WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第18話.03)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-03 ****


 翌日、2072年11月22日、火曜日には、日中に青木と樋口は天神ヶ崎高校滑走路への、加納と沢渡は F-9 改への、それぞれの慣熟の為に、数回の飛行を行ったのである。特に、青木と樋口の飛行の際には、後席に加納と沢渡が座り、周辺地形の参照点や着陸進入経路のアドバイスなどを実施したのだ。
 滑走路への慣熟と言われると、『タッチ・アンド・ゴー』を何度も繰り返す様な状況を想像する向きも有るかも知れないが、流石に平日の日中だと同敷地内の校舎では普通に授業中であり、騒音で授業の妨げにならないよう配慮はされたのである。尤(もっと)も、青木も樋口も本社ではテスト・パイロットを務めている実力者なので、三度の離着陸で大体(だいたい)の勘(かん)は掴(つか)めたのだった。
 兵器開発部の方はと言うと、更に翌日の試験飛行に向けて、機材の準備や計画の確認や打ち合わせ等に、放課後の部活時間を費やしたのである。

 そして、2072年11月23日、水曜日。この日は全国的に祝日で、学校は休日である。だから、兵器開発部が日中の試験飛行が可能なのだ。
 この日の試験目的は、F-9 改の電波受信、及び、発信能力の確認である。勿論、アンテナと送受信機、それぞれの器機の能力は試作工場で確認済みなので、今回はもっと、実戦的な能力の確認を行うのだ。
 試験の概要は、次の通りだ。
 先(ま)ず、試験での仮想敵役を HDG-A01/AMF と HDG-C01 が担当する。
 HDG-C01 は元々、電波の送信能力を備えているので、それを利用してエイリアン・ドローンの発信電波を模擬するのである。一方の AMF であるが、此方(こちら)には C01 の様な電波送信能力は無いので、電波発信用ポッドを AMF 主翼下に懸下(けんか)し、C号機と同じくエイリアン・ドローンの電波発信を模擬するのだ。この電波発信用ポッドは以前使用した『自衛用ジャム・ポッド』を通信妨害用電波の発信ではなく、予(あらかじ)め設定されたエイリアン・ドローンの通信を模擬した電波を発信出来る仕様に改造した物である。改造とは言っても、ハードウェア的な変更は一切(いっさい)無く、全てソフトウェアの変更で対応がされている。
 AMF とC号機は、エイリアン・ドローンの模擬電波を発信し乍(なが)ら試験空域を飛行し、それを受信して同じ周波数の妨害電波を F-9 改が送信するのである。そして AMF とC号機は F-9 改から送信された妨害電波を受信して、その周波数や出力を記録、評価する、と言った所が、予定される試験の大まかな流れなのだ。
 AMF には妨害電波を受信し記録する器機も標準で装備はされていないので、これにはもう一基の『自衛用ジャム・ポッド』を装備して、その用途に当てるのである。『自衛用ジャム・ポッド』はエイリアン・ドローンが使用する周波数の電波を受信し、解析する機能を持っているので其(そ)れを利用するのだ。本来なら受信したのと同じ周波数の妨害電波を放射するのが『自衛用ジャム・ポッド』の役目なのだが、今回は其(そ)れは不要なので其(そ)の回路は働かない様に設定して、試験に使用するのである。従って、AMF は主翼の左右に一基ずつ、同系統のポッドを懸下(けんか)する格好となるのだが、前述の通り、一方は送信用で、もう一方が受信用となる。
 HDG-C01 に就いては、その装備する複合アンテナは Sapphire へのプログラム次第で、柔軟に用途が変更出来る為、今回の試験に合わせて特別に装備を換えたり追加したりする必要は無い。
 そして HDG-B01 であるが、その役割は主に監視である。試験自体には直接関与しないので、ブリジットにとっては退屈な役回りであるが、もしも事故等が発生した場合には迅速に現場に到達したり、救援や救助を実施しなければならない、大切な役目なのだ。勿論、何事も起きなければ、一番退屈な事に変わりはないのだが。
 これらの試験計画の策定や、使用する器材の準備は、全て本社サイドで行われたのだ。前回の試験終了後のデブリーフィング時に天野理事長が F-9 改の件を発表する迄(まで)、兵器開発部のメンバー達は其(そ)の計画を知らなかったのだから、それは当然である。

 試験飛行に参加する五機は、予定通り、午前十時に順次、離陸を開始した。
 離陸の先頭は茜の AMF で、続いてクラウディアのC号機、そして F-9 改一号機、二号機の順で滑走路から飛び立ち、最後に離陸滑走を必要としないブリジットのB号機が、駐機エリアから直接、空中へと舞い上がったのだった。
 F-9 改の一号機は、操縦を青木、後席での ECM オペレーションを緒美が、二号機は操縦を樋口、後席を直美が、それぞれ担当する編成である。
 進空した五機は学校上空で集合し、一路、試験空域が設定される日本海方向へと向かったのだ。
 飛行時間が最も長い青木の F-9 改一号機を先頭としてF-9 改二号機、AMF、C号機、B号機の順に、後続機が左後方に並ぶエシュロン編隊を組んで、五機は北上して行ったのである。
 F-9 改と AMF、C号機飛行ユニットが、ほぼ機体の規模は同じなのは、何(いず)れも F-9 戦闘機がベースなのだから当然なのだが、その最後尾に一機だけ機体の規模が明らかに違う HDG B号機が追従している様子は、少々、奇妙な光景だった。翼幅に就いてのみ言えばB号機の飛行ユニットは軽飛行機並みのサイズを有しているが、飛行機で言えば胴体に当たる構造体や尾翼が存在しないその姿は、遠目に見れば小型の全翼機に見えなくもないのだ。勿論、F-9 改や AMF、C号機と行動を共にする事に関する、能力的な不足は無い。
 試験空域へと向かう編隊は、時速 600 キロメートル程度で北向きに飛行を継続していた。

 一方で、第三格納庫には何時(いつ)も通りにテスト・ベースが設置され、各機を試験へと送り出したスタッフ達が、HDG 各機から送られて来る画像データや、データ・リンク経由での通話音声をモニターしていた。

「こっち側に緒美ちゃんが居ないのは、ちょっと不思議ね。」

 立花先生は、小さな声で隣に居た恵に、そう言ったのだ。恵は少し微笑んで、小さく頷(うなず)いただけだった。
 今回、テスト・ベースに緒美が不在の為、試験内容の技術面に詳しい樹里に、リーダー役が任されていた。勿論、緒美は F-9 改一号機機上からテスト全般の指揮は執るのだが、非常時にテスト・ベース側で何らかの判断が必要になった際には、樹里が現場の意見を纏(まと)めるのだ。とは言え、テスト・ベースには立花先生が居るし、今回も天野理事長が様子を見に来ていた。加納と沢渡はフライト直前まで、F-9 改パイロットに不調が生じた際の交代要員として待機していたので、その儘(まま)、試験の様子をモニターして呉れている。更に、F-9 改整備担当の技術者達も、試験の推移を見守っているのである。
 樹里が一人で、何もかもを判断しなければならない訳(わけ)ではないのだ。

 一方で F-9 改に搭乗している緒美と直美は、パイロット達と同じ装備を身に付いていた。つまり上下繋(つな)ぎの飛行服に、パラシュート用のハーネス、ジェット機用のヘルメットに酸素マスク、と言った具合である。空中戦をする訳(わけ)ではないから、流石に大腿部を締め付ける耐Gスーツ迄(まで)は着用していない。
 これ迄(まで)、学校所有のレプリカ零式戦で飛行する際は、緒美も直美も服装は制服の儘(まま)だったし、ヘルメットも被った事はない。精精(せいぜい)が、通信用のヘッドセットを装着した程度である。或いは、上空は冷えるのでストッキングかタイツを追加して穿(は)いた位で、飛行服を着用した事は、ほぼ無かったのだ。
 これは、レプリカ零式戦が幾ら元来は戦闘機だとは言っても、脱出装置が装備されていない事に起因する。つまり、非常時に機外へ脱出する事を想定していないのだ。戦争当時であれば、敵機から機銃攻撃を受ける等で火災でも発生したならば機を捨てて脱出しなければならないケースも想定されるが、それでも機外へ飛び出すのは非常に危険なのである。飛び出すのに失敗すると、機外へ出た途端に乗っていた機体の尾翼に衝突して大怪我をしたり、その為に意識を失ってパラシュートの開傘が出来ずに地面に激突したり、と言ったリスクも存在するのだ。勿論、被弾して炎上したり、翼を吹き飛ばされて錐揉(きりもみ)状態だったりの機内に残っても、それは 100%助からないので、それならば一か八か脱出した方が生還の可能性が高まる、と言う話なのだ。
 戦時中でなければ飛行機に起き得るトラブルはエンジンが停止するとか、着陸脚が出ないとか、なので、そうであれば機体を捨てずとも滑空して緊急着陸が出来る場所を探し、どうにか軟着陸を目指す方が安全だと言える。
 そんな訳(わけ)で、緒美達は普通に学校の制服でレプリカ零式戦での飛行を行っていたのである。勿論、シートベルトはキッチリと締めておく必要は、ある。
 これが飛行機部とかになると、部活のアイデンティティとして飛行服を着用しているのだが、飛行機部が使用する機体、滑空機(グライダー)や軽飛行機にも脱出装置は装備されてはいないので、これらに搭乗するのに飛行服でなければならない積極的な理由は無い。
 更に言えば、社有機の操縦士達も、所謂(いわゆる)飛行服は着用していないのだ。普通にスラックスとシャツの組み合わせの様な、ビジネスマンと大差無い出で立ちで、社有機に乗務しているのだった。勿論、社有機の操縦士達にも有事の際に機体を捨てて脱出する選択肢は、元より無いのである。
 所が、これが F-9 の様な戦闘機となると、少し話が変わって来るのだ。F-9 は戦闘機である故(ゆえ)に、戦闘時に被弾して操縦不能になる可能性を考慮しておかなければならず、従って射出座席が装備されているのだ。
 戦闘以外のトラブルでは民間向けジェット機や軽飛行機と同様に、極力、最後までコントロールして軟着陸を目指す方針には変わりないのだが、戦闘機の場合は滑空時の速度が民間ジェット機や軽飛行機の様に低速ではないのが問題になるのだった。これは高速飛行性能や運動性を追求した代償であって、戦闘機の様な高速機の宿命なのである。つまり安全な軟着陸の難易度が高く、その為に必要な不時着場所の条件(広さや、地面の平坦度など)が厳しいのだ。それが見当たらない場合は、海にでも機体を落とす以外に選択肢は無いのだが、その時には操縦者や搭乗員は脱出する必要が有り、ならば搭乗員は、それなりの装備を用意する必要に迫られる訳(わけ)なのだ。
 当然、射出座席の使用は万が一の、最後の手段と言う事にはなるが、装置が存在する以上、搭乗者は其(そ)の扱いを知っておく必要が有り、緒美と直美は航空生理検査をパスした後で、射出座席と落下傘降下に関しての安全講習を受けさせられたのだった。実は航空生理検査よりも安全講習の方が、時間が長かった位なのである。
 射出座席の安全講習は、座席の安全装置の説明から緊急脱出時の操作方法、最終的にはシミュレーターでの射出体験までが1セットになっている。射出シミュレーターは実際に火薬で座席を十メートル程の高さに打ち出す物で、座席はレールに沿って上昇するので、実際にどこかへ飛んで行ってしまう心配は無い。又、装填されている火薬も、実物の半分程度の量である。
 落下傘降下の安全講習に関しては、射出後の座席の分離から開傘までの操作を、実物を使って講習を受けるのだが、実際の座席分離から開傘の動作は自動で行われる仕組みなのだった。敢えて手動操作の講習を受けるのは、自動装置が働かなかった時の為である。最後に、実際に身体を吊して、降下時のパラシュート操作方法の講習を受けて終了したのだった。
 これらの講習を全て受けないと、天野重工社内での F-9 搭乗資格は、与えて貰えないのである。
 天野重工は此(こ)の様な施設を用意して、自社のパイロット達に定期的な安全講習を受けさているのだった。

「乗り心地はどうだい?鬼塚君。」

 緒美の耳に、ヘルメット内部のレシーバーから前席の青木の声が聞こえた。それは前席と後席とで通話する為の、インカムの音声である。インカムで使用しているマイクとレシーバーは、通信機の其(そ)れと兼用だが、緒美が HDG のオペレーションに普段からで使用している物と違って、全ての発話が通信に乗る事は無い。それは『トークボタン』が存在するからだ。
 データ・リンクを使用している防衛軍の通話システムは、能力的には電話の様な同時双方向会話が可能で、実際、茜達の HDG との通話はその仕様で設定がされている。これはトークボタンを設定出来ない、若しくは設定出来ても操作出来ないからである。
 しかし、F-9 戦闘機を始め、防衛軍の使用器材は通常、同時双方向会話は採用しておらず、原始的な無線通話の方式を維持しているのである。つまり、通常は受信待機状態で、トークボタンを押した時だけ送信が出来ると言う仕様だ。これは、防衛軍の通信は指揮伝達の用途が主で、その為の秩序を維持する目的で制限を課しているのだ。同時双方向会話が出来るからと其(そ)れを無制限に許していたら、複数の会話に大事な命令伝達が埋もれてしまい兼ねないのである。
 F-9 戦闘機の場合はトークボタンは前席には操縦桿に、後席には正面計器盤カバー上や側方の姿勢保持用ハンドルに取り付けられている。それらのトークボタンを押す事で、発話の送信が可能である事は、勿論、事前に説明を受けているのだ。
 取り敢えず、今回は機内での会話なので、緒美は何も操作せずに声を返す。

「思った以上に、窮屈(きゅうくつ)ですね。普通の服で乗れる分、学校の零式戦の方が楽です。」

「あはは、そうか。鬼塚君は、あのレプリカ零式戦、飛ばしてたんだな。機会が有ったら、俺も、あれを飛ばしてみたいんだけどね。」

「それは、学校か飛行機部と交渉してください。一回飛ばすだけでも、それなりに費用が掛かるみたいですから、何か、いい理由が無いと許可は出ないと思いますけど。」

「う~ん、同じ事を樋口君や、飛行機部の金子君とか武東君にも言われたんだけどね。」

「わたし達の飛行訓練が、次の日曜日の予定ですけど。その時に十分や十五分なら、体験飛行も有りなんじゃないでしょうか? 勿論、飛行機部の許可は必要ですけど。」

「そうか、後で金子君に訊(き)いてみよう。」

「そうしてください。」

 そんな会話をしていた、F-9 改一号機の青木と緒美であった。
 一方で、F-9 改二号機の樋口と直美である。

「F-9 の乗り心地はどう?新島さん。」

 図らずも、青木と同じ様な事を訊(き)いている樋口なのである。

「取り敢えず、飛行服一式が窮屈(きゅうくつ)ですね。」

 そして直美の感想も、緒美と異口同音なのだった。勿論、一号機と二号機の機内で交わされている会話を、お互いは知らない。

「あははは、まあ、いざと言う時に必要な装備だからね。慣れるように努力して。」

「一応、安全講習は受けましたから、必要性は理解してます。」

「ああ、アレね。わたし達も定期的に受けるんだ。特に射出座席の作動は、実際には、なかなか体験出来ないから。」

「確かに、本物で頻繁に体験してたら大変ですけど。」

「だよねー。」

 そこで緒美からの通信が、聞こえて来る。

「AHI01 より、HDG 各機。退屈してない?少し位、お喋(しゃべ)りしても大丈夫よ?」

 離陸して以降、編隊の位置(ポジション)確認を行ってから十分以上、茜達は一言も発していなかったのだ。
 茜達にしてみれば、今回は本社から派遣されている青木や樋口が居るので、仲間内での軽口は控(ひか)えていたのである。

「えーと、HDG01 です。取り敢えず、大丈夫です。編隊(フォーメイション)で位置を維持するだけで、結構、神経使いますから、退屈はしてませんよ。」

 最初に、茜が応えるのだった。続いて、ブリジットが声を上げる。

「HDG02 も異常ありません。大体、HDG01 と同じです。」

「HDG03、問題無いです。」

 最後にクラウディアが、極めて淡泊な報告を返すのだった。
 続いて聞こえて来たのが、青木の声である。

「あはは、樋口君の後輩にしては、皆(みんな)、真面目でいいじゃないか。」

「何ですか?『しては』って。」

 直ぐに樋口が、言い返すのである。

「深い意味は無いから、勘繰らないで呉れー。」

 その青木の言い訳には、樋口は特に応じず、次に声を上げたのは緒美である。

「AHI02、新島ちゃんも大丈夫?」

「あー大丈夫、ちゃんと起きてるから、御心配無く。」

 その直美の返事にくすりと笑い、緒美は伝達を続ける。

「全員の声が聞けて、安心しました。試験空域(エリア)まで、あと十分(じゅっぷん)程なので、試験手順の最終確認をしておきます。」

 緒美は飛行前のブリーフィングで使用したチェックリストを、もう一度、読み上げ始めたのである。
 そうして一行は、試験空域へ到達したのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第18話.02)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-02 ****


 それから一週間が経過して、この日は、2072年11月21日、月曜日である。
 この三日前、金曜日には天野重工本社からの人員が派遣されて来ており、F-9 改造機の受け入れ準備が進められていたのだ。
 F-9 改は、先日のデブリーフィングで天野理事長が発表した通り第三格納庫への配置となっているので、格納庫床面に誘導用ラインのテープ貼りを行ったり、整備用器材や工具の準備が進められたのだった。派遣されて来た人員は整備担当が四名に操縦者が二名なのだが、F-9 改の操縦担当としては理事長秘書の加納と、海上防衛軍出身の社有機操縦者である沢渡も、担当する事になっていたのである。本社から充当されて来た操縦者二名は、加納と沢渡が抜けた際に社有機の操縦担当も兼務するのだ。
 金曜日に派遣されて来た人員は、整備担当者は男性三名と女性一名、操縦者は男女が一名ずつで、それぞれが学校敷地内の寮に宿泊するとの運びで、移動当日は生活に関する説明や、学校や寮など施設の案内がされたのである。因(ちな)みに、整備担当者の男性一名と操縦者担当の女性一名は、天神ヶ﨑高校の卒業生なのだった。
 翌日の土曜日は、派遣されて来た人員達には全日が休日となり、翌、日曜日の朝から F-9 改の受け入れ準備が開始されたのだ。その作業に就いては、天神ヶ﨑高校に常駐している社有機の整備担当である三名と、兵器開発部、そして飛行機部のメンバー達が作業に協力したのである。
 そして F-9 改を搬入する当日の月曜日には、加納と沢渡、移動して来た操縦士二人である青木と樋口、合計四名が榎本の操縦する社有機で試作工場へと飛んだのだ。この際の社有機副操縦士は、移動して来た女性パイロット、樋口が務めたのである。
 試作工場へと向かった一行は、現地で F-9 改を受け取り、その一号機を加納が、二号機を沢渡が操縦し天神ヶ﨑高校への帰路に就いたのだった。この時、二号機の後席には樋口が座り、社有機の帰路の副操縦士は青木が務めたのである。
 青木の年齢は三十代後半で、榎本とは同年代である。一方、樋口は二十代後半と、天野重工の総務部飛行課所属の操縦士としては若手なのだ。学校への復路に F-9 改二号機の後席に樋口が座ったのは、天神ヶ﨑高校の滑走路への着陸進入を体験させる為である。そして、青木が社有機副操縦士席に着いたのも同じ意味合いなのだが、それでは何故、青木が F-9 改一号機の後席に座らないか、と思うかも知れない。それは単純な理由で、社有機は正副操縦士の二人運用が標準とされており、他方で F-9 は操縦士一人運用が標準であるからだ。実際、F-9 改の後部座席には操縦操作の為の設備一切(いっさい)が、用意されてはいない。
 そして、山間部の中腹に建造されている天神ヶ﨑高校の滑走路に着陸するのは、開けた平地に向かって降下して行くのとは違って、それなりに慣れが必要であり、若い樋口の方(ほう)に一回でも多く着陸進入の経験をさせようと言うのが、今回の割り振りの理由なのである。だが、実は、樋口は天神ヶ﨑高校の飛行機部のOGであり、単純に天神ヶ﨑高校の滑走路への着陸回数で言えば、会社の先輩である青木よりも多くの経験を有していたのだ。勿論、飛行機部で扱っていた滑空機(グライダー)や軽飛行機とでは、社有機や F-9 戦闘機は機体の重量も着陸速度も比較にはならないので、今回の割り振りは妥当だったのである。

 ここで、加納と沢渡の二人についても、少し触れておこう。
 彼等は共に防衛軍に所属してた人物であり、加納は航空防衛軍で F-9 戦闘機に、沢渡は海上防衛軍で艦上型 F-9 戦闘機に、それぞれ搭乗していたのだ。前回、HDG C号機の能力確認試験に参加していた海上防衛軍の空母『あかぎ』は、沢渡にとっては古巣である。
 それぞれに事情が有って防衛軍からは離脱した彼等だが、戦闘機のパイロット職は其(そ)の育成に多額の費用と、そして時間が掛かっており、その技能は防衛軍にとっては貴重でもあるので、除隊後も『予備役』として防衛軍に関わっているのだ。エイリアン・ドローンに依る襲撃が相次ぐ昨今の情勢ではあったが、彼等が招集される事態に、まだ至っていないのは、幸いな事なのだろう。
 予備役パイロットには防衛軍教育隊での、月に二回(各四時間)のシミュレーター訓練と、二ヶ月に一回(二時間)の実機での飛行技能確認が義務付けられており、それを熟(こな)している限り F-9 戦闘機の操縦資格は維持されるのだ。但し、海防の空母着艦資格だけは、シミュレーター訓練での資格維持は認可されていないので、有事の際に再招集された後に、別途、陸上滑走路での模擬着艦訓練を行って予備技能試験に合格した後、実際の空母への着艦を実施して、技能試験に合格しなければ、空母への着艦資格が得られないのである。そんな訳(わけ)で、現状で沢渡は、F-9 戦闘機での着艦資格を所持してはいない。これは現役の艦上機パイロットであっても、着艦に関する技量不足と判断されると、即刻、空母部隊勤務を解除されると言う厳しい運用がされており、それ程、空母への着艦とは特殊技能として扱われているのだ。
 加納と沢渡は、通常は社有機の運航を担当しているのだが、新造された F-9 戦闘機の納入前の試験飛行とか、防衛軍から委託されている定期整備後の確認飛行の業務にも定期的に参加しており、F-9 戦闘機を操縦する機会は防衛軍での予備役向け定期訓練のみ、と言う訳(わけ)ではない事は付言しておこう。

 ともあれ、そう言った経緯で天神ヶ﨑高校へと運ばれて来た、二機の F-9 改戦闘機であるが、今回の計画が進行していく内に、本社側で策定した予定に一部、狂いが生じていたのだった。それは F-9 改の後席で、ECM 器材のオペレーションを行う人員の手配である。
 当初は器機の設計に関わった技術者の中から、人員を選定する構想だったのだが、適当な人物は皆、業務スケジュールに余裕が無く、彼等の都合が付かなかったのだ。
 加えて、ジェット戦闘機への搭乗と言う事も、人員選定のハードルとなっていた。それはビジネス機や旅客機に乗るのとはレベルが違うG(加速度)に耐えたり、高空での低酸素状態への耐性と言った身体的な素養と健康状態も必要とされるのである。天野重工での試験飛行であっても、F-9 戦闘機への搭乗は防衛軍規格の航空生理検査をパスする必要が有るのだ。
 結局、ECM 器材のオペレーション要員は天野重工の飛行課パイロット、つまり青木と樋口が兼務する事となり、本社開発部は二人の為に、仕様書をベースに操作マニュアルを急造する事になったのだった。
 徒(ただ)、操縦者要員として派遣した二人に ECM オペレーターをさせるとなると、操縦の方は加納と沢渡が専任となってしまい、それでは試験計画次第では加納と沢渡の通常業務が回らなくなってしまう事が懸念されたのだった。そして最終的に、兵器開発部からも ECM オペレーターを選出する事にされてしまったのである。その事が兵器開発部へアナウンスされたのは、火曜日の夕方だったのだ。
 急遽(きゅうきょ)、人選を迫られた兵器開発部ではあったが、彼女達から出せる人員に余裕が有る訳(わけ)も無く、F-9 戦闘機に搭乗するとなれば自家用操縦士の資格を取得している緒美と直美、その二人以外に選択肢はなかった。二人の何方(どちら)にしても、本社のパイロット、青木と樋口よりは器材の仕様を理解しているので、航空生理検査をパスしさえすれば、それは現実的な選択ではあったのだ。
 そこで、緒美と直美の二人は本社の手配で土曜日に本社航空機工場の在る岐阜へと向かい、工場の附属施設で航空生理検査を受けて、無事に検査をパスしたのである。
 天野重工岐阜工場は F-9 戦闘機の最終組立工場であり、工場敷地内には滑走路も付設されていて、総務部飛行課の本拠地となっているが岐阜工場なのである。天野重工所属のパイロットは、定期的に岐阜工場の附属施設で航空生理検査を受けているのだ。
 航空生理検査に就いて簡単に説明すると、それは通常の健康診断の他に、平衡感覚、G耐性、減圧耐性等を測定、診断する検査である。それには超人的な能力が求められている訳(わけ)ではなく、普通に健康な若者なら、先(ま)ず不合格になる心配は無かった。徒(ただ)、デスクワークのみの仕事を熟(こな)して不摂生な生活を送り、更に一定の年齢を超えている様だと、合格のハードルは可成り高くなるのだ。
 緒美と直美の検査に際して、岐阜工場への送迎を行ったのは、当然、天神ヶ﨑高校に配置されている社有機なのだが、ECM オペレーターとして F-9 改に搭乗する事になった二人を、飛行機部の金子部長が頻(しき)りに羨(うらや)ましがった事は、まあ、余談である。

 そして月曜日の放課後になると、第三格納庫には兵器開発部のメンバー達がやって来るのだ。その他に、金子を筆頭に飛行機部の幾人かが F-9 改を見学に訪れるのだった。
 第三格納庫の奥側に並べられた F-9 改は、その背部に取り付けられた巨大な複合アンテナ・パネルが特徴である。

「おー、背中に何か付いてる~。」

 開けた儘(まま)の南側大扉から格納庫に入って来るなり、楽し気(げ)に然(そ)う声を上げたのは、飛行機部部長の金子である。
 その声に、最初に反応したのが瑠菜だった。

「ああ、金子先輩。いらっしゃ~い。」

「あれ?そっちの部長は?」

「今日は、まだ、ですね。直(じき)に来るとは思いますよ。」

 そこに、大扉の方からパイロットの樋口が声を掛けて来るのだ。

「おー、金子ー。来てるね。」

「はーい、樋口先輩。お言葉に甘えてまーす。」

 もう一人の整備担当の女性社員と共に樋口は女子寮に逗留(とうりゅう)しているので、同じ学科や同じ部活の後輩達から、歓待を受けたのである。それまで直接の面識は無かった金子と樋口ではあったが、学科と部活が同じで、金子の希望する配属先に所属している樋口であったから、金子がそんな機会を見過ごす筈(はず)はなかった。
 元来、『人見知り』と言う言葉とは無縁の金子だから、樋口と打ち解けるのに大した時間は必要なかったのである。

「樋口先輩、お疲れ様です。」

 傍(そば)まで来た樋口に、金子越しに武東が声を掛ける。

「はい、はい。貴方(あなた)は、武東ちゃん?だっけ。」

 樋口にとって武東は、まだ、印象が薄い様子である。そんな事には御構い無しに、金子は樋口に尋(たず)ねるのだ。

「F-9 の背中の、何です?あれ。」

「え~と…説明しても、いいんでしたっけ?青木さん。」

 樋口は隣に立っている、先輩社員である青木に尋(たず)ねるのだが、流石に青木も即答は出来ずに困り顔である。
 そこで、瑠菜が助言をするのだ。

「金子先輩と、武東先輩、それからあっちの村上さんは、飛行機部の中でも兵器開発部(うち)に協力して呉れてる人なので、大体の事は話してもオーケーですよ。」

「村上さん…あの、眼鏡の子ね?」

 瑠菜は少し離れた場所で茜、ブリジット、そして九堂と談笑している村上を指差し、それで樋口は村上を確認したのだ。

「ゴメンね、来たばっかりだから、まだ顔と名前が一致してなくて。」

「あはは、無理も無いです。」

 明るく笑って、金子は然(そ)う返したのだ。
 それに続いて、樋口が応える。

「それで、何だっけ? 複合アンテナの事だったかな。」

「アンテナですかー。」

 その金子の反応は、理解しているのか、いないのか、良く判らないものだったので、瑠菜が補足するのだ。

「HDG の C号機の、ECM 機能を F-9 に移植した装備ですよ。」

 その複合アンテナは早期警戒機等に見られる回転式の皿形(ディッシュ)アンテナ・フェアリングではなく、高さが一メートル、長さが八メートル程のパネル状の構造物が機軸と並行に、前側には一本の支柱と、後側には二本の支柱で機体背部に、縦向きに搭載されているのだ。HDG-C01 の複合アンテナは二本だが、その二本を合わせた面積よりも、此方(こちら)の方が面積は広いのである。

「これ、アンテナって事は、横向きに電波を出すんですか?」

 そう質問したのは、武東である。
 樋口は一度、頷(うなず)いてから説明するのだ。

「そうだよ。仕様上は正対した状態から、30°以上の角度が必要って事になってるけどね。」

「しっかし、大きいよな~。これだけ面積が有ると、操縦性にも影響が出るでしょう?樋口先輩。」

 その金子の問い掛けに、樋口は青木と一度、顔を見合わせ、そして答えた。

「勿論。元々、F-9 には垂直安定板(バーティカル・スタブ)が付いてないんだから。 アンテナの所為(せい)でヨー方向の安定性が強くなり過ぎて、水平面での旋回や、ロール率(レート)とか、運動性は可成り落ちてるわ。」

「まあ、これで空中戦をやろうって訳(わけ)じゃないからね。」

 青木がフォローを入れた所で、格納庫フロアの二階通路への階段側から、緒美が声を掛けて来るのである。

「青木さん、樋口さん、ご苦労様です。」

 金子達が声の方へと目を遣ると、緒美と直美、そして恵の三人が、 F-9 改の方へと歩いて来ているのだった。

「あー、鬼塚。」

 そう声を上げて、金子は手を振って見せる。
 微笑んで恵が、声を掛けるのだ。

「F-9 改の、お披露目ですか?」

「あはは、ま、そんなとこ。」

 笑って応じる金子の一方で、武東が樋口に尋(たず)ねるのだ。

「そう言えば、結局、この機体は『F-9 改』って名称に決まったんですか?」

「あー、そう言えば。そう云ってる人が、多いのかな? 試作工場では『F-9AE』って云ってませんでした?」

 樋口に訊(き)かれて、青木が記憶を辿(たど)る。

「う~ん。『F-9 ECM』とか、『ECM改』とか云ってる人も居たよな、確か。いいんじゃないか?もう『F-9 改』で。」

「好(い)い加減だな~。」

 そう言って苦笑いするのは、直美である。
 そして、青木が緒美に向かって言うのだ。

「それじゃ、鬼塚君。ECM オペレーションのレクチャー、始めて貰えるかな。」

「はい。それでは、二階の部室の方へどうぞ。」

 本社開発部が急造した操作マニュアルが、なかなかの難読物となってしまった為、仕様を理解している緒美と樹里が解説を加えつつ、直美を含めてマニュアルの読み合わせを行うのが、この日の予定なのである。
 器機の操作それ自体の難易度は、それ程に高いものではないのだが、器機の仕様と機能の意味に関して理解度を深めるには、それなりに時間が必要なのだ。その点に於(お)いて緒美と直美は、青木と樋口に対して一日の長が有ると言えるのだった。

「それじゃ、森村ちゃんと瑠菜さん。立花先生が来たら、明後日の試験準備に就いて打ち合わせ、やっておいて。出来る事が有れば、今日の内から準備を始めておいてね。」

「うん、分かってる。」

 緒美の指示を受けて、恵は微笑んで答えるのだ。

「瑠菜さんも、お願いね。」

「はい、部長。」

 瑠菜の返事を聞いて、緒美は直美と、青木、樋口を連れて二階通路へと上がる階段へと向かったのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第18話.01)

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)

**** 18-01 ****


 天神ヶ﨑高校・兵器開発部と天野重工が防衛軍の協力を得て、C号機の『プローブ』とB号機のレールガンの試験を実施した 2072年11月12日、土曜日。時刻は午後七時を過ぎて、東京へと向かう天野重工所有の社有機、その機内である。
 この日の天野会長は本社や自宅へ移動しない予定だったので、社有機は東京の飛行場に配置されている機体が、本社へと戻る人員を迎えに来たのだった。従って、搭乗したのは飯田部長と担当秘書である蒲田、本社開発部の日比野、そして来客扱いの桜井一佐とその秘書役の士官が一名の、計五名である。
 因(ちな)みに、昼間の試験で桜井一佐が現場へと飛んでいる間、彼女の秘書役である若い士官、小野三尉の相手を努めていたのが、飯田部長の担当秘書である蒲田だったのだ。
 さて、離陸から十五分程が経過した頃、その小野三尉は席を立つと、飯田部長の席まで行き、声を掛けたのである。

「飯田さん、少し宜しいでしょうか? 桜井一佐が、お話をしたい、と。」

「いいですよ。」

 二つ返事で飯田部長が席を立つと、伝言に来た小野三尉は飯田部長が座っていた前の席に着座するのだった。
 迎えの機体は昼間の試験随伴機とは別の機体で、機内の座席は八列十六席の通常仕様である。桜井一佐は最前列のシートに座っており、小野三尉はその右隣に元々は座って居たのだ。
 飯田部長は四列目の右側に座っており、その左側に担当秘書の蒲田が、日比野は一列開けて六列目の左側の席で自身のモバイル PC を開いて、レポートの打ち込みを進めているのである。
 ここで、試作部の畑中達が此(こ)の機に乗っていないのは、例によって彼等は陸路を移動するからだ。その職務の性質上、大量の工具や器材と共に移動しなければならない試作部の面々は、トラックでの移動の方が融通が利くのである。その辺り、身体一つの他には、モバイル PC が一台有れば仕事が出来る日比野達とは、根本的に事情が異なるのだ。

 話を機内に戻して、秘書役の小野三尉が敢えて桜井一佐から離れた席に座ったのは、飯田部長との会話を聞かない為であり、つまり然(そ)う言う内容の話題なのだな、と飯田部長は察したのだった。

「お呼びですか?桜井一佐。」

 飯田部長は通路を挟んで右隣の席に座り乍(なが)ら、桜井一佐に声を掛けた。

「お呼び立てして、申し訳ありませんわね、飯田さん。」

「いえいえ、構いませんよ。それで、ご用件は? 徒(ただ)の世間話では、なさそうですが。」

 そう、飯田部長に切り出されて、苦笑いの後に一呼吸を置いて、桜井一佐は言うのだ。

「天野重工さんは、あの子達に、どこまでやらせるお積もりなのか、そう思いましてね。 まあ、作戦への協力を依頼した口からでは、余り偉そうな事は、言えた義理ではありませんけれど。」

「全く、ですな。」

 一言、応じた飯田部長も、苦い顔をするのだ。

「当方としては、これが最後、その積もりですよ。後は、防衛軍の方で、引き取って頂けますか?」

「あら? 譲って頂けますの?」

「あと三ヶ月程度は、シミュレーターでデータ取りをしなければなりませんが、それが終わったら。 まあ、実際に引き渡すとなれば、色々と条件は付けさせて頂く事になるとは思いますが。」

 桜井一佐は一度、正面に向き直り「う~ん。」と声を上げつつ、宙を見つめ乍(なが)ら暫(しば)し勘案(かんあん)するのだ。そして、飯田部長に語るのだった。

「わたしは、以前の、あの防衛省での会合、あの時、御社の立花さんが仰(おっしゃ)った言葉が、酷(ひど)く記憶に残っているんですよ。」

「立花君が、何か云いましたか?」

「『奇跡の様な存在』、天野さんの事を、そう表現されていた。 それが、今回、実感を持って理解出来た気がしますの。」

「茜君は、今回の試験では、余り目立たなかったと思いますが。」

 飯田部長の切り返しに、くすりと笑って桜井一佐は続ける。

「いえいえ、通信やデブリーフィングでの様子、それに今迄(いままで)の『戦果』。 そう言った事を冷静に振り返ってみると、天野さんが如何(いか)に、HDG の仕様を正確に把握しているのか、それが解ります。」

「成る程。」

「それに、奇跡と言えば鬼塚さんの存在も、間違いなく然(そ)うですわね。勿論、他のテスト・ドライバーの皆さんも、それぞれに皆、優秀ですし。そう言った全体を見て、あの装備の運用を防衛軍に移管するのは、確かに一仕事だな、とは思う様になりました。 あれを移管するとなれば、半年程は移行期間を見込む必要が有るでしょうね。」

「まあ、立花君も移管には長くて半年、最低でも三ヶ月は必要だと云ってたらしいですからね。」

「らしい?」

「ああ、直接聞いた訳(わけ)ではなくて。 以前、会長に立花君が然(そ)う云ったと、伝聞ですよ。」

「そうですか。十分(じゅうぶん)妥当な、見立てだと思います。 ともあれ、防衛軍に移管する為に、何ヶ月も作業が止まってしまうのは、今の段階では得策とは言えませんわね。HDG での技術検証は、どうしても必要な作業ですので。防衛軍側としても、それを阻害する様な動きは、極力したくはないのですけど。」

 桜井一佐は、そこで一度。溜息を吐(つ)いた。
 『R作戦』を所管する立場としては、次の作戦で兵器開発部に協力を求める事は、本来ならしたくはないのだ。それは未成年者云云(うんぬん)と言う事それ以前に、作戦に投入した HDG に被害が発生して、『R作戦』投入用デバイスの開発、或いは其(そ)の技術検証に影響や遅延が発生するのを避けたいからである。
 一方で統合作戦司令部からの依頼を無下(むげ)に断る事が出来ないのは、防衛軍の内部でも『R作戦』に関しては秘密裏に進められているからである。
 その辺りの事情は飯田部長にも見当は付いていて、だから苦笑いで桜井一佐に声を掛けるのだ。

「ご心労、お察ししますよ。」

 すると桜井一佐は微笑んで、飯田部長に尋(たず)ねるのだ。

「天野重工さんこそ、今回の依頼、どうしてお受けになったのかしら?」

 飯田部長はニヤリと笑い、桜井一佐に聞き返す。

「桜井一佐は、鬼塚君の仮説、どう思われます? 『ペンタゴン』が『トライアングル』を指揮管制してる説だとか、『ペンタゴン』の光学ステルス説だとか。」

 桜井一佐は横目でちらと、飯田部長に視線を遣った後で答える。

「これはわたしの個人的な所感であるとお断りしておきますけど。 正直、最初は懐疑的でしたが。でも、今は、そうでもありませんよ。 実際、ECM に関しては、驚く程、効果的でしたからね。防衛軍内部でも、あれ程の効果があるとは、予想も期待もしてはいませんでしたから。」

「わたしも個人的な事を言いますとね、鬼塚君の仮説が証明されるのを見たいのですよ。それを鬼塚君にも、見せてやりたいですしね。」

「それで、ですか?」

 今度は顔を向けて、桜井一佐は飯田部長に訊(き)いたのだ。
 だから飯田部長は笑顔を桜井一佐へ向けて、応える。

「勿論、半分は商売ですよ。」

 今度は桜井一佐がニヤリと笑い、言うのだ。

「仮に、本当に、見えない『ペンタゴン』が撃墜出来て、結果、『トライアングル』が ECM を受けたのと同じ効果が得られるのなら、防衛軍としては HDG よりも、そのシステムが欲しいですわね。 探知システムとレールガン、F-9 に搭載出来るレベルに落とし込めますか?」

「検討中です。」

 飯田部長は、微笑み返す。それに桜井一佐が、言葉を続けるのだ。

「流石ですわね。 今日、発表されていた F-9 の改造機の件、あれは、その一環ですの?」

「あはは、お察しの通りです。 今の所は、機能は ECM に限定されていますが。探知システムを乗せるなら、そのプラットフォームには、なるでしょうな。 問題は、レールガンの方ですよ。」

「どうしてです? 今日、見せて頂いた限りでは、レールガンのシステムも完成の域ではありませんの?」

 不思議そうに尋(たず)ねる桜井一佐に、飯田部長は苦笑いを見せて答える。

「今日の話題にも有りました通り、B号機のレールガンは AI の火器管制と統合してでの性能ですから。 防衛省は AI がトリガーを引くシステムは、許可して呉れないでしょう?」

「ああ、そうでしたわね。成る程。」

 落胆の色を隠さない、桜井一佐である。飯田部長は、続けて言うのだ。

「場合が場合ですから、防衛省が特例なり例外なり、認めて呉れればいいですが。そうでなければ、何か、丸め込む仕掛けを考えなければいけませんな。」

「丸め込む?」

「別に、買収しようって話じゃないですよ。 技術的に AI がトリガーを引いている様に見えない仕組みと言うか、何か、そう言ったものですね。今はまだ、具体的なアイデアはありませんが。」

 桜井一佐は、少し呆(あき)れた様に言葉を返す。

「なかなかに、厄介そうですわね。」

「まあ、何とでもしますよ。ウチにはいい技術者が揃(そろ)ってますから。」

 明朗な飯田部長に対して、桜井一佐は極めて真面目な表情で語るのだ。

「少なくとも、あと、二、三年は現在の様な状況が続く事になるでしょうから、それが実用化されれば有効な装備になるでしょう。HDG よりも、政府が予算を付け易いんじゃないかしら? まあ、予算に関しては管轄外の事ですので、保証は致し兼ねますけど。 何(いず)れにせよ、次の機会に鬼塚さんの仮説、これが証明されなければ、話は始まらない訳(わけ)ですけれど。」

 桜井一佐の言う『二、三年』とは、『R計画』の実行が現時点で二年先に設定されているから、である。『R計画』が目論見(もくろみ)通りに成功したとしても、それで月の裏側に存在する『エイリアン・シップ』が一気に排除される事までは見込まれてはいない。その契機になる事を、期待されているだけなのである。であれば、『R計画』実施以降にも更に数年、現在の様な状況が継続する可能性の方が高いのだった。それでも、何もしないよりは優(まし)なのだと、日米の当局者は考えたのだ。

「ええ、それは承知してますが。 しかし、幾ら商売の為とは言え、彼女達の安全には代えられませんので、そこの所は、改めて宜しくお願いしますよ、桜井一佐。」

「それは、勿論。」

 桜井一佐は、大きく頷(うなず)いて見せたのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第17話.13)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-13 ****


「これは報道とかで既に御存知とは思いますけれど、先週末、小規模でしたがエイリアン・ドローンに依る襲撃が発生しました。全て、防衛軍にて対処はされましたが、その前回、皆さんに ECM 実験として参加して頂いたケースと比較して、対処効率とか命中率とか、まあ、惨憺(さんたん)たる結果だったと言えるでしょう。勿論、迎撃部隊や地上、海上に被害を出さなかった事で、良しとされてはいますが…。」

 本題を言い辛そうな桜井一佐を見兼ねて、飯田部長が続けるのである。

「まあ、ぶっちゃけ、次回の大規模襲撃の際には、諸君に ECM 支援を依頼したい、そう言うお話だ。」

 桜井一佐の言った『先週末の小規模襲撃』とは 11月4日、金曜日の出来事で、天神ヶ﨑高校では『秋天(しゅうてん)際』が終了した、その翌日である。この日の襲撃事件で飛来したエイリアン・ドローンは六機のみであり、全てが海上で撃墜がされた事も手伝って、それ程、大きなニュースとしては扱われなかったのだった。
 しかし報道はされなかった実情として、防衛軍は対処の開始から終了迄(まで)に、結果として三時間を費やし、その間に投入した迎撃機は延べ二十一機、発射した空対空ミサイルは二十八発にも及んだのである。
 それは、天野重工の実施した ECM 実験以前の結果と比較すれば極端に悪い結果ではなかったが、防衛軍統合作戦司令部にしてみれば ECM 支援の有りと無しとで、これ程の落差が生じるものかと愕然(がくぜん)としたのである。
 一方で、非公表ではありながらも『R計画』を推進する桜井一佐としては、HDG 開発計画は『R計画』に投入するデバイスの要素技術を開発・検証する為に存在するものであり、HDG その物の完成や取得を目的としている訳(わけ)ではない。中でも、ECM や今回試験の電波源特定機能に関しては『R作戦』のデバイスに搭載する予定は無く、桜井一佐の立場的には実際の所、どうでもいい機能だったのだ。
 勿論、先日の ECM 実験に立ち会っていたので、ECM の効果に統合作戦司令部が注目するのは、桜井一佐にも理解は出来るものである。しかし、だからと言って未成年の学生を当てにして作戦に組み込む事には、桜井一佐個人には抵抗が有ったのだった。

「理事長は、承諾(しょうだく)されたのでしょうか?」

 唐突に、立花先生が天野理事長に尋(たず)ねるのだ。
 天野理事長は苦笑いを浮かべ、答える。

「わたしの判断は、取り敢えず保留だな。わたしが判断すると、それが社命になり兼ねんからな。 寧(むし)ろ現場の、キミ達の意見を聞いて判断材料としたいのだが、どうかね?立花先生。」

 天野理事長から伝染した様な苦笑いを浮かべて、立花先生は答えるのだ。

「わたしの立場では、反対しか出来ませんが。態態(わざわざ)、此方(こちら)から危険な方向へ出向くのは、如何(いかが)なものかと。」

「あの、宜しいですか?」

 肩程の高さに右手を挙げて、隣席の緒美が発言の許可を求める。立花先生は小さく溜息を吐(つ)いて、発言を許可するのだ。

「どうぞ、鬼塚さん。」

「はい、では。後方からの ECM 支援だけに限定していいのでしたら、危険度はそれ程、高くないと考えますが?」

「だって、それでも前回、危ない局面は有ったじゃない。」

 間髪を入れずに、立花先生は反駁(はんばく)する。そこに、今度は桜井一佐が口を挟(はさ)むのである。

「勿論、防衛軍として警護を付ける事は、考えていますよ。前回は二機でしたが、次回は四機の枠を確保してあります。」

 その桜井一佐の発言に対して、突然、クラウディアが声を上げるのだ。

「それ、役に立つとは思えません。」

「カルテッリエリさん、言い方。」

 真面目な顔で、直様(すぐさま)、樹里が注意するのだった。
 クラウディアは小さく頭を下げて、「失礼しました。」と一言を告げる。対して桜井一佐は一度、首を横に振って「いえ。」とだけ、短く応じたのだった。結局、クラウディアの発言内容については、互いに敢えて否定はしない儘(まま)なのだ。
 続いて発言したのが、直美である。

「まあ、クラウディアが言いたくなるのも、解るけどさ。」

 そして、茜である。

「あの、クラウディアと Sapphire の護衛には、わたしも出ますけど?構わないですよね。」

「茜が出るのなら、当然、わたしも。」

 続いてブリジット迄(まで)もが、そう言い出すので、少し困った顔で立花先生が嘆(なげ)く様に言うのだ。

「ほら、結局、そう言う流れになるじゃない。だからダメだって、言ってるの。」

「いえ、先生。そもそも、クラウディアさんだけを、とは、思ってませんでしたけど。」

 立花先生に対して緒美は、真顔で言葉を返すのだった。

「あー、ちょっといいかな?」

 そこで飯田部長が、割って入る。
 立花先生は視線を飯田部長の方へと転じ、問い掛けるのだ。

「何(なん)でしょうか?飯田部長。」

「まあ、そんな怖い顔しないで聞いて呉れ。本社サイドからの提案なんだが…。」

 引き攣(つ)った笑顔を向けて、立花先生は緒美を挟(はさ)んで左隣に座って居る、恵に尋(たず)ねるのだ。

「そんなに怖い顔してるかしら?恵ちゃん。」

 恵は微笑んで、即答するのだ。

「はい、割と。」

「ちょっと、森村~。」

 恵の素直過ぎるコメントに対して、長机の対角位置から、直美が声を掛けて来るのだった。立花先生の隣で、緒美はクスクスと笑っている。
 一方で立花先生は、一度、眼鏡を外して俯(うつむ)き、眉間(みけん)を摘(つ)まんだり、目頭を押さえたりを、暫(しばら)くの間、繰り返すのだった。

「…あー、いいかな?立花君。続けても。」

 そう、飯田部長に声を掛けられ、立花先生は眼鏡を掛け直して顔を上げると、真面目な表情を作って言うのだ。

「どうぞ、部長。」

「それじゃ。本社側からの提案としては、再来週に到着予定の F-9 改をだな、ECM 支援機として次の迎撃戦に投入したい。まあ、又、実地試験と言う体裁にはなるから、防衛軍側の了承が必要だが。それで諸君には、今日、確認した『ペンタゴン』の位置特定とレールガンでの狙撃、これの実地試験をやって貰いたい。」

 飯田部長の発言に間を置かず、緒美が言葉を続ける。

「確かに、流石に Sapphire でも、電波妨害と『ペンタゴン』の位置特定とを、同時処理は出来ませんからね。 ああ、それで ECM 機能付きの F-9 を?」

「ああ、企画部からの提案でね。まあ、HDG の形態では防衛軍には売れないので、って言う理由も有るが。」

「あら、今でしたら HDG を防衛軍で引き取ってもいいってお話も、可能かも、ですよ。何しろ、実績を上げている装備ですから。」

 そう、冗談めかして桜井一佐は言うのだが、飯田部長は意に介さない。

「現状で移管は、無理ですな。防衛省や政府で、正当な予算が付くとも思えませんし。」

「それは、残念。」

 桜井一佐は、くすりと笑って応えたのだ。

「それで、F-9 改を投入する案、如何(いかが)でしょうか?桜井一佐。」

 飯田部長に問われ、少し考えてから桜井一佐は答える。

「防衛軍としては、ECM 支援の提供が得られるのであれば、問題ありません。必要なのは ECM 支援が実施される事ですから。 但し、新規器材で効果が得られないと判断された場合は、速(すみ)やかに検証済みの器材へスイッチして頂く事は、お願いしたいですね。」

「それは、構わないよね?鬼塚君。」

 飯田部長が確認して来るので、緒美は頷(うなず)いて答える。

「そうですね。F-9 改?の、もしも ECM が機能しない様でしたら、此方(こちら)の安全にも関わりますから。」

 新規器材である以上、期待通りの機能が発揮されるとは限らないのである。実戦での実地試験と言う運用の性格上、保険は必要なのだ。
 続いて緒美に、落ち着いた声で立花先生が問い掛けるのだ。

「でも、前回みたいに襲撃される危険性は、残るでしょ?」

「いえ、あれは…。」

 緒美が言い掛けた所で、桜井一佐が声を重ねる様に発言するのである。

「前回の事態は、完全に防衛軍側の失態です。接近を許してしまった原因は、低空への監視が甘かった事ですから、次回は警護の機体を ECM 機の前方低空へ配置して警戒に当たらせます。」

 続いて、天野理事長の発言である。

「F-9 改にも、対空ミサイルを装備させるし、HDG と違って機上の捜索レーダーも装備している。前回よりも、早期に接近して来るエイリアン・ドローンを発見出来る筈(はず)だよ。」

 HDG は、その機体の小ささ故(ゆえ)に、レーダーが装備されていない。敵機の探知については、防衛軍のデータ・リンクに拠る戦術情報が頼りなのだ。機体が F-9 戦闘機と同規模である AMF や C号機用の飛行ユニットは、F-9 戦闘機では本来、レーダーが装備されている機首部が HDG との連結ユニットになっているのでレーダーを装備出来ないのだ。AMF は見かけ上は機首ブロックが存在しているものの、内部の HDG-A01 を露出する為の展開機構が内蔵されている為、矢張り機首ブロック内部にレーダーを装備する事が出来ない。C号機飛行ユニットに至っては、機首ブロック自体の存在が無いのだ。
 勿論、F-9 戦闘機の機首捜索レーダーも万能ではない。全周を常に警戒監視出来る訳(わけ)ではないので、敵機の接近ルートを推定して、そこを監視する運用となるのは避けられない。つまり、接近ルートの読みが外れると無意味になるのだが、それでも無いよりは優(まし)なのである。F-9 単機では限られる捜索警戒範囲も、これを複数機で分担すれば、必要な範囲をスキャンする事が可能となるのだ。

「貴方(あなた)達は、それで大丈夫? 特に、カルテッリエリさん。」

 立花先生に声を掛けられ、茜とブリジットは、揃(そろ)って視線をクラウディアへと向けるのだった。
 クラウディアの方は其(そ)の視線を敢えて無視し、特段に表情を変えず立花先生に答えるのだ。

「対応策は考えて頂いている様子なので、大丈夫だと思います。」

「天野さんと、ボードレールさんは?」

 立花先生に問い直されて、茜とブリジットは相次いで答える。

「はい、大丈夫ですよ、先生。」

「わたしも、大丈夫だと思います。」

「そう、なら、わたしからは、これ以上言う事はありません。理事長からは、何か有りますでしょうか?」

 立花先生から話を振られた天野理事長は、一呼吸置いて発言する。

「わたしからも、特には無いな。後の事は任せるよ、飯田君。」

「はい。では、そう言う事で、細(こま)かい事は又、後日に、桜井一佐。」

「そうですわね。今日の天野重工側からの提案の件、統合作戦司令部には伝達しておきますので。後日、詳細の打ち合わせを、となると思います。その際には、わたしも出席しますので。」

「宜しくお願いします。」

 飯田部長は桜井一佐に応えた後、立花先生と緒美の方へ向いて言うのだ。

「防衛軍側との打ち合わせは、本社サイドで行うから、詳細が決まったら連絡する。それでいいかな?立花君、鬼塚君。」

「はい、結構です。」

「宜しくお願いします。」

 緒美の返事を聞いたあと、一度、参加者を見回して、立花先生は言うのである。

「それでは、今回のデブリーフィングは以上で、宜しいでしょうか?」

 その呼び掛けに対して、全ての出席者から発言は無く、立花先生はデブリーフィングの終了を宣言するのだ。

「では、以上で終了とします。お疲れ様でした。」

 終了の宣言を受けて出席者、特に来客組の一同は直ぐに席を立ち、部室奥側の出口へと向かうのだ。
 茜達も席を立って、格納庫フロアの作業応援へ行く可(べ)く、来客組が階下へ降りて行くのを待つのだった。
 一方で立花先生は議事の進行役を終えて一息吐(つ)いており、そんな先生にお茶を出す可(べ)く恵は動き出していた。緒美と直美は、来客組に明け渡していた何時(いつ)もの席へと移動して、座り直すのである。
 そして、恵が淹(い)れた紅茶を受け取り、立花先生は愚痴(ぐち)るのだ。

「何(なん)だかな~…理事長も部長も、もう、感覚が麻痺してるんじゃないかしら?」

 緒美は、くすりと笑って、立花先生へコメントを返す。

「そうかも、知れませんね。」

「まあ、防衛軍に恩が売れるのなら、売っておく方が後後(あとあと)、得するからじゃないですか。」

 ニヤリと笑い、直美が然(そ)う言うのである。

「飯田部長には、そんな計算も有るかもだけど、理事長は違うでしょ? 天野さんも居るんだし。はい、お茶。」

 恵はコメントしつつ、直美の前にも紅茶のカップを置くのだった。そして、一年生組に声を掛ける。

「貴方(あなた)達も、お茶して行く?」

 それには、茜が即答するのだ。

「ああ、いえ。わたしは下の作業、手伝って来ますので。」

「下の片付けが終わってから、頂けますか?恵さん。」

 ブリジットの提案に、恵は笑顔で答えるのだ。

「そうね。皆(みんな)の分、支度しておくわね。」

「お願いします。」

 茜が然(そ)う返事をして、ブリジットと部室を出ようと動き始める所を、立花先生が呼び止めるのだ。

「茜ちゃん、防衛軍も含めて、もう、大人達の感覚がオカシクなってるかも知れないんだから、嫌だったら『嫌だ』って、言っていいのよ?」

 真面目な顔の立花先生に、茜は微笑んで言葉を返すのだ。

「大丈夫ですよ、先生。 わたし達は、大人に言われるから、やってる訳(わけ)じゃなくて。やる事の意義も、危険も、ちゃんと理解してやってますから。ねえ、ブリジット。」

「あはは、ゴメン。わたしは難しい事は、分かんないけど。でも、茜と部長を信じてる、それだけ。 あ、勿論、立花先生の事も信じてますよ~。」

 立花先生はくすりと笑い、「そうかー。」と一言を発すると、ティーカップを口元へと運んだ。

「それじゃ、部長。わたし達、下の片付け、手伝って来ます。」

 茜が声を掛けると、緒美は言うのだ。

「うん、わたし達も一服したら降りるから。」

「はい。」

 そして茜達に付いて部室を出ようとするクラウディアを、樹里が呼び止めるのだ。

「あー、カルテッリエリさんは、ちょっと、こっち、手伝って貰えるかな?」

「ああ、はい。」

 クラウディアは踵(きびす)を返すと、何やら PC の操作をしている樹里の席へと駆け寄って行く。そして樹里は、茜に依頼するのだ。

「天野さん、下に降りたら維月ちゃんに、上がって来るように声を掛けて貰えるかな?」

「は~い。分かりました~。」

 そう返事をして、茜はブリジットと共に部室を出たのだ。

 

- 第17話・了 -

 

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STORY of HDG(第17話.12)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-12 ****


「それでは、他に何か連絡事項の有る方。」

 立花先生が呼び掛けると、少し間を置いて、今度は天野理事長が手を挙げるのだ。

「では、理事長。どうぞ。」

 立花先生に指名され、天野理事長が口を開く。

「これは連絡事項なのだが、再来週の月曜日に C号機の ECM 機能を搭載した F-9 が二機、此方(こちら)へ配置となる。運用に必要な人員は本社から派遣するが、機能試験等には、兵器開発部の協力を得たい。」

 突然の発表に、茜とブリジット、クラウディアと樹里、直美と恵とが、無言で顔を見合わせるのだった。そして緒美は、立花先生に問い掛ける。

ECM 機能装備の F-9 って、先生は御存じでした?」

 立花先生は一度、ゆっくりと頭を横に振り、答える。

「いいえ、初耳だけど。 貴方(あなた)達は、当然、知ってたのでしょ?」

 そう言って、視線を畑中へ、続いて日比野へと向けるのだ。
 苦笑いで、畑中が応える。

「そりゃ、まあ、試作工場で改造やら、試運転とかやってますから。」

 続いて、日比野が少し申し訳無さそうに。

「新規部分のソフトの開発は、うちの担当ですし。」

 そんな二人を飯田部長が、フォローするのである。

「まあ、職務上の秘密だから、勘弁してやって呉れ。それに、兵器開発部(こちら)とは、開発作業自体は直接関係ない案件だったしね。」

「それは承知していますけれど。」

 立場上、理解を示す発言をする、立花先生なのである。
 そこで、樹里が日比野に問い掛ける。

「その ECM 機能の制御は、Sapphire 級(クラス)の AI ですか?」

 日比野は飯田部長へと、顔を向けて無言で発言の許可を求め、飯田部長は直ぐに其(そ)れを察して、頷(うなず)いて見せるのだ。
 そして日比野が、口を開くのである。

「いいえ、さっきのお話の様に、防衛軍は AI による最終制御は嫌ってるので…。」

 そこに、桜井一佐が口を挟(はさ)む。

防衛省が、ね。」

 そう言って微笑んでいる桜井一佐に、小さく頭を下げてから日比野は発言を続けるのだ。

「…そう言う訳(わけ)で、ECM 機能専用の制御 AI になってるの。だから、会話とか音声入力とか、機上での解析プログラムの更新とか、C号機みたいな機体の制御とかは、一切(いっさい)出来ない単機能仕様よ。」

 続いて、飯田部長が補足する。

「搭乗するオペレーターが全員、城ノ内君やカルテッリエリ君の様なエキスパートって訳(わけ)じゃないからね。機能を絞った方が現場では扱い易いし、開発期間も圧縮出来るってものさ。」

「と、言う事は、ベースになる F-9 は複座型、ですか?」

 その緒美の質問に、飯田部長はニヤリと笑って頷(うなず)く。そして、発言を続けるのだ。

「前回の試験の時に投入した自衛用ジャム・ポッドと基本的には中身は同じなんだが、ジャム・ポッドは全周囲へ妨害電波を放射するが、今度のはC号機と同様に目標を選択して其処(そこ)へ向けて妨害電波を送信する仕様だ。」

「機体は、防衛軍から提供を?」

 続く立花先生からの質問に、飯田部長は酷く苦い顔を作って、一度、無言で桜井一佐へ顔を向ける。それには桜井一佐も苦笑いを返し「申し訳無いですね。」と言葉を返したのだ。
 そして天野理事長が、説明するのだった。

「まあ、防衛軍の予算は国会の承認が必要だからね。そう簡単に、右から左へとは決まりませんですな、桜井さん。」

「ええ、戦闘機を二機分、予算を新規に増やすとなると、なかなか。」

 決まりが悪そうに、桜井一佐は応じるのだった。
 それを受けて、今度は緒美が飯田部長に訊(き)くのだ。

「じゃ、元は試作工場の、試験用の機体ですか?」

「いやいや、それも先先(さきざき)のスケジュールが決まってるから、改造してしまう訳(わけ)にもいかなくてね。結局、二機を新造する事になったんだ。幸い、F-9 の生産は、まだ続いているからね。製造部に無理言って、二機分の製作をラインに捻(ね)じ込んで貰ってたんだよ。」

 その発言には少し呆(あき)れた様に、直美が声を上げるのだ。

「捻(ね)じ込むって、何時(いつ)から準備してたんですか。それに、結局、費用は会社の持ち出しなんですよね?」

 飯田部長は微笑んで、直美の疑問に答える。

「それは勿論だが、まあ、やりようは有るのさ。全てのパーツを毎回、必要数キッチリで製作してる訳(わけ)じゃないからね。例えば今年の生産計画に対して主要パーツ、フレームとかの構造パーツは、後々の修理、補修の分を見込んで、少し多目に製作したり、協力工場に発注してるんだ。製造中の事故で、パーツが破損する事だって有り得るからね、そもそも或る程度は予備のパーツは必要なのさ。」

 例えば、十個製作すると十万円掛かるパーツが有ると仮定して、それを十二個製作すると、その制作費は単純に十二万円ではない。加工自体の他に、その為の工作機械への設定や素材のセッティング等、付随する諸諸(もろもろ)の手間も全てがコストである。それは一気に製作するのであれば、十個を製作するのも十二個を製作するのも大差は無いので、トータルでの制作費は生産数が十二個でも十二万円を割る事になるのだ。逆に、十個とは別口で二個だけを製作するとすれば、余計に発生する手間の分だけ割高になり、二個を製作するのに掛かる費用が二万円では済まない、そんな事にもなるのだ。
 手間とは無関係な材料費は固定だろうと思われるかも知れないが、加工前の素材も又、工業製品である。従って、その大きさには規格が存在するのだ。その規定の大きさの素材から、六個のパーツが加工出来ると仮定した場合、十個を製作する場合は二個分の端材が発生していたのが、同じ素材の量から十二個迄(まで)なら加工が可能な訳(わけ)で、その際の材料費は十個と十二個とで変わらないと言う事になるのだ。更に、一回り小さい規格の素材から四つのパーツが製作可能ならば、小規格素材三つから十二個のパーツが加工出来る訳(わけ)で、大規格素材二つと小規格素材三つで何方(どちら)の仕入れコストが安いのか?と言う話にもなるのである。
 加えて言うなら、大きな素材からの加工では歪(ひず)みが起き易いと言った場合、これは加工品に要求される精度にも依るのだが、歪(ひず)みが起きないように低速で加工する必要が有るとなれば、小さな素材から加工した方が加工速度が上げられるので生産性が上がり、コストが下がる可能性も有るのだ。勿論、加工装置への素材の取り付けや取り外しの回数や手間が増えれば、それはコスト増の方向なので、最終的なコストが如何(いか)に増減するかは一概には言えないのである。
 以上の様な複数の要素が絡んで、工業製品や加工品のコストは決定されるのだ。同時に、様様(さまざま)な工夫を積み上げる事で、コストが削減されているのである。
 そう言った事柄(ことがら)を、茜達、一年生組は兎も角、緒美達、三年生組には、或る程度の見当が付いたのだ。勿論、彼女等の其(そ)れら知識に実感が伴う様になるのは、本社で正式採用されて以降の事である。

「その予備や補修用のパーツを掻き集めて、二機分を製作した、と?」

 冷静な表情で緒美が問い質(ただ)すと、無邪気に笑って飯田部長は答えた。

「あははは、ま、乱暴に言えば、そう言う事だ。 そんな訳(わけ)だから、新規で二機製造するよりは、安く仕上がってるんだよ。」

 それには、桜井一佐が食い付いて来るのだ。

「ちょっと待ってください、飯田さん。F-9 のパーツには御社以外の装備機器を、防衛軍(うち)から供与している扱いの物品も有った筈(はず)ですけど?」

「ああ、はい、一部の電装品はそうですけど。 今回のは防衛省から、物品的にも予算的にも協力を断られてしまいましたので、必要な装備機器は社内で製作した同等品でリプレイスしてあります。 そう言った事情ですので、今回製作の二機は完全に我が社の資産扱いでの登録となりますし、電子装備の仕様が一部違ってますから、試験結果が良好であっても防衛軍への引き渡しは致し兼ねます。その辺り、ご了承ください。」

 今回の件に就いては、F-9 用には其(そ)のエンジンをも天野重工が生産を担当しているからこそ出来得る、力業(ちからわざ)であると言えよう。因(ちな)みに、防衛軍経由で供与を受けている電子装備とは、レーダーと無線器機、そしてデータ・リンクの制御器機である。レーダー関連器機は三ツ橋電機製、無線通信とデータ・リンク関連器機は JED(Japan Electronics Developments Co. Ltd.:日本電子開発株式会社)製なのである。
 これは天野重工に、レーダーや通信器機を設計・製作する能力が無い、と言った意味では、勿論ない。天野重工は会社の規模的に、一社の中に機体部門、発動機部門、電子器機部門が混在していて、それが或る意味で『強み』ではあるのだが、電気器機の製造を専業とする三ツ橋電機や JED とでは、生産コストの面では太刀打ちが出来なかったのである。そして防衛省側には、『一つの事業を、一社で独占させず分散させたい』と言う意図が有るのも事実なのだ。それには防衛産業育成と言う側面と、競争に拠る装備品の品質向上とコストダウンを計るとの側面が存在するのである。

「それは、仕方無いですわね。」

 苦笑いで、桜井一佐は飯田部長に返事をするのだった。
 そこでブリジットが、飯田部長に問い掛けるのである。

「あの、飯田部長。態態(わざわざ)『会社の資産だ』って断るのは、何か意味が有るんですか?」

「ん? ああ、試作工場に有る二機の F-9 試験機の方は、実は会社の資産、所有物じゃないのさ。」

 続いて、畑中が説明する。

「あれは防衛軍の開発予算で製作した試作一号機と、四号機。四号機の方が、復座型の一号機だから。どっちにしても、所有と登録は防衛軍で、天野重工(うち)が防衛軍からレンタルしてる体裁になってるんだよ、法律上は。 だから、あの機体は、こっちの都合で勝手に改造する訳(わけ)にもいかないんだな。」

 畑中の解説を聞いて、茜とブリジットは「へえ~。」と声を揃(そろ)えるのだった。
 そして説明をしていて自身が気付いた事を、畑中が飯田部長に尋(たず)ねる。

「あれ? そう言えば、兵装関連設備や火器管制とか防衛軍納入のと同じ仕様で製作してましたけど、あれで良く、民間登録が通りましたね。」

 畑中の質問には、一笑いした天野理事長がコメントするのである。

「あははは、防衛省が予算(カネ)は出さんと言うからな。代わりに、防衛省経由で特例の登録を認めさせたんだよ。オマケにミサイルと機銃弾を一式、供与して貰った。」

 為(し)て遣(や)ったりと言った面持ちの天野理事長に対し、苦笑いの桜井一佐が言うのだ。

「その件では空幕でも、事務方が大量の書類を持って右往左往してましたよ。」

 ニヤリと笑って、天野理事長は言葉を返す。

「それは、ご迷惑をお掛けしましたかな。しかし、今迄(いままで)の経緯を考えれば、それ位の汗は掻(か)いて貰わないと。」

「まあ、致し方ないですわね。」

 天野理事長に同意した桜井一佐は、溜息を一つ、吐(つ)いたのだった。
 その一方で、厳しい視線で茜は、天野理事長に問い掛けるのだ。

「あの、理事長? ミサイル一式って?」

「お、おう。今迄(いままで)の事例も有る。今後の能力試験で復(また)、実戦に巻き込まれないとも限らないからな、自衛用の備えだよ。 キミ達が触る必要は無いが、第二格納庫に搬入されるから、その事だけは承知しておいて呉れ。一応、危険物だから、管理は本社が派遣して来る人員が担当する。 あと、F-9 改造機の機体の方は、第三格納庫に配置する予定だ。」

 天野理事長の説明に、頷(うなず)いて緒美が言う。

「そうですね、AMF とC号機の飛行ユニットは、整備上は F-9 と共通部分が多いですから。同じ場所に置いた方が、都合はいいでしょうね。」

「そう言う事だ。流石、鬼塚君は物分かりがいいな。」

 そう言うと、天野理事長は再(ふたた)び「わははは。」と、一笑いするのである。

「いいんですか?立花先生。」

 少し困惑気味に、茜は立花先生に意見を求めるのだが、それには立花先生は苦笑いで答えるしか無いのだ。

「もう今更(いまさら)、わたしが何を言っても無駄でしょう?」

 立花先生の立場は理解出来るので、茜も苦笑いを返す以外無かった。
 一方で、緒美が相変わらずの冷静さで、天野理事長に確認するのである。

「所で、理事長。先程、わたし達に協力を、と言う事でしたが。具体的には何をすれば、宜しいのでしょうか?」

 緒美の問い掛けには、桜井一佐が答えるのだった。

「それに関しては、防衛軍からのお願いも有りますので、わたしの方から。」

 そう切り出した桜井一佐の表情は、それ迄(まで)とは打って変わって、厳しい表情だったのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.11)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-11 ****


 引き続き、日比野が発言する。

「制御上の、もう少し細(こま)かい話ですが。HDG であってもロックオン状態で制御 AI が常に、目標を射撃の弾道上に捕らえ続けていられる訳(わけ)ではありません。例えば、目標が地上の固定目標だったとしても、自機が飛行している以上、刻々と目標との位置関係は変化している訳(わけ)ですから、ミリ秒単位では弾道に目標が重なったり、外れたりを繰り返しています。ですから、発射のタイミングは弾道と目標とが重なるタイミングに合わせ込む必要が有ります。 発射の指示(キュー)はドライバーが出していますが、HDG の制御 AI は、その瞬間に発射命令を実行している訳ではなく、発射指示以降に目標と弾道が重なった瞬間に発射命令を実行しているんです。 だから、ドライバーの発令から実際の発射までは、コンマ何秒かの制御的な遅れが有ります。」

「え、そうなんですか?」

 日比野の説明に思わず声を上げたのは、ブリジットである。そんなブリジットに隣席の茜が、静かに突っ込むのだ。

「そうよ? 仕様書に書いて有ったでしょ?」

「そんな細(こま)かい所まで読んでないし、読んでても覚えてないよ。」

 ブリジットは苦笑いで、茜に言い返すのだった。
 その一方では、飯田部長が桜井一佐に話し掛けるのだ。

「AI と火器管制を統合すると、この様な効果が有るって事ですが…防衛軍の方針は、操縦や射撃とかの最終段階での AI の関与とか、極度な自動化には反対ですよね?」

「防衛軍と言うよりは、防衛省、ですわね。 問題無く制御がされているのなら、AI に因る自動化を根本的に否定するものではありませんよ、現場の人間としては。」

 そう語る桜井一佐は、複雑な笑みを浮かべているのだ。
 そんな桜井一佐に、緒美が尋(たず)ねる。

「桜井さん、防衛省が自動化を嫌う理由は何でしょう? その、差し支えなければ。」

「ああ、理由は単純なの。誤操作や誤射がシステムの誤作動で起きた場合、誰が責任を取るかが問題になるからよ。自動車の完全自動運転が、未(いま)だに許可されていないのと理由は同じ。それが、防衛軍の装備品ともなれば、政府、と言うか関係省庁は、より神経質にならざるを得ないわ。」

 呆(あき)れ顔で説明する桜井一佐に、苦笑いで立花先生がコメントするのだ。

「なかなかに根深いですよね、お役所の『事なかれ主義』は。」

「慎重なのは、悪い事ではないですけれど。 考えが古い事と、頭が固い事は褒(ほ)められた話ではありませんわね。」

 そう言って、桜井一佐は溜息を吐(つ)くのだった。すると、横道に逸(そ)れた話題を、緒美が軌道修正するのである。

「ともあれ、B号機のレールガンの命中率が高いのは、当たらない条件での発射を、そもそもしていないからです。それは搭載 AI が最終制御をしているからでもありますし、ドライバーを務(つと)めるボードレールさんが発射条件を的確に選択しているからでもあります。 そして、それを成立させているのが、長距離での狙撃であると言う条件です。」

「狙撃、ですか。長距離と言うのは着弾迄(まで)に時間が掛かる分、条件を難しくしていませんか?」

「勿論、仰(おっしゃ)る様な側面は有りますけど、狙撃と言うのは一種の奇襲ですから。相手が此方(こちら)に気付いていない、若しくは脅威と認識していないのであれば、目標は直線飛行を続けて呉れます。それは目標が軌道を変えないと言う事ですから、命中する確率は格段に向上します。 逆に、目標が旋回や回避機動を始めたら、それはどんなに距離が近くても、先(ま)ず命中は望めません。 実際、近距離での射撃戦では、HDG でも命中率は其(そ)れ程、高くはありませんから。ねえ、天野さん。」

 最後に同意を求められたので、茜は慌てて声を上げるのだ。

「あー、はい。 そう言えば、七月の陸防戦車部隊との模擬戦。あの時のエイリアン・ドローン、最後の一機は射撃戦では仕留められませんでしたね、全然、当たらなくて。あの時、現場には、桜井一佐も、いらっしゃいましたよね。」

「ああ、成る程、そうでしたわね。 良く解りました。」

 桜井一佐は一度、大きく頷(うなず)くと、満面の笑みを浮かべるのである。
 だがブリジットは、ふと思った疑問を日比野に質(ただ)してみるのだ。

「あの、日比野先輩。AI が勝手に射撃のタイミングを変更するのって、マズい場合も有りはしませんか?」

「『変更』って云われると語弊(ごへい)があるよね。どっちかと言えば『補正』よ。ドライバーに命中させる意図が有る場合に、射撃タイミングが適正になるように補助しているんだから。勿論、威嚇(いかく)とかで命中させたくない場合も有るだろうから、そんな時には照準点をシフトする設定も有るでしょ? 実際に今回、C号機からデータリンクで送られて来る目標座標に、上へ六メートル、プラスして照準してた訳(わけ)だし。」

 そこに、緒美が参加して来るのだ。

「確かに、旋回中の射撃だとか、熟練した人間の勘(かん)が AI の照準計算を凌駕(りょうが)するケースも有るでしょうけど。AI が自身の計算結果と、人間からの入力の何方(どちら)を優先させるかは、判断処理が難しいですよね。」

 緒美の発言に、桜井一佐が問い掛ける。

「それを判断、していますの?」

 そして日比野は、ニヤリと笑って答えるのである。

「してますよ。基本的には AI の計算結果が優先されますけど、照準計算の弾道と発射時の予想弾道との乖離(かいり)が大きな場合には、ドライバー側が命中させる事を意図していないと判断して、入力を優先させます。ま、一番確実なのは、思考制御か音声入力で『威嚇(いかく)』だとか『牽制(けんせい)』だとか、或いは照準計算に頼らない『見当』での射撃だとか、AI に対して明示して貰えると AI 側が判断に迷わなくて済みます。」

「そんな所まで、音声コマンドを覚えないといけないとなると、人間側の負担も相当ですね。」

 愛想笑いの様な表情で桜井一佐が言うので、日比野は慌てて言葉を返す。

「いえいえ、別に特定のコマンドが存在する訳(わけ)ではありません。ドライバーからの入力を優先して欲しい事が AI に伝わればいいので。だから、特定の単語で指示しなくても、話した言葉の文脈からドライバーの要望を理解して呉れますから。」

「えっ? Betty って、わたしの言ってる事を理解してるんですか?」

 日比野の説明を受けて、ブリジットは意外そうに声を上げたのだ。それには茜が言葉を返すのである。

「何、言ってるの。理解してなかったら、音声入力が成り立たないでしょ?」

 そこで日比野が、説明を始めるのだ。

「ああ、桜井さんとブリジットさん、お二人がイメージしている音声入力は、天野さんのイメージしてるのとは、多分、違うんだ。お二人の考えているのは、登録されている特定の言葉がコマンドとして機能する方式でしょう? この方式の場合は、機能とコマンドが一対一で対応してるから、コマンド…言葉が違うと機能が発動しないとか、極端な話、登録さえしておけばコマンド、言葉の意味が実行する機能とは無関係でも構わないって奴。」

「違いますの?」

 桜井一佐が確認して来るので、日比野はくすりと笑い、答える。

「それだと、先程、桜井さんが仰(おっしゃ)った通りで、ドライバーはコマンドを一字一句、間違えずに発声しないといけませんから、そんなのが設定や機能の数だけ有ったら、それは大変です。 でも、HDG 搭載の AI は、ドライバーや通信の会話を聞いて、文脈から状況や要求を理解しますから、コマンドは特定の言葉でなくてもいいんです。」

「あれ?Betty 達には、疑似人格は無いんでしたよね?日比野先輩。」

「そう。だから会話…って言うか、発話が出来ないんだけど、ドライバーや通話で話されている内容は理解はしてるの。その御陰で、膨大な設定やコマンドの中から、その時に必要な機能を呼び出して実行するか確認して来たり、選択肢を表示したりしてるのよ。 ドライバーの言動が、矛盾してたり、辻褄が合わなかったら、確認のメッセージが出て来るでしょ?」

 そう問い掛けられて、ブリジットは暫(しば)し考えてから答える。

「いえ、それは見た覚えが、無いですね。」

「そうなんだ。それは AI が判断に困った事が無いって証拠だから、ブリジットさんのオペレーションが適切だったのね。」

 微笑んで日比野が然(そ)う言うので、ブリジットは少し照れつつ茜に尋(たず)ねる。

「茜も、確認メッセージとか見た事無いでしょ?」

「そうね、わたしも其(そ)の確認メッセージは見た事無いけど。 日比野先輩、って言うか開発した人は Angela や Betty とは会話は出来ないって言うかもですけど、思考制御のコマンド選択や音声入力のあと、右下のステータス表示に『COPY.』って表示して呉れてるの、わたしは会話してる気分になるんですよ。わたしの勝手な思い込みですけど。」

 ここで茜の言う『COPY』の意味は、『複写、複製』ではなく、軍隊等の無線通話で用いられている『了解』の意味である。

「ありがとう、天野さん。そう言って貰えると、開発チームとして嬉しいわ。」

 日比野は満面の笑みで、謝辞を茜に送るのだった。片や、ブリジットが茜に問い掛けるのだ。

「そんな表示、有ったっけ?」

 ブリジットは、ステータス表示に AI からの返事が上がっている事自体に気付いていなかったのである。それはブリジットが特別に不注意だとか、集中力が散漫だとか、そう言う事ではない。茜と比較してブリジットには、オペレーション実行中の、心理的な余裕の程度が小さかったのである。

「一秒位で消えちゃうから、意識してないと見逃すかもね。」

「そうなんだ、次回からは注意してみよう。」

 ブリジットの返事に、「ふふっ」と笑った茜は、悪戯(いたずら)っぽく言うのだった。

「今度、態(わざ)と矛盾した事、言ってみようかしら?」

 それには苦笑いで、日比野がコメントするのだ。

「余り、虐(いじ)めないであげてね、天野さん。」

 続いて、樹里が言うのである。

「それに AMF とドッキングした状態で其(そ)れをやったら、Ruby が黙ってないよね、きっと。」

「それは興味深いですね。」

 突然、部室内に Ruby の合成音が響くのだ。桜井一佐が、それに反応して飯田部長に尋(たず)ねるのである。

「今の声が、Ruby ですの?」

 飯田部長はニヤリと笑い、頷(うなず)いて答えた。

「ええ、そうですよ。桜井一佐は Ruby の声を聞くのは初めてでしたか?」

「いえ、通信通話の音声では、何度か。でも、この様な環境で聞くと、ちょっと印象が違いますね。 Ruby の端末が、この部屋にも?」

 その質問には、緒美が答える。

「其方(そちら)に有るのが、Ruby の端末です。」

 緒美は部室奥側の窓部中央に設置されているモニターと、その上の複合センサーである端末カメラを指差すのだった。
 指差された方へと桜井一佐が身体を向けると、Ruby が話し掛けて来るのだ。

「初めてお目に掛かります。天野重工製 GPAI-012(ゼロ・トゥエルブ)プロトタイプ、Ruby です。宜しくお願いします、桜井一佐。」

「はい、宜しくね、Ruby。」

 桜井一佐が和(にこ)やかに返事をする一方で、樹里が驚いた様に声を上げる。

Ruby が名前(パーソナルネーム)じゃなくて名字(ファミリーネーム)で呼び掛けるなんて、珍しいですね。」

「ああ、それはね…。」

 日比野が言い掛けた所で、Ruby が自(みずか)ら其(そ)の訳(わけ)を解説するのだった。

「社外の人に就いては、ファミリーネームで呼ぶ方が失礼が無い、そう教えられていますので。」

 それを聞いて、問い返したのは直美である。

「誰に教わったのよ?それ。」

「ハイ、麻里です。」

「あはは、成る程。」

 笑って直美が納得する一方で、桜井一佐が飯田部長に尋(たず)ねる。

「マリさん、って?」

「ああ、Ruby 開発チームのリーダーですよ。Ruby にしてみれば、母親の様な存在です。」

「成る程。」

 桜井一佐は飯田部長の説明で納得したのだが、飯田部長は自身に就いての或る事実が、唐突に引っ掛かったのである。

「おい、ちょっと待てよ。 Ruby、『社外の人は』って、それじゃ何(なん)で、わたしの事は名前で呼んで呉れない?」

 Ruby は何時(いつ)も通りの冷静な口調で、その問い掛けに回答する。

「飯田部長の呼び方には、プロテクトが掛かっていますので変更は出来ません。社内でも上司の方々の呼び方は、ファミリーネームに役職を加えた呼び方で、一律に固定されています。」

「誰だよ、そんなプロテクト掛けたのは。」

 そう言って、飯田部長が日比野の方を見るので、慌てて日比野は答える。

「そんなの、井上主任に決まってるじゃないですか。 大体、社内で部課長の事を名前で呼ぶ人なんて、居る訳(わけ)ないんですから、Ruby だって同じですよ。」

 そんな遣り取りを聞いて、天野理事長は声上げて笑うのである。

「あははは、そりゃあ然(そ)うだよな。なあ、Ruby。」

「ハイ、総一。」

 Ruby が天野理事長を名前で呼んだ事には、事情に明るくない桜井一佐を除いて、皆が驚いたのであるが、取り分け飯田部長にはショックだった様子なのだ。

「あれ?会長の事は、名前で呼んでるの? Ruby。」

 その問い掛けには Ruby よりも先に、天野理事長が答える。

「ああ、Ruby が本社の研究室で起動して間も無く、井上君に Ruby と会わせて貰ったからな。その時に。 それ位の特典は、有ってもいいだろう?飯田君。」

「あー…そーですかー…。」

 飯田部長には、それ以上、返す言葉は無かったのである。
 実の所、本社で天野会長と Ruby が初めてコンタクトした時に、Ruby が当初の設定通りに相手のパーソナルネームで呼び掛けるのを見て、井上主任は『これではマズい』と思ったのが、この件の発端だった。天野会長は名前で呼ばれる事を、普通に受け入れてしまったのだが、他の部課長に関しても同様な対応をして、それで無用な反感を買うのを開発スタッフ達は危惧(きぐ)したのである。それ以上に、Ruby が上司達の事を名前(パーソナルネーム)で呼ぶのを、井上主任自身だけでなく他の開発スタッフも聞きたいとは思わなかったのだ。
 勿論、Ruby が本社開発部の研究室に置かれていた時点でも、会社の部課長達と Ruby とが日常的に接触する状況ではなかったのだが、であれば猶更(なおさら)、Ruby には部課長達に対して『フランク過ぎる』呼び掛けをさせない方が、角は立たないと言うものである。
 そんな経緯で、Ruby の部課長への呼び掛けに関するプロテクトが設けられたのだった。
 因(ちな)みに、天野理事長への呼び掛けがパーソナルネームの儘(まま)なのは、天野理事長自身が「それでいい。」と言ったからである。
 そして、咳払(せきばら)いを一つして、緒美が言うのだ。

「飯田部長、そろそろ本題に戻って、いいでしょうか?」

 飯田部長は椅子に座る姿勢を正して、余り間を置かずに答える。

「ああ、いいよ、いいよ。 進めて呉れ、立花君。」

 議事の進行を託された立花先生はくすりと笑い、そして声を上げるのだ。

「はい、では…何(なん)の話でしたっけ?…ああ、そうだ。桜井一佐、ご質問の件、宜しいでしょうか?」

「はい。命中率の件、良く理解出来ました。」

 桜井一佐は穏(おだ)やかな笑顔で、そう答えたのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第17話.10)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-10 ****


 試験に参加していた全機が天神ヶ﨑高校へ帰着した後、参加機それぞれが点検整備を受ける一方で、緒美達はデブリーフィングを実施するのである。これには兵器開発部からは、緒美、恵、直美、樹里、茜、ブリジット、クラウディアに、立花先生を加えた八名が参加する。天野重工側からは、飯田部長、畑中、日比野が参加し、学校側と本社側、双方の立場で天野理事長も同席するのだった。天野理事長は、試験の状況や推移を、第三格納庫で畑中等と共に、送られて来る通信通話や画像をモニターしていたのだ。そして、随伴機パイロットの沢渡と、防衛軍側からオブザーバーとして、桜井一佐もデブリーフィングに立ち会う事になったのだ。
 因(ちな)みに時刻は、午後四時を少し回った所である。

「あの…校舎の会議室にでも移った方が、良くありません?先生。」

 議事録の記録係に任命された恵が、真面目な顔で立花先生に問い掛けたのだ。
 そう、デブリーフィングは兵器開発部の部室で、開催されようとしていたのだった。部室内には総勢で十四名が揃(そろ)い、それだけでも手狭な印象だった上に、天野理事長や飯田部長、桜井一佐と言った『偉い人』も参加しているので、恵としては気を遣ったのである。

「その方が、宜しいでしょうか?部長。」

 立花先生は飯田部長に意向を確認するのだが、飯田部長は事も無げに天野理事長に同意を求めるのだ。

「ここで構いませんよねえ、会長。」

「ああ、我々は構わないが、お客人(きゃくじん)は如何(いかが)ですかな?」

 天野理事長が尋(たず)ねるので、桜井一佐は微笑んで答える。

「わたしはオブザーバーですので、御構(おかま)い無く。」

 その回答を受けて、飯田部長が言うのだ。

「そう言う訳(わけ)だから、気にせず始めて呉れ、立花君。」

 一度、小さく頷(うなず)いて、立花先生は進行役としてデブリーフィングを始めるのである。

「では。本日の試験、お疲れ様でした。試験は成功裡(せいこうり)に終了したものと思いますが、問題点等、有りましたら発言をお願いします。」

 最初に手を挙げたのは、畑中である。早速、立花先生は畑中を指名するのだ。

「畑中君、どうぞ。」

「はい。先(ま)ずは、レールガンの画像照準設定にミスが有った事をお詫びします。ミスの原因は、現時点では不明ですが、試作工場へ戻り次第、作業担当者に状況等、聴取を行い再発防止に努めたいかと。あと、作業手順の見直しを実施します。」

 畑中が言い終えるのを待って、天野理事長が畑中に声を掛ける。

「畑中君、調整作業自体は間違っていなかったんだよね?」

「ああ、はい、そうです。手元のチェックシート通りの数値に再設定した後は、照準通りに命中してますから、工場での調整作業と設定値の割り出し作業に間違いは無かったかと。 それが、どうして実機への入力値が間違っていたのか、が謎でして。作業手順に、作業者が勘違いする様な要素が有った筈(はず)ですので、その辺り、洗い出します。」

「解った。そこは今後に活きていく所だから、しっかりとやって呉れ。但し、呉れ呉れも、犯人捜しみたいには、ならないようにな。」

「それは、承知してます。はい。」

 畑中は、そう天野理事長に応えると、微笑むのである。対して天野理事長は、小さく頷(うなず)いて見せるのだ。
 その一方で、日比野が手を挙げ、発言の許可を求める。

「はい、日比野さん、どうぞ。」

「はい。これはトラブル、と言う訳(わけ)では、ないんですけど。 鬼塚さんからの、依頼ですね。目標が発信する電波が途切れたり、周波数が切り替わった場合に、その直前の位置特定結果をモニター上で保持出来ないか、との要望が有りましたので、これは持ち帰って、検討させて頂きます。」

 今度は飯田部長が、日比野に問い掛ける。

「日比野君、それは技術的には難しくはないよね?」

「あ、はい。唯(ただ)、撃墜した目標の位置座標が何時(いつ)までも残ってても仕方が無いので、或る程度時間が経過したら、メモリーは消去する方がいいかな、とは考えてますけど。取り敢えず、実装の担当者とも細かい所は相談してみないと。 此方(こちら)で方針が定まったら、又、樹里ちゃんに連絡しますので。いいかしら?それで。」

 緒美は無言で大きく頷(うなず)き、樹里が声を返すのである。

「はい、大丈夫です。それで、お願いします。」

 その答えを聞いて、日比野は議事進行の立花先生に声を掛ける。

「わたしからは、以上です。」

「それでは、他に、何か問題点など、気が付いた事の有る方。」

 立花先生の呼び掛けに、応える者(もの)は居ない。周囲を見回した後、立花先生は茜達一年生に声を掛けるのである。

「ドライバーの三名は、オペレーション中に何か気付いた事は無かったかしら? 天野さん。」

 ドライバー代表として名指しされてしまったので、茜が声を上げる。

「…そうですね、わたしは今回、監視役でしたので、特には。ブリジットは、何か有る?」

「えーっ、ええ…っと、そうですね。先程の画像照準の件以外は、全て予定通りに進んだので、特に引っ掛かる所はありません、はい。 じゃ、次、クラウディア。」

 ブリジットは強制的にクラウディアへ発言の順序を回して、愛想笑いを送るのだった。クラウディアは一瞬、視線だけで隣席のブリジットを睨(にら)むのだが、直ぐに視線を戻して何も無かった様に、澄まし顔で発言を始める。

「C号機と Sapphire、それから『プローブ』も、仕様通りの機能を確認出来たと思います。『プローブ』の帰還コマンド、最終的に回収までに至ったのか、そこは確認したいですね。」

 クラウディアの発言に対して、飯田部長がコメントを返すのだ。

「ああ、それなら、先程、一報が有ったよ。『プローブ』は四基全て、指定通りの座標に帰還して着水。『あかぎ』搭載のヘリで無事に回収されたそうだ。」

 そのコメントには、緒美が逸早(いちはや)く反応する。

「回収された『プローブ』には、損傷とか有りましたか?」

「いや、その辺りの細かい情報までは、まだ不明なんだ。何にしても試作工場へ送り返して、状態の確認と再使用が可能か検査をしないとね。」

「そう、ですね。検査が終わったら、結果を教えてください。」

「勿論、報告書(レポート)は此方(こちら)にも回って来る筈(はず)だよ。」

「宜しくお願いします。」

 緒美は席に着いた儘(まま)で、飯田部長に頭を下げるのである。
 続いて、立花先生は随伴機パイロットの沢渡に、問い掛けるのだ。

「それでは沢渡さん、今日のフライト全般に就いて、何かコメントが有れば。」

 ここで沢渡に話を振ったのは、沢渡が HDG の開発には直接的には関係が無いからだ。フライトに関する注意事項や、申し合わせ事項が無ければ、沢渡はデブリーフィングから離脱する予定なのだ。沢渡自身にも他に業務予定が有るので、無関係な打ち合わせで長時間拘束されるのは避けたいし、会社側としては必要以上に HDG 関連の情報を沢渡に与える必要も無いのである。

「そうですね…今日は、わたしも特にコメントは無いかな。三人共、空中機動(マニューバ)やフォーメイションの位置取りとか、危な気(げ)が無くなって来たし、まあ、B号機だけは通常の航空機とは、ちょっと質が違うから、あれでいいのかは良く解らないけどね。」

 そんな沢渡のコメントに、茜が言葉を返すのだ。

「そう云って頂けるのは嬉しいですけど、AMF に関して言えば、実際に操縦しているのは Ruby ですから。」

 続いて、クラウディアが発言する。

「それを言ったら、C号機の飛行ユニットを操縦してるのは Sapphire ですよね。」

 ブリジットも、クラウディアに続くのだ。

「B号機の飛行制御は、Betty(ベティ) よね。」

 そのブリジットの発言を、飯田部長が聞き返すのである。

「Betty?」

 飯田部長の疑問に答えるのは、樹里であった。

「ああ、AI ユニットの Ruby と Sapphire には呼び名が有るので、A号機とB号機の制御 AI にも名前を付けよう、って最近なりまして。特に近頃は、Sapphire がC号機自体の呼び名みたいになって来てるので。」

「B号機だから、頭文字がBで『Betty』って事かい?」

 飯田部長の確認に、ブリジットが笑顔で答える。

「そんな感じです。」

「だから、『Betty』は『Elizabeth(エリザベス)』の別称なんだから、変だって言ってるんですけど。」

 からかう様に、クラウディアはブリジットに突っ込みを入れるのだった。

「いいのよ、そう言う細かい事は。」

 ブリジットはニヤリと笑って、一歩も引かない構えである。
 そんな様子に微笑み乍(なが)ら、飯田部長は茜に尋(たず)ねるのだ。

「成る程ね。それじゃ、A号機の愛称は?」

「一応、『Angela(アンジェラ)』って事に。」

 その回答を受け、沢渡が提案する。

「ああ、いいじゃないですか。次回から、フライト時の識別コードは、そっちを使ったらどうです? HDG01、HDG02 よりは Angela01、Betty02、Sapphire03 の方が、解り易いんじゃないかな。」

 その提案には、微笑んで緒美が応じるのだ。

「それは又、別途検討したいと思います。」

 立花先生が、そこでブリーフィングに区切りを入れるのである。

「それでは、フライト関係で特に問題が無ければ、沢渡さんの参加はここ迄(まで)、としますが宜しいでしょうか?」

 その立花先生の進行に、参加者からは特に異論は出ない。
 その事を確認して、先(ま)ずは緒美が沢渡に言うのである。

「では沢渡さん、今日は、ありがとうございました。」

「ああ、本日は此(これ)で、御役御免(おやくごめん)ですか。」

 そう言うと、沢渡は席を立ち、天野理事長に声を掛けて一礼するのだ。

「それでは理事長、第二格納庫へ戻りますので。」

「ああ、沢渡君。ご苦労様だったね。」

 そして沢渡は、部室内の一同に対して「それでは皆さん、お先に失礼します。」と声を掛けると、部室の奥側出口から退室して行ったのである。
 その直後、突然声を上げて恵が立ち上がったのだ。

「ああ、そう言えば。 お茶位(くらい)、お出しすれば良かったのに!」

 立ち上がった恵に、慌てて天野理事長は声を掛ける。

「いいから、森村君。気を遣わなくて。」

 天野理事長は差し出した右の掌(てのひら)を上下に動かし、恵に席に座るよう促(うなが)すのである。そして立花先生に向かって、言うのだ。

「立花先生、議事の進行を再開して呉れ。」

「すみません、うっかりしてました…。何でしたら、今から準備を?」

 そう言い乍(なが)ら、申し訳無さ気(げ)に恵が座り直すので、宥(なだ)める様に立花先生が声を掛けるのである。

「いいから、いいから、恵ちゃん。…え~っと、それじゃ議事を再開します。今日の試験に関しては、特に新たに議題は無さそうなので、今後の予定とか全般的に、何か有れば。」

 そこで、手を挙げたのが桜井一佐である。

「ちょっと、伺(うかが)いたいのですけれど、宜しい?」

「はい、どうぞ、桜井一佐。」

「では…B号機装備のレールガンに就いて、なのですけれど。前回の件も合わせて、天野重工さんのレールガンは、その命中率が驚異的なんですけれど。この辺り、どう言う仕組みなのか、差し支えなければ教えて頂きたいのです。」

 桜井一佐の問い掛けに、驚いた様に緒美が聞き返す。

「『驚異的』、ですか?」

「ええ、わたし達の常識からすれば、異常です。物理的な砲弾の命中率が、ほぼ 100%だなんて、有り得ません。テスト・パイロットの…ボードレールさん? 彼女は何か、特別な訓練でも?」

 そんな事を言われて、当のブリジットは茜と顔を見合わせるのだった。
 その一方で飯田部長は「わははは。」と声を上げて笑い、そして言うのだ。

「それに関しては、鬼塚君の名言が有りますな。『当たる様に撃ったから、当たっただけ』だそうだ。だよな、鬼塚君?」

「はい。」

 緒美は短く応えると、くすりと笑うのである。
 桜井一佐は怪訝(けげん)な表情を、飯田部長へと向けて尋(たず)ねるのだ。

「どう言う事です?」

「つまり、当たるのに理由は無いけど、当たらないのには理由が有る、そう言う事だろう?鬼塚君。」

 飯田部長から話を振られたので、続いて緒美が説明を始める。

「要するに、目標の軌道と砲弾の弾道が交差していれば、必ず当たる訳(わけ)ですから、そのタイミングで発射がされれば、命中しない訳(わけ)がないんです。それで命中しないのは、発射後に大きな外乱要因が有る場合で、第一に目標の軌道が変わる事、第二に砲弾の弾道が変化する事、ですね。 第一要因である目標の軌道は、射撃側からは制御出来ないので、これはもう運に任せるしか無いのですが、前回と今回の試験では目標が等速直線運動を続ける前提で発射していますから、この第一要因は影響していません。 第二要因の外乱は、電磁場や重力場の大きな変動とかが有れば影響を受けるでしょうけれど、地球大気圏内でそれは無視出来ますから、後は大気状態だけが問題です。これも前回と今回の試験では大気状態が安定していたので影響を受けませんでした。そもそもレールガンから発射された弾体は非常に高速なので、大気状態の影響は受け難いと言う事も有りますし、大気状態の影響は急激な変化はし辛いので、火器管制装置で十分(じゅうぶん)補正が可能ですから、最初から心配はしてません。 そう言った訳(わけ)ですので、命中するか否(いな)かは、発射時に目標と弾道とが一致しているか、その一点に掛かっています。」

「その理屈からすると、命中しない理由は大きく二つで、第一に目標の軌道予測の失敗、第二は、そもそも発射時に弾道が目標の未来位置と交差していない、と。そう言う事かしら?」

「はい。」

 緒美は一度頷(うなず)いて、微笑むのだ。

「目標の軌道は射撃側から制御不能って言うのは、全くその通りだから置いておくとして。すると、HDG の火器管制は特別に精度がいいって事かしら?」

 眉間に皺(しわ)を寄せ乍(なが)ら、桜井一佐が然(そ)う問い掛けて来るので、困惑しつつ緒美は日比野に尋(たず)ねるのである。

「そんな事はないですよね?日比野さん。」

「そうですね…火器管制機能を持っているのは HDG 搭載の AI なんですが、計算している内容は、例えば F-9 戦闘機のものと同等の筈(はず)ですけど。ですから、特別に精度がいいって訳(わけ)では、ないと思いますよ、桜井さん。」

 日比野に続いて、緒美が説明を試みる。

「HDG が特別だとすれば、先程も話が出ていましたけど、最終的に操縦を各機搭載の AI が担当している事だと思います。火器管制が求める機体姿勢に、AI 操縦だと正確に合わせる事が出来ますから。その点、人が操縦している現用の戦闘機は、火器管制の要求に人の操縦が合わせ切れてないと言うか、そこはパイロット個人の練度の差が出て来るんだと思います。」

「成る程。」

 桜井一佐は、小さく頷(うなず)くのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.09)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-09 ****


「TGZ01 より、HDG02 へ。取り敢えず、これで画像照準の性能は確認出来たと言う事でいいでしょう。予定通り、残りの目標は同時ロックオンで、連続射撃の確認に移ります。問題は無い?」

「此方(こちら)HDG02、問題ありません。狙撃コースへ向かいます。」

「了解。準備が出来たら、連絡してね。」

 待機コースを飛行するクラウディアのC号機斜め後方から、ブリジットのB号機は左旋回で離脱する。この時点で、B号機とC号機は、南北方向に設定された待機コースを南から北へと飛行していたのだ。クラウディアのC号機は此(こ)の待機コース上を往復し乍(なが)ら、目標である気球(バルーン)の位置特定を継続しているのである。
 残存した気球(バルーン)を曳航(えいこう)する海防艦艇は、それぞれが別方向へと低速で航行しているが、これは安全上の配慮なのだ。仮に気球(バルーン)を繋留した艦艇が静止しているとして、上空に風が吹いていない状態で、気球(バルーン)が射撃に因って破裂したとしよう。その場合、上空に有った器機や、繋留していた千メートル分のワイヤーが艦艇に向かって落下して来る事になるのである。実際には、上空には大気の流れが存在するし、艦艇も海流に因って移動しているので、必ずしも艦艇の真上からワイヤー等が落下して来る訳(わけ)ではない。だが、その一部でもが艦上の設備や装置、構造物に衝突したとして、何かしらの利益になる事は有り得ず、寧(むし)ろ場合に依っては深刻なダメージを受ける事すら有り得るのだ。その予防的対策として艦艇を一定方向へ航行させておけば、艦尾部に繋留された気球(バルーン)は必ず艦尾から更に後方の上空に存在する事になるので、気球(バルーン)が破裂した際の落下物が艦上構造に衝突するのを回避が出来る訳(わけ)である。
 当然、静止した標的よりも移動する標的の方が、命中させるのに難易度は高くなるが、定速での一方向への移動程度であれば、目標の未来位置へ弾道を合わせる事などB号機搭載の火器管制機能には造作無い仕事なのである。

「HDG02 より、TGZ01。狙撃コースへ入りました。」

 ブリジットの声を聞いて、緒美は念の為、指示を伝える。

「了解、HDG02。今回は画像照準は使用しないでね。データリンクの、C号機が特定した目標座標に上へプラス六メートルで、二目標同時にロック。奥側の目標から順番に射撃して、離脱。いいわね? 一気に終わらせましょう。」

 最初に、今回から追加となった超望遠カメラを使用した画像照準の機能確認を行ったのだが、現実には『ペンタゴン』が相手の場合、相手側が『光学ステルス』能力を有している以上、画像照準は役に立たないのだ。『ペンタゴン』を狙撃する為には、C号機が位置特定した座標へ、弾体を撃ち込まなければならないのである。

「了解してます。目標1、2 をロック、射撃座標を上にプラス六メートルに設定…あ、HDG03、目標2 がデータリンクから消失。」

 落ち着いた声でのブリジットの報告には、直ぐに、クラウディアの声が返って来る。

「発信器が周波数を切り替えたのよ。再スキャンで検出される迄(まで)、ちょっと待って。」

 クラウディアの説明を聞く迄(まで)もなく、目標座標がデータリンクから消失した理由をブリジットは理解している。だから、ブリジットは冷静に緒美に申告するのだ。

「HDG02 より、TGZ01。一旦(いったん)、狙撃コースから離脱します。」

「TGZ01、了解。」

 短く緒美が了承の意を伝えると、ブリジットはB号機を大きく右旋回させて西向きの針路を取る。これは、目標との距離を設定されている百五十キロよりも縮め過ぎない為の措置である。
 その間に、もう片方の目標も発信周波数が切り替わり、C号機は再スキャンを余儀(よぎ)無くされるのだった。

「受動式(パッシブ)でやってる以上、こればっかりはどうしようもないわね。」

 立花先生は苦笑いを浮かべて、そう緒美に言ったのだ。

「そうですね。 これ、消えた位置をメモリーしてデータリンクを継続するって、出来ません?」

 緒美は、そう日比野に問い掛けた。それに対する、日比野の反応は早い。

「出来なくはないけど、表示がメモリーなのか、現在の計算結果なのか、判別は付かないとマズくない?」

「表示の色を変えるとか、ですか?」

 その樹里の提案に、日比野は微笑んで、そして答えるのだ。

「まあ、そんな所かな。取り敢えず、持ち帰って検討してみる。」

「お願いします。」

 緒美も微笑んで、日比野に依頼の声を掛けたのである。
 そうこうする内、データリンク上には二つの気球(バルーン)に就いて、再度、位置特定された結果が表示されるのだ。

「TGZ01 より、HDG02。射撃コースへ向かって。」

「HDG02、了解。狙撃コースへ入ります。」

 ブリジットが答えると、続いてクラウディアの声が通信に入って来る。

「HDG02、又、周波数が切り替わる前に、ササッと撃ち落としてちょうだい。」

「余計な事、言ってないで、黙って見てなさい、HDG03。 目標1、2 をロック、射撃座標を上へプラス六メートルに設定。目標2、1 の順に連続射撃します。」

 東向きのコースに旋回を完了したブリジットのB号機は、レールガンの弾道が目標の未来位置に重なるように、機体の速度と角度を調整するのだ。それは勿論、B号機搭載の AI が微調整を補助しているのである。

「マスターアーム、オン。 弾体を薬室(チャンバー)へ装填。準備完了、発射許可を求めます。」

 ブリジットからの要求に、緒美は即答する。

「此方(こちら)、TGZ01。発射を許可します。」

「HDG02、了解。HDG01、弾道観測、準備いいよね?」

「此方(こちら) HDG01、準備完了してる。何時(いつ)でもどうぞ。」

 茜の声を確認し、一呼吸を置いてブリジットは声を上げた。

「では、HDG02、連射、行きまーす。」

 その宣言から間も無く、B号機搭載のレールガンは一発目を発射したのだ。

「弾体を薬室(チャンバー)へ再装填。次弾、発射します。」

 そして、殆(ほとん)ど間を置かず、ブリジットは二発目を発射したのである。
 目標2 は高度千六百メートルをB号機から見て向かって左手側に南東方向、つまりB号機から見て右方向へ移動しつつ、遠ざかる方向へも移動している。目標1 は高度二千メートルを右手側に南方向へ、これはB号機から見ると右方向へ移動している。目標2 が遠ざかる方向へ移動と先述したが、実際には目標を曳航(えいこう)する艦艇の航行速度よりもB号機の飛行速度の方が速いので、相対的にはB号機は何方(どちら)の目標にも接近しているのだ。徒(ただ)、その接近速度が二つの目標で其其(それぞれ)が僅(わず)かに違う、と言う事である。
 この様に、二つの目標は高度も接近速度も移動方向も違うので、B号機は目標毎(ごと)に機体の向きを変えて射撃を行わなければならないのだが、何分(なにぶん)、百五十キロメートルも彼方(かなた)の目標である。外から見て解る程に、機軸を振る必要は無かったのだ。

「射撃終了、マスターアーム、オフ。離脱して、待機コースへ向かいます。HDG01、着弾観測、宜しく。」

 ブリジットはB号機を右へ傾けると、大きく旋回して東向きの射撃コースから離れて行った。

「此方(こちら) HDG01、弾道観測を続行。着弾まで、凡(およ)そ五十二秒。」

 茜は二つの目標が AMF の前方監視カメラで同じ画角(フレーム)に入る角度をキープして飛行し、飛翔する二つの弾体は右主翼下の観測用撮影ポッド内蔵カメラが赤外線モードで追跡している。これら複数の撮影機材を、同時に制御しているのは、当然、AMF に搭載されている Ruby である。
 そして茜は、十秒毎(ごと)に残り時間を読み上げるのだ。

「…四十秒…三十秒…二十秒…十秒…5…4…3…2…1…着弾。」

 前回と同様に、AMF が撮影する赤外線画像は、画面がホワイト・アウトするのだったが、それは二つの目標への着弾が、ほぼ同時だった為、一度限(きり)だった。
 そしてデータリンク上で目標のレーダー反応をモニターしていた樹里が、報告する。

「目標のレーダー反応、消失を確認しました。」

「了解、HDG03、『プローブ』各機へ帰還コマンドを送信。 それから HDG01、観測ご苦労様、此方(こちら)へ合流して。」

 その緒美の指示に対して、クラウディアと茜が相次いで返事をするのだ。

「此方(こちら) HDG03、『プローブ』各機へ帰還コマンドを送信します。」

「HDG01 より、TGZ01。これより、其方(そちら)へ合流します。」

 そして緒美は、海上防衛軍側へ試験終了の挨拶を伝えるのである。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。以上で当方の試験メニューは、全て消化しました。海上防衛軍の御協力に感謝します。ありがとうございました。」

 そのコメントに続いて、コンソールの傍(そば)へ移動して来た桜井一佐が、日比野から通話用のヘッドセットを借りて、声を上げるのだ。

「此方(こちら)、空防の桜井です。空防からも、海防艦艇の支援に御礼申し上げます。」

 すると間を置かず、海防側から返信が入るのである。

「空母『あかぎ』艦長の、稲村です。試験の方、順調に終わった様子で、何よりですな。今回は桜井一佐とは、直接、お目に掛かれず残念でした。何(なん)でしたら後日、戦闘機で来艦くだされば、歓迎致しますよ。」

「稲村一佐、生憎(あいにく)ですが、わたしは空母着艦の資格(ライセンス)は持ってませんので。」

「わははは、桜井一佐なら海防で講習を受けて頂ければ、直ぐに取得出来ますよ、きっと。」

「ご冗談が過ぎますよ、稲村一佐。では、我々はこれで失礼しますので。今日は、ありがとう存じます。」

「はい、帰路、お気を付けください。」

 稲村艦長からの返事が有った所で、飯田部長がヘッドセットを桜井一佐から受け取り、交代して話し始めるのだ。

「あー、天野重工の飯田です。今日は、海防側の御協力、ありがとうございました。」

「ああー、飯田さん、ご苦労様。 試験中の通信を一通り聞かせて貰ってたけど、御社の若い人達、皆(みんな)、優秀で羨ましい限りですな。」

 天野重工は海上防衛軍の空母搭載機である艦上型 F-9 戦闘機を生産している関係も有って、飯田部長は稲村艦長とも面識が有るのだった。

「いやあ、恐縮です。」

「今日試験した装備、何時(いつ)頃、現場で使える予定ですか? 随分(ずいぶん)と完成度、高い様子じゃないですか。」

「いえいえ、まだ実験機ですから。製品化するには、まだまだ詰めなけれなばならない箇所が有りましてね。 我々は、これで帰還しますが、其方(そちら)には、もう一仕事お願いする事になってますので、宜しくお願いします。」

「ああ、無人機(ドローン)の回収だね、承知してるよ。」

「はい、その件に就きまして何か有りましたら、其方(そちら)に派遣してある、弊社の担当の者(もの)に言って頂ければ。」

「ああ、はいはい、了解してますよ。」

「では、失礼します。本日は、ありがとうございました。」

「はい、ご苦労様。」

 稲村艦長からの返事が有った所で、飯田部長はヘッドセットを外して、樹里に言うのだ。

「じゃ、ここで防衛軍との通信は終了だ。 いいかな?鬼塚君。」

 飯田部長に確認されたので、マイク部を指で塞(ふさ)いで緒美が応じる。

「はい。 城ノ内さん、通信設定から防衛軍を解除してね。」

「分かりました~設定、解除しました。」

 樹里は手早くコンソールを操作し、データリンクを使った通信の通話リストから防衛軍のアドレス・コードを解除したのである。
 続いて、緒美が各機に通信を送る。

「TGZ01 より、HDG 各機。学校へ帰還するから、当機の位置へ集合。防衛軍との通話設定は解除したから、もう話すのに緊張しなくてもいいわよ。」

 その緒美の発言に対して、HDG 各機からは「了解。」との返事が有るのだ。
 一方で、立花先生が飯田部長に問い掛けていた。

「飯田部長、『あかぎ』の艦長とも面識が、お有りだったんですか?」

「ははは、伊達(だて)に三十年も、天野重工で防衛装備事業に関わっている訳(わけ)じゃないって事さ。」

 そう言って笑う飯田部長に対して、少し呆(あき)れた様に桜井一佐が言う。

「まったく、驚異的な、お顔の広さですわね。」

「いえいえ、これ位じゃないと、務まりませんよ。」

 そう答えて又、笑う飯田部長の一方で、苦笑いで顔を見合わせる、桜井一佐と立花先生である。
 その後、社有機の右側に AMF、左側にB号機、C号機が集合すると、緒美がクラウディアに尋(たず)ねるのだ。

「HDG03、カルテッリエリさん、『プローブ』は指定したポイントへ、向かってる?」

「はい。あと一時間程度は掛かりますけど、向かってはいます。 城ノ内先輩、其方(そちら)でもモニター出来ますよね?」

 クラウディアが聞き返して来るので、樹里はコンソールを操作して確認する。

「はーい。此方(こちら)でも、ステータスを確認しました。」

 樹里の確認を待って、緒美は指示を伝える。

「それじゃ、これより帰還します。沢渡機長、お願いします。」

 社有機はスロットルを開けて、上昇しつつ旋回を始める。そしてHDG 各機は、それに続いたのである。
 こうして、この日の試験は全てが無事に終了したのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第17話.08)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-08 ****


 間も無く、ブリジットの声が随伴機機内でスピーカー出力される。

「HDG02、狙撃コースへ復帰。目標の座標を入力。照準画像を確認します。」

 その声を聞いて、緒美は日比野が操作するディスプレイを再(ふたた)び覗(のぞ)き込むのだ。立花先生は席を離れ、日比野の席後方に移動して緒美と同様にディスプレイに注目する。
 ブリジットの声が続く。

「今度は、指定座標が目標のアンテナ辺りになっているみたいです。」

「HDG02、此方(こちら)でも画像を確認したわ。」

 緒美は、ブリジットに然(そ)う報告した。ブリットは、オペレーションを続けるのだ。

「照準を気球(バルーン)中央部へ修正…目標固定(ロックオン)。目標を空対空射撃モードで自動追尾。 HDG02、マスターアーム、オンにします。宜しいですか? TGZ01。」

「此方(こちら) TGZ01、許可します。オペレーション、続行して。」

「HDG02、了解。マスターアーム、オン。 弾体を薬室(チャンバー)へ装填。 HDG01、其方(そちら)は準備、いい?」

 ブリジットが茜に声を掛けるので、茜が応答する。

「此方(こちら)HDG01、記録準備状態で待機中。何時(いつ)でも、どうぞ。」

 茜の AMF の現在位置は、B号機と気球(バルーン)との中間位置から、北へ百キロメートル程の空域である。AMF は、その複合画像センサーでレールガンの射撃弾道を側方から観測するのだ。
 茜の返事を受けて、ブリジットが発射の最終確認を行う。

「それでは、カウントダウンの後(のち)に、レールガン、発射しますが、いいですか?TGZ01。」

「此方(こちら) TGZ01、発射を許可します。タイミングは任せます。」

「HDG02、了解。では、カウントダウン、スタート。5…4…3…2…1…発射!」

 ブリジットの宣言と同時に、B号機の飛行ユニットに装備されたレールガンは、その砲口から青白い閃光を放つのだ。
 撃ち出された弾体は非常に高速なので目視は出来ないが、AMF が撮影する赤外線画像では、飛翔する一つの光点として捕らえられていた。
 飛翔中の弾体が赤外線画像で明るく見えるのは、レールガン砲身内部での加速中に弾体が電気的に発熱するからだが、発射後にも飛翔中の空力加熱に因って、弾体は加熱されているのだ。
 この超音速飛翔体の『空力加熱』は、周辺流体、乃(すなわ)ち空気との『摩擦熱』だと間違って説明される事が多かったが、それらは全く異なる現象である。
 シリンダーに閉じ込められた空気をピストンで圧縮すれば、シリンダー内部の空気は温度が上昇する事は一般的に知られているが、超音速飛翔体の前面では、これと同じ事が解放された大気中で起こるのだ。それが空力加熱の原理である。
 『音速』とは空気が自力で(外部からのエネルギー供給無しに)動ける速度の上限なので、音速以上で移動する物体の前面に存在する音速以下の空気は、物体の周辺や後方へと流れ遅れた結果、圧縮されるのである。従って、超音速飛翔体の先端部で此(こ)の圧縮が発生する為、先端部分の温度が、温度分布ではピークとなるのだ。これが、超音速飛翔体の加熱が『摩擦熱』ではない単純で、明確な証拠である。もしも、超音速飛翔体の加熱が『摩擦熱』であるなら、ロケットや砲弾型ならば先端ではなく胴体周辺部、翼型であれば前縁ではなく翼表面、そう言った面積の広い部分に温度分布のピークが発生する筈(はず)である。更に、先端部や前縁部は常に新鮮な大気に曝(さら)される場所であるから、『空力加熱』が無ければ、大気に因って冷却される筈(はず)なのだ。
 因(ちな)みに、超音速飛翔体に因って加速された超音速流の大気と周辺の亜音速流大気との境界が、大気中を波状に伝播するのが、所謂(いわゆる)『衝撃波』である。

「発射終了。HDG02 は待機コースへ、戻ります。」

 ブリジットの申告に、緒美が応える。

「了解、HDG02。 現在、レールガンの弾体は目標へ向かって飛翔中。着弾まで、あと五十三秒。」

「了解。マスターアーム、オフ。着弾したら、教えてください。」

 ブリジットのB号機は、右旋回の後、クラウディアのC号機と合流するのだ。
 一方で、弾体の飛翔経路を追跡して撮影を続ける茜は、着弾までの時間を報告する。

「着弾まで、推定であと三十秒。…二十秒…十秒…5…4…3…2…1…ゼロ…あれ?…手前側を通過しました…ね。」

 茜の報告に続いて、緒美も声を上げる。

「此方(こちら)でも、画像を確認したわ。 Ruby、どの位、逸れたのか、記録した画像から解析出来る?」

 緒美の呼び掛けに、AMF から Ruby の声が返って来る。

「其方(そちら)で保存した記録にアクセスして、弾道解析を行ってみます。記録ファイルの指定を、お願いします。」

 Ruby からの依頼を受けて、樹里が手早くコンソールを操作し、Ruby へ言葉を返すのだ。

Ruby、ファイルを送るから、解析、宜しく。」

 樹里がコンソールのエンターキーを叩くと、間も無く Ruby からの返事が有る。

「ファイルを受け取りました。解析完了まで、暫(しばら)くお待ちください。」

 そこへ、ブリジットからの通信が入るのだ。

「あのー、HDG02 です。さっきの、外(はず)れました?」

「そうね。でも、貴方(あなた)の所為(せい)でない事は分かってるから、心配しないで。」

 緒美に然(そ)う言われても、ブリジットとしては安心出来るものではない。

「前回は当たったのに…どこかで操作を間違えたでしょうか。」

 心配そうにブリジットは言うのだが、射撃に就いてドライバーが実行するのは目標の指定と、タイミングの指示だけなのだから、彼女には操作を間違えようが無いのである。だから、緒美が言葉を返すのだ。

「変化点としては、レールガン本体を再装備した事と、照準用の超望遠カメラの追加だから、原因は其(そ)の何方(どちら)かでしょう?」

 そこで、Ruby が弾道解析の結果を報告して来るのである。

「HDG01 Ruby より、TGZ01。先程の弾道解析が終わりましたので、報告します。弾道に対して左右の誤差が約一メートルと、精度は高くありませんが、照準座標から射線に対し左へ凡(およ)そ六メートル程、弾道が逸れたものと思われます。」

「ありがとう、Ruby。六メートルか…角度にすると…。」

 緒美は制服のポケットから自分の携帯端末を取り出し、関数電卓画面を表示する。それを手早く操作して、角度のズレ量を計算するのだ。

「…百五十キロ先の六メートルだから…アークタンジェントで…0.00229°、ね。こう計算すると、大きいんだか小さいんだか分からないわね。 TGZ01 より、テスト・ベース。其方(そちら)で、何か見解が有りますか?」

 緒美が学校側で待機しているメンバーに呼び掛けると、それに応じたのは緒美の予想通り、畑中である。

「あー、此方(こちら)テスト・ベース。さっき言ってた、レールガン再装備ってのは関係無いと思う。取り付けで軸線がずれないようには出来てるし、調整確認もやったから。 だから、照準用の望遠カメラ、そっちの調整が不十分だったかも知れない。」

「その再調整は、工場に戻さないと無理ですか?」

 そんな緒美の問い掛けに、畑中は即答する。

「いや、カメラ自体は、レールガン本体に、ほぼ固定だから。パラメータ調整で、何とかなると思う。 HDG02、レールガンの照準パラメータ設定画面、開いて見て呉れるかな?」

 そのリクエストに、ブリジットは直ぐに応じるのだった。

「HDG02 です。パラメータ設定を開きます、ちょっと待ってください。」

 それから数秒経って、再(ふたた)びブリジットの声が聞こえた。

「はい、パラメータ設定、開きました。どうすれば、いいですか?」

「オーケー、パラメータ、項目が十個、並んでる筈(はず)だけど、確認出来るかい?」

「はい、十個、有りますね。」

「じゃあ、念の為、現在の数値を上から順番に、読み上げて呉れ。」

「分かりました。上、パラメータ番号1 から順に行きます。0.1、1、0、0.23、0.28、0.28、0.06…」

 ブリジットが読み上げる途中で、畑中が「え?」と声を上げるので、ブリジットは読み上げを中断して聞き返すのだ。

「…何か、おかしかったですか?」

「ああ、ゴメン。もう一度、最初から頼む。」

「行きます、0.1、1、0、0.23、0.28、0.28、0.06、0.01、0、1、以上です。」

「了~解。5、6、7番の数値は、0.28、0.28、0.06、で間違いない?」

「はい、0.28、0.28、0.06、です。」

「オカシイなあ…パラメータ6番の数値は、こっちのチェックシートだと、0.08 になってるんだけど。バグか、入力ミスか…。」

 そんな事を畑中が言うので、日比野が突っ込むのである。

「パラメータの設定値が勝手に変わるバグなんて、有り得ません!そっちの入力ミスでしょ?」

「だよね~、どうして、こんな間違いが…まあ、いいや。この件は、帰ってから担当者に確認してみる。取り敢えず、パラメータの6番が 0.28 だった場合のズレ量を計算してみるから、ちょっと待ってね…。」

 今度は緒美が、畑中に問い掛ける。

「簡単に出来るんですか?それ。」

「…ああ、調整用のアプリを使えば、逆算出来る筈(はず)…ああ、出た。0.28 の場合は、百五十キロ先で水平方向に、-5.583、あ、正対して右側がプラスね。これ、さっきの結果と、大体合ってるよね?」

 そこで、コンソールを操作していた樹里が発言するのだ。

「B号機のログを確認しましたけど、さっきの射撃、照準座標がC号機の位置特定座標と水平方向に 5.9 メートル、ずれてますね。」

 立花先生が、怪訝(けげん)な顔付きで緒美に尋ねる。

「どう言う事? C号機の特定した座標に撃ち込んだんじゃなかったの?」

「いえ、最終的には望遠カメラの画像で、照準を修正しましたから。そのカメラがズレてた、って事ですね。」

 そして、ブリジットが問い合わせて来るのだ。

「HDG02 です。結局、パラメータの6番は、設定値 0.08 に、修正していいんですか?」

 それには畑中が、緒美よりも先に答えるのだ。

「ああ、スマン。そう、0.08 で、オーケー。」

 続いて、緒美も一言。

「だ、そうよ。」

「HDG02、了解。パラメータの6番、0.08 に設定しました。」

「それじゃ、もう一度、トライしてみましょうか。HDG02、射撃コースへ。」

「HDG02、了解。」

 そう答えて、ブリジットは機体を大きく右旋回さると、気球(バルーン)を狙うコースへと自身を乗せるのだ。
 ブリジットがコースを修正している間、緒美は茜に問い掛ける。

「TGZ01 より、HDG01。観測準備は大丈夫?」

「HDG01、問題ありません。何時(いつ)でも大丈夫です。」

「了解、HDG01。その儘(まま)、待機してて。HDG02 、其方(そちら)は?」

「HDG02 です。狙撃コースに乗りました。再度、照準を固定(ロック)します。マスターアーム、オン。 弾体を薬室(チャンバー)へ装填。準備完了、発射許可を求めます。」

「TGZ01 より HDG02 へ、発射を許可します。其方(そちら)のタイミングで、どうぞ。」

「HDG02、了解。カウントダウン開始、5…4…3…2…1…発射。」

 再度、B号機のレールガンが火を噴くと、射撃の終わったブリジットは右旋回して待機コースへと戻るのだ。

「HDG02、射撃終了。待機コースへ戻ります。HDG01、着弾観測、宜しく。」

「HDG01、了解。着弾まで、推定五十秒。」

 茜が答えてから約五十秒後、百五十キロ先の同高度に出現した、一つの火球を確認したのである。

「着弾! 命中しました。」

 レールガンの弾道観測をしていた茜は、直(ただ)ちに報告したのである。AMF が撮影していた赤外線画像では、着弾の瞬間に気球(バルーン)内部の水素が爆発的に燃焼した事で、撮影画像は一面がホワイト・アウトしたのだった。だが、超望遠カメラによって観測・記録された画像に爆発音は疎(おろ)か、聊(いささ)かの音声も収録されてはいないので、その映像に迫力は欠片(かけら)も無いのである。一瞬、ホワイト・アウトした画面は直ぐに、何も無い空中を映した赤外線画像に戻り、その画像だけを見ていれば何事も無かったかの様だった。

「流石に、百五十キロも先だと、爆発の閃光も見えないわね…。」

 随伴機機内から窓の外を眺(なが)めていた立花先生は、苦笑いし乍(なが)ら然(そ)う翻(こぼ)したのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.07)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-07 ****


 最終的に、パラメータ各種を調整の末(すえ)にレーダー反応から割り出された位置座標との誤差は、凡(およ)そ一メートル程度迄(まで)に、電波発信源の位置特定は追い込む事が出来たのだった。
 誤差が一メートルと聞くと、精度が余り良くない様に思われるかも知れないが、凡(およ)そ百五十キロメートルの距離を隔てての一メートルである。それに、捜索目標の大きさが幅で八メートル程度である事を合わせて考えれば、実用に十分な結果だと言えよう。

「取り敢えず、こんなものかしら? 持ち帰って分析するのに、データは全部記録してあるから。実際のデータを元に、計算式とか見直せば、もう少し精度は上がる筈(はず)だって聞いてるけど。」

 日比野は、緒美と樹里に、そう告げるのだ。
 そこに立花先生が、声を掛けるのである。

「問題が無ければ、次へ進めましょう。」

「そうですね。 TGZ01 より、アカギ・コントロール。器機の初期調整が完了しました。予定通り、フェイズ・ツーへ進みますので、発信器のモード変更をお願いします。」

 緒美が海防側に呼び掛けると、返事は直ぐに有った。

「TGZ01 へ、了解。フェイズ・ツー移行の指示を出す、待機されたい。」

「TGZ01、了解。待機します。」

 試験の第二段階(フェイズ)は、気球(バルーン)が懸下(けんか)している発信器が、三種類の周波数をランダムに切り替えて発信し、C号機の位置特定が追従出来るかの試験である。この試験に用いられている発信器は、天野重工が製作して持ち込んだ物なので、それを操作する為の社員が気球(バルーン)を繋留している各海防艦艇へ派遣されており、海防側の指示で器機の操作を行ったり、稼働状況を監視しているのだ。
 そして間も無くして、クラウディアからの報告が入る。

「HDG03 より TGZ01。目標からの電波受信をロスト。再スキャン、開始します。」

 その報告に、樹里が応える。

「此方(こちら) TGZ01、了解。モニター、継続してる。」

 それから数秒後、樹里が操作しているコンソールのディスプレイに表示されている、MAP モード画面上での HDG03 と各『プローブ』のシンボルが、それぞれに受信状態である通知に変化する。そして、再び位置特定の演算結果が、シンボルとして MAP 上に表示されるのだ。

「演算結果、来ました。…精度は、先程と特に変わらないですね。」

 樹里の報告を、緒美と立花先生は樹里の背後からディスプレイを覗(のぞ)き込んで確認するのだった。
 その後、二度、三度と気球(バルーン)の発信器は異なる間隔で発する電波の周波数を切り替え、その都度(つど)、C号機は電波の発信源位置を特定し直して、その精度を確認したのだ。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。試験内容を、フェイズ・スリーへ移行します。宜しいでしょうか?」

 周波数の変化が、位置特定の検出精度に影響を与えない事を確認して、緒美は海防側に試験を第三段階(フェイズ)へ進める連絡をしたのだ。その返事は、直ぐに返って来た。

「此方(こちら)、アカギ・コントロール。フェイズ・スリー移行を了解。一番艦から、移動を開始。」

 空母『あかぎ』からの返答の後、間も無く、樹里が見詰めるディスプレイ上で、縦に三つ並んでいた気球(バルーン)を表すシンボルの、一番下側の一つが下向きへゆっくりと動き出すのだ。
 それは現在、MAP モードで表示されているので、ディスプレイの上側が磁北である。つまり、気球(バルーン)を繋留した海防艦艇は南向きへ航行を開始したのだ。その速度は航空機に比べれば比較にならない程に遅く、凡(およ)そ時速 30 キロメートル程度である。
 緒美は樹里の背後からディスプレイを覗(のぞ)き込み乍(なが)ら、尋(たず)ねる。

「どう、追跡(トラッキング)は出来てる?」

「はい、問題無い、みたいですね。」

 ディスプレイ上では下へ向かって移動するレーダー反応のシンボルと重なる様に、電波発信源の位置特定演算結果を表示するシンボルが移動しているのだ。
 樹里はコンソールを操作して、ディスプレイの表示スケールを何段階か切り替え、拡大して見せるが、重なる二つのシンボルの動きに目立ったズレは無い。
 それを確認して、緒美は不思議そうに、日比野に言うのだ。その際、緒美は発言が通話に乗らないよう、マイク部を指で押さえている。

「位置特定演算の分、表示は少し遅れるものと思ってましたけど?」

「ああ、元々、レーダー反応の方も生データじゃ無くて、データ・リンク経由だから少し遅れてる筈(はず)なの。」

 緒美と同様に声が通信に乗らないように配慮した日比野の解説に、樹里も又、マイク部を指で押さえて問い返すのだ。

「両方とも少し遅れてて、ちょうどピッタリって事ですか?」

「あー、そう単純な話じゃなくてね。現在時刻よりもコンマ何秒か前の位置を表示しても仕方が無いから、データ・リンクで戦術情報を MAP 表示する時は、現在時刻での予想位置を表示してるの。そこの所の考え方は、電波源の位置特定演算でも同(おんな)じで、表示は現在の予想位置なのよ。」

「別々に計算した予想結果が、重なっている、と?」

「そう言う事。」

 少し呆(あき)れた表情の樹里に、日比野は微笑んで答えたのだった。

「そう言う事でしたら、目標を次々、動かして貰いましょうか。」

 くすりと笑って緒美は然(そ)う言うと、マイク部から指を離して空母『あかぎ』に呼び掛けるのだ。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。二つ目の目標、移動をお願いします。」

「此方(こちら)、アカギ・コントロール、了解。」

 返事から間も無く、ディスプレイ上で二番目のシンボルが右斜め下へ、つまり南東方向へと移動を開始する。これも、問題無く位置特定の演算は追従して行くのだった。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。三つ目の目標、移動をお願いします。」

 緒美が再度、依頼の呼び掛けをすると、ディスプレイで上側のシンボルが右へ、つまり東へと進行を開始する。これで、三つの気球(バルーン)は全てが別方向へと移動しているのだが、そのレーダー反応に対して位置特定の演算結果は完全に追従しているのだ。
 それはC号機と『プローブ』は、目標が電波を発している限り、その位置をレーダーと同じレベルで追跡出来る能力を有する事が確認されたのを意味するのだった。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。続いて、フェイズ・フォーに移行します。予定通り、各目標には其(そ)の儘(まま)、移動の継続をお願いします。」

「アカギ・コントロール、了解。発砲の際は、予告をされたい。」

「TGZ01、了解。」

 緒美は空母『あかぎ』に答えたあと、続いてブリジットを呼び出す。

「TGZ01 より、HDG02。お待たせ、出番よ。」

「此方(こちら) HDG02、了解。旋回して、目標の狙撃コースに向かいます。」

 HDG02 は、HDG03 と共に気球(バルーン)との距離を保つ為、南北方向を往復するコースを飛行していた。その儘(まま)だと、B号機に装備したレールガンで気球(バルーン)を狙えないので、B号機は目標に正対する必要が有るのだ。
 ブリジットは、C号機との編隊を解いて、右旋回を開始する。これは目標である気球(バルーン)との距離を試験設定よりも詰めない為に、一旦(いったん)、離れる方向から、ぐるりと回って目標に正対する機動である。そして十分に減速して、向かって一番左側の目標に正対するコースに自身を乗せるのだった。

「目標の座標を、火器管制へ入力。照準用カメラの画像取得。」

 前回、実施したB号機での実射では、長射程でのレールガン使用に於(お)いては、照準時に目標の機影が確認出来ない事で、射撃タイミングを把握し辛いとの問題が判明したのだった。その対策として、レールガン本体に照準対象である目標を撮影する、超望遠カメラが追加装備されていた。それは視野の狭い小型軽量の撮影機材ではあるが、目標の捜索用に使用する目的ではないから射線軸上のみを撮影が出来れば、能力的には事足りると考えられたのだ。
 実際に目標を固定(ロック)して射撃軸線を合わせてみると、最大望遠でも目標は小さくにしか見えないものの、その外形は判別出来る程度には表示がされたのである。その撮影画像は、データ・リンクに因って随伴機側でも確認がされていた。

「HDG02 より、TGZ01。指定座標を照準固定(ロックオン)で、目標を視認。間違いないですよね?」

 ブリジットからの確認に、緒美が答える。

「此方(こちら) TGZ01、それが目標で間違いないわ。」

 画像から判別される形状は、球状物体の下に箱状の物体が有り、そこから下向きに長い棒状の突起物が確認出来る。繋留用のワイヤー迄(まで)は、流石に画像からは確認は出来なかった。因(ちな)みに、球状の物体が気球(バルーン)で、その下の箱状の物が発信器、棒状の突起物が送信アンテナである。
 そこで、ブリジットが妙な事を訊(き)いて来るのだ。

「TGZ01、あのー…ちょっと確認したいんですけど。 画像で、下向きに突き出ているのが、アンテナでいいんですよね?」

「そうだけど、それが何か?」

 そう答えつつ、緒美は樹里と顔を見合わせるのだった。続いて、ブリジットの声が返って来る。

「だとすると、電波発信源の座標、高度はアンテナの高さに合ってないと、オカシクないですか?」

「えーと…どう言う事?」

 困惑気味に、言葉を返す緒美である。だからブリジットは、説明を重ねるのだ。

「現状で照準画像だと、照準は上の方、気球(バルーン)の中心付近に座標指定されているんですけど、それ自体は、今回はいいんです。でも、実際のエイリアン・ドローンは、機体と電波発信源は、こんな離れてませんよね?」

 そこ迄(まで)を説明されて緒美は、ブリジットの言わんとする事に合点(がてん)が行ったのである。

「あー、成る程。言いたい事は解ったわ。」

 そう、ブリジットへ声を返す緒美に、立花先生が問い掛ける。

「どうしたの?」

「HDG02 からの照準画像ですけど、これ、見てください。」

 緒美は日比野がモニターしているディスプレイを指差して、立花先生に言うのだ。隣の席から、樹里もディスプレイを覗(のぞ)き込む。

「レーダーに反応しているのは、上部の気球(バルーン)部分ですから、レーダー反応から割り出されている座標は、気球(バルーン)の中心付近だと考えられます。対して、電波発信源は下部のアンテナ部ですから、位置特定演算の計算結果は、アンテナの中心付近の座標と言う事になります。気球(バルーン)の直径が八メートルなので、中心から下端までの距離は四メートル。その下に発信器とアンテナが有って、アンテナの位置が気球(バルーン)下面から二メートルとすると、気球(バルーン)の中心から電波発信源の位置は縦に六メートル離れている事になります。」

 そこで、樹里も問題の存在に気が付いたのだった。

「あ。さっき、レーダー反応の座標に合わせて、位置特定演算のパラメータ、調整しちゃいましたね。」

 一方で、何が問題なのか、今一つ理解していない日比野が口を挟(はさ)む。

「狙いを付けるのは気球(バルーン)部分なんだから、いいんじゃないの?」

「いえいえ。それは目標が『この形』の場合なら、そうですけど。本来の目標は、エイリアン・ドローンですから。この調整の儘(まま)、本番で使用したら、照準がエイリアン・ドローンの六メートル上になっちゃいますよ。」

「あー。でも、それは目視で照準を修正すれば、いい話じゃない?」

 樹里の説明に対する日比野の問い掛けに、緒美は頭を横に振って答える。

「『ペンタゴン』は、光学ステルスで姿が見えませんから。画像での照準修正は出来ないと思った方が。」

「ああ、そう言う事ね、解った。パラメータを再調整しましょう。縦方向の補正だけだから、大した手間にはならいと思う。」

 日比野は、再(ふたた)びパラメータの調整マニュアルを取り出し、クラウディアに呼び掛けるのだ。

「HDG03、今の話、聞こえていたでしょう? もう一度、パラメータの調整をします。」

「HDG03、了解。準備しますから、ちょっと待ってください。」

 そして緒美は、ブリジットに呼び掛ける。

「TGZ01 より、HDG02。パラメータの再調整をする間、待機コースに戻って。 それにしても、良く気が付いたわね。お手柄よ、HDG02。」

「いえ、照準画像を見る迄(まで)、こんな事、思いもしませんでした。HDG02、取り敢えず、待機コースへ戻ります。」

 ブリジットからの通話の後、日比野はクラウディアと、パラメータの再調整の為の遣り取りを始めるのだ。
 一方で緒美はマイク部を押さえて、傍(そば)に居た立花先生に言うのだった。

「うっかりしてました。ボードレールさんが気付いて呉れて、助かりましたね。」

 すると立花先生が、緒美に確認するのだ。因(ちな)みに、立花先生は通話用のヘッドセットを着けてはいない。

「単純に、位置特定演算の高度座標から六メートル引けば、いいって事ではないの?」

「どうでしょう? 計算式を見てないので詳しい事は解りませんけど、パラメータが角度に効いて来るものだと、距離に対して影響度が変わるでしょうから。その辺りは、日比野先輩の方が解っているんだと。」

「そうね。」

 立花先生は一言だけを発して、頷(うなず)いたのだ。
 一方で飯田部長と桜井一佐は、特に声を発する事無く、そこ迄(まで)の様子を、機内後方の座席から眺(なが)めていた。『この二人が海防側との遣り取りの窓口である』と前述したが、それはトラブルが有った際の交渉担当と言う事である。
 事前に計画され、提出された『試験実施要綱』に従って試験が進行している限り、オペレーションに関する連絡は主に緒美が担当するのだ。又、緒美と樹里、そして日比野と HDG 各機との通話は、全て防衛軍側にも聞こえており、だから先程来、通話に個人名を出さないよう各人が注意しているのだった。
 ともあれ、前述の理由で飯田部長と桜井一佐も、立花先生と同様に通話用のヘッドセットを装着していない。
 そんな二人の前の空席に、立花先生は腰を下ろした。それは当面、彼女が口を出す必要が無さそうだったからだ。
 すると、後ろの席から桜井一佐が声を掛けて来る。

「わたし達は当面、出る幕は無さそうね。本当に皆さん、優秀だわ。」

 立花先生は振り向き、微笑んで応える。

「恐縮です。でも、試験計画は本社の人間も目を通して準備して来た筈(はず)なのに、さっきみたいな事に誰も、事前に気が付かないなんて、間抜けと言うか、お恥ずかしい限りです。」

 その立花先生の自嘲(じちょう)的な発言には、飯田部長が笑顔でコメントするのだ。

「そんな事はないさ。所詮(しょせん)、人間のやる事だからね、何時(いつ)まで経っても、この手の『うっかりミス』は無くならないよ。だからこそ、こうやって試験とか、確認が必要なのさ。」

「全くです。」

 飯田部長のコメントには、桜井一佐も大きく頷(うなず)いて同意したのだった。
 そうこうする内、C号機位置特定演算のパラメータ調整が終了し、緒美が再(ふたた)びブリジットを呼び出すのである。

「TGZ01 より、HDG02。再度、射撃コースへ。」

「HDG02、了解。」

 HDG02 は、改めて HDG03 との編隊を解き、右旋回から東向きの飛行コースへと進むのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.06)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-06 ****


 離陸から三十分程の後、HDG 各機と随伴機は試験空域へと到達する。
 移動中は高度五千メートルを飛行していた各機は、試験空域に於いて高度二千メートルに迄(まで)、降下しているのである。
 空域周辺には雲底の低い雲は無く、茜達の眼下には今回の試験への協力に際して海上防衛軍側の指揮を実施する、空母『あかぎ』が航行している。全長が四百メートルに迫る其(そ)の巨大な航空母艦も、茜達からは前へ延ばした腕の、その掌(てのひら)で隠れてしまう程度の大きさにしか見えない。
 この時代、日本の海上防衛軍には三隻の航空母艦が存在するが、その一番艦が此(こ)の『あかぎ』である。因(ちな)みに二番艦『かが』は現在、ドッグ入りしての定期整備中で、三番艦『しなの』は東南アジア方面の海上輸送ルートを、安全確保の為の哨戒任務で航海中なのだ。
 世界中の各地で、エイリアン・ドローンに因る襲撃事件が起きている此(こ)の御時世であるが、その防空作戦に各国海軍の水上艦艇が参加する例は少ない。イージス艦の様に防空を主任務とする艦艇を除外すると、通常の艦艇にはエイリアン・ドローンに対峙する機会が、ほぼ無いからだ。
 それは、『エイリアン・ドローンが総じて海には無関心であるから』なのだが、その御陰で海上輸送に関してはエイリアンの攻撃対象にされておらず、それ故(ゆえ)に日本の様な島国でも無事に経済が回っているのである。
 だから世界中の海軍が暇であるかと言えば、そんな事は無く、世界的な此(こ)の危機に乗じた海賊行為の横行など、エイリアンよりも人間相手の警戒が必要とされているのだった。
 実際、エイリアン・ドローンの出現以降、世界の航空輸送は総量で凡(およ)そ半減しており、それだけに海上輸送の重要度や比率が増しているのだ。

 今回の試験に航空母艦が参加しているのは、勿論、試験を実施する海域へ出向くのに『あかぎ』のスケジュールが合致した事が大きな要因ではあるが、沿岸から遠く離れた海域での試験中に、HDG にトラブルが発生した場合の避難や回収が考慮されたのも一つの要因なのだ。
 離着陸に滑走が不要なB号機は兎も角、AMF とC号機が空母に着艦が可能かどうかは、AI に依る操縦支援が装備されているとは言え、実際の所は、やってみないと判らない部分が多い。それがトラブル発生時の緊急避難であれば尚更、着艦を強行する判断や決断には困難が伴(ともな)うだろう。
 AMF の場合は、HDG を切り離して、茜が単独で空母上に降りるのであれば、これはB号機と同様に滑走は不要である。この場合、AMF は空母近辺の海上に投棄される事となり、可能であれば空母によって引き揚げを試みる事も、海上防衛軍側とは申し合わせ済みだった。この作業が困難であれば、別途、引き上げの為の船舶や機材を手配し、引き揚げ計画を策定しなければならない。何(いず)れにせよ、これらの作業に関して、明確な手順や詳細までが詰められている訳ではない。これ迄(まで)の経緯を見れば、激しい起動をする訳でもない今回の試験で、HDG 各機がトラブルを起こす可能性は極めて低いのだ。
 何方(どちら)かと言えば、試験を終えた『プローブ』が帰還する座標が『あかぎ』所在の海域に指定してあるので、着水した『プローブ』を回収する役割を、『あかぎ』には期待されているのである。
 『プローブ』は基本的には『使い捨て』として構想はされているのだが、勿論、調達に必要な価格は二束三文とはいかない。特に、内蔵する電子器機は何(いず)れもが其(そ)れなりの価格がする装備品であり、だからこそ使用後に回収ポイントへと帰還する設定が存在しているのだ。回収して再整備すれば、数回の再使用は可能である事が、設計上は期待されている所なのである。
 但し、帰還時に着水や着陸、或いは落下した際の衝撃でフレームや内蔵機材に対し、どれ程の損傷や影響が生じるのか、それに関しては実際の運用での確認が必要となる。今回の試験で、敢えて『プローブ』の回収を行うのは、その辺りの評価をする為なのである。そして、それ以前に、設定通りのポイントに帰還出来るか、その事を検証する意味も、当然、含んでいるのだ。

「TGZ01 より、HDG 各機。準備はいい?」

 緒美が問い掛けると、直ぐに三人から通信が返って来る。

「HDG01、準備良し。観測位置で待機中。」

「HDG02、スタンバイ。」

「HDG03、問題ありません。」

 緒美達、随伴機からはブリジットのB号機と、クラウディアのC号機しか見えない。C号機の右手側、五百メートル程度の距離を開けて随伴機は飛行している。B号機はC号機の左手側、五十メートル程の位置だ。
 茜の AMF はB号機の左手方向に、B号機とC号機を同時に観測出来る程度に距離を取っているので、その姿を随伴機から目視する事は出来ない。茜の方からは、AMF の右主翼下面に懸下(けんか)している観測用撮影ポッドに内蔵されているカメラで、進行方向に対して側方の様子を監視、撮影している。そして前方側に存在する、目標となる気球(バルーン)に関しては、AMF に搭載されている高倍率の前方監視カメラで監視するのだ。それらの撮影画像は、データ・リンクで随伴機と、天神ヶ﨑高校に設置されたベースへと送信され、其方(そちら)でて記録されているのである。
 続いて、緒美は海防艦艇側へ確認する。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。其方(そちら)も、宜しいですか?」

 空母『あかぎ』からの返事は、直ぐに返って来た。

「こちらアカギ・コントロール。準備は完了している。其方(そちら)のタイミングで、試験を開始して呉。」

「了解。では、宜しくお願いします。」

 そう、緒美は言葉を返すと、クラウディアへ指示を出すのだ。

「HDG03、では、試験を開始してください。打ち合わせ通り、目標のスキャンから。」

「HDG03 です。目標のスキャン、開始します。」

 クラウディアとブリジットの編隊は、目標に接近し過ぎない様に、打ち合わせの通りに右へ旋回を始め、同時に目標から発せられる模擬電波のスキャンを開始した。
 スキャンを開始して間も無く、Sapphire は三つの電波発信源をキャッチするのだ。

「9時方向に電波源を探知しました。電波源の数は三、それぞれ周波数は違っています。」

 Sapphire の報告と同時に、クラウディアの目の前には、探知した情報がグラフィックで表示される。

「HDG03 より、TGZ01。電波源を探知、数は三。データは其方(そちら)にも、行ってますか?」

 直様(すぐさま)、樹里の声が返って来る。

「HDG03、データは来てます。判明してるのは、電波源の方向だけね。」

 表示上では、C号機を中心として、細長い扇型の表示が 9時方向へ三本、伸びているのだ。これは、探知した電波源の距離が特定出来ない為、電波の飛来する方向のみを表示しているのである。因(ちな)みに、表示上で上側が常にC号機の進行方向、或いは正面側で、C号機を表示の中心に据えて、上から見下ろした状態で位置関係が表されている。

「HDG03 より、TGZ01。更に右旋回して、『プローブ』発射位置へ移動します。」

 クラウディアの報告に対して、緒美が許可する。

「了解、HDG03。オペレーション、続行。」

「HDG03、右旋回開始。HDG02、付いて来なさい。」

 そう、クラウディアに指示され、打ち合わせ通りなのだが、少しムッとしてブリジットは答えるのだ。

「はいはい、了解。HDG02、HDG03 に続きます。」

 C号機とB号機は、電波源から離れる方向へ旋回を始め、ぐるっと回って電波源の方向へ正対する。これは、電波源に対して設定の百五十キロメートルよりも近付かない為の機動である。
 電波源に正対した状態で、C号機とB号機は方位として、ほぼ東向きに飛行している。その状態で、クラウディアは『プローブ』の発射手順を開始するのだ。
 手順とは言っても、基本的な飛行データは事前に入力済みなので、各項目と諸元を確認して、最終安全装置を解除すれば発射準備は完了だった。

「安全装置、解除。 HDG03 より、TGZ01。『プローブ』1 から 4、発射します。宜しいですか?」

「TGZ01、了解。発射を許可します。」

 緒美の許可を待って、クラウディアは機体を直接的に制御している Sapphire へ指示を出すのだ。

「『プローブ』1 から 4。発射。」

「『プローブ』1 から 4、発射します。」

 Sapphire はクラウディアに向かって指示を復唱し、飛行ユニットの主翼に懸下(けんか)されている四基を、パイロンから切り離した。
 切り離された『プローブ』は、それぞれが、ほんの少し落下し時間差を以(もっ)てロケット・モーターが点火され、白煙を引き乍(なが)らC号機を追い抜いて前方へと突進して行く。が、煙が示す航跡は、C号機の前方で上下左右へと散らばり、視界から消えて行ったのだ。
 それぞれが、成(な)る可(べ)く違う位置で、出来るだけ距離を開けるのが、電波源の位置特定には精度が上がるので有利なのだ。違う方向へ飛んで行ったのは全て、予(あらかじ)めプログラミングされた軌道である。

「プローブ1 から 4、データ・リンク異常無し。間も無くロケット・モーターが燃焼終了、ターボプロップが起動します。」

 クラウディアの報告に、樹里が答える。

「了解、HDG03。此方(こちら)でも、各機のステータスを確認。予定通り、進行中。」

 続いて、緒美が指示を伝えるのだ。

「TGZ01 より、HDG03、02。その儘(まま)、進行すると設定距離を割ってしまうから、右へ旋回して。」

「了解。HDG03、右旋回します。」

「HDG02、了解。」

 それから間も無く、予定通りに各『プローブ』の固体燃料ロケット・モーターは停止し、続いて内蔵された小型のターボプロップ・エンジンが起動する。水素で稼働する此(こ)のエンジンは、滞空する為の推進力を生み出すのと同時に、『プローブ』内部に搭載した電子器機の電源となる発電機も駆動するのである。ターボプロップ・エンジンが起動して、機体後端に取り付けられているスピナーが回転すると、機体表面に沿って倒れていたプロペラ・ブレードが遠心力で展開し、以降は其(そ)れに因って推進力を得る。
 『プローブ』は発射後に、一~二分間のロケット・モーター駆動に因り二十五キロメートル程を飛翔する。ロケット・モーターの燃焼終了後には、胴体下に折り畳んであった主翼を展開し、起動したターボプロップに因って一時間程度、作戦空域に留まって電波源からの受信を続けるのだ。
 ターボプロップに切り替わって以降の最大速度は時速 180 キロメートル程度で、内蔵した水素で凡(およ)そ二時間の飛行が可能となっている。標準的なイメージとしては、一時間の作戦参加の後、一時間掛けて回収ポイントへ向かう、と言った所だろうか。勿論、必要に応じて飛行計画は設定可能であるし、C号機、Sapphire から飛行高度やルート、回収ポイントの設定など、随時(ずいじ)、変更や更新は可能な仕様となっている。
 その様な『プローブ』の状態の遷移は、C号機のクラウディアと、随伴機機内でモニターを続けている樹里と日比野には、各機から送信されて来るステータス信号によって、逐次(ちくじ)、把握されているのだ。

「『プローブ』各機、エンジン切り替えを完了。飛行の安定を確認。設定通りの位置に到着しました。HDG03、オペレーションを続行してください。」

 樹里の報告と指示を聞いて、クラウディアが応える。

「了解。電波源の位置特定、演算を開始します。 Sapphire、『プローブ』からのデータ取得、開始して。」

「ハイ。データ受信チャンネル 1 から 4 を解放。電波源の位置特定演算、開始します。演算結果が出る迄(まで)、少々、お待ちください。」

 クラウディアの正面には、『Now Processing....』とのメッセージが、表示される。
 一方で随伴機の機内では、通信から聞こえて来る Sapphire のコメントを聞いた緒美が、その声が通信に乗らない様にマイク部を指で押さえ乍(なが)ら言うのだ。

「さあ、ここからが本番よ…。」

 緒美も又、樹里の正面に設置されているディスプレイに表示された『Now Processing....』の表示を覗(のぞ)き込んでいた。
 それから一分足らずで、最初の演算結果が表示されるのだ。

「第一報、来ました。思ったより、早いですね。」

 樹里の報告を受けて、緒美が指示を出す。

「防衛軍の戦術情報と重ねて、城ノ内さん。レーダーと比べて、位置精度はどう?」

「ちょっと、待ってください…。」

 緒美のリクエストに応える可(べ)く、樹里はコンソールを操作して、Sapphire の計算した電波源の位置データを、防衛軍のレーダー情報に重ねて表示させるのだ。それぞれの気球(バルーン)をレーダーで検知しているのは空母『あかぎ』を始めとする周辺の海防艦艇で、それらの情報が防衛軍のデータ・リンク経由で戦術情報として共有されているのである。
 そしてコンソールを操作している樹里から、思わず声が漏れるのだった。

「はい、これで~…ああー、まあ、最初はこんなものですかね。」

 その声を聞いて、隣の席から日比野も、樹里の正面ディスプレイを覗(のぞ)き込んで言うのだ。

「結構な誤差が出てるね~ま、パラメータが全部デフォルトじゃ、こんなものよね。」

「あ、計算が更新されました。」

 そう樹里が声を上げたのだが、再表示された電波源を示すシンボルは、気球(バルーン)のレーダー反応の位置から、そのディスプレイ上で其其(それぞれ)がシンボル一個分程度、離れた位置に表示されているのだった。
 日比野の反応からも解る様に、電波の受信位置から発信源の位置を特定する計算が、初手から上手く行かない事は織り込み済みだった。これは複数の器材からのデータを基礎として計算を実行している都合で、それらの測定誤差や各器材が個別に持つズレ等の特性が、計算結果に影響を与えているからである。
 その様な誤差やズレを補正する為に、計算式の各所には複数のパラメータが用意されており、又、計算式自体も一つではない。

「HDG03 より、TGZ01。取り敢えず、パラメータ調整を始めます。」

 クラウディアからの呼び掛けに、日比野が応える。

「そうね。此方(こちら)で当たりは付けてあるから、これから言う通りに設定してみて呉れる? Sapphire は、演算を更新し続けてね。演算結果のモニターと比較は、こっちでやってるから。」

「HDG03、了解。指示をお願いします。」

 クラウディアの返事に、樹里が付け加える。

「結果のモニターは、こっちで継続します。」

 日比野は樹里に頷(うなず)いて見せ、書類ケースから三十枚程の紙を束ねた資料を取り出して、捲(めく)っていく。それは演算部分の設計担当者から託された、パラメータの調整マニュアルである。プリントアウトされた書面には、日比野が予習した痕跡である書き込みが、随所に残されているのだ。

「HDG03、取り敢えず、三番、五番、八番辺りのパラメータを軸に、一つずつ変更して行くから。先(ま)ず、三番、プラス0.3。」

「三番をプラス0.3、設定変更します。」

 クラウディアは指示を復唱し、即座に対応するのだった。その操作は、直ぐに反映されて再演算がされる。

「モニター、演算結果が少し、レーダー反応に寄りました。」

 反応の変化を、樹里が即座に報告するのだ。

「オーケー、次、五番をプラス0.5。」

「五番、プラス0.5、変更します。」

「今度は、レーダー反応に対して、高度が下へ離れました。」

 日比野は手元のマニュアルを見詰めていた顔を隣の席の樹里へ向け、驚いた様に聞き返す。

「え?離れた?」

「離れましたね。」

 樹里は真面目な顔で、言葉を返すのだ。
 日比野は視線を手元のマニュアルに戻すと、数ページ戻って説明書きを指先でなぞり乍(なが)ら読み直す。それから数秒が経って、日比野は声を上げるのだ。

「ゴメン、間違えた。五番は、マイナス0.5。」

 その指示に、クラウディアが確認して来る。

「ゼロに戻すんじゃなくて、ゼロから更にマイナス0.5、ですね?」

「そう、ゼロからマイナス0.5。」

 その変更の結果を、モニターしている樹里が報告する。

「はい、レーダー反応との高度差は、ほぼゼロになりました。」

「オーケー。次は八番、プラス0.2で、1.2へ。」

「初期値の 1 に、プラス0.2ですね?変更します。」

「モニター、変化無し。」

「あれ? それじゃ、更にプラス0.3で、1.5へ。」

「1.5 に、設定しました。」

「モニター…変わりません。」

「ええ~…ちょっと待ってね…。」

 日比野は再(ふたた)び、マニュアルのページを何度も往復し乍(なが)ら、記述を読み直すのである。そして、次の指示を出すのだ。

「それじゃ、八番は元の1に戻して、二番の設定を、プラス0.2で。」

 そんな調子で、パラメータの設定探索は十五分程、日比野とクラウディアとの間で遣り取りが続いたのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.05)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-05 ****


 そして、2072年11月12日、土曜日である。
 この日は予定通り、C号機に搭載された『プローブ』の能力試験と、B号機のレールガン実射試験が実施されるのだ。
 土曜日と言う事で、茜達、特課の生徒には、午前中に平常の授業が有り、天神ヶ﨑高校兵器開発部の試験への参加は午後からである。茜達は昼食と休憩の後、HDG 各機が午後一時半に天神ヶ﨑高校を離陸し、高度五千メートルを南南東へと向かうのだ。
 試験の実施エリアは紀伊半島南端から約百キロ程の沖合で、今回の試験に協力する海上防衛軍の艦艇が該当海域に待機し、天野重工と共同で午前中から試験の準備を行っているのである。

 実施される試験の概要は、次の通りだ。
 先(ま)ず、海上防衛軍の艦艇三隻より、一隻に付き一基の気球(バルーン)を上空へと放つ。この気球(バルーン)には其其(それぞれ)に電波の発信機が取り付けられており、これがエイリアン・ドローンの『謎の電波発信源』を模擬するのである。
 この気球(バルーン)は、当初、高度一万五千メートルから高度二万メートルの範囲に滞空させる案が、試験計画の原案を策定した緒美からは要望されていたのだが、気球(バルーン)を繋留するワイヤーの準備や費用が馬鹿にならないとの理由で、気球(バルーン)の高度は十分の一である千五百メートルから二千メートルへと変更された経緯が有るのだ。ここで気球(バルーン)を敢えて艦艇に繋留する理由は、観測された『謎の電波発信源』が殆(ほとん)ど動かないのを再現する為である。とは言え、実際には動力を持たない気球(バルーン)は気流に因って流される訳(わけ)で、同時に繋留している艦艇自身も海流によって移動してしまうのだから、海防艦艇は気球(バルーン)の空中での位置が大きく移動しない様な操艦が、試験の実施中は常に求められるのだった。因(ちな)みに、上空での気球(バルーン)の最大直径は、凡(およ)そ八メートルである。これは、飛行形態の『トライアングル』の横幅が五メートル程であるから、それよりも一回り大きい。
 過去に報告されている『ペンタゴン』の大きさは、『トライアングル』よりも一回り大きく、丁度(ちょうど)、横幅が八メートル程度であるとされているから、今回の試験に使用する気球(バルーン)の大きさはピッタリだったと言えるのだが、これは其(そ)の様な理由で選定された訳(わけ)ではない。簡易に入手が可能な気球(バルーン)の大きさが、偶然、そうだっただけなのである。
 通常、気球(バルーン)に充填されるのは引火や爆発の危険性の無い、ヘリウムが一般的なのだが、今回の試験では敢えて水素が使用されている。これは、この時代の一般的なエネルギー源である水素が、海防艦艇の燃料にも使用されており、コスト的にもヘリウムよりも安価なのが理由でもあるが、今回は気球(バルーン)自体がレールガン射撃の標的でもあるので、爆発的燃焼が起きた方が命中判定がし易いだろう、との理由なのだ。勿論、使用環境が海上上空である事や、取り扱いには有資格者が当たる事が、水素を使用する条件となっているのは言う迄(まで)も無い。
 さて、十キロメートル以上の間隔を空けて配置された艦艇に繋留された合計三基の気球(バルーン)は、それぞれが違う高度に設定され、上空では各機から違う周波数の電波が定期的に発信される。
 試験空域に入ったC号機は、『プローブ』を発射して、発信機からの電波を複数箇所で受信し、それぞれの発信源に就いて位置特定を行う。
 この試験に使用される気球(バルーン)はレーダーでの捕捉が可能なので、C号機に依る位置特定の結果が正確かどうかは、レーダーでの測定結果との比較で確認がされるのだ。
 C号機で電波発信源の位置特定がされると、その座標データはB号機へと渡され、その座標へ向かって弾道計算がされてレールガンが発射される事となる。ここで、B号機と目標との距離は搭載レールガンの仕様上の最大射程である百五十キロメートルを目安として、射撃が実施される。
 これらの一連の操作(オペレーション)を、気球(バルーン)の数、詰まり三回を実施する事になるが、今回、B号機が携行するレールガンの弾体は十二発。マガジン容量の半数、と言う設定である。
 茜の AMF は空中から試験全体を監視、撮影する役割を担(にな)い、別空域で待機する天野重工の社有機は送信されて来るデータの監視と記録を行うのだ。遠く離れた天神ヶ﨑高校でも、データ・リンクに因るモニターが同時に行われ、畑中等、試作部のメンバーは此方(こちら)で待機する。

 試験に同行する社有機には、午前中に本社から移動して来た飯田部長と、航空防衛軍の桜井一佐が同乗しており、この二人が海防側との遣り取りの窓口となるのだ。他に、天神ヶ﨑高校側の監督者として立花先生も同乗しており、試験の監視オペレーション自体は緒美と樹里、そして本社開発部の日比野が担当するのである。
 飯田部長と桜井一佐は、共に天野重工の社有機で、お昼前に天神ヶ﨑高校に到着したのだ。二人を運んで来た社有機は、この乗客達を降ろすと蜻蛉(とんぼ)返りで帰路に就き、試験に参加している機体は天神ヶ﨑高校に配置されている機である。これは機内にオペレーション監視用の器材や、防衛軍のデータ・リンク器材を積み込む都合が有るからで、その準備は三日前から始められていたのだ。器材の搭載作業は、天神ヶ﨑高校に常駐している整備担当者である藤元達に依って行われ、積み込んだ機材の動作確認は倉森や日比野に依って実施されたのだ。

 そして、天神ヶ﨑高校の昼休み時、第三格納庫の中で HDG 達の発進準備を眺(なが)めている立花先生に、飯田部長と桜井一佐が声を掛けて来たのである。

「ああ、そう言えば立花君。何時(いつ)ぞやの、防衛省に行った時の。キミの同窓生から、連絡が有ったよ。」

 飯田部長が云う『何時(いつ)ぞや』とは、二ヶ月前の防衛省での会合の事である。

「有賀君から?ですか。何(なん)で又、部長の方(ほう)に…。」

「最初はキミから情報を得ようと思ったらしいんだが、立花君の性格的に、余計な事は話さないだろうと、そう考え直したと云っていたがね。」

「それで、部長に?」

「あの時、名刺を交換してたからね。」

 飯田部長と立花先生が、そんな遣り取りを始めたので、たまたま立花先生の横に居た恵は、黙って其(そ)の場から離れようとしたのである。それを、飯田部長が呼び止めるのだ。

「ああ、森村君にも、聞きたい事が有るんだ。」

「わたしに?ですか。」

 立ち止まって声を返した恵に、飯田部長はニヤリと笑って尋(たず)ねる。

「あの時、彼に就いて何か不審に感じた点は、無かったかね?」

「いえ、特には…記憶に残る程、違和感を感じる人柄では無かったですね。」

 恵は飯田部長に答えてから、視線を立花先生へと向ける。それは、あの時に見たファイルの一部に関して、ここで話す可(べ)きかどうかに迷ったからだ。送った視線に対して、立花先生も視線を返して来たが、その意図に就いては判断が出来ず、取り敢えず恵は『ファイルの件』に就いては言わないでおく事に決めたのである。
 そして立花先生が、飯田部長に問い掛ける。

「それで、彼の用件は、何(なん)だったんでしょうか?」

「それが、今一つ要領を得なくてね。何かを探りたい様子ではあったんだけど、先(ま)ずは先方の上司を交(まじ)えて近い内に会食でも、って事になった。立花君の方で、彼方(あちら)の目的に就いて、何か見当は付かないかな?」

 そう訊(き)かれて、立花先生は少しの間、考えてみたのだが、矢張り見当は付かないのである。

「申し訳ありません。大学を卒業して以降、約十年間、殆(ほとん)ど連絡を取ってなかったので、今、彼のやってる事は何も知らないんです。 大体、先日の一件に就いて自体、今の今まで、完全に忘れていた位ですから。」

 そこで桜井一佐が、その話題に参加して来るので、立花先生も驚いたのだ。

「そう。 実は、その有賀さんからは、わたしの方にも連絡が有ってね。どこで、どう当たって、此方(こちら)を調べて来たのか。それで、その会食には、わたしも参加する事になってるのよ。」

「桜井一佐も、ですか…と、言う事は、有賀君が探っているのは矢っ張り HDG 関連、でしょうか?」

法務省が HDG に関心を持つとは、思えないのだけれど。ねえ、飯田さん。」

 飯田部長は、一度、鼻から息を吹き出すと、答える。

「桜井一佐に行き当たった、って事は、法務省から防衛省へ照会が行ったって事でしょうから。そうすると HDG の案件しか、考えられませんが。特捜に、汚職でも疑われてるのかな?」

「まあ、怖い。」

 飯田部長と桜井一佐は、声を上げて笑うのだ。それは勿論、事実無根で、有り得ない事だったからだ。
 そして、飯田部長が微笑んで言う。

「まあ、取り敢えず。此方(こちら)は、探られて痛くなる様な腹は持ち合わせていないから、一度、会ってみるよ。それで、向こうの意図も。或る程度は判るだろう。」

「そう、ですか。」

 立花先生が、何か申し訳無さそうに言葉を返すので、思わず恵が声を上げる。

「あの…実は。 あの時の、有賀さん?の行動には、少し引っ掛かる所が。」

「ほう、どんな?」

 飯田部長は直ぐに反応するのだが、恵は一度、立花先生の表情を窺(うかが)い、それが普段と変わらないのを確認して話し始める。

「あの時、落としたファイルの中身を、少しだけ見たんですが。その時は法律が云云(うんぬん)って説明してたのに、わたしが目にしたのは帳簿か、会計報告の様な書式でした。勿論、その詳しい内容とか、全部がそうだったかは判りませんけど。」

「それは確かに、妙ね。」

 桜井一佐は、そう言って視線を飯田部長へと向ける。それに対して、飯田部長は黙って頷(うなず)いたのだ。
 恵は、記憶を辿(たど)って発言を続ける。

「それから、あの時。慌てて立ち去った様子が、少し奇妙でした。桜井さん達とは、顔を合わせたくなかったかの様で。」

「あら、わたしは嫌われてたのかしら?」

 そう言って、桜井一佐は微笑む。一方で、立花先生が疑問を呈するのだ。

「でも、それじゃ、有賀君の方からアクセスして来るのは変じゃないですか? 今度、会食するんでしたよね、桜井一佐。」

「そうよね。」

 そこで飯田部長が、声を上げる。

「あ、いや。ちょっと待て。 あの時、声を掛けて来たのは和多田さんだったじゃないかな?確か。」

「そうだったかしら? 良く、覚えてないわ。」

 流石に、二ヶ月も前の事である。皆、記憶は既に曖昧なのだ。
 それでも、飯田部長と桜井一佐の二人には、有賀が探りたい用件に、何と無く見当が付いたのだった。
 飯田部長は一度、大きく頷(うなず)くと、恵に言うのだ。

「取り敢えず、森村君の御陰で、先方の用事に見当が付いたよ。ありがとう。 あとは会食の際に、直接、聞いてみるさ。」

「そうですわね。」

 桜井一佐も、微笑んで飯田部長に同調するのである。
 納得顔の二人の一方で、今一つ状況の飲み込めない立花先生と恵は、互いの顔を見合わせて苦笑いを交わすのだった。
 そんな折(おり)、格納庫の奥の方から、緒美が飯田部長達に声を掛けて来る。

「飯田部長ー。そろそろ、出発の準備、搭乗をお願いしまーす。」

 声の方へと目を遣ると、緒美と樹里、そして日比野が歩いて来ているのだ。
 そして今度は、背後から社有機の、このフライトで機長を務める、沢渡が声を掛けて来るのだった。

「部長、搭乗の準備は出来ております。」

「ああ、ご苦労さん。宜しく頼むよ、沢渡君。」

 格納庫の外へと歩き出す飯田部長と桜井一佐、そして立花先生である。
 飯田部長は態態(わざわざ)と出迎えに来た、沢渡の肩を軽く叩いて、社有機の方へと向かうのだ。そのあとに続く桜井一佐は軽く会釈をして、沢渡に声を掛ける。

「今日は宜しくね、沢渡機長(キャプテン)。」

「はい。桜井一佐に搭乗頂けるなんて、光栄です。 あの、握手、宜しいでしょうか。」

 桜井一佐はクスッと笑って、右手を差し出し言うのだ。

「こんなお婆ちゃんで、宜しくて?」

「とんでもない!」

 桜井一佐は自(みずか)らを『お婆ちゃん』と表現したが、彼女はまだ五十代後半であり、三十代後半の沢渡との年齢差は親子程でしかない。詰まり、桜井一佐が現場で勇名を馳せていた其(そ)の頃、沢渡は十代の飛行機少年であり、桜井の活躍振りをリアルタイムで知っていて、そして憧れていた、沢渡はそんな世代なのだ。
 沢渡は両手で桜井一佐の右手を握り、そして手を離すと深々とお辞儀をしたのだ。

「ありがとうございます。」

 そして顔を上げた沢渡に、桜井一佐は尋(たず)ねる。

「貴方(あなた)は空防の出身かしら?」

「いえ、自分は海防の航空隊でしたが。それでも、一佐の勇名は、良く存じております。」

「そう?嬉しいわね。でも、もう昔の事だから、余り気を遣わないでね。」

 沢渡は、もう一度、今度は浅くお辞儀をすると「では、離陸の準備を致しますので。」と言い残し、駆け足で機体の方へと向かったのだ。その足取りは、明らかに『浮かれて』いるのが判る、そんな足取りだった。
 そんな顛末を、少し先で立ち止まって眺(なが)めていた飯田部長に気付くと、照れた様に桜井一佐は言うのだ。

「何(なん)だか、気恥ずかしいですわね。」

「いやいや、大したものですよ。」

 そんな遣り取りをしている二人に緒美達が追い付き、それ迄(まで)の様子を遠目に見ていた日比野が、飯田部長に問い掛ける。

「あの、飯田部長。桜井さんて、有名な方(かた)だったんですか?」

「そうだよ。防衛軍や、特にパイロットの中ではね。凄腕の戦闘機乗りで、女性で戦闘機飛行隊の隊長になったのは、第一号じゃなかったかな?確か。 結婚して、出産もして、それでも防衛軍に残って出世したってのは、希有(けう)な例だと思うよ、今でも。」

「わたしの場合、たまたま、周囲に応援して呉れる環境が有っただけですよ。運が良かったの。」

 そう、桜井一佐が補足するのだが、日比野は感心した様に「へえ~。」と声を上げるのだ。
 すると桜井一佐は振り向き、日比野や緒美に向かって言うのだ。

「有名だって言っても、昔の事ですから。それこそ、あなた方(がた)が生まれるよりも、前のお話。」

「それでも、今も現役の戦闘機パイロットなんでしょ?桜井一佐。」

 その飯田部長の問い掛けに、桜井一佐は声を上げて笑い、そして答える。

「こんな年寄りでも、いざと言う時に何かに役に立つ様にね、意地で飛行資格(ライセンス)を保持しているんです。まあ、年間の規定時間、飛行するのが精一杯ですけどね。」

 そうして一同は、社有機へと搭乗して行ったのだ。
 以上は、そんな出発前の、一コマである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.04)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-04 ****


「いいんじゃないですか? 明日の試験は、ほぼ、失敗する様な要素は無いんでしょう?畑中先輩。 これは、試験終了の前祝いって事で。」

「まあ、そうだけどさ。 或る程度は緊張感も必要だよ。事故ってのは、油断してる時に起きるものだからね。」

 畑中の、敢えての苦言に、直美の傍(かたわ)らに居た金子が、冗談めかして立花先生に向かって言う。

「事故と言えば。今回は、実戦になったり、しないですよね?先生。」

「そう毎回、実戦に付き合わされて堪(たま)るもんですか。」

 立花先生は、これ以上は無い位の笑顔で金子に答えたのだ。その反応に苦笑いしつつ、緒美が続いて発言する。

「前回は、電波妨害(ジャミング)に対するエイリアン・ドローンの反応を見る必要が有ったから、実戦でないと検証が出来なかったのだけれど。今回のは、実機で検証する必要は無いから。先(ま)ずは、ダミーで確認する可(べ)きなのよ。」

 緒美の発言を聞いて、畑中は顔を引き攣(つ)らせる様に言うのだ。

「さらっと『ダミー』なんて言うけどさ、海防の艦艇まで引っ張り出して、可成り、大掛かりな試験なんだよ。」

 そこで、右手を肩程の高さに上げて、九堂が緒美に尋ねるのだった。

「あの、鬼塚先輩。 結局、あの『プローブ』って、どう言う物なんですか?」

 その問い掛けに、緒美が答えるよりも先に、茜が声を上げるのだ。

「要(カナメ)ちゃん、仕様書、読んだでしょ?」

「あんな分厚いの、一度や二度読んだだけで、全部頭に入る訳(わけ)、無いじゃない。皆(みんな)が皆(みんな)、茜みたいじゃないんだから。」

 そう言われて、九堂の言う事も尤(もっと)もだと、思い直す茜である。一方で、緒美は微笑んで、部員達に問い掛けるのだ。

「それじゃ、『プローブ』と明日の試験について、正確に理解出来ていないって思う人は、手を挙げて?」

 緒美の問い掛けに間を置かず、勢い良く手を挙げたのが直美と金子の二人である。それに続いて、発端である九堂が、そして武東が手を挙げるのだ。
 勢い良く手を挙げた直美に対して、恵は微笑みつつ苦言を呈する。

「副部長がそれじゃ、マズいでしょ~。」

「それじゃ、森村は完璧に説明出来る自信、有るの?」

 そう問い返されて、恵は思い直し、怖ず怖ずと右手を上げるのだ。

「…そう言われると、自信、有りません。」

「正直で宜しい。」

 直美は、ニヤリと笑うのだった。
 その遣り取りを見て、今度は瑠菜が手を挙げる。

「そう言われると、わたしも、ですね。」

「わたしも~。」

 そして、佳奈も続いたのだ。
 その様子を見回して、畑中が声を上げるのだ。

「お、一年生達は優秀だね~。」

 その発言には、ブリジットが応えるのである。

「まあ、わたし達は実際に、試験のオペレーションを実行する立場ですから。打ち合わせで、何度も説明を聞いてますし。」

 続いて武東が、手を挙げていない、茜達の様な HDG のドライバーではない一年生である村上に言及する。

「流石、村上はミリタリー(そっち)系に強いよね。」

「あははは…。」

 村上は、同じ飛行機部の先輩である武東に言われて、唯(ただ)、照れ笑いするのみだった。
 その一方で、立花先生が確認するだ。

「ソフト組も、大丈夫なのね?」

 すると樹里と維月、そしてクラウディアが順番に顔を見合わせ、最後に樹里が代表して応えるのだ。

「わたし達は、Sapphire の検証で試験のオペレーションに参加しますから…ねえ。」

 言葉の最後で、樹里は維月に同意を求めるのだった。そして維月は、樹里に対して頷(うなず)いて見せるのだ。

「はーい、解りました。それじゃ、成(な)る可(べ)く分かり易く、説明する事にしましょうか。」

 そう言うと緒美は、村上を指定して問い掛ける。

「それじゃ、村上さん。御浚(おさら)いだけど、前回の運用試験で検証したのは?」

「あ、はい。…えっと、C号機に依る電波妨害の有効性確認、です。」

 緊張気味に発せられた答えに、緒美は微笑んで頷(うなず)き、言葉を続ける。

「そうね。一先(ひとま)ずは電波妨害(ジャミング)に効果が有る事が、確認されました。そこで『プローブ』は、次の対抗策となります。」

「それよ!」

 そこで突然に大きな声を出したのは、金子である。そして金子は、言葉を続ける。

「電波妨害が有効だったのなら、次の対抗策を準備するの、急ぐ必要は無いんじゃない?」

「そうは、いかないわ。残念だけど、電波妨害(ジャミング)には遠からず対抗策を講じられるだろうから。エイリアン達だって、馬鹿じゃないでしょうし。 それじゃ、金子ちゃん。どうして電波妨害(ジャミング)が有効だったのか、その理由が解る?」

「え?…そりゃ、通信が出来ないから、じゃないの?」

 困惑気味の金子に、隣に立つ武東が言う。

「何(なん)の為の通信か、って事じゃない?博美。」

「あー…無人機(ドローン)だから、って事か。そう?鬼塚。」

 緒美は一度、頷(うなず)いてから話し出す。

「そう。エイリアン・ドローン達は単体でも、可成りのレベルで自律行動は出来るみたいだけど、集団での連携や、高速で飛来するミサイルを回避したり、そんな事が出来るのは、外部から制御されているから、そう考えられるわ。 実際に、その通信を妨害したら、ミサイルの命中率が…エイリアン・ドローン側から言えば、ミサイルの回避率が下がった訳(わけ)だし。これで、エイリアン・ドローンがミサイルを回避出来ていた理由が、外部からの制御に有ったと言う予測は、当たっていたと思うの。ここ迄(まで)は、いいかしら?皆(みんな)。」

 そこで、瑠菜が緒美に尋(たず)ねる。

「あの、部長。電波妨害(ジャミング)への対抗策って、例えば、どんな方法が考えられますか?」

「そうね。単純には通信時間を短く、回数も減らせば、此方(こちら)はエイリアン・ドローン側が使ってる周波数の割り出しに時間が掛かる様になるわよね。その上で、頻繁に周波数を変更されたら、有効に妨害を掛けられなくなるでしょうね。」

 緒美に続いて、樹里が発言する。

「一応、次にエイリアン・ドローン側がどの周波数を使って来るか、パターンを割り出して予測する処理も Sapphire でやってますけど…。」

「それでも、向こうはこっちの予測の裏を掻(か)いて来るでしょう? そんな感じで、電子戦(ECM)って最終的には、『鼬(いたち)ごっこ』にしかならないのよ。」

 その緒美の結論に対して、金子が声を上げる。

「待って、そもそもエイリアン・ドローンは、どこと通信してるの? 月の裏側の、母船?」

 その質問には、茜が疑問を呈するのだ。

「月と地球の距離だと、電波が届くのに一秒程掛かりますから、ミサイル回避みたいな制御を月軌道の向こう側から行うのは、現実的じゃないですよね。そもそもエイリアン母船は月の裏側ですから、直接、地球の様子は見えてない筈(はず)ですし。」

「そう、天野さんの言う通り。だから、エイリアン・ドローンの制御を行っている物は、もっと近くに居る筈(はず)なのよ。その制御機(コントローラー)は、『ペンタゴン』じゃないかって言うのが一部での予想で、わたしもそうだと睨(にら)んでる。」

「『ペンタゴン』…五角形?」

 緒美の説明を聞いて、九堂がポツリと言うのだった。緒美は、くすりと笑い、説明を続ける。

「最近は現れなくなったから、一般的には知られてないけど。一番、数が多いのは、飛行形態が三角形だから『トライアングル』。数は、その十分の一程で、飛行形態が五角形のエイリアン・ドローンが存在するのよ、それが『ペンタゴン』。 どう言う訳(わけ)か、最初の一年目以降、大気圏内では目撃されてはいないんだけど、大気圏突入前に『ヘプタゴン』から放出されている所は、最近でも観測がされてるらしいわ。」

「『ヘプタゴン』?」

 聞き慣れない名称を九堂が聞き返すと、九堂の隣に居た村上が答える。

「七角形、よね。」

 そんな九堂と村上に、茜が解説するのだ。

「月軌道から地球まで、を『ヘプタゴン』が運んで来るらしいのよ。『ヘプタゴン』の中に十二機の『トライアングル』と、一機の『ペンタゴン』が格納されてるらしいわ。」

「成る程、『ヘプタゴン』は輸送機、なのか。」

 一人、納得する九堂の一方で、茜の隣に陣取るブリジットは問い掛ける。

「そもそも茜は、そんな情報、どこで仕入れてるのよ?」

「別に、ネットには普通に出てる情報よ。確かに、一般の報道には、余り乗ってないみたいだけど。」

 平然と茜が答えると、ブリジットは村上に話を振るのだ。

「敦実(アツミ)は、知ってた?」

 村上は頭を横に振って、応える。

「わたしは、エイリアン(そっち)方面の情報は余り見てないから。」

「あははは、敦実は防衛軍の飛行機には詳しいのにね~。」

 九堂は笑って、村上の肩をポンと叩くのだった。
 そんな調子で次第に横道に逸(そ)れつつあった話題の軌道修正をしたのは、金子である。

「それで、その『ペンタゴン』が、最近は目撃されていないって言うのは、どうして?鬼塚。」

「そんなの、エイリアンの考える事なんて知らないけど。でも、地球まで運搬されて来ている筈(はず)なのに姿を現さない、って言うのには、何かしら、意味は有るのでしょうね。 それと関係が有るのか無いのか、エイリアン・ドローン編隊の後方には、謎の電波発信源が度度(たびたび)、観測されているの。」

「謎の電波?」

 問い返したのは、直美である。それには、樹里が応えるのだ。

「前回の運用試験時にも観測されてます。記録を解析した結果、電波のパターンから推測して、エイリアン・ドローンへの制御命令ではないかと。『トライアングル』側も、その電波に反応して返信をしてる様子ですし。」

 その、樹里の説明を聞いて、金子が発言する。

「じゃ、それが『ペンタゴン』って事? でも、そこまで解ってるなら、『謎の』って事もないでしょう?」

 緒美は、少しだけ間を置いて、金子の疑問に答える。

「その発信源、レーダーでも、光学的にも、見えないのよ。電波の発信方向を、幾ら観測しても。」

「ステルスって事?」

 直美が問い掛けて来るので、緒美が返すのだ。

「そうね。それか、物凄く対象が小さいのかも。兎に角、未(いま)だに観測に成功してないから、正体が判らないのよ。」

「それで、『謎の』、なのね。 そうか、そいつが制御機(コントローラー)なら、それを攻撃したい訳(わけ)か。」

 半(なか)ば納得した様な金子の発言を受けて、直美が緒美に問い掛ける。

「でも、電波を出してるのなら、そこを目掛けて攻撃できるんじゃないの?」

「それが出来ないのよ、電波を出してるって言っても、始終出しっ放(ぱな)しって訳(わけ)でもないしね。だから、方向は判っても、距離や高度が解らないの。レーダーに掛からないから、ミサイルの誘導が出来ないし、目視も出来ないから画像誘導も出来ない。何(なん)にしても、先(ま)ずは、相手の位置が解らない事にはね。」

「電波を受信しただけじゃ、発信源の位置は解らない…か。」

「相手との距離が近ければ、受信側が移動してれば相対位置が変わるから、或る程度は位置が推測出来るわ。或いは、発信源が高速で移動してるとか、受信側が相手の周囲をぐるっと回れたら、それでも相手の位置が特定出来る筈(はず)だけど。」

 緒美の説明に続いて、茜が言うのだ。

「『それ』が制御機(コントローラー)なら、おいそれと接近させては呉れないでしょうね。」

「そう言う事。そこで『プローブ』の役割が重要になるのよ。『プローブ』はC号機、Sapphire から離れた位置で、発信源からの電波を受信して、その電波と受信した位置と時刻を Sapphire へ送って来るの。Sapphire 自身が受信したのと、『プローブ』から送られて来たデータとを突き合わせたら、発信源とそれぞれの受信位置での時差が解るから、それで距離の差が解るでしょ? それと受信した方向とを組み合わせれば、発信源の三次元的な位置が計算出来る、そう言う仕掛けなのよ。」

 少し驚いた様に、金子が緒美に問い掛ける。

「『プローブ』が、攻撃するんじゃないの?」

 その問いには、緒美が答えるより先に、瑠菜が声を上げるのだ。

「いえ、金子先輩。『プローブ』に弾頭や炸薬は、搭載されてませんから。」

「そうなの?」

 瑠菜に聞き返す金子に、今度は緒美が声を掛ける。

「そうよ。『プローブ』は作戦空域に一時間ほど滞空して、エイリアン・ドローンの通信電波を受信し続けるの。そのあとは設定された回収ポイントへ自動で帰って行くのよ。」

 続いて、ブリジットが発言するのだ。

「攻撃は、わたしの担当です。飛行ユニットに装備した、レールガンで狙撃する予定です。」

「あの、AMF のレーザー砲では、ダメなんですか?鬼塚先輩。」

 その村上の疑問には、茜が回答する。

「原理は解らないけど『ペンタゴン』のステルス性能が、可視光領域の電磁波までカバーしているとしたら、レーザー攻撃は効果が期待出来ないでしょ。」

「そう…か、見えないって事は周囲の光が屈折してるか何かで、通過してるって事だよね。対レーダー用のステルスなら電波を吸収してるって事も有り得るけど、その原理だと可視光なら黒く見える筈(はず)だし。」

 村上に続いて、金子が納得した様に言うのだ。

「成る程ね。レールガンなら目標の座標が判って、そこに着弾する様に弾道が計算出来れば、物理的に破壊出来るって事か。誘導する必要が無ければレーダーで捕捉出来なくても関係無いし、高価なミサイルを使わないで済むってのは、財布にも優しいよね。」

 そう言って、金子は声を上げて笑ったのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.03)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-03 ****


 2072年11月11日は金曜日で、この日からは昼休みの飛行確認の予定は無くなったのだが、放課後の部活は通常通りである。
 翌日の土曜日に『プローブ』の発射試験が予定されており、その試験に向けての整備点検と準備が、この日の活動予定なのだ。とは言え、整備点検の大部分は昼間の内に、畑中達、本社試作工場からの出張組が実施しておいて呉れるので、放課後の部活では HDG 各機の状態に就いて報告を受け、翌日の試験に備えて打ち合わせを行うのである。
 この日の昼過ぎには、翌日の実射試験対応の為に本社開発部から日比野が天神ヶ﨑高校へ移動して来ており、試作工場からの出張組と合流したのだった。

「そう言えば、最近は安藤さんよりも、日比野先輩の方が天神ヶ﨑高校(こっち)に来る事が多くなっちゃいましたね。」

 打ち合わせが終了して樹里は、そう日比野に声を掛けたのである。日比野は自分のモバイル PC の終了作業をし乍(なが)ら応じるのだ。

「ああ~安藤さんは、Ruby 関連でこっちに来る用事も、ほぼ無くなっちゃったみたいよね。今は、本社でやる業務の方が多いみたいなのよ。それに、Ruby とはオンラインで遣り取り出来るしね。」

「そうですね。」

 微笑んで樹里が声を返した所で、打ち合わせの参加者に、緒美が声を掛けるのである。

「すみませんが、皆さん、下のフロアへ一度、お願いします。」

「わたしも?」

 意外そうに、そう聞き返したのは、立花先生である。

「先生も、お願いします。」

 微笑んで緒美が言うのだが、立花先生は苦笑いで応えるのだ。

「何(なん)だか、嫌な予感しかしないんだけど…。」

「大丈夫ですから、いきましょー先生。」

 そう言って、茜は立花先生の背中を押すのだった。
 第三格納庫二階の部室で打ち合わせに参加していたメンバーは、兵器開発部からは部長である緒美、テスト・ドライバーの三名、乃(すなわ)ち茜、ブリジット、そしてクラウディア、それに加えてソフト担当の樹里、最後に立花先生、以上の五名である。本社サイドからはメカ担当の畑中と、電装(エレキ)担当の倉森、ソフト担当の日比野が参加しており、明日の試験で随伴機となる社有機の機長を務める予定の沢渡も参加していたのだ。本社の飯田部長は、ネットワーク経由での遠隔(リモート)参加である。
 そんな一団が、二階から格納庫フロアへと降りて来ると、南北方向へ並べられている HDG のメンテナンス・リグの前側スペースに、長手側を接続した長机三本の上に軽食や飲み物などの準備がされているである。
 そして、恵が声を上げるのだ。

「はーい、今日は城ノ内さんの、お誕生日でーす。」

 格納庫フロアで準備をしていた一同が、拍手で樹里を迎えるのだった。
 続いて、直美が声を上げる。

「それから月曜日が、我らが立花先生の、お誕生日でした~。」

 再(ふたた)び拍手と、その合間に「おめでとう。」の声が上がるのだ。

「わたしのは祝わなくってもイイって、言ったのに。」

 立花先生は隣に立っていた緒美に、そう抗議するのだった。その顔は困った様な、嬉しい様な、複雑な表情である。
 緒美は笑顔で、立花先生に言葉を返す。

「まあ、皆(みんな)が、大好きな立花先生の事、お祝いしたいんだから、それでいいじゃないですか。」

 横目で、少し睨(にら)む様に緒美を見たあと、溜息と共に視線を上へと転じ、気を取り直す様に立花先生は声を上げたのだ。

「はい、はーい。取り敢えず皆(みんな)、ありがとうねー。」

 立花先生の声を聞いて、一同は再(ふたた)び拍手を送るのだった。
 そして、今度は畑中が、申し訳無さそうに声を上げる。

「あ~、オレ達も混ざっちゃっていいのかな?」

「何、言ってるんですか、畑中先輩。」

 間を置かずに声を返したのは、直美である。それに、恵が続くのだ。

「今回は参加人数が多いから、会場をこっちにしたんですから。」

 兵器開発部の部員が九名に、立花先生、飛行機部からの応援要員である金子、武東、村上に、維月と九堂を加えると十五名である。それに出張組である畑中、倉森、新田、大塚に日比野を加えて、更に打ち合わせからの流れで沢渡を追加すると、総勢二十一名となる。流石に、部室では手狭になるのが明白だったのだ。

「まあ、皆(みんな)でケーキを食べるだけの会ですけど。一時間程、付き合ってくださいよ、畑中先輩。」

 そう直美に言われ、畑中は出張組の面々を一度見回してから応える。

「そう言う事なら、遠慮無く…あ、でも会費位(ぐらい)は払うからさ。」

「いいんですよー何時(いつ)もお世話になってる、そのお礼も兼ねてるんですから~。」

 直美に続いて、恵が補足する。

「費用に関しては御心配無く。HDG の関係で、わたし達も手当を頂いてますから。それに~十一月は、倉森先輩も、お誕生日ですよね?」

 急に話を振られて、倉森は少し慌てて声を返す。

「え?わたし…は~来週よ。」

「序(つい)で、で申し訳無いんですけど、一緒にお祝いさせてください、倉森先輩。」

 そう言いつつ、蝋燭(ろうそく)の立てられたカットケーキが乗せられた樹脂製の皿を、同じ学科の後輩である金子が、倉森へと差し出すのだ。
 同じ様に蝋燭(ろうそく)が立てられたカットケーキが、樹里と立花先生にも手渡される。
 それを確認して、恵が声を上げるのだ。

「それじゃ、お馴染みのバースデーソング、行きましょうか~。」

 定番のバースデーソングを皆が歌う中、ケーキの蝋燭(ろうそく)に、金子が順番に火を灯していく。そして樹里と立花先生と倉森の三人は、歌の終わりに其(そ)の小さな火を、一息で吹き消すのだ。その瞬間に、一同はもう一度、大きな拍手を送るのだった。

「じゃあ皆(みんな)で、ケーキ、頂きましょうか。」

 そう恵は言って、武東達と手分けをし、手近な人から順に、カットケーキが乗った皿を配っていく。
 そんな中で、ケーキを受け取った新田が態(わざ)と少し大きな声で、畑中に言うのだ。

「婚約者(みなみ)さんに、誕生日のプレゼントとか、準備してないんですか?畑中さん。」

「そんなの、出張先に持って来てる訳(わけ)、ないでしょ。」

「へえ~って事は、準備はされてるんですねー。どんなの、かな~。」

「ノーコメント。ここでバラしたら、詰まらないでしょー。」

 新田が畑中に絡んでいるのは、単に年下である会社の先輩をからかっているだけである。畑中も、それが悪意からではない事は理解しているので、無難なコメントであしらっているのだ。その様子は、端(はた)から眺(なが)めている限り、ちょっとしたコントである。実際、その遣り取りを聞いて、天神ヶ﨑高校の後輩達はクスクスと笑っているのだった。

「ですって~みなみさん。」

 新田は適当な所で、話を倉森へ振り直すのだ。その倉森も又、畑中と同じ様に二歳年上の後輩である新田をあしらうのだった。

「はいはい、もう、その辺りにしといてね~朋美さん。」

「チッ、もう少し新鮮な反応が見られるかと思ったのに~。」

「んふふ~、残念でした~。」

 そんな試作部側の遣り取りの一方で、日比野は壁際に置いてあった自分の鞄から、二つの包みを手に戻って来る。

「こう言う流れになるんだったら、ちょうど良かったわ。樹里ちゃん宛てに、預かって来た物が有るのよ~。」

 そう言って日比野は、ケーキを食べている樹里に、ラッピングされた包みを差し出す。

「何です?日比野先輩。」

「井上主任と、安藤さんから。お誕生日のプレゼント、預かって来てたのよ。」

「え?…え~と、わたしにですか?どうして、また…。」

 樹里は、唐突(とうとつ)に差し出された贈り物を、受け取るのを躊躇(ちゅうちょ)するのだった。

「どうしてって、井上主任は、維月ちゃんと仲良くして呉れてるお礼、だって。あと、Ruby や Sapphire がお世話になってる事も含めてね。それは、安藤さんも同じなのよ。」

「先生、いいんでしょうか?こう言うの。」

 樹里は何とは無しに、立花先生へ許可を求めるのである。立花先生は、特に気に掛ける事も無く答えるのだ。

「いいんじゃない?特別に高価な物って事じゃなければ。ねぇ、緒美ちゃん。」

 急に話を振られた緒美も、微笑んで言うのだ。

「井上主任や安藤さんからすれば、城ノ内さんは兵器開発(うちの)部の中でも特別な存在なんだから、有り難く頂いておけばいいと思うけど。」

 二人から、そう言われて樹里は、手にしていたケーキの皿を机へと置き、日比野からプレゼントの包みを、丁重(ていちょう)に受け取るのだった。

「それじゃ、折角、用意して頂いた物なので。ありがとうございます…あとで、お二人には、お礼のメール、送っておきますね。」

「そうね、そうして呉れると主任達も、嬉しいと思う。」

 そう日比野が笑顔で答える一方で、樹里の背後から覗(のぞ)き込む様にして維月が問い掛けるのだ。

「麻里姉(ねえ)からのプレゼントって、中身は何?何?」

「ちょっと、維月ちゃん…。」

 樹里は身を捩(よじ)る様にして、手にした包みを維月が伸ばす手から遠ざけ乍(なが)ら、日比野に尋ねるのだ。

「…これ、開けてもいいんですかね?」

「いいんじゃない? 変な物は入ってないでしょう…多分。」

 そう答えて日比野は、くすりと笑う。「それじゃあ。」と、樹里は包みの封を開けるのだ。
 そして中から出て来たのは、綺麗なプリント柄(がら)のハンカチーフのセットだった。

「ああ、それ。わたしが貰ったのと、同じヤツじゃない。」

 維月は、少し落胆した様に声を上げた。それとは間を置かず、樹里が嬉しそうに言葉を返す。

「じゃ、お揃(そろ)いだね。」

 瞬間的に維月は、姉の麻里がギフトの選択に就いて、手を抜いたのだと思ったのだ。だが、樹里の見解を聞いて、麻里が敢えて同じ物を贈った可能性も有るのかと、そう思い直したのだった。そして頬を緩(ゆる)めて、維月は樹里に尋(たず)ねる。

「安藤さんからのは、何?」

「う~ん、感触は本みたいだけど…。」

 樹里が包みの中身を取り出すと、案の定、それは一冊の書籍で、表紙の側を見て、そのタイトルを読み上げる。

「あはは…『難問・プログラミング問題集』だって。 安藤さんらしいチョイスね~。」

「何よそれ。色気、無いなあ…。」

 クスクスと笑う樹里の一方で、維月は呆(あき)れ顔である。そして包みの中に残っている、メッセージカードを樹里は見付け、嬉しそうに文末を読み上げるのだ。

「あ…カードが。え~と『…暇潰しに使ってちょうだい。』だって。」

「え~…。」

 樹里と維月、二人の反応の落差を目の当たりにして、日比野は声を上げて笑うのだった。そして、井上主任から個人的に依頼されていた、もう一つの任務(ミッション)を、思い出したのだ。

「…あ、そうそう。井上主任から、頼まれてたんだ。記念に樹里ちゃんと維月ちゃんの、画像撮って来てって。クラウディアちゃんも一緒にね~。特に、維月ちゃんは最近の姿を、送って来て呉れないから~ってさ。」

「いや、送ってって、頼まれた事、無いですし…。」

 そうは言ってみたものの、維月は、昨年末の手術の際に、思い詰めた末の願掛(がんか)けと、その時の勢いで、バッサリと切ってしまった自分の髪が、或る程度、伸び揃(そろ)う迄(まで)は、写真や画像を残したくはなかったのが正直な所だったのだ。四月の時点では男子の様だった短髪も、半年が経った今の時点では、直美よりは長く、瑠菜よりは短い程度に迄(まで)、頭髪は伸びているのである。
 幾ら伸ばそうとしているとは言え、毎月、バランスを取る為のトリミングが或る程度は必要なので、完全放置と言う訳(わけ)にもいかない。維月はバランスを整え乍(なが)ら、以前の状態を目指して少しずつ髪を伸ばしている最中なのである。
 実の所、脳腫瘍の手術前に、その当時の頭髪をバッサリと切ってしまわなければならない幾分かの事情が、維月には有ったのだった。
 維月に脳腫瘍が発見された当初、その患部の位置が手術を行うには余りにも難しい場所だった為、投薬や放射線治療を組み合わせて、時間を掛けて対処していくと言う治療方針だったのである。そして、その副作用で、維月の頭髪は一部が抜け落ちてしまっていたのだ。
 その事を両親から聞かされた井上主任が、彼女の妹の病状に就いて会社に相談した事から、維月の様な難易度の高いケースでも手術を引き受けて呉れる医師へと繋(つな)がったのである。これは維月が井上主任、詰まり社員の家族である事に加え、維月自身が天神ヶ﨑高校の生徒であり、乃(すなわ)ち天野重工の準社員である事から、福利厚生の一環として会社が動いた結果なのだった。天野重工程の会社であれば、色々な方面からの情報が得られるし、所謂(いわゆる)『名医』に繋(つな)がり易いだろう事も亦(また)、一般個人の比では無い。
 昨年の、あの時点で井上主任が会社に相談していなければ、場合に依っては維月は命を落としていた可能性すら有ったのだ。勿論、その事は維月は両親から聞かされていたし、理解も感謝もしているのである。

「クラウディア、ほら~、いらっしゃーい。」

 少し離れた場所でケーキを食べているクラウディアに、樹里が笑顔で呼び掛ける。クラウディアは、直ぐに声を返すのだ。

「わたしは、関係無いじゃないですか?城ノ内先輩。」

 そのクラウディアの見解に、日比野が説得を試みるのである。

「そんな事無いよー。天神ヶ﨑高校兵器開発部のソフト部隊三名には、うちの課は大いに期待してるんだから~将来の即戦力だからねー。」

「ほらほら、ケーキ持った儘(まま)でイイから、こっちおいで。」

 そう、維月に手招きされると、クラウディアは手にしていた皿を机に置いて言葉を返す。

「それじゃ、丸でわたしが『食いしん坊』キャラみたいじゃない。」

「あはは、其(そ)れは其(そ)れで面白いかもね~。 はい、並んで~クラウディアちゃんが真ん中がイイかな。」

 日比野は自身の携帯端末を取り出し、樹里達にレンズを向ける。
 誕生日的には主役の樹里がセンターに来るべきなのだが、標準的な樹里の身長に対して他二名の身長差が大きい為、構図的には一番背の低いクラウディアを二人が挟んだ方が良いだろうと、そう日比野は判断したのだ。そして維月はクラウディアの肩に手を掛け、自(みずか)ら腰を引いて顔の高さを樹里と合わせるのだった。

「それじゃ、その儘(まま)で。撮るよ~…」

 一回、二回と日比野は、樹里達三人の姿を携帯端末に収める。
 そして撮影の終わった日比野に、後ろから茜が声を掛けるのだ。

「日比野先輩。記念って事なら、先輩も一緒に撮りましょうか?」

「あ~そうね、お願い出来る? わたしの携帯端末(PT)で。」

 そうして、日比野がクラウディアの背後の立った状態で、四人の画像を茜が日比野から渡された携帯端末で撮影するのだった。
 そのあとは何と無く、幾つかのグループに分けて其(そ)の場に居た全員の姿を、日比野が撮影していく流れになったのだ。
 そのグループとは、例えば立花先生と三年生の三人とか、維月を加えた二年生組とか、一年生の三人だとか、である。或いは飛行機部の三年生二人を加えた三年生組五名であったり、一年生の応援組二名と茜、ブリジットの機械工学科の一年生四名であったり、試作部からの出張組四名と立花先生の組合せだったり、勿論、日比野自身も被写体に加わったりと、それなりの盛り上がりを見せたのだった。
 因(ちな)みに、それぞれの画像撮影に於いて、背後に HDG 各機が映り込まない様に、留意されていた事は指摘しておきたい。何(ど)れもが秘密指定の器材であるので、技術資料として画像を残す場合以外は、極力、画像データを取得しないのが無難なのである。個人の携帯端末から、うっかり画像データが流出でもしたら、誰も責任が取れないのだ。その辺りの事情は、この場の全員が心得ているのである。
 そんな中で、畑中がポツリと言うのだ。

「しかし、試験の本番は明日なのに、もう打ち上げの様な雰囲気だよね。」

 半(なか)ば呆(あき)れた様な、その、畑中の発言には、直美が反応するのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第17話.02)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-02 ****


 ドライバー三人と維月が格納庫フロアへ降りて行くと、三機の HDG は既に起動準備状態で待機している。
 発進時間を短縮する為、昨日の内に各機が其其(それぞれ)の飛行ユニットに接続した状態で、更に機首を大扉の方向へと揃(そろ)えてあるのだ。その上で畑中達が、AMF とC号機飛行ユニットはエンジン始動までを終わらせているのだった。これは AMF は Ruby が、C号機飛行ユニットに就いては Sapphire が、それぞれ制御しているから可能な事である。
 茜は手際良く自身を HDG へ接続するのに続いて AMF の機首部を閉鎖し、恵と直美が押し開けた大扉の方へ向かって、機体の前進を開始する。その儘(まま)、庫外に出ると駐機エリアを横切って滑走路への誘導路に侵入し、行き足を緩(ゆる)める事無く滑走路の東端へ向かって、滑らかに AMF を移動させて行く。それにクラウディアのC号機も、機体三機分程の間隔で追従して行くのだった。
 ブリジットのB号機は、飛行ユニットのメンテナンス・リグに吊られた状態で飛行用メイン・エンジンを起動する所からのスタートだったが、滑走路へと向かう誘導路上の移動や、離陸滑走が不要である特性を活かし、エンジンが起動して機体がメンテナンス・リグから解放されると、直ぐに格納庫内からホバー移動で駐機エリアへと出て、その儘(まま)、上昇を開始する。
 それとほぼ同時に AMF が離陸滑走を開始すると、あっと言う間に離陸を終え、C号機も其(そ)れに続くのだった。

「何だか、空防の緊急発進(スクランブル)訓練みたいだなー。」

 畑中が上昇して行く三機を見送り乍(なが)ら、そんな所感を漏らすと、微笑んで緒美が言うのだ。

「まあ、やってる事は同じですよね。十二時三十八分、まあ、上出来かしら?」

 時刻を確認する緒美に、大扉の方から戻って来た直美が声を掛ける。

「授業終了から、十八分って事でしょ? あと三分は、短縮したいよね。」

「明日(あした)の課題、かしら?」

 恵が苦笑いで直美に応じる一方で、緒美はデバッグ用コンソールを操作している樹里に確認する。

「城ノ内さん、プローブの振動計、データは取れてる?」

「大丈夫です、四基とも正常に稼働してます。今の所、異常値は来てませんね。」

 緒美が言う『振動計』とは『プローブ』に標準装備されているセンサーではなく、今回の確認の為に取り付けられた物である。センサーが計測したデータは、パイロンを介して飛行ユニット側で取り込み、HDG のデータ・リンクに乗せて送られて来るのだ。
 三機の HDG を送り出し終えて一息吐(つ)いた瑠菜は、制服のポケットから先刻の御握(おにぎり)を取り出しつつ、畑中に問い掛けるのだ。

「畑中先輩、あのプローブ一式、試作工場の方でも、F-9 に搭載して試験はやってるんですよね? こっちでも同じ試験、やる必要が有るんですか?」

 そう訊(き)いて瑠菜は、包装を解いた御握(おにぎり)を一囓(ひとかじ)りする。

「C号機の飛行ユニットと F-9 は、主翼は同じ物だけどさ、機首形状が全く違うからね。気流の影響は、実機で確認しないと安心出来ないのさ。勿論、問題は無いように設計はされてる筈(はず)だけど、『問題は無い』って事を確認はしないとね。」

 畑中が瑠菜の質問に答えると、その背後で樹里が声を上げるのだ。

「A号機とB号機から、映像来ました。記録、開始しま~す。」

 それを聞いて、直美が緒美に微笑んで言うのである。

「A、B号機が随伴(チェイス)機をやって呉れるなら、わたし達は、もう御役御免(おやくごめん)かな?」

「ケース・バイ・ケースでしょ? 又、必要になる事も有るかもよ。」

 直美と緒美は顔を見合わせると、互いに「ふふふ。」と笑ったのである。
 余談ではあるが、次の日曜日には、緒美と直美に定例の飛行訓練が予定されていた。

 それから暫(しばら)くは、C号機は各種姿勢での飛行や機動を繰り返し、主翼下に懸下(けんか)された『プローブ』に異常が見られないかを、只管(ひたすら)に確認したのだ。そして十五分程が経過した時点で、この日の飛行を切り上げて、帰投の指示が出されるのである。
 この日の飛行は学校の上空付近からは大きく離れなかったので、AMF とC号機は五分程で、相次いで着陸を終えて、第三格納庫へと戻って来る。一番最初に格納庫内に戻って来たのは、当然、着陸滑走が必要でないブリジットのB号機で、第三格納庫前の駐機エリアに降り立つと、その儘(まま)、格納庫内へとホバー移動で戻って来たのだ。
 ブリジットが機体を飛行ユニット用のメンテナンス・リグに接続している間に、クラウディアのC号機が格納庫の中まで自力移動で入って来て停止し、最後に茜の AMF が格納庫内で停止したのである。
 ドライバーの三名は大慌てで HDG と自身との接続を解除すると各機から飛び降り、部室の在る二階通路への階段へと駆け足で向かうのだ。

「三人共、五分で着替えて来て!」

 そんな緒美の声を聞き乍(なが)ら階段を駆け上がると、二階廊下を通って部室を通過し、部室隣の更衣室へと飛び込む。その室内には瑠菜と佳奈と維月が待機していて、彼女達は茜達三人がインナー・スーツを脱ぐのを補助するのだ。
 インナー・スーツを脱ぐには、先(ま)ずは背部のパワー・ユニットを外す必要が有り、続いて腰部と背部のプロテクト・フレームを外さなければならない。このユニットやフレームの着脱作業が独りでは不可能なので、インナー・スーツの脱ぎ着には必ず作業補助の人員が必要なのだ。そして背部のプロテクト・フレームを除去するとスーツ背部が大きく開くので、補助を行う人員がスーツの上半身を前方に向かって引っ張る事で、両側の袖からドライバーの腕を引き抜くのである。インナー・スーツを脱ぐには、この方法が最も手早いのだ。
 ドライバーはインナー・スーツの下に、専用のアンダー・ウェアを着用しているので、インナー・スーツが肌に張り付く事は無い。アンダー・ウェアに因ってドライバーの汗や皮脂が直接、インナー・スーツの内側に付着するのを防止しているのだが、それは生地(きじ)の内部に各種センサーや体温維持システムを組み込んだインナー・スーツが、丸洗いが不可能だからだ。とは言えアンダー・ウェアを着用しても、インナー・スーツ内側への汗や皮脂の付着を完全に防止出来るものではない。肌に触れるアンダー・ウェアには通気性が必要で、そうである以上、アンダー・ウェアが吸収した汗や皮脂は、或る程度は外側へ染みてしまうのである。そんな訳(わけ)でインナー・スーツを着用したあとは、専用の洗浄液を使用して内側を拭き掃除する等のメンテナンスが必要なのだが、流石に今回はそんな時間的な余裕は無い。メンテナンスは後回しである。

上着(ジャケット)とソックスは、あとにしなさい!」

 そう瑠菜に言われて、ドライバー三人が制服のスカートにブラウスを着用した時点で、六人は更衣室を出るのだ。茜とブリジット、そしてクラウディアは、制服上着(ジャケット)のポケットに丸めたソックスを押し込み、裸足で靴を履いて、維月達の後を追って再び階段を駆け下りるのだった。

「こっちよー。」

 階段を降りると其(そ)の下から奥側、格納庫フロア東側の出入り口から、恵の呼ぶ声が聞こえる。茜達六名は呼ばれる儘(まま)に出入り口を通過して格納庫の外へと出ると、そこには学校所有のマイクロバスが待っているのだ。

「早く乗って。」

 今度はマイロバスの乗降ドア内から、恵が声を掛けて来るので、六人は、相次いでマイクロバスの車内へと駆け込む。

「それじゃ、出すよー。」

 運転席から声を掛けて来たのは、倉森である。倉森は兵器開発部のメンバー達全員が乗車したのを確認して、マイクロバスを校舎の方へと走らせるのだった。校舎の前に到着する迄(まで)の数分間には、マイクロバス車内では立花先生が購入したパンや御握(おにぎり)の残りを、テスト・ドライバーの三名や他の希望者で分配したのだ。幾ら女子だとは言え、育ち盛りの若者に昼食としてのパンや御握(おにぎり)が一個だけでは、流石に足りないのである。勿論、五時限目の前に其(そ)れを食べている時間はもう無いので、五時限目と六時限目の間の休み時間にでも、と言う事になるのだが。
 こうして、兵器開発部のメンバー達は午後からの授業に、ギリギリ、間に合ったのである。

 一方で、兵器開発部のメンバー達が午後の授業へと向かったあとの第三格納庫であるが、此方(こちら)は此方(こちら)で、直ぐに暇になる訳(わけ)ではない。
 帰還した三機の HDG、それぞれの停止、終了作業が行われると、直ぐに三機分の整備と点検作業が始まるのである。
 その上で、飛行確認で得られたデータを吸い上げ、整理して、兵器開発部のメンバー達との夕方の打ち合わせ迄(まで)に、明日の昼に実施する飛行(フライト)で確認するべき項目や、飛行プランの素案を作らなければならない。
 畑中達、本社試作工場からの出張組の作業も、なかなかに大変なのである。


 そして翌日、2072年11月9日、水曜日の、お昼時である。
 茜とブリジットが所属する一年A組の四時限目は、数学の授業である。数学担当の大須先生は、授業のペース配分には定評の有る先生で、授業時間終了三分前には其(そ)の授業の締めを開始し、チャイムと同時に必ず、決まり文句を言うのだ。

「よし、今日はここ迄(まで)。授業、終わり~。」

 その何時(いつ)もの宣言を聞いて、茜とブリジットは同時に席から立つのである。
 天神ヶ﨑高校の授業では開始や終了の挨拶、所謂(いわゆる)学級委員に依る「起立。礼。」の様な号令は、行われない。小、中学校で其(そ)の様な習慣が染みついていた一年生達は当初、戸惑ったり違和感を感じたりしたものだが、流石に今では其(そ)れが当たり前になっている。

「天野とボードレール、社用だってのは聞いてるけど、廊下は走るんじゃないぞ。」

 そう声を掛けられて、茜は微笑んで一礼し「はい、お先に失礼します。」と声を返すと、ブリジットと共に駆け足で教室を後にしたのだ。そして、他の生徒達も銘銘(めいめい)に席を立って昼食へと動き始める。
 段々と賑やかになる教室の前方に位置する教卓では、大須先生が持ち帰る資料を纏(まと)め乍(なが)ら苦笑いしつつ呟(つぶや)くのだった。

「だから、走るなって言ったんだけどなあ。」

 そんな様子の教室の一方では、ブリジットと同じバスケ部所属の西本が、学食へ向かおうとする九堂と村上に、教室後方の出入り口手前で声を掛けるのだ。

「九堂さん、村上さん。今日はブリジット達の手伝いは、いいの?」

 九堂と村上の二人が、兵器開発部の活動に協力している事は、西本はブリジットから聞いて知っているのだ。

「うん。本社の方(ほう)から、人が来てるからね~。」

「わたし達の出る幕じゃ無いよね。」

 九堂に続いて、村上も微笑んで言葉を返すのだった。
 西本は、折角呼び止めたのだからと、思い切って訊(き)いてみるのだ。

「二人は、ブリジットと天野さんがやってる事、知ってるんでしょう?」

 九堂と村上は一瞬、顔を見合わせ、そして村上が左手で眼鏡の位置を少し直してから、西本に答えるのだ。

「それは知ってるけど。ごめんなさいね、社外秘の事も絡むから、無闇に話せないの。」

 その返答を聞いて、少し表情が曇る西本に、九堂が説明を補足する。

「同じ特課の生徒でも、秘密関連の事柄は、聞かされる方が迷惑する位(くらい)だからさ。悪く思わないでね。」

「そうそう。わたし達は、うっかり口を滑らして、それが会社にばれたら『これ』だもの。」

 村上は笑って、右手で自分の首を切るジェスチャーをして見せるのだ。
 苦笑いを返して、西本は村上に言う。

「大変なのね。」

「まあ、そう言う立場、って言うか、契約だからね。」

 村上に続いて、九堂が微笑んで言うのだ。

「大変だけど、色々と面白い経験も出来るし。それに特課の生徒でいれば、将来は安泰(あんたい)だし?」

「あはは、西本さん達、普通の皆(みんな)は何(いず)れ大学受験でしょ? そっちの方が大変だよね。」

 その村上の言葉に、西本は言葉を返さず、唯(ただ)、微笑んで見せるのだ。そこで、窓際の席から西本の名前を呼ぶ声が聞こえて来る。

「明理(アカリ)ー。」

 声を掛けて来たのは、教室での昼食に持参したお弁当を広げている二人の女子生徒である。その二人は、西本と同じく、普通課程の生徒だ。
 西本は、其方(そちら)の友人達に右手を挙げて合図をした後で、村上と九堂に言うのだ。

「貴方(あなた)達は、お昼は学食だったよね。呼び止めて、ごめんなさいね。」

「ううん、いいよー気にしないで。」

「じゃあねー。」

 そうして村上と九堂は、教室を出て学食の在る管理棟へと向かったのだ。
 天野重工の準社員待遇である特別課程の生徒と、会社とは無関係である普通課程の生徒との間に、普段から心理的な溝や壁が存在している訳(わけ)ではないのだが、この様に会社の絡む話題が有る時、その立場の違いを互いが意識してしまう事は避けようが無い。特別課程と普通課程、それは『何方(どちら)が上』と言った類(たぐい)の話ではなく、単に『立場が違う』以上の意味は無いのだ。その事を特別課程の生徒達は天神ヶ﨑高校での三年間を通して、学んでいくのである。そして、その経験は天野重工に本採用になった後で、『天神ヶ﨑卒』と『一般卒』と言う社員としての新たな立場の違いを乗り越えるのに役立つのだった。

 さて、この日の飛行確認を実施している茜達であるが、其方(そちら)は昨日と同じ様にバタバタと状況が進み、しかし昨日より幾分かはスムーズに、飛行の予定を終えたのである。
 そして放課後には前日と同様に、昼休み時間に実施した飛行確認で使用した器材の片付けや、翌日の準備、更に昼間のデータを元にした打ち合わせが行われ、この日の活動も全日程が無事に終了したのだった。


 そして更に翌日、2072年11月10日、木曜日の昼休みである。
 この日も前日迄(まで)と同じ様に、四時限目の終了と共に兵器開発部のメンバー達は教室を飛び出し、部室の在る第三格納庫へと向かうのだ。昼休み時間に飛行確認を実施するのは此(こ)の日が最後の予定なのだが、流石に三日目ともなれば色々な事に慣れて来るもので、授業終了から茜達の離陸が完了する迄(まで)、所要時間は十五分を切って見せたのである。
 この日の確認内容は『プローブ』の発射手順の確認で、発射に必要な諸元の入力や、それらに対する『プローブ』からのリターン値を記録して、各機器が正常に機能しているのを確認したのだ。これは発射の最終段階で中断(アボート)が正常に出来る事の確認でもあり、クラウディアは『プローブ』を発射する事無く、無事に飛行確認を終えて学校へと帰投したのだった。

 

- to be continued …-

 

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