WebLog for HDG

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ bLOG です。

Poser 用 3D データ製品「PROJECT HDG」に関するまとめ WebLog です。

STORY of HDG(第17話.09)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-09 ****


「TGZ01 より、HDG02 へ。取り敢えず、これで画像照準の性能は確認出来たと言う事でいいでしょう。予定通り、残りの目標は同時ロックオンで、連続射撃の確認に移ります。問題は無い?」

「此方(こちら)HDG02、問題ありません。狙撃コースへ向かいます。」

「了解。準備が出来たら、連絡してね。」

 待機コースを飛行するクラウディアのC号機斜め後方から、ブリジットのB号機は左旋回で離脱する。この時点で、B号機とC号機は、南北方向に設定された待機コースを南から北へと飛行していたのだ。クラウディアのC号機は此(こ)の待機コース上を往復し乍(なが)ら、目標である気球(バルーン)の位置特定を継続しているのである。
 残存した気球(バルーン)を曳航(えいこう)する海防艦艇は、それぞれが別方向へと低速で航行しているが、これは安全上の配慮なのだ。仮に気球(バルーン)を繋留した艦艇が静止しているとして、上空に風が吹いていない状態で、気球(バルーン)が射撃に因って破裂したとしよう。その場合、上空に有った器機や、繋留していた千メートル分のワイヤーが艦艇に向かって落下して来る事になるのである。実際には、上空には大気の流れが存在するし、艦艇も海流に因って移動しているので、必ずしも艦艇の真上からワイヤー等が落下して来る訳(わけ)ではない。だが、その一部でもが艦上の設備や装置、構造物に衝突したとして、何かしらの利益になる事は有り得ず、寧(むし)ろ場合に依っては深刻なダメージを受ける事すら有り得るのだ。その予防的対策として艦艇を一定方向へ航行させておけば、艦尾部に繋留された気球(バルーン)は必ず艦尾から更に後方の上空に存在する事になるので、気球(バルーン)が破裂した際の落下物が艦上構造に衝突するのを回避が出来る訳(わけ)である。
 当然、静止した標的よりも移動する標的の方が、命中させるのに難易度は高くなるが、定速での一方向への移動程度であれば、目標の未来位置へ弾道を合わせる事などB号機搭載の火器管制機能には造作無い仕事なのである。

「HDG02 より、TGZ01。狙撃コースへ入りました。」

 ブリジットの声を聞いて、緒美は念の為、指示を伝える。

「了解、HDG02。今回は画像照準は使用しないでね。データリンクの、C号機が特定した目標座標に上へプラス六メートルで、二目標同時にロック。奥側の目標から順番に射撃して、離脱。いいわね? 一気に終わらせましょう。」

 最初に、今回から追加となった超望遠カメラを使用した画像照準の機能確認を行ったのだが、現実には『ペンタゴン』が相手の場合、相手側が『光学ステルス』能力を有している以上、画像照準は役に立たないのだ。『ペンタゴン』を狙撃する為には、C号機が位置特定した座標へ、弾体を撃ち込まなければならないのである。

「了解してます。目標1、2 をロック、射撃座標を上にプラス六メートルに設定…あ、HDG03、目標2 がデータリンクから消失。」

 落ち着いた声でのブリジットの報告には、直ぐに、クラウディアの声が返って来る。

「発信器が周波数を切り替えたのよ。再スキャンで検出される迄(まで)、ちょっと待って。」

 クラウディアの説明を聞く迄(まで)もなく、目標座標がデータリンクから消失した理由をブリジットは理解している。だから、ブリジットは冷静に緒美に申告するのだ。

「HDG02 より、TGZ01。一旦(いったん)、狙撃コースから離脱します。」

「TGZ01、了解。」

 短く緒美が了承の意を伝えると、ブリジットはB号機を大きく右旋回させて西向きの針路を取る。これは、目標との距離を設定されている百五十キロよりも縮め過ぎない為の措置である。
 その間に、もう片方の目標も発信周波数が切り替わり、C号機は再スキャンを余儀(よぎ)無くされるのだった。

「受動式(パッシブ)でやってる以上、こればっかりはどうしようもないわね。」

 立花先生は苦笑いを浮かべて、そう緒美に言ったのだ。

「そうですね。 これ、消えた位置をメモリーしてデータリンクを継続するって、出来ません?」

 緒美は、そう日比野に問い掛けた。それに対する、日比野の反応は早い。

「出来なくはないけど、表示がメモリーなのか、現在の計算結果なのか、判別は付かないとマズくない?」

「表示の色を変えるとか、ですか?」

 その樹里の提案に、日比野は微笑んで、そして答えるのだ。

「まあ、そんな所かな。取り敢えず、持ち帰って検討してみる。」

「お願いします。」

 緒美も微笑んで、日比野に依頼の声を掛けたのである。
 そうこうする内、データリンク上には二つの気球(バルーン)に就いて、再度、位置特定された結果が表示されるのだ。

「TGZ01 より、HDG02。射撃コースへ向かって。」

「HDG02、了解。狙撃コースへ入ります。」

 ブリジットが答えると、続いてクラウディアの声が通信に入って来る。

「HDG02、又、周波数が切り替わる前に、ササッと撃ち落としてちょうだい。」

「余計な事、言ってないで、黙って見てなさい、HDG03。 目標1、2 をロック、射撃座標を上へプラス六メートルに設定。目標2、1 の順に連続射撃します。」

 東向きのコースに旋回を完了したブリジットのB号機は、レールガンの弾道が目標の未来位置に重なるように、機体の速度と角度を調整するのだ。それは勿論、B号機搭載の AI が微調整を補助しているのである。

「マスターアーム、オン。 弾体を薬室(チャンバー)へ装填。準備完了、発射許可を求めます。」

 ブリジットからの要求に、緒美は即答する。

「此方(こちら)、TGZ01。発射を許可します。」

「HDG02、了解。HDG01、弾道観測、準備いいよね?」

「此方(こちら) HDG01、準備完了してる。何時(いつ)でもどうぞ。」

 茜の声を確認し、一呼吸を置いてブリジットは声を上げた。

「では、HDG02、連射、行きまーす。」

 その宣言から間も無く、B号機搭載のレールガンは一発目を発射したのだ。

「弾体を薬室(チャンバー)へ再装填。次弾、発射します。」

 そして、殆(ほとん)ど間を置かず、ブリジットは二発目を発射したのである。
 目標2 は高度千六百メートルをB号機から見て向かって左手側に南東方向、つまりB号機から見て右方向へ移動しつつ、遠ざかる方向へも移動している。目標1 は高度二千メートルを右手側に南方向へ、これはB号機から見ると右方向へ移動している。目標2 が遠ざかる方向へ移動と先述したが、実際には目標を曳航(えいこう)する艦艇の航行速度よりもB号機の飛行速度の方が速いので、相対的にはB号機は何方(どちら)の目標にも接近しているのだ。徒(ただ)、その接近速度が二つの目標で其其(それぞれ)が僅(わず)かに違う、と言う事である。
 この様に、二つの目標は高度も接近速度も移動方向も違うので、B号機は目標毎(ごと)に機体の向きを変えて射撃を行わなければならないのだが、何分(なにぶん)、百五十キロメートルも彼方(かなた)の目標である。外から見て解る程に、機軸を振る必要は無かったのだ。

「射撃終了、マスターアーム、オフ。離脱して、待機コースへ向かいます。HDG01、着弾観測、宜しく。」

 ブリジットはB号機を右へ傾けると、大きく旋回して東向きの射撃コースから離れて行った。

「此方(こちら) HDG01、弾道観測を続行。着弾まで、凡(およ)そ五十二秒。」

 茜は二つの目標が AMF の前方監視カメラで同じ画角(フレーム)に入る角度をキープして飛行し、飛翔する二つの弾体は右主翼下の観測用撮影ポッド内蔵カメラが赤外線モードで追跡している。これら複数の撮影機材を、同時に制御しているのは、当然、AMF に搭載されている Ruby である。
 そして茜は、十秒毎(ごと)に残り時間を読み上げるのだ。

「…四十秒…三十秒…二十秒…十秒…5…4…3…2…1…着弾。」

 前回と同様に、AMF が撮影する赤外線画像は、画面がホワイト・アウトするのだったが、それは二つの目標への着弾が、ほぼ同時だった為、一度限(きり)だった。
 そしてデータリンク上で目標のレーダー反応をモニターしていた樹里が、報告する。

「目標のレーダー反応、消失を確認しました。」

「了解、HDG03、『プローブ』各機へ帰還コマンドを送信。 それから HDG01、観測ご苦労様、此方(こちら)へ合流して。」

 その緒美の指示に対して、クラウディアと茜が相次いで返事をするのだ。

「此方(こちら) HDG03、『プローブ』各機へ帰還コマンドを送信します。」

「HDG01 より、TGZ01。これより、其方(そちら)へ合流します。」

 そして緒美は、海上防衛軍側へ試験終了の挨拶を伝えるのである。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。以上で当方の試験メニューは、全て消化しました。海上防衛軍の御協力に感謝します。ありがとうございました。」

 そのコメントに続いて、コンソールの傍(そば)へ移動して来た桜井一佐が、日比野から通話用のヘッドセットを借りて、声を上げるのだ。

「此方(こちら)、空防の桜井です。空防からも、海防艦艇の支援に御礼申し上げます。」

 すると間を置かず、海防側から返信が入るのである。

「空母『あかぎ』艦長の、稲村です。試験の方、順調に終わった様子で、何よりですな。今回は桜井一佐とは、直接、お目に掛かれず残念でした。何(なん)でしたら後日、戦闘機で来艦くだされば、歓迎致しますよ。」

「稲村一佐、生憎(あいにく)ですが、わたしは空母着艦の資格(ライセンス)は持ってませんので。」

「わははは、桜井一佐なら海防で講習を受けて頂ければ、直ぐに取得出来ますよ、きっと。」

「ご冗談が過ぎますよ、稲村一佐。では、我々はこれで失礼しますので。今日は、ありがとう存じます。」

「はい、帰路、お気を付けください。」

 稲村艦長からの返事が有った所で、飯田部長がヘッドセットを桜井一佐から受け取り、交代して話し始めるのだ。

「あー、天野重工の飯田です。今日は、海防側の御協力、ありがとうございました。」

「ああー、飯田さん、ご苦労様。 試験中の通信を一通り聞かせて貰ってたけど、御社の若い人達、皆(みんな)、優秀で羨ましい限りですな。」

 天野重工は海上防衛軍の空母搭載機である艦上型 F-9 戦闘機を生産している関係も有って、飯田部長は稲村艦長とも面識が有るのだった。

「いやあ、恐縮です。」

「今日試験した装備、何時(いつ)頃、現場で使える予定ですか? 随分(ずいぶん)と完成度、高い様子じゃないですか。」

「いえいえ、まだ実験機ですから。製品化するには、まだまだ詰めなけれなばならない箇所が有りましてね。 我々は、これで帰還しますが、其方(そちら)には、もう一仕事お願いする事になってますので、宜しくお願いします。」

「ああ、無人機(ドローン)の回収だね、承知してるよ。」

「はい、その件に就きまして何か有りましたら、其方(そちら)に派遣してある、弊社の担当の者(もの)に言って頂ければ。」

「ああ、はいはい、了解してますよ。」

「では、失礼します。本日は、ありがとうございました。」

「はい、ご苦労様。」

 稲村艦長からの返事が有った所で、飯田部長はヘッドセットを外して、樹里に言うのだ。

「じゃ、ここで防衛軍との通信は終了だ。 いいかな?鬼塚君。」

 飯田部長に確認されたので、マイク部を指で塞(ふさ)いで緒美が応じる。

「はい。 城ノ内さん、通信設定から防衛軍を解除してね。」

「分かりました~設定、解除しました。」

 樹里は手早くコンソールを操作し、データリンクを使った通信の通話リストから防衛軍のアドレス・コードを解除したのである。
 続いて、緒美が各機に通信を送る。

「TGZ01 より、HDG 各機。学校へ帰還するから、当機の位置へ集合。防衛軍との通話設定は解除したから、もう話すのに緊張しなくてもいいわよ。」

 その緒美の発言に対して、HDG 各機からは「了解。」との返事が有るのだ。
 一方で、立花先生が飯田部長に問い掛けていた。

「飯田部長、『あかぎ』の艦長とも面識が、お有りだったんですか?」

「ははは、伊達(だて)に三十年も、天野重工で防衛装備事業に関わっている訳(わけ)じゃないって事さ。」

 そう言って笑う飯田部長に対して、少し呆(あき)れた様に桜井一佐が言う。

「まったく、驚異的な、お顔の広さですわね。」

「いえいえ、これ位じゃないと、務まりませんよ。」

 そう答えて又、笑う飯田部長の一方で、苦笑いで顔を見合わせる、桜井一佐と立花先生である。
 その後、社有機の右側に AMF、左側にB号機、C号機が集合すると、緒美がクラウディアに尋(たず)ねるのだ。

「HDG03、カルテッリエリさん、『プローブ』は指定したポイントへ、向かってる?」

「はい。あと一時間程度は掛かりますけど、向かってはいます。 城ノ内先輩、其方(そちら)でもモニター出来ますよね?」

 クラウディアが聞き返して来るので、樹里はコンソールを操作して確認する。

「はーい。此方(こちら)でも、ステータスを確認しました。」

 樹里の確認を待って、緒美は指示を伝える。

「それじゃ、これより帰還します。沢渡機長、お願いします。」

 社有機はスロットルを開けて、上昇しつつ旋回を始める。そしてHDG 各機は、それに続いたのである。
 こうして、この日の試験は全てが無事に終了したのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.08)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-08 ****


 間も無く、ブリジットの声が随伴機機内でスピーカー出力される。

「HDG02、狙撃コースへ復帰。目標の座標を入力。照準画像を確認します。」

 その声を聞いて、緒美は日比野が操作するディスプレイを再(ふたた)び覗(のぞ)き込むのだ。立花先生は席を離れ、日比野の席後方に移動して緒美と同様にディスプレイに注目する。
 ブリジットの声が続く。

「今度は、指定座標が目標のアンテナ辺りになっているみたいです。」

「HDG02、此方(こちら)でも画像を確認したわ。」

 緒美は、ブリジットに然(そ)う報告した。ブリットは、オペレーションを続けるのだ。

「照準を気球(バルーン)中央部へ修正…目標固定(ロックオン)。目標を空対空射撃モードで自動追尾。 HDG02、マスターアーム、オンにします。宜しいですか? TGZ01。」

「此方(こちら) TGZ01、許可します。オペレーション、続行して。」

「HDG02、了解。マスターアーム、オン。 弾体を薬室(チャンバー)へ装填。 HDG01、其方(そちら)は準備、いい?」

 ブリジットが茜に声を掛けるので、茜が応答する。

「此方(こちら)HDG01、記録準備状態で待機中。何時(いつ)でも、どうぞ。」

 茜の AMF の現在位置は、B号機と気球(バルーン)との中間位置から、北へ百キロメートル程の空域である。AMF は、その複合画像センサーでレールガンの射撃弾道を側方から観測するのだ。
 茜の返事を受けて、ブリジットが発射の最終確認を行う。

「それでは、カウントダウンの後(のち)に、レールガン、発射しますが、いいですか?TGZ01。」

「此方(こちら) TGZ01、発射を許可します。タイミングは任せます。」

「HDG02、了解。では、カウントダウン、スタート。5…4…3…2…1…発射!」

 ブリジットの宣言と同時に、B号機の飛行ユニットに装備されたレールガンは、その砲口から青白い閃光を放つのだ。
 撃ち出された弾体は非常に高速なので目視は出来ないが、AMF が撮影する赤外線画像では、飛翔する一つの光点として捕らえられていた。
 飛翔中の弾体が赤外線画像で明るく見えるのは、レールガン砲身内部での加速中に弾体が電気的に発熱するからだが、発射後にも飛翔中の空力加熱に因って、弾体は加熱されているのだ。
 この超音速飛翔体の『空力加熱』は、周辺流体、乃(すなわ)ち空気との『摩擦熱』だと間違って説明される事が多かったが、それらは全く異なる現象である。
 シリンダーに閉じ込められた空気をピストンで圧縮すれば、シリンダー内部の空気は温度が上昇する事は一般的に知られているが、超音速飛翔体の前面では、これと同じ事が解放された大気中で起こるのだ。それが空力加熱の原理である。
 『音速』とは空気が自力で(外部からのエネルギー供給無しに)動ける速度の上限なので、音速以上で移動する物体の前面に存在する音速以下の空気は、物体の周辺や後方へと流れ遅れた結果、圧縮されるのである。従って、超音速飛翔体の先端部で此(こ)の圧縮が発生する為、先端部分の温度が、温度分布ではピークとなるのだ。これが、超音速飛翔体の加熱が『摩擦熱』ではない単純で、明確な証拠である。もしも、超音速飛翔体の加熱が『摩擦熱』であるなら、ロケットや砲弾型ならば先端ではなく胴体周辺部、翼型であれば前縁ではなく翼表面、そう言った面積の広い部分に温度分布のピークが発生する筈(はず)である。更に、先端部や前縁部は常に新鮮な大気に曝(さら)される場所であるから、『空力加熱』が無ければ、大気に因って冷却される筈(はず)なのだ。
 因(ちな)みに、超音速飛翔体に因って加速された超音速流の大気と周辺の亜音速流大気との境界が、大気中を波状に伝播するのが、所謂(いわゆる)『衝撃波』である。

「発射終了。HDG02 は待機コースへ、戻ります。」

 ブリジットの申告に、緒美が応える。

「了解、HDG02。 現在、レールガンの弾体は目標へ向かって飛翔中。着弾まで、あと五十三秒。」

「了解。マスターアーム、オフ。着弾したら、教えてください。」

 ブリジットのB号機は、右旋回の後、クラウディアのC号機と合流するのだ。
 一方で、弾体の飛翔経路を追跡して撮影を続ける茜は、着弾までの時間を報告する。

「着弾まで、推定であと三十秒。…二十秒…十秒…5…4…3…2…1…ゼロ…あれ?…手前側を通過しました…ね。」

 茜の報告に続いて、緒美も声を上げる。

「此方(こちら)でも、画像を確認したわ。 Ruby、どの位、逸れたのか、記録した画像から解析出来る?」

 緒美の呼び掛けに、AMF から Ruby の声が返って来る。

「其方(そちら)で保存した記録にアクセスして、弾道解析を行ってみます。記録ファイルの指定を、お願いします。」

 Ruby からの依頼を受けて、樹里が手早くコンソールを操作し、Ruby へ言葉を返すのだ。

Ruby、ファイルを送るから、解析、宜しく。」

 樹里がコンソールのエンターキーを叩くと、間も無く Ruby からの返事が有る。

「ファイルを受け取りました。解析完了まで、暫(しばら)くお待ちください。」

 そこへ、ブリジットからの通信が入るのだ。

「あのー、HDG02 です。さっきの、外(はず)れました?」

「そうね。でも、貴方(あなた)の所為(せい)でない事は分かってるから、心配しないで。」

 緒美に然(そ)う言われても、ブリジットとしては安心出来るものではない。

「前回は当たったのに…どこかで操作を間違えたでしょうか。」

 心配そうにブリジットは言うのだが、射撃に就いてドライバーが実行するのは目標の指定と、タイミングの指示だけなのだから、彼女には操作を間違えようが無いのである。だから、緒美が言葉を返すのだ。

「変化点としては、レールガン本体を再装備した事と、照準用の超望遠カメラの追加だから、原因は其(そ)の何方(どちら)かでしょう?」

 そこで、Ruby が弾道解析の結果を報告して来るのである。

「HDG01 Ruby より、TGZ01。先程の弾道解析が終わりましたので、報告します。弾道に対して左右の誤差が約一メートルと、精度は高くありませんが、照準座標から射線に対し左へ凡(およ)そ六メートル程、弾道が逸れたものと思われます。」

「ありがとう、Ruby。六メートルか…角度にすると…。」

 緒美は制服のポケットから自分の携帯端末を取り出し、関数電卓画面を表示する。それを手早く操作して、角度のズレ量を計算するのだ。

「…百五十キロ先の六メートルだから…アークタンジェントで…0.00229°、ね。こう計算すると、大きいんだか小さいんだか分からないわね。 TGZ01 より、テスト・ベース。其方(そちら)で、何か見解が有りますか?」

 緒美が学校側で待機しているメンバーに呼び掛けると、それに応じたのは緒美の予想通り、畑中である。

「あー、此方(こちら)テスト・ベース。さっき言ってた、レールガン再装備ってのは関係無いと思う。取り付けで軸線がずれないようには出来てるし、調整確認もやったから。 だから、照準用の望遠カメラ、そっちの調整が不十分だったかも知れない。」

「その再調整は、工場に戻さないと無理ですか?」

 そんな緒美の問い掛けに、畑中は即答する。

「いや、カメラ自体は、レールガン本体に、ほぼ固定だから。パラメータ調整で、何とかなると思う。 HDG02、レールガンの照準パラメータ設定画面、開いて見て呉れるかな?」

 そのリクエストに、ブリジットは直ぐに応じるのだった。

「HDG02 です。パラメータ設定を開きます、ちょっと待ってください。」

 それから数秒経って、再(ふたた)びブリジットの声が聞こえた。

「はい、パラメータ設定、開きました。どうすれば、いいですか?」

「オーケー、パラメータ、項目が十個、並んでる筈(はず)だけど、確認出来るかい?」

「はい、十個、有りますね。」

「じゃあ、念の為、現在の数値を上から順番に、読み上げて呉れ。」

「分かりました。上、パラメータ番号1 から順に行きます。0.1、1、0、0.23、0.28、0.28、0.06…」

 ブリジットが読み上げる途中で、畑中が「え?」と声を上げるので、ブリジットは読み上げを中断して聞き返すのだ。

「…何か、おかしかったですか?」

「ああ、ゴメン。もう一度、最初から頼む。」

「行きます、0.1、1、0、0.23、0.28、0.28、0.06、0.01、0、1、以上です。」

「了~解。5、6、7番の数値は、0.28、0.28、0.06、で間違いない?」

「はい、0.28、0.28、0.06、です。」

「オカシイなあ…パラメータ6番の数値は、こっちのチェックシートだと、0.08 になってるんだけど。バグか、入力ミスか…。」

 そんな事を畑中が言うので、日比野が突っ込むのである。

「パラメータの設定値が勝手に変わるバグなんて、有り得ません!そっちの入力ミスでしょ?」

「だよね~、どうして、こんな間違いが…まあ、いいや。この件は、帰ってから担当者に確認してみる。取り敢えず、パラメータの6番が 0.28 だった場合のズレ量を計算してみるから、ちょっと待ってね…。」

 今度は緒美が、畑中に問い掛ける。

「簡単に出来るんですか?それ。」

「…ああ、調整用のアプリを使えば、逆算出来る筈(はず)…ああ、出た。0.28 の場合は、百五十キロ先で水平方向に、-5.583、あ、正対して右側がプラスね。これ、さっきの結果と、大体合ってるよね?」

 そこで、コンソールを操作していた樹里が発言するのだ。

「B号機のログを確認しましたけど、さっきの射撃、照準座標がC号機の位置特定座標と水平方向に 5.9 メートル、ずれてますね。」

 立花先生が、怪訝(けげん)な顔付きで緒美に尋ねる。

「どう言う事? C号機の特定した座標に撃ち込んだんじゃなかったの?」

「いえ、最終的には望遠カメラの画像で、照準を修正しましたから。そのカメラがズレてた、って事ですね。」

 そして、ブリジットが問い合わせて来るのだ。

「HDG02 です。結局、パラメータの6番は、設定値 0.08 に、修正していいんですか?」

 それには畑中が、緒美よりも先に答えるのだ。

「ああ、スマン。そう、0.08 で、オーケー。」

 続いて、緒美も一言。

「だ、そうよ。」

「HDG02、了解。パラメータの6番、0.08 に設定しました。」

「それじゃ、もう一度、トライしてみましょうか。HDG02、射撃コースへ。」

「HDG02、了解。」

 そう答えて、ブリジットは機体を大きく右旋回さると、気球(バルーン)を狙うコースへと自身を乗せるのだ。
 ブリジットがコースを修正している間、緒美は茜に問い掛ける。

「TGZ01 より、HDG01。観測準備は大丈夫?」

「HDG01、問題ありません。何時(いつ)でも大丈夫です。」

「了解、HDG01。その儘(まま)、待機してて。HDG02 、其方(そちら)は?」

「HDG02 です。狙撃コースに乗りました。再度、照準を固定(ロック)します。マスターアーム、オン。 弾体を薬室(チャンバー)へ装填。準備完了、発射許可を求めます。」

「TGZ01 より HDG02 へ、発射を許可します。其方(そちら)のタイミングで、どうぞ。」

「HDG02、了解。カウントダウン開始、5…4…3…2…1…発射。」

 再度、B号機のレールガンが火を噴くと、射撃の終わったブリジットは右旋回して待機コースへと戻るのだ。

「HDG02、射撃終了。待機コースへ戻ります。HDG01、着弾観測、宜しく。」

「HDG01、了解。着弾まで、推定五十秒。」

 茜が答えてから約五十秒後、百五十キロ先の同高度に出現した、一つの火球を確認したのである。

「着弾! 命中しました。」

 レールガンの弾道観測をしていた茜は、直(ただ)ちに報告したのである。AMF が撮影していた赤外線画像では、着弾の瞬間に気球(バルーン)内部の水素が爆発的に燃焼した事で、撮影画像は一面がホワイト・アウトしたのだった。だが、超望遠カメラによって観測・記録された画像に爆発音は疎(おろ)か、聊(いささ)かの音声も収録されてはいないので、その映像に迫力は欠片(かけら)も無いのである。一瞬、ホワイト・アウトした画面は直ぐに、何も無い空中を映した赤外線画像に戻り、その画像だけを見ていれば何事も無かったかの様だった。

「流石に、百五十キロも先だと、爆発の閃光も見えないわね…。」

 随伴機機内から窓の外を眺(なが)めていた立花先生は、苦笑いし乍(なが)ら然(そ)う翻(こぼ)したのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第17話.07)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-07 ****


 最終的に、パラメータ各種を調整の末(すえ)にレーダー反応から割り出された位置座標との誤差は、凡(およ)そ一メートル程度迄(まで)に、電波発信源の位置特定は追い込む事が出来たのだった。
 誤差が一メートルと聞くと、精度が余り良くない様に思われるかも知れないが、凡(およ)そ百五十キロメートルの距離を隔てての一メートルである。それに、捜索目標の大きさが幅で八メートル程度である事を合わせて考えれば、実用に十分な結果だと言えよう。

「取り敢えず、こんなものかしら? 持ち帰って分析するのに、データは全部記録してあるから。実際のデータを元に、計算式とか見直せば、もう少し精度は上がる筈(はず)だって聞いてるけど。」

 日比野は、緒美と樹里に、そう告げるのだ。
 そこに立花先生が、声を掛けるのである。

「問題が無ければ、次へ進めましょう。」

「そうですね。 TGZ01 より、アカギ・コントロール。器機の初期調整が完了しました。予定通り、フェイズ・ツーへ進みますので、発信器のモード変更をお願いします。」

 緒美が海防側に呼び掛けると、返事は直ぐに有った。

「TGZ01 へ、了解。フェイズ・ツー移行の指示を出す、待機されたい。」

「TGZ01、了解。待機します。」

 試験の第二段階(フェイズ)は、気球(バルーン)が懸下(けんか)している発信器が、三種類の周波数をランダムに切り替えて発信し、C号機の位置特定が追従出来るかの試験である。この試験に用いられている発信器は、天野重工が製作して持ち込んだ物なので、それを操作する為の社員が気球(バルーン)を繋留している各海防艦艇へ派遣されており、海防側の指示で器機の操作を行ったり、稼働状況を監視しているのだ。
 そして間も無くして、クラウディアからの報告が入る。

「HDG03 より TGZ01。目標からの電波受信をロスト。再スキャン、開始します。」

 その報告に、樹里が応える。

「此方(こちら) TGZ01、了解。モニター、継続してる。」

 それから数秒後、樹里が操作しているコンソールのディスプレイに表示されている、MAP モード画面上での HDG03 と各『プローブ』のシンボルが、それぞれに受信状態である通知に変化する。そして、再び位置特定の演算結果が、シンボルとして MAP 上に表示されるのだ。

「演算結果、来ました。…精度は、先程と特に変わらないですね。」

 樹里の報告を、緒美と立花先生は樹里の背後からディスプレイを覗(のぞ)き込んで確認するのだった。
 その後、二度、三度と気球(バルーン)の発信器は異なる間隔で発する電波の周波数を切り替え、その都度(つど)、C号機は電波の発信源位置を特定し直して、その精度を確認したのだ。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。試験内容を、フェイズ・スリーへ移行します。宜しいでしょうか?」

 周波数の変化が、位置特定の検出精度に影響を与えない事を確認して、緒美は海防側に試験を第三段階(フェイズ)へ進める連絡をしたのだ。その返事は、直ぐに返って来た。

「此方(こちら)、アカギ・コントロール。フェイズ・スリー移行を了解。一番艦から、移動を開始。」

 空母『あかぎ』からの返答の後、間も無く、樹里が見詰めるディスプレイ上で、縦に三つ並んでいた気球(バルーン)を表すシンボルの、一番下側の一つが下向きへゆっくりと動き出すのだ。
 それは現在、MAP モードで表示されているので、ディスプレイの上側が磁北である。つまり、気球(バルーン)を繋留した海防艦艇は南向きへ航行を開始したのだ。その速度は航空機に比べれば比較にならない程に遅く、凡(およ)そ時速 30 キロメートル程度である。
 緒美は樹里の背後からディスプレイを覗(のぞ)き込み乍(なが)ら、尋(たず)ねる。

「どう、追跡(トラッキング)は出来てる?」

「はい、問題無い、みたいですね。」

 ディスプレイ上では下へ向かって移動するレーダー反応のシンボルと重なる様に、電波発信源の位置特定演算結果を表示するシンボルが移動しているのだ。
 樹里はコンソールを操作して、ディスプレイの表示スケールを何段階か切り替え、拡大して見せるが、重なる二つのシンボルの動きに目立ったズレは無い。
 それを確認して、緒美は不思議そうに、日比野に言うのだ。その際、緒美は発言が通話に乗らないよう、マイク部を指で押さえている。

「位置特定演算の分、表示は少し遅れるものと思ってましたけど?」

「ああ、元々、レーダー反応の方も生データじゃ無くて、データ・リンク経由だから少し遅れてる筈(はず)なの。」

 緒美と同様に声が通信に乗らないように配慮した日比野の解説に、樹里も又、マイク部を指で押さえて問い返すのだ。

「両方とも少し遅れてて、ちょうどピッタリって事ですか?」

「あー、そう単純な話じゃなくてね。現在時刻よりもコンマ何秒か前の位置を表示しても仕方が無いから、データ・リンクで戦術情報を MAP 表示する時は、現在時刻での予想位置を表示してるの。そこの所の考え方は、電波源の位置特定演算でも同(おんな)じで、表示は現在の予想位置なのよ。」

「別々に計算した予想結果が、重なっている、と?」

「そう言う事。」

 少し呆(あき)れた表情の樹里に、日比野は微笑んで答えたのだった。

「そう言う事でしたら、目標を次々、動かして貰いましょうか。」

 くすりと笑って緒美は然(そ)う言うと、マイク部から指を離して空母『あかぎ』に呼び掛けるのだ。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。二つ目の目標、移動をお願いします。」

「此方(こちら)、アカギ・コントロール、了解。」

 返事から間も無く、ディスプレイ上で二番目のシンボルが右斜め下へ、つまり南東方向へと移動を開始する。これも、問題無く位置特定の演算は追従して行くのだった。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。三つ目の目標、移動をお願いします。」

 緒美が再度、依頼の呼び掛けをすると、ディスプレイで上側のシンボルが右へ、つまり東へと進行を開始する。これで、三つの気球(バルーン)は全てが別方向へと移動しているのだが、そのレーダー反応に対して位置特定の演算結果は完全に追従しているのだ。
 それはC号機と『プローブ』は、目標が電波を発している限り、その位置をレーダーと同じレベルで追跡出来る能力を有する事が確認されたのを意味するのだった。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。続いて、フェイズ・フォーに移行します。予定通り、各目標には其(そ)の儘(まま)、移動の継続をお願いします。」

「アカギ・コントロール、了解。発砲の際は、予告をされたい。」

「TGZ01、了解。」

 緒美は空母『あかぎ』に答えたあと、続いてブリジットを呼び出す。

「TGZ01 より、HDG02。お待たせ、出番よ。」

「此方(こちら) HDG02、了解。旋回して、目標の狙撃コースに向かいます。」

 HDG02 は、HDG03 と共に気球(バルーン)との距離を保つ為、南北方向を往復するコースを飛行していた。その儘(まま)だと、B号機に装備したレールガンで気球(バルーン)を狙えないので、B号機は目標に正対する必要が有るのだ。
 ブリジットは、C号機との編隊を解いて、右旋回を開始する。これは目標である気球(バルーン)との距離を試験設定よりも詰めない為に、一旦(いったん)、離れる方向から、ぐるりと回って目標に正対する機動である。そして十分に減速して、向かって一番左側の目標に正対するコースに自身を乗せるのだった。

「目標の座標を、火器管制へ入力。照準用カメラの画像取得。」

 前回、実施したB号機での実射では、長射程でのレールガン使用に於(お)いては、照準時に目標の機影が確認出来ない事で、射撃タイミングを把握し辛いとの問題が判明したのだった。その対策として、レールガン本体に照準対象である目標を撮影する、超望遠カメラが追加装備されていた。それは視野の狭い小型軽量の撮影機材ではあるが、目標の捜索用に使用する目的ではないから射線軸上のみを撮影が出来れば、能力的には事足りると考えられたのだ。
 実際に目標を固定(ロック)して射撃軸線を合わせてみると、最大望遠でも目標は小さくにしか見えないものの、その外形は判別出来る程度には表示がされたのである。その撮影画像は、データ・リンクに因って随伴機側でも確認がされていた。

「HDG02 より、TGZ01。指定座標を照準固定(ロックオン)で、目標を視認。間違いないですよね?」

 ブリジットからの確認に、緒美が答える。

「此方(こちら) TGZ01、それが目標で間違いないわ。」

 画像から判別される形状は、球状物体の下に箱状の物体が有り、そこから下向きに長い棒状の突起物が確認出来る。繋留用のワイヤー迄(まで)は、流石に画像からは確認は出来なかった。因(ちな)みに、球状の物体が気球(バルーン)で、その下の箱状の物が発信器、棒状の突起物が送信アンテナである。
 そこで、ブリジットが妙な事を訊(き)いて来るのだ。

「TGZ01、あのー…ちょっと確認したいんですけど。 画像で、下向きに突き出ているのが、アンテナでいいんですよね?」

「そうだけど、それが何か?」

 そう答えつつ、緒美は樹里と顔を見合わせるのだった。続いて、ブリジットの声が返って来る。

「だとすると、電波発信源の座標、高度はアンテナの高さに合ってないと、オカシクないですか?」

「えーと…どう言う事?」

 困惑気味に、言葉を返す緒美である。だからブリジットは、説明を重ねるのだ。

「現状で照準画像だと、照準は上の方、気球(バルーン)の中心付近に座標指定されているんですけど、それ自体は、今回はいいんです。でも、実際のエイリアン・ドローンは、機体と電波発信源は、こんな離れてませんよね?」

 そこ迄(まで)を説明されて緒美は、ブリジットの言わんとする事に合点(がてん)が行ったのである。

「あー、成る程。言いたい事は解ったわ。」

 そう、ブリジットへ声を返す緒美に、立花先生が問い掛ける。

「どうしたの?」

「HDG02 からの照準画像ですけど、これ、見てください。」

 緒美は日比野がモニターしているディスプレイを指差して、立花先生に言うのだ。隣の席から、樹里もディスプレイを覗(のぞ)き込む。

「レーダーに反応しているのは、上部の気球(バルーン)部分ですから、レーダー反応から割り出されている座標は、気球(バルーン)の中心付近だと考えられます。対して、電波発信源は下部のアンテナ部ですから、位置特定演算の計算結果は、アンテナの中心付近の座標と言う事になります。気球(バルーン)の直径が八メートルなので、中心から下端までの距離は四メートル。その下に発信器とアンテナが有って、アンテナの位置が気球(バルーン)下面から二メートルとすると、気球(バルーン)の中心から電波発信源の位置は縦に六メートル離れている事になります。」

 そこで、樹里も問題の存在に気が付いたのだった。

「あ。さっき、レーダー反応の座標に合わせて、位置特定演算のパラメータ、調整しちゃいましたね。」

 一方で、何が問題なのか、今一つ理解していない日比野が口を挟(はさ)む。

「狙いを付けるのは気球(バルーン)部分なんだから、いいんじゃないの?」

「いえいえ。それは目標が『この形』の場合なら、そうですけど。本来の目標は、エイリアン・ドローンですから。この調整の儘(まま)、本番で使用したら、照準がエイリアン・ドローンの六メートル上になっちゃいますよ。」

「あー。でも、それは目視で照準を修正すれば、いい話じゃない?」

 樹里の説明に対する日比野の問い掛けに、緒美は頭を横に振って答える。

「『ペンタゴン』は、光学ステルスで姿が見えませんから。画像での照準修正は出来ないと思った方が。」

「ああ、そう言う事ね、解った。パラメータを再調整しましょう。縦方向の補正だけだから、大した手間にはならいと思う。」

 日比野は、再(ふたた)びパラメータの調整マニュアルを取り出し、クラウディアに呼び掛けるのだ。

「HDG03、今の話、聞こえていたでしょう? もう一度、パラメータの調整をします。」

「HDG03、了解。準備しますから、ちょっと待ってください。」

 そして緒美は、ブリジットに呼び掛ける。

「TGZ01 より、HDG02。パラメータの再調整をする間、待機コースに戻って。 それにしても、良く気が付いたわね。お手柄よ、HDG02。」

「いえ、照準画像を見る迄(まで)、こんな事、思いもしませんでした。HDG02、取り敢えず、待機コースへ戻ります。」

 ブリジットからの通話の後、日比野はクラウディアと、パラメータの再調整の為の遣り取りを始めるのだ。
 一方で緒美はマイク部を押さえて、傍(そば)に居た立花先生に言うのだった。

「うっかりしてました。ボードレールさんが気付いて呉れて、助かりましたね。」

 すると立花先生が、緒美に確認するのだ。因(ちな)みに、立花先生は通話用のヘッドセットを着けてはいない。

「単純に、位置特定演算の高度座標から六メートル引けば、いいって事ではないの?」

「どうでしょう? 計算式を見てないので詳しい事は解りませんけど、パラメータが角度に効いて来るものだと、距離に対して影響度が変わるでしょうから。その辺りは、日比野先輩の方が解っているんだと。」

「そうね。」

 立花先生は一言だけを発して、頷(うなず)いたのだ。
 一方で飯田部長と桜井一佐は、特に声を発する事無く、そこ迄(まで)の様子を、機内後方の座席から眺(なが)めていた。『この二人が海防側との遣り取りの窓口である』と前述したが、それはトラブルが有った際の交渉担当と言う事である。
 事前に計画され、提出された『試験実施要綱』に従って試験が進行している限り、オペレーションに関する連絡は主に緒美が担当するのだ。又、緒美と樹里、そして日比野と HDG 各機との通話は、全て防衛軍側にも聞こえており、だから先程来、通話に個人名を出さないよう各人が注意しているのだった。
 ともあれ、前述の理由で飯田部長と桜井一佐も、立花先生と同様に通話用のヘッドセットを装着していない。
 そんな二人の前の空席に、立花先生は腰を下ろした。それは当面、彼女が口を出す必要が無さそうだったからだ。
 すると、後ろの席から桜井一佐が声を掛けて来る。

「わたし達は当面、出る幕は無さそうね。本当に皆さん、優秀だわ。」

 立花先生は振り向き、微笑んで応える。

「恐縮です。でも、試験計画は本社の人間も目を通して準備して来た筈(はず)なのに、さっきみたいな事に誰も、事前に気が付かないなんて、間抜けと言うか、お恥ずかしい限りです。」

 その立花先生の自嘲(じちょう)的な発言には、飯田部長が笑顔でコメントするのだ。

「そんな事はないさ。所詮(しょせん)、人間のやる事だからね、何時(いつ)まで経っても、この手の『うっかりミス』は無くならないよ。だからこそ、こうやって試験とか、確認が必要なのさ。」

「全くです。」

 飯田部長のコメントには、桜井一佐も大きく頷(うなず)いて同意したのだった。
 そうこうする内、C号機位置特定演算のパラメータ調整が終了し、緒美が再(ふたた)びブリジットを呼び出すのである。

「TGZ01 より、HDG02。再度、射撃コースへ。」

「HDG02、了解。」

 HDG02 は、改めて HDG03 との編隊を解き、右旋回から東向きの飛行コースへと進むのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.06)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-06 ****


 離陸から三十分程の後、HDG 各機と随伴機は試験空域へと到達する。
 移動中は高度五千メートルを飛行していた各機は、試験空域に於いて高度二千メートルに迄(まで)、降下しているのである。
 空域周辺には雲底の低い雲は無く、茜達の眼下には今回の試験への協力に際して海上防衛軍側の指揮を実施する、空母『あかぎ』が航行している。全長が四百メートルに迫る其(そ)の巨大な航空母艦も、茜達からは前へ延ばした腕の、その掌(てのひら)で隠れてしまう程度の大きさにしか見えない。
 この時代、日本の海上防衛軍には三隻の航空母艦が存在するが、その一番艦が此(こ)の『あかぎ』である。因(ちな)みに二番艦『かが』は現在、ドッグ入りしての定期整備中で、三番艦『しなの』は東南アジア方面の海上輸送ルートを、安全確保の為の哨戒任務で航海中なのだ。
 世界中の各地で、エイリアン・ドローンに因る襲撃事件が起きている此(こ)の御時世であるが、その防空作戦に各国海軍の水上艦艇が参加する例は少ない。イージス艦の様に防空を主任務とする艦艇を除外すると、通常の艦艇にはエイリアン・ドローンに対峙する機会が、ほぼ無いからだ。
 それは、『エイリアン・ドローンが総じて海には無関心であるから』なのだが、その御陰で海上輸送に関してはエイリアンの攻撃対象にされておらず、それ故(ゆえ)に日本の様な島国でも無事に経済が回っているのである。
 だから世界中の海軍が暇であるかと言えば、そんな事は無く、世界的な此(こ)の危機に乗じた海賊行為の横行など、エイリアンよりも人間相手の警戒が必要とされているのだった。
 実際、エイリアン・ドローンの出現以降、世界の航空輸送は総量で凡(およ)そ半減しており、それだけに海上輸送の重要度や比率が増しているのだ。

 今回の試験に航空母艦が参加しているのは、勿論、試験を実施する海域へ出向くのに『あかぎ』のスケジュールが合致した事が大きな要因ではあるが、沿岸から遠く離れた海域での試験中に、HDG にトラブルが発生した場合の避難や回収が考慮されたのも一つの要因なのだ。
 離着陸に滑走が不要なB号機は兎も角、AMF とC号機が空母に着艦が可能かどうかは、AI に依る操縦支援が装備されているとは言え、実際の所は、やってみないと判らない部分が多い。それがトラブル発生時の緊急避難であれば尚更、着艦を強行する判断や決断には困難が伴(ともな)うだろう。
 AMF の場合は、HDG を切り離して、茜が単独で空母上に降りるのであれば、これはB号機と同様に滑走は不要である。この場合、AMF は空母近辺の海上に投棄される事となり、可能であれば空母によって引き揚げを試みる事も、海上防衛軍側とは申し合わせ済みだった。この作業が困難であれば、別途、引き上げの為の船舶や機材を手配し、引き揚げ計画を策定しなければならない。何(いず)れにせよ、これらの作業に関して、明確な手順や詳細までが詰められている訳ではない。これ迄(まで)の経緯を見れば、激しい起動をする訳でもない今回の試験で、HDG 各機がトラブルを起こす可能性は極めて低いのだ。
 何方(どちら)かと言えば、試験を終えた『プローブ』が帰還する座標が『あかぎ』所在の海域に指定してあるので、着水した『プローブ』を回収する役割を、『あかぎ』には期待されているのである。
 『プローブ』は基本的には『使い捨て』として構想はされているのだが、勿論、調達に必要な価格は二束三文とはいかない。特に、内蔵する電子器機は何(いず)れもが其(そ)れなりの価格がする装備品であり、だからこそ使用後に回収ポイントへと帰還する設定が存在しているのだ。回収して再整備すれば、数回の再使用は可能である事が、設計上は期待されている所なのである。
 但し、帰還時に着水や着陸、或いは落下した際の衝撃でフレームや内蔵機材に対し、どれ程の損傷や影響が生じるのか、それに関しては実際の運用での確認が必要となる。今回の試験で、敢えて『プローブ』の回収を行うのは、その辺りの評価をする為なのである。そして、それ以前に、設定通りのポイントに帰還出来るか、その事を検証する意味も、当然、含んでいるのだ。

「TGZ01 より、HDG 各機。準備はいい?」

 緒美が問い掛けると、直ぐに三人から通信が返って来る。

「HDG01、準備良し。観測位置で待機中。」

「HDG02、スタンバイ。」

「HDG03、問題ありません。」

 緒美達、随伴機からはブリジットのB号機と、クラウディアのC号機しか見えない。C号機の右手側、五百メートル程度の距離を開けて随伴機は飛行している。B号機はC号機の左手側、五十メートル程の位置だ。
 茜の AMF はB号機の左手方向に、B号機とC号機を同時に観測出来る程度に距離を取っているので、その姿を随伴機から目視する事は出来ない。茜の方からは、AMF の右主翼下面に懸下(けんか)している観測用撮影ポッドに内蔵されているカメラで、進行方向に対して側方の様子を監視、撮影している。そして前方側に存在する、目標となる気球(バルーン)に関しては、AMF に搭載されている高倍率の前方監視カメラで監視するのだ。それらの撮影画像は、データ・リンクで随伴機と、天神ヶ﨑高校に設置されたベースへと送信され、其方(そちら)でて記録されているのである。
 続いて、緒美は海防艦艇側へ確認する。

「TGZ01 より、アカギ・コントロール。其方(そちら)も、宜しいですか?」

 空母『あかぎ』からの返事は、直ぐに返って来た。

「こちらアカギ・コントロール。準備は完了している。其方(そちら)のタイミングで、試験を開始して呉。」

「了解。では、宜しくお願いします。」

 そう、緒美は言葉を返すと、クラウディアへ指示を出すのだ。

「HDG03、では、試験を開始してください。打ち合わせ通り、目標のスキャンから。」

「HDG03 です。目標のスキャン、開始します。」

 クラウディアとブリジットの編隊は、目標に接近し過ぎない様に、打ち合わせの通りに右へ旋回を始め、同時に目標から発せられる模擬電波のスキャンを開始した。
 スキャンを開始して間も無く、Sapphire は三つの電波発信源をキャッチするのだ。

「9時方向に電波源を探知しました。電波源の数は三、それぞれ周波数は違っています。」

 Sapphire の報告と同時に、クラウディアの目の前には、探知した情報がグラフィックで表示される。

「HDG03 より、TGZ01。電波源を探知、数は三。データは其方(そちら)にも、行ってますか?」

 直様(すぐさま)、樹里の声が返って来る。

「HDG03、データは来てます。判明してるのは、電波源の方向だけね。」

 表示上では、C号機を中心として、細長い扇型の表示が 9時方向へ三本、伸びているのだ。これは、探知した電波源の距離が特定出来ない為、電波の飛来する方向のみを表示しているのである。因(ちな)みに、表示上で上側が常にC号機の進行方向、或いは正面側で、C号機を表示の中心に据えて、上から見下ろした状態で位置関係が表されている。

「HDG03 より、TGZ01。更に右旋回して、『プローブ』発射位置へ移動します。」

 クラウディアの報告に対して、緒美が許可する。

「了解、HDG03。オペレーション、続行。」

「HDG03、右旋回開始。HDG02、付いて来なさい。」

 そう、クラウディアに指示され、打ち合わせ通りなのだが、少しムッとしてブリジットは答えるのだ。

「はいはい、了解。HDG02、HDG03 に続きます。」

 C号機とB号機は、電波源から離れる方向へ旋回を始め、ぐるっと回って電波源の方向へ正対する。これは、電波源に対して設定の百五十キロメートルよりも近付かない為の機動である。
 電波源に正対した状態で、C号機とB号機は方位として、ほぼ東向きに飛行している。その状態で、クラウディアは『プローブ』の発射手順を開始するのだ。
 手順とは言っても、基本的な飛行データは事前に入力済みなので、各項目と諸元を確認して、最終安全装置を解除すれば発射準備は完了だった。

「安全装置、解除。 HDG03 より、TGZ01。『プローブ』1 から 4、発射します。宜しいですか?」

「TGZ01、了解。発射を許可します。」

 緒美の許可を待って、クラウディアは機体を直接的に制御している Sapphire へ指示を出すのだ。

「『プローブ』1 から 4。発射。」

「『プローブ』1 から 4、発射します。」

 Sapphire はクラウディアに向かって指示を復唱し、飛行ユニットの主翼に懸下(けんか)されている四基を、パイロンから切り離した。
 切り離された『プローブ』は、それぞれが、ほんの少し落下し時間差を以(もっ)てロケット・モーターが点火され、白煙を引き乍(なが)らC号機を追い抜いて前方へと突進して行く。が、煙が示す航跡は、C号機の前方で上下左右へと散らばり、視界から消えて行ったのだ。
 それぞれが、成(な)る可(べ)く違う位置で、出来るだけ距離を開けるのが、電波源の位置特定には精度が上がるので有利なのだ。違う方向へ飛んで行ったのは全て、予(あらかじ)めプログラミングされた軌道である。

「プローブ1 から 4、データ・リンク異常無し。間も無くロケット・モーターが燃焼終了、ターボプロップが起動します。」

 クラウディアの報告に、樹里が答える。

「了解、HDG03。此方(こちら)でも、各機のステータスを確認。予定通り、進行中。」

 続いて、緒美が指示を伝えるのだ。

「TGZ01 より、HDG03、02。その儘(まま)、進行すると設定距離を割ってしまうから、右へ旋回して。」

「了解。HDG03、右旋回します。」

「HDG02、了解。」

 それから間も無く、予定通りに各『プローブ』の固体燃料ロケット・モーターは停止し、続いて内蔵された小型のターボプロップ・エンジンが起動する。水素で稼働する此(こ)のエンジンは、滞空する為の推進力を生み出すのと同時に、『プローブ』内部に搭載した電子器機の電源となる発電機も駆動するのである。ターボプロップ・エンジンが起動して、機体後端に取り付けられているスピナーが回転すると、機体表面に沿って倒れていたプロペラ・ブレードが遠心力で展開し、以降は其(そ)れに因って推進力を得る。
 『プローブ』は発射後に、一~二分間のロケット・モーター駆動に因り二十五キロメートル程を飛翔する。ロケット・モーターの燃焼終了後には、胴体下に折り畳んであった主翼を展開し、起動したターボプロップに因って一時間程度、作戦空域に留まって電波源からの受信を続けるのだ。
 ターボプロップに切り替わって以降の最大速度は時速 180 キロメートル程度で、内蔵した水素で凡(およ)そ二時間の飛行が可能となっている。標準的なイメージとしては、一時間の作戦参加の後、一時間掛けて回収ポイントへ向かう、と言った所だろうか。勿論、必要に応じて飛行計画は設定可能であるし、C号機、Sapphire から飛行高度やルート、回収ポイントの設定など、随時(ずいじ)、変更や更新は可能な仕様となっている。
 その様な『プローブ』の状態の遷移は、C号機のクラウディアと、随伴機機内でモニターを続けている樹里と日比野には、各機から送信されて来るステータス信号によって、逐次(ちくじ)、把握されているのだ。

「『プローブ』各機、エンジン切り替えを完了。飛行の安定を確認。設定通りの位置に到着しました。HDG03、オペレーションを続行してください。」

 樹里の報告と指示を聞いて、クラウディアが応える。

「了解。電波源の位置特定、演算を開始します。 Sapphire、『プローブ』からのデータ取得、開始して。」

「ハイ。データ受信チャンネル 1 から 4 を解放。電波源の位置特定演算、開始します。演算結果が出る迄(まで)、少々、お待ちください。」

 クラウディアの正面には、『Now Processing....』とのメッセージが、表示される。
 一方で随伴機の機内では、通信から聞こえて来る Sapphire のコメントを聞いた緒美が、その声が通信に乗らない様にマイク部を指で押さえ乍(なが)ら言うのだ。

「さあ、ここからが本番よ…。」

 緒美も又、樹里の正面に設置されているディスプレイに表示された『Now Processing....』の表示を覗(のぞ)き込んでいた。
 それから一分足らずで、最初の演算結果が表示されるのだ。

「第一報、来ました。思ったより、早いですね。」

 樹里の報告を受けて、緒美が指示を出す。

「防衛軍の戦術情報と重ねて、城ノ内さん。レーダーと比べて、位置精度はどう?」

「ちょっと、待ってください…。」

 緒美のリクエストに応える可(べ)く、樹里はコンソールを操作して、Sapphire の計算した電波源の位置データを、防衛軍のレーダー情報に重ねて表示させるのだ。それぞれの気球(バルーン)をレーダーで検知しているのは空母『あかぎ』を始めとする周辺の海防艦艇で、それらの情報が防衛軍のデータ・リンク経由で戦術情報として共有されているのである。
 そしてコンソールを操作している樹里から、思わず声が漏れるのだった。

「はい、これで~…ああー、まあ、最初はこんなものですかね。」

 その声を聞いて、隣の席から日比野も、樹里の正面ディスプレイを覗(のぞ)き込んで言うのだ。

「結構な誤差が出てるね~ま、パラメータが全部デフォルトじゃ、こんなものよね。」

「あ、計算が更新されました。」

 そう樹里が声を上げたのだが、再表示された電波源を示すシンボルは、気球(バルーン)のレーダー反応の位置から、そのディスプレイ上で其其(それぞれ)がシンボル一個分程度、離れた位置に表示されているのだった。
 日比野の反応からも解る様に、電波の受信位置から発信源の位置を特定する計算が、初手から上手く行かない事は織り込み済みだった。これは複数の器材からのデータを基礎として計算を実行している都合で、それらの測定誤差や各器材が個別に持つズレ等の特性が、計算結果に影響を与えているからである。
 その様な誤差やズレを補正する為に、計算式の各所には複数のパラメータが用意されており、又、計算式自体も一つではない。

「HDG03 より、TGZ01。取り敢えず、パラメータ調整を始めます。」

 クラウディアからの呼び掛けに、日比野が応える。

「そうね。此方(こちら)で当たりは付けてあるから、これから言う通りに設定してみて呉れる? Sapphire は、演算を更新し続けてね。演算結果のモニターと比較は、こっちでやってるから。」

「HDG03、了解。指示をお願いします。」

 クラウディアの返事に、樹里が付け加える。

「結果のモニターは、こっちで継続します。」

 日比野は樹里に頷(うなず)いて見せ、書類ケースから三十枚程の紙を束ねた資料を取り出して、捲(めく)っていく。それは演算部分の設計担当者から託された、パラメータの調整マニュアルである。プリントアウトされた書面には、日比野が予習した痕跡である書き込みが、随所に残されているのだ。

「HDG03、取り敢えず、三番、五番、八番辺りのパラメータを軸に、一つずつ変更して行くから。先(ま)ず、三番、プラス0.3。」

「三番をプラス0.3、設定変更します。」

 クラウディアは指示を復唱し、即座に対応するのだった。その操作は、直ぐに反映されて再演算がされる。

「モニター、演算結果が少し、レーダー反応に寄りました。」

 反応の変化を、樹里が即座に報告するのだ。

「オーケー、次、五番をプラス0.5。」

「五番、プラス0.5、変更します。」

「今度は、レーダー反応に対して、高度が下へ離れました。」

 日比野は手元のマニュアルを見詰めていた顔を隣の席の樹里へ向け、驚いた様に聞き返す。

「え?離れた?」

「離れましたね。」

 樹里は真面目な顔で、言葉を返すのだ。
 日比野は視線を手元のマニュアルに戻すと、数ページ戻って説明書きを指先でなぞり乍(なが)ら読み直す。それから数秒が経って、日比野は声を上げるのだ。

「ゴメン、間違えた。五番は、マイナス0.5。」

 その指示に、クラウディアが確認して来る。

「ゼロに戻すんじゃなくて、ゼロから更にマイナス0.5、ですね?」

「そう、ゼロからマイナス0.5。」

 その変更の結果を、モニターしている樹里が報告する。

「はい、レーダー反応との高度差は、ほぼゼロになりました。」

「オーケー。次は八番、プラス0.2で、1.2へ。」

「初期値の 1 に、プラス0.2ですね?変更します。」

「モニター、変化無し。」

「あれ? それじゃ、更にプラス0.3で、1.5へ。」

「1.5 に、設定しました。」

「モニター…変わりません。」

「ええ~…ちょっと待ってね…。」

 日比野は再(ふたた)び、マニュアルのページを何度も往復し乍(なが)ら、記述を読み直すのである。そして、次の指示を出すのだ。

「それじゃ、八番は元の1に戻して、二番の設定を、プラス0.2で。」

 そんな調子で、パラメータの設定探索は十五分程、日比野とクラウディアとの間で遣り取りが続いたのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.05)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-05 ****


 そして、2072年11月12日、土曜日である。
 この日は予定通り、C号機に搭載された『プローブ』の能力試験と、B号機のレールガン実射試験が実施されるのだ。
 土曜日と言う事で、茜達、特課の生徒には、午前中に平常の授業が有り、天神ヶ﨑高校兵器開発部の試験への参加は午後からである。茜達は昼食と休憩の後、HDG 各機が午後一時半に天神ヶ﨑高校を離陸し、高度五千メートルを南南東へと向かうのだ。
 試験の実施エリアは紀伊半島南端から約百キロ程の沖合で、今回の試験に協力する海上防衛軍の艦艇が該当海域に待機し、天野重工と共同で午前中から試験の準備を行っているのである。

 実施される試験の概要は、次の通りだ。
 先(ま)ず、海上防衛軍の艦艇三隻より、一隻に付き一基の気球(バルーン)を上空へと放つ。この気球(バルーン)には其其(それぞれ)に電波の発信機が取り付けられており、これがエイリアン・ドローンの『謎の電波発信源』を模擬するのである。
 この気球(バルーン)は、当初、高度一万五千メートルから高度二万メートルの範囲に滞空させる案が、試験計画の原案を策定した緒美からは要望されていたのだが、気球(バルーン)を繋留するワイヤーの準備や費用が馬鹿にならないとの理由で、気球(バルーン)の高度は十分の一である千五百メートルから二千メートルへと変更された経緯が有るのだ。ここで気球(バルーン)を敢えて艦艇に繋留する理由は、観測された『謎の電波発信源』が殆(ほとん)ど動かないのを再現する為である。とは言え、実際には動力を持たない気球(バルーン)は気流に因って流される訳(わけ)で、同時に繋留している艦艇自身も海流によって移動してしまうのだから、海防艦艇は気球(バルーン)の空中での位置が大きく移動しない様な操艦が、試験の実施中は常に求められるのだった。因(ちな)みに、上空での気球(バルーン)の最大直径は、凡(およ)そ八メートルである。これは、飛行形態の『トライアングル』の横幅が五メートル程であるから、それよりも一回り大きい。
 過去に報告されている『ペンタゴン』の大きさは、『トライアングル』よりも一回り大きく、丁度(ちょうど)、横幅が八メートル程度であるとされているから、今回の試験に使用する気球(バルーン)の大きさはピッタリだったと言えるのだが、これは其(そ)の様な理由で選定された訳(わけ)ではない。簡易に入手が可能な気球(バルーン)の大きさが、偶然、そうだっただけなのである。
 通常、気球(バルーン)に充填されるのは引火や爆発の危険性の無い、ヘリウムが一般的なのだが、今回の試験では敢えて水素が使用されている。これは、この時代の一般的なエネルギー源である水素が、海防艦艇の燃料にも使用されており、コスト的にもヘリウムよりも安価なのが理由でもあるが、今回は気球(バルーン)自体がレールガン射撃の標的でもあるので、爆発的燃焼が起きた方が命中判定がし易いだろう、との理由なのだ。勿論、使用環境が海上上空である事や、取り扱いには有資格者が当たる事が、水素を使用する条件となっているのは言う迄(まで)も無い。
 さて、十キロメートル以上の間隔を空けて配置された艦艇に繋留された合計三基の気球(バルーン)は、それぞれが違う高度に設定され、上空では各機から違う周波数の電波が定期的に発信される。
 試験空域に入ったC号機は、『プローブ』を発射して、発信機からの電波を複数箇所で受信し、それぞれの発信源に就いて位置特定を行う。
 この試験に使用される気球(バルーン)はレーダーでの捕捉が可能なので、C号機に依る位置特定の結果が正確かどうかは、レーダーでの測定結果との比較で確認がされるのだ。
 C号機で電波発信源の位置特定がされると、その座標データはB号機へと渡され、その座標へ向かって弾道計算がされてレールガンが発射される事となる。ここで、B号機と目標との距離は搭載レールガンの仕様上の最大射程である百五十キロメートルを目安として、射撃が実施される。
 これらの一連の操作(オペレーション)を、気球(バルーン)の数、詰まり三回を実施する事になるが、今回、B号機が携行するレールガンの弾体は十二発。マガジン容量の半数、と言う設定である。
 茜の AMF は空中から試験全体を監視、撮影する役割を担(にな)い、別空域で待機する天野重工の社有機は送信されて来るデータの監視と記録を行うのだ。遠く離れた天神ヶ﨑高校でも、データ・リンクに因るモニターが同時に行われ、畑中等、試作部のメンバーは此方(こちら)で待機する。

 試験に同行する社有機には、午前中に本社から移動して来た飯田部長と、航空防衛軍の桜井一佐が同乗しており、この二人が海防側との遣り取りの窓口となるのだ。他に、天神ヶ﨑高校側の監督者として立花先生も同乗しており、試験の監視オペレーション自体は緒美と樹里、そして本社開発部の日比野が担当するのである。
 飯田部長と桜井一佐は、共に天野重工の社有機で、お昼前に天神ヶ﨑高校に到着したのだ。二人を運んで来た社有機は、この乗客達を降ろすと蜻蛉(とんぼ)返りで帰路に就き、試験に参加している機体は天神ヶ﨑高校に配置されている機である。これは機内にオペレーション監視用の器材や、防衛軍のデータ・リンク器材を積み込む都合が有るからで、その準備は三日前から始められていたのだ。器材の搭載作業は、天神ヶ﨑高校に常駐している整備担当者である藤元達に依って行われ、積み込んだ機材の動作確認は倉森や日比野に依って実施されたのだ。

 そして、天神ヶ﨑高校の昼休み時、第三格納庫の中で HDG 達の発進準備を眺(なが)めている立花先生に、飯田部長と桜井一佐が声を掛けて来たのである。

「ああ、そう言えば立花君。何時(いつ)ぞやの、防衛省に行った時の。キミの同窓生から、連絡が有ったよ。」

 飯田部長が云う『何時(いつ)ぞや』とは、二ヶ月前の防衛省での会合の事である。

「有賀君から?ですか。何(なん)で又、部長の方(ほう)に…。」

「最初はキミから情報を得ようと思ったらしいんだが、立花君の性格的に、余計な事は話さないだろうと、そう考え直したと云っていたがね。」

「それで、部長に?」

「あの時、名刺を交換してたからね。」

 飯田部長と立花先生が、そんな遣り取りを始めたので、たまたま立花先生の横に居た恵は、黙って其(そ)の場から離れようとしたのである。それを、飯田部長が呼び止めるのだ。

「ああ、森村君にも、聞きたい事が有るんだ。」

「わたしに?ですか。」

 立ち止まって声を返した恵に、飯田部長はニヤリと笑って尋(たず)ねる。

「あの時、彼に就いて何か不審に感じた点は、無かったかね?」

「いえ、特には…記憶に残る程、違和感を感じる人柄では無かったですね。」

 恵は飯田部長に答えてから、視線を立花先生へと向ける。それは、あの時に見たファイルの一部に関して、ここで話す可(べ)きかどうかに迷ったからだ。送った視線に対して、立花先生も視線を返して来たが、その意図に就いては判断が出来ず、取り敢えず恵は『ファイルの件』に就いては言わないでおく事に決めたのである。
 そして立花先生が、飯田部長に問い掛ける。

「それで、彼の用件は、何(なん)だったんでしょうか?」

「それが、今一つ要領を得なくてね。何かを探りたい様子ではあったんだけど、先(ま)ずは先方の上司を交(まじ)えて近い内に会食でも、って事になった。立花君の方で、彼方(あちら)の目的に就いて、何か見当は付かないかな?」

 そう訊(き)かれて、立花先生は少しの間、考えてみたのだが、矢張り見当は付かないのである。

「申し訳ありません。大学を卒業して以降、約十年間、殆(ほとん)ど連絡を取ってなかったので、今、彼のやってる事は何も知らないんです。 大体、先日の一件に就いて自体、今の今まで、完全に忘れていた位ですから。」

 そこで桜井一佐が、その話題に参加して来るので、立花先生も驚いたのだ。

「そう。 実は、その有賀さんからは、わたしの方にも連絡が有ってね。どこで、どう当たって、此方(こちら)を調べて来たのか。それで、その会食には、わたしも参加する事になってるのよ。」

「桜井一佐も、ですか…と、言う事は、有賀君が探っているのは矢っ張り HDG 関連、でしょうか?」

法務省が HDG に関心を持つとは、思えないのだけれど。ねえ、飯田さん。」

 飯田部長は、一度、鼻から息を吹き出すと、答える。

「桜井一佐に行き当たった、って事は、法務省から防衛省へ照会が行ったって事でしょうから。そうすると HDG の案件しか、考えられませんが。特捜に、汚職でも疑われてるのかな?」

「まあ、怖い。」

 飯田部長と桜井一佐は、声を上げて笑うのだ。それは勿論、事実無根で、有り得ない事だったからだ。
 そして、飯田部長が微笑んで言う。

「まあ、取り敢えず。此方(こちら)は、探られて痛くなる様な腹は持ち合わせていないから、一度、会ってみるよ。それで、向こうの意図も。或る程度は判るだろう。」

「そう、ですか。」

 立花先生が、何か申し訳無さそうに言葉を返すので、思わず恵が声を上げる。

「あの…実は。 あの時の、有賀さん?の行動には、少し引っ掛かる所が。」

「ほう、どんな?」

 飯田部長は直ぐに反応するのだが、恵は一度、立花先生の表情を窺(うかが)い、それが普段と変わらないのを確認して話し始める。

「あの時、落としたファイルの中身を、少しだけ見たんですが。その時は法律が云云(うんぬん)って説明してたのに、わたしが目にしたのは帳簿か、会計報告の様な書式でした。勿論、その詳しい内容とか、全部がそうだったかは判りませんけど。」

「それは確かに、妙ね。」

 桜井一佐は、そう言って視線を飯田部長へと向ける。それに対して、飯田部長は黙って頷(うなず)いたのだ。
 恵は、記憶を辿(たど)って発言を続ける。

「それから、あの時。慌てて立ち去った様子が、少し奇妙でした。桜井さん達とは、顔を合わせたくなかったかの様で。」

「あら、わたしは嫌われてたのかしら?」

 そう言って、桜井一佐は微笑む。一方で、立花先生が疑問を呈するのだ。

「でも、それじゃ、有賀君の方からアクセスして来るのは変じゃないですか? 今度、会食するんでしたよね、桜井一佐。」

「そうよね。」

 そこで飯田部長が、声を上げる。

「あ、いや。ちょっと待て。 あの時、声を掛けて来たのは和多田さんだったじゃないかな?確か。」

「そうだったかしら? 良く、覚えてないわ。」

 流石に、二ヶ月も前の事である。皆、記憶は既に曖昧なのだ。
 それでも、飯田部長と桜井一佐の二人には、有賀が探りたい用件に、何と無く見当が付いたのだった。
 飯田部長は一度、大きく頷(うなず)くと、恵に言うのだ。

「取り敢えず、森村君の御陰で、先方の用事に見当が付いたよ。ありがとう。 あとは会食の際に、直接、聞いてみるさ。」

「そうですわね。」

 桜井一佐も、微笑んで飯田部長に同調するのである。
 納得顔の二人の一方で、今一つ状況の飲み込めない立花先生と恵は、互いの顔を見合わせて苦笑いを交わすのだった。
 そんな折(おり)、格納庫の奥の方から、緒美が飯田部長達に声を掛けて来る。

「飯田部長ー。そろそろ、出発の準備、搭乗をお願いしまーす。」

 声の方へと目を遣ると、緒美と樹里、そして日比野が歩いて来ているのだ。
 そして今度は、背後から社有機の、このフライトで機長を務める、沢渡が声を掛けて来るのだった。

「部長、搭乗の準備は出来ております。」

「ああ、ご苦労さん。宜しく頼むよ、沢渡君。」

 格納庫の外へと歩き出す飯田部長と桜井一佐、そして立花先生である。
 飯田部長は態態(わざわざ)と出迎えに来た、沢渡の肩を軽く叩いて、社有機の方へと向かうのだ。そのあとに続く桜井一佐は軽く会釈をして、沢渡に声を掛ける。

「今日は宜しくね、沢渡機長(キャプテン)。」

「はい。桜井一佐に搭乗頂けるなんて、光栄です。 あの、握手、宜しいでしょうか。」

 桜井一佐はクスッと笑って、右手を差し出し言うのだ。

「こんなお婆ちゃんで、宜しくて?」

「とんでもない!」

 桜井一佐は自(みずか)らを『お婆ちゃん』と表現したが、彼女はまだ五十代後半であり、三十代後半の沢渡との年齢差は親子程でしかない。詰まり、桜井一佐が現場で勇名を馳せていた其(そ)の頃、沢渡は十代の飛行機少年であり、桜井の活躍振りをリアルタイムで知っていて、そして憧れていた、沢渡はそんな世代なのだ。
 沢渡は両手で桜井一佐の右手を握り、そして手を離すと深々とお辞儀をしたのだ。

「ありがとうございます。」

 そして顔を上げた沢渡に、桜井一佐は尋(たず)ねる。

「貴方(あなた)は空防の出身かしら?」

「いえ、自分は海防の航空隊でしたが。それでも、一佐の勇名は、良く存じております。」

「そう?嬉しいわね。でも、もう昔の事だから、余り気を遣わないでね。」

 沢渡は、もう一度、今度は浅くお辞儀をすると「では、離陸の準備を致しますので。」と言い残し、駆け足で機体の方へと向かったのだ。その足取りは、明らかに『浮かれて』いるのが判る、そんな足取りだった。
 そんな顛末を、少し先で立ち止まって眺(なが)めていた飯田部長に気付くと、照れた様に桜井一佐は言うのだ。

「何(なん)だか、気恥ずかしいですわね。」

「いやいや、大したものですよ。」

 そんな遣り取りをしている二人に緒美達が追い付き、それ迄(まで)の様子を遠目に見ていた日比野が、飯田部長に問い掛ける。

「あの、飯田部長。桜井さんて、有名な方(かた)だったんですか?」

「そうだよ。防衛軍や、特にパイロットの中ではね。凄腕の戦闘機乗りで、女性で戦闘機飛行隊の隊長になったのは、第一号じゃなかったかな?確か。 結婚して、出産もして、それでも防衛軍に残って出世したってのは、希有(けう)な例だと思うよ、今でも。」

「わたしの場合、たまたま、周囲に応援して呉れる環境が有っただけですよ。運が良かったの。」

 そう、桜井一佐が補足するのだが、日比野は感心した様に「へえ~。」と声を上げるのだ。
 すると桜井一佐は振り向き、日比野や緒美に向かって言うのだ。

「有名だって言っても、昔の事ですから。それこそ、あなた方(がた)が生まれるよりも、前のお話。」

「それでも、今も現役の戦闘機パイロットなんでしょ?桜井一佐。」

 その飯田部長の問い掛けに、桜井一佐は声を上げて笑い、そして答える。

「こんな年寄りでも、いざと言う時に何かに役に立つ様にね、意地で飛行資格(ライセンス)を保持しているんです。まあ、年間の規定時間、飛行するのが精一杯ですけどね。」

 そうして一同は、社有機へと搭乗して行ったのだ。
 以上は、そんな出発前の、一コマである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.04)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-04 ****


「いいんじゃないですか? 明日の試験は、ほぼ、失敗する様な要素は無いんでしょう?畑中先輩。 これは、試験終了の前祝いって事で。」

「まあ、そうだけどさ。 或る程度は緊張感も必要だよ。事故ってのは、油断してる時に起きるものだからね。」

 畑中の、敢えての苦言に、直美の傍(かたわ)らに居た金子が、冗談めかして立花先生に向かって言う。

「事故と言えば。今回は、実戦になったり、しないですよね?先生。」

「そう毎回、実戦に付き合わされて堪(たま)るもんですか。」

 立花先生は、これ以上は無い位の笑顔で金子に答えたのだ。その反応に苦笑いしつつ、緒美が続いて発言する。

「前回は、電波妨害(ジャミング)に対するエイリアン・ドローンの反応を見る必要が有ったから、実戦でないと検証が出来なかったのだけれど。今回のは、実機で検証する必要は無いから。先(ま)ずは、ダミーで確認する可(べ)きなのよ。」

 緒美の発言を聞いて、畑中は顔を引き攣(つ)らせる様に言うのだ。

「さらっと『ダミー』なんて言うけどさ、海防の艦艇まで引っ張り出して、可成り、大掛かりな試験なんだよ。」

 そこで、右手を肩程の高さに上げて、九堂が緒美に尋ねるのだった。

「あの、鬼塚先輩。 結局、あの『プローブ』って、どう言う物なんですか?」

 その問い掛けに、緒美が答えるよりも先に、茜が声を上げるのだ。

「要(カナメ)ちゃん、仕様書、読んだでしょ?」

「あんな分厚いの、一度や二度読んだだけで、全部頭に入る訳(わけ)、無いじゃない。皆(みんな)が皆(みんな)、茜みたいじゃないんだから。」

 そう言われて、九堂の言う事も尤(もっと)もだと、思い直す茜である。一方で、緒美は微笑んで、部員達に問い掛けるのだ。

「それじゃ、『プローブ』と明日の試験について、正確に理解出来ていないって思う人は、手を挙げて?」

 緒美の問い掛けに間を置かず、勢い良く手を挙げたのが直美と金子の二人である。それに続いて、発端である九堂が、そして武東が手を挙げるのだ。
 勢い良く手を挙げた直美に対して、恵は微笑みつつ苦言を呈する。

「副部長がそれじゃ、マズいでしょ~。」

「それじゃ、森村は完璧に説明出来る自信、有るの?」

 そう問い返されて、恵は思い直し、怖ず怖ずと右手を上げるのだ。

「…そう言われると、自信、有りません。」

「正直で宜しい。」

 直美は、ニヤリと笑うのだった。
 その遣り取りを見て、今度は瑠菜が手を挙げる。

「そう言われると、わたしも、ですね。」

「わたしも~。」

 そして、佳奈も続いたのだ。
 その様子を見回して、畑中が声を上げるのだ。

「お、一年生達は優秀だね~。」

 その発言には、ブリジットが応えるのである。

「まあ、わたし達は実際に、試験のオペレーションを実行する立場ですから。打ち合わせで、何度も説明を聞いてますし。」

 続いて武東が、手を挙げていない、茜達の様な HDG のドライバーではない一年生である村上に言及する。

「流石、村上はミリタリー(そっち)系に強いよね。」

「あははは…。」

 村上は、同じ飛行機部の先輩である武東に言われて、唯(ただ)、照れ笑いするのみだった。
 その一方で、立花先生が確認するだ。

「ソフト組も、大丈夫なのね?」

 すると樹里と維月、そしてクラウディアが順番に顔を見合わせ、最後に樹里が代表して応えるのだ。

「わたし達は、Sapphire の検証で試験のオペレーションに参加しますから…ねえ。」

 言葉の最後で、樹里は維月に同意を求めるのだった。そして維月は、樹里に対して頷(うなず)いて見せるのだ。

「はーい、解りました。それじゃ、成(な)る可(べ)く分かり易く、説明する事にしましょうか。」

 そう言うと緒美は、村上を指定して問い掛ける。

「それじゃ、村上さん。御浚(おさら)いだけど、前回の運用試験で検証したのは?」

「あ、はい。…えっと、C号機に依る電波妨害の有効性確認、です。」

 緊張気味に発せられた答えに、緒美は微笑んで頷(うなず)き、言葉を続ける。

「そうね。一先(ひとま)ずは電波妨害(ジャミング)に効果が有る事が、確認されました。そこで『プローブ』は、次の対抗策となります。」

「それよ!」

 そこで突然に大きな声を出したのは、金子である。そして金子は、言葉を続ける。

「電波妨害が有効だったのなら、次の対抗策を準備するの、急ぐ必要は無いんじゃない?」

「そうは、いかないわ。残念だけど、電波妨害(ジャミング)には遠からず対抗策を講じられるだろうから。エイリアン達だって、馬鹿じゃないでしょうし。 それじゃ、金子ちゃん。どうして電波妨害(ジャミング)が有効だったのか、その理由が解る?」

「え?…そりゃ、通信が出来ないから、じゃないの?」

 困惑気味の金子に、隣に立つ武東が言う。

「何(なん)の為の通信か、って事じゃない?博美。」

「あー…無人機(ドローン)だから、って事か。そう?鬼塚。」

 緒美は一度、頷(うなず)いてから話し出す。

「そう。エイリアン・ドローン達は単体でも、可成りのレベルで自律行動は出来るみたいだけど、集団での連携や、高速で飛来するミサイルを回避したり、そんな事が出来るのは、外部から制御されているから、そう考えられるわ。 実際に、その通信を妨害したら、ミサイルの命中率が…エイリアン・ドローン側から言えば、ミサイルの回避率が下がった訳(わけ)だし。これで、エイリアン・ドローンがミサイルを回避出来ていた理由が、外部からの制御に有ったと言う予測は、当たっていたと思うの。ここ迄(まで)は、いいかしら?皆(みんな)。」

 そこで、瑠菜が緒美に尋(たず)ねる。

「あの、部長。電波妨害(ジャミング)への対抗策って、例えば、どんな方法が考えられますか?」

「そうね。単純には通信時間を短く、回数も減らせば、此方(こちら)はエイリアン・ドローン側が使ってる周波数の割り出しに時間が掛かる様になるわよね。その上で、頻繁に周波数を変更されたら、有効に妨害を掛けられなくなるでしょうね。」

 緒美に続いて、樹里が発言する。

「一応、次にエイリアン・ドローン側がどの周波数を使って来るか、パターンを割り出して予測する処理も Sapphire でやってますけど…。」

「それでも、向こうはこっちの予測の裏を掻(か)いて来るでしょう? そんな感じで、電子戦(ECM)って最終的には、『鼬(いたち)ごっこ』にしかならないのよ。」

 その緒美の結論に対して、金子が声を上げる。

「待って、そもそもエイリアン・ドローンは、どこと通信してるの? 月の裏側の、母船?」

 その質問には、茜が疑問を呈するのだ。

「月と地球の距離だと、電波が届くのに一秒程掛かりますから、ミサイル回避みたいな制御を月軌道の向こう側から行うのは、現実的じゃないですよね。そもそもエイリアン母船は月の裏側ですから、直接、地球の様子は見えてない筈(はず)ですし。」

「そう、天野さんの言う通り。だから、エイリアン・ドローンの制御を行っている物は、もっと近くに居る筈(はず)なのよ。その制御機(コントローラー)は、『ペンタゴン』じゃないかって言うのが一部での予想で、わたしもそうだと睨(にら)んでる。」

「『ペンタゴン』…五角形?」

 緒美の説明を聞いて、九堂がポツリと言うのだった。緒美は、くすりと笑い、説明を続ける。

「最近は現れなくなったから、一般的には知られてないけど。一番、数が多いのは、飛行形態が三角形だから『トライアングル』。数は、その十分の一程で、飛行形態が五角形のエイリアン・ドローンが存在するのよ、それが『ペンタゴン』。 どう言う訳(わけ)か、最初の一年目以降、大気圏内では目撃されてはいないんだけど、大気圏突入前に『ヘプタゴン』から放出されている所は、最近でも観測がされてるらしいわ。」

「『ヘプタゴン』?」

 聞き慣れない名称を九堂が聞き返すと、九堂の隣に居た村上が答える。

「七角形、よね。」

 そんな九堂と村上に、茜が解説するのだ。

「月軌道から地球まで、を『ヘプタゴン』が運んで来るらしいのよ。『ヘプタゴン』の中に十二機の『トライアングル』と、一機の『ペンタゴン』が格納されてるらしいわ。」

「成る程、『ヘプタゴン』は輸送機、なのか。」

 一人、納得する九堂の一方で、茜の隣に陣取るブリジットは問い掛ける。

「そもそも茜は、そんな情報、どこで仕入れてるのよ?」

「別に、ネットには普通に出てる情報よ。確かに、一般の報道には、余り乗ってないみたいだけど。」

 平然と茜が答えると、ブリジットは村上に話を振るのだ。

「敦実(アツミ)は、知ってた?」

 村上は頭を横に振って、応える。

「わたしは、エイリアン(そっち)方面の情報は余り見てないから。」

「あははは、敦実は防衛軍の飛行機には詳しいのにね~。」

 九堂は笑って、村上の肩をポンと叩くのだった。
 そんな調子で次第に横道に逸(そ)れつつあった話題の軌道修正をしたのは、金子である。

「それで、その『ペンタゴン』が、最近は目撃されていないって言うのは、どうして?鬼塚。」

「そんなの、エイリアンの考える事なんて知らないけど。でも、地球まで運搬されて来ている筈(はず)なのに姿を現さない、って言うのには、何かしら、意味は有るのでしょうね。 それと関係が有るのか無いのか、エイリアン・ドローン編隊の後方には、謎の電波発信源が度度(たびたび)、観測されているの。」

「謎の電波?」

 問い返したのは、直美である。それには、樹里が応えるのだ。

「前回の運用試験時にも観測されてます。記録を解析した結果、電波のパターンから推測して、エイリアン・ドローンへの制御命令ではないかと。『トライアングル』側も、その電波に反応して返信をしてる様子ですし。」

 その、樹里の説明を聞いて、金子が発言する。

「じゃ、それが『ペンタゴン』って事? でも、そこまで解ってるなら、『謎の』って事もないでしょう?」

 緒美は、少しだけ間を置いて、金子の疑問に答える。

「その発信源、レーダーでも、光学的にも、見えないのよ。電波の発信方向を、幾ら観測しても。」

「ステルスって事?」

 直美が問い掛けて来るので、緒美が返すのだ。

「そうね。それか、物凄く対象が小さいのかも。兎に角、未(いま)だに観測に成功してないから、正体が判らないのよ。」

「それで、『謎の』、なのね。 そうか、そいつが制御機(コントローラー)なら、それを攻撃したい訳(わけ)か。」

 半(なか)ば納得した様な金子の発言を受けて、直美が緒美に問い掛ける。

「でも、電波を出してるのなら、そこを目掛けて攻撃できるんじゃないの?」

「それが出来ないのよ、電波を出してるって言っても、始終出しっ放(ぱな)しって訳(わけ)でもないしね。だから、方向は判っても、距離や高度が解らないの。レーダーに掛からないから、ミサイルの誘導が出来ないし、目視も出来ないから画像誘導も出来ない。何(なん)にしても、先(ま)ずは、相手の位置が解らない事にはね。」

「電波を受信しただけじゃ、発信源の位置は解らない…か。」

「相手との距離が近ければ、受信側が移動してれば相対位置が変わるから、或る程度は位置が推測出来るわ。或いは、発信源が高速で移動してるとか、受信側が相手の周囲をぐるっと回れたら、それでも相手の位置が特定出来る筈(はず)だけど。」

 緒美の説明に続いて、茜が言うのだ。

「『それ』が制御機(コントローラー)なら、おいそれと接近させては呉れないでしょうね。」

「そう言う事。そこで『プローブ』の役割が重要になるのよ。『プローブ』はC号機、Sapphire から離れた位置で、発信源からの電波を受信して、その電波と受信した位置と時刻を Sapphire へ送って来るの。Sapphire 自身が受信したのと、『プローブ』から送られて来たデータとを突き合わせたら、発信源とそれぞれの受信位置での時差が解るから、それで距離の差が解るでしょ? それと受信した方向とを組み合わせれば、発信源の三次元的な位置が計算出来る、そう言う仕掛けなのよ。」

 少し驚いた様に、金子が緒美に問い掛ける。

「『プローブ』が、攻撃するんじゃないの?」

 その問いには、緒美が答えるより先に、瑠菜が声を上げるのだ。

「いえ、金子先輩。『プローブ』に弾頭や炸薬は、搭載されてませんから。」

「そうなの?」

 瑠菜に聞き返す金子に、今度は緒美が声を掛ける。

「そうよ。『プローブ』は作戦空域に一時間ほど滞空して、エイリアン・ドローンの通信電波を受信し続けるの。そのあとは設定された回収ポイントへ自動で帰って行くのよ。」

 続いて、ブリジットが発言するのだ。

「攻撃は、わたしの担当です。飛行ユニットに装備した、レールガンで狙撃する予定です。」

「あの、AMF のレーザー砲では、ダメなんですか?鬼塚先輩。」

 その村上の疑問には、茜が回答する。

「原理は解らないけど『ペンタゴン』のステルス性能が、可視光領域の電磁波までカバーしているとしたら、レーザー攻撃は効果が期待出来ないでしょ。」

「そう…か、見えないって事は周囲の光が屈折してるか何かで、通過してるって事だよね。対レーダー用のステルスなら電波を吸収してるって事も有り得るけど、その原理だと可視光なら黒く見える筈(はず)だし。」

 村上に続いて、金子が納得した様に言うのだ。

「成る程ね。レールガンなら目標の座標が判って、そこに着弾する様に弾道が計算出来れば、物理的に破壊出来るって事か。誘導する必要が無ければレーダーで捕捉出来なくても関係無いし、高価なミサイルを使わないで済むってのは、財布にも優しいよね。」

 そう言って、金子は声を上げて笑ったのである。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第17話.03)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-03 ****


 2072年11月11日は金曜日で、この日からは昼休みの飛行確認の予定は無くなったのだが、放課後の部活は通常通りである。
 翌日の土曜日に『プローブ』の発射試験が予定されており、その試験に向けての整備点検と準備が、この日の活動予定なのだ。とは言え、整備点検の大部分は昼間の内に、畑中達、本社試作工場からの出張組が実施しておいて呉れるので、放課後の部活では HDG 各機の状態に就いて報告を受け、翌日の試験に備えて打ち合わせを行うのである。
 この日の昼過ぎには、翌日の実射試験対応の為に本社開発部から日比野が天神ヶ﨑高校へ移動して来ており、試作工場からの出張組と合流したのだった。

「そう言えば、最近は安藤さんよりも、日比野先輩の方が天神ヶ﨑高校(こっち)に来る事が多くなっちゃいましたね。」

 打ち合わせが終了して樹里は、そう日比野に声を掛けたのである。日比野は自分のモバイル PC の終了作業をし乍(なが)ら応じるのだ。

「ああ~安藤さんは、Ruby 関連でこっちに来る用事も、ほぼ無くなっちゃったみたいよね。今は、本社でやる業務の方が多いみたいなのよ。それに、Ruby とはオンラインで遣り取り出来るしね。」

「そうですね。」

 微笑んで樹里が声を返した所で、打ち合わせの参加者に、緒美が声を掛けるのである。

「すみませんが、皆さん、下のフロアへ一度、お願いします。」

「わたしも?」

 意外そうに、そう聞き返したのは、立花先生である。

「先生も、お願いします。」

 微笑んで緒美が言うのだが、立花先生は苦笑いで応えるのだ。

「何(なん)だか、嫌な予感しかしないんだけど…。」

「大丈夫ですから、いきましょー先生。」

 そう言って、茜は立花先生の背中を押すのだった。
 第三格納庫二階の部室で打ち合わせに参加していたメンバーは、兵器開発部からは部長である緒美、テスト・ドライバーの三名、乃(すなわ)ち茜、ブリジット、そしてクラウディア、それに加えてソフト担当の樹里、最後に立花先生、以上の五名である。本社サイドからはメカ担当の畑中と、電装(エレキ)担当の倉森、ソフト担当の日比野が参加しており、明日の試験で随伴機となる社有機の機長を務める予定の沢渡も参加していたのだ。本社の飯田部長は、ネットワーク経由での遠隔(リモート)参加である。
 そんな一団が、二階から格納庫フロアへと降りて来ると、南北方向へ並べられている HDG のメンテナンス・リグの前側スペースに、長手側を接続した長机三本の上に軽食や飲み物などの準備がされているである。
 そして、恵が声を上げるのだ。

「はーい、今日は城ノ内さんの、お誕生日でーす。」

 格納庫フロアで準備をしていた一同が、拍手で樹里を迎えるのだった。
 続いて、直美が声を上げる。

「それから月曜日が、我らが立花先生の、お誕生日でした~。」

 再(ふたた)び拍手と、その合間に「おめでとう。」の声が上がるのだ。

「わたしのは祝わなくってもイイって、言ったのに。」

 立花先生は隣に立っていた緒美に、そう抗議するのだった。その顔は困った様な、嬉しい様な、複雑な表情である。
 緒美は笑顔で、立花先生に言葉を返す。

「まあ、皆(みんな)が、大好きな立花先生の事、お祝いしたいんだから、それでいいじゃないですか。」

 横目で、少し睨(にら)む様に緒美を見たあと、溜息と共に視線を上へと転じ、気を取り直す様に立花先生は声を上げたのだ。

「はい、はーい。取り敢えず皆(みんな)、ありがとうねー。」

 立花先生の声を聞いて、一同は再(ふたた)び拍手を送るのだった。
 そして、今度は畑中が、申し訳無さそうに声を上げる。

「あ~、オレ達も混ざっちゃっていいのかな?」

「何、言ってるんですか、畑中先輩。」

 間を置かずに声を返したのは、直美である。それに、恵が続くのだ。

「今回は参加人数が多いから、会場をこっちにしたんですから。」

 兵器開発部の部員が九名に、立花先生、飛行機部からの応援要員である金子、武東、村上に、維月と九堂を加えると十五名である。それに出張組である畑中、倉森、新田、大塚に日比野を加えて、更に打ち合わせからの流れで沢渡を追加すると、総勢二十一名となる。流石に、部室では手狭になるのが明白だったのだ。

「まあ、皆(みんな)でケーキを食べるだけの会ですけど。一時間程、付き合ってくださいよ、畑中先輩。」

 そう直美に言われ、畑中は出張組の面々を一度見回してから応える。

「そう言う事なら、遠慮無く…あ、でも会費位(ぐらい)は払うからさ。」

「いいんですよー何時(いつ)もお世話になってる、そのお礼も兼ねてるんですから~。」

 直美に続いて、恵が補足する。

「費用に関しては御心配無く。HDG の関係で、わたし達も手当を頂いてますから。それに~十一月は、倉森先輩も、お誕生日ですよね?」

 急に話を振られて、倉森は少し慌てて声を返す。

「え?わたし…は~来週よ。」

「序(つい)で、で申し訳無いんですけど、一緒にお祝いさせてください、倉森先輩。」

 そう言いつつ、蝋燭(ろうそく)の立てられたカットケーキが乗せられた樹脂製の皿を、同じ学科の後輩である金子が、倉森へと差し出すのだ。
 同じ様に蝋燭(ろうそく)が立てられたカットケーキが、樹里と立花先生にも手渡される。
 それを確認して、恵が声を上げるのだ。

「それじゃ、お馴染みのバースデーソング、行きましょうか~。」

 定番のバースデーソングを皆が歌う中、ケーキの蝋燭(ろうそく)に、金子が順番に火を灯していく。そして樹里と立花先生と倉森の三人は、歌の終わりに其(そ)の小さな火を、一息で吹き消すのだ。その瞬間に、一同はもう一度、大きな拍手を送るのだった。

「じゃあ皆(みんな)で、ケーキ、頂きましょうか。」

 そう恵は言って、武東達と手分けをし、手近な人から順に、カットケーキが乗った皿を配っていく。
 そんな中で、ケーキを受け取った新田が態(わざ)と少し大きな声で、畑中に言うのだ。

「婚約者(みなみ)さんに、誕生日のプレゼントとか、準備してないんですか?畑中さん。」

「そんなの、出張先に持って来てる訳(わけ)、ないでしょ。」

「へえ~って事は、準備はされてるんですねー。どんなの、かな~。」

「ノーコメント。ここでバラしたら、詰まらないでしょー。」

 新田が畑中に絡んでいるのは、単に年下である会社の先輩をからかっているだけである。畑中も、それが悪意からではない事は理解しているので、無難なコメントであしらっているのだ。その様子は、端(はた)から眺(なが)めている限り、ちょっとしたコントである。実際、その遣り取りを聞いて、天神ヶ﨑高校の後輩達はクスクスと笑っているのだった。

「ですって~みなみさん。」

 新田は適当な所で、話を倉森へ振り直すのだ。その倉森も又、畑中と同じ様に二歳年上の後輩である新田をあしらうのだった。

「はいはい、もう、その辺りにしといてね~朋美さん。」

「チッ、もう少し新鮮な反応が見られるかと思ったのに~。」

「んふふ~、残念でした~。」

 そんな試作部側の遣り取りの一方で、日比野は壁際に置いてあった自分の鞄から、二つの包みを手に戻って来る。

「こう言う流れになるんだったら、ちょうど良かったわ。樹里ちゃん宛てに、預かって来た物が有るのよ~。」

 そう言って日比野は、ケーキを食べている樹里に、ラッピングされた包みを差し出す。

「何です?日比野先輩。」

「井上主任と、安藤さんから。お誕生日のプレゼント、預かって来てたのよ。」

「え?…え~と、わたしにですか?どうして、また…。」

 樹里は、唐突(とうとつ)に差し出された贈り物を、受け取るのを躊躇(ちゅうちょ)するのだった。

「どうしてって、井上主任は、維月ちゃんと仲良くして呉れてるお礼、だって。あと、Ruby や Sapphire がお世話になってる事も含めてね。それは、安藤さんも同じなのよ。」

「先生、いいんでしょうか?こう言うの。」

 樹里は何とは無しに、立花先生へ許可を求めるのである。立花先生は、特に気に掛ける事も無く答えるのだ。

「いいんじゃない?特別に高価な物って事じゃなければ。ねぇ、緒美ちゃん。」

 急に話を振られた緒美も、微笑んで言うのだ。

「井上主任や安藤さんからすれば、城ノ内さんは兵器開発(うちの)部の中でも特別な存在なんだから、有り難く頂いておけばいいと思うけど。」

 二人から、そう言われて樹里は、手にしていたケーキの皿を机へと置き、日比野からプレゼントの包みを、丁重(ていちょう)に受け取るのだった。

「それじゃ、折角、用意して頂いた物なので。ありがとうございます…あとで、お二人には、お礼のメール、送っておきますね。」

「そうね、そうして呉れると主任達も、嬉しいと思う。」

 そう日比野が笑顔で答える一方で、樹里の背後から覗(のぞ)き込む様にして維月が問い掛けるのだ。

「麻里姉(ねえ)からのプレゼントって、中身は何?何?」

「ちょっと、維月ちゃん…。」

 樹里は身を捩(よじ)る様にして、手にした包みを維月が伸ばす手から遠ざけ乍(なが)ら、日比野に尋ねるのだ。

「…これ、開けてもいいんですかね?」

「いいんじゃない? 変な物は入ってないでしょう…多分。」

 そう答えて日比野は、くすりと笑う。「それじゃあ。」と、樹里は包みの封を開けるのだ。
 そして中から出て来たのは、綺麗なプリント柄(がら)のハンカチーフのセットだった。

「ああ、それ。わたしが貰ったのと、同じヤツじゃない。」

 維月は、少し落胆した様に声を上げた。それとは間を置かず、樹里が嬉しそうに言葉を返す。

「じゃ、お揃(そろ)いだね。」

 瞬間的に維月は、姉の麻里がギフトの選択に就いて、手を抜いたのだと思ったのだ。だが、樹里の見解を聞いて、麻里が敢えて同じ物を贈った可能性も有るのかと、そう思い直したのだった。そして頬を緩(ゆる)めて、維月は樹里に尋(たず)ねる。

「安藤さんからのは、何?」

「う~ん、感触は本みたいだけど…。」

 樹里が包みの中身を取り出すと、案の定、それは一冊の書籍で、表紙の側を見て、そのタイトルを読み上げる。

「あはは…『難問・プログラミング問題集』だって。 安藤さんらしいチョイスね~。」

「何よそれ。色気、無いなあ…。」

 クスクスと笑う樹里の一方で、維月は呆(あき)れ顔である。そして包みの中に残っている、メッセージカードを樹里は見付け、嬉しそうに文末を読み上げるのだ。

「あ…カードが。え~と『…暇潰しに使ってちょうだい。』だって。」

「え~…。」

 樹里と維月、二人の反応の落差を目の当たりにして、日比野は声を上げて笑うのだった。そして、井上主任から個人的に依頼されていた、もう一つの任務(ミッション)を、思い出したのだ。

「…あ、そうそう。井上主任から、頼まれてたんだ。記念に樹里ちゃんと維月ちゃんの、画像撮って来てって。クラウディアちゃんも一緒にね~。特に、維月ちゃんは最近の姿を、送って来て呉れないから~ってさ。」

「いや、送ってって、頼まれた事、無いですし…。」

 そうは言ってみたものの、維月は、昨年末の手術の際に、思い詰めた末の願掛(がんか)けと、その時の勢いで、バッサリと切ってしまった自分の髪が、或る程度、伸び揃(そろ)う迄(まで)は、写真や画像を残したくはなかったのが正直な所だったのだ。四月の時点では男子の様だった短髪も、半年が経った今の時点では、直美よりは長く、瑠菜よりは短い程度に迄(まで)、頭髪は伸びているのである。
 幾ら伸ばそうとしているとは言え、毎月、バランスを取る為のトリミングが或る程度は必要なので、完全放置と言う訳(わけ)にもいかない。維月はバランスを整え乍(なが)ら、以前の状態を目指して少しずつ髪を伸ばしている最中なのである。
 実の所、脳腫瘍の手術前に、その当時の頭髪をバッサリと切ってしまわなければならない幾分かの事情が、維月には有ったのだった。
 維月に脳腫瘍が発見された当初、その患部の位置が手術を行うには余りにも難しい場所だった為、投薬や放射線治療を組み合わせて、時間を掛けて対処していくと言う治療方針だったのである。そして、その副作用で、維月の頭髪は一部が抜け落ちてしまっていたのだ。
 その事を両親から聞かされた井上主任が、彼女の妹の病状に就いて会社に相談した事から、維月の様な難易度の高いケースでも手術を引き受けて呉れる医師へと繋(つな)がったのである。これは維月が井上主任、詰まり社員の家族である事に加え、維月自身が天神ヶ﨑高校の生徒であり、乃(すなわ)ち天野重工の準社員である事から、福利厚生の一環として会社が動いた結果なのだった。天野重工程の会社であれば、色々な方面からの情報が得られるし、所謂(いわゆる)『名医』に繋(つな)がり易いだろう事も亦(また)、一般個人の比では無い。
 昨年の、あの時点で井上主任が会社に相談していなければ、場合に依っては維月は命を落としていた可能性すら有ったのだ。勿論、その事は維月は両親から聞かされていたし、理解も感謝もしているのである。

「クラウディア、ほら~、いらっしゃーい。」

 少し離れた場所でケーキを食べているクラウディアに、樹里が笑顔で呼び掛ける。クラウディアは、直ぐに声を返すのだ。

「わたしは、関係無いじゃないですか?城ノ内先輩。」

 そのクラウディアの見解に、日比野が説得を試みるのである。

「そんな事無いよー。天神ヶ﨑高校兵器開発部のソフト部隊三名には、うちの課は大いに期待してるんだから~将来の即戦力だからねー。」

「ほらほら、ケーキ持った儘(まま)でイイから、こっちおいで。」

 そう、維月に手招きされると、クラウディアは手にしていた皿を机に置いて言葉を返す。

「それじゃ、丸でわたしが『食いしん坊』キャラみたいじゃない。」

「あはは、其(そ)れは其(そ)れで面白いかもね~。 はい、並んで~クラウディアちゃんが真ん中がイイかな。」

 日比野は自身の携帯端末を取り出し、樹里達にレンズを向ける。
 誕生日的には主役の樹里がセンターに来るべきなのだが、標準的な樹里の身長に対して他二名の身長差が大きい為、構図的には一番背の低いクラウディアを二人が挟んだ方が良いだろうと、そう日比野は判断したのだ。そして維月はクラウディアの肩に手を掛け、自(みずか)ら腰を引いて顔の高さを樹里と合わせるのだった。

「それじゃ、その儘(まま)で。撮るよ~…」

 一回、二回と日比野は、樹里達三人の姿を携帯端末に収める。
 そして撮影の終わった日比野に、後ろから茜が声を掛けるのだ。

「日比野先輩。記念って事なら、先輩も一緒に撮りましょうか?」

「あ~そうね、お願い出来る? わたしの携帯端末(PT)で。」

 そうして、日比野がクラウディアの背後の立った状態で、四人の画像を茜が日比野から渡された携帯端末で撮影するのだった。
 そのあとは何と無く、幾つかのグループに分けて其(そ)の場に居た全員の姿を、日比野が撮影していく流れになったのだ。
 そのグループとは、例えば立花先生と三年生の三人とか、維月を加えた二年生組とか、一年生の三人だとか、である。或いは飛行機部の三年生二人を加えた三年生組五名であったり、一年生の応援組二名と茜、ブリジットの機械工学科の一年生四名であったり、試作部からの出張組四名と立花先生の組合せだったり、勿論、日比野自身も被写体に加わったりと、それなりの盛り上がりを見せたのだった。
 因(ちな)みに、それぞれの画像撮影に於いて、背後に HDG 各機が映り込まない様に、留意されていた事は指摘しておきたい。何(ど)れもが秘密指定の器材であるので、技術資料として画像を残す場合以外は、極力、画像データを取得しないのが無難なのである。個人の携帯端末から、うっかり画像データが流出でもしたら、誰も責任が取れないのだ。その辺りの事情は、この場の全員が心得ているのである。
 そんな中で、畑中がポツリと言うのだ。

「しかし、試験の本番は明日なのに、もう打ち上げの様な雰囲気だよね。」

 半(なか)ば呆(あき)れた様な、その、畑中の発言には、直美が反応するのである。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第17話.02)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-02 ****


 ドライバー三人と維月が格納庫フロアへ降りて行くと、三機の HDG は既に起動準備状態で待機している。
 発進時間を短縮する為、昨日の内に各機が其其(それぞれ)の飛行ユニットに接続した状態で、更に機首を大扉の方向へと揃(そろ)えてあるのだ。その上で畑中達が、AMF とC号機飛行ユニットはエンジン始動までを終わらせているのだった。これは AMF は Ruby が、C号機飛行ユニットに就いては Sapphire が、それぞれ制御しているから可能な事である。
 茜は手際良く自身を HDG へ接続するのに続いて AMF の機首部を閉鎖し、恵と直美が押し開けた大扉の方へ向かって、機体の前進を開始する。その儘(まま)、庫外に出ると駐機エリアを横切って滑走路への誘導路に侵入し、行き足を緩(ゆる)める事無く滑走路の東端へ向かって、滑らかに AMF を移動させて行く。それにクラウディアのC号機も、機体三機分程の間隔で追従して行くのだった。
 ブリジットのB号機は、飛行ユニットのメンテナンス・リグに吊られた状態で飛行用メイン・エンジンを起動する所からのスタートだったが、滑走路へと向かう誘導路上の移動や、離陸滑走が不要である特性を活かし、エンジンが起動して機体がメンテナンス・リグから解放されると、直ぐに格納庫内からホバー移動で駐機エリアへと出て、その儘(まま)、上昇を開始する。
 それとほぼ同時に AMF が離陸滑走を開始すると、あっと言う間に離陸を終え、C号機も其(そ)れに続くのだった。

「何だか、空防の緊急発進(スクランブル)訓練みたいだなー。」

 畑中が上昇して行く三機を見送り乍(なが)ら、そんな所感を漏らすと、微笑んで緒美が言うのだ。

「まあ、やってる事は同じですよね。十二時三十八分、まあ、上出来かしら?」

 時刻を確認する緒美に、大扉の方から戻って来た直美が声を掛ける。

「授業終了から、十八分って事でしょ? あと三分は、短縮したいよね。」

「明日(あした)の課題、かしら?」

 恵が苦笑いで直美に応じる一方で、緒美はデバッグ用コンソールを操作している樹里に確認する。

「城ノ内さん、プローブの振動計、データは取れてる?」

「大丈夫です、四基とも正常に稼働してます。今の所、異常値は来てませんね。」

 緒美が言う『振動計』とは『プローブ』に標準装備されているセンサーではなく、今回の確認の為に取り付けられた物である。センサーが計測したデータは、パイロンを介して飛行ユニット側で取り込み、HDG のデータ・リンクに乗せて送られて来るのだ。
 三機の HDG を送り出し終えて一息吐(つ)いた瑠菜は、制服のポケットから先刻の御握(おにぎり)を取り出しつつ、畑中に問い掛けるのだ。

「畑中先輩、あのプローブ一式、試作工場の方でも、F-9 に搭載して試験はやってるんですよね? こっちでも同じ試験、やる必要が有るんですか?」

 そう訊(き)いて瑠菜は、包装を解いた御握(おにぎり)を一囓(ひとかじ)りする。

「C号機の飛行ユニットと F-9 は、主翼は同じ物だけどさ、機首形状が全く違うからね。気流の影響は、実機で確認しないと安心出来ないのさ。勿論、問題は無いように設計はされてる筈(はず)だけど、『問題は無い』って事を確認はしないとね。」

 畑中が瑠菜の質問に答えると、その背後で樹里が声を上げるのだ。

「A号機とB号機から、映像来ました。記録、開始しま~す。」

 それを聞いて、直美が緒美に微笑んで言うのである。

「A、B号機が随伴(チェイス)機をやって呉れるなら、わたし達は、もう御役御免(おやくごめん)かな?」

「ケース・バイ・ケースでしょ? 又、必要になる事も有るかもよ。」

 直美と緒美は顔を見合わせると、互いに「ふふふ。」と笑ったのである。
 余談ではあるが、次の日曜日には、緒美と直美に定例の飛行訓練が予定されていた。

 それから暫(しばら)くは、C号機は各種姿勢での飛行や機動を繰り返し、主翼下に懸下(けんか)された『プローブ』に異常が見られないかを、只管(ひたすら)に確認したのだ。そして十五分程が経過した時点で、この日の飛行を切り上げて、帰投の指示が出されるのである。
 この日の飛行は学校の上空付近からは大きく離れなかったので、AMF とC号機は五分程で、相次いで着陸を終えて、第三格納庫へと戻って来る。一番最初に格納庫内に戻って来たのは、当然、着陸滑走が必要でないブリジットのB号機で、第三格納庫前の駐機エリアに降り立つと、その儘(まま)、格納庫内へとホバー移動で戻って来たのだ。
 ブリジットが機体を飛行ユニット用のメンテナンス・リグに接続している間に、クラウディアのC号機が格納庫の中まで自力移動で入って来て停止し、最後に茜の AMF が格納庫内で停止したのである。
 ドライバーの三名は大慌てで HDG と自身との接続を解除すると各機から飛び降り、部室の在る二階通路への階段へと駆け足で向かうのだ。

「三人共、五分で着替えて来て!」

 そんな緒美の声を聞き乍(なが)ら階段を駆け上がると、二階廊下を通って部室を通過し、部室隣の更衣室へと飛び込む。その室内には瑠菜と佳奈と維月が待機していて、彼女達は茜達三人がインナー・スーツを脱ぐのを補助するのだ。
 インナー・スーツを脱ぐには、先(ま)ずは背部のパワー・ユニットを外す必要が有り、続いて腰部と背部のプロテクト・フレームを外さなければならない。このユニットやフレームの着脱作業が独りでは不可能なので、インナー・スーツの脱ぎ着には必ず作業補助の人員が必要なのだ。そして背部のプロテクト・フレームを除去するとスーツ背部が大きく開くので、補助を行う人員がスーツの上半身を前方に向かって引っ張る事で、両側の袖からドライバーの腕を引き抜くのである。インナー・スーツを脱ぐには、この方法が最も手早いのだ。
 ドライバーはインナー・スーツの下に、専用のアンダー・ウェアを着用しているので、インナー・スーツが肌に張り付く事は無い。アンダー・ウェアに因ってドライバーの汗や皮脂が直接、インナー・スーツの内側に付着するのを防止しているのだが、それは生地(きじ)の内部に各種センサーや体温維持システムを組み込んだインナー・スーツが、丸洗いが不可能だからだ。とは言えアンダー・ウェアを着用しても、インナー・スーツ内側への汗や皮脂の付着を完全に防止出来るものではない。肌に触れるアンダー・ウェアには通気性が必要で、そうである以上、アンダー・ウェアが吸収した汗や皮脂は、或る程度は外側へ染みてしまうのである。そんな訳(わけ)でインナー・スーツを着用したあとは、専用の洗浄液を使用して内側を拭き掃除する等のメンテナンスが必要なのだが、流石に今回はそんな時間的な余裕は無い。メンテナンスは後回しである。

上着(ジャケット)とソックスは、あとにしなさい!」

 そう瑠菜に言われて、ドライバー三人が制服のスカートにブラウスを着用した時点で、六人は更衣室を出るのだ。茜とブリジット、そしてクラウディアは、制服上着(ジャケット)のポケットに丸めたソックスを押し込み、裸足で靴を履いて、維月達の後を追って再び階段を駆け下りるのだった。

「こっちよー。」

 階段を降りると其(そ)の下から奥側、格納庫フロア東側の出入り口から、恵の呼ぶ声が聞こえる。茜達六名は呼ばれる儘(まま)に出入り口を通過して格納庫の外へと出ると、そこには学校所有のマイクロバスが待っているのだ。

「早く乗って。」

 今度はマイロバスの乗降ドア内から、恵が声を掛けて来るので、六人は、相次いでマイクロバスの車内へと駆け込む。

「それじゃ、出すよー。」

 運転席から声を掛けて来たのは、倉森である。倉森は兵器開発部のメンバー達全員が乗車したのを確認して、マイクロバスを校舎の方へと走らせるのだった。校舎の前に到着する迄(まで)の数分間には、マイクロバス車内では立花先生が購入したパンや御握(おにぎり)の残りを、テスト・ドライバーの三名や他の希望者で分配したのだ。幾ら女子だとは言え、育ち盛りの若者に昼食としてのパンや御握(おにぎり)が一個だけでは、流石に足りないのである。勿論、五時限目の前に其(そ)れを食べている時間はもう無いので、五時限目と六時限目の間の休み時間にでも、と言う事になるのだが。
 こうして、兵器開発部のメンバー達は午後からの授業に、ギリギリ、間に合ったのである。

 一方で、兵器開発部のメンバー達が午後の授業へと向かったあとの第三格納庫であるが、此方(こちら)は此方(こちら)で、直ぐに暇になる訳(わけ)ではない。
 帰還した三機の HDG、それぞれの停止、終了作業が行われると、直ぐに三機分の整備と点検作業が始まるのである。
 その上で、飛行確認で得られたデータを吸い上げ、整理して、兵器開発部のメンバー達との夕方の打ち合わせ迄(まで)に、明日の昼に実施する飛行(フライト)で確認するべき項目や、飛行プランの素案を作らなければならない。
 畑中達、本社試作工場からの出張組の作業も、なかなかに大変なのである。


 そして翌日、2072年11月9日、水曜日の、お昼時である。
 茜とブリジットが所属する一年A組の四時限目は、数学の授業である。数学担当の大須先生は、授業のペース配分には定評の有る先生で、授業時間終了三分前には其(そ)の授業の締めを開始し、チャイムと同時に必ず、決まり文句を言うのだ。

「よし、今日はここ迄(まで)。授業、終わり~。」

 その何時(いつ)もの宣言を聞いて、茜とブリジットは同時に席から立つのである。
 天神ヶ﨑高校の授業では開始や終了の挨拶、所謂(いわゆる)学級委員に依る「起立。礼。」の様な号令は、行われない。小、中学校で其(そ)の様な習慣が染みついていた一年生達は当初、戸惑ったり違和感を感じたりしたものだが、流石に今では其(そ)れが当たり前になっている。

「天野とボードレール、社用だってのは聞いてるけど、廊下は走るんじゃないぞ。」

 そう声を掛けられて、茜は微笑んで一礼し「はい、お先に失礼します。」と声を返すと、ブリジットと共に駆け足で教室を後にしたのだ。そして、他の生徒達も銘銘(めいめい)に席を立って昼食へと動き始める。
 段々と賑やかになる教室の前方に位置する教卓では、大須先生が持ち帰る資料を纏(まと)め乍(なが)ら苦笑いしつつ呟(つぶや)くのだった。

「だから、走るなって言ったんだけどなあ。」

 そんな様子の教室の一方では、ブリジットと同じバスケ部所属の西本が、学食へ向かおうとする九堂と村上に、教室後方の出入り口手前で声を掛けるのだ。

「九堂さん、村上さん。今日はブリジット達の手伝いは、いいの?」

 九堂と村上の二人が、兵器開発部の活動に協力している事は、西本はブリジットから聞いて知っているのだ。

「うん。本社の方(ほう)から、人が来てるからね~。」

「わたし達の出る幕じゃ無いよね。」

 九堂に続いて、村上も微笑んで言葉を返すのだった。
 西本は、折角呼び止めたのだからと、思い切って訊(き)いてみるのだ。

「二人は、ブリジットと天野さんがやってる事、知ってるんでしょう?」

 九堂と村上は一瞬、顔を見合わせ、そして村上が左手で眼鏡の位置を少し直してから、西本に答えるのだ。

「それは知ってるけど。ごめんなさいね、社外秘の事も絡むから、無闇に話せないの。」

 その返答を聞いて、少し表情が曇る西本に、九堂が説明を補足する。

「同じ特課の生徒でも、秘密関連の事柄は、聞かされる方が迷惑する位(くらい)だからさ。悪く思わないでね。」

「そうそう。わたし達は、うっかり口を滑らして、それが会社にばれたら『これ』だもの。」

 村上は笑って、右手で自分の首を切るジェスチャーをして見せるのだ。
 苦笑いを返して、西本は村上に言う。

「大変なのね。」

「まあ、そう言う立場、って言うか、契約だからね。」

 村上に続いて、九堂が微笑んで言うのだ。

「大変だけど、色々と面白い経験も出来るし。それに特課の生徒でいれば、将来は安泰(あんたい)だし?」

「あはは、西本さん達、普通の皆(みんな)は何(いず)れ大学受験でしょ? そっちの方が大変だよね。」

 その村上の言葉に、西本は言葉を返さず、唯(ただ)、微笑んで見せるのだ。そこで、窓際の席から西本の名前を呼ぶ声が聞こえて来る。

「明理(アカリ)ー。」

 声を掛けて来たのは、教室での昼食に持参したお弁当を広げている二人の女子生徒である。その二人は、西本と同じく、普通課程の生徒だ。
 西本は、其方(そちら)の友人達に右手を挙げて合図をした後で、村上と九堂に言うのだ。

「貴方(あなた)達は、お昼は学食だったよね。呼び止めて、ごめんなさいね。」

「ううん、いいよー気にしないで。」

「じゃあねー。」

 そうして村上と九堂は、教室を出て学食の在る管理棟へと向かったのだ。
 天野重工の準社員待遇である特別課程の生徒と、会社とは無関係である普通課程の生徒との間に、普段から心理的な溝や壁が存在している訳(わけ)ではないのだが、この様に会社の絡む話題が有る時、その立場の違いを互いが意識してしまう事は避けようが無い。特別課程と普通課程、それは『何方(どちら)が上』と言った類(たぐい)の話ではなく、単に『立場が違う』以上の意味は無いのだ。その事を特別課程の生徒達は天神ヶ﨑高校での三年間を通して、学んでいくのである。そして、その経験は天野重工に本採用になった後で、『天神ヶ﨑卒』と『一般卒』と言う社員としての新たな立場の違いを乗り越えるのに役立つのだった。

 さて、この日の飛行確認を実施している茜達であるが、其方(そちら)は昨日と同じ様にバタバタと状況が進み、しかし昨日より幾分かはスムーズに、飛行の予定を終えたのである。
 そして放課後には前日と同様に、昼休み時間に実施した飛行確認で使用した器材の片付けや、翌日の準備、更に昼間のデータを元にした打ち合わせが行われ、この日の活動も全日程が無事に終了したのだった。


 そして更に翌日、2072年11月10日、木曜日の昼休みである。
 この日も前日迄(まで)と同じ様に、四時限目の終了と共に兵器開発部のメンバー達は教室を飛び出し、部室の在る第三格納庫へと向かうのだ。昼休み時間に飛行確認を実施するのは此(こ)の日が最後の予定なのだが、流石に三日目ともなれば色々な事に慣れて来るもので、授業終了から茜達の離陸が完了する迄(まで)、所要時間は十五分を切って見せたのである。
 この日の確認内容は『プローブ』の発射手順の確認で、発射に必要な諸元の入力や、それらに対する『プローブ』からのリターン値を記録して、各機器が正常に機能しているのを確認したのだ。これは発射の最終段階で中断(アボート)が正常に出来る事の確認でもあり、クラウディアは『プローブ』を発射する事無く、無事に飛行確認を終えて学校へと帰投したのだった。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第17話.01)

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール

**** 17-01 ****


 天神ヶ﨑高校に於(お)いては、一部で心配されていたエイリアン・ドローン襲撃の発生も無く、『秋天(しゅうてん)際』は其(そ)の全日程を無事に終了したのである。
 展示や発表等で参加する企画の無い兵器開発部の面々は、一般生徒として『秋天(しゅうてん)際』を楽しんだのであるが、唯一(ゆいいつ)ブリジットだけは、彼女が休部扱いとなっているバスケ部の出店(でみせ)運営に参加したのだった。それは、何(いず)れ訪(おとず)れるであろうブリジットのバスケ部復帰を見越した、その為の雰囲気作りを期待した田中部長の配慮である。実際、他の部員からもブリジットの復帰は期待されていたし、別に部員達と仲違(なかたがい)してのブリジットの休部と言う訳(わけ)でも無いので、ブリジットはブリジットで久し振りのバスケ部での、その役割を楽しんだのだ。
 『秋天(しゅうてん)際』開催前日の一日と、終了後の一日が、それぞれ準備と片付けの日程として授業は休止とされていたので、『秋天(しゅうてん)際』開催の二日間と合わせて都合四日間、ブリジットは一時的にバスケ部に復帰した形になったのだった。それは其(そ)の期間中に、兵器開発部の方が活動の一切を休止していたから、でもある。
 一方で其(そ)の四日間、ブリジット以外の部員達はどうしていたか、だが。全員が多かれ少なかれ、人手の足りない他の出し物の準備や片付けを手伝う等、それぞれが級友の要請に応えていたのだった。
 このお話の都合上、兵器開発部の活動ばかりを追い掛けていると言う事情は有るのだが、兵器開発部の面々も其其(それぞれ)のクラスに戻れば、級友達と普通に友人関係を保っており、兵器開発部のメンバー達が他の生徒達から乖離(かいり)した存在と言う訳(わけ)ではないのである。
 『秋天(しゅうてん)際』は11月2日、3日、つまり水曜日と木曜日の開催で、翌日の金曜日は終日が片付けであった。土曜日に授業が無い普通科の生徒に取っては、この週は『秋天(しゅうてん)際』開催準備の火曜日から学校は授業が無かった訳(わけ)だが、茜達、特別課程の生徒達には、土曜日の授業は普通に実施されたのだった。

 ほぼお祭り期間だった一週間が終わり、日曜日を挟(はさ)んで、翌週の月曜日が2072年11月7日である。
 この日は、例によって畑中等(ら)が試作装備の搬入の為、朝から来校していたのだ。この日、持ち込まれたのは、以前に試作工場へと持ち帰ったB号機用レールガンの改修機と、C号機用の『プローブ』と呼ばれる電波発信源位置特定用の拡張装備が五セット、計二十基である。

「何(なん)だか、毎週の様に来てない?貴方(あなた)達。」

 そう畑中に言って笑ったのは、第三格納庫への搬入に立ち会っていた立花先生である。対して畑中も、笑って応えるのだ。

「あはは、毎週って事はないですよ、流石に。前回来たのは二週間前だし、あ、でも。来るのなら先週、来たかったですよね。『秋天(しゅうてん)際』、先週だったんでしょう?」

「あら、良く知ってるわね。」

「そりゃ、これでもOBですから。それに、地上展示用の F-9 は、試作工場(うち)から出してますからね。」

「ああ、そうね。だったら、その F-9 の管理責任者とかの名目で、来れば良かったのに。」

「その役目、毎年、競争率高いんですよ、実は。 まあ、それ以前に、製作三課(うち)は今年、色々と忙しくって、それどころじゃなかったんですけどね。年末に向かって、此方(こちら)へ送り出す試作機を、並行して幾つも作業してますから。」

「そう言えば、そうよね。 あ、所で悪いんだけど。このあと、用事が有るから、ここは暫(しばら)くお任せするけど、いいかしら?」

「ああ、はい。大丈夫ですよ、伊達(だて)に回数、ここに来てる訳(わけ)じゃないので。」

「まあ、もしも何か有ったら、わたしか、前園先生にでも連絡して。」

「はい、了解です。」

「それじゃ、お願いね、畑中君。」

 そう言い残して立ち去って行く立花先生の背中を見送った畑中は振り返り、既にお馴染みとなった出張組の面々に指示を出すのだ。

「それじゃ、B号機飛行ユニットのレールガン搭載から始めようか~。軸線調整まで、午前中に終わらせよー。」


 それから昼休みを挟(はさ)んで、放課後である。
 月曜日は特課の生徒達にも七時限目の授業は無いので、午後三時を過ぎると兵器開発部のメンバー達が次々と第三格納庫へとやって来るのだ。彼女等(ら)は勿論、この日が試作装備の搬入予定日である事は事前に把握しているし、緒美や茜に至っては昼休みに第三格納庫を訪(おとず)れており、その様子を確認済みだったのである。

「あ、レールガンが付いてる。」

 茜と共に第三格納庫へと降りて来た、ブリジットの第一声である。
 階段を降りて、B号機用の飛行ユニットへと歩み寄って来るブリジットと茜に、畑中が声を返すのだ。

「おーう。お待たせしたね、調整もバッチリ終わってるよ。」

 メンテナンス・リグに吊り下げられた飛行ユニットの前に到着すると、茜が畑中に尋(たず)ねる。

「トラブルの原因は、解ったんですか?畑中先輩。」

「ああ、色々とデータが揃(そろ)ってたからね。本体が特定の角度の時に、特定の方向に加速度が加わると、装弾異常が発生するのが解ってね。設計の想定が間違ってたらしくて、送弾経路の部品形状を変更したんだ。これは対策済みのだから、もう心配は要らないよ。」

 続いて、ブリジットが問い掛けるのだ。

「テストも、済んでるんですか?」

「勿論。前回も本体の取り付け角度を何パターンか変更して、連続装弾試験はやってたんだけど。今回はロボット・アームの先端に本体を取り付けて、ブンブン振り回し乍(なが)ら、連続装弾試験をやったからね。問題の組合せ以外にも、色んなパターンで検証済みさ。」

 その回答を聞いて、苦笑いをしつつ、茜が感想を漏らす。

「それは又、大変そうですね。試験の手間が。」

「あはは、まあ、振り回すのも、連続で装弾掛けるのも、プログラムしておけば勝手にやって呉れるから手間は無いんだけど。大変なのは、排出された弾体を拾い集めるのと、弾倉(マガジン)に弾体を再装填するのが、もう、ね。」

「あははは~そこは人手でやるしかないんですね。」

 ブリジットも苦笑いで、同意するのだった。
 そして畑中が言うのだ。

「ま、土曜日の飛行で、試射する予定だろ? その試験には立ち会う予定だから、楽しみにしてるよ。」

「はい。」

 ブリジットと茜は、声を揃(そろ)えて返事をしたのだ。
 丁度(ちょうど)そのタイミングで、背後の階段側から樹里の声が聞こえて来るのである。

「済みませ~ん。ちょっと、遅れました。」

 その場に居た三名、つまり茜とブリジット、畑中が声の方へと視線を向けると、階段を降りて来たのは樹里と維月、そしてインナー・スーツに着替え済みのクラウディアの三名だった。彼女達はC号機と、その飛行ユニットが置かれた方向へと向かって歩いて行く。其方(そちら)側では、緒美や瑠菜達が、飛行ユニットの前で倉森から説明を受けている様子である。
 畑中も、C号機の方へと向かい乍(なが)ら、樹里達へ声を掛ける。

「早速で悪いんだけど、C号機を飛行ユニットとドッキングさせたいんだ。搭載したプローブの機能確認、始めたいから。」

「了解してま~す。」

 畑中の呼び掛けには、先頭を歩く樹里が代表して応えたのだ。
 そこからクラウディアは駆け足でC号機の前へと向かうと、ステップラダーを駆け上がり、自身をC号機へと接続する。瑠菜と佳奈は、その作業を補助したり、メンテナンス・リグの操作をしたりしている。
 間も無く、C号機はメンテナンス・リグから離れ、その儘(まま)、歩行で飛行ユニットの前へ到達すると、瑠菜に誘導されつつ、今度は後ろ向きに進んでC号機が飛行ユニットにドッキングするのだ。
 飛行ユニットの主翼下には、左右に二基ずつの『プローブ』が、既に専用のパイロンを介して取り付けられている。
 『プローブ』は、長さが凡(およ)そ三メートル程の、ミサイル等よりは胴体が一回り程太い、少し扁平な六角形断面の飛翔体である。それは攻撃用の兵装ではなく、C号機の電波受信能力を拡張する為の装備なのだ。
 この日の予定は、C号機用の飛行ユニットへの『プローブ』の物理的な搭載確認と、信号の通信確認、及び、各種制御器機の機能確認である。機能確認は『プローブ』側と、取り付けられる飛行ユニット側、そして統合して制御するC号機と Sapphire、それぞれのレベルに於(お)いて必要で、確認項目を一つずつ消化していくと、それなりに時間が必要になるのだ。
 午後六時頃まで掛けて、予定されていた全ての確認が終わると、兵器開発部の活動は二組に別れる事となる。
 一方は格納庫フロアで、『プローブ』の搭載や取り外し作業の、作業実習や技術的な注意事項のレクチャーである。そしてもう一方の組は、翌日の飛行確認の打ち合わせを行うのだ。
 飛行確認とは言っても、『プローブ』を空中で切り離したり、発射はしない。先(ま)ずは、C号機飛行ユニットに装備した状態での、C号機自体の飛行能力や操縦性に関する影響についての確認である。或いは、搭載された状態での『プローブ』自体の振動や、機能不全が無いかを確認し、投射するまでの手順を確認する予定なのだ。又、『プローブ』を使用しないで搭載した儘(まま)で帰還するケースも当然考えられるので、『プローブ』搭載状態でのC号機飛行ユニットの着陸操作に就いても、悪影響や不具合が無いかを実際に確認しておかなければならない。
 そんな具合で、何か一つ、装備が追加される度(たび)、膨大な項目の確認作業が発生するのである。それを彼女達は、協力し、分担し乍(なが)ら、時間を掛けて一つずつ、淡々と消化していくのだ。


 翌日、2072年11月8日、火曜日の昼休みである。この日は兵器開発部のメンバーが次々と、十二時半頃に部室へと駆け込んで来るのだった。
 天神ヶ﨑高校の四時限目が終了するのが十二時二十分である。それから午後一時十分迄(まで)の五十分間が、昼休みの時間なのだ。その昼休み中に、前日に搭載したC号機用の『プローブ』、その飛行確認作業を実施しなければならないのである。と言うのも、火曜日から水曜日の三日間は、特別課程の生徒達には七時限目の授業がカリキュラムに組まれており、その終了を待っていると午後四時を過ぎてしまうのだった。それから飛行の準備を行うと、どう頑張っても離陸は午後四時半頃となり、十一月も半ばになろうかと言う此(こ)の時期には、辺りは直ぐに薄暗くなってしまうのである。
 勿論、HDG は夜間でも行動や飛行が可能な能力は持っているのだが、装備の飛行確認を態態(わざわざ)、暗闇の中で行うのも妙な話で、映像を記録するにしても明るい日中の方が望ましいのは言う迄(まで)もないだろう。そこで、昼休みの時間を使って、確認飛行を実施する事になったのだ。
 とは言え、特にドライバーの三名には昼食抜きで部活を強要する訳(わけ)にもいかず、一時間程で実施の予定だった確認飛行を二十分間ずつの三日に分けて、火曜日から木曜日の昼休み時間中に実施すると言う運びとなったのである。

 先(ま)ず、茜とブリジット、クラウディアには校舎の出口に自転車を用意しておき、四時限目の授業終了と同時に三人は校舎を出て、自転車で第三格納庫へと移動する計画なのだ。
 茜とブリジットは計画通りに授業が終了すると直ぐに教室を飛び出し、学食や学内の売店へと向かう他の生徒達を擦り抜け乍(なが)ら、自転車が準備されている校舎の出口へと向かったのだ。

「こらー、天野。廊下を走るなー。」

 通り掛かった教師の『お約束』の様な言葉に、茜が「すいませーん。社用でーす。」と応えつつ、茜とブリジットは校舎裏の通用口へと到着する。共有自転車のロック解除を携帯端末で行うと、二人は第三格納庫へと向かって、自転車を走らせるのだ。
 学校の敷地内を南北に走る舗装路が、南へと向かって下りの傾斜となっているのは、その敷地が山腹の斜面を造成しているからである。この事は、茜達が滑走路の方向へ自転車で向かうのには好都合で、それ程の急勾配という訳でもない坂道ではあったが、それでもスピード超過に気を付けねばならないのだった。
 そんな訳(わけ)も有って、徒歩でなら十五分程度掛かる第三格納庫への道のりも、自転車でなら三分程度で到着出来たのだ。
 部室へと上る外階段の下に乗って来た自転車を止めると、茜は視界の端に、近付いて来る別の自転車に気付いた。良く見ると其(そ)の自転車を運転しているのは維月で、彼女の背中にはクラウディアが、しがみ付いているのだった。クラウディアの体格では女子寮の共有自転車に乗るのは難しく、だから維月がクラウディアを運んで来たのだ。勿論、校内でも自転車の二人乗りは禁止である。
 茜は近付いて来る二人に、右手を挙げて振ってみせるのだが、ブリジットは茜の傍(かたわ)らを抜けて階段へ向かい、茜に声を掛けて来るのだ。

「急ぎましょ、茜。」

「うん。」

 そう答えて、茜はブリジットを追って外階段を駆け上がる。
 そして部室のドアを開けると、昼食用の御握(おにぎり)やパンを大量に準備して、立花先生が待機しているのだった。

「御握(おにぎり)でもパンでも、好きなの取って行って。」

「すいません、先生。それじゃ、遠慮無く。」

「いただきま~す。」

 茜は小振りなクロワッサンが二つ入った袋を、ブリジットが鮭の御握(おにぎり)の包みを取ると、二人はインナー・スーツに着替える為、更衣室へと向かったのだ。茜とブリジットが部室奥のドアから出るのとほぼ同時に、維月とクラウディアが少し荒い息遣(いきづか)いで部室へと入って来るのだった。
 ほぼ同じ運動量だった筈(はず)なのに、維月やクラウディアに対して茜とブリジットが平然としていたのは、勿論、二人が其(そ)れなりに身体を鍛えていたから、である。下り道とは言えクラウディアを乗せて自転車を走らせていた維月は未(ま)だしも、クラウディアに至っては外階段を駆け上がっただけなのだから、茜達との体力差が如何程(いかほど)なのかが如実(にょじつ)に表れた瞬間だったと言えよう。

「貴方(あなた)達も、好きなのを取って行ってね。」

「あ、すいません。いただきます。」

「わたしはこれ、いただいて行きます。」

 維月は『ヤキソバパン』を、クラウディアはマヨツナ入りの御握(おにぎり)を、それぞれが手に取ると、茜達と同様に更衣室へと向かったのだ。
 それから少し間を置いて、緒美と恵、直美の三人が部室に到着し、続いて二年生の三人が外階段を駆け上がって来るのだが、皆(みな)、それぞれに息が荒い。それぞれが校舎から、全力疾走ではないにしても、駆け足で第三格納庫へと駆け付けたのだ。
 部室に入った緒美は少し呼吸を整えてから、立花先生に尋(たず)ねる。

「先生、天野さん達は?」

「今、着替え中よ。 貴方(あなた)達も、好きなのを取って行きなさい。早い者勝ちよ。」

「それじゃ、いただきます。」

 緒美はメロンパンと紙パックのコーヒー飲料を取ると、格納庫フロアへと降りる為、そそくさと二階通路へと出て行くのだ。

「あ、待って~。」

 恵はサンドイッチの包みと、紙パックのレモンティーを取って、緒美を追い掛ける。直美は鮭の御握(おにぎり)と緑茶の紙パックを取り、恵を追うのだった。

「先生、チョコ味のパン、有ります?」

 そう訊(き)いて来たのは佳奈である。

「これ、どうかしら?佳奈ちゃん。」

 そう言って立花先生が差し出したのは、楕円形のパンの上面がチョコレートでコーティングされた一品である。中には、クリームも入っているらしい事が、パッケージに表記されている。

「うっわ、甘そー。」

 それは立花先生が提示した品を横から見ていた瑠菜の率直な感想だったが、佳奈は満面の笑みで礼を述べ差し出されたパンを受け取ると、飲み物としてはコーヒー飲料の紙パックを選んだのだ。
 瑠菜と樹里は、共に正統派(オーソドックス)な梅干し入りの御握(おにぎり)を選択し、飲み物は瑠菜が緑茶を、樹里はミルクティーを選ぶのだった。

「それ、合うの?」

 瑠菜に問い掛けられて、樹里は微笑んで答えるのだ。

「気にしないで。お薦めはしないけどね。」

 そして二年生組三人も、準備作業の為に格納庫フロアへと降りて行くのだ。
 その後、インナー・スーツに着替えた三人と、クラウディアの着替えを補助していた維月が、南側のドアから部室内へと戻って来ると、立花先生は茜達に声を掛けるのだ。

「貴方(あなた)達、さっき、飲み物持って行かなかったけど、要らない?」

「わたしは、帰って来てから、いただきます。」

 茜が即答する一方で、ブリジットは中央の長机へと向かうのだ。

「わたしは、お茶を一口だけ。」

 ブリジットは緑茶の紙パックを手に取るとストローを挿し、一口を飲み込んで、その紙パックを机の上に置いたのだ。

「残りは、帰ってから飲みますから。」

「じゃ、取って置くわね。 クラウディアちゃんは? 井上さんも。」

 立花先生に呼び掛けられて、クラウディアは答える。

「わたしも、帰って来てから、いただきます。」

「そう。それじゃ、気を付けて行ってらっしゃい。」

 その送り出しの言葉に、三人は意図せず声を揃(そろ)えて「行ってきます。」と、答えたのだった。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第16話.13)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-13 ****


「統合作戦指揮管制より AHI01、了解した。天野重工の、今回の作戦への協力に感謝する。HDG01 から HDG03 は、現空域から直線で、高度三千メートルにて帰投して呉。飛行ルートの確保は、此方(こちら)で申請しておく。」

「HDG01 より、統合作戦指揮管制。御配慮に感謝します。それでは、我々は今より帰投しますが、AHI01 は、どうされます?」

 茜の問い掛けには、緒美が直ぐに答える。

「AHI01 は岩国に寄って、出張所の片付けとか、人員を拾ってから帰投するわ。テスト・ベース側の、貴方(あなた)達の受け入れ人員は手配済みだから、心配要らないわよ。」

 茜達が単独で第三格納庫に戻っても、地上電源の接続や、メンテナンス・リグを操作する人手が居ないと、茜達は HDG の解除が出来ないのだ。因(ちな)みに手配済みの人員とは、飛行機部の金子や武東、村上、そして茜達の友人である九堂の事だった。

「了解、AHI01。それでは、HDG01 はテスト・ベースへ帰投します。HDG02、HDG03 付いて来てね。」

「HDG02、了解。」

「HDG03 も、了解。」

 三機の HDG は茜の AMF を先頭にしたV字形の編隊を組んで東向きの針路を取り、指示された高度へと上がって行くのだ。その途中で、茜は護衛の F-9 戦闘機に呼び掛けるのだった。

「HDG01 より、コマツ01、02。護衛のお役目、ありがとうございました。わたし達はこれで、失礼します。」

「此方(こちら)、コマツ01。大して役に立たなくて、申し訳無かったね。其方(そちら)の、帰路の安全を。」

「ありがとう、コマツ01。貴方(あなた)方は、まだ暫(しばら)く居残りですか?」

「ああ、帰投の命令が出るまでは、現空域で待機だ。多分、暫(しばら)く哨戒を続ける事になると思う。」

 何せ今回は、三十分足らずで迎撃戦が終了してしまったので、防衛軍はレーダーに敵機は捕捉されていなくても、念の為に警戒を続けているのだ。今迄(いままで)なら、相当数の撃ち漏らしたエイリアン・ドローンが防空識別圏や領空を出たり入ったりを繰り返し、第三波、第四派と迎撃戦が続いていたのだ。それが、今回は第一波に対する第一撃で、目標の凡(およ)そ半数を撃墜してしまったのである。そして残存機に対しても、異例のハイペースで対処が進んで、現在の状況に至るのだ。それは、防衛軍側として、そしてエイリアン側に取っても、経験の無い展開だったのである。

「それでは、お気を付けて、コマツ01、02。」

 護衛の F-9 戦闘機に挨拶をすると、続いて茜は緒美に問い掛ける。

「HDG01 より、AHI01。以上で、防衛軍に対する通信を終了しますが?」

「了解、HDG01。防衛軍側に断ってから、通信の設定は此方(こちら)で変更します。それ迄(まで)は、余計なお喋(しゃべ)りはしないでね。」

 それから暫(しばら)くの後、緒美が統合作戦指揮管制に断りを入れて、データ・リンク通話の相手先アドレス・コード、そのリストから防衛軍関係の指定が解除され、天野重工と天神ヶ﨑高校間での通話が、防衛軍側に聞かれる事が無くなったのである。
 こうして実際の迎撃作戦に於ける、HDG-C01 の ECM 戦能力評価実験は、無事にその予定を消化したのだ。


 翌日、2072年10月23日、日曜日。
 休日であると言うのに、午前十時を過ぎた頃には、兵器開発部のメンバー達は当然の様に第三格納庫へと集合していた。

「もう、立派に仕事中毒(ワーカホリック)ですよね、皆(みんな)。」

 立花先生に向かって、そう言って笑ったのは畑中である。
 畑中達、試作部の人員四名と開発部の日比野は、前日の作戦参加の後、岩国基地から天神ヶ﨑高校へと社有機で移動して、学校敷地内の寮に一泊していたのだ。そして日曜日の朝から、HDG 三機の点検と併行(へいこう)して稼働データの吸い出しを行っているのである。
 午前中に其(そ)れらの作業を終え、午後からは社有機にて帰途に就く訳(わけ)なのだが、出張先で休日勤務をし、午後に移動の予定が有るとは言え早朝から作業をしている、そんな(貴方(あなた)達に言われる筋合いは無い)と、先程の台詞(せりふ)を吐(は)いた畑中に対して立花先生は思ってしまうのだ。
 勿論、そんな感想は口には出さず、その場は笑って流した立花先生は大人なのである。

 兵器開発部のメンバー達は、と言うと。緒美と樹里は、昨日の実験に関しての報告書製作を前日に引き続いて行い、維月とクラウディアはソフトの改良と、実験で記録したエイリアン・ドローンの通信電波分析を行うのだった。基本的には Sapphire が自動的に学習の度合いを深めていく仕組みが有るのだが、人がその条件を整える事で学習効率の改善が見込めるのである。
 そして、その他のメンバーは畑中や日比野の、作業補助を行うのだった。

 午前中の作業が終わり、各員が昼食を終え、そして本社からの出張組の出発と其(そ)の見送りが終わると、午後からの活動が始まるのだ。
 畑中は『仕事中毒(ワーカホリック)』が云云(うんぬん)と云っていたが、この日は日曜日だと言うのに活動しているのは兵器開発部に限った話ではなく、学校全体で生徒達が忙しそうに作業をしていたのである。
 実は天神ヶ﨑高校では『秋天(しゅうてん)際』、一般的に謂(い)う所の文化祭であるが、その開催が十日後に迫っていたのだ。その準備に、生徒達の多くは大忙しだったのである。
 天神ヶ﨑高校の『秋天(しゅうてん)際』では、学年やクラス単位での『出し物』は一切無く、展示や発表、出店(でみせ)等は各種部活か、或いは有志グループ達に依って催(もよお)されるのである。
 普段は一般の生徒達が寄り付かない滑走路側には、毎年、飛行機部が保有する滑空機(グライダー)や軽飛行機、理事長が使用している社有機等が地上展示され、場合に依っては開発試験用に天野重工が保有している F-9 戦闘機が試作工場から飛来して地上展示されたりで、『秋天(しゅうてん)際』期間中は第一格納庫界隈(かいわい)と滑走路周辺も一般生徒や地元の来客とで賑(にぎ)わいを見せるのだった。飛行機部が実施する、滑空機(グライダー)や軽飛行機での展示飛行(デモフライト)は毎年、注目を集めるのだが、特にレプリカ零式戦の展示飛行(デモフライト)は人気(にんき)が高く、天神ヶ﨑高校『秋天(しゅうてん)際』の『呼び物』の一つとなっていた。
 一方で、兵器開発部であるが。流石に、現在の活動内容、乃(すなわ)ち HDG の開発に関しては、高度な企業秘密や、防衛軍からも機密指定される様な内容も含まれている為、当然、一般への公開は不可能なのだった。そんな訳(わけ)で、『秋天(しゅうてん)際』には兵器開発部として展示や発表で参加出来る事物は無いのである。
 十年以上昔の兵器開発部の記録には、資料室に残されている諸諸(もろもろ)の物品を収集した先輩達に依る、その当時の軍事技術の動向(トレンド)や話題(トピック)を解説する展示とか、『俺の考えた最強の○○』みたいな『ミリヲタ』特有の痛々しさを『敢えて取り込んだノリ』を発揮した発表だとか、日頃の研究成果を公開する真面目な活動も、書き記されてはいたのだ。
 それらの記録を発掘した立花先生の提案で、二年前の事であるが、緒美が一年生の折(おり)に、仮に『エイリアン・ドローンに関する考察』と題した、緒美の個人的な研究成果を『秋天(しゅうてん)際』で展示発表する事が、兵器開発部の発表として企画がされたのだったが、その案は学校と本社側からストップが掛かったと言う経緯(いきさつ)があるのだ。その理由は、展示の内容が『エイリアン・ドローンの脅威と、防衛軍の迎撃任務に対する、一般市民の恐怖心や不安感を助長する恐れが有る』と、判断されたからなのである。
 この点に関しては、マスコミによる一般向けの報道に於いても、民衆が恐慌(パニック)に陥(おちい)るのを避ける目的で、エイリアン・ドローンに関する報道は過度に恐怖心や不安感を煽る演出は避けて、抑制的な報道に努めるようにと、当局からの指導や通達が出されているだ。勿論、報道の自由と称して、そう言った指導に従わない一部週刊誌や、ネットのニュース等も一定数が存在はしているのだが、それらの記事や言説は一般には『与太話』として受け止められており、大きな社会不安の種に、少なくとも日本国内ではなってはいなかった。
 ともあれ、兵器開発部は『秋天(しゅうてん)際』には、基本、不参加なのだが、HDG の開発作業の方が『秋天(しゅうてん)際』とは無関係に予定が詰まっており、兵器開発部が忙しい事に変わりはないのである。寧(むし)ろ、『秋天(しゅうてん)際』の開催一週間程度前から当日まで、第三格納庫の外へ HDG を出せなくなる事に、緒美達は頭を悩ませる事になっているのだ。
 それは、『秋天(しゅうてん)際』準備の関係で、普段は近寄らない一般生徒の目が、滑走路周辺で増えるからである。
 実際、この日曜日からは用心の為に『秋天(しゅうてん)際』が終了する迄(まで)の間、HDG 各機は第三格納庫から引き出さない事になっているのだ。
 その間は、茜達は格納庫内部で HDG の空戦シミュレーションを実施して、Ruby と Sapphire の各種空中機動や格闘戦機動に就いての学習を進める予定なのだった。
 そこで、昼休み明けの部室にて、茜は樹里に提案するのである。

「樹里さん、クラウディア、借りて行っていいですか?

「唐突(とうとつ)ね、天野さん。用件に依るけど?」

 樹里は微笑んで、言葉を返して来る。茜は直ぐに、理由を説明するのだ。

「はい、Sapphire の空戦シミュレーションに付き合って貰おうと思いまして。」

 その茜の説明に、キーボードを叩いていた手を止めて、クラウディア本人が反論する。

「Sapphire のシミュレーションに、わたしは要らないんじゃなかったの?」

 それに対しては、ブリジットが言うのだ。

「Sapphire が単独で学習出来る段階(レベル)は、もう終わったの。このあとは、ドライバーとの連携とか、必要になるんだから。」

「どちらかと言うと、ドライバーの方が Sapphire との連携を取らないとね。」

 その茜の補足に、更にブリジットが付け加えるのである。

「貴方(あなた)が Sapphire の動きを把握してないから、この間みたいな悲鳴を上げる事になるのよ。正直(しょうじき)、再々、あんなのを通信で聞かされるのは、堪(たま)ったもんじゃないわ。」

 そう言われるとクラウディアは、一気に顔を紅潮させ、返す言葉を詰まらせるのだ。昨日の、その状況を思い出し、クラウディアは自身が悲鳴を上げた事が、急に恥ずかしくなったのである。
 そこで、明らかに表情が変わったクラウディアをフォローする積もりで、恵が声を掛けるのだ。

「カルテッリエリさんは、ジェットコースターとか、ライド系は苦手だったかしら?」

 クラウディアは複雑な表情で、その問いに答える。

「苦手って言うか…その、余り、そう言うのに乗った経験が無いもので、森村先輩。」

 遠回しに説明するクラウディアだったが、間髪を入れず維月が言うのである。

「アレでしょ、激しいのには身長制限が有るから。でしょ?」

「その通りだけど、ズバリ言われると、何だか癪(しゃく)だわ、イツキ。」

 苦笑いで、維月に言葉を返すクラウディアである。一方で、恵が声を上げるのだ。

「あー、ごめんなさい、カルテッリエリさん。詰まらない事を聞いちゃったわね。」

 その恵には、からかう様に直美が声を掛ける。

「森村にしては珍しく、配慮(デリカシー)に欠ける発言だったかもね。」

「正直(しょうじき)言って、『その事』は全く気に留めてなかったから。」

 恵の言う『その事』とは、勿論、クラウディアの身長の事である。クラウディアは、少し慌てて恵に告げるのだ。

「いいです、いいです。森村先輩に悪意が無いのは、解ってますから。気にしないでください。」

 そこで、茜が善かれと思って、余計な事を言ってしまうのである。

「大体、ライド系なら、わたしも苦手だけど。それは全然関係無いから、要は慣れの問題よ、クラウディア。」

「もう、ライドの話はいいから、アカネ。」

 被せる様な勢いで、クラウディアは茜に言い返すのだった。
 それに続いて、緒美が意見の収拾を始めるである。

「取り敢えず、構えてない所で急激な機動が加わるのは、怪我の元だから、今日から暫(しばら)く、一、二時間はカルテッリエリさんもシミュレーションに参加しなさい。」

「怪我?ですか。」

 不審気(げ)にクラウディアが聞き返すと、続いて緒美が説明する。

「身体はインナー・スーツを介して固定されているから、まあ大丈夫だと思うけど。一番危険なのは、首、よね。不意に前後左右へGで頭を揺さ振られると、鞭打(むちうち)になる危険が有るわ。 当面は実機での飛行(フライト)が出来ないから、ちょうどいいでしょう。 シミュレーションに慣れて来たら、実機で実際にGを掛けて、経験を積む事にしましょう。 それで、いいかしら?城ノ内さん。」

 緒美に問われ、樹里は頷(うなず)いて言葉を返す。

「そう言う事でしたら。」

 すると、クラウディアが不満気(げ)に「え~。」と声を上げるので、笑って維月が言うのだ。

「あはは、いいんじゃない? 大体、貴方(あなた)、運動不足なんだから。少しは身体を動かした方が、成長するにもプラスってものよ。」

「運動不足って言ったら、貴方(あなた)も同じじゃない、イツキ。」

 そうクラウディアに言い返されると、ニヤリと笑って維月は言うのである。

「だってわたしは、これ以上、成長したくないもの~。」

 その維月の言動に、周囲に居た兵器開発部のメンバー達はクスクスと笑うのだった。

「部長の許可も出た事だし、インナー・スーツに着替えましょう、クラウディア。はい、立って~。」

 茜はクラウディアの背後から両側の脇の下へ腕を差し込むと、ぐいと引っ張り上げるのだ。

「分かったわよ、もう。」

 クラウディアは抵抗する事無く立ち上がると、それから茜に手を引かれて部室奥の、二階通路へと出るドアに向かうのだった。

「それじゃ、わたし達は HDG の立ち上げ準備、しておきましょうか。」

 成り行きを傍観(ぼうかん)していた瑠菜が、そう言って立ち上がると、「は~い。」と応えて佳奈も席を立つのだ。
 そうして此(こ)の日も、何時(いつ)もの様な、兵器開発部の午後の活動が始まったのである。

 

- 第16話・了 -

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第16話.12)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-12 ****


Ruby、右側の CPBL を出して。」

「ハイ。右腕側に、CPBL を渡します。」

 茜の指示で、HDG 後方の AMF 機体内から CPBL:荷電粒子ビーム・ランチャーが、茜の脇腹と右腕の間を擦り抜けて前方へと押し出されて来る。茜は HDG のマニピュレータを展開して、荷電粒子ビーム・ランチャーのグリップを掴(つか)むのだ。するとランチャーを解放した武装供給用のアームは、するりと AMF 機体内へと戻って行く。

Ruby、機首ブロック解放。」

 AMF の機首部が開き終わるのを待つ事無く、茜はブリジットに呼び掛ける。

「HDG02、右側の二機をお願い。」

 そして茜はブリジットの返事を待たずに、AMF を横転(ロール)させて機体を裏返しにすると、機首側を下へと向け、一気に高度を下げるのだ。

「了解、アカ…HDG01。続きます。」

 ブリジットは『茜』と言い掛けて『HDG01』と呼び直し、AMF を追う様に急降下へと移行する。そして射撃モードの武装を構えると、緩(ゆる)い旋回を続け乍(なが)ら、目標を正面へと自身を射撃位置へ向かわせるのだ。
 茜の AMF とブリジットの HDG-B01 は、クラウディアの C01 を挟(はさ)んで、それぞれが C01 とは凡(およ)そ二百メートルの距離を取っていた。降下しつつ、茜とブリジットは互いの間隔を二百メートル程へと寄せ乍(なが)ら、眼下に迫る目標へ照準を合わせる。
 真っ直ぐ上昇して来るかと思われたエイリアン・ドローン編隊だったが、急降下を続ける茜の視界下方へ向かって、徐徐(じょじょ)に移動して行くのだ。

「HDG02、目標は矢っ張り、Sapphire を狙ってる。」

 そうブリジットに注意を促(うなが)すと、茜は機体を更に 180°横転(ロール)させて、エイリアン・ドローン編隊を視界に捕らえ直すのだ。目標が射程距離の範囲を通過する迄(まで)、あと数秒である。
 位置関係としては、70°程の角度で上昇して行くエイリアン・ドローン編隊の後方上空から、茜達が射撃する形だ。

「HDG01、目標をロック。射撃のタイミングを指示して。」

 そのブリジットの要請に、茜はカウントダウンを始める。

「オーケー、HDG02。3…2…1…0、発射!」

 茜とブリジットは、照準を合わせた目標へ、荷電粒子ビームを連射したのだ。
 茜は AMF の左インテーク側面に固定された荷電粒子ビーム砲と、右腕に保持しているランチャーのそれぞれで、同時に二機の目標を射撃したのである。AMF の固定荷電粒子ビーム砲は機体の向きを目標に合わせる必要が有るが、右腕のランチャーの射線は AMF の機軸とは関係無く照準が付けられるのである。
 茜とブリジットは、それぞれが一門毎(ごと)に二連射を行い、その結果、一気に三機を撃墜したのだ。

「ああ~、ダメ、逃げられる!」

 通信から、ブリジットの悔(くや)しそうな声が聞こえて来る。
 ブリジットの武装は一門だけなので、AMF の様に複数機を同時に攻撃出来ないのだから、一機を逃してしまったのは、それは無理からぬ事なのだ。
 攻撃を免(まぬが)れたエイリアン・ドローン残存機は、直ぐに回避機動を開始し、それに対しては茜もブリジットも直ぐに対処が出来ない。急降下で行き足の付いた双方の機体は急激に向きを変えられず、機体の降下も直ぐには止められないのだ。茜もブリジットも、飛行軌道を降下から上昇へと引き起こして追撃を試みるが、その時点で、逃走するエイリアン・ドローンとの距離は開いていく一方なのである。
 逃走する敵機が、そのまま彼女達から離れて行って呉れるのなら、護衛の F-9 戦闘機のミサイルで処理されるのを待てばいいのだが、そのエイリアン・ドローン残存一機が目指しているのは、明らかに退避中であるクラウディアの HDG-C01 だったのだ。
 エイリアン・ドローンと HDG-C01 の飛行ユニットとでは、維持が可能な最高飛行速度に大差は無い。しかし茜達が飛行軌道を引き起こしている間に、エイリアン・ドローンは C01 よりも千メートル程は上空へ到達しており、その高度差を利用すれば、エイリアン・ドローンは C01 よりも大きな速度を得られるのだ。
 エイリアン・ドローンの上昇能力は地球側の航空機と比較するならば、それは異次元の性能である。そのエイリアン・ドローンの飛行原理、特に浮揚方法に就いては未(いま)だに、どう言った原理なのかは不明なのだが、それは『重力制御の様な』未知の技術であろうと推測されているのだ。だからと言って所謂(いわゆる)『UFO』の様な非常識な機動や、瞬間移動だとかが可能な訳(わけ)ではない。浮揚に関して重力の影響を免(まぬが)れているとされるエイリアン・ドローンと言えども、大気の抵抗や、慣性の影響は受けているのだ。だからエイリアン・ドローンは水平飛行で音速を突破する能力は保有していないし、旋回する際も普通に円運動になるのである。

「Sapphire! エイリアン・ドローンが、貴方(あなた)の後方上空に占位。何(なん)とか、一撃目を凌(しの)いで。直ぐにそっちへ行くから。」

 茜が声を上げると、Sapphire が応えるのだ。

「この儘(まま)だと、AHI01 の方へエイリアン・ドローンを連れて行く事になりますが、いいのですか? HDG01。」

「だけど、旋回すると速度が落ちるわよ、Sapphire。追い付かれるわ。」

 茜が答えると、更に Sapphire が言うのだ。

「此方(こちら)側で対処するのなら、AHI01 からは少しでも遠い位置の方が、いいのではないかと分析しますが? この儘(まま)で直線飛行を継続しても、最終的には追い付かれます。」

「それはそうだけど、対処出来る?Sapphire。」

「迎撃の指示を頂ければ。その為のシミュレーションも重ねました。」

 そんな茜と Sapphire との遣り取りに、クラウディアが声を上げるのだ。

「ちょっと、わたしを無視して話を進めないで、Sapphire。ドライバーはわたしよ。」

「では、この儘(まま)、退避を継続するか、それとも追撃して来る敵機を迎撃するか、どちらか選択を、お願いします。」

 そう Sapphire が判断を迫るので、クラウディアは緒美にその許可を求めるのである。

「HDG03 より AHI01、こっちで判断していいんですか?」

 それには直ぐに、緒美が言葉を返すのだ。

「いい訳(わけ)ないでしょ。HDG01 が追い付く迄(まで)、全速で直線飛行を続けなさい。こっちはこっちで退避してるから、此方(こちら)の心配はしなくていいわ。」

 緒美の返信の直後、Sapphire が宣言するのである。

「残念ですが、時間的猶予が無くなりました。敵追撃機が、降下接近して来ます。当機はドライバー保護の目的で、自己防衛行動を開始します。」

 Sapphire の宣告を聞いて、緒美は茜に問い掛ける。

「HDG01、間に合わない!?」

「あと、四十秒!」

 超音速巡航が可能な AMF であっても、上昇し乍(なが)らでは全力運転でも追い付くのには時間が必要だった。今以上に速度を上げるには機首ブロックの閉鎖が必要だったが、今は、その時間さえも惜しいのだ。
 実際問題として、AMF の機首ブロックを気流に逆らって閉鎖する為には、飛行速度を時速 300 キロメートル以下に落とす必要が有ったのだ。今は、減速している時間的な余裕は無かった。

「HDG02!」

 緒美はブリジットにも呼び掛けるのだが、返って来たブリジットの答えは絶望的だった。

「無理です!」

 HDG-B01 と C01、エイリアン・ドローン、加えて言うなら AHI01 である天野重工の社有機、これらの最高飛行速度は、ほぼ同じなのである。元々、五十キロメートルの距離が有った AHI01 は全力で退避すれば、エイリアン・ドローンに追い付かれる心配は無い。しかし、高度差は有る物の、ほぼ同じ位置へと迫られた HDG-C01 は、例え全力で逃げてもエイリアン・ドローンを振り切る事は出来ない。そして、全力で逃げる C01 とエイリアン・ドローンに、B01 が追い付くのは、それが全力で追い掛けても、能力的に不可能なのである。
 現状で追い付く可能性を有しているのは、茜の AMF のみ、なのだ。勿論、C01 の速度や飛行方向が変われば、話は違う。
 一方でエイリアン・ドローンは、自力での推進力に、高度差を利用した重力に因る加速を上乗せし、HDG-C01 の後方上空から体当たりでも狙っているかの様な勢いで接近していた。
 Sapphire は、クラウディアに向かって注意を促(うなが)すのだ。

「現在の勢いで敵機と接触、衝突すると、機体の安全を確保出来ません。回避機動後に攻撃を受ける様であれば、即座に迎撃行動に移行します。機動時の加速度は最大でプラス・マイナス 3G の範囲内に抑えますが、ドライバーはしっかりと掴(つか)まっていてください。」

「え? Sapphire?」

 クラウディアが同意するか否(いな)かには関係無く、HDG-C01 は右へ機体を傾けると機首を引き上げる様にして右旋回をし乍(なが)ら、機体全体で空気抵抗を利用した急減速を実行する。

「!Aaaaaaaaaaaaa!」

 通信から、クラウディアの悲鳴が聞こえて来るが、Sapphire は流石に躊躇(ちゅうちょ)しない。
 右旋回で急減速した HDG-C01 をエイリアン・ドローンはオーバーシュートするが、通過したエイリアン・ドローンは即座に『格闘戦形態』へと移行し、その変形時の空気抵抗で、此方(こちら)も一気に減速するのだ。そして更に、その余剰な運動量をもう一度、高度に変換して向きを変えると、HDG-C01 へと向かって来るのである。
 Sapphire は推力偏向(ベクタード・スラスト)ノズルを巧みに操って機体の姿勢を制御し、斬撃を挑(いど)んで来るエイリアン・ドローンに対して、C01 の両腕に装備されているビーム・エッジ・ブレードを展開するのだ。この時点で HDG-C01 は時速 200 キロメートル程で空中に在ったが、その飛行ユニットの主翼は完全に失速状態である。C01 の機体は緩(ゆる)やかに落下しつつ、エンジンの推力で姿勢を保っているのだ。
 最接近したエイリアン・ドローンは C01 の正面左上から、鎌状の右ブレードを振り下ろす。しかし、その攻撃は C01 のディフェンス・フィールドに因って弾かれるのだ。

「右ブレード、オーバー・ドライブ。」

 攻撃を受けるのとほぼ同時に宣言された Sapphire の指定で、右腕ビーム・エッジ・ブレードが形成する荷電粒子の刃(やいば)は、その長さを三倍程に引き延ばされると、左側へ構えた右腕を斜め上へと振り抜く。
 クラウディアの眼前に在ったエイリアン・ドローンの胸部が C01 の一撃で上下に分割されると、二つに分かれたそれは、唯(ただ)、落下して行くのだった。

「対処を終了。通常の飛行へ移行します。」

 そう、Sapphire が無感情に告げると、クラウディアは先刻の悲鳴のあと忘れていた呼吸を再開して、大きく息を吸い込み、そして息を吐(は)いた。

「HDG03、大丈夫?」

 漸(ようや)く追い付いた茜が、C01 の左側三十メートル程の位置に AMF を並べ、呼び掛けて来る。

「Sapphire、良くやったわ。Good job よ。」

 ブリジットの B01 は C01 の右手側二十メートル程の位置に付き、声を掛けて来る。C01 が針路を変え、尚且(なおか)つ減速した事で、B01 も追い付く事が出来たのである。
 そして、Sapphire がブリジットに応える。

「ありがとう、HDG02。シミュレーションの通りです。」

 すると、クラウディアが声を上げるのだ。

「貴方(あなた)達? Sapphire に変な事、教えたの。」

 透(す)かさず、ブリジットが言葉を返す。

「『変な事』って何よ。仕様通りの事だし、その御陰で助かったんじゃない。」

 この時点でクラウディアは、茜とブリジットが空戦シミュレーションで Sapphire に空中戦の学習をさせていた、その内容を全く把握していなかったのである。
 ブリジットに続いて、茜が言うのだ。

「取り敢えず、Sapphire を褒めてあげて、HDG03。ドライバー保護の為に、頑張ったんだから。ねえ、Ruby。」

「ハイ。流石は、わたしの妹です。的確な判断と、行動でした。」

 そこに、護衛の F-9 戦闘機からの通信である。

「此方(こちら)、コマツ01 だ。 HDG01、撃ち漏らしは、どこだ?」

 茜はくすりと笑い、応える。

「HDG01 です。全機、此方(こちら)で処理してしまいました。申し訳ありません。」

「いや、此方(こちら)としてはミサイル代が浮いたから文句は無いが、其方(そちら)は無事か?」

「はい。HDG02、HDG03 共に被害はありません。HDG03 のドライバーが、精神的(メンタル)に少々のダメージを受けた様子ですが…。」

 そこにクラウディアが、割って入るのだ。

「HDG03 ですけど、大丈夫ですし、問題ありません。御心配無く。」

「あはは。HDG03 も、元気そうな声だ。コマツ01、了解。」

 続いて、緒美の指示が入る。

「AHI01 より、HDG 各機。目標が存在しなくなったので、当方の実験は現時刻で終了します。思いの外(ほか)早く終了したので、燃料は十分(じゅうぶん)残ってると思うけど、テスト・ベースへ直帰は可能かしら。各機、報告して。」

 緒美の言う『テスト・ベース』とは、天神ヶ﨑高校の事である。この、現場から学校へ直接帰投する事は、予(あらかじ)め想定されていた、言わば『プランB』なのだ。

「AHI01 へ、HDG01 は直帰は可能です。」

 茜に続いて、ブリジットが報告する。

「AHI01。 HDG02 も大丈夫です。」

 そして、クラウディアである。

「HDG03 も直帰は可能です、AHI01。」

「了解。 AHI01 より、統合作戦指揮管制。そう言う訳(わけ)ですので、我々は現場から退去しますが?」

 緒美の連絡に対し、防衛軍側は直ぐに返事を寄越(よこ)すのだ。

 

- to be continued …-

 

※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。
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STORY of HDG(第16話.11)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-11 ****


「HDG03、カウントダウン、5…4…3…。」

 緒美は、電子攻撃開始へ向けて秒読みを開始する。

「…2…1…電波妨害、開始。」

「HDG03、電波妨害を開始します。」

 クラウディアの宣言を受け、Sapphire が妨害電波の送信を開始する。HDG-C01 の外見的には頭部、複合センサー・ユニット後部の、一対の巨大な複合アンテナが微少に動作をしている程度しか、動きが見られないのだが、しかしそれは確実に機能しているのだった。
 電波妨害を受けているエイリアン・ドローンの側には、特に変わった動きは見られなかった。だが、実は、その事こそが異常だったのだ。飛来するミサイルに対するエイリアン・ドローン達の回避行動は、その開始が明らかにタイミングを逸しており、日本領空へと接近していたエイリアン・ドローン五十四機の内、実に二十九機がイージス艦の放ったミサイルによって撃墜されたのである。
 これは、57%の命中率を記録した事になり、この数字は従来の倍を超える値だったのだ。
 その事実を受けて、防衛軍の統合作戦指揮管制からの通信が入る。

「統合作戦指揮管制より、HDG03 及び、AHI01 へ。二十九機の標的撃墜を確認した。電波妨害攻撃の効果を引き続き確認したいが、攻撃の継続は可能か?」

 その問い掛けに、緒美がクラウディアに確認するのだ。

「AHI01 より HDG03。状況の報告を。」

「此方(こちら)、HDG03。機能に不調は無し、継続は可能です。目標は先程、使用周波数を変更した模様で、現在、再走査(スキャン)して…はい、傍受(キャッチ)しました。電波妨害を継続します。」

「此方(こちら)、統合作戦指揮管制、了解した。 統合作戦指揮管制より、攻撃位置に有る F-9 各機へ。個別に目標を選択し、対空誘導弾攻撃を開始せよ。」

 指揮管制からの通信を聞き乍(なが)ら、緒美は樹里が操作するモニターを覗(のぞ)き込むのだ。すると、普段であればミサイル攻撃を回避したエイリアン・ドローンは、それ程の間を置かずに編隊を再編するのだが、今回は右往左往している機体が多い様に見られたのである。
 緒美はヘッドセットのマイク部を押さえて、呟(つぶや)く様に言うのだ。

「確かに、効果は有ったみたいね。」

 その言葉に、モニターを操作している樹里と、緒美と同様にモニターを覗(のぞ)き込んでいた立花先生とが、無言で頷(うなず)いて見せるのだった。
 そして立花先生が不審気(げ)に、言うのである。

「さっき、管制は二十九機撃墜って云ってたわよね?確認されたのは。」

「それが、何か?」

 緒美が問い返すと、立花先生はモニター上の敵機シンボルを指差して数え、疑義を呈するのだ。

「…19、20、21、数が合わないのよ、五十四機居て、二十九機撃墜したのなら、残りは二十五機の筈(はず)でしょ? でも、戦術情報画面には二十一機しか表示されてないの。あと四機、どこへ行ったのかしら?」

 それを聞いて、緒美は直ぐに統合作戦指揮管制へ問い合わせるのだ。

「AHI01 より、統合作戦指揮管制へ。敵機の残存数が四機、数が合っていませんが、何か情報は有りますか?」

「此方(こちら)、統合作戦指揮管制。四機、数が合っていない事は承知している。探知を喪失(ロスト)した目標の行方(ゆくえ)は、目下(もっか)、捜索中。」

「AHI01 了解。HDG03、戦術情報に上がっていない目標を、其方(そちら)で検知してない?」

 緒美の問い掛けに、クラウディアは即答するのだ。

「HDG03 です。今の所、検知は無いです。多分、電波的に沈黙してるのだと。」

「そうね。撃墜された他の機体と一緒に、海面近く迄(まで)、降下したんでしょう。上空に居るのとは、違う周波数を使ってるのかも。」

「だとしても、電波を出せば、こっちの走査(スキャン)に引っ掛かる筈(はず)です。まあ、或る程度、長い時間、発信して呉れないと、引っ掛からないかもですが。取り敢えず、走査(スキャン)に使うチャンネルを二つ追加して、引っ掛ける確率を上げてみます。」

「それで、今やってる電波妨害の処理に、支障は出ない?」

「この位の標的数なら、問題ありません。先程の攻撃で、目標の数も減りましたし。リソースには、十分(じゅうぶん)な余裕が有りますから、大丈夫です。」

「了解、HDG03。念の為、携行している自衛用のジャム・ポッド、起動しておいて。」

「HDG03、了解しました。」

 緒美とクラウディアとの遣り取りの中で言及されていた『自衛用ジャム・ポッド』とは、HDG-C01 の飛行ユニット、その主翼に懸下(けんか)されている、電波妨害(ジャミング)用器機が収められた円筒状の装備である。一見して増槽(落下式の燃料タンク)や爆弾、或いは大型のミサイル等と誤認されそうであるが、そうではない。
 この『ジャム・ポッド』は、HDG-C01 が行っている電波妨害攻撃と同種の機能を持っており、乃(すなわ)ち、周辺の電波を走査(スキャン)してエイリアン・ドローンの通信周波数を割り出し、その周波数帯に対して可変ノイズを送信する事で、エイリアン・ドローンの通信を妨害するのだ。
 HDG-C01 の当該機能との相違点は、完全自動化されている為にオペレーターの操作に因る運用の柔軟性が無い事と、送信電波に指向性が無い事である。HDG-C01 が装備する複合アンテナには指向性が有り、この為、特定の位置に向かって強い電波を遠くに迄(まで)、照射する事が出来るのだ。だが、この特性は目標が近距離に存在する際には不利に働き、目標の移動に合わせて照射を続けるのが、目標の移動速度や位置に依っては困難になるか、或いは照射自体が不可能になるのだ。同じ速度で移動する目標であっても、アンテナとの距離が近い目標は、目標に合わせてアンテナを速く大きく動かす必要が有るからだ。指向性アンテナで動体を追跡するならば、アンテナ自体か、或いは電波ビーム向きを目標に合わせて、動かさなければならないのである。アンテナを機械的に動作させるにせよ、電波のビームを電子的に振り向けるにせよ、その動作には速度や角度に、自(おの)ずと限界が有るのだ。
 その点で『ジャム・ポッド』に内蔵された無指向性のアンテナは、全方位に向かって妨害電波を放射するので、目標の位置を特定する必要が無く、又、目標が占位する位置とは無関係に電波妨害が可能なのである。但し、電波の照射方向を絞れない事は、遠距離に存在する目標に対する電波妨害には不向きで、『ジャム・ポッド』が置かれた比較的狭い空間内でしか効果が期待出来ないのだ。それが『自衛用』と但書(ただしがき)が付けられている所以(ゆえん)である。
 この『自衛用ジャム・ポッド』は、HDG-C01 に搭載される可(べ)く開発されていた機能を、天野重工側で応用して仕立てた装備で、元来は緒美の発案に依る物ではない。エイリアン・ドローンに対する通信妨害が実際に効果が得られるのが確認された折(おり)に、F-9 戦闘機用の装備として航空防衛軍に売り込む事を目的に、HDG-C01 と並行して設計、試作されていた代物(しろもの)なのだ。その装備が今回の実験に持ち込まれたのは、チャンスが有ればその能力を検証しようと言う飯田部長の腹積もりからなのである。
 それが HDG-C01 程、遠距離の目標に対して効果を得られないとは言え、相当数の F-9 戦闘機に当該ポッドを装備させ、適切な間隔で飛行させれば、それに因って相応のジャミング空間を構成する事は可能であり、その場合には、それなりの効果が期待出来るのだ。そして、その天野重工からの提案には、防衛軍側も乗り気なのである。それは勿論、電波妨害による効果が十分(じゅうぶん)に証明される、それが前提なのではあるのだが。
 ともあれ、HDG 開発から得られた技術が何らかの製品になって、それが売上となるのであれば、HDG 開発の為に持ち出した資金の一部でもが回収されると言う事であり、それは天野重工の経営側として当然の企業努力な訳(わけ)である。因(ちな)みに、この案件は立花先生が現在も籍を置く企画部三課の真っ当な業務の結果であるが、立花先生自身は直接には関わってはいない。
 一方で、そう言った本社側の都合を承知した上で緒美は、HDG-C01 の近距離での電波妨害能力の不備を補う意味での『自衛用ジャム・ポッド』の携行を、今回の実験に組み込んだのだった。HDG-C01 の近接防御に就いては A01 と B01 に担当させるのが当初からの案だったので、C01 の電波妨害能力は遠距離を中心に考案されていたのだ。電子戦機である C01 をエイリアン・ドローンが狙って来るとしても、普通に考えれば接近して来る迄(まで)に対処してしまえばいいのだから、電子戦機自身が近接空間での防御を考える必要性は無さそうなのだが、現実にはレーダーによる探知を逃れて敵機が接近して来る状況は幾らでも考えられるのだ。その想定外の脅威に対して備えておく事は、実験に参加する茜達、ドライバーが負うリスクを下げるのに役立つ方策であると、緒美は考えたのだ。
 実際に現在、四機のエイリアン・ドローンの行方(ゆくえ)が不明であり、その四機がレーダーに探知され難い海面すれすれの高度で C01 へ向かって飛来している可能性は高いのである。

 イージス艦からの第一撃のあと、編隊を再編せず右往左往する様に飛行していたエイリアン・ドローンは、個別に九州やその周辺の島へと接近している機体から順に目標として選択され、在空の F-9 戦闘機からミサイル攻撃を受け、一機、又一機と、戦術情報画面から消えていった。
 この時、九州西方沖上空で迎撃の任務に就いていた F-9 戦闘機は二機編隊が四つ、つまり八機で、一機当たりが八発の中射程空対空誘導弾を搭載しているので、六十四発のミサイルが九州西方沖上空に存在していた事になる。更に、攻撃でミサイルを消費した編隊と交代する編隊が既に離陸しており、作戦空域へと向かっていたのである。
 この第二撃にて、F-9 戦闘機は合計二十五発の中射程空対空誘導弾を発射し、十四機のエイリアン・ドローンを撃墜しており、この命中率も 56%を記録したのだ。これも今迄(いままで)の、倍を超える結果なのだった。この時点で、エイリアン・ドローンの残存数は、確認出来ている物で七機であり、その上で未(いま)だ四機が行方(ゆくえ)不明なのだ。

「これは、わたし達の出番は無さそうね。」

 誰に言うでもなく、そう声を発したのはブリジットである。少し笑って、茜が言葉を返す。

「まあ、それで済めば、それはそれで、いい事じゃない? HDG02。」

「二人共、気を抜かないで。行方(ゆくえ)不明の四機が、気になるから。 警戒を続けてね、HDG01、HDG02。」

 そう呼び掛けて来たのは勿論、緒美である。
 すると、クラウディアが意外な事を言い出すのだ。

「HDG03 より、AHI01。その四機とは別だと思うんですが、西方向に時々、電波の発信源が四つ、出たり消えたりしてるんですが。」

 それには透(す)かさず、緒美が聞き返す。

「位置は特定出来る?」

「いえ、殆(ほとん)ど動いていないって言うか、接近して来ないからか、位置の特定までは。現状で、方角しか判りません。もう少し長時間、電波を出して呉れたら、何とかなったかも知れませんけど。プローブの搭載が間に合わなかったのは、痛いですね。」

 ここでクラウディアが言う『プローブ』とは、電波発信源位置特定用の拡張装備の事である。この日の実験には、その使用が、そもそも予定されてはいない。HDG-C01 の能力検証に於いて、次の段階で検証予定の機能なのだ。

「あとで分析出来るかも知れないから、取り敢えず記録だけでもしておいて、HDG03。」

「了解です、AHI01。」

 茜達、三機は対馬の南端から五島列島の北端付近の間を、片道十分程度で折返し飛行を繰り返す。とは言え、迎撃が開始されてからまだ、十五分程しか経過しておらず、待機時を含めても現在は三往復目の南向き往路の途上なのである。
 今回は今迄(いままで)に無い早いペースでエイリアン・ドローンへの対処が進行しており、これは明らかに HDG-C01 に因る電波妨害攻撃の成果なのである。同時に、エイリアン・ドローンは、その相互間の通信と、どこかに存在する上位との通信で連携を取っている事の証明でもあるのだ。この事は、緒美が予想していた通りなのだった。

 エイリアン・ドローンの残存七機も、F-9 戦闘機の各編隊から発射された第三撃、七発の中射程空対空誘導弾に因り、三機が撃墜された。そして残った四機も、引き続き実行された F-9 戦闘機からのミサイル攻撃、十発に因って全て撃墜されるに至ったのだ。
 その間、エイリアン・ドローン側は何度も通信周波数の切り替えを実行したのだが、その都度(つど)、HDG-C01 がその周波数を特定し、電波妨害を繰り返したのである。

「HDG03 より AHI01。妨害対象が消滅したので、発信が停止します。走査(スキャン)は続行中。」

 クラウディアが報告すると、ブリジットが緒美に確認するのだ。

「HDG02 です。これで終わりでしょうか? AHI01。」

 続いて、茜が声を上げる。

「行方(ゆくえ)不明の四機が、まだ見付かってないでしょ? 時間的に、沿岸部に接近しててもおかしくないけど。」

 そして、緒美が言うのだ。

「逆方向、西向きに逃走した可能性も有るけど…兎に角、もう暫(しばら)く警戒を緩めないでね。」

 そう注意を促(うなが)した直後、統合作戦指揮管制からの通報が入るのだ。

「HDG01 から HDG03、キミ達の真下に急上昇して来る敵機を捕捉。至急、退避されたし。護衛機、コマツ01、02 は対処を開始せよ。」

「え!?」

 茜が慌てて戦術情報を確認すると、確かに、自分達と同じ座標に敵機のシンボルが表示されているのだ。咄嗟(とっさ)に茜は声を上げる。

コマツ01、今からミサイルを発射されると、此方(こちら)に被害が出ます。対処は此方(こちら)で行いますので、其方(そちら)には撃ち漏らしの処分をお願いします。 いいですよね? AHI01。」

 エイリアン・ドローンは当然、退避した茜達を追跡して来る筈(はず)なので、そのエイリアン・ドローンを狙ってミサイルを発射されると、茜達の近くでミサイルが爆発する事になるのだ。十分に安全な距離が取れる保証が無く、場合に依っては飛散した破片を被(かぶ)る程度ではなく、爆発に巻き込まれる恐れも有ったのだ。
 瞬時に正確な計算は出来なかったが、エイリアン・ドローンが二千五百メートルを駆け上がって来る時間と、護衛の F-9 戦闘機が発射した中射程ミサイルが約二十五キロメートルの距離を翔破する時間、どちらが早いのかと言う事である。その瞬間、茜にはエイリアン・ドローンが彼女達と同高度に達する方が早いと感じられたのだ。だとすれば、エイリアン・ドローンを狙ったミサイルは、茜達の付近で爆発する事になるのである。
 そして緒美も、咄嗟(とっさ)に茜と同じ計算をしたのだった。

「了解、HDG01。HDG02 と共に、迎撃を。HDG03 は全速で、方位(ベクター) 90 へ退避。」

 緒美の指示を受け、直ぐに茜達は行動に移るのである。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第16話.10)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-10 ****


 その様子に、緒美が優しく声を掛ける。

「大丈夫?カルテッリエリさん。」

 クラウディアは目頭と目尻に溜まっていた涙を、人差し指で押さえる様に拭(ぬぐ)うと、敢えて笑顔で応えるのだ。

「大丈夫です。これ位の事で涙が出るなんて、どうかしてますね。」

「そうじゃなくてね…。」

 クラウディアに向かい、微笑んで樹里が言うのだ。

「…多分、貴方(あなた)の心が快復に近付いているのよ。ねえ、維月ちゃん。」

 樹里に同意を求められ、維月は直ぐに応える。

「そうかもね。それは、いい傾向だと思うよ、クラウディア。」

 続いて、緒美が提案するのだ。

「取り敢えず、さっきの話題は御仕舞(おしまい)にしましょうか。」

 すると、維月が樹里に尋(たず)ねるのだ。

「え~と、そもそも何の話だったっけ?」

「それを、貴方(あなた)が訊(き)く?」

 少し大袈裟(おおげさ)に呆(あき)れた体(てい)で樹里が言葉を返すと、クラウディアが維月に向かって問うのだ。

「それで、貴方(あなた)は結局、どうするの?イツキ。HDG の開発に関わるのは、もう止めにする?」

「手伝うわよ、今迄(いままで)通り。クラウディアを放っては、おけないからね。」

 維月はクラウディアの問い掛けに対して、食い気味に答えを返したのだった。
 それには笑顔で、クラウディアは言うのだ。

「そう。それは取り敢えず、助かるわ。」

 そしてクラウディアは、キーボードのタイピングを再開するのだ。
 丁度(ちょうど)その頃、インナー・スーツ姿の茜とブリジットが部室へと戻って来るのだが、二人は部室奥側の北側ドアから入って来ると緒美達に声を掛けつつ、その儘(まま)、向かい合ったドアから南側の二階通路へと出て行くのだ。北側の階段で上がって来ると、部室を通過しなければ南側のインナー・スーツ用の準備室として使用している部屋へ行けないのだ。
 そのあと、立花先生や恵、直美、瑠菜、佳奈、飛行機部の村上や、九堂と言った面々が部室へ次々と戻って来るのだった。
 それから三十分程が経過して、その日の部活は終了となったのである。

 その翌日からも前日と同じ様に、茜とブリジットは Sapphire を含めての空戦シミュレーションを続行し、クラウディアと維月は協力してエイリアン・ドローンの通信電波を特定する為の『マーク』解析を継続していったのだ。
 その努力の甲斐(かい)は有って、三日目である 2072年10月19日、水曜日の部活中に、エイリアン・ドローンの暗号化通信の先頭マークと思われる共通信号の波形パターンを、遂にクラウディアは見つけ出したのである。
 それはクラウディアの予想通り、共通信号のパターンは一つだけではなく、防衛軍が記録したサンプルからは六種類の共通信号のパターンが見付かったのである。勿論、それぞれのパターンが存在する理由や、使い分けの意味、そう言った具体的な事項は一切が不明なのだ。徒(ただ)それは、一つ目の共通パターンに続いて、そのあと任意の波形が現れ、そして二つ目の共通パターンが登場し、もう一度、先のとは別の任意パターンが現れる迄(まで)が一括(ひとくく)りである、と推定されたのだ。
 クラウディアによると、『共通信号A+送信側識別コード+共通信号B+宛先識別コード』と言う型式ではないかとの推測だったが、それを確認する手立ては、現時点では何も無い。それでも取り敢えず、この解析で判明した六種類の『共通信号』の内、二種類が先述のパターンで登場する通信電波は、エイリアン・ドローン達の通信を特定するのに利用出来る、と言う事なのである。
 因(ちな)みに、その分析結果から、防衛軍が記録したサンプルの内、凡(およ)そ三分の一がエイリアン・ドローンの通信ではないと分類されたのだった。それは、それらの中に共通したパターンが、含まれていなかったからである。
 ともあれ、この分析結果は天野重工本社を通じて防衛軍側にも伝えられ、それはつまり、次のエイリアン・ドローンによる襲撃が発生した際の、HDG の迎撃作戦参加に因るC号機の電子戦能力試験の実施条件が整ったと言う事なのである。

 クラウディアの解析が一定の成果を出した、その翌日。2072年10月20日、木曜日には、予(かね)てより予報されていた台風16号が、九州から四国、本州へと上陸し、日本海へと通過して行ったのである。
 幸い、その進路は天神ヶ﨑高校の所在地域には近くはなく、学校の周辺地域に大きな被害が発生する事は無かったのだが、その日、学校の授業は全て中止となり、通学して来る普通科の生徒達は自宅待機となったのである。兵器開発部のメンバー達は全員が特別課程の生徒であり、特課の生徒は学校敷地内の寮で生活しているので、彼女達は当然、学校の寮内で台風の通過を待ったのである。当然、その日は全ての部活動も中止であり、寮生達は全員が一日、寮で待機となった訳(わけ)である。
 周辺に大きな被害は無かったとは言え、それなりに勢いの強い風雨が長時間継続したので、取り分けクラウディアは、来日して初めての台風を存分に堪能(たんのう)したのだった。

 台風一過から一日を空けての、2072年10月22日、土曜日。
 その日、兵器開発部メンバー達は、午前中から山口県に所在する海上防衛軍岩国基地に居た。地球周辺軌道の観測結果から、この日にエイリアン・ドローンが降下して来る事が予測されたからである。勿論、降下して来たエイリアン・ドローンが、必ずしも日本領空へと侵入して来るとは限らないのだが、当然、防衛軍は迎撃を準備するのである。
 地球周辺軌道の監視は、国際的な協力体制の下に実施されている。月から地球への軌道であれ、地球の衛星軌道であれ、エイリアン・ドローンが取り得る軌道は或(あ)る程度の幅の中に収まるので、それを観測する事自体は不可能ではない。そして観測が出来れば、地球への降下時期や降下地点の絞り込みも可能になるのだ。
 エイリアン・ドローンの降下ルートは、以前は『北極ルート』が多用されていたのだが、それが現在は『アジアルート』、『北ヨーロッパルート』、そして『南米ルート』の三つに分散したのである。日本への影響が有るのは、当然『アジアルート』であり、今回も其(そ)のルートでの降下が予測されたので、それに備えているのである。
 その予測が防衛省で採用されたのが昨日の事で、天神ヶ﨑高校には天野重工本社から作戦への参加協力が昨日の内に通達されたのだった。
 日本の防衛線は九州北西海上に設定され、天神ヶ﨑高校兵器開発部の面々は岩国基地から発進して、前線からは離れて電子戦支援の実験を実施するのである。

 この時代、日本に駐留する在日米軍は大幅に整理されており、北海道、神奈川県、沖縄県の一道二県に在日米軍は集約されているのだった。従って、この時代の岩国基地に、米軍は駐留していない。
 天神ヶ﨑高校と天野重工には、岩国基地の一角が囲い付きで提供され、そこには基地の人員の出入りも制限される等の配慮がされていた。これは、特に天神ヶ﨑高校の生徒が作戦に参加している事を防衛軍内部、主に現場部隊に対して秘匿する為の施策で、そして同時に、民間人である生徒達に、勝手に基地内を移動させない為の対策でもあるのだ。
 岩国基地には天野重工から、畑中等と言った兵器開発部メンバーとは顔馴染みである人員が派遣され、HDG の展開運用を支援していたが、それも、兵器開発部のメンバー達が現地の基地人員と顔を合わせない様にする為の方策だったのである。基地側が天神ヶ﨑高校と天野重工に提供していたのは場所と電力と燃料だけで、それ以外の資材は全て、天野重工が持ち込んでいた物資なのだった。
 作戦の打ち合わせに関しても、HDG の護衛に飛ぶパイロット達と直接に顔を合わせる事はせず、借用した部屋と小松基地のブリーフィング・ルームとをオンラインで結んで、リモートでブリーフィングを行ったのだ。茜達の護衛を行う戦闘機二機は、石川県の小松基地から派遣されるのである。
 ブリーフィングに於(お)いては当然、茜達の姿は映されなかったのだが、流石に声の加工まではしなかったので、茜達の声を聞いた防衛軍側のパイロットは、当初、聊(いささ)か動揺していたのだった。ここで声の加工をしなかったのは、HDG と戦闘機との間で通信通話を行う際に、声の加工をしないからだ。打ち合わせの時だけ加工をしてみた所で意味が無いし、通信の音声まで加工した場合、肝心の通話内容が聞き取り難くなっては、それは又、都合が悪いのである。
 パイロット達には打ち合わせの前に、「試作機ドライバーの身元については詮索しない様に。」と厳命されていたので、それに類する質問等は一切がされなかった。彼等には茜達の身分は「若い、天野重工の社員である。」とだけ、説明がされていたのである。それは事実の一面であり、嘘ではない。

 天野重工からの人員は前日中に岩国基地に入り、天神ヶ﨑高校兵器開発部の受け入れ準備を、基地側の担当者と協議しつつ進めていたのである。
 そして当日の午前九時には、HDG 各機が岩国基地へ空路での自力展開を実施し、到着していた。
 HDG のドライバー以外の兵器開発部メンバーは、天野重工の社有機が移送を担当し、今回は兵器開発部の正式な部員ではない維月も、展開メンバーに含まれていたのである。
 所で、この日、土曜日は平日なので、学校では特課の生徒達には授業が行われていたのであるが、緒美を始めとして作戦に参加した兵器開発部のメンバー達に就いては、社用での授業不参加であると言う事で、後日に補習を受ける条件で、授業には出席扱いとされていたのである。
 岩国基地に到着した HDG 各機は、目隠しのされたエリア内で点検と燃料補給が行われ、その間、茜達ドライバー三名と、指揮役の緒美、監督者の立場である立花先生の五名は、リモートでのブリーフィングに参加したのだった。
 その後は、エイリアン・ドローンの動向を待って、防衛軍統合作戦指揮管制からの出動指示が有る迄(まで)、待機となっているのである。

 そして午前十一時の少し前、東シナ海を東進するエイリアン・ドローンの編隊が探知されると、迎撃の為に待機している全ての部隊に出動の命令が下されたのである。
 兵器開発部の HDG 三機の作戦空域は対馬から五島列島を結ぶ直線上で、この空域を往復し乍(なが)ら、防空識別圏から領空に向かって接近して来るエイリアン・ドローンの通信を探知し、電波妨害を実施するのだ。直掩機を務める小松基地の F-9 戦闘機二機とは作戦空域で合流する予定で、実際に茜達が現場に到着すると間も無く、彼等(かれら)は接近して来たのである。

コマツ01 より、HDG01。其方(そちら)を視認した。一度、上空を通過する。」

 小松基地の F-9 戦闘機からの通信、第一声である。茜は、直ぐに返事をするのだ。

「此方(こちら)、HDG01。戦術情報にて、其方(そちら)の接近を確認。護衛の任務、ご苦労様です。」

 茜達はクラウディアのC号機を中央に、右側に AMF、左側にB号機と、三機が横並びで南向きに五島列島方向へと、高度二千五百メートルを飛行していた。因みに、五十キロ程東側には随伴機である天野重工の社有機が飛行している。随伴機の機長は加納が務めており、機内には飯田部長と立花先生、緒美と樹里、そして本社開発部から日比野が参加し、搭乗していた。当然、日比野と樹里は機内で HDG 各機のデータを受信し記録しているのである。
 同時に岩国基地では、維月がデバッグ用コンソールの操作を担当して、HDG 各機の状態をモニターしつつ、受信データの記録を並行して行っているのだ。点検、整備を支援していた畑中や倉森、新田、大塚、そして兵器開発部の恵、直美、瑠菜、そして佳奈の八名には、各機を送り出してしまって以降は、もう、無事の帰りを待つ事以外に出来る事は無いのだった。
 一方で、天野重工の待機場所には三台のディスプレイが置かれ、A号機からC号機のメインセンサーが捕らえた映像と機体の状態を表す各種諸元の数値が映し出されており、その画像から異常が発生していないかを監視するのも、実は待機組の重要な仕事なのだ。監視の目は、多いに越した事は無いのである。
 因(ちな)みに今回、兵器開発部のメンバー達は学校の制服ではなく、本社から借用した天野重工の女性社員用作業服を着用している。流石に、高校の制服姿が展開先である基地内で目撃されるのは、回避する必要が有ったのだ。

 茜達の上空を通過した二機の F-9 戦闘機は、大きく旋回して茜達の前方を横切り、東方向へと移動して行く。

コマツ01 より、HDG01。それでは、打ち合わせ通りの位置へ着きます。脅威の接近が有れば、直ぐに対処しますので、安心してください。実験の成功を。」

「此方(こちら)、HDG01。ありがとう、御協力に感謝します。」

 茜が応えると、随伴機からの飯田部長の通信が聞こえるのだ。

「此方(こちら)、随伴機、AHI01 より、コマツ01 へ。天野重工を代表して、防衛軍の協力に感謝する。頼りにしてるよ、宜しく。」

「此方(こちら)、コマツ01。打ち合わせ通り、当方は HDG01 編隊と、AHI01 の中間位置にて待機する。宜しく。」

 直掩機とは言っても、速度に余裕の有るジェット戦闘機なので、護衛対象機にピッタリとくっついて飛行する必要は無い。作戦空域は空中と地上の両方から、或いは海上からもレーダーで空域全体が監視されているので、敵機の接近が有れば直ぐに捕捉が可能なのである。加えて、F-9 戦闘機はエイリアン・ドローンとは、機銃を用いた空中戦(ドッグファイト)は極力避ける方針なので、主用兵装はミサイルなのだ。だから、レーダー監視を掻(か)い潜(くぐ)って、突然、護衛対象機の近傍(きんぼう)にエイリアン・ドローンが出現した場合、その近くに F-9 戦闘機が居てもミサイルの使用出来る距離まで離れなければならず、それでは却(かえ)って対処に時間が掛かってしまうのである。無論、その儘(まま)、機銃に頼った空中戦(ドッグファイト)に突入するのは無謀でしかなく、その場合、一気に距離を詰められた F-9 戦闘機はエイリアン・ドローンの斬撃を受ける事になるのだ。そうなったら、F-9 戦闘機に反撃する術(すべ)は、何一つ無いのである。
 そう言った訳(わけ)で、茜達の前方で迎撃の為に待機している、他の F-9 戦闘機も密集した編隊で飛行している訳(わけ)ではない。数百メートルの間隔を取った二機編隊が一組となり、それぞれの編隊が数十キロメートルの間隔を空けてポツリ、ポツリと作戦空域に分散しているのだ。それら編隊の間隔など、中射程ミサイルで迎撃を実施するのであれば無きに等しいし、寧(むし)ろ密集していた場合は何か有った際に、被害が拡大する可能性が高くなるだけで、一つの利も無いのである。
 唯(ただ)、十数機が横並びになった戦闘機から一斉にミサイルが発射されると言った、映画の様に勇壮な場面が見られない事が一部関係者の間で残念がられていたのではあるが、そんな事は防衛作戦上は『どうでもいい事』なのだった。

「AHI01 より、HDG03。それじゃ、エイリアン・ドローンの通信、走査(スキャン)開始して。」

 緒美から、クラウディアへ向けての指示である。ここで、HDG01~03、AHI01、そしてコマツ01、02、合計六機の通話は全てが各機に聞こえており、加えて防衛軍統合作戦指揮管制と、岩国基地でモニターしている維月達にも聞こえていた。これらは全てが、防衛軍のデータ・リンクで接続されているのだ。
 そう言った都合で、今回の作戦行動中、兵器開発部の各自は、名前で呼び掛けないようにと、前日から何度も、緒美や立花先生から注意を受けているのである。

「HDG03、了解。走査(スキャン)、開始します。」

 クラウディアから返事が有って十数秒後、再(ふたた)び、クラウディアが声を上げる。

「HDG03 です。エイリアン・ドローンの通信を傍受(キャッチ)、現在の周波数を特定しました。ロックして、攻撃対象の追跡を開始します。」

「AHI01、了解。思ったよりも、早かったわね。戦術情報と、通信から検出した座標は合いそう?HDG03。」

「はい。大きなズレは、無さそうですね。それよりも、想像以上に相互に通信しているみたいです。もっと静かにしてるのかと、思ってましたけど。」

「そう。記録出来る物は、記録しておいてね、HDG03。」

「勿論です、AHI01。 データは多い方が、検出の精度が上がりますから。」

「オーケー、HDG03。 その儘(まま)、防衛軍の攻撃が始まる迄(まで)、待機しててね。」

「HDG03、了解。」

 これは天野重工、或いは天神ヶ﨑高校兵器開発部にとっては実験だが、防衛軍には実戦なのである。だから、電子攻撃に於(お)いても、最大の効果を狙わなければならないのだ。そこで、C号機による電波妨害攻撃はイージス艦による迎撃第一波の、着弾のタイミングを狙って開始する計画が採用されたのだ。
 電波妨害の効果が有るのか無いのか、有るとして何(ど)れ程の時間持続するのか、そう言った事柄が不明な中で最初だけでも効果を得ようとするなら、最初の攻撃タイミングは敵の行動が一番、慌ただしくなる時間帯に仕掛けるのが効果的だろう、と考えられたのである。
 イージス艦から発射されたミサイルが敵編隊に到達する際に、それを回避する為にエイリアン・ドローン側は各機体間や、その上位との間で、膨大な通信を行うのではないか? であれば、それを妨害する事が出来れば、ミサイルの命中率が改善されるのではないか? そんな緒美の仮説を検証する実験であり、実際の戦果が期待される作戦なのである。

「HDG01 より各機へ。戦術情報より、イージス艦がミサイルを発射した模様です。」

「此方(こちら)、AHI01。情報を確認。HDG03、電子攻撃、準備。」

「HDG03、攻撃準備します。攻撃開始の合図(キュー)をください、AHI01。」

「了解、HDG03。待機してて。」

 クラウディアの要請に対し、緒美の冷静な声が返って来るのだ。
 作戦では、ミサイルが敵編隊に到達する十秒前に、電波妨害を開始する計画である。
 社有機の機内で緒美は、樹里が操作するディスプレイに映し出された戦術情報画面を見詰め、画面上の各目標に向かって縮んでいく線の長さで、電子攻撃開始のタイミングを計っているのだ。

 

- to be continued …-

 

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STORY of HDG(第16話.09)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-09 ****


 そして維月が真っ先に、緒美に声を掛けるのだ。

「あ、鬼塚先輩。今日の飛行訓練は終わりですか?」

「ええ、もう四時になるのよ。今日は日曜日だから、ここも五時には閉めるからね。」

 そう言われて、維月は部室の壁に掛かっている時計で時刻を確認し、「あ、ホントだ。」と思わず声を漏らすのだ。クラウディアと二人で、解析プログラムの作業に没頭していたので、維月は、すっかり時間を忘れていたのである。
 そんな維月に、樹里が尋(たず)ねる。

「それで、進捗はどう?」

 維月は「う~ん。」と唸(うな)ると、苦笑いしてクラウディアに話を振るのだ。

「…どうかな?クラウディア。」

 クラウディアはキーボードを叩く手を止め、樹里の方へと顔を向けて報告する。

「まだ、『海の物とも、山の物とも』って感じですね。取り敢えず、今、改造しているプログラムで六本目ですけど。」

「まあ、初日から、結果なんか出ないよね。慌てる必要は無いから、じっくりとやってちょうだい。」

 樹里は笑顔で、そう返すのだった。それに続いて、緒美が付け加える。

「じっくりやって貰っても構わないけど、今日は、あと一時間位で切り上げてね。」

「は~い。」

「分かりました。」

 維月、クラウディアの順に、それぞれが返事をすると、維月が樹里に問い掛ける。

「…と言う事は、下の方は、もう終了作業中?」

「そうよ~天野さんとボードレールさんは、そろそろ上がって来るんじゃないかな。今日は三機で空戦シミュレーションをやってただけだから、片付けも早く終わると思うけど。」

「そう。じゃあ、あと三十分で、これだけ、やってしまおう。」

 維月は、自分の PC へと向き直ると、キーボードを叩き始めるのだ。樹里は維月の背後へと回り、その作業を眺(なが)めつつ問い掛ける。

「維月ちゃんは、何やってるの?」

「サンプル・データの抽出(サンプリング)モジュールのね、アルゴリズムの変更。ちょっと、思い付いたのが有って。」

「ふうん…。」

 樹里は顔を上げ、正面の席に居るクラウディアにも尋(たず)ねるのだ。

「…カルテッリエリさんの方は?」

「はい。比較検出の処理を、トリプル・トラックにする改造を。」

「三本、並列処理? 目的は高速化?」

「いえ、暗号化通信の先頭マークが、一つだけとは限らないので。二、三種類が存在するのなら、それを同時に引っ掛けてみようかと。」

「成る程…解った。進めてちょうだい。」

「はい。」

 返事をするとクラウディアも、猛然とキーボードをタイプし始めるのだ。
 そんな三人の様子を、笑顔で眺(なが)めている緒美に気付き、樹里が声を掛けるのである。

「部長の方から、何か?」

 緒美は笑顔を崩す事無く、言葉を返すのだ。

「いいえ。其方(そちら)の作業に就いては、統括は城ノ内さんに任せるわ。それが一番、間違いが無さそうだから。」

「それは構いませんけど、御意見が有ったら、遠慮無く言ってくださいね、部長。」

「あはは、実務の具体的な内容になったら、わたしの知識じゃ丸で追い付かないから。仕様書の方向性に沿って、進めて呉れてると信じてるわ。」

 樹里は、微笑んで応える。

「それは、御心配無く。」

 その言葉に、緒美も微笑みを返すのである。
 そこで、不意に維月が、緒美に問い掛けるのだ。

「そう言えば鬼塚先輩、さっきも話してたんですけど、クラウディアみたいな特殊技能(スキル)持ちが、今年、入学して来てなかったら、どうされるお積もりだったんですか?」

「どうするも何も、その時の条件で出来る様にやっただろうって、それだけの事よ。今年の一年生達が、別格に特殊だったから、開発作業は異常に進展しているけど、これは想定外の事態よね。わたしの感覚だと、今年に入って二年分位、一気に作業が進んだ様に思うわ。 本社の方(ほう)の思惑は、知らないれけどね。」

「例えば、クラウディアがこの学校に来たのは偶然じゃなくて、学校や本社の側が、人材を確保する為に何かしら手を回した、とか。そんな事は、無いですよね?」

 それは維月の、聊(いささ)か陰謀論めいた思い付きだったのだが、実際、疑問を口にした当の維月も、半笑いでなのである。それには、苦笑いして樹里が言うのだ。

「HDG の、開発作業の為に?」

 その苦笑いは緒美にも伝染し、そして言うのだった。

「さあ、少なくとも、わたしは知らないわね。」

 するとクラウディアが、声を上げるのだ。

「それは、無いわね、イツキ。 この学校に入学する事は、誰かに勧められた訳(わけ)ではないから。わたしに関しては、全くの偶然よ。 アカネの場合は、どうだか知らないけどね。」

 今度は緒美が、微笑んで維月に問い掛ける。

「井上さんは、どうして、そんな風(ふう)に思ったのかしら?」

 維月は視線を上に向けて暫(しば)し考え、そして答えた。

「そうですね。余りにも都合の良い人材が揃(そろ)っている様な気がして、誰かの意図が反映されている…のではないか?と、言った所でしょうか。」

 維月の意見を聞いて、緒美はくすりと笑い、そして言うのだ。

「井上さん、それは考え方が逆なのよ。今、居る人材の能力に合わせて、開発作業の内容が決まっているのが事実なの。今の開発作業が予(あらかじ)め決まっていたと考えるから、人材の能力がそれに合わせて揃(そろ)えられた様に思えるだけで。 さっきも言った通り、揃(そろ)っている人材の能力が今よりも低かったなら、その場合は、その時の能力の総量に見合った開発作業の内容になっただけの事だわ。」

 続いて、樹里が補足する。

「どうして、それだけの能力の人材が、貴方(あなた)を含めて、ここに揃(そろ)ったのか、って言うなら、それは、この学校がそう言う学校だから、って以外に無いですよね。ねえ、部長?」

「まあ、そう言う事でしょうね。」

 緒美は、微笑んで頷(うなず)くのだ。
 そして維月は、一呼吸置いて緒美に問い掛ける。

「あの、鬼塚先輩。この前、クラウディアに訊(き)いてた、防衛軍に協力する件、あれ、本当にやるんですか?」

「その話を、訊(き)きたかったの?井上さん。」

 数秒、維月は応えなかった。すると、クラウディアがキーを叩く指を止めるのだ。
 そして、維月は口を開いた。

「…まあ、そうですね。正直(しょうじき)、クラウディアを戦闘が起きるかも知れない現場に出すと言うのは、賛成出来ません。」

「天野さんと、ボードレールさんなら、構わないの?」

 その、少し意地の悪い緒美の問い掛けに、維月は軽くイラッとして言葉を返す。

「そんな事、言ってませんし、本来なら天野さん達が出るのだって良くないって、鬼塚先輩も思ってるんじゃないですか?」

 緒美は、微笑んで維月の問いに答える。

「そうね。その通りよ。」

 維月は、言葉を続ける。

「今迄(いままで)のは、緊急回避的な防御行動だった筈(はず)ですけど、今度のは違いますよね? わたし達が、そこ迄(まで)付き合う必要性は、無い筈(はず)です。 だったらここで、もう、わたし達は手を離す可(べ)きなんじゃないですか? 部外者のわたしが言う事じゃ、ないかも知れませんけど。」

「成る程。」

 緒美が一言を返すと、今度は樹里が、維月に向かって宥(なだ)める様に言うのである。

「取り敢えず、今、貴方(あなた)達がやってる作業、『マーク』の分析が出来る事が、次の実験…実戦? その、参加条件なんだけどね。エイリアン・ドローンの通信電波が特定出来ないと、照射する妨害電波の周波数を確定出来ない訳(わけ)だし。」

 樹里に続いて、緒美が維月に問い掛ける。

「協力を継続して貰うのは、難しいかしら?井上さん。」

「心情としては、迷う所ですね。」

「だったら貴方(あなた)は、ここで降りても構わないのよ? 此方(こちら)としては、無理強(むりじ)いは、する積もりは無いから。」

「鬼塚先輩は、どうあっても手を引く気は無い、と?」

「そうね。今、この案件を手放す事は出来ないの。」

 それは、先日の会合に参加した三人が話し合った通りで、緒美は将来的に Ruby の救出を実現する為には、HDG 開発計画への関与は止められないのだ。徒(ただ)、その事情を知っている者(もの)は、この場に居るのは樹里だけなのである。

「それが何故なのか、教えては頂けないんですよね?鬼塚先輩。」

 維月は、少し寂し気(げ)な表情で、緒美に確認するのだった。そして緒美は、ゆっくりと頷(うなず)いて、維月に言ったのだ。

「そうね。今は話せる段階ではないわね、申し訳無いけど。」

 それは緒美と樹里に因る、維月への配慮である。現時点では何の確証も無いにせよ、Ruby をミサイルの誘導装置として使用する計画が緒美の予想した通りなら、維月の姉である井上主任は、その計画を主導する側の人間であるのだ。
 Ruby の開発チームのリーダーである井上主任が『その計画』を知らない筈(はず)はなく、その上で敢えて参画しているからには、それなりの理由が有るのだろう、そう緒美と樹里は考えていた。であれば、その理由が判明する迄(まで)は、維月に対して『その計画』に就いては、伏せておきたいのである。
 勿論、井上主任が『その計画』に参加している理由が、単に『社命だから』と言う、ドライな理由である可能性も有ったが、樹里や緒美がそうだとは思っていないのは、安藤達から聞き及んでいた井上主任の人物像が影響していたし、何よりも維月自身の人柄が、その『維月の姉』を『そんな人物』ではないと想像させたからである。

「少なくとも、カルテッリエリさんは危険を承知で、試験への参加を承諾して呉れてる。彼女の意思も尊重してあげて、維月ちゃん。」

 その樹里の発言に、少なからず驚いて維月は言葉を返すのだ。

「樹里ちゃんが、そんな事、云うなんて思わなかった。」

「そう?」

 短く応え、力(ちから)無く笑う樹里の表情に、或る程度の事情を樹里は知っているのだと、その時、維月は推測したのだ。当然、樹里を問い詰めてみた所で、緒美の様に話しては呉れない事は維月にも容易に想像が付いたし、樹里を困らせる事は維月の望む所では無いのだ。
 そして、続いて声を上げたのは、それ迄(まで)、黙って状況を見ていたクラウディアである。

「イツキ、心配して呉れるのは嬉しいけど、だからって邪魔はしないでね。」

 その言葉を聞いて維月は、冷めた表情のクラウディアに、真面目に問い掛けるのだ。

「クラウディア、貴方(あなた)、まさか敵討(かたきうち)をしたいの?」

 クラウディアは表情を変える事無く、答える。

「それを全く考えてないって言ったら、嘘になるけど。でも、今は冷静だから、安心して呉れていいわ、イツキ。 大体(だいたい)、何をした所で、アンナが帰って来る訳(わけ)じゃないし。」

「そうね。」

 クラウディアの発言を短い言葉で肯定したのは、緒美である。それを聞いて、クラウディアの表情は、ふっと緩むのだった。そして少し笑って、クラウディアは告白するのである。

「…敵討(かたきうち)って話なら…実は、その当時、わたしが考えていたのは、ドイツ空軍への復讐でしたけどね。エイリアンに、ではなくて。」

「どうして?…」

 その意外な発言に、真意を質(ただ)したのは維月だった。クラウディアは間髪を入れず、答える。

「だって、アンナを死なせたのは、直接的には空軍の爆撃よ? だから、色々と調べたわ。」

「非合法な手段で?」

 樹里の問う『非合法な手段』とは、勿論、『ハッキング』の事である。
 クラウディはくすりと笑い、樹里に向かって頷(うなず)くと言うのだ。

「空軍のシステムに侵入して、クラッキングする事も出来ただろうし、あの日、爆撃した戦闘機のパイロットを突き止めて、そっちを攻撃する事も考えました。」

「でも、やらなかったのよね?」

「はい。冷静に考えれば、空軍がアンナを殺したかった訳(わけ)では無いだろうし、ミサイルを発射したパイロットだって命令に従ってただけだろうし。じゃあ、命令を下した上官に責任が有るのか…誰に責任が有るのかなんて、結局、判りませんでした。それで仮に、本当に空軍のシステムを破壊してたら、防空の任務が果たされず、エイリアン・ドローンの襲撃が有った時に、別の、もっと多くの被害が出てたでしょうし。そんな事は、誰も、わたしも望んでいませんから。 それに、結局…直ぐに、わたしが手を下す必要も無くなりましたから。」

 樹里の確認に答えた最後、クラウディアの顔から、表情が消えたのである。だから緒美は、クラウディアに尋(たず)ねたのだ。

「何か有ったの?」

 緒美の方へ視線を移し、クラウディアは感情の籠(こ)もっていない口調で答えたのである。

「そのパイロットが、自殺したんですよ。自分が発射したミサイルの標的、わたし達が埋まったビルには、彼の奥さんと娘が来ていて…。」

「その人達も、助からなかったのね。」

 緒美は、クラウディアが最後までを云う前に、話の結末を確認をしたのである。クラウディアは、静かに唯(ただ)、頷(うなず)いて答えたのだった。そして、緒美はクラウディアに問い掛けるのだ。

「その事件、どんな展開だったのか、聞いてもいいかしら?カルテッリエリさん。 話すのが嫌だったら、言わなくてもいいけれど。」

 クラウディアは力(ちから)無く笑って「いいですよ。」と答え、それから語り始める。

「わたしが住んでいた町に、エイリアン・ドローンの襲撃が有った、あの日は土曜日でした。あとで聞いた当局の発表だと、降下してきたのは三機で、空軍の迎撃を擦り抜けて来た一機が、街の中まで入って来ました。わたし達は行政からの避難指示を聞いて、その時に居たショップが入っていたビルの地下へ避難しましたから、直接、状況の推移を目撃した訳(わけ)じゃありません。」

「あとで、その、『調査』して仕入れた情報なのね?」

 樹里が敢えて『調査』と云ったのは、当然、『ハッキング』を意味している。クラウディアは素直に「はい。」と答えると、語りを続けるのだ。

「それで、街の中に侵入して来たエイリアン・ドローンは、地上に降りて商業ビルの一つ、地上階に天井の高い展示スペースが有るビルの中に入ってしまったんです。だから、その現場に到着した空軍機からは、エイリアン・ドローンの姿は視認が出来ず、目標のビルは司令部の管制官が指示しました。その時点で、指示されたビルが通り一つ間違っていましたが、パイロットは目標の確認をしないで対地ミサイルを発射したんです。それで、わたし達が避難して居たビルが倒壊した、そんな流れです。」

 緒美は溜息を一つ吐(つ)き、呟(つぶや)く様に言うのだ。

「成る程…そもそもは管制官の指示ミスが原因だけど、パイロットが注意深く確認をしていれば、誤射は回避出来たかも知れない、って事よね。その誤射で自分の家族も死んでいたとなると、ホント、悲劇よね…。」

「悲劇…ですか。当時、その報道を聞いた時、わたしは一人で笑っちゃいましたけど。でも…今、改めて考えると、確かに、酷(ひど)い偶然で…悲劇的ですよね。」

 そう、独り言の様に言ったクラウディアの目からは、一筋の涙が零(こぼ)れたのだった。

 

- to be continued …-

 

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※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。

STORY of HDG(第16話.08)

第16話・クラウディア・カルテッリエリと城ノ内 樹里(ジョウノウチ ジュリ)

**** 16-08 ****


 とは言え、この試験自体には、特にドラマティックな要素は無い。唯(ただ)、事務的に淡々と、試験項目が消化されていくのみなのだ。
 その内容に就いて、大まかに次に記そう。

 ここで確認が計画されているのは、C号機に搭載された電子戦器材の内、電波妨害等の発信能力と、敵側の電波発信源を探知する能力なのである。そこで、AMFとレプリカ零式戦のそれぞれに、C号機が発信する妨害電波の受信器と、敵側の電波源を模擬する発信器とが取り付けられ、それらと送受信する事でC号機に於ける該当機能の確認を行うのだ。
 先(ま)ず、C号機から発信される妨害電波が、設定された周波数や波形、出力であるかを、AMF とレプリカ零式戦の側で受信して、その信号を記録、解析する。その解析自体は、AMF やレプリカ零式戦の機上ではリアルタイムに処理は出来ないので、受信データはデータ・リンクでテスト・ベースへと送られ、そこで暫定的な解析が行われる。詳細な解析は後日、データが送られる本社にて、同時に記録されたC号機の複数のログと照合がされて、その能力が仕様に合致しているかの判断がされる事になるのだ。
 エイリアン・ドローンが機体間の通信に使用している電波の周波数帯は、防衛軍の地道な記録と解析に拠り判明しているので、今回もその範囲から試験で使用される周波数が選定され、検証がされる。
 C号機は妨害電波を妨害対象へ指向して発信する仕様なので、今回は AMF とレプリカ零式戦の二方向へ向けて、設定通りに発信されるかが確認され、更に、二方向で別々に機動する二機それぞれに対し、妨害電波の照射を続けられるかも確認される。因(ちな)みにC号機は、二百五十六機を同時に追跡し電波妨害を実行する能力が、仕様上は予定されている。
 C号機による妨害対象の追跡は、基本的には防衛軍データ・リンクの戦術情報を基礎情報として照射方位の指定が行われているのだが、妨害対象から発信された電波を受信した場合は、それを分析し、その位置を特定する。その能力を確認するのが、AMF とレプリカ零式戦に取り付けられた発信器からの電波を、C号機で受信して解析する試験項目なのである。
 これも、任意に機動する AMF とレプリカ零式戦の、防衛軍が捕捉した戦術情報上の位置データと、各目標機から発信される電波をC号機で受信して特定した位置データとを照合し、その精度を確認する。
 AMF とレプリカ零式戦に取り付けられた発信器には二種類の周波数が設定されており、データ・リンクに因ってベース側から周波数の切り替えが行われる。電波の周波数二種を仮にA、Bと呼ぶならば、二機での、その発信パターンは四種類が考えられ、則(すなわ)ち、AA、AB、BA、BBの組合せとなるが、C号機は全ての組合せで、発信源である二機の位置を特定出来る能力が要求されているのだ。これも、仕様上では十六種の周波数を同時に識別して、位置特定の処理が可能である事になっている。

 これらの試験は順調に消化されていき、ブリジットが心配した様なイレギュラーな事態は起きない儘(まま)、日没前には全機が無事に学校へと帰投したのだった。
 C号機の電子戦能力についての最終的な判定は、本社での詳細なデータの解析を待たなければならないのだが、この日に確認した範囲では大きな問題の発生は無く、クラウディアの実機での飛行慣熟と言う、もう一つの目的も達成され、試験飛行自体は当初の目的を達したと言って良い結果であろう。
 そして、この日の試験飛行を以(もっ)て、C号機の納入に付随する作業の全てが終了したである。
 安藤と日比野は、この日の夜に、社有機で本社へと戻り、畑中達試作部の人員は何時(いつ)も通りに、陸路移動での試作工場へと、翌朝に出立(しゅったつ)したのだった。


 そして翌日、2072年10月16日、日曜日。
 土曜日の試験飛行に於いて、クラウディアに対するC号機への慣熟と言う段階(ステージ)は終了し、翌日からは Sapphire に因る、エイリアン・ドローンの通信電波を解析する為の準備作業へと、クラウディアの作業は移行したのである。
 その一方で、C号機は格納庫内でメンテナンス・リグに接続された儘(まま)となっている訳(わけ)だが、Sapphire はその状態で AMF と B号機とのデータ・リンクを利用した空中戦シミュレーションを続行するのだ。C号機の戦闘機動はドライバーであるクラウディアの存在とは関係無しに機上 AI である Sapphire が制御しているので、実際に機体を動作させないシミュレーションであれば完全自律行動が可能なのである。これは、以前に LMF の格闘戦シミュレーションを Ruby が一晩中実行していたのと同じ事である。今回は、茜とブリジットとの連携を Sapphire に習得させる目的で、これら空戦シミュレーションには茜とブリジットが参加して実施されるのだった。
 C号機の飛行ユニットには、AMF の様な攻撃用の兵装は一切搭載されてはいなかったが、唯一(ゆいいつ)、C号機本体の両腕には、格納式のビーム・エッジ・ソードが用意されていた。これは、超接近戦時の反撃用の装備であり、この装備の為には、LMF で Ruby が学習したロボット・アームを用いた攻撃動作のデータが、Sapphire には移植されていたのである。
 C号機が実戦に投入された際は、可能な限りA号機とB号機でC号機を護衛する方針なのだが、万が一、茜とブリジットの防御ラインを突破された場合を想定して、Sapphire にはクラウディアを守る為に、その装備の使い方を習得させておく必要が有るのだ。シミュレーションのシナリオには、その様な状況も設定されて、二人と一基は空戦シミュレーションを繰り返していったのである。

 それと同時に、部室ではクラウディアと維月の二人が、Sapphire との回線を接続して、電波解析の為のアプリケーション開発を進めていたのである。
 先(ま)ず最初の段階として、受信した電波がエイリアン・ドローンから発信されたものであると言う、証拠になる『マーク』を見付けなければならない。本社を介して防衛軍から提供されていた、エイリアン・ドローンからとされる数十時間分に及ぶ受信データの波形を分析して、特徴的な波形の組合せが存在するかを探し出すプログラムを、クラウディアと維月は開発しているのだ。そのプログラムを試作しては Sapphire に実行させ、防衛軍提供のデータから『マーク』が取り出せるか、そんな作業を二人は、当面の間、繰り返して行くのである。

 これら作業の必要性は、エイリアン・ドローン達が通信に使用しているらしい電波の周波数が、状況に応じて柔軟に変更されて運用がされている事に由来するのだ。もしも、エイリアン・ドローンが使用している電波の周波数が固定、若しくは狭い範囲の帯域であれば、その周波数に対して傍受や妨害を行えば話は済むのである。だが、エイリアン・ドローンは人類が既に使用している電波の周波数は避けて、その場で空いている周波数を使用して互いの通信に利用している事が観測の結果から、推測されているのだ。
 エイリアン・ドローンの襲撃が始まって二年程の間、各国の軍隊はエイリアン・ドローンの通信周波数を突き止めて ECM を行おうとしたのだ。だが、その都度(つど)、エイリアン・ドローン側は使用周波数を『その場で』変更してしまうので、人類側は電子戦攻撃を効果的に行えないのだった。それならば『エイリアン・ドローン側が使用する可能性が有る全ての帯域に対して、電波妨害を実施すれば』と言う、極端なアイデアも出されたが、それを行うには器材(ハードウェア)的な制約と、それ以上に、それを実行すると人類側も通信が出来なくなるのが明白なのである。過去の記録から、エイリアン・ドローンが使用している通信電波の帯域はマイクロ波からミリ波、周波数にして 20GHz から 50GHz と判明しており、その周波数帯は軍民を問わず人類も、既に盛んに使用しているのである。
 各国の軍組織や防衛産業関連企業も、それぞれが対策の研究はしていたが、エイリアン・ドローンに対する ECM に関しては、現状で『諦(あきら)めムード』が支配的なのだったのだ。

「それじゃ、今度は、この条件で走らせてみましょうか。 はい、実行。お願いね、Sapphire。」

 クラウディアが、そう言って愛用の PC のエンター・キーを叩くと、クラウディアのモバイル PC から Sapphire の声が響くのだ。

「ハイ、解析プログラム No.5 を実行します。」

「それじゃ、暫(しばら)くは結果待ちね。お茶にしましょうか?クラウディア。」

 維月は席を立つと、部室の奥側へカップを取りに行く。

「紅茶でいい?クラウディア。」

「ああ、ありがとう、イツキ。いいわ、紅茶で。でも、勝手に使って、大丈夫? 森村先輩のじゃないの?」

「大丈夫よ~許可は貰ってる。」

 維月は手際(てぎわ)良く、紅茶を淹(い)れる支度を進める。そして、ティーポットにお湯を注ぐと、カップと共に部室中央の長机へと運んで来るのだ。

「そう言えば、下の空戦シミュレーションも同時に処理してるんでしょ? 大変ね、Sapphire。」

 カップを並べつつ、クラウディアの PC へ向かって、維月は語り掛ける。

「問題ありません、維月。この程度の並列処理であれば、十分(じゅうぶん)に実行可能なように設計されていますから。」

 Sapphire の返事を聞いて、クラウディアは微笑んで言うのだ。

「それはそうよね。実際に飛行ユニットの操縦をし乍(なが)ら、ECM の処理をやらないといけない仕様なんだから。」

「ハイ、クラウディア。その通りです。」

 維月はカップに紅茶を注ぐと、クラウディアの前へと置いた。

「はい、どうぞ。」

「Dank.」

 クラウディアは敢えてドイツ語で維月に礼を言うと、カップを取り口元に運んで息を吹くのだ。

「まだ熱いから、気を付けてね。」

「解ってる。」

 くすりと笑い、クラウディアは更に三回、息を吹き掛けて、それから口を付けた。
 維月も紅茶に口を付け、そしてクラウディアに問い掛ける。

「これで、十分(じゅっぷん)程待って、様子見?」

「そうね。 まあ、そう簡単にお目当てのパターンが見付かるとは思えないから、地道に、気長に進めましょう。まだ、始めたばかりじゃない。」

「それでも、今ので五つ目のプログラムでしょ? このあとの、解析プログラムを改造するアイデア、まだ当てが有るの?」

「勿論。あと十や二十は、試してみるだけのネタは持ってるわ。」

 そう答えたクラウディアは、維月に向かってニヤリと笑ってみせるのだった。それには呆(あき)れた様に苦笑いを返して、維月は尋(たず)ねるのだ。

「それって、ハッカー的な引き出しなの?」

「まあ、そうね。やってる事は、暗号解読(デコード)の手法(テクニック)の応用よ。」

「エイリアン・ドローンの通信が解読出来るの?」

「まさか、それは無理。時間を掛ければ、信号的には暗号化前の信号へ変換までは出来るだろうけど、向こうの使ってる文字コードとか想像も付かないからテキストには出来ないし、辞書が無いから翻訳も不可能だわ。」

「だよね。だから鬼塚先輩の云う通り、信号の共通したパターンを見付ける程度までしか出来ない。」

「そう。徒(ただ)、暗号解読(デコード)を進めるには、共通した信号のパターンを見付けるのが第一歩なのよ。だからその方法が、今回の解析に利用出来る、ってだけ。」

「ふうん、ま、『餅は餅屋』って事か。凄いよね、わたしには無理な芸当だな。」

 そう言って、維月はカラカラと笑うのだ。
 すると、真面目な顔でクラウディアが言うのである。

「凄いのは、部長さんの方(ほう)よ。 通信波形の解析をベースにして、ECM へ応用する仕掛けを、これだけ思い付くんだから。世界中の大人達は、何をやってるんだって話よ?」

「あはは、立花先生辺りが聞いたら、『耳が痛い』って言いそうな台詞よね、それ。 まあ、鬼塚先輩のアイデアは確かに凄いんだけど、それも、クラウディアが入学して来てなかったら、どうなってたかって事だよね。」

「その時は、本社か防衛軍の、その筋の人の所へ、この作業が回ってただけでしょう。 わたしだって、この作業を遣り切れるか、まだ判らない訳(わけ)だし。」

「クラウディア的には、ミッション達成の可能性は何パーセント位だと思ってるの?」

「五十パーセント?かな。 でも、『ストローブ信号』的なものは、必ず存在する筈(はず)なのよ。通信が暗号化されてるなら、その先頭が判らないと解読(デコード)のやり様が無いから。」

「そうよね。データの遣り取りやってるのに、信号を垂れ流しってのは、ちょっと考えられないよね。何なら、『ストローブ信号』を受け取ったら『ACK(アック)信号』返して、ハンドシェイクが確立してからデータ受信開始って位、念入りにやってるかもだし。」

「幾らエイリアンの技術が進んでいるからって、その手の原理的な手続きを無視して、それで効率的なデータの送受信が出来てるとは考えられないよね。『ACK(アック)信号』が存在するかは判らないけど、最低でも暗号通信の始めと終わりには、何かしらのマークが無いと。 まあ、そのマークが一種類だけ、とは限らないかな。」

 そこで、クラウディアの PC から、Sapphire の合成音声が聞こえて来るのだ。それは、実行していた解析プログラムの、途中経過の報告である。

「クラウディア、解析プログラム No.5 のプレビューが終わりましたので、結果を表示します。全体スキャンに移りますか?」

「あー、ちょっと待って。確認するから。」

「ハイ、待機します。」

 クラウディアがモバイル PC のスクリーンを覗き込むと、向かい側の席に着いていた維月は席を立ち、クラウディアの背後へと回って、クラウディアの頭越しに PC のスクリーンに注目するのだ。

「Oh! 今度は三十八件、ヒット判定が出てる。五つ目で、やっと当たりかな~ああ、でも、一致率が四十二パーセントかぁ…まだまだ、改善の余地有りね。」

「プレビューって、サンプル・データからランダムに百箇所抽出(サンプリング)して、共通パターンの検出を掛けてるのよね?」

「そうだけど、抽出(サンプリング)した百箇所に、必ず通信の始まりと終わりが入っているとは限らないから。問題はヒット判定パターンの、一致率の方よね。 もう少し比較の精度を上げて、抽出(サンプリング)箇所の時間を延ばしてみようかな。」

「今は、何秒?」

「三秒。 五秒位まで、延長してみようか?」

「それよりもさ、クラウディア。切り出す時間を固定してやるよりも、信号の切れ目を検出して、切れ目から切れ目迄(まで)を抽出(サンプリング)した方が良くない?」

「アイデアは解るけど、イツキ。その条件組むのは、可成り面倒(めんどう)よ。」

「サンプリングのモジュール、わたしが弄(いじ)ってみてもいい?クラウディア。」

 維月は元居た席へ戻ると、机の上に置いてあった自分のモバイル PC を開くのである。
 クラウディアは、少し遠慮気味に維月に応える。

「それは、構わないけど。」

「じゃ、こっちに送ってちょうだい。」

 維月は両手の指を組んで、解(ほぐ)す様に左右に動かしている。

「それじゃ、お願い。こっちは比較検出のトラックを複数化してみるわ。」

「了~解。」

 二人がプログラムの修正を始めて間も無く、部室の奥側、二階通路に繋(つな)がるドアが開き、緒美と樹里が入って来たのだ。

 

- to be continued …-

 

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