WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第19話.08)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-08 ****


 Ruby に制御されている ADF は、それがシミュレーションであるから当然だとも言えるが、滑(なめ)らかに降下、進入を熟(こな)して滑走路へと着陸したのだ。
 その機体の大きさに比して主翼面積の小さい ADF は、F-9 を原型とする AMF よりも、矢張り降下速度が速く着陸速度も高速なのだった。だから着陸脚が接地すると同時に、全力での逆噴射を実施しなければならず、それでも停止距離には滑走路全長の八割程度を要したのである。

「どうだった?天野さん。」

 緒美が感想を求めて来るので、茜は即答する。

「そうですね、仕様書の通りですけど、矢っ張り離着陸のスピードが違いますね、AMF とは見える景色が全然。 着陸進入の降下は、殆(ほとん)ど落下してる感覚です。」

「怖かった?」

「実機で、行き成りアレだったら、多分。 シミュレーターで反復して慣らさないと。続けて、二、三回、やってみていいですか?」

「どうぞ。 次は、空中での機動も試してみてね。」

「分かりました。」

 そこで、樹里が茜に確認するのだ。

「シミュレーションの環境設定は、変えない方がいいよね?天野さん。」

「はい、樹里さん。今日はこの儘(まま)、固定でお願いします。」

「了~解。」

 その後、茜は ADF での離着陸や、空中での加減速、旋回など、基本的な機動に就いての挙動や反応をシミュレーターで確認したのである。そうして一時間程で、茜は ADF でのシミュレーター体験を終えたのだ。
 シミュレーター・モードを終了すると、茜の HDG は ADF から解放され、Ruby はログの回収を受けて、HDG とのドッキングの影響や各種プログラム・モジュールの動作状態の確認が開始される。その後は、HDG 無しで ADF 各部の動作確認や、エンジンの試運転が実施されたのだ。これは Pearl 搭載時に既に無人飛行までが確認されている訳(わけ)だが、搭載 AI ユニットが Ruby に変わった事で、以前と同じ様に運転が出来る事を確認するのだ。最後に ADF 機体の運転後点検であるが、これは整備担当者達に対する講習会も兼ねて、直美、瑠菜、佳奈、村上、九堂、金子、武東と言った生徒達に加え、社有機整備担当である藤元、並木、片平、そして F-9 改の整備担当として派遣されている平田、三木、宗近、深見にも説明が行われたのである。
 一方で、ADF から解放された茜は続いて AMF へと自身の HDG を接続して、Pearl 制御下の AMF での飛行シミュレーションを、此方(こちら)でも一時間程度を掛けて、離着陸や空中機動の確認を実施したのだ。Pearl に関しても、Ruby と同様に、シミュレーション終了後にはログが回収され、その稼働や制御の状況が確認されたのである。その作業には日比野、安藤、風間に加えて、樹里、維月、クラウディアが参加し、この日もソフト部隊の第三格納庫での作業は。午後九時頃まで続いたのである。

 そして七日目、2072年12月4日、日曜日。
 この日も幸いにして天気は良く、ADF の試験飛行には申し分の無い天候である。流石に十二月ともなれば午前中の気温は低いのだが、それでも朝早くから第三格納庫では試験飛行の準備が進められていた。この日に試験に参加する機体は、HDG-A01 と ADF、HDG-B01、HDG-C01、そして Pearl 制御による無人飛行で参加する AMF の合計四機である。
 茜の HDG-A01 と Ruby の ADF が、試験対象機なのは言う迄(まで)もないのだが、他の三機は試験状況の映像を記録し、監視する為の随伴機(チェイサー)なのだ。今回からは試験データの記録の為に、記録器材を積んだ社有機の飛行は無い。データの記録に防衛軍のデータ・リンクを利用するのは従来通りなのだが、今回、新たに設置された Emerald にデータ・リンクの為のユニットが取り付けられているので、データ取得を目的に試験空域へ随伴機を飛ばす必要が無くなったのである。そして Emerald は ADF だけでなく、B号機やC号機、AMF の稼働データ同時取得も自動化して呉れるのだ。御陰(おかげ)で緒美や樹里が第三格納庫から、試験状況のモニターや、指示が出せるようになったのである。
 試験状況観測の要(かなめ)は、AMF である。それは ADF を除く三機の中では、AMF に搭載されている複合センサーが、画像の取得能力が最も高いからである。B号機とC号機は、何らかのトラブルが発生した際の救援要員としての意味合いが、より強い。勿論、B号機とC号機に搭載された複合センサーでも、ADF 飛行の様子はそれぞれの視点から撮影される。
 そして、Pearl に依る AMF の完全自律飛行は、これが初めてであるので、第三格納庫には AMF の遠隔操縦用の簡易コックピットが準備されていた。Pearl には Ruby の AMF 制御に関するライブラリ・データが移植されているので、その自律飛行制御に大きな心配は不要なのだが、万が一、自律制御に不具合が生じた場合に備えて、機体の遠隔操作が可能な様に準備はされているのだ。もしもの場合に備えて、F-9 改の操縦要員として派遣されている青木か樋口が、AMF の遠隔操縦を担当する為に待機しているのだ。

「しかし、まあ、何(なん)とも大所帯になったものだなあ。」

 第三格納庫の南側大扉の外に立ち、少し呆(あき)れた様に然(そ)う言ったのは、飯田部長である。彼は午前九時過ぎに、本社から社有機で移動して来ていたのだ。
 飯田部長の隣に居た立花先生が、少し大きな声で言葉を返す。

「予定通り、じゃないですか。」

 格納庫内でエンジンを起動した各機が、順番に駐機場を横切って、誘導路へと進んで行くのだ。AMF やC号機の飛行ユニットが眼前を通過していると、普通の声量では会話が出来ない。

「そうだけどね。でも立花君は三年前、こんな光景、予想してたかい?」

 真面目な顔で飯田部長が訊(き)いて来るので、立花先生は、これ以上ない位の笑顔を作って答えるのだ。

「いいえ。」

「だろう?」

 飯田部長も、ニヤリと笑い返すのである。
 第三格納庫からは AMF、C号機飛行ユニット、ADF の順に庫外へと出て行き、滑走路へと向かって進んで行く。一番最後に出て来たブリジットのB号機は、駐機場の誘導路入り口付近で待機している。そして立花先生達の背後、第二格納庫の前にはミサイル実弾を装備した F-9 改が二機、発進待機状態で駐機されているのだ。
 この準備は HDG の試験中にエイリアン・ドローンとの遭遇戦が、実際に高確率で発生していた事に対する措置である。取り敢えず、この日を含んで数日間、エイリアン・ドローンの襲撃は発生してはいないのだが、何処(いずこ)かに潜伏していたと思われるエイリアン・ドローンに襲撃された事例も有ったので、学校や会社の側としては念の為の対策を準備したのだ。
 茜のA号機は兎も角、今回、ブリジットのB号機が武装を携行しているのも、同じ文脈からなのだ。茜のA号機は手持ちの武装は携行してはいないのだが、ADF に装備されている兵装は既に使用可能状態であり、試作工場では試射も済まされているのだった。

 午前十時、AMF が Pearl に依る自律制御で最初に離陸すると、続いてクラウディアのC号機が、そして茜の ADF が離陸するのだ。ADF は、茜がシミュレーターで体験した通りの、猛烈な加速で滑走路を駆け抜けて進空したのだった。茜から見えるその景色はシミュレーターで見た視界と同じだったが、唯一違っていたのは強烈な現実の加速度に襲われた事だ。AMF での離陸滑走でも、それなりに強い加速度を体験していた茜だったが、ADF の其(そ)れは AMF の比ではなかったのである。勿論、進行方向への推力に因る加速だから、高速旋回中の気絶しそうな縦Gや横Gに比べれば、それは軽いものだったのだが。それから付け加えるなら、離陸滑走距離の長さも、茜を少々不安にさせたのだった。これはシミュレーターでも視覚的に体験してはいたが、加速度も併せて体験すると、この儘(まま)で上昇出来ずに滑走路から飛び出し、フェンスに突入するのではないか?と、そんな不安感が脳裏を過(よ)ぎったのだった。実際にはシミュレーターで茜が体験した通りに、機体は上昇したのである。
 そして ADF の離陸を確認した後、最後にブリジットのB号機が、駐機場から滑走路を使う事無く上空へと舞い上がったのだった。

 天神ヶ﨑高校上空で合流した四機は、AMF を先頭にして編隊を組み、機首を北方へ向けて日本海側を目指して飛行を始めたのだ。
 編成は先頭の AMF に対して左翼後方が 茜の ADF、その ADF 左翼後方にクラウディアのC号機が着き、ブリジットのB号機は AMF の右翼後方に着いていた。AI に依る自律飛行の AMF が編隊長の位置である事を不審に思われるかも知れないが、直接の操縦操作を Pearl が実施しているとは言え、その挙動は遠隔操縦装置を通して本職のパイロット二人が監視しているのであるから、試験空域への行き帰りに就いては、これが妥当な編成なのだ。

 離陸から十五分程が経過し、HDG 達の編隊はすでに日本海上空の試験空域へと到達していた。九月頃には、茜の HDG-A01 が自身のスラスター・ユニットで飛行していた為、試験空域の進出までに一時間程を要していたのが今では嘘の様である。

「AMF01 より各機へ。予定空域へ到着しました。当機は編隊を離脱して、観測ポイントへ移動します。」

 そう Pearl が宣言して、AMF は南側へと離脱して行く。
 それに、クラウディアが続くのだ。

「HDG03 です。それじゃ、此方(こちら)も観測ポイントへ移動します。Sapphire、行きましょう。」

「ハイ、編隊から離脱します。」

 クラウディアのC号機は右へ旋回し、東向きに離れて行くのだ。

「HDG01 です。AMF01、HDG03 は、位置に着いたら連絡してください。 HDG02 は打ち合わせ通り、わたしの左後方へ。」

「HDG02、了解。」

 ブリジットは予定通りに、ADF の左後方五十メートル程にポジションを取るのだ。
 そして間も無く、AMF と HDG03 から連絡が入る。

「此方(こちら) AMF01、観測準備、整いました。」

「HDG03 より各機。此方(こちら)も観測準備、完了。」

「HDG01 より、テスト・ベース。高速飛行試験、準備完了です。指示を待ちます。」

 その茜のリクエストに、緒美からの返事は直ぐに返って来るのである。

「テスト・ベースより、各機。記録の準備は完了しています。何時(いつ)でも、始めてちょうだい。」

「了解しました、それでは、加速開始します。 HDG02、頑張って付いて来てね。」

「あはは、仕様書通りの性能なら、直ぐに付いて行けなくなる筈(はず)だけど、まあ、頑張ってみるわ。」

 ブリジットからの返答に、くすりと笑って、茜は Ruby に指示を出すのだ。

「それじゃ、Ruby。加速開始。」

「ハイ、加速開始します。」

 ADF に搭載された四基のエンジンは、回転数を跳ね上げて加速を始めた。計画では巡航時の凡(およ)そ時速 600 キロメートルから、二分間でマッハ2弱まで速度を上げるのだ。正確には分速 10 キロメートルから、分速 40 キロメートルへと加速するのだが、その間の平均加速度は凡(およ)そ 0.4Gである。
 ADF を追跡するブリジットの HDG-B01 は、その飛行ユニットの最高速度が時速 800 キロメートル(分速 13.333 キロメートル)なので、直ぐに引き離されるのは明白だったのだ。
 随伴機の中で最速なのは AMF だが、それでも最高速度はマッハ 1.2 (時速 1450 キロメートル/分速 24.5 キロメートル)程度なので、ADF との併走は出来ない。それ故(ゆえ)に AMF とC号機は、距離を取って観測を行うのである。
 一方でブリジットのB号機が置いて行かれるのを承知で追跡を行うのは、ADF に何らかのトラブルが発生したなら当然、ADF は減速するであろうから、であればB号機でも速やかに追い付けるだろう、と言う事である。取り敢えず接近が出来れば、外部からの状態確認や、場合に依っては救援が可能かも知れないのだ。通常の航空機とは違って、HDG ならば文字通り『手を差し伸べられる』のである。

「加速開始より、十秒経過。現在速度、13.1。」

 Ruby が状況を報告して呉れる一方で、茜は身体を後ろへ引っ張る様な、或いは前から押し付けられる様な、推力に因る加速度を味わっていた。単純に加速度だけで比較すれば、ここでの 0.4Gと言う加速度は、それ程、大きな数値ではない。レーシングカーや遊園地のローラーコースターでも、進行方向への加速度が 1Gに迫ったり、又は其(そ)れを超える物は少なくないのだ。徒(ただ)、茜の今迄(いままで)の生活は然(そ)う言った事物とは縁遠かったので、その様な加速度を体験した事は無かったのである。

「三十秒経過、現在速度 17.5。」

 Ruby が報じる速度の単位は『毎分キロメートル』なので、換算すると時速 1050 キロメートルとなる。これは標準状態の大気条件で、音速の 0.8 倍程度である。
 この辺りで、ブリジットのB号機、ADF に付いて行くのを断念するのだ。

「HDG02 より HDG01、流石にもう、無理。予定通り、置いて行ってね。」

「HDG01 了解。HDG02 は其方(そちら)のスピードで追跡を続行して。」

 そして ADF は順調に加速し、間も無く音速を突破したのだ。

「六十秒経過、現在速度 25.02。」

 換算すると時速 1500 キロメートル、凡(およそ)そ音速の 1.2 倍である。
 茜はエンジンのステータス画面を呼び出し、回転数や排気温度、圧力など、ステータスに異常が無い事を確認する。こうやって茜が目視で確認する迄(まで)もなく、何か異常が有れば Ruby が報告して呉れるのだが、無論、ダブル・チェックは重要だし無駄ではない。

「九十秒経過、現在速度 32.5。」

 既に ADF の飛行速度は音速の 1.6 倍程に達しているのだが、搭載エンジンの能力的には、まだ余裕が有るのだ。そもそも単純にスロットルを最大位置に設定して加速を開始したのであれば、速度が上がるに連(つ)れて加速が鈍っていく筈(はず)なのだ。それは無限に加速が出来る訳(わけ)ではないのだから、当然である。つまり、Ruby は加速度が 0.4Gで一定になる様に、絶妙なスロットル制御を行っているのだ。そして現時点で、まだアフター・バーナーは作動していないし、この試験でアフター・バーナーを使用する予定も無い。

「百二十秒経過、現在速度 40 に到達。」

 そして仕様通り、二分間で毎分 40 キロメートル、つまり時速 2400 キロメートル、凡(およ)そ音速の二倍へと達したのだ。茜は、Ruby に指示する。

「オーケー、Ruby。スロットルをアイドル・ポジションへ、スピードが 10 に落ちる迄(まで)、慣性飛行。HDG02 が追い付くのを待ちましょう。」

「ハイ、スロットルをアイドル・ポジションへ。スピード 10へ減速する迄(まで)、直線飛行を維持します。」

 エンジンの出力が減少すると、茜の身体を押さえ付けていた加速度が、スッと無くなるのだ。とは言え、特別に抵抗が増える操作をした訳(わけ)ではないので、前方へ身体を持って行かれる様なマイナスの加速度は感じない。つまり、殆(ほとん)ど減速していないのだ。
 茜はエンジンのステータスに目を遣って、その回転数が四基とも、余り低下していない事を確認した。

「ああ、マニュアルに書いてあったのは、この事ね…。」

 マッハ 1.5 以上の超音速飛行中の場合、スロットルを急激に絞ってもエンジン保護の為に回転数が維持される、そんな安全装置が組み込まれているのである。大量の空気を吸入していたエンジンの回転数を急減させる事は、吸入する空気の量を急減させる事だから、単純に其(そ)れを行うと既に加熱しているタービンの熱収支バランスが崩れて、最悪の場合、タービン・ブレードが損傷する可能性が有るのだ。エンジンに流入する空気に就いては、インテークに因って適切な状態になるよう制御されているのだが、この辺りの条件は流入する空気の速度や圧力、温度などのバランスに依るので一概に規定が出来ない。徒(ただ)、間違いのない事はインテーク周囲の気流が超音速流でなくなれば、要するに機体の速度が音速以下に落ちればいいのである。そうなれば、エンジンは安全に回転数を落とせるのだ。

「HDG01 より、テスト・ベース。スロットル制御で減速出来ないので、これより減速機動を実施します。」

「此方(こちら)テスト・ベース、了解。気を付けてね。」

 減速出来ないのがトラブルではなく想定されていた事象なので、緒美からは了承の意が即答されたのである。

Ruby、機首上げ 15°、上昇して減速を試みます。」

「ハイ、機首上げ 15°。機体が上昇を開始、現在高度 8012 メートル。」

 透(す)かさず、緒美からの通信が入る。

「HDG01、今日の上昇限度は一万メートルだから、注意してね。」

「HDG01 です。了解してます。」

 ここでの上昇限度は試験飛行の為に当局へ申請してあった空域の上限であって、ADF の上昇能力の上限ではない。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.07)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-07 ****


 四日目、2072年12月1日、木曜日。
 前日中に ADF 搭載の AI ユニット:Pearl は停止処理が実施され、一部配線の取り外し迄(まで)が進められていた。この日は朝から其(そ)の作業が継続されて、午後からは ADF より Pearl が引き出されたのである。
 この日の作業で AMF と ADF のそれぞれに搭載されている AI を交換するのであるが、その作業の準備として両機は第三格納庫の中で横に並べて置かれている。それら機体の移動作業も、前日の内に済まされていたのだ。
 さて、ADF の胴体を跨(また)ぐ様に移動された簡易門形クレーンで、ADF 機内に格納されていた AI ユニット:Pearl を引き上げると、門形クレーンは Pearl を吊した儘(まま)で前方へと移動し、そこで用意されているパレット上に、Pearl を降ろすのである。因(ちな)みに、門形クレーンの移動は、作業員達の人力に依って行われるのだ。この簡易門形クレーンに自走の為の動力は、用意されていないのである。
 続いて、門形クレーンは AMF の機首部を跨(また)ぐ様に移動され、機首基部の胴体内部から AI ユニット:Ruby を引き出すのだ。
 Ruby を吊り下げた状態で門形クレーンは再(ふたた)び移動されて ADF の上へと向かい、今度は ADF へ向かって Ruby が降ろされて行くのだ。ADF へ対する Ruby の設置作業は、位置確認と微調整を繰り返し乍(なが)ら、少しずつ進められたのである。
 Ruby の ADF への搭載作業が終わると、再度、門形クレーンは ADF の前方に仮置きされた Pearl の上へと移動されて此(これ)を吊り上げると、今度は AMF へと移動して、Ruby の時と同様にゆっくりと、Pearl が AMF へと降ろされるのだ。
 これら一連の作業には合計で四時間程が費やされ、兵器開発部のメンバー達が授業を終えて第三格納庫にやって来た時点では、Pearl が AMF に搭載される最終局面だったのだ。
 各機へ AI ユニットが設置されたら、それで此(こ)の日の作業は終わり、ではない。機体へのメカ的な固定と、電気的な接続を行わなければならないので、兵器開発部のメンバー達は其(そ)れらの作業を支援したのだ。但し、緒美と茜の二人に就いては、前日迄(まで)と同様に引き続き仕様書と取扱説明書の読み込みを継続していたのである。

 五日目、2072年12月2日、金曜日。
 この日は朝から、前日に終えていた AMF と ADF の AI ユニットとの物理的な接続を再確認し、双方の疑似人格以外の基底処理(カーネル)部のみを立ち上げて、配線の結合確認を兼ねた信号の送受信テスト、環境設定と其(そ)の確認、機体制御プログラム各モジュールの作動シミュレーションなどの準備作業が、疑似人格を起動する前に実施された。これらの作業を二機同時に並行して実施するのは、作業的に膨大な手間が発生する事が予想されたので、その作業を大幅に自動化する目的で、別途持ち込まれた AI ユニットである Emerald が活用されたのだ。
 Emerald が第三格納庫に設置された本来の目的は、後日に予定されている ADF に HDG-A01 を接続して実施する戦闘シミュレーション演算の実行である。以前、LMF や AMF で実施した同種のシミュレーションでは、そのソフトウェアを Ruby が実行していたのだが、ADF で予定されている戦闘シミュレーションに関しては其(そ)の内容の複雑さから、別途、シミュレーションを制御・演算するマシンが必要とされたのだ。そんな目的の為に疑似人格を持った AI ユニットが必要なのか?と問われれば、その答えは『否』である。だが、Emerald も亦(また)、姉妹機である Sapphire や Pearl と同じ目的の為に製作された器材であり、姉妹機達と同様の経験や教育を受けさせる目的も有って、Emerald は第三格納庫に設置されたのである。
 ともあれ、Emerald の働きも有って、Ruby と Pearl の接続確認や環境設定は順調に進行したのだった。この日の昼過ぎには、Ruby と Pearl のメカ的・電気ハード的な再調整が不要である事が見極められ、出張組メカ担当達の手に依って簡易門形クレーンの解体作業が開始される。
 その一方で安藤達は、Ruby と Pearl 疑似人格を含む全システムの再起動を実行するのだ。そして Ruby と Pearl は、それぞれが一時間程度の自己診断を経て、再起動を果たしたのである。
 それら二基の AI ユニットが再起動しても、この日の作業は終わりではない。先(ま)ずは再起動後のシステムチェックや、入出力の確認、再起動前の記憶維持の確認など、諸諸(もろもろ)の検査を二基それぞれに実施するのである。その検査作業が終わると、Ruby には Pearl からバックアップした ADF 制御に関する数々のライブラリ・データ移植を、Pearl には Ruby からバックアップされた AMF のライブラリ・データ移植を、それぞれにファイルの格納先である Emerald から転送、展開していくのだ。そして最終的には双方の機体を起動させて、AI ユニットからの制御・動作確認までを実施したのだった。それら一連の作業は、食事や休憩を挟(はさ)みつつも深夜までに及んだのだ。
 その再起動に関する一連の作業には、放課後以降は兵器開発部のソフト担当三名も、見学の名目で作業を手伝ったのである。彼女達は本社からの出張組も含めて、夕食の時間になっても女子寮へは戻らずに作業を続行した為、立花先生の手配で格納庫フロアにて夕食を取る事になったのだった。因(ちな)みに、立花先生は第三格納庫の学校側監督者として、作業の最後まで現場での立ち会いを余儀無くされたのであるが、翌日、土曜日の午前中も授業の有る生徒達三名、つまり樹里、維月、クラウディアに就いては、午後九時には女子寮へと帰されたのであった。

 六日目、2072年12月3日、土曜日。
 この日の午前中には、解体された簡易門形クレーンの部材と、その他の残材や不要になった梱包材などををトランスポーターへと積み込み、出張組のメカ担当は二台のトランスポーターで試作工場へと向けて出発したのだ。この事に因り、天神ヶ﨑高校に残った試作部のスタッフは何時(いつ)もの四名、畑中、大塚、倉森、新田、である。
 先日から深夜まで作業をしていた本社開発部のソフト部隊三名、日比野、安藤、風間は、宿泊先である学校の女子寮で此(こ)の日は午前中半休の扱いとされ、作業開始は午後からの予定となったのだ。
 兵器開発部のメンバー達は前述の通り、土曜日の午前中には授業が有るので、彼女達の部活は午後からである。
 前日に安藤達に付き合って、深夜まで現場立ち会いをしていた立花先生も、この日は午前中はお休みの扱いとなり、その間の学校側現場監督には立花先生の代役として、前園先生や天野理事長が顔を揃(そろ)えたのだった。そうなると当然、本社から現場の監督にやって来ている実松課長を含めて老人会…いや、懇談会が自然発生する事になり、第三格納庫の其(そ)の一角は畑中達には近付き難(がた)いエリアとなったのである。そして午前十一時を回った頃には、更に塚元校長と重徳(シゲノリ)先生もが加わって、期せずして発生した懇談会は大いに賑わったのだ。
 その懇親会の開催場所は、昼休憩を挟(はさ)んで校内の別の場所へと移されたのだが、それは勿論、午後からは立花先生が第三格納庫へと出て来るからである。
 午後から『出勤』して来た立花先生が、畑中等から午前中の格納庫フロアの様子を報告されて、苦笑いしつつ「午前中が休みで良かった。」と内心で胸を撫(な)で下ろす心境だったのは、言う迄(まで)もないだろう。
 この様に描写すると、立花先生や畑中達が、本社や学校の上層部を嫌っているかの様に受け止められるかも知れないが、これは然(そ)う言う意味ではない事を、念の為に記しておこう。
 天野理事長(会長)や塚元校長達を前にして、立花先生や畑中達が緊張感を覚えるのは、単純に『偉い人』に対して「失礼の無いようにしたい」と言う意識が働くからで、その意識の源泉は飽く迄(まで)『敬意』なのである。けして、『恐れ』とか『評価や査定を気にして』の様な、負の感情や打算的な動機からではない。実際、彼等が立場を笠に着て理不尽な振る舞いをすることは皆無で、立場とは関係無く誰とでも気さくに接する人達なのだ。勿論、職務上の必要が有れば、その立場から厳しい発言をする場合は、当然、有るのだが。

 さて、昼食を終えて第三格納庫へとやって来た兵器開発部のメンバー達であるが、この日からは緒美と茜も格納庫フロアへと降りての活動である。茜はインナー・スーツを着用しており、本社側の確認が終わった ADF に、早速、HDG を接続して動作確認を行うのだ。但し、実際のフライトは翌日の予定で、その前に地上での確認作業を実施するのである。
 茜は手慣れた様子で HDG-A01 に自身を接続すると、瑠菜の操作に因ってメンテナンス・リグから解放されるのだった。HDG-A01 のメンテナンス・リグは格納庫フロアの東側に東向きに置かれており、その背後に AMF が、更に其(そ)の西側に ADF が、それぞれ駐機されている。床面に降りた茜は、歩行して AMF の前を通過し、ADF の前へと向かう。ADF の機首は南向きに向けられており、ADF の機首構造が解放された其(そ)の先端には、HDG との接続ユニットが突き出しているのだ。
 ADF との接続の要領は、AMF と変わらない。HDG の接続ボルトの高さに降ろされた接続ユニットへ向かって、茜は後ろ向きに、周囲の誘導に従って一歩ずつ進んで行き、HDG の腰部から後方へ突き出たフレーム先端の接続ボルトを接続ユニットへと差し込む。すると、ADF 側は接続ユニットをロックして、HDG を規定の高さへとリフト・アップするのだ。

「接続完了。システムのデータ・リンクを開始します。ADF へようこそ、茜。」

 Ruby の声が聞こえて来る。

「はい、宜しくね、Ruby。新しい機体は如何(いかが)?」

「ハイ、仕様(スペック)は把握していますが、実際に動かしてみないと感想はお伝え出来ません。」

「そう? Pearl が稼働させたデータは記録されているんでしょ?」

「ハイ、ライブラリにデータは格納されていますが、それはわたしの経験や記憶ではありません。ですから、わたしの感想は、まだ無いのです。」

「成る程、それじゃ明日が楽しみね。」

「ハイ、茜。 Angela とのデータ・リンクを確立。スラスター・ユニットを回収、格納します。ADF の制御パラメータを、Angela へ転送します。」

 『Angela』とは、茜が装備しているA号機の制御用 AI の愛称である。茜達がA号機の制御用 AI、若しくはA号機自体を『Angela』と呼ぶのに Ruby も倣(なら)っているのだ。
 そして ADF 側から受け渡しアームが出て来て、HDG 背部のスラスター・ユニットに接続すると、スラスター・ユニット側の HDG への接続が解除され、スラスター・ユニットは ADF 側に格納される。これも LMF や AMF と同様の仕様である。
 スラスター・ユニットの移動と同時に茜の前面、HDG のキャノピー内部には、ADF の機体状況を知らせる表示が次々と映し出される。

「オーケー、Ruby。 ADF のステータスを確認。 部長、樹里さん、此方(こちら)の準備は完了です。HDG、ADF 共にシステムに異常無し。AngelaRuby も、御機嫌ですよ。」

「ハイ、わたしは御機嫌です。」

 茜に続いて、Ruby がそんな事を言うので、通信では緒美がクスクスと笑い乍(なが)ら声を返して来るのだ。

「それは良かったわ。 それじゃ早速だけど、明日の飛行試験に向けて、離着陸のシミュレーション、やってみましょうか。」

「Emerald、出番よー。」

 緒美に続いて聞こえて来たのは、樹里の声である。それに、Emerald が応答する。

「ハイ、樹里。ADF のフライト・シミュレーションを実行します。Ruby はシミュレーター・モードを起動して、此方(こちら)にシミュレーション用のリンクを解放してください。」

「ハイ、Emerald。シミュレーター・モードを起動します。シミュレーションのデータ・リンクを確立しました。」

Ruby のシミュレーター・モード起動とデータ・リンクを確認しました。 樹里、シミュレーションの実行条件を選択してください。」

 そう Emerald が促(うなが)して来るので、樹里が条件設定を入力するのだ。

「はいはい、と。飛行場(フィールド)は天神ヶ﨑高校、日時(デート)は今日現在…気象(ウェザー)はデフォルトでいいですよね?部長。」

 樹里はコンソールの隣に立っている、緒美に確認する。緒美は小さく頷(うなず)いて、答えるのである。

「ええ、いいわ。その他の細かい設定も、デフォルトで構わないわね。取り敢えず、天野さんに飛行特性の把握が出来れば。」

「わっかりましたー。」

 樹里は、複数画面に渡る設定条件をチェックして、次々と設定を確定していくのだ。

「はい、設定完了。問題無い?Emerald。」

「ハイ、実行準備が完了しました。シミュレーションの開始指示まで、待機します。」

 Emerald の報告を受けて、緒美は茜と Ruby に確認するのである。

「天野さん、Ruby、それじゃ始めるけど。いいかしら? 取り敢えず、離着陸は Ruby の完全自律制御で。天野さんは、飛行の感覚の確認をしてね。」

「了解です。 Ruby、宜しくね。」

「ハイ、完全自律制御で離着陸を実施します。シミュレーション開始まで待機します。」

 双方の返事を待って、樹里が Emerald に指示を出すのだ。

「それでは、Emerald。シミュレーション、実行。」

「ハイ、実行します。」

 Emerald が応じると、間も無く茜の視界が滑走路の東端から西側に向いた風景に切り替わる。

「はい、視界、来ました。Ruby、始めてちょうだい。」

 表示されているステータスでは、既に四基のエンジンは起動され、スロットルはアイドル・ポジションになっている。勿論、それは仮想 ADF の状態であって、現実の ADF は電気系統以外は起動していない。その ADF の電気系統は現在、地上電源から供給される電力で稼働しているのだ。
 茜が見ている視界と、仮想 ADF の状態は以前の AMF でのシミュレーション時と同じく、緒美達が外部から確認出来るように複数のディスプレイが用意されていて、そこに映し出されているのだった。

「ハイ、離陸を開始します。」

 Ruby が答えると、茜にはエンジンの出力が上昇する効果音が聞こえて来るのだ。エンジンのステータス表示でも、回転数がグングンと上昇している。

「ブレーキ・リリース。」

 仮想 ADF 着陸脚の車輪ブレーキを Ruby が解放すると、茜から見た視界が後方へと流れ始める。シミュレーションであるが故(ゆえ)に実機の様な加速度は感じられないのだが、明らかに AMF の離陸滑走時よりも視界の流れが速かったのだ。離陸に掛かった距離は AMF より三割程度も長かったが、その距離を駆け抜けた時間は ADF の方が短く、その仮想機体は空中へと進んだのである。

「おー、飛んだ飛んだ。」

 背後からの声に驚いて立花先生が振り向くと、そこに居た声の主は実松課長だった。その横には天野理事長や前園先生の姿も有ったのだ。
 立花先生は、声を潜(ひそ)めて実松課長に尋(たず)ねる。

「何時(いつ)から、いらっしゃったんですか?課長。」

「ちょっと前からだよ。」

 そう、何(なん)でもない事の様に、和(にこ)やかに実松課長は答えたのだった。
 続いて、前園先生に立花先生が問い掛ける。

「重徳先生も、ご一緒だったんじゃ?」

「ああ、重徳君なら、試験の準備が有るからって。後期中間試験が近いからね。」

「それ、前園先生は、大丈夫なんですか?」

「ああ、心配無いよ。立花先生こそ、大丈夫なのかい?」

「はい。わたしの講義は、中間では試験自体が無いですから。」

「あー、そうだったか。」

 そこで天野理事長が、前園先生に声を掛けるのだ。

「前園君、ADF が着陸態勢に入ったぞ。」

「おお、もう降りて来ますか。」

 前園先生は状況を映している、ディスプレイを注視する。彼は天野重工に売却される以前から浜崎重工の航空機事業部門で戦闘機の設計に携(たずさ)わっていた人物であるだけに、現在でも航空機への興味は尽きてはいない。当然、この実験機にも興味津々なのである。
 そして立花先生も、ディスプレイへと視線を戻したのだった。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.06)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-06 ****


 三日目、2072年11月30日、水曜日。
 この日の昼前には、試作工場より予定通りに『空中撃破装備』が飛来し、天神ヶ﨑高校南側の滑走路へと着陸したのだ。搭載された AI ユニットである『Pearl(パール)』に依る自律制御で、自力移動を実施したのである。勿論、不測のトラブル発生に備えて、外部からの制御が可能な随伴機を同行していたのは、AMF の移動時と同様なのだ。
 『空中撃破装備』と共に飛来した随伴機は、乗客である開発部設計一課の実松(サネマツ)課長を降ろすと、その儘(まま)、蜻蛉(とんぼ)返りで帰路に就いたのだった。実松課長が予定外に急遽(きゅうきょ)来校したのは、本来はこの日に来校の予定だった、飯田部長の都合が付かなくなったからだ。飯田部長にしても実松課長にしても、現場で何らかの実務を担当する訳(わけ)ではないのだが、想定外のトラブルが発生した場合に本社側と対策を折衝する人員が必要で、その為に待機しつつ、現場の状況を監督するのである。勿論、開発部の設計担当者として試運転をチェックする事も業務の一環ではあるのだが、その為に態態(わざわざ)、『課長』が出て来ると言うのも、実松課長個人が『現場が好きである』それ以上に、この試作機、正確に言えば『実験機』であるが、その重要性を表しているのだ。だから当然、この日の都合で来られなかった飯田部長も、日曜日の試験飛行迄(まで)には都合を付けて、来校する予定なのである。

 その日の放課後、緒美と茜は他のメンバー達と同じく、格納庫フロアへと降りて来たのだ。それは、到着している『空中撃破装備』を見る為である。二人が『空中撃破装備』の方へと進んで行くと、ソフトと電気担当の作業者は二手に別れて作業を進めている。一方は AMF から Ruby を取り外す作業で、此方(こちら)は安藤と倉森、そして新田の三名に、飛行機部の金子と武東の二人が作業を手伝っている。もう一方は『空中撃破装備』の搭載 AI である Pearl からの、移設前データ・バックアップ作業で、風間と日比野の二名を、樹里と維月、そしてクラウディアの三名が手伝っている。この Pearl 側の三名に就いては、作業の手伝いと言うより、見学に近いものだったのだが。
 緒美と茜の二人は、『空中撃破装備』から少し離れて全体の作業を監督している三名、つまり実松課長、畑中、そして立花先生の方へと向かったのだった。

「ご苦労様です。実松課長、今日はいらっしゃる予定でした?」

 先に声を掛けたのは、緒美である。茜は、小さくお辞儀をして見せたのだ。

「おお、鬼塚君。いや、急に飯田部長が来られなくなったのでね、代役を仰(おお)せ付かったのさ。」

 そう答えて、実松課長は笑ったのだ。対して茜は、真面目な顔で問い掛ける。

「飯田部長、何か有ったんですか?」

「そりゃ、何か有ったんだろうなあ。 アレでなかなか、忙しい人だからね。まあ、急に予定が変わるのは事業統括部じゃ何時(いつ)もの事さ、心配は要らないよ。」

 事も無げに、さらりと答えた実松課長は、続いてニヤリと笑って緒美に尋(たず)ねるのだ。

「それで、どうだい?鬼塚君。実機になった ADF は?取説とか仕様書とかも見てるんだろう?」

 一方で緒美は、『ADF』と言う聞き慣れない言葉を、聞き返す。

「何(なん)です?『ADF』って、実松課長。」

 勿論、それが『空中撃破装備』を指している事に察しは付いていたが、緒美がその呼称を耳にしたのは、これが初めてだったのだ。

「あれ? Aerial Destroy Frame、略して ADF だけど、こっちじゃ然(そ)う言ってないの?」

 驚いた様に説明する実松課長に、今度は立花先生が言うのだ。

「初耳ですね。設計では、そう呼んでいたんですか?」

「ああ、割と早い段階で。一一(いちいち)『空中撃破装備』何(なん)て言ってられないからサ。 試作部じゃ、どうだったの?畑中君。」

 実松課長は、畑中に話を振るのだ。そして畑中は、苦笑いし乍(なが)ら答えるのである。

「あー、試作部(ウチ)では専(もっぱ)ら『D案件』って呼んでましたね。此方(こちら)と連絡を取る時は『空中撃破装備』で統一してましたけど。」

「おーそうか。敢えて呼称を統一しなかったのは、こりゃ、飯田部長辺りが何か、画策してたかな。申し訳無いが、この話は忘れて呉れ。」

 気まずそうに実松課長が言うので、微笑んで緒美が応える。

「それは構いませんけど。 それに、呼び方に就いては、LMF、AMF の流れだと、寧(むし)ろ ADF の方が自然ですし。確かに『空中撃破装備』よりは、言い易いですね。」

「でも部長、急に呼び方を変えたら、皆(みんな)、混乱しませんか?」

「大丈夫でしょう?天野さん。 皆(みんな)、そんなに頭は固くないわ。それに略称に変わるのは、言い易くなる方向なんだし。」

「まあ、部長が宜しければ、構わないと思いますけど。」

 茜にも、特段に反対する理由は、無かったのである。
 そして二人は、『空中撃破装備』改め ADF を暫(しば)し、見詰めるのだった。
 その機体形状は大凡(おおよそ)、次の通りである。
 胴体の基礎形状は単純な円筒で、先端には HDG と接続されるジョイント・ユニットが装備されている。胴体中央側面には小振りな三角翼が取り付けられており、後方には中型ジェット・エンジンが四基、束ねられる様に搭載されているのだ。ジェット・エンジンに空気を導くエア・インテークはエンジン一基に付き一つ、合計四つが円筒形の胴体から突き出す様に開口している。各インテーク後方には尾翼が装備されているのだが、正面や後方から見ればX型に配置された尾翼の内、下側の二枚に就いては着陸時に地面と干渉しないよう、取り付け角が水平へと可変する機構が存在しているのだ。
 胴体は基本的に濃い目のグレーに塗装されているが、機体の姿勢を判別し易くする為、側面には白いラインが入れられている。そのライン上に在る三角形の主翼は、全体が白く塗装されているのだった。
 そんな機体を見た第一印象を、茜は素直に口にするのだ。

「矢っ張りこれは、飛行機って言うよりは、ロケットかミサイル、って感じです、よね。」

「まあ、戦闘機的な機動性は、始めから考えていない仕様だけど。仕様書とか読んでみて改めて考えても、これで良かったのかは、よく解らないわね。」

 その緒美のコメントには、意外そうに実松課長が言うのである。

「おいおい、珍しく気弱じゃないか、鬼塚君。」

「別に、何時(いつ)も自信満々って訳(わけ)じゃないですけど。 それに、これに限って言えば、こう言う仕様にしたかったのは本社サイドの方(ほう)でした気がしますけど?」

 緒美は何時(いつ)もの落ち着いた、真面目な表情で実松課長に言葉を返した。実松課長の方は特に動揺するでもなく、コメントするのだ。

「そうなの? 設計の方(ほう)は要求仕様に従って図面を引くだけ、だからなあ。」

 今度は茜が、実松課長に尋(たず)ねる。

「設計課は、仕様決定には関わらないんですか?」

「こう言う仕様で行きたい、って打診が来れば、それが設計可能かどうか試算位はするよ? それを元に、その仕様やアイデア、方針を採用するか、しないかを決めるのは、上の方(ほう)だからね。」

「へえー、そう言うものなんですか。」

 茜は単純に感心して、声を上げたのだ。一方で緒美の方は、これ以上は鎌を掛けても無駄だと理解して「成る程。」とだけ言ったのである。勿論、実松課長が言葉の通りに、仕様決定に関わっていない可能性も有って、その辺りの判断は出来なかったのだ。
 すると、実松課長が続いて、意外な事を言い始めるのである。

「そう言えば…ここだけの話なんだが。」

 そこで実松課長はその場に居た、畑中、立花先生、緒美、そして茜の順に顔を見回して話し始めた。

「…実は、ADF(コイツ)にね、エイリアン・ドローンから取り出した反重力ユニットを乗せるって、設計変更案が出ててね。流石に改設計が間に合わないから、話は流れたんだけどね。」

 そう語る実松課長の表情は、実に楽しそうなのである。その一方で、それを聞かされた四人は一様に不穏な表情を見せたのだった。
 そして真っ先に、立花先生が小さく声を上げたのだ。

「実松課長! そう言うお話は、されない方が宜しいのでは?」

「何、キミらが他の人に話さなければ問題無い。立花君は、もう知ってる話だったか?」

 立花先生は少し身体を引いて、右手を胸の前で数回、激しく振って答えた。

「いえいえ、聞いてませんけど。」

 続いて、ニヤリと笑った実松課長は、緒美と茜に問い掛けるのだ。

「キミ達は、聞きたい?」

「はい、是非。」

 緒美は、二つ返事である。その隣(となり)で茜は、深く頷(うなず)いていた。

「まあ、この話はね、特に二人には聞く権利が有ると思うんだ。何せ、キミ達が居なかったら、エイリアン・ドローンの完璧なサンプルが入手出来なかった訳(わけ)だしな。」

「…と、言われますと?」

 緒美に問われて、間を置かずに実松課長は話を続ける。

「七月の、一番最初に茜君が切り倒したエイリアン・ドローンが有っただろう? あれが一番綺麗なサンプルだったそうでね、防衛軍が回収した残骸を、各方面で分析していたんだが。唯一、機能が判明したのが反重力ユニットなんだそうだ。」

「反重力、なんですか?」

 そう緒美に聞き返されて、実松課長は慌てて訂正する。

「ああ、仮称、だよ。実際に原理や仕組みの解明とかは、まだ出来てないらしい。 兎に角、回収したパーツはブラック・ボックス…現物は黒い球体らしいんだが、それに付いている電極らしき所に電気パルスを入力すると、浮き上がるんだそうだ。」

 その話を聞いて、茜は緒美に声を掛けるのだ。

「どう言う原理なんでしょうね?部長。」

「さあ、反重力、重力制御、或いは慣性制御? SF 的には色々、ネタは有るでしょうけど。 兎も角、そう言う不思議な力で浮揚しているんだろうって、予測はされてたけど…それが確認された訳(わけ)よね。」

 緒美のコメントに対して、実松課長は苦笑いで言うのである。

「原理も仕掛けも解らないのでは、確認された内には入らないかもだが、ね。」

 続いて実松課長に問い掛けたのは、茜だ。

「そのユニット、分解とかX線透視とか、そう言った調査はしてないんでしょうか?」

「ああ、表面上は樹脂状の物質でコーティングされてて、継ぎ目も無くて分解が出来ないそうだ。X線や超音波とか磁気とか、その手の分析器での透視も出来なくって、本当にブラック・ボックス状態らしい。いや、ブラック・スフィア、かな?」

 今度は、立花先生が尋(たず)ねる。

「今迄(いままで)の残骸からは、そのユニットは見付かってなかったんでしょうか?」

「うん、聞く所によると、これ迄(まで)に回収された同じユニットと思しき残骸は、どれも熱で変質しているか炭化してるかだったらしい。だから、機能が確認出来るサンプルが入手出来たのは、キミ達の大きな功績なのさ。」

「ああ、そう言う話なら…。」

 そう言って、畑中が話し始めるのだ。

「…そっち方面の研究をやってる同期の奴から、エイリアン・ドローンには樹脂材料が多用されてるんだけど、従来のサンプルは熱変質が酷くて、どれも資料にならなかったって聞いた事が有る。」

「樹脂って、プラスチックの事、ですか?」

 茜の質問に、畑中は微笑んで答えるのだ。

「あーいや、一般的にプラスチックって言うと石油由来の合成樹脂だけど、それよりも天然樹脂、植物の樹液が凝固した様な、そっちに近いものらしいよ。エイリアン・ドローンの外殻は金属らしいんだけど、内側は不思議な具合に樹脂と混ぜ合わされているそうだ。そう言うのが、最近は綺麗なサンプルから解って来たって。」

 畑中の話を聞いて、微笑んで緒美が、ポツリと言うのである。

「そのお話、うちの両親に聞かせてみたいですね。」

 事情を知らない畑中が、一瞬、怪訝(けげん)な顔をするので、立花先生がフォローを入れるのだ。

「緒美ちゃんの御両親は、樹脂材料の研究職なのよ。」

「生憎(あいにく)と、三ツ橋の系列ですけどね。」

 そう追加して、緒美はくすりと笑った。

「ああ、それなら。素材分析のサンプルは防衛軍経由で三ツ橋の研究所へも回ってるらしいから、案外、鬼塚君の御両親の目にも触れてるかもだな。」

 緒美に対して実松課長は然(そ)う言った後で、茜に向かって言葉を続ける。

「そう言うのも元を辿(たど)れば、茜君のお手柄が有っての事だ。」

「そうですか。勢いで、深い考えが有ってやった訳(わけ)じゃないですけど、何かの御役に立ったのなら嬉しいです。」

 茜は微笑んで、そう応えたのだった。
 そして緒美が、実松課長と畑中に問い掛けるのだ。

「それじゃ、エイリアン・ドローンを分解して、詳しい構造とかは判明したんですね?」

 実松課長が答える。

「あー、それが、分解は出来なかったらしい。強いて言えば、解体、だったそうだ。」

「どう言う事です?」

 緒美は怪訝(けげん)な顔付きで、聞き返す。

「所謂(いわゆる)、ボルトやナット、或いはリベットの様な部品で結合されてはなくてね。こう、複雑にカットされたパーツの隙間を樹脂が埋めてるって言うかな、そんな感じで組み上げられているらしい。強いて言えば接着剤的な?」

 実松課長に続いて、畑中が発言するのだ。

「ああ、その話なら例の奴から聞きました。外殻なんかもベース材に貼り付けてあるんじゃなくて、もう、一体で成型されてるって。そんな構造でメンテナンスやパーツ交換は、どうやってるんだろうって、頭、抱えてましたよ。」

 苦笑いしている畑中に、ニヤリと笑って実松課長が言うのだ。

「ああ、その答えなら、もう、立花先生が出して呉れてるよ。」

「え?」

 実松課長の発言に驚いて声を上げたのは、当の立花先生だった。

「わたし、何か言いました?」

 戸惑う立花先生に、答えを明かすのは緒美である。

「言ってたじゃないですか、あれは『遠征用の使い捨て兵器だろう』って。」

「ああ…。」

 そこで漸(ようや)く、合点(がてん)の行った立花先生なのであった。そして、実松課長が説明を補足するのだ。

「使い捨てと割り切れば、そんな構造でも問題は無い。エンジニアリングの信頼性が恐ろしく高くないと成り立たないが、まあ、我々とでは其(そ)の辺りの技術レベルが段違いなのは、改めて言う迄(まで)もないからな。ともあれ、立花君の仮説は、当たっていたと思っていいんじゃないかな。」

 そして真面目な顔で、茜が問うのである。

「それじゃ矢っ張り、アレを作ったのは異星人(エイリアン)って事で、間違いないんですよね?」

 一同が一瞬沈黙した後、苦笑いしつつ実松課長が答える。

「少なくとも、地球の技術でない事だけは確かだね。」

 その後、緒美と茜の二人は、昨日に引き続き仕様書と取扱説明書を読み込む為、部室へと戻って行ったのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第19話.05)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-05 ****


「ああ、そうそう。もう、立ち上がってるよ。」

 日比野は、部員達が主用している、北側二階通路階段の方を指差す。示された方向へ樹里達が視線を向けると、階段の裏側下に小型冷蔵庫状のユニットが目に入る。彼女達が『冷蔵庫』を連想したのは、それが白く塗装されていたからである。
 日比野を先頭に、彼女達は格納庫フロアの東側、階段の方向へと移動を始めるのだ。

「ここのセキュリティ機能は、Emerald(エメラルド)の方へ、もう、移行済みよ。」

 安藤の説明に、コメントを返すのは樹里である。

「今度は Emerald ですか、…と言う事は五月ですか? 起動したのは。」

「去年の?」

 樹里に続いて維月が訊(き)いて来るので、安藤が答えるのだ。

「今年よ。Sapphire が去年の九月で、それ以降に得られた情報がフィードバックされてるの。」

 続いて、クラウディアが尋(たず)ねる。

「見た目、Sapphire よりも、ケースは大きいみたいですけど。」

「Sapphire はC号機に搭載する都合で、特別に圧縮して実装されてるけど、プロセッサ自体は同じ物よ。 Emerald の方は、無理に小さくする必要が無かったし、だから余分に記憶装置(ストレージ・ユニット)を搭載してあるの。 さっきやってた、Ruby のライブラリ・ファイルのバックアップも、Emerald へ転送してたのよ。」

 今度は、維月が問い掛ける。

「あ、お二人の PC へ転送してたんじゃないんですか。」

 それには、風間が答えるのだった。

「あはは、無理無理、モバイルにコピー出来る様な容量じゃないから。Ruby と Emerald の両方に格納してあるファイルを読み出して比較するツールを、モバイル側で走らせてただけ。」

「あれ?ケーブルは Ruby とだけしか繋がってなかった様な…Emerald との接続は無線ですか?」

「そうゆーことー。」

 樹里の質問に答えた日比野は、樹里が何時(いつ)も使用しているデバッグ用のコンソール前に立ち、数回、キーボードをタイプすると、樹里達を手招きするのだ。

「Emerald とのアクセスは、ここから出来るから。 ご挨拶して、Emerald。」

 日比野に促(うなが)され、合成音声がデバッグ用コンソールから出力される。

「こんにちは、皆さん。Emerald です。」

 それは Ruby とも、Sapphire とも違う、女性の合成音声だった。
 その声を聞いて、維月が樹里に同意を求める様に言うのだ。

「あれ? 聞き覚えの有る声、よね?」

「そうね。安藤さん、ですよね?」

 樹里に確認されると、安藤は苦笑いをして答えるのだ。

「ああ、矢っ張り解っちゃう? ちょっと、弄(いじ)って貰ってはあるんだけど、わたしの声、サンプリングしたのが元データなのよ。」

「あはは、それが解るなら、維月ちゃん、Ruby の声が誰のか、気付いてた?」

 維月は一瞬、複雑な表情になったが、何(なん)でもない様に声を返すだった。

「ええ、姉の、でしょ?」

「ああ、お姉さんの声、あんな感じなんだ。」

 微笑んでコメントする樹里に、維月は言うのである。

「少し変えてはあるよ、話し方は全然違うし。」

「あれ? そうすると Sapphire のは、誰の声が元なんですか?」

 そのクラウディアの質問には、安藤が答える。

「Sapphire も、主任の音声データがベースなの。Sapphire 用には、可成り変化させてあるけどね、Ruby と同じに聞こえないように。それで流石に、Emerald 用にも同じ手は使えなくって。 で、新しくサンプリングした訳(わけ)。」

「成る程。 それで、疑似人格の仕様としては Emerald、Sapphire と同じ、なんですか?」

「まあ、Ruby が特別仕様だからねー。」

 そう言って、安藤はくすりと笑うのだった。
 一方で、樹里が声を上げるのだ。

「えーと、セキュリティを引き継いでいるって事なら、Emerald、わたしの声とか姿は拾えてる?」

 その答えは、デバッグ用コンソールから返って来る。

「ハイ、樹里。格納庫の各種センサーから、画像や音声を取得しています。」

「ああ、もう、個人識別も出来てるんですね。」

 樹里は安藤に向かってコメントしたのだが、安藤が答えるよりも先に、コンソールからは Ruby の声が返って来るのである。

「わたしのライブラリ・データが、移植されていますから。」

 そこで維月が、AMF の方へ向かって、普通の声量で話し掛けるのだ。

Ruby、ここで話してるの、AMF で拾えてるの?」

「いいえ、維月。格納庫のセキュリティ用センサーから情報を取得しています。」

 Ruby の返事を聞いて、樹里が日比野に問い掛けるのだ。

「セキュリティ機能は、Emerald へ移管したんじゃないんですか?」

「ああ、画像や音声へのアクセスは Ruby にも今迄(いままで)通り、出来るようにしてあるのよ。」

 続いて、説明を加えるのは安藤である。

「急に目や耳を塞(ふさ)がれると、ストレスになるでしょう? Ruby は繊細だから。 あと、格納庫内の AI 同士で情報の共有が出来るように、新しいネットワークも追加してあるわ。ハブになっているのは Emerald なんだけど。」

 そこでクラウディアが、日比野に尋(たず)ねる。

「と、言う事は、Sapphire も格納庫のセンサーから情報を?」

「そうよー、Sapphire、見えてるー?」

 日比野はメンテナンス・リグに接続されているC号機に向かって、敢えて右手を上げ左右へ振ってみせるのだ。直ぐにデバッグ用コンソールからは、Sapphire の声が返って来るのである。

「ハイ、見えています、杏華。」

「じゃ、二階の部室でも Sapphire と普通に会話が?」

 その維月の質問に、日比野は微笑んで答えるのだ。

「勿論、出来るよー。」

 日比野の答えを聞いて、樹里がコメントする。

「今迄(いままで)、カルテッリエリさんの PC でしか、お話し出来なかったものね。C号機本体、以外だと。」

「って言うか、そのプログラム、どうやって作ったのよ?って話よね。」

 半(なか)ば呆(あき)れた様に安藤が言うのだが、クラウディアは澄ました顔で返事をするのだ。

「それは、秘密デース。」

「あはは、一晩で作っちゃったんだから、凄いよネー。」

 笑って維月が然(そ)う言うと、続いて樹里が誰に訊(き)くでもなく言うのだ。

「あれ? そうすると、Ruby と Sapphire、Emerald とで、お話し出来るのかしら。」

 樹里の疑問に答えたのは、Ruby である。

「ハイ、樹里。設定が済んで以降、ネットワーク上で妹達と会話を続けていました。」

「そう。どんなお話を?」

「ライブラリに記録されない、テキスト化や数値化出来ない経験と記憶に就いて、情報交換をしていました。」

 その Ruby の回答を聞いて、クラウディアが問い掛ける。

「ライブラリに記録する時に、記憶をテキスト化するんじゃないの? Ruby。」

「ハイ、クラウディア。その通りですが、ライブラリに記載する際は、決められたフォーマットに従って情報を加工し、アウトプットします。ですから、フォーマットに指定されていない情報は、ライブラリには記録されません。」

「ああ、そう言う事。成る程。」

 Ruby の説明に納得するクラウディアに、安藤が補足説明をするのだ。

「そんな訳(わけ)だから、Ruby の経験や記憶を全て、別の子に移植は出来ないのよね。その辺りは、今後の開発課題かしら? まあ、別人格なんだから、記憶の完全コピーとか、する必要は無いんだけど。 一応、ライブラリに記録されない情報は、ログの方に載っては来るんだけど、今の所、ログのデータは状態の検証以外に使い道は無いのよねー。」

 続いて、樹里が Ruby に問い掛ける。

Ruby、『会話』って、テキスト・データで遣り取りを?」

「いいえ、普通に音声ですが、どのスピーカー側にも出力しないだけです。」

 Ruby の返事に続いて、Emerald が発言するのだ。

Ruby との『お話』は、色々と会話の参考になります。わたしは、まだ稼働時間が少ないので。」

「Sapphire は?」

 安藤に尋(たず)ねられ、Sapphire も答える。

「そうですね。今迄(いままで)は、格納庫内の情報を取得していなかったので、その情報を理解し整理する手法を学びました。但し、これは HDG の制御には必要ではない情報なので、この学習を継続する必要が有るのでしょうか?江利佳。」

「ああ、それは問題無いわね。HDG の制御には直接に関係は無いけど、対人コミュニケーションの精度向上にはプラスになるから、遠慮なく続けてちょうだい。ストレージの容量には、その分の余裕を見込んで有るから心配は要らないわ、Sapphire。」

「分かりました、江利佳。」

 そこで、日比野が Ruby に向かって言うのだ。

Ruby はお姉さんなんだから、妹達に色々と教えてあげてね。」

「ハイ、杏華。頑張ります。」

 素直な Ruby の返事を聞いて、微笑む日比野であった。
 一方で、少し申し訳無さそうに安藤は、Ruby に告げるのだ。

「やる気になっている所で悪いんだけど、Ruby、そろそろ、貴方(あなた)のシャットダウンを始めるから。」

「ハイ、江利佳。そのスケジュールは、理解しています。指示が出る迄(まで)、待機しています。」

「それじゃ、沙織ちゃん、準備始めましょうか。休憩、終わり。」

 安藤は、普段は風間の事を名前で『沙織ちゃん』と、呼んでいるのである。風間の方は「はーい。」と返事をし、AMF の方へと歩き出す。

「安藤さん。」

 樹里に呼び止められ、振り返る安藤に、樹里が依頼するのである。

Ruby のシャットダウン作業の見学、させて貰ってもいいでしょうか?」

「それは構わないけど、チェックとか、やり乍(なが)らだから、一時間ぐらい掛かるよ。 退屈するよ?多分。」

「それは、まあ…大丈夫です。 なかなか、こんな機会、無いですから。」

「まあ、確かに、ね。 本当は、出来れば、シャットダウンは、余りやりたくはないんだー。」

 その安藤の言葉に、クラウディアが尋(たず)ねるのだ。

「どうしてです?」

「考えてみてー。シャットダウンって、人間に例えたら、一度死ぬのと同じ事だよ。停止前の状態へ再起動が出来るのが、人間と違う所だけどさ。」

 安藤の説明に、維月が確認するのである。

「でも、スリープ処理じゃマズいんですよね?」

「うん、今回やるのは、謂(い)わば『脳移植』だから。 目が覚めたら『別の身体になってました』じゃ、混乱するのは間違いないでしょ。 環境設定をチェックし乍(なが)らの再起動は、必須なんだよね。」

 そう言って、安藤は力(ちから)無く笑ったのだ。
 それから間も無く、Ruby の完全停止作業は実施が開始されたのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第19話.04)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-04 ****


 続いて、維月が確認する様に言うのだ。

「その、配属のお話ですけど。わたしとクラウディアは二年先ですけど、特にわたしに就いては、姉と同じ職場って人事、有り得るんでしょうか?」

「やり辛いと思う?維月ちゃん。」

 そう、心配そうに安藤が訊(き)いて来るので、維月は少しだけ考えて、答える。

「正直、分かりません。寧(むし)ろ姉の方(ほう)が、やり辛くはないんでしょうか?」

「主任? 主任は、楽しみにしてるみたいだけどね。」

 そこに、笑顔で日比野が見解を述べるのだ。

「大丈夫じゃない? 流石に、兄弟や姉妹で同じ部署って、聞いた事は無いけどさ。でも、夫婦で同じ部署で勤めてる人は知ってるし、大体、井上主任は身内だからって依怙贔屓(えこひいき)とか、しそうもないでしょ。」

「まあ、大事なのは実力とか能力、だから。風間でも務(つと)まってるのは、そう言う事だから。」

 すると、風間が声を上げるのである。

「聞こえてますよー。」

「褒(ほ)めてるんだから、いいでしょ?」

「そんな風(ふう)には、聞こえませんでしたけどー。」

「それは、申し訳無かったわね。」

 そう言って、安藤は風間の背後へと移動する。

「どう、終わった?」

「はい、今、全行程が終了しました。エラーは無し、です。」

 今度は風間がモバイル PC を床面に置いて、腰を上げるのだ。腰に手を当て、背中を伸ばしている風間に、安藤が言う。

「それじゃ、ちょっと休憩にしますか。」

「賛成です。 そう言えば、鬼塚さんとか天野さんって、今は何方(どちら)なんです?」

 風間の問い掛けに、辺りを見回してから日比野が答えるのだ。

「格納庫(こっち)には降りて来てない、みたいね。」

「ああ、今日も部室で取説とか仕様書の読み込みやってますよ、二人共。」

 樹里の説明を聞いて、思い出した様に日比野は樹里に尋(たず)ねるのである。

「そうそう、取説、大丈夫そうだった? 超特急で作った奴だからさ、心配で。」

 樹里と維月は一度、顔を見合わせ、維月が答えたのだ。

「今の所、苦情は聞いてませんけど、二人から。」

「そう。不明な点とか有ったら、遠慮せずに何でも聞いてって言っておいて。責任持って回答するから。」

 日比野の所属するチームが機体側の制御ソフトを開発しているので、取扱説明書の編集作業も担当しているのである。今回、日比野が派遣されて来ているのも、機体側制御ソフトの面倒を見る為なのだ。

「それで、貴方(あなた)が緒美ちゃんや天野さんに、何(なん)の話が?」

 不審気(げ)に、安藤が風間を問い質(ただ)す。風間は悪怯(わるび)れる様子も無く、答えるのだ。

「いえ、話す事は特に無いのですけど、一目見たいって言うか、出来れば画像でも、と。」

「あははは、有名人だからね~特に、あの二人は。」

 日比野は笑って然(そ)う言うのだが、安藤は睨(にら)む様に風間を見詰めて静かに言うのである。

「その手の巫山戯(ふざけ)た理由で、二人の仕事、邪魔なんかしたら承知しないからね。」

「勿論、邪魔なんかしませんよ。目を付けられでもしたら、将来的に怖い事になりそうですし。」

 風間は苦笑いして、安藤に答えるのだった。
 そこで樹里が、日比野に尋(たず)ねるのだ。

「あの、日比野先輩。ウチの部長と天野さん、そんなに社内で有名になってるんですか?」

 続いて、維月が付け加える。

「樹里ちゃんの事も、有名になってるんじゃない?」

 日比野は、微笑んで答えるのだ。

「樹里ちゃんが有名なのは、ウチの課、限定だよね。鬼塚さんは、開発部と試作部。天野さんは、HDG に関わってる部署全般って感じかな?」

「そりゃ、会長のお孫さんだって言うし。創業家の御令嬢ともなれば、注目度は上がりますよね。」

 調子に乗って喋(しゃべ)る風間の、後頭部を再び叩(はた)くと安藤は風間に注意するのである。

「だから、そんな風(ふう)な事、言うんじゃないって言ったでしょ。」

「えー、じゃあ、どんな風(ふう)に言えばいいんですか?安藤さん。」

「解らないなら、黙ってなさい。」

 安藤は、呆(あき)れた様に言ったのである。日比野が「まあ、まあ…。」と宥(なだ)める様に、安藤に声を掛けるのだが、一方で維月が日比野に問い掛けるのだ。

「あの、天野さんの事は、そんな風(ふう)に広まってるんですか?」

 溜息を一つ吐(つ)いて、日比野は答える。

「まあ、事情を知らなければ、普通、そう思うよね、って事で。」

 続いて安藤が、風間に忠告するのだ。

「いい? もしも天野さんに会っても、『お嬢様』とか『御令嬢』とか言うんじゃないよ。」

「え?違うんですか。」

 その説明を、樹里がするのである。

「いえ、半分正解で、半分間違いなんです。 天野さんが理事長…会長の孫なのは、本当です。でも、『創業家の御令嬢』ではないんですよ。」

「でも、『天野』って…。」

「会長のお嬢さん、つまり天野さんのお母さんが、結婚した相手が偶然『天野』姓だった、と言う事だそうで。だから、天野さんの天野家は、天野重工の天野家とは別の家系なんです。まあ、数代、遡(さかのぼ)れば親戚だったらしいんですけどね。」

 真面目に語る樹里に続いて、維月が微笑んで言うのだ。

「天野さんの話だと、お母さんが大学時代に、同じ名字だって意気投合した相手とその儘(まま)、結婚したって言うから、『偶然』って言うのは、ちょっと違う気がするけどね。」

「はー、そう言う事…。でも、社内には天野さんの事、社長の娘だと思ってる人、居るよ?」

 その風間の見解に対して、再び呆(あき)れた様に安藤が言うのである。

「だから、今の社長は片山社長でしょ? どうして、天野さんが片山社長の娘だと思うかな。」

「片山社長の奥様は会長の娘さんだって聞いてるから、婿入りしたけど社長は会社的には旧姓を使ってるって。」

 今度は日比野が、その認識の間違いを正すのだ。

「あー違う、違う。片山社長の奥様は会長の次女、天野さんのお母さんの妹さん。昔、天野重工の秘書課に、勤めてたそうなの。 まあ、片山社長が社長に就任したのが、十年くらい前だから。風間さんとか、知らなくても無理は無いけど。」

「寧(むし)ろ、日比野さんは良く御存知ですね。」

 安藤に然(そ)う言われて、日比野は微笑んで言葉を返す。

「わたしが入社した頃は、その辺りの事情を知ってる人が身近に多く居たから、新人の頃に世間話として聞いてたの。近頃は、そんなのは話題にならないからね~。」

「そう言う事なら、会社の広報とかで周知すればいいのに。」

 その様な思い付きを、直ぐに口にするから風間は安藤に叱られるのである。

「個人情報(プライバシー)なんだから、そんな訳(わけ)にはいかないでしょ。」

「それも然(そ)うですね。 それで、その辺りの事、天野さんは気にしてる、と。」

 そんな風間の発言に、樹里と維月は一度、顔を見合わせ、そして樹里は風間に言った。

「いえ、天野さんは気にしてないって云ってるんですが。 でも、一々、説明して回る訳(わけ)にもいかないので。」

 すると苦笑いしつつ、日比野が所感を漏らすのである。

「この様子じゃ天野さん、正式に入社したら、色々と大変そうよね~。」

「案外、ここで一度、徹底的に有名になって、地均(じなら)ししておいた方が、いいのかも知れませんね。本人は嫌がりそうだけど。」

 その樹里の提案を、維月は笑うのである。

「あははは、酷い提案~。」

「何、笑ってるの維月ちゃん。貴方(あなた)だって、立場的には天野さんと似たようなものじゃない?」

 安藤に言われ、維月は意外そうに聞き返すのだ。

「え、何(なん)でです?」

「社内的な有名人の身内、って意味じゃ、井上主任の妹って事で、維月ちゃんも、なかなかのものよ?」

「いやいや、有名って言っても会長と主任じゃ、天と地ほど違いますって。それに、わたしの場合、そんな複雑な背景なんか無いですし、大丈夫ですよ。」

「そう? なら、いいけど。」

 そう言って、安藤はニッコリと意味深な笑顔を見せたのである。
 この時、維月は姉である井上主任の、開発部部内に於(お)ける、特にソフト開発部隊に対する影響力の大きさを、全(まった)く理解していなかったのだ。それに就いては三年先に、身を以(もっ)て思い知るの事になるのだが、それは又、別の話である。
 そして、安藤は右手で風間の背中をバンと叩き、言ったのだ。

「兎に角、二年先、三年先にはここに居る三人が、貴方(あなた)の後輩になるんだから、もっとしっかりしてよね。」

「大丈夫ですよー。安藤さんが卒業したあと、大学じゃ、ちゃんと先輩らしくやって卒業して来たんですから。職場でも後輩が出来れば、ちゃんと先輩らしくなりますって。 知ってます?人を成長させるのは、立場なんですよ?」

「全(まった)く、言う事だけは立派なんだけど。 こう言う奴なんだけど、皆(みんな)、宜しくしてやってね。」

 安藤が樹里達、三名に向かって然(そ)う言うので、樹里は慌てて言葉を返すのだ。

「安藤さん、逆、逆。宜しくして頂くのは、此方(こちら)の方。」

「あははは、何(なん)だ彼(か)んだで、安藤さん、後輩ちゃんを気に掛けてるのね。」

 そう、日比野が茶化すので、安藤は言葉を返すのである。

「もう、何(なん)とでも言って。」

「えー、さっきのが気に掛けてる人の言う事ですかー日比野さん。」

 風間が日比野に抗議するので、安藤は再度、呆(あき)れた様に言うのだ。

「風間ー、そう言う所よ。」

「えー。」

 そんな二人の遣り取りを、樹里と維月はクスクスと笑い乍(なが)ら見ていたのだ。
 一方で黙って様子を見ていたクラウディアが、唐突に口を開くのである。

「あの、所で。今日搬入予定だった、新しい AI ユニットって、どうなっているんですか?」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.03)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-03 ****


 二日目、火曜日。この日も第三格納庫での作業は、予定通りに継続している。
 お昼前には、本社から飛来した社有機で、開発部ソフト部隊からの人員、乃(すなわ)ち安藤、日比野、風間の三名が移動して来ていた。風間は安藤と同じく Ruby 開発チームの一員で、安藤とは大学時代の後輩なのだ。年齢的には安藤の三歳下で、「沙織(サオリ)」との名前から井上主任に「サオちゃん」と呼ばれているのが彼女である。今回派遣されて来た三名が揃(そろ)って女性なのは、兵器開発部のメンバー達に配慮した結果なのだった。因(ちな)みに、風間が天神ヶ﨑高校に来校したのは今回が初めてである。
 さて、格納庫内部での動きとしては、第三格納庫に格納されていた F-9 改二機が、この日の午前中に第二格納庫へと移動となった。これは、Ruby と Pearl の換装作業スペースを確保する意味も有るが、翌日に到着する『空中撃破装備』を格納するには、既に第三格納庫が手狭になっていたからだ。
 第三格納庫には F-9 戦闘機を横に三機並べて格納が可能なのだが、HDG-A01、B01、C01、及び、B01 用の飛行ユニットがそれぞれのメンテナンス・リグに接続されて格納されており、その分だけスペースが圧迫されているのだ。従って、F-9 型機を横に並べて入れられるのは二機が限界なのである。
 AMF とC号機用の飛行ユニットは両機共、機体規模は F-9 戦闘機とほぼ同じなので、これらを F-9 改と共に格納するには、F-9 型四機を格納する事と同等になるのだった。そこで、F-9 改二機を格納庫奥側から北側に寄せて並べて駐機して、C号機用の飛行ユニットは F-9 改二機の間(あいだ)前方、つまり南側に、AMF はC号機用飛行ユニットの東側に駐機していたのだった。
 この状態で、大きな門形クレーンの組み立てと、搬入した資材を広げての検品と仕分けを続けるのは、流石に困難が予想されたので、火曜日の午前中から F-9 改の二機を第三格納庫より引き出す事が予定されていたのである。その為に、組立中のクレーンや、パレットに載せられた資材の木箱、AMF やC号機用飛行ユニット迄(まで)も、一旦(いったん)、庫外へ移動させる等、手間としては無駄な作業の発生となったのだった。これは、F-9 改を移す第二格納庫側の、受け入れ準備の都合でもあり、月曜日に第二格納庫側の整理が行われていたのである。これらに就いては、事前にやっておけば良さそうなものだったのだが、そうは出来なかったのは第二格納庫で社有機の整備を行う藤元等(ら)の、純粋に作業スケジュールが原因である。
 そんな流れで前日から滞在していた畑中達が、この日の第三格納庫での作業が再開出来たのは午後になってから、なのであった。とは言え、彼等が午前中に暇だった訳(わけ)ではなく、藤元達の F-9 改移動に関連しては、第三格納庫内へ前日に運び込んだ資材を移動して F-9 改の移動経路を確保する等の、相応の作業が発生していたのだった。

 そして放課後である。
 第三格納庫には続々と、その日の授業を終えた兵器開発部のメンバー達がやって来るのだ。緒美と茜の二人は、昨日に続いて部室で仕様書と取扱説明書の読み込みを続行し、その他の部員達は格納庫フロアへと降りて来るのだった。
 その中でも、ソフト担当の三名、樹里、維月、そしてクラウディアは、AMF の下で Ruby のバックアップ作業を実施している安藤達の所へと向かったのである。
 AMF は機首部が開放状態になっていて、勿論、HDG は接続されてはいない。安藤と風間の二人は、格納庫フロアに胡座(あぐら)を掻(か)いて座っており、膝の上にはそれぞれがモバイル PC を乗せているのだ。その PC はケーブルで、AMF を介して Ruby に接続されているのである。
 日比野はと言うと、安藤と風間の背後に立って居るのだった。これは、日比野が Ruby の担当ではないからである。

「安藤さん、お疲れ様で~す。」

 安藤に対して樹里が、友達の様に声を掛けるのだ。

「はい、お疲れ。授業、ご苦労様。」

 樹里の態度が当然の様に、安藤も声を返す。
 一方で維月は、少し気を遣って安藤に尋(たず)ねる。

「其方(そちら)は? 初めてお目に掛かります、よね?」

 維月に言われて気付き、安藤は同僚の風間を紹介するのだ。

「ああ、ウチの風間とは初めてだったよね。Ruby 開発チームの風間 沙織、仲良くしてあげてね、皆(みんな)。今年、三年目?だから、まだ新人ちゃん扱いなんだけど、ウチの課では。」

 続いて、風間が声を上げる。

「どうも、風間 沙織です。安藤先輩とは、大学時代の同じ学部の後輩です。皆(みんな)、宜しくね。」

「ほら、先輩って言わない。」

 安藤は風間の後頭部を、軽く押して注意するのだ。

「解ってますよぉ、安藤さん。今のは、説明の為、敢えて、です。」

 そこで日比野が、説明の為に口を挟(はさ)む。

「あ、社内では男女問わず、基本は『さん』付け、だからね。 ま、上司とかは、例外的に『ちゃん』や『君』で呼ぶ人が多いけどね。」

 続いて、安藤が兵器開発部の三人を風間に紹介する。

「で、こっちから城ノ内さん、維月ちゃん、クラウディアさん。」

「ええ、皆さんの、お噂は予予(かねがね)。画像とかでも何度か見たから、分かりますよー。」

 その風間の応答を聞いて、微笑んで樹里が言うのだ。

「それは光栄ですけど。因(ちな)みに、噂って、どんなです?」

「いや、そんな悪い噂じゃなくて。城ノ内さんに就いては、五島さんが何時(いつ)も感心してるとか。 維月さんは、井上主任の妹さん、ですよね? クラウディアさんに就いては、凄いハッ…。」

 風間が『ハッカー』と言い掛けた所で、安藤が風間の後頭部を掌(てのひら)で叩(はた)いたのである。風間は透(す)かさず、言い直すのだ。

「…あー、いや、武勇伝は色々と。」

 クラウディアは苦笑いし乍(なが)ら、コメントを返すのである。

「まあ、御存知でしたら、色々と説明の手間が省けて結構ですけど。」

「ゴメンね~こいつ、学生時代から色々と、がさつでさ。」

 そう言って安藤がクラウディアに詫(わ)びるので、風間が抗議するのだ。

「がさつって、酷いなあ…。」

 そんな遣り取りを、日比野は笑って見ているのだ。

「あははは、ホント、お二人を見てると飽きないわー、漫才みたいで。」

「それは、どうも。」

 安藤は不服そうに、そう言葉を返したのである。
 そこで、維月が日比野に尋(たず)ねるのだ。

「あの、日比野先輩。年齢的には、安藤さんの方が年上ですよね?」

「そうよ。安藤さんは、二個上、ですよね?」

「そう、そう。で、こっちの風間は日比野さんの一個下。会社的には日比野さんが、わたしの二年先輩で、風間は日比野さんの五年後輩。ホント、天神ヶ﨑の卒業生が羨(うらや)ましいわ。」

「そうかー、もしもわたしが天神ヶ﨑を卒(で)てたら、会社的には安藤さんの先輩になれたのかー。」

 そんな風間の思い付きに対し、安藤は心底嫌そうにコメントを返すのである。

「何よそれ、屈辱的。」

「何(なん)でですかー。」

「そもそも、貴方(あなた)が受験しなかった時点で、可能性はゼロだったのよ。」

「だって、天神ヶ﨑なんて学校、知らなかったし。知ってれば、受験してたかもですよ?」

「いや、当時の先生が勧めなかったんでしょ?それは無理だって判断されたからじゃない。」

「そうかなぁ。」

「そうよ。悔しかったら、会社でわたしよりも出世して見せる事ね。」

「ううっ、頑張りマス。」

「うん、ガンバレ、ガンバレ。」

 安藤と風間はそれぞれがモバイル PC のディスプレイを見詰めつつ、時折、キーボードをタイプし乍(なが)ら、そんな会話を繰り返しているのだった。
 日比野は小さな声で、隣に立つ樹里に語り掛けるのである。

「ね、漫才みたいで面白いでしょ?」

「あははは~。」

 樹里は少し反応に困って、愛想笑いを返したのだった。そして、樹里は安藤に尋(たず)ねるのだ。

「それで安藤さん、現在の進捗状況は?」

「ああ、Pearl へ移動するライブラリ・データのコピーは、これで、ほぼ終わりかな。今は、コピーが間違ってないか検証(ベリファイ)ツールの実行中。これが終わったら、いよいよ、Ruby のシャットダウン作業ね。」

 その安藤の言葉を受けて、維月が Ruby に話し掛ける。

「それじゃ、少しの間、お別れね、Ruby。」

 その呼び掛けに、Ruby は直ぐに反応するのだ。

「ハイ、維月。でも、三日後には再起動する予定ですよ。」

 今度は樹里が、Ruby に問い掛ける。

「今度、目が覚めたら、新しい機体よ。楽しみ?」

「そうですね、樹里。しかし、慣れた機体から離れるのは、少し残念にも思います。」

「寂しい?」

「どうでしょう? これが『寂しい』と形容される感覚に該当するのか、検討の余地は有ります。」

「そう。難しいね。」

「ハイ、樹里。」

 そこで風間が、口を挟(はさ)むのである

「おお、何だか Ruby が大人みたいな事言ってる。」

「そう言うコメントしか出来ない貴方(あなた)は、子供みたいよねぇ…。」

「何(なん)ですか、安藤さん。何か、わたしに恨みでも有るんですか?」

「恨みは無いけど、残念だとは思ってるの。」

 溜息混じりに安藤が然(そ)う言うので、風間は日比野に泣き付く様に声を上げるのだ。

「日比野さーん、安藤さんが酷いんですよー。」

「あはは、まあ、安藤さんも皆(みんな)の前で照れてるだけだから。風間さんは、もっと毅然としてればいいのよ。」

「そうそう、わたしに突っ込み所を見せるのが悪い。」

「何(なん)ですかー、小さな事まで探し出して突っ込むくせにー。」

「それが、わたしの仕事だもの。会社の先輩として、指導するのが役割なんだから。ほら、黙って作業続ける。」

「はーい。」

 そんな二人の遣り取りを見て、維月が苦笑いし乍(なが)ら日比野に訊(き)くのだ。

「何時(いつ)も、こんな感じなんですか?」

「あはは、まあ、今日はちょっと、風間さんが浮かれてるのかな? 社内で話題の天神ヶ﨑に来たのが初めてだし、大好きな先輩と一緒に出張だし、で。」

 その日比野の見解を、風間は笑顔で否定するのである。

「え~、そんなんじゃないですよー。」

「いいから、黙って作業してなさい。」

「はーい。」

 安藤は自分のモバイル PC を床面に置いて腰を上げると、日比野と維月達の方へと移動するのだ。

「もう、この子と居るとノリが学生時代に戻っちゃって、調子が狂うわ。」

「まあまあ、仕事はちゃんと出来てるんだから、いいじゃない?」

 ニヤリと笑って日比野が言うので、安藤が抗議するのである。

「そうやって皆(みんな)が甘やかすから、わたし位は厳しくしてるのよ。」

「あら、貴方(あなた)が厳し過ぎだから、主任を始め、皆(みんな)が優しくしてるんじゃない?」

「あはは、卵が先か、鶏が先か、みたいですねー。」

 樹里が笑ってコメントする一方で、維月は申し訳無さそうに安藤に言うのだ。

「何(なん)だか、姉がご迷惑を掛けているみたいで…。」

 安藤は、慌てて否定する。

「違う違う、井上主任は悪くないから、維月ちゃん。 もう、日比野さんが変な事、言うから。」

「あははは、ゴメンね~でも維月ちゃん、職場の雰囲気がギスギスしてないのはホントだから。その辺り、主任の影響力とか大きいのよね。 三人には一度、本社の見学とか、そんな機会が有ればいいのにね。」

「まあ、三人共が、ウチの課への配属されるのは、ほぼ決定事項だからさ。楽しみにしてるといいわ。」

 安藤の見解に、苦笑いで樹里は言うのである。

「いえいえ、まだ卒業しませんよ、わたし。」

 樹里の言(げん)に対して、日比野が微笑んで安藤に声を掛ける。

「そう言えば確か、井上主任が、卒業して無くていいからウチの課に樹里ちゃんを寄越(よこ)してって、上に掛け合ってたよね。」

 今度は維月が、呆(あき)れ顔でコメントするのである。

「又、無茶苦茶な事を…。」

 すると安藤が、その人事上の要望に関する結末を語るのだ。

「ああ、その件なら流石に学校側が NG 出したらしいわ。」

「あー、だよねー。あの校長先生が許可する訳(わけ)無いよねー。」

 気の抜けた様な返事をした日比野は、天神ヶ﨑高校の卒業生である。だから、塚元校長がどんな人物なのかを、よく理解しているのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.02)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-02 ****


「おー、お疲れー皆(みんな)。放課後なのに、偉いね~。」

 呼び掛けに笑顔で返す、畑中である。
 兵器開発部の面々が畑中と立花先生の近くまで来ると、並べられた機体下部から格納庫の奥側を覗(のぞ)いて瑠菜が声を上げるのだ。

「ああ、クレーンの方は可成り形が出来てますねー。」

「あー、あっちの作業は危険だから、近付かないでね。」

 透(す)かさず、釘を刺しておく畑中である。
 続いて直美が、畑中に問い掛けるのだ。

「それで、わたし達は何をお手伝いしましょうか?先輩。」

「いやあ、待っては居たんだよ。」

 畑中は身体の向きを変えると、南側の大扉前に並べられている大量の木箱へ向かって、目の前の AMF 越しに声を掛けるのだ。

「おーい、新田さーん。人手が来たよー。」

 呼び掛けられて木箱の陰から新田と倉森が姿を見せ、新田が声を返して来る。

「はーい。皆(みんな)、こっちお願い。」

 兵器開発部のメンバー達に対して、新田は右手を振って見せる。直美達は機体の間を縫う様に、その二人の方へと駆け足で向かうのだ。
 そんな彼女達の背中へ、畑中は声を掛けるのである。

「それじゃ、そっちの応援、宜しくー。」

 そこで立花先生は、畑中に尋(たず)ねるのだ。

「彼方(あちら)は、資材の検品?」

「ええ、Ruby と Pearl の載せ換えで、ケーブルやらブラケットやら、大量に必要になるので。その他にも、交換用の予備パーツとかも持って来てますから。」

「それは、大変そうね。」

 立花先生は苦笑いを浮かべて、納得したのだ。

 一方、新田と倉森の元に到着した、兵器開発部のメンバー達である。
 最初に、直美が確認するのだ。

「検品ですか?」

 それには、倉森が答える。

「うん、そう。発送元でもチェック済みなんだけど、漏れが無いか、こっちでもチェックするのよ。それから、機体毎(ごと)、作業順に仕分けね。」

「取り敢えず、これ、箱毎(ごと)の発送リストね。」

 そう言って新田が差し出す紙片の束、二冊を直美と樹里が受け取るのだった。そこで、直美は恵が彼女達の方へと歩いて来るのを見付けるのだ。
 恵が合流するのを待って、新田が作業の説明を始める。

「それじゃ、説明するけど。取り敢えず、この箱から検品を始めます。梱包材を剥がすとポリ袋に入った加工済みのケーブルが入ってるけど、袋は破らないでね。で、袋に記載されてる物品コードを、発送リストと照合してちょうだい。照合が終わった物は、あっちとこっちの小箱へ分類します。向こうのが Pearl 用で、こっちのが Ruby 用。物品コードの先頭のアルファベット、Rが Ruby で、Pが Pearl です。その次のアルファベットが作業順で、AからFの記号に合わせて小箱へ入れてちょうだい。」

 その説明を聞き乍(なが)ら、直美から発送リストを受け取った恵は、紙片を次々と捲(めく)って居るのだ。それは、樹里も同様である。

「ここ迄(まで)、何か質問が有る?」

 そう新田が確認するので、恵が手を挙げて訊(き)くのである。

「あの、物品コードって、後半の番号が重複する物が有ります?」

 それには、倉森が答えるのだ。

「いえ、見ての通りRとPを合わせて、番号は連番だから重複する筈(はず)はないけど。どうして?」

 すると、今度は樹里が声を上げるである。

「ですよね。とすると、これはミスプリかな?八ページ目と十一ページ目。」

 続いて、恵。

「あと、二十三ページ目も。」

「え?嘘…。」

 慌てて、新田は手持ちのリストを捲(めく)って、確認を始めるのだ。それを横から、倉森も覗(のぞ)き込む。

「あ、ホントだ。同じ番号が並んでる。」

「あら、ホント。」

 新田が声を上げると、続いて倉森も確認して所感を漏らすのだ。

「みなみさん、これは誰に確認したらいいんでしょう?」

「取り敢えず、星野さん?かなあ、管理課の。」

「ちょっと、連絡してみます。」

 新田は自分の携帯端末を作業着のポケットから取り出して、試作工場へと通話依頼を送信する。会社の固定電話への通話なので、先方には直ぐに繋(つな)がるのだ。因(ちな)みに、この時代でも電話の存在自体は、特に変わりはない。但し、専用の電話回線と言うのは既に無くなっており、各種通信サービスの一種として回線は統合されている。

「あ、製作三課の新田です。工程管理課の星野さん、お願いします。」

 新田が掛けた番号は、試作工場の大代表である。先方で内線を回す間、暫(しばら)く待ってから、新田は話し始める。

「製作三課の新田です。天神ヶ﨑…はい、そうです。はい…それで、現地で検品を…ええ…いえ、リストがですね、物品コードに重複が、え?…いやいや、ホントに。…えーと、八ページと十一、二十三ページに…それで…はい?リストのリビジョンですか?」

 そこで透(す)かさず、倉森がリストの表紙の改訂(リビジョン)番号を、横から告げるのだ。

「1.7。」

 それを聞いて、新田は通話を続ける。

「1.7、です。…え、リビジョンが古い?んですか。最新が2.1…はい…はい…解りました。お願いします。…はい、失礼します。」

 そこで新田は通話を終えたのだ。傍(かたわ)らで状況を見守っていた倉森は、尋(たず)ねるのだ。

「何(なん)だって?星野さん。」

「間違って、古いリビジョンのリストをプリントアウトして入れちゃったらしいって。取り敢えず最終リビジョンのデータを、送って呉れるそうです。わたしの端末宛てで。」

 そこで恵は、新田と倉森に提案するのだ。

「それなら、此方(こちら)でプリントアウトしましょうか?」

「そうね、お願い出来る?」

 倉森が改めて依頼して来るので、恵は樹里に確認するのである。

「出来るよね?城ノ内さん。」

「はい、大丈夫ですよ。データさえ頂ければ。 それよりも、今迄(いままで)チェックしてた部分に、影響は無いですか?」

 樹里に問われて、新田は笑って答える。

「あははは、前の方はリストの記載は合ってたみたいだから、取り敢えず大丈夫だよ。 しかし、二人共、良く間違いに気が付いたよね。」

 樹里と恵は一度、顔を見合わせて、それから恵が言うのだ。

「連番になってる風(ふう)な所に、同じ番号が並んでたら気が付きますよ。ねえ、城ノ内さん。」

 樹里は、黙って唯(ただ)、頷(うなず)くのだった。
 その様子を見て、新田は言うのである

「まあ、確かに。それで出荷時に、何度もリストを改訂してた、って云ってましたけど。兎に角、番号がダブってる所からあとは、物品コードと品目がズレてるらしいから…。」

 そこで、新田が握っている彼女の携帯端末から、着信のメロディが流れる。新田は直ぐに、その内容を確認するのだ。

「ああ、来た来た。リストのデータは、表計算のファイルね。」

「それじゃ、わたしの端末に送って頂けますか?」

 樹里は制服のポケットから自分の携帯端末を取り出して、言う。

「あー、ゴメン。城ノ内さんのアドレス、知らないんだ、わたし。」

「それじゃ、一旦(いったん)、わたしに送って。わたしが転送するから。」

「お、みなみさん、何時(いつ)の間にアドレスをゲットしてたんですか…と。はい、送りました。」

 新田は倉森の提案に従って、素早く携帯端末を操作するのである。間も無く、今度は倉森の携帯端末が鳴り、引き続いて倉森も携帯端末を手早く操作するのだ。
 そして、最終的に樹里の携帯端末へとデータのファイルが転送され、樹里は其(そ)れを開いて確認するのだった。

「はい。確かに頂きました。リビジョンは 2.1、間違いないですね。それじゃ、部室でプリントアウト、やって来ます。」

 そこで突然、クラウディアが手を挙げて発言する。

「あの、リストがデータになってるのでしたら、チェックの集計アプリとか、作っちゃいましょうか? 紙でバラバラに管理するより、いいんじゃないかと。」

 その提案に就いて、倉森が問い返すのだ。

「え~と、具体的には、どんな感じに?」

「そうですね、物品コードと品目に有り無しのチェックを付けて、分類先の番号とか記録出来る程度でしょうか。学校の実習用サーバー上で走らせて、そこに各自の携帯端末でアクセスして使用する感じです。他の人がチェックした内容も一つのデータに反映されますから、各人が紙に記入するよりは便利かと。」

「確かに、大人数でバラバラに紙に記入したら、最後は全部付き合わせてダブリとか無いか、チェックしなきゃだし。」

 真面目な顔で言う新田に、クラウディアは微笑んで伝える。

「その手間は省けるかと。」

「どうします?みなみさん。」

「此方(こちら)は構わないけど、時間が掛かるんじゃない?」

 心配そうに言う倉森に対して、今度は維月が笑顔で発言するのだ。

「その程度なら、三人でやれば、デバッグも含めて三十分程度、かな。ねえ、樹里ちゃん。」

「そうねぇ…カルテッリエリさんは、何か使えそうなテンプレートとか、持ってるの?」

「勿論です。そうでなきゃ、提案してません。」

「そう。なら、問題無いと思うけど。 どうでしょう?新島先輩。」

 突然、判断を振られて、直美は慌てて口を開くのだ。

「え?何(なん)で、わたしに訊(き)くのよ。」

 くすりと笑い、説明したのは恵である。

「副部長、だからでしょ。」

「あー、そうか。うん、それじゃ、三人にはソフトの方、やって貰おうか。」

 直美の指示のあと、続いて恵が言う。

「アプリ作ってる間、こっちはこっちで作業進めたいから。リストのプリントアウトも、お願い出来る?城ノ内さん。」

「それは構いませんよ、プリントは十部位でいいですか?」

「いいですよね?倉森先輩。」

 樹里に訊(き)かれて、恵は倉森に確認するのだ。倉森は頷(うなず)いて、応える。

「それじゃ、そう言う事で、お願い。」

 以上の様に、月曜日の兵器開発部の活動は始まったのである。そして、その日の作業予定を消化して、活動は午後七時を過ぎた頃に終了したのだった。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第19話.01)

第19話・Ruby(ルビィ)と天野 茜(アマノ アカネ)

**** 19-01 ****


 エイリアン・ドローン『ペンタゴン』捜索、狙撃に関する実証試験が実施された土曜日から、日曜日を挟(はさ)んでの翌週、月曜日。2072年11月28日の天神ヶ﨑高校へは、朝には三台の大型トランスポーターが到着し、お昼前に掛けては大型の輸送ヘリが四機、相次いで到着しては、積み荷を降ろして飛び去って行ったのである。
 そんな様子で、兵器開発部が所在する第三格納庫周辺は、大変な賑(にぎ)わいを見せていたのだ。その中心で、大勢(おおぜい)の作業人員を仕切っていたのは、例によって試作工場から出張している畑中である。
 今回の作業は、二日後の水曜日、30日に搬入予定の HDG 用の航空拡張装備B案こと、通称で『空中撃破装備』と少々物騒な呼称が付けられた試作装備に関連するものなのだ。試作装備の搬入自体は、これ迄(まで)にも何度も実施されて来たのだが、今回が普段と一風(いっぷう)違う状況となっているのは、AI ユニットである Ruby を AMF から『空中撃破装備』へと換装する作業が予定されているからだった。
 『空中撃破装備』には AI ユニット・Pearl(パール) が搭載されて、試作工場にて起動試験から、無人での単独飛行試験が既に終了しているのだが、HDG との接続確認から能力評価の実施に当たっては、搭載 AI を Ruby に置き換える計画となっているのである。それは Ruby に『空中撃破装備』の制御を経験させる必要が有るからで、その理由は、以前、緒美が予想した通りなのだ。つまり、天野重工の本社サイドとしては、この三年間推進して来た HDG 開発計画の本番が、いよいよ訪(おとず)れたと言えるのだった。勿論、現場で作業している人員で、その事を意識している者(もの)は一人として居ない。
 現場を訪(おとず)れる可能性が有って、更に其(そ)れらの事情を把握している関係者と言えば、天野理事長と飯田部長の二人に限られているのだ。
 だから、事前に『緒美の予測』を聞かされてしまった立花先生は、少々複雑な内心で、それら作業を眺(なが)める事になったのである。当然、授業など学校側の業務都合も有って、四六時中、第三格納庫に詰めている訳(わけ)ではないから、それは立花先生に取って救いなのだった。

 さて、作業の流れに関して、大枠を説明しておこう。
 初日、月曜日の作業は、搬入した資材や工具の開梱と検品、そして簡易門形クレーンの組み立てである。このクレーンの組み立てには、二日間の作業を予定している。
 実際、AI ユニット・Ruby はドラム缶サイズの重量物である。これを、安全に AMF から上方へと抜き出し、次いで『空中撃破装備』へと挿入しなければならない。その前に『空中撃破装備』にセットされている AI ユニット・Pearl も抜き出しておかねばならないのだ。因(ちな)みに、『空中撃破装備』から取り出された Pearl は、Ruby を取り外された AMF へ再装備される予定である。
 生憎(あいにく)と第三格納庫には、試作工場の様に天井クレーンが設置されている訳(わけ)ではなく、従って現地で組立可能な簡易型の門形クレーンが必要になるのだ。
 この為に、Ruby の換装作業は AMF を試作工場へ戻して其方(そちら)で実施する案も検討されたのだが、その場合、天神ヶ﨑高校と試作工場の間で AMF を移動させるのに茜を搭乗させると、その都合で授業を休む必要が発生し、それに就いては校長からの許可が得られなかったのだった。
 茜に AMF の輸送を担当させる場合、先(ま)ず、天神ヶ﨑高校から試作工場へ AMF を移動させて、茜は一度別便で学校へと戻る。然(しか)る後(のち)、試作工場での換装が完了したら『空中撃破装備』と AMF を天神ヶ﨑高校へ移動させる為、茜は二往復する事が必要となるのだ。つまり、茜は最低でも二日、授業を休まねばならないので、これは学校側としては了承出来ないのだった。仮に AMF と『空中撃破装備』の搬送日を別日に設定した場合、茜は更にもう一日、授業を欠席する事になるのである。
 そして、茜に輸送を担当させる案には別の問題も発生する。それは AMF にしろ『空中撃破装備』にしろ、有人で飛行する場合には HDG を接続するのが前提である点だ。天神ヶ﨑高校から AMF を移動させる場合は、茜が装着した HDG を AMF に接続して飛行すればいい。これは、単純な話である。問題は、試作工場側で AMF に接続した HDG をどうするか?なのだ。
 AMF の改造の為には HDG は接続を解除したい所だが、その為にはメンテナンス・リグを試作工場側にも用意しなければならないのだ。試作工場で HDG を保管出来ないとした場合、茜は HDG で学校へと帰還しなければならないのだが、HDG-A01 のスラスター・ユニットで山梨県の試作工場から中国地方の天神ヶ﨑高校へと単独飛行で帰還するのは、実際、困難なのである。例えば日本海側を迂回するコース設定での飛行距離は大凡(おおよそ)六百キロメートルに及び、その距離をスラスター・ユニットで可能な巡航速度で翔破するには、三時間以上が必要となるのだ。二時間を超える長時間飛行は能力的に不可能ではないにしても、リスクも大きいのである。
 そこで HDG を試作工場に残して、先述の通り会社が手配した別便で茜が学校へ戻るとしても、次の問題は、AMF と『空中撃破装備』を学校へと移動させる際に発生する。例えば AMF を先に学校へと移動させるとして、茜は会社手配の便で試作工場へ移動し、そこで HDG を装着して AMF と接続、試作工場から天神ヶ﨑高校へと飛行する、ここ迄(まで)は HDG を試作工場で保管する何らかの方策が取られると仮定すれば問題は無い。しかし、AMF と共に天神ヶ﨑高校へ到着した茜の HDG を、今度は試作工場へと移動させないと、試作工場に有る『空中撃破装備』にドッキングが出来ないのだ。これは、AMF と『空中撃破装備』の何方(どちら)を先に学校へ移動させても同じ事で、試作工場に残された機体を移動させる為に、一度は HDG を何らかの方法で試作工場へと輸送しなければならない。前述の通り、試作工場から学校への HDG の単独飛行が困難ならば、逆方向、学校から試作工場への単独飛行も困難なのは道理である。
 ここで『空中撃破装備』が有るなら、AMF の方はもう、不要なのではないか?と思われるかも知れないが、能力評価の比較対象として AMF は、まだまだ必要なのだ。
 茜が HDG で二往復するのが、前述の通り困難であるなら、Ruby 移設後の移動に就いて何方(どちら)か一方は、AI 制御に因る無人飛行は出来ないのだろうか? 実際、AMF が最初に試作工場から天神ヶ﨑高校へと移動して来た時には、そうだったのである。つまり、不可能ではない。
 ならば、いっその事、天神ヶ﨑高校と試作工場間の移動は全て無人飛行にしてしまえば、茜に対する要求は不要になる。
 だが、無人飛行には一つの制約が有って、それは非常時に外部からの優先制御(オーバーライド)が出来るようにしなければならい事だ。天野重工にはその為の簡易操縦装置が一式しか無く、同時に二機を無人飛行させる事は出来ないのだった。勿論それは、AI ユニット換装後の AMF と『空中撃破装備』を順番にフライトさせれば済む話で、日程の調整次第で不可能なプランではない。
 以上の様に移動の段取りを考えて行くと、最終的には、天神ヶ﨑高校側で換装作業を行った方が、無駄が少ないのである。必要な資材と機材を、陸路と空輸で送ってしまえば、本体の移動は『空中撃破装備』を一回、AI 制御で無人飛行させるだけでいいのだ。しかもその段階で『空中撃破装備』の搭載 AI は、組立と起動試験、無人での単独飛行試験が終了済みの状態である。AI 換装後の場合は、もう一度、機能確認をしなければならず、それをせずに行き成り長距離の単独飛行に投入するのは聊(いささ)か心許(こころもと)無い、と言うより、それは安全管理上やってはならない。
 少々、説明が脇道へ逸(そ)れたが、天神ヶ﨑高校の第三格納庫で AI ユニットの換装作業を行う事になったのは、以上の様な理由からである。
 さて、作業説明に戻ろう。
 月曜、火曜日に簡易門形クレーンを組み立てる等、準備をしている間、火曜日には本社開発部から安藤、風間、日比野の三名が到着し、AMF 搭載の Ruby を停止させる作業が行われる。停止作業の前には、当然、ログの書き出しや機能チェック、緊急時に必要なライブラリ・データのバックアップ作業等も実施されるのだ。
 翌水曜日には、停止した Ruby から安藤達の手に依って AMF との接続を取り外し、同日、試作工場からは『空中撃破装備』が AI 制御に因る無人飛行で到着する予定なのだ。
 『空中撃破装備』が到着したら、Ruby と同様にバックアップ等の作業の後、AI ユニット・Pearl の停止作業である。
  木曜日には Pearl から接続の全を取り外し、先に『空中撃破装備』から Pearl の引き抜き作業を実施、Pearl は一旦(いったん)、保管される。続いて、AMF から Ruby が引き抜かれ、門形クレーンを移動させて、Ruby を『空中撃破装備』へと移動、設置する。Ruby への『空中撃破装備』を接続する作業を進め乍(なが)ら、保管してあった Pearl を門形クレーンでピックアップし、今度は Pearl を AMF へと設置するのだ。此方(こちら)もメカ的な固定作業を終えたら、配線等の接続を行い、ハードウェアのチェックを実施する所までが木曜日の作業予定だ。
 そして金曜日には、Ruby と Pearl、双方を再起動させ、それぞれに必要なプログラムやデータの転送を行い、ソフトウェアの機能チェックを行う。この作業に開発部の三名には、丸一日が当てられていて、一方で試作工場から来ている人員は撤収作業を開始し、門形クレーンの解体も始められる。
 土曜日には、AMF と『空中撃破装備』と、それぞれの搭載 AI とのインターフェースを確認し、午後には HDG-A01 との接続確認を実施。
 そして日曜日には、『空中撃破装備』に HDG-A01 を接続しての飛行試験までが予定されているのである。

 第三格納庫は前述の様な状況になるので、兵器開発部の活動としては殆(ほとん)ど『開店休業』状態となる予定なのだが、メンバー達が暇になるかと言えば、そうはならないのだった。
 先(ま)ず、緒美と茜がやらなければならないのは、実際にフライトを行う日曜日に向けて『空中撃破装備』の設計・製作仕様書と暫定版取扱説明書の読み込みである。メカ担当の他の部員、直美、恵、瑠菜、佳奈、ブリジット、そして応援の村上と九堂は、現場で出来る作業の手伝いを実行するし、ソフト担当の樹里、クラウディア、維月の三名は当然、開発から来ている三名の作業応援を実施するのと同時に情報収集に努(つと)めるのである。

 そして、月曜日の放課後である。
 茜とブリジットが部室に到着した時点では、既に他のメンバーは揃(そろ)っていたのだった。
 部室に入った茜は、中央の長机上に置かれた複数の分厚いファイルに目を留める。そんな茜に、真っ先に声を掛けたのは、緒美である。

「それじゃ天野さん、早速、仕様書から目を通して行きましょうか。」

 そう言って緒美は、三冊のファイルを前へと押し出す。その一冊が仕様書で、残り二冊が暫定版の取扱説明書なのである。

「はい、部長。」

 茜は持っていた鞄を部室の隅に置くと、席に着いて手元へと三冊のファイルを引き寄せる。そして、ページを捲(めく)り始めるのだ。その様子を横目にしつつ、苦笑いでブリジットは言うのだ。

「うわぁ、頑張ってね、茜。」

「うん、大丈夫よ、ブリジット。」

 茜は仕様書の目次から目を離す事無く、一秒に一ページ程度のペースで紙片を捲(めく)っているのだ。因(ちな)みに、目次だけで三十枚程が存在したのである。

「じゃ、ブリジット。わたしらは下へ行こうか。」

 直美が、そう声を掛けて来るので、ブリジットは尋(たず)ねるのだ。

「立花先生は、まだ来てないんですか?」

 その問い掛けには、恵が答える。

「先生なら、ついさっき下へ降りたわよ。 あ、わたしは天野さんに、お茶を淹(い)れてから行くから。」

 恵に言われて、直美は頷(うなず)き、他のメンバーに声を掛ける。

「それじゃ皆(みんな)、行きましょーか。」

 続いて茜が、恵に言うのだが、その時も視線はファイルへ向けた儘(まま)である。

「あ、恵さん、御構(おかま)い無く。」

「あはは、遠慮しないでー。」

 他のメンバーが二階通路へと出る奥側のドアへと向かう中、恵は明るく笑って、お茶の準備を始めるのだった。
 それから暫(しばら)くの間を置いて、顔を上げた茜が緒美に話し掛けるのである。

「矢っ張り、部長の書いた仕様書から、随分と変わってますよね?」

「あら、もう読んじゃったの?天野さん。」

 そう言って緒美は、くすりと笑うのだ。

「まさか、目次(インデックス)に目を通しただけですよ。」

 茜は然(そ)う言って微笑み返すのだった。そのタイミングで、恵が茜の手元へティーカップを置くのだ。

「はい、どうぞ。 目次、見ただけで解るの?天野さん。」

「だって、項目だけでも倍ぐらいに増えてるんですよ? あ、ありがとうございます、お茶。」

「元の仕様書の、項目の分量(ボリューム)を覚えてる事自体が凄いわよね。」

 そんな恵の所感に対して、緒美がコメントを返すのだ。

「まあ、確かに。本社の御意向が、ふんだんに盛り込まれてる様子だけどね。 今更(いまさら)、文句言ってみても始まらないし、取り敢えずは読み進めましょう。」

「はい。あ、いえ、別に文句が有る訳(わけ)じゃないですけれど。」

 緒美に対して釈明する茜に、恵は茜の肩をポンと叩いて「解ってる、解ってる。」と声を掛けるのだった。
 そして恵は部室の奥へと進み、緒美に向かって言うのだ。

「それじゃ、わたしも下の手伝いに行きますから。二人共、頑張ってねー。」

 その恵の声援に、緒美と茜は何方(どちら)も顔は上げずに右手のみを上げて、同時に「はーい。」と声を返したのだった。

 そこから少し時間を戻して、格納庫フロアへと降りて来た立花先生である。
 格納庫の空きスペースには運び込まれた資材が仕分けの為に広げられ、奥の一角では門形クレーンのトラス構造のフレームが組み立てられつつあったのだ。
 門形クレーンのフレームは左右の移動台車の上に、コの字型のフレーム構造を前方へ倒した状態で組み上げられているのだった。これは吊り下げ部の高さを或る程度以上に確保する必要が有るので、単純に下から積み上げて行くと上部フレームを組み上げるのが危険な、結構な高所作業となるからである。
 そこで、倒した状態でフレーム全体を組み上げ、最後に引き起こしてフレーム下部を台車に固定する、と言う手順を踏む事になっているのだ。フレームを引き起こすのには電動式のウインチを使用するのだが、その電動ウインチ自体は、門形フレーム頂部に取り付けられた滑車を介して荷物を吊り上げる、クレーン機構の心臓部となるパーツである。

「あ、ご苦労様、畑中君。」

 立花先生に声を掛けられ、畑中は振り向いて声を返す。

「どうも。立花先生、ご苦労様です。」

「長かった HDG シリーズの試作も、これで、一息ね。」

「あー、そうですねー。この一年間で二年分位、試作工場は稼働してた気がしますねー。」

 そう答える畑中は、苦笑いである。
 立花先生も釣られる様に苦笑いになり、畑中に労(ねぎら)いの言葉を贈るのだ。

「取り敢えず、お疲れ様。 これでやっと、ご結婚の段取りが進められるんじゃない?」

「何ですか、急に。 あ、それに、来週、もう一機、追加のを持って来ますから、まだ終わりじゃないですよ。お忘れじゃないでしょうね? 試作工場(あっち)じゃあ、今は、その確認作業が大詰(おおづ)めなんですから。」

「あー、その件は兵器開発部(こっち)じゃ秘密になってるから、半分忘れてたわ。」

「秘密って、来週になったら納品しますから、嫌でもバレますよ? それとも、納入は延期ですか?」

「いえ、予定通りよ。納入までにバラすかどうかは、こっちでは緒美ちゃん次第だから。」

「どうなってるんです?」

 不思議そうな表情で畑中が問い掛けて来るので、立花先生は再(ふたた)び苦笑いを見せて答えるのだった。

「此方(こちら)も、色々と有るのよ、都合が。」

 そこに二階通路階段の方から、直美の声が聞こえて来るのである。

「センセー。畑中センパーイ。」

 

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STORY of HDG(第18話.13)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-13 ****


 その後、実証試験終了後のデブリーフィングは恙無(つつがな)く進行し、併行(へいこう)して第三格納庫の片付けも実施されて、それら全ての作業が終了したのが、午後七時の少し前だった。
 部活を終えた兵器開発部のメンバー達は全員が女子寮へと戻り、食堂で夕食となったのである。但し、HDG のドライバー三名、乃(すなわ)ち茜、ブリジット、そしてクラウディアは、夕食の前に入浴を済ませるとして、上級生の部員達とは別行動なのだった。
 HDG の装着にはインナー・スーツの着用が必須なのだが、これには通気性というものが一切(いっさい)無く、ドライバーの汗や皮脂はアンダー・ウェアが吸収するのだ。だが、インナー・スーツに通気性が無いが故(ゆえ)、アンダー・ウェアは、ほぼ乾かないのである。インナー・スーツには温度調整機能が有るのでドライバーが極端に発汗する事は少ないが、それでも二時間も活動すればアンダー・ウェアは、それなりに『しっとり』として来るのだ。これは、余り気持ちのいい物ではない。幾ら着替えたとしても、その儘(まま)では食欲も湧かない、と言うものなのである。
 さて、クラウディアと同室と言う事もあって維月も入浴組に同行し、村上と九堂も、茜とブリジットに付き合って、食事前の入浴組と相成ったのだった。
 維月がクラウディアに同行するのは、四月当時ではクラウディアが他の生徒達と余計な摩擦を起こさないように維月が付き添っていたのであるが、流石に此(こ)の時期に於(お)いては其(そ)の必要も無くなっていた。だから此(こ)の時に維月が同行したのは、単純に同室であるが故(ゆえ)の生活時間を合わせる意味と、兵器開発部と其(そ)の協力者である一年生組としての親睦を深める意味からなのだ。
 そんな訳(わけ)で、七時台に食堂に集まった兵器開発部関連のメンバーは三年生と二年生、そして立花先生、加えて飛行機部の金子と武東の、合計九人である。
 彼女達は隣り合った二つのテーブルに別れ、一方のテーブルには三年生組五名、その隣のテーブルには二年生組と立花先生の四名が、席を取ったのだ。
 夕食自体は、それぞれに談笑しつつ和(なご)やかに進んでいたのだが、その終わり頃に突然、立花先生が声を上げたのである。

「ちょっと、テレビのリモコン取って呉れない?」

 立花先生は食堂の壁側、天井から傾斜を付けて設置されている大型テレビの画面を見詰めている。
 テレビが設置されている直下の壁にはホルダーがネジ止めされていて、そこにリモコンが掛けられているのだ。恵が率先して席を立つと其(そ)のリモコンを取って来て、立花先生に渡すのだった。

「どうぞ。」

「ありがと、恵ちゃん。」

 リモコンを受け取った立花先生は、音量を上げていくのだ。
 食堂のテレビは、チャンネルは固定されているので、そのリモコンで操作出来るのは電源の入り切りと音量の操作程度である。その画面の中では、アナウンサーが緊迫した口調で原稿を読んでいた。

「何かニュースですか?」

 直美が茶化す様な口調で立花先生に問い掛けるが、立花先生は何も答えずに、そこで報じられていく内容を聞いているのだ。

 それは、ロシアの首都、モスクワがエイリアン・ドローンの襲撃を受けていると言うニュースだった。
 報じる側も正確な情報は掴(つか)んでいない様子だったが、ロシア軍との攻防は現在も継続中であり、収束までには、まだ時間が掛かりそうだ、との消息筋の見立てだと云う。
 又、ロシア当局からの正式な発表が今の所は無く、襲撃や被害の規模は、正確には不明である、とも語られていた。
 一方でモスクワ市民が被害の様子を撮影した動画等が、ネットワークには既にアップロードされていて、テレビ放送でも其(そ)れら動画の幾つかが取り上げられていたのだ。
 動画には倒壊した建造物や、火災を起こした街の一角の様子が記録されており、それらの映像が繰り返して流されているのである。
 そのニュース番組には『軍事評論家』なる解説者が登場し、以降、彼の『予測』が語られるのだが、彼の見立ては、次の通りである。

 この日、軌道上から降下したエイリアン・ドローンは総数九十六機で、『中連』上空から降下して一方は東へ、もう一方が西へと進んだ。
 東へ、つまり日本へと飛来したのが五十四機で、残り四十二機が西へと向かった。
 四十二機のエイリアン・ドローンはロシア領空内へと侵入し、当然、ロシア側は迎撃を行った筈(はず)だが、エイリアン・ドローン隊がモスクワに到達する迄(まで)に撃墜出来たのは、凡(およ)そ半数。
 従って、二十機前後のエイリアン・ドローンがモスクワに侵入したとみられる。

 立花先生が音量を上げた事で、食事時(どき)の為もあって、ほぼ満席状態だった食堂には一時、ざわめきが広がったのだ。とは言え、皆が皆、そう言った情勢に関心が有る訳(わけ)ではない。そうでなくてもここ数年、世界中で発生するエイリアン・ドローンに因る被害のニュースが日常的に報じられているのだ。
 そんな訳(わけ)で兵器開発部の面々を除くと、このニュースに関心を持ったのは、その時の食堂に居合わせた女子生徒達の、多くても一割程度だったのである。
 緒美達の周囲のテーブルでは、そのニュースには特に関心を示さず食事や雑談を続ける者(もの)や、食事を終えて席を離れる者(もの)など、其其(それぞれ)だったのだ。
 そんな中、直美が普通の声量で、唐突に恵に訊(き)くのである。

「モスクワって、今、何時なの?」

 すると、向かい側の席から緒美が答える。

「日本時間との時差が六時間だから、今、十四時の少し前、ね。」

「って事は、あっちは、まだ昼間なんだ。」

 納得顔の直美に続いて、恵が所感を述べる。

「今、見た映像じゃ、被害は相当に深刻みたいよね。」

 それには緒美が、異を唱えるのだ。

「それはどうかしら?映像は被害の有った所をアップで撮影(うつ)してるから、街全体が被害を受けている様な印象になるけど。一口にモスクワって言っても、それなりに広いのだろうし。 まあ、実際に被害が広がるかはどうかは、ロシア軍次第よね。」

「どう言う事?」

 緒美に聞き返したのは、緒美の斜め前に座って居る金子である。

「どうも何も、市街地に侵入したエイリアン・ドローンを排除する為に、ロシア軍が地上から戦車で砲撃しても、上空からミサイル攻撃しても、副次的に街が壊れるのよ。相当に上手にやらないと。 砲撃にしてもミサイルにしても、百発百中じゃないし。」

「それじゃ、さっきの映像の、倒壊したビルとか火災も、ロシア軍の攻撃の結果?」

 驚いて聞き返す恵に、緒美は苦笑いで答える。

「かもね。確証は無いけど。 そもそも、エイリアン・ドローン、『トライアングル』には、それ程、破壊力の有る兵装は無いんだし。」

 今度は、武東が問い掛ける。

「それじゃ、放置していた方が街は壊れないの?」

「時間の、スケールの問題よね。短期的に見ればエイリアン・ドローンよりも、地球の軍隊の方が破壊するスピードが速いの。仮に『トライアングル』を放置しておいたら、建物に齧(かじ)り付いて一棟ずつ、地道に解体していくらしいから。まあ、その過程でガス管や電線も無差別に囓(かじ)るから、二次的に火災が起きる場合が多いみたいだけど。 結局、最終的には、放って置いたら街は火の海、瓦礫の山になるのよ。」

「何(なん)の嫌がらせだよ、まったく…。」

 呆(あき)れた様に言って、金子は溜息を吐(つ)くのだった。
 追い打ちを掛ける様に、緒美は別の見解を述べるのだ。

「或いは、人類の軍隊を、地上の建造物を破壊するのに、意図的に利用してるのかも。人類側としてはエイリアン・ドローンを放置は出来ない訳(わけ)だから、自分達を狙わせた上で軍隊の攻撃を躱(かわ)していけば、地上は流れ弾の二次被害で、どんどん破壊されていくでしょう? それはエイリアン側の目的に重なる訳(わけ)だし。」

「うわ、ひっどい。」

 緒美の見解を聞いて、思わず声を上げたのは、武東である。
 続いて隣のテーブルからは瑠菜が、緒美に問い掛けるのだ。

「結局、エイリアンが地球を攻撃しに来る理由って、何なんでしょうか?」

「さあ? 向こうが何も声明を発表しないんだから、こっちには解らないわよね。そもそも、話し合いをする気は無さそうだし。」

 そこで瑠菜の向かい側の席から、立花先生が意外な事を言い出すのだ。

「彼方(あちら)側からすれば、別に攻撃してる積もりは無いかもよ?」

「どうしてです? 軍隊と交戦して、地上に在る街を壊してる、これは攻撃じゃないんですか?」

 瑠菜の質問に、立花先生は真顔で答える。

「エイリアン・ドローンが各国の軍隊と交戦してるのは、地球の軍の方がちょっかいを出して来るから応戦してるだけだし、建物を破壊するのは利用したい土地の区画整理でもしてる積もりかも知れないでしょ。」

「そう言う、考え方ですか~。」

 立花先生の見解には、苦笑いし乍(なが)ら隣席の樹里が感心気(げ)に声を上げたのだ。続いて恵が、隣テーブルの立花先生に確認するのだ。

「何時だったかに伺(うかが)った、『人類なんか気に留めてない説』ですね。」

 小さく頷(うなず)いた立花先生は、続けて言ったのだ。

「そうよ。 最近、益々、そう思えて来たのよね。」

 立花先生の言葉を受けて、武東が正面の金子に向かって言うのだ。

「もしも然(そ)うなら、人類にコンタクトを取って来ない事も納得よね。」

 しかし一方で金子は、納得が行かないのだ。

「でもさ、それなら五年も無駄な努力続けてる事にならない? 結局、エイリアン達が占領出来た土地って、無いんでしょ、今の所。向こうも結構な損害を出してる筈(はず)だし、もう好(い)い加減、諦(あきら)めて欲しいよね。」

 その意見には恵が、間に直美を挟(はさ)んで、笑顔で金子にコメントするのである。

「先生の見解に拠れば、時間の感覚がエイリアン達とわたし達とでは違うから、地球での五年とか意に介さないらしいし、あのエイリアン・ドローンは遠征用の使い捨て兵器だから、幾ら損耗しても、痛くも痒くも無いらしいわよ、金子さん。」

「え~、マジか~。」

 立花先生の見解を少々盛って話す恵に対し、少し大袈裟(おおげさ)に絶望的な声を返す金子である。
 一方で、直美は真面目な表情で緒美に尋(たず)ねるのだ。

「鬼塚は、どう思う?その辺り。」

「さあ?正直、解らないけど。でも、否定する材料も無いわね。 実際、段々と飛来するエイリアン・ドローンの規模は増えて来てるし、余力はまだまだ有りそうよね。それは間違いないと思う。」

 緒美の意見を聞いて、今度は立花先生に直美は問い掛ける。

「立花先生、エイリアンと時間の感覚が違うって考えてるのは、何故ですか?」

「最初に考えたのは、向こうが戦力を小出しにし過ぎるから、だけど。でも、よく考えてみて。 エイリアンの母船は、多分、何万光年も遠い所から来た筈(はず)なのよ、彼方(あちら)の本星の所在は不明だけど。仮に一万光年離れた所から来たとしましょう、だとしても光の速度でも一万年掛かるのよ?実際はもっと遠くから来てるかも知れないし。 それを考えたら、地球での五年や十年、何でもないでしょ。 多分、地球上の領土開発とか、百年とか千年の単位で計画してるんじゃないかしら。」

 向かい側の席から瑠菜が、立花先生に問う。

「SF に良く出て来る『ワープ』とか『空間転移』とか、そんな技術は無いんですかね?」

「有るかも知れないけど、それを使用した様子は観測されてないの。エイリアン母船が地球方向に接近して来るのを発見して以降、最初の三年間は、普通の天体だと思って観測してた位だし。少なくとも、その三年間には『ワープ』とか『ジャンプ』とかは、してないらしいわ。」

「へえ…。」

 瑠菜は感心して声を上げた後、今度は隣テーブルの緒美に尋(たず)ねるのだ。

「所で部長、今回のモスクワのケースが大きく取り上げられているのは、ロシアの首都だから、でしょうか?」

「それも有るとは思うけど、一つの都市へ十機以上のエイリアン・ドローンが侵攻するのは、世界的には珍しいから、じゃないかしら?」

 緒美の見解に、立花先生が冗談の様に補足をする。

「日本には、最近は二十機以上が、当たり前の様に来てるけどね。」

 微笑んで、緒美は反論するのだ。

「それは本土領空に入る前に、纏(まと)めて迎撃してるからで。エイリアン的には日本国内の複数の都市を狙っているんじゃないですか?実際、最初の頃は然(そ)うでしたし。島国ならではの、特殊なケースですよ、日本は。」

「まあ、それは然(そ)うなんだけど。徒(ただ)、貴方(あなた)達が介入する様になって、余計に飛来数が増えた気はするのよね。勿論、そうだったとしても、それは貴方(あなた)達の所為(せい)ではないけど。」

 その立花先生の見解に、緒美は少し間を置いて、言うのである。

「それで、少し思ったんですけど。ひょっとしたら今回のモスクワのケース、東西地域での迎撃能力の比較実験なんじゃないかな、って。多分、エイリアン側は国家の枠組みみたいな、人類側の都合とか理解してない気がするんですよね。」

「成る程、同じ程度の戦力を投入して、迎撃能力の地域差を計ってるって解釈ね。面白い発想ね。」

 今度は恵が、緒美に問い掛ける。

「それじゃ、迎撃能力の高いこっち側への攻撃は、今後、控(ひか)えて貰えるのかしら?」

「さあ、それはどうかしら? エイリアンの判定基準が解らないし、比較実験が一回だけって事も無いでしょうし。当面は今迄(いままで)と変わらないんじゃない?」

「あ、矢っ張り。」

 緒美の返事に、恵は苦笑いで一言を返すのみだった。それに続いて、苦苦(にがにが)しそうに瑠菜が言うのだ。

「そんな実験の為だとしても、こっち側では人が死ぬんですよ。好(い)い加減にして欲しいですよね、まったく。」

 その瑠菜の発言を最後に、一同は黙ってしまい、再度、彼女達の横方向に設置されているテレビ画面を眺(なが)めるのである。
 番組ではロシア情勢の予測を終えると、その日の日本側の迎撃作戦に就いて、簡潔に触れるのだ。勿論、天野重工が行った実証試験の事が発表される訳(わけ)もなく、防衛軍が発表した迎撃の事実のみが淡々と報告されるのである。そこには賛美の言葉も批判の意図も無く、何時も通りに中立的な数字の羅列が読み上げられるのみだった。
 それはマスコミの業界として、防衛・軍事に対する距離の取り方を工夫した結果ではあるのだが、防衛の現場を垣間見た彼女達にしてみれば、それは少し複雑な感情にさせるのだ。
 そんな時、それ迄(まで)黙って周囲の話を聞いていた佳奈が、ポツリと言うのである。

「何だかんだ、日本の防衛軍って、良くやっていますよね。」

 その佳奈の見解は、兵器開発部の一同をくすりとさせたのだった。
 すると、佳奈の向かい側に座る樹里が応じる。

「そうね。前は漠然と、外国に比べて、何(なん)だか頼りない印象だったけど。」

 続いて立花先生が、言う。

「確かに、ここ一年ぐらいは、さっき見たみたいな大きな被害は、日本の都市部には起きてないし。ここ半年に限って言えば、それに対する貴方(あなた)達の貢献も、小さくはないわ。 こんな事、茜ちゃん達には、言えないけどね。」

 その発言に対して、緒美は微笑んで言うのである。

「大丈夫ですよ、褒めてあげても。それで天狗になる様な子達じゃないですよ、三人とも。ねえ、森村ちゃん。」

「そうですよ、先生。」

 恵は緒美に同意して、視線を立花先生へと向ける。

「そうかしら。」

 立花先生は視線を天井へと向け、湯飲みを口元へと運ぶのだ。
 その様子を見て、一同はクスクスと笑ったのである。


 さて、モスクワ襲撃の一件は、結局、解決までに一晩を必要としたのであるが、その最中からロシア当局は厳しい報道規制を敷き、国外メディアからの取材依頼も、国際機関からの調査協力や復旧支援の申し出も、完全に拒否する徹底振りだったのだ。
 そして、襲撃発生の事実や被害の規模を正式に発表したのが状況終了から三日後の事で、しかも其(そ)の発表が、被害面積で十分の一、人的被害で三分の一にと、過小に発表されていた事が三年の後に発覚する事になるのである。それは体面を保つ為だったのか、迎撃能力を秘匿する為だったのか、事実は関わった政府当局者にしか解らない事なのだが、この件に関する問題はそこではない。

「我が国の首都を攻撃した者(もの)へ、我々は必ず報復する!」

 この時に発表された声明の最後で、ロシア大統領が、そう断言したのである。
 一部では、『弱腰だと批判されない為の、国内向けメッセージである』と分析されたのだが、一方では国際的な協調関係を離れて単独でエイリアンに対して何か行動を起こすのではないか、と心配もされたのだ。
 そして現実に、この一件を発端として、後に、大きく事態が動く事となるのである。

 

- 第18話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第18話.12)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-12 ****


 そして加納は、前方を飛行する F-9 改二号機に、何かを思った様に「ん?」と声を上げる。
 続いて「ああ。」と、納得した様に頷(うなず)くのだ。

「どうかしましたか?加納さん。」

 後席から直美が声を掛けると、加納は「ああ、ちょっと、ね。」と応えた後で、通信で F-9 改二号機を飛び出すのだ。

「ECM01 より、ECM02。少し流されてるけど、大丈夫ですか?」

 その呼び掛けに、慌てた様に樋口が応えるのだった。

「はい、すいません! 修正してます。」

 続いて、沢渡の声が聞こえる。

「今、ちょっと、トリムの当て方に就いて、講習をしてた所です。」

「そうですか。F-9 改(こいつ)は、横風の影響を受け易いですから。」

 加納は、笑って応じるのだった。そのコメントに、直美が付け加えて言うのだ。

「アンテナの分だけ、側面の面積が増えてますからね。」

「そう言う事です。」

 そう直美に応えて、加納は再(ふたた)び樋口に通信を送る。

「ECM02、先頭(リーダー)は成(な)る可(べ)く真っ直ぐ飛んでくださいよ。後続がビックリしますから。」

「ECM02 です。了解してます。」

 申し訳無さ気(げ)に、樋口は応えたのだった。
 そんな事も有りつつ、一行(いっこう)は天神ヶ﨑高校への帰路を進んだのである。


 そして全機が天神ヶ﨑高校に到着すると、HDG-C01、B01、AMF、F-9 改二号機、F-9 改一号機、そして随伴機を務めた社有機の順に着陸を実施したのだ。ブリジットのB号機に関しては着陸に滑走路は不要なので、クラウディアのC号機と同じタイミングで、直接、駐機場へと降り立ったのである。だから或る意味、最初に着陸したのはブリジットのB号機だったのだ。
 全機の着陸が終わり、格納庫へと戻って来た頃、時刻は午後四時を少し回っていたのである。
 HDG 各機は、格納庫に入るとB号機は飛行ユニットを専用のメンテナンス・リグに接続して本機と切り離すのだが、飛行ユニットが航空機の形態であるA号機とC号機は駐機作業を終えてから本機を切り離す。そして、それぞれが本機のメンテナンス・リグへと接続して、漸(ようや)くドライバーの接続が解除出来るのだ。
 一方で F-9 改二機は、格納庫の中まで自力で進むと、操縦席には地上から昇降用のタラップが架けられ、搭乗員はエンジンの停止作業が済めば直ぐに降りられるである。
 機上で駐機作業の終了を待っていた直美からは、F-9 改一号機の後方から天野理事長が歩いて来るのが見えた。その事を加納に告げようかとする前に、加納が直美に声を掛けたのである。

「どうぞ、新島さん。先に降りてください。」

 加納は前席で、整備担当者に渡す書類にチェックやら、サインやらを書き込んでいる。

「あ、はい。では、お先に。」

 直美は然(そ)う応えて、座席から立つと転落しない様に気を付けつつ、タラップに足を掛ける。

「お疲れさん。足元、気を付けてね。」

 タラップの脇から整備担当の平田が、直美に声を掛けたのだ。

「あ、はい。どうも。」

 直美は、そんな返事を返して床面へと降り、タラップの前から離れてヘルメットを外す。そして顔を上げると、眼前に立って居た天野理事長と目が合ってしまったので、直美は会釈をするのだった。

「ご苦労様、新島君。大層な活躍だったみたいじゃないか。」

「いえっ、わたしは大した事は…。」

 天野理事長に突然、声を掛けられて直美は恐縮しつつ、そう言葉を返したのだ。
 そこに、少し離れた場所から緒美の声が届くのだ。

「新島ちゃーん。ちょっと、いい?」

 その声を聞いて、直美は慌て気味に天野理事長に言うのである。

「すいません、鬼…部長が呼んでいるので。」

「ああ、構わんよ。行ってあげなさい。」

「失礼します。」

 直美はもう一度、小さく頭を下げてから、独(ひと)り笑いそうになるのを堪(こら)えつつ駆け足で緒美の方へと向かったのだ。
 それと同時に、加納が操縦席から降りて来るのだった。

「お疲れさん、加納君。」

 労(ねぎら)いの言葉を掛ける天野理事長に対して、タラップから降り立った加納は姿勢を正し、頭を下げて言うのだ。

「申し訳ありませんでした。生徒さんを、危険に曝(さら)してしまいました。」

 しかし天野理事長は、微笑んで言葉を返すのである。

「まあ、あの状況なら仕方無いかな。結果的に全員無事に帰って来た事だし、文句は何も無いよ。だから、気にしなくてもいい。頭を上げて呉れ、加納君。」

「そう言って頂けると、幾分、気は楽ですが。」

 顔を上げた加納は、神妙な表情ではある。
 天野理事長は加納の前に歩み寄ると、右手で向かい合った加納の左肩を横から叩き、言ったのだ。

「兎に角、無事で何よりだ。取り敢えず、装備を降ろして来なさい。又、後で話そう。」

「はい。」

 短く応えた加納に、大きく一度、頷(うなず)いて、天野理事長はその場を後にしたのである。一方で加納は、必要な書類を平田に渡して、装備を降ろす為に第二格納庫へと向かったのだった。


 さて、緒美達と合流した直美である。
 駆け足で近寄って来た直美は、何かニヤニヤとし乍(なが)ら緒美に声を掛けて来る。

「なあ~に~鬼部長~。」

「何よ、それ?」

 怪訝(けげん)な表情で聞き返す緒美だったが、直美は唯(ただ)、笑うのみで明確には答えないのだ。

「あははは~何でもない。」

 困惑顔の緒美を置いて、恵も直美に声を掛けるのである。

「取り敢えず、お疲れ様、副部長。」

「いえいえ。ともあれ、色々上手く行って、良かったわ。」

 そう応じる直美に、立花先生が言うのだ。

「まったく、加納さんが無茶な事、言い出した時は、どうなるかと肝を冷やしたけどね。」

 立花先生のコメントに苦笑いを返す直美に、緒美が問い掛ける。

「それよ。新島ちゃん、何(なん)て言って、加納さんを焚き付けたの?」

「『焚き付けた』って、人聞きが悪いなぁ。わたしは助言しただけよ、『合理的な提案なら、鬼塚は乗りますよ』って。」

 今度は恵が、不審気(げ)に聞き返すのだ。

「本当(ほんと)に?」

「本当(ほんと)、本当(ほんと)。 大体、鬼塚も同じ様な事、考えていたんでしょう?」

 直美に問われ、緒美は頷(うなず)いて言う。

「まあ、そうだけど。正直(しょうじき)、加納さんが職務に反して、冒険に乗って呉れるとは思ってなかったわ。」

「どうして? コマツ01 の人と知り合いだったの、最初の通信で分かってたでしょう?」

 不思議そうに、恵は緒美に問い掛けるのだ。緒美は、極めて真面目な顔で答える。

「そんな個人的な感情よりも、お仕事の方を優先しそうじゃない?大人なんだから。 ねえ、先生?」

 緒美から話を振られた立花先生は苦笑いで、言葉を返すのだ。

「どうしてわたしに聞くのよ、緒美ちゃん。」

「あー…いえ、何と無く。」

「わたしだって、人命と仕事を天秤に掛けられたら、そりゃあ人命の方を優先しますよ。」

 その答えを聞いて、クスクスと笑い乍(なが)ら、恵は言うのである。

「だから、天野さんが無茶やった時、怒ってたんですものね~。」

「そう言う事よ。 徒(ただ)、今回の場合(ケース)はね、防衛軍の人を助ける為に民間の未成年者を巻き込んだって一点で、どうかとは思うのだけれど…。」

 立花先生が途中まで言った所で、直美は自分を指して尋(たず)ねる。

「『民間の未成年者』って、わたし?」

 それには緒美が、直様(すぐさま)、言葉を返す。

「他に誰が居るのよ? あと、天野さんの事も、当てにしてたしね。」

 続いて立花先生が、発言を続けるのだ。

「…うん。とは言え、F-9 が不利なのを承知で盾の様に使う指揮管制の命令も、ね。まあ、救援は向かっていた訳(わけ)だけど…勿論、防衛軍の立場も理解は出来るけれど、それでも、F-9 のパイロットも人には変わりない訳(わけ)だし。」

「難しい所ですよね。」

 恵は立花先生が煩悶(はんもん)する様子に同情的なコメントを送るのだが、直美の方(ほう)は気楽な調子で結論を付けるのである。

「まあ、結果オーライって事で、いいじゃないですか。 それよりも、天野を当てにしてたにしても、結果、四機中の三機を加納さんが、あの F-9 改で撃墜したんだから、凄いじゃない?」

 その、直美の見解には、半(なか)ば呆(あき)れた様に緒美は同意するのだ。

「それに就いては、異論は無いわね。」

「鬼塚は、そこ迄(まで)、想定してたの?」

「まさか。 ECM01 の投入は、飽く迄(まで)、牽制(けんせい)が目的よ。距離を取って注意を引いて、防衛軍の救援が有効射程に入るか、AMF が戻って来る迄(まで)の時間稼ぎ。 中射程空対空ミサイルで二機撃墜ぐらい迄(まで)は、まあ、『上手く行けば』って考えもしたけど、距離が詰まってからの短射程空対空ミサイルの辺りは、もう、ね。」

「そうなんだー。」

 緒美の説明に、唯(ただ)、感心した様に恵が声を上げるのだった。それに続いて、直美が言う。

「まあ、加納さんも勝算が有っての事だから。もしもの場合にはアンテナを投棄する準備まで、やってたんだけどさ。」

「まあ、そうでしょうね。」

 緒美は微笑んで、一言を返したのである。

「高価な装備なんだから、そんな事態にならずに済んで良かったわ。」

 この立花先生のコメントは、半分、冗談である。それが分かっているから、直美は笑って言葉を返すのだ。

「あはは、先生なら然(そ)う言って呉れると思ってました~。」

 そして緒美と恵も、直美に釣られる様に笑うのだった。
 そんな中、思い出した様に直美が声を上げるのだ。

「あ、それで。そもそも何(なん)の用だったの?鬼塚。」

「え?」

「さっき、呼んでたでしょ。」

「ああ…。」

 急に問い掛けられて驚いた表情から一転し、緒美はくすりと笑い、答える。

「…その件なら、もう済んだわ。 デブリーフィングの前に、どうして加納さんが、あの局面で協力して呉れたのか、それを確認しておきたかったのよ。」

「ああ、そう言う事。」

「取り敢えず、デブリーフィングの前に着替えていらっしゃい、直美ちゃんも。」

 一段落が着いた所で、立花先生は直美に然(そ)う促(うなが)すのだ。F-9 改から降りたばかりの直美は、当然、戦闘機搭乗用に飛行服を着ていて、座席に接続する為のハーネスも着用しているし、ヘルメットも抱えた儘(まま)である。
 直美は周囲を見回して、恵に尋(たず)ねる。

「天野達は?」

「今(いま)し方(がた)、上がって行ったわよ。三人とも。」

「そう。それじゃ、着替えて来ますか。」

 そして直美は、二階通路に上がる階段へと、駆け足で向かったのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第18話.11)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-11 ****


「統合作戦指揮管制です。目標の撃墜は、此方(こちら)側で確認してあります。現時点で、エイリアン・ドローンは残存十機。残りは此方(こちら)で処理しますので、天野重工さん達は、ご苦労様でした。準備が出来次第、帰投して頂いて構いませんよ。」

 桜井一佐の提案は、勿論、善意からのものである。『ペンタゴン』の位置特定と狙撃、その実証試験が今回の作戦に天野重工側が参加している理由なのだ。それが終わった以上、危険な現場に民間企業が留まる必要は無いのである。
 それに対して、緒美は躊躇(ちゅうちょ)無く意見を返すのだ。

「AHI01 です。 ECM 支援と警戒は、最後まで実施します。ご迷惑でなければ。」

「それは、そうして貰えるなら、有り難いけど。大丈夫? AHI01。」

「はい。問題ありません。 ECM01、ECM02、ECM 支援は継続してる?」

 緒美は続いて、直美と樋口に確認をした。その答えは、直ぐに返って来る。

「此方(こちら)、ECM01。言われる迄(まで)もなく、継続中。」

「ECM02 です。此方(こちら)も継続中。」

 続いてクラウディアが、緒美に問い掛けて来るのだ。

「HDG03 です。念の為、『ペンタゴン』のスキャンは続行しますが?AHI01。」

「いいわ、続けてちょうだい、HDG03。」

「HDG03、了解。」

 クラウディアの返事を聞いて、緒美は茜とブリジットにも呼び掛けるのである。

「HDG01 と HDG02 は、待機ラインで警戒監視ね。」

「此方(こちら)HDG01 ですけど、レーザーで狙撃とか、此方(こちら)からも出来ますよ?AHI01。」

「HDG02 です。こっちも、まだレールガンの弾体が残ってますが。」

 茜とブリジットが二人揃(そろ)って調子の好(い)い事を言っている様だが、これは何方(どちら)も冗談である。それは、その話し振りで緒美にも伝わったのだ。
 緒美は苦笑いで、言葉を返す。

「防衛軍の邪魔になるから、余計な事はしないでね。HDG01、02。」

 茜とブリジットは、声を揃(そろ)えて「了解(りょ~か~い)。」と返事をしたのだった。
 それに続いて、今度はコマツ01:入江一尉が、統合作戦指揮管制を呼び出すのだ。

コマツ01 より、作戦指揮管制。ウチのコマツ02、どうなりましたか?」

 その呼び掛けに応えたのは、桜井一佐ではない男性の管制官だった。

「統合作戦指揮管制です。コマツ02 は海防イージス艦搭載の救難機にて、ピックアップ済み。パイロットに別状は無し。」

「おー良かった。コマツ01、了解です。」

 今度は桜井一佐が、コマツ01 に指示を出すのだ。

コマツ01、もう其方(そちら)へ向かう敵機は居ないとは思うけど、念の為、天野重工隊への警護と周辺監視を継続して。」

コマツ01、了解。」

 そして、この日に襲来したエイリアン・ドローンの全機が撃墜されたのは、それから十五分程あとの事である。
 最後まで作戦の推移を見守った天野重工側の各機は、当初のオプションに有った様に補給を受ける為、岩国基地に立ち寄ったのだ。
 そもそもが、翌日の午前中に岩国基地へ移動する予定だったので、岩国基地側の受け入れ準備は天野重工のスタッフ達に依って調えられていたのだ。
 岩国基地に一行(いっこう)が到着すると、そこには飯田部長と日比野の二人が待ち受けて居て、緒美や立花先生を驚かせたのだった。飯田部長と日比野は、この日に岩国基地へ派遣される本社スタッフの一団が有ったので、急遽(きゅうきょ)それに同行して来ていたのだ。
 岩国基地に設営されていた天野重工用の『テスト・ベース』には、HDG のデバッグ用コンソールが当然、持ち込まれていて、それに因って実証試験の推移や通信通話が、逐次(ちくじ)、モニタリングされていたのである。言う迄(まで)もないが、そのオペレーションを行ったのが日比野なのだ。
 そんな訳(わけ)で、飯田部長と日比野は迎撃作戦中の実証試験に就いて状況の推移を全て把握しており、岩国基地に到着した緒美達を出迎えて、直接に祝辞を送ったのである。
 因(ちな)みに、作戦に参加中の緒美達へ飯田部長が通信を送らずモニターに徹していたのは、敢えて、なのだが、その事に就いて、立花先生は次の様に言及したのだ。

「様子をモニターしていたのなら、声を掛けてくだされば良かったのに。」

 それに対する飯田部長のコメントである。

「特に此方(こちら)から、何か言わなければならない局面も無かったからね。」

 そう言って、飯田部長は豪快に笑うのだった。

 各機が補給と点検を終え、HDG のドライバー達とF-9 改や随伴機のパイロット達が休憩を済ませると、全機が天神ヶ﨑高校へと出発する。ここで飯田部長と日比野の二人は、緒美や立花先生の搭乗する随伴機に乗り込み、共に天神ヶ﨑高校へと向かったのだ。一方で岩国基地の臨時『テスト・ベース』は、基地に残された天野重工のスタッフ達に依って撤収作業が始められたのである。
 飯田部長が天神ヶ﨑高校へと向かったのは、天野会長と直接会って打ち合わせをする為で、日比野の用件は当然、各種データの回収なのだ。

 さて、岩国から天神ヶ﨑高校までは直線距離で大凡(おおよそ)二百キロメートル程度なのだが、市街地や住宅地の上空を延々と飛行する訳(わけ)にも行かないので、遠回りでも一旦(いったん)、瀬戸内海上空へと出て、陸地上空を飛行するのは最短距離になる様に瀬戸内海側から北上するルートを選択するのだ。この瀬戸内海経由のコースだと、飛行距離は凡(およ)そ二百六十キロメートルになり、飛行時間は大体、二十五分程度である。
 ECM01 の操縦席では加納と直美が、その飛行時間の間、二人切りなのだ。その時間を利用して、直美は気になっていた事を、思い切って尋(たず)ねてみる事にしたのだった。

「加納さん、嫌だったら答えなくてもいいんですけど、どうして防衛軍を辞めちゃったんですか?」

 勿論、通信の『トークボタン』は押してはいない。だからこそ、プライベートな質問も出来ると、直美は思ったのである。

「ああ、気になりますか?新島さん。」

 加納は、直美が驚く程の、普通のトーンで声を返したのだった。
 直美も、努めて普通のトーンで話し掛ける。

「はい。今日、見た限りでも、何て言うか、腕前が確かなのは間違いが無さそうなので。なのに現役でないが、ちょっと不思議です。」

 加納は、少し間を置いて、言った。

「事故が…有りましてね、訓練中に。それで同僚…いや、部下を死なせてしまったのです。」

「それで、責任を?」

「まあ、そんな所です…厳密には、少し違いますが。いや、その時、指揮を執っていたのはわたしでしたので、責任は負う可(べ)きなのは間違いないですね。」

「厳密には、って?」

「あはは、お嬢さん方(がた)に聞かせる様な話じゃないですよ。」

 笑って誤魔化そうとする加納だったが、直美は食い下がるのだ。

「誰にも喋(しゃべ)りませんから。社会勉強って言うか、後学の為に、聞かせて貰えます?」

「まあ、そうですね。今日は新島さんを危ない目に遭わせてしまったので、そのお詫(わ)びと言う事で。別に、誰に話して貰っても構いませんが、プライベートな内容に就いては、常識的な取り扱いでお願いしますよ。」

「はい、それは勿論。」

「それじゃ、その前に。」

 そう言って加納は、『トークボタン』を押して ECM02 を呼び出す。

「ECM01 より、ECM02。暫(しばら)く先頭(リーダー)を交代して呉れ。」

 慌てた様に、樋口の声が返って来る。この時、帰路の F-9 改二号機を操縦しているのは、樋口なのである。沢渡は後席で、樋口の監督をし乍(なが)ら、ECM 装備のマニュアルを読んでいたのだ。

「何か有りましたか? 加納さん。」

「いや、問題は何も無いが。こう言う編隊長(フォーメイション・リーダー)を経験しておくのも必要だぞ、樋口君。沢渡君、指導してやって呉れ。」

 すると、ECM02 からは沢渡の声が返って来るのだ。

「了解です、ECM01。」

 間も無く、F-9 改二号機が一号機の前へと出ると、加納はポジションを二号機に譲(ゆず)って先頭を交代するのだった。

「それじゃ、あとは宜しく、ECM02。」

 それから一呼吸置いて、加納は語り出す。

「さて、改めて喋(しゃべ)ろうとすると、何から話せばいいのか、迷いますが…先(ま)ず、事故の詳細に就いては省略しましょう。気になるなら、過去の報道とか調べて頂ければ。一般のニュースにも、なりましたから。 その事故の後、防衛軍の調査では、わたしの指揮には問題は無い、との結論にはなりました。」

「それで責任を問われた、と言う訳(わけ)ではない、と。」

「はい。問題だったのは事故の犠牲者、『彼』と呼ぶ事にしますが。彼はわたしとは同期で、その当時は部下でした。」

「加納さんが『隊長』だった頃?」

「そうですね。で、彼はわたしの妻の従兄弟で、彼の奥さんは妻の大学時代からの友人だったのです。そんな訳(わけ)ですので、家族での付き合いがありましたし、お互いの子供同士も仲が良かったんですよ。まあ、妻の身内…親戚でしたから。」

「成る程。それで、一方だけが犠牲になった、と。」

「ええ。妻の方(ほう)には方々の身内から、色々と言われてたみたいで。それで段々と、妻との折り合いが悪くなっていきまして。」

「加納さんには責任は無いって、判定だったんですよね?」

「身内に不幸が起きれば、そう言った第三者の判断は、余り関係無いですね。妻にとっても彼は、昔から知ってる身内だった訳(わけ)ですし。彼や妻の身内の側からすれば、他人はわたしだけでしたから。」

「理不尽、ですね。」

「まあ、わたしもどこかで、立ち回り方を間違えたんでしょう。どこで何をどう間違えたのかは、今となっても見当も付きませんが。 結局、事故から半年程で妻とは、離婚となりました。」

「お子さんは?」

「当然、妻側の身内扱いですからね。わたしに対しては、慰謝料も娘の養育費も請求しないから、娘の親権を渡せ、とね。」

「慰謝料って…離婚の原因が加納さんの浮気とかじゃないのに。」

「まあ、そうなんですけどね。彼の事故が起きて以降のバタバタとした状況に、わたしの方が随分(ずいぶん)と参っていたので。」

「認めちゃったんですか。」

「もう、どうにでもなれって感じでしたね、その時は。それに娘も、その頃は母親の方にべったりでしたし。」

「その時、娘さんは幾つだったんですか?」

「五歳、でしたね。 今はもう、成人してる筈(はず)です。」

「会ってないんですか?その後。」

「別れて以降、元妻が会わせて呉れなくて。それで、離婚して、二年後だったかな、元妻が再婚したとは聞きましたが。そのあとの事は、知りません。」

「加納さんは、なさらなかったんですか?再婚。」

「そんな元気は無かったですね。 兎も角、そんな様子だったので、彼の事故以降、わたしの方は精神的に不安定になってしまって、飛行任務には就けなくなったんですよ。精神的な問題を抱えたパイロットに、戦闘機の操縦をさせる訳(わけ)にはいかないですから。その上で離婚が決まって、更に生活が荒れてしまって。それで結局、問題を起こさない内に防衛軍を辞める事になった、以上が大まかな顛末です。」

「そう言う、ドラマみたいなお話、実際に有るんですね。」

「これでも、お聞かせ出来る範囲を選んで省略してあります。実情はもっとグチャグチャしてましたが、まあ、若いお嬢さんには、とても聞かせられたものではありません。こんな話でも、参考になれば反面教師にでも、活用してください。」

 直美は一度、溜息を吐(つ)き、加納に尋(たず)ねる。

「それで、天野重工に…じゃない、その前に警備保障の会社に勤められてたんでしたっけ?」

「ああ、良く覚えてお出(い)でで。」

「あの時の、天野とブリジットに就いての一連お話は、割とショッキングでしたので。」

「ああ、成る程。 警備保障会社を紹介して呉れたのは、防衛軍の先輩の方(かた)です。防衛軍を辞めて暫(しばら)く、荒れた生活してしていたのを見兼ねてね、まあ、情け無い話しなんですが。 それでも、会社の契約先へ派遣されて所謂(いわゆる)、警備員的な業務をやり乍(なが)ら、要人警護や探偵的な業務の研修を受けたり、実際にそう言った仕事もやりましたが。防衛軍時代とは目先の変わった仕事でしたから、気分が変わったと言いますか。仕事柄(がら)、色んなトラブルを目の当たりにしましたので、わたしの方は精神的なリハビリになったと言うか、開き直ったと言うか。 兎に角、人生をやり直すには、いい契機になりました。紹介して呉れた先輩には、感謝してるんですよ。」

「それじゃ、天野重工には?」

「警備保障会社の仕事で、会長の警護に参加した事が切っ掛けですね。当時、飛行機の操縦が出来る、ボディーガード的な人材を探していたそうで。それで会長が気に入って呉れて、引き抜かれたんですよ。 秘書の仕事は、天野重工に移ってから、ですね。」

「ボディーガードですか~…。」

 直美が感心した様に言うので、加納は笑ってコメントする。

「あははは、これでも元防衛軍ですから、剣道や柔道、射撃とか一通りの心得(こころえ)は有りますよ。街のチンピラ程度には、今でも負けやしません。」

「道理で。始めから秘書をやってる人には見えませんでしたよね、加納さんって。」

「良く言われますよ。自分でも秘書なんて柄(がら)じゃないのは承知してますし、こうなるなんて思ってもみませんでした。でも、割と適性は有ったみたいですね、自分でも意外ですが。」

 そう言って加納は、又、笑ったのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第18話.10)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-10 ****


 ミサイルが目標に到達すると、それは直(ただ)ちに起爆する。三発のミサイルは其(そ)の全てが起爆したが、それに因って撃墜が果たされたのは今度も一機だけだったのだ。

「残り二機か。」

 戦術情報の表示で状況を確認して、加納は呟(つぶや)くのだ。
 通信からは緒美の声が聞こえて来た。

「HDG03、もう一回、必要?」

「お願いします。」

 即答するクラウディアの声を聞いて、緒美は沢渡を呼び出すのだ。

「AHI01 より、ECM02。其方(そちら)から、ECM01 を追跡している『トライアングル』を攻撃してください。」

 加納の機体、ECM01 が搭載している中射程空対空ミサイルは、残りが一発なのである。短射程空対空ミサイルは、まだ四発が残っているが、それを使用出来る距離まで接近するのは、勿論、ECM01 側に高リスクなのだ。
 緒美の指示から間を置かず、沢渡は返信する。

「ECM02、了解。中射程空対空ミサイル、発射。 ECM01、方位(ベクター)0 へ離脱してください。」

 沢渡は緒美の指示が来る前から、見当を付けて準備していたのである。そして直ぐに主翼下の中射程空対空ミサイル二発を放つと、加納には離脱方向を指示したのだ。『方位(ベクター)0』とは、要するに『磁北』である。

「此方(こちら) ECM01、了解。離脱する。」

 ECM01 は沢渡の指示通り、南西に向かっていた針路を、左旋回で北へと向けるのだ。しかし当然、『トライアングル』二機は ECM01 を追跡する事を止めない。ECM01 を追って、それぞれに針路を変えるのだ。
 大きなアンテナを背負う F-9 改は、それでも最高速度では『トライアングル』を凌(しの)ぐのだが、問題なのは加速力である。通常の F-9 戦闘機でも加速力では『トライアングル』の謎な推進力には敵(かな)わないのだから、通常の F-9 戦闘機に比して抵抗が増加している F-9 改では猶更(なおさら)なのだ。F-9 戦闘機が、無闇にエイリアン・ドローンに近付いてはいけない理由が、これなのである。
 加納は、自機が最高速度に達する迄(まで)の間、『トライアングル』がグングンと距離を詰めて来るのに、内心、冷や冷やとしていたが、程無く ECM02 が放った中射程空対空ミサイルが目標へと到達し、ECM01 の後方で起爆したのだ。
 その後方の様子を、後席で身体を捻(ねじ)って直美は確認を試みるのだ。

「ミサイル、爆発…したのかな? 流石に遠くて見えない。」

「戦術情報の表示だと、約二十キロ後方、二機とも生きてます。流石に、しぶといですな。」

 そう告げた後、加納は左旋回を開始するのだ。その儘(まま)、直進を続けるとエイリアン・ドローンを ECM02 の方向へ連れて行ってしまうのである。

「少し揺れますよ、新島さん。しっかり、掴まって居てください。」

「お任せしまーす。」

 直美は右手で正面計器盤上のハンドルを、左手で操縦席側壁のハンドルを、それぞれ握って両脚を踏ん張り、シートに背中を押し付けたのだ。
 そこに、クラウディアからの報告が入るのだった。

「目標の位置を特定。HDG02、データ、行ってるわね?」

 透(す)かさずブリジットの声が、返って来る。

「待ち草臥(くたび)れたわー。AHI01、直ちに狙撃しますが、宜しいですか?」

「此方(こちら)AHI01、やってちょうだい、HDG02。 それから、コマツ01、HDG02 へ接近中の『来客』二機、其方(そちら)の対応、お願いします。」

コマツ01、了解。任せて呉れ。」

「レールガン、発射。」

 それぞれの通信が飛び交う中、ECM01 は追跡して来る『トライアングル』二機の前方を五キロメートル程の距離を取って南向きに通過するのだ。その瞬間、ECM01 は右側面のウェポン・ベイを開き、短射程空対空ミサイルを空中に放出する。
 短射程空対空ミサイルは放出後にロケット・モーターが点火され、大きな弧を描き乍(なが)ら発射母機である ECM01 の進行方向とは逆向きに飛翔して行く。そしてもう一発、短射程空対空ミサイルを放出した後、ECM01 は東へと機首を向けるのだった。
 防衛軍が装備している短射程空対空ミサイルは中間から終末の誘導を赤外線画像認識で行うが、最初期段階は戦術情報の座標データで誘導が実行されるのだ。これは短射程空対空ミサイル自体がウェポン・ベイ内に格納されている為に、発射前にミサイル搭載のセンサーでの赤外線画像が取得出来ないからである。一方で、発射前に搭載センサーに赤外線画像を取得させる必要が無いと言う事は、発射時にどこを向いていても構わないと言う事であり、つまり側方や後方の目標に対しても発射・誘導が可能だと言う事である。
 従来、『ロックオン』とは『自機が搭載するレーダーの向きやスキャンを、目標に固定する』と言う意味だったのだが、ここでは少し意味が変化している。戦闘空域に存在する敵や味方の位置情報をリアルタイムで監視・追跡する『戦術情報システム』が導入された事により、『戦術情報』上の目標に選択を固定する行為を、ここでは『ロックオン』と呼ぶのである。それはつまり防衛軍のデータ・リンクに参加さえ出来れば、自機にレーダーが搭載されていなくても BVR(Beyond Visual Range:視界以遠)目標への照準や、誘導兵器の運用が可能だと言う事なのだ。
 この機能を利用して、F-9 戦闘機は自機のレーダーが向いていない方向の目標に対しても『ロックオン』が可能だし、短射程空対空ミサイルは放出後に自力(じりき)で指定された目標へと向かい、赤外線画像認識での中間、終末誘導が可能となるのである。又、レーダーを搭載していない HDG 各機が、『戦術情報』上の目標を『ロックオン』出来るのも同様のなのだ。
 短射程空対空ミサイルは射程距離が短い分、着弾迄(まで)の時間も短い。ECM01 が発射した短射程空対空ミサイルは二発は、二機の『トライアングル』の内、一機に向かって側方から突入し次々と起爆したのだ。最初の爆発は回避したものの、その瞬間に突入して来た二発目のミサイルに因り、『トライアングル』の一機は撃墜されたのである。
 一機の目標に対して二発のミサイルが誘導されたのは、目標指定や誘導のミスではない。加納は意図的に一機に対して二発のミサイルを、僅(わず)かに時間差を付けて送り込んだのである。高速で突入して来るミサイルを、連続して回避するのは難しいだろう、と言うのが加納の読みであり、それは見事に的中したのだ。
 そしてミサイルの爆発を回避する為、もう一機の『トライアングル』は一旦(いったん)、離れて行ったのだ。

「よし、残り一機。」

「流石ですね、加納さん。この調子で、もう一機、行きましょう。」

 後席では直美が楽観的なコメントを言うのだが、加納は苦笑いで応えるのだ。

「残念乍(なが)ら、そう、上手くは行かない様です。」

 戦術情報画面に目を遣(や)ると、離脱したかに見えた『トライアングル』の残存一機が、ECM01 の前方へ回り込むコースを取っているのが加納には分かったのだ。

「ミサイル、残りは?」

 後席から直美が尋(たず)ねるので、加納は素直に答える。

「この距離で使えるのは、あと二発。」

「さっきみたいには、出来ないんですか?」

「正対(ヘッド・オン)で発射しても、躱(かわ)されたらお仕舞いですから。何(なん)とか、角度(アングル)を取らないと。」

 加納は機体を右へ傾け、旋回を始めるのだ。
 そして、直美に指示をする。

「新島さん、アンテナの投棄準備をしておいてください。タイミングは指示します。」

 ACM(空中戦機動)をするには、F-9 改背部の巨大なアンテナは邪魔なのだ。それは非常時には接続支柱を爆破して、アンテナ本体を排除出来る仕掛けが組み込んであり、それは後席からしか操作出来ない仕様なのである。
 直美はニヤリと笑い、加納に尋(たず)ねる。

「いいんですか?これって高価(たか)い部品(パーツ)なんでしょ。」

「多分、わたしの給料じゃ、残りの勤続年数では弁償し切れないでしょうけど。 でも、それをケチって生徒さんを死なせる様な事にでもなったら、わたしが理事長に顔向け出来ませんので。それに、わたしなんかと心中するのは嫌でしょう?」

 そう言って加納は笑うので、直美も一笑(ひとわら)いしてから答えたのである。

「まあ、生還はしたいですよね。」

「そう言う事です。」

 加納は機体を右へ左へと旋回させ、短射程空対空ミサイルを有効に発射出来る角度を探すのだ。しかし、対する『トライアングル』は ECM01 の前方へと回り込む様な機動を繰り返すのである。
 最初は米粒程の大きさにしか見えていなかった『トライアングル』が、四回目の旋回の後には其(そ)の形状が、はっきりと視認出来る程の大きさに見えていた。この時点で ECM01 と『トライアングル』の距離は三百メートルを割っていたのである。

「ああ、流石に間合いが詰まり過ぎだ。」

 加納が呟(つぶや)く様に然(そ)う言った直後、後席で直美が声を上げる。

「来ます!」

 『トライアングル』が右前方から猛スピードで突っ込んで来るのが、ECM01 の操縦席から見えていた。そして三角形の飛行形態から、昆虫の様な格闘戦形態へと一気に変形し、右腕の鎌状ブレードを振り上げて迫って来るのだ。
 加納は目測であるが接触の十秒前と思われるタイミングで機体を横転(ロール)させ、同時に閃光弾(フレア)を発射する。横転(ロール)し乍(なが)らなので、閃光弾(フレア)は機体の周囲にばら撒(ま)かれる様に飛散し、続いて ECM01 は背面状態から落下して行く閃光弾(フレア)の下へ潜り込む様に急降下を行うのだ。
 『トライアングル』も閃光弾(フレア)が落下して行くエリアの中へと突入するが、北へと向かう ECM01 を見失ったのか、閃光弾(フレア)が落下して行くエリアを通り抜けて東方向へと直進して行く。
 そこで突然、茜の声が通信から聞こえるのだ。

「ナイスです!ECM01。後は任せて。」

 茜の AMF は緩(ゆる)い降下で『トライアングル』の斜め後方から接近すると、失速覚悟の引き起こしで急減速し、格納してあったロボット・アームを展開するのだ。

Ruby、ロボット・アーム緊急展開。ビーム・エッジ・ブレード、オーバー・ドライブ。」

 格闘戦形態の『トライアングル』は、飛行速度が可成り遅い。AMF が其(そ)れに追い付くのは、容易なのだ。
 AMF は展開したロボット・アームを横へと広げ、その先端からはオーバー・ドライブ状態の荷電粒子の刃(やいば)が伸びている。その状態で機体を『トライアングル』へと一気に寄せると、茜は AMF を一回転、横転(ロール)させたのだった。
 AMF のロボット・アームは機体の上下に二対、つまり四本の腕を有し、それぞれにビーム・エッジ・ブレードが装備されているので、『トライアングル』は AMF の一横転で四回の斬撃を連続して受けたのである。為(な)す術(すべ)無く切り刻まれた『トライアングル』は、その分割された機体を海上に落下させる以外、取り得る道は無かったのだった。
 茜は、大きく息を吐(は)き、独り言った。

「ふー。ギリギリ、間に合った。 あ、Ruby、ビーム・エッジ・ブレード、オフ。ロボット・アーム、格納。」

「ハイ、ロボット・アームを格納します。」

 AMF は緩(ゆる)い降下状態だった機体の機首を引き上げて、高度を元のレベルに戻すのだ。すると、左手側から ECM01 が接近して来るのである。そして ECM01 は、AMF の左側に三十メートル程の距離で並んだ。
 茜が ECM01 の方を見ると、操縦席では加納と直美の二人が、AMF に向かって手を振っているのが見える。茜は AMF の機首ブロックを解放し、手を振り返して見せるのだ。
 すると、加納が呼び掛けて来るのだった。

「HGD01、さっきの機動(マニューバ)は、何時(いつ)から仕込んでたんです?」

「ロボット・アームの使い道を考えてて、シミュレーターで何度か実験してたんですよ。加…ECM01 こそ、さっきの閃光弾(フレア)は?」

「ああ、あれは以前、米軍のレポートで、閃光弾(フレア)が『目眩(めくら)まし』に使える、みたいなのを読んだ記憶が有って。咄嗟(とっさ)に試してみたんですが、上手く填(は)まって呉れたみたいで助かりました。」

 加納の発言に続いて、直美が冗談の様に言うのだ。

「御陰で、アンテナを捨てなくて済んだわ。」

「あはははー、それは大変でしたね。」

 そう言葉を返して、茜は思い出した様に緒美に呼び掛ける。

「ああ、そう言えば。AHI01、『ペンタゴン』の方はどうなりました? 此方(こちら)で着弾観測が出来ませんでしたが。」

 その茜の問い掛けには、緒美よりも先に桜井一佐が回答するのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第18話.09)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-09 ****


 そんな折(おり)、F-9 改二号機の操縦席である。緒美と桜井一佐との遣り取りを聞いていた樋口が、唐突に感想を語るのだ。

「しかしホント、あの鬼塚さんって子、凄いですねー沢渡さん。噂には、色々と聞いてましたけど。 今、話してた防衛軍の人、お偉い方(かた)なんでしょう?」

「えっ? ああ、偉い人、ねぇ…まあ、一佐って言えば、企業で例えれば部長とか、重役クラスと言えなくもないけど…。」

 前席の沢渡と、後席の樋口は通信の『トークボタン』は押していないので、この会話は通信には乗らないインカム同士で聞こえているだけである。

「…樋口君の世代だと、桜井一佐は知らないか~。」

 沢渡と樋口の年齢差は十歳程度だが、それでも十分(じゅうぶん)な世代間断絶(ジェネレーション・ギャップ)が存在するのだ。それが沢渡には、聊(いささ)かだがショックだった。
 樋口に就いて言えば、彼女は沢渡の様な軍事航空に興味の有った訳(わけ)では無いのだ。そもそもは技術者(エンジニア)志望だったのだが、適性が認められて職業としての操縦士(パイロット)を選んだと言う経緯なのである。元々が『飛行機少年』だった沢渡とは、スタートラインが違うのだ。

「え?有名な人なんですか?」

「いや、いいよ。知らないなら、別に。」

 沢渡は何だか急に、歳を取ってしまった様な気分になったのである。樋口が操縦士職を選んだ背景を、沢渡は知らないのだから、これは致し方がない。
 そこで、今度は桜井一佐からの通信が聞こえて来るのだ。

「統合作戦指揮管制より、AHI01。一つ、悪いお知らせ。 現在の目標残存数が、此方(こちら)の対空誘導弾、命中判定の集計と合ってない事が判明したわ。此方(こちら)のカウントだと、四機の行方が不明。」

 続いて、緒美の声が聞こえる。

「落下する残骸に紛(まぎ)れて、海面付近まで降下したのでしょう。前回と同じ動き、ですね。」

「恐らく、そうでしょうね。 コマツ01、低空への警戒を厳重にね。」

コマツ01、了解。 コマツ01 より、コマツ各機。聞いていたな、レーダー反応に注意せよ。」

 入江一尉の返事と指示に続いて、コマツ02 から 04 の「了解。」との返事が続くのだった。
 そんな遣り取りを聞き乍(なが)ら、樋口が言うのである。

「何(なん)だか、大変そうな事になってません?沢渡さん。 エイリアン・ドローン、こっちへ向かってるんでしょうか?」

「来てるだろうね、前回と同じ流れだ。」

「前回と同じって…。」

 樋口が途中まで言い掛けた所で、緒美からの指示が入るのだった。

「AHI01 より、ECM01、及び 02。制御機(コントローラー)を失った『トライアングル』が、複数の周波数を使用して『トライアングル』同士で情報補完を行う可能性が有ります。マルチ・トラック・モードでスキャンを併行(へいこう)してください。」

 その指示には、間髪を入れず直美が返事をする。

「ECM01、了解。」

 直美の声を聞いて、樋口は通信の『トークボタン』を押し、慌てて声を返すのだ。

「ECM02、了解。」

 樋口が『トークボタン』を離すと、前席から沢渡が声を掛けて来る。

「頼むよー、樋口君。」

「大丈夫ですよー、ちゃんと操作方法は習ってますから。付け焼き刃ですけど。」

 そこに統合作戦指揮管制から、今度は男性管制官の声で通信が入るのだ。それは、緊迫した声色(こわいろ)だった。

「統合作戦指揮管制より、コマツ01、02。其方(そちら)の真下から急上昇する反応有り、至急、回避されたし。」

「え?ああっ!…。」

 次の瞬間、入江一尉の動顛(どうてん)した声が聞こえて来たのだ。続いて、入江一尉達からの報告である。

コマツ01 より、指揮管制。コマツ02 がやられた!『トライアングル』二機を確認。」

「此方(こちら)コマツ02、左翼が脱落。姿勢、高度が維持出来ません。」

コマツ02、脱出(ベイルアウト)しろ! 統合作戦指揮管制、脱出者の救助を要請。敵機二機は旋回して、此方(こちら)へ向かって来る模様。応戦します。」

 そこで沢渡が、思わず「おい、おい、おい…。」と声を上げるのだ。『トークボタン』は押していない。
 後席から樋口が、沢渡に問い掛ける。

「何(なん)ですか?沢渡さん。」

「F-9 で接近戦は無理だよ。ここは、距離を取る為に一旦(いったん)、離れないと。それに、コマツ01 単機じゃ…。」

 そのタイミングで、コマツ03 からの報告である。因(ちな)みにコマツ01 と、コマツ03、04 編隊は三十キロメートル程度、現時点では離れている。

「此方(こちら)コマツ03、『トライアングル』二機を下方に確認。対処開始します。」

 その通信を聞いて、沢渡が言うのだ。

「こりゃ、ECM機(こっち)の前に、前衛四機を潰す気だな。」

「どうします?」

 後席から問い掛けて来る樋口だが、沢渡は返す言葉が無い。

「どうもこうも…。」

 沢渡が言い掛けた所で、桜井一佐の声が聞こえて来るのだ。

「統合作戦指揮管制より、コマツ各機。救援機が攻撃位置に着く迄(まで)、五分程時間を稼いで。 天野重工の各機は東へ五十キロ程、退避を開始してください。」

 この時点で、上空に展開している迎撃機は残存『トライアングル』に対するミサイル攻撃を各個に継続している。その為、携行している空対空ミサイルの残数が少ないのだ。桜井一佐の言う『救援機』とは、在空中の迎撃部隊と交代する為に接近中の F-9 戦闘機で、当然、此方(こちら)は対空ミサイルを満載しているのだ。
 続いて、緒美からの指示である。

「AHI01 より、ECM01、02、HDG03。防衛軍の指示に従って、退避を開始してください。HDG01 及び、HDG02 は、HDG03 との合流を急いでね。」

 茜とブリジットは、『ペンタゴン』狙撃の為に前進した百キロメートル先からの帰還中で、HDG03 との合流まで、あと七分程度の位置だった。ここで、HDG03 が五十キロメートル東へ移動を開始すると、合流までに必要な時間に、更に三分が加算される事になる。

「避難指示、ですね。防衛軍はコマツ01 から 04 を、盾にする気でしょうか。」

 樋口が後席で然(そ)う言うと、沢渡は苦苦(にがにが)しそうに「そうだな。」と同意し、通信の『トークボタン』を押す。

「此方(こちら) ECM02、了解。」

 それから少し遅れて、加納の声が聞こえたのだ。

「ECM01、了解。」

 ECM01 と ECM02 は、緩(ゆる)い旋回で東へと針路を変えるのだった。
 そんな ECM01 の操縦席である。

「いいんですか、加納さん。 コマツ01 は、お知り合いなんでしょう? この儘(まま)、見捨てる事になっても。」

「皆さんの安全を確保するのが、わたしの業務ですから。それに、命令には従わないと。」

 そう答えた加納の表情は、後席の直美からは見えない。しかし、その落ち着いた口調が、直美をイラッとさせたのである。

「命令、ですか。前に加納さん、言ってたじゃないですか。今は民間だ、って。」

「わたしに、どうしろと?」

「何か、無いんですか?防衛軍の人を犠牲にしなくても、上手く行く方法。 合理的な提案なら、鬼塚は乗りますよ。必ず。」

「成る程。」

 加納が発した其(そ)の短い言葉は、それ迄(まで)とは明らかにトーンが違っていたのだ。
 加納は通信の『トークボタン』を押して、そして言ったのである。

「ECM01 より、AHI01。提案なんですが、『トライアングル』への迎撃を当機が担当し、コマツ各機を HDG02 の護衛に回すのはどうでしょう?」

 極めてコンパクトに纏(まと)めて、加納は自身のアイデアを緒美に伝えたのだ。
 緒美からの反応は、直ぐに返って来る。

「AHI01 です。ECM01、勝算は如何程(いかほど)?」

「そうですね、六割って所でしょうか?」

 ニヤリと笑って然(そ)う言った加納だが、その数字はハッタリである。

「了承しました。ECM01 は即時、迎撃を開始してください。以降、此方(こちら)からの指示に不足が有れば、補足をお願いします。」

 緒美が、あっさりと加納の提案を受け入れたのは、反論や確認をしている時間が惜しいからである。
 そして緒美の決定を聞いて、直美は言うのだ。勿論、『トークボタン』は押していない。

「さっきの説明だけで、加納さんの考えが分かるなんて、流石、鬼塚。」

「案外、同じ様な事を考えていたのかも、ですね。鬼塚さんの事ですから。」

「あー、有り得る。」

 加納の見解に同意して、直美はクスクスと笑うのだ。そんな直美に、加納は真面目な口調で言うのである。

「この先、危険な局面も有るかも知れませんが、巻き込んでしまって申し訳無い、新島さん。」

 その言葉に、事も無げに言い返す直美なのだ。

「構いませんよ、今更(いまさら)。今迄(いままで)、散散(さんざん)、一年生達に危ない事をさせて来たんです。これ位、お付き合いします。」

 直美の言葉には敢えて返事はせず、加納は左旋回で機首を目標へと向けるのだった。

「それでは、先(ま)ずはマスターアーム ON、中射程誘導弾、ロックオン。発射。 新島さん、ECM の方、宜しく。」

「了解、やってます。」

 加納は素早く一連の操作を行うと、ECM01 主翼下の中射程空対空ミサイル四発を、一気に発射したのだ。続いて『トークボタン』を押し、加納はコマツ各機へ呼び掛ける。

「ECM01 より、コマツ01、03、04。其方(そちら)の目標へ向けて、中射程誘導弾を発射した。コマツ各機は現空域を離脱して、HDG02 の護衛に回って呉れ。」

 直ぐにコマツ01、入江一尉から返信が入る。

「いや、しかし ECM01、統合作戦指揮管制からは、ここで応戦の指示ですので…。」

「指揮管制!宜しいか?」

 加納は語気を強めて、統合作戦指揮管制を呼び出すのだ。すると、桜井一佐の声が返って来る。

「あー、状況の変遷を追認します。コマツ01、ここは AHI01 と ECM01 の指示に従って。」

「了解しました。…コマツ03、04、聞いていたな。全機離脱して、HDG02 の護衛に向かう。」

 そう指示を出すコマツ01 を、加納は更に追い立てるのだ。

コマツ01、全速で行け! HDG02 に護衛が付かないと、HDG01 が離れられない。」

 今度は緒美の声が、通信に入るのである。

「AHI01 より、HDG03。もう直ぐ、接近中の『トライアングル』四機に、ECM01 が発射したミサイルが到達するわ。隠れている『ペンタゴン』が回避機動の制御通信を送って来る可能性が高いから、チャンスを逃さないようにね。」

「分かってまーす。HDG03 はスキャン継続中。」

 クラウディアの声は、相変わらず落ち着いているのだ。
 緒美の指示は続く。

「AHI01 より、ECM02。其方(そちら)は退避しつつ、迎撃隊への ECM 支援を継続してください。アンテナが対象方向へ向くよう、避難経路の選定は任せます。」

「ECM02、了解。」

「HDG02、貴方(あなた)は現在の位置で待機。HDG03 が目標の位置を特定するのを待って。」

「HDG02、了解です。」

「HDG01、貴方(あなた)は ECM01 の援護(カバー)に向かって。HDG02 の周辺空域は既にコマツ隊の中射程ミサイルの射程圏内だから。 コマツ01、大丈夫ですよね?」

「此方(こちら)コマツ01、大丈夫だ。三機共、中射程誘導弾は全弾、残ってる。」

「HDG01 です。これより、ECM01 の援護(カバー)に向かいます。それじゃ HDG02、また後で。」

 そんな一連の遣り取りが終わる頃、ECM01 が放った四発のミサイルが『トライアングル』四機へと、それぞれ着弾するのだ。ミサイルは次々と起爆していったが、結果的に命中したのは一発のみで、『トライアングル』は三機がミサイルの命中を回避したのである。
 緒美は其(そ)の結果を、防衛軍の戦術情報で確認したのだ。

「HDG03、目標は電波を出さなかった?」

 『ペンタゴン』の位置特定が出来なかったのは、戦術情報に目標の位置データが上がって来なかった事で、既に判明していた。その緒美の問い掛けに、クラウディアが答える。

「いえ、スキャンには掛かったんですが、位置特定には至りませんでした。…もう一回ミサイル攻撃、出来ませんか?」

 クラウディアの提案に、加納が即答するのだ。

「了解、ECM01 だ。中射程誘導弾、発射する。」

「宜しく、ECM01。」

 その緒美の声を待つ迄(まで)もなく、ECM01 は胴体下のウェポン・ベイを開き、三発の中射程空対空ミサイルを発射したのだった。ECM01 はミサイルの発射を終えると、旋回して一度、機首を東方向へと向ける。『トライアングル』達との距離を詰め過ぎない為の措置である。徒(ただ)、『トライアングル』三機は先程のミサイル攻撃を受けて編隊を解き、バラバラの位置を飛行していた。ECM01 は緩(ゆる)やかに包囲されつつあったのだ。
 発射されたミサイルは三方向へと飛んで行き、それぞれが『トライアングル』を捕捉している。着弾迄(まで)に要する時間は、一分足らずである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第18話.08)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-08 ****


 それに対して、桜井一佐は鼻で笑う様に答えたのだ。

「まさか。そんな事は、全く考えてませんから御心配無く。 仮に、アレにエイリアンが乗っていて、此方(こちら)から見えないのをいい事に『高みの見物』を決め込んでいるのであれば、是が非でも撃ち落として貰いたいわね。 ほら、ここで議論とかしてる暇は無いのよ。計画通りにサクサク、進めて行きましょう、AHI01。」

「了解しました。」

 桜井一佐の口振りに、緒美はくすりと笑い同意したのである。

「HDG02、お待たせしたわね。許可は頂いたわ、射撃準備。」

「HDG02、了解。マスターアーム、オン。弾体を薬室(チャンバー)へ装填します。」

 直様(すぐさま)、ブリジットの声が返って来る。続いて、ブリジットが緒美に尋(たず)ねるのだ。

「あの、部…AHI01、さっきのお話、確認しておきたいんですけど。」

「さっき?何かしら、HDG02。」

「エイリアンが乗ってるかも?って、お話です。目標(ターゲット)は無人機(ドローン)なんですよね?」

 ブリジットの口調は、決(け)して取り乱してはいない。極めて、事務的なトーンである。
 そんなブリジットに、緒美は問い返すのだ。

「エイリアンが乗っていたら、撃てない?」

「状況と必要性は理解してますけど、いい気持ちはしません。わたしは兵隊じゃありませんから。」

 殆(ほとん)ど、間を置かずにブリジットは言葉を返したのだった。それは彼女の、正直な気持ちである。実際、ブリジット自身にはエイリアンに対する、直接的な恨みの様な感情は無いのだ。防衛戦闘で従兄弟が殉職している緒美や、襲撃に因って友人を亡くしたクラウディアとは、その辺りの事情は違うのである。
 そして、それが知的生命体であるなら、それを殺害してしまうのは『殺人』と同じではないのか? 緒美と桜井一佐の遣り取りを聞いたブリジットは、瞬間的に然(そ)う思ってしまったのだ。

「大丈夫よ、HDG02。アレにエイリアンは乗ってない筈(はず)だから。」

 緒美は然(そ)う言ったが、ブリジットは何か納得し難(がた)かった。

「確認が、されてるんですか?」

「それは、無いけど…。」

 少し困った様な緒美の声を聞いて、そこに茜が割って入るのである。

「HDG02、地球に降下して来てるのは『トライアングル』と『ペンタゴン』の二機種だけ。これは観測結果から、間違いないわ。『トライアングル』は姿が見えてるから、姿を隠してるのは自動的に『ペンタゴン』って事。『ペンタゴン』はここ数年間は姿を見せてないけど、最初の頃は『トライアングル』と一緒に行動してたのが記録されてるの。それに拠れば『トライアングル』と同じ様に、『ペンタゴン』も格闘戦形態に変形するのが確認されてるわ。その変形機構の所為(せい)で、人間サイズの生命体が乗れる様なスペースが機体には無いって言うのが、防衛軍や米軍の統一見解なの。オーケー?」

「オーケー、HDG01。安心した。」

 掌(てのひら)を返すが如(ごと)く急変した、ブリジットの態度に拍子抜けした様に緒美は声を掛けるのだ。

「とりあえず、納得してくれたなら良かった。」

 ブリジットは茜の言う事なら素直に聞けるのだと、一瞬、緒美はそんな風に思ったのだが、これは然(そ)う言う事ではなく、茜の説明が簡素乍(なが)らも要点を押さえていたのだと、緒美は思い直したのだ。それはブリジットが納得しそうな説明を瞬時に組み立てた茜が、ブリジットの事を良く理解していたと言う事である。
 説明の中で茜は『人間サイズの生命体』と表現したのだが、エイリアンが実際に何(ど)の様な姿、形態の生命体なのか、それを目撃したり確認した者(もの)は人類の中に存在しない。「知的生命体であれば、人間と同じ様な大きさで、似た様な容姿だろう。」と考えるのは、人間の傲慢でしかないのだが、その事は茜も理解はしていた。だが、ブリジットに然(そ)う言ってしまうとエイリアン・ドローンにエイリアンが搭乗していない事の説明にならなくなるので、茜は敢えて其(そ)の事に触れなかったのである。
 先刻、桜井一佐が言った通りに、ここで長々と議論をしている時間は無いのだ。

「HDG02、目標がもう直ぐレールガンの射程に入るわ。射程に入ったら、ロックオンしてある三機を連続射撃。射撃が終わったら、直ぐに反転して待機ラインへ戻って来てね。」

「HDG02 より AHI01。精度を上げる為、この儘(まま)、目標との距離 100キロ迄(まで)、接近を続けます。 HDG01、援護、宜しく。」

 通信から聞こえて来るブリジットの声は、落ち着いていた。だから緒美は、ブリジットの提案を了承したのだ。

「了解、HDG02。気を付けて。HDG01 も。」

「HDG02、了解。」

「HDG01、了解。」

 返事をしたブリジットと茜の前方上空では、防衛軍戦闘機隊による『トライアングル』に対する迎撃戦が始まっている。水平距離にして大凡(おおよそ)六十キロメートル前方の、高度が一万メートルから八千メートルの空間に『トライアングル』は分散しており、それらに対して中射程空対空ミサイルが逐次(ちくじ)、発射されているのだ。当然、天野重工のF-9 改に因る電波妨害は継続されている。相も変わらず右往左往している様に見える『トライアングル』を、防衛軍は一機、又一機と撃墜していくのだった。
 一方で茜とブリジットが目指す『ペンタゴン』は、『トライアングル』の凡(およ)そ五十キロメートル後方、高度は二万八千メートルに位置して居た。茜達との高度差は、実に二万三千メートルも有ったのだが、それよりも距離が百キロメートル以上も離れているので、ブリジットの目指す射撃位置である百キロメートルの距離にまで接近しても、B号機の取る可(べ)き仰角は 13°に満たない。

「HDG02 より AHI01。射撃位置へ到達、減速して射撃、開始します。」

 ブリジットと茜は、これ以上目標に接近する必要は無いので、速度を半減させたのである。
 緒美は、直ぐに応答する。

「了解、HDG02。其方(そちら)のタイミングで、射撃を開始して。HDG01 は、周囲の警戒を厳重にね。」

「HDG01、了解です。」

「第一弾、射撃…5、4、3、2、1、発射。」

 ブリジットは減速し乍(なが)ら軸線を目標(ターゲット)に合わせると、カウントダウンの後にレールガンの第一射を放ったのである。『軸線を目標(ターゲット)に合わせる』とは言っても、照準画面には空しか映っておらず、HDG03 から送られて来た座標に対して弾道計算が行われ、その標的シンボルを選択指示して発射命令を下しただけだった。実際の射撃に関する機動と其(そ)の操縦は、弾道計算から照準補正までをブリジット達が『Betty』と呼ぶ、HDG-B01 搭載の制御 AI が実行した結果なのである。

「第二弾、薬室(チャンバー)へ装填。発射用キャパシタの、電圧確認。第二ロック目標に照準を指定…。」

 HDG02 は僅(わず)かに、左方向へ向きを変える。しかしブリジットが見ている照準画面には、矢張り空しか映らない。それでも、『Betty』が計算した標的シンボルに照準シンボルが重なり、発射準備が整った事をブリジットに伝えるのだ。

「オーケー、Betty。発射。」

 ブリジット正面のスクリーン右下に、以前、茜が言っていた通り、一瞬『COPY.』のメッセージが表示され、ほぼ同時にブリジットの頭上辺りで破裂音が鳴り響き、機体から振動が伝わるのだ。破裂音は、電磁加速レールである砲身内部で弾体が音速を突破した際の衝撃波が引き起こすもので、発射用の火薬が爆燃している訳(わけ)ではない。因みに、レールガンの砲身は火薬式銃砲類の砲身とは違って、完全な筒状ではない。火薬式銃砲類の砲身は、火薬の燃焼と燃焼ガスの膨張に因って銃弾や砲弾を押し出す(加速する)為に、発射口のみが開口している。レールガンの砲身を同様に製作すると、砲身内部を移動する弾体にとって、弾体前後の空気が加速の抵抗となるのだ。つまり、弾体前方の空気は弾体の前進によって圧縮され、後方の空気は砲身内空間が引き延ばされる為に減圧されるのである。弾体後方のガスが膨張する事で弾体が押し出される火薬式銃砲類とは弾体の加速方式が違うので、これは当然なのだ。その様な抵抗を無くす為に、レールガンの砲身側面にはスリットが開口されていて、弾体前後の砲身内圧力が激しく上下しない様になっているのである。

「第三弾、薬室(チャンバー)へ装填。発射用キャパシタの、電圧確認。第三ロック目標に照準を指定…。」

 同じ様に照準指定を行い、ブリジットは第三弾の発射を命じる。

「発射。」

 第三射を終えた HDG02 は、待機位置へ戻る可(べ)く直ちに左旋回を開始するのだ。だが、茜の HDG01 が追従しない。

「HDG01、一度戻りましょう。」

 そのブリジットの呼び掛けに、茜は応えるのだ。

「先に行って、HDG02。HDG01 より、AHI01。HDG01 は現位置で一分間、着弾を観測します。」

 茜の宣言に、ブリジットが続く。

「それなら、わたしも…。」

「いいえ、二人で危険な前線付近に残る必要は無いわ。逃げ足は AMF(こちら) の方が速いんだから、HDG02 は心配しないで先に戻ってて。」

 ブリジットの発言に、被(かぶ)せる様に茜は言うのである。
 そこで緒美は、茜の意見を採用するのだ。

「此方(こちら) AHI01、了解。HDG01 は観測を継続して、HDG02 は待機位置まで戻ってください。 HDG01 は、トライアングルが接近して来たら、直ぐに退避行動を取ってね。」

「HDG01、了解。 御心配無く、その辺りは Ruby が上手くやって呉れます。」

 茜の声に続いて、Ruby の合成音声が聞こえて来るのだ。

「ハイ、上手くやります。」

 続いて、ブリジットが不承不承(ふしょうぶしょう)と言った体(てい)で返事をするのだった。

「HDG02 です、了解しました。」

 それからの約一分間、幸いにも茜の方へ『トライアングル』が向かう事は無く、着弾の観測は継続されたのだ。着弾の観測とは言っても、その瞬間までは AMF の複合センサーは最大望遠で第一目標が存在していると思(おぼ)しき空間を撮影し続けていたのである。勿論、映っているのは相変わらず、徒(ただ)の空のみであった。
 最大望遠での撮影とは言え、流石に百キロメートルもの距離が有ると、そこに『ペンタゴン』が存在しているとしてもスクリーン上には計算上、縦横 30ピクセル程度にしか映らない筈(はず)なのだが、勿論そんな事は茜達は理解しているのである。

「…そろそろ、着弾の時間…。」

 茜が呟(つぶや)いた次の瞬間、画面の中央付近で何も映っていない空間に突然、小さな爆発の様な閃光が現れ、爆煙や破片が四散するのだ。そして爆煙の中から現れた黒い塊が、煙を引いて落下して行くのである。これらは先述した通り、画面上で縦横 30~50ピクセル程度に、小さく映っていたのだった。

「複合センサーを第二目標へ向けます。」

 Ruby が宣言すると AMF は機首を第二目標の方へと向け、茜が見詰めるスクリーンの画像も再び、空の画像に切り替わるのだ。しかし複合センサーは間も無く、先程と同様な爆発の瞬間を捕らえるのだった。
 そこで漸(ようや)く、茜は報告を声にしたのである。

「AHI01、第一弾及び、第二弾、直撃の模様。引き続き、第三弾の観測を行います。」

「了解、HDG01。画像は、此方(こちら)でも確認したわ。」

 緒美の声が聞こえる中、茜の見詰める画面には、三つ目の小爆発が映し出されていた。

「第三弾、直撃。…機体が落下して行きます。 HDG02、おめでとう、全弾命中だよ。」

 茜の掛けた言葉に、ブリジットが応答する。

「ありがとー、でも、手柄(てがら)は『Betty』のものよね。わたしは大した事はしてないし。」

 そのブリジットの反応には、緒美がコメントを返すのだ。

「HDG02、その『Betty』も貴方(あなた)が居ないと能力が発揮出来ないのよ。」

「そう、そう。」

 緒美のコメントに追従したのは、茜である。

「はあ、じゃ、まあ、そう思っておきます。」

 照(て)れ気味にブリジットが言葉を返すと、続いて聞こえて来るのは桜井一佐の声だった。

「お手柄よ、多分、『ペンタゴン』を撃墜したのは、世界初の快挙よ。」

「AHI01 より、統合作戦指揮管制。先程の撃墜機、其方(そちら)で機種の判別が出来ましたか? 此方(こちら)の画像だと小さ過ぎて、判別不能だったのですが。」

 緒美の問い掛けに対して、桜井一佐は即答する。

「此方(こちら)は映像で確認が取れてます、安心して。 AHI01、貴方(あなた)の仮説は、これで、ほぼ証明されましたね。 あ、但し、『ペンタゴン』撃墜の事実は、当面、非公表ですので、天野重工さん側も承知しておいてください。」

 そう、釘を刺して来る桜井一佐に、緒美は尋(たず)ねてみるのだ。

「その理由、お訊(き)きしても宜しいですか?差し支(つか)えなければ。」

 対して桜井一佐は、淀(よど)み無く答えるのである。

「基本的に、他国に出来ない事が我々に出来る、って言うのは無駄に警戒されるだけで、いい事が無いのよ。その辺り、米軍なんかとは立場が違うの。こんな回答で、分かって貰えるかしら?」

「まあ、大体、そんな事だろうとは思ってました。了解です。」

「AHI01、貴方(あなた)、物分かりが良くて、助かるわ。」

 その安堵(あんど)した様な桜井一佐のコメントを聞いて、緒美はくすりと笑ったのである。
 そして桜井一佐が、訊(き)いて来るのだ。

「今日の所は、これで天野重工さんの試験は終了かしら?」

「いえ。『ペンタゴン』は、もう一機、居る筈(はず)ですので。 HDG03、スキャンは継続してるわね?」

 緒美の問い掛けに、クラウディアが答える。

「はい、やってますけど、今の所、ヒットしてません。」

「了解。根気よく続けて、絶対にもう一機、居る筈(はず)だから。」

「HDG03、了解。」

 クラウディアの返事を聞いてから、緒美は一度、深呼吸をし、そして通信で各員に語り掛けたのだ。

「AHI01 より各機。あと少し、気を引き締めて行きましょう。」

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第18話.07)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-07 ****


「プローブ1 から 4、データ・リンク確立。プローブのステータスを受信。ロケット・モーター燃焼終了、ターボプロップ起動を確認。」

 クラウディアは、淡淡と経過を報告して行く。それを受けて随伴機からは樹里が、クラウディアへ指示を出すのだ。

「AHI01 より、HDG03。プローブ各機、予定位置に到達。HDG03、スキャンを開始してください。」

「HDG03、了解。電波源スキャンを開始します。 Sapphire、『プローブ』からのデータ取得、開始して。」

「ハイ。データ受信チャンネル 1 から 4 を解放。電波源スキャンを開始します。解析データ照合がヒットする迄(まで)、少々、お待ちください。」

 今度は緒美が F-9 改各機へ、指示を出す。

「AHI01 より、ECM01、02。両機共、目標の通信スキャンを始めてください。予定通り、妨害電波の発信は防衛軍の迎撃ミサイルの到達直前まで待機を。間違っても先に発信しないように。」

「ECM01、了解。スキャンを開始します。」

「ECM02 了解。スキャン開始。」

 F-9 改からの返事は、それぞれの後席、直美と樋口からである。
 随伴機の機内で緒美は、樹里が操作するコンソールの表示を覗(のぞ)き込んで、声がヘッドセットのマイクに拾われないように気を付けつつ尋(たず)ねるのだ。

「どう?城ノ内さん。スキャンの様子は。」

 樹里もマイク部を押さえ乍(なが)ら、ディスプレイを見詰めた儘(まま)で言葉を返す。

「今の所、スキャンに引っ掛かりませんね…『トライアングル』同士の通信は、そこそこ引っ掛かってますけど。」

「『トライアングル』と『ペンタゴン』の通信に区別が付くようになったのは僥倖(ぎょうこう)だったけど、発信して呉れない事にはどうしようもないわね。」

「そのカルテッリエリさんと Sapphire の分析の成果も、まだ仮説ですからね。データを積み上げて、早く確認が出来ればいいんですけど。」

「まあ、焦らずにやりましょう。」

 緒美は微笑んで、樹里の肩を軽く叩くのだった。
 そこに、クラウディアが通信で言って来るのだ。

「HDG03 より AHI01。今の所『ペンタゴン』は沈黙している様子で、スキャンに掛かりません。引き続き、スキャンを継続します。」

「此方(こちら) AHI01、了解。焦らないでスキャンを続行して。多分、防衛軍の迎撃が始まったら、下位に対する通信量が増える筈(はず)だから。チャンスは、その時よ。」

「HDG03、了解。スキャンを継続します。」


 クラウディアの返事を聞いて、緒美と樹里は視線を合わせて互いに微笑むのだった。
 そこに、防衛軍側からの通信が入る。その声の主は、桜井一佐である。

「統合作戦指揮管制より、AHI01。其方(そちら)側、準備はいいかしら?」

 その呼び出しに応えるのは、緒美である。

「此方(こちら)、AHI01 です。準備は完了、何時(いつ)でも始めてくださって結構です。」

「了解。現在、探知している敵機は五十四、全機が防空識別圏に入った時点で迎撃を開始します。其方(そちら)には計画通りに電子戦支援の実施をお願いします。此方(こちら)からは以上です。」

「AHI01 了解。作戦(オペレーション)の成功を。」

「ありがとう、AHI01。」

 桜井一佐の返事を聞いて、緒美は各機に指示を伝えるのだ。

「AHI01 より各機へ。指揮管制からの伝達は聞いてたと思うけど、全て、予定通りに実施しますので、待機していてください。ECM01、02、電子攻撃開始のタイミングは此方(こちら)で指示します、宜しく。」

「此方(こちら)ECM01、了解。」

「ECM02 も了解。宜しくねー。」

 直美と樋口から返事が有って間も無く、海上で待機していた海上防衛軍のイージス艦から、艦対空ミサイル五十四発が発射されたのだ。
 イージス艦は通例通り対馬五島列島の近海に配置されている為、対馬五島列島間上空を折返し飛行しているクラウディア及び、加納と直美、沢渡と樋口、電子戦担当者には、対馬沖の海面付近から上空へと、そして西向きに飛翔する艦対空ミサイルの白い噴煙がはっきりと確認出来たのである。
 艦対空ミサイルの発射位置からエイリアン・ドローン迄(まで)の距離は、大凡(おおよそ)百三十キロメートル。目標に到達する迄(まで)に、二分弱が必要なのだ。
 緒美は前回と同様に戦術情報画面を見詰め、電子攻撃開始のタイミングを待つ。

「ECM01、ECM02、電波妨害、開始。」

 緒美が指示を出すと即、直美と樋口から相次いで反応が返って来る。

「ECM01、電波妨害開始。」

「ECM02、開始しました。」

 それから少し遅れて、クラウディアの声が聞こえて来るのだ。

「HDG03、『ペンタゴン』の通信、傍受(キャッチ)しました。電波源の位置特定、演算を開始します。」

 透(す)かさず、緒美が追加の指示を送るのである。

「AHI01 より、HDG02、01。取り敢えず西へ五十キロ、進出開始。」

 ブリジットと茜からは、直ぐに報告が返って来た。

「此方(こちら)HDG02、方位(ベクター) 270 へ、速度(スピード) 13.2 で飛行中。」

「HD01 です。HDG02 の右、五十メートルで随伴中。」

 ここで、ブリジットの言う速度(スピード)の単位は『分速キロメートル』で、時速に換算すると約八百キロメートルであり、それは HDG-B01 飛行ユニットの出せる最高巡航速度である。

「AHI01、了解。予定通り、位置特定が出来る迄(まで)に、出来るだけ距離を詰めておいてね。」

「分かってまーす。HDG03、位置特定は、まだ?」

 ブリジットは、からかい半分でクラウディアを急(せ)かすのだ。
 一方でクラウディアは、落ち着いて声を返すのである。

「もうちょっと、待って。反応が三つ出てるから…。」

 その時、茜とブリジットが飛行している前方に、幾つかの小さな閃光が微(かす)かに見えるのだった。イージス艦から発射された対空ミサイルが、次々と起爆したのである。
 エイリアン・ドローン『トライアングル』の飛行高度は凡(およ)そ一万二千メートルから降下して来ており、一方で茜達は高度五千メートル付近を飛行していた。この時点で高度差が凡(およ)そ六千メートル以上、水平方向でも距離が百キロメートルは離れており、肉眼ではっきりと爆発や火球が見えた訳(わけ)ではない。
 茜は戦術情報画面で、複数のエイリアン・ドローンが撃墜された事を確認するのだ。

「防衛軍のレーダー反応で、残り二十六機…又、出鱈目な回避機動をやってる。」

 画面上のエイリアン・ドローンを表すシンボルが右往左往している様を見て、茜は独りで呟(つぶや)く様に言った。続いて茜に、緒美が言うのだ。

「HDG01、今は貴方(あなた)達の方が近付いて行ってるから、警戒してね。」

「HDG01、了解。」

 茜が返事をすると、今度はクラウディアの声である。

「HDG03 です。演算終了、目標の位置、三つ出ました。データ・リンク、確認願います。」

 それを受けて、緒美から茜に指示が出されるのだ。

「HDG01、特定された方向を、AMF の画像センサー、最大望遠で画像を送って。」

「HDG01、了解。Ruby、最大望遠で、指定座標の空中を撮影。ここと、ここと、ここ。」

 茜は戦術情報画面に表示されている、クラウディアと Sapphire が特定した『ペンタゴン』の所在位置シンボルを続けて指定するのだ。

「ハイ、指定座標を撮影します。」

 Ruby は AMF の画像センサーを順番に指定座標へと向けるのだが、表示されているのは空のみである。その画像は、随伴機のコンソールにも同時に送られており、緒美と立花先生、そして樹里とが確認したのだ。
 そこに、ブリジットの声が届く。

「特定座標をロックしました、射撃準備しますか? AHI01。」

 緒美は、即座に指示を返す。

「HDG02、ちょっと待機してて。 HDG01、赤外線画像もちょうだい。」

「HDG01、了解。」

 そして送られて来た赤外線画像にも又、何も映ってはいないのである。勿論、防衛軍のレーダーにも反応は無いのだ。
 立花先生は、呆(あき)れた様に呟(つぶや)く。

「本当に、何も映らないのね。演算は間違ってないのよね?」

「先(ま)ずは Sapphire を信じましょうよ、先生。」

 緒美が微笑んで言うと、樹里は真面目な顔で訊(き)くのだ。

「それじゃ、攻撃を?」

「その前に、もう一つ確認を…。」

 そう緒美が応える途中、クラウディアの報告が割り込んで来るのである。

「HDG03 です。目標が通信周波数を切り替えたみたいです。ECM01、ECM02 も、再スキャンを実施してください。」

「AHI01 です、HDG03、もう一度、位置特定が出来たら、報告してね。」

「HDG03 了解。」

「AHI01 より 統合作戦指揮管制へ。此方(こちら)で特定した座標の観測は、済みましたでしょうか?」

 緒美の問い掛けには、桜井一佐が答えたのだ。

「此方(こちら)、作戦指揮管制です。結果だけを言えば、全て『反応無し(ネガティブ)』。此方(こちら)側でも、全てのセンサーで検出が出来ませんでした。それでも、その場所に目標が存在するなら、『光学ステルス』ってのは原理は分からないけど、とんでもない代物(しろもの)って事ね。 これ、計算の間違いではないですよね?例えば、電波の何らかの反射による虚像だとか。」

「そう言う事は無いと思います。検出の原理は、極めて単純(シンプル)ですから。精度の方は、先日の試験で確認した通りですし。」

「そうですね。」

「そこで、確認しておきたいのですが。」

「何(なん)でしょう?」

 そこでクラウディアから、報告が入るのである。

「HDG03 より AHI01。目標の位置を再特定。」

「HDG03、AHI01 です。再特定した位置は、前回から移動してる?」

「いえ、ほぼ同じ座標です。」

「了解。HDG03 は、その儘(まま)、追跡を継続して。」

「HDG03、了解。」

 緒美とクラウディアとの遣り取りが終わると、桜井一佐が尋(たず)ねて来るのだ

「計算結果が変わらないって事は、矢張り、計算は合っているって事かしら?AHI01」

「はい、そう判断します。」

「それで、話を戻すけど。確認しておきたい事って?」

「その座標です。特定した目標は三つとも、防空識別圏の外側なので、これを攻撃すると何か問題になるでしょうか?」

「ああ…。」

 桜井一佐は一声(ひとこえ)を発したあと、暫(しばら)く沈黙したのだ。それから十秒程が経って、桜井一佐は発言を続けるのである。

「…ああ、ごめんなさい。えー、各種センサーで検出出来ないって事は、そこに存在しているのか確証は無いって事よね?」

 桜井一佐の奇妙な問い掛けに、取り敢えず緒美は同意する。

「まあ、そうですね。」

「存在の確証が無い所へ射撃するって言うのは、それは虚空(こくう)に向かって発砲するのと同じよね?」

「はい?」

「虚空(こくう)に向かって撃ったのに、何かに当たったとしたら、それは事故と同じじゃないかしら?」

「えー…。」

 この時点で既に、緒美は桜井一佐が展開する謎論理の理解を、諦(あきら)めたのである。桜井一佐は、更に続ける。

「仮に、その虚空(こくう)に何者かが存在していたとして、我々が検知出来ない技術を持っている其(そ)の物が、地球の上の技術で作られた物体でない事は明らかだし、だとすればそれは『エイリアン・クラフト』であると判断されるわ。」

「はあ。」

 だが取り敢えず、相槌(あいづち)だけは打っておく緒美である。

「それが『エイリアン・クラフト』であれば、それはどこかの国家の財産ではないし、地球上の誰の財産でもない。なら、それを破壊したとしても、誰からも文句を言われる筋合いは無いわね。そもそも、事故みたいなものだし。 そう言う訳(わけ)だから、計画通り、射撃を許可します。責任は、わたしが持つわ。」

「あの…。」

 緒美は、念の為にと桜井一佐に尋(たず)ねてみるのだ。

「…先程、『エイリアン・クラフト』と云われましたが。目標にエイリアンが搭乗している可能性を、お考えなのでしょうか?」

 その可能性は今迄(いままで)、緒美は一切(いっさい)考慮した事が無かったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。