く言葉を返すと、天野理事長は唯(ただ)「そうか。」とだけ、呟(つぶや)いたのだった。
「それでは皆さん、又、後日。 あ、紅茶、ご馳走様。」
桜井一佐は微笑んで礼を述べ、ドアを開けて部室から出て行く。続いて天野理事長と塚元校長も、退室していくのだ。
「それじゃ立花先生、あとはお願いね。皆さんも、あまり遅くまで部活を頑張り過ぎないように。 美味しい紅茶をありがとう、森村さん。」
そう言い残して、塚元校長はドアを閉めた。
三人が外階段を降りて行く、足音が部室の中に聞こえていたが、間も無く其(そ)れも聞こえなくなるのである。
部室の外、第三格納庫東側の外階段の下には、黒塗りの自動車が二台、駐まっている。先頭の一台は理事長と校長が乗ってきた物で、後側の一台は陸上防衛軍所有の車輌である。車外には理事長秘書である加納と、桜井一佐の秘書担当である航空防衛軍の若い士官とが、立ち話をしていた。陸防車輌の運転席には、車輌を貸し出した陸防に所属する下士官が、車輌の管理担当兼運転手として待機しているのだ。
加納と秘書役の士官は、上司上官が出て来た事には直ぐに気が付き、それぞれの持ち場に戻る。
桜井一佐の秘書役の士官は、階段を降りて来た桜井一佐の為に車輌のドアを開けた。
「ありがとう、お待たせしたわね。」
乗り込もうとする桜井一佐に、天野理事長が声を掛けるのだ。
「その車で東京まで?」
「あはは、まさか。近くの駐屯地で借用しただけですよ、運転手付きで。 駐屯地に戻ったら、そこに連絡機が迎えに来る予定です。」
「そうですか、では、お気を付けて。」
「はい。重ねて、御社の協力には感謝致します。」
「会社に対しては兎も角だが、あの子達の功労には、何らかの形で報いてやりたいですな。」
「ええ…でも、防衛軍に出来る事は、あまり思い付きませんが。 個人的にでも何か、考えてあげたいですね。」
「そう言うお気持ちで居て頂けるのであれば、有り難いです。」
「では、今日はこれで、失礼します。」
桜井一佐は天野理事長に一礼して、陸防車輌の後席に腰を下ろす。秘書役の士官がドアを閉めると、彼は車輌の前を左側へと回り、助手席へと乗り込むのだ。
陸防の車輌は、そこで二度三度と前後し乍(なが)ら切り返してUターンを行い、車体が逆方向へと向いた所で加納が助手席の側へと歩み寄り、窓ガラスをコンコンとノックするのだった。
秘書役の士官が窓ガラスを降ろすと、加納は言うのだ。
「帰り際、出口で警備の担当者に入場証を返すのを忘れないでくださいね。」
「ああ、はい、了解です。 それでは加納さん、お元気で。お会い出来て良かった。」
「又、何時(いつ)か機会が有りましたら。」
二人は握手を交わし、そして加納が車輌の傍(そば)から離れると、窓ガラスが上げられ車輌は走り出すのである。
「知り合いだったかね?加納君。」
「いえ、何故だか彼方(あちら)が一方的に、わたしの事を知っていた様子でしたが。」
天野理事長の問い掛けに、少し照(て)れたように加納が答えると、塚元校長が笑って言うのだ。
「加納さんも、なかなかに有名人みたいですわね。」
「知られているのは、『悪名』だと思いますけど。」
「あはは、そうでもないだろう? さて、それじゃ我々も引き上げるとするかな。」
そうして三人が乗り込んだ自動車は、校舎の方へと走り去ったのである。
- to be continued …-
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第20話.05)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-05 ****
「先生の様子は?森村ちゃん。」
緒美の問い掛けに、恵は表情を変えずに答える。
「明らかに、善(い)いお話じゃなさそうなの。お客さんも、来てるし。」
そう言うと、恵は緒美にタオルを手渡すのだ。そのタオルで額の汗を拭(ぬぐ)う緒美に代わって、直美が恵に尋(たず)ねる。
「お客さん、って?」
「防衛軍の桜井さん。あと、理事長と校長も。」
「うえー…。」
直美が感想を素直な声にするので、緒美はくすりと笑って其(そ)の場の一同に声を掛けるのだ。
「それじゃ、お待たせしちゃ悪いから。皆(みんな)、急いで部室へ戻りましょうか。」
「あ、それなら道具の片付けとか、わたし、やっておきますから。先輩達、お先にどうぞ。 そもそも、わたしは部員じゃないですし。」
九堂が然(そ)う申し出るので、維月が続く。
「だったら手伝うよ、九堂さん。わたしも部員じゃないし。」
「あれ?井上さん、そうだっけ。」
「そうだよ。」
意外そうな顔の九堂に、維月は微笑んで答える。一方で其(そ)の二人に、緒美が声を掛けるのである。
「じゃ、申し訳無いけど、お願いするわね。九堂さん、井上さん。」
そうして、緒美、直美、恵、茜、ブリジット、そしてクラウディアは、その場を離れて部室へと向かったのだった。
緒美達は部室に向かう途中で、瑠菜と佳奈、そして畑中と合流し、階段を上がって二階通路を抜けて部室奥側のドアから中へと入る。樹里は本社開発部へ今日のデータを送る為に一足(ひとあし)先に部室に戻って来ており、その隣には立花先生の姿があった。そして、普段は茜やブリジットが座って居る入口側の席には、防衛軍の桜井一佐と、その両サイドに塚元校長と天野理事長が着席していたのだ。
防衛軍の制服姿で着席している桜井一佐の存在は、兵器開発部のメンバーには見慣れた部室に於(お)いて、一種異様に見えたのである。
「皆さん、こんな所迄(まで)、ご苦労様です。」
先(ま)ず、緒美が然(そ)う挨拶をすると、桜井一佐がニッコリと笑い言葉を返すのだ。
「いえ、急に押し掛けて、ごめんなさいね。」
「取り敢えず、挨拶は抜きでいい。早早(そうそう)に本題に入るから、皆(みんな)、適当に座って呉れ。」
天野理事長が穏(おだ)やかに着席を促(うなが)すので、緒美から順々に空いた席にと座っていく。唯(ただ)、一人、恵は部室奥側のシンクの方へと進み乍(なが)ら言うのだ。
「兎も角、お茶位(くらい)は、お出ししましょうか。」
「いいのよ、用が済んだら直ぐに帰るから、どうぞ御構(おかま)い無く。」
桜井一佐が声を掛けるが、恵は意に介さない。
「お話の方、始めてください。わたしの事は、気になさらず。」
「あ、お手伝いします。」
そう言って茜が席を立とうとするのだが、茜の右隣に着席している瑠菜が、立ち上がる茜の右袖を引っ張って、言うのだ。
「天野、貴方(あなた)は座って聞いてなさい。どうせ、ドライバー担当の一年生が、一番聞いてなきゃいけない、お話だろうから。」
「ああ…はい。解りました。」
茜は席に、座り直す。恵は、そんな茜に声を掛けるのだ。
「お茶を淹(い)れるのは、手が足りてるから大丈夫よ。ありがとうね、天野さん。」
「そう言う事ですので、始めてください。」
続いて、緒美も然(そ)う言うので、桜井一佐は天野理事長の方へと視線を送るのだ。それに対して天野理事長は小さく頷(うなず)いて見せるので、桜井一佐は其(そ)れを確認して正面側に座って居る緒美の方へと向き、話し始める。
「では。 皆さんは察しが良さそうなので、わたしがここに来ている時点で、用件の向きに関しては見当が付いている事と思いますが。」
「と、言う事は、矢っ張り、ご用件は次の作戦への協力要請でしょうか。」
間髪を入れず、緒美は桜井一佐に確認するのだ。桜井一佐は一瞬だけ苦い表情をしたが、冷静に答えるのだ。
「まあ、そう言う事です。」
続いて、直美が朗(ほが)らかに発言する。
「そう言う事でしたら、理事長や先生方(がた)に伝えて頂ければ。わざわざ、ここ迄(まで)いらっしゃらなくても。」
「今回は、少し事情が違うので。その辺り、直接、説明しておかなければ、と。 民間の、しかも未成年者である貴方(あなた)達に協力を要請するのに当たって、100パーセントの安全を約束は出来ませんので。事が事だけに、ですね。」
「事情、と言われますと?」
厳しい表情で話す桜井一佐に、真面目な顔で緒美が問い返した。桜井一佐は、落ち着いた様子で説明を続ける。
「今回、一番、様子が違うのは、観測された『ヘプタゴン』の数が、十二機と、過去最多である事です。これ迄(まで)で最多だった前回が八機でしたから、一気に 1.5倍です。」
「すると、エイリアン・ドローン…『トライアングル』の数で、百四十四機、ですね。」
そう計算して見せたのは、緒美である。それを聞いたメンバー達は、少し騒(ざわ)めくのだが、それには構わず桜井一佐が言葉を続けるのだ。
「勿論、その全機が一箇所に殺到する訳(わけ)ではないと思っていますが、しかし、前回は降下して来た『トライアングル』の凡(およ)そ半数が九州西部から此方(こちら)へと向かって飛来しました。だとすれば、今回も七十機を超える数に対処しなければならない事は、覚悟しておく必要が有るでしょう。我々としては、常に最悪のシナリオを見据えて、準備をしておかなければなりません。」
厳しい表情の桜井一佐に、今度は真面目に直美が尋(たず)ねる。
「それは、何時(いつ)ぐらいだと、見込まれているんですか?」
「予測では13日、来週の火曜日には地球軌道に到達する計算ですから、早ければ翌、水曜日。まあ、気象条件次第で三日位の幅は有るのでしょう。」
それを聞いて指折り数えているクラウディアが、ポツリと言うのだ。
「なら、後期中間試験の前には終わる予定ね。」
クラウディアの発言を聞いた塚元校長が失笑するので、天野理事長が苦言を呈するのである。
「校長、真面目な話をしているのだが。」
「失礼しました。」
澄ました顔で、一言を返す塚元校長に、クラウディアが少しだけ申し訳無さそうに謝意を伝えるのだ。
「すみません、不謹慎でしたでしょうか?」
「いいえ、学生として、至極、真っ当な感想ですよ。」
クラウディアは塚元校長の回答を得て、小さく頭を下げて見せるのだった。
続いて、桜井一佐は一度、咳払(せきばら)いをして、仕切り直すのだ。
「では、続けますけど。よろしいですか?」
「どうぞ。お願いします。」
その、緒美の返事を受けて、桜井一佐は説明を再開するのである。
「さて、先述の通り、記録的な数のエイリアン・ドローンに依る襲撃が予測されるので、天野重工さんには前回と同じ編成での電子戦支援を依頼したい訳(わけ)です。これも前回と同様に、参加各機への護衛態勢を準備して、民間協力者の安全には最大限の配慮を、お約束します。」
そこで、桜井一佐が自身の左隣へ、詰まり塚元校長へと視線を送るものだから、塚元校長が緒美達に向けて口を開くのだ。
「念の為に、皆さんには言っておきますけど。 学校の判断として、当校の生徒が軍事作戦に協力する事は、賛成はしておりません。徒(ただ)、本校は天野重工の下部組織である以上、本社の経営判断には従わざるを得ません。但し、会社も学校も、それから政府であっても、皆さんの命に関わる様な活動への服務を命令する事は出来ませんので、嫌だったら素直に拒否していいんですよ。 こんな言い方は、責任逃れをしているみたいで、わたしも嫌ですけれど。」
続いて、苦い表情で天野理事長が発言する。
「会社としても、若い諸君等(ら)に危険な任務を押し付けるのは本意ではない。 とは言え、HDG を効果的に活用出来る人員が、現状で諸君達だけだと言うのも、一方での事実だ。だから、諸君が次の作戦への協力を了承するのであれば、会社側として全面的にサポートする、そう言うスタンスだ。」
「それって、『判断を丸投げします』って言ってるのと同じじゃないですか。」
落ち着いた口調で天野理事長に噛み付いたのは、茜である。実際、その場に居たメンバーの多くは、茜と同じ感想を持っていたのだが、それを茜が口に出来るのは、茜が天野理事長の身内であるからなのは言う迄(まで)もない。
憤(いきどお)ると言うよりは、半(なか)ば呆(あき)れている表情の茜に、微笑んで緒美が言うのだ。
「天野さん、余り理事長を責めては、可哀想よ。理事長には、お立場も有るんだし。」
「それは、解ってますけど。」
天野理事長は苦笑いで、発言を続ける。
「まあ、そう言われても仕方無い事は、承知しているよ、天野君。」
天野理事長に続いて声を上げたのは、直美である。
「それで、わたし達の判断を確認する為に、わざわざ、お三方(かた)がいらした訳(わけ)ですか。」
「そう言う事だな。 それで、どうだろう?鬼塚君。」
直美の問いに同意して天野理事長は、緒美に意思を確認するのだ。緒美は一呼吸置いて、答えるのである。
「わたしも理事長達と同じで、おいそれとは判断出来ないですね。実際に現場に立つのは、天野さん達一年生ですから。 天野さん、如何(いかが)かしら?」
「ちょっと待ってください、部長…。」
茜は然(そ)う言って判断を保留した後、桜井一佐の方へと向き直る。
「桜井一佐、前回と違う事情って、敵の数の問題だけ、でしょうか? 他にも何か有れば、先にお聞かせ願いたいのですが。」
問い掛けられた桜井一佐は一瞬、「ふっ」と笑って、それから説明を始める。
「勿論、その説明をする為に此方(こちら)まで出向いて来たんですから。説明の途中で結論を出す流れになったので、どうしようかと思っていた所ですよ。」
「あ、矢っ張り。それでは続きを、お願いします。」
茜が微笑んで桜井一佐に声を掛けると、ばつが悪そうに天野理事長が桜井一佐に詫(わ)びるのだ。
「申し訳無いね、桜井さん。少しばかり話を急いでしまった。」
「いえ、我々よりも生徒さん達の方が冷静な様子で。 それはそれで、心強い事ですわね。」
桜井一佐が天野理事長に向かって、そんな事を言うから塚元校長が思わず口を滑らすのである。
「それが、わたしには頭痛の種なんですけれどね。」
「あら、それは大変ですわね。 天野重工さんの方(ほう)で持て余している様でしたら、装備とセットで生徒の皆さんを防衛軍で引き取らせて頂いても構いませんよ。防衛軍は、優秀な人材は大歓迎ですので。」
笑顔で桜井一佐が然(そ)う言うと、二十歳ほど年長である塚元校長も桜井一佐に負けない笑顔で言い返すのだ。
「生憎(あいにく)と、本校の生徒は売り物ではありませんし、特に持て余しても居(お)りませんので。」
「そうですか、それは残念です。」
桜井一佐が返事をすると、二人は揃(そろ)って「うふふふ。」と笑うのだった。
そこで天野理事長が、桜井一佐に声を掛けるのである。
「桜井さん、彼女達は当社の将来の幹部候補生として、育成中の学生だからね。余所(よそ)にやる訳(わけ)には、いかないんですよ。」
「ええ、その辺りの事情は御社(おんしゃ)の飯田さんから伺(うかが)っておりますので、承知しておりますよ、天野会長。」
「なら結構。」
大人達の、そんな遣り取りに一段落が付いた所で、緒美が声を上げるのだ。
「それで桜井さん? お話の続きを。」
「ああ、ごめんなさい。」
そして桜井一佐は数秒間、考えた後に話し始める。
「回りくどく話してみても仕方が無いので、はっきり言ってしまいますけど…。」
一拍置いて、桜井一佐が続けた言葉に、兵器開発部のメンバー達は、それぞれに驚いたのである。
「ミサイルが、足りません。」
「え?」
声を上げて反応したのは、茜とブリジットの二人である。
他のメンバー達は、黙って顔を見合わせていたし、緒美は右の人差し指を眉間(みけん)に当て、目を閉じて俯(うつむ)いてしまったのだった。
- to be continued …-
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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。
STORY of HDG(第20話.04)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-04 ****
緒美は今迄(いままで)通りに一歩引いて茜からの打ち込みを払い、茜の側は続いて二打目、三打目と打ち込みを続けるのだ。緒美の右上から打ち込まれた三打目を、右から左へと強めに打ち払うと、茜は上半身を自身の右方向へと大きく捻(ひね)り、マニピュレータに持ったパイプを後方へと振るのだった。
「はい、今!」
緒美のレシーバーに直美の声が響いたが、突然の呼び掛けに緒美は反応出来ない。その僅(わず)かな時間に茜は手首を返し、パイプの先端を四打目の軌道へと向かわせるのだ。
緒美が咄嗟(とっさ)に二歩下がり、茜との間合いを取ると、茜はそれ以上に間合いを詰める事はせず、パイプを正面中段に構え直す。
両者が向き合って動きを止めると、緒美が直美に向かって言うのだ。
「ごめん、新島ちゃん。反応出来なかった。」
「気にしないで、次へ行きましょう。」
「でも、そのタイミングで、どう動けばいいのかが、判らないのよ。」
「そんなの考えてたら、その隙(すき)に相手が切り返して来るわよ。取り敢えず考える前に一歩、踏み込みなさい。その後は身体の方が付いて来るわ、きっと。」
そこで、茜が声を掛けて来る。
「ちょっと、いいですか?部長。」
「何かしら?天野さん。」
「えーと、副部長の仰(おっしゃ)る事で、大体いいです。反撃の意思、と言うかイメージと、攻撃する箇所を意識すれば、後は HDG の方が動きを調整して呉れますから。その動きに逆らわなければオーケーですよ。」
茜はパイプを正面に構えた儘(まま)、そう説明するのだ。対する緒美も、パイプを構えた儘(まま)で茜に応じる。
「解ったわ。やってみる。」
「それじゃ、行きますよ。」
「どうぞ。」
緒美の返事を聞いて、茜は直様(すぐさま)、打ち込みを再開するのだ。今迄(いままで)と同様に一打、二打と、続けて打ち込むのを、同じ様に緒美も其(そ)れを払い続ける。
緒美の左側面から水平に入って来る四打目を、下側から上へと払い除けると、その反動で茜はパイプを上段後方へと大きく振り上げた。
「はい、今!」
再(ふたた)び、直美の声がレシーバーから聞こえて来る。今度は、緒美は右脚を軸に左脚を前へと踏み込み、茜の四打目を払う為に振り上げたパイプの軌道を頭上で修正し、茜の左脇腹辺りを目掛けて振り下ろすのだ。
反撃を受けた茜は、一歩後退しつつ頭上に有ったパイプの軌道を振り下ろされる緒美のパイプの軌道に交差させて、鋭い衝突音と火花を散らして、お互いの顔の前で攻撃を払い除けるのだった。
右方向へと打ち込みを払われた緒美は、咄嗟(とっさ)に左手を放してしまい、パイプを右側マニピュレータのみで保持した状態で後ろへと腕を振る状態となった。茜は其(そ)の間に手首を返し、水平に左から右へとパイプを走らせるのである。
緒美は慌(あわ)てて二歩、跳(と)ぶ様に後退して、体勢を立て直すのだ。
茜のパイプが横に一閃、今度は空を切った後に、茜も速(すみ)やかに正面中段に構え直し、緒美に声を掛けるのである。
「今の、いいですよ。反撃の一打目の後、攻勢が維持出来れば、もっといいです。」
「うん、何と無く解って来たわ。」
その緒美の茜への返答に、直美が尋(たず)ねるのだ。
「鬼塚、それじゃ、もうタイミングの指示はしなくても良さそう?」
「そうね、ありがとう。後は、自分で判断してみるわ。」
「了解(りょーかい)、頑張って。」
そして再開した緒美と茜の打ち合いは、三打、若(も)しくは四打目に攻守が入れ替わる展開となり、その入れ替わりが三度、四度と、回を重ねていったのである。それは段々と勢いを増し、ステンレス製パイプの衝突する様(さま)は当初とは比較にならない程、激しくなっていた。
最初はパイプ同士が打ち合わせられる音は、軽く、響く様な音だったのだが、それが段々と響かない、鈍い音へと替わっていたのだ。それは幾度も幾度も打ち合わせられただけでなく、その衝突時の力(ちから)が強くなっていた事で、パイプ自体が凹んだり変形したりして、衝突音が綺麗に響かなくなっていたのである。更に衝突の瞬間にパイプが互いに減(め)り込む程に打ち付けられると、その瞬間に発する音は、響かない鈍い音になってしまうのだ。
最終的に、茜の打ち込みを緒美が払い除けた祭に、二本のパイプは互いに食い込む様にグニャリと曲がってしまい、二人は其処(そこ)で動きを止めたのだった。
「ここ迄(まで)、ですね。」
茜は、そう緒美に声を掛けて、一度、大きく息を吐(は)いた。
「その様ね。」
緒美はくすりと笑って応え、茜の持つパイプに食い込んだ自分が持つパイプを、捻(ねじ)る様に動かして引き剥がしたのだ。すると、何だか照(て)れ臭そうに茜が言うのである。
「最後の方、ちょっと力(ちから)が入っちゃいましたね。」
「まあ、実戦的な経験にはなったわ。…でも、流石に、これはもう使えないかしら?」
緒美は折れ曲がったパイプを正面に翳(かざ)して、微笑んで言ったのだ。
茜は格納庫の方へと向き直ると、折れ曲がったパイプを右手に掲げ、声を上げた。
「瑠菜さーん。すみませーん。」
この日の試験用に、そのステンレス製パイプの準備を担当したのが、瑠菜なのである。唯(ただ)、ステンレス製のパイプを決められた長さに切断しただけの様に思われるかも知れないが、HDG のマニピュレータが握っても滑らないようにと、グリップ部にシート状のゴム材を巻き付け、それが外れてしまわないように接着した上で数カ所をネジ止めすると言う、それは、なかなかの労作だったのだ。
格納庫の外から茜の発した声は、直接に瑠菜には届かなかったが、通信を介して樹里のコンソールから出力されていたのだった。それを聞いた瑠菜は、試験の様子を見ていたメンバー達の列から前へと進み出て、右手を下から斜め上へと、一度、大きく振り上げて声を上げたのである。
「気にするなー。」
その瑠菜の声は、茜達には聞こえなはしなかったが、瑠菜の意図だけは何と無く伝わったのだった。
「取り敢えず、今日はこれで終わりにしましょう。」
「了解です。」
そして緒美と茜は、第三格納庫へと向かって歩き出した。
「それで部長、HDG を動かしてみて、如何(いかが)でした?」
「そうね…。」
茜の問いに、緒美は数秒考え、答える。
「…初めて、スポーツとか運動とかを面白いって思った、かしら? あれ位(くらい)、身体が思い通りに動かせるのなら、それは楽しいのでしょうね。」
「あ~、そう言う感想になりますか…。」
「あはは、ごめんなさいね。わたしの場合、天野さんとは違って、運動とは無縁の人生だったから。」
「まあ、興味の有り無しも含めての、向き不向きが有るって事でしょうけど。」
「そう言う事ね。」
そう言って、緒美は「うふふ。」と笑うのだった。
茜は続けて、緒美に語り掛ける。
「それで、取り敢えず部長は、矢っ張り、手持ちの武装は BES(ベス) でない方がいいと思います。あれは相手との間合いが近いですし、射撃用のランチャーと持ち替える必要も有りますし。」
茜の言う『BES(ベス)』とは、A号機が装備している刀型の武装、『ビーム・エッジ・ソード』の事である。
「そうねー、実際にエイリアン・ドローンと斬り合いをするのは、ちょっと怖いわね。」
「ブリジットの使ってるハルバードの方なら、BES(ベス)よりも間合いが取れますし、持ち替えなくても切換でランチャーとして使えますから。矢張り最初は、其方(そちら)の方が。 幸い、B号機用の予備が二基、有りますし。」
「そうね、そうすると…。」
「はい。今日からは、九堂さんに稽古(けいこ)を付けて貰う事に。」
「戻ったら、お願いしなくっちゃだわ…。」
緒美が然(そ)う応えると、レシーバーから九堂の声が聞こえて来るのである。
「聞こえてますよ、鬼塚先輩。」
「なら、話が早くて助かるわ。お手柔らかに、お願いするわね。」
「御役に立てるのなら、嬉しいです。」
緒美と茜が第三格納庫の中へ視線を移すと、ヘッド・セットを樹里から借りている九堂が手を振っているのが見える。緒美と茜は揃(そろ)って右手を上げ、九堂に応えたのだった。
緒美と茜の二人が第三格納庫に戻り、それぞれの HDG をメンテナンス・リグに接続して HDG と自身との接続を解除すると、畑中や瑠菜達は稼働していた二機の点検作業を始めるのである。
HDG から降りた緒美は、立花先生が不在である事に気付き、傍(かたわ)らに居た恵に尋(たず)ねるのだ。
「立花先生は? 森村ちゃん。」
「何だか知らないけど、呼び出しが有って、校舎の方へ戻ったわ。十分(じゅっぷん)くらい、前。」
「呼び出しって、校長? 理事長?」
その問いには、直美が言葉を返す。
「さあ、両方だったみたいだけど…ちょっと、嫌(ヤ)な感じよね。」
「防衛軍の方(ほう)から、又、何か言って来たのかしら?」
そう言って恵は、直美と顔を見合わせるのだ。直美は肩を竦(すく)めて見せる。
「そう。 まあ、必要な事なら、後で先生から、お話が有るでしょう。」
苦笑いで言う緒美に、A号機から降りて来た茜が声を掛けて来るのだ。
「部長、取り敢えず着替えて来ましょう。」
「ええ、直ぐ行くわ。 それじゃ、又、後で。」
恵と直美に声を掛け、緒美は茜とブリジットを追ったのだった。ブリジットが茜に同行しているのは、着替えのサポートをする為である。以前にも触れた通り、インナー・スーツの着脱は、独(ひと)りでは難しいのだ。
「森村、貴方(あなた)も手伝いに行ってあげな。」
直美は文字通り、恵の背中を押したのだった。
「あー、うん。」
短く答えた恵は、駆け足で三人を追ったのである。
その後、着替えを終えた緒美と茜は、インナー・スーツの使用後処理を済ませて格納庫フロアへと降り、九堂を中心として格納庫内の奥側、大扉前の空きスペースで、薙刀(なぎなた)の講習を開始したのだ。その参加者は、九堂と緒美の他に、茜、ブリジット、そして直美の、五名である。
他のメンバーは HDG の点検整備を実施し、樹里と維月、クラウディアの三人は HDG-O の稼働データを本社開発部に送る為の整理作業をしていた。そして其(そ)の作業が早早(そうそう)に終わってしまうと、手が空いた維月とクラウディアの二人は、途中から薙刀(なぎなた)講習の方を見学に行くのだった。
緒美の為の講習は、完全に基礎からのスタートである。剣道に就いては天神ヶ﨑高校の女子ならば二年生の体育の授業で全員が経験するのだが、薙刀(なぎなた)に関しては然(そ)うではないのだ。
勿論、HDG の AI にはブリジットが習得した動作データが既に蓄積されているのだが、装着者(ドライバー)の側に心得(こころえ)が皆無だと、折角のデータも有効に活用出来ないのである。だから、握り方、構え方、姿勢、足の運び、そう言った所から一つ一つ、九堂は緒美に対してレクチャーを行っていったのだった。そして兎に角、最初は基本の素振りから、なのである。
「クラウディア、貴方(あなた)も、ちょっと、やってみなさいよ。見てるだけじゃ、詰まらないでしょ。」
直美は突然、見学していたクラウディアに向かって、自分が持っていた練習用の木製の棒を放るのだ。それを、クラウディアの前で、掴(つか)んで止めたのは維月である。
クラウディアは慌(あわ)てて、胸の前で両の掌(てのひら)を振りつつ応える。
「あ、いえ。お邪魔でしょうから、部長の。」
その返答に、素振りの手を止めて緒美が声を掛けるのである。
「試しにやってみない?カルテッリエリさん。偶(たま)には運動するのも、気持ちいいわよ。 それに、初心者の仲間が増えると、わたしも心強いわ。」
続いて、九堂である。
「初心者も大歓迎だよ~。難しい事は、やってないからさ。どう?」
返事に困ったクラウディアは、練習用の棒を持った儘(まま)で隣に立って居る、維月に視線を送る。維月はニヤリと笑って、言うのだ。
「やってみれば? 運動して骨格に刺激を与えると、成長ホルモンが増えるんだってさー。」
「何よ?それ。」
「平たく言えば、背が伸びるかもよ?って話。ま、或る程度の期間、継続してやらないと、意味は無いだろうけどね。」
そして維月は「うふふ。」と笑うのだ。
「まあ、無理に、とは言わないよ、クラウディアさん。」
九堂は、そういって微笑むのだった。
「貸して。」
クラウディは維月が持っている練習用の棒に手を伸ばすと、奪う様にそれを掴(つか)んで前へと進み出たのである。
「どうすればいいの?クドー。」
「お、やる気だねー。いいよ、それじゃ最初はね…。」
九堂は文字通り『手取り足取り』と言った体(てい)で、握り方や構え方、足の置き方などの説明を始めるのだ。
そんな様子を横目に見乍(なが)ら、直美は維月に近寄って小声で話し掛けるのである。
「いい傾向じゃん。 上手い具合に教育したねもんだね、井上。」
微笑んでいる直美に、維月も笑顔で言葉を返す。
「別に、わたしは何もしてませんよ、新島先輩。 それに、元からいい子ですよ、クラウディアは。」
「そうか。」
直美は一言を返し、小さく頷(うなず)いて見せたのだった。
それから暫(しばら)くして、今度は恵が、講習組の方へと歩いて来たのである。そして、何やら深刻な表情で呼び掛けて来たのだった。
「全員、部室に集合して、って。立花先生が。」
素振りを繰り返していた緒美とクラウディアの二人は動きを止め、緒美は直美の方を見て言ったのだ。
「新島ちゃんの、嫌な予感が当たったみたいね。」
それには直美は答えずに、唯(ただ)、苦笑いを返したのである。
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STORY of HDG(第20話.03)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-03 ****
「取り敢えず、やってみましょうか。」
緒美の、同意の言葉を受けて、茜は注意事項を話し始める。
「駆け足は、多分、問題無いと思いますが、スピードが上がって来ると、走るって言うより、一歩ずつが跳躍の様になりますから、その点は覚えておいてください。」
「それは貴方(あなた)達の様子を見てたから、理解はしてる積もりよ。」
「はい。それで問題は高速状態からの停止方法だと思うんですけど、減速にしても、脚を使って止まるのには、どうしても転倒の危険が付いて回るので。そこで考えたんです、安全に停止する方法。ちょっと、やって見ますから、見ててください。」
そう言うと、茜は西向きに身体を回すのだ。
「行きます。」
身体を少し沈めると、茜は右脚で地面を蹴って一メートル程前方へと飛び出し、左脚で再び地面を蹴るのである。二歩、三歩と地面を蹴る毎(ごと)に、その歩幅(ストライド)を伸ばしつつ加速していくのだ。五歩目を蹴って機体が宙に浮かぶと、茜の声が緒美のレシーバーから聞こえて来る。
「止まります。」
すると、茜は全身を反り返らせる様な姿勢でスラスター・ユニットを噴射し、それに因って減速し軟着陸して見せたのである。地面に降り立つと、くるりと向き直り、緒美に向かって右手を上げて見せるのだった。
「見えましたか? 今度は、そっち向きに、行きます。」
そう宣言すると、茜は先刻と同じ様に、今度は東向きに地面を蹴って加速して来るのだ。そして十メートル程前方で、先程と同じ様にスラスター・ユニットで減速し、茜は緒美の手前に降り立つのである。
「こんな感じで。 まあ、スラスター・ユニットが無いと使えない手ですし、燃料も余計に消費しますけど。でも、地面の状態に関係無く減速が出来ますから、安全です。」
「確かに、足の摩擦でブレーキ掛けるのは、路面が荒れてると躓(つまず)いて転倒する危険性が有るけど。」
緒美が苦笑いで同意すると、茜はくすりと笑って続けるのだ。
「それに、コンクリートやアスファルト、舗装路の上で頻繁(ひんぱん)にスライディングをやると、接地部分のパーツが早く消耗しますし。」
「それで、具体的には、どうすればいいのかしら?」
「基本的には思考制御です。空中で減速するのと、着地点を定めるイメージですね。あとは HDG の AI が、全部やって呉れます。」
「あの、後ろに反り返る様な姿勢も?」
「はい。HDG の動きに抵抗しないで、一体になる感覚が大事です。」
「出来るかしら?わたしに。」
そう言って緒美は、身体を西側へと向ける。
「取り敢えず、最初は余りスピードを上げないで、三歩目で制動を掛けてみましょうか。あと、減速前には前向きよりも、上向きに跳(と)ぶ感覚で踏み切った方が、余裕が有るかも知れませんね。」
「兎に角、やってみるわ。」
茜の助言に対して右手を上げて応え、緒美は正面に向き直って一度、大きく息を吸って、吐いた。続いて、少し姿勢を低くすると、緒美は右脚で地面を蹴ったのだ。
緒美の身体は勢い良く前方へと飛び出し、僅(わず)かな滞空の後、左脚から着地すると今度は其(そ)の足で地面を蹴り飛ばし、更に加速する。そして三歩目の右脚での踏切では、先程、茜の助言に有った様に少し上へ向かって飛び出したのである。その勢いは、茜が実演して見せた時の、凡(およ)そ半分程度だったであろう。
そして、空中で緒美の HDG-O は、茜の A01 と同様に反り返る様な姿勢でスラスター・ユニットを噴射し、ふわりと着地して見せたのだった。HDG-O が A01 と同じ動作が出来るのは、勿論、動作データが移植されているからである。
茜はスラスター・ユニットを使用した一度の跳躍で、緒美の立って居る地点まで一気に移動すると、緒美の隣に着地して声を掛けるのだ。
「どうです? 感覚は掴(つか)めました?」
勿論、離れていても通話は可能なのだが、茜も全てを理詰めで行動している訳(わけ)ではない。この時は、自然と身体が動いたのである。
緒美は、微笑んで茜に応える。
「HDG は身体能力を拡張する、とは考えていたけど。体験してみると、改めて驚かされるわね。 その上で、天野さんもボードレールさんも、普通に使い熟(こな)しているのには感心するしかないわ。」
「あははは~、それは恐縮です。」
少し戯(おど)けた様に茜は言葉を返すのだが、一方で緒美は真顔で前を向くのだ。
「もう少し、反復してやってみるわね。」
「了解です。」
茜が其(そ)の場を離れると、緒美はダッシュからの制動を繰り返し、結果、第三格納庫の前を三往復したのだった。
その間に茜は、格納庫の前へと移動して、瑠菜とブリジットから二本のステンレス製パイプを受け取るのだ。そのパイプは長さが凡(およ)そ二メートル程で、その一端には五十センチメートル程に渡ってゴム製のテープが巻き付けられていた。
茜は、そのパイプを左右のマニピュレータにそれぞれ一本ずつ持って、第三格納庫の前へと戻って来た緒美の元へと向かったのだ。
「その様子なら大丈夫そうですね。次のメニューへ行きましょう。」
そう声を掛けると、茜はゴムの巻かれた側を向けて、右手側に持っていたステンレス製パイプを緒美に差し出した。
「オーケー。」
緒美は右のマニピュレータで、差し出されたゴム巻き部を掴(つか)んで答えたのである。
続いて、茜が言う。
「それじゃ、昨日やったみたいに、構えと素振りから。」
茜は緒美の斜向(はすむ)かいに立ち、剣道の竹刀(しない)の様に、ステンレス製パイプを正面に構えて見せる。緒美も茜に続いて、パイプを身体の正面に構える。
「いーち。」
茜は声を上げ乍(なが)らパイプを頭上へと振り上げ、掛け声の終わりと同時に一歩踏み込んでパイプを真っ直ぐに振り下ろした。緒美も、茜とタイミングを合わせて素振りを実行するのだ。そしてパイプを振り下ろすと、一歩後退して元の位置へと戻るのだった。
「にーい…さーん…よーん…。」
緒美も体育の授業で剣道の基礎に就いては経験済みではあったが、以前、ブリジットがやっていた様な素振りから打ち合い迄(まで)を、前日の内に二時間程を掛けて茜から講習を受けたのだった。その上で、HDG-O には A01 の動作データが移植されているので、素振り程度の動作は難無く熟(こな)せるのである。
「…きゅーう、じゅーう、はーい、ここ迄(まで)。」
茜は素振りの終了を告げると、振り下ろしたパイプの先端を後ろに向けて左マニピュレータに持ち替える。剣道で謂(い)う所の『提刀(さげとう)』の所作なのだが、ステンレス製パイプを茜は、無意識に竹刀(しない)の様に扱っているのだ。一方で緒美はパイプを右マニピュレータで持った儘(まま)、先端を下へ向けて身体の前で横に向けている。
勿論、茜は意識外の事象に就いて迄(まで)、緒美に対して細(こま)かい要求はしない。
「動作的には問題無さそうなので、早速、少し打ち合ってみましょうか? 勿論、最初はゆっくり目で行きますから。」
「昨日の今日で、上手(じょうず)に出来るかしら?」
冗談っぽく、そう言う緒美の正面へと移動し、茜はパイプのグリップ部を右マニピュレータで掴(つか)むと、先端を緒美の方へと向け、構える。
「HDG が補助して呉れると思いますが、それを確認するのが目的でもありますし。」
「尤(もっと)もだわ。」
緒美も、パイプの先端をスッと持ち上げ、茜に向かって構えるのだ。お互いが中段の構えで対峙(たいじ)している格好である。
「それじゃ、此方(こちら)から打ち込みますので、昨日やったみたいに、受け止めるんじゃなくて、払う様な感じで。それから、其方(そちら)のタイミングで、何時(いつ)でも反撃を始めてください。」
「了解。」
「じゃ、行きます。」
そう緒美に断ってから、茜はパイプを頭上に振り上げ、一歩を踏み込んで振り下ろす。緒美は一歩下がりつつ、茜が振り下ろしたパイプを、自身が手に持つパイプを右から左へと振って払い除けるのだ。軌道を逸(そ)らされたパイプを引き上げ、茜は最初と同じ軌道で真っ直ぐに第二打を振り下ろす。今度は左から右へと、緒美は打ち込みを払うのである。
そんな具合に、一秒に一打程度の間隔で、茜は同じ様に打ち込みを十回、二十回と続けるのだが、打ち込む度(たび)に茜が一歩を踏み込み、緒美が一歩を後退するので、二人は一歩ずつ第三格納庫の前から西向きに離れて行くのだった。
そして三十打目の打ち込みで茜は緒美の右側を擦り抜け、緒美の背後へと回り込むのである。緒美は身体を回して、茜に正対しパイプを中段に構え直す。
「取り敢えず、動作に問題は無さそうですね。今度はスピードを上げて行きます。」
「了解。」
緒美の返事を聞いて、茜は再び一歩を踏み込んで、先程と同じく上段から真っ直ぐの打ち込みを入れるのだ。緒美も先程と同じ様に払うのだが、今度は半分程の間隔で第二打が打ち込まれる。それにも難無く緒美の HDG-O は対応し、続く打ち込みも右へ左へと払い続けるのである。カン、カン、とステンレス製パイプの衝突音がリズミカルに響き、その間隔は少しずつ短くなっているのだった。そして三十打目で、前回と同じ様に茜は緒美の右側を擦り抜けて、再び緒美の背後に回るのである。
「今度は、打ち込みの軌道を変えていきますよ。 遠慮無く、打ち返してくださって構いませんからね。」
「努力はしてみるわ。」
向き直った緒美の返事を聞いて、茜は最初に真っ直ぐの打ち込みを加えるのだ。それを右側へと払われると、その儘(まま)、腕を引いて切り返し右上から斜めに、茜はパイプを振り下ろす。向き合った緒美に対しては、向かって左上方から振り下ろされるパイプを、咄嗟(とっさ)に左下から右上へと払い除けたのである。すると、茜は緒美の右横から水平にパイプを走らせ、緒美はパイプの先端を地面に向ける様に構えて水平に打ち込まれる攻撃を凌(しの)いだのだ。
そうやって茜は切れ目無く、軌道を変え乍(なが)ら打ち込みを繰り返し、緒美も其(そ)れを払い続けたのである。そして今回も三十打目で茜が緒美の背後へと抜け、打ち込みは一旦(いったん)終了となる。
「打ち込みを捌(さば)く方は、問題無いみたいですけど、矢っ張り、反撃は難しいですか?」
「具体的なイメージが、ね。単純に、経験不足なんでしょうけど。」
「HDG に関して言えば、受けるのも打ち込むのも、制御は同じですよ。相手の攻撃を払うのは、打ち込まれる軌道に自分の攻撃を当ててる訳(わけ)ですから、寧(むし)ろ制御的にはハードルが高い筈(はず)です。 目標を軌道上の武器から、相手の身体に変えて、自分から打ち込んでいくイメージが出来れば、そこからは HDG が動いて呉れます。あとはタイミングが全て、ですね。」
「その、タイミングは、どう掴(つか)めばいいのかしら?」
「基本的には、相手の攻撃と攻撃の合間とか、相手が引いた瞬間とか、ケース・バイ・ケースなので明確に言語化するのは難しいですけど。」
そこに、直美からの通信が入るのである。
「あー鬼塚、聞こえる?新島だけど。」
「なにかしら?新島ちゃん。」
「今の話だけどサ、反撃を仕掛けるタイミング、こっちで見て指示してあげるから、やってみて。」
「分かるの?」
「貴方(あなた)よりはね。 どうかな?天野。」
直美が意見を求めるので、茜は即答する。
「いいと思いますよ。 少なくとも、打ち込んでいる、わたしには出来ないので。」
「あははは、違いない。」
茜の返答に、直美は明るく笑って同意するのだ。
「解った、試しにやってみましょう。」
そう言って、緒美はステンレス製パイプを正面に構えるのである。続いて、茜も緒美と同じ様に中段に構える。
「それじゃ、始めます。」
「どうぞ。」
緒美が答えると、茜は直ぐに一歩を踏み込み、正面からの真っ直ぐな一打目を放ったのである。
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STORY of HDG(第20話.02)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-02 ****
緒美と茜は、それぞれの身体を HDG へと接続するのだが、その手順に特段の差異は無い。勿論、茜の方が手慣れているので先に接続は完了するのだが、それから二分と遅れずに緒美も接続を完了し、二人は共に HDG 背部のスラスター・ユニットを起動させるのだ。水素を燃料として稼働するジェット・エンジンが組み込まれている背部スラスター・ユニットは、推進器としての機能よりも電源としての意味合いの方が強い事は以前に説明した通りで、ジャンプや飛行をしない場合でも、常にエンジンは発電機として運転されているのだ。
HDG 側での電源が確保されると、空中で HDG を保持している接続アームが降ろされ、床面に立った HDG がメンテナンス・リグから解放される。メンテナンス・リグに接続されている間は、電力がリグから HDG へと供給されているが、リグとの接続が断たれると HDG は、スラスター・ユニットか或いは内蔵バッテリーからの電力で稼働するのである。
「部長、0(ゼロ)号機、問題無いですか?」
緒美の装着しているヘッド・ギアから、茜の声が聞こえる。緒美は視線を右隣の茜へと送り、言葉を返す。
「異常無し。 ボードレールさんが言ってた『立ってるのに浮かんでいる様な』って、こんな感じなのね。」
その返事に茜が微笑んでいるのを確認して、続いて緒美は樹里に問い掛けるのだ。
「城ノ内さん、データは取れてる?」
「はい、部長。データ・リンクは正常です。今の所、リターン値も正常、問題無しですよ。」
樹里は緒美の正面に置かれているデバッグ用コンソールに着いているが、その声はヘッド・ギアのレシーバーから聞こえて来るのだ。
「了解、それじゃ早速、動かしてみるけど。異常が有ったら、教えてね。天野さん、HDG01 もサポート、よろしく。」
「HDG01、了解。」
「HDG00、前進します。」
樹里は宣言して、一歩目を踏み出す。
茜とブリジットの初回起動時は、静止した状態で各間接を順番に動かして、動作範囲の設定や、反応の確認を行っていたのだが、今回は緒美の身体計測データと HDG-A01 及び B01 の動作データを元に合成された初期設定が、既に入力されているのだ。身体計測データに就いては、二年前のインナー・スーツを試作した際の計測値に加え、前日に再計測が行われたのである。
A01 の設定値と動作データには茜の身体計測データが、B01 の設定値と動作データにはブリジットの身体計測データが紐付(ひもづ)けされており、それらを元データとして緒美の身体計測データに対する初期設定と仮想の動作データが合成されている。これらの設定値と仮想の動作データが予(あらかじ)め入力されている事で HDG-O は最初から或る程度の動作が可能となっており、更に実際の動作データを積み重ねる事で設定の各種値が緒美に合わせて最適化されていくのである。
そんな構想を証明するかの様に、緒美の HDG-O は二歩、三歩と問題無く歩みを進め、一旦(いったん)、足を止めた。
「どうですか?部長。」
そう通信で問い掛けて来たのは、樹里である。
「特に抵抗は無いわね。」
樹里に答えると、緒美は右腕を肩の高さまで上げ、肘を曲げたり、腕を回したりを数回繰り返す。続いて腰を捻(ひね)ったり反らしたりと、上半身の動作具合を確かめるのだ。そして準備運動でもするかの様に膝(ひざ)の屈伸を五回繰り返すと、背中を伸ばして茜に言うのだ。
「それじゃ、外に出てみましょうか、HDG01。」
「了解です、HDG00。」
茜は右手を上げ、答えた。そして二人は、南側の格納庫大扉へと向かうのだ。
大扉の前に到着すると、二人共に両腕のマニピュレータを展開し、茜は向かって左側へ、緒美は右側へと大扉を動かしていく。
大きな音を立て乍(なが)ら扉が開かれる程に、冬の外気が格納庫内へと吹き込んで来る。HDG を装着している二人には気温の変化を感じる事は無かったが、生身である他の部員達は口々に「寒い、寒い。」と言い合い、それぞれが作業用のコートやジャケットを制服の上に羽織るのだった。
緒美と茜が格納庫の外へ出ると周囲は既に薄暗く、頭上の冬空には星さえ見え始めていた。
学校南側の滑走路は空港ではないので、照明が明々と灯されている訳(わけ)ではない。夜間に離着陸の予定が有る場合は、第二格納庫からの操作で滑走路の両幅と中心線を示す灯火や誘導路を照らすライトが点けられるのだが、この日にその予定は無いのか、滑走路の方向は真っ暗に見えたのだ。
滑走路より手前、それぞれの格納庫前に有る駐機場エリアは、格納庫建屋に取り付けられているライトで照らされている。だから、そこでなら活動が可能だったのである。その駐機場を照らすライトも、滑走路への離着陸の予定が無ければ、午後八時には消灯となるのだが。
HDG に就いて言えば、暗視装備が有るので暗闇の中でも活動は可能だったが、緒美の HDG-O に関しては試運転であり、加えて緒美自身が初心者である事から、行き成りの夜間運用試験と言う訳(わけ)にもいかず、今日の行動は灯りの有る範囲で、となっているのである。
緒美は駐機場エリアを南に向かって歩いて行き、格納庫から十メートルほど離れると、立ち止まって身体の向きを格納庫の方へと向ける。緒美と格納庫の中間程の位置に立っている茜に、緒美は尋(たず)ねるのだ。
「HDG01、動作の感覚を確かめるのには、矢っ張り最初はジャンプがいいかしら?」
「そうですね。」
「それじゃ何時(いつ)もの通り、垂直跳びからやってみましょう。」
そう言って緒美が少し腰を落とすと、茜が注意を促(うなが)すのである。
「HDG00、余り本気でジャンプすると、スラスター・ユニットが機能するかもですから、注意してください。まあ、飛行や滑空をイメージしてなければ大丈夫だとは思いますけど。」
「成る程、天野さんの動作を学習してるから、それも有り得る訳(わけ)ね。注意する。」
「逆に、ジャンプで跳(と)びすぎた場合には、スラスター・ユニットが着地の補助をして呉れる筈(はず)ですけど。」
「あははは、それなら安心だわ。」
緒美は一笑(ひとわら)いした後、少し膝を沈め、続いて軽く地面を蹴ったのだ。すると緒美の身体を含めた機体は四十センチメートル程、地面から浮き上がり、間も無く音を立てて着地したのである。
「如何(いかが)です?」
そう茜が訊(き)いて来るので、緒美は一言を返すのだ。
「成る程ね。」
そして先刻よりも深く膝を曲げ、もう一度、空中へと跳(と)び上がる。今度は一メートル程まで地面から離れた後、再び音を立てて着地したのだ。今度は着地の瞬間に膝を曲げ、腰を落として衝撃を吸収したのである。
緒美は、その姿勢から一気に全身を伸ばす様にして、再度、垂直にジャンプし、今度は三メートルを超える跳躍を見せたのだ。機体が最高点から降下を始めると、背部のスラスター・ユニットが噴射を強め、今度はふわりと、緒美は着地したのだった。
「成る程、色々と AI が補助して呉れてるのね。」
それは緒美の、素直な感想である。
その感想に対して、樹里がくすりと笑って突っ込みを入れるのだ。
「その仕様を考えたの、部長ですよ。」
緒美も、くすりと笑い、言葉を返す。
「そうだけど、頭で理解してるのと経験するのは、矢っ張り、違うものよね。 それに、わたしが仕様で決めたのは大きな方向性だけで、具体的で細かい制御に就いては本社のソフト開発部隊の仕事だし、動作データの蓄積に関しては天野さんとボードレールさんの功績だわ。」
「それは兎も角、感覚は掴(つか)めそうですか? HDG00。」
そう茜が尋(たず)ねるので、緒美は応えるのだ。
「貴方(あなた)達と違って、わたしは運動は得意な方じゃないから、もうちょっと慣れるのに時間は掛かると思うけど。 でも、動作補助が上手い具合に効いているみたいだから、取り敢えず大丈夫そうね。続けましょう。」
「分かりました。それじゃ、ランニングの前に前方跳躍を経験して、脚力の違いを体感しておいた方がいいですよね。」
そう言い乍(なが)ら、茜は緒美まで約二メートル程の距離へと歩み寄って来るのだ。
「先ずは、片脚で、これ位、跳(と)んでみてください。」
茜は右脚で踏み切って、五十センチメートルほど前方へ跳(と)び、左脚から着地してみせるのだ。跳躍と言うよりは、大きめの水溜まりを跨(また)いで飛び越えた、そんな動作である。
続いて、緒美は茜を真似て、右脚で踏み切って飛び出すのだが、結果的に茜の位置よりも身体一つ程、遠くに着地したのだった。
「あら。」
「思ったよりも、遠くに行くでしょう? 普通に動く感覚よりも、力を入れないで、軽めに。」
茜は歩いて緒美の隣まで移動すると、もう一度、先程と同じ程度の片足跳びをしてみせるのだ。
「わたしの隣に着地するイメージで、跳(と)んでみてください。飛距離は力(ちから)加減で制御するより、着地点を意識すれば、AI が出力を制御して呉れますから。」
「やってみるわ。」
再び、緒美は右脚で踏み切って前方へと跳(と)び、今度は茜の隣へと着地するのだ。これは跳躍の目標着地点を思考制御で読み取った HDG-O の AI が、最適な脚力で踏み切った結果なのである。そして、一度のトライで其(そ)の制御が成功したのは、A01 と B01 による動作データの蓄積が有ったからなのだ。
「こんな感じかしら?」
「いいですね。どんどん行きましょう。」
茜は、今度は一メートル程前方へと、同じ様に片足踏切で跳(と)んでみせる。そして、それを追って緒美は茜の隣へと跳(と)ぶのだ。続いて、二メートル、三メートルへと、飛距離を伸ばして跳躍を繰り返すと、その都度(つど)、緒美は茜の隣を狙って片脚踏切を繰り返し、狙った位置への跳躍を反復したのである。
そんな動作を西向きに、次いで東向きへと、合計で十回程度繰り返した後、第三格納庫の前に戻って茜は言うのだ。
「じゃ、次は両脚踏切、一足(いっそく)飛びでやってみましょうか。この場合、両脚着地になりますけど、着地の時に重心が前へ行っちゃうと、慣性で前方へ転倒しますから注意してください。HDG を装着してると、当然、慣性が生身の時よりも大きくなりますから、着地の瞬間に、絶対に重心を前に行かせないように。前へ転倒する位なら尻餅を突く方が、怪我も装備の破損も、まだ優(まし)ですから。」
「了解、気を付けるわ。」
「まあ、多分、AI が転ばないように補助して呉れるとは思いますけど。取り敢えず、こんな感じで。」
そう言って、茜は両脚で軽く踏み切ると、前方へ五十センチメートル程、跳(と)んで見せたのである。
「オーケー、やってみる。」
続いて緒美が、茜の動きを真似て跳躍を行うが、特に危な気(げ)無く着地したのだった。
「いいですね。続いて行きます。」
今度は一メートル程も前方へと跳(と)んだ茜は、空中で両脚を前方へと振り出し、その儘(まま)、蹲(しゃが)み込む様に着地する事で上体が前方へと振られる慣性を相殺するのだった。そして立ち上がると振り向いて、緒美に向かって右手を上げて見せたのだ。
「それじゃ、行きます。」
そう宣言して、緒美は茜に続くのだ。
茜と同様にジャンプをした緒美だったが、着地時の腰の落とし具合が足りなかったのか、勢いで上体が前方へ押し出される様に振れたのである。その瞬間に肝を冷やしたのは、当人である緒美よりも、周囲で其(そ)の様子を見ていた部員達の方だった。
緒美はと言うと、咄嗟(とっさ)に右脚を一歩前に出し、無事に踏み止まったのである。
「ナイス・リカバリー。」
緒美のレシーバーからは、茜の声が聞こえて来る。
「今のは、ちょっと危なかったわね。」
そう言って、緒美は腰を伸ばした。そして、今(いま)し方(がた)の挙動が、自身の反射的な動作だったのか、或いは HDG の動作に緒美の身体が追従したものなのか、緒美自身にも判然としない事に、聊(いささ)か驚いていたのである。少なくとも脚を動かす時の抵抗感や、逆に脚が機体に引っ張られる様な感覚、その何方(どちら)をも感じなかった事は確かだったのだ。
インナー・スーツが装着者(ドライバー)の筋肉の動きを検出し、その情報を元に HDG は FSU を動作させているのだが、単純に其(そ)れだけであれば制御処理の時間の分、HDG 側に動作の遅れが生じる筈(はず)である。実際にブリジットが B01 を最初に起動した時に『動かすのが硬い、重い』とコメントしていたのが、それなのだ。なので HDG の制御 AI は、装着者(ドライバー)の次の動作を予測し、自発的に FSU の動作(ドライブ)を実行し、その上でインナー・スーツからの情報で動作量や速度の過不足を調整しているのである。その動きの中で、必要が有れば HDG が其(そ)の動作を以(もっ)て姿勢や手足の挙動に就いて、装着者(ドライバー)に補正を促(うなが)しもするのだ。例えば、先程の緒美の跳躍でも、踏み切った後の空中での姿勢変化に就いては緒美は意識していなかったものの制御 AI に因る補正が掛かっていたし、茜が PCBL(荷電粒子ビーム・ランチャー)で射撃をする際の腕の動きに対する照準補正にも、同様の仕組みが働いているである。
その動作予測や補正の源泉(ソース)としては、A01 と B01 で得られた動作データが利用されている訳(わけ)なのだが、であれば何故、先程の緒美の跳躍で着地後にバランスを崩したのか? それは、単純に『個人差』が原因なのだ。
A01 とB01 で得られた動作データは、それぞれが茜とブリジットの身体が前提条件となっており、それを体格や筋力の違いを差し引いて一般化したとしても、HDG-O で利用するのに於(お)いて緒美の身体に完全適合しないのは当然の事である。だから時間を掛けて HDG を緒美が動かしていく事で各種パラメータを最適化し、緒美に適合した動作データを HDG-O の中に構築する必要が有るのだ。
今現在のA01 とB01 が、それこそ自在と言える程に動けるのは、茜とブリジットがゼロの状態から地道に動作領域を拡張して行った成果であり、寧(むし)ろ初起動である HDG-O が緒美に違和感の無い程度に動作可能である事の方が驚異的なのである。
「その様子なら大丈夫そうですから、次は駆け足からダッシュまで、やってみましょうか。」
茜の其(そ)の提案は、少しだけ緒美を不安にさせたが、ここは HDG を信頼する事にして承諾(しょうだく)したのである。
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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。
STORY of HDG(第20話.01)
第20話・鬼塚 緒美(オニヅカ オミ)と森村 恵(モリムラ メグミ)
**** 20-01 ****
前々日に緒美から突然の発表が有った通り、四機目の HDG が予定通りに第三格納庫へと搬入されたのは 2072年12月7日、水曜日の事である。
月、火曜日と二日間、現地での休暇を過ごしていた畑中達が、搬送されて来た新たな HDG 一式を受け取り、兵器開発部のメンバー達が授業を受けている日中に、現地でのセットアップ作業を行うのだ。そうして午後四時を過ぎると、授業を終えた兵器開発部のメンバー達が第三格納庫へと移動して来て、この日の部活が始まるのである。
「A号機とB号機の動作データから、別の機体へ初期設定を合成できるのか、実証試験を行います。」
その日の部活開始時に、緒美は部員達に新たな HDG の試験を行う理由を、そう説明したのだ。
その説明を聞いて、恵と直美、そして応援で来ている飛行機部の金子と武東、彼女達三年生組は緒美の真意を直ぐに察したのである。それが一年生達を実戦に巻き込んでいる現況に対して、上級生としても同じリスクを負わなければならない、そんな覚悟の様な思考なのだろう事は、本人に聞く迄(まで)もなかったのだ。勿論、『実証試験』の件も嘘ではない。
とは言え、緒美が茜達の役割を完全に代替できるのかと言えば、其(そ)れは不可能で、その事は緒美にも良く分かっていた。茜は剣道で、ブリジットはバスケットボールで、それぞれに鍛えた運動能力が、実戦時に発揮される成果(パフォーマンス)の基礎となっている事に疑いの余地は無いからだ。
運動能力の一点に限って言えば、緒美とクラウディアに大きな差は無いのだが、クラウディアにはプログラミングや情報処理の特殊技能(スキル)が有り、その点で矢張り、緒美はクラウディアの代替ともなり得ないのである。
つまり、防衛軍の一部から HDG 各機の能力を事実上『当て』にされている現状で、一年生達三名をテスト・ドライバーの役割から外す事は既に不可能に近く、緒美が一年生達の誰かと交代する事も現実的ではなかった。現状で緒美に出来るのは、一年生三名に加わって現場で指揮を執る、その程度なのである。
実戦経験の無い緒美が、今更(いまさら)加わっても足を引っ張るだけではないのか? 当然、それは可能性としては有り得る状況なのだ。しかし、幾度かの実戦と積み上げられたシミュレーションからの経験に因り、戦闘経験の無いクラウディアとC号機(サファイア)が、格闘戦で一機の『トライアングル』を撃退して見せたのも事実である。そこから、HDG での運用や機動が素人同然の緒美であっても、同程度に格闘戦が熟(こな)せるのか、先(ま)ずは其(そ)れを模擬戦で確認する、それも『実証試験』の目的の一つとされているのだ。
素人の様な新兵でも十分(じゅうぶん)に器材の能力が発揮出来る事、それは兵器の能力として確認しておきたい重要な要素ではあるのだ。特別な資質や、特殊な才能、個人の能力に依存している様では、兵器としては『出来損ない』なのである。
だから緒美は、今回実施される『実証試験』の意義を、その様な文脈で兵器開発部のメンバー達に説明したのだった。
その説明が終わった後、一人、浮かない表情の恵に、周囲に目が無いのを確認して立花先生は声を掛けたのだ。
「大丈夫?恵ちゃん。」
「先生は御存じだったんですよね?」
そう問い返してきた恵の顔には、特段の表情は無かったのである。
立花先生は、苦笑いを浮かべつつ答える。
「それは、先日にも訊(き)かれた気がするけど…恵ちゃんは反対だったのよね?」
今度は恵が苦笑いをして、言うのだ。
「事ここに至っては、反対するも何も無いんですけど。 何時(いつ)、決まった事なんですか?」
「八月…LMF が大破した、あの時の直後にね。緒美ちゃんが理事長…会長に直訴(じきそ)したのよ。」
「成る程。まあ、あの流れだったから責任を感じたんでしょうね。緒美ちゃんなら…分からないでもないです。」
そう言って、恵は微笑むのだ。対して、立花先生は申し訳無さそうに言葉を返す。
「ごめんなさいね。恵ちゃんの気持ちは知ってたけど、あの場では強硬に反対も出来なくて。」
「反対されたからって、緒美ちゃんが考えを変えるとは思えませんけど。理事長にしたって、天野さんの負担が減る方向なら、反対する道理も有りませんし。先生が一人、反対しても、それは無理筋って言うものでしょう?」
「全(まった)く、我乍(われなが)ら無力さに嫌気(いやけ)が差すわ。」
溜息を吐(つ)く立花先生に、恵が声を掛けるのだ。
「取り敢えず、真(ま)っ新(さら)の状態からではないだけ優(まし)だと思いましょう。 あとはもう、これ以上、実戦に参加しないで済むよう、祈るばかりですよ。」
そして恵は、格納庫フロアへと降りる可(べ)く、部室奥のドアから出て行ったのだった。
この遣り取りを知っているのは立花先生と恵の二人だけなのだが、強いて言えば、室内の状況をモニターしていた Ruby を始めとする AI 各機も、それを聞いてはいたのだった。勿論、第三格納庫内部でモニターした会話を、AI 達が許可無く他人に話す事は、規制されている行動なので有り得ない。AI 達が第三格納庫内の会話をモニターしているのは、対人コミュニケーション能力を向上させる為の基礎データの収集が目的なのであって、会話者達のプライバシーは保護される可(べ)きであるからだ。
そして、仮令(たとえ) AI と言えども、人から信頼を得る為には、『口の堅さ』は重要な要素なのである。
ともあれ此(こ)の日は、新たに搬入された HDG の調整と確認で、兵器開発部の活動は終わったのだった。
その翌日、2072年12月8日、木曜日。放課後の第三格納庫には何時(いつ)も通りに兵器開発部のメンバー達が集合しており、この日は新たな HDG の試運転が予定されているのだ。
「それで結局、これの呼称はどうなるんですか?畑中先輩。」
HDG-A01 の隣に並べられた新しいメンテナンス・リグには、ベースカラーが青紫色の HDG が接続されている。それを指差して、瑠菜が畑中に尋(たず)ねたのだ。
「試作工場じゃ『予備機』とか『リザーブ』って、呼んでたけど。」
「本体に書いてあるのは?『O(オー)』なのか『0(ゼロ)』なのか。」
次いで維月が言う通り、搬入された機体のディフェンス・フィールド・ジェネレーターには、白文字で『HDG-SYSTEM O』と記入されているのだ。その維月の疑問には、直美が答える。
「ああ、それは『0(ゼロ)』じゃなくって、『O(オー)』の筈(はず)よ。」
その答えに対して、佳奈が聞き返す。
「『O(オー)』なんですか?『D(ディー)』じゃなくて。」
茜のA号機、ブリジットのB号機、クラウイディアのC号機、その次ならばD号機だろう、と言うのが佳奈の予想なのだ。今度は、立花先生が佳奈の疑問に答えるのだ。
「『O(オー)』は『原型機』、『Original』の『O(オー)』なのよ。『ゼロ号機』の『0(ゼロ)』とのダブル・ミーニングでもあるけど。」
「あと、『Onizuka(オニヅカ)』の『O(オー)』、でもある。」
そう付け加えたのは、直美である。すると維月は、直美に尋(たず)ねるのだ。
「鬼塚先輩専用機、って事なんですか?」
「まあ、実質的に然(そ)うなるわね。インナー・スーツはわたし達が一年の時に開発試作したのしか、使えるのが他に無いんだから。それは、その時、鬼塚用に作っちゃったからさ。『HDG-O(オー)』は、その試作スーツに振った型番だったのよ。」
その直美の説明を聞いて、瑠菜は立花先生に問い掛けるのだ。
「それで部長用に、新規に製作されたんですか?これ。」
「いいえ。開発用に、最初に試作された、五機の内の一機よ。」
「そんなに沢山、作ってたんですか?A号機の前に。」
「それじゃ、まだ四機、有るんだ。」
瑠菜に続いて、感心気(げ)に佳奈が然(そ)う言うので、苦笑いして立花先生が否定する。
「四機は無いわね、一機は静強度試験の破壊検査で壊しちゃったし、もう一機は疲労強度試験で最終的にフレームが歪(ゆが)んじゃったから、廃棄処分になってる筈(はず)よ。まあ、その二機は元々が強度試験用だから、フレームしか作られてないけどね。」
ここで言う『静強度試験』とは、設計限界以上の荷重を壊れるまで加えて、構造が耐えられる限界を確認すると言う試験なのだ。
『疲労強度試験』は設計限界以内の荷重を一定時間、繰り返して構造に対して負荷し、設計の想定通りに耐えられるかを確認する。この場合、試験終了時に見た目で異常は無い様に見えても、構造材内部に素材疲労や歪(ひず)みが残っている場合が有るので、矢張り再使用は出来ないのだ。だから、最終試験で敢えて限界以上の負荷を掛け、構造に可塑性の歪(ゆが)みが発生する限界のデータを取得し、供試材は廃棄するのである。
「残りは三機?」
そう樹里が確認して来るのに対し、立花先生は頷(うなず)いて説明を続ける。
「その三機は組立や配線の設計確認と修正に利用されて、組み立て完了後にはユニット単位での動作確認、機能確認、ソフト検証とかに二機が使用されてたの。この一機は、その予備扱いだった機体ね。それでA号機、B号機での検証で修正が入ったユニットを、A、B号機の予備パーツと交換して仕立て直したのが、これよ。」
「それで、見た目がA号機と似てるんですか。」
納得した様に、直美は言うのだった。
続いて立花先生に、樹里が疑問を投げ掛ける。
「あれ?ソフトの検証は、シミュレータ上で済ませてるって聞いてましたけど。」
「実装前の最終検査を、実機の回路で入出力検証をやってるそうなのよ。こっちでやってるみたいな、動作まではさせない筈(はず)だけどね。」
「成る程、そう言う事ですか。」
樹里が納得する一方で、瑠菜が所感を述べるのだ。
「わたし達の見えない所で、色々と手間が掛かってるんですね。」
「そりゃそうよ、本社の開発部だけで HDG 関連に、百人単位で人が関わってるんだから。試作工場もでしょ?畑中君。」
「それは、もう。」
急に話を振られた畑中は、苦笑いである。
そこで声を上げたのが、飛行機部の金子だった。
「おー、鬼塚。イカしてるじゃん。」
「何よ?『イカしてる』って。」
金子の隣に居た武東が、肘で金子を突(つ)っ突(つ)き乍(なが)ら苦言を呈するのだ。一方で他の部員達は、階段の方から歩いて来る緒美へと視線を向けるのだった。
搬入された HDG の起動試験の為、緒美はインナー・スーツに着替えていたのだ。緒美の HDG の相手をする為、茜も HDG-A01 を起動する可(べ)く、インナー・スーツを着用している。その二人の後ろには、着替えを手伝っていた恵と、ブリジットの姿も有ったのである。
「緒美ちゃん、インナー・スーツは久し振りだと思うけど、大丈夫だった?サイズとか。」
「はい。幸か不幸か、一年生の時から身長とか、服のサイズとか、殆(ほとん)ど変わってませんから。もう、成長は止まっちゃったみたいです。」
朗(ほが)らかな笑顔で緒美が答えるので、立花先生も笑顔で言葉を返すのだ。
「まあ、二十歳(はたち)過ぎてから、急に伸びる人も居るから。」
「いえ、身長は今の儘(まま)で十分(じゅうぶん)なので。もう成長しなくても、いいんですけど。」
真面目に応える緒美に、その横から恵が言うのである。
「これからは脚とか、おなかとか、そっちの成長が心配よね。」
「そっちのサイズとか、特に変わってないんでしょ? 羨(うらや)ましいわ~。」
そう言い乍(なが)ら、立花先生は緒美の腹部や腰の周りを一撫(ひとな)でするのだ。緒美の方は触られるのに特段の反応はせず、唯(ただ)、言葉を返すのだ。
「別に運動とか、してないんですけどね。昔から脂肪が付きにくいのは、多分、母の体質に似たんだと思います。」
「緒美ちゃんのお母さん、スラッとした方(かた)だもんね。」
中学生時代に数回、緒美の母親とは会った事が有る、恵の感想である。緒美は頷(うなず)いて、そして言うのだ。
「うん。 でも、その所為(せい)で、子供の頃は病気勝ちだったらしいんだけどね。」
「緒美ちゃんも?」
心配そうに立花先生が訊(き)いて来るので、緒美は顔の前で右手を左右に振り、答えた。
「いえいえ。 その辺り、上手い具合に父の遺伝子がブレンドされたみたいで、わたしは全(まった)く病気とかには縁が無かったですね。風邪すら、滅多に引かない位(ぐらい)でしたから。」
「そう。なら、良かったわ。」
立花先生へ笑顔を返した後、緒美は茜に向かって声を掛ける。
「それじゃ、今日の試験を始めましょうか。天野さん、お願いね。」
「はい、部長。」
返事をして茜は、A号機の前へと向かう。
一方で緒美は、瑠菜に尋(たず)ねるのだ。
「此方(こちら)の準備はいい?瑠菜さん。」
「はい。もう立ち上げてあります。 あ、部長、それで新型?の呼称なんですけど、どうしますかって、話してたんです。『O(オー)号機』になるんでしょうか?」
「流石に『O(オー)号機』は、ちょっと言い難いわね。」
「はい。」
そこで、立花先生が提案するのである。
「なら、『0(ゼロ)号機』で、いいんじゃない? 元々、そう言う意味なんだし。」
「そうですね。」
あっさりと同意した緒美に、拍子抜けした様に瑠菜が聞き返す。
「いいんですか?それで。」
「いいのよ。別に名前に拘(こだわ)りは無いし。識別さえ出来れば、何でもいいのよ。」
「アバウトだな~。」
緒美と瑠菜との遣り取りを聞いていた直美が、そう言って笑うのだった。
緒美も、くすりと笑い、『0(ゼロ)号機』の前へと向かったのである。
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STORY of HDG(第19話.13)
第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)
**** 19-13 ****
「そうなの? でも、学校の方が大事なんだから、会社の仕事は大変だったら断ってもいいのよ、茜ちゃん。無理はしないでね。」
祖母の言っている事は、飽く迄(まで)、一般論なのだと茜は理解していたのだが、聞きように因っては HDG の事を言っている様でもあり、自分から余計な事を言ってしまわない内に、早急に話題を変える必要性を茜は感じたのである。
「うん、分かってるー…あ、お母さん、近くに居る?」
「ええ、代わりましょうか?」
「うん、お願いー。」
暫(しばら)く間が有って、通話の相手が母、薫(カオル)に交代するのだ。
「もしもし、元気?茜ちゃん。」
「うん、大丈夫だよー。」
「何か、あった?」
薫は然(そ)う訊(き)いて来るのだが、茜には特に話題が有った訳(わけ)ではない。
「ああ、いえ、そうでもないけど…えーと、あ、お父さんは?」
「それが、間の悪い事に、今日も出張なのよ。何よ、お父さんに用事だったの?」
「そうじゃないけどー、どうしてるかな、って思って。最近、様子を聞いてなかったし。出張って、どこ?海外?」
「ううん、最近は国内ばっかりよね。今日は、仙台だって。」
「そう、まあ、元気ならいいけど。お母さんも、気を付けてね。」
「あら、ありがと。こっちの心配はいいから、茜も風邪とか引かないようにね。」
「うん、夕食の途中だったから、そろそろ切るね。冬休みの予定とか、決まったら又、連絡するからー。」
「はい、はい、待ってるね。」
「じゃ、切るねー。」
「はい、じゃ、またねー。」
「はーい。」
茜は通話を終えると、携帯端末を手に元の席へと戻るのである。
「お帰りー、茜。」
真っ先に、ブリジットが声を掛けて来る。
茜は微笑んで「ただいま。」と声を返して席に着き、少し急いで、あと少しだった残りの食事を再開するのだが、最初に口に入れた肉片を飲み込んでから、ふと気になった事をブリジットに尋(たず)ねるのだ。
「そう言えば、此方(こちら)のお話しはどうなったの?」
「部長のお話しは、茜が席を立った迄(まで)よ。その後は、茜の姉妹の名前をネタに、一(ひと)盛り上がりしてた所。」
「名前で?」
不思議そうに聞き返した茜に、通路を挟(はさ)んで隣の席から金子が茜に訊(き)いて来るのだった。
「天野さんと妹さんの名前が『光の三原色』が由来だ、って所までは聞いたのだけど、由来に『光の三原色』が出て来る理由は何なの?」
茜は口の中の咀嚼(そしゃく)物を飲み込んで、金子に答える。
「ああ、家(うち)の父方には、『天野』って名字に因(ちな)んで、『星』とか『光』関連の名前を付ける流れが有りまして。それは特に男子の方、なんですけど。」
「因(ちな)みに、お父様のお名前は?」
「光市(コウイチ)です。光(ひかり)の市(いち)、市町村の市(し)、ですね。 あと、わたし達、姉妹の名前が一文字縛りなのは、母方の女子が皆(みんな)そうだったので、って事らしいですよ。」
「へえー。余所(よそ)の家(うち)の、そう言うお話しって面白いよねー。」
金子は感心する様に然(そ)う言って、静かにお茶を飲むのである。
一方、隣の席でブリジットが言うのだ。
「一文字縛りの件は、初めて聞いた気がする。」
「そうだっけ?」
「言われてみれば、茜、碧…お母さんは薫で、叔母さんが洸、さんだっけ? お祖母(ばあ)様は?」
「妙(タエ)、よ。 お祖母(ばあ)ちゃんの姉妹も、一文字の名前だった筈(はず)だけど、忘れちゃった。」
今度は正面の席から、村上が問い掛けて来る。
「茜ちゃんは、御実家は東京よね。御両親も?」
「母方の天野家は東京だけど、父方の天野家は長野なのよ。」
続いて訊(き)いて来たのは、九堂である。
「冬休み中に、そっちへ行ったりするの?」
「ううん、多分、行かない。 冬は寒いし、割と雪も降るから、お父さんが地元に帰るのを嫌がるのよ。だから、冬は東京で母方の祖母とかと過ごして、長野の父方の実家へは夏に行くパターンなのよね。夏は、東京に居るより涼しいから。」
するとブリジットが、微笑んで言うのだ。
「去年は、わたしもご厄介になったのよね、一週間程。」
「へえ、なんで?」
疑問を呈する九堂に、茜が答えるのである。
「受験対策の合宿、みたいな?」
「その節(せつ)は、お世話になりました~。」
ブリジットは敢えて丁寧に、謝意を述べるのだった。
「へえ~楽しそうね、わたしも行ってみたい。勉強は遠慮したいけど。」
微笑んで然(そ)う言う九堂に、茜が言葉を返す。
「山の中だから、山と畑以外には何も無いわよ?」
「受験勉強には、打って付けだったけどね。」
そう補足するブリジットに、真面目な顔で村上が尋(たず)ねるのだ。
「夏休み中に合宿って、ブリジットは塾とかには通わなかったの?」
「だって、茜に教えて貰った方が解り易いんだもん。実際、夏休み明けてからの模試とかでも、結構、得点が上がっててさ、効果は絶大だったのよ。」
「へえ~、流石、茜ちゃん。」
ブリジットの返答に感心する村上だが、そこに茜が異議を唱えるのだ。
「いやいや、頑張ったのはブリジットだからね、敦っちゃっん。」
「あははは、確かに然(そ)うよね。ゴメンね、ブリジット。」
「いいよー。教えて呉れるのが茜じゃなかったら、きっと上手く行ってなかっただろうからさ。」
ブリジットも笑顔で、村上に言葉を返すのである。
そこで、茜が二人に対して提案をするのだ。
「山の中で何(なん)にも無いけど、それでも良ければ、来年の夏休み中にでも二人も遊びに来てみる?」
「えー、いいの?茜。」
茜の提案に、真っ先に食い付いたのは九堂なのだ。
「大丈夫だと思うよ。山の中でお客さんとか、滅多に来ないそうだから。きっと歓迎して呉れるよー。まあ、細かい事は来年になってからの話だけど。」
「あはは、楽しみにしてるー。」
そんな具合に、HDG とは関係の無い話題で、時間は過ぎていくのだ。それは緒美達、三年生のテーブルでも然(そ)うだったし、二年生達のテーブルでも然(そ)うだったのである。
そんな風(ふう)に、彼女達の其(そ)の日は終わっていったのだ。
そして、月軌道から地球へと向かうエイリアン・ドローン『ヘプタゴン』の、今迄(いままで)に類を見ない大集団が観測されたのは、この翌日の事なのである。
- 第19話・了 -
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。
STORY of HDG(第19話.12)
第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)
**** 19-12 ****
一方では恵が、飯田部長の担当秘書である蒲田に尋(たず)ねるのだ。
「蒲田さんも、ご一緒だったんですか?」
「あはは、いえ、わたしは此方(こちら)に来てる秘書課のメンバーと、午後から面談の予定が有ったので。」
「秘書課の?」
そう聞き返す恵に、蒲田は説明を加えるのである。
「会長…理事長の秘書は、加納さんだけじゃないですから。元々、加納さんは飛行課との兼務と言う特殊な勤務形態ですし、そうじゃなくても休暇を取る事も有りますからね。ですのでアシスタントが二名、本社からの人員が半年、乃至(ないし)、一年の期間で派遣されて来ているんですよ。 そのアシスタントは本社からの出向扱いなので、何かしらの不都合とか要望とか、定期的に面談して確認しているんです。」
「ああ、成る程。」
恵が蒲田の説明に納得していると、飯田部長が突然の思い付きを言い出すのだ。
「そうだな、この案件に一段落(いちだんらく)付いたら、兵器開発部の皆(みんな)には、一泊二日の温泉旅行でも会社からプレゼントしようか? まあ、若い人は温泉とか興味ないかも、だが。」
「冬場なら、一泊で行けるのなら悪くないんじゃないですか? 食事が豪華なら、言う事ないですけど。」
そう言って、直美がニヤリと笑うのである。
「それで満足して貰えるなら、任せておきなさい。」
直美に安請け合いする一方で、飯田部長は笑顔で立花先生にも声を掛けるのだ。
「その時は、引率、宜しくね、立花君。」
「え~…まあ、社命とあれば仕方が無いですけど。」
露骨に嫌そうな顔で応える、立花先生である。
「そう、社命だから。キミも偶(たま)には、のんびりして来るといい。」
「この子達と一緒で、のんびり出来るかは疑問ですけど。」
飯田部長に然(そ)う切り返す立花先生なのだが、そこで恵が、立花先生に笑顔で抗議するのである。
「嫌だなー先生、そう言う所で先生に迷惑掛ける程、子供じゃないですよー。」
「あはは、そうね。ごめんなさい。 個人的に、そう言う所へは余り行かないから、『のんびり』ってのに想像が付かないのよね。」
今度は直美が、立花先生に言うのだ。
「お酒でも飲んで、ぼんやりしてたらいいんじゃないですか?」
「未成年者(あなたたち)の前で、お酒なんか飲む訳(わけ)には行かないでしょ。そもそも、わたしはお酒、飲まないし。」
苦笑いして、飯田部長が意見するのである。
「立花君は、ストレス解消の為に何か、趣味を持った方がいいと思うぞ。」
「飯田部長。仕事のストレスは、仕事で解消するのに限るんですよ、ご存じありません?」
反論する立花先生の顔は、大真面目である。飯田部長は溜息を一つ吐(つ)いて、所感を述べるのだ。
「いや。普通は、それが出来ないから、仕事とは関係ない趣味を持つんだけどね。」
その後、予定されていた一連の作業や打ち合わせを済ませ、本社へと戻る安藤達が乗った社有機を見送り、そして格納庫内の片付けを終えて、兵器開発部のメンバーは女子寮へと戻ったのである。時刻としては午後七時を少し過ぎており、寮に戻った一同は其(そ)の儘(まま)、食堂での夕食となったのだ。
そして、それぞれが談笑し乍(なが)らでの食事は進み、夕食も終盤となった頃に緒美が突然の発表を切り出したのである。
「ああ、そう言えば。 皆(みんな)に、知らせておきたい事が有るのだけど。」
立花先生を含めて全員が緒美の方に注目するのだが、緒美は特に間を置かずに、普通に続けて言葉を発するのだ。
「明後日(あさって)、今度の水曜日に、HDG が一機、追加で搬入される予定だから。」
「それ、今、言うの?」
少し呆(あき)れた様に、緒美の向かい側の席から立花先生が言うのだった。
ここで、この時の席の配置に就いて、記載しておく。
部長である緒美を中心に説明すると、緒美の右手側に恵、左手側には飛行機部の金子が座っている。その六人用テーブルの向かい側には、恵の正面が直美、金子の正面には武東が席を取っていた。
三年生組のテーブル、緒美から見て右隣のテーブルには二年生組とクラウディアが席を取っており、恵とは通路を挟(はさ)んで佳奈、樹里、クラウディアの順である。佳奈の向かい側には瑠菜、樹里の向かい側には維月が居たのだ。
一年生組は緒美から見て左側の四人用テーブルに居(お)り、金子とは通路を挟(はさ)んで茜、ブリジットの順であり、茜の向かい側が村上、ブリジットの向かい側が九堂、と言う席の配置だったのだ。
そして、緒美は澄まし顔で応える。
「ここ数日は ADF の件に集中していたので。でも、そろそろ、言っておかないと、と思いまして。」
「と言う事は、先生は御存じだったんですか?」
緒美の隣から、恵が立花先生に尋(たず)ねる。
「それは、まあ、立場上はね。」
続いて、緒美が言うのだ。
「詳しい経緯とか、今度、搬入される HDG の扱いとかに就いては、明日の部活の時間に詳しく説明するから。」
透(す)かさず、隣のテーブルから瑠菜が声を上げる。
「えー、何かモヤモヤしますー。」
瑠菜は勿論、この場で詳細を話すのが適当でない事を理解していた。徒(ただ)、その瑠菜の言い方に、二年生組がクスクスと笑うのだ。そして、今度は直美が声を上げるのだ。
「ああ、それで、畑中先輩達が残ってたのか。」
「まあ、そう言う事でしょうねー。」
直美の発言に、恵が応じるのだが、その直後、誰かの携帯端末から着信音が鳴り出すのだった。
「あ、わたしです。」
茜は然(そ)う声を上げて、背後に掛けてある制服のポケットから携帯端末を取り出した。彼女達は第三格納庫から寮に戻って、食堂へ直行したので全員が部屋着に着替えてはいなかったのだ。だから流石に制服のジャケットは、皆が同様に椅子の背凭(せもた)れに掛けていたのである。
携帯端末の画面で茜は、通話要請を送って来た相手を確認する。
「あ、碧(アオイ)からだ。」
「碧ちゃん?」
隣の席からブリジットが声を掛けて来るのに頷(うなず)き、茜は携帯端末を持って席を立つのだ。
「ちょっと、失礼します。」
通話を受ける操作をして、話し乍(なが)ら茜は、周囲に人の居ない壁際へと歩いて行くのだった。
「…もしもし、どうしたの?…今、大丈夫よー…ああ、届いたー…うん…。」
離れて行く茜を見送るブリジットに、向かい側の席から九堂が尋(たず)ねるのだ。
「アオイちゃん、って?」
「ああ、茜の妹ちゃんよ。今日は碧ちゃんの誕生日(バースデー)だから、プレゼント贈るって手配してたの、その事じゃないかな。」
「へえー、お姉ちゃんは大変だー。」
感心気(げ)に村上が所感を漏らすと、隣のテーブルから武東が、ブリジットに訊(き)いて来るのだ。
「ねえ、ボードレールさん、『アオイ』って、どう書くの? 草冠の『葵』かしら。」
「ああ、いえ、『紺碧』とか『碧眼』とかの『碧(へき)』です。茜が『赤(あか)』だから、妹が『青(あお)』だったらしいですよ。三人目が居たら、きっと『緑』だったんじゃないかって、茜のお母さんは冗談言ってましたけど。」
くすりと笑ってブリジットは言ったのだが、そのネタは武東には通じなかった様子で、不思議そうに向かいの金子に言うのだ。
「赤、青、と来たら、普通『黄色』じゃないのかしら?」
金子は、真面目な顔で応える。
「信号ならね。でも信号の『青』は、本当は『緑』だけど。それは兎も角、赤、青、緑って言ったら、光の三原色の方でしょ。」
「ああ、そっちか。でも厳密に言えば『茜色』って赤よりもオレンジに近い色の筈(はず)だし、『碧色(へきしょく)』って青と緑の中間位(くらい)の色よね、まあ、『青色』の意味でも使うみたいだけど。」
「こらこら、人の名前に文句付けちゃ駄目だよ?さや。」
「そんな積もりじゃないけどさー。」
そして武東は、お茶の入った湯飲みに口を付けるのだった。そして今度は、恵が言うのだ。
「『茜』は植物の名前でもあるから、草冠の『葵』でも有りだったかも、よね。」
「そうなの?『茜』って花?」
そう聞き返して来たのは、恵の向かい側の直美である。
「茜の花は、小さくて、草自体は地味な感じだけど、根っこが茜色の染料になるそうなのよ。植物としては葵の方が有名だし、花も綺麗かな。」
「森村ちゃんって、その手の女子っぽい知識が豊富でいいよね。」
緒美が感心して隣席の恵に言うと、恵は微笑んで言葉を返すのだ。
「一般教養でしょう、この位。」
「でも、この学校、特に特課の生徒は工学系を目指して来てる子ばっかりだから、その手の一般教養に疎(うと)い子が多い気がする。」
そう所感を語る緒美の向かい側で、直美が立花先生に尋(たず)ねるのだ。
「先生は、御存知でした?」
立花先生は、微笑んで答えたのだ。
「訊(き)かないで?直美ちゃん。」
さて、席を離れて行った茜の方であるが、その会話を追ってみよう。
「…もしもし、どうしたの?」
席を離れつつ、茜が返事をすると、携帯端末から碧の声が聞こえて来るのだ。
「今、大丈夫?」
「今、大丈夫よー。」
「プレゼント、届いた。ありがとう、お姉ちゃん。」
「ああ、届いたー。」
「うん、それで、お祖母(ばあ)ちゃんが電話しろ、って言うから。」
「うん。」
「あ、ご飯、食べてた?」
「まあ、もう食べ終わる所だったから大丈夫よ。お祖母(ばあ)ちゃん、来て呉れてるんだ。」
「うん、今年はお姉ちゃんのお祝いが出来なかったから、何か張り切ってるみたい。」
「あはは…それじゃ、何か欲しいものがあったら、今の内に『おねだり』しておきなー。」
「あははは…あ、お祖母(ばあ)ちゃんが代われって、ちょっと代わるねー…。」
そうして携帯端末からの声が、妹の碧から、祖母の妙(タエ)に交代したのである。
妙は茜の母である薫(カオル)の母親であり、祖父である天野理事長の妻である。つまり、天野重工の会長夫人でもあるのだ。夫である天野理事長が天神ヶ﨑高校へと来ていて自宅を留守にする時、妙は長女である薫の家へと泊まりに来るのが、以前から珍しい事ではなかったのだ。一方で、現在の天野重工社長夫人である次女の洸(ヒカル)の家へ行くのは、流石に遠慮している様子なのだった。
「もしもし、茜ちゃん? 元気?」
「あー、お祖母(ばあ)ちゃん。元気ですよー、お祖母(ばあ)ちゃんは?変わりない?」
「ええ、わたしは元気だけが取り柄ですからね。 夏休みの時には、都合が合わなくて、ご免ねー茜ちゃん。」
「ううん、気にしないで。」
「年末、冬休みには帰って来れるんでしょ?」
「うん、その予定。はっきり日程が決まったら、また連絡するけど。」
「碧ちゃんへのプレゼント、結構、高価そうだったけど、お金、大丈夫?」
茜が送ったのは、革製の小振りな肩掛けバッグだった。所謂(いわゆる)『ブランド』物ではなかったが、それでも仕立ての良さそうな一品だったのだ。中高生が持つには少し高価な品だったが、妹の碧が持っている服には似合いそうだと茜は思ったのである。尤(もっと)も、茜自身は其(そ)の手の『ファッション』系への関心がそもそも薄く、知識も同年代の子に比べれば乏(とぼ)しかったので、自分のセンスに自信は無かったのだが。
「大丈夫だよー、学校(こっち)に居る限り、生活費は掛からないし、会社の仕事のお手伝いで、バイト料とかも貰えてるし。」
茜は『会社の仕事のお手伝い』と表現したが、家族には『HDG』に関する開発業務の事は『社外秘』なのだ。勿論、防衛軍の作戦に協力参加している事も、当然、家族であっても秘密なのである。
「会社の人も、生徒を仕事でこき使って、どう言う積もりなのかしらねぇ、ホントに。」
「まあまあ、お祖母(ばあ)ちゃん。そんなに大した事はしてないから、資料整理のお手伝い程度の事よ。あ、お祖父(じい)ちゃんには訊(き)いたりしないでね、詳しい事は知らないと思うから。」
そう、咄嗟(とっさ)に茜は嘘を吐(つ)いたのだが、それは祖父が家庭で問い詰められない様に張った予防線なのである。
- to be continued …-
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第19話.11)
第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)
**** 19-11 ****
茜の視界では、百七十キロメートル彼方(かなた)の仮想エイリアン・ドローンの編隊群は、当然だが目視は出来ない。相対速度が毎分 15.8キロメートルの儘(まま)だと、凡(およ)そ十分(じゅっぷん)後には互いの進路が交錯するのである。
その仮想エイリアン・ドローン編隊は三角形の三機編隊が、先頭から一編隊、その後ろに三編隊、五編隊、七編隊と並んで全体で綺麗な三角形を描き、総数五十機の設定なので最後尾中央に残った二機が並んで続いているのが、戦術情報の画面から読み取れたのだ。しかし、目標の数が多過ぎて表示範囲を広くすると、シンボルの多くが重なってしまうので、各目標を識別する為には、或る程度の拡大表示をする必要があった。
「Ruby、目標の識別番号を表示して。それからレーザーの照射時間は、距離に合わせて設定の通りで調整してね。」
「ハイ、識別番号を表示します。」
Ruby の制御に因り、戦術情報の敵機を示す三角形のシンボル中央に、1 から 50 の番号が表示されたのだった。通常想定されている敵機の数は、三機から五機程度なので、識別番号は非表示なのが初期設定とされているのだ。それは番号が無くても、十分に把握や遣り取りが可能だからだ。しかし、十機を超えると、流石に番号を振らないと管理や指揮管制との遣り取りに、不都合が生じるのだ。
「それじゃ Ruby、目標の先頭、1 から 4 番を目標固定(ロックオン)。有効射程に入ったら、射撃を始めるわよ。マスターアーム、オン。発射用キャパシタの、電圧確認。」
「ハイ、マスターアーム、オン。キャパシタの電圧正常。最大射程での照射時間は五秒の設定になります。有効射程まで、あと二十秒。」
「各レーザー砲バレル、目標を追跡開始。発射準備で待機。」
「ハイ、全バレル、目標の追跡を開始。発射命令まで待機します。目標、有効射程まで、あと五秒…3…2…1…有効射程に入りました。」
「レーザー砲、1 から 4、発射。」
「発射します。」
Ruby が発射を宣言すると、レーザーの照射中を知らせるブザー音が鳴り響く。
それに続いて、戦術情報画面では目標を表すシンボルが一斉(いっせい)に動き出すのだ。それは文字通り『蜂の巣をつついたよう』な動きだったのである。
射撃対象だった四機の目標は、レーザー照射の効果で落下して行くのだが、それ以外の四十六機は大別して三つの方向へと分散して行くのだ。つまり、茜から見て右側、左側、そして下側である。
茜は比較的、ADF への接近速度が速いと思われる、向かって左側の集団を次の目標に定める。
「Ruby、目標 7、12、21、29 を目標固定(ロックオン)。レーザー 1 から 4 で追跡開始。」
「ハイ、7、12、21、29 をロックオン。追跡開始します。」
「レーザー 1、発射。続いて、レーザー 2、発射。レーザー 3、発射。 レーザー 4、発射。」
茜は順番に、レーザー砲の発射を命じていく。その都度(つど)、Ruby は「発射します。」と応え、続いてレーザー照射を知らせるブザー音が鳴るのだ。
茜がレーザー砲を、順番に発射しているのは、各レーザー砲には連続発射に対する制限が設けられているからだ。つまり、レーザー砲一門に就いて、発射後に五秒間のインターバルが設定されているのだ。レーザー砲は四門が装備されているので、例えば二秒間隔で順番に発射していけば、レーザー 4 を発射した時点でレーザー 1 は五秒間の照射を終えて一秒が経過している計算となる。そこからレーザー 1 のインターバル期間の残り四秒で次の目標を指定すれば、レーザー 1 のインターバル期間終了後には次の照射が開始出来る訳(わけ)だ。ここでレーザー 1 の発射を一秒待てば、レーザー 2 以降の発射タイミングは二秒間隔で発射が可能なサイクルが出来上がるのである。
目標の指定は一括で行うのだが、各レーザー砲の照準と目標追跡は、それぞれのインターバル期間五秒の間に実施されるので、茜は二秒間隔での発射指示が可能となるのである。
そうして、左側から右側、そして下側象限へと分散した目標を、近付いて来る物から順番に ADF は撃墜していき、五十機の目標は二分半程で、全て撃墜されたのだった。結局、仮想エイリアン・ドローンは ADF との距離を、百キロメートル以下に縮める事は無かったのだ。
「全目標、消化しました。」
通信で、茜が然(そ)う報告すると、緒美が言葉を返して来る。
「取り敢えず、お疲れ様…一応、計算通りだけど。シミュレーションとは言え、何(なん)だか、とんでもないわね。」
「えーと…レーザーが一発も外れなかったのは、シミュレーション・ソフトのバグ?でしょうか。」
その茜の疑問に対して、日比野が言葉を返す。
「そんな事は無いと思うよー。でも一応、後でログはチェックしてみるけどー。」
「お願いします、日比野先輩。」
「まあ、時速 700 キロで目の前を横切ってても、百キロも離れてたら、角度に換算すれば一秒間に 0.1°程度の移動量だから、レーザー砲で十分(じゅうぶん)追える範囲なんだけど。まあ、Ruby の制御が、それだけ正確だった、って事よね。」
「恐縮です。」
緒美の評価に、Ruby が一言を返すのである。続いて、緒美は茜に問い掛ける。
「それじゃ天野さん、続いて、目標が百機の設定でもいけそうかしら?」
「ああ、はい。やってみましょう。 樹里さん、お願いします。」
「了~解。設定、変更するね…はい、それじゃ、スタートするよ。いい?」
「お願いします。」
「開始地点は、最初の座標に戻るから。それじゃ、はい、スタート。」
樹里が宣言すると、一瞬、視界の映像で雲の位置などが切り替わり、高度や機体のステータス、戦術情報が更新されるのだ。早速、茜は戦術情報を確認する。
今度は前方 160 キロメートルに、三つの大きな編隊群が出現している。編隊群を構成する基礎構造は、前回と同じく三角形の三機編成だが、それが前方から一編隊、三編隊、五編隊と三段に並んだ三角編隊二十六機が左右に、そして中央には一編隊、三編隊、五編隊、七編隊の四段に並んだ総数四十八機の三角編隊群となっている。因(ちな)みに、左右編隊群の前方から三段目の内の一編隊は二機での構成となっているが、これは総数が百機での設定になっている所為(せい)で、三機構成を基礎とした場合の不足分が、左右最後尾の編隊に割り振られた結果である。
基本的にエイリアン・ドローン『トライアングル』は、三の倍数で地球へと投入されるが、大気圏降下後には複数の目標へと割り振られる都合上、必ずしも三の倍数で編成された編隊で運用されるとは限らないのだ。当然、迎撃を受けて機数が減れば『トライアングル』側が三機編成での行動が続けられない事態も発生する訳(わけ)で、その際は柔軟に単機や偶数機編成でも運用がされるのである。
「Ruby、中央編隊の先頭から削っていくわよ。目標 27、28、29、30 を目標固定(ロックオン)。マスターアームをオンにして、レーザー 1 から 4 で追跡開始。発射用キャパシタ、電圧確認。」
そうして二度目の仮想砲撃戦が、開始されるのだ。
先刻と同じ様に、先頭の四機が砲撃されると、仮想エイリアン・ドローンの編隊各機は即座に分散を開始するのである。その中から、接近して来る目標をロックオンし、茜は次々とレーザー砲の照射を繰り返して行くのだ。
仮想 ADF がレーザー砲を撃ち続けて三分程が経過すると、当初 150 キロメートル以上有った両者の間隔は、100 キロメートル程度に縮まっている。
「Ruby、目標の残りは、あと何機?」
「ハイ、二十八機です。目標までの距離が百キロメートル以内になりますので、ここから照射時間を三秒へ切り替えます。」
「了解。次、72、68、93、47 を目標固定(ロックオン)。」
原理的に、光は遠くへと進むに連れて弱くなる。一般的には「距離の二乗に反比例する」と言われるが、これは光が全方向へ放射される、つまり点光源での場合である。レーザー光は進行方向が一方向に揃(そろ)えられて放射されるので、単純に距離に反比例して弱くなると考えれば良い。何方(どちら)にせよ、目標との距離が接近すれば、同じ効果を得る為の照射時間を短縮できる訳(わけ)なのだ。大気中での光の減衰は距離の影響の他に、大気分子や水蒸気、浮遊する微細な塵、等による散乱も要因になるので、何(いず)れにしても目標との距離は、近いのに越した事は無い。
エイリアン・ドローンは時間が経つに従って、三機編成での編隊が広範囲に散らばる状態で ADF へと接近している。距離が遠い場合は、エイリアン・ドローンの布陣が広がっても ADF 自身は直進状態でレーザー砲の角度調整だけで対応が出来たのだが、相互の距離が縮まって来るのに従い、ADF 自体の機軸を左右に振らないと対処が出来なくなって来るのだ。結果、ADF は大きく蛇行する様に飛行し乍(なが)ら、一分(いっぷん)強で残存目標の全てを撃墜したのだった。
「以上で、全目標、クリアーです。」
望遠画像で最後の一機が落下して行くのを確認して、茜は報告したのだ。
「了解。何(なん)だか、順調過ぎて、逆に不安になるわね。」
笑って、緒美は然(そ)う言ったのである。続いて、日比野の声が聞こえて来る。
「あはは、念の為、後でログは確認しておくから~バグじゃないとは思うけどね。」
それに対して、茜が言うのだ。
「まあ、距離が百五十キロから始めてますから、お互いが真っ直ぐ進んでも九分の余裕が有ります。どっちかって言うと、実機で、あれだけの連射が出来るかって、其方(そちら)の方が心配になりますけど。発電が追い付くのか、キャパシタへの充電が間に合うのか、あと、レーザー砲の過熱が起きないか、ですね。」
「その辺りは、パーツ単位では性能は確認済みの筈(はず)だけど。何(いず)れ、どこかのタイミングで検証する必要は、有りそうよね。 取り敢えず、次に二百機設定で、もう一回やって、今日は終わりにしましょうか。」
「了解です。樹里さん、設定、お願いします。」
そうして開始された三度目の戦闘シミュレーションは、エイリアン・ドローン『トライアングル』が二百機と言う、前代未聞の大編隊を ADF が単機で迎え撃つ、無茶苦茶な設定でスタートしたのだ。
とは言え、茜と Ruby が行う事は、前の二回の戦闘シミュレーションと何(なん)ら変わりは無く、淡々と目標を選択して、レーザー砲で撃ち落としていく、それに尽きるのだった。
これは、『トライアングル』は飛び道具を持っていない、だからこそ成り立つ構想であり、接近戦となる迄(まで)の間は ADF の側が一方的に攻勢で居られるのだ。
今回は目標との距離が 100 キロメートルを割る迄(まで)の最初の三分程で六十九機を撃墜した。照射時間が三秒となる目標との距離が 100 ~ 50 キロメートル圏内での三分間に八十七機を撃墜し、照射時間設定が二秒となる距離 50 ~ 25 キロメートル圏内で、目標の残存数四十四機を ADF は一分半程で、全て撃墜して見せたのである。
「お疲れ様、天野さん。今日は、これで上がってちょうだい。」
その緒美の呼び掛けに、茜は言葉を返すのだ。
「でも、部長。まだ三十分程しかやってませんし、一回だけ、接近戦のシミュレーションも、やってみませんか?」
「気持ちは解るけど、安藤さん達の、この後の予定も有るから。予定通り、ここ迄(まで)にしましょう。接近戦は、明日以降でね。」
続いて安藤の声が、茜のレシーバーに聞こえて来る。
「やる気になってる所、悪いわね、天野さん。昨日の打ち合わせの通り、わたし達は十八時出発だから。」
元より、無駄な抵抗だと解っての提案だったので、茜は素直に引き下がるのである。
「はーい、解ってまーす。 そう言う訳(わけ)だから Ruby、続きは、又、明日ね。」
「ハイ、楽しみにしています、茜。 それでは、シミュレーション・モードを解除、スラスター・ユニットを再接続して、HDG を開放位置へ降ろします。」
「はい、お願い。」
その後、HDG が ADF から切り離されると、安藤と風間が ADF へと駆け寄り、Ruby の、この日のログ回収作業を始めるのだ。一方で日比野は、戦闘シミュレーションの環境、主に二百機もの仮想目標の機動演算を実行していた Emerald のログを回収するのである。
この時点で時刻は午後四時を少し過ぎており、Ruby と Emerald とのログ回収と ADF のシミュレーション実施後の機体チェック作業とで約一時間を見込み、その後のミーティングを約三十分とすると、十八時出発の予定は割とギリギリなのだ。
安藤と風間、日比野の三名に加えて、飯田部長と担当秘書の蒲田が、この日の内に社用機で本社へと戻る予定で、そのフライトが十八時出発予定なのである。
HDG-A01 をメンテナンス・リグへと接続し、HDG と自身との接続を解除して降りて来ると、茜は緒美達に声を掛けるのだ。
「そう言えば、飯田部長は…。」
茜が其処(そこ)まで言った所で、飯田部長の声が聞こえて来るのである。
「居るよ~。」
茜が声の方向へ目を遣ると、飯田部長を始めとして、何時(いつ)もの作業服ではない私服姿の畑中達も、シミュレーションのモニター用ディスプレイの前に揃(そろ)っていたのだった。シミュレーションを始める前には居なかった立花先生や、飯田部長の担当秘書である蒲田の姿もそこにはあった。
「飯田部長、いらしてたんですか。」
その茜の所感に、緒美が答える。
「天野さんがシミュレーションを始めた頃に、戻って来られてたのよ。」
「いやあ、なかなかに凄いものを見せて貰ったよ。」
ニヤリと笑って、飯田部長は然(そ)う言ったのである。すると、恵が飯田部長に尋(たず)ねるのだ。
「飯田部長、そもそもエイリアン・ドローンが二百も襲来する想定なんて、有り得るんですか?」
「うん、段々と地球に降下して来てる数は、増えているからね。」
続いて、立花先生が言うのだ。
「最近で、一番多くて五十機越え、だけど。その時だって此方(こちら)に来たのがそれだけで、同時に降下して来たのは百機近くだった訳(わけ)だし。傾向としては、今後も数が増えるのは、覚悟しておいた方がいいでしょうね。」
「まあ明日、明後日って事は無いだろうけど、将来的には、って話さ。」
然う締(し)め括(くく)る飯田部長に、今度は直美が問い掛ける。
「じゃあ、この ADF は、その時に備えての、技術開発って事ですか?」
「まあ、そんな所だな。」
そう答えて微笑む飯田部長に、緒美も亦(また)、微笑んで言うのだ。
「まあ、そう言う事にしておきましょう。」
「何(なん)だい、鬼塚君。含みの有る言い方だね。」
「いいえ、お気になさらず。」
満面の笑みで然(そ)う答えると、緒美は茜に向かって声を掛ける。
「天野さん、取り敢えず、着替えていらっしゃい。」
「はい。それじゃ、失礼して。」
茜が二階通路へ上がる階段へと向かうと、直美がブリジットに声を掛けるのだ。
「ブリジットー、手伝ってあげな。天野の着替え。」
「あ、はい。」
ブリジットとしては言われる迄(まで)もなかったのであるが、副部長からのお墨付きを得て、直ぐに茜の後を追ったのである。
そして直美は、今度は飯田部長に訊(き)いたのだ。
「そう言えば、飯田部長。温泉、如何(いかが)でしたか?」
「ん?ああ、良かったよ。平日の昼間から温泉に浸かって、食事して。普通に働いてる方(かた)には、申し訳無いけどね。」
その発言に、自他共に認める『仕事の鬼』である立花先生が反応するのである。
「それは結構でしたね。 畑中君達も、一緒だったんでしょ?」
立花先生に話を振られ、畑中が口を開く。
「今日は、飯田部長に御馳走になったんですよ、皆(みな)で。」
「いやあ、案内して貰ったし、試作部の皆(みんな)には、ここ迄(まで)、色々と貢献して貰ってるからね。」
「経費ですか?会社の。」
敢えて冷たい視線で、立花先生は飯田部長に突っ込むのだ。対して、飯田部長はニヤリと笑って答える。
「まさか。今日の分は、わたしの自腹だよ。」
「へえー…。」
何か言いた気(げ)な立花先生に、苦笑いで飯田部長が言うのである。
「別にいいだろう? 今日はわたしも、休暇の扱いなんだから。」
「それは勿論、構いませんけど。」
「立花君も、偶(たま)にはちゃんと、休暇を取りなさいよ。キミは自分の休暇に関しては無頓着だって、影山部長から聞いてるよ。」
真面目に、心配そうに飯田部長が言うものだから、今度は立花先生が苦笑いで答えるのだ。
「心に留(と)めておきます。」
その様子に、緒美と直美がクスクスと笑っているのだった。
- to be continued …-
※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。
STORY of HDG(第19話.10)
第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)
**** 19-10 ****
八日目、2072年12月5日、月曜日。
前日の試験飛行にてハードウェア的な機能や機構の確認が終了した事に因り、畑中達、試作工場からの出張組は、この日の午前中に荷物の整理を済ませ、残されていたトランスポーターで陸路を移動…と、通常なら、そんな流れになる所なのだが、今回は何故か畑中達には現地で二日間の休暇が与えられていたのだ。それは土、日と、本来のカレンダーでは休日である所を、フルタイムでの勤務に加えて残業までして働いていたのだから、当然、代休が与えられる訳(わけ)なのだ。徒(ただ)、それならば彼等本来の勤務地である試作工場へ戻ってから代休を取ればいいのに、と兵器開発部の面々は訝(いぶか)しがったのだが、結局、彼女達に納得の行く説明は無かったのである。
一方で、ソフト部隊である安藤達には辛うじて午前半休が与えられただけで、午後からは第三格納庫での作業が予定されていた。それは、兵器開発部の活動として、この日からは ADF の戦闘シミュレーション実施が予定されていたからで、生徒達が授業を受けている間に日比野が中心となって、シミュレーションの準備が進められたのだ。
そうして午後三時を過ぎると、緒美や茜達が続々と第三格納庫へとやって来るのである。月曜日は茜達、特課の生徒も普通課程の生徒達と同様に、七時限目の授業は無いのだ。これは、金曜日も同様である。
「ご苦労様です。 準備作業、ありがとうございます。」
格納庫フロアへ降りて来た緒美が、準備を進めていた日比野達へ声を掛けた。日比野は振り向き、声を返す。
「授業、お疲れ様。 相変わらず、皆(みんな)、真面目だよね~。授業終わって、真っ直ぐ、こっち来たの?」
一(ひと)笑いして、直美が答えるのだ。
「あはは、三年生が遅れて来ると、示しが付かないじゃないですか。」
「日比野先輩、Ruby と Emerald の準備は、どうです?」
緒美の問い掛けに、日比野が答える。
「出来てるよー。事前のチェックで、問題無し。何時(いつ)でも始められるよ。」
そこに、階段を降りて来た樹里が、声を掛けて来る。
「お疲れ様でーす。」
「ああ、樹里ちゃん。 コンソールのバージョン、新しくなってるから、一応、説明しておこうかー。」
日比野が然(そ)う声を返すので、樹里は駆け足でコンソールへと向かうのだ。
「はい、お願いします。」
樹里の後ろに、維月とクラウディアが続く。
一方では直美が、緒美に声を掛けるのだ。
「それじゃ、わたしはA号機の立ち上げ、やっておこうか。」
それに緒美が答える前に、樹里達と一緒に階段を降りて来た瑠菜が、声を上げてA号機のメンテナンス・リグへと駆けて行く。
「新島先輩、わたし達がやっておきまーす。」
そんな瑠菜の後ろを、佳奈が追い掛けて行くのだ。
直美は、ちょっと苦笑いで、瑠菜達に声を返すのである。
「ああ、瑠菜、古寺、それじゃお願い。」
そんな様子を微笑ましく眺(なが)めつつ、安藤が緒美に言う。
「それじゃ、あとは天野さん待ちね。」
それには恵が、緒美の後方から答えるのである。
「天野さんなら、今、インナー・スーツに着替え中ですから、直(じき)に来ますよ。因(ちな)みに、ボードレールさんは、着替えの手伝いを。」
それを聞いた風間が、呆(あき)れた様に言うのだ。
「何だ、もう皆(みんな)、揃(そろ)ってんじゃん。」
「ホント、皆(みんな)、真面目だよね~。」
安藤は苦笑いで、そう言って笑ったのだった。
そんな安藤に、直美が問い掛ける。
「そう言えば、畑中先輩達は、どうされてるんです?今日。」
「ああ、お昼前に皆(みんな)で出掛けたよね。大塚さんと新田さんに、近場の観光地、案内するって。」
畑中と、その婚約者である倉森は、ここが地元と言う訳(わけ)ではないのだが、二人共に天神ヶ﨑高校の卒業生なので土地勘は有るのだ。
そんな話を聞いて、恵が呆(あき)れた様に言うのである。
「折角の休日なんだから、二人っ切りにしてあげればいいのに。」
その発言には、風間がフォローを入れるのだ。
「いや、大塚さんも新田さんも遠慮してたんだよ? お邪魔はしたくないから、二人で出掛けて来なって。」
「そうそう、でも倉森さんが大勢の方が楽しいから、ってね。まあ、お互いに気を遣ってたんだろうけど。」
「こう言う場合、どっちが正解なんですかね?」
真面目に安藤に問い掛ける風間に、安藤は苦笑いで答える。
「知らない。ケース・バイ・ケースでしょ?」
そこで樹里達にコンソールの説明をしていた日比野が、急に参加して来るのだ。
「それで、結局、飯田部長も参加したんでしょ? そのツアー。」
「え、そうなの?」
安藤と風間は、飯田部長の動向までは把握していなかったらしい。
「うん、今度、奥様を連れて旅行に来たいって。温泉とかも有るらしいしさ。」
日比野の説明に、安藤は「ああー。」と納得した様子で声を上げたのである。それを受けて、恵が尋(たず)ねるのだ。
「何ですか?『ああー』って、安藤さん。」
「ん? いや、飯田部長らしいなあ、って。皆(みんな)は知らなくて当然だと思うけど、飯田部長が愛妻家なのは、社内では有名なのよ。」
そう答えて、安藤は微笑むのだ。一方で答えを聞いた恵は、一度、大きく頷(うなず)いて言う。
「成る程、そう言う事ですか。」
続いて、日比野がニタリ顔でネタを追加するのだ。
「だから、秘書には男性の蒲田さんを指名してるって話だよね?」
「その噂の真偽の程は、定かじゃないから、日比野さん。」
苦笑いで軌道修正を図る、安藤である。
それに対して感心した様に、直美が発言するのだ。
「へえ~…って事は、女性の秘書さんも居るんですか?」
そんな直美の所感には、風間がニヤリと笑って応える。
「居るよー、本社の秘書課には、綺麗所が揃(そろ)ってるよー。」
「あはは、風間さん、言い方ー。」
日比野は笑って突っ込むのだが、安藤は風間の後頭部をピシャリと叩(はた)くのだ。
「下品なのよ、言い方が。」
一方で恵は不思議そうに、直美に尋(たず)ねる。
「秘書って言ったら、女性のイメージじゃない?普通。」
「ああ、うん。ドラマとか映画じゃ、そうなんだけど。天野重工だと男性の秘書さんしか、見てないからさ。理事長の秘書の加納さんも、あの通りの『オジサン』じゃない。だから天野重工の秘書さんって、男性ばっかりな気が…。」
「あはは、加納さんの場合は、理事長の専属パイロット兼、用心棒だそうだから、ちょっと事情が特殊でしょ?」
笑って言葉を返す恵に、少し驚いて安藤が聞き返すのだ。
「何、パイロットの件は兎も角、用心棒って?」
「え? 以前、立花先生から、そう聞いた覚えがありますけど…。」
少し戸惑って答える恵に、直美が付け加える様に言う。
「確かに、加納さんって元は防衛軍の人で、ブリジットの話だと腕も立つらしいしねー。」
「へえ~、人は見掛けに依らないって、本当なのね。」
感心気(げ)に、日比野は然(そ)う所感を述べるのだった。
「蒲田さんの場合、ボディガードって線は無さそうですよね。」
風間が、そんな事を言い出すので、苦笑いで安藤が言葉を返すのである。
「会長と違って、あの飯田部長にボディガードは、要らないんじゃない?」
「あはは、学生時代は社長と一緒にラグビーの選手だったとか、柔道だか空手だかは今でもやってるって話だしね。」
続いて日比野が、飯田部長に就いての怪し気(げ)な情報を開示するのだ。それを聞いて驚いたのは、風間である。
「ええっ、飯田部長って、そんな体育会系の人だったんですか?」
「そんなの、あの体格を見れば察しが付くでしょ。」
そう言って安藤は笑うのだった。
そんな話をしていると、インナー・スーツに着替えた茜と、それを手伝っていたブリジットが、格納庫フロアへと降りて来るのだ。
「お待たせしましたー。もう、準備出来てるんですか?」
「ああ、天野さん。出来てるよー、直ぐに始めちゃう?」
日比野に訊(き)かれて、茜は緒美に確認するのだ。
「大丈夫ですよね?部長。」
「天野さんが良ければ。」
「それじゃ、始めちゃいましょう。」
茜は、HDG-A01 へ向かって駆け出すのだ。
何時(いつ)も通りの手順で HDG に自身を接続した茜は、メンテナンス・リグから離れると ADF への前へと歩いて行く。そして HDG を ADF に接続し、シミュレーターとして ADF を使用する準備を進めるのだ。
準備が整うと、早速、シミュレーターが起動される。基本的には一昨日に実施した飛行シミュレーションと同じで、Emerald がシミュレーション環境の制御を行っているのだ。
樹里が、茜に通信で伝達する。
「それじゃ、天野さん。スタートさせるけど、離陸操作とかはスキップして、飛行状態から始めるけど、いい?」
「はい、いいです。それで、お願いします。」
「じゃ、日本海上空、高度一万メートルから、スタート。」
樹里が宣言すると、茜の視界がブルー・スクリーン状態から、空中の景色に切り替わる。レシーバーからは飛行中の効果音、エンジン音や機体から伝わって来る風切り音や振動音が聞こえて来るのだ。
外部でコンソールを操作している樹里は、緒美に条件を確認する。
「敵機は、何機で設定します?部長。」
「取り敢えず、五十機からいってみましょうか。」
何でもない風(ふう)に答えた緒美に、驚いて樹里が聞き返すのだ。
「行き成りですか?」
「一応、計算上では一航過での対応能力が最大で二百五十機までの筈(はず)なんだから、五十機程度は簡単にクリアー出来て貰わないと。」
緒美は真面目な顔で、そう答えたのである。
樹里は緒美に「分かりましたー。」と返事をした後、茜に向かって呼び掛けるのだ。
「天野さん、シミュレーション開始時の戦闘条件設定です。目標の数は五十、高度二万八千メートル、距離百八十キロを、西側から速度 11 で接近しています。」
間を置かず、茜から確認の報告が返って来る。
「目標を、戦術情報で確認しました。交戦を開始します。」
茜は ADF の仕様を十分(じゅうぶん)に理解しているので、敵機の設定数が五十である事に、特段、驚きはしないのだ。淡々と必要な指示を、Ruby に対して出していく。
「Ruby、減速して外装を展開。速度を 4 に設定して敵編隊の中央へ直進、全レーザー砲を展開。」
「ハイ、外装を展開、全レーザー砲を展開します。」
茜の指示通りに機体を制御する Ruby だが、現実の ADF は一切(いっさい)、動作してはいない。しかし、モニター用に接続されているディスプレイの中では、ADF は Ruby の制御通りに作動しているである。
「目標までの距離、百七十キロメートル。相対速度 15.8、レーザー砲の最大射程まで、あと一分です。」
Ruby の落ち着いた合成音声が、茜と、外部でシミュレーションの状況をモニターしている緒美達にも、聞こえたのだ。
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STORY of HDG(第19話.09)
第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)
**** 19-09 ****
「高度 8200…8300…8400…。」
ADF は運動エネルギーを位置エネルギーへ変換する可(べ)く上昇して行き、Ruby は高度の値を読み上げ続ける。しかし現状でエンジン出力が落ちていない為、機体の速度はジリジリとしか落ちていかないのだ。
「…9500…9600…9700…9800…9900…間も無く、高度一万メートルに到達します。」
茜は機体のステータス表示を注視して、機速のマッハ数の確認を続けていた。
「現在速度、マッハ 1.4…Ruby、右へロール 160°、更に機首上げ 5°。」
「ハイ、右(ライト)ロール 160°へ。機首上げ 5°。」
Ruby は茜の指示通り、ほぼ背面飛行の姿勢になり、更に機首を上げる操作を追加するのだ。普通の速度域ならば、背面飛行からの降下へと移る機動操作なのだが、現在の速度では然(そ)うはならず、機体は降下せず水平に滑って行くのだ。但し、160°ロールだと完全な背面ではなく右側に 20°の傾きを残しているので、これに機首上げの操作が加わって機体は僅(わず)かずつ右へと旋回を始めるのだ。そうして不自然な姿勢で水平面での飛行を続けている事で、機体に掛かる抵抗は確実に増大したのだった。
「マッハ 1.38…1.37…よし、減速してる。Ruby、機首上げ、プラス 5°。」
「ハイ、機首上げ、プラス 5°。」
ADF に更に機首上げの操作を追加すると、更に抵抗が増大するのだ。
これらの操作は、先日まで読み込んでいたマニュアルの記載に従って、茜は規定された手順を忠実に実行しているのである。
「マッハ 1.34…1.32…1.28…1.23…。」
マッハ数の変化が、明らかに低下のペースを早める。
そして間も無く、四基のエンジン回転数が低下を始めたのだ。空気の流入条件がインテークでの制御可能な範囲に戻ったのである。各エンジンは、スロットルで指示されているアイドル状態へと向かって、稼働状態を収束させていく。
エンジンの推力が低下していくと、機体が描く旋回の度合いが少しずつ深くなっていき、同時に高度の低下が始まるのだ。
「Ruby 、ロールを 90°に。水平面での旋回で更に減速するわ。」
「ハイ、ロール角を 90°へ。」
機体の横転(ロール)角は、搭乗しているパイロット視点で時計回りに角度で示される。つまり、ロール角 90°とは右翼を下にした姿勢で、左側に 90°横転(ロール)した姿勢はロール角だと 270°なのだ。ここで注意しなければならないのは、ロール角 90°と指示された場合、右へ(時計回りに)90°なのか、左へ(反時計回りに)270°かの、どちらなのか?と言う所である。結果的には何方(どちら)でもロール角 90°に達するのだが、勿論、意味が違うのだ。
茜が先刻「右へロール 160°」と指示したのは、その為の区別をする意味で、又、Ruby は『右ロール』との指定に因って、『ロール角』との指定とは判断を変えているのだ。これに加え、思考制御から入力される茜の動作イメージを、Ruby は判断の補助としているのである。
そんな訳(わけ)で、ADF はロール角 160°の状態から、左へ 70°横転(ロール)して、ロール角 90°の姿勢となったのだ。ここで茜は横転(ロール)する方向を口頭の指示に含めていないが、右へ 290°横転(ロール)するよりは左方向の側が動作量が少ないとの Ruby の判断と、茜の動作イメージが Ruby の判断と同じく近回りの左回転であった事が、Ruby の判断決定の理由である。
さて、ここで茜が姿勢変更を指示した、そもそもの理由であるが。それは、背面状態からの急降下へと移らないようにする為である。急降下すると当然、位置エネルギーが運動エネルギーに変換されてしまうので、折角、減速したのが台無しになってしまうのだ。茜は水平面での旋回で運動エネルギーを消費しつつ、少しずつ降下して行く事を考えたのである。
そうして超音速飛行から減速した ADF は、旋回し乍(なが)ら元の高度へと降下して行ったのだ。加速する必要は無いので、スロットルは基本的にアイドル・ポジションの儘(まま)で旋回降下し乍(なが)ら、逸脱した位置から予定のコースへと復帰し、ブリジットのB号機と合流したのである。
「HDG01 より、テスト・ベース。HDG02 と合流しました。テストを再開します。」
茜の其(そ)の報告に、緒美が指示を出す。
「HDG01、さっきの減速機動で、空中機動の確認は不要になったと思うから、次のメニューへ行きましょう。燃料は大丈夫?」
「Ruby、燃料の使用量は?」
茜が出す確認要請に、Ruby は即答する。
「現状で予定を 20%程度超過していますが、残量で予定通りの飛行は可能です。」
Ruby の返事に対して、緒美が予定変更の趣旨を説明するのだ。
「いいのよ、Ruby。ADF の仕様は、空中戦を目的としてないんだから。AMF みたいな機動性は、重視してないからね。」
その説明に対して、茜が緒美に確認する。
「では、次は兵装の空中展開確認、ですね?」
「そうね、HDG01。今日は、そっちの方が重要だから。」
「了解です。Ruby、空中展開モードへ、スピード 4 迄(まで)、減速。」
「ハイ、空中展開モードへ、外装を展開して減速します、スロットルをアイドル・ポジションへ、ピッチ角をプラス 3°に設定。」
ADF はエンジンの出力を絞って、減速の為に少し機首を上げる。そうする事で機体への空気抵抗が増加して、速度が落ちるのだ。ADF の横を飛行してたブリジットのB号機は、一度 ADF の前方へと遠ざかって行くが、速度を合わせて ADF の横へと戻って来る為に、左へと旋回を始めるのだ。
或る程度、速度が低下すると ADF の胴体外装が四つに分かれ、少しずつ開いていく。これらの外装が完全に展開されると、正面から見てX型に見えるのだが、外装の展開は減速の度合いに応じて少しずつ開いていくのである。そして、ディフェンス・フィールド・ジェネレーターを兼ねる外装部が開く角度を増していく毎(ごと)に、それが発生させる空気抵抗は増大し、機体から速度を奪っていくのだ。
最終的に、ADF は茜が指定した分速 4 キロメートル、凡(およ)そ時速 250 キロメートル迄(まで)、減速した。
ADF は抵抗を増やして減速する過程で、飛行は継続出来るようにスロットルを調整し、一旦(いったん)アイドル・レベルまで落とした推力を 30%程度に迄(まで)、段階的に上げていったのである。これらの調整は全て、Ruby が自律的に実行しているのだ。
「ディフェンス・フィールド・ジェネレーターの展開を完了、現在速度 4 です。」
Ruby の報告を聞き、茜はブリジットに呼び掛ける。
「了解、Ruby。HDG01 より HDG02、其方(そちら)の準備はいい?」
茜は左側方へ視線を移し、ブリジットのB号機を視認するのだ。視認、と言っても直接に見られる訳(わけ)ではない。閉鎖された ADF の機首内部から見える外界は、ADF の複合センサーが撮影した画像を Ruby が処理や合成を行い、スクリーンへ投射された映像なのだ。この辺りの仕組みは、AMF と同様なのである。
「此方(こちら) HDG02、何時(いつ)でもどうぞ。」
「了解。それじゃ Ruby、長射程砲撃モードへ。レーザー砲展開。」
「ハイ、レーザー砲を展開します。」
ADF 胴体の外装が開かれた部分に格納されていた砲身の長いレーザー砲が格納位置から外部へ向けて一段飛び出すと、その基部が左右へとスイングして外側へと広がる。展開されたレーザー砲は四門で、主翼を上下に挟(はさ)む様に、左右に二門ずつが装備されているのだ。
「レーザー砲、展開完了。HDG02 、外観で異常が無いか、確認をお願い。」
「了解、HDG01。その儘(まま)、真っ直ぐ飛んでてね。」
ブリジットは自身の飛行経路を ADF の方へと寄せて行き、機体を傾けると ADF を中心とするバレル・ロールを実施して、ADF の外周をゆっくりと一回転したのだ。B号機の複合センサーはブリジットの視線を追って ADF の機体表面を写しており、その映像は第三格納庫でモニターする緒美達にも観る事が出来るのである。
「HDG02 です、特に異常は見られませんが、テスト・ベース、其方(そちら)からは何か?」
緒美の返事が聞こえる。
「テスト・ベースです。此方(こちら)でも、異常は無しと判断します。 HDG01、砲身の角度調整は出来る?」
「それじゃ、一番から行きます。HDG02、監視、宜しく。」
「HDG02、了解。どうぞ。」
「Ruby、一番砲身の角度を最大可動範囲で、上下、左右の順で動かしてみて。」
「ハイ、一番砲、作動します。」
ADF の上部左側のレーザー砲が、上へ 10°次に下へ 10°、続いて左へ 10°そして右に 10°、順番に動作して中央位置に復帰する。
「此方(こちら) HDG02、砲身の動作を確認。テスト・ベース、見えてました?」
「はーい、テスト・ベースです。見えてるよー。」
先に答えたのは、樹里だった。続いて、緒美が問い掛けて来るのだ。
「HDG01、変な振動とか、無かった?」
「HDG01 です。特に、振動とか、異常はありませんでした。続いて、二番砲、動かします。」
「あ、ちょっと待って。右側へ移動するから。」
慌てて声を掛けて来たブリジットは、機体を ADF の上方を通過させて右翼側へと移動させるのだ。
「HDG01、お待たせ、どうぞ。」
「了解、それじゃ Ruby、二番砲をさっきの一番砲と同じ様に動かしてみて。」
「はい、二番砲、作動します。」
今度は ADF 上部右側のレーザー砲が、先程の左側と同様に動作するのだ。
この確認作業を、三番、四番と繰り返していくのである。因(ちな)みに、三番砲は ADF 下部右側で、四番砲が下部左側である。砲の番号はドライバーが進行方向に向いて、上部左側から機体中心を時計回りに振られているのである。
さて、実の所、ADF に四基ものエンジンが搭載されているのは、このレーザー砲が消費する膨大な電力を賄(まかな)う為なのである。先刻の様な超音速飛行を実施するのは、本来の目的ではない。ADF の設計概念(コンセプト)とは『飛行する砲台』なのだ。
なので、運用上の想定では高速で飛行する必要はなく、成る可(べ)く低速でエイリアン・ドローン群とは距離を取って、レーザー砲で狙撃を続けるのが理想的なのだ。だが発電用にエンジンを多発化、若しくは大型化すると、その推力で飛行速度が必要以上に上がってしまう。そこで、敢えて大きな空気抵抗を生み出すように、外装を広げて推力に対して抗力を高め、速度の上昇を抑えるのである。勿論、戦域から退避する際の逃げ足には高速飛行能力が役に立つので、一応、その性能の確認が実施されたのだ。
「それじゃ、レーザー砲一番から四番、格納します。 Ruby、お願い。」
「ハイ、レーザー砲を格納します。」
展開されていた四基のレーザー砲は、元の状態へと格納される。その格納状態も、ブリジットのB号機が ADF の周囲を一回りして、異常が無い事が確認されたのだ。
「続いて、近距離戦闘モードを確認します。 Ruby、機首ブロック解放。」
「ハイ、機首ブロックを解放します。」
Ruby が返事をすると、茜の眼前で ADF の機首ブロックが開かれていく。ADF と並んで左側を飛行しているブリジットは、露出された茜の HDG-A01 に向かって右手を振って見せるのだった。茜も、ブリジットに応えて左手を上げて見せる。
「Ruby、続いてロボット・アームを展開。」
「ハイ、ロボット・アームを展開します。」
ADF の主翼付け根の上下に配されたカバーが開き、胴体に沿って後方へと格納されているロボット・アームが、前方へ向かって起き上がる様に展開されるのだ。
ロボット・アーム自体は AMF に装備されている物と、設計は、ほぼ同じ物で、四本と言うより、胴体の上下に二対と言う形式も AMF と同様である。これは ADF に搭載する物を、AMF で先行して実験した、と言うのが実情である。更に、その基礎技術は LMF で確認されていたのだ。
ADF のロボット・アームも AMF の物と同じ仕様で、先端部にはビーム・エッジ・ブレードと荷電粒子ビーム砲が、それぞれの腕に内蔵されているのだ。これらの武装は、レーザー砲で撃ち漏らした目標が、ADF へ接近して来た際に撃退する為の装備である。加えて、ADF の先端に接続されている HDG-A01 も両手に CPBL(荷電粒子ビームランチャー)を装備可能なので、近距離戦では同時に六つの目標に対処が可能なのだ。
「ロボット・アーム、展開完了。」
Ruby の報告を受けて、茜は連動モードを選択して、上側のロボット・アームを動作させてみる。このモードでは、ドライバー自身の腕と連動させて、選択したロボット・アームを動かせるのだ。
茜が胸の前で曲げた右腕の肘を上下させたり、腕を前後に曲げ伸ばしするなど数回動かすと、連動して上部右側のロボット・アームが茜の腕の動きをトレースするのだ。一方で下側のロボット・アームは、上側の動作で発生するモーメントを打ち消す方向に自動的に作動するのだが、これは完全に逆転した動作をする訳(わけ)ではない。それは ADF 全体への気流の影響が、或る程度のモーメントを吸収して呉れるからだ。
「HDG01 より、テスト・ベース。ロボット・アームの動作は、AMF での検証やデータ収集が活きてますね。」
「動かしてみて、振動とか、バランスの悪化とかは無い?」
「はい。外装を展開してあるのも、安定化に寄与してるのかも知れません。AMF よりも、安心して動かせる感じがしますね。」
「良かったわ。それじゃ、取り敢えず空中での機能確認は終了と言う事で、全機合流して帰投してちょうだい。」
そこで緒美の指示に対して、クラウディアが声を掛けて来るr。
「HDG03です。 予定通りですけど、何だか、あっけないですね。」
それには、樹里が声を返すのである。
「あはは、気持ちは分かるけど、今日の所は、帰って来てからの機体点検の方が大事だからね。」
「それは、解ってますけど。」
今度は、緒美が言うのだ。
「何(なん)でもいいけど、着陸する迄(まで)は気を抜かないでね、皆(みんな)。」
そうして、各機は合流し、学校への帰途に就いたのだった。
勿論、帰投した後に ADF は、データの吸い出しや、機体の点検、確認が入念に実施されたのである。超音速飛行や、飛行中の外装展開など、負荷の大きな動作を行ったので、各部機構に捻(ねじ)れや歪み等の影響が出ていないかを確認する必要があるのだ。一方で、安藤達は Ruby と ADF とのマッチングや、ADF 制御モジュールの動作が適正だったかを評価する為の情報収集が、今回の重要な業務内容だったのである。
こうして、この日の活動も無事に終わっていったのだった。
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